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ゲームまるごと文字起こし

車輪の国、向日葵の少女【16】



・・・。



なんだか、今日は蒸し暑い。


朝、止まっているさちを背負って、向日葵畑まで運んできた。


時計の針が七時を指したとき、さちの顔が苦痛に歪んだ。


「んっ・・・ぅっ・・・」
「お姉ちゃん・・・?」


まなが心配そうにさちの顔を覗き込む。


「ぅっ・・・げほっ、げほっ・・・」


身を起こしたさちは、胸を押さえて咳き込んだ。

 

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「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
「げっほっ・・・ああ・・・気持ち悪ぅ・・・」



「初めてのクスリだからな、慣れるまで寝起きの調子は悪いだろう」
「・・・ああ、そっか。あたし、もう十時間なんだっけ?
マジかぁ・・・夢じゃなかったかぁ・・・。
ったく、賢一もひどいよ・・・」


にらまれた。


「なにも時間を減らすことないじゃん、ってか?」
「そうだよ・・・超強引なんだもん。
ますますやる気なくなるじゃん!」


相当いらだってるな。


優しい言葉をかけたらつけあがるぞ。


「とっととメシを食って、絵を描けよ」
「くっ・・・。
もう、賢一たちは帰っていいよ」
「いや、今日は後ろで見てるよ」
「だからさあ、それじゃ気が散るっての!」



「ケンカはやだよぉ」

「別にケンカなんかしてないって。
ただ、賢一がなんかいきなり偉そうになってムカつくの!」
「け、ケンカ腰だよぉ・・・」



「世間の特別高等人に比べて、おれがどれだけ腰の低い男か知らんから、そんな生意気な態度が取れるんだ」
「いや、あんた絶対偉そうだって。見てるだけのくせに」
「お前にしかできないことなんだから、おれが見てるだけなのは当たり前だ。
いまのお前は、マラソン走ってて、脇で応援してくれる人に向かって、こいつらは走ってないくせに・・・。
・・・とか文句たれてるようなもんだよ」
「賢一が応援してくれてるように、感じないんだけど?」



「お姉ちゃん、そんな言い方ないよ」
「なによ? まなもあたしの味方してくれないの?」
「そんなことないけどぉ・・・やっぱり、お姉ちゃんには絵を描いて欲しいよ」
「・・・ったく、人の気も知らないで」



疲れと焦りで自分を見失ってるな。


おれは黙って、いつぞやの特別栄養保存食を差し出した。


「これ食って、とっとと描け」
「ちっ・・・!」


聞こえよがしに舌打ちした。


「・・・さち。 頼むって」
「お願いだよぉ」


「あー、なんか超シビアスだよ・・・」


さちだけが、一人でシビアなんだよ。


「わかったよ。あたしって、ちょっとだらしないのかもしんない」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


おれとまなは思わず顔を見合わせていた。


「描くよ、描きますよ。
あたしの未来のためにがんばって描きますよ」


まなは、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 

 

・・・・・・。


・・・。


昼ごろになると、熱気が地面から湧きあがるように感じるほど暑くなっていた。


「お姉ちゃん、寝ないでだいじょうぶかな?」


さちは、おれたちから離れたところでキャンバスに向かっている。


「昨日は寝てないからな。今日は少し寝かさないと」
「・・・心配だよぉ・・・」
「なに、おれらくらいの若さなら、三日くらい徹夜してもなんとかなるよ。
それに眠いときのほうが、すごい絵が描けるって画家がいたような、いないような」
「そぉなの?」
「うん。

いつでも絵を描き始められる状態で、スプーンかじって眠るんだ。
そして、ガチっと噛んだらぼんやりとした意識のまま描き始めるんだと」
「天才っぽいねー」
「まなのお姉ちゃんは、天才なんだろ?」
「そうだよー」
「だったら、だいじょうぶさ」


だいじょうぶってことにしておく。


「ちょっと様子を見てくる」

 

  ・・・・

 

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文句を垂れていたにもかかわらず、さちの表情は真剣だ。


一からやり直しということで、鉛筆を持って、風景の下書きから始めている。


「ちょっといいか?」
「・・・・・・」


おれを見向きもしない。


「もう少しで昼になる」
「・・・・・・」
「この時間でどれくらい自分が筆を進められたのか確認して、期日までに仕上げられるように計画を立てろ」
「・・・っるさいなぁ・・・」


立ち上がった。


「集中してんだから、脇からごちゃごちゃ言わないでよ!」
「野暮ったいのはわかってる」
「だったら、家に帰っててよ。 邪魔だから」
「おれに、やつあたりしたって絵は進まないぞ」
「後ろにべったりなのはさ、あたしが寝ないかどうか見てんでしょ?」
「それもあるが、なんだか最近暑いし、体調が悪くなったら大変だからな」
「・・・体調なんて、もう悪いっての」
「お前は体力あるよ。

洞窟で、岩にはさまれても元気だったじゃないか?」
「あのときは、ほら、お金がかかってたからさ」
「いまだって、金がかかってるよ。

桁違いのな」
「まあ、それはそうだけど・・・」


なんだか、こいつ、言ってることが支離滅裂になってきたな。


「あのさあ、絵が完成したら、もうちょっとお金ちょうだいよ。
そんくらいの価値があるものを描くから。
だったら、がんばる」
「・・・さち」


・・・呆れてしまう。


「冗談だってば」
「・・・水でも飲むか?」
「ああ、そうだね。買ってきてよ。お茶ね。
マジあのキモいジュースだったらやる気なくすから」
「はいはい。わかりましたよ」

 

・・・。



「というわけで、お茶を買いに行く羽目になったぞ」
「暑いもんね」
「まったくだ。真夏みたいだよな」
「この町は、夏は暑くて、冬はすっごく寒いんだよ」
「盆地だからな」


夏が終わる前に、試験が終わるかな。


「それにしても、おれのジュースがまずいだなんて、さちもどうかしてるよな?」
「まなにも飲ませてー」


蜂蜜ジュースを注いでカップを渡す。


すると、まなは一息で飲み干した。

 

 

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「ぐえっ!」

 

・・・ぐえっ、って・・・。

 

 

「そ、そんなにまずいのか?」



さすがに悪いことをした気持ちになる。


「・・・ぅぅ」
「ご、ごめん・・・」
「ぉ・・・。
おいしー、すごくおいしいー。
この喉の中が蜂蜜で粘つく感じが超リアル!」
「・・・・・・」


そんなキャラ変えてまで気を使わなくても・・・。


このジュースは永遠に封印するとしよう。


「それじゃ、お使いに行ってきます」
「まなが行くよ」
「いや、いいよ。

気分悪くさせちまったみたいだし」
「それじゃ、まなにもお茶買ってきてー」
「あいよー」

 

 

 

 

・・・。


・・・・・・。

 

しかし、暑い。


ちょっと動くだけで汗ばむ感じだ。


「しかし、おれって常にジュラルミンケース持ち歩いてて、なんだか営業マンみたいだな」


・・・・・・っと?


建物の影にいるのは?


「大音?」


アイスキャンディを幸せそうに頬張っていた。

 


「おい、大音。

そんなチュッパチュッパさせてんじゃねえよ」
「あ、も、森田賢一っ!?」

 

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驚いたその瞬間、手が滑ったらしい。


「あっ!?」
「お・・・」


さっきまで大音を満足させていた白い棒は、夏の地面に落ちてあっという間に溶けていった。


「な、なんてことするのよ!」
「なにもしてない!」
「あぁ・・・あぁ・・・あぁ・・・」


この世の終わりみたいな顔で、アスファルトに広がる白い染みを眺めていた。


「久しぶりのアイスだったのに・・・」
「京子さんが許してくれたのか?」
「これでまた一週間はアイスが食べられないよ。
はあ・・・木の棒に染み込んだ汁まで吸わないと気がすまないのに・・・」


・・・おれは何もしてないが、なんだか気の毒になってきた。


「それもこれも森田賢一のせいだ!
馬鹿ッ! どうしてくれる! 責任を取れ!」
「わ、わかったよ。

このジュースを飲め、甘いぞ」
「・・・お母さんから甘いジュースは基本的に禁止されてるんだけど?」
健康補助食品もダメか?」
「あ、それは禁止されてない」
「ならセーフだ。糖分が多いから結果的に甘いというだけだから」
「じゃあ、ちょうだい。

おいしかったら許してあげる」
「・・・・・・」


よかった。


残り少ないし、甘い物好きな大音なら喜んで処理してくれるだろう。


「はい・・・」
「うわぁ、変な色してるね・・・」


言いつつ、大音もぐいっといった。


「・・・どうだ?」

「あ、うん。ぜんぜんおいしー」
「おおーっ!」


うれしそうにカップを持つ腕の角度を上げていった。


「んぐっ・・・あ、おいしー。くせになりそぉ」
「いやあ、大音とは変なところで気が合いそうだな」
「コレ、なに、どこで売ってんの?」
「特注だから、その辺のスーパーには売ってない」
「特注? いくら?」
「ああ・・・」


確か、傘下の飲食品系の会社に無理やりわがままして作らせたから、だいぶ金をばらまいたような気がするな。


「日本円にすると、一本十万くらいかな」
「え!? 日本円で十万っていったら世界征服ができるでしょう!?」
「んなわけねえだろ。

どんだけ安い世界なんだ?
え、エッチなゲームが十本くらい買える金額だよ」
「・・・なにその例え?」


嫌悪感丸出しの表情。


「いや、おれも、いま特訓中なんだ」
「はあ?」
「あ、いや、だから・・・。

そのうちおれも、下ネタとかばりばり言えるようになりたいんだ」
「最低」
「最低といわれようがなんだろうが、おれの唯一の弱点だから」
「ふーん」


なんでこいつはこんなに怒りっぽいんだろうな。


「とにかく、そんなに蜂蜜ジュースが好きならまた仕入れておくよ」
「ほんとっ!?」
「・・・ああ、そのうちな」


大音の喜びようは、普通じゃない。


よほど京子さんのしつけが厳しいんだろうな。


早く、こいつの義務も解消してやりたいもんだ。


そのためにも、さちをがんばらせなきゃ。


「あー、ちょっと、暗い話していいか?」
「なにその、変な前置き」
「さちってさ、ぜんぜん友達いないだろ?」
「えっ・・・ど、どういう意味?」


いきなりテンパった。


「いや、どういう意味って、そのまんまの意味だろ・・・」


まあ、いないっていう反応だったな。


「あいつさ、いま絵を描いてがんばってるんだよ」
「絵を?

さちって、絵を描いたりするんだ」


確かに意外だよな。


「だから、助けないで欲しい」
「は? なに言ってんの? 友達なんだけど?」
「あんたも知っての通り、世の中には二パターンの人間がいて、ピンチになったとき人のせいにして乗り切ろうとするヤツと、自分のせいにしすぎて潰れちまうヤツがいる」
「・・・いきなり、ブツブツ言わないでよ」
「聞こえてるだろ?

さちは、攻撃的になって周りに迷惑かけるタイプだよ。

だから、近づかないほうがいい。

甘えられるぞ」
「よ、よくわかんないよ。

さちが困ってるなら、なんとかしてあげたいよ」
「それがあいつのためにならない」
「そうなの?」


説明が足りないせいか、納得のいかない顔をしている。


「あいつは天才だ。 だからだいじょうぶだって」


自分にいい聞かせるように言った。

 

 ・・・。


 


・・・


・・・・・・

 


大音と別れて、向日葵畑まで戻ってきた。


「お茶買ってきたぞ」
「賢一っ」


まなが走ってきた。


「お姉ちゃんが、なんか大変そうなの!」
「え?」


見れば、さちが暴れていた。


絵の周りで地面を蹴ったり、自分の太ももを手ではたいたりしている。


「あー、もうっ! こんなんじゃ、ダメだっての!
どうしてなんも浮かんでこないのよ!
ぜったい、なんかおかしいって!!」


血走った目で、わめきたてている。


「さち!!」


大声で呼ぶ。


「うるさいよ、馬鹿っ!」


怒鳴りながら、こっちに向かってくる。


「こ、怖いよ・・・」
「まなは、黙ってるんだぞ」


忌々しそうに、おれをにらんでいる。

 

 

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「あのさあ、気づいたんだけど、ひょっとしたら、絵筆が悪いのかもしんない」
「えっ・・・?」
「そうだよ。

ぜったい絵筆のせいだよ。

なんか握りづらいし、水のノリも悪いし。
買い替えてきてよ、これじゃ描けない」

 

・・・。


なんだか悲しくなってきた。

 

「まだ鉛筆書きすら終わってないのに、よくそんな恥ずかしいことが言えるな?」
「っ!?
し、知ったかぶりしないで!
あたしぐらいになると、先のことまで考えて下書きしてるのよ!」
「そうかい」


誰でも先のことくらい考えて描くだろ。


なんでもいいから八つ当たりしたいんだな。


「さち、ちょっと落ち着いて聞けよ」


やつれた目を見据えた。


「お前が悪いとか言ってる絵筆はよ、まなが一生懸命働いて買ったものなんだぞ。
嫌味な店長にこき使われながら、お前が止まってるときに毎晩毎晩がんばってた結果が、その立派な画材道具なんだぞ」


木製のイーゼルにクッション付きのスツール。


質のいい木材を使ったキャンバスに、水彩画に最適な紙。


それらの全てが、まなのさちへの想いの結晶だった。

 

・・・・・・。



「・・・・・・」

「・・・お茶、ちょうだい」

 

渡す。

 

「・・・・・・」

 

大きなため息をついて、すごすごとキャンバスへと歩いていった。


その背中がとても小さく見えた。


「やっぱり、まなの買ったものがダメだったのかな?
まなね、たくさん調べて、お姉ちゃんが一番描きやすそうなものを選んだつもりなんだよ。
でも、ダメだったのかな?」


不安そうにおれの袖を引いた。


実際に、適切な道具だったのかどうか、知識の乏しいおれにはわからない。


けれど、世の中には決してバツ印をつけてはいけないものがある。


「まなのプレゼントは完璧だよ」


力強く言うと、まなも少しだけ安心してくれた。

 

 


・・・。


・・・・・・。



陽が落ちてきたので、そろそろさちを休ませようと思った。

 

「・・・・・・」

 

昼間の愚痴はどこへやら。


正確な手つきで紙に鉛筆を走らせている。

 

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「ちょっとは進んだみたいだな」
「・・・・・・」


無視されたのか、耳に入っていないのか判別がつかない。


「今日は、これで終わるぞ」
「・・・・・・」
「わかったな?」


言い残して、その場で離れた。


「待ってよ・・・」


立ち上がったさちは、足元をふらつかせていた。


「家に戻る時間ももったいないなら、ここで寝ていいぞ」
「ここで?」
「む、胸を貸そうじゃないか」
「ふっ・・・」


馬鹿にされた。


「じゃあちょっと休むね」


う、うわっ、本気でよりかかってきた!


「・・・っ!」


でも、軽口たたいた手前、逃げるわけにもいかない。


「・・・ふう・・・疲れた・・・。
・・・あー、なにやってんだろ、あたし。
なんか、ごめん、迷惑かけそう」


ふっと少女の肩から力が抜けた。

そっと地面に横たわらせてやる。


「お姉ちゃん、だいじょうぶかな?」
「まなも、一日中じっとしてて疲れたろ?」
「ううん。まなはたくさん寝れるから」
「でもいまは、疲れてるだろ?」
「う、うん・・・」


なんだか笑ってしまった。


「最近、急に暑い日が続いてるから、無理はしないようにね。
つらかったらつらいって言わないと、結局みんなに迷惑をかけるから」
「迷惑なの?」
「うんうん。

できないことはできないし、無理なものは無理」


でも、無理でもやらなきゃいけないときはあるし、無理と決めつけてばっかりじゃいけない。


そのラインを見定めるのが難しい。


さちがいまやっていることは・・・。


無理なこと、なんだろうな。


「帰るか・・・」


さちの腕を取って、身体を背負った。


「賢一は、力持ちだね」
「まぁ、これくらいしかやれることがないから」

 

 

 

・・・


・・・・・・



クスリを飲んださちをベッドに寝かしつけた。


いままでより二時間も早い活動停止。


「おれも、すっかり、この部屋に定住してしまったな」
「賢一お兄ちゃんだね」
「おれは一人っ子だよ」


とりあえずウソ。


「まなを妹にしてー」
「そりゃ、さちと結婚する必要があるわけで」
「結婚すればいいのに。

そしたらみんなずっと一緒だよ?」
「別に戸籍上でつながらなくたって、姉貴は姉貴だよ」
「姉貴? まなは妹になるんだよ?」
「ん、ああ、そうだな。ちょっとボケてた」
「じゃあ、今日からお兄ちゃんって呼ぶね」


にこにこーっと笑った。


「・・・なんか、恥ずかしいからダメ」
「えぇー」
「さちが絵を描いて、おれが試験に受かったらまた考えよう」
「ひと段落したらってこと?」
「そういうこと」
「楽しみだなーっ」


まるで、絵の完成も、おれの合格も当然のことのように期待している笑顔だった。


がんばらなきゃな、この子のために。


「よーし、ウナギでも食うか?」
「ウナギ?」
「日本では土曜の丑といって、夏の暑い日に精力をつけるためにウナギを食う習慣があるんだ」
「日本?」
「いいぞぉ、日本は。
面白い伝統がいっぱいだ。

死刑っていう、理解できない刑罰があるのが玉に瑕だが」
「まなにも本を読ましてっ」
「おー、いいぞ」


ジュラルミンケースの中を漁ってみる。

む・・・。


「うーむ。企業編しかない」
「どういう内容なの?」
「途中までしか読んでないけど、平のサラリーマン・島山耕一が課長、部長、取締役って出世していく話。
役職が変わるたびにタイトルも変わる」
「ほっほーっ!」


目を輝かせていた。


「読むのか? まなには楽しくないと思うぞ」
「いいのいいのっ。まなは本を読みたかったの」


・・・そういえば、この部屋にはまなくらいの子供が読みそうな本がないな。


しかし、いきなり島山耕一はきついだろ。


濡れ場も多いし。


「貸してーっ! 貸してーっ!」
「でも、おれも、まだ読んでないんだよ・・・。
早く読まないとマニア失格になっちまう・・・」

 

・・・。

 

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「・・・じゃ、いいよ・・・」

 

すっごく残念そう。


「わ、わかったよ」
「わーい! ありがとー」
「夜遅くまで読んでると目を悪くするぞ」
「はーい!」


その後はウナギを買ってきて二人で食べた。


さちの分も残して冷蔵庫に入れておいた。

 


・・・・・・。



呼び出しを受けたのは、まなが本にかじりついて読んでも返事をしなくなるほど夢中になり始めたころだった。

  

 

 


 

・・・


・・・・・・


一服したおれは強気だ。


とっつぁんがおれに何を言うのか、それは予想済み。


おそらく、さちの時間をさらに奪ったことを詰問する気だろう。


「さあて、頭を使わないと殺されちまうぜ」


吐き出したケムリが夜風に霧散した。


厚い雲が夜空を覆っている。


おれは校舎の入り口へと足を進めた。

 


・・・


・・・・・・



「入れ」

 


室内の照明は薄暗く、心なしか熱気も和らいだような気がする。

 

法月の目が機械的な動きでおれの姿を捉える。

 

 

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「三ツ廣さちの活動時間を追徴した件について、見解を述べよ」
「はい」


すっと息を入れる。


「さちは、未だに全力で努力しているとは思えなかったので、時間を減らすことで、本人の危機意識を高めようと考えました」
「それは適切な判断だ。

だが、要点は森田が越権行為を自覚しているのかということだ」
「越権行為・・・。
つまり、さちの時間を奪う権利は、私にはないということですか?」


わかってて聞く。


「『特別指導』とは、法典の内容を守らせるために、特別高等人が指定する一時的な義務だ」
「はい・・・」


法典では、さちの一日は十二時間ということになっている。


特別指導は、あくまでそれを守らせるためのものだ。


さちに対しての正しい特別指導は、例えば七時より一時間前になったときにはいつでもクスリを飲めるよう部屋で待機させる・・・。


そういう補助的なものじゃなきゃならない。


けれど、おれはさちの一日を十時間に設定した。


おれがやったことは、法典の内容そのものをねじ曲げてる。


「さちの一日を十時間にするには、私の判断ではなく、大法廷に申請しなければいけませんか?」


義務の内容そのものが変わるからだ。


きっと、バッジも変更される。


法月は黙って頷いたのだが・・・。


「今回は警告にとどめておく」
「はい・・・」


それ以上は何も言わずに、おれに背を向けた。


「・・・失礼しました」

 

 

・・・


・・・・・・



・・・ふぅ、死ぬかと思ったぜ。


おれがやっちまったことは、普通なら懲罰ものだ。


どうにも、見逃されたみたいだな。


さちを更生させれれば、多少の越権行為は目を瞑るということか。


「とっつぁんは結果を出せれば手段を問わない傾向が・・・あるような、ないような、あったような気もしないでもなさそうだ・・・。
って、全然わからん」


おれの考えなんて、全て見透かされてそうで怖い。


でも、おれはおれのやり方でやるだけだ。


そう思って、学園を出た。


いつの間にか募っていた雲が雨の到来を予感させた。

 

 


・・・。


・・・・・・。



「雨だーっ!」


風はそんなに強くはないが、ポタポタと小気味いい音が耳についてやまない。


「・・・うぅ・・・っ・・・」


さちが目を覚ます。


「さち、雨だ。 雨だぞー」
「・・・っるさいなぁ・・・」


「おはよーっ」


まなは、昨日遅くまで本を読んでたわりには、眠くなさそうだった。

 

 

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「・・・あー、雨かぁ」
「雨だよ。

雨だぞ? 今日は超アガルよな?」
「うるさいっての。どうしてそんなにテンション高いのよ」
「だって、絶好の絵描き日和じゃん?」
「へ?」


やっぱり嫌そうな顔になった。


「マジ? 雨じゃさすがに無理でしょ?」
「ハハハ。雨の日だって楽しいことはたくさんあるんだぞー」
「なんかキモいんだけど?」



「賢一、今日は無理だと思うよ。
雨が降ると景色が変わるから」
「そんなことはわかっとる!

素人の前で知識をひけらかしていい気になるな!」
「ひぇぇ・・・」



「だが、さちはまだ鉛筆書きが終わってないだろ?
それをやりにいくべきだ」
「いや、風邪ひくって。

なんかもう、頭痛いし・・・」
「お前は体力あるからだいじょうぶだって」
「あんたにあたしの身体のことがわかるはずないよ!」
「わかるわかる。 すげえわかるって」
「・・・マジ、ふざけないでって」


明らかな拒絶


「でも描かなきゃダメだろ?」
「今日は勘弁してってば」
「傘を指してやるから」
「賢一、ちょっとくらい休ませてよ

眠いし、気持ち悪いし・・・。

ちょっと限界きてるんだってば」


まったく、バッドタイミングな雨だぜ。


せっかくさちが、昨日の夕方あたりに真剣になり始めたっていうのに。


「休むのも大事だって。

雨が降ってる今日こそ、休んでおくべきだって」
「ダメだっての」
「もおぉっ!」


ベッドを後ろ足で蹴飛ばした。


「乱暴はやめろ」
「あー、もう、いらいらするぅっ!」



「お、お姉ちゃぁん」



「わかった、わかったよ。じゃあ、午後からにしよう?
雨があがるかもしれないし」
「午後になっても雨が上がるという保証はない。
風が弱いからしばらく雨はやまないと思う」
「とにかくやだ!」
「そんだけ大声を出して暴れる元気があるんだから、体力的にはまだまだ平気だろ?」


すると、さちはおれの顔をにらみつけながら、これ見よがしにため息をついてみせた。


「なんで、あんたみたいな冷たいヤツが気に入ったんだろ」
「・・・・・・」
「前の高等人はさあ、たまーにクスリの残りのチェックしてただけなのに、どうしてあんたはあたしの生活にまでかまってくるのよ」
「高等人は、義務を守らせるんじゃなくて、お前らを更生させるのが仕事だ」
「いつも理屈っぽいのがムカつくし」



「お姉ちゃん、ちょっと落ち着いてよぉ・・・」
「あ!?」
「いつものお姉ちゃんじゃないよぉ・・・。

いつものお姉ちゃんはもっとニコニコしてるよぉ・・・」
「笑えないときだってあるっての!」
「でも、でもぉ、怒るのはやだよぉ」
「・・・っ・・・!」


まなの寂しそうな顔に、さすがのさちも威勢を落とす。


「とにかく賢一は気に入らない」
「お姉ちゃんっ!」
「絵のことなにもわからないくせに、あたしのこと気を使ってくれてるわけでもないし」
「賢一は、いつもお姉ちゃんをおぶってくれてるよ、ご飯のお金も出してくれてるよぉ」
「そんなの当然のことじゃん!」


・・・。


少し、予想外だったな。


まさか、さちが、ここまで攻撃的な性格をしているなんて。


つくづく、いままでのまなの苦労が思いやられる。


「ああ、そうだ。出てってよ。 一緒に生活したくない」


リズム感豊かな雨音が、さみしいものに感じられた。


「いいから、絵を描きに行く準備をしろ」
「・・・・・・。

あー、描くのはいいんだけど、賢一にやらされてる感じが気に入らないからヤダ」


頭の回転だけは速くて困る。


次から次へと言い訳が浮かぶようだな。


「じゃあ、お姉ちゃん、まなのお願いだったら聞いてくれるの?」
「あ・・・」


いいタイミングでまなが助け舟を出してくれた。


「さち・・・」
「うるさい! 賢一はうるさい!」


・・・。


かまってられんな。


「じゃあ、おれたちは先にいつもの場所で待ってるから。
まな、行くぞ」


大また歩きでドアに向かう。


「ちょっとぉ、あたしはまだ行くなんて・・・」


肩越しに振り向いて言った。

 


「来なかったら、また時間を減らす」

 

 

 

 

・・・


・・・・・・


ジュラルミンケースの中にあった携帯傘を差して、道の真ん中にたたずむ。


雨のせいか、向日葵も首を重そうにしている。

 

・・・。


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「お姉ちゃん、来るかな?」
「さあ・・・」


来なかったらどうするかな。


さちにとって正念場なんだがな。


今日を入れて残り六日しかないんだ。


絵を描かなきゃ、まなとお別れなのに。


それをわかっていながら、あんなに嫌がるなんて。


「きっと、来てくれるよ。ちょっと休憩したら来てくれるよ」
「だといいな・・・」
「賢一、なんだか暗いよぉ」
「おれはもともと根暗なんだ」
「明るいときはすっごく明るいのにねー」
「・・・・・・」
「ねーっ」


ねー、という気分じゃない。


「あのね、鳥さんがねっ・・・」
「鳥さん?」
「鳥山耕一」
「ああ、昨日貸したSF小説か」
「鳥さんがね、すっごいかっこいいよぉ」
「まあ、できる男として描かれてるからな」
「あのね、会う女の人と必ずハアハアってなってるのはどうして?」
「・・・・・・。
ま、まあ仕事ができる男ってのは、そういうものらしいよ」
「ああいう場面の意味がわからないよ?」
「わからなくていいよ」
「んーっ? なんでテレてるのぉ?」


・・・しつこいヤツだな。


おれだって、会社を起こす前までは、鳥さんみたいに優雅でエレガントでスタイリッシュな男を目指してたんだがな。


小説のような出会いなんて、全然なかったぞ。


実際、創業期なんて女の人が寄り付かないほど事務所が汚かったし、つきあいとか接待とかも面倒だから部下に任せてたし。


女性社員は、おれが苦手だからあんまり採用しなかったり・・・。


ああ、それが原因で会社の評判が落ちたことが・・・。


「とにかく、鳥さんにあんまり影響されるなよ」
「うんっ!」


あら?


夢中になってたくせに、素直にうなずいたぞ。


「あのね、鳥さんね、かっこいいけどね、なんか変なこと言ってたんだよ」
「鳥さんの発言は奇抜なときがあるからな」
「まな、それがおかしいと思ったの」
「どんなこと?」
「鳥さんの部下の人がね、えいぎょーをたくさんしてがんばってたんだよ。
すっごいがんばってたんだよ、公園の水を飲んで、公園のベンチで寝て、公園のトイレを使ってたの」


・・・公園ばっかりだな。


「でもね、ぼろぼろになるまでがんばってえいぎょーしたんだけど、一件もお客さんにならなかったの。
そして、鳥さんが言うの・・・。
キミはぜんぜん努力していない。
キミがどこでなにをしていたか知らないが、結果が出せなきゃ給料はやれない・・・だって。
鳥さん、おかしいよね?」
「ああ・・・まあ・・・」


別におかしいことじゃないのだが、まなには難しい話になりそうだな。


「その人すごかったんだよ。

お金がなくて、インスタントラーメンをお湯なしてバリバリ食べてたんだよ」
「ほ、ほお・・・」


なんか微妙ながんばり方だな。


「冬ですっごく寒いのに、公園の水で頭を洗ってたんだよぉ」
「む、それは大変だ」


あれは、マゾじゃなきゃ無理だ。


おれもやったことがあるが頭が割れるかと思った。


「そして、インスタントラーメンを水で食べようとするんだよ」


どれだけラーメン好きなんだよ・・・。


「それなのに、鳥さんすっごく冷たいよ」


その公園男の肩を持ちたくなるのはわかる。


「うーんと、な」


どうやったらわかりやすく、鳥さんの行動を説明できるのか。


「がんばっても、結果が出なきゃダメだっていうのは、それなりに仕方がないことなんだ」
「そぉなの?」
「例えば、まなはスーパーで掃除の仕事をしてたんだよな?」
「うんうん。

床をモップがけして、トイレを磨くんだよ」
「じゃあ、もしも、がんばったんだけど、時間内で掃除が終わらなかったらどうだ?」
「そういうことはなかったけど、もしできなかったら、なんだかごめんなさいって気持ちになるね」
「そうだろうし、他に掃除をしていてきちんとノルマを達成している人と同じお金をもらえるかい?」
「もらえないね・・・」
「これが肝心なんだけど、お金を払う側の人間はたいていの場合、結果しか見ないんだ。
厳しい言い方をすると、結果が出なきゃがんばってないって見るんだ。
そうしないと、どこかで不平等が生まれてくるから」


がんばってるかどうかなんて、けっきょくは雇用者の主観が入るから。


「あ、あのねあのねっ」


察しのいい子だから、なにかピンと来るものがあったらしい。


「お掃除はね、まなともう一人のオジサンの二人でやってたの」
「オジサンは、さぼってたんだな?」
「よく、まなの言いたかったことがわかるね。
そうなの。オジサン、最初は真面目だったんだけど、だんだんまなにまかせっきりになっていったの」
「でも、店長から見れば掃除は毎回きちんと終わってるから、給料は二人とも同じだけ出てたんだろ?」
「ずるだよね?」
「がんばってない人にお金をあげると、その人がどんどん楽をしていくんだ。
そのオジサンも、給料が減らされればしっかり働いたと思うよ」
「そっかぁ・・・オジサンも、かわいそうだね」
「・・・かわいそうと思えるのは、なかなか器が大きいな」
「あのね、その鳥さんの部下の人ね、それからまたすっごいがんばって、独立してラーメン屋を開くの」


そういう話のオチか。


「で、お店にやってきた鳥さんに美味しいラーメンをご馳走して、言うの・・・。
あのとき、鳥さんに給料をもらえませんでしたけど、それをバネに、がんばり続けることができました・・・って。
もし、あのとき給料をもらっていたら、そこで自分に満足して終わっていたかもしれません・・・って」
「ええ話や」


ということにしておく。


しょせんは物語の出来事。


「そっかぁ、勉強になるねー」
「あんまり鵜呑みにするなよ」

 

・・・。


・・・それにしても、さちが来ない。

 

 

 

・・・・・・。



・・・。



「あいつ・・・家で寝てるな・・・」


雨の中でたたずむおれとまな。


「まなね、最近お洗濯が上手くなったんだよー」


さっきから、まなはしきりに話しかけてくる。


「賢一は、どこから来たの?」


さっきの鳥さんの会話もそうだが、たまに、こうやって質問して、おれの機嫌を取ろうとしているのが、けなげで仕方がない。


「都会だよ」
「都会は、面白い?」
「面白いかどうかは、場所じゃなくてそばにいる人で決まる」


・・・って、なにマジなトークしてんだ?


「ほーほーっ!」


まなはそういう話にけっこう興味津々なんだよな。


「まなもね、お姉ちゃんと一緒ならどこでも楽しいと思うよー」
「そんなにお姉ちゃんが好きか?」
「好きぃ」
「どうして?」


ちょっと意地悪してみる。


拾ってくれたからか?


「知らないっ。

そういうのをいろいろ考えるのは、違うと思うなー」


損得勘定なんて、この子の頭の中にはないようだ。


「賢一も、好きだよぉ」


こういう人間が、一番読みづらいんだよな。


「さあて、そろそろお昼だぞ」
「お昼っ! お昼っ!」
「腹減ってきたな?」
「昨日のウナギ、おいしかったね」
「さちは、ちゃんと食べたかな?」


残しておいた分を。


「帰る?」


と言いつつ、まなの目がもうちょっと待って、とお願いしていた。


「・・・さちは、午後になったら来るようなことも言ってたよな?」
「うんうん。雨が止むかもしれないしって」


空はどこまでもねずみがかった色をしている。


ぶっちゃけ、今日中に止まないと思う。


「でも、待ってみるか」
「それがいいよぉ」


まなの笑顔が、雨上がりを望む向日葵に重なった。

 

 

・・・・・・。



・・・。



「寒くないか?」
「賢一にくっついてるから平気だよぉ」
「おれは身も心も冷たい男だから、低音やけどに注意だぜ」
「かーっちょいーっ!」


・・・まるで馬鹿にされてるみたいだ。


「暇だなあ」
「しりとりしよう?」


まなは、さっきから本当におれに気を使ってくれている。


「うどん・・・」


踏みにじってやった。


「ん、がついちゃったよー」
「・・・の汁」


やっぱりかわいそうだった。


「る、るるる・・・。
んー、わかんない。降参っ! まなの負けーっ!」


接待かよ。


おれは咳払いをして、言った。


「戻ろう。

これ以上待っても意味がない」
「う・・・うん、もうちょっとダメ?」
「三時になる前に帰って、さちの時間を止めないとな」
「こ、今度は、一日八時間なの?」
「そういうふうに忠告したのに、さちが無視したんだから仕方がない」
「お姉ちゃん、それで大丈夫なのかな?」


正直、厳しいだろうな。


人並みの生活なんて到底望めない。


「絵を描くんなら、寝てる暇なんてないだろうな」


まなが不満げに口を尖らせた。


「・・・でもぉ、お姉ちゃん、寝起きがすごいつらそうだよ?」
「あのクスリそのものが、体に悪いってことはない」


悪夢を誘発する可能性は高いらしいがな。


「あのね、まなね・・・おかしいと思うことがあるの」
「んっ?」
「昨日小説を読んでて思ったんだけどね、どうしてお姉ちゃんが罪人なの?」


罪人・・・まなの口から出ると重々しいな。


「小説の中には、お姉ちゃんよりもっと楽してる人がたくさんでてくるけど、みんな普通に時間あるよ」
「そりゃあ、あれは架空の世界だから・・・」
「お姉ちゃんって、そんなに悪いことしたの?」
「さちは、返すべきお金を返さないでずっと遊んでたんだよ」
「でも、日本ではそんなことで特別高等人が来たりしないよ」
「ヤクザってのが金を取り立てに来るらしいな」
「その人たちも、別に時間をもってったりしないよ」
「いや、だから、日本はけっこうゆるゆるなんだよ。
おれたちの国と比べて犯罪の数も桁違いに多いみたいだしね。
あと、なんていうか、小説の世界とおれたちの国じゃちょっと刑罰の概念が違うんだ」
「がいねん?」
「えっと、日本は、罪を犯すと『刑務所に入る義務』を負うみたいなんだ。
でも、どんな罪を犯した人でもみんな同じように『刑務所に入る義務』だから、なんか個人個人に対して適切じゃないんだよ。
おれたちの国には、時間を無駄遣いしているヤツは時間を奪うし、詐欺師は人としゃべれなくなるし、運転事故を起こしたら乗り物には乗れなくなる」
「細かいもんねー」
「それから、日本よりおれたちの国のほうが、罪に問われることがらが圧倒的に多い。
時間の使い方や恋愛、家族関係について国が大きく口を出してくる。
もちろん、怠惰や、不純な異性との交遊、家庭内の間違った教育なんかは、日本でも悪とされているけど、とりわけやりすぎなければ『刑務所に入る義務』を負わされたりしない。
それは、あの国が歴史的に恥と義理と人情を尊重していた社会であって、そういった国が裁かないような悪は、ご近所レベルで制裁を加えていたからなんだ」


もっとも、現代編を読む限り、恥と義理と人情の精神は薄れてきてるらしいけどな。


「要するに、この国は、罪の枠が広いんだな。
罪人を育てて社会に貢献させようっていう姿勢は日本と同じだけどね」
「うーん・・・」


眉毛を八の字にして悩みだした。

しかし、よくこんなお堅い話についてこれるな。


「でも、まなは、この国の方がおかしいと思うよ」
「そうか・・・」
「だって、そんなになんでもかんでも細かいところまで国に決められてたら、なんだか息苦しいよぉ」
「まなっ!」
「ひっ!?」
「あ、ごめん。

ついボリュームアップしちまって。
いま言ったみたいなことは、絶対に人前で言っちゃダメだよ」


この手の政治批判をすると、選挙権を失うんだよな。


そして一党独裁化が進む。


あのSF小説だって、いつ焚書の憂き目にあうことやら。


まったく、なに時代だよって、日本人にツッコまれるぜ。


「帰ろうか・・・」
「もっと、いっぱいお話聞かせてー」


歩こうとしない。

さちを待っていたいんだな。


「帰るよ。」


まなの小さな手を握った。


さちが来ると信じている・・・そんな温もりが溢れていた。

 

 


・・・・・・


・・・

 


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「ねえねえ、賢一・・・・」


道中、まなは何度もおれの足を止めようとしていた。


「上から読んでも下から読んでも変わらない食べ物ってなぁんだ?」
「とまと・・・」
「じゃあ、下から読むと悪い人になっちゃう動物ってなぁんだ?」
「リス・・・」
「・・・うーん。賢一は頭いいねぇっ!」


かわいそうになってくるな。


「もう三時になっちゃうから」
「でも、でもっ、まなたちは、待ってるって言ったんだよ?
それなのに、まなたちが迎えに来てたら、お姉ちゃんきっと怒ると思うよ」
「そういうのを逆ギレっていうんだよ」


さちのヤツ・・・逆ギレしそうだな。


「まなだけ、待ってる」
「え?」
「まなは、向日葵畑に戻るよ」


真摯な瞳。


「本気?」
「待ってれば、お姉ちゃんも来てくれるよ。
あー、ごめんごめん、あたしって超てきとーだからーって。
ニコニコして、元気いっぱいに絵を描きはじめてくれるよ」
「わかったよ・・・」


何を言っても無駄だな。


「おれは戻るから」


傘を渡してやる。


「うんうん。風をひかないようにねー」
「・・・・・・」


振り返るのもつらかったので、足早に寮に入った。

 


・・・・・・。



寝息が聞こえてきて、思わずため息が出た。


「・・・さち」


だらしなく布団を蹴飛ばして寝ている。


「さち」


肩を揺する。


「・・・起きろって」
「んっ・・・うぅぅ・・・」


まぶたがゆっくりと開いた。


「なぁに・・・?」


おれの顔を見て、すぐに布団にもぐりこもうとした。


その布団を引っぺがして、さちに言った。


「そろそろ三時だから。クスリを飲め」
「くっ!」



一気に頭に血が上ったようだ。



 

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「本気なのぉっ!?」
「一日さぼった罰だ」
「八時間って、ヤバいと思わないの?
寝て起きたら終わりじゃん!?
絵、描けないよ? どうすんの? 知ってるんでしょ?
まなが連れて行かれちゃうんだよ?
これで絵が完成しなかったら、あんたのせいじゃん!」


まくしたてるような口ぶりから察するに、おそらく前もって腹に準備しておいたセリフなんだろう。


「寝なきゃいい。

休まなければ、丸々八時間描けるぞ」
「ったく、他人事だと思ってさぁ・・・!
あー、もうマジでめんどくさい!

ムカつくっ!
なんであたしがこんな苦労しなきゃいけないのよ!
あたし、そんな悪いことした? してないって。
ちょっとお金を返さなかっただけじゃん!
それに引き換えこの国は借金ばっかりじゃん。
返済の見通しも立ってないんでしょ?
それなのに、なんであたしをいじめる権利があるのよ!」


かんしゃくを起こしたさちはまるで別人のようだ。


まなを助けるためならなんでもする。


誰がそんなことを言ったんだっけか。


・・・。


「・・・さち、落ち着いて話をしようや?」
「ヤダ。

なんか説得されそうで怖いっ!」
「質問をするだけだ」
「あたしだってわかってるって! こんな自分がダメなことくらいさぁ!」


勝手にしゃべりだす。


「だけど、マジで無理なんだよ。キャンバスに向かうだけですっごい気分悪いし。
まなのことばっかり考えちゃうし」
「まなのこと?」
「まな、あたしの絵に期待しすぎなんだってば。
ホント・・・っ・・・夢にまで出てきて、都合のいいこと言いまくりなんだって。
はあっ・・・はあっ・・・あたしの絵は世界一だとか、昔あたしを馬鹿にしたやつらを見返してやれとか・・・。
そんな、あたしなんかたいしたことないんだから、もうやめてほしいよ・・・。
まなと出会ってから四年間ずっとだよ? わかる?
妹みたいな女の子からずっと期待され続けてその間ずっと逃げ続けてきたんだよ?
い、いまさらじゃないの・・・。
そうだよ・・・いまさらだよ・・・無理に決まってるじゃん。
まなが、あたしに期待しすぎたせいだよ・・・きっと・・・。
まなと出会わなければ・・・まながあんなにうるさく言わなければ・・・。
あたしだってちょっとはやる気を・・・」


・・・・・・。


・・・。


長々と責任逃れが続いた。


耳をふさぎたくなるような、情けない言葉の数々。


おれは、ただ黙ってクスリを飲ませるだけだった。


さちが暴れたので、活動停止は三時きっかりになってしまった。

 

 

・・・・・・。


・・・。





 


・・・
まなと出会って何日が過ぎただろうか。


まなは常にひたむきにがんばっていたように見えた。


いまもそうだ。


雨の中、じっとこちらを見ている。


おれの隣にさちがいないのを知っても、まだなにかを期待しているような目をしていた。


「さちはもう、止まったよ」
「今日は、お休みにしたんだね」
「勝手に休んだんだよ」
「明日からはがんばってくれるよね?」
「・・・・・・」


確かに、まなのなんの打算もない期待の眼差しを四年も受ければ、それがプレッシャーになるのかもしれないな。


「まな、ちょっとお姉ちゃんにお願いしすぎてるのかな?」
「えっ?」


考えていることを見透かされたようで驚いてしまう。


「それは違うって。
まながいなければ、さちはいままでもっとだらだらした生活を送ってたと思うぞ」
「そうかな・・・?
まなはね、お姉ちゃんにずっと絵を描いて欲しいってお願いしてきたけど、そのお願いの仕方が悪いのかもって思うことがあるんだよ。
なにが、いけないんだろうね?」
「なにも悪くないよ」
「そお?」
「まなは、なにも間違ってないし、悪いことなんて一つもない」
「そっかぁ、賢一に言われるとちょっと安心だねっ!」


でも、間違ってないからといって、物事が上手く回るとは限らない。


「でも、まなも、もうちょっといいお願いの仕方を考えてみるねっ」
「おう・・・」


お願いの仕方か・・・どうする気だろう。


まなの行動が読めない。


「晩御飯なににするぅ?」
「ラーメンなんかいいんじゃないか?」
「ふふふっ、買い物に行こーっ」
「・・・・・・」


残り五日だってのに、まなの様子に焦りは感じられなかった。

 

・・・。


そうして、短い一日が終わった。

 

いまや、おれとまなにとっても、さちが起きていない時間にあまり意味はなかった。



・・・。