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車輪の国、向日葵の少女【29】


・・・

 

おれが、どうしてさちと磯野と夏咲を見捨てて、この町を逃げ出したのか。

99%はおれ自身がどうしようもないクズだったからなのだが、残りの1%は親父のせい・・・ということにさせてもらおうか。

今日、おれの親父、樋口三郎は革命家などではなく、ただのテロリストということになっている。

もっと詳しくいうと、ヒエラルキーに反対を唱える過激派アナキスト

特別高等人を志し、中央の一流大学に入学。
在学中のご乱行っぷりは、尋常じゃない。

南方の貧困にあえぐ諸国を巡行し、現地の革命家や思想家と交流をもったことが親父の考え方を方向づけたようだ。

体制への批判を書いた機関紙を発行し、各種研究会や講演会を開く。
校舎の屋上で度を過ぎた演説を行い、治安警察と衝突したことすらあった。

ただ、学業は非常に優秀だったようで、通常六年かかるところを三年で卒業し、特別高等人の選考過程に至る。

十五年に及ぶ特別高等人の選考過程の中で、親父も一度は丸くなったようだ。

晴れて特別高等人になった親父は、国家の犬として懸命に働き、数々の功績を称えられている。

けれど、あるとき、大統領暗殺という物騒な事件が起こった。
事件の首謀者は、ともに反政府思想を掲げていた親父の学友だった。
弾圧を免れなかった親父は、やがて特別高等人を辞職する。

その後、親父は各地を放浪し、アホみたいに遊びふける。

一応の住所をこの田舎町に定め、おれとお姉ちゃんを勝手気ままに育てる。

親父はまったく働かなかったし、口を開けば冗談しか吐き出さなかった。
だから、親父が現政権と武力闘争を開始した事情を、おれは未だに理解していない。


ひょっとしたら一生理解できないかもしれない。

ただ、親父はたくさんの血を流した。

国内の貧困層、労働者層を中心として、反乱勢力は一万人規模にまで膨れ上がった。

そのころ、アナキストによる世界大会が開かれたことも、世論的に親父を後押しする。

親父は政府関係者への巧みな賄賂工作によって、差し向けられた軍隊を退ける。
おかげで当初一ヶ月で集結すると思われた内乱は、一年以上も続いた。

そうして、樋口三郎の出身地であるこの町にも、テロリスト掃討を目的とした軍隊がやってくるのだった。

そのころ、おれは家に一人きりだった。
けれど、夏咲やその家族がおれの面倒を見てくれていた。
夏咲だけではなく、磯野やさちといった友達も増えて、不安だが寂しくはない毎日を過ごしていた。

 

 


――

―――

――――


「健、どうした?」

ぼくは磯野くんと一緒に山で遊んでいた。

「あ、ううん。お父さん、だいじょうぶかなって・・・」
「おいおい、無事に決まってるだろう?
もし三郎さんが倒れているならすぐニュースに出るだろうし、この町の緊張感もなくなっているはずだ」
「お、お姉ちゃんは、だいじょうぶかな?」
「健のお姉さんは、三郎さんに手を貸しているんだったな?」
「う、うん・・・大学も辞めちゃったんだって・・・」
「下手なことは言えないが、三郎さんの娘なら大丈夫だろう」
「お父さんの娘だから?」
「優秀な人なんだろう?」
「う、うん・・・ぼくとは大違い。だけど、心配だなぁ」

しばらくの間、連絡一つ取れていなかったのだ。

「心配するなって」

大仰にぼくの肩を叩いた。

「三郎さんは無敵だ。 いまに、あの人が世の中に自由と相互扶助の精神をもたらしてくれるよ」

磯野くんは、いつも大げさな発言をしていた。

「ああ、俺も三郎さんと一緒に戦いたかったなぁ」

そして、ちょっと熱くなる傾向があった。

「俺のナイフで、にっくきヤツラを五分刻みに切り裂いてやるのによぉ」

さらに、ちょっとグロかった。

「三郎さん、どうして俺に黙って町を出て行ってしまったんだー!」

野山に向かって叫んだ。

「い、磯野くんって、演技派だね」
「演技じゃないよ。俺は三郎さんを崇拝しているだけだ」
「ちょっと過激だと思うよ」
「三郎さんの信者なんだからしょうがないだろう」
「ぼくのお父さんは、そんな教祖みたいな人じゃないよ」
「いいんだ。俺が勝手に信じているんだから」
「・・・どうしてそんなにお父さんが好きなの?」
「俺のことを、我が息子と言ってくれたからだ」
「え? 息子? なんで?」
「隠し子らしい」
「そ、そんな馬鹿な!?」

 

「あー、あたしも、我が娘って言われたよー」

「あ、さっちゃん・・・」
「さち、お前もか?」
「あたしら、姉弟ってことでいいんじゃない?」
「ち、ちょっと待って。
ぼくの姉弟はお姉ちゃんだけだよ?」
「細かいこといってるんじゃないよ。あんたら、あたしの家来でしょ?」
「あ、そうでした。すみませんタメ口利いてしまって」
「で、でも隠し子っていうのは、お父さんの冗談だと思うよ」
「三郎オジサンもすごいテキトーだからさあ、うっかり磯野くんが隠し子でもおかしくないんじゃ?」
「え、で、でも・・・磯野くんもさっちゃんも、お父さんとお母さんいるでしょ?」

すると、二人して、笑い出した。

「冗談に決まってるだろ?」
「ホント、ケンはなんでも本気にするよねぇ」
「なんだぁ・・・いつもの冗談かぁ」

ぼくも笑ってしまう。

「でも、さっちゃんと磯野くんがぼくの姉弟でも、ぼくはぜんぜん構わないよ」


「お、いいヤツじゃん!」

磯野くんもうなずいた。

「最初はただの臆病者と思っていたが、心根が優しく純真なところは評価に値するな」

この二人と仲良くなれたのは、夏咲のおかげだった。

クラスの中心的存在だった夏咲が、いつもびくびくしていたおれをみんなに紹介してくれたのだ。

夏咲がいると、不思議と人が集まるのだった。

「みんなーっ!」

夏咲ちゃんが手を振っていた。

 

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「なにやってるのーっ?」
「見ての通り、サバイバルごっこだよ?」
「え? 本当? なんか面白そうだねっ!」

「マジでサバイバルごっこしてたの?」
「してないよ。磯野くんと二人でお話ししてただけ」

「じゃあ、これからサバイバルごっこしようよぉ!」

ぼくたちに向かって微笑む。

「あれ? でも、どういう遊びなの?」
「ぼくも、わかんない」
「とにかく食料を集めればいいんだよ」
「木の実とか? キノコとか?」
「鳥でもウサギでも蛇でも、食べれそうなものはなんでも集めるんだ」
「うげっ! 動物はやめようよ。エグイって」
「この非常下で何を言うか!? 食べれるもんならなんでも食べなきゃだめだろうが」
「なんでもいいから、始めよー!」

茂みに飛び込んだ。

「あ、待て! 抜け駆けは許さん!」
「早く、早くーっ!」
「よーし、木登りは得意だからねーっ。負けないよーっ!」

「あ、ああ・・・み、みんな待ってぇ」

・・・・・・。

・・・。

 

他愛のない子供の遊びだった。

おれたち四人はいつも一緒だった。

友達であることに、何の意味も見返りも求めない。

四人で笑い合うような毎日が永遠に続くと信じている、そんな幼い時代だった。

 

 

 

・・・
学園のお昼休み。

僕が学園に通うようになったのも、クラスでいじめられなくなったのも、全てなっちゃんのおかげだった。

「ケンちゃん、ご飯一緒に食べよーっ」

なっちゃんは、いつでもぼくに声をかけてくれる。
そんなとき、さっちゃんが割り込んできた。

「ちょっとそこの商店街まで、パン買ってきてよ」
「ま、またぁ?」

さっちゃんは、ぼくのことを家来だと本気で思っているのだった。

「だって、ケンってば、足、超早いじゃん、音速じゃん!」
「そ、そんなことないよ」
「ケンちゃんは足速いよー。体育の時間の徒競走でも、クラスで一番早かったよね?」
「・・・あれは、たまたまだと思うな・・・。
いや、そんなことより、足が速いからって、どうしてぼくがさっちゃんのご飯を買いに行かなきゃいけないんだよ?」
「そんなの決まってるよ」

にやーっと笑う。
こういうときのさっちゃんは、なにか意地悪なことをたくらんでいるのだ。

「夏咲とケンがいちゃいちゃするのを邪魔してるんだよーっ」
「えっ・・・!?」
「ええぇっ!?」

「って、なにマジに顔赤くしてんのよ!? 超ウケるーっ!」
「さ、さっちゃん、そういう冗談はやめてよぉーっ」
「・・・・・・」
「つーか、あたし鼻が利くからさあ、そういうのすぐわかるんだよねぇ」

笑いが止まらないようだった。

さっちゃんは、ちょっと悪ノリが過ぎると思う。

 

 

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「おい、みんな、楽しそうにしているところを悪いんだが・・・」

磯野くんの手にはいつものSF小説がある。
本を読んで、その影響を少なからず受けているようだった。
みんなの知らないことをたくさん知っていて、ぼくらは困ったことがあるとなにかと磯野くんを頼るのだった。

「最近、家で変わったことはないか?」
「どんな?」
「そうだな・・・さちさんのお父さんは、最近、夜に出かけたりしないか?」
「え? なんで知ってるの?」
「いや、俺のお父さんもなんだ」

ぼくはなっちゃんの顔を見たが、なっちゃんは首を振った。
どうやらなっちゃんの親は違うらしい。

「どういうことなの?」
「おそらく、三郎さんに味方するつもりなんだと思う。
おれたち子供には黙っているつもりなんだろうけどな」

そこで、磯野くんは襟を正す。

「知っての通り、この町は三郎さんの出身地だけあって、三郎さんを支持する人も少なくない。加えて、つい最近、三郎さんは都市部で政府軍を敗退させた。
そろそろこの町でも解放運動が始まると思うよ。
少なくとも、その準備は進められている。
俺たちも心しておこうじゃないか」
「おー! ・・・って言えばいいのかな?」
「磯野くんは、なんだか、かっこいいねーっ」
「うんうん。革命家みたい」

「いや、冗談で言っているんじゃないんだがな・・・」

・・・・・・。

・・・。

 

確かに、磯野の予想は現実のものになるのだが、しばらくは平穏な毎日が続いた。

 

 


・・・ある晩、ぼくらは田んぼに忍び込んでいた。

さっちゃんが、吐息のかかる距離でささやいた。

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「・・・よし、稲をかっぱらってくるのよ」
「えぇっ? 犯罪だよ?」
「バレなきゃ平気だってば・・・」
「というか、なぜ稲なんだ?」
「だって、メロンとか野菜とか盗んだら学園退学じゃん。
稲はセーフだよ」
「いや、だから・・・夏場の青々と茂る苗を盗んでどうするのかと聞いている。
食べられないぞ?」
「いいんだよ。盗むことに意味があるんだから」

どんな意味があるのか、まったく理解できなかった。

「ケンはあたしの言うこと聞いてくれるよね?」
「え? ぼ、ぼくは・・・」

もちろん嫌だ。

「ねえ、ケン。あんたあたしの家来でしょ?」
「え、えっと・・・」

断りきれない。

さっちゃんは、ぼくに悪いことをさせようとしている。

「ねっ。いいでしょ?」

けれど、さっちゃんの目がどこか寂しそうなのだ。
例えば、一人になることを恐れているような目をするのだ。
それは決まって、ぼくや磯野くんに無理難題をふっかけるときだった。
別に、ぼくがさっちゃんのいうことを聞かなくても、ぼくはさっちゃんの友達なのに。

「まあ、いいだろう。盗んで満足したら、あとで苗を返しに来ればいいさ」
「よーし、じゃあ行ってこーい!」
「・・・・・・」


「やれやれ・・・寂しがり屋め・・・」


こそこそ・・・。

「い、磯野くん、やっぱりやめようよ。この時期までちゃんと育った苗を取っちゃうなんてかわいそうだよ」
「わかってる。その辺の雑草でいいだろう」
「え? でも、さっちゃん、怒らないかな?」
「暗くて間違えたことにすればいい。
さちさんは、俺たちに自分の言うことを聞いて欲しかっただけだよ。
まったく、わがままというかなんというか・・・」
「・・・へえ」

磯野くんは達観しているというか、妙に大人びているところのある少年だった。

「さぁて・・・」

水田に足を踏み入れる。

ぬちゃりと湿った音がして、泥が跳ねた。

「こらーっ!」

「むっ!?」
「う、うわわわっ!?」

・・・
「夏咲ちゃんじゃないか・・・びっくりさせるなあ・・・」
「田んぼに入っちゃダメなんだよぉ。早く出なさい」

なっちゃんに言われるがままに、田んぼから出た。

「いったい何してたの?」
「ざ、雑草むしりだよ」
「こんな時間に?」
「それは・・・」

困ったなぁ。
夏咲ちゃんにはウソはつきたくない。

「こんな時間といえば、夏咲ちゃんこそなにをやっているんだ?」
「わたしは、ケンちゃんの家に遊びに行ったらいなくて・・・」
「子供はこんな時間に出歩いちゃダメだろう?」
「そうだよ、危ないよ?」
「そういえば、さっき山の方に、外国の人たちがたくさん集まってた・・・」
「集会か・・・異民の人たちも決起するのかな・・・」

そんなとき、遠くでさっちゃんの声が上がった。

「まーだー?」


・・・・・・。

・・・。

その後、ぼくらは、磯野くんの提案でそれぞれの家に帰った。
徐々に町全体の雰囲気がおかしくなっていた。

 

 

・・・
次の日の昼休みは、教室全体が騒がしかった。
夏休み前のテストが返却されたからだ。

「ケン、どうだった?」

答案用紙をひったくられた。

「うおっ! また満点じゃん!」
「すごーい!」
「まったく、ケンの才能には驚かされるな」
「いや・・・昔、お姉ちゃんに教えてもらってたから・・・」
「キミはもっと自分に自信を持つべきだな。
実力のある人間は実力に応じた働きを求められるのが社会というものだ」
「・・・いや、ぼくは・・・」

褒められると、なぜか気まずい。

「ぼくはただ、お姉ちゃんに教えられたことをそのままやってるだけだから・・・。
特に、自分のやりたいことがあるわけじゃないし・・・。
さっちゃんは、絵を描くのが大好きでしょう?」
「え? ああ、まあ・・・」

さっちゃんは少しだけ苦い表情になった。

「あれ? どうしたの?」
「なんでもないよ・・・」

まあ、いいか。

「磯野くんは、物知りだよね?」
「俺はただのSF小説マニアだよ」
「趣味があるのはいいことだよ」

「わたしは?」
なっちゃんは・・・。
えっと・・・ぼーっとするのが好きでしょ?」
「むぅっ・・・なにそれぇ?」
「い、いや・・・たまに、幸せそうにぼーっとしてるから」
「日向ぼっこしてるんだよ。青空をぼーっと眺めてるのっ!」

やっぱり、ぼーっとしてるんじゃないか。

「とにかく、みんな、なにか好きなことがあっていいなって思うんだよ。
ぼくは、テストの点数が良くて、体育の授業で決められた距離を走るのも苦手じゃないけれど、それは、ただ単に、誰かから押し付けられたことを上手にこなせてるっていうだけであって・・・」

徐々に視線が足元に向かって落ちていく。

別に悪いことをしたわけじゃないのに、申し訳ない気分になる。

「ケンちゃん、顔上げてよ」
「贅沢な悩みだな」
「ケンって、ホント根暗だねえ・・・」

みんなして、ぼくの顔を覗き込んで、笑っていた。

「では、おれの一押しのSF小説を貸してやろうじゃないか」
「今日、帰りに一緒に日向ぼっこしようよっ」
「つーか、考えすぎ! 頭良くて運動もできて顔もいいんだから、それだけでハッピーじゃん!」
「・・・・・・」


・・・・・・。

・・・。

 

 

ガキのころから、おれは小さなことをくよくよと考える正確だった。

そんなおれを、みんなは呆れた様子もなく、いつも励ましてくれていた。

いまになって思う。

彼らはおれに、期待していたのだ。

 

 

 

・・・
夕暮れ。
ぼくたちは手をつないでいる。
なっちゃんと一緒の帰り道。
なっちゃんは、いつもぼくの手を求めてくる。

 

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「・・・うとうと・・・」
「ね、ねえ、なっちゃん
「んー・・・?」
「歩きながら眠ろうとしないでよ」
「えへへ・・・ケンちゃんが手を握ってくれてるから、平気かなぁって・・・」
「・・・・・・」

なっちゃんのはにかむような笑顔に、ぼくはいつも黙るしかない。

「おやすみぃ・・・」


ゆらゆら・・・。

「あ、な、なっちゃん! そっちは田んぼ・・・っ!」
「あ、あわわわわっ・・・」

ふわふわ・・・。

「そ、そっちも、田んぼだって!」
「お、おおっ・・・!?」
「真っ直ぐ歩いてよ!」
「・・・ふふふっ」


くそ、わざとなのかな・・・。


ふらーっ・・・。

「だ、だから、田んぼが・・・!」
「田んぼばっかりだねぇ・・・」
「・・・あのねぇ」
「怒ったぁ?」
「怒ってないよ・・・。しょうがない子だなぁって思っただけ」
「ごめんね。ついつい甘えちゃうんだよねー」

そう言って、ぴたっと、くっついてくる。

「・・・まあ、いつものことだからいいけどね・・・」
「いつものこと?」

不意になつみちゃんは背筋を伸ばす。

「そうだね。いつものことでも、それが楽しければいいよね。
戦争が起こって、世の中のいろんなものが目まぐるしく変わっていくけど、わたしたちは変わらないよね?」
「う、うん・・・」
「変わらずに、ずっと一緒にいようねっ?」

・・・・・・。

・・・。

 


当時のおれは、不安で仕方がなかった。

父親が国中を引っ掻き回しているのだ。

お姉ちゃんも、そばにはいない。

だから、頼りになるのは夏咲たちだけだった。

おれは、夏咲の手を握りしめ、そのぬくもりにすがっていた。

けれど、ある晩、磯野が突然おれの家を訪ねてきた。

そして、すがるのではなく、逆に彼女たちを守ってやろうと言うのだった。

 

 

・・・

 

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「夜分にすまない。もう寝るところだったか?」

布団の中でお姉ちゃんのことを心配していたら、いつの間にか、ぼくはべそをかいていたようだ。

「どうしたの? なにか良くないことでもあったの?」
「良くないことは、これから起こる」

磯野くんは神妙な面持ちでぼくに近づいてきた。
泣いていたのがばれて、恥ずかしかった。

「実は、今日。俺の親に政府の役人から電話がかかってきた」
「磯野くんの親って、町長さんだよね?」

どんな内容の電話なんだろう。

「盗み聞きしていた限りだと、相手の要求はこの町にいる外国人勢力を含む反体制派の引渡し、ってところだった。
・・・けれど、俺の親父そのものが反体制派なわけで・・・。
・・・いま、さちさんのお父さんや、異民の方々と会議を開いているよ」
「つまり、どういうことなの?」
「この町に、軍隊が来るってことだよ」
「えぇっ・・・!?」
「俺の親父は、異民の人を政府に決して売ったりしない。
だから、きっと戦闘になる」
「そ、そんな・・・怖いよ・・・」
「・・・俺たち子供にはどうしようもない。もともと世の中は大人が動かしているんだから、あきらめるしかない。
それより、与えられた環境で何ができるか考えようじゃないか」
「で、でも・・・銃を持った人がたくさん来たら、それこそあきらめるしかないよ・・・」

膝が震えてきた。

「お、お父さんが、この町で隠れているのが一番安全だって言ってたのに・・・。
だから、ぼくはひとりでここに住んでるのに、なんで・・・なんで軍隊が攻めてくるの・・・?」
「なら、逃げるか?」

苛立った声。

「逃げてもいいと思うよ。むしろ、逃げるべきかもしれない。
でも、俺とさちさんと夏咲ちゃんは逃げられない。
なぜならここが故郷だからですよ
友達がいて、家族がいるってヤツですよ。大切なものを守りたい気持ちがあるってワケですよ。世の中はそれを愛って呼ぶんだぜ。
・・・すまん。サンボ○スターみたいなこと言って」
「・・・・・・」
「まあ、そういうことだ。逃げるんならいまのうち、な」

背を向けた。

突然のことで、ぼくは何がなにやら、わからなかった。

この町に軍隊が来て、戦争になる・・・?

銃を持った大人が、たくさんの人を殺しに来るのだ。
想像するだけで恐ろしい。
ただ、せっかくできた友達と別れるのは嫌だ。
去っていこうとする磯野くんを見送るのがとてもつらい。

「ま、待って、磯野くん!」

「町に残るのか?」
「あ・・・」

ぼくは、みんなと離れたくないだけなんだ。

「ぼ、ぼくは、みんなと一緒にいたいよ・・・」
「それは、つまり、この町に残るということだよ?」
「う、うん・・・」
「そうか・・・」

磯野くんは、真意を推し量るかのように黙ってぼくを見つめていた。

「・・・磯野くん、ぼく、ここに残るよ」

耐えきれずに言った。

磯野くんは、なにかを吹っ切るように首を軽く左右に振った。

「じゃあ、せめて夏咲ちゃんとさちさんは守ってやろうね。
さちさんは、勝気だけど、中身はひどい寂しがり屋だから、ケンがいなくなったらきっと悲しむぞ。
悲しんで、怒る。
夏咲ちゃんは、何も考えていないように見えて、いや、本当に何も考えていないんだけど・・・きっと、ケンのことが大好きだよ」
「・・・大好き? 夏咲ちゃんが? ぼくのことを?」

照れるより先に、怖くなった。

「ど、どうして? ぼくみたいなヤツを? ほ、本気で?」
「さあ、よく分からん。夏咲ちゃんは感性で生きているような子だから。
感性で生きている人は、非論理的だから、理解するにはこっちも感性でものを考えなきゃいけない」
「感性で物を考えるってなに? それができたら苦労しないよ」
「俺もわからん。ただ、夏咲ちゃんはケンが好き。
学園でそれに気づいていないのは、ケンだけだ」
「・・・・・・」
「だから、守ってやろうな」
「う、うん」

「・・・・・・」

「うんっ! うんっ!」

・・・・・・。

・・・。

 

うん、うん・・・!

おれは何度も頷いたと思う。

夏咲とさちを守る。

そのときは、真剣にそう思ったのだ。

誓いを立てるように、磯野の目を見てはっきりと返事をした。

安全な場所にいたそのときは、いくらでも勇気を湧き立てることができた。

 

まったく、最低だ。

最低なおれは、それから数日を過ごした。

朝、夏咲と通学路をともにして、学園でさちや磯野と遊んで、再び夏咲と一緒に下校する。

それまで通りの変わらない毎日。

・・・変化は、唐突に訪れる。

 


「ねえ、ケン・・・」
「ど、どうしたの? またなにかたくらんでるの?」
「ふふふっ、あははっ、いひひっ!」

き、気味が悪いよぉ。

「あのね、夏咲から伝言だよ」
「え?」

そういえば、下校の時間だというのに、なっちゃんがそばにいない。
いつもなら、チャイムが鳴ってすぐにぼくの席に寄ってくるのに・・・。

「なにキョドってんのぉ・・・?」
なっちゃん、ぼくになんて?」
「教えて欲しい?」
「お願い」
「なんか意地悪したくなってきた」
「さっちゃん!」

ぼくにしては珍しく、声を荒げてしまった。

「・・・・・・」

さっちゃんもなんだか不機嫌になってしまったようだ。

「ご、ごめん・・・」
「いや、別に、謝らなくていいよ・・・フフ・・・」

また、寂しそうな目をしていた。

理由は分からない。

「向日葵畑で待ってるって」
「え?」
「夏咲、ケンになにか言いたいことあるみたいだよ」
「どんな?」
「それは行ってみてのお楽しみでしょ?」

軽く手を振って、さっちゃんは教室の出口に消えていった。
ぼくは首を傾げながら、なっちゃんの待つ向日葵畑に向かった。

 

 


・・・
果てしなく続く向日葵畑がオレンジ色に染まっていた。

いったい、どこになっちゃんはいるのだろう。

「なっちゃーん!」

ぼくの小さな声は、吹き渡る山風にさらわれて、すぐに小さくなった。

歩き回るしかないか。

なっちゃんの姿を探しながら、道なりに進んでいく。

ぼくより背の高い向日葵は、いつでも元気よく背を伸ばしている。

なっちゃんと初めて会ったときも、ぼくらはこの向日葵に囲まれていた。

黄色いリボンが、向日葵の花びらよりも、いっそう鮮やかにはためいていたのを覚えている。

「・・・・・・」

そう、あんなふうに―――っ

 

ドッ――――ン・・・っ!!!!

 

 

 

・・・・・・・

直後、向日葵の顔がぼくの目線より下にあった。

その振動に体が浮いたのだ。

腰にずしりとくる、尋常ではない地響き。

何が起こったのか理解できないまま、気づいたときには、ぼくは地面に尻餅をついて腰を抜かしていた。

空がおかしい。

夕焼けが、必要以上に赤く染まっていた。

どす黒い煙が上がり、風は火薬の匂いを運んできた。


「あ、ああ・・・あう・・・!」

なっちゃん・・・。

なっちゃんは無事だろうか。

燃えた向日葵がごおごおと叫んで、ぼくの視界を妨げている。

「な、なっちゃんを・・・助けに・・・」

息苦しさに、めまいを覚える。

心臓が喉のすぐ下で脈打っているかのようだ。

動けない。

ひょっとして、ぼくは死んでしまったのではないか。

あまりに、身体が言うことを聞かない。

なっちゃんは、ぼくを待っていたのだ。

いまも、きっとぼくを待っているのだ。

立ち上がって、大切な少女を救うべく、大火に包まれた向日葵畑を走り回らなければならない。

磯野くんと、この前なっちゃんを守ろうと約束したばかり。

なのに、ぼくは、指先一つ動かすことができず、目の前に広がる一変した世界の勢いに呑まれていた。

 

 

 


・・・・・・。

・・・。

その後、おれと夏咲は、かけつけた磯野のお父さんたちに助けられた。

夏咲は奇跡的に無傷だった。

おれの無事を確認した夏咲は、涙混じりの笑顔を見せた。

夏咲の笑顔は変わらなかったが、田舎町は急激に姿を変えた。

青々しく澄んでいた空は、鈍色に染まった。

爆風が切断された電線を空中にのた打ちまわらせ、建物を焦がす炎を凶暴化させた。

そこらじゅうから銃声が沸きあがり、重奏音のように町並みをおおう。


甲高い女性の声が一筋走り、次の瞬間には、すぐそばから聞こえていた赤子の泣き声も止む。

要するに、無差別攻撃だったのだ。

史実では、テロリストが民間人に紛れて襲撃してくるため、多少の犠牲はやむをえなかった、となっているが、誰がなんと言おうと、一方的な虐殺がそこにあったのを、おれは決して忘れない。

 

 

 

・・・
「ケンちゃん、包帯取って」

薄暗く、じめじめした洞窟の中に、うめき声が響いている。
人々は町を追われ、山に無数にある洞窟に隠れていた。
ぼくのいる洞内には、女性や子供が百人くらいで生活していた。

そして、負傷した人や身寄りのない子供の面倒をみていたのだ。

「ほらっ、どいてどいてっ!」

さっちゃんの親は、行方不明になっていた。

「まったく・・・打つ手なしか・・・」

磯野くんのお父さんは、重症を負っていた。

「まさかこんな田舎の民間人相手に、これだけの大軍を送りつける余裕があるなんて・・・。
三郎さんもピンチなのかねぇ・・・」

いつも冷静な磯野くんも、にごった瞳で、ぶつぶつと独り言をつぶやいていた。

「ケンちゃん、ご飯一緒にたべよーっ」

底抜けに明るい声。
なっちゃんは、まるで学園のお昼休みの時間にいるようだ。

「はい、半分こしようねー」

日に日に小さくなっていくおにぎり。
それを二人で分けて食べた。

「ね、ねえ・・・なっちゃん・・・」
「んー?」
「怖くないの?」

なっちゃんは、お父さんもお母さんも、行方不明なのだ。

「・・・怖いよぉ。
怖いけど、ケンちゃんもさっちゃんも磯野くんもいるから、まだまだ平気だよっ」

ぼくは、平気じゃない。

爆弾が爆発して人がたくさん死ぬ光景を嫌というほど見せられた。

「・・・あのね、ケンちゃん」

手を握られる。

震えが治まった。

「ケンちゃんを向日葵畑に呼んだでしょ?」
「あ、うん・・・」

そういえば、けっきょく何の用事だったんだろう。
これまで、それどころじゃない毎日だった。

「えっとね・・・わたしね・・・」
「う、うん・・・」

緊張で手のひらが汗ばんだ。

「・・・・・・」
「ど、どうしたの?」
「や、やっぱりやめておく」
「え? や、やめておくの?」

 

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「ふふふ、もうちょっと落ち着いたらにするねーっ」
「あ・・・」

そう言って、また看護に向かった。

・・・いつ、この状況が落ち着くというのだろうか?

 

 


・・・
「磯野くん、ちょっといいかな?」
「どうした?」
「・・・えっと、ぼくたち、これからどうなっちゃうのかな?」
「三つの道がある。
一つ、三郎さんが活躍して、ここにいる軍隊が撤退する。
二つ、俺たちが降伏する。
三つ、この洞窟が見つかって、問答無用でガスを投げ入れられてみんな死ぬ」
「三つ目は、やだよ!」
「俺だってやだよ。年上の綺麗なお姉さんと結婚するまでは、死んでも死にきれん」
「こ、降伏しないの?」
「いまのところ、反撃する予定だそうだ」

信じられなかった。

「ど、どうして? 誰がそんなこと言ってるの?
磯野くんのお父さんだって、傷ついて動けないんでしょ?
誰が戦うっていうの?」
「ケン!」

肩をつかまれる。

「聞くところによると、三郎さんが大統領官邸を包囲したらしいんだ。
「えぇっ? じゃあ・・・」
「上手くいけば、そのまま戦争も終わる」
「だったら、いま降伏したっていいでしょ?
どうせお父さんが勝つなら、一度捕まったって、すぐ釈放されるんじゃ?」
「三郎さんが必ず勝つとは限らない。
それに、のこのこ白旗掲げて出ていって、許してもらえるかどうか怪しいよ。
下手するとそのまま殺されるかもな」
「そんな・・・そこまでひどい人たちなのかな?」
「あいつらは、動けなくなった俺の母さんを撃ったんだぞ・・・!」
「っ・・・!?」
「・・・すまん。アニメっぽい声だして・・・」
「・・・・・・」
「ちなみに、もし俺が捕まったら、俺も最後だろうな」
「え? どうして? 子供は、罪が軽くなるはずだよ?」
「おれのお父さんが、この町の責任者で、この地域の内乱の首謀者だからだ。
連座は免れねえよ」
「れ、連座?」
「俺も、お父さんと同じ罪に問われるってことだよ」
「ぼ、ぼくもかな?」

磯野くんは少しだけ間を取って、それから静かに言い切った。

「三郎さんの息子だから、極刑だろうな」
「そ、そんな・・・」

目の前が一気に暗くなる。

お父さんを恨みたい気持ちで胸がいっぱいになった。

「ケン・・・心配するなって。死ぬときは一緒だ」

肩に腕を回してくる。

「うぅ・・・」

けれど、正直、頼もしいとは思えなかった。

そして、そんな磯野くんの配慮を感謝できない自分が嫌になった。

「ここが見つかるのも時間の問題だろうな・・・いや、その前に食料が尽きるか・・・」

・・・・・・。

・・・。

 

おれは、そのときの自分の心理を、よく思い出せない。

つまり、ちょっと危うい精神状態にあったんだろう。

風が吹けば折れてしまいそうなほど、おれの神経はか細くなっていた。

・・・だが、それはみんなも同じだったろう。

なのに、おれだけが・・・。

・・・。

 

 

「はあ・・・腹減ったぁ・・・」
「ふぃーっ・・・」

洞窟に隠れて、一ヶ月近くたった。

配給されるおにぎりは、すでにピンポン玉くらいの大きさになっていた。

「あー、いらいらするっ。なんであたしがこんな目に・・・」
「・・・はあ・・・」

「おいみんな。嘆いてばかりじゃ始まらんぞ」

「じゃあ、どうしろっていうのよ!」
「サバイバルごっこでもしようじゃないか?」
「ふざけてる場合じゃないでしょ?」
「ふざけてなんかいないよ」
「みんなで、食料を集めればいいんだよね?」
「あ、そういうこと?」

さっちゃんの顔が急激に明るくなった。

「よーし、この際、ヘビでもカエルでも食べちゃうぞーっ!」
「じゃあ、俺とさちさんとケンの三人で行こう」
「え? わたしもいくよーっ?」
なっちゃんは、疲れてるからダメ」

そういえば、なっちゃんは、ほとんど寝ないで看護を続けていた。

よく見れば、なっちゃんのやわらかい手肌が荒れている。

いつも、つないでいた手のひらが疲労を訴えている。

「ぼくが、なっちゃんのぶんまで取ってくるから」

なっちゃんを見据えた。

「あ、えっ?」

ふらっと、なっちゃんの身体が揺れた。

なっちゃんは、ここで待っててよ。すぐ戻るから」
「・・・・・・」

「ほお・・・」
「ケンが珍しくかっこいい・・・」
「ば、馬鹿なこと言ってないで。さっさと外に出ようよ」
「わかった。大人連中に見つかると厄介だから、一人ずつこっそり外に出よう。
なにか聞かれたら、用を足しに行くことにすればいい」
「オッケー、じゃあ、あたしから」

さっちゃんが出口に向かう。


・・・。

しばらくして、磯野くんも外へ。


なっちゃん、ゆっくり休んで待っててね」
「ま、待って」

袖を引かれて立ち止まる。

 

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「必ず、帰ってきてね」
「大丈夫だよ。この山は、よくお姉ちゃんに連れ回されてたから。
庭みたいなもんだよ」
「うん・・・信じてるね」

どちらからともなく、手を取り合う。

「ケンちゃんは、何があってもきっと帰ってくるって」

ぼくは驚きを隠せなかった。

「信じて、待っててもいい?」

なっちゃんが、不安そうにぼくを頼っている。
立場が逆だ。
いつもぼくに優しさをくれていたのは、なっちゃんの方なのだ。

「もちろんだよ」

精一杯、力強く言った。
すると、少女の顔に、いつものように鮮やかな花が咲いた。

「ありがとうっ」

 

 


―――それが、樋口健と、日向夏咲の最後の会話だった。

 

 

・・・
ぼくらは手分けして、食べられそうな物を探していた。
ビニール袋に、キノコや木の実を詰めていく。

・・・がんばらなきゃ。

爆弾が落ちたあの日、向日葵畑でのぼくは最低だった。
なっちゃんを助けなきゃいけなかったのに、足がすくんで動けなかったなんて・・・。

・・・お姉ちゃん、ぼくに勇気を下さい。

そのとき、真後ろの茂みががさりと音を立てた。

ぼくは、恐怖ですくみあがる。

「お、ケン、すごいじゃないか」

磯野くんが、ぼくのぱんぱんになった袋を指差していた。

「な、なんだ・・・磯野くんか。兵隊かと思ったよ」
「はは・・もしこんな山奥まで敵がうろついてるんなら、とっくに俺たちの洞窟も見つかってるよ」
「そ、そうなんだ・・・」

どうやら安全なようだ。

「そうとわかれば、どんどん集めていこう」
「ちょっと待て。その葉っぱは、いったいなんだ?」
「薬草だよ。煎じて飲むと、熱が下がるんだ。
それからこっちの葉っぱは、切り傷に当てると消毒の効果があるんだよ」

お姉ちゃんに教わったんだ。

「おお・・・確かに、医療品も不足気味だったな」
「なかなかやるじゃんっ。機能してんじゃん」
「さちさん、首尾はどう?」
「まあまあ集まったんじゃないかな」
「じゃあ、そろそろ引き上げよう」
「待って。まだ日が暮れるまでは時間があるよ」
「まだやろうってのか?」

ぼくは頷いた。

「いいんじゃないかな? 食べ物がたくさんあったほうがみんな喜ぶよっ」
「ふむ・・・そうするか・・・。
なら、ケンは薬草を中心に採集してくれ。さちさんはキノコ。
俺は野うさぎを罠にはめているから」
「わかったよ、任せて」


・・・・・・。

・・・。

 

 

・・・
陽が暮れかけて、ぼくたちは再び集まった。

「あれ? さっちゃんは? もう時間だよね?」
「・・・さちさんは、時間にルーズだから」

直後、頭上で声がした。

「こっちこっちーっ」

「あ、さっちゃんだ」

太い幹に腰掛けて、こちらへ向けて手を振っていた。

「な、なにやってるの? 危ないよっ!?」
「偵察だよぉっ」

なんて、無鉄砲なんだ!

「早く降りてくるんだ。こっちから見えるってことは、向こうからも発見される可能性があるってことなんだぞ!?」
「大丈夫、なんにも見えないよっ! そんなことより夕陽が綺麗だよーっ!」
「さっちゃん!」
「平気、平気ーっ!」

馬乗りの格好で、木を揺らしていた。

「って・・・あれ・・・?」
「ど、どうしたの? なにかあったの?」

さっちゃんは、なにかに食い入るように、首を前方に伸ばしている。

「さっちゃん。さっちゃんてば!」

思わず息を呑んだ。

 

「ぐ、軍隊だっ!!」

「危ないっ!」


落ちる・・・!?

とっさに、両手で顔をおおってしまった。

さっちゃんが、自分の背の五倍くらいの高さから落下する過程を、指の隙間からかいま見た。

さっちゃんの身体が頭から地面に叩きつけられようとしたその瞬間、磯野くんが滑り込むように身を割り入れた。


「・・・くっ!!」
「いっ、だっ!」

「だ、だいじょうぶっ!?」

「うぅ・・・手首をひねったな・・・」

下敷きになった磯野くんの両腕には、さっちゃんの体重がかかっていたのだ。

「さ、さっちゃんは?」
「あう・・・いつつ・・・なんか、腰が・・・」
「はあっ・・・軍隊? 軍隊がどうしたって!?」

落下の直前、さっちゃんは、そう叫んでいた。

「み、見えたのよ。それでびっくりして・・・。
ご、ごめんね、磯野くん・・・」
「さっちゃんのマイペースっぷりは、いまに始まったことじゃあない。
そんなことより、軍隊はこっちに向かって来ていたのか?」
「うん・・・うじゃうじゃしてた・・・」
「なんてこった・・・あいつら、本格的な山狩りを始めたらしいな」
「えぇっ!?」

全身から血の気が引いていく。

「ど、どうするのっ!?」
「決まってる。洞窟のみんなに危険を知らせに行く」

そう言って、さっちゃんを背負おうとする。

「っ!」
「あいたたた・・・!」

磯野くんは右の手首を押させ、さっちゃんは痛みに肩をすくませていた。

「だ、だいじょうぶ!?」

とっさに駆け寄るが、それで二人の痛みが和らぐわけもない。


「ケン・・・」

突如、顔を上げた磯野くんが、静かに言った。

「洞窟に戻って、人を呼んできてくれ」
「えっ!? ぼ、ぼく!?」
「この状況じゃ、ケンしかいないだろう?」
「で、でも・・・」
「ケン、お願い! あたしなんか気分悪くなってきた」

二人ともすがるような目でぼくを見ている。

「大丈夫。ケンは足が速い。それに小柄だ。
あいつらに見つかりそうになったら、すぐ隠れればいい」
「え、えっと・・・」
「ちょっとぉ、びびってる場合じゃないでしょ?」
「う、うん・・・」
「しゃきっとしてよ。あんたしかいないんだってば!」
「わ、わかってるよ」

どうやら覚悟を決めるしかないようだ。

 

 

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「行ってくるよ」

「ふふっ、頼りにしてるよぉっ」
「うん。必ず、戻ってくるから」

なっちゃんとも、そう約束した。

ぼくは、あのとき向日葵畑でなっちゃんを助けたかったんだ。

大切な友達を救うチャンスをまた与えられたことに、むしろ感謝するべきじゃないか。
そう思うと、なんとか足の震えも収まった。

「頼んだぞ、ケン!」

「――――!!!」

 

 

 

―――そのとき、おれは傷ついた友達に向かってどんなことを叫んだのか。


―――よく思い出せないが、磯野とさちの目は活気づいていた。


―――やがて親友たちの瞳は絶望にとってかわり、避難の眼差しは行き場を失う。


―――おれが町からいなくなるから。

 

 

 

・・・。

・・・はぁっ・・・はぁっ・・・。

土の地面を蹴って、茂みに飛び込む。
木の根に足を取られそうになりながら、夜の森を駆け抜ける。

「はあっ・・・ふうっ・・・」

おかしいな・・・。

一向に、見覚えのある場所に出ない。
ひょっとして迷ったのだろうか。
いくら慣れた山道でも、焦って道を間違えることもあるかもしれない。

真っ暗なのだし。

・・・真っ暗?

違和感を覚えて振り向くと、背後の木の枝に光が差していた。

「ライト・・・?」

 

人が、近くにいる!?

反射的にその場に身を伏せると、ぼくの頭上をライトの光が通り過ぎていった。

ひんやりと湿った地面から、ぼくの心臓の響きが耳に伝わってくる。

喉が急激に乾き、脇の下に嫌な汗が滲む。

「はあっ、はっ・・・」

複数の足音が近づいてくる。

話し声もする。

――「人がいたような気がするんだが・・・」
――「木のせいだろ? テロリストどもは、洞窟に隠れてるって話じゃねえか」

がちゃがちゃと大きな銃が重なりあう音がする。

――「いま入った命令によると、樋口三郎の息子を見つけ次第、射殺しろとのことだ」

 

「!?」

 

――「ガキか?」
――「名前は、樋口ケンというらしい」

ぼ、ぼくのことだ!?

射殺って!?

「ひっ・・・!」

悲鳴が漏れた。

慌てて口をふさいでも無駄だった。

「誰だっ!?」

「あ、あああああああーっ!!!」

無我夢中で両足を回転させた。


「待て!」


決して後ろを振り返らずに、一刻も早くその場を立ち去ろうとした。
頭の中が恐怖に染まりつくし、何も考えられない。
太い木の根に、もつれた足を取られそうになる。
立ち止まったら、動けなくなったら、殺されるのだ。
銃弾が、ぼくの身体に無数の穴を開ける。
きっと、血がいっぱい出る。
血が出すぎると人間は動けなくなる。
動けなくなったら、立ち止まったら、殺されるのだ。
暗闇の中、視界と思考が次々と意味不明な方向に飛んでいった。


――――っ!!!!


「あ、いあああああっ!!!」

「おい、撃つな! 子供だぞ!?」
「いまさらなに言ってるんだ!」

同じ人間の発言とは思えない。

振り返ったら、そこに怪物でもいるのではないだろうか。

閃光が小刻みに瞬いて、夜の森を照らす。

ぼくは、闇雲に逃げ惑った。

足がもつれる。

苦く酸っぱいものが喉奥から込み上げてくる。

頭痛がしてあごが上がってくる。

どうしてこんな目に合わなくてはならないのか。

鋭い葉先に手足を切られたが、全身が火照っていて、痛みは感じなかった。

死にたくないという本能的な意思だけが、ぼくを突き動かした。

当然、洞窟に戻るという使命なんて、覚えているはずもない。

 

 


・・・

 

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「はあっ、はあっ・・・あ、あうぅ・・・」

いつの間にか、小高い丘に出ていた。
酸欠で目まいがして、茂みに倒れこむ。
全身の筋肉が、ぴきぴきと悲鳴を上げていた。


・・・・・・っ!!!

「・・・ひぃっ!?」

四つんばいになり、許しを請うような姿勢で頭を抱える。
辺りからは、ぼくを追う、悲鳴のような男たちの声。
無数の差し迫る足音。

「こ、こっちに来ているんだ・・・!」

必死に、助かる道を探す。

「・・・はあっ、ふぅっ・・・」

・・・確か、この丘の近くには、ぼくとお姉ちゃんしか知らない洞窟があったはずだ。

そこまで逃げ込むしかない。

そうすれば、ぼくは助かることができる。

顔を上げたそのとき、立ちくらみにも似た感覚を覚えた。

「ひっ!?」

・・・そうだ。

ぼくはいい。

でも、みんなはどうなるというのか。

人を殺すことをなんとも思わないような兵隊たちが迫ってきているのだ。

いつも知的な磯野くんは、手を怪我していた。

いつも元気なさっちゃんは、腰を痛めて動けない様子だった。

いつも優しいなっちゃんは、看護に疲れ果てて顔色を悪くしていた。

 

そして、みんな、ぼくの帰りを待っているのだ。


――「近くにいるぞ! 探せ!」


兵士たちはすぐそばまで来ていた。
目の前に殺気立った顔が並ぶのは、時間の問題だった。
彼らは、ぼくを必ず殺す。
なんの理由もためらいもなく、ぼくに向かって銃を向けるだろう。

「う、うぅ、うあああ・・・」

ぼくは戻らなければならない。

傷ついた友達が、ぼくを信じて、ぼくだけを頼りにしているのだ。


―――【じゃあ、せめて夏咲ちゃんとさちさんは守ってやろうね】―――

―――【ふふっ、頼りにしてるよぉっ】―――

―――【信じて、待っててもいい?】―――

 


気づいたときには、全力で走り出していた。


・・・・・・っ!!!


銃弾の中をかいくぐり、なっちゃんの待つ洞窟へと駆ける。

危険を知らせ、なっちゃんの手を引いてやる。

さっちゃんと磯野くんを救い出し、安全な場所へと避難する。

みんなは安堵の表情を浮かべ、ぼくに抱きついてくる。

友達として当然だった。

お姉ちゃんもお父さんもいなくて、寂しかったぼくを支えてくれた、大切な仲間なのだから。

 


――そんな無意味な妄想が、ぼくを責め続けた。

 

・・・。

 

・・・・・・。

 

肌寒い洞窟の中。
洞床に座り込んで、身を小さくした。
震えながら身をよじらせた。
酸欠で頭痛がする。
嗚咽混じりに肩で息をし続ける。
静寂の洞窟に、荒い呼吸音だけが響いた。
ぼくは自分の手を確認した。
震えて、汗ばんでいる。
なっちゃんの、小さいけれど温かい人肌の感覚は、やはり、なかった。

「・・・どうしようもないじゃないか」

かすれた声でうめいた。
それをきっかけに、開き直ったような感情が胸の奥から湧き出てきた。
銃を持った大人が、血走った目つきで迫ってきていたのだ。
逃げ延びただけでも、すごいことじゃないか。

それに・・・とぼくは思う。

あそこまで軍隊が来ているのなら、ぼくなんかがちょっとがんばったくらいじゃ、どうにもならないだろう。

「い、磯野くんも、磯野くんだ・・・」

ぼくは、連座制のことなんて知らなかった。

知っていたら、向日葵畑に爆弾が落ちる前に逃げ出していたのに。

どうして教えてくれなかったんだ。

ぼくは自分を納得させるのに必死になる。

そもそも、ぼくはお父さんの息子なんだから、軍隊がぼくを探すのも当然のことじゃないか。

どうして、みんなぼくを守ってくれなかったんだ。

みんなでぼくを逃がすように協力してくれるべきじゃないか。

「うぅ・・・う・・・」

ぼくの身体は、がたがたと震えていた。

「せ、戦争なんだ・・・。
ぼ、ぼくのように、家族や友達を見捨てて逃げ出すしかなかった人はごまんといるに違いない・・・。
そ、そうだ・・・ぼくは・・・あ、う・・・ぼく、だけじゃないんだ。
むしろ、よくがんばったほうなんじゃないか・・・?
みんなを守ろうとして、夜の山道を一人で走ったんだ・・・それだけでも・・・うぅ・・・。
あ、ああ、あああつ・・・・」

胸がずきずきと痛む。

「食べ物を、たくさん、集めて・・・そ、それでっ・・・。
な、なっちゃんに食べさせたくて・・・」

なっちゃんは、これからどうなるのだろうか。

ぼくがいなくなったと知って、どう思うのだろうか。

信頼していた手のひらのぬくもりが、裏切りの冷たさに変わるその瞬間・・・。

「は、はは・・・」

涙も出なかった。

ふらふらと立ち上がり、薄気味悪い笑みを浮かべながら歩き出す。


洞窟の奥へ。

もう、戻れない。

「お姉ちゃん、ぼく、ダメだったよ・・・」

・・・・・・。

・・・。

 

 


その後、どれくらいの時間がたったのか、よく覚えていない。
寒さと飢えで、いつ死んでもおかしくはなかった。
もうろうとする意識の中、仲間たちのおれの名前を呼ぶ声が、耳にまとわりついていた。

 

ケン、ケン・・・!

ケンちゃん・・・。

ケン。


・・・。

・・・・・・。

 

 

 


・・・

・・・・・・

 

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「ケン・・・です」

そこは草原の広がる、見知らぬ土地だった。

降りしきる雨の中、地面に杖を突いた男の人が、ぼくを見下ろしている。

「樋口三郎の息子だな?」
「はい・・・。
友達を見捨てて逃げ出してきました」
「では、全てを捨てるがいい」
「え?」
「貴様の父、樋口三郎は私が射殺した」
「なっ・・・え・・・」
「姉の璃々子も逮捕し、極刑を待つ身だ」
「そ、そんな・・・あ、あなたが、ぼくのお父さんとお姉ちゃんを・・・?」
「憎いか?」
「・・・・・・」
「悪くない顔つきだ。私を許せないのだが、それ以上に私を恐れている。
計算高そうな顔立ちだ」
「な、なにを言っているんですか・・・?」


・・・っ!

「あぐっ・・・!?」


・・・っ!

「ひ、ひああっ! や、やめてくださいっ・・・!」
「仲間を見捨て、家族を失っても、殴られて死ぬのは嫌だというのだな?」
「あ、あううう・・・」

「お前の道は、たったの一つだ。
これまでの無価値な人生を捨てて、社会に貢献しろ」
「じ、人生を捨てるって、どういうこと・・・?」

 

・・・っ!

 

「がぁっ!」
「死にたくはないのだろう?」

どうして、ぼくを殴りつけるのか、その理由が分からない。

「なにも考えるな。人間は、えてして考えるから不幸になる。
お前は、ただ黙って、殴られた痛みを覚えていればいいのだ。
そうすれば、幸せが待っているぞ」


言葉の意味はまったく理解できないが、この人がすぐにでもぼくを殺せて、すぐにでもぼくを救うだけの力を持っていることはなんとなく想像できた。

 

「ここに、得体の知れない浮浪者が残した戸籍謄本がある」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

そうして、樋口健という人間は簡単に死んだ。

ただ、罪だけが、森田健一の胸の奥深くに傷を残し、いつまでもうずいている。

 


・・・