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車輪の国、向日葵の少女【30】

 

 

 

 

・・・
灯花の家を出てから、二日たった。
田舎町に降り注ぐ陽射しの勢いは、若干の衰えを見せ始めていた。

残るは夏咲だけ。

とっつぁんから辞令を受けたおれは、夏咲の部屋を尋ねるところだった。
おれは一秒でも早く特別高等人になりたい。

それなのに、もう五分もドアの前に立ちすくんでいた。

「・・・・・・」

あと一人なんだ、あと一人・・・。

「・・・日向夏咲、か」

いまさら過去を思い出してどうするんだよ・・・おれは高等人になるんだ。

自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいて、ドアをノックした。

大きく息を吸い込む。

「おはようなっちゃん! 今日もいい天気だね!」

・・・・・・。

・・・。

ん?

返事が返ってこない。

「なっちゃーん!
なっちゃんなっちゃんなっちゃーん!」

・・・・・・。

・・・。

しーん。

なんか、初めて来た時を思い出すなぁ。

「おれだよ、賢一だよ。なっちゃーん!」

ゴッ!

勢いよくドアが開き、頭をぶつける。

「痛い・・・けどなんか嬉しい」
「も、森田さん?」
「よかった、出てきてくれた」
「あ、朝からどうしたんですか?」

どうやらおれの相手をしたくなかった、ってわけじゃなさそうだ。

けど、歓迎はしていない。

「まあ、立ち話もなんだし中で話そうか」
「な、中で話すんですか?」
「お邪魔しまーす」

夏咲の返事を待たずに、部屋にあがりこむ。

「あっ・・・」

こうでもしなきゃ、なかなか話がすすまないんだろうな。

 

 

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「遠慮しないで、座って座って」
「は、はい」

自分の部屋なのに、よそよそしく腰をおろす。

「もしかして、も、森田さんが来たということは・・・」
「灯花の義務は解消されたよ」
「あ・・・。そうですか。
大音さんも、さっちゃんも・・・やっぱりすごいです。
・・・よかったです」

よかった・・・ね。

「分かってると思うけど、またなっちゃんの監督をすることになったから。
今日からよろしくね」
「・・・はい、色々ご迷惑おかけすると思いますが、よろしくお願いします」

目線は合わせずに、丁寧に頭を下げた。

その姿に胸が痛んだのは、気のせいじゃないだろう。

「もっと気楽にしてよ。おれとなっちゃんの仲じゃない」
「は、はぁ・・・」
「出てくるの遅かったけど、料理してたの?」

室内に、味噌汁の匂いが漂っていた。

「あ、はい」
「これはアレかな?
森田さん、よかったら一緒に食べませんか・・・・
っていうちょっとした出会い頭のハートウォーミングかな?」
「ご、ごめんなさいっ」
「ああ、いやいや、おれも朝から本当にうるさいね・・・ハハ・・・」
「ほ、ホントにそうですね」

・・・ホントにそうですねって、ホントにうるさいですねって意味だろうな。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

さらに、言葉も途切れた。
夏咲は口をすぼめ、目元をぴくぴくと震わせながら言った。

「や、やっぱり、に、苦手です、ね・・・」

手のひらは、固く閉じられていた。

 

・・・
日向夏咲。

おれは調書を目の当たりにして、やるせない気持ちになるばかりだった。
まず、ご両親はともに強制収容所に送られている。
七年前の内乱で二人とも、罪に問われていたのだ。
そして、夏咲が義務を科せられたいきさつだが・・・。
佐久間孝道という男が、四年前に夏咲を起訴している。
佐久間の家は、この町の大地主だ。
いまでこそ名前は聞かないが、不動産の景気がよかった四年前なんかは、都会でもがんがん土地を転がしていたようだ。
起訴内容が、これまた信じられないのだが、夏咲が・・・。
・・・くそ、頭にくるな。
・・・まあ、詐欺と不純異性交遊・・・みたいなもんか。
夏咲が、佐久間の一人息子をたぶらかし、多額の現金を騙し取っていたんだそうな。
裁判は原告側の勝訴。

こんなもの、冤罪に決まっている。
それが証拠に、夏咲の拘留期間が、くだらない理由で何度も延長されている。
強要された自白が決め手になって、夏咲は義務を科せられた。
以来、何人かの高等人が担当についているが、いずれも夏咲に対して似たような評価を下している。

品行方正、学業優秀、性格は温和でよく気が利く。
一見して明るく、とても義務を負っているような人間には見えないのだが、ときおり上目遣いの媚めいた視線を送ったり、男性の前で無意味に涙を流す悪癖がある。
これが、少女の容姿の良さもあいまって、異性を誘うような事態に発展する可能性を秘めている―――そのため、義務の解消は見送られている。

「こいつらそろいもそろって、自意識過剰じゃねえか?」

夏咲は人を避けている。
まあ、それが逆に人を惹きつけるのかもしれないな。
・・・確かに、夏咲の物憂げな表情は気になるところかもしれないが。
いずれにせよ、少し夏咲の様子を見よう。
夏咲自身から、義務を解消するつもりがないような印象も受ける。

本当なら、すぐにでも自由にしてあげたいのだが・・・。

子供のころ、一緒に遊んだ記憶が、いまとなっては胸を締め付けるような苦い思い出になっている。


――ケンちゃん。


七年たった今日、そう呼んでくれるのだろうか。

 

・・・・・・。

・・・。

 

 

・・・
床に寝転がって、さり気なく夏咲を観察している。
夏咲は、まったく喋らない。

ゴロゴロ・・・。

「・・・うわっ!」

あまりの孤独に耐えきれず、転がしていた身を起こす。

なっちゃん、外に行こうすぐ行こう!
このままだと身体がモップになっちゃうよ!」
「はぁ・・・」
「いや、はぁ、じゃなくてさ。さっきからぼーっと壁見てて楽しい?」
「そうですねぇ」
「だろ? だったら外に繰り出そうよ!」
「そうですねぇ」
「オッケィ! じゃ、行こう。どこ行こう!?」
「え、どこか出かけるんですか?」
「・・・・・・」
「い、いってらっしゃい」

それきり、なにをするでもなく部屋の壁を見つめなおした。

「・・・大体掴めてたつもりだけど、正直キツイね」

・・・しかしおれはめげない。

諦めは敗北。

なっちゃん、しりとりしよう。
楽しい楽しいしりとり」
「がんばってください」
「しりとりは一人じゃできないからさ、二人でやろうね」
「はぁ・・・」
「・・・じゃ、おれからいくね。りんごのご」
「・・・・・・」
「おーい、なっちゃんだよ」
「え、なにがですか?」
「しりとりだよ」
「・・・え? いきなり、なんですか・・・」

警戒された。

「いや、だから・・・しりとり、始めたよね?」
「わたしに遠慮しないで、はじめてください」
「そうじゃなくてさ・・・なっちゃんが協力してくれないとできないよね?」
「そうですか。じゃあ、がんばってください」
「・・・話を聞かない子だね」

円滑な会話を築き上げるのには、骨が折れそうだ。

 

 

 

・・・
「ん・・・」

もぞり、と身を動かした。

「出かけるんだね!?」
「眠くなりました・・・」

のそりのそりと歩き出し・・・布団の中に潜り込んだ。

「森田さん、おやすみなさい」
「・・・お、おやすみ」」

夏咲は布団の中で、死んだように固まった。

「な、なっちゃん、もう寝たの?」
「あ、いえ・・・じーっとしてるのが、疲れなくていいんです・・・」
「そんなんじゃ、太るよ?」
「太っても、いいですから・・・」
「じゃあ、ほら、勉強しなくていいの?」
「勉強、ですか?」

もぞりと布団から身を起こした。

「よし、勉強しよう。夏休みの締めとして」
「は、はあ・・・漢字の勉強でもしましょうか?」
「おうおう、いいね」
「じゃあ、漢字の読みの問題を出します」
「うん」
「季節の春に・・・」
「春ね・・・」
「眠るという字を足すと?」
「シュンミンだね・・・春の夜に心地よく眠るって意味だよね?」
「あ、そうなんですか?」
「え?」

問題出しておいて、知らないなんて。

「まあ、いいや、次、次」
「じゃ、じゃあ・・・敏感の敏に・・・」
「うん・・・」
「敏感の感」
「それ、普通にビンカンだよね。答え言っちゃってるよ?」
「え? そうですか? なんだか疲れますね」
「おいおい・・・」
「はあ・・・またにしましょう」

・・・ひょっとして、おれ、からかわれたのかな?

このままじゃ、やるせなくて死んでしまうしな。

「今のうちにケムリでもやっておこう」

ここでは吸うわけにもいかないからな。

 

 

・・・
おれが戻った時、夏咲はまたぼーっとしていた。

おれの会話をしようという試みも続いている。

「・・・・・・」
なっちゃん、今日はいい天気だね」
「そうですねぇ」
「明日も晴れるかな? 晴れたら庭先にパラソルを立てて南国気分を味わうのもいいかもしれないね」
「そうですねぇ」
なっちゃんは、旅行とか興味ないの?
おれさ、南方に行ってたことあるんだよ・・・」
「ええ、ええ・・・」

聞いているようで、まるで聞いていない。

「・・・ふぅ」

さっきから、このやりとりを何度繰り返しただろう。
いい加減ネタも尽きてしまうぞ。
おれの話をわざと聞き流しているわけでもなく、純粋にぼーっとしている。

「あ・・・」
「どうしたの?」
「い、いえ、喉が渇いたなぁと。それだけの、つまらないことなんです・・・」
「・・・つまらないなんてことないよ」
「森田さんも飲みますか?」
「そうだね。おれも喉が渇いたし」
「お茶ですよ」
「お茶・・・そりゃまた、ねぇ・・・シンプルだ」
「お茶です。お茶はいいですよね。心が落ち着きますよね」

とろんとした表情。

「そうだね。日本という国じゃ和の中に欠かせないらしいし」
「和とか、苦手ですけど・・・」

トコトコとお茶を汲みに台所へ立つ。

「いい加減、孤独死しそうだなぁ」

指先だけで、パイプを咥えるフリをしてみる。

「今のところ避けられたり聞き流されたりと成果は得られていないが、こうして近くで接していれば、なっちゃんがおれに心を開いてくれるだろう」

ブツブツブツブツ・・・。

「しかしなぁ、こうしてぶつぶつ言う機会が増えるのは避けられないかなぁ。
おれにかまってくれぇー」

手足をフローリングの上でバタつかせる。

「あ、新しい遊びですか?」
「埃を舞い上がらせるのを遊びというならね」
「はぁ・・・ダイナミックですね」
「ダイナミックっていうか、暇なだけなんだよね。
なっちゃんもやる?」
「え? なにがですか?」

・・・コノヤロ。

「話を聞こうよ」
「あ、お茶です。どぞどぞ、アツアツでおいしいです」

トンと、お茶をテーブルの上に置いた。

「聞いちゃいないね・・・」

ズズ・・・。

二人でお茶をすする。

「ふぅぅっ・・・」

ズズ・・・。

「ふぅぅっ・・・」

熱いのか、チビチビとお茶を飲みながら、ときおり幸せそうな表情を見せる。

「なあなあなっちゃん。お茶飲みながら雑談でもしない?」
「・・・え、あ・・・なにか言いました?」
「・・・・・・」
「ごめんなさい、なんですか?」
「・・・ううん、なんでもないよ」
「そうですか」

意図的に無視されてるとしか思えないよな・・・。

「さて・・・そろそろわたしは・・・」
「散歩、散歩だね! いやぁ、散歩がこんなに待ち遠しいとは思わなかったよ!」
「おやすみなさい」
「・・・・・・」

夏咲は布団に入って、横になっていた。

「くぅ・・・」
「もう、寝たの?」
「・・・今日は、もう眠れそうです。
でもきっとすぐに起きます。わたしは、小動物みたいなものですから」
「小刻みに寝てるんだね・・・」
「・・・・・・」

夏咲が寝たのか、それとも無視されたのか、いずれにせよ返事は返ってこなかった。

 

 

・・・
眠りに落ちて数十分後、夏咲が目を覚ました。

「おはようございます・・・」

壁に頭を下げる。

ちょっとぼけぼけーっとしているようだった。
しばらくぼーっとした後、布団から抜け出す。

またお茶でも飲むのだろうか。

観察してみる。

「・・・・・・」

「あ・・・」

何かに気づいた。

なっちゃん、どうしたの?」
「・・・お花に、水をあげてませんでした」

台所に消える。

「水、ねぇ・・・」

可愛らしい形をしたジョウロを持ってきた夏咲が観葉植物に水を与えていく。

「・・・・・・」

どこか楽しそうだ。

なっちゃんなっちゃん
「な、なんですか?」
「花が好きなのかな?」
「・・・いえ、別に・・・」
「でも、嬉しそうに水をあげてるじゃない」
「・・・だからって、好きじゃないです」

花が好きか嫌いかは置いとくとして、おれのことは間違いなく嫌いみたいだ。

傷つくなぁ。

なっちゃんて、実は嫌いなものがたくさん?」
「はい・・・嫌いなこと多いです」

さらっと、ネガティブなこと言うなあ。

「じゃあじゃあ、嫌いな芸能人とかいない?」

人の悪口で盛り上がるのはコミュニケーションの基本である。

「・・・そういうのは、さすがに・・・」
「いやいや、ちゃんとピー音入れるから」
「・・・何を言ってるんですか?」
「ごめん、すっごいごめん」
「お水やるの、続けていいですか?」
「・・・ああ、やりすぎに注意ね」

水を与えてから、また昼寝を始めた夏咲。

おれは台所に置かれたジョウロを見下ろしていた。

「花に水をやる、ね」

ジョウロの中には、まだかなりの量の水が残っていた。
植物を確認してみても、まだ適量とはいえない具合だった。

「あと何回、これを繰り返すんだろうな」

今のおれには、話しかけるしかできない。

けれど、話しかけることが出来る。

だから、いくらでも話しかけてやるさ。

 

 

 

・・・
「も、もうすぐできますので」

台所に立った夏咲は、夕食の準備をしていた。

さちや灯花の家ではレトルト食品や弁当ばっかりだったからな。

「はい、森田さんの分です」
「ありがとう」
「冷めないうちに食べちゃってください」
「うん、そうしようとは思うんだけどね」

ぐるりとテーブルを見渡してみるが、やはりない。

「おれの分はこれだよね?」
「はい」
「じゃあ、なっちゃんのご飯は?」
「えっと・・・わたしの分は必要ありませんから」
「必要ない?」
「はい?」
「えっと、昼も食べてないよね?」
「ダイエット中ですから」
「そうなの?」
「ですです」

失礼じゃない程度に夏咲の身体を見てみる。

ダイエットなんて必要ない、整ったプロポーションだ。

座っているとよくわかるが、極度の猫背って点以外は問題なさそう。
猫背は努力しだいで幾らでも矯正できるからな。
むしろ、もう少し食べるべきなんじゃないかと思えた。

「念のために聞いておくけど、おれの分しか食材が無い、なんてことはないよね?」
「そんなことないですよ。ちゃんと冷蔵庫に入ってます」

だよなぁ・・・。

「ダイエット中なのは分かったけどさ、なっちゃんも食べた方がいいよ」
「お腹・・・すいてないので」
「健康に悪いよ? それに一緒に食べた方が美味しいし」
「それに空腹になって食べてないと、眩暈がして気分が悪くなるじゃない? 鉄分は、しっかりとらないと。
お腹が空いてなくても、軽いものを口にするくらいは出来るだろ?」

ちょっと説教口調。

「ということで、食べない?」
「食べないです」
「・・・・・・」
「わ、わたしのことは気にしないで、食べてください」
「いや、だからさ・・・。
おれはなっちゃんと一緒にご飯が食べたいんだよ。
この気持ち、わからないかなぁ」
「はぁ・・・。
でも、わたしはお腹空いてないので。
ダイエットも、したいですし・・・だから遠慮せずに食べてください」

夏咲は、ぼんやりしているようで、主張は譲らないタイプだったな。

「・・・そっか、じゃあ無理強いはできないね」
「気持ちだけ受け取っておきます、どもどもです」

やっぱり、おれを避けてるんだな。

「じゃ、いただきます。
・・・もぐもぐ」
「・・・・・・」
「もぐもぐ・・・」
「・・・・・・」
「あのさ・・・」
「はい?」
「なんか、会話しない?」
「はぁ」
「一緒に食べるのはいいから、一緒に会話しようよ。
話題はおれから振るから、それに合わせてくれればいいし」
「はあはあ」
「本当にわかってる? 言葉のキャッチボールをするってことだよ?」
「え、ええ、キャッチボールは得意でした」
「あ、そうなんだ・・・なっちゃんは運動得意だもんね?」
「ゆっくり噛んで食べてくださいね」
「・・・理解しない子だね、キミも」

それから話し続けるおれに疲れたのか、夏咲は部屋の片隅に座り込んでしまった。

おれが食べ終えるまでの間、夏咲は黙ってうつむいていた。

視線を送ってみても、絶対に合わせようとしない。

夏咲の温かい手料理も、美味しいとは思えなかった。

・・・

 

 

・・・
食器を片付け終えたところを見計らって話しかける。

なっちゃんなっちゃん
「・・・はい」
「トランプしない?」
「ごめんなさい。トランプ持ってないんです」
「大丈夫。おれが持ってるから」

ジュラルミンケースに手をかける。

「あ・・・ごめんなさい。今日はちょっと、疲れてるので」
「・・・・・・。
疲れ? どこか悪いの?」
「い、いえ、あの・・・森田さんが気になさるほどではないので」
「じゃあ、おれに一人でトランプをしてろと? そんなふうに言うの?」
「ですです」

間髪いれず返された。

おれと話をすることさえも、夏咲にとってはつらいものなのか。

 

 

 

・・・
深夜、おれと布団を離して、夏咲は眠っていた。

おれは静かに夏咲の丸まった背中を見つめていた。

どうすれば、夏咲はおれに心を開いてくれるだろうか。

どうすれば、あの向日葵畑で無邪気に笑っていた夏咲に戻ってくれるのだろうか。

さちや、灯花のときとは、何かが違うような気がする。

おれの中に巣食う記憶のせいかもしれない。


「忘れられるわけがないだろう?」

「ん・・・」

寝返りをうった夏咲の身体が、おれに向けられた。

瞳を閉じたその顔は、どこかあどけなく、昔の夏咲を思い出させた。

現在の夏咲は・・・、どうして夏咲は、こんなに無為な生活を続けているのか。

さちのように夢を追いかけるわけでもなく。

灯花のように大切な人が傍にいるわけでもなく。

 

・・・・・・。

 

あまりにもわからないことが多すぎる。

部屋から一歩も出ず、何度も浅い眠りに落ちる。

花を枯らせないために水をやり、生きるために食べ物を口にする。


―――【夏が来て、風が吹いて、熱くなって、毎日学園に通って・・・・・・なにか面白いことありますか?】―――

―――【だって、たとえケンちゃんが帰って来たとしても、わたしは・・・】

【こんな義務を持ったわたしなんか・・・きっと・・・】

【・・・き、嫌われちゃう・・・】―――

 

 

おれは分かってるのかもしれない。

明白な答えではないが、感じているのかもしれない。

夏咲が何を望んでいて、おれが何を望んでいるのか。

「・・・・・・」

布団一つ分の距離。

それ以上、近づくことのない距離。

じっと、その寝顔を見つめ続ける。

「ん・・・」


おれの気配に気づいたのか、浅い眠りがそうさせたのか。

ゆっくりと、綺麗で大きな瞳が開かれる。

「あ・・・」

視線が重なり合う。

「・・・森田・・・さん・・・?」
「や、やぁ・・・」
「・・・・・・。
・・・え・・・っ!」

怯えたようにおれから視線を逸らす。

ちくりと胸が痛んだ。

「な・・・なん、ですかっ・・・」
「あ、いや・・・」
「・・・・・・」
「ご、ごめんね。ちょっと、寝顔、見てた・・・」

思わず、ばか正直に答えてしまった。

「・・・っ。
こ、怖い・・・」
「・・・な、っちゃん・・・?」
「な、なんだか・・・怖い・・・」

ぎゅっと目をつむり、おれから顔を背ける。

「怖い・・・おれが?」

 

強く、胸が締め付けられた。

胸の痛みから逃れようと、おれもまた夏咲に背を向けた。

止まっているような一日が終わった。

 

 


・・・
「ふぅ・・・」

ため息、うろうろ。

「ふぅぅ・・・」

ため息、うろうろ。

「え、えっと・・・すーーっはーーっすーーっはーーっ」

深呼吸。

「も、森田さん・・・朝ですよ。
今日から、その、学園です」
「ぐぅ・・・ぐぅ・・・」
「起きてください」
「う、うぅん・・・」
「どうしよう・・・もうすぐ学園なのに・・・。
森田さん、お、起きてくださいっ・・・」

揺さぶって起こすことができない夏咲は、話しかけるしかできない。
触れられなくても、大声を出せば済むんだけどな。

「森田さん、起きてください・・・っ」
「・・・・・・」

なら、望み通り起きてあげよう。

 

ガバッ!


「ひっ!?」

「・・・・・・」

 

 

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「も、森田さん?」

目をつむったまま、夏咲に顔を向ける。

「あ、あの・・・」
「むにゃむにゃ・・・」

立ち上がって、夏咲に迫る。

「え? え?」

もちろん触れないよう注意を払って。

「森田、さん・・・?」
「ぎゃふん」
「ぎゃ・・・」
「ぎゃふん」
「・・・・・・」
「ぎゃふん」
「・・・もしかして、か、からかってます?」
「そんなことないぎゃふん」
「・・・・・・っ」

薄めを開けると、今にも泣き出しそうな顔。

「ごめん、からかってた」
「うう・・・。
・・・起きてたり、したんですか?」
「いや、今起きたとこ。なっちゃんの声が聞こえたから。
ありがとう。クリーンな朝をむかえられたよ」
「いえ・・・わたしはなにもしてませんから」

おや、なんか食いつきがいいな。
ちゃんとおれと会話も成立してるし、どこかやわらかな感じが伝わってくる。

聞いてみるか。

「なんか、嬉しそうだね」
「え? そ、そうですか?」

否定しない。

「その、今日から、学園が始まるじゃないですか。
だから、う、嬉しいなって・・・」
「あれかな、さちや灯花に会えるからかな?」
「そ、それもあります・・・けど・・・」
「けど?」
「やっと、長い夏休みが終わったなぁって」
「おれなんて、もっと休みがほしいくらいだよ」
「森田さんは、学園が嫌いなんですか?」
「ん? そういうわけじゃないけどね」
「わたしは・・・」

そこで、間があった。

「わたしは学園が好き・・・というか、楽しみでした」
「どうして?」
「・・・学園にいれば、誰かに決めてもらえますから。
何をすればいいのか」
「・・・・・・」
「わたしが考えなくても、先生がすることを決めてくれます。
時間が過ぎたら、チャイムが教えてくれます・・・。
勉強とか、テストとか、昼寝とか・・・」
「昼寝はないと思うぞ、うん」
「あ、そ、そうですよね。わたし、なに言ってるんでしょうか」
「はは・・・」

言われたとおりに生きるのが、楽か。

・・・そういうことか。

「朝食とか、作ってくれたりする?」
「は、はい」
なっちゃんも食べるよね?」
「はい」
「じゃ、一緒に食べよう」
「・・・はい」

 

 

・・・
なっちゃんは賢いから、深く注意する必要はないと思うけど。
念のため注意しておくね」
「はい?」

食事を中断し、姿勢を正すと、おれは切り出した。

「今日から学園で、異性と近くなるよね」
「は、はい・・・」
「偶発の事故ならある程度考慮するけど、自分の不注意から触れたり、触れられてしまった場合・・・ちょっと大変なことになるから」
「はい、わかっています・・・」
「とにかく気をつけるのは触れるか触れないかの一点だよ」


法律上ではそうなっている。

「だから、注意は怠らないようにしてほしい」
「・・・はい。大丈夫です」
「うん、それならいいんだ。ごめんね、食事中に」
「いえ・・・全然大丈夫です」
「じゃ、モリモリ食べて、学園に行こう! オー!」
「ぁ・・・はは・・・」

苦笑いが、おれの後ろ髪を引く。

 

 

 

・・・
学園はまだ、工事中のようだった。

学生たちは停車中のトラックや、円錐状のポールを避けて登校している。

なんだかなぁ。

おれは自分の位置と、夏咲の位置を見比べる。

距離を感じる。

「ちょっと遠い気がするんだけど?」
「・・・・・・」
なっちゃん
「はい?」
「もう少し近くで歩かない?」
「ど、どうしてですか?」
「一緒に学園に登校してるわけだし。
これだけ離れてると、なんだか一緒って感じがしない」
「はあ・・・」
「・・・・・・」

距離を縮める気はないようだ。

おれから近づいてみよう。

 

スッ・・・ 近づく。


サッ・・・ 離れる。


「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

スッ。

サッ。

スッ。

サッ。


「そんなにおれが嫌いなの?」
「そ、そういうわけじゃないんです。気を悪くしないで・・・」

異性を避ける夏咲が、おれの隣をべったり歩いてたりしたら注目の的になってしまう。

もちろん、異性を近づけたくない思いが強いんだろう。

理由はわかるんだけど、それでも悲しいな。

 

 

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「あ、賢一じゃん!」
「おお、さち」

ぶんぶんと手を振りながら、さちがおれと夏咲の間に割って入ってきた。

「ナイスさち。これなら三人で登校してる感じが出てるな」
「あははっ、朝っぱらから意味わかんないし。
変わってないねー、賢一は」
「数週間で変わるかよ」
「夏休み明けってさ、ヤマンバになって来る子とかいるじゃん!

あ、ヤマンバってのは、今のブームねっ。もう色んなトコが爆発してんの。あと裏原系」
「へえ・・・」

どうせ勘違いだろうな。

「夏咲も変わってない、うんうん」

なにが嬉しいのか、おれと夏咲を交互に見てはニコニコと笑う。

「あ、あは、はは・・・」

さちにつられたのか、夏咲も笑顔を見せる。

「これから二学期が始まるっていうのに、元気だな」
「元気だよー! どんどん元気になるよーっ! 二十四時間だから当社比二倍で学園も楽しそうだよーっ!」


・・・うるせえなぁ。

「絵はちゃんと描いてるな?」
「当たり前じゃんっ」
「そうか、さすがだな」

しっかり、夢に向かって進んでいるな。

「夏咲といるってことは、今は夏咲の監督してるんだよね?」
「そうそう。だよね、なっちゃん
「そ、そうです・・・」
「賢一にかかったら、義務の取り消しなんてすぐだよ」

「だといいがな・・・」
「あーっと、なんであたしと話すとすぐ根暗クンぽくなるのかなぁ」
「おめえがうるさいからだっての!」

「な、仲がいいですね・・・はは・・・」

空笑いは、いつでも夏咲の口元にぶら下がる。

 

 


・・・
授業中、おれは夏咲を観察していた。

夏咲を観察することが今のおれの仕事なのだ。

「・・・・・・」

夏咲は、他の生徒と机を離して過ごしている。

異性と触れないようにするための配慮だろう。

それは夏咲自身が望んだことか、それとも・・・。

「首を回したり、背伸びをしたりするような、大きな動作を一切見せないな。
周囲から自分を切り離すようにして、注目を避けようとしている。
異性が苦手というよりも、人間不信に近いものを感じる。
さちや灯花と話すときでさえ、くだけた感じがない」

例外は、磯野くらいだが・・・。

夏咲の観察を怠らず、磯野にも視線を向けてみる。

「あいつはまた、なにをやってるんだ・・・」

磯野はニヤニヤしながら、ぼそぼそと誰かと話しているようだった。


だが、そこには誰もいない。


・・・妖精、か?

話し相手がいると思われる空間を見てみるが、やはり何もいない。

あ、なんか悲しい顔になったぞ。
指と指をつんつんとさせ、落ち込みはじめた。
机に"の"の字を書く。
かなりいじけているようだ。
それから、またぼそぼそと話を続ける。
それで、徐々に平静を取り戻していく。


「もしかして、慰められているのか?」

推測だが、当たってる気がする。
異常な光景にしか見えないはずなのに、磯野がやると自然に見えてくるな。

「身近な人間にも伝えてやろう。おい、さち」
「・・・ん、ぅう・・・」
「起きろ、見て欲しいものがある」
「むぅ・・・昨日遅くまで絵描いてたから、眠いのよぅ」
「朝は学園が楽しいって言ってただろ」
「二倍眠れるから楽しいんだよ」
「いいから、起きてみろ」


「ぅ・・・なによぉ?」

寝てるときに起こされると、機嫌が悪いのは変わってないな。

「磯野だ。どうも妖精に話しかけてるみたいなんだ」
「磯野くん? ・・・なによ、ちゃんと勉強してるじゃない」
「おいおい、磯野だぞ? 完璧に妖精と会話してるって」

もう一度磯野に視線を移す。

「あれ・・・べ、勉強してる・・・!?」
「あんた、寝ぼけてたんじゃない?」
「い、いや・・・そんなはずは・・・」
「ったく。もう起こさないでよ」
「すまん」

さちは、うーうー唸りながら、再び眠りについた。


「もう妖精との会話は終わったのかよ、って、また会話してやがる!
しかも、こっちを見ながらなにか話し合ってる!?
くっ・・・あのイヤらしい笑みはなんだ。してやったりの表情じゃないか」

どうやら、おれはハメられたらしい。

「磯野・・・本当に謎だ。
とにかく、磯野の観察はこの辺にしておこう」

夏咲に意識を戻す。

さっきと変わらず、微動だにしない姿。

「あんなのは、なっちゃんじゃない」

それから授業が終わるまでの間、おれは夏咲から目を逸らすことは無かった。

 

 

・・・
休み時間、席を立った夏咲を追跡開始。

当然、悟られないように気配を殺して。

「ここまで警戒する必要はないだろうけどな」

夏咲は異性に触れてしまわないか、どれだけ目立たないでいられるかに意識を集中させているようだった。

身体を丸め、猫背の状態で歩く。
少し歩いては周りの様子を確認。
立ち止まっては左右を確認する。
曲がり角なんかに至っては、警戒心がさらに強まる。

異様な警戒だ。

普段から習慣づいていなければできないような、小動物的挙動。

同校の生徒もそれを当たり前の光景としてとらえている。

夏咲がトイレに入った。

おれも後に続く。

 

 

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「やあ森田くん」
「今忙しい、あとにしてくれ」
「そこは女子トイレだが?」
「・・・・・・」

・・・そりゃそうだ。

「変態。変態にして国家の犬。すっごいね。少女にして、刺客、みたいだね」
「うるせえな。なんか用か?」
「夏咲ちゃんの監督か何か知らないが、あんまり彼女をつけまわすなよ」
「それが、おれの仕事なんだよ。試験に響くんだっての」
「あの子が自分から異性に触れることなんて、まずないよ」
「やけにきっぱりと言い切るじゃねえか?」
「僕は夏咲ちゃんのファンだからね」
「ふぅん・・・」
「君もだろう?」
「おい、磯野。お前には一度言っておこうと思っていたんだがな・・・」

こいつは、おれの過去を知っている。

「ああ、やばい。森田くんがマジになっちゃった。逃げろ逃げろ」

そんなとき、視線の先に、廊下を曲がる夏咲の姿があった。

「ああ、もう! 磯野め! 覚えてろよ!」

おれは夏咲を追いかけるため、駆け足になった。

 

結果的に、夏咲は教室に戻るだけだった。

 

 

 


・・・
放課後になって、磯野がおれたちを呼び出した。

「みんな、僕のためによく集まってくれたね」

 

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「いや、磯野くんのために集まったつもりは毛頭ないから」
「テレなくていいですよ、さちさん」
「キモっ!」
「せつない顔で、集まってほしい、って言われたから仕方なくよ」
「またまた。委員長もなんだかんだで僕のこと・・・」
「大嫌いだから」
「クク・・・今日を特別な日にしようじゃないか?」

磯野は、灯花に、なめ回すような視線をあてつけている。

「な、なによ・・・」

「なんだよ、なにがしたいんだ?」

「・・・・・・」

夏咲も帰りたそうにしている。

「委員長! 僕は君に言っておきたいことがある!!!」

「うるさっ!」

突然の大声に耳をふさぐ一同。

「あれは、忘れもしない、三年前!!!」
「・・・っ!?」
「・・・いや、二年前・・・!」
「えっ・・・?」
「あれ・・・一年前だっけかな・・・」
「忘れてるんじゃないの!」

 

「そういうベタなのいいんだよ。早く本題に入れ」

 

すると、磯野はケロっと吐いた。

「今日は、委員長の義務解消記念ということで、みんなで一緒に遊ぼうじゃない?」
「おおっ・・・!」
「あぁ・・・」

灯花の、バッジの外れた制服に視線が集まる。

 

 

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「な、なんか恥ずかしいね・・・」
「悪くない企画だな」
「もちろん、川辺なんかいいんじゃないの!?
恩赦祭を思い出しながらってのも、オツなもんじゃないの!?
ちゃんと妖精の友達もゲストで呼んでるよぉっ!?」

調子づかせてしまったようだ。

「よーし、今日は久しぶりに遊ぶぞーっ!」

すでに、やる気満々のさち。

「・・・じゃあ、また鍋にしよっか?あれからけっこう練習したんだよ」
「そうか。みんな聞いてくれ。灯花はな、実は料理だけは才能あるみたいなんだ」
「料理だけとはなによ!?」
「え、えと・・・わたしは・・・帰ります」

「えっ!?」
「なんで、なんで?」
「よ、用事でもあるの?」

灯花は、少なからずショックを受けたようだった。

「お、おめでとうございます、大音さん」
「あ、うん・・・ありがとう・・・」
「た、ただ・・・四人で楽しんできてください。
わたしがいないほうが、楽しいと思いますから・・・は、はは・・・」

一歩、二歩と後ずさるとそのまま背を向けて足早に立ち去ろうとする。

「ちょ、なっちゃん、待って!」

追いかける。

「賢一っ!」
「悪いけど、お祝いはあとにしよう・・・」
「じゃなくて、これ、忘れてるっ!」

宙をまったジュラルミンケースを受け取った。

「サンキュ!さち!」

 

 

 


・・・
なっちゃん!」
「も、森田さんっ・・・」

校門のあたりで追いつくことができた。

「折角なんだし、みんなと遊ぼうよ」
「いえ、わたしはいいですから。
わたしがいたら、みなさん楽しくないですよ・・・」
「そんなことないって。おれはむしろ、なっちゃんがいないと困るよ」
「・・・それは、それは、わ、わたしが義務を負っているからですよね?」
「それだけじゃないよ」
「べ、別にそれはいいんです・・・。
森田さんが、わたしを、め、目の届かない場所に置きたくない気持ち、わかるんですけど」
「だから、そうじゃないって」
「わたしは・・・部屋で、大人しくしてますから・・・気にしないで」
「一緒に遊ぼうよ」
「・・・ごめんなさい。疲れてるんです」
「・・・そっか」
「はい、では・・・さようなら」

猫背の背中が、より小さく見えた。

なっちゃん

呼びかけると、立ち止まってくれた。

「なんですか?」
「一緒に帰ろう」

ひょっとしたら、夏咲は、仲間うちで自分だけが義務を負っているものだから、寂しくなってしまったのかもしれないな・・・。

「・・・みなさんと、遊んできたらどうですか?」
「おれはなっちゃんと一緒にいたいんだ」
「・・・・・・わたしといても、面白くないですよ」
「面白いかどうかを決めるのはおれ、でしょ?」
「・・・そう、ですね」

観念したのか、夏咲はそれ以上は何も言わずに道を歩いていく。

「ああ、帰っておはじきでもしようね」

 

 

 


・・・
静かな下校だった。
並んで・・・とは言えないけど、一緒に下校する。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

言葉はなく、なんだか気まずい。
夕陽に照らされて、おれと夏咲の影が伸びていく。

夏咲はずっと下を向いたままで、顔をあげてはくれない。

なっちゃん、今日の夕飯はなにかな?」
「・・・・・・」
「朝ごはんのお味噌汁は美味しかったよねぇ」
「・・・・・・」

聞いちゃいないね。

会話がしたい。

「どうしたの?」

おれは、なんだか気持ちが浮ついている。

「なにがあったんだろうね」

夕陽の赤が、とにかく目につく。

「・・・・・・」

夏咲はずっと瞳を沈めたまま。

気づいたときには、口走っていた。

「あの日も・・・こうやって一緒に帰ったよね」

あれ?

「手と手が触れ合う距離を、二人で」

おれは、なにを、言っているんだ?

「笑いあって、泥んこになるまではしゃいでさ・・・」
「え・・・!?」

今でも鮮明に、思い出せそうだ。

「ん?」

大きな瞳を開き、おれを見つめる夏咲。

視線が交わる。

なっちゃん、どうしたの? もしかして遊びたくなった?」

すぐに逸らされると思った視線は、まだ外れていない。

「今から遊びにいけるけど・・・って、違うっぽいな」
「・・・・・・」
「なになに、どうしたの?」
「い、いえっ! な、なんでもないですっ・・・

逸らされた。

「・・・ん?」

その後、なんど話しかけても、反応は返ってこなかった。

 

 

 


・・・
今日一日の行動を見て、確信に変わった。

なっちゃんが異性に触れることを怖れているのは事実だが・・・」

ケムリを吸い込む。

「それよりも人と関わり合うこと、自分で物事を決めることを恐れている。
どうして、なっちゃんは、変わってしまったのか。
調書を読む限りでは、わからない」

ケムリが切れ切れの雲が漂う夜空に散っていく。

 

「森田さん? あれ?」

どうやら夕飯ができたようだ。

「はいはい、いま行くよー」

・・・おれが樋口健であることを明かせば、活路は見えるのかもしれないな。

 

「よ、ここだよここ」

カーテンの隙間から顔をだす。

「はうっ!」
「危ないっ!」

おれに驚いた夏咲が、手に持っていたお盆を放してしまった。

「づぁっ!」

夏咲に触れないよう、かつ夕飯を落とさないように、スライディングキャッチ。

「・・・び、びっくりしました」
「お、おれの方がびっくりだよ」

ゆらゆらと揺れる味噌汁を見上げる。

「まさか、ベランダに出られてるとは思わなかったので・・・」
「カーテン閉めてたから、気づいてると思ってた」
「ご、ごめんなさい」
「いやいや、もとを正していけばおれが悪いんだけどね。
ベランダにいるのを伝えておけばよかった」

まあ、パイプを見られないために言わなかったんだけど。

「それにしても、美味しそうな夕飯だね」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、とりあえずお盆を回収してくれる?」
「え?」
「この体勢からだと、こぼしちゃうから」

フローリングに背中を引っ付けたまま、お盆を抱えている。

「え、でも、あの・・・」
「わかってる、触れないようにするから」
「は、はは、はい・・・」

震えた腕が、おれ・・・お盆に伸ばされた。
カタカタと皿が音を立てる。

「お、落とさないようにね。
湯気の立つ味噌汁直撃で、おれが具材になるのは避けたいし」
「は、は、はい・・・」

カタカタ。

お盆を掴んでから、夏咲の腕が上がらない。

「だいじょうぶだから、ゆっくりね」
「はいっ・・・」

おれの手から・・・お盆が離れる。

「っ・・・は・・・ぁ・・・」
「気を抜かないうちに、テーブルに」
「はい・・・」

なんとか無事、テーブルに到着。

「はぁ・・・」
「ふぅ・・・」

お互い一息。

「じゃ、食べようか」
「どうぞどうぞ」
「・・・昨日と同じこと聞くけど、なっちゃんは食べないの?」
「はい・・・ダイエット、ですので」
「うーん・・・。
一緒に食べた方が美味しいんだけどなぁ」
「ごめんなさい・・・」
「じゃあ、せめて一緒に会話でも・・・」

夏咲は立ち上がり、部屋の隅に腰を下ろした。

「どうしたの? おれの近くにゴキブリでもいた?」
「そんなんじゃないです。気にしないで、食べてください。
わたし、お腹空いてませんから・・・」
「そっかぁ。残念だな」

いつまでも食べないと、余計に夏咲を不安にさせてしまいそうだ。

「じゃ、いただきます。
もぐ・・・もぐ・・・」
「・・・・・・」
「・・・もぐもぐ・・・」
「・・・・・・」
「・・・もぐ・・・もぐ」
「・・・・・・」
「・・・どうしたの?」
「えっ!?」
「いや、さっきからこっち見てるから」
「なな、な、なんでもないですっ!」

・・・気になるなあ。

「ねえねえ、おれの食べ方が面白い?」
「た、食べ方ではなくて・・・」
「おれの顔が面白い?」
「顔ではなくて・・・」
「なにが気になるの?」
「あ、いえ・・・さっき・・・」
「さっき?」

田んぼ道を歩いたときのことを言っているんだろうな。

「なにか思い出したの?」
「べ、別に・・・」

また、苦い笑いを浮かべる。

「きっと、気のせいです・・・」
「・・・そう。でも、見られてて悪い気はしないから、存分に見てね」
「は、はは・・・」

なにかを考えてるのはわかるけど、それを話す気はないみたいだ。

今日の夕飯も、美味しいとは思えなかった。

成り行きに任せるだけの生活か・・・。

「どうしたもんかな」

何度自答しても、まだ明白な道筋が思い浮かばない。

「このままの生活を送ってちゃ、いつまでも先に進めない気がする」

なら、どうすればいい?

「・・・・・・。
・・・決まってるか」

おれは何があっても、特別高等人にならなきゃいけないんだ。

迷ってる時間が惜しい。

「明日・・・だな」

おれの意識は、ゆっくりと眠りに落ちていく。

 


「・・・な、っちゃん・・・」

 

その日おれは、向日葵畑で微笑む夏咲の夢をみた。

 

夢の中のおれは、樋口健だった。

 

 

 

 

 

・・・

ん・・・。

意識が覚醒していく。

相変わらず熟睡することが少ないな、おれも。

目を開こうとした。

・・・微かな物音。

おれは起きるのをやめ、聴覚を研ぎ澄ます。

「・・・・・・」

学園に行くには早い時間だった。
心の中で問い返す。
おれを起こすわけではないみたいだ。

足音を消すようにして、玄関へと足を向けた。

夏咲の猫背が見えた。

おれに黙って、どこへ行こうというのか。

・・・大方の予想は立つがな。

 

「おはよう、なっちゃん
「っ!」

 

 

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驚いたのか、それとも怒ったのか。
顔色を変えた夏咲が後ずさる。

「ど、どうして・・・」
「どうしてって、なっちゃんが出かけるの見えたから」
「起きてた・・・んですか・・・」
なっちゃんの足音でね。あとは息遣いとか。
朝は特に、全神経が研ぎ澄まされてるから、クク・・・」
「・・・・・・。
・・・別に、ついてきても、面白いことなんてありませんよ」
なっちゃんといるのが楽しいから。いや、睡眠も捨てがたいんだけど・・・。
とにかくなっちゃんがどうするのか気になるんだ。
ふわぁ、眠いなぁ」
「まだ学園まで、時間ありますから・・・無理しないで、寝てて下さい。
・・・わたしは、ただの散歩ですし」
「なんだ散歩かぁ・・・いいね!」
「・・・さ、散歩くらい一人で行かせてもらいたいです」
「一人より二人の方が楽しいよ」
「そ、それは森田さんの考えです。
わたしは、一人の方が楽しいです・・・」
なっちゃんの言いたいことは分かった。一緒にはいかないよ」
「あ、ありがとうございます」

ついていかない・・・とは言ってないけどね。

 

 

 

・・・


「・・・っ」

気づかれた。

まあ、隠れてるつもりはない。

「どうしたの? 歩かないの?」
「・・・一緒に行かないって、言ったじゃないですか」
「うん。だから一緒には行ってないよ。
おれの歩く道を、偶然なっちゃんが先に歩いてるだけ」
「・・・そうですか」

また歩き出す。

帰る気はないようだ。

「平気な素振りしてるが、心は通風孔のようにポッカリ開いてるんだぜ? 風なんかビュービュー吹き抜けてる」


もちろんおれの心の話な。

 

 

 


・・・
「・・・」

向日葵畑にやって来た夏咲は、何をするでもなく立ち尽くしていた。

「なにを考えてるんだろうな」

表情からはうかがえない。

「おれのことか、自分のことか・・・あるいは」


・・・樋口ケンのことか。

なっちゃんとの距離を詰める。

「っ・・・」

嫌そうに身をよじらせたが、逃げることはなかった。

「向日葵畑、好きなの?」
「・・・ええ」
「おれと向日葵、どっちが好き?」
「・・・面白い人ですね」
「だったら、笑ってよ」

夏咲はいつも、つまらなさそうな顔をしている。

「森田さんも、大変ですね。いろいろと、ごめんなさい」
「大変? なにが?」
「わたしの監督なんか、しなくちゃいけないからです・・・」
「どうして。おれは楽しいよ。なっちゃんといると」
「・・・わたしは、一人がいいです」
「それって、悲しくない?」
「そんなことありませんよ・・・一人でいるときが、一番心が落ち着くんです」

かわいらしい唇から、ふっと、ため息が漏れた。

「気楽で、いいです・・・」

小さな風が吹いて、向日葵が一斉に揺れる。

「ねえ・・・。
なっちゃんと初めて出会ったの、この向日葵畑だったよね」
「えっ!?
ど・・・どういう・・・ことですか・・・」
「忘れちゃった? おれが向日葵畑で爆睡しちゃっててさ。
心配そうに話しかけて来たよね」
「・・・そ、そう、でしたね」
「あのときさ・・・なっちゃんは誰を待ってたの?」
「・・・・・・」
「言いたくない?」
「・・・はい」
「待ち人について、おれは知らないと思うけど?」
「言いたく、ないだけです・・・」

なっちゃんが傷つくとわかっていながら、おれは踏み込む。

「・・・確かこう言ってたっけ。帰って来てほしい人」
「・・・・・・」
「恋人かもしれない人」
「・・・・・・」
「帰って来ても、しょうがないって言ったけど」
「・・・・・・」
「帰ってこないかなって、思ってるんだったよね?」

そのときだった。

「か、んけい・・・」

ひゅっと、喉を鳴らすような息が漏れた。

「関係、ないじゃないですか・・・」

怒るのか・・・?

「は、ぁ・・・も、森田さんは・・・っ。
わ、わたしの義務を、更生する、のが・・・仕事なんです・・・よね」

呼吸が荒い。

「そうだね」
「だったら・・・関係ないこと、ぁ・・・は、詮索されたく、ありませんっ・・・」
「関係あるよ、きっと」

夏咲の目を見据える。

「そうやって・・・すぐ・・・は・・・っ」
「そうやって、なに? 言わなきゃ分からないよ」
「そう、やってっ・・・」

まずいな・・・本気で怒らせてしまうかもしれない。

「・・・・・・」

それを覚悟で踏み込んでみた。

「誰なの? 待ってる人」
「・・・は・・・はぁっ。
・・・ぁっ・・・・」

怒りはしぼんでしまったようだ。

 

 

 

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「・・・か、関係ありませんから、森田さんには」

それだけを強調して、胸元を押させながら、夏咲は帰っていく。

 


「ふう・・・」

ろくな散歩にならなかったな。

ごめんね、なっちゃん

でもさ・・・。

 

「関係あるんだよ、なっちゃん

 

小さく丸まった背中を見送る。

おれは、樋口健なんだから。

 

 ・・・