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車輪の国、向日葵の少女【15】

 


・・・。



お昼の時間である。

 

「あー、だりぃ。さちの監督とかマジめんどくせえ」
「ちょっとは黙ってられないのぉ?」
「寂しいと人間は死ぬんだってば!」
「お、怒るなよぉ・・・」


じゃれあっていると、さちがゆっくりと椅子から腰を上げた。


休憩するのかな?


こっちに向かってくる。

 

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「・・・・・・」



「お姉ちゃん、お疲れ様ーっ」
「てめえ、ぼーっとしてたんじゃねえだろうな?」



「・・・・・・」



不機嫌そうに眉をひそめた。


「おれは見てたんだからな、午前中お前がずーっと腕組んでるだけで、鉛筆を握らなかったそのぐうたらっぷりを!」
「賢一・・・お姉ちゃんは、まだ調子が悪いんだよぉ」
「甘やかしちゃダメだ。考えているふりして、さぼってやがるんだ。
おれにはわかる」



「うるさいなぁ・・・」



「フン。

筆が進まんのなら、場所を変えてみることだな。
得意な構図ってのは、描いてみるまではわからんものだ」
「な、なにそのちょっと専門的な意見は?」



「賢一は、絵に詳しいの?」



「いや、別に。
それっぽいことを言ってみただけ」
「知ったかぶりじゃん!」
曼荼羅なら得意なんだけどなぁ。
芸術の学科単位を取らなきゃいけなくて、曼荼羅ムエタイの試合前の踊りで迷ったんだよ」
「そんな激マイナーな二択で悩まないでよ」
「というわけで、特別高等人として、おれは芸術のことならほとんどなんでもオッケー」



「そんなの、ウソだよぉ」
「あのなあ、貴様らは知らんだろうが、幾何学を用いた曼荼羅ってのは全ての壁画、ひいては絵画の原点とも言われる由緒正しき芸術なんだぞ」



「ほっほーっ!」


「そうなんだ・・・ごめん。知らなかった」



「ま、まあそんな、メモるようなことでもないよ」


・・・いまさらデマだとは言えん。


「おっほん。とりあえず、昼飯にしよう」
「あたしは、いい・・・」


さちは、うつむいて頭を振った。


・・・けっこう、真剣に悩んでるな。

 

 

・・・・・・。



さちは、おれの知ったかぶり発言を真に受けたのか、椅子を持ってうろうろしていた。


場所を決めたかと思ったら、また次の位置に移動し、イーゼルを引きずり、白紙に鉛筆を走らせては破り捨てる・・・。


その繰り返し。


「さちのヤツ・・・なにをしているんだ」
「・・・・・・」
「まなが買ってあげた紙をもう何枚も無駄にしてるじゃないか。なあ?」
「・・・・・・」


話を振っても、まなは無言でさちの後姿を眺め続けるだけだった。


「ひょっとしたら・・・」


ひさしぶりに口を開いた。


「・・・まなの買った物が悪いのかも」


そんなわけねえだろ。


領収書見たけど、かなりの値段してたぜ。


まなが一生懸命スーパーで働いて稼いだお金で買った、画材道具一式。
それでもまだ絵を描けないと言うんなら、なにか別の原因があるんだろう。


「まな、なにかお姉ちゃんのためにできることないかなぁ?」


すがるような目でおれを見た。


「ないよ」


できるだけ優しく言った。


「さちにしかできないことなんだから、おれたちがどんなに祈ったって、
結果は変わらないよ」
「で、でもぉ・・・まなたちが、がんばれーってしてたら、お姉ちゃんも、なんていうか、がんばる気持ちになるんじゃないかな?」


期待に応えたくなるってことか?


一理あるけど、いまのさちにとってはプレッシャーにしかならないだろうな。


さちの悪夢の中には、まなが出てくるんだ。


・・・ひょっとしたら、おれたちがこの場にいないほうが、さちも描きやすいんじゃないだろうか。


「ちょっと、待ってろ」


まなをその場に留めて、さちに近づいた。

 

 


・・・

 

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「なあ・・・」
「・・・・・・」


相変わらず、無視される。


「ちょっと聞きたいんだが・・・」
「・・・手短にお願い」
「ひょっとして、おれたちが後ろにいないほうが描きやすいのか?」
「あー、どうだろ、気にしてなかったけど、言われてみると気になるかも・・・」
「帰ってたほうがいいか?」
「そうだねー。
よくよく考えてみたら、後ろからじっと見られてたら集中できないよ」
「そうか。

じゃあ、おれたちはいなくなるよ」
「うん・・・」
「夕方に、また迎えに来るから」
「うん・・・」

 


・・・。



「まな、帰るぞ」
「え? どぉしてぇ?」
「さちが、一人の方が描きやすいって」
「・・・そういえば、そんなことを昔に言ってたね。
邪魔しちゃったのかな?」
「確かに、いい気分じゃないかもしれんな」
「お姉ちゃん、ごめんなさい」


しょんぼりしていた。


力の抜けた手を引いて、向日葵畑を後にした。

 

 

・・・・・・


・・・




「お姉ちゃん、これできっと描けるようになるねっ」
「そうだな・・・」


そんなわけない。


「お姉ちゃんってね、本当はすごく早く描ける人なんだよ」
「どうして知ってるんだ?」
「うんとね、絵を見てそう思ったの」
「わかるのか?」
「うん。 色の重ね塗りがね、なんていうか、すごく無駄がないの」
「ほー」
「あれってね。ぱっぱと色の良い悪いを決められる人じゃないと無理なんだよぉ」
「ほほーっ」


判断力があるってことかな。


確かにあいつは運動神経もいいし、勘も良さそうだ。


あまり考えないで、直感で決めてるんだろうな。


「まなは、詳しいな」
「いっぱいインターネットしたからねー」


うれしそうに頬を緩めていた。


けれど、その知識がまたさちにプレッシャーを与えてしまうのかもしれない。


まなに、下手なものを見せられない・・・さちはそう思っているはずだ。


「まなは、知ってるのか?」
「なにを?」
「さちの賞を取った絵と、似ている絵のことを・・・」
「あ、うん。 お姉ちゃんのこと悪く言ってる人の絵だね」

 

直後、まなはつまらなそうに地面を軽く蹴った。 

 


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「あれはね、似てるんだけど、お姉ちゃんの絵のほうがすごいよぉ。
人の水彩画の真似しようとしたって、その人と同じ色を作るのがとっても難しいから、普通は真似なんてできっこないんだよ。
そんなの誰にだってわかるのに、お姉ちゃんのほうが悪者になってるのがおかしいよっ!
お姉ちゃんの絵のほうが、絶対に、すごいんだよぉ!」


拙い言葉だったが、激しい感情が伝わってきた。


それだけに、さちの絵に対する期待も高いんだろう。


夢に出てくるくらいだ。


今度の絵でまなが満足しなかったら、さちはもう二度と筆をとらないかもな。

 

・・・せめて、もう少し期限を与えるべきじゃないだろうか。


今回は、おれが金を出してまなを引き止める。


その後、もっと余裕を持った状態で作品に望ませたほうが・・・。

 

 

・・・・・・。


 

いや、あいつは、まなを救うためならなんでもするって言ったんだ。


なら、限られた時間の中で結果を出してもらうしかない。


今できないことを先延ばししたって、どうせできないんだ。


それは、今日にでも、はっきりと伝えておこう。


さちが、おれに甘えないように。

 

 


 ・・・・・・。

 

・・・。



日が落ちてきたので、さちを迎えに来た。


けれど、キャンバスの前にさちの姿がなかった。


「お姉ちゃーん?」
「さちっ!」


辺りを見回してみるも、向日葵だけが目について人影は見当たらない。


「まな、いろいろ探してみるね」
「そうだな。手分けしてみよう」


まなは、駆け足で向日葵の群れの中に消えていった。


暮らしていたことがあるとか言ってたけど、なかなかに真実味のある素早さだった。


おれは・・・とりあえず。


「さーーーーーちっ!」


絶叫してみる。


「ん?」


がさがさとした音の方向を見ると、さちが向日葵の間をくぐって出てきた。


 

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「・・・・・・」
「なにやってんだ?」
「いや、ちょっと・・・」


ばつの悪そうに頭をかいた。


「なに、やってたんだ?」


もう一度、重そうな目蓋に聞いた。


「ごめん、少し休んでた・・・」


正直でよろしい。


「すっごい、眠くなってきて・・・。
休んだほうがいいものが描けそうだなって思って・・・」
「お前がどれだけ眠いかなんて、おれにはわからん。
でも、時間がないってのはわかるよな?」
「うん・・・ごめん・・・」
「言っておくけど、完成してない絵や、手を抜いた絵だったらおれは買い取らないからな」
「わ、わかってるって・・・」
「お前が言ったんだぞ。

まなを引き止めるためなら、なんでもするって」



すると、さちの瞳にわずかながらに火がついた。

「う、うん。そうだよね。まなを・・・助けなきゃ」


さちのまなを想う気持ちは本物だ。


でも、さちはギャンブルで楽して金を儲けることに満足を覚えていたのだ。


さぼり癖が染み付いているのかもしれない。


「で、でも、賢一はさあ・・・。
もし、あたしの絵が間に合わなかったら、そのときはまなを助けてくれるんでしょ?」
「どうしてそう思うんだ?」
「賢一ってそういうキャラじゃん」
「・・・・・・」



少し、釘を刺しておいたほうがいいだろう。


・・・。



「甘えるなよ」
「えっ・・・?」
「お前、いま描かないと、一生描けないぞ」


ゆっくりとさちに近づいた。


「本当は好きなんだろう?
好きじゃなかったら、昨日みたいにあんなに集中していられないからな。
悔しくて、しょうがないんじゃないのか?」
「・・・っ!」
「毎日遊んでるようなヤツほど、実はプライドが高くて、そのくせ、将来でかいことしてやろうとか思ってるもんだよ。
絵描きの先生なんてかっこいいもんな。
しかも、お前は子供のころに賞をもらってるほどの天才だしよ。
下手なもんは人に見せられない。

頭ではわかってるけど、自信がない。
前よりすごい作品を描かなきゃいけないって、焦るんだろ?」
「・・・っ・・・そ、そんなこと・・・」


握られた拳が、悔しさに震えていた。


「まあ、お前の気持ちなんて、はたから見てるだけのおれには死んでもわからんがな」


断言するが、『お前の気持ちがわかる』とかいう輩の八割は嘘つきだ。


一割は善良な人。

 

最後の一割は、おれみたいに、わからないと知ってて、なお相手を追い詰めるようなゲス野郎。

 

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「とにかく、絵ができなければ、まなは異国へ旅立つ。
・・・それだけだ」
「ほ、本気なんだね?」
「おれは、お前を監督する特別高等人なんだ。
もともと、お前の周りの人間まで面倒を見る必要はない」
「・・・わかったよ・・・」
「・・・・・・」
「まなは、あたしが助ける」

 

声が震えていた。


さちが内心どう思っているか、わかるはずもなかった。

 

 

 


・・・


・・・・・・



「というわけで、今日も進歩なしか?」
「・・・うーん・・・描きたいポイントはだいたい決まったんだけどね」
「ほお・・・明日からは期待していいんだな?」
「うん・・・任せて」



「明日も、まなたちは後ろにいないほうがいい?」
「そうだね。やっぱ、プレッシャーあるし」



「寝るなよ」
「わかってるってば。やるときはやるっての」



そう言って、ベッドに入った。


七時まで三時間ほど眠る。


眠いだろうが、がんばってもらわなきゃ困る。


「お、や、すみぃーっ」


余裕そうに、布団から手を振っていた。


「時間のあまっているおれたちはどうする?」


まなに聞いた。

 

 

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「えっと・・・賢一・・・」
「どうした? もじもじして・・・」
「うん・・・えっとね・・・。

さっき、向日葵の畑でね、お姉ちゃんと賢一でしゃべってたでしょ?」
「・・・・・・」


背筋を嫌な汗が流れ落ちていった。


もしかして、聞かれてたのか?


「まなを引き止めるってどういうこと?」


やっぱりか。


「まな、やっぱりお国に帰らなきゃいけないの?」


鋭いな、本当に。


「お姉ちゃんが絵を描かないと、まなはお国に帰るの?」


まなの寂しそうな目に耐えきれなくなって、おれは告白することにした。

「あと八日で絵を完成させなきゃいけない」
「・・・っ」
「でも心配するな。さちが、必ずお前を助けてくれるから」
「・・・・・・」


まなは一瞬だけ固まったが、すぐに笑顔になった。


「うんっ! お姉ちゃんがきっとなんとかしてくれるよぉっ!」


空元気ではなく、本心からそう信じているようだ。


「だいじょうぶっ、まなのお姉ちゃんはすごいんだよぉっ!」
「そうだな・・・」


つられて、口が動いた。


「大丈夫だろ。

さちならきっとやってくれるさ」
「ちゃーんと、お弁当作ってお留守番してるねっ」
「それぐらいしかやることないしな」

 



ピンポーン・・・

 



「はい・・・?」


誰だろう?

 

 

・・・
ドアを開けると、宅配の人らしき男が立っていた。


おれ宛の小包が届いたらしい。


サインをして、それを受け取ると、男はそそくさと去っていった。


「なあに、それ?」


伝票を確認してみる。


「さちのクスリだよ。

足りなくなると思って発注しておいたんだ」


いまいましいクスリ。


小包を開けて瓶を取り出す。


「なんか、いつもお姉ちゃんが飲んでるのと形が違うよ?」
「気にするなよ」


観察力があるなあ。


「気になるよぉ。

お姉ちゃん、寝起きにいつも気分悪そうだもん」
「・・・まあ、ちょっと別のクスリなんだよ」
「別の?」
「うん・・・効果が違う」
「どう違うの?」
「それは、内緒」
「むぅっ」
「悪いね」


使わないで済めばいいがな・・・。


クスリをカバンにしまった。


「なんだか、怖い顔してるよぉ?」
「生まれつきだ」
「ウソだぁっ! 賢一はいつももっと優しい顔してるよ」


・・・まったく、表情筋をコントロールする試験は苦手だったんだよなぁ。


「まなは平気だよ。絶対お姉ちゃんが、がんばってくれるから。
お姉ちゃん、すっごい絵を描くの早いんだよ。
きっとすぐに描けちゃうよ。
だから、賢一も安心していいよっ」


・・・気を使われてしまった。


「安心したよ。ああ、安心した」


ということにしておく。


気は抜けない。


明日になってもさちが本気にならないようなら、対策を考えなきゃいけないな。


「お姉ちゃんの絵、楽しみだなぁーっ」
「楽しみだなぁーっ」


無邪気なまなと、内心は危ぶんでいるおれ。


夕陽だけが、我関せずの顔で西の空に沈んでいく。

 

 

 


・・・。



・・・・・・。

 

 


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「よーし、今日もびりっとがんばるぞーっ!」
「おーっ!」



「・・・・・・」



いまいちノリきれない。


「どしたの?」
「不安で仕方がない」


正直に言った。


「ちょっと、朝一からサガること言わないでよ」
「そぉだよーっ」
「ほんと、賢一ってネガだよねー」
「ねー」



リスク管理だ。

なにも起こらず、お前が絵を描いてくれれば問題ない」
「だいじょうぶだって、いざとなったら、賢一がいつもやってるケムリをキメて寝ずにやるから」
「パイプのことか?」
「そうそう。 それってヤバイ薬なんでしょ?」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、賢一ってテンションの浮き沈みが激しいし、いきなりブツブツ言い始めるし、マジで患者って感じだから」
「ククク・・・」



「あー、それ。

そういう賢一、ヘンだよぉ。

キモイよねぇーっ」

「ねーっ」
「そういうところなければ、もっとかっこいいのに」
「もったいないよねー」



「詳しくは聞かないでくれ。

昔、戦争に行ってたときにいろいろあったんだ」
「戦争だなんて、ウソばっかり・・・」
「ハードボイルドに憧れるおれとしては、パイプはおれのライフワークの一環なんだ。やめるわけにはいかない」
「ていうか、マジで体に悪くないの?」
「少なくともお前らには影響ない」
「いや、賢一。

あんたの体の心配をしてるの」



そのとき、突然まなが手を振った。



「あ、こんにちはー!」
「え?」



後ろ?

 


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「あ、みなさん、おそろいでどもどもです」


夏咲だった。


「やあ、なっちゃん、お久しぶりーっ!」
「ど、どうも・・・」


思いっきり身を引かれてしまった。


挨拶しただけなのに。


「いまね、さちが絵を描いてるんだよ」
「えっ!?」
「ていっても、まだ白紙なんだけどね。はははっ」


笑ってんじゃねえよ。


「・・・そ、そうなんですか。

さっちゃん、また描き始めたんですね」
「うーん、描かざるを得ない状況に追い込まれてんのよねぇ」



「なんだよ、その嫌々やってます的なニュアンスは?」
「あはははっ、冗談だって」



「そうだよぉ。お姉ちゃんは、絵を描くのが好きなんだよ」



「な、なんかいいですね。楽しそうで」
なっちゃんも、さちを応援する会に入る?」
「え? あ、は、はい・・・」



「ちょっと、なにその恥ずかしい名前の会は?」



「あ、やっぱりわたしは、なんの役にも立てそうにないので・・・」



半笑いの夏咲。



「帰りますね。

ごめんなさい、邪魔しちゃって」
「そんなこと言わずに遊ぼうよ。

さちは忙しいけど、おれは暇なんだ」



「ちょっと、あんたそれ、ひどくない?」



「賢一、もっとお姉ちゃんに気を使いなよー」

「フン。おれはさちに金を払う側の人間なんだ。
だから、どれだけさちが苦しんでても、おれは遊んでていいのだ」



「マジむかつくわ・・・」
「くやしかったら金を持て」


「さ、さよならー」


「ばいばーい」



「あ、なっちゃん待って!」
「はは・・・また・・・」



足早におれたちの脇を通り抜ける。


一度もこちらを振り返らず、逃げるように去っていった。



「あー、あー。なっちゃん帰っちゃったじゃねえか」
「ていうかさあ・・・」


不機嫌そう。


「あんた、なんか夏咲にだけ特に優しいよね」


「あー、なんかお姉ちゃんといるときと態度違うね」


「そうかな?」

「別に、いいけどさぁっ」
「なんだよ、やきもちか?」
「そうだって言ったら?」


くわっと、目を見開いた。


「な、なんか、ごめん・・・」


謝ってしまった。


素直にやきもちだと認めるところが、さちらしかった。


「ま、あたしの理想のタイプは、浮気できるんだけどしないっていう超硬派な男だからねー」
「・・・・・・」
「なんでそこで黙るのよ?」
「いや、おれはそういうのよくわからんから」



「賢一は、お姉ちゃんと結婚しなきゃダメだよー」



・・・なんでそうなる?



「なんかお前らうるさいぞ。とっとと絵を描きやがれ!」


暴れてみる。


「はーい。

なんか朝から賢一がムカつくなあ・・・」



不満げな様子で、青々と茂る向日葵に近づいてくさちだった。



「お姉ちゃん、がんばってねっ!」


「寝るなよ!!」


「はいはい。一日で描き上げてやるっての」

 

 

 ・・・・・・。


・・・。





向日葵畑にさちを残して、おれたちはスーパーに買出しに来ていた。


少しずつ強くなっていた夏の日差しがアスファルトの地面をたわんで見せている。


「あ、前髪長い人だ」


またしてもまなが唐突に誰かを発見した。 

「磯野?」


自前の買い物袋を掲げてスーパーから出てきた。

 

 

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「おーい、磯野っ!」
「うわっ!」
「なんでそんなに驚くんだ?」
「生活感があるところを見られてしまった」
「別にいいじゃねえか」
「ああ、ちくしょう、森田ごときに僕のプライベートを覗かれたぁっ」
「そんなに地団駄踏むようなことなのか?」
「黙れ、悪魔!」
「・・・な、なんだよ、唐突にわけのわからんボケするなよ」
「ったく、僕に何のようだ?」
「用事なんかないよ。な、まな?」



「んー・・・こんにちはっ!」



挨拶しだした。



「やあ、お久しぶり。

あんまり僕の前髪に触れるなよ」
「お兄ちゃんは、どうしてそんなに前髪長いの?」
「ひっ・・・!」


ひるんだ。


「い、いや、実は昔、トレパネーションしていたことがあって、それで前髪で隠してたんだ」
トレパネーションって・・・。
額に穴開けて普通の人間には感じられない超パワーを呼び込むんだよな?」
「ああ、おかげでいろいろな物が見えるようになったよ」
「例えば?」
「月にウサギが見えるようになった」
「お、なんか童話作家っぽい」
「鳩が豆鉄砲を食らった瞬間を捉えた」
「ホントかよ、豆鉄砲すら見たことねえよ」
「一番驚いたのは、まな板の上の鯉を実際に見たときだった」
「・・・そりゃ、普通に刺身とかじゃねえか?」
「うるさい悪魔だな」
「だからなんだよ、悪魔って!?」



「賢一は悪魔じゃないよぉ」

「キミはまるで天使のようだな」
「天使?」
「・・・おどぎ話の中にしか出てこられない、かわいそうな天使だよ」
「かわいそうな天使?」
「さちさんをヨロシク」
「ヘンだよ? 言ってることがわからないよ」



「まったくだ。狂人っぷりもほどほどにしとけよ」
「気にしないでくれ、僕は帰るよ」



背を向けた。



「またねーっ」

「変なヤツだな・・・ホント・・・」
「でも、たまに寂しそうな顔してたね」
「もともとそういう顔なんだと思うぞ」

 

・・・。





・・・・・・


・・・



昼になって、さちの様子を見に来た。

 

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「お、描いてるな・・・」
「すごい速さで手を動かしてるよぉ」


まなも上機嫌だ。


キャンバスを覗き込むと、すでに大雑把な色が塗られていた。

 

 

・・・



「なかなか快調じゃないか」
「そうね・・・」
「すまん、話しかけないほうが良かったのか?」
「い、いや・・・」


さちは黄色に染まっていた絵筆を筆洗いに突っ込んだ。


「ど、どお?」
「なにが?」
「ちょっと見たでしょ、絵を?」


感想を求められてるらしい。


「まだ出来上がってないからよくわからんが、いいんじゃないか?」
「そ、そうかな?」
「まなに見てもらったほうがいいんじゃないか?」
「い、いや・・・まなには、完成するまで見せたくないし」


・・・そうだろうな。


中途半端な絵を見せてがっかりされたら、きついもんな。


「それにしても、本当に筆が早いな。マッハじゃないか」
「で、でしょ? だから余裕なんだってば」
「本当に一日で描けるもんなんだな」
「賢一は、心配しすぎなんだよ」
「すまんね。おれは素人だからさ」
「ははは・・・描き上げたら、ちゃんと買ってよね」
「おう・・・」


なんだか釈然としなかったが、頷いておいた。


「お姉ちゃん、すごいねっ」
「え? なにが?」
「午前中だけで下書きが終わるなんて、早いね」
「あ、ああ・・・あたしって、あんまり線を描き込まないで塗り始めるから・・・」
「へーっ、すごいねっ。独特だもんね」
「・・・・・・」


「昼飯にしようか?」



どうにもさちの様子がおかしので、間を入れることにした。

 


・・・・・・。



「それじゃ、おれたちはこれで」


サンドウィッチを食い終えて、立ち上がった。


「また夕方にね」



「期待してるからな」
「あーい」
「期待、してるから」
「はいはい、なんで二回も言うのよ」
「念を押してるだけ」
「プレッシャーかかるっての」
「じゃあ、期待してない」
「あー、なんか遊ばれてる・・・」



「賢一、お姉ちゃんで遊んじゃダメだよ」
「おー、よしよし、まなはいい子ね」


頭を撫でていた。


「まなは、いつでもお姉ちゃんの味方だよー」
「ありがと・・・あたしも・・・。
って、なんか恥ずかしいわ」
「恥ずかしい?」
「ああ、いやいや、あたしに任せといて」
「んー?」
「だから、あたしはあんたの保護者なわけですから」
「んっ? んっ?」
「いや、ほら、いつも部屋の掃除とかしてくれてマジありがとね」
「どうしたの、急に?」
「まあ、一度さ。言っておきたかったていうか、なんていうか・・・。
いや、ダメなお姉ちゃんだなって・・・」
「まなもダメダメだよぉ」
「あー・・・」


まなを見つめながら深いため息。


「なんていいヤツなのよ、あんたは・・・」


同感だ。


「育て方を間違ったのかなぁ・・・。

もっとドメスティック・バイオレンスにしつけるべきだったか・・・」
「怖いこと言うなよ・・・」


すると、まなが不思議そうな顔でおれたちを見上げた。


「まなだって、悪いことするよ。
お姉ちゃんのパソコン勝手に使ったことあるし、賢一の名前で画材道具を注文したでしょ?」
「おおそうだ、その通りだ。お前は犯罪者だ」
「ご、ごめんなさいっ」
「まったく、ぐうたらな姉貴の妹も妹だぜ」



「・・・っ!」
「え?」
「いや、ギャグだってのはわかるんだけど、一瞬マジでカチンコチンきた」
「・・・・・・」



危うく、コチンいらねえだろと、ツッコんでしまうところだった。


「本気でごめん」
「あたしじゃないっしょ?」


なかなかの迫力。


「まな、ごめんなさい」
「ふふふふっ、賢一は悪魔だもんねー」


頭を下げつつ、内心ではさちの怒りがうれしかった。



「あんたにだけ言い訳させて欲しいんだが、いまのはカマをかけえただけだからな。
おれは、普段あんな姑みたいな失言を漏らしたりしない」



「またブツブツ言ってるよぉ」
「キモイよねー」
「キモーイ、キモーイ」
「あははははっ!」



二人してはしゃいでた。


どこに出しても恥ずかしくないような、立派な姉妹だった。

 

 


・・・・・・


・・・

 

 

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「まな、ちょっと昼寝したらどうだ?」
「んー?」


目つきがとろんとしていた。


「やることもないし、たまにはゆっくり寝ろよ」
「まな、ちゃんと夜に寝てるよ」
「ていうか、なんでクローゼットの中で寝るんだ?
けっこう最大の疑問だ?
キャラ付けか? 安易なキャラ付けか?」
「んっとね、お姉ちゃんが、昔に寝るところを作ってくれたからだよ。
まなが、ベッドが欲しいよぉってわがまましたときに、
木を叩いて作ってくれたの」
「どれどれ・・・」


収納を覗き込む。


確かに・・・。


まなの小さな身体が横たわれそうなほどの、木製のベッドが収納ぎりぎりの幅で設置されていた。


布団はきちんとたたまれていて、枕の柄のパンダがこっちを見て笑っていた。


「なんで、部屋の中にないんだ?」
「それはねっ、ふふふっ。
お姉ちゃんが、まだ一日の時間があったとき、お姉ちゃんけっこう寝相が悪かったの」
「ほお・・・」
「布団を蹴っ飛ばしたり、まなのベッドを揺らしたり・・・」


アブねえな。


「夜中にいきなり抱きつかれて、そのまま朝まで離してもらえなかったこともあるよーっ」
「はははははっ!」
「だからね、まなは、押入れに逃げることにしたの」


くふふっと笑っていた。


・・・さちも、一人で寂しかったんだろうな。


「いい話を聞けたよ。
話を戻すけど、寝ないのか?」
「お姉ちゃんが、がんばってるから、まなも寝ないよ」
「でも、アイツと同じ睡眠時間だときついぞ」
「だってぇ・・・」
「いいか、おれたちの仕事は、あいつに何かあったときに、いつでも助けてやれる体勢を整えておくことなんだ」
「休むのも、お仕事なの?」
「さすが、まな」
「わかったよ。まな、お昼寝しておくね」


言うや否や、速攻でクローゼットに飛び込んだ。


「おおっ」


「くーくー・・・」


ちょっぱやで寝てた。


「・・・やっぱこういうキャラがSF小説の中にもいたような気がするんだよな・・・。
押し入れで寝て・・・ミリ秒で眠りに落ちる・・・。
なんだっけなあ・・・」


ブツブツ・・・。

 



・・・・・・。



・・・。




「・・・・・・」



三時間ほどたった。


おれは、瞑想をして運気を調足したあと、あぐらをかいたままジャンプを繰り返すという荒行に出ていた。


「ふう・・・ケムリをキメた後は、わけのわからん行動に出たくなるね・・・」


さっき外で一服してきた。


「話し相手がいないと、いきなり不安定になるおれがいる。
あー、やばい。

とっとと、さちを迎えに行こう」


まなは、すこやかな寝息を立てている。


起こすのも悪いな。

 

 

・・・・・・


・・・



ホップ。

 


ステップ。


 

ジャンプ。


 

ノリはともかく、おれたちの住む寮から町の入り口までは三十分近くかかるわけで、気づいたときには空が赤くなっていた。


「あ、賢一」
「おや? どうした?」


さちは画材道具が詰まった大きめのカバンを手に掲げていた。


「もしかして、終わったの?」
「あ、うん・・・」


きょろきょろしている。


「まなは、家で休んでるよ」
「そっか・・・じゃあ、コレを」


言って、おれの目の前に水でふやけている紙を広げた。


「え?」
「え、じゃなくて、絵ね。 ハハ・・・」
「・・・・・・」
「な、どうしたの?」
「向日葵畑の絵だな」


両手で持って、しげしげと眺める。


「へえ・・・ほお・・・ふーん・・・」
「ど、どうかな?」
「いやあ、意外とあっさりできるもんだな」
「でしょ? だから、賢一は心配しすぎなんだってば」
「この絵を、日本円にして億で買えと?」
「だ、ダメかな?」
「お前としては、どうなんだ?
それぐらいの価値があると思うか?」
「いや・・・自分の絵に値段はつけられないけど、まあ、悪くはないかも・・・」
「いや、渋ってるわけじゃないんだよ。
金はすぐにでも送金できるから」
「そ、そう? じゃあ・・・」


さちの表情に期待の色が浮かんだ。


「うん。

金は、いつでも払える状態にあるんだ」
「え?」
「あと、七日ある」
「・・・っ」

 


――っ!!!



「だから、とっとと真剣に描きやがれ!!!」

 


・・・。



裏切られたような気がして、つい怒鳴ってしまった。

 

 

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「な、なんで・・・? これじゃ、ダメ・・・?」


唇が恐怖に震えていた。


おれが怖いんじゃない。


ウソがばれることが怖いんだ。


「この向日葵畑」


絵の一部を指差す。


「紙を濡らして描くのが普通なんじゃないのか?
重ねて塗ったような跡もないし、べったりとした黄色が単色で入ってるだけだ」
「あ・・・」
「それから、ここ。 遠近感が狂ってやがる。
どうしてこんな角度で植物が生えてくるんだよ?」
「ああ・・・」
「影のつけ方もおかしい。要するに、デッサンからでたらめなんだ」
「っく・・・!」
「お前、こんな絵でおれから大金を巻き上げようってのか?」
「あ、あんた・・・素人だって・・・」
「素人だよ。

いまのは、お前の顔色をうかがいながらそれっぽいことを言ってみただけだ」
「ひ、ひどっ・・・!」
「ひどい? お前だって十分にひどいぜ?
そもそも一日で作品が完成するわけがねえだろうが。
こんな手抜きの絵をまなに見せるつもりだったのか?」
「・・・・・・」
「違うだろ? おれにだけ見せて、金をもらおうとしたんだ」
「だ、だって・・・」
「お前の考えは読めるよ。
ひとまずまなを引き止めて、それからまたゆっくり絵を描いて、そのうちまなを満足させてやろう」
「・・・っ」


絶句するしかないようだ。


しばらくの間、無言でさちを問い詰めることにした。


やがて・・・。


「ごめん・・・騙そうとして・・・」
「謝んなくてもいいよ」


おれもよく人を騙す。


「ただ、この絵は買い取らない。
だから、お前はまだ絵を描かなきゃいけない」


当たり前のことを諭すように言った。


「・・・でも・・・」


額から流れ落ちる汗をぬぐった。


「でも・・・」


さちの足がつらそうに震えていた。


「そんなに、無理なのか?」
「だって・・・。
だって・・・もう、ずーっと描いてないし・・・。
ぜんぜん感覚がつかめないし・・・。

色も間違えそうになるほどだし・・・」
「なんでもするって言ったじゃないか?」
「それは・・・そうなんだけど・・・。
なんでもしたいんだけど・・・もう、ぜんぜん、ダメで・・・。
眠くて頭は重いし、嫌な夢は見るし・・・。
なにより、まなが、期待して待ってるかと思うと、すごい耐えられないくらい、プレッシャーかかって」


胸を大きく上下させて、荒々しい息を吐いている。


「け、賢一、ごめん。

あたし、無理だと思う・・・」
「無理、か・・・」
「せめて、もう少し、時間があればなんとかなるかもしれないけど、残り七日じゃ、とうてい満足いく作品なんてできっこないよ」
「そうか・・・」


もう少し時間があれば、か。


「いまのまま絵を完成させても、まな、きっとがっかりしちゃう。
あたしのこと嫌いになるかも・・・。
それだけは嫌なの。それだけは・・・。
だから、お願い、これから絵を描くから。
また練習しなおすから、今回だけは、まなを救って!」


切実な訴え。


おれと恋愛関係にあるから甘えているわけではなく、自分の限界を知った上での発言のようだった。


もちろん、おれはさちを助けてやりたい。


肌を重ねた少女が困っているのを見て、胸が痛む。


「賢一・・・お願い・・・」


おれは苦渋の決断を迫られた。


「そうだな・・・。
まなを助けなきゃな・・・。
そのためなら、なんでもしなきゃな・・・」
「ごめん・・・」

 

勘違いをしているようだ。

 

「さち・・・」

 

こいつは賭けだ。


心に決めて、腹をくくった。

 

「ごめんね、次からはがんばるから」

 

おれの手を取ろうと、さちが身体を寄せてきた。


すがるような瞳。


まるで、溺れていた先にようやく助けの手が差し伸べられたような安堵感が伝わってくる。


申し訳なさそうに、うつむいている少女に告げた。


「時間だ」
「え?」


おもむろにジュラルミンケースを開け、昨日届いたビンの蓋を取る。


「な? え? なに言ってんの?
ま、まだ、五時じゃない? あと二時間あるよ」


リストバンドの下を確認していた。


「ね、ねえ・・・賢一?」


鼻が利くというのは本当らしく、おれの態度に異常なものを感じ取ったらしい。


「さち」
「は、はい・・・?」


上目遣いで、恐る恐る見てきた。

 

「今日付けで、お前の一日は十時間とする」

「・・・ほ、本気?」
「おれの裁量による『特別指導』だ。

担当が代われば取り消しになる、一時的なものだよ」
「いや、なんで? なんで?」


当然の疑問。


「あたし、確かに賢一を騙したけど、絵をいったん投げ出しちゃったけど、それって、そこまで怠惰なことなの?」
「おれの、胸一つだ」
「え? やめてよ・・・あんた、法典に定められていること以外は押し付けないって言ってたじゃん?」
「おれは、よくウソをつく」
「そんな・・・」
「それから、お前がまだ勘違いしているようだから言っておくが・・・」


そして、さちの大きな瞳が絶望へと変わっていく過程をはっきりと味わうのだっった。

 

「残り七日だ。

それまでに絵を完成させなければ、まなとお別れだ」

 

 


・・・・・・


・・・

 


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「賢一、どういうこと!?」


向日葵畑からおぶってきたさちを、ベッドに下ろした。


「ねえ、賢一、まだ七時じゃないよ!」


心配そうにさちの手を取っている。


「二時間減らしたんだ」
「・・・な、なんでぇ?」
「いろいろ考えがあってね」
「わかんないよぉ! お姉ちゃんに意地悪しないで!」


なにを言っても、くってかかってきそうだな。


「さちは、素人にもわかるほど手を抜いた絵をおれに見せて、金を騙し取ろうとした。
だから、その罰として時間を奪った」
「手を抜いた絵・・・?」


信じられないと、唇が動いた。


「そ、そんなのウソだよ。

それは、きっと練習用の絵だったんだよ」
「まなは、練習用の絵なんて見たいか?」
「え?」
「お姉ちゃんの絵が、まなの思った以上に下手くそだったらいやじゃないか?」
「それは・・・だって、もうずっと描いてないから、ちょっとは変になってるのも仕方がないよ・・・」
「まなも、ウソをつくんだな」
「えっ?」
「いや、なんとなく、そう思っただけだよ」
「まなが、ウソつき?」
「だって、そうだろ?

まなは、何年お姉ちゃんにお願いしてたんだ?」


一週間程度の、おれの比じゃない。


「さちの絵はすごいんだろ?
盗作なんていわせないほど、ものすごいんだろ?
そんだけ期待を寄せておいて、変なもんを見せられたら悲しくないか?」


相手の内にたまった思いを煽る、詐欺師の話法。


「悲しいけど・・・しょうがない・・・」
「しょうがないけど、納得いかないよね?」


間髪いれずに、先に続く感情を誘導。


「まなは、言ってたよな。
どんなにまながお姉ちゃんに嫌われても、絵を描くことがお姉ちゃんにとって一番いいんだよって。
なかなか言えたセリフじゃないよ。
まなは、本気だったんだ」


ふと、さちの寝顔に視線を落とす。


「でも、さちはまだまだ本気じゃない」
「だから、なの?」
「うん?」
「だから、お姉ちゃんの時間を減らすの?」
「察しが良くて助かるよ」
「・・・まな、わかんない。
賢一のやり方は違うような気もするし、あってるような気もする」


おれはため息を一つついた。


「おれはね、昔、ひどいぺーぺーだったんだ。
でも、高等人の試験の数々を無理やり受けさせられて、死ぬ思いをしながらなんとか最終試験までこぎつけた。
試験の過程でおれが学んだのは、人間追い詰められれば、けっこうなんとかなるってこと。
そして、自分が限界だと思っている以上に、限界ってのは天井が高いってこと。
おれはこのやり方が一番だと思う。
もし、失敗してさちがダメになってしまったら、そのときはおれが全責任を取る。
がんばってもらうしかないんだよ・・・」


ふと、まながおれの右手に、自分の手を添えていることに気がついた。


「ど、どした?」
「ううん・・・賢一も大変だろうなって・・・」
「は?」
「だって、指先がぷるぷるしてるよ」
「あ・・・」


拳が握られていた。


「つらいの?」


重ねられた手に力が加えられた。


「お姉ちゃんにきついことさせるの、つらいの?」
「・・・・・・」


おれは、その質問には答えずに、まなの頭を撫でてやった。


三人の中じゃ一番つらい立場にあるのは、間違いなくおれじゃない。


「明日から、またがんばろうな」

 

まなはいつもの笑顔で大きく頷いた。

 

そうして、おれたちはさちよりも遅く一日を終わらせた。

 



・・・。