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ゲームまるごと文字起こし

車輪の国、向日葵の少女【7】



・・・。


 

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「そろそろ寝るねー」


さちは薬を手に取った。


「僕も帰るとしよう。原稿書かなきゃいけないし」
「お前って、本当に童話作家なのか?」
「知る人ぞ知るメルヘン作家だよ。

テレビには絶対出られない感じ」
「・・・今度、代表作を教えてくれよな」


磯野はニヤリと笑って部屋を出て行った。


と、同時にまながクローゼットの中から出てきた。


「ふぁあーーっ!」


大きなあくび。


「おはよー」
「おはよう! 賢一、お姉ちゃん!」


「あぁ、まな・・・帰りがけに買い物してきてね」


さちはベッドに寝そべったままの格好で言った。


「はーい!」
「まなはいい子だなあ。

いつも素直で、仕事も真面目で」


さちに、意地悪く目を向けてみる。


「そんな挑発には乗らないよーだ」
「挑発だとわかる時点で、自分が働いてないって意識してる証拠だな」
「別に働かなくたってお金あるんだからいいじゃん」
「お金あるの?」
「そうだよ。だいたいまなだって、あたしが生活には困らないようにしてあげてるのに、どうして働いてんの?」
「・・・えっと」


まなはもごもごと口を動かす。


「最初さあ、あたしに黙って働いてたよね?」
「・・・う、うん」
「いや、そんなごめんなさいって顔しないでよ。別に怒ってるわけじゃないんだってば。
ただ、なんのためにお金を貯めてるのかなあって」
「・・・・・・」


・・・妥当な線を考えるなら、まなはさちに何かをプレゼントするつもりなんじゃないだろうか。


「自分のために使いなよ。あたしに返そうとか思わなくていいからね」
「でも、お姉ちゃんにはずっと優しくしてもらってるし、ここに住まわせてもらってるし・・・」


・・・やっぱり、さちのためになることをする気だったな。


「いや、マジで気にしないで。

あたしが勝手にあんたを拉致したようなもんじゃない?」


潔いようで、素っ気ない発言。


「まなと一緒に住んでるのもね、あたしがさあ、妹がいたら楽しいかもって思っただけだから」


まなは、すがるような瞳を向けた。


「まなと一緒にいて、楽しい?」
「・・・うん」
「ありがとー」



「・・・・・・・・・。
・・・さち、もう時間だ」


薬を飲むように促した。


「おやすみ、まな・・・」


さちは瞳を閉じた。


そのまま綺麗な顔で固まった。


「えへへへ、うれしいなあ・・・」
「・・・・・・」
「お姉ちゃん、まなと一緒にいて楽しいって」
「・・・・・・」
「賢一にだけ内緒で教えるけどね、まなね、お姉ちゃんにね、絵の具をあげたいんだよ。筆と、キャンパスも・・・」


そんなまなを見て言った。


「よし、それをプレゼントするんだ」
「え? でも、お姉ちゃんがいらないって」
「まなは、さちからプレゼントもらったらうれしいだろ?」
「・・・うん」
「だから、さちだってなんだかんだ言ってもうれしいはずだよ」
「そぉかな?」
「間違いないって、あいつは絵描きなんだろ?」
「そぉだよぉ。

お姉ちゃんの絵はすごいんだよぉっ」
「じゃあ、さちに何を言われてもプレゼントはあげるんだぞ」
「うん。わかったぁっ!」


・・・これでいい。


おそらく、さちを更正させるための突破口は、さちが絵を描くことで見出だせる。


「お姉ちゃんね、ぼろぼろの道具しか持ってないんだよ。
だから、最近はあんまり絵を見せてもらえないんだ・・・。
でもね、でもね、これでね、またねっ・・・えへへへっ、うれしいなぁっ」


無邪気に笑う、まな。


・・・おれはこの子を利用するんじゃない。


この子にとっても、さちが絵を描いてくれることが幸せなんだから。

 


 


・・・



・・・・・・

 

まなを連れてやってきた商店街。

 

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「あのね、賢一」


きょろきょろと首を動かしていた。


「今日の朝ね、人に会ったんだよ」
「誰?」
「んとね、知らないオジサン」
「飴玉くれた?」
「うん」
「ちょっと鼻息が荒かった?」
「うん」
「ちょっとついてきて、とか言われた?」
「おーおーおー、よくわかるねっ!」

 

さて、警察に連絡するとしようか。

 

「その人ね、まなと同じ国の人だって言ってた」
「ほお・・・」


同郷の、変態か。


「なんて名前の人?」
「んー、長いから忘れた」
「長いんだ・・・」


確か、あそこの発展途上国は貴族社会だったな。


名前が長いってことは、それなりに身分の高い人なんじゃなかろうか。


「なんか言われたの?」
「んーん。まなを見て笑ってたよ」
「笑う?」
「うん・・・ちょっといやな感じに・・・じろじろ見られたの」
「・・・・・・」

「あとね、もう一人いたよ」
「その人は?」
「よく覚えてるよ。

杖をついてて、足を引きずってたけど、背が高くてどっしりとしてた・・・」
「スーツだった?」
「うんうん・・・。

胸にとくべつこーとーにんのバッジをしてたよ」


・・・とっつぁんだな。


バッジには、正義の象徴である向日葵が冬の厳しい寒さに負けずに花を咲かせている様が描かれている。


「その人は、ずっと怖い顔だったよ」


とっつぁんはデフォルトで怖い顔だからな。


「たまに、二人で外国語でしゃべってた」
「まなはわからなかったのか?

まなの国の言葉だろ?」
「ぜんぜんわかんなかったよー」
「そっかぁ・・・」


嫌な予感がするな。


「よし、まな。俺が洞窟に行っている間は部屋の外に出るな」
「でも、お仕事あるよー」
「休め」
「やだ。

あとちょっと働かないと、いい筆が買えないんだよー」
「・・・むぅ」


まあ、部屋にいたって安全とは限らんわけだしな。


そもそも、とっつぁんが絡んでるなら犯罪の線はない。



「賢一、ばいばいっ!」

 


まなはいつものように元気よく去っていった。


明日も迎えに来ないとな。

 

 

 ・・・。

 

 




・・・


・・・・・・


朝が来たのでまなを迎えに来た。

 

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「賢一、お買い物つきあってー」


そういえば、昨日、さちにそんなことを言われていたな。


「いいぞ・・・おれも洞窟探検用の装備品に不備がないかチェックするとしよう」


軽く頷いて店に入る。


「うーんとぉ・・・」


メモを見ながら渋い顔をしている。


「・・・なにを買うんだ?」
「んとね、牛乳とかいろいろだよぉー」
「ちょっとメモを貸して」


読む。


牛乳、生理用品、ブームっぽいもの。


・・・ブームっぽいって。


「お、まな。なかなか賢いな」
「ん?」
「そうだぞ。

牛乳は必ず後ろから取るんだ。

主婦の知恵だからな」
「じょーしきだよっ!」
「・・・おれも久しぶりに料理がしたくなってきたな」
「そういえば、お家のガス直してくれた?」
「忘れてた。 ガス屋に言っておかないとな」
「賢一って、甘いものばかり食べてるよね?」
「そうかな?」
「だって、昨日もチョコレートだったでしょ?」
「ああ、あのブロックタイプのヤツね。栄養食なんだよ一応。
チョコレート味だけどな」
「まなにもちょうだいっ!」
「あれはすごく高いんだぞ」
「そうなの?」


専門の業者に特注で作らせたおれ専用のヘルス食品だからな。


体調不良のときや、激しい運動が予想される日に食うんだ。


「しかし、まなには分けてやらんでもないぞ」
「わーい!」


満面の笑み。


「・・・さて、と」
「賢一、女の人の物はまなが買うからいいよ。恥ずかしいでしょ?」
「子供のくせに、そういうことを知っているんだな」
「じょーしきだよっ!」


だが・・・。


「ん? どうしたの?」


おれは生理用品グッズの前でしどろもどろしている。


「二パック買っておこうか・・・」
「お姉ちゃんから、一つでいいって言われてるけど?」
「いや、まあ・・・また買いに来るのも面倒だろ? お金はおれが出すから」
「やっぱり、お姉ちゃんと結婚するの?」
「え?」
「だって、そうじゃなかったら、こういうの買わないよっ」
「・・・・・・」
「えへへへっ、うれしいなぁっ」
「そ、そんなに結婚して欲しいのか?」
「うんうん。

そしたらずっと一緒だよーっ」


おれが、さちと、か・・・。


振り回されそうだな。


「・・・うーんとぉ・・・あとは何を買えばいいのかな?」
「ブームっぽいものか・・・」
「あ、ティッシュがたくさん積んであるよーっ」
「たくさんあるからブームってわけじゃないんだよ」


きょろきょろと適当な物を探す。


売り場を変えて、家電製品が並んでいるコーナーまで足を運ぶ。


「ねえねえ、これなんていいなじゃないかな?」


それは、小型の音楽再生機器だった。


白を基調としたデザインで、シンプルかつ多機能というのが売りらしい。


「これね、前見たときより高くなってるよ」
「ほおー」
「人気があって、すぐ売り切れちゃうから高くなるんだよね」
「その通りだ。まなは賢いぞ」
「えへへへーっ」


確かにこれはブームになってそうだった。


「でも、高いね。お姉ちゃんからもらったお金じゃ買えないよー」
「・・・・・・」


買ってやってもいいかな。


俺は店員を呼びつけた。


「買うのー?」
「さちの機嫌でもとっておこうと思ってな」
「プレゼントだね」


まなはうれしそうだった。


「お姉ちゃんのこと好きなんだねー」


無邪気だなあ・・・。


代金を支払い、物を受け取った。

 

 

 

 

 

 

・・・


・・・・・・

 

「ただいまー」
「おかえりっ」


さちはすでに起きていた。


「まな、買い物してきた?」
「喜べさち、ブームアイテムをゲットしてきたぞ」
「なになにぃっ?」


買い物袋から、例の物を取り出す。


「なにこれ?」
「やるよ」
「いや、いらないし」

 

・・・・・・。

 

「なんでこんな廃れてそうなもん買ってくるのよぉっ!」


キレた。


「馬鹿野郎、絶対流行ってるっての!」
「馬鹿じゃないの、馬鹿じゃないの、馬鹿じゃないの!」



「お、お姉ちゃんちょっと落ち着いて・・・」



「そこまでいうなら、ネットで調べてみろよ。

どうせ、たくさん検索に引っかかるぞ」
「そんなわけないっての。

こんなちっちゃいもんが流行ってたら、あたしはブームアナリストを引退するっての」



「あなりすと?」
「造語だ。気にするな」



「いいから黙ってパソコンの前に座れっての」
「・・・ムカつくなあ。流行りもわかんないモリケンなんて嫌いになりそうだよ」


カチ、カチ・・・とページを開いていく音がする。


商品名を打ち込んで、検索をかけているようだ。


「・・・どうよ?」


画面上では、かなりの数がヒットしていた。

 

 

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「うおおおおおおおおおおっ!」


吠えやがった。


「ようやく自分の鈍さに気づいたか」
「し、し、信じられんですたい!」



「お、お姉ちゃん・・・!?」



「こ、こんな馬鹿なことが・・・。

あ、あたしの知らないところで世界が回ってるなんて・・・!
ありえない、ありえない、ありえない・・・韓流ブームよりありえない・・・」


さすがにちょっと危険を感じた。


「ま、まあ、こんな田舎にいるんだし、世間に疎いことだってあるさ・・・」


「そうだよぉ・・・お姉ちゃんは、すごいよぉっ」


二人して慰める。


「でもこんなの、どうせすぐ廃れるよ」


一瞬にしてしみったれた。


「そうだよ。

ブームなんてすぐにブームじゃなくなるから、ブームなんだよ」


当たり前のことを呪いを吐くようにつぶやいている。


「ちぇっ! こんなもんにハマるなんて、みんなちょっとセンスなさすぎるんじゃないの、っていう話ですよ」


誰かに話しかけている。


「あたしは認めないからねっ! べぇーだっ!」
「・・・・・・」



こうして、アンチが誕生したのだった。

 

 



・・・
「そうだ、さち・・・」


洗った顔をタオルで拭いているさちに言う。


「今日は、明日に備えて一日中寝ていろ」
「え? マジで?」
「マジだ。万全の体調で行くぞ」
「そういえばモリケンも、身体だいじょうぶなの?」
「ん?」
「・・・その・・・肩とか・・・」


気まずそうな顔になった。


とっつぁんに殴られたときのことを言っているんだろう。


「平気だろう」


万全ではないが、フリークライミングでもしなければ問題はない。


「・・・無理、しないでね」
「・・・・・・」


本気で心配してくれているらしい。


客観的に見てみると、さちのせいでおれが負傷し、さちの誘いでおれはまた洞窟探検という運動を強いられる羽目になった、という事実がある。


モリケン・・・?」

 

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いつの間にか、さちの顔が間近にあった。


大きな瞳と形のいい唇が、おれに謝罪を訴えている。


「もう寝ろ」
「う、うん・・・。

ごめんね、本気で・・・」
「・・・・・・」
「どして黙るの?」
「いや・・・」
「やっぱり、気にしてるの?」
「はは・・・女の子が目の前にいて緊張してるだけ」
「本気?」
「苦手なのは知ってるだろ?」
「エッチは本気で苦手そうだけど、女の子の扱いそのものは手慣れてそう」
「どうだろね。その辺はおれも自分のことがよくわかってないからな。
ただ、わかっているのは、お前はそんなに悪いヤツじゃないってことだ」
「ふふ・・・」


綺麗な笑み。


モリケンを攻略するのは難しいだろうねー」


ちょっとだけ寂しそうだった。


「日中、下見してくるから」


背を向けて、部屋を出た。


「うん、おやすみぃっ!」
「・・・・・・」

 

洞窟探検で、肩の痛みを見せるわけにはいかないな。

 

 

 

 

 

・・・


・・・・・・


とっつぁんに挨拶しにやってきたわけだが。


「森田です」
「入れ」


・・・

 

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姿勢を正し、その場に直立した。


「報告します」


とっつぁんはわずかに顔を上げた。


「明日午前七時半に、山間洞窟内の探検に出発します」
「許可は出したはずだが?」


いちいち報告しなくてもよかったらしい。


「仕事は順調か?
三ツ廣の義務は、監督そのものは非常に簡単だ。
決まった時間に薬を飲ませればいいのだからな」
「はい。私の仕事は、義務を守らせることは当然として、彼女を更正させることです」
「目的はわかっているな?」
「時間の価値を理解させ、自堕落な生活を改善することです」
「よろしい」


軽く頷いた。


「質問よろしいですか?」
「認めよう」
「三ツ廣さちの同居人の少女と接触したそうですが、いったいどのような目的でしょうか?」
「森田は、SF小説を嗜むそうだな」
「は? え、ええ・・・」
「なにかを得るには、なにかを失わなければならない」
「・・・ナポレオンヒルですか?」


とっつぁんも、読むのか・・・。


「大脳のない新生児と、健常な新生児、どちらに未来があると思う?」
「当然、健常な新生児です」
「そう。人間の価値は平等ではない」


なにが言いたいんだ・・・?


「価値の低い人間を社会にどう役立てるか、それが問題であり、森田の質問に対する回答だ」
「・・・・・・」


はぐらかされちまったが、嫌な予感がするぜ。


「失礼します・・・」


・・・。



さて、洞窟の入り口だけでも見つけておかないとな。


山に向かう。


 

 ・・・


・・・・・・


 

「暑いな・・・」


地図を広げてコンパスで方向を確認する。


進むべき方向には、山の緑が生い茂っていた。


面倒だな。

 

 

 



・・・・・・。


・・・。

 

下草を払い、木の幹に足をとられそうになる。


山に登っていくのではなく、歩みを進めるにつれて高度は徐々に落ちていった。


おそらく、ドリーネと呼ばれる窪地に差し掛かったのだろう。


窪地に雨水が溜まり、石灰岩を浸食することによって鍾乳洞ができあがる。

 

 


・・・


・・・・・・



道なき道を進むこと二時間。


磯野が持ってきた資料はそれなりに正確だったようだ。

 

 

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岩の裂け目を発見した。


鬱蒼とした草木に隠れながら、暗闇がぽっかりと口を開けている。


近づいてみると、洞窟の内部に吹き込むような風を感じた。


夏場に洞内へ風が吹くということは、洞窟の奥に竪穴が広がっていて、全体的に傾斜がきついということだ。


もしも、専用の装備がなければ登れないほどの竪穴があった場合、引き返さなければならない。


おれは親父に連れられて、泣きながら洞窟探検をしたことがある。


いくつかの技術や知識を学んだが、それは、あとで専門のケイバーに教わったものより数段劣るものだった。


つまり、おれの技術が親父より勝っていれば、そしてオヤジの財宝とやらが本当にこの洞窟にあるのならば、この薄気味悪い洞窟はおれにだって十分攻略できるってわけだ。


問題は、この洞窟のどこに財宝があるのかってことだ。

 

親父の財宝か・・・。


おれに内緒でいったい何を隠したんだろうか。

 


「まあ、噂がただの噂で、なにも発見できずってオチだろうな」

 


少し覗いてみるか。


入り口は狭く、腰をかがめないと侵入できない。


暗闇に足を踏み入れた直後である。


足元でパリッと乾いた音がした。


それを拾って、入り口から注ぐ明かりに照らしてみる。


陽光の明かりに浮かび上がったものは、白い骨だった。


「・・・人骨だったら笑えるな」


しかし、形状から察するに動物の骨だと思う。


迷い込んだ山犬か、狼か・・・。


いずれにせよ、この洞窟にしばらく人が踏み込んでいないことがわかる。


戻るとしよう。



・・・。



一応、野良犬対策はしておこう。


そう考えながら、来た道を引き返した。

 

 


 

・・・


・・・・・・


商店街で最後の買い物をして、部屋に戻ってきた。


ごそごそと、荷物を詰める。


「ん・・・モリケン?」
「あ、起こしちまったか?」
「いいよ。そろそろ七時でしょ?」
「そういえば、お前って、体内時計でも持ってるのか?」
「そんな便利なものはないよ。

コレ・・・」


リストバンドをずらすと、その下に腕時計が巻いてあった。

 

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「おしゃれでしょ?」
「時計が?」


見たところ安物だが。


「じゃなくて、リストバンドの下に腕時計っていうファッションが」
「そしてその下にはリストカットの跡が?」
「あははっ! んなわけないでしょ!?」


ひとしきり笑うと、さちは腕時計をリストバンドで隠した。


「さちは、義務に違反したことはないのか?」
「・・・ん?」
「時間を間違えたことはないのか?」
「ないよー。 いくらあたしでも強制収容所は怖いからねー」
「その時計は遅れたり早まったりしないか? 気をつけたほうがいいぞ」
モリケンが、あたしが違反しないように教えてくれればいいじゃん」
「おれに頼るなって。

そのうち、おれがたくさんの被更生人を抱えたら、お前が薬を飲むかどうかをいちいち確認しなくなる」
「お、ラッキー! そしたらバレなきゃいいってことじゃん!」
「・・・・・・」


やっぱりそういう反応になったか。


「あのな、お前は友達だけど、それだけに厳しく指導させてもらう」
「でもさあ、薬を飲むとこをちゃんと見てなくて、どうやってチェックするの」
「薬の残量を調べる」
「なにそれっ? 穴だらけの監督じゃない?」
「お前の言いたいことはわかる。現に薬を飲んだふりをして排水溝に流していた男がいたが、すぐにばれて連行されたぞ」
「一回くらいならばれないよ」
「一回やったら、やめられないとまらない、だぜ。

『生活時間制限』の義務を負う人々は、例外なく自堕落な性格をしているからな」

「でも、モリケンってなんだかんだで助けてくれそうなんだよねー」


ニヤニヤと舌なめずりをしている。

 

・・・少し、釘をさしておくか。

 

・・・。


「義務を破ったら最後だ。 二度は言わない。覚えておいたほうがいい」

「えっ・・・? こ、こわっ・・・! 誰かと思った・・・」
「そんなにびびった?」
「う、うん・・・ちょっと背後に龍が見えた」
「虎も出せるぞ」
「パンダは? リラックスできそうな熊は?」
「・・・出せるんじゃねえかな・・・」
「気功? それ、気功?

すごいねっ・・・アガるねっ!」


・・・アガるらしい。


・・・ったく、頭の回転の速いヤツを脅かしてもすぐギャグにされちまうな。


「そんで、あたしの他にも誰かを監督するようになるってマジ?」


こうやって、すぐに話題が飛ぶし。


「高等人は人手不足なんだよ」
「だいたい、一人の高等人で何人くらい観てるもんなの?」
「能力に応じて、まちまちだけど、とっつぁんクラスだと、一万人単位で監督できるはずだ」
「うそだぁっ! できるわけないじゃん!」
「はったりだと思うかもしれんが、本当だ。実績や人脈のある高等人なら政令指定都市を新設することもできるからな」
「町の市長になるってこと?」
「自分の町に、自分の監督する被更生人を集めて管理するのさ。
莫大な金がかかるし、世論も味方しないけど、実際にそういう町もある」
「特別高等人って、名前だけじゃなくて本当にすごいんだね」
「肩書きはたくさん持ってるはずだよ。政治家だったり、大学教授だったり、医者だったり・・・」
モリケンは?」
「おれは、そろばん名人と金魚すくい名人。あとは飲んだ水を目から出してロウソクの日を消すことにおいては世界最強」
「・・・び、びみょー」


なめられてしまった。


「ともかく、モリケンはずっとあたしだけを観てるべきだよ」
「なんでだよ」
「だって、つきあってんじゃん」
「お前の強引な誘いに、返事を出した覚えはないが?」
「返事がないってことは、オッケーってことだよね」
「・・・おいおい」
「おいおいじゃなくてさあ、そろそろオッケーっていいなよ」
「・・・な、なんだよ」


じーっと見てる。


「じゃあ、こうしよっか。

無事、洞窟から帰ってこれたらつきあうって方向で」
「無事帰ってくるっての!」
「この戦いを終えたら、結婚しようっていう感じ?」
「・・・ベタだなぁ」
「もぉっ! じゃあ、どうしたらいいの?」
「どうもこうも・・・つきあうってのはちょっと、仕事もあるし・・・。
・・・おれが、お前とつきあうなんて許されないって・・・」
「・・・どういうこと?」


口が滑った。


「さち・・・よく見ろ、おれを」
「んっ・・・?」
「わからないか?」


・・・。


おれは、お前らを見捨てて逃げた、樋口健なんだぞ。


「な、なぁに? 前世の恋人とか?」
「わからないなら、いい」

 

七年。


鼻たれ小僧は、過酷な研修を経て、顔つきも変わったらしいぞ。

 

「マジでどしたの? 悩み事? 秘密を打ち明ける系?」
「はは・・・お前は、ホントにてきとーにしゃべるな」
「あたしもさあ、実はさあ、なんだかんだでね・・・」
「うん?」
「この町ってすごい田舎じゃん」
「うん」
「いい男もあんまりいないわけで」
「・・・そうなのか?」
「だから・・・その・・・」
「うん?」
「いや、モリケンならもうオチわかるでしょ?」

 

 ・・・。


ドアが鳴った。

 

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「誰か来たかと思った」
「風だよ、風・・・」
「オチ、わかった?」
「・・・えっと・・・」


町がすごい田舎で・・・男がいない・・・つまり・・・。


「農家が危ういってこと?」
「ちょっとぉ・・・」
「ごめん。本当はわかってる」
「だから、あんまり好きになるとかそういう感覚はわかんないんだよね」
「・・・そっか」
「でも興味はあるからさ、無駄に知識はあるのよ。
たださあ、あたしって、こんなんじゃん。
あたしのノリに誰もついてこれないんだよね」
「ははは・・・」


乾いた笑い。


モリケンはさあ、あたしや灯花とか夏咲とか義務な連中と普通に話すし、まなと仲もいいし・・・。
ちょっと違うなって、思ったのさ」
「・・・違いがわかる男ですから」
「真剣なんだからふざけないでよ」


キレられた。


おれが真剣になるとふざけるくせに・・・。


女の子はわがまま。

 

「気持ちは・・・本気なんだってば。
多分・・・これでも、一応・・・あたしなりに・・・」


仕方がない。


ごまかすとしよう。


「考えておくよ。

でも、まずは高等人の試験を優先させてくれ」
「せかせかしてごめんね・・・あたしって、せっかちだから」


おれに嫌われたくないっていう感情が顔ににじみ出ていた。


「期待、してもいいかな・・・?」
「おい、もう七時だぞ」
「・・・うん」
「・・・・・・」


さちは、名残惜しそうにおれのそばから離れると、薬を手に取った。


「おやすみ・・・」


つまらなさそうな顔で、ベッドに入った。


そのまま少女は時を止めた。


日没間近の真っ赤な光が、さちの顔を朱に染める。


・・・。



「さちと、おれが・・・?」


気がつけば、結んだ口の奥で歯を強くかみ合わせていた。

 

 

 

・・・


・・・・・・

 


「・・・・・・」
「賢一、今日はだんまりだね?」
「そうかな?」
「うんうん。相談にのるよっ!」


・・・生意気な。


「ハーレムについてどう思う?」
「ん? いいと思うよ」
「え? 意味わかってるのか?」
「うんうん。

たくさん奥さんがいるってことでしょ?」
「そうだ。

おれのよく知ってる野郎がそうだったんだ」
「ほーほー。

すごいね。かっちょいい人なの?」
「わからない。

でも、女の人はみんな幸せそうだった」
「じゃあ、いいんじゃないかな?」
「そっか・・・」
「賢一も、いっぱい奥さん作るの?」
「作らねえっての」
「まなもお嫁さんにしてー」
「わかったわかった」


ぽんぽんと頭に手を置いてなだめる。


おれの眼下できゃっきゃとはしゃいでいた。


「明日、探検に行くんでしょ?」
「すぐ帰ってくるよ」
「うん・・・」


昨日と同じように、悲しそうな顔になった。


一日や二日会えないくらいで、そんなに辛いのだろうか。


「ねえ、賢一、難しいこと聞いていい?」
「おれに知らないことはないぞ」
「まなは、自分の国があるのに、どうしてこの国にいるのかな?」
「それは・・・」


言葉を選んでしまう。


昔々、おれたちの国が戦争で勝って、まなの国の人たちをたくさんさらったからなんだ・・・。


「自分の国があっても、外国で暮らす人はいるんだよ」
「そお? 変なことじゃないのかな?」
「変じゃないよ。どこに住むのも本人の自由だからね」
「じゃあ、どうして国があるの?」
「というと?」
「人がどこに住んでもいいなら、どうして国が必要なの?」


この子は、ジョンレ●ンですか・・・。


「国を作ると、みんなが生活しやすくなるんだよ」

 

――その瞬間だった。

 

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「まなは、お姉ちゃんに会うまで生活大変だったよ!」
「・・・っ」


怒鳴り声に、息を飲んだ。


おれは目を見開いて少女の顔色をうかがった。


途方もない悲しみが、怒りになって行き場を失っていた・・・。


「・・・ごめんな」


まなは、感情を持て余して震えている。


「・・・どうして、賢一が謝るの?」
「いや・・・なんともいえないけど・・・まなが大変だったのは、おれたちのせいだから・・・。
おれたちの作った国が、しっかりしてなかったせいだから」


我ながら、とんでもない偽善だ。


けれど、まなが生きているうちに、この国が自分たちのしたことに対して頭を下げることはないんだろうな。


「まな、よくわかんない・・・わかんないけど、なんか、変だってことはわかるの・・・」


この子は、おれが思ってた以上に賢くて、強かった。


「でも、よかったぁ・・・」


心底安心したようなため息が出た。


「まなね、この国に住んでちゃいけないのかと思ってたの。
ここにいても、いいんだね・・・。
お姉ちゃんと一緒にいても、いいんだね」


おれは大きく頷いて、顔を撫でてやった。


「そろそろ、時間だろ?」
「賢一も、明日はお姉ちゃんをよろしくねっ」
「まなも、仕事が終わったらすぐに家に帰るんだぞ。
寄り道したり変なおじさんについていっちゃダメだぞ」
「はーいっ! じゃあねー、ばいばーいっ!」

 

まなは元気よく去っていった。


・・・。





おれは、ぼんやりとしながら家路についた。


帰り際、少し頭が痛かったので、パイプを吸って気分を落ち着かせた。

 

 

・・・。