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車輪の国、向日葵の少女【2】


・・・。



野宿はやっぱり川辺が一番だ。


おれって、朝起きて水が飲めないとイライラするタイプだからなぁ・・・。


ジュラルミンケースからビニールシートやら懐中電灯、百均で買った小さな椅子やらを取り出す。


ついでに、小説に枕に毛布。


よくそんなに入るなと、あんたは思ってるかもしれんが、このジュラルミンケースは四次元につながってるから。

 

「ウソばっかり」

 

背後で砂利が鳴った。

 

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・・・

「あんた、あたしの部屋に泊まるんじゃないの?」
「あ・・・。 すっかり忘れてた」
「こんな寂しいところで、布切れ一枚で寝ようっていうの?」
「そのつもりだったんだけど?」
「寝るとき背中痛いでしょ?」
「ツボを刺激するように小石を配置するから平気」
「火は?」
「いまから起こすとこだった。

ライターはあるしね」
「テントもないの?」
「今日は雨が降らない。空を見ればわかる」
「なんでこんなとこで寝るの?」
「見晴らしがいいし、誰かが近づいてきたら砂利がジャリジャリいうから気づきやすい」
「へぇ・・・ほぉー・・・ふーん」


じろじろ見られている。


「サバイバーなんだね?」
「ん? 別にトラウマとかもってないぞ?」
「え?」
「は?」
「あ・・・ああ、サバイバルね。

アウトドアな話ね。
教養の差が出たわ・・・」
「その言いかたムカツクねぇ・・・」


ニヤニヤと腕を組んでいる。


「ホントに泊めてくれるのか?」


さちは当然のように頷いた。


「同居人いるけど、気にしないでしょ?」
「同居人? 男か?」
「来ればわかるよ。
さ、行こっ! 早くしないとあたし『止まっちゃう』し・・・」
「わかった。 ありがとな」
「いいっていいって!」


・・・コイツ。


こんな場所までおれを探しに来てくれたのかな。


昔から面倒見だけはいいヤツだったしなあ。


「ありがとな・・・」


おれたちは並んで歩き出した。




・・・


・・・・・・


「さあさあ、とっとと上がって」


細長い手足がきびきびと動いている。


これから男を部屋に泊めるのに、なんの抵抗もないようだ。


おれも、幼馴染じゃなかったら遠慮していたところだが・・・。


「ちょっとちょっと、ぼんやりしてないで。
そろそろ七時になっちゃうよっ!」


そうだったな・・・夜七時で、こいつの1日は終わりなんだ。

 

 

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・・・
廊下は少しかび臭く、日当たりは悪いようだ。


「寮っつうか、牢獄みたいだな」
「ロウゴク?」
「牢獄というのはな、臭い飯を食わされるところなんだ」
「なんかよくわかんないけど、あたし、料理しないから。
コンビニだから。 ジャンクだから」
「ほお・・・じゃあ、おれが腕によりをかけて料理を作ってやろう」
「得意なんだ?」
「臭い飯くらい作れなくては特別高等人にはなれん」
「臭い飯くらい、だれでも作れるって。
って、ヤバッ!

そろそろクスリ飲まなきゃ!」

 

・・・。


さちは大急ぎで部屋に入った。


俺も殴りこみをかける勢いで、後に続いた。

 

 



・・・
「うわっ汚ねぇ!」


全然広くないし、足の踏み場がない。

 

 

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「適当にくつろいで。

トイレはこっち、電気はここ。
お風呂使っていいよ。

シャンプーもあたしのでよかったら使って」


サバサバしてるなぁ。


「し、下着くらい隠したらどうだ?」
「なにが、し、下着よ。

ぜんぜん気にしないでしょ?」


・・・そうでもないんだがな。


「さっ、悪いけど、あたし『止まる』から・・・」


タンスの上にあった赤と白の錠剤を手に取った。


「んっ・・・」


それを水も使わずに丸飲みする。


「うはっ・・・お、お水、ちょっ・・・だい・・・!」


・・・なにを無茶してやがるんだ。


ジュラルミンケースから魔法瓶を取り出し、カップに水を注ぐ。


「ほれ・・・」


苦しそうに舌を出していたさちに手渡す。


「んぐ、んぐっ・・・!?」


一気に飲み干す。


「ぷはーっ・・・!

なにこの甘ったるい飲み物!?」
「蜂蜜ジュース。

甘いもの好きなんだよ。
むしろ、甘いものしか飲まず食わず」
「・・・キモいなぁ・・・」


さちは漫画やら化粧品やらが転がってるベッドに寝転がった。


おれも空いている場所を選んであぐらをかいた。


そろそろ夜七時だ。


「パソちゃんには触んないでね」


部屋の隅に、なかなかに金のかかってそうなデスクトップ型パソコンがあった。


電源はつけっぱなしのようだった。


モデムのランプが点滅を繰り返しているあたり、インターネットでデータのやりとりでもしているのだろうか。


「ねえねえ、モリケンってさあ・・・。ひょっとしてさあ、顔もいい、スポーツも万能、勉強も天才的っていう男の子?」
「そうだよ」


日本人と違って、おれは謙遜が得意じゃない。


「クラスに一人くらいいるデキスギ君。
なんの遠慮もなく東大に行くとか言っちゃうタイプ。
いつもせつなそうにしてて、廊下で孤独にカフカとか読んでるの」
「ふぅん・・・。

つまんないヤツだね・・・」


・・・つまんないか、そうだよな。


「んっ・・・」


さちが、少し身体を震わせた。


「それじゃ・・・」
「おう・・・」
「おやすみぃ・・・」


そうして、さちは眠りについた。


寝息も立てず、寝返りも打てない。


おれは立ち上がって、さちが服用したクスリを手にとって確認する。


「・・・ずいぶん古いな」


『生活時間制限』の義務を負っている人なんてはじめて見たが・・・。


確か、戦争の時代にろくに働きもしないヤクザみたいな連中を取り締まる目的で制定、施行されたんだったな。


時間を縛ることで、時間の大切さを教える・・・だったか。


「それにしても・・・」


さちの寝顔を見下ろす。


無防備だな・・・。


他人から自分がどう思われているかなんて、気にもしないんだろうな。


他人にも、実はあまり関心がないのかもしれない。


面倒見がよかったり、ちょっかいかけてくるのは、結局は自分のためだろう。


ということは、今日おれを泊まらせたのもなにか打算があるな。


悪気はないのだろうが。


「・・・ちっ」


舌打ちしてため息をつく。


「ごちゃごちゃと友達を計ってるんじゃねぇよ・・・おれ・・・」


気分を落ち着かせるために、ジュラルミンケースからパイプを取り出す。


クサをつめて、ライターであぶる。


・・・。


「うぅーん・・・フルーティな香りだわぁ・・・。
ケケケ・・・うえっへっへっへ・・・。むはらむはらむはら・・・」


むっ!?


「誰だ!?」


とっさにパイプの火を消す。


「そういえば、同居人がいるとか言ってたな」


クローゼットの中?


ひょこっと顔を出している。

 


「おい・・・そこの小さな少女」
「こんにちはぁ・・・」

 

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出てきた。


日焼け・・・じゃないな。


異民かな・・・?


「おっほん。おれは森田賢一だ。
将来、人をアゴで使う身分になる男だ」


少女はきょとんとして言った。


「しゃくれ?」
「・・・・・・」
「あたし・・・まな」
「まな?」
「そう。まな。お姉ちゃんの妹」
「そりゃあ、姉の妹は妹だろう。
危険が危ないじゃあるまいし」


自分で言ってて意味がわからん。


「ひょっとして、さちの妹かな?」
「そう。さちお姉ちゃん」
「一緒に住んでるんだな?」
「うん。お兄ちゃんは?」
「居候」
「そーろう?」
「・・・・・・」

 

・・・あまり、さちと似てないな。


親が違うのかな。

 


「まあ、とにかくしばらく厄介になるんで、ヨロシク」
「ごはん食べる?」
「うん。

おれはがっつり食うから、二人前くらい頼む。
というか二皿用意してくれ」
「まなを入れて、三人分?」
「そうだ。えらいぞ。足し算ができるんだな?」
「えへへ・・・」


とはいえ、初等教育を受けていない可能性はあるな。


「そうだ。まなのお母さんは?」
「知らない。お姉ちゃんも知らない」
「お姉ちゃんとは、どれくらい前から住んでるんだ?」
「んー。忘れた」
「まなの苗字は?」
「知らない」
「知らない? 三ツ廣じゃないのか?」
「知らない」
「ふむぅ・・・」
「ごはん、食べるー」


まなは、とてとてーっと、台所に駆けていった。


ひょっとしたら、姉妹でもなんでもないのかもな。


明日、さちに問いただすとしよう。


「できたよー」
「はやっ!」


それは夕飯として出てくるものではなかった。


「うわぁ、皿の上にチョコレートがたーくさん!
おれ、甘いもの超好きなんだーよねっ!
いっただきまーす!」


めんどくさいので、ノリっぱなしで食うことにした。


凡人なら胸焼けを起こすくらいに食い荒らした。


・・・。


「じゃあ、まな、お出かけするぅーっ」
「どこへ?」
「スーパーっ!」
「商店街のスーパーか? もう夜だぞ」
「掃除当番なんだよっ」
「仕事してるのか?」
「うんうん。お金もらってるよ」


・・・ここの自治体の労働基準はどうなってるんだ?


まあ、正規の雇用じゃないんだろうが。


「よし。特別に商店街まで送ってやろう」
「おー。ありがとう」
「だが、道がわらかん。案内してくれ」
「うん・・・じゃあ、いこっ!」


ついでに、食材を買ってこよう。

 

 

 

・・・


・・・・・・



すでに真っ暗だ。

 

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「おい。いつまで仕事なんだ?」
「朝だよ」
「大変じゃないか?」
「お金たくさんあると、お姉ちゃん喜ぶ」
「さちに、働けって言われたのか?」


・・・こんな小さい子だぞ。


だったら、さちに対する見方を変えなければならないが・・・。


けれど、まなはまるで子犬が水でもかけられたかのように、小刻みに身体を振った。


「違う、違う、違う。
まなが自分でやり始めたんだよ」
「ほお・・・」


金を貯めたい理由でもあるのか。


・・・まあ、深く問い詰めるのはやめよう。

 

商店街といっても人工の明かりは少なく、車の通りもほとんどない。


それにしても、24時間営業の店があるとは、田舎にしては珍しいな。


「それじゃ、どーもありがとね」


まなは手を振って、スーパーの明かりに吸い寄せられるように歩いていった。


「おっとっと、おれも明日の食材を買いに行こう。
いくらお菓子の国生まれで甘フェチのおれでも、さすがに炭水化物を取りたい」

 


 ・・・

一歩踏み出したとき、嫌な予感がして振り向かざるを得なかった。

 

 

・・・。

 

 

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「森田」

 

法月のとっつぁんだった。


夏場にダブルのスーツを着込んで、汗ひとつかいてないように見えるのは、おれの気のせいだろうか。


でも、こっちまで暑苦しくなるってことはなく、むしろ周囲の気温が下がるような悪寒が走る。


夜道で一番出くわしたくないタイプ。


「やあ、どもども。

センセーも深夜に買い物ですか?
意外と世帯じみたところあるんですね」
「・・・・・・」


コツっと、杖を地面についた。


黙れっていう意味だ。


「何か?」


姿勢を正す。


「指示を出す」
「はい」
「大音親子とは接触済みだな?」
「はい」
「残りわずかで夏季休業に入るが、それまでに学園生活、とくに被更生人との人間関係が円滑になるよう努めろ」
「はい」
「次、質問する」
「はい」
「一流の人間とはなんだ?」
「・・・一流の人間?」
「繰り返さなくていい」


いきなりなんだってんだ。


「いろいろな・・・多面的な要素があると思いますが」
「それは正しい」
「私が思うに、別の分野での一流の人間とも志向を通わせられる人間のことではないでしょうか」
「他には?」
「固定概念に捕らわれない、独自性ある発想を持つ人間のことかと」
「森田。

クイズをしているのではない。
現状をよく踏まえた上で、その多面的な要素とやらから、必要と思われる一面を考えろ。
知識ではなく知恵を振り絞れ」


ユーモアの欠片もない、面倒な言い回しだぜ。


「試験は、もう始まっている」


法月は背を向けて去っていった。


こつりこつりと、杖を地面に突いて、左足を引きずりながら・・・。


確か、あの人は過去に治安維持警察に勤めていて、それで足を負傷したとか言っていたな。


七年も教えを受けているのに、それ以上あの人についてわからない。


「一流ね・・・」


真面目に考えておかないと、まずいことになりそうだな。

 

・・・。





・・・


・・・・・・


スーパーで買い物をして、さちの部屋に戻ってきた。


当たり前だが、さちは、いまだに止まったままだ。


ごろんと、床に寝転がる。


「しばらく野宿だったけど、やっぱり人工の匂いは落ち着くなあ。
この土地は涼しいし、湿気も少ない。
クーラーがなくても真夏を乗り切れる。
アレだ、北海道みたいな感じだろう。
快適に眠れそうだね・・・」


周囲の安全を確認し終えると、急激に眠くなってきた。


「ブツブツ・・・今日はいろんな人に会って疲れたね・・・。
誰が誰だったか忘れちゃったよ・・・。
・・・お姉ちゃん」

 

 ・・・・・・。



・・・。






 

 ――――


背中の感触がいつもと違う。


「んっ・・・」


フローリングの床は、初夏の日差しを吸って熱くなり始めていた。


周囲を確認し、起床。


きっかり四時間半ほど睡眠をとった。


さちは、昨日とまったく同じ姿勢で眠ったままだ。


「ジョギングがてら、まなを迎えに行こう」


つぶやいて、部屋を後にした。




・・・


「おやっ・・・?」


誰かが外に出て行くのが見えた。


黄色いリボンだ。


「おいっ!」


自然と駆け足になるおれがいた。

 

 

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・・・
「なあなあ、おれだよ、おれっ」


追いついて、呼び止めた。


「あっ・・・!

あ、え、えっと・・・昨日の朝は、どうも・・・病気の人ですよね?」
なっちゃんは、大丈夫だった?」
「えっ!? な、なっちゃん?」
「あぁっと、夏咲だろ?

だから、なっちゃん・・・」
「あ、そ、そうですか。びっくりしました」


・・・なにか、必要以上にびくびくしているように見える。


「身体の具合でも悪いの?」
「あ、いえいえ・・・!」


挙動不審。


「おれは、ケン・・・憲一」
「あ、そうですか」


間が悪そうに、目線を合わせたり逸らせたりと、とにかく落ち着かない。


「急いでるの?」
「・・・あ、いえ。 そういうわけでもないです・・・」
「やっぱり昨日倒れたから、体調悪いんじゃ?」
「いや、法月さんによくしてもらいましたから」
「今日は、学園に来る? おれ、転入生なんだよね」
「は、はい」
「この寮に住んでるんだろ?」
「はい・・・」
「おれもなんだよ。

さちの部屋に居候することになったんだ」
「あ、えっと、そうですか」


・・・・・・。


姉さん、会話が続きません。


「え、えっと・・・それじゃあ」


ちょこんと頭を下げたとき、義務を表すバッジが朝の光を照り返した。

 

 

・・・
なっちゃん!」


思わず触れてしまいそうになるのを押しとどめた。


「は、は、はい?」

「どうしたの? おれ、なにか変かな?」

「い、いや、わたしが悪いんです」
「え?」
「わ、わたし・・・昨日の朝は、ちょっと気分が良くて陽気になってて・・・。
それで・・・あなたに、き、気安く話しかけてしまったんですけど・・・。

本当に、えっと、す、すみませんでした・・・」
「え、なにが?」


肩をすくめてしまう。


「あ、すみませんというか・・・いや、謝られても意味わからないと思うんですけど、その、わたし・・・あ、あんまり人と話さないんで・・・。
ご、ごめんなさいっ


緊張のあまり、いまにも卒倒しそうだっ

た。


「はははっ。気にするなって」


笑ってみる。


「・・・ぇっ・・・!」


効果なし。


「・・・・・・。

ところで、どこに行くの? 朝っぱらから散歩?」
「あ、そうです」
「一緒していい?」
「えっ・・・!?」


いやに決まってるわな。


「・・・それじゃあ、また学園でな」
「はい、ごめんなさい・・・」


夏咲は、ため息をついて、今度こそ行ってしまった。



なっちゃん、どうしちまったんだろ・・・」

 

 




・・・


・・・・・・


スーパーの前で、まなを待つこと小一時間。


「あっ、しゃくれっ!」


おれに気づいたようだ。


パタパタと寄ってくる。


「おい。しゃくれじゃない。賢一だ。
一番賢いと書いて、賢一だ」
「かしこいの!?」
「おー、そうだ。わからないことがあったら、なんでも教えてやるぞ」
「まなは、どっから来たの?」
「ん?」
「まなは、どうやって、生まれたの?」
「コインロッカーか試験管」
「ほー。わかった。賢一、賢いね」
「よし。じゃあ、帰るか。そろそろさちも起きているだろうし」
「うんっ!」

 

 

 



・・・


・・・・・・


「ただいま帰ったぞっ!」


ずぼらなさちのことだ、まだ眠ってるんだろう。


・・・と、思ったらベッドの上に姿はない。


そういえば、玄関にさちの靴が見当たらない。

 

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「お姉ちゃん、最近はいっつも早くに出かけるんだよ」


それにしても、まだ学園に行くには早すぎる時間だ。


「どこに出かけているんだ?」
「知らない。賢一、教えて」
「え?」
「わからないことあったらなんでも、聞けって・・・」


む・・・。


「あいつは、山で芝刈りでもしてるんじゃないかな」
「嘘だよ」

「うげっ!」


自分の出生はあっさり信じたくせに・・・。


「わかったわかった。真面目に考えてみるとしよう。
まず、カバンがあるから、学園に行った可能性は少ない。
次にテレビがつけっぱなし、風呂場の電気がつけっぱなし、部屋の鍵が開けっ放しであることから、すぐ帰って来るような、ちょっとした用事なんだろう。
そして、ここにある置き手紙に『賢一、ちょっと山登りしてくるけど、先に学園行っててね』と書かれていることから、山に行ったんだと思う。
・・・ん!?
山じゃん! 山登りじゃん!」

「おーおー。賢一は賢いね」

 

それにしても、何しに山に登るんだ?

 

「じゃあ、まなは寝るね」

「飯食わないのか? せっかく食材を買ってきたのに」
「いらない。 おやすみー」


そう言って、クローゼットの中、小さな布団にもぐりこんでいく。


「そんなところで寝るなんて、どらちゃんかよ?」

「くーっ・・・くーっ・・・」

 

ちょっぱやで寝てた。

 

「のび・・・っ!」

 

 



 

・・・


・・・・・・


明るい日差しの中、学園は穏やかな様子だった。


女の子たちが忙しなく口を動かしておしゃべりしているのが、小鳥がさえずるように見えて微笑ましい。


教師が通りかかると、みんな笑顔で挨拶している。


やっぱり、空気がいいと人の心も優しくなるんだろうな。

 

 

 

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「おはよう」

「おおーっ、まさか嫌われてるはずの大音から朝の挨拶をされるとは」
「お母さんに命令されてるだけだから」
「そういうことか・・・」
「転校してきたばっかりで友達もいないんだろうから、学級委員長なんだし仲良くしてあげなさいって」
「委員長なのか?」
「お母さんが、責任のある立場につきなさいっていうから」
「ほお・・・」


向いていないと思うが、経験をつんでおくのはいいだろう。


「大変だろうね」


さて、昨日とっつぁんに言われたことを実行に移すか。


「委員長ってのは人をまとめる立場にあるわけでさ、責任重大だろ?」


大音と仲良くなるとしよう。


「まあね・・・たいしたことはないけど」
「いやあ、なんていうかさ。
おれって小さい頃ちょっと学園に通っただけだから、学園生活の勝手がわからないんだよね」
「だから、そんなに変なのね?」
「そうかな?」
「なんか、いっつも一人で空回りしてそう。 協調性とかなさそうだし」
「・・・フフ」


めんどくさいから、奥の手を使うか。


「なっ、なに笑ってんのよ!?」
「大音は、付き合ってる男とかいるの?」
「・・・っな!?」
「いるの?」


一歩詰め寄る。


「そ、そんなの、あんたに関係ないじゃない!?」


いないらしいぜ。


「ふぅん・・・まあ、どうでもいいけど、仲良くしてよね」
「だ、誰が・・・っ」
「学級委員長とか、そういうの抜きでさ」


薄く笑う。


鏡の前で何度も練習させられた、甘いマスク。


「わ、わかったってば・・・。

お母さんにそういう風に命令されてるし、し、仕方ないよね・・・」


ブツブツいいながらうつむく。


「そいじゃ、教室まで一緒に行こうぜ」
「う、うん・・・」


まあ、つかみとしてはこんなもんかな。


「あんただって、人間関係を円滑にしようと思ったら集団の中心にいるヤツに近づくだろう?
それと同じことをするだけだぜ・・・」

「・・・ん? なにか言った?」
「いや、最低だなと思って」
「えっ?」

 



 ・・・


・・・・・・


おれたちは校内に入った。


朝の教室は、わいわいがやがやと騒がしい。


「やあ、森田くん。おはよう」
「磯野は爽やかだなあ」
「そうでもないよ。昨日は徹夜していてね」
「原稿でも書いていたのか?」
「妖精と会話していたんだよ」
「おー、なんか童話作家っぽい」



「・・・感心しちゃダメだと思うんだけど」



「おや? 委員長。久しぶりだね」
「なにが?」
「からむのが」

「私、くだらない会話嫌いだから」
「くだらない? 僕が?」
「あ・・・いや、会話がね。
なんだか波長が合わないのよ」
「・・・そうか。

僕はくだらないか・・・」


顔に影が差した。


「・・・ご、ごめん」
「僕はね、委員長。

昔、妖精にさらわれたことがあってね」
「は、はあ・・・?」
「それ以来、性格ががらりと変わってしまったんだ。
申し訳ないけど」
「いや、謝られても・・・」
「当時、カウンセリングをたくさん受けたんだけどね。
どんな先生もサジを投げたよ。
キミの『鏡』になれそうにないって」
「鏡?」



「カウンセラーの先生方は、磯野にとっての褒めてくれる人とか、認めてくれる人とか、話を聞いてくれる人になれなかったんだよ」

「先生の頭はテカってたんだけどな」
「見た目は関係ねえよ!」
「そんなわけで、僕は他人から理解されにくい性格をしているみたいなんだ。
つかみ所がないというか、地に足がついてないというか。
いや、ミサイルは好きだし妖精も好きなんだ。
エログロナンセンスも純愛も好きだし、男も女も俺もお前も大好きなんだ」


宗教家に向いてそうだな。



「えっと・・・まあ、だいたいわかったから。
とにかく、くだらないことを言わないでくれればいいから」

「ありがたまきん!」



「そ、そんな唐突な下ネタをなぜっ!?」


直後、磯野は大音に殴られた。


磯野については、まだ読みきれないな・・・。




・・・
授業は先生が来るまで自習とのことだった。


みんな自習なんかせずに、席を立って友達とおしゃべりしたり、ケータイをいじったり、ポケットゲームをしたりと、遊びに忙しいようだ。


真面目に教科書を開いているのは、昨日休んでいた夏咲くらいのものだった。


隣の席のさちは遅刻してきたかと思うと、すぐに机に突っ伏して寝息を立てていた。


「おい、さち・・・」


揺さぶる。


「・・・ぬ・・・・・・うぅ・・・」
「起きろ。お前の妹について聞きたいことがある」
「うぅ・・・なぁに・・・?」


機嫌悪そう。


「まながどうかしたの?」
「あの子は本当にお前の妹か?」


さちはわずかに視線をあさっての方向へ逸らした。


「・・・そうだよ」


嘘だな。


でも、深く問い詰めるのもよしておくか。


「昨日は泊めてくれてありがとな。
久しぶりにぐっすり眠れたよ」
「ふふっ・・・いいよいいよ。
今日も泊めてあげるよ」
「炊事洗濯掃除は引き受けようじゃないか」
「あ、マジで!? 超助かるんだけど!?」
「あの部屋は非常に不健全だ。風水に基づいて整理整頓してやろう」
「おぉっ、なんか機能してんじゃん!」
「機能? 元気系用語か?」
「役に立ってるって感じっ!」
「主夫ですから」
「あぁ、最近、料理とかする男の人多いよねっ。
いいじゃん。ブームに乗ってんじゃん」


ブームか・・・?


「ちょっと、みんな静かにして!」


突如、一番前の席の大音が立ち上がったかと思うと、後ろを向いて大声で呼びかけた。


「今は自習の時間なんだよ。遊んでちゃ駄目だよ!」


クラス中の視線が大音に集まる。


「みんな、夏休みが近いからって浮かれすぎ!」


高圧的だけど、いまいち迫力が感じられないな。


「真面目に自習してる人もいるんだから、邪魔しないで」


言ってることも普通だし、これじゃあ、ちょっと小うるさいヤツって思われるだけだろう。


助け舟を出してやろうと思ったが、意外なことに騒いでいた連中がおとなしくなった。


悪態をつくわけでもなく、灯花は真面目だもんね、委員長は大変だよね、などと好意的に笑いながら席に着いていく。


ということは、クラスのみんなはとても思いやりに溢れているか、大音の生真面目な態度を許してしまえるような、なんらかの別の魅力を知っているのだろう。


「わかればいいのよっ」


トゲトゲしく言い放ち、椅子に腰を下ろした。


・・・。


京子さんが入ってきた。


「それじゃ、テストを返します」


答案の束を教卓の上に置いた。


紙の重みを伝える音を皮切りに、クラス中がどよめいた。


「みんな、静かに!」


・・・うぅむ、どう見ても空回りしてる委員長って感じだが。


「三ツ廣さん・・・」
「あぃっ!」


軽快に席を立って、答案を受け取りに机の間を縫うようにひょいひょい進んでいく。


「あなたはいつも寝ているのに、勉強はできるのよね・・・」
「えへへっ! 数字には強いんだよ!」


戻ってきたさちに点数を聞いた。


「95点だよ」
「おおーっ。すげえ、関数とかばっちりじゃねえか」
「為替やってるからねぇ」
「ほほーっ。あのパソコンはそのためにあるのか?」
「そそ」
「しっかし、字が汚すぎるぞ。
1なのか7なのかミミズなのかわかんねえじゃねえか」
「あ、ホントだぁっ! だから一問間違えたんだ、あははっ、あたし超テキトーだかんねっ!」



「さち、ちょっとうるさいよっ!」
「あ、ごめ、ごめ」


両手を合わせて謝った。


京子さんは次々と答案を返していた。


「日向さん・・・」


夏咲は静かに席を立った。


少し猫背になりながら、男子に接触しないように机と距離を取って慎重に歩いていた。


「はい、いつも通りいい調子ね」
「ど、どうも・・・」


褒められたのが、逆に気まずそうだった。


答案を受け取って、また目立たないように席に戻った。


「次、大音さん・・・」
「はいっ」


しなやかな椅子から腰を上げ、きびきびと手足を動かして教卓の前に立った。

 

「・・・・・・」

 

京子さんは自分の娘に対してはコメントを控えたのか、無言で答案を手渡した。

 

「あ、あわわわわわわっ!」

 

その瞬間、クラス中がふき出した。

 

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「また20点だなんてっ!」
「ぶはっ!」


・・・あいつ、勉強できそうなのに。


「な、なんでぇ? どうしてぇ? あんなに勉強したのにぃ」


耳まで真っ赤にしながら、手に持ったテスト用紙を震わせていた。


口がへの字に曲がっているのが可愛らしかった。


「あははっ! また一緒に勉強しようねっ!」


だから、クラスのみんなは大音を憎めないんだな。


明るい笑いに湧いた教室の中で、ただ一人の違和感があった。


腹の底から笑っているわけではなく、周囲に合わせているだけの顔だ。

 


「・・・ふ・・・あは・・・は」

 

夏咲・・・・・・。


気になる。



・・・。





・・・

「森田くん。一緒に帰ろう」
「ああ・・・。

もう、授業は終わりなんだったな」
「どうした? 珍しそうに」
「いやいや、癒やされるねえ。

なんの緊張もなく、時間が過ぎていくから」
「ほう・・・。

なんだか詩的な発言だな。
森田君は容姿端麗なだけじゃなく、詩人でもあったのか」
「お前もかっこいいけど、もう少し前髪を切ったほうがいいと思うぞ」
「はははっ・・・よく言われるよ・・・」
「ん・・・!?」
「どした? 僕の顔になにかついてる?」
「あ、いや・・・」


気のせいかもしれないが、一瞬、殺気を感じたぞ・・・。


「うぅーーん、今日みたいに世界が赤い日には、執筆速度が上がりそうだねえ」


磯野が日光でも浴びるかのように、両手を広げて胸を突き出した。


そのときだった。


「あっ・・・!」


磯野の指先が、ちょうど隣りにいた夏咲の頬に触れた。


「ああ、ごめん」
「い、い、いえ・・・っ!」


夏咲は怯えた目つきで磯野の顔色をうかがいながら、その場に立ちすくんだ。


「おい。気にするな。
いまのはどんな特別高等人だって不可抗力とみなして、罪には問われないはずだ」
「はぁっ・・・は、はい・・・そうです、よね」



夏咲がどれくらいの間『恋愛の禁止義務』を負っているのか知らないが、普通に生活していれば、こんなトラブルは何度もあったはずだ。


ということは、夏咲は義務に違反することを恐れているわけではないな。


・・・じゃあ、なんでこんなに震えてるんだ?


・・・。


夏咲は、挨拶もせずに教室の出入り口に向かって駆けていった。


「・・・・・・」
「どうした、森田くん。
やけにシリアスな顔をしているが?」


放ってはおけないな。


「また、明日な」


磯野に手を振って、廊下に出る。

 

 



・・・
夕陽が廊下を赤く染め上げていた。


夏咲は周りの人間と距離を開けながら歩いているため、その歩き方は右へ左へとふらついていた。


すぐに駆け寄って声をかける。


「一緒に帰ろう」
「ぇっ・・・!」


蚊の鳴くような、しかも拒絶の声だった。


だが、おれが嫌われる理由が見当たらない。


「隣、歩くね」


・・・。


「・・・ぅぅ・・・」



狙われた小動物のように目線をきょどつかせている。


まずは安心させるべきだ。


「いきなり、なっちゃん、とか呼ばれてびっくりしてるかもしれないけど、
おれのこともケンちゃんでいいから」


ね、ね、ね、とウザイくらい念を押す。


なっちゃんはさ、この町で一番最初に会った人だからさ・・・」


これから最高に面白いギャグを飛ばそうと思ったとき、夏咲の表情に濃い影が落ちた。


丈の長いスカートの裾をつかんでいる手が小刻みに震えていた。


「ぁ、はぁっ・・・。

あ、あの・・・森田くん・・・」


息苦しそうにも見える。


「わ、わたしと一緒にいると、変なウワサ立っちゃいますよ」
「ウワサ?」
「みんなから、いじめられたり、ひどいこと言われたりしちゃいますよ」
「そりゃ、困るね。
こちとら人間関係を円満にしなくちゃいけないわけで」


つまり夏咲は、そういうことをされているわけだ。


「義務が原因かな?」
「あ、いえ、ど、どうなんでしょう・・・。

わ、わたしは、そういうの関係なしだと思います」
「田舎じゃどうか知らんが、都会じゃ『恋愛の禁止』なんて、女を騙し騙しにとっかえひっかえしているような野郎が負う義務でね。
逆もあるけどね」


ぶっちゃけ、かなり恥ずかしい義務だ。


「たいていはそのバッジをつけてるだけで差別にあう」


理由を聞いてみたくなった。


どうして、なっちゃんみたいな女の子が、そんな罪を?


「あ、え、えっと・・・」


夏咲が恐る恐るおれを見ていた。


「どうしたの?

耳の穴から珍しい虫でも湧いてる?」
「い、いえ・・・。

ちょっと、怖い顔をしていたので・・・」

「へえ・・・」


おいおいおい、感情が顔に出たのか。


法月のとっつぁんに知られたら殺されるぜ。


「おっほん。おれは森田賢一だ。
将来、人をアゴで使う身分になる男だ」

「え・・・?」


決めゼリフを言って、気分を落ち着かせる。


「いいかぁ、この国がいま世界のリーダーとしてあるのもだなぁ。
ポストオブジャスティスでいられるのもだなぁ。

百年前の大戦で我々が勝利したからだ」
「は、はあ・・・?」
「特別高等法というのもだなぁ。

法治国家の快挙として称えられているわけであってだなぁ。
貴様らのような、どーしよーもない犯罪者どもをだなぁ。

更生するためのだなぁ。

無欠の教育刑であってだなぁ・・・」
「・・・・・・」
「好きです!!!」


突如、夏咲に向かって深々と頭を下げる。


「・・・ご、ごめんなさいっ・・・!」


逃げるように去っていった。



・・・

「なにやってんだろ、おれ・・・。
まあ、例えばさ、あんたもさ、上京して都会のミジンコになってさ。
疲れ果てて田舎に帰って、仲良かった普通の女の子がマンバになってたら焦るだろ?
それが今のおれの心境ね。

顔に出たらしいし」



・・・おれも帰るとしよう。






・・・


・・・・・・


沈み行く夕陽が、おれの影を細長く伸ばしている。


その影が、ぬっと二本に増えて、おれは後ろを振り向いた。


「おや、委員長もいま帰りか?」


おれは、ついさっきまでその辺の茂みで一服していたので、帰りが遅くなっていた。


「・・・うるさいのよ!」
「なぜキレる!?」
「うるさい、うるさい!」
「ああ、なるほど。補習ってヤツか?」
「悪い?」
「でも、大音は本気で勉強ができないわけじゃないだろ?」


これは、勘だが。


「そ、そうなのよ・・・!」


当たった。


「ちょっと問題見たけど、暗記すれば、ほとんどなんとかなる問題ばかりだろう?
大音はさ、義務で、京子さんのいいつけを守らなきゃいけないわけだろ。
何時までに帰って来いとか、ニンジン残すなとか、早く寝なさいとか」
「そうよ。
髪型から晩御飯のおかずまで全部決められてるの」
「それを全部覚えているのは、なかなかに記憶力がいるだろ」


うっかり忘れてました、じゃ言い訳にならないわけで。


「・・・私の答案、見る?」


カバンから取り出して、おれに差し出す。


「どれどれ・・・」

「例えばね、3の二乗って、あるでしょう?」
「うん、9だな」
「私、うっかり6にしちゃってて」
「ありがちなミスだな」
「戦争が終わって、特別高等法が施行されたのってさ・・・」
「世紀末、1999年だな」
「19999年にしちゃってて」


衝撃的うっかり!


「もうちょっと、落ち着いてやれよ。
見直しするとかさあ」
「テスト中も、最後に見直ししてるんだけど、見直す箇所が多すぎて青ざめるのよ」
「プレッシャーに弱いだろ?」
「なにその知った風な口の聞き方は?」


睨まれる。


「バスの降りるボタンを自分が押すべきか、押さないべきかで、そわそわするタイプだろ?」
「偉そうなんだけど?」
「すぐ怒るなぁ・・・」


いぢられキャラの癖に、いぢられるのが嫌いだなんて・・・。


なんてわがままなんだ。


「帰る。また明日な」
「さちの部屋に泊まってるって?」


呼び止められる。


「うん。世話になってる。
恩返しに家事全般を整えてやろうかと思っている」
「森田賢一って料理とか得意なの?」
「和風から、インド、フレンチ、イタリアン・・・。
なんでも鉄人級かな」
「へえっ・・・。

私も中華料理は作ってみたいなって思うのよね」
「ん・・・?」
「酢豚とか美味しそうだよね」


ちょっと待て。


「おいおい、大音はあのSF小説読まないんじゃないのか?
なんで和、洋、中の話についてこれるんだ?」
「あっ・・・!」


しまった、って顔しやがる。


「京子さんに娯楽系の本読むの禁止されてるんだろ?
まさか、義務を破ってこっそり読んでるとか?」
「ち、違う!

お母さんに禁止される前は、好きでよく読んでたのよ。
いまは読んでないよっ!」

「・・・・・・」


大音を見据える。


「ちょっと、疑うのっ!?」
「禁止されたのはいつだ?」
「去年よ!」
「すぐに捨てたほうがいい」
「だ、だから・・・」
「おれはオタだからわかる、酢豚って中華料理が登場したのは、今年の4月号だ」
「あっ・・・!」
「いいか、いままでお前を監督していた特別高等人が、どれほど甘かったかは知らない。

だが、法月のとっつぁんだけはヤバイ。
果てしなく、ヤバイ」


顔に指をつきつけて、威圧する。


「でも・・・持ってるだけなら・・・」
「念には念を入れておけ。

本は読むためにある。
読まない物を持っている理由を疑われるぞ」


大音は不満げに口を尖らせた。


「なんとか、ならないかな・・・?」
「京子さんの許しがなきゃ無理だ」
「そんなあ・・・。
お母さん、私が勉強できないからって、遊ぶなっていつも言うの。
おかげでテレビもバラエティとか見れないし、音楽も国家みたいなのしか聴けないし・・・」


愚痴ってる。


「京子さんと仲良くするんだな。
お前の義務って、親権者の判断次第でいくらでもきつくなるし、緩くもなるから」
「・・・でも、お母さんやたら厳しいし。
規則とか理屈とか大事にする人だし」
「どんな人でも感情はある。
会社の人事なんて、能力や実績云々より、あの子が欲しいっ花いちもんめの世界でね。
私も苦労したよ」
「よくわかんない・・・」


落ち込みだした。


「それにしても大音も、あの本好きだったとはねぇ」
「わ、悪い?」
「本とか嫌いじゃなかったのか?
くだらないことは嫌いなんじゃなかったのか?」
「くだらないことは嫌いだけど、あの本の真面目な話は好きなの!」
「バラエティ番組が見たいんだろ?」
「バラエティはくだらなくないの!」
「基準がわかんねえよ。
大音にとってなにがくだらないことなんだ?」
「だから、言うでしょ?

おはようぐると、とか」
「・・・あんまり言わないと思うよ」
「下品な下ネタとか」
「上品な下ネタはあんまりないだろうな」
「とにかく、嫌いっ!」


・・・こりゃあ、大勢の前で思いっきりスベった過去があると見た。


「あっ、そろそろ帰んなきゃ」
「今日も六時帰宅命令?」
「ううん・・・。

今日はラジオ聞きたいから」


楽しみにしているのか、少し頬が緩んだ。


「大音は、何時くらいに寝るの?」
「えっと、十一時くらいかな・・・。

って、なんで森田賢一なんかに私生活を晒さなきゃいけないのよ!」
「ちぇ・・・」
「帰る」
「暇だし、送っていこう」


歩き出す。


「・・・別にいいって」


ぶつぶつ言いながらついてきた。

 





・・・


・・・・・


大音を送ってさちの部屋に戻ってきた。

 

 

「あーっとぉ・・・んーっとぉ・・・」


なにやら唸っている。


「ただいまー」


さちがパソコンに向かっていた。


真剣に画面を見て、マウスを握っている。

 

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「どうなの、景気は?」
「びみょー」
「どこの国の通貨を扱ってんの?」
「南の王国」
「王国ってぇと・・・え!?
あの紛争地!?
ほとんど紙切れ同然だろ?」
「あそこってさ、うちの国が一番軍隊出してんじゃん。
だから、戦争で勝てばレートも金利も、あたしらに有利になるはずなんだよね」
「そりゃあ、相当先の話だろう。
もっと安全な通貨を選べよ」
「いいの。

いま一番安く変えて、リターンも大きいから」
「・・・まあ、好きにしろよ。

お前の金だ」


台所でうがいをして、手を洗う。


・・・それにしても、どれくらいリバレッジをかけてるのか知らないが、けっこう金持ってるんだな。


さちのヤツ・・・昔から、ちょっと変わってるところはあったが、やっぱり普通の学園生じゃないな。


「ところで、まなは?」
「・・・ん?」
「まな。 お前の義理の妹」
「寝てるんじゃない?」


さらっと言ったが、やっぱり本当の姉妹じゃないのか。


「どうしてクローゼットの中で寝るんだ?」
「・・・・・・」
「なあ・・・」
「・・・あ?

・・・と、知らない。

好きなんじゃない?」
「あんまり顔、合わせないのか?」
「そんなことないって。ちょっと時間が合わないだけ」


・・・まあ、深く突っ込むのはやめよう。


被更生人のプライバシーに踏み込むべからず。


「あ、そうそう。モリケンってさあ、山登りとか得意?」
「ん? まあね。

庶民のレベルは超えてると思う」
ケイビングは?」
「SRTならなんとか。

ケイビングは無理かもしれない。
おっと、一応、あんたに説明しておくが、洞窟探検の話な。
SRTってのはロープを使っていい感じに壁穴を登ったりする技術のことね」
「いきなりブツブツ言わないでよ」
「すまん。ついつい」


頭をかく。


「で? どうしたんだ? 森田山でなにか新しい洞窟でも見つかったのか?」
「森田山? あはっ。

森田山ね、名前はどうでもいいけど」
「なんなの?」


するとさちは椅子を引いて立ちあがった。


「んーん。 まだ、内緒っ」
「なんだそりゃ! 説明しろ!」
「それにしても、モリケンってやっぱ普通の学園生じゃないよね」
「説明しろと言っている!」
「あはっ、なんか、初めて見たときにピンと来たんだよねえ。
あたし鼻が利くって言ったじゃん。

ねっ。 ふふふっ」


薄気味悪く笑いながら、さちは昨日と同じ錠剤をひょいっと口に入れた。


「ねえ、モリケンさあ、特別高等人を目指してるんでしょ?」


ベッドに寝転がる。


「どうして知ってるんだ?」
「灯花から聞いたんだよー」
「大音と仲いいんだ?」


さちは首をノリノリで縦に振った。


「あれって、いろんな職業を体験しなきゃいけないんでしょ?」
「体験っていうか、短い時間でその道のセミプロと呼ばれる程度の技術は習得しなきゃならない」
「なんでなの? 法律の勉強だけしてりゃいいじゃない?」
「・・・おれも良く知らないけどさ」


すっと息を吸い込み、アゴを引いて眉間にしわを寄せる。


「人が人を裁く、その危うさを知れ」
「・・・・・・。

え? 誰のモノマネ?」
「わりぃ、すごい内輪だった。

法月のとっつぁんね」
「あははっ、わかるわけないし!

超ウケるんだけどっ!」


・・・ウケ過ぎ。


「人の気持ちが分からなきゃ、人の面倒はみれんだろ?
世の中にはいろんな職業の『義務』を持った人がいるわけでさ・・・」
「あー、なるほどね。

床屋の人なら、床屋の経験がある高等人のほうが仲良くなれるもんね」
「それもあるし、やっぱり技術がある人間は評価されるからね。
人望も集まりやすくなるし」
モリケンが勉強できるところ見せたり、体育とかで活躍したら、女の子たちはきっとキャーキャー言うもんね

顔もいいしさ」

「あとは、例えば夏咲が倒れたときみたいに、不慮の事態に備えられないからね。

診療できる医師も性が限定されて対処が遅れる可能性が出てくるから、高等人の多くは医師の資格を持っているんだ」
モリケンは?」
「そのうち資格を取ろうと思ってるけど、いまは外傷の応急処置が限界かな」
「何が得意なの?」
「うーん。

適性検査では、経営の才能があるらしいけどね」
「経営!?

じゃあ、ひょっとしてバリバリの営業マンだったりするの?」
「やってたねえ。

でも、おれって常識ないから」


外回りはすぐにやめたんだよなあ・・・。


「でもでも、さすがにこの世の全部の職業を体験したわけじゃないんでしょ?」
「そりゃな。

乗用車が運転できれば大型バスもいけるかもしれないって感じのノリで、大雑把な技術しか学んでないよ」
「きわっきわじゃん」
「きわっきわ? また元気系用語か?」
「危ういってこと」
「確かに危ういよ」
「いままで、一番大変だった職業は?」
「もちろん、土下座代行業」
「あはっ、嘘でしょっ!?」
「・・・人殺しかな」
「え?」
「おやすみ」


タオルケットをかけてやる。


・・・そろそろ七時だ。


「それじゃあ、洗濯して風呂洗っておくな」
「うん・・・掃除は、やっぱいいから。モノが、わかるところにないと・・・困る・・・」


眠そうな声。


「あ、下着は自分で洗え・・・って、もう寝たか」


・・・

俺も一服しよう。

 

 



 

・・・。



「ルンルンルンっ」


キッチンにて、フライパンを優雅に扱いながら鼻歌を歌う。


「いやあ、蛇にカレー粉かけて食ってたころが懐かしいなあ」



・・・
「ごはんまーだー?」
「もうちょっとだ。待ってろ。いま仕上げに入る」


激しく腕を動かして、フライパンを何度もコンロに叩きつける。


「ふっ! ぬっ! ぐっ!」
「おーおーおー」
「でやっ、で、で、で、でやぁぁっ!」
「できたー!?」
「よし、気分は満喫した」


ジュージューと音をリピートしてたラジカセを止める。


「できたできた?」


床に置いてあったコンビニ弁当を差し出す。


「ガスが使えませんでした!」
「わーん!」
「壊れてる!」
「賢一! ガス直して直して!」
「おれだって、中華を食いたかったんだ!

爆発物を取り扱うノリでいいなら、修理してやる!」

 

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「わーん!」
「ちくしょう、クソの田舎役場がぁ・・・。

こっちはガス料金払ってんだから、24時間サポートしやがれってんだ!」
「賢一、なんとかして! まな、あったかいご飯が食べたい!」
「クソのコンビニが弁当温めるのを忘れやがったんだ!」
「賢一、目つきが危ないよー」
「はあっ、はあっ、はあっ・・・」


一服したい気分だ。


「あ、そうだ」


急激に脱力。


「この寮って、夏咲も住んでるじゃん。
夏咲の部屋で料理すればいいじゃん」
「おーおーおー。
お友達がいるんだね」
「よし。まなは待ってろ」
「うん。早くねっ!」


フライパンを肩に担いで廊下へ出る。

 

 


・・・
夜の寮は、天井の蛍光灯の振動が聞こえるほど静かなものだった。


夏咲の部屋を探して歩く。


「日向、日向・・・と」


・・・。



「ここか・・・」


日向夏咲、とご丁寧に表札のかかった部屋の前にたどり着いた。


ノックする。


「こんばんはー」


返事はない。


なっちゃん、いるかい?」


しーん。


「くそおぉ、腹が減ったぜぇ! はあっ、はあっ、はあっ!」


ドアに頭からもたれかかる。


ゴッ!


急にドアが開いて、頭突きする。

 

 

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「・・・痛い」
「は、はい・・・?」
「こんばんは」
「ど、どうしたんですか?
なんだか顔色悪いですよ」
「ああ、ちょっとヤクが切れてて・・・クク」
「え、えっ?」
「そんなことより、台所を貸してください」
「え、あ、部屋にあが、あがるんですか?」
「台所を持ってきてくれるんなら、お邪魔しませんが?」
「う、うわっ、フライパンぼろぼろじゃないですか?」
「作ってたからねえ、頭の中で中華を」


そのとき、びびり一辺倒だった夏咲の表情に赤みが差した。


「中華・・・中華料理ですか?」
「そう。酢豚。酢豚を作るのだ」
「あ、あれ、美味しいですよ。

わたしもよく作りますから」
「てめえ、パインとかさくらんぼを入れたら怒るぞ!」
「わかってます。

キュウリ入れるのもダメです」


思わず、笑ってしまった。


「・・・読むんだ。あのSF小説」
「は、はい・・・。

さいころからずっと」
「そっか・・・」


うつむいて、廊下に視線を落とした。


「ど、どうしました?」


ため息を一つついて、顔を上げた。


「学園、どう?」
「どう・・・と言われても・・・」
「勉強、できるんだね」
「いや、そ、そんなことも・・・」
「友達は? さちとか大音と仲いい?」
「あ、さ、さっちゃんとは、たまに・・・おしゃべりして・・・」
「そう。良かったね」
「・・・・・・」


バッジに目線がいってしまった。


「・・・どうしたの?」


口から漏れた。


「なにがあったの?」
「ば、バッジ・・・ですか?」
なっちゃんには、似合わないよ」


夏咲が背筋を伸ばした。


「わたし、そういう子ですから。
男の人とたくさんつきあって、ひどいことをしたから、これはしょうがないんです」


まるで何度も復唱したことのあるような、義務的な口調だった。


「ごめんなさい。

だから、あんまりわたしと仲良くならないほうがいいんです」


まくしたてるような言葉の途切れを狙って、ぼそりとつぶやく。


「つらいことが、あったんだね」


そんな、自分を貶めるようなことを言うなんて。


「・・・仲良く、しようね」
「・・・で、ですから・・・。

わたしと仲良くならないほうが・・・」
「いままでなっちゃんを監督してた高等人に、男が近づいてきたらそういう風に言え、って指導されたんでしょ?」
「ぁっ・・・え、えっとぉ・・・」


ばつの悪そうな顔になった。


「いいんだよ」


一瞬だけ、目が合った。


けれど、すぐに夏咲の視線は何の意味もないリノリウムの壁に逃げた。


「上目遣いは、禁止されてたのかな?」
「は、はい・・・」
「男の前で涙を見せることも?」


小さくうなずいた。


「ゆっくりで、いいよ」
「・・・・・・」
「ごはんある?」
「・・・の、残り物でよかったら」
「ありがとう」


フライパンの柄の方を差し出す。


「これに入れてもらえるかな?」
「いや、お皿用意しますね」


そう言うと、夏咲は部屋にもどった。


壁にもたれかかって、天井を見上げる。


「いろいろ話したけど・・・。
なっちゃんから、おれに話しかけてくれることはなかったな。
つまり、まだ興味を持たれてないっとことだ。
変わってしまったな、夏咲は」


ドアが開いて、夏咲がひょっこり顔を出した。


「早かったね」


ラップ越しに、だいだい色に染まった麺の盛り合わせが見えた。


「どうぞ・・・ほんとに、残り物ですけど」
「スパゲッティ? 洋風じゃん。いいねっ」
「と、取って、受け取って、もらえますか・・・?」
「ん?」


顔をおれから背けながら、両腕を大きく伸ばして皿を差し出す。


あまりに不自然な動きだったので、まるで少女が寝ずに書いたラブレターでも渡す瞬間のように錯覚した。


「校舎裏か? 夕暮れ時か?」
「え、えっと・・・お願いします。早く」
「喜んで」


受け取る。


直後、差し伸ばした腕が瞬時に縮こまる。


「どうしたの?」
「ぁ・・・はあっ・・・。

な、なんでもないですよ」


息が荒く、頬が上気している。


「て、手が触れたら、ダメだなあと、思って・・・緊張するんです」


確かに、夏咲の義務で一番気をつけなければいけないのは、手を使うときだろうな。


もちろん、うっかり触れてしまうようなアクシデントはあるだろうけど、何度もやるとペナルティがつくはずだ。


「皿は、部屋の前にでも置いておくね」
「あ、はい・・・」
「それじゃね。おやすみ」
「・・・・・・」


返事なしか。


胸中に引っかき傷をつけられた思いで、部屋に戻った。

 

 

 


・・・


・・・・・・


メシを食って、まなをスーパーまで送った。


「ありがとーね」
「うん。 がんばってこい」
「賢一は、どうしてまなと仲がいいの?」
「うん?」
「送ってくれるのがうれしいよ」
「暇だから。 マジで」
「昨日初めて会ったのにねっ!」
「おれは、異常なほど馴れ馴れしいらしいぞ」
「賢一は、イヤな感じしないよ」
「イヤな感じ?」
「うん。まなを見て立ち止まったり、ひそひそしたりしない」


・・・異民差別か。


クソの田舎じゃ、未だにそんな風習があるんだな。


「お姉ちゃんもね、しないよ」
「そうだろうそうだろう。
あいつは、つまらないことに興味がないんだ」
「お姉ちゃんと、結婚するの?」
「え?」
「だって、お姉ちゃんのブラジャーとか洗ってたでしょ?」
「あ、ああ・・・」


恥ずかしいな。


「お部屋に一緒に住んでるし」
「ちょっと泊まらせてもらってるだけだよ」


この子、けっこう頭の回転が速いのかもしれないな。


「まなは、勉強を教えてもらったことはあるか?」
「ん? とくべつこーとーほうは、ちゃんとお姉ちゃんに教えてもらったよ」
「そうか、よかった。

バッジの意味はだいたい分かってるんだよな?」
「うんうん。大変だねー」


・・・。


夏咲の恋愛の禁止みたいに、周りが気を使わないといけない義務もあるからな。


信号の意味を子供に教えない親はいない。


バッジの意味する義務を知らなきゃ、事故っちまう世の中だ。


「あ、そろそろ行くねっ」


手を振って、まなを見送った。




・・・


・・・・・・


「ふぅ・・・」


パイプを口にくわえて火をつける。


「それにしても、暇だ。
法月のとっつぁんは、試験は始まっているとか言っていたが・・・。
何すりゃいいんだ?
とりあえず、みんなと仲良くなれとのご命令だったが」


ブツブツ言いながら、煙を吸ったり吐いたりする。


「ふぅ・・・まったりするねえ」


部屋にはさちが寝息も立てずに寝ている。


本当に時間が止まっているようだ。


「おれも寝ようかな」


床に背を預ける。


「姉さん、この町に来て二日たちました。
『義務』を持った女の子三人と出会い、軽く話をするようになりました。
まだ深くは踏み込んではいません。
でも、だいたいどんな人間なのかは把握しました。
これからは、普通に仲良く馬鹿騒ぎをしていきたいと思います。
・・・それじゃ、おやすみなさい」

 

 


 ・・・・・・。



・・・。






・・・

おれの目覚めは早い。


寝ぼけることなく、一瞬で思考がクリアになる。


朝のダンスを踊ってムダ毛をチェックしたあとに、まなを迎えに行った。


盆地を囲む山々から吹いてくる夏風が心地よい。


「おー、賢一」
「お疲れさん。お金もらってきたか?」
「ううん。まだまだ。明日にまとめてもらうの」


週払いか。


「ちゃんと、お金はもらうんだぞ。
働いたんだから、権利があるんだからな」
「お金くれる約束してるから大丈夫だよ」


契約書類でも見てみたいところだが・・・。


まあ、そこまですることもないか。


「よし、帰るぞ」
「はーい!」

 

 



・・・


・・・・・・


「まな、ねるー」


部屋に着いたとたん、まなはクローゼットに向かっていった。


「もう寝るのかよ」


「・・・すーっ、・・・すーっ」


「寝てるし」


そんなに疲れてたのか。


・・・。



・・・・そろそろ七時だな。


さちが起きるころだ。


「・・・ん」
「お、起きたか? おはよーっ」
「んがあああああー・・・」
「奇声を発するなよ」
「ああーっ・・・なんか、飲みもん取ってぇ」


蜂蜜ジュースをそっと差し出す。


「む・・・ありがと・・・」


飲んだ。


「・・・うえっ! 甘ったるい!」
「朝は糖分を大事にするんだぞ」
「あー、気持ち悪い!」


キッチンに駆け込むさち。


「お前なあ、蜂蜜がなめたいと言って野垂れ死んだ皇帝だっているんだぞ」


さちは、おれのウンチクなど聞きたくもないといった様子でうがいをしていた。


「そんなに、気分悪くなったか?」
「なんていうかね、寝起きがすごく気持ち悪いのよ。
薬のせいじゃないかな。 死ぬかも」
「・・・・・・」


専門じゃないから詳しくは分からないが、さちの時間を止める錠剤は、睡眠導入剤の一種だ。


もともと厚生省が厳しく扱っていた薬品のはずだ。


が、二年くらい前に担当の部署が民営化されてからは、いろいろな問題がマスコミに指摘されていた。


「・・・ちょっと聞くけどさ」
「あーい?」
「お前、眠気取れてる?」
「は?」


不機嫌な顔。


「取れるわけないじゃん。眠いってば。
寝るのと、止まるのは違うっての」
「そうか・・・いや、よく知らなくて。
夢も見ないのか?」
「夢は見る。 でも眠い」
「ほお・・・ちょっとSFみたいだな」
「あー、うざい、うざいっ」


頭をかきむしっている。


「よーし! 今日も、ビリっとがんばるぞーっ!」


一瞬にして元気。


「その前に一つ聞きたい!」
「んあ?」
「最大の疑問なんだが・・・。

お前って、いつも制服なのか?」
「は?」


また不機嫌。


「当たり前じゃん。

バッジ組が別の服を着たいときは、申請がいるっての」
「本当か!?」
「おおっ!?

モリケンのクールな顔に怒りと疑問がっ!?」


おどけるさちにかまわず問う。


「それは、特別高等人の指導か?」
「そそそ」
「なんだとー」


思わず腕を組んでしまう。


確かに、バッジ以上に服装は目立つから、周囲の人間に迷惑がかかる確率は減る。


でも、なんて古いルールなんだ・・・。


ローカルにもほどがあるぜ。


都会じゃ、被更生人に対する人権侵害にあたるとして、その手の団体がうるさく騒いでいるってのに・・・。


SF小説の囚人服ってヤツじゃあるまいし・・・。


「あたしはあんまり困ってないけどね。
着替えの時間とかもったいないし」
「それにしても、もっとオシャレがしたいだろ?」
モリケンだって、ずっと同じ服でしょ」
「おれはいいんだ。

同じ服を何着も持ってるんだから」
「あはっ、あたしと同じだね」
「さちは、服とかアクセとか、流行には敏感そうなのになぁ・・・」
「ブームには追いついていくよぉ。
どこに儲け話が転がってるかわからないしね」


うれしそうに口の端を吊り上げた。


「最近のブームはね。
ほら、ケータイの電子ゲーム。
ペットが育っていくヤツ」
「・・・ブームかぁ?」
「あとね、あとね、そろそろ純愛ブームだよぉ」
「そうかぁ?」
「絶対来るって。百万人が泣くって」
「で、それをどう金に結びつけるんだ?」
「国中がキュンキュンいうんだよ。
ティッシュとか売れるんじゃないかな。あと避妊具とか」
「え? 肉欲的なものとは無関係だから純愛なんじゃないか?」
「んなこたないって。

やるこたぁ、やるってば」
「というか、純愛ブームになんてとっくに終わってると思うんだが」
「じゃあニートは? 今後はニートって言葉が流行ってくるよぉ」
「もう流行ってるっての。

社会問題にもなってて、大変じゃないか。
将来に希望が持てず、ニート化する若者が急増だ。
社会保障制度が崩壊して、経済成長も鈍くなるんじゃないかって話だ」
「最近のニートも働かなくなったもんだよね」
「働かないからニートなんだよ!」
「うははははっ!」
「大爆笑してんじゃねえよ」
モリケンとしゃべると、ウケるね、アガるねっ!」


・・・アガるって、何語だよ。


さすが元気系。


「あんたも知ってのとおり、ギャルと元気系は違う。
ギャルは合コンで酔うと口を半開きにして寝るが、元気系はお口全開で爆睡する。

ギャルはまだ自意識があって、自分をギャルという枠内にカテゴライズしているが、元気系はルールなしのアーパーなのだ。
一言でいうと、天然」

「・・・なんかブツブツ言い出したし、お風呂入ろーっと」


さちはバスルームへ。


「じゃあ、おれは廊下に出てるな」
「うん、先に学園行ってていいよ」
「わかった」


学生カバンであるジュラルミンケースを持って、出口へ。


「あ、ねえねえ」


振り向いて、肩越しにさちを見る。


「今後はさあ、お笑いブームが来ると思うんだよねぇ」

 

 ・・・。



 

・・・


・・・・・・


校門の前で立ち止まると、空を見上げた。


田舎の広い空に、一筋の雲が流れている。


指を唾で濡らし、風向きを確認する。


「天文を見るに、数日中に50%の確率で雨が降るでしょう。

いやあ、さちに助けられたね。

雨は嫌いだもんね」
「まったくだ。雨が降ると洗濯物が干せなくなる」


いつの間にか、磯野がおれの横隣で天を仰いでいた。


「ついでに、にょきにょきがちょっと活気付く」
「にょきにょき?」
「知らんのか? 狐の妖精だよ」
「ファンタジー!?」
「にょきにょきはなあ・・・可愛いぞ」
「へー、可愛いんだ」
「可愛くて、キャーキャー鳴いて、くりくりした瞳で、ちょっとおっちょこちょいなんだ」
「おー、可愛いね。見てみたいかも」
「でしゃばらないし、甘えん坊だし、酌をしてくれるし、タバコに素早く火も付けてくれるし、写真のついた名刺もくれるし・・・」
「おい・・・。

おかしくなってきてないか?」
「この前ついに電話番号を聞き出せてね」
「妖精の話をしろ!」
「かけたらもろにヤクザが出ちゃってね、兄ちゃんうちのスケに手ぇだすたぁええ度胸じゃけんのぉって・・・。

とんだ女狐だったよ」
「そんなオチありかよ」



「ちょっと、朝からくだらないんだけど?」

 


学級委員長・大音が勇ましく現れた。

 

 

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「委員長おはよう。

そして、死ねえぇぇぇぇぇぇ!」


「・・・得体が知れなさすぎるよ、お前・・・。

なんでもありじゃねえか・・・」


おれが青ざめていると、大音が唇をわななかせた。


「・・・き、今日は、持ち物検査だからね。
磯野と森田賢一なんて、絶対危ないもの持ってるに決まってるんだから、こっぴどく怒られればいいのよ」
「ふざけるな。

人をすぐキレる少年みたいにいいやがって」
「まずその鉄のカバンがおかしいから」
「中身はいたってまともだ。

バタフライナイフなんて出てこないぞ」


「あ、カラシニコフ
「勝手に開けるな! てか、そんなもん入ってねえだろうが!」


磯野からジュラルミンケースを奪う。


「なんか、座敷わらしみたいなヤツが垣間見えたんだが?」
「いるわけねえだろ!」


・・・くそ。


磯野と一緒にいると、どうしても後手に回ってしまうな。


「そういうお前はどうなんだよ」
「僕にふるなっ!」
「なんでキレるんだよ!」
「あーマジいらつくわ。

家の壁蹴りてえし、夜の校舎窓ガラス壊してえし、ザギンのチャンネとシーメーしてえし」
「・・・なんでそんなに反抗期をアピールするんだよ?」
「持ち物検査は嫌な思い出がいっぱいあってね。
携帯電話とかフランス人形とかいろいろ没収されたよ」
「勉強に関係ないものは、没収されても仕方がないだろうな」
「数学の授業中は、使わないからって左脳を没収されるし」
「グロいって!」
「あとは、つらい思い出とか、甘い夏のひと時とか、全部没収されることになって」


・・・とにかく、嫌なんだな。


「わかった。

今日は一緒に学園をさぼろうぜ」


「ダメよ!」


大音が声を張り上げた。


「私の目の前で学園をさぼろうだなんて!」


学級委員長っぷりを発揮しだしたぞ。


「そういうなって。友達だろ?

おれもカバンの中を見られたくないし、磯野くんもトラウマを抱えているんだ」
「・・・? 僕は別にかまわんが?」
「おい! さっきの話はどこいったよ」
「左脳を取られたら死んでしまうだろ?」
「・・・お前の話はどっからどこまでが本当なんだよ?」
「はてぇ・・・」


・・・ムカつくなぁ。


「くだらない会話は終わった? ホームルーム始まるから、早くしてね」
「むぅ・・・」


仕方なく校舎へ入る。

 

 





・・・


・・・・・・


京子さんが教壇に立って、淡々と授業を進めている。


「それじゃあ、夏休み前に一度確認しておきましょう」


黒板には、いくつかの義務を表すバッジが貼られていた。


それらは全て、恋愛の禁止みたいに、周りの人間も注意を促すものだった。


義務にもいくつか区分があって、内容によってつけなければいけないバッジの数も変わる。


イメージは車の初心者マーク。


「極刑」や恋愛の禁止の義務を負う人間は、前面、側面、背面の3箇所。


逆に、さちみたいに、一人で守ってれば他人に迷惑はかからない義務は、前面の1箇所ですむ。


「以上、設定説明的な手続きパート2」
「森田くん、なにか言ったかしら?」
「いえ、毎月こうやってバッジの内容を確認してるんですね」
「忘れたり、間違えて覚えていたりしたら、大変なことになるでしょう?」
「ですね、反復教育は大切なことですね。 うんうん」


ふと、前の席に座っている夏咲の背中に目が止まってしまった。


人体模型さながらに、いい見本が晒されている。


・・・夏咲は毎月、周りからそんな目で見られているのだろうか。


「それじゃあ、持ち物検査をします」
「うぇっ!」


一斉に不満の声が教室に満ち溢れる。


さて、逃げるとしよう。


「みんな静かにして!

ほら、さっさと机の上にカバン出すの!」


クラスをしきる大音。


・・・いまのうちに、こっそり抜け出そう。


「大音さん、これは何?」
「う、うわわわわっ!」
よもぎ饅頭? 学園にお菓子なんてもってきていいわけないわよね?」


あいつ、今日が持ち物検査だって知ってたんじゃなかったのか?


「い、いっつも持ってきてるもんだから・・・あああ・・・。

で、でも食べずに見てるだけだし。

300円以内だし。
バナナじゃないし、で、でも遠足じゃないし・・・」


パニクってる。


「没収ね」


さちはさちで、領収書やら小切手やらレシートやら保証書やらの紙の束を、机の上に広げていた


・・・おっと、もたもたしてる場合じゃないぜ。


カバンの中身はあんまり見られたもんじゃないからな。


トカゲのように四つんばいになって戸口へ。

 

・・・。


「先生、森田くんが逃げます!」
「ぶっ殺すぞ貴様!」


「あの銀色のカバンはかなり怪しいよー」
「さち、煽るな!」


わいわいがやがや・・・。


人だかりをかきわけて、京子さんが近づいてきた。


「森田くん、そのカバンを見せてもらおうかしら?」
「待ってください。

高等人権限で私物のチェックは認めません」
「あなたはまだ候補生でしょう?

この学園のルールに従ってもらうわ」
「では、取引をしましょう。
おれを見逃してくれれば、京子さんにも持ち物検査はしない」
「往生際が悪いようね」


立ちふさがる京子さん。


「森田賢一、あきらめなさい」


「なに入ってるのかなぁ。やっぱ札束かなぁ」


「希望だけが残っているんだよ、きっと」


取り囲まれ、じりじりと窓際に追い詰められる。


「わ、わかったよ・・・素直になるよ・・・」


うつむいて、カバンの留め金に手をかける。


「と、見せかけてジャンプ!」


しようとした瞬間だった。


いけねっ!


窓際にカバンがぶつかっちまっ・・・!


・・・!


ぶちまけられる中身。



「のおおおおおおおっ!」



「なになに!?」


「なにが入ってるんだ!?」



「見んじゃねえ!」


隠すために、身体を張って覆いかぶさる。


ひらかびた蛙みたいな格好で、床に這いつくばる。


「絶対に見るんじゃねえぞ、このクソの田舎モンどもが!」

「メンチきったってムダだよ」
「うるせえ! いいから失せろ!

ケツの穴に手ぇつっこんで、奥歯ガタガタ言わせるぞゴラァ!」
「森田くんこそあきらめるんだ。

耳の穴に耳かきつっこんで、かゆいところをホジホジするぞ」
「き、気持ちいいじゃねえか・・・」


しかし、おれの細身のシルエットではどうしても隠しきれず、晒されてしまうものがあったようだ。


「あ、なにこれ・・・?」


「あぁっ・・・!?」


「も、森田くん!?」


みんなが何かを発見したらしく、どよめきが止まらなくなった。


女の子たちは黄色い声を出し、男子連中は笑い出した。


・・・ま、まさか!?

 

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 ・・・。


「へ、変態・・・」


「さすがにひくねっ」


「よもや女性の下着を隠し持っているとは」


「ち、違う。これはっ・・・!」


「黒いし、ひらひらしてるし、きわっきわじゃんコレ」


「森田くんは、そういう趣味はないと思っていたのだがな」


「な、なんなのぉっ!?」


失望を隠しきれない声。


「か、買ったんだ。

昨日・・・スーパーで・・・」


顔が真っ赤になってるのが自分でもわかる。


頭の回転が鈍りまくって、いいわけが思いつかねえ。


「なんのためにぃっ!?

なんでこんなモノを大事そうに隠してるのよ!?」


妙にマジな大音。


「それは、は、履くため、だろうな・・・」


「あはっ!カミングアウトしてるし!」


「森田賢一って変だけど、そういうのはないと思ってたのに!」
「ば、バカ・・・。

おれだって、買うとき恥ずかしかったんだぞ」


「ほう・・・まだ、理性ある変態だな。戻るなら今のうちだぞ」


どどど、どうすりゃいいんだ!?


「い、いや、おれ、こういうエッチ関係っていうのか分からんが、とにかくダメなんだよ、恥ずかしくてっ」


あー、あー、あー。


モリケンが、ゴキブリみたいにテンパってるよぉっ!」


さちは大爆笑。


「いつもニヤニヤして、人のこと知った風な顔してるくせにっ!」


大音はマジギレ。


「みんな静かにしなさい!」


京子さんの声も届かないほど、クラス中が湧いていた。


「あいつ、やっぱり変態だったんだな」


「森田くんって、かっこいいと思ってたのに・・・」


「危ないヤツ。関わらないでよかった」


頭の中でいろんな言葉がぐるぐるして、心臓がばくばくして、でもどうにもならなくて。

 


・・・姉ちゃん、助けて。

 


―――ピンポンパーン・・・

 


「森田賢一くん、至急、特別指導室まで来てください」


・・・。


・・・おれ?

 

「森田くん、大丈夫? 呼び出しがかかったけど?」
「はい・・・」
「持ち物検査は、中止にするわ。

なんだか、かわいそうになってきたし」

「ありがとうございます」


命拾いしたな。


「・・・下着は、没収しておきますからね」
「・・・・・・」


おれは、嘲笑の舞台からようやく降りることを許された。


中身をカバンに全部しまうと、ゴキブリ歩きで教室を出る・・・。



・・・。