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車輪の国、向日葵の少女【12】


・・・。



久しぶりにぐっすり眠ったおれは、誰も起きてこない時間のうちに、負傷した我が身を念入りにチェックした。


・・・やっぱり、肩がいまいち調子悪いな。


さちと殴り合いにならなきゃいいがね。


苦笑して、しばらくぼーっとしていると、まながクローゼットから出てきた。

 

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「おはよー!」
「朝一から元気だなぁ」
「お姉ちゃんの真似だよー」
「さちのいいところだけを、真似するんだぞ」



「あたしのいいところってなに?」
「起きてたのか?」
「あー、今日はびりっとがんばれなさそーっ」


脱力していた。


「体調悪いのか?」
「うーん・・・気持ち悪いかも・・・寝とくね・・・」


さちは、再びベッドに戻った。


「まな、おれたちは買い物に行こう」
「うん・・・。お姉ちゃん、いってきまーす!」



「・・・・・・」



さちは布団にくるまって返事をしなかった。

 

 

 

・・・


・・・・・・


 

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「しかし、このスーパーは意外に繁盛してるのかね」
「そうみたいだよー。この町で一番大きいんだって」
「ちゃんと、店長にお別れの挨拶したか?」
「うん。 いままでどーもでしたって、ちゃんと言ったよ」
「偉いなぁ」
「でも、店長さんはね、違ってたよ」
「違う?」
「うん。 新しい店長さんが来てて、その人と交代になったらしいの」
「へえ・・・」


あのかわいそうなオッサンは、解雇になったのかな。


「新しい店長さんは、優しくていつもみんなに声をかけてるの」


有能な人間が配属になったようだ。


ひょっとしたら、とっつぁんが口を利かせたのかもしれない。


このスーパーは大手百貨店の系列だから、とっつぁんはその役員にでもなっているのかもな。


あの人の経歴はほとんど謎だが、人脈と資金力が常軌を逸していることは予想がつく。


「早く行こー。朝のセールが始まっちゃうよー」
「わー、わー、わー!」


混んでた。


まるで町中の人間が集まっているかのようだ。


天井から垂れ下がった赤幕の下に、人だかりができていて、しかもみんな殺気立っていた。


「なんだ、なんだ?」
「ソーセージがたくさんだよぉ!」


まなは、ダッシュで人だかりに飛び込んでいった。

 

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「どいてっ、どいてっ!」

 

自分の身長の倍くらいあるおばちゃんたちをかきわけている。


「っく、これは、まなのだよっ!」


「おお・・・なんと勇ましい・・・」


「これもっ、これもっ、ぬぬぬぬ・・・」


押しつぶされながらも、一歩も引かないまなだった。


「賢一もだよっ! なにやってるのぉっ!?」


まなも、ぴりぴりしていた。


おれは、少し頭を使わせてもらおうかな。


甘いマスクでマダムをキルするのだ。


「ちょっとすみません、私は森田賢一というんですが・・・」


軽く髪をかきあげ、斜め六十度の角度からおばさんに近づく。


どーん!


「ぎゃーっ!」


弾き飛ばされてしまった。


当たり前だ、おばさんたちは、バーゲンにおいて聞く耳持たない荒れ狂う牝牛なのだから。


・・・それじゃあ、別の売り場に誘導してみるとするか。


「おーいっ! 洋服売り場で夏物セールやってるぞっ!」


ざわざわざわ・・・。


なんですって、お洋服ですって、いきましょ、いそげ、死なばもろとも・・・。


騒ぎ立てるおばちゃんの群れ。


やがて、ドドドドっと去っていった。


・・・。


・・・ふう、助かったな。


「・・・まな、もう帰ろうぜ、疲れたよ。 って、いないし!」

 

 


・・・
「はあっ、はあっ、はあっ・・・」


まなを救い出し、店から出てきた。


まなの大奮闘のおかげで、昼になってしまった。


「たくさん買えたねー」


ほくほく顔だった。


「お前って、たくましいなぁ」
「早く帰って、ご飯の支度しようねー」

 


 


・・・


・・・・・・


戻ってみると、さちの姿がなかった。


「どこいったんだ・・・?」
「具合悪そうだったのにね」


不審に思いながら、食材を台所の上に広げる。


「・・・ガス・・・」
「あ、直してもらうの忘れてたね」
「ちょっとガス屋を呼びに行くよ」


あのガス屋、連絡しても来ないんだよな。


理由は、さちが取り返しのつかないほど料金を滞納していたから。


「でも、プレゼントの受け取りしないといけないんじゃないの?」


そうだった、部屋にいなきゃいけないのか・・・。


けれど、もたもたしていると夕食に間に合わなくなるかもな。


おれはジュラルミンケースを漁る。


「これ、絶対なくすなよ」
「ハンコ?」
「そう、森田賢一の実印だ。 宅急便の人が来たら、モノを受け取って、ハンコを押すんだ」
「うん、わかった」


この子は賢いから、大丈夫だろう。


「ガス屋ってどの辺にあるんだ?」
「えっとね、学園の近くだよ」
「わかった。

まなは、野菜を切っていつでも火にかけられるようにしておくんだ」
「はーいっ!」


元気のいい返事を背に、外に出た。

 

 

 


・・・


・・・・・・



「学園の近くといって、学園に入ってきてしまった」


場所がわからんから、その辺の学生に聞くとしよう。


「あー、そこのお姉ちゃん、ガス屋はどこでしょう?」


・・・。


誰もいないじゃないか。


「あんたも知っての通り、いまは夏休みだった」


・・・。


「狂ったのかな、おれ? 背後に、人の気配がしたんだがなあ・・・」



「け、賢一?」

 

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「おおっ、やっぱり人がいた。おれはまだ狂っちゃいない」
「おかしくなっちゃったの?」
「おまえこそ、具合が悪いのに学園に何の用だ?」
「いや・・・カバディ部の練習があって・・・」
「ウソつくなよ、お前ごときにカバディのなにがわかるんだ!」
「そ、そんなに怒らないでよ・・・」
「追試か?」
「あ、うん・・・国語のね」
「大変だなぁ、庶民は。
おれはしみじみそう思うね。

学園ってのは、社会に出るための訓練をする場所であり、座学の勉強をするところじゃないんだ。
いや、この考えをあんたに強制するつもりはないがな」
「なんか、ブツブツ言ってるし・・・」
「で、本当はなんの用事だったんだ?」


しれっと言った。


「ごめん、言えない・・・」
「な、なんだって!? 隠し事か!!おれと抱き合って二日で破局の伏線を張ろうってのか!?」
「ち、違うってば。そういうの関係ないって」
「じゃあ言えよ。おれのどこが不満なんだ!?
しばくぞこのアマぁ!」
「け、賢一って、付き合ってみるとけっこう豹変するタイプだね・・・。
き、嫌いになってきたかも・・・」


ふざけすぎたかな・・・。


「どうしても言いたくないの?」
「うん・・・。

そんなたいしたことじゃないから・・・」
「・・・・・・」


・・・たいしたこと、だろうな。


尋ねなきゃダメだ。


可能性として考えられるのは・・・。


「とっつぁんに呼び出されたのか?」
「いや・・・呼び出されたってわけじゃ・・・」
「会ったんだな?」
「・・・はあっ、賢一には隠し事できそうにないね」


深いため息。


「会って、ちょっと質問してたのよ」
「なんの?」
「あたしの義務について。

どうにかならないかってことを」
「・・・なんでおれに聞いてくれないの?」


ちょっと悲しかった。


「恩赦について聞いてたから。

あれって、実績ある高等人の口ぞえが必要なんでしょ?」


パソコンを使って調べたのかな。


「確かに、おれじゃ無理だよ。ぺーぺーだからね」
「とにかく、そういうことだから。

なんかごめんね」
「金が欲しければみっちり働いて貯めることだな」
「うん・・・そうする・・・」


まだ、なにか悩みがありそうだな。


けれど、そろそろガス屋に行かなきゃ。


「さち、この辺にガス屋はないか?」
「あるよー。一度ケンカしたから」
「お前がガスの料金を払わないからだろう・・・」
「だって、基本料金みたいなの取られるのがムカついたんだもん!」
「世の中には、どうしてこんなものにお金を払わなきゃ?

――ってのがたくさんある。
あきらめるんだな」


さちに案内してもらいながら、ガス屋に向かった。

 

 

 

・・・


・・・・・・



午後三時。


なぜかおれがガス料金を払う羽目になったが、なんとかガスが復旧した。


「賢一、準備はできてるよぉー」
「なになに、なにしようっての?」
「一緒にご飯食べるのっ!」
「ああ・・・そういうのも、たまにはいいかもね・・・」


さちはパソコンに向かった。


「まな・・・ハンコ」


肩をぽんぽんと叩くと、まなはスカートのポケットから大事そうにハンコを出した。


「ハンコを押すとき、変なこと聞かれなかったか?」
「ううん、平気だったよぉ」


大丈夫だったみたいだな。


「プレゼントはどうした?」


小声で言った。


「クローゼットの中だよぉ」
「ご飯食べたらあいつをびっくりさせてやろうな」
「うんうんっ!」


盛り上がったところで、まなと一緒に調理を始めた。

 


 ・・・・・・。



「ご飯できたぞー」
「あ、マジで? もうちょっと待って。いま終わらせるから」
「お前、ポーカーなんてやってるのか?」
「勝ってるからいいじゃん!」
「それで、破滅に追い込まれたんだろうが」
「破滅なんてしてないよ。ちょっと時間を奪われだけ」


なんだか、洞窟から帰ってきてどんどん自堕落になってきているような気がするんだが・・・。


「いやーっ、久しぶりにやると楽しいんだよ・・・わからないだろうなぁ、真面目に働いている人たちには・・・」
「お姉ちゃん、食べよーっ」
「ギャンブルに勝った後のメシはうまいんだよねー」



「・・・・・・」



まあいい、いまは楽しむとしよう。

 


・・・。




「でねっ、問題なのは、この国の言語がおかしいってことなのよ」


さちは野菜炒めを食い散らかしている。


「例えばさあ、流行のことをブームっていうじゃない?」
「だからどうした?」
「どっちなのよ! って、感じじゃない?」
「って、感じじゃない。どうでもいい」
「あとはさあ、ホチキスのことをホッチキスっていうじゃない?」
「だからどうした?」
「どっちなのよ! って、感じじゃない?」



「ほほーっ!」



まなが身を乗り出すほどに、感心していた。


「あとは、アントニオバンデ○スなのか、バントニオアンデラスなのかわからない」
「わかるって!」
「岡○真澄なのかスターリンなのかわからない」
「見た目だけじゃねえかよ!」
「うるさいなあ。

じゃあ、賢一は牛乳のことをミルクだとでも思ってんの!?」
「・・・・・・。
・・・いや、牛乳はミルクでいいだろ」



「お姉ちゃんは賢いなあ・・・」



「しょせん、人間の作ったものなんて曖昧なのよ。
だからあたしは、絶対自分主義で自分だけの言語で会話するのよ」
「そうやって社会のルールから外れていくんだぞ」



「お姉ちゃんはかっこいいなぁ・・・」



「レールっていうけどさ、なに、社会の枠って言い換えればいいのかな?」
「今度はなんだよ?」
「見たことあんの? そのレールっての。それ、鉄道?
線路てこと? 特急? 各駅?」
「お前ちょっと酔ってないか?」
「社会のレールなんて誰も見たことがないっての。
人間はね、なにかわからないことがあると、神様とか妖怪とか、さらにわけのわからないヤツラのせいにしてきたのよ」



ほお・・・。



「科学が発展して曖昧なものが減ってきて、世の中わからないものがなくなったかと思わせておいて、実はあたしたちのほうから社会とかいう、わけのわからないものを作り出してんのよ」
「なにが言いたいかよくわかったよ。

おれたちはわけのわからないものがなきゃ生きられないんだろ?」
「そうそう。責任を取ってくれるヤツがいないと不安なのよ」



「まな、よくわかんないよーっ!」



ぶんぶんと箸を振り回していた。


「よし、ご馳走様!」


叫んで箸を置いた。


「さち、誕生日おめでとう!」
「おめでとう!」
「へ? 誕生日じゃないけど?」
「おめでとう!」


「おめでとう!」


「え? なに? 無理やりめでたい日にしようとしてない?」



「まな、アレを出せ!」
「はーいっ!」



「えっ? えっ?」



ごそごそごそ・・・。


「お姉ちゃんにプレゼントだよー」
「・・・・・・」



クローゼットから引きずられてきたその包みを黙々と開けていく。


「・・・あ・・・」


緊張の一瞬である。


「これって・・・?」
「まなが、お前に買ったんだ。

スーパーで働いていたのはそのためだぞ」
「・・・はは」

 

 

乾いた笑い。


・・・。


まずい、な。

 

 

「どぉだ? 超うれしいだろ?

アガるだろっ!?」


その場の勢いに身を任せて、ノリで受け取らせようとする。


「お姉ちゃん、どおかな?」
「・・・どうって・・・。
え、なにがめでたいの?」



「お前が今日を持って絵を描くという、新たな門出を祝っているのだ」
「はは・・・ウケるんだけど・・・。
マジかぁ・・・いや、まさかとは思ってたけど・・・。
こんなご丁寧なもんをよくもまあ・・・。
ふふ、フフフ・・・あははははははっ!」



「ふははははははははっ!」



「あはははははははっ!」

 



まずいって・・・。

 


・・・!



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「くっ!」


「ヒッ・・・!?」


「馬鹿、落ち着けって!」


怒りの形相でまなを見下ろしている。


「はあっ・・・はあっ・・・!」
「・・・あ、あ・・・」
「まな、あんたって・・・っ・・・あたしの気持ちとか考えてくれないの?
こんなもんもらって、あたしが喜ぶとでも?
賢一も、やめてよ・・・もう、イヤだって言ったじゃん!?
気持ちはうれしいけど・・・まなの優しさはわかるけど・・・。
こんなのひどいって・・・。
あたしって、てきとーだけど、これはマジでやってたんだって・・・。
ノリでなんとかなるもんじゃないんだって・・・」


そんなことはわかってる。


おれは、さちの一番触れてはならない部分に踏み込んでいるんだ。


「・・・ご、ごめんなさぃ・・・。
お姉ちゃん、ごめんなさぃ・・・まな、お姉ちゃんがこれでまた絵を描いてくれるんじゃないかなって、それで・・・」
「だから、それが迷惑だって・・・わかんない子だよね、ホント・・・」


そのとき、まながしゃくりあげるような声を出した。


「でもぉ、でもぉ、どんなにまながお姉ちゃんに嫌われてもぉ!
起きてるときに顔を合わせてくれなくてもぉ!
お姉ちゃんは、きっと絵を描いているのが一番いいんだよぉ!」
「あんたごときに、あたしのなにがわかるってのよぉ!」
「わかるもん! ぜったいお姉ちゃんはもっとすごいんだもん!」
「黙って掃除してお風呂洗って買い物してくれるだけの子供だと思ったら、とんだハズレを引いちゃったよ!」



「さち!」



「口うるさいことこの上ないじゃん! 不幸な境遇のくせにいつもニコニコしちゃってさあ! 気味が悪いっての! 子供なんだから、自分のことだけ考えて楽に生きればいいじゃない!?」
「おい、さち!」
「あんたみたいな異民、拾わなきゃよかった!」



やむを得なかった。


 

「黙れ!三ツ廣――――ッ!!!」



「・・・ひっ!?」


すくみあがった腕をつかみ、部屋の外へ引きずる。


「い、痛っ・・・は、離してよっ!」
「来るんだ・・・」
「うっ、ぐっ・・・」
「少し、頭を冷やせ・・・。

―――えっ!?」


・・・

思わず間抜けな声が出た。


横目でまなを見たそのとき、おれは心底震えた。

 

 

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「・・・・・・」

 

心をえぐるようなことを言われたにもかかわらず、泣きもせず、呆然とするでもなく、しっかりとさちの目を見据えていたのだ。


おれやさちのような凡人の目には、気味が悪いと写っても仕方がないのかもしれない。


まなは、賢いとかたくましいとか、そんなレベルの少女ではなかった。


まながさちのために画材道具をそろえたのは、決してままごとではなく、一人の人間が大切な人を再生するための、崇高な営みだったのだ。


「・・・・・・」


畏怖にも似た心持ちで、さちを部屋から連れ出した。


「はあっ・・・はあっ・・・」


「・・・さち、ちょっとは落ち着けよ」


「・・・うっ、うぅぅ・・・」


・・・。


手を離し、背中をさすってやる。


やがて、さちの口から嗚咽が漏れる。


「あ、あたし・・・なんてことを・・・」
「・・・・・・」
「・・・ひ、ひどい、まなに、ひどいこと・・・を・・・」
「そうだな」
「あんなこと普段思ってるわけじゃないの!」
「・・・・・・」
「本当なのっ! 信じてぇっ!」
「・・・・・・」


弾みで出た言葉だというのはわかってる。


SF小説の世界ならいざ知らず、現実では人を傷つけようと試みた意思は、時として当人の人格をどす黒く反転させる。


けれど、さちの過ちを簡単に許すことはできない。


「話だけは聞いてやる」


腕を組んでさちと距離をとった。

 

・・・。

 

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「・・・うぅっ・・・くっ・・・。

まな、ごめん・・・ごめん・・・。

あたし・・・なんて、なんてことを・・・言ってしまったんだろう・・・」
「ぐちぐち言っても始まらない」
「でも、でもぉ・・・あんないい子に・・・四年も一緒に暮らしてたのに・・・」
「初めてか?」
「えっ?」
「まなに、思いの内を叫んだのが」



姉妹の緊張の糸が切れたのが。



「・・・まさか、あんなことを言う自分がいるなんて・・・」
「おれも知らなかったよ」
「なにが元気系よ・・・あたし、最低じゃん・・・」
「人格やキャラクター性なんて、衝動の前では無意味だ。
おれたちの中には、おれたちにも見えないブラックボックスがある」


それは可能性でもあり、闇でもある。


「あたし・・・まなのこと好きなんだよ・・・」
「嫌いだったら、こんなことにはなっていない」
「よく働くし、あたしの言うこと何でも聞いてくれるけど、絵を描けってうるさいの。
あたしがネットやってると、後ろでじっと見てるのがたまらなくイヤなの。
でも、すごく可愛いの。ちょろちょろとあたしの後ろ歩いてきてさ・・・」


・・・。


少し、きついことを言うか。


「あいつは、お前のペットじゃないんだぞ。
犬や猫が飼い主の事情を考えてくれるか?
お姉ちゃんは、このままじゃダメになっちゃうって考えてくれるか?」


さちは黙って自分の足元を見続けていた。


「・・・あたし、あたしも気づいてる・・・。

このままじゃ、ダメになっちゃうってこと・・・。
でも、ぜんぜん踏ん切りがつかなくて・・・。

ずるずるといままで過ごしちゃってたの・・・。
まなと、出会ったときからずっと、逃げてたのかも・・・」
「・・・・・・」


おれは、さちの告白に耳を傾ける。


「・・・まなが、あたしに画材道具を渡そうとするのは、初めてのことじゃないの」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 



 ――――

 

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「お姉ちゃん、これあげるっ!」
「なにこれ・・・チョーク?」
「うんうん。これで絵が描けるでしょ?」
「まな、これじゃ落書きしか描けないよ」
「落書きでもいいから描いてぇ!」
「イヤ」
「今日はまなの誕生日だよぉ!」
「・・・むぅ・・・」
「お願いお願い!」
「仕方ないなぁ、下手でも笑わないでね」
「やったーっ!」
「ちょっと待っててね・・・あたしって、けっこう絵に時間をかけるから」
「待つよーっ! ずっと待ってるよーっ!」
「・・・あっちいってて、気が散るから」
「はーいっ! 楽しみだなぁ・・・」

 

 

 

 ――――



・・・。


・・・・・・。

 

「オチわかってると思うけど、あたしそのまま絵を描かずに遊びに行ったの」
「・・・・・・」
「それでね、また次の年くらいにさ・・・」

 

 



――――

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「なぁに? なに持ってるの?」
「プレゼントだよぉっ!」
「は? 鉛筆じゃん?」
「これね、近所の文房具屋さんでね、ちょっとお掃除の手伝いしたらもらえたんだよぉ」
「・・・これでなにしろっての? 鉛筆くらい持ってるけど?」
「色鉛筆なんだよぉ・・・お姉ちゃん、持ってないでしょ?」
「必要ないからね」
「だから、これで絵が描けるでしょっ?」
「イヤだって前にも言ったでしょ?」
「今日はまなとお姉ちゃんが姉妹になった日だよぉ」
「・・・っ・・・なんかずるくない?」
「描いてっ! 描いてっ!」
「・・・色が足りないよ。 十二色しかないじゃん」
「えぇ・・・」
「あたし、配色にこだわるからさぁ・・・これじゃあちょっと無理だよ・・・」
「そうなんだ・・・知らなかったよ・・・」
「ごめんね。気持ちだけもらっとくよ」
「ううん・・まな、絵のことなにも知らないでお姉ちゃんにわがまましてた・・・」
「は、はは・・・気にしないで」
「もっとお勉強してみるね」



――――



 ・・・。



「・・・それから、まなはネット使っていろいろ調べだしたの」
「さちの受賞のことや、世間からさちがどう言われているかも知ったんだな」
「それでさ、まなは六十色入りの色鉛筆セットをどうやってか手に入れて、持ってきたんだけど・・・」
「お前は水彩画家だったってオチか? 必要なのは、絵の具だったんだろ?」
「まったく、ひどいことしたよ。
絵の具がそろったら、次はイーゼルがないとかキャンバスが欲しいとか意地悪してさ」
「当時、まなに金がなかったから、そんなものが揃えられるわけがない」
「・・・そう、それでね・・・」

 




――――

 

「あのさあ、あたしってそばで誰かが見てると描けないんだよねっ」
「え? そうなんだ・・・」
「だからさ、まなが寝てるときに描くから」
「あ、でも、道具は?」
「自分で揃えるから」
「ほんとっ!?」
「うん・・・だから、もうあんまり絵を描けって騒がないで」
「ごめんね・・・まな、お姉ちゃんの絵が好きだから」
「生活のお金を稼がなきゃいけないから、あんまり絵に使える時間も少ないけど、それでもいい?」
「うんっ! 待つよっ! ずっと待つよっ!」
「・・・・・・」
「楽しみだなぁっ!」

 

 

 

 

 ――――

 



・・・。

 

「それから、けっきょく道具も揃えてなかったの・・・」
「生活のお金が足りなくなるからって、言い訳し続けたんだろ?」
「賢一はなんでもお見通しだね・・・」


さちにとって、まなは厳格な指導者だったんだな。


「でも、嫌な思い出ばっかりじゃないんだろ?」


すると、ふっと昔を懐かしむような顔になった。


「・・・あたしさ、こんな性格だから友達できてもなんか長続きしないんだよね。
けっきょく自分第一ってのがばれてたのかも・・・。
義務を負ってからは特に友達が減ってね、仲が良かった夏咲も豹変しちゃったし・・・磯野くんも狂っちゃったから・・・マジつまんなかったのよ」


寂しかった、と言わないあたりが、こいつらしいな。


「でも、まなは、ずっと一緒にいてくれた。
いつも話しかけてきてくれた。

あたしのためにご飯作って、部屋を掃除して、買い物に行ってくれたの・・・」
「それは全部、お前が絵を描く環境を整えるためでもあったんだぞ」
「・・・気づいてたよ・・・あの子、いっつもお金があればなぁっていってたもん。
もっとお金があれば、あたしが絵に専念できるってことでしょ?」
「そこまでわかってるなら、もう何を言っても無駄か?」
「・・・だって、あたしの絵なんてしょぼいし、きっとまなはがっかりするよ。
あたしが止まってるときに見る夢はさ、いつもそうなの。
寝ないでがんばって、腕がつりそうになりながら描いて、それでも時間が足りなくて、どうにかして完成させた絵をまなに見せるの。
そしたら、まなはさ・・・。

いつものニコニコした顔で言うの。
『コレ、見たことあるよ・・・』って」


・・・。


盗作非難のトラウマか。


「がっかりだよ、お姉ちゃんって。

ぜんぜんがんばってなかったんだねって・・・。
はあっ、ちょっと賞を取って、天狗になってたんだねって・・・っ・・・」


さちの様子がおかしい。


「ダメなお姉ちゃん・・・まな、ギャンブルしよう、お姉ちゃんみたいに・・・
っく・・・はっ・・・毎日無駄に生きてる方が楽だよって・・・そ、それで・・・」
「わかった。もういい」


震える肩を両手で押さえつける。


「・・・う、ぐっ・・・ど、どんなにがんばったかしらないけど、まなが、ざ、残念だったから・・・あ、くっ・・・ぜんぜん無駄だったねって、遊んでたほうがいいよって・・・」
「さち、もう戻ろう・・・なっ?」
「う、うあああっ、ごめん、ごめん、まなぁっ・・・!
お姉ちゃんには、無理なんだよおぉぉぉっ!」


さちの絶叫が、赤黒い夕陽と一緒になって山の向こうに沈んでいく。


おれはこれからなんて残酷なことをしなきゃならないのか。


クスリを飲ませる。


そして、少女は綺麗な寝顔のその下で、悪夢にうなされるのだった。

 

 

 ・・・・・・。

 


・・・。



その夜、おれは血眼になって時間を止めるクスリについて調べ上げた。


そして、脳内の薬物濃度を上昇させ、悪夢を誘発するような要素が含まれていることを確認した。


さらに、さちと同じ義務を追っている被更生人の調書を閲覧すると・・・。


やはり、同じように悪夢にうなされているとの症例報告が多数あった。


その結果、被更生人は前向きな更生態度を取れなくなっている、だそうだ。


「つまり・・・」


歯軋りした。


「さちが絵を描かずに自堕落な生活を続けてしまうのは、国にも責任があるってことだ」

 

・・・お姉ちゃん、これをどう思う?




・・・。