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-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛【3】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。


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──部屋の電話が鳴る……。


「な、なんだ……? なんで電話が……」


外が暗い。

まだ時刻は朝の4時だった。


「まさか、麗華お嬢さまのお出かけか?」


コンビニにカップ麺でも買いに行く気だろうか。


「出る出る……出るっての。あい、もしもし……」
『起こすの成功』


正気ですか、メイド長よ。

まさかこれが仕返しか?

紳士であるオレも、さすがにぶち切れそうだぜ。


「寝るぞコラ」


もぞもぞと布団の中に潜る。


…………。

 

……。

 

──部屋の電話が鳴る。

 



「ぐ……まだ眠いぜ……」


またツキからの悪戯電話か……。


「あんまりおいたが過ぎるとひん剥くぞ」
『ひっ……わ、私……起こそうとして……ご、ごめんなさいっ!』


──電話の相手は彩だった……。


痛たたたたたぁ。

 

……。

 

 

 

 



「この性犯罪者」
「てめぇの企みだろ。彩に誤解されただろうが」
「これに懲りたら屋敷を汚すのはやめて下さい」
「おあいこってことか」
「そういうことにしておきます。皆さんもう席に着いてます。早く入って下さい。それから、美味しくご飯を食べる方法を教えてあげます」
「なんだよ」
「『今日もご飯を食べさせてくれてありがとうツキ様』って言ってから食べるのがいいと思います」
「……どこまで頭が高いんだよ。つーか、食事はお前が作ってないだろ」
「バレたか」
「最初っからな」


……。

 

さて、行くか……。


…………。

 


……。

 



「顔が面白いことになってるな」
「ああ。この傷か」


薫の顔に、青アザのようなものが出来ていた。


「昨日、神崎さまに手合わせをしてもらったんだ。ちょっと分不相応なお願いだとも思ったが」
「それで、引き受けてもらえたってわけか。結果はどうだったんだ?」
「真剣な試合だったとは言え、お遊びに似たものだったからな」


お遊びで、薫の顔に傷を負わせるのは、相当の腕だな。


「本気でやって勝てる可能性は……4割くらいかな」
「体術の優等生が謙虚だな」
「それだけ強いってことさ」
「だが、それはあくまで素手でってことだろ?」
「もちろんだ」
「じゃあソイツを使えば勝てるってことか」


薫の腰に構えられる竹刀を差す。


「武器があるから有利になるわけじゃないさ」


ほんとに熱が上がってるみたいだな。


「有意義なボディーガード生活を送ってるようで」


──「まったく、代わって欲しいぜ。俺なんかチンクシャの世話で疲れてるってのにさ」

 



「どうして錦織は倉屋敷お嬢さまには発情しないんだ?」

「は、発情だぁ?」

「他のお嬢さまにはフンフン鼻鳴らしてるじゃねえか」

「それは美人や可愛い子限定だからな」

「彼女もかなり可愛いうちに入るだろう」

「そうかぁ? 俺には子供にしか見えないぜ」

「主には発情しないようにプログラミングされてるんじゃないか?」

「そうかも知れないな」

「なにぼそぼそ話してるんだよ」

「いや、気にするな。どうせ言っても信じないから」


……。

 

授業が始まった。

新任教師(数学が担当らしい)の初授業だ。

ちなみに教科書もノートも必要ない。

なぜなら……。

 



「今からそれぞれ自己紹介してもらいます。まだ先生も顔と名前が一致しなかったり、皆がどんな物が好きなのかわからないしね」


などと言い出したからだ。


「じゃあ、まずは先生から教えて下さいよ。スリーサイズから初恋、男性経験の数も!」


バカが特攻した。

お嬢さまから、『信じられないー』と声が飛び交う。


「あんた……私の恥になることわかってんの!?」

 



「確かに、私から紹介するのはごもっともね。私の名前は、柊朱美(ひいらぎ あけみ)。なにか質問はある? でも、彼みたいないやらしい質問は一切受け付けないわよぉ? それ以外ならなんでも聞いてね」


とは言え、侑祈以外には積極的に質問する人間はいない。

普通の学園のようにふざけた生徒は少ないからな。


「どうやら一般の質問はないみたいですねぇ。やはりちょっとサービス的な質問にも答えて下さいよ」

「仕方ないなぁ……じゃあ一つだけ聞いてあげる」

「っし!」


グッとガッツポーズして、侑祈はニヤリと頬を緩めた。


「じゃあ先生、初体験はいつですか?」

「このアホ! 倉屋敷の恥さらし!」


ビシビシと蹴りを入れるお嬢さま。


「あんたと同じで下品ね、ふふ」

「く、くぅ~~~!」


麗華の挑発に顔を真っ赤にする妙お嬢さま。


「場外はほっといて教えて下さいよぉ」

「さすがに、ちょっとその質問はまずいなぁ」


そう言いながらも、学生時代の経験話を語る教師。

周囲の男は祭りのように騒ぎ立てていた。


「おーっ」


教室から、ごくりと唾を飲む音が聞こえた。

真面目ぶってても、やはりこういう話には弱い。


「まったく……」


中には薫のようにため息をつくヤツもいるが。


「あら、鼻の下が伸びてると思ったのに」

「んなもんで伸びるか」

「良かったわ。妙みたいに恥をかかずにすんで」


キスのことで騒ぐ侑祈。

あれはもう、生き恥だな。


「私は答えたわよ。皆も答えてねー。じゃあこっちの子から、後ろにお願い」


指名されたお嬢さまが、『はい』と答えて自己紹介を始めた。

一人の持ち時間が2分前後としたら、この時間で消化出来る人間は7、8割か。

オレまで回ってこないことを願う。


……。


4時間目の授業が終わり、昼時になった。

薫は昨日のように教室をあとにする。

これから毎日そんな生活を送るんだろう。

 



「なあ海斗、一緒に飯食おうぜ」

「そうしてやりたいが、そうもいかないだろ」

「心配要らないって。麗華お嬢さまも呼べばさ」

「どう考えても、お前んとこと相性悪そうだぜ?」

「こっちは折れなくても、良識ある麗華お嬢さまなら大丈夫だろ」

「聞くだけ聞いてやってもいいけどな」


無理だと思うんだが。


……。

 



「却下」


……。


「無理だ」

 



「諦めるのが早すぎるんだよぉ! チンクシャ以外のお嬢さまと接したいんだよぉ!」

「ったく……無茶言うぜ」


オレはもう一度麗華お嬢さまに交渉してみる。


……。

 



「いつまでも雑談してないで行くわよ」

「却下した理由を聞いてないぜ」

「あの小娘とは気が合わない、以上」

「つまり同レベルってことだな」

「……私を挑発してるつもり?」

「向こうが嫌ってる、つーかライバル視してるのは明らかだけどよ、それでも同席していい位の器を見せてくれよ」

「その必要はない」

「あるさ。強引にオレを引きずり込んだんだ、多少は無茶をやってのける姿を見せてもらわないとな」

「…………」

「どうだ」

「すぐに行くわよ。来ないんだったら認めないから」

「あいよ」


……。

 



「は、離せこのポンコツ~!」

 



「お待たせお待たせ~、こいつったらトイレが長くって」

 

なに食わぬ顔で、人間一人引きずってきた。


「わ、私は麗華なんかとご飯食べたくない~!」


子供のように駄々をこねる。

 



「品性の違いが食事からも出るから、無理ないわね」

「なっ、なぁにぃ!?」

「まぁまぁ……本当のことだけど」

「むきー! 思い知らせてやるわよ! ほらそこの男、奥に座りなさいよ」

「オレの隣に座る気か?」

「死んでも麗華の隣になんて座れないわよ」

「なら、オレが麗華の隣に行こうか」

「いいっていいって。それは俺に任せてくれよ。ねー麗華お嬢さまー」

「騒がしくしたら、追い出すわよ」

「わかってるって」


こうして一つのテーブルに四人がつく。

実に相性が悪そうだ。

麗華は淡々としているが、やはりどこか落ち着かないような気もする。


「そういや、彩とは飯食わないんだな」

「別に関係ないでしょ」

「同学年なんだし、一緒に食ってもいいんじゃないか?」

「双子だからって一緒に食べる理由にはならない」

「去年までは食べてたじゃない」

「・・・うるわいわね」

「うるさいとは何ようるさいとは! ほんとのことでしょ!」

「なんだ、今年からか」

「・・・・・・」

「あぁ、なるほどね」


と、なにやら事情を理解した素振りを見せる。


「ボディーガードが気に食わないんでしょ」

「……だったら?」

「尊のことか? あいつは侑祈と違って失礼じゃないぞ」

「俺が失礼な人間だってか!」

「当たり前だろ」

「海斗には言われたくねーっ!」

「確かに成績は良かったみたいだけど、私も興味ないわね」

「なんでだよ」

「ああいったタイプ、嫌いなのよ」


実に理由になっていないが、こいつと麗華の態度は同じような仕草だった。

麗華が言ってたな。

真面目が取り柄のボディーガードに興味はないと。


「彩も断れば良かったのに」

「お前がどれだけ、そういったタイプが嫌いかは知らないけどな、尊なら任せられると思うぜ。少なくともオレや侑祈よりはな」

「俺を数に入れんでくれっ」

「……ふん」

「それにしてもあんた……海猿だったっけ?」

「オレは海保かよ」

「海斗だよ海斗」

「そう、海斗。あんたタメ口なんて寿命縮めるだけよ。まぁ麗華に対してタメ口なのは気持ちいいけどさ」

「麗華だけじゃなくてお前もな」

「私には敬語使いなさいよ!」

「差別は嫌いなんだ」

「そういう問題じゃなくて……身分の違いわかってる?」

「そうだぜ。ちゃんと敬語使えよ」

「お前だって使ってないだろ」

「俺はチンクシャ以外には使ってるぜ?」

「と言うことで、私に忠誠を誓いなさい。そして麗華の弱みを握って報告するの」

「許可するわ。海斗、妙の首を絞めて良し」

「よし」

はえ?」


妙の首元に両手を伸ばす。

しかしそれが触れることはなかった。

テーブルに身を乗り出し、オレの腕を掴む侑祈。


「悪いけど、触れるな」

「…………」


その目は、見たこともないほど冷酷な目。

感情など一切もたない、カラクリ人形。


「私に触れる者は全て敵……そう認識してるらしいの」

「なるほど……」


妙からスッと腕を戻すと、侑祈の腕が引っ込んだ。


「さ、馬鹿なことやってないで飯注文しようぜ」

「…………」


掴まれた腕がびりびりと痛む。

相当な力で握られたようだった。


「……ちょっと席を外すぜ」


三人をおいて、オレはトイレに席を立つ。


…………。

 

……。

 

すると、ちょうど薫たちと出くわすことになった。

 



「おう薫。飯食ってたのか」
「…………」


薫は小さく頷く。

 



「…………」


なるほど、プリンシパルの手前自由に喋れないってか。


「あんた、相当強いんだって?」

「…………」

「口のきき方には気をつけてくれ」

「こればっかは治せないな」

「……さよなら」


まるで相手にされていないようだ。


「いやー薫も苦戦するって言うから、どれだけ強いんだろうと思ったが、所詮女か」

「海斗っ。その発言は侮辱に当たるぞ」

「…………」


もちろん覚悟の上だったが、怒らないみたいだな。

ちょっと古武術ってヤツを見てみたかったんだが。


「シッ……」

「ん?」


風が、鼻先をかすめた。


「おい、なんだ今の音」

「女が不利とは……限らない……。今のが、見えてないなら……修行不足……」

「見えて……? もしかして、今の拳の音か?」

「…………」


喜怒哀楽をなに一つ見せず、神崎は立ち去っていく。


そして二人が見えなくなった時、オレの後ろにあるガラス窓にヒビが入った。


「……風圧で割った?」


そっとガラスに触れる。


「これだけのことが出来るお嬢さまか」


あの神崎というお嬢さまが繰り出した拳の速さは、ボディーガード訓練生にもいないと言っていい。

薫が色々と言うだけはあって、やるじゃないか。

最初から当てる気配がなかったから良かったが、危うく回避してしまうところだった。


「っと、そろそろ食堂に戻らないとな」


…………。

 

……。

 

 



「また、ずいぶんと遅いトイレだったなぁ。ひょっとして大の方か?」

「だ、大っ……!?」

「余計な誤解を生むから否定させてもらうが、さっき神崎ってヤツにあったんだわ」

「あんた、神崎萌にちょっかい出したの?」

「自殺行為ね自殺行為」

「昨日教えてあげたでしょ」

「ボディーガードを再起不能にしたって話だろ」

「知ってる知ってる。手を出そうとして返り討ちにあったっていう典型的パターン」

「別に下心がないなら問題ないだろ」

「下心のない男がいるとしたら、それはもう性欲が存在しないってことね」

「男は獣ってか」

「当たり前じゃない。あー汚い汚い」

「こら、なに勝手に人の制服で手を拭いてんだっ」

「えんがちょーってヤツ」

「ヤツ、じゃねえよ。何とかしろ侑祈」

「無理」

「こいつと触れ合ってるけどいいのかよ」

「男からはダメだけどね」

「私の命令に逆らえるわけないじゃない。どんなにバカでも3原則くらい守るわよ」

「話しかけないもらわないついていかない、だっけか」

「それなんか違う!」

ロボット三原則ってヤツよ」

「オレが言ったのは?」

「妙三原則」

「わたしは子供じゃなーいっ!」


ぶんぶんぶん! 豪快に腕を振り回す。

十分に子供だった。


「欲しいものは強引に手に入れるタイプだろ」

「当たり前でしょ!」

「当たり前じゃねーよ」

「子供の相手してると、子供になるわよ」

「ムキー!」

「……そういや、なんでロボット三原則なんて出てきたんだ?」


そんなこんなで、騒がしい昼食が終わった。


…………。

 

……。

 



「提案なんだけどさ」
「棄却されました」
「まだ提示してないって!」
「どうせくだらないことなんだろ」
「いや、かなり有意義なことだと思う」
「てことは99%女絡みだな」
「なんで100%じゃないんだよ」
「この世に100%と0%は存在しないからだ」
「あ、何か前にも言われた気がする」

 



「時々、ちょっと変わったことを言うからな海斗は」

「別に変わってないだろ」

「1+1=2だろ」

「99%な」

「いや、100%だって」

「じゃあ99.999999%」

「……なんでだよ」

「なんでもなにもそのままだ」

「んで提案なんだけどさ」


気難しい話に流れてると察知して、流してきたな。


「これから出かけようぜ。海斗も薫も」

「申し訳ないが、これから神崎さまのところへ」

「だからさ、神崎お嬢さまも麗華お嬢さまも誘うんだよ」

「バカだろお前」

「なんでだよ! 俺もチンクシャ誘えばいいだけじゃん!」

「誘いは嬉しいが、私たちはボディーガードだ」

「だからそばにプリンシパルがいればいいじゃんか」

「私たちが守るのはなんだ?」

プリンシパルの命」

「そしてライフスタイルだ」

「う……」

「警護対象者の生活を乱すようなことはしてはいけない」

「基本中の基本だろ」

「海斗に基本とか言われた!」

「確かに、海斗には言う資格はないかも」

「そうかい」

「お嬢さま方が進んで言ってくれるならともかく、な」

「そういうわけだから諦めろ」

「くっそー……」


……。

 



「あの侑祈って、バカね」
「ロボットとは思えないだろ」
「確かに。普通の人間より人間らしいわ」
「だから嫌われないんだろうな」
「やっぱり強いの?」
「そりゃ人間と比べれば遥かに:
「最低限の機能は果たしてるわけか」
「少なくともオレよりは優秀だぜ」
「言われなくてもそんな気がしてるから」
「さよーか」


……。

 



屋敷に戻るなり、解散を命じられ部屋に戻ってきた。

玄関先にツキがいなかったということは、屋敷のどこかで掃除でもしているのだろう。

そんな時、どこからか猫の声が聞こえた。


「あん?」


屋敷でペットを飼ってる話は聞いたことがない。

考えられるとすれば……。

窓の外から下の庭を見下ろす。

猫の姿は見当たらないが、彩の姿があった。


「もう帰ってたか」


あんなところでなにをしているのか。

不安げな瞳で気の上を見つめていた。

気になるな。


「どうせ暇だしな」


部屋ですることもないオレは、彩のところへ行ってみることにした。


……。

 



「……………」
「どうしたんだ、こんなところで」
「あ、海斗さん……」
「泣いてたのか」
「ごっ、ごめんなさい」
「別に謝る必要はねぇよ」


彩は指先で涙を拭うと、木の上を見つめた。


「猫か」
「はい……」


小さな子猫が、ニーニー鳴きながら木の枝に掴まっていた。


「可哀想です」
「助けたいと思っていたのか?」
「は、はい……」
「なら登ればいいんじゃないか?」
「ですが、宮川さまに止められてしまいました。服が汚れるからやめて下さいと。それに私は、その、木登りなどやったことがなくて」
「なるほど。それで尊は?」
「放っておけばいい、と……」


実に尊らしい意見だ。

オレは2階を見上げる。

案の定、窓の奥には尊の姿があった。


「あいつが登れば早いってのにな」
「落ちてしまってはいけないので、ずっと見てるんです」
「そうか……」


彩は運動神経がよさそうには見えない。

猫が落ちて来た瞬間、うまくキャッチ出来るのか?


「オレが登ってやろうか?」
「えっ……けれど、お洋服が……」
「だからって落ちるまで待てないだろ」


木に登るべく、手をかける。


──「やめておけ海斗。服が汚れるぞ」


「うお! 尊! いつの間に降りて来た。……別にいいさ。どうせツキが洗濯するんだ」

 



「そういう問題じゃない。清潔感だ」

「清潔感ねぇ」

「ま、登ると言うなら話は早い。彩お嬢さま、もう屋敷内にお戻り下さい。薄汚れた猫は、その男が回収するそうですから」

「け、けれど……」

「もし猫に引っかかれて病原菌でももらったら、自分は旦那様に顔も合わせられません」

「……………」

「彩お嬢さま」

「ね、猫が無事に降りるまで、待って下さい」

「しかし……」


「よ、ほ……」


二人の会話を尻目に、オレは木に登り猫を捕まえる。

反抗する動きを一瞬見せたが、すぐにおとなしくなった。

長い間木の上にいたのか体力がない。

がさがさと木が揺れる。


「もう少し離れて下さいお嬢さま。服が汚れます」

「は、はい……」


「っと」


猫を抱えたまま飛び降りた。


「これでよしと」


猫を下に下ろすと、ふらふらと歩き出した。


足取りはおぼつかない。


「だ、大丈夫かしら……」


ふらっと手を伸ばす。


「彩お嬢さま!」


ビクッ!


尊の怒声が響き渡る。


「絶対に猫には触れてはいけませんよ」

「は、はい……」

「そこまでする必要があるのか?」

「あるに決まってるだろ。僕の役目は彩お嬢さまを守ることだ」

「猫一匹でさえ敵ってわけか」

「そうだ」

「そうかよ」


猫を抱きかかえる。


「あの、どちらへ……」

「腹が減ってるだろうからな、飯でもやるさ」

「くだらん同情だな」

「同情ねぇ」

「お前が今後、その猫が朽ち果てるまで面倒を見るなら止めはしないが、そういうわけじゃないんだろう?」

「まぁな」

「偽善を振りかざしてポイントを稼ごうとしても無駄だ」

「別にそんなことじゃねえさ。助けたいから助けた。飯をやりたいからやるんだ」


猫や犬には以前、色々と世話になったからな……。

恩返しというより、世間一般では罪滅ぼしというものだろうが。


「勝手な男が……」


おお怖い。


「このままじゃ噛み付かれかねないな、隣の猫に」

「貴様、僕を猫だと!」

「じゃあな。猫は心配するな」

「ありがとう、ございます」


彩の目には、猫が助かった安堵は見られなかった。


……。

 



「そこのピーナッツ顔の男、待て」
「激しく誤解される言い方をするな」
「服が汚れてる」
「お前まで猫は放っておけってか?」
「ここだと屋敷が汚れるから」
「ついてきて」
「お、おう」


ツキに先導されるようについていく。


……。

 



「ここなら、汚れてもいいから」
「ここは?」
「旦那さまの部屋」
「汚れたらあかんやろ!」
「なんで関西弁やねん……空き部屋だから」
「脅かすなよ。つーか、汚れるのは許せないんじゃないのか?」
「私が掃除するからいい」
「そ、そうか……」
「牛乳持ってくる。キャットフードはないけど」
「いいのかよ」
「あなたが来なければ、私が助けてたから」
「見てたのか」
「…………」


……。


「彩お嬢さまが可哀想」


猫に牛乳を与えながら、頭をなでるツキ。


「可哀想?」
「……失言だった」
「尊のことか」
「失言だった。今のはメイド失格」
「別に誰も聞いてねえって」
「あなたが聞いてる」
「いてもいなくても一緒だろ」
「それは確かに」
「そのあたりは素直なのな」
「だけど、やっぱり今のは失言」
「そうかよ。でも、たまにはいいんじゃないか?」
「たまには?」
「言いたいことを口にしてもよ」
「…………」
「案外すっきりするかもな」

 



「あーいなくならないかな……朝霧海斗」
「……オレかよ」
「別にスッキリしない」
「なら本心じゃないんだろ」
「ただ、そう……心の底でニヤッとしたくなる」
「……間違いなく本心ってことだな」
「メイド失格だろ」
「…………」


ピッとオレを指差す。


「どうせボディーガード失格とか言うんだろ? ま、言われたところで、別に痛くも痒くもないけどな」
人間失格
「……今のは割と効いた」
「猫は、私が逃がしておく」
「そうしてくれ」
「だから脱いで」
「なに?」
「脱いでほしいの」
「ま、まさかコイツ……」


発情?


「別に、脱いでやらんこともないが……」
「いいですよ。エッチしても」
「いやそこはベタなオチまで持っていこうぜ」
「なに言ってるのよー。汚れた服を洗濯するからよーバカー」
「完全な棒読みありがとよ」
「顔を赤らめない……ナウい童貞くんじゃない」
「そういうの口にするタイプじゃないからやめろ」
「私は結構、淫乱」
「……そうか」


案外、本当にそうかも知れない。

なので深入りするのはやめておく。


「今、こいつには深入りしないでおこうと思った」
「そりゃ思うだろ」
「私はきっと、甘く切ない言葉に弱い」
「絶対嘘だなそれは」
「ピュアな心の持ち主ですから」
「棒読みになってる棒読みに」
「私を射止めることが出来たら、凄い」
「なんか景品くれるのか?」
「メス豚って額に書いてもいい」
「本当だな?」
「うわ、凄いあくどい顔」


なんかコイツ、屈服させたくなるんだよな。

多分生意気だからだろう。


「お前に恥をかかせるのは面白そうだ」


ぐっと近づいて、ツキの顔を覗き込む。


「あ、剃り残し」
「お前のために残しておいた」
「えい」


ブチッ。


「痛っ!」


豪快に顎鬚を抜かれてしまった。

めげずに甘い言葉をささやくことに。


「普段は憎まれ口ばっかだが、好きだぜ」
「えっ……」

 



頬を赤らめるツキ。


「お前といると、いつもどきどきするんだ」
「ほ、本当……に?」


上目遣いに見つめてくるツキ。


「あっ、ああ……」


なぜか、オレがどきどきしてきた。


「本当に私のこと……」
「だーっ!」


慌てて距離をとる。


「て、てめぇ……恋愛の女王かっ」
「チッ……」


危うくこっちがキュンキュン言わされるところだったぞ。


「つーことで勝負はなしだ。オレは消える」


……。

 



「ツキには羞恥心ってものがないんだろうな」


平然と男と付き合う最近の若者タイプだ。


「今後は女として見るのはやめよう」


…………。

 

……。

 



「ああジュリエット、あなたはどうしてジュリエットなの? あなたはロミオ。どうしてロミオなの?」

 



──「……衝撃!」


「待て待て待て!」


……。

 



「音も立てずに人の部屋に入り込むな。かつ悟られないよう気配を殺すなよ」
「メイド長クラスになると、サイレントモード可能になる……みたい」
「適当だなオイ」


始めて会ったときからそうだが、こいつの気配は本当に希薄だな。

ここまで気づかずに他人をそばに寄せ付けたことなどここ一年以上なかったというのに。


「おおロメオーあなたはどうしてロメオなのー」
「真似せんでいい。つーかロメオじゃなくてロミオだ。オレは気に入った本の分は口に出す癖があるんだよ」
「凄くアホ丸出しやね」


なんだよその憎らしい口調は。


「とにかく変な誤解はするな」
「大丈夫」


実に信じがたいが、信じるしか方法はない。


「ところでなんの用だよ」
「掃除が終わって暇だったから」
「オレをからかいに来たって解釈で合ってるか?」
「概ね正解」
「ここまでオレを翻弄するヤツは初めてだ」
「麗華お嬢さまも、きっとそう」
「……そうだな」
「遠慮しないで部屋に入って」


……。

 



「間違いなくオレの部屋だから」
「誇りが落ちてる」
「なんか漢字間違えてないか? 失礼なヤツめ」
「合格ラインギリギリだけど、綺麗には部屋を使ってるみたい」
「まぁな」
「エッチな本は持ち込んでる?」
「答える気はない」
「持ち込んでるみたい」
「……いや、持ち込んでないっての」


本当に持っていない。


「それは後日探してみるとして……」
「勝手に探してたらゴムパッチンするぞ」
「想像すると、ちょっと怖い」


前言どおり、ツキは遠慮することなくベッドに座った。


「…………」


こうしてツキを目の前にしても、本当に存在が薄いな。


「お前実はこの屋敷の幽霊とか?」


それなら納得がいく。

生前屋敷に尽くしきれなかった霊が……。


「言ってて恥ずかしくない?」
「悪かった。あまり現実味がなさすぎたな」

 



「実はかずおとむね子の間に出来た子供なの」
「かずおとむね子? どっかで聞いた名前だな」
「あ……そろそろ食事の時間」
「今日も料理はしなかったのか」
「メイドは料理、しない……」
「じゃあ作ろうと思えば作れるのか? 掃除が出来て料理も出来る万能娘だとでも言うのか?」
「当然」
「そうかよ」


ベッドから立ち上がる。


「食堂に行く」
「そうだな」
「……この部屋は、凄く落ち着く部屋」
「そうなのか?」
「うん。海斗は、邪魔だけど」
「悪かったな」
「対応も、雑になってきた」
「言われ続けたら嫌でも慣れるんだよ。つーか気づいたら完璧にタメ口な。お前の方が年下に見えるぞ」
「麗華お嬢さまより、一つ下」
「だったら人生の先輩に敬語を使え」
「わかりました。海斗さま」


ゾワワッ!


「やっ、やめろ気持ち悪い!」


既に変な耐性が生まれていた。


「ほほー」


面白い物を見つけた子供の目をするなっ。

 



「海斗さま。私あなたについていきます」
「ぎゃああ! 耳が腐る! オレが悪かったからこれ以上は勘弁してくれ!」
「あなたさまがいなくなったら、私は生きていけません」
「ごふ! マジでやめろって!」
「早くこの屋敷を乗っ取っている魔王を倒して下さい」
「それ主人に対する暴言だろ! 首飛ぶぞ!」
「すべて朝霧海斗に強要されたことなんですっ」
「完璧な逃げ道だなオイ!」
「狩る者と狩られる者」


末恐ろしい女だな。


……。

 



「なんだ、随分と早いじゃないか海斗」
「お前はもっと早いみたいだけどな」
「ん? メイドと一緒に来たのか」

 



「こんばんわ、宮川さま」

「ふん」

「…………」


なんかこいつ、ツキが嫌いみたいだな。

ツキの顔を見ようともせず鼻を鳴らす。


「くれぐれもお嬢さまたちに粗相のないようにな」

「はい」

「ツキ、お前嫌われてんのな」

「別に」


こいつはこいつでなんとも思ってないみたいだ。


「まあいいや。飯食うぞ飯」

「毒は盛ってないから安心して」

「言われると怪しいからやめてくれ」


……。

 

食事の時間。

使用人とメイドの殆どが、一緒に食事を取る。

席を一緒にしないのはメイドのツキと、二階堂の名前がつく人間。

それからこの時間に仕事のある少数の人間だけ。

もう少しボキャブラリーがあってもいいと思うが、雑談らしい雑談は殆ど伺えない。

たまに聞こえてくる会話は仕事のことばかりだ。


堅苦しいぜ、まったく」
「少しずつ慣れるしかないな」
「んなこたぁわかってる」
「私は毎日、いつお前が逃げ出すのか心配でならん」
「本当に逃げ出してやろうか」
「麗華お嬢さまが悲しむからやめてくれ」
「あいつが悲しむタマかよ」
「お前のことは大切な駒だと言っていた」
「使い捨てって意味じゃねえか」
「ふはは、そうとも言うな」


佐竹はつまらんこと言いやがる。


「今度飯でも奢ってもらうぞ」
「ここより豪勢な物は無理だからな」
「そんな期待はしてねぇよ」


──「佐竹校長、少しよろしいですか」


「なんだ?」

「なぜ海斗なんかに構うんです?」


おいおい、随分とストレートだな。


「成績も素行も悪いのに、やたらと庇うので。一部の先生方の間では、あなたが強引に海斗を進級させたとも聞きます」

「お前ほどの男が噂を真に受けるのか」

「そういうわけではありませんが……」


麗華のボディーガードに決まってから、本当に尊はオレを敵視しているらしい。


「出来の悪い子ほど可愛いと言うだろう。お前は一人にしても不安はないが、海斗の場合はいつも見ていないと心配でな」

「なるほど、そういうことですか」


妙なところで納得するなよ。


……。

 

 

 

 

夕食後。

 



「今日は、今からお風呂に入ってきて」


と言われたので風呂場に向かうことにした。

食事の時間と違い、入れる人数も限られる上、風呂にかかる時間は人によって随分と違う。

そのため日ごとに時間帯が異なっているのだ。

 

……。


一日に使用する回数の限られる風呂場は遠い。

一般家庭では何気ない離れでも、この巨大な屋敷の離れにしたらとんでもないものだ。


「おっと、ここだここ」


既に中の脱衣所から何人かの声が聞こえる。

ちなみに隣は女風呂だ。

そしてさらにその隣は二階堂専用の風呂。

使用人が間違えて風呂場でばったり、なんてことは起こりえないわけだ。

脱衣所で衣服を脱ぐ。

もう慣れてはきたが、風呂の規模も恐ろしい。

民衆が利用する銭湯など足元にも及ばない。

サウナはもちろん完備されているし、使われているお湯は県外から運んできたどこぞの有名な温泉とも聞いた。


「使用人でこれだ、お嬢さま方クラスなら札風呂に入ってるかもな」


万札で泳ぐのは痛そうだが、実に爽快な気分になれることだろう。


…………。

 

……。

 

「あんたもお風呂上りなのね」
「この自信たっぷりな声は麗華か」
「変な基準で聞き分けるな」

 



湯上りなのか、麗華の髪は程よく艶やかだ。


「いつもこの時間に入ってるのか?」
「比較的早い時間ね、入るのは」
「やっぱり札風呂か?」
「札風呂?」
「いや、なんでもない。妄想と現実がごっちゃになった」
「なにそれ……。どう? もう屋敷には慣れた?」
「とりあえずはな。つーか色んな物に金を使いすぎだろ」
「色んな物?」
「料理から風呂から、全部だよ」
「ならあんたは金持ちになったらどうするの?」
「そりゃお前……好きなもん買ったり食ったりだな」
「それは料理や風呂場が豪勢なのとは違うわけ?」
「それはそうだけどよ。なんつーか、使用人にまで豪勢にする必要あるか? 自分たちだけおいしい思いすればいいじゃねえか」
「そんなこと、出来るワケないでしょ」
「なんでだよ」
「いくつか理由はあるけどその一つが、金持ちは見栄っ張りだからよ。第三者に対しても、私は金持ちだって言いたいの。廊下に飾ってる皿やツボがいい例ね」
「見栄ねぇ」
「貧乏に人にはわからない美意識よ」
「そうみたいだ」
「あとは、本人たちだけ贅沢な思いをしてたら、周りに仕えてくれる人間に不信感を与えるわ。今と同じだけの給与を与えるとしても、あんたたち全員がボロアパートしか提供されなかったらどう?」
「……確かに」
「こんなこと少し頭を使えばわかるでしょ」
「悪かったな、わからなくて」
「いいわ。そんなことも考慮してあんたにしたんだから。別に今以上を期待してはいないわ」
「実にありがたいお言葉だな」
「湯冷めしないうちに寝なさい」
「あいよ」


……。

 

早朝……オレはある人物と向かい合っていた。

 

「…………」
「…………」


オレが下、少女は上。

もっともオレは、つい先ほど彼女の気配で起こされただけだが。

気配で気づいたと言っても、目前まで侵入を許してるってことは、一つ間違えば殺されてたってことだ。

メイドに殺されるボディーガード……情けなさすぎるぜ。


「朝一番の、ばっどにゅ~す」


なにやら少しだけ楽しそうな声。


「先日買い物に出たとき、見かけたバカップル。スーパーの前に駐車していた車に乗り込む彼氏。そしてそのあと、助手席に座ろうとする彼女。けれど、まだ助手席のロックは外れる前で、ドアを引いてもドアは当然開かない。『うわ! カギ閉められたかと思った!』、爆笑する彼女。『それマジでウケるっちゃ!』、今世紀最大の笑いのように爆笑する彼氏。今時の若者の笑いのツボは変……。嘆かわしい。まさに痛いバカップル」
「…………もしかして今のつまんねー話がしたくて、心地よく眠ってるオレを起こしたってことか?」
「そう」
「……オレが何を言いたいかわかるか?」
「くたばれ厚生省?」
「ちげーよ! 物騒だろそれは! つーか『マジでウケるっちゃ』って、どこの方言だよ、この辺の言葉じゃねえだろ」
「じゃあ、お休み」


……。

 



「これで二日連続、起こされてしまった……」


もちろん部屋の鍵はかけて寝ていたが、恐らくメイド長であるツキはマスターキーを持ち歩いているんじゃないだろうか。


「不法侵入するメイドに、そんなもの持たせちゃいかんだろ」


鏡で全身をくまなくチェックする。


「寝癖はないが、ちょっとヒゲが邪魔か」


普段からあまりヒゲが伸びるタイプではないのでひと月に1、2度しか剃らない。

個室ごとに簡単な洗面所があるので、軽くヒゲを剃っていくことに。


「ヒゲを剃るのは、あまり得意じゃない。よし……」


ジョリジョリジョリ。


「いや、今の音は正しくない。そんなにヒゲが生えてるわけじゃないからな」


ソリッ、ソリッ。


「うん。まあそんなもんだろう」


…………。

 

……。

 



カリカカリカリカリ。

カリカリカリ。

カリカリカリ。


突然だが、現在小テスト中だった。

担任である柊教員による、いきなりの展開だった。

 



「皆の実力が知りたいからお願いねー」


がきっかけだ。


お嬢さま方も男子生徒も熱心に取り組んでいるようだ。

若干名を除いて。

まず隣前後にいる麗華や薫は真面目の筆頭。

おそらく満点辺りを軽く取るであろう。

問題は離れにいる侑祈。

腕自慢はともかく、オツムは非常に悪いため、このテストの難易度から見るに低い点は必至。

頭からもやや煙が上昇気味だ。

そしてその隣に座る倉屋敷。

何故かコイツもまた、頭を抱え込んでいた。

そして悩んでは鉛筆を転がして、記入していく。

テストの中にある選択問題を、鉛筆占いで決めていると言ったところか。

アイツもおバカだったんだな。

その他別段と言って目立つ人間はいない。

さて、どうしたもんか。

テスト問題自体は、それほど難しくない。

どれも訓練校時代に学んだ箇所だ。

ざっと見る限り記入ミスさえしなければ、満点は取れるが……。

全20問中、7問くらいの正解にしておくか。

あとは空白や適当な答えで問題を埋めておく。

目立たず騒がず、平穏にやらねぇとな。

あとあと面倒だし。


……。

 



「はーい、じゃあテストを返しますねー。それぞれ点数を読み上げていくから、点数の低かった子は次から頑張るように」

「ちょっ、ちょっと待ってよ」

「どしたの?」

「個別にテストを返すならともかく、皆の前で点数を読み上げるなんてありえない!」

「そ、そうだそうだ! 妙の頭が悪いのがバレるだろ!」

「うるさいなぁ!」

「あたっ!」

「そう言えば、この学園って原則で禁止なんだっけ」

「そうなのか?」

「ええ。個人の能力を無下に周囲に晒さないのよ」

「オレたちの場合はそうでもないけどな」

「ボディーガードと資産家を比べちゃダメだろう」


むしろ、点数の悪かった人間は進んで教官にいびられたもんだ。


「私は、別に、公開されてもいいけど? 他の頭の悪い子たちが可哀想だと思うわけよ。つまり慈悲ってヤツ」


ふふん、と鼻を鳴らす。


「それもそうね」

「納得してくれたみたいね」

「倉屋敷妙さん。15点」

「ブッ! 頭悪っ!」

「なに発表しちゃってんのよ!」

「え、だって自分は公開してもいいって……」

「ハッ!?」


ギョロンと目をひん剥いて、麗華を見る倉屋敷。


「ふ」


あ、何気に勝ち誇ってる。


「き、きーーーっ!」

「鉛筆転がして回答埋めてたとこだけ、正解だったみたいね」


どうやら柊教員も見ていたらしい。

つーことは、実質0点みたいなものか。

よく進級出来たな。

……いや、この学園なら留年はないだろうな。

いろんな手を使って進級できそうだ。


「柊先生。私のテストは何点?」

「二階堂さんは……ふふ、さすがね。満点よ」

「その程度の問題なら当然ね」

「た、たまたま鉛筆を転がして正解しただけでしょ!」


それはお前だ。


「こうなったら……ボディーガードの点数で勝負! 先生、侑祈の点数は!」

「えっと……。あら、凄いじゃない!」

「マジっすか!」

「倉屋敷さんと同じで15点よ、偶然ねぇ」

「ガーン!」

「ガーン!」

「じゃあ海斗のは?」

「勝手に聞くなよ。別にいいけどな」

「えっと、朝霧くんは……35点ね」

「あんたあったま悪いわねぇ」

「ほっとけ」

「でもいいわ。あんた一人でも、あいつら二人の低能よりは良かったわけだし」

「ギク……」

「二人足しても30点なんて……信じられないわね」

「きょっ、今日はたまたま調子が悪かっただけよ! いつもなら100点x3くらいなのよ!」


成績の良し悪しに、調子はあまり関係ない。


「はいはい。そういうことにしておくわ」

「お、覚えときなさいよぉ~っ!」


…………。

 

……。

 

 



昼休み。

それは唐突に起こった。

オレたちが食堂に向かう道の途中、顔に包帯を巻いた男が、窓ガラスを叩き割った。

 



「変質者?」
「……さぁな」


この学園に易々と侵入出来るとは思えないし、暴れようなんて気にも普通はならないと思うが。


「神崎、神崎、神崎ぃ!」


どうやら男の怒りの矛先は、神崎にあるようだ。

 



「…………」

 

 

「神崎さま、この男は?」

「……えっと……知らない、ひと……」

「ぐっ……ふっざけんな!」


ぐるぐると男は、包帯を取る。

その下からは、アザだらけの顔が姿を現す。


「あ……」

「これで思い出したかよ」

「……今、お腹が鳴った……」

「ち、ちくしょー!」


拳を構え、殴りかかる男。

その動きは素人ではない。

確かに武道に心得のある人間の動き。


「貴様が何者か知らないが……。神崎さまに手をあげる者ならば容赦はしない!」


男が繰り出した攻撃も、けして悪いわけじゃない。

しかし相手が悪かった。


「な───!?」


自ら仕掛けたはずの男は、気づけば宙を舞っていた。

僅かな瞬間で抜刀した薫は、その模造刀で男を薙ぎ払った。


「ぐぅ!」


「やるじゃない、あいつ……」

「まぁな」

「なんであんたが自慢げなのよ」

「薫……食堂、行こう……」

「はい、神崎さま」


二人は何事もなかったかのように、立ち去っていった。

 

「思い出した」
「なにを」
「そこで伸びてる男よ。確か一年前神崎先輩のボディーガードだった男よ」
「なんだって?」


つまりアレが、振られたあげく人生の路頭に迷い果てた男の末路と言いうことか。

意識不明の重体から回復し、復讐を果たすために乗り込んできたものの、神崎は既に記憶の片隅にも覚えていなかった。

挙句の果てには薫に一撃で葬られ、また重体に逆戻り。


「……少し目頭が熱くなる話だな」
「なんでよ」


男は駆け付けた警備の人間に引きずられていった。

あとで聞いた話、男は退学届けを提出に来たと言って学園の中に侵入したらしい。

元々憐桜学園の生徒だけあって、警備の人間も油断していたんだろう。


「ボディーガード一つ取ってみても、やっぱり雲泥の差があるのね」
「そらそうだ」
「あんたが極端なハズレでないことを祈るわ」
「ハズレであることを否定しようぜ」
「無理」


……。

 

 

いつもより遅れること数分。

食堂はさっきの騒動で持ちきりだった。

話の中心である神崎はつゆ知らず、なにやら売店で受け取っている。

 

「パンか?」
「食堂以外で食べたがる生徒もいるからね」
「そらそうだわな」


時には教室や中庭、屋上なんかで食べたくなるときもあるだろう。


「神崎先輩はいつも外で食べるらしいわ」
「なんでまた」
「そこまでは知らないわよ」


オレは神崎のことが……何故か気になった。


「ほら、さっさと席につくわよ」
「ああ」


…………。

 

……。

 

 



「失礼します、麗華お嬢さま」


時刻は、間もなく日付が変わろうと言う頃。

いつもと変わらない素振りでツキがやってきた。

私は椅子に腰掛けたまま、彼女の手に持たれたノート大の大きさの資料に目をやった。

 



「成果はどうなの?」
「ご覧になっていただくのが一番かと」
「それもそうね」


資料を受け取り、昨日と同じように目を通していく。


「……特に変わったところはないようね」


落胆を隠し切れない。

けれど逆に、胸の奥底に眠る興奮を呼び覚ましそうだ。


「朝霧海斗なる人物について、各方面から調べてはみましたが……」
「出身は不明、両親も不明。どこを卒業し進学してきたかも不明、でしょ?」
「はい」
「こんなことってありえるのかしら」
「通常では考えられません」
「そうよね」


曲りなりにも私の家は二階堂。

日本でも有数と謳われる資産家であり、情報網一つとってみてもかなりのもの。

 



「あなたはどう思うの?」
「私ですか」
「ハトが豆鉄砲食らった顔しないの」
「なにかと言えば、機関銃を撃ち込まれた気分です」
「それ死んでない?」


相変わらず面白い子だ。

この子でなければ、張っ倒してるでしょうけど。


「あなたにしては珍しく、海斗に心を開いてるみたいだから」


ん……我ながら今の言葉は訂正したくなった。


「素のあなたを表現させたのって、海斗が初めてじゃないの?」
「……別に。ただ、少し匂いがするだけです」
「匂い?」
「どこか懐かしい匂い……そしてどこか怖い匂い……」
「……懐かしくて、怖い……?」
「それがなにかは、私にはわかりません」
「……そう」


やはり、あいつに聞くしかないわね」

もっとも難関だけど、こうやって外側を探っていても埒があかない。


「佐竹を連れて来て、ツキ」
「もうお休みになられてるかと」
「いいから連れて来なさい」
「畏まりました」


……。

 



「お呼びですか、お嬢さま」

「こんな時間に悪いわね」

「いえ」

「ツキは席を外してもらえる?」

「はい」


……。


「素直に言うわ。朝霧海斗に関して知ってることを話して」
「と言いますと?」
「学園から提出された資料以外のことよ」
「そう言われましても……資料にあること以上のことは私にもわかりません。一年間接してきた教師たちなら、多少のことは知りえているかもしれませんが」
「つまり、今私の手元にある資料が、あんたの知ってる全てのことだと認識していいわけ? 忘れてたとか、記入漏れだったとか、みっともない言い訳は聞かないわよ?」
「すみません、一つ忘れておりました」


間髪いれず、口を開く佐竹。

内心で強く舌打ちをする。


「その資料には載っていないことなのですが、彼……朝霧海斗は私が訓練校に推薦しました」


やっぱり。

佐竹からもらった資料以外に、私が集められた情報はただ一つ。

佐竹が海斗を連れて来たと言うことだけ。

そこを突いていこうと思ってたのに……。


「推薦、ってことは……あいつはどこから来たの?」
「質問にはお答えできません」
「どうして」
「私も知りえないことだからです」
「そんなはずないでしょ。子供だって騙せないわよ、それじゃ。どこの誰かも知らない人間を、天下の憐桜学園に入学させるわけがないじゃない。隠す理由はなに? たかだか学生の一人じゃない。それにボディーガードをそばに置くのは私よ? 過去を知っておくことは必要なことなの」
「私は予め確認いたしました。彼がどこの誰であり、どんな経歴でも気にしないですか? と」
「気が変わることだってあるし、そこを責められる理由もないわ。私がプリンシパルで、彼がボディーガードである限りね」
「彼は信用にたる男です」
「ならその証拠が欲しい。それだけのこと」
「…………」
「あいつとの間に、なにがあるの?」
「これが集められた資料ですか」


目の前にある資料を見つめる。


「……そうよ」
「資料を見せていただいても?」
「好きにしなさい。もっとも、大したことは載ってないけどね」
「確かに、麗華お嬢さまの仰ることは正論です」


パラパラとめくってはいるものの、集中して読んでいる気配はない。


「意見させていただいてよろしいですか」
「言ってみなさい」
「世の中には、知るべきことと、知らざるでいるべきことがあります」
「……後者だと言いたいわけ?」
「私に質問を投げかけたのはお嬢さまが初めてではありません。訓練校では私が彼を推薦したことを知る教師が何人かいますので。けれどその度に同じことを言いました。彼について語ることはなにもない、と」


サングラスのせいで、眼光を探ることも出来ない。

もっとも、私の洞察眼程度で、佐竹の思考を看破出来るはずがないけれど。


「拒まれれば拒まれるほど、人ってどんどん欲求に駆られていくのよね。私はたどり着くわよ? そこになにもなかったとしても。どんな手を使ってでもね」
「探求心を抑えられない方だ」
「謎を謎のままにしておくのが気持ち悪いだけ」
「止めはしません。あなたが資産家として生まれた以上、なにをなさってもたどり着けないでしょうから」
「どういうこと」
「…………。私にはあなたを止める権限はありませんが……。いざとなればやめさせることもできます」
「面白いことを言うじゃない。いくら父と長い付き合いだとしても、あなたが私に命令出来るとでも言うの?」
「あなたが犯した大罪、それを公表しても?」
「……へぇ。耳を疑う発言ね。まさか脅される日が来るなんて。誘拐を経験したと思ったら今度は脅し。私の人生も愉快ね」
「もちろん私の独り言に過ぎませんが、その独り言を他の誰かに聞かれてしまうこともあるかも知れないと言うことです」
「あんたのことは嫌いじゃない。でも、私に楯突こうって態度は気に入らないわ」
「申し訳ありません。ですが、麗華お嬢さまのためです」
「ひとまずは、手を引く。あいつのことを調べさせるのはやめるわ」


万が一にもあの事が外部に洩れたら、あの子は……。


「ありがとうございます」
「でも覚えておきなさい。私は諦めたわけじゃないから」
「はっ……」
「下がっていいわ」
「失礼いたします」


……。

 



「まったく……」


朝霧海斗……あんたは何者なのよ。

どんな経歴だったとしても別に構わないのに。

成績や態度なんて二の次なのよ?

ただ知りたかった。

あんたがどんなヤツなのか、ってことを。

それだけ……。

 

……。

 

 

天使の日曜日 Angel's holiday “ef - a fairy tale of the two.” Pleasurable Box.【2】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。


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吐き出した空気の白さが綺麗だ。

ふと、ガラにもなくそんなことを思ってしまう。


……。

 



「ふー……」


もう一度息を吐いてから、カバンを持ち直す。

ずっと通学に使ってきているこのカバンは、夏までと比べるとちょっと軽くなった。


「あのちっさいカメラでも、意外と重かったんだなー」


ふと、そんなことを思って笑ってしまう。

 



Chapter 2 After Story.今も夢のつづきを
 feat Kei Shindou.

 



最近、愛用のビデオカメラは時々手入れをする程度で、すっかり部屋の置物と化している。

今日みたいに空気が澄んでいて、世界が綺麗に見える日はカメラを構えたくなるけど──

残念ながら、受験生という不自由な身分なので、一切の撮影行為をみずから禁じている状態だ。


「う~ん……」


でも、撮りたいなあ。

二度と巡り合えない光景っていうのは、いくらでもあるからなあ。


「う~ん……」



「お」


悩みつつ歩いていると、同じような声をあげて歩いてくる宮村に気づいた。

一応、声を掛けておかないと後が怖いな。


「おっす、みやむ──」

 



「うむむむ……」
「…………」


完全にスルー……。

普段、人を下僕扱いしているくせに、こういうときはほったらかしだよ……。


「うむむむむ……」


宮村はこちらに目を向けることなく、難しい表情をしたまま通り過ぎてしまう。

本当にわかりにくい女だよなあ、あいつは。

アレと付き合ってる親友は、今さらながら大したもんだと思う。


「まっ、どうでもいいか」


宮村の背中を見送ってから、俺はぐっと伸びをする。

空は澄み渡り、雲がゆっくりと流れている。


「いい天気だ」


…………。

 

……。

 



年も明けて、受験まであとわずか。

まだ冬休み中ではあるけど、俺はこうして真面目に学園の冬期講習に参加中だ。

教壇に立つ先生は無駄話の一つもなく、ひたすら受験に必要な技術を叩き込んでくる。


「うう~ん……」


みんなが真剣に授業を開いている中、一人だけを唸りながら首を傾げている奴がいる。


「…………」


「学園辞めて余裕ができても、結局は仕事につぎこんでるもんなあ……。」


宮村がなにやらつぶやいているのが気になってしょうがない……。

どうしてだろう、とっても嫌な予感がするんだ、俺。


「ホントに困った男だぜ、絃くんは」


広野?

 

またなにかトラブったのかな、あいつ……。

宮村はトラブルメーカーだけど、広野だって相当なもんだし。


「しょうがないなー……」


ここは広野の親友である俺が人肌脱ぐか。

 



「おい、なにぶつぶつ言ってるんだ、宮村」
「ん?」


とりあえず、先制攻撃を打ってはみたものの、宮村はいかにもどうでもよさそうな顔を向けてくる。


「広野がどうかしたのか? 仕事しすぎでぶっ倒れでもしたとか?」
「そうならないように気をつけてるよ。今日は、睡眠薬飲ませて、寝かしつけてきたもん」
「……どうでもいいけど、もうちょっと手段選べよ」


これだから怖いんだよ、宮村は。

前言撤回、広野は単なる巻き込まれ型だな。


「漫画家なんて、非常識な存在なんだから、まともな手段じゃ対応できないよ」
「そういう問題発言もやめておくように……」
「とにかく、あたしは今、広野絃救済計画を企んでいるところなんだよ」
「救済ねぇ……」


宮村が真剣な表情をしているのが、かえって危うい。

ここは俺がきっちりと宮村の暴走を止めて、親友を救うべきだろう。


「どう考えても、ろくでもないことになりそうな。やめといたほうが、広野も平穏に──」

 



「せんせー、堤くんがあたしにワイセツ行為を働きましたー」
「は!?」


宮村が突然手を挙げ、そんなことを言い放った。

たちまちクラスメイトたちがざわめき始め、教師も俺を睨んできてる。


「ちょっ、待て! 汚いぞ、宮村!」
「つーん」


忠告されるのが気に入らないからって、なんてことをするんだ。


「って、いやいや」


そんなことを考える前に、今の状況をなんとかしないと俺の立場がピンチに。


「先生、違いますよ。いくら俺でも宮村におかしなマネなんかしませんって! 確かに可愛くていい身体してますけど、友達の彼女だし、そもそもこの性格じゃ──」


……あ、なんかますます睨まれてる気がする。

なんか自滅してないか、俺。


…………。


……。

 



「はぁ~……」


教室を出て、俺は大きなため息をつく。

なんとか教師の追求からは逃れたけど、最近は宮村の奴も信用あるから、どこまで信じてもらえたことやら。


「なんか疲れたから、今日はもう帰ろう」


受験の準備なんて、年内にはもうほとんど終わってる。

本番まで、後はこまめに復習を繰り返しておけば、よほどのことがない限り失敗はないだろ。

というわけで、焦る必要はなんにもない。


「さあてと。ビデオ屋でも行って、なにか面白そうな映画が出てないかチェックしてくるかね」


……。

 



「──って、おいおい」


なーんか、やけに体育館が騒がしいと思ったら。


「みんな、慌てなくていいわよ! さあ、1本じっくりいくからね!」

 



コートの中央でドリブルしつつ、チームメイトに指示を出しているのは、見間違いようもなく新藤景だ。

出戻りでレギュラーを取り戻したばかりのはずだけど、堂々とした態度で、まるで彼女がキャプテンみたいに見える。

慌てて帰らずに、様子を見に来てよかった。


「しかし、大したもんだなー」


俺は腕組みして、うんうんと頷く。

普段の景ちゃんも可愛いけど、やっぱりバスケをしているときの彼女は違う。

そう、ただそこにいるだけで圧倒的な存在感を放っている。


「コートにいる中じゃ、誰よりも小さいのにな」


ああ、くそっ、彼女の有志をカメラに収められないのがもどかしい。

でもここで、俺がカメラを構えたりしたら、「勉強もせずになにしてるの」と、新藤の厳しい折檻が待ってるだろうし。


「ん?」


というか、今日の新藤の動きは……。

これはもしかして……?

 



「きゃーっ、景先輩ーっ! そこです! えぐりこむように切り込んじゃってくださいーっ!」

「…………」


いや、いると思ってたけどね。

しばらくホームステイでいなくて静かだったけど、戻ってきたんだよなあ。


「おーい、羽山」

 



「おやまあ、つっつみ先輩、お久しぶりです。ていうか、わたしは今、景先輩の応援でとっても忙しいんです。息しないでいただけます?」

「俺の呼吸音すらも観戦の邪魔になるっていうのか!?」

「ああもう、うるさいですね。今日はスペシャルゲストを招いての観戦だっていうのに」

スペシャルゲスト?」

 



ふと、羽山のそばに見慣れない顔が二つ並んでいることに気づいた。

一瞬、女の子が二人いるかと思ったけど、一人は男子の制服を着ている。

試合のほうに気を取られてるみたいで、二人ともこっちには気づいてないみたいだけど……。


「……誰、そこの二人は?」

「もー、試合がいいところなのに」


羽山が肩を落としたところで、審判の笛が鳴った。

タイムアウト──要するに一時中断に入ったらしい。


「お、ちょうどいいじゃん。羽山、その人たちを紹介してくれ」

「なんて手間のかかる先輩ですか。というか、このお顔を見て気づかないんですか!」

「なんで怒られてんの、俺」


苦笑いしつつ、ようやくこっちに顔を向けてくれた二人を見やる。

 



「…………」


女の子のほうはショートカットで、眼帯を付けている。

お、この子はとんでもなく可愛いっていうか、俺の好みっていうか──うん、新藤と同じ顔をしてるな。


「……えっ、新藤!?」

「気づくの遅いですよ! 一発で気づくべきでしょ、あなたは!」

「いやー、そう言われても」


俺はぽりぽりと頭の後ろをかく。

ま、確かに我ながら鈍かったと思うけど、話に聞いていただけで実物を見るのは初めてだもんなぁ。


「おっと、挨拶しないといけないね。こんにちは。俺は、堤京介って者です」

「……えっと」

「怖がらなくても、なにもしないから安心して。君、新藤千尋ちゃんだろ?」

「はい、新藤千尋ですが……」

「びっくりしたなぁ。まさかこんなところで会えるなんて」

千尋先輩、用事があって学校に来たんですけど、ちょうど景先輩の試合があったのでお連れしたんです」

 



「僕の編入試験の付き添いってだけなんですけどね」

「とっても大事なことじゃないですか」

「なるほどねー」

「あの、あなたは?」

「新藤から話を聞いてないかな」

「あ、そうか。わかりました!」


突然、千尋ちゃんが手帳を取り出し、ぱらぱらとページをめくり始める。


「夏頃、お姉ちゃんに付きまとっていたストーカーの人ですね!」

 



「…………」

「ち、千尋。そんなこと言ったら失礼だよ」

「え? でも、ストーキングなんて犯罪に手を染めた人には手加減無用だって、お姉ちゃんが……」

「目の前で言っちゃダメなんだよ。本当に犯罪者だったら危険じゃないか」

「なるほど。一つ勉強になりました。手帳に書いておきましょう」


「……なあ、羽山。これ、なんのいじめ?」

 

俺っていじられて光るタイプじゃないんで、悪口言われてもちっとも美味しくないんだけど。


「いいじゃないですか。千尋先輩にいじめられるなんて珍しいですよ、羨ましすぎて代わってもらいたいくらいですよ」

「あいにく、俺にはそういう趣味はなくてね……」


ドSな彼女と付き合ってるからって、俺がMというわけではない。

そんなことを羽山と話していると、手帳に目を落としていた千尋ちゃんが小首をかしげだした。


「……あれ? お姉ちゃんを追っかけまわした後、映画を撮ることになって、お姉ちゃんと……」

「あ、そうか」


ここでようやく、以前に新藤から聞いた話を思い出した。


“13時間の記憶障害”。


妹さんはどこか浮世離れした雰囲気だけど、普通に話ができてるのですっかり忘れてたな。


「ま、そういうことだよ。俺は今、君のお姉さんとお付き合いしてるんだ」

 



「…………何様なんですか、あなたは」

「え、いや、だから新藤の彼氏なんだって」

「は? なんですって?」


な、なんなのでしょうか、この迫力は。

マジギレした景ちゃん以上の禍々しいオーラを感じる……。

私のお姉さんを取られた、みたいな感じでお怒りなんでしょうか……。


「わ、こんなに挑戦的な千尋は初めて見たな」

 



「別に、挑戦してるわけじゃないです。ただ……」

 



「そこのお兄さんがどうやったらこの世からいなくなるか、考えているだけです」

「…………」

「ち、千尋。だからダメだってば」


慌てて千尋ちゃんをたしなめているこの子は、たぶん……。

 



「あのさ、君はこの子の彼氏なんだよな?」

「え、はい、まあ一応。麻生蓮治と言います」

「そうか、麻生くん。聞きたいんだけど、君の彼女も姉と同じく、キリングウェポンかなにかなの?」

「いえ、普段は小動物のようにおとなしいんですけど」

「今や、完全に捕食動物になってるよ……」

「僕もこんな千尋は初めて見ました……」

「はーいはいはい、そこの男ども! ぶつぶつとおかしなことを話し合わない! それでですね、千尋先輩」

「なんですか、ミズキちゃん?」

「お怒りはごもっともなんですが、なんと言っても景先輩自身がこやつを認めてるわけでして。恨み辛みもあるでしょうが、それらはぐっと飲み込んで、今日くらいは仲良くやっていきましょう」

「そう……ですね。そういうのは日記に書いておけばいいですね。今夜は忙しくなりそうです……」

「フォローされてんだか、追い打ちかけられてんだか……」

 



「自分のことは割とどうでもいいのに、お姉さんのことになると執着するんだな~……」


俺たちがしょぼくれた顔を向け合っていると、千尋ちゃんが頭を下げた。


「どうも失礼しました。堤さん……でしたっけ。改めまして、新藤千尋です。姉がお世話になっています」

「おっと、ご丁寧にどうも。まあ、ゆっくり話していけばわかるよね」

「13時間後の私がなにを言うかは保証できませんけど」

 



千尋ちゃんの笑顔は、どうも俺を牽制しているようにしか見えない……。

彼女の障害のことは一応それなりに聞いてるけど、それを利用して圧力をかけてくるとは、恐ろしい子だ。


「でもさ、話には聞いてたけど、本当に新藤とうり二つなんだな」

「一卵性の双子ですからね。もちろん、キュートさでは私などお姉ちゃんの足下にも及びません。月とすっぽんの亀のほうです」

「そんなことはない!」

「そうだよ! そりゃ、お姉さんも美人だけど千尋だって全然負けてない。ううん、勝ってるよ!」

「え、え!?」

「なんか嫌な感じに団結してるなあ、この二人……」


呆れた声をあげている羽山はスルーすることにして。

この子の思い違いは正さないといけないな。


「いいかい、千尋ちゃん。ああ、千尋ちゃんって呼ばせてもらうよ」

「は、はい……」

「別にね、お姉さんと比べることはないんだよ。千尋ちゃんには千尋ちゃんの良さがあるんだから」

「えっ。そ、そうでしょうか」


千尋ちゃんは赤くなって、もじもじし始める。


「ほらほら、蓮治。メモっておいたら? この人、性格はともかく、伊達に女たらしはやってないから。女の子の扱い方、蓮治は知らないでしょ?」

「いや、僕は別に女たらしになりたいわけじゃないから。それに、女たらしは充分間に合ってるし」


女たらしになりたくないとは、また変わった男だな。

まあ、男のことなんてどうでもいいけど。


「ねえ、千尋ちゃん」

「はい」

「もしも、俺がお姉さんより先に君に会っていたら、恋に落ちていたかもしれないね」

「はぁ、恋に……?」

「それがちょっぴり残念だよ。ただ、今でも君がどれくらい素敵か語ることはできるけどさ」

「えっと、今後の参考までに、どこが素敵か教えていただけますか?」


千尋ちゃんは意外に真剣な顔をする。


「あれ、なんで千尋は話に乗ってるの……?」

「まあまあ、千尋先輩も色んな人とお話したほうがいいと思うし。堤先輩が不埒な行為に及んでも、わたしには景先輩直伝のレバーブローがあるから、安心しなさい」

「ミズキ、しばらく会ってなかった間に、妙に暴力的になったよね」


それは間違いなく新藤の影響だろうけど、これまた今はどうでもいい。


「やっぱりさ、千尋ちゃんって一目見て惹かれる顔だよね」

「そう……でしょうか? 特に印象の強いタイプではないと思うのですけど……」

「そんな神秘的な瞳を向けられても、説得力がないね」


俺は髪を軽くかき上げて、千尋ちゃんに笑いかける。

まったく、自分の魅力がわかってないなんて困った子猫ちゃんだな……。


「なーにが子猫ちゃんですか、恥ずかしい」

「堤さんも思ってることがダダ漏れになってますね」

「こらこら、外野がいちいち茶々を入れないように」


こっちの子たち二人も同じくらい困った奴らだ。


千尋ちゃんは、なにも卑下する必要はないのさ。この危ない後輩も、君を慕ってるんだろう?」

「え、ええ。ミズキちゃんの奔放な愛情は強く感じますが……」

「あったり前ですよ! わたしの愛は新藤姉妹のためにあるんですから!」

「君は相変わらずというか……なんか成長したとか聞いた気がするけどね」

「もちろん、成長しましたとも。景先輩と千尋先輩、お二人を愛してなお、はみ出るほどに余っている愛! 羽山ミズキ、育ってますっ……!」

「……バカだな」

「……バカですね」

「わ、ミズキちゃん。お二人がバカが成長してるとおっしゃってますよ!」

千尋先輩、容赦なく曲解しすぎです! 合ってる気もしますけど! うわーん、わたしの傷ついた心は千尋先輩の抱擁でしか癒せないーっ!」

「とにかく、だ」

「あう」


嘘っぽく泣きながら千尋ちゃんに抱きつこうとする羽山を、強引に引き離す。


千尋ちゃん」

「はい」

 



「君は凄く可愛い女の子だよ。だから、お姉さんと自分を比べたりする必要もないからね。それに……実は俺って羽山よりも愛に溢れたタイプなんだ」


俺は千尋ちゃんの小さな手をぎゅっと握りしめる。


「ちょ、ちょっと、ちょっと!」

愛する人が一人じゃないといけないなんて、誰が決めたのかな……」

「堤さん……」

「こ、こらこらぁ! わたしの景先輩だけでは飽きたらず、わたしの千尋先輩まで奪うつもりですか!」

「愛は止められないものだからね……」

 



「今のわたしも、誰にも止められないわね……」

「はっ!?」

「け、景先輩っ!?」

「ああ、いつの間にか試合終わってますね」


麻生くんの言葉に、俺は慌ててコートのほうに目を戻す。

 



た、確かに終わっちゃってる……。


「しまったーっ! 景先輩の勇姿をじっくりたっぷり眺められるチャンスだったのに!」

「なんてこった! 景ちゃんの試合だけが殺伐とした受験生の癒しなのに!」


「お二人って、なんか似てますよ」

「同感」

 



「あんたら、ちょっと黙ってて。わたし、そこのバカに用があるの」

「バカは二人いるけど、どっちかな……?」

「わかってるでしょ?」


よく見ると、景ちゃんはユニフォームの上にジャージを羽織っているようだ。

どうやら試合が終わってすぐにこちらに来たらしい。


「まあ、京介先輩の性格はさすがにわかってるわ。少々、悪いクセを出しても軽い制裁で許すつもりだったけど……」

「ああ、寛大に許してはいただけないんだ……」

「先輩も、わたしの性格はわかってきてるでしょ?」


いや、わかってたつもりだけど、段々怖くなってきてるような気がする。

笑顔なのが逆に怖すぎるぜ、景ちゃん……。

 



「とりあえず、うちの妹になにを話していたのか、じっくり聞きましょうか。校舎裏で」

「校舎裏!?」

「あ、あの、お姉ちゃん。私、堤さんが冗談をおっしゃってるのはわかってましたけど」

「言っていい冗談と悪い冗談があるのよ、千尋。ミズキ。悪いけど、千尋を頼むわね」

「アイサー。お任せください!」

「わたし、この人とちょーっと話をしてくるから」

「あのさ、新藤。話をするだけで終わるの……?」

「ふふっ」


新藤は笑うだけで、なにも名言してくれない。

こりゃ、校舎裏に血の雨が降るぞ……。


…………。

 

……。

 

 



「いやーっ、すっかり試合の熱気も冷めて、体育館もいつもの姿に戻ったね!」

「……なんで何事もなかったかのように振るまってるのよ」

「はっはっは」


睨んでくる新藤に、俺は無理矢理作った明るい笑顔を向ける。

校舎裏でなにが起きたかは語るまい……。

というか、たった今作られたばかりのトラウマを刺激しないためにも、二度と校舎裏には近づかないようにしよう。


「まったく……試合が終わったばかりなのに、余計な運動をさせられたわ」


新藤は呆れた目を俺に向けて肩をすくめる。


「おっと、そうだ。今日の試合は……勝ったんだよな」


俺はまだ置かれたままのスコアボードを見て、音羽学園の勝利を確認する。


「おめでとう、新藤」
「今日のは練習試合だもの。勝ったからって、別に自慢にはならないわ。チームや自分にどんな課題があるか、それを確認するための試合だからね」
「嬉しいくせに、素直じゃないなあ」


新藤の性格では仕方ないけど、つい苦笑いしてしまう。

まあ、新藤はブランクがあるわけだし、調子に乗らないように自分を戒めてるんだろうな。


「だけど、そういう自分に厳しい景ちゃんが好きさ」
「わけのわからないこと言わないでよ。それと、景ちゃんって呼ぶな。あと、死ね」
「願いはどれか一つにしてくれ!」


いや、最後のは勘弁だけれど。


「それにしても、千尋たちはどこに行ったのかしら。ミズキは用があるとか言ってた気もするけど……」
「さらっとスルーされたよ……」
「ま、あの蓮治って子は一緒だろうし、大丈夫よね」
「校内にいるだろうから、問題ないんじゃないの。それより新藤、着替えちゃってるけど、部活はもう終わりでいいの?」
「ええ、今日はもう解散よ。千尋と一緒に校内を回って、後は蓮治君とちょっと……」
「ちょっと、ね……」


可愛がってる妹さんの彼氏だもんなあ。

話しておきたいことの10や20はあるだろう。


「うーん、でも……。やっぱり心配だわ。京介先輩みたいな人に絡まれたりしてなければいいけど……」
「あのね……」


だから、さっきのは本気じゃなかったと何度も言ったのに。

悪ふざけの相手が妹さんだったというのがマズかったか。

「でもさ、俺は詳しく聞いたわけじゃないけど」

「え?」

千尋ちゃんにも色々なことがあったんだろ? 向こうの音羽で」

「ええ……。あの子も変わったと思うわ。もしかしたら、ずっと変わらないままだったかもしれないのに……。強いわ、千尋は」


新藤は嬉しそうな、でも少し寂しそうにも見える微笑を浮かべる。


「じゃあ、ここでその強い妹さんのお帰りを待つとしようか」

「そうね。もう少し先輩への説教を続けてもいいしね」

「やだなあ、景ちゃん。今度は俺の番だよ」

「は?」

「しばらく勉強ばかりであまり話せなかったし、いい機会だからここで君に愛を説こうか……。たまには、恋人同士の時間ってやつが必要だろ……?」

 



俺は新藤の頬をそっと撫で、ゆっくりと顔を近づけていく。

体育館にはバスケ部や他の部の連中もいて、俺たちに好機の目を向けてきているようだが、気にならない。

俺と新藤の間には誰も割り込めないのさ……。


「そうね、必要だわ……。あんたには、多少の地獄では生ぬるかったか。本当の地獄を見せる必要があるわね」
「え、景ちゃん……?」
「ええ、なんとでも呼ぶがいいわ。まだ声が出せるうちに」
「な、なにをされるんだ、俺!?」
「ふふ、わかってるくせに……」

 



こんなにも女の子の微笑みを恐ろしく感じたことが、かつてあっただろうか……。

ずっと昔、『人情紙風船』という名作を撮った映画がいた。

だけど彼は徴兵されてしまい、「『人情紙風船』が遺作ではちと寂しい」と切ない言葉を残して戦場に散った……。

俺もまだ、これが遺作になるならいつ死んでもいいと思える作品を撮れるまで生きていたいです……。


…………。

 

……。

 

「あっ、戻ってきたわ」


制服のままで軽くストレッチなどをしていた新藤が、明るい声をあげる。


千尋ー。もう、どこ行ってたのよ」

 



「お姉ちゃん」


千尋ちゃんも甘えた声を出して──って、なぜか宮村が一緒にいる。


「蓮治くんと宮村さんと一緒に、屋上でお弁当を食べてたんです」

「そう。みやこさんが千尋を連れてきてくれたんですか」


新藤が少し驚いた顔をして、宮村のほうに視線を向ける。


「まあね。ミズキちゃんは用事があるって帰っちゃったし、蓮ちゃんは試験に行っちゃったからさ」


宮村の言葉に、新藤はなにやらしばらく考え込んだかと思うと。


千尋……みやこさんに変なことされなかった?」

「え……」


ああ、宮村の普段の行動を考えると疑われるのも無理はないな……。


「言うようになったじゃん、景ちゃん……。つーか、ミズキちゃんじゃあるまいし、あたしは両刀じゃないってば」

「そういう心配をしてるわけじゃないですけど。あなたは面白ければなんでもいい人じゃないですか。うちの妹は、からかい甲斐がある子であることは否定できません」


さすがに新藤は、妹さんのことはもちろん、宮村のこともよくわかってらっしゃる。


「そうなんですか……。ちょっと傷つきました……」

「あっ、ごめん。つい、本音が」

「うう~……」

「えーっと、そうそう、景ちゃん。試合、勝ったんだってね。おめでと」

「あ、ど、どうもありがとうございます」


全力でごまかしてるな、あの二人。


「そうだ、私もまだおめでとうを言ってませんでした。おめでとう、お姉ちゃん」

「あ、あはは。千尋もありがとう」


新藤は苦笑いを浮かべ、宮村のほうはあからさまに安心した表情で小さく息をついている。

あの傍若無人な宮村でも、千尋ちゃんみたいな子に泣かれるのは避けたいらしいな。


「やっぱ凄いよね、景ちゃんは。ブランクもなんのその、だね」

「そ、それほどでもないですよ。勝ったって言っても、ただの練習試合ですから。これくらいじゃ、威張れません」

「相変わらずツンデレだね」


まったくだ。

でもそれがいいというか、ツンがない新藤なんて新藤じゃないんだよな。


「で、それはそれとして……。さっきから気になってたんだけど、そこに転がってるボロ布みたいなのはなに?」

 



「これですか。ただの京介先輩です」


新藤が俺を睨みつける。

もしかしたらこのままスルーされるかと思ったけど、宮村もやっとつっこんでくれたか……。


「う、ううう……」

「ちょっとしつけをしてあげただけですよ。先輩のくせに、なかなか言うことをきかなくて困ります」

「こっちのカップルは和まないなあ……。まあ、そんなことどうでもいいか。それより、景ちゃんに訊きたいことがあるんだけど」


……え?


「はい? なんですか?」

 



「ちょっと待てーっ! さらっと流すなよ、さらっと! クラスメイトがボコボコにされてるんだから!」

「それがつっつんの役回りでしょ」

「とんだミスキャストだな……」


そりゃ、俺もボコられることくらいは覚悟して新藤と付き合ってるわけだけど。

せめて、そこにはツッコミがほしい。

笑いの一つもなければ、俺が身体を張って新藤をからかってる意味がなくなるだろ……。

 

「ま、これはさらっと流したままにしておくとして」

「おーい……」


こいつ、新藤以上の鬼だよな。


「ええ、どうぞ話を続けてください」

「彼女にまで裏切られた……」

 



思わず膝が砕けてしまう。


「訊きたいことっつーか、相談なんだけどさ」


さめざめと噓泣きする俺をまたもやスルーして、宮村は話を再開する。

がっかりだけど、宮村の話はそれなりに興味深かった。

要するに、広野のバカは相変わらず仕事ばかりで身体を酷使して、かなりキツそう……ってことらしい。

宮村としては、なんとかして広野を元気づけてやりたいらしいが……。


「ふうん……みやこさんも意外と真面目に考えてるんですね」

「新藤姉妹、揃ってなかなか辛口だね……」

「でも、対策があればとっくにわたしがやってますよ」

「言われてみれば、そうか……」


俺も広野のことはよーく知ってるが、確かに学園にいた頃からいつも死にそうな顔をしてたもんだ。

俺も秘蔵のDVDを貸したり、女の子を紹介したりして、元気づけようとしたけど、ほぼノーリアクションだったからなー。

あいつ、ガチでホモなんじゃないかと疑ったくらいだ。


「今は、みやこさんが食事を作ってくれる分、生活がマシになったじゃないですか」

「でも毎日じゃないしさ。毎日行くと、絃くんも勉強しろってうるさいし」

「うーん、わたしもお兄ちゃんの生活は気になりますけど、お兄ちゃんは加減できない性格ですからね」


ふむふむ……。

新藤も宮村も真剣に広野の身体を心配してるんだろうけど、女の子だからなあ。

男のことはやはり男同士が一番よくわかるってことを、二人に教えてやろう。


「おいおい、二人とも、さっきからなに言ってるんだ」

「あれ、つっつん。いつからいたの?」

「さっき、ボロボロにされてたのを確認しただろ! あっという間に忘却するなよ!」

「割とどうでもいい存在だからね」

「おまえが一番辛口だよ……」

「それで、なんなの?」

「言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ。もったいぶっても時間の無駄よ」

「俺も救われたい……」

「で、なにが言いたいの?」

「そうだった。あのな、そんなに深刻に悩むことじゃないだろ」


この程度のことでいちいち凹んでいては、新藤や宮村と付き合っていけない。

俺は気を取り直して、胸を張りつつ口を開く。


「そんなもん、宮村がエロいコスプレでもしてサービスすれば一発で元気になるって!」


──ッ!!


「はぐうっ!」


ボディーを鉄球で殴られたような衝撃に襲われ、一瞬、意識を失いそうになる。

い、今のは景ちゃんお得意の殺し技……。


「し、身長差を利用しての下から突き上げるような肘打ちか……見事、見事だぜ、景ちゃん……」


「つっつーん!」

 



別に抱き起してくれるとは思わなかったが、宮村はあろうことか足で俺をつついてきやがった。


「学園生活ももう少し残ってるんだから、今死なれると困るよ!」

「卒業まで下僕として使い続けるつもりか……」

「え? 卒業まで?」

「その先があるかのように言うなっ!」

「あんたもバカなことを言うんじゃなーい! そういう意見を求められてるんじゃないでしょ!」


あれ、今のはかなり真面目に言ったんだけどな。

いや、新藤が怒るのはわかっていたけど。

 



「そうだよ! コスプレサービスの準備くらい、とっくにぬかりなく済ませてるよ! 後はお披露目するタイミングだけだよ!」

「とんでもないことを、勢いで言うんじゃねぇ!」

「え、あたし変なこと言った……?」


宮村はなんで新藤が怒ってるのかと、本気でわからない顔をしている。

たぶん、マジでコスプレの準備は済ませてるんだろーなー。


「ああ、もう……真面目な話をするんじゃなかったの?」


新藤は心底呆れているようで、大きなため息をついた。


「コスプレはともかく……みやこさんに思いつかないとなると、わたしたちには難しいですね」


──「あ、でも」


黙って話を聞いていた──というか、俺たちの話に割り込めなかった様子の千尋ちゃんがおずおずと口を開く。

 



「一度倒れてみれば、絃お兄さんも自分の愚かさに気づくかもしれませんね?」

「そうね、漫画家って入退院を繰り返すものでしょうしね。一度倒れれば、ハクがつくんじゃないかしら?」

「うーん、新藤姉妹ってさ……」

「表面的には似てなくても、内面的にはほぼ同一と言っていいような気もしてきたよ……」


あろうことか、宮村と意見が一致してしまった。


「そうですか?」

「そうでしょうか?」

「うん、似てるよ。俺も二人とも好きだし」


俺は二人に笑顔を向け、親指を立てる。


「よし、よくわかったわ。ねえ、京介先輩、もう一回校舎裏に行ってみましょうか」

「ぎゃーっ! やだーっ、もう校舎裏は嫌だあああ!」


もう校舎裏には近づかないと誓いを立てたばかりなのに!

単に講習を受けに来ただけなのに、なんでこんな目に──

って、俺が悪いんだけどさ、はっはっは。


……。

 



「ふーむ」


俺が新藤に引きずられていく後ろで、宮村がなにやら唸っている。

まあ、広野と宮村なら自分たちでなんとか問題を解決するだろ。

とりあえず俺は、校舎裏に着くまで、死なない程度に自分の身を守る手段でも考えとくか。


…………。

 

……。

 

 



「それじゃ、わたしはちょっと行ってくるけど」

「私のことは気にしなくてもいいよ」

「そうそう、ゆっくりしてきていいからさ」


俺と千尋ちゃんは、笑顔で新藤に頷いてみせる。

気をとりなおして、千尋ちゃんを連れて校内を案内しようとしたところで、新藤は友達から呼び出されてしまったのだ。

同じ部の友達から、さっきの試合のことで相談があると言われたら断れないのも当然だな。


「なんか、真面目な相談なんだろ? 案内なら、俺だけでもできるしね」

「わかっていないようね……」


なぜか新藤は、ひくひくと引きつった笑みを見せている。


「あんたがいるから、ゆっくりしてらんないのよ!」

「心外だなあ。いくら俺でも、景ちゃんの妹さんにツバつけるようなマネするわけないじゃんか」

「わたしの妹だからやりかねないのよ! 面白ければなんでもやるところ、みやこさんと同じでしょ!」

「さすがに宮村と同類扱いはちょっとなー」


俺は苦笑して首を傾げる。

そんな俺をぎろりと睨んでから、新藤は千尋ちゃんに向き直った。


「いい、千尋? できるだけ早く戻ってくるけど、そこのバカになにかされそうになったら大声で泣いて人を呼びなさい」

「う、うん。わかったよ」

「そこで素直に頷くんだ……」


子供扱いされてもまったく動じないところを見ると、景ちゃんの妹さんは逆らわないように調教済みらしい。


「じゃあ、本当に行くからね。京介先輩、妹をお願いね」

「はいはい」

「行ってらっしゃい、お姉ちゃん」

 



俺と千尋ちゃんに見送られて、新藤が廊下の向こうへ歩いていく。

何度も振り返っていたのは、やはり妹さんが心配だからか。

強気なようで意外と弱点の多い新藤だけど、一番のウィークポイントは千尋ちゃんなんだな。

 



「それじゃあ、どうしましょうか?」
千尋ちゃん、校内を見て回ってみたいんだろ?」
「はい、向こうの音羽学園を少しは知っているらしいんですけど、こちらは初めてなので」
「ああ、そうなんだ」


音羽とまったく同じ街がオーストラリアにあって、ご丁寧に学園までコピーされてるんだったな。

 



「お姉ちゃんが通ってる学園をちゃんと見てみたくて。いいですか?」
「もちろん。まずは、どこへ行きたい?」
「えーと……」


千尋ちゃんは小さく首を傾げて、考え込み始める。


「あ、図書室に行ってみたいです」
「図書室?」
「え、なにか問題でもあるんですか?」
「いやいや、そんなことはないよ」


新藤がまず近寄らない場所ナンバーワンなんだけど、行きたいっていうなら止めることもないか。


「それじゃ、こっちだから──」
「あ……」
「ん、どうかした──って」

 



「な、なんだあの人……」


歩き出そうとした俺たちの足がぴたりと止まる。


「…………」


先生……ではないと思う。

なぜか、俺を睨んでるみたいだけど……。


「そういや、前付き合ってたあいつの兄貴がヤバイ方面の人とか聞いたような……。あ、待てよ。あの子が俺と別れた後で危ない奴と付き合い始めたって話も……。ううっ、思い当たることが色々とっ!」


すべての関係を円満に終わらせてきたつもりだけど、後になって怒りが──なんてパターンもあり得るし。

新藤を相手にするのとは違う、ガチで命の危機が目の前に……。

 



「火村さん、どうしてここに?」

「そう、火村さんがどうして──って、え? なに? あそこの人殺しみたいな仏頂面の方は、千尋ちゃんのお知り合いですか……?」


思わず敬語になってしまう。

 



「ええ、向こうの音羽で一緒に暮らしていた方です」
「なっ、なにぃっ!? 千尋ちゃん、おとなしそうな顔して、ああいう大人の男とそんな関係だったのか!? 俺だって大人の女の人とただれた関係になったことはないのに!」

 



「……どうも、誰かさんをほうふつとさせる男だな、そいつは」

「誰かさん……?」


千尋ちゃんも話がわからないらしく、殺し屋っぽい人の顔を見ながら首を傾げている。


「気にするな、こっちの話だ。そっちの君も悪ノリしないようにな」

「あはは、見抜かれてますか」

「君のようなタイプの扱いには慣れているんだ……不覚にもね」


そう言って、殺し屋さんは疲れたような笑みを見せる。

なんだか苦労人っぽいなこの人……。


「火村さん、どうしてこちらに?」

「ちょっと野暮用があってな。ちゃんと教師に挨拶して、立ち入りの許可はもらってある。そっちの少年は千尋の知り合いみたいだな。だったら、挨拶しておくか。俺は火村夕。一応、ここの卒業生だ。新藤家とは昔から縁があってな。向こうの音羽では、千尋の保護者なんかもやっていた」


あー、そういえば千尋ちゃんって新藤のお祖父さんの知り合いに預けられてたとか……。


「どうも、堤京介です。千尋ちゃんのお姉さんとお付き合いさせてもらってます」

「それは命知らずだな」

「……またすっぱりと切り捨てるような反応ですね」

「おっと、失礼。俺は、景のことも昔から知ってるんでな。あの子が一人も殺さずに成長してくれたことを誰よりも嬉しく思ってる」

「新藤って、昔から物騒な性格だったんすね……」

 



「三つ子の魂なんとやらと言うだろう」

「なるほど……」


この人に言われると、なんだか凄く納得してしまう。


「『なるほど……』と堤さんが頷きました──って、とりあえずメモしておきましょう」

「いや、しなくていいから」


もし新藤がそのメモを読んだりしたら、また校舎裏コースだ。


「まあ、書く書かないは千尋の問題だから好きにすればいい。ところで……」

「俺には命が懸かった問題なんですが」

「俺はちょっと用事があるんだが、おまえたちはどうする?」

「図書室へ行くつもりでしたけど、それは後でもかまいませんし、よければご一緒させてください。いいですか、堤さん?」

「ああ、俺も別にいいよ」


この火村って人は怖そうだし、同行を断ったりしたらなにをされることやら。


「では行くか。こっちだ」


さすが卒業生、勝手知ったるという感じですたすたと歩きだす。

ついでに、火村さんは近くの壁に立てかけていた、でかい包みを手にした。

あれはなんなんだろう?


…………。

 

……。

 

 



そういえば、ここを訪れるのはずいぶんと久しぶりだ。

コンテを描くときの役に立つかと思って、美術を選択してみたけど……。

得られたものと言えば、「苦手なものはどうにもならない」という教訓くらいだ。

 



「堤さん、どうかされたんですか?」
「そんな他人行儀な呼び方じゃなくて、『お兄さん』って呼んでもいいんだよ?」
「堤さんって、脈絡もなく怪しい願望を口にされますね」


思いっきり呆れられているようだけど、これはとても重要なことだ。


「いや待てよ、やっぱり『お兄ちゃん』のほうがいいか。一人っ子の憧れだよなあ」
「はあ……?」
千尋ちゃん。悪いんだけど、上目遣いで、ちょっぴり恥ずかしそうにしながら『お兄ちゃん』って呼んでもらえる?」
「妙に細かい注文ですね」
「きっちりしないとね。とても重要なことだから」
「そう、なんですか。よくわかりませんけど、そう呼べばいいのですね」


千尋ちゃんは不思議そうにしながらも、一つ頷いて。

 



「お、お兄ちゃん」
「…………っ!」


こ、これは……新藤と同じ顔でこの台詞……。


「ごめん、もういっぺん言ってもらえるか?」
「お兄ちゃん……?」


ヤバイ……。

ビデオカメラを持っていないことをこれほど後悔したのは初めてだ。


「あのな、トリップ中に悪いんだが」

 



「えっ!?」


ドスの利いた声に、はっと我に返る。


千尋で遊ぶのもほどほどにな」

「おっと、すみません。つい、自分の欲望に忠実になってしまいました」

「君はそれがデフォなんじゃないのか?」

「そのとおりです!」

「胸を張って認めるところは男らしいですね」


千尋ちゃんの声援に反応すると話がまた逸れそうなので、聞かなかったことにするとして。


「火村さんの用事って、なんなんです?」

「ちょっとな、ここの美術教師に頼み事をしたら、代わりに生徒たちが置きっぱなしにしている絵の整理をしろと言われてな」

「そりゃまた面倒な」


美術の先生も人使いの荒いこった。


「本当に面倒だな。卒業生にやらせるようなことじゃないだろうに」

「火村さんも、その美術の先生に教わったんですか?」

「……いや、俺が教わった先生はもういないよ。今の美術教師は、俺の大学時代の先輩なんだ」

「へぇ」


なんだろう、今の火村さんの反応、ちょっと変だったような……。

千尋ちゃんは気づいていないようだし、具体的になにが変とも言えないんだけど。


「まあ、先輩から交換条件と言われたら仕方ない。こちらが頼み事をしてる立場だしな」


だが、火村さんは何事もなかったように話を続ける。

気のせいだったかな……?


「それで、お片づけをする代わりの、火村さんのお願いはなんなんですか?」

「ん? ああ、それを言ってなかったか」


火村さんは苦笑いして、机の上に置いていたでかい包みを示す。


「こいつをここで預かってもらおうと思ってな」

「それ、さっきから気になってたんですけど、もしかして絵ですか?」

「ああ、俺が昔描いた絵だ」

「火村さんって、絵描きさんなんですか?」

「いや、俺は──」


火村さんは簡単に事情を説明し始める。

この人は絵描きではなく建築家だということ。

デザイン系の仕事をするには絵の勉強も必要で、学生時代には油絵や水彩などもやっていたということ。

そして──


「その頃に描いた絵なんだ、これは。一度、知り合いに差し上げたんだが、最近その人と会って──この絵は俺に持っていてほしいと返されてな」

「え、それなら、ここに預けないほうがいいのでは?」

「事情があってね。ここでは、一部の卒業生の絵を保管してるし、安心して預かってもらえる。卒業生でプロの絵描きになった奴もいるが、そいつの絵なんかも綺麗に保存されているはずだぞ」

「なるほど。まあ、絵は保存が難しいって聞きますしね」

「そうなんですか」

「絵を本気で保存しようと思ったら、温度から湿度まできちんと管理しないといけないんだ。それに、俺はしばらくこっちと向こうの音羽を行ったり来たりになりそうでね」


信頼できるところに預けておいたほうが無難ってことか。


「とりあえず片づけてしまおう。千尋、ちょっと手伝ってもらえるか?」

 



「はい、わかりました。いらない絵を燃やせばいいんですか?」

「……いや、絵には日付が入っているはずだから、まずは古い順に並べよう」


あっさりと、「燃やす」っていう発想が出てくるのが凄いな……。


「ええと、ついでだから俺もお手伝いしますよ」

「そうか? 悪いな、それじゃあ頼む」

「はい」

 



今まで気づかなかったけど、美術室のあちこちの棚にかなりの量の絵が置かれている。

それでも三人でやれば、さほど時間もかからないだろう。


「ところで、火村さんの絵ってどういうもんなんですか?」

 

「ん? どういうって訊かれてもな……。人が見ても面白くもない……どうということのない絵さ」


火村さんは微笑を浮かべながら、愛しそうに絵の包みを撫でている。

なんだろう……男の俺から見ても雰囲気があるというか、不思議な感じのする人だな……。

どうということのない絵──っていうのはきっと嘘だ。

だけど……本当かどうか訊くほど野暮なことはないな。


「あっ、絃お兄さんの絵がありますよ」

「えっ?」

「ほう、凪の弟の絵か。そいつは一見の価値がありそうだ」


狙ったのか、天然なのか、千尋ちゃんはいいタイミングで話を逸らしてくれた。

でも、なんだろう。

さっきの火村さんの微笑は、なぜか思い出させる。

この俺に一度も口説かせる隙を見せなかった、胡散臭いシスターもどきのあいつを──


…………。

 

……。

 


「あっ、図書室も向こうの学園と同じみたいですね」
「ふうん、そうなんだ」


千尋ちゃんは嬉しそうに周りを見渡している。

どうやらここは、彼女にとって大事な場所らしい。

 



「本の匂いはいいですね。火村さんも来ればよかったのに」
「しょうがないよ。やることがあるらしいしね」


美術室での片づけを済ませると、火村さんは美術教師に絵を預けてそのまま帰る──と行ってしまった。

顔のわりになかなか面白い人だから、もう少し話してみたかったんだけどな。

 



「で、千尋ちゃん。図書室でなにか読みたい本でもあるの?」
「いえ、そういうわけではないですけど……向こうの学園でも図書室によく行ってたみたいなので」
「あの麻生くんとかな?」
「え、ええ……そうみたいです……」


千尋ちゃんは赤くなってうつむいてしまう。

こういう照れ屋なところは景ちゃんと同じだなー。


「まあ、図書室でデートっていうのは君たちらしいよな」
「デ、デートっていうか……その、一緒に小説を……」
「小説?」
「あ」


千尋ちゃんが小さくつぶやいて、さっと俺から目を逸らした。


「もしかして千尋ちゃんか麻生くんが小説書いてるの?」
「あ、ええと……あの、でも、そのお話は恥ずかしいですし……」
「ああ、なるほど。書いてるのは千尋ちゃんのほうなんだね」
「ど、どすいてわかったんですか?」
「どうしてって……」


その反応を見たら、鈍い広野だってわかると思う。


「俺も読んでみたいな、千尋ちゃんの書いた小説」

 



「そんなこと言われても……困るというか……。えーと、えーと……。あ、私の小説を読んだら1週間以内に死んじゃいますよ!」

「いいね。俺、そういうのに真っ先にチャレンジして死ぬタイプだから」

「え、えええ……!?」


千尋ちゃん、とっさに上手い嘘をつけるタイプじゃないのも新藤と同じだな。

いやあ、微笑ましい。


「ど、どうしたら……」

 



「いいじゃない、京介先輩にも話してあげれば?」

「あっ、お姉ちゃん」


いつの間に図書室に入ってきたのか、新藤が俺たちのすぐそばに立っていた。


「新藤、用事は終わったの?」

「まあね。というか、やっぱり二人きりにしておくのは気が気じゃなかったから、切り上げてきたのよ」

「おおっ、たまには可愛いこと言うじゃん。もー、そんなに嫉妬しなくても」

「頭沸いてるのか、あんた! 純粋に千尋のことが心配なだけに決まってるでしょ!」


いやいや、そんな風に怒鳴られても怖くない。

だって、うちの彼女はツンデレだから。


「なにニヤニヤしてるのよ?」

「ううん、なんでもないさ」

「で、千尋ちゃん。小説読ませてもらえるのかな?」

「う……せっかく話が逸れたと思ったのに……」

「あはは、言っておくけど、こういうときの俺はしつこいよー」

「本当、しつこいわよね……。わたしを撮影するときも、ずっと付きまとってたし……」

「ああ、お姉ちゃんが逃げられなかったなら、私なんて絶対に無理です……」

「そういうことさ!」

「さわやかに言うな! そのしつこい性格はなんとかしなさい!」

「しつこいけど、さわやかなんだからいいじゃん。それで、千尋ちゃんいつ読ませてもらえる?」

「すでに読む読まないを通り過ぎて、いつ読むかが問題になってます……」

「ま、あきらめたほうが賢いわよ」

「そのとおり。俺は今すぐにでも読みたいくらいだからね」

「そう言われても……さすがに、原稿を持ち歩いてるわけではないですから」

「あ、そういえばわたしの携帯にデータで入ってるわよ」

「お、お姉ちゃん!?」

「さすが景ちゃん。準備がいいね」

「景ちゃん言うな。わたしは読むの遅いから、ちょっとした時間にも読めるように入れておいたのよ」

「ああ、お姉ちゃんの活字離れがこんなところでアダに……」


あれ、千尋ちゃんは真面目に嫌がってるのか……?

さすがに、初対面の女の子の感情までは読み切れないけど、そんな気がする。

これは、遠慮したほうがいいのかな……?

 



「あっ、いたいた。千尋、やっぱりここにいたんだね」

「あっ、蓮治くん」


新藤に続いて突然現れた麻生くんに気づくと、千尋ちゃんはぱっと明るい表情になった。


「試験が終わったから捜してたんだよ。まあ、ここにいると思ったけど」

「よかった、やっと私の味方が来てくれました」

「み、味方? 千尋、どうかしたの?」

「一生のトラウマになりそうな最大のピンチを迎えているところでした」

「なんのこと……?」

「ええ、来てくれてよかったわ。わたしも、あんたに話があったのよ」

「僕ですか?」

「ええ、あんたで間違いないわ。ちょっと、来てもらえる?」

「あの、行くってどちらへ……?」

「みんな大好きな校舎裏よ」

「な、なんか物凄く不吉な予感がするんですけど!?」

「ああ、京介先輩。携帯を貸してあげるから、読みたかったら読んで。テキストは、メモリーカードに入れてあるわ」


麻生くんの悲鳴に近い言葉はさらりとスルーされ、新藤は俺に携帯を投げ渡す。


千尋

「は、はい」

「京介先輩って、シナリオもたくさん読んできてるから。面白い感想を言ってくれるかもしれないわよ」

「……でも」

「それにね、自慢の妹が書き上げた小説だもの。色んな人に読んでもらいたいじゃない」

「わ」


千尋ちゃんの反応に、新藤はにっこり笑い、麻生くんの襟をぐっと掴む。


「それじゃあね。この子、ちょっと借りていくわ」

「やっぱり行くんですね……」


そして、二人は図書室を出て行ってしまった。

 



「……蓮治くん、どうなるんでしょう?」
「殺されはしないだろ。えーと……」


俺は適当に返事をして、新藤の携帯を操作し始める。


「テキスト、見てもいいのかな? 千尋ちゃんがどうしても嫌だっていうなら止めとくけど」

「……いえ、かまいません」


千尋ちゃんは小さく首を振った。

あれ、なんだか急にものわかりがよくなったな。

さっきの新藤の言葉が功を奏したか?


「もちろん、堤さんのことはまだよくわかりません。でも……。お姉ちゃんが簡単に携帯を貸しちゃうなんて、ちょっとびっくりしました」
「そう言われればそうだね」


携帯なんて個人情報の塊だし、人に見られたくないメールや写メも保存されているだろう。


「たぶん、お姉ちゃんは堤さんを信頼しているんだと思います。お姉ちゃんが見られたくない物を勝手に見たりはしないだろうって」
「ま、さすがの俺もそういうのはね」


少し照れくさくて、俺は恥ずかしさをごまかしつつ頭をかく。

新藤が信じる俺だから、千尋ちゃんも信じてくれる──か。

嬉しいようなこそばゆいような、変な感じだ……。


「おっと、せっかくお許しが出たことだし読ませてもらうよ。えーと──女の子は世界にひとり。だから彼女は神様だ」
「こ、声に出して読んじゃいけません!」
「えっ、そうなの?」
「意地悪です……」


じろりと睨んでくる千尋ちゃんに、笑って手を振ってみせる。

うん、この子もなかなか面白いキャラだ。

このまま一生顔を合わせていくことになっても、退屈しそうにないな。


…………。

 

……。

 



日もだいぶ傾き、オレンジ色の光が道路を淡く照らしている。

俺と麻生くんが並び、その前を新藤姉妹が和やかに話しながら歩いている。

 



「あのさあ、麻生くん」
「はい?」
「結局、新藤となにを話していたわけ?」


二人で戻って来た新藤と麻生くんは、別に何事もなさそうな顔をしていた。

ちなみに、麻生くんが肉体的なダメージを負った様子もなかったので、ちょっと安心。


「えーと……まあ一応、そこは内緒ということで」
「言っておくけど、景ちゃんは俺のだよ?」
「そういう話じゃないですよ! そりゃお姉さんも綺麗ですけど、あんな恐ろし──厳しい人に」
「……それもそうか」


どう見ても、この麻生蓮治という子は姉妹丼を企むような外道じゃなさそうだし。

もちろん、俺もそこまでの外道じゃないよ。


「あはは、やっぱりわたしたち姉妹は遺伝的に料理がダメなのね」
「うん、遺伝って怖いね」


前を歩く新藤姉妹は実に楽しそうだ。

心なしか、新藤もいつもより機嫌がよさそうに見える。

千尋ちゃんと一緒の下校が嬉しいんだろうし、麻生くんともなにかいい話ができたんだろうな、きっと。


「ま、俺もいいことあったしね」
「え、なんですか?」
「これだよ……って、君は知ってるんだよな」
「ああ、これって千尋の小説ですね。よく、彼女が見せてくれましたね」
「それについては色々あったんだけどね。きちんとお許しをもらって見せてもらったよ」


もちろん、まだ序盤を少し読んだ程度だ。

正直言うと、意味がよくわからないタイプの話だと思う。

でも……なんだろう……。


「なーんか、妙な迫力のある話なんだよな」
「あ、やっぱりそう思いますか」
「この作者、凄い心の闇とか抱えてそうだよ……」
「そう、思いますよね」


すぐそこでのんきに笑ってる女の子が書いたなんて、とうてい信じられない。

文章が凄く上手いというわけでもないし、描写はどこか曖昧だけど、なんかズバズバと突き刺さってくる……。


「やってみたいなあ……」
「なにをですか?」
「いや、俺って映画作る人なんだよ。今は受験があるから、封印中だけどね。でも、進学しても作り続けるつもりだよ」


俺はにやりと笑って、携帯の液晶に目を落とす。


「復帰第一作は、これを原作に撮ってみたいな。俺は脚本苦手だから、それも千尋ちゃんに書いてもらえないかなー」
「脚本……ですか? まあ、できないことはなさそうですけど。千尋に書いてもらうのは、けっこう大変ですよ」
「そこで君の出番になるわけだね」
「僕もお手伝いするんですか!?」
「もっちろん」


俺は、ぽんと麻生くんの肩を叩く。


「双子の片割れを愛した者同士、協力しようじゃないか」
「……僕にもなにか協力してもらえるんですかね」


完全に嫌がっている顔だけど、この少年は明らかに押しに弱そうだ。

つまり、俺が得意なタイプってことだね。


千尋ちゃんも君も今後こっちで暮らすなら、新藤はもちろん、俺もサポートできるしね。ギブアンドテイクで上手くやっていこうよ」
「なるほど。確かに、堤さんとは長いお付き合いになるかもしれませんしね」


そう、そのとおり。

おれが新藤と、彼が千尋ちゃんと付き合っていくなら、繋がりが切れることはない。

たぶん、彼とも長いお付き合いになるだろう。


「ま、先のことはのんびり考えるとして、仲良くやっていこうよ」
「はい、よろしくお願いします」


俺が差し出した手を、麻生くんは苦笑しながら握った。

よし、貴重な戦力をゲットできたし、これで千尋ちゃん原作映画を撮るのも夢じゃなくなったな。


…………。

 

……。

 

「……それで?」
「それでって?」


俺はにっこり笑って、聞き返す。

 



「なんでわたしがこんなところに連れ込まれてるのよ」
「連れ込むだなんて、人聞きの悪い」


千尋ちゃんたちはどこかへ行ってしまったし、このままお別れするのもなんだから連れてきただけなのに。

それにやっぱり──


「勝利のお祝いをしないといけないだろ?」
「ただの練習試合だって言ったでしょ。いちいち、お祝いなんかしてられないわよ」


そう言いつつ、新藤の頬は少し赤くなっている。

本当にこの子は褒められることに耐性がないなー。


「でも、俺としてはお祝いしたいんだよ。それに、思ったんだよ。今日の試合、全部観てたわけじゃないけどさ──」
千尋を口説いてたものね」


ぎろり、と殺気に満ちた目を向けられる。


「や、やだなぁ。だからあれは冗談だって」
「……わかってるわよ。本気にしてたら、あんたは歩いてここまで来られないわ」
「あれで手加減してたのか……」


校舎裏での忌まわしい記憶がよみがえりそうになり、慌てて振り払う。


「えっと、続きを話そう。今日の試合、全部観てたわけじゃないけど、動きが変わってきたと思ったよ」
「変わったって、なにが?」
「ほら、新藤はブランクがあっただろ。だから、復帰後は前みたいに動けてなかったよな」
「はっきり言うわね」
「まあね」


そんなことは新藤自身がよくわかってることだろうし、気を遣われると逆に怒るだろう。


「つまり、ヒザを痛める前のわたしに戻ってるってこと?」
「いや、違うよ」


やっぱり、そっちはわかってなかったらしい。

自分のことでも、わからないことってあるもんな。


「今の新藤は、ヒザを痛める前より上手くなってると思う」
「……………っ」


新藤は驚いて、大きく目を見開く。

 



「そっ、そんなこと……バスケ部員でもない京介先輩にはわからないでしょ!」
「わかるさ、それくらい。俺はカメラマンなんだよ。これでも、観察力にはちょっとばかり自信がある」

 



俺は、両手の人差し指と親指でフレームを作り、新藤に向ける。


「試合の撮影で何度も新藤を見てきたし、そのときの映像はまだ覚えてる。それに、俺は夏からずっと新藤と付き合ってきたんだよ。だから、わかるんだ。以前の新藤は、確かに上手かったけど、自分でなんとかしようっていう気も強かったよね」
「それは……そうかもしれないけど」
「ボール運びもシュートも全部自分でやろうとしてたところがあったよ」


彼女は負けん気が強いから、そういうプレイに走ってしまっていた。

だけど──それがヒザを痛めた原因の一つでもあったんだと思う。


「でも、今は違う。ちゃんとチームのみんなを見て、無理に一人で切り込まずに、パスを回してフォローもするようになってたね。動きもよくなったし、プレイスタイルもいい方向に変わってると思うよ」
「……本当に?」


わからない……というより、自分を信じ切れないのかもしれない。

彼女はいくつもの想いを振り切ってきた。

だけど、ブランクを埋めることだけは時間をかけて努力するしかないから……。


「君がどれだけ必死に練習してきたかも知ってる。そろそろ認めてもいいんじゃないか? 新藤はもう完全復活してるよ」
「……そうね」


新藤は少し視線をさまよわせてから、まっすぐ俺を見ながら言った。


「京介先輩は冗談ばかり言うけど、そんなことで嘘とかいい加減なことは言わないものね」
「もちろんだ」


言うまでもなく、お世辞でもない。

今日の新藤のプレイは本当に凄かったもんな……。


「というわけで、今日の勝利と君の復活を祝して俺が美味いものでも作るよ」
「えっ、そんなの悪いわよ。料理を作るならわたしが」
「いや、お祝いだって。それじゃ、俺への罰ゲームになるし──ぐうっ!?」


座ったままの姿勢から見事なレバーブローが炸裂する。

 



「み、見事なもんだな……。こっちも完全復活か……」
「ケガをする前のわたしに殴られたことはないでしょ」
「なんかもう、ずっと前から新藤に殴られ続けてるような気がするよ……」


俺は腹を押さえながら笑う。


「この先も一生殴られ続けるのかな……」
「いっ、一生って……」
「それはそれで……悪くないかも……」
「ドMか、あんたは!」


まあ、もしかすると……。

新藤になら殴られ続けるのも悪くない、なんて思ってるかも。

これも彼女なりのコミュニケーションだからな。


…………。

 

……。

 



「ごちそうさま」
「はい、おそまつさま」


けっこう大量に作ったのだけど、新藤は試合の後でお腹が空いていたのか、綺麗に食べてしまった。

やっぱ、たくさん食べてくれると作ったほうとしては嬉しいな。


「そういえば、先輩の料理をちゃんと食べたのって初めてかも。けっこう、上手なのね」
「もう何年も前から一人暮らしみたいなもんだからな。外食ばかりじゃ栄養偏るし、金もかかるから、自然に覚えたんだよ」
「ふーん……わたしも一人暮らししたら料理を覚えられるのかしら……」
「いや、自分の料理を食べて気絶したときに、一人暮らしだと助けが来るまで時間がかかるし、危ないだろ。待てよ。新藤自身は平気なのか? フグが自分の毒で死なないのと同じで……」
「へぇ。言いたいことはそれだけ?」

 



「はっ!?」


しっ、しまったぁ、またいらんことを!

景ちゃんからドス黒い怒りのオーラが立ち昇ってる!


「まったく、今日は忙しいわ。試合で疲れてるのに、また本気を出さなきゃいけないなんて」
「よし、わかった。俺も男だ、受けてたとう。とりあえず、ベッドの上で戦おうか」
「いえ、ベッドはあけておかないとダメよ。あんたが立ち上がれなくなったとき、寝かさないといけないから。壊しちゃまずいでしょ?」
「真っ向から立ち向かってくるねー」


軽く反撃してみたけど、荒事に関しては彼女のほうがはるかに上だ……。


「……先輩、その軽口を叩くクセを直さないと、いつか痛い目見るわよ」
「いつかっていうか……」


既に何度も痛い目に遭わされてます。

他でもない、新藤に。


「メシも食ったし、そろそろ帰るか? 千尋ちゃんも戻ってるころだろうしな。あ、その前に風呂にでも一緒に入って──」
「…………」
「いえ、なんでもありません」


途中で新藤の殺人鬼のような目に睨まれ、なんとかごまかす。

いやあ、我ながら本当にこりない奴だよなー。


「帰らなきゃいけないけど……そうね、ちょうどいい機会だから言っておくわ」
「え?」


新藤の顔を見て、思わずどきりとしてしまう。

彼女が、まるで試合のときみたいな真剣な表情を浮かべていたからだ。


「前から言うつもりだったの。でも……。京介先輩の言葉のおかげで、踏ん切りがついたわ」
「…………」


なんだろう、嫌な予感がする。

これでも一応、付き合った女の子の人数だけは多いから、こういうときに出てくる言葉は予想がつく……。


「京介先輩とは、もう会わないようにしたいの」
「嫌だ」
「ちょっと、間髪入れずに否定しないでよ!」
「考えるまでもないことだからさ」


俺もできる限り真剣な顔を作って、新藤と向き合う。


「新藤のほうこそ、なにを唐突に妙なこと言ってるんだよ」
「唐突……じゃないわよ。少なくとも、わたしにとっては」
「言ってみて」


新藤が冗談を言ってるわけでも、思いつきを口にしているわけでもないのはわかってる。

だから、ちゃんと話を聞かなければならない。


「京介先輩に言いたいことはたくさんあるわ。千尋まで口説くし、みやこさんの下僕のままだし。殴られて喜ぶドMだし、変態だし」
「いや、悪口を並べられても……」


一つも否定できないが。


「そんな先輩でも、一つだけ信じてることがあるわ。あんたの目よ」
「目……?」
「そう、目。さっきも言ったけど、京介先輩が見て、わたしが以前の自分を越えてるっていうなら、確かにそうなんだと思うの」
「ああ、それは間違いなく保証するよ」
「わたしがここまで来られたのは、京介先輩がいたからよ。それも間違いのないことだわ」
「うん」


彼女がそう言ってくれるなら、俺もそれを認めよう。


「でも、そろそろ甘えるのは終わりにしたいの。いえ、終わりにして──わたしはわたしのために、バスケだけに打ち込みたいのよ」
「…………」


新藤はさっきからまったく目を逸らさない。

俺をまっすぐに見つめたまま、よどみなく、迷いなく言葉をぶつけてくる。

 



「もちろん勝手なことを言ってるのはわかってるわ。でも……わたしももうすぐ3年生になる」
「うん」
「去年は夏の大会に出られなかった。それが悔しくてたまらないのよ。だから……最後の夏に懸けたいの。最高の結果を出すには、今からいくら頑張っても足りるかどうかわからない」
「……そうか」


俺も新藤の目を見たまま、一つ頷く。


「そういうことなら、しょうがない。新藤がバスケだけに打ち込みたいって気持ちはわかるしな。俺も夢中になると周りが見えなくなるタイプだから、わかるよ」
「そういえば、そうよね」


新藤はここでようやく、少し笑ってくれた。


「君にとって、どれだけバスケが大事か知ってるつもりだし。納得いくまで頑張ってほしいと思う」
「うん……ありがとう」
「でもさ、さすがに夏までは長すぎるな」
「え?」
「俺もしばらくは受験に集中する。受かったら受かったで、準備することもたくさんあるだろうし。春までは忙しいと思うんだよ」


この家を出るかどうかはわからないが、本格的に一人暮らしを始める可能性だってある。


「だからさ、春までは会わない。それで、その後は夏の大会が終わるまで二人きりで遊んだりはしない──そんな感じでどうかな?」
「そう……よね。実はわたしも、自分で言ってて夏までは長いと思ってたの……。そんなに長い間、先輩と会わないなんて……無理だわ」
「あはは、嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「べ、別にあんたを喜ばせようとしてるんじゃないわよ!」


あら、素直モードに入ったと思ったのに。

まあいいや、この変な方向に強気なところも好きなんだからな。


「いいよ、それじゃあ勝手に喜んでおくからさ」
「そ、それはもちろん京介先輩の自由よ」
「ああ」


俺は笑って、大きく頷く。

こっちにとってはいきなりの話だけど、新藤のほうではずっと考えてたことなんだろう。

そりゃ寂しいけど──彼女は戦い続ける女の子だから。

きっと、夏の大会ではかっこいい姿を見せてくれるだろう。

それを楽しみにして、俺は新藤を見守っていけばいいんだ。


「でも、学校とか道ばたで会ったときとか、無視しないでくれよ」
「そこまで極端なことするわけないでしょ! 人をなんだと思ってるのよ」
「それを聞いて安心したよ」


別れるわけじゃないんだから、これでよしとしよう。

ただ、二人きりで会えなくなる──それだけのことだと思えばいい。


「おっと、もう帰らなきゃいけないんだったな。送るよ」


最後の二人きりの時間をゆっくり楽しみたいところだけど、千尋ちゃんも待ってるだろうしな。

 



「……待って」
「ん?」
「別に……そんなに慌てて帰る必要もないわ」
「でも、千尋ちゃんも……」
「あの子も、もう子供じゃないわ。わたしがいなくても泣いたりしないし……そばにいてくれる人もいる」
「…………」


新藤は顔をうつむかせ、顔を真っ赤に染めている。

彼女がなにを言いたいのか、その表情と声の調子ではっきり理解できるけど。


「いいの?」
「だって、今日がとりあえず最後なんだもの……。会えなくなるのはわたしのわがままだから……今日は、京介先輩のわがままを聞いてあげてもいいわ」
「…………」


聞いてあげてもいいわ、か。

彼女らしい言い回しに、ちょっと笑ってしまいそうになる。

本当、俺の彼女は素直じゃないよ。


「じゃあ、わがままを言おうかな」
「……う、うん」


新藤は少し戸惑いながら、それでもきちんと頷いてくれる。

素直じゃないけど、最高に可愛いんだ、この子は。


俺たちはお互いを求め合った……。


…………。

 

……。

 


「景、俺は君が好きだよ……」
「ありがとう……。わたしも、京介先輩が好きよ……」
「ああ、ありがとう……」

 

……。

 

「ふー……」


ジュースを一気に飲み干して、コップをテーブルの上に置く。

結局、長風呂になっちゃったなあ……。

新藤はなにかやることがあるらしくて、まだ戻ってこない。

髪もちゃんと乾かしたいんだろうし、女の子には色々と必要なことがあるんだろう。


「今日からしばらく会えない、か……」


学年が違うのだし、新学期からは俺たち3年はあまり登校しない。

これからは学園で会えることも少ないんだろう……。

もう受け入れたことだけど、やっぱちょっと辛いかな……。

 

「なにぼーっとしてるの?」



「うぉっ!?」


思わず驚いて、声がしたほうに目を向ける。

そこにはいつもと変わらない制服姿の新藤がいた。


「びっくりした……いつからいたんだ?」
「今戻ってきたところよ。そんなに驚かない


てたからさ」
「ろくでもないことでしょ」


すぱっと一言で切り捨てられた……。

まあ、ろくでもないことなのは確かだけれど。


「それにしても、お風呂に入って余計に疲れたのは初めてだわ……」
「景ちゃん、頑張ってたからねえ……」
「やれやれ、さらに疲れることになりそうね」
「はっ!?」


せっかく風呂に入ったのに、血まみれにされちゃたまらない。


「まったく……動物だって何度も叩かれればやっていいことと悪いことの区別くらいつくのに」
「その愚かしさが人間の業ってやつだね」
「ゴウってなによ。わけのわからないこと言わないの」


俺は善悪がわからないけど、彼女には一般常識を教えたほうがよさそうだな……。


「そういや、新藤は成績大丈夫なのか? 部活を再開してろくに勉強してないだろ?」
「うっ……それはその……前と変わらないというか……」
「というか?」
「悪化してるというか……」
「やっぱりな」


元から成績はよくなかったみたいだし、部活と勉強を両立できるほど器用でもないだろう。


「今は宮村んいも教わってないんだろ? 俺が、一度じっくりコツを教えてあげようか?」
「う……だったら……」
「ん?」


新藤は恥ずかしそうにもじもじしながら、こっちを見ている。

 



「だったら、今夜ちょっと教えてよ……」
「今夜?」
「……さっき、家に電話しておいたの。今日は友達のところに泊まるって」
「えっ?」
「いいでしょ、今日くらい泊っても! ダメとは言わせないわ!」
「あ、ああ……そうだね……」


彼女のあまりの剣幕に、俺はじりじりと後ずさる。

変なところでスイッチが入るんだよな、この子は。


「おーっと、そうだ。泊まるならその格好じゃ寝られないよな」
「え? Tシャツとスパッツがあるからそれで……」
「えーと、確かここに……」


俺はタンスをあさり、一着の服を取り出す。


「あった、あった。さあ、新藤、このワイシャツを着るんだ!」
「人の話聞きなさいよ……。というか、なんでワイシャツなのよ?」


新藤は俺が持ったワイシャツを胡散臭そうに見ている。


「心配ご無用! ちゃんと洗ってあるから大丈夫。洗濯はマメにやってるからさ」
「……もうなんでもいいわ」


どうやら、あきらめてくださったらしい。

俺と付き合ってる女の子は、よくこういう顔をするんだよなー、はっはっは。


「とりあえず、ここに泊まってもいいのね?」
「もっちろん。しばらくうちで預かってもいいよ?」
「今日で最後だって言ったでしょ! 記憶力ないのか、あんたは!」
「おっ、そうだった。いかん、いかん。つい、都合のいいように物事を考えるクセが」
「知ってるわよ……」


じろり、と完全に呆れた目で見られてしまう。

それでもへこたれないのが、俺のいいところだけどね。


「まあ、いいわ。もうここまできたら、ついでよ。ワイシャツでもなんでも着てあげる」
「さすが景ちゃん!」
「景ちゃん言うな!」
「えー、名前で呼んでいいって言ったじゃん」
「もうそれはおしまい! いつまでも甘えるんじゃないの」
「厳しいなあ……」
「いいから、それを貸しなさい」


しょんぼりする俺からワイシャツをひったくって、新藤はぎろりと俺を睨む。


「あっち向いてて。着替えるから」
「今さら照れなくても──いえ、あっちを向いておきます」


彼女の瞳に殺意が込められているのに気づき、俺は慌てて首を振る。

そして、新藤から目を離し、壁と向き合う。

やれやれ、風呂であんなことした後でも、着替えは恥ずかしいもんなんだな。


「ねえ、先輩」
「えっ、いや、見てないよ?」
「そんなこと言ってないでしょ……そうじゃなくて。受験……頑張りなさいよ。浪人して、1年も勉強ばかりでろくに会えないなんて、たまらないからね」
「…………。大丈夫、任せてくれ。新藤も夏までは悔いのないようにね」


俺は、壁を向いたままで笑う。

彼女の口調は厳しいけれど、心から俺を心配してくれていて──自由に会えるようになるのを待ってくれているとわかる。


「わたしだって大丈夫よ。いつだって、本気だもの」
「そうだったな」
「ええ、当然でしょ。はい、もうこっち向いていいわよ」

 



「おっ」


俺がゆっくりと振り向くと──


「でも、これ……やっぱり、シャツだけって変じゃない……?」
「…………」


だぶだぶのワイシャツだけを着て、ベッドの上にちょこんと座っている姿は……。


「結婚してくれ」
「死ね」
「死んだら結婚してくれるの?」
「どれだけ打たれ強いのよ、あんたは……」


いやでも、そんな妄言が思わず飛び出すほど、今の新藤は可愛い。

まさかこうも素直に着てもらえると思わなかったけど、言ってみるもんだなぁ。


「隣、座ってもいい?」
「……先輩のベッドでしょ」
「それもそうだ」


俺は笑って頷き、新藤の隣に腰掛ける。

 



「せっかく一晩時間ができたんだし、勉強は置いておこう。のんびり話でもしないか?」
「なにを話すの?」
「なんでもいいさ。このところ、あまりじっくり話す機会がなかったからな。俺は、話したいことはいくらでもあるよ。新藤は?」
「そうね……。そういうのも、悪くないかも。けっこう、幸せかもしれない……」
「え?」
「ううん、なんでもないわ……」
「そっか」

 



俺たちはベッドに並んで座り、肩を寄せ合うようにする。

しばらく会えなくなるのは寂しいけど、こうして一緒に過ごせる時間を思い出として大切にしていく。

そうすれば、きっと会えない時間だって乗り越えられる。

そして、もう一度新しい自分になって再び出会い──

もっともっと、二人で幸せになっていく。

春が過ぎ、夏が終わる頃に──彼女の幸せな笑顔を撮れたら、きっと最高だな。

俺たちは自分の追いかける夢のために。

そして、お互いを想う気持ちを深めていくために。

ずっと、二人でこうして寄り添っていこう──


……。

 

 

Steins;Gate【2】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

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「おい、そこの貴様。俺たちが見えているか?……なぜなにも答えない。貴様に聞いているんだぞ? モニターのそっち側にいる、貴様にだ。ふん。間抜け面をしおって。つまらんヤツだ。貴様からだと、俺たちはテレビのモニタの中にいるように見えるだろうな。ククク、だがそれは大きな間違いだ。モニタの中にいるのは貴様なのだよ。貴様が現実だと思っているその世界は、実はすべて虚構。もちろん貴様自身もな。真の現実、それはこちら側にある。自分がなにを指摘されているのかすら分かっていないか。無理もない。まあいい。貴様には分かりやすく、俺たちのことについて説明してやろうではないか。まず、俺たちがいるのはどこかということだ。ここは東京、秋葉原にある、未来ガジェット研究所だ。俺たちは普段“ラボ”と呼んでいる。世界の支配構造を作り替えるという我が野望の拠点だな。」

「そうなんだー。悪いことしちゃダメなんだよ、オカリン」

「まゆりは少し黙っていろ。駅から出たら中央通りを進み、末広町駅の交差点を蔵前橋通りへ左折。次の信号の一歩手前の路地を入ると、大檜山ビルという古くさい雑居ビルがある。その2階に我がラボは居を構えている。目印は、ビル1階にある『ブラウン管工房』というマニアックなテナントだな。今どき、旧式のブラウン管テレビだけを扱っているショップだ。いかに電気街である秋葉原と言えども需要があるとは思えない、寂れた店なのだ。だが『ブラウン管工房』店長である天王寺というおっさんは、このビルのオーナーでもある。故に、今や急ピッチで都市開発が進み、地価も高騰してるこの秋葉原であろうと、道楽丸出しの店を構えていられるというわけだ。幸いにもあの店長は、人を見る目はあるようでな。この俺のカリスマ性を見抜き、ビル2階をまるまるワンフロア、タダ同然で貸してくれたのだ。フゥーハハハ!だが未来ガジェット研究所は深刻な人材不足のため、優秀な研究員を随時募集中だ。今のところ、所属研究員は——」

「オカリンオカリン、そこは“ラボメン”って言わなきゃー。所属研究員じゃなくて」

「……ラボメン、すなわちラボラトリーメンバーは、俺を含めて3人である。ラボメンナンバー001、ラボ創設者にして凶器のマッドサイエンティストであるこの俺、鳳凰院凶真」

「オカリンって呼び方の方がかわいいのにー」

「そしてコスプレが趣味の紅一点、ラボメンナンバー002、椎名まゆり」

「トゥットゥルー♪ まゆしぃでーす。着るんじゃなくて作るのが趣味だよ」

「最後にスーパーハカー、ラボメンナンバー003、橋田至だ」

「スーパーハカーって呼ぶなよぅ。スーパーハッカーだろ常考

「そんな我々3人で構成される未来ガジェット研究所の活動内容は、そのものずばり“発明”である。詳細は我がラボのホームページを見てくれ。もちろん闇の支配権力と戦うための未来ガジェットが最優先事項だが、その研究から派生する副産物的な発明も多い。というか今のところはそっちばかりだ。すでに我々は8つの未来ガジェットを完成させた。だがこれはまだ序章でしかない。未来ガジェットのアイデアは、俺の中に108まであるのだ」

「某テニスマンガみたいにですね、分かります」

「人の煩悩の数と言え、この@ちゃんねる脳め。それと、俺が話しているのだから口出しをするなと言っているだろう」

「そもそもオカリン、さっきからなんで独り言喋ってんの?」

「独り言ではない。見て分からないのか。俺は今、モニタの向こうにいるこいつに話しかけているのだ」

「あ、今その人、ニヤリって笑ったー」

「おのれ貴様、なにを笑っているのか! モニタの中の存在のくせに!」

「こっち見んな、って言ってやれば?」

「通じないんじゃないかなー?」

「俺たちに話しかけられていることにすら、気付いていないらしいな。自覚がないというのは、実に不幸なことだ」

「その人にしてみたら、まゆしぃたちがゲームみたいに見えてるのかなー?」

「そいつには、現実なのかゲームなのかっていう発想さえないんじゃね?」

「んじゃ、ダルくんの大好きな2次元の女の子たちもそうなのー?」

「それは別。あの子たちは僕の嫁だから」

「ダルの嫁の話はどうでもいい」

「でもさ、まゆ氏の言ったことって興味深いテーマじゃん。もし仮に僕たちがゲームの中の住人だとしたら、それを見極める術はあると思う?」

「ないな」

「即答かよ」

「故に、そのような議論は不毛。世界の支配構造を打ち砕く方法について考える方が、よほど有意義だ」

中二病 乙」

 




ダルの言葉に、俺はのぞき込んでいたモニタから顔を上げた。




モニタには、アルパカをモチーフにしてデザインされた『アルパカマン』というキモカワイイキャラクターがたたずんでいる。

付属のマイクで話しかけると返事をしてくれる『アルパカマン2』というインタラクティブゲームだ。

10年ほど前の発売当時は爆発的に流行ったものだが、俺からしてみればキモカワイイというより単純に気持ち悪い。

ヘッドセットを含めて中古で500円だったので、昨日買ってきた。

 




俺はダルの方を振り返り、威圧感を与えるように目を細めた。

「黙れスーパーハカー。俺は中二病ではない」

ここで前髪をわざとらしくかき上げ、少し言葉をタメる。

鳳凰院……凶真だっ!」

「そういう“設定”っしょ?」

「やれやれ。ダルの、人とのコミュニケーションの取れなさは、どれだけ経っても治らないな」

「アニメのオフ会じゃ、僕がいつも場を盛り上げてるっつーの」

偏屈そうなメガネデブ男、俺の戦友にして片腕である橋田至。通称はダル。

日がな1日、だるそうにPCに向かっているオタク青年である。

2次元の嫁を持ちながら3次元メイドに浮気するなど、趣味の方向性に多少難ありだが。萌え関連ならなんでもいいらしい。

腕は確かで、ハードウェアよりソフトウェアの方が得意だとうそぶきつつも、俺のアイデアを実際に形にしてくれる非常に頼りになる男である。

「あう……。針、指に刺さった……」

 

一方、涙目になって自分の指を舐めている椎名まゆり16歳。泣く子も黙る女子高生。

一応こいつもオタクだ。濃さで言えばダルにも大幅に劣るが。

この能天気幼なじみは、未来ガジェット研究所の“コス作り担当(ただし女性用コス限定)”であり、今日もマイペースにせっせとアニメキャラのコスを自作している。

器用なのか不器用なのかよく分からないキャラクターなのだ。

なぜ未来ガジェット研究所に、アニメキャラのコス(女性用限定)が必要なのか?

あえて言おう。全然まったくそんなものは必要としていない。

要するにまゆりは、ラボにとってはまったくの役立たずなわけだ。

けれど俺はそんなまゆりを追い出すつもりなど毛頭なかった。

なにしろ俺が設立した未来ガジェット研究所の門戸を最初に叩いたのは、他ならぬこの子だったからだ。

今でも、まゆりが初めてこのラボにやって来た春の日のことは、はっきり覚えている。まゆりは俺に、こう言ったのだ。

 

 


「まゆしぃはオカリンの人質だから、ここにいようと思いまーす」

 

 

 




うむ、実に意味不明。

けれど俺にとってはその申し出は救いだった。

“機関”に追われ孤独だった俺の、壮大な計画に付き合ってくれる、初めての仲間が現れたのだから。

俺はその恩を忘れない。

まゆりは役立たずでもいい。ただここにいるだけでノープロブレムなのだ。

 

「で、オカリン。アルパカマンは反応したん?」

「いや、全然」

 




バグでも起きているんじゃないかと思うくらい、モニタの中の人面アルパカは無反応だった。あれだけ一生懸命話しかけてやったのに、なんという恩知らずだ。

というかもう飽きた。

面白いとも言えない。

二度とこのゲームを起動することはないだろう。

 

「この無愛想アルパカめが」

 

悪態をつきつつ、テレビの上部を軽く叩いた。

すると——

「ん?」

テレビからショートするような音がして、いきなり画面が真っ暗になった。

チャンネルを変えてみても、電源を入れ直してみても、何度か叩いてみたりしても、うんともすんとも言わない。

完全な沈黙。

壊れた……ようだ。

これは階下のブラウン管工房からタダで譲ってもらったオンボロテレビ。

もしかしたら寿命が来たのかもしれない。

 




「きっとね、アルパカさんが、怒っちゃったんだよー」

「くっ。後で修理できるか聞きに行かなければ」




俺はテレビを消すとソファに横になった。

日本の夏の蒸し暑さにうんざりする。うちわを扇ぎつつ、染みが目立つ天井をしばらく眺めた。




目を閉じてみる。

自然と脳裏に浮かんできたのは、1時間前に見た超常的な光景だった——

 




「消えた……」


ラジ管を出た俺が見たのは、アキバを歩いていたすべての人間が一瞬にして目の前から“消失”するという現象だった。

歩行者だけじゃない。

アニメショップやら電気店、さらには牛丼のチェーン店などの店員や客、中央通りを走っていた車も含めて、俺の視界に移るありとあらゆる場所から、人が、消えた。

しかもまさに一瞬。

まばたきをするくらいの、刹那の出来事だった。

後に残ったのは、昼間なのに無人と化したアキバの街並み。

家電量販店の店頭から聞こえてくる、その店オリジナルのBGM。耳に残りやすい単純明快なメロディだけが、無人の街に響いていた。

陽炎のようにアスファルトがゆらゆら揺れて見えるほどの蒸し暑さだと言うのに、その光景には薄ら寒さを覚えたほどだ。

俺はただ息を呑み、その場に立ち尽くしていて——

「どうかしたー?」

背後からの声で、ようやく我に返った。




まゆりは、消えていなかった。

ちゃんとそこにいた。

しかも、不思議そうな目で俺を見ていた。

「今っ、ひ、人がっ、消えたよな!?」

「???」

「消えただろう!? 今、目の前で!」

ようやく自分の脳で状況を理解できるようになった俺は、途端にパニックになった。

だからまゆりに駆け寄り、その華奢な肩をつかんで少し乱暴に揺さぶった。

 




「まゆりも見たか!? 見たよな!?」

「ん~あ~?」

俺が身体を揺することで、まゆりは首をがくんがくんと上下に振っている。

「見~て~ない~」

「見て、ない……?」

 


揺するのをやめ、今度はじっとその目をのぞき込んだ。

まゆりも、ビー玉のように澄んだ瞳で見つめ返してくる。

「見ていない? 見ていないのか? だってついさっきまで、ここにはたくさんの人たちが歩いていたんだぞ!?」

「……歩いてたかなあ?」

「それに店員まで消えている! こんなことはいくらなんでも有り得ない!」

「ん-。それは仕方ないと思うよー」

仕方ないとはどういう意味だ?

「とにかくね、最初からこの辺には、誰もいなかったよー。あ、そっかー、オカリンは幻を見てたんだね。きっと、この暑さのせいだよー♪ トゥットゥルー♪」

……なぜこの状況で笑っていられるんだ!?

まゆりは前々から変なヤツだと思っていたが、もしかして本当に頭のネジが何本か外れてしまっていたのか。

 




とにかくまゆりを頼りにするのはやめた方がよさそうだ。

俺は途方に暮れて天を仰いだ。

ビルとビルの隙間には、夏特有の、高く澄み渡った青い空。

そして、強烈な日差しを放つ太陽。

自然と、視線はさっきまで俺たちがいたラジ管の屋上へと向かってしまう。

 




人工衛星のような巨大な危機が墜落している。

あそこで、つい数分前、牧瀬紅莉栖が刺された。

そう言えば彼女はどうなっただろう。

誰か、救急車を呼んだだろうか?

集団消失が起こる直前まではサイレンの音が響いていた気がしたが、今はもう聞こえない。

いまだに牧瀬紅莉栖はあの狭く薄暗い通路で、ひとり、血まみれで倒れているのだろうか。

いや、それも気になるが——

「……そもそも、あの人工衛星は、いったいなんだ?」

人工衛星

ドクター中鉢の発表会が始まる直前、爆発によるものらしき揺れがあった。屋上の防火扉の鍵は壊されていて、そこには人工衛星状の大きな危機が置かれ、煙と燐光が立ちこめていた。

俺が見たとき、その機器はお行儀よく屋上にきちんと“置かれていた”のに。

今、見上げている景色においては、違っていた。

それは、ビルの壁を破壊し、突き刺さるようにして静止していた。

あの場所に突き刺さっているということは、ちょうどドクター中鉢が会見をしたイベントスペースに直撃しているだろう。

人工衛星が宇宙空間から大気圏に突入し、燃え尽きずにアキバに墜落してきた”

この光景だけを見れば、誰もがそう思うはずだ。

しかし——

それはいったい、いつ起きた話だ?

 




「まゆり、あの人工衛星だが……」

「うん、びっくりしたね~」

「びっくりした、だと? なにがびっくりしたのだ?」

「ドカーンってすごい音がしたもん」

すごい音……。

確かに音はした。

だが俺が聞いたのは“ドカーン”ではなかった気がする。

どちらかと言うと“ズズーン”とかそんな感じだった。

さながら地震による地鳴りのような。

「あの人工衛星は、堕ちてきたのか?」

「きたのかなー? 宇宙人さん乗ってるのかなー?」

「…………」

俺は、おかしくなってしまったんだろうか。

俺の見たものと、まゆりの見たものが、噛み合わない。

わけの分からないことが立て続けに起きすぎている。それらはいずれもリアルさに欠けていて、故にすべて幻だったのではないかとさえ思えてしまう。

「そこの君たち!」

ここで、俺とまゆり以外の人物が突如出現した。

小走りに駆け寄ってきたのは、がっしりとした身体つきで30代ぐらいの制服警官だった。その顔には緊張感をみなぎらせている。

「ここでなにをやっているんだ。ここらは今、立ち入り禁止だ。すぐに出て行きなさい」

「ごめんなさい~」

「それより制服警官さん、仮に貴方を警官Aと名付けるが、1つ聞きたいことがあるんです……!」

「警官Aって……」

「今ここで数千人の通行人が一瞬で消えたんです! 貴方も見ましたよね!?」

「見ていない。いいから早く出ていけ」

こいつも、見ていないと言うのか……。

ますます自分の記憶に確信が持てなくなっていく。

それならばと、ラジ館で牧瀬紅莉栖という少女が刺されたことを伝え、救急車を呼ぶように頼むと——

「さっきからなにをバカなことばかり言っているんだ」

警官は呆れたように吐き捨てて、俺の二の腕を強くつかんできた。

そして、はっきりとこう断言した。

“ラジ館で刺された少女などいない”

少女などいない? なぜそう言い切れる?

いまだ状況を整理できていない俺を連れて、警官は強引に歩き出していた——


……。


……あの後、俺とまゆりはUPXの方まで警官に無理矢理連れていかれて、そこで解放された。

UPX周辺には、普通に人がいた。

というか、人だかりができていた。

警官Aが言った通り、中央通りは警察により封鎖されていて、誰も立ち入れなかったのだ。

 




それからこのラボに戻ってきて、今に至る。

狐につままれたような気分。

ラジ館へ行き、ドクター中鉢の発表会が始まってからの1時間ほどは、果たして本当に現実だったのだろうか。

ニュースやネットはチェックした。

確かに、ラジ館に謎の物体が墜落したというニュースが話題になっていた。

テレビの在京キー局はすべて——あの東テレまでもが——こんな昼間から報道特別番組に切り替え、アキバの様子を生中継している。

幸いにも墜落による犠牲者はいなかったようだが、中央通りの規制はいまだに解かれていない。

マスコミと野次馬が、秋葉原駅でごった返しているようだ。

アキバの路上から数千人が一瞬で消失したことや、牧瀬紅莉栖が刺されたことは、誰も触れていない。

実にミステリーだ。

……ミステリー?

「そうか……そういうことか……!」

俺はニヤリと笑うと、ソファから勢いよく立ち上がった。

 




ダルとまゆりが、何事かと目を丸くして、俺を見ている。




「これもすべて、“機関”の隠蔽工作ということだな! 警察にすら圧力をかけられるということは、この国の中枢ももはやヤツらの手の内にあるということ……くっ、なんということだ! だが俺の目はごまかせんぞ。いつか必ずヤツらの所業を暴き、その支配構造に終止符を打ってやる……!」

納得の行く結論に満足して、俺は冷蔵庫からドクターペッパーを取り出し、ペットボトルのままぐいっとあおった。

このラボにはクーラーがない。あるのは小さな卓上扇風機が1台だけ。

だからキンキンに冷えたドリンクは欠かせない。

「頭脳労働の後のドクターペッパーは相変わらず最高にうまいな」

 

 

 

 




「コーラの方がよくね?」

「オカリンは本当にドクターペッパーさんが大好きだよねー」

「この知的飲料の良さが分からないヤツは、人生の5分の1を損しているぞ! フゥーハハハ!」

 




ラボの中央を仕切っているカーテンを開くと、その奥は未来ガジェット研究所の心臓部にして超トップシークレットエリア、関係者以外立ち入り禁止区画の開発室である。

文字通り未来ガジェットを開発する部屋だ。

ラボは部屋の区切りが元々なかったため、仕方なくカーテンで無理矢理仕切っているというわけだ。

この貧乏くさいところは個人的にはまったく気に入らないのだが、現実的な話をすると、資金は雀の涙ほどもないため贅沢は言えないのだ。

まあ、大切なのは金ではなく、野心の強さなのだよ。

というわけで俺はダルを促して開発室に入った。

 


こちらの窓はすべてガムテープで目張りをしているので薄暗い。

それに暑い。サウナにでもいる気分だ。

本気で冷房を買うべきかと、いつも思う。資金提供者はいつでも募集中。

開発室に足を踏み入れるなり、俺はイスの背に無造作に引っかけてあった白衣を羽織った。

開発室では必ずこの白衣を着ることにしていた。それは儀式的な意味合いもある。

だがダルはこんな俺の習慣に否定的だ。

着たり脱いだりするのが面倒らしい。自分が興味のあること以外は、とことん面倒くさがるのだ。こういう男がいるから、ゆとり世代だなんだと揶揄されると言うのに。

俺がダルのためにポケットマネーで買ってきた白衣は、一度も着られることがないまま棚の上に放置されていた。そして今後も使われることはないだろう。俺の3000円を返せ。

「ダル。計画は順調に推移しているか」

「え、計画ってなんぞ?」

ダルはきょとんとしている。

俺はため息をつき、テーブルの方へと顎をしゃくった。

 




開発室のど真ん中に置かれたテーブル。その上には、1台の業務用電子レンジが鎮座していた。最近のものより明らかにデカいし角張っている。

「計画は計画だ。8号機の調整以外になにがあると言うのか」

「ああ、そのこと。いきなり計画とか言うから、何事かと思った」

「そろそろお前との付き合いも3年半ほどになる」

こいつとは同じ高校だったのだ。そして今も、同じ大学に通っている。腐れ縁、ということになるな。ラボメンになったのはわずか2ヶ月前だが。

「高2のときはクラス別でほとんど喋んなかったじゃん。だから実質、2年半じゃね?」


「細かいことはどうでもいい。それほどの付き合いの長さなのだから、いい加減俺の会話についてこられるようになってくれ」

「そ れ は 無 理」

「…………」

微妙な沈黙が流れた。

くそう。司令官と副官の“思わせぶりで意味深に聞こえる会話”をするのが夢なのに。

「それで、8号機の不調の原因究明は進んだか?」

「いや、まだ」

 

 




未来ガジェット研究所ではこれまでに、合計で8つの発明品を完成させた。

ラボの本来の研究目的は、さっきアルパカマンに語った通り、“機関”をはじめとする闇の支配権力と戦うためのアイテムを作り上げることだ。

そちらの方の発明は、今のところ1つとして完成していない。それどころか具体的になにを作ればいいのかという取っかかりすら見つけられていない状態だ。

一方で、その研究の副産物として、独創的にして未来的なガジェットの開発には成功していた。

大発明のほとんどは、なんらかの研究中に起こる偶然の産物であるという法則こそ真理だと俺は考えていた。いわゆる
セレンディピティというヤツである。

これまでに作ったものは計8つ。

ここで、栄えある未来ガジェットを順に挙げていこう。

1号機『ビット粒子砲』。

2号機『タケコプカメラー』

3号機『もしかしてオラオラですかーッ!?』。

4号機『モアッド・スネーク』。

5号機『またつまらぬ物を繋げてしまったby五右衛門』。

6号機『サイリウム・セーバー』。

7号機『攻殻機動迷彩ボール』。

いずれもダルが作ったwebサイトにて公開しているから、マッドサイエンティストによるひらめきの産物をとくと目に焼き付けておけ。

 




で、今問題になっているのが、未来ガジェット8号機『電話レンジ(仮)』だ。

実にセンスの欠片もないネーミングであるが、一応(仮)なので、今後、より洗練された名前に変更される予定だ。ちなみに『電話レンジ』と命名したのは、俺ではなくまゆりである。

毎回、未来ガジェットの命名は3人の議論で決める。

俺はもっとルビとか使いまくりの、ファンタジーっぽい名前を付けたいのだが。

ダルは“考えるのが面倒くさい”という、ロマンも欠片もない考え方だし。

まゆりは“簡単な名前じゃないと覚えられない”という、おバカ丸出しの意見をしてくれるのだ。

というわけで、ネーミングについてはいつも意見が割れてしまう。

まあ名前の件は置いといて。

この『電話レンジ(仮)』は、電子レンジにケータイ電話をつなげることで、電子レンジの遠隔操作が可能になるという夢の発明品だ。

出かける前にコンビニ弁当を電子レンジに入れておき、家に帰るとき事前にケータイから遠隔操作をすれば、なんと家に到着したときにはコンビニ弁当の温めが完了しているのだ。

……要するに使い道のまるでない駄作なのだが。

数日前、この電話レンジ(仮)には意図していない妙な機能があることを発見した。

きっかけはまるで、あの能天気少女は建気にも、この電話レンジ(仮)の遠隔操作機能を使って冷凍からあげを温めるのを日課にしていた。

というわけで、いつものようにまゆりが大好物の冷凍からあげ『ジューシーからあげナンバーワン』を解凍しようとしたところ、予想外な出来事が起きた。

結論から言うと、解凍しようとしたからあげは逆に“冷凍”されていたのだ。

ちなみに、そのとき電話レンジ(仮)に入れた冷凍からあげは、ほぼ自然解凍状態にあった、ということを明記しておく。

そのからあげを温めようとしたところ、逆にカチンコチンになっていたというわけだ。

それ以来、俺とダルで原因を究明中なのだが……。

「まゆ氏がやった状況を再現して何度も実験したけど、冷凍できたりできなかったりだし」

「バナナを冷凍してみようとしたら、さらにヘンテコなことになったし」

「さっぱり分かんね」

ダルは暑さにうんざりした様子で、服の胸元をつまみ、パタパタとあおいだ。

“ヘンテコなこと”については俺も把握している。

今ここでもう一度、そのヘンテコなことが起きるかどうかを試してみることにした。

「まゆり! まゆり! ここにバナナを持て!」

談話室の方で相変わらず縫い物をしているまゆりに声をかける。

 




「……またゲルバナ作るのー?」

「前から気になってたけどさ、まゆ氏。ゲルバナって略さないでくんない?」

「だってね、ゲルバナはゲルバナだもん」

まゆりが持ってきたバナナを、一房丸ごと電話レンジ(仮)に入れた。

「なんでいつもいつも、人房丸ごと入れるのー? もったいないよー」

「ケチケチしていては“機関”との戦いに勝利することなどできんぞ」

「勝たなくてもいいよ。あのね、バナナはまゆしぃが買ってきてるんだからねー? おかげでまゆしぃはちっともバナナが食べられません」

「次からは1本ずつ使うことも検討しておこう」

だが今回はもう入れてしまったので、腹ペコ少女の愚痴は華麗にスルー。

電話レンジ(仮)の操作方法はいたってシンプルだ。

電子レンジに無理矢理接続した専用のケータイ電話。その番号へかければいい。

番号はすでに俺自身のケータイに登録済みだ。

ええと、ケータイはどこに入れただろうか。

ズボンや白衣のポケットをまさぐってみる。

 




呼び出し完了。

すぐに繋がった。

「R・E・N・G。こちらは、電話レンジ(仮)です」

電話をかけるとオートで繋がるようになっているのだ。

流れてきたのは、まゆりによる音声ガイダンスだ。

「まゆしぃの声、聞こえてきたー?」

「少し黙れ。まゆしぃガイダンスが聞こえなくなる」

「こちらから、タイマー操作ができます。♯ボタンを押した後、温めたい秒数をプッシュしてください。例えば、1分なら『♯60』 2分なら『♯120』……です」

ガイダンスの通りに入力すれば、問題なく電話レンジ(仮)は解凍を始める。

だがここで、あえて『120♯』と誤った入力を行うのだ。

これでよし、と。

元々はまゆりの単なる入力ミスだったのだが、これによりなぜか冷凍が開始されるのだ。

電話レンジ(仮)が動き出す。

中にある回転皿とそれに載るバナナが、ゆっくりと回り始めた。

「キレイなターンテーブルだろ。普段と違って逆回転してるんだぜ、それ」

「なに、逆回転!?」

それは気付かなかった!

「そこに重要な意味があるかもしれない! 量子の振る舞いにも影響してくる問題であり、『フントの規則』を導入して——」

「あるあ……ねーよ」

「……ないか」

「ないね」

「……そうか」

3人で、バナナが回るのを黙って見守った。

120秒が経過し、レンジが軽快な音を鳴らした。

中からバナナを取り出す。

「ゲルバナのできあがり~」

 




バナナは、バナナではなくなっていた。

極薄皮の中が、ゲル状になっている。

しかも人房、丸々だ。

まゆりが電話レンジ(仮)に冷凍機能があることを発見した後、バナナを凍らせてみようと実験してみた。その結果、凍るどころかなぜかこんなヘンテコな結果が出てしまったのである。

おかげで俺たちとしてはますます混乱するばかりなのだ。

「ダルよ。このバナナ……食べてみようとは思わないか? 思うはずだ。我らの理念達成の犠牲となり散ったダルに、敬礼……!」

 




「……すげーまずそうじゃん」

「味は関係ない。食べることに意味があるのだっ! さあダルよ、遠慮することはない。骨は拾ってやるから思い切ってずずいと行くがいい!」

「イラネ」

「……ではまゆり。お前にその名誉を譲ろう」

「なんかね、ゲルバナは、中身がデロデロでぶにゅぶにゅだったよ」

って、もうすでに試食済みだったのか。

やはりこの天然少女は大物だ。間違いない。

「味もしないし、全然おいしくなかったー」

「デロデロでぶにゅぶにゅか……。ダルよ、どう思う」

「ぶにゅぶにゅバナナか……ぶにゅぶにゅのバナナ……」

ダルの鼻の穴から、赤い滴がスッと一筋、垂れた。

「まゆ氏、“あなたのバナナ、ぶにゅぶにゅだね……”って言ってみて」

「ダルくんダルくん、鼻血出てるー」

「いいから言ってみてくださいお願いします!」

「あなたのバナナ、ぶにゅぶ——」

「言わせるな低能がっ!」

頭をティッシュ箱で思い切りはたいてやると、ダルはおとなしくなった。

言わされそうになったまゆりはよく理解できていないらしく、能天気な微笑みを浮かべたまま首を傾げている。

「ゲル状になったということは半固形。すなわち分子同士の結びつきが弱くなっている可能性がある」

半固形……すなわち、元々固形だったバナナが液状化した……。

「そうか、分かったぞ!」

俺は開発室の奥にあるホワイトボードに向かうと、ど真ん中に大きく『冷凍』と書き込んだ。そしてその2文字を、即座に×で消し、手でバンバンと叩く。

「俺たちは『冷凍機能』だと思い込んでいたが、実は違ったのだよ!」

この地球上に存在するほぼすべての物質は、液体から個体に代わると体積が減り、逆に密度は大きくなる。

冷凍は、まさに液体から個体へ変化する行為だが、実験したバナナは真逆の結果を示した。

ゲル状になっているということは、密度が減っているということだ。

決して“冷凍”とは呼べない。

「さあお前たち、“な、なんだってー!”と叫ぶがいい! ここは叫ぶところだ!」

 




だが2人のリアクションは薄かった。

まゆりはおそらく俺の言葉の意味を理解していないからやむを得ないとして……。

「『冷凍機能』じゃないのは分かってるっつーの」

わ、分かっているならなぜ先に言わんのだ……。

「問題は、じゃあこの機能ってなんぞ? なにが起きてんの? ってことじゃん」

「冷凍の逆なら、解凍じゃないのかなー?」

「実に愚鈍な意見だな、まゆり! それでは普通の電子レンジと同じではないか!」

「じゃあ、どういうことー?」

「それが分かんないから、悩んでるんだお」

「…………」

ほぼ解凍状態にあったからあげが、冷凍状態に戻ってしまった理由——

正直なところ、お手上げだった。

 



俺とダルは、電話レンジ(仮)について悩むのを切り上げて大ビルに向かった。

今日はこの後、ATFでのセミナーに参加しなければならない。

俺とダルが通っている東京電機大学が、産学連携機能の一環として、このATFに単位を設定しているのだ。

いわゆる夏の特別講習というところ。

これに出てレポートを書かないと単位がもらえないゼミがあるため、参加せざるを得ないのである。

そう言えば今日のシンポジウムはどんな内容だっただろうか。

夏休みに入る前に一度確認した気がするが、忘れてしまった。

「ご覧下さい、秋葉原駅前のビルに、謎の巨大物体が墜落しています!」

「現在、警察による規制が敷かれ、ビルの前まで行くことはできませんが、遠くから見る限りでは墜落した物体は人工衛星のように見えます!」

UPXと大ビルを繋ぐ陸橋の上から下を見ると、今日はいつも以上に人が多いと感じた。

しかもアキバではあまり見かけないような、チャラチャラした格好の若い男女が目立つ。

彼らはみんな一様に、いまだ封鎖されている中央通りの方へとぞろぞろと歩いていくところだった。

「ダルはラジ館に見物に行かないのか?」

 




「どうせ行っても見られないっしょ。もちろんネットに上がってくる情報にはほぼ目を通してるのだぜ。@ちゃんのスレ数、100超えたし。勢いすげー」

さっきから歩きながらケータイを眺めていたのは、そういうことだったのか。

 




大ビルの中に入ってエレベーターに乗り、5階にあるATFの会場へ向かう。

「あ~、涼しい~、生き返るぜ~ぃ。あばばばばば」

大ビル内はエアコンが効いている。貧乏学生にとってはオアシスだ。

俺たちが真面目にATFへ参加しているもうひとつの理由でもある。

「電話レンジ(仮)の件だが、俺は答えを導き出したかもしれん」

「その(仮)って、めんどいからいい加減やめるべき」

それは断固として譲れない。俺以外のラボメンが(仮)を使わなくなったとしても、俺だけは使い続ける。正式名称が決まるまではな。

「そんなことは今はどうでもいい」

「お得意のトンデモ理論でもひらめいちゃったん?」

「なにを言うか。俺はいつも、この世の森羅万象すら超越したあらゆる可能性について思考を巡らせているのだ。トンデモとか言うな」

「森羅万象を超越って、つまりなんでもありってことじゃね? 理論ってレベルじゃねーぞ

「ダルよ、電話レンジ(仮)は運命石の扉(シュタインズゲート)を開く鍵だという気がするのだが、どう思う?」

「そのシュタインなんとかってところからして意味不明なわけだが」

5階に到着したことを示す音が鳴る。

わずかに体感としてあった加速加重が消える。

エレベーターのドアが、ゆっくりと開いた。

エレベーターホールに出ると同時に——

 




「きゃっ」

人と激突した。

とっさに、相手の肩をつかんで支える。

「すいません」

 




「あ……!?」

その女性の顔に——

見覚えがあった。

「あ……あ……!」

俺はギクリとしてしまって。

瞬間的に総毛立ち。

指1本動かせず。

相手の顔を、まじまじと見つめてしまう。

女性と言うより、少女と呼んだ方がいいようなあどけなさ。

この端整な顔を、俺はほんの3時間ほど前に見ている。

牧瀬……紅莉栖……!

「あの、なにか?」

紅莉栖は怪訝な顔をして、俺から離れようとする。

だが俺は彼女の肩を離さなかった。

逆につかむ指に力を込める。

「い、た……!」

「き、さま……」

「貴様は、死んだはずだ! なぜ、ここに……!?」

「しかも——」

服が、どこも汚れていない。あのとき着ていたのと同じ服だ。

その薄い生地の上から観察する限り、ケガらしいケガはしていないように見える。

あれだけの出血量ならば、重傷を負っていてもおかしくないはずなのに。

「無傷……!」

「ちょっ、痛いっ……! 離して……!」

 




紅莉栖に胸のあたりを突き飛ばされた。

俺から離れた紅莉栖は、警戒した様子でにらみつけてくる。

とてもケガ人には見えない。

「……なんなの?」

「無事だったのか? ケガは平気なのか? いや、そんなはずはない、牧瀬紅莉栖は何者かに刺されて血まみれで——」

 




「またその話かよ?」

割り込んできたのはダルだった。

しかも、妙な言い草だ。

「またその話、とは、どういう意味だ?」

「だって、1週間前にも僕にそんなメール送ってきたじゃん」

「メール? 俺が?」

「なにをバカな! 牧瀬紅莉栖が殺されているのを見たのは、ほんの3時間前だぞ!」

「ちょっと。勝手に殺さないでくれますか? 私、ピンピンしてますんで」

「そう言えばあのメール、変な感じだったなあ。送信日時が1週間後になってた。つまり未来から来たっつーか」

「未来から来た?」

「ネットで妙な考察サイトでも見たのか、ダル。お前がトンデモ理論を言い出すとは珍しい」

「違うがな。確かにメールの日付は1週間後の、ええと、28……あ、そっか。28日だから今日じゃん!」

ダルは慌てた様子で自分のケータイを操作し、俺に見せてきた。

 




確かにそれは俺からダルへのメールだった。

送信日時は7月21日12:56。

送信日時は……7月28日12:54。

メールは計3通。

1通目は『牧瀬紅莉栖が』

2通目は『男に刺された』

3通目が『みたいだ。男』

なぜこんな短い文面を3通に分けて送ったんだ、俺は?

それに3通目は、途中で途切れてしまったかのようにも見える。

こんな短文メールを送った記憶はない。

だが文面には見覚えがあった。

「これは……3時間前にダルに送ったメールだ」

だがあのメールは長文だった。3通に分けて送ったわけではないし、この後にもまだ続きがあった。

それが、1週間前の21日にダルのケータイに届いただと?

「興味深いわね……」

いつの間に寄ってきたのか、俺に隣で紅莉栖も真剣な面持ちでケータイ画面をのぞき込んでいた。

 




そうだ、メールはどうでもいい! どうでもよくはないが、今はどうでもいい!

それより、こいつはなぜピンピンしているのかということだ! それが一番の問題だ!

これは幻なのか!? いや、悪霊か!? 祟って出てきたのか!?

俺はそんな非科学的な事象は信じんぞ! なにしろマッドサイエンティストだからな!

 




俺はすぐそばにある紅莉栖の横顔に、恐る恐る手を伸ばした。

指先が、その髪に触れる。

サラサラとした手触り。実にキューティクルだ。

「ある……。実体が、ある。やはり幽霊だというのは考えすぎか……」

「…………」

「オ、オカリン……まずくね……?」

紅莉栖の頬をペチペチと叩いてみたり、指でつついてみる。

なんという柔らかさだろう。肌の張りが違う。死体ではこうはいかない。いや、死体の肌に触れたことはないが。

「…………おい」

というかそもそも、最初にぶつかりそうになったときも、俺はこの女の肩に触れていたし、この女の手に突き飛ばされもした。

それなのに、実体がないなどと一瞬でも思ってしまったとは、それだけ自分が混乱している証拠だな。

では、ラジ館で見たあの凄惨な光景はなんだったのだ。俺が聞いたあの男の悲鳴は、なんだったのだ。

集団消失と同じく、あの一連の出来事の方が幻だったのか?

傷だ。目の前にいる牧瀬紅莉栖の身体に、傷があるのか、ないのか。

それを確かめずにはいられない。

俺は彼女の服の裾をつかむと、ゆっくりとめくり上げようとして——

「おのれは、警察に突き出されたいのか?」

「……俺は真実を知りたいだけだ」

怒りに震える牧瀬紅莉栖の目を、まっすぐに見つめ返したまま、さらに服の裾を上へと——

「なにが真実よ、このHENTAI! バカなの? 死ぬの!?」

手をはたき落とされた。

「ルイスちゃんの名ゼリフキタコレ!」

ダルがなにか叫んでいるが無視して、俺はひるまず続ける。

「俺は確かに見たのだ!」

 




「まさかあんた、今、私の下着を……!?」

紅莉栖は顔を赤くし、服の裾を慌ててずり下げる。

「この低能めが! そうではない!」

「…………」

今日の昼、牧瀬紅莉栖はラジ館の屋上で、ドクター中鉢の発表会の後、何者かに刺し殺され、血まみれで倒れていた——

あえて懇切丁寧にそう説明してやった。

「え、ドクター……中鉢……?」

 




「オカリン、なに言ってるん? 中鉢の発表会なら中止になったじゃん」

「……中止!?」

「そう。人工衛星の墜落で」

会話が噛み合わない。まただ。またこの感覚だ。

思えば、集団消失を目の当たりにした直後、まゆりと話したときも話が噛み合わなかった。

焦燥感。

俺、なにかとんでもないことに巻き込まれてる?

これも“機関”による陰謀か?

「ねえ、ちょっとあなた」

「わ、我が名は鳳凰院凶真だ」

「違うよ、全然違うよ……」

鳳凰院さん。今の話、詳しく教えてほしいんですが」

ようやく俺がウソを言っているわけではないと理解したらしい。

だが俺としても、なぜ話が噛み合わないのかよく分からないから、説明のしようがない——

と、そこでフロア奥の小会議室から、初老の男が顔を出した。

「牧瀬さん。そろそろ時間ですし、始めましょう」

「え? あ、はい……っ」

紅莉栖は俺を一瞥すると、小さく息をついてからその小会議室へと向かった。

 




「オカリン、とりあえず僕らも行こうぜ」

「行く、とはどういう意味だ?」

「講義を聴きに来たんだろ?」

ああ、そうだった。

ダルは、紅莉栖の後をついていく。

つまり紅莉栖も同じ講義を受けに来たのかもしれない。

……かの天才少女が?


……。


俺の予想は少しだけ間違っていた。

天才少女は、講義を受けに来たのではなかった。

 

 

 

 




「ええと、今日は私のような若輩者の話を聴きに来てくださって、ありがとう」

「講義をする方だったのか……」


弱冠17歳にして『サイエンス』誌に論文が掲載された日本の若き天才。

ダル情報によると、数日前に誕生日を迎えて今は18歳だそうだが。

牧瀬紅莉栖に関するそんな話題を俺が最初に知ったのは、ダルから見せられた雑誌——日本ゴシップ系週刊誌——の記事だった。

そのときに、ダルからはこうも聞かされていた。

“彼女が今、逆留学みたいなことで来日しているんだけど、ATFに特別ゲストとして登場するらしい”

今、思い出した。

それが今日だったわけだな。

「こういうのは初めてなので緊張してますが、ガチガチなのは大目に見てください。どうぞよろしく」

講義に来ている連中は様々だ。

俺やダルのような学生が多いが、大学の教授クラスもいたりする。

と、紅莉栖は俺に対して、鋭い視線を向けてきた。

どうやらにらまれているらしい。

こちらも見つめ返してやると、ぷいと目を逸らしてしまった。

ふん、天才少女だかなんだか知らんが、気に食わないな。

ラジ館で声をかけられたときもそうだった。

今の牧瀬紅莉栖は猫をかぶっているが、その本性はかなり生意気な性格だ。

殺されたのが俺の見た幻覚でしかなかったのだとしても、性格についての分析は間違っていないはず。

「今回、『タイムマシン』をテーマに話してほしいと言われまして。正直、専門外なのですが、頑張って話してみようと思います」

「ほう、タイムマシンか……」

「最初に結論を言ってしまうと、タイムマシンなんていうのはバカらしい代物だということです」

異議あり!」

「ふぇっ……!?」

俺の発言に、紅莉栖だけでなく講義を聴きに来た全員が仰天したようにどよめいた。

まあ、当然のリアクションだろう。

しかし俺は、天才少女とやらの話を黙って聞いてやるつもりなどないのだ。

「タイムマシンが作れないと決めつけるのは早計だ」

「オカリン、無茶しやがって……!」

横で、ダルが小さく敬礼ポーズをした。

ATFの関係者が俺を部屋からつまみ出そうと追ってくる。

俺としても、さすがに調子に乗りすぎたかと思ったのだが、

「ええと、まあ、はい、いいですよ。ディスカッション形式の方が、話も弾むでしょうし」

この紅莉栖の発言により、出ていく必要はなくなった。

若干、キレ気味のように聞こえたが、気にしないでおく。

「でもその前に、私の考えを話させてください」

 




「これまで、世界中の科学者たちがタイムトラベルについての理論を提唱してきました。主な理論だけでも、11に及びます」

ふむ、ええと、どんな理論があっただろうか。

宇宙ひも理論ぐらいなら、チラッと聞いたことがあるが。

中性子星理論。ブラックホール理論。光速理論。タキオン理論。ワームホール理論。エキゾチック物質理論。宇宙ひも理論。量子重力理論。セシウムレーザー光理論。素粒子リング・レーザー理論。ディラック反粒子理論」

 




「…………」

なるほど、さすが天才少女と呼ばれるだけはある。

これは、牧瀬紅莉栖をこの俺のライバルと設定してやってもいいかもしれん。

「でもそれらの理論はいずれも、仮設の域を出ません」

「場合によっては、11個の中の別の理論によって否定されているものさえある」

「では12番目の理論が発見されたとしたらどうかな?」

「ん? あぁ、えー、そう、ですね……それは、ええと。13番目の理論によって否定されるかもしれませんね」

おのれ小娘……!

俺の仮定による姑息な揺さぶりに対し、なおかつ同じ手で反撃してくるとは。

なかなかできるな。

 




と、俺は周囲から視線を感じた。

偉そうな教授連中が、俺に渋い顔を向けている。

やばい、調子に乗りすぎたかも。

単位がもらえなくなったらイヤなので、ここは自重しよう……。

 




「ちなみに未来へのタイムトラベルなら、今でもすぐに可能ですよ。アインシュタイン相対性理論によればね」

「例えば今すぐ羽田空港に行って、そこから沖縄行きあたりの飛行機に乗ればいい。目的地に降り立ったとき、その人は10億分の1秒くらい、私より未来に進んでいる」

どういうことだ?

「移動する速さが光速に近付けば近付くほど、時間は遅く流れる。それが相対性理論ですから。極論を言えば、光と同じほどの速さで走ることができたら、流れる時間はその人の半分になるわけで。24時間その速度で走り続ければ、周囲では48時間が経ったことになるから、丸1日分、未来へ跳んだことになるんですよ、鳳凰院凶真さん」

「……っ」

名指しかよ……。

せっかく自重したのだが、牧瀬紅莉栖は俺にケンカを売りたいらしい。

……でも、あまり大勢の人間がいる前でその名を語ってほしくないのだが。

真名を他人に知られることはリスクを伴うのだ。

「それは屁理屈ではないかな?」

と、俺ではなく教授連中の1人が、穏やかな声で反論した。

確かに今、牧瀬紅莉栖が提示したタイムトラベルは、厳密にはタイムトラベルとは言えない。

だがまさかいい歳したおっさん——しかも教授——が18歳の女の子に反論するとは。

本気でディスカッション形式にするつもりなのかもしれない。

それとも、天才少女に対する嫌がらせか?

「そうですね」

天才少女はケロッとした顔で反論を認めた。

普通の18歳なら、これだけの人数を相手にした初めての講演で緊張しないはずがない。

そこに、はるか年上の教授から反論をされたら、頭が真っ白になりそうなものだ。

なのに牧瀬紅莉栖の強心臓ぶりと来たら、この俺に“こいつ、できる!”と思わせてしまうほどだった。

「では過去には行けるのかな?」

「過去にだって今すぐ行けますよ。夜になったら望遠鏡で空をのぞいてみてください。何万年も前の光を見ることができるでしょう」

「それも屁理屈ですよ!」

今度は受講者の1人が、野次に近い形で声を出した。

「まあ、今までのは前置き」

紅莉栖の表情がわずかに引きつったように見えたのは気のせいか?

「例えば実際に、みなさんが身体ごと過去や未来へ行くことができるようなタイムマシンを作るには、まずなにが必要か、考えてみましょう。代表的なところだと、宇宙ひも理論かワームホール理論かな。宇宙ひもというのは、超巨大な質量を持つ、ひもみたいな形の“ひび割れ”です」

ひものようなひび割れ……?

きっとそのひび割れを通して“ヤツら”がやって来るのだな。

だがそんなものが実在するのだろうか?

 




「ひびの幅は素粒子と同じくらいで、長さは最低でも銀河系と同じくらいと思っていただければいいです。これは巨大な質量であるが故に、時空を歪める性質を持っているんです。その歪んだ時空を、ひもを中心にあなたがぐるっと一周すると、360度以内で回りきることができる。要するにワープみたいなことができるということ。これ、時空の角度欠損って言います。角度欠損しているところを通過すると、そこは欠損しちゃってますので、通過時間はゼロになる」

 

 

「これを応用して、宇宙ひもが光速に近い速さで運動しているとき——相対性理論により、宇宙ひもの時間は周囲より遅くなるから、歪んでいる角度欠損の領域を通過すると、本来ゼロだった通過時間が、マイナスになる。つまり通過後の方が“過去”になっているわけ。で、2本の宇宙ひもを使って空間欠損ジャンプを行い、元の地点まで周回するように戻ってくると、ちょうど周回を開始したのと同じ時間に戻ってくることができる。ざっくり言っちゃうと、それが宇宙ひも理論によるタイムトラベルです。ちなみに誤解しないでほしいのは、宇宙ひも理論は超ひも理論とは別物ということです。というわけで、宇宙ひも理論で過去へ行くために用意するものは3つ。
その1。宇宙ひも。これは2つ必要です。あ、ちなみに宇宙ひもって生まれたばかりの宇宙にしかないという仮定なので、探すのはかなり骨が折れるかも。
その2。仮に宇宙ひもを見つけてきたら、それを光に近い速さで運動させるためのエネルギーが必要です。銀河と同じ長さのひび割れを、光並みに加速させるには、どのぐらいのエネルギーがいるんでしょうね。少なくとも1.21ジゴワット以上なのは確かです」

そこで聴講している一部の連中から、ドッと笑いが起きた。

「その3。宇宙ひもがあるところまで行って戻ってくる宇宙船。タイムトラベルする人は、これに乗らないといけません。
……どうです、鳳凰院さん。
宇宙ひも理論でのタイムトラベル、挑戦できると思いますか?」

できるわけないだろ。

というかなぜ、俺を名指しするのだ。

野次を飛ばしたのは俺じゃないのに。

「ん? 鳳凰院さんは宇宙ひも理論には挑戦したくないようですね。だったら、もう1つ例に挙げたワームホール理論はどうです? こちらは、宇宙ひも理論よりはもうちょっと現実的かもしれません。
ところで鳳凰院さん。
ワームホールってどんなものか知ってますか?」

いや、だから俺に聞くなって、自重中なんだから……。

逆質問された以上、俺は答えざるを得なかった。

「空間に開いた、抜け道のようなもの……だろう?」

「ええ、そうです」

ふぅ、よかったぁ……間違えなくて。

内心、ホッとしてしまった。

 




「2つの穴があって、それはトンネルで繋がっている。トンネルは、通過時間ゼロで通り抜けられる。2つの穴がどれだけ離れていてもね。だけど、ここで残念なお知らせ。ワームホールのトンネルは超重力がかかっていて、開通すると同時に潰れちゃいます。だから、かかる重力を無効化するために、なんらかの細工をしなくちゃダメなの。いわゆるエキゾチック物質。これはマイナスの重さを持つ物質で、重力に反発するんです」

マイナスの重さ、か。さっぱり想像できない。

地面に置いたら浮き上がるような物なんだろうか。

……違う気がする。

そこで紅莉栖は、拳を握りしめた右手に掲げた。

 

「こうやって、ムギューッとグーを作っている状態が、ワームホールのトンネルです。ここを通るためには、手の中に、私が“握ろうとする力”に反発するなにかを作って、ムギューッとできなくしないとダメということですね」

言い終えると紅莉栖は、握りしめた拳を開いた。

 




「エキゾチック物質を注入してワームホールを安定させれば、瞬間移動は可能になります。でもタイムトラベルをするには、そこからもう一手間必要。ここでは仮に、ワームホールの入口側の穴がこの秋葉原に、出口側にある穴がLAにあるとしましょう。まずLAにある穴を、光に近い速さで宇宙の果てまで飛ばしちゃってください。そして果てまで行ったら、すぐにLAに引っ張り戻す」

ど、どうやって……?

相対性理論により、光の速さで動くと時間は遅く流れる。LAに戻ってきた穴は、秋葉原にある穴よりも過去にあるということになります」

「というわけで、その状態で鳳凰院さんがワームホールに飛び込んだら、数年前のLAに行けるでしょう。でもこの時点ではまだタイムトラベルをしたことにはなりません。疑似的なタイムトラベルです。いわゆるウラシマ効果ね。重要なのはこの後、LAから秋葉原に、もう一度ワームホールを通って戻ること。そうすると、その通過時間はゼロなので——
鳳凰院さんは数年前の秋葉原に戻ってくるわけです。これでタイムトラベルは完了。ワームホール理論に必要なものは、宇宙ひもより楽ですよ。
その1。ワームホールそのもの。この宇宙のどこかに、もしかしたらあるかもしれません。見つけた人は、まだ誰もいませんが。
その2。ワームホールの穴を、光並みの速さで宇宙の果てまで往復させることのできるエネルギー。
その3。エキゾチック物質。ちなみにこれ、実在は確認されてません。」

 

……どちらも実現するには途方もない労力が必要というわけか。

というかタイムマシンとして考えるとあまりにも非現実的。

「バカらしい、と最初に言った理由は分かってもらえましたか? タイムトラベルの理論はどれも思考実験です。それらの理論からでは、実際にタイムマシンを作ることはできないということ。それが私からの解答です」

「もっと簡単なものはないんですか? 例えば机の引き出しを開けるだけで使えるものとか」

「ないですね」

断言したぞ。

「結局、現代の物理学じゃそこが限界。10年後にはどうなってるか分かりませんが。それに、仮にもっと簡単に過去へ行ける方法が発見されたとしても、実際に行けるとは限らない。因果律に関する根本的な問題が解決されていませんから」

 

タイムパラドックス……質量保存の法則?」

宇宙全体の質量はある一定値で決まっていて変わることはない。

未来から過去のある地点Aへタイムトラベルした場合、地点Aにおいてタイムマシンとそれに乗る人間という質量が余分に存在してしまうことになる。

これは矛盾となる。

昔、なにかの本——トンデモ本の類だが——で見た記憶では、もしその矛盾が発生してしまったときには宇宙がヤバイんだとか。

どうヤバイのかは書いてなかったが。

 




「質量保存の法則を、宇宙のようなマクロレベル、あるいは原子や素粒子などのミクロレベルの仕組みに当てはめるのは誤りです」

なに!? そうなのか……?

「ふふ」

あ!あいつ今、俺の反応を見て勝ち誇ったようににんまりしやがった!

くっ、これは悔しい……。

「あれは化学反応に対する法則でしかないから。現代物理学においてはまったく成立しない。無から、有は生み出せますから」

へえ。

それって、すごいことじゃないか。

「では、なにが問題となるのかね?」

タイムパラドックスタイムパラドックスでも、“親殺しのパラドックス”の方です」

過去へ戻って、自分を産む前の親を殺したら矛盾が発生する、というアレか。

「そのパラドックスの解が導き出されない限り、タイムトラベルは実現できない。絶対に」

「殺さなければいいんじゃないの?」

「そんな単純な問題ではありません。SF映画と同じように考えるのはとても危険です。あなたが消えるだけじゃ済まされない」

そうか? そこまで深刻なこととは思えないが。

「矛盾が生じることは因果律の崩壊、相対性理論の崩壊、さらにはこの世のすべての物理法則の崩壊を意味するのよ」

パラドックスは、理論上の思考実験にすぎない。現実に起きることはないし、起きてはいけないことなんです。だから、例え0.000001%でも起きる可能性のあるどんな行動も、絶対に実行には移せない。そう考える方が自然じゃないですか? 他世界解釈や自己無矛盾の原理っていう抜け道もありますが、個人的にはファンタジーすぎると思うので、認めたくないですね」

「…………」

くっ……。

俺はギリリと歯噛みした。

 




澄ました顔で俺を見ている牧瀬紅莉栖から、視線を逸らす。

どうやら、認めるしかあるまい。牧瀬紅莉栖が天才だということを!

 

……。

 

 

 

大逆転裁判 ─成歩堂龍ノ介の冒險─【1】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

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ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
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大逆転裁判 -成歩堂龍ノ介の冒險-

 

 



……歴史的な“開国”から数十年……


……『文明開化』の大号令のもと

極東の島国に……まさに今

西洋文化の大波が押し寄せていた。

活気に満ちあふれる帝都の民は

“変化”“革新”の熱気にむせかえり、

その“変化”に戸惑う者も飲みこんで

時代は大きなうねりの中にあった。

……そして、今。

そんな時代を舞台に

ひとつの“物語”が幕をひらく。

 

 



第1話

大いなる旅立ちの冒險

 

 



11月22日 午前8時43分
大審院 被告人控室 伍号室


(……こうしている、今も。まだ、とても信じられない。……一見、なんのヘンテツもないこの控室から一歩、出た先に。ほんの数時間で、ぼくの“運命”を決する《大法廷》があるなんて……)

 



カリカン「……なんだ。」


い。いえ……


カリカン「そんな目でニラんでも、ムダだ。この……憎むべき"人殺し"め!」


……………………


……す。スミマセン……

 

(……ぼくの名前は、成歩堂龍ノ介-なるほどう りゅうのすけ-。 大日本帝国、帝都勇盟大学の二年生だ。今から、3日前。恐ろしい事件に巻きこまれて……。今、こうして“裁き”の始まりを待っている)


……待てッ!

 




???「係官。今の“暴言”……見逃すわけにはいかぬ」

カリカン「なんだ……キサマはッ!」

???「オレは、弁護士だ。……この被告人の弁護を担当する」

カリカン「べ。弁護士……だと?」

???「本日の審理が終了して、最終的な《判決》が下るまでは……この者を“罪人”と呼ぶことはできぬ。……係官といえど、無礼は許さん!」

カリカン「ぐ……! 理屈ばかりコネおって。……頭デッカチの、大学生ふぜいが」


……。


???「マトモな理屈すらコネられぬ貴公のアタマよりは、よほどいい。キサマもそう思うだろう? ……成歩堂龍ノ介
ナルホド「え…・・うわッ! す。スミマセンッ!」
???「…………キサマがオレにあやまって、どうする」
ナルホド「あ……そうか。…………本当に、すまない。亜双義(あそうぎ)。キミに、迷惑をかけてしまって……」
アソウギ「あっはっはっはっ! ケッキョク、あやまるワケだ。……キサマらしいがな」
ナルホド「あ……」
アソウギ「今。帝都の新聞には、毎日。キサマの名前が踊っている。《勇盟大学ノ教授、惨殺サル! 下手人ハ、同大学ノ学生カ》……だが。この事件……キサマの仕業ではないのだろう?」
ナルホド「モチロンだ! 信じてくれ! ぼくは……やってないんだ! ……“殺人”なんて……」
アソウギ「それならば、うなだれるな。顔を上げろ。背筋を伸ばせ」
ナルホド「亜双義……」
アソウギ「オレは、キサマを信じている。……成歩堂龍ノ介

 



ぼくの親友、亜双義一真(あそうぎ かずま)。

同じく、勇盟大学の二年生だけど……

ハッキリ言って、ぼくとは大違い。

帝都学府が誇る、優秀な逸材だ。

なにしろ。学生の身でありながら、
《弁護士》の資格を取得したという……


アソウギ「……やめてくれ。この日本に《弁護士》という制度ができたのは、ほんの数年前のこと。司法の場では、まだまだ小さな存在だ。今は、まだ……な」
ナルホド「……3日前。たしか、あのときも言ったけど……。亜双義。ぼくは、友人としてキミを誇りに思うよ」

 

(……3日前……そう……思えば、あのとき。“事件”は始まっていたんだ……)


……。

 



ナルホド「……おめでとう、亜双義! 国際留学の件。ついに、決定したそうだな」
アソウギ「……ああ。ついに、やったぜ! 長年のユメがかなった気分だ。学業の成績と弁護士としての実績を、政府の連中が、やっと認めたようだ」
ナルホド「大日本の弁護士として、世界最高の“司法”を学びにいく、か……。ぼくは、友人として。キミを誇りに思うよ」


(勇盟大学でも、この亜双義の名を知らぬ者はない……。コイツの行くところ……常に。謎の熱い風が吹くという、伝説の男)


アソウギ「オレは、この国の司法を変えたい。だから。そのために……。大海原の向こうにある、ホンモノの司法制度を、この目で見たいのだ」
ナルホド「《大英帝国》……ぼくも、見てみたいものだな」
アソウギ「なんだったら、キサマも来ればいい。女王陛下の国で、ふたりで大暴れするのは、おおいに愉快だ」
ナルホド「……カンタンに言うなよ」
アソウギ「ああ……イカン、こんな時間か。オレはそろそろ、行かねばならん」
ナルホド「ぼくは、セッカクだから、もうすこしゆっくりしていくよ」
アソウギ「それがいい。こんな高級な西洋料理店、めったに来るコトもないからな。それじゃ。明日の英語学の講義で、また会うとしよう……相棒!」

 

……。

 

(……あの、すぐ後だった。事件が“始まった”のは……)


???「……亜双義くん。いいかな?」

 



アソウギ「こ。これは……教授! 来てくださったのですか」
???「私にとっても、無関係な事件ではありませんからね。それより……亜双義くん。今すぐ、裁判長閣下の執務室に出頭したほうがいい」
アソウギ「裁判長の……?」
???「閣下が、先ほどから貴君を探していましたよ。貴君が、急に弁護を買って出たものですからね。今日の法廷の手続きが、少々コンランしているようです」


(……この、紳士……誰だろう。たしか。大学で、見たコトがあるような気もするけど……)


アソウギ「……わかりました。行ってまいります!」

 



???「……お供いたします」


アソウギ「それでは、成歩堂。……法廷で会おう」
ナルホド「……ああ。よろしくたのむよ。亜双義」


………………

 



???「………………」


(ううう……気まずい……)


???「……失礼」
ナルホド「は……はいッ!」

 



???「キミが、今日の被告人……成歩堂龍ノ介くん、ですか」
ナルホド「は……はいッ! そうでありますッ!」
???「私は、御琴羽悠仁(みことば ゆうじん)。勇盟大学で、法医学の教授をしています」
ナルホド「み。ミコトバ教授……(亜双義から、名前は聞いている……。留学のために日本政府にかけあって、チカラを尽くしてくれた、と……)」


ミコトバ「亜双義くんが言っていました。キミは……“親友”だと」
ナルホド「……!」
ミコトバ「そういうことであれば。キミは、知っておくべきコトがあります」
ナルホド「……なんでしょうか」
ミコトバ「知ってのとおり。亜双義くんは、大英帝国の留学が決まっています。しかし……もし。今日の裁判で、“負けた”ということになった場合。留学は即刻“中止”となり……二度とその権利を得ることはないでしょう」
ナルホド「な……なんですって!」
ミコトバ「やはり……どうやら、キミはそれを知らなかったようですね。思ったとおり。亜双義くんは、その“事実”を隠していたようだ」
ナルホド「……!」


(……亜双義のヤツ。それを承知の上で、ぼくの弁護を……)


ナルホド「でも! いったい……どうしてそんなコトになるのですかッ!」
ミコトバ「……数多くの候補の中から、留学生を選定するのは、我が国の政府。その権利を手にするのは、それだけムズカシイ……というコトです」
ナルホド「……そんな…………。でも。ぼくは……本当に、やっていません!“殺人”なんて……!」
ミコトバ「モチロン、そうでしょう。しかし……それを《立証》するのは……かなり困難だと断言できます。なにしろ。今日の法廷は……きわめて《特殊》なのですから」
ナルホド「え……ど。どういうこと、ですか……?」
ミコトバ「それは……裁判が始まれば、イヤでもわかるでしょう」
ナルホド「……! では……ぼくは、いったい。どうすれば……」
ミコトバ「……モチロン。キミに、みすみす《有罪》になれ、と言っているワケではありません」
ナルホド「え……」
ミコトバ「裁判が始まって、すぐ。裁判長は、弁護側にある“質問”をします。キミは……誰よりもはやく、それに『私です』と答えなさい」
ナルホド「……私……です……? あ、あの。いったい、それはどんな“質問”なのですか……? あ……ま。まさか。『犯人は誰ですか?』とか、そういう……」
ミコトバ「そんなワケ、ないでしょう」

 



カリカン「……被告人ッ! 大法廷、開廷の時間である。ただちに、法廷に向かうようにッ!」


ミコトバ「おやおや……どうやら。ナイショ話は、ここまでのようです。とにかく。……これだけは言っておきましょう。亜双義一真は、今日の法廷に《弁護士》としては、立つべきではない。……もちろん。最後に決めるのは、被告人であるキミ自身ですがね」


カリカン「なにをしている! 審理放棄とみなし、《有罪》の判決を下されたいかッ! 無用な能書きをたれる“代言屋”など貴様には必要ない。急げッ!」


ナルホド「……今日の裁判。もし、負けてしまったら……。ぼくは“殺人罪”で《有罪》になる。そして……アイツの海外留学は取りやめになってしまう……」


(……こうして……マッタク先の見えない状態でたった一度の裁判は始まった。一生、忘れることのできない、“運命”の裁判が……!)


……。

 

 

 

 



同日 午前9時
大審院 第弐号大法廷

 



ナルホド「こ。これが……法廷」

 



アソウギ「ああ。《大審院》……この国で最高に権威のある、裁きの庭だ」

 



ナルホド「なんだか……傍聴席のようすがフシギな感じだな」


(軍服や……制服を着たヒトが多いような気がする……)


アソウギ「本日。この法廷は、政府の命により『極秘裁判』に指定されている」
ナルホド「ご。極秘裁判……」
アソウギ「したがって。一般には開廷を知らせず、傍聴人は、軍・政府関係者のみだ」
ナルホド「え! ど。どうして……」

 



アソウギ「……今にわかる。それより……集中しろ、成歩堂。……始まるぞ!」

 

 

──ッ!!

 

 

!?

 





 



サイバンチョ「これより、本法廷において成歩堂龍ノ介の審理を開始する。

 



アウチ「検察側。準備完了しております」

 



アソウギ「……弁護側。もとより」

サイバンチョ「審理に先立って……ひとつ、確かめておきたいことがある。弁護側は、昨夜になって、急きょ代理人の変更を申請してきたが……」


アソウギ「……はい。私が提出いたしました」

サイバンチョ「本来。被告の代理人は、審理の2日前に決定するのが通例である。ここで、最終的な確認をしておく。本法廷において。被告人の弁護を行うのは、誰であるか?」

 



(き。来た……! これが“最初の質問”……。この裁判で、ぼくを弁護するのは誰か? ……という質問だ。でも……この質問に『私です』と答える、ということは………………考えているヒマはない。どうする……!)


アソウギ「……裁判長。確認の必要はありません。言うまでもなく、この審理において被告人の弁護を行うのは……」

 



──はいッ!

 

 



 



サイバンチョ「なな、なんであるかッ! ただ今の、場違いなる“大音声(だいおんじょう)”はッ!」

ナルホド「こ……こ。この法廷で、被告人の弁護を、た。担当するのは……こ……こ。この、ぼくこと。成歩堂龍ノ介でありますッ!」

サイバンチョ「え…………」

 

 



えええええええええええええッ!


アソウギ「ど。どういうことだ……成歩堂!」
ナルホド「さっき、聞いたんだ……ゼンブ。ミコトバ教授から」
アソウギ「なんだと……?」
ナルホド「もし。ぼくが《有罪》になったら……おまえの留学は……取り消しになるって」
アソウギ「………………ザンネンだよ。キサマは、このオレを信用していない、というワケか。弁護士として……この裁判で、“負ける”かもしれない、ってな」
ナルホド「ち……違う! 決してそうじゃない。でも……。万にヒトツでも。ぼくのせいで、おまえが……」
アソウギ「……………わかっているさ。キサマなら……かならず、そう言う。だから、黙っていたのだ。御琴羽教授め……よけいなことをしてくれたものだ」

 



──ッ!!


サイバンチョ「……よろしい。本日。被告側の弁護は、被告人自身が行う……そう了解した」


アウチ「ほほお……どうやら。被告人は、罪を認めたようだ。……弁護を自ら放棄するとはねえ」

 



──異議あり


アソウギ「カン違いしないでいただきたい。被告人の無実を最も知る者は、被告人自身……それだけのこと。そうだな? ……被告人!」

ナルホド「え……えッ! そ。そうでございますともッ!」


(……と、言ってみたものの。正直なトコロ……“被告人”本人のアタマの中はもう、真っ白なんだけどな……)


アソウギ「……なんでもいいが、その泳ぎまくった目をなんとかしろ」

 



アウチ「……フン。たかが大学生ふぜいの、つまらぬ事件をこの誇り高き《大審院》で審理とは……。まこと、時節をわきまえぬ狼藉をはたらいてくれたものですな」

 



──ッ!!

 

サイバンチョ「……諸君も知っているとおり。ここは《大審院》の大法廷である。つまり。我が国で最高峰に位置する法の庭にふさわしい審理が求められる。……被告人よ」

ナルホド「は……はいッ!」

サイバンチョ「貴君に、この場に立つ“資格”がありや、なしや……それを問うとしよう」

ナルホド「は……はあ。(……どういうことだ……)」

アソウギ「つまり。キサマを疑っているのだ。……『ちゃんとできるのか?』とな」


(……そこをイチバン疑っているのは、ぼく自身だけどな)


サイバンチョ「それでは。これより当事件について、被告人に、至極カンタンな質問をする」

ナルホド「はは……は。はいッ!」

サイバンチョ「まず、この事件の“被害者”の名前を。すみやかに、述べてみよ」


(……さすがに、それはわかるな。事件があって、何度も聞いたし。……って、あれ?)

 



(キンチョーのあまり出てこない! あの名前……なんだったか……ッ!)


アソウギ「……成歩堂。キサマのことだ。もしかしたら……アタマの中が、まっ白かもしれぬ」

ナルホド「う……(さすがは親友……)」

アソウギ「事件に関する“情報”は……すべて。《法廷記録》の中に記載されている」

ナルホド「ほ。ほうていきろく……?」

アソウギ「《法廷記録》を確認してみるといい。そこに、キサマがウッカリ忘れた“情報”も、すべて記録されている」


(《法廷記録》を確認……か。……よし。やってみよう!)

 



─被害者の情報─


ジョン.H.ワトソン(47)

この事件の被害者。

大英帝国から勇盟大学に招かれた、医学博士。

 

アソウギ「事件に関する情報は、《法廷記録》……コイツは、覚えておくことだな。さあ、裁判長が待っている。コタエを“提示”してやろうぜ」

ナルホド「“被害者”は……その。ジョン.H.ワトソン教授です!」

アウチ「くっくっくっ……。さすがに。自分の大学の教授の名前ぐらいは覚えているようだ」

アソウギ「帝都勇盟大学が、今から3年前。大英帝国から招いた医学博士だ」


サイバンチョ「……そして、それこそが。この事件、最大の“モンダイ”である。“大英帝国”……。我が国にとって、現在。最も重要な外交関係にある国。最近。長きにわたる交渉のすえ、新たな条約を締結したのは知っていよう」

アソウギ「『日英和親航海条約(日英わしんこうかいじょうやく)』……我が国で知らぬ者はありません」

アウチ「ハッ。それを知っていながら英国人の命を奪うとはな! しかも。貴様らは、両名とも帝都勇盟大学の学生ではないか。学びの園の“師”を殺害……恥を知るがよいッ!」

ナルホド「うううううう……(やっていないのに……)」

サイバンチョ「本件は、かの大英帝国からも注目されている、重大事件である。だからこそ。この大審院における、迅速な判決が求められている」

アソウギ「……フン。弱腰な日本政府が、英吉利(イギリス)の顔色を見てシッポを振っている……そういうことだ。キサマは、そのために用意されたツゴウのいい“犯人”というワケだ」

ナルホド「それが……その裁判が《特殊》である理由、ということなのか……?」

アソウギ「そうだ。我が国は、一国も早く、誰かを《処罰》しなければならない。……被害者が《英国人》だからな」


(……英国人。ジョン.H.ワトソン教授……)

 

(“国”とか“条約”なんて、そんなものは関係ない。教授が殺害された、あの場所にぼくは、いたんだ……)

 



アソウギ「ああ……イカン、こんな時間か。オレはそろそろ、行かねばならん」
ナルホド「ぼくは、セッカクだから、もうすこしゆっくりしていくよ」
アソウギ「それがいい。こんな高級な西洋料理店(レストラン)、めったに来るコトもないからな。それじゃ。明日の英語学の講義で、また会うとしよう……相棒!」


(大英帝国……か。本当に、たいしたヤツだよ。………………おや……?)

 



ナルホド「あの方は、大学で見たコトがある。たしか……英国から来た教授だ。お名前は存じ上げないケド。ご挨拶、しておくべきか……」


……そして。ぼくは、あのとき……

 



ナルホド「ワトソン教授の食卓へ、ご挨拶に行ったんだ……」

 



──ッ!!


サイバンチョ「……それでは。次の質問に移るとしよう」

ナルホド「は……はい!」

サイバンチョ「医学博士ジョン.H.ワトソンはいかにして、その命を奪われたか。被害者の“死因”をこの《大審院》に示すように!」


(ワトソン教授の“死因”。もちろん、それは……)


アソウギ「……成歩堂。法廷において。その発言は、すべて《証拠》を使って行われる」

ナルホド「しょ。《証拠》を使って……?」

アソウギ「教授の“死因”を示す《証拠》を探して《つきつける》がいい……今、すぐに!」

 



─遺体検分記録─

午後2時すぎに死亡。
胸部に銃弾を受け失血死。
銃弾は遺体を貫通せず。

 



ナルホド「え。ええと……。こ。コレによると。『じゅうだんによるしっけつし』です!」

アウチ「それぐらい、ちゃんと読みなさい! ……《遺体検分記録》ですな」

ナルホド「は……はいッ! 《けんぶんきろく》ですッ!」

アソウギ「西洋……たとえば、大英帝国では変死体は“解剖”されるのだが……。我が国では、警察医による“検分”によって、死因を判定しているのだ」

ナルホド「な、ナルホド。そういうことか! (……ゼンゼン頭に入ってこない……)」

 



アウチ「……ここに、事件現場にて撮影された《写真(ほとがらひい)》がございます」

 



アウチ「ごらんのとおり。弾痕のまわりが火傷でコゲています。つまり……被害者は、至近距離から撃たれた……そう考えるべきなのです」

サイバンチョ「よろしい。近代的な捜査による《証拠》として、受理するものとする」

 



証拠品《被害者の写真》のデータを法廷記録にファイルした。

 

(こ。これが……《写真》。生まれて初めて見るな……とても“絵図面”とは思えない、驚くべき細密さだ……)

 



──ッ!!


サイバンチョ「……よろしい。《質問》はこのへんにしておこう。それでは。これより、審理に入るものとする」

アウチ「……かしこまりました。それでは……まず、事件のあらましを知っていただくために……事件当時、現場にいた者を参考人として、召喚いたします!」


(ううううう……いよいよ、か……)


アソウギ「……フン。どうやら……教授の考えが読めたぞ」

ナルホド「きょ。教授、って……ミコトバ教授の……?」

アソウギ「この法廷。キサマを弁護するのはキサマ自身だ。しかし……オレが、この場に立ってさえいれば。キサマに《助言》することができる」

ナルホド「あ……(た。たしかに……)」

ナルホド「ミコトバ教授は、こう言ってたよ。今日の裁判。おまえは……“弁護士としては”法廷に立つべきではない……って」

アソウギ「やれやれ……マッタク。手回しのいい教授サマだな」

ナルホド「……よ。よろしく頼む、亜双義ッ!」

アソウギ「その、泳いだ目と冷えた汗……できれば、しまっておいてくれ」


(その、そよいだハチマキと冷えた視線を、しまってくれたらな)

 

アウチ「……それでは。貴公の名前と職業を述べるように」



ホソナガ「……はい。名前は細長 悟(ほそなが さとる)と申します。洋食堂(レストラン)《ラ・クワントス》で給仕長(ボーイ)をしております」

 



ホソナガ「……けふ。……けふ」

 

 

ナルホド「あの。大丈夫ですか。……ナニか、出てますけど……」

ホソナガ「いつものことです。ワタシとしては、モンダイございません」


(……そういうモンダイでもない気がするけど……)


アウチ「数年前。帝都の南東が、外国人居留地として開発されたのは、記憶に新しい。そこは今も、異邦の旅人が投宿するホテルが立ち並ぶ、ハイカラな区画です。事件は、今から3日前。その一角にある洋食堂にて、発生したのです」

サイバンチョ「それでは。そなたの知ることを述べるがよい」

ホソナガ「……かしこまりました」

アウチ「シロートの“弁護士きどり”は、くれぐれもケチを挟まぬように」

ナルホド「は。はい……(気どってるワケじゃないんだけどな)」

ホソナガ「あの日……午後2時すぎ。お客さまの少ない時間帯でした。ランチの混雑も終わり、店内には3組のお客さまだけでございました」


(……たしかに。ぼくたち以外、ほとんど客は、いなかったな……)


ホソナガ「……けふ。……けふ。厨房(キッチン)のほうで、食器の後かたづけをしていた、そのときのコト……。店内に銃声が響きわたり、あわてて飛び出したとき……私は、見ました」

 



ホソナガ「……被害者の英国紳士は、グッタリとイスにもたれており……。そのかたわらに、被告人の学生サマが拳銃を手にして立っていたのです」


──はいッ!

 



「ちょっと……ちょっと、待ってくださいッ! たしかに、床に落ちていた拳銃は拾いましたけど……。ぼくは……ぼくは。断じて撃っていないッ!」


──異議あり

 



アウチ「……よけいな口出しは無用。そう言ったはずですぞ。今は、この者が見たコトを聞くときなのだ……シロートめッ!」

ナルホド「で。でも……!」

サイバンチョ「次にまた、邪魔をするようならば。《罰則》をカクゴするがよい」

アソウギ「……成歩堂。反撃の機会は、いずれ必ず、おとずれる。今は、あの者のコトバを聞いておくのだ」

ナルホド「うううう……」

アウチ「……給仕長。ヒトツ、確認しておきます。被害者のそばに、拳銃を手にした被告人が立っていたのですね?」

ホソナガ「……はい。間違いございません」

アウチ「それでは……被告人の“他”に……被害者のそばには、誰かいましたかな?」

ホソナガ「……いいえ。亡くなった英国紳士と学生サマ以外、誰もおりませんでした」

 

(え……今……なんて言った……? ……被害者のそばに、“誰もいなかった”……だと?)


アソウギ「……どうした? 成歩堂

ナルホド「そんな……そんなハズは、ないんだよ……!」

 



ナルホド「……ぼくが、ワトソン教授にご挨拶に行った、あのとき……」



ナルホド「教授の向かい側のイスには、“女性”が座っていた……!」


アソウギ「……なんだと……それを……給仕のアイツが知らなかったハズはない!」


(……クチを挟むな、と言われているけど……どうする?)


──はいッ!


ナルホド「あのとき……ワトソン教授は、ヒトリではなかった! たしか……いっしょの食卓に、女性が座っていたはずです!」

──異議あり


アウチ「……やれやれ。困ったものですねえ。弁護士など、審理の流れを手前勝手にさえぎる、ペテン師のようなもの。ましてや。そこの被告人の学生サマは、弁護士ですらないときたものだ」

ナルホド「で。でも……!」

アソウギ「給仕長。間違いありませんか。あなたの、その“記憶”……」

ホソナガ「……………ございません。被害者の英国紳士は……あのとき。おヒトリで来店されました」

ナルホド「……そんな、馬鹿な……!」

 



ホソナガ「……けふ。……けふ。ここに。あのときの店内のようすを書きとめておきました。……よろしければ。ご確認ください」

 



サイバンチョ「これは……現場の《見取図》のようであるが……」

ホソナガ「なにぶん、“緊急事態”でしたので。……ワタシの名刺のウラでございますが。見てのとおり。お客さまは、おヒトリだったのでございます」

サイバンチョ「なかなか感心な給仕であるな。そこまで気が回るとは」

ホソナガ「……恐れ入ります」

 



──ッ!!


サイバンチョ「それでは。そなたの書いた“見取図”……念のため、提出を命ずる」

 



ホソナガ「え……そ。それは……」

サイバンチョ「どうした? 早く、提出するのだ!」

ホソナガ「は。は……はい。かしこまりましてございます」


アソウギ「……なんだ? 今まで落ち着き払っていたのに」


(たしかに……すこし“動揺”したように見えたぞ)

 



証拠品《ボーイの名刺》のデータを法廷記録にファイルした。


アウチ「恐れながら……以上が、事件の“あらまし”でございます」

サイバンチョ「……現場となった洋食堂に銃声が響いた、その瞬間。被害者の“至近距離”にいたのは、この被告人だけ……。どうやら。この審理の《結論》はすでに、見えたようである」

アソウギ「……!」

サイバンチョ「被告人。成歩堂龍ノ介よ」

ナルホド「は。はい……」

サイバンチョ「今。そなたが《罪》を認めれば、情状酌量の余地がある」

アウチ「……つまり。多少なりとも《罰》が軽くなるということですな。……この者は、あくまでも事件のあらましを述べるための、参考人。これ以上、審理を続けると言うのであれば……。検察側には、決定的な《目撃証人》の用意があることを伝えておきますぞ」

ナルホド「……………なあ。亜双義……どうすればいいと思う?」

アソウギ「なんのことだ」

ナルホド「……いや。これ以上、続けてもどうせ《有罪》になるなら……今、《罪》を認めたほうが、トクなのかもしれない、と思って……」

アソウギ「………………」

ナルホド「だって……みんな、言ってるだろ。この裁判は“特殊”だ、って。おまえも、ミコトバ教授も、あの裁判長さんも、検事さんも……。このまま、続けたら……何を言われるか……怖いんだ」

アソウギ「………………最初に言ったはずだ。オレは、キサマを信じている、と。それなのに、キサマは……。その、オレの信頼を裏切るつもりなのか?」

ナルホド「え……」

アソウギ「もし。被告人が《無実》なのであれば。弁護士は、あらゆる手段を使って、それを立証する義務がある。……キサマは、自分自身に対して。その義務を放棄するというのか? まだ、その闘いは始まってすらいないというのに」

ナルホド「……!」


──ッ!!

 



アソウギ「……弁護側は、あくまで《無実》を主張するものである! 検察側は、もったいぶらずに、さっさと連れてくるがいいだろう」

 



アソウギ「……その、決定的な《目撃証人》とやらを……な」

 



──ッ!!


サイバンチョ「……よろしい。それでは、亜内検事よ。このまま《審理》を続けるがよい」

アウチ「……愚かな若者たちだ。おのれの分をわきまえぬとは。ホトケと呼ばれた、この亜内。鬼となるカクゴを決めましたぞ」

ナルホド「ううううう……」

アウチ「……これより、数瞬の後。若造のナマイキなクチを、永久に閉じて進ぜよう。検察側は、《証人》の入廷を要請するものであります!」

 



──ッ!!


サイバンチョ「……それでは、係官! 検察側の《証人》を、ここへ!」

アウチ「……それでは、証人。それぞれ名前と職業を」

 



ウズクマル「我こそはッ! ホコリ高き帝国軍人、渦久丸泰三(うずくまる たいぞう)軍曹、そのヒトであるッ!」

 



ソノヒグラシ「……拙者は、古き良き時代の骨董の神髄を帝都に語りつぐ、時の商人……。帝都・二丁目カドの《ぽんこつ堂》亭主、園日暮三文(そのひぐらし さんもん)と申す者也」


サイバンチョ「骨董屋と、軍人……“珍妙”なる組み合わせであるな」

アウチ「この両名は、事件当日。現場の洋食堂にいたそうです」

アソウギ「……先ほどの給仕長の言葉にあった、“三組目の客”というワケか」

ソノヒグラシ「拙者。午後のヒトトキは、かの洋食堂で薫り高き珈琲(こおひい)を楽しむと決めておる。そして、我が珍宝の興趣(おもむき)を解す者との玄妙(げんみょう)なる会話をたしなむのが常也」


(……ナニを言ってるのかサッパリわからないな……)


アソウギ「あの老人は、骨董屋の主人だ。《ラ・クワントス》の常連のようだな。骨董に興味のありそうな客を探しては、“商談”をふっかけているのだろう。高級な西洋料理店でランチを食らう連中には、金持ちが多いからな」

ナルホド「なるほど……。でも。正直なトコロ……。あの軍人さん。どちらかと言えば、“買う”より“売る”ほうに見えるな」

アウチ「そして。そなたたちは……非道なる事件の、その“瞬間”を目撃した。……相違ありませんな?」

 



ウズクマル「諾ッ! 嗚呼! 暴戻不遜(ぼうれい ふそん)にして悪逆非道(あくぎゃくひどう)たる所業……我が帝国軍人は刮目(かつもく)せりッ! 左様ッ! そこの、漆黒にして暗澹(あんたん)たる制服の学童が、凶弾を放ったのである!(おぎゃあ)」


(こっちも、ナニを言ってるのかサッパリわからないな……。それに……今。最後になにか、妙な“音”が聞こえたような……)


アソウギ「……やはり。この者どもが決定的な《目撃証人》というワケか。キサマが被害者を撃った“瞬間”を見た。……あの軍人は、そう言っている」

ナルホド「え……」

アソウギ「……どうだ? 愉快だとは思わないか?」

ナルホド「……正直なトコロ。愉快だとは思わないよ」

 



──ッ!!


サイバンチョ「……それでは。諸君らの《証言》を聞くとしよう。事件が起こった、その瞬間……諸君らが見た、その《事実》をッ!」

ウズクマル「御意ッ! 軍曹・渦久丸泰三。ここに御報告いたす所存ッ!」

ソノヒグラシ「……思い出したくもない、非道なる午後の記憶である也……」


─証言開始─


~目撃したこと~

ウズクマル「我、かの洋食堂にてビフテキを食らい、ご老人との語らいを楽しんでおった」

ソノヒグラシ「拙者、黄金のキラメキをまとう珍宝の美について、トクトクと語りし也」

ウズクマル「そのとき。銃声、一閃ッ! 我が眼ははッとし捕らえたり……その一瞬をッ! 漆黒の学童が、英国紳士に発砲せり! 卑劣にも……その背後から、突然にッ!」

ソノヒグラシ「そのとき。拙者は、消えた我が珍宝の行方を案じて、床に這いつくばって也」

 

サイバンチョ「そ。それでは、帝国軍人よ……そなたは“目撃”したというのか! この、被告人が……その手に拳銃を持ち、被害者を撃った、その瞬間を……!」

 



ウズクマル「左様ッ! 憎むべき真犯人は、学童にして悪童たる貴様なのだッ!(おぎゃあ)」

 



ソノヒグラシ「……このご時世に、英国紳士を射殺するとは……」


ナルホド「そ……そんな、バカな! ぼくは、撃っていない……!」

アソウギ「……本当なのだな? 成歩堂

ナルホド「ぼくは、あのとき……ただ、落ちていた拳銃を拾っただけなんだ!」

 



「……ワトソン教授に、ご挨拶した後。ぼくは、席に戻って珈琲を飲んだ。そして、帰ろうと思って、店の出口へ向かったとき……。教授の座っているイスのそばに、英国製の“拳銃”が落ちているのが見えた」

 



「……もしかしたら。教授が落としたものかもしれない……。その拳銃を拾い上げて、教授に渡そうとした、その瞬間……」


……バアン!……


アソウギ「……それが本当ならば。他に、犯人がいるはずだ。そして。その“手がかり”は……この者たちの《証言》の中にある」

ナルホド「え……」

アソウギ「成歩堂! 今すぐ、《尋問》の権利を主張するのだ」

ナルホド「じ。“じんもん”……?」

アソウギ「……急げ!」


アウチ「さて。裁判長閣下。ただ今、お聞きのとおり……。ただ今の《証言》こそ、反論の余地なく被告人の犯行を立証しております。……今こそ。この憎むべき大学生に正義の裁きを願うものであります!」

サイバンチョ「たしかに……これで、完全にギモンの余地は消え失せた。……それでは本法廷は、これにて《結審》に……」


──はいッ!

 

ナルホド「…………」


サイバンチョ「だ、だから、なんであるかッ! この、いたたまれぬ奇天烈な“間”はッ!」

ナルホド「ぼ。ぼくは……いえ。べ。弁護側は……」

 

ナルホド「“じんもん”のけんりをしゅちょうします!」


アウチ「……やれやれ。『トナリのハチマキに言わされました』という感じが、なんとも哀れですな」

ナルホド「え……(……バレたか……)」

アウチ「検察側は、異議を申し立てる! 時間のムダであるのは、アキラカ……。弁護の経験のない者に、《尋問》など、できるワケがない!」


──異議あり



アソウギ「……弁護側は、正当な“権利”を主張している。できようが、できまいが……“権利”を無視することは、できぬ!」

アウチ「ぐ……ッ!」


(亜双義……なんて、カッコいいんだ……!)


サイバンチョ「……よろしい。それでは、弁護側に《尋問》を命じるものとする!」

アソウギ「さあ。いよいよ、ここからが本当の闘いだぞ……成歩堂!」

ナルホド「で。でも……《尋問》と言われても。いったい、なにをすれば……」

アソウギ「決まっているだろう。連中の《証言》の“ウソ”を暴く」

ナルホド「え……」

アソウギ「キサマは撃っていないのだから、あんなの、ウソに決まっているだろう」

ナルホド「そ。それは、そうだけど……」

アソウギ「すべてのカギを握っているのは……《証拠》だ」

ナルホド「……しょうこ……」

アソウギ「ヤツらの“ウソ”を暴く、決定的な《証拠》を、つきつけてやるんだ。……とにかく。まずはやってみることだ……弁護士サマ!」

ナルホド「わ。わかった!(カクゴを決めるしかない、か……)」


~目撃したこと~


ウズクマル「我、かの洋食堂にてビフテキを食らい、ご老人との語らいを楽しんでおった」


──はいッ!


ナルホド「ええと………………」

 



ウズクマル「なな。なんだッ! この、いたたまれぬ“間”はッ!」

ナルホド「……ナニを聞けばいいのか考えていませんでした……」

アソウギ「とにかく。気になったことを聞いてみるがいいだろう」

ナルホド「ええ……それでは……。“ビフテキ”というのは、その。どのような料理なのですか……?」

ウズクマル「喝ッ!」

ナルホド「わッ!」

ウズクマル「子牛の肉片を、カンカンに熱した鉄板にてカッと焼き上げた逸品である!」

ナルホド「はあ……」

ウズクマル「この世で、“カツレツ”の次に美味なる西洋料理と思い知るがいいッ!」

ナルホド「なるほど! わかりました! ええと……それでは、次に………………“カツレツ”というのは、その。どのような料理なのですか……?」

ウズクマル「喝ッ!」

ナルホド「わッ!」

ウズクマル「子牛の肉片に白き粉をまぶし、食用油にてカラリと揚げた逸品である! 《有罪》判決を食らい、罪をつぐない、出所したアカツキに、まず食らえッ!(おぎゃあ)」

ナルホド「なるほど! わかりました!」

アソウギ「……おい。もうすこし、事件に関係のあることを聞いた方がいいだろうな」

ナルホド「お……おお。わかった! やってみるとも! ……それでは、もうひとつ。さっきから聞こえている、『おぎゃあ』というのは、いったい……」


ウズクマル「喝ッ! 裂ッ!」

ナルホド「……とりあえず、あの軍曹は大のカツレツ好きみたいだぞ」

アソウギ「……そいつは大きな収穫だな」


(……“質問をする”というのも、なかなかムズカシイものだな……)


ソノヒグラシ「拙者、黄金のキラメキをまとう珍宝の美について、トクトクと語りし也」


──はいッ!


ナルホド「ナニを言ってるのかサッパリわかりませんッ!」

ソノヒグラシ「……小判じゃよ」

ナルホド「こばん……」

ソノヒグラシ「あの前日。『宝永(ほうえい)』の上物が拙者の店に入ったのでな。フトコロに忍ばせて、あの洋食堂へおもむいた次第。高値をつける“目利き”が現れるかもしれぬ……そう思ったワケじゃな」

ナルホド「ええと……つまり。“小判”を売りつけようとしたワケですかッ! その……洋食堂で会った、おトナリの渦久丸軍曹さんに」

アウチ「……ああ。アンタの言いたいコトならわかりますぞ。ハッキリとな。つまり。こんなビンボー軍人ふぜいが、小判など買えるワケがないだろう、と。そう言いたいワケですな?」

ナルホド「え………あ」

ウズクマル「……小僧。どうやら……。“殺人”のみならず、“不敬罪”をも上乗せしたいようだなッ! 滅! 殺!」

ナルホド「いえいえッ! なんにも言ってませんッ!」

(……とはいえ。たしかに、おカネは持ってなさそうだけど……)


ソノヒグラシ「まあ……すでに、“らんち”の時間は過ぎておったからな。あのとき。店内に、拙者のハナシを聞いてくれそうな者は……焼いた子牛の肉片と格闘しておったこの者ぐらいしかいなかった也」

ナルホド「……はあ……」


ウズクマル「そのとき。銃声、一閃ッ! 我が眼は、はッとし捕らえたり……その一瞬をッ!」


──はいッ!


ナルホド「そのとき……見たと言うのですか? この“ぼく”を……!」

ウズクマル「嗚呼、そうだ! キサマだ。キサマだともさッ! 禍々しき拳銃で英国紳士をヒタと狙い、ブキミに笑っておったではないか!」

ナルホド「そ。そんなコト、ありません! ぼくは、ただ……」

アソウギ「……ヒトツ。確認させていただきたい」

ウズクマル「嗚呼、なんだ若造よ」

アソウギ「貴公の、ただ今の《証言》。よくよく考えてみると……。銃声を聞いた“後”……被害者の食卓に目を向けたように聞こえるのですが」

ウズクマル「だったら、どうだと言うのだッ!」

アソウギ「……その場合。犯人が拳銃を“撃った”瞬間は“見ていなかった”ことになります」

ウズクマル「………………喝ッ! そして、裂ッ! ……波動だ」

ナルホド「はどう……?」

ウズクマル「我は、キサマの発した“殺気”の波動を感じたのだ! そして。発砲の瞬間、そのホンの一瞬手前に、キサマを見たのであるッ!」

ナルホド「そ……そんなコトが可能なのですか……」

ウズクマル「……殺気の波動を感ぜずして軍人がつとまると思ったかッ!(おぎゃあ)」

アソウギ「どうやら……あの軍人さんは、キサマを“見た”とホンキで思いこんでいるようだな……」


(ヤッカイだな……)


ウズクマル「漆黒の学童が、英国紳士に発砲せり! 卑劣にも……その背後から、突然にッ!」


──はいッ!


ナルホド「ええと……その“漆黒の学童”というのは……」

ウズクマル「喝ッ! ……そらっトボけるのもイイカゲンにするがいい、ボウズ。貴様以外、いったいどこに“漆黒”の学童がおるかッ!」


(とりあえず、ぼくのトナリにヒトリ、立ってるケド……)


ウズクマル「嗚呼。そう、貴様だ! 貴様だともさ、この若造めがッ! 日本男児たる者! 背後から敵を狙うなど、恥と知るがよいッ!(おぎゃあ)」


ナルホド「………………」

アソウギ「どうかしたか? 成歩堂

ナルホド「いや……ハッキリしないんだけど……。あの、軍人さんのコトバ。なにか、“引っかかる”ような……」

アソウギ「……それならば。《証拠品》の情報を確認してみるといいだろう。もし、そこに“食いちがい”があれば……エンリョはいらぬ。その《証拠》を、あの軍人のノド元に、つきつけてやれ!」

 

ソノヒグラシ「そのとき。拙者は、消えた我が珍宝の行方を案じて、床に這いつくばって也」


──はいッ!


ナルホド「あの。どういうことですか? 床に……?」

ソノヒグラシ「這いつくばっておったのじゃ。……“探し物”のためにな」

アソウギ「探し物……というのは?」

 



ソノヒグラシ「小判じゃよ! 上物の、『宝永(ほうえい)』の小判じゃ! あのとき。肉片を食いちぎる軍人に、我が珍宝を見せつけておったのじゃが。フト目を離したスキに、そいつがふい、と消えッちまったのじゃ!」

アウチ「小判が……消えた……」

ソノヒグラシ「それで、どこかに落としたかと、床を探しておった、そのとき」

アソウギ「店内に、銃声が響き渡った……というわけですか」

ソノヒグラシ「左様ッ! 拙者に言わせれば『知ったことか』のヒトコト也。血マナコになって、床を這いずり回っておった也ッ!」

ナルホド「それでは……ご老人は、事件の起こった“瞬間”を見ていないわけですね……?」

ソノヒグラシ「……そういうことになる也」


(うううう……どうしていいか、わからない!)


アソウギ「……いいか、成歩堂。これから、この《証言》に潜んでいる連中の“ウソ”を暴くぞ」

ナルホド「それは、わかったけど。……いったい、どうやって!」

アソウギ「さっきも言ったが。カギを握っているのは……《証拠品》だ。連中の《証言》と、証拠品の《情報》を……ひとつひとつ、見くらべてみるんだ。そこには、決定的な食いちがい……すなわち《ムジュン》があるはずだ」

ナルホド「む。《ムジュン》……」

アソウギ「食いちがう《証言》と《証拠》が見つかったら……。《つきつける》……連中に“トドメ”を刺すことができる」

ナルホド「……!」

アソウギ「だが。やみくもにつきつければ、《罰則》を受けることになってしまう。《罰則》を受け続けると……弁護側の主張はしりぞけられ、《有罪》となる。いいな。《証拠》の記録を見ながら、《証言》と食いちがう部分を探すんだ!」

ナルホド「……わかった。やってみるよ」

アソウギ「連中の《証言》は、何度でもくりかえし聞くことができる。あせらず、ジックリ攻めていこうぜ……相棒!」


……。


ウズクマル「漆黒の学童が、英国紳士に発砲せり! 卑劣にも……その背後から、突然にッ!」


──はいッ!

 



ナルホド「………………」



ウズクマル「………………」

 



アウチ「………………」

 



サイバンチョ「………………」

 



ウズクマル「な。なんだ……今のは。いきなり、目の前に『写真(ほとがらひい)』をたたきつけられたようだが……」


ナルホド「む…………《ムジュン》です。その…………そう。いわゆる《ムジュン》なのですッ!」

アウチ「……この期におよんで、ナニを言ってるのだか……。今さら。この、現場の写真(ほとがらひい)がなんだというのかッ!」

ナルホド「そ。それは……! だから、その……!」


(……言いたいコトはわかっているのに、コトバにならない……!)


アウチ「……フン! これでおわかりでしょう、裁判長。我らが大審院の弁護席に、シロート学生は無用である、とッ!」

サイバンチョ「むうううう……」


ナルホド「ぐ………(く。クヤシイ……)」


──ッ!!

 



アソウギ「……やれやれ。まさか。このテイドのことに、わざわざ“説明”が必要とは……。大審院が、聞いてあきれるッ!」

ナルホド「あ。亜双義……?」

アウチ「……なんですと……」

 



アソウギ「弁護人が提示した、この《写真》。ひとめ見れば、アキラカであろう。その軍人の《証言》は……ムジュンしている、とな!」

アウチ「え……」

アソウギ「……渦久丸軍曹殿」

ウズクマル「な。なんだッ!」

アソウギ「貴公は……ただ今の《証言》で、こう発言している。『漆黒の学童が、英国紳士に発砲せり。卑劣にも……その背後から、突然に』」

ウズクマル「そうだッ! この、2つのマナコにかけて……我、目撃せりッ!」


──はいッ!


ナルホド「でもッ! それって、オカシイじゃないですか!」

ウズクマル「……ナニを言うかッ!」

ナルホド「だ。だって……だって。なあ、亜双義!」

アソウギ「……この《写真》。もう一度。よく見ていただこう」



アソウギ「被害者、ワトソン教授は……“胸部”を撃たれて死亡している」

ウズクマル「あ……」

アソウギ「……軍曹。貴公の《証言》によれば。犯人は、被害者を“背後”から撃ったコトになっているが……。この《ムジュン》……どう説明するおつもりかッ!」

 



ウズクマル「……うぐ……ぬぬ……ううう……ぬぐぐ……うう……ぬぬうぐぐ……」




(な……なんだ……? 今。なにかがハミ出て、そして、押しこまれたような……)


サイバンチョ「……たしかに。これは明白なムジュンである。いかがか? ……渦久丸軍曹よ!」

ウズクマル「……………たしかに……今、思えば。認めざるを得ないようであります」

 

ウズクマル「銃声が響いた、その瞬間まで。我が、2つのマナコは……。《ラ・クワントス》名物のビフテキに“クギづけ”だったとッ!」

アウチ「な。なんですと……!」

アソウギ「……ただ今の《証言》で、ある“事実”が立証された。この証人。帝国軍人・渦久丸軍曹は……。被告人が、拳銃を発砲したというその“瞬間”は、目撃していなかった!」

アウチ「うううう……こ。こんな、馬鹿なコトが……」

アソウギ「……これで、おわかりいただけたかな……? 我らが大審院の席に、シロート検事は無用である、とッ!」

 



アウチ「く……くそおおおおおおおおおッ!」


(たったヒトコトで、法廷の空気が変わってしまった……。……これが、“弁護士”……!)


ウズクマル「……しかしッ! 我は、たしかに見たのだッ! あの学童がッ! 背を向けた被害者に卑怯にも拳銃を向けていたのを!」


──はいッ!


ナルホド「……でも! ぼくは、撃っていません! ぼくは、ただ。床に落ちていた拳銃を拾っただけなのです!」

サイバンチョ「むうううう……。……ご老人よ。そなたは、目撃していないのであろうか……?」

ソノヒグラシ「………………拙者は、先ほども述べたとおり。“銃声”など、そっちのけで、床に這いつくばっておった也」

ナルホド「たしか……“小判”を探していたのでしたね?」

ソノヒグラシ「そう! そうなのじゃ! 上物の、『宝永(ほうえい)』の小判なのじゃ! それで、どこかに落としたかと、床を探しておった、そのとき……」

アソウギ「店内に、銃声が響き渡った……というわけですか」

ソノヒグラシ「左様ッ! ワシはかまわず、『宝永(ほうえい)』を探しておったのじゃ。……全身、血マナコと化してッ!」

アソウギ「ちなみに……。その“小判”は、その後。見つかったのでしょうか……?」

ソノヒグラシ「………………見つからなかった」

アソウギ「そう、ですか……」

ソノヒグラシ「あの日。……拙者は、上物の《宝永小判(ほうえいこばん)》を失って候。何者か、けしからぬ輩がネコババしたのじゃろうかのお……?」

ウズクマル「……………」

 



──ッ!!


サイバンチョ「……諸君も知ってのとおり。本件は、迅速なる《解決》が何より求められている事件である。本日の午後までに、政府を通じて大英帝国へ報告の打電をせねばならぬ」

アソウギ「しかし! ただ今の《証言》は、“決定的”ではなかった! 我が国の政府が、いかに英国に対してアタマが上がらないとしても……。……このまま《判決》を下すことは、決して許されぬッ!」

サイバンチョ「むううう……どうなのか、亜内検事よ」

アウチ「くっくっくっ……。どうか……ご安心ください、裁判長」

ナルホド「……!」

アウチ「この者たちの《証言》は……まだ終了しておりません」

サイバンチョ「……どういうことか」

アウチ「次の《証言》を聞けば……今度こそ。ハッキリするでしょう。……この、ニクむべき凶行が可能だったのは……ただヒトリ! ……そこの、ニクむべき大学生。成歩堂龍ノ介であるとッ!」

ナルホド「な。なんですって……!」

アソウギ「……ずいぶんと憎まれたものだな。キサマも」

ナルホド「ううううう……」

 



──ッ!!


サイバンチョ「本法廷は、この証人たちにいま一度。《証言》を求めるものとする。被告人が“犯人”である……そう断定する《根拠》について。……よいな?」

ソノヒグラシ「……この《ぽんこつ》のコトバ。高くつきましょうぞ……」

ウズクマル「御意ッ! 軍曹・渦久丸泰三。ふたたび、ご報告いたす所存ッ!」

ナルホド「……あの。背中から、なにかのぞいでますけど……」

 



ウズクマル「彼こそはッ! 我が渦久丸家の最後の希望……その名も九朗丸ッ!」

アソウギ「……どうやら。子守りをやとう余裕もないようだな」

 



ウズクマル「我が子、九朗丸よ……そこで、見ているがいい。父が、悪を討つ……その瞬間を! いざ、刮目せよッ!」


─証言開始─

~真犯人の《根拠》~


ウズクマル「たとえ、発砲の“瞬間”ではなかったとしても……同じようなものであるッ!」

ソノヒグラシ「黒き小僧が、白き紳士に拳銃を向けていた……それは、拙者も覚えている也」

ウズクマル「そして、あのとき。洋食堂には、我らの他に、たったヒトリの客もなし!」

ソノヒグラシ「……左様。白き紳士は、あの食卓で、ひとり静かに食事を楽しんでおった」

ウズクマル「ゆえに! その悪童の他に、かの紳士を撃てる者はナシ。……報告、終わりッ!」


サイバンチョ「む。むううう……これは、たしかに。決定的な」


──はいッ!


ナルホド「待ってください! そんな……そんな、馬鹿なッ! 被害者は……ワトソン教授はヒトリじゃなかったはずです!」

アウチ「コラ! 被告人……控えぬかッ!」

ナルホド「でも! 女性が……若い女性が一緒にいたハズなんです!」

 



ナルホド「みなさんは、見ているハズだ! ……ゼッタイに!」


──異議あり


アウチ「……《弁護人》を名乗るのならば。規則にのっとり、発言するべし。ここは、キサマの戯言を聞く場所ではないのだッ!」

ナルホド「ぐ……ッ!」

アウチ「事件が起こった時。被害者がヒトリきりだったのは、間違いない。……ここに、それを立証する《写真》がございます」

サイバンチョ「これは……事件現場を撮影した《写真》であるか」

 



アウチ「……現場を捜査した者が、被害者の食卓を撮影した《写真》でございます。食卓の上には……ヒトリぶんの食事しか、ございません」

サイバンチョ「……たしかに。この《写真》を見るかぎり……。被害者に、“連れ”はいなかった。そう考えるのが自然であろう」

ナルホド「……ぐ……(そんな、馬鹿な……)」

サイバンチョ「その《写真》の提出を命じる。《証拠品》として受理するものとする!」

 



証拠品《現場写真》のデータを法廷記録にファイルした。

─現場写真─

被害者の食卓には、炭酸水の瓶と、ランチのビフテキの皿がある。

 

ナルホド「……そんな……」


(いったい……どういうことなんだ……)

 



(……誰も、“彼女”を見ていない、なんて……!)


アソウギ「……先ほどの給仕長も、同じコトバを吐いていたな。被害者……ワトソン教授は『ヒトリで来店した』……と」

ナルホド「……でも。それは、違う。ぼくは……見たんだ……本当に。見たのに……」

アソウギ「………………」

サイバンチョ「……どうやら。大英帝国への打電は、予定どおり行うことができるようだ。ただ今の《証言》……今度こそ、疑う余地は、なし!」

アウチ「なにしろ。英国とは、条約を締結したばかりの、微妙な時期ですからな。この亜内。両国の友好関係に一役買うことができて、光栄に存じますぞ」

 



ナルホド「…………………」


(なんてことだ……これで……裁判が、終わってしまう……!)


……顔を上げろ、成歩堂。まだ終わっていない。


ナルホド「え……」


アソウギ「……キサマのコトバが真実ならば。この“裏”に、何が潜んでいるのか……。引きずりだしてやろうではないか。……《尋問》でな」

ナルホド「あ。亜双義……」

 



──ッ!!


サイバンチョ「弁護側には、《尋問》の権利がある。……はやく、済ませるように」

アウチ「マッタク。“規則”というのは、なかなかメンドウなものですなあ」

ナルホド「ううううう……」

 

 

 

 


─尋問開始─

~真犯人の《根拠》~


ウズクマル「たとえ、発砲の“瞬間”ではなかったとしても……同じようなものであるッ!」


──はいッ!


ナルホド「いやいや! 同じじゃありません! だって。ぼくは……撃っていないのですから!」

ウズクマル「それは、大学生ふぜいと帝国陸軍軍人の“見解の相違”というヤツであろう」

ナルホド「……違うと思います……」

アウチ「……被告人。たとえば……こう考えてみてはどうかな? たった今。私は“まばたき”をした」

ナルホド「ま。まばたき……ですか……?」

アウチ「その瞬間を。アナタ、《目撃》しましたかな?」

ナルホド「見えませんでしたッ!」

アウチ「しかしッ! 私が“まばたき”をしたのは、たしかな“事実”である! ……そういうコトなのですよ」

ナルホド「……そういうコトなのですか……?」

 



ウズクマル「……喝ッ! とにかく! 我が耳に、銃声が轟いた、その次の瞬間! キサマは、あの英国紳士に拳銃を向けていたのであるッ!」

アウチ「それが、すべてを物語っている。……そうは思わんかね」

ナルホド「ぐ……」

アウチ「そして。その“姿”は、《ぽんこつ堂》の主人も目撃している。……そうですな? ご主人」

ソノヒグラシ「………………」


……。


ソノヒグラシ「黒き小僧が、白き紳士に拳銃を向けていた……それは、拙者も覚えている也」


──はいッ!


ナルホド「たしかに、あのとき。ぼくは拳銃を手にしていましたが……それは、本当に……床に落ちていたものを、拾っただけなのです!」

アウチ「……そりゃ、“ハンニン”としては、そう言い抜けるしかないでしょうな」

ナルホド「珈琲を飲み終えて、あの洋食堂を出ようとしたとき……」

 



ナルホド「……ワトソン教授の足元に落ちていた拳銃を、ぼくは拾った。……そして、そのとき……」


……バアン……!


ナルホド「店内に、銃声が響いた……」

ソノヒグラシ「……フン。人生、なかなかままならぬものであるな」

ナルホド「え。どういうことですか……?」

 



ソノヒグラシ「キサマは、落ちていた拳銃を拾ったばかりに、そんなザマじゃ。その一方で、拙者は……落としたはずの『宝永』の小判が見つからぬゆえ、こんなザマ也」

ナルホド「………………」

ソノヒグラシ「とにかく……小僧。拙者は、たしかに“見た”のじゃ。キサマは拳銃を手にして、あの白い紳士のそばに立っておった」


……。


ウズクマル「そして、あのとき。洋食堂には、我らの他に、たったヒトリの客もなし!」


──はいッ!


ナルホド「ワトソン教授の食卓には、もうひとり。女性がいたはずです!」


──異議あり


アウチ「さっきから、とりつかれたようにそれを連呼しているが……。そんな人物を見た者は、誰ヒトリとして、存在しないのだ!」

ナルホド「ぐ……ッ!」


(店内に、もっと客がいれば。きっと、見た者がいたはずなのに)


アソウギ「……あのとき。すでに時刻は午後2時をまわっていた。“らんち”と“でぃなー”の狭間。スキ間のような時間帯だったのだ」

ナルホド「ほとんど客がいなかったのは、いたしかたがない、というコトか……」

サイバンチョ「たしかに。午後2時といえば、やや中途半端な時間であるが……。被害者が、その時間。ヒトリで食事をしたのは、なにか理由があるのか……」

アウチ「ああ……それならば。“理由”が、あったようです」

ナルホド「え……」

 



アウチ「コチラは、被害者の上着のポケットに入っておったのですが……」

サイバンチョ「それは……なんであるか?」

アウチ「《診察票》のようです。被害者は、あの洋食堂を訪れる前、医者に行っていたようです」


サイバンチョ「《堀田診療所》……たしかに、診療の日時が記されている。『……11月19日、正午ヨリ午後1時スギマデ……』」

アソウギ「まさに、事件が起こった日付だ……」

アウチ「治療が終わって、遅い昼食を食べに来た……というトコロでしょう。……まあ。本件とは無関係なので、特に報告いたしませんでしたが」

アソウギ「ううむ……どう思う? 成歩堂

ナルホド「え? ……まあ、たしかに。事件とは関係なさそうだと思うけど」

アソウギ「必要であれば。《証拠》として提出するよう、要求できるのだが」

(ワトソン教授の《診察票》……《証拠》として要求するべきか?)


──はいッ!


ナルホド「その《診察票》……《証拠》として提出していただけますか……?」

アウチ「なんのために?」

ナルホド「え……」

アウチ「すでに、決定的な《証言》がある。よけいな《証拠》など、必要ない。それに。事件の前の被害者の行動など、本審理には、関係ありませんからな」


──異議あり


アソウギ「……関係がないか、どうか……我々にも、それを調べる権利がある」

アウチ「な。なんだと……」

アソウギ「正当な要求を貴公の判断で拒否することはできぬ」

サイバンチョ「……よろしい。本法廷は、弁護側の要求を認めるものとする」

アウチ「……くッ! 最近の若者は、おのれの権利ばかり主張する……嘆かわしい風潮ですな!」

 



──ッ!!


サイバンチョ「……被害者の《診察票》を《証拠》として受理する」

 



証拠品《診察票》のデータを法廷記録にファイルした。

─診察票─

堀田診療所の診察票。
被害者のポケットから
発見された。

 

アソウギ「……今。オレたちは、新しい“手がかり”が必要なんだ。それが一見“無関係”であっても……見逃すべきではない」

ナルホド「わ……わかっているとも!」

アウチ「フン……審理を長びかせようとしても、ムダと知るがいい。なにしろ……《証言》はハッキリしていますからな。……いかがですかな? 《ぽんこつ堂》のご主人」


……。


ソノヒグラシ「……左様。白き紳士は、あの食卓で、ひとり静かに食事を楽しんでおった」


──はいッ!


ナルホド「あなたは……それを“見た”のですか。被害者……ワトソン教授が“ひとりで”食事しているのを」

ソノヒグラシ「…………………そう、じゃな。キサマには、モウシワケないが」

ナルホド「………………」

アウチ「この老人も、軍人も……そして、給仕長も、そう《証言》している。さらに。……こうして、アキラカなる《証拠》もあるのですよ」

 



アウチ「……ごらんのとおり。食卓の上には、ヒトリぶんの“ビフテキ”があるだけでございます」

ナルホド「……そんな……」

アソウギ「………………骨董屋の主人、帝国陸軍の軍曹、そして……さっきの給仕長。証人たちが、全員“ウソ”をついている可能性は、ある。しかし……いったい、その“理由”は、なんなのか……?」

ナルホド「……正直なトコロ。ぼくには、見当もつかないよ」


……。


ウズクマル「ゆえに! その悪童の他に、かの紳士を撃てる者はナシ。 ……報告、終わりッ!」


──はいッ!


ナルホド「どうして……本当のコトを言ってくれないのですか」

ウズクマル「な。なんだと……」


(あのとき……ワトソン教授の向かい側には、女性が座っていた……)


ナルホド「……証人がヒトリなら。“見落とし”ということも、あるかもしれません。でも。ふたりとも“見ていない”なんて……ゼッタイに、おかしい!」

 

……………………

 

サイバンチョ「……ザンネンだが。“ふたり”だけではないようだ」

ナルホド「え……」

サイバンチョ「先ほどの給仕長も、ハッキリ言っていたハズだ。……『被害者は、ヒトリだった』と」

ナルホド「あ……」

アウチ「そのとおり! つまり……“マボロシの女”の存在を主張しているのは……キミだけなのだよ」

ナルホド「そ。それは……」

アウチ「そんな者がいたというのならば。“立証”してもらおうではないか!」

ナルホド「………………」

アウチ「それが、できないのであれば。二度と“マボロシの女”をクチに出さないでもらいたい! ……時間のムダですからな」


(……言い返せない……)


アソウギ「……………」

アウチ「……くっくっくっくっ……」


……。


アソウギ「よくやったな、成歩堂! 新しい情報を引き出したぞ」

ナルホド「あ、ああ……でも。状況は、あまり変わらないような気がするよ。やっぱり。これといった“ムジュン”は見当たらないし……」

アソウギ「そんなことはない。さっき、手に入れた『診察票』……ちょっと、見せてくれないか」

 



ナルホド「ああ……これ、か?」

アソウギ「セッカク手に入れた、新しい“手がかり”だ。……もうすこし、詳しく調べてみるべきかもしれない」

ナルホド「詳しく……って。いったい、どうやって……?」

アソウギ「《証拠品》をタテから、ヨコから自由にニラみつけてやるといい。“手がかり”がないか、探るんだ。……それでは、成歩堂。手始めに、この《診察票》……。なにか、新しい“情報”がないか、よく調べてみようではないか」

ナルホド「ああ……わかった。やってみよう!」

 



ナルホド「……診察表には《堀田診療所》と書かれている。
『診療所』は、『病院』と『医院』の次にキライなコトバだ」

アソウギ「いずれも同じようなものだろう」

ナルホド「5才のころ、たった一度カゼをひいたときのことだ。弱ったぼくのウデに、無慈悲にも注射針を突き立てた、あの仕打ち。ぼくは一生、忘れないだろう。ああ、忘れないとも!」

アソウギ「うっとうしい健康優良児だな。……どうやら。この診療所は、《内科》ではないようだな。ほかに“手がかり”がないか、よく調べてみるがいいだろう」

 



ナルホド「この、《診察票》……ずいぶん以前に発行されたみたいだ。“かかりつけ”というヤツだな。治療に時間がかかっているのだろう」

ナルホド「信じられないな。ぼくは、死にでもしないかぎり、医者にはかからないぞ」

アソウギ「死んだら医者にはかかれないだろう。……キライなのか? 医者が」

ナルホド「だって。連中は、イタい注射を打ち、ニガいクスリを飲ませ……。その上、カネまでムシりとるんだぜ。こっちが弱っているのにつけこんで!」

アソウギ「………………健康をコジらせた、メンドウなヤツだ。キサマの、そのガンコなアタマごと、ニガいクスリにつけこんでおくといい」

 



「こ。これは……医師の“記録”のようだ。……事件当日の治療内容が書かれている。『麻酔薬ヲ用イテ、抜歯術ヲ施ス』……」

ナルホド「“ばっし”……歯を抜く、ってコトだよな」

アソウギ「どうやら。ワトソン教授は、事件の前に“虫歯”を抜いたようだな。“笑気瓦斯(しょうきガス)”を使ったのだろうか。……西欧(ヨーロッパ)の、最新の医療技術だ」

ナルホド「“マスイ”……ウワサは聞いたコトがあるけど。(“痛みを感じない”なんて。とても信じられないな……)」

アソウギ「……最後に、医師からの“注意書”が添えられている。『麻酔ノ残留ニヨリ 施術ヨリ参(さん)時間 水以外ノ飲食ハ 厳禁トスル』……」

ナルホド「……なんだって……」

アソウギ「どうやら。この“情報”は、《記録》しておくべき……だな」

 



証拠品《診察票》のデータを更新した。

─診察票─

歯科診療所の診察票。被害者は
事件当日、抜歯の治療を受け
水以外の飲食を禁じられていた。


(……この新しい“情報”があれば……。あの《証言》の“意味”は、まるで変ってくるぞ……!)


アソウギ「……さて。それでは、もう一度。《証言》を聞いてやるとしようか」

ナルホド「ああ!」


……。


ソノヒグラシ「……左様。白き紳士は、あの食卓で、ひとり静かに食事を楽しんでおった」


──はいッ!


ナルホド「……え。ええと……つまり……なんというか」

ソノヒグラシ「さっきから、なんじゃ! ベンゴシのクセに!」


(……“ベンゴシ”以前に、まず“被告人”なのに……)


アソウギ「……成歩堂。コトバに詰まるのは、仕方のないこと。気にする必要はない」

ナルホド「亜双義……」

アソウギ「さっきの《尋問》を見て、オレにはハッキリ、わかった。キサマが、その手をまっすぐあげた、そのとき。キサマのアタマの中には、『言うべきコト』が存在している」

ナルホド「……!」

アソウギ「コトバを選ぶ必要はない。思ったまま、言えばいい」

ナルホド「………………わかった。やってみるよ」

 



ナルホド「……証人。これは、被害者の《診察票》です」

ソノヒグラシ「ほお……それがなんだと言うのじゃ、小僧」

ナルホド「ここに書かれているコトと、証人の《証言》には……。なんだか。ヘンなところがあると思いますっ!」


──異議あり


アウチ「……やれやれ。ワタシのコトバをお忘れかな?」

ナルホド「な。なんですか……」

アウチ「審理の常識も知らぬシロートが、クチを挟むな! というコトですよ」

ナルホド「え……」

アウチ「よろしいかな? 被害者は、午後2時すぎ。あの西洋料理店で殺害された。それよりも“以前”の行動など……事件とは、マッタク関係ないのだ」

ナルホド「ぐ……ッ! そ。それは……その」

アソウギ「……成歩堂。コトバを選ぶ必要はない。思ったことを、そのまま言ってやれ」

アウチ「裁判長! おわかりでしょう。これ以上、審理の必要はない」

サイバンチョ「むうう……」

アウチ「なにしろ……ただ今の《証言》で、すべてハッキリしたのですからな。《診察票》など、なんの意味もない。……なぜならば! そこの、真っ青な大学生以外。犯人である可能性は、あり得ないと──」


──バンッ!!

 



ナルホド「……この《診察票》が、事件と関係ない……? ……ホンキで、そう考えているのですか?」

 



アウチ「な……なんだ、急に。おどかすなッ! 考えるまでもないッ! “関係ない”に決まってる!」

ナルホド「この《堀田診療所》が……“歯科医院”だったとしても?」

アウチ「は。歯、だと……? そんなの、知ったことではないワ!」

ナルホド「その歯科医院で……“被害者が歯を抜いていた”としても?」

ソノヒグラシ「……! な。なんじゃと……」

ナルホド「……そして。そのせいで、被害者が“食事を禁じられていた”としても?」

アウチ「……!」

ソノヒグラシ「……!」

ウズクマル「……! ちょ……ちょっと待て。キサマ……何を言っておる……。食事が……“禁じられていた”……いったい、なんのことだ!」

ナルホド「……すべて、ここに書かれているとおりです。『麻酔ノ残留ニヨリ 施術ヨリ参(さん)時間 水以外ノ飲食ハ 厳禁トスル』……」

アウチ「なんだと……ッ! そんな、馬鹿な……」

ナルホド「……ご老人!」

ソノヒグラシ「な。なんじゃ……」

ナルホド「お聞きのとおりです。あの事件が起こった、午後2時すぎごろ……被害者は、食事をすることができなかったのです」

ソノヒグラシ「馬鹿な……ッ!」

ナルホド「そして……もうひとつ」

ウズクマル「な。なんだ……」

ナルホド「あなたがたは、自信タップリに“断言”していました。被害者は、ヒトリで“食事を楽しんだ”……と。……しかし。そんなコトは、あり得ないんだッ!」

ウズクマル「ぐ……お」

ナルホド「……だって。被害者は……“麻酔”で歯を抜いたばっかりだったのだもの!」

 



ぎゃはああああああ!!


アソウギ「よくぞ言ったな。……相棒!」


──異議あり


アウチ「な……ナニを言い出すか。この……小僧めッ!」

ナルホド「…………」

アウチ「くだらぬ“言いがかり”だッ! み……見ろッ! この《写真》を!」

 



アウチ「このとおり……たしかに、被害者の食卓には、ビフテキがある……!」


──異議あり


アソウギ「……愚かな。それこそが“ムジュン”なのだ。……わからんのか」

アウチ「な……なんだと……!」

アソウギ「たった、今。状況は、大きく“一変”したのだ。そうだな? 成歩堂

ナルホド「え! も。モチロンそうですともッ!」

サイバンチョ「……被害者は、抜歯術の直後で、『食事ができなかった』……もし、そうであれば。次なる“ギモン”は、ただひとつ! このビフテキは、いったい、誰が食したのか……?」

 



──ッ!!


サイバンチョ「弁護側の考えを聞くとしよう。……よいな? 弁護人よ!」

ナルホド「…………………え! あ! いわゆる、ぼくですねッ!」

アソウギ「いいか。この《コタエ》こそが“始まり”なのだ。キサマの……《大逆転》。見せてやるがいい!」

ナルホド「……わ。わかりました! え。ええと……。……このビフテキを食べたと考えられる人物とはッ! もちろん! あのとき、被害者の食卓にいた、もうヒトリの人物です!」


──異議あり


アウチ「何度も言わせるなッ! そんな人物はいなかったのだ!」


──はいッ!


ナルホド「何度だって言います! ぼくは……見ているんです!」

アソウギ「……事件が起こったとき。被害者は、食事ができない状態だった。しかし。食卓にはビフテキがあり、途中まで、食べられている。……つまり! 『誰か、他の人物がいた』……そう考えるのが自然である!」

アウチ「ぐ……ううううッ……!」

アソウギ「ここまで明白な《証拠》がある以上。先ほどの《証言》は、信用できぬ。……このまま、強引に《判決》に持ちこむつもりならば……。我々は、司法省(しほうしょう)に訴え出る。そして……トコトン、追及してやる!」

ナルホド「あ。亜双義……」

アウチ「き。キサマ……大日本帝国の司法を相手に戦えると思っているのかッ!」

アソウギ「我々の相手は、貴公ではない」

アウチ「な。なんだと……」

アソウギ「……キサマたちだ。証人ッ!」

ソノヒグラシ「な。なんじゃと……!」

ウズクマル「ど。どういうコトだ……!」

アソウギ「……《証拠》が示しているとおり。被害者は、ヒトリではなかった。もし。キサマらが、故意にウソの《証言》をしたのであれば。キサマたちは……当然。《偽証》の罪に問われるコトになる」

ウズクマル「ぎ。ぎしょう……」

アソウギ「……しかも。これは《殺人事件》の審理だ。キサマらは……当然。殺人の《共犯》ということになる」

ソノヒグラシ「さ。さつじん……ばば……」


ばかなあああああああああ!!


──待った!


ウズクマル「かかか、喝ッ! そ……そ。そんなハナシ。聞いておらぬぞッ! 我は、ただ! 命じられたとおり《証言》しただけだッ!」

ソノヒグラシ「そ。そうじゃ! そのとおりなのじゃッ! あの“淑女(レデエ)”を『見なかった』コトにしろ、と……そう、言われ……て……………………あ」


(……なんだって……)


ナルホド「証人……ご主人! 今。なんて言いましたか……?」

 



ソノヒグラシ「い、いや、そのお……」

ナルホド「“命じられたとおり”《証言》した……?」

ソノヒグラシ「ま。待ってくれ! だから、それは……」

アソウギ「“淑女(レディ)”を『見なかった』コトにした……?」

ウズクマル「ぐ………ッ!」

アソウギ「“淑女(レディ)”ということは……つまり。キサマらが見たのは……『外国人の女』ということか」

ナルホド「あ……!」


──異議あり


アウチ「いったい……こ。これは、どういうコトなのだ……! この《証人》たちが……ぎ。“偽証”だと……? ……そうなのかッ! ご両人ッ!」

ソノヒグラシ「………………」

ウズクマル「………クチが……ただ…・・ひたすら、クチが。スベっちまったあああああああああッ!」

 



──ッ!!

──ッ!!

──ッ!!

 


サイバンチョ「静粛に! 静粛に! 静粛にッ! これは……どういうことかッ!」

アソウギ「やはり……キサマたちが証人どもに“口止め”をしたのかッ!」

アウチ「し……知らぬッ! 検察局は、関知しておらん!」

ナルホド「それでは……みなさんは、いったい誰に、クチを封じられたのですか!」


ソノヒグラシ「そ。それは……」

 



ウズクマル「い。言えるかッ!」

アソウギ「殺人の“共犯”にされてもかまわぬと言うつもりかッ!」

ウズクマル「そ。そんなの……信じられるかッ!」

アソウギ「……成歩堂。彼らの、あのようすを見ると。どうやら……連中は、強大な“権力”によって口止めされているようだな。そして……あの検事サマは、そのことを知らされていなかったようだ」

ナルホド「な。なんだって……。でも。そんな“権力”なんてかぎられているぞ!」


(“大日本政府”か、“軍”か……それとも。“警察”、か……)


アソウギ「どうだ? 成歩堂。 彼らを“口止め”した人物に、心当たりはないか? その者を《名指し》できれば……。さらに“追及”できる!」


(……2人の証人を“口止め”した人物を《指摘》する……)


アソウギ「……当然。その場合、《証拠》が必要になるだろうがな。そいつが持っている“権力”を立証する《証拠》が……!」

ナルホド「しょ。《証拠》だって? そんなの、あるワケが……」

アソウギ「……待て、成歩堂。さっきのコトを思い出すんだ」

ナルホド「え……」

アソウギ「さっき。《診察票》を調べて、新しい“手がかり”を見つけたな?」

ナルホド「……あ、ああ。そうだったな」

アソウギ「オレたちは、他にも《証拠》を持っている。なにか“手がかり”がないか……調べてみるべきかもしれぬ! ……今、すぐにな!」


……。

 



アソウギ「コイツは。驚いたな……」

ナルホド「どうかしたか? 亜双義」

アソウギ「……ここだ。あの証人の名前が書かれている。『細長 悟』……」

ナルホド「そりゃそうだろ。なんたって“名刺”なんだから」

アソウギ「……モンダイは、名前じゃない。“肩書き”だよ」

ナルホド「“かたがき”……あッ! 『帝都警察 第壱捜査係 刑事部長 細長 悟』……。ど。どういうことだよ。『刑事』って……」

アソウギ「……………それは、わからないが。《警察》という“権力”があれば。多少“強引なコト”も、できそうだな」


証拠品《ボーイの名刺》のデータを更新した。

─ボーイの名刺─

ウラには現場の見取図。
オモテには、細長の身分が
刑事だと記されている。


……。

 



──ッ!


サイバンチョ「……さあ、どうなのかッ! 《証言》の“操作”など……立証されれば、《重罪》であるぞッ!」

アウチ「おま……お待ちください、裁判長閣下ッ! この、亜内。天地神明に誓って、知らされておりませんでしたぞッ! 天地神明に誓ってェェェェェェッ!」

サイバンチョ「では、被告人……いや、弁護人よ。貴公の考えは、どうか!」

ナルホド「は……はいィィィィィッ!」


(うううう……ダメだ! もう、考えている時間はない! とにかく。思い当たる“人物”の名を、目を閉じて叫んでみるんだ! 検事さん以外で、証人たちの《証言》を操作する“権力(ちから)”を持つ人物とは……)


──はいッ!


ナルホド「え。ええと……その名前は。『細長 悟』ではないでしょうか!」

サイバンチョ「“ホソナガ”……と、言えば。さきほどの、給仕長……」


──異議あり


アウチ「バカバカしいッ! 料理店の給仕長が、なんのために証人の“口止め”をすると言うのだッ! それに。給仕長ごときに、そのようなチカラがあるはずがない!」

アソウギ「たしかに、そのとおりだろう。もしも……あの者の正体が、本当に“給仕長”ならば……な」

アウチ「な。なんだと! あの者の……“正体”……?」

アソウギ「……さあ、成歩堂。ヤツの鼻先に、たたきつけてやれ。給仕長『細長 悟』……その“正体”を示す《証拠》をな!」


──はいッ!


サイバンチョ「これは……あの者が書いた“見取図”であるな。たしかに、よく気の回る給仕長だとは思ったが……」

ナルホド「いえッ! そっちは……“ウラ”なのです! 重要なのは、むしろ! その“ウラ”の“ウラ”なのです!」

サイバンチョ「ん?」

ナルホド「あ。いえ! だから、そのッ! “オモテ”なのかな? そう……つまるところ。“ウラ”の“オモテ”だったのですッ!」

サイバンチョ「……………この大学生は、いったいナニを言っているのか」

アソウギ「細長 悟は、その“見取図”を自らの《名刺》のウラに書いた。……名刺には、当然。その者の“身分”が書かれている」

サイバンチョ「給仕長の……“身分”ですと……? お……おおおおおおおおおおッ……!」

アソウギ「……そう。『帝都警察 第壱捜査係 刑事部長』……とな」

アウチ「な……なんだって! あの給仕長が……帝都警察の、刑事! き。聞いておらぬ……この、亜内。聞いておらぬぞッ!」

アソウギ「帝都警察といえば、市民にとって圧倒的にして、絶対的な“権力”。……証人たちよ」

ウズクマル「…………!」

ソノヒグラシ「…………!」

アソウギ「貴公たちは……あの“給仕長”から命じられたのではないだろうか? 現場で目撃した“淑女(レディ)”の存在を、黙っているように……と」

ウズクマル「そ。それは……」

ソノヒグラシ「……………」


──待った!


ナルホド「ほ。ホソナガ“刑事”……」

 



ホソナガ「……じつは。イヤな予感がしておりました。あの“見取図”の提出を求められたときに……」


……。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


サイバンチョ「それでは。そなたの書いた“見取図”……念のため、提出を命ずる」

ホソナガ「え……そ。それは……」

サイバンチョ「どうした? 早く、提出するのだ!」

ホソナガ「あ。は……はい。かしこまりましてございます」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

(……そういえば、あのとき。“名刺”の提出を求められて、ためらっているように見えたな……)


ホソナガ「『どうせやるならカンペキな捜査を』……それが、私の“信条”でして。つい、あのような不用意な“書き取り”をしてしまったのです。あれは、大失敗でございました」

アウチ「それでは、そなたは……本当に、刑事だったのですか!」

ホソナガ「………………」

ナルホド「しかし……なぜ、帝都警察の刑事が、洋食堂で給仕長をしていたのですか。あッ! も。もしかして! 刑事って。意外に、お給料が安いので」

ホソナガ「《潜入捜査》というヤツです」

ナルホド「せ。せんにゅうそうさ……?」

ホソナガ「あの洋食堂では、現在……ちょっとした“事件”が起こっているのです。それを調査するため、給仕の姿で現場に潜入していたのです」

アソウギ「洋食堂の……“事件”? それは、いったい。どのような……」

ホソナガ「……捜査上の秘密を明かすことはできません。今回の殺人事件と“無関係”であることは、断言できます」

サイバンチョ「むうううう……。それでは……細長刑事よ。ひとつ、確認する」

ホソナガ「……なんなりと。裁判長閣下」

サイバンチョ「ただ今。この証人たちは、新たな“事実”をクチにしました。事件当時……被害者の食卓には、もうヒトリの“人物”がいた……と」

ホソナガ「…………」

サイバンチョ「……もし、それが本当のコトであれば。当然……彼らの給仕をした貴公自身も、それを知っていたはず。しかし……貴公は、それを《証言》しなかったばかりか……。刑事としての《権力》を使って、証人たちの“口止め”をした。……以上、相違ないか?」

 



ホソナガ「……けふ。……けふ。……………相違ございません」

ナルホド「な。なんですって……!」

アソウギ「……やはり、か……」

ホソナガ「…………銃声を聞いて、急いで厨房から飛び出したとき。私が見たのは……。グッタリした被害者と、そのトナリに立った、拳銃を手にした大学生と……。食卓の向かい側に座っていた……英国人と思われる、ご婦人でした」

アソウギ「やはり……そうだったか」

ホソナガ「私は、すぐに店内を封鎖して、警察本部に事件の報告をしました。そのとき……私は、本部からある《特務指令》を受けたのです」

ナルホド「と。《特務指令》……それは、もしかして……!」

ホソナガ「『現場ノ 英国婦人ヲ タダチニ 現場ヨリ 退去サセヨ』……………。あの場に、英国婦人がいた“事実”を、完全に隠しとおす……。それが、警察本部からの絶対的な命令でした」

ナルホド「で、でも! もしも、その英国婦人が“犯人”だとしたら……」

ホソナガ「……それ以上。クチにしない方がいいでしょう」

ナルホド「……!」

ホソナガ「我が国にとって、英国との友好関係は、なによりも重要な、最優先事項。英国人が殺害され、その容疑者として英国人の女性の名が挙がることなど……。完全無欠なる《根拠》がないかぎり、あってはならぬコトなのです」

アソウギ「つまり……それが、《幻の女》の消えた“理由”というワケですか」

ナルホド「そんな……」

ホソナガ「…………」

アウチ「…………」

サイバンチョ「…………」

アソウギ「…………ひとつ。思い当たることがある」

ナルホド「亜双義……?」

アソウギ「我が勇盟大学は、大英帝国からの留学生をうけいれている。現在も、医学部の研究室に、英国人の留学生がいるはずだ。たしか……。若い女性だったはずだ」

ナルホド「な……なんだって!」

ホソナガ「……さすがは優秀な学生弁護士ですね。自身が《司法留学生》に選ばれるだけのことはある」

ナルホド「……! そ。それでは……」

ホソナガ「あの英国婦人を、事件の現場から退去させたとき……。念のために、その身元だけは確認しておきました」

サイバンチョ「……その者の名を申し述べるがよい!」

ホソナガ「教授の食卓にいた英国婦人の名は、ミス・ジェゼール・ブレット……。勇盟大学、医学部……被害者の研究室にいる、留学生だそうです」

アウチ「な……な、なんですってええええ……ッ!」

ホソナガ「……私は、警察本部の指令により、英国婦人の“存在”を隠し……この者たちにも、そのクチを閉ざすよう、圧力をかけたことを認めます。……あとは、裁判長閣下のご判断に任せます」

サイバンチョ「……………」

 



──ッ!!


サイバンチョ「……よろしい。それでは、本法廷の見解を述べる。本件は、ある《大前提》をもとに審理されてきたものと考える。すなわち。被害者は事件当時、“ヒトリで食事をしていた”……」

ナルホド「……!」

サイバンチョ「しかし。その大前提が崩れたということになれば……本法廷は、その“事実”を無視して《判決》を下すことはできない」


──異議あり


アウチ「さ……裁判長! しかし、それでは……。午後までに、大英帝国へご報告の打電ができませぬ! そうなれば。大日本政府も黙っていないかと……」

サイバンチョ「控えるがいい。亜内検事。我が大審院の判断は、日本政府の影響を受けることはない」

アウチ「……ッ!」

サイバンチョ「……細長刑事よ」

ホソナガ「はっ」

サイバンチョ「大至急。ジェゼール・ブレット嬢の身柄を確保のうえ、出頭させるように」

ホソナガ「……かしこまりました」

アウチ「刑事! 本部の《特務指令》にそむくことになりますぞ……!」

ホソナガ「………………先ほども、申し上げましたが。『どうせやるならカンペキな捜査を』……それが私の信条なのです」

ナルホド「それで、刑事さんの立場は……大丈夫なのですか?」

 



ホソナガ「……げほほッ!  …げほほッ! ……ドンと来い、です」



──ッ!!

サイバンチョ「……審理は、ここでいったん中断する。検察側は、英国人留学生、ジェゼール・ブレットの召喚を命じる。……よいな」

アウチ「は………はははああああああッ!」

サイバンチョ「それでは。これより本法廷は、30分間の休廷に入るものとする」

 

──ッ!!


つづく

 

 

天使の日曜日 Angel's holiday “ef - a fairy tale of the two.” Pleasurable Box.【1】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。


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天使の日曜日

Angel's holiday
ef - a fairy tale of the two.”Pleasurable Box.

 




……。

 

色々なことが毎日変わってゆく。

俺のように、机に向かうだけの日々を送っている人間でも変わらずにいられない。


たとえば──

 



「やっほーっ!」

 



Chapter 1 After Story. ずっと、ここにいる
 feat. Miyako Miyamura.

 

こんな感じに、いきなりドアが開いても動じなくなった。

以前はそりゃ驚いたもんだったけど、今ではスルーして、精密な線を引き続ける作業だってできるくらいだ。

なんの自慢にもならないけどな。


「ヒロヒローっ!」


もちろん、俺の部屋に入ってきたのは宮村みやこだった。

ノックもせずに飛び込んでくるのは、こいつ以外にいない。


「ヒロヒローっ、ヒロヒローっ、ヒーロヒロぉっ!」
「人の名前をそんなに連呼すんな。朝っぱらからどんなテンションだよ」


俺は持っていた鉛筆を机に投げ出して、ため息をつく。

時間は午前7時。

みやこは起きてまだ何時間も経ってないだろうに、なんでこんなに元気なんだ?


「つーか、みやこ。おまえ、今日も学校じゃないのか?」


今はまだ冬休み中だが、みやこは学園の冬期講習を受けているはずだ。

 



「そうだけどね。ま、登校する前にちょっと寄り道してみたんだよ」
「そうか」


俺は頭の後ろで手を組んで、椅子の背もたれに体重を預ける。


「受験までもう時間ないんだから、俺にはかまわなくていいって言ってるのに」
「ん-、受験のことを心配してくれるのは嬉しいんだけど」
「うん?」
「あまり長いこと放ったらかして、浮気でもされたら、刃物を持ち出すしかなくなるし」
「なんでいきなり猟奇的展開になるんだよ!?」
「ほら、ヤンデレっていうのが流行ってるんでしょ? とりあえず流行に乗っておこうかと」
「なんだそれ、聞いたこともねぇよ……」


みやこは最近、インターネットで怪しげな言葉を拾ってくるので、俺にはついていけない。


「あれ、知らないんだ? 漫画家さんなんだから、世間の流れは知っておいたほうがいいんじゃないの?」
「なにをどう間違っても、俺の漫画に刃物使うキャラが出てくることはないっつーの」


俺はため息をついて、コピー用紙に描いていたコンテを机の端に寄せる。


「お、それなになに? 今月分の原稿じゃないの?」
「ん? ああ、別の仕事だよ」
「…………」


突然、みやこが眉をしかめて厳しい表情を作る。

 

「絃くん……」
「な、なんだよ」
「もー、学園中退して時間作っても、お仕事増やしてたら意味ないじゃん」
「えっ」
「時間は無限じゃないんだよ。もっと考えてスケジュール組まないと。絃くんの性格だと、人から仕事を頼まれて、断れないのはわかるけど。でも、原稿落としたりしたら、仕事を断るよりずっと大きな迷惑を掛けることになるんだよ?」
「なんか、言葉だけ聞いてると、普通に編集者に怒られてるみたいだ……」


いや、大村さんが言うならこんな生やさしい言い方じゃないが。


「あ、そっか。あたし、編集者になってみようかな。面白そうだし、そしたら絃くんの手伝いもできるし。ん-と、普通に出版社に就職すればいいのかな。学歴とかやっぱ必要?」
「ちょ、ちょっと待て! おまえが仕事のときまで張りついてたら俺の心が折れる!」
「そう簡単に折れる子に育てた覚えはない!」
「姉貴みたいなこと言うな!」


姉貴は仕方ないとしても、景もみやこも、なんで俺の保護者みたいな顔をするんだ。

まあ……俺に問題があるんだろうけどさ。


「つーか、これは頼まれた仕事じゃねえよ。ちょっとした息抜きみたいなもんだ」
「ふーん……まあ、それならいいけど。で、その漫画、なに? 見せて見せて」


みやこは嬉しそうに笑って、身体を寄せてくる。


「いや、これは……」


俺は慌てて、その辺にあった封筒をコンテの上に載せる。

 



「むー、隠すことないじゃん」
「いいだろ、描きかけは見られたくねえんだよ」
「なーんか、怪しいなあ。もしかして、あたしに変なことするエロ漫画でも描いてるの? 願望充足漫画?」
「そんなわけあるか!」
「ちょっと痛いくらいのことなら、我慢できないこともないけど……」
「別におかしな趣味とかは持ってねぇよ!」


わざとらしく、恥ずかしそうにすんな。


「えー、ホントに?」
「あのな……」


いや待て、みやこのペースに乗せられて余計な話はしちゃダメだな。


「おっと、それより腹減ったなあ。夜食も食わずに、徹夜で仕事してたから」
「あっ、そうなんだ。それは大事だね!」


みやこは真面目な表情になって、ぽんと手を打ち合わせる。

どうやら、上手くごまかせたようだ。

みやこにとって、俺を空腹にさせておくのは、この世のなによりも許せないことらしいからな。


「じゃ、朝ご飯作るよ。和食でいいよね?」
「ああ、頼む」
「ご飯に大根のおみそ汁、納豆に目玉焼きとスクランブルエッグにチーズオムレツでいいかな」
「おい、待った。なんで卵尽くしなんだよ」
「だって、ほら。この前、景ちゃんが持ってきた卵が山ほどあるんだもん。早く食べないとひよこになっちゃうよ」
千尋がひよこ好きだったな……いや、腐らせるのはもったいねぇし、ひよこにはならないけど……」
「心配しないで。このあたしの腕をもってすれば、飽きさせない卵尽くしを作るくらい、たやすいことだから」
「……それもそうか。んじゃ、よろしく」
「あいよー」


みやこはにっこり笑って、台所のほうへ歩いていく。

飯ができるまで、少し仕事を進めておくか。


……。

 

 



「はい、お待たせー」
「ああ、いつも悪いな」
「ふふふ、絃くんも素直にお礼が言えるようになったね。うんうん、ひねくれ者は好きだけど、時と場合によるもんね」
「さっさと食え。おまえは、登校しなきゃいけないんだろ」

 



「はーい」


みやこは、テーブルに置いたトレイから箸を取り上げる。


「んじゃ、いただきます」


俺も箸を手に取って、料理に口をつける。


「うん……」


やっぱり、いつ食ってもみやこの料理は大したものだ。

飽きるどころか、最近は俺好みの味付けを覚えてくれて、どんどん美味くなってきてる。


「どうしたの、絃くん? 口に合わない?」
「いや、なんでもない」


感心していたとは言えず、俺は慌てて料理をかきこみ始める。


「そんなに急いで食べなくても。残念ながら、朝食のデザートはあたしじゃないのに」
「そんなことを期待して早食いしてるんじゃねぇー!」


これで、料理人の性格に問題がなければ最高なんだがな。


……。


「ふー……」


俺は食事を終えて箸を置き、小さく息をついた。

すると、すかさず俺の前に湯飲みが置かれる。

 



「はい、食後のお茶だよ。熱いから気をつけて」
「ああ、サンキュー。至れり尽くせりだな。俺ももう少し、自分で家のことができるようになりたいんだけど……」


思わず苦笑いしながら、熱いお茶をゆっくりと飲む。


「こんなにみやこの世話になってちゃ、家事の腕なんて上がらねぇよな」
「でも絃くん、最低限のことはできるじゃん」
「一人暮らしを始める前に、姉貴がレクチャーしてくれたからな。一通りのことを覚えないと、家から出さないって」


その頃、姉貴は既に海外留学中だったのだが、わざわざ一時帰国して教えてくれたもんだ。

正直鬱陶しかったけど、そのとき身に着けたスキルは役立っているので、今はありがたく思ってる。

あれで、もう少しまっとうな性格だったら、いい姉貴なのになあ。


「ん……?」
「おっ?」
「ん、あれ……? なんだ、これ……?」


おかしいぞ、いきなりとんでもない眠気が……。

確かにここんとこ、まともに寝てないけど、急にこんな状態になるはずが……。


「おや、即効性じゃないはずなんだけど……もうおねむ?」
「ちょ、ちょっと待て……頭がぐらんぐらんするぞ」
「タネを明かすと、実はそのお茶に睡眠薬仕込んだんだけど……」
「睡眠、薬……?」

 



「また、最近ろくに寝ずにお仕事してるでしょ。だから、ちょっと荒っぽい手段を使って君を寝かせることにしました」
「お、おまえなあ……」
「でも、おっかしいなあ。こんなにすぐに眠くなるなんて」

 



みやこは、どこからか錠剤の入った瓶を取り出してきて、ラベルをじろじろと眺め始める。


「もしかして、入れる量間違えたかな……? でも、ここの注意書きに5錠って……あ、違う。"5錠飲むと死にます"って書いてあった」
「おーい!」
「大丈夫、実は致死量じゃないって……あたし信じてる」
「お、おまえの……思い込み……の問題じゃねぇ……。ぐー……」

 

…………。

 

……。

 

 



「うーむ、さすが絃くん。あんな状態でもツッコミを忘れないとは。成長したね、うんうん」


あたしは、薬瓶を軽く振って、テーブルの上に置く。


「もちろん、単なる即効性だよ。安心しておやすみ~。あたしが寝てって言っても、限界まで頑張っちゃうからね、絃くんは」


こうやって、強引な手段でも使って寝かしつけないと、いつか疲労がたまって倒れちゃうよね。


「さってと、あたしは後片付けしてガッコ行こっと」


おっと、その前に──


絃くんをベッドに寝かさないとね。


…………。

 

……。

 



「うう~ん……」


カツカツと響いている板書の音を聞きながら、あたしは首を傾げる。

 



「学園辞めて余裕ができても、結局は仕事につぎこんでるもんなあ……。ホントに困った男だぜ、絃くんは」


シャーペンでとんとんとノートを叩く。

受験に集中しろって言われても、だった世話を掛けさせないでほしいよね。


「おい、なにぶつぶつ言ってるんだ、宮村」

 



「ん?」


声がした方を見ると、我が下僕・つっつんが身を乗り出してきていた。


「広野がどうかしたのか? 仕事しすぎでぶっ倒れでもしたとか?」
「そうならないように気をつけてるよ。今日は睡眠薬飲ませて、寝かしつけてきたもん」
「……どうでもいいけど、もうちょっと手段選べよ」
「漫画家なんて、非常識な存在なんだから、まともな手段じゃ対応できないよ」
「そういう問題発言もやめておくように……」
「とにかく、あたしは今、広野絃救済計画を企んでいるところなんだよ」
「救済ねぇ……。どう考えても、ろくでもないことになりそうな。やめといたほうが、広野も平穏に──」

 



「せんせー、堤くんがあたしにワイセツ行為を働きましたー」
「は!?」


あたしが手を挙げると、クラスメイトたちがざわざわと騒ぎ、先生が振り返ってつっつんを睨んだ。


「ちょっ、待て! 汚いぞ、宮村!」
「つーん」


あたしは、ぷいっとそっぽを向いた。

悪いけど、今はつっつんに構ってる暇はないもんね。


…………。

 

……。

 

 

──「絃。おい、絃」


「ん……?」

 

俺は身じろぎして、自分がベッドに寝ていることに気づく。

あれ、確かみやこと朝飯を食ってて……それから……。


「絃。こら、起きろ。もう11時過ぎてるぞ。いつまで寝てるんだ」

 



「あ、姉貴……?」
「せっかく可愛い姉が訪ねてきたのに、横になったままというのはどういう了見だ」
「姉に『可愛い』はないだろ……。つーか、別に俺が呼んだんじゃねぇし……」
「……ん? 絃、君はそんなに寝起きが悪かったか?」
「みやこに一服盛られて、眠いんだよ……」


そうだ、思い出した。

どうやら死なずに済んだらしいけど、頭がぼけーっとする……。


「よくわからんが、またみやちゃんにしてやられたのか。まったく、負けっ放しだな、君は」
「いいだろ……ほっといてくれ……」


俺はごろりと寝返りを打ち、姉貴から顔を背ける。

 

「姉貴、いったいなにしに来たんだよ。なんか用か?」
「絃の顔だけでも見たくなって」
「……あんた、いったいいくつになったんだ?」


ガキの頃から異様なくらいに俺を可愛がる姉だったけど、いつになったら弟離れするんだろう。


「ここ数年、留学してたせいで君の顔をろくに見られなかったんだぞ。これまでの分、たっぷり見たいじゃないか」
「まあ、見たいなら好きなだけ見てくれ。騒がなけりゃ、俺も文句はねぇよ……」
「あっ、本当に寝直す気だな。この姉を放ったらかしにして」
「…………」


受け答えするから、話し掛けてくるんだよな。

このまま黙殺しよう……。


「しょうがないな……」


姉貴のつぶやきが聞こえ、ぎしりとベッドが軋んだ。


「…………?」
「よいしょ……」
「…………」

 



「おい、姉貴! なにをベッドに入ってきてるんだよ!」


姉貴はかまわずにベッドに入って、俺に身体を寄せてくる。


「今さら言うのもなんだが、できれば子供の頃のように『お姉ちゃん』と呼んでくれると嬉しい」
「本当に今さらだな……いや、そんなことはどうでもいい」
「うるさいな……寝るんだから、そんなに騒ぐな」
「なんであんたまでここで寝るんだよ!?」
「ふぁ……あ……」

 

俺の追求など知ったことじゃないのか、姉貴はのんきにあくびする。


「実は僕、まだ時差ボケが治ってなくて……」
「あんた、帰ってきたの夏だろ!? もう1月だぞ! いつまでボケてるんだ!?」
「睡眠が不規則だからな……おやすみ、絃……。くー……」

 



「本当に寝やがった……」


……そういえば、俺が小さい頃はこうして一緒に寝てもらってたな。

俺にとっては姉というより、母親みたいなもんだし。


「たまにはいいか……」


……。


「って、そんなわけあるか!」


この歳になって、姉だろうと母親だろうと一緒に眠れるわけない。

つーか、こっちはすっかり目が覚めちまったよ。


「しょうがない……」

 



俺はちらりと、時計のほうに目を向ける。


「もうすぐ昼か……」


飯の支度をして、姉貴を起こすのも悪い気がするしな。

たまには外に出て、飯を食ってくるか。


…………。

 


……。

 

 

 



「じゃあね、佐々木ちゃん。おっさきにー」


お昼になって講習が終わり、あたしは友達に手を振って教室を出た。

結局、考え事ばかりしていて今日の講習は全然聞いてなかった。

まあいいや、受験の準備なんてもうほとんど終わってるようなもんだし。

 

「それより、絃くんをどうするかだね。仕方ないから、つっつんにも相談してやろうと思ってたのに……」


どういうわけか、つっつんはいつの間にか姿を消していた。


「まったく、しょうがない下僕だぜ……」


あたしはぶつぶつ言いながら、廊下を歩いていく。

このまま帰ってもいいけど、その前に誰か捕まえて相談してみようかなあ……。


「あ、そういえば」


確か、今日は女子バスケ部の練習試合があるって景ちゃんが言ってたっけ。

そろそろ終わってる時間だけど……景ちゃんはまだ残ってるだろう。


「よーし、行き先決定。体育館へゴー!」


……。



体育館に入ると、すぐに見知った顔を見つけた。

あたしはその人に小走りに駆け寄りながら、手を振る。

 

「おーいっ、ミズキちゃん。やっほー」

「あ、みやこ先輩。ちわっす!」


さすが体育会系だけあって、ミズキちゃんが元気よく挨拶してくる。

 



「やっぱりミズキちゃんも来てたんだ。試合、どうだったの?」
「もちろん、音羽が勝ったに決まってるじゃないですか。なんてったって、景先輩がいらっしゃるんですから」
「やるなあ、景ちゃん」


あたしは頷いてから、周りを見回す。

 



「でも景ちゃん、いないね。もう帰っちゃったの?」
「いえ、いますよ。今はちょっと、悪さをした堤先輩を物陰に引きずり込んで、お説教してるだけです」
「説教、ね……」


つっつんがなにをしたか知らないけど、きっと無惨なことになってるんだろうね。

別にいいけど。

 

「ところで、そっちの子は?」

 



「あ、えーと……私ですか?」


眼帯をつけたラブリーな女の子がびっくりした顔でこっちを見る。


「みやこ先輩は初対面でしたね。えーと、こちらは──」

「景ちゃんの妹さんの千尋ちゃんだね。はじめまして」

「あーっ、人がせっかく紹介しようとしてたのに」

「でも景ちゃんにそっくりだし。見ればわかるよ」

 

ミズキちゃんがしゃべってるうちに気づいたんだけどさ。


「じゃあ訊かないでくださいよ。まあ、みやこ先輩のおっしゃるとおり、わたしのラブリーな千尋先輩です。わたしの」

 



「あの……私、どうしたら……」

千尋先輩はそのままの天然素材でいいんです! もちろん、もっとオロオロしてくれたりしますと、ご飯3杯食べられるくらい萌えますけど!」

「確か、ミズキちゃんも彼氏ができたって聞いたけど、あんまし前と変わんないね……」

「それはそれ、これはこれ、別腹ですから」


「あのさ、ミズキ。揚げ足を取るようだけど、千尋に『これ』は酷いんじゃない?」

 



「はっ、そう言われれば! ごめんなさい、千尋先輩! そんな無礼を働いたわたしを罵ってください!」

「この卑しいイヌめ!」

「うきゃー、本当に罵られた!」

「え? や、やっちゃいけなかったんですか?」

「……千尋。どこでそんな言葉覚えたの?」

「えーと、どこでしょう。ここ13時間で覚えたわけじゃない……と思いますが」

「こっちに来てから、千尋の意外な面を垣間見続けてる気がするな」

「……ところで、ミズキちゃん。もう一つ質問なんだけど、こっちの子はなんじゃらほい?」

「こっち? ああ、こいつですか。これはわたしの従兄で、自称"千尋先輩の恋人"とか夢見ちゃってる麻生蓮治です」

「ちょっと! 自称って、それじゃあ危ない人みたいだよ!」

「まあ、本当のところは人畜無害だよね。毒にも薬にもならないことは確かだし」

「人畜無害って……」

「うん、ミズキちゃんのイトコにしては普通っぽいね」

「なんか引っかかりますけど。確かに、ちょっとキャラが弱いですね、こやつは」

「ミズキと比べられてもなあ」

「男装に憧れる女の子なんて、いくらでもいるからね。それだけじゃ、イマイチかなあ」

「え? あの、なにか誤解があるような……」

「でも、千尋ちゃんと付き合ってるっていうのは、けっこう面白いなあ。凝った設定だね」

「……もうなんでもいいです」


蓮治という子はすべてをあきらめたような顔をして、肩を落とした。

キャラは弱いけど、この子もちょっと変わってるかな。


「なんか本人がへこんでますが、一応、説明の続きで。蓮治は帰国子女で、音羽学園に編入するための試験を受けに来てるんですよ。千尋先輩はその付き添いですね」

「へえ、そうだったんだ」

「ミズキちゃん、できれば私たちにも、こちらのお姉さんを紹介してくれませんか?」

「あ、そうですね。こちらは、宮村みやこ先輩です。音羽の3年生で、驚くべきことにヒロ先輩の彼女さんです」

「わ、絃お兄さんの彼女さんですか」

「あー、前にミズキが言ってた、色んな意味で凄い人っていう」

「……ミズキっちゃん?」


ぽん、とあたしは優しくミズキちゃんの肩に手を置く。


「ひうっ!?」

「あたしのことを人にどんな風に話してるのかな? お姉さん、ちょっと気になってきたよ」

「い、いえ、わたしはただ、ありのままのみやこ先輩の姿をですね……」

「ありのままに伝えたら、引かれちゃうじゃん!」

「ああ、自覚あったんですね……」

「あ、ぜんぜん関係ないけど。ミズキ、なんか用事があるって言ってなかった?」

「あ、そうだった。みやこ先輩。すみませんが、千尋先輩と蓮治のことをお願いしてもいいですか?」

「あいよ。どーんと任せておいて」


景ちゃんの妹さんには前から興味があったし、ゆっくり話してみたい。

それに、どうせ今すぐ帰るわけじゃないしね。


「それでは、お名残惜しいですが、これにて失礼~」


ミズキちゃんはひらひらと手を振って、スカートの裾を揺らしながら走り去って行った。


「さて……と。景ちゃんは、まだ戻ってこないね」

「お姉ちゃんのお説教は長いですから」


千尋ちゃんが、少し困ったように笑う。


「説教だけで終わらないだろうしねー。なんか、あたしはお腹すいちゃったよ」

 



「あ、今日はお弁当を作ってきてるので、よかったら宮村さんもどうですか?」

「蓮治くんのお弁当は美味しいので、是非」

「あたしもお弁当作ってきてるよ。ちょっと多めだからみんなで分けられるんじゃないかな」

「それなら、僕のと宮村さんのお弁当を3人で分けましょう」

「勝負だね」

「……え、勝負?」

「あたしのお弁当が美味しいか、蓮ちゃんのお弁当が美味しいか! 戦いのときは来た!」

「れ、蓮ちゃんって……」

「では、僭越ながら私が審査員を」

「よろしく~」

「え? ええ!?」


……。

 

「うーっ、さすがにこの時期は寒いなあ。でも、久しぶりの屋上は悪くないね。気持ちいいー」

 



千尋ちゃんが、ちょうど景ちゃんから鍵を預かっていたというので、あたしたちはここへやって来た。

どうせなら、いい景色を見ながら食べたいもんね。


「こっちの屋上も、向こうの音羽と変わりませんね。遠くの景色は違いますけど」

「うわ~、高いですね」

 



千尋、あんまり端っこに行くと危ないよ」

「大丈夫ですよ」


千尋ちゃんが屋上のふちから下を覗きこんだり、風をうけるように両手を広げたりしている。


「うーん……」

 



「どうかしましたか?」
「んにゃ、話には聞いてたけど、景ちゃんとは全然違うんだなあと思って」

 

あんなに素直でふわふわした子だったなんてね。

ミズキちゃんじゃないけど、思わず抱きしめたくなってきちゃうよ。

 



「なんの話ですか?」


戻って来た千尋ちゃん本人が訊ねてくる。


千尋とお姉さんが全然違うんだな~って」

「どうでしょう。違うって言われることも多いですが、ちょっとしたことでそっくりだって言われることもあります」

「ふーん……もしかすると似てるところもあるのかもね」


可愛さでは、景ちゃんに負けず劣らずだしね。


「それじゃあ、お弁当を食べましょうか。温かいお茶と予備のコップもありますから、宮村さんもどうぞ」

「おー、蓮ちゃんって気が利くんだね。きっと、いいお嫁さんになれるよ」

「もちろんです」

「あの、お嫁さんって……。いや、いまだに反応しちゃう僕がいけないんだな」

 



蓮ちゃんはぶつぶつ言いながら、きちんと用意していたレジャーシートを広げ、お弁当を置く。

 



あたしもお弁当をシートの上に置いて、ふたを開ける。


「それじゃ、これがあたしのお弁当ね。遠慮せずに食べてくれていいから」

 



「わあっ、美味しそうです」

「これは確かに。盛りつけもきれいですね」

「ちなみに、あたしのお弁当って当たり外れがあるから」

「はい?」

「わ、おみくじみたいですね。当たるとなにかもらえるんですか?」

「当たったら美味しい料理が食べられるだけ。外れると……まあ……ねえ……くすくすくす」

「なっ、なんでそこで笑うんですか!?」

「ううん、こういうのは話さないのが粋ってもんだよ」


もちろん、外れはつっつんにでも食べさせるつもりだったけど、今日は面白いことになってきた。


「やばい……この人、うちの母親とか久瀬さんと同じタイプだ……」


なにやらぶつぶつ言ってるけど、放っておこう。


「どーれどれ。あたしは蓮ちゃんのお弁当をいただいてみますからね。いただきます」


お箸を手に取って、鶏のソテーを一つつまんでみる。


「もぐもぐもぐ……」

「どうでしょう?」

「なんだか、私までどきどきしますね」

 



「んん……。こ、これは……っ!? よほどじっくり下ごしらえしたのか、とろけるような肉の柔らかさ……っ! 噛めば噛むほど染み出してくる、鳥の滋養……っ! 辛めに味付けされたソースが、あっさりしたお肉と、絶妙なハーモニーを奏でている!!」

 



「れっ、蓮ちゃん! どこでこんな料理を覚えたの!?」

「ど、どこでって、普通にうちの母親から習っただけですけど」

「蓮治くんのお母さんは、料理教室の先生をやってるんですよね」

「プロの技を継ぐ者だったか……いかにも冴えない外見だから、大したことないかと思ってたよ!」

「あのー、なんか僕に恨みでもあります?」

「たった今、君に憎しみを抱きつつあるところだよ」

「なんでですか!?」

「蓮治くんなんて、死んじゃえばいいのに」

「ええっ!?」

「──っていう顔をされてますね、宮村さん」

千尋……今の、わざとじゃないよね?」

「なにがですか?」

「いや、いいんだ……もう……」

「よくわかりませんが、次は宮村さんのお弁当をいただきますね」


見事に蓮ちゃんの涙をスルーして、千尋ちゃんがあたしのお弁当を覗きこむ。


「そうだ、勝負だったんだ。さあ、どんどん食べちゃって」

「はい、じゃあ卵焼きにしましょう」


千尋ちゃんは嬉しそうにお箸で卵焼きをつまんで、口に入れる。

 

「もぐもぐ……。あっ、これ……」

「どうかな?」

「凄く美味しいです。甘いのにさっぱりしてて。この卵焼き、なにか普通とは違うものが入ってますね」

「切り干し大根と桜エビがポイントなんだよ」

「ああ、甘さも引き立ちますし、食感を変えるのもいい手ですね」

「なるほど。これは、クセになりますね」


千尋ちゃんが卵焼きを口にしながら、こくこくと頷く。


「なんだか、もう一人の姉としてお慕いしたくなってきました」

「あっ、千尋が餌付けされてる」

「ところで、ちぃちゃん」

「そっちはまたニックネーム付けてるし」

「凪お姉さんみたいですね。お姉さんは"ちろちゃん"、って呼びますけど」

「ちぃちゃんの主観的な判断でかまわないんだけど、あたしと蓮ちゃん、どっちのお弁当のほうが美味しいかな?」

「その、どちらも凄く美味しかったのですが……」

「いや、勝負だからさ、どちらかといえばで」


「宮村さん。本人を目の前にして、そういう評価を無理に下さなくても」

「蓮治くんです」


蓮ちゃんの言葉を遮るようにして、ちぃちゃんはきっぱりと言い切った。


「…………」

「ん-と……え?」

「本当に申し訳ないのですが、私には蓮治くんのお弁当のほうが美味しいです」

「うぅむ……。そっか。よし、よく言ったよ、ちぃちゃん!」

「あの、宮村さん?」

「ほい、どうしたの?」

「怒ってないんですか? その、この勝負、あなたの負けってことになりますけど」

「ふはは、あたしも愛の力に勝てると思うほど傲慢ではないよ」

「え、傲慢じゃないんですか?」

 



「うふふふふ。やっぱり、景ちゃんの妹だね。言うことは言うんだ」

「お姉ちゃんにも、『言いたいことははっきり言いなさい』って教え込まれてますから」

「ああ、怖い……天然でストッパーの効いてない会話が怖い……」

「いいねぇ、蓮ちゃん。こんな可愛い子に愛されてて」

「あ、愛ってそんな……」

「そ、そそ、そうですよ」

「2人ともびっくりするくらいコテコテな反応だね」

「あはは……あ、いや……そうだ! 僕も宮村さんのお弁当をいただきますね!!」


照れ隠しのつもりなのか蓮ちゃんがシューマイを口に放りこむ。


「もぐもぐ……ん? なんか、あんまり味が……あれ……?」

 

 

 

「─────っ!?」


蓮ちゃんは、ばたっと地面に倒れたかと思うと──

 



「あううっ、うううっ、うううううっ!」

「れ、蓮治くんが生きたままフライにされたエビのように跳ねてます!」

「おおお?」


悪魔にでも取り憑かれたかのように、背筋を使ってジャンプを繰り返している。

蓮ちゃんってば、凡人のように見えて、意外と面白い芸を持ってるね。


「……も、もしかしてアレが外れだったんですか?

「うん、カラシたっぷりの炎のシューマイ。でも、ちょっとオーバーリアクションすぎるなあ。若手芸人さんでもあそこまでやんないよね」

「あ……あれが演技だったら、若手でもすぐに天下を取れますよ」

「だよねえ……となると。あー、そうか、そうか。しまった」

「どうされたんですか?」

「絃くんは激辛とか苦いのとかに慣れちゃって、美味しく食べちゃうからさ。最近は、かなりキツめに辛くしてるんだよ」

「なるほど、それで蓮治くんが見るも無惨な有様に……」

「うああああああああああ!」

「ああ、蓮治くん……」

「今のあたしたちには、見守ることしかできないね……」


あたしとちぃちゃんは、今にも点に召されそうな蓮ちゃんに優しい視線を注ぐ。


「そっ、そうじゃなくて! 水! 水をっ、くださいっ!」

「あ、その手があったか」

「意外な盲点でしたね」

「早くーーーっ!」


……。

 



「……それでは、僕は午後のテストがあるので」


まだ口の中がバカになったままなのか、蓮ちゃんの歯切れは悪い。


千尋、また後でね」

「はい、応援してますので頑張ってくださいね」

「うん、ありがとう」


蓮ちゃんとちぃちゃんは、揃ってふんわりとした笑顔を浮かべる。


「はー、和むなあ、このほのぼのカップルは」

「それで……」

「うお? なんで睨んでるの?」

「僕は行かなきゃいけないんですけど……千尋に変なことしないでくださいね」

「あはは、心配性だね」

「あなたの性格を知れば、心配もしますよ!」

「平気だよ。だって、ちぃちゃんには怖いお姉さんがついてるもん」

「あ~、それは確かに説得力がありますね」

「あはは……」

「今度こそ行きますね。それでは」

「はい、行ってらっしゃい」

「ばいばーい」


手を振るあたしたちに見送られて、蓮ちゃんは廊下の向こうへ去って行った。


「さぁてと。ちぃちゃん、それじゃあ体育館に戻ろうか。景ちゃんの折檻──じゃなかった、お説教もさすがに終わってるだろうし」
「はい」


……。

 



千尋ー。もう、どこ行ってたのよ」


体育館に入ると、景ちゃんが戻ってきていた。


「お姉ちゃん。蓮治くんと宮村さんと一緒に、屋上でお弁当を食べてたんです」

「そう。みやこさんが千尋を連れてきてくれたんですか」

「まあね。ミズキちゃんは用事があるって帰っちゃったし、蓮ちゃんは試験に行っちゃったからさ」

「へえ……」


なぜか、景ちゃんはなにやら考え込んだかと思うと。


千尋……みやこさんに変なことされなかった?」

「え……」

「言うようになったじゃん、景ちゃん……。つーか、ミズキちゃんじゃあるまいし、あたしは両刀じゃないってば」

「そういう心配をしてるわけじゃないですけど。あなたは面白ければなんでもいい人じゃないですか。うちの妹は、からかい甲斐がある子であることは否定できません」

「そうなんですか……。ちょっと傷つきました……」

 



「あっ、ごめん。つい、本音が」

「うう~……」

「えーっと、そうそう、景ちゃん。試合、勝ったんだってね。おめでと」

「あ、ど、どうもありがとうございます」


あたしと景ちゃんは、連携して話題を逸らす。

 

「そうだ、私もまだおめでとうを言ってませんでした。おめでとう、お姉ちゃん」

「あ、あはは。千尋もありがとう」


ほっ……。

どうやら、ちぃちゃんのマジ泣きは回避できたようだね……。


「やっぱ凄いよね、景ちゃんは。ブランクもなんのその、だね」

「そ、それほどでもないですよ。勝ったって言っても、ただの練習試合ですから。これくらいじゃ、威張れません」

「相変わらずツンデレだね。で、それはそれとして……。さっきから気になってたんだけど、そこに転がってるボロ布みたいなのなに?」

 

「これですか。ただの京介先輩です」


景ちゃんは、足下に転がっている我が下僕をつんつんとつま先で蹴る。


「う、ううう……」


「ちょっとしつけをしてあげただけですよ。先輩のくせに、なかなか言うことをきかなくて困ります」

「こちらのカップルは和まないなあ……。まあ、そんなことどうでもいいか。それより、景ちゃんに訊きたいことがあるんだけど」

「はい? なんですか?」

 



「ちょっと待てーっ! さらっと流すなよ、さらっと! クラスメイトがボコボコにされてるんだから!」

「それがつっつんの役回りでしょ」

「とんだミスキャストだな……」

「ま、これはさらっと流したままにしておくとして」

「おーい……」

「ええ、どうぞ話を続けてください」

「彼女にまで裏切られた……」。


つっつんが再び崩れ落ちる。


「訊きたいことっつーか、相談なんだけどさ」


泣きむせぶつっつんをスルーして、あたしは手短に絃くんの現状を伝える。

退学して使える時間は増えたけど、結局は仕事ばかりになっていること。

本人は元気そうにしてるけど、たぶん疲労がかなりたまっていること。

なにかリフレッシュさせないと、心配でしょうがないこと──


「ふうん……みやこさんも意外と真面目に考えてるんですね」

「新藤姉妹、揃ってなかなか辛口だね……」

「でも、対策があればとっくにわたしがやってますよ」

「言われてみれば、そうか……」


あたしと出会う前は、絃くんにかまうのは景ちゃんの役目だったんだもんね。


「今は、みやこさんが食事を作ってくれる分、生活がマシになったじゃないですか」

「でも毎日じゃないしさ。毎日行くと、絃くんも勉強しろってうるさいし」

「うーん、わたしもお兄ちゃんの生活は気になりますけど、お兄ちゃんは加減できない性格ですからね」

「おいおい、二人とも、さっきからなに言ってるんだ」

「あれ、つっつん。いつからいたの?」

「さっき、ボロボロにされてたのを確認しただろ! あっという間に忘却するなよ!」

「割とどうでもいい存在だからね」

「おまえが一番辛口だよ……」

「それで、なんなの?」

「言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ。もったいぶっても時間の無駄よ」

「俺も救われたい……」

「で、なにが言いたいの?」

「そうだった。あのな、そんなに深刻に悩むことじゃないだろ」


つっつんは偉そうに言って胸を張る。


「そんなもん、宮村がエロいコスプレでもしてサービスすれば、一発で元気になるって!」


──ッ!!


「はぐうっ!」


景ちゃんが目にも留まらぬ動きで肘打ちを繰り出し、つっつんの身体が見事にくの字に折れる。


「し、身長差を利用しての下から突き上げるような肘打ちか……見事、見事だぜ、景ちゃん……」


「つっつーん!」

 



がっくりと倒れたつっつんを、あたしは足でつつく。


「学園生活ももう少し残ってるんだから、今死なれると困るよ!」

「卒業まで下僕として使い続けるつもりか……」

「え? 卒業まで?」

「その先があるかのように言うなっ!」

「あんたもバカなことを言うんじゃなーい! そういう意見を求められてるんじゃないでしょ!」

「そうだよ! コスプレサービスの準備くらい、とっくにぬかりなく済ませてるよ! 後はお披露目するタイミングだけだよ!」

「とんでもないことを、勢いで言うんじゃねぇ!」

「え、あたし変なこと言った……?」


コスプレの準備くらい、別に彼女として当然のつとめだと思うんだけど。

というか、景ちゃんの男言葉を久しぶりに聞いたなあ。


「ああ、もう……真面目な話をするんじゃなかったの? コスプレはともかく……みやこさんに思いつかないとなると、わたしたちには難しいですね」


──「あ、でも」


ずっと黙っていたちぃちゃんが、おずおずと口を開く。


「一度倒れてみれば、絃お兄さんも自分の愚かさに気づくかもしれませんね?」

「そうね、漫画家って入退院を繰り返すものでしょうしね。一度倒れれば、ハクがつくんじゃないかしら?」

「うーん、新藤姉妹ってさ……」

「表面的には似てなくても、内面的にはほぼ同一と言っていいような気もしてきたよ……」

「そうですか?」

「そうでしょうか?」

「うん、似てるよ。俺も二人とも好きだし」

「よし、よくわかったわ。ねえ、京介先輩、もう一回校舎裏に行ってみましょうか」

「ぎゃーっ! やだーっ、もう校舎裏は嫌だあああ!」

「ふーむ」


引きずられていくつっつんの絶叫を聞きながら、あたしは腕組みをする。

新藤姉妹の言うことは極端としても、甘やかしすぎるのもよろしくないか……。

いや、でも……。

ううむ、相談したのに悩みが増えちゃったよ……。


……。

 



とは言っても、いつまでも学校でうだうだと悩んでいるわけにもいかない。

もう相談する相手も、校内にはいないみたいだし。

それに考えすぎるのは、あたしのキャラじゃないしね。


……。


とにかく、動いてなにか打開策を見つけないと──


──「あっ、みやこ先輩。再びこんちわっす!」


「お?」


ミズキちゃんが、ぶんぶんと元気よく手を振りながら駆け寄ってくる。

 

「なに、ミズキっちゃん。また戻ってきてたの?」
「はいっ、今度は久瀬さんの付き添いで」
「久瀬さん?」
「そうか、みやこ先輩は初対面なんでしたね。どうぞ、久瀬さん、ご挨拶!」

 



「どうもどうも」


ミズキちゃんに促されて、ひょろりとした体格の男の人があたしの前に立つ。


「はじめまして。OBの久瀬修一です」

「こちらは、宮村みやこ先輩です。ほら、前に話したじゃないですか。ヒロ先輩の彼女さんです」

「ああ、凪の弟くんの。おやおや、よく見るとずいぶん綺麗なお嬢さんだね」

「そうでしょう、そうでしょう。景先輩より先にお会いしてたら、わたしもフォーリンラブしてたかもしれません」

「景先輩って子は前に写真で見たけど、宮村さんとはずいぶんタイプが違わなくない?」

「わたしの愛は、八方向どころか十六方向くらいに広がるんですよ!」

「じゃあ、俺もその十六の中に含まれてたわけやね」

「あー、まあそれは、なんと言いますか」

 

珍しく、ミズキちゃんがもじもじと恥ずかしそうにする。


「あーっ、そうか! 景ちゃんから聞いてるよ!」


あたしはぽん、と手を打ち合わせて男の人の顔をじっと見る。


「この人があの有名な──ミズキちゃんをゲットした、ちょこっと危ない趣味の彼氏さんだね!」

「……俺も違う意味で有名になったもんだ」


あ、遠い目。


「わたしが言うのもなんですけど、あながち否定しきれないところが……」


こっちも目が死んでるね……。


「いや、そんなことより! えーっと、えとえと……久瀬さんって確か……。危ない人だけど、プロのヴァイオリニストなんだよね!?」

「俺のハートをえぐる余計な一言は気にしないでおくが。まあ、"元"プロだよ」

「よっしゃ。もう1コ確認。ミズキちゃん、絃くんがファンだって言ってたのはこの人だよね?」

「ええ、それは間違いないかと」

「そっか……」


あたしは、こくりと一つ頷く。

この人が"あの"久瀬修一というなら、これは願ってもないチャンスだ。

絃くんを元気にさせる特効薬がこんなところに──


「久瀬様」

 



あたしは床にひざまずく。


「いきなり様付けになったね」

「お願い申し上げたいことがございまして……」

「おおお……たとえ相手が神だろうと、生意気でわがままを貫きそうなみやこ先輩が! 敬語を使ってる!」

「いや、普通に言ってくれていいから。なに、お願いって?」

「では、言わせてもらいます──」


あたしは立ち上がって、まっすぐに久瀬さんの目を見据える。

 



「久瀬さん。1曲でいいんです。うちの絃くんのために、あなたのヴァイオリンを演奏してくれませんか?」

「ごめん、無理だわ」

「即答だ!」

「すみません、割ときっぱり言う人で……」


ミズキちゃんが申し訳なさそうに、何度も小さく頭を下げる。


「さらにはっきり言ってしまえば、一人のファンのために演奏はできないってことだよ。なにより、俺はもう引退した身だからね」

「…………」


嘘や冗談を言っているようには見えない。

ふざけているようだけど、ちゃんと本心で話してくれていることは、あたしにもわかる。


「もう、絶対にヴァイオリンを弾くことはないんですか?」

「いや、この前のクリスマスには教会で弾かせてもらったし、事情によるって感じかな。ただ、そういう意味でも今回の場合はね──冷たい言い方だけど、俺は君の彼氏さんに演奏してあげる恩も義理もない。だから、ごめんね」

「……ん」

「しょうがないね。悪かったよ、久瀬さん。確かに、あなたの言うとおりだと思う」

「あの、久瀬さん。わたしからのお願いでも──」

「いいんだよ、ミズキちゃん。無理にお願いしてもしょうがないしね。でも、ミズキちゃんの気持ちは嬉しいよ。ありがとう」

「みやこ先輩……。なにを企んでるんですか?」

「なんでそうなるの!?」


あたしだって、誰にでもわがままを通すわけじゃないのに!

引き下がったフリして、計略を巡らしているわけでもないのに!


…………。

 

……。

 



「ん……?」


俺は、かすかに聞こえてきた足音に、机から顔を上げる。

 



「ふぁ~……」


そして、音も立てずにドアが開いたかと思うと、みやこが幽鬼のような顔をして部屋に入ってきた。


「ただいまー……」
「おまえんちかよ、ここは」
「半分住んでるようなもんじゃん。だいたい、受験終わったら一緒に暮らすんだし……」
「そんなこと、今初めて聞いたぞ!」
「おまえ、そういう重要なことをさらっと決めるなよ、さらっと!」
「それはもう決定事項だから、つっこむようなことじゃないんだよ……。今はそれどころじゃないの……」


ますます、みやこは負のオーラを漂わせて、がっくりと肩を落とす。

 



「なんだ、学校でなんかあったのか?」
「まあ、ちょっとね……」
「おまえ……今度はいったい、なにをやらかしたんだ?」
「ちがーう! みんな、あたしを誤解してるよ! あたしはすっかり更正したのに、大人も友達もわかってくれない!」
「なんの青春ドラマだよ」


ていうか更正って、以前はグレてたみたいな言い方だな。

まともに登校しない問題児ではあったけれど。


「まあ、真面目に聞いてやるよ。どうしたんだ?」
「ん-、なんていうかね……。プロって、引退しても染みついたプロ根性は消えないんだなあって……」
「いつも以上に、なにを言ってるのかわからねぇよ」
「はは、いいんだよ。愚かなあたしを笑ってくれ……」


みやこは力無く笑って、小さく手を振った。

なんだかわからんけど、重症のようだな……。


「あのな、みやこ。よく聞け」
「……んん?」
「なにを企んでるのか知らんけど、もう年も明けたんだし、受験に集中しろよ。みやこのほうこそ、いくつも抱え込んでられない時期だろ。大げさじゃなくて、おまえの将来がかかってるんだぞ」
「…………」


なぜか、みやこはキラキラした目で俺を見つめている。


「な、なんだよ」


可愛いとは思いつつも、こいつが普段と違う目をすると、嫌な予感がするんだよな……。


「絃くんが優しい……」
「べ、別にそういうわけじゃ……ただ、当たり前のことを言ってるだけだっつーの!」
「しかもツンデレ……攻略したくなってきたよ」
「また、わけのわからんことを……」
「その優しさに報いるために、あたしは再び走り出すよ!」

 



「待て!」


宣言どおり、本当に走り出そうとしたみやこの腕をとっさに掴む。


「行くって、どこへだよ!」
「もっかい行ってくるんだよ! 久瀬修一! 久瀬修一を探せ!」
「久瀬さん……?」


意外な名前が出てきたな。

みやこは、あんまりヴァイオリンとかには興味なさそうだったのに。


「うちの姉貴から紹介でもされたのか?」
「ううん、そうじゃないけど。そう言えば、凪さんのお友達なんだっけ」
「友達って言うと、二人とも微妙な顔するけどな。それより……」


俺は、机の上に積んだコピー用紙の束にちらりと目を向ける。

今、久瀬さんの名前が出てきたのは、ちょうどいいと言えばちょうどいい。


「俺も久瀬さんに用があるんだよ。探しに行くなら、俺も行くぞ」
「へ? 用ってなに?」
「そいつは、歩きながら教えてやるよ。みやこも、なにがあったのか、説明してくれ。ていうか、久瀬さんがどこにいるのか当てはあんのか?」


久瀬さんはこの街の出身らしいけど、何年も向こうの音羽に住んでたわけだしな。

姉貴がうちの実家に泊めようとして、逃げられたとか聞いた気もするけど……。


「う、うーん……。さっきは学園で会ったんだけど、もうだいぶ時間も経っちゃってるしなあ」
「どこかのホテルにでも泊まってんのかな。いや、そろそろ晩飯とか──」
「んー……。あ、そうだ、ミズキちゃんに電話すればわかるんじゃない?」
「なるほど、その手があったな」

 



携帯を取り出し、羽山の番号を呼び出す。

たまには、羽山にも後輩として役立ってもらおう。


……。

 



"教会"という建物の名前を聞くと、少し胸が痛くなるのはなぜだろう。


──「ヒロくーん、ヒロくん。ヒロくんってばー!」


あのクリスマスの夜に出会ったあいつを思い出すからだろうか。

去年の夏までは、呼ばれもしないのに姿を見せていた黒ずくめのエセシスターは、どこに行ってしまったのか。

みやこや景、それに京介もまったく会っていないらしい……。

 



「……絃くん?」
「え? ああ、なんだ?」
「さっきから話し掛けてるのに。絃くんってば、どうも最近あたしの扱いが軽いよね」
「えっ、そうか……?」


別に態度を変えたつもりはないけどな。


「こんな可愛い彼女がいることが、どれだけ幸せなことかわかってないよ、もう。普通の男の子なら、あたしの言葉を一つ残らず聞いて、寝る前にすべて日記に書き留めておくだろうに」
「そんな奴、気持ち悪いだろ……」
「それもそっか。ソッコーで別れるね」
「まったく、おまえは……おっと、いらっしゃった」
「絃くんが敬語使ってる」
「い、いいだろ、別に。俺だって敬語を使う相手くらいいるんだよ」

 



「久瀬さん、お待たせしました」
「やあ、広野くん」


ちゃんと羽山が話を通してくれていたらしく、俺たちを見ても驚いた様子はない。

久瀬さんの足下にはヴァイオリンケースが置かれてるけど、ひとまず気にしないことにしよう。


「おや、さっきの……宮村みやこちゃんだったね。お揃いとは、微笑ましい限り」


久瀬さんはにっこり笑って、うんうんと頷いた。


「いいねえ、若いっていうのは。俺も君たちくらいのときは、毎日が楽しくて仕方なかったよ」

「今も充分、楽しそうに見えますよ」

「まあね。そう言われるために言ったのさ。そもそも、楽しいことってのは歳によって変わってくるんだよ。昔は楽しかったことが、今はつまらなかったり。その逆もまた然り。楽しいことだけじゃないね。怖いことや悲しいことも、なんでもだな」
「なるほど……深いですね、久瀬さん。さすが、芸術をやる人間は違いますね」
「あ、芸術で思い出した……。若い頃の怖いことの8割くらいは、君のお姉さんが原因だったな……」
「えぇっ!?」
「ああ、広野凪……あんな災厄が学園にいるとわかっていれば……。いや、美人だからって最初にあいつに近づかなければ……」

「おおっ、久瀬さんのテンションがみるみるダウンしていく!」

「す、すみません。うちのバカ姉がいったいなにを……」

「その記憶はもう封印したから、できれば掘り返さないでくれ……」


久瀬さんは、力無く笑って首を振る。

姉貴め……世界的ヴァイオリニストにトラウマを植え付けるとは、今も昔もろくでもねぇ。


「えーと、それでなんの用かな。ミズキちゃんは会ってくれって話だけで、なにも言ってなかったんだけど」


立ち直ったらしく、久瀬さんがにこやかな笑みを浮かべて言った。

ちなみに、久瀬さんが教会にいることを教えてくれた羽山は、現在別行動中らしい。


「すみません。手早く済ませたほうがいいですよね」

「別にゆっくりでかまわないよ。でも、ちょっと寒いから、礼拝堂に入らせてもらおうか」

「賛成ーっ。久瀬っち、気が利くね!」

「みやこ! 失礼な呼び方すんなよ! この方をどなたと心得てるんだ!」

「お、おお……こんなに絃くんに怒られたのは、初めてかもしれないよ」

「君らも変わったカップルだねえ。俺は気にしないから、さっさと入ろう」

「は、はい」

「うぃーっす」

 



苦笑しながら礼拝堂に歩いていく久瀬さんに、俺とみやこも続いていく。

しかし……。

これからやることを考えると、ちょっと緊張してきたな……。


……。

 



「実は、見ていただきたいものがあるんです!」

「なにかな?」


俺は持っていたカバンからコピー用紙の束を取り出して、久瀬さんに差し出す。

 



「なに、これ?」


久瀬さんは首を傾げながらも受け取ってくれて、ぺらぺらと一枚ずつめくっていく。


「俺が描いた漫画です」

「そうだったね、君は漫画家──少女漫画家なんだったっけ」

「はい。それは、まだ鉛筆描き……っていうか、丁寧に描いたコンテってレベルですけど」

「俺がこれを読めばいいわけ?」

「はい、お願いします」

「ふうん」


久瀬さんは小さく唸って、一枚目に戻り、じっくりと読み始める。


「…………」

「……絃くん、大丈夫?」


みやこが俺の袖を引っ張って、小声で耳打ちしてくる。

俺は無言で一つ頷いて、応えた。


「ふむ、ふむ」


少しずつ読み進めていく久瀬さんに、なにか話し掛けたくなるのを必死にこらえる。

プロの漫画家になって数年、編集者に目の前で原稿を読まれることも何度もあった。

そのたびにドキドキして、掌に汗をかいてしまうくらいで、今でもそれはあまり変わらないけど。

こうして、憧れだった人に読まれるのはまた全然違うな……。


「……なるほどね」


たぶん、長かったとしてもせいぜい10分くらいだっただろう。

久瀬さんに読んでもらうことを考えて、いつもより丁寧に描いたコンテは、ほんの短い時間で読み終えられた。


「なあ、広野くん」

「はい」

「なんだか懐かしい感じがするなと思ったけど、そうか。あいつの絵に似てるんだな。いや、似てるなんて言われたら、いい気はしないか」

 

久瀬さんが苦笑気味に唇を歪める。


「まあ、なんだかんだ言って……姉貴も俺の師匠ですからね。姉貴に性格が似てるって言われたら、そりゃ落ち込みますが」

「あー、そりゃ酷いね。凪みたいなのが2人いたら大変だ」

「凪さんがいないと思って、言いたい放題だなー、この人たち」

「当たり前だよ! あいつの前で言ったら、なにが起こるかわからないじゃないか!」

「凪さん、いい人じゃん。あたしに絃くんの好みの味付け教えてくれたりで、めっちゃ優しいし。わたし、ああいうお姉ちゃん、ほしかったなー」

「みやこちゃん……」

「はい?」

「君はまだ凪のことをわかっていない!」

「まったくです!」

「な、なに……?」


みやこが、珍しく怯えた声を出すが、この思い違いは正しておかないと。

 



「凪の奴は学生時代、教室で昼寝してた俺の顔に石膏を塗りたくって、ライフマスクを勝手に作りやがったんだ! しかも、『美しくない』とか言ってソッコーで壊すという仕打ちだよ! どう思う!?」

 



「な、なんだってー!!」

 



「いや、久瀬さんの苦労は俺にもわかります! まったく、どこの世界に、自分をモデルにして弟にヌードデッサンをさせる姉がいるんだよ! いくら相手が肉親でも、毎日女の裸を見てたら、女性観がおかしくなるっつーの!」


「お、おおう……二人とも苦労してるんだね……」

「おっと、話が逸れたな」


こほん、と久瀬さんが咳払いする。


「この漫画のことだったね。主役の青年はヴァイオリニスト──というか、モデルは俺かな?」

「はい、インタビューとかで知っていた久瀬さんの情報を参考に主人公を作りました。勝手に作って、失礼かとも思ったんですが……」

「いや、それは全然かまわないよ。自分で言うのもなんだけど、有名税って奴だろうし、自覚のある模倣は練習の範囲だ。それで、肝心の内容だけど……」


久瀬さんは手の甲で、ポンとコピー用紙を叩く。


「終盤、主人公が挫折して、また楽器を手にするまでの流れがやや駆け足かな。心理描写が多すぎてくどいのも辛いね。漫画は娯楽なんだから、もっとわかりやすく楽しめたほうがいいと思うよ。あと、小さいコマが多すぎて、ちまちましてるのもよくないね。時には大胆に大ゴマを使って、インパクトを出さないと──」

「あの、そういう編集者的なアドバイスを求めてるのではなくて……」

「えっ、そうなの?」

「そうだよ、絃くんの担当はあたしがやるんだから!」

「おまえ、それ本気だったのか!?」

「あったり前じゃん! 編集者になって絃くんの漫画を大ヒットさせて、日曜夕方6時からのアニメにするんだから!」

「野望がでかいな~」

「つーか、俺の漫画は家族揃ってお茶の間で見るようなもんでもねぇよ」

「それをどうにかするのが、編集者の腕じゃないの?」

「まあ、そうだけど……って、話ズレてんだろ」

「そうだね。じゃ、さっそく始めようか」

「……え?」

「な、なにを? やる気なら、絃くんに代わって受けて立つけど」

「おまえこそ、なにをする気だ」

「あはは」


久瀬さんは楽しそうに笑いながらケースを持ち上げ、中からヴァイオリンと弓を取り出す。

 



「久瀬さん……?」

「いや、今度は冗談じゃなくてさ。若いっていいなと思ったわけだよ」


調弦の音色が、礼拝堂に響く。


「あの、もしかして演奏を聴かせてもらえるんですか……?」

「ま、ちょうど相棒も持ってることだし、1曲弾いた後で指もほぐれてるからね」


できれば、聴かせてもらいたいとは思っていたけど。

でも、みやこは断られたらしいし、その理由ももっともなものだった。

だから──まさか、ここでこんな幸運が訪れるとは。


「なあ、広野くん」

「あ、はい」

「荒削りだけど、君には確かに光るものがあるね。俺が音羽学園にいた頃、二人の友人に見たのと同じ光だ。才能ってやつは磨いてやらないとね。俺の演奏で、少しでも光るようになるなら、いくらでも捧げよう。今は、そんな気分なんだ」

「キザだなぁ……」

「キザなくらいのほうが音楽家らしく見えるだろ。それにちょいと、演奏の描き方が上手くないからね。参考に見せてあげたくなったのさ。見た目もそうだけど、CDと生演奏じゃ響きが違うからね──その響きを絵として描けるかどうかは君次第だ」

「あ、ありがとうございます」

「礼を言いたいのはこっちのほうだ。またもう一つ、時間を欲しがる理由ができたからね」

「時間を……」


久瀬さんはそれには答えず、片目をつぶっただけだった。


「さて、なにを弾こうかな。いや、今ならなんでも弾けそうだ。まずは1曲目──俺が好きなこの曲を贈ろう」



そして、久瀬修一の指がなめらかに動き、透き通るような美しい旋律が流れ始める。

彼の演奏は、CDで聴くのとはまったく違う──

スピーカーから流れた彼の演奏は、いつも俺の心を震わせてくれてたけど。

今、この礼拝堂に流れる旋律は、世界すらも震わせてしまうかのようだ。

これが、久瀬修一の──本物になった人のヴァイオリンか。

久瀬さんはやっぱり、まだ俺が届かない境地に達している人なんだな……。


…………。

 

……。

 



まだ耳の中で、久瀬修一のヴァイオリンが鳴っているような感覚。

興奮が続いているのか、身体が小さく震えて、油断すると口元に笑みが浮かんでしまう。

やっぱ凄かったなあ、久瀬修一……。

CDもいいけど、ライブの迫力は圧倒的すぎた……。

しばらく感動に浸っていたいところだけど、とりあえず晩飯を食ってからコンテを描き直そう。

あの演奏を聴いてしまえば、演奏シーンは丸々描き直さざるをえない。

どんな描き方にしようか、今から楽しみだな。

 



「ね、絃くん」
「ん?」


なぜか神妙な顔で隣を歩いていたみやこが、足を止める。


「久瀬さんってさ、もしかして……」
「え?」
「さっきの演奏、確かに凄かった。凄かったけど……」
「なんだ、もしかしてみやこの好みに合わなかったのか? まあ、音楽も絵と同じでそれぞれの好みがあるもんな」
「そういうことじゃなくてさ。凄すぎるっていうか、まるで──」


そこまで言って、みやこは口をつぐんでしまう。

なんでも言いたい放題なみやこにしては、珍しいな……。


「まっ、いいや! あたしにもよくわからないし!」
「なんだ、そりゃ!?」
「そうだ、絃くん。ちょっと、コンビニ行って、電池買ってきて。単三を20本」
「……なんでそんな大量に」
「腐らないものなんだし、たっぷり買っておくんだよ。あたしは先に帰っておくから、よろしくね」
「いや、一緒にコンビニ寄ればいいんじゃねえの?」


ていうか、おまえは俺んちに帰るつもりか。


「あたしはお嬢だから、コンビニなんて行かないんだよ」
「なんつー大嘘を……」


コンビニだろうがゲーセンだろうが、一人でふらふら入るくせに。

 

「じゃ、おっさきにー」
「あっ、おい!」


俺が止める間もなく、みやこはさっさと夜道を駆けて行ってしまう。

あいつも勉強ばかりで運動不足だろうけど、それでも俺の足じゃ追いつけるか怪しいな……。

さて、今度はあいつ、なにを企んでやがるのか。

とてつもなく不安だけど、帰らないわけにもいかないから、腹をくくろう。


「とりあえず、コンビニか」


…………。

 

……。

 



「おかえりなさいませ、御主人様」
「帰れ」


ドアを開けた先に見えた景色は、予想どおりと言えば予想どおりなんだが……。


「うぅ……この姿を見ての第一声がそれなの!?」
「他になにを言えっつーんだよ」


よりによって、メイド服ってなんだ、メイド服って。


「……おかしいな、予想してたのと違う。このあたしの頭脳をもってしても行動を読めないとは……さすが、絃くんだ」
「つーか、どこで買ったんだよ、そんなもん」
「もう、カリカリしちゃって。カルシウム強化月間にしないとダメだね」
「そういう問題じゃなくてな……」
「ふふー。実はね、優子にプレゼントしようと思って、ネットで買っといたんだよ」


みやこはにっこり笑って、軽くスカートを持ち上げる。

 



「サイズが違うけど、まあ着られないほどじゃないし。ちょーっと、胸がキツいかな?」


さらに、見てくれと言わんばかりに胸を張って、意味ありげな視線を向けてくる。

反応すると、胸を使ってろくでもないことをやりそうなのでスルーするとして。


「プレゼントなのに、着ちゃっていいのか?」
「大丈夫、大丈夫。これ買った後で、もっと可愛いヒラヒラがついたメイド服を見つけて注文したんだよ。だから、こっちはあたしの物に」
「もっと可愛いヒラヒラって……嫌がらせかよ」
「いいじゃん。優子だって自分で『ご奉仕メイド』だって言ってるし」
「まあ……な」
「今度、うちに来させてご奉仕させよっと。やっぱり、メイド服を着て働いてるところを見たいもんね」
「……働かせる気かよ」

 



みやこは、雨宮優子が姿を消したことをどう思っているんだろう。

いつかまた、姿を現すことを疑ってすらいないみたいにも見える。

 



でも、あいつはたぶん……。

 



「でも、その前に今日はあたしがご奉仕だね」
「ていうか、メイド服の入手経緯についてはわかったけど、なんで唐突にメイドさん登場なんだよ」
「常にこれを着るチャンスを狙ってたんだよ! 今日着なくて、いつ着るって話じゃん!」
「おまえの思考回路は未だに理解できねぇよ」
「理解できないからこそ、あたしは美しく見える!」
「自分で言うな!」


俺は、ずきずきと痛み始めた頭を押さえる。

 



なんて1日なんだ、今日は……。

 



クスリで眠らされるわ、姉貴が来襲するわ、おまけにメイドが現れるとは……。


「でもさ、あたしも色々と企んでるけど」
「現在進行形かよ」
「久瀬さんの演奏を聴いて、あたしも思ったんだよ」
「なにを?」
「ふふふ」


みやこは、にやりと笑ってからくるりと一回転し、メイド服のスカートが空気をはらんで翻る。


「あたしは、今までなにもせずに来たんだしね。絃くんや、久瀬さんみたいなことはできないんだって」
「……おまえだってできることはあるだろ。なにもできないわけじゃない」
「そう、そのとおり! あたしは気楽に、明るく、可愛く、絃くんのためにできることをやろっかなって。今できることを、命を懸けて全力でね」
「……だからメイドか」
「だからメイドだよ♪」


その思考回路の飛躍っぷりには、なかなかついていけないが……。


「命っていうのは大げさすぎるけどさ……。ま、そういうのがみやこらしくていいや」
「おっ、絃くんってばまた素直に褒めてくれちゃって。嬉しいぜ、この野郎」
「……おまえ、ちょっと口悪くなってんぞ」
「そうかな? 景ちゃんもそうだから、絃くんの影響かもね」


そんなに口悪いかな、俺。


「それじゃ、どうしよっか?」
「どうしようか……って?」
「ふふん、決まってるじゃん。こういうときの常套句を言っちゃおう。ご飯にする? それとも──」
「決めた」
「あーっ、せめて最後まで言わせてよ! ここがいいところなのに!」
「アホか、おまえは」


みやこは、おかしな行動も多い──というより、おかしな行動ばかりの奴だけど。

本気で俺を思っていてくれることに、疑う余地なんてない。

それは、ちゃんとわかっているから──


「最後まで言われたら、恥ずかしくて選べないだろ」
「ん-……。じゃあ……絃くんのほうが言って」
「言うって、なにを……?」
「あたしのほうは、ちゃんと言ってほしいの。たまには、言葉で気持ちを聞かせてほしいんだよ」
「……メイドなのに、わがままだな」
「あたし、わがままメイドさんだもん。だから、わがままを聞いてくれないとご奉仕してあげないの」


なんか、新しい設定が加わってるな……。

でも……今日は俺のために頑張ってくれたらしいし、たまにはいいか。


「みやこ。好きだ。これからも……ずっと」
「わー……」
「な、なんだよ。そのリアクションは」
「ううん、破壊力凄いなあと思って。好きっていうのは、何度言われても、どーんと胸に響くよね」
「そりゃ良かったな……」


喜んでもらえたなら、恥ずかしさを飲み込んで言った甲斐はあるけど……。

どうも、みやこの場合はどこまで本気なのかわからない。


「あ、ちょっと疑ってる顔だ」
「そういうわけじゃねぇよ。まあ、気にするな」
「むう……しょうがないな」


みやこは不満そうにそんなことを言ったかと思うと──


「えいっ」
「────!?」


突然、顔が柔らかいものに包まれ、息をのんでしまう。

 



「み、みやこ……」


なにが起きたのか一瞬わからなかったが──みやこが唐突に、俺の頭を抱き寄せていた。


「ほら、絃くん。確かめてみて。あたしの胸、こんなにドキドキしてる」
「…………」
「絃くんの言葉を聞いたから、だよ……」


確かに、異様に速い心臓の鼓動は聞こえる。

でもその音が、みやこのものなのか、それとも俺のものなのか──


「ドキドキさせてもらったから……わがままはここまで。今なら、どんなことでもできちゃうよ」
「みやこ……」
「あたしも好きだよ、絃くん……」


みやこは優しく言って、俺をぎゅっと抱きしめてくる。

このぬくもりをもっと感じたい。

だから俺は──


俺たちはお互いを求め合った……。


…………。

 

……。

 

 



「ふー……」


みやこは夜風に髪をなびかせ、小さく息をつく。


「今夜の風は気持ちいいね」
「まあ、そりゃあな」


熱いシャワーを浴びてきたし、今はまだ、みやこも身体が火照っているだろうから。


「でも、あんまり長い間、外にいないほうがいいだろ。このまま、家まで送っていくぞ」
「せっかく、お散歩を楽しんでいるところなのに。無粋だなあ」


口を尖らせるみやこを、俺は睨みつける。


「この時期に風邪でもひいたらシャレにならんだろ」
「それを言ったら、絃くんもでしょ。つーか、絃くんの場合は風邪が命取りになるよね」
「それは大げさだな」
「受験にはチャンスが何回かあるけど、絃くんは一回でも原稿落としたら、あっとう間に連載打ち切りで漫画界追放でしょ。そして、学歴も資格もない絃くんは……絃くんは……ううっ」
「どんな未来が思い描かれてるんだ……。これでも、俺もそこそこ地位を固めつつあるのに……」


一回の失敗ですべてを失うことになるとは思いたくねぇ……。

いや、一回でも失敗する気はないけどさ。


「ま、大丈夫だろ。久瀬さんのおかげでいい漫画が描けそうだし。それに、一応みやこも……支えてくれるわけだしな」

 



「お?」
「な、なんだよ」


目を丸く見開いて、みやこは俺の顔を覗き込んでくる。


「お? おお? 絃くんが、またまた変に素直になっちゃってる。今日はいったい、どうしちゃったの。さっきのご奉仕サービスが効いたかなー?」
「うるさいよ」
「あーっ、あっという間にいつものひねくれ者モードに」
「こっちが地だ。そうそう変わるわけねーだろ」
「うん、ひねくれてる絃くんは可愛くて好きだよ」
「はいはい」
微塵も信じてくれてない顔だよね……」


じろり、と半目で睨まれて俺は首をすくめる。

別に、みやこの気持ちを疑うつもりは少しもないのに。

方法は普通じゃなかったとはいえ、俺のためになにかしたいという気持ちは充分にわかったしな。


「…………」
「ん? なに、じっとあたしを見つめちゃって。また、したくなったとか」
「違ぇよ。そうじゃなくて……。なにかできくことはないか。俺のほうから、おまえに」
「ないよ」
「即答かよ!」
「うん、即答」


にっこり笑って、みやこは頷く。

 



「いいの、いいの。絃くんが元気で漫画描いて、時々あたしと遊んでくれたらそれで充分。友達も下僕もいるし、なーんも不満はないんだよ、あたしはね」
「……おまえが文句ないなら、それでいいけど。このまま、みやこに借りを作りっぱなしっていうのもな」
「うん、後が怖いか」


みやこは、どうやら深く納得してくれたらしい。


「それもそうだなー。あたしに怯えてる絃くんっていうのも面白いけど、仕事の妨げになっちゃうとアレだね」
「そういうことだな」
「じゃ、三号機」
「は?」
「だから、三号機。ほら、絃くんの自転車」
「あー……」


そういえば、二号機は夏に大破して、そのままスクラップになったんだった。

どうも自転車とは縁がないと痛感して、それ以来買い直しはしなかったんだよな。


「三号機を買おうよ。あたしんち、絃くんちからちょっと遠いけど、自転車ならすぐだもんね。これで、物理的な距離もぐぐっと縮まるよ」


そう言って、みやこは身体がくっつきそうなくらいに寄ってくる。

 



「心の距離は、もう1センチもないくらい近づいてるけどね」
「……もうちょい距離を置いたほうが安全な気がする」
「おやおや、つれないお言葉。でも、あたしがそう簡単に離すと思う?」
「そんな、わかりきった質問には答えられねぇな」
「あははっ、そのとおりだね。三号機があれば、息抜きに少し遠くにだって行けるしね。いいことずくめだよ。うん、そうしよう、買おう」
「さすがに自転車買う金くらいはあるしな。それも悪くないか……」
「よーし、決まり! でも、今日のところは──」


みやこは海のほうを指さして、ぴょんぴょんとその場で跳ねる。


「そこの海に行ってみようか。ちょっと浜辺で静かに過ごしてみたくなっちゃった」
「あんまり長居はしないぞ」

 



「わかってるよ。んじゃ、行こう」
「っと、おい」


突然に、みやこが俺の腕にしがみついてくる。

みやこの体温と、柔らかな胸の感触が腕に──


「風邪ひいちゃいけないんでしょ。こうしてたら、あったかいよ」
「ま、いいか。誰も見てないしな」

 



「それが残念だよね」
「見せつける気かよ!」
「あったりまえじゃん。幸せは、見せつけてやらないと」


みやこはきっぱり言って、俺を引っ張るようにして歩き始める。

やれやれ、こうやって俺はいつまでも振り回されていくんだろうな。

慣れることはないし、ため息をつき続けることになるんだろう。

でも、みやこと一緒にいるときが一番楽しい。

それは間違いないことだから──

俺はみやこと身体を寄せ合い、ずっといつまでも歩いていく。


……。

 

 




ファミコン探偵倶楽部 -消えた後継者- 後編

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。

 

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・・・。

 

 

しんふぜんで しぼうした あやしろ キクの
ちょうさを ぜんぞうに いらいされた
しりつたんてい もりた けんいちは
ある じこで きおくを うしなった。

しびと よみがえりのでんせつが のこる
みょうじんむらで やがて けんいちは、
ばくだいな いさんをめぐる
ふくざつなじけんに まきこまれる。

あやしろしょうじの しゃちょう カンジが
どぞうで ころされ、 じけんは
さつじんへと はってんした。
そして いままた けんいちに・・・

しつじからの でんわが なにかをつげた。
カンジのおとうと あやしろじろうに
いったいなにが・・・?

けんいちは ふたたび みょうじんむらへと
むかったのである!


・・・。

 



みょうじんやまで
けんいちを まっていたのは
かわりはてた じろうの いたいだった!


けんいち「なぜ・・・じろうが?!」


そばには けいかんと、くまだが います。

 

くまだを よんだ。

 



くまだ「おう けんいちくん。 みてのとおり たいへんなことぢゃ!」


しいんを たずねた。


くまだ「うむ・・・みたかぎりでは・・・ くびつりによる ちっそく・・・ぢゃな」


じぼうじかんを たずねた。


くまだ「きのうの 0じから 1じごろぢゃな。 はっけんしゃは けさ さんぽにやってきた ぜんぞうぢゃ」


きづいたことを たずねた。


くまだ「うむ、そういえば ロープのしめかたに えらく ねんがいっておるようぢゃ。 かくじつに しにたかったのかのう・・・」


けいかんを よんだ。


けいかん「なんだね? じゃまは しないでくれよ」


きづいたことを たずねた。


けいかん「うーん。 そうだな・・・ じさつのわりには いしょらしきものが みつからないっていうのが へんかな」


くまだを よんだ。


くまだ「ぜんぞうたちに ようが あるなら こえを かけてきてやる。 わしは びょういんへ もどるから そのついでぢゃ」


ぜんぞうを よんだ。

 



ぜんぞう「な、なぜ このようなことに・・・!」
けんいち「じろうさんを はっけん されたのは あなたですね」
ぜんぞう「・・・は、 はい。 さようです。 ・・・あ、 あのときは おどろいて こえも でませんでした・・・」
けんいち「ゆうべの 0じごろは どうされてました?」
ぜんぞう「ゆうべは はやく やすみましたが・・・」


きづいたことを たずねた。


ぜんぞう「ゆうべ わすれものを さがしに もどられた じろうさまは ようぎもはれ、 ホッと されておられましたのに・・・。 さがしものは みつからなかった ようですが・・・」


あずさを よんだ。

 



あずさ「カンジにいさんの つぎに じろうまで・・・ いったい どうなってるのよ!」


アリバイについて たずねた。


けんいち「ゆうべの 0じごろは どうされてました?」
あずさ「なっ なによ。 あなたに いう ひつようは ないわ! ・・・やしきに いたわよ!」


きづいたことについて たずねた。


あずさ「カンジにいさんも じろうも アキラが ころしたのよ! こんどは わたしを ねらってるんだわ!」
けんいち「その アキラさんと あっていたという ひとのことですが・・・」
あずさ「なっ なによ。 あなたに いう ひつようは ないわ


アリバイについて たずねた。


あずさ「やしきに いたって いってるでしょ! ふゆかいだわ! もう はなすことなんて なにもないわ!」


ぜんぞうを よんだ。

 



きづいたことについて たずねた。


ぜんぞう「そういえば じろうさまが おかえりに なられるまえ かんださまからの でんわを あかねが とりつぎました」


あかねを よぼうとした。


ぜんぞう「あかねでしたら やしきに おります」
けんいち「じゃあ はなしを きいてきます」


・・・。

 

 

 

 



あやしろけの いまです。


じろうのことを たずねた。


あかね「はい。 たしかに かんださまからの でんわを じろうさまに とりつぎました」


アリバイについて たずねた。


けんいち「ゆうべの 0じごろは どうされてました?」
あかね「じろうさまが かえられた すこしあとに あずささまも でかけられたので いちおう とじまりして ひとりで へやに いました」
けんいち「?! ・・・・・・」


*16 にでんわを した。


ひしょ「かんだ べんごしじむしょで ございます。 かんだは ただいま ふざいですが」
けんいち「ゆうべ あやしろ じろうという ひとが うかがいませんでしたか?」
ひしょ「らいきゃくなら ございましたが ・・・ えっ?! そのかたが じさつ?! あの、 わたくしで よろしければ おはなしを うかがいますので こちらに いらっしゃってください」


かんだ べんごしじむしょに いどうした。


・・・。

 



かんだ べんごしじむしょ です。


ひしょ「おまちいたして おりました。 いしの れいこ ともうします」

かんだのことについて たずねた。


ひしょ「おわかいのに とても ゆうしゅうな かたです。 まだ30だい だったと おもいますよ。 せんじつみお いぜん たんとうされた じけんの ファイルを ねっしんに みておられました。 そういうときの せんせいには ちかよりがたいものさえ かんじます」


ファイルを しらべようとした。


ひしょ「なにを するんですか! ようがないなら おひきとりください」


みょうじんえきへ いどうした。


・・・。

 



みょうじんえきです。

むらびとが さわいでいます。


むらびと「あやしろけで また ひとが しんだ! たたりじゃー!」


おもいだす。


けんいち「しまった、 かんがえてみれば ひしょに きのうきたのが じろう だったという かくにんが とれていないや。 しゃしんでも あればいいんだが」


あやしろけへ いどうした。


・・・。

 



あやしろけの いまです。


じろうのことを たずねた。


あかね「じろうさまは めんきょしょうを さがして おられました。 もりたさま。 これは じろうさまの めんきょしょうです。 おやくに たつかも しれません。 おもちください」


かんだじむしょへ いどうした。


・・・。

 



かんだ べんごしじむしょ です。


めんきょしょうを みせた。


ひしょ「たしかに このかたです! きのう おみえに なったのは。 ああ、 このかたが あやしろしょうじの せんむさん でしたか。 でも・・・ あのかたが じさつされたとは とても しんじられませんわ」


じろうのことについて たずねた。


ひしょ「おふたりは かなりながく はなしを されたあと いっしょに でかけられました。 おはなしが はずんでいたようで、 はいざらが すいがらで いっぱいでしたよ。 あのかたが じさつされたとは とても しんじられませんわ」


みょうじんえきへ いどうした。


・・・。

 

 



みょうじんえきです。

むらびとが さわいでいます。


むらびと「あやしろけで また ひとが しんだ! たたりじゃー!」


あたりを しらべた。


みょうじんやまが むらぜんたいを
みおろしています。


けんいち「あのやまで じろうは・・・」


あたりのひとを よんだ。


むらびと「あんた まだおったんか! あれほど いうたのに・・・」


めんきょしょうを みせた。


むらびと「あんた ほんきで そのひとが じさつしたと おもうとるんか?! このひとは じさつ なんかじゃねえ! キクさんに ころされたんじゃ」
けんいち「! ・・・ たしかに じろうの しいんが じさつだと まだ きまった わけじゃない・・・。 そういえば そろそろ じろうの けんし けっかが でてるんじゃないかな?」


くまだ いいんへ いどうした。


・・・。

 



くまだ いいんです。


くまだ「おう きみか。 たったいま けいさつから れんらくが あったぞ!」
けんいち「! で、 どうだったんです?」
くまだ「やはり ただの じさつぢゃと。 なんか なやみごとでも あったんぢゃろ」
けんいち「・・・・・・ でも じろうには ちょくぜんまで まったく じさつ するような そぶりは なかったようですよ。 カンジごろしの ようぎも はれて これから あやしろしょうじを うごかして いけると いうのに あまりにも ふしぜんだと おもいませんか?」
くまだ「たしかにそうぢゃが・・・・・・」


くまだは かんがえこんでしまった・・・


あずさのことを たずねた。


くまだ「ん? そういえば さいきん みかけんな。 のどは もう いいんぢゃろか? わしの いうとおり、タバコを やめとれば よいのぢゃが・・・。 ・・・」
けんいち「ところで くまだせ・・・」
くまだ「うむむむ・・・」
けんいち「くまだせんせい、 かんがえこんじゃった。 もう なにをきいても むだみたいだ・・・」


あやしろけへ いどうした。


・・・。

 



あやしろけの いまです。


ぜんぞう「おかえりなさいませ もりたさま。 なにか わかりましたか?」


あかねを よぼうとした。


ぜんぞう「いろんなことが つづいたせいか・・・ あかねは ひまを ほしいといって じっかへ かえって しまいました」


あずさのことを たずねた。


ぜんぞう「それが・・・ でていかれたきり おかえりに ならないのです。 とうぶん ここにいると おっしゃって ましたのに・・・」


かずとのことを たずねた。


ぜんぞう「かずとさまは キクさまの こどもでは ありませんが ほうりつてきには あやしろけの にんげんと みとめられます・・・。 ! もりたさま、 かずとさまも いさんそうぞくには かんけいが あるのでは ありませんか?」
けんいち「?! ・・・・・・」
ぜんぞう「もりたさま。 きょうは そろそろ やすませて いただけないでしょうか? すこし・・・ つかれました」


うつぎじむしょへ いどうした。


・・・。

 



あゆみ「おかりなさい。 けんいちくん。 なにか わかったの? わたしの ちょうさだけど、 けっきょく アキラと いっしょにいた おとこが だれなのかは わからなかったの。 アキラの あしどりが ゆいごんこうかいのひを さかいに プッツリと とだえていることは まちがいないわ」


すいりする。


じろうは じさつの ちょくぜんまで
かんだと あっていたようだ・・・。

かんけいしゃが、 あいついで きえてゆく
あやしろけ・・・ そしてさらに

かずとが なんらかのかたちで
じけんに かかわりが あるのでは・・・


あゆみ「けんいちくん こんどは わたし なにを ちょうさ しようかしら?」


めんきょしょうを みせた。


あゆみ「・・・・・・? アキラと あっていたのは じろうかも しれないっていうのね! わかったわ しらべてくる。 これ ちょっと かりるね!」


みょうじんえきへ いどうした。


・・・。

 



みょうじんえきです。

むらびとが さわいでいます。


おとこA「みたんじゃ! わしは キクさんを みてしもうた! ほんとうだで!」
おとこB「えっ?! わしも ゆんべ このめで みた! ありゃ ぜったい キクさんじゃ!」


えきいんを よんだ。


えきいん「あっ、 あなたですか むらびとたちの ようすが へんなんです。 キクさんを みたっていう ひとが きゅうに ふえちゃってるんですけど・・・」
けんいち「?! ・・・・・・」


キクのことを たずねた。


えきいん「ふしぎなことに キクさんを みたっていう じかんが だいたい みんな おなじような じかんなんです。 いったい なにを みたんでしょう? まさか ほんとうに・・・ うっ、 こわいことを かんがえてしまった」


きづいたことを たずねた。


えきいん「そうそう、 くまだせんせいが さっき けっそうをかえて どこかへ ゆかれましたけど・・・ また なんか あったんですか?」


あたりのひとを よんだ。


むらびと「キクさんが よみがえったのじゃ! たたりじゃ、 あ、 あやしろけの たたりじゃあ! キクさんが やってくる! キクさんが やってくる! おそろしやー!」


でんせつについて たずねた。


むらびと「でんせつは ほんとう じゃった! キクさんの はかは きっとからっぽじゃ!」
けんいち「?! そんな ばかな・・・ でも むらびとたちは なにかを みたようだが・・・?」


かぐらでらへ いとうした。


・・・。

 



かぐらでら です。


けんいち「げんしんさん こんにちは」
げんしん「えっ! お、 おう あんたか。 ひさしぶりじゃのう」


あやしろけのはかを しらべようとした。


げんしん「こらっ! さわっちゃいかん!」


きづいたことについて たずねた。


げんしん「す、すまんが きょうは もう かえってくれんか!」


はかを あけようとした。


げんしん「こ、 こらっ! なにをする。 はかを あばくなどという ばちあたりなことは ぜったいにならんぞ! よさんか! しらべたって もう ちのあとなど ついて・・・ し、しまった!」
けんいち「えっ? ちのあと? げんしんさん。 いったい なんのはなしです?!」
げんしん「! ・・・・・・ じつは・・・ このあいだ はかいしを しらべてみると・・・ はかいしの うえのほうが どうも うごかされた ようなんじゃ。 おまけに そこには ちの ようなものが ついとったんじゃ。 ちょうど カンジさんとやらが ころされる すこしまえ じゃったし これいじょう さわぎになっても いかんと おもって だまっておいたんじゃが・・・。 も、 もちろん わしは キクさんが よみがえったなどとは おもっとらんぞ」
けんいち「まだ なにか かくして いませんか?」
げんしん「・・・・・・じつは、こんなものが おちとったんじゃ」


それは ふるびた てかがみだった。

てかがみのうらには きみょうな えが かかれていた。

ちゅうおうに まんじのしるしが そして むかって みぎに うさぎ、 ひだりに とり、 うえに ねずみ、 したには うまの えが それぞれ えがかれている。


けんいち「なんのことだろ これ?」
げんしん「さあのう・・・ どうぶつは それぞれ ほうがくを あらわしてりう ようじゃが・・・?」

 

てがかみについて たずねた。


けんいち「これは いったい・・・?」
げんしん「ここから がけにつうじている さかの とちゅうに おちとったんじゃ よくみてみい」
けんいち「おや? あやしろけの かもんがある」
げんしん「そうなんじゃ。 こんなものが おちてたと いったら むらびとたちが なにを いいだすやら・・・。 きのうも はかを あばいてみようという むらびとを しかりつけてやった ところなんじゃ」
けんいち「これ あずからせて もらって いいでしょうか?」
げんしん「かまわんとも。 たしか あんたは たんてい じゃったな。 なにかの てがかりに なればよいが・・・ みょうな かくしだてして すまんかったの」


あやしろけへ いどうした。


・・・。

 



ぜんぞう「おかえりなさいませ もりたさま。 なにか わかりましたか? ・・・! そそ それは! そのてかがみは!」
けんいち「?! ・・・・・・」


てかがみについて たずねた。


ぜんぞう「それは キ キクさまが あいよう されていた てかがみで あかねが た、 たしかに・・・ キクさまを まいそうするとき・・・ ひつぎのなかに いれたものです! ま、 まちがい ありません!!」
けんいち「?! ・・・・・・」


きづいたことについて たずねた。


ぜんぞう「わ、 わたくし ゆうべは ごしょうちの とおり はやく やすみました。 うとうとと しかけた そのときなんです! げんかんのほうで ものおとが しまして めがさめました。 あずささまかと おもって すぐに でたのですが もう だれも・・・!」


しんじられない はなしだが
このぜんぞうさんの おびえかたは
ただごとじゃない・・・


・・・。

 



けんいち「とりあえず がけへ きてしまったけど・・・ これから どうしようかな。 なにか しらべることが あったはずだが・・・? そうだ、かずとのことを くわしく しらべようと おもってたんだ。 とは いうものの・・・ だれもいないや。 ゆきこさんに あって はなしを きければ いいのだが・・・」


あまちの へやへ いどうした。


・・・。

 



あまちの マンション です。


あまち「やあ けんいちくん。 どうだい? おまもりのことは わかったかい?」
けんいち「いえ それが・・・ だれも しらないって いうんです」
あまち「そうか。 じゃあ きっと きみの こじんてきなこと なんだろうね。 まだ きおくが かんぜんじゃないわけだ。 きみのきおくが もどることを こころから いのってるよ」


じぶんのことについて たずねた。


あまち「きみの きおくが すっかり もどれば ぼくだって うれしいよ。 じけんも たいへんだろうけど じぶんの ことを おそろかに しないようにね。 きみのきおくが もどることを こころから いのってるよ」


おまもりについて たずねた。


あまち「やはり きみは たしかに おまもりと いっていたよ。 ききまちがい じゃないと おもうなあ」


きづいたことについて たずねた。


あまち「じつは しごとの つごうで しばらく るすに するんだ」


あやしろけへ いどうした。

・・・。

 



あやしろけの いまです。


ぜんぞう「もりたさま! ユリさまの おさななじみの ごふじんがおみえです!」

 



ふじん「はじめまして。 おおにし かつこ ともうします」


ユリのことについて たずねた。


ふじん「ユリが こちらのいえを でてから まもなく 1まいの はがきを うけとりました」
けんいち「?! ・・・・・・」
ふじん「はがきを もらった とうじに ユリは やつかちょうという まちに すんでいたようです。 くろうも あったようですが かけおちした かたと しあわせに くらしていたようで わたくしも よろこんでいました」


はがきについて たずねた。


ふじん「いま てもとに ございませんので ごじつ おとどけいたします。 そのかわり これを おもちしました」


ふじんは ふるびた しゃしんを さしだした。
とても うつくしいじょせいが やさしく
ほほえんでいる・・・


ふじん「とうじの ユリの しゃしんです。 おもちください」


ぜんぞうを よんだ。

 



ぜんぞう「はい、 ごようでしょうか」


ユリのことについて たずねた。


ぜんぞう「もりたさま! さっそく やつかちょうに いってください。 てがかりが きっとございます!」
けんいち「すぐに いってなきゃ ・・・ でも なにかひとつ ようじを わすれているような・・・」


おもいだす。


けんいち「そうだ。 ゆきこに あって かずとのことを ききたかったんだ・・・」


かぐらでらへ いどうした。


・・・。

 



かぐらでら です。


げんしん「おお、 あんたかね。 これからは できるかぎり きょうりょくさせて もらうからの」


キクのことについて たずねた。


げんしん「キクさんは だんなが なくなってから いろいろと くろうなさったんじゃ。 だんなが おかした あやまちを ひとりで せおって いきてきた ひとなんじゃよ」


かずとのことについて たずねた。


げんしん「かずとか・・・ たしかに ユリには かずとという おとうとがおった。 いまは どこにおるのやら・・・」
けんいち「やっぱり かずとのことは ゆきこさんに きくしか ないのかなあ・・・」


キクのことについて たずねた。


けんいち「キクさんが かずとさんたち おやこを おいだして しまったそうですが」
げんしん「たしかにな・・・ じゃが キクさんは そのことを こころから くやんでおった。 じぶんは どうかしておったとな・・・」


かずとのことについて たずねた。


げんしん「あのおやこは、 キクさんをうらんどった かもしれん。 むりもない はなしじゃが・・・」


ユリのことについて たずねた。


けんいち「ユリさんと かずとさんは とても なかがよかったと きいていますが」
げんしん「そうじゃ。 ユリが おったら あのおやこが やしきをでることも なかったかもしれん。 あのおやこが あやしろけを でたのは ユリが やしきをでた よくとしぐらいの ことじゃった。 まだ 14、5のむすこをつれた あの ははおやは さぞ くろうしたことじゃろう・・・」


あやしろけについて たずねた。


けんいち「かずとさんたち いがいに あやしろけに うらみを いだくようなひとに こころあたりは ありませんか? じさつした かぞくが いたそうですが・・・」
げんしん「! ・・・ キクさんは もう じゅうぶんに だんなの つみほろぼしを したはずじゃ。 まだ うらんどるものが おるとすれば・・・ キクさんも うかばれん ことじゃのう・・・ わしが しっていることは こんなもんじゃ。 ちっとは やくに たちそうかの?」
けんいち「ええ、 ありがとうございました」


がけのうえに いどうした。


・・・。

 



うなかみの がけのうえです。


へいきち「おや? また あんたか。 さては あの べっぴんさんに あおうと おもうてきたな。 ざんねんじゃが きょうはまだ きとらんぞ」


きづいたことについて たずねた。


へいきち「あの むすめさんに あいたいんじゃろ? かのじょのことで わしは いいことに きづいたんじゃぞ。 それはのう・・・ ひ・み・つじゃ! かっかっかっ!」


あたりを しらべた。


へいきち「おらんと ゆーとるのに きっきっきっ!」


ゆきこを よんだ。


けんいち「ゆきこさーん!」
へいきち「よべど さけべど かのじょは おらん。 けっけっけっ!」
けんいち「ゆきこさーん!」
へいきち「なかなか しぶとい おとこじゃのう。 どりょくに めんじて わしのひみつを おしえてやる! と、 おもったら おおまちがいじゃ! うひょひょひょ!」
けんいち「おとこまえの へいきちさーん!」
へいきち「おっ! なかなか しょうじきなやつ。 しかたない おしえてやるか。 あのむすめさんが ここへ くるのは だいたい 5じくらいじゃから そのころに くれば たぶん あえるぞ」


あやしろけへ いどうした。


・・・。

 



あやしろけの いまです。


ふじんを よんだ。

 



ぜんぞう「もりたさま。 ごふじんは ひがくれるまえに おひきとり ねがったほうが・・・」
けんいち「・・・・・・あっ! いま なんじでしょうか!」
ぜんぞう「そろそろ 5じに なるころです」


がけのうえへ いどうした。


・・・。

 



うなかみの がけのうえです。

ゆきこが たっている。


ゆきこ「あら。 あなたは・・・」


かずとのことについて たずねた。


けんいち「かずとさんのことで なにか しっていることが あれば、 ぜひ はなしてください」
ゆきこ「そうね・・・ このあいだ いったわね。 かずとが ほうりつの べんきょうを するために いってしまったってこと。 そのきっかけと なったのは あるひとから うけとった いっつうの てがみだったらしいわ。 くわしくは はなさなかったけれど。 そのてがみを よんだ かれは つよく ほうりつの むじゅんを かんじたと、 いっていたわ。 そして おかあさまが なくなられると かれは すぐに まちを でていったの」


きづいたことについて たずねた。


けんいち「ほかには とくに ありませんか?」
ゆきこ「そういえば・・・ かずとは あやしろけのことを あまり はなしたがらなかったわ。 わたし そろそろ いかなくっちゃ。 きょうも かれに あえなかったけど・・・」


やつかちょうへ いどうした。


・・・。

 



やつかちょうです。

みしらぬ おとこが たっています。


けんいち「すみません。 ちょっと おたずねしますが・・・」
おとこ「すまない。 いま いそいでいるんだ。 それに ぼくは このとちのものじゃ ないんだ、 しつれい」


おとこは いってしまった。


あたりのひとを よんだ。


ひと「はい? なにか・・・? ごめんなさい。 ひっこしてきて ひが あさいもので・・・。 だがしやの おばあちゃんなら このまちの たいていのことを しっているはずです。 よんできて あげましょう。 ちょっと まってて くださいね」

 



としより「なんか ようですかいの」


ユリのことについて たずねた。


けんいち「あやしろ ユリ というひとを ごぞんじ ないでしょうか?」
としより「あやしろ ユリ? あやしろねえ。 なんか きいたこと あるような・・・ このとしになると わすれっぽくなって いけませんわ。 それに このまちも ずいぶん ようすが かわりましてなあ。 むかしあった いえも ひとも ずいぶん すくのう なっとりますからなあ」


きづいたことについて たずねた。


としより「さいきん よう ひとが たずねて こられますわ。 みなさん おなじようなことを きいて ゆかれますなあ」
けんいち「・・・というと ぼくのほかにも だれか? おばあちゃん、 それ どんなひとでした?」
としより「へえ、 へえ、 ことしで 80に なります・・・ はい、 はい」
けんいち「だめだ こりゃ」


うつぎじむしょへ いどうした。


・・・。

 



あゆみ「おかえりなさい。 けんいちくん。 なにか わかったの? わたしの ちょうさだけど、 アキラと あっていたのは じろうじゃ なかったわ。 でも 40さいまえで しんしふうの だんせいだった ということは まちがいない みたいよ。 それから もうひとつ・・・。 いま、 あやしろしょうじの うんえいに おける ちゅうしんじんぶつは、 そうだんやくの かんだ みたいよ」
けんいち「! ・・・・・・」


すいりする。


かずとは あやしろけを うらんでいたのか?
そして かずとに ほうりつかを めざす
きっかけとなった てがみとは・・・


あゆみ「けんいちくん めんきょしょう かえしておくね」


あやしろけへ いどうした。


・・・。

 



あやしろけの いまです。


ぜんぞう「おかえりなさいませ もりたさま。 なにか わかりましたか?」


みょうじんえいきへ いどうした。


・・・。

 



みょうじんえきです。

あいかわらず むらびとたちが
キクのことを あれこれ はなしている・・・


あたりのひとを よんだ。


おとこA「みたんじゃ! わしは キクさんを みてしもうた! ほんとうだで!」
おとこB「えっ?! わしも ゆんべ このめで みた! ありゃ ぜったい キクさんじゃ!」


あたりのひとを よんだ。


むらびと「はい わたしも あやしい ひとかげの うわさは きいたことが ありますだ」


べつの むらびとが こたえました。


むらびと「うらやまで はたけしごとを しておる わたしの いとこが あの くびつりが あった まえのばんに ひとかげを みたと いっておりましただ」
けんいち「?! ・・・・・・」
むらびと「いとこでしたら きょうも はたけに でていると おもいますだよ」


うらやまへ いどうした。

 



だれも いません。


あたりを しらべた。


じろうのしたいは かたずけられ
あたりは しずまりかえっている・・・


あたりのひとを よんだ。


けんいち「だれも いないようだ。 よんでも むだだろう・・・」

 



むらびと「そうでもないぞ。 なんかようか?」
けんいち「えっ? あなたは だれですか?」
むらびと「ただの とおりすがりだべ。 あんた このあいだ ここで くびつりが あったのを しっとるか?」


きづいたことについて たずねた。


むらびと「わしは あのまえのばんに ここで ひとかげを みたぞい」
けんいち「?! ・・・・・・」


めんきょしょうを みせた。


けんいち「このひとが ここで じさつ したんですけど・・・ あなたが みかけたひとじゃ ありませんか?」
むらびと「すこし はなれとったし、 くらかったから かおまでは わからなんだが ひとかげは ふたりだった。 ひとりは よいつぶれていたのか、 もういっぽうのひとに よりかかるように あるいとった。 いや あるいとった というより どちらかと いえば ひきずられる という かんじだったな。 そうか このひとがなあ きのどくに。 どりゃどりゃ・・・ あひゃしろ じろう・・・ なに! しんだのは あやしろけのひと じゃと! じゃあ わしの みたのは・・・ キ、 キクさんじゃ!! あの ひとかげは キクさんが このひとを ころして ここへ つれてくるところ だったんじゃ! え、 えらいもんを みちまっただ!!」


むらびとは あわてて
にげていってしまった。
しかし いったい なにを みかけたと
いうんだろう?


あやしろけへ いどうした。


・・・。

 



あやしろけの いまです。


ぜんぞう「もりたさま ごふじんが さっそく はがきを とどけて くださいましたよ。 こちらです。 ごらんください」


はがきを しらべた。


きれいなじで かかれた はがきだ。
やさしい ぶんしょうは ユリの
ひとがらを かたっているようだ。


けんいち「おっと、 じゅうしょを かくにん しておかなくちゃあ・・・ やつかちょう 1ちょうめ・・・ やはり ユリは やつかちょうに すんでいたんだ。 すぐ やつかちょうへ・・・ ん? でんしゃの じかんまで まだ だいぶあるな」


かずとのことについて たずねた。


ぜんぞう「もう 20ねんあまり おあいしては おりません。 きっと りっぱな ほうりつかに なられている ことでしょう・・・」


かんだのことについて たずねた。


ぜんぞう「まえに おはなししたこと ぐらいで・・・。 あっ、 おとしは かずとさまと おなじくらいだと おもいますが・・・! もりたさま! すでに かずとさまが ほうりつかに なられているとすれば かんださまと おしりあいでは ないでしょうか? もりたさま くまだせんせいが もどられた ようですよ。 きゅうしんの ふだが はずれておりました」

 

くまだ いいんへ いどうした。


・・・。

 



くまだ いいんです。


くまだせんせいが かえっていた。
えらく しんこくなかおを している。


けんいち「せんせい。 どこへ いってたんですか?」
くまだ「うむむむ・・・。 じつは あのあと ずうっと かんがえとったんぢゃが・・・ たしかに じろうが じさつするのは ふしぜんぢゃと おもった わしは じろうの けんしを やりなおさせてくれと いいに けいさつびょういんへ いってきたんぢゃ」
けんいち「! で、 どうだったんです?」
くまだ「けいさつは しぶしぶ りょうかい しおった。 で、 いろいろやってみたが やはり なんにも でてこない。 おもいすごし だったかと おもって あきらめかけた そのどきぢゃ! じろうの からだのいちぶから わずかでは あるが セイサンはんのうが みとめられたんぢゃ!」
けんいち「?! ・・・・・・」


セイサンについて たずねた。


けんいち「! じゃあ じろうは どくさつと いうことに・・・?!」
くまだ「ところがぢゃ セイサンはんのうが あった ばしょが みぎての ひとさしゆびと なかゆびの あたりだけで ほかからは まったく でんかった。 つまり ちょくせつ しぼうした げんいんとは いえないんぢゃ・・・」
けんいち「せんせい? やたらに はりきって おられませんか? めが マジですよ」
くまだ「ふっふっふっ わかるかね。 このじけんの なぞは わしがとく! ぢゃぢゃぢゃぢゃーん! めいたんていくまだ ここに たんじょうぢゃ!」


はがきを みせた。


くまだ「さすが ユリさん。 うつくしい もじぢゃ。 そうか やつかちょうにのう・・・。 ほう ユリさんは とおやま というひとと けっこんしたんか・・・」
けんいち「あっ、 そうか。 ユリは けっこんして みょうじが かわってたんだ。 やつかちょう 1ちょうめ とおやま ユリ。 これだけ わかれば じゅうぶんだ」
くまだ「おい! わしは いまから しんぶんしゃの しりょうしつに ゆくぞ! かこに おなじような じけんが あったかもしれんし、 いっしょにくるか?」
けんいち「びょういんを ほったらかしといて いいんですか? ぼくは まず やつかちょうへ いってきます」
くまだ「ならば あとで くるがよい。 いってくるぞ。 はんにん たいほは、 じかんの もんだいぢゃ!」


やつかちょうへ いどうした。


・・・。

 



やつかちょうです。


けんいち「あれっ? 1ちょうめと いえば このあたり じゃないか。 それらしい いえが みあたらないけど・・・」


としよりを よんだ。

 



としより「なんか ようですかいの」
けんいち「おばあさん こんにちは」
としより「おや? あんたは・・・ みたこと あるような・・・ さいきん ものわすれが ひどう なりましてなあ」


ほんとうに ものわすれが ひどいようだ。


ユリのことについて たずねた。


けんいち「とおやま ユリ というひとを ごぞんじですか?」
としより「とおやま ユリさんなら よう しっとります。 ほんに きだてのいい うつくしいひと でしたからのう」


ユリのしゃしん をみせた。


けんいち「その うつくしい ユリさんは このしゃしんの ひとですね」
としより「そうそう このかたが とおやま ユリさん ですわ。 むかし このあたりに とおやま ユリさん という うつくしいひとが おられましてな。 そらあ きだてのいい ひとでしたわ」
けんいち「とおやま ユリさんは このあたりに すんでいたんですね?」
としより「そうです、 たしかに このあたりに すんでおられましたわ」


はがきを みせた。


けんいち「ところが このはがきの じゅうしょには とおやまという いえが みあたらないんですけど」
としより「それも そのはずじゃ、 17ねんほどまえ かじで やけてしもうてのう。 そのかじで ユリさんは きのどくに・・・ しんでしまわれたんですわ」
けんいち「えっ なんだって! ユリは もうすでに しんでいたのか!」
としより「ユリさんは ひっしの おもいで あかんぼうを たすけだして おおやけどを おったんじゃ」
けんいち「! ユリさんには こどもが いたんですか! ?! ・・・・・・」
としより「そのこは ユリさんが せいぜん したしく なさってた やまもと さわこ という ひとに ひきとられたんですわ」


きづいたことについて たずねた。


としより「さいきん よう ひとが たずねて こられますわ。 みなさん おなじようなことを きいて ゆかれますなあ。 さっきも みなりの りっぱなかたに やまもとさんの いえを きかれた ところですわ」
けんいち「?! ・・・・・・」
としより「やまもとさんの いえは 3ちょうめにある アパートですわ」


アパートへ いどうした。


・・・。

 



おしえられた ばしょに アパートが
あった。
ここに ユリのこどもが いるのだろうか。


けんいち「ごめんください」
おばさん「はい。 ・・・ どちらさまですか?」

 



おや? このひと どこかで あったこと
あるような・・・


けんいち「たんていの もりたと もうします。 とおやま ユリさん というひとのことを おききしたいのですが・・・」
おばさん「おなまえは きいたことが ありますが ちょくせつの しりあいでは ないんです・・・」
けんいち「?! ・・・・・・」

かじ について たずねた。


おばさん「むかし とおやまさんという おたくが ぜんしょう したそうです。 ユリさん というかたは おきのどく でしたが、 あかんぼうは ひだりかたに やけどを おっただけ だったそうです」


あかんぼうについて たずねた。


おばさん「そのあかんぼうを とうじ こじいんを けいえいしていた わたしの ははの さわこが ひきとって そだてたのです。 わたしは、 やまもと さわこの むすめの もとこ と、 もうします」


さわこのことについて たずねた。


おばさん「さわこは せんじつ なくなりました。 けいえいしていた こじいんを むりやり たちのかされまして・・・ そのショックで ねこんでしまい・・・。 さわこは さいごまで その こどものことを しんぱい していました。 こみいった じじょうが ありまして すてごだと いうことにして そだてていた ようです」


じじょうについて たずねた。


おばさん「それは もうしあげられませんが、 そのこは あるひ なにかに きづいたのか・・・。 ははのもとを とびだしてしまって それっきり だということです」
けんいち「ところで もとこさん、 どこかで おめにかかったような きがするんですが・・・」
おばさん「はあ? はじめてだと おもいますよ」
けんいち「そうですか・・・ どうも ありがとう ございました。 しつれいします」
おばさん「あら? ・・・いえ、 きをつけて・・・」
けんいち「・・・・・・」


・・・。


あゆみ「おかえりなさい。 けんいちくん。 なにか わかったの?」
けんいち「・・・・・・」


すいりする。


けんいち「セイサンはんのうが じろうの したいからでたものの しいんには むすびつかない・・・。 ユリは すでに しんでいた・・・ そのこどもは ゆくえふめいで てがかりは ひだりかたの やけどのあとだけ・・・。 どうやって ちょうさを すれば いいんだ!」
あゆみ「ばかっ! けんいちくんの よわむし!」
けんいち「・・・・・・」
あゆみ「こんなときこそ がんばらなくっちゃ。 ねっ!」
けんいち「ごめん、 しんぱいかけて・・・ がんばるよ!」
あゆみ「やったあ!!」


おもいだす。


けんいち「あっ! しまった。 くまだせんせいと やくそく してたんだ。 いまから いってくるよ」
あゆみ「きをつけてね!」


しんぶんしゃへ いどうした。


・・・。

 



あさりしんぶんしゃの しりょうしつです。


くまだを よんだ。


けんいち「くまだせんせい! おそくなりました。 なにか わかりましたか? あれ? せんせい へんじぐらい してくださいよ。 どうしたんだろう。 せんせいってば。 まっ、 まさか! せんせい! くまだせんせい! どうしちゃったんですか! せんせい!」

 



くまだ「なんぢゃい! そうそうじい!」
けんいち「わっ! びっくりした! おどかさないで くださいよ! ぼくは また てっきり・・・」
くまだ「てっきりなんぢゃ? めいたんてい くまだは ふじみぢゃ!」
けんいち「なにか わかったんですか?」
くまだ「しらべとった ところなんぢゃが、 つい うとうとと・・・」
けんいち「おなじようなじけんは みつかったんですか?」
くまだ「みてみい この しりょうのかずを。 はっきりいって うんざりぢゃ。 なにを かくそう 1さつめを ひろげた とたん ねてしもた。 どうぢゃ おどろいたぢゃろ?」
けんいち「めいたんていが きいて あきれますよ」
くまだ「すまんが いっしょに しらべてくれんか? わしひとりでは おてあげぢゃ」
けんいち「はい。 じゃあ はじめましょうか」


あおいファイルを とった。


けんいち「これは どうかな・・・ おや? あっ! せんせい! これを みてください!」
くまだ「なに! なんか みつかったか!」
けんいち「セイサンかごうぶつ のことが このページに! ここです・・・ よんでみますね。 セイサンかごうぶつに あるしゅの やくひんを はんのうさせ、 ねつを くわえると・・・ シアンカすいそ とよばれる ゆうどくガスが はっせいする。 このガスを たりょうに すいこんだばあい ちゅうどくを おこし、 きわめて たんじかんのうちに しぼうする。 このガスで しぼうした したいからは セイサンちゅうどく とくゆうの はんのうが でないため・・・ しぼう じょうきょうから はんだんする いがいには しいんとして りっしょう することは ふかのうに ちかい・・・!! せんせい! これは・・・」
くまだ「うむ! これは ゆうりょくな てがかりぢゃ! そういえば そのガスの はなしは むかし きいたことが あるのう。 これに やれても ほとんど したいからは なにも わからんそうぢゃが。 しかし これを じろうの しいんと するには どうやって そのガスを すいこませたかが わからんと どうしようも ないのう」
けんいち「・・・・・・」
くまだ「これだけ わかっただけでも しゅうかくぢゃ。 きょうは ひとまず ひきあげようや」


くまだ いいんへ いどうした。


・・・。

 



くまだ いいんです。


くまだ「やれやれ やっと ついたわい。 あそこには またいずれ いってみる ひつようは ありそうぢゃの」


じろうのことについて たずねた。


けんいち「じろうが じさつしたよる あのうらやまで ふたつの ひとかげが もくげき されてたんです。 はなしによれば ひとりは いしきが なかったようで もういっぽうの ひとに ひきずられるように してたそうです。 もくげきしゃは よみがえった キクと、 そのキクに ころされた じろうだと いうんですが・・・」
くまだ「なにを ばかな。 しんだもんが いちいち よみがえるなら びょういんなど ふようぢゃ。 しかし・・・なにものかに ころされた じろうが はこばれるところを もくげき したのかもしれんな」


かずとのことについて たずねた。


くまだ「おまえさん だれから きいたんぢゃ? そんな なまえ」
けんいち「じつは がけのうえで かずとさんの こいびとという ふじみや ゆきこ というひとに あったんです」
くまだ「なに! で、 そのひとは びじん ぢゃったか?!」
けんいち「ええ きれいなひと でしたよ。 なにか ごぞんじなんですか?」
くまだ「いや、 きれいなひとなら いちど あってみたいと おもったんぢゃ」


セイサンについて たずねた。


くまだ「じろうが あのガスで やられたと しても、 もんだいは なぜ ゆびから セイサンはんのうが でたか、ぢゃ。 むすびつける なにかが あるはずぢゃが・・・」


きづいたことについて たずねた。


くまだ「ところで さっきいっとった ゆきこという おんなは いつでも がけのうえに おるんか?」
けんいち「いつでもって わけじゃ ありませんが だいたい 5じくらいに くるようです」
くまだ「と いうことは いまぐらいぢゃな。 びじんに あいに しゅっぱつぢゃ!」


がけのうえに いどうした。


・・・。

 



うなかみの がけのうえです。

くまだ せんせいに ごういんに つれて こられたものの きょうは ゆきこの すがたは みえない。


くまだ「どこにおるんぢゃ? その びじんは」


ゆきこについて たずねた。


くまだ「こっちが ききたいわい」


ゆきこは ここには いないようだ。


くまだ「そう いわんと こえをだして よんでみてくれ」
けんいち「えー、 ぼくが ですか? いやだなあ・・・。 ゆきこさーん!」
くまだ「・・・・・・おらんぢゃないか」
けんいち「しりませんよ」


あたりを しらべた。


けんいち「きょうは いないみたいですよ」
くまだ「あうまで かえらん!」


あたりを しらべた。


けんいち「あっ、 このあたりの くさが やたらと ふみつけられている そういえば ところどころ・・・。 おや? ハイヒールが1つ おちてる・・・」


ハイヒールを しらべた。


けんいち「いちおう もっておこう。


みょうじんえきへ いどうした。


・・・。

 

きょうも また むらびとたちは キクの
すがたを みたといって さわいでいる。
くまだせんせいは いっしょには
こなかった。


むらびと「わしらは みたんじゃ! みまちがい なんかじゃねえだ!」


きょうは いつもいじょうに
むらびとたちが さわいでいるようだ・・・


むらびと「ゆうべも わしらは みた! あんな よなかにであるく おんななぞ このむらには おらん! もはや まちがいない! キクさんじゃ!」


えきいんを よんだ。


えきいん「あっ、 あなたですか むらびとたちの ようすが へんなんです」


キクのことについて たずねた。


えきいん「こんども また むらびとたちが キクさんを みたっていう じかんと ばしょが、 みょうに いっち してるんですよ。 やっぱり むらびとたちは みんな なにか おなじものを みている ようですね・・・」


きづいたことについて たずねた。


えきいん「やっぱり むらびとたちは みんな なにか おなじものを みている ようですね・・・。 むらびとたちは いったいなにを みたんでしょうね? ! そうそう さいきんよく このむらに きれいな おんなのひとが こられる ようですが・・・」
けんいち「え? ああ ゆきこさんですか?」
えきいん「きれいなかたですね。 いまの わたしには あのひとのかおを みられるのが ゆいいつの すくいです。 なのに・・・ きょうは まだ こないんです。 きのう こられたかどうかは わたし、 ひばんでしたもので ちょっと・・・」


がけのうえへ いどうしました。

 



うなかみの がけのうえです。


あたりを しらべた。


けんいち「きょうは いないみたいですよ」
くまだ「あうまで かえらん!」


くまだを よんだ。


くまだ「なんぢゃ! びじんが おったんか?」


きづいたことについて たずねた。


くまだ「きょうは いいてんきぢゃ しおかぜにでも あたってくるか」

くまだを よんだ。


けんいち「せんせーいっ、 あーあ ずいぶん むこうまで いっちゃった」


あたりを しらべた。


けんいち「あっ、 せんせいが あんなところに。 あぶないなあ・・・。 ・・・あれ? このがけが まえに きたときと どこかが ちがっているような きがする・・・」


くまだを よんだ。


けんいち「せんせーい、 きょうは きていないんですってー かえりましょう。 きこえないのかな? うみのほうばかり みて こっちを むかない・・・。 せんせーい、 あぶないですよーっ、 どうしたんだろ? うみを みつめたまま うごかない。 さっきから なにを みてるんですかーっ! せんせーい」

 



くまだ「たた、 たいへんぢゃ! う、 うみに うみに、 おんなが うかんどる!!」
けんいち「なんですって!! どこです! あっ!」
くまだ「すぐ けいさつに れんらくぢゃ!」


・・・。

 

 

 

 



かけつけた けいさつは おんなのしたいを
すぐさま ひきあげた。
それは・・・ ものをいわぬ あずさの
かわりはてた すがたであった。


くまだ「あやしろけは いったい どうなっとるんぢゃ! けんいちくん、 わしは あやしろけへ いって ぜんぞうに はなしてくるわい」
けんいち「わかりました」
くまだ「ぢゃあ あとを たのむぞ」


しいんを たずねた。


かんしき「こうさつだ。 のどもとについた あざが みえるだろう」


しぼうじかんを たずねた。


かんしき「ゆうべの 12じごろだろう。 ころされたあと うみへ つきおとされたようだ」


きづいたことについて たずねた。


かんしき「ここは じさつのめいしょと いわれるだけ あって、 めったに したいは あがらないんだが、 たまたまながれついた ざいもくに ひっかかったんだ」


したいを しらべようとした。


かんしき「おい! しろうとが かってに しらべるんじゃない。 だいいち けいさつが すでに しらべた こといがい なにも みつからんよ。 おい! よさないか! だめだと いっているだろう! ん・・・ おや? どこかで みたかおだと おもったら きみは うつぎたんてい じむしょの けんいちくんじゃないか。 よし おてなみ はいけんと いこうか。 じぶんで しらべてみるかい? でも むやみに さわらないように たのむよ」


したいの あしを しらべた。


かんしき「そこは もう しらべたよ」
けんいち「あっ! くつが かたほうない。 じゃ、 ぼくが がけのうえで みつけた ハイヒールは・・・。 これ、 がけのうえに おちていましたよ」
かんしき「ありがとう、 あずからせてもらうよ」


したいの うでを しらべた。


かんしき「そこは もう しらべたよ」
けんいち「なにも にぎられていないな・・・。 そうそう、 つめのあたりを よーく しらべなくちゃ・・・ あっ! なにかを はげしく ひっかいた ような あとがある!」
かんしき「えっ! ほんとうか。 よくしらべて みるぞ。 おっ! ガイシャの つめのあいだから にんげんの ひふのいちぶが けんしゅつ されたぞ。 どうやら おそわれたとき はんにんを ひっかいたようだ。 さすがだな! いや おそれいったよ」


あたりを しらべた。


みたこともない にんげんも
あつまっているが・・・・・・ あっ!


けんいち「かおに きずのある おとこがいる! できたばかりの きずのようだ! はなしを きかなければ!」


おとこを よんだ。


おとこ「わしに なんかようか?」
けんいち「そのきずは どうしたんですか!」
おとこ「ねこに ひっかかれただけじゃ。 なんで そんなこと きくんじゃ? えっ! このはんにんは ひっかききずの ある おとこ! ととと、 とんでもない、 わしじゃない しんじてくれ! じつは・・・ ゆんべおそくまで のみあるいていて かあちゃんと けんかしただ、 そんとき ひっかかれて しもうたんじゃ。 うちのかあちゃん こわいんじゃ・・・」

ほかのひと「んだんだ。 ここの かあちゃんは まっこと おそろすいからのう・・・」

おとこ「ところでのう。 そのばん わしは みてしもうたんじゃ! おんなが あるいとったのを! わしは てっきり キクさんじゃと おもうて にげだそうと したんじゃが、 こしが ぬけて うごけんかった。 で、 よくみたら このおんな だったんじゃ! さらに このおんなのあとを つけるように おとこが あるいとった! あれは たしか あやしろけに ときどき でいりしとる おとこじゃった!」

けんいち「ええっ! あやしろけに でいりする おとこといえば すでに しんでいる カンジ、 じろう、 ゆくえふめいのアキラ、 そして ほかには・・・ ! そのおとこというのは もしや・・・」


あやしろけへ いどうした。

 



あやしろけの いまです。

ぜんぞうの ショックは そうとうのようだ。
くまだは びょういんへ もどったらしい。


ぜんぞう「ゆうべの11じごろ やっと もどられた あずささまを、 もっとつよく おひきとめ すればよかった・・・!」


ユリのことについて たずねた。


ぜんぞう「もはや ユリさまが もどられることだけが ゆいいつの のぞみです・・・」
けんいち「じつは・・・ ユリさんは・・・ すでに・・・」
ぜんぞう「おおっ! なんということだ! もうこれで あやしろけは おしまいだ!」
けんいち「しかし ユリさんには こどもが いたんです、 ただし ゆくえふめいですが、 ぼくが きっと・・・」
ぜんぞう「・・・ もはや すべてのことが どうでも いいように おもえます・・・」
けんいち「ぜんぞうさん。 ぼくは きぼうをすててしまった いらいにんの ちょうさは おことわりします・・・」
ぜんぞう「・・・・・・」
けんいち「ざんねんですが・・・ これで しつれいします」
ぜんぞう「おまちください! わたくしは どうか しておりました。 なにとぞ! ・・・」
けんいち「そういって いただけると おもってました!」


あずさのことについて たずねた。


ぜんぞう「ゆうべ あずささまは ふたたび でかけられるまで どなたかと でんわで はなしておられました。 なにか はげしく いいあらそって おられた ようすでしたよ」


きづいたことについて たずねた。


ぜんぞう「・・・・・・! あずささまは でんわを かけるとき しきりに メモを とられるくせが ありました」


メモちょうを しらべた。


けんいち「つよく かかれた ぶぶんが へこんでいる・・・。 そうだ、 このえんぴつで こすってみれば・・・! なんとか よめるぞ。 なになに・・・ うなかみのがけ11じはん アキラとは かんけいない まもなく いさんぶんぱい・・・ ユリのこどもが みつかった! こ、 これは! あずさは ゆうべ でんわのあいてと がけで あう やくそくをしたようだ! そして それは アキラとあっていたという じんぶつかも・・・ さらに ユリのこどもを みつけたとは それは いったい・・・!」


でんわが なっている。


ぜんぞう「もりたさま くまだせんせいが およびです。 なにか おはなしが あるそうですので、 すぐに まいりましょう」


くまだ いいんへ いどうした。


・・・。

 



くまだ「おお きたか。 おっ、 ぜんぞうも いっしょぢゃったか ちょうど よかったわい。 あかねが きとるんぢゃ。 さっき ばったり あったんぢゃが えらく しんこくなかお しとったから きになって つれてきたんぢゃ」


あかねを よんだ。

 



あかね「あずささま まで・・・ もう あんな おそろしいところには いられません!」


てかがみを みせた。


あかね「! そ、 それは ・・・ それが なんだって いうんです! はやく しまってください! ぜんぞうさん おせわになりました! しつれいします!」


てかがみを みせた。


あかね「う、 うそ。 これが どうして ここに・・・ そそ、 そんな やめてください!! わああっ」


あかねは なきだしてしまった・・・


あかね「・・・もうしわけ ありませんでした・・・ キクさまを ころしたのは・・・ このわたし なんです!」
けんいち「・・・・・・!!」


あかねは ぽつりぽつりと はなしはじめた。


あかね「・・・じつは キクさまは タバコをやめて いなかったのです。 タバコは わたしが いつも かっていました。 おとめしたんですが・・・。 いっぷく つけないと ねむれない、 そういわれて ことわりきれず・・・ このことは ゆいごんしょ さくせいに みえた かんだせんせいにも こぼしておられました。 あのばんも おくさまは いつものように キセルに ひを つけられ・・・ まもなく ほっさを おこされたようでした。 あのこげあとは そのとき できたものです」
けんいち「じゃあ タバコいれは あなたが・・・」
あかね「・・・はい。 おくさまが こときれて いるのを はっけんした わたしは とっさに キセルと タバコいれを かくしました。 そして そのあとですぐ ぜんぞうさんを よんだんです。 もうしわけ ありませんでした・・・ ううっ・・・」


くまだ「ばかもん! キクさんの しんぞうは そんなことで とまってしまうものか! このくまだが ほしょう してやる。 けっして おまえの せいじゃない。 ぢゃから・・・ もう なくな。 やしきで やすんどれ」


ぜんぞうを よんだ。

 



ぜんぞう「わたくし あかねに ついておいて やりたいのですが」
けんいち「そうして あげてください」

 

くまだを よんだ。

 



くまだ「やれやれ おどかされたわい」


あずさのことについて たずねた。


くまだ「あずさの しにかたは カンジや じろうのような ふしんなてんが まったくないのう。 カンジは ナイフで さされたとき すでに しんでいたらしいと いうことぢゃし、 じろうにしても なにか ふしぜんぢゃ・・・。 あずさは じけんとは むかんけい なんぢゃろうか?」
けんいち「・・・・・・」


タバコいれについて たずねた。


くまだ「キクさんにしても、 きんえんちゅうだった あずさにそても、 タバコの すきなやつばかり ぢゃのう。 かいぼうけっかを きいたとき けいさつが いっとったが、 カンジも じろうも かなりの ヘビースモーカーだったようで、 はいが まっくろ ぢゃったそうぢゃ」
けんいち「? まてよ シアンカすいそは たしか あるやくひんに はんのうさせた セイサンかごうぶつに ねつを くわえると はっせいするんだったな・・・。 ねつをくわえる・・・ そうか これだ!! せんせい これですよ! じろうの ゆびについた セイサンと シアンカすいそを むすびつけるものは!」
くまだ! なんだと いうんぢゃ!」
けんいち「たばこ ですよ!」
くまだ「なるほど! セイサンいりの タバコに ひをつけると ガスが はっせいする! それを すいこんだものは・・・ そうか! タバコから しみだした セイサンが じろうのゆびに ついたわけぢゃな!」
けんいち「たぶん じろうは セイサンタバコで ころされたあと じさつのように ぎそう されたんでしょう。 カンジを あらかじめ このほうほうで ころし、 どぞうまで はこんだあと ナイフを つきたてることも これならば かんたんだ。 ただ きんえんちゅうの あずさだけには このほうほうは つかえなかった。 だから あずさは・・・ ん! もしや キクさんも このほうほうで!!」
くまだ「けんいちくん! これは かぐらでらへ いかにゃならんな!」
けんいち「せんせい! いそぎましょう!!」


・・・。

 



かぐらでら です。

けんいちと くまだは げんしんに
ことのすべてを はなした。


けんいち「げんしんさん! いまや もう キクさんの・・・」
げんしん「はかを あばいてみようと いうんじゃろ、 しかし・・・ それだけはのう・・・」
けんいち「けいさつに キクさんの いたいを しらべてもらえば じけんの いとぐちが つかめるかも しれないんですよ!」
げんしん「しかしのう・・・・・・」
「ここに ねむっている キクさんが タバコさつじんの さいしょの ぎせいしゃ かもしれないんです!」
げんしん「しかしのう・・・・・・」
けんいち「げんしんさん! わかってください。 これいじょう はんにんを のばなしに できないんです!」
げんしん「・・・ よし わかった! たしかに きみの いうとおりじゃ! いますぐ けいさつを よぶか!」


かずかずの なぞをひめた キクのすがたが
いままさに あなたのめのまえに
あらわれようと している・・・

 



なんと はかのなかに
キクのいたいは なかった!
かわりに ひとりのおとこの したいが
そこには あった。


かんしき「これは あやしろ アキラだ。 こんなところで しんでいたとは!」
けんいち「アキラは すでに しんでいたのか!」


しいんについて たずねた。


かんしき「ぼくさつだな、 はかの てっぺんに のっている いしで うしろから やられたようだ」
けんいち「ちのあとは そのとき ついたんだ・・・」
かんしき「それから はんにんを およがせるために したいが みつかったことは ほうどう しないことに けってい したからね」


しぼうじかんについて たずねた。


かんしき「このだんかいでは まだ はっきり いえないが キクという ひとよりも あとだろうね」


したいについて たずねた。


かんしき「ここに うめられて ずいぶん たつようだ。 ふはいが ひどい。 それよりも きみの いったとおり ガイシャの ポケットから セイサンはんのうのある きざみタバコが わずかだが でてきたよ」


くまだを よんだ。

 



くまだ「いや! これは いがいぢゃった!」


しぼうじかんについて たずねた。


くまだ「ここに うめられて かなりじかんが たっとるようぢゃが・・・。 おい! こりゃ どうみても・・・ カンジよりさきに しんどるぞ!」
けんいち「えっ! じゃあ カンジを ころしたのは アキラじゃなかったんだ!」


したいを しらべた。


けんいち「ぼくの もっている しゃしんとは ずいぶん かんじが ちがっているな・・・。 これが アキラなのか・・・ あんまり ちかづいて みてみたいとは おもわないけど・・・・・・ おや、 このかお どこかで・・・」


おもいだす。


けんいち「・・・ あっ! お、おもいだしたぞ! ぼくは あのよる うなかみのがけで・・・。 このおとこに・・・ そうだ! あれは じこなんかじゃない!! ぼくは アキラに おそわれたんだ!」


・・・。

 



あゆみ「ええっ! あなたは アキラに おそわれたんですって! なにか おもいだしたのね!」


すいりする。


けんいち「キク、 カンジ、 じろうの 3にんは あやしろしょうじを わがものに しようとする じんぶつに セイサンタバコで ころされた。 キクの タバコいれに セイサンいりの タバコを しのばせたのは そいつに りようされた アキラのしわざだ。 だから それを ちょうさにいった ぼくに きけんをかんじた アキラは あのばん ぼくをでんわで がけまで よびだし おそいかかってきた。 あたまを なぐりつけたうえ じこでしんだように みせかけるため くさむらへ つきおとしたんだ!」
あゆみ「・・・・・・?」
けんいち「アキラは いろんなてんで はんにんに つごうがよかった。 そのはんめん もっとも きけんな じんぶつだった。 だから キクのつぎに ころしたんだ」
あゆみ「ねえ! はんにんは だれなの? なぜ あずさまで ころされたの?!」
けんいち「あずさは たしか ゆいごんこうかいのひ、 アキラがだれかとあっていた と、 いっていたはずだ。 つまり そのじんぶつとは・・・」


でんわが なる。


あゆみ「けんいちくん、 でんわよ」

くまだ「もしもし! くまだぢゃ! ついに わしは どえらいことを みつけたぞ!」
けんいち「?! ・・・・・・」
くまだ「あったんぢゃ! れいの タバコさつじんの じつれいが! ある やくざいしの おんなが じぶんの おっとに たがくの ほけんを かけて しんふぜんにみせかけた さつじんじけんが あったんぢゃ! しかし もんだいは ここなんぢゃ。 なんと そのじけんの たんとうべんごし というのは じつは・・・」
けんいち「まってください! そのべんごしの なまえは・・・ かんだ ですね!」
くまだ「そうぢゃ! そのとおりぢゃ!」
けんいち「やっぱり そうだったのか! じゃあ かんだが みていた ファイルって いうのが・・・!」


あゆみを しらべる。


けんいち「どうしたんだい? ぼくのかおばかりみて」
あゆみ「さっきから きになってたんだけど・・・ アキラは あなたを ころそうと したのに どうして うみへ つきおとさなかったのかしら?」
けんいち「?! ・・・・・・」


あやしろけへ いどうした。

 



ぜんぞう「おかえりなさいませ もりたさま。 なにか わかりましたか?」


かんだのことについて たずねた。


ぜんぞう「さきほど かんださまから おでんわが ありまして、 ユリさまの おこさまが みつかったとのことです! やはり キクさまから ユリさまを さがしてほしいと たのまれて・・・」
けんいち「ぜんぞうさん、 このじけんの はんにんは・・・ どうやら かんだのようです」
ぜんぞう「ええっ! そんな・・・ ばかな・・・。 ユリさまについては キクさまから いろいろ きいておられたでしょう。 こうけいしゃの しるしが どのような ものかも ごぞんじだったかも・・・ しかし ・・・・・・」

 

あかねを よんだ。

 



あかね「ごめいわくを おかけしました。 せめてもの つみほろぼしに このあやしろけに おつかえするつもりです」


タバコいれについて たずねた。


あかね「もってきました。 これが その タバコいれです」

 



タバコいれを しらべた。

タバコいれの ひきだしがとれました。

がちゃん!

ひきだしの はずれた タバコいれを
とろうとしたら てがすべって
おとしてしまった!

と、 そのひょうしに なかから 1まいの
かみきれが でてきた。


けんいち「?! ・・・・・・」


かみきれを しらべた。


けんいち「・・・ うま すすみ、 うさぎ すすみて、 とり ひらく、 まんじのなかの しるし のぞまん。 ?! ・・・・・・」


タバコいれについて たずねた。


あかね「ぜんぞうさんは タバコいれを みると おおだんなさまや むかしのことを おもいだすそうです」


ぜんぞうを よんだ。

 



ぜんぞう「はい、 ごようでしょうか」


タバコいれについて たずねた。


ぜんぞう「あかねが もうしますように このタバコいれを みていると むかしのことが めに・・・・・・ あ!」
けんいち「?! ・・・・・・」
ぜんぞう「じ、 じつは だんなさまのせいで じさつしてしまった かぞくのことを おもいだしたんです。 そのかぞくは・・・ かんだという みょうじ でした! そのいえには たしか・・・ このことで りょうしんをうしなった・・・ むすこが ひとり いたはずです!!」
けんいち「?! ・・・・・・」


かんだ べんごしじむしょへ いどうした。


・・・。

 



かんだ べんごしじむしょ です。


ひしょ「あら? あなたは いつかの・・・ はあ? せんせいが さつじんはん? あなた なに いってるの!」
けんいち「ところが・・・ かんだという べんごしには どうきとなる じじょうも あるんです」
ひしょ「へんなこと いわないでよ! いっときますけど かんだ というなまえの べんごしなんて いくらでもいるのよ!」
けんいち「たしかに そうですが・・・」


おもいだす。


けんいち「かのじょのいうとおり ひとちがいとも かんがえられる。 もっとくわしく その じさつした かんだ という ふうふのことを しらべなきゃ・・・。 しっているとすれば・・・ げんしんさんだ! きっとなにか しっているはずだ・・・」


かぐらでらへ いどうした。


・・・。

 



げんしん「キクさんの いたいは、 まだ みつからん。 あんたのてで はやく はんにんを つかまえてくれ。 なんという ばちあたりな ことを・・・」
けんいち「・・・げんしんさん。 かんだ という なまえに ききおぼえが ありますね?」
げんしん「! ・・・・・・」
けんいち「いちれんのじけんは すべて そのおとこの しわざのようです。 はなして いただけますね」
げんしん「・・・・・・」


かんだのことについて たずねた。


げんしん「そうか・・・ あのおとこの しわざじゃったか・・・ あんたの おもっとるとおりじゃ。 キクさんの だんなに りょうしんを じさつにおいやられた おとここそ あやしろしょうじの こもんべんごし・・・ かんだという おとこに まちがいない。 キクさんは かんだのことを すべて しっておったんじゃよ。 それでも あえて かんだを こもんべんごしに きめたんじゃ。 せめてもの つみほろぼしの つもりでな。 キクさんは こういうとった。 かんだを こもんべんごしに することが ただしいか どうかは わからん・・・。 しかし そのけっかが どうあろうが それは じぶんの いしであり・・・ あやしろけの さだめじゃとな・・・。 かんだは よくはたらいたそうじゃ。 キクさんも まんぞくしておった。 まさか かんだが こんなおそろしいことを かんがえておったとは・・・。 ゆめにも おもわんかったじゃろう・・・。 ユリも かんだおやこの ことは しっておったじゃろう。 そんなこともあって ユリは やしきをでる かくごを きめたのかもしれん。 ユリは かねてから あやしろけの しょうばいの やりかたに たえられんかった ようじゃからな。 じゃがのう・・・。 くうか くわれるか、 きびしい しょうばいの せかいのはなし、 あやしろけだけを せめることなど だれにもできんことじゃ・・・。 もりたとやら! かんだに もくてきを はたさせてはならん。 このままでは やつは すくわれん!」
けんいち「まかせてください!」
げんしん「くれぐれも たのみましたぞ」


かんだ べんごしじむしょへ いどうした。


・・・。

 



かんだ べんごしじむしょ です。


ひしょ「また あなたですか! いいかげんに してください! どうせ ひとちがいよ!」
けんいち「・・・・・・。 かんだせんせいが みておられたという ファイルを みせて いただけませんか?」
ひしょ「これは だれにでも みせていいような ものじゃないんですっ!」
けんいち「そんなこと いわないで・・・ ね?」
ひしょ「だめです!」
けんいち「そこを なんとか・・・」
ひしょ「だめったら だめ!!」
けんいち「かたいこと いわないで。 ねえったらねえ・・・」
ひしょ「ふん! ・・・」
けんいち「ぼくだって あなたのような かわいい ひとを こまらせたくは ないんだ」
ひしょ「かわいいだなんて・・・ うれしいわ。 ちょっとだけ みせちゃおうかしら! なんて いうわけないでしょ! おかえりください!」
けんいち「これだけ いってるのに・・・ けち!」
ひしょ「なんですってー! いいかげんにしないと けいさつを よぶわよ!」
けんいち「よべるもんなら よんでみろ!」
ひしょ「いったわねー! まってらっしゃい ほんとうに よんでやるから!」


ひしょ「もしもし けいさつですか! いま へんなひとが きてるんです! ええ、 そうなんです そのひとです。 もう しつこくって・・・ はい? はあ? ・・・ わかりました。 そうします。 どうも・・・。 けいさつが あなたには ぜんめんてきに きょうりょくしろですって! どうぞ! あなたが みたがっていた ファイルよ! ぷんぷん!」


ファイルを しらべた。


けんいち「やっぱり・・・ くまだせんせいが いっていた ほけんきん さつじんじけんの ファイルだ。 さつがいほうほうなどが かかれている。 もはや まちがいないな・・・ ! そうだ かんだは ユリのこどもを ここへ つれてきていたかも! きいてみよう。 あのー すみません・・・」
ひしょ「はい。 なにか ごようですか!」
けんいち「かんだせんせいは 17、8さいぐらいの しょうねんを ここに つれてきたことは ありませんでしたか?」
ひしょ「ときどき あなたくらいの しょうねんを つれてこられましたよ。 とっても れいぎただしくて・・・ だれかさんとは ずいぶん ちがうわね!」
けんいち「?! ・・・・・・」


がけのうえへ いどうした。


・・・。

 



ここに たっていると あのよるのことが
ありありと よみがえってくる・・・
あの さっきにみちた アキラのかおが。


おもいだす。


けんいち「たしかに ぼくは このがけで アキラに おそわれたんだ。 だが・・・。 きをうしなってからのことは さすがに なにも わからない・・・ ここに なにか てがかりは ないのだろうか・・・」


あたりを しらべた。


けんいち「てがかりに なりそうな ものは なにもないなあ・・・ でも、 よく しらべなきゃ」


あまちのへやへ いどうした。


・・・。

 



あまちの マンション です。


けんいち「あっ、 あまちさんは いないんだ。 はなしを ききたかったのに・・・」


がけのうえへ いどうした。


・・・。

 



けんいち「あっ、 もう ひがおちてきた。 きょうは もう かえろうかな」


あたりを しらべた。


けんいち「おや? ボタンが おちている。 くさの あいだに  おちてたから まえに しらべたときは きづかなかったんだ・・・。 いちおう もっておこう」


あまちのへやへ いどうした。


・・・。

 



あまちの マンションです。


けんいち「おやっ? みしらぬおとこが はなしかけてきた」
てんいん「おたく、 あまちさんの おしりあいですか? あまちさんから せんたくものを たのまれたんですが おくれちゃって・・・ やっと おもちしたんですが おるすなんですよ」
けんいち「それ、 たぶん ぼくのものだと おもいますが」
てんいん「えっ、 ああ この ふくですか? たしかに あまちさんから あずかりました。 じゃあ うけとってくださいよ」
けんいち「いいですよ。 もらっておきます」
てんいん「いやー たすかりました。 ところで あなた・・・ うみにでも おっこちたんですか? そのふく かいすいで ずぶぬれでしたよ」
けんいち「?! ・・・・・・」
てんいん「じゃあ、 それ おねがいしますね」


クリーニングやは いってしまった。


けんいち「ふくが かいすいで ずぶぬれ・・・! じゃあ ぼくは・・・ いったい どうなってるんだ!」


うつぎ じむしょへ いどうした。


・・・。

 



あゆみ「えっ! やっぱり うみへ おとされていた らしいっていうの?!」
けんいち「じつは あまちさんの へやのまえで ぼくのものらしい ふくを もった クリーニングやに であったんだ。 おどろいたことに あまちさんから あずかった そのふくは かいすいで ずぶぬれだったらしいんだ。 でも ぼくは くさむらに たおれていた??」
あゆみ「たぶん うみにおちていた あなたを だれかが たすけて くさむらまで はこんだのね。 そのりゆうは わからないけど・・・」
けんいち「?! ・・・・・・」
あゆみ「そして たおれていた あなたを あまちさんが はっけんした・・・。 ところで けんいちくん じけんのほうは どうなの?」


すいりする。


けんいち「りょうしんの うらみを はらすとともに あやしろしょうじの のっとりを けいかくした かんだは・・・ あやしろしょうじの ないじょうを しりつくしている。 そして ついに ユリのむすこを みつけたようだ。 あやしろしょうじにおいて ぜつだいな はつげんりょくを もつ そのじんぶつを だきこんでしまえば・・・。 もう あやしろしょうじは かんだの おもいどおりだ」
あゆみ「でも、 ユリさんの むすこって わたしたちと おなじとし くらいよね。 なにも わからないうちは かんだの いうとおりに するでしょうけど・・・。 そのうち おもいどおりに ならなくなるんじゃ ないかしら? みもとは はっきりしないし、 こうけいしゃの しるしさえあれば・・・」
けんいち「! ほんものの こうけいしゃは ひつようない!! そのこをころして じぶんの おもいどおりになるような・・・。 かえだまを よういしたのかもしれない! そう いいたいんだね!」
あゆみ「うん!」
けんいち「じゃあ、 かんだが じむしょへ つれてきていたというのは・・・ ユリの・・・ ほんとうの こどもじゃないのか!」


シャツを みせた。


けんいち「ところで これかなあ、 ぼくの シャツ って・・・」
あゆみ「これよこれ! あなたが いつも きていたのは。 あら? ・・・ ボタンが ひとつ とれてる」


ボタンを みせた。


けんいち「えっ、 これが そうかな?」
あゆみ「おなじボタンだわ。 まってて、 いま つけてあげる。 ・・・ はい、できたわよ。 ねえ、 きがえれば?」
けんいち「そうしようかな・・・」
あゆみ「きゃっ! なにも ここで きがえなくても いいでしょ!」
けんいち「あっ ごめんごめん」
あゆみ「・・・・・・あら? けんいちくんって そんなところに やけどのあとが あったのね。 いままで きづかなかったわ」
けんいち「えっ! やけどのあとだって! ど、どこに あるんだ!」
あゆみ「そのままじゃ みえないわ」
けんいち「かがみに うつしてみよう!」

 



けんいち「こ、 こんなところに やけどのあとが! これは きのうやきょう できたもの じゃない! そういえば まえから あったような・・・」


おもいだす。


けんいち「なにか おもいだせそうだ! でも・・・! ま、 まさかそんな! ああっ! あたまが・・・ あたまが われそうだ! もしや ぼくは!!」
あゆみ「どうしちゃったの! けんいちくん!」
けんいち「そ、 そうだ もういちど・・・ もういちど もとこさんに あってみよう!!」


・・・。

 



かけつけた けんいちを
もとこは おどろきをもって むかえた。
とおい かこのきおくが ついに
よみがえり はじめた けんいちは、

めのまえにいる このじょせいに
とくべつな きおくを もっている
じぶんを つよく かんじていた・・・


やけどを みせた。


もとこ「! ・・・ やっぱり あなたは・・・ わかりました、 すべて はなして あげましょう。 そうよ・・・ あなたは ユリさんの こどもに まちがいないわ。 あなた、 けんいちくんて なまえでしょ?」
けんいち「?! ・・・・・・」
もとこ「このあいだ あなたが かえりぎわに うしろを むいたとき シャツのそでから そのやけどが ちらっと みえたの。 そのときは まさかと おもったんだけど・・・」


ユリのことについて たずねた。


もとこ「あなたは もちろん おかあさんの かおを しらないはずよ。 しらないはずよ。 ユリさんという なまえすら しらなかった ようね」


じぶんのことについて たずねた。


もとこ「あなたは ははのこじいんで すてごとして そだてられたの。 でも ははが なにかをかくしていると、 きづいたあなたは まもなく ほんとうの りょうしんを さがすという かきおきを のこして とびだして しまったの。 ちょうど あなたが ちゅうがっこうを そつぎょうした すぐあとのことらしいわ」


かじ について たずねた。


もとこ「こころないひとの ほうか だったそうよ。 ただでさえ くろうがたえなかった あなたたちに つみはないのに・・・」


あかんぼうについて たずねた。


もとこ「ユリさんが なくなったとき あなたは まだ 1さいにも みたない あかちゃん だったのよ」


さわこのことについて たずねた。


もとこ「あなたのことを わがこのように かわいがっていたわ。 あなたも ははを ずいぶん したっていたそうね。 さいごまで あなたのことを しんぱい していたのよ」


じじょうについて たずねた。


けんいち「ぼくが すてごとして そだてられた そのじじょうとは・・・ いったい なんだったんです!」
もとこ「・・・・・・」
けんいち「こたえてください! もとこさん!」


きづいたことについて たずねた。


もとこ「わたしが あなたや ユリさんに あったことが ないっていったのは ほんとうよ。 はなしは すべて ははからきいたのよ」
けんいち「でも、 やけどのあとを みただけで なぜ ぼくのことが わかったんですか!」
もとこ「じつは せんじつ ユリさんの おとうとさんが みえたの。 あなたたちのことを よく ごぞんじ だったわ」
けんいち「?! ・・・・・・」


おもいだす。


ぼくは ぜったい このひとのかおを
しっている!
なにか なつかしいような・・・ でも
それが なんなのか わからない・・・


けんいち「やっぱりぼくは あなたと どこかで あったように おもうんです!」
もとこ「そう・・・ じゃあ これを ごらんなさい。 ははの しゃしんよ」


そういうと もとこは 1まいの
しゃしんを さしだした。


しゃしんを しらべた。


けんいち「・・・・・・! こ、 このひとは!」


そのしゃしんには しょろうの じょせいと
ちいさなおとこのこが うつっていた。


もとこ「どう? あなた。 おおきくなったけど、 そのころの おもかげが のこってるでしょ」


おもいだす。


けんいち「お、 おもいだしたぞ! ばあちゃんだ! ぼくを そだててくれた ばあちゃんだ!」


しゃしんの さわこは
めのまえの じょせいに とてもにていた。


けんいち「それで ぼくは もとこさんの かおに みおぼえが あったのか!」


ユリのことについて たずねた。


もとこ「あなたの けんいちっていう なまえはね、 ごりょうしんが つけてくださった なまえなの」
けんいち「りょうしん?! そういえば ぼくは まだ じぶんの ちちおやのことを なにも しらないんだ!」


じじょうについて たずねた。


もとこ「そ、 それは それだけは・・・」
けんいち「まってください! ぼくは きょうまで じぶんの ははおやのことを なにも しらないままだった。 それに ちちおやのことだって! どうして しっちゃいけなかったのか。 なぜ すてごとして そだてられたのか そのじじょうを しらないままなんて・・・ あんまりです!」
もとこ「・・・そうね。 あなたには しるけんりが あるわね。 ・・・そのじじょう というのは あなたの おとうさんのことなの」
けんいち「?! ・・・・・・」
もとこ「とおやま たかお。 これが おとうさんの なまえよ。 とても おとこらしいかたで ユリさんとは ひょうばんの なかのいい ごふうふ だったそうよ。 やがて あなたがうまれ、 だれもが あなたたちの しあわせな みらいを しんじて うたがわなかった そうなの。 でも、 そんなあるひ・・・。 たかおさんは ガラのわるい れんちゅうに ひとが らんぼう されているところを みてしまったの。 とめに はいった たかおさんに むこうは ナイフをもちだして むかってきたらしいの。 でも・・・ そのナイフで たかおさんは ぎゃくに・・・ あいてのひとりを・・・ ころしてしまったの!」
けんいち「そ、 そんな・・・」
もとこ「かならず せいとうぼうえいが みとめられる。 みんな そうおもってたの。 でも・・・ ころしてしまった おとこ というのが このまちの ゆうりょくしゃの ひとりむすこ だったらしいの。 そのせいか たかおさんは けいむしょに いれられてしまったわ」
けんいち「で、 とうさんは いま どこに!」
もとこ「・・・おきのどくに たかおさんは とうとう けいむしょから でられないまま なくなってしまったの・・・」
けんいち「! ・・・・・・」
もとこ「でも もっと きのどくだったのは ユリさん だったかもしれない・・・ さつじんしゃの つまということで それは くろうされたそうよ。 おまけに しんだ おとこのなかまの いやがらせが はじまったの。 あのかじも その れんちゅうの しわざ だったそうよ。 ユリさんも いちじは おきあがれるまで かいふく されたのだけど、 それまでの むりが たたってか・・・ 2、3にちごには ようたいが きゅうへんして、 かけつけた ははに ユリさんは あなたを たのむと、 ひとこと つげると・・・。 しずかに いきを ひきとられたそうよ・・・」
けんいち「・・・・・・」
もとこ「もう わかったでしょう・・・。 あなたの しょうらいを あんじながら なくなった ごりょうしんに わたしの ははが してあげたかったことは・・・ あなたから さつじんしゃの むすこという かこを けしさることだったの」
けんいち「・・・・・・」
もとこ「あなたが すてられていたとき そえられていた てがみに かいてあった なまえが もりた けんいち だなんて うそまで ついてね・・・」
けんいち「・・・・・・」
もとこ「さわこは、 あなたに ほんとうのことを はなすべきかと、 まよっていたわ」
けんいち「ほんとうのことを はなしてくださって ありがとうございました。 ぼくは・・・ ちちを ほこりに おもいます」


ユリのことについて たずねた。


もとこ「ユリさんは ごりょうしんの はんたいを おしきって たかおさんと いっしょに なられたらしいわね。 あのじけんのときだって これいじょう めいわくは かけられないと、 おうちには れんらく されなかったと いうことよ」


かじについて たずねた。


もとこ「あきらかに ほうかだった らしいけど しんだおとこの ちちおやからの あつりょくで うやむやに なってしまった そうなの。 じもとの しんぶんも あのかじのことを とりあげなかった そうだわ。 ひどいはなしね・・・。 なのに たかおさんの じけんのことは いっぽうてきな きじばかりが しんぶんに のってしまったそうよ」


あかんぼうについて たずねた。


もとこ「ははからきいたわ。 あなたは ちいさいころから せいぎかんの つよいこ だったって・・・。 そういうところが おとうさんに そっくり だって うれしそうに はなしてたのよ」


きづいたことについて たずねた。


もとこ「そうそう ひとつ おもいだしたことが あったわ。 あなたは おとこのこなのに いつも にんぎょうで あそんでいたそうね」
けんいち「? にんぎょう・・・」


にんぎょうについて たずねた。


もとこ「りっぱな にほんにんぎょうで ユリさんが たいせつに していたもの だったそうよ」
けんいち「?! ・・・・・・」
もとこ「よほど ユリさんにとって たいせつだったらしく かじのとき もちだしたのも そのにんぎょうだけ だったらしいわ。 あなたは こじいんを とびだしたときも にんぎょうだけは わすれなかったそうね。 いまでも もってるんでしょ?」
けんいち「?! ・・・・・・」


ユリのことについて たずねた。


もとこ「ユリさんが いきを ひきとられるとき にんぎょうを あなたにって なんども なんども おっしゃったそうよ。 さっきの しゃしんにも うつってるはずよ」


しゃしんを しらべた。


けんいち「おや? これは・・・?! もとこさん・・・ ほんとうに ありがとうございました」
もとこ「また いつでも いらっしゃいね・・・」


・・・。

 



あゆみ「そうだったの・・・ ユリさんが あなたの おかあさんだったなんて・・・ ひにくな はなしね」
けんいち「・・・・・・ ぼくのことを しらべた かんだは ぼくを ぜんぞうさんに しょうかいしたんだ・・・ わなに はめるために・・・ くそっ!」


じむしょにある にんぎょうを しらべた。


けんいち「これだ! ばあちゃんの しゃしんに うつっていたのは! かあさんが、 たいせつにしていた にんぎょうというのは これのことだったんだ!!」


にんぎょうを とった。

 



けんいち「! これは ぼくのものに まちがいない! こうして てにとると こどものころの ことが めにうかんでくる。 とうとう なにもかも おもいだしたぞ」


おもいだす。


けんいち「そういえば このにんぎょう・・・ ずいぶんかるかったんだ。 ん? なかは くうどうのようだな」


すいりする。


けんいち「でも、 これが こうけいしゃの しるし・・・? ふつうの にんぎょうの ようだが・・・。 ん? ふってみると かすかに おとがする・・・! ・・・よし! おもいきって、 なかを みてみよう ・・・・・・あっ こ、 これは!!」


なんと にんぎょうの なかには あやしろけの かもんがはいった おまもりぶくろが かくされていた!


けんいち「こんなものが はいってたなんて・・・ しらなかった・・・!」


おまもりぶくろを あけた。

なかからは ふるめかしい ちいさな
カギと ていねいに おりたたまれた
かみきれが でてきた。


けんいち「この カギは・・・?」


かみきれを しらべた。


けんいち「?! ・・・・・・」

 

====================


けんいち ・・・あなたが これをみつける ときが いつか かならず やってくると かあさんは おもっていました。 いますぐ これをもって みょうじんむらの あやしろ という いえを、 たずねて みなさい。 そこには いままでと まったくちがった あなたの じんせいが まっているの。 そのいえには キクって いうなまえの あなたの おばあちゃんが います。 きっと あなたの ちからになってくれるわ。 でも・・・ そのことが あなたにとって しあわせな ことなのかどうか かあさんには わからない・・・・・・ でもこれは あなたのうんめいなの。 そして あなたの いちどきりのじんせい だから さいごは・・・ じぶんで きめなさい。 かあさんの いのちは、 もう ながくないでしょう。 あなたと いっしょに いてあげられない かあさんを ゆるして ちょうだい・・・。 そんな かあさんが あなたに のこして あげられる たった ひとつの ものです。 ─ ユリ ─


====================


ユリが いきを ひきとる ちょくぜんに けんいち にあてて かかれた ものらしい。 よわよわしい もじが そのことを ものがたっている ようだ・・・。


けんいち「か、 かあさん・・・・・・!!」


すいりする。


けんいち「そうか・・・わかったぞ。 こうけいしゃの しるしは たぶん あやしろけの なかに あるんだ。 そして・・・ それが かくされている ばしょに はいるには このかぎが ひつようなんだ。 その ばしょと いうのは・・・ あそこしかない!」


あやしろけへ いどうした。


・・・。

 



ぜんぞう「おかえりなさいませ もりたさま。 なにか わかりましたか?」


おまもりについて たずねた。


ぜんぞう「やはり なんのことやら けんとうも つきません」
けんいち「かあさんが・・・ い、 いえ ユリさんが やしきを でるとき キクさんから うけとったもの それが おまもりぶくろ だったんです!」
ぜんぞう「では その おまもりぶくろが こうけいしゃの しるしだと・・・?」
けんいち「ちがうんです。 こうけいしゃの しるしは・・・ やしきのなかに あるはずです!」
ぜんぞう「ええっ?!」


カギを みせた。


けんいち「こうけいしゃの しるしは このカギで あけることのできる あるばしょに きっと あります!」
ぜんぞう「わたくしには ちょっと・・・ わかりかねますが」
けんいち「その ばしょ というのは・・・ どぞう のなかに あるんです」
ぜんぞう「! それは どぞうの おくの とびらの カギ なのですか! こうけいしゃの しるしは、 そこにあると!」
けんいち「そうです! さっそく どぞうをあけて もらえますか?」
ぜんぞう「わかりました! まいりましょう!」


・・・。

 



ついに このとびらを あけるときがきた。
とびらの むこうには・・・・・・
あやしろけの こうけいしゃの しるしが
ねむっているに ちがいない・・・・・・

けんいちは、 あのカギを とりだすと
じょうまえに さしこんだ。
がちゃ! にぶいおとと ともに
じょうまえは はずれた。


ぜんぞう「もりたさま! わたくしは ここで まっております。 くれぐれも きをつけて くださいませ」
けんいち「ぜんぞうさん。 じゃあ そこで まっていてください」


なぞをひめた この とびらが
いま、 まさに ひらこうとしている・・・!


・・・。


けんいち「・・・ まっくらで なにもみえない・・・。 あっ そうだ ぜんぞうさんが かいちゅうでんとうを かしてくれたんだ。 さっそく つけなきゃ」



けんいち「よし! これで よくみえるぞ」


おくに すすんだ。

 



けんいち「おや? このカベ・・・ すこし うごいたような・・・?」


さらに おくに すすむ。


・・・。

 



けんいち「おや? このカベ・・・ すこし うごいたような・・・?」


さらに おくに すすむ。


・・・。

 



 



けんいち「あっ! カベが ひらいた?! よし、 はいってみよう!」


・・・。

 



けんいち「かべのおくに へやが あったなんて。 でも いったい なんのために・・・」


あたりを しらべた。


へやのすみには かみだなが まつってある。

 

けんいち「あっ! これは・・・」


かみだなのうえには おうごんに かがやく
インが あった!
そのすぐそばには ていねいに
おりたたまれた かみが そえられている。


けんぃちは おうごんのインと そばに
そえられた かみを てにした。


かみきれを しらべた。


けんいち「このインを もつものを あやしろけの せいとうなる こうけいしゃと みなす。 と、 かかれている!」 こうけいしゃのしるし というのは これのこと だったんだ!」

 



けんいち「ぼくが うわごとでいってた おまもりっていう ことばには こんなひみつが あったのか。 どうりで だれも しらないはずだ・・・・・・?! まてよ・・・ ぼくは きょうまで おまもりの そんざいすら しらなかった、 そのぼくが どうして うわごとで おまもりなんて いうんだ?!」

 



「やあ、 けんいちくん・・・ きおくは もどったかい? ふっふっふっ」

 



ふりむくと そこには
みなれた おとこが たっていた・・・
かおには なまなましい キズあとが!


あまち「すこし きづくのが おそかったようだね。 わたしが べんごしの かんだだ。 きみには あまちと いったほうが わかりやすいかね? ふっふっふっ・・・」
けんいち「き、 きさまは・・・」
かんだ「めいたんていの けんいちくん・・・ どうやら きみは わたしのけいかくの すべてを しってしまった ようだね・・・。 ゆいごんしょを つくる・・・ そういいだしたのが キクにとって うんのつきさ。 わたしは そのひを まっていたんだからね。 そのとき キクは さつじんのヒントまで おしえてくれたよ。 いっぷくつけなきゃ ねむれないってな・・・。 カンジも じろうも しごとのことで はなしが あるといえば どこへでも すぐ きてくれたよ。 セイサンタバコ・・・ あやしろけの やつらには おあつらえむきの ほうほうだろ? ヤクザから かねを かりていたアキラは しゃっきんのかたがわりを もうしでると よろこんで キクの タバコいれに セイサンタバコを しのばせてくれたよ。 おまけに こっとうどろぼう などという けちな まねを してくれたおかげで カンジごろしまで ひっかぶってもらった。 そのアキラが・・・ キクのしたいを しまつしなきゃ まずいと いいだした。 ふたりで キクをうみにすて、 はかを もとにもどしに いったとき うしろから はかいしで がつん! やつの しもんだらけの どぞうのカギを いただいた。 いまごろ はかのしたで しゃちょうになった ゆめでもみているさ。 おかげで じろうの ときも ひとりで ほねをおったよ。 くびつりに みせかける ためにな。 わたしと アキラが あっているのを みてしまった あずさは なにか かんづいたようだった。 そして わたしを ゆすろうとした・・・。 よけいなことを かんがえなければ よかったものを・・・ おまけに きんえんちゅうとは、 あの ばかが・・・ こんなキズまで つけやがって! ・・・さて けんいちくん、 おつぎは きみのはなしだ。 ユリをしらべているうち すぐに きみのことは わかったよ。 わたしの わなにはまって おまえは すぐ やしきへ やってきた。 ごくろうなことさ。 しばらく ようすをみようと していたものを アキラのやつが・・・ おまえを ころそうと がけへ よびだした。 それをしった わたしが すぐに かけつけてみると おまえは うみに うかんでいた。 あわてて おまえを うみからひきあげ しらべてみれば おまもりなんて もっていない。 そのかわりに やけどのあとは たしかめたがね・・・。 そのさいちゅうに いきをふきかえした おまえは こうか ふこうか きおくをうしなっていた。 だから わたしは ひとしばい うたなきゃ ならなくなった・・・ そうか・・・ おまえは おまもりのことを しらなかったのか。 さて・・・ おしゃべりは ここまでだ。 ここらで きえてもらおうか・・・ くっくっくっ・・・ おれは・・・」

 



かんだ「おれは あやしろけに かったんだ! はっはっはっはっ!!」


かんだの てに ナイフがひかった!!


かんだ「くたばれ!」
けんいち「うわっ!!」


けんいちが かいちゅうでんとうを
おとしたために あたりは くらやみに
つつまれた!


かんだ「あきらめるんだな!」

 

うわあああっ!


ビシッ! バキッ! ガスッ!


そのとき かんだに とびかかった
おとこが いた!


かんだ「く、 くそお!!」

 



おとこは かんだのてを ねじりあげ、
ナイフを そのてから おとした。

やがて かんだは ぜんぞうの つうほうで
かけつけた けいかんに とりおさえられた。


けんいち「あっ あなたは たしか!」


・・・。

 



けんいち「あなたは もしや・・・」
おとこ「けんいちくんだね やつかちょうで であったとき きづいていれば・・・」
けんいち「かずとさん・・・ですか?」
かずと「そうだ。 ずいぶんさがしたよ。 もとこさんから ねえさんのはなしを きいたようだね。 きみに みせたいものが あるんだ」
けんいち「? ・・・・・・」


それは ユリから かずとにあてた
てがみだった。 ちち たかおの
ふこうが つづられている。
そして、 さいごに こうかかれていた・・・


・・・でも わたしには けんいち がいるわ。
ふたりで つよく いきてゆきます。
だけど もし・・・
もし わたしに なにかあったら・・・
そのときは おねがい かずと、
あのこの ちからに・・・
なってやって ちょうだい。

 

かずと「すぐにでも ねえさんのところへ いきたかった・・・ でも おなじころ ぼくの ははが やまいにたおれた。 そんなわけで ぼくが やつかちょうを おとずれたのは 5ねんも あとのはなしなんだ。 そこで はじめて あのかじのことを さわこさんから きいたんだ・・・ ほうりつかを めざす きもちが かわらない ものになったのも そのときだ。 きみを すてごとして そだてるという はなしをきいた ぼくは、 さわこさんに きみをまかせた。 そして ことしやっと ねんがんの しほうしけんに うかったぼくは おおきくなった きみに あってみようと やつかちょうへ いったんだ。 そこで もとこさんから はなしをきき さがしているうちに、 ぼくは きみが たんていとして あやしろけの ちょうさにむかって いることをしった・・・。 ふしんにおもった ぼくは あやしろけに やってきた。 そして どぞうの まえで たおれていた ぜんぞうさんを みつけ あわてて なかに はいったんだ。 ほんとうに あぶないところ だったね」
けんいち「・・・・・・! あっ」


なんと けんいちの シャツのひだりむねには
かんだの ナイフによる あながあいていた。
そして ナイフから かれを すくったのは・・・
カギのはいった おまもりぶくろだった!!


かずと「きみは きょうから あやしろけの こうけいしゃだ。・ りっぱにやしきを つぐことが ねえさんの ためだ・・・ ! お、 おいきみ! これは・・・」


けんいちは おうごんのインを
かずとに てわたすと こういった。

 



けんいち「かずとさん。 ぼくは、 あやしろ けんいちじゃない・・・ とおやま たかおと ユリの むすこの けんいちです・・・。 それに ぼくは・・・ ぼくにとって もっと たいせつなものを てに いれました・・・。 うしないかけていた かこと・・・ この ・・・かあさんの、 しゃしんです」

 

・・・。

 

 




 

 

 

ファミコン探偵倶楽部 -消えた後継者- 前編

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。


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ファミコン探偵倶楽部 -消えた後継者-

 

このものがたりは フィクションで あり、
とうじょうする じんぶつめい、 ちめい、
だんたいめいは じつざいの ものとは
いっさい かんけい ありません。


あなたは だれかに だきかかえられていた。
もうろうとする いしきのなかで おとこの
こえが ひびいている。

 



おとこ「おっ! きがついたか。 しっかりするんだ きみっ!」

あなた「ぼくは どうして・・・ ここは いったい どこだ・・・? ぼ、 ぼくは だれだ・・・ な、 なにも おもいだせない・・・」

おとこ「きみ、 なにも おぼえていないのか?」


あなたは きおくを うしなっていた!


あなた「ぼくは・・・ だれだ・・・」


あなたは ふたたび
きが とおくなってゆくのを
かんじていた・・・


・・・。

 



あなたは たすけてくれた おとこの
へやで めざめた。
おとこのマンションは おおさとし という
まちにあった。


おとこ「さいなん だったね。 でも ぶじで よかったよ。 わたしは あまち というんだ、 よろしく。 ちからに なれることが あるかも しれないから いつでも おいで。 そうだんに のるよ。 わたしが ちょうど うなかみの がけの そばを とおりかかったら みちばたの くさむらに きみが たおれていた。 どうも がけの うえから したの くさむらまで おちた みたいだな。 はんたいがわは うみになっていて、 ひとも めったに とおらない そうだから ふこうちゅうの さいわいだったよ」


じぶんのからだを しらべた。


あなた「じこの ときの ものかな? あたまに ケガを している」
あまち「とりあえず うなかみのがけへ いけば なにか おもいだせる かもしれないね」


じこげんばに いどうした。


・・・。

 



あなた「ここで あまちさんが ぼくを たすけてくれたんだ・・・」


さびしげな なみのおとだけが
きこえてきます。


あなた「あまちさんの はなしだと、 ぼくは このあたりに たおれていたってことに なる。 がけの うえから ここへ おっこちた わけか・・・。 ・・・だれかの こえがする・・・」

 



「おや? おんなのこが さけんでいる」


がけのうえへ いどうした。


・・・。



おんなのこ「れんらくも しないで どこに いっていたの? しんぱい したんだから!」
あなた「きみは ぼくの しりあいなんですか?」
おんなのこ「なにを ふざけてるのよ? あなたと おなじ たんていじむしょの あゆみ じゃないの。 ええっ! きおくそうしつですって!」
あなた「うーん、 なにも おもいだせない・・・」
あゆみ「ここから さっきの くさむらへ おちて きを うしなったらしいですって? もし はんたいがわの うみのほうへ おちてたら たすからなかったわよ! わかったわ。 とにかく いっしょに じむしょまで きてちょうだい」


うつぎじむしょへ いどうした。


・・・。

 



うつぎ たんていじむしょです。


あゆみ「ここは うつぎせんせいの じむしょで わたしたちの しごとばよ。 せんせいは いないみたいね。 あなたと せんせいが しりあったのは あなたが まだ ちゅうがくせいぐらいの ころの はなしだそうよ。 はなればなれになった りょうしんを さがしていた あなたは このまちで せんせいと しりあったの」
あなた「どうして あのがけへ きたんだい?」
あゆみ「あなたが あそこで だれかに あうと いって でんわ してきたから れんらくを まっていたんだけど・・・。 なんの れんらくも ないし、 しんぱいに なって・・・」
あなた「ぼくが・・・だれかに あう?」


テーブルの うえを しらべた。


あなた「おや? なにか メモが あるぞ。 みょうじんむら あやしろ と かいてある!」
あゆみ「あなたが かいたもの みたいね」
あなた「よし、 みょうじんむらへ いってみよう!」
あゆみ「まって! なまえぐらい おもいださなきゃ どうしようも ないわよ。 おもいだしてみて!」
あなた「うーん・・・・・・・・・そうだ! おもいだしたぞ! ぼくの なまえは もりた けんいちだ!」


さあ! いよいよ ほんかくてきな
そうさの かいし です!


・・・。

 




====================

あやしろの いえに

あだなすもの あらば

われ

しごの せかいより

よみがえりて

そのものに

わざわいを もたらさん・・・


====================

 

 




・・・。

 



すうじかんご、 けんいちは
みょうじんえきに おりたっていた。

けんいちが じこにあった うなかみのがけは
この みょうじんむらと あまちの
マンションのある おおさとしとの ほぼ
ちゅうかんにあたる ばしょだった。


けんいち「ぼくは ここに きたことが あるんだろうか・・・?」


えきいんに たずねる。

 



えきいん「はっ? なんの ごようですか。 あやしろ、ですか。 あやしろけのこと でしょう。 あそこにみえる、 あの やまのふもとの おおきな やしきです。 みょうじんむら ですか? ごらんのとおりの しずかなむらですが、 ここには ふるくからの いんしゅうや きみのわるい いいつたえが いまでも かたりつがれているんですよ。 あやしろけ ですか? せんごく じだいは このあたりの りょうしゅ だったそうですが、 いまは にほんゆうすうの しさんか として ゆうめいです。 ・・・そういえば あなたは このむらに こられたことが ありましたね」


あやしろけへ いどうした。


・・・。

 



あやしろけの げんかんです。

しつじらしき おとこが
でむかえて くれました。


しつじ「もりたさま! どこへ いっておられたのですか? しんぱい しておりましたよ」
けんいち「えっ? ぼくのことを ごぞんじなんですか?」
しつじ「?!」
けんいち「じつは・・・ ぼく・・・」
しつじ「えっ! きおくそうしつ! では いらいした ちょうさのないようや わたくしの なまえまで わすれて しまわれたのですか!」
けんいち「?! ・・・・・・」
しつじ「もりたさま。 よく おききください。 わたくしのいらいをうけた もりたさまは、 ちょうさのないようを きくために せんじつ このやしきへ まいられました。 その ちょうさというのは せんじつ なくなりました とうけのあるじ あやしろ キクさまについてでございます。 おもいだして くださいませ・・・!」
けんいち「?! ・・・・・・」
しつじ「おいしゃさまは しんふぜんと しんだんされましたが・・・ わたくしには ただの びょうしとは おもえないのです」
けんいち「つまり キクさんは なにものかに よって・・・」
しつじ「それを もりたさまに ちょうさして いただこうと このやしきへ およびしたのです。 それなのに こんなことに なろうとは・・・。 ちょうど ここまで おはなしさせて いただいたとき、 もりたさまに どなたさまからか おでんわが かかってまいりました・・・。 そのでんわのあと じゅうような じょうほうが てにはいるかもしれないと おっしゃって このやしきを でていかれたでは ありませんか」
けんいち「?! ・・・・・・」
しつじ「キクさまは あやしろしょうじの かいちょうでしたが、 78さいの こうれいのうえ しんぞうが よわっておられたのです。 そこで ゆいごんしょを さくせい されたのですが、 ゆいごんこうかいの ちょくごに ごじぶんのしんしつで なくなられてしまったのです。 ここまで おはなししても まだ おもいだして いただけませんか!」
けんいち「・・・そうだ! たしかに ここで いらいを うけた! おもいだしたぞ! そして あなたは・・・ ぜんぞうさん でしたね!」
ぜんぞう「おもいだして いただけましたか! おもいきって おはなしして よかった・・・」


ゆいごんしょについて たずねた。


ぜんぞう「ゆいごん こうかいには キクさまの ごしんせきのかたが たちあわれただけです。わたくしには ちょっと・・・ わかりかねますが」


しんせきについて たずねた。


ぜんぞう「キクさまの おいの あやしろ カンジさまと じろうさま それに めいの かすが あずささまの 3にんさまです。 カンジさまは 3にん きょうだいの ちょうなんで、 あやしろしょうじの しゃちょうを なさっています。 じろうさまは ごきょうだいの すえっこで、 あやしろしょうじの せんむを なさっています。 かすがけへ とつがれた あずささまは ごきょうだいの2ばんめに あたられます。 みなさま そのひのために おあつまりに なられたので、 ここに すんでおられる わけでは ございません。 ただ あずささまだけは、 しばらく こちらに おとまりになるそうです。 いまは どちらかへ おでかけのようで、 いらっしゃいませんが。 ・・・もりたさま。 キクさまが なくなられた しんしつを ごらんになりませんか?」


キクのしんしつへ いどうした。


・・・。

 



キクの しんしつです。

キクは このしんしつの ふとんのうえで
しんでいたと いうことです。


あやしろけについて たずねた。


ぜんぞう「やしきには わたくしのほかに あかねという おてつだいが おります。 キクさまの いたいを はっけんしたのは あかねです」


しいんについて たずねた。


ぜんぞう「くまだせんせいは しんふぜんに まちがいないと おっしゃっていましたが・・・」


くまだのことについて たずねた。


ぜんぞう「キクさまの かかりつけの せんせいで このむらで ただひとりの おいしゃさまです。 もりたさま。 いちど くまだせんせいに あっていただけませんか」


くまだいいんに いどうした。


・・・。

 

 

 

 



くまだ いいんです。


けんいち「たんていの もりたともうします」
くまだ「わしが くまだぢゃ、 よろしく」


あやしろけについて たずねた。


くまだ「かすが あずさ というおんなが のどをいためて いま、 ここにきとるぞ。 あやしろけの かんけいしゃ だそうぢゃ」


キクのことについて たずねた。


くまだ「しんふぜんぢゃ。 ・・・・・・とはいうものの、 こんな きゅうに なくなられるほど わるかった わけでも ないんぢゃが。 まあ、 ときが ときぢゃから しつじが ふしぜんと おもうきもちも わからんでは ないがのう・・・」


ゆいごんしょについて たずねた。


くまだ「ゆいごんを こうかいしたばんに なくなられた とはのう・・・」


あずさを よんだ。

 



あずさ「わたしが かすが あずさ だけど・・・」
けんいち「たんていの もりたともうします。 ちょっと おたずねしたいのですが・・・」


あずさに あやしろけについて たずねた。


あずさ「ゆいごんこうかいのばん、わたしたち きょうだい3にんは みんな やしきに とまったわ ・・・コホン! こんなことは めったにないことだけど」
けんいち「それじゃ、 キクさんの なくなられたよる みなさん やしきのほうに いらっしゃったんですね?」
あずさ「なによ! わたしたちが なにか やったとでも いうつもり? じょうだんは よしてよね! コホン!」


あずさに キクのことについて たずねた。


あずさ「おばさま? あやしろけの あるじで、 あやしろしょうじの かいちょう。 でも いまでは おはかのなか・・・ どう こんなところで いいかしら? たしかに タイミングが よすぎたかもね。 ゆいごん こうかいのばんに とつぜん なくなったんだから・・・コホン」


あずさに ゆいごんしょについて たずねた。


あずさ「ゆいごんの ないようを はなせですって? そんな めんどうなこと ごめんだわ! にいさんたちにでも きけば いいでしょ」
くまだ「おっ、そうそう キクさんは ちかくの かぐらでらに まいそう されたんぢゃ」


かぐらでらに いどうした。


・・・。

 



かぐらでらの ぼち です。


おはかを しらべた。

 



げんしん「こらっ! はかに いたずらしちゃ いかん!」
けんいち「すいません。 いたずらしてたわけじゃ ないんです」
げんしん「おや? あんた むらのもんじゃないな。 それじゃ、 このむらの でんせつについて しらんのも むりはないのう」
けんいち「でんせつ・・・?」


キクのことを たずねた。


けんいち「キクさんの いたいに なにか ふしんな ことは かんじませんでしたか?」
げんしん「べつに なかったのう。 キクさんは やすらかに ねむっとる!」


でんせつについて たずねた。

 



げんしん「むらびとたちのあいだで、 ふるくから かたりつがれている きみのわるい はなしなんじゃ・・・ あやしろのあるじが むねんのしを とげたとき・・・。 あるじは はかのなかから よみがえり うらみに おもう にんげんを ころすと いわれておるのじゃ」
けんいち「! ・・・・・・」
げんしん「それというのも このむらでは いまだに いたいを どそうに しておるからじゃろう」
けんいち「では キクさんのいたいも そのまま・・・」
げんしん「もちろん そのまま ここに うまっとる。 さらに あやしろけにはのう・・・ この でんせつのもとに なったらしい せんごくじだいからの いいつたえも あるのじゃぞ。 ・・・そうか、 くわしく ききたいのか。 せんごくじだい あやしろけは このあたりの りょうしゅ じゃった。 あるとき いくさに やぶれてのう、 かろうじて いきのびた ものたちは みょうじんやまの とりでに たてこもった。 それで てきがたの りょうしゅは みせしめに あやしろの せんぞだいだいの はかを ほりかえしたんじゃ。 やがて さいごの けっせんと なったが あやしろの りょうしゅは ころされた。 ・・・のろいの ことばを のこしてな。 いくさが おわり、 てきの とのさまが むらを おとずれたが、 まもなく なぞの しを とげたのじゃ。 あるものは あやしろの のろいで くるったと いい、 また あるものは はかから よみがえった あやしろの りょうりゅが くびを はねた ともいう。 それが いまでも このむらに かたりつがれ でんせつと なったのじゃ」


みょうじんえきへ いどうした。


・・・。

 



みょうじんえきです。


けんいち「あっ そうそう おてつだいのことを きかなきゃ」


えきいんを よんだ。

 



えきいん「はっ? なんのごようですか」


あかねのことについて たずねた。


えきいん「さっき ここを とおって あやしろけのほうへ いきましたよ」


あやしろけへ いどうした。


・・・。

 



あやしろけの げんかんです。


あかねのことについて たずねた。


ぜんぞう「あっ もりたさま、 あかねが もどってまいりましたよ。 キクさまの しんしつに いるはずです」


キクのしんしつに いどうした。

 



キクの しんしつです。

おてつだいの あかねです。


キクのことについて たずねた。


あかね「あのひ おくさまが なかなか おきて いらっしゃらないので ようすを みに ここへきたんです。 そのときは すでに・・・。 ゆいごんしょの こうかいが おわったあと しんしつへ もどられてまもなく ほっさを おこされたらしいと、くまだせんせいが おっしゃっていました。 わたしさえ きをつけていれば・・・」


きづいたことを たずねた。


あかね「そういえば ゆいごんこうかいのひ みなさま いまのほうへ あつまってらっしゃるときに にわで アキラさまを みました」
けんいち「アキラ?」
あかね「こえを かけようとすると おどろいて どこかへ いって しまわれたのです。 どうされたのかしら?」


ぜんそうを よんだ。

 



ぜんぞう「はい、 どういった ごようでしょうか」


アキラのことについて たずねた。


けんいち「アキラというひとも きていたんですか?」
ぜんぞう「アキラさまが あのひ ここへですか? わたくしは ぞんじませんでしたが・・・。 ・・・おや? でんわが かかってまいりましたので、 ちょっと しつれいさせて いただきます」


たたみの こげあとを しらべた。


けんいち「おや、 たたみが こげているぞ」


ぜんぞうを よんだ。

 



ぜんぞう「はい、 どういった ごようでしょうか」


ぜんぞうに こげあとについて たずねた。


ぜんぞう「はて、 いつ できたのでしょうか? いままで きづきません でしたが。 ・・・もりたさま、 おでんわは あゆみさまからでした。 いちど じむしょのほうへ おもどり くださいとのことです」


うつぎじむしょへ いどうした。


・・・。

 



あゆみ「ちょうさの すすみぐあいを しりたくて でんわしたの。 どう、 すすんでる?」


すいりする。


あやしろしょうじの かいちょう キクの
とつぜんのしに ぎもんをもった しつじが
いらいにんだった。

それというのも キクが ゆいごん
こうかいのちょくごに しぼうしたからだ。
ゆいごんしょに いったい なにが
かかれていたと いうんだ?

アキラという おとこが やしきに
きていたらしいが ぐうぜんなのだろうか?
いまのところ キクのしいんは しんふぜん
いがいに かんがえられないようだが・・・


あゆみ「あやしろ しょうじのことを しらべる ひつようが ありそうね。 それは わたしが しらべてみるわ! だから けんいちくんは あやしろけに いって もっと くわしく ちょうさ してきてね」


あやしろけへ いどうした。


・・・。

 



ぜんぞう「もりたさま、 いまのほうに カンジさまが おみえですが。 おはなしされては いかがですか?」


いまへ いどうした。


・・・。

 



あやしろけの いまです。


カンジ「ゆっくり くつろいでおったのに いったい なんのようかね」


ゆいごんしょについて たずねた。


カンジ「ゆいごん こうかいのときに とった メモが ある まあ、 みたまえ」
けんいち「では はいけんします・・・」


メモは あやしろしょうじのことと キクの
こじんざいさんについて かかれている。
・・・あやしろしょうじのかいちょうとして
キクがもっていた すべてのけんりは・・・

あやしろけのせいとうなる こうけいしゃの
しるしをもつ・・・

あやしろ ユリに ゆずられるものとする。


もりた「あやしろ ユリ・・・・・・?!」


キクの こじんざいさんは
はんぶんをユリに のこりのはんぶんを
カンジ、じろう、あずさの3めいで
こうへいに ぶんぱいすべし。


アキラのことについて たずねた。


カンジ「わしの むすこだが? 23にもなって、 しごともせずに フラフラしおって・・・」
けんいち「ゆいごんこうかいのひ アキラさんも きておられたそうですが・・・」
カンジ「なにっ? わしはしらんぞ! だいいち・・・ アキラは ゆいごんこうかいのことなぞ しらんはずだ」


あずさのことについて たずねた。


カンジ「ひどいしゃっきんで ずいぶん かねに こまっているようだ。 もともと ここのいさんを あてに しとったうえに、 かいちょうや わしにまで しゃっきんを しとる。 ばかなやつだ」


ユリのことについて たずねた。


けんいち「ユリさんというのは だれなんです?」
カンジ「かいちょうの ひとりむすめだ。 20ねんまえ いえを とびだしたまま ゆくえふめいだ」


しるし について たずねた。


けんいち「こうけいしゃの しるし って なんなのですか?」
カンジ「どんなものかは しらんが・・・ あやしろけの せんだいの じつのこどもや まごといった ほんけすじの にんげんだけが てに できるそうだ。 わしら ぶんけすじの にんげんには えんのない しろものだよ。 ただし せいとうな こうけいしゃが あらわれなかった ばあい、 あやしろしょうじは わしら しんぞくの てによって うんえい してゆくことになる。 ・・・とうぜんだな」


ぜんぞうを よんだ。

 



ぜんぞう「はい、 どういった ごようでしょうか」


アキラのことについて たずねた。


ぜんぞう「・・・・・・」


キクのしんしつへ いどうした。


・・・。

 



キクの しんしつです。


ぜんぞうを よんだ。

 



ぜんぞう「はい、 どういった ごようでしょうか」


アキラのことについて たずねた。


ぜんぞう「さきほどは カンジさまの てまえ、 もうしあげ にくかったのですが・・・。 アキラさまは どうも なんどか けいさつの おせわに なられたことが あるようなのです」


いまに いどうした。


・・・。

 



あやしろけの いまです。


カンジを よんだ。

 



カンジ「ひとを またせるとは なにごとだ。 また タバコをすって しもうたわい」


ゆいごんしょについて たずねた。


カンジ「あ そうそう いいわすれておったが ゆいごんしょの さくせいには べんごしの かんだが てつだっておった」
けんいち「? かんだ・・・?」


かんだのことについて たずねた。


けんいち「かんだ べんごし というのは どういう ひとなのですか?」
カンジ「あやしろしょうじの こもんべんごしだ。 かいちょうから しんらいされておった。 わしらも よく そうだんにのって もらっている」


きづいたことについて たずねた。


カンジ「あやしろしょうじは わしに・・・ い、 いや・・・ かいしゃのことは わしと じろうに まかせておけばいいんだ。 ・・・もう いいかね? わしは いそがしいので しつれいするぞ」


ぜんぞうを よんだ。

 



ぜんぞう「はい、 どういった ごようでしょうか」


かんだのことについて たずねた。


けんいち「かんだ べんごし というのは どういう ひとなのですか?」
ぜんぞう「あっ! そうそう ゆいごんこうかいには かんださまも たちあっておられました。 そういえば もりたさまは まだ かんださまとは あっておられませんね。 かんださまの じむしょの でんわ ばんごうは *16の たんしゅく ダイアルです」


ユリのことについて たずねた。


けんいち「ユリさんというのは だれなんですか?」
ぜんぞう「キクさまの おじょうさまです。 たいへん うつくしく、 こころのやさしいかたでした。 あるじじょうで このいえをでられたまま いまでは どこに いらっしゃるのかさえ わからないのですが・・・ かんがえてみれば、 とうけの こうけいしゃと なられるのは ユリさまいがいには かんがえられません。


しるし について たずねた。


けんいち「こうけいしゃの しるし って なんなのですか?」
ぜんぞう「どんなものかは ぞんじませんが・・・ ユリさまが もっておられるのでしょうか?」


きづいたことを たずねた。


けんいち「ユリさんのことや しるしのことを もっとくわしく ききたいのですが・・・」
ぜんぞう「はあ、ほかに ごぞんじなかたといえば じろうさまか あずささま ぐらいでしょう。 あずささまは まもなく もどられる はずです。 それと ユリさまのことでしたら むらびとのなかにも しっているものが いるとおもいますが・・・」


みょうじんえきへ いどうした。


・・・。

 



みょうじんえきです。


あたりのひとに こえをかけた。


むらびと「なんかようかの?」


ユリのことを たずねた。


むらびと「・・・へへっ あやしろ ユリさんの ことなら くまだせんせいが よく しっているようだで」


あやしろけについて たずねた。


むらびと「あのいえは のろわれとるだよ・・・ たくさんのひとの うらみつらみで おおきくなった いえじゃからな・・・。 キクさんが ころされたって はなしも ただの うわさとは いいきれねえだ」


でんせつについて たずねた。


むらびと「キクさんはのう、 まんげつのばんに はかから でてきなさるだ。 きっと また しにんがでるに ちげえねえだよ・・・」


くまだ いいんへ いどうした。


・・・。

 



くまだ いいんです。


くまだ「おお、 なんの ようぢゃ」


ユリのことについて たずねた。


ポッ!


けんいち「せんせい、どうしたんです? ほほなんか そめちゃって」
くまだ「な、なんでも ないんぢゃ・・・」
けんいち「せんせい もしかして ユリさんのこと・・・」
くまだ「な、 なにをいうとるか! ユリさんのことなら げんしんにきいてくれ・・・さっさと いかんか! ・・・ポッ!」
けんいち「あーあ としがいもなく テレちゃって」
くまだ「・・・はよ いけというのに!」


きづいたことを たずねた。


くまだ「あずさが きょうも きとったぞ。 くすりだけもって さっきかえったとこぢゃ。 いまごろは やしきに おるんぢゃないのか?」


かぐらでらへ いどうした。


・・・。

 



かぐらでらの ぼち です。


ユリのことを たずねた。


げんしん「ユリは キクさんの ひとりむすめじゃ。 20ねんまえ このむらへ しごとで やってきた せいねんと しりあったんじゃ。 ふたりは やがて あいしあうように なったんじゃ。 じゃが キクさんの だんなが ふたりのなかを もうはんたいしたんじゃ。 みぶんが ちがうとな・・・ しかし ユリの けっしんは かたく、 ついに かけおちして しもうたんじゃよ。 ・・・それでも ユリは ひとりむすめ じゃからのう、 キクさんは こうけいしゃの あかしを もたせた ようじゃが・・・」


あやしろけへ いどうした。


・・・。

 



あやしろけの げんかんです。


あたりを しらべた。


ぜんぞう「どなたか おさがしですか? あずささま でしたら たったいま おかえりになりましたよ」


いまへ いどうした。


・・・。

 



あやしろけの いまです。


アキラのことを たずねた。


あずさ「ああ、 にいさんの どらむすこね。 ゆいごん こうかいのひも こっちで あったけど。 そういえば そのときアキラは だれかと コソコソ あっていたようね」
けんいち「え? いったいだれと・・・」
あずさ「それは ごじぶんで おしらべになれば? たんていさん」


じろうのことを たずねた。


あずさ「おばさまが なくなって いちばん こまったことに なったのは・・・ じろう じゃないかしら?」
けんいち「それは どういう いみ ですか?」
あずさ「しゃちょうの カンジにいさんと せんむの じろうはね、 かいしゃのなかで はげしく たいりつしてたのよ・・・コホン! いままでは おばさまが いたから カンジにいさんも あやしろしょうじを おもいどおりに できなかったけど・・・ いまはもう にいさんの のぞむままね。 カンジにいさんが いるかぎり せんむの じろうは かいしゃのなかで ちいさくなってなきゃ ならなくなったのよ」


かんだのことについて たずねた。


あずさ「あたまは きれるらしいわね。 かいしゃの そうだんやくにも なっている ようだけど」


しるし について たずねた。


あずさ「しらないわよ、 そんなもの。 わたしには かんけいないわ」


カンジのことについて たずねた。


あずさ「カンジにいさんにとって おばさまの こじんざいさんなんて どうでも いいんじゃないかしら? それよりも・・・ あやしろしょうじを じゆうにできる ことのほうが よほど みりょくてきなことに ちがいないわ。 ユリさんが あらわれないことを こころのなかで ねがってるんじゃない?」


ぜんぞうを よんだ。

 



ぜんぞう「はい、 どういった ごようでしょうか」


アキラのことについて たずねた。


ぜんぞう「あのひ あかねが みかけたアキラさまは なにやら おおきな にもつをもって やしきのうらにある どぞうのあたりで うろついて いらっしゃった そうなのです。 なにをなさって おられたのやら・・・」
けんいち「どぞう? おおきなにもつ??」


じろうのことについて たずねた。


ぜんぞう「おいそがしいかた ですから・・・ こんな じかんでも まだ おしごとちゅう でしょうね」


かんだのことについて たずねた。


ぜんぞう「りっぱなかた です。 キクさまが なくなられたとき わたくしのはなしを しんみになって きいてくださいました。 では、 いちど たんていに ちょうさを たのんでみてはどうか、 ということで ゆうめいな うつぎたんていじむしょの ゆうしゅうな たんていで いらっしゃる、 もりたさまのことを かんださまが おしえてくださったのですよ」
けんいち「えっ? そうだったんですか」
ぜんぞう「かんださまの じむしょの でんわ ばんごうは *16の たんしゅく ダイアルです」


きづいたことについて たずねた。


ぜんぞう「むらびとたちが きみのわるいことを うわさして おりましたでしょう?」
けんいち「ああ、 まんげつのばんに キクさんが よみがえる というはなしですね。 きみのわるい はなしですね」
ぜんぞう「むらびとたちが いいかげんなことをいって かってに さわいでいるだけ でございます。 そういえば・・・こんやあたりが ちょうど まんげつ ですね」
けんいち「・・・まんげつか」


うつぎじむしょへ いどうした。


・・・。

 



あゆみ「ずいぶん おそかったわね。 わたしも たったいま かえったところなの。 それで、 あやしろ しょうじの ことだけどね・・・ ぜったいてきな はつげんけんを もっていた キクが なくなったことで、 あやしろしょうじは たいへんみたいよ。 それというのも じつは・・・ しゃちょうと せんむの たいりつに とうとう ひが ついちゃったらしいの。 いまのところは しゃちょうの カンジが たちばてきに かなり ゆうりなようだけど、 せんむの じろうだって だまってないから ふたりのたいりつは これからますます はげしくなっていくんじゃないかしら? カンジにとって あたらしい めのうえの たんこぶ、 ってわけね」


すいりする。


まず カンジだが、 キクが しんだことで
じじつじょう あやしろしょうじのじっけんを
にぎったことになる。

いっぽうのじろうは かいしゃでの
たちばが わるくなってしまった。
かねにこまっていた あずさには
キクのいさんが ころがりこむことになった。

そして あの ゆいごんしょに かかれていた
ユリ という ゆくえふめいの じんぶつには、
かいちょう キクの すべてのけんりが
そっくりそのまま ゆずられるわけだ・・・

それと もうひとつ・・・
アキラは どぞうのそばで
いったい なにを・・・


あゆみ「こんやは もう おそいから ちょうさのつづきは また あしたに しましょ」


あまちのへやへ いどうした。


・・・。

 



あまちの へやです。


けんいち「しつれいします。 くつろいでおられるところ すみません」
あまち「いや テレビをみていただけだよ。 ゆっくりしていけば いいさ」


あやしろけについて たずねた。


けんいち「あまちさん、 ぼくは どうも あやしろけの ちょうさのために みょうじんむらへ いっていたようなんです」
あまち「そうだったのか。 だから きみは あんなところに いっていたわけだ。 それじゃあ・・・ あのがけへ なにをしに いったのか おもいだしたのかい?」
けんいち「そこまでは・・・わからないんです」
あまち「・・・そういえば あやしろしょうじは しゃちょうが かねてから つよく きぼうしていた しんじぎょうへ しんしゅつすることに なったそうだよ。 かいちょうの キクさんの はんたいで ずっと えんき されていて、 ことしが そのきげん だったとも しんぶんに かかれていたよ。 おもえば かいちょうが なくなったのは しゃちょうにとって ずいぶん つごうの いいこと みたいだね」
けんいち「! ・・・・・・」

 



あまち「おや? そくほうだ。 じけんが おこったようだな。」


あやしろしょうじの あやしろ カンジ
しゃちょうが みょうじんむらの もと
かいちょうたくの どぞうのなかで

なにものかに よって さつがいされた
もようです。


けんいち「なんだって! カンジがころされた!」
あまち「とにかく いそぎたまえ!」


・・・。

 



どぞうのおくに ちに そまった
カンジの したいが あります。


かんしき「かんけいしゃ いがいは たちいりきんしだよ。 えっ? きみが うつぎさんのところの たんていだって?」
けんいち「したいの ちかくまでいっても いいですか?」
けいかん「したいや まわりのものには ぜったいに てを ふれないでくれよ」


・・・。

 



カンジのめは みひらかれ、
なにかを うったえようと
しているかのようだ。

おや? カギが おちている・・・
どこの カギだろう?


けいかん「こらっ! かってに さわるんじゃない。 しもんが つくじゃないか!」


カギは かんしきに まわされました。
けいかんが カギをぜんぞうに みせたところ
この どぞうのカギだと はんめいしました。


けんいち「しゅっけつは すくないようだ。 ナイフが ささったまま だからかな」


カンジのむねに ふかぶかと ささっている。


かんしき「これは おんなのちからじゃ むりかな?」
けいかん「きみ、 そろそろ どいてくれないか」
けんいち「あ、 すいません・・・」


・・・。

 



かんしきに しいんを たずねた。


かんしき「ナイフで むねを ひとつき! そくしだろうね。 キズは しんぞうまで たっしているよ」


しぼうじかんについて たずねた。


かんしき「さくばんの 10じから 11じ までのあいだ だろう。 しつじのしょうげんとは ちょっと くいちがうんだがね」


したいについて たずねた。


かんしき「ほとんど あらそうこともなく いきなり しょうめんから さされたようだ。 こういう じょうきょうは みうちによる はんこうのとき よくみられるね。 あやしろけのひとたちに はなしを きいてくれて かまわんよ。 はっけんしゃは ここの しつじだそうだ」


まわりを しらべた。

こうかな こっとうひんが たなに ならべられています。


けんいち「おや? どぞうのおくに もうひとつ とびらが ある・・・ なんだろう? じょうまえが かかっていて カギがなければ あきそうもないなあ・・・」


ぜんぞうを よんだ。

 



ぜんぞう「もりたさま! カ、カンジさまが・・・! なぜ このようなおそろしいことに!?」


アリバイについて たずねた。


けんいち「しつれいですが きのうの 11じごろ あなたは どこで なにを なさってましたか?」
ぜんぞう「いつもどおり 11じから 12じごろまで やしきのみまわりを いたしておりました」
けんいち「では、 そのとき カンジさんのしたいを はっけんされたんですか?」
ぜんぞう「いいえ。 そのとき どぞうの とびらには しっかりと カギが かかっておりました。 ところが けさはやく どぞうのまえを とおりかかって ふと とびらをみましたら、 カギは いつのまにか はずれていたのです! おどろいて なかに はいってみると カンジさまが かわりはてた すがたで・・・」
けんいち「しかし どぞうで さつじんがあったのは ゆうべの 11じごろと いうことですよ?」
ぜんぞう「けいさつのかたも わたくしの かんちがいでは ないかとおっしゃるのです」


とびらについて たずねた。


けんいち「とびらの おくには なにか あるのですか?」
ぜんぞう「さあ・・・ なんのために つくられたものか わたくしは ぞんじません」


こっとうひんについて たずねた。


「じつは ここにほかんされていた こっとうひんの いくつかが なくなっているのです! あのナイフも ここにあったものの ひとつです。 きっと ものとりの しわざに ちがいありません!」


カギについて たずねた。


けんいち「どぞうのカギは ふだんは だれが もっていたんです?」
ぜんぞう「キクさまの しんしつにある タバコいれの ひきだしに しまって あったはずですが・・・ だれかが もちだしたのでしょうか・・・!?」


あかねを よんだ。

 



あかね「は、はい・・・ およびでしょうか・・・」


アリバイについて たずねた。


あかね「・・・けいさつのかたに すべて おはなし いたしました・・・」


こっとうひんについて たずねた。


あかね「! ・・・し、 しりません わたし・・・」


カギについて たずねた。


けんいち「どぞうのカギの ことについて なにか しっていることは ありませんか?」
あかね「し、しりません! わたし そんなこと なにもわかりません! ほんとうです!」


タバコいれについて たずねた。


あかね「! ・・・し、 しりません わたし・・・」

 



おとこ「に、 にいさん! どうして こんな こんなことに・・・! ちくしょう! いったい だれが にいさんを!」
けんいち「! あやしろ じろうさんですね? ちょっと うかがいたいことが・・・」
じろう「なんだ!? きみは!」
ぜんぞう「もりたさま、 いまで はなされては いかがでしょうか?」
けんいち「そうですね、 では・・・」


・・・。

 



けんいち「ついに さつじんが おこってしまった。 いったい だれが カンジを・・・」
じろう「きみは いったい なにものなんだ!? なに? たんてい? その たんていが わたしに なんのようだね!?」


いっけん とりみだしているようだが・・・
なんか わざとらしいな・・・?


あずさを よんだ。

なにも はなしたくないと いって
でてこない。


あずさのことを たずねた。


じろう「ひどい しゃっきんをして すぐにでも かねが ほしいだろうが ユリが みつかるまで いさんのぶんぱいが できないから いらついているようだ」

カンジのことについて たずねた。


じろう「にいさんに みてもらいたい しょるいが あったんだ。 かいしゃには でていないし、 ここに いるだろうと きいて やってくれば このありさまだ・・・ ちくしょう・・・ いったいだれが カンジにいさんを!」


アリバイについて たずねた。


けんいち「しつれいですが きのうの 11じごろ あなたは どこで なにを なさってましたか?」
じろう「なんだと? わたしを うかがっているのか? しっけいな! だいいち けいさつの にんげんでもない きみに・・・ なぜ わたしが そんなことに こたえなきゃならんのだ! きみに そんなことを きくけんりが あるのかね!」


こっとうひんについて たずねた。


じろう「アキラが あそぶかね ほしさに ぬすんだんじゃないのか!」


きづいたことについて たずねた。


じろう「これから にいさんのぶんまで がんばらねばならんのだ。 きみの あいてなど しているひまはない! ・・・なんだね。 さっきから ジロジロと・・・ しつれいじゃないか! もう きがすんだだろう? しつれいする・・・・・・! ああ・・・そうだ・・・ ひとつだけ おしえてやろう。 こんどのことで あずさ ねえさんは にいさんたちに しゃっきんをかえす ひつようが なくなったわけだ。 まっ なにかの さんこうになるかもな」

 



あずさ「じろう! ちょっと それ どういう いみよ! そういう あんたこそ にいさんが しんで うれしくって しかたないんじゃないの?」
じろう「な、なんてことを! ねえさんこそ・・・ もういい! はなしにならん!」


じろうは いってしまった。


あずさを よんだ。

 



あずさ「こんどは なんなの? あなたが にいさんをころした はんにんを つかまえてくれるとでもいうの? フン、 とんだ おわらいだわ!」


アリバイについて たずねた。


けんいち「しつれいですが きのうの 11じごろ あなたは どこで なにを なさってましたか?」
あずさ「なによ。 わたしが やったとでもいうの? ばかばかしい。 そんなこと あなたに こたえる ひつようないわ!」


こっとうひんについて たずねた。


あずさ「アキラが ぬすんだに きまってるわ!」


アキラのことについて たずねた。


あずさ「きっと アキラが ころしたのよ! どろぼうねこのような まねをしている ところを にいさんに みつかって・・・ あいつなら やりかねないわ! ・・・もう いいでしょ! つかれたから しつれいするわ」


けんいち「だれも いなくなってしまった・・・」


でんわが なっている。

 

けんいち「もしもし・・・ はい あやしろですが、いまだれも・・・えっ、 ぼくですか? うつぎたんていじむしょの もりたと、 もうしますが・・・」
けいさつ「ああ、うつぎさんとこの・・・ いつも おわせに なってます。 かんしきの けっかを ごほうこくしようと おでんわを したのですが・・・ じつは あの どぞうのカギから・・・ あやしろ アキラのしもんが けんしゅつ されました」
けんいち「! ・・・・・・」
けいさつ「したがって アキラを カンジさつがいの ゆうりょく ようぎしゃ として、 ぜんこくに しめいてはい することに なりました。 ただ・・・ きょうきの ナイフからは だれのしもんも けんしゅつされなかったんです。 かいぼうの けっかについては もうすこし じかんがかかると おもいます」


ぜんぞうを よんだ。

 



ぜんぞう「はい。 ただいま もどりました」
けんいち「どちらへ いっておられたんですか?」
ぜんぞう「けいさつのかたを くまだいいんまで ごあんない しておりました」


アキラのことについて たずねた。


ぜんぞう「あれいらい すがたを おみかけ しておりません。 いぜんは よく キクさまの しんしつに でいりされて おられましたのに・・・」
けんいち「! ・・・ぜんぞうさん その、 アキラさんの ことなのですが・・・」
ぜんぞう「えっ?! アキラさまが しめいてはいに! そんな まさか・・・」


タバコいれについて たずねた。


ぜんぞう「そういえば・・・ キクさまが なくなられたとき すでに あの タバコいれは ありませんでした。 まちがいございません!」


アリバイについて たずねた。


けんいち「しつれいですが きのうの 11じごろ あなたは どこで なにを なさってましたか?」
ぜんぞう「まえに おはなししたこと ぐらいで・・・ もりたさま! やはり あのじかん どぞうには ちゃんと カギが かかっておりました。 まちがいありません! もりたさま、 くまだせんせいが なにか、 おはなしが あると おっしゃられてましたよ」


くまだ いいんへ いどうした。


・・・。

 



くまだ いいんです。


くまだ「おお きみか、 おそろしいことに なってしまったのう・・・」


あきらのことを たずねた。

 


けんいち「ようぎしゃは アキラだそうです」
くまだ「なに? そうぢゃったか。 そりゃあ ひがいしゃが ゆだんしたはずぢゃ。 じぶんの せかれに やられるとはのう・・・」


カンジのことについて たずねた。


くまだ「きみが くるまえに わしも けんしに たちあっとったんぢゃが・・・ よほど ふいを つかれたんぢゃろか みごとに ましょうめんから やられとった」
けんいち「とくに かわったところは なかったですか?」
くまだ「いや、 とりたてて なにもなかったのう。 かいぼうの けっかを しらせてくれと いちおう たのんでおいたぞ」


タバコいれについて たずねた。


くまだ「キクさんも むかしは なかなかの ヘビースモーカー ぢゃったが わしが ちゅうい してからは きっぱり やめておったぞ」


かぐらでらへ いどうした。

 



げんしん「おう あんたか。 また でんせつの はなしを ききたいのか?」
けんいち「じつは ゆうべ あやしろけの カンジ というひとが・・・ ころされたんです」

 



げんしん「な、 なに! ほんとうか! それで はんにんは もう つかまったんじゃろうな?」
けんいち「いえ、 まだみたい ですけど」
げんしん「・・・・・・」


でんせつについて たずねた。

 



けんいち「キクさんが よみがえったのかなあ・・・」
げんしん「あ、あんなものは めいしんじゃ! むらびとが かってに さわいどるだけじゃ!」
けんいち「?! ・・・・・・」
げんしん「す、すまんが きょうは もう かえってくれんか!」
けんいち「?! ・・・・・・」


くまだ いいんへ いどうした。


・・・。

 

 

 

 



くまだ いいんです。

くまだ「おお きみか、 おそろしいことに なってしまったのう・・・。 ん? レントゲンを とるぢゃと? からだのぐあいでも わるいのか? おや? そういえば あたまに ケガしとるようぢゃの。 いままで きづかなんだが、 レントゲンをとるほどの ケガでも なさそうぢゃな」
けんいち「じつは うなかみのがけで・・・」
くまだ「あんなところで なに しとったんぢゃ? よほど とくべつな ようじでも あったんか?」
けんいち「?! ・・・・・・」


がけのうえへ いどうした。


・・・。

 



うなかみの がけのうえです。

ほんとうに ぼくは あのひ なんのために
ここへ やってきたんだろう。
・・・いや、 それどころか
ここへきたということさえ おもいだせない。


がけのさきを しらべた。


けんいち「うわ・・・めも くらみそうな ぜっぺきだ。 したの かいめんまで 25メートルぐらい ありそうだ。 ここから おちたら ぶじじゃ すまないな」

 



ろうじん「おい! あぶねえぞ!」
けんいち「ああ びっくりした! あなたは だれですか?」
ろうじん「わしは このむらに すんどる へいきちと いうもんじゃ。 ここは じさつの めいしょじゃから ひょっとしたらと おもうて こえを かけたんじゃがのう」


うなかみのがけについて たずねた。


へいきち「ここへ くるのは とちのものでも わしぐらいの もんじゃろう。 したの はまでも めったに ひとは とおらんしのう。 じゃから あやまって おちたとしても だれも きづかないじゃろう」


じさつについて たずねた。


へいきち「そうじゃのお、 ここから とびこんだら うみに おちるまでに きを うしなうから らくに しねるんじゃろう。 それで めいしょに なったのかのう。 ところで あんた、 よく このがけに やってくる おんなの ひとを しらんかのう。 えらい べっぴん じゃったが。 どこの むすめじゃろ?」
けんいち「おんな? いったい だれなんだろう?」
へいきち「さあのう・・・ きょうはもう すがたを みせんようじゃし わしも そろそろ かえるとするかの」


うつぎじむしょへ いどうした。

 



あゆみ「おかえりなさい けんいちくん。 とうとう さつじんじけんが おきてしまったわね。 しゃちょうの カンジが しんだことで ついに せんむの じろうが あやしろしょうじの じっけんを てに いれたようね。 その じろうだけど、 はやくも しごとに もどって いまでは じぶんの つごうのいいように かいしゃの そしきを せいりしはじめた らしいわよ。 いままで かいちょうのキクや カンジの かげにいた じろうは ここにきて またとない きかいを えた、 というわけね」


すいりする。


カンジは どぞうのなかで ころされていた。
カンジのそばには どぞうのカギが
おちていて、 アキラのしもんがついていた。
さらに・・・

どぞうのなかに あった こっとうひんの
いくつかが なくなっている。
アキラは キクのしんしつに ではいりが
じゆうだったらしい。 そして・・・

キクのしたいが はっけんされた あさ、
しんしつの タバコいれが きえた・・・
そのタバコいれには どぞうのカギが
しまわれていた。

しんしつから カギをぬすんだ アキラが
どぞうから こっとうひんを もちだそうと
したところを カンジにみつかり
そばにあったナイフで グサリ・・・しかし

カンジはなぜ ふだん ひとのこないはずの
どぞうなんかに いったんだろう?
それと もうひとつ・・・

カンジがしんだことで じろうは いっきに
あやしろしょうじの トップに おどりでた。
ろくに はなしもきけてないし、
あのたいど・・・どうも きになるな・・・


おもいだす。


けんいち「まてよ、 アキラは ゆいごんこうかいのひ だれかに あっていたと あずさが いってたな。 あゆみちゃん、 それが だれなのか しらべてみてくれないか?」
あゆみ「わかったわ! アキラのことは わたしに まかせてちょうだい! アキラが ほんとうに こっとうひんを ぬすんだなら、 どこかへ うりとばしているかもね。 あなたは いちど あやしろしょうじへ いって、 じろうに もっと はなしを きいてみるひつようが あるんじゃない? それと、 ひとつ きがついたんだけど、 けんいちくんが はんそでのシャツを きてるところって はじめて みたわ」
けんいち「・・・そうだっけ・・・?」


かいしゃへ いどうした。


・・・。

 



あやしろしょうじの ロビーです。

あたりを しらべた。

あやしろしょうじの しゃいんが ひとり
とおりかかりました。


しゃいんへ こえをかけた。


しゃいん「はい。 なにか・・・」


じろうのことについて たずねた。


しゃいん「しゃちょうとは せいはんたいの うちに つよさを ひめたかたです。 それに とてもれいせいな かたでして・・・ しゃちょうが なくなられたときでも ほとんど うろたえたようすは かんじられませんでした」


かんだのことについて たずねた。


しゃいん「とうしゃの そうだんやくですよ。 やくいんたちからも いちもく おかれている とても ゆうしゅうな かたのようですね」


カンジのことについて たずねた。


しゃいん「ほんとうに おきのどくな ことでした。 やっと あたらしい けいかくの めどが ついた ところでしたのに・・・」


かいしゃについて たずねた。


しゃいん「かいちょうと しゃちょうが なくなられて せんむを はじめとする やくいんたちの てで うんえい されています」


うわさについて たずねた。


けんいち「しゃちょうと せんむは かいしゃないで たいりつしていたと いうことですが・・・」
しゃいん「ちょっと! みょうなことを いわないで くださいよ! そんな しつもんに こたえられるわけ ないでしょう!」


きづいたことについて たずねた。


しゃいん「あっ そうだ、 おきゃくさんを またせてたんだ。 あのう、 あまりじかんが ないんですが・・・ すみません。 おきゃくさんを またせてますので もうこれくらいで かんべんしてください」


しゃいんは いってしまいました。


まわりには ほかの きゃくが います。


けんいち「なにを はなして いるんだろう?」


きゃくA「・・・しかし なんですね、 ここの せんむも あぶないところでしたね」
きゃくB「まったくですな。 あのしゃちょうの けいかくが もし じつげんしておれば・・・ いまごろは せんむとしての たちばすら あやうかった でしょうな。 しょうじきなところ はんにんには・・・ かんしゃ してるんじゃ ないでしょうかね」
きゃくA「しっ! だれかに きかれますよ!」


けんいち「! ・・・・・・」


さっきの しゃいんは きゃくとの
しょうだんが おわったようです。
なにかの しょるいを うけとっています。


しゃいんを よんだ。


しゃいん「あなた まだいたんですか。 しごとちゅう なんですけどね・・・」


うわさについて たずねた。


しゃいん「ちょっと! やめてくださいよ! せんむのみみに はいりでもしたら・・・ あっ! せんむ! おはようございます!」


じろうが とおりかかりました。

 



しゃいん「せんむ! こちらが もうしておりました しょるいで ございます」
じろう「ああ そのしょるいは わたしの つくえまで もっていってくれ」
しゃいん「かしこまりました」


しゃいんは いってしまいました。


アキラのことについて たずねた。


けんいち「アキラさんは ゆいごんこうかいのひ だれかと あっていたようですが じろうさんじゃ ありませんか?」
じろう「わたしが? アキラと あう? じょうだんじゃない。 あんなやつと はなすことなど なにもない」


カンジのことについて たずねた。


じろう「にいさんは もう しんだんだ。 これいじょう なにを はなせと いうんだね」


うわさについて たずねた。


じろう「だれから きいてきたのか しらんが・・・ かりに それが ほんとうのこと だとしても どうだって いうんだ?」


きづいたことについて たずねた。


けんいち「アキラさんが ようぎしゃ ということに なりましたが そのことで なにか きづいたことは ありませんか?」
じろう「やつが なにをしようが わたしの しったことじゃないね。 いまさら はんにんが だれであろうと かんけいないね。 きみが なにをいいたいのか わかったよ。 わたしが アキラを そそのかして にいさんを ころさせたと おもってるんだろう? ふん、 たいした すいりだね。 どう おもおうと きみのかってだが・・・ きみの たんていごっこに つきあうのは まっぴらだよ。 もう あうことも ないだろう・・・ どうしても また あいたいって いうのなら・・・。 しょうこでも なんでも みつけてくれば いいさ。 もっとも あればの はなしだがね」


じろうは いってしまった。


みょうじんえきへ いどうした。


・・・。

 



みょうじんえき です。
むらびとたちが あおざめたかおで
カンジのことを あれこれ うわさしています。


えきいん「お、 おそろしいことになってしまいました! むらびとたちが よみがえった キクさんの すがたをみた、 といって さっきから おおさわぎなんですよ」


あたりのひとを よんだ。


むらびと「わしらのはなしは ほんとうだったべ!? キクさんは よみがえりなさっただ! キクさんが はかから でてくるのを みたというもんもおるだ! おそろしやー」


でんせつについて たずねた。


むらびと「でんせつは ほんとうじゃった! じゃが これだけじゃあねえ。 あやしろけには これから もっと おそろしいことが おこるにちげえねえだ!」


えきいんを よんだ。


えきいん「はっ? なんの ごようですか」


きづいたことについて たずねた。


えきいん「えーっと なにか いおうと おもっていたんですが・・・ なんでしたっけ?」


ユリのことについて たずねた。


えきいん「あっ! そうそう ユリさんかどうかは わかりませんが、じょうひんな ごふじんが たったいま あやしろけのほうに いかれましたよ」


あやしろけへ いどうした。


・・・。

 



あやしろけの げんかんです。


あかね「もりたさま。 かおりさまが おみえですが」


いまへ いどうした。


・・・。

 



あやしろけの いまです。

かなしみに うちひしがれた カンジのつま
あやしろ かおりが めのまえにいる・・・

ゆうめいな ファッションデザイナーである
かのじょは たったいま パリから
きこくしたばかりだ。


アキラのことについて たずねた。


かおり「アキラじゃ ありません! あのこに こんな おそろしいことは できないわ! アキラは はんにんなんかじゃない!」


カンジのことについて たずねた。


かおり「しごとひとすじの しゅじんは かていを かえりみない おっとだったかもしれません。 でも・・・ こんなことに なるなんて・・・」


アリバイについて たずねようとした。

ゆうめいな ファッションデザイナーである
かのじょは たったいま パリから
きこくしたばかりだ。


きづいたことについて たずねた。


かおり「そ、 そうだわ! あなた たしか たんていさんだったわね、アキラを さがしてちょうだい! わたしには もう アキラしか いないの! ねえ! おねがい!!」


かおりが アキラを おもうきもちは
いたいほど わかる・・・ アキラをさがす
てがかりでも あれば なぐさめのことばの
ひとつも かけてやれるのに・・・


アキラのことについて たずねた。


かおり「あっ! そ、 そうだわ。 ねえ、 たんていさん! これを・・・ これを みてちょうだい!」
けんいち「え? これは・・・?」
かおり「これは アキラの しゃしんです。 かなりまえに とったものなので ちょっと かんじが ちがってますが・・・」
けんいち「これは じゅうような てがかりだ! わかりました まかせてください!」
かおり「どうか これで・・・ おねがいします! ううっ・・・」


アキラのしゃしんを
あなたに てわたすと
たえきれなくなったのか・・・
かおりは いってしまった。


けんいち「おや? このかお どこかで みたような・・・」


キクのしんしつへ いどうした。


・・・。

 



キクの しんしつです。


ぜんぞう「もりたさま、 あれいらい きになって タバコいれを さがしているのですが・・・」


キクのことについて たずねた。


ぜんぞう「いまにしておもえば、 なぜ キクさまの ごいたいを もっと くまだせんせいに しらべていただかなかったか と くやまれます。 キクさまのことといい、 こんかいの カンジさまに いたしましても、 あまりにも ふしぜんなところが おおすぎるように おもえてなりません」


タバコいれについて たずねた。


ぜんぞう「どうしても みつかりません。 やはり アキラさまが どこかへ もっていかれたのでしょうか? あかねにも きいてみたのですが、 しらないようです」


いまへ いどうした。


・・・。

 



あやしろけの いまです。


でんわが なっている。


けんいち「もしもし・・・」
あゆみ「あっ そのこえは けんいちくんね。 みつかったわよ、 れいの こっとうひん!」
けんいち「! ・・・・・・」
あゆみ「となりまちの こっとうひんやに あやしろけの かもんのはいった つぼが あったの。 おみせのひとの はなしだとね・・・ 22、3さいくらいのおとこから かいとったものだといってたわ。 それと もうひとつあるの。 キクさんが しぬ すこしまえにね・・・。 アキラをのせた くるまを みかけたという アキラのともだちの しょうげんがあったの。 うんてんしていたのは 40さいぐらいの おとこのひとだったと いうことよ」
けんいち「やはり こっとうひんを ぬすもうとした アキラによる とっさのはんこう なのかな? それにしても アキラは だれと、 なんのために あっていたんだろう?」


くまだ いいんへ いどうした。


・・・。

 



くまだ いいんです。


くまだ「おお きみか、 たったいま カンジの かいぼうの けっかほうこくが あったぞ」


アキラのことについて たずねた。


くまだ「カンジのしたいのそばの カギからは アキラのしもんしか でんかったことぢゃし、 けいさつは ひきつづき アキラを さがしとるようぢゃが・・・」


カンジのことについて たずねた。


くまだ「それが ちと みょうなんぢゃ。 けいさつの はなしによれば カンジは ナイフで さされたときは もうすでに・・・ しぼうしていたであろう、 ということが はんめいしたらしいんぢゃ」
けんいち「えっ? じゃ アキラのてによる とっさの はんこうでは なかったということですか?」
くまだ「まあ、 そういうことぢゃな。 ところが、 ナイフのきず いがいに しいんとみられる がいしょうは なにも みあたらんそうぢゃ」


きいづいたことについて たずねた。


くまだ「そうぢゃのう・・・ おまえさんが いま きておるシャツの サイズが ちょっと あっとらん、 それくらいかのう・・・」


おもいだす。


けんいち「? そういえば あゆみちゃんも このはんそでのシャツは ぼくのじゃないと いってたっけ・・・ あまちさんが かしてくれたのかな?」


あまちのへやへ いどうした。

 



あまちの へやです。


あまち「どうだい、 きおくは もどったのかい?」
けんいち「いえ・・・ まだ かんぜんじゃないようです」
あまち「そうか・・・」


あやしろけについて たずねた。


あまち「たいへんな じけんだね・・・ しかし、 ぼくは きみのことのほうが しんぱいだよ。 きをつけるんだよ」


じぶんのことについて たずねた。


けんいち「あの、 このシャツ もしかして・・・」
あまち「えっ? ああ そのふくのことかい。 そのシャツは ぼくの いとこのものなんだ。 きみの シャツは ひどく よごれていたので クリーニングに だしてしまったんだ。 もどってくるまで そいつを きていて くれないか」


きづいたことについて たずねた。


あまち「なにか きみの ちからに なれれば いいんだけど・・・。 ぼくも きみのことで なにか わかったら すぐに しらせるよ! だからきみは あのがけで てがかりに なりそうなものを さがしてごらん。 あきらめちゃだめだ!」


がけのうえへ いどうした。


・・・。

 



ほんとうに ぼくは あのひ なんのために
ここへ やってきたんだろう。
・・・いや、 それどころか
ここへきたということさえ おもいだせない。

 

けんいち「てがかりになりそうな ものなんて やっぱり なにも みつからないなあ。 あまちさんは ああいってたけど・・・」


あまちのへやへ いどうした。


・・・。

 



あまちの へやです。


あまち「どうだった? うなかみのがけで てがかりに なりそうなものは なにか みつかったかい?」
けんいち「・・・・・・」


きづいたことについて たずねた。


あまち「なにか きみの ちからに なれれば いいんだけど・・・。 ぼくも きみのことで なにか わかったら すぐに しらせるよ! だからきみは あのがけで てがかりに なりそうなものを さがしてごらん。 あきらめちゃだめだ!」
けんいち「それが、 いってみたんですが やっぱり なんの てがかりも ありませんでした・・・」
あまち「そうか・・・ ざんねんだったね・・・ ん? ちょっと まってくれよ・・・! そういえば・・・ そうそう おもいだした! きみは きを うしなっていたとき うわごとで しきりに・・・ おまもり・・・が どうのこうのって いってたよ。 どうだい? なにか こころあがりは あるかい?」
けんいち「おまもり???」


おまもりについて たずねた。


けんいち「おまもり・・・って いってたんですか?」
あまち「そうだ。 たしかに そういってたよ。 あのようすじゃ よほど きみにとって たいせつな ことなんじゃないかな?」


がけのうえへ いどうした。


・・・。

 



がけのうえには あの ろうじんではなく、
うつくしい じょせいが たたずんでいた。 
まえに へいきちろうじんが いっていた
おんなのひと なのだろうか?


けんいち「あの、 ちょっと すみません」
おんな「え・・・ わたくしに なにか・・・?」
けんいち「あの しつれいですが、 あなたは? ・・・」
おんな「わたしは ふじみや ゆきこ といいます こんなところで なにをしているのかって おもわれちゃったかしら・・・。 わたしは ここで ひとをまってるだけ・・・ けっこんの やくそくをした こいびとを まっているの。 ふたりの おもいでの ばしょ・・・ この うなかみのがけで・・・。 かれは まちをでてゆくとき こういったわ。 かならず せいこうして きっと むかえにくるって・・・ そして ことしが その やくそくのとし なの・・・」

 

あやしろけについて たずねた。


ゆきこ「! あやしろ・・・ ですって? あなた あやしろけの かたなの? わたしが まっているひとっていうのは・・・ あやしろ かずと っていう なまえなのよ!」
けんいち「?! あやしろ かずと・・・?」


かずとのことについて たずねた。


ゆきこ「わたしと おなじ となりまちに かれは ははおやと いっしょに すんでいたわ・・・ かれの おかあさんが なくなられたあと ほうりつかになる といって まちをでたの」


あやしろけに いどうした。

 



あやしろけの げんかんです。


しんせきについて たずねた。


ぜんぞう「せんじつ じろうさまは けいさつへ じじょうちょうしゅ のために しゅっとう なさったようです。 しかし アリバイが せいりつした ということですので・・・。 いまごろは おしごとに はげんで いらっしゃることでしょう。 けいさつも なにを いいだすことやら。 よりによって じろうさまをうたがうとは・・・」
けんいち「・・・・・・」


かずとのことについて たずねた。


けんいち「ぜんぞうさん。 あやしろ かずと って ごぞんじですか?」
ぜんぞう「ど・・・どこで そのなまえを!? いえ、 かくしていたわけではないのですが、 じつは かずとさま というのは ユリさまの おとうと なのですよ」
けんいち「! ユリさんには きょうだいが・・・?!」
ぜんぞう「はい。 しかし キクさまの ほんとうの おこさまでは ないのです。 だんなさまは あやしろけの せきにいれて わがことして そだてられました」
けんいち「このやしきに すんでおられたのですか?」
ぜんぞう「はい。 かずとさまと その ははおやは、 とうじ このやしきの はなれに すんでいらっしゃいました。 ところが・・・。 だんなさまが なくなられてからは キクさまに うとまれて、 このやしきから でていかれました。 いまごろ どこで どうなさって おられることやら・・・。 かずとさまと ユリさまは ほんとうに なかのいい ごきょうだいでした。 いえを でられるときも ユリさまは かずとさまが きがかり でしたでしょう・・・。 ・・・もりたさま、かずとさまなら ユリさまの いどころを ごぞんじかも・・・しれませんね」


おまもりについて たずねた。


ぜんぞう「おまもり? はて、 なんのことでしょう? ちょっと こころあたりが ございませんが。 ところで けんいちさま。 かずとさまのことを どなたから おききになられたのですか?」
けんいち「かずとさんの こんやくしゃ だという ふじみや ゆきこ という じょせいから きいたんです。 かずとさんは ことし どこからか もどってくるそうです」
ぜんぞう「さようですか。 キクさまの なくなられたとしに もどられるとは なにか いんねんめいたものを かんじますね・・・。 もりたさま。 そろそろ さいしゅうでんしゃの おじかんのようですよ」


うつぎじむしょへ いどうした。


・・・。

 



あゆみ「おかえりなさい、 けんいちくん。 じつは わたし あなたに でんわしたあと、 アキラが よく でいりしていたという スナックへ いってみたの・・・。 そこで きいたんだけど、 アキラは ヤクザに しゃっきんして ずいぶん こまっていたらしいの。 ところが・・・ さいきん どういうわけか たまっていたしゃっきんを すべて へんさいしているのよ!」
けんいち「! ・・・・・・」
あゆみ「それどころか アキラは なかまたちに じぶんは しょうらい あやしろしょうじの しゃちょうだと いってたんだって。 キクさんが しぬ すこしまえのことよ・・・。 それと アキラをのせた くるまを うんてんしていた ひとのことについては それが だれだったのか わかんなかったの。 ゴメンね。 でも そのおとこのひとって いうのは 40さいぜんごの しんしふうのだんせいで アキラと いっしょにいるのが とても ふしぜんだったそうよ」


すいりする。


アキラは ぬすんだ こっとうひんを
しょぶんした かねで、 しゃっきんを
かえしたのだろうか?
また、 おかしなことに・・・

アキラはじぶんを みらいの しゃちょうだ
などと ふれまわっていたという・・・
そのアキラと いっしょにこうどうしている
40さいぐらいの おとことはだれなのか?

カンジごろしは ぬすみを みとがめられた
アキラの とっさの はんこうだと
けいさつは おもっているようだ。
・・・だが、 まてよ・・・

カンジが ナイフで さされたとき すでに
しんでいたとすれば、 このさつじんは
けいかくてきなものだ ということになる!

キクのしといい、 カンジごろしといい、
これら いちれんのじけんは すべて
だれかの つごうのいいように
すすんでいるじゃないか!?


あゆみ「あら? でんわだわ。 だれかしら?」


あゆみが でんわを とる。


あゆみ「けんいちくん! たいへん!!」
けんいち「えっ?!」

 



ぜんぞう「もりたさま! たいへんです! じろうさまが・・・ じろうさまが・・・!」
けんいち「えっ? じろうさんが どうしたんです!? もしもし! ぜんぞうさん!」


あなたのこえは むなしく ひびいた・・・

 



じけんは しつじ ぜんぞうの でんわで
あらたな てんかいを むかえる!

カンジは でんせつどおり よみがえった
キクによって ころされたのか?
それとも キクのいさんを ねらうものの
はんこうなのだろうか?

そして、 じこのために うしなわれた
あなたの きおくは・・・・・・

まちうける きょうふの なぞを、
あなたは まだ なにもしらない・・・

ファミコンたんていくらぶ こうへんに
ごきたいください!


・・・。