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車輪の国、向日葵の少女【36】

 


・・・

 

そうして、いつの間にか、朝になっていた。

・・・三人とも、実は一睡もしていなかったのだ。

「よし、状況は理解した。
この大元帥、卯月セピアが夏咲ちゃん救出のための、絶妙の計を用意しておくとしよう」

・・・そんな顔芸つきで偉そうに言わなくても。

「任せたぜ」

磯野は昔から、おれたちの知恵袋だったんだよな。

「おれはこれから、さちと灯花を探し出してくる」

お姉ちゃんを危険に巻き込むわけにはいかないのだが・・・。

「もちろん、私も同行するわ」

・・・やっぱり、そう言うか。

「私は、治安警察ですら止めることができないわ。
私に触れること、私の声に反応すること、それはすなわち、極刑に違反することだから」
「でも、お姉ちゃん、知ってると思うけど・・・やりたい放題大暴れできるわけじゃないんだよ?」
「わかってるわ。
極刑を受けた者からの自衛や危険の回避だけは、許されているものね。
私が襲いかかってくると知れば、敵も容赦なく銃を向けてくるわ」

けれど、お姉ちゃんがいれば、敵の不意をつくことはできるだろう。

「・・・わかった。ありがとう」

拳銃と軍用ナイフを手に、我が家をあとにする。

「さぁて、行くわよ、健!」

 

 

 

外に出ると、まぶしい陽光に目を奪われた。

まるで、夏が、終わりを間近に控えて、最後の力を振り絞っているかのよう。

隣を歩くお姉ちゃんが言った。

「健、どうする?」
「とりあえず、町全体を見回るつもりで」
「とはいっても、あんまり時間は無いから、よく考えた方がいいよ」

そうだな・・・明後日には、夏咲の処刑が始まるのだ。

どこに行こうか。

「商店街にいこう」
「なるほど・・・人通りが多い場所にあえて隠れてるかもね」
「警備も他の場所に比べて厳しいだろうが、その分逃げ込めそうな場所も多い」
「時間が惜しいし、急ぎましょ」

 


・・・
・・・・・・
物陰から物陰を移動しつつ、おれたちは、慎重に辺りを見渡す。

お姉ちゃんは大丈夫だが、おれの顔は知れ渡っている。

「どうする? 私だけで行こっか?」
「心外だぜ。おれのことは一番分かってるだろ?」
「そうね。健は強くなった」

互いに頷きあって、散開した。

 


・・・
二時間ほどの探索を終え、集合地点に戻った。

お姉ちゃんは先に戻っていて、スーパーの壁に持たれかかっていた。

「こっちはダメね。手掛かりなし」
「おれもだ」

おれは商店街の住人に聞き込みを、お姉ちゃんは治安警察が多く警備している大通りや交差点を重点的に周った。

どちらとも手掛かりをつかめなかったということは、商店街にはいないということか。

 

天高く陽は昇り、正午を回ったことを知った。

肌を焼くような暑さは、動き回るおれたちの体力を容赦なく奪っていく。

「時間って、どうしようもなく長いと思ってたけど、そうでもないのね」
「過ぎてみればあっという間だった。よくある話さ」

額の汗をぬぐう。

「一秒でも早く二人を見つけて、保護しましょ」
「あぁ・・・次は田んぼに行こう」

 

 

 



・・・
「田んぼ?」
「確かに、隠れる場所は多くない。警官達に見つかりやすい場所だ」
「分かってるようだけど、ならどうして来たの?」
「おれたちは、ただ、目立つように歩いていればいいんだよ。
さちや灯花だって、周りを警戒してないはずがない。
だったら、おれの姿を見つけてくれるかもな」
「そうか。こんなに見晴らしがいい場所にいるものね」
「もちろん、厄介な連中に見つかる可能性も高くなるけど」
「そうなったら、ダッシュで逃げるって?」
「そういうこと。お姉ちゃんも足は速いでしょ?」
「なかなか冴えてるじゃない、健」

そう言って、手をつないできた。

 

 

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「え?」
「暖かいわね。久しぶりに誰かに触ったような気がするわ」
「・・・お姉ちゃん」
「いま、隣にいるんだね」
「昔は前に、ちょっと前までは後ろにいたのにね」
「ずっと、一緒だよ・・・フフ・・・」

 


・・・・・・。

・・・。


一通り田んぼを歩いてみたが、さちや灯花の発見はできなかった。

・・・ここじゃなかったか。

 

 

・・・。

あまり、もたもたしてると日が暮れちまうな。

「・・・次は崖に行こう」

 

 

 

 


・・・
・・・・・・
崖は静まり返っていて、人の気配はまるで感じられない。

「さすがに、ここにはいないね」
「悪い。無駄足になったみたいだ」
「気にしないで、可能性がなかったわけじゃないんだから」

 

・・・
「学園寮はどうだ?」
「真っ先に治安警察が向かったはずよ? さっちゃんがまだいるとは思えないけど」
「でも、手掛かりは残ってるかも知れない。
あいつだって、治安警察に追われることになったのは不慮の出来事だったはずだ」
「・・・必要な物を取りに戻るってこと?」
「そういうこと」

 

 


・・・
・・・・・・


・・・寮の中を偵察していたお姉ちゃんが戻ってきた。

「今、治安警察の姿はないわね」
「よし、さちの部屋に行ってみよう」

 

・・・
鍵はかかっていない。

「入るぞ」

念のため一声かけておく。


当然のようにさちの姿はない。

「とりあえず、一通り見てみよう」
「そうだな」

出来る限りさちの私物を踏まないように、おれたちも手掛かりを探す。

だが、かき分ければかき分けるほど、貴重なものを奥へ押し込んでいるような気がした。

「これじゃあ、なにも発見できそうにない・・・」

さちがメモか何かを残してくれてると期待したんだが。

万一、それを治安警察が見つけていたらと思うと・・・ぞっとする。

「なにもなさそうね・・・ん?・・・・・・」
「お姉ちゃん、これ以上ここに残っても時間の無駄だ。
他の場所に行こう」
「・・・・・・」
「どうしたの? なにか気になることでも?」
「・・・なるほど。なんとなく全体像が見えたわよ」
「・・・待ってくれ。分かるように説明してくれ」
「健、さっちゃんは一度ここに戻ってる」
「根拠は?」

お姉ちゃんが、にっと笑った。

「さっちゃんは・・・ここからある物を持ち去ったのよ」
「ある物?」

はっとして息を呑んだ。

おれは慌てて室内を見渡し、この部屋に無ければならない物を探す。

「・・・ない」

お姉ちゃんが頷く。

「さっちゃんはここに立ち寄った。そして、イーゼルやスツールを持ち出した」

間違いない。

さちは、自分の画材道具を持ち出したのだ。

寮なんかは特に危険だっていうのに・・・全く、さちのヤツ大した根性してるぜ。

「・・・けれど、アレがまだ、部屋に残ってるわ」
「アレ?」

お姉ちゃんの指す方に視線をやった。

デスクの下に転がっている、いくつかの小物類。

「なるほど」

おれは散乱した物の中から、絵筆一式を拾い上げる。

「さちのヤツ、慌ててたのか・・・」
「ここにも治安警察は来ているから、鉢合わせになったのかもしれないわね」
「絵筆もなしに・・・いったいどこへ・・・?」
「もちろん、絵を描きに行ったんでしょうね」
「だから、筆がないんだって」
「すると・・・絵筆は買ったのかもしれないわね」
「買うって・・・まさか、町の商店街で?」
「わからないけどね。もう一度絵筆を取りに、ここに戻ってくるかもしれないわよ?」

・・・それにしても、お姉ちゃんと同行してよかったな。

「お姉ちゃん、ずいぶん頭が回るじゃない?」

なんだかうれしくなった。

「ううん、本来の健なら気付いていたはずよ。
さっちゃんの身を案じて、どうしても集中力が散乱してるんだと思う」

つまり・・・。

「まだまだ修行が足りないってことかね?」
「フフ、そういうことにしておこうかな。
じゃあ、行こっか」

おれはいま、お姉ちゃんと肩を並べることができるのだ。

いつもおれの前にいた、お姉ちゃんと。

 

 

 


・・・
・・・・・・

 

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「よし、いいよ・・・」

合図と同時に、おれは走った。

目標の文房具店が閉まっていたので、おれはシャッターを叩く。

こんな大通りにいては、ヤツらに見つかるのも時間の問題だ。

「急いでるんだよ、開けてくれ・・・!」

すると、不機嫌そうな返事の後、おじいさんが出てきた。

「まったく、またか・・・」

やれやれとため息をつく。

「それで、なにがいるんじゃ? あのお嬢ちゃんとおなじもんでええか?」
「お嬢ちゃん・・・さちのことか!?」
「名前までは知らんが・・・学園でどうしても必要なんじゃと頼み込まれてのぉ。
店を開けとっても客は来んのに、店を閉めたらこれじゃ。
追い返すのも可哀想じゃじ、売ってやったんじゃ」
「その子、元気系でした? ポニーテールでした?
む、胸が大きかった?」
「元気な子じゃったのぉ・・・」
「どこに行くって?」
「向日葵を描きにいくとか・・・治安警察がウロウロしとるから、あまり出歩かんほうがええとは教えたんじゃが・・・」
「ありがとう!」

 

 

 

・・・
お姉ちゃんのもとに駆け戻った。

「ある意味予想通りだったが、向日葵畑だ」
「そうね・・・さっちゃんは向日葵を描きたいのよね」
「ああ、一度、描き損ねたからな・・・」

まな・・・無事だろうか。

おれたちは、向日葵畑に走る。

夕方の向日葵畑。

黄金色にもえる向日葵達は、昼間とは違った、幻想的な美しさで世界を描いていた。

そこに、警官に囲まれるさちがいた。

「三人か・・・どうする?」
「とにかく、向日葵畑を利用しよう。
これ以上うかつには近づけない」
「そうね」

おれたちは、生い茂る向日葵に身を潜め、静かに接近する。

 

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大きい葉の間から、さちの描いている絵が見えた。

「・・・なかなか激しい絵ね」

お姉ちゃんが、おれの真後ろでぼそりとつぶやいた。

それは、さちのタッチではない、リアルな画風だった。

燃え盛る炎は天を焦がし、吹き荒れる風が、向日葵畑を焼け野原に変える。

地面にうずくまって、悲痛の表情を浮かべる群衆からは、怨嗟の叫び声が聞こえてきそうだ。

小銃を構えた毛むくじゃらの怪物が、人々を追いたて、笑っている。

 

・・・
「三ツ廣さちだな?」

野蛮そうな男が一人、下卑た笑みを浮かべて近づいてく。

「・・・・・・」
「な、なんだこの絵は!?」

男も絵の壮絶さに、ぎょっとさせられたらしい。

「・・・・・・」
「ず、ずいぶんと反社会的な絵ではないか・・・!」

声に、怒気が混じった。

「・・・・・・」

けれどさちは、少しも驚いた様子がなく、一心不乱に絵を描き続けている。

「おい、この絵を描いたのは貴様だな!?」

その瞬間、さちがすっくと立ち上がった。

筆をゆっくりと置き、振り返ったさちの瞳は怒りで満ち溢れていた。

 

 

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「いいや、あんたたちでしょ?」
「・・・なっ!?」

 


「・・・って、言ってみたかったんだよねーーっ!」

突如、場違いに元気な叫び声。

・・・ピカソか。

「愚弄しおって!」

腕をつかんだ。

「くっ・・・」

飛び出そうとするおれを、お姉ちゃんが制止する。

「もう少し、こっちに近づくまで待とう」
「・・・ああ」

でも、万一のことがあれば、おれは飛び出す。

おれの考えを読み取ったのか、お姉ちゃんが力強く頷いてくれた。

「危険な思いしてさ、夜中に寮に忍び込んで画材道具運び出して・・・朝には買い物だよ?
警官に見つかりかけたときは、マジびびったね。
なんでそんな危ないことしたんだと思う?」
「我々には関係のないことだ」
「ふ、ふふ・・・関係ない?」

掴まれた腕を、強引に振り払った。

「本当に関係ないと思ってんの?」
「ええい、大人しくしろ!」

三人がかりで、さちを押さえつけた。

そして、引きずるように連行する。

おれはいつでも飛び出せるように、体勢を整える。

「こんなに綺麗な向日葵を、全部なくしちゃうのはいやじゃん?」
「なに?」
「絵にしか残しておけないからだよ、この向日葵畑。
あの内乱のときみたいに、あんたらみたいな暴力的な連中に全てを燃やされたら、かなわないでしょうっ!」
「・・・なんだと!?」
「だから・・・あたしは向日葵を絵にして残す!
この場所には、確かに向日葵があったんだって!
焼くなら焼きなよ! その代わり、ここの向日葵はなくならないからっ!
あたしは、何度でも絵を描いて、この向日葵畑を守るからっ!
――まなの、思い出と一緒に!!」

「ごちゃごちゃとっ!」

さちに向かって、振り上げられた野蛮な腕。

さちは目を逸らさなかった。

「さっちゃん、よく言ったわ!」

その瞬間、男たちの視線が、お姉ちゃんに注がれた。

「・・・っ!」

おれは、その一瞬を逃さなかった。

 

 

・・・
「強いわね、さすがっ!」

地べたにうずくまる男たちを見下ろしながら、おれとお姉ちゃんは、軽くタッチをかわした。

「さち、大丈夫か?」

さちは、呆然とおれを見ていた。

 

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「う・・・うん。でも、えっと・・・。
け・・・賢一・・・そ、その・・・」

揺れ動く視線が、どうしてもお姉ちゃんにいってしまうようだ。

「心配するな、話しても平気だよ。もう関係ない」
「初めまして、かな?」
「初めましてっていうか、ずっと気になってたんだけど、ツッコめなかったんだよね・・・」
「やっぱり、極刑を受けた人と話すのは恐い?」
「そんなことは・・・け、賢一も話すんだよね?」
「ああ。普通にな」
「じゃあ、あたしも大丈夫っ」
「私たちは、あなたを助けに来たの。いい隠れ家があるから、案内してあげる」
「・・・なんかよくわかんないけど、ありがとっ!」
「まったく、無茶しやがって

おれはさちが描いていた絵を手に取った。

「あはっ、あたしすごい?」
「バカ、怒ってるんだ。
ここを燃やされたくない気持ちはわかるけど・・・自分の身をもう少し大切にしろ」
「なになに、あたしを心配してくれてんの!?」
「嬉しそうな顔をするなよ」
「えへへへ・・・」
「わ、わかればいいんだよ、わかれば」

「顔赤いわよ。のぼせちゃって・・・」

「くっ・・・とにかく、さちを連れて一度戻ろう」
イーゼルとかは?」
「さすがに持っては移動できない。向日葵畑に隠しておくしかないな」
「この絵だけはもっていってもいい?」

おれは当然のように、うなずいた。


「走るよっ!」

 

 

 

・・・
・・・・・・

日が落ちるのも早くなったな。

「どこまで行くの?」
「もうすぐだ」

さちの運動神経はさすがにいい・・・しっかりとおれたちについてきている。

「あのさぁ、ずっと聞きたかったんだけど」

お姉ちゃんに話しかけるさち。

「なに?」
「いっつも賢一の後ろについて歩いてたみたいだけど、なんで?
賢一も話しちゃいけなかったんだよね?」
「健も、まだ身分的には特別高等人候補生だからね」

「・・・・・・」

「なら、なんで?」
「うーん・・・」

少しの逡巡のあと、口を開く。

「私の名前はね、璃々子って言うの」
「・・・えっ!?」

さすがに驚いた。

「な、なんで、ケンのお姉さん!?」
「そういうこと」
「い、生きてたんだ・・・」
「極刑を受けた人間でも、生きてるって言えるのならね」
「じゃ、じゃあケンも生きてるの!?」

そういえば、さちにはおれの正体を明かしてないんだったな。

お姉ちゃんは首を横に振った。

「それは、私にはわからない・・・」
「でも、よかった・・・お姉ちゃん、生きてたんだねっ!」
「フフ・・・元気ハツラツねっ」

お姉ちゃんがおれをみて笑っていた。

自分のことは自分で話しなさいと。

「・・・ごもっとも」

隠れ家が見えてきた。

 

 

 

・・・
「ああ、そっか。磯野くんの家かーっ。確かにここなら見つからないね」

・・・そういえば、さちも家作りの手伝いをしたことがあったらしいな。

「性格どおりへんなとこに住んでるよねぇ」

 

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「呼んだ?」

「うわっ! いきなり出てこないでよ!」
「外から気配を感じたので、様子を見にきました」

「出迎えご苦労」
「ははっ!
ふふ・・・外は、冷えたろう? 早くお入り。温かい味噌汁を用意してるよ」
「麦茶がいい。今夏だし、汗だくだくだし」

ぶんぶんと腕を回している。

「でもなんか、磯野くん見たらほっとしたぁ・・・リアルに緊張感と無縁だよねぇ」
「癒し系ですから」

「癒し系ではないな」

「あ・・・っと」

ふらふら揺れて、すてんと座り込むさち。

「座るのは家に入ってからにしろよ」
「無理みたい。安心したら、腰が抜けちゃった」

おいおい、嘘だろ?

「けんいちぃ、おんぶしてぇ」

そんな目で見るなよ・・・。

「し、仕方ないな・・・」

「健、顔が赤いわよ?」

「暗がりでよく見えないくせに、テキトーなことを言わないでくれ」

さちを背負って、家の中へ。

背中にあたる胸の弾力が気になっていたことは、もちろん内緒である。

 

 


・・・
さちを部屋に上げて、一息ついた。

「じゃあ、灯花は見つかってないんだ?」
「当然助けに行く」
「みんな大切な仲間だからね」
「おれのセリフを先に言うなよ」
「そんなことより、樋口くん・・・」

磯野がおれをにらみつけた。

「へ? 樋口くん?」
「・・・・・・」
「君は、さちさんに言うことがあるだろう?」


「・・・お手柔らかにね」


「なに? なんなの? もしかして、あたしだけが知らない超えぐいストーリーが語られるの?」

おれはさちの目を見据えた。

「おれは、樋口健だ」
「えっ・・・」
「いろいろあった。顔つきも性格も変わった。
けれど、おれは、昔この町からみんなを見捨てて逃げ出した樋口健なんだ」

「・・・そ、そんな・・・マジで?」

「さちさんも、うっすらと気づいていたんじゃないか?」
「い、いや・・・もしかしたら、とか思ったことはあるけど、あんまり深く考えたことはなかったし・・・」

「ごめんね、不出来な弟で」

「すまなかった」
「ちょ、ちょっと・・・」

さすがのさちも、驚きを隠せないようだ。

「えぇ・・・やっぱかぁ・・・やっぱ、そうなんだ・・・」
「さち・・・」
「・・・まあ、確かに、ちょっと匂いが似てたなって思ってたけど・・・はあ・・・」
「いままで黙ってて、悪かった」
「・・・・・・」

じっと、おれを見つめてくる。

口をへの字にして、むーっと吐息を鼻から漏らす。

「・・・まあ、好きになっちゃったら、しょうがないよね・・・」

「許してあげるのかな?」

「許すとか許さないとかじゃないよ。
あたしだって、ギャンブルしたり、まなの面倒も見きれなかったりと・・・散々やらかしたからね・・・。
ケンのことを、どうこういう資格なんてないよ」

「そうか・・・さちさんも、本当に成長したな」

自己中心的だったさちが、自分を省みている。

 

 

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「おかえり・・・で、いいのかな?」

笑ってくれた。

「・・・さち、ありがとう」

胸の中でうずいていた罪の意識が、少しだけ薄らいだような気がした。

「健、わかってると思うけど・・・ちゃんと、借りは返すのよ?」
「ああ、お前はおれが守る」

「クサっ!」

「うむ。確かにいまのはクサいな。まるで空気が読めていない」
「そうだよ、守るじゃなくて、あたしと結婚するって言わなきゃ!」

 

そうして、何事もなかったかのように、元気に笑うさちだった。


・・・・・・。

・・・。

 

 

 

 

・・・
時刻はとっくに深夜を回っている。

さちは、よほど疲れていたのか、ふと目を離したすきに寝息を立てていた。


「姉上、パスワードを思い出せませんかね?」
「イマイチ」
「そこをなんとか」
「作戦に必要みたいね?」
「どうしても、IDカードを書き換えなければ上手くいきそうにないんです」
「法月を捕まえて、私の超絶テクニックで拷問にかけて、IDカードを奪うっていうのはどうかしら?」
「ヤツはきっと、どSですから、いまひとつ、効果が薄いかもしれませんね」

「ふふ・・・」

この国で、あの法月将臣を馬鹿にできるのは、おれたちくらいのもんだろう。

「健、慢心してない?」
「え?」
「いや、ふとそう思っただけ」
「だいじょうぶだよ。おれだって、法月の恐ろしさは身にしみているから」

そう言って、戸口に立った。

「じゃあ、灯花を探してくる。みんなは休んでてくれ」

「よしたほうがいいな」

磯野がぴしっと、指を突きつけてきた。

「さっき、ちょっと山を見て周ったとき、治安警察がうじゃうじゃいたんだ。もう少し、様子を見たほうがいい」
「磯野くんに賛成するわ。健だって、今日一日中走り回って、疲れているでしょう?」
「おれは、三日三晩寝ずに、ジャングルを歩き回ったことがある」

そこで、ふと冷静になる。

「・・・だからこそ、よしておくとしようか」

夜中に駆けずり回るのは、目立ちすぎる。

いまは体力を温存し、日が昇ってすぐに捜索を開始した方が、はるかに効率がよさそうだ。

「よし、寝るぞ!」
「明日で灯花ちゃんを助け、明後日でなっちゃんを救う。
これで完璧ね」

 

 

・・・
おれとお姉ちゃんは同時に床に寝転んだ。

なつかしい畳の匂いがする。

「・・・おやすみ、お姉ちゃんっ」
「・・・おやすみっ」

間近で見るお姉ちゃんの顔は、七年前とは少しだけ違って見えた。

・・・なにがどう違うのかはわからなかった。

そして、夏咲やさちや灯花の顔が、突然脳裏をよぎったのも、おれにはよくわからなかった。

「・・・好きよ、健・・・」

・・・それは、寝言だったのか・・・やはり、わからなかった。

・・・・・・。

・・・。

 

 

 

 

・・・
「よーし、今日もびりっとがんばるぞーっ!」
「というわけで、さち、お前は留守番だ」
「え? なんで? あたしもついていくよっ!」

「さちさんには、やってもらうことがあるんだ。
君にしかできない、最高の仕事がね」
「さちは任せたぞ、磯野」

「さっちゃん、がんばってね」
「え? え? え?」

きょどきょどするさちを置いて、おれたちは夜明けの空の下に繰り出していた。

 

 

・・・
商店街は昨日にも増して、制服組の姿に溢れかえっていた。

「予想以上にすごいことになってるな」
「昨日、ちょっと暴れたからじゃない?」
「殺してはいないんだけどな・・・」
「昨日の二倍以上の警戒と考えていいわね」
「とっつぁんのお怒りを、買っちまったようだね」
「警備がきつい理由はそれだけじゃなさそうね・・・」
「え?」

すっと、お姉ちゃんが道路に落ちていたチラシを拾い上げる。


――明日、夜九時に、罪人の公開処刑を行う。
町民は必ず参列し、国家の法を破った愚か者の末路を目に焼き付けよ。


「・・・・・・」
「・・・健、落ち着いて。少し、一服する?」
「一服?」
「うん、クスリ・・・」
「ああ、平気だよ・・・」


おれは大きく深呼吸して気持ちを整えた。


「どうしようかしら?」

しかし、灯花がこんな警戒の厳しい場所にいるとは考えにくいな。

「他の場所に行こう」
「そうね」

 

 

・・・
「・・・うーん・・・」
「・・・どうしたの?」
「パスワードだけど、灯花ちゃんに話したような記憶があるのよ・・・」
「え? 本当? だったら、なおさら灯花を早く見つけなきゃ」

・・・どこに行くかな。

山道に行ってみるか・・・。

 

 

・・・
・・・・・・

うっそうと茂る木々の間に、おれたちは気を配る。

灯花が隠れているかも知れないからだ。

「無事でいろよ・・・」

そう願わずにはいられない。

「きっと大丈夫よ。あの子は強いわ」

おれはうなずいて、森林に目を凝らす。

灯花、どこにいるんだ。

 


さて・・・昼を過ぎて、だいぶ時間がたったな。

「急ぎましょう」
「向日葵畑に行こう」

 

 

 

・・・
・・・・・・

「灯花ちゃーん!」
「灯花ー、返事しろーっ!」

おれたちは周囲を見渡しながら、灯花を呼び続ける。
だが、秋を控えた風の音だけが返ってくる。

「ここでもないってこと?」
「さちもここにいたし・・・もしやとは思ったんだけどな」
「私もこの辺りだとにらんでたけど・・・」

その後も、周囲を探してみたが、灯花の姿は見つけられなかった。

 

 


・・・
「さあて、待っててね、灯花ちゃん。またいぢめてあげるわ・・・ハア、ハア・・・」

・・・過去にどんなやりとりがあったのやら・・・。

「灯花の家に行こう」

 


・・・
・・・・・・

灯花の家に近づくと、なにやら言い争いの声が聞こえた。

おれたちは、物陰に身を潜める。

 

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「何度も言ってるでしょう? 灯花はいません」
「なら、自宅に入れさせてもらってもいいでしょう?」
「ついさっきも、あなたがたは勝手に家に上がりこんだじゃないですか。
あなたたちは探すだけ、散らかすだけでいいかもしれませんけど、私は片付けもしなくてはいけないんですよ?」
「しかしですねぇ・・・」
「とにかく、家にはいません。飛び出していったきりなんです。
お引取り下さい」
「・・・また、後ほどお伺いしますよ。何度でもね」
「っ・・・」


警官たちが離れたのを見計らって、おれたちは京子さんに近づいた。


「やあ、どうもどうも」
「も、森田くん!?」
「すごい剣幕でしたねぇ。治安警察と言えど、京子さんには勝てませんでしたか」
「あ、あなた・・・こんなところをウロウロしてて平気なの?」
「おっと、詳しい話はまた今度。あんまり時間がないんでね。灯花は?」
「おとといの夜だったかしら、急に治安警察が家にやってきて、灯花をこっそり窓から逃したのよ・・・」
「それ以来、帰ってきてないんですか?」
「ええ・・・わ、私、いったいどうしたら・・・」

細い身体が、娘を案じて震えている。

「お、お願い、森田くん。助けて・・・!」
「任せてください。おれたちなら楽勝です」
「おれたち?」
「ほら、ここにいるじゃないですか」

「・・・・・・」
「えっ・・・!」
「・・・ふふ」
「・・・・・・」

「空耳ってことにしておいてください」

驚いた京子さんを置いて、おれたちは元の道を戻る。

とにかく、急いで灯花を戻さないとな。

もう一度、商店街に行ってみるか。

 


・・・
・・・・・・

時間をずらしてやってきたが、警戒に緩みは見つけられない。

「話にならないわ。まったく、どこにも行けないわね」
「これ以上、ここを探索しても無意味だろうな」

おれたちは商店街を後にし、山道へ向かった。

 

 

 


・・・
・・・・・・
おれたちはもう一度、山の中を歩いていた。

声を上げながら、灯花の姿を捜す。

「いないわね・・・やっぱり、山に隠れこんでいるとは思えないけれど?」
「・・・降りようか」

灯花を見つけ出したい。

ちょっと怒りながらも、でも安堵の表情を浮かべる灯花を、何度も思い浮かべた。

 


・・・
・・・・・・
家に戻ってみれば。

そんな希望を持って、もう一度家を訪ねた。

だが、京子さんは出てこない。

「出かけてるっぽいな」
「ここで待ってる?」
「いつ戻ってくるかわからないしな・・・」

治安警察がやってくる可能性もある。

いったん別の場所に行こうとしたとき、声がかかった。


「どうしたの? ・・・もしかして、灯花が見つかった!?」

パタパタと駆け寄ってきた。

「その様子だと、灯花も家には戻ってないみたいですね」
「・・・森田くんも、灯花が見つかったから・・・というわけではなさそうね」

お互い、うなずき合う。

「京子さんはどこにお出かけしてたんです?」
「灯花が戻ってきたら、お腹を空かせてるだろうと思ってね。
商店街に行ってきたの」
「治安警察がウロウロしてたでしょ?」
「それだけじゃないわ。なにも買えなかったの」
「財布でも忘れたんですか?」
「スーパーが閉まってたのよ・・・」
「スーパーもついに閉まったんですか」

・・・まさか、治安警察に講義する意味で閉めたってわけじゃなさそうだな。

「商品の流通が止まったのね。
もともと細い流通経路だけに、数日で町の食料品が不足し始めたのよ」
「・・・っ」

不意にお姉ちゃんがしゃべったので、反応に戸惑っているようだ。

「健、なにか、引っかからない?」
「なにかとは?」
「灯花ちゃんのことよ。
ここまで探して見つからないってことは・・・私たちが想定している範囲外の場所にいるってことも、視野に入れたほうがいいかもしれない」
「想定外の場所か・・・」

・・・そういえば、この町の検問所ではもともと農作物の検疫をおこなっていたんだっけ。

「料理大好きな灯花ちゃん、さてさて、どこをどう逃げ回っていることやら・・・」

・・・検問所は治安警察に真っ先に制圧されたんだろうな。

「あぁ・・・灯花・・・どうして帰ってこないのかしら・・・」
「なにか事情があるんでしょうね」
「でも、あの子は、あなたと違って普通の女の子なのよ?」
「心配しなくていいです。あいつはおれより強いですよ」
「えっ・・・?」

「任せなさいってことねっ」
「ど、どこへ・・・?」
「ひょっとしたら、町の入り口に・・・検問所に・・・行くかもしれません・・・」
「検問所・・・」

おれたちはその場を後にした。

 

 


・・・
・・・・・・
おれたちは風の流れに乗る雲のように、向日葵の道を駆け抜ける。

どこを探しても灯花の姿は見当たらない。

残された選択肢は、もう一つしか残っていなかった。

 

 


・・・
「・・・見えた」

お姉ちゃんが息を切らせながら、正面を見据える。

「ここにいなきゃ・・・正直あとがないぜ・・・」

陽は暮れてしまい、辺りはすっかり闇につつまれていた。

検問所から漏れる灯かりを頼りに、おれたちは建物に近づいていく。

ここにいなければ、今日はこれ以上探している時間がない。

明日は、夏咲の公開処刑だ。

そのとき、検問所から怒声が聞こえてきて、おれたちは向日葵の群れに身を隠した。

「お願いだから、この町にモノを入れてよ!」
「そういう指示が出ているからだ」
「し、指示って・・・食べ物が無いと、町の人たちが困るじゃない!?」
「・・・それは我々の判断するところではない」

検問所に詰め寄る少女・・・灯花だった。

・・・なんて無謀なことを。

町の警備を強化したからか、周囲に治安警察の姿がないのが幸いだが・・・。

 

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「スーパーの人は売る物がないって言ってたんだよ?
ちょうど、季節の変わり目で倉庫が空になってたんだって。
このままじゃみんな困るじゃない!?」
「通行の許可が出れば通す。出なければ通せない。それだけだ」
「わからない! 食べ物を運んでくれるまで、帰らないから!」
「いい加減にしないと、いくら子供とはいえただではすまされないぞ」

灯花は、物資の供給が止まった事を知って、それを訴えにきたのか。

この長距離を歩いて?

おいおい、ちょっとは自分が追われてるってことを考えろよ。

・・・こうと判断したら、曲げないヤツだからな。

そんなとき、建物の中から別の男が現れて、灯花と対面している男に耳打ちした。

「・・・そういえば、貴様、いつぞやの娘ではないか?」
「えっ・・・?」
「罪人の分際でこの町から逃げ出そうとしていただろう?」
「それが、なによ? 関係ないでしょう?」
「しかも、お前にはいま逮捕命令が出ているという」

じりじりと、男が灯花に近づいていく。

けれど、灯花は物怖じもせずに言う。

「じゃあ、私がおとなしく捕まれば、この町にモノを運んでくれる?」
「はあ?」
「ねえ、あなたもお仕事大変だと思うけど、みんなが困るんだよ?
ご飯が食べられなくなっちゃうんだよ?
こんな小さな町にみんなを閉じ込めて、いい気分しないでしょう?」

今度は、灯花が男を追い詰める番になった。

「お願いだよぉ。いまは、偉い人もいないんでしょう?
だったら少しだけ、少しだけでいいから、門を開けてあげてよ」
「だ、だからそれはできんと・・・」

灯花の真っ直ぐな眼差しに気圧されたのだろう、男はたじろいでいる。

「こんなことして、嫌じゃない?
あなたにも家族がいるんでしょう? もうやめようよ。
みんな悲しむよ?」
「・・・が、ガキが、大人をなめるような口を利きおって!」

男が拳を振り上げた。

それを止めたのは、おれでもお姉ちゃんでもなかった。

「灯花ーーっ!!!」

母親の絶叫だった。

自転車を漕いで、一直線に灯花たちに追ってきた。

「お、お母さん・・・?」

「・・・はあっ、はあっ・・・や、やめてください!」

京子さんは自転車から転げ落ちるように地面に足をつくと、男と向かい合った。

「・・・この子は、私の娘です」
「娘だと・・・? 親のしつけがなっていないのではないか?
馬鹿なことばかり、ぴぃぴぃわめくガキに育ておって」
「・・・くっ!」

前に出た灯花を京子さんが制した。

「大音灯花の母親ということは、大音京子だな?
親権者適正研修から逃げた分際でなんだ?
貴様、親としての資格があるとでも思っているのか?」

「・・・っ!?」

京子さんが一歩後ずさったのを見て、男は調子づいたようだ。

「必死で自転車を漕いで現れて、何の真似だ?
滑稽ではないか? 子供に義務を負わせるような母親が、いまさら我が子を助けに来たとでもいうのか?」
「・・・確かに、私は最低の母親です・・・資格などないのかもしれません」

京子さんの声が弱さに震えていた。

「でも、それでも灯花の母親なんです!」
「・・・っ」
「目の前で、大切な我が子が手を上げられているのに、それを黙って見ていられるわけがないでしょう!」

凛とした叫び声が、夜の向日葵畑に響いて消えた。

「灯花に、家の子に手を出したら、ただじゃすまないわよ!」

そのとき、お姉ちゃんが、向日葵の群れからすっと飛び出した。

 

 

 

「フン・・・資格なんて、しょせんは社会が決めた基準の一つでしかないわ。弱いヤツほどそういったものにすがるのよ。資格とか、学歴とかね」

男は、突如現れたお姉ちゃんに目を奪われている。

一足飛びで茂みから飛び出し、男の背後まで跳躍した。

うめき声を上げる暇を与えず、後ろから腕をひねる上げる。

男の表情が苦痛から驚愕へと変わる。


「こんばんは、久しぶりじゃん?」

 

 


・・・
警報が鳴っている。

男を気絶させると、おれはみんなに向かって言った。

 

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「ひとまず逃げよう。すぐに治安警察が来るぞ」
「賢一は?」

「健は平気よ。私についてきて!」

「あ・・・森田くん!」

「なんです?」
「私は、足手まといになりそうだから、先に自転車で逃げるわ」

・・・確かに、そのほうがよさそうだ。

「だいじょうぶよ、少しの間なら、教員仲間の家にかくまってもらえるわ」
「なら、その少しの間で、この町をなんとかしてみせるよ」
「お願いねっ、信じてるわ!」

「かっこよかったですよ、京子さん」

笑いかけると、京子さんもつられて口元を吊り上げる。

「お母さん、ありがとう! いろいろありがとう!」
「・・・まったく、いろいろと怒りたいことはあるんだけれど、いまは森田くんに任せるわっ」

京子さんは自転車にまたがると、勢いよくペダルを漕いで去っていった。

 


「それじゃ、行くわよ?」
「り、璃々子さんっ!」

走り出したお姉ちゃんを灯花が呼び止めた。

「璃々子お姉さま、でしょう・・・?」

お姉ちゃんは、よくわからんがゾクゾクしている。

「馬鹿なことやってないで、早く逃げるぞ!」

おれが殿(しんがり)をつとめ、その場から全員で走り去った。

 

 

 

・・・
・・・・・・
灯花も、毎日マラソンしていただけあって、なかなかに足が速い。

「ふぅ・・・ここまでくれば、もう平気かな」
「まったく、灯花ちゃんたら、馬鹿な真似をしたわね?」
「あ、あ、え、えっと・・・」

灯花はついつい、お姉ちゃんから目を逸らす。

「お母さんに逃がしてもらって、商店街をうろうろしたり向日葵畑に逃げたりしてたら、検問所に来たの、そしたら、町の外からトラックが来て、運転手さんがいきなり殴られて・・・」

見ていられなくなって飛び出したってわけか。

「灯花、もういいんだ。この人と会話してもいいんだぞ?」
「そうよ。久しぶりね、灯花ちゃん」

灯花は、一瞬戸惑うようにうつむいたあと、照れくさそうにうなずいた。

「は、はい・・・十年ぶりくらいですか?」
「いろいろと聞きたそうな顔ね」
「えっと・・・なんでずっと賢一の後ろにいたんですか?」
「ダメかしら?」
「あ、いえいえ・・・いっつも一緒にいたので、なんでかなぁと」

灯花は、どういうわけか、ちょいとお姉ちゃんにおびえていた。

「森田賢一って人物はね、この世に存在しないの」
「えっ? 何の話ですか?」
「本名は樋口健。私の弟で、さっちゃんや磯野くん、夏咲ちゃんの幼馴染。
それでもってお姉ちゃんが大好きで大好きで仕方のない、シスコン男」

間違っちゃいないが、誇張表現はやめてくれ。

「じ、じゃあ、賢一が、その・・・さちの言ってた、樋口健で、璃々子さんの弟で・・・え、えっと・・・樋口三郎さんの息子で・・・」

混乱しだした。

「まあまあ、いいじゃない。賢一でも健でも」

にぃっと、笑みを浮かべて近づいた。

「そ、そうだね・・・私は、みんなと違って昔のことはよく知らないし」
「寂しい思いをすることはないのよ。あなたには私との美しき日々があるじゃない?」
「は、はは・・・」


「とりあえず、磯野の家に戻ろう」

 

 

 

・・・
・・・・・・
家に入ると、灯花も少しは落ち着いたようだ。

「へえ、ここって磯野の家なんだ。へんぴなとこにあるね」

「天才っていうのは、大体こういうところに住むんだ」

磯野は、いつものクール顔だった。

当然おれたちが灯花を見つけ出すと信じていたらしい。

「変人はそうだな。天才はこんなところには住まない」
「変人と天才は紙一重っていうじゃないか」
紙一重でも違えば、まったく別なんだよ」
「ツッコむなぁ・・・マジトークは面白くないからいやなんだけど?」

「そこの変人二人。とりあえず食事にしましょうよ?
灯花ちゃんがお腹すかせてるでしょう?」
「さちは?」

すると、磯野は障子を指指した。

「別室にて、作業中です」
「ほらほら、灯花ちゃん、なにをしているの?
ご飯といえば灯花ちゃんでしょ?」
「あ、はいっ! 磯野、台所借りるねっ」

灯花は喜び勇んで台所へ。

「姉上は、委員長とどういったご関係なのでしょうか?」
「聞きたい? 長くなるわよ?」

「短めでお願い。メシができるまでで」
「ち・・・おしとやかで優しい娘を、怒りんぼでわがままな女に堕とす過程を話そうと思っていたのに」

 

・・・・・・。

・・・。

 

「・・・ぷっ」

「なにいきなり笑ってんの!? 思い出し笑い?」
「・・・大学に通ってたときにね、偶然アパートが隣だったのよ。
当時は京子さんも上手く子育てできてなかったみたいで、灯花ちゃんいつも泣いてたの・・・お母さんがぁ・・・ってね」

 

 

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・・・
「こんにちはお嬢ちゃん、私は璃々子。あなたは?」
「うぅ・・・お、お母さんがぁ・・・」
「あらあら、泣いてちゃダメでしょ? そんなに可愛い顔してるのに・・・じゅるっ」

・・・いまなんか、じゅるっ、とか聞こえたぞ。

「・・・だって、だってぇ・・・あたしもみんなと夜まで遊びたいよぉ・・・」
「泣いてちゃダメだって。ほら、笑って。笑うのよ!」
「うぅっ!」
「しょうがないなぁ・・・私がとっておきの一発ギャグを教えておいてあげるわ」
「・・・ひっく・・・一発・・・ギャグ・・・?」

「あのね、メガネをこう、ぐいっとおでこの上に上げて叫ぶの」
「でこでこでこりーんって!」
「・・・そ、それ面白いのぉ?」
「だいじょうぶだって! いま、教育テレビ見てた世代はどっかんどっかんきてるから」
「ど、どっかんどっかんなの?」
「どっかんどっかんよ」
「わかった・・・忘れないよぉ・・・」
「本当に、可愛い子ね・・・ププ」
「お姉ちゃん、よろしくねー」
「お姉さまねっ」

 

 

・・・・・・。

・・・。

 


「・・・お姉ちゃんひどいよ」
「だって、灯花ちゃんていじめたくなるでしょう?」

・・・うーん、基本的にあいつはいじられキャラだからな。

「って、あっ!」

いきなり雄たけんだ。

「いまなんか、キタよー! びりっとキタよー!
「な、なにが・・・?」
「パスワードよ!」

「おお!」

「ひょっとして、灯花とからんでいた時期に、親父からパスワードの書いた手紙が届いたの?」
「そうそうそう・・・灯花ちゃんならなにか知ってるんじゃないかしら!」
「よし、メシができたら、灯花を問いただそう」

お姉ちゃんもうなずいた。

「話を戻して・・・大音親子とのからみは?」
「そうね・・・」

 

 


・・・
・・・・・・

 

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・・・
「ダメよ、ちゃんと腕を組むの。なめられたらおしまいよ?」
「うん、わかったよぉっ! こう?」
「そうそう。ちょいアゴをあげて、相手を威圧するような姿勢を取るの、そう、ギロってね」
「ギロっ!」
「いい感じよ、灯花ちゃん。それでね、なんかムカつくことがあったら、ぶっ殺すぞって言いなさい。いい?」
「はい、ぶっ殺すぞ!」
「いいわよ、いいわよ、お姉ちゃんちょっと気分よくなってきちゃった!」
「あたしも、お姉さまのようになりたい!」
「じゃあ、私の言葉に続いてね」
「はぁい!」
「私、くだらない話とか興味ないから」
「私、くだらないはなしとかきょうみないからぁっ!」
「いぢったでしょ!? いま私のこといぢったでしょ!?」
「いぢったでしょ! いま私のこといぢったでしょ!」
「フン・・・私、あなたのことなんか嫌いだから」
「フン・・・私、あなたのことなんてきらいだから・・・」

 

・・・・・・。

・・・。

・・・灯花の性格が捻じ曲がったのはお姉ちゃんのせいだったのか。

「・・・それから半年くらい一緒に遊んだりしたんだけど・・・。
別れ際に、これから大変な事件が起こるかもしれないから、しばらく都会は離れた方がいいわよって言っておいたわ」
「内乱か・・・ある程度予想してたんだね」
「まあ、私はお父さんの手伝いをする気だったからね」

 

「そろそろ、ご飯できるよ!」


台所からの声。

「さあて、灯花ちゃんにいろいろ聞かなきゃ・・・!」

 


・・・
時刻はとっくに深夜を回っていた。

「ふいーっ、食った食った!」

おれたちは、ささやかな晩飯を五人で食べ終わった。

「しかし、五人もいると、さすがに狭く感じるな」
「事が終わったら、ここを君に譲ろうじゃないか?」
「え?」
「悪くない話じゃない? なつかしい我が家だし」
「その代わり、僕は委員長の家に住まわせてもらうが?」
「ダメに決まってるでしょ!?」

「・・・まあ、考えておく」
「考えないでよ!」
「あらあら、灯花ちゃんも凶暴になったわね」

くすりと笑う。

「ねえねえ、それで結局、パスワードはわかったの?」

さちは、お姉ちゃんにも物怖じせず、タメ口だった。

「ああ、それね。いまから灯花ちゃんをいぢめて思い出すところよ」
「えぇっ!?」

お姉ちゃんが灯花に詰め寄る。

「灯花ちゃん・・・私を見て何か思い出さない?」
「な、何かって・・・?」


「パスワードって、数字?」
「数字ね。何桁あったか、忘れちゃうくらい多かったわ」
「うーん、なんかゴロ合わせとかで覚えてたんじゃないの?」
「はっ! ゴロ合わせ!? いいんじゃないの!?
それナイスじゃないの!? そんな気がしてきたわよーっ!」

「て、テンション高いですね・・・」
「さあ、灯花ちゃん、なんか面白いこと言ってみなさい!」
「て、ていうか、私、まったく事情が飲み込めてないんだけど?」
「あとで教えてあげるわ。いいから早く―――っ!」

「どうしたの?」

急に、具合悪そうにうつむいた。

 

「・・・あー、なんかいま、ぐらっときたわ」
「疲れてるんじゃない? 今日は一日中走り回ってたし」

「その上、それだけ、ハイテンションでしゃべれば、酸欠にもなりますよ」
「う・・・体力には自信があったんだけどなあ・・・。
義務を負っていても、ちゃんと喉も使っていたし・・・」
「だいじょぶ? ちょっと横になる?」
「いや、いいわ。ギャグの範疇だと思う」

「いや、ギャグじゃねえだろ?」

そのとき、おれたちのやりとりを呆然と見ていた灯花が言った。

「お姉さん、パスワードって・・・まさか・・・!?」
「お!? なになに!? 思い出したの!?」
「えっと、確か、お姉さんがアパートを引き払うとき・・・」
「ああ、うんうん。感動の別れのシーンね。
話すと長くなるわね・・・」
「あ、うん、それでね・・・私に言ったでしょう?」


「なんて?」

「散々親を泣かせなさいって。これ、念のために覚えておいてって」
「言ってないわよ」
「えっ!?」
「なんでそんな物騒なことを私が?」
「で、でも、私確かに聞きましたよ?」


「330879・・・じゃ、ないんですか?」

磯野がぼそりと言った瞬間だった。

「あ!?」

「さんざんおやなく、か・・・桁が少ないけど、それであってるの?」
「いや、待って・・・黙ってみんな・・・そこから先の数字は・・・」

お姉ちゃんは、いきなりふさぎこんだ。

「磯野、パソコンを立ち上げておくんだ」
「もうやってる!」

「・・・9、4、2・・・1、1・・・3、2、5、6・・・」

ぶつぶつと、数字を吐き出していく。

「すっごい、そんな桁数を覚えてるなんて・・・」

・・・お姉ちゃんは確か、中央の一流大学にトップで合格したんだったな。

「うぅ・・・」

けれど、つまったのだろうか、言葉が止まる。

ぴくぴくと、くやしそうに指を震わせている。

 

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「さっちゃん!」
「はい!?」
「この国と南方の王国の通過で為替取引した場合、どれくらい手数料取られる?」
「え? えっと、あそこの通過を取り扱ってる唯一の会社じゃ・・・」

さちは、手数料の額面を口にした。

「よし・・・」

お姉ちゃんが、どういう記憶法を使っているのかわからないが、再び数字を言い始めた。

「7、7、7、4・・・2、1・・・」

すでに、二十桁を超えている。

「健、あなたの誕生日プリーズ」
「お、おう・・・」

誕生日を伝える。

「磯野くん!」
「ははっ!」
「なんでもないわ・・・」
「ぶっ!」

お姉ちゃんが顔を上げた。

「・・・出たわ。合計36桁」
「おお・・・さすが・・・」
「おおーっ!」
「なんだかよくわからないけど、すごそう・・・」

おれたちは、顔を見合わせた。

「さあて、見せてもらいましょうか・・・お父さん・・・」

おれたちは、ついに、親父の遺産にたどり着いたのだった。

 

 

 

・・・。

・・・・・・。

七年前の情報と、軽く見ていた自分が恥ずかしい。

「ヤバくない、これ?」

能天気なさちですら、青ざめていた。

「IDカードを書き換えるくらい、簡単な話だったな」

特別高等人のIDデータから、機密の暗号鍵まで、当たり前のように記載されている。

「これがあれば脱税し放題じゃない?」

国家予算の内訳、機密費の使い道、年金制度の抜け穴、増税時期や、新法設立の予定表・・・。

「わ、私のおじいちゃんに当たる人の名前もあるよ!?」

政府高官の黒い人脈図、派閥間抗争の歴史、大企業や宗教団体の闇献金・・・。

「人身売買の裏情報もある・・・」

さちは、まなのことが気になったのだろう。

「・・・この情報があれば、確かに国と戦えるわね」

どうやら、この国は、国際条約で禁止されているはずの軍事化学兵器保有しているようだ。

「これを、よその国に売ったらどうなるんだろうね?」
「そういうふうに、脅しをかけようか?」
「冗談だよ・・・」

いまのところ、な。

「・・・いずれにせよ、これは武器だ」

磯野の目に、やや異常な光がうかがえた。

「おいおい、落ち着けって。親父はこの情報を使っても、負けたんだぞ?」
「む・・・そうだった。危うく本当に妖精の世界に行くところだったよ」

・・・しかし、これは使い方次第で、本当に革命を起こせるかもしれない。

・・・親父は、使い方を間違えたんだな。

「あれ? なんだか目立つファイルがあるよ?」
「ん・・・?」

容量の小さい、メモのようなファイルだった。

開いてみる。

「・・・健に向けてのメッセージのようね」

読んでみるか。

 

――健、お父さんのようになるなと言ったのに、こいつを見てしまったな?
オーケーわかった。つまりはやる気満々ってことだろう?
――ただ、この情報があるからって、天下を取った気になるのはやめろ。
まだ引き返す道はある。
たとえこんな国でも、夏咲ちゃんのように前向きに生きていく人生も素敵だと思うぞ。
――でも、璃々子は違うだろうな。
きっと、この国をどうにかしようとするだろう。
まあ、どうするかはお前の人生だからお前が決めろ。
――じゃあ、いくつか注意点を補足しておく。
――まず、お父さんの学友に法月将臣という男がいる。
現在は特別高等人にして治安警察局長だ。
大統領にも顔が利く。
非常に優秀な男だ。俺を殺せるとしたらヤツくらいだろうな(笑)
――なにかあったら、ヤツを頼れ・・・といいたいところだが、ヤツには会うな。どんな政界の大物よりも法月の方が恐ろしいぞ。
なにせ、次期哲人候補だからな。
――哲人ってのは、簡単に言うと王様だ。
この国は近い将来、立憲君主制に移行するらしい。
しかも、議会はほとんど飾りらしいな。
ああ、怖い怖い。けれど、社会がよりよくならんとも限らんがな。
――それから、璃々子だが。
――実はそんなに身体が強いわけじゃない。
お前の知らないところでよく風邪をこじらせていたし、ちょっと転んだくらいで足の筋を傷めていた。
――いつも、つーんとしてるからって、安心するなよ?
あいつが人間の肉体と精神についての学問を勉強しに行ったのは、そういう自分が嫌いだからなんだぞ。
守ってやれ、な?
――いかん、シリアスに耐え切れなくなってきた。
ここからは、俺の秘蔵のモチネタを披露していくとする。

 

・・・・・・。

・・・。

「あっ! なんで消しちゃうの!? いいところだったのに!」

モチネタに食いついたのは灯花だけだった。

「・・・お父さん・・・」

お姉ちゃんはしんみりと、画面を見つめていた。

いつもおれの前にいたお姉ちゃんの、意外な一面を知らされてしまった。

「ひとまず、森田くんのIDカードをなんとかしよう」
「明日の夜までにできるか?」
「やるしかないだろう?」

「あたしもがんばるよーっ!」
「なら、一度作戦の確認をしましょう?」

お姉ちゃんは、もう、気持ちを切り替えているようだった。

「私も、なにかできることあるかな?」
「もちろんよ」

おれたち五人は、向かい合って顔を寄せた。

「みんなで夏咲を助けるんだ」
「ていうか、その前に一つだけいい?
いま思いついた作戦なんだけどさ」
「聞こう」
「璃々子さんって、周りからシカトされるじゃん?」
「法月以外の人間にはね」
「てことはさあ・・・璃々子さんが賢一のIDカード持って学園に侵入して、夏咲を助けてくればいいんじゃない?」
「それはダメよ。たとえ私が体よく夏咲ちゃんを牢から連れ出したとしても、私はともかく夏咲ちゃんは治安警察に捕まえられちゃうわ」
「あ、そっか、うっかり」
「それに、法月は、お姉ちゃんを警戒して、おそらく地下への扉の前にいるだろうな」

「当然だろう。敵は、そこさえ守ればいいのだから」
「だから、私たちで、法月を別の場所に移動させるのよ」

「おおーっ、なるほど」
「うん、なんだか、いけそうだね」

「それでは、作戦の説明をする・・・。
概要は、治安警察の目をかいくぐり地下に侵入し、夏咲ちゃんを安全な場所に連れ出したあと、法月を退けることにあるんだが・・・」

 

夜は、あっという間に更けていった。

 

・・・・・・。

・・・。

 

 


・・・
そろそろ夜が明けようかという時間だった。

作戦会議は終わり、みんなはひとときの休息を取っている。

「ふー・・・」

吸いなれたパイプをふかす。

・・・これが、最後の一服になったりしてな。

七年前、おれは、この町を逃げ出した。

理由は一つ、怖かったからだ。

死にたくなかったので、今日まで生きてきた。

おれを責めるだろうと思っていた友人たちは、あっさりとおれを許した。

強いみんなは、いつまでも過去を気にしない。

・・・おれは、どうだろう・・・強いのだろうか・・・。

煙が、弱さと罪の意識を象徴するかのように、漆黒の夜空に溶けずに、おれのすぐ目の前で靄をかけている。

「・・・ここにいたの」

どうにもぼんやりとしていたらしい。

慌ててパイプを置くのが精一杯だった。

振り返ることが許されないほど、お姉ちゃんはすぐ後ろにいたのだ。

 

背後から腕を回された。

 

 

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「健・・・大きくなったね」

お姉ちゃんの匂いが、鼻に残っていたケムリの香りに混じる。

「相変わらず、綺麗な背中してる」
「・・・・・・」
「恥ずかしい・・・?」
「・・・いや、お姉ちゃんだから」
「そう? ちょっと、残念ね」

ふっと、耳に吐息をかけられた。

お姉ちゃんの熱が、耳の穴から伝わって胸に響いた。

「私が大学に行って、寂しかったでしょう?」
「ああ・・・」
「ごめんね。でも、おかげで七年間も孤独に耐えられたわ」
「大学で勉強をしたから?」

お姉ちゃんは、そうね、と息だけで言って続けた。

「人前で声をあげることも出来ず、道を歩けば目を逸らされて、怪我をしても誰も助けてくれない。
社会の中にいるのに、まるで牢獄に閉じ込められているようだったわ」

孤独の檻が、お姉ちゃんを囲っていたのか。

「一人で生きるのって本当に大変ね。
しみじみ思ったわ。こうやって誰かに触れられるだけで、こんなにも幸せを感じられるなんて・・・。
私は、大学で学んだことを基礎に、この七年で学んだの」
「孤独の克服法を?」

お姉ちゃんは、一息ついて、言った。

「社会の破り方を。
こうやって瞳を閉じて、誰かを想うの。
世の中なんて自分の見方一つで地獄にも天国にもなるわ。
でも基本的に人は弱いから、いつでもその眼差しを自分だけに向けてしまうの」
「だから、瞳を閉じるの?」
「弱い自分を見ないように、ね。
瞳を閉じた世界には、ルールも規則もないわ。
身体っていう枠すら超えて、空を飛ぶことも、地の果てまで歩くこともできるでしょう?」
「ちょっと、メルヘンだね」
「フフ・・・だから、誰かを想うの。
現実逃避じゃないの。あの人に向かって進むんだっていう意志を持つの。
それは、言葉にはできない、圧倒的な力」

言葉も、人間が決めたルールだから、か。

「私の知っている健は、心根の優しい、いい子」
「優しいヤツが、仲間を見捨てるかな?」

苦笑まじりに反論すると、お姉ちゃんはまた、耳に吐息を吹き入れてきた。

・・・黙って聞きなさいということか。

「頭が良すぎて、いろいろとごちゃごちゃしたものが見えすぎていたのよ」

弱いおれは、いつでも落ち着かなかった。

周囲の、目に見えない攻撃までも見ようとして、いつも焦っていた。

「しゃきっとしなさい。
いま、ここにあなたと私がいるでしょう?
救いたい仲間がいるんでしょう?それ以外にどんな現実があるっていうの?
つらい過去を見る瞳には、自分だけしか映らないわ。
それは、弱さの証でしかないのだから」

確かに、けれど力強く言い切ると、お姉ちゃんは押し黙った。

きっと、言葉にはならない何かを、瞳を閉じて感じているのだろう。

「お姉ちゃん・・・」
「健・・・」

いつまでも、こうしていたかった。

「おれ、やってみるよ」

こうしている時間を、未来に作るために。

「フフ・・・」

笑った・・・その次の瞬間――。

「んっ・・・ふっ」

淡い感触が唇で燃え上がり、ほんの一瞬で溶けていった。

「・・・・・・」
「全てが終わって・・・」

熱っぽい声が耳に撫でつけられる。

「それでも、私と一緒に生きる道を選んでくれるなら・・・。
そのときは・・・。
キスよりもっと、私をかわいがってね」

 

 

・・・