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リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【14】

 

・・・。


――やがて日が高くなり、多くのプレイヤーがメモリーチップの捜索に専念し始めた頃――

細谷春菜はもう何度となく、PDAの特殊機能を作動させ、プレイヤーの接触情報を確認していた。

 

【プレイヤー接触情報】

6時25分:『5』及び『7』及び『8』及び『JOKER』 16エリアにて接触
8時50分:『A』及び『10』及び『Q』 14エリアにて接触
9時07分:『A』及び『10』及び『Q』 19エリアにて接触
9時10分:『4』及び『6』 18エリアにて接触

 

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「お兄ちゃんは今、18エリアか・・・」


そして春菜はそのすぐ東側の、19エリアに潜んでいる。


「・・・私、何してるんだろう・・・? 本当はこんなこと、している場合じゃないはずなのに・・・」


今回、春菜に課せられているルールは難易度が高い。

早くファーストのクリア条件を満たさなかれば、いつセカンドに移行し、首輪が爆破されるとも限らないのだ。

なのに春菜はクリア条件の達成よりも、修平と付かず離れずの距離を保つ事を優先している。


「お兄ちゃん・・・私、自分がわからないよ・・・」


だがそれでも春菜の足は、18エリアへ向かおうとする。


と、その時――


前方から、複数の人間の話し声が聞こえてくる。


――「ちょっと、何やってるのよ! 集合時間は守ってって言ったでしょ!?」

――「あー、うっせぇなぁ。 別にいーだろ、ちょっとくらい遅れたからってガタガタ言うなよ」

 


「この声は・・・修平と琴美の声じゃない」


春菜は藪の中に身を潜め、声の方向をうかがった。


すると、視線の先に――

 

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「どこがちょっとよ? もう集合時間から1時間経ってるのよ、1時間!」

「ま、まり子も大祐も、ちょっと落ち着くですよ・・・?」

「私は落ち着いてるわよ。 ただ、何回言っても聞こうとしないから、口うるさく言ってるだけよ」

「はっ、うるせー自覚はあったのかよ。 だったらもう少し黙ってくんねーか? 北風と太陽くらい知ってんだろ?」

「黙ってたら調子に乗るでしょ。 そっちこそ、割れ窓理論って知らないの?」

「それぐらい知ってるっつーの。 割れた窓を放っといたら、そのうち他の窓も全部割られちまうっていうアレだろう? 自分ばっか賢いと思ってんじゃねぇっつーの。 だいたいよ、それを言うなら、ルール違反を犯してるのはそっちの方だろ? 俺たちはクリア条件も特殊機能も明かしたのに、自分は明かしてねーんだから」

「そっ、それとこれとは話が別じゃない!」

「あうぅ、2人とも言い争いはやめるですう」


遮蔽物のない山道の真ん中で、大祐とまり子が言い争い、初音がそんな2人を必死になだめようと慌てている。


無防備すぎる3人の姿を、春菜は藪の中からじっと見つめた。


「・・・・・・」


春菜が身を隠している藪から彼らまでの直線距離は、およそ17m――。

間に矢の軌道を妨げるものはなく、風もあまり吹いていない。

 

「・・・・・・」


春菜は静かにクロスボウを持ち上げ、まり子の右足に照準を合わせた。

ただ矢を当てるだけなら胴体を狙った方がいいのだが、誤って致命傷を与えてしまえば、自分で自分の首を締める事になる。

 

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「・・・少し、面倒ね」


そう呟いて息を止め、クロスボウの引き金を引き締める。

直後、弦に弾かれた矢が一直線に空を裂き――


――!!


「――きゃっ!」

「あん?」

「・・・まり子、急にどうしたですか?」

「わからないけど、何かが足に・・・――」


矢は春菜の狙い通り、まり子の脛を切り裂く事に成功していた。

遠目にも、裂けた肌から血があふれ出しているのがわかる。

「――な、なによこれッッ! あ、うっ、痛ッッ!!」

「は・・・? って、おいおいマジかよ!? これ、マジで言ってんの!?」

「ま、まり子っ!?」

「うぅ・・・あ、ぐっ、うっ!」

「やべぇって初音ちゃん! ここにいたら俺たちまで狙われる!」

「で、でもまり子が――」

「――いいから逃げた方がいいっての! こっちだ!」

「あっ」


「い、いや・・・待って・・・お、置いてか、ないで・・・」


大祐が初音の手を引いて走り出し、まり子も負傷した足を引きずるようにして、森の向こうへと消える。


「・・・・・・あの様子なら、命に別状はなさそうね」


そう呟いてクロスボウを下ろすと、春菜はすぐに弦を引き直し、新しい矢を装填した。


今ので2人目――。

あともう1人に危害を加える事ができれば、とりあえずファーストのクリア条件は達成になる。

そして春菜はつい、このままファーストステージでゲームが終了してくれればいいのに、と思った。

ゲームがセカンドに移行しなかった事など、今まで一度もなかったというのにもかかわらず――。


「・・・そう。 やっぱり私は、お兄ちゃんと一緒に生き残る事を望んでいるのね・・・。 いままで何人ものプレイヤーを殺してきたくせに・・・お兄ちゃんだけは、殺さずに済ませたいと思っている・・・」


だがそんな事が、果たして許されるのだろうか?


「・・・ううん、きっと無理。 あの運営が・・・それに、私がこれまでに殺してきた人たちが・・・そんな虫のいい話を、許してくれるはずがない・・・」


そう呟き、春菜がうなだれた――その直後。


「ッ!?」


しばらく周囲への警戒を怠っていた事を悔やみながら、即座にクロスボウを物音の方へと向ける。

だが引き金にかかった春菜の指は、現れた人物を見て硬直した。

 

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「し、修平っ!?」

「はるな・・・? 良かった。 ようやく見つけた」

「――動かないでっ」

「っ!?」


春菜の警告を受け、こちらに歩み寄って来ようとしていた修平が動きを止める。

修平はその手に、春菜に対抗するための手段を、何も持っていないようだった。

 

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「修平・・・どうしてあなたは武器も持たずに、私の前に姿を現したの? 私は警告したはずよ。 今度は外さないって。 なのになぜ? 修平は、自分の命が惜しくないの?」

「・・・・・・」


春菜の問いを受け、修平の目が微かに震える。

そして苦笑を浮かべて、そっと口を開く。


「・・・実は、俺にもよくわからないんだ」

「わからない・・・?」

「ああ。 本来の俺なら、たぶんこんな無謀な真似は絶対しない。 でも、どうしても気になるんだ。 お前の事が」

「・・・・・・」

「なぁはるな、お前は俺と前にどこかで会った事があるんじゃないのか? だから俺は――」

「――知らない。 あなたと私は、初対面のはずよ」

「そうか・・・。 でも、じゃあどうしてはるなは、俺を殺そうとしないんだ?」

「え・・・?」

「あの時だって警告なんかしないで、俺を撃ち殺せばよかったのに・・・でも、お前はそうしなかった」

「っ・・・」

「なあ、やっぱり俺たち何処かで――」


言いながら、修平がこちらに歩み寄ろうとする。

春菜はクロスボウを握り締め、とっさにそれを制止した。


「――来ないでっ!」

「っ・・・!」

「お願い・・・それ以上、私に近づかないで・・・」

「はる、な・・・?」

「私は今、頭が混乱しているの・・・今の私は、いつもの私とは違う・・・。 だから、お願い・・・」


春菜の手の中で、クロスボウがカタカタ鳴った。

引き金にかかった指に、力が入ったままになっている。

春菜の本心はもう疑いようもないくらい、10年ぶりに再会した兄と一緒の時を過ごす事を望んでいた。

だが運営の狙いは、あくまで自分たち兄妹に殺し合いをさせる事なのだ。

もしセカンドステージに移行すれば、それを強いるようなクリア条件が待ち構えているに違いない。

だったら見知らぬ者同士として、このまま別れた方がいい。

春菜の理性は、そう判断を下していた。

だが感情が、すぐにそれを覆そうとする。


「っ・・・」

「・・・はるな」


修平がまた、こちらに歩み寄ろうとする。

理性がそれに反発し、春菜の指に力がこもる。

その時、修平が背にしていた草むらが大きく動き――

 

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「わかったよ、修ちゃん! はるなちゃんのクリア条件は、『他のプレイヤーに対して3回以上危害を加える』だよ!」


「っ!?」


突如現れた琴美の言葉を聞き、春菜の指にブレーキがかかる。


「・・・どうして琴美が、私のクリア条件を!?」

「私のPDAの特殊機能は、『半径10m以内にいるプレイヤーのナンバー、クリア条件を表示する』なんだよ」

「そんな機能が・・・!」

「琴美。 はるなのプレイヤーナンバーはなんだ?」

「ちょっと待って。 えっとね、『3』ってなってる」

「『3』・・・ということは、素数か」

「・・・?」

「はるな、それはもう下ろすんだ。 お前が俺たちを警戒する必要はもうないんだ」

「え・・・?」

「俺のクリア条件は『素数ナンバーのプレイヤー全員のクリア条件を満たす』だ。 俺がクリアするためには、お前のクリア達成が必須なんだ」

素数ナンバー、全員・・・?」

「そうだ。 俺とはるなのクリア条件は競合してない。 いや、むしろ協力し合えるようになっているんだ」

「私のクリア条件も『自分を中心とした5つ並びのナンバーに危害を加えない』だから、はるなちゃんとは競合していないよ」


そう言って修平と琴美が、春菜にPDAの画面を見せてくる。

確かに2人の言葉に、嘘は含まれていなかった。


「な、これでわかっただろ? 俺たちは、お互いに争い合う必要なんてないんだ。 だからはるなも俺たちと、ゲームクリアを目指さないか?」

「うん、そうだよ。 3人いれば、何かと心強いしね」


そうして笑いかけてくる、2人を見た途端――


クロスボウを支え続けていた、春菜の両腕から力が抜けた。


「・・・・・・」

「わかって、くれたか?」

「・・・そうね。 修平にはもう怪我を負わせているし、これ以上傷つけても意味ないもの」

「そうか・・・良かった」

「・・・・・・」

 

「ところでさっき誰かの悲鳴が聞こえたが、もしかして俺以外にも誰かに危害を加えたのか?」

「えぇ、まり子に・・・」

「もしかして、酷い怪我をさせちゃったりとか!?」

「大丈夫。 足を狙って撃ったから」

「そっか、よかった。 あっ、でも、ということは、はるなちゃんはあと1人に危害を加えればクリア条件達成ってことだよね?」

「えぇ」

「えへへ、やったね。 じゃあ、もうクリアしたも同然だよ」

「え?」

「だってあとは、私に怪我させるだけでいいんだよね?」

「おい、琴美!?」

「大丈夫だって。 はるなちゃん、あんまり痛くないようにお願いね」

「・・・それ無理」

「ええぇっ!? むぅ、わかったよ。 じゃあ痛いのは何とか我慢するね」

「違う。 そういう意味じゃない」

「え?」

「私のクリア条件には『ターゲットには危害を加える旨を事前に告知してはならない』というルールもあるの。 琴美はもう、私のクリア条件を知ってしまったから」

「なんだ、そっか・・・それは残念だねぇ」

 

そう言って、琴美が大きな、溜め息をつく。


「っ・・・」

「あれ? はるなちゃんどうしたの?」

「・・・自分が傷つけられずに済んで残念だなんて、あなたって変な人ね」

「え、そうかな? うーん、言われてみたらそうかもね。 えへへ」

「・・・・・・」


まだゲームという現実を受け止めていないのか、琴美のそれは如何にも呑気な笑顔だった。

すると春菜の危惧を見抜いたように、修平が口を挟んでくる。


「とりあえず、ここを離れた方がいいな。 さっきの悲鳴を聞きつけて、他のプレイヤーがここに来るかもしれない」

「え? でもそれって、好都合だと思うけど? だって修ちゃんは、素数ナンバーのプレイヤーを探さなきゃいけないんだよね?」

「いや、ゲームの事をよく知らない今の状況で、他のプレイヤーと接触するのは危険だ」

「・・・・・・そうね。 修平の言う通りよ。 2人ともついて来て。 安全に話ができる場所があるの」

「安全な場所?」

「こっち。 ついて来て」


――でも私、この先どうするつもりなんだろう?


春菜は自分の行動に強い疑問を抱きつつ、それでも2人を5エリアにある山小屋へ案内するために、率先して歩き出していた。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

――その頃、単独行動を続ける三ツ林司は――

 

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中央管理施設を出てからというもの、ずっと1つのエリアに留まり続け、キューブ探しを行っていた。

そして、当たりをつけた草むらを手で掻き分けると――

 

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日の光を淡く映す、40cm四方の立方体がそこにある。

「・・・あった。 なるほど。 やっぱりキューブは、日の当たらない陰になっている場所ばかりに置かれてるみたいだね。 他に法則性と言えば、最低でも30mの距離が空けられてるってことぐらいかな? とは言っても、さすがに幾何学模様に配置されてはいないみたいだけど」


司はこれまでの捜索で得た情報を整理しながら、キューブの開放ボタンを押した。

 

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これで手に入れたメモリーチップは5つ――。


エリアの一辺が200mほどである事を考えれば、今いるエリアは、もう打ち止めと考えていいだろう。


「さて、それじゃあメモリーチップを使ってみようかな?」


司はPDAの専用スロットにメモリーチップを差し込むと、マップに表示されたその地点へと向かった。


・・・。

 

掘り返す前に地面を注意深く調べてみたものの、何かを埋めたという痕跡は全く見られない。

 

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「ふぅん・・・ここまで完璧に隠されてるんじゃ、メモリーチップ無しで掘り当てるなんて不可能だろうね。 でも、僕にはこの方が都合がいいかもね? 基本的なルールに破綻があるんじゃ、そもそもゲームになんてならないし」


そんな事を呟きながら一度周囲の様子を確認し、それから落ちていた枝を拾って、柔らかい腐葉土を掘り返す。

すると地面の中からアルミ缶と――

油紙に包まれた歪なL字型の物体が現れる。


「これって・・・」


司はある予感を覚えながら、その物体を取り上げた。

思った通りの重みが、司の繊細な指に沈む。

 

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油紙を外してみると、それは1丁の拳銃だった。


「やれやれ・・・初っ端にこんな物を引いてしまうなんて、僕は運が良いのか悪いのか」


そう呟いて、拳銃を懐にしまおうとした時――


「はい、ストップ。 そこの君、その銃を放しなさい」


「えっ!?」

 

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振り向くとそこに、赤い髪の女が両手で銃を構えて立っている。


まるでタイミングを見計らったかのような現れ方だった。


「・・・驚いた。 周囲には気を配っていたつもりだったんだけど」

「ふっふーん、完璧な警戒なんて素人には無理よ。 風で葉がさざめく音とか、虫の声とか、川のせせらぎとか、森は色んな音で溢れてるんだから」

「そういうあなたは、素人ではないみたいですね?」

「まぁ、君に比べたらね」


そうは言うものの、彼女が只者ではない事は明らかだった。

恐らく司の行動は、しばらく前から監視されていたに違いない。


「それで? 僕に近づいてきた目的は何でしょう?」

「うーん、お喋りの前にとりあえずその銃を放してもらいたいんだけどな」

「あなたの目的次第では、ちゃんと従いますよ」

「なに? あたしを警戒してるの?」

「銃を突き付けられたこの状況なら、さすがに」

「それもそうねぇ。 でも安心して。 私のクリア条件は『プレイヤー全員の生存』だから、少なくとも君の命を奪うつもりはないわ」

「へぇ、そんな条件もあるんですか。 ですが、口で言われても信用はできませんね」

「ふーん、疑り深いんだねぇ君は」

「えぇ、そういう性分ですから」

「じゃあ、どうすれば信用してくれる?」

「そうですね。 先ほど話していたクリア条件を実際に見せてもらえれば。 もちろん僕も、自分のクリア条件を公開しますから」


言いながら、できるだけ自然にポケットの中のPDAに手を伸ばす。

上手く特殊機能を使用できれば、何か活路を見出す事ができるのではと思いながら。


だが――


「ストップ。 その必要はないわ」

「っ・・・!」

「妙な真似されたらたまらないもの。 言っとくけど私って、目的のためなら、かなり手段を選ばないタイプの人間よ? ほら、良い子だからもう銃は捨てなさい。 悪いようにはしないからさ」


言葉は優しいが、彼女の目は真剣そのものだった。

気配を殺して近づいて来た事といい、銃の扱いといい、PDAへの警戒心といい――

ほぼ間違い無く、彼女は運営側が用意したプレイヤーと見ていいだろう。

そして技術も情報も向こうが上となれば、司には対抗する手段も交渉する余地もない。


「どうしたの? 軽ーく撃たれないとわからない?」

「・・・いいえ、言う通りにしましょう」


司は嘆息しながら、手にしていた拳銃を地面に捨てた。


「はい。 そんじゃあ、ゆっくりこっちに来て。 次はPDAを見せてもらうわ」

「っ・・・」


何もできない事がもどかしい。

だが司には、言う通りにする事しかできなかった。

と――その時。



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「司様、その女の言う事など聞く必要はありません」


「えっ!?」

「ッッ!!」


音もなく現れたそのメイドに対して、赤髪の女がとっさに動く。


――!!


振り向きざまに銃口を向けたかと思うと、大腿を狙って躊躇なく引き金を引いた。

だが放たれた弾丸は、森の腐葉土を散らしただけだった。

一瞬早く接近したメイドの手が、赤髪の女の手を払ったのだ。

と同時にメイドの拳が、女の腹に突き刺さり――


――ッッ!


「うぐっ!」


女の身体がくの字に曲がる。

だが彼女は、それでも銃を取り落としてはいない。


わけがわからないが、司はこの隙にPDAを取り出した。
そして素早く特殊機能『半径6m以内にあるPDAの特殊機能を使用できる』を作動させようとしたが――


「くっ・・・!」


司の動きに気付いた女が、とっさに身を翻し、草むらの中に分け入って行く。

メイドは一瞬追う気配を見せたものの、すぐ思いとどまって司の方を振り向いた。

 

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「司様、お怪我はありませんでしたか?」


心配そうな声、恭(うやうや)しい態度――。

メイド姿もそうだが、その立ち振る舞いは司にとって不可解すぎるものだった。


「・・・あなたは?」
「私は粕屋瞳と申します」
「そうか。 あのとき掃除用具入れの中に隠れていた人だよね?」
「はい。 瞳とお呼び下さいませ」
「瞳、ね・・・」


司は途中だったPDAの操作を続行した。

すると画面上に、彼女のプレイヤー名と、使用可能な特殊機能が表示される。


■粕屋瞳(かすや ひとみ):半径100m以内にあるPDAにメールを送信する。 一度メールを送ったPDAには範囲外からでも送信ができる』


会議室で確認した時と変化は無い。


「・・・もしかして、あれからずっと僕の後をつけていたとか?」
「はい。 陰ながら、ずっと司様を見守らせて頂いておりました」
「はぁ・・・まさか2人の人間にマークされていたのに気付かなかったなんて、このゲームに生き残る自信が無くなりそうだ」
「いいえ、司様が落胆する必要はございません。 説明会の時に見せた明晰な推理力。 そして運営者を手玉に取った華麗な立ち回り。 頭脳という面において、司様に比肩するプレイヤーはおりません」
「・・・褒めてもらえるのは、有難いんだけどね。 それで瞳の目的は? どうして僕を救ってくれたの?」
「それは司様が、わたくしのご主人様だからです」
「は?」
「掃除用具入れに身を潜めていたあの時、私は、司様こそが運命のご主人様に相応しい方であると確信したのです」
「・・・・・・悪いけど、そんな話はとても信じられないな。 論理的じゃない」
「では・・・どうすれば信じて頂けますか? おっしゃって頂ければ、私は司様のために何でも致します」
「何でも、ね」


どうも瞳の意図が読み切れない。

彼女の身体能力は相当なものだが、今後一緒に行動したいタイプのプレイヤーとも思えない。

司は少し考え、恐らく拒否されるであろう要求をする事にした。


「瞳。 じゃあ今ここで裸になって、武器を持っていないことを証明してみせてよ」
「かしこまりました。 では――」


そう言って、瞳は恥じらいもみせずに胸のボタンを外し始める。

その目に迷いの色はない。

 

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「――ああ、わかった。 もう十分だよ」
「そうですか? お望みとあらば、どんなご奉公もさせて頂きますが?」
「いや、それもいらない」
「しかし、それでは・・・?」


瞳が心底困惑したように見つめてくる。

どうやら本気で、司を自分のご主人さまに仕立て上げたいらしい。


「・・・わかったよ、瞳」
「え?」
「僕を主人と思いたいなら、勝手にすればいい」
「よろしいのですか?」
「でも僕は、僕の好きに行動させてもらうよ。 それでいいね?」
「はい! もちろんです、ご主人様!」


瞳は明らかに異常だった。

しかし異常だからこそ、あまり無体な真似をすれば、その反動が恐ろしかった。


――ひとまずは様子見かな?


司は今のこの状況において、そう判断せざるを得なかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

――司と瞳が主従関係を結び、行動を始めたその一方――

 

細谷春菜は修平と琴美を先導しながら、フィールド北東のとある山を登っていた。

できるだけ日の当たっている箇所を選んで進み、日陰には細心の注意を払う。

そして罠の痕跡を見つける度に、春菜は2人に注意を促した。


「そこの木陰。 黒い糸が張ってあるから気をつけて」

「ああ、わかった。 琴美、引っかかるなよ」

「う、うん・・・あ、この糸だよね?」

「えぇ、そうよ」

「うわー、はるなちゃんよくこんなの気付けたね? 私だけだったら、きっと全部の罠に引っかかってたところだよ」

「知識があれば、見つけるのはそれほど難しい事じゃないわ」

「ふーん。 はるなちゃんって、色んな事に詳しいんだね? ゲームのルールにも、詳しかったし」

「・・・悪い?」

「ううん、悪くないよ。 知識って本当に大事だなーって思うし。 学校で勉強した事って、こういう時あまり役に立たないから」

「そう・・・」


春菜はこのゲームについて自分が話せるだけの情報を、『噂で聞いた事がある』として、すでに2人に全て話していた。

その理由について修平はかなり懐疑的な反応を見せていたのだが、どうやら琴美はそれに対して、疑問を抱いてはいないらしい。


「・・・それにしてもはるな、どうしてこの山にだけ、こんなに罠が仕掛けられているんだ? もしかして、お前が全部仕掛けたのか?」

「まさか。 ここの罠は、元からここに仕掛けられていたものよ。 壊れてるものもあるみたいだし・・・たぶん、前回の名残ね」

「前回って事は、同じ場所でこのゲームが何度も繰り返されてるって事だよね?」

「ええ。 と言っても、ただの推測に過ぎないけど」

「そっか・・・ねぇ修ちゃん、私たちはるなちゃんと一緒になれて良かったね。 キューブの事とかメモリーチップの事とか、はるなちゃんに聞かなきゃ絶対わからなかったし」

「・・・ああ、そうだな。 ところで、安全な場所ってのにはいつ着くんだ?」

「もうすぐよ。 ほら」

 

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春菜がそう言って指差した先、少し開けた山の中腹に、丸太作りの小屋が見えてくる。

 

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「山小屋か・・・結構しっかりしてそうだな?」

「うん。 これで、ようやくゆっくり休めるね」

「行きましょう。 この先はもう、罠はないはずだから」

それでも周囲を警戒しつつ、春菜は2人を山小屋まで案内した。


・・・。


そして春菜が手に入れていた水と食料を分け合って、3人で一息ついた後――

 

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「・・・さて、これからどうする?」

「うーん、私としては修ちゃんとはるなちゃんのクリアを優先させたいかな。 私の条件は『自分を中心とした5つ並びのナンバーの他プレイヤーに危害を加えない』だから、何もしなくても大丈夫だし」

「確かにな。 はるなはどう思う?」

「私は・・・クリア条件の達成よりも、まずここの防御を完璧にしたいかな。 このゲームはあと何日続くかわからないし、どんな危険なプレイヤーが参加しているかもわからないから」

「あれ? でも、そのためにこの山小屋に来たんだよね?」

「確かに罠は残っているけど、まだ不十分ね。 現に私たちもここにたどり着けたわけだし、少し勘の良いプレイヤーなら、あのくらいの罠は簡単に越えて来るわ」

「それは、そうかもしれないけど・・・でも、だったらどうするの?」

「罠をもっと増やしましょう」

「えっ?」

「もちろん殺傷能力の高いものは、むしろ解除するつもりよ。 けどプレイヤーの接近を知らせるものや、プレイヤーを捕獲するタイプのものは、もっとたくさんあった方がいいと思う」

「でもそれって、他のプレイヤーを怪我させちゃうかもしれないんだよね?」

「悪くても、せいぜい骨折ぐらいね。 このゲームに参加していて、そのくらいの怪我で済むならましな方だと思うけど?」

「うー・・・はるなちゃんはこう言ってるけど、修ちゃんはどう思う?」

「そうだな・・・俺も、はるなの意見に賛成だな」

「ええっ!? どうして!?」

「理由は2つ。 まず琴美のクリア条件についてだけど――確かに俺を除く対象の『5』『7』『8』のプレイヤーが有効的だった場合、琴美のクリアはもう確定しているようなものだ。 だがそれが危険なプレイヤーだった場合、琴美には正当防衛さえ許されちゃいないんだ」

「そっか。 確かにその状況を想像したら、怖くなるね」

「ああ。 だが罠を張っておけば、少なくとも他プレイヤーからいきなり襲われるという事態は避けられる。 それともう1つの理由は、その方がはるなのクリア条件を満たすのに有利だからだ。 いきなりクロスボウで狙うより、一度捕獲してから傷を追わせた方が、そのプレイヤーにとっても安全だからな。 そうだろ、はるな?」

「えぇ・・・」

「どうだ、琴美? これでもまだ納得できないか?」

「ううん。 良くわかったよ。 でも、私とはるなちゃんは良いとしても、修ちゃんのクリア条件はどうなるの? 修ちゃんは素数のナンバーを持つプレイヤーを、全員把握しなきゃいけないんだよね?」

「いや、そうとも限らないさ」

「どうして?」

「俺のクリア条件も琴美と同じで、何もしなくてもクリアの可能性があるんだ。 素数ナンバーのプレイヤーがそれぞれ独自に条件を達成してくれればそれでいい」

「でも・・・」

「琴美、心配しないで。 私のPDAの特殊機能があれば、だいたいのプレイヤーの行動を把握できる。 もしゲーム終了が近づいても、素数ナンバーのプレイヤーがクリア条件を満たしていないようだったら――」

「ああ。 その時は、ここを出て助けに行けばいい」

「・・・うん。 わかった。 2人がそう言うなら、私もそれに従うね」

「それじゃあ2人とも、そろそろ休憩は終わりにしましょ」

「・・・そうだな。 はるな、まず先に俺たちに罠について教えてくれ。 その後で俺とはるなで危険な罠を解除しつつ、追加の罠を張っていこう」

「あれ? 修ちゃん、私は?」

「琴美が罠を張ると、もしその罠でプレイヤーが傷を負った場合、クリア条件に抵触するかもしれないだろ? だから琴美は、俺たちが罠を張っている間にキューブの捜索を頼む」

「うん。 了解」

「でも、だからってはるなの説明はちゃんと聞いとくんだぞ?」

「うん。 わかってるよ」

「本当か? お前はすぐお姉さんぶるくせに、少し抜けてるところがあるからな。 間違っても俺たちの張った罠に、お前がかかったりしないでくれよ?」

「もー修ちゃん、だから大丈夫だってば」

「あははっ、悪い悪い」


頬を膨らませる琴美に、修平がおどけたように笑顔を返す。

だがその笑顔が心からのものではない事に、春菜だけは気付いていた。

 

・・・。


――そうして時間が過ぎ、陽が西へ傾き始めた頃。


春菜は、小屋で見つけた罠用のテグスを周囲に張り巡らせながら、つい溜め息をついていた。

 

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「はぁ・・・お兄ちゃん・・・きっと、もう色々気付いちゃってるんだろうな・・・。 もしかしたら、そろそろ私の所に来ちゃうかも・・・」


そう呟いた時、木々の向こうから誰かの足音が聞こえてくる。

 

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見やると予想通り、そこに修平がいる。


「・・・やっぱりね」
「なんだ? 俺が来るってわかっていたのか?」
「ええ。 修平の性格なら、そうなんじゃないかって」
「そうか。 それなら話が早くていいな。 じゃあ聞かせてくれないか? はるながどうしてこのゲームについて詳しいのか、本当の理由を」
「・・・・・・」


それも予想通りの問いだった。

だが修平のその問いに、春菜は答えるわけにはいかなかった。


「・・・どうした? どうして何も答えようとしないんだ?」
「それは、言えないから・・・」
「言えない? なぜ?」
「それも言えない。 修平・・・私は、言うわけにはいかないの」


リピーターはファーストステージの間、リピーターとセカンドステージの存在を、決して明かしてはいけないルールなのだ。

もしそのルールを破れば、首輪はただちに爆破される事になる。

すると修平が、小さく頷いて言う。


「・・・わかったよ、はるな。 お前は『言わない』んじゃなくて、『言えない』んだな?」


――わかってくれた。


春菜はなぜだか、その事が無性に嬉しくて――

そして、もう十分だと思った。


「修平・・・」
「ん?」
「私、もう行くね?」
「行く? 行くってどこへ?」
「・・・わからない。 でも少なくとも、私はもうここにいるべきじゃない」
「どういう意味だ?」
「それも言えない。 言いたくない」
「・・・?」
「修平、私の役割はもう終わったのよ。 あとは修平だけでも、琴美を守ってあげられるでしょ?」
「それじゃあはるなは、最初からそのつもりで俺たちをこの場所に・・・?」
「ううん、たぶん違う。 でも、修平には少し前にも言ったよね? 私は今、混乱しているって。 今だって、きっとそう。 だからおかしな事になる前に、私は今度こそ、あなたたちから離れる事にしたの」
「・・・引き止めても無駄なのか?」
「ええ、たぶん・・・」
「・・・もしかして、もう会えないのか?」
「うーん、それも今はわからないかな? できるだけそうなるように、頑張ってはみるつもりだけど」
「そうか・・・でもどうしてだったんだ? なぜ俺たちにここまでしてくれたんだ?」
「ふふっ、なぜかしらね?」


春菜はそう言って笑い、修平に背を向けて歩き出す。

すると不意に、かつての記憶が甦り――

 

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「バイバイ、春菜っ! お前は、ちゃんと幸せになるんだぞっ!」


春菜は一度だけ、兄の方を振り向いていた。

あの頃の自分が、よくそうして兄を見ていたように・・・。

その途端、修平が春菜の顔を見て、目を震わせた。

そして息を飲んで言う。


「そ、んな・・・はるな・・・――待て、待ってくれ! はるな、頼むから止まってくれ!」

「・・・?」


明らかな異変に、思わず春菜の足が止まる。


「はるな・・・お前、名字は『細谷』なんじゃないのか?」

「っ・・・!」

「そうか、やっぱりそうだったんだ・・・。 ずっと感じていた違和感の正体は、そういう事だったんだ・・・!」

「修、平・・・?」

「ようやくわかったんだ! お前が本当は誰なのか!」

「え・・・? そんな・・・うそ・・・?」

「お前、春菜なんだろう!? 俺の妹の春菜なんだろう!?」

「・・・・・・」

「どうしたんだ? どうして黙ってるんだ?」

「・・・だって・・・私もう、修平とは一緒にいられないから・・・・・・さっき、そう決めたから・・・」

「ダメだ! 行かせない!」


――ッ

 

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「っ!?」
「せっかくこうして会えたのに、どうしてまた俺たちが、離れ離れにならなきゃいけないんだ! 俺は、お前がどういう経緯でこのゲームに参加していようと、もう気にしたりはしない! だから春菜、行かないでくれ! お前はもう、俺の側から離れるな!」


修平の痛いくらいの抱擁が、春菜の身体を締め付ける。

その温もりが、春菜の身体に染み込んで来る。


「ずるいよ、お兄ちゃん・・・今になって、そんなこと言うなんて・・・。 じゃあ、どうしてあの時・・・同じ事を言ってくれなかったの・・・? あの時だって、私はお兄ちゃんと一緒にいたかったのに・・・。 だから、今だって・・・私は・・・」


気が付けば、春菜は10年ぶりに兄の胸で泣いていた。

そしてもう、どこにも行けなくなっていた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 


――やがて太陽が西の山陰に沈み、夜闇がフィールド上を覆った頃――

 

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「ったく・・・散々な1日目だったわね・・・」


そう呟いて吐息をつくと、夜の森を歩く藤堂悠奈の肩に、疲労がどっと圧しかかってくる。

ゲーム初日である今日に、悠奈が遭遇できたプレイヤーはたったの3人――。

だが、そのいずれもがセカンドステージへのトリガを引く可能性を秘めていたにもかかわらず、1人も捕縛できずに終わっていた。

それでも悠奈は諦めずに、今の時間まで行動していたのだが、新たなプレイヤーに遭遇することはなく――


収穫は、ついさっき食料と一緒に手に入れた柳葉刀だけだった。


「はあ・・・っていうかコレ、やけに重いし、別に使うつもりもないし、さっさと捨てちゃおうかしら?」


そう呟き、かといってその辺に捨てるわけにもいかず、悠奈がその刀の廃棄方法について考えを巡らせた――その時。


――!


突如吹き込んできた黒い突風が、悠奈の手から、それを奪って行き過ぎる。


「なっ・・・! 何なのよ、今の・・・!?」


わけがわからずそちらを見やると――


見ると小さな背中が、柳葉刀を手に森の向こうへと駆けて行く。


――猿!?


一瞬そうかとも思ったが、だがそれは明らかに人間だった。


「このっ――ちょっとアンタ、待ちなさいよ!」


すると夜闇の向こうから、返答がくる。

 

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「あなたが捨てると言ったから、もらったまでです! この刀は、私が有効利用しますのでご安心下さい!」


そして足音が、どんどん遠ざかって行く。


「有効利用って・・・――って、逃がすかこのッッ!!」


悠奈は即座に、その背を追った。

 

・・・。

 

だが、日付が変わるまで追い回したものの――


初日最後となる悠奈の行動も、結局徒労に終わっていた。

 


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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――初音ちゃん! 初音ちゃん! 初音ちゃん!


その日、大勢のファンが初音の前に集っていた。

レギュラー出演している子ども向け番組の人気を受けて、ついに念願だったファーストシングルの発売を迎えたのだ。


――初音ちゃん! 初音ちゃん! 初音ちゃん!


大勢のファンが、初音の名前を呼んでいる。

周囲は彼らの熱気と、そして煌びやかな光で満ちていた。

初めて握手会を行ったあの日――。


『安藤初音』は、正真正銘のアイドルだった。

 

・・・。

 


―2日目―


「・・・ちゃん、初音ちゃん。 なぁ、初音ちゃん起きてくれってば」

「ぅ、ん・・・」

 

 

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誰かに肩を揺すぶられて目を覚ますと、そこは彼女がさっきまでいた、煌びやかな世界ではなかった。

風化してボロボロになった木の壁や床が、闇の中にぼんやりと浮かび上がってくる。


「・・・あれ? ここ、どこですか? ファンの人たちは、みんなどこに行ったですか?」
「おいおい初音ちゃん、こんな時に寝惚けんのはナシだぜ?」
「あ・・・大祐? そっか・・・初音は誘拐されて、ゲームに参加させられていたのですね・・・」


昨日、説明会場で見た死体の山――。

そして何者かに矢で襲われ、まり子が足を負傷したという現実。

初音はそれら全てを思い出し、闇の中で、小さな体を震わせた。

 

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「・・・大丈夫だって、初音ちゃん。 初音ちゃんは、俺がきっちり守ってやるからさ」


そう言って、大祐が優しく笑いかけてくる。

昨日から何かと初音を気にかけてくれる大祐に、初音はつい笑顔になって頷いた。


「でも、こんな時間にどうしたですか? もしかして、何かあったのですか?」
「しー、静かに。 まり子に気付かれちまうだろう?」
「え・・・? まり子がどうかしたですか!? まさか容態が悪化したとかですか!?」


かなり深く切り裂かれてしまったまり子の足を、ありあわせの布で治療したのは初音だった。

そんな経験など今まで無かっただけに、不安で一気に目が覚める。


「違うって、まり子の傷なんて心配する必要はねーよ。 でも大変なんだ。 初音ちゃん、これを見てくれよ」


そう言って大祐が取り出したのは――

もうすっかり見慣れた、1台の機械だった。


「PDA・・・? それが、どうかしたですか?」
「これは俺のPDAじゃない。 まり子のPDAだ」
「え!?」
「ほら、まり子だけが俺たちに特殊機能を明かしてなかっただろ? そんなの絶対不公平だと思ってさ。 だから、寝ている内にちょっと拝借したんだけど――そうしたら、ほら」

 


■上野まり子:プレイヤーナンバー『A』
クリア条件:『3時間以上離れずに指定したパートナーと行動する』
特殊機能:『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』

 


「首輪を爆破っって・・・初音たちがしている、この首輪の事ですか・・・!?」
「な? びっくりするだろ? まり子のヤツ、いつも自分が正しいみたいな事を言っておきながら、こんなあっぶねー特殊機能を隠し持っていたんだぜ? なあ、これってどう思う?」
「それは・・・でも・・・」
「あーわかる。 わかるよ初音ちゃん。 まり子を信じたいっつーその気持ちはさ。 でも、よーく考えてみてごらんよ。 俺たちが一生懸命このゲームで生き残ろうとしてた時に、まり子は俺たちのために何かしてくれたか?」
「・・・確かに、まり子は初音たちが何かする度にずっと怒ってばかりいたのです」
「だろ? だから俺たちに特殊機能の事を黙ってたのだってさ、きっといざとう時に、俺たちを殺そうと思っていたからなんだよ」
「でも、まり子もさすがにそこまでは――」
「なんだよ初音ちゃん? 俺じゃなくて、まり子の方を信用するってーの?」
「あうぅ、そういうわけではないのですが・・・」
「・・・・・・あそ。 じゃ、もういいわ」
「え?」
「せっかく助けてやろうと思ったのに、そんなにまり子と一緒にいたいなら、好きにすればいいんじゃねーの?」


そう言って大祐が立ち上がり、出入り口の方へ歩いて行く。


「大、祐・・・?」

「じゃあね、初音ちゃん。 俺は初音ちゃんの首輪が、まり子に爆破されない事を祈っているよ」

「――ま、待つです大祐」

「ん?」

「やっぱり初音も、大祐と一緒に行く事に決めたです」

「・・・よっしゃ。 だったら早く支度しなよ。 まり子だって、いつまでも寝てるとは限らないんだからさ」

「は、はいです」


・・・・・・。

 


・・・。

 


――それから2時間が経ち、森に光が差し込むようになった頃。



大祐の後について行った初音は、山道の先に小さな家屋を見つけ、その中に2人で足を踏み入れていた。


「おっ、いいじゃんいいじゃん。 さ、初音ちゃん。 ちょっくらここで休んでいこうぜ」


そう言って大祐が、初音を家屋の奥へ誘ってくれる。

でも初音はしばらく前から、気が気じゃない心境を抱え、ずっと黙り込み続けていた。

 

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「・・・・・・」
「ん? どったの、初音ちゃん?」
「・・・・・・あの、大祐」
「んあ?」


大祐が不思議そうにこちらを見る。

初音はまた一瞬ためらったが、それでもか細い声で言う。


「やっぱり初音は・・・まり子の事が、心配になって来てしまったのです・・・」
「はぁ?」
「だってまり子のクリア条件は・・・『3時間以上離れずに指定したパートナーと行動する』だったです・・・。 もしまり子が今も1人だったとしたら・・・あと1時間で、きっと首輪が爆発してしまうのです・・・」
「いや、そりゃそうだけどさ。 でも、そんなの初めからわかってた事じゃんか?」
「はいです・・・でもあの時は、まり子がどうしても怖くて・・・でもでも、冷静になって考えてみると・・・」
「怖くなって来ちゃったっつーのかよ? 自分たちのせいで、まり子が死ぬんじゃないかって?」
「・・・はいです」
「ったく、仕方ねーなぁ」
「・・・・・・」
「でも安心しなよ、初音ちゃん。 たとえまり子が死んだとしても、それは俺たちのせいじゃないんだからさ」
「え・・・?」
「初音ちゃんさ、『カルネアデスの板』って知ってる?」
「かるね、あです・・・ですか?」
「そ。 昔の哲学者にそういう名前の人がいるんだけどさ、そのおっさんがこんな問題を作ったんだ。 ある日、船が難波して2人の船員が海に投げ出されました。 そこへ1枚の板が流れてきます。 でもその板につかまれるのは1人だけでした。 そこで船員の1人は、もう1人を溺死させて、自分だけ助かっちゃったんだけど――さて、初音ちゃんに問題です。 この船員は罪に問われるべきでしょうか?」
「それは・・・やっぱり自分だけ助かろうとするのはいけない事だと、初音は思うです・・・」
「ふーん、初音ちゃんはそう思うんだ。 でも、どっちみち1人しか生き残れない状況だったんだぜ? それに、その人にはどーしても生き残らなきゃいけない、深ぁーい理由があったとしたら?」
「だとしたら・・・初音には、どっちが正しいのかわからないのです」
「そう、実はそうなんだよね。 誰にも答えなんてわからない。 だからこういう場合は、『緊急避難』って言って、法律でも罪に問わないことになってるんだ」
「え? そうなのですか?」
「ああ。 これが『カルネアデスの板』に対して、人類が出した答えなんだよ。 なぁ初音ちゃん? この話ってさ、今の俺たちの状況と似てると思わないか? 俺たちは今、わけのわからないゲームに参加させられている。 誰かを蹴落とさないと、生き残れるかどうかわからない。 なんせ、クリアできなきゃ首輪がボンだからね。 だからさ、緊急避難の観点から考えても、たとえまり子がゲームオーバーになったとしても、俺たちは何も悪くねーのさ。 だいたい悪いのは俺たちじゃなく、このゲームを運営している連中じゃん? 俺たちが付けてるこの首輪だって、連中に勝手にはめられたわけだし」
「それは、そうかもですが・・・」


確かに大祐の言っている事は、間違っていないのかもしれない。

もしまり子がこのまま死んでしまったとしても、それはこのゲームを運営している人たちが、罪を償うべきなのかもしれない。


でも――


「・・・でも初音は、やっぱりまり子が心配なのです」
「おいおい初音ちゃん、なんでこれだけ言ってもわかんねーんだよ? まり子に殺されちまうかもしんねーっつーのにさ?」
「で、でもっ・・・だ、大祐はここにいると良いのです。 初音はやっぱり、まり子の所に戻る事にしたのです」


初音はそう告げて、急いで家屋の外に出ようとした。

だが、その手を大祐につかまれる。


「はぁ・・・ったく、せっかく苦労してここまでつれて来たんだから、行かせるかっつーの」
「え?」
「――オラよっ!」
「きゃっ・・・っ・・・!?」

 

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気が付けば初音は、家屋の底に尻餅をつかされていた。

何が起きたのか理解できず、初音が目を白黒させながら大祐を見上げると――


「あはっ! いいねその顔!」
「っ・・・! だ、大祐・・・?」
「あははっ! なになに、もしかして驚いちゃった?」
「っ・・・!?」


初音には本当に、何が起こっているのかわからなかった。

だが大祐はそんな初音からあっさり目を逸らし、床に落ちている何かを見つけて声を弾ませた。


「おっ、いいもん見ぃーっけ!」


そう言って大祐が、そこに落ちていた荒縄を取り上げる。

そしてすぐ、何かを思いついたように声を上げた。

 

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「よし、決めた! 俺って、マジで決めました!」
「・・・?」
「ほらさぁ、説明会で運営の人が言ってたろ? このゲームは基本的に、何をしても自由だって。 だから俺、今から初音ちゃんをここで飼う事に決めたよ」
「な・・・何を、言っているのですか・・・?」
「だからぁ、初音ちゃんは今から俺のペットになるんだって!」
「ッ――!?」
「むふふふふっ、うっわー俺マジで、すっげー楽しくなってきたかもっ! つーわけで初音ちゃん、ちょっと大人しくしてなよ? ささっと縛ってあげるからさ」
「っっ!!」


大祐が荒縄を手に、初音の方へ歩み寄って来る。

変貌した大祐の口元に張り付く嫌な笑み――。

初音はその現実が信じられず、必死にそれを否定した。


「・・・う、嘘なのです! 大祐は、きっと初音をからかっているのです! 初音は知っているのです! 大祐は優しい人だって! だから大祐が、そういう事を本気でするはずがないのです!」
「あはははっ。 ほんとバカだなー、初音ちゃんは。 初音ちゃんが、俺の何を知ってるっつーのさ? 俺ってこう見えて、けっこう臨機応変タイプなんだよね。 万能タイプっつーかさ。 だから安心しなよ。 ちゃーんと可愛がってやるからさ」


大祐がついに初音の下へ辿り着く。

初音は恐怖と混乱から、体を強張らせている事しかできなかった。


・・・。

 

「・・・あはっ、できたできた! さてと・・・そういや、そろそろ腹減ってきたな? 初音ちゃんもそうじゃね? よっしゃ。 ここはいっちょ初音ちゃんのために、餌を持って来てやんねーとな。 でもその前に、武器が欲しいところだけど――ま、とりあえずはコレでいっか?」


大祐がそう言ってポケットからドライバーを取り出し、初音に笑顔を残して去って行く。


やがて家屋に静寂が訪れ――


初音はその中で、涙を流しながら呟いた。

 

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「これは・・・きっと、何かの間違いなのです・・・。 きっと大祐は・・・初音をからかっているだけなのです・・・こんなの・・・初音は絶対に、信じないのです・・・」


だが手首を縛る荒縄の感触は、どうしようもなく現実だった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


――そして初音が、家屋の中ですすり泣き始めたその頃――


数分前に目覚めた黒河正規は、腹ごしらえに必要なメモリーチップを得るために、キューブを探して森の中を歩いていた。


「――そ、そうだ黒河くん・・・民家や小屋を、重点的に調べてみるっていうのはどうかな?」
「あ?」


空腹の所へうわずった声を聞かされ、黒河の眉が跳ね上がる。

何となくムカつきながら振り向くと、昨日奴隷にした充が、ビクついた目をこちらに向けている。

 

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「あっ、いや、その・・・」
「ちっ、昨日からいちいちビクつきやがって。 いい加減慣れろっつーんだよてめぇはよ」
「ご、ごめん・・・」
「んで?」
「え・・・」
「てめぇこのっ、ふざけてんのか? さっきの発言の根拠を言えっつーんだよ」


充がこのゲームについて詳しかったのは、ネット上で都市伝説として語られていたものを、見た事があったからだと言う。

その断片的な情報からキューブやメモリーチップの事に気付けたのだから、充の分析力はなかなかのものと見ていいだろう。

使い勝手のいい奴隷――。

それが黒河の、充に対する評価だった。

だがその度胸の欠片も無い態度が、ムカつく事には変わりない。


「っ・・・」
「おい、てめぇなに黙ってくれてんだ? ぶっ飛ばされてぇのかコノ野郎」
「あっ、言うよっ、言うってば。 僕が民家や小屋を調べた方がいいって言ったのは、その方が他のプレイヤーと遭遇する確率が、高くなると思うからなんだ。 ほら、僕らプレイヤーはいきなりこんな場所に連れて来られて、みんな山での行動には慣れていないはずだろ? だから僕らみたいに外で夜を明かしたプレイヤーは、たぶん少ないはずなんだ。 PDAのマップを見る限り、人が住める状態かどうかはわからないけど、色んな建物があるみたいだし」
「なるほどな。 だからてめぇは、そういう場所で休んでいる連中を探して、何もかんも奪えっつーんだな?」
「う、奪う・・・?」
「ああ? 違うっつーのかよ?」
「いやっ、うん、もちろん奪うでも構わないんだけど、交渉で済ませられるなら、それはそれで構わないわけで――」
「ちっ、馬鹿かてめぇ。 交渉とか、んなもんくだらねぇっつーんだよ」
「だ、だけど」
「ああ? てめぇ、何か文句あんのかよ?」
「い、いやっ、別にその」
「ちっ・・・グダグダ言ってねぇで行くぞオラ!」


黒河はそう吐き捨てると、先陣を切って森の外へと歩き出した。


すると、やがて――

 

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――う・・・、うぅっ・・・2人が出て行ったのはいつなの・・・? 私、あとどれくらいで・・・――


「・・・ああ?」


さっそく見つけた小屋の中から、女のすすり泣く声が聞こえ、黒河の足が思わず止まる。


「・・・黒河くん、あそこに誰かいるみたいだね?」
「うるせぇな。 てめぇ、なにわかりきったこと言ってやがんだ? もしかしてビビってんのか?」
「いやっ、でもほら、近くに仲間とかいるかもしれないし」
「アホか。 だったら好都合だっつーんだよ」


黒河はそう言って笑い、銃を手にその小屋の中へ踏み込んだ。

 

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「――動くなコラ」

「ッ――!? だっ・・・誰、なの・・・!?」

「黙れ。 余計な口きくんじゃねぇ」


端的にそう告げて、親指で銃の撃鉄を起こす。

すると女は、それだけでさらに硬直した。


「~~ッ!!」

「そうそう。 それでいいんだよ」

「こ・・・殺さ、ないで・・・!」

「クハハハハッ、そいつはてめぇ次第だなァ. 食料、武器、メモリーチップ。 何でもいいから全部俺によこしやがれ。 じゃねぇと、てめぇ――ん?」


ふと気付けば、女の足元にPDAが落ちている。

とりあえず目当ての物を見つけ、黒河の口端が引き上がる。


「おい女、てめぇそのPDAを俺に見せろ」

「っ――! そ、それは・・・だめよっ、できないわ!」

「ああ!? てめぇ、この状況わかってんのか!? 頭ハジかれてからじゃ、後悔すらできねぇんだぞコラァ!?」

「で、でも・・・」

「あっそ。 じゃあ死ね」

「わ・・・わかった。 わかったから」


黒河の恫喝を受け、女が慌ててPDAに手を伸ばす。

だが、それに触れた途端――

 

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「っ・・・」

「あ? てめぇ、なに止まってんだ?」

「・・・・・・あ、あなた・・・じ、銃を捨てなさい・・・」

「はァ?」

「――じゅ、銃を捨てないと、ああっ、あなたの首輪を、ば、爆破するわよっ!」

「はぁあああっ!? 首輪を爆破するだぁっ? てめぇ舐めたこと言ってやがると――」


黒河がそこまで言いかけた時、充が後ろで声を上げた。


「――く、黒河くんっ!?」

「っ・・・んだよ、充? てめぇなに邪魔してくれてんだ?」

「ち、違うんだよ! その子の言ってることは、本当なんだ!」

「ああ?」

「彼女の特殊機能は『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』なんだっ! そして黒河くんは今、その効果範囲内にいるっ!」

「あ・・・?」


充のPDAは『JOKER』――。

それはプレイヤーの中でも特殊なPDAで、『半径10m以内にあるPDAに変化できる』という機能を持っている。

つまり、充の言葉に嘘はない。

そして女の指は、すでにPDAの操作ボタンに触れている。


「っ・・・オイ充、てめぇなんでそういう事を、もっと早くに言わねぇんだよ?」

「ご、ごめん・・・先に、クリア条件を確認してたから、そのっ・・・」

「――い、いいから早く銃を捨ててよっ! ほほ、ほっ、本当に爆破するわよっ!」

「なっ、てめぇコノ・・・っ!」


黒河は一瞬、このまま引き金を引いてしまおうかとも考えた。

だが、弾みでPDAのボタンを押されてもかなわない。


「ちっ・・・・・・わぁったよ」」

「・・・・・・」

「オラ、行けよ」

「え・・・?」

「どっか行けって言ってんだよ、このクソアマがっ!」

「ッ――!」


黒河の怒鳴り声を聞き、女が勢い良く小屋を飛び出して行く。

黒河は、しばらく遠ざかる女の背中を見つめ――

それから充に問いかけた。


「・・・おい充、あいつのクリア条件はなんだ?」
「えと、『3時間以上離れずに指定したパートナーと行動する』だったけど・・・?」
「けっ、んだそのクリア条件は? あんな危険な特殊機能を持った女と、ずっと一緒にいろっつーのかよ? ――いらねぇなァ、あの女は」
「え?」


黒河は充を無視して銃を拾うと、おもむろに小屋の外に出た。

女は足を怪我していたらしく、まだ見える範囲内にいる。


「く、黒河くん・・・いったい何を・・・?」
「あいつは、俺の奴隷にはなれねぇ。 だったらなんだ? 俺の敵ってことだろうが? だったらよぉ、今の内に排除しとかねーとなぁ?」


――!!


そう言うと、黒河はそのまま拳銃の引き金を引いた。


「きゃっ!」


銃声が鳴った直後、女が地面に転倒する。

だがすぐに起き上がり、わたわたと森を目指して走り出す。


「クッ、カハハハハッ! クソアマが、俺を脅しやがった事を後悔させてやるぜ!」


――!!


――!!!!


「ッッ―――!!」


「んだぁ? なかなか当たんねぇもんだな、おい?」


残りの弾数は1発――。

黒河は今度こそ仕留めようと、コルト、パイソンの照準を慎重に女の背中へと向けた。


と、その時――


「や、やめなよ黒河くんっ! もし当たっちゃったら、きっと大変な事に――」
「あ・・・?」


充が口にした『やめなよ』という言葉を聞き、黒河は動きを止めて、その眼鏡面に目をやった。

ありえない事をしてくれたその奴隷に、眉間がカッと熱くなる。


「・・・充てめぇ、もしかして今、俺に指図しやがったか?」
「え・・・?」
「指図しやがったよなぁ? てめぇは俺の、奴隷になったはずなのによォ?」
「あ・・・だ、だからそれは・・・っ」
「――てめぇっ、いい度胸してんじゃねぇかコノ野郎ォオオオオオオッ!」


――ッ


「うぎゃっ」


黒河の拳を顔面に受け、充が派手に転倒する。


「ぅ・・・うぅ、ぅ・・・」
「ちっ、ざけやがって。 いいか充、よく聞いとけ。 てめぇみてぇな力のねぇ奴隷はな、ゴタゴタ言ってねぇで黙って奴隷らしくしてりゃいいんだよ? こんどクソ舐めた真似しやがったら、てめぇマジでぶっ殺してやるからな――わかったか、このクソがっ!!」
「あ、あぁ・・・わっ、わかったよ黒河くん・・・」
「けっ」


黒河はそう吐き捨てて、森の方を振り向いた。

だがそこにはもう、黒河を舐めてくれたクソアマの姿はない。


「ったく、どいつもこいつもよォ」


運営、真島、バカ女、クソアマ、充――。


黒河はこのゲームが始まってから、舐められっぱなしの状況にある事に苛立ちを感じながら――

それでもクソアマが何か使える物を残していっていないか探るため、1人で小屋の中へと戻って行った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

――一方、黒川が背を向けた森の中では――

 

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藤堂悠奈が猛然と、先ほど連続的に銃声が鳴り響いた、その方角へ向けて走っていた。


「ったく、朝っぱらからどこのバカよっ!」


プレイヤー全員を生存させる――。

その目的を掲げる悠奈にとって、どんな理由であれそれを妨げようとする人間は、怒りを向けてしかるべき対象だった。

だからその怒りに任せ、森を抜けようとした――その時。


――どうして、私ばっかりこんな目に・・・! いやよ・・・私、死にたくない・・・! 死にたくない・・・死にたくないよぉおおおーっ!――


「ッ――!?」


木々の向こうから聞こえて来た悲痛な叫び声を聞き、悠奈の足に急ブレーキがかかる。


――ねぇ、誰かいないのっ!? お願いだから、誰か返事をしてよぉっ!――

 

「・・・何か知らないけど、ずいぶん切羽詰まってるみたいね」


声の感じからすると、その声の主は錯乱状態にあるだろう。

近づけば、ともすれば危険かもしれない。

だが悠奈はその逡巡を振り切って、声がする方へと駆けた。

藪の中を突っ切って、最短距離ルートを通って接近する。

そして念のため銃を取り出しながら、最後の藪を飛び越える。

 

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「だ、誰っ!?」

「ああ、私? 私は藤堂悠奈よ――っていうか、そっちが呼んでたから来たっていうのに、そんな警戒心バリバリな反応はないんじゃない?」

「え? それじゃあ――」

「ええ、私はあなたを助けにきたのよ。 だから、ちょっとは落ち着いて」

「ほ、本当に!? 良かった。 それじゃあ早く――」

 

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「ストップ」

「え・・・?」


駆け寄ろうとした所で銃口を向けられ、女の顔が凍り付く。


「念のためよ。 不意打ちとかされたくないもの」

「そっ、そんな・・・お願い、早く、何でもするから、だからっ、お願いだから助けて、もう時間が、時間がないのよっ」

「オーケーオーケー。 わかったから落ち着きなさいって。 安全だってわかったら、ちゃんと助けてあげるから。 で、時間がないってどういうこと? もしかして、ゲームオーバーギリギリって感じなの?」

「そ、そうなのよっ、私のクリア条件は『3時間以上離れずに指定したパートナーと行動する』なのっ、だから――」

「ふーん。 それで残り時間は、あとどれぐらい残ってるわけ?」

「わからないっ、わからないのよ! だからっ、だからお願い!」

「わかったわかった、じゃあ、PDAをこっちに投げてよこして。 操作はこっちでしてあげるから」

「っ・・・!」

「どうしたの? 時間がないんじゃなかったの?」

「わっ、私がやっちゃダメなの・・・?」

「そんなの、ダメに決まってるじゃない。 そっちにどんな特殊機能があるか、わからないってのに」

「で、でもっ・・・」

「なに? もしかしてヤバめな特殊機能なわけ?」

「っ・・・」

「・・・図星ね。 でも、ちゃんと話した方がいいわよ? じゃなきゃ私だって、さすがに危なっかしくて、あなたのパートナーにはなれないもの」

「でも私っ、きっと、この特殊機能の事を知られてしまったせいで、仲間に置いてきぼりにされちゃったのよ――だからっ」

「ふーん、なるほどね。 でも、それなら安心していいわよ」

「え・・・?」

「私のPDAの特殊機能はね、『半径1m以内にあるPDAを操作不能にする』なのよ。 あなたがそんなに、その特殊機能で痛い目を見てるっていうなら、私が使えなくしてあげるわ。 あくまで『操作不能にする』だから、クリアにも支障がないはずだしね」

「でも・・・そんな事をしたら、あなたはずっと、私の側から離れられなくなるんじゃ・・・?」

「あのね、人助けをするんだから、最後までその人の面倒を見るのは当然でしょ? だからタイムオーバーになる前に、私にPDAを渡しなさいってば。 絶対に、悪いようにはしないからさ」

「・・・・・・わ、わかったわ」


そう言って女が頷き、ようやくPDAを差し出してくる。

悠奈はそれを受け取ると、素早く彼女のパーソナルデータをチェックした。


■上野まり子:プレイヤーナンバー『A』
クリア条件:『3時間以上離れずに指定したパートナーと行動する』
特殊機能:『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』


「なるほどね・・・確かにこのクリア条件にこの特殊機能じゃ、相手に信用してもらうのは大変そうね?――っと、ごめん。 急がなきゃいけないんだったわね」


まり子が不安そうにこちらを見ているのに気付き、悠奈はすぐに彼女のPDAを操作した。

プレイヤーナンバー『J』を彼女のパートナーに指定し、次いで悠奈自身のPDAを取り出して、特殊機能を作動させる。

するとまり子のPDAは、ディスプレイにクリア条件とプレイヤーナンバーを表示したまま――

どのボタンを押しても、何の反応もしなくなっていた。


「これでよしっと。 ほら、これならもう安心でしょ?」


そう言って悠奈がPDAを返すと、まり子はそれを見つめたまま安堵の息を吐き――


「よ・・・良かっ、た・・・」

「え? あっ、ちょっと!?」

 

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急に膝から力が抜けたまり子の身体を、悠奈は慌てて受け止めた。

見ると彼女は、完全に気を失っている。


「ふー、いきなりだからビックリしたわ。 まぁ、ゲームオーバー寸前だった事を考えれば当然かもしれないけど・・・」


それに良く見ると、まり子は足に怪我をしているようだった。

一応治療されていたようなのだが、何があったのか、傷口が泥だらけになってしまっている。


「この傷・・・早く消毒した方がいいかもしれないわね」


悠奈はそう言ってまり子の身体を担ぎ上げると、早足で昨日から拠点にしている山小屋へと歩き出した。

 

 

・・・。

 

 

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【13】

 

Episode B -Secret Game ; Bloody Rave-

 

 


・・・。


あの日の事は、今でも時々思い出す。

半袖を着ていたから、たぶん夏だったと思う。


――さぁ、おいで。


曇天を思わせる灰色の壁をした建物の前で、何度か会った事がある夫婦が、そう言って春菜の肩に手を置いた。

それは温かく、とても優しい声だった。

でもどこか不自然に思えて、春菜は慌てて後ろを振り向いた。

嬉しい事でも、悲しい事でも、困った事でも、何かあるとすぐ兄の方を見るのが、当時まだ小さかった春菜のクセだった。

そしてそんな時、兄・修平は必ず春菜のために動いてくれた。

でもその日、修平はその場に固まったままだった

 

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「お兄、ちゃん・・・?」

「っ・・・春菜、お前とは今日でお別れだ」

「え・・・?」

「お前は今日からここを出て、細谷さんちで暮らすんだ」

「・・・?」

「お前、前に言ってたろ? 細谷のおじさんとおばさんは、優しいから好きだって」

「う、うん?」

「だからお前は、今日から『藤田』じゃなくて『細谷』になるんだ」

「・・・?」

「春菜は、細谷さんちの子になったんだよ」

「細谷さんちの子?」

「そうだ。 細谷さんのおじさんとおばさんが、春菜の新しいお父さんとお母さんになってくれたんだ。 これからお前を大事にしてくれる」

「よく、わからないけど・・・お兄ちゃんは?」

「俺は『藤田』のままでいる」

「・・・?」

「だから――俺はもう、春菜とは一緒にいられない」

「え・・・? いや・・・いやだよ、お兄ちゃん! わたし、お兄ちゃんといっしょがいい!」

「っ・・・行って下さい、細谷さん。 春菜のこと、よろしくお願いします」


修平がそう言って頭を下げる。

すると大きな大人の手が、春菜をどこかへ連れて行こうとする。

春菜は信じられない思いで、修平の顔を見つめた。


「どうしてなの!? お兄ちゃんは、春菜が嫌いになっちゃったの!?」

「・・・・・・」

「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

「・・・・・・」

「わかんないよぅ! 春菜、ぜんぜんわかんないよぅ!」

「・・・・・・」

「うぇえーん、お兄ちゃーんっ! 春菜、お兄ちゃんとお別れしたくないよぅっ!」

「春菜・・・ごめん。 でも僕と一緒にいたら、きっと春菜までダメになる。 だから――」


春菜と修平の間にある距離が、どんどん広がっていく。


・・・。

 

そして2人の世界を隔てるように、春菜を乗せた、車のドアが閉ざされた。


「バイバイ、春菜っ! お前は、ちゃんと幸せになるんだぞっ!」


窓から外を見ると、修平は泣きながら手を振っていた。

顔を涙でぐしゃぐしゃにして、それでも無理やり笑顔を作って。


――それが春菜が覚えている、兄との最後の記憶だった。


ずいぶん後になってから聞かされた話だが、細谷の両親は初め、春菜と修平の兄妹をどちらも引き取るつもりだったという。

だがそうならなかったのは、修平自身がそれを頑なに拒んだからだ。

その理由について修平は、細谷の両親にも、絶対に語ろうとしなかったらしい。

私の面倒を見るのが嫌になったのだろうかと、思い悩んだ時期もある。

だが、あれから10年が過ぎ――

今では春菜にも、修平の気持ちがよくわかる。

修平は忌まわしい『藤田』の名を自分一人で背負い、妹だけはその呪縛から解き放とうと考えたのだろう。

春菜が今、心から家族の幸せを願っているのと同じように・・・。


・・・。

 

―1日目―

 

 

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「だから心配しないでね、お兄ちゃん・・・私、もうすぐ幸せになれるから・・・」


その呟きが、過去へ飛んでいた春菜の意識を、現在のゲームに引き戻す。

 

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今回でゲーム参加が最後となる春菜に与えられた、PDAのナンバーは『3』――。

クリア条件は『他のプレイヤーに対して3回以上危害を加える』だ。

そして春菜は当然ながら、このファーストステージのクリア条件が、所詮はまやかしに過ぎない事を知っていた。

だが春菜には、それを無視するという選択肢はあり得ない。

『ファーストステージのクリア条件は、通常セカンド移行時にキャンセルされるが、リピーターはその限りではない――』


それが初参加のプレイヤーに比べて有利な状況にあるリピーターに与えられた、ペナルティの1つなのだ。

もし仮に、今この時に誰かが誤って死亡すれば、春菜の首輪は爆破される事になるだろう。

そしてリピーターのみに与えられたそのルールがある以上、春菜はゲーム序盤からでも、行動し続けなければならなかった。

だから春菜はもうすでに、見つけた1人目のプレイヤーの後をつけているのだが――

そのとき前方で、その赤い髪の女は足を止めた。

 

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「・・・誰っ!?」

「・・・!」

「・・・そこにいるんでしょ? 出てきなさいよ」

「・・・・・・」


いきなり振り向かれ、多少驚きはしたものの、春菜はすぐに呼吸を止めた。

どうやら相手は、動物並みに勘が鋭いらしい。


「・・・ふぅ。 ったく、もう・・・」


そんな事を呟きながら、森を睨みつけてくる。

油断のない目つきは、気位の高い狼を思わせる。


と――その時。


ピー

ピー


「っ!? なんでっ・・・!?」


赤髪の女の視線が、彼女自身のポケットに注がれる。

恐らく電源を切ったと思って、油断していたのだろう。

春菜にもかつて、そういう経験があった。

プレイヤーに与えられているPDAにメールが届くと、無条件に電源が入る仕組みになっているのだ。

着信音を鳴らしたくないのなら、音量を下げておくしかない。


春菜はその隙を見逃さず、一気に草むらから飛び出した。


「ちっ・・・!」


赤髪の女が素早く身構える。

だが――脇腹がガラ空きだった。


――!


「い――づっ!」


駆け寄り様に放った右足が、狙い通りにヒットする。

脛に、硬く重い感触がある。

やはり、かなり鍛えられているようだった。


「づ・・・こ、このぉ!!」

「っ!?」


予想していた以上に、反撃が早い。

それでも赤髪の女が放つ拳を、冷静に受け流す。


だが――


「うらぁああっ!!」


気合と共に跳ね上がった赤髪の女の右足が、春菜の顔面に迫る。

やむなく腕でガードしつつ、こちらも力任せに蹴りを放った。


――!


「っ・・・!」


春菜の背筋を冷や汗が流れる。

戦い方は強引すぎるが――文句なく、強い。

すると赤髪の女も春菜を警戒し、ようやく距離を取ってくれた。

その隙をついて春菜は迷わず、横手の草むらに跳び込んだ。

そして木々の間を縫って、全速力で逃走する。


「あっ、ちょっと!」


背後でそんな声が聞こえたが、春菜は振り返りもしなかった。


・・・。

 

――赤い髪の女と接触してから5分後。

春菜は茂みの陰に身を潜め、懐から取り出したPDAを素早く操作した。

すると液晶ディスプレイに、さっそく自分と赤髪の女の接触情報が載っている。


「・・・プレイヤーナンバー『J』か」


春菜のPDAの特殊機能は『プレイヤー同士の接触情報を閲覧出来る』だ。

クリア条件を進める事はできなかったが、上手くすれば『J』の行動を、今後も把握する事ができるだろう。


「リピーターかどうかは確認できなかったけど、彼女には用心した方がよさそうね・・・」


春菜がそう呟き、特殊機能を停止させようとした時――

ディスプレイの中に、接触情報が1つ追加された。


「えっ!?」


【4時45分: 『3』及び『9』。 7エリアにて接触


その直後、背後の草むらから――

 

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「――そこのあなた、動かないで下さい」

「くっ!」

「なっ、待ちなさい!」


・・・。


「っ!」


春菜の後を軽快な足音が迫ってくる。

肩越しに振り向くと、墨色の影がちらりと見えた。

ゲーム中に、これほど簡単に背後を取られたのはいつ以来だろう?

その墨色の影が、恐るべき実力者である事は明白だった。

 

 

「はぁっ、はぁ、はっ――!」


呼吸を刻みながら全速力で走る。

だが、なかなか引き離すことができない。


「っ・・・く、はぁっ、はぁっ・・・」


だんだん息が切れてくる。

対する追跡者の足音は、まだ衰える気配を見せていない。

何か手を考えなければ、すぐに追いつかれてしまうだろう。

やり過ごせそうな場所を探しながら、春菜が山道のカーブを曲がった時――

 

 

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急に視界が開け、山道の左側に崖が現れた。

 

「っ!」


とっさの閃きで、春菜は自ら崖に身を躍らせた。


飛び降りたわけではない。

 

落ちる寸前に、両手で崖の緑をつかんでいた。

そして心臓が暴れるのも構わず、一呼吸の後に息を止める。

 

 



――その数秒後。

 

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「・・・逃げ、られた・・・? くっ、まさかこの私がこうも簡単に追跡をかわされるとは・・・! やはりこのゲーム、一筋縄ではいかないようですね。 ですが彰・・・お前の仇は、絶対に私が」


そう言い残し、墨色の少女が崖の側から去って行く。

 

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春菜は崖の下で、その全てを聞いていた。


「仇、か・・・。 どうやら彼女も、運営が意図的に参加させたプレイヤーの1人みたいね・・・たぶん、リピーターではないと思うけど・・・」


リピーターと呼ばれる人間が何度もこのゲームに参加する理由は、それほど多くない。

大抵が春菜のように成功報酬が目的か、あるいは何かしらの異常な欲求を満たすため、というのがほとんどだった。

しかし復讐が動機という事になれば、今回が初めてという可能性が高いだろう。

復讐は、基本的に一度しか行えないのだから。


「確か『アキラ』とか言っていたけど・・・」


だが春菜には、その名前に心当たりがない。

とは言え、これまでに殺してきたプレイヤーの中に、その人物が含まれていないという保証は何処にもなかった。

名前も知らぬまま殺したプレイヤーの数など、10は下らない。


「まったく、最初の赤髪の女といい・・・今回の初期配置・・・運営はよっぽど、私に生きて帰って欲しくないみたいね・・・。 まぁ、別にいいけど・・・」


リピーターとして8度もゲームを生き延びてきた春菜にとって、これくらいのハンデはなんでもない。

春菜はため息をついてから、崖の上によじ登ろうとした。

すると今度は崖の下から、人の気配が近づいて来る。


「ほんと、露骨なんだから・・・」


次々に現れるプレイヤーに多少辟易しながら、春菜は崖の上へ急いだ。

だがその時、つかんでいた岩が崩れ――


「きゃあっ!!」

 

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しまった、と思った時にはもう遅い。

とっさに木の根につかまる事ができたものの、崖の下から、男の声が聞こえてくる。

 

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「っ!? おい、大丈夫か!」


そうして春菜は、生き別れになっていた兄・修平と、10年ぶりに再会した。


・・・・・・。

 

・・・。

 

何かが腕や首筋にちくちくと触れている。

もう少し寝ていたいと思ったが、鬱陶しくて敵わない。


「ん・・・ぁ・・・んん・・・っ・・・」


寝返りを打ってみたが、一向に改善された様子がない。

すぐにイライラが許容範囲を超え、黒河正規は、重い瞼を跳ね上げた。


「――っだつーんだよ!?・・・・・・あ・・・? んだこりゃ、どーなってやがんだ?」


腕に付着した枯葉や小石を、乱暴に手で払いながら立ち上がる。

見回すと、そこは森の中だった。

薄闇の中に見えるのは、木と草と落葉と土だけで、嗅ぎ慣れない森の匂いが周囲に立ち込めている。

 

 

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「どこだ、ここ? ちっ、くそ・・・意味がわかんねぇぜ。 だいたい何でこんな姿なんだよ? 風呂上がりかっつーんだよ?」


そうボヤいた時、ようやく記憶が戻り始め――


「あ・・・? そういや俺は、風呂上がりに外に出て――」

 

 

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――黒河正規さんですね?


そう声を掛けられたのは、近場の自動販売機まで歩いて向かっている時だった。


「あ? なんだてめぇ?」


振り向くとそこには、スーツ姿の男が立っていて――

その手に持った小さな物から、何かをこちらに向けて発射した。

直後、視界が真っ白になり――そこで意識は途切れていた。


恐らくあれは発射式のスタンガンだったのだろう。

そして気絶している間に、この森に連れて来られたに違いない。


「ちっ・・・あっさり拉致してくれやがってよぉ。 くそっ――こないだ揉めたGARUMUの連中か、それとも先月ぶっ潰した阿修羅のボケ共の仕業か? ・・・いや、あの連中にこんな思い切った真似ができるわけがねぇ。 だいたい縛られてもいねぇっつーのはどういうこった? 別にどこも痛めつけられてねぇみたいだし・・・・・・ん? なんだこりゃ?」

 

 

ズボンのポケットに、強引に捩じ込まれている物がある。

取り出してみるとそれは、見慣れないPDAだった。

小さなLEDがちかちか点滅している。

黒河は気になって、ボタンを適当に押した。


「あ? メール?・・・『基本ルールについてのご説明です』? んだよこりゃ?」


PDAに届いていたそのメールを開くと、そこに6つのルールが表示された。

 

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1.プレイヤーには各自固有のPDAが与えられる。 PDAに表示された『クリア条件』をゲーム終了までに達成せよ。 ゲーム終了については後日通知される。

2.プレイヤーはPDAを3時間以上手放してはならない。 なお、身体から1m以上離れた状態を『手放した』と見なす。

3.プレイヤーに装着された『首輪』を外してはならない。

4.ゲームのフィールドは区画分けされた複数のエリアから構成されている。 プレイヤーは制限されたフィールドから外へ出てはならない。

5.ゲームには複数のプレイヤーが参加している。 他社のPDAの所有・使用は自由だが、クリア条件が成立するのは初期に配布されたPDAにのみ限定される。 また各PDAは、本来の所有者がリタイアした場合、そのPDAを操作不能とする。

6.上記ルールに反しない限り、プレイヤーのあらゆる行動を許可する。 また、クリア条件を満たせなかった場合、もしくはルールに違反した場合はプレイヤーを失格と見なし、首輪を爆破する。

 

「んだこりゃ? 『首輪を爆破する』だぁ? ・・・ちっ、こいつのことかよ」


首に手をやると、金属の冷たさが指先に触れる。

見ることはできないが、それは確かに首輪のようだった。


「くそっ。 どこのバカか知らねぇが、手の込んだ真似しやがって。 俺がこんなハッタリにビビるかっつーんだよ」


そう言って黒河が、首と首輪の間に指をかけ、思い切りそれを前に引っ張った――その途端。


ピー

ピー


【首輪に衝撃が加えられています。 直ちに首輪から手を離して下さい】


「んな!? コイツ、やべぇのか!? ・・・ん?」


ふと気付くと、PDAにも先ほどの警告と、同じ文章が表示されている。

どうやら首輪と連動しているらしい。


「・・・くそっ、オモチャにしちゃあ金がかかり過ぎてやがる。 つーことは、爆発するってのも本当か・・・? ちっ・・・どうやらマジみてぇだな。 しかし、俺がプレイヤーとはなぁ・・・ク、カハハッ。 ふざけやがってよぉ。 いいぜ? どこの誰か知らねぇが、とりあえずゲームに乗ってやる。 だが――」


――これが終わったら、ゼッテーただじゃ済まさねぇ。


理不尽なゲームを仕組んだ何者かに怒りをたぎらせながら、黒河は森の中を歩き出した。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

これから説明会が行われようかという会議室には、静寂と緊張が敷き詰められていた。

 

 

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――この感じは、番組収録が始まる前に似ているのです。

 

 

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阿刀田初音はそんな感想を抱きながら、自分以外の4人のプレイヤーを見回した。

きっと誰もがこの状況を理解するので、一杯一杯なのだろう。

初音は、まだ誰とも言葉を交わしていなかった。

もしここが収録現場だったとしたら、初音は台本の内容を思い出していただろう。

ステージ袖だったとしたら、歌の歌詞だ。


だが今回は、台本も歌詞も渡されていない。

だから初音は仕方なく、30分ほど前に届いたメールの文章を、1つ1つ思い出す事にした。


【参加者の方々へ、重要な連絡です。 先ほど、基本ルールを配信しましたが、恐らく参加者の全ての疑問を解消するには至らないと思われます。 つきましては、一度、参加者を集めての説明会を開きます。 会場は村の中央管理施設となっていますので、参加を希望する方は、村の北東にある白い建物へ集まって下さい。 なお、参加は自由であり、不参加の方へのペナルティ等はありません】


「・・・・・・」


さらにこれまでに送られてきている様々な文章を思い出しながら、初音は、これから何が起こるのだろうと考えた。

森にもこの部屋にもカメラが設置されているから、もしかするとテレビの企画なのかもしれない。

でも、初音の他に芸能人がいないのはやっぱり変だった。

だいたいスタンガンで眠らせて連れて来るなんて、そんな乱暴なやり方を、マネージャーの母が許すとは思えなかった。

だとしたら、これは本当に・・・?

初音が『まさか』と思って頭の中でそれを否定していると、斜め向かいに座っていた男が、うんざりと声を上げた。

 

 

「だーったく、もー俺この空気耐えられねーよ。 なぁ他のプレイヤーの皆さんさぁ、緊張すんのもわかるけど、黙ってねーで、なんかもっと話さねー? 説明会とか言うのもまだ始まんねーみたいだしさ」


するとずっと険しい顔をしていた女が、沈黙を破って口を開く。

 

 

「・・・何かって、何よ?」

「あるだろほら、なんつーかその・・・そうそう、自己紹介とかさぁ」

「自己紹介・・・?」

「だって俺たち、これからゲームを一緒に進めていくわけだろ? そういう意味では仲間なんだから、お互いの名前ぐらいは知っておかねーとさ」


その言葉に、今度は壁際に座っていた女が頷いて言う。

 

「うん・・・それもそうだね。 こうして知り合えたのも、何かの縁だと思うし」

「・・・縁、ね」


窓際で呆れたように呟いたのは、顔の綺麗な男だった。

初音と同じ貴志田学園の生徒のようだが、残念ながら見覚えはない。


「なんだよ、別にいいじゃねーか」

「ま、そうですけど」

 

 

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「んじゃ、言い出しっぺの俺からな。 俺は東海第二学園の伊藤大祐。 ヨロシク。 というわけで、こっちから順に」

 

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「じゃあ、次は私の番ね。 私は上野まり子。 上新学園に通っているわ」

 

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「私は吹石琴美。 学校は西扇学園だよ」

 

 

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「東海第二、上新、西扇・・・一応、全部同じ街ってわけか」

「おいおい、次はあんたの番だぜ?」

「ああ、ごめん。 僕は三ツ林司。 貴志田学園の生徒だ。 はい、次は君の番」

 

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「あっ・・・えと、その・・・」


同じ学校の生徒に言われ、初音は思わず口ごもった。

本名の『阿刀田』を名乗るべきか、芸名の『安藤』を名乗るべきか迷ったのだ。


「・・・?」

「どうしたの? あなたで最後なのよ?」

「まさか、君だけ名乗らないつもり?」

「あわわっ、えーと私はですね、その」

「おいおい、みんなしてそんなに急かさなくてもいいんじゃね? 君も、別に慌てなくていいんだぜ? これは暇潰しみたいなもんなんだから」

「は、はい・・・ありがとうなのです。 大祐さん」

「『さん』なんていらないって。 大祐でいいよ、大祐で。 それで君の名前は? なに子ちゃん?」


どうやら大祐は、初音が芸能人だとは気付いていないらしい。

初音はそんな彼を見て、ここは素のままの自分でいこうと決めた。


「私は初音です。 阿刀田初音って言うです」

「そっか、初音ちゃんかー。 よろしくな」

「はい、よろしくなのです。 大祐」


初音が笑顔でうなずいた時、廊下から誰かの足音が聞こえてくる。


「説明係の人が、来たですか・・・?」

「おっ、ようやくか?」

「もしそうだったら、絶対文句を言ってやるわ」

「どうかな? 僕は違うと思うけど」

「え? どうして?」

「わからないならいいですよ、別に」

「なによ。 自分だけはわかっているような顔をして」

「おいおい、ケンカするなって。 な、初音ちゃん」

「はいです。 大祐の言う通り、ケンカはよくないです」

「わ、わかったわよ」

「はぁ・・・」

「さてと、そんなあ鬼が出るか蛇が出るか――」


大祐がそう言って、会議室のドアへ目を向ける。

初音も固唾を呑んで、そちらを見つめた。

すると、内側にドアが開き――

 

 

「・・・?」

 

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「・・・・・・」

 

「――なんだ? ああ、また参加者か」


初音たちと同じ首輪をした、少年と少女が現れた。

 

・・・。

 


――細谷春菜にその機会が訪れたのは、会議室に集った7人が自己紹介を終え、しばらく経った頃だった。


『本日は皆様、お集まりいただき大変ありがとうございます。 これより、今回のゲームに関する説明会を始めさせていただきます』


全員の意識が一斉に、天井際にあるスピーカーに集中する。

春菜はその隙を見逃さず、そっと会議室から抜け出した。


・・・。

 

『まずは、一通りゲームについて説明を行っていきます。 説明するのはゲームの目的、期間、舞台、プレイヤーおよびPDAについてです。 ゲームの内容に関する質問には回答しますが――・・・』


閉じたドアの向こうから、運営の説明が微かに聞こえてくる。

しばらく廊下で耳を澄ませてみたが、幸い春菜の退出に気付いた者はいないようだ。

 

 

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「藤田修平・・・・・・お兄ちゃん、か」


10年ぶりにその言葉を口にした途端、ついさっきまで隣にいた修平の息遣いや声を思い出し、春菜の心臓はとくんと動揺した。

修平が生き別れになった自分の兄だという事は、最初にフルネームを聞かされた時に、すでに気付いていた。

そして運営が今回のゲームのメインヒロインに、春菜を選ぼうとしている、その思惑についても――。


「・・・・・・行こう」


幾度となくこのゲームの中で繰り返されてきた悲劇。

これ以上、修平と関わってはいけない。

そう思い、春菜が立ち去ろうとした――その時。


『・・・おや? お1人退室されたプレイヤーがいらっしゃるようですが、このまま説明を続けてもよろしいでしょうか?』


「ッ!!??」


「え・・・?

「あっ、本当だ? はるなちゃんがいない?」


運営者の言葉を聞いて、会議室内にざわめきが生まれる。

春菜はあくまで自分を舞台に上げようとする運営にぞっとしつつ、慌てて中央管理施設を後にした。


・・・。


それから森に入り、春菜はすぐにキューブの捜索を開始した。

先ほどの出来事を引きずらないようにするため、春菜はあえて淡々と行動する事にしたのだ。

やがて木陰に隠されたキューブを発見し、そこから得たメモリーチップを使い、PDAに表示された地点まで歩いて行く。

落ちていた枝を使ってその場所を掘り返し、食料と水の入ったアルミ缶と一緒に、ビニールに包まれたその武器を発見する。

 

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「・・・クロスボウか・・・」


試しにそれを持ち上げてみると、重さは1kg程度だろう。

弦はハンドルを回して引くタイプではなく、前方のバーに足をかけて両手で引くタイプのようだ。

水平射程距離は恐らく50mほど。

山なりに放てば飛距離は格段に伸びるだろうが、それで標的を射抜けるとは思えない。

それは銃に比べると、どう考えても見劣りする武器だった。

メリットと言えば、発砲音やマズルフラッシュが無く、狙撃に適しているという事ぐらいだろう。


「運営は、よっぽど私の苦しむ姿を見せたいのね・・・」


まるで仕組まれていたかのように出現したクロスボウに、つい恨み言が口をつく。

だがそんな事を言っていても始まらない。

春菜はさっそく具合を確かめるために、バーに足をかけて弦に引き矢を装填した。

 

続いて胸より少し上に持ち上げ、射撃の姿勢を取ってみる。

すると、まるで春菜のために用意されていたかのように、リアとフロントのどちらの照準もピタリと決まる。


「取り回しに問題はなさそうね・・・でも念のため、照準の微調整を済ませておかないと・・・」


呟いて、今度は20m先の木の幹に照準を合わせてみる。

そして試射のため引き金に指をかけようとした――その時。


「・・・ちゃん、いないね?」

「ああ・・・この森に入って行くのが見えたんだけどな」

 

その声の方向に目を向けると、25mほど先の木々の合間に2つ人影が見え、春菜はすかさず木の陰へと身を潜めた。

だが――だんだんと、その足音がこちらに近づいて来る。


――誰?

 

妙な胸騒ぎを覚えながら、木の陰から向こうを覗くと――

 

 

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「――お兄ちゃんっ!? それに琴美もっ!? でも、どうして・・・説明会は、まだ終わってないはずなのに・・・? ッ――! もしかしてあの後すぐに、私の後を追って来ていたっていうの!?」


運営が言った余計な一言――。

あれさえなければ修平は、しばらく春菜がいなくなった事に気付かず、追って来ようなんて考えもしなかったに違いない。

だが、修平は来てしまった。

ゲーム初参加のものにとって最も重要な、説明会への参加を放棄してまで。


「・・・そんなのダメよ、お兄ちゃん。 そんな事をしていたら、このゲームではすぐに・・・っ!」


――ッ


「っ!?」

「は、はるなちゃん!?」


いきなりクロスボウを手に現れた春菜を見て、修平と琴美が驚いて動きを止める。

だが春菜は容赦無く、クロスボウの引き金を引いた。


――!!


「うっ!」

「修ちゃんッ!?」


琴美の悲鳴が、森の草葉を震わせる。

春菜の放った矢は、修平の右手の甲に赤い線を引いていた。

肌が裂け、うっすらと血が滲み出す。


「ぐっ・・・はるな、お前なんで・・・!?」

「そうだよ、はるなちゃん! 私たち、はるなちゃんを探しに来たんだよ! なのにどうして?」

「・・・・・・修平、これは警告よ。 あなたには一度助けてもらっているから、今回は命までは奪わないであげる。 でも忘れないで。 もうゲームは始まっているの。 私も、この次は外さない」


そう告げて踵を返し、春菜は森の奥へと駆け出した。


「――待てっ、はるな!」

「はるなちゃんっ!」


・・・。


自分を呼び止める2人の声が、すぐに木々の向こうへ消える。

だが春菜の手には、クロスボウで修平を撃った感触がはっきりと残っていた。


「・・・・・・おかしい。 警告を与えるだけなら、矢を射るだけでよかったのに・・・・・・細谷春菜・・・どうしてお前は、2人の前に姿を現したりしたの・・・?」


このゲームで生き残り、細谷の家族と幸せに暮らす。

それが自分の目的のはずなのに・・・。

春菜は勝利を目指すリピーターとしてあるまじき行動を取った自分に疑問を抱き――


そして、周囲への警戒を怠った。


「――ちょっとアンタ、止まりなさいっ!」

「っ!?」

 

 

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突如進行方向に現れたのは、ナンバー『J』のプレイヤーだ。

クロスボウに矢を装填していないこの状況で、実力者の彼女と正面からやり合いたくはない。

春菜はそう判断し、そのまま走る速度を上げた。


「ッ――!」

「ふぅん、今度は逃げないんだ?」


『J』が不敵に笑い、春菜の突進に備えて身構える。

彼女の体が間近に迫る。

だが激突する寸前に、春菜は進行方向に修正を加えた。

そして何もせず、『J』の横をすり抜ける。


「はあ!?――って、また!?」


戸惑う女の声を背後に置き去りにしながら、ひたすらに走る。

そんな最中でも、脳裏に兄の顔がチラつき――


春菜は己を戒めるように、唇を噛み締めた。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

溢れ出した汗が首筋を伝い、それを吸ったタンクトップが肌に張りついてくる。

その不快感にイラつきながら、黒河正規は未だ森の中をさまよい続けていた。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・、はぁ・・・はぁ・・・。 くっそぉ・・・村なんて、どこのあるっつーんだよ・・・?」


黒河が目覚めたのは、フィールドの南西――。

だから説明会が行われる中央管理施設に向かうには、北東を目指して歩けばいいと思っていたのだが――

入り組んだ森の中を歩いている内に、どうやら方角を見失っていたらしい。

 

「ちっ、うっぜー森だぜクソッタレが。 だいたい、こんなバカみてぇにデカい見世物小屋作りやがってよぉ? いったいどんだけ金かけりゃあ、こんなクソ舐めた真似ができるんだ? 億やそこらじゃ済まねぇぞコノ野郎ぉ! てめぇらは、シャンパン片手に見物ってか? っ・・・あーくそっ! 今すぐぶっ殺してやりてぇぜっ! この俺を、こんなにコケにしてくれやがってよぉっ!」


こんなにコケにされたのは、黒河の人生で2度目だ。

そう思えば思うほど、全身が怒りで熱くなる。


と――その時どこからか、ノイズのようなモノが聞こえてくる。

気になって耳を澄ますと、音がより鮮明になった。


「こいつは・・・近くに川があるみてぇだな。 ちょうど良い。 喉も渇いたし、寄ってくか」


黒河はそう呟くと、音のする方へ足を向けた。


・・・。


やがて川のせせらぎが、さらに大きく聞こえてくる。

空気中に含まれる水分量も、心なしか増えたような気がした。

水を求め、歩く速度が自然と速くなる。


そして、ようやく視界に水面の輝きがチラつくようになった時――

 

 

「ああもう、歩くの速いですってば!」

「ついてこなければいいだろう」

「どうしてそんないじわる言うんですかぁー!」

「いじわるで言っているわけじゃない。 俺は1人でここを出る、それだけだ」

 

「・・・んだぁ?」


木々の合間に目を凝らすと、川べりを2人の男女が歩いていた。

さきほどのやり取りは、その2人のものらしい。

 

「クククッ・・・なんだよオイ、ようやく俺にも運が向いて来たじゃねぇか」


そうほくそ笑み、黒河は木々の合間を抜けて川べりに向かった。

黒河のPDAに与えられたクリア条件は、『クリアしたプレイヤーのPDAを3台以上所持する。 ただしJOKERは除く』――。

JOKERが何を指しているかはよくわからない。

だがとにかく黒河は、クリアするために最低でも3人以上のプレイヤーを力で捻じ伏せ、自分に従わせる必要があった。

 

 

「ようやく俺以外の参加者に会えたぜ、なぁ」

 

 

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「・・・・・・」

「・・・?」

「おい、てめぇら。 説明会とかいうのに出たか? 出たんなら、説明された事教えろや。 俺ァ道間違えちまって、間に合わなかったから――あん? つーか、もしかしてお前・・・」


男に見覚えがある事に気付き、黒河は言葉を止めた。

腹をねじるようなおかしみが、一気に喉元まで込み上げてくる。


「おいおい、マジかよ! どんな確率だっつー話だ、なぁおい!」

「・・・なんだ?」

「な、なんなの、あの人・・・?」

「ああ・・・久々に神様ってヤツの存在を信じたくなったぜ。 いきなり拉致ってこられてゲームだぁ? ふざけんじゃねぇと思ってたが、案外悪くねぇ状況だ」


黒河はそこでいったん言葉を区切り、すぐ傍に生えていた木の枝を折りながら、男に向かって問いかけた。


「答えろ。 てめぇ、東海二学の真島章則だな?」

「・・・だったら何だ?」

「死ねよ」


――ッ


「・・・っ!」

「きゃあっ!!」


女が悲鳴を上げたものの、真島は黒河が投げた枝を、軽く体を反らしただけでかわしていた。

それを見た瞬間、頭のネジがぶっ飛んだかのような、おかしみが黒河の中に込み上げて来る。

全身の筋肉に、ミチミチと力がこもっていく。


「おい真島ぁ、俺がどんだけこのチャンスを待ってたか分かるか? ああ?」

「・・・誰だ、お前は?」

「フッ、ハハッ! まあ、そうだよな、そりゃそうだ。 てめぇは俺のことなんざ、微塵も記憶にねぇよな。 いやぁ、まいったまいった。 さすがは真島サンだなァ・・・――俺の名前は黒河正規。 てめぇに恨みを持つ男だ。 覚えとけ」


――ぶっ殺す!

 

 

黒河はただそれだけを考え、真島に向かって突進した。


だが黒河の拳は、あっさり空を切り――


「――だらぁあっ!」

「フッ!」


――!


――そのまま、ほぼ一方的に真島の拳を食らい続け――


「シッ!」


――!


「ぐおっ・・・がはっ、はっ、はぁっ・・・―――っのやろぉがっ!」

「シッ、シッ!」


――!!


「ぶふっ――くっ・・・はっ、ぜはっ、はっ、はあぁっ・・・」


――挙句、わけのわからない女には戦いを止められ――


「も、もう止めましょうよぉ!」

「あぁあっっ!?」

「だ、だってあなた、真島さんに勝てないじゃないですか!」


――さらには真島から、興味無さそうに見下され――

 

「あれから、俺がどれだけ血反吐を舐めて、這い上がってきたと思う・・・?」

「知るか。 逆恨みもいいところだな」


――そして、全身の血液を沸騰させながら放った渾身の一撃も――


「ちっ、くそっがぁっ――舐めてんじゃねぇぞコラァアアァッッッ!!!」


――真島に、あっさり打ち返されていた。

 

 

「ハァッ!」


――!


「ぶっ――がぁっ!!」


一瞬、目の前が真っ白になる。


直後――黒河の身体は、背後の藪に倒れ込んでいた。

そして途切れかけていた黒河の意識に、引きつったような声が聞こえてくる。

 

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「ひっ――!」

「・・・あ?」


痛みを堪えて目を開けると、青っちょろい眼鏡の男がそこにいる。


「っ・・・あぁ? んだ、てめぇ?」

「あわわわわっ!」

「あっ、てっめ、待てオラッ! 逃げてんじゃねぇぞこの野郎ぉっ!」

「う、ひぃっ!」


逃げようとした眼鏡の襟首をつかみ、顔の前まで引き寄せる。

と、その時――黒河は、眼鏡が何かを手に持っている事に気付く。


「ん? てめぇ、なに持ってんだ?」

「あ、これは・・・!」

「あぁっ!? てめぇなに隠してんだオラッ!?」


――ッ


「あぐっ」


黒河の頭突きを食らい、眼鏡がそれを取り落とす。


「お・・・? って、おいおいまさかコイツは――」

 

 

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そこに落ちていたモノ――

それは陽の光を受けて鈍く光る拳銃、コルト・パイソンだった。


「おいコラ、モデルガンってオチはねぇだろうな!?」

「あ、い、ひぃっ」

「ちっ」


質問したところで要領を得ない眼鏡に舌打ちし、黒河は落ちているその拳銃を拾い上げた。

途端に痺れるような重量感が肩まで伝い、内臓が縮み上がるようなその感触に、思わず口元が緩む。


「クッ、ハハッ、なんだよオイ・・・マジでこの銃、本物だっつーのかよ!? おい眼鏡、こいつに弾は入ってんのか?」

「うっ、ひっ、ひぃ」

「弾は入ってんのかって聞いてんだろうがよぉっ!」


そう言って黒河が、銃口を眼鏡の顎下に突き付けた途端――眼鏡の上げた絶叫が、森の中に響き渡った。


「うわぁああぁっっ!!」

「っ・・・耳元でうるせぇんだよこの野郎ぉっ!」


――ッ


「いぐっ」

「でもまぁ、これでよーくわかったぜ。 これがマジ物だってことがよぉ。 コイツさえありゃ、真島のクソだって・・・!」


黒河は左手に拳銃のグリップを握り締めると、眼鏡を右手で引きずって藪の外に出た。


そこに、怪訝な顔をした真島と女がいる。


「・・・?」

「なんだ・・・?」

「クックックッ・・・おい真島ぁ、てめぇ早く逃げた方がいいぜ?」

「ん?」

「さすがのてめぇも、コイツには勝てねぇだろうからよぉっ!」

 

 

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黒河は歓喜の咆哮を上げながら、コルト・パイソン銃口を真島に向けた。

 

「っ・・・!」

 

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「うそ・・・なに、それ・・・銃・・・って、そんな、嘘でしょ?」

「嘘じゃねぇ。 偽物でもねぇ。 コイツは本物だぜ?」


そう言って撃鉄を起こし、黒河は無造作に引き金を引いた。


――!!


「・・・!」

「きゃあぁっ!!」

 

「ひぃっ・・・!」


放たれた銃弾が真島の足元にあった小石を弾き、黄色い火花を散らす。

薬莢からの反動が銃身を伝い、黒河の血と肉と骨を震わせた。


「ふ、ははは・・・シビれるな、この感触はよぉ」

「貴様・・・」

「・・・さぁて、これで形勢逆転だなぁオイ! 言い残すことはあるか? ん?」

「・・・それをどこで手に入れた?」

「コイツが持ってたんだ。 コイツに聞けよ」


そう言って、銃口を眼鏡に突き付ける。

 

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「・・・ど、どこでって、地面から掘り起こしたんだよぉ!」

「掘り起こしただァ~? んなもんが地面に埋まってるわきゃねーだろうが!」

「う、埋まってるんだってば! メ、メモリーチップってヤツを使って見つけたんだよ!」


「・・・!」


モリーチップという言葉を聞いて、真島の顔色が変わる。

黒河はそれを見逃さず、なぶるように言葉を投げかけた。


「ほう、聞いたか? メモリーチップとやらでコイツを手に入れたみてぇだぜ。 お勉強になってよかったなぁ、真島サンよ」

「っ・・・」

「じゃあ、冥土の土産もできたことだし・・・そろそろ死ぬか?」


銃口を向けた直後から、真島の表情には隠せない焦りが浮かぶ。

それを内心で楽しみながら、黒河は引き金に指をかけた。


「じゃあな真島。 てめぇは最後までいけすかねぇクソ野郎だったぜ」

「くっ・・・!」

「――おいおい、なに動こうとしてんだ? 目線の動きでバレバレなんだよ、てめぇ。 気付かねぇとでも思ったのか?」

「っ・・・!」

「カハハハッ、こうなりゃてめぇのボクシングも形無しだなぁ? ま、ご苦労さんっつーことで」


――これでようやく、あの時の借りを返すことができる。


黒河は抑えきれないほどの歓喜を覚えながら、ゆっくり指に力を込めた。


「ち、ちょっと待って下さいよ!」

「あ・・・?」

「負けたクセに銃を持ち出すなんて、そんなの卑怯じゃないですか!」

「あぁああっ!?」

「卑怯ですよ! 黒河さんは卑怯者です!」


卑怯者――。

女がその言葉を連呼した途端、黒河の思考はぶっ飛んでいた。


「っっっ・・・んだと、このクソアマぁぁァあああァーっっっ!!!」


黒河は怒りに任せ、真島に向けていた銃口を女に向けた。


その刹那、真島が動く。

 

 

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「――おおおおおおおお―っ!」

「んなっ!?」


――!!


真島の右フックが、黒河の左頬に突き刺さる。

直後、視界がまた一瞬白くなり――

黒河は眼鏡を巻き込みながら、再び藪の中にぶっ飛ばされた。


「うわぁっ!」


「ぐおっ――がはっ、くっ・・・ちくしょっ、こ、この、やろ・・・っ!」


「――荻原、行くぞ!」

「え!? あっ、は、はいぃっ!」

「ま、待って! 僕も――」

「っ・・・!」


視界がグラグラと揺れ、逃げて行く2人の背中に、銃をぶっ放せそうにない。

だがその代わり、眼鏡の襟首だけは何とかつかむ。


「うっ、いひぃっ!?」

「に、逃がすかよ・・・てめぇは・・・!」

「そんな――な、なんで僕だけ!?」


眼鏡の甲高い声が、真島に揺さぶられた脳に響く。

黒河は不快感と苛立ちから顔をしかめながら、銃口を眼鏡に突き付けた。


「おいコラ・・・てめぇの知ってる情報を、洗いざらい吐き出しやがれ・・・! さもねぇとコイツで、てめぇを・・・!」

「わ、わかった! 逃げないって! それに知ってることも全部話すから! だから僕に、その銃を向けるのはやめてくれ!」

「・・・ああ、それでいい」


黒河はある種の脱力感を覚えながら、銃を下ろした。


周囲を見渡しても、真島の姿はもう何処にもない。

今から追いかけたところで、どうせ見つかりはしないだろう。

だが、ゲームはまだ始まったばかりだ。

そして眼鏡という『奴隷』を手に入れた事で、ゲームに必要な情報は、一先ず得る事ができそうだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

――そして黒河が、『城咲充』と名乗ったその眼鏡の男と行動を始めた頃――


大祐たちと別行動を取る事に決めた三ツ林司は、彼らが立ち去った後の会議室に、1人舞い戻っていた。

そして頭の中で、説明会で得た情報を整理しながら、会議室の中央へ進む。


『ゲームは、クリア条件を満たすことが目的』

『クリア条件は、各人に異なるものが与えられている』

『中には、なにかをしてはいけないといった失格条件もある』

『制限時間内にクリア条件を満たせなかった場合、あるいはクリア不能になった場合はゲームオーバーとなり、首輪が爆発する』

『爆発は周囲を巻き込むほどではないが、装着者に致命傷を与え得る』

『首輪が作動する際には警告が鳴り、爆発はその10秒後に設定されている』

『終了時刻はその二十四時間前に、各プレイヤーに通達される』

『クリアを目指すためなら、基本的に何をしても自由である』

 

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「・・・うん、基本ルールはこんな所だったかな? さてと・・・」


そう呟きながら、部屋の隅にある掃除用具入れを一瞥する。

だがとりあえず気にしない事にして、司はスピーカーに向けて質問を口にした。


「運営の人、まだそこにいるよね?」

『・・・』

「はぁ・・・ゲームに関する事で追加の質問があるんだけど、いいんだよね?」


司があくまでそれが決定事項のように問いかけると、すぐにスピーカーから、マイクをONにするノイズが聞こえ――


『・・・はい、何でしょう』


――やっぱりね。


司は内心で笑い、それを表情には出さず言葉を続けた。


「さっきの説明会で、なぜか提示されなかった情報があると思うんだけど、それについて教えてくれないかな?」

『・・・何の事をおっしゃっているのか分かりません。 具体的な説明をお願いします』

「確認したいことは2つ。 クリア条件が途中で変わる可能性はあるのか、運営側がゲームに介入してくる可能性があるのか、こんなところかな?」

『・・・なぜその2つの可能性を気にされているのか、根拠を求めます』


平淡だった運営者の声に、かすかな興味の音色が混じっている。

司は敏感にそれを感じ取り、うんざりと溜め息をついた。


「はぁ・・・いや、もういいや。 根拠を求められた時点で、そっちの姿勢は把握できたから」

『・・・?』


よほど司の返答が意外だったのだろう。

スピーカー越しに、その向こうにいる相手の戸惑いが伝わってくる。

狙い通りの反応を受けて、司は次の言葉を口にした。


「わからない? あなたは今、プレイヤーの僕に『質問の根拠を求める』という介入をしたんだ。 つまりゲームのルールなんて、無意味だって事だよね? そっちの都合で、ルールなんていくらでも変えられる。 そうでしょ?」

『・・・それは違います』


そう。

司の主張は何ひとつ辻褄が合っていない。

だがそれを自覚しながらも、司はあえて不服そうに聞き返す。


「違う? どう違うっていうの?」

『1つにこのやり取りは、予め製作されたマニュアルによってなされています。 その中には三ツ林様のように、追加質問に対応するためのものもあります』

「へぇ、それで?」

『先ほど三ツ林様に質問の根拠を求めたのは――マニュアルに書かれている『質問に答えるための規定』を、三ツ林様が満たしているのか確認するためです』

「ふーん、そうなんだ。 でもそれは詭弁でしょ? だって僕らにはそのマニュアルが存在しているかどうかなんて、確認しようがないんだからさ」

『それは・・・』

「どうしたの? 今の質問はマニュアルに書いてなかった?」

『・・・』


運営者がなぜ黙ったのか、司にはその理由が想像できる。

恐らく膨大な予算がかけられているであろうこのゲームは、大勢の人間に見られることを想定して作られている。

つまりはエンターテインメント。

楽しくなければ意味がない。

そして『視聴者の興ざめを誘う』司の発言は、このゲームを運営する側の人間にとって、好ましくない発言のはずなのだ。


「ねぇ運営のあなた、僕はあなたを困らせたいわけじゃない。 僕はただ、正しい情報が欲しいってだけなんだ。 それはわかってくれるよね?」

『・・・・・・わかりました。 三ツ林様の質問に回答致します』

「ありがとう。 じゃあ、1つ目の質問の答えは?」

『ルールが途中で変更される可能性について、でしたね。 結論から申し上げれば、その可能性はあります。 ただしそれは、プレイヤーのどなたかがその条件を満たした場合に限られます。 我々がそのトリガを引くことはありません』

「そ。 ちなみに、ある条件っていうのは?」

『それはお答えできません』

「わかった。 じゃあ、2つ目の質問の答えを」

『運営がゲームに介入することは、基本的には無いものと考えて下さい。 ただし想定外のイレギュラーが発生した場合、こちらも柔軟に対応します』

「その基準は?」

『マニュアルに書かれていない事が起こった場合です。 例えば今のように』

「なるほど。 それともう1つ質問いいかな?」

『なんでしょう?』

「プレイヤーの中に、ルールを最初から把握している人たちはいるの?」

『はい。 何名かは――・・・』


そこまで言いかけて、運営者が慌てて口をつぐむ。

恐らく司の質問に答えすぎている事に気付いたのだろう。

やがて慎重さを増した声で、改めて司に問いかけてくる。


『――・・・他に、何か質問はありますか?』

「いや、もう十分かな」

『そうですか。 それでは三ツ林様。 今後の活躍に期待しています、どうかご健闘を』


運営者はそう言うと、すぐにマイクの電源を切った。

ブツッという音が、会議室に奇妙な余韻を残す。


「・・・少し、やりすぎたかな? でもよほどの事がない限り、運営がゲームに介入してくる事はないっていう言質は取ったしね」


とは言え司たちプレイヤーの命が、運営側の掌の上にあるという事実は変わらない。

司はその事を肝に銘じながら、会議室のドアへ向かい――

だがふと立ち止まり、掃除用具入れの中に潜んでいるそのプレイヤーに向けて、牽制のための言葉を口にした。


「それじゃあ失礼するよ。 『粕屋瞳』さん」

「っ!?」


掃除用具入れの中から、微かな動揺が伝わってくる。

彼女の名前を知る事ができたのは、司に与えられている特殊機能のお陰だった。


――そうして全ての目的を終え、司は会議室を後にした。


・・・。

 

 

やがて外に出ると、そこでは大祐が解体しようというのか、初音の首輪にドライバーを突き立てていた。

 

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「だ、大丈夫なのですか? まり子がすごい心配そうなのですが・・・?」

「な~に、大丈夫だって。 すぐ驚く顔に変えてやるよ」


そう言って唇を舐めながら、大祐がドライバーに力を込める。


だが――その時。


【首輪に衝撃が加えられています。 直ちに首輪から手を離して下さい】

 

 

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「うおっ!?」

「け、警告音が鳴ったですぅ!」

「だーくそっ、やっぱり連中にバレたか」

「だから言ったじゃない! バレるに決まってるわ!」

「だー、うっせぇな。 自分は安全な所から、見てるだけだったクセによ」

「なによそれ! 私は別にそんなつもりじゃ――」


そうして言い争いを始めた2人を遠くから見つめ、司は思わず溜め息をついた。

 

 

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「はぁ・・・まったく呑気なものだね。 これから殺し合いが始まるかもしれないってのに。 やっぱり、彼らとは一緒に行動しなくて正解だったよ。 まあ、あの藤田って人だけは、少しは期待できるかもしれないと思っていたんだけど――1人のプレイヤーにこだわって説明会を抜けるなんて、はっきり言って拍子抜けだったしね。 その後についていった吹石って人は、もちろん論外だし」


司のクリア条件は『ゲーム終了時点でクリア条件を満たしたプレイヤーが3人以上』――。

だから司は、自分に匹敵するほど優秀なプレイヤーがいるのなら、手を組もうと思っていたのだが――


「・・・とりあえず、1人で行動した方が良さそうだね」


司はそう判断し、誰にも気付かれないように森へ消えた。


・・・。

 

 

 

 

 


―FIRST STAGE ; PDA DATA―

■上野まり子(うえの まりこ):プレイヤーナンバー『A』
クリア条件:『3時間以上離れずに指定したパートナーと行動する』
特殊機能:『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』
■粕谷瞳(かすや ひとみ):プレイヤーナンバー『2』
クリア条件:『12時間以上同じエリアに留まらない』
特殊機能:『半径100m以内にあるPDAにメールを送信する。 一度メールを送ったPDAには範囲外からでも送信ができる』
■藤田修平(ふじた しゅうへい):プレイヤーナンバー『4』
クリア条件:『素数ナンバーのプレイヤー全員のクリア条件を満たす』
特殊機能:『半径10m以内にあるPDAの特殊機能を無効化する』
■吹石琴美(ふきいし ことみ):プレイヤーナンバー『6』
クリア条件:『自分を中心とした5つ並びのナンバーに危害を加えない』
特殊機能:『半径10m以内にいるプレイヤーのナンバー、クリア条件を表示する』
■真島章則(まじま あきのり):プレイヤーナンバー『7』
クリア条件:『未使用のメモリーチップを10個以上所持する』
特殊機能:『半径10m以内にいるプレイヤーのメモリーチップの所有数を表示する』
■黒河正規(くろかわ まさき):プレイヤーナンバー『8』
クリア条件:『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを3台以上所持する。 ただしJOKERは除く』
特殊機能:『死亡したプレイヤーの名前とナンバーと死亡地点を閲覧できる』
■蒔岡玲(まきおか れい):プレイヤーナンバー『9』
クリア条件:『JOKERのPDAの所持』
特殊機能:『半径50m以内にあるJOKERのPDAを初期化する』
■伊藤大祐(いとう だいすけ):プレイヤーナンバー『10』
クリア条件:『10人以上のプレイヤーとの遭遇』
特殊機能:『半径1m以内にいるプレイヤーの死亡時、このPDAのプレイヤーを除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる』
■藤堂悠奈(とうどう ゆうな):プレイヤーナンバー【J】
クリア条件:『最終日までの生存』
特殊機能:『半径1m以内にあるPDAを操作不能にする』
■阿刀田初音(あとうだ はつね)プレイヤーナンバー『Q』
クリア条件:『プレイヤー全員の生存』
特殊機能:『半径20m以内に他のPDAが接近すると警告をする』
■三ツ林司(みつばやし つかさ):プレイヤーナンバー『K』
クリア条件:『クリア条件を満たしたプレイヤーが3人以上』
特殊機能:『半径6m以内にあるPDAの特殊機能を使用できる』
■城咲充(しろさき みつる):プレイヤーナンバー『JOKER』
クリア条件:『―――(変化したPDAのクリア条件)』
特殊機能:『半径10m以内のPDAに変化。 ゲーム設定、特殊機能は変化したPDAに準拠。 コピーした機能はコピー毎に一度だけ使用可能』

 

・・・。

 

 

 

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【12】

 

・・・。

 

―6日目―


――そして陽は昇り、ゲーム最終日の朝。

『他の全プレイヤーのPDAを操作不能にする』というクリア条件を課せられた、藤堂悠奈は――

 

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未だ他のプレイヤーの姿を求め、フィールドを彷徨っていた。

だが、人のいそうな場所、出そうな場所を中心に歩き回っているものの、未だに悠奈はほとんどプレイヤーと遭遇できていない。


「・・・まいったわ。 こうしている間にも、確実にプレイヤーの数は減ってきているっていうのに・・・」


悠奈が手にしたPDAのモニターには、操作不能状態になっていないPDAの総数が表示されていた。

その数は、悠奈自身のものを除外して、残り4台。

実に9人ものプレイヤーが死亡、もしくはPDAが壊れている計算になる。

昨夜、爆発音があったのもそうだし、他のプレイヤー同士が殺し合いを続けているのは確かだった。


「・・・もう、何もかも引き返せないところに来てるのね・・・」


ゲーム終了24時間前の連絡が来てから、既に6時間以上が経過している。

あと18時間で、残り4台のPDAを操作不能にしなくてはならない。

だがそれ以上に、悠奈は今もなお、できるだけ多くのプレイヤーを生存させたいと願っていた。

もちろん、まり子や結衣を殺した犯人まで、許してやるつもりはないが。


「既に条件を満たしたプレイヤーが守りに徹して、どこかに潜伏している可能性も高い・・・か。 ・・・こうなってくると、苦しいわね」


と、思わず弱音を吐いた時――


「・・・あれ?」


そんな折、悠奈はリノリウム張りの床に不可解な染みを見つけた。

黒く変色した染み。

それは・・・


「・・・血痕ね。 少し前のものだけど」


点々と廊下に続く染みを追いかけていくと、その血痕はロビーの突き当たりで消えていた。


「なに、これ・・・? 床板が・・・」


いや、板ではない。

正確に言えば、これは――


「蓋・・・?」


リノリウム板の一部の色が他と異なっている。

更に、金属が埋め込まれた部位を押し込むと、予想通り取っ手に変わった。


意を決してそれを引いてみれば、蓋は重苦しい鉄の悲鳴と共に持ち上がった。

その奥には、地下に続く縦長の空間と、金属製の梯子が見える。


「・・・地下へと続く秘密の通路ってわけね」


リピーターである悠奈すら知らなかった地下への入り口。

しかも、つい最近、誰かが使用した形跡が残っている。

こんな場所に地下室への階段を造るなど、一般的な建築様式ではありえないことだ。

だとすれば、何者かが作為的に作らせたもの。

当然、そんなことをするのは運営の連中以外にありえない。


「虎穴に入らずんば、虎子を得ず・・・。 行ってみるしかないわね」


懐から引き抜いたベレッタの安全装置を解除し、残りの弾数を確認。


・・・。


そうして、覚悟を決めるためにひとつ大きく深呼吸をしてから、床にポッカリ空いた空洞に身体を潜り込ませた。

梯子を下りきって、そこにあったドアを開けると、そこには壁一杯のモニターの群れが待っていた。

 

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「これって、もしかして全部監視カメラの映像・・・?」


部屋の壁には一面にモニターが並び、その数は40台をゆうに越えるだろうか。

 

 

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編集用の機器が所狭しと並べられ、あしの踏み場もないほどのケーブル類が床をのた打ち回っている。

更にその奥には、身の丈を越える大きな棚が並び、これまた無数のサーバーが鎮座して、耳障りな重低音を響かせている。


「ゲームフィールド内に設置された監視カメラの映像が、ここに集約してるわけね」


無数のモニターを適当に眺めてみると、悠奈の見覚えのある場所が大量に見つかった。

洞窟を移しているモニターには、まり子の姿も映っている。


「プレイヤーの行動を監視するための部屋・・・? ・・・だとしたら、人がいないのはおかしいか」


部屋を見渡しても、人が住み込んで常駐するような設備はなかった。

恐らく、ここはカメラの映像を中継し、別の場所に送るための設備なのだろう。

そして、もしもその通りならば、映像を保存している可能性が高い。


「・・・よし、ちょっと弄ってみますか」


データを管理していると思しきPCの前に立って、備え付けのキーボードを叩く。

PCに搭載されたOSは一般に普及しているメーカーのもので、並のPCの知識しかない悠奈でも、操作に支障はない。


「こいつを使いこなせれば、生き残っているプレイヤーの位置がわかるはず。 ・・・それに、結衣やまり子を殺した犯人を調べられるかもしれない」


記憶の中の時間と場所を照らし合わせ、それらしい名前の振られたフォルダを片っ端から開いていく。

モニターを見つめる悠奈の視線には、強い怒りが浮かんでいた。

目の前で非常にも刈り取られた命たちへ、報いるために・・・

悠奈自身も自覚することなく、マウスを握る手に力が篭った。


・・・。

 

モニターの前に張り付いてから20分が経過した頃、目的の動画を見つけた悠奈は、再生されたそれを前に言葉を失った。

 

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「何なのよ、これ・・・」


彼女の目に映るのは、2日前の小屋での映像――

結衣が死んでいた、あの小屋の光景を、悠奈は目の当たりにしていた。

人の死は、何度体験しても慣れるものではない。

ましてや、それが寝食を共にした仲間となればなおさらのこと。

結衣を殺した犯人を見つけ出すということは、当然その殺害現場の映像を見ることであり、悠奈も相当の覚悟を持って臨んだことだ。


しかし、想像を上回る悲惨な光景に、悠奈は口元を震わせながら机に拳を叩きつけた。

 

 

「酷い、こんなの・・・っ!」


薄暗い闇の中に引きずり込まれた結衣を、まるで物でも扱うかのように角材で殴りつけ、徹底的な暴力が加えられる。

やがて、抵抗する気力を失っ結衣の服に男の手がかかり、そして――

 

 

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「く・・・っ! こんなのっ・・・人間のやることじゃない・・・」



 

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あまりに残酷すぎる映像に、悠奈は思わずモニターから目を背けた。

スピーカーから流れる結衣のすすり泣く声が、カビと埃の臭いが沈殿した地下室に響き渡る。

やめて、やめて・・・と悲痛な叫びを上げる結衣の顔が、絶望と涙でぐしゃぐしゃに歪んでいく。


・・・やがて事を終えた男は、そのまま小屋の隅に置いてあったショットガンを手に取り――


結衣に向けて、撃った。

結衣の体が震え、画面内に血が飛び散る。

死に瀕した彼女の喉が、僅かに空気を震わせた。


『たす・・・けて・・・――ゆうな・・・さん』


「・・・っ!!」


スピーカーから洩れ聞こえた自分の名前に、悠奈の心が凍りつく。

結衣は懇願していた。

他の誰でもない、悠奈に助けを求めていたのだ。


悠奈は口元を押さえて、嗚咽を押し殺す。


――どうして、結衣の傍にいてやれなかったのか。

――どうして、もっと早く見つけてあげられなかったのか。


悠奈の心を後悔が蝕み、自分を殺してしまいたい衝動に駆られた。

 

・・・。

 


・・・それから、どのくらいの時間が経っただろうか。

地下室の床に膝をついた悠奈の身体が、ゆらりと起き上がる。


「・・・許せない」


もはや、悠奈の頭の中からは、ゲームクリアのことなどすっぽりと抜け落ちていた。

胸の奥から湧き上がる怒りに身を任せ、荒々しくキーボードを叩き続ける。

悠奈の目の前に並んだモニター群に、フィールド内のあらゆる場所の映像が、リアルタイムで表示されていく。


「・・・アイツだけは、絶対に許さない」


罪もない少女を毒牙にかけた男を探し出し、自らの命で償わせる。

万が一にも、アイツがゲームから生還するようなことがあってはならない。

ヒトの形をしたあの悪魔を、人間の世界に帰すわけにはいかない。

今はただ、その使命感だけが悠奈を突き動かしていた。

 

「アイツ、どこに隠れているのっ・・・!?」


しかし、モニターを上から順に眺めていくも、どこにもその姿は映っていなかった。


「・・・監視カメラを抜けるなんて、不可能なはずでしょ」


監視カメラには多少の死角はあるものの、ゲームフィールドのほぼ全てを網羅している。

監視の網を完全に抜けるには、カメラの配置を全て把握していない限り到底不可能を言えた。


「監視カメラでフォローしきれない場所があるとすれば・・・」


あるとすれば、どこだろうか?


地上は網羅されているのだから、残るは水中だろうか。

あるいは、樹の上か。

はたまた地中か。

行動可能な範囲の中で、監視カメラに映っていない場所は――

この地下室以外に、ありえないのだ。


「まさか!」


悠奈が、心当たりを発見した瞬間、背後に迫る誰かの気配に気がついた。

 

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反射的にその場から飛び退き、デスクの上に置かれたベレッタを振り向き様に構え――


――!!!!


地下室に、2発の銃声が同時に響き渡った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

「・・・俺は、何をやっているんだろうな・・・?」


藤田修平が瞳と別れて単独行動を始め、立ち寄った廃村で悠奈を発見したのは、1時間前のことだった。

悠奈のナンバーは『J』。

数字に直すと素数の『11』。

つまり、修平にとって必ず始末しなくてはならないターゲットの1人だった。

だが、昨夜から修平を苛み続けている自問の答えは、まだ出ていない。

そして、その迷いの中で修平は、中央管理施設に消えた、悠奈の戻りを待ち続けていた。

 

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「しかし、遅いな・・・? 気付かれた気配はなかったが・・・」


尾行を察して逃げたとは、考えづらい。

悠奈を追って施設に入るべきか否か考えていた、その時――


――ッ!


「・・・銃声かっ!?」


施設の中からくぐもった銃声が轟いた。

考えられるのは、悠奈と他のプレイヤーとの施設内での遭遇。

その可能性に気づいた途端、修平は――


「っ・・・!」


自分でも正体不明の感情に突き動かされ、施設の入り口に向かって駆け出していた。


・・・。


施設の扉を押し開け、1階のロビーに足を踏み入れる。

先ほどまで激しく鳴っていた銃声は止み、施設の中は静まり返っていた。

既に戦いには決着がついた、と考えるべきだろう。

だとすれば、死んだのは悠奈か、それとも他のプレイヤーか・・・。


すると慎重に歩みを進める修平の視線に、不可解な光景が飛び込んできた。

それは扉・・・というよりも、地下に続く蓋と表現すべきだろうか。

リノリウム張りの廊下の一角が、ポッカリと口を開けている。

そのとき施設のどこかから、誰かが走り去る足音が聞こえてくる。


「・・・!?」


戦いの勝者が、修平に気づいて逃げ出したのだろうか?

だが、逃げたということは、もうここへ戻っては来ないだろう。

仮にそれが悠奈だった場合、おそらく修平では追いつけない。

それよりも修平は、目の前にある地下室の入り口が気になった。

それは明らかに、異質な雰囲気を放っていた。

 

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「・・・行ってみるしかないか」


・・・。

 

「なんだ、この場所は・・・?」


――壁一面を覆いつくす、無数のモニター。


だがそれらは一切機能しておらず、黒い闇を映すだけだ。

部屋の中央に備えられたデスクトップPCは、散弾を派手に浴びて、完全に沈黙していた。

そしてその部屋の一角に、腹部を押さえて壁によりかかる、赤い髪の女がいた。

 

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「・・・悠奈? 死んでる、のか・・・」

「・・・その声・・・修平、なの?」

「っ! ・・・まだ、息があったのか」

「・・・やだ、なぁ・・・勝手に殺さないでよ」


強がってはいるものの、か細い声で話す悠奈の姿に、修平は彼女の死が目前であることを悟った。

すると修平の顔色から全てを察したように、悠奈が尋ねてくる。


「ねぇ・・・私、死ぬの・・・?」

「・・・ああ。 もう、手の施しようがない。 時間の問題だ」

「・・・そっか」

「最期に、なにか言い残したいことはあるか?」

「最期に・・・か。 修平には、言いたい事がたくさん・・・あったはずなんだけど、忘れちゃった」

「・・・・・・」

「ねぇ・・・代わりに、1つだけお願いを・・・聞いて貰える?」

「・・・俺にできることなら」

 

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「こっちに来て・・・私の手を握って・・・・・・お願い」

「・・・・・・」


修平は悠奈の下に歩みより、その傍らに膝を付いた。

そして、赤に染まった悠奈の手を両手で覆うように握り締める。

大量の血液を失った身体は、明らかに体温が低下していた。


「それで・・・どうすればいい?」
「このまま・・・ずっと、手を握っていて・・・」
「俺なんかで、いいのか?」
「・・・ええ」


悠奈の視線は虚空を見つめたまま、ほとんど光を失っていた。

既に、目の前にいる修平の顔すら見えていないのだろう。

そんな彼女が、修平の存在を確かめるように、微かな力で手を握り返してくる。


「・・・悠奈、お前は結局何者だったんだ?」
「・・・私は、リピーターよ」
「リピーター?」
「そう・・・このゲームの、経験者・・・」


その言葉を聞いた瞬間、修平は全てに合点がいった。


「そうか・・・だからお前は、色々と詳しかったんだな。 でも、だったらどうして結衣や俺たちを・・・無関係の人間を助けようとした? お前にはセカンドステージがあることが、最初からわかっていたはずなのに」
「・・・・・・それが私の・・・役目、だから」
「どういう意味だ?」
「・・・前にね。 私のために、命を捨てた人がいたの。 本当は、私が死んで、彼が生き残るはずだった・・・。 あいつが生き残るはずだった時間を貰って、私は今日まで生きてきた・・・。 だから、今度は私が・・・彼から預かった命を、誰かにあげるの・・・。 それが・・・私の役目」
「・・・・・・」
「フフッ・・・、違うわね。 きっと、私は・・・彼に怒られたくなかっただけ・・・胸を張って誇れる生き方をしたかった、それだけなのかも・・・」


懐かしい記憶に想いを馳せるように小さく微笑んで、悠奈は咳き込んだ。


「ずっとね・・・修平のことが、心配だった・・・。 琴美が、いなくなって・・・修平、壊れちゃいそうで、怖かったから・・・。 あなたの気持ちが、痛いほど、よく分かったから・・・」
「・・・っ! こんな時に、他人の心配してる場合じゃないだろ・・・っ!」


琴美が死んだ時。

あの時は、ただひたすらに混乱し、現実を受け入れまいと抵抗していた。

けれど彼女は、自身の不可避の死を受け止め、修平のことばかり心配していた。


「あ、あははっ・・・。 だって、もう、私は無理だもん・・・」


琴美に何もしてやれなかった後悔が、今更ながら修平に押し寄せる。

死に瀕しながらも、健気に修平を気遣う悠奈に、幼馴染の姿が被って見える。


「何で・・・悠奈も、そんな風に笑うんだ。 どうして・・・そんな目で、俺を見るんだ。 助けてって、まだ死にたくないって、素直に言えよっ!」
「だって、さ・・・修平・・・泣き出しそうだったから・・・だから、泣かせたくないな、って・・・」
「俺は、お前のことを、殺そうとしてたんだぞっ! 俺のクリアには『J』の、悠奈の死が必須条件なんだ・・・。 そして、死に掛けているお前の姿に、俺は安堵している。 そんな奴に最期を看取られて、お前は本当にそれでいいのかっ!?」
「・・・・・・」
「・・・悠奈?」
「ああ・・・ごめん。 ちょっと、聞こえなかった。 なに・・・? 今度はちゃん、と、聞いてるから・・・」
「っ・・・だからっ・・・俺は、俺は・・・なのに、どうして・・・」
「・・・なんだ、前の、しゅうへ・・・じゃん」
「悠奈・・・?」
「うん・・・いいや・・・ばとん、たっち・・・」
「っ・・・おい、しっかりしろ、悠奈! バトンタッチって、なにをだよっ! 勝手にそんなもん押し付けてくんなよ!」
「・・・ごめん、ね・・・」
「何で・・・お前も、琴美も・・・俺に謝るんだ・・・。 謝んなよ・・・頼むから・・・」
「しゅ・・・へ・・・クリア、が・・・ばれ・・・」
「悠奈? おい、悠奈っ! 悠奈・・・」


修平が呼びかけても、もう返事は返ってこなかった。

僅かに微笑を浮かべたまま、悠奈は四肢を床に投げ出して・・・

そのまま、二度と動くことはなかった。


「っ・・・」


握り締めていた手を、そっと床へ下ろす。


「何が、『クリア頑張れ』だよ・・・。 どうして・・・今の俺に、そんなこと・・・」


修平は、それ以上は何も言わず、緩慢な動作で立ち上がった。


・・・。

 

それから、悠奈の亡骸を一瞥して、地下室を後にした。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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――それからの修平は、ゲームの最終日を、無為に過ごした。

今さらやるべき事など、ほとんど思いつかない。


・・・。

 

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琴美の墓参りをした後は、フィールド内をあてどなく歩く。


・・・。



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多くのに人間が命を落とした、このフィールドを。

そうして歩き疲れた彼は、瞳との待ち合わせに向かった。


・・・。

 

そうして歩き疲れた彼は、瞳との待ち合わせに向かった。

診療所の壁に寄りかかって、瞳が来るのを待つ。

程なくして、彼女はやってきた。

 

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「報告します。 標的の発見はならず、目的を達することはできませんでした・・・・・・力が及ばず、申し訳ございません」
「・・・いや、構わない。 もう瞳に動いてもらう必要はなくなったんだ」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「悠奈が死んだ。 俺のクリア条件は、これで達成だ」
「本当ですか!?」


瞳の顔に、ぱあっと笑顔の花が咲く。

 

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「おめでとうございます、修平様!」
「ああ、ありがとう。 これも全部、お前のおかげだ」
「いえ、私はそんな・・・」
「今までご苦労だったな」


その言葉と共に、修平は瞳の手を引き、その体を抱きしめた。


「あ・・・」
「俺がクリアできたのは、瞳のおかげだ」

 

頭を撫で、髪を梳いてやりながら、耳元で囁く。


「ありがとう」
「修平様・・・嬉しいです・・・。 私は・・・粕屋瞳は、修平様にお仕えできたことを、本当に幸せに思います・・・。 これからも一生・・・私は、修平様のメイドです・・・」


首もとに巻きつけた瞳の腕に力が篭もり、強く修平を抱き返してくる。

視界に映る瞳のうなじを、修平は見下ろした。


「・・・ごめんな」
「えっ・・・?」


修平は右手に隠し持っていた注射器を瞳の首筋に突き立てて、その中身を注ぎ込んだ。


「修平様っ!? なっ・・・何を!?」
「・・・・・・」


修平が瞳に投与した薬品は、臨床の現場で手術の際に即効性の鎮静剤として使用されている。

効果時間は短いが、注入から即座に効果が発現し、数十秒で意識を失う。

過剰に摂取すれば、命を落としかねない劇薬だ。

修平に医学の知識はないが、何かのニュースを通じて名前だけは知っていた。

廃村の診療所で偶然にもこの薬品を発見し、これまで密かに隠し持っていたのだ。


「修平、様・・・どうして・・・?」


足がもつれて、地面に膝をつきながら、瞳が修平の名前を呼ぶ。

 

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「わ・・・私を、殺す、おつもりなのですか・・・!?」
「・・・・・・」
「私を殺して、あなたが生き残る・・・ひどいシナリオですが、それが運命なら従いましょう。 でも、だったらこんな事をしなくても・・・私は修平様が命じれば、自ら命を絶ちました・・・。 私は、そんなにも、信用がなかったのですか・・・?」
「違う、瞳。 死ぬのはお前じゃない。 俺だ」
「――え?」


瞳の目が見開かれる。

修平は彼女の綺麗な眼を見返し、言葉を続けた。


「・・・瞳、お前のクリア条件は、『2時間以上同じエリアに留まらない』こと・・・。 現在22時12分。 もうここで寝ていれば、それだけでクリア条件を満たせるんだ。 だから、後は寝ていろ。 目覚める頃には、ゲームは終わっている」
「で、でも、修平様・・・だったら、修平様は、どうするおつもりで・・・」
「1つだけやり残した事があるんだ。 それを終えたら、俺は自分で自分にケリをつける。 でもその事を話したら、お前、俺を止めるだろ? だから、俺は・・・」
「しゅ、修平様・・・!」
「・・・ごめんな、瞳。 俺はお前のご主人様には、最後までなれなかった。 『生きる』っていう約束も守ってやれない。 ・・・それでも、せめて、最後の命令をさせてくれ。 生きろ、瞳」
「い・・・いやっ・・・! あ・・・あなたが死ぬのなら・・・私も・・・いっしょに・・・」


瞳が必死で声を振り絞る。

だが、その強靭な肉体も、ついには薬の力に負け――


「・・・・・・」


瞳は電源を落とされたように、その場に倒れ伏した。


――気絶した瞳を抱え、診療所の床へと横たえる。

眠っている間に、もっと効果時間の長い薬を持っているため、多少の衝撃があっても目を覚ますことはないだろう。

一応その間に両手足を縄で拘束し、一切の身動きがとれないようにした。


「瞳・・・」


彼女の安らかな寝顔を見ていると、修平の方が辛い気持ちになった。

思えば彼女の存在が、琴美を失った修平を、ギリギリのところで支えていたのかもしれない。

慰みといってしまえば、それまでのことだろう。

だが修平のことを心から信頼し、健気に尽くそうとする彼女に、修平は確かに救われていたのだ。


「・・・悠奈、これでいいんだよな?」


だがその問いに、答えてくれるものはいない。

修平は最後に瞳を一瞥し、そして診療所を後にした。


・・・。


外に出た修平は、あたりを見回した。

周囲に人の姿は見えない。

だがどこかに彼女がいると信じ、修平は声を上げる。


「いるんだろう、はるな!? 出てきてくれ!」


そう呼びかけると、ほどなくして――

 

彼女が、姿を現した。

 

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「修平・・・あのメイドは、どうしたの?」


はるなの問いに修平は、とっさに嘘を答えた。


「・・・殺したよ。 薬を使ってな」
「万が一の事もあるし、とどめを刺した方がいいと思うけど?」
「いや、いいんだ。 無駄弾は使いたくない」
「そう・・・」
「・・・なぁ、はるな」
「なに?」
「少し付き合ってくれないか? 話したいことがあるんだ」


修平の誘いに、彼女は一瞬だけ戸惑った顔をした。

そして、細い手首に巻いた腕時計を見つめて言う。


「・・・少しだけなら。 私にはまだ、やらなきゃいけないことが残っているから」
「時間はとらせないさ。 ちょっと、世間話がしたいだけだ」
「・・・うん。 わかった」


行こうぜ、と、修平が歩き出す。

その横に、小走りではるなが並びかけた。


・・・。

 

 

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「・・・はるなには、家族はいるのか?」
「ええ。 両親と、歳の離れた弟と妹の5人暮らし。 全員、血は繋がっていないの。 お母さんは小さい頃に大病を患って子供が産めない身体なんだって」
「だから、はるなを?」
「うん。 養子にしたんだって。 お父さんは、そんなお母さんの事情を知った上で結婚を申し込んだの。 もちろん、周囲は大反対。 でも結局、お父さんは意思を曲げなかった。 情に流され易くて、弱いものを見ると方っておけなくて、とんでもないお人好し・・・。 私のことも、実の娘のように可愛がってくれたし、時には厳しく叱ってくれた」
「・・・いい親父さんだな」
「うん。 でも私は、いい娘にはなれなかったかも・・・」
「どういう意味だ?」
「養子に貰われた当時はね、全然懐けなかったから。 本当のお母さんじゃないくせに、っていうのが口癖。 それでいつもお母さんを泣かせてた。 学校でも問題ばかり起こしてたし、家出して警察に保護されたこともあったかな」
「へえ、意外と不良娘だったんだな」
「フフ、そうね。 ・・・怖かったのよ。 大切なものを見つけて、もしもそれを失ってしまったら・・・今度こそ、自分が壊れてしまうと思ったから。 失くしてしまうくらいなら、2度と誰も好きになんてならない。 もう、家族なんていらない・・・。 あの頃の私は、ずっとそう思ってた・・・」
「・・・今は、どうなんだ?」
「大好きだよ。 2人のことも、弟と妹のことも」
「・・・そうか。 いい家族ができてよかったな」
「うんっ」

 

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感情の起伏に乏しいはるなが、その時ばかりは人が変わったように無邪気な笑顔を浮かべた。

修平はごく自然な動作で、あたかもそれが当然と言わんばかりに、彼女の頭に右手を伸ばしていた。


「・・・っ!」


そんな修平に、はるなは身体を硬直させ、警戒心を露わにする。


「悪い。 つい・・・」
「・・・ううん。 ちょっと驚いただけ。 いいよ」


慌てて手を引っ込めようとした修平に、はるなは小さく微笑み返して、肩の力を抜いてみせた。

やり場がなくなった手の平を、今度こそ彼女の頭にのせて、髪を優しく撫でる。

はるなは無言のまま、気持ち良さそうに目を細めた。


「・・・昔、よくこうやって頭を撫でてくれた」
「そうだな・・・『春菜』」


修平は妹の名を呼び、かすかに微笑んだ。

彼女も寂しげな笑みを返し、問いを口にする。


「・・・いつから気づいてたの?」
「最初に会った時から違和感はあった。 確信したのは、ついさっきだ。 お前は、最初から?」
「・・・うん。 姿も声も全然変わっちゃってたけど、もしかしたらって思った。 ・・・『藤田』の名前を聞いた時に、ピンときたの」


ゲームの初日、崖から落ちかけていた彼女を助けた時、修平は僅かに違和感を覚えた。

春菜の顔が、誰かに似ている気がして・・・

今にして思えば、なんのことはない。

修平は、春菜の容姿に母の面影を感じていたのだ。


「なあ・・・春菜も、リピーターだったのか?
「・・・なんだ、それにも気づいてたんだ?」
「まあな。 じゃなきゃ、初日に説明会場を抜け出した、お前の行動に説明がつかないからな」
「そう・・・私がリピーターになった理由を聞きたい?」
「ああ、教えてくれ」
「お父さんの会社が、数年前に経営に失敗して、凄い借金を作ったの。 転がり落ちるのはあっという間だったわ。 家にあるものが、どんどんなくなっていくの。 一昨日は花瓶、昨日はソファー、今日は食器棚がなくなって、明日は何がなくなるんだろうって、あの頃は毎日思ってた。 最後には、住む家さえなくなってしまった・・・。 地位も名声も地に落ちて、あとに残ったのは莫大な借金だけ。 お父さんはいつも弟たちに『ごめんな』って謝るの・・・。 私にも、同じ風に謝ってきて・・・でも、目の周りは泣き腫らして真っ赤になってて・・・・・・とても、見てられなかった」
「・・・・・・」
「そんな時よ、このゲームに初めて参加したのは」


どこか遠い景色を見るように、春菜は空を見上げた。


「最初は何も分からず逃げ回っているだけだった。 だけど、他のプレイヤーたちが私の知らないところで殺しあって、気がついたら最終日に生き残っていたのは私だけ。 クリア条件も難しいものではなかったし、運がよかったのよ。 そうしたら、運営の男が言ったの。 ゲームクリアの報酬に、なにか欲しい物はあるかって」
「だから私は、お金が欲しいって答えた。 運営が用意した額は、お父さんが背負った借金に比べれば微々たるものだったけど、一生働いても稼げないような金額よ。 それを自然な形で、お父さんに渡るようにしてもらった。 ・・・お父さんもお母さんも喜んでいたわ。 下の子たちも、2人が嬉しそうにしているのを見てなにかを感じたのね。 みんなに笑顔が戻ってきた」


少しの照れと、仄かな愁いを帯びた微笑を春菜が浮かべる。

けれど、その笑みはすぐに消え、能面のような無表情な顔だけが残った。


「その時、私は理解したの。 このゲームでお金を稼ぐことが、私のすべきことなんだって。 それが、本当の家族みたいに接してくれたあの人たちへできる、唯一の恩返しなんだって。 それから、私はリピーターになって、何度もゲームに参加した。 ・・・それから幾度となく、人を殺したわ」
「・・・・・・」
「騙して、裏切って、私はずっと勝ち続けた。 今回も、最初はそのつもりだった。 だけど・・・修平と、出会ってしまった。 そこから先は、修平も知っての通り。 2人とも生き残る方法はないか探してみたけど・・・。 結局、結末はなにも変わりそうにないわ・・・」
「・・・そうか」


春菜は両手を挙げて小さく伸びをすると、息を吐き出した。


「今度は、私から質問してもいい?」
「なんだ?」
「吹石さんは、修平の・・・恋人、だったの?」
「・・・どう、だったんだろうな。 あいつと出会ったのは、お前が養子に引き取られてから半年後くらいだ。 いつもしつこく話しかけて、最初はウザくてしかたなかったのに、いつの間にか2人でいるのが当たり前になってた・・・。 恋人とか、幼馴染っていうより、兄妹みたいな感じだったのかもな。 だけど、もし叶うなら・・・あいつと2人で新しい家族を作ってみたい・・・。 そんな、夢を見ていた」
「・・・そう」
「あいつがどう思っていたかは、よくわからないけどな。 ちゃんと確かめる前に逝ってしまったし」
「・・・ごめんなさい」
「別に、春菜が謝ることじゃない」
「・・・違うの。 吹石さんが死んだのは、ただの偶然なんかじゃないから」
「え・・・?」
「吹石さんは、私が殺したようなものだよ」
「どういう意味だよ・・・それ」
「ゲームを主催してる連中が、なんでこんなことを始めたか知ってる? なんで、このゲームにファーストステージとセカンドステージがあるか、修平は知ってる? 私たちに殺し合いをさせて、見世物にしたいだけなら、こんな周りくどいルールにしなくても幾らでも方法はあるはずなのに」
「だったら、どうして・・・?」
「彼らが見たいのは、ただの殺し合いじゃないから。 ファーストステージのクリア条件は、プレイヤー同士が互いに協力しあわなきゃ達成できないようになっている。 見ず知らずの他人が集められて、すぐに仲良くなんてなれるわけない。 1人1人の理解と協力があって、初めて全員の生還が可能になるの。 だけど、セカンドステージのクリア条件は・・・そうやって、ファーストステージで信頼を築き上げた者同士が、殺し合うように出来てるのよ」
「・・・っ」
「このゲームの本質は、殺し合いのショーなんかじゃない。 大切な誰かを殺さなくては自分が生き残れない。 そういう状況に置かれたプレイヤーが、足掻き苦しむ姿を見せることなのよ」
「・・・なんだよ、それ」


映画や小説では、誰かのために命を投げ出した人間は英雄のように祭り上げ、その物語は美談として描かれる。

愛する者の命が、自分自身の命か・・・究極の選択を迫られた登場人物が葛藤する姿に、観衆は一喜一憂し、共感の涙を流す。

それは、人の生き様と死に様こそが、最高のエンターテインメントだからだ。


「そんなことを・・・現実の世界でやろうとした連中がいるってことなのか・・・?」


春菜が語って聞かせた話が真実であるならば・・・


・・・これが、本当に人間の所業なのだろうか。


「私が言ってることの意味、修平にならわかるよね?」
「琴美が死んだのは、ただの偶然なんかじゃなくて・・・」
「実の妹である私がいたから、修平がここにいるの。 私がゲームに参加していたから、修平と吹石さんは、役者に選ばれたんだよ。 悲劇を演じるための、主人公とヒロインとして」
「・・・・・・」
「2人がゲームに巻き込まれた根本的な原因があるとするなら、それは私。 だから、修平が吹石さんの仇を取りたいって言うなら・・・。 私を、殺すしかないんだよ」


・・・。

 


2人が最初に出会った崖の傍ら、小高い丘にまでやってきたところで、春菜はごく自然に、修平の隣から正面へと歩みを進めた。


そろそろ、このゲームも終わる――。


修平は安堵にも似た感情を抱きながら、心の中でそう思った。

青白い月光が、春菜の姿をぼんやりと浮かび上がらせる


「・・・そろそろ、時間よ」
「春菜・・・」
「最期に話ができて、本当によかった」



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振り返った彼女の手には、クロスボウが握られていた。

鋭い光を放つ矢の先端が、真っ直ぐに修平へと向けられている。


「私のプレイヤーナンバーは『3』。 クリア条件は『プレイヤーを殺害した他プレイヤー全員の死亡』よ。 だからあの、阿刀田初音って子も、殺さなければならなかった・・・私は生きるために人を殺す人間よ。 そしてこのゲームから修平と私、2人が同時に生きて帰ることはできない。 生き残れるのは・・・どちらか1人だけ」


修平がPDAを操作し、パーソナルデータ画面を表示する。


そこに表示されている文言は、相変わらずの『素数ナンバーのプレイヤー全員の死亡』。

素数のナンバーをもつ彼女は、修平にとってもクリア条件を満たすために必須の殺害対象だった。

十数年ぶりの再会を果たした兄妹が、最後に殺し合う結末・・・


どうやら春菜はどこかで、修平のクリア条件を知ってしまったらしい。

全ては、主催者の手の平の上で、予め決定されていた運命だった。

 

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「・・・俺も最期に、春菜と話ができてよかった」


修平も春菜へと銃口を向ける。

照準を通して見る妹は、本当に母とよく似ていた。


「・・・今回が、私の最後のゲームなの。 このゲームをクリアすれば、お父さんの借金が全て返済できるから。 だから・・・私、ここで負けるわけにはいかない」
「・・・そうか。 だからといって俺も、ここで無抵抗に殺されてやるわけにはいかない。 たとえその結果、自分の妹を手にかけることになったとしてもだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


春菜は足元に視線を向け、屈んでなにかを拾い上げた。

それは、かつてこの場所で繰り広げられた数知れぬ戦いの証・・・

錆び付いた、銃弾の薬莢だった。

 

「これが合図。 いい?」
「ああ」


修平はそう答えてから、かすかに視線を落として言った。


「・・・なぁ、春菜。 もしも、別の形で再会できていたら・・・。 俺たちはまた、家族に戻れたのかな・・・?」
「そうね。 もしそんな・・・別の未来があったなら、私たちはきっと・・・」


春菜はそれ以上先を言わなかった。

言っても意味のない事だからだろう。

馬鹿な質問をしたと思う修平に、春菜は感傷を振り切るように――


薬莢を親指の先で、宙高く弾き上げた。

月明かりを浴びて鈍く光る金属片が、コインのように回転しながら夜空に弧を描く。

修平と春菜の2人は、改めて互いの武器を構え直す。

それぞれの引き金に指がかかり、2人の視線が交差する。


銃弾の薬莢が地面を叩き、乾いた音が響き渡った。

 

 

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「――きて――おきて、お兄ちゃん!」


――ああ、わかってる。


――すぐ起きるから、そんなに急かすなって・・・

 

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「コラーッ! おきなさいってばっ! がっこう遅れちゃうよ!」

 

――わかってるわかってる。


――そんなに焦らなくても大丈夫だよ、春菜。


――だから、あと10分だけ・・・


「もう、知らないんだから!」

 


――!!

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」


山から吹き降ろす冷たい風が、修平と春菜の髪を揺らして通り過ぎる。

修平が撃った弾丸は、春菜の髪を掠めて夜闇に消えた。

同時に春菜が放った矢も、修平の遙か上空を飛んで、夜空へと消えていた。

 

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「・・・なんで・・・当てなかったの?」

「・・・お前こそ、なんでだよ」


春菜がクロスボウを下ろし、修平を見つめる。

その目から涙が零れて、頬を伝い落ちた。


「撃てない・・・よ。 頭では理解してるの。 このままじゃ生き残れない・・・・・・だけど、私には無理だよっ」


春菜の悲痛な叫びが、修平の胸を突き刺してえぐる。

彼女の揺れ動く気持ちが、泣き叫ぶ心が、修平には痛いほど理解できたから。


「・・・そんなんじゃ、ダメだろ。 春菜・・・お前は、生きて帰るんだ。 お前にはまだ、帰りを待ってる奴らがいるんだから」

 

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「そんな、残酷な事言わないでよっ!」
「だったら、しかたないな・・・」


修平は、わずかに硝煙を上げるソーコムに視線を落とした。

その弾倉には、まだ何発かの弾丸が残されている。

修平が頭に思い描いた行為を、実行に移そうとした――その時。


――!!


「な・・・っ!?」


突然の銃声を、全身を揺さぶる衝撃。


「・・・えっ?」


春菜の顔が驚きと混乱に染まり、その視線が一点に注がれていた。

彼女の視線を追いかけて、修平は自分の胸元を見下ろす。

胸の真ん中には、真っ赤に鮮血の華が咲いていた。


「ぐ・・・かは・・・っ!」


直後に修平の身体を襲う激痛と目眩。

激しい嘔吐感を堪えきれず、喉に溜まったものを吐き出すと、おびただしい量の血液が地面を濡らした。


「がっ・・・はっ・・・春・・・菜・・・にげ、ろっ・・・」

「危ないっ! 修平っ!!」


――!!


再び銃声が鳴り響き、突き飛ばされるような衝撃を背に受けた。

修平は抵抗もできずに地面に崩れ落ちる。


「修平っ!!」


春菜が修平に駆け寄り、その体に縋り付く。


「・・・いや~、いいねぇ、兄妹愛ってヤツは」


その正面から、拍手の代わりとでも言わんばかりに、嘲笑が注がれた。


「・・・誰っ!?」

「酷いなぁ、春菜ちゃん・・・説明会の時に自己紹介しただろ?」



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「伊藤・・・大祐」

「そうそう。 覚えててくれて嬉しいぜ」


ゲーム初日の説明会で、春菜と大祐は顔を合わせている。

しかし、春菜にとってはそれだけではない。

この男はクリア条件を満たすための重要なプレイヤーの1人・・・

春菜の殺害対象の1人なのだ。


「よくも・・・よくも修平を・・・っ!」

「オイオイ、なんで睨むんだよ? 感謝されることはあっても、恨まれる覚えはないはずだぜ? そいつが死ななきゃ、春菜ちゃんは生き残れないんだろう? だから、俺が代わりに殺してやったんだ。 どうせ生かしてはおけないもんな、誰がやっても変わらねぇよ」

「修平は・・・あなたの殺害対象だったの・・・?」

「いいや、俺のクリア条件とは関係ねぇさ」


そういって大祐は、懐から取り出したPDAの画面を春菜に向けた。


「『半径2m以内に同時に3人以上のプレイヤーを侵入させない』・・・?」


14人のプレイヤーの中で最も難易度の低いその条件は、奇しくも、春菜が初めてゲームに参加した時と同じものだった。

このクリア条件を満たすには、他人との接触を避けて身を潜めていればいいだけのはず。


「だったら、どうして・・・」

「なぁに、これも余興ってヤツだよ。 折角のゲームだからな、楽しまなきゃ勿体無いだろう?」

「・・・楽しむ?」


大祐の口から出てきた、ゲームの感想として相応しくない単語に、春菜は眉をしかめた。

ニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべるその目の奥には、危険な色が見え隠れしている。

いや、そもそも春菜は、この男が危険なプレイヤーであることを前から知っていた。


「・・・あなたが、上野まり子を殺したのね」

「あぁ? なんでお前がそれを知ってる?」


春菜のPDAの特殊機能は、『プレイヤー同士の接触情報を閲覧できる』――


他のプレイヤー同士が至近距離に近付いた情報を、春菜に与えてくれる特殊機能だ。

そして、大祐とまり子が最後に接触した直後、彼の名前が春菜の殺害対象として登録された。

それはつまり、彼女を殺したのが、目の前の男だという事実に他ならない。


「まさかお前も、あの地下室のことを知っていたのか?」

「地下室? なんのこと・・・?」

「説明会が開かれた施設の地下にある、モニタールームのことさ」


春菜は何度もゲームに参加し、会場で戦った事もあったが、そんな部屋の存在はまったく知らなかった。


「なんのことかわからねぇって顔してんな。 だったら教えてやるよ。 あの場所には、プレイヤーに隠された地下室があって、フィールドに設置された全ての監視カメラの映像が見れるのさ。 それだけじゃねぇ。 この首輪には超小型CCDカメラとマイクが仕込まれてんだ。 その映像も音声も、全部その場にいながらにして、確認できるんだよ」

「そんな場所が・・・」

「しかもリアルタイムの映像だけじゃなくって、ゲームが始まった瞬間から現在までの映像記録を、遡って観る事までできる。 他のプレイヤーがどこにいるのか、どんなクリア条件で、なにを目的に行動しているのか・・・全てお見通しってわけさ、 つまり、このゲームで、俺を欺ける奴は1人もいなくなったってことだ。 後は簡単だ。 プレイヤー同士が勝手に殺し合うように、火種を巻いてやればいい。 修平が運営の男と話している映像を見つけた俺は、そのことを黒河っていうイカレ野郎に垂れ込んでやったのさ。 まあ、適当に尾ひれをつけさせてもらったけどな」

「なんで、そんなことを・・・。 あなたは無闇に争いを起こす必要なんてなかったはずなのに・・・」

「なんで? そんなもん、邪魔な連中をぶっ殺すために決まってるじゃねぇか。 特に、修平と司の2人だ。 いかにも自分は利口です~って顔して、人様に命令してくるんだ。 いけすかねぇったらねぇよな。 まぁ、残念ながらこの作戦は失敗だった。 邪魔な男共は全員生き残って、目当てだった琴美ちゃんが死んじまったからな。 惜しい事したよ」

「なっ・・・じゃあ、あなたのせいで吹石さんは・・・!」

「まぁそういうこった。 修平は最後まで、本当の敵を見誤ってたって事だよ。 どいつもこいつも、ご大層な理屈を並べて自分の能力を誇示したがる割には、案外素直に騙されてくれるのな。 そう・・・そういう意味じゃ、意外だったのは初音だ・・・」

 

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あいつだけは俺の本性に気づきやがった。 さすが役者やってただけのことはあるな、素人の演技は通用しないらしいぜ。 だから真っ先に、あいつを痛めつけてやったのさ。 誰かに相談する気も失せるような方法でな」

「っ・・・! 最低っ! あんた、人間の屑よ!」


「ハハッ! そう褒めるなって! まぁそのせいで半日ですっかり歪んじまったよ。 あげくに殺人者になっちまったのは予想外だったけどな。 そのくせ結局一番憎いはずの俺は殺せず、お前に殺されたってあたりは、さすがに同情するよ。 揃いも揃って可哀想にねぇ」


まるで自慢話でもしているかのように、恍惚の笑みを浮かべながら大祐は語り続ける。

春菜にはその姿がまるで、人の形をした醜悪な獣のように映った。

理性を捨てた人間という獣の本性を、そこに見ていた。

同時に、長年回答を得られなかった問いに、ひとつの正解を導き出す。

こういう人間がいるから、このゲームが存在しているという事実を。


「次の標的にしたのは、まり子と、あの結衣って女だ。 あの2人は散々逃げ回って、ずいぶん手こずらせてくれたよ。 でもモニタールームに戻れば、どこにいるのかなんて一目瞭然だ。 時々居場所チェックして、あとは人間狩りさ。 まり子は生意気にも撃ち返してきやがったから、ショットガンでズドン。 ちょっともったいなかったけど、まぁ前からあいつにはムカついてたしな。 その後は結衣をさらって、山小屋でお楽しみさ」

「・・・っ! このケダモノっ!! そんな酷いことをして、なんで平気な顔していられるのっ!? あなたが殺した人たちにだって、帰りを待ってる家族や、大切な想い人がいたはずなのに・・・っ!」

「・・・オイ、随分と偉そうなこと言うじゃねぇか。 身勝手な願いのために、これまで散々人を殺してきたリピーターの分際でよ」

「・・・っ!」

「お前がこれまでやってきたことと、俺がやったことの何が違う? 結局は、自分の欲望を叶えたかっただけだ。 本質はなにも変わらねぇ。 お前はただ、人殺しの言い訳に家族を利用してるだけなんだよ」

「そん、な・・・こと・・・ない。 私は・・・」

「・・・なぁ、こいつは最高にいかしたゲームだとは思わないか? 人間を何人殺そうと、女をどうしようと、全てが自由だ。 その上、最後には願い事をひとつ聞いてくれるっていうんだぜ? 欲望のままに、全てが叶う楽園のような場所じゃねぇか。 なぁ? 俺は、なんで自分がこのゲームに連れて来られたのか、直ぐに理解できたぜ。 あれを見てみな」


大祐の動きを警戒しながらも、春菜は彼が指指した方向に視線を向ける。

 

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そこには朽ちかれた老木が1本だけ立っていて、その幹の中頃にはこちらを見つめる監視カメラの視線があった。


「あのレンズの向こう側で、ケダモノ共が舌なめずりしてやがる。 連中は、人間が夢や希望を失う瞬間に見せる、最高の表情がご所望だ。 春菜ちゃんの、ぐしゃぐしゃに歪んだ絶望の表情をなぁ!」

「な・・・っ!」

「オイオイ、なんだよ、その呆けたツラは? 俺がただの自慢話で、長々と演説垂れていたとでも思うのか? ゲームの終了まであと2時間かそこらだ。 せいぜい楽しませてくれよ」


大祐が唇を舐め、いやらしげに口の端を持ち上げる。


「――っ!」


大祐の視線に怖気が走り、春菜は慌ててクロスボウを構える。


しかし――


先ほど、修平に向けて放ったばかりのクロスボウには、矢が装填されていなかった。


・・・もっとよく考えるべきだった。

大祐がなぜ、今このタイミングで修平と春菜の前に姿を現したのか。

修平を確実に仕留めた上で、春菜の反撃を受ける事のない、このタイミングを・・・


「く・・・っ!」


春菜は周囲に視線を巡らせて、武器になりそうなものを探した。

その視線が、修平の取り落したソーコムで止まる。


「ハハッ、お見通しだったーの!」

「きゃぁっ!!」


大祐は素早く走り寄り、春菜の腕を掴んで思いきり投げ飛ばした。

そして地面へ転がった体に覆い被さり、腕を取って春菜を組み伏せる。

 

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「このっ! 放せっ!!」
「その反抗的な態度がそそるねぇ・・・」


春菜の服を剥きながら、大祐がその柔肌に手を這わせる。


「いやっ、やめて! やだぁ!!」

「ハハハッ、いい顔だ。 もっとよく見せてくれよ」

「いやああぁあぁっっ!!!」


春菜は叫びながら抵抗を試みるも、男女の力の差は大きく、大祐の行為を遅くする程度の効果しかなかった。

次第に服が剥ぎ取られ、体に大祐の手垢がついていく。

唇を守ろうと顔を背けたが、大祐は構わず彼女の頬を舐め回した。

興奮して豚のように荒げた鼻息が、ひたすらに耳障りで気持ちが悪い。

そんな春菜を、大祐は心底楽しそうに嘲笑して、体を密着させるようにして体重をかけてくる。


「いやぁ、助けて・・・助けて、修平ぇっ・・・!」

「ばーか、助けに来るわけねぇだろうが。 とっくに死んでるよ、アイツは」


ほら、と大祐が顎をしゃくって指し示す。


そこには――

 

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「あぁ・・・?」


血塗れの修平が、銃を構えて立っていた。


「修平・・・っ!?」

「・・・春菜から、離れろ」


弾丸を撃ち込まれ、動くのも辛いほどの激痛に苛まれているにもかかわらず、修平がそれでも大祐へと狙いを定めている。

喉を上がってくる血を飲み込み、吐き気と目眩に耐えながら、大祐の顔を睨み付けている。


「へぇ、まだ生きてたのかよ、お前」


全身が震え、顔面は蒼白、風が吹けば倒れそうにもかかわらず目の前に立つ修平を、大祐は嘲笑った。


「銃なんか構えちゃって、俺を撃つつもりか? マジで?」

「・・・何が、おかしい」

「オイオイ、俺の特殊機能を忘れたわけじゃねぇだろうな? 『半径1m以内にいるプレイヤーが死んだ時、このPDAの所持者を除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる』。 俺が死んだら、春菜ちゃんの首輪もボンだ。 それでも撃てるのか? あぁ?」

「・・・・・・」

「分かったら、そこで妹がいたぶられるのを指でも銜えて見てろ」

 

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大祐が再び組み敷いた春菜へ向き直る。

そうして、秘所をまさぐろうと手を伸ばし、

 

 

――!!!

 


――肩口に撃ち込まれた45口径の弾丸によって、横殴りに飛ばされていた。


「・・・!?」


「っ・・・いぎゃあぁぁっっっ!!! がっ、くっ、いぃいいぃぃぃっっ!! 痛ぇえええぇぇっっ!!!」


「・・・・・・」

 

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「くっ、こ、この、お前、な、何で撃ってんだよクソがっ!!! お、お前、説明したじゃねぇかよ!? 撃ったら死ぬつってんのに何で撃ってんだよお前馬鹿か、マジでよぉおぉぉっ!?」


――!!!


「あがっ!! あ、ああああ、痛い、痛い、ぐぐぅうぅっ・・・だ、だから、何で、撃って、もう1発撃ってんだよぉおおぉ!! お、お前、俺マジで死ぬぞ! 俺が死んだらお前らも死ぬんだぞ!?」


目に涙を浮かべ、ぜーぜーと息を荒げて見苦しく叫ぶ大祐に、修平は小さくため息をついた。


「・・・俺はあの時、お前に嘘をついた」

「う、嘘っ!? 何がだよっ!?」

「俺の、本当の特殊機能は・・・『半径10m以内にあるPDAの特殊機能を無効化する』だ」

「な・・・っ!」

「だから、お前の特殊機能は効果を発揮しない」

「なん・・・だと?」

「・・・・・・」

「う、嘘だよなっ!?」

「・・・そう思いたいなら、思ってろ」

「うっ・・・わ、わわ、分かった! 修平、俺が悪かったっ!! お前の妹に手を出したのは、つい出来心だったんだよ! マジで!」

「・・・・・・」

「ちょ・・・だ、だから、そんな目で見んなって! あ、あああれだ、俺たちそんなガキじゃないだろ!? 仲直りしようぜ修平!? なっ!?」

「・・・もういい、黙れ」

「だっ・・・あ、あぁあごめん! ごめん! 助けてくれよ俺が悪かった!! お、俺の賞金は全部お前たちにやるよ! なぁっ!? だっ、だっだから、だからいい命だけはたすけ――」

「・・・1度だけ、チャンスをやる」


修平は、足元に転がった大祐の拳銃を蹴り飛ばした。

地面をカラカラと転がりながら、その拳銃は大祐の足に当たって止まる。


「あ、あぁ・・・? な、なんだよ、これ・・・?」

「・・・死に方は、自分で選ばせてやる。 お前に、少しでも罪の意識があるなら・・・殺した人たちに懺悔しながら、自分でやれ」

「ハ・・・?」

「できないなら、俺がやる・・・」

「ハ、ハハッ・・・」

「・・・・・・」

「わ、わかった・・・わかったよ・・・自分で、やる・・・」


大祐は、まだ動かせる左手で拳銃を拾い上げて、こめかみに押し付ける。


「しゅ、修平・・・最後に、1つだけ言い残したいことが、あるんだ・・・」


ガタガタと震える腕と、血と涙で汚れた顔を引きつらせながら、大祐が懇願する。


「・・・言ってみろ」

「・・・お、俺は、ずっと修平、お前のことが――大っ嫌いだったんだよぉっ!! クソがあぁぁああああぁあっ!!」


――!!!

 

 

・・・。

 

 


「・・・・・・」


・・・全てが終わった後に、修平が、硝煙の立ち上る銃を下ろす。


春菜は、それらの全てを見ていた。

顎の真ん中を撃ち抜かれて、仰向けに転がった大祐の目は、深淵の闇を睨みつけたまま微動だにしない。

途端に、修平の全身から力が抜けていく。

崩れ落ちた修平の身体を、咄嗟に春菜は受け止めた。

 

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「春菜・・・」

傾ぐ視界の中で、守りきった妹の名前を呼ぶ。

体を巡っていた熱もいつしか冷め、徐々に眠気がやってきた。


「・・・修平! 修平しっかりして!!」
「・・・身体が、重い・・・な」
「待ってて、今、手当てをするから! わ、私・・・応急処置だけは得意だから、何度もやったことあるから、だから・・・」


春菜が修平のワイシャツを裂いて、腹部に手を伸ばす。


「ぁ・・・あ・・・あぁ・・・」


聞こえてきたのは、愕然とした声だ。

大祐の放った凶弾のうち1発は、背中から修平の腹部へと進入して、そのまま中で止まっていた。

体の内部で変形した弾は、運動エネルギーを衝撃に変えて、修平の内蔵をズタボロにしていた。

到底、応急処置でどうにかなる状況ではない。


「・・・はる、な」
「えっ・・・な、なに?」
「そんな・・・顔をするな」
「そ・・・そんな顔って、私、なにも・・・大丈夫、必ず、どうにかするから・・・もう少し頑張れば、運営の人が来るはずだから・・・大丈夫だよ、修平。 大丈夫・・・だから・・・」


春菜が制服に入れていたらしい、包帯やガーゼ、ソーイングセット、消毒液などを取り出す。

恐らく、そんなものではどうにもならないはずだが、それでも春菜は必死に修平を治療しようとする。


「今から、止血をして、傷を消毒して・・・それから・・・包帯を巻いて・・・」


だが修平は、そんな春菜の手に、そっと自分の手を添えた。


「春菜・・・もう、いいんだ」
「よくない・・・全然、よくない・・・っ! 修平は、助かるからっ・・・一緒に生きて帰るんだから・・・っ!」
「春菜・・・・・・俺たちは、2人で帰ることは・・・できないんだ」
「・・・っ!・・・い、や・・・嫌だっ!!・・・助けてっ!! 誰か修平を助けてよっ!!」


春菜は叫んだ。

その声は、首輪のマイクを通してたくさんの人間に聞こえているはずだ。

たとえそれが、自分たちをこのゲームに巻き込んだ連中だったとしても、春菜はその連中に縋り付こうとした。


「貰ったお金は一生働いてでも返すからっ!! あなたたちが望むなら、死ぬまでゲームに出てあげるからっ!! そんなに私の苦しむ姿が見たいなら・・・誰かに体をあげたってかまわない! だ、から・・・お願い、だから・・・誰か・・・お兄ちゃんを助けて・・・助けてよぉ・・・」


春菜は幼い子供のように泣きじゃくる。

ボロボロと零れ落ちる大粒の涙が、修平の頬を濡らした。

目の前にある泣き顔を見て、修平は、『ああ、昔もよく泣かせたっけな』と、昔のことを思い出した。

そんな妹の姿に、修平は小さく微笑んで見せる。


「なんだか・・・懐かしいな」
「お兄ぃ・・・ちゃん・・・」
「春菜が・・・お兄ちゃんって、呼んでくれるの、いつ以来かな・・・だけど・・・今は、春菜が姉さんなんだろ・・・? そんな顔してたら・・・お前の弟たちが、心配する」
「う・・・くっ・・・」


命のバトンは、琴美からも、悠奈からも託されてきた。

彼女たちの死に報いるためには、修平はそのバトンを持って、生きて帰らなければいけないと考えたこともあった。

しかし、今はもう、春菜がいる。

バトンを必要としている妹がいる。

それなら――修平は、アンカーでなくても構わない。

この先も頑張れと、春菜に託してやることができる。

 

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「わかっていたんだ・・・琴美を死なせたのは、俺自身だってことくらい・・・だけど、誰かを恨まなきゃ・・・心が堪えられなかった・・・この世は理不尽だから、しかたないって・・・言い訳しなきゃ、無理だった。 馬鹿、だよな・・・本当は、自分で選ぶ事ができたはずなのに・・・・・・琴美、怒ってるかな。 でも、あいつは・・・こんな俺でも、許すんだろうなぁ・・・どうしようもないくらい、お節介焼きで・・・頑固で、お人好しだから・・・・・・」


・・・。

 

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「ねぇ、修ちゃん。 もう、いいの?」
「・・・ああ。 あいつには、余計なものを背負わせて申し訳ないと思ってる。 だけどもう、俺に心残りはない」
「・・・そっか」
「だから、これからは・・・お前の傍にいさせてくれ」
「・・・うん。 それじゃ、いこっか」
「ああ」

 

 

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「・・・」
「お兄ちゃん・・・? ねぇ・・・お兄ちゃんってば・・・・・・おにい・・・ちゃん」


・・・。

 

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【――ゲームの終了時刻となりました。 只今を以ちまして、全日程を終了させていただきます。 参加者の皆様は、大変お疲れ様でした。 今回のゲームの勝者を発表いたします。 『ナンバー2 粕屋瞳』『ナンバー3 細谷春菜』。 以上、2名の方となります。 壮絶な死闘を戦い抜いた勇敢なるプレイヤーたちに盛大な拍手を。 この6日間の経験が、プレイヤーの皆様の人生の糧になりますことを、切にお祈り申し上げます。 それでは皆様、またのご来場を心よりお待ちしております】

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

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――故郷に戻ってくるのは、もう何年ぶりになるだろうか。

都心から電車で3時間、バスで40分、さらに徒歩で15分の距離にある、小さな寺。

かなりの遠出ではあったが、道中の風景を眺めていれば、特に退屈するようなことはなかった。


「・・・故郷とは言っても、あんまり見覚えはないわね」


幼い頃に住んでいたとはいえ、所詮は人生の3分の1にも満たない期間でしかない。

どの景色も春菜にとっては記憶にないものだった。

もっとも、仮に覚えいてる何かがあったとしても、その何かが現存しているという保証はない。

かつての家が取り壊され、とうの昔から空き地になっていたように、季節が移ろう度に街は変わっていく。

だから、彼女が『藤田春菜』だった頃の風景は、もうなくなっていても不思議ではない。


「・・・私の中の思い出はとっくになくなっているのに、この場所に覚えててって言うのは、ちょっとわがままかな」


誰にでもなく肩を竦めて、春菜は小さく息をついた。

感傷に浸りながらも、春菜は寺の奥へと足を進める。


・・・。

 

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境内の掃除をしていた住職の老人に案内してもらい、藤田家先祖代々の墓の前に立つ。

両親の墓は綺麗に手入れされ、周囲の地面には落ち葉の一つも見当たらなかった。

親戚筋とは疎遠だった藤田家の墓に、今更、墓参りに来てくれる人間は、思い浮かばない。

だとすれば、寺の人間が手入れをしてくれているのだろう。

完璧な仕事に感心しつつ、春菜は老人に感謝の気持ちを伝える。

長い間、墓参りの一つも来なかった彼女のことを責める素振りも見せず、年老いた僧侶はにこやかな笑みを残して去っていった。

春菜は手荷物と水桶を置くと、改めて墓石に向き直る。


「お久しぶりです。 お父さん、お母さん、それに・・・お兄ちゃん」


・・・ゲームで死亡したプレイヤーは、行方不明者として扱われる。

だから、この墓に修平が眠っているわけではない。

それは、春菜も分かっているのだが、彼を偲ぶ場所といえば、ここ以外に当てがなかった。


「・・・来るのが遅くなって、ごめんなさい。 どんな顔をして会えばいいのか、よくわからなくって・・・覚悟が決まるまで、時間がかかっちゃった」


しばらく墓石を見つめた後、途中で買った花を竹筒へと供え、線香に火をつける。

それからお供えものをして、手を合わせ――ゆっくりと顔を上げた。


「・・・お父さんの借金はね、全部返せたよ。 だから、私はもうゲームに参加してないよ。 大切なものをたくさん失ってしまったけど、今は家族みんなでまた、一からやり直している最中なの。 もっとも、私はその暖かい光景に、戻ることはできないけど・・・」


答えは、返ってこない。

それでも、春菜は1人で話し続けた。

田舎町の墓地は、休日だというのに人気はまったくない。

わずかな沈黙の後、春菜は再び口を開く。

 

「・・・ねぇ、お兄ちゃん。 あれから、ずっと考えていたの。 私たちが銃口を向け合った、あの時・・・お兄ちゃんが私を撃たなかった理由を。 私が生かされた、その意味を。 ・・・私ね。 お兄ちゃんになら殺されてもいいって、そう思ってたんだよ。 何度もゲームに参加して、何度も人の命を奪って、それでも家族のためなら平気だって自分をごまかしてきた。 でも本当は、苦しくて苦しくて・・・堪えられなかったんだ。 この手で殺した人たちにも、家族がいたはずなのに・・・大切に想っている人がいるはずなのに・・・。 その人たちの未来を奪ってまで、私が生きることにどんな意味があるのか。 ・・・私には、それがわからなかった。 『人殺しの言い訳に家族を利用してる』って・・・伊藤大祐にそう言われた時、何も言い返すことができなかった。 あの男がやったことは最低だけど、でも、本質は私となにも変わらない。 私は『家族』っていう都合のいい言葉で、自分の行いを正当化して、美化して、取り繕っていただけなんだ。


「そんなこと、言われなくたってわかってた。 だから・・・お兄ちゃんに殺されるなら、それが贖罪になるんじゃないかって・・・心のどこかで思っていたの・・・・・・それなのに、私はまだ生きている。 私の命に、どんな価値があるのかよくわからなかった。 だけど、私なりに考えて、答えを出したから。 だから、今日は・・・それをお兄ちゃんに伝えに来たの・・・」


春菜は瞼を閉じて、ゆっくりと息を吸い込む。

覚悟を決めて、もう一度、家族の墓に視線を向けた。


「もう家族の為なんて、言い訳したりしない。 許されない罪を犯したことを、私は受け止める。 これからは、自分が正しいと思った道を、胸を張って生きていく・・・それが私の命の価値につながると思うの。 だから、私はね、お兄ちゃん・・・・・・これから運営の組織に、戦いを挑む。 私の手で、あのゲームを、終わらせてみせるよ」


そう言う彼女の眼には、意志の光が宿っていた。


「・・・家族にはもう、別れを告げて来たんだ。 もうあの家には戻らない。 自らゲームに乗った私が、そうする事で何になるのかはわわからないし・・・。 あの組織がどれほど大きいのか、見当もつかない。 きっと勝ち目のない戦い・・・だけど私は、やらなきゃならない。 それがあのゲームで命を落とした人々に、私ができる、唯一の手向けだから・・・・・・」


春菜は晴天の空を仰ぐ。

そこに誰かの面影を追い求めるように。

真っ直ぐに見つめた瞳には、迷いや不安はなかった。


「・・・・・・じゃあね、また会いに来るから」


春菜がそう言って、立ち上がった時――


「お待ちください」


背後で、声が聞こえた。


「ッ!!」

 

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弾かれるように振り向くと、そこにあの女がいた。

修平が残した、もう1つの命。

彼に忠誠を誓った、忠実な僕が。


「お、お前は・・・!」


驚愕に息を呑む春菜に、ナイフを持った女は、静かに続ける。


「・・・あなたの命の価値? そんなものは、ありませんよ。 お金のために、人の命を奪い続け、魂までもが薄汚れたあなたに、生きる意味があるとでも? 運営の組織と戦おうとすれば、罪が清められるとでも思っているのですか。 馬鹿も休み休み言いなさい。 あなたの贖罪の術は、ただ1つ。 死ぬことです。 あなたがいなければ・・・修平様が死ぬ事も、なかったんですから!」


彼女は漆黒の闇を湛えた目で、春菜を睨みつける。

その背後には、黒い服を着た男が、2人控えていた。


「・・・あなたがたは、運営の組織の・・・!?」

「・・・・・・」

「・・・なるほどね。 もう、追っ手がかかったってこと」


女も、黒服の男たちも答えない。

だがその沈黙が雄弁に、質問を肯定していた。

どうやら春菜の反逆の意思は、既に運営側に悟られていたらしい。

そして修平が命を捨ててまで救った、もう1つの命を、こんな風に道具にしている。

春菜は奥歯を噛み、しかし視線を逸らさずに言う。


「・・・だったら、これが私に与えられた、最初の試練ね。 罪を償うことなんてできないかもしれないけど、それでも・・・。 私はこれから、そのためだけに生きる」


春菜はそう告げて、隠し持っていた特殊警棒を取り出した。

万が一の事もあろうかと所持していた、護身用の武器。

そんな脆弱な武器で、強大な敵に立ち向かう事など、初めから無理な話かもしれないが――

兄がくれた命を護るため、自分の意志を貫くため、彼女はそれを握り締めた。



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「・・・そんな玩具で、私と戦うつもりですか・・・。 ならばいいでしょう。 あなたの罪、流血をもってそそいであげます」


女はそう言って、ナイフを構えた。

春菜はその刃を前にしても、露ほど臆す事なく――


「やあああああッ!」


裂帛(れっぱく)の気合と共に、眼前の敵に飛び掛った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

――その結末から遡ること、数日。


あのゲームが行われていたエリアの外。

とある場所にて――


男が独り、薄暗い部屋で、朗々と語っていた。



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「――さぁ! いかがでしたか皆さん、今回のゲームは? 壮絶な結末も含め、皆様の心に残る内容になったかと思いますが」


男の周りには、エリア内で行われていたゲームを監視するための無数のモニターと、彼自身を映すカメラがある。

彼はそのカメラの向こう、どこかでゲームを見ていた者たちに向け、明るく口上を述べる。


「いやぁそれにしても今回は、様々な意味で、哀しくも痛ましい展開でしたねぇ。 『復讐は何も生まない』というのは一種の常套句ですが、けだし名言というものですね。 果たして、この凄惨な結末を回避することはできたのでしょうか? ほんのちょっとの歯車のズレで、ゲームの展開は大きく変わっていたのかもしれませんが・・・」


男はわずかに考え込むそぶりを見せ、ふと思いついたように続けた。


「・・・たとえば、そうですね。 あの兄妹が、ゲーム開始時点から、一緒に行動していたとしたら・・・? 彼らが互いに力を合わせ、共にゲームを生き延びようとしていたら? ・・・その一点の変更だけで、運命は大きく変わっていたように思います。 もっとも全ては過ぎ去ってしまった事ですから、別の展開を望むなど無理なことですが――あるいは別の世界では、全く別の展開と、美しい結末が待っていたのかもしれませんね」


それを聞く『客』たちのいったい何人が、そんな結末を望んでいるだろう。

さらなる血を欲する者ばかりである事を重々承知しつつも、男は微笑んで続ける。


「・・・もしそのような展開をお望みの方がいらっしゃいましたら、お気軽にご意見をお寄せください。 私共はユーザーの皆様が望む展開が実現するよう、最大限の努力を惜しまないものであります。 それではまた、次のゲームで!」


・・・。

 

 


――1つ目の物語は終わり、別の世界の物語が幕を開ける。


――プレイヤーたちはそれぞれ、再びゲームの駒として動き出す。


――同じメンバー


――同じルール


――だけど、絆を結ぶ相手が変わることにより・・・


――ゲームの展開もまた、全く別のものとなる。


――そして始まる、更に熾烈な戦い・・・。


――フィールドには鉄風雷火が吹き荒れ、


――その場は戦場と化した・・・。


――血縁と硝煙が立ち込める世界で立ちこめる世界で、


――プレイヤーたちは、己の本性を知る・・・。


――選べる道は2つある・・・。


――それでも人間らしく生きようとするのか・・・。


――本能のままに戦う獣になるのか・・・。


――生き延びるためにはどうすべきか・・・。


――答えは初めから出ているはずだ・・・。


【Secret game ; Bloody Rave】


このゲームを勝ち抜くのに必要なのは――


――圧倒的な、暴力だ。

 

――To Next Rebellion――

 

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【11】

 

・・・。


―5日目―

 

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ゲームが始まって5日目の朝、廃村の中のとある一軒家の軒下――


修平は、誰かが砂を踏みしめる音で目を覚ました。


「・・・・・・」


しかし、それには気付かないふりをしながら、こっそりと腕を組んだ陰で拳銃を握り締めようとして、

誰かに、その動きを制された。


「動かないで」

「・・・誰だ?」


ゆっくりと顔を上げ、声の主を仰ぎ見る。

 

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「お前・・・なるな・・・か?」
「ええ」


そこには、クロスボウの照準を修平の眉間へと定めた、はるなの姿があった。

説明会以降、まったく姿を現さなかったプレイヤーの登場・・・そして彼女が手にした武器に修平の目がにわかに細まる。

クロスボウを武器として使用しているプレイヤーは、修平が知る限り只一人しか存在しなかったからだ。


「まだ、生き残っていたのか・・・」
「・・・別に難しいことじゃない」
「どういう意味だ?」
「勘違いしないで。 話をしているのは私」


そう言って、はるながクロスボウを持ち上げる。


「・・・わかった。 それで、何の用だ?」
「あなたに警告しにきたの」
「なんだと?」
「他のプレイヤーを殺すつもりなら、止めて。 この先一切、誰も傷付けずに最終日を迎えてほしいの」
「まさか、この期に及んで、死人は出したくない・・・なんて考えているわけじゃないだろうな?」
「安心して。 別に死人が出ることを懸念してるわけじゃないから。 他のプレイヤーの命なんて、私にとってはなんの価値もないもの」
「だとしたら、お前の目的はなんなんだ?」
「私のクリア条件が、関係しているから」
「クリア条件・・・?」
「『プレイヤーを殺害した他プレイヤー全員の死亡』。 それが、私のクリア条件よ」


つまり、修平が他のプレイヤーを殺害すれば、はるなのターゲットが1人増えることになる。

そうなる前に、修平の行動を抑止しておけば、はるなのクリア達成がそれだけ容易になるという理屈だ。

確かに、筋は通っている。

だが、それは彼女のクリア条件だけを考えればの話だ。

 

「お願いだから、他のプレイヤーを殺すのは止めて」
「・・・それは無理な相談だな。 だいたい、俺のクリア条件が、他のプレイヤーの殺害を必要とするものだったらどうする? もしそうだった場合、お前は俺に死ねと言っているのと同じだ」
「・・・・・・それなら、殺したい相手を私に教えて。 修平が殺さないといけない人間がいるなら、私が代わりにやってあげる」
「・・・はぁ?」


――こいつは一体、なにを言っているんだ?


はるなの突飛もない返答に、さすがの修平も半開きのまま呆けてしまった。

ただでさえ、過酷なクリア条件を背負っているにもかかわらず、他人のクリア条件にまで手を貸そうといっているのだ。


「・・・話が見えてこないな。 なぜお前が、俺の命に執着する?」
「・・・・・・あなたを、殺したくないから」
「・・・それは、おかしいな。 ゲームの初日に、あの麦畑で俺たちを襲ってきたのはお前だったはずだ。 そのクロスボウで、俺たちを狙撃してきた。 違うか?」
「・・・それが、私のクリア条件だったから。 『他のプレイヤーに対して3回以上危害を加える』。 それが私の、ファーストステージにおけるクリア条件。 説明会の時、何も言わずに修平の前からいなくなったのも、それが理由・・・私は自分が生き残るためなら、手段は選ばない」
「・・・お前の言ってる事は矛盾だらけだな。 だったら、どうして今、俺を殺さない? 生き残るために手段を選ばないっていうなら、問答無用で俺を撃てばいい」
「・・・嫌」
「なぜだ? お前にとって俺にどんな価値がある?」
「・・・それはクリアすればわかるわ。 修平にだって、本当はもうわかっているはずよ・・・」
「・・・・・・」


抑揚のない言葉と冷めた表情の中に、僅かに垣間見えた彼女の素顔。


どこか寂しそうで、物悲しい・・・


それは、哀愁だった。


「はるな・・・お前はまさか――」


喉まで出かかった言葉を寸前で呑み込み、修平はあえてかぶりを振った。

これまでに、13人のプレイヤーのナンバーがおおよそ判明している。

あと明らかになっていないのは、『3』『9』『JOKER』。

もしはるなのプレイヤーナンバーが『3』だったら、彼女も修平の殺害対象に入る。

だとしたらはるなの要求を聞き入れたとしても、いずれ彼女と殺し合う未来は変えられない。

しかしそれ以上に、修平を駆り立てるものがあった。


「はるな。 悪いが、お前の要求は聞けない」
「どうしても?」
「ああ。 俺には・・・どうしても、この手で殺さなきゃならない奴がいるんだ」
「・・・・・・そう・・・だったら、次に会った時は、敵同士ね」
「ああ、そうだな」
「・・・・・・さようなら、修平」


何かを言いかけた後に、結局は口をつぐみ、はるなは去っていった。

その後姿を見送った後、修平は深くため息を漏らす。

傍から見たら、どうしようもなく不器用で滑稽な2人だった。

純粋に条件の達成を目指すだけなら、はるなは修平を殺すべきだった。

ここで彼女が修平を生かしておく理由は、なにもない。

いつでもそれができたはずなのに、はるなは修平に情けをかけた。

逆に、修平も彼女を利用する事ができたはずだった。

はるなにターゲットを始末させ、最後の最後で切り捨てる事が。

なのに、それをしなかった。


「・・・次に会った時は敵同士、か・・・結局、俺たちにはそういう生き方しか許されていないんだ、はるな」


今更になって感じる主催者の悪意に、修平は苦笑した。

そうしてひとしきり笑った後、暗い光を瞳に宿し、無言で村を後にした。


・・・。

 

――その日、修平は、1つの事しかやらなかった。

ただ、黒河を探し続けた。

他の素数ナンバーのプレイヤーは、恐らく瞳が始末してくれるだろう。

だから彼は、仇を討つことのみに専心したのだ。


・・・。

 

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エリア内を隅々まで探し回る。

周囲に注意を張り巡らせながら。

そうする間、ずっと頭に引っかかっていたのは、今朝のはるなとのやり取りだった。


彼女の行っていた事が真実だとしたら、このゲームを運営する者たちは――

今回のゲームに参加したプレイヤーと、それぞれに与えられたルールを、ずいぶん念入りに考えたに違いない。

それは悪意ある計算の下に成り立っている。

だがそれを理解したところで、修平の行動が変わるわけではない。


『黒河の殺害』は、修平のクリア条件とは全くの無関係だ。

即ち修平は今、このゲームのルールとも、運営側の思惑とも関係なく、自分の意思で黒河を殺そうとしているのだ。


ただ、琴美の仇を討つために。


ドス黒い復讐心を満たすために・・・。


・・・・・・。

 

・・・。

 

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・・・そうしてどれくらい歩いただろう。

太陽が西の空に落ち、銀色の月が天に昇った頃――


ようやく木々の彼方に、仇敵の背中を見つけた。


「・・・いたか」


修平は銃を手に呟く。

黒河はこちらに気付いていない。

銃を弄びながら、山道を歩いていく。

だが彼我(ひが)の距離は、およそ100mと遠い。

この距離での狙撃は、拳銃では難し過ぎる。

せめて20mくらいまで接近しなければ、こちらの弾は当たらないだろう。

だが距離を詰めようとすれば、向こうにこちらの存在を知られてしまうかもしれない。

修平は冷静かつ慎重に、歩みを進めていった。


・・・。


・・・そうして尾行を続けていくうちに、徐々に距離が詰まってきた。

黒河はまだ気付いていない。

そして距離は約20m。

もう、射程距離だ。


「・・・!」


修平の心臓が、どくんと跳ねる。

修平は自分に、『冷静になれ』と言い聞かせた。

だが銃を構え、安全装置を外した時――

 

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「あ?」


そのわずかな音を聞きつけたかのように、黒河が振り返った。


「――ッ!」


その瞬間、修平の頭の中で、何かが弾け飛んだ。

抑え続けていた感情が、胸の奥からほとばしる。


「黒河ぁあああああ!」


気づいたらそう叫び、銃を向けていた。

だがそれと同時に、黒河も銃を抜いていた。

それぞれの銃が火を噴いたのは、ほぼ同時だった。


――!!!


「・・・ッ」


弾丸は、どちらも外れた。

修平と黒河は、それぞれ銃を握り締めたまま、約20mの距離を置いて対峙した。

 

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「・・・ほぉう? オメー、まだ生きてやがったのか」


先に口を開いたのは、黒河だった。

虚仮(こけ)にするような笑みを浮かべ、修平を見据える。


「あの琴美とかいう女の復讐ってわけか? ご苦労なこった」

 

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「・・・黙れ」

「言っとくがあの女が死んだのは、俺のせいじゃねぇぜ。 あの女が俺を撃ちやがったから――」

「黙れって言ってるんだ!」


修平の感情が、再び弾ける。

努めて保っていた冷静さは消え、感情の赴くままに駆け出していた。


――!!


走りながら銃を撃つ。

その弾丸は全て黒河の周囲、地面や木の幹に穴を穿った


「アホが!」


そして黒河は身じろぎもせず、修平の眉間に狙いを定める。


――!!


そうして放たれた弾丸は、修平目掛けて飛び――

コメカミの辺りを掠め、後方に吹き抜けた。


「ッ!」


そのわずかな痛みが、修平の目を覚まさせた。

いつか悠奈に聞いた言葉が、耳に蘇る。


『とにかく基本は、標的に当てたい時は必ず止まってから撃つこと』


――それはまだ琴美が生きていた頃、彼女を護るために教わった、銃の撃ち方。

修平はそれを思い出し、立ち止まった。


――!!


黒河の第2射が、今度は脇腹を掠める。

飛来する弾丸の恐怖に耐え、修平は銃を構える。

そして当たりやすい胴に狙いを定め――


撃った。


――!!


「がっ!!」


今度は当たった。

黒河の体がくの字に折れ、2、3歩後ずさる。

だがそれでも黒河は銃を持つ腕を上げ、修平を撃とうとしたが、


「させるか!」


修平はそこに、2連射を浴びせた。


――!!

――!!


「ぐっ、が、かはっ!」


黒河は体を震わせながら、その場に倒れこんだ。

持っていた銃が手を離れ、地面に転がる。

修平はそこに駆け寄り、黒河の頭に銃を向けた。

 

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黒河が仰向けに倒れたまま、修平を見上げる。

表情は苦痛に歪んでいたが、眼には憎悪の色が浮かんでいた。


「・・・気分はどうだ、黒河?」


そう呟く修平に、黒河は強がるような声を返す。


「はっ・・・最悪だ。 テメーみてぇな坊ちゃんに、この俺が土つけられるとはな」

「俺が坊ちゃん・・・?」


黒河のような男には、修平はそう見えるのかもしれない。

自分が坊ちゃんであるなどとはとても思えないが、訂正する気も起きなかった。

代わりに修平は、黒河に問いかける。


「・・・まぁいい。 それより琴美に対して、何か言う事はないのか」

「あの女に言う事だ? ねぇよ、そんなもん」

「ない、だと・・・?」


ぎり、と奥歯が軋る。

引き金にかかった指を止めるのが、辛いほどだった。

殺意を抑えながら、言葉を一言一言振り絞る。


「・・・あいつはな、黒河。 こんなところで命を落とすべき奴じゃなかったんだ。 誰よりも優しくて、いつだって穏やかで、こんなゲームの中でも、他人を信じようとしていて・・・。 そんな奴が、お前のせいで死んだんだ。 琴美に謝る言葉はないのか、黒河ァ!」

「ねぇっつってんだろうが!」


黒河の怒声が、夜の森に響き渡った。


「オメー忘れたのかよ!? あの女が俺を撃った事を! 当り所が悪けりゃ俺は死んでた、違うか!?」

「――っ・・・」

「その事についてウダウダ言うつもりはねぇよ、俺もオメーを殺そうとしてたからな。 人を殺そうとする人間は、殺されたって文句は言えねぇ。 俺もオメーも、琴美って女もそうだ。 それがこの世のルールだろうが?」

「なっ・・・」


叩きつけられた声に、修平は言葉を失った。

死生観も罪の意識も、全く違う人間がそこにいた。

黙り込む修平に、黒河はなおも続ける。


「俺が泣き言吐いて謝って、命乞いでもすると思ったかよ? するかボケ。 そんなことするくれぇだったら、死んだほうがマシだ。 つーかいつまでウダウダ言ってやがんだ? 殺すんならさっさと殺せや。 それともオメーにゃ、人を殺す度胸はねぇか?」

「・・・さえずるな、黒河。 だったら望み通り、殺してやる!」


修平はそう言うや、黒河に向け――


――!!!!!



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弾丸をありったけ、叩き込んだ。


そうして弾を撃ちつくした時・・・。


「なっ・・・!」


修平は、驚愕の声を上げた。


「へ、へ・・・どう、した、よ・・・? まだ、俺は、死んじゃいねぇ、ぜ・・・!?」


黒河は血塗れになりながら、なおも生きていたのだ。

彼は撃たれる寸前に、両腕で顔と胸を覆っていた。

まさかそんな事で、銃弾が防げるわけがないと思っていたのだが――


「し、知らねぇのか、よ・・・? 鉛弾も、骨だの筋だのにあたりゃ、軌道がちったぁ逸れるんだぜ・・・? 人間ってのァ、案外、頑丈なもんだろうが・・・ええ、おい?」


そう言いつつも黒河の腕からは、止め処なく血が流れ出していた。

その血溜まりの中で、手負いの獣が嗤う。


「・・・おら、もういっちょ来いや・・・さっさと弾ァ詰め替えて、俺を殺してみろや・・・! テメェの望んだ、事なんだろうが・・・!」

「っっっ・・・」


修平はその光景に絶句する。

自分を支配していた復讐心――それの行き着くところが、この血塗れの光景だった。

そこには欠片も美しいものはなく。

ただただ惨たらしく、ひたすらに現実的で――。

『人間を殺す』という事がどういう事なのか、これ以上なく雄弁に語っていた。


「くっ・・・」


引き金にかけていた指が強張る。

背筋に寒気が走り、胃がむかむかし、全身に脂汗が滲む。

視界を染める赤い色と、痛みにもがく黒河の姿が、ある感情を呼び起こす。

それは琴美の死後、修平が忘れかけていたもの――


即ち、罪悪感だった。



「・・・・・・」


手の震えを悟られぬようにしながら、修平は銃を下ろした。

背を向けると背後で、黒河のか細い声が響く。


「あ・・・? どうしたよ・・・殺さねぇのか・・・?」

「・・・黙れ」

「ビビっちまったのか・・・? なぁ、おいよォ・・・」

「・・・違う。 お前を一思いに死なせるのが、惜しくなっただけだ。 お前は、そこで苦しんで・・・死んでいけ」


そう告げる修平の胸にも、たとえようもない苦しさがあった。


――これが俺の望んだ事なのか?


そう思いながら彼は、頼りない足取りで歩き出す。


殺しきれなかった恋人の仇を、そこに残して・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


――それから、約20分が過ぎた後も――

 

 

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黒河正規は、己の血の中に身を横たえたまま、空を見上げていた。

そして、消え入るような声で、独り呟く。


「・・・の野郎・・・戻って、こねぇな・・・。 けっ、情けねぇ・・・殺す覚悟もねぇくせに、復讐なんざ、するなってんだ・・・」


黒河の胸を、怒りが満たす。

あんな心の弱い人間に、自分が負けたのが、たまらなく苛立たしかった。


――修平はあのように非難したが、黒河はこれまでの自分の行動を、何一つ恥じていない。

命がけのこのゲームで、自分が生き残るために最善を尽くした。

かつて自分を打ちのめした真島を始め、危険なプレイヤーを全力で排除しようとした。

それは本能に基づく行動であり、一切非難される謂われはない。

ただ、この結果は許せなかった。

あんな男に、撃たれて殺されるなど――!


「・・・許せねぇよなァ・・・!」


血塗れの獣が、時を孕んだ声を吐く。

両腕はもう使いものにならず、片足も動きそうになかったが、まだ自分は生きている。

ならば這ってでも、必ず奴を殺してやる。

両腕が使えないなら、喉笛に噛み付いてでも。

そうしなければ、修平に屈服した事になる。

己の力だけを頼りに生き抜いてきた黒河にとって、それだけは我慢ならない事だった。


「絶対ェ、あの野郎にも・・・土を舐めさせてやる・・・!」


黒河がそう言って、身を起こそうとした時――


視界の端に、人影が見えた。


「あ・・・?」


黒河が胡乱な目をそちらに向けた時、

――!!


風を斬り裂く音がした。


「がッ!」


黒河の胸に、熱い痛みが走った。

両腕を染める血よりなお大量の血が、胸の傷から溢れてくる。

急速に闇に落ちる視界の中、黒川はその人影を見た。


「なっ・・・テメェ、は・・・!?」


その声も、口から溢れた大量の血に遮られる。


そうして黒河の意識は、永遠の闇に沈んだ。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

「・・・・・・」


黒河のもとを去った後、修平はあてどなく彷徨っていた。

体も心も、鉛のように重かった。

脳裏を黒河のあの姿がよぎる。

あの傷では、恐らく助かるまい。

修平は、黒河を、殺したのだ。


「・・・やったぞ」


胸中の苦しさを吐き出すように、そう声に出してみた。


「俺が、殺した・・・俺は、琴美の仇を、討ったんだ・・・! フ、フフ・・・ッ・・・ハハハッ! アハハハハハッ!!!・・・ハハ・・・ハ・・・ハァ・・・・・・なのに、なんで・・・なんでこんなに・・・虚しいんだ・・・」


ようやく悲願を果たせたというのに、達成感など欠片も感じられなかった。

黒河を殺したからといって、誰かに祝福されるわけでもない。


「あいつがいなければ、琴美は死ななかったんだ・・・。 だから、俺はあいつを撃った・・・なのに・・・」


修平の中で燻っていたものの一部は、確かに消えた。

何かを殴りつけずにはいられない、身を焼くような怒りや憎悪はもう感じない。

ただ、消え去ると同時に、それが詰まっていた場所がぽっかりと空洞になっているような感覚があった。

そして、その感覚にもまた、言い知れぬ気持ち悪さがあった。


「――クソッ!」


今なお汗のように背中へ張りつく不安に、修平は樹の幹を殴りつけた。


「・・・違う、後悔じゃない。 あいつを殺すのに、後悔なんて感じるわけがない・・・なのに・・・何なんだ、これは・・・!?」


逃れるように叫び、叩き付けるように虚空を睨む。

しかし、そんなことをして気が晴れるわけもなく、ただただ修平の中で虚しさが積みあがっていく。


「くそっ・・・何なんだよ・・・何なんだよ・・・。 琴美・・・なんで、俺を置いていなくなってしまったんだ・・・。 お前の声が、聞きたい・・・俺は・・・」


かすれた声が漏れると共に、体から力が抜けた。

周平の通り落とした拳銃が、地面に当たって乾いた音を立てた。

うな垂れる様に膝をついたまま、両手で顔を覆い隠す。

その後はただ、修平の悲痛なうめきが、宵闇に木霊していた。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

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――ここを出よう。


それが、日中を使って出した、玲の結論だった。

戦闘要員として近接戦闘を任されていたにもかかわらず、あのメイドには歯が立たなかった。

加えて今は傷を負い、熱まで出てきて、体が言うことを聞いてくれない。

戦いはおろか、移動ですら司の足を引っ張ることは確実だった。

この様では、弟の仇を取るどころか、生き残ることさえ難しいかもしれない。


「これ以上、司に面倒をかけるわけにもいかないですね・・・」


本当は、最後まで司と共にありたかった。

自信家で頭が回るのに、どこか危なっかしい・・・

そんな彼の姿を、一番近くで見ていたかった。

けれど、足手まといになってまで傍にいるのは、玲にとって耐えられることではない。


「・・・司には、伝えないほうがいいですね」


玲が司の下を去ると言ったら、彼はどんな顔をするのだろう。

いつものように飄々(ひょうひょう)とした態度で、別れの言葉を口にするのだろうか。


それとも――


「・・・私は、なにを期待しているのでしょうね」


小さく笑って、玲は足を引きずりながら山小屋を後にした。


・・・。

 

彼に見つからないように、窓からこっそりと外に出る。

そして去る前に、せめて相方の姿を一目見ようと思ったが――


「おや・・・?」


山小屋の前で見張りをしていたはずの司の姿は、どこにもなかった。

 

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「どこに行ったのでしょう・・・?」


気配を殺しながら、司のいそうな場所を探してみる。

だが小屋の裏手にも、山道にも、どこにも姿が見当たらない。



「・・・適当に歩いていたら、罠にかかってしまいそうですね。 思えば、司の罠にかかったことが出会いのきっかけでしたか・・・」


逆さ吊りでの出会いというのは、恐らく、かなり珍しい部類だろう。

以前はそれを恨めしく思っていたものだが、今となっては懐かしい気持ちで一杯だ。


「・・・・・・司・・・――っ!」


背後に迫る何者かの気配を感じて、玲は瞬時に刀を抜き放ち、振り向き様に一閃を放つ。

・・・はずだった。

傷つき疲労しきった玲の身体は、普段の俊敏な動作を実現してくれない。

その挙動は、悲しいまでに緩慢だった。


「――うぶっ!?」


隙だらけの玲の口に、何かが押し当てられる。

さらに何者かの腕が首へ巻き付けられ、背後へと引き倒された。


「~~っ! ~~~~っ!!」


抵抗しようとするものの、怪我と熱とで体に力が入らない。

振り解くことができないまま、右腕が首へとどんどん食い込んでくる。

残る抵抗は、引っ掻く程度のものしかない。


「・・・っ! ・・・っ、・・・」


そうしている間に、どんどん玲の視界が白んでいく。


――司っ!


最後に叫ぼうとした名前は言葉にならないまま、玲の意識は呆気なく消えていった。

成すすべもなく、玲の身体が地面に倒れる。

どこからか、チェーンソーのエンジン音が響いていた。


・・・。

 

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「・・・あー、痛たた。 玲のヤツ、思いっきり爪を立ててくれたなぁ・・・」


司は血が出た腕をさすりつつも、玲の体を抱え上げた。

遠くでおどろおどろしい音が響いている。


「・・・悠長なことしてる暇はないね。 急がないと」


早くしないと、あのメイドが来てしまう。

向こうにプレイヤーを探知する機能がある以上、この場に留まれば、いずれ発見される。

山小屋周辺のキューブを探してはみたが、これといって決め手になるような武器は見つけられなかった。

新たに仕掛けた罠の数も足りていない。

瞳を迎え撃つ準備を整えるのに、あと1日は時間がほしかったというのが本音だった。


・・・。


山小屋へと飛び込んだ司は、すぐさま玲の身体を床へと下ろした。

水、食料、メモリーチップ――そして、日本刀。

それらを全部、玲の隣に置いて、今度は床下に作られた狭い食料貯蔵庫の蓋を持ち上げる。

事前に確認していた貯蔵庫の大きさは、おおよそ2m四方。

中には何も入っていなかったが、むしろ好都合だった。

 


「よっこいしょっと・・・」


貯蔵庫の中に、玲の体を横たえる。

かき集めたものを全て中へと入れてやる。

それから、改めて、墨色の少女を見下ろした。



「玲・・・」


その名を呼ぶと、彼女との出会いが頭をよぎった。

宙吊りになって、それでも媚びず自身を曲げない玲に、司は『この子で大丈夫か』と思わず心配したものだ。

だがそんな心配は杞憂でしかなく、玲は何度も司の命を救ってくれた。

彼女は目を覚ました時に、何というだろうか。

きっと、この少女らしく、思っていることを全てそのまま口にするのだろう。


「・・・僕のこと、馬鹿だって言うんだろうね。 自分でもそう思うよ。 だけど、なんだかんだ言って許してくれるんだろうな。 君は他人に甘いから」


そう言う司の頬に、笑みが浮かぶ。


――この娘と過ごした時間は、悪くなかった。


司にとって他の人間など、状況を作る要素に過ぎなかったはずなのに。

このゲームが自分を変えてしまったのだろうか?


それとも――


「・・・玲、君がいたからかな・・・?」


司は呟き、ゆっくりと貯蔵庫の蓋を下ろしていく。


「それじゃ、行って来るよ」


そう、最後に囁いて、司は完全に蓋を閉めた。


・・・。

 

「・・・はぁー、何をかっこつけてるんだろうね。 僕は」


今でも、自身の行動が信じられない。

どう考えても合理的ではなく、どう考えても不利益しかない。

 

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「人間は面倒臭いね、色々と」


最後には計算を放棄してしまった自身に、司はほとほと呆れ返っていた。

それでも、それを思う顔に悲壮感はなく、『やれやれ、コイツはやっちまったな』という困ったような笑いを浮かべていた。


「それじゃ、行こうか。 可能性はゼロじゃないしね」


銃を手にし、装弾数を確認する。

それから、その他の装備を確かめて、緩んだ顔を引き締めてから、森の中へと駆け出した――


・・・。

 

瞳の注意を山小屋から逸らすために、まず司は茂みの中へと飛び込んだ。

それから、なるべく罠を有効活用するように、大きく移動を開始する。


「・・・1つは諦めるか」


現在のチェーンソーの聞こえる方角と、司の位置とを考えると、どうしても仕掛けた罠の1つは無駄にせざるを得ない。

残る殺傷目的の罠は2つ、足止めが1つ。

その他、ナイフが1本、拳銃が1丁の装弾数は7、手榴弾が1つ――これが、司の現状の戦力だった。

これらを上手く使えば、あるいは――

そんな望みを抱えながら、司はチェーンソーの音へ向かって発砲する。

途端、こちらの位置を察した瞳が、猛烈な勢いで接近し始めた。

 

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程なく見える白い影――闇に浮かび上がる純白のエプロン。


「銃撃されてるのに怯む態度の1つも見せやしない。 相変わらず、いい度胸してるよ・・・」


――!!


「・・・あのメイドは、遮蔽物を利用して銃の射線に入らないように常に動き回っている。 そして、弾切れのタイミングを狙って一気に距離を詰めて来る」


理屈としては簡単だが、完璧に実践するのは至難の業だ。

彼女はそれを可能とする鍛え抜かれた肉体と、瞬時の判断能力を持っている。

殺し合いを日常とする者が、多くの経験を経て手に入れる――戦いの嗅覚。

チェーンソーという非効率な武器を手にしながらも、司との戦闘能力の差は歴然だ。


「・・・分が悪い勝負だってことはわかってる。 だけど、そう簡単に負けてやるわけにはいかないね。 こちらの動きを見て、狙撃を回避しているというなら・・・。 銃口の見えない射撃なら、どうかな?」


司の注視する先で、瞳が罠の設置位置を通過した。

その足が、地面に張り巡らせた木綿糸を引っかける。

拳銃を用いた簡単なブービートラップだが、木綿糸が切断された瞬間、その射線上に銃弾が撃ち込まれるようになっている。

予期せぬ方向からの銃撃は、いかに瞳といえど回避できるものではない。


しかし――


「・・・っ!」

 

 

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木綿糸が切れる寸前に、瞳はその存在に気がついた。

次の瞬間、全力疾走により慣性のついた身体を、筋力で強引に捻じ伏せながら地面を蹴りあげる。

木綿糸が切断されるギリギリのタイミングで、彼女はそれを飛び越えてみせたのだ。


――!!


そして、長い銀髪とメイド服をはためかせながら、華麗に着地――


「――姑息な真似をしてくれますね」


そんな言葉とは裏腹に、瞳が唇の端を吊り上げる。


「・・・化け物め」


常人を遥かに超えた身体能力を見せつけられ、司は忌々しげに舌を打った。

しかし、いつまでも悔しがっている暇はない。


――!!


牽制射撃を行いながら、後退を開始する。


「致死性の罠が効かないとなると、もう策は残っていない。 だとすれば、残された道は1つか・・・」


唯一、瞳に弱点があるとすれば、彼女がなぜかチェーンソーに固執していることだ。

飛び道具を使われた日には、それこそ絶望しかなかっただろう。

瞳が司を仕留めるためには、どうしても互いが接近する必要ががある。

だからこそ、彼女を仕留めるチャンスはまだ残っている。

「・・・できれば、これだけはやりたくなかったんだけどね」


・・・。


司は樹木が密集していないひらけた場所までくると、足を止めた。

拳銃を握り締めたまま、メイドが現れるのを待つ。

 

 

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「追いかけっこは、お終いですか?」

「・・・ああ、そうだよ」


程なくして、瞳が司の前に姿を現した。



「では、命乞いでもしてみますか?」

「いや、やめとくよ。 あまり格好いいものじゃないからね」

「潔いですね。 そういう人間は、嫌いではありませんよ」


――互いが必中の距離まで迫ったところで、最後の一撃に賭ける。


そんな司の思考を、瞳も分かっているのだろう。

先ほどまでのように、全力で追いかけてくるようなことはなく、一歩一歩優雅な歩みで司へと寄ってくる。

そのとき司は、懐からPDAを取り出した。

それを見て、瞳が不思議そうに足を止める。


「この状況で、何をするつもりです?」

「いや、ちょっとやり残したことがあってね。 少し待っててもらえる?」

「・・・昨日の接触で、あなたの特殊機能はコピー系であると見当がついています。 他の機能を装っても意味はありませんよ?」

「ははっ、別にそんなつもりじゃないさ」

「では、なんのために・・・?」


その問いには答えず、司は手元のPDAを操作する。

瞳が躊躇している数十秒ほどの時間で、司はPDAの操作を終わらせた。

それから顔を上げ、嘶(いなな)くチェーンソーを従えたメイドに視線を合わせる。


「もう、宜しいですか?」

「ああ、準備はできたよ」

「では、参ります」


司の不審な行動に眉を顰(しか)めつつも、瞳が前進を再開する。

互いの距離はあと6メートル。

まるで弓を引き絞るかのように、瞳の身体が沈みこむ。

彼女の脚力ならば、一瞬で司までの距離を詰めることが可能なはずだった。

 

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「・・・来いっ!」


瞳が、大地を蹴った。

対する司はPDAを投げ捨て、拳銃を握り直す。


「――遅いですねっ!」


その動きを見て、チェーンソーが足元から掬い上げるように振り上げられた。


――!!


「ぐっ・・・!」


最初の一撃が、照準を合わせようとしていた司の拳銃を、狙い済ましたように叩き落とした。

いや――むしろ、司は自らそれを投げ捨てていた。

そして、予定通りだったと思えるほど滑らかな動作で、空いた右手をポケットに突っ込む。

だがそこへ、瞳が大きく踏み込んでくる。

 

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「これで、終わりですっ!!」


――!!


「ッッ――!!」


2度目斬撃は司の肩口を斜めに切り裂き、回転する刃が骨を砕き肉を抉っていく。

しかし、絶命するまでには、あと数秒の猶予がある。

その数秒で、充分だった。



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「あなたにも・・・一緒に来てもらうっ!!」


司が、ポケットに突っ込んでいた手を引きずり出す。


「――なっ!?」


その手には、ピンとクリップがどちらも外れた手榴弾が握られていた。

それに気付いた瞳が、大きく目を見開き――


――!!!!


その直後、周囲に爆音が鳴り響いた。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

木々の隙間から覗く空には、無数の星たちが輝いていた。

爆発音の轟は一瞬だけ。

数十秒の後、静寂を手にした虫たちは、再び綺麗な音を響かせ始める。


――彼の思惑は、間違ってはいなかった。


榴弾の爆発は、彼と瞳の至近距離で起こった。

彼の体は、言葉に尽くせぬ姿になってしまっていて、ぴくりとも動かない。

瞳もまた、その破片が体のあちこちに突き刺さり、服は血に染まっている。

だが、それでもなお――

瞳はやがて、よろよろと立ち上がった。


「くっ・・・や、やってくれましたね・・・!」


瞳は忌々しげに呟き、彼の亡骸を蹴り飛ばした。


――司の思惑は、確かに間違ってはいなかった。

榴弾の爆発は、瞳から1m程の所で確かに起こった。

正確には彼を挟んで、瞳から1m程の位置で起こった。

彼の手に手榴弾を確認した瞳はあの時、咄嗟に彼の体を盾にしたのだ。

榴弾自体に威力はさほどなく、本来は爆風よりもその衝撃で飛び散る破片等での殺傷が目的のもの。

地面で爆破すれば、木片や石ころが、殺傷力を持つ弾丸と化する。

だがその大半は、彼の体に遮られ、瞳の体を抉るには至らなかった。

それでも幾つかの破片は、確かに瞳を捉え、かなりのダメージを負わせていた。



「・・・ともかく、修平様のもとに、戻らなければ・・・!」

 


瞳は、このゲームに参加してから初めて発するような苦しげな声で言う。

震える手でPDAを取り出し、そして悲痛な表情を浮かべる。


「いけない・・・待ち合わせの時間が、迫っています・・・。 修平様を、お待たせするわけには・・・いきません・・・」


瞳は傷ついた体を引きずるように、夜の帳へと溶けていった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


「ん・・・ここ・・・は?」


玲が目を覚ますと、周囲は真っ暗だった。

しかし、ひんやりとした空気とかびの臭い、響かず奥行きのない声音で、すぐにそこが狭い場所なのだと気付く。


――まさか、閉じ込められた?


意識を失う直前、何者かに背後から羽交い締めにされた記憶が蘇る。

しかし、腕や足が縛られている様子はなく、手探りで探す先には刀があった。

閉じ込めたのだとしても、相手から武器を奪わない手はないだろう。

天井の隙間から光が洩れ出ており、そこが扉になっていることがわかった。

玲が、それを両手で押し上げる。

外に出ようと身体を起こすと、何かがパラパラと床に落ちた。

見るとそれは、メモリーチップだった。


「これは、一体・・・?」


自分の置かれた状況が、玲にはさっぱり理解できなかった。

周囲を見回してみると、そこは司と逃げ延びてきた山小屋の中。


手足をペタペタと触ってみるが、特に危害を加えられた様子もない。

自分を襲った何者かは、意識を失った自分をこの場所まで運び込み、メモリーチップや食料を残して去っていったのだ。


「・・・まさかっ!」


一つの可能性に思い当たった瞬間、彼女の思考が停止した。


「司が・・・っ!?」


だとすれば、彼がそうした理由も明らかだった。

急いでPDAを取り出し、時間を確認する。

時刻は午後の8時40分。

意識を失ってからまだ、それほど時間は経過していない。


その時、玲の手の中でPDAが鳴った。


「メール・・・?」


司から、瞳の持つ特殊機能は、メールを送信するものだと聞いている。

しかし今、この状況でメールが来るとは、どういうことなのだろうか。


意を決して、玲がPDAを操作し、メールを選択する。


――!!


それと同時に、爆音が玲の耳へと届いた。


「爆発・・・っ!?」


そんな物騒な音がするということは、誰かが戦っているということだ。

この山小屋の近くでそんなことをしている人間がいるとすれば、心当たりは1人しかいない。


「・・・まさか、司がっっ――!」


血相を変え、音の聞こえてきた方向を睨む。

開きかけていたメールを放り、PDAをポケットへ押し込んだ。


「どうして、そんな無茶な真似を・・・っ!」


玲は刀を掴み、脇目も振らずに山小屋から飛び出した。

爆発の音が聞こえた方向へひた走る。

全身の傷口が開いて、意識が飛びそうになるほどの激痛に苛まれながらも、全力で身体を動かし続けた。


・・・。


――そして、玲は司を見つけた。


「ぁ・・・」

 

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森の中で、その場所だけが異彩を放っていた。

煙っているかのように立ち込める火薬の臭い。

凍えるような銀の光の下で、赤々と飛び散った血液。

周囲の木々は傷付き、その場所だけ地面が抉り取られている。


「つか、さ・・・」


その中心に、無残に変わり果てた三ツ林司の姿があった。

ズタズタに引き裂かれた肉体は、もはや原型を留めてすらいない。

その破壊の凄まじさを――仲間の死を前に、刀を取り落して立ち尽くす。


「どう、して・・・司は、命がけで他人を守るような人間じゃ・・・なかったじゃないですか・・・。 何で、私の代わりに、なんて・・・っ・・・何で・・・私を、庇って・・・」


玲は、唇を震わせながら、ただ呆然と司だったものを眺めていた。

今にも泣きそうな顔で、涙声で、司に呼びかけながら。

涸れ果てた瞳を、困惑と悲哀の形に歪めながら。


「役立たずの私なんて、見捨てればよかったのに・・・。 あなた1人だけなら、逃げられたはずなのに・・・。 どうして、こんなことをしたんですか・・・? 何とか言って下さい、司ぁ・・・」


玲の問いに答えるものは、この場には誰1人として存在しない。

かつて、あれほど雄弁だった司は、今は物言わぬ屍となって玲の前にいる。

それが、無性に寂しくて、悔しくて、仕方がなかった。


「・・・っ」


ふと、玲は先ほどのメールを思い出した。

爆音が聞こえてくる直前に送られてきたメール。

瞳と司の2人が交戦していたとするならば、果たしてそれは、一体誰が送ってきたのだろうか。


「これは・・・!」


PDAを見つめる玲の目が、驚きに見開かれる。

見つめる先にあるのは、彼が遺した最後のメッセージ――

 

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『部屋の花に水をやってくれ』


メールの内容は、その一文だけだった。


「・・・花?」


・・・かつて、司が玲に語って聞かせた話がある。

司の部屋には、彼が大切にしていたシクラメンの植木がある――と。

それは、人間という生物自体を忌み嫌っていた彼が唯一愛した、寡黙な友人だった。

そして、その言葉の裏に隠された本当の意味を理解した時、玲の頬を、小さな雫が伝っていった。


「司は・・・本当に・・・本当に、馬鹿です・・・」


このメールを打ち込んでいた時の司は、最期も最期、本当にもうどうしようもない状態だったのだろう。

瞳と対峙して、死の恐怖を目の前にしていたに違いない。

それでもなお、彼は彼らしさを失わずに、こんな内容のメールを送って寄こした。


彼は玲に・・・『生き残れ』と、そう言っているのだ。


「らしくないですよ、司・・・こんなの、本当にあなたらしくない・・・!」


今の玲に、司の最後の頼みを断る事などできるはずがない。


涙で頬を濡らしながら、玲が司に視線を向ける。

その口元には、緩やかな笑みが浮かんでいた。


「・・・あなたの願いは、確かに引き受けました」


震える声で、しかし笑顔で呟いて、玲が取り落した刀を再び拾い上げる。

ふぅとゆっくり深呼吸して、制服の袖でゴシゴシと涙を拭う。

再び開いた双眼には、強い覚悟が篭められていた。


「ですが――私はあなたが知っている通り、物分りの良い人間ではありません。 だから私は、あなたと彰の仇を討ちます。 その上で、必ず生き残ってみせます」


玲は刀を握り締め、そして司の亡骸に別れを告げた。


・・・・・・。

 

・・・。

 



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「まだあの女は、遠くには行っていないはず・・・!」


深い森の中を歩きながら、玲は瞳の後を追った。

司が放った手榴弾の一撃は、恐らく瞳にも深手を追わせたはずだろう。

もっとも月明かりでは暗すぎて、瞳が残した血の跡をたどることはできない。

だが玲は勘の赴くままに、仇を探して歩いていた。

闇の中にどことなく、殺気が残っている気がする。

それを頼りに、玲は歩み続けていた。


「・・・っ!」


やがて、行く手の茂みの彼方に、人の気配を感じた。

姿は見えずとも、そこに誰かがいる。

そしてその誰かは、確かに殺気を纏っている気がする。

それを察知した玲は、静かに呼吸を整え――


刀を振りかぶり、茂みに飛び込んだ。


「死ね!――っ!」


だが振り下ろされた刀は、空中で止まった。

茂みに潜んでいた者の正体は、瞳ではなかったからだ。

 

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「は、初音!」

「玲っ・・・」


そこにいたのは、崖から落ちて死んだと思われていた、初音だった。

武器は持たず、PDAしか持っていない。

そして怯えたような表情は、あの時のままだった。

だがその姿を見て玲は、ひどく安堵した。


「生きていたのですね・・・良かった!」

「わっ」


玲は思わず刀を手放し、初音を抱き締めた。

司を失った悲しみが癒えたわけではない。

だが見知った者の生存を知った事は、今の玲にとってはこの上なく嬉しい事だった。

 

「れ、玲、どうして抱き締めるですか?」
「ずっと心配してたんです・・・あの時は、本当に、ごめんなさい・・・」
「あの時って、初音が崖から落ちた時の事ですか?」
「そうです。 私のせいで初音をあんな目に・・・!」
「あはっ、いいんですよ。 あれは初音が、パニックになってしまったせいです。 玲が気にする必要はありません」
「そ、そうですか・・・」


その答えに玲は、心から安堵する。

やがて初音が、おずおずと問いを漏らした。


「と、ところで玲・・・司は、どうしたですか?」
「司は・・・司は死んでしまいました」
「え!? だ、誰かに殺されたんですか?」
「あのメイド女です・・・あいつのせいで、司は・・・!・・・だから私は、あの女を追っていたんです」


玲は消え入りそうな声で、今に至る経緯を説明した。

初音のためにも、瞳を倒さなければならない。

これ以上、誰かを失うなどたくさんだ。

だからすぐにでも、初音をどこか安全な場所に連れて行き、瞳の追跡を再開しなくては――

そこまで考えた時、不意に玲の背筋が凍りついた。

 

「・・・!?」


さきほどまで自分は、瞳の殺気を追跡していた。

そして茂みの中に、色濃い殺気を感じた。

そしてそこにいたのは初音だった。

だがそれはおかしい。

なぜ武器も持たない初音が、殺気を漂わせていたのだろう?


「・・・初音、あなたの条件は――」


そう言いかけた玲の言葉が、

首元で響いた、電子音に遮られた。

それを聞いた玲の全身の毛が逆立つ。


「・・・首輪が・・・!」


それがいきなり警告音を鳴らした理由はわからない。

だが誰のせいで鳴ったのかはわかった。

眼前の初音が、ゆっくりと、禍々しい笑みを浮かべたからだ。

 

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「は、初音! これはあなたが!?」
「そうです。 初音を殺そうとした玲は、その報いを受けるのです」


初音はそう言うや、踵を返した。

そして嘲りの笑みを残し、闇の中に消えていく。

 

「ご、誤解です! 私はあなたを殺そうなんて、一度たりとも――」


玲は弁解しようと思ったが、それは叶わなかった。

その時、彼女の首元で、閃光が瞬いた。


――!!!


「ぎっ・・・・」

 

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鮮血が噴水のように噴き上がり、闇を紅く染める。

痛みは感じなかった。

ただ意識がたちまち薄れていく。


「つ・・・司・・・! ごめんなさい・・・約束は、守れなかった・・・です・・・」


玲が最期にそう呟き、彼の笑顔を思い浮かべた時――

 

彼女は力尽き、地面にどさりと倒れ伏した。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 


――黒河を殺めた後、修平は幽鬼のような表情で、エリア内を彷徨った。

琴美の仇を討ち、目標を失った彼の心には、ただ黒々とした虚無があった。

なのにゲームは終わらない。

むろん琴美も戻ってこない。

全てを失ったまま、修平の生は続く。

やがて瞳との待ち合わせの時間が訪れると、例の場所に彼は向かった。


・・・。

 

・・・だが、待ち合わせの場所に行っても、瞳は来なかった。

 

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「遅いな・・・」


時折PDAを確認しながら、修平は独り闇の中に佇む。

待ち合わせの時間はすでに5分を過ぎている。

修平の中にも、幾らかの焦りが見え初めていた。

瞳が俺との約束を破るはずがない――という確信が、修平にはあった。

だがそれは逆に言うと、『遅刻=死亡』という考えさえも、肯定することになる。


「とにかく待つしかないか・・・」

 

仮に瞳が死んだとしたら、共倒れが理想だ。

瞳と司の2人が倒れる――という状況を、頭の中でシミュレーションしてみる。

どちらにしろ修平が生き残るためには、その結果は必須だ。

だが、それが叶えば嬉しいはずなのに・・・嬉しさなど、欠片も湧いてこない。

修平のPDAには殺害対象のプレイヤーナンバーが表示されるが、なぜか今それを確認することは躊躇われた。


「・・・くそっ・・・なんなんだ、畜生・・・!」


黒河の死を堺に、自分は少しずつ冷静さを取り戻しているのかもしれない。

そして、気づきつつあるのだろう。

復讐心の命ずるままに、人の命を奪おうとしていた、化け物のような自分の姿に・・・。


「・・・でも、だったら、どうすればよかったんだ・・・? 俺は、どうすれば・・・」


彼がそう呟いた時――


眼前の闇の向こうで、何かが動いた気がした。


「っ! 瞳か!?」


思わずそう叫んでいた。

だが闇の向こうから返って来たのは、彼女の声ではなく――

 

「修平・・・・っ」


ずいぶん久しぶりに聞く、あの子の声だった。

 

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「・・・初音・・・」

「修平、やっと会えたです! ずっと探していたんですよ! 信用できそうな人は、修平しかもういないから・・・」


初音がそう言いながら、駆け寄ってくる。

だが修平は反射的に銃を抜き、彼女の向けていた。


「来るな! それ以上近寄るな!」

「えっ!?」


初音が戸惑ったように、20mほど離れた場所で立ち止まる。

そして泣きそうな表情を浮かべて続けた。


「しゅ、修平、どうして・・・!? 初音が、何かしたですか・・・?」

「いや・・・だが、武器を持っているかもしれない奴を、易々と近づけるわけにはいかない」

「初音は、武器なんて持ってません・・・何も手に入れられず、ただずっと逃げ回るばかりで・・・」

「・・・本当か?」

「ほ、本当です! ほら、何も持ってないでしょう?」


初音が服のポケットを全て漁り、中身を見せる。

だが中から出てきたのは、PDAだけだった。

彼女の特殊機能は『半径20m以内に他のPDAが接近すると警告をする』だった。

害のあるものではない。

他にも初音は、懐に隠している武器がないかも見せようと、上着を脱いでパタパタと振って見せた。

その仕草1つとっても、修平に信用してもらうため、必死である事が見て取れた。


「・・・どうですか、武器なんてないでしょう・・・?」


上着に再び腕を通し、恐る恐る見つめてきた初音に、修平はため息混じりに言う。


「・・・どうやらそうみたいだな。 しかし、司たちはどうしたんだ? 確か一緒に行動してたんじゃないのか?」

「セカンドステージに移行した時、司の条件が、『偶数ナンバーのプレイヤー全員の死亡』というものに変わったのです。 初音のナンバーは、Qだから・・・それで殺されかけて、崖から落とされたりもして・・・。 それからずっと逃げていたんです・・・」


そう言えば、先ほどちらりと見えた初音の肌には、ひどい打ち身の跡があった。

言動もつじつまが合っている。

嘘を言っているようには見えない。


「・・・あの、修平・・・お願いですから、せめて・・・その銃を下ろしてもらえませんか?」

「あぁ、いいだろう」


修平はそう答え、銃を下ろす。

そして初音が安堵の笑みを浮かべ、近づいて来ようとした時――


修平の背筋に、冷たい電流のようなものが走った。


「・・・っ?」


初音の表情や様子に、何か変わったところがあるわけではない。

先ほど確認したように、武器も持っていない。

なのに彼女の目の奥に、闇が潜んでいるような気がしたのだ。

恐らく修平自身の目にも宿る、漆黒の闇が――。


「・・・初音、お前――」

「なんですか?」


そう答える初音は、残り15mの距離まで迫っていた。

なおも近づいてくる初音に、修平は問いかける。


「人を、殺したのか・・・?」

「なっ・・・そんなわけないですよ!」


残り10m。

初音は歩みを止めない。

 

「俺の事も、殺すつもりで・・・?」

「修平、どうしちゃったんですか?」

 

残り5m。

修平は思わず後ずさる。


「どうやって? 特殊機能か? 人を直接殺せる特殊機能・・・」


「初音の特殊機能は、他のプレイヤーの接近を報せる機能です! 修平も知ってるはずじゃないですか!」


残り3m。

初音がPDAを取り出し、修平に向ける。


「ほら、この機能ですよ! 初音はこの機能で――」

「人を殺したんだな?」


修平にはそれが、直感的にわかった。

黒河が纏っていたような濃密な殺気を、眼前の初音からも感じたのだ。


「・・・隠さなくてもいいんだ。 俺も人を殺したから・・・」

「・・・修平」


そこでようやく、初音の顔を覆っていた、作られた表情が崩れた。

表情が抜け落ち、冷たい無表情が、彼女の顔に浮かぶ。

 

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「・・・クリア条件のせいで、殺さざるを得なかったんですか?」

「いや・・・復讐だ。 琴美の死の原因を作った男を、俺はこの手で・・・殺したんだ」

「・・・そうですか」


初音が哀しそうに、修平を見つめる。

わずかな沈黙の後、修平は続けた。


「俺のクリア条件は、素数ナンバーのプレイヤーの死亡・・・。 そして琴美の仇の男は、素数ナンバーじゃなかった。 ・・・ゲームのルールとはなんの関係もない、ただの私怨だった」

「・・・羨ましい話ですね。 そんな余裕があるなんて・・・」

「羨ましい?」

「初音のクリア条件は『自分以外の全プレイヤーの死亡』です。 皆を敵に回して、たった1人で全員殺さなきゃならなかったんですよ」

「っ」


銃を握っていた修平の手が、ぴくりと動く。

だがそれを制止するように、初音が続けた。


「動かないで下さい! 動けばあなたは死にます!」

「なに!?」

「初音がいま使おうとしている特殊機能は、『半径2m以内の首輪を爆破する』なのです。 あと1歩踏み出して、この機能を使えば、修平の首輪は爆発するのです」

「そうか・・・その機能で殺人を・・・」


どうして初音が、2つの特殊機能を持っているのかはわからない。

初音のPDAにだけ、複数の特殊機能を持ち得るような、何らかの秘密があるのだろうか?

ともかく彼女の目には殺意がみなぎっている。

嘘やハッタリとは、とても思えなかった。


「・・・初音は修平と琴美のことは、信用してました。 でも修平は、初音に嘘をついていたのです・・・司から聞かされた修平の特殊機能は、ぜんぜん違うものだったです・・・」

「っ・・・」


どうすべきかわからず、修平は己が手にする銃に目をやった。

すると初音が、それを見透かしたように言う。


「・・・その銃で、初音と戦いますか? 初音が1歩踏み出すのが早いか、修平が初音を撃つのが早いか・・・」

「ッッ・・・!!」

 

その問いに、修平の心は揺さぶられた。

目の前にいる小さな少女と、殺し合いをする。

その状況を簡単に受け入れられるほど、修平の精神はもはや逸脱してはいなかった。

 

「・・・戦わない、と言ったらどうする?」

「え?」

「初音はその機能で、俺をあっさりと殺してくれるのか? 琴美のところに、送ってくれるのか・・・?」

「修平・・・?」

「・・・なんだか、もう・・・疲れたんだ。 琴美のいない世界で、血塗れになりながら生きるよりは・・・その方が、いくらかマシなのかなってさ・・・」

「・・・っ」


闇しかなかった初音の目にも、わずかな光が灯った気がした。

それは出会ったばかりの頃の、無邪気な彼女の目の色のようで――。

初音は沈んだ声で、修平に言う。


「・・・それが修平の望みなら、初音はためらわずあなたを殺します。 それが初音のクリア条件でもあるから・・・」

「・・・そうだよな」


初音がそう言って、1歩踏み出す。

彼我の距離は2m――。


「・・・さよなら、修平」


そして初音がそう呟き、PDAに触れようとした時――


――!!


風を斬る音がした。

 

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「え・・・?」


初音は不思議なものを見るような目で、自分の胸に刺さった矢を見る。

そして、短い悲鳴を上げて後ずさる。

 

「いっ・・・ひ、ぁ・・・!?」

「なっ!?」


修平もその光景に、目を疑う。

気づけば初音の胸に、何かが生えている。

それは今朝、修平にも向けられたもの。

クロスボウの矢だった。


「な・・・なにこれ・・・!? 誰が、初音に・・・こんなものを・・・!」


初音は自分に何が起きたのか、理解できていないようだった。

そこに再び、矢が飛んでくる。


――!!


「かっ!!」


初音はその矢に射抜かれ、その場に倒れこんだ。

 

「初音! 大丈夫か、初音!」


修平は思わず叫んでいた。

敵であるはずの初音を心配する声を。

初音はその言葉に答えない。

ただ空を見つめ、虚ろに呟く。


「い・・・痛い、よぅ・・・死にたく、ないよ・・・ママ・・・! お稽古も、ちゃんと、するから・・・わがまま、いわないから・・・だから・・・・・・」


初音は消え入るような声でささやき、そして沈黙した。

口の端に、血が一筋流れている。

もう事切れているのがわかった。


「初音・・・!」


修平は奥歯を噛み、それから周囲の闇に向けて叫んだ。


「はるな! いるんだろう、はるな! なぜ俺を助ける! なぜ俺を生かそうとするんだ! 答えろ、はるな!」


その問いに答えは返ってこない。

だが答えはなくとも、もはや修平自身、彼女の行動の意味を理解していた。

それがあまりにもやりきれなく、修平は拳を握る。


そうして佇んでいると、やがて問いの答えの代わりに、背後で声が聞こえた。


「・・・修平様」

「!」

 

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はっとして振り返ると、そこに瞳が立っていた。

ボロボロに傷つき、今まで見たことのないほど、弱々しい姿の彼女が。


「・・・瞳」
「申し訳ありません、定刻に遅れてしまいました・・・」
「無事なのか?」
「えっ? あ、はい・・・私は大丈夫なのですが、お約束の時間に――」
「よかった・・・」

 

修平はそう言って、彼女に駆け寄った。


「この傷はどうしたんだ? ボロボロじゃないか」
「実は・・・三ツ林司の、手榴弾を使った自爆攻撃を受けてしまいまして。 私もその余波を」
「司が、そんな真似を・・・?」
「はい。 ですが、ご安心下さいませ。 三ツ林司の死亡は、この目でしかと確認して参りました」
「そうか・・・とにかく、よくやったな」
「ですが、そのせいで待ち合わせのお時間をだいぶ過ぎてしまいました」
「そんなことはどうでもいい。 俺は、よくやったって褒めたんだ。 それでいいじゃないか」
「・・・お許し頂けるのですか?」
「許すもなにも、咎める理由なんかどこにもないだろ。 瞳はよくやったよ。 褒めるばかりだ」
「・・・ありがとうございます」


体を小刻みに震わせ、瞳は丁寧に頭を下げた。

 

その瞬間、修平は自分でも信じられない行動を取った。

抱きしめ、声を震わせる。


「とにかく、瞳が無事ならそれでいいんだ。 本当に・・・それだけでいい」

 

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「修平・・・様・・・!」


瞳の戸惑うような言葉を耳にした瞬間――

修平の胸中に、冷たい風が吹き抜けた。

だが、この感情は何なのだろう?


「修平様・・・私は・・・修平様のためでしたら、何でも致します」
「何でも・・・」
「はい。 ですので、どうか・・・私を信じて下さいませ」


目を合わせない会話。

忘れかけているのか、それとも失いかけているのか。

どちらにしろ、消えかかっている何かが、修平の心にぽつりと影を落として。


「・・・とみ」


思わず呟いてしまったのだろうか。

はっきりとしない名前が、修平の口から零れた。

もちろん、瞳はそれに反応していたのだが、敢えて尋ねなおすことはせず・・・。


「・・・ご安心下さいませ。 私は、修平様のためならば、何でも致しますから」


微かに震えながら、それでもしっかりと繰り返した。

たとえどちらの名前だったとしても、瞳の言葉は同じだっただろう。

修平の立場を必要としない、瞳自身の意思のある返事だった。


「・・・瞳」
「はい・・・・・・んっ!」


優しく頬に添えた手が、瞳の顔を持ち上げた。

修平が瞳の唇を覆い隠した瞬間――ほんの一瞬だけ、瞳の体が見せた拒絶の反応。

しかしすぐに、瞳は自ら修平へとキスを返す。


「ん・・・ちゅっ」


柔らかい唇が、ぎこちない唇を挟む。

口から零れる甘い息が、修平の鼻をくすぐった。

そして、2人の唇が静かに離れる。


「・・・すまない」


通い合っていた視線を外したのは、修平の方だった。

だが瞳は諭すように、優しく囁く。

 

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「謝らないでくださいませ。 キスして頂けたのは・・・本当に嬉しかったですので・・・」


そう返事して起こした穏やかな顔が、驚きへと変わる。


「修平・・・様・・・?」


戸惑いは一瞬。

すぐさま瞳の指が、修平の頬を拭った。


「どうして・・・泣いておられるんですか?」
「・・・えっ?」
「申し訳ありません。 ハンカチを持っておりませんので・・・」


ゆっくりと伝い落ちる粒を、優しくなぞる白い指。

それを否定するかのように修平は慌てて顔を背けた。

 

「・・・悪い。 ちょっと目が乾いただけだ」
「修平様・・・その、何かあったのですか?」
「いや、何もないよ」
「そんなはずはありません! 私と会わないでいる間に、一体何が――」
「だから大丈夫だって。 それよりとりあえず、今日は休もう。 瞳も疲れているだろうし」
「・・・!」


瞳は一瞬、逡巡するように黙り込み――


「修平様!」
「ッ!」

それから意を決したように、修平をぎゅっと抱き締めた。


「ひ・・・瞳・・・?」


戸惑う修平に、瞳が寂しげな声で囁く。


「・・・修平様のお心は、愚かな私には、とてもわかりません。 だけど少しは、察せられる事もあります。 あなたがとても傷つき、弱っておられる事は・・・」
「・・・いや、気にし過ぎだ。 俺が傷ついているなんて、そんなわけが・・・」


そう言いかけた修平を、瞳はさらに強く抱き締める。

その腕に包まれ、言葉を呑み込んだとき、彼女が静かに言う。


「だったらなぜ修平様は、震えておられるのですか・・・?」
「っ・・・!」
「・・・私はあなたの心の痛みを、正確には理解することができません。 『あの方』を失った哀しさも・・・あなたに何が起き、いま何に苦しんでおられるのかも・・・」


瞳は修平の言いつけどおり、彼女の名を口にはしなかった。

その名を伏せながらも、精一杯気遣うように続ける。


「だけどこうしていると、伝わってくるものがあります。 修平様のお心が砕けそうな事も・・・生を諦めようとしている事も・・・」
「・・・そうか・・・お前にわかるほど、俺の体には力がないか・・・」


そう呟く修平に、瞳は辛そうにうなずく。

しばしの沈黙の後、修平は呟いた。


「・・・瞳、俺は気づいたんだ。 このゲームの中で、俺が生き残るという事の意味を・・・。 自分が生きるためには、この手を血に染めていかなきゃならないって事を。 だけどそうして生き残ろうとすればするだけ、俺は以前の俺から離れていく。 ・・・あいつと一緒にいた頃の俺じゃ、なくなっていくんだ。 それでも俺は、生きなければならないのか・・・?」


そう問う修平に、瞳は沈黙を返す。

そして腕をそっと離し、修平を見つめて言った。


「・・・私はあなたのメイドです。 主を尽くすことが使命であり、このような事を口にするのは、分を超えた事だとは思いますが・・・それでも一つだけわがままを言わせて頂いても、よろしいでしょうか」
「・・・なんだ?」
「どうか・・・生きてください。 いつかこの悲しみも、癒える日が来るかもしれません。 それまで、どうか・・・生き続けて下さい・・・!」


その言葉は修平の胸に、突き刺さった。

それは琴美の願った事。

琴美を失った自分が、彼女の望みを叶えるために、自ら選んだ事だった。

だがそれを果たすためには、これからも手を血に染めなければならない。

その事実はいまや身を切るほどに、修平の心を苛んでいたのだが――


「・・・わかった・・・俺は、生きるよ。 生きられる限りは、ずっと・・・」
「・・・修平様。 ありがとう、ございます・・・」


瞳が目を潤ませ、安堵したように微笑む。

修平は、その目を見つめ返すことができず――


ただ無言で、空を見上げた。

 

寂寞(じゃくばく)とした闇の中、修平は力なく佇んでいた・・・。

 

・・・。

 


――それから、修平がある自問を繰り返しているうちに、時刻は24時を回った。

様々な思いを抱えたまま、ゲームは6日目に突入――


それと同時に、修平のPDAが、メールの着信を知らせてきた。


「・・・なんだ?」


確認してみると通知内容は『終了24時間前のお知らせ』。


つまり、明日のこの時間には、ゲームが決着するということだ。


「あと24時間・・・」


イムリミットを意識した瞬間、ぞわりと、修平の背が粟立った。

童話の少女と同じく、24時を迎えた途端に魔法が解けるように、これまでぼやけていた意識が鮮明になった。

そして、傍らに寝ている瞳に声をかける。

 

「・・・瞳」

 

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「ん・・・はっ・・・! わ、私はもしや・・・」
「寝てたよ。 だからエリア移動だけはしておいた。 安心していい」
「も、申し訳ありません・・・」
「それより、ようやく24時間前らしい」
「まあ、本当ですか?」
「ああ。 PDAを確認してみるんだ」
「は、はい。 今すぐに」


修平の命令を受けて、瞳が慌ててPDAを操作しにかかる。

その様子を傍で眺めながら、修平は心の整理を続けていた。


「・・・・・・」


・・・星空は、静かに広がっていた。

辺りには僅かに虫の音が響くだけ。

迷いと惑いが渦巻き、静寂の中でも纏まることはなく。

その想いが深いため息となって、夜の空気に溶けていった。


・・・。

 

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【10】

 

・・・。

 

 

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「・・・目が覚めたか」

「はい」


眠りについてから1時間半後、藤田修平が起こすまでもなく、瞳は自然と目を覚ました。

クライ条件により、同一エリアに2時間しか留まることのできない彼女だが、その緊張感を体が既に分かっているのかもしれない。


「今後の行動について説明する」
「はい、何なりとお申し付け下さい」
「これから俺とお前は別行動をとる。 各自担当のエリアを決めてターゲットを探すんだ」
「ですが・・・それでは私が修平様をお守りする事ができません」
「お前が俺の安全を考える必要はない。 今は、一刻も早くクリア条件を満たす事に専念しろ。 それが、最終的には俺を助けることになる」
「・・・・・・はい、承知致しました」
「まずターゲットは藤堂悠奈、荻原結衣。 この2人は見つけ次第始末しろ」
「荻原結衣・・・その女とは面識がありませんね」
「ああ、そうだったな。 悠奈と同じ制服を着た、髪の長い女だ。 PDAが壊れているから、最悪、それで判断しろ」
「承知しました」
「それ以外のプレイヤーからも情報を集めろ。 必要なのは、全プレイヤーのナンバーだ」
「この状況では、他のプレイヤーたちも警戒しています。 易々と個人情報を漏らすとは思えませんが?」
「脅すなり痛めつけるなりして吐かせろ。 それでも抵抗するようなら、殺してからPDAを奪えばいい。 ただし、既にナンバーを把握している上野まり子、伊藤大祐、阿刀田初音、黒河正規の4人はターゲットから除外する」
「仰せのままに」
「それと、集合時間を決めておこう。 毎日22時に、この場所へ集まって情報交換と成果の報告だ。 何らかの事情で遅れる場合は、メールを寄越せ。 俺が遅れた場合は、この場で待機しろ。 戻ってこなければ死んだと思っていい。 それと、ゲーム終了の連絡が来た場合にも、一旦ここに戻って来い」
「かしこまりました」


何一つとして躊躇しない命令と、それを謹んで受けるメイド。

主人とその従者として、実に堂に入ったやり取りだった。


「何か質問はあるか?」
「そうですね・・・修平様は、武器は足りておりますか?」
「武器か。 銃はあるが、念のために予備も欲しいな」
「では換えの弾倉と、小型拳銃を1つお渡しします。 お納めください」


瞳がそう言って、懐から弾倉と銃を取り出す。

修平がそれを受け取り、ポケットに押し込めると、瞳が続けた。


「メモリーチップや武器の扱いはいかがいたしますか?」
「メモリーチップは可能な限り回収しておけ。 武器に関しては、かさばるものは必要ない。 機動力を優先しろ」
「はい、そのように」
「他には?」


修平が尋ねると、瞳は『ありません』と呟きつつ、一歩後ろへ下がった。


「では、行け。 期待してる」
「はい、ご期待に添えるよう努めます。 修平様もどうかお気をつけて」


それだけ言い残して、瞳は森の中へと消えていった。


「・・・まあ、あいつなら大丈夫だろう」


これまで会ったどの参加者よりも、優れた動きをするのは間違いない。

となれば、後は修平の方がきちんと動かなければならない。


「全プレイヤーのうち、素数は『2』『3』『5』『7』『J』『K』の6人。 『2』の瞳、『5』の結衣、『J』の悠奈を除いて、残りは3人か・・・」


修平に与えられた新たなクリア条件は、全参加者のおおよそ半数を殺害するという、過酷なものだ。

加えて修平にはもう1人、殺しておかなければならない人間がいる。


「黒河・・・」


琴美の死のきっかけとなった黒河正規。

あの大男だけは、どうあっても許すことができない。


「あいつは必ず俺が、この手で殺す・・・」


その瞳に、満ちて零れ落ちるほどの殺意と憎悪を湛えたまま・・・

彼もまた、従者と同じように、森の中へと消えていった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「お前っ・・・修平かっ!?」

「・・・なんだ、大祐か」


修平が瞳と別れて、自分の担当エリアを探索している最中――

既に開けられたキューブの前で、2人がばったりと出くわした。


「こんなとこで会うと思わなかったぜ。 あの時は、よくもまあ俺を置き去りにしてくれたもんだ」
「・・・いつの話だ?」
「一昨日の夜だよ。 司のところに行った後だ。 あの後、俺は黒河ってヤツに絡まれて、散々な目に遭ったんだぜ?」


言われてみれば、修平と琴美が襲われている最中、大祐は1人だけ姿を消してそれっきりだった。

瞳から逃れた黒河が、その後、大祐と遭遇していたとすれば辻褄はあう。


「そうか、それは悪いことしたな」
「まあ、別に根にはもっちゃいねぇけど・・・って、あれ? 琴美ちゃんと、あのメイドさんは? お前ら一緒に行動してたんだろ?」
「・・・・・・」
「なにか、あったのか?」
「・・・琴美は、死んだよ」
「・・・は? それ・・・マジでいってんのか?」
「・・・・・・」
「いや、まあ・・・セカンドステージになった時、運営から死人が出たってメールが来たけど・・・・・・そう、か。 あれは、琴美ちゃんのことだったのか」


大祐が目を伏せ、沈んだ声で呟いた後、足下の落ち葉を忌々しそうに蹴り飛ばす。

その大仰な仕草に、白々しさを覚えつつも、修平はひとまず大介に合わせようと無言を貫いた。


「まあ、どんな経緯でそうなったのかは・・・ここじゃ聞かねぇけどよ。 あんまり気落ちしないで、修平もクリアを目指せよ。 お前がここで生き残らないと、琴美ちゃんも成仏できないだろ」
「・・・ああ、元々そのつもりだ。 大祐の方は、その後どうなんだ?」
「俺か? まあ、見ての通りキューブを探してたところなんだけど・・・俺なりに、この先の事を考えてたんだ」
「この先のこと、ね・・・」
「そっちもクリア条件は変わったよな?」
「ああ」
「どんな風に変わったんだ?」
「・・・・・・」


相変わらず危機感の感じられない質問に、修平が辟易する。

そんな重要な情報は、迂闊に他人に教えられるはずもないということを、彼は未だに理解していないらしい。

逆に言えば――この様子だと、大祐のクリア条件は極端に難易度が上がったり、人命に関係していないことが窺えた。

だとすれば、これは情報を引き出せる好機に他ならない。


「・・・俺のクリア条件を教えてもいいが、大祐からも情報が欲しい」
「ああ、もちろんいいぜ」
「ナンバー『3』と『7』と『K』のプレイヤーを知らないか?」
「『3』と『7』と・・・『K』?」
「知っていたら、教えてくれないか? いや、答えてくれ。 是が非でも」
「っ・・・お、お前・・・そのナンバーの奴を見つけてどうするつもりだよ・・・?」
「・・・そんなこと、聞くまでもないだろ?」


修平が、制服の内ポケットへと手を突っ込み、僅かに拳銃を引き抜く。


「もしもお前が、このナンバーなら・・・」
「い、いや、違う! 俺のナンバーは違うって!」
「・・・・・・」
「俺のナンバーは『10』だ! お前の探してるナンバーじゃねぇよ!」
「・・・嘘は言っていないだろうな?」
「本当だって! ほら、見てみろ!」


大祐が慌ててPDAを取り出し、修平に差し出してくる。

そこには、修平も既に知っている大祐のプレイヤーナンバー『10』と――

新規のクリア条件である『半径2m以内に同時に3人以上のプレイヤーを侵入させない』が表示されていた。


「・・・なるほど。 確かに」
「嘘なんかつくかよ、こんなところで。 黙ってたら問答無用で撃ちそうな勢いだったしな、お前・・・」
「別に、ターゲット以外を殺してはいけない、とは書いてないからな」
「・・・・・・なんか変わったな、お前」
「・・・そうか?」


汗を拭いながら言う大祐に、修平は何も言わずPDAを突き返した。


「それじゃ、改めて聞くが、『3』『7』『K』のナンバーの人間を知らないか?」
「う、うーん・・・いたっけかな・・・。 あ、そうだ! 確か司が、『K』だったような気が・・・!」
「何? なぜお前がそれを知っている?」
「あいつが仲間と話してるのを、盗み聞きしたんだよ」
「そうか・・・」


口から出まかせのように思えたが、あえて修平はそれを受け入れた。

大祐の言葉が真実ならそれでいいし、嘘でもそれはそれで、さほど問題はない。


「他には?」
「わ、わかんねぇよ。 俺は基本的に、他のプレイヤーと交渉したことねぇし・・・。 っていうか、俺のクリア条件見ただろ? ゲームの最終日までどこか人気のない場所に隠れていれば、クリアも同然なんだよ」


『半径2m以内に同時に3人以上のプレイヤーを侵入させない』

他のプレイヤーとの接触を避けて、最終日までやり過ごせばいいだけのクリア条件だ。

この難易度の低さであれば、軽はずみに修平のクリア条件を聞いてきた大祐の真意も窺える。


「とりあえず、俺は食料を集めて山奥にでも篭るつもりだ。 もう一度、修平と会うことがあるなら、それはゲームが終わった時だな」
「そうだな・・・」


となれば大祐は、修平にとって路傍の石と同様の価値しかない。


「分かった。 健闘を祈る」
「おう。 なんか厳しい条件引いちまったみたいだけど、お前も頑張れよ」


素っ気なく踵を返した修平に、大祐が手を振る。

その手に一瞥もくれることなく、修平は無言で去っていった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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――城咲充は、焦っていた。


黒河に自ら提案し、仲間集めに出てきたところまではよかったのだが・・・。

いざ飛び出してきてみれば、今後の指針が決まらない。

フィールドの中を闇雲に走り回っても、問題解決の糸口は何一つ掴めずにいた。


「うわぁ!!」


充が木の根につまずいて、盛大に泥に濡れる。

彼は地面に倒れたまま、腹いせとして地面を泥ごと蹴り上げ、荒い呼吸と共に地面を叩いた。


「畜生・・・バカにしやがって・・・!」


それは、自分を転がした木の根に言ったのか、黒河に言ったのか――それとも、ゲームの主催者に言ったのか、よく分からなかった。


「はぁ、はぁっ、こんなことしてる場合じゃないのに・・・!」


荒げる呼吸でPDAを取り出し、そこに視線を落とす。


そのPDAには、プレイヤーナンバーが存在しない。

14人の中で明らかに異質な存在――『JOKER』

その特殊機能は『半径10m以内にあるPDAに変化できる。 ゲーム設定、特殊機能は変化したPDAのものになる』だ。

そして充のクリア条件は、コピーしたPDAのクリア条件と同じになる。

となれば、なるべく多くのPDAをコピーし、簡単なクリア条件を吟味するのが、普通に考えた場合の最適な行動だったはずだった。

だから充もその最適解に忠実に従って、誰よりも早くクリア条件を満たそうと奔走してきたのだが――

セカンドステージ突入によって、一気にどん底へ突き落とされていた。


「こんなの反則だろ・・・なんで、こんなことになるんだっ・・・!」


――『変化したことがあるPDAの持ち主全員の死亡』――


それが充の、セカンドステージにおけるクリア条件だった。

だからすぐに、黒河の下を逃げ出したのだ。

充がこれまでにコピーしたプレイヤーは6人――。

その中に、当然のごとく黒河は含まれている。

もしこのことを本人に知られれば、迷わず命を奪いに来るだろう。


「くそっ、くそっ・・・! 嫌だ・・・僕はまだ、死にたくない・・・死にたくないんだっ!」


崩壊しかけた精神をギリギリで繋ぎとめながら、それでも充は、必死になってクリアするための道を考えた。

この状況でクリアを目指すのであれば、条件が競合しない相手を探すしかない。

つまり、未だコピーしたことがなく、なおかつ自分に危害を加える必要のない条件のプレイヤーである。


「誰か、誰かいないか・・・誰か、仲間になってくれそうな人は・・・。 仲間、仲間・・・僕の仲間を見つけないと・・・」


充が泥に煤(すす)けた爪を囓りながら、ゆっくりと立ち上がる。

そして、落ちくぼんだ目の奥に暗い光を湛えながら、未だ見ぬ仲間を求めて、森の中をひたすらに歩いて行くと――

 

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行く手に、小さな少女の姿を見つけた。


「えっ・・・!?」


充は目を疑った。

そこにいたのは、テレビで幾度となく見た姿――。


「は、初音ちゃん!?――君は、安藤初音ちゃんじゃないかっ!?」


思わずそう声を上げると、初音はびくっと身を震わせた。


「あ、あなたは・・・初音を、知っているですか・・・?」
「しっ、知ってるも何も――ほら、公式ファンクラブの会員ナンバー38番の!」
「え・・・?」
「あっ、いや、そんなことより――初音ちゃん1人? 今までずっと1人だったの?」
「は、はい。 ずっと1人で、怖くて・・・」


自分を知っている相手に出会えて安堵したのか、初音がほっと息を吐きながら充の方へ歩み寄ってくる。

それだけで、充の警戒心は吹き飛んだ。

そしてファンとしての使命感が、胸の中に湧き起こる。


「初音ちゃんは、いま置かれてる状況はわかる? 皆の条件が書き換わって、殺し合いが始まってるんだよ」
「それはわかります・・・武器もないし、ただ逃げ回るしかなくて・・・」
「そうか・・・そうだったんだ・・・」


事実、初音は手にはPDAを持っているが、武器はない。

弱々しく佇むその姿は、まるで傷ついた小動物のようだ。


「・・・わかった、わかったよ初音ちゃん! じゃあここからは僕が、君を守るよ!」
「え・・・? ほっ、本当に、守ってくれるですか? でも、武器は・・・」
「いや、銃は持ってるんだけど・・・今は、弾切れで・・・でも、すぐに違う武器を見つけるよ! とにかく安全な場所に移動しよう! ついてきて、初音ちゃん!」


充はそう言って、初音と共に歩き出そうとする。

初音はPDAを持ったまま、それに従った。

充の少し後ろを歩きながら、初音が呟く。


「・・・でも、武器がないのは残念です・・・一石二鳥になると思ったんですが・・・」
「え? 何が一石二鳥?」
「あなたの武器と、特殊機能と、その2つの事ですよ」


初音がそう答えた時、

充の首元で、奇妙な音が聞こえた。


「・・・何の音?」
「さあ、何の音でしょう・・・?」


充は首元に手を当てた。

その手を赤い光が照らす。

自分ではよく見えないが、首輪が発光しているらしい。


「は、初音ちゃん!? ちょっと僕の首輪見て、光ってない!?」
「あ・・・光ってますね。 どうしてでしょう?」
「なんで光るんだ!? こんな事、今まで一度もなかったのに!」
「うーん、初音にはよくわからないんですけど・・・」


初音は考え込むように俯き――

 

 

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そしてすぐに顔を上げ、充の問いに答えた。


「たぶん初音が、特殊機能を使って、あなたの首輪を爆破しようとしたからじゃないでしょうか?」
「――え?」


信じられないという思いで、充は初音を見つめる。

その顔には、テレビでも見た事のないような、酷薄な表情が浮かんでいた。


「は、初音ちゃん、首輪を爆破って――!?」


充が震える声でさらに問いを重ねた時――


――!!!


「ぐべっ!」

 

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首元で衝撃が弾け、視界が赤く染まる。

それが自分の頚動脈から噴出する血だと気づいた時には、急速に視界が暗くなり始めていた。


「は、初音、ちゃん・・・きみ、は、一体・・・?」
「ごめんなさい、初音はもう・・・あなたの知っている、アイドルの初音ではないのです」
「そ・・・、んな・・・・・・なん・・・で・・・」


充は中学の時から、ずっと初音のファンだった。

だが、そんな彼女の豹変した姿を目の当たりにしながら――


そして彼女がなぜ変わってしまったのか、その意味さえわからぬまま――


城咲充の意識は、闇の中に、永遠に埋没した。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

「・・・心配だな」


窓際の椅子に腰掛けて、空を見上げながら、誰にともなく三ツ林司は呟いた。

すると、昼食を済ませて見張りに出ようとしていた玲が、振り返って尋ねてくる。

 

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「なにが心配なのです?」
「ああ、いや・・・僕が部屋で育てている、シクラメンの植木のことだよ」
「ええと・・・花、ですか?」
「うん。 もう4日間も水をやっていないから、萎れてないといいんだけどね・・・」
「・・・司らしからぬ発言ですね」
「そうかい?」
「あなたのような薄情な男に、花を愛でる心があったとは意外です」
「・・・相変わらず物言いが失礼だね、君は。 花はいいよ。 人間と違って余計なことは言わないからね。 小まめに世話をしてあげれば、毎年必ず花を咲かせてくれるし・・・。 機嫌が悪くなったからといって、勝手にいなくなってしまうこともない・・・・・・欲深くて意地汚い人間に比べれば、知性を持たない彼らの方がずっと崇高な生物に見えるよ」
「・・・司は、人間が嫌いなのですか?」
「好きか嫌いかなんて関係ないさ。 僕にとって他の人間は利用できるか否か、それだけだよ」
「その考え方は・・・少し寂しいですね」
「・・・・・・やめよう。 こんな話は。 まずは、ここから生きて帰ることを考えなくちゃ。 でないと、大切な花に水もやれないからね」
「・・・そうですね」


気持ちを切り替えるかのように、玲が小さく息を吐く。

そして、改めて司に向き直る。


「丁度いい。 司に聞きたいことがありました」
「なんだい?」
「司、私たちはいつまでここに留まっているつもりですか?」
「っていうと?」
「セカンドステージになったというのに、ここでぼーっとしていていいのですか?」
「・・・だって、動く意味がないでしょ?」
「説明を要求します」
「はいはい、分かった分かった」


そわそわと落ち着きのない玲に苦笑しつつ、司が席から立ち上がる。


「このゲームはね、多くの人間が生還できるようにはなっていないんだよ。 クリア条件を見れば、生還できる人間の数は想像が付くだろ? 例えば、僕の『クリア条件を満たしたプレイヤーが3人未満』って条件。 僕が生きて帰ろうとした時点で、生き残りは3人以下だ」
「確かに、その通りですね・・・」
「僕だけがこんなにキツい条件とは思えないし、方っておいても他のプレイヤーたちは殺し合いを始めるよ。 そんな修羅場に、あえて乗り込んでいく必要はない。 ギリギリまで時間を稼いで、人数が絞られた段階で攻勢をかけた方が賢明だよ・・・とまあ、そういう理由で動かずにいたんだけど、納得してもらえた?」
「納得しました。 一応は」
「一応?」
「私は・・・仇討ちのためにここに来ました」
「前にも一度言ったけど、その目的はしばらく保留にしたら?」
「ええ、司の考えに反論しているわけではありません。 しかし、弟の仇がすぐ近くにいるこの状況で、指を咥えて見ていることしかできない自分がもどかしい・・・・・・無念でなりません」
「そう・・・僕はね。 特別に誰かのことを好きになったり、逆に殺してやりたいほど憎んだりした経験がないんだ。 弟さんの仇を自分の手で討ちたいっていう君の感情も、理屈としては理解できるけど・・・。 そんなことをしたって根本的な解決にはならないし、むしろ、虚しさが増すだけだと思うよ?」
「・・・そうなのかもしれません・・・ですが、それと同じことを、あの人にも言えますか?」


玲のいう『あの人』が誰を指しているのか、司は一瞬で理解した。

・・・理解はしたが、返す言葉は見つからない。

琴美を失った修平の感情は誰にも止められないだろう。

そして、今の彼にはどんな言葉も届かない。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


仲間が1人減って、妙に広く感じるようになった山小屋の中。

ふいに訪れた沈黙に、気まずい空気が充満する。

そんな空気を嫌ってか、最初に言葉を発したのは玲の方だった。


「致し方ありません。 しばらくは、ここで機会を待つことにします。 それに、私がいないと司も心細いでしょうしね」
「いやいや、僕は別に君がいなくなっても寂しくなんかないよ?」
「昨夜、寝言で私の名前を呼んでいました」
「君さ、いつも必ず、僕より先に眠ってるよね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「起きてました、実は」
「いや、よだれ垂らして寝てたし」
「う、嘘です! よだれなんて垂らしてませんから! そもそも司は、なんで私の寝姿を知っているんですかっ!? 前々から怪しいとは思っていましたが、とうとう尻尾を出しましたね・・・この、変態っ!」
「いや、君の貧相な身体に興味なんてないし・・・」
「なっ――!」
「寝顔を見られるのが嫌なら、起こされるまえに起きようよ。 寝起き悪すぎなんだよ、玲は」
「じゅ、熟睡することはいいことですよ! 寝る子は育つんです!」
「・・・そだつ?」
「何か?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ああいや、僕が悪かったよ」
「くっ・・・!! つぅかぁさぁあぁぁっっ!!!」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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――藤堂悠奈は焦る気持ちを抑え、山道を歩いていた。


「結衣・・・結衣、どこにいるの・・・!?」


そんな声が、思わず口から漏れる。

まり子の名を呼ばないのは、悠奈がまり子を敵になったと思っているからではない。

つい先ほど、まり子の死体を、森の中で見つけたからだ。

まり子や結衣が、なぜ悠奈の前から姿を消したのかは、今もわからない。

条件が変わったのに伴い、敵になったのかもしれない。

それでも悠奈は、まり子と結衣を、心から心配していた。

そしてまり子の亡骸を発見すると、その心配はさらに大きくなり、ほとんど恐怖に変わった。

結衣もすでに、誰かに殺されているのではないかと――


「お願い、生きていて・・・!」


何度もそう呟きながら、悠奈は道を急ぐ。

 

・・・。

 

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やがて行く手の道の脇に、小屋を見つけた。


「・・・!」


それを見た瞬間、なぜか嫌な予感がした。

風に乗って、鉄錆びに似た臭いが漂ってきた気がしたからだ。

悠奈はその小屋に駆け寄り、恐る恐るその扉を開ける。

 

そして、薄暗い部屋の中で――


悠奈は、最も見たくなかったものを見つけた。

 

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「結衣・・・」


尋ね人の名前が、埃臭く、血生臭い室内に空しく響く。

当然のように、返事はない。


「っ・・・!」


目の前の惨状に、悠奈が口元を覆う。

結衣の命を奪ったのは、腹部への銃撃だった。

彼女の制服は爆ぜ、穴だらけになっている。

おそらくショットガンだろう。

それはまり子の命を奪ったものと、同じ武器だった。

だが結衣に与えられた傷は、それだけではない。

全身に、徹底的な暴力を振るわれた痕跡がある。


「どうして・・・どうして、こんな、酷い・・・! 結、衣・・・私が、もっと早く見つけてあげられれば・・・。 私がちゃんと、守ってあげられれば・・・。 ごめんね、結衣・・・本当に、ごめん・・・。 私じゃ、あなたを守ってあげられなかった・・・ごめんね・・・ごめ、ん・・・」

 

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どんなにきつく抱きしめても、結衣の温もりは感じられない。


あの憎まれ口を聞くことも――

あの笑顔を見ることも――・・・。

夕陽に染まる小屋の中に、悠奈の嗚咽が漏れ出した。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

――明らかに、状況が変わってきている。

 

 

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誰とも知己を結ばず、単独行動をずっと続けてきた真島章則も、その事を察していた。

ようやく見つけたと思ったキューブが、すでに開封されたものだったのだ。

しかも、これで3度連続。


「・・・これも、セカンドステージとやらに移行したせいなのか・・・?」


昨日の夕方、唐突にPDAが鳴り、セカンドステージへの移行を告げた。

それと同時に、真島の条件も変わった。

それまでは単純に、『未使用のメモリーチップを10個以上所持する』という条件だったのだが、セカンドステージになると――


「未使用のメモリーチップを10個以上所持し、他プレイヤーの所持数を同数未満にする』と変わったのだ。


わずかな違いのようでいて、それは大きく意味が異なる。

他のプレイヤーが所持しているメモリーチップの数を念頭に入れない限り、真島のクリアはあり得ないのだ。


「・・・俺より多くのチップを持っている奴が、そう多くいるとは思えないが・・・」


真島に与えられたPDAの特殊機能は、『半径10m以内にいるプレイヤーのメモリーチップの所有数を表示する』だ。

恐らく、初めからセカンドステージのことを想定して、与えられていたものだったのだろう。

昨日と今日で、真島はひたすらチップを集め続け、今では8個のメモリーチップを所持しているのだが――その先が続かない。


「結局、ゲームを運営している連中の思惑通りというわけか・・・」


選択肢は2つ――。

このままメモリーチップを集め続けるか、自分より所持数の多いプレイヤーからメモリーチップを奪うかだ。

ゲームが4日目に突入し、キューブの総数自体が減っていることを考えれば、そろそろ後者を選択すべきなのかもしれないが――

どちらにせよ、2日目に受けた足の矢傷が相変わらず痛み、休み休み行動しているような現状では、楽な道とは言い難かった。


「・・・っ」


そこで真島は、ふと足を止める。

行く手の道の脇、茂みのあたりに、何者かの気配を感じたのだ。


「誰だ!?」


真島は身構えつつ、そう声を上げた。

ゲームも折り返しを迎えたこの状況で、その対応はいささか牧歌的に過ぎたかもしれない。

ややあって、7mほど離れた茂みの中から、男が1人姿を現した。

 

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「お前は・・・?」


今まで会った事のない男だった。

その男は、真島を見据えて問う。


「・・・お前、『真島』か?」
「っ・・・? 何故、俺の名を・・・」
「荻原結衣という女に聞いたんだ。 そんな名前の、体のでかいボクサーがいると。 お前はボクサーかどうかはわからないが、体格はいいだろう。 だからカマをかけてみただけだ」
「・・・そうか」


真島は男の目的を計りかねた。


戸惑う真島に、男は続ける。


「・・・ところで、お前にひとつ聞きたい事がある。 お前のナンバーはなんだ?」
「ナンバーだと?」


そう聞いた瞬間、真島は男の目的を悟った。

つまりこの男は、自分のクリア条件を満たすため、真島の前に姿を現したのだ。

真島が他のプレイヤーのチップ所持数を探るため、動き回っていたように。

だがこの質問には、何か不吉なものを感じた。

もし男に与えられた条件が、『特定のナンバーのプレイヤーを殺害する』などだったら――!?

そこまで考えた時、真島は足の痛みを忘れ、とっさに動いていた。

 

 

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「答える必要はない」


7mの間合いを瞬時に詰め、その勢いのままステップインジャプを繰り出す。

これがボクシングの試合であれば、有効なリードブロウとなっていただろう。

だが男は、ボクシングの試合ではありえない動きを見せた。

その場に倒れ込み、ジャブを避けたのだ。


「っ!」


真島の左拳が空を切る。

彼は視線を下に落とし、これまたボクシングの試合にはない『踏みつけ』によって、追撃を加えようとしたが――


――!!


不意に響いた銃声とともに、真島の足が弾け飛んだ。


「がッ!!」


真島は右足を撃たれ、その場に思わず倒れこんだ。

男が倒れると同時に、腰に挿していた拳銃を抜き出し、それで真島の足を撃ったのだ。


「ぐ・・・ぎ、い・・・ッ!」


痛みに慣れているはずの真島も、その激痛は耐え難いものだった。


足を押さえて呻く真島の前で、男が悠々と立ち上がる。

危険を感じた真島が逃げようとする前に、男は真島を捕まえ、尻ポケットからPDAを抜き出した。

それを一瞥し、冷たい声で言う。


「プレイヤーナンバー『7』・・・やはり、素数だな」
「くっ・・・」


どうやら男は、素数ナンバーのプレイヤーを狙っているらしい。

真島は激痛に耐えながら、問いを絞り出す。


「・・・俺を、どうするつもりだ?」
「殺す」


あまりにも予想通りの答えに、真島は顔をしかめる。

だがそれに続けられた言葉は、予想外のものだった。


「・・・と言いたいところだが、その前に一働きしてもらおう」
「な、に・・・?」


戸惑う真島をよそに、男がポケットから、もう一丁小型拳銃を取り出す。

そしてその銃を、何を思ったか、少し離れた茂みに投げ込んだ。


「な・・・!?」
「あの銃を、拾って使え。 その足じゃボクシングはもうできないだろう? お前に恨みがある奴に襲われた時にでも、護身のために使うんだ」


男はそう言うや、踵を返し――

どこへともなく、駆け出した。


「あ、待て!」


真島はそう声をかけたが、男は止まらない。

そのままどこへともなく、逃げ去って行った。


「な・・・なんだったんだ・・・!?」


ともあれ、急死に一生を得たようだ。

真島はそう思いつつ、男が銃を捨てた茂みに目をやる。

何かの罠かもしれないが、確かにこの状態では、敵に遭遇した時、自分の身を護る事はできない。

完全に失われてしまったフットワークに代わる武器が必要だった。


「くそっ・・・!」


痛む足を引きずり、真島は茂みに歩み寄った。

そしてそこに落ちていた銃を探し出し、握る。

こんなものを扱った事はないが、映画などで見ていて、安全装置の外し方くらいはなんとなくわかる。

うろ覚えの知識を頼りに、安全装置を外し、試し撃ちしてみた。


――!!


「ぐっ・・・!」


弾は出たが、発射の衝撃で足の傷に痛みが走った。

忌々しく思いつつ、真島は先ほど会った男について考える。


「・・・それにしても、さっきの奴・・・何が狙いなんだ・・・?」


なぜターゲットである自分を殺さず、足を撃つだけに留めておいたのか。

なぜわざわざ銃を与えたのか。

合理的な答えは思いつかない。

真島は大きく息をつき、そして呟く。


「・・・とにかく、今は・・・この傷が癒えるまで待つしかないか・・・。 簡単に治るような、浅い傷ではないかもしれないが・・・」


だがそうする以外に道はない。

真島は手に入れた小型拳銃を腰に挿し、それから足の傷の止血を始めた。


・・・・・・。

 


・・・。

 



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――そうして、どれくらい過ぎたのだろう。


真島がなんとか止血を終え、道端で体力の回復を待っていた頃――


不意に、どこかで、声が聞こえた。


「クソッタレが・・・充の野郎、どこにいきやがったんだ?」

「ッ!!!」


出血と痛みでやや朦朧としていた意識が、瞬時に覚醒する。

その声は4日ほど前、このゲームの初日に聞いた声――


黒河正規のものだったのだ。


「あの野郎、見つけたらぜえってぇタダじゃおかねぇ・・・!」


怒りに満ちた声で、黒河が呟く。


――この時、黒河は怒りのあまり、自分のPDAの特殊機能をすっかり忘れていた。

特殊機能の存在さえ思い出していれば、すでに充が死んでいることを知り得ただろう。

だがそれに気が回らないほど、黒河は充の逃亡に対して怒りを募らせ、殺意すら抱いて徘徊していた。

獣のような表情を浮かべ、黒河が近づいてくる。

その足音を聞く真島の脳裏に、先ほど聞いた声が蘇った。


『お前に恨みがある奴に襲われた時にでも、護身のために使うんだ』


その言葉を思い出した時、ようやく真島は、あの男の思惑を理解した。


「奴は・・・黒河と俺を、潰し合わせようとして・・・!?」


足を撃ち、動けなくしておいて、銃を与えて放置する。

そこに黒河が通りかかれば、撃ち合いになる。

むろん黒河が通りかからなくても、別に問題はない。

いずれ真島が出血多量で死ぬのを待つか、後で殺しにくればいいだけの話だ。

真島がそこまで考えた時――


「――あ? 誰だよオイ、そこにいんのは?」


そんな黒河の声が聞こえた。


「!!」


真島の身が、びくんと震える。

そこに追い打ちのように、さらに声がかかる。


「充か? 逃げたけどやっぱ怖くなって、俺んところに戻りてぇのか? だとしたら、来いよオイ。 俺ァ別に怒ってねぇからよ」


そう言いつつ、黒河が銃を茂みに向ける。

逃げられない事は、真島にもわかっていた。


――やるしかない。


真島は銃を握り締め、そして――


無傷の左脚の力を奮い、茂みから飛び出した。


「黒河ァ!」

「ッ!?」


――!!!!!


真島は飛び出しざま、銃を乱射した。

そのうちのほとんどは外れたが、幾つかが黒河の体を掠める。

だが、それらは致命傷とはほど遠く――


「あ・・・」


全弾撃ち切った時、そこにはわずかに負傷した黒河が、平然と立っていた。

 

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「ふうぅぅぅ・・・さすがの俺も驚いたぜ、まさか藪をつついたら、真島サンが出てくるとは思わなかったもんなァ?」


黒河がニヤニヤと笑い、真島を見据える。


「その銃はどうしたんだよ、あ? ボクサーはやめて、ガンマンに転向か?」
「・・・・・・」
「って良く見りゃなんだよ、足怪我してんじゃねぇか? なるほどねェ。 それで戦えなくなって、銃を使うようになったと。 オメーもアレだな? 『ボクはスポーツマンです』ってツラしといて、一皮剥きゃ俺と同じ穴の狢じゃねぇか」
「・・・黙れ」


真島は銃を捨て、ファイティングポーズを取る。

黒河はその眼前で、勝ち誇った顔で銃を構えた。


「おいおい、さすがに無理だろ真島? その足で銃に勝とうってのはよ」
「・・・やってみなければ、わからないだろう!」

 

真島は銃に臆することなく、命乞いもせず、黒河に殴りかかろうとしたが――


――!!


それより一瞬早く、黒河が引き金を引いた。


「ぐっ!」


真島は左足をも撃たれ、その場に倒れた。


「う、く、ぐううううっ・・・!」


激痛にもがく真島に、黒河がさらに銃口を向ける。

 

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「なかなか笑えたぜ、真島。 そんじゃな。 あの世でチャンピオン目指して頑張れや」


――!!


その言葉と共に放たれた弾丸は――


的確に真島の額を捉え、その命を奪い去った。


・・・・・・。

 

・・・。

 



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「・・・来ていたのか」
「修平様をお待たせするわけにはいきませんから」


約束の時間になり、集合場所へと向かうと、そこには既に瞳が待っていた。


「まずは報告を聞こう」
「はい。 藤堂悠奈たちが拠点としていた山小屋は、既にもぬけの殻でした。 山小屋にはプレイヤー同士が争った形跡がありましたが、ターゲット2名の生死は確認できず。 その後、周囲のエリアを探索しましたが、ターゲットの姿はおろか、他のプレイヤーも発見できませんでした」
「・・・進展はなし、か」
「ご期待に添えず申し訳ありません。 次は必ず、目的を果たしてご覧にいれます」
「ああ、期待している。 他には?」
「道中にて、メモリーチップを4枚ほど確保しております」


瞳の差し出してきたメモリーチップを、修平が受け取る。

修平は手の中のチップを眺めた後に、うち2枚を瞳へと返した。


「こちらは・・・?」
「お前も必要だろう。 使え」
「あ・・・ありがとうございますっ!」


修平の行動がよほど予想外だったのだろう。

雨を貰った子供のように無邪気な笑みを浮かべながら、瞳は丁寧に頭を下げた。

その様子を、冷めた目でひとしきり眺めてから、修平は小さく鼻をならした。


「次は、俺の番だ」
「はい」
「まずは、荻原結衣と、真島章則をターゲットから外す」
「といいますと?」
「俺のPDAには、殺害対象のプレイヤーナンバーが表示されるんだ。 そこからナンバー『5』と『7』が消えた。 あいつらはおそらく、もう生きてはいないはずだ」
「なるほど。 かしこまりました」
「それでは次に、優先的に狙うべきターゲットを決める。 三ツ林司だ。 こいつは所在も知れているしな。 司は狡猾で頭のキレる男だ。 いざとなれば、仲間を見捨ててでも生き残ろうとするだろう。 瞳、お前に任せていいな?」
「もちろんです。 修平様のご期待を裏切るようなことはありません」
「いい返事だ。 成果を期待している」
「はっ!」


瞳がチェーンソーを抱えて、爛々と目を輝かせる。


そして、司がいる山小屋の方角へ向かって、森の中へと消えていった。

その様子を横目で眺めながら、修平が冷たい声で呟く。


「・・・さあ、お前はどう出る。 司」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「・・・やってくれるね」


引きつった笑みを顔面に貼り付けながら、三ツ林司は麓へと続く山道を見下ろしていた。

そこは、司が既存の罠を流用して仕掛けた数多のトラップがある。

司たちの山小屋を堅城へと変える石垣であり、それを知る者にしか通ることの許されない難攻不落の要塞であるはずだった。


しかし――


「この暗闇の中で一見して罠を見切るなんて、只者じゃないね」

 

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その守りを今、1人の女が、真っ向から破砕しに来ていた。

数日前、修平と共に現れたあのメイド服の怪しい女だ。

確か名前を瞳と言った。

彼女がチェーンソーを振り回し、余裕の笑みを浮かべながら、並み居るトラップを次々と破壊していく。

司たちがいる山小屋に迫るのも、時間の問題だろう。

 

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「どうしますか、司?」
「さぁ・・・どうしたものかな。 最近、僕は自分の考えに自信が持てなくなっていてね・・・」
「珍しく弱気なことを言うのですね。 らしくないですよ?」
「・・・愚痴の1つもこぼしたくなるさ。 黒河といい、あのメイドといい、このゲームの参加者はもう少し常識の範囲で行動してもらいたいものだけど」
「司にとっての常識が、必ずしも他の人間に当てはまらないといういい教訓です」
「ハハッ・・・肝に銘じておくよ」


認めたくないが、今回は完敗だった。

瞳は明らかに特殊な訓練を積んで、このゲームに挑んでいるのだろう。

圧倒的な技量差の前には、下手な小細工な毛ほどの意味もないのだと、司は今この瞬間に分からされた。

瞳に対抗しようと思うのであれば、少なくとも、生け捕り用の罠などではお話にならない。


「逃走か、もしくは籠城か・・・」


逃げる場合のリスクと、籠城する場合のリスクを考える。

夜の闇に紛れての、逃げ切れる可能性は・・・恐らくは5分。

威嚇射撃を繰り返しつつ、チェーンソーを振りにくい藪目掛けて逃げていけば、どうにか――


「いや・・・待てよ。 あいつの特殊機能はレーダーにもなるのか・・・」


彼女の特殊機能の有効半径は100メートル。

範囲内に入ると、メールの送信欄に名前が上がるため、逃走する場合は100メートルは空ける必要がある。


「・・・逃げ切るのは厳しい、か。 だとすれば籠城かな。 いや・・・」


山小屋の中に籠もり、守りを固めたとして、それが一体何になるのだろうか。

既に、ここの位置は相手に割れている。

撃退できる可能性はあるが、相手を殺さない限り何度でも襲ってくるだろう。

火でも放たれて狭い山小屋の中で逃げ惑うのは、お世辞にも愉快とは言えない。

だとすれば、この場から生き残る方法は一つしか思い浮かばない。


「・・・真っ向からの勝負に賭けるしかないか。 玲は、あいつとまともにやり合って勝てる自信はある?」
「・・・・・・おそらく実力は拮抗しています。 ・・・無傷で、とはいかないでしょう」


チェーンソーが唸りを上げて近付いてくる。

もはや、一刻の猶予もなかった。


「・・・それでもやるしかないね。 玲は足止めを頼む。 その間に、僕は不意打ちの用意をしておく。 横合いから狙撃で割り込むから、相手が怯んだところを全力で仕留めてくれ」
「承知」

 

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玲が抜刀し、道の中央で構えながら瞳がやってくるのを待つ。

その間に、司は木の陰へと飛び込んだ。

そして、当初の作戦通り、戦場に背を向けて走り出した。

 

・・・。

 

 

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「・・・悪いね、玲」


司の選んだ本当の策は、玲を囮にして確実に逃げることだった。

彼女を犠牲にして、自分だけは100パーセント生き残る。

こんな時のために、ずっと玲を傍に置いていたのだから。

非常に現実的で合理的な、『司の生存率が最も高い』選択だった。


チェーンソーの回転する刃が、司の背後で高らかに唸りを上げる。

それを聞いて、『そろそろ玲と交戦が始まるのか』と、司が後ろを振り返る。

 

 

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「な――」


その瞬間、


半月型に口の端を吊り上げ笑う瞳と、


――目が合った。


「お連れの女性を置き去りにして、どちらへ行かれるのです? よもや1人で逃げ出すつもりだったのですか?」

「・・・っ」

「・・・やはりあなたは、修平様のおっしゃる通りの人間でしたね。 たとえ私の目は欺けたとしても、修平様まで欺く事はできませんよ?」

「・・・藤田先輩が入れ知恵してたわけか。 それは誤算だったかな」


懐から拳銃を引き抜きながら、司は苦笑いを浮かべる。

態度とは裏腹に、その額には冷や汗が滲んでいた。

 

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「修平様が、あなたの死をお望みです。 ここで、命を差し出していただけますか?」

「・・・拒否権はあるのかい?」

「当然、ありません」


司が銃を構えると同時に、瞳は近場の木の陰に飛び込んだ。


――!!!


立て続けに鳴り響いた銃声。


吹き出された弾丸は、瞳が潜んだ木の幹に吸い込まれる。

すかさず、木の陰から飛び出した瞳が、次の遮蔽物へと移動する。

僅かな時間の攻防にもかかわらず、急激に両者の距離が縮まっていく。

無論、司の銃から吐き出される弾丸は掠りもしていない。


「く・・・そっ、速いっ・・・。 どうして、最初に気が付かなかったんだ・・・。 あのメイドが藤田先輩の命令で動いてるなんて、考えればすぐに分かりそうなことなのに・・・」


ファーストステージにおける修平のクリア条件は『素数ナンバーのプレイヤー全員のクリア条件を満たす』こと。

司はその事を、すでに把握していた。

中央管理施設で修平たちに会った時に、まず琴美の特殊機能をコピーし、さらにそれを用いて各人の情報を盗んでいたのだ。

だがせっかくクリア条件を把握したのに、それを活かしきれなかった。

セカンドステージに移行した段階で、素数のナンバーである司が標的になっている可能性は、充分予測できたはずなのに――


「こんなところでゲームオーバーなのか? この僕が・・・?」


「くっ・・・!」


さらに、この期に及んでの弾切れ。

こうなれば、もはや為す術はない。


「・・・抵抗は、おしまいですか?」


闇の中から這いずり出てくるように、瞳が姿を現す。

その距離は、わずか3メートル。


「では・・・おやすみなさい」

「こんな、馬鹿なことが・・・」


月を背負ってチェーンソーを振り上げる瞳を前に、すぐ先に訪れる終わりを見た。

唸りを上げて回転する鎖状の刃が、司の肉体をミンチに変えるべく振り下ろされる。

初めて体感する死の恐怖に、司の身体は完全に硬直していた。


「く・・・っ!」


最期の時を覚悟して、両目をきつく閉じる。


と、その時――


――!!

 

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「させませんっ!!」


振り下ろされるチェーンソーの刃を横合いから弾き飛ばし、玲が勢いを殺しつつ司の前方へ着地する。

 

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直後、返す刃を逆袈裟に切り上げ、後方へと大きく跳ねる瞳のメイド服を削り取る。


「・・・これは、なんのマネですか?」

「司は、死なせませんよ」


玲が日本刀を構えて司を庇い、瞳の前へと立ちはだかる。


「れ、玲・・・? どうしてっ・・・!?」

「仲間が危機的状況なら、助けるのが当たり前です」

「・・・僕はっ! 君を裏切って逃げようとしたんだぞ!?」

「・・・知っています」

「だったら――!」


背後で捲し立てる司に、玲がはぁと、これ見よがしにため息をつく。


「司も落ちたものですね」

「なっ・・・」

「弱音を吐いている暇があるなら、早く策を立てなさい。 あなたはもっと生き意地が汚いはずです!」

「・・・っ!」

「違いますか?」

「・・・・・・ああ、そうだね。 その通りだ! 玲! 時間を稼いでくれ!」

「了解っ!」


返答と同時に、玲が瞳の間合いに飛び込んでいく。


――!!

――!!!


交わる日本刀とチェーンソー。

2つの鋼が悲鳴を上げ、夜の森に火花が咲いては消えていく。


「ふっ――!」


――!!


その宙に舞う赤い花弁を切り裂きながら、日本刀の切っ先が敵を食らいに走る。

 

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が、瞳はそれをチェーンソーで弾いて回避。

驚異的な動体視力は夜でも衰えることを知らず、玲の放つ突きを紙一重でいなしていく。

改めて確認する化け物の性能に、玲が目を見開く。

見開きつつも、踏み足を変えて瞳の右側へ移動――突きから撫で斬りへ変化、続けざまに胴を払おうと刀を返したところで、


「っ!」


――!!


視界の端から飛んできた強烈な一撃を、皮一枚のところで回避してのけた。

髪が飛ぶ。

服が千切れる。

掠めた肌に血が滲む。


――!!!


それでも、恐怖に鳴りそうになる歯を噛み殺し、玲は直後に降ってくる異形の刃を潜り抜けた。

だが、それだけでは終わらない。


「私と渡り合うとは、見事な剣の腕ですね・・・。 しかし、それもいつまでもつかっ!!」


瞳はチェーンソーを木の枝か何かのように軽々と振り回し、玲の首を刈り取るべく凄まじい勢いで迫っていく。


――!!!


周囲の落ち葉を巻き上げ、ありとあらゆるものを破断しながら進むそれは、さながら竜巻の様相だった。

その暴風域から、しかし玲も出ようとしない。

紙一重で避け、あるいは紙一重で裂けながらも、決死の思いで時間を稼いでいる。

日本刀の刃がこぼれ、皮が避け肉が破れ血が噴き出しても、悲鳴の一つをあげることなく起死回生の策を待ち続ける。


――司は、その様を冷静に見ていた。

そしてタイミングを見計らい、PDAを操作した。

直後、その場にいる全員のPDAから、メールの着信音が鳴り響く。


「・・・っ!?」


瞳が、僅かながら動きを止める。

本文が何もない、白紙のメール。

それこそが、司が考えついた瞳の気を引くための策だった。

自分の特殊機能『半径6m以内にあるPDAの特殊機能を使用できる』を使い、瞳の『メール送信』機能をコピーしたのだ。

そうして作った隙をつき、司は玲を掴んで引き寄せ、その目と耳を手で覆った。

同時に投げ込んだのは、司の最後の切り札――閃光音響手榴弾


「それは――!」

 

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――!!!!

 


瞬間、凄まじい爆音と閃光が、周囲を蹂躙した。


「・・・くっ! 小癪なマネをぉっ!!」


強烈な光と音の前に、瞳の動きが完全に止まる。

片膝をつき、両目を手で押さえながら苦悶の声を上げる。

「今だ! 逃げるよ!」

「はいっ!」


司も玲も、お互い耳はほとんど聞こえなかったが、口の動きと状況から意図を察し、その場から駆け出した。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

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「山小屋か・・・こっちにもあったんだ」


瞳の襲撃から逃れた司たちは新たな山小屋を発見していた。

司の使っていた山小屋から1kmほど離れた場所にあるその場所は、かつて悠奈が拠点としていた山小屋である。


「ここで少し身体を休めよう。 もう少しだけ、歩ける?」
「はい・・・大丈夫、です」


・・・。


「・・・誰もいなくてよかった」


山小屋の周囲を見て回っても、得に誰かが潜んでいる様子はなかった。

地形的には、司が拠点としていた山小屋よりも攻めに弱いが、山小屋に置いてあった武器を上手く使えばトラップも作れるだろう。

 

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「・・・誰かが使っていた痕跡がありますね」
「そうだね。 もしかしたら、その誰かが戻ってくるかもしれない」
「・・・長居は禁物でしょうか?」
「だからといって、玲の体力も限界でしょ。 危険を承知でしばらく間借りさせてもらおう」
「・・・足手まといですね。 私は」
「・・・・・・ひとまず、傷の手当てをした方がいい。 幸い、応急処置に必要なものは揃っているようだし」
「・・・ええ」


セーラー服の上着に手をかけた玲を見て、司が視線を逸らす。


「僕は、隣の部屋にいるよ」
「あの、司・・・」
「なに?」
「その・・・手伝ってもらっても、いいですか?」
「・・・・・・うん」

 

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瞳に襲われた際、矢面に立って食い止めた玲の傷は、思った以上に深かった。

挫折に脱臼、一部は骨にヒビが入っているようでさえある。

加えて、相手の得物は、掠めただけでも皮を剥ぎ肉を抉るチェーンソー。

そんなものと何十合も打ち合っていれば、全身が擦り傷切り傷だらけになるのは、当然の結果だろう。

それら刻まれた生傷の痛々しさに、司は息を潜めて目を細めつつも、黙々と玲の治療をこなしていた。

肢体にこびりついた泥と血をふき取り、1つ1つの傷口に消毒を施して、包帯を巻いていく。


「・・・痛っ!」
「ごめん、強く締めすぎた?」


苦痛に顔を歪めた玲が、小さく悲鳴を上げる。

その反応に、司は彼女の二の腕を巻いていた包帯を急いで緩めた。


「・・・大丈夫です。 この程度、かすり傷みたいなものですよ」


強がって平静を装う玲の額には、大粒の汗が浮かんでいる。


「玲・・・どうしてあの時、僕を助けたの? あのメイドと戦えば、無傷ではいられないって言ったのは君だよ」
「・・・仲間が危機的状況なら、助けるのが当たり前です」


玲は、あの時とまったく同じ言葉を返してくる。

それに、司は眉を顰(ひそ)めてかぶりを振った。


「・・・僕は、君の仲間じゃない。 君を見殺しにして、1人だけ逃げ延びようとしたんだ」
「・・・そう、でしたね。 司に裏切られたと知った時、私はとても・・・悲しかった。 司に信頼されていない自分が悔しくて、何も言わずに置いていかれたことが悲しくて、私を囮にした司が憎くて・・・胸が、すごく・・・痛かったです」
「・・・・・・」
「・・・おかしなものですね。 最初に会った時は、司のことをまったく信用していなかったのに。 司が怪しい素振りを見せないか常に警戒していました。 万が一、裏切られても即座に対応できるように、刀は手放しませんでした。 それをしなくなったのは・・・きっとあの時からです」
「あの時・・・?」
「私が初音を崖から突き落としてしまった後、司は私に刀を手渡してくれました。 そして私を、仲間だと言ってくれました」
「・・・そんなの詭弁だよ。 君を騙して、利用し続けるための偽りの言葉だ。 本当は玲だってわかっていたはずだよ。 僕らは最初から打算と計算の上に成り立ったドライな関係だった」
「だったら、どうして司は私を介抱してくれるんですか?」
「え・・・?」


言われてみれば、その通りだった。

戦力として期待していた玲だったが、この怪我では、これ以上戦闘を行うのは不可能だろう。

連れて歩くにも、この怪我では足手まといになる。

もう既に、司にとっての彼女の存在価値は、ゼロと言ってもいい。

そして何より、司のクリア条件は『クリア条件を満たしたプレイヤーが3人未満』。

玲とは、競合しないというだけで、生かしておくメリットがない。


「今の私が、司にとってどんな価値があるのですか?」
「・・・それは、僕にもよくわからないよ。 人間の心なんて単純明瞭で、それを操作するなんて容易いことだと思っていた。 だけど、現実は想像以上に複雑で・・・僕の思い通りになんて、なってくれなかった。 ・・・馬鹿みたいだよね。 他人どころか、自分自身の感情だってよくわかっていないんだから・・・」


真っ直ぐ見つめてくる玲から視線を逸らし、司が自嘲気味な笑みを浮かべる。


「まあ、それでもね・・・別に僕だって、女の子の裸に興味がないわけじゃないよ」
「・・・はい?」
「玲って身持ちが堅そうだからさ。 こんな無防備な姿を拝めるなんて、僕は役得だと思わない?」
「・・・貧相な身体には、興味がないと言っていませんでしたか?」
「玲は意外と着痩せするタイプかも。 想像していたより成長してて驚いたよ」
「なんだか、司に肌を晒しているのが急に疎ましく思えてきました。 あまり私に近寄らないでください」
「ハハハッ」


ささやかな双丘を腕で覆い隠しながら、玲がジト目で睨みつけてくる。

そんな彼女に、司はいつもの小憎らしい微笑を浮かべた。


「玲と一緒にいると退屈しないからね。 それが、キミを生かしておく理由ってことにしてくれないかな?」
「はぁ・・・私は暇つぶしの玩具ですか・・・。 無念です・・・」
「そう? 光栄に思えばいいんじゃないかな――っと、よしっ、これで終わり」


最後の傷口に包帯を巻き終えて、司が立ち上がる。


「外を見張っておくよ。 その間に仮眠をとっておくといい」
「・・・司」
「ん?」
「ありがとう、ございます」
「・・・・・・」


司は小さく微笑を浮かべて、ひらひらと手を振りながら山小屋を後にした。


・・・。

 

「・・・さて、と。 これからのことを考えておかないと」


1つ大きく伸びをしてから、頭をきっちりと切り替える。


「当面の問題は、あのメイドだよね・・・」


この山小屋に居座っても、発見されるのは時間の問題だ。

PDAを放棄してメイドの特殊機能から逃れれば、しばらくは時間を稼げるかもしれない。

しかし、地図やメモリーチップを使えない状態は、あまりにもリスクが高すぎる。

しかも、ルール上3時間以上はPDAを手放せない。


「だったら、ここで迎え撃つしかない・・・」


玲ですら相手にならないということは、近距離ではまず勝ち目がない。


「遮蔽物のない場所に誘い込んで、面で攻撃していくか・・・」


例えば、サブマシンガンやショットガンなどの強力な火器を手に入れ、メイドの動きを封じる。

地雷があるならば、それも効果的だろう。

問題は、大半の武器を以前の山小屋に置いて来てしまったことだ。

回収に戻る猶予はなく、新たに見つけようにも、メモリーチップの残量が心もとない。


「となると、あとは時間との戦いだね。 あいつが再び襲撃してくるまでに、こちらがどれだけ準備を整えられるかが勝負の分かれ目になる・・・。 その後は、天に采配を委ねるしかない」


・・・。

 

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【9】

 

・・・。


――掘り返した土は、丸く盛り返されていた。


静かに降り続く雨が、その土を色濃く染めては、中へと消えていく。

ぎゅっと拳を握りしめ、修平はゆっくりと立ち上がった。

 

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「・・・・・・」

「・・・修平」


琴美を弔う一連の作業の中、修平に声をかける者は誰もなく、1人、また1人とその場を後にして行った。


そして――悠奈だけが、そこにいる。

修平は声をかけられてから何拍も遅れて、彼女の方へ目を向けた。


「こんな時に言うのは酷かもしれないけど・・・まだゲームは終わっていないのよ」
「・・・・・・」
「全員のクリア条件が新たなものに更新された。 ここからは血で血を洗う本当の殺し合いが始まるわ。 こうなってはもう、誰も銃の引き金を引くことを戸惑わない。 撃てなければ自分が死ぬだけ、戦わなければ生き残れない本当の地獄が待っているだけ。 励ましも慰めも、今はなにも聞こえないかもしれない。 だけど、いつまでもここで膝をついているわけにはいかないの。 全員の生存はもう叶わない。 だけど私は、出来る限りたくさんの命を救いたい。 そのために、修平、あなたの力を――」
「・・・うるさい」
「・・・愛する人を失った悲しみは私にもわかるわ。 だからって自暴自棄にならないで。 あなたは生き残らなければならないの。 それが、彼女の――琴美の願いだったはずだから」


その言葉に修平は、短い沈黙の後――


地の底から湧き上がるような声で、呟いた。


「その、琴美がいないんだ・・・。 もう、世界のどこを探しても、琴美がいない・・・」
「・・・?」
「いないんだ・・・また、失くしてしまったんだ・・・俺は・・・だから・・・」
「修平・・・あなた、まさか――」


そう言う悠奈の言葉を、遮るように――


修平は彼女に、銃を向けた。

 

 

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「・・・俺にはもう、誰も必要ない・・・!――仲間ごっこは、もう終わりだ」


自分に銃を向けた修平を見て、藤堂悠奈の背筋に電流が走った。

雨粒が彼の髪を打っては、頬を伝って流れ落ちる。

そこにはもうすでに、笑みの欠片も残ってはいなかった。



「・・・修平、本気?」
「あぁ、本気だ」
「でも、そんな事をしたら、運営の思う壺――」


悠奈がそう言いかけた時、修平の指が引き金に掛かる。

 

「くっ!」


――!!

 

その指が引かれる直前、悠奈は転がって銃口からその身を外した。

しかし、ただ回避しただけではない。

実戦を潜り抜けたことを証明するかのように自然な動作で、悠奈も修平に銃を構えていた。

そのまま、冷たく生気のない修平の目をきつく睨みつける。


「・・・なんだ、その目は」
「さっきも言った通り、私はできる限りたくさんの命を救いたいの・・・。 でもね、そのためには私も生き残る必要があるのよ」


悲しみに満ちた言葉が、強い意志の篭った威圧感へと姿を変える。

 

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「もう一度言うわ。 修平、あなたの力を貸して」
「・・・それはできない」
「どうして・・・!? 他人の事は、もうどうでもよくなっちゃったの!?」
「・・・違う。 さっき、お前が言った言葉だよ」
「え?」
「『俺が生き残る事が、琴美の望み』・・・だったらお前とはもう、一緒にいられない。 セカンドステージに入るなり、俺のクリア条件が変わった。 新たな条件は素数ナンバーのプレイヤー全員の死亡』・・・お前も殺害対象に入ってるんだ」


その言葉に悠奈は、表情を強張らせた。

悠奈のプレイヤーナンバーは『J』。

紛れもなく素数だ。

自分はもはや修平とは、相容れない存在になってしまった。

それでも悠奈は修平を見つめ、言葉を絞り出す。


「そう・・・それなら最後に、私を殺したっていい」
「何・・・?」
「でもせめて、その時が訪れるまでは、私と一緒にいて。 たとえもう、ほとんどの人を救えなくなったとしても、私は1人でも多くの命を救いたい。 そのためにあんたの力が必要なの。 お願い修平・・・!」


その言葉に修平が、胡乱(うろん)な声を上げる。


「・・・お前は何を言っているんだ? 最後に自分を殺してもいいから、それまで一緒にいろだと? そんな言葉、信じられるわけがないだろう。 お前の狙いはなんだ?」
「狙いなんかないわ。 私は本気よ。 だから――」


悠奈がそう言いかけた時、視界に影がよぎった。


――!!


「――っ!?」


修平に向けて構えた銃を、何かが僅かに掠めていった。

何者かが横槍を入れてきたのだ。

取りこぼしたかけた銃を咄嗟に持ち直し、暗闇の奥を睨みつける。

そこへさらに、修平の銃が火を噴いた。


――!!


「っ!」


さっきまで悠奈のいた場所にあった石が、無残に砕け散る。


「修平、やめて! 私の話を聞いて!」

「・・・悪いが、聞く気はない」


得体の知れない森の奥からの攻撃と、修平からの銃撃に、悠奈は歯噛みした。

しかし、悔しがっている余裕は全くない。

何かがいるであろう方向から遠ざかりつつ、修平を軸に回り込むように動き、少しずつ距離を取っていく。

自分に向けて銃を構える修平ならば、照準を絞らせなければいいだけ。

しかし、攻撃を仕掛けてきた何者かの第2射が来ない。

これまでは、迂闊に近寄ることもできず、かといって立ち止まることもできない。

修平1人なら何とか近寄って押さえ込むことも可能なのにと、悠奈は舌打ちをした。


「退散するしかないってことか・・・っ!」


癪に障る――と続けながら、傍の茂みへと体を投げ込む。


――!!


その直後、修平の放ったであろう銃弾が、ほんの数メートル先にあった木の枝を撃ち抜いた。


「ちっ・・・」


こうなっては、どうあがいても自分の身を守ることしかできない。

腰を落とした姿勢で木の陰を辿りながら、悠奈は小走りにその場を後にした。

 

・・・。

 

・・・山小屋に戻る道を歩きながら、悠奈は深いため息をつく。

 

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「はぁ・・・どうしていつも、こうなっちゃうのかしら・・・。 リピーターとして潜入した意味が、まるでないじゃない・・・」


『リピーター』とは――


前回以前のゲームに参加して生き残った人間であり、主催者が意図的にゲームへと交ぜるプレイヤーである。

ある者は、ゲームに勝ち残った賞金を目当てに――。

ある者は、殺人の快楽を追い求めて――。

リピーターの多くは、過去の戦いで培った経験を活かし、ゲーム内で有利に立ち回ることができるのだ。

だがそんなリピーターにも、特別な追加ルールが与えられていた。

それは、自身がリピーターであることや、セカンドステージに関する情報を他のプレイヤーに漏らさないこと――

そして、セカンドステージに移行する前に、必ずファーストステージのクリア条件を達成しておく、というものだった。

だが、悠奈のファーストステージでのクリア条件は、『最終日までの生存』――。

それはセカンドステージへの移行を阻止し、プレイヤー全員の生存を目指していた悠奈を、嘲笑うかのような条件だった。

そしてこのゲームの運営者たちは今、悠奈を見てさぞ喜んでいることだろう。

悠奈が初めてこのゲームに参加させられた時と同様に、またもや最初の犠牲者が出てしまったのだ。

それも、最悪の形で。


そして運営が待ち望んでいるであろう負の連鎖が、すでに始まりつつある。

今日の昼までは、一緒に笑い合っていたはずの修平からの発砲――


それが、裏切りではない理由だからこそ、悠奈にとっては余計に悔しかった。


「これじゃ、前と何も変わらない・・・」


忌々しいデジャヴに、再び溜息がこぼれる。


――セカンドステージに移行するのが前回と同じであれば、結果も前回と似たようなものになるのは目に見えていた。

各人のクリア条件が、『他者に害を与えるもの』に変わったプレイヤーが多いことは、用意に想像できる。

悠奈自身のクリア条件も、極めて攻撃的なものに変わっていた。

悠奈は自分のPDAを見て、苦々しく呟く。


『他の全プレイヤーのPDAを操作不能にする』って・・・また大幅に変わったものね・・・」


他のプレイヤーのPDAを操作不能にする方法は、3つある。

まず悠奈のPDAには、『半径1m以内の他者のPDAを操作不能にする』特殊機能が与えられている。

1つはそれを用い、悠奈の特殊機能を使って操作不能にする事。

もう1つはPDAを物理的に壊す事。

そしてもう1つは、PDAの持ち主を殺す事だ。

だがそのどれもが容易な方法ではない。

他人が容易く受け入れてくれるわけはないだろう。

しかもクリア条件が苛烈なものに変更された事による影響は、それまで信頼を結んでいた仲間との関係にも及ぶ。

この先は誰もが他人を信用することが難しくなり、『命を狙われているのではないか』という疑心暗鬼に囚われるだろう。

そう思うと不意に、例によって山小屋に残してきたまり子と結衣の事が、心配になってきた。


「・・・結衣、まり子・・・!」


あの2人に限って、セカンドステージに突入したから、即殺し合いをするなどという事はないはずだ。

だが2人に与えられた新条件次第では、彼女たちにどんな心境の変化が訪れているかはわからない。

それにまり子のPDAの特殊能力は、極めて危険なものだ。

互いの疑心暗鬼が募り、さらにそこに何かのきっかけが加われば――爆発が起こるかもしれない。

悠奈がそう思った時、どこかで銃声が鳴った。


「ッ!!」


それは山小屋の方角から聞こえたような気がした。

銃声はさらに続く。

明らかに何かが起きている。

悠奈はいても立ってもいられず、山小屋に向けて駆け出した。

 

・・・。


やがて山小屋が見えてきた。

悠奈は警戒しつつも、その扉を開ける。

 

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「2人とも、無事!?」


開けるなりそう声をかけたが、しかし――

答えはない。

2人の姿は、もう既にそこにはなかった。


「あ・・・ど、どうしてあの2人まで・・・!」


このゲームの経験者である悠奈にも、信じられなかった。

自分を信頼しきっていたと思えたあの結衣とまり子が、セカンドステージに移行するなり、姿を消すなどとは。

その理由を悠奈は、一瞬考えてすぐに気づく。


「・・・ひょっとして、まり子が・・・?」


まり子の条件は、『特定のパートナーと、ずっと一緒に行動する』というものだった。

だがセカンドステージに移行した時、この条件はどう書き換わったのだろうか。

恐らく『今までパートナーだった相手を、殺害する』というものに変わったのではないか?


「ありうる・・・っていうか、可能性はかなり高い・・・!」


このゲームが2つのステージに分かれている理由は、まさにそこにあった。

ファーストステージの時点で与えられるクリア条件は、他のプレイヤーとの共存・協力がある程度必要なものが多い。

まり子の条件など、その最たるものだろう。

しかしこれがセカンドステージに移行すると、反転する。

今まで関係を築いた相手を、殺害するような条件に変わる場合が多々あるのだ。

だとするとまり子は、今後自分を殺害するために行動せねばならない。

望むと望まざるとにかかわらず。

その現実に耐えかねたか・・・あるいは既にそのために動いていて、山小屋を出たのか。

結衣はまり子を追って山小屋を出たか、まり子に襲われて逃げ出したか。

あるいは結衣すらも、自分を殺すために動いているか――可能性はいくらでも考えられる。

その可能性のどれもが血なまぐさいものだと察し、悠奈は苦い声で呟く。


「・・・そうだ、私たちは・・・世界一タチの悪い、殺し合いゲームをやってるんだ・・・!」


だが、それでも悠奈の行動が変わるわけではない。

彼女の意思は書き換わらない。


・・・。


今は敵に回ってしまったかもしれないまり子と、そして結衣を探し――悠奈は独り、山道を歩き出した。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

・・・修平は、夢を見ていた。


遠い昔のような気がする、子供の頃の話。


まだ、傍らの少女と背が同じくらいだった、在りし日の話――


気がつけば、琴美はいつも隣にいた。


2人で黙って空を見上げて、修平が母の死を受け入れたあの日から、ずっと。


施設の中にこそ入れなかったものの、それ以外の場所には、どこにでもついてくるようになった。


そんな彼女は、修平にとって最初からくすぐったい思いだったが、慣れてくると逆に、いない方が不自然な気がする程になっていた。


彼女は、ある時は母のように、ある時は姉のように、ある時は妹のように接してくる。


頼んでもいないのに世話を焼き、ふとしたことで甘え、修平を振り回す。


かつての修平であれば、それを面倒臭いと一蹴しただろう。


しかし、母の死を受け入れてからの修平は、彼女のことを必要な存在であると認識するようになっていた。


そして――


いつまでも、一緒にいてくれるのだと、漠然と思っていた。

 

・・・。


なのに、それなのに今は、少しずつ遠くなっていく。


琴美の声が、少しずつ遠くなっていく。


――どこに行くんだよ?


修平が声をかけてみるも、何を言っているのかが分からない。


近寄ろうとした。


しかし、修平が1歩踏み出すと、琴美は2歩離れた。


さらにもう1歩踏み出すと、琴美の体や声は余計に小さくなった。


口は開いているのに、何を言っているのか、よく分からない。


琴美は笑顔で手を振ってくれているのに、どうしてか、その笑顔が無性に寂しい。


――琴美、行くな!


我慢できずに叫んだ。


琴美は笑顔のままだった。


手を伸ばした。


琴美の顔が、まるで水面の波紋に揺られるようにぼやけた。


足を踏み出した。


琴美の顔が、どんどんと小さくなった。


名前を叫んだ。


何度も繰り返して呼びかけた。


――行かないでくれ、琴美!


――傍にいてくれ!


――お願いだから!

 

――頼むよ・・・!


――ことみ・・・。


しかし、もう修平には、琴美の姿は見えなかった。


・・・。

 

修平の目から、涙が零れる。

悲涙は、吸い込まれるように消えていった。


・・・。

 

 

―4日目―

 

 

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・・・藤田修平が目覚めたのは、空がようやく明るくなり始めた頃だった。

昨夜の雨で濡れた服が乾きつつあり、その代わりに体が冷え切っていた。

その寒さ――冷たさに、修平はここが現実であることを認識する。


「・・・・・・」


ため息の後、樹木を背に下ろしていた腰を持ち上げた。

それから、修平はふらふらと歩を進め、琴美の墓の前に立った。


「・・・・・・」


全員の生存を考えた結果が、今の惨状だとするならば、もう、誰が死のうとどうでもいい。


『――もしもこの手に拳銃が握られていたら、目に映るやつらをみんな撃ち殺してやるのに』


ちょうど、施設に入れられた頃のような気分だった。

しかし、今の修平の手の中には、本物の拳銃がある。

指先を動かせば、それだけで人の命を奪える実物がある。

思い出す。

あの頃、守るものも何もなかったことを。

目に映る全てが敵で、何もかもを憎悪していた時のことを。


「・・・殺す」


もはや、躊躇はない。

クリア条件は『素数ナンバーのプレイヤー全員の死亡』。


ならば――たとえ全員を撃ち殺すことになろうと、生き残ってみせる。

それが、修平の出した答えだった。


「・・・琴美・・・今まで、ありがとう」


――そして、さようなら。


音にならないように呟いて、修平が琴美の墓に背を向ける。

彼女をその場所に、置き去りにして。


・・・。

 

「――修平様」

 

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そうして少し歩いたところで、いつかのメイドが現れた。

彼女は華麗な仕草のお辞儀の後に、修平に期待に満ちた眼差しを向ける。


「出発されるのですね」
「・・・・・・」
「よろしければ・・・私も、お連れ頂けないでしょうか?」


修平は、何の反応も見せずに、ただ冷静に瞳の行動を注視した。

粕屋瞳のナンバーは『2』――。

素数ナンバーの持ち主であり、今では修平の殺害対象の1人だ。

真正面から撃ち合っても簡単に殺られてくれる相手ではないが、不意をつける今なら、彼女を始末する事は可能かもしれない。


しかし――


「私は、主が命じるのであれば、どのようなご命令でも必ず遂行いたします。 武器も直りました。 お望みとあらば、参加者全員を皆殺しにしてご覧にいれます。 ですから、どうか、私のことを必要として下さい」
「・・・・・・」


他の参加者全員を殺す――

実際に、瞳であれば、それは可能かもしれない。

黒河たちを相手取った時と、修平自身が対峙した経験からすると、全参加者中最強クラスの実力者であるように思える。

そんな彼女を手駒として使えるなら、確かに悪い契約ではないだろう。

使い捨ての駒として割り切るのであれば、利の方が大きい。

ただし、それは・・・彼女が裏切らなければの話だ。


「・・・俺は、お前を信用していない」
「修平様のご信頼に足らないことを恥ずかしく思います。 ですが、機会を頂けるようでしたら、あなた様への忠誠を証明してみせます」
「・・・だったら、お前のクリア条件を教えろ」


先に得た情報では、瞳のクリア条件は『12時間以上同じエリアに留まらない』だったはずだ。

しかし、セカンドステージに移行して、ゲームは振り出しに戻ってしまった。

新たなクリア条件は、全ての情報の中でも重要度が高く命にも関わってくる。

それを公開するのは、生半可な覚悟では不可能なはずだ。


「俺の信頼が欲しいなら、答えられるだろう?」
「はい、おやすい御用でございます」


瞳が慇懃(いんぎん)に頭を下げ、PDAを修平へ差し出してくる。

その動作には、一切の迷いがない。

不可解に思いながらも、修平はPDAを受け取って、その画面に目をやった。


『2時間以上同じエリアに留まらない』・・・か」


瞳のクリア条件は、一見すればファーストステージの強化版でしかない。

しかし、2時間以上同じエリアに留まれないということは、2時間以上の睡眠が許されないということだ。

これから先、ゲームが何日間続行するかは明らかにされていない。

いつどこから命を狙われているかもわからない状況で、睡眠時間を削られるのは、メンタル的にかなりの負担を強いられるだろう。

やはりセカンドステージの条件は、ファーストのそれとは比べものにならないほど難易度が上がっている。


「・・・俺の命令には、全て従うんだな」
「はい」
「・・・この先、なにが起きても俺を裏切らないと誓えるか?」
「はい」
「分かった。 それなら、ついてこい」
「はい、ありがとうございますっ!」


彼女にとっては、修平の答えがよほど喜ばしいものだったのだろう。

瞳は頬を紅潮させ、満面の笑みを浮かべながら優雅に一礼してみせた。


「今後、修平様はクリア条件を満たすために行動されるのだと思います。 そのために必要なことは、何なりとお申し付けください」
「・・・ああ」
「まずは、いかがいたしましょう?」
「そうだな・・・今は少し眠っておけ。 2時間経つ前に、俺が起こしてやる」
「しかし、そのようなお手間を・・・」
「気にするな。 この先は、休みなしで働いてもらう」
「はい、かしこまりました」
「それとお前のPDAは、起きるまで借りておくぞ」
「はい、どうぞご自由になさって下さい・・・ですが、どうなされるのです?」
「このPDAの特殊機能は、一種のソナーとして使える。 半径100メートル以内にいる他のプレイヤーがいれば教えてくれる。 身を守るには、これ以上優秀な性能は他にはないだろう」
「そういうことでしたか。 さすがは修平様、ご慧眼(けいがん)でございます。 やはり、私の目にくるいはありませんでした。 修平様は、我が主として相応しい。 ご友人を失ってなお、冷静さを失わない強靭な意志をお持ちです。 吹石様のことは――」
「黙れ」
「・・・っ」
「俺の前で・・・2度とその名前を口にするな・・・いいな?」
「・・・は、はい。 申し訳ございません・・・っ!」


修平が見据えるなか、瞳は体を萎縮させた。


――いま俺は、どんな目をしているのかな?


修平はそんなことが少し気になったが、だがそれも、すぐにどうでもよくなった。


「いつまでそうしているんだ? 話は終わっただろ」
「・・・はい。 それでは、お言葉に甘えて、先に休ませていただきます」
「ああ」


修平の返事を確認してから、木の幹に寄りかかり、ほどなくして瞳は寝息を立て始めた。

普段の仰々しい態度や、驚異的な戦闘能力とは程遠い、無垢な子供のように安らかな寝顔を見下ろす。

瞳の使いどころは、素数ナンバーの人間の探索と殺害だ。

それが終わり次第、仮初めの信頼ごとボロ雑巾のように投げ捨てる。


「今のうちに、いい夢を見ておくんだな・・・」


修平は冷め切った表情で、小さく鼻を鳴らした。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

――一言で表すなら、絶望的だった。

 

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PDAのクリア条件を見た瞬間に、阿刀田初音の心臓はどくんと1つ高鳴り――

それからじわじわと、汗が滲むように心拍数が上がっていった。

このゲームは、決して嘘や幻なんかではない。


「初音はまだ、死にたくない・・・です。 こんなクリア条件・・・絶対に無理なのです・・・・・・どうして初音ばっかり・・・こんな・・・」


PDAの画面に、大粒の涙が落ちる。

その滴の先、若干傷ついた液晶に映るのは、彼女の生死を定めるルール。

 

『自分以外のプレイヤー全員の死亡』――。


それが初音に課された、新たなクリア条件だった。

『全員の死亡』と表記されているものの、ただ座して待っていても、他のプレイヤーが死亡するわけはない。

即ちこのクリア条件が示す真意は、『全プレイヤーを殺害せよ』と言っているのと同義だった。


「初音に、人が殺せるわけないです・・・でも、死にたくもないです・・・」


しかし司から話を聞いた限りでは、昨夜、琴美は死んだのだ。

今はもう、琴美に頭を撫でてもらうこともできない。

それは悲しい出来事だった。

だが同時に、自分がそうなってしまうことへの焦りに似た恐怖が、初音の中に吹き出してくる。


「初音は、どうすればいいのですか・・・? 助けて・・・助けて、ママ・・・ママ・・・おうちに帰りたいです・・・もう、わがまま言わないから・・・お稽古が嫌でも、逃げたりしないからぁ・・・」


祈るように、崩れるように、PDAに頭を押しつける。

そうしたところで、何かの救いがあるわけでもないのだが――


「あ・・・」


救いの代わりに、初音はある考えに至った。


「・・・もし司に、こんなクリア条件が知られたら、初音は仲間のままではいられないのです。 全員を殺すのが条件の人間なんて、誰だって、傍にいるのは嫌なのです・・・」


初音が隣の部屋を覗いてみると、司と玲は修平のことについて話していた。

初音に気を留めている様子は特にない。


「い、今のうちに逃げないと・・・っ!」


そのためにできることは何か――そう考えた時に、初音はまず、特殊機能について思い当たった。

初音の機能は、プレイヤーの探査。

司たちから、逃げるためには、2人を探査対象に追加しておいた方が得策だ。

PDAの音量を最小にしつつ、急いで特殊機能を操作していく。


「え、えっとたしかこのボタンを・・・・・・あれ?」


特殊機能の画面には、見知らぬアイコンが表示されていた。

だが今は、そんなことに気を取られている場合ではない。


「ま・・・なあいいです。 後で確認すれば、それでも済む話なのです。 とにかく今は――」


特殊機能の探査条件に、司と玲を対象として追加する。

それから、隣の部屋で話す2人の動きを見ながら、こっそり窓へ近付いていった。

 

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「玲、更新されたクリア条件は確認した?」


朝――起き出してきた墨色の髪の少女が水を飲むより先に、三ツ林司はそう言って彼女の目を覗き込んでいた。


「・・・婦女子の寝起きの顔を見るとは、無礼千万ですね。 司ももう少し、デリカシーというものを学ぶべきです」
「あいにくと、僕は男だからね。 ――それより、どうなの?」
「・・・確認はしました。 以前に比べ、厳しい条件になっています」
「そう・・・まあ、プレイヤー全員がそうだろうから。 ひとまず、みんなで集まって条件の競合を確認しようか」
「そうですね・・・ですが、競合していた場合はどうします?」
「それは・・・その時考えるよ」


司はそう言って、玲から目を逸らしていた。

実のところ、ある程度の結論は出ているのだが、それを知られたくないとおもったのだ。

すると玲が、背後でポツリと呟く。


「司・・・あの人は、立ち直れるでしょうか」
「・・・藤田先輩のこと?」
「はい。 亡くなった女性の方とは、親しい間柄だったように見えました」
「うん。 幼馴染だったって聞いてるよ。・・・藤田先輩には、ゲームに生き残ること以上に優先される目的があったんだってさ」
「なんの話です?」
「ゲームの初日にね、藤田先輩が言ってたんだ。 もしかしたら、それは彼女のことだったのかもしれない。 まあ、今となっては、確認のしようもないけどね」
「そうですか・・・。 大切な人がある日突然消えてしまう辛さは、私も痛いほどよく分かります」
「・・・弟さんのことだね」
「はい」
「・・・僕には、自分以上に大切なものなんてないから、そういう感情はよく理解できないな。 だけど、弟さんの仇討ちは、とりあえず後回しにした方がいいと思うよ。 これだけ状況が変わると、まずは自分が生き残ることを先決した方がいい」
「・・・私の身を、案じてくれるのですか?」
「ハハッ、僕はそこまでお人良しじゃないさ。 生きて帰るためには、君の力が必要なだけだよ」
「そうですか。 司が人の心配をするなんて気味が悪いと思いましたが、小憎らしいままの司で安心しました」
「うん、褒め言葉だと思っておくよ。 さあ、とりあえず、クリア条件について話し合おう。 全部それからだ」
「そうですね。 初音を呼んできます」


・・・。


「・・・ふぅ」

玲が部屋を出て行ったところで、司は小さくため息をついた。

セカンドステージに関しては、概ね想像通りの内容だ。

それはいい。

しかし、パートナーの目的まで考えるとなると、この先かなりのリスクが予想できた。

玲には弟の仇討ちを諦めてもらうのがベストだろうが、恐らく彼女がそれを諦めることはないだろう。

止めても突撃していって、最悪の場合は司まで巻き添えをくらいかねない。


「・・・条件が競合していたり、どうしても足を引っ張るような行動を取るようであれば、切るしかないかな」


眉間に寄せた皺を右手で弄りながら、司が再度ため息を漏らす。


そのため息が、乱暴にドアの閉まる音でかき消された。


「玲? どうしたんだい、そんなに慌てて――」
「初音が! 小屋を飛び出していきました!」
「・・・っ!? 玲、彼女を追いかけて!」
「了解!」


返答するや否や、風のような速さで玲が飛び出していく。


「・・・これはこれで、予想通りの展開だけど、初音も意外と決断が早かったね。 頑張って集めたパーティーメンバーも、これで見納めかな・・・案外、気に入ってたんだけどなぁ」


司は頭を抱えて、大きく左右に首を振る。

それから、一呼吸の後に気を取り直して、玲たちの後を追って走り出した。


・・・。

 


「――初音、止まってください!」

「こっ、こっちに来ないで!!」

「危ないですよ! もし、他のプレイヤーに襲われたらどうするのです!?」

「っ・・・う、ぅぅぅっっ!」

「初音、どうして逃げるのですか!? 初音!」

 

蒔岡玲がどんなに呼びかけても、初音は止まってはくれなかった。

いったい何があったのか、玲にはまったく見当がつかない。

ただ『逃げている』という事実だけが、目の前にある。

だが昨日、彼女を裏切らないと約束した以上、彼女をここで1人にするわけにはいかなかった。


・・・。


やがて玲は、行き止まりの断崖絶壁の前で、彼女に追いつき――

 

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「初音・・・、やっと追いつきました」
「ひ・・・っ!?」
「さぁ、司のところに戻りましょう、初音」
「あ・・・い、いやっ・・・!」
「・・・新しいクリア条件に動揺しているのですね? それなら大丈夫です。 私と、司と、みんなで解決策を考えましょう。 そうすれば、きっとみんなで生き残る方法が見つかるはずです」
「やだっ・・・いやです、絶対にいやなのですっ!」


初音がひどく混乱した様子で、崖の方へと後ずさる。


「ほら、こっちへ来て下さい。 そのままだと、崖から落ちてしまいますよ?」


何とか初音を安心させようと、玲なりに精一杯の笑顔を作り、初音へと手を差し伸べる。

だが、その途端――


「うあぁあああぁっっっ!!!」


――!!

 

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「っ!?」


突然飛んできたナイフの切っ先に、玲が思わず飛びさがる。


「初音っ!? なにをっ!?」
「く、来るな・・・来るなですっ!! わぁああぁっっ!!」
「は、初音! 危ないです、止めて下さいっ!」
「来るな! 来るな! 来るな来るな来るなぁああっっ!!」


――!!


「っ・・・!」


ナイフを振り回しながら近付いてくる初音に、玲が息を呑む。

初音が錯乱するという予想外の事態に、為す術なく後ずさる。


「お・・・落ち着いて下さい! 初音っ!」
「うわぁああぁああぁぁっっ!!! 来るな、死ね、死んじゃえぇええぇっっ!!!」


――!!

――!!


「初音っ・・・!」


もはや玲の声すら届いていないのか、初音が泣き叫びながらナイフを振るう。

玲からすれば、それを回避すること自体は容易い。

ナイフで襲われることよりも、むしろあの大人しかった初音がここまで変わったことの方が驚きだった。

一瞬驚愕に身をすくませたところに、初音の刃が迫る。


「あぁあああぁぁっっ!!! 死ねぇええええ!!!」


そう叫んで飛び掛かる初音を、玲は思わず突き飛ばした。


「や、やめてください!」

 

 

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「あっ!?」


日々鍛え上げられた玲の膂力が、初音の小さな体を弾き飛ばす。

初音がたたらを踏み、よろめいたその先には、崖が――


「初音! 危ない!」


玲が刀を投げ出し、初音を捕まえようと手を伸ばす。

しかし、その手は空しく空を切り――


「きゃあああああ!」

「初音ぇええぇぇぇっっ!!!」


初音は崖下へと真っ逆さまに落ちていった。


「わ、私は・・・なんてことを・・・」

 

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「――あ、いたいた。 こんなところまで走ってきてたの。 あれ? 初音は? というか――」


そして顔色を変え、尋ねてくる。


「玲、大丈夫? なにがあったの?」
「初音を・・・私が・・・そんなつもりでは、なかったのに・・・初音が、ナイフを取り出して・・・でも、私はただ・・・彼女を助けようと・・・」
「・・・・・・初音を、斬ったの?」
「いいえ・・・突き飛ばして、しまって・・・」
「それで、彼女は?」
「崖の、下に・・・」
「・・・!」


司が崖の方へ目を向ける。

そこから人が落ちればどうなるか、理解できない司ではないだろう。


「・・・初音に抵抗されて、不可抗力で反撃してしまった。 そんなところかな?」
「・・・でも、私はっ・・・! 初音は、ただ錯乱してただけなのに・・・助けを求めていたはず、なのに・・・」
「・・・残念なことだけど、あまり気を落としていても仕方ないよ。 僕の予想が正しければ、セカンドステージのクリア条件にはある程度の法則性がある。 たぶん、僕たちの命が初音のクリア条件に関わっていたんだろうね。 そうでなければ、彼女がなんの相談もせずに、小屋から逃げ出したりはしないよ」
「・・・それでも・・・そうだとしても!」


玲は手のひらに爪が食い込むほど、きつく拳を握り締めた。

だがその痛みすら、自分が初音に与えてしまった恐怖と苦しみに比べれば軽すぎる。

 

「・・・後悔するのはいいけど、大事なのは、同じ間違いを繰り返さないことだよ。 僕らだってクリア条件次第じゃ、初音と同じようになっていたかもしれないんだ。 だからさ、ほら」


司が地面に落ちた刀を拾い上げて、玲に差し出してくる。

玲はしばらく、黙ってそれを見つめた。

そんなものを持っていたからこそ、初音をあそこまで怯えさせてしまったのではないだろうか。

そんな、苦い思いが去来する。

でも――目の前にいる男はその刀を、自分へと差し出していた。

何一つ恐れることなく、いつもと変わらない平然とした目で。


「・・・玲、早く受け取ってくれないかな? 重いんだけど」
「司・・・わかりました」


玲は頷いて、その刀を受け取った。

どういうわけかそれは、以前よりも遥かに重く感じられた。


「行こう。 こうしてる間にも、他のプレイヤーたちは次の行動を起こし始めている。 僕らのクリア条件を交換して、これから先のことを考えるんだ。 いいね?」
「・・・はい」


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「僕のクリア条件は、これだ」


山小屋に戻るなり、司が自身のPDAを玲へと見せた。


『ゲーム終了時点でクリア条件を満たしたプレイヤーが3人未満。 ただし本人は含まない』


――画面には、そう示されている。


「ファーストの段階では『クリア条件を満たしたプレイヤーが3人以上』だったから、内容が真逆になったわけだね。 14人のプレイヤー全員がそうなのかはわからないけど・・・。 セカンドステージのクリア条件は、ファーストのものと関連しているのかもしれない。 初音のクリア条件は『プレイヤー全員の生存』だった。 もしこれが反転したとすれば・・・」
「プレイヤーの・・・皆殺し」
「だとすれば、初音が凶行に走った気持ちもわからなくはないね」
「初音・・・」


握り締めた刀の鞘が、カチリと音を鳴らす。

では、あの時、どうすれば良かったのかと考えてみても、やはり答えなど見つからない。


「ファーストステージはあくまで前座の茶番。 1人目の犠牲者が出てからが、ゲームの本当の始まりだったんだよ。 だって本来なら吹石先輩が亡くなった時点で、初音もクリア条件を満たせなくなって、首輪が爆発しているはずなんだ。 だけど、初音は死ななかった。 セカンドステージに移行して、クリア条件が更新されていた」
「・・・なぜ運営は、そんな回りくどいことをしたのです?」
「理由はいくつか思いつくけど・・・ま、どうせ連中の考える事だからね。 まともな理由じゃないと思うよ」
「・・・・・・」
「話を元に戻そう。 玲のクリア条件を教えてもらえるかな?」
「私の条件は・・・これです」


玲のセカンドステージのクリア条件は、『JOKERのPDAの破壊』――。

『JOKER』に関連するのは相変わらずだが、その内容が『所持』から『破壊』に変化している。

このゲームでPDAを破壊されることは死に等しい。

『JOKER』の所有者と敵対するのは避けられないクリア条件だった。


「なるほど、対象者が1人とは言え面倒そうだね。 しかし、幸いというべきか・・・僕らのクリア条件に競合はない。 僕のクリア条件を達するためには、14人のプレイヤーのうち、11人の死亡が必須だ。 だけど、僕は玲を殺すつもりはない。 僕らは引き続き、パートナーとしてやっていけるわけだね」
「・・・・・・司は、それでいいのですか?」
「なにか問題でも?」
「私は・・・仲間を崖から突き落としました。 そんな人間と一緒に行動することに、抵抗はないのですか?」
「それはお互い様じゃないかな・・・。 僕が生き残るには、たくさんのプレイヤーの命を犠牲にしなければならない。 いざとなれば、君を裏切って自分だけ生き残ろうとするかもしれない。 それでも玲は、僕と行動を共にしたいと思うかい?」
「・・・・・・私にも、よくわからなくなってしまいました。 だけど、司は私は殺すつもりはないと言った。 今は、それを信じます」
「そう・・・だったら、玲の考えがまとまるまで、しばらくは仲間でいよう。 その方が、お互いのためだろうからね」
「・・・はい」


玲はもう一度、握り締めた刀の重みを確かめながら、司の言葉にそう答えた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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――廃村の一角にある、打ち棄てられた診療所は、しばらくぶりにその本来の役目を果たしていた。


今朝になってその場所を見つけた城咲充が、黒河の肩の傷を治療するために、その場所を利用していたのだ。


「・・・黒河くん、肩の具合はどう?」
「ああ? どうもこうも、痛ぇっつーんだよクソッタレが・・・! あんのクソアマ、マジで撃ってきやがって・・・」
「でも、大した怪我じゃなかったから、まだよかったよね」
「んだと充? てめぇ、大した怪我じゃないっていうなら一発撃ってやろうか?」
「い、いや、そういうことじゃないよ! ただ、痛み分けにしては、向こうの被った損害の方が大きいっていうか・・・」
「まあ、あのアマはくたばりやがったからな」


『ざまぁみろ』と、黒河が冷たい笑いを浮かべる。

しかし、充は、琴美のことを笑う気にはなれなかった。

本当に首輪が爆発する様を目の当たりにしたことで、自分の首元にあるものを意識せずにはいられなかった。


「おい充、てめぇ何さっきから首を気にしてんだよ」
「だ、だって、目の前で本当に爆発したし・・・」
「チッ、ビビってんじゃねーっつーの。 要は、俺たちは爆発しねぇように動けばいい。 それだけだ」
「それは・・・そうだけど・・・」
「うだうだ言ってんじゃねぇよバカ。 さっさとクリアする案を考えろ」


口腔に放り込んだ干し肉を咀嚼しながら、黒河が充に顎で指示を出す。

それを横目で眺めながら、充は深々とため息をつき、『とりあえず』と前置きした。


「何にしても、変更されたクリア条件を確認しよう。 昨日はそれどころじゃなかったし、黒河くんもまだ確認してないんだよね?」
「ああ・・・畜生、こうして話してると、またあのクソアマがムカついてきた」
「と、とにかく条件の確認を頼むよ」
「っせーな、分かってんよ・・・・・・あぁん? 前半とあんま変わんねーな」
「えっ、本当にっ!?」
『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを4台以上所持する』だとよ」


黒河に提示されたPDAには、確かにその通りのクリア条件があった。


「PDAを集める数が1台増えただけじゃねーか。 ついでに、てめぇの『JOKER』を含めても構わねーって話だ。 こりゃ逆に楽になるんじゃねーか?」
「そ、そうだね。 あんまり変化してないみたいだ・・・」


その言葉とは裏腹に、充はもっと黒河の条件について、深刻に考えていた。

ただPDAを集めるだけなら、なんの問題もない。

しかし、黒河の条件は『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDA』に限定されている。

しかし、セカンドステージに移行して、参加者全員のクリア条件が過酷なものになっていたとしたら。

果たして残り13人のうち何人が、その条件を満たす事ができるのか・・・。

一見、難易度は大きく変化していないように見えるが、黒河のクリア条件は格段に難しいものになったと考えていい。

そんな分析を交えつつ、充もPDAを取り出した。

そして一抹の不安を抱えながら、自分のクリア条件を確認し――


「っ・・・!」
「で、お前のクリア条件は何だったんだ?」
「え・・・僕?」
「ああ? てめぇ以外に誰がいるっつーんだよ?」
「あ、ああ・・・そう、だよね」
「あ?」
「いや、そのっ、僕のクリア条件は・・・ファーストステージと変わってなかったんだ。 だから、ちょっと驚いて」
「あん? そんなことあり得んのか?」
「でも黒河くんだって、前半と大して変わってなかったでしょ?」
「・・・まあ、それもそうか。 それに、お前のPDAは『JOKER』だしな。 そういうのもアリか」
「元々、『コピーしたPDAのクリア条件』が僕のクリア条件だったからね。 『JOKER』のPDA自体にはクリア条件はなかったし、周りの難易度が上がれば、僕の難易度も上がるって話なんじゃないかな」
「ハッ。 まあ、せいぜいクリアしやすいヤツをコピーして、俺を楽させてくれ」
「それなんだけど・・・黒河くんは、仲間を集めないといけないよね?」
「まあ、そうだな」
「でも黒河くんは怪我をしている」
「うるせーな。 だったらなんだっつーんだよ」
「だから、僕が交渉して回るよ」
「・・・あ?」


黒河が眉間に皺を寄せ、充の真意を質すべく睨み付ける。


「てめぇが交渉して回るだぁ?」
「黒河くんは、その身体じゃしばらく動けないだろうし・・・。 早めに仲間を集めておかないと、クリア条件を満たした瞬間に隠れられる可能性もあるからね」
「・・・なるほどな。 たしかにてめぇの言う事ももっともだ。 よし、行ってこい。 ただし、俺を裏切ったらどうなるか、わかってんだろうな?」


黒河が、拳銃をちらつかせて、充に笑いかける。


「わ・・・分かってるよ」


それに、充はうなだれるように頷いた。

そして黒河に背を向け――

PDAを懐にしまいながら、充は診療所を後にした。

・・・・・・。


・・・。

 


「はぁっ・・・はぁっ・・・!」


息が切れる。

足がもつれる。

心臓が早鐘のように高鳴る。

まだまだ気温の低い朝だというのに、どんどんと滲み出てくる汗。

朝食を入れていない胃がきゅうと縮こまり、荻原結衣の胸に吐き気が込み上げてくる。

 

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「はっ・・・く、はぁっ・・・!」
「結衣さん、大丈夫!?」


少し前を走っていたまり子が、結衣の様子に気づいて足を止める。


「だ、大丈夫・・・! それより、もっと遠くまで、逃げないと・・・」
「ううん、もう限界よ。 少し休みましょう。 ここしばらく奴が追ってきている様子もないし」
「は、はい・・・」


まり子はそう言って、結衣を近くの洞窟に連れて行った。


・・・。


その中に潜みながら、まり子が結衣に囁く。

 

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「・・・辛いだろうけど、くじけちゃだめよ。 ようやく夜が明けて、自分の居場所がわかるようになってきたんだし・・・山小屋にも戻れるわ」
「うん、早く悠奈さんと合流しなきゃ・・・」


そう答えながら、結衣は先の出来事を思い出す。


――結衣とまり子は、悠奈を裏切ったわけではなかった。

まして山小屋を離れた事自体も、彼女たちの意思によるものではなかった。

昨夜、結衣とまり子と悠奈が、山小屋に3人でいた時、不意にどこかで銃声が鳴った。

悠奈は例によって、『2人ともここにいて!』と言い置き、その銃声の聞こえた方向に向かったのだ。

結衣はまり子と共に、悠奈を心配しながら、山小屋で待った。

しかししばらくすると、突然PDAが鳴り出し、ステージがどうこうと意味不明なアナウンスを聞かされたのだ。

結衣たちの心配はさらに膨らんだ。

まさか悠奈に何かあったのではないか?

そうして意を決して山小屋を出て、悠奈が向かった方角に、結衣とまり子が向かった時――

2人は、何者かに襲われたのだ。

連続する銃声と、銃弾の雨。

襲撃者の姿は見えなかったが、明らかに自分たちの命を狙っている。

2人は半ばパニックになりながらも、宵闇の中を闇雲に逃げ出した。

だがそれがいけなかった。

必死で逃げている内に道に迷い、山小屋に帰れなくなってしまったのだ。

止む無く、山の中で夜を明かし、そして迎えた朝。

そこで再び、またも姿の見えない襲撃者に襲われ、2人は共に逃げていたのだ。


「・・・悠奈さんのところに戻れば、きっと守ってもらえる・・・」
「・・・うん、だけど・・・山小屋に戻っても、悠奈さんに会える保証はないわ。 彼女も今ごろ山小屋を出て、どこかに行っているかもしれないし・・・」
「そんな・・・でも、だったらどうやって、あたしたち2人で生き残るの?」


結衣は泣きそうな声を上げ、まり子を見る。


――セカンドステージに入ると共に、結衣たちにも新たな条件が与えられた。

結衣の新たな条件は、相変わらずPDAが壊れていて、確認できない。

それは保留としても、問題はまり子自身の条件の方だ。

彼女が逡巡の末、ようやく昨夜教えてくれた条件は――


『一番長く一緒にいたパートナーの死亡』


即ち、悠奈を殺害する事だった。

そんな事ができるわけはない。

だが悠奈ならあるいは、いい方法を見つけてくれるのではないか?

まり子はそう言って、怯える結衣を連れて、ここまで逃げ続けていたのだ。

だがお人よしの結衣も、さすがにそれは引っかかっていた。

まり子は悠奈を殺すつもりはないというが、本当なのだろうか?

道に迷ったというのも嘘で、わざと山小屋に帰らなかったのではないか。

悠奈から1度離れ、隙をついて殺すつもりなのではないか・・・?

休んでいるうちに、疑心は急速に広がっていた。

やがてそれは、口をついて出た。


「あ、あの、まり子さん・・・?・・・まり子さんは、本当に・・・悠奈さんを殺すつもりはないの・・・?」
「な、ないわよ! 疑うのもわかるけど、それは信じて! 私はあの人に命を救われた。 私を無条件に、仲間として受け入れてくれた・・・それを裏切るなんて、私にはできない」
「・・・・・・」
「お願い結衣さん、信じて。 私たちが他のプレイヤーたちに比べて、優位なのはひとつだけ。 それは互いに信頼がある事。 悠奈さんが繋いでくれた、私たちの信頼関係。 それだけが、私たちの武器なの。 だから――」


まり子がそう言った時、洞窟の外で、足音がした。


「ひっ・・・」
「しっ!」


まり子が口に指を当てて、洞窟の外の様子を窺う。

瞬時の後、銃声が響いた。


「きゃっ!」

「っ!!」


まり子が驚いて尻餅をつく。

彼女の顔の傍、洞窟の入口付近に、弾丸がめり込んでいた。

恐怖で溢れそうになる悲鳴を、結衣は必死で抑える。

その銃声は、昨夜から結衣たちを付けねらっている『襲撃者』の銃によるものだ。

弾丸は当たらなかったが、恐怖は急速に募る。

逃げても逃げてもなぜか敵は、自分たちを的確に追ってきているのだ。


「ど、どうして・・・どうしてあたしたちの居場所がわかるの・・・?」
「わからないわね・・・特殊機能によるものかしら・・・。 奴がもっと近づいてくれれば、こっちの特殊機能で倒す事もできるんだけど・・・」


まり子が自分のPDAを手に、特殊機能画面を開いて呟く。

そこに表示されているのは、『2m以内にある首輪を爆破する』という特殊機能。

接近戦では無敵だが、それより少しでも離れると何の役にも立たない。

結衣がそう思った時、さらに銃声が響いた。

またも外れ。

向こうはおおよそのあたりをつけて、適当に撃っているらしい。

銃声を聞く限り、敵までの距離は、恐らくまだ遠い。

姿は見えず、声さえも聞こえなかったが、圧倒的優位を感じている事は伝わっていた。

そしてこちらが、絶望的に追い詰められている事も。

・・・今は適当に撃っているが、洞窟から出れば場所を補足されるだろう。

逃げ出しても即座に背中を撃たれる。

ここに潜んでいてもいつかは見つかる。

体は震え、心は徐々に、絶望に満たされてきた。


「も、もうダメ・・・! あたしたち、ここで死んじゃうんだ・・・! 悠奈さんのところに、戻れないんだ・・・!」


結衣が泣き言を口にした時、まり子が結衣の肩を掴んで言う。


「諦めちゃ駄目! 悠奈さんが言っていたでしょう、万が一の時は、自分で自分の身を守れって! 逃げられないなら、戦うのよ! 悠奈さんがくれたこれを使って!」


まり子は持っていたPDAをポケットに押し込み、代わりに腰に挿していた拳銃を手に取った。

結衣もはっとして、自分の拳銃に目をやる。


「で、でも、あたし、戦えない・・・殺し合いなんて、できないよぅ!」
「駄目よ! 戦わなきゃ殺されるのよ!」
「でも、でも!」


嫌々とかぶりを振る結衣を見て、まり子が小さく息をつく。


そして意を決したように、彼女は囁いた。


「・・・そうよね。 結衣さんは、そういう事をできる人じゃない・・・だったら、仕方ない・・・私が戦うわ」
「・・・え?」
「私、ようやくわかったの・・・口だけの正義じゃ、何もならないって。 悠奈さんのように、自分で行動しなきゃ、人の信頼を掴むことなんてできないって。 あなたに信じてもらうためにも、悠奈さんのところに帰るためにも・・・。 私が、奴を・・・!」
「だ、駄目だよ! そんなの危ないよ、まり子さんが――」


――!!


そこにさらに銃声が響いた。

音が近くなっている。

徐々に向こうが距離を詰めてきているのだ。

まり子は拳銃を握り締め、そして微笑んだ。


「練習通りにやれば、なんとかなるはず・・・生きて、2人で悠奈さんのところに戻りましょう」


まり子はそう言って、洞窟を飛び出した。


「まり子さん!」


――!!


結衣の制止の声は、銃声に遮られた。


――!!

――!!!

 


さらに何発も銃声が響く。

まり子の銃のものと、襲撃者の銃のものと。

銃撃戦は互角のようだ。

結衣が加勢すれば、さらにこちらが有利になるかもしれない。

だが、どうしても体が動いてくれなかった。

結衣の体は萎え、力が入らなかった。


「ま、まり子さん・・・まり子さん、死なないで・・・!」


祈ることしかできない自分が情けなかった。

自分はまり子に対し、疑心を抱いていた。

だがそんな結衣を助けるため、今まり子は敵と戦っている。

そんな彼女が眩しかった。

彼女が必死で戦っているというのに、自分だけコソコソ隠れていていいのだろうか?


「い、いや・・・! あたしだって・・・!」


結衣の胸の中で、なけなしの勇気が燃え上がる。

震える手で、銃を握り締める。


「あたしだって!」


結衣がそう叫び、洞窟を飛び出した時――


今まで聞こえていた銃声とは違う、轟音が響き渡った。


「っ!!」



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――目に見えたのは、赤い色。


全身を弾丸に撃ちぬかれたまり子が、倒れ伏す姿だった。


「ま・・・まり子さん!」


その瞬間、勇気も恐怖も吹き飛んでいた。

血塗れになったまり子に、結衣は思わず駆け寄った。

「まり子さん! 大丈夫、まり子さん!?」
「ゆ、結衣さん・・・逃、げ・・・」

 

ごぶっ、とまり子が血を吐く。

体には幾つもの穴が空いていた。

散弾銃か何かで撃たれたのだろうか。

敵は拳銃以外にも、そんな武器を隠していたのだろうか。

だがそんな事は、今はどうでもいい。

まり子を手当てするためにも、敵を倒さなければ――

そう思った時、すぐ後ろで気配がした。


「ッ!!」


結衣が振り返ろうとした時、風を切る音と共に、頭に衝撃が走った。


――!!


「ぎっ!!!」


頭を殴られ、頭蓋が割れるような激痛の中で、結衣が悲鳴混じりの呻きを漏らす。


地面を悶え転がり、必死で頭を押さえながら、滲む視界の向こうに誰かの姿を垣間見る。


「あ、あなたは・・・っ!?」


そこにいた襲撃者の姿を、彼女が目の当たりにした時――


再び散弾銃の銃把(じゅうは)が、結衣の頭を襲った。

――!!


「っ・・・ぎっ、あっぐ・・・うぅぅぅ!!!」


視界が斜めに傾いた。

それが昏睡に陥る前の目眩だと気付き、必死で堪えようと思うものの、上手く意識を保っていられない。

奈落の底に追い込まれるように、結衣の目の前が暗んでいく。


「ぅ・・・」


吐き気と痛みの中、落ちゆく意識にしがみ付こうと、結衣は呻く。

しかし、抵抗はほとんど無意味だった。

まり子同様、自分も殺されるのだろう。

閉じた彼女の瞳から、涙が音もなく零れ落ちた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


どこかで断続的に響く銃声が、傷ついた体と心を苛(さいな)む。

崖から落下し、痛んだ体を引きずるようにして、阿刀田初音は森の中を歩いていた。

 

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「うぅ・・・! どうして、初音ばかり、こんな目に・・・」


あまりの理不尽な運命に対し、初音は哀しみと憤りの入り混じった声を漏らす。

先ほど崖から落ちた際、体を木々が受け止めてくれ、初音は奇跡的に軽傷で済んだ。

打ち身や擦り傷は全身にあるが、派手な出血はなく、命に別状はない。

だが果たしてそれが本当に、幸運だったと言えるのだろうか?

達成不可能に近いクリア条件を押し付けられ、仲間には崖から突き落とされ――

武器はナイフ1本しかなく、それさえも先ほどの落下時にどこかに失くしてしまった。

PDAの特殊機能も、過酷なクリア条件に見合うような、役立つものではない。

どう考えても生き残る芽など、ほとんど残っていないではないか。

ならばこの苦界(くがい)のようなゲームの中で生き長らえるより、いっそ崖から落ちた時に、死んでしまった方がマシだったかも知れない。


「もう嫌、もう嫌、もう嫌・・・! 誰も助けてくれない・・・玲も司も、みんな敵・・・!」


そう呟きながら、ふらふらとあてどなく歩く。

彼女の精神は、幾度となく痛めつけられ、限界に達しつつあった。

修平たちに嘘をつかれた事や、玲に崖から突き落とされた事だけではない。

彼女はすでにこのゲームの中で、口にするのもはばかられるような暴虐に曝された事があるのだ。

このゲームに参加してから起きた事の全てが、彼女をどこまでも追い詰めていた。


・・・。

 

・・・そうして、どれくらい歩いただろう。


やがて彼女の目に――禍々しい光景が、映った。

 

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「あ・・・」


そこには、見知った少女が、血塗れで倒れていた。

上野まり子。

このゲームの初日に出会い、初音に辛く当たった少女。

それが全身を撃ち抜かれ、変わり果てた姿で死んでいるのだ。


「ま・・・まり子・・・?」


そう呼びかけても、まり子は反応しない。

虚ろな目で、ただ空を見ている。


「まり子も・・・殺されてしまったんですか・・・。 初音も、きっと同じように・・・」


そう呟いた時、不意に背筋が震えた。

彼女を殺害した者が、近くに潜んでいるかもしれない。

殺人者が20m以内にいるか否か、初音は己のPDAの特殊機能で確かめようとした。


が――


「・・・?」

 

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ディスプレイを見た初音は、再び気になるものを見つけた。

いつの間にか特殊機能の画面に追加されていた、例の見知らぬアイコン。

それは先ほど玲と司のもとから逃げる前に発見し、確認を後回しにしていたものだ。


「・・・そう言えば、これ、なんなんでしょう・・・」


初音は手早くPDAを操作し、アイコンをタップする。

すると、そこに表示されたものは――


初音の運命を左右する、1つの啓示とも言えるものだった。

 

・・・。

 

 

 

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【8】


・・・。

 


522勝、523敗。


それが、蒔岡玲の、双子の弟――蒔岡彰(まきおか あきら)との勝負の対戦成績だった。

 

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玲の実家は、江戸時代中期から続く、歴史ある剣術道場を営んでいる。

『蒔岡流』――それは誰もが知るような名門の流派ではない。

だが実戦性に重きを置いたその技術体系は、剣の世界では知る人ぞ知る強豪として、恐れられていた。

剣力が生きる上で直接的な意味を持っていた幕末期などは、多くの門下生で賑わっていたという。

短筒など銃器を持った敵を制圧する技術さえも開発され、志士たちは望んでその門を潜った。

しかし明治に入り、廃刀令が交付されると、小さな道場の多くは時代の流れに取り残されていった。

蒔岡流も同様だった。

そして平成の世ともなれば、玲の父が営む道場に通う生徒は、双子の娘と息子を含めてわずか5人ばかりとなっていた。

それでも父は、道場を閉めようとはしなかった。

先人が編み出した技の数々と、古来より日本が培った武の精神を後世へと伝えることを生き甲斐としてきた昔気質の父だった。

そんな父の下、5人は日々稽古を重ね、ひたすらにその腕を磨いた。

少人数の道場では、必然的に年齢の近い者同士、体格の近い者同士が互いの稽古の相手となる。

玲と彰は、その条件で言えば、まさにうってつけの対戦相手だった。


2人の実力は、高いレベルで伯仲(はくちゅう)していた。

1本取っては取られ、勝っては負けての繰り返しで、またそれがよく2人の実力を伸ばしていった。


・・・考えれば、それはもう勝負というより、姉弟としてのコミュニケーションだったと言っていい。

剣術家の父に教わり、剣術家の姉弟で打ち合う。

剣を交わすことが、2人にとっての遊びであり、会話だった。

食べて、寝て、学校に行って、道場で剣を交えて、2人で笑う。

同じことの繰り返しのような日々だったが、それでも、文句のつけようがないほどに幸せだった。

彰が家を出るか、玲が他所へ嫁ぐか・・・

そんな日が来るまでは、ずっと一緒にいるものだと、当然のようにお思っていた。


しかし、永遠のような日々の崩壊は、突然訪れた。

ある日突然、彰は姿を消してしまった。

剣の道を選んでからというもの、1日も休むことなく鍛錬を続けていたはずなのに。

先週の勝負で負け越した玲に、今週はフルで付き合うと言ってくれていたのに。

煙のように、しかし匂いの1つも残さずに、文字通り消えてしまった。

父と2人で探し回った。

捜索届けを出した。

方々に連絡もした。

それでも、彰の足取りは掴めず、ただ時間だけが過ぎていった。


――そして、彰が死んだ。


玲も涙したが、それ以上に、父の落胆は凄まじいものがあった。

道場にも顔を出さず、たった数ヶ月で、数年分も歳を取ったようだった。

そんな父を見ていられず、玲はひたすらに関係者の間を駆け回った。

ありとあらゆる場所に足を運び、彰の痕跡を染み1つでも見つけようとした。

もちろん、普通であれば、そんなことをしてもまず徒労に終わっただろう。

父と同じく、くたびれて色褪せて・・・いずれ、彰のことも忘れていったかもしれない。

しかし、そうはならなかった。

 

――そして今、玲はここにいる。


弟の仇を討つために。

 

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「はあぁあっ!!」


――!!


「ふぅぅ~・・・」


息を落ち着かせ、滑らかに曲線を描く刀の切っ先を見据える。

幼い頃から慣れ親しんだこの刀の技を頼みに、復讐を果たさなければいけない。

抜き身の刀身を鞘に戻し、深い森の奥に視線を向ける。


――いつでも人を斬れるという、心構えを持ちなさい。


それが元気だった頃の、父の教えだった。

恐らく自分はこのゲームの中で、人を斬ることになるだろう。

だが玲はそのとき、躊躇などしないつもりだった。


・・・。


「・・・それで、まだ僕のことは信用してもらえないのかな?」
「・・・・・・」


玲が小屋に戻ると、そこでは、司と初音が既に何度か見たやり取りをしていたところだった。

やり取りと言っても、塞ぎ込んだ初音に司が一方的に話しかけているだけなのだが。

 

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「ああ、玲か、お帰り。 丁度いいところに来た。 ちょっと助けてくれないかな」

「なにを助ければいいのですか?」

「いや・・・見たら分かるでしょ。 初音を説得してもらいたいんだよ。 僕はカウンセラーじゃないし、正直、こういうのって面倒臭いんだよね。 でも一応、仲間だからさ。 彼女にも色々頼みたいことがあるし」

「・・・あなたのそういう発言が、信頼を得られない原因だと思います。 全く、司はデリカシーがなさ過ぎです」

「・・・まあ、それは認めるけどさ。 だったら玲が代わってくれないかな。 それと誤解されたら面倒だから言っておくけどね。 僕は信頼していない人間の前では本音は言わないんだ」

「つまり司は、信頼する人間を絶望させるのが好きということですね?」

「・・・玲の発言に悪意がないことを、僕は祈ってるよ」

「失礼ですね。 私の発言には誠意しかありません。 だから・・・」


玲はそう言うと、初音の手を両手で包み込んだ。

やけに小さく、そして冷たい手だった。

だがそれを温めながら、玲は真っ直ぐ初音に告げた。


「私が初音を守ると一度口にしたならば、何があっても初音を守り通します」

「・・・・・・本当に?」

「君を懐柔するためにそんな嘘がつけるほど、玲が器用な人間に見える?」

「・・・・・・見えないです」

「だってさ。 玲は信頼を得たみたいだよ」


「これが司との人徳の差です」

「そーかな。 大して変わるとは思えないけど」

「じゃあ、服装の差です。 司もセーラー服を着てみたらどうです」

「いや、意味が分からないから」

「着てみれば分かります。 きっと新たな境地が見えますよ?」

「見たくないよそんなもの!」

「そうでしょうか? 意外と需要はあると思うのですが?」

「なんの需要だよ。 というか、その需要を僕が満たさなきゃいけない理由ってなに?」

「それは、そこに需要があるからです!」

「・・・はぁ、話にならないね」


司が呆れたようにため息をつく。


と、その時――

 

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「・・・あははっ」


僅かにだが、それでも確かに、初音から笑みが零れていた。

今の真剣なやり取りの、いったい何がそうさせたのか、玲にはまったく理解できなかった。


――でも、悪いことではないですね。


玲がそんなことを思いながらふと見ると、司がこちらを見て、なぜか『よくやった』と言わんばかりに笑っていた。


・・・。

 

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「それじゃ、初音が元気になったところで、改めて説明を始めようかな。 僕の考えでは、このゲームはチームを組んで行動する方が有利な設計になっている。 集団はそもそも戦闘に強いし、役割分担すれば同時に複数の目的がこなせる。 PDAの特殊機能を共有できるのも大きい。 特に大事なのが特殊機能だね。 最終的にはプレイヤーのほとんどが銃器を持つことになり、個々の戦力は均衡してくるだろう。 そんな中で、唯一差がつくのが特殊機能なんだ」

「なるほど、納得です」

「というわけで、一度、全員の特殊機能を確認していこう。 最初は・・・そうだな、初音から頼むよ」

「は・・・はいなのです・・・初音の特殊機能は『半径20m以内に他のPDAが接近すると警告をする』なのです」

「うん。 敵対者の接近から身を守るには優秀な機能だね。 狙撃されたとしても、20mもあればまず当たらないよ。 よほど訓練してたり、ショットガンでもあれば話は別だろうけど。 じゃあ、次は玲の特殊機能。 いいかな?」

「私のは、『半径50m以内にあるJOKERのPDAを初期化する』です」

「対JOKER特化のPDAだね。 『無効化』ではなく『初期化』って書いてある辺り、『JOKER』は何かを付加していくタイプのPDAなのかな。 あえて対抗手段を設けているってことは、よほど強力な機能を積んでいるんだろうけど、玲のPDAはその切り札になる」

「切り札・・・いい響きです」

「・・・司のは、どうなのです?」

「ああ、僕のはちょっと特殊なんだ」

「特殊? 『特殊機能』ですから、当然ですよね?」

「ああ・・・うん、そうだね。 僕の特殊機能は、『半径6m以内にあるPDAの特殊機能を使用できる』。 つまり、他のPDAの特殊機能を距離限定でコピーできる機能だ」

「・・・一見凄そうに見えて、実は微妙な気がします」

「うん。 他のPDAが傍になければ使えないし、コピー対象のPDAが使えない機能でも意味ない」

「初音にしろ、私にしろ、コピーして得することがなにもありません」

「その通り。 だけど、この能力の真価はそこじゃないんだよ」

「真価?」

「そう・・・」


司がニヤリと口元を歪める。


「伊藤大祐の特殊機能――『半径1m以内にいるプレイヤーが死亡した時、このPDAのプレイヤーを除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる』

「え・・・?」

「上野まり子――『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』」

「っ・・・!?」

「粕屋瞳――『半径100m以内にあるPDAにメールを送信する。 一度メールを送ったPDAには範囲外からでも送信ができる』。 吹石琴美――『半径10m以内にいるプレイヤーのナンバー、クリア条件を表示する』。 藤田修平――『半径10m以内にあるPDAの特殊機能を無効化する』」

「それは、もしかして・・・」

「そう、僕がこれまで遭遇した参加者全員の特殊機能だよ。 コピーできるってことは、相手の特殊機能を知ることができるってことさ。 おまけとして、そのプレイヤーの名前もね」

「なるほど・・・。 つまり、私と初音の特殊機能など、聞くまでもなく既に知っていたということですね。 ・・・覗き見機能。 司にお似合いです」

「褒め言葉と受け取っておくけど、もう少し言葉は選んだ方がいいと思うよ」

「・・・違うのです」

「ん?」

「修平と琴美の特殊機能が・・・聞いていたのと全然違うのです」

「初音・・・」


初音の表情がにわかに青ざめ、俯いたその目に涙が浮かぶ。

信頼していた仲間に裏切られたという事実が、彼女のトラウマを呼び起こさせたのかもしれない。


「・・・信じたくないのです・・・あの2人が初音に嘘をついていたなんて、信じたくないのです」

「・・・・・・まあ、藤田先輩ならそれは当然だろうね」


初音の深刻な様子とは正反対に、さも当然の如く司が言い放つ。


「修平・・・が?」

「もともと、クリア条件も特殊機能もお互いに隠し合ってたチームなんでしょ?」

「・・・はい」

「だったら、藤田先輩の判断は正しいんじゃないかな。 同じ状況だったら僕もそうするよ。 だって、真実を公表したってなんのメリットもないでしょ」

「そう、なのですか・・・?」

「司はゲームクリアを優先していますからね。 そのよな判断も時として必要なのでしょう。 ・・・もっとも、口先だけで他者を謀る人間と、私は信頼関係を築けそうにもありませんが?」

「・・・なんで、僕を見ながら言うのさ」

「別に司はなにも言っていませんよ。 自意識過剰なんじゃないですか。 ・・・まあ、それは今は置いておきましょう。 なので、初音もあまり気にしないことです。 このゲームは参加者の命がかかっているのですから、誰もが全力を尽くしてくることでしょう。 たとえそれが、初音の気持ちを裏切る形になってしまっても、その相手を責めることはできません」

「はい・・・」


初音は悲しそうな顔をしつつも、ゆっくりと頷いた。


「――ですが、それは正々堂々の勝負であった場合に限ります。 不用意に、もしくは欲望のためだけに初音を傷付ける者がいたならば・・・。 そのような下郎、この私が刀の錆にしてあげましょう」

「・・・・・・本当に?」

「私が、嘘をつけるほど器用な人間に見えますか?」

「・・・見え、ないのです」

「だったら私を信じてください。 不本意ながら、司もそれなりに信頼のおけそうな男です」

「・・・君の口からそんな言葉が聞けるなんて嬉しいね。 涙が出そうだ」

「やはり前言撤回します。 司はただの嘘つき野郎です。 ――というわけで初音、あなたは私だけを信じるのです。 いいですね?」


玲はそう言って、また真っ直ぐに初音を見た。

すると初音はなにも言わず、ただコックリと頷いた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

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「――ここを出て行く?」

「ああ」


雨が完全に止んだところで、藤田修平は、悠奈たちにそう切り出していた。

 

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「どうして? 2人で行動するメリットはないんじゃ?」

「そうだよ。 そんなこと言わずに、みんなで一緒に最終日まで頑張ろうよー!?」


「うん、本当はそうしたいんだけど・・・」

「修平のクリア条件のことなら、私が手伝ってもいいけど?」


そういって修平に視線を向けた悠奈の顔は真剣だった。

だがそれでも、修平は首を横に振った。


「いや・・・悠奈たちには、このまま自分のクリア条件を満たして欲しいんだ。 特に悠奈と結衣さんは、素数ナンバーのプレイヤーだからな。 その方が俺も助かる」

「じゃあ、素数ナンバーじゃない私が――」

「まり子さんもだ。 3人は一緒にいて、互いに身を守りあっていた方がいい」

「で、でも――」


なおも不服そうにするまり子の肩を、悠奈がぽんと叩いて止める。


「悠奈、さん・・・?」

「・・・まり子、行かせてあげましょう」

「どうしてですか、悠奈さん!? こういう時、力づくでも止めようとするのが、悠奈さんのはずじゃないですか!?」

「・・・・・・本当はね。 無理なんじゃないかと思ってたの」

「ん・・・?」

「このゲームから全員で生きて帰ること、誰も争わずに最終日を迎えること・・・。 人間ってどうしようもなく利己的で、欲深くて、脆弱な生き物だから・・・。 そして、ゲームの主催者たちもそれをよくわかってる。 今この瞬間も、連中は私たちが殺し合いを始めるのを舌なめずりしながら待っているわ。 そんな連中の思惑通りになんて・・・絶対になりたくない」

「・・・・・・」

「君らを見ていてね、少しだけ自信が湧いた気がするわ」

「それは・・・どういたしまして、かな」

「ええ、ありがとう」


なにかを吹っ切るように小さく息を吐いた悠奈は、今度は笑顔で修平たちに向き直った。


「よしっ! こっちはこっちでなんとかするから、君らも頑張りなさい。 困ったことがあれば、いつでも戻ってくるといいわ」

「ああ、助かるよ」

「はい、ありがとうございます」


修平と琴美が、2人で並んで頭を下げる。


「うぅー・・・また、寂しくなっちゃうよー・・・」

「なによ、私もまり子もいるじゃない」

「でも、せっかく増えた仲間なのに・・・寂しいだけじゃないよ、やっぱり心配だよ~・・・」


それはまり子も悠奈も同じ気持ちなのだろう。

まり子も修平たちをじっと見つめて言う。


「またお別れね・・・それも今度は誤解じゃなくて、自分の意志で」

「ごめんな。 でも俺よりきっと悠奈の方が頼りになるよ」

「あったりまえよ。 まり子も結衣も私が守るわ。 だからあんたは、琴美をしっかり守るのよ。 いいわね?」

「ああ」


力強く答える修平に、悠奈もまり子も笑みを返す。

結衣も空元気を振り絞るように、明るい声を上げた。


「わかったよ、快く送り出すよ。 バイバイ2人とも! 最終日にまた会おうねー!」

「うん! またねー!」


それぞれ握手を交わして、修平と琴美は山小屋を後にした。


・・・。

 

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「・・・いい人たちだったね」
「ああ、そうだな」


いずれ敵同士になるかもわからない状況にもかかわらず、悠奈も結衣も気持ちのいいくらい人が良かった。

何かと険の強かったまり子も、悠奈の影響か、少し性格が柔らかくなっているように思えた。

できれば修平も彼女たちと一緒に行動したかったが、危険を冒さずともクリア条件を満たせる3人を巻き込むわけにはいかない。


「修ちゃんのクリア条件も早く達成できるといいね。 まだ会った事ののない素数のナンバーは『3』と、『7』と、『K』の3人かな」
「ああ。 悠奈たちから聞いた話を整理すると、14人全てのプレイヤーについて、ある程度情報が集まったことになる」
「うん。 まだ私たちが会ってないプレイヤーは、結衣ちゃんを助けたって言うボクサーの真島さんと・・・」
「あとは、悠奈が最初に仲間にしようとした刀使いの少女・・・そして、昨日会った2人の男だ。 あの金髪の名前は、たしか黒河だったか」
「それで、これからどうするの?」
「真島って奴と、刀使いの少女。 この2人を探してみよう。 話ができそうな連中なら、交渉してみる価値はある。 とりあえず、もう一度、廃村に行ってみよう」
「廃村に? どうして?」
「さっきまで雨が降ってただろ。 雨露を凌ぐのに、村の家を使っているプレイヤーがいるかもしれない」
「ああ、そっか。 さすが修ちゃん!」
「道がぬかるんでるから、足下気をつけろよ」
「うん、わかった」


そう言って修平たちは、廃村に向けて歩き出した。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 


「――さあ、僕たちもそろそろ動き出そうか」


先ほど降りだした雨は収まりを見せ、雲の隙間から僅かに日の光が射し込み始めていた。

自分たちが拠点としている山小屋の守りは堅牢だが、そこに籠もっているばかりでは、新しい情報は手に入らない。

仲間と目的意識を共有できた今、行動範囲を広げるべく活動を再開する頃合だ。

三ツ林主はそう考え、不思議そうにこちらを見ている玲と初音に対し、理解を促すための言葉を重ねた。



「既に、僕らは最低限の食料と武器を手に入れている。 これから探していくのは、僕の勝利条件を確実に満たすための4人目の仲間と、『JOKER』のPDAの持ち主だ」

「・・・司、私の仇のことを忘れていませんか?」

「もちろんわかってるよ。 『リピーター』の捜索も、僕らの目的のうちの1つだ」

「僕らの? 司は関係ないはずでは?」

「いや、そうとも言えないよ。 『リピーター』と接触できれば、僕の知りたい情報は、ほぼ全て手に入るだろうからね」

「・・・?」

「ああ、わからなければ別にいいよ」


ここで『セカンド』の存在や、その『トリガ』がなんであるかという疑問を、いちいち玲に説明しようとは思わない。


「さあ、それじゃいこうか。 今後は他のプレイヤーと接触していくことになるからね、争いになる可能性は常に考えながら行動していこう」


日が落ちるまでもういくらも時間はなかったが、雨で足止めを食らった参加者が行動し始めるかもしれない。

この山小屋に戻ってくるのは、恐らく明日以降となるだろう。


・・・。

 

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「忘れ物はない?」

「私は刀さえあれば充分ですので」

「初音も特にないのです」


装備品は、司がハンドガンと予備のマガジン2つ、玲は日本刀。

初音には護身用のナイフを持たせてある。

荷物を減らすため食料は1回分に抑え、代わりにメモリーチップ5枚を携帯。

その他は武器も含めて、全て山小屋の傍に隠しておいた。


・・・。

 

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「ところ我々は、どこに向かうのですか? 人がいそうなところに、心当たりでもあるのですか?」

「うん。 雨を凌げる場所は限られているからね」

「なるほど。 このフィールド内で雨露を凌げそうな場所といえば・・・」

「・・・廃村、なのですね」

「そう。 ご名答」


司はそう答えて、玲たちと共に、廃村に続く道を歩き出した。


・・・。

 

だが、山を下りて廃村に入ったところで――


「――2人とも、止まって下さい」


玲に鋭く呼び止められ、司は首を傾げながら彼女を見た。

 

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「・・・どうかした?」

「この先は・・・危険です」

「え・・・?」

「・・・凶暴な野獣の気配がします」

「野獣って・・・」


司がそう呟いた時――


理性の欠片も感じさせない咆哮が、村の奥から聞こえてくる。


「くそったれがぁああっっ! なんで何もねぇんだコラァアァッッ!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてくれよ黒河くん・・・」

「うっせんだよ! だったらテメェ、なんか役立ちそうな物探して来いや!」


仲間らしき誰かの声も聞こえてきたが、その男はそれをまるで意に介していない。


「うぅ・・・確かに、野獣なのです」

「思った通り人はいたけど、あまり関わりたくない人種だなぁ・・・」

「こちらに近付いてきますが、どうしますか?」

「そうだな・・・少し様子を見よう」


司の目配せに、2人が頷きを返してくる。

そうして、足音を立てないように場所を移そうとした――その時。


ピー

ピー


「ひっ、わっ・・・な、なんなのですっ!?」


PDAが鳴り出したことに気付き、初音が慌てて特殊機能を解除する。

しかし、時既に遅く・・・


「んだオイ、誰かそこにいんのかっ!?」


荒々しい怒鳴り声と共に、男が駆け寄ってくる気配が届く。


「ちっ、僕としたことが・・・ぬかったね」

「どうします、司?」

「そうだね・・・」


――逃走するべきか、それとも交渉するべきか。

逃げ切れる可能性と、交渉が通じる可能性の2つを、司が急いで天秤にかける。

そして、選択したのは――


「よし、ここは逃げよう!」

「承知!」

「は、はいなのです!」


野卑な叫び声に追われながら、3人で森へ向かって走り出す。

間に合うかどうかは怪しい。

それでも、まともに話し合うよりはマシだと判断して全力で走る。


「――待てやオラァアアッ!」


――!!


「ひっ!?」

「初音っ!」


背後からの発砲に、初音が頭を抱えて屈み込む。

男が放った弾丸は、大きく逸れていたのだが――


「初音、大丈夫ですか?」

「あ、あ、足が・・・」

「・・・・・・司、これ以上逃げるのは無理です! 受けて立ちましょう!」

「・・・はー、了解」


恐らく、恐怖で竦んでしまったのだろう。

司は大きなため息をつきながら、2人の下へ引き返した。


「初音、君は足手まといになりそうだ。 ちょっとその辺の建物の陰に隠れててよ」

「は、はいっ・・・」


初音が這うようにして、近くにあった茂みに隠れた時――野獣の声の主が現れた。

 

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「おい、やっと見つけたぞコラ・・・コソコソ逃げ回ってんじゃねぇよ」


そう言った男の傍らには、眼鏡をかけた少年がいた。

それと顔を合わせた時、司とその少年が同時に目を見開く。

 

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「あれ? 城咲先輩ですか?」

「えっ・・・!? 司くんかい!?」


その言葉を聞いた金髪の男が、訝しげに眉根を寄せる。


「あぁ? 充オメー、このガキと知り合いかよ?」

「あ、ああ。 学校の先輩後輩ってだけだけど」

「・・・妙なところで会ったものですね」


思わぬところでの再会に、司はため息をつく。

確かに互いに知り合いではあるが、別に仲が良いというわけではない。

その程度の関係性は、今の状況ではさほどプラスになる事はないだろう。

そう思いつつも探りを入れる。


「・・・城咲先輩、そちらの人はお仲間ですか?」

「あ、ああ。 黒河くんには色々と世話になっていてね・・・」


充の態度から見るに、子分になっている、あるいは無理やり従わせられているといったところだろう。

だが司に味方してくれることはなさそうだ。

それ以上何も言わない充を一瞥し、黒河と呼ばれた男が言う。


「まあ、そんなこたぁどーでもいい。 とりあえず、持ってるもんを全部よこしな。 食い物も、武器も、PDAも、情報も・・・全部だ」


黒河はリボルバーを司に突きつけ、唇を醜く歪めた。

あまりにも予想通りの展開に、司は嘆息する。


「食料だったらちょうど手持ちがある。 条件次第では譲っても構わないですよ」

「オイ、オイオイオイ・・・。 俺は今、最高に気が立ってんだ。 てめぇのクソつまらねぇギャグに付き合ってる暇はねぇんだよ・・・! 黙ってさっさと、出せやボケェ! 素直に出さねぇなら・・・てめぇらの死体から漁らせてもらうぜ・・・?」

「いやいや・・・それじゃ、交渉になってないでしょ」

「あっそ。 じゃあな」

「――は?」


・・・目の前にいる金髪の男を舐めていた、と言えばそれまでだ。

しかし、それは司にとってまったく予想外の出来事だった。

人を殺すという行為には、数字で例えるなら100の段階を要する。

話を重ねて、様々な思考を連ねて、その末でそれが唯一の手段だと考えられた時点で、初めて殺しという最終手段が取られる。

倫理の壁を越える理由を求めているわけではない。

殺人というハイリスクな手段を、可能な限り回避したいという打算的な思考である。

だから――そんな思考をする司だからこそ、黒河という男を理解できなかった。

1から2になった瞬間に相手を殺せる人間など存在しない、そう確信していたのだ。

そうしている内にも、黒河の指がリボルバーの引き金にかかる。

司に向いた銃口が、撃鉄を起こすダブルアクションの影響で僅かに震える。

コンマ5秒後には弾丸が射出され、1秒後には司の体が吹っ飛ぶ。

今からでは、もうどうしようもない。

コンマ1秒が過ぎ、間もなく弾丸が発射される――

――墨色の影が動いたのは、その瞬間だった。

 

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「はああぁぁっっ!!!」


――!!


真横から疾風のように現れた玲が、剣撃で黒河の銃口を空高くへと逸らしてた。


「なにっ・・・!?」


狙い、狙われていた両者が、共に驚きの声を上げる。

白刃を振りかざす少女の姿に、その場の全員が瞠目(どうもく)する。


「司、ここは私が預かります」

「玲っ・・・!?」

「こ、こいつ・・・今なにをしやがった!?」


常人では反応できないほどの速度で放たれた、居合いの刃――。

黒河の顔から、先ほどまでの余裕が完全に消えていた。


「・・・その気なら腕を飛ばすことも出来ました。 まだ、続けますか?」

「て・・・てめぇええええっ!!!!」

「ふっ――遅いですね」

「なにっ!?」


――!!


「おわっ!」


「っ・・・!」


殺意を持った敵に対して全く怯まない玲を前に、司は言葉を失っていた。

いや、心を凍りつかせていたのだ。

殺されかけたという事実を、受け入れることができなくて。


「くっ・・・そがああぁぁっっ!!」


――!!

 

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銃と刀が弾け合い、火花を散らす。

刀とぶつけ合っても銃を取り落とさない黒河の膂力(りょりょく)は驚嘆に値するが、その差が圧倒的なことに変わりない。

圧倒的に、剣が銃を押している。

黒河が距離を取ろうとしても、玲は即座に間合いを詰める。

銃をまともに構える暇すらなく、ただひたすらに玲の斬撃をいなしていくしかない。

その優勢を目の当たりにして、ようやく司の心が解けてくる。


「・・・剣術をやっているとは聞いていたけど、まさかこれほどとはね。 1つ、仮りができちゃったな・・・」


その攻防を見つめながら、司は知らず呟いていた。

近距離戦要因として計算には入れていたが、黒河のような体格差を圧倒できるとは思っていなかった。


「さあ、僕は僕にできることをしようか」

 

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司は即座にPDAを取り出して、黒河の特殊能力をコピーする。


黒河正規――『死亡したプレイヤーの名前とナンバーと死亡地点を閲覧できる』。


ダメだ。

戦闘にも交渉にも使えない。

ならば次は、もう1人の特殊機能をコピーすると――


「っ!・・・何だ、これ」


城咲充――『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』。


強力な攻撃用の特殊機能。

しかし、司が驚いたのはそこではない。

この特殊機能は、確か――まり子の特殊機能ではなかったか?


「オイ、充ぁッッ!!!」

 

「くそっ・・・!」


声につられて見れば、黒河と玲は既に抜き差しならぬ状態にまで陥っていた。

やはり圧倒的に玲が黒河を押し込めている状況だ。


「何やってんだテメェ! 早く手伝えっ!」

「あ、う、うん! 分かった!」


黒河に促されて、充が懐からPDAを取り出した。


――まずい。


玲は、あのPDAの特殊能力をまだ知らない。

 

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「動くなっ!」


司はとっさに銃を引き抜き、充に銃口を向けた。


「そのPDAを捨ててください。 少しでも不穏な動きを見せれば・・・迷わず撃ちます」

 

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「っ・・・!」


「充っ! なにやってる、早くこの女をぶっ殺せっ!!!」

「だ、だけど・・・っ!」


司の行動に充が怯み、手の動きが止まる。

しかしPDAはまだ、その手に握ったままだ。


「玲、そいつに近付くな。 そいつの特殊機能には君でも勝てない!」

 

「・・・っ!」


黒河に猛然と追撃をかけていた玲の動きが止まり、即座にその場から飛び退く。


「ハァ・・・ハァ・・・てめぇらぁ・・・」


4人の動きが完全に止まり、互いを牽制しながら睨み合う。


「司、指示を」

「待って。 考えてる」


玲に及ばずとも、黒河の戦闘能力はかなり高い。

充には必殺の特殊機能があり、迂闊に近付けば待つのは死だけだ。


「・・・クソッ」

「司、どうしました?」

「・・・・・・」


これだけ互いの戦力が拮抗している状態では、1人の死者も出さずに危機を脱するのは不可能だ。

何度、シミュレーションし直しても導かれる結末は変わらない。

司の額を汗が滴り、表情から余裕が消える。

自分自身の過信、怠慢が生んだ些細なミスが、最悪な状況を生んでしまった。

お互いの戦闘能力、特殊機能、推測が絡み合った結果、その場は完全に膠着状態に陥っている。

誰一人その場を動くことができず、誰一人言葉を発する事もできない。

拮抗を破ること自体は簡単だ。

そのとき死ぬのは、玲か、それとも――


「・・・冗談きついね。 僕に、それを選べっていうのか・・・!」


夜の闇が、すぐそこまでやってきていた。


・・・。

 

――藤田修平がその音を聞いたのは、村がようやく見下ろせるようになった辺りだった。

 

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「今の音って、もしかして・・・っ!」
「・・・ああ、銃声だな」


修平の予想通り、村には誰かがいたらしい。

しかし、プレイヤー同士の抗争に遭遇してしまうとは、運がいいのか悪いのか・・・。


「どうするの?」
「そうだな・・・もう少し近付いて様子を探ってみよう。 もし手遅れになって死者が出たら、元も子もないからな」
「・・・うん!」


・・・。

 

「あれは・・・っ!?」
「黒河っていう人と、あれは・・・司くん?」


そこで修平たちが見たのは、黒河と膠着状態に陥っている司の姿だった。

2人の傍らでは、眼鏡の男と、日本刀を構えた少女が睨み合っている。

恐らくあれが、悠奈の言っていた『刀使いの少女』だろう。

更にその奥、茂みの陰には、PDAを握り締めて状況を見守っている初音の姿もあった。


「あの状況は、かなりまずいな・・・!」


見るからに一触即発の危険な状態だ。

ある者は殺気に満ちた視線を交錯させ、またある者は恐怖に怯えて身を怯ませている。

修平にとって一番意外だったのは、狡猾で抜け目のないあの司が、こんな最悪の状況を作り出してしまったことだ。
仲間が増えて油断したのか、それとも、あの黒河という男の凶暴性を計算し切れなかったのか。

なんにしても、司の表情にいつもの余裕は見られない。

 

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「修ちゃん・・・みんなの目、怖いよ・・・これじゃ、このままじゃ・・・っ!」
「・・・・・・琴美。 聞いてくれ。 これまで俺が自分の耳で聞いて、目で見て、考えた結果だ。 いくつも仮設を立てながら、推論を繰り返して導き出した答えだ」
「・・・う、うん」
「14人のプレイヤーのうち、もし誰か1人でも命を落とせば、このゲームは次の段階へ『移行』する」
「・・・次の、段階? どういうこと?」
「それがどういった内容かまではわからない。 だけど、このクソッ垂れなゲームを運営している連中が考える事だ。 今よりもっと酷い地獄のような惨状が始まるのは間違いない」
「そん、な・・・っ!?」
「悠奈はそれを阻止しようとしていた。 だから、あいつがこの状況にいれば、間違いなく止めに入る」
「それは・・・そうかもしれないけど!」
「悠奈の言う事を100%信じるつもりはない。 あいつ自身、まだ正体のわからない怪しいプレイヤーだからな。 だけど、俺はあいつの言葉をある程度だけ、信じてみようと思ってる。 悠奈の目的を、覚えているか?」
「・・・うん。 このゲームから、誰1人として死者を出さないこと・・・」
「琴美。 お前はそれをどう思う?」
「そ、そんなこと・・・! わ、私は・・・」


言葉にしなくても、答えはわかっていた。

琴美は初めから悠奈の意見に賛成だったはずだ。

全員で生きて帰る――最も理想的な結末を誰よりも真摯に望んでいたはずだ。

だけど、今この時になって琴美は悩んでいる。

形のいい睫毛が、大きな瞳が不安と恐怖に歪んでいる。


――理解していた。


もしも修平の質問にYESを答えたならば、その後の彼の行動を琴美はわかっていた。


「わ、わたし・・・! 修ちゃんと――」
「――琴美。 俺は、司たちの争いを止めにいく」
「――っ!?」


悠奈に言われた言葉が頭の隅を掠めた。


『武器を手に入れたからといって、ヒーローになった気になるな』

『人間1人が守れるものなど、たかが知れているのだから』


そんなことは、言われなくてもわかっている。

だけど、それでも――


「琴美はここに残ってくれ。 たとえ俺の身に何が起きても、絶対にこの場所から動くんじゃない。 いいな?」
「・・・い・・・や――・・・嫌だ・・・よ。 そんなの嫌だ・・・」
「さっきの銃声は悠奈たちの山小屋にも届いたはずだ。 あいつはお節介だからな。 きっとこの事態に駆けつけてくる。 それまで時間を稼げばいい、それだけだ。 今ここで戦いを止めないといけないんだ。 それが出来るのは、俺しかいない」
「だけど、だけど・・・っ! ずっと一緒にいようって約束したよね・・・? もう危ない事はしないって約束したよねっ!」
「・・・大丈夫。 俺は死なない。 生きて、お前の下へ帰ってくるから。 約束だ」
「・・・やくそく?」
「ああ」
「・・・・・・」


それから僅かの時間だけ、琴美は俯いた顔を上げず無言のままだった。

やがて、勇気を振り絞ったように、目に溜まった涙を拭って修平を見返す。


「修ちゃんは嘘つき」
「そうだな・・・」
「私はいつでも修ちゃんのことを心配してるのに、全然察してくれないし、私の言う事なんてちっとも聞いてくれない。 いつも自分勝手で意地っ張り・・・」
「自覚はあるけど、あまり直す気はないんだ」
「だけど、今回だけは本当に・・・約束だから」
「ああ」
「絶対、守って」


手の平を合わせて、互いのぬくもりを確かめ合う。

それも束の間、名残惜しそうに繋がった手を振りほどいて、修平は村の中心に向かって駆け出した。


「私っ! 上手くいくって、信じてるからっ!」

「・・・ありがとう」


手持ちの拳銃――ソーコムを確認。

弾は入っている。

悠奈から選別にもらった予備の弾丸は12発。

できる事なら使いたくはないが、準備しておくに越したことはないだろう。

念のためPDAは特殊機能をONにしておく。

用意は万全だ。


「ふぅ・・・」


修平は深呼吸する。

ソーコムを握る手に汗が滲む。

上がった心拍数はもうどうしようもなくて、落ち着いてくれるのを祈って、再度息を吸い込んだ。

そして、その息を使って――

 

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「全員、その場を動くなっ!」


大声を張り上げながら、膠着している場へと乱入した。


「あれは、藤田先輩・・・っ!?」

「あぁ!? てめぇは・・・!」

「黒河、武器を捨てるんだ! おかしな動きを見せたら構わず射殺する!」


銃口は黒河へ向けて、1歩ずつ距離を狭めていく。

修平の登場に、その場にいた5人は少なからず戸惑っている。

それぞれの視線が激しく交錯する。

 

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「司。 俺に協力しろ。 あいつを拘束する」

「・・・大胆ですね。 藤田先輩はもう少し慎重な人だと思っていましたが」

「ああ、俺も意外だ。 とにかく、ここで死人を出すわけにはいかない。 この意味がお前にならわかるはずだ」

「セカンドステージへのトリガ・・・ですか?」

「そうだ。 14人のプレイヤーが1人でも欠けた時点で、このゲームはセカンドステージへ移行する」

「信憑性のある情報ですか?」

「ほぼ間違いない。 俺はそう確信している」

「・・・なるほど」


司が理性的に判断すれば、彼が修平の側につくのは明白だ。

司を味方に引き込めれば形勢は崩れる。

そして、黒河も不利を認めれば降伏するだろう。

実際、昨日の黒河は、瞳が迫っていると気付いた時点で修平を放置して逃げている。

修平の計算は間違っていないはずだ。

しかし拮抗は、予想外のところから破られた。

 

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「――ハッハッハ!! てめぇら、そいつに騙されてんじゃねーよっ!!」

「なに・・・っ!?」

「俺は知っているぞ! てめぇが1人でメモリーチップを独占していることをなぁ! それだけじゃねぇ。 お前は運営と取引して、このゲームから1人だけ生き残ろうとしているそうだな!」

「・・・なにを、言ってる。 俺は――」

「・・・聞いたんだ。 あんたが運営の連中と、ゲームの報酬について話していたって・・・」


黒河の陰に隠れて、まるで存在感を感じさせなかった眼鏡の男がボソリと呟いた。


「ゲームの、報酬・・・?」


過去の記憶を掘り起こす――

 

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説明会の後の運営とのやり取りで、確かに修平はゲームの報酬について言及していた。

聞き様によっては、修平が運営と取引しているように解釈できないこともない。


――しかし、なぜそんなことをこの男は知っている?

あの場に潜み、修平の話を聞いていたのは司と瞳だけではなかったというのだろうか。


「・・・違う、それは誤解だ!」

「ハハッ! こいつ、運営と内通していたことを認めやがったぜ! ぶっちゃけ俺もこの話には半信半疑だったんだが、まあ、本人が認めちゃ信じねぇわけにはいかねーわなぁ!・・・んで、司っつったか、てめぇ」


黒河の視線が、今度は司に向けられる。


「てめぇも、あいつとグルなんだろ?」

「・・・なんのことだか」

「わかりやすいんだよなぁ、こんなゲームの中、女連れで歩きやがって。 どうせ、てめぇが上手く口車に乗せて味方につけたんだろ? そこの女とも随分お楽しみだったそうじゃねーか、なぁ?」

「・・・勝手な推論で、僕の仲間を混乱させないでもらえるかな」

「ハハッ! 可哀想だよなぁ、最後には全員まとめてあの世行きだってのによぅ。 そもそもてめぇら馬鹿なのか? ちっとは足りねぇ脳みそで考えてみろや! この状況で、なに仲良しごっこやってんだよ。 信じる信じない? 関係ねぇーじゃねぇか! 最後に信じられるのは自分だけだ! それ以外の何者でもねぇ!」


黒河はその手に掴んだ拳銃を高々と空に掲げ、高笑いをあげる。

その姿に、修平も司も、その場にいる全員が圧倒されていた。

身震いするほどに、おぞましい・・・野獣の姿に。


「――オイ、充。 あいつを撃て」


黒河はそう言って、修平を顎で指した。


「え・・・だけどっ・・・!」


「・・・っ!」

充と対峙していた少女が、奥歯を噛み締める。


「その女はてめぇを斬れねぇよ。 誰が敵かもわからねぇこの状況で、ヘタに動いたら命に関わるもんなぁ・・・オイ!」

「わ、わかったよ・・・っ!!」


充の構えた拳銃の銃口が、修平へと向けられる。

それでも少女は、動かない。

黒河の言葉に惑わされ、修平を味方として見れなくなっているのだろう。

しかも、黒河の言う事はただの妄言ではない。

修平が運営と話していたことを知っている辺り、どこからか情報を得ているのは確かだ。

だとすれば、黒河の心理を誘導してプレイヤー同士の争いを助長している者がいる。

誰が、何の目的でそんなことを――


「――くそっ!!」


とっさにその場を飛び退いた修平を、銃声が追い越していく。

それを発端に、状況が激しく変動した。

少女と司がすぐさま反応し、廃屋を盾にして姿を隠す。

その最中、黒河が猛然と修平との距離を詰めてくる。

「てめぇ、そこを動くんじゃねぇぞ!!!」

「くっ・・・!」


修平が慌てて照準を合わせにかかる。

射撃の練習は何度もしたが、動いている標的を狙うのはやはり至難の業だ。

それでも、何とか照準を合わせることには成功。

黒河との距離は5メートル。

これだけ近ければ、銃弾は外れることはないはずだ。

修平の人差し指が、拳銃の引き金にかかる。


「!?」


いや、引けない。

引いてはいけない。

照準の位置は――黒河の眉間。

致命的過ぎる、どちらの意味でも。

そうして、為す術なく動きを止めた修平の顔面を、


――黒河の拳が貫いた。


「オラァアァァッッ!!!」


――!!


「ぐあっ――!!」


修平の体が吹き飛び、その衝撃に拳銃を取り落とす。

泥水の水たまりの上を滑り、何メートルも無様に転がる。


「が・・・く、あぁっ・・・!」


――銃は・・・?


――ダメだ。

見つからない。

廃屋の軒下にでも入ってしまったのか、ソーコムがどこにも見当たらない。

反撃は断念して、今は一刻も早くこの場を離れるしかない。

ふらつく頭をなんとか持ち上げて、体を翻す。


「オイ、なんだぁ? まさか逃げるつもりかよ。 さっきまでの威勢はどこへいったよ、コラァ!!」

「っ・・・!」


黒河の追撃から逃れるため、修平は森の中へ駆け込んだ。


・・・。

 


――だがすぐに、修平は追いつかれてしまっていた――


「オッラァアア、これでもくらえやァッ!!!」

「ぐっ!!・・・く、あ」

 

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「ハハッ! 思いのほか手間取らせるじゃねーか、このクソが!!」


――!!


「あっ、ぐ・・・!」


濡れ湿った土の中に殴り倒され、さらに地面を蹴り転がされる。

修平は蹴られた腹を押さえ、うずくまるしかなかった。

 

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「・・・さて、っと」
「う・・・ぐっ!」
「まあ、俺も鬼じゃねぇ。 てめぇの持ってるメモリーチップを全部出しな。 それとPDAもだ。 素直に出しときゃ命だけは助けてやる。 もっとも、助けてやるのは命だけだ。 手足の何本かは覚悟しとけよ?」
「・・・断る」


――!!


「ぐはっ・・・!!」
「・・・なぁ、てめぇ俺を舐めてんのか? 殺されないとでも思ってんのか? 出せ」
「・・・・・・」


――!!


「ぐッ・・・!! ハァ・・・ハァ・・・」
「見上げた根性だな。 ま、それもいつまで持つか」
「・・・地獄に、堕ちろ」
「・・・・・・そうかい、じゃあ死ね」


つまらなそうに鼻を鳴らし、黒河が修平の首に両手を触れた。

そして手のひらに、一気に全体重をかけてくる。


「ぐ・・・あ、がっ、か、か、はっ・・・!」


気道が急激に押しつぶされる。

喉に、黒河の指が食い込んでくる。

視界が揺れ、寒気が走り、耳鳴りが始まる。

鼻の奥が重くなり、急速に意識が遠退いていく。

黒河の手を引き剥がそうともがいたが、何をしようと無駄だった。


「っ・・・ぅ・・・!ぁ・・・」


死ぬ。


ここで、俺は・・・。

 

こと・・・み・・・。

 

ごめん・・・。

 

最後まで嘘つきで・・・。

 

お前との約束は・・・。

 

もう・・・。

 

――!!

 

「――っ!!」


首にかかっていた重さが、突然、消えてなくなった。
暗転しかけていた意識が、一気に光を取り戻す。


「がはっ!!! ハッ! ハァッ・・・ハァッ・・・」


体が咳き込む。

酸素を貪るように、大きく喉を鳴らす。

その繰り返しの過程で、息苦しさで、修平は自分がまだ生きているということを理解した。


「ハァ・・・ハァ・・・なん、で・・・」


なぜ、黒河はあの状態から手を離したのか?

目眩を湛えながら体を起こすと、黒河が肩口を押さえながら呻いていた。

浅黒い肌の上には、鮮やかな赤い血が流れていて、先ほどの銃声により黒河が撃たれたのだと知れた。


――誰が、助けてくれたんだ?


ゆっくりと周囲を見渡す。

 

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すると、そこに司と玲がいた。

どうやら気になって、修平の様子を見に来たらしい。

だが、その表情を見る限り、修平を救ったのは彼らではないようだ。

 

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そして、悠奈も近くにいた。

やはり駆けつけて来てくれたのだ。

だが、その手に持った拳銃からも、硝煙は上がっていない。


――じゃあ、誰が・・・?


その時、修平の視線が1つの影を捉えた。


「・・・あ」



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「ハァ・・・ハァ・・・」


彼女の震える手には、修平の落とした銃が握られていた。

その銃口は黒河へと向けられ、今もまだ、微かな硝煙を吐き出している。


「ッ――!」


周囲からは、音の全てが消えていた。

修平が感じていた体中の痛みも、すでに何処かへ消え――


少しずつ、目に映る光景と記憶とを繋ぎ合わせていく。


琴美のプレイヤーナンバーは『6』――。

クリア条件は『自分を中心とした5つ並びのナンバーの他プレイヤーに危害を加えない』――。


そして、黒河のプレイヤーナンバーは『8』――。


黒河が、撃たれた肩を押さえながら立ち上がり、茂みの奥へと消える。


「こ・・・琴美・・・?」

「ごめん・・・修ちゃんだけjは、死なせたくなかったから」

「なん、で・・・」


ピー


「っ・・・」

「・・・やっぱり、鳴りだしちゃった」

「う・・・嘘、だろ・・・?」


混乱はまだ収まってはいなかった。

最悪の目覚ましが鳴り響く。

それでも、目の前の悪夢から覚めることはなく。

琴美の頬を一筋の涙が伝った。


「なに、やってんだよ・・・」

「ごめんね・・・修ちゃん・・・」

「どうして、琴美がここにいるんだよっ!」

「約束、守れなかったのは私の方だね」

 


手をつき、膝を立て、体を起こす。


抜けていた力を呼び起こし、駆け出そうと――

 

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「ダメよ修平!」

「なっ!? は、離せっ!」


無情にも押さえこまれる身体。


すぐそこに琴美がいるのに・・・。


その場所まで駆け寄ることすら許されない。

 

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「私・・・ここまでみたい」

「違うっ! 琴美が死ぬわけが――」

【クリア条件の達成が不可能となりました。 首輪を爆破します】


「あ、あはは・・・やっぱり、ちょっと怖いかも・・・」

「ダメだ、琴美! 今、助けるからっ!!」

「・・・来ちゃダメだよ、修ちゃん。 もう・・・無理だから・・・ね?」

「無理なんかじゃない! これで終わりなんかじゃない! だから・・・っ!」

「私・・・修ちゃんと逢えて、本当に良かった」

「琴美・・・」

「・・・修ちゃん」


琴美が、愛しさを込めて名を呼ぶ。

1人だった俺を、懲りもせずに何度も呼んでいた声。

最初は、どうしようもなくウザかった。

なのに、何度も何度もしつこいから、しょうがなく答えてやっただけ。

でもいつしか、それが当たり前になり、そして必要になって・・・。

俺は、その声に生かされていた。

その声に、生きる力をもらった。

そして今は、その声だけじゃない・・・。

琴美が・・・琴美自身が俺には必要な存在だった。



「ね、修ちゃん」

「琴美・・・」

「大丈夫・・・後悔なんてしてないよ。 だって、修ちゃんのこと、守れたんだもん」

「こと・・・み・・・」


傍にいて当たり前だと思ってた。

俺から目を背けることも、俺から離れることもないと思ってた。

けれど琴美は・・・勇気を振り絞って守ってくれた。

その相手が俺だから。


――だから琴美が向けた銃口に、躊躇いはなかったんだ。


「今まで・・・ありがとうね、修ちゃん」


違う、ありがとうじゃない。

まだ終わりじゃないんだ。


そう、これからは俺が――


「お前を――」


守ってやるから――

 

 

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「――ばいばいっ」

 


――――!!!!

 

 

「こ・・・琴美ーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 

・・・。

 

 

 


再び降り出した雨の中。

その場にいた誰もが、一言も発せず息を呑んだまま・・・。

ただ流れる時間に任せて、その光景を凝視していた。


「・・・こと、み・・・」


おぼつかない足取りで、琴美の下へ歩き始める。

修平が見つめるその先に、琴美が横たわっている。

真っ赤なシーツが、琴美の体を覆うように広がっていく。


「・・・琴美」


向かい合ってそっと呼びかけ、両手を差し伸べる。

優しく、包み込むように髪を撫で、そして抱きしめた。

膝をついたまま、大切だった彼女を、力いっぱい抱きしめた。

生温かい赤が、修平の体に染みていく。


「う・・・くっ・・・こと、み・・・っ!」


言葉をいくつも呑み込んだ。

呼びかけようと探した言葉を、喉の奥へと押し戻した。

 

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「うっ――うあああああああああああああぁぁあああっっ!!!」


身を引き裂くような絶叫が、森の中に響き渡る。


何度も、何度も・・・。


耳を覆いたくなるほどの絶望が、世界を紅色に染め上げていく。

ただ、その悲しみに空が涙しているかのように、


――静かに、雨が降っていた。

 

 

 


ピー


ピー

 

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【参加者の死亡により、ステージがランクアップしました。 ただいまより、ゲームはセカンドステージに突入します。 クリア条件が更新されています。 各自パーソナルデータを確認してください】


・・・。

 

 


■藤田秀平(ふじた しゅうへい):プレイヤーナンバー『4』
クリア条件:『ナンバーが素数のプレイヤー全員のクリア条件を満たす』


――『ナンバーが素数のプレイヤー全員の死亡』――

 


・・・。