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車輪の国、向日葵の少女【24】


・・・。

 

朝食の時間になっても灯花は部屋から出てこない。



「いただきます・・・」
「・・・・・・」



居間には、京子さんと二人きり。


もともと素っ気無い食卓でも、一人減るだけでさらに寂しいものだ。



「京子さん、灯花を呼んで来てもいいですか?
ご飯くらい、一緒に食べましょうよ。
昨日は、ちょっと気が動転してたんですよね?」
「森田さん、静かにして」
「さんづけはやめてくださいよ。

おれ、調子に乗っちゃいますよ?」
「・・・・・・」



京子さんの表情は依然として暗い。



「おや?今日は珍しく、パンですか」



それも、中にチョコレートがつまってる菓子パンだった。



「いやぁ・・・甘い物食べるのも久しぶりですよー。
これ、灯花の部屋に持っていっていいですよね?
京子さんも、優しいじゃないですか。

灯花も喜びますよー」
「好きにしなさい。

ただ、灯花の勉強の邪魔だけはしないでちょうだいね」



許可をもらったおれは、菓子パンをつまんで灯花の部屋へ。

 


・・・。



「入るぞ・・・」



声をかけると、灯花は椅子から立ち上がった。

 


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「あ、森田賢一・・・」
「おいおい、おれのことはもうフルネームで呼ばないんじゃなかったのか?」
「・・・そう、だったね」



・・・元気ねえな。



「おい、喜べ! なんと今朝はチョコ入りパンだぞ!」
「・・・・・・」



一瞬、目が輝いた。



「机の上に、置いといて・・・あとで食べるから」



すぐに意気消沈。



「一緒に食べようぜ」



居間に誘う。



「いい・・・」
「なんで?」
「お母さん、怖いし・・・」
「でもほら、お前のためにチョコパンを用意してくれるあたり、仲直りしたいんじゃないのか?」
「そ、そうかな・・・?」
「昨日は、どうかしてたんだよ」
「そ、そうだよね・・・私も悪かったんだし・・・」



「いつまでおしゃべりしてるの?」



背後から、不機嫌そうな声。



「あ・・・どうも・・・」
「森田くん、灯花の勉強の邪魔をしないでって、言ったでしょう?」
「いえ・・・実は、灯花に重要な用件がありましてね」
「なにかしら?」
「あなたの研修にかかわることです」
「そう。 手短にね。

私はちょっと出かけてくるから」
「・・・はい」



京子さんは足音を大きく立てて、部屋を出ていった。


・・・。



「重要な用件ってなに?」
「ああ・・・研修のことだよ」
「そういえば、一昨日の晩に、一筆書いて欲しいとか言ってたよね?」
「うん。 そうすれば、京子さんは研修に行かずに済む」
「どんな研修なの? なんの目的で実施されるの?」
「知りたいか?」
「うん・・・行かずに済んだ方がいいんでしょう?」
「えっとな・・・。
お前の義務って、別にお前が悪いことをしたわけじゃないだろう?」



灯花は深く頷いた。



「京子さんの一存で、お前は義務を負う被更生人ってことになってるけれど、それって、灯花の立場からしてみりゃすごい理不尽じゃねえか?」
「うん・・・お母さんが、どうして私をこんな目に合わせてるのか、未だにわからない・・・」
「だから国が、親権者に対して、子供に義務を押し付ける資格があるのかと問うのさ」
「資格?」
「そう、資格だよ。

『大人になれない義務』は、言い換えるなら、『親が子供を自由にできる特権』なんだ」
「・・・なんとなくわかってきたような気がする・・・」
「まあ深く考えるなよ。
どっちにしたって、京子さんはこのままだと、明後日には都会へ旅立つんだ」
「どんな研修内容なの?」
「それはおれも知らん」
「料理したり、子供をあやしたりするのかな?」
「そんなファニーな内容じゃないらしいぜ。
噂だと、どれだけ国家に役立つ子供を育成できるのか、っていうのが研修のスローガンらしい」
「な、なんか、怖いね・・・」



思考矯正は、絶対にあるな。



「でも、私がなにか書けば、免除されるんでしょう?」
「認知証明書な。

だから、これからとっつぁんのところへ行くぞ」
「う、うん・・・」
「どうした?」



わかってて聞く。



「お母さんが、私の親として申し分ないってことを、その書類に書くんだよね?」



迷ってるんだ。


最近、親子の関係がぎくしゃくしてるから、気持ちはわからなくもない。


おれも、京子さんが灯花に義務を負わせている理由がわからない。


正直なところ、京子さんを擁護するつもりは・・・。

 

・・・どうだろう?

 

・・・。


 

まあ、おれの気持ちは置いといて、灯花には事実だけを伝えるとしよう。



「研修は、ひどく過酷なものだと聞いているよ。
最悪の場合、死人が出るって。 噂だけどな。
でも、そういうのをよく踏まえたうえで、書類にサインしような」
「えっと、賢一は、どう思う?」
「おれに聞くなよ」
「ああ、ごめん・・・よくわからなくて・・・。

こういうの、決めるのって苦手だから・・・」



なら、ちょっと手を貸してやるか。



「京子さんが、つらい目にあうのは嫌か?」
「・・・もちろん、お母さんをそんな危険な目に合わせたくないよ」



ふむ・・・もうちょっと煽ってみるか。



「ていうか、京子さんは、はっきり言って異常だぞ」
「異常・・・?」
「特に最近は、言動がおかしい。
お前に優しいかと思ったら急に叱りつけて、あまつさえ、謝ってるお前に手を上げたじゃねえか?」
「うぅ・・・」



・・・微妙だな、もう少し突っ込んでみるか。



「京子さんは、世間の常識から考えて、まともな親とはいいがたいな」
「・・・・・・」



もう、一押し。



「おれだったら、あんな神経質で弱い女を母親とは認めないね」



その瞬間だった。


 

「うるさいっ!!!」

 

 

「な、にっ・・・!?」



気圧されて、一歩退いているおれがいた。



「あ・・・」
「・・・・・・」
「ご、ごめん・・・。

怒鳴るつもりなんてなかったのに・・・。
た、ただ・・・賢一がお母さんの悪口言うの聞いてると・・・つい・・・あ、いや、それも、私のことを心配してくれてるんだよね・・・ごめん・・・」
「・・・いや、それがお前の本音だよ」



びびったぜ、マジで。



「・・・じゃあ、行こうか」



やっぱり、優しいヤツだな。


手を上げられたってのに・・・。


不当に義務を課せられ、自由を奪われてるってのに。



「・・・うん。

やっぱり、お母さんは、お母さんだし・・・」



自分に言い聞かせている。



「いいんだな?」
「うん・・・」



力ない返事だったが、おそらく大丈夫だろう。



「・・・って、灯花は、京子さんの許可なくこの部屋から出られないんだったな」



京子さんは出かけちまったし。



「まあいい。あとにしよう」



とっつぁんは、明日まで待ってくれているはずだ。



「それじゃ、勉強がんばれよ・・・」
「あ・・・」
「ん?」



すがるような瞳がそこにあった。



「な、なんでもない・・・」



きっと、誰でもいいからそばにいて欲しいのだろう。



「ああ、お前が勉強しているかどうかチェックするかな。
京子さんのために。 お前の大学合格のために。

おれ自身の試験合格のために」



鼻息荒く近づいた。



「へ、変態・・・」



と言いつつ、机に向かう灯花だった。


その後は、もやもやとした落ち着かない時間が過ぎていった。

 

 

 ・・・・・・。


 

・・・。




時刻は昼過ぎだろうか、不意に玄関で物音がした。



「京子さん、帰って来たっぽいな」


・・・。




「お帰りなさい」

 

 

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「やあ、こんにちは」
「お前か!」



「・・・・・・」



灯花は磯野を一瞥すると、うんざりしたように口を開いた。



「・・・っ!」



けれど、京子さんの命令を思い出したのだろう。


京子さんと、おれと、とっつぁん以外の人間と口を利いてはならない。



「勝手に人の家に上がるな!」
「そんなことより、今日は仲人を紹介するよ」
「仲人だぁ?
お前、まだ京子さんと結婚する気だったのか?」
「ふふふ、僕は、あきらめない」
「ていうか、お前友達いないんだろ?

誰が仲人なんて引き受けてくれるっていうんだよ」
「くくく、僕の人脈を甘く見る愚か者め。
その道二十年のブライダリストを用意させてもらったぞ。 さっ、入ってきてくれ」



ずいっと身を引いた。

 


「?」


「?」

 


誰もいない。


 

「紹介しよう。

仲人の妖精にして無職の平岡さんだ」

 


繰り返すが、誰もいない。


 

「ただし、馬鹿には見えないし、触れない!!!」



「・・・・・・」


「・・・・・・」

 


・・・妖精の、平岡?



「えっと・・・とりあえず、京子さんは不在だ」
「だってよ、どうする平岡さん?」
「・・・・・・」
「はっはっは」
「・・・・・・」
「いやあ、どうしても彼女がいいんだよねえ・・・」



楽しそうに会話している。



「え、えっと・・・」
「ああ、ごめん。

平岡さんは、スピーチが大の苦手なんだってさ」



平岡ダメじゃねえか。



「あのよお、盛り上がってるとこ悪いんだが、ちょっと空気読んでくれよ」
「はあ?」
「いま、この家には、お前の悪ふざけにかまっていられるほどの余裕がない」
「ふーん、だから委員長もだんまりなんだ」
「そう。 お前としゃべることを禁止されている」
「ということは、いまならどれだけ罵詈雑言を浴びせても反論されないということか?」



「・・・くっ!」



「―――『私の前でふざけないでって言ってるでしょ!?』」

「・・・ぬっ!」
「しゃべれないなんて、大変だねえ」



「用がないなら帰れよ」
「というか、コミュニケーションが取れるのが世界で森田くんだけだなんて、ちょっと童話みたいだね。 森田くん、まるで王子様じゃないか?」
「うるせえな。 帰れって」
「だって、委員長と結婚できるのは、もはや君しかいなさそうだよ? ねえ、前田さん?」
「平岡はどこ行ったんだよ! いいから帰れ!」
「ったく・・・。

せっかく、暗い家庭に笑顔を届けにきたっていうのに・・・。 破局しろ!」



中指を立てて去っていった。



・・・。



「・・・ふぅ・・・」
「あいつも、昔はああじゃなかったのに・・・」
「昔?」
「ああ、いや・・・。

あそこまで狂っていなかったんだろうなぁって・・・」



うっかり口が滑った。



「なにしに来たんだろうね?」
「・・・さあ」



・・・そういえば、あいつ、協力してくれるとか言っていたな。


妙なことしてるんじゃなかろうな。


いや、絶対なにかやらかしてるだろう。



「・・・結婚ね」
「なんだ? おれを見るなよ」
「ば、馬鹿じゃないの!? なんで森田賢一なんかと!」
「だから、どうしてそこでフルネームで呼ぶんだよ?」
「け、賢一の馬鹿!」
「お、おう・・・」



改めて名前で呼ばれると、ドキッと来るな。


おれが恋愛のど素人だって、ばれないようにしなきゃ。



「なんか腹立ったから、シャワー浴びてくる」
「いや、だから、部屋から出るには京子さんの許可がいるっての」
「そ、そうだった・・・」



一気に現実に引き戻されたようだ。

 


「はぁ・・・こんな毎日が続くのか・・・」

 

 


・・・。




ちょうどトイレに行っていたときに、京子さんが帰ってきた。



「ただいま・・・」
「ああ、京子さん、お帰りなさい」
「留守中、誰か来なかった?」
「磯野が来ましたね」
「磯野くん一人?」
「え? ええ・・・」
「そう、なんだか複数の来客があったような気がするのだけれど?」

まさか、馬鹿には見えないという妖精か・・・?

「気のせいでしょう」

『ぶっ殺すぞ』の件とか、灯花の監督が始まってからホラーが続くなあ。

「灯花は? 真面目に勉強している様子?」
「はい。ずっと後ろで見てましたから」
「呼んできてくれるかしら? 今日の成果をチェックするわ」
「はい・・・」

 


・・・
灯花を連れてきた。

「さあ、ノートを見せて」

言われるがままに、さっきまで漢字の書き取りをしていたノートを手渡す。

「いや、灯花もがんばってましたよ」

京子さんは、ぱらぱらとページをめくる。

「これだけ?」
「え?」
「朝からやって、これだけしかやっていないのかと聞いているのよ」
「京子さん、そんな怖い顔しなくても・・・」
「磯野くんが来たと言ったわね? まさか、遊んでいたんじゃないでしょうね?」
「いや、それはないです。義務違反ですから。おれが保証します」
「どうだか・・・。
あなたたち二人で、口裏を合わせている可能性もあるわね」

ちょいとカチンときた。

「疑うんですか?」
「お母さん、私、磯野としゃべってないよ」
「どっちにしろ、もっと勉強しなきゃダメよ。
ただでさえあなたは、忘れっぽいんだから」
「ご、ごめんなさい・・・」
「そうやってすぐ謝るから、思考が止まるのよ」
「京子さん、その辺にしておきましょう」
「いいえ、この子はね。考えがたりないのよ。
だから、衝動的に家出なんかしたんだわ。まったく、浅はかというかなんというか・・・」

 

見ていられないな。

 

「いい加減にしろ」
「・・・っ!?」

「・・・と、妖精が言ってました」

 

コレいいな・・・なんかシリアスなこと言って気まずくなりそうになったら全部妖精のせいにしよう、そうしよう。

 

「ところで、京子さん・・・。
灯花を連れて外出しようと思うのですが?」
「ダメに決まっているでしょう?」
「あ、いえ・・・例の研修の件で、法月先生のところまで・・・」
「あらそう・・・」

京子さんは、事情を理解したのか、少しだけ安心したような顔になった。

「でも、明日にしなさい」
「まあ、そろそろ日も暮れますしね」

ふと、灯花が京子さんの前に歩み出た。

「お母さん、私、お腹すいたよ・・・」
「お昼食べてないの?」
「うん・・・一緒に食べてもいい?」
「・・・っ」

ん・・・!?

「どうしました? 目まい?」
「・・・だ、ダメよ、灯花」
「えっ?」

よろめいていた京子さんが、すっと背筋を伸ばした。

「勉強もろくにしてなかったみたいだし、今日は夕飯抜きね」
「ちょ、ちょっと・・・そんな古典的な折檻はやめましょうや」
「お、お母さん、ちょっと最近変だよ?」
「ぶつわよ」
「ひっ・・・!?」
「法月先生に教わったのよ。一時的なものとはいえ、暴力ほど効率のいい指導はないって」

外出して、とっつぁんと会っていたのか。

「私はいままで甘かったのよ。母親としても、教師としてもね」

とっつぁんに、説教くらったみたいだな。

「ですから、今後は厳しく教育させてもらうわ。
森田くんも、灯花が義務に違反したら遠慮なく罰を与えてくださいね」
「・・・はあ」

軽く洗脳されちまったみたいだな。

「うぅ・・・」

いまにも泣き出しそうな灯花。

「部屋に、戻ろう」

 

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

「・・・腹減ったなぁ」
「・・・うん」
「元気出せよ」
「・・・だって・・・ご飯も一緒に食べてくれないなんて。
お母さん、どうしちゃったんだろ?」
「なんかスイッチが入っちまったんだろうな」

 

それも、悪いスイッチが。

「私、そんなに馬鹿かなぁ・・・」
「馬鹿だよ」
「・・・・・・。
・・・と、妖精が言って・・・」

・・・まずいな、冗談が言える状況じゃないぞ。

「確かに、テストの点数は悪いし、うっかりお風呂で寝そうになったり、無計画に家出したりしたけど・・・。
・・・浅はかって・・・は、ハハ・・・」
「灯花・・・」
「・・・私、お母さんに嫌われてるのかな?
お父さんに会いに行こうとしたのが、そんなに悪いことなのかな?
これから、ずっとこんな毎日が続いちゃうのかな?
どうしたら、いいのかな?」
「・・・そんないっぺんにいろいろ聞かれても、おれにはわからないよ」
「私、馬鹿だからわからないよ・・・」
「もう、寝たらどうだ?」
「うん・・・」

手をもじもじとこすり合わせている。

「なにか話したいことでもあるのか?」
「あのね、賢一・・・」
「おう・・・」
「火傷のことは、知ってるよね?」

 

すっと、左手を掲げて見せた。

 

「まあ、な」

 

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・・・
「私の誕生日にね。お母さんが、珍しく料理をしてくれたの。
なにを作ってたのか忘れちゃったけどね。
ただ、お母さんがなにか失敗しちゃったみたいで、キッチンに火がついて火事になるところだったの。
そのときの私、オロオロしてるだけだったの」
「小さいころなら仕方がないよ」
「慌てて火を消そうとするお母さんの脇で邪魔くさく突っ立って、オロオロしてたのよ。
どうしたらいい? どうしたらいいって?

ときにはお母さんの袖を引っ張ってたの・・・」
「・・・・・・」
「私、そのときからなにも変わってないみたい。

自分じゃ何もきめられないし、考えない・・・。
さいころからずっと、お母さんに言われるがままに育ってきたから・・・。
なんで自分が義務を負っているのかとか、どうしてお母さんは義務を解消してくれないのかとか、真剣に悩んだことなかった・・・。
それって、いままでが、別に不自由じゃなかったからだと思うんだよね。
でも、いまはなんだか息苦しい」
「そうか・・・」

悪い意味で、被更生人らしくなってきたな。

「・・・お母さん、本当にどうしちゃったんだろうね?」
「さあなあ・・・」

とっつぁんに頼んでおいた、灯花の戸籍があれば、なにかがわかるかもしれないが・・・。

「もしも・・・研修に行ったら、どうなっちゃうんだろうね?
あ、なんかごめん。質問ばっかりして・・・。
もっと、自分で考えなきゃダメだよね」
「・・・もう、寝ろよ。明日は朝から学園に行くぞ」
「うん、おやすみ・・・」

 


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 


・・・
「京子さん、ちょっといいですかね?」
「灯花と長話してたみたいね?」
「どうしてそんなに突っ張ってるんですか?」
「昔は突っ張ってたんだから、しょうがないでしょう?」
「冗談を言う余裕があるなら、まだいいです。
ただ、少し、厳しすぎやしませんかね?」
「初日からなにを言っているのかしら?
本当に厳しくしていくのは、これからよ」
「急に命令を増やすと、灯花も苦しいでしょう」
「それがあの子のためですから」
「・・・そうですかね?」
「あの子はね、自分では将来の目標を持てない子なの。
だから、私が道を示してあげるのよ」
「それは、あなたが勝手に決めつけているだけでしょう?
実際、あいつは料理に興味があるようですよ?

「料理? コックにでもなりたいのかしら?」

鼻で笑った。

職業差別の雰囲気がにじみ出ている。

ただの高慢な女が、そこにいる。

「私は、灯花に嫌われてもいいのよ。むしろ、嫌われるのが役目なのよ」
「・・・指導者に、よく聞くセリフですね」

しかし、京子さんには無理なセリフだ。

「バッグは、いつも持ち歩いているんでしょう?」

灯花からの贈り物が入ったバッグ。

「なによ、急に」
「昨日、寝てないんでしょう?」

 

灯花を、ぶってしまったショックで。

 

「ど、どうして?」

 

やっぱりか。

 

「無理はしないでくださいって、言ったはずですよ」

あなたは、弱いんだから。

「寝ます」

ごろりと、床に寝そべって京子さんに背を向けた。

「くっ・・・勝手にしなさい・・・」


電気を消したようだ。

 

「研修に行く準備だけは、しておいてくださいね」

 

おれの一声に、自室へ向かう京子さんの足がぴたりと止まった。

 

「おやすみなさい・・・」

 

まだ、どうなるかわからない。
全ては、明日の灯花の決断にかかっている。

 

「もし、京子さんが研修に行って、この家庭が崩壊したらどうするかな?
どうしたらいい・・・か。
おれも、どうしたらいいんだ?。
なあ、あんた。教えてくれよ」

 

 

 

 


・・・
「お母さん、学園に行ってくるね・・・」
「早く帰ってくるのよ。勉強しなきゃいけないんだから」
「う、うん・・・」

朝一から、ぎくしゃくしている親子だった。

「ねえ、お母さん・・・」
「なにかしら?」
「研修、行きたくないよね?」
「・・・・・・」

表情がこわばる。

「そうだよね・・・なんか怖そうな研修だもんね」
「あなたの、好きにしなさい」
「いや、心配しないで」

笑顔を見せた。

いま気づいたが、灯花の真っ直ぐな笑顔には、目を奪われるような素晴らしさがある。

「賢一、なにぼーっとしてるの?」
「あ、いや・・・」

うつむいて頭をかく。
まさか、見惚れていたとは、恥ずかしくて言えない。

 

 

 


・・・
・・・・・・
「サインするって決めたんだな?」
「うん・・・」

返事は、まだ、弱々しい。
京子さんは、確かにちょっと異常だ。
父親のことを決して語ろうとしない。
義務を解消しようとしない。
朝から晩まで勉強しろといい、それが娘のためだと思い込んでいる。
欠点を上げていけばきりがなさそうだ。

でも、灯花にとっては大事な母親だ。

命を落とすかもしれないような研修には、参加させられないのだろう。

「・・・しかし、暑いなあ」

 

夏真っ盛り。
陽炎の立ち昇る道を、おれたちは並んで歩いた。

 

 

 

 

・・・

・・・・・・
工事中の学園に入った。

「いったい、なんの工事なんだろうね」
「地下のほうに、資材を運んでいたな・・・」
「学園に地下室でも作るのかな?」
「さあ・・・」

 

 

 


・・・
「ああ、なんか緊張してきた」
「とっつぁんか?」
「あの人、すごい怖いから・・・」
「慣れてくれば平気だよ」
「あんなのに慣れるなんて、すごいね・・・」
「灯花だって、義務を負っている毎日に慣れていたじゃないか」
「それはそうだけど・・・あの人、容赦なく暴力振るうでしょう?」
「慣れると快感に変わるよ」
「・・・どうしてそういう変態なことを言うかな」
「黙っていればかっこいいのに・・・ってか?」
「馬鹿じゃないの!?」

 

 

 

・・・
「入れ」
「失礼します」

とっつぁんは、窓の外を見ていたようだ。
おれたちに背を向けたまま、肩越しにいつもの強烈な視線をぶつけてくる。

「認知証明書の記載、提出しに来ました」

すると、法月はこちらに向き直った。

 

 

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「大音灯花」
「は、はい・・・?」
「こちらへ来い」

デスクの革張りの椅子に腰掛けた。

ずるり、ずるりと、足を引きずらせながら。

「な、なんですか?」
「リラックスしていいぞ」
「・・・・・・」

ここでソファにどかっと座って、足をがーっと伸ばしてタバコをくわえれたら、ある意味すごいぞ。

「大音、お前がいまから記述しようとしている書類の意味は、森田から説明を受けているな?」
「はい・・・お母さんが、研修に行かずに済むと」
「ということは、お前は大音京子の親権者としての能力を認めているのだな?」
「は、はい・・・」
「嘘をつくな。
お前はただ、自分の母親を過酷な状況に追いやりたくないだけだ」
「い、いや・・・はい・・・そうです。
能力とか、難しいことはよくわからないんですが、私をいままで育ててくれたお母さんだから・・・」
「母親だから、なんだというのだ?
お前の自由を勝手に奪い、犯罪者に仕立て上げたのだぞ?
本来なら、反感を抱くべき相手だ」
「で、でも・・・いままで、そんなに不自由を感じたことはなかったので・・・」
「そうか」

ふっと、気配が変わるような不気味な笑顔を浮かべた。

「気を楽にしろ。私はお前の意志を尊重するつもりだ」
「・・・・・・」

法月の目は、決して笑わない。

「実は、お前が好意を抱いている森田賢一が、お前たち家族の監督に手を焼いているようなのだ」
「こ、好意って・・・!?」

緊張しきっていた灯花の顔に赤みが差す。

「フ・・・冗談だよ、大音。しかし、森田も大変な奥手ゆえ、少しは気にしてやってくれ。
こいつは、青春の全てを特別高等人の試験に費やしてきたのだ」
「は、はあ・・・」

不気味すぎるぜ、とっつぁん。

「父親に会いたくて、家出したそうだな?」

州境の検問官から方向が上がっているのだろう。

「え、えっと・・・すみません・・・」

怒られると思って萎縮する灯花。

「怯えることはない。私も父子家庭でな。母親に会いたくて、家出をしたこともあるのだよ」

 

絶対に、嘘。
法月将臣という男は、決して自分の過去を晒さない。
ただ、圧倒的な現実だけを見せつけてくる。
それはまるで、ホラー映画の怪物のような存在であり、周囲の人間の感情移入を誘わない。

「大音の気持ちは、よくわかる」

優しく、耳に撫で付けるような言い回しに、おれは法月が灯花を操ろうとしていると、確信した。
共感を得るようなことを言って、自分は味方だと思い込ませようとしている。

「ところで、父親はどんな人間だったのだ?」
「ど、どんなって・・・?」
「優しかったか? 職業は? どんな話題を好んだ? 大音に何か買い与えてくれたか?」
「えっと・・・ケーキを、ケーキを焼いてて、いっつも笑いながら・・・優しくて・・・えっと、私がどんな失敗しても怒ることなくて・・・」
「ほう・・・幸せそうだな」
「は、はい・・・」
「会いたいだろう?」
「はい・・・また、ケーキ食べたいんです」
「ケーキの作り方を教えてもらうといい。興味あるのだろう?」
「それ、いいですね。楽しそう・・・」

灯花の眼差しが、徐々に、明るくなっていく。

「私って、将来の目標とか夢とか、正直ないんです。
本当に、嫌になっちゃうくらい何も考えていなくて。
さちみたいに、絵が上手なわけでも、日向さんみたいに勉強ができるわけでもないし・・・」
「他人と比較することはない。大音は大音。三ツ廣は三ツ廣だ。
それぞれ、別の身体で、別の考えを持って生きているのだから」
「で、でも、私、料理は、けっこう好きなんです。
まだ、趣味の範囲だと思うんですけど、将来はパティシエとかそういうのになれたらいいなあって・・・あ、子供っぽいですかね?」
「素晴らしいことだ」
「あ、どうも・・・えへ・・・」

灯花は、京子さんからあまり褒められたことがないようだ。

「パティシエになりたいと、京子氏と相談しないのか?」
「いや、お母さんは、とにかく勉強して特別高等人になれって・・・」
「京子氏は、優秀な教員だ。それもお前のためを思ってのことだろう」
「優秀?」
「学園生からの評判はいいし、指導実績も十分だ」
「で、でも・・・」

灯花が不満を抑えるように下唇を噛んだ仕草を、おれと、そしておそらく法月も見逃さなかった。

人間は、自分の身近な人を褒められると、つい、愚痴を吐く。

「ただ、自分が高学歴なものだから、娘にもそれを求めてしまうのだろう。
勉強すれば、立派な人間になれると考えている節はないか?」
「あ、あります・・・だって、私が立派な人間になったら、義務を解消してくれると言ってましたから・・・」
「なるほど・・・」
「それに、お母さん、お父さんから電話がかかってきて以来、ちょっと変なんです。
前にもまして、勉強しろ勉強しろって・・・部屋から出られないし、友達にも会えないし・・・」

いまさら気づいたが、最近の灯花は、いつも歯切れが悪い。
誰かに断定して欲しい・・・そんな他人への依存がうかがえる。

「友達にも会わせないというのは、健全な指導とは言い難いな」
「・・・・・・」
「しかし、繰り返すが、京子氏には優秀な指導実績がある。
命令が厳しくなったのがつい最近のことであれば、もう少し様子を見てもいいかもしれんな」
「・・・そう、ですか・・・」

灯花は、明らかに腹に不満を溜めている。
法月はそれを知って、じらしているのだ。

「先生、そろそろ手続きをしていただけませんか?」
「あ・・・」

一瞬、灯花がおれに非難の視線を送ったように見えた。
灯花としては、もう少し考えたくなったのだろうが、おれは、どうにもとっつぁんのやり口が気に入らない。

「では、この必要項目に記入を」

そう言って、三枚つづりの書類を灯花の目の前に掲げてみせる。

「・・・これ、全部書くんですか?」

灯花が驚くほど、記入しなければならない欄は多かった。
主に、京子さんの家庭教育の内容を問うものである。

しつけ、接し方、食事、交友関係、テレビの見せ方、おもちゃ、テレビゲームの与え方、学習面、病院関係・・・。

しかも、ほとんどが論述形式である。

「母親の教育に満足しているという内容で、各欄を埋めていくのだ」
「・・・・・・」

ため息が漏れた。

「虚偽の記載は、罰せられる。慎重にな」

灯花は喉を鳴らし、食い入るような目つきで書類を受け取った。

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


朝一で家を出てきたというのに、すでに時刻は昼を回っていた。
灯花は未だにペンを持つ手を動かしている。

「あ・・・間違えちゃった」

おどおどと、おれの顔をうかがってくる。

「二重線を引いて、訂正の捺印を」
「ごめん、私こういうの慣れてなくて」
「気にすんな・・・」
「これ、今日中に書かなきゃいけないんだよね?」
「今日中に書けなければ、明日には、京子氏を迎えに人が来る」
「町の外に行くんですか?」
「詳しい場所は言えない」
「ど、どういったことをやるんですか?」

法月は灯花の質問に首を振って答えた。

「おそらく、京子氏に対する研修は今回が最初で最後だ」
「え?」
「よく考えることだな」
「・・・・・・」
「け、賢一、どういうこと・・・?」
「今回を逃したら、京子さんは研修に行かないってことだよ」

そのまんまの意味。

「え、えっと・・・?」

しかし、灯花は混乱しているようだった。

「研修には、親を教育する目的もある。
だから、もしかしたら、研修から帰ってきた京子さんが、いまよりもっと優しくなるかもしれない」

もちろんその逆もある。

「母親の成長の機会を、みすみす逃すのかと、聞いているのだ」
「・・・・・・」

灯花はゆっくりとペンを置いた。

「灯花?」
「・・・け、研修に行った方がいいかもしれないってことだよね?

返答のしようがない。

「いや、でも・・・すごい過酷なんだよね? 死人が出るほどだって・・・」
「そう。だから、今回さえやり過ごせば、京子さんをつらい目に合わせなくて済むぞ」
「そ、そっか・・・うん・・・」
「私は研修のインストラクターをしていたことがあるが、死人が出るなどと、根も葉もない噂にすぎん」
「あ、じゃあ、危ないことなんてないんですか・・・?」

すがるような眼差し。
いまの灯花は、恩赦祭のときの恐怖なんて忘れちまっているんだろうな。

「京子氏は優秀だ。心配はなかろう」

危なくないとは言わない。

「じゃ、じゃあ・・・」
「じゃあ?」
「・・・・・・」

おれの顔を見て、すぐさま視線を逸らした。

うしろめたいのだろう。

「・・・あ、いや・・・やっぱり・・・」

もう一度ペンを握りなおす。

「・・・・・・」

その後、日が暮れるまで灯花は迷い続けた。

 

 

・・・。

 

・・・・・・。

 

とっつぁんの部屋に来て、どれくらいの時間が過ぎただろうか。
緊張状態が続くと、さすがに疲れる。


「うぅ・・・」

灯花もい、まばたきが多くなり、ときおり親指をかんでいた。

「灯花、そろそろ時間だ」

書類を見てみる。
大きな記入欄に対してあまりにも余白が多かった。
灯花の論理思考の弱さがうかがえたが、ひととおり、解答は済んでいるようだった。

「・・・じゃ、じゃあ・・・これで・・・」
「確認しよう」

法月は書類にざっと目を通す。

「も、もっと上手に、たくさん書かなきゃダメでしたか?」
「分量や文章の良し悪しは問題ではない。
お前よりももっと幼い子供に記述を迫ることもあるのだから」
「それじゃあ、もういいですか?」
「質問がある」
「は、はい?」
「よく、考えるのだ。お前の人生に関わることだぞ」

灯花は焦燥した顔で頷いた。

「この一文・・・私はお母さんから、友達と会うことも、自由に部屋から出ることも禁じられています。
けれど、満足しています・・・。
次・・・私は、うっかりしていて、頭が悪いので、お母さんに迷惑をかけています。
だから、お母さんの言うとおりにするのです・・・。
最後・・・料理が好きで、将来はそういう方向に進みたいのですが、台所に近づくことを許されていません。

でも、それもお母さんになにか考えがあってのことだと思います。
だから満足です」
「・・・・・・」
「森田、この文面をどう思う?」
「・・・説得力に欠けるかと」
「そう。説得力がない。百人が百人読んで、母親に満足していないと考えるだろうな」
「若干の補足は必要でしょう」
「では、聞こう。なぜ、満足なのだ?」
「あ、それは・・・えっと・・・」
「朝から晩まで勉強させられて、友達に会えず、食べたいものも食べられず、娯楽も禁止され、将来の夢もかなえられそうにない。
そんな境遇に、なぜ満足できるのだ?」
「いや、でも、それでも・・・お母さんだから・・・」
「理屈ではないと?」

「あぁ・・・もう、わかんないよぉ・・・」

灯花の精神的疲労は、すでに限界まで達しているようだった。

「なんていうか、お母さんがつらい目にあうのは嫌なんです。
でも、ずっとこんな毎日が続くのも嫌なんです。
どうすれば、全部上手くいくのかな・・・?」
「では、こう考えてみてはどうだ?
確かに、研修にはやや過酷なカリキュラムがある。
お前の言うように、京子氏はつらい目にあうだろう。
しかし、大音よ、お前も毎日つらい目にあっているではないか?」
「そ、そういう・・・仕返しみたいなことはできないです」
「違う。
お互い苦しんだ先に、真の愛情が芽生えると言っているのだ」
「え?」
「いままでお前たち親子は、義務を負った子供のいる家庭とはいえ、特に不自由のない暮らしを送ってきた。
そこに、きっかけが訪れている。
今回の研修こそが、親子がもっと向き合い、理解を深めるチャンスなのだ」
「チャンス? 研修が?」
「研修を終えた親たちは、皆、すがすがしい顔をするぞ。
ある母親は、別れた夫と再婚し・・・。
ある父親は、虐待していた子供を深く抱きしめた。
己の過ちを悔い改め、義務を解消する者もいるほどだ」
「義務が、なくなる・・・?」

自分の胸のバッジに視線を注ぐ。

「・・・父親に、会いに行けるぞ」
「・・・お、お父さんに・・・」
「家族三人で、また、ケーキを食べられるのではないか?」
「・・・あぁ」

 

「・・・灯花?」

 

ぼんやりとしている。

「大音、お前は自分が頭が悪く、考えが足りないと思い込んでいるようだが、いま、そうやって母親のために悩んでいるではないか?
お前は十分に考えている」
「そ、そうですか・・・?」
「あとは、決断するだけだ。
私と森田はなにも強要しない。お前の意思に全てをゆだねるとしよう」

「・・・・・・」

「ほ、本当に、研修に行けば、お母さん、変わるんですか?」
「京子氏は優秀だ。きっと上手くいくだろう」
「・・・・・・」

 

決まったな・・・。

 

「母親を研修に生かせることで、より円満な家庭を築くのか、それとも多少の危険を恐れるあまり、一生現状を維持し続けるのか・・・」
「うぅ・・・」
「さあ、決断のときだ」
「わ、私は・・・」
「私は?」
「私は・・・お母さんが・・・」
「お母さんが?」
「お母さんが・・・」
「研修に行くことを・・・」

 

「っ!」

 

「研修に行くことを、止めません!」

 


なんて、初歩の誘導。

 

「よろしい。よく言った。素晴らしいぞ」

灯花は大きく息をついた。

「お、お母さんは、研修に行くべきだよ。
だって、最近のお母さん、やっぱりちょっと変だもの」
「・・・灯花、それでいいのか?」
「け、賢一には関係ないことでしょ!?」
「なぜ怒る?」

うしろめたいからだ。
わかってて聞く。

「う、うるさい・・・私は、自分で決めたんだから」
「その通り。長い時間をとらせたな。帰っていいぞ」

いいながら、書類をびりびりと破いた。

「・・・・・・」

それを横目で盗み見る灯花。

「こ、これでいいんだよ・・・」

そうして、罪悪感を振り払うかのように、駆け足で部屋を出て行った。

 

・・・。

 

確かに、京子さんは親権者としての能力に欠ける部分があると思う。
灯花が京子さんの研修参加を止めなかったとしても、それは責められるものではない。

でも、気に入らないことがある。

「たとえ自分がどれほどつらい現状に立たされていても、反感を抱かず、母親が研修に行くのを止める。実に優しい娘だ」

気に入らない男が言った。

「だが、優しくて頭の悪い人間ほど、社会の役に立たないものはない。
あの娘を見れば、親の出来も知れるというものだ」
「法月先生、なんの真似です?」
「親権者が死亡する。自動的に義務が解消される。
そして、森田の試験は次の段階に進む。
以上だが?」
「ぜんぜんうれしくないんですが?」

笑っちまう。

 

「あの弱い娘は壊れるだろうな。自分のせいで、母親が死ぬのだから」
「要するに、おれを怒らせたいんですか?」
「お前がいつまでも現状維持を続けているから、こういう結末になったのだ。
人生は、上がるか下がるか。現状維持などない。
なぜなら、自分が成長しなくても時間だけはすぎていくからだ。
そして、お前はあの親子を管理する立場にあった。
よく覚えておけ・・・管理とは、成長させることだ。
現状を維持することではない」

 

・・・おれが、大音親子を不幸に追い込んだってのか?

 

「くやしいか? だが、もうどうにもならん。
すでに書類の提出時刻は過ぎている。大音京子は明朝、連行される」
「・・・どうにも、ならない・・・?」

「出て行け」

まるで、おれを能無しと言わんばかりの口調。

「・・・・・・」

部屋を後にする。

 

・・・・・・。

・・・。


てっきり帰っていたかと思ったが、灯花は廊下にいた。

呆然と、窓の外を見ている。

「灯花、すぐに部屋に戻って書類を書き直すんだ!」
「・・・なんで?」
「やっぱり、研修は危険なものだからだ」
「き、危険はないって、あの人が言ってたじゃない?」
「あれは・・・おそらくウソだ・・・」
「え?」
「多分な・・・」
「どれくらい危険なの?」
「わからないが・・・」
「わからないの? 珍しいね。いつもなんでも知ってるふうな顔してるくせに」

感情的になってるな。

「お母さんが、ちょっとつらい目にあうのは、仕方がないことなんだよ」
「いいから、いますぐ戻ろう」

腕を引く。

「・・・あ、ちょ、ちょっと!」

 

 


・・・。

・・・・・・。

けれど、法月の部屋に再び入ることはできなかった。
固く閉ざされた扉。
ノックをして、呼びかけても返事がなかった。

「くそっ・・・」
「賢一、もう、いいよ・・・」
「馬鹿、よく考えろ」
「考えたよ! 自分で決めたんだよ!」
「決めたんじゃない、決めさせられたんだ」
「違う!」

あくまで否定する灯花。

「じゃあ、どうして部屋を出て、廊下でおれを待っていたんだ?」
「・・・っ!?」
「おれに相談したかったんだろう? 自分が間違っていなかったかどうか知りたくて、自分は悪くないってことを話しておきたかったんだろう?」
「う、うるさい! そんな・・・私は・・・そんないつまでたっても子供みたいな・・・そんなわけないじゃない!」
「灯花・・・なに言ってるんだ?」
「もういい、一人で帰る」
「おい!」

 

 

 


・・・。

・・・・・・。

日が落ちた。

もう、間に合わない。

京子さんは研修に行ってしまう。

灯花は、京子さんになんと言うのだろうか。

 

 

・・・

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「お帰りなさい。遅かったのね」
「ひっ・・・!?」

灯花は、ばつの悪い表情を浮かべて、一目散に部屋に駆けていった。

「・・・も、森田くん?」
「・・・・・・」

京子さんは、それだけで、事態を把握したようだ。

「・・・私は研修に行くの?」

 

おれは、黙って頷くしかなかった。

 

 

・・・