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車輪の国、向日葵の少女【32】

・・・

・・・・・・


まどろんでいた。

それは、夢の中で、夢だと気づくような現実的な夢だった。

 

 

内乱が起こる少し前。

 

夏咲との、つつましい日々。

 

 

 


 

――

 

―――

 

――――

 


・・・
ぼくは向日葵畑に来ていた。

お姉ちゃんが大学に行ってからというもの、ぼくは家に引きこもりがちだった。

外に出ればいじめられるかもしれない。

もうお姉ちゃんは助けてくれない。

なにより、何をしてもつまらないし、さみしい。

ただ向日葵畑にいれば、この黄色い絨毯のような向日葵たちを眺めていれば、なんとなくその気持ちも紛らわすことができた。


まあこんな山に囲われた田舎では他に行くところもないわけなんだけど。


「おねえちゃん・・・」

ぼくはただぼーっと向日葵を眺めながらつぶやいた。

向日葵畑から風が吹いてきた。

わさわさと向日葵たちが揺れ、ぼくの前髪をかきあげた。

あー、なんだか気持ちいいなー。

なんだかずっとこうしていたいなー。


ん?

すぐそばの向日葵と向日葵の間に少女が立っていた。

 

 

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「・・・・・・」

見つめられていた。

「うあーっ!」

びっくりして、思わず声を上げてしまった。

「あ、こんにちは」

少女はぼくに今気づいたようだった。

「はぁ、はぁ・・・こ、こ、ここ、ここここんにちわ」

しゃ、しゃべれない。

「ご、ごめんなさい。
びっくりさせてしまって」
「っだ、だだだ大丈夫」

まだドキドキしている。

女の子にビックリするなんて、なんて小心者なんだ。

そ、それにしても・・・。

この子、ぼくと同い歳くらいだろうか。

白のワンピースを着て、ロングの髪に黄色い大きなリボンをつけてる。

か、かわいいなぁ・・・。

「わたし、日向夏咲。
日向は日に向かうって書いて、夏咲は夏に咲くって書くの。
向日葵みたいでしょ。
お友達はわたしのこと、なつみちゃん、って呼ぶの。
でも、学園の先生は日向さんって呼ぶの。失礼だよね。
でも、お母さんはね・・・違う呼び方するんだよっ」

な、なつみちゃんかぁ。
まさに、向日葵みたいな子だ。

「あなたは?」
「ぼっ、ぼく?
ぼ、ぼくは樋口健。
な、名前のそういうのはわからない、けど・・・」
「ヒグチケンかぁ。
じゃあ、下の名前に、ちゃん、つけて・・・。
チケンちゃんね!」
「あ! いや! た、たぶん下の名前は健・・・だと、思うよ。
お、お姉ちゃんは、ケンちゃん、って呼ぶから・・・」
「ふーん、じゃあきっとそうだね」
「あ、あの、こんなとこで何をしていたの?」
「ぼーっとしてるの・・・日向ぼっこ」

そういうと少女はまた日に向かって日向ぼっこを始めた。

ひ、日向ぼっこかぁ・・・。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

はじめて出会った少女。

ぼくはなんといっていいのかわからず、どぎまぎと黄色い向日葵を眺めていた。

な、なにか話さなきゃ。

「え・・・えっと」

どうしよう。

女の子だ。

「そ、その・・・なつみちゃん・・・」

目線も合わせられない。

かわいい・・・。

「か、可愛いね・・・」
「え?」

しまった、と思った。

「り、リボン可愛いね」
「あ・・・」

ぼ、ぼく、なに気持ち悪いこと言ってるんだろう。

けれど、少女は頬を赤らめた。

 

 

 

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「あ、ありがとう・・・。うれしい・・・。
これね。お母さんからもらったんだよ。
わたしの一番のお気に入り。
初めてお母さんにもらったの。
でも褒めてくれたのはあなたが初めて」
「そ、そうなんだ」
「そう。だから、ほんとにうれしいの・・・」

ぼ、ぼくが初めてかぁ。

うわあ・・・いいのかなぁ?

思わず言っちゃったんだけど・・・。

いや、きっといいんだ・・・!

リボンが可愛くて似合ってるのは事実だしね。

なんだか本当によろこんでくれている。

顔も真っ赤だし。

ぼくなんかずっと真っ赤だけど。

ぼくまでつられてうれしくなってきた。

あぁ、こんな子がいつも一緒にいてくれたら毎日楽しいだろうなぁ・・・。

「あ、あの・・・わ、わたしと―――」
「な、何?」
「ずっと一緒にいてくれる?」

え?

ずっと一緒?

そういうと彼女は・・・。

ぼ、ぼくの右手を握った・・・。


ぎゅっと!


「わ、わたしと友達になってくれる?」

ええええええーっ!

「あ、え、ぼ、ぼくと?」

彼女は一つ、コクンとうなずいた。

あたりまえじゃないか。

「う、うん!」

ぼくは顔を真っ赤にしながら、なんとかうなずくことに成功した。

「な、なつみちゃんも・・・」

あ、あ、あ、言っていいのかな。

い、言っちゃえ。

「ぼ、ぼくの初めての・・・」

ぼくの初めての―――。

「と、友達・・・」
「うん! 友達でいよーねっ!」
「う、うんっ、うんっ!」
「ずっと、お友達だよっ!」

彼女のまぶしい笑顔がぼくに降り注いだ。

うわあ、ほんとまぶしくて、顔を見ることもできないよ。

そしてうつむいた先には・・・。

ぼ、僕の手がにぎられてる。

お、お、女の子の手・・・。

白くて、やわらかくて・・・。

気持ちいい。


なつかしくて、どこか安心する。

あぁ、この感じ、どことなく・・・。

似ているなぁ・・・。

なんだっけ?

そうだ・・・。

お姉ちゃんと、似ているなぁ・・・。


・・・・・・。

・・・。

 

 


・・・
それから、ぼくは再び向日葵畑にきていた。

女の子と、そう、なつみちゃんと出会ってからは毎日のようにここに通っている。

あの日以来なつみちゃんとは会えていないのだが、それでもぼくは彼女に会える可能性が一番高いここにいつも来ている。

たぶんなつみちゃんは学園にいってるから昼間から向日葵畑にこないんだろうなぁ。

もちろん、ぼくは学園になんか長いこと行ってない。

勉強なんかさっぱりわかんないし。

勉強すると、ガリ勉って冷やかされるし。

なにより嫌いなのは、体育の時間。

跳び箱も水泳もハードル競争も全部だめ。

何が楽しくて、自分から怖い思いをしなきゃならないんだろう?

・・・ブルブルッ!

わー、思い出しただけで鳥肌立っちゃうよ。

そんなことより、なつみちゃんは今日はくるだろうか?

コンディションは・・・。

風よし。

雲よし。

日差しよし。

絶好の日向ぼっこ日和。

「今日は来る!」

・・・んじゃないかなぁ。

会えたら何を話そうかなぁ。

色々知りたいことがあるんだけど・・・。

話せるかなぁ・・・?

「・・・?」
「う、うわわっ!?」

笑顔で見つめられていた。

「こんにちは、ケンちゃん」
「こ、こんにちは・・・」
「ひさしぶり」
「ひ、ひさしぶり」
「日向ぼっこにきたの」
「へ、へえ・・・」
「あなたも?」
「う、うん・・・そ、そう、日向ぼっこ」

なつみちゃんに会うために毎日来てたなんて、とてもじゃないが恥ずかしくて言えない。

「あまりにいい天気だから学園を途中で抜けてきちゃったの」
「そ、そうなんだ」

やっぱりいつもは学園なんだ。

な、なんか話さなきゃ。

「あ、あう・・・あ、あ」

だ、だめだ・・・人間っぽくない声しか出ない。

何をどんな風に話したらいいんだろう?

「ねえ」
「う、ん?」
「ねーねー、好きな食べ物とかある?」
「す、好きな食べ物?」
「わたしはお母さんの作ったクリームリゾットが大好きなの」
「ぼ、ぼくも。お、お姉ちゃんの作ったご飯なら何でも」
「お姉ちゃん、いるんだもんねー」
「・・・い、いないよ」
「え? いないの?」
「あ、いや、さ、最近、都会の大学に・・・行っちゃったんだ」
「そっかぁ」

なんだかお姉ちゃんのこと思い出したら、またちょっぴりさみしくなってきたなぁ。

「そういえばケンちゃんはどこに住んでいるの?」
「え、えーと・・・や、山の近く」
「じゃあ一緒の学園だね」

ぼくはドキリとして、その先に続くだろう言葉を警戒した。

「学園で会ったことあるのかな?」
「ぼ、ぼくは・・・学園休んでるから・・・」
「え? どうして学園休んでるの?」
「・・・な、なんだかいじめられそうだから・・・」
「そんなことないよー。いじめられたの?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど・・・」
「学園は楽しいとこだよ」
「・・・・・・」
「わたしと一緒に学園いこーよー。そしたら楽しいよー」
「・・・いや、いいよ」
「いこーよー」
「い、いやだよ」
「もぉっ!」

でも、なつみちゃんと一緒に登下校したいかも・・・。

い、いや、いまさら学園になんかいけないよ。

「いこうっ! ねっ!」

微笑んできた。

「・・・うぅ」

その後、なつみちゃんは、ぼくがなんと言っても、ニコニコしているだけだった。

 

 

 

・・・

来てしまった・・・。

・・・学園に。

ど、どうしよう・・・。

「い、行かなきゃだめ?」
「さー、教室に行こー」

き、聞いてない。

彼女は一人で歩き出したが、ぼくは立ち止まったままだった。

「どうしたの?」
「や、やっぱりぼくは行かないほうがいいんじゃないかな?」
「大丈夫だよ」

なつみちゃんは向日葵のような笑顔で、ぼくの手を引き、校内へと誘った。

 

 


・・・
「あそこがうちの教室だよ」
「はぁ、はぁ・・・」

顔がこわばっているのが自分でもわかる。

腹筋にやけに力が入っていて、すぐにでも胃の具合が悪くなりそうだ。

自分が思っていた以上に嫌だ。

この教室の扉を開ければいろんな人がいて、ぼくに対していろんな悪口を言うんだ。

暗いだの、キモいだの。

もやしっ子とか、フン転がしとか、フン転がしのフンそのものとか・・・。
ああ、やだやだ。

「わたしがみんなに紹介してあげるよっ」

なつみちゃんは、ぼくの心を読んだかのように励ましてくれた。

そして、なつみちゃんは扉の前までぼくをぐいぐいと引いていった。


やめて。

なつみちゃん。

その扉を開けないで。

 


「おっはよー、みんなー! 今日も、元気だねっ!
でねでね、ビッグニュースだよぉっ! 紹介するねーっ!
この子が――・・・いない」


―――ぼくは脱兎のごとく駆け出していた。

嫌だ・・・こんなところからは逃げ出したいよ。

「・・・こらっ!」

廊下の角を走り抜けたところで、一陣の風を感じた。

「どこへ行くの?」

風の正体はなつみちゃんだった。

彼女がまわりこんでぼくの正面に立っていた。

「は、速い! 速いよなつみちゃん」
「教室はあっちだよ」
「ぼ、ぼくはまだ、こんなところでつかまるわけにはいかないんだー!」

ぼくの中の眠っていた何かが覚醒した。

ぼくは再び走り出した。

「む!?」

なつみちゃんも抜かせまいと身構えた。

な、なつみちゃん!

そこをどいてくれないなら、かわすまで!

「右!?
いや、そうみせて左だね!」

「正解は・・・股の下だー!」

 

 

 

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「きゃあああー!」

か、かわした!?

ちょ、ちょっと破廉恥たったけど、ごめんね・・・!

に、逃げるんだ・・・!


ジグザグ走行。

階段二段飛ばし。

廊下の角アウト・イン・走行。

大忙しで出口を目指した。


学園の玄関。

見えた!

この最後の直線の廊下を通り抜けたら、またいつもの日常に帰れる・・・。
不安のない、寂しいけれど、誰からも傷つれられない毎日。

なつみちゃんのプレッシャーはまだあまり感じていない。

しかし最後の廊下、嫌な予感がする。

「・・・っ!」

ぼくは最後のスパートをかけた。

・・・・・・。

・・・。

 


ゴール!

ゴールと同時にぼくは力尽き、達成感をかみしめながらその場に倒れた。

 

 

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「ごーる!」
「はうっ!?」

すでに、なつみちゃんがいた。

「やったね! おめでとう!」
「ぜー、ぜー、ぜー」
「んー、ケンちゃん結構体力あるんだね」
「ぜぇーはー、ぜぇーぜぇー」
「それだけ速く走れるんだったらみんなの人気者になれるよ」
「ぼ、ぼくが・・・ぜー、はー・・・は、速い?」
「うん、すごく速かったよ」
「それで・・・みんなの、に、人気者に?」
「みんながケンちゃんが走ってるとこ見たらきっとすごいって思うよ」
「・・・・・・」
「それでケンちゃんの優しいとこもわかったら、絶対人気者になるよ」
「・・・・・・」

こ、このぼくが、に、人気者?

 

 

 

 

・・・。


ぼくはなんとか学園での一日を終えた。

正直、学園でなにがあったのかよく覚えていない。

緊張しすぎて、頭の中が真っ白になっていたのだ。

今はもう、なつみちゃんと一緒に田んぼ道を帰っている。

しかし・・・。

「せ、せっかく今日、なつみちゃんに紹介してもらったのに・・・。
教室のみんなも色々話しかけてくれたのに、ぼ、ぼくはうまく話せなくて・・・。
ほ、ほんとにごめん」

おどおどしながら、頭を下げる。

「全然そんなのいいんだよー、初めはだれでもそーだよっ」
「そ、そうかなぁ?」

なつみちゃんはきっと初めからいい感じにみんなの輪に溶け込めたんだろうなぁ・・・。

比べてぼくは・・・。

「はぁ・・・」
「明日からもっと話せばいいんだよ。
わたしも初めは誰にも話しかけられなかったし、話してもなんかちぐはぐだったし、でも話してたらそのうち仲良くなったの」
「そ、そういうものかな?」

明日からもうちょっと頑張ってみようなどと思う僕だった。


「・・・・・・」

なつみちゃんがぼくに向かって何かをしゃべっている。

内容を聞き取ろうとするのだけれど、なんだか妙にドキドキして、ついついぼーっとしてしまう。

そ、それにしてもやさしいなぁ、なつみちゃん。

あ、笑った。

無邪気でかわいいなぁ・・・。

「それでねっ、勉強はずっと苦手だった・・・きゃっ!」

「あー!」

なつみちゃんが片足を田んぼの中に突っ込んでしまっていた。

ぼくらは顔を見合わせた。

「ぷっ、あははははっ」

「そそっかしいなー、なつみちゃんもー」
「えへへへへ」

なつみちゃんが田んぼの中から手を差し出した。

助けてほしいのかと思って、ぼくはその手をつかんだ。

「あっ――――」

次の瞬間、なつみちゃんに田んぼの中にひきずり込まれていた。

この時期の田んぼはそれなりの深さまで水を張っている。

ぼくはぬかるみに足をとられ、田んぼに尻餅をついてしまった。

「あっははは・・・笑った仕返しだよー」
「く、くっそぉ、やったなー、えいっ!」
「きゃっ!」

今度はぼくがなつみちゃんを引きずり倒した。

ふたりとも泥だらけだ。

「ぷっ」
「あっはははー」

二人して笑いあい、日が暮れるまでいつまでも泥まみれになっていた。

昨日は朝から晩まで色々あったなぁ。

朝から向日葵畑で偶然なつみちゃんが来ないか待ってて・・・。

そしたらほんとになつみちゃんが来て・・・。

なんだかわからないうちに学園に行くことになって・・・。

学園では全然話せなかったなぁ・・・。

それで、その帰り道は・・・。

な、なつみちゃんと全身がドロドロになるまで田んぼで遊んだんだ。

楽しかったなぁ・・・。

なつみちゃんの明るい笑顔。

いたずらっ子のようで、本当にいたずらっ子だった笑顔。

ぼくも、久しぶりに心の底から笑わせてもらった。

学園は嫌だけれど、なつみちゃんには会いたい・・・。

悩んでいると、珍しく家にお父さんが帰ってきた。

相談に乗ってもらったけれど、お父さんは、なつみちゃんが可愛いとふざけるだけで、一向に話を進めようとしてくれなかった。

おかげで、なつみちゃんに余計に会いたくなった。

 

 

・・・
「おっはよー」

なにが楽しいのか、うきうきして肩を揺らしていた。

「待った? 待った?」

なつみちゃんは瞳をくりくりとさせて、ぼくの目を真っ直ぐに見つめてくる。

「お、おはよ」

目を合わせているのが恥ずかしい。

「ぜ、全然待ってないよ」
「今日も学園は、きっと楽しいよーっ」
「そ、そう・・・?」
「手つないでいこーか」
「え・・・い、いや、いいよ」
「よーし、つないでいこーねーっ」

なつみちゃんは強引に手をつないできた。

でも・・・う、うれしい。

なんだか今日はがんばれそうな気がする。

・・・・・・。

・・・。

 

 


校門前まで来たとき、なつみちゃんのクラスメイトらしき子が通り過ぎていった。

「おはよー、なつみちゃん」
「おっはよー」
「・・・・・・。あとで教室でねー」

いまの間は何だ?

なんかじろじろ見られたような・・・。

校内へ入ると、やはりまだ慣れていないせいか、心臓がどきどきしてくる。

「大丈夫だって!」

なつみちゃんは、またまたぼくの心のうちを読んだのか、笑顔で励ましてくれた。

そして握っている手を、ぶんぶんと元気よくふりはじめた。

や、やっぱりなつみちゃんと一緒にいれば安心かも。

「なつみちゃんおはよー」
「おー、おっはよー」
「あれ? その子だれー?」
「え・・・!?」

ぼく、昨日もいたのに、覚えられてない。

するとなつみちゃんが、ぼくの前に立って背筋っ伸ばした。

「友達のケンちゃん。よろしくね」

「なつみちゃんの友達?」
「あ、あ・・・うん・・・」

男の子は、ぼくとなつみちゃんを見比べるように、顔を交互に移ろわせた。

「なつみちゃん、またゲーム貸してねーっ」
「はいはーい」

・・・だ、だいじょうぶかなこんな調子で。

だ、だめかも。

 

 


・・・
「おはよーっ!」

なつみちゃんは色んな友達と挨拶を交わしていた。

校門から教室の前に来るまで、いったい何度立ち止まっただろうか。

もしかして、なつみちゃんは人気者なのかもしれない。

いや、よくよく考えてみれば当然のことだ。

かわいいし。

こんなぼくにかまってくれるくらいに優しいし。

足も速かったし、運動もかなりできるんじゃないかな。

でも、田んぼに足を突っ込んでしまうっていう、どこかおっちょこちょいなのも愛嬌があるし。

そ、それに比べてぼくは・・・。

「どー、しっ、たの?」
「い、いや・・・べ、別に」

ぼくは、それまでつないでいた手をふりほどいてしまっていた。
それでも、なつみちゃんはまた手をつなごうとする。

「ほ、ほらみんな見てるし」

実際、みんなにじろじろ見られてる気がしていた。

人気者のなつみちゃんが、ぼくなんかと一緒だから・・・。

「は、恥ずかしくない?」

つ、つい言っちゃった。

「え? どういうこと?」
「い、いや、だから・・・手をつなぐっていうのは、本当に仲のいいお友達同士がすることで・・・」
「んー?」

それでもなつみちゃんは気にせず手をつないできた。

ぼくのことを、いぶかしむように見ている。

「・・・ご、ごめん」
「何がー?」
「い、いやなんでもないよ」
「あはは、へんなのー」

 

 

・・・
ぼくは、もちろん一番後ろの壁際に座っていた。

全体がよく見渡せるし、後ろからいたずらされるようなこともない。

「あたしもここだよーっ」

なつみちゃんの席は隣だった。


キーンコーンカーンコーン。


チャイムが鳴り、先生が入ってくる。

先生は怖い顔をしたおじいちゃんだった。

ろくに挨拶もせずに、黒板に問題と書いていく。

どうやら歴史の勉強みたいだ。

「わかる者?」

チョークが割れそうなくらい乱暴に書き殴る。

周りのみんなも、この先生は怖いようで、おしゃべりしたりよそ見をしたりしている子はいない。

「わかる者はいないのか?」

誰も手を挙げない。

「はいはーい」

そのとき、なつみちゃんの細くて白い腕が伸びた。

「はい、日向」

なつみちゃんは立ち止まって、問題になっている年号を答えた。

「間違っている!」

怒鳴った。

教室全体に、緊張の波が走った。

「けれど、積極的なのはいい。もっと、勉強するように」
「はいっ!」

・・・びっくりした。

ちらりと、横目でなつみちゃんを見る。

教科書を開いて、しっかりと答えを探していた。

・・・勇気、あるんだな。

 

 

 


・・・
三限、算数の時間。

カツカツカツ。

カツカツカツ。

今度は若い男の先生が黒板に問題を書いている。

「・・・じゃあ、この問題を誰か前に出て解いてもらおうか」

この問題ならぼくにもわかりそうだ。

えーと、これを足して、それを割るから・・・。

で、できた!

「じゃあ一番後ろのー、壁際のー・・・新しい子かな?
樋口君。前に出て解いて」

ぼく!?

「おーおー、ケンちゃんがんばれっ」
「え、う、うん」

ドキドキ。

あー緊張するなぁ。

ぼくは黒板に出て行った。

いざ前に立つと教室全体が見えて、みんなの視線を浴びていることがわかる。

チョークをもつ手も震えているし、背中にひんやりと嫌な汗をかいているのがわかる。

視界が広がったり狭まったり。

あれ?

よくみるとなんだか数字しか見えない。

3・・・14・・・9かな。

えっと。

えーっと・・・!?

これがなんだっけ?

あぁ、だめだ・・・。

緊張でわけわかんなくなってきた・・・。

後ろでみんなが馬鹿にしている気がする。

「どうしたのかね?」
「い、いや・・・」
「そんなに難しい問題じゃないだろう」
「は、はあ・・・」
「ぱぱっと書いちゃって」

 

「おい、あいつあんな問題もわからねえじゃねーか?」
「あははははっ」

一人がけしかけると、教室内で嘲笑が広がった。

もういやだ。

みんなで馬鹿にして。

「もういいよ、席に戻りなさい」

ぼくが席に帰るときも、まだ笑いは収まっていなかった。

けれど、うれしかったことに、なつみちゃんだけは笑っていなかった。

「いやー、おしかったね。
ノート、持っていけばよかったね」

なんだかホッとした。


・・・・・・。

・・・。

 

 

・・・
昼休み。

みんなはワイワイ、ガヤガヤと楽しそう。

ぼくはといえば・・・。

おどおど、びくびく、きょろきょろ・・・。

どうしようこの雰囲気・・・やだなぁ・・・。

な、なつみちゃんと・・・なつみちゃんと一緒に昼ご飯を・・・。

「なつみちゃん一緒に昼ご飯たーべよ」

なつみちゃんは、色んな人に一緒にご飯しようって誘われてる。

ぼくなんかと一緒じゃ嫌だろうな。

よ、よし。

教室の壁のしみでも数えてよっと・・・。

一つ、二つ、三つ・・・。

あ、あっちにも、四つめ。


「日向さん、ご飯どーすんのー?」

隣の席のなつみちゃんの周りには人だかりができて、ぼくの周りには誰もいない。

・・・居心地が悪い。

ぼ、ぼくは教室から出てった方がいいかな・・・。

「あ、け、ケンちゃん待って」

な、なつみちゃん・・・。

「・・・ご、ごめん」

ぼくは逃げ出るように廊下へ出て行った。

 

・・・
教室を飛び出したぼくは、校門まで来ていた。

「はぁ、気まずくて思わず逃げちゃった・・・」

なつみちゃんが、ぼくに話しかけようとしてたけど・・・。

きっとみんなとご飯を食べるから、昼休みはぼくとは一緒にいれないって言うつもりだったんだ。

きっとそうに違いない。

だからこの方がよかったんだ。

「・・・よかったんだ」

いい事したと思ったら随分気が楽になってきた。

さて・・・。

これからどうするかな?

えーと、そういや今は昼休みだ。

教室に戻るのは気まずいし、ここでお昼ご飯食べようっと。

ぼくは校門にもたれかかり、お昼ご飯にすることにした。

・・・っと。

思ったけどお昼ご飯なんて持ってきてないや・・・。

「買いに行くのも面倒だし・・・。はぁーあ・・・」


ぼくは校門前の芝生に大の字になった。

今日はいい天気だ。

「あ、むこうに浮かぶ雲が綿飴みたいだ」

綿飴か・・・。

ぐるるるるー。

ぼくのお腹の虫がなった。

「お腹すいたー」

はぁ、綿飴なんか食べてもおなかいっぱいになんないや。

よし、じゃあもっとお腹いっぱいになるものを想像しよう。

なにがいいかなー・・・。

「あっ、あっちの雲は長細くてエビフライみたいだ」

ぐるるるるぁ・・・。

ぼくのお腹の虫もぼくの想像力のなさに怒り始めたようだ。

「じゃ、じゃあー、あっちの雲は・・・。
えーとえーと・・・」

はぁ・・・変なこと考えてたら余計にお腹へってきたよ。


キーンコーンカーンコーン。


あ、お昼休み終了のチャイムだ。

「じゅ、授業に戻らないで帰ろうかな・・・」

ぼくは空腹で重い体を起こしてふらふらと歩きだした。

「あ!」

なつみちゃんが来た!

「もー、どこにもいないもんだから、学園中探しちゃったよ」
「え、えっと・・・」
「もうご飯食べちゃった?」
「まだ、だけど?
というよりお昼ご飯持ってきてなくて・・・」
「お弁当作ってきたんだけどね・・・よかったら一緒に食べない?」
「・・・・・・」

 

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「さっき教室で誘おうと思ったんだけどね。
ちょ、ちょっと、恥ずかしくて」

テレくさそうに頬を指でかいた。

「・・・いいの?」
「嫌いなもの入ってないといいんだけど」
「嫌いなものなんてないよ」

ぼくらは芝生に腰を下ろし、一緒にお昼ご飯を食べることにした。

「あ、で、でも、もうチャイム鳴ったし・・・。
じゅ、授業いかなきゃじゃ・・・」
「さっきのは予備のチャイムだし、まだ大丈夫だよ」

ぼくたちはお昼休み終了のチャイムがなっても、お昼休みを続けていた。

でも、どうして、お弁当に誘うのが恥ずかしかったんだろう。

こんなにおいしいお弁当なのに・・・。

・・・・・・。

・・・。

 

 

 


・・・
なつみちゃんと一緒に下校。

夕陽の落ちる山に向かってまっすぐな田んぼ道を帰る。

「ケンちゃん、ちょっと」
「なに?」
「ちょっと休んでいこ」
「ん、いいよ」
「わーい」


道の脇に二人で座ることにした。

「疲れたの?」
「んー、なんだかねー」

なつみちゃんは田んぼをボーっと眺めている。

「今日の朝、ちょっと早起きしたからかな。
少し眠いのかも」
「あ、もしかしてお弁当?」
「むふふ。
自分でも料理が上手くないのはわかってたからねー」
「そんなことないよ、おいしかったよー」
「本当っ?」
「なつみちゃんは、なんでもできるんだね」
「そんなことないよ・・・」

そこで一つ、大きなあくびをした。

二人で寄り添っている。

なんか・・・いいなぁ。

なつみちゃんは横座りになって、あめんぼを眺めている。

あめんぼはときおり、水面をすいーっと動いている。

山の向こうからは、陽が落ちていくにつれて赤い光が増してくる。

その光を浴びながら、二人でぼーっとしている。

「ん・・・? なつみちゃん?」

どうやらなつみちゃんは寝てしまったようだ。

ね、寝顔も可愛い。

ヨダレが出ているが、それもなつみちゃんにはよく似合う。

「あ・・・!」

なつみちゃんが寄りかかってきた。

「ケンちゃん・・・」

ドキッ!

じ、実は起きてんじゃないのかな?

いや、あのよだれは確実に寝てる証拠だ。

とても並の人には狸寝入りでよだれを出すことなんてできない。

し、しかしなつみちゃんは、ちょっと変わってるからなぁ。

ドキドキするけど・・・。

それよりもほっとするというか・・・。

なんというか。

我ながら歯切れ悪いなー、頭ん中で考えてるだけなのに。

 

 

 

・・・
・・・・・・
今日もなつみちゃんと一緒に登校していた。

・・・しかし、なつみちゃん来ないなぁ。

このままじゃ遅刻しちゃうよ。

「ご、ごめーん!」

息を切らせながら、なつみちゃんが走ってきた。

「はぁ、はぁ・・・待った?」

実は、ぼくは待ち遠しくて一時間前に来てしまっていた。

つまりその一時間と、さらにここで待っていた一時間で計二時間待っていたことになる。

「い、いや、ぼくも今来たところ」
「嘘でしょっ?」
「はは・・・」
「優しいなあ・・・」

そうかな・・・?

「じゃ、じゃあ、行こうっ?」

ぼくは手を差し出した。

そしてなつみちゃんも、その手をとった。

 

 

・・・
校門前まで来たら、一人の男の子が立っていた。

同じクラスで、男の子の中心にいるような目立つ子。

そういえば、黒板の前で問題が解けなくておどおどしていたぼくを、笑いものにしたのは、この子だったな。

彼は、ぼくを無視してなつみちゃんの前に立った。

「おはよう、なつみ」

な、なつみ!?

呼び捨てか?

「おはようっ!
ちょっとー、急がないと遅刻しちゃうぞー!」

なつみちゃんは誰に対しても優しくて、誰と遊んでいても楽しげだった。

「はっはっは、何言ってんだ、すでに遅刻のくせに」
「気持ちの問題だよーっ」

驚いたことに、その男の子は、先を急ごうとするなつみちゃんの腕を強引に引っ張ったのだ。

「それよりさー、遅刻ついでに学園サボって商店街に遊びにいこーぜー」
「いたた、やだよーっ」

手をつかんでいる。

さっきまでぼくの手を握っていた、やわらかい手のひらを。

「えー、なんでさ?」
「なんか用があるなら、放課後にしてよー」
「放課後?」
「ねっ?」

なつみちゃんが屈託のない笑顔を向けると、彼も笑った。

「・・・じゃあ、放課後で」

その笑みに、何か嫌らしさを感じてしまうのは、ぼくの性格が悪いからなんだろうか。

彼はなつみちゃんを放し、校舎の反対側へ歩き出した。

「あー、放課後、またここで待ってるからー」

そう言い残して去っていった。

ドキドキドキ。

ど、どうなったんだ?

えーと・・・男の子はなつみちゃんに、サボって商店街にいかないか、と誘った。

商店街にいって何するつもりだったんだろう?

で、でもなつみちゃんは断ったんだよな?

い、いや放課後になったら一緒にいってもいいってことかな?

ど、ど、ど、どうしよう!

あ、実はぼくには関係ないのかも!?

な、なのに何でこんなにドキドキするんだろう?

「どうしたの?」
「な、なつみちゃん・・・」
「急がないと遅刻しちゃうよ」
「え、あ、ああ・・・うん!」

なんだかなつみちゃんは、全然気にしてないみたいだ。

きっと、さっきは適当にあしらっただけで放課後はここに来たりしないだな。

よ、よし、今日も学園だ。

ぼくたち二人は教室まで競うようにダッシュした・・・。

 

 

・・・
キーンコーンカーンコーン。

 

放課後。

今日の授業は頭に入らなかった。

ぼくとなつみちゃんはあの男の子と約束した場所へ来ていた。

ぼくらはここであの男の子を待っている。


「どこだろ?」

なつみちゃんは、彼を探してあたりを見回している。

確か、佐久間くんとかいう名前だったかな。

・・・やっぱりあいつと遊ぶの?

そう、授業中に聞こうと思ったけど、怖くて聞けなかった。

佐久間くんは授業に来なかった。

「たしかここでって言ってたよねー。
ケンちゃん覚えてる? わたし、間違ってないよね?」
「え? う、うん・・・放課後、ここでって言ってたと思う」

言ってから気づいた。

違うって嘘ついちゃえばこのまま帰れたかもしれない。

いや・・・まだその路線でいけるかもしれない。

「たぶん・・・あの子が忘れてるんだよ」

とにかく、なつみちゃんとあいつを会わせちゃいけない。

「か、軽い奴なんだよ。
い、色んな、女の子に声かけてるからきっと忘れちゃってるんだ。
今日も授業こなかったし、適当な奴なんだよ。
まったく失礼な奴だよね。
そんな奴の約束にまじめに付き合ってたら疲れちゃうよね・・・はは」


一気にまくし立てた。

けれど、心の内はぜんぜんすっきりしない。

むしろ、どろどろとした嫌な気持ちが胸の奥に溜まっていく。

「・・・・・・。
ケンちゃんて・・・あれだね」

あれ、ってなんだ?


軽蔑されたのかな。

ぼくは全身から血の気が引いていくのを感じる。

「ケンちゃんて、けっこう考えてるんだね」

微笑んだ。

「どういうこと・・・?」
「うーん・・・いま、一気にたくさんしゃべったでしょ?
普段から物事を考えている人なんじゃないかなぁって」
「そんなわけないよ・・・」

ぼくはただ、自分が傷つかないようにしているだけだ。

 

「あ、きた!」

「あー、ごめんごめん。
他のクラスの女の子がまだ遊んでくれってしつこくってさ」

やっぱり、さっきの悪口は本当なんじゃないか!

少しだけ、ぼくの罪悪感が晴れた気がした。

「だから遅れちゃったよ」

男の子は、ぼくの方を一度も見ることなく、なつみちゃんばかりに話しかけている。

本気でぼくが見えていないんじゃないかと思う。

ぼくは、ドキドキするよりも、腹立たしい気持ちになってきた。

こういうヤツって、本当にいるんだな。

「でも、ちゃんとなつみちゃんとの約束覚えてたから大丈夫」

なつみちゃんはずっと笑顔で話をきいている。

「ってわけでさー、俺なつみちゃんのこと好きなんだよね。
だから付き合ってちょうだい」

「やだ」

「おう」


「・・・え?」
「・・・え?」

「今、なんて言った?」
「ごめんね。やだよーっ」

なつみちゃんは終始笑顔だ。

「ど、どうしてさ?」

どうしてだ・・・?

あいつと話してて笑顔だったのに・・・?

「いや、俺の家って、この辺の地主なんだよ?」

うっかり口に出たのだろうか、ちょっと間抜けな発言だった。

「・・・・・・」
「なんでだよ・・・? 意味わかんないよ・・・」

なつみちゃんは黙ったまま隣にいたぼくの手を握った。

「な、なつみちゃん・・・!?」

慌ててなつみちゃんの顔を見た。

 

 

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恥ずかしそうにうつむいて、首を小さく横に振るだけだった。


・・・・・・。

・・・。


なつみちゃんは、何も言わなかった。

ぼくは、握られた手のひらの感触だけを覚えていた。

頭の芯がふやけてしまうような、暖かい、なつみちゃんのぬくもりを。

あまりにぼうっとしていたぼくは、翌日から始まった変化に気づかなかった。

 

 

 

 

・・・
「あいたっ」

ドテッ!

机の脇からふいに出された足に、ぼくは引っかかった。

かけた男の子は何食わぬ顔で廊下へと消えた。

朝からもうこれで三回目だ。

わ、わざとなのかなぁ?

い、いやきっと偶然に違いない。
ぼくはすぐ勘違いするからなー。

・・・。

・・・・・・。

しかし偶然だとしても一日に三回も同じことが起こるのだろうか?

そろそろ疑ったほうがいいのかもしれない。

でも・・・。

足をかけてきた子はみんなバラバラだし・・・。

ほとんど話したこともない子ばっかりだから、疑って質問なんかしたら失礼だよね。

第一、なんて質問したらいいんだよ?

「足かけた?」

だめだ、なんて生意気なヤツなんだ!

もっとソフトに・・・。

「足をおかけになりましたよね?」

バカか、ぼくは!?

「あのー、今足をかけましたよね?」


「ふふっ、さっきから一人で何やってるの?」
「うっ」
「面白いねっ。独り言が多いのかな?」
「い、いやそういうわけじゃないんだけど・・・」
「ほら、次の時間テストなんだから勉強しないとね」
「あ、そうだった」

そうだ・・・全然学園に来てなかったのにテストなんだった。

なんとかこの休み時間中に取り戻さなきゃ。

・・・・・・。

・・・。

 


キーンコーンカーンコーン。


テストの時間だ。

ドキドキ・・・。

できるかなぁ・・・。

「はい、では隣の生徒とは一人分くらい席をあけてください」


「じゃあ、がんばろう」
「う、うん」

先生の指示に従ってなつみちゃんとも一人分席をあける。

「机の上は筆記用具だけにして、テスト用紙を後ろの人に回してください」

あぁぁ、どきどきするなぁ。

用紙が回っている前の席の人はもう始めている。

一番後ろに座っているぼくにはなかなか回ってこない。

簡単だといいなぁ・・・。

・・・。

あら?


ぼ、ぼくに用紙はまだ回ってきていない。

ま、まだかな。

あれ、一つ前の子はもう始めてる。

用紙が足りなかったのかな?

ちょっと聞いてみようかと前の席の子の肩をたたこうとしたら―――。

「先生ー、紙余りました」

ああ!

紙をもってちゃった!

身を乗り出してきょろきょろと周りを見てみた。

「こら! 一番後ろの子、人のを見るな!」
「あ、あう・・・」
「静かに始めなさい」
「か、か、紙が足りません・・・」
「ならもっと早く言いなさい!」
「は、はい・・・」
「早く前に取りにきなさい」

は、はやくとってきて始めなきゃ。

先生に用紙をもらい席に戻ろうと後ろを振り返った。

クラスの何人かが声を殺して笑っているのが見えた。

ぼくのひとつ前の席の子も笑っていた。

わ、わざとだったんだ・・・。

と、とにかく今は席に戻ってテストやんなきゃ。

「このハブがっ」

え・・・?

「くさいんだよ」

・・・。

席に戻る途中、ぼくにしか聞こえないように口々に悪口を言われた。

なんでだろ・・・?

なんで・・・。


ぼく・・・なんか悪いことしたかな・・・?

なんだろ・・・。


・・・全然思い当たらないよ・・・。

ぼくはテストの問題を読もうとするのだが、涙があふれそうで全然読むことができなかった。

 

・・・・・・。

・・・。

 

 

・・・
キーンコーンカーンコーン。

 

・・・ぼくは悪口のことを考えたり、涙をこらえるのに必死でテストはほとんどできなかった。

休み時間に入ってもぼくは席に座ったままだった。

何でだろう、もう嫌だ・・・。

考えてもわからないし、ただ・・・つらい。

「んー、つかれたねー」
「・・・・・・」
「わたし今日調子よかったなー、とりあえず全部かけたよ。
ケンちゃんは?」
「・・・・・・」
「そっか、まあしょうがないよ。
久々のテストだろうし、はじめテスト用紙足りなかったみたいだから」
「・・・・・・」

ぼくは胸がいっぱいになって思わず廊下に飛び出した。

 

 

・・・やっぱりなつみちゃんも気づいていない・・・。

 

そのとき、脇から不意に出された足にひっかかった。

四つんばいになって倒れたぼくは、いつの間にか囲まれていた。

目の前に、男の子の足が見えた。

その男の子は・・・。

昨日なつみちゃんに軽い告白をしてきた男の子だった。

「なにぶつかってきてんだよ、お前」

・・・そ、そっちが足を引っ掛けたんじゃないか。

「テストをカンニングするわ、ぶつかっといて謝らないわ・・・。
最低だな、お前は」
「・・・ぼ、ぼく―――」

「息くせーんだから口あけんなよ」
「もう、学園来るなよ」

廊下には、たくさんのクラスメイトがいた。

みんな、ぼくを変な目で見ている。

・・・・・・。

・・・ぼくが・・・。

なんで・・・何したんだろう。

・・・誰もいなくなったあとも、ぼくは涙がでそうなのを必死でこらえていた・・・。

恐れていたことが、現実になってしまった。

 

 

 

・・・
その翌日。

ぼくとなつみちゃんは、教室の一番後ろで話していた。

そこへいじめっ子たちがやってきた。

昨日ぼくを取り囲んだあいつらだ。

そのうちの一人が大げさに鼻をつまんだまま話しかけてきた。

「樋口君さー、ちょっと一緒にきてくれないかな」

な、なんだ?

昨日より言葉は丁寧になってるけど、絶対わざとだ。

目が笑ってる。

すごく悪意に満ちた目だ。

ついて行ったら、また何かされるに違いない。

でも・・・行かなかったら、ここで・・・なつみちゃんの前で・・・。

・・・ここではもっと嫌だ。

「う、うん・・・いくよ」
「お、さすが樋口君。つきあいがいいねぇ・・・」

口々に言う。

ぼくと仲よさげに肩を組んでくる奴もいる。

「ちょっと、みんなっ?」

なつみちゃんが、声を張り上げた。

「ケンちゃんをどこにつれていくつもり?」

不穏な空気を感じ取ったのかもしれない。

「ちょっと外に出て話をしようと思っただけだよ」

ぼくも言った。

「そ、そうだよ、なつみちゃん。最近ぼくら仲がいいんだー」

僕のほうからも肩を組む。

周りのいじめっ子たちは少し複雑な、そして、少し気に入らないような表情を浮かべた。

「ケンちゃん・・・。
そっか・・・なんか勘違いしてごめんねっ」

頭をかいている。

・・・なつみちゃんにだけは・・・いじめられているなんて知られたくない。

そんな気持ちが、自然に湧いていた。

「じゃあ、いこーか」
「う、うん」

「・・・・・・」

 

 


・・・・・・。

・・・。


ゴツッ!

こめかみに横殴りの一撃・・・。

ドサッ。

校門前の土の上に倒れる。

土ぼこりが舞い上がり、口の中に砂のしょっぱい味が広がる。

「ごほっごほっ」
「誰がテメーと友達なんだよ、オラ」

ドスッ。

腹に蹴りが一発・・・。

「きたねー手で触んじゃねーよっ」

そ、そっちが先に肩を組んできたなじゃ・・・。

「おいミミズ」

誰かが言った。

「お前はミミズなんだから地べた這いずり回らなきゃなんねーんだよ」

あたまを押さえつけられて地面にこすり付けられる。

「調子こいて、なつみちゃんとしゃべってんじゃねーぞ」

なんで、ぼくがなつみちゃんと話してちゃだめなんだよ・・・?

「あん、やんのかコラ」
「ご、ごめんなさい・・・」

涙交じりの声が出てしまった。

それが、いじめっ子たちにとって、心地いいものだったらしい。

「だっせー」

笑い声が頭上で飛び交っている。

みんなして、ぼくの身体に暴力を振るっている。

ぼくは、地べたにくの字になって沈んでいる。

全身が熱い。

痛みが、ぼくの身体に訴える。

悪いのは、いつもびくびくおどおどしているぼくだと。

なつみちゃんなんかと、友達になろうとしたからだと。

最初は、どうして殴られているのかわからなかった。

でも、痛いのだ。

痛いのだから、仕方がない。

だって、動けないもの。

きっと、ぼくが悪いんだ。

認めてしまえば、涙も出なくなりそうだった。

 


・・・
翌朝。

家の近く、なつみちゃんとの、いつもの待ち合わせ場所。

今日は珍しく、なつみちゃんが時間通りに来ていたようだ。

遠くから手を振って早く早くと急かしている。

 

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「おそーい」
「ご、ごめん・・・」

顔を合わせていられない。

「こう毎日遅刻してたらよくないよねー」

相変わらず、なにが面白いのか、いつも笑っている。

 

「・・・あ、きょ、今日は・・・具合が悪いから・・・学園休むよ・・・」
「え?」

笑顔が一気に曇っていく。

「具合、悪いの?」
「・・・う、うん」
「風邪かなー?」

そういってなつみちゃんはぼくの額に手を当ててきた。

ぼくは慌てて、反射的に手を払いのけてしまった。

「熱はないみたいだけど・・・?」
「・・・・・・」
「なにかあったの?」
「・・・ごめん」
「あ・・・」

ぼくは逃げるようにその場を走り去った。

「ケンちゃん・・・!」

 

 

 

・・・・・・。

学園・・・。

休んじゃった・・・。


ぼくは川辺で一人、膝を抱えて考え事をしていた。

ぼくをいじめる男の子のこと、学園のこと、なつみちゃんのこと。

なつみちゃんとは、本当は朝も会いたくなかった。

約束を守って待ってるなつみちゃんのことを考えたら、待ち合わせ場所に行かないわけにはいかなかった。

「・・・ぼくは何をやっているんだろう」

なつみちゃんと学園行くって約束したのに・・・。

さすがに嫌われるよね・・・。

水面を見ながら、ぼんやりと物思いにふける。

よくよく考えたら、ちょっと・・・いじめられただけじゃないのかな?

まだ、たったの二日じゃないか。

世の中には、きっと毎日ひどい目にあって、ぼくなんかより痛い思いをしている人がいるだろうに。

どうして、ぼくはこんなに弱いんだろう?

ぼくが・・・悪いんだろうか?

ずしりと、みぞおちが重くなる。

ぼくが何もしていないつもりでも、ひょっとしたら、世の中には何もしてなくても罪に問われるようなことがあるのかもしれない。

ずきずきと、お腹に痛みが走る。

「そういえば、ここにはよくお姉ちゃんと・・・」

お姉ちゃんは、ぼくを強い男にしようと、いつも背中を見せてくれていた。

きっと、お姉ちゃんはこう言うだろう。

 

――【いじめなんて、大人になったらどうでもよくなるから】――

 

お姉ちゃんはいつでも未来を見据えていた。

でも、それでいいんだろうか。

大人になったら忘れるからとか、時間が解決してくれるとか、それはなんだか、現実を見ようとしない人が常に用意している言葉なんじゃないだろうか。

ぼくは、いま、痛い。

ちょっとのいじめに、いま、耐えられない。

いまがつらくて、未来なんて見えない。

「助けてよ、お姉ちゃん・・・」

 

 

 

 

・・・
学園までの山道を歩いている。

ぼくの隣に、なつみちゃんはいない。

昨日は学園を休んでしまった・・・。

なつみちゃんと出会う前にも、学園には行きたくないと思っていたけど、そのときとは違う意味で行きたくない。

不安もあったけど希望も・・・。

なつみちゃんと一緒に登校したり、しゃべったり、遊んだり・・・。

でもいまは、なつみちゃんに会いたくない。

いじめられてるなんてかっこ悪いとこ見せたくないし、心配かけたくない。

 

 

 

 

 


・・・
校門前で、なつみちゃんが後ろから走ってきた。

軽快な足音が近づくにつれて、ぼくはなんだかみじめな気分になっていく。

 

「おはよー」
「・・・・・・」
「よかった、体調よくなったんだね」
「・・・うん」
「今日は遅刻しないで、ちゃんと時間通りに来たのに、先に行っちゃうなんてひどいぞ。
でもきっとケンちゃんのことだから、わたしが先に行っちゃったと思ったんでしょ?」
「・・・・・・」

ぼくが黙っているにもかかわらず、なつみちゃんは勝手に納得してしまった。

「うふふ、そうだと思った」

なつみちゃんは、ぼくに明るく話しかけてくれる。

でも、ぼくは気のない相づちを打つことしかできなかった。

「今日は一緒にいられるから楽しいなっ」

なつみちゃん・・・それは・・・。

ぼくは・・・。

 

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「昨日はケンちゃんいなかったから、つまんなかったよ」

ぼくと一緒にいたら・・・。

きっと、なつみちゃんにも迷惑がかかる。

なにより、なつみちゃんに心配かけたくない。

なつみちゃんには、明るいままでいて欲しい。

ぼくなんかのせいで・・・迷惑かけたくない。

 

 

 

・・・・・・。

・・・昼休み。


今日はいじめられる口実のないように、目立たない努力をした。

それでも、ビクビクしていた。

いつ、声がかかるのか。

肩に手を置かれないか。

足元に注意し、必要以上に辺りをうかがって過ごした。

そのおかげか、なんとか昼休みまでは何事もなく過ごすことができた。

もしかしたら、ぼくをいじめるのに飽きたのかもしれない。

あるいは目立たない行動をすれば、いじめられないのかもしれない。

どちらにせよ、このまま忘れ去られたい・・・。

「おーす」

びくっ!

なつみちゃん・・・。

その挨拶じゃ男の子と勘違いしてびっくりしちゃうよ。

「明日は休みだね」
「そだね・・・」
「明日・・・ケンちゃんが暇なら一緒に山登りしない?」
「・・・・・・」
「きっと楽しーよー」
「・・・・・・」
「明日は、今までで一番のお弁当作っていくから期待しててね。
中身は卵焼きとー、ピーマンとー、なすとキュウリの・・・・・・」

なつみちゃんは、あれこれ楽しそうにぼくに献立を説明してくる。

・・・だめだよ、なつみちゃん。

ぼくがなつみちゃんと楽しそうに話してるとこを見られたら・・・。

そのとき視界にあいつらの姿が目に入った。

なつみちゃんにふられた彼は、ものすごい形相でぼくをにらみつけている。

取り巻きたちはニタニタと笑っている。

「な、なつみちゃん!」
「な、なに?」
「え、えっと・・・」
「あはっ、ちゃんと二人分のお弁当作るよーっ」

ふざけている場合じゃないんだ。

「もういいから!」

あ・・・。

「もう・・・ぼくの事はほっといてよ!」

なに、気持ちの悪いこと言ってるんだろ・・・。

ぼくの喉が、理不尽にわめいていた。

かばんを持って、教室から逃げる。

全てに背を向けて、家に逃げ帰る・・・。

ぼくがいなくなれば済むことなんだ。

男の子も気が済むだろう。

なつみちゃんに迷惑がかからない。

ぼくが・・・。


つまりは、簡単な話。

ぼくがなつみちゃんに会いたいとか話したいとか、高望みしなきゃよかったんだ。

 

 

 

 

・・・
次の日。

もうこれからは絶対に家から出ない。

ずっと、家で引きこもっていよう。

お父さんも、ぼくのことなんて興味ないみたいに、書斎で本を読んでいた。

ぼくは、自分の布団で寝てるのが一番幸せな気がしてきた。

布団にくるまれてると、なんて気持ちいいんだろう・・・。

寝よ・・・幸せ・・・。


「・・・ゃーん」


・・・
「・・・んちゃーん」


・・・
「けんちゃーん、おっはよー」


遠くから誰かが呼ぶ声がする・・・。

「むにゃむにゃ、お姉ちゃん、今日は学園休みだから寝かせてよー・・・」
「起ーきーてーよー」
「あ、あと五分でいいからさ・・・」
「いるんでしょー?」


ん?

違う、お姉ちゃんじゃない。

お客さんだ。


「山登りいこーよー」

・・・なつみちゃんだ。

「おーいおーい!」

いまさら、どの面下げて会えばいいんだよ。


居留守だ。


い、いませんよー!


・・・って、心の中で叫ぶ。

も、もうほっといてよ!


・・・って、やっぱり声に出ないように叫ぶ。

「ちゃんと今日、お昼ごはん作ってきたぞー」

なつみちゃんは頑固なのかな。

でも・・・。

無駄だよ・・・なつみちゃん。

ぼくはもう外には出れないよ。

外に出ると、つらいことがいっぱいだから・・・。

お姉ちゃんがいなきゃ、ぼく、なんにもできないから。

だから、もうぼくのことはほっといて。

きっとこのまま居留守を続ければ、なつみちゃんもぼくの心配をすることが馬鹿らしくなるだろう。

ぼくのことはほっといて。

・・・なつみちゃんは、その後もぼくの名前を呼び続けた。

だが、ぼくは外に出て行くことも、呼びかけに応えることもなかった。

それでもなつみちゃんは、語りつづけた。

「今日はお母さんとおいしいご飯食べた。
お弁当もお母さんに手伝ってもらったんだよー。
だから絶対今日のは上手くできてる。
あ、せみがたくさんいるよーっ。ねえねえ、見てみて!
・・・何の話だっけ?
まあ、いいや・・・とにかく山はねっ、去年は家族で行ったきりだから・・・。
きっと、すっごい楽しいよーっ。
風がたくさん吹いて、空はぴかぴかに晴れてるよーっ!」

・・・他愛のないことではしゃげるなつみちゃんが、うらやましい。

ぼくは・・・ぼくには・・・そんな楽しいこと・・・ない。

そうか・・・。

なつみちゃんは・・・同情で、ぼくを心配してくれているんだ。

ぼくが弱すぎて、哀れで、不幸そうだから。

「はは・・・」

同い年の女の子に同情されるなんて・・・。

かっこわるい。

かっこわるいけど、それでも開き直ってしまえるぼくは、もう、どうしようもなく、かっこわるい。

「だから山行ってあそぼーよー」

もう聞くもんか!

布団をかぶってなつみちゃんの声を退ける。

お願いだから・・・。

もう・・・うぅ。

うぅぅ。

「お願いだから・・・もうほっといて・・・」

ぼくは声を押し殺して、布団の中で泣き続けた・・・。


それでも、家の外では、いつまでもなつみちゃんの声が響いていた。

 

 

 

・・・
ミーンミーン。

 

 

翌日の早朝。

朝からせわしい蝉の高い声でぼくは起こされた。

昨日は、いつの間にか寝てしまっていたようだ。

なつみちゃんは、どうしたんだろう。

外からの声は、すでに聞こえない。

よかった・・・。

とりあえず、水が飲みたい・・・。

階段を下り、台所へ向かう。

台所に向かうには玄関前を通らなければならない。

 


・・・
ぼくは玄関の前で立ち止まった。

まさか、いたりしないよね。

ドアを開けたらなつみちゃんが・・・いたり・・・?

ごくりと喉を鳴らす。

恐る恐る玄関のドアに近づく。


ハァ、ハァ・・・。

「よ、よし!」

気合の掛け声とともに、一気にドアを開放した。

 


まさか一日も待っていないだろうと思っていたが・・・。


ドアを開けると、そこになつみちゃんが・・・。

 

 

 

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「ふぁ、やっとでてきた。
うふ、ふっふふふふふふ、ふぁ~」

大きなあくび。

寝起きの眠そうな目をこすりながら、やっぱり笑っていた。

ぼくはドキドキして、情けなくて、もじもじしながら、もう消えてしまいたかった。

とにかくこんな何もないところで、なつみちゃんは一晩中、いや、もっと前からぼくの事を待っていてくれたんだ。

うれしくないわけがない。

うれしくないわけがないけれど、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「一晩中ここにいたの」

くふふっと、指をなめていた。

「あー野宿楽しかった。
夜になるとさー、もうこのあたり真っ暗になるからさ、もう怖くて・・・。
ドキドキしてすっごい楽しかったよ。
ちょっとした肝試しだね」

なつみちゃんは、ぼくのことを責めない。

ひきこもっていたこと、居留守で返事もしなかったことに触れない。

怒っている様子も、迷った様子もない。

ただただ、ぼくを待っていることが楽しかった、と。

「それにしても・・・。
ふふふ、ケンちゃんのパジャマ姿かわいいね」

ぼくは・・・なつみちゃんがぼくがいじめられていることを知っていて、それで優しくしてくれているのだと思っていた。

「ねえねえ」

すっと手を握ってくる。

「今から山に登らないかーい?
もうお弁当はだめになっちゃったかもしれないけね、山にはゲラゲラ茸がはえていてね、ゲラゲラ茸食べるとゲラゲラって笑っちゃうのよゲラゲラッ・・・」
「・・・・・・」

この子はちょっと変わってる。

ひょっとしたら、ものすごい奇抜な子なのかもしれない。

だって、なつみちゃんが、ぼくの相手をしてもなんの得もないからだ。

「ふあああーっ、眠いよーっ」

どうして、ぼくに、かまうのだろうか。

それを聞いてみたくなった。

「行くよ・・・」
「ホントにっ? やったぁ!」


この笑顔の意味を知りたい。

 

 

 


・・・
空は磨きたての窓のように晴れていた。

一縷の入道雲が、磨き残しのように青空に尾を引いていた。

 

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「ケンちゃんって、やっぱり体力もあるんだねー」
「そういう、なつみちゃんこそ・・・」

昨日、家の前で野宿したっていうのに、ぴんぴんしてる。

「うわーっ! 崖の向こうが綺麗だよーっ!」

子うさぎのように地面を飛び跳ねてる。

対照的に、ぼくの心は沈んだままだった。

「ねえねえ、やっほーって叫んでみようよっ!」
「う、うん・・・」

その前に、聞きたいことがある。

「やっほー!」
「・・・・・・」
「ケンちゃんも、いっしょにねっ! やっほーっ!」
「な、なつみちゃん・・・!」
「ん? どうしたの? やっほーしないの?」
「ちょっと聞いてもいいかな?」
「なにかな、なにかな?」

すりよって来る様子が、本当にかわいい。

「ぼ、ぼくと一緒にいて・・・」

ため息をつく。

「た、楽しい・・・?」
「楽しいよっ!」
「なにが?」

あまりに予想通りに、屈託のない答えが返ってきたのが、気に入らなかった。

「・・・い、いじめられてるんだよ?
一緒にいたら、なつみちゃんもいじめられるんだよ?
迷惑じゃない?
そ、そもそもぼくは、頭も悪いし、運動もできないし、面白い冗談も言えないよ?
しゃべんないし・・・口を開けばいつもどもってるし・・・。
あってもなくてもいいようなヤツなんだよ。
ぼくとつきあうメリットなんてないよ・・・」
「めりっと、ってなあに?」

急に口を挟んできた。

「え、えっと・・・利益みたいな・・・得する感じだよ・・・」
「へー、すごいねっ。難しい言葉を知ってるんだね。
学園行ってなかったのに、どうして?」
「そ、それは・・・お姉ちゃんに、いろいろ勉強を教えてもらったから・・・。
って、ぼくの話はいいんだよ!」
「わあっ! ケンちゃんが怒った!」

はしゃいでいた。

「うぅ・・・なつみちゃんは、変な子だよ・・・」
「変・・・?」
「・・・なにが、そんなに楽しいの?」
「んー?」
「どうして、いっつも、ニコニコしてるの? 毎日に、そんなに面白いものが転がってる?」
「えっとねー。楽しいというか・・・なんか、満足なの」
「満足?」

なにを言っているんだろう?

「あの人気者の男の子よりも、ぼくと一緒にいた方が満足なの?」
「ううん。そういう感じじゃなくてね・・・」
「そういう感じってなに? なつみちゃんって、ちょっと感覚でものをしゃべりすぎだと思うよ」
「あ、また難しいこと言ったよー」

くすくすと笑う。

「ぼ、ぼくはもっと、なつみちゃんのことが知りたいんだ・・・」

そのとき、風がなつみちゃんの匂いを運んできた。

「夏が来て、暑くなって、少しだけ雨が降って、田んぼは青々しくて、風が吹くと緑の匂いがして、ケンちゃんみたいな友達がいて・・・なんにも変わらないけれど、それだけでもいいんだよ」

少女はそういって、手をとってきた。

 

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「上手く言えないけど、楽しいことなんて、たくさん転がってて、気持ちいいことは簡単に見つけられて、笑い声はどこからでも聞こえて来るんだよ」

温もりが全身を駆け抜ける。

「なつみちゃん・・・」
「ケンちゃん・・・」

黄色いリボンが、風に波打っている。

「わたしね、ケンちゃんがいいんだよ・・・」
「いい・・・?」
「ケンちゃんがね、いいんだよ・・・」
「え? なんで?」

わからない。

「なに言ってるの?」

なにがいいんだろう。

「なつみちゃん、それはちょっとおかしいよ」

ぼくのどこがいいのか、誰か説明して欲しい。

「ケンちゃんっ・・・」

握られた手の中で、指をからませてくる。

「ぼくはね、なつみちゃん」
「いいのっ!」
「だから、ぼくはどうしようもないヤツなんだってば!
臆病で、内気で、ちょっといじめられただけで家にひきこもるようなつまんない人間なんだ」
「ちょっといじめられただけで家にひきこもるような子とは、お友達になっちゃいけないの?」
「・・・っ」
「なにか得がないと、お友達になっちゃいけないの?」
「そ、そんなことはないけど・・・ただ、つまんないんだって・・・」

やっぱり、この子はおかしい。

ありえない。

現実に、こんな少女がいるわけがない。

「ケンちゃんがね、いいんだよ・・・。
好きかも、えへへっ」
「すっ―――!?」
「あのね、ケンちゃん・・・」

恥ずかしくて顔も見れない。

「ケンちゃん、リボン褒めてくれたでしょ?
あのときね、すっごドキドキしてうれしかったんだよ」
「あ、あれは・・・っ!」

なんだかすごく申し訳ない。

「あのときからね、ケンちゃんと仲良くしようって思ったんだよー。
だから・・・」

うっすらと、瞳に涙を携えていた。

「・・・ケンちゃんが家から出てきてくれて、本当によかったよ・・・。
本当にっ・・・」

目の前の少女は、ぼくの理解を超えていた。

もう、どうしていいかわからない。

「り、リボンのときは、ぼくも緊張してて、なにかしゃべんなきゃって思って出た言葉だから・・。
本心から褒めたわけじゃないんだよ・・・」

つまりは・・・なつみちゃんに、ぼくのことを気に入ってもらいたかったんだ。

「でも、うれしかったから」
「っ・・・!?」
「ケンちゃんが、どう思ってようと、わたしはうれしかったから」

ぎゅっと、強く手を握り締めてきた。

「うれしかったその瞬間を、大事にするだけだよっ」
「・・・・・・」
「ケンちゃんは、きっとすごい優しいんだよ。
優しくて、すごい頭がいいから、いつも周りに気を使っちゃうんだよ。
だから、ちょっぴり損することもあるっていうだけ」

ぼくを、たいそう価値ある人間のように言っている。

「お、おおげさだよ・・・」

冷静になれば、百人が百人、ぼくのことを魅力的じゃない人間として見るだろう。

なのに、なつみちゃんは、ぼくの悪いところを見ようとしない。

そして、思い込みを勝手に解釈する。

「これからは、なっちゃんって呼んで」

真夏の太陽に負けないくらいに生き生きとした瞳で、ぼくの顔をのぞきこんでくる。

「うぅ・・・」

ああ・・・そうか・・・。

「お母さんも、わたしのことなっちゃんって呼ぶんだよっ」

この子、ちょっとお馬鹿なんだ。

気づかないうちに人に活力を与える、真っ直ぐなお馬鹿さんなんだ。

「う、うぅっ・・・な、なっちゃん・・・」

でも、それが、気持ちいい。

「えへへっ。ケンちゃんっ・・・」

忘れない。

たとえ、ぼくがいじめられてたことなんてどうでもいいと思えるくらいの大人になっても。

いま、この、握られた手のひらの感覚は、身体が覚えている。

「ぎゅっ! ・・・てね、ふふふっ」

 

 

―――ぬくもりが、心に、優しく、響く。

 

 

 


なっちゃん・・・。

ケンちゃん・・・。


・・・・・・。


・・・。