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車輪の国、悠久の少年少女 法月編【2】

 

 

・・・

田舎町の朝は、盛夏だというのにすがすがしい。

湿り気のない風に肩を撫でられ、二、三の瞬きのあと、布団から身を起こした。

 

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「・・・あ、おはようございます」
「む・・・?」

目の前に立ち上がった雑賀さんは、両手を後ろにひいて伸びをした。

「まさか、私より早く起きていたのですか?」

だとすると、私は監視の役目を怠ったことになる。

「あ、いえ、いまちょうど目が覚めたところです」

確かに寝起きらしく、瞳がぼんやりとして、頬もあつぼったい。

 

 

・・・
「ぐがーっ・・・ぐーっ、ぐーっ」

豪快な寝相。

「おい、樋口っ・・・!」

「あ、そんな・・・無理に起こしてはかわいそうでは・・・?」

布団を剥ぎ取り、頭を平手でたたく。

「ぐっ・・・なんだよ、もう朝かよ・・・」

間抜けそうな大あくびをした。

「貴様も雑賀さんの監督を任された身だろう? とっとと仕事をしろ」
「・・・えっと、すぐ、朝ごはんの支度をしますね」
「だそうだ・・・調理中、ちゃんと監視していろよ」

「なんだよ、お前は? おれに仕事押しつけてなにをやろうってんだ?」
「私はこれから、十分ほど瞑想に入る。
その後三十分は経済ノートをつける」
「要するにプライベートタイムってことかい?」

樋口は、肩をすくめ、雑賀さんをちらりを見た。

「みぃなちゃん、よろしく」
「はい・・・よろしくお願いします。
あ、樋口さん、口元でよだれのあとがすごいことになっていますよ?
ふいてさしあげましょうか?」

笑いながら手ぬぐいを持った手を伸ばした。

「いや、ありがとう。毎日頼むよ」

 

「お子様か、お前は・・・」

「阿久津さんも、髪が少し跳ねていらっしゃいますよ?」

「ぷっ・・・ダサっ」

「待っててください、くしを持ってきますねっ」


「・・・・・・」

身だしなみを整えてくるとするか。

 

 


・・・

 

・・・・・・

世界大戦に勝利したはいいが、我が国はすぐさま南方へと食指を伸ばした。

第一次南方戦役では、大規模な兵力を投入したにもかかわらず、現地異民によ
る激しい抵抗を受け、大敗を喫した。

莫大な賠償金と膨大な戦費の負担に経済は混乱したが、ここ数ヶ月に渡って重
工業の株価が急成長している。

おそらく、戦後に渡ってきた異民が資本を投入しているのだろう。

彼らは、もともと奴隷のように蔑視されていた存在だが、いまでは立場が逆転し
つつある。

アリィ・ルルリアント・法月のような、異民出身の公務員も目立ってきた。

我が国が再び南方へ進出するようなことがなければ、この国の影の経済は帰化
系異民に支配されていくのだろう。

 


・・・

「おい、将臣、いいかげんメシにしようぜ」
「・・・もう少し待て」

「阿久津さん、お忙しいところすみませんが、スープが冷めてしまいますよ?」

「・・・・・・」

「そんなノートつけて、いったいなんの役に立つっていうんだ?」
「校正して、資料を添えて学会に提出する。
すると、私の特別高等人としての評価が上がる」
「はあ・・・出世に余念がないなあ・・・」
「お前は、何もしていないのか?」
「いろいろ補習が残ってるけど、まあ、だいじょうぶじゃねえかな・・・試験には受
かるでしょ。
おれ、天才だし」

・・・一度、こいつの頭のなかを割ってみたいものだ。

「えっと・・・スープ温め直してきますねっ・・・」

慎ましやかに、鍋を持って台所に向かう。

「・・・あ、いや・・・いただきましょう」
「いえいえ、どうぞお勉強を続けてください」
「・・・申し訳ない・・・」

雑賀さんをじっと見つめた。

「あなたには感謝している」
「えっ?」
「我々は特別高等人として、あなたの私生活まで監視させていただくが、あなた
に食事や寝床を用意してもらう義務はないのです」
「そうおっしゃらずに・・・ごはんはみんなで食べるからおいしいんですよっ」

当然のように言い、当然のように微笑んだ。

迷惑しているのに取り繕っているような作為は感じられない。

「なにじーっと見つめてるんだよ」

「ふふっ、照れてしまいます」

 

 

「いや、なんでもありません・・・とにかく朝食にしましょう」

 

 

 

 

・・・

・・・・・・

 

「今日から、雑賀さんのクラスで一緒に授業を受けますので」
「あ、はい・・・学園の許可などはいりませんか?」
「なんとでもなるでしょう」

 

「じゃあ、将臣、あとは任せたぞ」
「は?」
「おれは、町を散策し、ナンパに明け暮れる」
「・・・法月に殺されても知らんぞ」
「だいじょうぶだいじょうぶ、そのときは、またお前がかばってくれるんだろう?」


伸びやかな足取りで去っていった。

・・・別に樋口をかばった覚えなどないのだがな。


「お二人とも、仲が良さそうですねっ」
「仲が良さそうに見えるのですか?」
「はいっ・・・古くからのお友達なのですか?」
「違います」

きっぱりと首を振った。

「違いますが・・・他人からそのように見えるというのであれば、完全には納得で
きないながらも、私と樋口はフィーリングが合うのかもしれませんね」

自分に言い聞かせるようにうなずいた。

「阿久津さんは・・・いつも、そうなのですか?」
「というと?」

少女はすぐには答えなかった。

大きな瞳でうかがうように見つめてくる。

まるで、網膜の裏に私の内面を映し出すかのよう。

「本意が見えないといいますか・・・冷静で、客観的なのです。
いつも人と距離を置いていらっしゃるよう・・・」
「そうかもしれませんね。だが、あなたもでしょう?
誰にでも如才なく接するためには、自らの本心を律して、常に人と一定以上の距
離を置いて過ごすのが、もっとも有効な社交術ではありませんか?」

雑賀さんの瞳が丸くなった。

「わたしたちは、似たもの同士なのかもしれませんねっ」
「・・・似たもの同士・・・」

引っ掛かりを残したが、不意に目の前に飛来した夏虫が心の淀みを散らした。

 

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「あっ、カブトムシですよっ!」
「カブトムシですね」
「わー、すごいなー、大きいカブトムシだー」
「・・・・・・」
「かっこいいなぁっ・・・捕まえてみたいなー」
「捕まえてどうするのです?」
「どうするって・・・楽しいじゃありませんか?」
「・・・はっ」

思わず、吹き出してしまった。

「あのっ、近くで見てみませんか?」

雑賀さんは、我を忘れたように茂みに入っていった。

「・・・・・・」

なにが、似たもの同士だ・・・。

 

 

 

・・・
・・・・・・

 

「みなさん、おはようございますっ!」

教室に入ると、胸を張った。

「こちらは、阿久津将臣さんですっ、すごく頭の鋭い方で、特別高等人の先生で
いらっしゃいます」
「いや、まだ候補生です」
「あ、失礼しました・・・とにかく、みなさん、仲良くしてくださいねっ」

私は、集まった生徒たちの視線をやんわりと観察していた。

雑賀さんに向けられたまなざしは温かい。

「みぃなさん、なんか、制服よごれてないっ?」
「さっきまで、うちの近くでカブトムシを見てたんですよ」

楽しげに小鼻を膨らませた。

「阿久津さんは五匹も捕まえてくださったんです。
もう、すごいんですっ、阿久津さんは。
素早い動きに、感動してしまいました」

クラスのなか、雑賀さんだけが興奮している。

けれど、純真な子供をはたから眺めるかのように、生徒たちは口元をほころばせ
ていた。

「あ・・・もちろん、カブトムシは、山に返してあげましたよ」
「私は、食べるつもりでしたがね」
「えぇっ!?」

・・・しまった。

「いえ・・・冗談です。どうにも私は冗談が苦手だ」

 

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「びっくりしました・・・もう、からかわないでください」
「いや、申し訳ない」

そうか・・・私は、雑賀さんをからかったのか。

「さあ、授業が始まりますよっ、席は私の隣でしたっけ?」

椅子を引いてくれた。

「勉強道具、なかったら貸しますので、なんでも言ってください」
「・・・すみません」
「あ・・・でも、阿久津さんは、基礎課程はほとんど終了しているんでしたっけ?」
「・・・おおよそは」
「では、逆に、勉強を教えてくださいますか?」
「・・・わかる範囲なら」

ころころと変わる表情。

私は、無愛想に、ぽつりぽつりと答えている。

出会ったときもそうだったが、どうにもこちらの調子が狂う少女だ。

 

 

・・・
「みぃなさん、ちょっとココ教えて」
「ええ・・・いいですよっ」


「次のテストのヤマ張ってくれない?」
「がんばってみますっ・・・」

 

授業の合間の休み時間。

雑賀さんの周りには、人だかりができる。

「ねえ、お昼いっしょに食べようよ」
「今日はですね、お菓子を焼いたんです」

カバンのなかから、小さな包みを取り出して開いた。

・・・ふむ、珍しい菓子だな。

小麦粉とバターにシロップを使って作るらしいが、このご時世によく材料をそろえ
られたな。

実家からの仕送りがあるといっていたが、さすがは良家といったところか。

「あ、お茶も用意してますよ。みんなで、のんびりしましょうねっ。
阿久津さんは、甘いものは苦手ですか?」

私にも声をかけている。

・・・仕事をするか。

「嫌いですね。まったく受けつけません」

わざと、不快感を表したように、眉を吊り上げた。

「あ・・・」

少女はいついかなるときでも、人に好かれる存在でなければならないのだ。

誰にでも優しく好意的なのはかまわない。

だが、好意が、必ずしも他人を喜ばせるとは限らない。

「そうですか・・・えっと・・・」

・・・さあ、どう切り返してくる?

「すみません、本当に・・・そんなに気を悪くされるとは思いませんでした」

平謝りか・・・?

「・・・ただ、阿久津さん、これ、とっても美味しいんです。
実家ではよく、お母さんに作ってもらっていて、お茶会をするときは必ず出てくる
んです」
「私は、甘いものは嫌いだと言っているのですが?」
「す、すみません・・・無理に勧めるつもりはないのですが、ただ・・・」
「ただ・・・なんです?」
「ただ・・・阿久津さんといっしょに、食べたかったものですから・・・」
「・・・・・・」

 

 

 

・・・

・・・・・・

 

 


・・・

授業が全て終了し、生徒たちがぞくぞくと教室から出て行く。

「阿久津さん、お疲れさまでした」

昼間の涼しそうな顔は、なりを潜めていた。

「授業は、どうでしたか?」
「正直なところ、退屈でした。
基礎課程は、私のように将来の目標が定まっている人間にとっては、不必要な講
義が多すぎます」
「阿久津さんの目標は、やはり、特別高等人になることですか?」
「そうです」

ステップに過ぎないがな。

「ただ、学園そのものは新鮮ですね。大勢で歩幅を合わせて勉強を進めていくの
は、一見、効率が悪いようですが、学生の協調性が養われるのではないかと、そ
んなことを考えていました」
「学園が、新鮮・・・?」

不思議そうに首をひねった。

「お気になさらずに」

私の家には、学費がなかっただけのこと。

「さて、変える前に、法月先生に今日の報告をしなければならないのです」
「わかりました。私は、阿久津さんのそばを離れるわけにはいきませんし、お供し
ます」
「では・・・」

 

 

・・・

・・・・・・

「阿久津です、本日の報告にうかがいました」
「入りたまえ」

 

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「ふー、暇だ暇だ・・・」

法月アリィは、つまらなそうに机にひじをついていた。

手元には例の拳銃。

引き金にひとさし指を通し、それを軸にして鉄の塊を回転させている。

まるで退屈を持て余す幼女のよう。

 

「失礼いたします」

直後、玩具を発見したとばかりに、目を輝かせた。

「偉いぞ阿久津、いっときも離れずに雑賀を監視しているのだな?
樋口はどうだ? さすがに阿久津一人で四六時中つきまとうのは大変だと思って
、補佐人としてつけてやったぞ」
「・・・報告をします」
「うんうん、聞かせてくれたまえ」

一度、雑賀さんを横目で見てから告げた。

「昨日午後五時より監督を開始しました被更生人・雑賀みぃなですが。
ひと晩をともに過ごして観察した結果、彼女の更生の度合いはまず良好と見て
問題はありません。
ただ、彼女は人に親切にしすぎるきらいが見受けられ、相手によっては不快感を
与える場合も・・・」

「うるさい」

言いかけた私の声は、法月のひとことに押しやられた。

「うるさいぞ、阿久津」

おもむろに立ち上がった。

「ハエか、貴様は?」

童顔の特別高等人は、頭二つ分は差のある私の前に立った。

 

「・・・っ!?」

 

雑賀さんが悲鳴を押し殺しながら、一歩あとずさる。

「どういう、意味でしょう・・・?」

私といえば、わけもわからず、その場に立ち尽くすだけだった。

「結論から言え」

まなざしは鋭いだけでなく、深い。

「更生は終了したのか、していないのか」

腹の底に嫌な感覚が溜まる前に、私は口を開いた。

「申し訳ありません、まだです」

その瞬間、法月は銃口を向けた。

「謝るな」
「・・・っ」
「以後、生きている限り二度と謝るな」

たんなる部下への叱責ではない・・・殺意を感じる。

・・・馬鹿な、まだ一日目だぞ。

「お前は内心こう思っている。まだ、一日目だろうと。
だが、私に言わせれば、もう一日も経ったのだ。
初日だし、雑賀みぃなの性格を分析していたのだろう?
理屈屋の阿久津らしい出だしだな」

目を微動だにさせず、声も揺れずに、押し迫ってくる。

「経過報告などいらん、成果だけをもってこい」
「わかりました。急ぎます」
「よろしい、失せろ」
「失礼しました」

 

「・・・っ・・・」
「雑賀さん、行きましょう・・・」
「は、はい・・・」

逃げるように退室した。

 

 

 


・・・

「はあっ・・・うぅ・・・」

雑賀さんは、青ざめた表情で、肩で大きく息をしていた。

「だいじょうぶですか?」

かくいう私も、額の生え際に嫌な汗を感じている。

「・・・あ、あの方は・・・いったい?」
「私の上司・・・法月アリィ先生です」
「わ、わたし・・・阿久津さんが、殺されてしまうのではないかと・・・」

勘の鋭い女性だ。

「あと一言でも、無駄口を叩いていたら、危なかったでしょうね」
「先日まで、私を監督してくださった先生も、あそこまで恐ろしい方ではありませ
んでした・・・」
「最終試験は、特別高等人のなかでも、特に優秀な先生が担当されるそうです。
まあ、試験が終わるまでの辛抱ですね」
「・・・はい、すみません・・・取り乱してしまって」
「無理からぬことです。 さあ、帰りましょう」

 


・・・謝るな、か。

夕暮れの校舎のなか、私は黙って、その言葉の意味を耳の奥で反芻していた。

 

 

 

 

・・・

・・・・・・

「おせえよ、おめえら」

帰宅すると、樋口がしゃくれ顔で文句を垂れてきた。

「夜遅くまで、二人きりでどこほっつき歩いてたんだ?」
「お前こそ、今日はどこでなにをしていたんだ?」
「町中をうろついていたんだがな、若い子の一人もいやしねえ・・・。
もう、おばちゃんばっかりでよう・・・過疎ってるんじゃねえのか?」
「本当に、遊び歩いていたんだな?」

呆れ果てるしかないな。

 

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「すみません、すぐ、ご飯にしますからねっ」
「いや先にお風呂もらうよ。暑くてしかたがねえや」

・・・うん?


私の脇を通り過ぎたとき、一瞬、嫌な臭いが鼻をかすめた。

「おい、樋口・・・」
「あ?」

雑賀さんに聞こえないように、小声で聞いた。


「血の臭いがするぞ?」
「・・・ああ、野ざらしにしておくのも、むごいだろ?」

法月に殺された仲間たちを埋葬してきたのか。

「ああー、風呂でこっそり涙ながそーっと」

 

行ってしまった。

 

「あの・・・どうかなさいましたか?」
「いいえ・・・。
それより、少しだけ指導をさせていただきたいのですが?」
「あ、かしこまりました。なんなりと」

恐縮したように姿勢を正した。

「まず、昼間の件は謝罪します」
「昼間・・・?」
「私は別に、甘いものが苦手というわけではないのです。
まあ、特に好物というわけでもありませんが」
「え? で、でも・・・あのときは、怒ってらっしゃいましたよね?」
「あなたを試したのです」
「どうしてですか?」
「あなたの好意が、逆に相手を困惑させる場合もあるのではないかと思ったから
です」
「どういう、意味でしょう?」

放心したように首をかしげた。

「学園でのあなたは、とても人気者だ。誰もがあなたを頼り、笑顔を差し向ける。
だが、誰からも好かれる人間こそ大嫌いな人間もいるのです。
もちろん、そんなうがった人間に問題があるのでしょうが、雑賀さんには命取りに
なるかもしれません」

密告を受ければ、最悪、強制収容所に連行される。

「え、えっと・・・すみません、私はただ・・・みなさんに楽しんでいただければと思
っているだけでして・・・」
「人の親切を真に受けられないひねくれ者もいるということです。私のようにね」
「そんな・・・阿久津さんは、そういう人には見えませんよ」

笑いながら、けれど、力強く言われた。

「・・・話がそれましたね。さしあたって、もう少し、人と距離を置いて接してみまし
ょう」
「もう少し、ですか?」

表情に、困惑の色が浮かんだ。

「いまでも十分、距離を置いているつもりですか?」

うなずいた。

「誰からも好かれる人を目指すには、けっきょく、あまりお友達と仲良くなりすぎな
いことだと、私なりに考えたことがありまして・・・」
「正しい」

つきあいが長くなれば、聖人でもない限り、嫌な部分が必ず見えてくる。

「ですから、学園以外で、お友達と顔を合わせないようにしているんです。
家に遊びに行ったり、川でお魚を釣ったり、山登りに出かけたり・・・そういうお誘
いは、お友達のご機嫌を損ねないように、適度にお断りしているんです」

寂しそうに口の端を結んだ。

「なるほど・・・」

そこまで考えて日々を過ごしているなら、もう、問題はないのかもしれないな。

「では、もう数日ほど、このまま様子を見ましょう。
何もなければ、義務の解消を申請します」
「ありがとうございます」

うれしそうに微笑んだ。

「ただ、先ほども言いましたように、ひねくれ者もいるということを忘れないように
。そういった輩には関わらないのが一番です」
「はいっ」

小気味よくうなずく。

・・・素直で、気立てがよく、親切な少女だ。

最終試験というからには、よほど、質の悪い被更生人を当てつけられるかと思っ
ていたが・・・。

雑賀さんは、どう見ても更生目前だ。

 


「簡単すぎる・・・」

 


何か裏があるのでは・・・?

 


「え? なにかおっしゃいましたか?」

 


この一見お姫様のような少女にも、なにか隠し事が・・・。

 


「どうしました? 難しいお顔をしてますよ?」
「・・・いや、やはり私はひねくれ者だと再確認していたところです」

 

 

 


・・・

「ふひゃひゃひゃひゃっ・・・!」
「・・・・・・」
「あははっ・・・クク・・・ウケるぅっ・・・!」
「・・・・・・」
「・・・あー、あー、そこでそう来ちゃうのぉっ!?」
「少しは黙らんか、貴様!」

寝転がって小説を読みふける樋口に、蹴りを入れる。

「だってよぉ・・・爆発オチの連続だぜ?
とりあえず困ったら火ィつけてんじゃねえっつーの!」

ひーひー言いながら、腹を押さえている。

 


「楽しそうですねっ?」
「みぃなちゃんも読むかい?」

 

「おい・・・あまり趣味的なことを雑賀さんに押し付けるなよ」
「なんでだよ?」
「彼女は義務によって趣味を持てんのだ。
なぜなら、例えば本の好き嫌いが、そのまま個人の主張に通じ、人間関係に対
立が生じる場合もあるのだからな」
「ちょっとぐらい、いいじゃねえかよ」


「すみません、阿久津さんのおっしゃるとおり、趣味は持たないようにしているの
です」



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「おれのSF小説が読めねえってのか!?」
「ひっ! すみません、すみませんっ!」

「いいかげんにしろ・・・それでも特別高等人候補生か?」

「じゃあ、お前が代わりに読めよ」
「だから、私は、くだらん小説など読まんと言っただろう?」

うるさいヤツだな。

「読めー、読まんとおれと会話ができんぞ?」

・・・ち。

「わかったわかった。読んでやるから黙れ」
「ホントか?」
「ああ・・・本を読めば、お前のおかしな頭の中身が少しは理解できるかもしれん
しな」
「おお・・・心の友よ」

樋口を手なづけておいて、損はなかろう。

「じゃあ、一番面白い日本編を貸してやろう」

・・・斜めに読んで、適当に話を合わせればよかろう。

 

そんな私の胸中に気づかず、樋口はうれしそうに、本を差し出した。

 

「では、少しだけ読書するとしよう。その間は、わかってるな?」
「おうよ、みぃなちゃんを見守ってればいいんだろう?」

うなずくと、私は手あかにまみれた小説に目を落とした。

・・・ふん、笑い話か。

なにが、八時だよ全員集結だ。

この手の話は、どうせ、愚かな男に失敗を繰り返させ、読み手の優越感をくすぐ
るのだろう。


そら、主役がバナナの皮で転んだぞ。

まったくもって安易な展開。

そら、お次は池にでも飛び込むのか・・・?

・・・なんだ、タライがふってきたぞ。

予想とは違ったが、まあ、だからどうしたと思ってしまえばそれまでだな・・・。

・・・む?

 

「・・・・・・」
「どした、将臣・・・?」
「い、いや・・・」

 

・・・。

お・・・。


おもしろいではないかっーーーー!

 

 

 

 

・・・

「ふ、ふははっ、ふははははははっ!」
「・・・・・・」
「ははははっ、ふはははははっ!」
「・・・・・・」
「はっはっは、あーはっはっはっ!」


「こ、こええー・・・・・・」

「は、はは・・・阿久津さん、ハマってますね・・・」

「不気味すぎるよ・・・」

「あ、阿久津さん・・・あの・・・すみません・・・」

「おい、将臣。みぃなちゃんが、お風呂に入りたがってるぞ?」

 


「はっ・・・!?」

肩を叩かれ、私は、我に返った。

「む・・・そうか、もうそんな時間か・・・」
「クソ真面目な将臣くんが、そこまでハマってくれるとは思わなかったぞ」

なにやら、ニヤついていた。

どうやら私は、声を上げて笑っていたらしい。

「別に・・・」

・・・。

・・・・・・。

「私はただ・・・こういった大衆小説に触れておくのも、特別高等人としての経験に
役立つかと思ったのだ」
「ふーん」
「そもそも、樋口が小うるさく本を勧めてくるから、仕方がなく読んでいるのであっ
て、本来の私は、くだらん娯楽などに興味がないのだからな・・・」
「ほう・・・じゃあ、もういいな?」
「・・・・・・」
「そんなブルーな顔するなよ!」
「いや、お前の考え方を知るためにも、もう少し続きを読ませてもらうぞ」
「素直に面白いから続きを貸せと言えないのかよ・・・」

 


・・・。

・・・・・・。

 


・・・


「ん・・・しょっと・・・」


「やはり、私が気になりますか?」
「は、はい・・・すみません・・・」
「まあ、数日の辛抱です。あなたはもうすぐ自由の身だ」
「だと、いいのですけれど・・・」
「何か不安なことでも?」

思わず身を乗り出した。

「あ、いえ・・・」
「なんですか? 何でも言ってください」
「義務が解消されたら、私はどうなるのかなと思いまして」
「・・・どうって・・・実家に帰られて、神職の修行に入られるのでは?」
「そう、ですよね・・・名誉なことです」
「ええ、国民の憧れの的、といったところでしょう」

裕福な家庭に、生まれついて与えられた栄誉。

「約束された成功といっていいでしょう・・・いや、まったく、うらやましい限りです」
「うらやましい・・・ですか?」
「いや、軽口を叩いてしまいましたね。本心ではありません」

陽気な本を読んだせいか、どうにも饒舌になっているな。

「あの・・・」

長い髪を水で濡らしながら言った。

「阿久津さんは、どうして特別高等人を目指していらっしゃるんですか?」
「・・・なぜそんなことを?」
「いえ・・・」

おどおどと毛先をいじりながら、口ごもった。

「うらやましいのですか?」
「・・・・・・」

指先が、その長い髪と戯れるのをやめた。

「あなたは、生まれたときからすでに道が決まっていましたが、私には、少なくと
職業選択の自由がありましたからね」
「・・・おっしゃるとおりです。私と同じくらいの年齢の阿久津さんが、目標に向かっ
て熱心にがんばっている姿を見て、憧れているのかもしれません」

ちらりとこちらを見た。

「・・あ、あの・・・桶を取っていただけますか?」
「ああ・・・どうぞ・・・身体を流して差し上げましょうか?」

 

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「い、いいえ、いいえ、いいです、無理です、無理ですっ!」
「・・・そんなにあたふたしなくても・・・」

風呂桶を手渡すと、亀の首のように縮こまった。

「・・・私はね、雑賀さん」
「は、はい・・・?」
「単純に、強くなりたいのですよ。権力を持って、大勢の人間を従えてみたいので
す。少なくとも、私より偉そうな人間をこの世から駆逐したいのです」
「ほ、本気ですか・・・?」

私は、当然のようにうなずいた。

「そのために、もっとも強力な権限を持つ、特別高等人を選んだだけのことです」
「・・・はあ・・・」

感心しているような、あるいはあきれているような複雑なため息が返ってきた。

「シンプルですね・・・」
「わかりやすくていいでしょう?」
「けれど、そのぶん、力強いです」
「あなたは、どうなのです?」
「私・・・?」
神職につくにあたって、どうお考えですか?」

すると、少女は考えるそぶりを見せた。

「名誉なことです、とても」
「・・・・・・」

ふと、少女の発言になにか作為的なものを感じた。

「一時は悩みもしましたが、こうやって義務を負ってお父様やお母様に迷惑をか
けていると思うと、わがままもしていられないなと反省しています」

矯正された機械的な口調。

「早く、実家を継ぎたいです」
「けっこうなことですね」

もともと、義務が解消された後日のことなど、私のあずかり知るところではない。

いちいち気にしていたら、一度に複数の被更生人を観ることなど、とうてい不可
能だろう。

「・・・そろそろ、風呂から上がりませんか? 熱くてかなわない。
私も風呂に入りたいので、その間は、あなたを樋口に任せるとします」
「わかりました・・・変なことを聞いてすみませんでした」

もっと何かを聞きたそうだった。

けれど、私はいつものように首を振った。

「お気になさらずに」

 

 

 

 


・・・。

・・・・・・。

ほとんど風のない真夏の夜。

雑賀さんは布団のなかで寝息を立てている。

「おい将臣、あんまり暗いところで本を読むんじゃねえぞ」
「・・・私にかまわず寝るがいい」

 

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「いまどのへん読んでるの?」
「・・・・・・」
「なんで黙るんだよ」
「ラブストーリーだ」
「うん?」
「ラブストーリーだ」
「お、おう・・・強調しなくていいぞ」
「一人の男が、女のために、共同体に反逆するという内容だな」
「ああ・・・そんなのあったな。燃えるだろ?」
「いや、くだらん」

本を閉じ、樋口を見据えた。

「男は大馬鹿者だ。男が反逆を企てたせいで、けっきょくは女は死ぬことになって
しまった」
「なにを言ってるのかねチミは? ラストに女が死ぬことで、涙なしでは語れない
感動のストーリーになってるじゃねえか?」
「物語としての評価はわからん。だが、その後、男が英雄として語り継がれてい
るのが、気に入らん」
「なんでだよ? 国を救ったんだぞ?」
「だが、女は死んだ。そもそも、女を救うために戦いを始めたというのに、これで
は本末転倒ではないか」
「そうじゃねえだろ・・・なんつうのかなあ・・・愛だよ。
愛は永遠なんだよ・・・女は死んじゃったけど、男はそれより大きなものを得たわ
けだよ」
「・・・私にはわからんな」

すると、樋口が吹き出した。

「なんだよ、お前童貞か?」
「違うが、これまで特に恋愛を経験した覚えはないし、これからもないだろう」
「ふーん、じゃあよ・・・」

ふっと、視線を落とした。

つられるように、まなざしを動かす。

その先に雑賀さんの寝顔があった。

「なんだ?」
「フフフフ・・・」
「気味の悪いヤツだな・・・」

樋口は薄ら笑いを顔に貼りつけたまま言った。

「この子さ、すぐに監督が終わるだろ?」
「おそらくな。ほとんどなんの問題もない被更生人のようだから。
明日と明後日、様子を見て何もなければ、そのまま大法廷に申請を出すつもり
だ」
「そしたら、おれたちは、ようやく試験が終わって遊べるわけだ?」
「遊べない。特別高等人としての仕事が始まる」
「みぃなちゃんはいい子だよー」
「いきなりなんだ?」
「いい子だよー、たぶん」
「たぶん?」
「だって、よくわからねえじゃん」

薄暗い部屋を見渡した。

「部屋ってのはさ、だいたいそいつの趣味が出るじゃん」

清潔で、整理整頓が行き届いている。

けれど、それだけだった。

「義務によって、自分を殺さなくてはならないからな」

樋口も、同意したようにうなずいた。

「みぃなちゃんは、あまり友達を作らないようにしているらしいな」
「人と関わって、プライベートに踏み込まれたら、ボロがでるかもしれないからな」
「じゃあよ・・・」

にぃっと、笑う。

「いま、一番、みぃなちゃんのプライベートに踏み込んでいるのは・・・一緒に風呂
に入って、一緒に寝て起きて、一緒に飯を食っている・・・」
「・・・私、だろうな」

だから、なんだというのだ?

 

 

・・・ 

私は、開いた小説に再び目を落とした。

つまらないと思いつつ、最後まで読み進めてしまった。

男は、女のために、国に牙をむいた。

だが、私は、私のために、牙を磨いている。

 

 

・・・・・・・。

・・・。

 

 

 

 

・・・

「おはようございますっ! 今日も、いいお天気ですよっ」

起床してすぐに、雑賀さんの元気な声を聞く。

「真夏ですねー、じんわりとしてきましたねー、こんな日はお散歩が気持ちいいで
すよー」

「女子アナか・・・」

ぼそりとつぶやきながら、目を覚ます樋口。

「樋口、まさか今日も遊び歩いているわけではあるまいな?」
「うむ、無論だよ。昨日出会ったマダムと、約束してある」
「・・・法月に殺されても知らんぞ」
「だいじょうぶだいじょうぶ、おれ、天才だから」

・・・昨日の朝と同じやりとりになってしまったぞ。

「一人でみぃなちゃんを観てるの、きついか?」
「いや、昨日は問題なかった」
「ていうか、お前、学園の女子トイレにも同行してるの?」
「無論だ」
「・・・こりゃあ、嫁にもらってやるしかねえよな・・・」

言いつつ、雑賀さんに視線を投げた。

「はい?」

にこりとしている。

「樋口にかまわず、行きましょう」

 

 

 


・・・
・・・・・・


「みなさん、おはようございますっ」

朝の教室は、昨日と少し雰囲気が違った。

「あ、みぃなさん、ちょっとちょっと」
「はいはいなんでしょう?」

王に群がる民衆のように、学生たちが集まってくる。

「え? そんな・・・」


「どうしました?」

私はまるでお姫様を守るボディーガードのよう。

「お化け、ですか?」
「そうなのよ、気味が悪くって」

生徒達は、皆、同じように青ざめていた。

「うーん、怖いですねえ」

救いを求めるような目で私を見た。

「前にも何度かあったんですよ」
「ほう・・・」
「あ・・・あまり、興味なさそうですね・・・すみません」
「正直に言わせていただければ、幽霊など迷信に過ぎませんよ」

もし、そんなものが実在すれば、戦争で何百人と人を殺した私は、真っ先に呪わ
れているに違いない。

「でも、この学園での幽霊騒ぎは、一度や二度じゃないんです」
「ふむ・・・」
「なんでも、校舎の地下から、夜な夜なけもののようなうなり声がするのだそうで
す」
「ほう・・・」
「・・・あ、あの・・・?」
「はい?」
「い、いえ・・・すみません、つまらない話をしてしまって」

気を使わせてしまったようだ。

「それでは、夜は学園に近づかなければよいのではありませんか?」
「ええ、そうですね」
「問題解決ですね」
「いや・・・なんといいますか・・・お化けのいる学園で授業を受けるというのも、な
んとも居心地の悪いものではありませんか?」
「といっても、この町に基礎課程を学べる学園はここしかないようですが?」
「そ、それはそうなのですが・・・」

どうにも会話が噛みあわない。

「幽霊などという超自然的なものに、我々は無力です。
したがって、気にしても仕方がないという結論に至りますが?」
「ああ、いや・・・本当に、おっしゃる通りなのですが・・・」

そこで、雑賀さんが、珍しくため息をついた。

 

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「阿久津さんは、すごい人ですね・・・」
「理屈っぽいと?」
「・・・あ、いえ・・・否定的な意味ではありません」
「あなたはロマンティック乙女なのですか?」
「は、はい!?」
「・・・あ、失敬・・・樋口の小説にそのような言葉が・・・」

軽く咳払い。

「幽霊を信じて怖がっているあなたを、少々揶揄してみたくなったのです」
「ふふふっ・・・。
夢見がちな女の子だと、昔は両親に言われていました」
「そうでしょうね」
「それにしても、ロマンティック乙女ですか」

満足げに笑った。

「今度、使ってみます」

・・・いつ、どこで、何に使うというのだろう?

 

 

 


・・・

・・・・・・

昼下がりの休み時間。

「ういーっす!」
「樋口さん、こんにちは」

「ずいぶんと遅い登校だな。ところでお前のクラスはここではないはずだが?」
「そんなもんどうでもいいだろ?」
「何か用か?」
「明日は『山の学園』らしいじゃねえか?」
「山の学園?」

 


「すみません、阿久津さん、忘れてました」
「はい?」
「明日はですね、みんなで山にキノコを採りに出かけるんです」
「なぜ?」
「・・・な、なぜといわれても、学園の行事なのです」
「ほう・・・」
「・・・あ、また興味なさそうですね」
「いえ・・・行事の意図がわからないので、少々混乱したのです」


「意図なんてねえよ、みんなでワイワイ騒いで遊ぶんだよ」

「いちおう、山に親しみ、自然との一体感を養うという目的がありますよ」
「なるほど・・・理解できました」
「わかっていただけましたか?」
「つまりはサバイバル訓練ということですね?」
「違います」


む・・・。


「よくわかりませんが、私は雑賀さんと行動を共にするだけです」
「特に、準備などはいりませんので」


「いいや、心の準備はいるぜ?」

樋口が薄笑いを浮かべた。

「心の準備だと?」
「さっき、その辺のねーちゃんに聞いたんだが、キノコ採りはペアで行うらしいじゃ
ねえか?」
「なぜ?」
「・・・いや、なんでもいいじゃねえか」

樋口はうんざりしたように、雑賀さんと顔を見合わせた。

「・・・まあ、はぐれないようにということか?」
「そう、それ! そんな感じ!」

 

「最もたくさんのキノコを集めたペアは、表彰されるんですよ」
「なぜ?」
「・・・あ、いえ・・・すごいじゃないですか?」
「なにがすごいのですか? たかがキノコの量で人の優劣を競うというのは感心
できませんが?」
「そう言われると、そうですね・・・感心できません」


「みぃなちゃん、将臣のペースに引き込まれちゃダメだよ」
「あわわ・・・」

 

「とにかくだ!
おれは、みぃなちゃんと一緒にペアを組みたい!」
「ほう・・・」
「お、反対しないんだな?」

なぜか、樋口は舌でいやらしそうに上唇をなめる。

「やはり、駄目だ」
「なんでだよ」

「ええと、すみません・・・樋口さんはお隣のクラスですので、私とペアは組めない
かと思います」
「ちぃっ・・・将臣め・・すでに、みぃなちゃんを抱き込んでやがるな・・・」

突如、襟を正した。

「まあいい、勝負だ阿久津」
「は?」
「歴代最強の候補生といわれている阿久津将臣を、おれが倒す」
「キノコでか?」
「キノコでだ。
きっとみぃなちゃんも、おれを見直すはず」


「もともと見損なっているわけではありませんよ」


「まあよかろう。何事にも一位を狙うという精神は大切だ」

馬鹿馬鹿しいが、勝負事において、この軽薄な男に負けるというのは、どこか不
快なものがある。

「ククク・・・背後に気をつけるんだな・・・」

「ふ、不正はいけませんよ・・・」

 

 


・・・

生徒たちは、皆、雑賀さんとペアを組みたがった。

けれど、義務を遵守しているかどうか監視するという名目により、けっきょく私と
組むことになった。

 

 

 

・・・

・・・・・・

 

 

 

 


・・・

 

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「明日は、楽しみですね」

雑賀さんの私に対する態度も、少しずつ慣れが見えてきた。

「しかし、恐ろしいくらいにのんびりしています、私は」
「のんびり、ですか?」
「ええ・・・たった三日とはいえ、これまでの人生で最も平凡な毎日です」
「これまでは、過酷だったのですか?」
「そうですね・・・まず、生きなければ、というようなことを考えていましたね・・・」

それが、キノコ採りとはな・・・。

「あの、阿久津さんは、生まれはどちらですか?」

む・・・?

「・・・首都の東にある小さな町ですが?」

態度に慣れが見えてきているのは、私も同じだった。

「都市部にある、有名なスラムですよ」
「ああ、あの・・・」
「あの・・・?」

思わず、身を乗り出した。

「ご存知なのですか?」
「ええ・・・足を運んだこともありますよ」
「冗談でしょう?」
「本当です。セブンストリートと呼ばれる区域ですよね?」

私は驚きに目を丸くしているだろう。

「懐かしい名前を聞きましたよ・・・いや、本当に驚きました」

セブンストリートとは、もともと都市部の貧民層と郊外の富裕層を分ける道路のことだ。

それがいつの間にか、スラム街を指す名称となった。

犯罪の温床のような区域で、浮浪者や金のない異民を中心に、生産性のない人間たちがざっくばらんに突っ込まれている。

窃盗や放火などは日常茶飯事の出来事で、昨年は、全国に飛び火しかけた暴動事件すら起こった。

「やっぱり、そうだったんですね・・・」

雑賀さんが、なにやらしきりにうなずいていた。

「最初にお会いしたときから、この人はなにか違うなと思っていたのですが・・・」
「・・・・・・」
「そうでしたか・・・あそこで育ったのですね・・・どうりで、勇ましい顔つきをしていらっしゃる」
「・・・・・・」
「わ、私、実は、あそこで歌を、ですね・・・」
「う、た・・・?」

私には、この少女に言いたいことが山ほどあった。

だが、黙っていた。

まるで、暗い、卑屈な感情を隠した氷山のよう。

「歌ではなく、詞なのですが・・・ふふっ・・・。
は、恥ずかしいですけど・・・え、えっと・・・下手なのですけれど詞を書いて、皆さんの前で発表していたんです」
「・・・異民音楽ですね?」

SF小説でいうところの、ヒップホップだ・・・いや、ギャングスタラップといったほうが、正確なのか・・・。

「そうですそうですっ・・・ああ、懐かしいなぁ・・・」

頬を高潮させ、目を輝かせている。

私は、ただ、職務を遂行するのみ。

「雑賀さん、それはあなた、逮捕されて当然でしたね」
「・・・あ、はい・・・」
「あなたは、高家のお嬢様なのです。
あなたが書くべき詞は、異民音楽のような汚らわしい言葉の羅列ではない」

なにかにつけて、火をつけろ、金持ちは豚、くそったれ・・・そんな相手を不快にさせるような歌詞が並ぶ音楽だ。

けれど、その瞬間だった。

 

「汚らわしくなんかありません・・・」

 

私は、雑賀みぃなの本性を覗き見たような気がした。

「いえ、下品は、下品なのかもしれませんが、高度な技術で歌詞(リリック)を巧に操るんですよ? 韻を踏んだり、言葉をひねったり・・・あれは一つのアートです」
「・・・雑賀さん・・・」

私はいらだたしげに、少女を見据えた。

「あ・・・」
「・・・・・・」
「す、すみません・・・わたし・・・つい・・・。
た、ただ、阿久津さんなら、共感していただけるのではないかと・・・。
すみません・・・」

長年の習慣からか、少女はいつものように恐縮した姿勢となった。

「わかればよろしい。
民音楽は、下品で反社会的な詞が多すぎるのですよ。
先の暴動事件で、保守派の議員などは、異民音楽が諸悪の根源だと騒ぎ立てたくらいです」
「・・・し、知っています・・・すみません」
「以後、二度と、そんな趣味があったなどとは言わないことですね」
「・・・っ」
「これは、忠告ですよ?」
「は、はい・・・」
「もし、この忠告を無視した場合、あなたは強制収容所に行くしかない」
「申し訳ありませんでした。それは何度も先生方に指導していただいていたことでした」

そうだろうな・・・。

「そうですよね・・・私は、誰からも好かれるような存在にならなければならないのに・・・人を選ぶ音楽を好きになってはいけないですよね」
「人を選ぶどころか、国民の大半が嫌悪感を抱いている音楽ですよ?」

 

少なくとも現在では。

時代が進めば、認知も広がっていくのかもしれないが。

 

「す、すみません・・・本当に・・・まだまだ考えが浅かったです」
「わかればよろしい」

 

舌打ちをしたい気分を何度も押しとどめた。

 

 

 


・・・

「おい、てめえら! いつまで風呂に入ってんだ!」

「む・・・?」

「まさかてめえら、お風呂でにゃんにゃんしてるんじゃねえのかぁっ!?」

ドタバタと乱入してきた樋口の存在が、少しありがたかった。

 

 

 

・・・。

・・・・・・。

 

 

・・・

「おい、将臣、いつまでも本を読んでるんじゃねえよ」
「・・・・・・」
「無視かよ」
「うるさいぞ」
「うるさいクズ、って親友にそんな口の聞き方ねえだろ」
「クズとまでは言ってない」

私は本を閉じた。

「そして、親友でもない」
「でも、妙に会話が弾むだろ?」
「気のせいだろ?」
「うそうそ、お前はもうおれの虜さ」
「お前はどうしてそう、頭がおかしいんだ?」
「なにそれ? おれのルーツを探ろうっての?」
「興味があるところだな」
「長くなるぞ、いいかよく聞け」

そこで、大きなあくびをした。

「・・・と思ったけど、やーめたっと」
「なんだと?」
「明日、将臣がおれに勝ったら教えてやろう」
「キノコ採りでか?」

うなずいた。

「別に、お前の過去など知らなくてもいいが、勝負というからには相手をしてやろう」

横になって、話を打ち切った。

「しっかし、キノコ採りとはねえ・・・最終試験が一番楽だわ・・・」

樋口も隣で、同じ天井を見上げている。

「確かに、楽だな」
「波乱の予感はあるんだけどねえ、ひしひしと・・・」
「油断はできんだろうな・・・」
「ああ・・・」
「さしあたって、法月先生の考えが読めないのが懸念となっているが、お前はどうだ?」
「・・・・・・」
「・・・なんだ、もう寝たのか」
「ぐがーっ・・・ぐがーっ・・・」

寝つきの悪い私とは大違いだな。

「ふむ・・・」

周囲の安全を確認し、懸案事項を脳内でまとめあげる。

 

・・・

「・・・すーっ、すーっ・・・」

雑賀さんは寝息を立てている。

・・・やはり、義務を負ったのには、それなりの理由があったか。

まあ、はやいうちに義務の解消を申請してしまおう。

こんな少女のために、私の成功が妨げられてはかなわんからな。

 


しかし・・・。

 

 

ーー『た、ただ、阿久津さんなら、共感していただけるのではないかと・・・』

 

 

・・・。

・・・まあいい、眠るとしよう。

 

 

 

 


・・・