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車輪の国、向日葵の少女【9】



・・・。

 

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足場の悪い横穴が延々と続いていた。


「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・」


竪穴を登って一度休憩したが、すでに疲労はさちの潜在体力の限界を超えていたようだ。


「・・・さ、寒くない・・・?」
「多少は・・・」


奥から吹き込む風は冷たく、隘路に水も流れている。


「長いね・・・いつまで続いてるんだろ・・・」


おれたちは寄り添うように歩いている。


「まな、いまごろ起きたかなぁ・・・。
あの子、いっつも適当なご飯しか食べないし・・・。
なんでスーパーで働いてんのかねぇ・・・」
「うわごとみたいにぶつぶつ言ってんじゃねえよ」
「うははは、は、は・・・はぁ・・・」


力のない笑い方。


「さち・・・そろそろだ・・・」
「時間?」
「よくわかるな?」
「毎日神経使ってたら、身体が覚えるっての」


と言いつつ、リストバンドをまくって時計を確認していた。


「洞窟の中で寝たら、低体温症にかかって死ぬって言ってたよね?」


すがるような目を、手を振って否定した。


「ダメだ。 どんな理由があっても義務を破ることは許さん」
「ばれたかーっ」


ふらふらと、酔っ払ったように歩いている。

 

「まあ、死なないようにしてやるから。安心して止まれ」
「頼りにしてるからねーっ」
「おい、おれより先に行くなっての」
「あははは、なんか疲れすぎて徹マン明けのテンションみたい・・・」
「止まれって馬鹿!」
「行けるとこまで行くよーっ!」




・・・


空元気のさちを、


どうしてもう少し早く、


止めなかったのだろうか。



「え・・・?」



突如、さちの姿が視界から消えた。

 

 

 

「さちっ!」


まさか、クラックに落ちたんじゃ!?


かなり深い溝だった。


・・・。


「あいたたたたた・・・!」

 


ライトが届くぎりぎりの範囲にさちがいた。

 


「待ってろ」
「う、うぅぅ・・・やっちゃったぁ・・・」

 

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・・・

かなりの高さを落下したにもかかわらず、怪我はなさそうだった。


溝は下に行くにつれて狭まっていたようで、左右の壁に擦りながら落下したおかげで、ちょっとした打撲ですんだのかもしれない。


けれど、こういう場合、一番怖いのは・・・。


「さち、溝から出れるか?」
「ぬっ・・・!」


両手を壁に突っ張らせて、よじ登ろうとしている。


「あ、あれっ!? ぜんぜん動けないよっ!」
「落ち着け、引っ張ってやるから」


手をつかんで引っこ抜くような力を加える。


「・・・っ・・・!」
「い、いた、いたたた!

ちょ、ちょっとやめてっ!」
「・・・・・・」


おれは自分の顔色を作るのに必死になった。


腕を伸ばして探ってみると、さちの身体は腰の辺りまで深い溝に挟まっていた。


落ちた勢いで、狭い場所に突っ込んでしまったのだ。


・・・。


「け、賢一・・・?」
「お、おっぱい、大きいね・・・」
「な、なに言ってんの!? ちょっとマズイことになってんの?」


慣れないセクハラトーク裏目に出た。


「だいじょうぶだっての」


胸と腰の間をつかみ、引っ張って見る。


「・・・っ、うっ・・・だ、ダメ、い、痛いよぉ・・・」
「・・・・・・」


必死に頭を回転させる。


「賢一、これってもしかして・・・あたし、ヤバイってこと?」


おれが手を貸してもびくともしない。


「ね、ねえ・・・」


さちの身体は、半分が洞窟の冷たい岩石に接触している。


さらに悪いことに、このクラックにはちろちろと水が流れ込んでいる。


浸水することはないだろうが、さちの体温を急激に奪うには十分だろう。



・・・そして、もう七時だ。


・・・。


おれは言った。


「さち、クスリを飲め」


さちの顔がひきつった。


「ちょ、ちょっと、正気? こんなピンチな状況で?」


おれは黙ってさちのポシェットを漁る。


「や、やめてよ、待ってってば。

すごい寒いんだってば。
マジで死ぬって。

んか足とかすごい冷えてるし、湿っぽいし、こ、これで寝ろって言うの?

人間はね、寝たら体温が下がるんだよ?」
「・・・飲むんだ」
「と、友達でしょ? し、仕事はわかるけど、助けてよ・・・」


・・・確かに、ここで寝るなんて自殺行為だ。


「だが、クスリを飲まなければ、死よりも辛い、強制収容所が待ってる」


水筒にクスリを飲むための水を汲んで、さちの口の前に差し出す。


「や、やだってば・・・ひ、ひどいよ、賢一・・・こ、こんなのって・・・」
「悪いが、もう時間だ」
「一回くらい見逃してくれたって・・・!」


業を煮やしたおれは、自分の口に水とクスリを含んだ。


「ま、待ってってば・・・。

け、賢一に、女の子とキスする度胸なんて―――んっ!」


交わした唇は、無感動に冷たいだけだった。


「んっ・・・ふっ・・・はあっ・・・の、飲んじゃった・・・。

あ、あああ・・・寒い、寒いよぉ・・・.
賢一って、こういうときは助けてくれる人だと思ってたのに・・・。
うっ・・・ひ、ひどい、ひどいよぉ・・・」


しゃくりあげるような声を上げている。


「やっぱり、国家の犬なんだ・・・。
うぅ・・・うぅ・・・」


やがて、まぶたが重くなってきたようだ。


「・・・・・・」


止まってしまう寸前、さちの瞳がおれを見据えた。


「・・・好きだったのにっ・・・本気でっ・・・」
「・・・・・・」

 

・・・。

 


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・・・・・・。



・・・。



そうして、さちは眠りについた。


綺麗な、まるで死んでしまったかのように穏やかな寝顔だった。

 

「さて・・・」


もう一度、さちを根本から引っこ抜いてみる。


けれど、完全にはまってしまったらしく、ぐらぐらすることもなかった。


さちが挟まっている部分の岩を調べてみる。


水が滴るせいか、粘土状の岩を形成していた。


軽く削ってみるが、指を痛めるだけだった。


「ふう・・・」


状況を分析してみる。


通常、狭洞やクラックに挟まり、身体が岩と接触している状態が続けば、人間はあっさりと死んでしまう。


しかも、水流が滴り、熱を必要とする下半身を冷やしていて、なおかつ、クスリで強制的に眠りに落ちている。


さちの命は、善処しても明日の朝まで持たないだろう。

 

 

・・・明日の朝か。


口元を吊り上げた。

 

「楽勝だな」

 

さっちゃん・・・。


親父のために、こんなところまで来てくれたんだよね?


ありがとう、そして、ごめんね。


でも、ぼくはもう樋口健じゃないから。


仲間を見捨てて逃げるような真似はしないから、安心して。

 


 


・・・


・・・・・


クラックをよじ登り、つなぎの下に着ていた服を脱ぐ。


ザックからありったけの乾燥物を取り出して、脱いだ服と一緒にさちの身体を覆ってやる。


その下からロウソクに火を灯し、熱を溜めておく。


少しの時間稼ぎだ。


穴の底を一瞥すると、おれは来た道を引き返した。

 


・・・


・・・・・・


全身の神経を集中させ、迅速かつ慎重に竪穴を降りる。


さちを救うには、厄介な岩を削る必要がある。


あのクラックには水が流れ落ちていた。


つまり、さちを挟んでいるのは侵食されたもろい岩である可能性が高い。


鉄製のスコップかなにかがあれば削れるはずだ。

 

 


・・・
登るよりも降りるほうが体力と時間を使う。


だが、そんなケイビングの常識にはかまってられない。


問題は、町まで戻って再びここに帰ってくるまでの時間だ。


削岩作業にどれだけ時間を費やすかわからないが、急がなければならないのは明白だ。


腰を低くして、ほぼ正確に覚えている通路を進んだ。


不気味なつららや岩のカーテンが、次々とおれを見送っていった。

 

 


・・・
さちが発見した狭洞を抜ければ出口は近い。


キィキィと鳴きながら、闇の中で蠢く生物がいた。


コウモリが餌を求めて外に出る時間だ。


「・・・さて、もう少し飛ばすとしようか」


冷静に洞床を観察して、一番早く戻れそうな進路を見定める。


そしておれは、洞窟内で走るという非常識を犯した。

 

 


・・・


・・・・・・

 

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蒸せるような草木の匂いがして、虫の大合唱が地上に着いたことを実感させてくれた。


草の分け目に足を踏み入れようとしたときだった。


獣の声。


ライトを向けると、茂みの中に無数の殺気めいた銀の目が浮かび上がった。


背中をそらせるような体勢で、低く獰猛な鳴き声を発している。


食事中、もしくは交尾中だったのか、いずれにせよ縄張りに踏み込まれたことに対して牙をむき出しにしていた。


数は多く、背後からも威嚇の声が聞こえる。


野犬慣れしてない日本人にはわからんだろうが、犬ってのはこっちがびびった態度を見せなきゃ、そうそう襲ってこない。


人間と違って意地や根性で戦いをしかけてこないから、ちょっと脅かしてやるのが一番だろう。


腰のポシェットから用意しておいた爆竹花火とライターを取り出して、瞬時に火をつけた。


獣たちが何事かと吠え立てる。


三つ数えて、火花を散らした筒の束を犬の群れに放り投げた。


連続した爆裂音と閃光が暗い森を裂いた。


ひるんだ犬たちの悲鳴がそこかしこから上がった瞬間に、おれは走り出した。 

 

「失せろっ!!!!」

 

怒鳴りつけながら、正面にいる犬を踏みつけるように地面を蹴った。


慌てて四散する犬の群れ。


なんだかかわいそうに思えたが、全部この町の保健所のせいだと、おれは言い訳したい。


そのまま駆け足で、夜の森を進んだ。

 

 


・・・

 

・・・・・


見覚えのある山道にさしかかったとき、正面からライトの光が射し込んだ。

 


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「森田くんか!?」
「磯野・・・?」
「どうしてここにっ? って、あんたは思ってるかもしれないが、誰かが洞窟の外でアタックチームをサポートするのがケイビングの基本だろう?」


・・・確かにな。


「それで・・・」


一歩詰め寄ってきた。


「さちさんは、どうした?」


・・・コイツ・・・。


「クラックにはまって脱出できない状態にある。ディギングが必要だ」


わざと専門用語を並べてみる。


「必要なのはレンチハンマーかな? それとも小回りが利くスコップ?」
「やけに話がわかるな?」
「作家ですから」
「スコップだ。

おれの不注意で携帯してなかった」


磯野はザックから削岩用の切っ先の鋭いスコップを出して、おれに差し出した。


「森田くんがさちさんを見捨てて洞窟から出てきたのなら、僕はキミをぶち殺していたところだよ」
「ギャグか?」
「どんな物語でも、裏切り者は悲惨な末路をたどるものだよ」
「・・・覚えておこう」
「他に必要なものは?」
「サバイバルバッグはあるか?」


磯野は頷いて、ポリエチレン制の袋をおれに手渡した。


いまは折りたたまれて手袋大の大きさだが、広げれば頭からかぶり、足元をロウソクの火で暖めれば長時間の待機に耐えられる。


「よくこんなマニアックなアイテムを持ってるな?」
「家の蔵にね、いろいろあるんだよ」
「樋口三郎の残したものか?」


親父の家は焼き払われて、物品は全て押収されているはずだが。


「・・・そんなところかな。三郎さんと関わっているからって、逮捕しないでね」
「しねえよ。おれにそんな権限はない」


おれは自分のザックにスコップとサバイバルバッグを入れた。


「ありがとう。助かった」
「さちさんをよろしく」
「任せろ」

 

 


・・・


・・・・・・

 

 


息を切らしながらさちがはさまっている穴まで戻ってきた。


すぐさま出掛けに被せていった衣類をどかし、作業の妨げにならないようにする。

 

 

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さちは止まっている。


冷え切った腕を取って、脈を取ってみる。

 

・・・心なしか弱々しいような気がする。

 

「目が覚めたときには、温かいベッドの上にいる気分にさせてやるさ」

 

スコップを握り締め、さちの腰の辺りの岩に突き刺す。


ぐりぐりとねじるような圧力を加えると、徐々に切っ先がめり込んでいく。


思ったとおり、岸壁はそれほど硬いものではない。


けれどさちの身体が抜けるには、かなりの量の岩を削らなければならないだろう。


あとは時間との勝負だな。


誤ってさちの身体を傷つけないように注意しながら、削岩作業を開始した。

 



・・・


・・・・・・

 

二時間近く神経を使う作業が続いた。


「・・・ちっ」


力を入れ続けたためか、本日何度目かの激痛が肩口から湧き溢れた。


とっつぁんの呪いとでもいうべきか。


右腕に、力が思うように入らない。

 

「・・・はあっ、はあっ・・・」

 

スコップを左手に持ち替える。


おれはもともと右利きだが、逆腕訓練をした結果、左も使えないこともない。


けれど、握力は劣るから救出に余計な時間を要するだろう。


さちの顔を見る。


唇から赤みが消えかかっていた。


低体温症にかかったら、たとえこのクラックから抜け出せても、竪穴を降りたり狭洞を通過したりすることは不可能だ。


脱出のタイムリミットは明日の朝よりも早い。


あとどれくらい削ればいいのか見当がつかないが、全力で腕を動かす他に選択肢はない。



・・・


・・・・・・

 

「ふう・・・っ・・・はあっ・・・」


感覚が麻痺してしまったかのように、手元がおぼつかない。


ずっと同じ姿勢で集中していたので、全身がきしんでいる。


意識がぼんやりとしていたことに気づいたのは、刃先が嫌な音を立てた瞬間だった。

 

「しまった!」

 

硬い岩盤に当てたのか、切っ先が欠けてしまっていた。

 

「・・・なんてこった」

 

思わず見えない天を仰ぐ。

 

「・・・・・・」

 

鋭利でなくなったスコップは一向に岩に刺さらない。


力任せに叩きつけてみるが、無駄だった。


・・・。


・・・どうするべきか?


このスコップは使い物にならない。


他に岩を削れそうな道具はない。


もう一度洞窟を出る時間はない。


さちを引っ張ってもびくともしない。

 

・・・。


「え・・・?」

 

問題解決ルーチンに沿って思考を巡らせても、まったく解答が模索できない。

 

「え・・・?」

 

震えた。

 

顔がひきつる。


「え・・・?」

 

冷え切ったさちの身体。

 

おれに失望したまま瞳を閉じた。

 

「このまま目を覚まさなかったら、おれは人殺しか?」

 

負の感情スパイラル。

 

「・・・あ、やべぇ」

 

息が乱れ、ひどい頭痛がする。

 

「はあっ、はあっ・・・はあっ・・・」

 

さちを、殺してしまう・・・?

 

かっこつけて。

 

必ず助けてやるみたいな素振り見せて。


嘘ついて。

 

・・・それって。

 

 

 


・・・
あのときのことを思い返すと、悲鳴を上げたくなる。


背筋に電撃が走って、頭をかきむしりたくなるような衝動に駆られる。


恥と後悔と後ろめたさが一堂に会し、どうしてこんな自分が生きているのかと、思わず呪詛の声が漏れるのだ。


「はあっ、はあっ、はあっ・・・」


・・・落ち着け。


もう一度、一から状況を観察してみるんだ。


欠けたスコップの刃が通りそうな岩を探す。


さちの身体はめり込んだように、どれだけ引っ張っても動かない。

 

・・・待てよ。


そもそも、どうしてスコップが欠けたんだ?


原因を探ると、粘土状の比較的柔らかい岩の合間に、鍾乳石の一種と思われる二次生成物を発見した。


ひょっとして、こいつがさちの身体をはさんでいるんじゃないだろうか


そう考えると、長時間の削岩作業にもかかわらず一向にさちがぐらつかない理由がわかる。


叩き壊すことができれば、あるいは一発でさちを救えるかもしれない。


「・・・叩き壊すことができればな」


もしこの二次生成物が何百年とかけて作られた巨大なもので、地中深くに根を生やしているのならば、爆薬でもない限り破壊することはできな
い。


だが、やるしかない。


無駄な努力になるかもしれないが、やるしかないのだ。


おれはその辺の岩をつかみ、振り上げた。


「さち・・・」


生気を失いつつある寝顔にささやいた。


「待ってろ、もうすぐだ」


勢い良く叩きつけた。


衝撃が手のひらから腕全体に響く。


それはとっつぁんに殴られた傷口に、塩を塗るような痛みを派生させた。


「はあっ・・・くっ・・・!」


息を吐くタイミングに合わせて、全力で殴りつける。


手ごたえはない。


まったくもって、二次生成物が砕ける気配が伝わってこない。


「っ・・・!」


やはり、クスリを飲ませるべきではなかったのだろうか。


それとも装備を整えて洞窟探検に挑むべきだったのか。


いや、未踏の洞窟に素人を連れて来る事が、そもそもの間違いだったのか。


もっとさかのぼって、親父が余計な地図を磯野に残したせいかもしれな
い。


責任逃れのいいわけが、頭の中を回る。


けれど、誰のせいでさちがこんな目に合っているのか、そんなことを考えても無意味だ。


幼馴染の少女が、おれの目の前で寒さに震えているという現実だけがある


ただ、腕を動かす。

 

 

少女を救うという意思を持つ。



・・・。



「はあっ、はあっ、はあっ・・・」


過去にどんな失態があっても、今、さちを助けられるのはおれだけなのだ。


そう、自分に言い聞かせた。


弱い心に、精一杯の強がりを振りまいたのだ。


それから先は何も考えることがない、単純作業だった。


破壊する。


砕く。


助ける。


さちを。


意思を体に埋没させるのみだった。

 



・・・・・・。


・・・。

 

やがて岩と岩が織り成す破砕音に、微妙な変化が生じ始めた。


洞窟内は光がまったく差し込まないため、暗闇に目が慣れるということがない。


ロウソクを使い果たし、ヘルメットを脱いでいるおれたちに明かりはない。


筒状に広げたサバイバルバッグの中は、泥と岩石とさちの匂いで満ちていた。


少しでも体温の低下を抑えるために、少女の身体を強く抱きしめる。


さっき時計を確認したところ、そろそろ七時だ。


クスリの効果が切れて、さちが目を覚ます。

 

 

「さち、起きろ・・・」
「・・・・・・」

 

反応はない。

 

「おい」

 

軽くゆさぶってみる。

 

「おい、さちっ」

 

頬をぺしぺしと叩いてやる。

 

「・・・・・・」

 

冗談だろ?

 

「いい加減に死んだふりはやめろ。息遣いも聞こえるし、脈もあるんだ」

 

怒り気味に言ったそのときだった。

 

「・・・フフ」


・・・こいつめ。


「・・・真っ暗じゃん・・・死んだかと思ったよ」
「・・・元気ねえぞ」
「うん・・・ちょっと寒い」
「なにか食え」
「うん・・・」
「元気ねえって」


さちは何も言わなかった。


身体の感触と息遣いだけがあった。


「あのね、真っ暗だから言うけどさ・・・」
「ん?」
「こういうの言うのって、マジでダサいしクサイからやなんだけど、顔が見えないからいいかなって・・・・・・絵、描いてる夢見た」
「そうか・・・」
「うざかった・・・そんだけ」
「それだけ?」
「・・・・・・」


それだけなわけないか。


聞いて欲しいんだな。


「調書になかったから聞く・・・」


それらしい理由をつける。


「どうして、絵を描くのをやめたんだ?」
「実は色がわかんないのよ」
「嘘はやめろっての」


さちはくすくすと笑った。


「賢一の予想通り、お金にならないからだよ」
「そうか・・・」
「絵なんて、意味無いんだよ」
「賞を取るっていうのは、十分に意味があることだと思うがな」
「盗作って言われたの」
「なに・・・?」
「考えても見てよ。

受賞したとき、あたしはガキんちょだったんだよ?」
「わかった」


要するに、妬まれたわけだ。


「受賞取り消しにこそならなかったけど、いろんな人にいろいろ言われた。
最初はムカついてたけど、段々悲しくなってって、最後にはどうでもよくなっちゃった」


だから、さちは子供のころ、受賞のことをおれに言わなかったんだな。


「なんか知らないけど、みんな喜んでくれるんじゃないかなと思って描いた絵がさ、みんなを不快にさせたんだよ。
ダルいよね? サガるよね?
いまは義務を負ってる身だけど、そのときのほうがよっぽど犯罪者みたいな気分だったよ。
がんばって描いてもさ、なんの結果も得られなかったんだよ。
残ったのは、副賞の賞金だけ。
いいよぉ、お金は。いくら払えばなにを買えるのかがはっきりと線引きされていて・・・。
なんていうのかな・・・期待を裏切らないんだよねぇ」


受賞した絵は、見事にさちの期待を裏切ったんだな。


「まな、ね。

あたしのことマジで画家だと思ってるのよ」
「そうみたいだな」
「ホント、賢一はなんでも知ってるよね」


嫌味を言われたのか?


「じゃあさ、あの子が絵にうるさいことは知ってる?」
「初耳だ」
「なんかね、あたしが止まってるときにネット使っていろいろ調べてたみたいなのよ」
「まなは賢いからなぁ」
「あたしの過去も、あたしが描いた絵のことも知ってるしね」
「でも、まなはお前の絵のことを褒めてたぞ。
すごいすごぉいって」


・・・まあ、それが逆に嫌なんだろうな。


「賞を取った絵が多分あたしの最高傑作でさ。
あれ級を求められてんのよ、きっと」
「考えすぎだろうな。被害妄想めいてる」
「そりゃそういう妄想も湧くって。

あの子、自分が寝ている間にあたしが絵を描いてるって信じてるんだから」
「それも妄想だよ。まなも、お前が絵を描いてないことくらい気づいてるって」


気づいてるけど、信じたいんだろう。


「とにかく、あたしにはもう無理だから。
何年も描いてないし、遊びまくってて集中力とか散漫になるようになったし、
なによりそんな時間ないしね」
「優しいな、さちは」


自嘲気味の声をさえぎるように言った。


「え?」
「下手な絵を描いて、まなをがっかりさせたくないんだろ?」
「・・・そういう、わけじゃ・・・」


戸惑っていた。


直後、さちの腕がおれの首に回された。


一瞬、ドキっとしたが、すぐに異変に気づいた。


「もう、絵は嫌い・・・誰も喜んでくれなかったから・・・」


かすれるような声。


「・・・でも、夢に見るのっ・・・」


回された腕に力が込められた。


小刻みに落ち着かない吐息を感じる。


忠告しようとして、けれど無駄に終わるだろうと思いとどまった。


・・・泣くと、体力が減る。


・・・。





・・・
しばらく休憩して、さちの体力の回復を待った。


「そろそろ動けるか?」
「うん。眠いけどね」
「悪いけど、寝てる暇はないぜ。
本当ならすぐにでも引き返したいところなんだ」
「それはイヤ。せっかくここまで来たんだし」


低体温症にかかる寸前だったのに、よく言うぜ。


「よーし、それじゃ・・・」
「今日も、びりっとがんばるぞーっ!」


号令一下、おれたちは先に進んだ。

 


 ・・・・・・


・・・



しばらくは平坦な通路が続いた。


「・・・はあっ・・・はあっ・・・」


たどたどしく歩くさちを見て思う。


もう無理はさせられないな、と。


「行き止まりだ」
「え? じゃあ、この辺のどっかに・・・」


ライトで周辺を探る。


鍾乳石の上で、何かが反射した。


ちょうど台座のように見えなくもない石筍の上だ。


そこに、ガラス製の箱が置いてあったのだ。


「お、お、おおおおおおおおおーーっ!?」
「ほ、本当に、あったんだな・・・」
「さっそく開けてみよっ!」


ゆっくりと、蓋に手を伸ばすさち。


「うわあぁーっ」
「・・・おおっ!」


普通に、当たり前のようにダイヤモンドが入っていた。

 

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「こ、これが樋口オジサンの財宝!?」


形と大きさからして、さちの義務が免除されるくらいの価値はありそうだった。


・・・親父のヤツ、本気でこんなものを隠してやがったとは。


「ん・・・?」
「さち、それはなんだ?」


脇に、一枚の小汚い紙があった。


「メッセージ! メッセージじゃない!?」
「とにかく見てみろ」
「うんっ!
・・・キレイな字ね・・・」
「・・・・・・」
「えっと・・・
――さっちゃん、どうだ? びっくりしただろ?
お、オジサンだあぁっ!」
「続きを」
「あ、うん・・・。
――オジさん面白いだろ? こんな箱用意して中にダイヤモンドだぞ。

な? アガるでしょ?
うははははっ!」
「続きを読めって」
「な、なによ。

そんなに焦らなくてもいいじゃない・・・」
「・・・・・・」
「――いやあ、オジさんも昔、徳川埋蔵金とかに憧れていたからねえ。

こうして現実で宝探しごっこができて面白かったぞ。
――ケン。成長したねえ。こんな場所まで来れるなんて、さすがはお父さんの息子だ。
――璃々子も、綺麗になってるんだろうねえ。 お嫁に行くまで、お前がちゃんと面倒見てやるんだぞ。

璃々子って・・・ケンのお姉ちゃんだっけ・・・」


そういえばお姉ちゃんは、さちや夏咲たちとは直接会ったことがなかったな。


「――さっちゃん、このダイヤモンドは君にあげよう。
そのかわりオジサンの女になるんだ(笑)」



(笑)じゃねえだろうが。



「――オジサンが無理ならケンをもらってやってくれ。
あいつはてんで奥手でMのクズだ。

顔が綺麗で優しいから、無駄にモテるだろうが、とにかくクズだ。
――ひょっとしたら、その場にケンはいないんじゃないのかと、思わないでもない。
――もし、ケンが君らのそばにいないのなら、さっちゃんも気にせずに他の男とくっつくように」
「・・・・・・」
「――なんにせよ、これは君にあげる。絵で食べていくなんて、大変なことだからね。
夢に向かってがんばれよ。
・・・っ・・・」
「さち・・・?」
「な、なんでもない・・・先を読むね。
――ケンに伝えておきたいことがある。
――黙っていたが、お父さんは特別高等人を辞職した身なんだ」


・・・知ってるよ、調べたからな。


「――お父さんはこれから、いろんな人を不幸にするような大きなことをしようと思っている。
――この手紙を読んでいるということは、お父さんはそれに失敗しているのかもしれないが、もう引き返すことはできない状況にある。
――お父さんたちの世代が不幸でも、未来のお前たちが幸せであることを願う。
そう思って、お父さんは武器を取る。
――お前は、璃々子と二人で幸せに暮らすように。
――決して、お父さんのようになろうなどと思わないことだ。
――お前はクズだが、顔つきはいい。

ひょっとしたら、お父さんよりも優秀な高等人になったりするかもしれない・・・というのは親の欲目というやつかな(爆)」



いいオヤジが恥ずかしげもなく(爆)とか書くんじゃねえよ。



「――璃々子を守ってやってくれ。
――お父さんが失敗しているのなら、璃々子とお前はひどい目にあっているはずだ。
――親父の尻ぬぐいは、息子がするものだろう(大笑)
――だが、万が一、この社会に違和感を覚えるときが来たのならば、このメモリの中身を閲覧しなさい」
「メモリって・・・これか」


小型のデータ記憶装置が、紙の裏に貼り付けてあった。


「――パスワードは、璃々子に預けた」


パスワード式か。


「――それじゃあな。最愛なる息子へ。父より・・・・・・」

「・・・・・・」


なんなんだよ。


「このメモリはおれがもらう」
「え? なんで? これはあたしが預かっておくよ。
お姉さんに渡す機会があるかもしれないし」
「ダメだ」
「だからどうして? 賢一に関係ないじゃん」
「・・・国家の犬として、樋口三郎の物品は押収させてもらう」


さちは軽く舌打ちした。


「忘れてたよ・・・そういえばそうだったね」
「安心しろ、ダイヤはお前のもんだ」
「いいの?」
「よく見れば質が悪そうなダイヤだ。とても高い値がつくとは思えない」


・・・まずいことを口走ったかもしれない。


「えぇっ!? マジで!? ぜったい価値あるって! だってオジサンすごいお宝をたくさん持ってたもん」
「・・・それはどうかな」
「あたし、自分で調べてみるから」


興味を持たれてしまった。


あのダイヤを換金すれば、間違いなくさちの義務は免除になっちまう。


そんなズルは、認めないぜ。


「やっぱ没収・・・」
「ギロ・・・」


・・・別の手を考えるか。


「まあ、お前の大好きなオジサンがくれたプレゼントなんだ。
そう簡単にお金に換金できるわけないよな?」
「・・・それも、そうか・・・」


しかし、親父の文面からして、絵を描くのなら換金はかまわないというニュアンスもあったな。


「うぅむ・・・仕方ないか・・・」


さちが国語苦手で助かったぜ。


「でも、なんか、うれしいなぁ・・・」


ダイヤに頬ずりし始めた。


「さて、とっとと帰ろうぜ」
「そだね。大冒険だったね」
「まったくだ。きわっきわだった」
「きわっきわ?」
「危ういって意味じゃないのか?」
「ああ、それ、もうブームじゃないから」
「・・・なんだよ。じゃあ、なにがブームなんだよ?」
「やっぱ賢一かなぁ」
「・・・恥ずかしいってば、そんな目で見るなよ」


笑われてしまった。


「どうして、一緒に来てくれたの?」
「お前がクスリを飲むかどうか確認するためだ」


前もって用意しておいた答えを言った。


「ずっとそばにいろって、命令したら、楽チンじゃない? 特別指導っていうんだっけ?」


確かに、監督は楽になるだろうな。


「俺は法典に書かれている義務内容以外を押し付ける気はないよ」
「ちぇっ・・・」


残念そうだった。


「帰るぞ」


手を引くと、さちは元気よく言った。


「アリガトねっ!」

 

 ・・・。

 





・・・


・・・・・・


「やっぱり、人間はお日様の下にいるのが一番だね。
あんたもそう思うだろう?」


部屋に戻ったのは、三時過ぎといったところだった。


磯野は洞窟の入り口付近でうろうろしていたが、おれたちの姿を見つけると、したり顔で去っていった。

 


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「疲れたねーっ!!」


達成感のある顔をしていた。


大事そうにダイヤを棚の引き出しにしまう。


「まなは、どこだ?」


クローゼットの中に、まなの姿はない。


「あれ・・・まなは?」
「いないな・・・寝ている時間だと思うんだが」
「買い物にでも行ったんじゃないかな?」
「そうかもな・・・」


帰りが遅かったから、心配かけてしまっただろう。


「お風呂入ろーっと!」
「さち、よく身体を洗うんだ。傷口があったら、消毒しなきゃいけないぞ」
「賢一こそ、手、ぼろぼろじゃん?」


岩を殴りまくったからな。


「ちょっとグロいことになってんな」
「あたしのせいでしょ?」
「なんで?」
「いや、だって、あたしがドジって溝にはまったもんだから」
「おまえのせいはおれのせい、おれのせいはおれのせい」
「・・・なんか微妙なパロディなの?」
「気にするな。とっとと風呂に入れ」


手を振っておれも消毒液を手に取った。
さちは、それをじーっと見てる。

 


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「・・・いっしょに・・・入る?」
「えっ!?」


からかっているのかと思ったが、そうでもないらしい。


「いいよ、あたしは・・・。

汚いところとか、洗ってあげるよ?」


・・・。


「ば、馬鹿いうなって。無理だから、おれが」
「でも、あたしの気がすまないし」
「どういうこと・・・?」
「いや、最初、賢一と会ったときさ、お金持ってそうだなって思ったのよ、あと話してみるとけっこうウケたから・・・」
「ああ、だから部屋に誘ったんだな?」
「う、うん・・・で、高等人目指してるってことは、サバイバルもできるんじゃないかなって思って・・・」
「洞窟探検に連行したと」
「超自己中でしょ、あたし?」
「いや、お前はもともと絵で人を楽しませようとしていた人間なんだ」
「ん?」
「ちょっと、周りからいろいろ言われて、自分のことを優先して考えてしまうような傾向になってしまったのかもしれないけど、根はいいヤツだよ」
「・・・優しいね」
「優しいとかじゃなくて、ただの分析」
「なんでもいい・・・。

好き・・・かっこいい・・・」
「・・・・・・」


参るな。


ドキドキすると、上手く頭が働かねえんだよ。


「一緒に、お風呂入ろーよぉっ」


普段のさちからは想像もできない甘い声。


「ねえ・・・ダメぇ?」


女の子ってのは二人きりだと豹変するんだよな。


「賢一が、試験で忙しいのはわかってるから。
つきあおうって言うんじゃなくて、なんていうか、ほら、スキンシップ?
別に、あたしのこと好きじゃなくてもいいから。
あ、ごめん、やっぱやだ!
なんだろ、わけわかんない・・・ただ、賢一は誰ともそういうことしないのかなって」
「・・・そういうことって?」
「いや、だから・・・」
「あ、ああ・・・。経験はあるよ。お金払ってしたことある。
うん、あれは恥ずかしかったけど、勉強になった。あとは、お姉ちゃ・・・あ、いや・・・。

そんなところかな」


ぺらぺらと口が踊る。


「好きな人とかいないの?」
「・・・わからない、かな」
「わーん!」
「あ、ごめん。

なんだろ・・・なんか違うんだって」
「あんまりそういうことに興味なさそうだもんね」
「おれは、子供なんだよ。

そういう部分に関しては。
性の知識はあるし、男女の恋愛心理みたいなのは学科で習ったけど、実体験があまりないから。
とはまあ、昔いろいろあったからね・・・」


・・・ハードMの第一歩。


「昔って・・・。

そういえば、あたし賢一について何も知らない」
「・・・・・・」


まずいな。


つきあうってのは、お互いをいろいろ知るってことだ。


嘘をついてごまかすのも限界がある。


おれが樋口健だと知ったら、さちはおれを許さないだろう。


・・・。


「ど、どしたの? 急に青ざめた顔して」
「さち、やっぱりお前とつきあうことはできない」
「あ、うん・・・」


力のない声。


「ただ、さちが好きだって言ってくれるのは、素直にうれしい」
「うん・・・」
「いや、そんだけ・・・オチは特になし」
「・・・・・・」

無言で見つめ合う。


やがて、すっきりした表情がさちの顔に浮かんだ。


「お風呂、いっしょに入ろうよ」
「・・・・・・」
「なんかワケありなのは良くわかったから。
楽しければなんでもいいかなって思ったの。つきあうとか、そういうのって、考えてみたらあたしもよくわかんないし。
一緒にいて楽しくて、たまに、ぎゅっとしてくれればいいよ。
だからほら、脱いだ脱いだっ!」
「うわっ、ば、馬鹿っ! さ、触るなっ!」
「あはははははっ!」


・・・。


「うわぁっ・・・。

なんか傷だらけじゃん!?

マンガのワケあり転校生みたい」
「あんま見んなっての!」

「えへへ・・・」
「おわっ・・・!?」


さちが目の前で堂々と脱ぎやがった。
み、見てられん!


「待て! 何脱いでんだ!」
「お風呂に入るんだから、当然でしょ。
あれ~? 賢一、照れてるの?」


からかうような笑みを浮かべる。


「そ、そんなわけないだろ」
「あはは、動揺しすぎ。
あたしが怪我してないか・・・賢一に確かめてほしいな・・・。
自分じゃ、見えないところもあるし」
「それは・・・」


そう言われると弱い。


一応、さちを監督する義務があるし・・・。


「いやでも、鏡とかを見ればいいだろ」
「・・・・・・」


さちはおれの言葉を聞かず、さらに服を脱いでいく。


上着の後、スカートに手を掛けて・・・。


や、やっぱりダメだ!


おれは咄嗟に部屋から出ようとし――


「逃げるなぁっ!」

 


・・・・・。



・・・。

 

 

そんなこんなで・・・。

 



こういう状況である。

 

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「まずはあたしが洗ってあげるよ」


さちが、身につけているものはバスタオル一枚。


・・・初めは全裸で入ってくるかと思って、ひやひやしたけど。


「ふふん、がっかりした? バスタオル付きで。 脱いじゃおうか?」
「ば、バカ」
「それとも、バスタオルを巻いたまま、あたしの体を使って洗うとか?
エッチな漫画とかで時々あるシチュエーションだけど」
「やめろっての」
「冗談、冗談。 賢一は本当にエロネタに弱いね。
トランクの中に、女物の下着を入れて持ち歩いてるような変態さんなのにね~」
「ぐ・・・」


あれを見られたのは一生の恥だ。


「それじゃあ、洗っていきますか」


泡立ったボディタオルが背中に当たる。


「かゆいところないっすかぁ?」
「い、いや・・・肩とか、傷口開いてますから・・・」
「痛いのがいいんじゃないんすかぁ?」
「な、なわけないだろ・・・」


ごしごしと背中をタオルでこすられてる。


「いつもお風呂に入ったら、どこから洗ってるの?」
「え? あ、いや、浴槽かな・・・」
「あははははっ! ウケるねっ!」
「な、なにが?」
「賢一が、緊張のあまり天然になっちゃったよーっ!」


む、胸が当たってるんだよ・・・。


「・・・・・・」
「興奮してるの?」
「ま、まあ・・・」
「ちょっとうれしいかも」


ごしごし、ごしごし・・・。


泥や疲れが取れていくようで、気持ちがいい。


「だいぶ綺麗になったねっ!」
「あ、ありがとう、もういいよ・・・」


逃げ出そうとする。


バシャっ!


傷口にお湯。


「ぎゃああああああっ!」
「逃げるなっての」


座らされる。


「もう十分だって」
「何言ってるんだか、まだ半分しか洗ってないじゃん」
「半分って・・・」
「前も、洗わなきゃねー」


さちは後ろから前のめりになって、おれの腹や胸を撫でてくる。


「ど、どこ触ってんだよ!?」
「賢一の体」


にひひ、とからかうような笑み。


「そりゃ分かってるっ」
「だって、触らないと身体を洗えないじゃん」
「前は自分で洗えるから」
「え~~・・・せっかく洗ってあげるって言ってるんだから、任せておきなって」


う、くすぐったい・・・。


自分の身体を他人から洗ってもらうなんて、普通はないことだから変な感覚だ。


「お前は恥ずかしくないのかよ」


密着したさちの身体から、暖かさや感触が伝わってくる。


バスタオル越しとはいえ、さちの胸の柔らかさも・・・。


「あ、改めて言われると・・・さすがに、ちょっと恥ずかしいね。
でも、裸ってわけじゃないし」


いや、これはこれで相当恥ずかしいと思うが・・・。


「んっ・・・んっしょ・・・」


さちが動くたびに、胸が揺れているのを肩で感じる。


「はあっ・・・んっ・・・はあっ・・・」
「・・・・・・」
「んっ・・・っしょ・・・ふうっ・・・」
「・・・・・・」


なんだか、いきなり無言になったような気がする。


「お、おい・・・なんかしゃべれよ」
「・・・んっ、はあぁ・・・」


艶っぽい声を出していて、さっきからずっと同じところを触っている。


「お、おい?」
「・・・賢一の体って、ごつくて、固くて、不思議な匂いがするんだね・・・。
背中とか、とくにすべすべしてるし、ラインとかも綺麗だし・・・。
くらくらするよ・・・」


押し付けられた胸の奥で心臓が強く脈打っていた。


さちもドキドキしているらしい。


「あたし、さ・・・けっこうエッチかもよ・・・」
「え?」
「嫌いにならない?」
「嫌いになんかならないよ」
「じゃあ・・・あたしの体も洗ってくれる?」


・・・。



「いいよ・・・」


恥ずかしかったが、断るのもかわいそうだ。


「それじゃ・・・」


さちは自分のバスタオルに手を掛ける。


「ま、待った! 何やってるんだよ」
「何ってバスタオルを取ってるんだけど。そうしないと、体を洗えないからでしょ」
「いや、しかし・・・」


今まで背中を流されていただけでも恥ずかしいのに、今度はバスタオルなしなんて!


「あはは。賢一の顔、真っ赤」
「おれは先にあがる!」
「ま、待って待って。ごめん、からかい過ぎた」


風呂場から出ようとするおれを、さちが引き留める。


「大丈夫だって。

流すのは背中だけだから。
まぁ、前も見たければ見ていいんだけどねー」


からかうような目を向けてくる。


「み、見るわけないだろ!」
「賢一だったら、そう言うと思った。
まぁいいや。はい」


さちの肌を覆っていたバスタオルが、するりと取り払われた。


白磁のようにきれいな肌に、おれは思わず目を奪われる。


「・・・・・・」


いかん、このままジッとしていてもどうしようもない。


「それじゃあ・・・」


泡立てたボディタオルで、そっとさちの肩に触れる。


その瞬間、さちの体がぴくりと震えた。

 

・・・。


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「はあっ・・・」
「髪、綺麗だな・・・」
「あ、ありがと・・・けっこう長いでしょ」
「ずっとポニーテールなのか?」
「嫌いなら変えるよ?」
「いや、さちの好きな髪型にしてた方がいいよ。
そのほうがおれも見てて気分がいい」


さちは頬を赤らめて軽く頷いた。


「よっ・・・」


首の裏から喉にかかるあたりを丹念に洗う。


「あ、んっ・・・」


この辺りは汚れがよく溜まるんだ。


「怪我とか、しなかったか?」
「たぶん、ないと思う・・・」
「お湯がしみるところはないか?」
「ううん、平気だよぉ・・・」


ぱっと見て、外傷はない。


あざや、切り傷がないかどうか、さちの身体を撫でるように観察した。


「け、賢一・・・」
「ん?」
「あんまり、じろじろ見られると恥ずかしいかも・・・」
「あ、ああ・・・そうだった」
「なんか、変かな?」
「なにが?」
「あたし、男の子に裸見せるの初めてだから」
「そうなんだ・・・」


少し意外だった。


「変ってことはないよ。

むしろ、すごく・・・」


細い首、ひきしまったウェスト。


肌の色も白いし、手足も長いし・・・。

なんていうか健康的な美しさを見出せる。


「・・・えっと、ばっちりな体だと思う」


ろくなほめ言葉が思いつかん。


「ありがと・・・」
「かゆいところあったら、言えよ」
「・・・・・・く、唇が・・・」
「・・・え?」
「唇が・・・かゆい」
「・・・・・・」


さちの言葉の意味を考える・・・。


「唇に・・・して」


・・・。


うっかり流されてしまいそうな雰囲気だけど、これはよく考えたほうがいいぞ。


おれには、親父みたいに何人もの女性と同時につき合うなんて真似は絶対にできそうにない。


さちとそういうことをするならば、今後もさちだけを愛していくのが誠実な態度だと、おれは思う。


これからも高等人の試験は続くし、大音や夏咲の監督を任されて、さちと会う時間は減るだろう。


もちろん、他の女の子とこういう関係になるなんて、許されない。


・・・それでも、いいのだろうか?


「さち・・・お前の気持ちはわかった」
「うん・・・賢一は、どうなの?」
「お前が好きだよ」


恥ずかしさを紛らわすために、はっきりとした口調で告白した。


「・・・ほ、ホントにぃ?」
「ああ・・・」
「好きって言われるとは思ってなかったから」


いきなりしおらしいことを言う。


「おれとこういう関係になるってことは、もう、後戻りできないぞ」
「後戻り?」
「おれは、お前の監督が終わったら、大音や夏咲を観ることになるんだ。
そのときは、お前にかまってやれなくなる」
「え?」
「悪いけど、仕事が優先だ」
「い、いいよ・・・しょうがないもんね」


口ぶりとは裏腹に、寂しそうだった。


勝気なくせに、かわいいところがある。


おれも、ちゃんとこの少女を大切にしていかないとな。


「すまんな」
「ううん、全然へーきだから」


寂しさを紛らわすように、さちは強く首を横に振る。


「さち」

 


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じっと顔を見つめると、彼女は頬を染めて目をそらしてしまう。


そんな反応をされると、こっちが恥ずかしくなる・・・。


おれはさちの顔にそっと唇を寄せて・・・。


「ん・・・」


りんごのように赤くなった頬に口づけた。


「う・・・。な、なんでそこにするかなぁ?」


不満そうにちょっとだけ睨み付けてくる。


「嫌か?」
「嫌じゃ・・・ないけど。

でも、そっちじゃなくて」


少しだけ唇を突き出すようにしてくる。


いつもの騒がしいさちとは別人のような態度に、少し悪戯心をくすぐられる。


「じゃあ、こっちとか」


今度は閉じたさちの瞼にキスをする。


「ん・・・」
「い、イジワルだね」


照れながら、さちは不満そうに唇を尖らせる。


「ああ、おれはイジワルだぞ。今頃気づいたのか?」
「知ってたけど・・・。唇に・・・って最初に言ったじゃん・・・」


これ以上焦らすのもかわいそうだな。


おれは今度こそ、さちの唇に顔を寄せた。


「ん・・・」


頬や瞼とは違う、柔らかさだけではなく潤みを帯びた感触が、おれの唇に触れる。


ほんのわずかな触れ合いで、さちの温もりを感じた。


唇を離すと、さちはとろけたような目で俺を見上げてきた。


「なんか、キスって不思議な感じだね。頭がぼぉっとする・・・のぼせちゃったのかな」
「別に湯船に浸かってたわけじゃないだろ」
「あはは・・・そうだね。
賢一・・・。

もう一回・・・キスして・・・」


ねだるように、上目遣いで言ってくる。


あのハイテンションで騒がしいさちに、こんな女の顔ができたのか・・・。


「・・・わかった」


おれは頷くと、もう一度さちの唇をふさぐ。


「ん、んん・・・」


唇を触れ合わせると、さちが切なげな声を漏らす。


怯えるように、さちはおれの身体を抱きしめる。


こっちも抱きしめ返した。


小鳥がお互いの唇をついばんでじゃれ合うように、おれたちは何度も唇を重ねる。


「ん、ん・・・」


息苦しくなるほど長い間唇を重ね、やっと俺たちは唇を離した。


うっすら涙の浮かんだ目で、さちはおれを見つめる。


「あはは、なんか・・・うれしいね。
賢一は・・・どう?」
「・・・どうって?」
「あたしと・・・キスして」
「・・・」


どう答えればいいのか・・・頭がうまく回らない。


「もう・・・」


さちは呆れたようにため息をつく。


「え~っとな・・・うれしいよ」


やっとのことで、一言だけ伝えられた。


「えへへ・・・ありがと」


こいつの監督をやると決まった時には、まさかこんな関係になるなんて、思ってもみなかった・・・。


おれは答える代わりに、強くさちの身体を抱きしめた。


「・・・よかった」


何よりも大切な少女が、おれの目の前で微笑んでいた。

 


・・・・・・。


・・・。

 


しばらく抱き合いながらお互いの鼓動を感じていた。


結ばれて初めて芽生える感情があった。


おれはこの子をずっと守っていこう。


そう、心に決めて、もう一度どちらからともなくキスをした。

 


「賢一・・・好きぃ・・・。
つづき・・・しよ?」

 



・・・。