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ゲームまるごと文字起こし

車輪の国、向日葵の少女【25】

 

・・・
京子さんが、慌しく出発の準備をしている。

「研修は、一週間の日程です」

おれはソファに腰掛けて、研修の説明をする。
寝具など、用意すべきものの指定をして、簡単な健康診断を済ませた。

「ありがとう。それじゃあ、もう寝るわ」
「なんだか、すみません」

 

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「どうして?」
「・・・いえ・・・謝られても、意味がわかりませんよね」

 

京子さんが研修に行かされるのは、おれがもたもたしていたからだ。
もっと強引に、親子の関係を問いただすべきだった。
京子さんは、なぜ義務を解消しないのか。
別れた夫と、どんな過去があったのか。

おれは、のんびりしすぎたのだ。

「灯花・・・」

京子さんは灯花の部屋の前に立った。

「入るわよ。
明日から、ちょっと家を留守にしますからね」
「・・・・・・」
「あとのことは森田くんにお願いしておいたから、しっかり勉強しているのよ」
「お、お母さんだって、たくさん秘密があるじゃない!?」
「・・・なにを言ってるの?」
「私が、どうして研修行きを止めなかったか、気になるんでしょう?」
「・・・・・・」
「私だって、いろいろ考えてるんだから・・・」
「・・・そう。偉いわね」
「これでいいんだよ。私だっていろいろ悩んでるんだから、お母さんも、ちょっとくらいは大変な目にあうべきなんだよ」
「・・・そう。手を上げたりしてごめんなさいね」
「そ、それはもういいよ!」
「おやすみ、灯花」
「お、おやすみ・・・」

おれはソファに腰掛けて、歯車の狂った親子のやりとりを聞いていた。

京子さんには、問題がある。

ここ数日、一緒に過ごしてきて、わかった。
灯花への愛情は確かなものだろうが、どうにも表現しきれていない。
急に冷たくなったり、手を上げたりと、精神的にもやや不安定だ。
灯花が不満を抱くのは、当然のことだろう。
国家の規定に従えば、京子さんは研修に参加すべきなのだ。
たとえ、それで命を落とすことになっても、それは仕方のないことだ。

娘に義務を負わせているのだから。

子供の教育に、国の力を借りているのだから。
そうして、おれの灯花の監督も終わる。
灯花は義務が解消されて、晴れて自由の身だ。
そもそも、いまから研修行きを止めることはできない。

けれど・・・おれは・・・。

それでも、いいのだろうか・・・?

 

・・・。

 

いいわけ、ねえだろ。

 

・・・。

 

よく考えなければならない。

どうすれば、とっつぁんの思惑を外すことができるのか。

おそらく、とっつぁんの言うとおり、研修に連れて行かれたら、京子さんは最後なのだろう。

どうやって、国家の決定を覆すのか。

それが、難しい。

「賢一・・・」
「どうした? 風呂か?」
「うん・・・あのね、ちょっと言っておこうと思って」
「なんだ?」

 

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「えっと・・・。
私、これから、あんたの助けとかいらないから」
「助け?」
「賢一、私のことすぐ馬鹿にしたでしょう? 子ども扱いしてたじゃない?」
「あれは、冗談だ」
「たとえ冗談でも・・・よくよく考えたら、腹が立つんだよ!」
「私は子供じゃない。これからは、お母さんの顔色をうかがわないで、自分で考えていくって決めたの。
誰にも頼らないで、自立してみせるの。
他人から押し付けられるルールなんて、もう、うんざり・・・」
「・・・ルールか」
「思えば、私って、奴隷みたいだったじゃない?」

 

灯花にしては、きつい言葉を使うな。

 

「お母さんに言われるがままに育って、逆らわずに、現状に何の疑問も持たずに生きてきたの。
お父さんに会いたいのに、料理もしたいのに、ずっと我慢してたの」
「わかったよ。
もう、誰かの言いなりになるのは嫌なんだな」
「そうだよ。私、他人のルールには従わない」

灯花って、追い込まれると独善的になるんだな。

「賢一、わかった?」

ただ、自分の中にルールがなければ、快楽の奴隷になるだけなんだがな。

「つまり、京子さんになにかあったときのことを言っているんだよな?」
「・・・・・・」
「だって、いまは義務を負っているもんな?
どうしても他人のルールに従う必要があるぞ」
「・・・・・・」
「京子さん、帰ってこないかもしれないんだぞ?」
「・・・っ。
も、もう、どうしようもないんでしょ? 止めようがないんでしょう?」
「ああ・・・」
「だったら、しょうがないじゃない、割り切るしかないよ。
私が、自分で決めたんだから」

自分で決めた・・・その言葉に酔ってやがるな。

「後悔しないか?」
「し、しないよ・・・。
だ、だって、お母さんだって悪いんだから・・・」

思いっきり後悔してるじゃねえか。
お母さんだって・・・って、言い回しは、自分にも罪悪感がある証拠だ。

「お父さんか?」

灯花は首を縦に勢いよく振った。

「お父さん、すっごく優しくていい人なのに、どうしてお母さんは別れちゃったんだろ・・・」
「それは、いま調べてるところだ」
「き、きっと、お母さんに、問題があったのよ・・・」
「灯花、ちょっと顔でも洗ってこいよ」
「お母さんなんか・・・なにも悪くない私を、いままで縛り続けてたお母さんなんか・・・」

その先を言わせるわけにはいかない。

「灯花、そろそろ風呂に入れ」
「っ・・・!
と、とにかく、賢一も、私につべこべ言わないでね!
言ったでしょう? 賢一みたいに、なんでも知ったふうに偉そうなヤツは大嫌いなんだから!」

そう言って、脱衣所に向かった。

「・・・・・・」

さて、どうするかな。

どうやって、親子の溝を修復するのか。

全ては、明日で決まる。

いままでのんびりしていたツケが、一気に回ってきたな。

 

 

 


・・・
早朝。

制服と制帽に身を包んだ男が二人、大音家の門の前にやって来た。

京子さんを連行しに来たんだろう。
旅行カバンを手に掲げた京子さんが言った。

「それじゃあ、戸締まりに気をつけてね」
「州境までは歩きですか?」
「そのようね。へんぴな町だし」
「道中、お気をつけて」
「灯花のこと、よろしくお願いね」

この場に灯花の姿はなかった。

「もし、私が帰ってこなくても、お願いね」
「冗談言わないでくださいよ」

これが、冗談じゃねえんだよな。

「いいえ。本気よ。

私、親族とほとんど縁を切っているようなものだから、頼れる人がいないの」

そのとき、後ろにたたずんでいた男たちが、軽く咳払いをした。

とっとと出発するぞって意味か?

こいつらをぶん殴って、京子さんの研修行きを止めてみようか。

 

・・・そんなことしたら、おれは犯罪者じゃねえか。

 

「行ってきます」

京子さんは、男たちに挟まれるようにして、去っていった。
後ろを振り返ったとき、家の窓に人影を発見した。
灯花の部屋の窓だ。

 

 


・・・
「窓から覗くくらいなら、見送りに来ればよかったのに」
「だって、許可なく部屋から出てはいけないんだもの。
しょうがないでしょう?」

そうだったな。

「京子さん、行ってしまったぞ」
「だから、もう、しょうがないんだって!」
「責めてるわけじゃないよ」
「どうにかなるの? もう、どうにもならないんでしょう?」
「・・・どうにもならなくていいか?」
「・・・え?」
「もう全部おしまいにしていいか?」
「い、いいよ・・・もう・・・なんだか考えすぎて、頭痛いし・・・」
「へえ・・・」
「な、なによその目。やっぱり私のこと責めてるんじゃない?」
「お前がそこまで尖った態度を取るとは思わなかった。
それなら、おれも好きにさせてもらおうかな」
「・・・なにをするつもりよ?」
「なにもしないよ。このままなにもしなければ、お前の監督は終わるんだ」

京子さんが死ぬことによって。

「もういい。出てってよ。一人にして」
「わかった。勉強してるんだぞ」
「また、偉そうに・・・」
「・・・なんか偉そうなこと言ったかな?」
「偉そうな雰囲気が滲み出てるんだよ」
「そうかよ・・・」

いい加減、かまってられんな。
優しくすればつけあがり、突き放せば怯えだしそうだ。

しばらく放っておくとしよう。

 

「もう、入ってこないでね」

 

 


・・・
だれもいないリビング。

おれはさっそく、京子さんの部屋に向かう。
決して入るなと言われていた、京子さんの部屋を捜索する。

 

「あんたも知っての通り、おれはクズだ」

 

よって、ばれなきゃ犯罪じゃないという、クズの理論を行使する。

 

「いいもんでてこいよーっ」

 

祈るような気持ちで、部屋に入った。

 

 


・・・・・・。

 

・・・。

 


一時間ほどで、捜索を終了する。

途中、タンスの中から下着があふれ出てきて苦戦したが、なんとか目ぼしいものを発見することができた。

それは、灯花の義務の解消をするための申請書類だった。

必要事項は全て記載されていて、あとはポストに投函するだけの完成された書類。

つまり、京子さんには灯花の義務を解消する意思があるということだ。
問題は、京子さんがこの書類をいつ提出するつもりなのかということだ。
灯花が立派な人間になり、いい大学を卒業してからだろうか。

 

・・・いや。

いまから、書類を用意しているってのは、いくらなんでも、待ち焦がれすぎだろう。
いつ、これを書いたのだろうか。

申請書類を発行する役所から送られてきた封筒の消印を確認してみる。

 

・・・もう五年も前じゃないか。

ずっと昔に書いて、未だに提出していない。
それは、なぜだ?
よく見てみると、用紙の角が少し黒ずんでいる。
手垢だ。
紙そのものも、汗を吸ったのか、しわでよれている。
京子さんが、書類を作成するのに時間をかけたことがうかがえる。
京子さんは、義務を取り消すべきかどうか迷っているのかもしれない。

「ふぅむ・・・」

それから、もう一つ、部屋の机の引き出しから、妙な封筒を発見している。
差出人の名前が気になったのだ。
開封されていないが、中身を見るのは本格的に犯罪だからやめておいた。

 

大音重蔵。

 

おれの記憶に間違いがなければ、そして同姓同名の人物じゃなければ、彼は、文部科学省政務次官だ。
さらに、その親父は大臣を務めていたはず。

ひょっとしたら、京子さんはとんでもなくいい家柄に生まれ育っているんじゃないか。

 

『大音家から、そんな恥ずかしい子供を出すわけにはいかないわ』

 

京子さんの冷たい瞳が脳裏によみがえる。

「なんとなく、読めてきたな」

京子さんの弱さの理由が。
どうして、義務を解消しないのか、その理由が。

そんなとき、家のチャイムが鳴った。

「・・・はいはい」

おれ宛の速達が届いた。
早速開封する。
中身は、灯花の戸籍謄本の写しだった。

目を通す。

 

「えっ!?」

 

思わず声が出た。

「マジかよ・・・おいおい・・・どういうこった?」

ぶつぶつ・・・。

 

戸籍の筆頭人は、父――大音幸喜・・・これはいい。
だが・・・その配偶者・・・つまり、灯花の母親だが・・・。

 

ピンポーン・・・・・・

 

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「お邪魔します。いやぁ、今日も暑いですねーっ」
「・・・・・・」
「おや? 京子さんは?」
「・・・うるさい、バカ。いまはお前につきあっていられる状況じゃない」
「なに読んでるのかな?」

覗き込んできたので、隠す。
磯野が他人の戸籍を見ることは許されない。

「まさか、京子さんが、委員長の母親じゃないとか?」
「・・・っ」
「え!? うそぉ!? さすがの僕もいまのは冗談だったんだけど?」

・・・大音佐知代。

どこをどう読んでも、灯花の戸籍に京子さんの名前はなかった。

「フン、だが、そんなメロドラマみたいな展開では、僕のようなベテラン童話作家は驚かないぜ」
「ちょっと、マジでうるさい。おれが作家なら、この状況でお前みたいなコント要因を登場させない。それぐらい、邪魔だ」
「いやねー、ストーカーって素晴らしいよね」
「うるせえっての・・・考え事してるんだ」
「昨日も一昨日も、この家のゴミを漁っていたらさ・・・こんなものが・・・」
「ん・・・?」

光沢のある紙・・・?

「え?」

よく見ると、それは、セロハンテープでつなぎ合わされた、一枚の便箋だった。

「これって・・・」
「わかるだろう?」

 

あのときの・・・?

 

「思ったとおり、京子さんの元のダンナは、最低の野郎だったよ」

手紙をひったくって、さっと目を通す。

 

汚い字。

 

下卑た単語の数々。

 

文面の全てが、京子さんと灯花への悪意に満ちている。

 

内容を要約するならば、それはただの嫌がらせだった。

 

「読むに耐えんな・・・」
「だろう?」

重要そうな情報だけ抜き出してみる。

 


「どんだけ探しても見つからないと思ったら、こんなど田舎に隠れてやがったんだな。興信所にいくら払ったと思う?」
「まったく、弟が生活に困ってるってのに、仕送りもしないなんて・・・」
「娘を返せ。親権なんて関係ねえ。灯花は俺のもんだ」
「京子、お前みたいに親のいいなりになってたガキが、ガキを育てるなんて・・・」
「灯花には俺のしつけが必要なんだよ」

 

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


いずれにせよ、この手紙を書いた人物は、灯花の想像からかけ離れて、醜悪な存在だった。

「言っただろう? 世の中にはいいストーカーと悪いストーカーがいると」
「いま初めて聞いたが、でかした」

手紙を持って、灯花の部屋へ。

 

 

 


・・・
「入ってくるなって、言ったでしょう!?」

いきなり怒鳴られたが、かまわずに話しかける。

「もう一度聞くけど、もう、どうでもいいか?」
「またその話? お母さんが研修に行くのは、もう止められないんでしょう?
どうにもならないんだったら、仕方ないじゃない」
「どうにもならないことでも、どうにかしようとしなきゃならん場合もあるぞ」

そう言って、手紙を見せる。

「なにそれ・・・?」
「お前が読みたがってた、お父さんからの手紙だ」
「えっ・・・!? か、貸してっ!」
「読んで、後悔するなよ」

 

手紙を渡す。

灯花は、食い入るような目で手紙を読み始めた。

「・・・えっ?」

その表情が、徐々に青ざめていく。

「う、嘘・・・こんな、こんなことって・・・」

よほどショックを受けたのか、足の力が抜けて立っていられなくなったようだ。

「こ、こんなの、嘘だよ・・・きっと違う人が書いた手紙だよ・・・」
「いいや。京子さんが手紙を破る前、おれもちらっと見えたんだが、同じ文字だったよ」
「見間違いだよ・・・」
「それに、京子さんの弟だと、名乗ってるじゃないか」
「お、お父さんじゃない・・・?」
「お前のお父さんだよ。でも、京子さんの元ダンナじゃない」
「え? どういうこと? お母さんはお母さんじゃないの?」
「いいか、お前の戸籍を調べたんだが、お前の親父は・・・。
その手紙の差出人である、大音幸喜。
そして、お前の母親は、大音佐知代っていう人になっている」
「誰、それ?」
「おれにもわからん」
「それに、しつけって、なに? 灯花には俺のしつけが必要なんだって・・・。

これ、なに?」
「さあ・・・あんまり、まともなしつけじゃなさそうだな」
「だって、お父さん、優しそうだったよ」
「でも、この手紙を見る限りじゃ、お前に優しくする気はないようだぞ?」
「・・・電話」

気づいたように言う。

「電話に出て、声聞いたもの・・・優しそうだったし・・・」
「本当か? 本当に優しそうだったか?」
「・・・・・・」
「灯花か・・・って聞かれただけなんだろう?」
「そうだけど・・・」

揺れ続ける灯花の心。

京子さんと、この親父、いったいどちらを信じるべきなのか。

「あぁ・・・ど、どうなんだろう・・・わけわかんないよ・・・。
私、お母さんが悪いと思っていたのに・・・離婚したのも、お父さんの話をしないのも、なにかやましいことがあるからだと思ってたのに・・・。
・・・この家は、なにが、どうなってるの?」
「京子さんに問いただすしかないな」
「でも、お母さん、もういないよ・・・?」

灯花の声が、一気にしぼんでいく。
眼光は輝きを失い、口元がひきつったようにけいれんしている。

「もし、本当に、お父さんがこの手紙の通りな人だとして・・・。
お、お母さんが、本気で私のことを心配してて・・・だから、私に電話に出さないように・・・手紙を見せないように・・・あ、あ・・・」

ぶつぶつと、誰にも拾ってもらえないようなつぶやきを漏らしている。

「どうしよう・・・。
なんて・・・なんてことを・・・。
お母さん、研修に行っちゃった。
し、死んじゃうかもしれない過酷な研修に・・・。
わ、私が、止めなかったから・・・あ・・・ど、どうしよう・・・。
どうしよう・・・どうしよう・・・」

どうしよう、どうしよう・・・何度も繰り返す。

「ねえ・・・」

ふと、声色が変わる。

「賢一・・・け、賢一・・・」

目のふちに涙をたたえて、おれを見上げた。

 

 

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「――助けて」

 

 

頼ってきた。

 

『私、これから、あんたの助けとかいらないから』

 

つっぱっていた少女の面影は、もう、ない。

 

おれは、静かに言った。

 

「まかせろ」

 

 

 

 

・・・
「磯野、灯花を頼んだぞ」
「どちらへ?」
「州境へ。京子さんを追う」
「そういうこともあろうかと思って、今日は自転車で来たんだ。
特別に貸してあげよう」

そう言って、鍵をこちらへ向かって投げた。

「ママチャリか?」

磯野は首を振る。

「昔、さちさんが競輪に興味を持ってしまってね。
実験データを取るとかいう名目で、なぜか僕が自転車を買う羽目になった。
あげく、さちさんは、速攻で飽きた。
まあ、これは樋口健の知らないことだがね・・・」
「・・・・・・。
わかった。ありがとう」

磯野の自転車は、銀色のロードレーサーだった。
真夏の太陽の光をまぶしいくらいに反射させている。
鍵を外し、サドルにまたがると、クルっと曲がったドロップハンドルを握りしめた。

 

・・かなり、スピードが出そうだな。
手入れが行き届いているようだった。
磯野に感謝しながら、ペダルに足をかけた。

 

 

 

 

・・・
向日葵にはさまれた道を、前傾姿勢のまま疾走する。

吹き込んでくる風を頭で裂きながら、勢いよくペダルをこぎ続けた。
田舎の景色が、次々とおれを呑み込むように迫ってくる。

京子さんは、この道をまっすぐに歩いていったはずだ。
無愛想な男二人に挟まれての道中の心境は穏やかじゃないだろう。
しかも、隠し事をいろいろ抱えていた結果、灯花との関係も崩れてしまった。
捨て鉢のような気分になっているんじゃないだろうか。
なんとしても京子さんを捕まえて、問いただしてやる。

それにしても、この前は灯花を追って走り回ったってのに、お次は京子さんか・・・。
まったく、この家族には振り回されるな・・・。

とりとめもないことを考えていたら、あっという間に州境の検問所が見えてきた。


ぎりぎりのタイミングだった。
京子さんが、いままさに、護送車に乗り込もうとしている。

「ちょっと待ってください!」

呼びつつ、ロードレーサーから飛び降りた。

 

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「私は、特別高等人候補生の森田です。現在は、大音灯花の監督をしています」
「も、森田くん・・・?」

制服姿の男たちが、いきなり場に乱入して、勝手に自己紹介を始めたおれを見て怪訝そうに歩み寄ってくる。

「どうかしましたか?」
「ああ、いえいえ・・・ちょっと、母親の京子さんに用事がありまして」

さて・・・親権者適正研修は、バックに文部科学省がついている由緒正しき国家の政策だ。
だったら、こっちも合法的に対処しなきゃいけない。

「お引取りください。すでに研修は始まっているのです」
「あ、いや・・・ほんのちょっとですよ。すぐ済みますから」
「お引取りを」

男の口調が強くなった。

「京子さん京子さん、ちょっといいですかね?」
「おい!」

図々しく近寄ったおれに向かって警棒を伸ばしてきた。

「職務の邪魔をするな」
「ああ、わかってます。時間は取らせません」
「お前のことは法月先生から聞いているぞ」
「へえ・・・」
「特別高等人を目指す身でありながら、国家に対して忠誠を抱いていないと」

 

おいおい、なんでばれてんだよ・・・。

 

「そして、大音京子の研修行きを止めようと、我々を襲撃してくる恐れがあると、警告を受けている」
「襲撃って・・・穏やかじゃないですねぇ」
「我々の任務を妨害した場合は、お前を拘束、あるいはその場で射殺してもよいとのお達しだ」

とっつぁんにも、だいぶ見放されたみたいだな。

「いやいや、お勤めご苦労様です。任務の妨害だなんて、とんでもない・・・。
ただね、別件で大音京子に詰問しなければならないことがありましてね。
研修に行ってからでは遅いですからね」
「詰問だと?」
「はい・・・場合によっては、大音京子を一時的に勾留しなければなりません」

 

「ど、どういうこと・・・?」

 

おれの言い方が怖かったのか、京子さんが不安そうにこちらを見た。

その瞬間、おれは猛然と一歩踏み出し、京子さんの腕を捕まえた。

「きゃっ!?」
「こら、貴様!」

バッグを引ったくり、中に手を突っ込んだ。

「はい・・・これはなんだ?」

それをつかみ、ゆっくりとその場にいる全員に見せびらかすように左右に振った。

「な、なに・・・? なんなの?」
「それがなんだ!? ただの果物ナイフではないか!?」

「ただの果物ナイフだと・・・?」

ここが肝心。
おおげさに低い声を出しながら、おれを取り囲む連中に迫る。

「立派な軽犯罪だ。教養の差がでましたね」

周囲に怒りと、動揺が広がる。

「大音京子は、このナイフを使って犯罪を犯そうとしている。
または、その用意があると、おれは考える。よってこれから、この町の警察に連行する」
「ふざけるな・・・軽犯罪だと?」
「もう少し、刃が長ければ、銃刀法違反だったんだがな」

首を回しながら、クソ暑そうな制服組に言って聞かせる。

「まあ、ちょっと黙って、私の尋問を見ていてもらえませんか」
「も、森田くん、なにを言っているの?」
「あなたは、いつもこの凶器を持ち歩いているんですよね?」
「きょ、凶器って・・・」
「いつもバッグに入れている。しかも、かなり大事そうに・・・そう、バッグの奥深くに隠すように・・・」
「・・・隠してなんかいないわ」
「嘘をつくなよ!」

いきなり怒鳴りつける。

「こんな可愛らしげなカバーをつけているのが、逆に怪しいんだよ!
だいたい、料理もしないあんたがなんでナイフなんか持ち歩いているんだ?」
「な、なぜって・・・」

 

娘からもらった大切なプレゼントだからだ。
それを言われる前に、一気にまくし立てる。

 

「おれは忘れないぜ。あんたが、手紙を破り捨てた日、そのナイフをじっと見つめていたあの夜のことをね。
はたから見たら、不気味な光景だったよ」

 

まあ、感傷に浸っていたわけだからな。
三者が冷静に見れば、不気味とも取れる。

「なにか隠してるんだろう? 大音家には秘密が多いからな」
「も、森田くん、あなた正気なの?」
「ああ、大真面目ですよ。おれは特別高等人になりたいんだ。
犯罪者には容赦しません」

鼻で笑う。

「さあ、皆さん。わかっていただけましたか?
これからこの女を勾留させていただきます」
「し、しかし・・・たかだか、ナイフを携帯していたというだけで、研修を中止するわけには・・・」
「罪人を見逃すわけにはいかないでしょう」
「・・・そもそも、いくら特別高等人とはいえ、人を逮捕する権限はない。
しかも、お前は未だに候補生の身分ではないか」

 

ぐだぐだうるせえ野郎だな

 

「現行犯逮捕は誰でもできますよ。
大音京子は、ナイフを隠し持ち、なんらかの犯罪を行う可能性があるのだから、国民として、これを警察に引き渡すべきでしょう」

 

ギリギリの理屈。

 

「い、いいや、ダメだダメだ。
こんな馬鹿げた話は聞いたことがない」
「確かに、この程度の罪じゃ、いいとこ厳重注意。
指紋とか写真を取って終わりでしょうね」

義務を課せられることはまずないだろうな。

「しかし、犯罪に大きいも小さいもないでしょう?」
「黙れ! お前は我々を上手く丸め込もうとしている!」

怒鳴りながら、腰に下げていた拳銃を抜いた。

 

「わかんねえヤツらだな・・・」

 

本当に襲撃してやろうか?

 

そんな念を込めて、目の前の男を見据える。

 

「おい、別にいいんだぞ。
お前らがおれを殺そうとするなら、おれも全力で自衛を計らせてもらう。
法月のとっつぁんから、おれのことを聞いているんだろう?
だったらおれが、南方戦役で・・・あのフォークランドばりの紛争地で、半年間、きっちり生き残ったことも知ってるな?」

銃口の向こうで、男が大きく目を見開いた。

「そのときの後遺症で、ケムリをやらなきゃまともな生活が送れないってことも・・・」
「・・・っ」

京子さんが息を飲む音が、クリアに聞こえた。

「いやあ、すみませんね京子さん。
寝起きは本気で怖いんですよ。ほら、おれって死んだように固まって寝てるらしいじゃないですか?
あれって、木の上で寝てたときの名残なんですよ。
独り言が多いのも、副作用の一部でね。
幻覚症状の一種なのかな。
たまに本気で誰かと話してるような気分になるんですよ。
これは、あんたも知っての通り・・・フフ・・・。
って、誰に言ってるんだろうね、おれは・・・」

一歩、詰め寄る。

「そういや、最近ケムリもやってなかったな・・・。
覚えてそろそろ一年になるが、アレが切れるとマジでやばいんだよね・・・。
四人・・・いや、車の中にいるから五人か・・・へえ・・・」

薄い笑いを放るようにあごをしゃくり、口元を吊り上げた。

「・・・・・・」

連中はこぞって顔を見合わせた。

おれが、あまりに不気味だったのだろう。

「じゃあ、来るんだ。大音京子」

ぼんやりとしていた京子さんの細腕をつかむ。

どよめきが上がったが、誰も、止めなかった。

 

 


「というわけで、なにかあったら責任はおれが取るんで、よろしくやっといてください」

肩越しに言って、その場をあとにした。

 

 

 


・・・

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「森田くん、ありがとう・・・」
「ああ、拙い芝居でした。途中から、気づいてましたか?」
「ええ・・・でも、あの薄笑いは本気で怖かったわ・・・」
「かっこいいでしょ?」
「あなたって、どこまでが本気でどこまでが冗談なの?」

なんだか、京子さんとの間に少し距離が生じてしまったようだ。

「おれの話は置いておきましょう」
「気になるわよ。
あなたみたいなとんでもない青年、見たことないわ」
「そりゃ、いままで狭い世界に生きていたんですねーっ」
「本当に、どんな人生を歩んで来たのやら・・・」

 

京子さんに限らずおれもそうだけど、人間って、異質な人に出くわすと、すぐ過去を求めたがるよな。

 

「ところで京子さん。すみませんが、一応、警察署に連行させていただきます」
「そ、そうね・・私って、軽犯罪を犯してしまってるんだものね」
「まあ、そんなに不安がることはないですよ。ちょっと怒られる程度でしょう」
「なんらかの義務を負うことにならない?」
「高等人は暇じゃないんですよ。世の中にはもっと悪いヤツがたくさんいますから。
ただ、あなたは教師です。その辺がちょっと微妙ですね」
「法の下には何人も平等なんじゃないの?」
「あれは、ウソですよ。
ていうか、バッグの中に刃物入れてちゃダメでしょ。
夜中に職質されたら、面倒なことになりますよ」
「でも、そのおかげで助かったわ・・・」
「灯花に感謝しないといけませんね」
「ええ・・・」

やっと本題に入れるな。

「聞きたいことが山ほどあります」

京子さんを正面から見据えた。

「灯花の前で、全てを包み隠さず話してもらえますか?」
「・・・嫌とは、言えなさそうね」

さすがの京子さんも、観念したようだ。

夕空の下、磯野の自転車を手で押しながら、並んで歩いた。

 

 

 

 

・・・
田舎の小さな警察署。

 

約一時間に及ぶ取り調べの結果、京子さんは学園への報告処分を受け、さらに指紋と顔写真を警察に保全され、無事、解放となった。

職員生活にひずみが生まれるかもしれないが、研修に行くよりはマシだったろう。
おれが、もっとスマートに京子さんを助けられれば良かったんだが・・・。

 

 

 


・・・

・・・・・・

帰ってきた我が家。

「京子、お帰りっ」
「磯野くん、なんだかあなたが懐かしく思えるわ」
「うぉっ!
・・・おい、聞いたかいまの。
ぜったい、僕のこと好きだって」

磯野は自分勝手な妄想をひと通り並べ立てると、自転車に乗って去っていった。

 

 

 

・・・
灯花は、部屋にいるのだろう。
京子さんもそれを察して、静かに灯花の部屋の前に歩み寄る。

「・・・・・・。
・・・なんだか、緊張するわね」

京子さんには、おれが灯花の戸籍を取り寄せたこと、灯花が父親の手紙を読んだことなど、今朝の一連の出来事を伝えてある。

「灯花・・・お母さんだけど・・・入っていい?」

子供を自由にできる特権を持つ親の言葉とは、とうてい思えない。

「う、うん・・・どうぞ・・・」

灯花の返事も、どこかぎこちないものだった。


「お、おかえりなさい・・・」

 

安心したような、けれど、心からは安心できないような、複雑な表情をしていた。

 

・・・目の前の女性は、いったい私と、どういう関係にあるのか。

 

「べ、勉強、してたの? 偉いわね」

 

うわずった声を出して、灯花の顔を覗き込むように見る。

「お母さんね、森田くんのおかげで助かったのよ・・・。
・・・研修行かないで済んだのよ・・・」
「あ、うん・・・賢一も、なかなか頼りになるところあるじゃないの・・・」
「本当、そうね。森田くんは、なんだかんだ言いながら、最後には必ずなんとかしてくれるタイプだわ・・・」
「まあ、変態だけど、ちょっとは、かっこいいときもあるのかも・・・」

 

「おまえらよお・・・」

 

ため息が出る。

「おれの話をしている場合じゃねえだろうが」

親子そろって、臆病なんだなあ。

「えっと・・・」
「いや、そんなこと言われても・・・」

切り出すのが怖いか。

「あー、わかったわかった。だったら、この、ひと一倍偉そうな男・森田賢一が司会を務めてやるよ。どうせ他人事だしな」
「なによ、その言い方!

むくれた灯花は、無視する。

「さて、ちょっと整理しようか。
おれが京子さんに対して疑問に思っていたことは、大きく分けて二つだ。
どうして、灯花の義務を解消しようとしないのか。
どうして、父親のことを灯花に話さないのか」

京子さんに視線を放る。

京子さんはうつむいて、うなるような声を上げたあと、やがて顔を上げた。

「それは・・・灯花が、立派な人間になるまでは・・・」
「怖かったんでしょ?」

やべえ、しゃしゃりでちまった。

「義務を解消したら、本当の母親じゃない京子さんは、灯花がいなくなってしまうんじゃないかと思ったんじゃないんですか?」

これだけ言えば、十分だろう。

京子さんは、長いため息のあと、

「・・・そうね、その通り・・・私には自信がないのよ」

寂しそうな笑顔を見せた。

「・・・私もね、灯花と同じ義務を負っていたのよ」
「えっ・・・?」
「家が、とても厳しくてね。知ってるでしょう?
政府の高官なのよ」
「いまは、縁を切っているようなものですか?」
「そうね・・・選挙が近くなると便りが来るくらいかしら」
「義務を解消されたのはいつごろ?」
「大学に合格してからね。
それまではずっと、毎日毎日、言われるがままに勉強の日々だったわ。
青春らしいことなんて、何一つ許してもらえなかったから・・・」

だから、灯花にも同じことをしてしまうんだろうな。

「私も、灯花と同じように甘いものが大好きだったのよ。
でも、禁止されてたの・・・」
「ひょ、ひょっとして、ゲームや漫画とかも?」
「ええ。勉強に関係ないものは、部屋に置いてもらえなかったわね。
それどころか、部屋から出るには許可が必要だったわ」
「いまの私と同じ・・・」
「ごめんね、灯花・・・」

「まあまあ、しんみりするのは謎を全て解いてからにしましょうや」
「あなたには、もう、全部わかっているんじゃないの?」
「京子さんが、どういう経緯で、またどういう心境で灯花の親権を獲得したのか・・・それが確定しません」
「それは、私も知りたい・・・。
あ、いや・・・別に、お母さんがお母さんじゃなくても、お母さんはお母さんなんだけど・・・。
それでも・・・なんていうか、知っておきたい・・・」
「京子さんが、灯花の親権者なのは間違いないです。
そうじゃなかったら、研修の誘いも来ない。
とすると、これは複雑なケースだ」

京子さんは、またもう一度、大きなため息をついた。

「灯花、あなたは、私がお腹を痛めて産んだ子供じゃないのよ」

自分に言い聞かせているようだった。

「やっぱり、そうなんだ・・・」
「ごめんね、黙ってて・・・」
「どうして、言ってくれなかったの?」

「そりゃ、言いづらいからだろう」

「賢一は、黙っててよ」

「私の家は、五人兄弟なの。私は長女なのよ」
「都会ぐらしの一家にしては、にぎやかですね」
「けれど、五人のうち三人とは、血が片方しかつながってなくて、一人は養子で、あまり関係を持てなかったわ」
「・・・血が片方しかつながっていないというのは?」
「私の血は二度結婚していて、私は前妻の子供だったのよ。
私のお母さんは、早くに亡くなってしまっていてね」

五人兄弟の中で、孤立していたのかな。

「寂しかった?」
「最初はね」

また、力なく笑った。

「いろいろあったけれど、食事の時間に呼ばれなかったのは、ちょっとつらかったわね」

昨日は灯花にも同じことをしたな。

「あと、弟や妹は義務を課せられなかったのも、ずっと不満だった」

よくある話だが、あとから来た母親は、愛情を注いでくれなかったんだな。

「でもね、慣れてくるのよ。そんな毎日が当然だと思えてくるの。
そうして、義務が解消されるのをただひたすら待ったわ。
自立したら、たくさん好きなことをやろうって、勉強机に向かいながら、やりたいことをノートにつけてた・・・。
ただ、私はダメだった。
森田くんの言ったとおり、大学に入って晴れて自由になった私は、わかりやすく道を踏み外したのよ」
「ど、どうして・・・?」
「私のやりたかったことって、普通の子供が当たり前のように手に入れているものばかりだったのよ。
お菓子が食べたいとか、恋愛をしてみたいとか、夜更かしして、テレビゲームをしたいとか・・・。
そんな、小さな欲求だったの」
「・・・あ」

灯花と、同じだな。

「だから、大学生活はそういった欲求を満たす日々の繰り返しだったわ。
勉強はぜんぜんしなくなったし、家にも帰らなくなった」
「たまってたんですね・・・」

茶化してみるが、京子さんはあくまで自虐的な笑みを浮かべる。

「将来の目標もなく、これといった趣味もなかった私は、愚鈍に、寝たいだけ寝て、似たような友達を作って、なんら生産性のない毎日を過ごしてた」
「レディースだったんですね」
「それはあなたの勝手な妄想でしょう?」

あれ、そうだっけ?

「中央の一流国立大学なのよ? 私の周りは、行動力はないくせに、知識とプライドを持っているっていう、救えない人種だけが集まったわ。
毎晩、高級クラブに通って、観念的な話題を好んで選んだわ。
社会を批判したり、大人を馬鹿にしたりね。
大学の成績が落ちても、そんなことどうでもいいの。
世界中で二分に一人の割合で、人が死んでいても関係ない。
刹那を大事にすると言い訳をして、小さく笑っていたわ。
ちょっとした快楽主義者ね」

興奮気味に話す。
恥じているのだろう。
京子さんって、たまに、すごい唐突に高慢な鼻持ちならない発言をしていたけど、そういう過去をひきずっているからなのか・・・。

「だから、自分が子供を身ごもっているって知ったときは、本当に怖かったわ。
わかるかしら?」
「わかるなんて、言えませんね」
「生命が、お腹の中にいるの。
そして、私の身体も変化するの。
それは圧倒的な現実なのよ。
親の言いなりになって、知識だけが育った私には、とても耐えられなかった」

親のいいなりというか、親の愛情を受けずに育ったんだ。

「お、堕ろしたんだよね・・・それは、昔に話してくれたもんね・・・」

京子さんは深く頷いた。

「子供を堕ろすと、罪に問われる社会だったら、まだよかったのにって思ったわ」

知識人は自己否定が大好きだからなあ。

「それで、私も少しは反省したのか、教員免許を取って、大学もなんとか卒業することができたのよ。
本当に、弱かったわ・・・。
灯花を引き取ったのも、子供がいれば、ちょっとは強くなれると思ったからなんでしょうね・・・」
「引き取った?」

「・・・・・・」

「・・・さっき、五人兄弟の中に、養子がいたって言ったわよね?」
「それが、大音幸喜ですか?」
「幸喜は遠い親戚の子でね。親に不幸があって、大音家の養子になっていたの。
幸喜も、私と同じように、他の兄弟からは疎外されて育ったわ。
私と幸喜はお互いに同情し合っていたと思うけれど、救いの手を差し伸べる余裕もなかった。
あるとき幸喜は家出をしてね。
それ以来、なんの音沙汰もなくなったの。私の父も母も、幸喜を探さなかった。
ただ、私が大学を卒業したとき、一度だけ私宛に手紙が届いたことがあってね。
いま結婚して、子供が生まれるって・・・」
「その子供が、私・・・」
「幸喜も、幸せな生活をすごしているんだろうと思って、安心したわ・・・。
けれど・・・けれど・・・それから四年くらいたって、私も、また子供を持ってもいいかもしれないと、ようやく立ち直り始めたときだったわ・・・」

京子さんは灯花をじっと見つめた。

家庭裁判所から、連絡を受けたの・・・それで・・・」

「ああ、京子さん、その辺はやんわりいきましょう」
「ど、どういうことなの?」
「灯花、あなたの家庭はね・・・当時、問題があったの」

裁判所に親権を喪失させられるほど、やばかったんだ。

「あなたに義務を負わせて、あなたの・・・その・・・好きなようにしつけていたの・・・」
「ウソ・・・」
「だ、だって・・・私、覚えてるよ・・・お父さん、いつも笑ってたよ・・・スパテル持って・・・」
「そう・・・優しいときもあったんでしょうね」
「・・・お母さん、本当のことを言って。
私も、小さいころの話だから、なにか記憶違いをしているのかもしれないし・・・」

 

「・・・あなたに、よくしてくれた先生がいてね。
よく家庭ぐるみで私やあなたを家に招待してくれたの。
先生の奥さんがケーキ作りが趣味でね、灯花はケーキをおねだりしていたものだわ」

・・・カウンセリングの先生かな。

「つまり・・・私が、勘違いしてるってこと?
じゃ、じゃあ、やっぱり私のお父さんは、あの手紙の通りに怖い人なの?」
「・・・それは・・・」

京子さんはつらそうに目をそむける。

だから、おれは口をはさんだ。

「だから、京子さんはいままでお前に父親のことを話そうとしなかったんじゃないか?」

灯花の顔色が変わる。

「そっか・・・」
「灯花、あまり、深く考えないでね。あなたはなにも悪くないんだから」

風呂に窒息するほどつかる、柱に頭をぶつける・・・。
これは、心に傷を負った子供にありがちな自傷行為だ。
だから、風呂場で寝てた灯花に、京子さんは大慌てだったんだ。

忘れてるんなら、忘れてるのが一番だ。

「結局、京子さんは、灯花の後見人ということでいいんですね?」

話を逸していこう。

「裁判所の命令もあって、灯花の親権は私に移譲されたのよ」
「京子さんの兄弟や、他の親戚は、灯花を引き取らなかったんですか?」

京子さんは身内の恥をわびるように首を縦に振る。

「そうして、義務を負ったままの灯花の母親になったと」

京子さんが、灯花に義務を負わせたわけじゃなかったんだな。

そりゃ、手に余るわけだ。

「・・・何度も、義務の解消を申請しようとしたわ」
「知ってますよ。申請書類にそんな苦悩の痕が残っていましたからね」

・・・って、部屋に侵入したことをばらしちまったじゃねえか。

けれど、京子さんはおれをとがめるわけでもなく、灯花を見つめながら、小さく肩を震わせた。

「灯花、あなたをみていると、まるで・・・昔の自分がそこにいるようで・・・複雑な気持ちだったわ・・・。
私は口ごたえも許されなかったのに、どうしてこの子は?
って・・・つい感情的になってしまうこともあったり・・・。
わ、わたしは、成績が落ちるとひどい目に合わされていたのに、どうして灯花は自分から勉強しないのって・・・ごめんなさいね・・・」
「お母さん・・・」

親から愛情を受けず、心にぽっかりと穴が開いたまま、灯花の母親になってしまったわけか。

「子育てなんて、まるでわからなくて・・・義務があると、便利だったのよ・・・。
なんでも言う通りにさせることができるから・・・。
向き合う必要もなくなるから・・・。
私の親と同じように、あなたを義務でしばりつけておくのが、一番楽で、確実な子育てなんじゃないかって・・・法月先生にも言われて・・・」

 

・・・あの野郎。

 

「お母さん、もういいよ・・・」
「ごめんね、灯花・・・」
「ううん・・・だって、そんなに苦痛じゃなかったから」

「そうだな。勉強しろ、運動しろ、甘い物ばっかり食べるなってのは、どこの親もやってるしつけだろ」
「うん、おかげで健康に育ったよ」

灯花は、能天気に笑って見せた。

「それじゃあ、これにて一件落着ですね」
「そうね・・・いい加減、義務を解消するわ」

その言葉に、灯花の顔が少なからず明るくなった。

もう、バッジをつけなくて済むのだ。

 

 

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「私の言うことも、ちゃんと聞いてね」
「も、もちろんだよ、お母さん」
「命令はしないけれど、あなたに必要だと思うことは言わせてもらうからね」
「私、馬鹿だから、お母さんの助けがいるよ・・・」


さて、おれの仕事も終わりかな。

「それじゃ、おれは眠いんで・・・」

ドアノブに手をかけた。

あとは親子水入らずでごゆっくり。

「森田くん、待って」
「なんですか? 朝から駆けずり回って眠いんですが?」

京子さんは灯花の肩をたたいた。

「ほら、灯花もお礼言いなさい」

「え?」

「あ・・・え、えっと・・・」
「本当に、あなたは意地っ張りなんだから」
「いや、お礼とかいりませんよ。
おれは自分が試験に合格するために、あんたらの家庭を引っ掻き回しただけですから」
「でも・・・お母さんを助けてくれた・・・」
「あれは、とっつぁんのやり口が気に入らなかっただけだ」

そこで、京子さんがくすっと笑った。

「森田くんも、灯花と同じね」

子ども扱いされたぞ。

 

「あ、ありがと・・・」
「参ったね・・・」

 

頭をかく。

「おやすみ」

今度こそ、部屋を出た。


ドアをはさんで、親子のぎこちない会話が聞こえてくる。


「お母さん・・・お母さんはお母さんだよね。
いままで通りだよね?」
「いいえ、私はもう少し、自分に素直になるわ・・・」
「じゃ、じゃあ私も・・・」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

 


・・・。


・・・・・・。

 

夜も更け、親子の交流もひと段落したところで、おれは灯花の部屋を訪ねた。

「よう」
「あ、なによ、急に?」

おれが来るまで、ベッドに腰掛けていた灯花。

「今日はいろいろなことがあっただろう? 落ち着いたか?」
「い、いや・・・」

興奮しているのか、少し頬が紅潮し、眉が吊りあがり、顔全体が上向きに突っ張っていた。

「さっきさ・・・お前が、衝撃の事実を前に、けっこうあっさりしていたから、ちょっと気になってね」
「そんなことを、わざわざ聞きに来たの?」
「まあ、まだお前の担当だから」
「・・・担当だから? それだけ?」

かすれるような声。

「え?」
「なんでもない・・・ちょっと、頭が沸騰してるみたい」
「さっきは、物分りよかったな」
「うん・・・実感が、湧いてこなくて・・・。
私が、実はお母さんの子供じゃない、だなんて・・・」
「・・・嫌か?」
「そんなことないよ・・・だって、お母さん、すごくつらそうに過去を話してたし・・・」

だから、大した反論もしなかったんだな。

「・・・でも、私のお父さんが・・・まさか、私をひどい目に合わせてたなんて・・・。
本当なのかな?」
「・・・やっぱり、気になってるんじゃねえか」
「で、でも、お母さんにそれを聞くのは、なんだか悪い気がして・・・。
だって、お母さんは、私の理想のお父さんを壊さないようにしてくれてたんだよ?」

優しくて、頭の悪いヤツめ・・・。
父親と母親の両方が親権を喪失して、他人に親権を移譲させられるなんて、かなりレアなケースだ。
親が懲戒権を濫用して、子供を虐待でもしてなきゃ、裁判所は動かない。

ただ・・・そんな事実が灯花を不幸にするのならば、忘れていた方がいい。

「どう思う? お父さんに、妙なことをされた覚えはあるのか?」

灯花は、自分の過去を探るように首をひねった。

「・・・ない」


良かった、本当に。

「なら、それでもいいんじゃないか?」
「どういう意味?」
「京子さんも、言っていただろう?
灯花のお父さんは優しい人・・・それでいいじゃないか?」

ふと、これから自分が言おうとしていることに対して、めまいを覚えた。

「・・・ん・・・嫌な過去を無理に引き出す必要なんてないよ」

・・・なに言ってんだ、おれ?

「過去は過去だからな、変えようがない」

おいおい、自分のことは棚に上げて・・・?

「・・・賢一?」
「ど、どうした?」

 

おれは、七年前、仲間を見捨てて逃げ出したんだぞ。

 

なにを、偉そうに・・・!?

 

「賢一、汗びっしょりだよ・・・!?」

 

気づいたときには、額にぬくもりを感じていた。

 

「だ、だいじょうぶ? 疲れたの?」
「あ、ああ・・・ありがと・・・」

灯花は、おれの汚い汗を手でぬぐってくれた。

「お、おい・・・まだ風呂入ってないから・・・」
「ベッドに、横になる?」
「いや、いい・・・」

灯花のガス抜きに来たってのに、逆に介抱されるなんて・・・。

「はあっ・・・はあっ・・・」
「お水持ってくるねっ・・・!」
「いいって・・・」

 

灯花はおれをベッドに横たわらせると、走って部屋を出て行った。
そういえば、七年前の事件に、灯花だけが関わっていないんだったな。

 

・・・一瞬、甘えそうになってしまった。

 

 

・・・
「賢一、お水!」
「・・・っ」
「だいじょうぶ? 飲めそう?」

心底心配そうに、おれの顔をのぞきこんでくる。

さっきまで自分のことで思い悩んでいたってのに・・・。

「心配ない・・・」

コップを受け取って、一口飲む。

 

「ぶはあぁぁーっ!」
「きゃっ!?」
「こ、こ、このば、ばか、ばか・・・」
「な、ななななによ!?」
「熱湯じゃねえかボケ!!!」
「えぇっ!?」
「ていうか、普通気づくだろ! 途中で!」
「だ、だって、あせって持ってきたもんだからぁ・・・!」
「はあっ・・・まあ、口をつけるまで気づかなかったおれもおれだ」
「そ、そうだよ。まったく、感謝しなさいよね」

まったくだ・・・おかげでだいぶ気が楽になった。

なんだか、灯花を見ていると笑ってしまうな。


「なによ、人のことじーっと見て。また馬鹿にしてるんでしょう?」
「で・・・なんの話だっけ?」
「ん?」
「忘れてるならいいか」
「覚えてるよ! お母さんの話でしょう?」
「お母さん、好きだろ?」
「もちろん」

即答か・・・まぶしいね。

「深く考えるの、苦手だろ? だったら、それだけでいいんじゃないか?」
「・・・うん」

浅い返事。

悩むのは当たり前だ。

「おいおい、あんまり悩んでると、またとっつぁんに利用されるぞ?」
「・・・あの人も、ある意味、私とお母さんを救ってくれたんだと思う」
「・・・えっ?」
「あの人の言ったとおり、今回の研修の話は、ちょっとした試練だったんだよ」
「いいや、騙されるなって。
とっつぁんは、お前を操ってたんだぞ? くやしくないのか?」
「それは、私がバカだったから・・・もう、いいの・・・」

 

なんて、ヤツだ・・・。
思わずため息が出た。

 

「騙されたとか、利用されたとか、理想のお父さんは実は悪い人だったとか、お母さんがとっても弱い人だったとか・・・私は、あんまり引きずっていたくないな・・・。
なにかされたから、こっちもくやしいとか、なにかされたから、こっちも悲しいとか、そういった想いが続いていくのは、なんていうか、やだな・・・。
でも、やっぱり、ちょっとは引きずっちゃうんだろうなあ・・・」

何かを受け入れるような静かな微笑を浮かべた。

「なにかあったら・・・なんか嫌なこと思い出したら、おれに言えよ」

「な、なにその、どこかへ旅立っていくようなセリフは?」
「だって、もう、お前の監督も終わりだから」
「・・・でも、まだ町にはいるんでしょう?」

頷く。

「それじゃ、おやすみ。意外に平気そうでよかったよ」
「はは・・・ショックで寝込んでるとでも思ったの?」
「けっこう強いんだな」
「いや、よわっちいよ・・・だから・・・。えっと・・・」
「なに?」
「・・・う、ううん・・・」
「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
「やっぱり、いい・・・もう、寝るね」

・・・無理に聞き出すこともないか。

おれは、灯花に背を向けた。

「あっ・・・」
「なんだよ?」

振り返る。

「な、なんでもない・・・」

ここまで来ると、笑っちまうな。

「・・・あんま、腹にためすぎるなよ。
あと、さっきは心配してくれてありがとう。
誰かに助けられるなんて久しぶりで、なんだかうれしかった」
「あっ・・・」
「じゃ・・・」

部屋を出た。

なんだか、浮ついた気分だった。

 

 

 


・・・
「ふぅーっ・・・。
これで灯花の監督も終わりか・・・。
大人とか、子供とか、よくわからねえな・・・いったい誰が言い出したんだ?」

ケムリを大きく吐き出す。

「なんにせよ、京子さんと灯花は、ある意味これからだろう。
幸せになってほしいものだな」

夜空を見上げる。

今日は、田舎町には珍しく、うだるように蒸し暑い夜だ。

もう少し日にちが経って、雨が降り出せば、夏の終わりも見えてくる。


「次は、なっちゃんか・・・。
秋に入る前に、高等人になりたいもんだね。
・・・お姉ちゃん・・・。
もうすぐ、会えるね・・・ちゃんと・・・」

 

しばらくの間、おれは家の塀に寄りかかって、去っていった姉貴のことを想っていた。

 

 

・・・