*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

車輪の国、向日葵の少女【11】



・・・。



その翌日。


洞窟探検で披露しているにもかかわらず、おれは一睡もできなかった。

 

f:id:Sleni-Rale:20190609093456p:plain

 

「さち、そろそろ七時だ」
「よーし、今日も・・・って、あれ?」


ベッドの上で上体を起こしたさちがおれの顔を見て固まった。


「どしたの? やけにシビアスなんだけど?」
「シビアス?」
「シリアスかつシビア・・・要するに激ヤバってこと」
「朝からテンション高いところすまん、すぐ支度をして学園に行くぞ」
「なんで?」
「とっつぁんが、おれたちを呼んでる」
「げっ!?

あ、あたし、ちゃんとクスリ飲んでるじゃん?」
「そういう用件じゃない。

まなに関わることだ」
「まなに?」


さちの顔に疑問の色が浮かんだ。


「詳しい話はおれにもわからん。とっとと行くぞ」
「あ、待ってよー」

 


 ・・・・・・

 

・・・



「そういえば、まな、昨日はスーパーに行かなかったみたいだね」


まなはよほどショックだったのか、ずっと寝込んでいた。


「なんなんだろうね?」
「・・・・・・」
「あの、法月って人、なに考えてるのかわかんないから超ヤなんだよね」
「・・・おれよりもか?」
「賢一は、考えてることがたまーに顔に出るし、なんとなく優しいような予感を漂わせてるから」


・・・おれも、まだまだだな。


「急ごう、遅刻はまずい」

 

 

・・・


・・・・・・



「ねえねえ、腕組んでもいい?」
「さち・・・」
「わかってるってば、いまのはぜんぜん空気読めてなかったね」

 

 ・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190609123019p:plain



「ちょっと注意しておくけど・・・」

 

隣を歩くさちに言う。

 

「とっつぁんとの話し合いじゃ、おれ、ちょっとキャラ変だけど気にしないでくれ」
「ああ、しょうがないんじゃない? 仕事だもんね」
「話はおれがするから、お前は黙ってればいいよ」
「任せてー。
ああ、なんか緊張してきたー。

あいつ超怖いんだよねー」


・・・・・・。



「失礼します、森田と三ツ廣です」

「入れ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190530152620p:plain



・・・


「結論から言う」


入室したとたん、とっつぁんがおれをにらんだ。


凍てついた霜のような目つきだった。


「ひっ・・・!」


さちにも、同じ視線を送ったらしい。


話を聞かせるための前演出が完了したというわけだ。


「三ツ廣が、まな、と読んでいる少女は南方の王国に移住し、宮内庁に雇用されることになった」


隣で、さちが息を吐いた。


「三ツ廣は、少女の親戚縁者ではないが、同居人であり、森田の更生指導への影響を考慮し、ここに告知するものとする。
・・・なにか、質問は?」


法月が、若干だが、空気を緩めた。


「た、たくさんあるんですけど・・・」
「認めよう」
「まず、なにを言ってるのか、わからないんですが?」
「森田、説明をしてやれ」


おれは言葉を選んだ。


「まなが、故郷の国に帰って、宮仕えをするってことだよ」
「宮仕え?」
「メイドみたいなもんかな」



「かの国では選ばれた人間のみがつける、非常に名誉ある役職だ」

 


とっつぁん、口をはさんできやがった。

 

「じゃあ、まなにとって悪い話じゃないってこと?」


おれは素直に首を縦にふることはできなかった。


「確かに、聞こえはいい仕事なんだが、実態は違うらしい」
「ど、どんな役目なの?」
「・・・国王の世話だよ」
「どんなことするの?」
「いや、食事を運んだり、服装を整えてやったり、掃除をしたり・・・。
あとは、これは公になっていない噂だが・・・」



「森田」


突如、法月が立ち上がった。


「・・・なにか?」
「かの国では、我が国の友好国なのだ。論拠のない誹謗中傷はよせ」
「しかし、友好国とは名ばかりの植民―――」
「命令だ」

「わ、わかりました」


足が、床に張り付いたかのように動かない。


「三ツ廣も、あとで森田に訪ねて、森田を困らせてはいけない・・・わかるな?」
「・・・は、はい・・・」


さちは、おれが殴られたときのことを思い出したのだろう。


「他に、質問は?」


おれは、昨日のやりとりを聞かなければならない。


「昨日の来客についてですが、あれは、どちら様でしょうか?」
「盗み聞きしていたねずみの分際で、遠まわしにさぐりを入れようとするな」


とっつぁんに小細工は通用しない。


おれは覚悟を決めて単刀直入に言った。


「まなは、いくらで買われたんですか?」


「えっ・・・?」


「この国は、まなを売っていくら儲けたんですか?」


「どういう・・・?」


さちは顔面蒼白になって震えていた。


「大使殿は、あの少女を大層お気に召されたようだ。
国王の、いまは亡き娘に面影が似ているとな。
額面にして・・・」


法月は、金額を告げた。


一人の人間の値段としては安すぎるが、個人で払えない額ではなかった。


「ど、どうにもならないってこと・・・?」
「入金は三日後だ。それが済めば、少女は国を出る」



「その言い方は、つまり、三日以内にさっきの金以上の額を払えば、まなを引き止められるということですね?」
「不可能ではない」


予想通りだった。


国庫が潤えば、どこから金が入っても文句ないはずだ。


要するに、得体の知れない王様より先に、おれたちがまなを・・・言い方は悪いが・・・買う。


「聞いたか、さち」
「あ、うん・・・」


ダイヤモンドを換金すれば、おそらく足りる金額だ。


「質問は以上か?」
「ありません」



「三ツ廣はなにか聞きたそうな顔をしているな?」
「い、いや・・・別に・・・」
「質問があれば、いつでもここに来るように」



「さち?」
「・・・・・・」



さちは無言で出て行った。


「失礼しました」


おれも後を追った。

 

 



・・・


・・・・・・

 


「さち、どうしたんだ?」
「ん? ううん、別に・・・」
「別に、って顔じゃないぜ」
「ちょっと考え事してただけ・・・」


目の焦点が定まっていなかった。


「なにを考えることがあるんだ? とっととダイヤを換金しようぜ」
「なんで?」
「わからないか? ダイヤを売ればまなを助けられるんだぞ」
「そ、そうだよね・・・。
で、でも、三日でなんとかなるかな?」
「おれを誰だと思ってる。知り合いの宝石商に頼んでねじ込んでやる」
「すごいね、そんな知り合いがいるんだ・・・へぇ・・・」
「為替やってるんだから、お前も銀行口座持ってるだろ?
そこに現金を振り込ませるようにしておくから」
「その知り合いって、ダイヤの現物を見ないでお金にしてくれるの?

普通は直接会って鑑定するでしょ?」
「信用第一でがんばってたときの知り合いだから」
「・・・そっか・・・」
「良かったな。

一時はどうなることかと思ったぜ」
「そだね・・・」
「とっとと帰ろうぜ」
「うん・・・まなも、安心させてあげないとね」


思わず、安堵のため息が出た。


「安心したよ、さち。
そしてごめん。一瞬でもお前を疑った。

本気でごめん」


いくらおれでも、この疑いはひどすぎた。


恥ずかしくてさちの顔もまともに見れない。


「ま、まさか、あたしがダイヤモンドのお金を自分のために使うって思ったの?」
「すまない。

今度ばかりは自分のことが嫌になった」
「いいって、いいって。

そんなにかしこまらないでよ・・・はは・・・。
ダイヤを売ればさあ、そのお金で義務がちゃらになるんだもんね。
賢一は思慮深いもん、そういうの勘づいちゃうよね。職業病ってやつじゃん?」
「かもな・・・」


仲間を見捨てて、仲間を疑って・・・なにやってんだろ、おれ。


「誠実だよね、ホント・・・」


そんなんじゃねえよ・・・。


「ほらほら、そんなへこんでないでさ」
「うむ。帰るぞ、おれはちょいと電話に忙しくなる」
「・・・換金、できるといいね」
「おれに不可能はない」

 

・・・・・・。



・・・。





部屋に戻ると、まながしょんぼりと床に座っていた。


「まな、喜べ」


おれが声をかけると、まなはすぐに笑顔を作った。


「ん・・・? なにか、楽しいことあった?」


それを本気の笑顔に変えてやるべく、おれは言った。


「お前はここにいていいんだぞ」
「えっ?」
「昨日、怖いおっさん達になんか言われたんだろうが、あれはナシになったんだ」
「本当に?」
「さち、お前からも言ってやれ」



「あ、ただいま・・・」
「ボケんじゃねえよ!」
「あ、ごめん。ちょっと眠くて」



「お姉ちゃん、ホントに?」

 

さちは軽快に頷いた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190609123450p:plain

 

「もちろんじゃん。あんたはあたしの妹だっての」
「お姉ちゃん・・・」


まながさちをじっと見つめた。


「まな、うれしいよぉ・・・」
「ば、バカ・・・なんで泣きそうなのよ」
「だって、だって、まなは、ここにいちゃいけないのかなって、思ってたんだもん・・・」
「そんなわけないじゃん・・・いままでずっと面倒見てきたっていうのに・・・」
「でも、まな、お姉ちゃんの役に立ってないよ」
「役に立つとか立たないとかじゃないってば・・・」

 



「さちさん、僕は感動したよ」




「うおっ!?」

 

f:id:Sleni-Rale:20190609123322p:plain


「いやあ、さちさんからそんなまともな言葉を拾えるだなんて」
「おい、いきなり現れて場に溶け込もうとするなよ」
「いやあ、名シーンだった」
「お前が台無しにしてるって!」
「それでは、僕は帰ります」


すっと片手を上げた。


おれは磯野を蹴飛ばした。


「表へ出やがれ」


しばらく、二人きりにしたほうがいいだろう。

 


「・・・ありがとう、ありがとう・・・お姉ちゃん・・・」
「まな・・・泣くなっての・・・」

 


ドアを閉めるときに、さちがまなを抱きしめる後ろ姿が見えた。

 

 


・・・

「で? 磯野はなにしに来たんだ?」
「君には関係ないもーん」
「・・・あのよぉ・・・いい加減キャラを安定させろよ」
「失敬な。僕はいつもこういうヤツだよ」
「お前みたいなのは、すぐに飽きられるって」
「もうちょっと我慢してくれないかな。僕ってすごいプロット上、重要なキャラだから」
「誰に何を言ってんだよ?」

 

f:id:Sleni-Rale:20190609123620p:plain



「そこのあんたに決まってるだろう」

 


・・・・・・。


・・・。

 


おれの真似ってことでいいのか?

 

「どうせ、財宝の山分けでもねだりに来たんだろ?」
「けっきょく三郎さんの遺産は見つかったのか?」
「おうよ。

どでかいダイヤモンドが見つかったぞ」
「ふーん」
「反応薄いな」
「俗世の金になど興味はない。

他には?」
「データの入ったメモリ・・・」
「ほう。

それこそが僕の求めるものだ」
「渡さないぜ」
「渡せよ」
「これは、樋口三郎の貴重なデータだ。よって、高等人としておれが保管しておく」
「・・・・・・」


ん・・・?


「ほお・・・犬が、元気に尻尾ふってるねえ」
「なんとでも言え。

お前には絶対見せないからな」
「そのうち、いやでも僕に見せたくなるよ」
「なんだよ、それ」
「という負け惜しみ」
「・・・・・・」


本気で残念そうだった。


磯野は、親父を慕っていたからなぁ。


「パスワードがいるみたいなんだよ」
「ふーん」
「なんだよ、やっぱ興味ないのかよ!」
「だって、君は国家の犬に成り下がってしまったわけだし」
「犬、犬うるせえな」
「負け犬」


・・・っ!


「おや?

いま本気でイラついたみたいだね」
「よく気づいたな」
「長年売れない作家をやっていれば、観察力が身につくものでね」
「売れてないんだ、プププ・・・」
「笑っていればいいさ。僕はもう帰る。
君とは絶交だな」
「おい、待て、お前の家に電話はあるか?」
「馬鹿にしているのか?」
「いや、ちょっと貸してくれ」
「僕の家は遠いからやめておくがいいさ」


磯野は不満げな顔で去っていった。

 

「・・・まあいいや。

その辺の公衆電話でも使うとしよう」

 

 


 ・・・

 

・・・・・・

 

電話を済ませて部屋に戻ってきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190609123740p:plain

「なんだよ、また為替かよ」
「だって、他にすることないし」
「眠くないのか?」
「さっきまで寝てた。 最近はなんだか寝起きの気分が悪いんだよね」



「栄養のあるものを食べなきゃダメだよ」
「まな、作れる?」
「ガスが直れば作れるよぉ」
「まだ直ってなかったのか・・・。
じゃあ、明日にでもガス屋を連れてくるよ」
「ありがとね」

 

・・・。



「どした?」
「明日は、お姉ちゃんと一緒にご飯が食べられるの」
「ああ、そうか、お前らって昼と夜ですれ違いな毎日だったもんな」
「だから、なにかとてもいいものを作りたいよぉ」
「まなは、料理得意なのか?」
「いろいろ作れるよぉ」
「掃除も得意だよな?」
「お掃除は好き」
「洗濯も?」
「うん」
「ひょっとして、この部屋の家事は全部まながやってるんじゃないのか?」



「そうだよ、あたしはぜんぜん働かないからねー」
「自覚はあったのか」
「働かないけどお金は持ってる。

そういうのってよくない?」
「よくないよ。

だらだらと、無駄に毎日を過ごしそうだし」
「楽でいいじゃん」
「・・・まったく、その根性を叩きなおしてやりたいよ」


さて、洞窟探検でちょっと脱線しちまったが、これからは本腰入れてこいつの義務を解消させてやらんとな。


「ところで、ダイヤは?」
「その辺の棚の上」


ダイヤは、泥棒に入られたらあっさりと盗られてしまいそうなほど目立つ位置にあった。


「・・・預かっておくから」
「売れたの?」
「明後日の午前中には入金するって」
「・・・へぇ・・・」
「あとは、その日に金をおろしてとっつぁんに渡すだけだな」
「・・・・・・」


さちは、思いつめたような顔をしている。


「どうした? 新しい儲け話でも探してるのか?」
「う、うん・・・そんなとこかなぁ」
「最近は、なにがブームなんだ?」
「・・・・・・」
「さち?」
「え?

ああ・・・ちょっとわかんないね」



「賢一、お姉ちゃんの邪魔しちゃダメだよ」
「いや、一日中パソコンにかじりついているなんて不健康だ」



「一日中じゃないよ。半日だよ」
「半日だろうが、起きてる時間を全部パソコンに費やすなんて、元気系のやることじゃない」
「じゃあ、時間を増やしてよ。

そしたら浮いた時間は外で遊ぶから」
「働けっての」
「いいよね、普通の人たちは。

あたしなんか毎日きつきつだよ。
考えてもみてよ、十二時間だよ。

半分しかないんだよ。
三、四時間しか寝れないし、夜遊べないからつまんないし・・・。
なんかもうイヤになっちゃうよ」
「いまさら何をぐちぐち言ってんだよ」
「あたし、そんな悪いことしたかなぁ?」
「我が国では、怠惰は立派な犯罪でございます」
「あたしなんかよりもっと怠けてるヤツいるって」
「そういうヤツは、一日が六時間だったりするんだろうな」
「えっ? まだ減るんだ?」
「十二時間より先はデンジャーゾーンだな。まともな日常が送れなくなる」
「寝て起きてメシ食って風呂入ったら終わり?」
「働く暇もないな」
「じゃあ、絶対義務が解消にならないじゃん」
「・・・前例はないね。そこまでいっちまうと、みんなもうヤケを起こしてあきらめるんだ」


・・・そして、義務を破って収容所行き。


・・・。



「・・・お姉ちゃん、パソコンもういいの?」
「ん?」
「さっきからずっと同じ画面見てるよ」
「あ、ああ・・・」
「何を見てたんだ?」


覗き込む。


「ん? 司法省のサイトじゃないか?」


てっきり為替情報かと思ったが。


「なんでこんなお堅い政府公認ページなんて見てるんだ? ブームか?」

「い、いや・・・世の中には変わった義務がたくさんあるなぁって・・・」
「おいおい。

子鹿が生まれてすぐ立ち上がろうとするように、おれたちもすぐにこれを勉強させられただろう?」



「まなも、お姉ちゃんに教えてもらったんだよ」



さちは首を回して、パソコンから離れた。


「やっぱ、極刑はヤバイよねえ・・・」
「・・・・・・」
「これって、なにやらかすとくらっちゃうの?」
「・・・たとえば、内乱とか国家の転覆を狙うような真似をしたときだな。
しかも確実に連座制が適用される」



「れんざせい?」

「座布団を並べて座って、みんなでお題に変えてお客さんの笑いを取るの」



「いきなりわけわかんないことを教えるなよ!」



「たとえば、あたしとまなが本気の姉妹だとしてさ、あたしがなんかやったら、まなも同じ義務を負っちゃうの」
「まなが、やっても?」



「一蓮托生」

「いちれんたくしょ?」

「ずっと、一緒って意味だよ」
「おー、いいねっ!」



「ホントにぃ? まな、あたしのせいで一日十二時間だったらイヤじゃない?」
「うーん・・・?」
「あたしのこと恨むでしょ?」
「んーん」



首を横に振った。



「よくわかんないけど、お姉ちゃんは悪くないよぉ。
悪いのは、もっと違うところにあると思うの」
「・・・・・・」


「まな・・・」


さちはため息をついてまなの頭を撫でた。


「なんか、して欲しいこととかない?」
「急にどうしたのぉ?」
「いや・・・そういうのもアリかなって」
「・・・ん?」


「働け」
「イヤ」


「まな、働いて欲しいって言うんだ」
「お姉ちゃんは、ちゃんとお金稼いでるもん」
「じゃあ、まなが思ってることを言うといいさ」



絵を描いて欲しいと。



「えっと・・・」
「・・・・・・」
「お姉ちゃん・・・まなね・・・」
「あ、やっぱなし」


さちもまなが何を望んでいるか気づいたらしい。


「ごめんね、そろそろ七時だし」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ・・・」


さちは、そのままクスリを飲んでベッドに横たわった。


まなは、さちの寝顔を覗き込むように見つめた。



「お姉ちゃん、まなね・・・絵、見せて欲しいよぉ」
「まな・・・」
「お姉ちゃんの絵は、すごいんだよぉ。
まな、絵のお勉強したんだもん。わかるよぉ。
お姉ちゃんは、絶対すごいんだよぉ・・・」


それからしばらくの間、さちに語りかけていた。

 

 ・・・・・・。




 


・・・



・・・・・・



おれはまなと一緒にあぜ道を歩いていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190609123922p:plain



「そういや、スーパー辞めることになったんだな」


うっかり、スーパーに向かうところだった。


「うん・・・なんか、もう来ないでいいよって。
お給料はもらえたんだけどね」


辞めさせるよう、手を回されたんだろうな。


けれど、まなが去っていくという事態は避けられた。


「まな、良かったな。さちに感謝しろよー」
「お姉ちゃんが、まなを助けてくれたんだね?」
「あいつは自分のことしか考えてなさそうでいても、根はいいヤツだからな」
「お姉ちゃんは、優しいよー。

まなを助けてくれたもん。
あとね、強いんだよー」
「強いか・・・そうかもな。
一人暮らしなのに、お前の面倒見てるんだもんな」
「まな、お姉ちゃんがいなかったら大変だった」
「さちとは、どうやって出会ったんだ?」


踏み込むとするか。


「・・・んとね、向日葵畑だよ」
「町の入口か・・・それはいつ?」
「うーん・・・いち、にぃ、さん・・・」


指を折って数えている。


「四年前だよっ」
「詳しく、聞かせてくれないか?」


・・・四年前といえば、内乱が終わって、さちが義務を負う前の話だ。


「んっとね・・・まなはね、最初、いろんな人と暮らしてたんだよ。
学園みたいなところだよ。
そこには、まなとおんなじ国の人とか、他の国の人もいたし、この国の人もいてね。
みんな子供だったよ」


・・・養護施設か。


「でも、よくわからないうちに、そこは潰れちゃったの」


よくある話。


「それから、まなはしばらく一人で暮らしててね。
なんかすごく大変だったよー。
学園で一緒だった人はみんな、まなのこと嫌いみたいで、あっち行けっていうの。
まなと一緒にいると、いじめられるって。
橋の下で寝て、コンビニの残りのお弁当もらったり、川のお水を飲んだり・・・。
毎日落ち着かなかったよ」


すごいな・・・。


まなのひたむきさと賢さは、そのときに養われたのかもしれない。


「そのときは、たくさんまなみたいな家のない人がいたから、どんどん町の端っこのほうに、まなの住むところが変わっていったの。
屋根のあるところは全部追い出されちゃってね。
だから、まなは向日葵を屋根にしようと思ったんだよぉっ。
背の高い向日葵はね、けっこう雨もよけてくれるんだよ。
しばらく向日葵畑に住んでいてね、誰も来ない、まなの秘密基地だなって思ってたんだけど・・・。
・・・すっごい晴れた日にね、暑いなあって葉っぱの下で寝てたら、誰かがじーっとこっちを見てるの・・・」



・・・なるほど。

 


「ちょっと、座ろうか」



おれはまなの手を引いて、田んぼの縁に二人で横座りになった。

 

f:id:Sleni-Rale:20190609124049p:plain


 

「・・・えっとね、それでね、その人がお姉ちゃんだったの」

 

涼しげな夜気の中で、おれはまなのたどたどしい言葉に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

――――



「・・・・・・」
「あ、あの・・・」
「うわっ!? びっくりしたぁ・・・!」
「え、え?」
「あんた、こんなクソ暑い日に、向日葵の下でなにやってんの?」
「えっと、住んでるの・・・」
「へ? お家ないの?」
「うん。ごはんちょうだい」
「いまはなにも持ってない。明日持ってきてあげるよ」
「本当?」
「だからちょっとそこどいてくれるかな?」
「はーい!」

「・・・・・・」
「なにしてるのぉ?」
「・・・・・・」
「ねえねえ、あなたのお名前なんていうの?」
「・・・さち」
「んとね、わたしはね、ムァヌーっていうの」
「は? ああ、よく見たら外人じゃん」
「さちお姉ちゃん、さちお姉ちゃんって呼んでいい?」
「あんた、まな、でいいんじゃない?」
「え? ムァヌーだよ」
「あたし言語系ヤバイから、まなで決定ね」
「・・・・・・」
「あと、さちお姉ちゃんは長いから、お姉ちゃんでいいよ」
「で、でも、本当のお姉ちゃんじゃないよ?」
「当たり前じゃん。

本当だろうが偽物だろうが、呼び方なんてどうでもいいっての」
「うん、じゃあ、お姉ちゃん!」
「よし、まな。 ちょっと黙ってて」
「なんで?」
「いや、あたしいまセンチメンタルだから」
「せんちめんたる?」
「そうそう。 感傷にひたっているの」
「よくわかんないよー」
「詳しく説明するとね、あたしは落ち武者なんだよ」
「ぜんぜん詳しくないよー」
「だからぁ・・・えぇっとねぇ・・・」

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

 ――――

 

 

・・・。



「・・・さちのマイペースっぷりは、本当に昔から変わってないな」
「お姉ちゃんはね、絵を描いていて、ちょっとつらいことがあったみたいなの」
「それを説明するのにけっこう時間がかかったろ?」
「三時間くらいはぜんぜん会話が噛み合わなかったよ」
「・・・・・・」


とにかく、さちは絵をやめたのだけれど、未練がましく感傷にひたりにきたわけだな。


受賞は八年前だから、四年間も思い悩んでいたのか・・・。


さちって、そういう空気をぜんぜん見せないんだよな。

 

「でね・・・」


まながおれのシャツの袖口を引っ張った。


「次の日になったの」

 

 

 

 

 ――――

 

・・・


・・・・・・

 

「ごはん、ごはん!」
「あ、ごめん、忘れたっ!」
「ええぇーっ!」
「明日、明日こそ持ってくるから」
「わーん!」
「ごめんねぇ、あたしって超てきとーだから」
「しゅん・・・」
「さーて、今日ものんびりがんばるぞーっと!」
「・・・・・・」
「って言っても、別に絵を描くわけじゃないんだけどねぇ」
「どうして、絵なんて描いてたの?」
「え? どういうこと?」
「だって、ご飯食べられないでしょ?」
「あー、お金にならないって言いたいの?」
「うんうん。 そんなお仕事聞いたことないよー」
「仕事じゃないよ。お金なんてほとんどもらえないしね」
「お金もらえないのに、なにしてるの?」
「なにしてるのって・・・なにしたっていいじゃん」
「んー?」
「あのね、こういう言葉知ってる?

絵で心は満たせないけど、絵はお腹を満たしてくれるんだよ」
「・・・んー?」
「やばっ、逆じゃん!?

決めゼリフを間違ってしまった!

うははははっ!」
「・・・お姉ちゃん、一人で楽しんでるよぉ」
「だからぁ、ご飯は、自分のお腹に入って終わり。絵は人の目に触れるまでは完成じゃないの」
「完成じゃないの?」
「あたしはそう思うの。人に見せるってのが前提じゃなきゃつまんないの。
どんなにがんばって描いてもね、見た人ががっかりしたらせつないって」
「お姉ちゃんは、せつないの?」
「なかなか鋭いね、まなは。そうなんだよね、超せつないんだよねー・・・。

昨日なんかさぁ、偉い画家先生から嫌みなメールが来てさあ、もう四年も前のことをぶり返してくれちゃってさあ・・・」
「まな、話についていけないよー」
「でね、あたしにまた絵を描けっていうのかと思ったら、ただの悪口でさあ・・・」
「お、お姉ちゃん・・・もうちょっとゆっくり話して・・・」

 


・・・・・・。

 

・・・。

 

―――― 

 

 

洞窟の中でもそんなようなことを言っていたな。

 

―――『もう、絵は嫌い・・・誰も喜んでくれなかったから・・・』

 

・・・。

 

「お姉ちゃんは、ずっと自分のことばっかり話してたの」
「しょうがないヤツだな」
「でもね、だから、まなのこと嫌いにならなかったんだと思う」
「ほお・・・」


良くも悪くも、あいつはあまり他人に興味がないんだよ。


「でね、その次の日に・・・」

 

 

 


――――

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190609124501p:plain

 

「もうセンチメンタルは終わりだよー」
「もう来ないの?」
「うん、部屋にパソコンが来たからずっと引きこもるの」
「パソコンでなにするの?」
「ギャンブルだよ。 あたしって運がいいほうだと思うんだよね」
「ねえ、そんなことより・・・」
「あ、ヤバっ!」
「もー! ごはん食べたいよー」
「わ、わかった、わかったってば! じゃあ、あたしの部屋においでよ」
「えっ?」
「あんたあたしの妹ってことにしてさ、一緒に住めばいいよ」
「えっ? えっ? えっ?」
「ちょっとぉ、なに魚類みたいに口をパクパクさせてんの?」
「い、いいの?」
「掃除できる?」
「うん・・・」
「洗濯と、お風呂掃除と、洗濯と、買い物と、なんか二回言っちゃったけど、いろいろあたしの代わりにやるんだよー」
「そ、そんなことでいいの?」
「こき使うからねー。

服とかあたしのおさがりだからねー」
「ぜんぜんいいよぉ・・・ありがとう、お姉ちゃん!」
「うわっ! なんか泣き出したし! キモイキモイ!」
「うれしぃ・・・うれしぃよぉ・・・お姉ちゃん、ありがとう・・・ありがとうねぇ・・・」

 


・・・・・・。

 

・・・。

 

――――

 

 


「・・・うれしかったなぁ・・・」


まなの居場所が出来上がった瞬間か。


「よかったな、まな」


まなは運がいい。


当時の外国人の孤児は、ほとんどが行き場を失ったというのに。


「昨日ね、まな、連れて行かれるって聞いて、もう怖くて怖くて仕方なかったの」
「もう、大丈夫だって」
「また、一人ぼっちになっちゃうのかなぁって」
「そっか・・・でも、さちのおかげでなんとかなったから」
「またお姉ちゃんに助けられたよ・・・」


鼻をすすっていた。


「だから、まなはお姉ちゃんにお返ししなくちゃいけないの」
「プレゼントか?」
「うん・・・お姉ちゃん、きっと喜んでくれるよ」
「絵の具とか? 画材道具一式?」
「インターネットで注文したんだよぉ」
「インターネットを使えるとは、さすが現代っ子だな」
「賢一の名前で注文したの」
「え?」
「そしたら、すごい丁寧な返事のメールが届いたよ」
「・・・特別高等人候補生は、国家の宝でございますゆえ」
「すぐ届けますって。 えへへへーっ」
「でも、人の名前を勝手に使っちゃダメだろ?」
「・・・ごめんなさい・・・だって・・・」
「わかってるよ。

おれが洞窟に行ってたからだろ?」
「ごめんなさい・・・画面見て初めて、名前がいるってわかって・・・。
まなの名前じゃダメだったから・・・」
「もうしないなら、いいよ」


高等人関連の名前を偽ると、ただの詐称じゃ済まない。


「わかった? ダメなんだよ」


顔を近づけて、まなの顔を覗き込むように見た。


「・・・はぁい」


こういうのは、はっきりとダメだと教えなきゃならない。


世の中には、いい加減に許されると、許された本人が一番困ることがたくさんある。


「画材道具は、明日くらいに届くのかな?」


まなは申し訳なさそうに頷いた。


「受け取りは、おれがやるから」


こんな僻地に速達便か・・・ご苦労様です。


「それじゃ、そろそろ帰ろうか」

 

 

 

・・・


・・・・・・



「お姉ちゃん、喜んでくれるよね?」
「・・・・・・」


迷惑に思うだろうな。


「きっとまた絵を描いてくれるよ」
「まなは、知ってるんだろ?」
「なにを?」
「まなが寝ているときに、さちは絵を描いてないって」
「・・・・・・」


黙っちゃった。

 

f:id:Sleni-Rale:20190609124730p:plain

 

「・・・描いてくれるのっ」
「わかった。 そんなに怒るなよ」
「お姉ちゃんは調子が悪いの。

昔にいろいろひどいこと言われたから、調子が出ないだけなの」
「そうだな。 それは正しい」
「きっと、道具があれば、またやる気になってくれるのっ!」
「そうだそうだ。まなは賢いな」
「なんか賢一、まなのこと馬鹿にしてるなぁ?」
「と、とんでもない・・・」


本気で賢いって。


まなは、薄々気づいているんだ。


さちがこのままだと、ダメになってしまうって。


「じゃあ、しっかりとさちにプレゼントあげような」


もう少し時間をかけて、さちを動かしていこうと思っていたが・・・。


「あいつが嫌がっても、無理やり受け取らせてやるから」


まなのひたむきさがあれば、なんとかなるかもしれない。


「明日は、ご飯作って、みんなで食べて、それからお祝いしようねー」
「さちの復活記念日だ」
「ふふふふふふっ!」

 


澄んだ夜空の下、おれたちは笑いあった。

 

・・・。