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車輪の国、向日葵の少女【35】


・・・

夏咲より前を、おれが歩く。
後ろからは、泣いているのか、小さく嗚咽が聞こえていた。

なっちゃん、日が暮れてしまうよ?」

歩く速度が遅いため、普通に歩いていると引き離してしまう可能性がある。

なっちゃん、はぐれないようについてきて」
「そばに、いないでください・・・」

振り返ると、小走りになって追いついてきた夏咲。

 

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「そばに・・・いないでください・・・」

そうい言いながらも、おれに足並みを合わせてきた。

 

 

 

・・・
陽が沈みきる前に山道を下ることができた。

寮の窓から漏れる明かりが、人の匂いを感じさせる。

「そういえば・・・」

後ろを振り返らずに言う。

なっちゃんって、運動神経いいんだったね。山道大変じゃなかった?」
「・・・・・・」

おれに遅れることなく、夏咲は寮まで戻ってきた。

「・・・部屋に戻ろう。色々、疲れたね?」

おれはくるりと振り向く。

「わたしに、近づかないでください・・・」

そう言いながら、おれの目を見つめてきた。

「・・・・・・」
「近づかないでください・・・」
「そう・・・」

お互いの視線は交じり合ったままだった。

「じゃ、このまま戻ろうか」
「はい」

 

 


・・・
寮の中では、夏咲がおれの前を歩いた。

鍵を持ってるのは夏咲だからな。

「ん? なっちゃん、部屋の前で立ち止まってどうしたの?
早く休もう。さすがに疲れたろ?」
「一人に、してほしいんです・・・」
「・・・・・・」
「放っておいて、ほしいんです・・・」

部屋の鍵をあけ、夏咲がドアを開いた。

おれが入るのを、待つように。

まるでおれを、自分の部屋に、招き入れるように。

「・・・ただいま」

 

 

夏咲はしっかりとした足取りで、部屋に入ってきた。

「電気くらいつけないと・・・ね」
「つけないでください」
「つけないでって・・・このまま寝る気?」
「電気・・・つけないでください」
「それはいいけど、どういうこと?」
「わたしに、かまわないでください」
「じゃあ、どうして、おれをそんな目で見つめるの?」
「出て行って欲しいからです」
「近づかないでくださいとか言いながら、どうしておれの後をしっかりついてきたの?」
「帰り道が一緒だったから、です」
「おれを先に部屋に入れたのは?」

「・・・しつこいよ、ケンちゃん・・・」

さらりと、静かに、耳を澄ませなければ聞こえないほど小さく言った。

「ケン、ちゃん・・・?」

うわごとのように聞き返す。

「・・・くっ!」

 

夏咲は、両手で目を覆った。

「・・・なっちゃん?」
「近寄らないで!」

夜の落ち着いた空気を切り裂くような悲鳴が上がる。

 

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「触らないでっ、わ、わたしに触ったら、おしまいなんだよ・・・!」

両手の隙間から、頬を伝う滴があった。

「き、強制収容所に入れられて、大変な目に合うんだよっ・・・?」

ふらりと膝がぐらついた。

「う、ううん、そうじゃない・・・そんなこと、期待してない。
わ、わたしは、人に触れられるのが、こ、こわくて、こわくて・・・」

夏咲はそれでも床に崩れ落ちない。

「ぞ、ぞっとするのっ! 背筋を、吐きそうな感覚が昇ってくるの!
そんな、ダメな身体なんだよ・・・!」

震える足でおれに向き合おうとしている。

「目をね、合わせるのもねっ、こわくて、怒られそうで、また怖い人たちに怒鳴られそうで・・・!」

乱れた吐息を、何度も、何度も呑み込み、話をしようとしている。

「だから、触らないでっ!」

はっとさせられる。

おれはじりじりと、夏咲に身体を寄せていたのだ。

「そ、そう・・・それが、限界! わたしたちの限界の距離なんだよ!
それ以上近づいたら・・・っ!」

思わず、一歩身を引こうとした瞬間だった。

「待って!」

わななく唇が、聞いて、と続ける。

「ただ、ただね・・・ケンちゃん、ただねっ。
ケンちゃんが、ここにいるのに、ケンちゃんが、ここにいるのにぃっ・・・!
寒いのっ!
手のひらから、全身にかけて、すごく寒いの!
だから、待って! お願い、行かないでっ!」

涙が溢れる。

「ごめっ・・・ごめん・・・ごめんねっ・・・」

謝る必要などないのに。

「し、試験があるのに、せっかく立派になって帰ってきてくれたのに・・・!
あとちょっと、あとちょっとなのに!
わ、わたしのせいで、ケンちゃんがっ、ケンちゃんが!
わたし、ダメ! うぅ・・・ひっく・・・どうしても、ダメ!」

無理はしなくてもいいのに。

「ケンちゃんがぁっ・・・!
ケンちゃんが、ここにいるのにぃっ!
怖くてっ! 自分が情けなくて! 思ってることも伝えられなくてっ!」

がくがくと、小刻みに身体を震わせている。

「さわったら、さわられたら、ダメなのに、好きになったらいけないのにぃっ・・・!」

瞬間、大きく息を吸い込んで、身をよじらせた。

「それでも、それでも、そばにいてほしいんだよぉーっ!!!」

それでも少女はその場に崩れ落ちない。

必死に、顔を上げようとしている。

それも、おれと、向き合うために。

「ご、ごめ、ごめんね、ほんとに、ごめん・・・!」

 

――「なっちゃん・・・もういいんだ・・・」


もはや、何の迷いがあるというのか。


「あっ・・・!」

 

 

・・・

この少女がなにをした?

もう一度、訊く。

この少女のどこが悪い?

腐った社会に訴える。

 

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「あ、あああ、あああっ!」

子犬のように小さく震える少女に、世の中が与えた仕打ちを呪う。

「だいじょうぶ・・・だいじょうぶだから」

抱き返してくれなくてもいい。

「落ち着いて、ゆっくりと深呼吸して」

子供のころ、この子にもらった優しさを、いま、おれが返さないでどうするんだ。

「あ、ああああっ! うぅぅ・・・ひ、ひっく!」
「おれは、ここにいるから」

特別高等人を目指すおれが、恋愛を禁止された少女を肌で感じる。

強く、折れてしまいそうなほど細い身体を―――。

「いままで独りで、よくがんばったね」

おれに抱きすくめられるがままの夏咲は、胸の中で、違う、違うと、小さく頭をふる。

「ごめんね、帰ってくるのが遅くなって」
「うぅっ・・・ひ、こ、こわ・・・こわい・・・こわいよぉ、ケンちゃん・・・!」

一瞬、振りほどかれるかと思った。

「っ・・・でも、でも、もうちょっと、もうちょっとだけ、このままで・・・」

おれは黙ってうなずいた。

月明かりの差し込む室内に、夏咲のすすり泣きの音だけが流れる。

「ケンちゃん・・・っ・・・」
「任せて、全部」
「あたたかい・・・あたたかいよぉ・・・」

ときおり、びくりと震えることもあったが、やがて、夏咲の声は穏やかになっていく。

「・・・もう、だいじょうぶだから」
「う、うんっ・・・ケンちゃん、ケンちゃん・・・」

夏咲は、ずっとおれの名前を呼び続けた。

思い出を再生させるように、思い出をなつかしむように・・・。

 


・・・

その夜は、決定的なものになった。

夏咲がいや言うまで、おれは夏咲を抱きしめる。

樋口健と森田賢一がつながり、決意を心に宿らせる。

思えば、みんな、なにを間違えていたのだろうか。

さちの罪は、大切な妹と別れなければならないほどのものだったのか。

灯花の罪は親が勝手に決めたことじゃないか。

夏咲にいたっては、ただの冤罪に過ぎない。

この町で出会った仲間たちの中で、一番悪いのはおれだろう。

なら、これからはおれが全て背負おう。

 


――贖罪を果たすために。

 

 

 

 

 

・・・
その小さくも確かな存在を、おれはいつまでも抱きしめていた。

いつまでも抱きしめていたかった。

泣きじゃくっていた夏咲も、今はおれに抱かれるだけ。

お互いにぬくもりを感じあっていた。

おれは、この先の身の振り方を考える。

・・・夏咲とともにこの町を出よう、望むならさちや灯花、磯野も連れ出す、少人数ならこの国でもなんとか生きていける、外国に出るのも手だ・・・。
おぼろげに、思考をめぐらせていたときだった。


ノックも声もない、突然の来訪者。

「なっ・・・!」

ドアが開くのと、夏咲がおれの腕から離れたのは同時だった。


乱入者の正体に、驚きを隠せない。

 

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「森田、日向、両名揃っているな?」

法月、だと!?

とっさに逃げ場を探してしまう。

冷や汗が、背筋をつたっていく。

「こ、こんな朝早くから・・・それも先生自ら出向いてくるなんて、何事ですか?」
「外へ出ろ」
「・・・どうしてですか」
「着替える必要はなさそうだ。ついて来い」

とっつぁんは先に部屋を後にする。

「ど、どうするんですか」

法月の出方が読めない以上、ついて行くしかない。

「行こう、なっちゃん。だいじょうぶ、おれに任せて」
「・・・は、はい」

すきがあれば、逃げるか・・・あるいは、法月を・・・。

しかし、ジュラルミンケースを持ち出す隙もなかった。

 

 

 

 

・・・
・・・・・・

とっつぁんを先頭に、学園までやって来た。

朝の早い時間帯とはいえ、学生の姿が見当たらない。

「あ・・・」

トラックが消え、工事用のブルーシートが、取り除かれていた。

「工事が、終わっていますね」

法月の背中に言うが、無視される。

「・・・義務に関する話ですか」
「結論を急ぎすぎているようだな、森田」
「いえ、そんなことは・・・」
「正直になれ」

ここで嘘をついても、特はない。

「こんな朝早くから、まさか工事の完了を伝えに来たってわけじゃないですよね?」

意外なことに、それも、一つの用件らしかった。

法月は、軽くうなずいて、本題を切り出した。

「そろそろ、森田の試験も終わらせようと思っている」

法月は、夏咲を自殺させるよう仕向けることで、結果的におれの試験を終了させようとしていた。

けれど、夏咲は死なない・・・死なせない。

「試験も終わり、ですか・・・」

つまり、法月は次の手を打ってきているのだ。

しかし、いかに法月の先読み能力が優れているとはいえ、あまりにタイミングが早すぎる。

「つまり、夏咲の義務が解消されるということですか?」

もしかして、夏咲に触れたことすら、知られているのでは・・・?

ふと夏咲を横目で見る。

「・・・・・・」

目が合った。

おれを信頼している瞳だ。

「日向の義務が解消されるかどうかは、これから決まる」

「えっ・・・?」

「わかったのなら、黙ってついて来い。今日は特別に学園を休みにさせた」

だから、人がいないんだな。

とっつぁんが、足をひきずりながら、校門を抜けていく。


「・・・行こう」
「・・・わたしは、だいじょうぶだよ、ケンちゃん・・・」

 

 

 

 

 

・・・
とっつぁんは椅子に腰掛けず、夏咲を見下ろしていた。

凍てつく視線におびえるように、夏咲は立ちすくんでいる。

 

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「率直に聞こう。正直な意見を述べよ」
「は、はい・・・わ、わたしですか?」
「お前は、森田賢一・・・つまり樋口健に、恋愛感情を抱いているのではないか?」
「えっ!?」

「・・・・・・」

「え・・・あの・・・」

夏咲が、おれととっつぁんを交互に見つめる。

「どうした? 意味が理解できないのか?」」
「あ、いえ・・・」
なっちゃん・・・!」

正直に言ってはいけない

法月がそれを許さない。

この場で、もし、おれを好きだといえば、ただでは済まない。

「け・・・も、森田、さん・・・」
「どうなのだ・・・?」

これが、法月の狙いか・・・?

夏咲の意志を確認し、義務の違反として、殺害する・・・。

夏咲は、慌てたように自らの首を振った。

「・・・わたしには人を好きになる資格なんてありませんから・・・」

おれは、ほっと胸を撫で下ろす。

夏咲はあえて嘘をついた。

嘘をつかないと、おれが試験に合格できないから。

「なるほど・・・」

法月は胸をそらし、あごを上げ、眼下の夏咲を威圧した。

隣にいるおれですら、戦慄が走る。

「日向は森田を好きではない。
これが本当であるかどうか、試す」

はっとして気づいた。

「日向が見事、この試練に耐えうることができれば、私はすぐにでも義務の失効手続きに入ろう」
「し、試練・・・?」

それは、特別高等人の第七段階の試験の一つ。

一度灯花に、冗談で試したことがある。

おれが、合格できなかった唯一の試練。

「何があっても、わたしの目を逸らさずに、真っ直ぐに答えるのだ」

有無をいわさず、開始された。

「資格、といったな?」
「は、はい・・・」
「では、資格があるのであれば、好きということか?」
「え?」
「どうなのだ」
「い、いえ・・・資格があってもなくても・・・同じです・・・」
「同じとは?」
「す、好きじゃないです・・・」
「どこを見て話している」
「ど、どこ・・・?」
「私の目を見て話せ」
「で・・・でも・・・」

おどおどと、視線をさまよわせる。

「私の、目を、見て、はっきりと、話せ、と言っているのだ」

夏咲が息を吐いた。

「す、好きじゃないです・・・」
「なぜ語尾が弱くなる? はっきり、と私は言ったはずだ」
「す、好きじゃないです!」
「言いよどむな。もう一度」
「好きじゃないです!」
「私は目を見ろと言ったのだ。私の鼻先に視線を集めていれば、ばれないとでも思ったのか? もう一度」
「好きじゃ・・・ないです!」
「途中で目が逸れたな? もう一度」
「・・好きじゃないです!」
「声に勢いがない。もう一度」
「好きじゃないです!」

夏咲は、おびえたまなざしで法月の目をとらえ、今度こそはっきりと口を開いた。

けれど、それでは駄目なのだ。

「本当は好きなのだろう? 森田に好意を抱いているのだろう?」

こうやって、受験者がいい具合になると質問がずれる。

「ち、違います! そんなことありませんっ・・・」
「ほう・・・では、もう一度・・・」
「くっ・・・!」

圧倒的な緊張感を前に吐き気を催したのか、うつむいて、口を両手で覆った。

「わ、わたしは・・・」
「なんだ?」

次の瞬間、夏咲は顔を上げ、決意に満ちた瞳を輝かせた。

「好きじゃないです!」

聞いているおれまで、それが真実ではないかと疑うほどの声だった。

・・・だが、法月はあきれたように首を振る。

「・・・まるで感情が入っていない。もう一度」
「あ、ぁあ・・・わたしは・・・わたしはっ」

夏咲は、ただでさえ、人と目を合わせるのが怖いのだ。

しかも、あいては、にらまれれば大の大人ですら目を逸らしたくなる法月将臣だ。

「法月先生!」

気づいたときには、叫んでいた。

「夏咲は現在、私の監督下にあるはずです。
ですから、あなたが直接夏咲に指導を加える権限はないはずだ」

さちのときも、そうだった。

「では、お前が私の代わりに日向を尋問するか?」
「え?」
「できんだろう?」

どういうことだ?

いくらいおれが候補生とはいえ、法月も夏咲に手出しできないはずなのに・・・?

そう・・・おれが、夏咲の担当についている限り。

「なら・・・」

おれは、覚悟を決め、とっつぁんににじり寄った。

「・・・・・・」

その瞬間、法月は杖を思いっきり床にたたきつけた。

それが、合図だったのだ。

部屋の扉が勢いよく開け放たれ、外から人が入ってきた。

厳粛な制服に身を包んだ男たちが、一人、二人、三人と、機敏な動きでおれを取り囲む。

 

 

「両手を、頭の後ろで組め!」

そうして、銃口をつきつけられた。

おれは、冷静に状況を観察するが、室内には蟻の子一匹逃げ出す隙もない。

不用意に動けば、マニュアル通りに射殺されるだろう。

 

「・・・け、ケンちゃん・・・」
「だいじょうぶ・・・」

言われたとおりに、立ったまま両手を頭の後ろで組んだ。

「それで? 床に伏せればいいのかな?」

「いいや、そのまま見ていろ」
「なに・・・?」
「試験を続行する・・・」

 

 

 


・・・
噂によると、この試験は絶対に合格者が出ないようになっているのだという。

夕陽が差し込んでいるのにもかかわらず、室内の空気は緊張しきっていた。

「す、好きじゃない、好きじゃないよぉっ!」
「話にならんな。もう一度」
「は、ぁ・・・は・・・は・・・」

夏咲の瞳は揺らぎ、光を失いかけていた。

全身から汗が噴き出し、今にも倒れてしまいそうだった。

「す、っきじゃないんですっ!」

あれから六時間以上、夏咲は同じ言葉を叫び続けている。

「あ、ごっほ・・・うぅっぐ・・・!」

喉が痛いのか、たまにむせ返るような咳を苦しそうに吐き出している。

「・・・・・・」

取り囲む警官も、よく訓練されているのか、長時間にわたっておれに銃口を向けているというのに、疲れが見えない。

「先生、もう、やめてください」

「あ、は・・・はぁ・・・はぁ・・・」

法月はおれのことなど眼中にないようで、夏咲を追い詰めることに専念している。

「どうした? もう終わりか?」
「うぅっ・・・っく・・おぇっ・・・」

瞳から涙を垂れ流して、がくがくと胸を上下させている。

「この試練に合格できれば、森田も念願の特別高等人になれるのだぞ?」
「はっ・・・」

夏咲の瞳にわずかな活気が宿った。

「け、ケンちゃんの・・・ために・・・」
「では、言え。大嫌いだと」

命令されるがままに、夏咲は再び口を開いた。

「だ、大嫌いなんです!」
「言いよどむな。もう一度」
「大嫌いなんです!」
「一瞬、森田を見たな、それはなんの意志だ?
本当に嫌いなのか? もう一度」

なんて矛盾。

おれのために・・・おれのことを想って、夏咲はおれが大嫌いだと叫ぶのだ。

合格するわけがない。


「もう、やめろ!」

こんなもの、試験ではなく、ただの陵辱ではないか。

なっちゃん、もういい、もういいんだ!」

その瞬間、法月がおれを見据えた。

「黙ってて!」

けれど、おれを止めたのは、法月ではなく夏咲だった。

なっちゃん・・・」
「はあっ、はあっ、も、もう、いいのっ・・・わ、わたしなんか・・・」

また、夏咲が壊されていく。

「けっきょく、わたしは・・・誰かを好きになっちゃいけないんだから・・・」

期待しては裏切られ、信じては絶望してきた少女が、また堕ちていく。


「もういいのっ!」

今度こそ、夏咲は夏咲でなくなってしまう。

「声に勢いが足りなかったな。もう一度」

試練は続いた。

夏咲が、完全に壊れるまで。

 

 

・・・・・・。

・・・。

 

 


「ケンちゃんが大嫌いっ!」

部屋中の空気がぎゅっとしぼむような叫びが上がった。

聞いているこちらの耳が痛くなるほど、夏咲は『嫌い』を繰り返してた。

言葉の意味など関係ない。

最後の叫びからは、感情ではなく、夏咲の命そのものが伝わってくるようだった。

「その目、その声、しっかりと伝わった一言だった」

ゆっくりと、緊張がほぐれていく。

「よろしい。合格とする」

終わったのか・・・?

「ぅ、ぁ・・・ぁ・・・は、ぁあっ・・・」

荒い呼吸と、嗚咽交じりの泣き声。

「忘れるな日向、おまえは真実を叫んだのだ」
「は・・・ぁ。はぁ・・・ぁ・・・」

ぺたりと、夏咲は床に腰を落とした。

ぼそぼそと、しわがれた声でうめいている。

「もういい、なにもかも、どうでもいい・・・。
嫌い・・・ケンちゃんなんて、嫌い・・・みんな、嫌い・・・。
嫌い・・・嫌い・・・どうでもいい・・・なんでもいい・・・嫌い・・・。
全部、関係ない・・・いいの・・・関係ない・・・嫌いっ・・・」

機械のように繰り返す。

「森田」
「・・・はい」
「ついてこい」
「どこにでしょう?」
「ついてくればわかる」

おれは、いまだに、銃口を突きつけられている。

なっちゃん、休んでて」
「・・・・・・」

ぴくりと、肩が震えたが、それ以上の反応は返ってこなかった。

「日向も来い」
「・・・はい」

人形のように、うなずいた。

 

 

・・・
校舎の一階。

おれの背後では、警官たちがおれの挙動に目を光らせている。

「それにしても、日向があそこまでの意志の強さを見せるとは、正直、驚かされた」

夏咲は、どんよりと曇った瞳で、ただ、うつむいている。

「珍しいですね。あなたが驚かされるなんて」
「お前が突破できなかった試験だぞ?」
「・・・・・・」
「しかし、これで、日向がきちんと義務を守っていることが証明された。
森田の最終試験も全て終了し、ついに、特別高等人になれる・・・」
「・・・まだ、なにかあるのでしょう?」

はき捨てるように言った。

そうして、七年間付き合ってきた恩師は、当たり前のように告げる。

「確認したいことがある」
「これは・・・?」

廊下の突き当たり、工事中だった壁に、扉が備え付けられている。

法月は胸元から一枚のカードを取り出した。

「これは、特別高等人のIDカードだ。
候補生の森田も持っているだろうが、私のそれとはレベルが違う」

要するに、ここから先は、とっつぁんにしか入れない場所だというのか。

「私はこのカードを、いつも持ち歩いているわけではない。
普段は特別指導室の金庫に保管してある。
必要とあらば、森田のカードも預かるが?」

・・・なんで、そんなことをわざわざ言うんだろうな。

「けっこうです。それより、この先にはなにが?」
「焦るな」

 

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法月がカードを通す。

法月がノブを回すと、扉の向こうから湿気混じりの風が吹いてきた。

「・・・・・・」

夏咲は、まるで立ったまま死んでいるかのようだった。

「扉を開けておく。お前たちはここで待て」

背後の警官に言うと、法月は先行して暗闇の中に消えていった。

 

 

・・・
薄暗い階段を降りていく。

どうやら床の材質は石のようだ。

「夏休みの期間だけで、これだけの工事を?」

足を止めずに聞いた。

「この空間はもともと作られていたのだ。私は、改装したに過ぎん。
私が特別高等人になるときも、この先の施設を利用した」

思わず、喉を鳴らした。

「へえ・・・」

法月が、自分から過去を語るなんて・・・。

「・・・寒い・・・」
なっちゃん・・・?」

ぼそぼそと、夏咲がつぶやいている・・・寒い、寒い、寒い・・・。

確かに、ひんやりとした冷気が肌にまとわりついている。

かなうことなら、この場で抱きしめてあげたかった。

おれは、法月を出し抜くチャンスをうかがいながら、石階段を下っていった。

そうして、目の前に開けた光景に戦慄を覚えた。

鉄製の扉を開けて中に入ると、そこは物語の中でしか想像したことのない世界だった。

密閉された空間は、罪人に尋問を行う拘置所の取調室を想起させなくもないが、周囲の石壁が伝える圧倒的な重圧が、なんとも身を萎縮させる。

「まるで・・・」

また唾を飲み込んだ。

「牢獄のようですね」

それは、SF小説の世界の現実。

窓一つなく、照明は壁をくりぬいた穴にあるロウソクのみ。

出入り口の扉を見ると、下の方に食器を通すための窓がついている。

部屋の隅には、用を足すための穴もあった。

悪趣味極まりない、監禁施設だった。

「こんなものを、おれに見せてどうしろと?」
「犯罪者を罰する根拠は時代とともに、変わってきた」
「・・・・・・」
「復習を、国が代わりに行おうとする、絶対的応報刑論。
犯罪者をつるし上げ、みせしめとする、相対的応報刑論。
そして、犯罪者を教育する教育刑論。
我が国の特別高等法も、教育刑である。
だが、小説の世界に出てくるような、罪人を牢屋に入れて、規律正しい生活を強いるだけの教育ではない。
罪人ひとりひとりに、特別高等人という優れた人間をつけて、罪にあった更生指導をさせる。
なぜなら、故意の殺人者も過失の殺人者も、同じように牢屋に入れられるというのは、人を教育する刑罰として安易だからだ」
「先生、ウンチクはその辺にしましょうよ。
そういうウンチク好きの神経質な知識人が法律を作ったから、刑罰がここまで細かくなったんだ。
個人の時間の使い方や自由な恋愛まで国が監視している。
経営の世界でもそうですが、ある程度のおおざっぱさは常に必要ですよ?
規律を厳しくして、国家が個人に対して干渉しすぎる社会は死にますよ。
だから、日本って国は戦争に負けたんです」
「その発言は、国家不敬罪にあたるな?」
不敬罪なんて、渋谷の女子校生は知りませんよ?」
「古い、といいたいのだな?」
「あなたもなかなかのSF小説好きだな」

言い切って、ぎょっとした。

法月が、あろうことか、昔をなつかしむような目をして、笑い出したのだ。

「くっ、ふふふふ、はははっ、ふははははは――――ッ!」

高らかな笑い声に、胃が締め付けられる思いだった。

「・・・っ」

夏咲も、気圧されたように、一歩後ずさった。

笑うのか、この人も・・・。

恐怖に呼吸が止まりかけたおれに、法月はゆっくりと言う。

「いいぞ、森田。まったくもって、試験は順調だった」
「な、なに・・・?」

背筋を這い上がる悪寒に、思考が停止しかける。

「だが・・・」
「っ・・・!」

直後、鬼の形相となった。

じめじめとした牢獄。

法月将臣がゆっくりと近づいてくる。

 

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「貴様は、義務を犯した」

法月から、感情が伝わってくる。

「特別高等人が、社会を代表する特別に高等な人間が、義務に違反した」

怒りが、ひしひしとおれの皮膚に照りつけ、その奥の血液を沸き立たせる。

「言い逃れできぬよう教えてやる。
私は一度、三人の被更生人の義務の証を貼り替えさせたことがあったな?」
「あっ・・・」

間抜けなうめきが漏れた。

「は、はは・・・」

乾いた笑いを吐き出すと、自分の浅はかさを呪った。

「まったく・・・とっつぁんも、相当なマニアじゃねえか・・・」

そして、観念した。

バッジが盗聴器になってるなんて、どこの共産ゲリラだよ・・・クク・・・」

全部、つつぬけだったわけだ。

おれは、呼吸を整え、法月を見据えた。

「その反応を見るに、やはり、か・・・。
声を聞く限りでは、森田と日向のどちらから接触したのか、判断できかねる部分も、ないことは、なかったのだがな・・・!
日向から接触した、もしくは、接触もやむをえない理由があったのであれば・・・まだ、考える余地もあったというのに・・・」

ぎりぎりと歯を軋ませていた。

「触れたな?」
「ああ・・・」

恐怖で、足が床に張り付きそうだ。

「あんたらが、気に入らないんでね」

軽口を叩いて、すきをうかがおうとする。

けれど、法月は感情的になっているにもかかわらず、その堂々とした立ち姿からは一縷のすきも見当たらない。

「貴様にはいくらかかっているか知っているか?
高等人の試験は、全て国民の税金からまかなわれている。
いわば、貴様はこの国の、社会の、代表として期待されていたのだ。
それを、裏切った罪は重い。
実に惜しい。惜しい逸材だった。
不思議な感覚だよ・・・初めて私にも私情が芽生えている。
だからもう一度訊こう」

笑った。

それは、こちらの身が縮むような異形の顔だった。

そして気づく。

 

次の質問に答えることで―――。

 

「罪を犯したのか?」

 

おれは死ぬのだ。

 

「恋愛の禁止という国民の総意に基づいて定められた刑法を、犯したのか?」

 

息を呑む。

 

「法の番人である特別高等人が、法を犯したのか?」

 

驚きと恐怖で丸くなった目が、ひりひりと痛む。

 

「どうなんだ?」

 


一歩。

 

「どうなんだ?」

 


また一歩。

 


薄気味悪い音を立て、社会を代表する化け物が近づいてくる。

 


「どうなんだと―――」

 


止まった。

 


「・・・聞いているのだ・・・!」

 


おれは、意を決した。

 


―――罪を犯しました。

 

 

 

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

 


何かを感じる。

それは熱だ。

いや、温もりだ。

喉を疑った。

だが、はっきりとそう叫んだのだ。

おれではなく、少女が。

指の絡み合った手のひらから、ぬくもりが伝わってくる。



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「わたしが、罪を犯したんです」

 

はっきりとした口調。

「森田さんは悪くないです」

握られた手のひら。

「こうやって、わたしから触ったんです」

幼いあのときのように、暖かい優しさに満ちた温もり。

「どうしてかというとですね・・・」


やめろ・・・。


「わたし、日向夏咲はですね・・・」


言うな・・・。


「恋愛の禁止を義務付けられているにもかかわらず・・・」


よせ・・・!


「小さいころからずっと、ずっとずっと・・・。
ケンちゃんのことが・・・」


そこで一息つき、ぎゅっと手を握ってきた。


全てが現実的ではなかった。


さきほどまであれほど沈んでいた夏咲が、


大嫌いだと、世界に絶望するかのように泣き続けていた夏咲が、


背筋を伸ばし、しっかりとした口調で、


そしてなにより満面の笑顔で―――!

 

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「大好きでしたから!」


言ってはならないことを全身で叫んだのだった。


「ケンちゃんが、大好きだよっ!」


牢獄の鬱憤を切り裂くような、真っ直ぐで力強い叫び。

おれも、そして法月すらも唖然として、少女の輝きにおののいていた。

「暖かい・・・ケンちゃん、暖かいよぉっ!」

黄色いリボンが凛と揺れ、少女の顔が向日葵と重なった。

「ケンちゃんが、ここにいるよーっ!」

雨に打たれ、人の足に踏みつけられても、何度でも背筋を伸ばして、日向を探す黄色い花がそこに咲いていた。

「夏だねっ? お外はきっとあっついねっ。
雨も降るかなっ? 田んぼは青々しいよーっ?
風が吹くと気持ちいいよね?」


少女は場違いなまでに、楽しそうに笑う。

 

「・・・つまり、日向が森田に触れたと?」


ようやく法月が口を開いた。

「そうです! ケンちゃんは何も悪くないんです!
さっきは大嫌いなんて言ってましたけど、ごめんなさい、全部、嘘なんです!
大好きですから! 大好きで大好きで、ずっと我慢してましたけど、もう迷わないって決めましたから!」

「少しは黙らんか貴様!!!」

法月の怒号が飛ぶ。


「黙りません! 大好きなんです!」


夏咲は、一歩もたじろがない。


「貴様は強制収容所に送られるのだぞ!?」

「かまいません!」

「そこでは人間はモノとして扱われ、地獄のような毎日を過ごすのだ」

「どんな場所でも、楽しいことは探せます!」


まぶしい・・・そう思った。


「貴様は親戚に騙され、家を追われたのだったな?」

「叔母さんは、ちょっとお金に困ってただけなんです!」

「学園の友人に、裏切られたのではないのか?」

「あの女の子は、ちょっと遊んでいただけなんです!」

「寮の管理人に性的な嫌がらせを受けていたではないか?」

「おじさんは、ちょっと寂しかっただけなんです!」

「・・・っ」


無駄なのだ。

いくらお得意の話術を使おうとも、夏咲はひるまない。

社会のちっぽけな詐術など、人の真の強さの前では無力に過ぎる。

 

 

・・・
「・・・何事ですか!?」

だから、ヤツらはすぐ暴力に走るのだ。

牢獄になだれ込んできた暴力の群れに向かって、夏咲は叫んだ。

「わたしです! わたしが罪を犯しました! どうぞ捕まえてください!」

「危ないっ!」


夏咲の頭に迫った法月の杖が、おれの肩を砕いた。


夏咲をかばって、床に倒れこんだ。


「ケンちゃんっ!」


上体を起して、法月と後ろの制服どもに向かって言った。


「馬鹿ども、よく聞け!」

容赦なく腹を殴られた。

「おれから夏咲に触れたに、決っているだろうが!」

「森田を拘束しろ」

「夏咲は何も悪くない! 夏咲は悪くないんだ!
この少女がいったい何をした!?」

不用意に近づいてきた一人に、寝転んだ状態からの足技をしかけ、転倒させる。


「ケンちゃん、わたしは大丈夫だから!」
なっちゃん、それはダメだ!」
「いいのっ、最後に、自分の気持ちが伝えられて、それだけで、わたしはうれしいのっ!」
「なんてことを言うんだ!?」

 

 

 

・・・おれは、いつもこの子に仲良くしてもらって。

・・・優しさとぬくもりを教えてもらって。

・・・いつも、助けてもらっていたというのに――!

 

 

「ありがとうっ、ケンちゃんっ」

 

――なんで感謝されなきゃいけないんだっ!

 

 

 

・・・。

・・・・・・。

こんなことが許されていいはずがない。


さち、灯花、夏咲。


向日葵の少女たち。


どんな歪んだ世の中でも―――

 

正義と、

 

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慈悲と、

 

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愛の心は、必ず守られる。

 

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強さを教えてもらったおれなら、できるはずだ。


必ず、夏咲を助ける。


見ててくれよ、お姉ちゃん・・・!

 

 

 


・・・・・・。

・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

法月が、どうしておれを拾ったのか。

顔つきから才能を感じたと、ヤツは素っ気無く言った。

その言葉は嘘なのか本当なのか、法月の目的はいったいなんなのか、おれはこれからどうなるのか、様々な疑問がわいたが、おれは考える間を与えられなかった。

 

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「これより、お前を特別高等人として養成する」
「ぼ、ぼくが? どうして・・・!? 特別高等人なんかに!?」
「理由はある。だが、いまは知る必要がない」
「・・・うぅ」

口ごたえを許されぬまま、おれは法月のあとについていくしかなかった。

死にたくはなかったのだ。

どんな最低の人間でも、死にたくないと願う権利くらいある・・・。
七年前のおれを思い出し、そう、言い訳したい。

あそこは軍用施設の一部だったのだろう。

周囲を巨大なコンクリートの壁が覆い、入り口のゲートは厳重に管理されている。

内部には、宿泊用の小屋や陸上用のトラック、プール、射撃場など、一通りのトレーニング施設がそろっていた。

軍服に身を包んだいかつい男たちが、肩から自動小銃を引っさげ、いつでもおれや、他の候補性を威圧していた。

おれは、様々な検査を受けた。

健康診断、性格分析、心理テスト、知能テスト・・・。
おれは、あらゆる面で、他の候補性より劣っているとの適正判定をもらった。

施設での生活が始まり、広い会議室で最初のミーティングが行われた。

話の上手い指導教官が何人も紹介され、みな一様に国家に対しての忠誠を誓うようおれたちに強制する。

場内が異様な雰囲気に包まれたとき、ある教官がおれに質問した。

「どうして、人を殺してはいけないのだ?」

答えなければひどい目に合うと直感し、恐る恐る口を開いた。

「か、かわいそうだからです・・・だって、痛いもの・・・死ぬなんて」

直後、お約束のようにおれは鼻血をぶちまける羽目になった。

教官は、地べたにはいつくばって命乞いをするおれに向かって言った。

「法律で、決まっているからだ。
人殺しはいけないと、国が決めているからだ。
ルールに意味を求める者は、この施設では生き残れんぞ」

そうして、最悪の毎日が始まった。

 

最初の半年は、寝て食べて運動するだけだった。

一日の行動は、徹底的なまでに管理され、息をつく暇もなかった。

「つ、つらいよ・・・もう、走れないよ・・・足の裏に豆ができてるっていうのに・・・これじゃ、体力なんてつかないよ・・・逆効果だよ・・・」

弱音や理屈を吐くと、すぐにでも殴られた。

集合時間に十秒遅刻しただけで、殺されるかと思うほど足蹴にされた。

他にも、行進をしていて手の振りがずれたとき。

薄暗い廊下をぼんやりと歩いていたとき。

寝る前にふっとため息をついたとき。

むしろ、おれが何かを考えようとした瞬間、平手が、棒が、鞭が飛んでくるのだ。

とにかく、何も考えず、命令どおりに行動することを強いられる。

故郷のことや、さちや夏咲、お姉ちゃんのことすら、疲れきった頭からすっぽり抜けていく。

猫背だったおれは、いつの間にか真っ直ぐに背筋をの伸ばすようになっていた。

そうしないと、例のごとく強烈な折檻が待っているからだ。

しばらくたって、今度は知識を詰め込まれた。

教官が述べることを、大声で復唱するだけの毎日が続く。

数学の方程式、外国語の構文、歴史上の事件、社会の仕組みや法律・・・。

体罰はなかった。

けれど、膨大な情報を完全に暗記するまで、決して眠ることを許されない。

混濁した意識の中、おれはぶつぶつと記号を吐き出だしていった。

そんな状況があと少しでも続けば、おれはただの、ロボットになっていただろう。

試験の第一段階が終わり、第二段階に突入したとき、おれの瞳はすでに光を失っていたらしい。

 

 

 

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・・・
そして、ようやく自分で考えることが許され始めた。

――これまで培った体力と知識を使って、社会に貢献しろ。

教官はそう言って、おれたちを施設の外に連れ出した。

目隠しをされ、軍用ジープから蹴落とされた先に広がっていた光景は、貧困と暴力と麻薬の臭いが漂う街並みだった。

異民のダウンタウン

この国では百年以上前からつい二十年ほど前まで、異民を隔離するような政策が取られていた。

諸外国の非難を受けながらも、この国が決してその政策を撤廃しなかったのは、この国が戦勝国であり、世界のリーダー的な地位にいたからではない。

被差別地域の治安維持こそが、隔離政策の真の意義だったからだ。

政策が撤廃されたおかげで、現地の治安は荒れに荒れていた。

血なのか、ペンキなのか判断のつかないほどに汚れきったストリートを、ぼろぼろの衣服をまとった人々が、行く当てもなさそうにふらふらしている。

路上に当たり前のように老人が倒れていて、その上を子供が踏みつけていく。

窓の割れたビルから、突然の銃声が聞こえたかと思うと、娼婦らしき女が落下してきて頭を割った。

娼婦の血に触れると、致死性の性病にかかるというわけのわからない都市伝説まで蔓延している始末だった。

 

街を歩けば、刺すような視線が全身に張り付いた。


危険は何度もあった。


路地を一つ曲がった出会い頭に、突然腹を殴られた。

大通りをわたろうと、信号待ちをしているとき、数人に囲まれてナイフを突きつけられた。

半殺しの目に遭いつつも、殺されなかったのは、おれがガキだったからではなく、ただ、金を持っていなかったからだ。

金がなければ餓え死にしてしまうが、金を持てば殺されてしまう。

だから、何人かの候補生は徒党を組み、生きるために強盗を始めたが、あっさりと現地の強盗グループに呑まれてしまった。

おれがそんな街で生き残れたのは、運が良かったとしかいいようがない。

ダウンタウンは滅多に車が通らない。

地元のタクシーでも通行を嫌がるほどだ。

けれど、毎週決まった日の、夜九時ごろに黒塗りの高級車がメインストリートを低速で走っている。

普通、車が通れば、施しを受けようと人が群がるのだが、その車にだけは、誰も近づこうとしない。

興味を持ったおれが車の窓ガラスを覗くと、中から若い異民の男が顔をのぞかせた。

「俺はいま、こうやってなにも恐れずに車の窓を開けた。
お前が強盗なら、俺は大馬鹿者だ。
だが、危険はないと確信した。なぜだかわかるか?」

おれはその男の持つ知性溢れる雰囲気と底知れぬ威厳に気圧されて、なにも言えなかった。

「お前が、異民ではないからだ」

支配者層というものは、いつでも同族を嫌悪する。

その男に拾われたおれは、後にそんなことを教えてもらった。

その人は、街外れにある携帯電話の製造工場を経営していて、現地の安い労働力を下地に利益を上げていた。

おれは、その安い労働力の一人として朝から晩まで工場で働かされたのだった。

機械的な仕事は得意だった。

命令やら規則を守り、ベルトコンベアの流れを見守りながら、部品を決められた枠にはめるだけ。

高等人の試験のことなど忘れ、喜んで残業して、笑いながら他の従業員の仕事を手伝った。

おれを拾った社長にとって、意味や見返りというものを求めずひたすらロボットのように働くおれは珍しかったらしい。

工場の視察に来た社長は一度おれを連れ出して、豪勢な料理をご馳走してくれた。

軍の施設で知識だけは詰め込まれていたおれは、おどおどしながらも、社長と話を合わせることが出来た。

「お前には学がある。だが、欲がない」

次の日から、おれは社長付きの秘書として異例の抜擢をされた。

そして、欲望を植えつけられた。

酒のたしなみ方、嘘のつき方、自分を大きく見せるやり方。
人を管理して上手に怠ける方法、やってもいいクスリと悪いクスリの見分け方。


――女の扱い方だけは、慣れることがなかったけれど・・・。


約一年、彼との付き合いは続いた。

 


守破離はわかるか?」

社長がそんなことを口にしたのは、試験の第二段階が終わる直前だったと思う。


出会ったときと同じように黒塗りの高級車に乗せられて、郊外へと向かっている途中だった。

指導者に教えを受ける場合は、順序があり『守』の段階では、指導者に言われたことを形式どおりにこなし、慣れてきたらある程度『破』ってみる、そして最後には『離』れていく。

そのときの社長は『自分で考えろ』が口癖だった。

おれは彼にとって『破』の段階まで来ていたのだ。

「お前もいずれ、俺のところから離れていくのだろうが、世の中には決して破れない形式がある。
それは社会の壁であり、ルールであり、人のうねりだ・・・」
「よく、わかりません・・・ぼく・・・いや、おれは、もう十分に自由な気がします・・・」
「いいや、お前はまだまだ社会の術中にある」

そう言って、彼は車を走らせた。

目的地は、見覚えのある軍用施設だった。

 

要するに、彼は指導教官の一人だったのだ。

 

 

 


・・・
第二段階が終わると、ずいぶん候補生の数が減った。

 

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第二段階で当たった教官があまりに良かったのか、その後の試験はスムーズに通過していくことができた。

行動や生活には自由が認められ、試験は単位制の選択式になっていった。

社会的地位を得なければならないという、試験の一環でもあったわけだが、ステータスを求めて大学を出て、金が欲しくて会社を興したのはそんな時期だ。

法理学の分野で博士号を取った『南雲えり』の名前も、そのとき知った。


けれど、第七段階の必修科目である意志力養成の試験には一度も合格できなかった。

担当教官は法月のとっつぁんだった。

息苦しいほどの密室でおれは長時間の尋問を受けた。


「お前の、もっとも後悔している体験を、私の目を見てはっきりと語れ」

おれの、もっとも後悔している体験は、もちろん、仲間を見捨てて自分だけ逃亡したことだった。

あまりに忙しい毎日に追われ、考える暇もなかったが、やはり、忘れられるものではない。

手に汗を滲ませ、途中何度も吐きそうになりながら、たんたんと過程を語り終えると、法月は言う。

「もう一度」

おれはまた繰り返す。

けれど、何度でも繰り返された。

次第におれの心は乱れに乱れ、法月の目を捉えることができなくなってきた。

「おれは、仲間を見捨てて自分だけ逃げました!」
「目が逸れたな、もう一度」
「おれはっ、仲間を・・・」
「目が逸れた、もう一度」
「お、おれは・・・」
「もう一度」

もう一度、目が逸れた、もう一度、目が逸れた・・・。

 

夏咲、さち、磯野、お姉ちゃん・・・。

故郷の町と彼らを思うと、あご先が震え、全身がひきつるように痛んだ。

どうして自分だけが、のこのこと生き延びているのだろうか。

おれは、親父を殺し、お姉ちゃんを捕まえて、町を焼いた連中の言いなりになっているのだ。

許されるはずのない罪を負った人間が、特別高等人になろうとしている。

そんな無法が許される社会と、自分自身に向けて、おれは絶叫していた。


「死ねないから、生きているだけなんです!!!」
「では、死んで来い」

そうして、おれは、南方紛争に強制参加させられた。

 

戦場では死ねるタイミングなんて、いくらでもあった。

塹壕から少し頭を出す、ガスマスクをつけ遅れる、パニックに陥った仲間を殺さない、友軍の戦闘機の誤爆を恐れない・・・。

けれど、もうダメだと思ったときほど、脳裏に仲間の顔が浮かぶのだ。

都合のいいおれの頭の中で、彼らはいつも笑っていた。

おれを許してくれていた。

彼らに会いたいと思った。

会ってどうするのかはわからないが、とにかくこのままでは死んでも死に切れなかった。

そうして、もはや樋口健の面影も残らないほど、おれの顔つきが変わったとき、願いは現実になった。

 

 

・・・
戦争から帰ってきたおれは、毎日、部屋でふさぎこむようになった。

最終試験を前にして、ぼんやりと、このまま国家の犬として高等人になっていいのかと考えた。

金もある、力も身につけた、どもらずに人と話せるし、落ち込んでもすぐ立ち直れるようになった。

もう、弱虫でいつも夏咲やお姉ちゃんに助けてもらってばかりの、樋口健ではないのだ。

・・・降ろさせてもらおう。

そう決意したとき、法月将臣が部屋に入ってきた。

 

「クスリをやっているのか?」
「・・・法月先生には関係ないでしょう・・・」

ふてくされたように言って、思いっきりケムリを吐き出した。

法月は、パイプには興味を示さず、たんたんと語りだした。

「お前がどうして特別高等人を目指すのか、その理由を教えてやろうと思ったのだ」
「そのことなんですが・・・」
「やめるというのだろう? だが、七年前に私が言ったように、お前は高等人を目指すべきなのだ」
「ふーっ・・・」

ケムリを吹いて、法月をにらみつけた。

「極刑を受けた人間を見たことがあるか?」

おれは唖然とするしかなかった。

見覚えのある女性が、最悪の罰則を全身に晒して、おれの目の前に現れたのだ。

 

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「目線は私に向けるのだぞ?」

とはいえ、おれはお姉ちゃんが気になって仕方がない。

「知っての通り、極刑・・・」

 

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肩の刺青と、ジーンズの刺繍・・・そこには太陽をモチーフとした罪の証が記されていた。

子供が一番最初に教えられ、国民全員が慌てて目を逸らす。

「通称、世界から存在を認められない義務だ」

お姉ちゃんは、口を固く閉じ、おれの胸の辺りを凝視していた。

「誰とも目を合わせられず、人前で言葉を発することも、人に触れることも許されない。
目線を合わせた者、話しかけた物、触れた者も同罪で、強制収容所に送られる」

「そ、そんな・・・お、おねえ・・・」

危うく、話しかけそうになったのをぐっとこらえた。

「生きているのが不思議だろう? 圧倒的な孤独の前に、誰しも一年もあれば発狂するというのに・・・さすがは、樋口三郎の娘といったところか・・・」

「・・・・・・」

お姉ちゃんはおれを見ている。

すました顔で、樋口健を見つめている。

「い、いまの監督人は、法月先生ですか?」
「察しがいいな。その通り。お前が高等人になった暁には、樋口璃々子の監督を任せてもらえるよう取り計らってやろうではないか」
「・・・高等人だけが、おねえ・・・極刑を受けた人間に対して、最低限の生活の世話をすることができる・・・」
「そうだ。必要とあれば会話することも、手を触れることも許される」

誰からも認知されないことを悪用した犯罪を防ぐための措置なんだが・・・。

「あっ・・・そ、そうですか・・・は、はは・・・そいつは、なんともありがたい・・・」

パイプを持つ手が震えていた。

「・・・ちなみに、極刑ってのは、ほとんど解消されない義務なんですよね?」

法月は軽くうなずいた。

「極刑は教育系ではない。
命は奪わないが、罪人に死よりもつらい孤独を味わわせるのが目的だ。
それは、この国に死刑制度がない理由につながるのだが・・・」
「設定説明的退屈な手続きはいいんだよ・・・」

目の前に、お姉ちゃんがいる。

そして、お姉ちゃんの孤独を和らげてあげられるのは、おれだけ。

そんな現実だけで、もうお腹一杯なんだ。

お姉ちゃんが生きていた。

話すことも、目を合わせることもできないけれど、そこに存在しているのだ。

胸が熱くなって、思わず涙がこみ上げてきた。

「ふっ・・・」

一瞬、お姉ちゃんが笑ったように息を吹いた。

間違いない・・・察しのいいお姉ちゃんは、おれが弟の健だってことに気づいている。

言葉を発せなくても、そのクールな笑みを見れば通じるんだ。

「ふふ・・・やってやろうじゃねえか・・・。
そう、やるしかねえよな・・・特別高等人になって・・・。
極刑を受けた人の面倒を見るんだ・・・なあ・・・ふふ・・・。
あ、いや・・・すみませんね、どうも戦争から帰ってきて以来、独り言が多くなってしまって・・・。
あぁ・・・それともクスリをやり始めたせいですかねぇ・・・。
あんたも知っての通り、おれの心は弱すぎたんだよねえ・・・」

言いつつ、パイプに口付ける。

 

「・・・では、最終試験の説明を始める」

 

必ず、法月将臣を越えてみせる。


ひときわ大きな紫煙を吐き出してから、パイプの火を消した。

 

 


・・・・・・。

・・・。

特別高等人になって、お姉ちゃんを助ける。

それがかなわない場合は、親父の真似事をするだけだ。

そう決意し、おれは懐かしい故郷へと歩みを運ぶ。

顔を引き締め、鏡を見る。

瞳の奥に、弱々しい光が鈍く輝いていた。

それは、樋口健の残滓であり、森田賢一の意志の弱さをはっきりと示しているのだった。

 

 


・・・。

・・・・・・。

 

 

 

 


―――――

 

 

 

 

 

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夏咲の部屋に、夏咲がいない。

おれは、一人、ぼんやりと窓の外を眺める。

警察車両が路上をせわしなく走り回っている。

ときおり、甲高い笛の音が聞こえ、それに合わせて制服に身を包んだ男たちがどこからともなく一斉に姿を見せた。

町の様子がおかしくなっているようだ。

夏咲の安否も不明。

おれは身柄を拘束され、この部屋で謹慎を命じられていた。

室内は外から鍵をかけられ、部屋の窓を開けることは禁止されていた。

おれを監視するために、見張りがドアの向こうの廊下にたたずんでいる。

ついさっき食事を配給しに来たときに、警備を確認したが、腰に一つ、精度と安定性の悪い拳銃を掲げているだけだった。

しかも、たったの一人。

そして、おれのジュラルミンケースの中には、軍用ナイフが銀色の鈍い輝きを放っている。

なぜ没収されなかったのか。

それは、試験という名の、法月のゲームがまだ続いているからだ。

罪を犯したおれを、法月がまだ生かしているのが、何よりの証拠だ。

 

 

――なら、やってやろうじゃねえか。

おれはガスコンロの栓を開け、火をつけてからドア口に立って言った。

「ちょっと、すまないんだが、ここを開けてくれないか?」
「どうした?」
「なにやらガス臭い。ガスの栓が壊れたみたいなんだ」

しばしの間があった。

「確認する。両手を頭の後ろで組み、ドアから離れて待て」
「はい・・・」

言われたとおり、手を上げて、数歩下がる。

背の低い男が警戒しながらドアを開けて、室内に入ってきた。

銃口はしっかりとおれに向けている。

一歩踏み込めば、手が届くくらいの距離。

にもかかわらず、そいつは銃を持つ腕を伸ばしきっている。

「撃つなよ。爆発するぜ?」

新兵かな?

「・・・・・・」

そいつの目つきは細く、鈍かった。

視線が、灯台の光のように機械的に、キッチンでごうごうと音を立てて火を灯すガスコンロに向けられた。

それは、おれにとって十分な一瞬だった。

無防備な手首めがけて、素早い前蹴りを放った。

「・・・っ!?」

拳銃が男の手を離れ、空中に投げ出されたのを確認すると、もう一度、そいつの腹にヤクザキックをお見舞いした。

おれは拳銃を拾い上げ、痛みでつらそうな顔に銃口を向けた。

「あんた軍人じゃないな? 警察の人かな?
それにしては、悪人面なのが気になるが・・・?」

返事はない。

「まあいいけど・・・眠ってもらうよ」

 


・・・。

・・・・・・。

前髪を後ろに流して、奪った拳銃をカバンの中に入れて、外に出る準備を整えた。

部屋の脇で寒そうな格好で気絶している男の、身分証を拝見することにした。

・・・治安維持警察。

親父の内乱が終わって、少しはおとなしくなったと聞くが、いまだに影で暗躍しているらしい。

軍隊のように小銃を備えていないし、戦闘の訓練を積んでいるわけでもない。

けれど、現体制に反対する思想や言論を取り締まることを専門にした秘密警察だ。

こいつらに捕まったが最後、ケツの穴までこいつら色に染められちまうらしい。

そして、なにより厄介なのはとっつぁんの私兵だってことだ。

とっつぁんは、この民主主義とは相容れないはずの組織の局長だったはず。

現在は辞めているようだが、どんな形で癒着しているのか町の様子のおかしさからだいたい想像がつく。

特別高等人と治安維持警察は、【恐怖の両輪】とでもいうべき、民衆にとって最悪の組み合わせだ。

さち、灯花、夏咲、お姉ちゃん・・・みんな無事だろうか・・・。

・・・とっとと町を探ってみよう。
よからぬことが、計画されているに違いない。

 

 

 


・・・
ジュラルミンケースを持って、廊下に出た。

「・・・・・・」

見張りがいない?

・・・なめられているのか、それとも・・・。

軍用ナイフを腰に差し、寮の出口へ向かって廊下を進んでいく。

 

 


・・・
建物の影に隠れながら、寮の門に視線を向ける。

そろそろ秋に入ろうかというぼんやりとした陽射しの中、制服を着た男が二人、背筋を伸ばしてたたずんでいる。

二人とも腰に無線マイクを掲げていて、たまに、連絡を取っているようだった。

さて・・・どうするか。

・・・周囲をぐるりと見渡す。

背の低い木々の茂みが続いている道の先に、鉄柵が設置されている。

よじ登るのは簡単そうだった。

おれは、頭の中で動作を確認すると、腰を落として移動を開始した。
さすがにカバンを抱えたままの登はんは、注意が必要だったが、なんとか柵を越えて、寮の外に飛び出すことができた。

周囲に警察の姿はない。

よし、町の中心に行ってみるとするか。

 

 

 

・・・
・・・・・・

平日の商店街は、異様な空気に包まれていた。

店の入り口、道路わき、交差点の中央、いたるところに警察が配置され、道ゆく人々を威圧している。

おれの面は、おそらく割れているだろうから、目だった行動はできない。

スーパーの裏手で思案に暮れていると、背後に誰かが立つ気配があった。

 

 

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「・・・驚かさないでくださいよ」
「も、森田くん、髪型が違うからわからなかったわ」
「おでこを出すだけでも、だいぶ印象が変わるでしょ?」

京子さんはおどおどしながら、小声で話しかけてくる。

「いったい、なにがどうなってるの?」
「おれもわかりません」
「・・・今朝から、学園が急に休校になって」
「気づいたときには、田舎町に警察が溢れかえっていたと」

さすがに、とっつぁんの指揮は迅速だな。

「・・・警官に事情を聞いても、答える必要はないの一点張りで・・・」
「警官が集まっているのは、学園ですかね?」
「そうみたいね、閉鎖されているくらいだし」

・・・行ってみる価値はあるな。

「灯花は、無事ですか?」
「家にいるわよ。部屋から出ないように言ってあるわ」
「京子さんは、どうしてここに?」
「町の様子を確かめにね。それから森田くんを訪ねようと思っていたの」
「おれもついさっきまで、軽く軟禁されてたんです」
「えっ・・・じゃあ・・・」
「そうです、ちょいとお尋ね者です」

おれは周囲に気を張り巡らせながら、言った。

「気をつけてください。あいつらは、治安警察です。
綿密でしぶとくて噂話に敏感で、捕まったら最後、罪をでっち上げられて不当な拘留を受けることになります。
くれぐれも、目をつけられないように・・・」
「・・・も、森田くん、どこへ?」
「学園へ。京子さんも、あまりうろうろせずに、家に帰ってくださいね」

言って、学園へと足を向けた。

・・・それにしても、ジュラルミンケースが目立ちすぎるな。

どこかに保管しておきたいところだ。

町をうろつくにしても、拠点を確保したいな。

 

 

 


・・・
・・・・・・
隠れられそうな場所もなかったので、ゆっくりと学園のそばを素通りする素振りを見せながら、内部の様子を観察する。

「・・・ち」

校門の向こうに、うじゃうじゃいやがるな。

これだけの警官が出てくるって事は、おそらくなんらかの暴動を警戒してのことかと思うが・・・。

それにしては、盾にヘルメットを装備した正規の機動隊らしき姿がない。

・・・てことは、あまり公にはできない、とっつぁんの私兵だけで処理したくなるような、ダーティなイベントが開催されるんじゃなかろうか。

おれは門の周りをうつむき加減に歩きながら、頭を使う。

その辺の下っ端を捕まえて尋問しても、何も知らされていないだろう。

とっつぁんに会いたいところだが、正面からは、侵入できそうにないな。

・・・あまりこの場をうろついていると、不審に思われるだろう。

そのときだった。

 

・・・っ!

携帯電話が鳴った。

 

・・・バカか、おれは!?

どうして電源を切っておかなかったのか。

カバンの中で、携帯電話が鳴っている。

すぐそばを歩いていた警官が、おれに注意を向けた。

おれは、気づかないふりをして、その場を歩き去ろうとするが、無駄だった。


「おい、待て」

背後から呼び止められる形になった。

「ここで何をしている?」

こいつらに食いつかれたら、最後だ。

「・・・・・・」

呼吸を整えつつ、立ち止まる。

「そのジュラルミンケース、調べさせてもらおう」

男の声が、獲物を捕らえて、少し緩んだ。

その瞬間、地面を蹴った。

「なっ、待て!」

携帯電話が鳴り止んだとき、背後で、男が仲間を呼び集める叫び声が聞こえた。

 

 

 


・・・
・・・・・・

一直線に、路上を駆け抜ける。

背後から迫り来る無数の足音。

「止まらんと、撃つぞ!」

物騒にもほどがあるな。


――――ッ!!!!


「うおっ・・・!?」

冗談じゃない!
後続との距離はとても拳銃の射程距離じゃない。

流れ弾が、通行人に当たったらどうするんだ?

人の多い場所は避けよう。

 

 


・・・
・・・・・・

「はあっ・・・ここまでくれば、もう安心か・・・」

日が傾き、収穫を間近に控えた水田がきらめいている。

それにしても、あのタイミングで電話をかけてくるなんて、さすがとっつぁんだな。

・・・まあ、偶然だろうが、全てがとっつぁんの術中にあるような気がしてくるな。

 


「いたぞ! 森田賢一だ!」


――――ッ!!!!


し、しつけえぞ!

 

 

 


・・・
・・・・・・

「はあっ・・・なんて、ねちっこいやつらなんだ・・・!」

もうかれこれ、五時間くらい鬼ごっこが続いている。

民家の影に隠れていても、川辺の岩陰に潜んでいても、すぐに発見されてしまった。

治安警察の組織力を甘く見ていたのかもしれない。

法月将臣が育て上げた組織だぞ。

おれは、ふっと、嫌な光景を思い出した。

三年ほど前、法月が治安警察の指揮顧問をしていたころ、おれは少しだけ、現場を覗かせてもらったことがある。

 

 

―――「獲物は決して逃がすな。何があっても、喰らいつけ」

―――「し、しかし、どこをどう探しても見当たらない場合も・・・!ひぃっ・・・!」

―――「地球は、丸いのだ」

 


・・・。


・・・あのセリフはギャグじゃなかったんだな。

本気で、地の果てまででも迫ってくるんじゃないだろうか。

この町にいる限り、どこにいたって見つかっちまうんじゃないか。

焦燥感が汗となって、背筋を伝う。

「くそ・・・どうするかな・・・!」

野山はすっかり暗くなり、不気味なくらい静まり返っている。

逆に、この暗闇を利用すれば、一度に五人くらいは相手にできるかもしれない。

しかし、戦って相手を倒したところで、状況がよくなるわけでもないし・・・。

洞窟にでも逃げ込むとしようか。

 

――ッ!


もう、おいでなすったか。

無数のライトが、木々の向こうでぼんやりと揺れている。

ここが見つかるのも時間の問題だ。

ゆっくりと草木に紛れて移動するとしよう。

 

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「っ!?」
「森田くん、こっちだ・・・」

磯野は息を潜め、あごで行き先を促した。

「・・・・・・」
「僕の家に案内しよう」

聞きたいことは山ほどあったが、いまは神妙にうなずいておいた。

 

 

 

 

・・・
・・・・・・

ライトも灯さず、山を登っていく。

慣れた道なのか、磯野の足の運びには無駄がない。

「よし、もうすぐでなつかしい我が家だぞ?」
「我が家・・・?」

おれの家は、内乱の鎮圧部隊が火を放ったはずだが?

そんな疑問に答えるように、磯野が言った。

「僕が、建て直したんだ」
「えっ・・・?」

磯野が指差した方向を見ると、岩と岩の合間に小屋がひっそりとたたずんでいた。

「あれか・・・?」
「住居の申請はもちろん出してないし、隠れ家にはうってつけだよ」
「あそこに、住んでいるのか?」
「君の帰りを待っていたんだよ。
帰ってきて、家がないってのも寂しいだろう?」

ふふっと、磯野は七年前と同じようにニヒルな笑みを浮かべた。

「家に入る前に、夏咲ちゃんと何があったのか、話してくれるんだろうね」
「・・・わかった」

おれは、夏咲を抱きしめたこと、夏咲が法月に捕らえられたことを話した。

 

・・・・・・。

・・・。

 

 

そこは、本当に、おれの家だった。

小汚い畳に、色の褪せた障子、薄暗い蛍光灯・・・。
なにもかもが、七年前と同じように見える。

 

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「電力は発電機を使ってる。お風呂もあるよ?」
「この部屋は、ほとんどお前が作ったのか?」
「さちさんに、それとなく手伝ってもらったこともあるけどね」
「すごいな・・・」

「おかえり、ケン」
「・・・・・・」

おれはため息をついて、観念したように口を開いた。

「いつから、気づいてた?」
「出会ったときからかな」
「嘘つくなよ」
「いくら顔つきや性格が変わったって、僕の目はごまかせないよ?
君はかまをかけられると、ちょっと考え込む癖があるみたいだな。
人を騙してばかりいる人間に限って、自分がかまをかけられると弱いんだよね」

どうやら、本当らしい。

「作家先生の観察眼からは逃れられなかった・・・ってとこか?」

ふっと部屋を見渡すと、分厚い辞書が何冊も積み上げられていた。

その脇に、原稿用紙が無数に散乱している。

「・・・童話じゃないな?」
「国体論さ・・・だから、僕はいつまでたっても世間に認められないんだよね」

書きかけの原稿用紙を一枚手にとって読んで見る。

「・・・ユートピア? おいおい、やっぱメルヘンじゃねえか」
「仮想民主主義と呼んでくれ。時代を革新する理想の政治体制だよ」
「ご高説はいいぞ。おれはそういうのに興味がない」
「残念だな。君を同志に任命しようと思っていたのに」
「いくら政治の形が変わっても、人が変わらなきゃ、けっきょく社会は廃れていくもんだよ」
「一般論で説教垂れるヤツは嫌いだよ」

くくっと、笑っていた。

「逃げ出さなかったんだな?」
「ん?」
「町が治安警察に占領されて、怖くなかったか?」
「・・・すまない」
「謝られても仕方がないんだが?」
「すまない・・・本当に・・・」

七年前の記憶が脳裏によみがえる。

「まさかケンが、特別高等人を目指してこの町に帰ってくるとはね」
「おれも、びっくりだ」
「そのまま特別高等人になっていたら、僕は間違いなく君を刺していただろうね。主に大動脈を」
「でも、おれは試験をドロップアウトした」

いや、法月の中では、まだ続いているのかもしれないが。

そのとき、磯野がおれをにらみつけた。

「勘違いするなよ。僕は君をまだ許してはいないんだ」
「・・・・・・」
「夏咲ちゃんは、許したのだろう? さちさんも、きっと許す。
だからこそ、僕だけは君を許さないんだ。
この理屈がわかるかな?」
「わからんでもない」
「さすが、親友」

みんなに許されたら、おれはきっとダメになってしまうのだろう。

「さて・・・協力してくれるんだろうな」

磯野は机の上に置いてあったパソコンの電源をつけた。

「三郎さんの残したメモリスティックをよこせ」

さちと洞窟に入って見つけた、親父の遺産。

「・・・別にかまわんが、パスワードがなければデータの閲覧はできないぞ?」
「パスワード?」

「ああ、親父が、お姉ちゃんにだけ預けたらしい」

磯野は眉をひそめる。

おれの背後で、ふっとお姉ちゃんのため息が漏れたような気がした。

お姉ちゃんを巻き込みたくはない。

「どんなデータだと思う?」
「わからないが・・・おそらく、政府を転覆させるような極秘情報だろうな」
「現状では役に立たないと?」
「とにかく、いまは夏咲を助けることが先決だ」
「夏咲ちゃんは、まだこの町にいるのかな?」
「勘だが、法月に捕らえられたままだと思う。
学園の地下に牢獄が作られていたくらいだからな」

磯野も同意したようにうなずいた。

「とっつぁんは、町に治安警察を集めて、何かよからぬことをするつもりみたいだ」
「・・・情報が足りないな」
「彼を知り、己を知れば百戦危うからずだろ?」
「僕のことを話せと言っているのかな?」
「よく、生きていたな?」

おれの声はいつの間にか震えていた。

「お、おれは、てっきり、お前は捕まってしまったんじゃないかと」
「捕まったよ。連座制でひどい義務を負わされるところだった。
でも、僕は、ほら、狂ってるだろ?」
「精神鑑定にひっかかったって・・・マジだったのか?」
「君も知っているだろうが、嘘発見器をごまかすのには、コツがあるんだよ。
あと、ちょっとだけお尻を売る勇気が必要だったけどね」
「・・・冗談じゃなかったのか」
「僕がハードゲイだってのは内緒だよ?」
「お前は京子さんに惚れてるんじゃなかったのか?」
「・・・京子さんか・・・無事かな・・・」

一瞬、磯野の目が優しくなった。

どうやら、本気で惚れているらしいな。

「七年前、僕は全てを失った。
親も死んだし、さちさんは夢をあきらめ、夏咲ちゃんは瞳から光を失った。
けれど、僕はあきらめなかった」
「・・・本気で、国家に対して反乱を考えているんだな?」
「いまはまだ、実行に移せないけどね。理論も弱いし、仲間もいない。
全てはこれからさ・・・」
「これから、か」
「さちさんは絵を描き始め、委員長とも絆が深まった。
なにより、君が帰ってきてくれた」
「お前は幾度となく、おれを助けてくれたな。
洞窟のときの装備もありがたかったし、京子さんを助けるときには自転車を貸してくれた。
やけにタイミングがよかったが?」
「君を監視していたからね」

昔から、頭のキレるヤツではあったがな・・・。

「前髪を伸ばしたのはさ、ちょっと傷があるからなんだよ」
「そっか・・・いろいろと理由があるんだな」
「口調も変わったろ? 昔は『俺』って言ってたよね?」
「それも意味が?」
「一人称を変えるとね、自分が別人になったような気がするんだ。
七年前の、為すすべもなく捕まった自分との決別ってヤツかな・・・」
「ひょっとして、卯月セピアってペンネームにも意味が?」
「いや、コレはただの趣味」
「こら」
「ふふふ・・・森田くんは面白いなあ・・・」

おれは軽く舌打ちをして言った。

「まあ、だいたいわかった。昔の話はもういい」
「そう、問題はこれからどうするかだ。
見させてもらおうか、樋口健がどれだけ強くなったのかを」

 

 

 

・・・
再び携帯電話が鳴り響いた。

かかってくるかと思って、電源はつけっぱなしにしておいたのだ。

磯野に目配せして、携帯電話を手に取った。

「森田です・・・」

電話の向こうの男は、いつも通り無駄口を一切たたかずに言った。

日向夏咲の安否が気にならんか?」
「おおいに・・・」
「お前の予想通り、かの牢獄に監禁している。
さて、どうして、義務を破った愚か者を強制収容所に送らないのか、不思議ではないか?」
「そうですね・・・。
ついでに、南雲えりさんは遅刻しただけでぶっ殺されたってのに、どうして夏咲を抱きしめたおれはまだ生かされているんですかね?」

法月は、低く笑った。

「いいぞ、森田。冴えている。お前にはまだまだ、試験を続ける資格があるようだな」

挑発されているようだが、こういうのは熱くなったほうが負けるもんだ。

「あんたは、おれと同じくSF小説マニアだ。
牢屋を作ったあんたが次に試してみるのは・・・」

最悪の予想は現実となった。

「死刑、だろうな」
「ただの死刑じゃないな?」
「なんのための、治安維持警察だと思う?」
「最低だよ、あんた」
「これはある種の実験なのだ。
効果ありと判断されれば、法改正もありえるぞ?」
「うるせえよ・・・いつだ?」

そうして、法月将臣は悪魔じみた発言を平気で口にするのだった。

「三日語、夜九時に、日向夏咲の公開処刑を行う」

激しい怒りに目まいを覚える。

「そんな無法が、許されるとでも?」

いくら法月が政界にまでパイプを広げているとはいえ、この現代において公開処刑などという野蛮な真似は、世論が許さないだろう。

「だから、この田舎町を選んだのだ」

・・・四方を険しい山脈に囲まれた過疎地。

「だから、日向夏咲と森田賢一を出会わせたのだ」

・・・義務を破るように、仕向けたってのか。

「わざわざ夏咲の監督を最後に回したのは・・・」
「そう、三ツ廣や大音とともに過ごす中で、お前の社会に対しての反意を膨らませるためだ」

やはり、全ては、計算づくか・・・。

「おれを、徹底的に屈服させるのが狙いだな?」
「それが、特別高等人の最終試験だ。
実力や地位や金を得た人間の天狗の鼻をへし折ることで、社会を代表する特別に高等な人間が完成するのだ。
お前の胸に金色のバッジがついたとき、お前はきっと気づく。
社会には、人のうねりには勝てないのだと。
世の中には、どうあがいても覆せない理があるのだと」

きっと、とっつぁんも、大切な人を失ったのだろうな。

だが・・・。

「忘れたのか?」
日向夏咲にもしものことがあったら―――か?」
「―――はったりじゃないぜ?」
「私を、越えられるか・・・実に、楽しみだ」

そうして、電話が切れた。

「・・・っ!」

携帯電話が壊れるほど、強く握り締める。

「森田くん、怒りで顔が青くなっているぞ。
ちょっと、一服して、落ち着いたらどうだ?」

おれは、何度も深呼吸をしてから磯野に法月との会話の内容を告げた。

 


・・・
パイプの先から伸びたケムリが室内に漂う。

「ふぅーっ・・・だいぶ落ち着いてきた・・・」
「それにしても・・・悪趣味極まりないね」
「確かに、義務を破った被更生人に、人権は保証されない。
それにしても、公開処刑だなんて・・・」
「死刑ってのは、人を切る考え方だからね。受刑者を更正する理念がない。
そういった意味で、義務を負わせて罪人を教育するこの国のシステムとは相容れないはずなんだが・・・」
「時代とともに法律は変わる。
お前が考えている政治体制も、インターネットの可能性を利用したものだろ?
夏咲を強制収容所にいれて、わずかな社会貢献をさせるよりも、大衆の前に見せしめとして晒した方が、犯罪の防止につながって、より社会的な意義があると踏んだのかもしれない」
「つまり、この国は時代に逆行し始めたと考えていいのかな?」
「・・・だな。はりつけ、さらし首の時代に向かおうとしている」

まだ、法月一人の考え方ならいいんだが。

「さて、気持ちを切り替えようじゃないか」

おれもうなずいて、パイプの火を消した。

「情報を整理しよう。戦争の基本だ」
「三日以内に、学園の地下牢に囚われている夏咲を救い出す」
「障害は?」
「法月の私兵である、治安維持警察だな。
武装は拳銃程度だが、統制された動きとねちっこさはさっき嫌というほど思い知った」
「規模は?」
「百人単位だな、二百か、三百か・・・。
学園の周りと人通りのある商店街に集中して配置されているようだがな」
「あとは、町の出口だろうな。
こんな野蛮な真似をしている以上、情報を外に漏らすわけにもいかないだろう」
「電話もインターネットも外には通じないか?」
「さっき試したけど、ダメだった。
町の電話局やネットの中継地点を押さえられているんだと思う」
「まあ、外に助けを求めても、三日以内に支援を受けられるとは思えないな」

ため息が出そうになるのを、ぐっとこらえた。

「障害はまだある」
「聞こう」
「治安警察の目をかいくぐって、首尾よく学園に侵入できたとしても、牢屋の扉を開けることができない」
「声門や網膜のチェックでもあるのか?」
「そこまで気合の入ったセキュリティじゃないけど、カードが必要なんだよ」
「一番手っ取り早いのは、法月将臣からカードを奪うことだろうな」
「・・・それは、難しいだろうな」
「びびってるのか?」
「違うよ・・・少なくとも一対一での戦闘になれば、若さと足の差でおれが勝つ」

・・・多分、な。

「ただ、とっつぁんは、IDカードを金庫に入れているらしいんだ。
金庫の番号をとっつぁんに問いただしても・・・」

ご丁寧に教えてくださったからな。

「・・・まあ、あの法月が尋問で口を割るとは考えられないな」

磯野は腕を組んで、言った。

「君はカードを持っていないのか?」

磯野はジュラルミンケースを指差す。

「レベルが足りない。
おれはあくまで候補生。特別高等人クラスが持つ、VIPカードがいるんだ」
「書き換えれるかも・・・」
「書き換える?」
「カードリーダーとライターはあるんだ」

そう言って、磯野は押し入れをごそごそと探す。

おれは少しだけ思案する。

「でも、結局は、データ改ざんのための情報がいるだろう?」
「そこは、ほら、三郎さんの残したメモリに期待するとしようじゃないか。
あの人も昔は特別高等人だったんだ」
「親父の情報は、少なくとも七年以上前のものだぞ?」
「それでも、ベースとなるプログラムや、暗号式なんかがわかれば、望みはある。
なにごともポジティブシンキングだよ」
「・・・お前は、どうあっても、メモリの中身を見たいらしいな」
「君はお姉さんを巻き込むのが嫌みたいだな」

おれは軽く咳払いをして、頭を振る。

「おれだけで、なんとかしてみせる」
「おいおい、僕も仲間に入れてくれよ」
「それは、ありがたいんだが、もし、おれの反逆が失敗に終わったら取り返しのつかないことになる」

磯野は鼻で笑った。

「・・・君は本当にリスク管理をするタイプだな。
だが、考えてもみろ、君の面は割れているんだろう?
町は法月の私兵でいっぱいだ。情報収集すらままならない」
「・・・わかったよ、おれのために死んでくれ」
「決断早っ! さすがだね・・・。
でもね、僕も実はついさっき捕まりそうになってね。
面が割れてるんだ」
「なんでだ?」
「治安警察が急に町にやってきただろ?
ヤツらが僕の前髪を引っ張るもんだから、ついつい得意のムーンサルトをお見舞いしてあげたんだよ」
「要するに、抵抗したわけだな。それで、あいつらに目をつけられたと」

ふふふっと、ニヒルな笑みを浮かべる磯野だった。

「さちさんや、委員長は無事だろうかね・・・」
「それも気になるな」
「学園に侵入するにしても、敵の配置をどう突破するのか、少なくとも一度は偵察に行かなきゃね・・・」
「情報が、足らない・・・」

 


「君のお姉さんだが・・・」
「ああ・・・」
「璃々子さんだから、璃々子様と呼んでいいだろうか?」
「好きにしろよ・・・」
「君のお姉さんだけに、ハードSだよね?」
「みたいだな・・・」
「軽く背中フェチ?」
「まあ、健の背中が大好きとか、いつかあんたが私の前を歩くのよとか言ってたな」
「ああ、僕もお姉さんの靴を舐めたい。
マスターベーションを発見されて、鞭を打たれたい。
そして僕もサド公爵のように・・・」

キモいなあ・・・。

「しかし、世界から存在を認められない義務なんて、初めて見たよ。
いや、見てないことにしなきゃいけないわけだけど・・・」
「話しかけても、もちろん触れてもダメだ。
強制収容所に送られるぞ?」
「文通もダメなのかな?」
「とにかく、コミュニケーションをとることが許されないんだ」
「まったく、無茶な話だよね。
やっぱり珍しいから最初会ったときはぎょっとするよね?」
「ああ、どいつもこいつも同じリアクションを取るよ」

そこで、軽く舌打ちした。

「お前のいいたいことはわかる。
特別高等人の人間に干渉されないお姉ちゃんなら、自由自在にこの町をうろつくことができる。
斥候にはうってつけだな。
けれど、まあ、あんたも知っての通り、おれはそんなことはさせたくないけどな・・・」
「その、あんたも知っての通りってのは、SF小説のハードボイルド編に登場する主人公の口癖だろう? 読者に話しかける文体ってヤツだ」
「ああ・・・気にするな。強制収容所に送られるぞ」
「優しいね、君は・・・お姉さんが寂しくならないように・・・」

 

磯野がニヤニヤしながら、軽口を叩こうとしたときだった。

背後で、深いため息があった。

そいつはやれやれ、と鼻で笑った後、おれの名を呼んだ。

目を合わせてしまった。

けれど、逸らそうとしても、決意に満ちた瞳がおれを捉えて離さない。

「あ、あんた・・・」

おれがずっとそう言って、ごまかしてきた少女。

 

 

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「病気ですか?」
「そうでもないよ」
「あっ・・・!」

気づいたようだ。

気づいて、気づかないフリをする。

どいつもこいつもその繰り返しだ。

・・・。

 

 

あのとき。

おれは山越えをして向日葵畑までたどり着いた。

そうして、州境から歩いてきたお姉ちゃんと合流したんだったな。

 

 

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「じゃあ、おれを入れて五人だな」
「五人って・・・」
「おれ、さち、大音、磯野・・・」

指を折っていく。

「もう一人って・・・!?」
「・・・・・・。夏咲だけど?」
「あ、そ、そう・・・そうだよね・・・日向さんね、ははっ」
「イヤなのか?」
「ううん。いいよっ」
「委員長は委員長なんだから、クラスのみんなと仲良くしなきゃダメだぞ」
「・・・う、うん。もちろん・・・ただ、ちょっと・・・」
「・・・・・・」

大音な何かを考えるように黙ってしまった。

・・・。

灯花のヤツ、お姉ちゃんに敏感に反応していたな。

お姉ちゃんは、恩赦祭には参加できなかったようだが・・・。

 


・・・。

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「あたしもさあ、実はさあ、なんだかんだでね・・・」
「うん?」
「この町ってすごい田舎じゃん」
「うん」
「いい男もあんまりいないわけで」
「・・・そうなのか?」
「だから・・・その・・・」
「うん?」
「いや、モリケンならもうオチわかるでしょ?」

ドアが鳴った。

「誰か来たかと思った」
「風だよ、風・・・」

 

 

・・・。

・・・・・・風じゃない。

お姉ちゃんは、きっとさちに気を利かせて部屋を出て行ったんだろうな。

 

 

・・・。

 

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「そこのあんたに決まってるだろう」

 

 

・・・磯野も、やりすぎだぜ。

 

 

・・・。

 

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「じゃあ、そのあんたサンのぶんまで、りんごを用意しておきましょうかね」


・・・お姉ちゃんは、灯花の家のソファでいつも偉そうに寝ていたっけ。

 

 

・・・向き合って、会話をしたかった。

線の細い身体に触れてあげたかった。

かっこうのいい名前を読んであげたかった。

だが、いつでも、目を逸らさなければならなかった。

 

極刑を受けた少女――――。

 

七年前と同じようなクールな笑みを浮かべて、璃々子お姉ちゃんは、言った。

 

 

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「――手を貸そうか?」

「な・・・あ・・・」

お姉ちゃんは、涼しげに、流れるような黒髪で手ですいた。

「ったく、あんたあんたうるさいっての」
「・・・・・・」
「なになに? 大変なことになってるみたいじゃないの?」

目を逸らせない。

お姉ちゃんが、目の前にいる。

背後にいることはあっても、滅多に視界には入らなかったお姉ちゃんが。

「なにぼーっとしてるのかな?
やっぱり、お姉ちゃんが大好きなのかしら?
このモテモテくんは、ホントにどうしようもないわね・・・」
「・・・・・・」
「健!」
「な、なに?」

不意にに呼びつけられて、つい返事をしてしまった。

「はい、これで私と会話しちゃったね。私も仲間に入れてくれるんでしょ?」
「・・・くっ」

お姉ちゃんは昔とまったく変わっていないようだった。

「会いたかったわ、健」
「おれも・・・」
「ずいぶんたくましくなったみたいね。お姉ちゃんびっくりしちゃったわ」

恥ずかしいな・・・。

「私がいっつもあなたをストークしてるもんだから、気を使ったでしょう?」
「まあ・・・独り言が本気で癖になっちまったからな」
「フフ・・・何度、その自称独り言の相手をしてあげようと思ったことか」
「ギリギリだったかな・・・?」
「たまに、私がとっつぁんに呼び出されることもあったわね。
おかげで恩赦祭には参加できなかったし」
「ごめん。この町に来て最初は、お姉ちゃんが気になって、ことあるごとに、あんたあんたと、話しかけまくってた時期だね・・・」
「洞窟にもついていきたかったなあ」
「ついてくるなって言ったでしょ?」

積もる話はたくさんある。

ありすぎて、お互いに、上手く会話がまとまらない。

都会を出てから、ずっとおれについてきたお姉ちゃんだが、必ずしもおれのそばにいたわけではない。

「これからは、ずっと一緒だよ」

そうして、おれは、お姉ちゃんと本当の意味で再会したのだった。

 

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「はじめまして・・・というべきかな、お姿は何度も拝見させていただいております。
ワタクシ、磯野一朗太と申しまして、ケンの親友でございます」

うやうやしく礼をした。

「お初ね。あなたとはどこか気が合いそうだと思っていたのよ」

なにやら、最悪のコンビが誕生した予感がする。

「お、お姉ちゃん、最近はどこに?」

夏咲と暮らしている間は、あまりおれのそばにいなかった。

「ああ、灯花ちゃんのお家にいることが多かったわね」
「灯花の?」
「勝手に上がらせてもらっていたけど、わたしの分のごはんも出してくれてたわ。
あなたもお寿司を残してくれたことがあったわね」
「そうか・・・灯花も、文句一つ言わずに・・・」
「知り合いなのよ。灯花ちゃんとはね。
だから、この町に来て再開したときは本当にびっくりしてたみたいね」
「知り合い?」
「私が大学に行っていたとき、下宿先の近くに住んでいたのよ。
そのころは、家庭がちょっと大変だったみたいね。よく遊んであげたわ」
「・・・そんなつながりがあったのか」

そこでお姉ちゃんが、指を鳴らした。

 

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「なんと、その灯花ちゃんがいま行方不明なのよ!」
「えっ?」
「さっちゃんも、治安警察に追われてるみたいなのよ!」

やけにテンション高いな・・・。

「追われてるって・・・どうしてわかるの?」
「さっき、町をぐるっと周って、情報を集めてきたのよ」
「さすがは姉上。その領域の良さ、ワタクシ、感服の極みでございます」
「そうでしょうそうでしょう?」
「それで、学園のほうはどうだったんでしょうか?」

「そうだ・・・夏咲は・・・?」
なっちゃんは、見たわよ」
「え? どうだった?」
「なんと、地下の牢屋に閉じ込められてるのよ!」
「あ、うん、それは知ってる。
そうじゃなくて、だいじょうぶそうだった?」
「裸だったわ」
「裸?」
「・・・の上に制服を・・・」
「着てんじゃねえかよ! なんで一回脱がしたんだ!?」
「その方が、こっちも燃えるかなって・・・ハア、ハア・・・」

身悶えていた。

「ほら、私って一般人からは見向きもされないでしょう?」
「だから、学園への侵入も容易だったんだな」
「でもね、一階の扉の先には進めなかったのよ」
「そうだよ、どうやって夏咲を見たんだ?」
「いや、見てないし。嘘だし」
「嘘かよ! お前姉貴じゃなかったらぶん殴ってるぞ!?」
「まあ、怖いわっ」

棒読みで返された。

「頼むよ、時間が惜しいんだ。あと三日だよ?」

お姉ちゃんは、さすがにうなずいた。

「でも、本当は見たのよ。偶然だろうけど、法月に連れられて地下から出てくるときの姿をね。
なにやら怪しげな会話をしていたわ」
「怪しげな会話・・・?」
「詳しく聞きたい?」
「ぜひ」

すると、お姉ちゃんは、再現してあげると、断って言った。

「ついさっきのことよ。
周囲の警察連中が、ぎょっとしては目を逸らす中、私は何食わぬ顔で、学園の一階を歩いていたの。
そしたら曲がり角から、聞こえてくるじゃない?」
「なにが?」
なっちゃんの抵抗する声と、コツ、コツっていう、とっつぁんの素敵なステッキの音が」

・・・ダジャレうぜえな。

「法月なら、私を認識して接触することができるわ。
この状況なら、さすがに捕まるだろうと思ってそっと物陰に隠れたの。
そして本当に驚いたわ。
わたしはもうギャーってなって、心臓が爆発して、髪の毛が逆立って、ダッシュで逃げたの。
でもちょうどお腹いたくなっちゃって、トイレに駆け込んで、『ふーっ、極楽っ』て・・・」

「ちょっと、お姉ちゃんの逃げっぷりはいいから、会話の内容を話せよ!
『ふーっ、極楽』とか一番いらねえシーンだろ!?」

「で、そこで僕が、お姉さんこっちだっ! って自転車で颯爽と現れて・・・!」

「急にしゃしゃりでてくんな!」

「で、私はトイレの窓を蹴破って・・・」

「しつこい!」

頭がおかしくなりそうだ。

「お前ら、真面目にやれ!」
「どうやらね、なっちゃんは体を測られてたみたいなのよ。
特に首周りを中心にね」
「・・・それは・・・いったい?」
「断頭台を作るのだ。
お前を恐怖と絶望のどん底に陥れてやるのだ・・・みたいなことを言ってた」
「とことんホラーだな」

「ギロチンか・・・あれはいいものだ」

「お前もとことんグロ好きだな?」

お姉ちゃんが、声を張り上げた。

「さっ、お遊びはこれまでよ。とっととメモリを渡しなさい」
「あ、ああ・・・」

ポケットから、手のひらサイズのメモリを出して、お姉ちゃんに手渡す。

「あなたがさっちゃんの部屋のパソコンに向かって、ぶつぶつ言ってたとき、何かなって思ってたんだけど・・・私の力がいるわけね」

磯野は手際よく、パソコンを立ち上げていた。

「中身のデータはどんなものだろう?」
「お父さん秘蔵のエロ画像じゃない?」
「ありえそうでムカつくな・・・」

「準備できましたよ?」
「あらあら? デスクトップの画像が京子さんの写真だなんて、なかなか一途じゃないの?」

舌で唇をなめながら、磯野の顔をのぞきこむように見た。

「・・・は、はは」

あの磯野をテレさせるとは、さすがお姉ちゃんだな。

お姉ちゃんがメモリをパソコンに差し込む。

「・・・あ、出た出た。パスワードを求められるわね」
「じゃあ、お願いね」

「つ、ついに・・・三郎さんの遺産が・・・」

磯野が喉を鳴らし、おれも思わず画面に向かって前のめりになった。

「じゃあ、磯野くん、私が言うとおりに打ち込んでくれる?」
「了解いたしました!」
「えっとね・・・。
・・・・・・・・・っ」

そうしてお姉ちゃんは、ありえない言葉を発した。

「忘れちゃった」

 


「は・・・?」

 


「ドンマイ、私っ!」

 


――いや、さすがにドンマイじゃすまねえだろ!?

 

 

 


・・・
・・・・・・

「うーん・・・なんだっけなあ、ニイタカヤマノボレだったかしら・・・」

お姉ちゃんは、それでも楽しそうにしていた。

もと特別高等人である、親父の残したデータ。

それを使えば、あるいはおれのIDカードを書き換え、牢獄へと続く扉を開けることができるかもしれない・・・という話だったが。

「お姉ちゃんなら、親父からパスワードを教えられたことはあるんでしょ?」
「私が、大学にいたときね、急に手紙が来たのよ。
中身はたったの一行・・・コレがお父さんの全てだ。
って言って、その下にパスワードが書いてあったのよねえ・・・なんのことかわからなくて、逆に印象に残っていたはずなんだけど・・・」
「その手紙は持ってないの?」
「私が捕まったときに、私物は全て焼却されたわ。
思い出の写真とか、思い出の写真とか、思い出の写真とか・・・」
「写真はあるよ」

ジュラルミンケースから、家族の集合写真を取り出す。

 

「・・・なつかしいわね」

一瞬、憂いを含んだ笑みを浮かべた。

・・・お姉ちゃんは、いままで本当に孤独だったのだ。

「・・・お姉ちゃん、いれずみ入れたんだね?」
「義務のバッジが気に入らなかったからね」
「・・・大変だった?」
「あなたもでしょう?」

おれたちは、じっと瞳を交し合う。

お互いに、振り返りたくない過去を生きてきたのだ。

「まあ、つもる昔話はあとにしませんか?」
「そうだな・・・夏咲だけじゃなくて、さちや灯花も行方不明だなんて」
「京子さんがテンパってたのよ。いきなり家に治安警察がやってきたから、慌てて灯花ちゃんを逃したみたいね」
「さちは?」
「さっちゃんも、きっと追われてるのよ。理由はわかる?」

おれは一息ついて、思い当たるふしを探す。

「・・・予防拘禁、か」

お姉ちゃんも、ビンゴとばかりに指を鳴らした。

「義務を解消されたばっかりの人に対して、再犯を防止する意味で、高等人は彼らを拘禁することができるのよね」
「さちや灯花を捕まえて、どうする気だろう」
「君を追い込むのが目的だろうね」
「牢獄に監禁して、ボロボロにする気じゃないかしら?」
「そうかもしれない、とっつぁんは、いつでも人の意志など脆弱だと言い張っていた。
精神は常に、身体という枠に捕らわれているのだと」

 

――――

『いまはいい。妹の前だ、かっこつけることができる。だが、時間を置いてじっくりと痛みつければ、どんな人間も身体に正直になる』
『ははっ・・・かもね。あきらめちゃうかもね。あたしってさぼりぐせあるから』
『その過程を、お前の愛する森田の成長のために、見せてやる気はないか?』

――――

 

・・・。

おれの成長のために、おれを完全に国家の犬にするために、法月は下準備を整えているのではないか。


「なら、まずは、さちと灯花、二人の救出を優先しよう」

二人とも、同意してくれた。

「・・・磯野は残れ」
「了解。僕はここに残って、君らをサポートすることにしようか」

おれはジュラルミンケースから、いろいろと使えそうなアイテムを取りだす。

 

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「磯野。これが、発信機だ・・・って、壊れてんな」
「クズが!」
「じゃあ、これが、盗聴に使う・・・って、使えない」
「クズが!」

「あ、私の下着だけが無事」

「このどエロ! 死ぬがいい!」

「面目ない・・・」

けっこう、カバンを持って走り回ったりしたからな。

「しかし、身分証のIDカードと思い出の写真だけは無事だったか。
良かったじゃないか」
「・・・なら、お前の役目は・・・」
「作戦を練っておくとしよう」
「なら、町で得た情報を全て話すわね」
「お願いします。特に学園周辺の状況と敵の警備配置を」

 

 


・・・・・・。

・・・。