・・・。
山を降りてから、おれは夏咲に担当を外れたことを告げた。
夏咲はほっとしたような顔で頷くだけだった。
その翌日、おれはとっつぁんからさちの調書を受け取った。
さちを監督する上で、必要そうな項目に目を通す。
三ツ廣さち。
性格分析は、おおよそおれの思っている通り。
社交的で他人によく働きかけるのだが、自分本意な性向がある。
行動全般に勢いがあるのだが、計画性に乏しく、長期的な事業には向かない。
さらには怠惰で、飽き性とのことだった。
次にさちの能力について、いくつかの気になった部分を見てみる。
IQ・・・140。
倫理的思考能力・・・標準より低い。
総合的運動能力・・・高い。
なるほどね。
趣味は・・・外国為替保証金取引、か。
趣味というか、実益も兼ねているんだろうな。
意外だったのは、特技と賞罰の欄を見たとき。
『第百四十一回北島英伊賞受賞』
北島英伊って、確か風景画の大家だったな。
受賞の年を調べると、驚いたことに、八年前だった。
要するにおれと遊んでいたころ、あいつは権威のある絵画の賞を取っていたのだ。
知らなかった・・・。
そういえば、あいつはいつも絵の具くさかったな。
遊びに誘ってもまったく乗ってこないときもあった。
けれど、いまは絵描きなんてやめたんだろう。
・・・・・・。
さて、ここからが核心、義務を負った経緯を調べてみよう。
・・・ふむ。
「細かい説明が嫌いなあんたのために、かいつまんで言うが・・・。
さちの生まれはこの町で、両親ともに先の内乱事件で死亡。
親戚縁者もいなかったさちは、天涯孤独の身となり生活のために借金をした。
その借金を返すためにネットカジノにはまる。
あとは泥沼。
ギャンブルみたいに本人の責任が大きい負債は自己破産もできない。
借金の免除と引き換えに『生活時間制限』の義務を負う。
それが、二年前の話。
『生活時間制限』の義務は、聞いた話によると、真面目に働きさえすれば取り消しになるそうだ。
現代では、賃金の価値がわかれば、それを得るために消費した時間の価値がわかるとされている。
時給いくらで働くってのは、つまりは時間をお金に変える手続きのことだからだ。
けれど、さちは働こうとしなかった。
最初から一日が十二時間しかなかったわけじゃないらしい。
二十二時間、二十時間、十八時間と、月日に比例して罰が重くなっている。
いつまでたっても楽して稼ぐことだけを考えていたようだ。
・・・こりゃあ、面倒だぞ」
調書をカバンの中にしまって、これからのさちとの生活について考える。
「・・・ふう・・・」
ため息が出てしまった。
・・・・・・。
・・・。
朝、おれはさちの部屋を訪ねた。
「あ、モリケンじゃん!」
「おう、さち。一人か?」
クローゼットの中で寝てるはずのまなの姿がない。
「夏咲の監督に忙しいんじゃないの?」
「いや、そのことなんだがな・・・」
「ん? どしたの?
またなんか、ひどい目にあったり?」
とっつぁんに殴られたときのことを言っているのだろう。
「お前の更生指導を任されることになった」
「ウソっ!? マジで?」
うれしそうだった。
「これからは先生と呼べ」
「やだ」
「・・・・・・」
いきなりいうことをきかない。
「あのなあ、今後は仲の良い友達ってわけにはいかないんだよ」
「なんで?」
「だって、泣く子も黙る特別高等人だぞ? この国の最高のエリートですよ? モリケンとか言われてたら、しめしがつかねえじゃねえか」
「権力を持ったとたんに豹変するなんてダサいよぉ」
「うるさい。
おれはお前のプライバシーを侵すことはおろか、生殺与奪すら自由なのだぞ」
「プライバシー?」
笑い出した。
「あはっ、一緒に四日も暮らしておいて、プライバシーもなにもあったもんじゃないでしょう?」
「とにかくおれを尊敬しろっ!」
「あははははっ!
すごいダメ上司っぷり!」
「それ以上おれを愚弄すると、ひどい目に合わすぞ」
「どんな?」
「例えば、お前を・・・お、お、犯、犯して・・・」
「・・・恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」
「・・・ごめん」
「とにかく、モリケンはモリケンでいいじゃん! ねっ!」
なめられてしまった。
でも、最初はこんな感じでいいだろう。
「さちって、自分が世界最強って思ってるだろ?」
「ん? そんなことないけどね。
あんまり他の人とか気にしない派だよ」
本気でそう思えるところが、ある種の世界最強なんだよ。
こういうヤツほど、あまり人を認めようとしないからな。
なめられてたほうが楽さ。
「まあまあ、あたしはちゃんと薬飲むからさ」
「薬を飲まなくても生活できるようにするのが、おれの仕事だ」
「どうすれば自由になれるの?」
「働け」
一言。
「やだ」
即答。
「あのなあ。
為替なんてやめて真面目に働いてみせろよ」
「学園があるし」
「いまは夏休みだろ? その間だけでもいいからさ」
「あたしって親いないからさあ。
親戚もいないし、頼れる友達もいない、かわいそうな少女だからさあ・・・」
・・・事情はわかるが。
「あははははっ!
モリケンがちょっとおとなしくなった!」
「あ?」
「モリケンって、クールな顔してやっぱり感動系でしょ?」
「感動系だぁ?」
「なんか無駄に情にもろいの。
キモイの。 でもブームなの」
「頼む。
もうちょっと分かるように喋ってくれ」
「だからぁ、要するに優しいってことよ」
うんうんと勝手に頷いている。
「というわけで、あたしを自由にしてよ」
「ダメだ」
「そう言って、ホントは最後にはどうにかしてくれるくせに」
こいつはおれのキャラを好き放題に決めつけてるな。
「そんなんじゃいつまでたっても自由になれないぞ」
「だって、働くなんてめんどくさいじゃん。
いまの世の中、こつこつ努力しても報われないってば」
「こつこつ努力したことあるのかよ?」
「ないよーっ」
「どうしようもないヤツだな・・・」
「それを教え導くのが特別高等人でしょ?」
「図々しいなあ・・・」
「フフフ、モリケンにあたしがどうにかできるかなぁ・・・」
時間がかかりそうだな。
その後、例のミランダ警告っぽいのをかまし、おれは晴れてさちの担当についた。
・・・
さちは、パソコンに向かっている。
「あ、賢一っ」
「まな、ちょうどいいところに帰ってきたな」
「ん?」
「さちに働くことの大切さを教えてやれ」
「んんっ?」
小首を傾げながら、さちのそばにちょこんと座った。
「おい、まな。無視するなよ」
「お姉ちゃんの邪魔しちゃダメだよ」
「邪魔?」
「うるさくしたら、怒られるんだよ」
「なんだよ。ちょっと話すくらい、いいじゃないか」
「ダメ。黙ってみてるの」
「見てても楽しくないだろ?」
「いいの!」
「まな、寝ないの?」
初めて、さちがまなに話しかけるのを見たような気がする。
「まだ起きてるよ」
「あ、そ・・・」
なんだか素っ気無い。
「じゃあ洗濯してくれる?」
「はーいっ」
窓の外に備え付けてある共同洗濯機を目指して出て行った。
「・・・・・・」
「洗濯ならおれがやろうか?」
「いいよ。 まながやるから」
「なら、掃除でもしよっか?」
「それもまなの仕事になったから」
「おれも今日からまた泊めてもらうわけだし」
「だから、全部まながやるから平気だって」
「・・・・・・」
まなに、なんらかのマイナス感情を抱いているな。
大方の予想はつくが。
「さち。ちょっと質問させてもらうぞ」
「あとでいいかな? いまちょっと秒単位で忙しそうだから」
「・・・わかった。
まなに聞くとしよう」
「なにさ?」
どうやら二人の関係について聞かれることを察したらしい。
「姉妹じゃないな?」
「なんで?」
「いや、似てないし」
「義理の妹だよ」
「戸籍もないそうだが?」
「そうなんだ・・・」
「なんだか、元気ないぞ」
「あの子は拾ったの」
「いつ? どこで?」
「雪の降る夜。 教会で」
「冗談をいう余裕はあったか」
「まあね。
なんか勘違いしてるみたいだから言っておくけどさ。
まなのこと、別に嫌いってことはないからね」
「嫌い?」
「いままで思ってたでしょ? 仲が悪いから顔を合わさないんだって」
「仲が悪いんじゃなくて、お前が一方的にめんどくさがってるだけだろ?」
「どういう意味?」
「まなを拾ったのは例の内乱のあとだろ?
あのとき、いろんな人が親を亡くしたからな。
お前がどういう目的でまなを拾ったのかは分からんが、そのうちに育てるのがかったるくなったんだ。
金もかかるしな」
「・・・違うってば。
なによ、人を鬼畜みたいにさ」
「間違ってたら謝る。
おれは性格悪いからな。悪いほうから物事を捉えるようにしているんだ」
「・・・・・・」
・・・。
「お洗濯してきたよーっ」
「ご、ご苦労さん・・・」
それは、さちが初めて見せた暗い顔だった。
・・・・・・。
・・・。
夕方になった。
まなは、クローゼットの中でくーくー寝てる。
「・・・さち、七時になる前に、眠らなくていいのか?」
「ああっ! 寝るの忘れてたっ!」
「そんなに今日は値動きが激しかったのか?」
「いや、なんか楽しくてねっ」
「学園がないとずっとやってそうだな」
・・・ピンポーン・・・
「誰だろ?」
さちが目をぱちぱちさせながらドアを開ける。
「こんにちは」
「うわっ!」
「人の顔を見るや寄声を上げるなんて、失礼じゃないかな?」
「挨拶だよ」
「なるほど、さすが親友」
「何しにきたの?」
「いえ、それなりに暇でしたので、さちさんと性交渉でもさせていただこうかと」
「高いよー」
「というのは冗談でして、例の件をお調べいたしましたので、進呈しにまかりこしました」
と、懐からぼろぼろの紙を枚数取り出した。
「おおーっ、でかした!」
「ははあーっ」
「なんの話だ?」
「だいぶ骨が折れましたよ。
でも、ばっちりだと思います」
「ふむふむ・・・」
「なんだよ、それ。古文書か?」
「よくわかるね。
そう、あんたも知っての通り、この町の郷土史だよ」
「誰も知らねえって」
「この町には古くから頭のおかしい人たちが住んでいてね。
おっとっと、おれや、あんたのことじゃないぜ」
・・・。
「おれの真似か・・・」
・・・
「どっかの酔狂な人が、山の洞窟に財宝を隠したって噂があるんだ」
「噂? 伝説じゃなくて?」
「察しがいいね。伝説になるほど昔の話じゃないんだ」
「ほお・・・」
そういえば、さちがちょっと前に、おれにケイビングができるかどうかを聞いてきたことがあったな。
・・・まさか。
「よし、モリケン」
やっぱりか。
「いまこそ、泊めてあげた恩を返すべきだよ」
目をきらきらさせていた。
「すでに、洞窟装備は整えてありますよ」
「ちょっと、その地図らしきものを見せてみろ」
さちからボロ紙を奪う。
・・・・・・。
「おいおい、これで洞窟に入ったら死ぬぞ」
「なんで?」
「えらい大雑把じゃねえか。
洞窟の入り口しか載ってないし」
「入り口が分かればいいじゃん」
「測量はできんのか? 中で迷ったら死ぬぞ?」
「んなもんモリケンがやればいいじゃん」
「内部が竪穴だったら? いくらお前が元気系でも、相応の技術がないんじゃ登れんぞ?」
「それもモリケンの仕事だって」
「いくらおれでも、潜らなきゃいけないほどのプールがあったら無理だからな」
「森田くんの辞書に不可能はないんじゃないのか?」
「おれは下街のナポレオンなんだ」
「よくわからないけど、せつないね・・・」
「だいたい、そんな噂なんて本当なわけないだろうが。
苦労して洞窟の中歩いても、何も見つからないって。
そもそも、誰かが先に発掘している可能性だってあるんだぞ」
「もぉーっ、モリケンってば、超ネガティブなんだから!」
「リスク管理だ」
「絶対行くんだからね。
モリケンもあたしのこと好きなら協力してよね」
「好きって・・・お前、まだおれと付き合うとかそういうことを考えてたのか?」
「というか、もう付き合ってるんじゃないのか? 同棲して何日目だ?」
「そうだよそうだよ。周りから見たら絶対つきあってるって」
「お前は周りとか他人とか気にしない派なんじゃなかったのか?」
「えへへへ・・・」
笑ってごまかされた。
「森田くん、頼む。
この僕がこれだけ頭を下げても駄目なのか?」
頭下げられてたか・・・?
「金目当てのさちはともかく、なぜにお前がお願いする?」
すると磯野はそのうすら長い前髪をかきあげた。
「樋口三郎は知ってるよな?」
「ああ・・・内乱の首謀者だな」
「僕はあの人の大ファンでね。
よく教えを受けてたんだよ」
「・・・・・・」
「どうしたの? オチがわからない?」
「ん?」
「あれ? 森田くんならここまで話せば、僕がどうして財宝発掘に固執するのかが読めると思ったのに・・・」
「ちょっと、ぼおーっとしてた。
要するに、その財宝とやらは樋口三郎の残したものなんだな?」
「燃えてきたでしょ?」
震えてくるぜ。
「磯野、一つだけ忠告しておくぞ」
「うん・・・?」
「樋口三郎はこの国を戦乱に巻き込んだ悪逆非道の重罪人なんだ。
だから、もう二度と尊敬しているようなことは言わない方がいいぞ。
特に、特別高等人の前では・・・」
「そういえば、森田くんは国家の犬候補生だったね」
「おい」
「冗談だよ。
このトークは僕の勝ちだね」
「どういう意味だ?」
「本気になった方が負け。 若者の世の中じゃ、なんでもそうだよ」
・・・ムカつく世の中になったもんだぜ。
「で? どーすんの? あたしを無視しないで」
知らず知らずのうちに、おれは拳を握り締めていた。
「行くさ・・・」
「あははははっ! やっぱ最後には優しいねっ!」
さちはケタケタと笑っていたが、おれは興奮を表に出さないようにするのに必死だった。
・・・親父の遺産、おれが拾ってやる。
・・・
・・・・・・
「いつ、どーくつ探検に行くの?」
いつものようにまなをスーパーまで送ってきた。
「準備があるから三日後かな」
「まなも行っていい?」
「まなは、スーパーの仕事があるだろ?」
「あ、そっかぁ・・・」
しょんぼり。
「おみやげ取ってきてやるから」
「うん・・・」
元気ないな。
まなは仕事の時間が近づいても店の中に入って行こうとしなかった。
「スーパーの仕事は楽しいか?」
「ん? 楽しいよーっ」
屈託のない笑み。
・・・ひょっとして、あの店長が因縁つけてるんじゃないかと思って言ったのだが、別の理由でしょんぼりしているらしい。
「さみしいなあって」
「なにが?」
「お姉ちゃんと賢一にしばらく会えなくなるのが」
「すぐに、帰ってくるって」
「うん、でもぉ、でもぉ、さみしぃよぉ・・・」
・・・こりゃ、何を言っても無駄だな。
「まなね、スーパーから帰ってきてね、お姉ちゃんのね、お顔を見るのが楽しみなの」
「そっか・・・あいつ、綺麗な顔して寝てるもんな」
「お姉ちゃんね、絵を描くときもあんな顔なんだよ」
「さちは、いまも絵を描いてる?」
「うんっ!」
ころころと表情が変わる。
「そっか・・・」
本当は、描いてないんだろうな。
「お姉ちゃん、まなが寝てるうちに描いてるって!」
そりゃ、嘘だ。
「だからまなはたくさん寝るんだよっ!」
まなが寝ている間、さちも学園で寝ているんだよ。
「まなね、お姉ちゃんの絵がだーいすきぃっ!」
「・・・まな、そろそろ」
気まずくなって、店のほうに向けてあごをしゃくった。
「あ、遅刻しちゃうねっ!」
「がんばってこい!」
背中を押してやった。
・・・。
「まなとさちが出会ってどれくらいたったか知らんが、さちはいったいどれくらい嘘をつき続けてるんだ?
そしてそれは、優しい嘘なのか、さちの見栄か、それともただ、まながなにもわかっていないだけなのか・・・。
あんたの意見でも聞きたいところだぜ。
さちがまなのことを思っての嘘なんだと、おれは信じてみたいね」
・・・
・・・・・・
「・・・さちの寝顔ね」
じっと見つめてみる。
普段はよく動く眉毛や口元がおとなしくなっただけで、ぜんぜん印象が違う。
さちが起きているときに、こんな顔をすることがあるのだろうか。
『あたしと付き合う?』
「はは・・・」
あの瞬間も真面目な顔だったな。
本気なのかね、おれが好きだってのは・・・。
・・・悪い気はしないが。
「まあ、仕事をする上では関係ないさ。
さちの監督は、よる七時になったときだけ気をつければいい」
難しいことはない。
薬を飲ませればいいだけなのだから。
「そうだ・・・!」
はっと、息を呑む。
さちの薬を調べてみる。
以前、おれが確認した物とは違うようだ。
とっつぁんが支給したんだろうな。
眠気は取れないようだが、最新のものらしく、成分的に毒気は薄れていた。
十二時間、活動を停止させる薬品か。
いまのうちに、追加の薬品を申請しておくとしよう。
おそらく、必要になる。
パソコンを立ち上げて、専門の部署宛にメールを送信しておく。
「さて、一服したら古文書をもっとよく調べてみよう」
カバンを抱えて外に出た。
見上げれば、銀の流星が夜空に尾を引いていた。
耳にうるさい蛙と、肌にまとわりつく蚊。
夜風は、すでに肌寒さを感じさせなくなっている。
町が徐々に本格的な夏に近づいていた。
・・・・・・。
・・・。
「よーしっ! 今日もびりっとがんばるぞーっ!」
朝である。
「でも、昨日寝てないから寝るっ!」
寝た。
・・・よく朝一で叫んだりできるなあ。
「・・・ぐがーっ!」
寝息までうるさい。
・・・。
「ただいまーっ!」
「おかえりっ」
まなはさちの顔を見て立ち止まる。
「お姉ちゃん、寝てるの?」
「ああ、さっき起きてすぐ寝た」
「そっか・・・」
さちの寝顔は、薬で止まっているときとは違って、だらしないものだった。
「まなも寝るーっ」
「おう」
まなはクローゼットの中へ。
・・・まなが寝ている間に、さちは絵を描く。
・・・。
けれど、昼になってもさちは起きなかった。
・・・森田山周辺の地図を見ながら、古文書と照らし合わせる
。
あの山には無数の洞窟があって、その規模はかなり大きい。
目標の洞窟の入り口の位置はわかるが、内部がどうなっているのかはわからない。
つまり、本当に存在すれば前人未到の洞窟ということになる。
参考のために、町の資料から、すでに発見されている周辺の洞窟内の測量データの一覧を参照する。
「ふむぅ・・・」
斜距離や方位学などの数値を頭に入れて、内部のイメージを確定させていく。
・・・あまり、何度の高い洞窟はなさそうだな。
横穴のようで、特にSRT用の機材が必要になることはなさそうだ。
なにより地下水がたまっていたり、雨が降って水没したりする危険性もなさそう。
もちろん気軽に観光できるほど甘くはないだろうし、おれたちの侵入する洞窟だけがやたら険しい可能性もある。
「・・・・・・」
なんにせよ、ジュラルミンケースは置いていかないとな。
さちが寝ているスキに、ヤバイものはポケットにしまっておこう。
ごそごそごそ・・・。
・・・。
「あとは装備を整えて・・・とっつぁんに一応連絡を入れておくか・・・」
忙しい午後が始まった。
・・・
・・・・・・
「あ、森田賢一じゃない?」
呼び止められた。
「誰でしたっけ?」
「ぶっ殺すぞ!」
「森田くん、調子はどう?」
「お母さん、こんなヤツ放っておいて帰ろうよ」
「どうして? あなた森田くんに会いたがってたじゃない?」
「なっ!?」
「なんか用か?」
「べ、別に用事なんてないよ」
「ウソ言いなさい。 なにかあると森田くんの話をするでしょう?」
自体を掌握したおれは腕を組んで言った。
「やっぱり、おれのこと好きなんじゃないんですかね?」
「ば、バカぁっ!」
パシッ!
殴りかかってきたので手で払ってやった。
「ちょ、ちょっと!」
不満そうだった。
「いまのは殴られるもんでしょう?」
「だから、おれそういうエッチラブコメっぽいの苦手なんだって」
「むかぁっ・・・!」
「お母さん、この子ちょっと情緒不安定なんじゃないですか?」
「くすくす・・・そうね・・・」
京子さんが笑っていた。
「お母さんも、変に煽らないでよっ」
なかなかに微笑ましい親子の風景。
「それじゃ、おれは買い物するから」
「ま、待ってよ」
「なんだ?」
「そういえば、森田賢一ってお金持ってるの?」
「そうね・・・着のみ着のままやってきたって感じがするわね」
「小汚いよね」
「ワイルドなのよ」
「残飯とか漁ってそう」
「確かに、なんでも残さず食べそうね」
「・・・・・・」
なんか知らんが、質問されて放置された。
「おっほん。私は非常に金持ちですよ」
「ウソだぁっ」
「あら、そうなの?」
「京子さん、よかったら結婚してください」
「ウソでもうれしいわ」
「お母さん、森田賢一と一緒にふざけないでっ!」
「お前は娘にはせんぞ。施設に預けてやる、うははははっ!」
「ぶっ殺すぞっ!」
パシッ!
「あぅっ・・・」
「あ、すまん。
少林寺な動きで反撃しそうになってしまった」
「もう、いい・・・」
ようやくおれにラブコメを迫れないことを悟ったらしい。
「・・・さて、もう行かないと」
「ま、待ちなさいって」
「なんだっ?」
「さ、さちの部屋に住んでるらしいじゃないの?」
「え? 本当なの?」
「ねぇ、不純だよね。学園生にあるまじき行為だよね」
「知らなかったわ・・・」
「だったら、野宿でもしろと?」
「どこかの民宿でも借りればいいじゃない。 金持ちなんでしょ?」
「宿なんてないだろ。
この町は観光地でもなんでもないし」
「確かにそうね。あまり外から人が来ることはないわね」
「でも、一軒くらいあるでしょ」
「あったかしら・・・」
「ほら、あの二丁目の・・・」
「あそこは潰れたそうね」
「じゃあ、山のふもとにある・・・」
「あれはとっくに、ただの小屋になってるでしょう?」
「うーん・・・」
くやしそうだった。
「灯花、そういえば買い物袋は?」
「え・・・あああぁっ!?」
「・・・・・・」
「うっかりレジを抜けたところに置いてきちまったか?」
「いや、多分、レジ」
「店員の目の前かよ!」
「と、取ってくるねっ」
ダッシュする大音。
「・・・さて、おれも・・・」
「森田くん待ちなさい」
「なんですか、親子そろって人を呼び止めまくって」
「三ツ廣さんと暮らしてるって?」
「ええ。
なにもやましいことはありませんよ。
仕事ですし」
「あ、そうなの。
試験の一環なら仕方がないわね」
なんの疑いもなく納得する京子さん。
特別高等人がいかに一般の人からブラックボックスとして捉えられているのかがわかる。
「どんな試験なの?」
京子さんは、なぜかおれに興味津々なのだ。
「教育実習みたいなもんです。
実際に、さちを監督するだけです」
「そう・・・私もね、この夏は研修に行かなければならないかもしれなくてね」
「・・・ひょっとして、親権者適正研修?」
「ええ・・・」
京子さんが不安そうな顔になるのはよくわかる。
親権者適正研修ってのは、要するに『あんたが親で大丈夫なのか』っていう国の懲罰めいたテストだ。
通称『大人になれない義務』を持つ子供の親は、研修に参加しなければならないことがある。
内容は一切わからないが、噂では死人も出るらしいぜ・・・。
「でも、灯花のハンコひとつで回避できるでしょ?」
「そうね、あの子が、私が母親であることに満足してくれていれば、きっと大丈夫だわ・・・」
「心配しなさんなって。
ぶっちゃけ裏情報を教えちゃうけど、あの研修は馬鹿みたいに国費を使うから、そうそう実施されないんだ。
実績ある特別高等人による面倒な法手続きもたくさんあるしね」
「それを聞いて安心したわ。ありがとう・・・」
「いえいえ、お役に立てて何より」
そんなこんなで、おれはようやくスーパーに入った。
・・・
「あ、あれれ・・・お財布落としちゃったかも・・・」
・・・どうしようもないヤツだな。
・・・
・・・・・・
部屋に帰ると、磯野とさちが古文書を床において額を寄せ合っていた。
「ただいまーっと」
買ってきた探検グッズ一式を床に放り投げる。
商店街に登山用具が売っている店があって助かった。
「なに買って来たの?」
「おいおい装備なら僕が整えたと言ったじゃないか!」
憤慨していた。
「せっかく勇者たちの冒険の門出を祝ってやろうと思ったのに!」
「・・・なんだよ、なにをくれるんだよ」
「銅の剣と皮の鎧」
「お前は使えない王様かよ・・・」
「えっと、マグライトにヘルメット・・・ポシェットにナップザック・・・あれ? ライトが四個もあるよ」
「予備な」
「お、非常食に包帯に消毒液まであるじゃん、本格的だねっ!」
「当たり前だ・・・魔法でワープできるダンジョンじゃねえんだぞ」
「これ、つなぎ?」
「そうだ。
洞窟探検の間は制服を着なくていいぞ」
防水性と断熱性のあるつなぎに、洞窟探検の規格に準じたヘルメット、LED式のライト。
さちは素人だろうから、金に糸目はつけず最上級の装備を整えた。
「ていうか、いまあたしの担当ってモリケンだよね?」
「ん?」
「別にどっちでもいいけど、普段の服装は自由にしてくれないの?」
「すまないけど、とっつぁんから止められてるんだ」
理由はわからない。
「おっけーおっけー! しょうがないよね」
「義務のバッジは制服から取り外して、つなぎにつけてくれ」
これもとっつぁんの指示だ。
「別の服を着るなんて久しぶりぃっ!」
たかがつなぎでも、それなりにうれしいようだった。
「ちょっと借りるぞ」
「調べ物?」
「うん、そんな感じ」
電源をつけっぱなしのパソコンの前に座り、インターネットを閲覧するためのソフトを立ち上げる。
「・・・しかし、森田くんはかっこいいなあ」
「なんか知らないけど物知りだね」
「さすが、完全超人を自称するだけのことはある」
「・・・・・・」
「って、なに見てんの?」
「いや、検索を繰り返すという非生産的な行為を」
「遊んでんじゃん」
「しばらく社会に触れない生活をしていたからね」
「どれどれ、どこのアダルトサイトだ・・・?」
「MKストレングカンパニー・・・。
企業の情報サイト?」
「噂のIT企業じゃないか。創業から一年半で株式公開したっていう・・・」
「ああ、叩かれまくってたらしいねー。
いまは退陣したらしいけど、前の社長がとんでもない非常識の変態だって」
「これのなにが気になるんだい?」
「趣味で」
「そういやモリケンてさあ、経営の才能があるんだってね」
「僕もあるぞ」
「ちょっと問題出していい?
昔テレビでやってたんだけどさ」
「あ?」
「えっとね、あるフリーマーケットでさ、テレビをね、えっといくらだっけな・・・100・・・通貨はなんだっけ、えっと、ドルでいいや」
ドルってことは、SF小説のネタかな?
・・・いや、おれの脳内検索には引っかからなかったぞ。
「フリーマーケットで、モリケンの店がね、一台しかないテレビを100ドルで売ろうと思ったら、向かいの店で80ドルでまったく同じ質のテレビが一台陳列されているのよ」
「なるほど、そのままじゃおれのテレビは売れないな」
「そんなの簡単じゃないか、70ドルで売ればいいんだ」
「あー、モリケンの店は必ず100ドルで売らなきゃいけないルールね」
にやーっと意地の悪い笑みを浮かべる。
「ふっ、わかったよ」
「お、早いね」
「ドルをバーツに変えればいい」
「ダメ!」
「・・・。
向かいの店の80ドルのテレビを、客が買う前におれが買えばいい。
その後に、おれの店で100ドルで二台売る。
これが、一番儲かる」
「おおおおおおーーっ!」
模範解答らしい。
「すごいねっ!
モリケンって、一見ピンチな状況をチャンスに変えられるんだよ」
「くっ・・・そ、そもそもフリーマーケットというのはみんなで楽しくやるもんなんです。
商売根性なんて見せたらダメなんですっ!」
磯野がガキみたいにむくれた。
「・・・・・・」
無視して閲覧を続けた。
「出発は?」
「明後日だ。
お前が起きたら、すぐに登山開始だ」
「あーい!」
・・・。