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車輪の国、向日葵の少女【31】

 


・・・
「思ったんだけど、学園って面倒だよね」
「そうですか・・・」

一緒に登校しているものの、夏咲の雰囲気は不安定なままだった。

「朝早くから起こされて、机にかじりついて。
でも、友達がたくさんいたら楽しいよね?」
「・・・かもしれません」
「服装とか自由にしてほしいよね」
「・・・はあ」
「あとは、おやつ持参許可とか。灯花とか大喜びしそうだなぁ」
「ぶつぶつ、よく、しゃべりますね・・・。
・・・あ、ご、ごめんなさい、嫌みなこと言ってしまって」

おれは軽く笑って、首を振る。

「今日は帰りに、みんなで遊んで帰ろう?」
「・・・・・・」

おいおい、謝ったかと思ったら、いきなり無視かよ。

「なっちゃーん、聞いてる?」
「・・・き、聞いてますけど?」
「なんか、機嫌悪い?」
「遅刻しますよ?」

夏咲はおれを置いて、玄関に消えていく。

 

 

・・・
昼休みになると、夏咲が席を立った。
後を追うのもいいが、どうせ廊下や階段の踊り場で時間を潰すだけだろう。
夏咲はなにもない日常を送ることを望んでいて、騒ぎを起こしたり、早退して注目を浴びることを恐れている。

だったら・・・。


外堀から埋めていくとしよう。

 

 

 

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「どしたの? なんか暗いよー」
「暗いんじゃない、シリアスなんだ」
「しりあすぅ?」
「どうやら、隠しても隠しきれないハードボイルドさが滲み出てたみたいなんだ」
「キモいなあ・・・キモかわいくもないし、ただたんにキモいよ?」

そこまでなじられるとは・・・。

「日向さんのことで悩んでるとか?」
「のろまな灯花にしちゃ勘がいいな」
「はいはい、どうせ私は鈍いですよーだ」

「おや・・・?」

灯花も成長したのか、すぐに怒らなくなったな。

「悩んでるって言うと、義務のこと?」
「どっちかと言うと、心の問題だな。
監督に着いてハッキリしたことだが、なっちゃんは誰とも仲良くしようとしないんじゃないか?
異性だけじゃなく、おまえたちとも」

二人は少し沈んだ表情を見せた。


「あたしたちも、何度か頑張ってみたよ」
「うん。体育祭のときなんか、いい感じだったもんね」

「体育祭・・・?」

どうやら、おれの聞き込みは無駄じゃなさそうだ。

「私やクラスのみんなと一緒に、絶対優勝しようねって。
日向さんって、運動神経が鈍そうじゃない?」

夏咲を知らない人間には、そう見えるだろうな。

「でも、意外っていうか。運動神経よくてね。
練習中も、私たちと楽しく話して・・・日向さんって、けっこう笑える人なんだって思って」
「そいつは、驚きだな・・・」
「本番のリレーなんか、びゅんびゅん前の走者を抜き去っていったんだよ」
「・・・・・・」
「日向さんのおかげで一着が取れて・・・私たち日向さんにありがとうって。
日向さんも、少しだけど笑ってくれて、ありがとうって返してくれて・・・」
「青春だなあ・・・」
「それで、次の日・・・」

「あれね・・・マジでシリアスだったよ・・・」
「体育祭のときは楽しんでくれてたみたいだし、私たちも日向さんと仲良くできると思ってたの。
だけど、次の日、登校してきた日向さんは、それまでと同じような暗い顔してて・・・。
私たちがどれだけ話しかけても笑ってくれなくて、なにも言ってくれなくなって・・・」

その日の間に、なにか大きな変化があったってことか。

「そのときから、なにも聞いてないのか?」
「私、どうして話してくれないのか聞いたの。
そしたら、日向さん・・・」
「『どうせ・・・みんな、いなくなるんです』って・・・。
超わけわかんない」
「・・・それっきり、うつむいたままで」


「・・・・・・」

「あんたたちは信じられないかもしれないけど・・・。
昔の夏咲は誰よりも元気で明るかったんだよ。
クラスのムードメーカーってやつ?」


「・・・・・・」


誰よりも優しくて、可愛かった。

おれなんかに、たくさんの時間を使ってくれた。

嫌味の一つも言わず、いつも笑っていて。


「ちょっと、いまの日向さんからは想像できないよね?」

「え? あ、ああ・・・」
「どうしたの?」

まずいな、不審に思われだしたか?

「いや、今日の夕飯なにかなって考えてた」
「だから、つまんないって。死んじゃえば? ねえ、死んじゃえば?」


・・・こいつ、実はひどいヤツなんじゃないか?


「あたしたちは、賢一が頼りなんだからさ、しっかりしてよ」
「そうだよ、ふざけてる場合じゃないよ?」

「わかったよ・・・なんとかしてみる」

すると、さちが肩をすくめる。

「とにかく、あたしはさ・・・」
「ん?」
「あたしはさ、夏咲はどこか心を病んでるんじゃないかって思うわけよ。
あたしさ、ガキのころからずっとあの子の友達してたけど、あたしも自分のことでいっぱいいっぱいだった時期があってさ・・・。
よくわかんないのよ」
「私は、さちのことも日向さんのこともよく知らないけど・・・」

二人とも、心配そうな顔をしていた。


「任せろ」


「賢一なら、最後にはなんとかしてくれるよね?」
「・・・うんっ」

 

おれは背を向けて、教室を出る。

 

 

 

・・・
「ちょっと待ちたまえ!」

廊下に出ると、磯野が行く手を阻んだ。

 

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「なんだコラ?」
「まったく、昨日は委員長を慰めるのに大変だったんだぞ?」
「すまんな、また今度・・・きっと、みんなでお祝いできる日が来るって」
「・・・早くしてくれよ、特別高等人」
「じゃあな・・・」
「待てよ、僕のこと避けてないか?」

別に避けてないけど・・・。

「・・・おまえは言動に統一性がないからな、相手をすると疲れるんだ」
「そう怒るなよ、ケン」
「・・・・・・」
「ふふ、ちょっと慣れ慣れしかったかな。
やっぱり名前を略すのは、もっと親しくなってからじゃないとダメかぁ・・・」
「じゃあ、永遠に無理だな」
「親友だと思ってたのに・・・」

ヘラヘラ笑ってはいるが、どうも作り笑いにしか見えない。

「夏咲ちゃんの監督についてから、僕に対する風当たりが強くなった気がするな」
「・・・・・・」
「僕は君の敵かい? 味方かい? はは、僕にも分からないけどね」

わからないのかよ。

「あまり警戒しないでほしいな」
「なら警戒される言動をやめてくれ」

磯野は、流れるような手の動きで、襟を正した。

「ぶっちゃけて聞くけど、夏咲ちゃんの様子はどう?」
「・・・かんばしくないな。仲良くなるのも、ひと苦労ってところだ」
「モテモテの森田くんでも、難しいのかい?」
「義務の影響もあって、距離感がつかめないってのもあるけどな」
「それだけかな?」
「というと?」
「たまに、夏咲ちゃん、向日葵畑に行ってるだろ?」
「ああ、そうだな」
「誰かを待ってるみたいだけど・・・誰を待ってるんだろうね?」

・・・おれだろうな。

「・・・さあ。おれも聞いてみたんだが、教えてくれなかった」
「そうか・・・」
「森田くんがそういうのなら、本当に知らないのかな」
「用事がないなら、おれは帰るぞ」
「それじゃ、また明日」


その場に残ったのは、重いため息だけだった。

 

 

 

 

 

・・・
帰宅したおれの前には、出来上がったばかりの夕食が準備されていた。
なっちゃんはいつものように、部屋の片隅に静かに座っていた。
何度か話しかけてみたが、反応は無いに等しく、ひとりむなしい食事を進める。

「・・・・・・」

おれが食べ終わるのを確認した夏咲が、食器を台所へと運ぶ。

「おれも手伝おうか?」
「・・・・・・」
「片づけが終わったら話でもしない?」
「・・・はあ・・・」

徹底的に無視される。
夏咲は片づけを終えると、また隅っこに腰をおろした。

おれは歩いて、なっちゃんの前に座り込んだ。

「・・・っ」

居心地が悪そうに、上半身をねじる。

「無視されると、悲しいんだよね」
「・・・・・・」
「おれのこと、嫌いかもしれないけど、話くらいしてほしい」
「・・・・・・。
も・・・森田さん、わたしなんか・・・に、話しかけても・・・困らせちゃう、だけです」

反応あり。

「そんなことないって」
「ある、んです・・・そういう、こと・・・」
「どういうところ? おれ、なっちゃんと話すの楽しいのに」
「だって・・・怖い顔・・・してます。
きっと、わたしが怒らせて、だから・・・」
「怖い顔になっているなら謝るよ・・・だから、ちょっと向き合おうよ」
「わ、わたしに・・・構わないで・・・」
「ふぅ・・・」

想像以上に深い溝を作ってしまった。

 

こうなったら、話すしかないか・・・。

「あのさ・・・ちょっと、言いたいことがあるんだ・・・」

緊張しているのか、おれの声も少し震えている。

「・・・仲良くなったら、打ち明けようと思ってたことがあるんだ・・・」
「・・・仲良く、ないです」

おれの言葉をさえぎって、夏咲は首を横に振る。

「森田さんとも・・・磯野くんとも・・・さっちゃんとも・・・大音さんとも・・・仲良くなんか、ないんです・・・」

・・・おれも、打ち明ける気力をなくしていく。

「そんなことないよ。皆なっちゃんが好きだし、大切に思ってるよ?」
「たとえそうだったとしても・・・迷惑なだけです・・・」
「・・・迷惑って、なっちゃん、それはちょっとひどいんじゃないか?」

非難の視線を投げると、夏咲はさらに顔をこわばらせた。

「わ、わたしに、仲のいい人なんていません・・・いりません・・・」
なっちゃん、笑えない冗談はその辺にしよう?」
「なにも期待せず、誰にも頼らずに・・・生きていくんです・・・」

 

・・・誰なんだろう、この子は。

 

「楽しいことも、うれしいことも、どうせすぐ、変わっていくんですから・・・」

 

本当に、あの日向夏咲なんだろうか。

「かまわないで・・・放っておいて・・・わたしは、一人がいい・・・」
「なあ、なっちゃん。ちょっと考えすぎだよ?
世の中おもしろおかしく生きたほうが絶対いいって、さちみたいにさ」
「・・・わたしは、さっちゃんじゃありませんから・・・」
「いや、そういう、ことじゃなくてさ・・・」
「誰にも頼りたくない・・・一人で生きていくんです・・・。
一人がいいから・・・一人がいいんです・・・」

 


虚ろな瞳は、なにも映さない。

おれの大切な友達だったなっちゃんじゃない。

こんなのは・・・。

抑えきれない気持ちが、どんどん込み上げてくる。

 

 

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「お願いです、森田さん・・・わたしを、一人にさせてください・・・」

いつの間にか、おれは拳を強く、握り締めていた。

なっちゃんは、なっちゃんは笑ってる姿が、一番だよ・・・」
「・・・気を悪く・・・しないで・・・ごめんなさい・・・わたしは、もう、いろいろなことに期待したくないだけなんです・・・」

怯えたように膝を抱え、小さく謝罪を繰り返す。

絶対におれの視線をとらえない。

「・・・ご、ごめん、ちょっとジョギングしてくるね」

 

そのまま、夏咲の部屋を駆け足で退室した。

 

逃げ出したのだ。

 




「さ、寒い・・・」

助けを求めるような声が、耳に残った。

 

 

 


 


・・・
砂利に腰を落ち着けて、パイプを咥える。

「すーーーーっ・・・ふぅーーーっ・・・」

落ち着け。

ケムリを入れて、気分を落ち着かせようとする。

身体をリラックスさせる成分が含まれているはずなのに、どうしようもなく、神経が高ぶる。


早く、部屋に戻ろう。

けれど、いつまでたっても、落ち着きを取り戻せなかった。

 

 

 


・・・
「あ・・・」
「・・・なっちゃん

玄関に立ち尽くしていた。

「もう、寝てるかと思ってた」
「ごめんなさい・・・。
一言、謝っておきたくて・・・」
「おれだけじゃなくて、さちや、灯花、磯野にかい?」
「そ、そうです・・・ごめんなさい・・・」

それだけ言って、部屋に戻ろうとする。

ずっと待っていたんだろうか。

部屋の前に立ち尽くして・・・。

なっちゃん、一つだけ聞かせて欲しい」
「・・・なんですか」
「義務を解消させたいと、思ってる?」
「・・・・・・」
「おれには、どうもその意志を感じ取れない」
「無理ないと思います・・・。
わたしは、あまり義務を解消させたいと思っていませんから・・・。
このままなにも、なにも変わらなければいい・・・。
このバッジは・・・今のわたしを守ってくれてるんです・・・」

気持ちの高ぶっているおれが、そのときかけられる言葉は、一つだった。

「おやすみ」
「・・・おやすみなさい」

 

 

・・・

夜は深まっていく。

まだまだ季節は夏だというのに、夏咲は寒そうに自分の肩を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


・・・
・・・・・・

学園に行くには少し早い時間。

寮の花壇に、恵みの雨が降り注がれていた。

「やっぱり、なっちゃんには花が似合うなぁ・・・」

夏咲がジョウロを片手に、花に水を与えていた。
夏の陽射しは衰えてきているとはいえ、未だにじりじりと地面を蝕んでいる。
誰かが水をやっていないと、数日で枯れてしまうんじゃないだろうか。
花々は元気いっぱいに咲き誇っていた。

なっちゃんは偉いなぁ・・・」
「・・・そんなことないです」
「いやいや、最近の若者にはなかなかできないことだよ。
それも自主的に、丁寧になんてさ。
これがおれだったら、ホース使って大噴射させてるね」

見えないホースを手に、盛大に水を与えていく様を見せた。

「それは・・・だめじゃないかと・・・」

どうやら、瞬く間に枯れていく花のビジョンが見えたんだろう。

「・・・どうして、そんなゆっくり水を撒くの?」
「そんなに早く水撒きを終わらせてしまうと、また別のことで時間をつぶさないといけないですから」

・・・暗いなぁ。

「いや、理由はどうあれ、水を与えないと花は枯れちゃうしね」
「わたしがやらなくても、寮母さんがやります」
「そうかな・・・?」
「元々、わたしが無理を言って、やらせてもらってるんです。
まあ、冬になったら、どうせ枯れてしまうんですけどね・・・」

悲しい顔。

「・・・それはそうだけどさぁ」

夏咲は、またぼんやりと花に水を与え続ける。

 

 

 

 

・・・
「ふぅ・・・どうして、学園に通わなきゃいけないんだろうね」
「わ、わたしに聞かれても・・・」
「他に聞く人もいないし」
「そ、そう言われても・・・」

手と手がもじもじとすりあっているのは、恥じらいじゃないな。

「実は困ってる?」
「は、はい・・・」
「じゃあさ、なっちゃんから話を振ってよ。おれがそれを拾うから」
「む、無理です・・・」
「どんな些細なことでもいいよ。全部拾うから」
「・・・え、えっと・・・どうしよう。
うう、ネタ、ネタ・・・」
「いや、ネタじゃなくてもいいから。日常的なものでいいよ」
「に、日常ですか・・・えっと、ええと・・・。
日常・・・や、やっぱりお、お花・・・とか・・・。
あっ・・・!」


「わ!」


出会い頭だった。

鈍い音が聞こえたと思うと、夏咲が学生とぶつかった。

「・・・っと、ごめん!」

なっちゃん!」

それほど強い衝撃だったわけじゃない。

二人とも、体がぶつかって少しのけ反っただけだ。

けれど・・・対象が異性だったことが災いした。

 

 

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「ねえ、大丈夫?」
「あ、ぁあ・・・」

よろよろと後退する夏咲。

おれはすぐさま駆け寄った。

なっちゃん、今のは事故だ、気にすることはない」
「あ・・・あ・・・ぁ・・・」

どんどん顔色が青くなっていく。

「な、なんだよ、こいつ・・・ちょっとぶつかっただけじゃないかっ・・・」

逃げるようにして校舎に駆け込んで行った。

「ああ・・・・・・!」

すとんと腰が落ちるように、地面にうずくまってしまった。

なっちゃん、しっかりするんだ!」

緊急の場合、おれなら触れることはできる・・・。

「ぁあ・・・ぃやあ・・・!」
「今のは事故だったんだよ!」
「っは・・・ぁぁ・・・」
「・・・なっちゃん、ほら」

少しためらったが、夏咲に手を差し伸べた。

眼前に差し出された手のひらを見つめた後、おれを見上げた。


「・・・いや」
「いや、じゃなくて・・・」
「いやっ・・・」

夏咲の腕へと手を伸ばす。

「や・・・」

手が、触れるか触れないかの寸前。


「やめてっ!!!」


信じられないほどの大声。

周りの学生の視線が、全て夏咲とおれに注がれる。

「あ、ちょ・・・なっちゃん・・・」
「触らないで下さい・・・触らないで下さいっ!」

まずいな・・・軽く錯乱している。

瞳は焦点が定まらず、さまよっている。

・・・少し接触しただけで、ここまで乱れるのか。

強制収容所を恐れて・・・っていう理由だけじゃなさそうだな。

純粋に、異性に触れられるのが怖いのか。

「参ったな・・・」

夏咲が落ち着くまで、おれは声をかけることしかできなかった。

触れられるのに、触れられないもどかしさ。

学生たちがまばらになり予鈴のチャイムが鳴った。
あと、ようやくおれたちは教室に向かった。

 

 



・・・
昼休み、おれたちは夏咲も含めて全員集合していた。


「と、いうわけなんだ」

 

 

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「さも今まで会話してたかのような登場をするなよ」
「なんだよ、全部言わなきゃ伝わらないっていうのか!」
「なにも言わなきゃ伝わらないんだよ」
「ああ言えばこう言う。高等人ってのはみんなこうだ!」
「単純におまえのネジが外れてるんだろ、それは」
「なにその言動。ちょームカつくんだけどー」

「・・・どの性格が本当のおまえなんだ?」
「どれも僕さ。多重人格者と思ってくれてもいいよ?」
「ありえそうでいやだな」

肩をすくめる。

「ふふ・・・」

「なに、賢一とのコントを見せるために呼んだってわけ?」
「くだらないことに時間とらせないでよね」
「ごめんごめん。それは六割・・・」
「お・・・多いね」
「いや、七割かな」

「増やすなバカ!」
「僕的には八割ぐらいにしてもいいんだけど、森田くんがねぇ・・・」
「いいから早く本題を話せ」
「まあ、要するに、明日は休みだから、委員長のお祝いもかねて、みんなで遊ぼうってことだよ」

「あ・・・」

 

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「日向さんは、どこか行きたいとこある?」
「わ、わたしは・・・」

「ん、どこどこ?」

「で、ですから、わたしは・・・いいです。
みなさんで、楽しんできて下さい。
わたしなんかが参加して、つまらなくしたくないので・・・」
「どうして? みんなでいたほうが楽しいって」
「うんっ・・・日向さんと、もっと仲良くなりたいよ」

灯花が、まぶしいくらいに微笑んだ。

「ぅ・・・」
なっちゃん、さちや灯花の言うとおりだよ。一緒に行こうよ」

夏咲は少し躊躇したあと、やっぱり首を横に振った。

「ご、ごめんなさい。わ、わたしは気にしないで下さい」

「夏咲ちゃん」
「は、はい・・・」
「あれだろ?」
「はい・・・」
「行きたいけど行きたくないんだよね?」
「い、いえ・・・行きたくないです・・・」

「行きたくなくもないんだよね?」
「行きたくなくもないことはない・・・って、なに言ってんだかわかんなくなってきただろうが!」

おれたちがふざけていると、夏咲は逆にしょんぼりとしてしまうのだった。

「・・・そ、そんなふうに誘われても、困りますから・・・」
「夏咲・・・」
「もう、誘わないで・・・。
お、お願いです・・・も、もう誘わないで下さい・・・。
迷惑・・・です・・・から・・・」

走りだすわけじゃなく、ゆっくりと歩いて席に戻る。

それは逃げ出すと言うよりも、完全に拒絶したということ。

おれたちを否定したってこと。

おれたちは、引き止める術を持っていなかった。

「くそっ、犬の森田が、行きたくなくもないとかわけのわからんことを言い出したからだっ!」
「どうすんの、賢一」
「悪いな・・・明日は遊べそうにない」


「私たちはいいから、日向さんをお願い」
「ああ・・・」

灯花は、やっぱり優しいヤツだな。

きっと自分のお祝いなんてどうでもいいんだろうな。

「夏咲を悲しませたら、あたしらみんなサガるんだからねっ!」
「おう・・・任せろって」

おれは、小さく丸まった夏咲の背中を見つめた。

 

 



 

・・・
今日も一日が終わる。
義務に違反する可能性の極めて低い夏咲は、監督するのに苦労しない。
逆に、正しく更生させるのは、雲をつかむように難しい。

なにせ、義務を望んでいるんだから。

夕陽に照らされる夏咲を、静かに見つめる。

 

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「賢一、一緒に帰らない?」
「ん? ああ、それでもいいんだけどな」

「あ、日向さん、今日掃除当番なんだ」

二人が夏咲を見て言う。

なっちゃんが終わるまで、おれは帰れない」


「おい、国家の犬」
「その呼び方はやめろ」
「夏咲ちゃん一人に任せて、おまえは高みの見物か」
「手伝おうとしたんだけどな、断られた」
「ふう、森田くんじゃ仕方ないかもね」
「どういう意味だよ」
「今さら聞き返すことでもないだろう?」
「・・・そうだな」

どれだけあつかましく近づこうとして、嫌われたことか。

「ここはみんなで手伝ってあげようじゃないか。
遊びには誘うなって言われたけど、掃除を手伝うなとは言われてないしね」

「おお、そうだねっ」
「賛成。こういうことから仲良くなっていくものだし」

夏咲には、こんなにいい友達がいるんだ。

おれが入る隙間なんて、ないくらい。

「日向さん、掃除大変だね」
「あ、みなさん、まだ帰ってなかったんですか?」
「うん。私たちも手伝おうと思って」
「え? い、いえ、いいですいいです・・・。
わたし一人でできますので」

昼間のことがあって、少し気まずいんだろうか。

本当に友達を拒絶した人間が、見せる表情じゃない。

「できるできないじゃなくってさ、みんなでやった方が、早いし楽しいって」

「森田くんはともかく、僕らは手伝わせてよ」
「磯野・・・おまえは友達思いだな」
「ふふ。だろう?」

 

「・・・どもです」

掃除くらいなら、と小さく呟いた。


おれのときは何度頼んでもごめんなさい、だったんだけどなぁ。

やっぱりへこむなぁ。

ぺこっと頭を下げて、夏咲は掃除を再開した。

それぞれテキパキと掃除を始める。

「さり気なくおれも手伝うとするか」

五人だけで残った教室。

掃除をする物音だけが聞こえていた。

夏咲がホウキでチリを集め、それを灯花が回収。

おれと磯野で机を。

さちは窓ガラスを拭いていた。

「あの・・・」

掃除も終わりかけたころ、夏咲が口を開いた。

「え、なに?」
「み、みなさんに聞いてみたいことがあるんですが・・・いいですか?」

「森田くんが本当にハードMか否かが気になるのかな?」
「実は、あんまMじゃないよ」
「・・・う、うん・・・よくわかんないけど・・・Mっぽくはないね」

おれは実はMじゃないらしい。

「そ、そういうことじゃなくて、ですね・・・」

・・・なんだろうな、嫌な予感がするな。

「みなさん、わたしの友達なんですか?」

「え、ええっ!?」

全員、どっひゃーってなリアクションを取った。

「あ、当たり前でしょ!」
「そうだよ。当然じゃない! ずっとずっと前から友達だよ!」
「うむ」

「だったら・・・その・・・」
「うん?」
「・・・わたしが死んだら、悲しいですか?」
「当たり前じゃないか」

間髪いれず、おれは言っていた。

「そうだよ・・・そんなの、当たり前じゃん」
「どうして、そんなこと・・・聞くの?」

「いえ・・・これといって理由は・・・なんとなくというか」

「・・・・・・」

「ご、ごめんなさい・・・最近ちょっと、おかしいですね・・・わたし・・・」

「いや、僕もおかしいから気にしないで」
「お前じゃ、慰めにならねえよ・・・」

「はあ・・・」

夏咲は、また、背中を丸めて小さくなった。


「帰ろうか・・・」

 

 



・・・
さちは、みんなで一緒に帰ろうと誘ってきたが、夏咲が断った。

寄り道をするからと。

おれはそんな夏咲の背中を見つめながら、距離を取って歩く。

隣に並ぼうとすると、明らかな拒絶を見せるからだ。


「あ・・・」

なにかを見つけたのか、田んぼ道の途中で立ち止まった夏咲。

スカートに土がついても構わないというふうに、その場に座り込んだ。

ぼーっと田んぼを見つめる。

おれは少しだけ距離を詰めて、夏咲を見た。

「どうしたの? なっちゃん
「・・・・・・」

返事はない。

夏咲の視線は、稲を見ていた。

「稲、ね・・・」

面白いんだろうか。

同じように見てみる。

そして、一秒で飽きる。

「明日は、休みだね」
「・・・・・・」
「みんなと遊ばなくていいの?」
「・・・・・・」
「なんならおれと遊ぼうよ」
「・・・・・・」

そんなとき、夏咲がぼそりとつぶやいた。

「秋になったら、どうせ刈り取られてしまうのに・・・」
「ん?」

なんのことだ?

「もしかして、稲のこと?」
「・・・・・・」

小さく頷く。

「そりゃあそうだろう。食べ物だしね」
「・・・・・・」
「農家の人が一生懸命に刈って、おれたちの食卓に運んでくれるんだ。
このまま刈り取られずに、食べられない方が稲に取って辛いんじゃない?」
「それは、人の勝手な考えです・・・食べられたくない稲だって・・・。
・・・だから、なんなんでしょうね?」


こっちが聞きたいわ・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

 



・・・
なっちゃん、風邪ひくよ?」
「・・・・・・」

寝てるのか。

布団にも入らず、膝を抱えて眠っていた。

隅っこが好きなのかな?

しかし、困ったな。

「ん・・・」

もそり、と体を動かす。

「・・・・・・」

ちょっとだけ、瞳が開かれる。

なっちゃん?」
「・・・森田さん」
「どうしたの? やっぱりその体勢じゃ眠れない?」
「いえ・・・それは、大丈夫です・・・」
「・・・っ・・・」

夏咲が上目遣いでおれを見てくるので、少しだけ驚いてしまった。

・・・男を誘うような・・・。

馬鹿な考えが、頭をよぎったので、すぐに否定した。

「・・・放課後の続きなんですけど、構いませんか?」

・・・夏咲が死んだら悲しいか、って話だな。

「できれば、笑える話がいいな」
「・・・わたしって、いなくてもいいようなヤツですよね?」

笑える話が希望だったんだけどなぁ・・・。

「・・・そんなわけないだろ」

はっきりと言う。

「いて欲しいよ」
「なんでいるのか不思議じゃないですか?」
「どういう・・・意味だよ」
「わたしがいなくなったって、日常は変わりません。
誰もわたしを必要としていませんから」
「決めつけるなよ。おれはなっちゃんがいないと悲しい」
「それは・・・わたしが義務を負っているからです」
「違うよ」
「違わないです」
「違うって」
「違わないんです」
「・・・・・・」
「違わないんですよ・・・絶対に・・・わたしは、社会の歯車にすらなれないんです・・・」
なっちゃん・・・」
「・・・は、はは・・・は・・・ふぅ・・・」
「そんな話、するなよ・・・絶対に、そんなことないんだから」

義務だとか、そんなのは関係ないんだ。

「お、おやすみなさい・・・」

そうして、また自分の肩を抱きながら、寒そうな眠りについた。

 

 



 

 

・・・
しばらくの間、ずっと夏咲を見下ろしていた。

「おれさ・・・。
・・・言ってもいいかな?」
「・・・・・・」
「もう、抑えられそうにないんだ・・・」
「・・・・・・」
「話したいことが、あるんだよね。聞いて、欲しいことがさ。
・・・でも、それが正しいのかどうかも分からなくなってきた。
もしそれを話しても、なっちゃんが受け入れてくれなかったら・・・。
全部終わっちゃうから」
「・・・ぅ、ぅ・・・」

夏咲から、小さな嗚咽が聞こえてきた。

夢の中で泣いているのだろうか。

「ぅぅ・・・ん・・・ケン、ちゃ・・・ん・・・ぅぅ」
「っ!」

一瞬、起きているのかと思ったが、寝言だった。

「・・・う・・・ぅ・・・」

夏咲は、健を求めているのだ。

ひょっとしたら、健に会いたいという淡い期待だけが、いまの夏咲を支えているのかもしれない。

「ぅ・・・ひっく・・・さ、寒い・・・」

夏咲は泣き続ける。

現実では流さない涙を、夢の中で流し続ける。

誰にも知られず、ひっそりと。

「もう、迷う必要はないな・・・」

明日・・・おれがケンであることを・・・話そう。

もう一度、あの向日葵畑で笑いあうために。

夏咲の嗚咽を聞きながら、決心のもと、おれは眠りにつく。


もう、悲しみの涙を流させないために。


夢の中では、成長したおれと夏咲が楽しそうに笑いあっていた。

 

 

 


・・・
とても楽しい夢を見た気がする。

思考は驚くほどクリアになっていた。

「おはよう、なっちゃん
「・・・おはようございます」
「相変わらず、朝から元気がないけど?
ちなみに、森田さんの顔を見たからです。
なんて言われたら立ち直れないから」
「別に、他意はないです・・・わたし、いつも元気なんてありませんから・・・」
「そんなことないと思うけどな」
「そんなことあるんです」
「明るいのがなっちゃんじゃない?」
「暗いのがわたしですよ・・・」

じっと見つめる。

「な、なんですか? こっちを・・・睨まないで・・・」
「え、ああ・・・ごめんごめん。ダンディズムな表情を作ってただけだよ」
「・・・・・・」

こういうふうにふざけた態度が、気にいらないって顔をする。

まあ、おれって相当ウザいしな。

「いつもなら、この辺りで話題をすり替えようとするんだよね」
「・・・え?」
「お腹空いた、とか言ってさ。
なっちゃん、ここに座ってくれる?」

逃さないように、少し語気を強めた。

「は・・・はあ・・・」

おれの正面、テーブルを挟んで座りあう。

居心地は悪そうだ。

「どうしても、話しておきたいことがあってね」
「ぎ・・・義務について、ですか?」
「それもあるかな・・・」
「・・・・・・」
「話しておかなきゃならないこと・・・。
おれのためでもあり、なっちゃんのためでもある話なんだよね」
「・・・・・・」

いつになく真面目なおれに、緊張しているようだ。

怯えたような、拒絶するような眼差しが部屋の壁や窓をせわしなく移動していた。

「・・・話しても、いいかな?」
「そ・・・そういうってことは・・・聞かなくても、いいんですか?」
「違うよ。聞いてもらう。心の準備はいい? って確認だよ」
「・・・よくないです」
「じゃあ待つよ」
「ま、待たれても・・・しょうがないです・・・」
「・・・・・・」
「・・・っ」
「今さら、改まるってのも、変なんだけどさ」
「も、森田さんっ!」
「んっ?」

急に席を立つ夏咲。

「い、いつになく真剣ですね?」
「ああ、そうだね」
「き、キレありそうですよね?」
「は? あ、ああ・・・真剣ってことね。
うん、それ面白い。大根くらいスパッと切れるよ」
「・・・大根が切れるわけないじゃないですか。
からかわないで下さい」

・・・なんか話を脱線させようとしているな。

「言いたいことはよく分かりませんが、大根が食べたいんですね?」
「いや、違うから。大根は後だよ」
「はあ・・・」
「おれが言いたいのは別のこと。
これからのおれたちに関わる大切な話なんだ。
真面目に聞いて欲しい」
「・・・なんか、怖いです」
「逃げないで」
「に、逃げようだなんて・・・わ、わたしはただ・・・」
「いいから。聞いてくれてればいい」
「そ・・・そうですか・・・」
「・・・で、ね」

喉を鳴らした。

「・・・は、話の内容なんて、無いようとか、そういうのですか?」
「そうそう・・・・・・って、バカ!」
「ひぅっ・・・!」
「実は・・・」
「は・・・ぁ・・・あの・・・真剣ですね・・・はは・・・」

薄笑い。

「や、やだなぁ・・・も、もっと気楽にしようって、いつもは言ってるのに・・・」
「な、なっちゃん?」
「言いたいことは分かりました。大根が食べたいんですよね?」


「本気で、怒るよ?」


「いえ・・・わたしが、お腹空いたので・・・」
「悪いけど、少し待って」
「っ・・・」
「話をしたいんだ」
「・・・・・・。
お、お花に、水あげないと・・・」
「それも後にして」
「・・・・・・。
さ、散歩」


なっちゃん!」


「ひっ・・・!」

おれはジュラルミンケースを片手で引き寄せると、ドカッとテーブルに置いた。

「あんまり・・・いや、ぜんぜんおれの話を聞く気がなさそうだね」
「・・・そ、そんなこと、ないです・・・」
「聞いてもらわなきゃならない」

ケースを開く。

この中には、お姉ちゃんと親父と一緒に撮った写真がある。

夏咲の知る、健である頃のおれが写っている。

それを見せれば、言葉など後からついてくるだろう。

「・・・・・・」

なにを出されるのかと、揺らぐ瞳がケースを捉える。

その時だった。


鳴り響く緊急の携帯電話。


夏咲は一瞬表情を崩す。


「で、出てください・・・」
「話の後でもいいよ」
「だ、大事な用件、かもしれませんよ?」
「こっちの用件の方が大切だから」
「で、でも・・・」

コールは続く。

相手はわかりきっているし、電話に出なければ、試験にマイナス評価が加えられるかもしれない。

夏咲にも聞こえるくらいの舌打ちをしてから、おれは携帯を手にした。

「森田です」
「私だ」
「こんな早朝から、どうしました?」
「随分と殺気だっているようだが?」
「用件がないなら、後にしていただけませんか?」
「至急、日向夏咲の経過報告に来い」

おれの事情など、この人には知ったことじゃないってか。

「今、ですか・・・」

法月は、同じ命令を繰り返さない。

「・・・わかりました」

あっさりと電話が切れた。

通話を終えると、夏咲は、おれの顔色をうかがっていた。

「ちょっと、出かけてくるよ」
「は、はい・・・朝食の準備、しておきます」
「戻ったら、話の続き、するから」
「・・・・・・」

夏咲は返事をせず、安心したように薄く笑っていた。

 



 

・・・
「くそ・・・あと少しだったのに」

とっつぁんに文句を言っても仕方がないのは分かってる。

早々と話してればよかったんだ。

「まあいいさ。おれにも聞きたいことがあった」

それを確かめるついでだと思えばいい。

 

 

 

 

 

 

・・・
・・・・・・
「森田です」
「入れ」

まったく、とっつぁんはいつ寝てるんだろうな。

この人から、生活感というものを感じたことがない。

 

 

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「・・・報告します。
親睦関係で言えば、現状良好とは言えません。
が・・・日向夏咲が義務違反を犯す可能性は極めて低いと思われます」
「お前の仕事は、日向のお守りではない」

・・・わかってるよ、義務を解消させるのが仕事だ。

「なにか言いたそうだな」
「よろしいでしょうか」
「許可しよう」
「他人に興味のない彼女が、いつまでも恋愛禁止の義務を取り消されないのはなぜでしょうか?」
「理由は調書の通り、日向の言動が不安定だからだ」

コツ、と杖を一度鳴らす。

「しかし、異性を誘惑しているような態度には見えませんが?」
「それは、ひいき目というものだろう?」

不気味に笑う。

「あの娘を幸せにできるのは、お前だけだろうな」
「いきなり、なんです?」
「そして、お前では日向の義務は解消できないだろうな」
「・・・用件は以上ですか?」
「しっかり働け。私は特別高等人を目指す森田健一に期待をしている」
「・・・・・・」

 


とっつぁんに頭を下げ、おれは退室する。

おれはもう、樋口健ではないのだ。

 




・・・
「全く、朝から嫌な気分だ」

早く夏咲に伝えなきゃならないってのにな。

帰宅しよう。

 

 

   







・・・
・・・・・・
「部屋に戻ったら、後戻りはできないな・・・」

・・・迷いはないさ。

話さなければならない。

逃げ出したおれを、夏咲が責めてきたとしてもな。

 


・・・
なっちゃん、ごはん食べたかい?」


・・・・・・。

・・・いない?


室内に人の気配は感じられなかった。

トイレも風呂にもいないようだ。

「逃げられた・・・とは少し違うか」

テーブルに置かれていた書き置きを見つける。


――崖に行ってきます。


行き先を告げてくれる分だけ、おれたちの関係は進展したと考えていいのだろうか。

「崖か・・・あそこにはおれの墓、があるんだったな」

ちょうどいいかもしれない。

伝えよう、あの場所で。

おれはジュラルミンケースを片手に、夏咲の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

・・・
途中、夏咲に追いつくことはなかった。
夏咲の足の速さを実感する。
うっそうと生い茂る木々を抜け、晩夏の陽射しに包まれた小道を登っていく。

 

 

・・・
少女がいた。
強く吹き荒れる山風に身を任せながら、遠く山の向こうを眺めていた。

 

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「探したよ、なっちゃん
「あ、あれ? 書き置き、見ませんでしたか?」
「見たよ、こんなところにおれを呼び出して、どうするつもり?」
「はあ・・・」

夏咲にゆっくりと近づく。

「ふと、思ったんだよ」
「なにを、ですか」
「おれが前に、なっちゃんを追いかけてここに来たとき、花を添えていたよね?」

「はい・・・」
「どうして?」
「・・・どう、して?
・・・・・・。
どうして・・・でしょう。
そう考えてみると、わからないです」
「わからない?」
「何度も足を運んでいたのに、あの時、初めて花を添えたんです」
「・・・・・・」
「ケンちゃんは死んでいて・・・帰ってくることはない。
そして、生きていたとしても・・・きっとここには戻ってこない。
もしかしたら帰ってくるかも・・・いいえ、そんな希望なんて無いってことを、わたしは悟ったのかも知れません。
だから、嫌になって・・・ここに花を・・・」
「本当にそうかな?」
「え?」
「何年もこうして、ここに足を運んでたんだよね?」
「・・・はい」
「そして、それが嫌になった」
「・・・はい、もう、いいかなって・・・」

小さな首が左右に振られる。

「タイミングが、ちょっと気になるんだ」
「タイミング、ですか・・・」
「おれが、なっちゃんの監督についたのがきっかけになってない?」
「・・・それは、偶然じゃないんですか?」
「そうかもしれない、なっちゃんからすれば気に留めることじゃないかもしれない」

おれはもう半歩だけ、夏咲に近づいた。

手を伸ばせば、肩に触れられる。

「だけど、おれからすれば、それが必然に思えた」
「話が、見えないです・・・」
なっちゃん、覚えてるかな?」
「はい?」
「昔、二人でよくここに来たよね」
「・・・え? あ、あの・・・どういうことですか?」
「一緒にここから、景色を見渡したじゃない」
「・・・え?」
「遅くまで笑いあって、風を感じていた」
「・・・・・・」

夏咲の表情が急激にこわばっていく。

「変なこと・・・言わないで下さい」

声に怒気がこもっている。

おれは夏咲に視線を向けるが、夏咲はやはりこっちを見てはくれない。

「もう・・・そうやって過去をかき乱すの・・・やめて、くださいっ」
「必要なことだよ」
「だ、だからって・・・過去を口にして、欲しく、ないです・・・。
わたしとケンちゃんの思い出を、森田さんに話されたくないっ・・・」
「違う・・・そうじゃないよ」

混乱してるんだな。

気づかないのか?

二人の思い出は、二人しか知らないってこと。

それとも・・・気づかないようにしているのか・・・。

「違いませんっ・・・」

悔しそうに、唇を噛んでいた。

「わたし・・・森田さんが苦手です・・・とても・・・」
「前にも、そう言われたね」
「前より・・・もっと、苦手になりました・・・」
「・・・どういう、ところが?」
「・・・世の中・・・き、嫌いですよね・・・」
「・・・?

・・・まあ、好きじゃないかな」
「それなのに、なんでそうしていられるんですか?」
「そうして?」
「平気そうな顔をして・・・楽しく過ごすフリをして・・・いつも冗談ばかり言って・・・」
「・・・そう見えるんだ?」
「無理して、がんばってます・・・」

おれが、無理をしているだって?

おれの知らない部分を突かれているようで、落ち着かない。

「世の中を否定してるのに、ど、どうしてそんな態度でいるんだろうって・・・。
あ、会ったときから、ずっと思ってました。
それが、わたしには理解できません・・・」
「どうして・・・」

「え・・・」

「世の中が嫌いなら・・・がんばっちゃいけないのか?」
「だって・・・無意味じゃないですか・・・がんばったって、世の中が嫌いなんですから」
「がんばれば、嫌な世の中じゃなくなるかもしれないだろ?」
「そんなの・・・勝手な思い込みです」
「思い込み? 違うよ、なっちゃんは間違ってる」

妙に、説教くさくなる自分が現れた。

「やろうと思えば、なんだってできるんだよ。嫌いな世の中だって変えられる」
「・・・もしそうだとしても・・・それはきっと、森田さんだからです。
わたしを更正させたら、特別高等人になれるんですよね?
すごいです、わたしと同じくらいの歳なのに・・・」
「・・・・・・」
「わたしは・・・ここで生まれ、ここで育ちました。
森田さんがどこの人かは知りませんが、きっといい環境で育ったんじゃないですか?」


自然と眉間にしわが寄っていく。


「・・・根拠は?」
「だって・・・わたしなんかとは全然違う・・・持って生まれたものが違いすぎるんです。
だから・・・わたしような小さな存在にできないことができるんですよ」

おれはジュラルミンケースを置いた。

「違うだろ、それは違う」
「違いません」
「違う。少なくともなっちゃんのセリフじゃない。
・・・それは違う。間違ってる。間違った考えだ」
「ち、違わないです・・・世の中は、最初から全部決まってるんです・・・。
わたしなんかがちょっとがんばっても、無駄なんです・・・」

社会と自分自身に失望している瞳がそこにある。

「おれの目を見て、もう一度言ってみてよ」
「っ・・・!?」
「できるか? なっちゃんにそれが」
「・・・違いますよ」
「こっちを向いて話してくれ、なっちゃん!」


「っ!」


一歩、下がった。


それでも、おれは見てくれない。

 

 

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「こっちを向いてくれ!」
「こ、怖いっ!」
なっちゃん!」


打ち明けたい真実があった。


「いやっ!」


夏咲は、おびえながら、後ずさる。


まったく余裕がない。


そういえば、いつの間にか・・・。


無意識のうちに、おれは夏咲に触れようと手を伸ばしていた。


「ぁ・・・」

「え・・・」


お互いが、同時に呆けた声を漏らす。

声は簡単に打ち消され、やがて吹き上げるような風が耳に流れ込んでくる。

ゆっくりと、夏咲の体が傾いていく。

夏咲が半歩下がった先に足場がないからだ。

地面を蹴った。


「っ!」


夏咲の腕を引いた感触が、手のひらに広がる。


「ぁ!!!」


おれの足の裏に、ずしりと砂利を擦るような熱を覚えた。

身体のバランスが崩れていた。

 

直後、山の緑が回転し、空の青が、視界を覆い尽くす。


夏咲が悲鳴を上げる。


山風が、崖の底からおれを受け止めるように這い上がってきた。


空に浮いているような感覚に、一瞬、恍惚を覚えたが、すぐにそれは恐怖と焦燥に変わるのだった。


おれは無我夢中で、腕を伸ばしていた。

 

「うっ・・・!」

 

 

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片腕が・・・頼りない岩をつかんでいた。


「はあっ・・・っ・・・!」


身体を動かしたら、間違いなく崩れ落ちる。

いつまでも、片腕で全身を支えてはいられない。


「な、なっちゃんっ・・・!」

「あ・・・あぁ・・・」

なっちゃん!」

「も・・・森田・・・さん・・・」

「た、頼む・・・手を、手を貸してくれ・・・」
「・・・ひっ」

夏咲は、がたがたと震えている。

「こ、この場合は違反じゃない!」

岩が崩れるのが先か、腕が限界を迎えるのが先か。

「む、無理です・・・無理っ・・・」

それは、絶望的な拒絶だった。


「な、っちゃん!」
「じ、自力で・・・あ、上がれないんですかっ・・・?」

「も・・・もう、腕がもちろうにない・・・」

「無理です・・・わたし、無理ですっ・・・」


夏咲はピクリとも動かない。


・・・動いてくれない。


「少し、少しの間でいいんだ・・・! そうすれば・・・っく・・・!」
「あ・・・ぁ・・・」


どれだけ待っても、夏咲は見ているだけだった。

唖然とした顔で、これから起こる惨劇を見届けようとしている。


なっちゃん・・・なっちゃんっ!」


叫んでも、叫んでも、夏咲の耳には届かない。

痛みで、視界が微かに滲んだ。


「・・・っ!」

「や、ぁ・・・できな、い・・・」


おれを救うことよりも、異性に触れることを恐れる。


「く・・・ぁっ!」


力が抜けた。

わななく指先が、岩から離れていく。

 

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「――――っ!!」

 

 

夏咲の口が小さく開いたのがわかった。

 

声にならない悲鳴。

 

もう、どうにもならないと・・・目を閉じる。

 

夏咲の顔がたわんだ。

 

直後、夏咲の姿がゆっくりと視界から消えた。

 

おれは水彩画のように美しい自然の中に吸い込まれていく。

 

「ぁ・・・ぁぁぁああああああ――――っ!!!」

 

夏咲は・・・おれに手を差し伸べてはくれなかった。

 

手のひらは、冷たく、おれを拒絶した。

 

 

 

 

 

 


・・・・・・。

 

・・・。