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車輪の国、向日葵の少女【22】



・・・。


朝一番に、灯花と一緒にラジオ体操をする。

 

 

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「腕を大きく回して、左へほーい!」



・・・。



「なにしに来たんだ?」



「邪魔くさいなあ・・・」



「いや、暇で暇でしかたがないんだよ」
「・・・友達いないのかよ?」
「君たちがいるじゃないか」



「無視しよっと」



灯花は、磯野が嫌いらしい。



「委員長、委員長」
「なによ?」



無視しようと言ったそばから反応するあたり、優しいヤツだな。



「京子さんを僕に下さい」



「ぶっ!?」



「はあっ!?」
「京子さんと結婚したいんです」
「つまんない冗談はやめて」
「僕は本気だ」
「森田賢一、この変な人をなんとかしてよ」



「おい、磯野。 朝から酔っ払ってんじゃねえよ」
「僕は本気だと言っている!」
「なんでだよ? どうして暇で暇で仕方がないヤツがいきなり結婚申し込んで来るんだよ?」
「僕もそろそろ身を固めようと思ってね。
現実を見なきゃいけない年齢かなと・・・」
「いや、ぜんぜん現実見えてないから」
「京子先生は、ずっと前から狙ってたんだ」
「いきなりグロい目つきするなよ・・・」



「いい加減、不快なんだけど?」



「ほら、もうその辺にしておけって」



灯花は父親がいまだに好きなんだから。



「馬鹿だなあ、僕が父親になれば委員長を自由にしてあげられるかもしれないんだよ?」



「・・・・・・」



「どういうこと?」

「親権は、父親と母親が二人で持つものだからね」



「確かに、お前が灯花の親父になれば親権を獲得することができるな」



「でも、私の義務についてはお母さんとの話し合いがいるでしょ?」
「そんなもの、僕の話術にかかれば京子さんもイチコロだよ」



「イチコロとか言ってる時点で、怪しい」
「黙れ、童貞!」
「なっ、なんだよ・・・やめろよ、そういう発言は・・・朝だぞ・・・」
「フンっ、君らは僕のことを頭のおかしな人間だと思っているみたいだが、僕から言わせれば、君らのほうが狂ってるね」



「はいはい・・・体操終わったよー」



外に持ち出していたカセットテープデッキを停止させる。



「次はランニングだな?」
「今日は向日葵畑のほうまで行こうか?」
「馴れ馴れしいヤツだなあ・・・」
「森田くんに言われたくないよ」



「・・・うるさいなあ・・・」

 


・・・。



・・・・・・。




灯花のランニングに、なぜかおれと磯野も付き合っていた。



「ふうっ・・・」



一着でついて、後ろを振り返る。



「ひいっ、ひいっ、はあっ、はあっ、ぜいぜい・・・!」



超バテてた。



「はあっ・・・はあっ・・・疲れたぁ・・・」



灯花到着。



「う、はあっ、はあっ、はあっ・・・」
「大丈夫かよ・・・」
「はあっ・・・ぼ、僕を殺す気か?」



血走った目つき。



「お前、体力なさすぎ」
「この貧相な身体のどこに体力が隠されていると思う?」
「偉そうにするなよ」
「まったく、分をわきまえろよ・・・はあっ、ひぃっ・・・」



・・・。




「あれ? さちじゃない?」
「おっ、なっちゃんもいるな」




「あ!」



向こうもこちらに気づいたらしい。



「おはよーっ!」



画材道具の詰まったカバンを持っていた。



「あ、どもどもです」



夏咲は、さちの脇で控えめに頭を下げた。



「さちさん、おめでとう」



「あ、バッジ・・・!」



「いやあ、みんなのおかげだよー」
「僕もさちさんの家臣として、これほどうれしいことはありません」



「そっかぁ・・・がんばってたもんね・・・。
おめでとうっ!」



夏咲も、さちを称えるかのように微笑んでいた。



「おっほん。灯花も見習って、努力をするように」
「森田くん、いまは、大音さんの担当なんですね」
「そうだよ。次はなっちゃんだからね」
「は、はは・・・」



「ていうかさあ、なんであたしたち大集合してるの?」
「さちさんの、バッジ解消記念ですよ」



・・・そういえば、向日葵畑に行こうとか言い出したのも磯野だったな。



「なんか、テレるねっ!」



「ここは一つ、大音灯花氏による一発芸で盛り上げてもらおうと思うんだが?」
「ぶっ殺すぞ!」



ぶちキレた。



「あのよお・・・お前その、ぶっ殺すってのはやめた方がいいと思うぞ。
人として。女の子として」

 

 

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「は?」
「なんだ?」
「私、そんなこと言ってない」
「いま言っただろ!」
「そんなはしたないこと言うわけないじゃない!?」



しれっとしてやがる。



「おい、みんな、こいつをどう思うよ?」



「なにが?」



「なにを浮き足立ってるんだ?」



「いや、だから、灯花の口癖だよ」
「え? 口癖?」
「ぶっ殺すって・・・」
「? ・・・聞いたことないよ?」
「は? いま言っただろ? いつも怒るとすぐに口走ってるだろ?」



「委員長は確かに怒りっぽいが、そんな殺伐とした発言は耳に覚えがないな」



・・・な、なんだこいつら?



「わ、わたしも・・・大音さんからは、そんなこと・・・」
なっちゃんまで・・・」



「言ったことないよね?」

「うん」「ないね」「ええ・・・」



・・・。



四人の顔を見回す。



「賢一、どうしちゃったんだろ・・・」



「いわゆる、幻聴じゃないか?」



「いつもブツブツ言ってるから・・・」



「だ、大丈夫ですかね・・・?」



ヒソヒソ・・・ヒソヒソ・・・。



「え? なにこのホラー・・・」



一歩後ずさる。



「なんなんだお前ら!? 町ぐるみでおれを騙そうってのか!?」
「お、落ち着きなよっ・・・」
「哀れむような目で見るな!」



「軽く錯乱しているようだな」



「言ってないものは言ってないってば」



「・・・・・・」



「ちょっと待て、いままで何度も聞いたぞ。
なあ、あんたも聞いたよな?」



「またブツブツと・・・」



「きっとあのパイプがヤバイんだよ・・・」



「ぱっと見て、気分が異常に良くなる薬物だな」



ヒソヒソ・・・ヒソヒソ・・・。



なんだこの状況は?


おれが間違っているのか?



「なあ、悪ふざけはやめろよ」
「ふざけてるのは森田賢一じゃない?」

「・・・灯花の馬鹿!」
「ぶっ殺すぞ!」

「ほらっ!」



灯花を指差す。



「・・・ほら、とか言われても・・・」



「も、森田くん・・・?」



「なんでだよっ!」



「とにかく落ち着けよ。見苦しい」



みんなして、おれのことを心配そうに見ている。



「・・・え? 本当に? コントじゃなくて?」
「賢一、ちょっと疲れてるんじゃない?」
「・・・・・・」



どうやら、本気でおれがおかしいらしいぞ。



「わかった・・・おれの負けだ」
「よろしい」



「よろしい」


??


「よろしい」



!!!



・・・うわ、なんか眠くなってきた。


・・・・・・。


・・・。

 

 




目が覚めると、すでに昼過ぎだった。



「・・・ああ、よく寝た」



変な夢見たな。


向日葵畑でみんなに変人扱いされるなんて・・・。

 

 

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「というわけで、京子先生・・・」



磯野が京子さんの前で仁王立ちになっていた。



「結婚してください」
「いやです」



「なにやってんだ!?」

「馬鹿だなあ、僕が父親になれば委員長を自由にしてあげられるかもしれないんだよ?」

「あ、なんかデジャブ」
「黙れ、童貞!」
「・・・それも聞いた」


・・・。



「やっと起きたの?」
「灯花・・・」
「どうしたの? 汗びっしょりだよ?」



原因はお前だ。



「いや、妙な夢を見た」
「夢?」
「お前を怒らせていた」
「・・・なにそれ?」
「一発芸でもやれとおちょくった」
「しばくでわれ!」



・・・なんか、関西弁になってる。



「なにをやっているんだ? 僕と京子さんの一大事だというのに・・・」
「磯野くん、あなたがわからないわ・・・」
「ですから、僕は本気なんですよ」
「いい加減にしないと怒るわよ」


・・・。



「森田くん、協力してくれ」
「はぁっ?」
「僕のいいところを第三者の口から京子さんに紹介してみてくれ」
「お前のいいところ・・・? 知らない」
「こら!」
「というか、お前のことはまったく知らないし」



「お話が終わったんなら、帰ってちょうだいね」



京子さんは書斎に足を向ける。



「ああっ・・・!」
「さよなら」

 

・・・。




「・・・ショックだ」
「おふざけは終わった?」
「はあ・・・」



いつにも増してせつなそうだった。



「ヒゲを剃り残してくるべきだったかな?」
「は?」
「この人は私がいないとダメねって思わせなきゃ・・・」



どうやら頭の中で薄気味悪い算段を整えているようだ。



「出直してくるとしよう」



・・・。



去っていった。



「あいつ、ひょっとして本気なのかな?」
「磯野って、なに考えてるかわかんないよね」
童話作家ってのは本当なのか?」
「そんな名前の童話作家、聞いたことないよね」



そんなときだった。



プルルルルルルル・・・




「お・・・」
「わ、私が出る」



興奮した面持ちで電話に駆け寄る。



「あんまり期待するなよ」
「わかってるよ・・・。

私もそこまで馬鹿じゃないから・・・」



おれも電話に近づく。



「ちょ、ちょっと近いってば」
「おれも電話の声を聞きたい」
「邪魔・・・!」
「ほら、とっとと出ないとお父さんからの電話が途切れちゃうぞ?」
「むぅ・・・。
はい、大音です・・・」


なんとか向こうからの声が聞こえる。



「どちら様ですか?」
「・・・・・・」



また、無言電話か。



「あの・・・」
「・・・・・・」
「もしもし・・・?」



直後、おれは耳を疑った。


「お父さん・・・」



「えっ・・・!?」



そんな馬鹿な・・・!?



「お、お父さんなの!?」
「―――に、なる予定です」



・・・・・・・・・。


・・・磯野。




「どうしたんです?」
「ぶ・・・ぶっ殺すぞ!!」

 

 

 

・・・それから、磯野は着信拒否されるまで電話をかけ続けてきた。



「やっと落ち着いたよ・・・」
「あいつ、ストーカーだからな」



「夕食にするわよ」

「また弁当?」

「いい加減慣れてこない?」
「飽きてこない?」
「飽きるのにも慣れてくるのよ」
「禅問答かよ・・・」



そうして、昨日と同じようにたいした会話もない夕食となった。

 


・・・・・・。




・・・。





「お母さん、ちょっと外に出かけてもいい?」



空になった弁当箱を投げ捨てて、言った。



「勉強は?」
「九時からでしょ?」



今は八時三十分。



「どこに行くの?」
「いや、ちょっと涼んでくるだけ」
「三十分で戻ってくるのよ?」



「おれも一緒する」



「・・・・・・」
「そうね、お願いするわ」
「しょうがないなぁ・・・」



京子さんの承認を得て外へ。



・・・。



灯花は家の郵便受けを覗いていた。



「こんな時間に郵便物なんか届かないだろ?」
「夕方にチェックしてなかったから」
「チェック?」



妙な言い方が引っかかった。



「・・・たまにね、わくわくしながら郵便受けの中を探るの」
「ひょっとして、お父さんからの手紙を期待して?」
「わ、悪い?」
「一回でも届いたことあるのか?」
「ない」
「ないのかよ・・・」



一度も届いたことのない父親からの手紙を期待するなんて、ファザコンを通り越してちょっとメルヘン入ってるな。


おれは言った。



「そこまでお父さんが好きか・・・」



灯花は恥ずかしそうに、けれど、幸せそうにはにかんだ。



「また、お父さんと一緒に暮らしたいなぁ・・・」



パパさんかなり愛されてるな。



「まったく消息不明なのか?」
「うん・・・でも、いつかきっと私に会いに来てくれるの」
「京子さんに聞いてみないのか?」



聞いただろうな。



「・・・教えて、くれないの。

お父さんの話題になると、お母さんすごく怖くなってね・・・」
「・・・・・・」



どういう形で離婚したんだろうな。



「・・・ぜんぜん、口も利いてくれなくなるの」
「そりゃあ、聞くに聞けないな」
「こっそり家出してやろうとか思うんだけどねっ」
「そんな度胸ねえだろ」



おれは軽く笑った。



「とりあえず、町から出てみようかなっ。
おこづかい貯めてるから、ちょっとくらいなら旅行できると思うんだよね」
「・・・・・・」



けっこう、頭の中で、家出することを思い描いているんだな。



「無理なことを考えるんじゃねえよ」
「毎朝、お母さんにスケジュールを決められてるからね」
「そうだ。

ジョギングの時間に家出したらアウトだぞ」



灯花に罪はない。


けれど、おれはこいつを強制収容所に連れて行かなければならない。 



「戻ろう。勉強の時間だ」

 


・・・・・・。



・・・。





「・・・今日はなんだか、時間がたつのが早かったな。
昼過ぎまで寝てたからかな」
「ちょっと! 人の部屋でぶつぶつ言わないでよ」
「おれがあんなに眠りこけるなんて、珍しい日もあったもんだ」
「朝はちゃんと起きてたでしょう?」
「え?」
「向日葵畑までジョギングして、さちと日向さんに会ったでしょう?」
「それは夢じゃ?」
「森田賢一、ぶつぶつ言いながらいきなり倒れたんだけど?」
「記憶にございませんが?」
「えぇ・・・? やっぱりちょっと頭が危ないんじゃないの?」
「・・・へ?」
「あのタバコ、なんなの?」
「なんでもないって」
「本当? 体に悪いんでしょ?」
「お前らには影響ないって」
「そうじゃなくて、森田賢一が!」
「喫煙者は、タバコが身体に悪いことを承知で吸うんだよ。
それ以上に得られるエクスタスィーがあるから・・・クク・・・」
「・・・違法じゃないの?」



真剣な表情。


おれはさりげなく目を逸らした。



「このことは、法月のとっつぁんも知ってるから」
「そっか・・・そうだよね。
特別高等人が犯罪を犯すなんて、許されないもんね」



別に、合法とも言っていないんだがな。



プルルルルルルル・・・



「・・・・・・おっ」
「・・・っ」



居間から電話の音が聞こえて、灯花は部屋から出ようとした。



「おい待て。いまは勉強をしなきゃいけない時間だ」



義務だ。



「トイレは自由に行っていいことになってるから」
「そうきたか・・・」



トイレに行ったとき、電話に出たことにする気だな。


なかなかに悪知恵が働くようだ。



「ダメだ。いつまでも、そんな屁理屈を通すわけにはいかない」
「でも、ほら。お母さんもいないみたいだよ・・・?」



確かに、コール音はいつまでも鳴り響いている。



「おれが出よう」
「あ、待って。 ホントにお腹痛い・・・」



おれの脇を素早く走り抜けた。



「お、おいっ!」



くそ・・・仕方ないか。


ばれないことを祈るぜ。



・・・。


 

コールは長かった。


書斎から京子さんが出てくる気配もない。


灯花が受話器をつかむ。

 

 

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「もしもし・・・?」



どうやら、また無言電話のよう・・・。



「え?」



「んっ!?」



その瞬間、灯花が大きく目を見開いた。



「お、お父さん!?」



お父さん!?



「本当か・・・?」



「あ、あ、あ・・・え、えっとぉ・・・」



灯花の受話器を持つ手が震えていた。



「わ、私・・・灯花、灯花だよ・・・。
お父さん? お父さんなんだねっ!?」



なんて、奇跡。



「う、うん。 うんうん! 聞こえてるよぉっ!」



甘い、糸を引くような声。



「うん、元気! 元気だよぉ。 お父さんは? いまどこに住んでるの?」



玄関で物音がした。



「・・・・・・」



灯花は京子さんには気づいていない様子だった。



「え? なに? ごめん、聞こえないよぉ。
お父さん、だいじょうぶ? 具合でも悪いの?
お父さん―――っ!」



京子さんの腕が、勢いよく伸びた。



――っ!



「あっ・・・!?」
「・・・・・・」
「お、お母さん・・・」
「・・・・・・」



無表情に、電話の声に耳を傾ける京子さん。



―――受話器を叩きつけた。



「あぁっ・・・!」



お父さんの声は、もう灯花には届かない。



「なにを、しているの・・・?」
「・・・えっ?」
「私がちょっと外に出ていたら、電話?
勉強は、どうしたのかしら?」
「そ、それは・・・ちょっとトイレに行こうとして、そのときに電話が鳴ったから・・・」
「ふぅん・・・」



「おれが、許可しました」
「職務怠慢じゃないのかしら?」
「・・・そうおっしゃるのであれば、以後、徹底した監督を心がけます」
「このことは、法月さんに伝えておくわね」
「・・・・・・」



殺されるかもな。


死にたくないので、いろいろと言い訳しておこう。



「もともと、灯花が電話に出てはいけないというような命令を出していたんですか?」
「森田くん、論点がずれてるわ。
灯花は、勉強しなければならなかったの。
その時間に、他の行動をしていたのよ?」



・・・厄介だな。



「確かにそうですね。

ただ・・・電話が鳴ったときに、京子さんも家にいなかったわけですから」



我ながら苦しい。



「じゃあ、今度からは、森田くんが電話に出てちょうだい」
「わかりました」
「その代わり、灯花は、今後一切、電話に出てはいけないわ。 命令ね」
「・・・・・・」
「それで、今回は手打ちにしてあげるわ」



なんとかお許しが出たが、今後は灯花に対して厳しく接しないとな。



「お、お母さん・・・」
「忘れなさい!」



突如、声を張り上げた。



「で、でも、お父さんが・・・」
「父親のことなんて忘れなさい!」
「・・・だって、いま、声を聞いちゃったんだよ?
ぜんぜん覚えてもいなかった、想像の中だけのお父さんの声を現実に聞いちゃったんだよ?
忘れられるわけないよ・・・」
「父親のことは忘れなさい。 これは命令よ」



「京子さん、いくらなんでもそれは無理です。
人の頭の中身はそう簡単に変えられないでしょう・・・」
「・・・わ、わかってるわよ!」



血走った瞳。



「いまいましい・・・」



・・・。


だいじょうぶか、この人・・・?



「・・・今日はもう寝ましょう」



夫婦の間になにがあったのか。


もっと京子さんが冷静なときに問いただすとしよう。



「灯花は、勉強するのよ!」
「・・・っく」
「まったく、どうして私の言うことを聞かないのかしら・・・」



ぶつぶつ言いながら、書斎に消えていった。



「・・・お父さん・・・」



灯花は名残惜しそうに、電話を見つめている。



「ねえ、森田賢一・・・」
「うん?」



肩が震えていた。



「お母さん、ちょっときついと思わない?」



哀しみが怒りとなって表情に出ていた。


おれは、無難に言葉を返すことにした。



「・・・勉強しよう」

 


・・・。



その夜、灯花はずっと机に向かっていた。


けれど、開かれた教科書のページは少しもめくられなかった。


勉強に集中するよう勧めるが、やはり、人の頭の中身はそう簡単に変えられなかった。

 

 


・・・・・・。



・・・。




「なあ、灯花」



朝の体操を済ませて、話しかけた。



「・・・私の前でふざけないでって、言ってるでしょ・・・」
「なにもふざけてないぞ」
「・・・ふざけようとしたでしょ?」
「なに? ・・・人間不信?」



昨日の夜は、よく眠れなかったようだ。


少し顔色が悪い。


「灯花か、って・・・」
「え?」
「お父さん・・・私の名前覚えててくれた・・・」
「漢字は間違えてるかもしれないぞ?」
「そんなわけないよ。

花に光を灯す、っていう意味をお父さんがつけてくれたんだから」
「どういう意味だ?」
「・・・わからないけど、いいイメージでしょ?」
「ただでさえ華やかな花を光で照らしたら、まぶしすぎるじゃねえか」
「いまの世の中、まぶしいくらいがちょうどいいんだよ」
「そうかい・・・」

 



「誰がまぶしいって・・・!?」
「うわっ!?」


 

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振り返れば、磯野。



「髪が抜けるのは仕方がないだろう? このチキンシット野郎どもが」
「自意識過剰だって・・・ていうか、お前、そんな髪の薄いキャラだったっけ?」
「薄いのは影だけだよ」



・・・いや、お前けっこう前に出てきてるよ。



「森田賢一、無視してジョギングに行こう」
「委員長、委員長!」
「なによ・・・?」
「・・・ど、どうすれば、京子さんは振り向いてくれるのかな?」
「な、なんでちょっと弱気なのよ?」



「お前、実は本気で本気なのか?」
「ふざけんな! 本気で本気なのかじゃねえだろ!?
本気で本気に決まってんだろうが!?」
「わ、悪かったよ・・・」
「京子さんはなぁ・・・ぼくの心の太陽なんだ・・・うぅ・・・」
「わかった、泣くな・・・」



「ちなみに聞くけど、どこが好きなの?」
「オオネキョウコ・・・っていう響きが素敵すぎる。 毅然とした態度を感じる。 できる女は違うなと痛感させられる。 さすが俺的三大キョウコ」
「なにその俺的三大キョウコって?
意味わかんないんだけど?」
「フフ・・・手のかかる娘だなぁ・・・」



・・・会話がすれ違っているのか、成り立っているのかはわからないが、けっこう相性よさそうなんだよなぁ、こいつら。



「さて、京子さんに告白してくるとしよう」
「待てや。今日はやめとけって」
「なぜだ?」



耳打ちすべく、磯野に近づく。



「ちょっと家庭の事情で、気が立ってるんだ」
「家庭の事情?」
「おれにもよくわからん」
「だったら、問いただすべきだろう?」



「なに、ごにょごにょやってるのよ?」
「委員長、京子さんのご機嫌を損ねるような真似をしたのか?」
「・・・は?」
「お母さんを困らせるな」
「っく・・・! 磯野になにがわかるっていうのよ!?」

「・・・ふむ。

これはなかなか深い事情がありそうだな」



突如、肩の力を抜いた。



「まあ、とりあえずジョギングしよう。不機嫌な顔してても始まらない」
「そうだな。 健全な精神は健全な肉体に宿るのだ。 汗を流してすっきりしよう」

「たまには意見が合うじゃないか?」
「お前はいつも飛ばしすぎなんだよ」
「・・・フフ、こいつぅ・・・」



「気持ち悪いなぁ・・・」



とはいえ、磯野がふざけたおかげで、灯花の顔も少しだけ晴れたようだった。

 



・・・・・・。



・・・。



「ふぅっ・・・はあっ・・・」



ひとまず、学園まで行って帰ってきた。



「はあ、はあっ、ぜいぜい、ひぃひぃ・・・はあっ・・・」
「バテ過ぎだろ?」
「まったく、僕が、はあっ・・・なんでこんな目に・・・ぜいぜい」



「・・・走らなきゃよかったのに」



まったくだ。



「さて、朝飯だな」



「僕もいっしょしていいかな?」
「磯野の分はないと思う」
「僕はカスミを食べて生きているから平気だよ」
「あ、そっ」



灯花は肩をすくめる。



「私、シャワー浴びてくるから」
「おう、すっきりしてこいや」



家の中に入っていった。



「それで、森田くん」
「お前、なんか怪しいぜ。行動全般が」
「失敬な。京子さんへの愛は本物ですよ。
だからこそ、ここの家庭事情が気になるんじゃないか」
「だったら協力しろ。
三人で京子さんに事情を聞くんだ」
「なんの事情?」
「父親についてだ」
「それは、僕も興味があるところだ。
京子さんの前彼がどんなヤツだったのか知りたい」



磯野も、京子さんが離婚しているということは知っているらしい。



「京子さんは、父親の件について固く口を閉ざしているのか?」
「そうだな。 なにせ、灯花も離婚の理由は知らないらしいから」

「そんな秘め事に、僕らみたいな部外者が立ち入るには、相当な図々しさが必要だな」
「作戦はこうだ。
おれとお前で、温かい家庭の話をする。
京子さんは怒るかもしれないが、なんらかのリアクションは得られるだろう」



磯野は、ふと間を置いた。



「悪くないな。それでいこうじゃないか」
「たまには、意見が合うな」
「フフ・・・こいつぅ・・・」

「気持ち悪いって」

 


・・・。



「お邪魔いたします。磯野一朗太にございます」



「お前、一朗太っていう名前だったんだな」



「・・・何の用?」
「父親からは、ローター野郎と呼ばれていました」
「何の用なの!?」
「母親は、私のことを一太郎と、よく間違えておりました」
「・・・どんな家庭なのよ」
「いやぁ、それはそれは幸せな家族でしたよ。
毎日みんなでダジャレを言い合ってましたから・・・。
こうやって・・・。
ふとんがふっとんだ!
あ、おじいちゃんのふとんじゃない。
おじいちゃんも早くに亡くなってしまって・・・」



悲しいダジャレかよ・・・」
「森田くんの家はどうだったんだ?」
「おれ? おれは・・・」
「・・・・・・」
「ん?」



磯野が探りを入れるように、おれの表情や仕草を観察していた。



「いや、そういえば・・・おれ、親いないんだったわ」
「おい貴様! 幸せな家族トークをするんじゃなかったのか!?」



やべ・・・。



「えっと、アレだ。毎日、家で一人でレンジでチンしてご飯食べてた・・・」



いかん、なんか物悲しい。



「じゃなくて、お姉ちゃんがいつも手料理を食べさせてくれた」
「・・・・・・」



「あなたは一人っ子なのでしょう?」
「・・・あ」



そんな嘘もついたな。



「なにをグタグタやってるんだ・・・」



磯野がおれの脇腹をひじで小突く。



「す、すまん・・・」
「・・・灯花、お風呂長いわね・・・」



おれたちへの興味を失ったのか、京子さんは風呂場に目を向ける。



「どうしたのかしら・・・」
「そろそろ、朝飯の時間ですよね?」



スケジュールではそうなってる。


つまり、あんまり長風呂していると、義務に違反することになる。



「森田くん、ちょっと様子を見てきてくれる?」
「え? おれ!?
は、裸だったらどうすればいんですか?」



「そりゃ、裸だろう」



「・・・何も風呂場に入っていく必要ないでしょう? ちょっと声をかけてくれればいいんだから」



それもそうか。



「じゃあ・・・」

 


・・・。



「なんでお前も来るんだよ・・・」
「京子さんと二人きりになったら緊張してしまうだろ?」
「・・・・・・」



浴室のドア越しに、灯花に声をかける。



「そろそろ朝ごはんだぞ。出て来いよ」
「・・・・・・」



返事はなく、中から物音一つしない。



「リアクションなし?」
「ちょっとおかしいな・・・。 おーい!」



「委員長、ふざけるのもいい加減にしろ」



・・・。



「踏み込む?」
「そうだな・・・なにかあったみたいだし」



意識がないのかも知れない。



「恥ずかしくないのか? 裸だぞ? いいのか?」



そんなことを言っている場合じゃない。 


「開けるぞ・・・!」

 


「・・・ぐぅ・・・」

 

 

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灯花が溺れていた。



「馬鹿! 風呂の中で寝るやつがあるか!」
「・・・ふ・・・ん、あ?」
「おい!」
「ん・・・え、あ?
も、森田賢一・・・?

え? あれ? なんでお風呂?

って・・・!?」
「え?」
「・・・で・・・」
「ち、違うって。
お前がいくら返事しても出てこないから・・・」
「出てけーっ!!!」



パシャーッ!



「あつぃっ!」



「うわ、ちんけなラブコメっぽい(笑)」



「この変態!」
「ご、誤解だってばよー!」



「うわ、チープなやりとり・・・(笑)」




「出てけ出てけ出てけーーーーッ!!!」
「う、うわっ・・・!」



・・・・・・。


 

 


「・・・ったく」



「裸が拝めてよかったね」



タニタしている。



「言っておくが、おれは恥ずかしくもなんともなかったからな」
「無理しちゃって。

ブコメは森田くんの唯一の弱点だろう?」
「・・・あと少し発見が遅れたら、灯花はまずいことになってたかもしれない。
そう考えれば、なにも恥ずかしいことはない」
「なんだい。 やけに真面目な顔してるね」
「ああ・・・あいつの体がちょっと気になってね・・・」
「このどエロ!」
「・・・・・・」



・・・左腕の火傷の痕。


確かに、夏場でも長袖が着たくなるほどに目立っていた。



「なにかあったの?」
「京子さん、それがですね。
この森田が娘さんと破廉恥極まりないベタなやり取りを風呂場で繰り広げまして、もう、見てるこっちがアイタタタって感じですよ」



「風呂場で、寝てたみたいなんです」
「えっ!?」
「こう・・・湯に突っ伏すような感じで・・・」
「そ、そんなっ!? 大丈夫だったの!?」
「平気そうでしたよ・・・」
「灯花! 灯花!」



大慌てで風呂場へ駆け込んでいった。


・・・やはり母親なんだな。



「うわ、安っぽい家族愛だなぁ・・・」
「・・・お前、冷めすぎだよ」

 


・・・。

 

 

 


「まったくもう・・・森田賢一ったら・・・」



いまにも襲い掛かってきそう。



「頭がぼーっとしたり、妙に体がだるかったりしないか?」
「・・・平気だよ」
「怒るなよ。風呂場で寝たお前が悪いんだぞ」
「気持ちいいから、ついつい、ウトウトしてしまうの!!」



キレるところじゃねえし。



「京子さん、こんなことが何度もあったんですか?」
「最近はなかったから、油断していたわ」
「他にも灯花のうっかりが招いた事件はあるんですね?」
「よく、柱に頭をぶつけてるわ」
「・・・・・・」



「うっかりというか、ただの馬鹿じゃないですか。 足の小指ならまだ許せるというのに」
「磯野ぉーっ!」



・・・柱に頭、ね。



「そういえば、朝食の時間が過ぎているような気がしてならないんですが・・・?」
「あ・・・」



灯花の顔が一気に青ざめる。



「そうね・・・。

ただ、まあ・・・。
・・・えっと・・・灯花。

今日渡したスケジュールのメモを見せて」



灯花は言われたとおりにポケットからメモ用紙を取り出して、京子さんに手渡す。



「・・・うん、午前八時に朝食になっているわね・・・」



いまは八時十五分。



「一つ、言っておきますがね、京子さん。
命令は絶対です。

なんらかのアクシデントがあって、灯花があなたの命令を遂行できなかったとしても、それは灯花の責任になります。
言っている意味がわかりますか?」



「この犬野郎! 僕の娘をしょっぴく気か!?」



「どうなんです? 京子さん?」



「ちょ、ちょっと・・・本気・・・?」



「・・・森田くんも、ふざけているようで、仕事は真面目にこなそうとするのね」
「灯花は午前八時に朝食を食べていません。
私は、これを義務違反として考えていいのですか?」
「ち、ちょっと待ちなさい」



京子さんの目線が泳ぎだした。



「もともと、ある命令を出していたの。

ねえ、灯花」
「え?」
「食事は・・・そう、体調がすぐれなければ無理して食べなくてもいい、とね」



「・・・そうなのか?」



灯花に聞く。



「え? えっと・・・」
「そうよね、灯花? 昔、言ったわよね?
あなたが小さいころに、ね?」
「・・・あ、え、えっと・・・。

・・・そう。 そうだったね」



屁理屈娘に、嘘つきお母さん。



「わかりました。

こちらとしても、過去の命令は確認のしようがありませんので、京子さんを信じるとします」



「私、なんか本当に体調悪いかも」
「のぼせたのよ・・・部屋で休んでなさい。
今日の命令はキャンセルでいいから」
「はぁい・・・」



頼りなさげな足取りで、自室に向かっていった。



「京子さんは優しいなぁ。
それにひきかえ、この国家の犬と来たら・・・。自分が高等人になるためなら友達だって切り捨てる気じゃないか・・・?」



なんとでも言え。



「京子さん、どうもすみませんね」
「何が?」
「いえ・・・助かりましたよ」



灯花を連行せずにすんだ。



「ただ、命令の乱立だけはよしてくださいね。
ごちゃ混ぜになったら、おれとしてもどう灯花を管理していいのかわからなくなる」



京子さんは小さく頷いた。



「さあ、ご飯を食べましょう」
「そうね・・・って、普通に家になじもうとする磯野くんが怖いわ・・・」
「はっはっは。京子、醤油とってくれないか?」



・・・・・・。



・・・。




しかし、京子さんも、娘が強制収容所に入れられるのは嫌らしいな。

 

 

・・・。




昼になった。



「というわけで京子さん、こんな国家の犬は放っておいて、僕とデートに行きませんか?」
「磯野くん、犬というのは失礼だわ」
「何を言っているんですか? 森田賢一はいざとなったら人を裏切るようなプルシット野郎ですよ」
「犬は、やめなさい。 やめて」
「え・・・?」
「私のこと、負け犬とでも言いたいの?」
「は・・・?」



京子さんの様子がおかしい。



「いま私のこと、負け犬四十代とか思ったでしょ?」



唐突に、おかしい。



「残念でした。私はまだ三十代です。それも前半です。
国立大学の大学院を卒業していますし、資格も充実していますし、キャリアも豊富ですから」
「は、はあ・・・すみません・・・」
「わかればいいのよ、わかれば・・・」

 


「・・・この人、ちょっと危ない傾向にないか?」



磯野が耳打ちしてくる。



「お前が言うなよ」
「で、どうすれば僕の愛を京子さんにわかってもらえるかな?」



知るかよ。



「・・・本気で口説きたいなら、もうちょっと慎重に、外堀から埋めていくべきだろうな」
「慎重だぁ・・・? さすが・・・童貞の発言は役に立ちませんね」
「うるせえな、モノの本にそんなことが書いてあったんだよ」
「フン・・・慎重に外堀を攻めろ、ね。
まるで戦争だな・・・」



まあ、ガンバレや。



「京子さん。
あなたの、元夫の件なんですがね」



いきなり本丸に切り込みやがった!!



「・・・・・・」



きつい目つき。



「嫌な野郎だったんでしょうねー」
「・・・・・・」



「・・・・・・っ! も、森田くん!

旦那の悪口を言って仲良くなろうと思ったんだが、失敗だった!」



本気で嘆いていた。



「磯野くん、聞こえているわよ」



その直後、ぼそりと吐き捨てた。



「まあ、確かに・・・男としても人間としても無理な人だったけど・・・」
「僕、妖精ですから!」



「落ち着け馬鹿! 京子さんはそれでもきっと人間の方が好きだ!」



「あ・・・い、今の言葉は忘れて!」
「・・・・・・」
「確かに、聖職である教師様が人の悪口を言ってはいけませんな」
「特に、灯花には・・・」



灯花にとっては、いい父親だったようだからな。



・・・。



「・・・磯野、まだいたの?」

「っ・・・!?」



タイミングが悪いな。


しかし、いまが京子さんから旦那の情報を聞き出すチャンスとも言える。



「もう具合平気なのか?」
「うん。ちょっと寝たら治った。 お水飲んでいい?」
「ええ・・・」



灯花は許可を得て台所へ。



「いまちょうど、お父さんの話をしていたんだ」
「えっ!?」



足が止まる。



「森田くん・・・!」
「なあ、磯野お父さん」



「うん?」



「あ・・・い、磯野くんのことね」
「お、お母さん、まさか、本気で磯野と結婚するつもりなの?」
「そんなわけないでしょ・・・!」

 

 

 

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「ショック!」



「磯野お父さんは、男としても人間としても無理だろ」



「っ・・・!?」



京子さん、揺れてるな。



破局の原因は、なんでしたっけ?」
「森田くん、なんのつもり?」
「いやだなぁ・・・磯野を振った理由ですよ?」
「ふざけないで!」



「お、お母さん・・・?」



「森田くん、あなたちょっと不愉快だわ」
「自意識過剰ですよ。
誰もあなたの元夫の話なんてしていないのに、なにをそんなに恐れているんですか?」
「・・・あなたって人は・・・」



「お母さん、なにかあったの?」
「なんでもないわ・・・」



「どうして、灯花の父親のことになるとそんなに嫌そうな顔するんですかね?」



「そうですね、美人が泣きますよ」



京子さんはその場に立ち尽くしている。



「・・・・・・」
「どうしました?」



「灯花・・・」
「お母さん?」
「・・・お父さんがいなくても、私がいればいいでしょう?
わ、私でいいでしょう? いいわよね?
ね、灯花・・・?」
「・・・お母さん?」



一瞬、京子さんがとても小さく見えた。



「お母さん、どうしちゃったの?」



灯花も、同じように見えたようだ。



「な、なんでもないわ・・・忘れて・・・」



失態を恥じるかのように頭を振る。



「・・・今日は、この辺でお暇しようかね」



磯野の一声で、その場の全員が、口を閉ざした。

 

 

 ・・・・・・。


 

・・・。




夕食後、灯花は部屋で勉強をしている。



「京子さん、昼間はすみませんでしたね」
「・・・まったく、いやらしい人ね」
「どうしても、あなたの秘密が知りたくてねえ。
そろそろ手段を選ばずにいこうと思いまして」
「なにが知りたいの?」
「京子さんの過去と、京子さんの元夫のことです」
「知ってどうするのかしら?」
「あなたがどうして義務の取り下げを申請しないのか、その理由がわかるかもしれない。
はっきり言って、おれはとっとと試験に合格したいんだ。
灯花の義務は、灯花自身が成長したり更生の努力を見せたりする必要はない。
単純に、京子さんが義務を取り下げてくれればカタがつく。 協力してくださいよぉ」
「・・・・・・」



京子さんは考え込むようにうつむいた。



「・・・いまさら、義務を取り下げる理由が思いつかないわ」
「変な意地張ってる場合じゃないですよ」



おれは、脅しをかけることにした。



「親権者適正研修が近いんでしょう?」
「・・・っ」
「あなたと数日過ごして気づきましたが、あなたの子供に対する管理はけっこうずさんです」
「そう? 私なりに厳しく灯花をしつけているつもりだけれど?」
「灯花を特別高等人にしようと心がけているのは評価されるでしょう」
「子供を国家に役立てるようしつけるのは、国民の義務ですから」



愛国心溢れる母親ってわけか・・・?



「いま、灯花は勉強していると思いますか?」



話題を変える。



「命令なのだから、ちゃんと勉強しているでしょうね」
「教科書を開いたまま、ラジオを堪能しているかもしれませんよ?」
「・・・そんなわけないわ」
「早朝ランニングをさせているようですが、どれくらいの距離を走っているか知らないでしょう?」
「おおよそ知っているわ。 学園までの道のりを往復しているんでしょう?」
「毎日、確認していますか?」
「・・・なにが言いたいの?」
「あなたの命令はあいまいなんですよ。
そのくせ、今日の昼間みたいに、後づけの命令で灯花をかばおうとする」
「後づけ・・・と思われても仕方がないでしょうね」



やってることが厳しいようで、実はいい加減なんだよなぁ。



「そんな甘々な管理じゃ、適正研修で落ちますよ?」
「落ちたら親権剥奪だったかしら?」



おれはうなずく。



「悪い場合、未来ある子供に不当な罪をおしつけたとして、京子さんが罪に問われるでしょう」



最悪は、研修中に死亡。



「義務を取り下げれば、そんな恐ろしい研修に行かずにすみますよ?」
「けれど、灯花が私を母親として認めてくれていれば、研修を回避することができるでしょう?」
「確かに、同意書に灯花のサインがあれば大丈夫ですね」
「なら平気よ」
「そうですか・・・」



だといいがな。



「私は、灯花の母親なんだから・・・」



誰に言うでもなくつぶやいた。



「そろそろ寝ますか・・・」
「・・・ええ」



言葉とは裏腹に、お互い目を逸らそうとしない。


なにか言い足りなさそうな目だ。


夜の虫の音だけが今に響き渡る。



「特別高等人は、最高の資格よね?」



・・・なんの前フリかな?



「まあ、庶民には手の届かない権威ある資格ですね」



とりあえず話を合わせておくとしよう。



「試験もたくさんあるんでしょう?」
「そりゃもう。 習得すべき技術がたくさんありますから」
「誰にでもなれるってものじゃないわよね」



なんとなく読めてきたな。



「親という資格についてですか?」
「あなた、あんまり結果を先取りして話していると、嫌われるわよ」



京子さんはふっと、笑った。



「料理という技術が学びたければ、料理の専門学校に行けばいい。
車の免許が欲しければ、教習所に通えばいい。
でも、母親の技術はどこで学べばいいのかしらね?」
「自分の親」



素っ気無く回答する。


だって、当たり前のことだから。



「そうよね。 当然よね・・・ただ・・・」
「ただ・・・?」
「世の中には、親を知らずに親になった親もいるのよ」
「おやおや・・・」



肩をすくめる。



「ぶっ殺すわよ」



怒られた。



「詳しく聞いてもいいですかね?」



京子さんの過去について。



「・・・やめておきましょう。
私たちって、そんな関係じゃないでしょう?」
「おれのことは息子と思ってくれてかまいませんよ」
「遠慮しておくわ。
灯花一人でも、大変なのに」
「まあ、いつでも力になりますから」
「あなたがもう少し、心を開いてくれたらね」
「おれはいつでもオープンですよ」
「嘘言いなさい。
あなたはおしゃべりになったり、急にふさぎこんだりと、なかなか本性を見せないでしょう?」



おれの本性を知ったら、みんなおれのことを嫌いになるさ。



・・・ああ、鬱な気分になってきた。



「そいじゃあ、おれはこの辺で・・・」
「どこに行くの?」
「外で、風に当たってきます」



ケムリを吸うんだが、やはり、教師の前でおおっぴらな態度は取りたくない。


最近、みんなから心配されてるし。



・・・まあ、心配されても気にしないがね。



「おやすみ・・・」

 


・・・。





「・・・ふぅ」



今日も、特に進展なしか。


父親からの電話も、今日はないようだ。



「・・・まいったなぁ。 無駄に毎日を過ごしているような気がするよ」



何か、きっかけが欲しいな。


この親子の日常を変化させるような、きっかけが。

 


――っ!



「んっ・・・!?」

 


背後で草木がざわめいた。

 


・・・誰だ?


 

ガサゴソ・・・ガサゴソ・・・。

 


泥棒にしては、物音立てすぎだな。

 


「はあっ、はあっ・・・」


 

男の荒い息づかい。


ゴミ捨て場の方だな・・・。


相手に気づかれないように、慎重に歩みを進める。

 

・・・。




 

 

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「はあっ、はあっ・・・!」



「って、なにしてんだ!!!」

 


蹴りを入れる。

 


「人の家のゴミを漁ってんじゃねえよ!」
「ちょ、ちょっとぐらいいいだろう・・・!?」



危ない目つきだった。


とりあえず、つかまえる


「は、離せ!」
「犯罪だから」
「なにが悪い! 京子さんの飲んだ空き缶が欲しいだけなんだ。 なにが悪い!!!」



・・・こ、こいつ、自分が悪いと気づいてないぞ・・・。



「ぼ、僕は精神鑑定にひっかかったこともあるんだ!
この程度の犯罪で、罪に問われるものか!」
「わ、わかった。 わかったから暴れるな!」



じたばた・・・


じたばた・・・。



「はあっ、はあっ・・・ふうっ、ふうっ・・・」
「はあっ・・・。 まったく、正気かよ?」
「正気ではいられないよ」
「そんなに京子さんに惚れているのか?」
「いや、暇だし」
「暇って・・・。

そういうテキトーな発言が、お前のキャラを確定させないんだよ」
「京子さんが僕の愛を受け入れないから、こうやって変態まがいのことをするんじゃないか」
「京子さんのせいかよ」
「いったいどうしたら、僕と結婚してくれるんだろうか・・・」

 


本気なのかな?

 


「まあ、少なくとも、灯花に手を焼いているうちは無理だろうな。
磯野のことなんて、眼中にもないだろう」
「ふむ・・・。
なら、僕も、委員長の義務の解消に協力しようじゃないか?」
「え? 別にいいよ。 役に立たなそうだし」
「そんなことはない」



磯野は胸を張った。



「僕は世間がいう変態行為に、なんら良心が痛まない」
「痛めろ!」
「だから、君たちのように正道をいく人間にはできないサポートが僕にはできると思う」
「・・・もっともらしいことを言うなよ。
要するに犯罪だろ?」



ついさっきまで漁っていたゴミ袋を指差す。



「フフフ・・・期待していてくれ」
「なにをするつもりだよ?」
「とりあえず、無言電話や脅迫状で精神的に追い詰めていくよ」
「なにがしたいんだよ・・・」



「ちょっと、うるさいんだけど・・・?」

「おや? もう勉強の時間は終わったのか?」
「だったらなによ?」
「尖るなぁ・・・」
「ちょっと体調悪いのよ。 しょうがないでしょ?」
「お腹が痛い日か。 しょうがないねー」
「・・・っ」



拳を振り上げる。



「たまにこういう日ってあるのよ・・・憂鬱というか、無気力というか、不機嫌というか・・・」
「ああ、わかるわかる。
僕もたまに、無性に自殺したくなる」
「・・・自殺したいなんて思わないけど、なんだか身体が重いのよ」
「・・・すみません」



磯野が謝るほどに、憂鬱な表情をしていた。



「・・・こういう日は、あまり眠りたくない」



嫌な夢でも見るってのか?



「あ、そうだ、森田賢一」
「うん?」
「電話が鳴ったら、森田賢一が出てよ」
「いいけど?」
「お父さんからの電話にお母さんが出たら、きっと切られちゃうし・・・」
「ということは、お前の親父殿と会話をしろと?」



灯花は、昨日、電話に出ることを禁止された。



「お父さんのことをたくさん聞いて、あとでそれを私に話してよ」



「僕がきっちりと話をつけてあげるよ。
僕が現在の灯花の父親だとね」
「うるさい!!」



いつもより強い口調。



「やれやれ、嫌われたねえ・・・」


・・・。




「それじゃ、おやすみ」
「ちょっと待て。
灯花は寝るのに、おれは起きていなければならないのか?」
「電話が来るかもしれないでしょう?」
「わがまま、ここに極まれりだな」
「それもこれもお母さんのせいだよ」
「・・・・・・」
「・・・ん。 ああ、ごめん。
なんだか、性格悪いね。

気分が悪くて、ついつい・・・」
「まあ、二日酔いでぐだぐたになってるときは、親でもムカつくことがある」
「二日酔いじゃないけど、なんか、体調悪い。
お風呂入ってからかな・・・」



灯花は額に手を添えながら、玄関に向かっていった。



「お母さーん! 勉強終わったから、もう寝ていい?」



家の中から、許可を求める声が聞こえる。


・・・。




「というわけで、徹夜が確定したぞ」
「大変だね。

僕も泊まり込みで電話番をしようか?」
「家に帰らなくてもいいのか? 家族は?」
「とっくに死んでるよ。
僕は生活保護を受けている、自由気ままな一人暮らしだから」
「・・・・・・」



そうだったな。



「辛気臭くしてしまったね。 とりあえず、帰るよ」



磯野も去っていった。

 


・・・・・・。

 

・・・。

 


きっかけは訪れない。

 

 

 



何の変哲もない、夏場の穏やかな朝。



「おはよう、森田くん」
「おはようございます!」
「テンション高いわね?」
「寝てないもので・・・。
京子さんこそ、毎朝早いですね」
「早寝早起きは美容にいいのよ」
「それもあるでしょうけど、灯花に今日のスケジュールを知らせるためでしょう?」



メモ用紙が京子さんの指の間にはさまっていた。


花の日常をしばりつける、魔法のメモ用紙。



・・・といっても、たいして困難な命令でもないんだよな。



「今日は、なにか変わったことでもあるんですか?」
「特にないわ。
いつものように、運動して勉強するだけね」
「退屈ですねぇ・・・」
「退屈なことでも、毎日続けるから意味があるのよ」
「勉強して、運動して、健やかな毎日を・・・!」
「どうしたの急に叫びだして・・・?」
「しかし、食生活が整わなければ、真の健康は得られませんよ」
「だったらどうだというの?」
「自炊しましょうよ、奥さん。
そして娘と一家団らんの場を設けましょうよ。
退屈なんですよ、毎日が」
「お断りするわ」


 

・・・やれやれ、この家で、料理はタブーらしいぜ。

 

 

 

・・・・・・。




「・・・いただきまーす!」


「・・・・・・」


「・・・・・・」



「またかよ・・・」



大音親子は、栄養サプリメントらしき錠剤を、ぽりぽりと噛んでいる。



「最近、暑いねえ・・・。

そうだねえ・・・なんかもう真夏って感じだね。
日本ではそろそろお盆の時期だろ?

盆踊りとか一度やってみたいと思ってたんだよね。

おお、それはいいな。 浴衣着て、縁日の出店を見て周りたいね」

 


・・・・・・。

 

・・・。

 


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「あのよぉ・・・おれって、寂しいと死んじゃうんだよね」



「・・・・・・」


「・・・・・・」



「わざとだろ、そのシカトっぷり」



くそ・・・。



「ご飯が味気ないから、会話も弾まないんだよ」
「森田賢一・・・」
「お、なんだ? なんでもいいから、この退屈な日常を切り開く会話をくれ」
「昨日、電話あった?」
「ない」
「あ、そ・・・ごちそうさま」
「・・・・・・」

 


・・・こっちは徹夜で電話番してたってのに、ねぎらいの言葉の一つもないのか。


なんかムカついてきたなぁ。

 


「家出するわ」
「え?」
「おれ、家を出てくわ。橋の下で暮らすわ」
「かまわないけれど、灯花の監督はどうするのよ?」
「そんなもん、あってないようなもんだろ?」



どうせ、義務に違反しても、京子さんは灯花を助けるんだ。



「おれが、ここにいる意味がほとんどないじゃねえか」
「なにすねてるの? 子供みたいだよ?」
「うるせえ。
お前らみたいな冷たい親子と一緒に暮らすのが嫌になっただけだ」



「職務放棄するというの?」
「放棄はしません。
ただ、この家に厄介になるのは今日限りにさせてもらう。
今後は遠隔的な監督をさせてもらうよ」



「家を出て、どこに行くのよ?」
「・・・知らねえ」
「さ、さちの部屋に戻るとか?」
「ああ、それもいいかもしれないな。
あいつも寂しがってるだろうし」
「ま、待ちなさいよ。 さちに迷惑かかるよ?」
「まあ、さちは絵を描くのに忙しいだろうから、その邪魔はしたくないな・・・」
「そうだよ。

森田賢一はうるさいから、さちと一緒にいちゃダメだよ」

「・・・じゃあ、なっちゃんの部屋に厄介になろうかな」



断られるだろうがな。



「家にいればいいのよ」
「退屈なんだよねー。 会話もないし。

京子さんは昔を語ってくれないし。
どういうわけか義務を解消しようとしないし、灯花はわがままだし」



「愚痴ばっかりね」



「とにかく、私の担当なんだから、私の家に住んでればいいんだよ」
「・・・最初は、おれがここに住むことに反対してたくせに、どういった心境の変化だ?」
「べ、別に・・・なんでもないよ。
ただちょっと、野宿させるのもかわいそうかなって思っただけ」



おれは首を傾げてみる。



「やっぱり、おれのこと好きなのか?」
「ば、馬鹿じゃないのっ!?」
「違うのか?」
「なんでそういう解釈になるのか聞きたい!」
「さあ・・・?」
「出てけ! やっぱり出てけ! 屋根のない生活で苦しめ!」
「・・・ふう、退屈だなあ。
灯花をいじめるくらいしか、面白いことがないなんて・・・」



「その辺にしときなさいね」



「うん・・・?」



京子さんが、兄弟喧嘩を見守る母に見えた。


笑っていたからだ。



「京子さん、いまのいい笑顔ですね」
「え? なんのことかしら?」



直後に、冷たい表情。



「・・・あらら」



おれの目の錯覚だったか。



「・・・森田賢一、まだ話は終わってないよ!」



しつこいなぁ・・・。


退屈な朝の空気に、本格的な真夏の熱気が混じってきた。



・・・。