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車輪の国、向日葵の少女【8】



・・・。

 


「さて、気持ちを切り替えて洞窟探検の最終チェックでもしましょうかね」

 

ケムリを入れるとハイになるおれだった。


持ち物を再確認して、地図をもう一度見直す。


「ヤバそうだったらすぐに引き返すとしよう。
さちの時間が来る前には必ず戻らなきゃな。

洞窟内で一泊するなんて、体力的にも装備的にも危険すぎる」


横になって目を閉じる。


「お姉ちゃん、明日洞窟探検に出かけてくるね。
いつもいつも見守ってくれててありがとう。
明日は、無事におれが帰ってくるところを祈っといてね。
知っての通り、洞窟は暗くてせまくてじめじめしてて危険なんだよね。
だから、お願いね・・・ぼくを助けると思って・・・。
おやすみ」

 

 

 

・・・

 

・・・・・・

 

 

 

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「よーし、今日もびりっとがんばるぞーっ!」
「よーし、今日もびりっとがんばるぞーっ!」


かぶった。


「だから、パクんないでってば。マイブームなんだから」
「いいじゃねえか。ブームなら広げていけよ」
「ダメ、マイブームはあたしだけのものなの!」


キレた。


「とりあえず、さっさと支度しろ。つなぎに着替えて朝飯を食え」
「朝飯って、これ? チョコレートじゃん」
「おれ専用の栄養食品だ。栄養満点だぞ」
「・・・ホントかなぁ、モリケンの持ち物はだいぶ怪しそうだからねぇ」
「黙って食え。高いんだぞ」
「はいはいーっと!」
「そんじゃな」
「どこ行くの?」
「いや、着替えるだろ?」
「ああ・・・」


まさか、別に見られてもいいとか言い出すんじゃ・・・?


「・・・そ、そうだね、ナイス配慮」
「お、おう・・・」


・・・おれ、何恥ずかしいこと考えてるんだろう。


おれも廊下で着替えを済ます。


つなぎを着込んで、パイプや時計なんかの小物類を制服のポケットから取り出して、防水性のあるケースに入れる。


腰のポシェットにはコンパスとミニノート、ペンライト、替えの電池なんかを詰め込んである。


ザックの中の医療キットや水筒、非常食などを点検して、肩から背負った。


準備完了である。


あとはヘルメットを洞窟まで手で持っていくだけだ。


「あ、しまった。廊下で服を着替えるなんて、なんて非常識なことを・・・」


軽く反省。

 


・・・。


 

「・・・もういいよー」

 

 

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「おっ、なかなか様になってるじゃねえか」
「マジで? ちょっとぶかぶかなんだけどねっ」
「もともと細いからじゃねえか?」
「お世辞でもうれしいよ」


小気味よく、眉を吊り上げた。


「・・・よし、すぐに行くぞ。時間がもったいない」
「おーっ!」
「さち、歩きながらいろいろ聞きたい」
「なぁに?」
「お前、洞窟探検の経験はあるのか?」
「ないよーっ」


・・・やっぱりか。


「・・・どうして、財宝が欲しいんだ?」
「もとはといえば、磯野くんが話をふってきたんだよ。
宝の地図が家の蔵にしまってあったって」


・・・そういえば、磯野は親父とも交流があったな。


「そんで、あたしがいろいろと調査を命じて今に至るの」
「さちは、お金に困ってるのか?」
「困ってはいないよ。 ただお金を貯めたいだけ」
「貯めてどうするんだ?」
「特別恩赦ってあるでしょ?」

 

・・・。


法律用語だな。


・・・まさか、義務の抜け道を知ってるとはね。

 

 

「要するにお金さえあれば、あたしも自由になれるんでしょ?」
「・・・・・・」


話したくはないが、担当の高等人として説明する義務はあるな。


「義務によるんだが、確かにお前の義務は相当の金額で保釈になるな」
「あたしの場合いくらくらい?」
「・・・そうだな・・・」


『生活時間制限』の十二時間剥奪だから・・・。


頭の中で電卓を叩いて、金額をさちに告げた。


「うええぇぇーーっ」


げんなりしていた。


「払えんこともないだろ。

普通に五年くらい会社勤めするのと同じくらいの額だろ?」
「それが高いっての!」
「破格だとは思うぞ」

 

そもそもおれはこの特別恩赦制度には反対なんだ。


一部の義務にしか適用されないのは不公平だし、金持ちだけが何の反省もせずに自由になるのが気に入らない。


国庫が潤うから、国はこの制度をやめる気はないようだがね。


「財宝に寄せられる期待が高まってきたよー」
「そんなもん当てにせずに、働けっての」

 

 

 

 

・・・

・・・・・・


「暑いね、この服」
「安心しろ。洞窟の中じゃ、すぐに涼しくなる」
「もう、すっかり夏だねーっ」


なんだかピクニック気分だな。


「なんかデート気分だねっ」


・・・同じようなことを考えていたようだ。


「どしたの、むっつりしちゃって」
「別に・・・」
「思うんだけどさあ、モリケン出会ったときより大人しくなってない?
冷静っていうか、理詰めくんていうか、メガネくんっていうか・・・」


・・・気づかれてたか。


「お前がうるさいなら、おれは下手に出るだけだ」
「合わせてくれてるってこと?」
「人間にはいくつかタイプがあって、おれは、たいてい、相手の逆のタイプのキャラを演じる」
「演じるって・・・。

じゃあ、本当のモリケンは?」
「死んだ」
「ご愁傷様だねっ!」

 

死んだんだよ、マジで。

 

「お前は裏表とかなさそうだよな」
「後ろ暗いことは顔に出るからねー」
「まなのこととか?」


直球を投げる。


・・・顔に出た。


「はは・・・やっぱ苦手なのは苦手なんだよね。
嫌いってのとは違うんだよ、コレ本当ね」
「その話は今度ゆっくり聞こう」
「そうだね、いまは洞窟と財宝の時間だよ」


おれはさらりと言ってのけた。


「絵は上手か?」
「・・・えっ?」


さちの時間が一瞬止まった。


「どした? 洞窟内の測量図の清書を頼もうと思っただけだが?」
「あ、ああ・・・あたし字汚いし・・・」
「字が汚い画家はたくさんいるよ」
「画家じゃないし」
「そういえば、まなは絵が好きらしいな」


いい加減しびれを切らすころだ。


「なんか、あたしのこと聞いてるの?」
「知ってるよ。

こっちにはお前の調書があるからな」
「調書って、あたしの?」
「すごい賞をもらってるんじゃないのか?」
「もう、描いてないし」
「この話も今度ゆっくり聞くとしようか」
「・・・むぅ、なんか弄ばれてる感じ」
「元気出して行くぞーっ!」
「あ、急にテンション上げないでよーっ」

 

 ・・・。

 



・・・


・・・・・・


さちの足はなかなかに早く、軽快なペースで山道まで入ることができた。

 

「やあ・・・」

 

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頭上の木が揺れたかと思うと、磯野が風をまとって降ってきた。


ひらひらと緑の葉が空中に舞っている。

 

「・・・なにしてんだ?」
「そろそろここを通るころかなと思ってね、待ち伏せしていたんだよ」
「・・・・・・」


確かに、気づかなかった。


待ち伏せしてどうすんの?」
「財宝を狙うものすべからく死すべし」
「あー、いいねいいね。

怪しげな村の住人っぽい」
「悪いことはいいません。

ここから先に進むのはやめなさい」



「うるせえな、何がしたいんだ?」
「悪いことはいいません。ここから先に進むのはやめなさい」
「なんなんだよ」



「きっと、村人は同じセリフしかしゃべれないんだよ」
「ゲームじゃねんだっての」



「というわけで、いつ戻ってくるんです?」


ころっと口調を変えた。


「今日中には戻ってくるよ。夕方六時には帰宅」
「そうか。 その時間になっても戻ってこなかったら線香を上げておくよ」
「レスキュー隊を呼べ」



「磯野くんって、死にネタが好きだよねー」
「すみません、いつもせつなくて・・・」


会話になってねえよ。


「しかし、あんたも知っての通り、この町にはレスキュー隊なんて常駐してないぜ?」
「やっぱりな・・・」


洞窟探検なんてマイナーな遊びは、自己責任が基本だ。


暗くて狭い洞窟内での救助は、専門の訓練を積んだプロによるおおがかりなものになる。


学術的に珍しい洞窟もないこの町に、洞窟レスキューの体制が整っているはずがない。


「一日で洞窟踏破できるかな?」
「あたし、薬は持ってきてるよ」
「洞窟の中で十二時間も固まってたら、低体温症にかかって死ぬぞ」


脅しをかけておく。


「それをなんとかするのが、モリケンじゃん?」


無駄だった。


「とにかく、やばそうだったらすぐに撤退するからな」


「地図もない、前人未到の洞窟でしょ?
何が起きるかわからないから、気をつけてくださいね」


磯野がさちに言った。


「あいよーっ、見送りどーもっ!」


「じゃあな・・・」


おれたちは先を急いだ。



「さぁて、僕はもう少し妖精と戯れていようかな・・・」

 

 

 

 

 

・・・

 

・・・・・・

 

「あ、あれ!?」

 

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さちが、洞窟の入り口を指差した。


迷うことなく獣道を歩み続けた結果、正午前に到着することができた。


「うわぁ、不気味だねぇ・・・」


言葉とは裏腹に、興奮を抑えきれないようだ。


「ノンストップでゴー!」

「待てや。ここから先は、常におれが前に行く。
お前は、おれが通った後を進むように」
モリケンが隊長ってこと?」
「将軍と呼べ。
判断の遅れが生死を分かつ洞窟内では民主主義は認められない」
「イエッサー!」


・・・と言いつつ、こいつはなんかやらかしそうなんだよなぁ。


「よし、じゃあヘッドライトをつけて、行くぞ」
「まっててね、お宝ちゃん」


いやらしい笑みを浮かべて、ヘルメットをいじるさちだった。


「・・・・・・」




・・・


「かくして、たいした緊張感もなく漆黒の闇の中へ足を進めるおれたちだった。
薄気味悪い魔の入り口が、最悪の事態を引き起こすべく待ち構えているとも知らずに・・・」

「そういうのいらねえんだよ!」

 

・・・・・・


・・・



太陽の光がまったく差し込まなくなるまで、腰を曲げなければならないほど低い天井が続いた。


高湿度の風が冷気を運んできて肌にまとわりつく。


思わず顔をしかめてしまうほど、岩石臭の匂いもきつい。


壁をまとった白色の岩石が、つららのように天井から無数に生えていて、よく見れば薄い水の膜を張った岩が真下の床からも尺を伸ばしている。


雨水や地下水が長い年月をかけて石灰岩を溶かしてできた、天然の鍾乳洞だった。


「ふぅ・・・しんどいねぇ」


ようやく直立しても頭をぶつけない程度の場所まで来た。


「ここを基点にしよう」


ザックからアルミホイルを取り出して、目立ちそうな石に巻きつける。


「なにしてんの?」
「マーキングだよ。 ライトに反射するだろ?」
「洞窟にそんなもん残してっちゃダメでしょ?」
「ほお・・・」


意外に常識ある発言に感心してしまう。


「こういうのは自然のままに綺麗だからいいんだよ。
調子ぶっこいてゴミとか捨てて汚すのは、マジで許せない」
「昔、絵を描いていたときに、なにかあったか?」
「・・・っ!
ど、どうしてわかるの?」
「勘だよ。お前は風景画を描くらしいからな」
「ま、まあまあまあ、その話は今度ゆっくりねっ!」


ごまかしたいなら、今は問い詰めるのをやめよう。


「あとでちゃんと回収する」


アルミホイルの設置を終えて言った。


モリケンなら、そんなもんなくても道なんか間違えないでしょう?」
「初探検の洞窟で迷わない保証なんてない」
「・・・慎重だねぇ」
「お前が能天気すぎるんだってば」
「だってさあ、別に怪物が出てくるわけでもないし」
「入り口に、動物の骨があっただろ?」
「ん?」
「未知の洞窟には、未知の生物がいるかもな」
「んなわけないじゃん。

あの骨なんか、外の動物が迷い込んだだけでしょう?」


・・・しかし、脅しの効かない女の子だな。


もう少し気を引き締めて欲しいんだが。


「なぁに? もっとキャーキャー怖がって抱きついて欲しいわけ?」
「恥ずかしいこと言うなよ」
「あはははっ! それもイイかもしんない!」
「・・・先に進むぞ。 足元に気をつけろよ」


地面はでこぼこして落ち着かないが、まっすぐで単調な通路が伸びていた。


・・・。


「ひんやりしてきたねー」
「・・・おい、その辺の泥をあんまり踏むんじゃない」
「なんで?」
「グアノっていってな、細菌の巣だ」
「げげげっ!」


慌てて飛び跳ねる。


「ついでにコウモリの糞でもある」
「ちょっとぉ! あたしをヨゴレにするつもり?」
「洞窟から出たときには、ドロドロに汚れてるだろうさ」
「なんとかなんない?」
「これから水の中に入ったり、壁をよじ登ったりするから無理」
「・・・しょうがないかぁ」


それにしても、妙に長い通路だ。


水流が岩と岩の隘路(あいろ)を延々と続いているのを見ても、まだまだ先が長そうだ。


洞窟全体の規模もわからないし、歩きやすい道が続いているうちに先を急ごうか・・・。


それとも一度休憩しておこうかな。


部屋を出てから少しも足を止めてないし・・・。


「さち、まだまだ元気か?」
「もちろんだよー」
「・・・分かった。

じゃあ、少し早めに進むぞ」
「おっけー! ちょっと、とろとろしてんなぁと思ってたところだよ」
「何度も言うが、足元には注意しろよ。岩に脛をぶっけたりして、動けなくなるのが一番ありがちな事故なんだ」
「大丈夫だって、あたし体育の成績とかマジですごいんだから」
「運動神経は関係ない。 注意力の問題だ」
「わかったってば。 とっとと行こうよー」


切っ先の鋭い鍾乳石に注意を向けながら進んでいった。

 

 

 

 

・・・

 

・・・・・・

 


どれくらい奥へ入り込んだだろうか。


多少の起伏はあるものの、人が通れるほどの分岐もない。


「いつまでまっすぐなんだろうね?」


さすがに、さちの声にも苛立ちが見え始めた。


もう二千メートルは間違いなく越えただろう。


「とんでもない大洞窟だ」


思わず口に出る。


「人が楽に通れる横穴が、これだけの長さで続いているなんて・・・」


細かな支洞を含めると全長は計り知れないものになるだろう。


調査が入っていないのが不思議なくらいだ。


「さち、この洞窟を学会に発表すれば一躍有名人になれるぞ」
「マジで!? お金もがばーっと!?」
「・・・いや、金は微妙だろうな」
「なぁんだ・・・」
「名誉は得られるぞ。

それから多くの洞窟マニアにロマンを与えられる」
「名誉なんて要りません。 ロマンで飯が食えるかっての」
「といいつつ、ロマンを求めてここに来たわけだろ?」
「ロマン半分、金半分よ」
「絵は、金にならないからやめたんだな?」


・・・。


「・・・あのさあ」


深いため息をついた。


「なにかにつけて、あたしの過去をえぐろうとしてない?」
「怒るなよ。

ちょっと見てみたいと思っただけだ」
「あたしの絵を?」
「おれにも画商の知り合いはいるからね。
ひょっとしたら高値でさばけるかもな」


金で誘ってみる。


「・・・んなわけないじゃん」


吐き捨てるように言った。


「絵なんて、もう絶対描きたくないよ」


暗い感情が洞窟の闇に呑まれていった。


普通の友達なら、さちにしつこくしたことを謝るべきだろうが、おれは外道である。


「さちの絵は、きっとすごいんだろうね」


薄く笑った。


「・・・・・・」


一瞥くれて押し黙った。


嫌われるかもな。


けれど、さちが自力で努力するようになるには、過去の栄光を餌にするのが効果的だろう。


名誉ある賞をもらってるんだ。


さちは、努力の価値を知らない人間じゃない。


忘れているなら、思い出させてやる。


嫌われようが憎まれようが、おれはさちを義務から解放させるだけだ。


「手でもつなごうか?」


近づいて、手のひらを差し出す。


「疲れたんだろ?」
「う、ううん・・・いい。アリガト・・・」


機嫌を回復させて、先へ進むことにする。

 

 ・・・・・・

 

・・・



「止まれ!」


目の前にはライトも届かないほどの深淵の闇が広がっていた。


「うわぁ・・・底見えないし」


五十・・・いや、ひょっとしたら百メートル以上の深さを誇る竪穴だった。


地鳴りのような音を立てて拭き上げてくる風の強さも尋常ではない。


「あ、でも、左のほうに道があるよー」


ライトで照らしてみると、崖に沿って降下していくような通路があった。


けれど、幅は狭く、水も流れているようだ。


途中で、フローストーンのように滑りやすい岩があったらおしまいだな。


さちの息もかなり上がっている。


・・・。


「よし、お前はちょっとここで休んでろ」
「えっ! まさか財宝を独り占めにする気じゃ?」
「そんなわけねえだろ。

ちょっと降りてみるだけだ。
やばそうだったらすぐに引き返す」
「あたしも行くって」
「お前には危険すぎる。将軍の命令に従え」
「むぅ・・・」


頬を膨らませた。


「一時間して戻ってこなかったら、死んだと思って引き返せ」
「ちょ、ちょっと縁起でもないこと言わないでよ」
「大丈夫だ。おれは今までに一度も死んだことがない」
「当たり前じゃん!」
「じゃあな」


手を振って、左の通路を照らす。


「ま、待って!」
「ど、どした・・・?」
「・・・すごい不安になっちゃった」

 

手を引かれている。

 

「だ、だから平気だって」
「本当? ぜったい帰ってくる?」
「ああ」
「約束して」
「・・・おれは約束を破る」


・・・七年前のあのときだってそうさ。


「・・・こ、困るよぉ・・・」


泣きそうな顔のさちに、強く言った。


「約束なんて関係ない。
おれは、死なない。
覚えておいたほうがいい」


しっかりと目を見据えた

「・・・わかったよ」


さちの瞳が、あきらめたような、納得したような輝きを持った。


「気をつけて・・・」


おれは最新の注意を払って崖沿いの道に進んだ。



・・・・・・


・・・



「はあっ・・・はあっ・・・」


まるで螺旋階段を降りているようだ。


右手は完全なる暗闇。


足元では水流が不気味な光を反射させている。


左の壁から生える二次生成物のつららをつかんで、ささやかな命綱とする。


歩みを進めるにつれて徐々に斜面の角度はきつくなっていて、ときには飛び降りなければならないほどの段差もあった。


汗が額から滝のように吹き出て、ぬぐう暇もない。


ときおり、とっつぁんに殴られた肩が鈍い痛みを上げて、集中力を妨げた。


・・・。


「・・・はあっ、はあっ・・・」


途中の岩棚で小休止したときだった。


背後から風を感じ、振り向くと岩陰の隙間に裂け目が見えた。


・・・これ以上、下降するのは、この装備じゃ危険すぎるな。


判断を決めて、裂け目から続く通路に侵入する。



・・・


・・・・・・


「え・・・?」


少し進んで、思わず間抜けな声を上げてしまった。


「木・・・?

え? な、なに・・・?」


異次元にでも迷い込んでしまったかのような錯覚を覚える。


天井や壁の岩石に、板が打ち込んである。


ぼろぼろに腐っているが、間違いなく地上の木材だった。


要するに、この通路には人の手が加えられているのだ。


「誰が・・・?なんの目的で・・・?」


大きく深呼吸して、気を落ち着かせる。


・・・。


「いや、ちょっと考えれば推測はつくじゃねえか。
大昔、まだ特別高等法が整理されていない時代、ここは罪人の流刑地だったんだ。
罪人たちは、この町の山や河川で金の採集を行った。
てことは、これは坑道だ。
間違いない。ビンゴだぜっ!

うははははははっ!」


しゃべってないと死んでしまうおれは、こんな状況下でもテンションを上げる。


パイプをくわえたいが、洞窟内で煙をふかすなんてマナー違反はさすがのおれでも犯さない。


「さて、引き返すとしようかね。

大自然が作った洞窟とは違い、坑道はちょっとの地震で崩れたり、ガスが出たりと、危険極まりない」


・・・でも、ひょっとしたら・・・ここを進むと・・・。


・・・。



「いや、やめておこう」


おれは、ある可能性を頭の中で否定した。


戻るとしよう。

 


・・・



・・・・・・



「モリケーンっ!」



さちが駆け寄ってきた。

 

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「よかったぁ・・・無事だったんだね・・・」
「もうちょっとで一時間だったな」
「もし時間が来たら、あたし、探しに行くとこだったよぉ・・・」


・・・そりゃ、本気で危なかった。


坑道を進まなくて正解だったな。


「それで、財宝はあったの?」
「・・・ない。

手がかりの一つも見当たらなかった」
「・・・そっかぁ。

でも、マジでモリケンが無事でよかったよ・・・」


目に涙を携えていた。


けれど、けっきょく親父の遺産は見つからずじまい。


あの坑道の先にあるのだとしたら、一度引き返してさちを置いてこなきゃいけない。


まさか、ここまで深い洞窟だとは思わなかったな。


「ここに来る途中に、分かれ道とかなかったよね?」
「ひょっとしたら、狭い道があって見落としたのかもしれない」
「・・・どうしよう?」
「まだ時間はあるし、戻りながら探してみよう。
岩陰や石柱の後ろなんかを要チェックだ」


さちは快く頷いて、おれの後についてきた。


心なしか、さちがおれに寄り添うような距離まで身体を近づけているような気がした。

 

 


・・・



・・・・・・



「・・・・・・」
「はあっ、ふぅ・・・」


きょろきょろとヘルメット振り回して辺りを照らすが、コウモリだけが通れそうな穴くらいしか見つからない。



・・・・・・。



・・・。



「あー、もう、ダメ。ちょっと休ませて・・・」
「さすがに限界か」


おれたちは岩の上に腰を下ろした。


ザックから非常食を取り出して、かじりつく。


「うーん、甘さが疲れた身体に効くねーっ!」


ホント、元気だな。


「水は一気に飲むなよ。身体が冷えるぞ」
「てか、どうしてそんなに洞窟に詳しいの?」
「サバイバルでは一通り学んだんだ。 技術的には穴だらけだけどな」
「特別高等人って、本当になんでもありなんだね?」
「世の中にはさまざまな義務があるから、あらゆる状況に対処できるようにならないといかんのだ」
「いやぁ・・・いま、まじまじとモリケンのすごさを実感しつつあるよ」
「高等人があらゆる経験を備えているのは被更生人の監督のため・・・というのは、建前らしいぜ」
「建前?」
「・・・ああ。噂だがね。
プラトンはわかるか?」
「ん? SF小説の人だよね」
「ウンチクを避けて、暴言めいた説明するとだ・・・。
プラトンは、民衆は馬鹿だから、哲学者が王様になって国を治めるべきだと主張したんだ。
民主主義を低く評価し、哲人政治こそ最高の政治形態だと言い張ったんだ」
「えっと・・・つまり、あたしらの国にもそういう思想があって、要するに特別高等人は王様の候補ってことなの?」
「さすがに、頭の回転が速いな。
現に、高等人の試験では、哲学や政治思想、帝王学やリーダーシップマネジメントなんかの単位は必修科目になってるんだ」
「あー、でもさあ、プラトンの弟子がいたじゃん。
アリトキリギリスだっけ?」
アリストテレスだ!!!!」


・・・。



「そ、そんな大声でツッコまなくても・・・」
「マニアにとって、誤植は許されない冒涜行為なのだ」
「ご、ごめん・・・。
で、そいつはさあ、もろに完全超人だったらしいじゃん」
「らしいね。あらゆる学問の基礎を築いたって」
「でも、師匠の考えは批判してたんだよね?」
「いいところをつくな。

一人の王様に権力が集中するってのは、王様が狂ったら危険だから、やっぱみんなで考えようぜ、ってなことを言ってのけたらしいな。

だから、この国は、二人のいいとこどりをしたいみたいなんだ。
完全超人を王様にして、スピーディーに腐敗のない社会を作り出す。
王様が死んだら、その息子じゃなくて別の特別高等人を王様にする。
上手くいけば、世界のリーダー国にふさわしいユートピアが出来上がるわけだ」
「上手くいけばでしょ? ただの噂でしょ? 現実になんか証拠でもあるの?」


かったるい話に飽きてきたらしい。


「兆候はあるよ。

高等人の政治家もいるからね。
法の番人である高等人が、政治にも口を出すんだ。
民主主義の根幹である、三権分立が崩れてきてる」
「・・・ふぁあーっ」


大きなあくび。


・・・つまんない話はやめよう。


「よーし、びりっとお宝さがすぞーっ!」


すっくと立ち上がって、壁をぺたぺたと触り始めた。


紅潮させた頬に、きらきらした瞳。


無邪気さがさちの魅力だと思う。


・・・・・・


・・・



「おー、モリケンモリケン!」


手招きしている。


「どした? なんかあったか?」


人が横向きになってやっと通れそうな幅のクラックがあった

「これ、これ、行けんじゃない!?」


近づいてみると、奥から風を感じた。


「でかした! この先に空間があるぞ!」
「えへへへっ! あたしすごくない?」
「よく見つけたなあ・・・」
「あのね、よくよく見ると洞窟ってさ、岩の割れ目に沿って道が拡大してんじゃん。
だから、壁の模様とかに注意して見ていたら、いきなり途切れててさ」
「さすがに、画家先生は観察力があるな」

「・・・テンション下がるってば」
「とにかく、この先に進むぞ」


おそらく、これ以外に通路はないだろう。


「胸がつっかえて通れないとかだったら、ウケるよね?」
「・・・・・・」


さちの大きな胸を、まじまじと見てしまった。


「え、えっとな・・・。

ヘルメットが通れば身体は通るぞ」
「なに赤くなってんのさ?」
「馬鹿、真剣なんだ。

いいかぁ、ここから先は怪我できないぞ」
「あ、そっかぁ。 歩けなくなったらおしまいだね」

「わかったら、おれの後に続け。
おれの動きを真似するんだぞ」
「あーいっ!」


まずは、断面形状を観察する。


横向きになり、両手をあげて最も広い場所に肩を入れる。


次に足を入れる空間を探して、静かに全身を滑り込ませた。


けっこう狭いな。


しかし、おれの身体が通ればさちも通過できる。


「どお? 行けそう?」
「お前は元気系だけに、もちろん柔軟だよな?」
「当然!」


なら、大丈夫だな。


狭洞の屈曲に注意を払いながら、じりじりと移動を開始した。



・・・
「よいしょっとぉっ!」


さちの通過はかなり見事で、狭洞を抜ける瞬間にスポンと小気味のいい音でも聞こえてきそうなほどだった。


目の前には迷路のように入り組んだ空間が広がっていた。


つららや石柱が我が物顔で乱立し、水を滴らせている。


ぱっと見ただけで、先に続いていそうな横穴が三つ確認できる。


右手に続く水が流れる道と、正面の段差を越えたところにある穴、それから腹ばいになる必要がありそうなほど天井の低い通路だ。


「いままで一本道だった分、いきなり厄介になってきたな」


言いつつ、マーキングする。


「どうしよっか? 二手に分かれる?」
「危険すぎるっての。

順番に探っていくしかない」
「迷路だねー。どっちに行けばいいのかな?」
「本命は、水流がある通路だな。水をたどっていくと、洞窟の最深部にたどり着くんだ」
「でも、最深部にお宝があるとは限らないわけで」
「その通り」
「あの隙間はやだな。 ほふく前進なんてしたらドロドロになっちゃう」
「正面の高い位置にある横穴からは風を感じない。
すぐに行き止まりになってる可能性が高いぜ」
「どうすんの?」


・・・行き止まりだとは思うが、そこに財宝とやらがあるかもしれない。


「よし、真っ直ぐに進むぞ」
「ちょっと登るんだね?」
「・・・気をつけろよ。滑るから」



・・・・・・


・・・



「ふむぅ・・・」


岩をよじ登った先には、また闇に包まれた通路が続いていた。


「あれれ? 道が続いてんじゃん?」
「そうだな・・・」
「どうしてかな?」


ライトを照らしてみると、先のほうに巨大な水溜りを発見した。


「プールか・・・」
「げげげっ! 泥じゃん!」
「一応、このスーツは水に浸かっても大丈夫なようにできているが・・・」


泳いだりすると、体力の消耗が激しい。


「賢一、悪いことは言わない。 別の道に行こう」
「・・・そうするか」


おそらく、プールを進んでも、行き止まりになっているだけだろう。


「天井の低い隙間の道を行こう」
「えーっ!」


不満そうな声が上がった。


「なんだよ?」
「やだ」
「やだ、じゃねえよ」
「せめて、後回しにしようよ」
「・・・わかった。

そのほうが、危険も少なくなるしな」
「へへへっ・・・話せばわかるじゃん」

 

・・・さて、それじゃあ・・・。

 

「やはり、大本命を選ぶのが王道だろう」
「賛成っ」
「・・・苦労して奥までたどり着いても、なにもなかったりしてな」
「またそうやってつまんないこと言う」


水の流れに沿って下っていった。

 


 ・・・・・・


・・・


足場は不安定で滑りやすく、ぴちゃぴちゃと水が跳ねている。


暗闇は深く、気を抜くと鍾乳石にぶつかりそうになる。


「あだっ!」
「どした!?」


慌てて振り向く。


「あ、あだまぶっげだっ!」
「・・・っ!」


駆け寄って、へたり込みそうになったさちの身体を支える。


ヘルメットがへこんでいるわけではなさそうだ。


内側であざになっていたり、出血していないだろうか。


この暗闇の中じゃ確認しづらい。


「平気か?」
「う、うん・・・アリガト・・・」
「これから先、気が重くなったり手足に違和感を感じたらすぐに言うんだぞ」


・・・頭の怪我は厄介だ。


「いやぁ、まいった、まいったぁ!」
「・・・・・・」


元気そうだが、油断はできないな。


それにそろそろ時間も危なくなってきた。

 

・・・・・・


・・・



「い、行き止まり!?」


水流は小さな穴に勢いよく流れ込んでいた。


要するに、人が通れる範囲では、ここは枝分かれした洞窟の最奥の一端ってわけだ。


「引き返す?」
「いや、待て」


頭上からクーラーのような冷気を感じた。


見上げれば、煙突状の空間があった。


壁面はでこぼこしていて、登るのには安定しそうだった。


「登れそうだね」


・・・さちでも、おそらく登れるだろう。


「まあ、見てろ。

ポイントは、両側の壁に背中や手を押し付けることだ。
そうすれば、かなり安定するから」
「サンタクロースっぽい動きでいいのかな?」


・・・見たことあるのかよ。


「・・・よっ」


掛け声と同時に、軽くジャンプして両側の壁にへばりついた。


凹凸に手足を引っ掛けて岩をよじ登っていく。


「おー、すごいすごい!」


下で、さちが手を叩いていた。


おれは、徐々に体をずらしながら上を目指した。


「・・・もうちょっとだ、がんばれっ」


下から登ってくるさちを励ます。


「んっ・・・くっ・・・」


煙突状の竪穴は十メートル以上あった。


「ふっ!」


さちの腕をつかみ、引き上げてやる。



「はあっ、はあっ、はあっ・・・!」
「よくがんばったな。素人とは思えんぞ」
「はあっ、で、でしょ・・・?」


さすがに疲れたらしい。


おれも、とっつぁんから喰らった傷がじわじわと開きだしているのに気づいている。


「あー、こんなにしんどいとは思わなかったよ」
「上を見ろ」
「え?  げーーーー!」


竪穴はまだまだ続いていた。


「まだ登れっての!?」
「登る価値はある。あそこを見てみろ」
「あ、なんか鉄っぽいのが取り付けられてる!」
「あれはハシゴを設置するための、アンカーっていう固定機なんだ」
「つまり、誰かがここにハシゴをつけて登り降りしたってこと?」
「おそらく、樋口三郎だろうな」
「で、でもさあ・・・やばくない?」
「うん・・・?」
「ハシゴがなきゃ、登れないってことでしょ?」
「・・・・・・」


近づいて、壁面に泥や湿り気がないことを確認する。


突起や窪みも多く、おれの技術ならハシゴなしで登れないこともなさそうだ。


親父に勝ったような気がして、少しだけ照れくさかった。


ただ、さちには危険かもしれない。


見上げると十メートル以上は距離がありそうだった。


落下したら、大怪我するのは間違いない。


「なに、黙ってんの? 疲れた?」


おれは、疲れた顔をしたさちに言った。


「さち、一度引き返すぞ」
「は? なんで?」
「理由は三つ。
一つ、まずお前の体力がそろそろ限界だと思う」
「まだ平気だって!」
「洞窟での疲労は、じんわりと来るんだ。

気づいたときには動けなくなってる。
次に、この竪穴を登るには、やっぱり専用の機材が必要だ」
「マジで? イケそうじゃん?」
「・・・最後に、そろそろ戻らないといけない時間だ。これが一番の理由かな」
「だから、時間を止めるクスリは持ってきてるって」


予想通り食い下がってきたか。


「さち、洞窟探検はいつでもできる。今度また、装備を整えて挑戦すればいいじゃないか」
「やだってば!」
「どうして急ぐんだ?」


不思議でならない。


「お金が欲しいの!」


さちは軽率だけど、馬鹿じゃない。


いくらなんでも無鉄砲すぎる。


「財宝があるとは限らないんだぞ。

何度も言わせるな」


磯野がもってきた怪しげな地図を本気で信じて財宝発掘だなんて、まともに為替で稼げている人間の思考じゃない。


「さち、本当のことを言えよ。

お前、財宝があることを確信してないか?」


その瞬間、さちの顔が見る見るうちに歪んだ。


「だって、樋口オジサンと約束してたんだもん!」
「えっ・・・!?」
「お金に困ったらあげるからって。財宝を山に隠しておくからって!
いつか、息子のケンと一緒に探してくれって頼まれてたんだよ。
こういうこと言うと捕まるから黙ってるけど、オジサンはとってもいい人なんだよ。
歴史の教科書やテレビじゃ、悪人みたいに祭り上げてるけど、あたしや磯野くんにとってはすごい優しくて、かっこいい人なんだよ!」


さちは、目の前のおれが国家の犬であることなど、お構いなしだった。


「ケンがいなくなっちゃったから、あたし一人でオジサンの遺産を探してたの。
やっと、手がかりが見つかってさ。

でも、あたし一人じゃ無理だと思ってたところにモリケンがやって来たんだよ。
あたしさぁ、鼻が利くじゃん。

だから、一瞬だけどキミがケンかと思ったよ。
でも、顔つきも口ぶりも性格も全然違うし、なによりキミはケンと違って強そう・・・。
どこか、似てるところはあるんだけどね」


さみしそうな口ぶりだった


「だからね、モリケンはケンの代わり」
「・・・・・・」
「ごめんね、意味わかんないことばっかり言って」


後悔したように頭を振った。


「動機はわかった。
ただ・・・どうしても、いますぐじゃなきゃ駄目か?」
「薬飲んで止まってるときにさ、オジサンが夢に出てくるのよ。
早く宝を見つけてくれって・・・」


うそ臭い話だが、信じておこう。


「わがままなヤツだな・・・」


親父の宝を手に入れることが、さちにとっての長年の夢だったわけか。


・・・。


「・・・まだまだ修行が足りんな」
「なにが?」
「いつも能天気なお前が、まさかそんな決意を隠し持ってるなんてな」
「そんな大層なモンじゃないよ。

オジサンにはいっぱい世話になったからさ、ひょっとしたら遺言とか残してあるかもしれないし」


・・・どうするかな。


専用の器材を整えた方が安全なのは間違いない。


ただ、この町では揃えられない本格的な装備だから、外部から取り寄せるしかない。


こんな辺ぴな町に商品が届くのには、一ヶ月近くかかると思う。


するとだ、衝動的でせっかちなさちは我慢しきれなくなって、一人で勝手に洞窟に入ることが予想される。


洞窟の規模的にも、けっきょく一泊しなきゃ踏破できなさそうだし・・・。


・・・仕方がないか。


「少し休憩したら、登るぞ」


さちの顔にいつもの笑顔が戻った。


「さすが、モリケンっ! 最後にはなんとかしてくれるぅっ!」

 

・・・・・・。





「おれが先に登るから、さちはおれと同じ場所を通るんだ。
両手両足の四点のうち、必ず三点は突起や窪みに置いて体を安定させる。
残りの一点で次のホールドを確保して、徐々に移動していく。
おれがどこをつかんで、どこを足場にしているのかをしっかり見ておけよ」


言い捨てて、壁に手をかけていく。


洞壁は濡れていたり泥が付着しているものだが、この壁に関してはざらざらとしていてクライミングの難度は低い。


しかし、岩が乾燥しているということはもろくて崩れやすいという可能性も否定できない。


おれは機械的な動作で手足を交互に移動させていった。


右手、左手、右足、左足、また右手・・・。


「・・・んっ・・・ふっ・・・」


さちもおれの後にぴったりとついてきた。


登り進めるにつれて、徐々に上体が前のめりになってきた。


壁面の斜角が登りやすいように変化しつつあった。


これが逆に、体を反り返らせるような角度に曲がってたらやばかったな。


「はあっ・・・楽勝、だねっ・・・。

ふうっ・・・」


確かに、とてもハシゴが必要とは思えない竪穴である。


まあ、距離があるから安全を考えて器材に頼ったんだろうな。


一歩、また一歩と登はんを続ける。


さちの動きはまるで猿のようで、潜在的な運動神経の良さを納得させられた。


・・・!


「・・・ぬっ!」


窪みに左腕をかけたとき、肩口に激痛が走った。


「どしたの?」
「・・・なんでもない」


傷が開いたのか、ずきずきと熱を持ったように痛む。


・・・ちくしょう、とっつぁんめ。


無視できる痛みではないが、この状況では無視するしかない。


「はあっ・・・ふうっ・・・」


パリッ・・・。


足元で乾いた音がした。


ぎょっとして足場を確認すると、崩れた岩が小石となって眼下の闇に消えていった。


冷や汗が垂れる思いで、上方を確認すると、ようやくゴールらしき岩棚がライトに浮かび上がった。


「もうちょっとだ。 がんばれ」
「はあっ・・・ふうっ・・・。

・・・んっ・・・はあっ・・・」

 

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

・・・・・・え!?

 

あと少しで岩棚にたどり着こうかというときだった。


確保点を探していた右手に滑り気を感じた。


岩全体が丸みを帯びていて、突起や窪みは確認できない。


一瞬でも親父を越えたかと思った自分が恥ずかしい。


竪穴の縁が、フローストーンと呼ばれるホールドを取りづらい岩で形成されていたのだった。


「んっ・・・どしたの・・・。

早く行ってよ・・・」
「・・・・・・」


ここをハシゴやロープなしで登りきるには、トラバースという専門の技術が必要だ。


それは、口で説明してすぐに実行に移せるほど簡単なものじゃない。


なによりこの高さを命綱なしで登るなんて、おれでも初めての経験だ。


そのとき、暗闇の中で何かが光った。


鋭い光を反射させるそれは、コの字型の楔だった。


おそらく危険な位置に打ち込んだため、回収できなかったんだろう。


手を伸ばして握ってみると、しっかりと固定されていた。


楔を確保点として利用すれば、あるいはこの厄介な竪穴の縁を通過できるかもしれない。


・・・けれど、さちは・・・。


「さち、これ以上は無理だ」
「ここまで来て、何言ってんの?」
「怒るな。 お前は素人にしてはすごい。でも足場がなきゃ登れないだろう?」

「ちょっと見せてよ。モリケンが見落としてるだけじゃない?」


そう言って、おれが通っていない足場に手をかけようとしていた。


「よせ!!」
「大声出さないでよ!」


・・・まずいな。


さちは疲れて苛立ってやがる。


「ぜったい登ってやるんだからね!」


これ以上刺激したら、どんな無茶をするかわからないぞ。


「わかったよ・・・」


登らざるを得ない、な。


「・・・よし、ここからはちょっと筋肉を使うぞ。
先に登りきるから、ちょっと待ってろよ」


右手で楔をつかみ、引き寄せるようにして足場を蹴った。


「も、モリケン!?」


ジャンプしてみると岩棚につかめそうな窪みを発見した。


すぐさま左手でそこをつかむ。


「・・・っ!」


痛みと緊張が同時に走り、足場のない恐怖に意識が飛びそうになる。


「っぁぁあああっ!」


腕に渾身の力を込めて、全身を重力に逆らわせた結果、気づいたときには岩棚の上で腹ばいになっているおれがいた。


腹に焼けるような摩擦を覚え、見てみると小さく破れていた。


「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・」


・・・。


「い、いまのをやれっての?」
「引き上げてやるから」
「で、でも・・・ジャンプしたよね? 一瞬、宙ぶらりんだったじゃん」
「まずは右手で楔をつかめ、ジャンプしたら左手を差し出して、おれの腕をつかめ」


俺は両足を岩の窪みに引っ掛けて、さちを引き上げる体勢を整える。


「下は見るな。お前の運動神経なら楽勝だ」
「う、うん。わかった・・・」


さちは恐る恐る楔を握り締める。


「い、行くよ・・・」


喉を鳴らした。


さちの足元でパラパラと小石が崩れ落ちていく。


岩の底にはライトがは届かず、見ているだけで気分が悪い。

 

「せーのっ―――!


きゃああっ!」

 

 

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何が起こったのか、瞬間的に判断することはできなかった。


ただ、さちの足場がなかった。


アンカーをつかむ右手だけが、さちの生命線だった。


ジャンプしようとして足を滑らせたか。

 

 

「ああああああああああっ!」
「くっ・・・!」


腕を伸ばすが、さちには届かない。


「ひ、あああっ!!」
「おいさち! ジタバタすんなっ!」
「っく、あああっ!」


少しでも上に行こうと、空中でもがいている。


「おい!」
「ちょっ! あっ! い、いやああっ!」
「後ろを見るんじゃねえ!」


もし落ちれば、十メートル分の衝撃を受けることになる。


「いいか!
そのぷらぷらした足を落ち着かせろ!
足場を探せ!」
「ひっ! あぁっ!」


さちはパニックに陥っている。


おれは叫んだ。


「さち、おれの目を見ろ!」


焦点の定まらない瞳に、怒鳴りつけた。

「うっ・・・くっ! 賢一・・・」
「よーし、よーし。そうだ。おれを見てろ。
そんでもって、ゆっくりと足を壁に沿わせて、さっき自分が踏んでた場所を探せ」
「・・・・・・くうっ」


じたばたしていたさちの身体が、段々落ち着いてきた。


「慎重に。ゆっくりでいい。右手さえ離さなければ落ちることはないんだからな」


少女の瞳に活気が戻った。


だが、それも少しの間だけだろう。


「な、ないよー! あ、足場なんてないよーっ!」


半狂乱になっている状態で、人間の足元がおぼつくわけがないんだ。


けれど、さちが平静になったわずかの時間に、おれはザックの中からタオルを取り出していた。


「つかまれっ!」


タオルを伸ばすと、奇跡に近いタイミングで、あくせくしていたさちの手がそれをつかんだ。


さちの体重が、おれの腕を伝わって、窪みにかけている足首にかかっていく。


「引き上げるぞ! さちも思いっきり引っ張れ!」
「あ、あ、あ、ち、ちぎれちゃわないっ!?」
「金に糸目をつけずに買った、超高級ハンドタオルだ。
並のロープよりじょうぶだっての」

 

もちろん嘘。


だが、さちの命綱だ。


「ぐ・・・っ!」


支点となっているおれの足首が、岩に擦り切られてぎりぎりと痛む。


ついでに便乗するかのように肩口も悲鳴を上げていた。


だが・・・。


「・・・らぁあああああっ!」


じわじわとひっぱても、おれの苦痛とさちの恐怖が増すだけである。


勝負をかけるなら一瞬に、全力を込めるべきだ。


爆発力をつけるために、大魚を一本釣りするかのようなイメージで脳内を満たした。


「あ、きゃあああああああああーーーっ!」


さちが浮いた!


・・・ような気がする。


全ては一瞬の出来事だった。

 



・・・・・・。


・・・。

 


気がつけば、荒い吐息と、さちの匂いと柔らかい肉感があった。


「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・」
「ふぅ・・・やれやれ、助かったな」
「あ、あああ、ちょっと痺れちゃったかも・・・」
「さすがの元気系も死ぬかと思ったか?」
「は、ははは・・・サガるねっ・・・」


サガったらしい・・・。


「ああ、怖かったぁ・・・怖かったよぉ・・・」


おれの胸に顔を押し付けて、腰に腕を回してくる。


「ぎゅっとしていい?」
「え? あ、ああ・・・」
「賢一の胸、大きいね・・・」
「・・・・・・」
「落ち着く、すごく・・・」

 



・・・まあ、つり橋効果ってヤツだろうな。


闇の中、しばらく抱き合っているおれたちだった。


・・・。