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車輪の国、向日葵の少女【21】

 

・・・。

 


「というわけで、本日から当家にご厄介になることになりました、森田賢一でございます」

 

 

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「は・・・!?」

 

「は、はあ・・・」

 

 

「今日付けで、大音灯花さんの担当になりましたので」
「あ、そうなんだ」

 


「・・・私たちの家に住むの?」
「ええ。 すぐ近くにいたほうが、なにかと監督もしやすいので」

 

 

門をまたぐ。

 

 

「ち、ちょっと!」
「ああ、布団を二枚用意してくれると助かる。
おれって寝相悪いから。
あと歯ブラシとかタオルとかもよろしく頼む。
あ、飯はそんなに豪華じゃなくていいから」



「なんて、あつかましい・・・」

 


「お母さん! 私、森田賢一と一緒に住むだなんて嫌だからね」
「そうね、家は狭いし・・・」

 


「・・・と言われても、おれには行く当てもないですし。
野宿するには暑すぎる季節ですし」

 

 

さちの監督が終わったと同時に、一気に田舎町が夏めいた。


日差しは一直線に降り注ぎ、立っているだけでも頭が焼けそうなくらいに暑い。

 


「まあまあ、立ち話もなんですし、中に入ってじっくりお話しましょう」

 


ずかずかと玄関に向かう。

 

「あ、こ、コラ!」

 

 

・・・。

 


「ふー、ここが大音の家・リビングか」

 

 

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「森田くん、家主より先に家に上がったらダメだと思う」
「お母さん、追い出して!」

 


「うるせえな、茶でも汲んでこいや。

気の利かねえガキだなぁ」
「ぶっ殺すぞ!」

 

踏み込んで、右手を振り上げてきた。

 

パシッ!

 

「あ・・・」
「おれに、ノロケチックな暴力は通じないと言ったはずだがな」
ノロケじゃなくて、本気で怒ってるの!」

 

頬を膨らませている

 

「お母さん、どうしてお宅のお子さんはこんなに怒りっぽいんですかね?」
「・・・はあっ・・・」

 

あきらめたようなため息。

 

「灯花、お茶を汲んできなさい」
「やだよ!」
「命令よ」
「ひぅっ・・・!」

 

・・・。

 


「くぅっ・・・!」
「な、なんだよ。あんまりおれを見るなよ。お母さんに言いつけるぞ」
「むきょっ・・・!」

 

大音はすごすごと台所消えていった。

 

・・・。

 

・・・・・・むきょっ?

 

「では、じっくりお話を伺いましょう」
「ええ・・・」

 

咳払いをして、もったいつける。

 

「調書を拝見しました」
「灯花の?」

 

頷く。

 

「お宅の娘さんは、やや怒りっぽいところを除けば年齢的に分相応な女の子ですね」
「そうかしら? 子供っぽいと思うわ」
「どうして?」
「甘い物やかわいらしいぬいぐるみが大好きなところ」
「女性というものは、いくつになってもファンシーでメルヘンなグッズを嗜むものです」
「・・・森田くん。

いま、さらっと女性を語ったけど、あなたそんなに経験豊富なわけじゃないでしょう?」
「とんでもない。

私くらいのルックスになりますと、知識は豊富なものですよ。ほら、あれですよね。
ラブホテルには、交換日記みたいなものが置いてあるんですよね」
「童貞丸出しの発言じゃないの・・・」

 

いかん、ウソがばれつつある。

 

「まあとにかく、おれが疑問に思ってるのは、どうして灯花みたいに普通の女の子が、『親権者に絶対服従』の義務を負っているのか、ということです。
調書には、その経緯が書かれていなかったんです。
この義務は、親が申告して初めて罪に問われます。
この通称『大人になれない義務』は、親権者―――つまり京子さんですね―――が、国に申請をすることでその子供―――つまり灯花ですね―――が、初めて罪に問われる複雑な義務です。
実に複雑です」
「あなたの言い回しが複雑なだけだと思うのだけれど?」
「ああ、すみません刑事口調でした」

 

見えないタバコをくわえる。

 

「つまり、京子さん!」

 

見えない机をたたきつける。

 

 

「あんた、どういう理由で娘を犯罪者にしたてあげたんだ!?」

 

――???「警部、興奮しすぎですよ」

 


・・・見えない警部補がおれをなだめる。

 

「あんたが国に対して、うちの娘はちょっとしつけが大変なんです、ちょっと家庭の事情がありまして、とか言わない限り、灯花は自由だったんだ。
それに、あんたも厄介な親権者適正研修を受けさせられることもない」
「そうね・・・」
「そうまでして、灯花をあんたの思うがままにしたかったのか!?」
「森田くん!」

 

厳しい一声。

 

「はい・・・?」
「私はあなたの監督を受ける被更生人じゃないでしょう?」
「つまり、おれの質問に答える義務はないと?」
「察しが良くて助かるわ」

 

くそ・・・簡単に本音を晒すような人じゃないか。

 

「ただですね、『大人になれない義務』は、親子そろって義務の解消に励みませんと・・・」

 

そのとき、大音が顔を見せた。

 

ふらふらとおぼつかない足取りで歩いていて、お盆の上のお茶が危なげに揺れている。

 

「こぼすなよ」
「わ、わかってるって」

 

お盆はどうにかテーブルの上に不時着した。

 

「って、バカ!」

 

湯飲みから沸き立つ湯気。

 

「な、なによ・・・?」
「誰が、このクソ暑い日にホットティーを頼んだ!?」
「あ、そ、それもそっか」
「・・・・・・」

 

てっきり反抗してくるかと思ったが、大音は申し訳なさそうに頬をかいた。

 

「・・・まあ、汗をかいて体温を落とすとしようか」
「気、利かなくてごめん・・・」

 

・・・変なヤツ。

 

「灯花はね、お客様へのおもてなしにはけっこう気を使うのよ」
「じゃあ、今夜の晩御飯は期待してもいいんですね」

 

「あ、いや・・・」
「なんだ? 自信ないのか?」


軽口を叩いたそのときだった。

 

 

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「この家では、外食か、お弁当よ」
「・・・っ」
「灯花は料理なんて覚えなくていいの」

 

札を透かしてみるような薄い目つき。

 

「ね? 灯花?」

「う、うん」

 

京子さんは、満足げに頷いて言った。

 

 

「あなたは、立派な特別高等人になるんだから」

 

 

・・・。

 


・・・冗談だろ?

 

 

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 


――さちの部屋からまながいなくなって、数日がたった。


おれはとっつぁんに、まなの行方を問いただした。


けれど、とっつぁんは、おれに新しい指令を出すだけだった。

 

 ・・・。

 

 

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大音灯花。

 

さちとは違って、平凡な女の子の部類に入ると思う。


性格は、やや情緒不安定。


わがままなようでいて、決断に対する恐れが行動に見え隠れしている。


いままで、日常のさまざまなことに対して、親の顔色をうかがってきたからだろう。


京子さんに逆らえば、強制収容所に送られるのだ。

 

お母さん、テレビ見ていい?


お母さん、もう寝なきゃダメ?


お母さん、お菓子食べていい?

 

自分の責任において、行動する機会に恵まれていない少女。


『大人になれない義務』を負った子供の自立は難しい。


さらに、この義務は、親が国に申告することで成立する義務だ。


親にも問題がある場合が多い。


もちろん、子供に義務を負わせた責任を問う意味で、親は国家の適正研修を受ける・・・。

 

・・・ということになっているが、研修が実施されることは稀だ。


確か、去年はたったの二回だったか。


そもそも、普通の家庭教育に国家権力がからんでくるのだから、国民としてはたまったものではない。


子供を罪人にしたてるのだから、まともな親の考えじゃない。


調べたところによると、義務の申請をする親のほとんどは、政府関係の人間、大企業の上役、あるいはちょっとした国砕主義者のようだった。

 

「面倒だぜ、まったく。
というわけで、おれは、大音だけじゃなく、京子さんもどうにかしなきゃならない。
親子、ね・・・。
おれは母親を知らないけど、それを不幸に思ったことは一度もない。
親父と、お姉ちゃんとおれの三人暮らし。
円満な家庭だったからな・・・」

 

もう一度、大音灯花の調書を見る。

 

「・・・勉強になりそうだ」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

・・・

 

昼過ぎ、おれは人様の家に居座り続けていた。

 

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「お母さん、僕、お腹すいた」
カップラーメンがあるわよ」
「そんな栄養価の低い食べ物は口にできません」
「わがままね・・・」
「僕がご飯作りましょうか?」
「できるの?」
「簡単なものなら」
「特別高等人の試験の一環で、習ったの?」
「いや、料理はやらないよ。学んだのは調理ね。
ねずみを食べたり、毒草を上手い具合に食べたりする技術」
「そうよね。

料理なんて、誰でもできるしね」

 

・・・そういえば、とっつぁんが言っていたな。


京子さんは、料理をしている最中に大音に火傷を負わせてしまったんだっけか。

 

「まあ、とりあえず、スーパーに行ってきます」
「いいわ。そもそも、家には料理道具なんてないし」
「マジですか・・・? 鍋も、フライパンも?」
「変かしら?」
「にらまないでくださいよ・・・」
「灯花が興味を持つといけないから、今後料理の話はしないでもらえるかしら?」
「そういえば、大音のヤツ、やけにトイレ長いですね」

 

 

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「いや、さっきからここにいるし!」

 

 

ソファの陰から湧いてきた。

 

 

「なんだ、お前。家では無口なのか?」
「おしとやかなの」
「はっ?」
「だ、だからぁっ・・・。

お母さんとそのお客さんがしゃべってるときは黙ってなきゃいけないの」

 


「そういうふうに教育しているの」

 

 

「客って、おれのことか・・・?
今後は、おれのことは、お兄ちゃんでいいよ」
「なに言ってるの?」
「いや、だって、これからこの家に住むから。
一つ屋根の下だから」
「なんであんたの妹になんなきゃいけないのよぉっ!」

 


「灯花、大声出さないの」
「だって、森田賢一がふざけるんだもん!」
「あなたがいちいち反応するから、森田くんも面白がってちょっかいかけるのよ。
いい加減、学習しなさい」
「そ、そんなこと言われても・・・」
「もっと冷静になりなさい」
「・・・うぅ」
「まったく、いつまでたっても子供なんだから」

 


・・・きっついなあ。

 


「とりあえず、おれはここの家族ってことでいいんですかね?」
「ダメに決まってるでしょ!」

 


「こら!」
「あぅ・・・」
「森田くん。家族はともかく、ここに住むのはかまわないわ」

 

 

その発言に、大音がむすっとした顔でおれを見た。

 

 

「助かります」
「ここで寝てもらうことになるけど、いいかしら?」
「ああ、かまいませんよ。そこのソファで寝ます」
「そう・・・」
「どうかしましたか?

あまりのあつかましさに、恐れ入ったんですか?」
「な、なんでもないわ」

 

軽く咳払い。

 

「私の部屋には入らないでね」
「入るなと言われて入らない馬鹿はいないと思うんですが?」

 

 

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「入ったらぶっ殺すぞ!」

 

・・・キレたぞ。

 

娘と同じよう、舌足らずな『ぶっ殺す』だった。

 

こんな言葉を娘に真似されておいて、おしとやかなしつけなんてできるのか・・・?

 

「私の部屋にも入ってこないでね」
「なんで?」
「当たり前でしょ?」
「おれは、覗いたりするようなキャラじゃないぞ」
「どうだか・・・」


あれ?


おれって、大音に嫌われてるのかな?


こうやっておちょくってれば、いつの間にか仲良くなれるヤツだと思ったんだが。

 

「まあ、いい。

嫌われてたほうが、仲良くなったときの反応がいいもんだ」
「またブツブツと・・・」
「そういうわけで、よろしくお願いします」

 

軽く頭を下げた。


「ほらっ、灯花!

特別高等人の森田さんに挨拶なさい!」

 

・・・そんなに気張らなくてもいいんだがな。

 

「よ、よろしく・・・」

 

おれは、大音の担当についたのだ。

 

もちろん、例の長文を読み上げることも忘れない。

 

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 


・・・


昼飯は、三人で仲良くカップラーメンを食べた。


その後、おもむろに外に出て行った大音を追った。

 

・・・。

 


大音は塀の前で立ち止まって大きく深呼吸をしている。

 

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「なんで、ついてくるの?」
「お前こそ、どこに行くんだ?」
「そんなの私の勝手じゃないの?」
「どうせ食後の運動でもするんだろ?」
「な、なんでわかるの?」
「いや、勘だけどな」

 

 

大音の全身に視線を注ぐ。

 

 

「お前って、意外にひきしまってるじゃねえか?
太ももとか、ふくらはぎとか、歩くときに筋肉に筋がピーンと伸びてる」

 

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「じ、ジロジロ見ないでよ!」
「部活とかやってるのか?」
「森田賢一なんかに教えてやんない」

 

 

そっぽを向いた。

 

「あのなあ、ちょっとは会話してくれてもいいだろうが。
一緒に川辺で騒いだ仲じゃねえか」

 

 

・・・まずった!

 

「あ・・・。
・・・そういえば、傷、もう大丈夫?」


ほら、心配されちまった。
根は優しいヤツなんだろうな。

 

「・・・・・・」

 

仕方がない。


他人の心理を予測し、それをもとに罪人を管理するのが特別高等人だ。

 

「だいたい治ったよ。あんまり気にするな」

 

気にするなと言われて気にしない人間はいないわけで。

 

「ご、ごめんね」

 

まったく、とっつぁんのパフォーマンスの効果は絶大だな。

 

「いいよ。

それより、大音のことが知りたいんだが」
「あ、うん・・・。
部活ははってないけど、格闘技は習ってた」
「か、格闘技?」
「うん、あの、なんだっけ? ほら、カポエラみたいなヤツ」
カポエラってぇと、あのSF小説の足技メインのあれだよな?」
「そう、あれ」
「あれかぁ・・・って、嘘だろ?」
「本当だよ。

お母さんに習えって言われたんだもん」

 

なるほど・・・。

 

「なんで京子さんはそんなもんお前にやらせたんだ?」
「わかんない。特別高等人がどうとか言ってた」
「おいおい・・・。
お前、特別高等人になるのか?」
「お母さんが・・・」
「お前には、向いてないと思うぞ」

 

はっきりと言わせてもらった。

 

「う、うん、私もやる気ないし」

 

無理強いか・・・。

 

「ああ、さっさと体操を終わらせないと、二時から庭のお手入れしなきゃ・・・」

 

そう言って、屈伸を始めた。

 

「ひょっとして、毎日のスケジュールも決められてるのか?」
「朝に命令されるの」
「徹底してるなあ」

 

管理する京子さんも大変だろうな。

 

「けっきょく、京子さんはお前をどうしたいんだ?」
「わかんないよ。なんか、社会に役立つような立派な人間になりなさいっていつも言ってるよ」
「その発言自体は、割と普通なんだがな。
ただ、特別高等人を目指せってのは、ちょっと行き過ぎてるような気がするぞ。
お前だって、やりたいことがあるだろうに」
「・・・・・・」

 

大音はきまずそうに目を逸らした。

 

「どした?」
「い、いや、別に、やりたいことなんてないよ」
「なんで? 毎日甘いもん食べていたいだろ?」
「それはそうだけど・・・」


・・・こりゃ、何か隠してるな。


あるいは、言わないよう命令されてるんだ。

 

「料理か?」
「っ・・・!?」
「わかりやすいな。
大方、恩赦祭が終わってから、料理も禁止されたんだろ?」
「も、もともと、台所には近づいちゃいけないんだけどね」
「でも、さっきは茶を汲みに行ったじゃないか?」
「お母さんがいいって言ったときだけ」

 

それが、この義務の面倒なところなんだよな。


親権者の判断一つで、いろいろな命令がありになったり、なしになったりと、忙しい。

 

監督がやりづらいんだよ。

 

「夜に目が覚めて、ちょっとお水飲みたいときってあるでしょ?」
「そのたびに、京子さんにお伺いをたてるわけか」
「なにかするたびにお母さんに聞かなきゃいけないのよ」
「そんなんじゃ、いつまでたっても子供のままだぞ」
「わかってるよ」

 

むくれた。

 

「ああ、森田賢一にかまってたら時間がなくなっちゃった」

 

いそいそと玄関に向かう。

 

「お母さん、いまから庭の掃除するね! いい?」

 

家の中から京子さんの、了承を告げる声が返ってきた。

 

 

「はあっ・・・忙しい、忙しい・・・」

 

 

 


・・・


草むしりを手伝ってやった。

 

「やっと終わったよ・・・」

 

胸元をぱたぱたさせていた。

 

「お礼を言え」
「え?」
「おれにだ。

おれが手助けしたおかげで、楽できただろう?」
「なんでそんなに偉そうなのよ・・・」
「うるさい。おれはお前のお兄ちゃんだぞ?」
「馬鹿じゃないの?」
「灯花」
「えっ・・・!?」
「どうした灯花? 名前で呼ばれると恥ずかしいか?」
「な、な、な、そ、そんなことあるわけないじゃない!」
「お前もおれのことを賢一兄貴とよんでいいんだぞ」
「も、森田賢一の馬鹿!」
「だからどうして、フルネームで呼ぶんだ?」

 

腑に落ちない。

 

「呼び方なんてどうでもいいでしょう?」
「仲良くなるには、呼び方を気にする必要がある」
「森田賢一なんかと仲良くなりたくないの!」
「だからどうして、おれを嫌うんだ?」
「だ、だってなんか、ちゃらちゃらしてるんだもん」
「そうかな?」
「いろんな女の子にちょっかいだしてそうなんだもん」
「そういうキャラじゃないってば」
「すぐふざけるし、ブツブツ言うし・・・あぁもう、イライラするぅっ!」

 

勝手に怒りだした。

 

「落ち着けよ。次の予定は?」
「あ、そうだった」

 

玄関に首を突っ込む。

 

「お母さーん! お掃除終わったよー?」

 

 

しばらくして、京子さんが出てきた。

 

・・・

 

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「ご苦労様」
「これで、今日の予定は終わりだよね?」
「森田くんに勉強を教えてもらいなさい」

 


「え? おれっすか?」

 

大音も嫌そうだった。

 

「特別高等人について教えてあげてくれる?」
「いや、そのことなんですがね。
お宅の娘さんは、特別高等人にはなれないと思いますよ?」
「どうして?」
「本人にやる気がない。これが一番の理由です」
「・・・灯花がそう言ったのかしら?」

 


「え、えっと・・・」

「お母さんをがっかりさせないでよ」

 

 

「まあまあ、特別高等人にならなくても、いくらでも社会奉公はできますって」
「それはそうだけど、やはり、特別高等人はこの国でもっとも名誉ある職業ですから」
「はあ・・・」
「親として、それを求めることはおかしなことかしら?」

 

京子さん、ちょっと危ないな。

 

「いやあ、あなたは母の鏡ですなぁっ、はっはっは!
国家を代表して、あなたを称えたいくらいですよ、はっはっは!
お母さんばんざーい!」

 

とりあえず、気のふれたふりをしてごまかすとしよう。

 

「灯花を、よろしくお願いするわね」
「もちろんですとも!」

 

京子さんは歩き去っていった。

 

「ふう・・・」

 

大音と顔を見合わせる。

 

・・・。

 

 

「まあ、家の中に入ろうや」
「うん・・・」

 

 

 ・・・・・・。

 

 

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「特別高等人について教えて」
「知りたくもないくせに」
「でも、お母さんの命令だし・・・」

 

仕方ねえな。

 

「特別高等人は、超すごい」
「ま、まさかそれだけ?」
「うん。教えただろ?」
「そんなんじゃお母さんが納得しないと思う」
「じゃあ、一個だけ教えておいてやる」

 

もったいつける。

 

「特別高等人の多くは、サイボーグだ」
「は?」
「冗談だと思うだろうが、本当だ。
お前はこんな田舎にいるからわからんだろうが、サイボーグはすでに実用化されている」
「ほ、本当なのぉっ!?」

 

目を輝かせた。

 

「例えば、おれの左肩は義手になっている」
「左肩が、義手? 左腕じゃなくて?」

 

あ、やべ。

 

「胸部の神経に接続されているんだ。
発せられたパルスがトランスミッターに拾われて動く仕組みになっている」
「な、なんだかよくわからないけどすごいね」
「お前、そういうの好きだろ?」
「うんっ。特撮モノとか好きだったから」

 

でも、いまはそういう番組は見れないんだろうな。

 

「他には? どこか改造されてないの?」
「そうだな。心臓がすごい馬力を出す」
「え? 心臓が? 馬力?」
「あと、ちょっと歯が生えている」
「歯?」
「・・・・・・」

 


・・・・・・。

 


「馬鹿にしてるでしょ?」
「してないよ。そんな怖い顔するなよ」
「真面目に教えてよ」
「だからさ、知らないほうがいいんだよ」
「・・・お母さんに怒られるよ」

 

不安そう。

 

「しょうがねえな、おれの目を見ろ」
「な、なによいきなり・・・」

「黙れ」

「えっ!?」

「一時間逸らすな」
「や、え、えっと、なんか怖いんだけど・・・?」
「黙れと言ってる」
「ひぅっ・・・!」

 

大音の瞳の奥を覗き込むように、威圧の意志を持って見つめる。

 

「うぅ・・・」

 

もう汗をかき始めたか。

 

「・・・・・・」
「・・・・・・っ」

 

 

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「こ、怖いっ、無理だよぉ・・・」
「はやっ!」

 

一分も持たなかった。

 

「ごめんな・・・」
「・・・うぅぅ・・・」

 

ちょっとべそをかいていた。

 

「まあ、これではっきりしたよ。
お前は特別高等人には向いてない」
「い、いまのは?」
「研修の一つ。

こうやって意志力を養成するんだよ。
慣れてきたら二時間、三時間とずっと相手を見つめ続ける。
ちょっとでも目線が逸れたら、もう一度始めからやり直し」
「なんでそんな訓練をするの?」
「他人を自分の思い通りに動かすためだよ」
「相手に何かを押し付けたり、従わせたりするにはパワーがいるからね。
相手にも都合や感情があるから、指導する側はついつい同情して甘くなる。
そうならないように、高等人は自分の心を鍛えてるんだよ」
「・・・すごいね」

 

まずいな、大音がおれに尊敬の眼差しを送ってきたぞ。

 

そういうのは嫌なんだ。

 

「まあ、偉そうに言ったけどよ。
おれ、この意志力養成の試験には合格できなかったんだ」
「そうなの? さっきすごい目つきしてたよ?」
「とにかく落ちたんだ。

何回挑戦しても無理だった。

あれは、やばかった・・・」

 

思い出すと、胃がぎゅっと縮んで、みぞおちがきしんだ。

 

「というわけで、おれはペーペーだから。
ギリギリの土壇場では役に立たないチキン小僧だから」
「・・・チキンなの?」
「バードだね」
「鳥なんだ・・・」
「・・・・・・」

 

なんか、シュールだな。


その後、京子さんが帰ってくるまで、よくわからない空気が続いた。

 

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

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「ご飯ができそうだから、灯花を呼んできてくれる?」

 

 

大音は夕飯まで自分の部屋で勉強している。

 

 

「ご飯といっても、レンジでチンしてるだけじゃないですか」
「文句言うなら出て行ってもらうわよ?」
「はぁい・・・」

 

しょんぼりと、廊下へ。


「おい、大音。飯だぞ」

 

返事はない。

 

「おーい! 家族そろってご飯食べようぜ」

 

しかし、物音一つ聞こえない。

 

寝てるんじゃねえのか。


ドアノブに手をかける。

 

「・・・っ!?」

 

いや、待てよ、これってアレじゃねえのか?


SF小説で読んだことあるぞ。


扉を開けたら女の子が着替えをしているんだ。


そしてギャーってなる。


そうだ、そういうアレに違いない。

 

しかし、おれも自らの成長のために、そういうアレに慣れておく必要があるだろう。

 

「ごくっ」

 

わざとらしく唾を飲み込んで、ノブを回した。

 

「ギャーっ!!」

 

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「う、うわ、うわわわわっ・・・!」

 

大音が座っていた椅子から飛んだ。


弾みで、大音の耳についていたイヤホンが外れる。

 

「お、おどかさないでよっ!
私の部屋に入ってこないでって言ったでしょっ!
ああ、ラジオ聞いてたのにぃっ!」

 

てんやわんや。


かくいうおれも、なんだか期待はずれだった。

 

「あれ? その、し、下着姿は?」
「はあっ!?」
「まあ、いいか」

 

吐き捨てる。

 

「ちょっと、森田賢一ってそういうヤツだっけ?」
「なにが?」
「学園に通ってたときとか、さちのそばにいたときと比べて、なんか雰囲気違うよ?」
「そうかなぁ?」
「なんかガキっぽい」

 

ガキ呼ばわりされたぞ。

 

「勉強してたのか?」
「え? ああ、もちろん」
「いきなり嘘つくなよ。

ラジオ聞いてたって言ったじゃねえか!?」
「ラジオ聞きながら勉強してたの!」
「本当かよ・・・」

 

大音が落としたイヤホンを耳に当てる。

 

 

・・・。

 

 

「おもいっきり漫才やってるじゃねえか!?」
「た、たまたまよっ!」
「お前さあ、ふざけるのは嫌いなんじゃなかったのか?」
「だ、だから、たまたま流れてるだけだってば」
「お母さんに禁止されてるんじゃないのか?」
「テレビはダメだけどラジオはいいの!」
「ご飯まで勉強してろって、命令されてたんじゃねえか?」
「勉強しながら、ラジオを聞いてるの。

文句ある?」

 

いがみ合う。


しかし、屁理屈ばっかりだな。

 

「あのよぉ、ちょっとギリギリだぞ?
京子さんの命令を破ったら、おれはお前を強制収容所に送らなきゃならねえんだ。
いつまでもくだらない言い訳が通ると思うなよ」
「むぅ・・・」

 

むくれやがった。

 

「・・・とにかく、晩御飯食うぞ」

 

 

 

・・・。

 

 

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「いただきますっ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

しーん・・・。

 

「え? おれなんか変なこと言ったか?」
「別に?」

 

黙々と弁当を食べる親子。

 

「え? 会話は?」
「食事中は静かにするものでしょう?」
「それはおかしいですよ。 食事は一家だんらんの源ですよ」

「そんな決まりはないわ」
「決まりというか、常識です」
「そう? うちはうち、よそはよそですから」
「またそんな、ベタなことを・・・」

 

大音が割り箸を置いた。

 

「ご馳走様」

 

立ち上がって、そそくさと部屋に戻ろうとする。

 

「おい、待て。おれはまだ食い終わってないぞ?」
「遅いんじゃないの?」

 


「灯花」

 

 

京子さんも箸を置いて唇をふいた。

 

 

「寝るまでちゃんと、勉強してなさいよ」
「あ、つかまっちゃった・・・」

 

小声で愚痴る。

 

どうやら部屋に逃げたかったようだ。

 

「休み明けに試験があるんですからね。
次も点数が悪かったら、承知しないわ」
「わ、わかってるよぉ・・・」

 


「京子さん、大音は馬鹿じゃないと思うんですよ。
ちょっとうっかりしてるのと、うかつなのと、考えが足りないだけです」
「馬鹿にしてるんじゃないの!」

 


「灯花、あなたはもっと主体性を持って行動すべきだわ。
私に言われなくても、自分から進んで勉強しなさい。
だから、いつまでたっても成績が上がらないのよ?」
「わかってるって・・・」
「いいえ、わかってないわ」

 

 

やばい、なんかシリアス。

 

 

「灯花、何度も言うけれど、あなたは国立の大学にしか行けないのよ?」
「わかってるってば・・・お金がないんでしょ?」


「進学させるんですか?」

 

口を挟む。

 

「森田くんだって、立派な大学を卒業してるんでしょう?」
裏口入学して、飛び飛びで卒業しました」
「中央の超一流大学でしょう?」
「世間ではそう言われています」
「私も、そこ出身なの」

 

自慢するふうでもなく、当然のように言う。

 

「だから灯花も、その大学を目指さなきゃいけないのよね?」

「・・・うん」

 

 

いまの大音の成績じゃ、まず無理だろうな。


そんなことは、京子さんだってわかってるだろうに。

 

 

「わかったら、がんばって勉強なさい」

 

 

大音はすごすごと、居間を出ていった。

 

 

・・・。

 

 

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「ちょっと、いいですかね?」
「なにか聞きたそうな顔ね」

 

面倒だな。

 

「父親は?」

 

核心をついていこう。

 

「調書にあるんでしょう?」
「それが、ないんですよ」
「そう・・・そんなことってあるの?」
「問い合わせてみたんですがね。
役所も忙しいのか、どうもレスポンスが悪い。
あなたが灯花の親権者であることは間違いないようです」
「当たり前ね」
「それ以上のことは、まだわかりません。
義務を負った理由もわからないし、あなたが灯花の本当の母親であるのかもわからない」
「親権者なのだから、母親だわ」
「親権は、やむをえない理由があれば譲渡されます。
血のつながりのない赤の他人でも、子供を監督することができるのです。
日本と同じですね」
「・・・・・・」
「まあ、冗談です。

あらゆる可能性を言ってみてるだけですから」
「今日の詮索はこれでおしまい?」
「・・・ふふ、なかなか食えない女性ですね。
まあ、そんなところです」
「それじゃあ、私も書斎に戻るわ。寝るなら電気消してね」

 

一つ、かまをかけておくか。

 

「・・・京子さん、無理はしないでくださいね」
「無理?」
「いや、あなたの申請した義務はね、親の能力不足の象徴でもあるわけですよ」
「・・・どういうことかしら?」
「こういう例があります。
ある家庭に、とんでもない不良息子がいましてね、手に負えなくなったため、親は国に助力を求めたんです。
親がしっかりしていれば、義務の申請なんて必要なかったでしょうに」
「へえ・・・情けない親ね」
「・・・・・・。

あなたが未婚の母で、子育てに自信がないから国の助けを借りているのか?
それとも単純に、子供に対する執着心が強くて、自分の思い通りにしたいだけなのか?
どっちなんでしょうね?」
「・・・・・・」
「あなたが申請を取り下げれば、すぐにでも義務の解消を大法廷に上奏しましょう」
「いまのところ、取り下げるつもりはないわ」

 

 

瞬間、京子さんの視線がぶれた。

 

 

「・・・いまさら、ね」

 

 

やはり、何か問題を抱えているな。

 

 

「義務を負わせている目的は、灯花を立派な大人にすることですよね?」
「そうね。素晴らしい人間にしたいの」
「灯花が、素晴らしい人間とやらになれば、義務を解消するわけですよね?」
「そのつもりよ」

 

・・・ゴールがよく見えないな。

 

「まあ、この義務は親子の二人三脚です。
がんばっていきましょう」

 

京子さんは軽く頷いて、居間を出て行った。

 

・・・。

 

 

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おれは、フローリングの床に仰向けに寝転がる。

 

「大人になれない義務は、親権者が申請を取り下げることで解消される。
つまりは、京子さん次第なんだが・・・」

 

ごろりと寝返りをうつ。

 

「明日からいろいろさぐりを入れていくとしようか。
おやすみ、お姉ちゃん・・・」

 

 


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

 

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朝だ

 

顔が熱い。


フローリングの床に突っ伏して寝ていたせいか、頬が腫れている。

 

「・・・ああ、今日は早起きしたなぁ」

 

一人ごちていると、庭の方から軽快なメロディが聞こえてきた。

 

「ラジオ体操?」

 

かな?

 

 


・・・。


案の定、大音が体操をしていた。

 

いっちに、さんし、と体を動かしている。

 

・・・。

 

 

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「朝一から元気がいいなぁ」
「見ないでよ!」
「朝一から機嫌悪いなぁ」
「あっち行ってよ、恥ずかしいんだから」
「なんで? なにを恥ずかしがる?」
「だって、夏休みに朝からラジオ体操なんて、なんかお子様みたい・・・」
「いや、大人だってラジオ体操やるから。
我が社では、朝礼前の十五分前に全員で体操していたぞ?」
「我が社って? どうせまたふざけてるんでしょ?」

 

鼻で笑う。

 

「とにかく、京子さんの命令でやってるんだろうが、自分の将来のためと思って体を作っておけ」
「・・・筋肉ついたらやだなぁ・・・」

 

しゃべっているうちに、曲も終わった。

 

「よぉし、スタンプ押してやろう」

 

手招きする。

 

「やっぱり子供扱いしてるじゃない!」

 

 

・・・・・・。

 

・・・。


体操が終わると、ジョギングだった。

 

 

「ふうぅ、はあっ・・・」

 

しばらく一緒になって走っていたのだが、大音が急に足を止めた。

 

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「なんだ? もうげんなりか?」
「も、森田賢一が、もっとゆっくり走ってくれれば・・・」
「別におれに合わせる必要はないだろ?」
「それはそうなんだけど・・・なんかくやしくて・・・」

 

負けず嫌いなのか・・・?

 

「じゃあ、ペースを落とそうか?」
「いや、それもくやしい」
「どうしろというんだ?」

 

わがままなヤツだ。

 

「そもそも、どうして私にかまってくるのよ?」
「そりゃあ、担当の高等人ですから」
「私がお母さんの命令どおりにしてるか監視してるの?」
「そんなところかな」
「言っておくけどね」

 

大音は腕を組んで、あごを引いた。

 

「お母さんには、ジョギングしてきなさいって言われてるだけだからね」
「・・・また始まったよ」
「どこをどういうルートでどれくらいの時間かけて走りなさいとか、言われてないんだからね」
「はいはい。じゃあ、もう帰るか?」
「・・・・・・」

 

悩みだしたぞ。

 

「いや、さっき家を出てきたばかりだから、さすがに悪いかなって・・・ああ、でもなんか疲れたし・・・うーん・・・」
「・・・・・・」
「ど、どうしたらいいかな?」

 

おれに聞くなよ・・・。

 

「ジョギングの後の予定は?」
「えっとね・・・」

 

ポケットから紙を出した。

 

「メモか?」
「朝六時、ラジオ体操。

朝七時ジョギング。 朝八時朝食・・・」

「なんか、完全にスケジューリングされてるな」
「九時から十二時までお部屋でお勉強」

 

京子さん、母親っていうより秘書だな。

 

「・・・そのメモ用紙って毎日更新されるの?」
「うん。朝起きたら枕元に置いてある」
「徹底してるなぁ」
「ねえ、けっきょくどうしたらいい? もう帰る? それともまだ走る?」
「あと三十分もある。

学園の方までまわって帰るとしよう」
「ああ、やっぱり走るんだ。めんどくさいなあ・・・」
「・・・・・・」

 

・・・大音の優柔不断っぷりも、度が過ぎれば注意しなきゃな。

 

「黙ってついてこいや」

 

 


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「はあっ・・・ふうっ・・・」
「なかなか速いじゃないか」
「で、でしょ?」

 

運動できないヤツだと思ってたんだがな。

 

「あれ? 工事してる・・・」
「みたいだな。

一般の学生さんは中に入れないらしいよ」

 

おれは別だが。

 

「そうなんだ・・・どうしよ・・・」
「なんだ? おやつでも机の中に隠してたのか?」
「ち、違うよっ!」
「甘い物は禁止されてるんじゃないのか?」
「だ、だから、違うって」
「お前さ、ウソをつくときにやたらどもるんだよ」

 

隠し事のど素人め。

 

「うぅ・・・見てるだけだもん・・・」
「へ?」
「だからぁ・・・クッキーの缶をぼーっと見てるだけなの・・・」
「な、なんか可愛いな・・・」
「えっ・・・!?」
「ん?」

 

真っ赤になったぞ。

 

「ば、馬鹿にしたでしょ!?」
「なにが?」
「私のこと、馬鹿にしたんでしょ?」
「クッキーの缶の前で、でへーっとしてるお前を想像したら笑えたんだよ」
「やっぱり馬鹿にしてるんじゃない!?」
「そんなつもりはないんだが・・・そこまで怒るなら謝るわ」
「くぅっ・・・」

 

頭を下げたのに、まだいらいらしているぞ。

 

「か、可愛い・・・」

 

ぼそっとつぶやいた。


やっぱり、当初の読み通り、恋愛に免疫ないのかね。

 

・・・いや、おれもだけど。

 

 

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

 

 

 

「いただきまーす」

 

 

 

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「・・・・・・」


「・・・・・・」

 

親子は、無言でコンビニのおにぎりを口にしている。

 

「あのよぉ、お前らよぉ」
「なにかしら?」
「なんかしゃべれや」

 


「今日もいい天気ね」
「そうだね。快晴だね」
「雲ひとつないわ」
「快晴だからね」

 

 

・・・こいつら、わざとか?

 

 

「天気の話はいい!」

 


「灯花、背伸びた?」
「ううん、別に。 お母さんは?」
「伸びてないわ」
「そっか。私も」

 


「そんな日常会話アリかよ!?」
「食事中は静かにするものよ。昨日と同じことを言わせないで」
「むぅ・・・」

 

 

あきらめて、おれもおにぎりを頬張ることにした。

 

 

「ごちそうさま」
「おい!」

 

 

袖を引っ張る

 

 

「なによ、ちゃんとごちそうさまって言ったでしょ?」
「うん。挨拶はいい。
でも、みんなが食べ終わるまで待ってるのが礼儀だ」

 

 

「ごちそうさま」

 

 

京子さんまで部屋に戻ろうとする。

 

 

「ちょっと待てってば」
「なにかしら?」
「なんか、温かくない!」
「食事に温かいも冷たいもないでしょう?」

 

「大音はそれでいいのか?」

「え? 私?」

 

 

きょとんとしていた。

 

 

「世間のご家庭に比べて、あまりに味気ない食卓じゃないか?」
「・・・・・・」

 

 

すると、大音は下唇を噛んだ。

 

 

「い、いいとか悪いとかそういう問題じゃないと思う」
「なんだそりゃ?

なんでこの家庭には手料理がないんだ?」

 


「私が禁止しているのよ」
「聞きましたよ。

大音は台所に立ったらダメなんでしょう?
どうして京子さんまで料理をしないんだ?」

 

 

踏み込んでみる。

 

 

「私に料理は向いてないからよ」

 

 

・・・娘に火傷を負わせてしまったからか。

 

 

「人間の時間は限られているのだから、才能のないことをしてはいけないのよ」

 

 

いきなり妙なことを言う人だな。

 

 

「そんな大げさな・・・」
「森田賢一、もういいじゃない・・・」

 

 

つらそうな表情をしていた。

 

しかし、気になることは問いただしておこう。

 

 

「・・・まさか、ずっと外食や弁当ってわけじゃないでしょ?」
「昔は、たまに作ることもあったわね

でも、いまは完全に自炊はしていないわ」

「誕生日も? 年明けも? なにかの祭日でも?」
「ええ・・・変かしら?」
「食費がかさむでしょう?」
「っ・・・!」

 

 

痛いところを突かれたらしいぜ。

 

さあて、おれの性格の悪いところを見せてやろうか。

 

 

「この家にはお金がないって言ってましたよね?
学費の安い国立の大学にしか行かせられないって?
それって、全部、京子さんのせいなんじゃないんですかね?
家計もやり繰りできないんじゃ、親権者適正研修で落ちますよ」

 

 

嫌みったらしく言う。

 

 

「それは・・・その通りね・・・。
言い逃れできないわ・・・」

 

・・・傷つけてしまったようだ。

 

 

「・・・・・・」

 

 

大音がおれをとがめるような目で見ている。

 

 

「まあ、どうしても料理をしたくないならしょうがないですね。
もともと、おれにどうこういう権利はないわけですし」
「そ、そうだよ。なんか偉そうだよ」

 

大音は京子さんに同情的だった。

 

 

・・・京子さんのせいで進路の選択肢が狭まっているのに。

 

 ・・・。

 

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「・・・もういいじゃない、ねっ」

 

長袖の制服に目がいった。

 

火傷、ねぇ・・・。

 

「おれの分の食費はちゃんと自分で払いますから」

 

ひとまず、この辺にしておくか。

 

 

・・・・・・。



「・・・暇だな」

 

大音は部屋にこもって勉強している。

 

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「灯花を見ていなくていいの?」
「いや、本人に激しく拒絶されましてね。

なかなかに気難しいお年頃のようで」
「なにそれ?」
「どうも、おれのことを変態だと思っているようなんですよ」
「部屋に入れてくれないの?」
「鍵をかけられましたよ。

なにを恥ずかしがってるんですかね?
やっぱりおれのことが好きなんですかね?」
「・・・ハハ」
「なんですか?

気味の悪いものを見るような目つきはやめてくださいよ」
「あなた・・・。

自分がおかしな人間だとは思わないの?」
「失敬な」
「ちょうどいいわ。これから面談を始めます」
「は? ああ、そういえばこの前、家庭訪問とかで町を回っていましたね」
「あなたで最後だわ」
「進路指導ですか?」
「森田くんには、必要ないかしら?」
「特別高等人を目指しています。以上」
「理由は?」
「それを聞きますか・・・」
「社会的なステータスを求めて? それとも絶大な権力への憧れ?」
「・・・・・・」
「どうなの?」
「・・・これしかないと思ったんで」
「答えになってないわ」
「京子さんは、どうして教職に?」
「話を逸らさないでくれる?」
「あなたがしゃべってくれれば、おれも話しましょう」
「本当に、偉そうね」
「単純に、京子さんのことをもっと知りたいだけですよ。
お互いの秘密を分け合って、仲良くなりましょうよ」
「・・・ふう。
・・・私の両親も、教育関係者だったからよ」
「なるほど、尊敬していたんですね」

 

よくある話だ。

 

「どんなご両親だったんです?」
「とても厳しかったわ」
「おれの親は放任主義でしたね。いつも家にいなかった」
「私も、いわゆる鍵っ子だったわ」
「それが原因で、ちょっとグレたと?」
「悪態をつくことが許されない家庭だったから」
「だから、その反動で思いっきりグレたんでしょう?」
「森田くん、どうして私をグレさせたいの?」
「なんかね、京子さんからは重い過去を感じるんですよ」
「あなたにも感じるわよ」
「で、グレたんですよね?

アメ車で夜な夜な珍走してたんですよね?」
「・・・馬鹿なことをたくさんしたわ」

 

遠い目をする。

 

「おれも馬鹿でしたから・・・」
「子供を堕ろしたりね」
「・・・へ? 本当に?」
「本当よ」

 

衝撃の事実!

 

「それは、まあ、なんというか・・・」
「そんなおどおどしないの。よくある話でしょ?」
「いや、しかし・・・そんなに軽く話されても・・・。
つらい思い出でしょうに・・・」

 

すると、京子さんの口からくすっと乾いた笑いが漏れた。

 

「あなた、実は優しいんでしょう?」
「ん?」
「私は平気よ。

そういった過去を忘れることにしているから」
「忘れる・・・」
「どうしたの? 顔が曇ったわよ?」

 

おれは自分の過ちを忘れることなんて、できそうにないけどな。

 

「そのことを、灯花は知っているんですか?」
「知っているわよ。昔、兄弟がいないのかって灯花に泣きつかれたときに話したの」
「灯花の反応は?」
「いまのあなたと同じよ。気まずそうにしていたわ」
「まあ、リアクション取りづらいですよね」

 

なにはともあれ、京子さんの秘密をゲットしたぞ。


一度子供を堕ろしているからこそ、子育てに執着しているのかもしれないな。

 

・・・短絡的な考えかな。

 

「それで、あなたはどうして特別高等人になりたいのかしら?」
「秘密です」
「・・・森田くん、私と仲良くしたいんじゃないの?」
「・・・ある女性がいましてね。 大切な人です。

おれはその人にいつも助けてもらっていたにもかかわらず・・・・・・」
「え?」
「肝心なときに・・・・・・。

やめておきましょう・・・とにかく、その人のためです」

 

危うく暴露するところだったぞ。

 

「・・・そう。

なんだかつらそうだから許してあげる」
「どうも」
「ウソくさい話だけど、信じるわ」
「ウソなんですけどね」
「ぶっ殺すわよ!」

 

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 


昼になった。


日差しの勢いもまったく衰えない。

 

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「あつい・・・」

 

制服の胸をぱたぱたさせながら大音が居間にやってきた。

 

「この家に、エアコンはないのか?」
「ないよ」
「ないだって? 冬はどうしてるんだ?」
「ストーブ出すだけ。

夏は暑いけど、ちょっとの間だけだから冷房は我慢するの」
「と言いつつ、我慢できなさそうじゃねえか」
「ふぃぃぃーっ・・・あああ・・・あーあーあーあー・・・」

 

・・・暑さで頭がおかしくなったのか?

大音はふらふらと台所へ足を運ぶ。

 

「お母さん、お茶飲みたいから冷蔵庫入るねーっ」
「馬鹿、冷蔵庫に入ってどうすんだよ」
「・・・うるさいなあ。

意味が伝わればいいでしょう?」

 

 

「灯花、だらしないわよ」

 

 

京子さんが書斎から出てきた。

 

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はあ・・・」

 

 

京子さんも暑さに参っているようだ。

 

 

「扇風機もないの?」
「うぐっ・・・」
「は?」

 


「去年、灯花が壊したのよ。首を振り回してね」

 

「どういうことだ?」
「だからぁ・・・ちょっとプロレス見てて・・・」
「お前なあ・・・」

 

「本当に、影響受けやすい子なんだから・・・」
「・・・ごめんなさい」

 

「ひょっとして、それ以来テレビ禁止になったの?」
「・・・うん」
「しょーもねぇーなー!」

 

「灯花はね、お笑い番組が大好きで・・・」
「お、お母さん!」
「欠かさず見てたものね」

 

「ほほお・・・」

 

「ほら、あのなんだっけ? あの一発芸」
「し、知らない! 知らない!」

 

「灯花の持ちネタですか?」
「毎日狂ったように口ずさんでたのよ」
「なんて・・・?」
「えっと・・・」

 

 

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「わああああああっ!!!」
「う、うわっ! くっついてくるな!」
「うるさい、うるさい!」
「い、いだっ! 殴るなっ!」
「言わない! 絶対言わないから!」
「わかったわかった! 暑いから離れろ!」

 

 

大暴れ。

 

 

「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・」
「・・・まったく、どんだけ恥ずかしい思いをしたんだよ・・・」
「森田賢一に関係ないでしょう!?」
「はいはい、わかったよ」

 

「学園のみんなの前でやって、ひどい目にあったのよね」
「お母さんもういいから!」

「・・・ふふふっ」

 

 

大音の一発芸か。

 

夏の暑さも吹っ飛ぶんだろうな。

 

おれたちは、朝と同じように簡素な昼食を取った。

 

 

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


陽が落ち始めている。

 

京子さんは買い物に出かけていった。

大音は、午後からはとくに命令もなかったようで、居間で本を読んでいた。

 

おれは、もう一度大音の調書を確認していた。

 

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「暇・・・」

 

辞書のように分厚い本を閉じた。

 

「難しそうな本読んでるな」
「・・・興味ないし」
「うわ、学術書じゃねえか」
「・・・漫画読みたい」
「遊びたそうだな」
「遊びたいよ」
「カードゲームやるか?」
「ゲームはダメ」

 

禁止か。

 

「じゃあ、登山にでも行くか? スポーツはOKだろ?」
「・・・めんどくさい」
「わかった。頭の体操をしよう。

ちょっとしたクイズを出してやる」
「なんか馬鹿にされそうだからやめておく」

 

・・・ムカつくな。

 

「お前、典型的なぐうたら野郎じゃねえか」
「なんで?」
「だって、いまは特に京子さんからの命令はないんだろ?」
「だからどうしたのよ?」
「いまは自由なんじゃねえか?
いざ自由になったときに、自分から何もしないんじゃ、義務が解消されたって無駄だぞ」
「漫画が読みたいの! でも、禁止されてるの!」
「そんなに漫画が読みたいなら、義務を取り消してもらえるように、お母さんにお願いしろ」

 

まあ、いままで何度もお願いしてるんだろうがな。

 

「だって、お母さん・・・。

私が立派になるまではダメだって・・・」
「立派って?」
「わかんないよ」
「よし、じゃあこうしよう。

お兄ちゃんが道を示してやる」
「・・・気持ち悪いなぁ・・・」
「夏休み明けのテストで、満点を取る。 立派だろう?」
「・・・テストは自信ない」
「なら、ボランティア活動に従事しよう。

この町の施設で、お年寄りを介護するんだ。 立派だろう?」
「そういうのは、やったことあるけど・・・」

 

なかなか偉いな。

 

「やっぱり、特別高等人になるまではダメなのかな・・・」
「遠いなあ・・・。

うまくいっても、あと十年はかかるだろ」

 

そんなに待てるかよ。


おれは試験として、大音の監督を任せられているんだ。


大音を更生させなきゃ、次の段階に進めないんだ。

 

「お母さん、なに考えてるんだろ・・・」
「おれもわからん」
「でも、灯花さ・・・」
「と、灯花って呼ばないでよ!」
「怒るなよ。

京子さんの前で、大音って言い続けるのも変だろ?」
「・・・むぅ」
「いいじゃねえか。 細かいことにとらわれるなよ」

 

大音・・・もとい、灯花は納得いかない様子だった。

 

「わ、私は、森田賢一のことは森田賢一って呼ぶからねっ!」
「・・・好きにしろ」

 

呼びづらいと思うんだがなぁ。

 

「でだ、灯花・・・」
「んっ・・・」

 

にらまれる。

 

「お前、義務が解消されたらなにかやりたいことでもあるのか?」
「漫画読んで、好きなときに好きなテレビ見て、食べたいものを食べる」
「あとは、獣のように性交渉をしたいのかな?」
「え、せ、ええっ!?」

 

灯花の顔が怒りに染まる。

 

「ば、馬鹿! 変態なんじゃないの!?」

 

・・・別に、恥ずかしいことを言っているつもりはない。

 

「彼が自分を導くべき理性をもつようになる前に、無制限の自由に開放されることは、自由であるという本来の特権を彼に許すことにはならない」
「はぁっ?」
「知ってるだろ? SF小説の人」
「誰? そんなお経みたいな言い方する人いたっけ?」
「あれ? お前、あの本好きなんじゃないのか?」

 

すごいがっかり。

 

「いや・・・難しそうな話は読まなかったから・・・」
「全部読めやボケえぇぇぇ!」
「そ、そんなに怒らなくても・・・」

 

・・・まったく興ざめだ。

 

「とにかくその人は、お前みたいなガキんちょを野放しにするなって言ってるんだよ」
「私、ガキじゃないし」
「選挙権とか興味ないだろ?」
「・・・・・・」

 

でたよ、若者の政治無関心。

 

「お前、その義務を負ったままだと、選挙に行けないんだぞ?」
「それは知ってるって」
「でも、そんなのお前の中でたいした問題じゃないんだろ?」
「だったらなによ?」
「・・・開き直っちゃったよ」
「選挙に興味なかったら子供なの?」
「そうとは言わないけど・・・」
「子供だって大人と同じように読み書きできるよ?」
「・・・・・・」
「体力だったらむしろ子供のほうがあるよ?
なんで大人も子供も平等に扱われないの?」
「・・・・・・」

 

やけにムキになるあたり、灯花もちょっとは考えてるんだな。


しかし、どうするかな・・・。


子供の概念を紐解いて、ロックの思想を語って、民主主義の理念について・・・。


・・・そういう話は面倒だな。


一般論や学説をしゃべったところで、灯花の義務が解消されるわけでもないし。

 

「灯花の疑問はおれにもわからん。 おれもガキだし」

「・・・だったら、最初から偉そうにしないでよ」
「ごめん。

けど、いまのままじゃ、お前は選挙権は得られないし、商法的にもいろいろ制約がつくから」
「うん、それも知ってる。ファンクラブとか入れないのは困る」
「なんのファンクラブ?」
「なんだっていいでしょ・・・」
「お笑いユニットか?」
「ち、違うよ馬鹿!」

 

また口ごもっちゃったよ。

 

「なんにせよ、がんばって京子さんに認められるようになろうや」
「けっきょく、どうしたらいいの?」
「一緒にゴマをすろう」
「ゴマ?」
「酒を飲ませて酔わせたところで、適当にハンコをもらう」
「お母さん、お酒飲まないよ」
「・・・冗談だよ。
そんなやり方じゃ、おれがOKでも大法廷が許さない」
「ふう・・・困った困った・・・」

 

話を打ち切るように、灯花は台所へ向かう。

 

「おい、台所へは・・・」
「ああ、お母さんがいないときは勝手に冷蔵庫開けていいってことになってるから」
「そうなのか・・・。
一、台所へは近づいてはならない。
二、京子さん不在のときは、冷蔵庫を開けてもいい。
三、甘い物は禁止。
四、テレビ、本などの娯楽の制限。
・・・常時命令されているのはこんなところか?」
「そうだね・・・あとは、その都度その都度に、命令されるだけ」
「ややこしいな」

 

ややこしいけど、普段の生活に習慣として溶け込んでいるなら、間違えることはなさそうだな。

 

「一眠りしようっと・・・」

 

出て行った。

 

「・・・・・・」

 

灯花はさちと違って、やりたいことの一つでも見つかっているわけじゃなさそうだな。



ある意味、普通の現代っ子か。

 

おれも、少し外出しよう。

 

 

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

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「さち、いるか?」

 

返事もないし、中に人がいるような気配もない。
向日葵畑かな・・・?

 

 

・・・・・・。


・・・。

 

あ、いたいた。

 

「おーい、さち!」

 

さちは、おれの姿を見て、すっくと椅子から腰を上げた。

 

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「賢一!」

 

ふと、胸を見る。

 

「バッジ、外れたんだな?」
「そだよー。毎日二十四時間だねっ!」
「おめでとう」

 

申請は受理されたんだな。


しかし、とっつぁんを通すと処理が円滑だな。

 

「いまは、一応の解消期間だろ? 仮釈放みたいな」
「そうそう。五日に一枚は絵を完成させろって」
「とっつぁんにそう言われたの?」

 

さちは頷いた。

 

「言われんでもやるっての。
てか、五日で一枚とか超楽勝。毎日がすんごく長く感じるっ」

 

目を輝かせていた。

 

「なにか、変わったことないか?」
「あー、なんかねぇ。 よくわからないけど、取材された」
「取材? 雑誌とか?」
「あたしはそういうのいやだったんだけど・・・。

あの法月って人に、会えって言われてさ・・・」
「・・・・・・」
「なんかいろいろ聞かれたよ。

昔のこととか、まなのこととか・・・」
「そっか。大変だったね」

 

同情を禁じえない。

 

バッジは外れたものの、さちは本当の意味で自由ではない。


個人の力では及ばない絶大な圧力が、いつもおれたちの頭上で、おれたちを犠牲者にしようと待ち構えている。

 

「・・・ねえ、賢一」
「どした?」

 

なにやら言いづらそうな気配。

 

「あのさ、いま、灯花の担当についてるんでしょ?」
「毎日わがままっ子のご機嫌を取ってる」
「そっか・・・。
灯花は、ちょっと抜けてるとこあるけど、いい子だよ」
「なんだそれ?」

 

にやーっと笑う。

 

「両手に花じゃん!」
「は?」
「灯花ね。 きっと賢一のこと好きだよ」
「やっぱりそうか。

どうもおかしいと思ってたんだ」
「なにそれ。なんかムカつく」
「は?」

 

いまいちさちの心境が読めん。

 

「ま、いっかー!」

 

直後に、元気。

 

「賢一は、モテ王なフェロモンだしてるもんね」

 

しょうがない、しょうがない、と一人で頷いている。

 

「ケンのおじさんみたい」
「・・・・・・」
「まあまあ、そんなに気にしないで。 あたしもがんばるから」

 

バシッと肩を叩かれた。

 

「お、おう・・・」

 

・・・要するに、おれが灯花とくっつかないか不安なんだろうな。


おれには、そんな真似はできないんだがな。

 

「灯花の義務って、なんか変わってるよね」
「まあね。義務というより、しつけに近いから」
「でもさあ、あたしもそうだったけど、灯花もそんなに困ってる様子じゃないよね」
「義務で、毎日の生活が困るってことか?」
「そうそう。 やっぱ慣れちゃうのかな?」
「調書によると、灯花はもう十年以上義務を負っているんだ」
「じゃあ、それが普通になっちゃうよね」
「外界から隔離された刑務所にずっといると、そこでの生活が当たり前になっちまうんだとよ」
「でも、別にあたしたちは隔離されてないじゃん」
「でも、慣れてきてたんだろ?
これは俗説だけど、この国が被更生人を隔離するような施設を設けない理由は・・・。
あえてシャバに放り出すことで、自分の不自由を実感させるためらしい。
周りの人は一日二十四時間なのが、羨ましく思えただろ?」
「そりゃねー。 深く考えたことはなかったけど」
「もし、さちと同じような義務を持つ人たちを収容した施設があったら、もっと義務の解消は遅れると思うよ」
「要するに、不自由に慣れないようにってことなの?」
「そのはずなんだけど、やっぱりさちも慣れてたんだろ?」
「かなぁ・・・。

だんだん、考えなくなるんだよね」

 

・・・やっぱり、刑務所の塀があってもなくても、その場の環境に適応していくものなのかな。

 

「・・・さて、戻るわ」
「あ、もう帰るの?」
「また、様子を見に来るよ」
「だいたい、ここにいるから」
「じゃあな・・・がんばれよっ」

 

 


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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さちも始めは楽をすることだけを考えていた。


灯花も、いまは漫画を読んでお菓子を食べたいがために、義務を疎んじている。


さちは、現在、夢に向かってがんばっている。


その後姿を例えて、立派な人間だとしても、それほど的外れではないだろう。

 

灯花はどうだろう。

 

料理が好きそうではあるんだが・・・趣味の範疇だろうな。

 

 

・・・。

 

「ふーっ・・・」

 

ケムリが、夜の熱気に紛れる。

 

「・・・なにか、手を打たないとな・・・。
そもそも、どうして京子さんは娘に義務を追わせたんだろうか。
それから、父親はどうなんだろう?
離婚か? 別居か? それとも、もともといないのか?」

 

灯花、孤児説浮上。

 

「ていうか、なんでそんなちょっと調べりゃわかる情報が、調書に載ってないんだ・・・?」

 

なんか、嫌な予感がするぜ。

 

「それにしても、灯花より、京子さんに謎が多いな」

 

京子さんというか、この家庭に。

 

「ふうっ・・・頭を使うことが多くて疲れるな。
あんたも、疲れたら休んだ方がいいぜ。
・・・・・・。
いい加減やばいかね・・・」

 

 

・・・。

 

 

昨日と同じように、素っ気無い夕食。

 

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「しかし、コンビニ弁当ばかりだと、栄養がかたよりませんか?」
サプリメントを飲んでいるから平気よ」
「味気ないじゃないですか」
「うちは、あまり食にはこだわらないから」
「灯花、そうなのか?」

 


「・・・もう、慣れちゃったから」

 


「食生活を整えないと、とても特別高等人になんかなれませんよ」
「・・・っ」

 

 

眉をひそめた。

 

そんなこと知ってますよ・・・って顔だ。


けれど、考えを変える気はありませんよ・・・って顔でもある。


本気で娘を特別高等人にする気があるのかな。

 

 

「ごちそうさま・・・」

 

 

割り箸と弁当のパックを、ゴミ箱に投げ捨てた。

 

「おい灯花。 おれがまだ食べ終わってないだろ?」
「森田賢一は遅いのよ」
「おれは、戦争から帰ってきてグルメさんになったんだから、しょうがないだろ?」
「・・・また、ふざけて・・・」

 

プルルルルルル・・・

 

「・・・ん?」
「灯花、出て」

 

京子さんは口の中にまだ食べ物が残っている様子だった。

 

灯花が、受話器に近づく。

 

「はい、大音です」

 

普段より一オクターブ高い声。

 

「・・・・・・」
「もしもし・・・?
もしもし・・・どちらさま――――っ!」

 

 

どうやら電話が切れたらしい。

 

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「なんなのぉ・・・」
「無言電話か?」
「ずっと黙ってた・・・気味悪い・・・」

 

 

よく被更生人の家に、心無い人間からのいたずら電話がかかってくることがあるが・・・。

 

 

「けっこう多いのか?」

 

 

けれど、灯花はゆっくりと首を横に振った。

 

 

「ただの、間違い電話でしょう?」
「そうだろうね・・・」

 

 

・・・気にしてもしょうがないな。

 

 

「でも、この前もあったよね?」
「間違い電話?」

 


「一ヶ月くらい前の話でしょう?」

 


「よく覚えているな?」
「ああ、うん・・・ちょっとね・・・」

 

 

なんだ?


目が泳いでいるぞ。

 

 

「気にしすぎなのよ。気が小さいんだから・・・」
「・・・・・・」
「ご飯終わったのなら、勉強しなさい」

 

 

灯花は腕を組んでいる。

 

ぼんやりとしながら、まなざしを窓の外に向けている。

 

 

「灯花・・・」
「えっ・・・!?」

 

 

これは、お母さんに内緒で何かを隠しているな。

 

「ちょっと、部屋で勉強教えてもらってもいいか?」
「なんで?」

 

 

お前と二人きりで話すために決まってる。

 

 

「お前って、実は頭いいんだろ?

ちょっと神がかり的にうっかりなだけで」
「褒められてるんだが、けなされてるんだか・・・」
「頼むよ」
「森田賢一は、頭いいんでしょ?」
「ちょっと忘れてる内容があってね」

 

 

笑みを作る。

 

 

「しょ、しょうがないなぁ・・・」

 

 

出会ったときもそうだったが、こいつ、笑顔に弱いんだよな。

 

 

「教えるということは、学ぶということよ。
しっかり勉強なさい」

 

 

部屋に向かう灯花の背中に京子さんが言った。

 

 

・・・。

 

 

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「それで、なにを教えればいいの?」
「ああ・・・」

 

 

おれは言った。

 

 

「家庭科」
「家庭科・・・?」
「特に、料理かな」
「ふざけるなら、出て行ってよ」
「料理は苦手か?」

 

一歩近寄る。

 

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「・・・ちょっと、近いんだけど?」
「灯花、料理は好きだろ?」
「す、好きだけど・・・?」
「なんで好きなんだ?」
「別に、理由なんてないよ」
「昔からか?」
「好きっていうか、ちょっと興味あるだけだよ」
「料理の専門学校に行きたいとか言ってなかったか?」
「そうだけど・・・。

お母さんが私を大学に行かせるつもりだし・・・」

 

煮えきらんな。


話題を変えよう。

 

 

「ところで、灯花よ」
「なにその呼び方?」
「え? いいって言っただろ?」
「やっぱりダメ」
「なんでだよ・・・まさか、パパ以外の男の人は、名前で呼んじゃダメとかいうアレか?」
「・・・っ!」
「えぇっ!? マジで!?」
「ち、違うよ・・・。

そんな、そんな、そこまでは言わないけど・・・」
「ファーザーコンプリートってヤツか?」
「コンプレックスでしょ!」

 

 

ツッコんできやがった

 

 

「キレあるなあ・・・」
「う、うるさい! 私は、そんなんじゃないの!」
「まあ、なんでもいいよ。

ファザコンが恥ずかしいことだとは、おれは思わんから」
「そ、そう・・・?」
「親が好きってのはいいことだろ?」
「そ、そうだよね・・・なんだ・・・。

森田賢一も話せばわかるじゃない」

 

 

気をよくしたらしい。

 

 

「小さいころさ・・・」
「うん・・・」

 

 

語りたがってる


忘れてたけど、こいつの前じゃ下手に出てたほうがいいんだったな。

 

 

「あんまり覚えてないんだけどね」
「お父さんの話かな?」

 

 

灯花は軽快に頷いた。

 

 

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「私たち、この町に来る前は、けっこうな都会に住んでたんだよ」
「ほほう・・・」

 

 

ホストを演じるとしよう。

 

 

「昔はお店をやってたんだよ」
「飲食店経営ですか、それはそれは・・・」

 

 

もみ手。

 

 

「フフ・・・私、よく食器を割ってお父さんに怒られてた・・・」
「レストランかな?」
「ケーキ屋さんだよ。

よく、生地の焼けるいい匂いがしてたもの」
「それで、料理に興味があるんだな」
「お父さんねいつもスパテル持ってニコニコしてた」
「スパテル?」
「ああ、ごめんね、教養の差が出たね」

 

 

生意気な・・・。

 

 

「形はいくつかあるんだけど、鉄製のしゃもじみたいなモノね。
それでケーキをオーブンに移したりするの」
「灯花さんのお話は、勉強になりますねー」
「また、お父さんのケーキ食べたいなぁ・・・」
「・・・・・・」

 

 

灯花は、おれのふざけた態度など気にしない様子で妄想にふけっていた。

 

 

「お父さんは、いま何してるんだ?」

 

 

とたんに表情が曇った。

 

 

「わかんない・・・離婚してるから・・・」

 

 

離婚か。

 

原因は、なんだろうな。

 

灯花があまりに思いつめた顔をしているので、聞くに聞けない。

 

「まあまあ、おれも親いないから」
「えっ?」
「だからお前の気持ちがわかるとか、そういうことを言いたいんじゃないけどな」
「別に、私もそんなにつらいことだと思ってるわけじゃないよ」
「そっか・・・」
「なんか、慣れてくるんだよね」

 

 

そして、どういうわけか灯花が微笑んだ。

 

 

「『母子家庭な義務』ってないよね?」
「いきなりなんだ?」
「義務ってさ、普通の生活から何かが欠ける状態でしょう?」
「うん・・・だいたいそんな感じだ」
「普通の家庭にはお父さんとお母さんがいるけど、私にはいない。
だから、私は『母子家庭な義務』を負っているのかな?」
「・・・面白いことを言うな」
「この義務もさ・・・」

 

 

自分の胸についたバッジを見て言う。

 

 

「物心ついたときから、これをつけててね。
一時期はそれが当たり前なんだって思うほどだったよ。
近所の人は、私をかわいそうな子って言ってたけど、あんまり不自由を感じたことはなかったよ」
「でも、お菓子を食べて漫画を読んで自由にテレビ見たいんだろ?」
「う・・・それはそうだけど」

 

 

しかし、我慢できない命令ではないからな。

 

 

「ただ、思うのはね」

 

 

ため息を一つついた。

 

 

「私、なんか悪いことしたのかなぁって」
「・・・・・・」
「『母子家庭な義務』も『大人になれない義務』も、私の知らないところで勝手におしつけられたような気がするの」

 

 

まったくもって、その通りだ。

 

 

「それが、なんかヤダ・・・」

 

 

口を尖らせた。


仕草こそ子供っぽいが、その主張は真摯なものだった。

 

 

「いや、勉強になったよ」

 

 

灯花はきょとんとしていた。

 

 

「じゃあ、おれは寝るな。
今日の京子さんの命令は、勉強したら終わりだな?」
「うん・・・。

何時から何時まで勉強しろって言われてたわけじゃないから、ちょっと教科書開いたら私も寝るよ」
「・・・また屁理屈かよ」

 

 

今日のところは見逃しておいてやるか。

 

 

おやすみ・・・」

 

 

ノブに手をかけたときだった。

 

 

「あのさ、森田賢一・・・」
「うん?」
「電話のことなんだけど・・・」
「気にするなって、いたずら電話だったらおれが出てやる」
「いや、違うって・・・えっとね・・・」

 

 

頬を赤く染めた。

 

 

「あれ、ひょっとしたら、お父さんなんじゃないかなって思うの」
「なぜ?」
「理由なんてないよ。 きっとお父さんなんだよ」
「・・・・・・」
「ちょっと気まずくて無言になってるだけなんじゃないかな?」

 

 

・・・夢見すぎだぜ。

 

 

「・・・なんてね。

ちょっと妄想膨らませすぎかな?」

 

 

わかってたか。

 

 

「親父さんだったらいいな。

今度、声でもかけてみろよ」
「ああ、それもいいかもねっ」

 

 

灯花は笑う。


すると、いつの間にか笑い声が重なって、室内に響いていた。

 

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「ふーっ、散々親泣く・・・ねぇ・・・」

 

 

意味不明なことを言って、灯花がこちらをちらりと見た。

 

 

「なんだ、急に?」
「あ、なんでもない。こっちの話」
「散々親泣くだぁ?」
「き、気にしないでよ。

昔、そういうことを言われたんだよ。
覚えておきなさいって」
「お父さんにか?」
「あ、うん、そうそう。

なんかめんどくさいから、そういうことにしとくね」

 

 

適当にあしらわれたぞ。

 

 

「じゃあな」

 

 

おれは今度こそ部屋を出る。

 

 

 

 


・・・

・・・・・・

 

ぶつぶつ・・・ぶつぶつ・・・。

 

 

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・・・。

 

「物心ついたときには、すでにバッジが貼られていた・・・。
『大人になれない義務』は、責任能力のない子供に課すことができる、ほとんど唯一の義務だ。
この国が、絶対王政の時代に制定された最古の義務。
この国・・・というか世界には近代に入るまで『子供』という概念がなかったわけで。
しかし、現代になっても廃止にならないのはなぜだろうな。
子供のような大人が増えてきているから、家長を軽んじる子供が増えてきているから・・・。

そんな声を聞いたことはあるが・・・。
おれは法学者じゃないから、細かいことはよくわからない。
いずれにせよ、灯花の義務は灯花にまったく罪がない。
『母子家庭な義務』ね・・・。
罪がなくても、自分の生活に不自由がある社会ってのは・・・どうなんだろうな?
あんたはどう思うよ?」

 

ぶつぶつ・・・。

 

いつになく独り言が多い夜だった。

 

京子さんが心配して書斎から出てくるほど、おれはしゃべっていたようだ。

 

お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん・・・。

 

そうつぶやいていたらしい。

 

夢に出てくるほどだった。

 

 

・・・。