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車輪の国、向日葵の少女【13】



・・・。



朝七時、さちはぱちりと目を開いた。

 

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「・・・だいじょうぶか?」
「・・・んっ、まなは?」
「まだ寝てる」


まなは、昨日おれたちが部屋に戻ったときにはクローゼットの中で眠っていた。


「あー、なんか気持ち悪い・・・。

いつものことだけど・・・」


目をしばしばさせていた。


「具合が悪そうなところすまんが、今日は金を払いに行かないと」


まなを引き止めるための、ダイヤモンドを売って用意した金だ。


「おれがとっつぁんに金を渡してくる。お前は休んでろ」
「いいよ、あたしが行く」
「無理するなって、なんだか顔色が悪いぞ」
「あたしのお金なんだから、あたしが管理するの」
「強情だな・・・」
「賢一こそ休んでたら?」
「は? おれ?」
「あんたって、洞窟でいろいろ無茶してたみたいじゃん?
傷とか大丈夫なの?」
「・・・そうだな、少し睡眠を多めにとったほうがいいのかもしれないな」
「うん、じゃあ、今日は寝てなよ」
「そういうわけにもいかない。

そろそろとっつぁんにお前の経過報告をしなきゃいけないし。
昼過ぎまで寝てるといい。起きたら一緒に行こう?」
「そう、だね・・・」
「おやすみ」


おれは報告書を作成するために、ジュラルミンケースを漁った。


「賢一・・・」
「ん?」


ベッド上からの声。


「まなが起きたら、謝っといてくれる?」
「昨日のことか? それは自分でやるんだ」
「厳しいね・・・」


謝っても、どうしようもないんだがな。


まなは、さちが絵を描かない限り、さちを許さないんだろう。


「あたし、ひどいお姉ちゃんだよ。
ごめんね、まな・・・。
ごめん・・・」


ごめん、ごめん、ごめん・・・。


異常なほどに謝罪を繰り返すさちだった。

 

 

 ・・・・・・。

 

・・・。




「・・・ふぅーっ」


午前中いっぱいかけて報告書を作成した。


「しかし、さちを更生させるのはそろそろ難しくなってきたな・・・。
絵を描かすのが、やはり一番の近道なんだろうが・・・。
悪夢にうなされるほどの苦痛があるなんてな。
けれど、それでも絵を描かせるべきなんだろうな。
仕方がないから、『特別指導』を発動して、強制的にやらせてみようか・・・。
でも、あんたも知っての通り、押し付けられた教育は自発的にやるそれよりも効果が薄い場合がほとんどだ。
・・・どうするべきか。
大音と、夏咲も監督しなきゃいけないのに、一人目でこんなにてこずるとはな・・・。
どうして他の高等人は、一度に何十人と観ることができるんだ?
なにか、やり方が違うのかな・・・」

 


・・・・・・。




「なに悩んでるの?」
「おや?」

 

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「相変わらず、ぶつぶつうるさヤツだね、森田賢一は」
「・・・はあ・・・」
「いきなりため息?」
「お前って、いまだにヨーグルトのカップの蓋の裏をなめてるんだって?」
「・・・なっ!? ど、どうしてそれを?」
「いや、おれもやるから・・・なんとなく」


深いため息。


「・・・だって、もったいないんだもん」
「気持ちはわかるが、人目につかないところでやるがいいさ」
「うん、確かに子供っぽいよね・・・。
・・・って、なんでそんなこと森田賢一に言われなきゃいけないのよ!」


・・・すぐ怒るなあ。


「なにしに来たんだ?」
「あの怖い人が、学園まで来いって」
「なんで大音が使いっぱしられてるんだ?」
「最初はお母さんに電話がかかってきて、それでお母さんが私に命令したの」


回りくどいなぁ。


「了解したよ。わざわざありがとう」
「・・・うん」
「じゃあな」
「さちは、どう?」


心配そうな顔だった。


「・・・ちょっと、ギクシャクしてるな」
「元気?」
「元気はあるが、あいつってあまり弱みを見せないからな」
「お母さんから聞いたんだけど、さちが終わったら、私の面倒見るって本当?」
「さちの義務が解消されたらな」
「長くなりそうだね・・・がんばって」


励まされてしまった。


「・・・じゃあな」

 


 ・・・・・・



部屋に戻ると、さちはまだベッドの中だった。


まながいるクローゼットも閉じられたままだ。


とっつぁんの呼び出しは報告書の件で、さちには関係ない。


ぐっすり寝ていることだし、一度戻ってきて、それから一緒に金を払いに行くことにしよう。


書置きを残して、部屋を出た。

 

 

 

・・・・・・


・・

 


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「報告にあがりました」


書類を差し出す。


「成果は出ていないようだな」


報告書に目も通さない。


「三ツ廣の義務を解消させる最も簡単な方法は、強制的に一年以上働けと命じることだ。
守れば良し、破れば終わり」
「そのやり方では、たとえ一度自由の身になったとしても、再度義務を負ってしまう可能性が高くなるのでは?」
「また同じように労働を強いればよい。
時間を無駄にしている人間にとって、人生は実に長いものなのだから」


・・・それじゃあ、いつまでたっても更生しないんじゃないのか?


確かに、おれたちの監督は楽になるが。


「私は私のやり方で尽力します」
「結構。では、次・・・」


結果さえ出せば文句はないようだ。


「例のまなという少女だが、大使殿から追加の祝い金を頂いた」
「え?」


瞬時に、頭をフル回転させる。


「・・・つまり、いくら払えば、まなを引き止めることができるのでしょうか?」


すると、法月は必要な額面を口にするのだった。


「はは・・・。

日本円にすると億単位ですね・・・」


乾いた笑いが漏れてしまう。


ダイヤモンドを換金したって、そんなもん鼻くそみたいな金額じゃねえか。


「いくら国王が世界でも有数の金持ちだからって、どうしてたった一人の少女にそこまで払えるんですかね?」
「事情は理解できない。
だが、キャッシュでの支払いを確認した」


・・・狂ってやがる。


「わかりました。それでは失礼します」


早く帰って、さちにこのことを伝えないと。


「森田。よく頭を使え。この状況がチャンスであることに気づけ」
「・・・・・・」

 

 


・・・


・・・・・・



「さち、ちょっとまずいことになった」

 

・・・。


返事はない。

 

「おかえりっ」

 

まながクローゼットから出てきた。


「まな、か・・・」


元気そうな笑顔を見たとき、腹の底から痛ましさが上ってきて声に出てしまった。


「さちは、どこに行ったんだ?」
「お姉ちゃん・・・」


表情を沈ませた。


「えっと、学園に行くって、外に・・・」


学園?


行き違いになったのかな。


「まなのこと、じーっと見て、それからちょっと泣きそうな顔になって、最後にごめんねって・・・」


なぜだろう・・・妙な胸騒ぎがする。


「まなは、夕食を作って待ってろ」


そう言うと、部屋を飛び出した。

 

 

 


・・・


・・・・・・



「騒々しいぞ」
「さちが来ませんでしたか?」
「完全に行き違いだ。
金額がつり上がったことを伝えると、何も言わずに部屋を出て行った」
「・・・まったく、どこに行っちまったんだ」


舌打ちを禁じえない。


そのとき、ドアが鳴った。


「さち・・・」


さちは部屋に静かに入ってきた。


「おい、話は聞いたな?」


少女の手に下がっているのは、札束が入っているだろうナップサック。


「・・・っ・・・」


表情は暗く、目のふちがどんよりと曇っている。

 

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「さち・・・どうした?」
「・・・・・・」
「その金じゃ、足りないんだ・・・」


さちはおれに目もくれずに法月と向かい合った。


「お金。そこそこあるよ」
「それで?」


法月は眉一つ動かさない。


「この金額なら、あたしの『義務』が解消されるんでしょ?」



「な、に・・・?」

 

さちのヤツ・・・まさか・・・。


「手続きは私がすませよう」
「ち、ちょっと待てよ・・・!」
「森田は黙っていろ。これは三ツ廣さち個人の問題であり、高等人としての権限を逸脱するな」
「黙っていられるか!」


猛然とさちに詰め寄る。


「おい! 嘘だろう!?

まなに使うって言ってたじゃねえか!」
「金額が足りないのであれば、仕方があるまい?」
「あんたこそ黙っててくれ! これはおかしい!」


なにかが薄汚い。


理屈ではやむを得ない判断なのかもしれない。


「さち、お前は言ったな? まなを安心させてあげなきゃって。
おれもお前を疑ってしまって、本気で後悔したんだぞ!?
まなも、お前に助けられたって感謝してるんだぞ!!
そういう想いを、もう少し配慮するべきなんじゃないのか?」


けれど、さちは心に決めたものがあるようで、一向におれと目を合わせようとしない。


「・・・・・・どいて」
「どかねえよ!」
「どいてったら!」
「考え直せ―――ぐっ!」


後頭部で痛みが破裂した。


膝から床に崩れ落ちてしまう。


「権限を、逸脱するな」


杖が、振り向いたおれの眉間を刺していた。


「法月・・・さん」
「・・・・・・」
「・・・あたし、さっき貯金を全部おろしてきたんだよね。
でも、どんだけかき集めてもこれだけだったの。
この金額じゃ、あたしは自由になれても、まなは連れて行かれちゃうんでしょ?」
「そうだ。額面の桁が違う」
「へぇ・・・」


薄暗い感嘆の吐息を、おれは黙って聞いているしかなかった。


「どうしようもないんだ・・・へぇ・・・。
ふふ・・・しょうがないんだ・・・。
あたしって、なんてどーしようもないお姉ちゃんなんだろ・・・はは・・・。
しょうがないんだ・・・そっか・・・。
だったら・・・だったらさあ・・・。
こんな・・・」



はっとして息を呑んだ。

 

 

 

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「こんなモンになんの意味があるっていうのよおぉぉ―――っ!!!」

 

覗き見れば、ひらひらと空中を舞う札束。


「少しでもいい・・・こんなモン全部あげるから・・・。
なんでもするからぁっ・・・!」


さちの瞳に滲む雫が、夏の強い日差しにきらめいていた。


「まなに時間を与えて! これを頭金でもなんでもしてくれていいから、とにかく連れて行かないで!」


さちの必死の剣幕にもかかわらず、法月はあくまで冷静だった。


「少女をせりにかけると?」
「そんな言い方するなっ!」
「頭金はいいとして、追加の金をどうやって用意するのだ?」
「・・・それはっ・・・どうにでもっ・・・!」


唇を噛み締めていた。


まなを救えない無力感が、さちの腕に血管を浮かび上がらせている。


「考え直せ。

森田を早く試験に合格させるためにも、お前はその金で義務を解消するべきだ」
「うるさいっ!

まなを見捨てて、あたしだけ自由になろうだなんて、そんなことできるわけない!」


おれにとっては耳が痛い言葉だった。


「お金は絶対用意するって! だからそれまで待ってよ!」
「どうやって用意するのかと聞いている」
「それは・・・っ・・・だからぁっ・・・」
「莫大な金額だぞ。

お前のような少女が一生かけても得られない額だ。
ましてや、お前の一日は十二時間しかない」
「・・・っく!」


逆上したさちはいまにも法月に殴りかかりそうだった。


「こんなのって何かがおかしいよ!
まなは何も悪くないのに・・・。
あたしたちは、ただ普通に暮らしていただけなのに・・・!
どうにもならないだなんて・・・。

そんなの理不尽すぎるよ!
お金がないっていうだけで、なんでどこの誰かも知らないヤツに好き勝手されなきゃいけないの!?
絶対、何かが間違ってるって!」


悲鳴混じりの叫びが室内に響き渡る。


「さち・・・もういい・・・」


首を振った。


「賢一までなに言ってんの!? おかしいと思わないの!?」


そうじゃない。


「何でもするって言ったな?」
「それこそ一生働いたっていい!」



・・・言いやがったな。



「どれだけ眠くても、疲れ果てて倒れそうになっても、まなを助けたいんだな?」



いつも自分のことばかり考えてるさちが・・・。



「あの子は、あたしが拾ったんだから、最後まであたしが面倒見なくてどうするのよ!」
「・・・本気だな?」



さちの目を見据えた。



「・・・・・・」
「・・・・・・いいだろう・・・」



おれは懐から名刺を一枚取り出して、さちに向かって投げた。



「その決意、おれが買ってやる」
「え・・・?」

 

 

 

・・・・・・。


・・・。





「け、賢一、さっきの話・・・いまだに信じられないんだけど?」
「だから、お前は絵を完成させればいいんだよ。
そうしたら、おれがそれを買い取ってやるから」
「で、でも、あんなとんでもない金額で買ってくれるの?」
「手を抜いた作品だったら、もちろん買わない」
「いや、そうじゃなくて、そんな大金どうして持ってるの?」


探るような目で顔を覗き込んでくる。


「社長だったから」
「MKストレングスカンパニーって・・・」
「森田賢一強い会社」
「じゃあ、変態で非常識で叩かれまくってた前社長って、あんたのことだったの?」
「フン・・・これだから田舎モンは・・・。

新聞くらい見ろよ」
「す、すごいね・・・」


さちのおれを見る目が友人のそれから、もっと別格なものに変わってく。


「えっと・・・いやぁ・・・それは失礼いたしました」
「・・・・・・」


だから、言いたくないんだよな。


おれくらいの年齢で、金銭的な成功を収めるとろくなことがない。


「なあ、さち・・・そういうのやめようぜ」
「え? なにが?」
「なんか付き合いづらい・・・」
「あたしは、お金目当てであんたに近づいたわけじゃないって」
「そりゃそうだろうが、おれはお前と普通に付き合いたいんだ」
「う、うん・・・」
「安心しろ。

おれはキャバクラとかもほとんど行かなかったから」
「なにそれ?」
「いや・・・浮気っぽいところがないのをアピール」
「はははっ・・・ありがとっ!
やっぱりすごいねっ! どうして短期間でそんな大きな会社を作れたの?」
「知らねえよ」
「しゃっちょうさん! しゃっちょうさん!」


はしゃいでやがる。


「うるせえなあ・・・。

上場するまでは、おれより仕事ができるヤツを作ることだけを考えてがんばっていたんだよ」
「でも、もう働いてないんでしょ? 本当にお金あるの?」
「創業者利得ってわかるか?」
「あー、よく知らない」
「とにかくおれは金持ちだ。

お前を、ひ、一晩いくらで、か、かか買うことだって・・・できる・・・のだ」
「だから、恥ずかしいなら言わなきゃいいのに・・・」
「・・・ごめん」


おれだって、そういうのに慣れておきたいんだよ。


「期限は十日だ。

それまでに、おれを満足させる絵を完成させろ」
「と、十日!?」
「とっつぁんが、それ以上は待てないと圧力をかけてきやがった」
「あたしって、すごいスローペースなんだけど?」
「十日というか、お前にとっては五日だな」
「ち、ちょっとまってって!
いや、あんた常識なさすぎだって。

普通は一ヶ月近くかけるもんなんだって」
「画材道具はあるんだから、すぐにでも取り掛かるんだな」
「・・・こ、こわっ・・・」



なんでもするって言っただろうが。



「どうにもならないと思っていた事態に光明が見えたんだ。
まだ愚痴を言うんなら、がっかりだぜ」
「くっ・・・わ、わかったよ・・・!

絵を、描くよ・・・。
描くしかないんだから・・・まなのために・・・」
「・・・・・・」



がんばれ、さち・・・。

 

 

 

 


・・・


・・・・・・



「お姉ちゃん、お帰りぃっ・・・」

 

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心配そうに、さちの顔色をうかがっている。


「まな、喜べ。お前のお姉ちゃんは絵を描くぞ」
「え・・・?」


きょとんとして、目を見開いた。


「ほ、ホントにぃ?」
「二言はない。

やる気になったらしいぞ」
「どうして? なにかあったのぉ?」



「・・・えっとね」



まなを引き止めるための金を稼ぐため・・・ってな理由は話さないほうがいいだろうな。


「やっぱり、さちは絵が好きなんだって」
「ホントぉ!?
お姉ちゃん、ホントなのぉ?」



「う、うん・・・」
「・・・あ」



「どうした」


ぷるぷると震えだした。


「まな、うれしいよぉ・・・お姉ちゃんの絵がまた見れるなんて・・・。
お姉ちゃんが、またやる気になってくれるなんて・・・」
「泣くことないって・・・」
「だって・・・ぐす・・・だってぇ・・・」
「しょうがないなぁ・・・」


さちはまなの頭に手を置いて優しく言った。


「安心して、今度は絶対に逃げ出さないから」
「・・・うん、ありがとぉ・・・」

 


そのときドアが勢いよく開けられた。

 

 

 

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「感動したぁあっ!」



「邪魔くせえんだよっ!」

 

 

・・・・・・。



磯野を追い出して、軽い夕食を済ませた。


「さち、どこでなにを描くんだ?」
「町の入り口にしようと思う。向日葵畑ね」



「おーおーおー。
お姉ちゃんは、やっぱりあの風景が好きなんだね」



・・・二人が出会った場所でもあるわけだ。



「がんばれよー。おれも楽しみにしてるからな」
「賢一って、絵の良し悪しなんてわかるの?」
「も、もちろんだとも」


ぶっちゃけ、興味はあまりない。


「あれだな。

画家が自殺すると価値が上がるんだ」
「ぜんぜん知らないみたいだねっ。

まなのほうが詳しいよー」
「・・・っ」



「まな、たくさん見たんだもん。たくさん知ってるよぉ。
でもぉ、やっぱり、お姉ちゃんの絵が一番すごいんだよぉ」
「あ、ありがと・・・」


気まずそうだった。


「いいかぁ、おれが貴様のような庶民の絵を買ってやると言ってるんだ。
下手なもん描いたら承知しないからな」
「・・・わかったってば」
「よーし、出発!」
「へ? 出発?」



「もう、七時だよー」
「あと三十分もある」



「いや、それじゃ向日葵畑について終了だから」
「ちょっとは描けるだろ? 五分でも十秒でも、とにかくこれから描く風景を見とけって」
「外で『止まれ』っての?」
「ちゃんと朝はベッドで目覚めるようにしてやるから」



「明日からでいいと思うよー。

お姉ちゃんなんだか最近はずっと疲れてるみたいだし」



まなは事情を知らないが、もう時間がないんだ。


・・・。



「さち、行くぞ」
「えっと・・・」


もたもたしている時間がもったいない。


「・・・時間が、ないんじゃ、なかったのか?」


低い声で言った。


「・・・そ、そうだね。

ごめん・・・あたしが間違ってた」
「ホントに行くのぉ?」



「まなもついて来いよ。一緒にさちを応援しよう」



「あんまり脇からちょっかい出さないでね」



おれたちは画材道具一式を持って先に外に出た。



「この時間に外出することってあんまりないから、なんだかそわそわするね」
「まあ、七時前だからな。

でも、ベッドで止まらなきゃいけないってことはない」
「洞窟でも寝たしね・・・」



「三人でおでかけするの楽しいねー」



ニコニコしていた。


さちが絵を描いてくれるのが心底うれしいのだろう。

 

 ・・・・・・


・・・

 

 

 

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その場所にたどり着くと、強烈な赤と黄色のコラボレーションに目を奪われた。


夕陽をバックに、向日葵のじゅうたんが広がっている。


「すごいねーっ」
「よくもまあ、こんなに育ったもんだよ」


七年前に、戦車が通ったとは思えないな。


「よくもまあ、こんなに育ったもんだよ」
「・・・ていうか、もう七時なんだけど?」
「おやすみ」
「おやすみ、って・・・来た意味ないんだけど?」
「ちょっとは観察しておけただろ?」
「・・・まあねー。

来ないよりは良かったかな」


さちは、大きく伸びをして向日葵を見渡している。


「お姉ちゃん、がんばってねっ!」
「うん・・・なんだかやる気出てきたかもっ!」



「お姉ちゃん、がんばってねっ!!!」
「・・・な、なんでいきなりキモいキャラなの?」
「いや、最近のお前元気なかったから、おれがボケを担当しようかと」
「あはははっ。

これからは全然笑ってる暇ないと思う」
「ブームを追う時間も、為替をやる時間もないぞ、ポーカーなんてもってのほかだ」
「わかってる。

ガチンコで描かなきゃ間に合いそうにないしね。
寝る間も惜しんで描くよ」
「最高傑作ができたら、きちんと金を払ってやる」
「やってみるよ・・・」


短いため息が出た。


「でも、賢一ってなんだかんだで最後にはなんとかしてくれるキャラじゃなかったっけ?」
「甘えないほうがいいぞ。

おれはハードMだが、小さなSだ」
「よくわかんないって。あたしの言葉がうつった?」
「自分の手の届く範囲の人間には、強いってことだよ。
内弁慶みたいな感じ」
「覚えておくよ。

なんとなく賢一が怒ったら怖そうってのはわかってるから」



怒ったりしないさ・・・。



「がんばらなきゃ・・・」



ぼそりとつぶやいて、視線をまなに向けた。


「・・・・・・」


首と足元をふらふらさせて、眠そうにしていた。


「・・・まなが一番疲れてるんだもんね」


相手をいたわるような優しい目つきだった。


さちに、まなを想う気持ちがあるなら大丈夫だと思う。


きっと、絵は完成する。


「お前が真面目にがんばったら、義務も解消されるぞ」
「マジ?」
「ああ、多分な・・・」
「俄然、やる気がでてきたよー」
「その意気だ」


夕日がそろそろ赤から黒に変わる。


町に来たときよりは確実に日が落ちるのが早くなっている。


「じゃあ、おやすみ」



微笑んださちの横顔を、夏めいた生暖かい風が撫でた。



明日から、さちの新しい生活が始まる。

 


・・・。