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車輪の国、向日葵の少女【5】

 

・・・。



早朝。

 

鶏が鳴くか泣かないかぎりぎりの時間。


夏咲より早く目を覚ます。


軽く肩をまわしてみる。


「・・・づっ・・・!」


まだまだ痛むな。


ガバッ!


「えっ・・・?」


突如、豪快に布団を跳ね除けた夏咲。



「・・・・・・」


「やあ、おはよう」


「・・・・・・」


なっちゃん?」


「・・・・・・」



夏咲はおれのことなど無視して、ゆらりと立ち上がった。

 

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「・・・・・・」


こっちを見てる。


「え? ど、どしたの?」
「・・・むにゃ、むにゃ・・・」


迫ってくる。


「お、おい、なっちゃん

それ以上近づくなって」


・・・特別高等人の職務についたおれは、やむをえない事情があれば夏咲に触れることができるが・・・。


「・・・うぅぅ・・・」


夏咲の方からおれに触ってくるのは完全に違反だ。


なっちゃん!」


目の前で猫だましをかます


「は、はあうっ!?」


ズテンとすっ転ぶ。


「あ、あうあうあう・・・」


腰が抜けたらしい。


なっちゃん、起きた?」
「あ、ああ・・・どもどもです」
「寝起きが悪いんだね・・・」
「へ、変なこと言ってませんでしたか?」


特に妙なことはしゃべってなかったが・・・。


「ああ、ちょっとびっくりしたね」
「え、じゃ、じゃあ何かおかしなことを口走ってました?」
「・・・ま、まあね」


ごめんね。


寝言は人間の深層心理が反映されてるもんで。


なっちゃんのこともっとよく知りたいんだよ。


「・・・まさか、なっちゃんにそんな秘密があったなんてね・・・」


カマをかけてみる。


「ぎゃ、ぎゃふんとか言ってました?」
「ぎゃふん?」
「え? そのことじゃないんですか?」
「あ・・・ああ、言ってたね。

ぎゃふんって」
「い、言わないですよね。

現実では、ぎゃふんなんて・・・」
「・・・・・・」


ユング的に分析するならば、この少女は現実になんらかの不満を抱いていて、非現実的な言葉を用いることで・・・。


ぎゃふん、か。


ぎゃふん、ね。


わからん。


「えっと、早起きだね?」
「ええ。散歩に出かけるんです」
「ひょっとして、おれと出会った場所まで?」


町の入り口の向日葵畑。


「よくわかりますね。

あの辺が一番気持ちいいんですよ」
「ご飯は?」
「帰ってきてからで」
「じゃあ、行こうか」
「も、森田さんも来るんですか?」
「だって、昨日約束したじゃない?」


べったりするって。


「は、はあ・・・そうですね」


・・・嫌そうだな。


「わかりました」


暗い顔。


「ぎゃふん」
「や、やめてください。恥ずかしいです」
「はははっ。行こうか」
「え、ええ・・・」


おれたちの間で、いまいち冴えない空気が続く。


夏咲は白い花を持って部屋を出てこなかった。


ということは、墓に向かってるわけじゃないんだろうな。


ただの散歩か。

 

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「・・・ねぇ、なっちゃん
「はい?」
「さっきから散歩といって、歩いてないんだけど?」
「あ、ああ・・・。

いまは日向ぼっこの時間でして・・・」
「ぼーっとするの?」
「ええ。もちろん」


胸を張られてしまった。


「あのね。

おれって孤独が耐えられない人間なのよ」
「・・・は、はあ」
「だから、なっちゃんがぼーっとしだすと、すごいきついんだよね」
「それはそれは・・・」
「ほら、おれっていつもひとりごと言ってるでしょ?」
「ええ、ええ・・・」
「だから、お願い。かまって」
「え、なにがですか?」
「・・・・・・。
なっちゃん、おれの話し聞いてる?」
「誰がですか?」
「ふざけてるでしょ?」
「ご、ごめんなさい。ぼーっとしてて」

「・・・・・・」


どうしようもないのかね。


「ずいぶん遠くを見てるね?」


町の外、向日葵が彩る道の先を眺めている。


「外に出たいってわけじゃないよね?」
「ええ、ええ・・・」


まるで誰かを待っているかのような、遠い目。


「恋人を待ってるんだよね?」
「ですです・・・」
「マジでっ!?」
「え、あ、なにがですか?」
「・・・あのね」
「ご、ごめんなさい。

どうしようもなく、ぼーっとしてしまって」
「また倒れちゃうよ?」
「ええ、夏は嫌ですね・・・暑いですし」
「いつになったら散歩を再開するの?」
「そのうちに・・・」
「・・・・・・」

 

そうして、おれもぼーっとする羽目になった。

 

 

・・・・・・



・・・

 

散歩終了。

 

けっきょく昼過ぎになってしまった。


あまりにも沈黙が続いたので退屈極まりなかった。


「ちょっと、さちの部屋に行ってくるね」
「はい・・・お昼ご飯作ってますね」



・・・


まなは帰ってきてるかな。


さちの部屋を訪ねる。


「あい?」


すぐにさちが顔をだした。

 

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「おはよう。夏休みは満喫してるか?」
「別に・・・」


なんだか機嫌が悪そうだった。


「まな、いる?」
「珍しく起きてるけど?」
「ちょっと呼んで」
「なんか用?」
「ちょっとね」


さちは何も言わずにドアを閉めた。


少し間があって、まなが出てくる。


「賢一、聞いて聞いて!」


さちとは逆に上機嫌。


「まな、昨日お給料もらったよ!」
「おー、そうか。それは良かった」


確認が取れた。


「じゃあな」
「ん? なにしに来たの?」
「・・・・・・。
いままで泊めてもらってたお礼を言いに来たんだよ」
「引っ越したの?」
「お友達の部屋にね」
「たまに遊びに行ってもいい?」
「もちろん」



「いままで泊めてもらったお礼?」
「ああ・・・お世話になりました」
「別に礼なんていいよ」
「わかってる。

おれに何かさせる気なんだろ?」
「ふふふふ・・・さすがモリケン

察しのいい事で」
「なんでも言え。おれに不可能は無い」
モリケンの怪我が治ったら、ね」
「しばらく夏咲の部屋に住んでるから、なにかあったらいつでも来い」
「じゃーねっ」



・・・


夏咲の部屋に戻ろうとしたときだった。


夏咲が出てきた。


新聞紙に巻かれた白い花を胸に抱えている。


おれは、とっさに階段の影に隠れた。


夏咲は駆け足で寮の出口に向かっていく。


おれも夏咲も十分に不審だった。


さて、こっそり追うとしよう。

 

「まったく、嫌われたもんだぜ」

 

 

・・・
寮を出ると夏咲は走るのをやめた。


「・・・ふぅん」


頭に巻かれた包帯を外して、カバンからメガネとハードジェルを取り出す。


夏咲を追いながら、メガネをかけて髪型をオールバックにする。


最後に、薄手のカーディガンを羽織った。


いつもは胸を張って歩いているのだが、いまはズボンのポケットに手を突っ込み、腰と尻を落としてチンピラのようにだらだらと進む。


振り返ったとき目が合わないように、夏咲の足首辺りに視線を集中させた。

 


・・・どこに連れて行ってくれることやら。

 

 

 

・・・・・・




・・・


こんな見晴らしのいい場所じゃ身を隠す場所もない。


それにしてもけっこう歩くな。


町のはずれに向かっている。


夏咲は立ち止まったり、後ろを振り返る事もなく、黙々と前だけを見続けていた。


急いでいるようにも見える。

 

 


・・・


・・・・・・


森田山までやってきてしまった。


蝉の大合唱と土の匂いで頭の中が冴え渡る。


背の高い木々が梢を伸ばし、午後の陽射しをゆるめてくれた。


夏咲の足にはまったく迷いがない。


「・・・・・・」


寮を出て、そろそろ二時間になる。


目的地に着くまでに、日が暮れなければいいがな。

 

 

 

 

・・・


・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

 

夏咲を追うこと四時間。


夏咲がその強硬な歩みを止めたときには、空が赤く染まり、山は地肌をむき出しにしていた。


・・・。


なっちゃん・・・」


いい加減に声をかけることにした。


「え・・・あっ!?」
「おれだよおれ」


メガネを外す。


「こんなところまで何をしに来たの?」
「も、森田さんこそ・・・」


山登りで疲れているようだ。


おれも傷口が痛む。


「ごめんね。

ちょっと後を歩かせてもらったよ」
「・・・ひ、ひどいです」
なっちゃんだって、おれがいないのを見計らって出掛けただろう?」
「そ、そんなことないです。

たまたまです」
「嘘はやめてくれ」


・・・すごく悲しい。


「寮を出るまでは駆け足で、外に出たら歩き出した。
つまり、さちの部屋から戻ってくるおれと、はち合わせになることを恐れたんだ」
「あ・・・」


気まずそうな表情。


「ご、ごめんなさい・・・」
「いいよ。

ちょっと荒々しい言い方してごめんね」
「・・・・・・」
「昨日、べったりさせてって言ったよね?
何も聞かないから、好きにしていいよ」


我ながらひどい。


夏咲は一人になりたいのだ。


「どうしても無理なら、おれは帰るよ」
「・・・・・・」
「そっか・・・」


あきらめて、踵を返そうとしたときだった。


すでにしおれている白い花が、夏咲の手によって丁寧に土の上に置かれた。


よく見れば、そこから膝下くらいの高さの木の棒が生えていた。


・・・もしかして、これが墓か?


「森田さんは、好きな人がいますか?」


山上の強い風が夏咲の髪を乱し、黄色いリボンが崖の向こうに広がる夕空に舞う。


「これは、みんなが建てた、ケンちゃんのお墓なんです。
みんな、ケンちゃんのこと許せなかったんですが、わたしがいつまでも泣いているから、仕方なく、こんな小さなお墓を作ってくれたんです。
ケンちゃんというのは、わたしの幼馴染です。
七年前、この山でいなくなってしまいました。
生きているのか、死んでしまったのかわかりませんが・・・。
さっちゃんや磯野くんは、ケンちゃんが大嫌いになってしまいましたけれど・・・。
わたしは・・・」
「そいつが樋口ケンだね?」


質問をすることで、先に続くであろう言葉を遮った。

 

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・・・

「ケンちゃんと初めて出会ったのは、あの向日葵畑なんですよ。

ケンちゃん、わたしのリボン、褒めてくれて・・・すごいうれしかったんです。
ぼーっと町の外を眺めながら、帰ってこないかなあって、ずっと思ってるんです。
でも・・・ちょっと、いやになってしまいました。
わたしは、いつもビクビクして人の顔色をうかがって、友達もいなくなって、嘘をつくようにもなってしまって・・・。
リボンも、よれよれになってしまいましたし・・・。
だから、今日、お花を添える事にしたんです。
いままで何度もここに来ては、何もしないで、帰っていたんですが、もういいかなって。
なにもかもつまんなくて・・・。

夏が来て、風が吹いて、暑くなって、毎日学園に通って・・・。

なにか面白いことありますか?
だって、たとえケンちゃんが帰って来たとしても、わたしは・・・。
こんな義務を持ったわたしなんか・・・きっと・・・。
・・・き、嫌われちゃう・・・」


夕凪が、少女の悲痛な想いをどこかに運ぶ。


「あ、す、すみませんね。いきなり気持ち悪い事を言ってしまって・・・。

ヤですよね。

不幸をアピールしてるみたいで・・・
あは、はは・・・気持ち悪い、気持ち悪いですね・・・」


卑屈に笑う。


「と、というより、別に不幸じゃないし・・・もっと大変な人だっているのに・・・は、はは・・・勝手に自慢してるし・・・」
「・・・・・・」
「か、帰りましょうっ! 今日は、どもどもでした・・・」


夏咲は、焦燥した目つきとおぼつかない足取りで、山を降りていく。


もう、おれのことなど目に入っていないようだ。


・・・。


カバンの中で携帯電話が突然に鳴った。


とっつぁんから支給された使い捨ての携帯電話だが、使用するのは初めてだ。


急いで取り出してスイッチを押す。


「森田です」
「緊急かつ重要な指示を出す」
「はい」
日向夏咲の監督を一度解任する」


解任・・・?


「不服です。理由を説明してください」
「お前は過去に日向夏咲と接点があるゆえ、職務に支障をきたすと判断した」


ひょっとして、昨日はそれを調べていたのかもしれない。


「代わりに、三ツ廣さちの監督に就任してもらう」
「ご存知でしょうが、私はさちとも・・・」
「わかっている」


接点があるのを知っているのに、さちを任せるのか。


さちはよくて、夏咲は駄目な理由がわからない。


「優先順位だよ、森田」


何年ぶりかに聞いた、優しげな声。


「三ツ廣さち、大音灯花、日向夏咲の順に保護観察を任せていく。
すべて更生させることができれば、お前は晴れて特別高等人というわけだ」


三流のおれに、ご丁寧な説明をしてくださった。


「わかりました。すぐに」
「努力しろ。

私は森田賢一を高く買っている」


とっつぁんらしからぬ、安い褒め言葉だった。


電話が切れ、おれは崖の上にひっそりと佇む粗末な墓に近づいた。


「・・・・・・」


見下ろして、水気の失せた花を拾う。


「察しのいいあんたはもうとっくに気づいているだろうから言っちまうが・・・。
樋口ケンってのは、おれのこと、な?」

 

 ・・・・・・。



・・・。




―――――

 

 

 

 

・・・。



・・・・・・。




崖の上から眺めたぼくの町はとても穏やかで、星の群れが織り成す銀の光りと、人家の灯火が絶妙な夜景をかもしだしていた。


大昔、まだ特別高等法が整備されていなかった時代には、重い犯罪を犯した人は、すべてこの町の鉱山発掘の義務を負った。


そんな曰くから、土着の被更生人たちがぼくらの先祖というわけで、この町には義務を負った人たちが多く暮らしていた。


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ぼくは、お父さんとお姉ちゃんと三人暮らし。


お父さんは自分のことを冒険家だといって、いつも冗談しか言わない変な人だった。


お父さんが僕に真面目な話をしてくれたのは一度きり。


「お姉ちゃんは、ぼくと血が繋がっていない」


もともと、ぼくの家にはお母さんは一人じゃないのが不思議だった。


あるとき、それまでお母さんのいなかった僕の家庭に、優しそうな女の人がいきなり現れて、ぼくの頭を撫でてくれた。


ぼくはこの人がお母さんなんだろうと思って、思いっきり甘えさせてもらった。


上品は人で、笑っても歯を見せようとしなかったのを覚えている。


勉強を教えてくれたり、玩具を買ったりしてくれた。


けれど、その人は一ヶ月もするとひょっこりいなくなってしまった。


ぼくは悲しんだが、すぐにまた新しいお母さんがやってきた。


とても若くて、年はお姉ちゃんより少し上だと言っていた。


お母さんというより、お姉ちゃんが二人になったような気がして、なんだか落ち着かなかった。


その人は、よくお姉ちゃんと一緒になってぼくと遊んでくれた。


頭がいいのか、山の中でかくれんぼをしても、絶対に見つからなかった。


鬼のぼくが一人で泣いていると木の上から現れて、ぼくのことを弱虫だと笑っていた。


でも、嫌な人じゃない。


お父さんの部屋を片付けたり、お父さんにお酒をついでいたりしているときの顔はとても楽しそうで、見ているこっちまでうれしくなった。


それから、いろんな女の人が家に来た。


瞳や肌の色がぼくらとは違う人もいた。


二人同時にお母さんが来たこともある。


その中の誰かが、ぼくやお姉ちゃんの本当のお母さんかわからなかったけれど、みんな同じように優しくて、お父さんのことをいつも褒めていた。


なにより、幸せそうだった。


ぼくとお姉ちゃんが本当の姉弟じゃないとわかっても、お姉ちゃんはあまり驚いていなかった。


むしろ喜んでいたようで、これからもっと遊んであげるねと形のいい唇の端を吊り上げてた。


お姉ちゃんもお父さんに負けず劣らず変わった人だと思う。


細くて背も小さいのに、とても賢くてかっこいい人だった。


あるとき、近所のおばあさんがぼくとお姉ちゃんにこう言った。


「かわいそうね。

お父さんの女癖が悪くて」


ぼくはなんのことかわからなかった。


だって、ぼくはお母さんがいなくても少しもさびしい思いをしたこともなかったからだ。


きょとんとしていたぼくの前に立って、お姉ちゃんは腕を組みながらおばさんを見上げた。


「決めつけないでください」


お姉ちゃんの名前は璃々子(りりこ)といった。


頭の悪いぼくは漢字を間違えて、お姉ちゃんがいつも凛々しいから璃々子っていうんだと思っていた時期があった。


でも、やっぱりお姉ちゃんは凛々しかった。


「母親がいない家庭が不幸だというのは、あなたがたが勝手に思い込んでいる【ご立派な常識】というものです。
家に遊びに来る女性はいつも笑顔です。
放浪癖のある父がとても素敵で、血のつながっていない弟がかわいいのです。
あなたがたに心配されなくても、夏は毎年巡ってきて、新しいお母さんはまたやって来て、幸せな食卓が出来上がります。
常識に頼らなくても、私たちはなにも困りません」


・・・。


思えば、お姉ちゃんはいつでもぼくの前にいてくれたような気がする。


ぼくが学園でいじめられて帰ってきたときも、犬に吠えられて泣いてしまったときも、お姉ちゃんの背中があった。


自分が情けなくなって、ぼくがお姉ちゃんの前でぐずぐずしていると、お姉ちゃんは決まって格好のいい笑みを浮かべるのだった。


「いつか、健が私の前に立って、私を守るんだよ。
健の背中が頼もしく思える日が来るといいね」


お姉ちゃんは、ぼくのことが大好きだと恥ずかしいくらいに言っていた。


特に、背中が綺麗だと。


ぼくもお姉ちゃんのことは好きだけれど、口に出すのはなんだかいけないことのような気がして、もやもやした気持ちを持て余していた。

 

けれど困ったことに、ぼくの気持ちを知ってか知らずか、お姉ちゃんは夜になるとぼくの布団に入り込んでくるのだ。

 

・・・。


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 ・・・

 

「健・・・、起きているんでしょう?」
「・・・・・・」


黙って寝たふりをしていると、お姉ちゃんはぼくの顔をぺろっと舐めあげてくる。


「・・・・・・」
「・・・・・・っ」


そんなことされて、我慢なんて出来るわけないじゃないか・・・。


「ほら、起きてるじゃない。

夜更かしするのは・・・いけない子よ」


月明かりが反射しているのか、お姉ちゃんの目は暗い中で光って見えた。


「今日は何本入れちゃう・・・?」


お姉ちゃんの指が、ぼくの唇をゆっくりと撫でてくる。


「うう・・・。お、お姉ちゃん・・・やめてよぉ・・・」


毎夜のように、繰り返されるイタズラ。


お姉ちゃんが忍び込んでくるのも、ぼくが最初だけ抵抗してみせるのも、いつも通りだった。


「本当に止めて欲しいなら、手を払えばいいだけなのに」
「・・・・・・お姉ちゃん・・・でも・・・やっぱりこんなの・・・」


お姉ちゃんはいじわるだ。


それも、自分がいじわるなことをしてるって、わかってやってるんだ。


「ふふふっ。

いいわ、こうしましょう。
健は寝てるだけ。

何もわからないし、何も覚えてない。
だから、何も心配しなくていいの」


そう言って微笑むと、お姉ちゃんは自分の指を舌先で舐め上げた。


「んんっ・・・ちゅるっ・・・」


月明かりに照らされた白い指が、てらてらと妖しく輝いて見える。


――それは、とても綺麗だった。


「おねえ・・・ちゃ・・・」


ぼくのカラカラに乾いた唇は、お姉ちゃんの指先でふさがれた。


「しーっ。

健は寝てるんでしょう?」
「・・・っ」


ぼくは抗えない。


押しのけるなんて、できやしない。

それをわかっていて、お姉ちゃんは・・・。


「健はどの指が好きなのかな。 当ててみせようか」
「・・・!」


お姉ちゃんの指先が、ぼくの口の中に滑り込んできた。


「人差し指。 綺麗でしょう? 私も気に入ってるの」


指・・・。

お姉ちゃんの・・・指・・・。


「んっ・・・ん・・・そんなに激しくしちゃダ・・・メ・・・やさしく、ゆっくりと・・・ね。
時間はたっぷりあるんだから。
・・・ん・・・あふっ・・・ふふふっ、いい子ね・・・」
「・・・ぁ・・・はぁ・・・」
「それじゃ、にほんめ」
「・・・っ! ふぁっ!」
「ぁ・・・ふふふっ・・・すっぽり入っちゃった・・・。
どう・・・? 私の中指、すらっとして格好良くない?」
「んんっ・・・」
「なぁに? 聞こえないよ」
「・・・」
「もしかして、苦しい?」


もちろん苦しい。


息苦しい・・・。


でも、こんなイタズラされてるのに・・・。


なんだかいけないことをしているような気がして・・・。


「声を出すと、お父さんに聞こえちゃうよぉ」
「・・・んぐ、うん・・・」
「それじゃ、今日はもういっぽんいくね」
「・・・っ! んんっ!!」
「・・・ほぉら・・・入っちゃった・・・」
「!! ううっ!」
「お口の中、暴れてるわよ・・・。

お行儀が悪いわね」


そんなこと言われたって・・・!


でも、ぼくの口に押し込まれたお姉ちゃんの指が、舌を押さえつけてくる。


「ん!・・・んんっ」
「こんなに美味しそうに舐めて・・・」


僕は苦しがってるのに、お姉ちゃんはなぜか顔を赤くして嬉しそうに笑っている。


「ふふふつ・・・やだ、びくびくってしてるわよ?」
「・・・っ!!!」


お姉ちゃんの指が喉の奥に降りてきて、苦しくて・・・。


「どうしたの? 痛いの?」


そうじゃない・・・苦しい・・・息が・・・!


「どうしたのって、聞いているんだけど?」
「んんっ・・・んぐっ・・・」
「仕方ない子ねぇ・・・私はそのぐらい、簡単に出来るわよ」
「・・・っ!?」

 

 

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ぼくの指が三本、あっという間にお姉ちゃんの口の中に飲み込まれた。


「ん・・・ちゅっ・・・。
ちゅっ・・・どこが・・・いい・・・?
根本の方・・・? さきの方・・・?
ふふふっ・・・いつの間にか、ずいぶん大きくなってたのね。
簡単って言ったけど・・・んんっ・・・結構いっぱい・・・かも・・・」
「ふあっ・・・んんっ・・・!」
「ちゅっ。 でもまだやわらかくて・・・かわいい・・・」


ぼくがお姉ちゃんの指を舐めて・・・。


お姉ちゃんがぼくの指を舐めて・・・。


もう、なんだかよくわからなくなって・・・。

 

ようやくお姉ちゃんが、指を抜いてくれた。


「けほっ! はあっ、はあっ・・・」


お姉ちゃんは、ぼくの口から引き抜いた指をゆっくりと舐めながら微笑んでいる。


・・・。


「大丈夫?」


大丈夫――そう言いかけて、口を開きかけたその時――。

 

一瞬、何が起きたのかわからなかった。


お姉ちゃんの顔が目の前にあって。


指ではないやわらかいもので、ぼくの唇は塞がれていた。



「・・・」


月明かりの下で、ぼくは動けなかった。


頭の中がまっしろになって、心臓の音がどくんどくんと響いてくる。


お姉ちゃんの唇はなめらかで、やさしくて、あったかくて。


お姉ちゃんそのものみたいだった。


「どうして抵抗しないの?」


イタズラっぽい笑顔。



答えなんて、わかってるくせに。


だからぼくは、精一杯の反抗をした。


「して欲しかった?」
「うーん・・・、秘密」
「えー。そんなのずる――」


ぼくの言葉なんて、お姉ちゃんは求めていなかった。


そんなことをしなくても、ぼくのことを誰よりもわかっていたのだから。


本当に、困った人だった。


でも――。

 

 

・・・

 

・・・・・・


「ずっと、健と一緒にいられると楽しいね」
「・・・うん」


ぼくは、素直に頷いたのだった。


だから、お姉ちゃんが都会の大学に行ってしまったときは、とても悲しかった。


ぼくにはお姉ちゃん以外に心の内を話せる人がいなかったからだ。


お父さんも家を留守がちにしていて寂しかったとき、夏咲ちゃんと出会って仲良くなれたのは本当に幸運だったと思う。


夏咲ちゃんのおかげで、さっちゃんや磯野くんっていうお友達もできた。


「夏が来て、暑くなって、少しだけ雨が降って、田んぼは青々しくて、風が吹くと緑の匂いがして、ケンちゃんみたいな友達がいて・・・なんにも変わらないけれど、それだけでもいいんだよ」


夏咲ちゃんのその言葉はずっと忘れることがないだろう。

 

 


 

けれど、ある日を堺に世界は一変した。

 

みんなは家族を失い、ぼく一人で町から逃げだすのだった。

 

 

 

・・・。