*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

車輪の国、悠久の少年少女 法月編【1】

 

 

 当ブログは、私個人の趣味でゲームを"ほぼ全文"文字起こししています。

ローマ字入力・かな入力・親指シフト等、タイピング練習も兼ねています。

※誤字・脱字が多々あるかと思われます。 【○少女 ✕処女 etc...】

最初の頃は頑張ってひとりで校正をしていましたが、横着な性格のせいで挫折。

その時間をゲームに充てたいので止めました。(開き直り)

これは趣味であって、お金貰ってるライターさんのお仕事とかじゃないのだぜ!

もし、このブログ?を読んで面白いと思った方は、そのゲームを購入してプレイしましょう。

ゲームは自分でやった方が楽しいよね!

 

 

 

 

 

車輪の国、悠久の少年少女 ―法月編―

 

 


・・・。

 

微かな雷鳴を轟かさせながら、晩夏の雨風
が窓を叩きつけている。

市役所ビルの最上階、閑散とした執務室
に法月将臣の姿があった。


時刻は、夜中の一時を回っている。


明かりもつけず、革張りの椅子に着いて沈
黙していた。

彼の老いた両手には一枚の通知書が握ら
れていた。

内容は何度となく読み返していた。
字面が、何度でも脳内にこだまする。
何度でも、彼の錆びついた胸中を、深く、
冥く、えぐる・・・。


「聞いておられるのですか、法月先生」


室内には客人がいた。

非常識な時間におしかけておきながら、恐
縮した素振りも見せず、醜悪な吐息を撒き
散らしている。

「私の息子の人生がかかっているんですよ」

招かれざる客は先ほどからの説明をもう一
度繰り返す。

息子が自宅のマンションで女性を暴行した

暴行された女性は恐怖のあまり逃げ惑い、
その結果、マンションの十二階から転落して
亡くなった。
息子は覚醒剤を所持しており、本人にも
中毒の疑いがあった。

「もはや、先生におすがりするしかないんで
す」

六時間ほど前に、管轄の警察から、法月
のもとに証拠書類と被疑者の身柄が送致
されてきている。

法月は起訴のための準備を進めていたとこ
ろだった。

「先生、私をご存知でしょう」

男が息を荒くした。

「この街を都心のベッドタウンとして大規模
開発を行ったのは誰です?
近隣住民の反対を押し切って強制収容所
を誘致したのは誰です?」

傲慢さが顔から滲み出ていた。
自分を知らぬものなど、この街にいるはずが
ない。
ましてや、州の副知事を兼任する法月将
臣が。

男―――ゼネコン最大手である佐久間建設
を知らぬはずがないと目で訴えている。

佐久間建設は辺境の田舎町に端を発し、
バブル期の混迷の時代に派手な開発事業
に手を染めなかったことで、バブル崩壊後に
一躍頭角を現した。

ライバル他社が不良資産に苦しむなかで、
公共事業に参入し、政治家と癒着してい
きながら、着々と売上を伸ばしていった。

「首都の、哲人記念碑。あれは、うちで請
け負うことになったんですよ」

一代にして成り上がった巨魁。

飛ぶ鳥を落とす勢いの佐久間建設には、
清廉潔白で名の知れた議員ですら尾をふ
るという。

「先生、聞いてますよ・・・」

佐久間のでっぷりとした唇が狡知に歪んだ。

「なんでも、先の特別高等人最終試験に
おいて、たった一人の合格者もお出しになら
れなかったと。
法曹界は混乱しているらしいじゃないです
か。
何度も最終試験を執り行い、多くの有能
な特別高等人を輩出してきたあなたが・・・

哲人候補とまで言われたあなたが、まさか、
そんな失態を・・・とね」

法月は押し黙り、微塵も動かない。
佐久間は鼠を捕らえた蛇の目をして続けた

「候補生には逃げられたんですか、どうなん
です?
あの田舎町は私の地元でね。息子が馬鹿
な小娘に騙されて、ひと悶着あったことがあ
るんですよ。
いや、懐かしい。
いまでも、地元の住民とは交流はありまして
ね、いろいろと噂は聞いているんですよ?」

佐久間は語る。

“死刑”などという野蛮な刑罰を現実に実
行しようとしたこと。

住民が小規模な反乱を起したこと。

それらを捻じ伏せたこと。

そして、候補生を逃したこと・・・。

「森田賢一、でしたっけ?」


そのときだった。
法月の切れ長の眉がわずかに脈を打った。

「噂では、先生はその森田とかいう男にたい
そう入れ込んでいて、森田が幼少のころか
らずっと指導をくわえていたのだとか?」

酔ったように言う。

己の息子が重罪を犯し、その助命を懇願
しに来ている者の態度ではない。

「そういえば、先生が特別高等人になる際
の試験会場も、あの田舎町だったそうじゃな
いですか? 若き日のあなたは、たいそうな
野心家で、胸のうちに、大志を抱いていた
そうですね?
なんでもあの世紀の極悪人、樋口三郎とも
親交があったとか?」


勿体つけた言い回しが、ついに収束する。


「反逆を企ててるのでしょう、先生・・・」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190502221742p:plain



雷光が室内を包んだ。
法月は微動だにしない。
再び訪れた暗闇を背負ってなお、手元にま
なざしを落としている。

「決まりですね、先生」

佐久間は笑う。

「私は何人かの政治屋を飼っていてね。
みなさん自分のために国家を奉仕させる素
敵な政治屋です。
金と権力と他人の失脚が大好きでして、法
月先生のように完璧に仕事をこなされる方
は、酒の席でいつも槍玉に上がるんです」

佐久間は脅している。
法月将臣に、己の豚になれと、上から手を
差し伸べている。

「先生も、法月の家に入ってまで築き上げ
た地位を、つまらない中傷で失いたくはな・
・・」


・・・
声が止まる。
細い目をいっぱいに見開いて、法月を見つ
める。


「え、あ、あ・・・」


あえぐように言って、一歩、二歩とあとずさっ
た。


弱い男だった。


世間にありふれた、ずるくて、小さな男だった

樋口三郎と、その息子とは違う。

三歩、四歩と逃げていく。

が、不意に立ち止まった。

影を縫われたように足を床に張り付かせる。

法月が、口を開いたからだ。


「・・・お思いか?」

底なしに暗い視線が、佐久間を突き刺した

「私が、あなた方のような虫けらを、捻りつぶ
すのに――」

声は、高ぶりが沈んだ響きとなって、眼前の
男を凍りつかせていく。

「――なにか、ためらいのような感情を抱くと
でも?」

 

そうして再び、通達書に目を落とした。

何事もなかったかのように――

事実、法月にとって何事でもなかった。

思い出したように悲鳴が上がる。

独特の饐えた臭いが部屋に広がる。

大の男が失禁している。

何事でもなかった。

法月は思いを馳せていたのだ。

それは、彼がまだ、阿久津将臣と名乗って
いた若き時代。

特別高等人の最終試験を受けたあの田舎
町。

初めて友人と呼べるような男と出会い、苦
難をともにした。

男の息子は彼を破り、離れていったが、男
は、もう、いない。

耀かしいあの夏の日々は、もう、消えてしま
った。


宝石のように大切にしていた記憶が彼の錆
びついた心に語りかける。


『あなたをお慕いすることを、許してください』


凛々しく上品な音に弾かれるように、彼は
目を見開いた。


愛しい人との儚い夢。


それは、二度と取り返せぬ過去であり――

法月将臣に、悠久に問われる罪だった。

 

 


・・・

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190913084136p:plain






――――

刺すような熱気が、肌を蝕んでいる。

「ふむ・・・」

試験会場に到着したはいいが、周囲に人
影はない。

他の候補生も、新たな指導教官の姿もな
い。

時間的に早すぎたか・・・?

時計を確認しながら、これまでの道のりを
芻する。

頂に雪を残した山岳地帯を、休む間もなく
進んできた。

山越えの装備をほとんど失い、食料も二日
前に尽き果てた。

同期の候補生の何人かは、谷底に転落し
たり、あるいは高山病にかかって命を落とし
た。

助けることはできなかったが、やむをえなかっ
たと割り切るには、私は若すぎるのかもしれ
ない。

「・・・過ぎたことを、掘り返してもしかたがな
い」

 

前を見据えた。

水田のきらめきの向こうに、小さな集落が
見えた。

・・・少し、休ませてもらおう。

汗をぬぐいながら、着実に歩みを進めていっ
た。

 

 

・・・
その少女は、いつの間にか忍び寄ってきたよ
うな気がする。

気づいたときには、私のプライバシーに踏み
込んでいた。

道の向こうからやってきたかと思うと、私の前
に立ちはだかるかのように、足を止めたのだ

私も、引き寄せられるように、少女に向き合
った。

 

f:id:Sleni-Rale:20190502221829p:plain



「お邪魔でしたか?」

会釈をして、微笑んできた。


「・・・邪魔?」

挨拶も忘れ、聞き返した。

「先を急いでいらっしゃるように、見えました
ので」
「・・・いや」

・・・ぼろぼろの服を着て、泥と汗に汚れた
顔をしているからだろうか。

「わたしは、雑賀みぃなと申します」
「阿久津です。阿久津将臣・・・」
「ありがとうございます。素敵なお名前です
ね」
「・・・どうも」
「どちらから、いらっしゃったんですか?」
「・・・州外からです。あなたは、この町の?

「ええ、毎日、学園に通っています。この町
は、空気が綺麗で、住民のみなさんは優し
くて、とっても住みやすいです」
「・・・けっこうなことですね」

・・・。

「お疲れですか?」

・・・なんだ?

「よろしければ、近くの川辺から水でも汲ん
できましょうか?」

・・・なんだ、この少女は?

「いえ。気持ちだけで」

喉はからからに渇いているというのに、少女
の誘いに乗るのはためらわれた。

「誰かを、待っているのでしょうか?」
「ええ・・・そんなところです」

試験を担当する特別高等人を、待っている

「ああ、質問ばかりして、申し訳ありません。
本当に、お邪魔じゃなかったですか?」
「・・・かまいませんよ」

妙に、話のペースを持っていかれている気が
してならない。

それは、いつも人を従える立場にあった私に
とって、珍しい体験だった。

「わたしは、いつも夏になると、こうやって毎
朝、向日葵畑に歩いてくるんです」
「・・・散歩が、趣味なのですか?」
「趣味・・・という言葉は、あまり使うことを許
されないのですけれど、わたしの日々の行
動を振り返ってみると、散歩が多いですね」

たんたんと話しているようで、声には心に染
み渡るような色と、心地よいリズムがあった。

「夏は、大好きです」

言いつつ、柔らかそうな前髪をあげて、風に
戦がせた。

「・・・・・・」

少女には、少女らしからぬ、気品がある。

そうして、愚かにも、ようやく気づいた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190502221908p:plain



胸元のバッジ。

妙に、かしこまった言葉使い。

口元には常に人を安心させるような微笑を
携え、形のいい眉毛の下で、大きな瞳が優
しそうな輝きを放っている。

「・・・あなたは、被更生人でしたか」

少女は、小さくうなずいた。

「不自由は、特にありませんよ。お気になさ
らずに」

よりいっそう微笑んだ。

「いつも笑っているというのは、相手にとって
も、わたしにとっても気持ちがいいものです。
つらいことがあっても、寂しい思いをしても、
笑っていれば、自然と素敵な考えが浮かん
できて、前に進んでいけるのです。
とても、幸せです」

私は、少女に向かって、一歩踏み出した。

「私は特別高等人候補生です。最終試験
のため、この地にやってきました。
もしかすると―――」


「もしかすると・・・?」
「私が、あなたの監督を任されることになる
かもしれません」

なぜ、このような田舎町が最終試験の会場
なのか。

この町は、もともと、罪人の流刑地だったの
だ。

だから、義務を負った人々が多く暮らしてい
ると聞く。

最終試験には、候補生と、被更生人を触
れ合わせる主旨があるとみて間違いはない
だろう。

「そうですか、それは、楽しみですね」

また、涼しげに笑った。

「そのときは、どうぞよろしくお願いしますね」

私も、練習によって体得した微笑を返した

「阿久津、将臣さん・・・」
「・・・はい?」
「お優しそうな方ですね」
「・・・・・・」

・・・やはり、こちらの調子が狂う。

「雑賀さん。
そのように、他人の見た目に対して私見
述べるのは、あなたの義務に違反する行為
と受け取られる場合がありますよ」
私見と捉えられてしまいましたか?」

目を丸くした。

「申し訳ありません。みなさん、そうおっしゃる
のではないかと思いまして」
「公然性のない発言です」

私が、優しいなどと・・・。

「以後、気をつけますね。ご指導、ありがとう
ございました」
「もう、ここを去った方がよろしいでしょう。そ
ろそろ、試験が始まりますので」

必要以上に形式的な口調になってしまった
かもしれない。

「かしこまりました」
「さようなら」
「またお会いできるのを楽しみにしています」

 

・・・
少女は背を向けて、道を引き返していく。

「・・・ちなみに・・・」

私は、余計なことを口走ろうとしている。

「私のどこが・・・その、優しそうに見えたので
すか?」

すると、少女はまるで白鳥が羽を伸ばすか
のように悠然と、こちらを振り返った。

「・・・惹かれるものを感じたのです」
「・・・・・・」
「少し寂しそうだけれど、大きくて力強い瞳
に」

 

 

 

・・・。

・・・・・・。

・・・それにしても、遅いな。

少女が去ってから、すでに二時間は経過し
ている。

集合時間はとっくに過ぎているのに、付近に
人影はない。

時間や集合場所を間違えているようなミス
はない。

「・・・む?」

はるか後方、州境の方角から、こちらに向
かってくる集団があった。

数は、四人といったところか。


・・・驚いたな。


特別高等人の最終試験にたどり着けるの
は、一人か二人と聞いているのに。

私は、やや興奮しながら、田舎道を猛然と
進んでくる屈強そうな男達を待ち構えた。


やがて、お互いの顔が確認できるほどまで
距離が詰まった。

彼らはみな、私と同じように疲弊しきってい
たが、何かを成し遂げたような満ち足りた表
情をしていた。

「よう、いい天気だな」

私は、憮然として男たちを見据えた。

「遅刻は、厳罰に処されるぞ」

「といっても、肝心の特別高等人の先生が
いないようですね」
「まったく、こんな山奥まで歩きで来させるな
んて、正気じゃないよな。お前さんも、そう
思わないか?」

迷彩服に身を包んだ男たちは、軍人上がり
なのだろう。
眼光がそれこそ正気とは思えないほど鋭い

精悍な顔つきや、鍛え上げられた肩や首筋
の筋肉から、かなり若々しく見えるが、実際
の年齢は中年と呼ばれても差し支えないの
だろうな。

「ずいぶん若いな。ひょっとして、一人でここ
までたどり着いたのか?」

探るような視線に、静かにうなずきを返した

「阿久津、将臣だろ・・・?」
「・・・?」

男たちの間を割って出てくる者がいた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190502221944p:plain



銀色のジュラルミンケースを手に掲げ、シャ
ツにジーンズという、死線を潜り抜けるには
場違いな服装をしている。

年のころは、私と同じくらいだろうか。

彼は、使い慣らされた表情筋を見せつける
かのように、深く笑った。

「おれは、樋口三郎。一人っ子だけど三郎
だ。よろしくな」

ケースを置くと、無防備に手を差し伸べてく
る。

私は、それを無視して、言った。

「お前が、この四人のリーダーだな?」
「え? なんで?」
「お前が口を開いたと同時に、後ろの連中
の気配が変わった。
それだけのことだ」
「なんだよ、理屈っぽい野郎だなぁ。ククク」

おかしてくたまらないらしい。

「阿久津・・・お前があの阿久津将臣か?」

「ほとんどの試験をパーフェクトで突破してる
んだよな?
意志力養成もパスしたっていう噂は本当な
のかい?」
「そうだ」

謙遜する理由はない。

「すっげ!
じゃあさ、あのさ、異民のダウンタウンにポイ
されたことあっただろ? あのとき、地下市
場の原油取引でガンガン儲けてたってのは
?」
「おおよそ、正しい」
「おれさ、あのときよ、いきなり街を脱出しち
ゃったんだよね。
だって、なにもスラム街で生き残れっていう
試験じゃなかっただろ?
だから、もうちょっと治安のいい地域に住み
着いて一年ぐらいたったらさ、なんか知らな
いけど、合格だった。
ウケるべ? おれ、頭よくね?」
「・・・・・・」

軽薄そうな男だ。

だが、この若さにして、チームを引っ張って山
越えをしてきたあたり、底の浅い人間ではな
いのだろうな。

「あとよ、南方行っただろ?」
「徴兵でな」
「あんた、自ら志願して、少年兵を専門に
殺してたんだって?」

さらりと、言った。

ひょうひょうとしている樋口とは対照的に、周
りの候補生達の目つきが変わった。

「そうだ」

私は、目の前に差し出されていた樋口の手
を、そのときになってようやく握った。

「誰もが嫌がることを、進んでやる。
それが、出世の秘訣だからな」

威圧の意志をこめて、樋口の手を、強く握
り締めた。


「・・・はっ、ご立派なことで・・・」


「まあまあ、ケンカすんなって。今日から阿久
津もおれらの仲間なんだからなっ」

樋口も、私に負けじと手を握り返してくる。

「なあ、将臣っ?」

・・・ほう。

「・・・私としては、味方は多い方がいい」

無論、最終試験の合格枠に定員がなけれ
ばの話だがな。

「お、トゲかと思ったら、以外に素直なところ
あるじゃん?」

うれしそうに、目を細めた。

「よろしく」
「よろしく、まちゃおみくんっ」

・・・まちゃおみ・・・。

 


・・・
「・・・友情は深まったか?」

「・・・っ?」

はっとして、振り返る。



f:id:Sleni-Rale:20190502222005p:plain

 

「おはよう、諸君」

異民の女性だった。

低い身長に不釣合いの、流れるような長髪
が印象的だった。

「おお、法月アリィてんてぇじゃないですかぁっ
!」

樋口だけが、素っ頓狂な声を上げた。

「樋口三郎・・・やはり、生き残ったか」

法月アリィ・・・。

アリィ・ルルリアント・法月か・・・。

異民出身で、女性の特別高等人がいると
いう噂は聞いていたが・・・。

「てんてぇ!
てんてぇが、最終試験の指導教官なのであ
りますかっ!?」
「うれしいだろう?」

やんわりと笑った。

「遅刻してすまなかった。でも、君らも遅れ
たのだろう?
まあ、肩の力を抜いてがんばっていこうじゃ
ないか」

一見して、平凡で温和そうな女性に見える

いままで相対してきた指導教官のような威
圧感や暴力の匂いが、まったく感じられない

「いやぁ、てんてぇのような萌えキャラが登場
して、一気に花開いた感じですよ。男ばっか
りでむさくるしかったんですよねー」

どうやら、樋口とはすでに面識があるようだ。


「よろしくお願いします!」
「なんだってやらせていただきますよ!」

皆、緊張を緩めている。

だが、私だけは、法月の胸元に輝く金色の
バッジを見据えていた。

「なるほど、確かにむさくるしいな・・・フフ・・・

 


・・・っ!


直後、その場に凍りついた。

痛みはない。

撃たれたのは自分ではないのだと五感が認
識し始めるまで数秒を要した。

おぞましいうめき声を漏らし、膝を折っていく
男たちがいる。

驚愕とも苦悶ともつかない顔をして、ゆっくり
と地べたに倒れていった。

額から溢れ出る赤黒い液体が、どくどくと泡
を立てながら、真夏の向日葵に吸われてい
った。

 

 

・・・・・・。

・・・。


即死か。

三人とも。


「あ、れぇっ・・・」

樋口は、足取りをふわつかせながら前に進
み出た。

「えっと・・・こいつらさぁ・・・。
山越えのとき、ずっと助けてくれたんだよね。
おれ一人じゃ、絶対無理だったと思う・・・。
え? なんで? 冗談だろ、てんてぇ?」

法月はぴしり、と言った。

「差を、思い知っておくがいい」
「・・・差?」
「私は女性であり、異民との混血である。
それが、どれほど社会的に不利に働くのか
をよく知っている。
お前たちのような屈強な男性とは、生まれ
たときから、すでに、どうにもならない差があ
るのだ。
そして、そういう差こそが世の中を牛耳って
いる」
「・・・・・・」
「だが、私はこの場で唯一、銃を持っている

この場で唯一、人殺しをためらわない。
私は、遅刻しても許される。
なぜなら私は貴様らよりも強い立場にある
からだ。
実に理不尽な差だとは思わないか?」
「・・・・・・」
「彼ら三人は死んだのに、卑怯にも貴様ら
二人は生きている。
この差を目に焼き付けておけ。
生きていれば、こういうことはよくある」
「つまり、最初から、おれと阿久津以外は殺
すつもりだったと・・・?」

法月は、静かにうなずいた。

「確かに樋口のチームは、がんばって最終
試験までたどりついた。
だが、がんばってがんばって、がんばり抜いた
ことが、なにも報われないこともあるのだと知
れて良かっただろう?」

出来の悪い生徒をしつけるかのように言った

「最終試験に臨むにあたって、貴様らはな
にもがんばらなくていい。
遅刻してもいいし、失敗の言い訳をしても
いい。
なんでもやります、などと浅はかな意気込み
を見せなくいい。
ただ、納得していけばいいのだ。
――どうにもならないことは、どうにもならない
のだと。
全ては、私という憎らしい悪役の手のひらの
上で最初から決まっているのだから」

そうして、私を睨みつけた。

先ほどまでの柔和そうな瞳は、なりを潜めて
いた。

 

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190502222052p:plain

 

「なあ、阿久津、将臣・・・?」


凍てついた霜のような目つきだった。

私は、負けじと口を開いた。

「・・・まったく、おっしゃるとおりです」

「・・・っ!?」

樋口が鬼の形相で私を一瞥した。

あっさりと法月に迎合した私が憎いのだろう

「てんてぇよぉ・・・」

瞬間、私は、驚きに言葉を失った。

「死んじまったもんは、しょうがねえ。
友達は生き返らない。
確かにどうにもならねえよ・・・」

怒りに震えていた樋口が私の肩に手を置い
て、にやにやと笑い出したのだ。

「さっき知り会ったばかりだけど、コイツはもう
、おれのダチだ。
阿久津将臣にもしものことがあったら、あん
たを殺す。
はったりじゃない。
覚えておいた方がいい」

そうして、樋口は押し黙り、三人の遺体の
そばに腰を下ろした。

「・・・阿久津」
「はい?」
「樋口もそうだが、特別高等人の最終試験
まで残ったものは、皆、一様によからぬ考え
を腹に抱いている」
「・・・よからぬ考え」
「お前は、どうなんだ?」

じりと、法月の足元の砂利が鳴った。

「・・・・・・」

問題は、正直に答えるべきか否かだ。

あるいは、法月が期待している解答を出せ
ばいい。

「よからぬことなどと、とんでもないことです」
「ほう・・・」
「私は、ただ・・・幼少のころより、ずっと、こう
思っていました」


背筋を伸ばし、胸を張った。


「社会にはびこる――――あなたのような人
間をひねり潰してやる、とね」

それが、よからぬことだとは、決して思わない

「・・・・・・」

法月は、微動だにしない。

陽射しが一段と強くなった。

一陣の風が、向日葵畑に吹き渡る。

「うれしくてしかたがない」

つまらなさそうな顔で、ぼそりと言った。

「やっと、やっと見つけたわ・・・」

女性的な口調から、法月アリィの本音がう
かがい知れる。

「阿久津、将臣・・・」

瞳の奥が、劣情にも似た輝きを放つ。

「お前こそ、私の後継者にふさわしい」
「・・・・・・」

冗談ではない。

私は誰にも従わない。

自らの考えに、忠実に生きるのみだ。

・・・やってみるがいい。

「・・・実に、楽しみだ」

 

 

 

 

 

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190913084243p:plain

 



・・・
・・・・・・

初めてのことだ。

学園という、ある種ぬるま湯のような集団生
活を強いられるのは。

「阿久津、将臣です」

教壇に立った私は、田舎町の学園生たち
を眼前に見下ろし、軽く頭を下げた。

・・・あまり目立つのも上手くないだろう。

頬を緩め、眼差しを床に落とした。

「どうぞ、よろしく」

教室中のそこかしこで、ささやき声が上がる

かっこいい、頭良さそう、でもちょっと影があり
そう。

私の他者評価とは、一見して、そのようなも
のらしい。

私が指定された席に着くと、入れ替わりに
樋口が廊下から姿を見せた。

「・・・・・・」

樋口は、必要以上に胸を張り、まるで軍隊
行進のようにいかつい足運びで教壇に立っ
た。

「えー・・・。
ただいま、ご紹介に預かりました、樋口三郎
でございます」

気色の悪い口調。

「ワタクシの家計は、元来、無類のおっぱい
好きでございまして、ワタクシも幼少のころよ
り、自分の胸に手を当てて、よーく揉んでみ
ました。
そのころより、ヌーブラとは何かと、真剣に考
えるようになりまして、現在に至ります」

生徒達のざわめきが、教室の前から後ろに
波打つように走った。

「ワタクシはプー太郎の身分ではありますが
、耳たぶが、人一倍大きいので、将来の不
安は、ございません。
大器晩成とは言われて五十年を過ぎた父
・虎次郎、ひきこもりだけど色黒の母・悦子
に囲まれ、すくすくと育った、いたって健康な
日本男児です」

・・・ニッポン?

その後、樋口は、ウラハラ系、モッズ系、な
どと、聞き覚えのない単語を乱発していった

「・・・ですので、おまえらみんな仲良くしよう
ぜと、いたってまともなオチでもって、ご挨拶
を終えたいと思います。
ご静聴、ありがとうございました」


ご静聴というより、クラスの誰もが、樋口の
痴態に言葉を失っていただけだが・・・。

 


「いやあ、人前に立つのは気分がいいなぁ・
・・!」
「・・・・・・」

妙なヤツだ。

 

 

 


・・・

・・・・・・

「ねえねえ、まちゃおみくん」

授業が終了し、樋口がなれなれしく寄って
くる。

「・・・なにか用か?」
「おれら、なんで学生やらされてんの?」
「一から勉強しなおせということだろう」
「もう一度青春しろってことでいいのかね?」

法月アリィの指示である以上、なんらかの
意味があるのだろうな。

「さて・・・」
「あ、どこいくんだよ?」
「一度学園を見て回る。生徒の雰囲気を
つかみ、校舎の立地や内観を確認しておく

「おー、行動派・・・。
そんじゃ、おれは、クラスの女の子たちとねん
ごろになっておくわ」
「・・・緊張感のないヤツだな」

試験は、始まっているというのに。

「モテるからねえ、おれは」

 

 


・・・
私は世間の子供が受けるような教育を与
えられなかった。

よって、この木造の建物が、学び舎として、
どれほどの機能をもつのか興味のあるところ
だった。

一見して、若者たちのただの溜まり場のよう
だが。

 


・・・
いたってまともだ。

校庭でスポーツに励む少年少女。

数人の集団を作って下校する生徒たち。

特に、義務を表すバッジを貼り付けた生徒
は見受けられない。

だが、特別高等人の最終試験が、のどか
な田舎で平凡な学園生活を送って終了・・
・などということはあるまい。

 

 


・・・
「阿久津、さん・・・?」
「・・・おや?」

 

f:id:Sleni-Rale:20190502222122p:plain



向日葵畑で出会った少女。

不謹慎かと思ったが、やはり、バッジに目が
いってしまう。

「ああ、やっぱり阿久津さんですね。またお
会いできて光栄です」
「・・・どうも」
「この学園に編入なさったのですか?」
「ええ・・・試験の一環でして」
「お友達はできましたか?」
「いえ・・・まだ初日ですし」
「学園のみなさんは、いい人ばかりですから
、すぐに打ち解けることができると思いますよ
・・・ふふっ」
「・・・・・・」

少女は、常に姿勢を正し、口元に手を添
えて上品に笑う。

私のように粗野に育った人間には、ある種
のまぶしさを与えてしまう。

「雑賀さん、少し、質問があるのですが、よ
ろしいですか?」
「はい、いくらでも・・・私にはプライベートとい
うものがありませんし」

雑賀みぃなの言動は、極力、当たり障りの
ない内容でなければならない。

求められるのは、公然性であり、他人にとっ
て気持ちのいい人間として振る舞わなけれ
ばならない。

「それと、私に敬語を使う必要はありません
よ」

彼女は、義務によって、言葉を崩せない。

「では、さっそく・・・。
この学園において、あなた以外の被更生人
はどれくらいいるので?」
「いいえ。私の知る限りでは、一人もいませ
んよ」
「いない・・・?」
「意外でしたか?」
「いや・・・確かに、学園に通う生徒たちはま
だ若い」

被更生人がいるとすれば、親権者に絶対
服従しなければならない義務くらいだろうな

「では、あなかが、唯一の被更生人で、間
違いないと?」
「え、ええ・・・」
「失礼・・・被更生人という言葉には差別的
な意味合いがあったな」

本人の目の前では、控えるべきだったな。

「いえ、言葉はともかく、阿久津さんのお仕
事に対する真剣さが表情からうかがえて、
感心してしまいました」
「別に仕事をしているわけでは・・・」

・・・いや、待て。

特別高等人の最終試験。

田舎町で、学園生活を強いられる。

学園には義務を負った人間が一人だけ。

・・・これは、もしかすると・・・。

「私は、本日付であなたを担当する特別高
等人になりました」

おそらく、な。

「どういう・・・ことでしょう?
たしかに・・・今日になって突然、いままで私
を見てくださっていた先生が異動になったと
聞いてますが・・・」
「後任は?」
「まだ、存じておりません」
「では、決まりですね。 以後は、私の監督
に従ってください」
「は、はい・・・よろしくお願い致します」

試験は、もう始まっているのだ。

法月アリィからの指示がなくとも、動かなけ
れば。

「ふふっ・・・なんだか、恐縮です」

とはいえ・・・この少女の監督は易しそうだな

「では、校門で待っていてください。帰り道を
ご一緒しましょう」
「どちらへ?」
「法月アリィ先生にお話がありまして」

 

・・・調書をもらわなければ。

 

 


・・・
・・・・・・

雑賀さんと別れると、校舎二階に設けられ
た特別指導室までやってきた。

 

「・・・阿久津です」
「入りたまえ」

まるで、予測していたかのような即応だった


・・・
都会では、特別高等人は専用の官舎に
住み、事務所を構えているものだ。


・・・この町では、学園の一室を間借りして
いるのか。

 

f:id:Sleni-Rale:20190502222153p:plain



「早かったな」

机に頬杖をつきながら、探るような目で言っ
た。

「調書が欲しいのだろう?」

どうして、それを・・・?


「最短記録だ。やはり、貴様には試験に合
格する資格がある」

どうやら、私の読みは正しかったらしい。

「では、これより、雑賀みぃなの監督の任に
着きます」
「よろしい。見事、更生させることができれば
、貴様は晴れて特別高等人だ」

法月から数枚の調書を手渡された。

「・・・少し待て」
「はい・・・?」
「暇だし、茶でも飲んでいかないか? 南方
産のハーブティーが入っている」
「・・・・・・」

多忙な職業として有名な特別高等人が、
暇などと・・・不気味すぎるな。

「雑談なら、お断りしたいのですが・・・?」
「そういうな、つき合え」
「被更生人を待たせておりますので」

背を向け、ドアノブに手をかけた。

「そうか、なら仕方がない。樋口三郎の最
後を見せてやろうと思ったのにな」
「・・・え?」
「当然だろう? あの男には、もう観るべき
被更生人がいないのだから」

振り返ると、まさしく氷の微笑とでも言うべき
、歪んだ口元があった。

赤く艶だった、魔性の唇。

「樋口は、不合格ということですか?」
「阿久津のせいでもあるな」
「・・・私の・・・」

確かに、一人の被更生人に二人以上の高
等人がつくなど、現行法ではありえない。

「まあ、気にするな。我が国は世界一の競
争社会。
他人を蹴落とす自由が、国民ひとりひとりに
与えられているのだから」
「左様で・・・」
「なにか、思うところがあるなら聞くが?」

・・・この問いも、なにかの試験なのだろうか

国益を考えるに、一人でも多くの合格者
が出たほうがよいのでは?」
「といっても、もう三人も殺してしまったしな」

あっけらかんと口ずさみ、机の引き出しを開
けた。

中から取り出されたのは、一丁の拳銃だっ
た。

f:id:Sleni-Rale:20190502222219p:plain



「こいつは私のお気に入りでな」

あの銃で、樋口の仲間を三人も殺したのだ


不意を突かれたとはいえ、目にもとまらぬ速
さの抜き撃ちだった。

「もちろん、私も国家の犬として働いている
身分だ。
今回の試験で、よりたくさんの人間を合格
させた方が、法曹界のお偉方の私に対する
点数はよくなる」
「では・・・」

法月は小さく頭を振る。

「つまらないだろう?」
「は・・・?」
「特別高等人の最終試験は、全て私に一
任されている。
貴様らを生かすも殺すも私の胸一つなのだ

わからんか?」

ゆっくりと間を取って言った。

「私は、最終試験にかこつけて、羽目をは
ずしているのだ」

笑顔の裏に、死と暴力の影がうかがえた。

「では、樋口を呼び出して、処理するとしよ
う」
「・・・・・・」

・・・どうにもならんか。

この女は、なんのためらいもなく、樋口を殺
害するだろう。

「どうだ、阿久津? どうにもならんことは、
どうにもならんだろう?」
「ええ・・・まったく・・・」

樋口は、私のことを勝手に友人扱いしてい
るようだったが・・・。

「なんだ?」
「・・・いえ」

阿久津将臣にもしものことがあったら、か・・
・。

「私にはわかる。お前は、一見冷酷な無類
を気取っているが、内面は義理堅く、友情
に厚い・・・」

なにが言いたいのだろう・・・?

「樋口は危険な男ではるが、殺すには惜し
い才能を持っている」
「なるほどわかりました」
「ほう・・・」

ため息をつかざるを得なかった。

「なにがお望みで?」
「フフ・・・」

法月は、満足そうにうなずいた。

「どうすれば、樋口の命を私に預けていただ
けるのでしょうか?」

別に、私が樋口を助けなければならない理
由などない。

だが、法月アリィが私に脅迫めいた揺さぶり
をかけてきている・・・その意図が知りたい。

「私の籍に入れ」
「は・・・?」

自分でも間抜けだと思うほど、大きく口が
開いた。

「法月の姓を名乗るのは、お前の将来にと
ってプラスになると思うのだが?」

・・・たしかに、法月、といえば戦前から我が
国の軍需産業を支えてきた一大企業グル
ープ。

軍隊幹部や大富豪、有力政治家など、利
害関係の一致する権力者たちと幾重にも
つながりを持ったパワー・エリートの代表格の
ような存在だという。

出世の道は、より短くなるだろうな。

「阿久津の姓など、惜しくはあるまい?」
「まあ・・・」
「養父には、さぞ、恨みがあろうな・・・」
「・・・ご存知でしたか」

私のことなど、なんでもお見通しという態度
だ。

「わかりました・・・今すぐ答えを出すことはで
きかねますが・・・。
前向きに、検討させていただきます」
「では、私も、樋口の処分を保留にしておく
としよう」

・・・もともと、樋口をどうこうするつもりなどな
かったのではないか?

「失礼します」
「フフ・・・余興にしては、楽しめたぞ」

どうやら、目の前の異民の女性は、私より
一枚か二枚は上手のようだな。

「阿久津と愛を育むのも、悪くはないな」

 


・・・一枚か二枚で済めばいいがな。

 

 

 

 


・・・
・・・・・・

「お待たせしました」

雑賀みぃなは、涼しげに私を待っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190502222241p:plain

 

「阿久津さん、見てください。素敵な夕焼け
です」

雑賀さんが指差す方向に目をやる。

日が沈み、山の稜線が燃えるように赤黒い

「・・・なるほど、美しいですね。
それより、私が、あなたを監督することが正
式に決定しました。
特別高等人の名において、私、阿久津将
臣はその良心に基づいて、自己の能力を
最大限に発揮し、あなたの人権の尊重と、
社会復帰に貢献します。
ただし、あなたの義務に対する姿勢、生活
態度に怠慢が見られた場合、私はあなた
の人権を一時的に剥奪し、体罰を含めた
指導を行うことができます。
義務の内容について、大法廷が定めた明
記事項の他に、必要に応じて補助的な指
導を加えることがあります。
この権限は私に一任されています。
最後に、あなたの誠実なる義務の遂行と
罪への慎ましい反省的態度によって、更生
十分であると私に認められた場合、私はた
だちに大法廷に、あなたの義務の解消を申
請することを誓います。
以上。
あなたはこれらの内容を理解しますか?」

義務的で、くだらない文句を口から垂れ流
すと、雑賀さんを見つめた。

「はい、だいじょうぶです」
「では簡単に、あなたの口から義務の内容
について説明してもらえませんか?」

通称、私生活を認められない義務。

被更生人の口から義務を語らせることで、
罪への認識と態度がうかがえるというもの。

長々と説明が続くかと思われた。

けれど、雑賀みぃなは一言、乾いた笑いとと
もに吐き出した。

「わたしは、すでに、私ではありません」
「・・・というと?」
「阿久津さんの目の前にいるのは私ではなく
、私のような何かなのです。
私は決して愚痴を吐いたり、否定的な言
葉を口にしません。
人に不快感を与えないよう、常に気を配っ
ています。
当たり障りのない会話を主に選んでいるつ
もりです。
私には、一日二十四時間のうち、プライベ
ートと呼ばれる時間がありません」
「そうですね・・・息をつく暇もないでしょうし、
私も、与えるつもりはありません。
これから、寝食をともにさせていただきますが
、よろしくおねがいします」
「厳しいご指導をお願いします」

丁寧に頭を下げた。

・・・なんの問題もなさそうに見えるな。

すぐにでも、義務の解消を申請したくなるが
・・・。

しばらくは、様子を見てみるとしよう。

 

 

 

・・・
・・・・・・

町の入り口、向日葵畑の近くに、雑賀みぃ
なの自宅はあった。

 

f:id:Sleni-Rale:20190502222306p:plain



「一人で暮らしているのですか?」
「父と母は、都会で暮らしています」
「生活に不自由は?」
「仕送りを十分にいただいていますので」

心配なさらずに、と胸の前で手を振った。

「・・・・・・」
「・・・どうかなさいましたか?」
「いえ・・・お金があるというのは、いいことで
す」
「なにか、気に触りましたでしょうか?」
「とんでもない・・・さあ、中に入りましょう」
「長旅でお疲れでしょう? すぐに夕飯の支
度をしますね」

 

 


・・・ふむ、立派な家だ。

金はあるところにはあるらしい。

 

「料理には自信があるんです。なんでも言っ
てください」

都会では第一次南方戦役での敗戦の余
波を受けて、闇物資が横行するありさまだ
というのに。

「・・・おかまいなく」
「そんな遠慮なさらずに・・・食べなければ身
体が持たないでしょう?」
「そのへんのヘビでも捕まえて食べますので」
「え? ヘビ?」

冗談でしょう、という顔。

「冗談ではありませんよ。私は貧しい家の生
まれです。
なんでもおいしくいただけます」
「・・・あっ」

息の詰まるような声を上げた。

「すみません・・・わたし、なんだか、押し付
けがましいですよね?」

 

・・・控えめな女性だな。

好意をむげにされてなお、謝罪してくるとは・
・・。

 


・・・
「・・・帰ったぞー!」


「えっ・・・?」

 


「樋口・・・?
なんだ急に? なぜここが?」
「アリィてんてぇに聞いた。阿久津を助けて、
二人仲良く試験に合格しろってさ」
「つまり、お前も、雑賀さんの監督を任され
たという解釈でいいのだな?」
「知らね」
「ふざけるな」
「とにかく、将臣と一緒に暮らすぞ」

銀色のジュラルミンケースを脇に抱えながら
、ずかずかと居間に入ってくる。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190502222324p:plain

 

「どうも、こんばんは」
「はい、こんばんは・・・って、誰?」
「雑賀みぃなです・・・このたび、阿久津さん
の指導を受けることになりました」
「あー、はいはい・・・ここ、あなたの家ね」

・・・家主を知らずに入ってきたのか。

「かわいいね」
「えっ・・・?」

・・・いきなりなんだ?

「いつも笑ってるの?」
「ええ・・・ふふっ」
「気が利く人でしょ?」
「いえいえ・・・あ、座ってください阿久津さん

私に座椅子を差し向けてくる。

「ちょっと、おっちょこちょいでしょ?」
「そんなことは・・・あっ、お風呂のお湯出しっ
ぱなしでした」
「貧乏性なところあるでしょ?」
「ないと思いますよ・・・シールが貼ってあるバ
ナナにめぐり合うとちょっとテンション上がるく
らいです」
「かといって臆病なわけでもないでしょ?」
「いえ・・・たまに、北枕で寝てみるくらいです
ね・・・」
「完璧だ!」


・・・
「なにがだ・・・?」

 


「結婚してください・・・!」

樋口は深々と頭を下げる。

「あ、えっと・・・えっと・・・そうですね・・・」

困っている。

「・・・ふふっ」

笑って逃げた。

 


・・・
「樋口、茶番はその辺にしろ」
「茶番じゃないぜ。結婚はおれの人生の最
終目標だ」
「とにかく黙れ。貴様はうるさくてかなわん」

「・・・なんだか、にぎやかでいいですね」

 

・・・奇妙な共同生活が始まりそうだな・・・

 

 


「ふぃーっ・・・ごちそうさまでしたー」


「お味はどうでしたか?」
「なかなかのお手前で」

「樋口さんは?」
「うーん・・・甘みがね、足らんのよ・・・」

「樋口よ、ライスにスープ、川魚のみそ焼き・
・・この品目のどこに甘みの介入する余地が
あるというのだ?」
「おれは甘フェチなんだよ。お菓子の国生ま
れだし」
「・・・とことんふざけた男だな」
「うんうん、ど真面目な将臣とは、いい友達
になれそうだよ」

うんざりして冷ややかな視線を送っても、樋
口はにやにやと笑うだけだった。

「・・・あ、阿久津さん・・・」
「なにか?」

やや緊張した面持ち。

「その・・・お・・・」

「お・・・?」

頬が腫れ上がったように赤い。

「・・・お手洗いに、行きたいのですが?」

血を吐くように言った。

 

・・・
「・・・?
行けばいいじゃん」

 

「なるほど、わかりました」

 

「え?」

 

「あの・・・やはり?」
「ええ」
「・・・先任の高等人の方には、認められて
いたのですが?」
「私は、先任の特別高等人ではない」

 

「え? え? なんの話?」
「・・・貴様、それでよく最終試験まで残れた
な?」
「だからなんだよ・・・もったいつけんなよ」
「これから、私が雑賀さんの用便に同行す
るのだ」
「・・・・・・」


一瞬の静寂が訪れた。


「え? お前なに言ってんの? 不気味な
ヤツだとは思ってたけど、まさか変態だとは・
・・」
「職務だ・・・ですよね、雑賀さん?」
「・・・は、はい・・・」

 

「樋口、簡単に説明してやる」


のけぞって引きつった笑みを浮かべる樋口に
言った。

「彼女には、個人主義のうち、プライバシー
の観念が認められていないのだ」
「いや、もうちょい簡単に言う努力をしろよ」
「・・・・・・。
要するに、我々特別高等人候補生は、彼
女を常に監視して、一秒たりとも心休まる
時間を与えてはならんのだ。
なぜなら、彼女がいついかなるときでも、周
囲に対して気持ちのいい人間であるかどう
かを確認しなければならないからだ」
「そんなの、かわいそうだろうが・・・」
「そうだな。かわいそうだな。それで?」

樋口も実に感情的な男だ。

「・・・にらむなよ。どうにもならないってことだ
な?」
「わかればいい・・・。
さて、行きましょうか? ついでに入浴しては
いかがですか?」
「はい・・・すみません、口ごたえをしてしまっ
て・・・」

 

「阿久津、待て・・・!」
「まだなにか不満があるのか?」
「特別高等人として、みぃなちゃんのトイレと
風呂につき合うんだったな?」
「何度も同じことを言わせるな」

すると、樋口はいやらしい目つきで言った。

「その役目、おれとチェンジしてくれる気はな
いかな・・・!?」

 

 


・・・・・・


・・・

 

f:id:Sleni-Rale:20190502222347p:plain




「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」


狭い浴室に、緊張が走っている。

「あ、えっと・・・阿久津さん、すみません・・・
立ちっぱなしにさせてしまって」
「お気になさらずに」

腕をスポンジで擦りながら、ちらちらと、背後
に立つ私の様子をうかがっている。

「・・・すみませんね・・・先にお風呂をいただ
いてしまって・・・」
「お気になさらずに」


「・・・き、気にするな、と言われても・・・」
「なにか言いましたか?」
「い、いえ・・・」


初対面の男性に裸を見られれば、心も乱
れるか・・・。

沈黙は苦痛だろう。

少し、気を紛らわせてやるか。

「前任の高等人は、ここまであなたのプライ
バシーに踏み込んでこなかったのですか?」

「あ、はい、そうです・・・最初は、くまなくわ
たしの私生活に密着されていたのですが、
月日が経つにつれて・・・」
「なるほと・・・更生を確認して、徐々に規
制を緩めていったんでしょうね」
「・・・先生には、もう少しで義務が解消され
るとのお言葉をいただいていました・・・」

そのとき、脇の間から、少女の胸のふくらみ
が大きく弾むのが見えた。

「あ・・・っ・・・」
「どうかしましたか?」
「い、いえ・・・」
「お気になさらずに」
「阿久津さんは・・・よ、よく、平然としていら
れますね・・・?」
「私は、女性の裸など、見慣れていますから


戦争でな。


「そ、そうですか・・・失礼しました・・・」
「ところで、あなたの調書を読みました」
「調書というと・・・私の罪状や、義務を負っ
た経緯について書かれた・・・?」
「あなたは、神職の家の生まれなのですね」

ぴくりと、肩が震えた。

「雑賀の教えは、中世までは我が国の国教
として崇められていた宗派の分派ですね?
現在では世俗化が進み、祝祭日に市井を
賑わす程度になっていますが、国家式典な
どでは、今日でも宗教的な名残が見られま
すね。
テレビで見たのですが、国会で現大統領の
就任を高々と言い渡していたのは、あなた
の・・・?」
「はい・・・祖母、だと思います。
当家は、とても由緒正しい家柄、といいま
すか・・・。
いえ、わたしは、家の秩序を乱してしまった
のですけれど・・・」
「ええ・・・家出を繰り返したそうですね?」

「・・・っ」

怯えたように、息を呑んだ。

儀礼や舞を覚えるでもなく遊び歩き、不
適切な言葉を覚え、家名を著しく傷つけた
と」

・・・そういった非行が、下世話な写真誌に
取り上げられたのが、逮捕のきっかけとなっ
ているな。

「間違い、ないのですか?」


少女は口を固く結んだ。

 

間があった。


抗議の間だ。

 

「普通の家庭ならいざ知らず、あなたは、将
来は国民の前に立ち、神秘や伝統を表現
しなければならない人間なのです。
格式高く、周囲の尊敬や愛を集められるよ
うな・・・。
・・・まさしく聖女のような人間性が求められ
るのですよ」

罪に問われてもやむをえないか。

告訴したのは、彼女の親であるし・・・強引
な人格矯正というわけか。

「あの・・・」
「はい?」
「本当に、申し訳ありませんでした」
「反省してるのですね?」

・・・馬鹿馬鹿しい。

「わたしは、子供のころから、厳しいしつけの
もとで育てられていまして・・・」

ち・・・。

「予想がつきますよ。そんな毎日に嫌気が
差したのでしょう?」

丁寧に育てられたお姫様というわけだろう?

「・・・す、すみません・・・いいわけがましいこ
とを言ってしまって・・・」
「・・・わかっているならよろしい」

少女は怯んだように肩を震わせた。

もう一押ししておくとしよう。

「私は、あなたの義務を負った経緯など興
味がないのです」
「・・・はい」
「不安定なご時世です。あなたは、本当は
冤罪なのかもしれない」
「いえ、冤罪というわけではありません・・・」
「なんにせよ、私はただ、自らの職務をまっと
うするのみですよ。
あなたが、私人を捨て、いついかなるときで
も、他人にとってほほえましい存在であるよ
うに、矯正させていただきます」

語気を強め、刺すような視線を背中にぶつ
けてやった。

「わかりました」

怯えるでもなく、うなずいた。

心を閉ざしたのだろうか。

まあ、どうでもいいが・・・。

「さて、湯冷めしてしまいますよ? 背中で
も流しましょうか?」
「け、けっこうです・・・恥ずかしいですから」

裸を見られているという状況を思い出したの
か、とたんに慌てだした。

扱いの簡単そうな女だ。

 

 

 

・・・
「・・・どうだった?」

浴室から出ると、樋口が切なげな顔で待ち
構えていた。

長い髪を手ぬぐいで整えている雑賀さんを
横目に見ながら言った。

「・・・彼女の人間性がおおよそ読めてきたと
ころだ」
「ちげえよ、バカ!」
「うん?」
「裸のつきあいをしてきたんだろうが!」
「だから?」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190502222423p:plain

 

「やったんだろ!? やったんだろうがっ!
やったんだろっがっつってんだろうが!?」
「・・・・・・」
「どうなんだ? おっぱいでかかっただろうが
!?
おっぱいでかかっただろうがっつってんだろうが
!」
「・・・っつってんだろうが、と言われてもな・・・ 」

 

なぜ、ここまで悲痛な顔になるのだ・・・。

「くそうぅ、許せねえ・・・涼しい顔しやがって・
・・!」
「感情が表に出ては、高等人失格だぞ?」
「ちっ、次はおれの番だからな」
「ダメだ。貴様はなにをしでかすかわからん」

・・・特別高等人は、被更生人のプライバシ
ーを侵すことが許されている。

「あの・・・」

すっくと立った雑賀さんは、すでに制服を着
ていた。

「・・・その服が、この区域の指定服なので
すね?」

寝るときに不自由そうだが、やむをえまい。

「そろそろ、お休みになられませんか? 長
旅で疲れてらっしゃるでしょう?」
「・・・そうですね」

さすがに、山越えをした肉体が疲労を訴え
ている。

「あの・・・やはり?」

「もちろん、みぃなちゃんの隣で眠らせてもら
うぜ!」

 


「・・・・・・」

・・・雑賀さんだけではなく、樋口の監視もし
なくてはならないな。

 

 

 


・・・

・・・・・・

深夜。

雑賀さんは静かな寝息を立てている。

 

「むくりっ・・・」

むくり、と言いながら起きる人間も珍しい。

「おい、貴様・・・」
「ち・・・まだ、起きていたか・・・」

どうしようもないやつだな・・・。

「相当な女好きだな・・・?」

雑賀さんを起こさぬよう、小声で話す。

「世界中の女はおれのもの・・・覚えておい
たほうがいいぜ」
「眠らないでいいのか?」
「お前が寝るまでは寝ない」
「らちがあかんな・・・」
「寝込みを襲われたら大変だからな」
「私にそういう趣味はない」
「クク・・・そういう意味じゃねえよ・・・」

低く笑いながら床に置いてあったジュラルミン
ケースを引き寄せた。

「阿久津将臣・・・前に言ったとおり、お前は
もうおれのダチだ・・・。
お前はおれのダチだが・・・いまは特別高等
人の試験中だ・・・わかるな?
友達であり、ライバルでもあるというわけだ。
最終試験の合格者は一人なのかもしれな
いしねぇ・・・」
「なるほど・・・確かに、寝込みを襲われたら
たまらんな」

やはり、ただの馬鹿ではないな。

「そのジュラルミンケースはなんだ?」
「ああ、これ? 寝る前に本でも読もうと思
ってさ」

・・・本が詰まっているのか。

「樋口も、本を読むのだな・・・」
「失敬なやつだな、ホント・・・教養の差を思
い知らせてやろうか?」

ケースの口に手を滑り込ませ、中からノート
を取り出した。

「見るか? おれの秘蔵の持ちネタがぎっし
りだぞ?」

自慢げに掲げた。

「・・・そういえば、お前は学園の自己紹介
で、奇妙な単語を連発していたが・・・」
「奇妙な?」
「・・・確か、ニッポンとか・・・」
「ああ、そりゃおれの持ちネタじゃねえよ、SF
小説のネタだよ」
「SF小説というと・・・最近、市井を賑わし
ているという、あの・・・?」
「え? 読んだことねえの?」
「私はくだらん小説など読まん。
物語というものは、しょせんは、想像力の捻
じ曲がった人間が作り出した空想に過ぎん

「つまんないこと言うなよ。持ってきてるから、
今度貸してやるって」
「いらん」
「読めって・・・おれと友達になれるぞ?」
「いらんと言ったらいらん」

私は首を振って、寝床についた。

「ちぇ・・・面白いのになあ・・・」
「では、先に眠るぞ。
言っておくが、私は寝ているところを人に襲
われて、逆に相手を殴り倒した経験がある

「南方でか?」
「・・・いや」
「うん?」


そのとき、私はわざと、あくびをしてみせた。


「まあいいか・・・おれも寝ますよ・・・。
と、その前に、今日の一発ギャグを考えてか
らだな・・・。
ネタを残して遺産とするのだ・・・ククク・・・
驚け、我が子供たちよ・・・」

樋口のぶつぶつ言う声を聞きながら、私は
睡魔に身をゆだねていった。

 

 

 

・・・

「・・・すー、すー・・・」

すこやかな寝顔は、まるで子供のようにあど
けない。

少女の、純真で優しい素顔。

もし・・・。

もし・・・私が、雑賀さんのように品のいい寝
顔ができれば、私ももう少し、父親と仲良く
できたのかもしれないな。

 

 


・・・・・・

・・・