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車輪の国、向日葵の少女【14】



・・・。


 

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澄み渡る広い空。


蝉の声が遠く山の向こうから運ばれてくる。


「お姉ちゃん、初夏から夏に季節認定していいかな?」


「う、む・・・」


おれの背中で寝むりこけていたさちが、もぞもぞと蠢きだした。


「うあっ・・・。

え? こ、ここは?」
「寝ぼけてんじゃねえよ。 向日葵畑だろうが」
「な、なんで? まさかここで寝てたっての?」
「安心しろ、ちゃんと布団の中で眠らせてやってたぞ」
「じゃあなんで、ここに?」
「移動する時間がもったいないだろう?」
「・・・なるほど」


突然のことでびっくりしたらしい。


「つまり、賢一は送迎無料のあたし専属運転手ってわけ?」
「うれしいだろ?」
「楽チンは楽チンだね・・・」


首を回して大きく深呼吸した。


「よーしっ、今日もびりっとがんばるぞーっ!

って、寝起きにパソコンいじる癖が抜けきれてないや」
「もうお前には、食う、描く、止まる以外の行動は取らせないぞ」
「鬼コーチってわけ?」
「特別高等人は鬼より怖いぞ」
「まだ、試験途中なくせに・・・」
「そう思うなら協力してくれ。お前を更生させれば、第一段階終了だ」
「わかった。賢一のためにもがんばるよっ!」
「お、おう・・・」


一瞬、ドキッとしてしまった。

 

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「朝ごはん作ってきたよー」


まながとてとてーっと走ってきた


「ご苦労」


飯が入ってるらしいパスケットを受け取った。


「これからは、まながお弁当作って、賢一がお姉ちゃんを送り迎えするんだもんねー」


まながおれに微笑みかけた。


「昨日、決めたんだもんねー」
「ねー」


「賢一・・・なんかキモイなあ」
「うるさい。

とっとと飯を食って筆を取るんだ!」
「あーい」
「いいかぁ、朝七時から夜七時までの十二時間のうち、三時間が仮眠を含めた休憩時間だ」
「三時間ね・・・その間に睡眠と風呂とご飯を済ませろと・・・」
「どうだ? 九時間も絵に向かえるぞ? 普通に会社勤めするのと同じような労働時間じゃないか?」
「理屈じゃそうだね・・・」
「いやぁ、いかに現代人が時間を無駄に使っているかわかるなぁ」
「賢一、ちょっと社長だったからって、調子に乗ってきてない?」
「おれはもとから偉そうだし、実際金持ってるし、それを謙遜する余裕もなかったわけで、調子に乗るなんて当たり前だ」
「呆れた。一人っ子?」
「・・・・・・」
「ん? どしたの?」
「・・・そうだよ」


なんとなくウソをついてしまった。


「まなと、お姉ちゃんは一人っ子だけど、一人っ子じゃなくなったんだよねー」
「ねー」
「ねー」



「・・・ねー」

 

 

 

・・・・・・。


・・・。



なんかよくわからんが、おれたち三人の間で『ねー』が流行りつつあった。



・・・
ご飯を食べ終わって、おれとまなはさちを見守ることにした。


さちはキャンバスに向かって、腕を組んでいる。


・・・。


「・・・ふぅ」
「・・・・・・」
「まな、帰ってていいぞ」
「んーん・・・いいの」
「暑いし、日射病になるぞ」
「楽しいからいいの」
「そっか・・・」


後ろから黙ってさちの作業を見ているのが楽しいなら、仕方ない。


さちはキャンバスと向日葵を交互に見比べている。


「どうだ・・・?」


その瞬間だった。


「話しかけないで」


元気系らしからぬ低い声。


「・・・すまん」
「・・・・・・・・・」


超シリアスだぜ・・・。


普段はあんなにだらだらしたさちが、まさかこんなに真剣な表情を見せるなんてな。


頼もしいぜ。


おれも、まなと一緒に黙って見ているしかなさそうだ。

 


 ・・・・・・。


・・・。



「さち、そろそろ昼だぞ」


遠巻きに声をかける。


「・・・・・・」


返事はまったくない。


「お、お姉ちゃん?」
「・・・・・・」


後ろから見る限り、朝からずっと腕を組んでいるのだ。


まさか、寝てるってことはないよな・・・。


「おい・・・お昼・・・」
「・・・・・・」

 

 

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寝てるなんて、とんでもない邪推だった。


・・・。


「昼飯の、時間だけど?」
「・・・・・・」


表情に、微塵の余裕もなかった。


「え、えぇっとぉ・・・」


焦ってしまう。


「・・・って」
「え?」
「・・・っての」
「は? い、いまなんと・・・?」
「・・・いいっての・・・!」
「ひええっ、すんません!」


敬礼して早足に去る。

 

 

・・・


「ど、どーだったの?」
「ヤバイ、あいつはさちじゃない。お金大好き元気系の三ツ廣さちは死んだ」


汗だくになりながら状況を説明した。


「お姉ちゃんじゃないなら、誰なの?」
「わからんが、とにかく巨匠と呼ぼう」
「お姉ちゃんは、きょしょー? きょしょーってなあに?」
「すごい人ってことだ」
「うんうん。

まなのお姉ちゃんはすごいんだよぉ」
「しかし、びっくりしたなあ・・・」
「お姉ちゃん、怖かったの?」
「ああ・・・触るもの皆傷つける感じだ」
「かっこいいねー」
「ねー。
・・・って、かっこいいことなのかなぁ」
「まなのお姉ちゃんは、かっこいいんだよぉ」


まなは、なにがあってもさちの味方らしい。


「仕方がない。おれたちだけでもお昼にしよう」


まなが持参したお弁当箱を開ける。


「お姉ちゃんが食べないなら、まなも食べないよ」
「おいおい。そういうのはよせよ」
「だって、お姉ちゃんに悪いもん」
「馴れ合い根性は人をダメにする。

あいつが食わなくても、おれたちは食えるときに飯を食っておかなきゃダメだ」
「やぁだ」


ぷいっと顔を背けた。


「おれの言うことが聞けないのかぁ!?」
「だって、賢一もまなも見てるだけだもん。大変なのはお姉ちゃんだけだもん。
楽してたらずるい」
「うるさい。おれは金持ちなんだ。楽してもいいんだ」
「お金持ちだからって楽してたら、すぐにお金なくなっちゃうんだよ」
「・・・知ったふうなことをいいやがって」
「だって、まな、お金があったらもっと勉強の本買うよ。
お金があったら、たくさんお金を使いたくなるんだよ。
だからすぐなくなるんだよ」
「・・・ぬ」


この子はやはり、あなどれんな。


「フンっ。だったら、おれ一人で食うさ」


鼻息荒く、バスケットから弁当箱を取り出す。


「うんうん。それがいいよぉ」


まなはニコニコと笑っていた。


「・・・なんて、いい子なんだ」


ぼそりとつぶやいた。


「しかし、おれはメシを食う。

まなには悪いがメシを食う」
「気にしないでいいよぉっ」


ニコッ。


「・・・なんて、屈託のない・・・」


つい、弁当箱にかかっていた手が止まる。


「いや、ダメだダメだ。

おれは情け容赦ない男だっていうのをアピールしておかないと。
鬼軍曹はいつでも憎まれ役にならなきゃダメなんだ。
そうさ、メシをガツガツ食べて、さちの目の前でケムリをふかしてやろう」



ブツブツ・・・ブツブツ・・・。



「賢一は、どうしてそんなに独り言多いの?」


さすがに不審に思われたらしい。


「しゃべってないと、寂しくてせつなくなって死んじゃうんだよ」
「じゃあ、まなが一緒にお話ししてあげるよ」


ニコっ。


「おれみたいな日陰モンに向かって、よくそんな向日葵のような笑顔を向けられるな」
「んー?」
「クソっ、ムカつくぜ・・・。

お前らのその姉妹愛みたいなのを、不意に、ぐちゃぐちゃに陵辱したくなるぜ」
「りょーじょく? りょーじょくってなあに?」
「りょーじょくってのはなあ・・・」

 

・・・・・・。


 

 

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「んー?」
「や、やっぱ恥ずかしいからやめておく」
「えっちなことなのぉ?」
「うげっ!? な、なぜそんなことを!?」
「賢一が、お顔を真っ赤にするのは、たいていそういう話をするときだよぉ」
「・・・な、なんて鋭い・・・末恐ろしい子なんだ・・・」
「でも、えっちなことって、まな、よくわかんない」


思わず安堵のため息が出てしまう。


「わからなくていいぞ。 むしろわかったら怖い」

「ハアハアするんでしょ?」
「え?」
「だから、ハアハアするんでしょ?」
「・・・まな、その辺にしておけって」
「んー?」


・・・。


まなとのおしゃべりは、日が暮れるまで続いた。

 



・・・・・・。



・・・。




空が赤く染まり、カラスの鳴き声がよく耳についた。


さちはキャンバスと向日葵の群れを交互に見比べながら、たまに鉛筆を紙の上に走らせていた。


「お姉ちゃん、すごいね」
「さすが巨匠」


けっきょく、一度の休憩も取らなかった。


「ずーっと、椅子に座ってて、ずーっと同じ姿勢だよぉ」
「すごい集中力だな」
「ちょっとは休まなくていいのかな?」


心配そうにおれを見上げた。


「七時になる前に、一度休ませたほうがいいな」

 

・・・。

 

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「集中してるところ悪いんだが・・・」
「・・・・・・」
「休まないか? 一睡もしないんじゃ、きついぞ」
「・・・・・・」
「なあ・・・」
「・・・ダメ」
「ん?」
「全然ダメ、こんなんじゃ・・・」
「え?」
「っ・・・!」


突如、いままで描いていた紙をぐしゃぐしゃに丸めたのだった。


「お、おい・・・!」
「・・・・・・」
「なんで資源の無駄遣いをするんだ?」
「・・・・・・」
「なにも捨てることはないじゃないか」
「・・・・・・」


さちは無言で、足元に視線を落としていた。


おれも、正直なんと言ってよいものやらわからない。



「お姉ちゃん、できたー?」
「・・・っ!?」
「どーしたのぉ?」
「い、いや・・・ちょっと失敗したから、また描き直そうと思って・・・」
「失敗? 調子悪かったの?」
「なんていうか、勘が働かなくて・・・ごめん・・・」
「どうして謝るの?」
「だって、早く見たいでしょ?

今日は少しも進まなかったから」
「無理しないでいいよー。

お姉ちゃん、すごいかっこよかったよぉ」
「そ、そう・・・?」
「うんうん。きょしょーだねっ!」
「だねっ!」


ようやくさちの表情に余裕が見えたので、口をはさんでみた。


「さち、まだ描けそうか?

一応、もう九時間はキャンバスに向かっていたわけだが?」
「・・・今日は、もうやめておく・・・むしゃくしゃするし・・・」
「わかっていると思うけど、あんまり時間はないんだからな」
「わかってるって」
「お前はいろいろ悩んだんだろうけど、おれから見れば、成果ゼロなんだぞ」
「わかってるっての」


いらだった声。


まあ、事実を突っ込まれて腹が立つってことは、いまのままじゃまずいって気づいている証拠だな。


明日からの巻き返しに期待しよう。



「帰ろうか」

 

 

 

・・・・・・



・・・



部屋に着くと、まなはキッチンでご飯の支度を始めた。


さちは機嫌が悪そうだった。


「明日、目が覚めたら、あたしまた向日葵に囲まれてるの?」
「楽チンだろ?」
「強制的に描かせようってこと?」
「イヤなのか? 絵を描くのが」
「・・・イヤとか言ってられる状況じゃないし」
「じゃあガンバレ。

筆を握ったお前は最高にクールだったぞ」
「まだ、鉛筆しか握ってないんだけど・・・?」
「神経質だなぁ。 お前、ホントにさちか?」
「さちじゃなかったら、なんだってのよ?」
「トゲトゲしいっての・・・大音みたいだぞ」
「森田賢一なんて死んじゃえ!」
「はははっ! それなりに似てるな」


さちは、ようやくため息をついて表情を緩めた。


「あー、マジで疲れたぁ・・・。

一年分の集中力を使い果たしちゃった」
「いやあ、見てるこっちまで緊張させるなんて、なかなかすごいな」
「マジで? あたし、オーラ出てた?」
「出てたよ。龍が見えた」
「あははは。すごいでしょ!? ちょっとあたしっぽくない一面を見たでしょ?」
「うむ、お前はやればできる子だ」
「あー、それ、オジサンにも言われた」
「・・・・・・」


・・・おれも言われたな。


おれの場合、結局やってもダメな子だったが。


「どしたの?」
「ん?」
「変な顔してたよ?」
「生まれつきイケ面だから、ハハハ」
「賢一って、エッチトークしたときと、オジサンの話しが出たときに、よく地が出てるような気がするんだけど?」

「エッチな話は、マジで苦手。
・・・樋口三郎は、歴史に残る重罪人だから高等人として意識してしまうだけ」
「ホントにそれだけの理由?」
「な、なんだよ、顔を近づけるなよ」
「・・・クンクン」
「匂いをかぐな!」
「もしかして・・・。

あんた、オジサンの隠し子とかなんじゃない?」
「えっ!?」


び、びびったぜ。


「オジサンってね、すごいモテ王だったのよ。
ヤリツィン大統領だったのよ」
「そ、そうらしいな。

ただ、あまり子供は作らなかったようだぞ」
「ケンとお姉さんの璃々子っていう人だけ?」
「ああ、二人とも、もうこの世にはいない・・・」
「いないんだ・・・」
「・・・ということになっている」
「どっちなのよ!」
「知らねえよ。

公式記録では、二人共、戸籍抹消だ」
「そっかぁ」


つまらなさそうに眉を曲げた。


「あたしさ・・・ちょっとだけね・・・」
「うん?」
「あんたが、ケンなんじゃないかなぁって思ったことあるんだけど?」


・・・前も言ってたな。


「んなわけないっかぁ!あははははっ!
顔が全然違うもんね。

いや、ケンも綺麗な顔してたんだけどさ、なんていうか、目つきとかオーラみたいなのが違うんだよね」
「別人なんだから当たり前だ。

そんなクズ野郎と一緒にするな」
「そ、そんなに怒らないでよ・・・」


しまった・・・。


「あ、いや・・・なんだ・・・。

そろそろ寝とけって」

 



「ご飯だよー」




まなが皿を運んできた。
おれにとっては、タイミングが良かった。


「今日はなかなかご馳走みたいだな

ほら、さちの好物のゴキブリが入ってる」

「勝手にあたしをゲテモノ食いにしないでよ」



「ゴキブリなんて入ってないぞーっ!」



「おれはけっこう好きだけどなあ。甘い物の次にゴキブリが好きかなぁ」
「キモイなぁ・・・」



「まな、テレビでしかゴキブリ見たことないよぉ」
「そうか・・・この快適な土地では、あいつらは出ないんだな。
残念だ・・・」



「・・・キモイなぁ」
「・・・キモーイ」



よくわからんが、二人に軽蔑されながらの夕食となった。

 


・・・・・・。



「ごちそうさまーっ!」



「ふー、食ったらすぐ寝よーっと、そして太るよーっと!」
「なんか知らんが、元気だな」 


「まな、お風呂入ってくるーっ」 


とてとてと風呂場に行ってしまった。



「じゃあ、寝るね。七時になったら起こして」
「毎日、睡眠二時間くらいで持つか?」
「うーん・・・いつも三時間か四時間くらいだったから、ちょっときつい程度かな・・・」
「そうか・・・よくそんな短時間の睡眠で元気でいられるな?」
「慣れれば平気だよ。

賢一だってあんまり寝ないでしょ?」
「まあ、まだ若いからな」
「あたしも、みんなの半分しか生活しなくても同じように年を取っていくのかな?」
「そりゃそうだろう」
「なんか、不公平だね」
「そういう義務だからな。 イヤならとっとと解消しろ」

「絵を描ききったら、義務もなくなる?」
「お前のがんばり次第だな。
要は時間の大切さがわかればいいんだ。
さちが、もう今後の人生で時間を無駄にしないだろうって、おれが判断すれば、義務を取り消しにするように上に報告を通しておくよ」


却下される可能性もあるが、とっつぁんを間に挟めば大丈夫だろう。


そのためには、とっつぁんを納得させる必要がある。


いまのところ、とっつぁんから大きなお咎めを受けてないから、さちに対してそれほど間違った指導をしているわけじゃなさそうだし。


ていうか、一緒に毎日過ごしてるだけで、指導なんて全然してないような・・・。


・・・・・・。


いかんいかん、このままではなめられるぞ。


「賢一さあ、人の目の前でブツブツいう癖を直したほうがいいよ」
「え? 口に出てたのか?」
「内容は聞き取れなかったけどね」
「明日からビシビシいくぞ」
「へ? あ、わかったよ。あたしは絵を描くだけだから」
「じゃあ、もうとっとと寝やがれ」
「うん、おやすみ・・・。
その前にさ・・・」


どういうわけか、まごまごしだした。


「ねえ、賢一・・・」


不意に、見つめられた。

 

 

「あたし、がんばってたかな?」
「ああ、何度もいうけど、お前とは思えないほど真面目だった」
「惚れ直した?」
「ほ、惚れ直すも何も、つきあってからそんなに日数もたっていないわけだし・・・」
「もっと好きになったかって聞いてるのよ」
「そ、そうだな。

まなの言うとおり、絵を描いてるときのお前はいいと思う」


あー、なんか、おれってガキっぽいな。


「じゃあ、ご褒美にキスしてぇっ」


う、うわぁ・・・恥ずかしいぜ・・・。


「お願い・・・」


なんでこんなに甘えてくるんだよ・・・?


「わ、わかった・・・」


そっと、顔を近づける。


「んっ・・・」


あまりに恥ずかしかったので、さちの唇の感触や味なんかはわからなかった。

 

・・・。


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「えへへへ・・・」


でも、さちがうれしそうだから、おれも満足だった。


「ありがとう、おやすみっ!」


さちはベッドに入った。


おれも、一服して少し体を動かすとしよう。


とっつぁんから受けた傷も治りつつあるし、身体のメンテナンスをしなきゃ。

 

 


・・・・・・。


・・・。

 


「・・・ふーっ・・・落ち着くねえ」


夏の大気におれの吐き出した白いケムリが漂う。

 

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「まだ寝ないの?」
「いや、少し考え事」
「あれ? なんかすごい汗かいてるよ?」
「ああ、ちょっと筋トレしてたから」
「ほっほーっ。賢一は強そうだもんね」
「実際に、強いよ。

どんなにでかいゴキブリでも一撃で殺せるからね」
「おーおーおー。
まなにも必殺技教えて」
「まなには無理だ。まなにバイオレンスは向いてない」
「ちぇっ・・・つまんないのー」
「ふふ・・・また今度な」


・・・この少女を見て考える。


おれには金がある。


貯金をぶちまければ、まなを救えるだけの金を用意できる。


だったら、さちに絵を描かせてそれを買うだなんて面倒な真似をせずに、とっとと支払いを済ますべきなんじゃないだろうか。


一番怖い可能性として考えられるのが、その国王とやらが、さらに金額を釣り上げてくることだ。


さすがに、一国の絶対権力者より多くの金を用意できるとは思えない。


期限は十日か。


それまでに、さちが更生の努力を見せてくれるかどうかだな。


「なに考えてるのぉ?」
「おれたちは時間がたくさんあってラッキーだなぁって」


まなはかくかくと首を縦に振った。


「お姉ちゃん、あんまり大変そうなそぶり見せないからねー」
「ねー」
「賢一は、お姉ちゃんを観てる人なんでしょ?」
「うん。
あいつがちゃんとクスリを飲むかどうかを確認して、自由になれるように協力してやる人」
「どうやったらお姉ちゃんは自由になれるの?」
「立派な人間になれたらだよ」


自分で言ってて、立派という言葉の意味がわからない。


「お姉ちゃんが、かっこよければいいのかな?」
「まあ、そんな感じかな」
「じゃあ、やっぱり絵を描くのが、お姉ちゃんにとって一番なんだね」
「おれもそう思う」
「まなね、お姉ちゃんが自由になれるんだったらなんでもするよー」
「じゃあ、一緒にさちを応援しような」
「まな、がんばって毎日ご飯作るね」
「おれはさちが絵を描き上げるまで、お前らの生活のための金を出すとしよう」
「ありがとー」
「勘違いしちゃいけない。
友達として金を貸すだけだ。
さちがお金持ちになったら、ちゃんと返すんだぞ」
「お姉ちゃんはきっと大金持ちになるから平気だよー」
「そうだな。巨匠だしな・・・」


今日は調子が悪かったみたいだが、明日からきっと描き進めてくれるだろうさ。


「よーし、明日もびりっとがんばるぞーっ!」
「わーい!」


星空の下、盛り上がるおれたちだった。


さちを自由にさせる・・・そんな未来を夢見た。

 

 

 

・・・・・・。


・・・。


 




翌朝七時。

 

 

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「起きろ。そして描け」
「うぅむ・・・」



「お姉ちゃん、がんばれーっ!」



「うぇえぇ、また寝起きの気分最悪・・・」
「ほら、コレを飲め」


魔法瓶を差し出す。


「ありがと・・・んぐっ・・・。

ぶべっ!? な、なにこのクソ甘ったるい飲み物は!?」
「だから蜂蜜ジュースだって。健康にいいんだって。 朝の糖分は必須だし」
「そ、そういえば、前にも飲まされた記憶が・・・」


頭をふらつかせていた。


「はい、お姉ちゃん。朝ごはん」


と、おむすびを差し出した。


「ありがと・・・もぐもぐ・・・」
「さちの大好きなゴキブリを佃煮にして、白米の中に挿入しておいたぞ」
「ぶはっ!? な、なんてことすんのよ!?」



「賢一、ウソついちゃダメだよー!
それは、小魚の佃煮だよー」
「食感的には大差なかろう?」



「だからってゴキブリとか言われたら食欲なくすっての!」
「いや、いまは空前のゴキブリブームだぞ」
「え? そうなの?」
「都会ではペットとして一家に一匹は飼ってるんだ」
「飼ってるの!?」
「一匹いたら十匹は飼ってる」
「飼ってどうするの?」
「食べるんだ」
「げっ!? マジで?」
「あのなあ、ウソだと思ってるだろうが、ゴキブリだってきちんと調理すれば食えるんだぞ。
まったく、貴様ら庶民は固定概念に囚われすぎなんだよ。
ぼくらは空を飛びません。なぜなら人間は空を飛べないからです。
こんな考えで、人間が飛行機を発明できたと思うか!?」



「ほっほーっ」


「なに力説してんだか・・・」



「ぼくらは土を食べません。なぜなら土は食べられないからです。
こんな考えで人間が土を食べられるようになると思うか!?」
「ならなくていいよ!」
「ぼくらは光合成できません。なぜなら人間は光合成できないからです。
これも固定概念」
「人間としての枠を超えてるじゃん」

 

 

・・・・・・。


 
軽く朝食を取った後、さちはスツールに腰掛けて白紙のキャンバスに向かった。


近寄ると邪魔くさそうなので、離れたところでさちを見守るおれとまなだった。



「しかし、おれたちって暇じゃないか?」
「そんなこと言っちゃダメだよ。お姉ちゃんはがんばってるんだから」
「でも、暇なものは暇だろう?」
「暇じゃないよ。お姉ちゃんを応援してるんだもん」
「応援? ならもっと声だせよ」
「うるさくしたらお姉ちゃんに怒られるんだよぉ」
「じゃあ、どうやって応援してるんだよ」
「ずっと、お姉ちゃんの背中を見て、気持ちを込めるんだよ」
「どんな気持ちを込めてるんだ?」
「お姉ちゃんの後ろは、まなが守るからねーって」
「・・・ちょっとずれてないか?」
「そぉかな?

お姉ちゃんが安心して絵をかけるようにするのが、まなと賢一のお仕事だよ」
「・・・わかったよ。おれもあいつに祈りを捧げるよ」


さちの後ろ姿をじーっと見つめる。


「じーっ」
「・・・・・・」
「じーっ」
「・・・・・・」
「じじーっ」
「賢一、うるさいよぉっ」
「ちゃんと思いを込めてるっての」
「どんな?」
「さちの後ろはまなが守るからねーって」
「ホントにぃ?」
「まなの後ろはおれが守るからねーって」
「まなは、守らなくていいよーっ」
「そして、おれの後ろもなぜか守ってもらえる。
なんか怖くなってきただろ? 本当は遭難したときに山奥の小屋でやるんだ」
「なに言ってるんだよぉ・・・賢一の後ろには、誰もいないんだよ」
「いや、いるって。きっと誰かが見守ってくれるって」
「あんた?」
「ん?」
「賢一、いつもブツブツ言うとき、あんたって人に話しかけてるよぉ」
「・・・それは、あんまり聞かなかったことにしてくれ。
おれの趣味だ。

SF小説のハードボイルド編を読んでたら、ついつい物語の主人公の真似をしたくなったんだ」
「まな、その小説読んだことないよ」
「え? 冗談だろ? 国民の聖書だぞ。
読んでないと、学園で会話についていけなくなる」
「まなも、学園に行きたいよ・・・」


寂しそうに目線をそらした。


「学園なんて通ってたら馬鹿になるっての。
教師はクズだし、友達は馬鹿だし、つまんねえ規則がいっぱいだしよぉ」
「そぉなのぉ?」
「勉強のできない子はダメ、偏差値の低い子は人間としても不合格。
閉鎖された環境の中で、とにかく先生を敬えって教えられるんだ」
「先生は、偉いの?」
「偉くないよ。
年齢を重ねてるっていうだけで、自分たちが見えている小さな世界の支配者気取りになってるんだ。 狂ってやがる」
「そぉなんだ・・・」
「まったく、世界の支配者はこの森田賢一なのによぉ」
「賢一が一番狂ってるよぉ!」
「とにかく、おれはあまり学園に通ったことがないからよくわからん」
「わからないのに、文句言ってちゃダメだよ」
「まなみたいに真面目ないい子は、きっといじめられるぞ」
「いいもん。 お姉ちゃんが助けてくれるもん」

 

・・・あいつも仲間内で浮いてたからな。

 


「お姉ちゃん、がんばって・・・」

 


ぎゅっと手を握るまなだった。

 



・・・。