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車輪の国、向日葵の少女【3】


・・・。



「ここかな?」

 

【特別指導室】とプレートがかかっている。


部屋の名前から察するに、駐在の特別高等人が庶務をこなす場所なんだろうな。


呼び出しを受けるなんて・・・なんだか嫌な予感がする。

 

とりあえずノック。

 

――「入れ」

 

予感的中。


とっつぁんだ。


そういえば、この町の特別高等人として赴任したんだったな。

 

「失礼します」

 

口調と態度と襟を正し、入室する。


部屋に入ると、まず本の匂いが鼻をついた。


書架をバックに、法月がおれを見ていた。

 

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「報告をしろ」

 

・・・報告?


法月はまったく動かない瞳でおれを見据え続けている。


おれはなにか報告すべきことがあるのかと、頭をフル回転させる。

 

「学園生活は、おおむね良好です」
「詳細を」
日向夏咲、三ツ廣さち、大音灯花・・・クラスの被更生人と接触しています。
学級委員長である大音灯花とは友好関係にあり、私が同年代の人間と馴染むのも時間の問題です」
「よろしい、次」

 

・・・次?

 

「ありません」

 

ない・・・他に命令された覚えはない。

 

「なにが、ありません、なのだ・・・?」

 

・・・静かな声色が、部屋中の時間を法月に引き寄せた。

 

「答えろ、森田」
「・・・・・・」

 

なんのことだが全然わからない。


昔から、こういう意味不明な質問を唐突に投げかけてくる人ではあるが・・・。

 

「私は・・・」

 

経験上、黙っていると悲惨な目にあう。

 

「指示には従っていますし、この町に来てからの人間関係、生活環境など、良好です」

「言われたことは、やっていると・・・」
「はい。

最近、ミスはないと思います」
「戻っていいぞ」
「え?」
「・・・・・・」

 

おれの存在を世界から消したかのように、法月は視線を目の前の書類に移した。

 

「・・・っ」

 

なんなんだよ・・・。

 

「失礼します」

 

一礼して、退室した。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

・・・
昼休みに入ったようで、廊下はやや混雑していた。


窓際にぼんやりとたたずむ少女が気になった。

 

なっちゃん、お昼一緒にしない?」
「あ、えぇっ!?」

 

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声をかけただけなのに、片足が浮くほど驚かれてしまった。

 

「えっと、いや、で、ですから、わたしと一緒にいると、迷惑かかりますし」

 

相変わらず、目も合わせてくれない。

 

「それを言うなら、おれも変態のレッテルを貼られてしまったわけだし」
「へ、変態?」
「ほら、さっきの持ち物検査でみんな騒いでただろ」
「・・・わたし、あまり聞いてませんでしたから」
「そうか、そりゃ良かった。とにかくご飯食べた?」
「お昼、抜いてるんです」
「ダメだよ、死んじゃうよ」
「お水は飲んでますから」

 

言って、指をすり合わせ始めた。


・・・つまらない、もしくは邪魔しないでっていうサインか?

 

「えっと、明日のこと知ってます?」

 

いや、私の話を聞いてっていう意味か。


「天文を見たんだが、雨が降るってことしか知らない」
「あ、そうなんですか。嫌ですね、雨は。楽しいことが減りますし」

「そうだな。

雨の日でも楽しいことを見つければいとかいう野郎はおれも嫌いだ。
なんちゃってプラス思考くんは迷惑だ」
「いや、そんなこともないと思うんですけど」
「前向きな態度ってのは、必ず作為的なんだ。
覚えておいたほうがいい」
「それは、視野の狭い意見かと・・・」

 

おや・・・?


意外にも、話に乗ってくるな。


この手の抽象的な話が好みなんだろうか。

 

「世の中には、森田くんの知らない、すごいポジティブな人もいるはずです」

 

反対意見とはね。


この子・・・気弱だが、主張は譲らないタイプか。

 

「減るって? 楽しいことが」

 

唐突に話を戻して、しかも妙な言い回しをしてみる。

 

「散歩が好きなので」

 

すらっと、答えた。

 

「明日のことって?」
「恩赦祭です」

 

頭の回転は速そうだな。

 

「恩赦祭っていうと・・・古い習慣だよね?」
「はい。

一年に一度だけ、義務を負った人が自由になれる日です」
「ああ、この町じゃまだ廃止されてないんだね」
「前の特別高等人の方が、けっこうおおらかな人でして・・・」
「ほーっ」

 

いまごろ査問にかけられて、処理されただろうな。


大音が親のいいつけを破ってSF小説を読んでいることを知らなかったり、さちに渡している薬も最新のものじゃなかったりと、怠慢が多すぎる。

 

「さちも大音も大喜びなんじゃないかな」
「だと、思います・・・」

 

夏咲はうれしくないようだ。

 

「明日、何かしたいの?」
「え? どうしてですか?」
「だって、話をふってきたのはなっちゃんだよ」
「あ、そ、そうですね・・・。

でも、なんとなく、話題を探して出た言葉ですから、特にどうしたいということは・・・」
「おおっ! なっちゃんのほうから会話してくれようとしてくれたんだね」
「あぁ・・・え、えっと・・・。

黙ってるのも、失礼かなって思って」

 

間が持たないと気まずいってのもあるんだろうな。

 

「じゃあ、一緒に遊ぼうか」
「い、いいです、いいです!」
なっちゃんって、普段なにしてんの?」
「別に・・・なにもしてないですよ」
「編み物とか? 料理作ってたり? なんか家庭的なイメージがあるんだけど?」
「ぼ、ぼーっとしてるだけです」
「さっきは、散歩が好きだって言ってたよね?」

 

夏咲の小ぶりな唇から、あっと、かすかなうめき声がこぼれた。

 

「な、なんだか、森田くんは変わってますね。
話してるだけで、心のうちを見透かされていくような気がします」

 

・・・勘がいいな。

 

「で、でも、そういうのって・・・。

あ、いえ、わたしがいうことじゃないんですけど・・・」
「・・・・・・」

「やめたほうがいいと思います」

(やめたほうがいい。)


「お、お友達と仲良くなれなくなりますよ」

(友達が増えない。)


「もう、自分でも気づいているでしょうけど・・・」

(自分でもわかってるさ。)

 

 

 ・・・。

 

「ありがとう」

 

心理学や、コミュニケーションスキルっていう枠内で他人を計るよう教育されてるもんでね。

 

 

・・・
チャイムが鳴り響いた。

 

「明日は一緒に遊ぼうね」
「あ、えっと・・・」

 

もじもじする夏咲を置いて、背を向けた。


授業が始まる前に、ちょいと一服してこよう。

 


・・・。

 

 


おれが教室に入ると、みんな一斉にひそひそしだした。

 

「森田くん、なにがあっても僕はキミの親友だ」


「あんま気にしないほうがいいよぉっ」

 

・・・気を使われている。

 

「・・・気にはしてないよ。

ちょっと恥ずかしかっただけだから」

 


「ねえ・・・」

 

ずいっと眼前に現れる。

 

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「目、見て」
「は?」

 

見てるが?

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

しばしのキックオフ視線の後、大音は口を尖らせた。

 

「・・・なんかの間違いだったってことにしてあげるっ!」
「そりゃどうも」

 

それだけいうと、席に戻っていった。

 

 

「クク・・・好かれているな」

 

 

磯野が一人、ニタニタしていた。


授業が始まる。

 

 

 


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

・・・


午後の授業も全て終わり、放課後となった。

 

「おい、さち、起きろ」

 

隣でいびきをかいているさちの肩に手を置く。

 

「うぬ・・・?」

 

寝起きはいいようだ。


しかし、さちが寝るのもなんとなくわかる。


授業中ってのは、どうして時間がゆっくり進むんだろうな。

 

「よーし、今日もびりっとがんばるぞー!」
「朝も言ってたな、それ」
「何回でも言うよー。時は今・・・だからねー」

 

時は今・・・?


明智光秀か?

 

「お前も読んでるんだな。あのSF小説

「うんうん。

徳川の財宝とかロマンじゃん」
「それはともかく、時は金なりって言いたかったのか?」
「ああ、それそれ。あはははっ!

謀反起こしてどうすんだよって、感じだねっ!」

 

一人でウケ過ぎ・・・。

 

 

・・・

「ねえ、さち」
「あい?」
「明日の予定決まってる?」
「ああ、明日は久しぶりにあたしに夜が来る日だからねぇ!」
「門限もないし、料理も出来るし、漫画も読めるし、おやつも食べられる!」

「アガるねっ!

パーティーしよっか!?」
「川辺で?」
「だね。モリケンもおいでよ」

 


「そうだね。 特に用事もないし」

 


「磯野には言ってないんだけど・・・?」

 

こいつ、いきなり湧いてくるな・・・。


「僕だって【義務】というか影を負っている身だからね。

参加資格はあると思う」
「別にいいけど・・・。

ふざけたらぶっ殺すからね」
「パーティーというからには、やっぱり中世ヨーロッパ風に衣装を整えて来るべきかな?」
「いらないって!」
「そうか・・・。

見た目でウケをとろうなんて安易だったね・・・。

では、ヒップホップでも歌ってやろう」
「似合わないから!」

 

なんだかんだで、大音と磯野は仲いいよな。

 

「じゃあ、おれを入れて5人だな」
「5人って・・・」
「おれ、さち、大音、磯野・・・」

 

指を折っていく。

 

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「もう一人って・・・!?」
「・・・夏咲だけど?」
「あ、そ、そう・・・。

そうだよね・・・日向さんね、ははっ」
「イヤなのか?」
「ううん。いいよっ」

 


「委員長は委員長なんだから、クラスのみんなと仲良くしないとダメだぞ」
「・・・う、うん。

もちろん・・・ただ、ちょっと・・・」

・・・。

 

大音は何かを考えるように黙ってしまった。

 

「明日の放課後が楽しみだねっ!」

 

さちだけが、能天気に盛り上がっていた。

 

 

 

 

・・・。

 

・・・・・・。

 

 

 

・・・
さちはパソコンをチェックすると、すぐに寝付いた。

 

 

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「今日も、コンビニ弁当なの?」
「ガス屋が来ないんだよ

料金を払っているのに、仕事をさぼっているのだ」

「む・・・。

それはいけないことだね。

お金をもらったら、お仕事しなきゃいけないんだよ」
「そうだ。

働かざるもの食うべからずだ」
「賢一は働いてるの?」

 

痛いところをついてきやがる。

 

「・・・も、もちろんだとも」
「どんなお仕事?」
「呼吸をして、二酸化炭素を木々に与える仕事だ」
「おーおーおー。なんかかっこいいね」
「そうだろうそうだろう」

 

おれはウソをついても良心が痛まないのだ。

 

「それじゃ、メシを調達してくる」

 

立ち上がって、背伸びをする。

 

「お友達に乞食しにいくの?」
「乞食じゃない。食糧支援だ。国際社会じゃ重要な言葉だぞ」
「うん。覚えた!」

 

おれは、部屋を後にする。

 

 


・・・
夏咲の部屋にたどり着く。


アポは取ってない。

 

「いるかな?」

 

部屋の中からゴソゴソと音がした。

 

なっちゃん。おれおれっ!」

 

ドアを小さく開けて、夏咲が出てきた。

 

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「こ、こんばんは」
「いつも悪いね」
「ご飯ですか?」
「話が早くて助かるよ」
「ちょっと、待っててくださいね」
「あがってもいい?」
「だ、ダメです。禁止されてますから」

 

逃げるように部屋に戻っていく夏咲。


呼び止める暇もない。

 

「ちょっと待てって。
同室の禁止は、前の特別高等人の指導だろ?
いまは法月のとっつぁんなんだから、無効になってるはずだぞ。
夏咲の義務は、刑法上では、異性と触れてはならないってことが明記してあるだけだ。
それとは別に、高等人が独断で、露出度の高い服装や男を部屋に入れることを禁止することがある。
これを『特別指導』といって、やっぱり違反したらアウトだが、担当の高等人が変更されればルールも変わる。
以上、設定説明的・・・。
・・・おれって、マジでブツブツうるせえなあ」
「お待たせしました」

 

皿の上に焼き飯が持ってあった。


夏咲が緊張しないように、それをさっと受け取る。

 

「そうそう。

明日、みんなでパーティーをしよう」
「パーティー、ですか?」
「楽しいよ」

 

笑ってみる。

 

「パーティーというと、みんなで、日向ぼっこでもするんですか?」
「そんなにまったりしないと思うけど・・・」
「じゃあ、こたつに入って蜜柑でも食べるんですか?」
「いや、もっと華やかな感じ」
「ご、ごめんなさい。

わたし、あんまり横文字に強くなくて・・・」

 

『ウソつけや!

パーティーも知らんボケがこの世にいるわけねえだろうが!』

 

・・・

なんて、なっちゃんに言えるわけがないだろうが・・・。

 

「ご、ごめんなさいごめんなさい」

 

やべえ、口に出てたらしい。

 

「あ、いや・・・世界は広いから、パーティー知らない人もいたって別に変じゃないよね」
「いえ、パーティーは知ってるんですけど。何をするのかなぁって思って・・・」

 

てっきり断られると思っていたが、興味は引けているようだ。

 

「来るでしょ?」

 

期待を込めて言った。


けれど、夏咲は首を縦に振らなかった。

 

「・・・わたしは、いいです」

 

驚いたのは、夏咲が目を合わせてきたことだ。


それも一瞬のことだった。

 

「手をつないでダンスでも踊ろうよ」
「いや・・・」
「そんなこと言わずにさあ」
「誘ってくれて、どもどもです。
でも、やめておきます」
「なんでそんなに拒むの?」

 

特に、おれを。

 

「・・・に、苦手なんです。

森田くん・・・みたいな人」
「はっきりいうね」
「ご、ごめんなさい」
「気にしないで。 よく嫌われるから」

 

なんだか、もやもやした関係が続いていると思ったら、内心では避けられていたわけか。

 

「でも、どういうところが嫌いなの?」

 

一度言葉に出させて、具体的にしたほうがいいな。

 

「えっと・・・。
ひょうひょうとしている感じが・・・。嘘ついたり、大げさにしゃべったり、無理しているような気がするんです」
「・・・・・・」
「自身満々なように見えて、どこか焦っているような、自分のこと嫌いみたいな・・・」
「・・・・・・」
「もっと、普通にしていればいいのにって」

 

口調は穏やかだが、遠慮のないものだった。

 

「あと、かっこいい人は、ちょっと。

わたしが緊張してしまうんで・・・」
「緊張するのに、欠点は堂々と指摘するんだね」
「はい。

こそこそしたら失礼に当たりますから」
「わかってる。 偉いね」

 

多分、いま夏咲は極度に緊張してるんだろうな。


心臓ばくばくの、汗だらだら。


表に出ないのは立派だった。


でも夏咲だって、無理してんじゃねえか。


喉の奥から這い上がってきた言葉をおしとどめる。

 

「・・・好きな人とかいるの?」
「い、いないですよ・・・」
「あんまり考えない人が好きなのかな?」
「・・・そう、ですね」
「それは、誰?」
「で、ですから、いないって」
「古典的だけど、さっき目線が左上にいってたんだよね」
「そ、そんなの、当てにならないです」

 

出会いの光景を思い出す。


あのとき、夏咲は誰かを待っていたんだ。

 

「じゃあ、せめて明日だけでもどうかな?
おれだけじゃなくて、さちは大音もいるし、楽しいよ。 きっと」

 

淡々と語りかける。

 

「・・・・・・」

 

夏咲は沈黙を守ったままだった。

 

「ああ、わかった。おれは行かないから。
それなら問題ないだろ?」
「いや、それは、できないです」
「楽しんどいで。

場所や時間は、大音に聞くといいよ」

 

背を向けた。

 

「森田くん、待って・・・」
「まなが・・・同居人が待ってるから。
メシが冷めるし」
「でもっ・・・」

 

振り返らず、その場を立ち去った。

 

 ・・・。

 

 

 


・・・
部屋に戻ると、すでにまなは仕事に出ていた。


思いのほか長話をしていたらしい。


焼き飯を半分だけ食ったおれは、することもなくその辺に寝転がった。


妙に気分が落ち着かない。


身体を起こして、パイプをくわえる。

 

「ふう・・・」

 

軽く頭が痛いな。


最近、ハッパの量が増えているような気もする。


気分は落ち着くんだがな・・・。


暗い部屋の中で、おれは、クスクスと笑いだす。

 

 

 

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

その後、夏咲のことも試験のことも忘れ、深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

・・・。


・・・・・・。


朝の光が見えた。


あお向けの姿勢のまま、手のひらを握っては広げる。

 

「よーし、今日も元気にがんばるぞーっ」
「パクんないでよっ!」
「おわっ!?」

 

起きてたのか・・・。

 

「ていうことは、もう七時過ぎ!?」

 

ぞっとする。

 

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「そうだよ、寝ぼすけさん」
「なんてこった・・・八時間近く寝てたのか・・・」
「昨日なんかあったの?」
「夏咲に振られた」
「は? ギャグ?

 

目を丸くする。

 

「好きな人がいるから、賢一くんとは付き合えないって、言われた」
「あんた、タバコ吸うからじゃないの?」
「タバコなんて吸ってないよ。

モテないだろうが」
「人の部屋で、堂々とプカプカさせてるコレはなに?」

 

床にあったパイプをつかんで見せ付けてくる。

 

「それがなにか?」

 

すっとぼける。

 

「あんまイヤな匂いしないから黙ってたけど、せめて外で吸ってよね。身体に悪いんでしょ?」
「さちに悪影響はないよ」
「ホントにぃ?」
「フルーティな香りがするだろ?

気分が落ち着く成分が含まれてるから、むしろ周りの人にはいいもんだと思う」

 

さちはパイプをじっと見ていたが、やがて顔を上げた。

 

「なんなの、コレ?」
「タバコ」
「タバコなんじゃん!」
「みたいなもの・・・その親戚。

通常、タイ産」
「辞書引いたような言い方してごまかしてもダメ!」
「わかったよ、ヤバイクスリでいいじゃねえか! うはははははは!」
「狂っちゃった・・・」

 

呆れながらパイプを返してくれた。

 

「でも、ごめんな」
「えっ・・・?」
「悪影響ないっていっても、お前の部屋で吸いまくってたのは常識なかった。

ひとこと断っておくべきだったね。
本当に、ごめん」

 

普通に頭を下げた。

 

「あたしとつきあう?」
「はぁっ!?」

 

さちの顔は真剣だった。

 

「今さ、モリケン、すごい申し訳なさそうな顔してたんだよね。
なんていうか、本気な表情。
あー、根は真面目で優しいんだなって思って、グッとキタのよ」
「ちょ、ちょっと待てって。

そんなあっさりしてていいのか?」
「本気で好きあってから付き合うなんて、時間の無駄だよ。
あたしは、いいなと思った人と早めにたくさん楽しい思い出をつくりたいの」

 

そう言って顔を近づけてくる。

 

「それに・・・モリケンとは初めて会った気がしなかったし」

 

二度、まばたき。

 

「・・・それは、カマをかけてるだろ?」
「あはっ、バレた?」
「常套句だからな」

 

まあ、実は本当に初対面じゃないんだがな。

 

「えへへへっ。

ごめんねごめんね。それくらい欲しかったのよ、モリケンが」

 

気持ちにウソはないようだが・・・。

 

おれが、さちと・・・?


さちのことは・・・。


・・・いずれは、好きになるかもしれないが・・・。

 

「なんにせよ、今すぐ付き合うってのはおれが無理だ」
「あちゃぁ、純情くんだもんね」
「いまは高等人の試験中なんだよ」
「あ、そう・・・。

どんなことやってんの?」
「知らね」
「てきとーっ!」

 

適当なリアクションが返ってきた。

 

「でも、やっぱいい感じだよモリケン、いいよいいよーっ!」

 

よくわからんが、すごいうれしそうだ。

 

「ちょっと落ち着けよ・・・」
「あたしの中でモリケンブームが来たよーっ、えへへへっ!」
「なんでもブームにすんなよ」
「ぜったいあたしのこと好きにさせてあげるかんねーっ」

 

・・・強引なことしそうだな。

 

・・・

そろそろ学園に行くか。

 

 


・・・

 

・・・・・・

 

 

 


「ば、ばか、くっつくな!」
「いいじゃんちょっとくらい」
「暑いし、ちょっと恥ずかしいって」
「あたしは恥ずかしくないし」

 

朝の学園。


さちがおれの腕を取って、離そうとしない。

 

モリケンはMだと思うんだよねぇ。だからちょっと強引に迫られた方が楽しいんだよ」
「強引すぎ!」

 

 

「おはよう・・・」

 

 

大音が腕組みをしておれたちを見ていた。

 

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「・・・さちの部屋に泊まってるとは聞いてたけど」

 

なぜか、ため息。

 

「そ、そういう関係なの?」
「まだ違うよ。でもきっとそうなるよーっ」
「そういうのって、ちょっと学園生としてどうかと思う」
「なにが?」
「だって、勉強しなきゃいけないんだから」
モリケンはテストとか免除されてるみたいだし、あたしも成績いいし」
「確かにさちは数学は得意かもしれないけど・・・」
「そうだよぉっ、公式とか自分で作っちゃうからね!」
「でも、国語はどうなの?」
「文法とか自分で作っちゃうからね!」

 


「文法は作っちゃ駄目だろ!」
「あはははははっ!」
「言葉はお前だけのものじゃねえんだ」

 

 

だからさちは、妙な元気系用語を使うんだな。

 

モリケンも言葉遣いおかしいよね?」
「都会育ちだからな」
「嘘だぁっ! 田舎出身って匂いがするよぉっ!?」

 

・・・勘のいいヤツだ。


おれも国語は苦手だった。


それも全て、子供のころ、さちに振り回されていたからだ・・・と言ってやりたかった。

 

「・・・なんか、本気で仲いいね」

 

大音がつまらなそうだった。


一人ぼっちになった気分で寂しいんだろう。

 

顔に出るあたりが可愛らしかった。

 

 

・・・。

 

 

・・・

教室に入ると、さちは速攻で眠りについた。


大音は呼び出しがかかったらしく、職員室に向かっていった。

 

「やあ、おはよう!」

 

磯野が十年ぶりの恋人に出会ったかのような、爽やかな顔をしていた。

 

「今日は楽しみだね」

 

恩赦祭のことか。

 

「すまんが、おれは遊べなくなった」
「なにっ!?」

 

怒りの形相。

 

「高等人の試験があるのだ」

 

嘘をついた。

 

「おれの代わりに夏咲が出席する」
「どうしようもないのかな?」

 

頷いた。

 

「せっかく、夜通しコサックダンスを練習していたのに・・・」
「おれだって、ムエタイの試合前の踊りを練習していたんだぞ」
「あれ、なんていう踊りなんだろうな?」
「・・・忘れた」

 

 

「も、森田くん・・・」

 

振り向くと、夏咲きが指をすり合わせながら、おれの顔色をうかがっていた。

 

 

「わたし、今日は遠慮しますから」
「む? 話が違うぞ森田くん」

 

おれは磯野を無視して、夏咲を見下ろした。

 

なっちゃんは、大音と仲いいのか?」
「え?

あ・・・あんまり話さないですけど・・・」
「さちや磯野とも、特に遊んだりするわけじゃないだろう?」
「・・・は、はい・・・」

 

うつむいて、寂しそうな顔をする。

 

「みんなと仲良くなる、いい機会じゃないか」
「でも、森田くんは・・・」
「今日は高等人の試験があるんだ」

 

授業開始のチャイムが鳴った。

 

「それじゃあ・・・」

 

おれは教室を後にした。


今日一日はどこかで時間を潰そう。

 


・・・

 


「森田くん、待って」
「授業始まるよ?」

 

手で教室に入るよう促す。

 

「昨日のこと、謝ろうと思って・・・」

 

・・・言い過ぎたってことか。

 

「や、やっぱり、一緒に遊びましょう?」

 

笑ってしまう。

 

「無理しないでいいよ。

おれは試験が終わったらこの町から出て行くけど、なっちゃんは大音たちとずっと一緒にいるんだし」
「き、昨日は本当にどうかしてしまったとしか思えないんです。
せっかく誘ってもらったのに、あんなこと言ってしまって・・・。

もっと、他の言い方があったのに・・・」

 

心底悔やんでいるのか、肩が震えていた。

 

「人と面と向かってしゃべったのが、久しぶりだったんだろ?」

 

顔を覗き込むように見た。

 

「おれがこの町に来るまで、ほとんど誰ともろくに会話してこなかったんだろ?
いきなり話すと、それまで考えていたことが爆発してしまうもんだ。
悪気がないのは分かってる」

 

でも、それだけに本音なんだ。


おれが苦手ってのが。

 

「森田くん、日向さん、教室に入りなさい」

 

京子さんが教科書を片手に持って、廊下の向こうからやってきた。


・・・授業はふけたい。

 

「京子、おれはちょっとパチンコいってくるけん。
なに、心配すんなって、金はすぐに返したるって」
「・・・あなたは私のダメな恋人かなにかですか?」

 

・・・

亭主とか夫とかツッコまないあたり、自分はまだ若いと思っていらっしゃるようだ。


・・・いや、若いんだけどね。

 

「早くしなさい」

 

仕方がないか。

 

「・・・・・・」

 

夏咲が何か言い足りなさそうな顔をしていた。

 

 

・・・。

 

 

・・・
退屈な授業が終わり、昼休みになった。


隣の席のさちはずっと寝ている。

 

「ねえ、森田賢一・・・」

 

大音がずかずかと歩いておれの席の前に立った。

 

「今日、遊べないって本当?」
「お、大音さん・・・わたしのせいなんです」
「どういうこと?」

 

・・・面倒なことになってきたな。

 

「わ、わたしが、森田くんのこと苦手だって言ってしまって・・・。

だから、森田くんは参加しないって・・・」
「え? 試験があるんじゃないの?」

 


「・・・参ったね」

 

 

両手を上げて、降参のポーズ。


おれに気を使って、夏咲が楽しめないんじゃ意味がない。


このままだと、夏咲は絶対に大音たちと遊ばないだろう。

 

「試験はウソ。

だから、おれも参加するよ」

 

言いつつ夏咲に目配せする。

 

「よ、良かったぁ・・・」


「人騒がせね。なんなのよ、まったく」


「ただし、なっちゃんも当然一緒に遊ぶんだよ」

 

ずいっと夏咲に近づく。

 

「は、はい・・・」
「これで一件落着だな」
「で、でも、身体にさわったりしないでくださいね」
「そんなことしないって」
「え? き、昨日は手を取り合って一緒にダンスでもしようって」


そんな軽口を叩いたような気もする。

 

「それが、かなり印象に残ってて」
「別に、変な菌とか持ってないけど?」
「え、えっとぉ・・・」

 

困ったような笑みを浮かべている。


とにかく嫌なんだな。

 

「よし、わかった。

なにはともあれ放課後が楽しみだ」
「そ、そうですねっ」

 

うれしそうに弾んだ声を出した。

 

 

「うーん。

なんだか、話についていけない・・・。

私がみんなに集合かけたのに・・・」

 

 

一人、微妙にいじけているヤツがいた。

 

 


・・・。

 


「よーし、今日もびりっとがんばるぞーっ!」

 

さちが起きた。


よって、放課後である。

 

「今日はテンション高いよーっ! なんてったって、夜七時より先の世界があるからね!」

 

いつもうるさいヤツが、さらに弾けている。

 

「じゃあ、みんな集まって」

 

委員長が、委員長ぶって場を仕切り始めた。

 

「さて、みんな何かしたいことある?」
「えっとね、普通に星とか見たいんだけど」

 

なるほど、さちの活動時間じゃ、夏場はまったく見られないだろうな。

 

「日向さんは?」
「あ、わ、わたしは・・・そうですね、みんなと仲良くおしゃべりできればと・・・」

 


「僕も同意だ。なにをするかではなく、仲間と一緒にいることに意義がある」


「そうだな・・・おれは庶民の遊びにはついていけないし、お前らに任せる」

 

 

大音は、なぜかむくれたような顔になった。

 

 

「なんか、みんな消極的ね。もっと楽しい意見はないの?」
「て、言われてもなあ・・・」

 


「特に磯野なんて、こういうときこそくだらないこと言って盛り上げるかと思ったのに・・・」
「じゃあ黙祷とかする?」
「誰にささげるのよ?」
「逃げる。

しかし、回り込まれた・・・みたいなこと八回繰り返す前に死んでみる?」
「なんで死ななきゃいけないのよ」
「自殺。

しかし、保険金はおりなかった・・・みたいなことしてみる?」
「それ、無駄死に」
「妊娠。

でも、あなたの子じゃないの・・・死んでっ!」
「さっきから殺しすぎ!」
「・・・いやあ、委員長は楽しいなあ」
「だいたい磯野は発言に統一性がなさすぎるのよ!」

 


「それは一理ある」

 

 

この際、磯野についてもっと詳しく知りたい。


こいつだけ、読めないんだよなあ・・・。

 

「本音でしゃべれ。お前は何者なんだ?」

 


「磯野くんは、変態でいいじゃん?」

 


「失礼な、僕は変態じゃない。

ちょっとグロいとこもあるけど、家事もするよ」

「黙れ。まずそのキャラ付けっぽい前髪の長さは何だ?」

 

 

・・・その瞬間だった。

 

 

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「前髪に触るなっ!
前髪に触るなっ!
前髪に触るなあぁっ!」

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 


「ご、ごめん

三回も怒鳴ってもらったところ悪いんだけど、誰も触ってない・・・」

 

殺気を感じたぞ・・・。

 

「はげてない・・・僕は、はげてない・・・むしろコレは、進化なんだ・・・」


ぶっ壊れた。

 

「・・・えっと、いい?」


「どうぞ」


「どうしよっか?」
「灯花は何がしたいの?」
「私は・・・そうね・・・。

うーん、やっぱり料理かな・・・。
・・・いや、漫画も読みたいし・・・。あ、漫画は一人でも読めるね、えっと・・・」

 

迷いだしたぞ。

 

「・・・あ、お菓子食べたい! すごい甘いチョコ! あれお母さんから禁止されてたんだよねっ・・・って、それも一人で楽しめるか・・・えっと・・・」
「おいおい、委員長なんだろ。びしっと決めてくれよ」
「あ、あれはっ? みんなでヒーローモノとかやるの。
私、悪の女幹部がいい・・・って、ごめん、やだよね、そんな子供っぽいの・・・私、そういうのに憧れてて・・・」

「別にいいよ。『イーッ、イーッ』って言えばいいんだろ?」
「やだ。 私、派手な衣装とか持ってないし・・・」

 

・・・何がしたいんだ。

 

「夏咲、何してんの?」
「え、あ、ああ・・・はい?」

 

どうやら、いつの間にかうとうとしていたようだ。

 

「え、えっと、どうなりましたか?」
「はは・・・まだ何にも決まってないよ」
「え? 何がですか?」
「いや、だから・・・」
「ぼーっとしてたんだね」
「え? 誰がですか?」
「・・・・・・」
「は、はは・・・なんだか楽しいですね」

「そ、そう・・・?」

 

夏咲が楽しそうでなにより・・・ってことにしおこう。


ただ、話が脱線しまくってて、まとまらないな。


まあ、こういうのが放課後の団欒ってやつなんだろうな。

 

「よし、貴様ら、おれについて来い」
「え? なにするの? 勝手に仕切らないでよ」

 

わがままなヤツだなあ・・・。

 

「お前は料理がしたいんだな。案ずるな。ジュラルミンケースに飯ごうが入ってる。好きなだけメシを炊け」

 


モリケン、あたしは?」
「お前は・・・」
モリケンとデートしたい! 徹夜でネットゲームしたい! そして一緒にレベルアップしていこうって告白されたい!」
「星が見たいって言ってただろうが。

景色のいいところに連れて行ってやる」

 

 

「わたしは、ぼーっとできれば、それで・・・」
「ぼーっと? なにか特別な場所を選択する必要があるのか?」
「え、えっと、渦巻きとか見てるの好きなんです・・・」
「・・・・・・」

 

 

ため息と当時に、眉間を指で揉んでしまう。

 

 

「ま、まあ、なんとかしよう。おれに不可能はない」

 

 

ペロペロキャンディが、カバンの中にあったはずだ。

 

「僕は、赤壁の戦いを再現できればそれでいいよ」
「無理。 却下」
「不可能はないって言ったのに・・・」
「黙れ番外地野郎。

お前は本性を見せるまで、徹底的にあしらってやる」
「親友だと思ってたのに・・・」

 

せつなそうだった。

 

「ごめん。言い過ぎた・・・。

なんとか東南の風を呼んでみるよ」

 


「じゃあ、今回の恩赦祭のテーマは、料理、星、渦巻き、東南の風でいい?」

 

 

・・・やたらハードルが高いんだが。

 

 

「よし、出発!」
「おーっ!」

 

ぞろぞろと教室を出て行く。

 

・・・

 

・・・・・・

 

 


とはいえ、どこ行くかな。


四つのテーマに該当しそうな場所を選ばないと。

 

 

・・・
「なあ、磯野。

赤壁へはどうやって行くんだ?」
「知らないよ。僕をなんだと思ってるんだ?」

 

キレられたぞ。

 

「あっ!」
「し、知ってるの? なっちゃん
「な、なんでもないです・・・。

やめときます」
「・・・・・・」

 

 

・・・
「なあ、磯野。アタシん家ってどうやっていくんだ?」
「主婦に聞けっ!」

 

ギリギリな発言が返ってきたぞ。

 

「みかん食べたいですねー」
「・・・・・・」

 

・・・ふむ。


ここはやはり、山かな・・・。


まず、料理には向いているだろう。


動物を捕まえればいいからな。


星も、山をかなり登れば綺麗に見られると思う。


問題はうずまきだ。


東南の風は水辺でなきゃ無理。


さちと大音は喜ぶだろうな・・・。


本当に、山にするかな・・・。

 

 

・・・
「よーし、貴様らよく聞け。

これから森田山の登山に向かう」
「ちょっと待った。

船団を並べられないじゃないか!」


「わ、わたしも・・・ちょっといまから山登りというのは、怖いです・・・」


「あー、あたしも、だらだら歩くのやだねっ」


「みんなやだっていってるじゃない。

もっとマシなところ選んでよ」

 

 

猛反対を受けてしまった。

 

 

「・・・まったく、愚民どもは・・・。

自分では何にも決めないくせに、文句だけは言いやがる・・・あんたもそういう経験ないか?」

 

 


・・・ふむ。


まぁ、水辺が一番妥当だろうな。


調理もしやすいし、渦巻きもなんとなく作れそうだし、見晴らしがいいから星も綺麗に見えるだろう。

 

「・・・よし、貴様ら。これから川辺に向かうぞ」
「本当に風が吹くんだろうね?」

 

磯野がいまにもおれに斬りかかりそうな剣幕で詰問してきた。

 

「任せろ」

 

まあ、太陽の黒点の位置とこの町の気象データから察するに、今日、明日中に雨が降る可能性は高い。


雲が来るから、風も吹く。


東南かどうか知らんが。

 

「じゃあ、とっとと行こーっ!」

 

 

ぞろぞろぞろ・・・。

 

 

 

・・・

 

 

・・・・・・

 

 


「あ、さち。ちょっといい?」
「どしたの?」

 

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「忘れてたんだけど、私たち、ちょっとお母さんに呼ばれてるのよ」
「京子先生に?」
「うん。

今日は言うこと聞かなくていいから、無視しようかと思ってたんだけどね」
「職員室?」
「何の用か、知らないけどね」

 


「じゃあ、おれたちは先に行ってるぞ」
「うん。あとでね」

 

 

おれたちは三人で出発した。

 

 

 


・・・


・・・・・・

 

 

 

真っ赤な夕陽が川面に落ちて、ゆらゆらと水流と戯れていた。


西の空にやや色の濃い雲がうかがえた。

 

なっちゃん
「はい・・・。

なにをお手伝いしましょう?」

 

おれはジュラルミンケースを開けて、ペロペロキャンディを取り出した。

 

「・・・こ、これは?」
「あげる」
「なめてればいいんですか?」
「いや、渦巻きを見てればいいんじゃないかと・・・」
「あ、どもどもです」

 

手渡そうとすると、一歩身を引かれてしまった。


仕方がなくカバンの上に乗っける。

 

「取って」
「はい・・・すみません」
「ていうか、今日は別に手が触れることにいちいち緊張しなくてもいいんじゃないか?」
「あ、そうですね・・・ついつい」

 

夏咲は前髪をいじりながらキャンディをつかんだ。

 

「森田くん、早く十万本の矢を集めてくるんだ」

 

・・・しつこいヤツだな。


なんとなく、歴史や軍事系の話が好きだってのはつかめたが・・・。

 

「燃えそうな物を拾ってきてくれ」
「あ、わたしも行きます」
「いいよ。休んでて」


にこにこ笑っていた


「すみません・・・いつも・・・」
「夏咲ちゃんと遊ぶのも久しぶりだね」
「ですね・・・なんだか、懐かしいです・・・」


おれが入れなさそうな空気が二人の間で流れていた。


「じゃ・・・」
「はい・・・」


去り際、夏咲がわずかながらも磯野に目を合わせていた。


さすがに気になる。


「磯野と、どういう関係なの?」


あまりプライバシーに首を突っ込みたくはないが・・・。


「磯野くんは、いい人なんです」
「悪いヤツじゃないのはわかる」


おれは火を起こす準備をする。


「昔から親切で、よくご飯を作ってくれたり、お部屋の掃除をしてくれてたんです」


固形燃料を取り出し、蓋を開けると、ゲル状のアルコール飲料が少なからず確認できた。


「うん、この石は火を囲うのに使えそうだ」


大きめの石を拾って、興味のなさそうな素振りを見せながら考える。


つまり、過去に夏咲は自分で生活する能力を失ったことがあるってことだ。


「おれも、親はいない。なっちゃんやさちと同じだよ」


口を滑らせてしまったかもしれない。


「大変ですね・・・」
「それは第三者の勝手な思い込み。親がなくても子は育つわけで」


こういうのを作為的な前向きという。


「・・・でも、森田くん。
わたしのお父さんとお母さんは、都会で働いています」


背筋を伸ばし、凛とした声で言った。


「ごめん。勝手に殺してしまったよ・・・」
「あ、いえいえ。森田くんは頭がいいから、先読みしすぎてしまったんですね」


小さく笑っていた。


おれは、そんな夏咲の口元から微かな危うさを読み取っていた。


「・・・ふう・・・」


キャンディの渦巻きを呆然と眺めた。


・・・ご両親は亡くなってるんだろうな。


「落ち着く・・・」


現実を受け入れられない少女、か・・・。


考えながら、石の上に腰を下ろした。


「鍋持ってきたぞーっ!」


さちと大音がなにやらいろいろ抱えて現れた。


「準備はできた?」


スーパーの袋を右手に掲げた大音が言う。


「京子さんに何を言われたんだ?」

「も、森田賢一には関係ないよ」


ん・・・?


「明後日から夏休みだから、勉強がんばりなさいってなこと」
「本当か?」


大音に聞く。


「マジだって。あたしも国語の宿題たくさん出されたから」


さちがしゃしゃり出てくる。


「おい、おれにウソは通じないぜ」
「本当だって。あたしのカバン見る? 問題集でぎっしりだから」
「それも用件の一つだったんだろう。ウソの世界の常識の一つに、
ウソの中に本当のことを混ぜるってのがある」


立ち上がって、さらに歩み寄る。


「さ、さち・・・やっぱり・・・」


大音の顔色が悪くなった。


しかし、その直後である。


「えーいっ!」


さちがおれに飛びついてきたのだった。

 

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「なっ!? お、おいっ!?」


不意を突かれて、おれは完全に動揺してしまった。


首に腕が回され、さちの匂いが鼻をかすめる。


モリケン、考え過ぎだってば!」
「お、おま、ちょっと離れろって・・・!」
「あははっ! 赤くなってるよーっ」


柔らかい感触が、おれの胸の下にぴたりとくっついて揺れていた。


「ば、バカっ・・・は、離れろって!」


マジで恥ずかしい。


「んーっ、モリケンの胸はごつくておっきいねーっ」


顔を往復させている。


頭に血が上る・・・。


「ねえ、モリケンには関係ないことなんだから、気にしないでよ。
言いたくないこともあるんだってばっ」
「わかった、わかったからとにかく離れろって!」
「あーい!」


ようやく解放されると思ったとき・・・。


「チュッ・・・」


首筋をついばまれた。


「おわっ!?」


ぞくっと、悪寒のような感覚が背筋を駆け上がっていく。


「・・・はあっ、はあっ、はあっ・・・」


「純情少年だねー」


「さち、やりすぎ・・・」


おれは額に手を当てて頭を左右に振った。


心臓がばくばくとうるさい。


「おい、本当になんでもないんだな?」
「うんうん」
「そっか。しつこくして悪かった・・・」


頭が働かない。


「顔洗ってくる・・・」


とぼとぼと水辺に向かう。


「じゃあ、準備始めてるからねー」


返事ができないほど、動揺していた。


・・・おれって、こういうの本気で苦手なんだよな。


さちって、けっこう柔らかい身体してるんだな・・・


当たり前か・・・女の子なんだし。


「あんたはおれのことヘタレって思ってるかもしれんが・・・。
ごめん。自分でもヘタレだと思う・・・」


苦手なものは苦手なんだ・・・。

 

・・・。


 

・・・
おれたちの火を残して、辺りは静かな暗闇に包まれた。


みんなで鍋を囲んでいる。

 

「みんな、私の作ったご飯おいしいでしょ!?」


大音が腕によりをかけて作ったらしい。


・・・どれどれ。

 

「・・・って、メシが緑色じゃねぇか!?」



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「いいから食べればいいのよ!」
「なに入れたんだ!?」
「・・・草」
「雑草を食わす気か!?」



「・・・あ、えっと、質問いいですか?」


夏咲が恐る恐る手を上げる。


「こ、このコップに入ってるのは・・・?」
「それは・・・草」



「なんで草ばっかり入れるんだ!」
「私、お肉より野菜が好きだから・・・」


なんてふざけたことを・・・。


頭を抱えて、ふと、磯野を見れば・・・。


「なかなか良質な白米だな」

「うんうん、けっこういけるんじゃない?」
「この草っぽい感触がまたなんとも、心地いい歯ごたえじゃないか」



「草っぽいじゃなくて、リアルに草だから!」



「森田賢一はうるさい!」


「お前らどうかしてるっての!」


「森田くん、少しうるさいぞ。

みんな盛り上がっているんだから・・・ナッ?」


指をピッと指してくる。


「委員長がせっかく美味しいご飯を炊いてくれたんだから・・・ナッ?」


ピッと指を鳴らす。


「磯野くん・・・いいひと」


・・・いい人とかそういう問題か?


「よーし、みんなで鍋をつつこうよーっ」
「賛成ーっ!」


「どうせ、妙なもんが入ってるんだろうが・・・」


箸でぐつぐつ煮えている鍋をつついてみる。


野菜、肉、魚・・・。


モリケンは疑い深いなあ・・・」


さちは、ひょいひょいとレンゲでスープをすすっている。


「あ、美味しいです・・・大音さんは、料理得意なんですね」
「お母さんから台所近づくのは禁止されてるんだけどね」
「今日は、誘ってくれてどもどもでした」



「僕からも礼を言っておくよ」
「磯野は勝手に参加しただけでしょう?」
「はは・・・もうくだらないことは言わないようにするから」
「お願いね。磯野も黙ってればいいやつなんだから」
「ごめん。いつもせつなくて」
「・・・・・・」



ふむ・・・毒はないようだな。


ちびちびと汁をすする。


「もっと美味しそうに食べなさいよ」
「悪いが、おれは食にはうるさいのだ。
兵役が終わってからかなりのグルメさんになったからな」
「兵役?」
外人部隊ね。

さちがヤマ張ってる南の王国に半年くらい滞在したことがある」
「ほ、本当にっ?」
「ウソに決まってるだろ」
「むかっ! からかわないでっ!」
「そ、そんなに怒るなよ・・・」
「いま、いぢったでしょ!? 私のこといぢったでしょ!?
私のこと馬鹿にしてるんでしょ!? そうでしょ!?
そうに違いない! 森田賢一なんて死んじゃえ!」



手に負えなくなってきたぞ。



「まあ、落ち着け。
おそらく森田くんは本当に傭兵をしていたことがあるはずだ」
「いや、ウソだから・・・」
「何を隠そう僕も少年兵として、かの紛争地帯に出兵していたんだ」
「ほーっ・・・どうだった?」


すると、磯野は昔を懐かしむような目をして大きくため息をついた。


「あれは・・・」
「・・・・・・」


・・・・・・。



・・・。



「・・・というわけだよ」
「なんか言えよ!」


どついた。


「やれやれ・・・」


せつなそうに前髪をすくっていた。


「そうやって、すぐふざけ合う!」


「ぼーっ・・・」


「だいたい森田賢一は変なのよ!」


「ぼおぉぉぉーっ・・・」


「馴れ馴れしいし、頭いいかと思って馬鹿なことばっかりするし、顔はまあまあなくせに、女の子が苦手だなんて・・・」
「正確には、エッチラブコメ関係が苦手なんだ」


「ぼおおおおおおぉぉぉぉーーーーっ・・・」
「ひ、日向さん・・・?」


見れば、夏咲がずっと鍋の中を凝視していた。


「えへへへ、ぐるぐるの渦巻きを作ってあげてるんだよ」


さちが箸で汁を回転させていた。


「ぼおおおおおおおおおおおおーーーっ・・・」
「な、なっちゃん、ちょっとヨダレ出てるよ・・・」


「あははははっ! 超ウケるんだけど!?」


「もおっ! 周りが馬鹿ばっかりで困るよーっ!」



大音の悲鳴は、誰に届くわけでもなく夏の夜空に消えていった。

 

・・・。



・・・
鍋を片付け、みんなまったりしてきた。


「か、風だ! 風が吹いてきたぞーっ!」


確かに、少し雲が出てきた。


「も、森田賢一とは人か魔か!?
ここで殺しておかねば後々の災いとなろう・・・!」


うるせえな・・・


「ジャーン! ジャーン!」


銅鑼?


まあ、あいつは放って置くとして・・・。

 

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さちは、元気系らしからぬ静けさを漂わせていた。


「星が綺麗だな・・・」
「だねえ・・・」


うっとりと、艶めかしいため息をついた。


「夏の夜空なんて、今日しか見られないからね」


多分、三人の中で一番今日を楽しみにしていたのはさちだろう。


「やっぱり、義務はキツイか?」


愚問だった。


「とにかく眠いのさ」


さちは、あくまで笑っていた。


「なんかロマンチックだわーっ!」


唐突に叫びだした。


モリケン、この状況下であたしのこと好きになんないの?」
「またその話しか・・・」
「あたしはいいよー。いい物件だよー」
「いきなり抱きつかれるのはごめんだ」
「やっぱりモリケンみたいに考える人は、あたしみたいなイケイケ系のほうが相性いいんだよ」
「そうかなあ・・・」
「今ね、すっごい一攫千金を狙ってるのよ」
「一攫千金?」
「あたしと付き合ったほうがいいよー。玉の輿狙えるよー」
「そもそも、どうしてそんなにお金にこだわるんだ?」
「お金を使うと時間を短縮できることが、世の中にはたくさんあるからだよ」
「なるほどね・・・勉強になりました」
モリケンも、タダであたしの家に泊まっていられると思ったら大間違いだよぉ・・・フフフフ・・・」


・・・やっぱり、おれになにかさせる気か。


警戒しておくとしよう。


・・・。



・・・
だいぶ夜も更けてきた。


おれたちは火を囲んで寄り添っていた。


「・・・そろそろ雨が降るぞ」

 

一縷の突風が川面に少波を作る。


強い風に運ばれてきた雲が、いつの間にかその層を厚くしていた。


 

「解散する?」



言いつつ、顔に帰りたくないと出ていた。


「もうちょっといいじゃん」


曇天の夜空を飽きずに見上げていた。


「・・・ですね」


しきりに頷いていた。


三人とも、明日からまた義務に追われる日々が始まるのだ。


大音は、母親の顔色をうかがって、ストレスをためていく。


さちは、眠たい頭を引きずって、人より少ない時間を生きる。


夏咲は、おどおどと猫背で歩き、手を差し出すことにすら緊張する。


「正直、違和感だ・・・」


誰にでもなく、ぼやいた。


「おれはいままで、何人かの被更生人と出会ってきた。
運転を禁止された人、子供との面会を禁止された人、喫煙を禁止された人・・・」


どれもこれも、こいつらにくらべれば軽い義務だ。


「お前らがどんなことをして、バッジをつける羽目になったのかは、聞かない。
でも、一つだけいいか?」


三人とも神妙な顔つきになった。


「自分の義務に納得してるのか?」


さち、大音、夏咲の順に目線を合わせていく。


不服はないのか。


重すぎる罰に不満はないのか。


そんな想いを込めた。

 

 

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「うーん・・・」


「・・・えっと、ね」

 

「・・・・・・」

 

三人は、お互いに顔を見合わせている。


「あたしは、まあ、しょうがないかなーって・・・」


「私も、よくわからないけど、それが当然だと思ってるから・・・」


「わたしは、これでいいんです・・・」



「そうか・・・なら、いい」



「僕は、納得してないけどね」



ギャグかと思ったが、磯野は目を細めて、いつになく真剣な顔になっていた。


「何が、どう納得していないんだ?」
「いろいろだよ。例えば・・・」


薄笑いを放る。


「昔、この町を中心に暴動があっただろう?」
「内乱事件か?」
「僕も含め、子供たちもみんな参加したんだ」


「あたしもね」


「でも、責任能力なしってことで、子供は罪には問われなかったはずだ」
「それはそうなんだけどね・・・」


言いつつ、さちに視線を投げる。


「あのね、一人友達がいたんだよ。樋口ってヤツ・・・」


口調に煮え切らない怒りが混じっていた。


「彼はね。逃げたんだ。僕らを置いて、一人で」
「裏切り者・・・」
「どうやってこの町から逃げたのかは知らないけど、僕は彼にもう一度会いたいな・・・」
「そうだね。会って、ぶん殴ってやる」
「町を出たいのか?」


担当の高等人が変わるから、そう簡単に住居の変更はできない。


それでも、少女たちは活気づいた。


「ぶっちゃけこの町じゃ稼ぎが悪いんだよね」


「わたしも町を出たい。料理の専門学校に行きたい」


「お父さんとお母さんが、都会で働いてますから・・・」


「僕も、作家だからね。田舎じゃなにかと不利なことが多いんだ」


笑いが起こり、伝染していく。


「じゃあ、みんなで一緒に住もうよ。私だって一人暮らししたいし」
「みんなで住む時点で一人暮らしじゃないし」


「うはははっ! 灯花がボケたっ!」


「ボケたんじゃないの! ちょっと間違えただけ!」


「・・・でも、みんなで暮らすのは、きっと楽しいですよ」


「よーし! そうと決まったら明日からがんばるぞーっ!」


さちは、おれたちにとっての半日分の明日を楽しげに待つ。


「私も、お母さんがいなくてもやっていけるっていうところ、見せてあげるんだ」


大音は無邪気に一人立ちを夢見る。


「わたしは・・・」


瞳を閉じて、何かを祈るように、胸の前でぎゅっと手を握った。


みんなの希望に答えるかのように、少しの間だけ雲間から月が顔をのぞかせていた。


優しい月の光の中で、うたかたの祭りは終わりを迎えようとしていた。

 

 

 ・・・。

 

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「あなたたち、なにやってるの・・・!?」

 

淡い希望は・・・。

 

 

「灯花、いったいこれはどういうことなの・・・?」


青ざめた顔で現れた京子さんによって、簡単に打ち砕かれた。


「恩赦祭は今年から禁止だって、言ったはずよね?」

 


・・・。