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車輪の国、向日葵の少女【26】

 

・・・。

・・・・・・。

 

五日たった。

おれは未だに大音家に宿泊している。

 

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「今日も、通知来ないね」

郵便受けを覗き込み、がっかりした様子で言う。

バッジに目が行ってしまう。

京子さんが、義務の免除を申請したにもかかわらず、国から承認通知が来ないのだ。

「田舎だから、時間がかかるんだろうな」
「賢一が、なんかミスしたんじゃないでしょうね?」
「おれに限ってミスなんてあるはずがない」
「自分で言うかなぁ・・・。でも、別にいいけどね」
「うん?」
「だって、お母さん、もう私に命令しないじゃない?」
「そうだな、義務なんて、すでに有名無実だ」

京子さんは、灯花に勉強しろと言わなくなった。
朝の体操も、庭の掃除も、そして娯楽さえも自由にさせたのだ。

「しかし、京子さん、変わったよな・・・」
「う、うん・・・」

二人して引きつった笑みを浮かべる。

そんなとき、家の中で妙に甘ったるい声が上がった。

「灯花ーっ、ちょっとお母さんとお茶飲まな~い?」
「・・・っ」

「・・・・・・」

過去を話してすっきりした京子さんは、何かに目覚めたのだった。

「・・・これからちょっと散歩に行こうと思ってたのに」
「あきらめろ。断ると、お母さん泣き出すぞ」
「うぅ・・・」

灯花は、とぼとぼと家の中へ。

その背中を見送って、おれはジュラルミンケースからパイプを取り出し、火をつける。

参ったな・・・。

義務が解消されるまで、おれは次の試験段階に進めない。

灯花と京子さんの勧めもあって、しばらくは、この家に厄介になっている。

毎日だらだらと、しまりのない退屈な生活が続いている。

「森田く~ん! 水撒き終わったら、回覧板届けてねーっ」
「は、はーい・・・」

こき使われようと、居候の身分だから文句は言えない。

ていうか、京子さんマジで怖いんだよなぁ・・・。

 

 

・・・
「やあ、お久しぶり。京子さんはいるかな?」

回覧板を届けて帰宅すると、ちょうど磯野に出くわした。

「いるにはいるが・・・」
「なんだい? 歯切れの悪い野郎だな。
いるんだろ? 出せよ」
「それはそうと、自転車ありがとうな。
あれのおかげで、京子さんは助かった」
「礼はいい。京子さんを出せ」
「会わないほうがいいと思うぞ」
「なぜだ?」
「いや、なんつうか、京子さんは、変わっちまったんだよ」
「人間は変わる。僕も、森田くんも、昔のままではいられないものだ」
「・・・どうしても会いたいか?」
「本気で結婚して欲しいんだよ。冗談じゃないんだよ」
「・・・・・・」
「いいからどけよ」

そんなとき、背後から声。

「磯野くんじゃないの、いらっしゃいっ」

 

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めっちゃ笑顔だった。

「えっ・・・」

さすがの磯野も違和感を察したようだ。

「あ、ああ、どうも。ご機嫌よさそうですね。
なにか素敵なことでもありましたか?」
「灯花がね、天才なのよ」
「え? 天才?」
「そう、あの子、ゲームがすごい得意なのよ」

くねくねし始めた。

「ほら、なんていうの? ロールプレイングゲーム
やってるのよ」
「は、はあ・・・」
「でね、それがまたすごいの。
灯花ったら女の子なのに、一人で宿に泊まれるのよ?」
「は、はあ・・・そりゃまあ、ゲームですからね」
「一人で怪物と戦って、ちょっと危なくなったらすぐリセットボタンを押すの。
機転が利いてると思わない?」

確かに灯花は、京子さんにゲームを買ってもらっていた。
けれど、灯花は何も考えずにやっているようで、行き詰るとすぐリセットして投げ出すのだった。

「ほ、ほお・・・典型的なリセット世代ですね。
時代への風刺が効いているじゃないですか。
はっはっは」

・・・磯野は、どうしても京子さんに気に入られたいらしい。

「やだ、そんな褒めないでよ」
「は、はは・・・」
「それでね、さっきの話の続きなんだけど・・・」
「は、はい・・・え? 続き?」
「灯花ったらね、肩もみがとんでもなく上手なのっ。
やり方がね、斬新なのよっ。
こう・・・なんていうのかしら、私の肩に、手を添えて、指でぎゅ、ぎゅっ・・・ってしてくれるのよ」
「・・・それ、むしろごく普通のやり方じゃないですかね?」
「やだ、そんな褒めないでよ」
「は、はあ・・・」
「でね、灯花がね、すごいのよ・・・」
「ええ・・・」
「灯花ったらね、ゲームがすごい上手なのよ」
「それ、さっき聞きましたよ」
「こう・・・なんていうのかしら、恋愛ゲーム?
画面の中にいっぱい男の子が出てきて、灯花ったらモテモテなのよ~」

・・・まあ、そういうストーリーだからな。

「そりゃあ、すごいですね。うん!娘さんの将来は心配ないですね」

 

「あなたに灯花のなにがわかるっていうのよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

「ちょっと、お母さーん!」
「あらやだ、娘が呼んでるわ」

・・・
いそいそと、玄関に駆け込む京子さん。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

取り残されたおれたち。

 

 

「誰・・・!?」

 

 

 

・・・
「うぅ・・・僕の京子さんが・・・」
「泣くなよ・・・」

京子さんと灯花が買い物に行っている間、おれたちは、庭の草むしりを任されていた。

「しかし、この家に活気が戻ったのはいいことだよ」
「そういう森田くんは、なにをしているんだ?」
「毎日、やることもなく惰性で生きている」
「委員長の義務は解消されないのか?」
「いま、手続き中だよ」
「のんびりしてるんじゃないよ。そろそろ夏休みも終わってしまうぞ」
「そうなんだよなあ・・・」

そのとき、磯野が意味深に笑った。

「三郎さんの、遺産」
「ん?」
「データは閲覧できたのかな?」
「なんの話だ?」
「洞窟から持ち帰っただろう?」
「ああ・・・」
「けれど、君はそれを握ったまま役所に提出していないんじゃないか?」
「なぜだ?」
「そりゃあ、樋口三郎の遺産だよ?
ニュースになるってもんだろ? 僕だって新聞くらい読むんだ」
「マスコミに流せるような情報じゃなかったんだろう」
「へえ・・・ますます気になるね」


あのメモリスティックは、ジュラルミンケースの中に隠してある。


 「なんで、お前がそんなことを気にするんだ?」
「中身を見てみたいじゃないか? 創作意欲が湧くかもしれない」
「そのことなんだが、お前って本当に童話作家なのか?」
「そうですが?」
「代表作は?」
著作権の都合上、ここでは言えない」
「なんだよ、それ? もったいつけるなよ」
「『ピーター』」
「え? ピーター?」
「そう。とある有名作品からパンだけ抜いたんだ。
せつないだろう?」
「よくわからねえし、ピーターなんて聞いたことないし。
他の作品は?」
「○ー」
「は?」
「とある有名作品から、ターパンだけ抜いたんだ。
そこはかとなくエロいだろう?」
「・・・ああ、もういい!」

おれは磯野に詰め寄った。

「怪しすぎるんだよ、お前」
「僕にケンカを売る気か?」
「なにかたくらんでないか?」
「たくらんでいるのは、君のほうだろう?」
「おれは、お前のことをいろいろ知っているんだぞ?」
「そんな尋問の常套句はやめようよ」


・・・うぜえな。

「僕だって、君のことをいろいろ知っているよ?」
「面白いじゃねえか。言ってみろよ」
「森田賢一。性別オス。童貞」
「はいはい・・・」

いつものギャグかよ。

「法都大学法学部特別高等科卒業。特別高等人の試験の一環として、在学中に携帯電話のモバイルコンテンツを扱うMKストレングスカンパニーを設立」
「・・・・・・」
「急成長の末、一年半で株式公開し、稀代のアントレプレナーとして数々の賞を受賞。
マスコミの注目を集めまくった挙句、突然の引退表明」

・・・こいつ。

「昨年には第四次南方紛争に外人部隊の一傭兵として参加。
国境付近の最前線で、約半年間生き残る」
「そして現在はヤク中の、居候だ」
「パイプか?」
「ああ、南方産の気分がよくなるクサだよ」
「違法だな?」
「・・・さあねえ。とっつぁんもこのことは知っているから、違法も法なんじゃないか?」
「訴えてやるぞ」
「うるせえよ。おれのことをどうやって調べ上げた?」
「・・・はてぇ」

いい加減、我慢の限界が来ていた。

 


「も~、灯花ったらーっ」
「た、ただいまぁ・・・」

「やあ、お帰りなさい」
「あら磯野くん、精が出るわね。草むしり?」
「京子さんがやれって言ったんでしょう?」

「・・・・・・」

今度こそ、磯野を問い詰めてやろうと思ったが、京子さんに毒気を抜かれてしまった。

「でね、さっきの話の続きなんだけどね」
「え? さっきの話?」
「灯花ったらね、なんでも買ってあげるって言ってるのに、遠慮するの。
すごい親孝行な子供だと思わない?」
「は、はあ・・・」
「でね、遠慮されると、くすぐられるじゃない?
金の斧も銀の斧もいらないって感じでしょう?
だから、逆にたくさん買ってあげたの」

確かに、スーパーの袋からはみ出さんばかりのお菓子を引っさげていた。

「私って、実は親バカなのかもね・・・フフ・・・」

・・・親バカっつうか、ただのバカじゃねえか。

「えっと、掃除終わりましたけど?」
「ありがとう。明日もお願いね」
「え? またですか? 三日連続じゃないですか!?」
「でね、さっきの話の続きなんだけどね」
「聞けよ!」
「け、賢一・・・明日から、私も手伝うから」
「当然だ!」
「ちょっと、うちの娘に向かって大声出さないでくれる?」
「いいや、最近の京子さんは灯花を甘やかしすぎだ!」
「何を言ってるのよ! 灯花に庭掃除なんて危険な真似させられるわけないでしょう!?」

ものすごい剣幕。

「き、危険だって・・・?」
「いいこと? 世界中の土壌には破傷風菌がいるのよ?
土をいじっててちょっと手を切っちゃって、傷口から破傷風菌が侵入したらどうするの?」
「は、はしょーふうだぁ?」
破傷風菌はね、テタヌストキシンという人類が知りえるもっとも極悪な毒素を作り出すの。
わずか0.03mgで死に至る猛毒よ?
あなた、それわかって言ってるの!?」
「は、はあ・・・」

さすが一流大学卒。

「それだけじゃないわ。その辺に蚊がいるでしょう?」
「は、はあ・・・」
「うちの灯花が、蚊に刺されて日本脳炎にかかったらどう責任取ってくれるの!?」
「い、いや・・・」

こええよ、マジで。

つーか、日本脳炎って・・・?

 

「そ、そんなに娘が大事なら、無菌室で育てるしかないですねー」
「あらそう? じゃあ、無菌室を用意しようかしら」
「ちょっと、お母さーん!」

 

 


「だから、誰・・・!?」

 

 

 

 


・・・
夕食の時間となった。

義務を解消した京子さんが、唯一許していないもの。

それが、台所に入ることだった。

「えっと、今日も出前なのかな?」
「そうね・・・いや?」
「料理、しちゃだめ?」
「また、今度にしよう? もう注文してしまったしね」
「う、うん・・・」
「リンゴ、剥いてあげるから。ねっ?」
「あ、うん・・・うれしい」

京子さんがリンゴを剥くだけで、この家庭にとっては大きな進歩といえた。

「お母さん、おれも温かい料理が食べたいです」
「・・・まだ、ダメよ」
「しかし、命令というわけじゃないでしょう?
拘束力はないわけだ」
「賢一、いいよ・・・お母さんがダメっていうなら、私もいいよ・・・。
あきらめる」
「ごめんね。でもほら、昔、台所で嫌なことがあったでしょう?
だから・・・ねっ? 心配なのよ」

火傷、か。

「まったく、京子さんの過保護っぷりには恐れ入りますねー」
「ご馳走を頼んでおいたから、機嫌を直してよ」
「またラーメンでしょ? 確かにうまいけど・・・」


「文句ばっかり言ってないの! 居候の分際で」
「はぁい・・・」

灯花は、なんだかんだでいつも京子さんの味方だ。
けれど、大音家の食卓は、以前とは打って変わって、にぎやかなものとなっていた。

 

 


・・・
「いただきま~す!」

ずるずるーっと、麺をすすっている。

これがなかなかうまいのだ。

この町の特産といってもいいかもしれん。

「賢一、いただきますくらい言いなさいよ」
「お、おう・・・ついラーメンに見とれてた」
「まったく、森田くんはラーメンで例えるなら、麺ね」
「はい?」
「主役ってことよ」
「ラーメンの主役は、僕はスープだと思っていますがね」


「なに通ぶったこと言ってるのよ」

灯花がぎろっと、にらんでくる。

「お母さん、最近娘さんが、些細なことで噛みついてくるんですが?」
「あらぁ・・・よく噛んで食べなきゃだめよ、特に森田くんは」
「ちょっと、お母さん・・・」
「お母さん、ナルトいらなかったらちょうだい」
「いいわよぉ。森田くんも、あげなさいね。
灯花の好物みたいだから」
「えぇ・・・おれ、麺を半分くらい食べたその瞬間に舌でナルトを転がして味わおうと思ってたんですが?」
「ケチくさい男」
「グルメなんだよ」
「じゃあわかったわ。お母さん、ナルト買ってきちゃうから。
五パックくらいでいい?」
「そ、そこまでしなくてもいいよ。気持ちだけ受け取っておくね」
「いいのよ。買ってきちゃうわ。
ちょうどナルトが安売りしてたと思うし」

そう言って、立ち上がる。

「ちょっと、お母さん。食事中は静かにしましょう」
「何を言ってるの? 食事中の会話は家族団らんの源なのよ?」
「いや、でもね。さすがに毎晩騒いでると、近所のご家庭に迷惑がかかるでしょう?」
「うちはうち、よそはよそです」
「・・・・・・」

ダメだ、こりゃ。

「あ、そうそう、お母さん。テレビ見ていいかな?」
「もちろんよ。好きに見ていいのよ」
「やった!」

 


しかし、こんな毎日も悪くはない。

 

 


・・・
灯花と二人でテレビを見ている。

「・・・おぉ」

灯花は画面に夢中になっていた。


【おおーっと、ここで痛烈なローキックだぁ!】

「うおおおっ!?」

どうやら総合格闘技の試合の生放送のようだった。
ごつい男たちが、汗水たらして殴りあっている。

【おおっ! またローキックだぁ!】

「おおおおっ!?」

「面白いか?」
「うんっ、うんっ!」
「そういやお前も、格闘技習わされてたんだもんな」
「うんうんっ!」

目をきらきらさせていた。

【またまたローキーック!!!】

つーか、しつように足を殺そうとしてるな。

「やれぇっ! ぶっ殺せーっ!」
「おい、はしたないぞ」
「りんごが剥けたわよ~」

キッチンから小皿を持って現れる京子さん。

「ああ、京子さん、お宅の娘さんが淑女にあるまじき発言をしているのですが」
「え? なにを言ってるの?」
「そこだーっ! ぶっ殺せーっ!」
「ほら」
「は? 何も聞こえないけれど?」
「いや、ぶっ殺せぇ・・・とか、物騒なこと言ってるじゃないですか・・・」
「はあ?」

「あれえぇ・・・?」

 

また、ホラーかよ・・・。

 

「うちの子がそんな不良みたいなこと言うわけないでしょう?」
「いや、あんたも聞いただろ?」
「あんた?」
「ああっと・・・こっちの話」
「じゃあ、そのあんたサンのぶんまで、りんごを用意しておきましょうかね」
「京子さん、いい感じに狂ってきてますねえ」

 

笑顔はいいもんだ。

いままで、いっつも張り詰めたような表情をしていたからなぁ。


「ああ、面白かったぁ!」
「あんな茶番のどこが面白いんだ?」
「なっ!?」
「相手を倒すだけならもっと効率のいいやり方がたくさんあるのに」
「なに知ったふうな口きいてるのよ!?」

ガキだなぁ。

ちょっと煽ったらこれだよ。

わかってるよ、そういう見かたをしちゃダメなんだろ?

「ローキーック!」

「あぶねえっ!」
「あはははっ!」
「ちょっとお母さん、娘のしつけを・・・」


「ローキーック!」

「あぶねえってのっ!」
「ふふふふふっ」

 

「すかさずローキーック!」
「だ、だからなんで、足ばっかり攻める・・・!?」

 

 

 

 

・・・
テレビもひと段落ついたところで、京子さんが剥いたりんごを食べる。

「あ、お母さん、そのナイフ・・・」
「うん・・・」

京子さんは、少し恥ずかしそうにうつむいた。

「あなたがくれたナイフよ。
覚えてた?おかげで命を救われたわ」

おれに視線を投げてくる。

「そっかぁ・・・ずっと持っててくれたんだね」
「もっと、いいもんプレゼントしろよな。
まったく灯花は攻撃的なんだから」
「でね、さっきの話の続きなんだけどね」

「聞け!」

なんなんだよ、さっきの話の続きって・・・。

「ええ・・・私の誕生日がどうかしたの?」

会話、通じてるし。

「なにか、欲しいものある?」
「えっ?」

二人とも、照れくさそうだった。

「ほ、ほら、私・・・いままでろくなプレゼントあげてなかったから・・・」
「その気持ちだけで、お母さんは十分よ」

「バカだなあ。そういうのはこっそり用意しておくもんだろ」
「う、うるさい!」
「ひぇっ!? ナイフ投げやがった!」
「ちぇ・・・」
「ちぇ、じゃねえよ、バカ! おれじゃなかったら死んでたぞ!」

「とにかく、気を使わないでいいのよ」

京子さんは小さく笑って台所へ入った。

「・・・で?」
「で、って、なんだよ?」
「こっそり用意しておくんでしょう? なにかいいアイディアあるんじゃないの?」
「と言われてもなあ・・・いきなりだったし・・・京子さんの性格も、いまひとつ、つかみきれていないところだし・・・お前が決めたほうがいいんじゃないか?」
「なにそれ?」
「いつなんだ?」

灯花は、誕生日の日付を口にした。

夏休みが明ける前の祝日だった。

「なら、ゆっくり考えるこったな」
「賢一も、考えておいてね」
「お前があげるものなら、なんでもうれしいと思うぞ」
「いいから、考えておいてよ」

・・・なんでおれを頼るのかね。

「ふぅ・・・お風呂入ろぉっと・・・。
お母さん、お風呂入っていい・・・?」

別に、いちいち確認する必要もないだろうに。

義務の、名残かな。

いや、傷痕とでも言うべきか。

ふと、長袖の制服に目がいってしまった。

 

 

 

 

・・・
「おい、入ってもいいか?」

灯花の部屋の前で、ノックをする。
けれど返事はない。

「・・・クスクス・・・」

笑い声?

灯花が漫画の本を読みながら、床に寝転がっていた。

 

「お前なあ・・・」
「な、なによ! いきなり入ってこないでよ!」
「勉強したのか?」
「これから、するところだったんだよ」
「すぐばれる嘘はやめろよ」
「あ、う・・・だって・・・面白いんだもの・・・」

そりゃ、ひさしぶりの娯楽だもんな。

「気持ちはわからんでもないけどな。そろそろ夏休み明けのテストに向けて勉強しないか?」
「も、おうちょっとだけ読ませてよ。ちょうどオチがつきそうなんだよ」
「ギャグ漫画かよ・・・」
「お願い、あと二ページだから」
「しょうがねえな」

・・・って、別におれの許可なんていらないはずなんだが。

灯花は、またニヤニヤしながら漫画本に視線を落とした。

「あははははっ!」
「・・・・・・」

楽しそうだな。

「あー、面白かったぁ。いまどき爆発オチもないでしょうに・・・」
「よぉし、じゃあ、勉強しような」
「あ、えっと、ラジオ聞きたいんだけど?」
「灯花・・・」
「だ、だって、勉強してなんの意味があるの?」

でたよ、未成年の疑問。

「勉強以外に、いま、意味のあることをする予定でもあるのか?」
「な、ないけど・・・」
「京子さんも、もうなにも言わないけど、やっぱり勉強して欲しいと思ってるんじゃないかな」
「あ・・・ご、ごめん。そうだよね・・・」
「・・・・・・」

 

このへんが、さちと違うところだな。
素直というか、物分りがいいというか。

「じゃあ、勉強教えてよ。一人より二人だよ」

気持ちの切り替わりも早い。

「よかろう・・・宇宙方程式から教えてやる」

 

 

 

 

・・・
二時間ほど、灯花に勉強を教えてやった。

「夜も遅いし、今日は、この辺にしとこうか」
「賢一って、実は勉強できるんだね」
「お前も、なかなかやるじゃないか。ほとんど教えることなんてなかったぞ」

灯花はかなり集中していた。

「お母さんちょっと変わったでしょう?」
「怖いくらいにな」
「なにも命令されなくなったら、逆に怖くなっちゃって」

へえ・・・。

「いい傾向じゃないか。自立が見えてきたんじゃないかな?」
「自立ってなに?」
「てめえの中にルールを作ることだよ。
親とか学園とか会社っていうルールなしでも、だらだらせずに、目標に向かってがんばっていける状態のこと」
「・・・な、なんだか、賢一がまともなこと言ってる」
「・・・まあ、妖精が言ってたんだけどな」
「妖精?」
「あ、こっちの話だ。別にお前を、バカにしたわけじゃないぞ」

軽く咳払い。

「目標か・・・」

心に記するところがあったようだ。

「なんかやりたいことあるのか?」

やっぱり、料理かな?

「うぅーん・・・少なくとも特別高等人はやだな」
「はは・・・京子さんも、もうそんな無茶は望んでないだろう」
「やっぱり、シェフかな? コック? パティシエ?」
「ぜんぜん知らないのか?」
「うん・・・調べたことないし」
「免許取るんなら、専門学校を卒業するか、何年かそういう職場に従事する必要があるぞ」
「そういう職場って?」
「だから、現場だよ。レストランとか、ホテルの厨房とか、ケーキ屋とかな」
「・・・どっちにしろ、この町にはないね」
「都会に出ればいいじゃないか?」
「うちってあんまりお金ないし」

・・・そりゃ、いままで毎日外食だったもんな。

「それに、お母さんを置いていくのも・・・」

京子さんは教員だから、そう簡単に引っ越すわけにはいかないか。

「まあ、いますぐ決めることでもないだろう」
「うん。でも、やるんだったら世界最強を目指したい」
「心意気はいいと思う」
「わ、私だって、さちみたいにがんばれるんだからね」

なぜか、むくれたように、頬を膨らませていた。

「今度、さちにも聞いてみろよ」
「なにを?」
「あいつが、どうして絵を描くのかって」

超てきとーな動機が答えとして帰ってきそうだな。

灯花は小さく頷いて、大きく伸びをした。

「がんばろーっと」
「そんじゃ、おやすみ・・・」

おれは、部屋を出た。

「おやすみっ、明日にはお別れかもね・・・」

国から義務の免除を告げる通知が届けば、おれは家を出て行く。

おれの背中に当てられた灯花の声が、少しだけ寂しそうに聞こえたのは、きっと、気のせいじゃないだろう。

 

 

 

 

・・・
「ふぅ・・・」

まったくもって平穏な毎日が続いている。

京子さんは、ちょっと無理をしながらも変わった。
灯花も少しずつ変わっていくだろう。
なにより、父親はいなくても、二人の笑顔がある。

 

義務は解消された・・・。
・・・のか?

 

いや、親による義務免除の申請が却下されることは、法律上ありえない。
手続きが遅延している理由はわからない。
そもそも、いまの大音家には、大人になれない義務なんて無意味だろう。


じゃあ、なんでおれは、灯花の監督が終了しないんだ?

 

ち・・・。

 

おれの頭では解決できないほどの、用意周到かつ壮大な罠でも待ち構えているのかもな。

 

「なあ、とっつぁん・・・」

 

 

 

 

 


・・・
「おはよう、森田くんっ」

軽快な声とともに、部屋のカーテンが勢いよく開けられた。

「今日のご予定は?」
「いつも通り、家でごろごろしてます」
「ダメよ。青春は時間との勝負なんだから」
「はあ・・・」
「私の青春は灰色だったわ。

だから、あなたたちには精一杯、伸び伸びと、いまを生きて欲しいの」
「本当に、別人のようですね」
「そう?」
「背中にチャックとかついてませんよね?」

実は中身が違うとか。

「フフ・・・FBIにマークされてるってこともないわよ?」

宇宙人に連れてかれたってわけでもないか。

「ただね、一つだけ考え方を変えたの。
いままでの私は、灯花を育てなければならないって思ってたの。
成り行きで灯花を別の家庭から引き取った責任を果たさなければならないって思ってたの」

・・・真面目だもんなぁ、この人。

「灯花って、すぐ怒るし、情緒不安定なときもあるし、物事を論理立てて考えることも苦手だし、決断力がないでしょう?」
「まあ、うっかりさんだし、後先考えずに家出したりするもんなぁ」
「でも、すごく優しい子でしょう?」

頷く。

「それだけでいいか、って思ったのよ」
「ほおほお」
「私の親は、私に特別高等人を目指せって言って、私のありとあらゆる欠点を矯正しようとしていたわ。
あなたみたいな完全超人を目指させていたのよ」
「まあ、おれには目立った欠点はありませんね。
エッチ関係が苦手というのも、あれは演技ですから。
ええ、本当に・・・」
「でね、話の続きなんだけどね」
「聞けよ」

京子さんは楽しそうに笑う。

「とにかく、私にまともな子育てなんてできるわけがないのだから、もっと肩の力を抜こうって決めたのよ。
灯花も、もういい歳なんだかよ、私の命令なんてなくても、ひとりでがんばっていけるわ。
それは、子育てを放棄するっていう意味じゃなくて、なんていうか、灯花を信頼するっていう感覚なのよ。わかる?」
「わかりませんよ」
「あら、冷たいのね」
「ただ、京子さんに笑顔が戻った。灯花もやりたいようにやっている。
客観的に見て、この家庭はうまくいっているんじゃないんですかね」

 

・・・少し、気になることが残っているといえば残っているんだが。

 

・・・例えば、火傷の一件とかね。

 

「おはよぉーっ・・・」

眠そうにまぶたをこすりながら、灯花が居間に姿を見せた。

「おい、お前。何時だと思ってるんだ?」
「いいでしょ? 夏休みなんだから・・・」

ぼけーっとしてる。

「灯花、朝は早く起きてジョギングしなさいって命令したでしょう?」
「あ、う、うん・・・すぐに・・・」

あたふたと部屋に駆け戻る。

「じょ、冗談よ、灯花!」
「えっ? あ、そ、そっか・・・ついつい・・・」
「あなたがあんまりぼーっとしてるものだから、お母さんちょっと冗談を言っちゃったのよ」

「えっと、京子さん。まだ、義務が完全に解消されたわけではないので、その手のギャグは気をつけてくださいね」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと朝からブラックだったかしら」

「顔洗ってくるね?」
「フフ・・・私に聞かなくてもいいのよ」
「あ、そうだったね・・・ついつい・・・」

灯花は洗面所へ。

おれは、することもなくごろりと床に寝そべった。

 

 

 

・・・
朝食のパンと牛乳を平らげると、おれは出かける準備をした。

準備といっても、ジュラルミンケースの中を整理するだけだが。

「そんじゃ、ちょっくら学園に行ってきます」
「なんで?」
「とっつぁんに用事がある」
「じゃあ、私は行かない」
「ついて来るつもりだったのかよ?」
「だって、退屈だし」
「料理の勉強でもしてろや」


「だ、台所に入っちゃ、ダメよ?」
「あ、うん・・・本を読んでみるだけだから」

「・・・・・・」

 

・・・平和だなあ。

 

 

 

 

 


・・・
・・・・・・
工事はまだ続いているようだった。

ぱっと見て、校舎の外観変化はない。

おれは作業をしている人の邪魔にならないように、校舎の中へ入った。

 

 

 

・・・
「森田です」
「入れ」

 

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「しびれを切らしたか?」

なんでもお見通しらしい。

「私の手続きに、なにか不備でも?」


「不備はない。
だが、大音灯花の義務が解消されるには、いましばらく時間がかかる」
「なぜでしょうか?」
「直にわかる」

 

じらすなよ・・・。

 

「正直、待ちきれませんね。いったい、いつになったら、次の試験段階に進めるんですか?」
「変化のない現状に耐えられないか?」
「まあ、いままでが、あまりに忙しい人生でしたからね」
「ケムリを吸う回数も増えると」
「・・・・・・」


「・・・麻薬をやるようになって、そろそろ一年か?」
「・・・はい。どうしても、やめられません」

すると、法月は姿勢を正し、声を張り上げた。

「防御! 伏せ! 立て!」
「・・・っ!?」

身体が反応する。

「腕! 心臓! 脚、脚!」
「はあっ・・・!」


それは、ナイフを用いた人の殺し方。

 

「逆手に持ったナイフを相手の腕の内側から入れ、そのまま筋肉を切断。
相手の指を引き金から離すと同時に左の肩から手を回しストラップで首を締める」

人殺しの、訓練。

「心臓を一突きする。胸骨の上から刺し、地面に引き倒す。
大腿部を刺す。動脈を狙え。邪魔な腕をどかし、脇から肺に向けてナイフを突き入れろ」
「・・・はぁっ・・・」

ぴきぴきと、全身の血管が沸き立つ。

条件反射で、身体が疼くのだ。

「はあっ・・・はあっ・・・」
「・・・・・・」

うっすらと、額に汗が浮かぶ。
視界がぐらぐらと歪み、みぞおちが潰れそうなほど痛む。

「・・・それほど、恐ろしかったか」
「ぅ・・・」

ひとつの国に、様々な民族が住まうというだけで起こった悲劇。
解放軍と称した武装ゲリラと、軍、警察の武力衝突。
先進諸国の軍事連盟は利権を巡って、空爆を開始した。
難民の車列が攻撃され、近隣の海は、不法投棄された爆弾で黒く汚染された。
民族浄化攻撃を経験した兵士たちが、敵対民族の村に送り込まれ、聖堂や家を焼き払い、住民を皆殺しにした。

「おれは・・・見ている・・・。
・・・瓦礫の山・・・決して消えることのない炎・・・閃光・・・。
耳にまとわりついて止まない銃声と悲鳴・・・ぎらついた瞳。
黒光りした顔、顔、顔・・・。
ヤツラは、無抵抗な女性や子供に機関銃の銃口を向けて歩かせ、一箇所に集める。
すぐには殺さない。
ある程度の人数が集まったら地面に蹴倒す。
そうして・・・」
「だが、お前は、解放軍の指揮官を一人、暗殺している。
迅速かつ的確な行動を称賛され、勲章まで授与されているではないか」

そのとき、おれの中で溜まっていた衝動が爆発した。

「仕方がなかったんだ!!
放っておけば空爆で殲滅させられるはずの村に対して、あくまで自分たちの民族による攻撃を主張し続けたあのクソの異民野郎が聖堂にたてこもってて、だからおれは侵入して背後から――――!!!」
「腕、喉、心臓、脚、脚、肺・・・マニュアル通りにナイフを突き立てたわけだ」
「っ!」

「ぬっ・・・!?」

踏み込むと同時に、狙いをつけていた。

左足。

おれにとって完璧な存在である法月将臣。

その身体的欠陥を狙い、腰にばねを利かせ、強烈な回し蹴りを放った。


「ぐぅっ・・・!」
「はあっ・・・はあっ・・・!」

全身が熱い。

特に、振り上げた右足が。

荒れた呼吸が引いていくにつれて、状況が見えてきた。


「・・・いいぞ、森田」

机に手を突いて、もたれかかっていた法月。
杖を使い、ゆっくりと体制を整えていく。

「私とて人間だ。そうやって不意に弱点を突かれれば、対処の仕様がない」
「はあっ・・・はあっ・・・。
す、すみません・・・つい・・・考える間もなく・・・」
「そう、なにも考えるな。考えていては人は殺せない。
そう教えたのは、我々だ。私はむしろ、お前のいまの行動によって、お前への指導が間違っていなかったと確信した」
「・・・・・・」
「お前は、意志力養成試験に合格できなかった。
だから、その埋め合わせとして戦争へ参加する羽目になった」
「わ、わかってます。おれの貧弱な意志を叩きなおすために・・・」
「だが、人間の意志というものは、戦争のような極限状態に置かれては、お前に限らず、みな等しく弱い。
残念ながらお前は、後遺症を負ってしまった」
「は、はい・・・毎日夢に見てしまいます・・・。
あのときの光景や、ときには匂いや感触すら・・・だから、おれは・・・っく・・・。あ、うぅ・・・」
「ケムリを吸いたいのならば、ここで吸ってもかまわんぞ」
「す、すみません・・・」

おれはたどたどしい手つきでジュラルミンケースの中からパイプを取り出した。

「はあっ・・・ふーぅ・・・」

法月は、おれをじっと見ている。

震える手でケムリを肺に入れては恍惚の表情を浮かべるおれを。

「だ、だいぶ、落ち着いてきました」

・・・どうやら、まだ大丈夫なようだ。

「そのクサは、南方産のかなり珍しい薬草のようだな?」
「調べたんですか?」

おれが持っているクサを、没収されたことはない。

「感覚が鋭くなり、一種の興奮状態が続く。
依存性は低いが、使用を続ければ幻覚や妄想を引き起こす。
常習者の躁鬱症状も多く見られているようだ」

本に載ってる通りの知識。

「・・・まったく、最近は深く考え込んでしまったり、いきなりふざけたことを言いたくなったりと・・・キャラが安定しないんですよね・・・クク・・・」
「お前が社会に莫大な貢献をすると誓う限り、私はお前の不正に目をつむろう」

ありがたいぜ。

おれがおかしな真似をしたら、すぐにしょっぴくってわけだ。

そうやって、首に縄をかけているつもりらしい。

「それでは・・・失礼します・・・なんだか疲れました」

 

 

 

 

・・・
「・・・あれ?
おれ、なにしにとっつぁんの部屋に行ったんだっけか?
やべえなあ、とっつぁんをすっ転ばしたっていう快挙に興奮して、目的を忘れちまったみたいだ。
まあ、いいや。帰るとしよう」

 

 

 

 

 


・・・
「ただいま・・・」
「お帰りっ。ちょっと見てくれる?」

家に帰ると、すぐさま灯花が封筒を目の前に掲げた。


「なんだこれ?」
「誰から来たのかわからないのよ・・・」
「貸して」

・・・そういえば、大音幸喜はこっちの住所を知っているんだったな。

「ちょっと、怖くて」

灯花の監督が終わらないことに、なにか関係があるのかもしれない。

 

封筒を開封する。


一枚の便箋を取り出す。


「仰々しいな・・・」


「森田くん・・・お帰りなさい・・・って、どうしたの?」
「あ、お母さん。変な手紙が来てたの」
「えぇっ? ま、まさか・・・」

京子さんもおれと同じ考えにいたったようだ。

「な、なんて書いてあるの?」
「読み上げるぞ・・・。
―――京子・・・さんへ・・・」

「・・・っ」

ぴくりと肩が震えた。

「――夜・・・九時に・・・。
・・・ん!?」

「ど、どうしたの!?」
「これは・・・?」


「な、なんなの? 物でも盗みにくるっていうの? 夜九時に・・・」

「――寝ています。ぼくは。磯野」

 

「は?」「は?」

「・・・・・・。
・・・そういう報告らしい」

「そ、そんなものをわざわざ人に知らせるな!」

そういえば、消印がない。

「まあ、待て。続きがある。
――伝書鳩のアントワネットが・・・この手紙を・・・届けてくれたかと、思います・・・」

読みづらいな。

「――アントワネットは、僕の親友です。
ちょっと悪女っぽい名前をつけてみました。
鳥目ですが、チャーミングな瞳です。
くちばしはちょっと尖ってます。鳥ですからね、しょせん」

「・・・なにが言いたいのかしら?」

「――そんな、アントワネットですが、一度手紙を届けると、逃げ出してしまいます。ある意味、悲しいです。
――先月も、伝書鳩のステファニーが逃げ出しました。
二倍(当社比)悲しいです、ある意味。
どうか、探していただけませんでしょうか、鳥ですけど・・・?」

「要するに、磯野くんの飼っている鳥が逃げたってことなのかしら?」
「お母さん、放っておこうよ・・・どうせふざけてるんだよ」
「続きは?」

「――アントワネットは、青いです。
チルチルと鳴きます。見つけたらきっと幸せになれると思います、ある意味」

「ある意味ってなによ! いい加減腹立ってきた!」
「――僕からのプレゼントです。見つけたら、娘さんと二人で二倍(当社比)可愛がってください。
焼くと、けっこう美味しいですよ、ある意味」


・・・最後はやっぱグロいんだな。

「さあ、こんなの無視してごはん食べよっ?」
「でも、なんだか、かわいそうだわ。
探してあげましょうよ、青い鳥を」
「やだ」
「灯花、生き物は大事にしなきゃダメよ?」
「だって、焼いて食えって言ってるじゃない!?」

「まあまあ、探すにしても、ちょっと難しいでしょうね」
「そ、そうだよ・・・この広い田舎町のどこをどう探そうって・・・」

 

バサバサバサ・・・!

 


「・・・え?」

全員、鳥の羽ばたきが聞こえた窓の外を見る。

「あれじゃない? 青い鳥・・・」
「早っ! もう見つかっちゃったよ!」
「あらあら・・・」

京子さんは、鳥に誘われるように玄関へ駆けていった。

 

 

 

・・・。

 

・・・・・・。

 

チルチル・・・

 

「チルチルって・・・」

アントワネットは、伝書鳩だけに鳩サイズだった。
けれど、青かった。

「奇形? 奇形なの?」
「どうしようかしら、この鳥」
「しょうがないから、磯野が来るまで飼いましょうか」
「でも、家には鳥かごもないし、エサだってないよ?」
「庭のミミズとか食べないかしら?」

「微妙に食べないと思う」

チルチル・・・チルチル・・・

我が物顔で居間を歩き回るアントワネット。

「ちょっと、なんか図々しいんだけど?」
「ちょっと待て、なにやら様子がおかしいぞ」

「・・・チルチル・・・チル、チ・・・」

 

バタッ!

 

「倒れた!」
「大変!」
「え? なんなのこの早い展開!?」

「死んだわ!」
「うそぉっ!?」
「そう・・・よくがんばったわね。
長い、長い夢だったのよね・・・」
「なに言ってるのお母さん!?」
「磯野くん、あなたの気持ちは確かに受け取ったわ」
「泣けてくるな・・・」

「え? 私だけ? ついていけてないの、私だけ?」
「さっ、焼いて食べてあげましょう」
「さっ、って・・・本気? かわいそうじゃないの?」

「灯花、火の準備はできてるぞ」
「え? 私が焼くの?」
「あなたが料理したいっていうからでしょう?」
「さあ・・・」
「さあ・・・」

「え? え? え?
わ、私・・・私・・・私・・・っ!?」


・・・・・・。

・・・。


・・・。

・・・・・・。

 

「かっ・・・」


「・・・ん・・・」


「灯花・・・大丈夫か?」


「ん・・・あ・・・」

ガバッっと、布団を跳ね除けた。

「え?」
「お。起きたか?」
「・・・あれ? 賢一? ここ、は?」
「お前の部屋だよ」
「と、鳥は?」
「は?」
「ま、まさか・・・これって・・・」
「だいじょうぶか? ちょっとうなされてたぞ」
「ゆ、夢オチ? いまどき夢オチ!? うそでしょ?
視点とかぐっちゃになったじゃない?
叙述トリックは他の文で嘘をついちゃだめなのよ!?」
「なにを言ってるんだ?」

混乱しているらしい。

「はあっ・・・はあっ・・・」
「あのさ・・・お前、台所に入ってちょっと気分悪くなったんだって。
とっつぁんのところから帰ってきたら、お前、もう寝てたぞ」
「そ、そこから夢だったんだ。オーケー。整合性は取れた」


・・・大丈夫か、こいつ?

「・・・料理でもしようとしてたのか?」
「え? ああ・・・っと、どうだっけ・・・確か、ちょっと火の使い方を確認してたような・・・」

うっかり、火傷でもしそうになったのかな。

「まあ、まだまだ暑い季節だからな」

とはいえ、灯花はそれほど身体が弱いってわけではなさそうだし。

「もう、平気か?」
「うん・・・なんかよくわかんないけど・・・」
「じゃあ、ちょっとシャワーでも浴びて来いよ。
もうすぐメシだから」
「あ、ありがとね。ずっと付き添っててくれたんでしょ?」
「暇だからな」

おれはドアノブに手をかける。

「そうそう、今日は鳥のから揚げだって」
「うぇっ!?」

 

 

・・・
「ごちそうさまでした、と」
「おそまつさまでした、と」

「なんか、息ぴったりだね」

灯花はまだ食べ終わっていないらしく、コップに口をつけていた。

「あらそう? じゃあ、森田くんと結婚しようかしらね」
「ぶーっ!」

「きたねぇっ!」

「お、お母さん、冗談きつすぎるよ」

そのとき、京子さんは突如手を叩いた。

「そうそう、磯野くんから、熱烈なラブレターをもらったのよ」
「あれ? 夢じゃなかったんだ」

また、夢とか言い出したぞ。

「磯野くん、本気みたいね」
「・・・でしょうね」
「私、あんなヤツが父親になるなんて、認めないからね」
「まだ、結婚するなんて言ってないでしょう?
気が早いわね」
「しかし、それほど磯野のことをむげにも扱っていないですしね」
「磯野くんは苦労人ですからね。精神年齢も高そうだし・・・」

「ちょっと、お母さん。本気なの?」
「もちろん、嘘よ。なぁに? 妬いてるの?」
「そ、そんなんじゃないよぉ・・・」

顔を赤くする灯花だった。


「ま、まさか・・・本気でくっついちゃったりして・・・」

 

 

 

 


・・・
日が落ちるのが早くなったと実感する。

おれは、また、ジュラルミンケースの中を整理していた。

「あらら・・・また私の負け?」
「ふふふ、これで三連勝だね」

親子はテレビゲームに興じていた。

「まったく、灯花は天才だわ~。お母さんにも教えてちょうだい」
「えっとね、ここでBボタンを押すの。すると、ミサイルが出るでしょ?
そしたらみんな疫病で死ぬから」

・・・どんなゲームだよ。

「わかったわ。じゃあ、もう一度ね」
「何度やっても、お母さんには負けないよーっ」

・・・楽しそうだな。

もう、この親子の関係は問題ないだろう。

京子さんは命令しない。

おれの仕事もないようなもんだ。

夏咲の様子でも見に行こうかな。


それとも・・・。

まぁ、やめておくか。

「ムムム・・・なかなか手ごわい・・・」
「よいしょっと。ここで核投下ね」
「あああっ!?」

ゲームの中と違って、現実は平和だった・・・。

 


・・・灯花は風呂に入っていった。
おれは二人きりになったことを確認してから、京子さんに声をかけた。

「ちょっと、いいですかね?」
「どうしたの? 灯花のいないところで内緒話?」
「鋭い」

おれは視線をわざと台所に移した。

「灯花はもう、ほとんど自由です。

漫画を読んで、ゲームをして、寝たいときに寝ています」
「そうね・・・私が何も命令しないもの」
「ただ、台所に入るのだけは、禁止していますね?」
「禁止・・・というほど、強制したくはないのだけれど・・・それがあの子のためだと思って・・・」
「火傷ですか?」

過去をほじくりかえすようで、申し訳ないのだが。

「まったく、森田くんにはかなわないわね・・・」

京子さんは短いため息をついて語り出す。

「全部、私が悪いのよ・・・私が、慣れないことをしたものだから・・・」
「あなたは、もともと、料理をしない人だったんですよね?」
「ええ・・・大嫌いだったわ。温かい家庭料理なんて」

強い口調。

子供のころ、なにかあったようだな。

「私の家は裕福だったから、ご馳走が毎晩テーブルに並んだものだわ・・・。
でも、私は、いつも冷めた残り物を食べさせられてた。
私だけ、いや、私と幸喜だけ、除け者にされた食卓だったのよ」

だから、温かい手料理とやらに憧れ、そして、羨ましかったんだな。

「あ、なんか私、また鬼みたいだった?」
「はは・・・大丈夫ですよ」

 

「でも、その日は灯花の誕生日だったから」
「なるほど・・・」
「料理の本を読んで、必要以上に食材をそろえて、入念に準備をしたのだけれど・・・っ・・・」

つらそうに、ため息をつく。

「鍋をしていたのよ。でも、水の量を間違えたのか、それとも火加減が違ったのか、とにかく、熱湯が吹きこぼれてしまって・・・それで・・・たまたま私を手伝おうとしてくれた灯花に・・・」
「・・・・・・」

 

熱湯・・・か。

 

「・・・うぅ・・・私は、なんてことを・・・」
「まあまあ、過ぎてしまったことですよ」
「あの子ね、ずっと長袖を着ているでしょう?
わがままを言うことがあっても、私の前で火傷のことだけは、一度も口にしたことがないのよ・・・きっと、私を傷つけないように、気を使って・・・それで・・・」
「わかりました。だから、台所には近づけたくないんですね」
「ええ・・・あの子が、嫌なことを思い出すんじゃないかって・・・それが原因になって、幸喜のところで受けていた仕打ちを思い出すんじゃないかって・・・」

京子さんは、すでに画面蒼白になって、恐怖に震えていた。

「ただ、灯花は恩赦祭のとき、料理をしていました。
ひょっとしたら、もう、だいじょうぶなんじゃないですかね?」

慰めるように、言った。

「い、いいえ・・・危険だわ。恩赦祭は、川辺で料理をしたのでしょう?
灯花が心に傷を負ったのは、うちの台所なのよ?」
「確かに。今日も、勝手に台所に入って、気分が悪くなったとか・・・」
「そ、そうでしょう? 私、怖くて・・・」

「じゃあ、おれも、あいつが台所に入らないように見張っておきますね」
「あ、ありがとう、森田くん・・・」
「でも、ゆっくりでいいですから、灯花の心を癒していきましょうね」

・・・って、それはおれの仕事じゃないんだが。

 

「ふぁぁあーっ・・・いいお湯だったー・・・」

風呂場から、灯花の、のんびりとした声が聞こえた。

「・・・っ」

灯花の姿を見て、沈んでいた顔を上げた。

「り、リンゴ剥いておいたわよーっ! 一緒に食べましょうっ!」

「・・・・・・」

 

京子さんも、無理をしているんだな。


けれど、がんばって欲しいな。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

 


・・・
「ふぅっ・・・今日はここまでっ」

鉛筆を置いて、机から立ち上がる。

「お疲れさま・・・これで、休み明けのテストは大丈夫だろう」
「うんっ。うっかりミスさえしなきゃ平気だよ」

そのうっかりが、怖いんだよ・・・。

「もう、寝るか?」
「あ、えーっと、どうしようかなぁ」
「・・・漫画も読んだし、ゲームもしたし・・・」
「ラジオは・・・ああ、今日はろくなの流れてないか・・・。
・・・寝よっかなぁ・・・でも、もったいない気も・・・」

・・・うだうだしやがって。

「料理の本でも読んで勉強したらどうだ?」
「あ、そだね」

けれど、それで台所に近づかれても困るな。

「じゃあ、明日辺り、川辺で料理の練習でもしないか?」
「川辺?」
「おう」
「私、ケーキ作りたいんだけど?」
「いいからいいから」
「むっ、なんか強引・・・」

いきなり不機嫌になった。

「いいだろ?」
「別に、いいけど・・・」

 

むくれたように言った。

「そいじゃ、おやすみ」

 

 

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「た、たまには、ここで寝てもいいんだよ?」
「・・・おいおいおい、恥ずかしすぎるって・・・」


「・・・ばーか」

おれは、逃げるように部屋を出た。

 

・・・明日も、暇だろうな。

 

 


・・・
「京子さん、今日は、おれが飯を作りましょうか?」
「あらそう? それじゃ、お願いしようかしら」
「フライパンはあります?」
「ええ・・・私も簡単なものくらい、がんばって作ろうかと思って、一通り調理道具はそろえたのよ」
「そうですか。じゃあ、ミミズでも焼きましょうかね」
「やめてよっ」

 

 

 

 

・・・
朝飯を食い終わって、いつものようにまったりしている。

「そういえば、そろそろ京子さんの手料理が見られる頃ですかね?」
「え?」
「自炊しないと、やっぱり、家庭の財布も厳しくなってきますしね」
「そうね・・・」

京子さんは、ため息をひとつついて、やがて決心したように言った。

「今夜あたりに、チャレンジしてみるわ」

「ほ、本当にっ!?」

灯花は興味津々なようだった。

「・・・えっと、何か食べたいものある?」
「お母さんが作ってくれるなら、なんでもいいよ」
「そういわれると、困るわね」

「灯花、言ってやれよ。満漢全席って」
「賢一は、フグでも食べてろ!」

・・・もちろん、毒は抜いてくれないんだろうな。

「どうしようかしら・・・簡単に・・・そう、お味噌汁と・・・そうね、お魚でも焼こうかしら・・・」
「お魚は、けっこう焼き加減が難しいんだよ?」
「あら、そう?」

「なんで知ってるんだよ?」
「本で読んだの」
「おいおい・・・」

「じゃあ、野菜炒めでも作ってみようかしら」
「あ、やっぱり、カレーがいい」
「そう・・・なら、カレーにしてみようかな・・・」
「・・・あー、どうしよっかなぁ・・・やっぱり、お魚が・・・」

「こらこら、はっきり決めろ」
「だ、だって、お母さんが、料理作ってくれるんだもん」

 

・・・そういえば、灯花にとっては、待ち望んでいたことなのかもしれないな。

 

「あんまり、期待しちゃだめよ?」
「マンガみたいな肉が出てきても、笑いませんから」
「ちょっと、賢一! お母さんをバカにしないで!」
「いいのよ。せめて、黒コゲのカスみたいなの出さないようにするわね」

「楽しみだなあ・・・」

 

 

・・・
京子さんは、朝からずっと料理番組を見たり、その手の本を読んだりと熱心な様子だった。

「え、えっと・・・卵を・・・割って、い、いや割り入れて、あ、いや、割ったと見せかけて、ちょっと一息、ふぅーっ・・・」

 

・・・なに言ってんだ、この人。

 

おれは、灯花を連れ出すべく、部屋に入った。

 

 

 


・・・
「ふひゃひゃひゃっ・・・!」

チョコレートをかじりながら、ベッドに寝転がっている灯花。

「また、マンガ読んでんのかよ!」
「だって、面白くって・・・くふふふっ」
「おい、とっとと、川辺で料理の練習をするぞ」
「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って。もうちょっとでオチがつくから」


「ち・・・」


「あははははっ!」
「・・・・・・」
「ぷっ、くくくぅっ!」
「・・・・・・」
「ひ、ひどいなぁっ・・・アハッ!」

「あんたも知っての通り、人間てのは他人が楽しそうだと腹が立つ生き物なんだ」

というわけで、軽く蹴りを入れる。

「きゃっ!」
「こら! 暇だろ!? おれが!」
「ああ、ごめんごめん。今度賢一にも読ませてあげるよぉ」
「読むか!」
「面白いのになぁ・・・だっていまどき、ダジャレオチだよ?」
「なにがいまどきだよ。知ったふうな口ききやがって」
「フフン、教養の差が出たね~」
「いいから、料理の練習するぞ」
「うぅん・・・なんの料理にしよっか? 昨日はチキンだったよね?」

・・・また迷いだしたよ。

「今日も鳥料理でいいよ、めんどくせえな」

ふと、嫌な予感がした。

「じゃあ、鳥だけに、キチンとしないとねっ!」

 

・・・キレそうだった。

 

 

 

 

 


・・・
・・・・・・
久しぶりに商店街まで足を伸ばしたが・・・。

「まだまだ、暑いなあ・・・」

風はけっこう涼しいんだが、地面からの照り返しはきつい。

「・・・そうだ。お母さんに、クーラー買ってもらおうっと」
「そんな金ねえだろ。貧乏人は、麦でも食ってろ」
「なんでそんなに機嫌悪いの? 確かに家は貧乏だけどさあ・・・」
「フン、金が欲しいか?」
「・・・なによ? くれるっていうの?」
「言っておくがな、おれはこの国でだいたい一万本の指に入る金持ちだぞ」
「指多すぎるし」
「だから、その気になれば、お前の家をまるごと買うこともできるんだ」
「はいはい・・・」
「その気になれば、お前の学費を立て替えて、専門学校に入学させることもできるのだ」
「なんか、話がリアルになってきたんだけど?」
「嘘だと思うなら、さちに聞いてみるがいい」


「・・・っ! な、なんで、さちが出てくるのよ?」
「ふふ・・・」

さて、どんな反応を示すかな。

「ちょっと、本気なの?」
「ああ・・・どうする? 特別に貸してやってもいいんだぞ?」
「料理の専門学校に行けるってこと?」
「そうだ。高い学費や、都会での生活費なんかを全部出してやる」
「・・・ま、まだ、料理人になるって決めたわけじゃないし」
「なんだよ、それ・・・」
「それに、そんな大金借りたら、返す当てもないし・・・」
「有名なコックにでもなって、きっちり返してくれよ」
「う、うん・・・でも、自信ないし・・・」

 

・・・ダメだ、こりゃ。

やっぱり、こいつ、料理が本気でやりたいってわけじゃないんだな。

 

「料理は・・・なんていうか、いままでほとんど外食だったから・・・。
ほら、家庭料理に憧れてたっていうか・・・そんな程度だから・・・」
「でも、お前ってさ・・・ほら、あのとき川辺で・・・」

「あ・・・」

「おいおい、おれがとっつぁんにボコにされたことは、もう忘れろって。
おれは、平気だって。その・・・ハードMだから。

ぶ、ぶたれると、気持ちいいから」
「変態!」

・・・恥ずかしいこと言わせるなよ。

「ひとまず、買い物を済ませようか」

あとは川辺で話そう。

 


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

夕日が落ちて、清らかな水面と戯れている。


蝉の鳴き声が、風に運ばれてくる。


まだまだ夏景色だ。

 

 

「はぐ、はぐ、はぐ・・・」

 

風情を台無しにする女の子がひとり。

 

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「おい、こら。こんなところで甘い物ばっかり食うな!」
「賢一だって、さっき死ぬほど食べてたでしょう?」
「おれは、お菓子の国の王子様だからいいんだ」
「私だって、お菓子の国のお姫様だもん」

まったく、おかげで、夕方になっちまったじゃねえか。

「じゃあ、ほら、火を起こしてやるから。いつでもいけるように、野菜を切っておけ」
「火、起こせるの?」
「なめるな、ボケ。

こちとらその辺の鉄くずを鍛冶して、ナイフに替えることだってできるんだぞ。装備も武器も現地調達だったんだ」
「また、大ぼらが始まっちゃったよ。急に金持ちぶったり、傭兵ぶったりするんだから・・・。
そんな人、この世にいるわけないでしょう?」


「本当だったら、どうするんだよ?」
「えっ?」


「おれみたいなヤツは、いるわけねえだと?」
「だ、だって、そんなはずないでしょ? きっと、みんな口をそろえて言うよ。
森田賢一なんて、ありえないって」
「そう思うなら、お前だけがそう思ってりゃいいんだよ。
嫌味な体育教師みたいに口を動かすな」
「体育教師?」
「おれは、幼少期、ブランコのこぎ方がわからんかったことがある。
そしたら体育教師がこう言った。森田はありえんと。
なあ、みんなもそう思うだろう? 先生間違ってないよなあ?
おかしいのは森田だけだよなあ?
・・・って、周りに確認を取るんだよ。てめえに自信がないもんだから」
「ていうか、ブランコのこぎ方わからないって・・・」
「フン、世の中には、てめえが思うよりもっと変なヤツやすごいヤツがいるってことを覚えておいたほうがいい。
そして、そういう変なヤツほど、唐突に現れるんだ。
だから凡人は彼らを理解できないんだ」
「わ、わかったよ・・・偉そうだなあ・・・」
「唐突に現れるんだ」
「な、なんで、そこだけ連呼するのよ!?」
「見てろよ・・・」

おれは、おもむろにジュラルミンケースに手を突っ込んだ。

「は・・・? そ、それって、いつもタバコ吸うときに使ってる・・・」


「ほらな? 火、起こしただろ?」

 

「ぶ、ぶっ殺すぞ!」

 

 

 

 


・・・
灯花は、鉄板の上に野菜や肉を撒き散らして、箸でつついてる。

ジュージューと肉の焼ける音とともに、香ばしい匂いが辺りに漂う。

「・・・・・・」

最近ふやけっぱなしだった灯花にしては、真剣な表情をしていた。

「あのさ・・・なんか、気分悪いとか、ちょっとお腹が痛いとか、そういうのないか?」
「ん・・・?」
「いや、だから・・・」

京子さんは、灯花に料理を禁止していだんた。
それは、灯花が父親から受けたことを思い出すんじゃないかと、危惧してのことだ。

「平気だよ。むしろ、元気ハツラツぅっ? ってとこかな?」
「なにそれ? まさか、それが噂の一発ギャグか?」
「ち、違うよバカ!」

・・・どっちにしろ、平気なようだ。

京子さんも、心配しすぎなんだろう。

「それで、例の恩赦祭のときなんだけどよ・・・」
「あ、うん・・・本当にごめんね・・・私のせいで、賢一があんな目にあっちゃって・・・」
「いや、おれの方こそ、思い出させるようなことは言いたくないんだが・・・」

気になることがある。

「・・・お前って、あのときみんなに鍋料理食わしてたと思うんだけど?
ついでに、意外とまずくはなかったと思うんだけど?」
「あれは・・・」

不機嫌そうに、首をかしげた。

「別に、台所に入っちゃダメってだけで、料理自体が禁止されてたわけじゃないから・・・。
こっそり、学園の家庭科室で練習してたことあるし、本もたくさん読んでたから・・・」
「へえ・・・」
「なによ?」
「才能はあるのかもしれないな。うっかりしてるくせに」
「料理してるときはね、ぜったい集中力が途切れないのっ」
「ほお・・・ますます、才能を感じるコメントですね」

褒めると、目を輝かせた。

「この料理をね、誰かに食べさせるんだぁって思うと、ちょっとやそっとのことは、気にならなくなるんだよっ」

その笑顔は、夕日を受けて、いっそうまぶしく輝いた。

思わず、言った。

「お前、やっぱ料理人に向いてるんじゃねえか?」
「そ、そうかな?」
「いや、向いてるって」
「あ、あんまりおだてないでよ・・・そこまで、好きってわけじゃないんだから・・・」
「いや、おれにはわかる。天は望むものに才能を与えるとは限らんのだ」
「はは・・・なんか、照れちゃうね」
「まあ、どうするかは、自分で決めればいいけどさ・・・向いてるとは思うよ」
「うん・・・もうちょっと、よく考えてみるねっ」

照れくさそうに、箸を動かしていた。

・・・ここまでおだてて、うっかり食材を焦がしたら、ある意味灯花っぽいのだが・・・。

「うんっ、いい感じかなっ!」

 

きちんと完成させたようだった。

 

 

 

 

 

・・・
練習用だったため、用意した食材は少なく、完成した野菜炒めはそれほどの量ではなかった。

「じゃあ、これ、食っちまうな」
「うん。ご飯前だけど、それくらいなら平気でしょ?」

やわらかくなった野菜を箸ですくって、口に運ぶ。

ふむ・・・。

「ど、どうかな?」
「ああ・・・」
「そ、そんなに、外してはいないと思うんだよ」
「いいんじゃないか?」
「本当?」
「うん。よくわからんけど、火加減とか調整できてないのに、焦げてもいないし、逆に生って感じもしない・・・」
「うんっ。じーっと観察してたからねっ」
「すごいじゃないか」
「はは・・・」

少女の顔が朱に染まる。

「お、お母さんも喜んで食べてくれるかな?」
「当然だろう。娘の料理を喜ばない親はいないぞ」
「だよね、だよねっ」
「まあ、残念ながら、もう全部食っちまったがな」


「じゃあ、明日、食べさせてあげようっと」

無邪気な、まるで子供のような笑顔。

「その前に、今日は京子さんの手料理が待ってるぞ」

なんだか、おれまで幸せな気分になる。

温かい手料理が家庭にある。

どこにでもある、当たり前の、小さな幸せ。

「じゃあ、帰ろう?」
「おう。そろそろ夕飯だ」

おれたちは、家路を急いだ。


食卓に帰るのだ。

 

 

 

 

 

・・・
・・・・・・
途中、ちょっと走ったものの、すでに辺りは暗くなってしまっていた。

「はあっ・・・京子さん、待ちくたびれてるんじゃないかな」
「こんなに遅くなっちゃうなんて・・・悪いことしたなぁ・・・」
「楽しみか?」
「・・・家に帰ったら、お母さんが作った料理が待ってるなんて、なんだかドキドキするよぉ・・・」
「はは・・・それが、普通のことなんだかな・・・」
「お母さん、なに作ったのかな? カレー? 野菜炒め?
それとも、焼き魚かな?」

興奮を隠し切れない様子だった。

「・・・とにかく、中に入ろう」
「ただいまーっ!」

 

 

 

 


・・・
「お帰りなさい・・・」
「・・・・・・」
「お母さん、お待たせ! ごめんねっ、遅くなって」
「いえ、いいのよ。森田くんと一緒だったんでしょう?」
「うんっ。賢一がね、チョコレートたくさん食べるから、おそくなっちゃった・・・」
「そう・・・楽しく遊んできたのね・・・」

 


・・・匂いがしない。

 


「汗かいたでしょう? お、お風呂、沸かしておいたわよ」

 


キッチンから、なんの匂いもしない。

 

「じゃあ、ざぱーっと浴びてくるねっ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

「ふぅーっ、まだまだ暑い日が続くからなぁ・・・」

灯花は、上着を手でぱたぱたしながら、風呂場に向かった。

食卓には、目を向けずに。

「京子さん・・・どうしました?」

何の準備も整っていないテーブルを見やった。

「ご、ごめんなさい・・・」
「いや、謝られても困ります。何かあったんですか?」
「ごめんなさい・・・」
「だから、どうしたんですか?
朝から、ずっと料理の練習してましたよね?」


「・・・たの・・・」
「え?」

か細い声。

「・・・無理、だったの・・・私には・・・」

神経質そうな、細くて鋭い声だった。

「京子さん、落ち着きましょう。なにが無理だったんですか?」
「だから私には、料理なんて無理なのよ。才能がないのよ」

最近は隠れていた、京子さんの冷たい部分が再び顔をのぞかせていた。

「へ、下手な料理なんて、誰も食べてくれないのよ・・・」
「京子さん・・・?」
「だから、嫌だったのよ・・・」

目のふちが、深く、黒く、窪んだような気がした。

「あ、ご、ごめんなさい。私、どうかしてたみたいね・・・」
「・・・だいじょうぶですよ」
「む、昔ね・・・」
「はい・・・」
「私だって、子供のころ、がんばって家族に気に入られようとしていたこともあるのよ。
そ、それで、ほら・・・私の家って、お金持ちじゃない?
いつも豪勢な料理ばかりでていたから、たまには、簡単な、そう・・・シチューみたいな・・・簡単な・・・」

いまにも息が途絶えそうだった。

「そんな、シチューをね。作ったのだけれど・・・誰も、見向きもしてくれなくて・・・」
「京子さん・・・」
「まずそうだって、思いっきり母親に怒鳴られて、テーブルにシチューが飛び散ってね・・・幸喜がちょっと、火傷しちゃって・・・それで、私も・・・っ・・・」

ふと、ゴミ箱を見ると、細長いニンジンの皮や、少し実のついたじゃがいもの皮があった。

「事情は、なんとなくわかりました」

 

けれど、人がそんなに弱くていいのだろうか。

 

「ただ、灯花は、楽しみにしていたんです」

つい、語気に力が入ってしまった。

「あなたは、灯花の母親になると、決めたんでしょう?
あなただけじゃなくて、灯花も暗い過去を背負っているんです。
だったら、母親のあなたがもっとしっかり・・・」

そこまで言って、おれは自分を恥じた。

「・・・すみません」

なにを知ったふうな口を利いているのか。
正論を並べ立てたところで、この親子のことは、この親子にしかわからないのだ。

「い、いいのよ・・・私が悪いんだから・・・」

 

やり場のない空気が蓄積した。


「お母さん、お母さんっ!」

弾んだ声が、いっそう痛々しいものに感じられた。

「お母さんったら、すごい、うっかりだね! お風呂、水だったよぉっ!」
「・・・・・・」
「私も、うっかり、水風呂に浸かるところだったよ~!」

 

灯花の明るさと優しさは、滑稽なほど痛烈に、京子さんの闇を際立たせる。


―――電話が鳴った。


いつもなら晩御飯が終わって、仲良くおしゃべりでもし始める時間帯。

「電話だよー! 電話に出てもいい?」

京子さんは軽く頷いた。

灯花は、軽快な動作で受話器を取る。

おれは、この電話が、間の悪いものにしか思えなかった。


そんな予感を肯定するように、電話に出た灯花の顔色が変わった。

 

 

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「え・・・?
は、はい・・・私、灯花ですけど・・・?」

京子さんは、怪訝そうに灯花を見ている。

きっとおれも、同じように強張った表情をしているのだろう。

「う、うそ・・・なにを・・・なにを言っているんですか・・・?
ちょ、ちょっと・・・冗談やめてください。い、いまさら、そんなこと・・・。
は、はい・・・で、でも、お母さんは・・・。
お、お父さんも、そこに・・・!?」

「・・・っ!」

京子さんが息を呑む音が、はっきりと聞こえた。

「い、いや・・・ですから・・・はい・・・そ、そんな、いきなり無茶なこと言わないでください・・・」

灯花は、助けを求めるような視線をこちらに送ってきた。

おれはおもむろに灯花に近づく。

「ま、待って。頭が、混乱して・・・」
「灯花、一度、電話を切るんだ」
「・・・あ、明日にしてください!」

 


受話器をたたきつけた。

「あ・・・」

灯花は、肩で息をしながら、自分が怒鳴り声を上げて切った電話を見ていた。


「灯花・・・大丈夫か?」
「う、うん・・・私は、平気・・・」

平気そうじゃないのは、一目瞭然だった。

「・・・どうしたんだ?」
「へ、変な人から電話がかかってきたの・・・」
「変な人?」

お父さんという単語が出たな。

「男か?」
「ううん・・・女の人・・・落ち着いた感じだった」
「用件は?」
「い、一緒に、暮らさないかって・・・はは・・・。
お、お父さん、すっごい、反省してるって・・・もう二度と、あんな馬鹿な手紙送らないから・・・だから、一緒に暮らさないかって・・・。
と、途中で、ちょっとお父さんの泣き声まで聞こえて・・・なんだか、すごく、二人ともつらそうで・・・」

そのとき、それまで黙っていた京子さんが、ゆっくりと口を開いた。

「・・・誰、なの?」
「佐知代って・・・名乗ったの」

「え?」

大音佐知代。

灯花の戸籍を見たとき、その名前はあった。

「お母さん・・・この人って、佐知代さんって・・・」
「お母さんよ」

「え?」

驚いた。
その薄情なまでの冷静な声に。

「あなたの、お母さんよ。本当のね」

冷ややかだった。

錯覚であることを祈った。

突き放すような眼差しが、灯花を、射すくめたのだ。

「あ、え・・・?」

灯花は薄笑いを浮かべ、虚空を見つめたまま、ゆっくりとその場に崩れ落ちていった。


・・・・・・。