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車輪の国、向日葵の少女【4】

 

 

・・・。



まさかここまで雨足が強くなるとは思わなかった。


校庭の電線が風を切り、滴る雨が木々をざわめかせている。


おれたちは、夜の学園へと呼び出された。


恩赦祭は禁止されていた。


大音は京子さんの命令を無視し、さちは七時を過ぎてもクスリを飲まなかった。


磯野は帰らされたが、義務に違反していないはずの夏咲も、なぜか同行している。


京子さんは、おれたちを特別指導室まで案内すると、何も言わずに去っていった。

 

 ・・・。


死ぬかもしれない。


覚悟を決めて、入室した。

 

 


・・・
こつりこつりと、ステッキを床に鳴らせながら、法月が近づいてくる。


足を引きずらせながら、ゆっくりと間を持たせるかのように・・・。


だが、おれの目の前に立った法月からは、身体的弱点など感じさせない威圧感があった。

 

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・・・

「さて、誰が悪い?」
「私です」


即座に言った。


「ち、ちがっ・・・!」


「よろしい」


法月は壁際に立たされた少女たちなど見向きもせず、おれだけを見据えている。


「いわれたことしかできない人間は三流。
いわれたことを上手にできる人間で、ようやく二流」


ステッキを振り上げた。


空中で静止した木の棒が、周囲の注目と緊張を集中させた。


「森田はいつになったら一流になるんだ?
試験は、もう始まっている」


法月はそう言っていた。


要するに、おれは三人の保護観察をすでに任されていたんだ。


「すみません、気づきませんでした―――」

 

 

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・・・ッ!!!

 

直後、鎖骨が悲鳴を上げた。


「謝るな」


鼓膜に勢いのある風圧を覚え、次の瞬間には視界が白に弾けた。


「指導者は、謝るな。

誰かに責任を押し付けられない立場の人間の謝罪が許される社会は、堕落の一途を辿る」


もう一度、頭。


「ちょ、ちょっと・・・待ってよ!」


さちが叫んだ。


「あ、あたし、あたしが黙ってたんだよ!
ホントは今日の恩赦祭が中止になってたのを知ってて、黙ってたんだよ!?
なんで!? なんで!?

賢一が殴られるの!?
賢一は悪くないって!
あたしを!

殴るんならあた―――!」


さちの懇願は語尾までつづけられることはなかった。


法月が一瞥をくれた。


ただそれだけで、少女は全身を恐怖に震わせていた。


「子供が・・・」


ゆっくりと、たしなめるように言う。


「子供が罪を犯したとき、誰が警察に頭を下げる?」
「・・・ひっ!」
「部下が犯したミスは、誰が責任を取る?」
「あ、あ・・・」
「わかったか?」


誰かが喉を鳴らした。


「わかったら、黙って見ていろ。
痛いぞ・・・自分のせいで誰かが傷つくというのは」



「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」

「その手をどけろ。顔を覆って目を逸らそうとするな」
「だって、だって、殴るなんて、ひ、ひどいよぉっ!」


しゃくりあげるような声を出してわめいた。


「大音は、火傷の後をなぜ隠している?」


夏場に長袖の制服。


「ひ、そ、そんなの・・・。

わか、わかんない・・・」


事情があると思って、いままで聞かなかったのだが。


「・・・っぐ!」


「目を逸らすなと言っている」


法月はおれを殴りながら、あくまでも大音に問う。


「考えろ。 わからないはずがない」
「や、火傷は・・・み、見られたくないから・・・です」
「どうして火傷を負った?」
「・・・そ、それはっ・・・」



「・・・そんなこと、聞くなよ」



「早く答えろ」

「む、昔・・・ち、小さい、小さいころぉ・・・」


息も途絶えながらの告白。


「お・・・お母さんの料理を手伝おうとして・・・それでぇ・・・」

「逆に邪魔をしてしまい、勝手に火傷を負ったと」
「・・・うぅっ・・・うぇっ・・・」
「母親はもともと料理をしなかった。

コンプレックスすら感じていた。
だが、懸命にメニューを考え、慣れない手つきで包丁を握った。
なぜならその日は娘の誕生日だったからだ」


要するに、法月は大音が火傷を負ったいきさつを知ってて、わざと訪ねたのだ。


「それ以来、台所に近づくことを禁止され、母親も娘に傷を負わせてしまったことを悔やんだ。
悲しいな、家庭から食卓が消えるのは」
「う、うわあぁっ・・・ごめんなさい、ごめんなさい!」
「そう、その気持ちが大事だ。

謝罪の誠意を忘れてはならない。

人は、すぐに忘れる。自分の損得に関係のない話を覚えようとしない。
ならば、話を忘れると損をするということを教えなければならない。
そうして、社会に罰則というものができた。
罰則は必ず明文化されている。

忘れてしまったとは言わせないために、だ。
お前が自分の傷跡を見るたびに、母親に申し訳ない気持ちになるのは大切なことだ。
だから私はこうやって・・・罪を、身体に刻み込んでやるのだ」

「や、やめて・・・もうやめてぇ・・・」



「・・・あ・・・ぅ・・・」



殴られた瞬間に、顔が横を向いた。


「・・・・・・」


夏咲が固まっていた。


足を床と接着したかのように貼り付け、微動だにせず立ちすくんでいる


大きく見開かれた瞳には、何も映っていなかった。


「何も難しいことはない。
言っても聞かない子供は、殴るしかないという乱暴な理屈を実践しているだけだ。
お前たちはただ、今の気持ちを忘れないようにすればいい。
痛み、恐怖、残根・・・顔から血の気が失せ、胃が痛くなるような感覚を決して忘れるな」


何発も浴びせられた後、杖を一段と大きく振り上げたかと思った直後・・・。


「・・・っ!」


側頭部に強烈な一撃を受けた。


視界の高さが落ちていく。


どうやらおれは床に膝をついたようだ。




・・・ま、まずい。


意識が・・・。


何も見えない。


「まったく、ドジったぜ・・・」


視界がフェードアウトしていった。


最後に、女の子たちの悲鳴がいっそう甲高く室内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 ・・・・・・。


 

・・・。

 




 

・・・ 

気がつくと、見知らぬ天井をぼんやりと眺めていた。


「ぐっ・・・!」


肩口と頭に焼けるような痛みが走った。


かまわず上体を起こして状況を確認する。


一見して整理整頓された室内。


塵一つ浮かんでないフローリングの床の上に、ぽつんと置かれたテーブル。


窓辺で観葉植物が日の光を仰いでいた。


昨日の雨が嘘のように晴れ上がった空。


陽光の差し込む角度からして、時間的にもう正午を回っている。


「夏咲の部屋かな・・・?」


昨日の夜からの流れを察するに、意識を失ったおれを介抱してくれたのだろう。


・・・。


誰か入ってきた。

 

 

・・・

「あ、起きた?」
「さち、大丈夫だったか?」


義務に違反したことが心配だった。

 

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「あたしたちは平気。お咎めなしだって」
「そうか。よかった・・・」


本当に。


「ごめんね・・・私、いったいどうすれば・・・」


昨日に引き続き、べそをかいている大音だった。


モリケン、ホントにごめん。

あたしのわがままで・・・」


こいつは、どうしても星が見たかったんだろう。


「いや。おれのミスだ。

試験でこの町にやってきたのを忘れてた」
「でも、あたしのせいで・・・」


ぐずぐずし始めたさちの言葉をさえぎる。


「包帯を巻いてくれたのは、さちか?」
「そうだよ・・・磯野くんがこの部屋に運んでくれて」
「そっか。ありがとう」


完全に運動能力が回復するまで、二週間くらいの傷だな。


早めに処置してくれて助かった。


「いまは、昼休みか?」
「うん。学園を抜け出してきたの」
なっちゃんは?」
「一緒に来るはずだったんだけど、いきなりあの怖い人に呼び出されて・・・」
「とっつぁんか・・・」


包帯の奥が、熱をもってじわじわと痛む。


急所をわざと外して、苦痛だけを強く与える殴り方だ。


「あいつ・・・なんなの?」
「さすがの元気系もびびったか?」


くすりと笑う。


「びびったよー! 超びびった! あいつ、絶対人殺したことあるって!」


お、元気になった。


「前の高等人の人とは全然雰囲気違う・・・。
なんていうか・・・」
「なんていうか・・・?」
「・・・あ、アレね」
「・・・・・・」


いい例えが思い浮かばなかったらしい。


「なんか、指導された?」
「えっとね、新しくバッジをくれたよ」
「貼り替えろって」
「それだけ? これからおれの保護観察を受けるように、とか言われなかった?」
「いや・・・」


大音も首をふった。


「そっか・・・」


おれは試験に落ちたってことかな。

 

 

くそっ・・・!


おれは、いままでなんのために・・・!


モリケン・・・?」
「あ、すまん。ちょっと顔面マッサージしてた」


まだ、落ちたって決めつけるのは早いか。


「よしお前ら、とっとと学園に戻れ」


手を振ると、二人とも頷いた。


「じゃあ、本当にごめんね」


「ちょくちょく様子見に来るから」


名残惜しそうに部屋から出て行った。


・・・。


一人布団の上に取り残された。



・・・・・・夏咲が心配だな。

 


 ・・・。



眠い。


おれって何もすることがないと死んでしまうタイプなんだよなあ。


かといって、身体を動かすのは得策じゃないし。


「あんたが、おれと会話できりゃあな・・・」


ブツブツブツブツ・・・。


「あー、暇だあっ。パイプくわえてえなあ・・・。
かといって夏咲の部屋で吸うわけにもいかないし。
落ち着かない、落ち着かない、落ち着かない・・・」


ブツブツブツブツ・・・。


ドアが開いて、夏咲のなだらかな髪のラインが見えた。


「おかえりっ!」

「あ、森田くん」


そばに寄ってくる。

 

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なっちゃん、暇で暇で死ぬところだったよー」


子供のように両手をぶんぶんさせる。


「そ、そうですか・・・」


心配そうに顔を覗き込んでくる。


「傷は平気だよ」
「よかったです・・・。

さっちゃんたちも心配してました」
「呼び出されたって?」
「あ、そのことなんですけど・・・」


夏咲は一呼吸置いて話し始めた。


「えっと、わたし、森田くんの保護観察を受けることになりました」
「ていうことは・・・試験はまだ続行か」


思わず安堵のため息が漏れた。


「さちと大音も同時に指導することになったのかな?」
「いえ、わたしだけみたいです」


いきなり三人は荷が重いと判断されたらしい。


なっちゃんの部屋におれが運ばれたのも、法月のとっつぁんの指示?」
「そうです・・・これから、一緒に暮らすようにと」
「そっか・・・」


女の子と二人っきりか。


「どうかしましたか?」
「いや、さちとも一緒に住んでたんだし、大丈夫だって」
「え、えっ?」
「なんでもない。

それじゃあ・・・座ったままで失礼なんだけど・・・」


夏咲を見据える。


日向夏咲、これからあなたは私の監督下に入ります」


学科で習った決まり文句をアホみたいに復唱する。


「特別高等人の名において、私、森田賢一はその良心に基づいて、自己の能力を最大限に発揮し、あなたの人権の尊重と、社会復帰に貢献します。
ただし、あなたの義務に対する姿勢、生活態度に怠慢が見られた場合、私はあなたの人権を一時的に剥奪し、体罰を含めた指導を行うことができます。
義務の内容について、大法廷が定めた明記事項の他に、必要に応じて補助的な指導を加えることがあります。

この権限は私に一任されています。
最後に、あなたの誠実なる義務の遂行と罪への慎ましい反省的態度によって、更生十分であると私に認められた場合、私はただちに大法廷に、あなたの義務の解消を申請することを誓います。
以上。

あなたはこれらの内容を理解しますか?」


・・・ふう、堅苦しいね。


「え、えっと・・・は、はい・・・」


よくわからんだろうな。


「気にしなくていいよ。定番だから。

ミランダ警告みらいな感じ」
「あ、あなたには黙秘権があるっていう・・・?」
「要するに、今まで通りなっちゃんは、男に触れないように気をつけて生活してね」
「この義務は、森田くんが認めてくれさえすれば無効になるんですか?」
「そうだよ。おれ次第ってことだね」
「じゃ、じゃあひょっとして、明日にでもわたしは自由になってしまったり?」


なぜか、不安そうな顔になったのがひっかかる。


期待を込めた顔になるのが普通だと思うのだが・・・。


「えっとね・・・」


外に出ることを不安に思う囚人もいるか・・・。


「詳細な報告書を提出しないといけないから、明日ってのはまず無理だと思うよ。
なっちゃんがおれの保護観察のもとで、どんなことをしてどう感じたのか、それによる周囲の反応はどうなのか・・・。厳しいチェックが入るんだよね」


まあ、とっつぁんくらいに実績ある高等人の申請書なら顔パスらしいがね。


「そうですか・・・」


安心したように、おれには見える。


「なんにせよ、これからよろしくね」
「は、はい。森田さん・・・」
「賢一でいいよ」
「いえ、これでいいんです。

けじめはつけないといけませんから。
名前を呼ぶというのは、仲良くなるということですし」
「やっぱり、おれのこと苦手?」
「あ、いえ・・・それは・・・」


苦手らしいぜ。


「で、でも、会ったときほどでは・・・。

ええ、昨日は楽しかったですし・・・。
さ、さっちゃんと大音さんをかばってくれましたし・・・」


しどろもどろ。


「ま、ゆっくりいこうね」


握手を求めて、手を差し出した。


夏咲を担当する高等人であるおれは、義務の内容をある程度越権することができる。


けれど、夏咲はいつまでたってもぼーっとしているだけだった。


「あ、え、えっと・・・」


まじまじとおれの右手を食い入るように眺めている。


「握手とか、いや?」
「ご、ごめんなさい・・・気を悪くしないで・・・」


こりゃ、思った以上に嫌われてるぞ。


「いいよいいよ。

おれのほうこそ、画びょうをこっそり手のひらに隠してたし」
「は、はは・・・」
「ははは・・・というより、おれでもね、正当な理由なくなっちゃんに触れたらダメなんだよね・・・握手くらいならいいかなって思ったんだけどね・・・」


なんか、気まずいな。


なっちゃん、ごはんは?」

「あ、いまから作りますね」
「頼むよ」
「森田さんは、休んでいてください」


そう言って、夏咲は台所へ行ってしまった。


しばらくして、流しに水を流す音が聞こえてきた。


米を研ぎ始めたようだ。


「あ、忘れてた!」


声に出すほどの重大事件。


夏咲の調書を見てない。


それには、夏咲の性格分析から趣味趣向、家族構成、さらには、義務を負ったいきさつが書かれているはずだ。


とっつぁんが持っているのかな


なっちゃん、ちょっと出かけてくるね」
「あ、はい・・・」


立ち上がったとき、ばきばきと音を立てて身体中の骨がきしんだ。



・・・・・・



・・・



夕方に学園に行くというのは、ちょっと違和感だな。

 

 

 

・・・
階段を上ると少し眩暈がする。


肩の調子が悪いから、走るのはちょっと危ないな。


とっつぁんは昨日の部屋にいるんだろうか。

 


 


・・・
特別指導室の戸をノック。


・・・だが、返事はない


「センセー。森田です」


・・・。


いないようだ。



「森田くん?」

「ああ、京子さん。法月のとっつぁん知らない?」

 

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「とっつぁんって・・・昨日、ひどい目にあったのによくそんな態度でいられるわね?」


灯花から事情を聞いたのかな。


おれの肩や頭を心配そうに眺めてくる。


「あれは、とっつぁんのパフォーマンスだよ」
「パフォーマンス?」
「おれはこれから夏咲の保護観察をすることになったんだ。
そのうち、さちや大音も観ることになると思う。
三人とも、昨日の一件でおれに悪いと思ってる。
おれの言うことを聞かないと、おれがひどい目にあうんだって、印象付けられたんだ。
結果的に、おれはみんなを監督しやすくなったってわけだ」


とっつぁんも余計なことをしてくれるぜ。


「そ、そう・・・」


それ以上は聞くまいって感じが伝わってきた。


様子から察するに、とっつぁんの居場所なんて知らないだろうな。


「そういえば、明日から夏休みなんだって?」

「ええ。 長い休暇になるわ」
「じゃあ、しばらく会えなくなるね」
「灯花にもよろしく伝えておくわ」
「暇があれば、遊びに行くけどね」
「高等人は、普段から自己の鍛錬を忘れないって聞いてるけど?」
「まあね。

夏咲の監督をしながら、残りの試験をクリアしなきゃ」
「そうなの? あなたは全ての試験を通過していると聞いたけれど?」
「いや、一つ、何度やっても無理だったテストがあってね。その補講として余計な単位を取らなきゃいけない」
「ひょっとして、女性関係?」
「性的魅力をアピールして他人に働きかけるような交渉試験は合格してるよ」


街中で、見知らぬ女性に声をかけて五分以内に個人情報を十個以上引き出すとかね・・・。


最初は恥ずかしかったけどな。


「じゃあ、なにができなかったの?」


興味津々らしい。


「フフ・・・秘密」
「あら・・・もったいぶって」
「それじゃあ、さようなら。 灯花によろしく」

「またね」


それ以上踏み込んでこられるのも面倒だったので、早々に逃げ出すことにした。

 

 ・・・・・・



・・・



とっつぁんは、探しても見つからないだろうな。


七年の付き合いだが、生活感を見せられたことなんて一度もないし。


どこに住んでるんだろ。


「帰るとするか」

 

 

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・・・
「森田くんじゃないか!?」


振り返れば磯野がいた。


「森田くん、さちさんから事情は聞いたよ」


どうやら、本気でおれを心配してくれているらしい。


「死ねばよかったのに」


・・・読み違えた。


「ところで、お前はなんのお咎めもなしだったのか?」
「あたしは平気だよ」
「あたし?」
「え?」
「いや、いま自分のことあたしって言っただろ?」
「言ってないって。 僕は僕だよ」

「・・・・・・」
「フフフ・・・気にするなって。

全部ネタだから」
「ちょっと精神鑑定受けたほうがいいんじゃないか?」
「受けたよ。昔ね。思いっきり引っかかった」
「それもネタだろ?」
「どうかなぁ・・・」


なんで、こいつは微妙なミステリーを残すんだ?


「僕といると落ち着かないかい?」
「うん」


即答。


「君みたいに社会の枠に捕らわれている人には、僕は計れないよ」
「お前は自由だとでも?」
「いや、自由という言葉すら、言語という枠に捕らわれているね」
「じゃあ、なんなんだよ」
「妖精の世界の言葉では、自由というのはチョメスというんだ」
「はあ?」
「知りたくないかい? 妖精言語」
「別に」
「例えば、学園はキリリクというんだ」
「はあ・・・」
「地面はサバッチ、太陽はモソモソ、女の子はガール」


最後英語じゃねえか?


「夏はサンサン、自転車はブルブル、天国はホイホーイ・・・どうだい?
もっと知りたくなってきただろ?」
「・・・・・・」


なんか知らんが、教えたいらしいな。
ひょっとしたら、たとえ話を使っておれを諭すつもりかもしれん。


「じゃあ、社会ってのはなんていうんだ?」
「社会は社会ですが?」
「こら!」
「森田くんは面白いなあ」


けっきょく遊ばれただけか。


「帰る。
明日から夏休みだからな。しばらく会えなくなると思うが達者でやれよ」
「ああ、森田くん」
「なんだ?」


いつの間にか、夕陽をバックにしていた磯野。


「その包帯・・・きまってるよぉ・・・」


怪しい目つきだった。


「気持ち悪いな・・・じゃあな・・・」
「ああ、森田くん!」
「なんだよっ!?」
「・・・俺たちって・・・いい友達だよなぁ・・・」
「・・・あ、ああ」


おれは磯野に背を向けた。


「も、森田くん!」
「なんなんだっ!?」
「・・・青春は・・・なにもかもが実験だぜぇ・・・」
「・・・・・・」


無視して帰ろう。


「・・・また、明日・・・学園でなぁっ・・・!」
「夏休みだっての!」

 

 

・・・・・・


・・・


けっきょく、とっつぁんは見つからず、夏咲の調書を得られないまま部屋に戻ってきた。


夏咲の姿はない。


「どこいったんだ?」


おかゆがテーブルの上に置き去りにしてあった。


書置きなんかは見当たらない。


そろそろ暗くなる時間だ。


仕事上、夏咲から目を離すわけにはいかない。


部屋を見回して、夏咲の行方の手がかりを探る。


全開の窓、クローゼットの戸の閉じ具合、揃えて置かれた登校靴・・・。


「うぅむ・・・おれが起きたときと状況は変わってないな」


考えてもわからんから、外に出るとしよう。




・・・



さちにでも聞いてみよう。


・・・と思って、部屋の前まで来て気づく。


もう、七時を回ってる。


ひょこっとまなが顔を出した。


「あ、賢一」
「やあ、まな。これからお仕事?」
「そうだよ。賢一は?」
「夏咲って知ってるかい? 黄色いリボンで制服の女の子」


まなは軽快にうなずいた。


「スーパーで見るときあるよ」


ということは、買い物に行っている可能性があるな。


スーパーに行くとしよう。


「賢一、包帯どうしたの?」
「ああ、ちょっとしたファッションなんだ」
「ふぁっしょん?」
「うん。本当は孤独で物憂げな少女がやると萌えなんだけどね」
「怪我したんじゃないんだね?」
「怪我をするのも、ファッションの一環なんだ。

でも、まなは真似しちゃ駄目だぞ」
「うん。わかったー!」


なんかウソばっかり教えてるな。


「じゃあ、行こう」

 


・・・・・・


・・・




「そういえば、給料はもらったのか?」


確か、昨日もらうとか言ってたな。


 

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「えっとね、店長さんがね。月払いにしてくれって」
「なに?」
「そしたらもっとたくさんお金あげるって」
「・・・・・・」
「紙にね、ハンコがなかったからね、サインしたんだよー」


サイン、ね。


「わかった。

ちょっと店長さんを呼んできてくれるかな?」
「いいよー」


まなは、パタパタと駆け足でスーパーに入っていった。


ジュラルミンケースからパイプを取り出して、口にくわえる。


煙をふかしながら待つこと五分。


「連れてきたよー」


エプロンをかけたおっさんが現れた。


中年太りしてむくんだ丸顔。


不機嫌そうに、眉間にしわを寄せている。


「なんだね、君は?」


細く濁った瞳を見て、確信した。


「まなは、仕事に行ってな」
「え? いいの?」
「これから、この人と二人でお話するから」


まなは、おれと店長の顔を交互に見比べていたが、やがておとなしく店に向かった。


「何の用? まだ仕事中なんだが?」


おれはパイプの火を消して、ゆっくりと間を取ってから背の低い店長を見下ろした。


「私は特別高等人候補生の森田賢一です」
「特別高等人・・・?」


こんな若造が・・・ってな顔してやがる。


「上司は法月将臣です。

問い合わせればわかります」
「は、はあ・・・それで、私になんの御用でしょうか?」


焦りと、卑屈な表情。


ベタな野郎だ。


「先ほどの少女は、異民ですよね?」
「は、はい・・・」
「仕事ぶりはどうです?」
「そ、そうですね・・・。

真面目に店内の掃除をがんばっていますが・・・」
「本当ですか?」


わざとらしく両手を広げる。


「私は南方戦線に参加していましてね。少女の民族と一緒に戦っていたわけですが・・・いや、あいつらはひどい

働かないし、ウソをつくし、なにより臭いんですよ」

「は、はあ・・・わかります。

実を言うと、あの子は言葉も不慣れだし、簡単な計算も間違える始末でして」
「それは大変でしょうね。あいつらは生まれついて頭が悪いんですよ」

「は、はは・・・なかなかに厳しいことをおっしゃる」
「当然、無償で働かせているんでしょうね?」
「そ、それは・・・」
「気にすることはないですよ。

この国ならいざ知らず、他の国では奴隷として扱われているような連中ですよ」


おっさんの顔に下卑た笑みが浮かんだ。


「そうですよね。

ええ、私もそう思ってたんですよ」
「しかし、雇用契約書があるでしょう?」
「それなんですがね。

あのバカ娘は戸籍もないらしくて、判子も持っていないんですよ」
「それは好都合ですね。あなたに給料を支払う義務はないわけだ」
「ええ。拙い字でサインされた書類はありますが、そもそも戸籍がないわけで」
「ふふ・・・上手くやりましたね」


本当に、笑ってしまう。


どうしてこの手の外道を取り締まる法がないのだろうか。


高らかに笑う。


おれの様子が、ちょっと異常だったらしい。


おっさんの口元がややひきつっていた。


「あのな・・・」


一歩近づいた。


「世の中は不公平でね。人を不幸にしても罪にならない人間がいるんだ」
「え、えっ・・・?」
「嘘をついたり、騙したり、悪口を言って貶めたり・・・」



・・・仲間を見捨てて逃げ出したり。



「もちろん、おれもその一人だ。

あんたと同じ穴のムジナさ。
だから、おれがあんたに説教する資格はない。
でもな・・・。
ウサギの群れを檻に入れて放っておくとどうなるか知ってるか?」

「・・・ひっ!」


一歩たじろいだ。


「弱いウサギは、より弱いウサギをいじめだすんだ。
けっこう悲惨だよ。毛をむしったり、耳をかじったり・・・
・・・とにかく暴力的なんだよ。
わかるかな・・・?
いま、そういう気分なんだ」
「ひ、ひぃっ・・・!」
「払うんだ。 いますぐに」


刺すように言った。


「血の通ったまともな人間なら、ちゃんと真面目に働いている人間に対して賃金を払うんだ。
あんたがウサギじゃないなら、おれは何もしない」
「わ、わかりましたっ!」


顔を歪ませて叫んだ。


おれはため息をついて顔を緩ませた。


「信用しましょう」


明日、まなに聞いて裏を取ればいい。


まあ、間違いなく肉体的な恐怖に弱いタイプだから、大丈夫だとは思うが。


「それじゃあ、まなをヨロシク」


手を振ると、おっさんは逃げるように足早に店の自動ドアをくぐっていった。


さて、おれも店内で夏咲を探そう。


 

・・・。



いない、な。


一度、部屋に戻ってみるか。

 



・・・・・・



・・・



部屋の電気がついてる。


帰ってきてるな。


なっちゃん、どこ行ってたの?」


ドアを開けると同時に言い放った。

 

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「あ、お帰りなさい」
「うん。ただいま。どこ行ってたの?」
「え、なにがですか・・・?」


眠いのか、とろんとした瞳をこちらに向けてくる。


「いや、おれが学園に行っているうちに、どこか行ってたでしょ?」
「はあ・・・」
「あのね。

おれって、なっちゃんの監督人でしょ?」
「はあ・・・」
「しばらくは、なっちゃんにべったりくっついてないとダメなんだよ」
「はあはあ・・・」
「慣れてきて、なっちゃんの行動が把握できるようなったら、ある程度自由にしていいんだけど、それまではおれの目の届く範囲にいて欲しい」
「ええ、ええ・・・」
「わかった?」
「なにがですか?」


きょとんとしている


「い・・・いや、おれの話し聞いてる?」
「え、誰がですか?」
「ふざけてるでしょ?」
「す、すみません。さっきまでぼーっとしていたので・・・」
「・・・・・・」


ふと、夏咲の足元にある物が目に留まる。


丸められた新聞紙の先に、白い花が見えている。


「買い物に行ってたんだね?」


スーパーで会わなかったけど、行き違ったのかな。


「その花は?」
「あ、え、えっと・・・」
「お供え用だよね?」
「で、ですね・・・はは・・・」


ひきつった笑み。


言いたくないことなのだろうが・・・。


「聞いてもいいかな?」


仕事なんで。


「誰に捧げる花なのかな?」
「そ、それは・・・言わなきゃいけませんか?」
なっちゃんをよく知ることは、なっちゃんが自由になるために必要なことだから」
「・・・い、言いたくないです」
「・・・・・・」


高等人の権限を使って無理やり白状させることはできるけど、それはおれのやり方じゃない。


「じゃあ、言わなくてもいいよ。

その代わりお願いがあるんだけど、いいかな?」
「は、はあ・・・どんなことでしょう?」
「おれも一応仕事だから・・・ねっ」


もったいぶる。


夏咲は申し訳無さそうな顔になった。


昨日のおれへの仕打ちを思い出したのかもしれない。


「さっきも言ったけど、普段の生活では、なっちゃんの近くにべったりさせて欲しい」
「は、はあ・・・それだけで?」
「別にトイレとかお風呂まで一緒に入ろうっていうわけじゃないから」
「わ、わかりました・・・」


これでいい。


あの花はあんなふうに床に転がして放っておけば明日には枯れる。


ということは、夏咲は明日中にその花を捧げにいくはずだ。


夏咲にべったりついていけば、誰かの墓に着くだろうさ。


あとは、その墓について町の人に聞けばいい。

 

「それじゃ、ご飯にしようか?」
「ええ・・・」


ぎこちない夜がふけていった。



・・・。



初夏だというのに、妙に蒸し暑い。


夏咲は、おれと布団を離して寝ている。


おれも、熱気にあてられて活気づいてきた傷口の痛みをこらえながら横になっていた。


「確か、あのときもこんな蒸し暑い夏だったな」

 

 

 

七年前・・・。


革命家・樋口三郎を発起人とした戦後最大の内乱事件。


特別高等法の改善を要求し、蜂起した暴徒たちはそれぞれの武器を手にとった。


外国勢力に後押しされた暴動は、そのうちに全国規模の国家転覆事件にまで発展した。


一時期は大統領官邸にまで肉薄したというから驚きだが、軍部と治安警察の働きによって反乱は鎮圧された。


樋口三郎も戦闘の際に、爆死したとされている。



「そして、その家族は連座制で極刑を受けることになった。
おれが日本好きなのは、あの国では親の罪が子供に及ばないからだ・・・。
いや、実際は子供も学園でいじめられたりとか、近所の目が厳しくなるとかいろいろ大変なんだろうが・・・。
それでも、まともなほうだ」


常々、そう思っていた。


「特別高等法・・・罪に応じた義務を被更生人に負わせ、高等人に更生指導させるシステム。
けれど、高等人の試験は鉄人科挙と呼ばれるほどの狭き門だ。
圧倒的に人手不足。

かといって基準を下げて能力の低い人間を高等人にしても犯罪者は更生しない。
結果、抑止論の重んじられる社会が出来上がった。
まあ、連座制が適用されない義務も多くあるんだが・・・」


ため息をつく。


「罪を犯すな。やったらお前の家族も同罪だぜ・・・ってか・・・」


なにが、最高の教育刑だ。

 


「ねえ、お姉ちゃん・・・」

 


 

・・・。