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車輪の国、悠久の少年少女 法月編【3】

 


・・・・・・。

 

 ・・・。

 

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「よーし、貴様ら準備はいいか!」

樋口はいつの間にか自分のクラスを掌握したようだ。

「我々のクラスがもっともキノコを集められるかどうかは、諸君らの働き如何にかかっておる。
一人はみんなのために、みんなは一人のために。
粉骨砕身、月月火水木金金の精神でかかれぃっ!」

ざわめきと失笑が生徒たちの間を走る。

教員の一人が、樋口の首根っこをつかんで退場させた。

早朝とはいえ、厳しい暑さのなか、私たちは山に向かう。

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「がんばりましょうね、阿久津さん」
「あなたは特に気を張る必要はありませんよ」
「いえいえ、阿久津さんのために、一生懸命がんばらせていただきます」

少女は、こんな行事の日でも指定服のままである。

・・・少し、不憫だった。

 

 

 

・・・
・・・・・・

「隣、歩いてもいいですか?」
「・・・私の目に映る範囲ならどこにいてもかまいませんよ」
「はい、ふふふっ」

雑賀さんはいつも上機嫌だが、今日は特に楽しげだった。

「たくさん集められるといいですねー」
「そうですね、実を言うとキノコは私の好物なのですよ」
「えっ・・・」
「たくさん持ち帰って、煮たり焼いたりして食べましょう」
「そ、そうですか・・・そうですねっ」
「ん・・・?」
「はい?」
「どうかしましたか?」
「いえいえ、阿久津さんこそどうかなさいましたか?」

満面の笑み。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「阿久津さんって、やはり勇ましいお顔をしてらっしゃいますね」

どうやら、私たちはしばし見詰め合っていたようだ。

雑賀さんは、実に上品な顔をしている。

「あ、すみません、まじまじと見てしまって」
「お代はけっこうですよ」
「ふふっ、それは冗談ですか?」
「ええ、まあ・・・」

思わず目を逸らす。

「ジョークのセンスというものは、今後、ビジネスに必要とされるでしょうか
ら、私も修行中なのです」
「了解しました」
「ときどき、おかしなことを口走るかもしれないが、許してください」
「言葉をかけるといいとされるそうですよ」
「・・・かける、ですか?」
「例えば・・・私たちはまだ、てっぺんの地位ではないですが、とくに欠点も
ありません・・・とかですね」
「なるほと。てっぺんと欠点が、かかっているのですね・・・参考になります

「他には・・・いつもリゾート気分でいるのが理想の自分・・・とかですね」
「ほう・・・面白いですね」
「ええ、楽しいですよー。奥が深いんです」
「例えば・・・生き残ったキノコ・・・というのはいかがでしょう?」

 

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「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ええとですね・・・あんまり無理やり過ぎると、ダジャレという感じになっ
てしまって、ちょっと違ってしまうんですが・・・」
「つまり、面白くないということですね」
「いえいえ、私もそんな感じですから」
「どうしてそんなことに詳しいのですか?」
「・・・あ、いえ・・・その・・・。
作詞にも通じるところがありまして」
「ああ・・・では、この話題はやめておくとしましょう」
「・・・っ」

寂しそうにうつむいた。

けれどそれも一瞬のことだった。

「そろそろ山に着きますねっ」

私に不快感を与えないよう気づかったのか。

少女は、いついかなるときでも、明るい。

「・・・だが、おっしゃるとおり、芸術は奥が深いですね」
「え?」
「いえ、勉強になりました。ありがとうございます」

雑賀さんは、きょとんとしていたが、すぐにまた顔を輝かせた 。

「阿久津さんのお役に立てて、光栄ですっ」

 

 


・・・
・・・・・・

夏の野山は一面の緑に包まれ、蝉が騒々しいほどに鳴いている。

「おい、将臣」

樋口が生徒たちの間を割って寄ってきた。

「一つ聞き忘れていたんだがな」
「もったいぶるな。用件を言え」
「もしおれが勝ったら、どうする?」
「別にどうもしない」
「おいおい、それじゃ、勝負の意味がないだろう?」
「ふん・・・では、もし万が一、私が敗北を喫するようなことがあれば、お前
の言うことを一つ聞いてやろうではないか?」
「・・・ほほぉっ、じゃあよぉ」

また、いやらしそうに舌を這わせた。

・・・どうせ、雑賀さんと一緒に入浴させろ、とか言うのだろうな。

「おれのことを三郎と呼べ」
「ん・・・?」
「なんだ? 拍子抜けか?」
「名前で呼べと?」
「そろそろ心を開いて欲しいわけだよ」
「・・・・・・」

いま気づいたのだが、この男はいつでも目だけは笑っている。

「お前って、友達いないだろう? おれが初めての親友になってやるって」

樋口の利用価値はまだ計りきれないものがある。

「・・・まあ、いいだろう。ただし、私が勝ったら・・・」
「おうおう、お前の夢に協力してやるぜ」
「夢・・・?」
「権力を握って、気に入らないヤツをぶっ潰すんだろう?」

ひょっとして、私と雑賀さんの会話を盗み聞きしていたのか?

「なんのことかわからないな」

しらを切っていると、雑賀さんが言った。

「お話中すみません。そろそろ、始まるみたいですよっ」

見れば、生徒たちが、蜘蛛の子を散らすように一斉に山林に入っていく。

「よし、じゃあな、将臣。首を洗って待っていろ」

樋口も颯爽と茂みに向かっていった。

 

「わたしたちも、がんばりましょう」

 

 

 

 


・・・
・・・・・・

 

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「あ、あわわっ、わわわわわっ!」
「こっちです」
「は、はいぃっ! わわわっ!」

私たちは、他の生徒たちから離れ、川沿いまでやってきた。

夏季であれば、山林よりも、岩場の影に隠れたキノコを見つけるほうが容易い

 

・・・しかし。


「お、おわわっ、あ、足がっ・・・ひぃっ・・・!」
「・・・・・・」
「はあっ、岩に足を取られるところでした。まったく、とんでもない大自然
驚異です」
「・・・・・・」
「あ、はわわっ・・・ごつごつしてっ、あ、歩きにくいですねっ・・・舗装さ
れていない道は、危険が危ないですねー」
「あの、雑賀さん・・・」
「は、はいっ? なんでしょう?」
「・・・失礼なことを言わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、なんなりとっ!」
「あなたは、運動音痴なのですね」
「す、すみません・・・隠していたわけではないのですが・・・」
「いえ、あなたの調書をななめに読んでいた私にも責任はある」

よたよたと、不安定な足取り。

「は、はわぁっ!」

ドテン。

「・・・だ、だいじょうぶですか?」
「うぅ、だいじょうぶです・・・す、すみません本当に」
「鼻が赤くなっていますが?」
「はい・・・がんばりますっ」

涙目になっていた。

「さしあたって、この辺でキノコを採取しましょう」
「え? キノコ? ないですよ?」

きょろきょろしている。

「岩をひっくり返してみてください。地形から見て、背が低くて白いキノコが
群生しているはずです」
「岩ですね? りょ、了解しました」

 

・・・

 

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「んーっ! んーっ!」
「・・・・・・」
「はあっ、はあっ、んーっ! んーっ!」
「・・・・・・」
「だ、ダメでした!」
「ダメでしょう、そりゃ・・・。
そうではなくて、もっと手軽な岩でけっこうですから」
「わ、わかりました」
「よろしくお願いしますね」
「どの辺がいいんでしょう?」
「その辺で」
「その辺といいますと?」
「その辺はその辺です」
「し、しかし、ここら辺は、全て危険地域ですし、一歩も動けないですし、大
自然の驚異ですし・・・」
「いや・・・雑賀さん、あのですね・・・」
「は、はい・・・?」

モタモタ、ヨロヨロ・・・。

「とりあえず、ご自分の近くにある岩を動かしてください」
「わ、わかりました」
「わかってもらえましたか」

 

・・・

 

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「んーっ! んーっ!」
「・・・・・・」

 

 

・・・・・・。

・・・。

 


ふと、樋口の顔が浮かんだ。

勝負あった、と思った。

 

 

 


・・・。

・・・・・・。

 

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・・・

けっきょく、私が一人でキノコを集めている。

岩の裏に繁殖するキノコを見つけだし、根から引き抜いていく。

ナイフを使って切り取る場合もあった。

「はあ・・・すみませんね、阿久津さん。わたしだけ休んでしまって」
「お気になさらずに・・・」
「はあ、恐縮です・・・」

役目を与えて欲しそうに、こちらを見ている。

「・・・では、そうですね・・・」
「はいっ! なんなりと!」
「採ったキノコを川の水に浸しておいてください」
「了解しました! 採ったキノコを水に浸しておく係りですねっ!」

素晴らしく歯車的な復唱。

「ええ・・・すると、あとで食べるときにコクが出ますので」
「あとで食べるときにコクを出す係りですね!」
「・・・はい、そういう係りです」

元気がいいのはけっこうだが・・・。

「やはり、やめておきましょう」
「え? もう解任ですか? なにかお気に触りましたでしょうか?」
「いえ・・・なにか、とんでもない失敗をやらかしそうな予感がしたものです
から」
「・・・そんな・・・わたし、うっかりキノコを川に流したりなんかしません
よ」
「それです、それ。いまおかしなこと言いましたよね? それです」
「はわわわ・・・」

だいぶ時間をロスしているな。

「何時までの行事でしたっけ?」
「はい、午後五時までです。
あっ、時間わからないですねっ・・・腕時計持ってくればよかったです」

腕時計などと・・・高価なものを持っているのだな。

「いえ、だいじょうぶです。その辺の石と木の棒を使って、簡易的な日時計
作ることができますから」

けれど、このままでは、樋口に敗北するのは目に見えているな。

勝てない闘いは、無意味だ。

「・・・雑賀さん、もうこのへんにして帰りましょう」
「え? でも、まだ時間はありますよ?」
「しかし、現状ではトップを取ることは不可能と推測されます」
「は、はい・・・」
「あなたも、こんな危険地域にいたくはないのでしょう?」
「し、しかし・・・えっと・・・。
意見させていただいても、よろしいでしょうか?」

かしこまって言われ、私は返答に困った。

「絶対、ですか?」
「は・・・?」
「阿久津さんのおっしゃるとおり、わたしが足を引っ張っているせいで、樋口
さんのほうがきっと多くのキノコを集めていると思います。
けれど、絶対とは言い切れないと思いますよ」
「いえ・・・私の読みも甘かったのです。この町では、涼しい気候のせいか、
岩場にキノコがあまり生えてなかったのです。
よって、山林で樹木から生えるキノコを採っている樋口が勝利することは、ほ
ぼ間違いないのです」
「どれだけ、がんばってもですか?」
「はい・・・無駄な努力はしたくありません」

妙に食い下がってくるな。

「で、でも・・・楽しいじゃありませんか?」
「楽しい・・・?」
「たとえ勝負に負けても、楽しければそれでいいじゃないですか?」
「・・・ふむ」

私は、しばし目を閉じた。

そして、即断した。

「・・・それもそうですね、しょせんは余興でした」
「ええ、遊びですしっ」
「では、残り時間いっぱいがんばるとしましょう」
「やる気になっていただけましたか?」
「日本人は、余興にも全力を尽くすそうですよ」
「ふふっ、最近、本当にあの本にハマってらっしゃいますねっ」

・・・そう、遊びだからいいのだ。

計算や推測など、する必要はない。

遊びの場合は、な。

 

 

 


・・・。

・・・・・・。

 


・・・

日が傾いたところで、キノコ採集は終わった。

「ひっひっひ! おれの勝ちだな将臣!」

樋口がキノコでいっぱいになったザルを見せつけてくる。

一見して私たちより数が多いことがわかる。

「どーだ、将臣っ!?」
「・・・・・・」

 


「じゃあね、三郎ちゃん、またね」
「うんうん、ありがとねー」

明らかに学生ではない婦人が、山道を下っていった。

「誰だ?」
「あの人? 近所のおばさん。おれのことをさんずいにくさかんむりで漢って
言ってくれる」
「まさか、お前のペアだったのか?」
「元気がいい人だったからさ。助っ人としてお願いした」

 


「樋口さん、学外の人とペアを組むのは、反則ではありませんか?」
「反則でもなんでも勝てばいいんだよ、なあ、将臣?」

・・・卑怯な気もしないでもないが。

「そうだな、私の負けだな、三郎」
「おお、素直じゃねえか・・・素直すぎて怖いぜ」
「呼び方など、どうでもいいことだ」

私はそっぽを向いて、キノコの山を袋に集めた。

 

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「さあ、帰るぞ」
「はい。今日はこのまま下校してかまわないみたいです」
「腹もすきましたしね」
「キノコ・・・お好きなんでしたっけ?」


「おう、そいつは初耳だ。お前のことだから、ゲテモノしか食わないかと思っ
たぞ」
「・・・南方では、キノコくらいしかまともな食い物がなかっただけだ」


「でも、お好きなんですよね? 一生懸命採ってましたもんね」
「・・・ええ、まあ・・・特に深い理由はありませんが」

 

「素直じゃないなぁ・・・」
「うるさいぞ、三郎」


背を向けて、歩き出した。

 

「こうして、樋口三郎と阿久津将臣との友情が深まったのであった」


「・・・え、えっと・・・そういう一言で全てが安っぽくなったような・・・

 

 

 


・・・。

・・・・・・。

 

 

 

・・・

採ってきたキノコを鍋に入れ、湯で沸かしている。

「それにしても、鍋があってよかった」
「だな。この家はガスも通ってるし」
「風呂も広い」
「下水道も整備済みと」

鍋をつつき、キノコの煮え具合を確認する。

「もうそろそろいいんじゃないか?」
「いや、まだだな・・・」
「おいおい、目つきが真剣だぜ?」
「黙れ、茶化すな」
「実は、毒キノコを混ぜておいたから」
「ふざけても無駄だ。私にはわかる」
「でも、ものすごく毒々しい赤色のキノコも混じってるけど?」
「それは、完全に煮つくせば毒素が消える。
ちゃんと調理すれば、うまいのだぞ」
「おおー、なんかプロっぽい発言」

三郎の顔が鍋の湯気に覆われていく。

「ふむ・・・そろそろだな」
「奉行の許可がでたぞ! 突撃!」

三郎は箸をかまえた。

 

「・・・っ」
「・・・どうしました? もういいですよ?」
「あ、はい・・・ありがとうございました」

調理中、ずっと黙っていた雑賀さんは、おもむろに箸をつかんだ。

「おいしそうですね」
「ええ、二人で苦労して採ったかいがあったというもの」
「わたしは、なんのお役にも立てなかったのですが・・・」

苦笑いを浮かべ、箸を動かす。

「阿久津さんの努力の結晶、いただきますっ」

樋口は、我を忘れたようにがっついていた。

 


「うめー、コレ!」

はぐはぐ・・・」

「いやぁ、この町はいいなぁ。一生住もうかなぁ」

はぐはぐ・・・」

「ねえ、みぃなちゃんは、この町に来てどれくらいになるの?」

雑賀さんは、リスのようにキノコの房をかじっていた。

「ええと・・・半年くらいになりますか」
「なんだ、けっこう最近なんだね。それまでは、都会にいたんだね?」


「少しは調書を読め。首都の上等官舎にお住まいだったんだ」
「へえ・・・なんでまた、この町に?」
「担当の先生に、こちらに住まうよう命じられまして・・・」
「そりゃあ、急な引っ越しだったね」
「特に、不自由はありませんでしたよ・・・くわっぷ」
「え?」


「どうかしましたか?」

奇声を発したようだが?

 

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「いえいえ、おきになさらずに・・・くわっぷ」
「しゃっくりかい?」
「い、いや・・・くわっぷ! くわっぷ!」

箸を置き、つらそうに胸を押さえだした。

「お、おいおい・・・!」
「だ、だいじょうぶです・・・この町は空気がきれいで、皆さん優しい方ばか
りで・・・ほ、本当に住みやすい・・・くわっぷ!」
「いや、だいじょうぶじゃねえだろ、顔赤いし・・・」
「くわっぷ! くわっぷ! くわっぷ!」


・・・ただごとではないな。

 

「おい阿久津!」

三郎が雑賀さんを抱えながら叫んだ。

「貴様あぁ、プロぶりやがってぇ! 毒キノコが混じっていたんだろうが!」
「馬鹿をいうな」
「嘘つけや! どうみても毒キノコだろうが! 毒キノコだろうがっつってん
だろうが!」
「・・・っつってんだろうが、と言われても、毒キノコなど混じっていない」


「は、はわわわ、くわっぷ! くわっぷ!」

胸を押さえ、床にうずくまる。

「もし、毒があったのなら、同じものを食べた我々に異常が見られない道理が
ない」
「道理がないとか冷静ぶっこいてんじゃねえよ!」
「それもそうだ・・・」


雑賀さんの顔色をうかがう。

「うぅぅ・・・あ、うぅう・・・はわっぷ!」
「雑賀さん、聞こえますか?」

腕を取り、脈を確認する。

「は、ああ・・・うぅ・・・す、すみません・・・くわっぷ!」

苦しそうに胸が上下する。

・・・どうやら食べたものをもどしたがっているようだ。

「おいおいおい、どうしちまったんだよ!」
「騒ぐな・・・」

頬は赤く染まり、厚ぼったく腫れ上がっている。

「・・・発疹しているな」

私は、病状を考察する。

「三郎、私の知識では、おそらくこれはアレルギーだと思うのだが?」
「アレルギーだって?」
「確証はない。私は医療系の単位を、精々外傷の応急処置程度までしか習得していないのだ」

無論、近いうちに勉強し直すが。

「お前はどう思う?」
「おれは、専門が産婦人科だからな」
「・・・つまりは、学んでいないということだな?」
「そうとも言う」

力強く言った。

「あぅ・・・わわわ・・・くぅう・・・わっぷ、わっぷ!」

がたがたと、震えだした。

「ちぃっ! 薬は持っていないよな?」
「ああ・・・山越えのとき、薬類は谷底に落っことしちまったよ!」
「この町に医者は!?」

キノコアレルギーとはいえ、放っておけば大変なことになる。

「わかんねえ! いると思うけど」
「・・・ち」

私は、大きく息をついた。

「やむをえん。法月先生に力を借りるとしよう」
「てんてぇか・・・たしかにてんてぇなら、なんとかしてくれるかもしれん」

・・・まったく、大失態だ。

「私が現状を報告しにいく」
「わかった。その間に、みぃなちゃんを寝かしつけておくよ」
「頭は冷やすんだぞ」
「任せろ」

私は急いで外に飛び出した。

 

 

 

・・・・・・。

・・・。

 

 

・・・

 

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「こんな時間にどうした?」

私は一礼すると、静かに法月のそばまで歩み寄った。

「雑賀みぃなが死んだか?」
「いえ・・・」
「では、薬でも求めに来たのか?」
「その通りです」

なぜ・・・?

「キノコアレルギーでも出たのだろう?」
「はい」

私は、何も言っていない。

「お前はこう思っている。なぜ、お見通しなのかと」
「・・・・・・」
「雑賀みぃながアレルギーを持っているのは知っていた」
「調書にはありませんでしたが?」
「うんうん、私のミスだ。ごめんな、阿久津」

・・・謝るな、と教わったばかりだが。

「阿久津の好物がキノコであることも知っていた。そして今日は学園で行事が
あった」
「なるほど・・・。
私が血相を変えて、夜更けにあなたを訪ねてくれば、おおよそのことの経緯も
わかるというもの」
「その通り、何も驚くことはない。手品には必ず種がある」

言いながら、机の端にある小瓶を指差した。

小瓶は、私が入室する前から、置いてあった。

「ご配慮、感謝いたします」
「感謝・・・?」

ぴくり、と眉が跳ねた。

・・・私は、また失言でもしたというのか?

「感謝しているなら、態度で示せ」
「・・・どういう意味でしょう?」

艶かしい唇がうっすらと動いた。

 

ーー余興と思って、

「私を抱け」

 

思わず、息を呑んだ。

劣情など催すはずもない。

ただ、旋律が走るのみ。

「どうした?」

腕を伸ばしてくる。

褐色の肌。

美貌を見せつけるかのように。媚態をつくる。

「暇なのだ、私は」
「時間が、ありませんので」

雑賀さんが、家で待っている。

 

 

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「出世したいのだろう?」

気づいたときには、私の目の前まで忍び寄っていた。

法月の薄暗い瞳から、目を逸らせない。

「・・・っ」

・・・やむを、えんか。

「フフ・・・」

すっと私の腰に腕を回してくる。

「いい体だな・・・」

ベルトの辺りをつかみ、揺さぶるように揉んでくる。

「・・・・・・」

これから先、こういうことは、よくあるのだろう。

馬鹿げた手続き。

「・・・わかりました」

豚は、肥やしてから食うのだ。

病の底で待つ雑賀さんに侘びを入れたい気持ちになった、その瞬間だった。

 

ーーーッ!

 


「・・・・・・」
「・・・・・・」


はっとして、手を引っ込めた。

「幽霊だな」

薄く笑った。

「冗談でしょう?」
「正体を知りたいか?」

法月の興味が移ったようだ。

「実は、一人、人間を飼っているのだ」
「この学園で?」
「地下にそういった施設がある。まるで、牢獄のような施設がな」

・・・牢獄、というと、囚人と呼ばれる被更生人のような者どもを隔離してお
く閉鎖された空間のことだったな。

「なんの目的で?」
「当然、更生のためだ。実験的ではあるがな」
「どれくらい?」
「そろそろ一年になるかな」
「なんの罪で?」
「それは秘密だ」

会話に飽きたのか、投げやりな口調で言った。

「それでは、失礼いたします」

すでに、私のことなど眼中にないようだった。

 

「・・・面白い暇つぶしが浮かんだ」

 

不吉な声を無視して、私は静かに退室した。

 

 


・・・。

・・・・・・。


「・・・うぅ・・・」

薬を飲ませ、安静に寝かせた。

夏の短夜は、けれど、とても長く感じた。

私が戻ると、三郎は町の医者を探しに家を出て行った。

 

「はあっ・・・す、すみません、阿久津さん」
「目が覚めましたか?」

額に手を当てる。

「ふむ・・・熱が高いな」
「ご迷惑をおかけしました・・・」

荒い息を撒き散らしながら、つらそうに顔をこわばらせている。

「さしあたって、明日一日は安静におしておきましょう」
「・・・すみませんでした、本当に」

私は、少女の顔をのぞきこむように見た。

 

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「謝るのなら、お聞きしますが・・・」
「はい・・・」
「なぜ、黙っていたのです?」
「・・・アレルギーのことをですか?」

逆に言えば、なぜ、私も気づいてやれなかったのか。

「その・・・すみません、失念していました」

私はゆっくりと首を振る。

「私が、楽しそうに採った好物だからでしょう?」
「・・・・・・」
「二人でがんばって集めたキノコだ。一緒に食べることで、気を使ってくださ
ったんでしょう?」
「・・・す、すみません、嘘をついて・・・」
「ええ・・・嘘は相手を不快にさせる。
あなたが私に気を使ったせいで、私と三郎はいま大変に忙しい。
あなたは、大馬鹿者です。
もう少し考えて行動していただきたい」

冷たく言う。

私は、正しいはずなのに、なぜか、そしてなにかが、腑に落ちない。

「おっしゃるとおり、わたしは馬鹿者です。
同じような失敗を何度も経験しています」
「・・・そうですか」
「都会で暮らしていたときもそうです。
誰からも好かれたくて、誰にでも気を使って、けっきょくそれが裏目に出て・
・・」
「・・・そうですか」
「はあ・・・もっと、みなさんのためにがんばらなきゃ」
「・・・みなさんのために、ですか・・・」

私は、何気なく雑賀さんの調書に再び目を通した。

平日は舞踊と社交の訓練。

祭日は寺院で祝詞を述べる。

公務はとても過密で、睡眠の時間以外は、ほとんど人と会っている。

衆人環視のなかで、いかに警備が厳重とはいえ、どこで危険なことが起こるが
わらかない。

そのストレスは、想像を絶するものがあるのだろうな。

 

「がんばらなきゃ・・・」

 

ぼそりと、自分に言い聞かすように言った。

「がんばったとして、その先に待つあなたの未来は、どうなるというのでしょ
うね・・・」
「えっ・・・」

考えていたことが声に出て、私は少し狼狽した。

「いえ・・・もう寝なさい」

まあ、私には、少女の人生など関係のないことだ。

「ただ・・・少し、口が過ぎました。あなたを馬鹿者などといったことは、謝
罪します」

布団を肩までかける。

神職の家に生まれた時点で、いつも人の目に晒される生活をしていたのでし
ょう」
「・・・・・・」
「厳しい規律を求める親に、儀礼的に近づく高級官僚たち・・・。
そんな得体のしれない大人の目の数々・・・」
「・・・・・・」
「生活に必要なものは全てそろっているが、それはあなたが望んだものではな
く、ただ、当然のように与えつけられたものだ」
「・・・・・・」
「そんな生活のなかで、自分を保つというのは、さぞ大変なことだったのでし
ょうね」

いや、自分を保てなかったからこそ、義務を背負ってしまったのだろうな。

雑賀さんは、呆然と私を見つめていた。

「・・・っ」
「それでは、お休みなさい」
「あ、あのっ・・・」
「なにか?」

品のいい顔が、訴えるような切実な表情となった。

「本当に、恐縮なのですが・・・」
「はい・・・」

突如、贅沢な家の宵闇を縫うように、静寂が訪れた。

少女は高貴な者が持つ特有の仕草で、汗に濡れた前髪をかきあげた。

透き通るような白い肌は、次の瞬間には、私の目の前に差し出されていた。

 

手を――


唇が小さく動く。


握っていただけないでしょうか―――


と、つぶやきが漏れる。


穢れを知らぬような、少女の無垢な手のひら。


引き寄せられるように腕を伸ばし、指先を開いた。


私の手首から先は蛾のように空中をさまよい、そして、明かりを見失った。


「被更生人と身体的接触を持つと、試験の成績に響く可能性がありますので」

言うと、また、雑賀みぃなの口から謝罪の言葉が漏れ聞こえる。

私は、正しい。

 

 

けれど、私の手は、とても、汚れている。

 

 

 

 

 


・・・

・・・・・・

 

 

 

 

・・・

翌朝早く、樋口の連れてきた町医者が雑賀さんを診た。

 

「もうだいじょうぶみたいだな」
「ああ・・・だいぶ熱も引いたようだ」

町医者は、安静をうながして去っていった。

「お前、眠らなくていいのか?」
「お前こそ休んだらどうだ?」
「いやおれ、七徹したことあるから」

七日感徹夜か。

「今回の不祥事は、私に責任がある」
「は?」
「雑賀さんの性格をもう少し理解していれば、未然に防げていた」
「誰かのせいとか、すぐそういうの考えるのはよくないぜ」
「とにかく、雑賀さんが体調を取り戻すまで、私はここを動かん」

樋口は呆れたように口を尖らせた。

「じゃあ、おれは遊んでくるわ」
「・・・ああ、好きにするがいい」
「じゃあな、昼には戻る」

朝の陽射しのなか、雑賀さんは、すこやかな寝息を立てている。

 

 

 

 

 

・・・

「ん・・・」
「目が覚めましたか?」
「あ・・・阿久津さん・・・」

無理に作った笑顔には力がない。

「喉が渇いたでしょう?」

湯飲みを差し出すと、雑賀さんは、我を忘れたように飲み干した。

「・・・はあっ、ありがとうございます」
「食欲はありますか?」
「・・・・・・」

じっと見ている。

瞳のなかに私の顔が映っている。

「雑賀さん?」
「あ、はい!? な、なんでしょう?」
「食欲」
「しょ、食欲が、どうかなさいましたか?」
「いえ、なにか食べられますか?」
「わ、わたしがでしょうか?」
「・・・・・・」

どうやら、熱で思考力が低下しているようだ。

「すみません、お腹は空いてません」
「そうですか・・・無理にとは言いませんが、少しは食べないと体が持たない
でしょう」
「・・・・・・」
「果物が冷蔵庫に入っていましたよね?」
「・・・・・・」
「リンゴでも剥いて差し上げましょうか?」
「・・・・・・」
「雑賀さん?」
「え・・・は、はい!?」

とろんと眠たそうな目をしている。

「やはり、具合が悪いのですね」
「な、なんだか、ぼーっとしてしまいまして・・・不快ですか?」
「いえ、少々心配になっただけです」
「し、心配・・・わたしのことが心配ですか?」

なぜか、声がうわずっている。

「私は、あなたの担当です。更生が完了するまでは、面倒をみさせていただき
ます」
「更生が完了するまで、ですか?」
「ええ・・・」

無意味な復唱が多いな。

頭が回っていない証拠だ。

「更生が完了するのは、いつごろでしょうか?」
「そうですね・・・前にも言いましたが、今日か明日には一度、申請書を提出
したいと思っています」
「申請が通れば、阿久津さんはどうなります?」
「私ですか?」

少女は深くうなずいた。

「おそらく、試験が終了し、特別高等人としての業務が開始されるでしょう」
「都会に戻られるのでしょうか?」
「赴任先がどうなるかは、上が決めることでしょうね」
「・・・そうですか」
「・・・・・・」

雑賀さんは、いったいどうしたというのだ?

・・・熱っぽい瞳で私をじっと見つめてくる。

 

 

わからんな・・・。

 

 

 

 

 

・・・

「冷蔵庫だけでなく、洗濯機もあるのですね」

ナイフを手にして、リンゴの皮を剥いていく。

「これで、テレビがあれば、いわゆる三種の神器がそろうところでしたね」
「テレビは、この町では映りませんので」
「なるほど」

しゃべるのに不自由のないくらいには、回復しているようだ。

「・・・あの」
「なんでしょう? まさか、リンゴアレルギーですか?」
「ふふっ、違いますよ」
「なんです?」
「あの・・・阿久津さんは、どうして特別高等人を目指していらっしゃるので
すか?」
「む? 前にもお話ししたと思うのですが?」
「・・・あ、そうでしたね、失礼しました」
「はあ・・・」
「お生まれはどちらですか?」
「それも前に・・・」
「そうでしたね・・・すみません」
「はあ・・・」
「・・・では、いままで、どのような人生を歩んできたのですか?」
「・・・それはまた抽象的な質問ですね」
「一番楽しかったことはなんでしょう?」
「・・・ふむ」

悩んだ末、言った。

「食事しているときでしょうか」
「はい?」
「安全な場所で、うまい飯を食べているときが、一番幸せですね」
「いいことですね・・・素晴らしいと思います」

・・・なんなのだ?

「趣味はありますか?」
「・・・とくには・・・」
「阿久津さんは、芸術には興味ないのですか?」
「適正はないと、判定が出ています」「でも、あんなに楽しそうに小説を読んでいるじゃないですか?」

「・・・それもそうですね。初めて、趣味というものを得た気分です」
「ふふっ・・・」
「楽しいですか?」
「ええ、阿久津さんとお話していると、とても安心できます」

私は首をかしげた。

「しかし、たまには一人になりたいでしょう?」

特別高等人としては、失言だったかもしれない。

「かなり長い間、一人になるという感覚を忘れていますので、プライベートが
あったらあったで、逆に困ってしまうかもしれません」

・・・理解できない感覚だな。

「ただ・・・そうですね、できれば・・・」
「なんです?」
「・・・できれば、お手洗いに行く際は、一人になりたいかと・・・」
「そうでしょうね」
「罪人の身分で、身勝手なお願いだというのは承知しているのですが・・・」
「ふむ・・・急な要望ですね」
「すみません、無理でしたらけっこうです」

問題はなさそうだ。

しかし、この義務は、罪人からプライベートの全てを奪うことで精神的苦痛を
味わわせるのも、一つの目的となっている。

「一つお伺いしますが・・・」

もったいつけて言った。

「あなたは前任の先生にも、そうやって自分から要望を出したのですか?」

だとしたら、少々図々しいと言わざるを得ない。

「いえ、違います・・・」

少女は、唇をすぼめた。

「・・・ただ、ええと・・・」
「なんです?」

困ったように、眉間にしわをよせた。

「その・・・前の先生と阿久津さんは違いますから・・・」
「意味がよくわかりませんが?」
「いえ・・・すみません」
「前の先生より、私のほうが御しやすいとでも?」
「ち、違います! そうじゃありません!
決して、阿久津さんを軽んじているわけではないのです・・・ただ・・・」

・・・嘘をついているわけではなさそうだが、話の意図が見えない。

「とても・・・」

振り絞るように言った。



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・・・

「とても、恥ずかしいのです・・・」

泣きそうな目をしていた。

「・・・わかりました。許可しましょう」
「あ、ありがとうございます!」
「用便の際は、手洗い場の戸の前で待たせていただきます」
「本当に、感謝の言葉もありません」

うれしい、というより、安心した・・・という表情をしていた。

・・・一人になれる時間がある。

そんな些細なことが、少女にとっては、大きな喜びなのか。

 

 

 

 

 

・・・

日が落ち始めたころ、三郎が帰ってきた。

「ただいまっす!」
「お帰りなさいませ」
「おう、みぃなちゃん、もう平気なのかい?」
「おかげさまで助かりました」
「いや、おれはなんもしてねえよ。
おいしいところ持っていったのは、全部まちゃおみだよ」

 

「おい、三郎」
「あい?」
「私はこれから、少しばかりトレーニングに出る。
ちゃんと職務を遂行するんだぞ」


「いってらっしゃいませ、ご飯を用意して待ってますねっ」
「楽しみにしておきましょう」
「ふふっ、阿久津さんの至福の時間ですもんね」

 

 


「・・・なんかお前ら、おれのいないうちにちょっと進展してないか?」

 

 

 


・・・

・・・・・・

 

 


・・・山終えを終えてからだいぶ体を動かしていない。

いざというときのために慣らしておかねば。

さしあたって、学園のほうまで走るとするか。

 

 

 

・・・

・・・・・・

 


「ふうぅ・・・ふぅっ・・・」

睡眠が足りていないこともあって、呼吸はやや乱れた。

「あ、こんにちは・・・」

同じクラスの女生徒だ。

「みぃなさん、どうしたんですか?」
「少し熱を出したようですが、もうだいじょうぶです」
「よかった。
みんな心配していたんです。みぃなさんがいないと、どうも活気がないんです
よね」

・・・彼女は、周りから愛されているな。

「では・・・」
「あ、ちょっと待ってください」
「はい?」
「法月先生が、あなたのことを探していましたよ?」

私は、汗をぬぐいながら言った。

「わかりました。どうもありがとう」

 

 


・・・。

・・・・・・。

 

 

 

 

・・・

「お呼びでしょうか?」

法月は両手を広げて私を迎えた。

 

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「困ったことになった」
「はい?」

まったく困ったような顔をしていないが・・・。

「今日の昼の出来事だ・・・」

むしろ、笑いを堪えているよう。

「例の囚人が脱走した」
「学園の地下に閉じ込めておいたという?」
「食事を運んだときに、部下が注意を怠ってな」
「行方はつかめていないのですか?」
「つかめていたら、お前を呼びつけていない」
「私に、そいつを捕まえろということですね?」

無駄話をせずに、私は法月に背を向ける。

「そいつは連続婦女暴行犯でな」
「・・・なんですって?」

さすがに気が動転した。

「なぜ学園に、いや、この町に非常事態宣言を発しないのです?」

校門前で出会った女生徒の顔が思い浮かぶ。

「学園の地下に牢獄があったなどと、住民に言えんのだ」

・・・秘密裏に進められているプロジェクトだとでもいうのだろうか。

「とりあえず、州境の警備兵には連絡をしておいた」
「時間的に見ても、罪人はまだこの町に潜伏しているということですね」
「簡単には逃げられんだろうな」
「さしあたって、雑賀みぃなの安全を確保するとします」
「急いで帰った方がいいぞ。ヤツはもう、お楽しみ中かもしれん」

 

 

 

 


・・・。

・・・・・・。

 

昨日の法月アリィの一言がひっかかる。

 

――『・・・面白い暇つぶしが浮かんだ』

 

・・・罪人を野に放ったのは、法月ではないか?


意図は読めない。

だが、タイミングが素晴らしすぎる。

一年も閉じ込められていた罪人が、なぜ、いま、このときになって脱走するこ
とができたのか。

これも、試験の一環だというのか。

いずれにせよ私は、雑賀さんを守り、あと数日をともに過ごすのみだ。

 

 

 

・・・

・・・・・・

 


私が不在でも、三郎が家にいる。

ふざけた男だが、ヤツも最終試験まで残ったから、相応の護身術は身につけて
いるだろう。

そう思いつつも、足早に家路についた。

 

 

 


・・・

・・・・・・

 

 

 


・・・

 

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「おう、どした? 血相変えて帰ってきやがって」

雑賀さんはのんびりとお茶を飲んでいた。

「ご飯になさいますか?」

こちらを見て、いつものように笑った。

「三郎、少しいいか?」
「あん?」

耳打ちする。

「なんだよ、気持ち悪いな」

学園の地下に閉じ込められていた危険人物が逃亡し、いまも町に潜伏している
のだと伝える。

 

「・・・てんてぇがそう言ったのか?」
「ああ、幽霊よりよっぽどたちが悪い」

 

「幽霊・・・?」

「いえ、なんでもありませんよ」
「あ、すみません。大事なお話を遮ってしまって」


しおらしく頭を下げた。

「できれば捕まえたいな」
「同じ意見だ」
「みぃなちゃんは、おれらが四六時中見張ってるから無事だろうな。
でも、念のため、睡眠は交代しながらとらねえか?」
「異存はない」

三郎はふざけた男だが、話が早くて助かる。

「んじゃ、おれちょっと出かけてくるわ」
「一人で平気か?」

と言いつつ、雑賀さんを残し、二人で出て行くわけにはいかないのだが。

「夜中には帰ってこいよ」
「おお、まちゃおみくんが、おれを心配してくれるなんて・・・」

わざとらしく泣きながら家を出て行った。

「さて、雑賀さん」
「樋口さんはお仕事ですか?」
「そんなところです。お気になさらずに」
「では、夕飯はあとにしましょうか?」
「そうですね」

その後、雑賀さんと二人きりになったまま、なにをするでもなく時間が過ぎて
いった。

 

 

 

 


・・・

・・・・・・

「樋口さん、遅いですね」
「ええ・・・」

私はじっと雑賀さんを見ている。

仕事だから、本を読んでいるわけにもいかない。

「・・・・・・」
「・・・・・・」


「あの・・・」
「わかりました」

用便だ。

「ありがとうございます」

気持ちが伝わったことがうれしいようだった。

 

 


・・・

朝方約束したように、戸の前で、待つことにする。

薄い戸越しとはいえ、少女が、一人きりになれる瞬間だった。

ため息の一つでも聞こえてくるかと思ったが、静かなものだった。

しばらくたった後、雑賀さんは恥ずかしそうに出てきた。

 

 

 


・・・

「長かったですね」

二十分以上待たされた。

「・・・すみません」
「やはり、具合が悪いのですか?」
「キノコですか? 平気です。いただいたお薬が効いたようです」
「それは良かった・・・」
「ええ・・・」

ぽつり、ぽつりと発展性のない会話を繰り返す。

「しかし・・・」
「はい?」
「なんの娯楽もない部屋で、趣味をもてない女と面白みのない男がだんまりを
決め込んでいると、滑稽ですね」
「面白みのない男?」
「私のことです」
「少なくともわたしは、阿久津さんのそばにいて退屈ではありませんよ」
「素晴らしい回答ですね」
「はい?」
「あなたはやはり、もう十分に更生されているのではないでしょうか?」
「そうでしょうか・・・」
「もう、異民音楽に傾倒したり、セブンストリートに足を運んだりするような
真似はしないでしょう?」

言うと、恐縮したように目を伏せた。

「さて、三郎も帰ってこないし、入浴されますか?」

 

 

 

 


・・・

 

・・・・・・

 

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「・・・や、やはり、恥ずかしいです・・・」
「そうですか・・・」
「なにか、お話していただけませんでしょうか?」
「お姫様のご要望とあれば」
「・・・からかわないでください」
「明日、あなたの義務を解消する申請をしたいと思っています」
「ありがとうございます」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「いや、それだれですが・・・?」

我ながら拍子抜けもいいところ。

「明るい話は、ご存知の通り苦手でしてね。
こんなとき三郎なら・・・みぃなさんの裸も見慣れてきたぞ、と軽口を叩いて
笑いを取ろうとするのでしょうね」
「み、みぃなさん・・・?」
「・・・えっ?」
「い、いえ・・・不意に名前でよばれて、驚いてしまいました」
「三郎はいつでも、あなたのことを名前で呼んでいますが?」
「いえ、阿久津さんに、です」
「なにか、おかしいですか?」
「おかしいわけではありませんが、その・・・」

また、身を縮ませた。

「とても、心が・・・乱れます」
「ほう・・・奇遇ですね。私も、あなたと一緒にいると、たまに、調子が狂う
ことがあるのです」
「それは、悪い意味で、でしょうか」
「わかりませんが・・・」

調子が狂うというより、余計に口が滑るといったほうが正確かもしれないな。

「あ、あの・・・阿久津さん・・・」
「なんでしょう?」
「今日、一つお願いしたばかりで恐縮なのですが・・・。
で、できれば・・・お風呂のときも・・・」

私は、さえぎって言った。

「そんなに恥ずかしがらずとも、明日には義務を解消してさしあげますよ」

わずかの間の辛抱だ。

「で、では・・・せめて、樋口さんに代わっていただくわけには、いきませんで
しょうか?」
「・・・なぜです?」
「・・・そ、それは・・・その・・・」

もじもじと体を隠す。

「雑賀さん・・・これは私に限ってのことですが・・・。
私は、はっきりしない人間は苦手なのです。
感情よりも理性、芸術よりも数学・・・結果と能率を重視する面白みのない男
なんですよ」
「すみません・・・不快な思いをさせてしまいましたか?」

問いかけを無視して、追い詰めるように訊いた。

「なぜ、三郎に代わって欲しいのですか?」

私より三郎のほうがいいという理由がわからない。

「では、はっきりと言わせていただきます」
「はい」
「あなたに裸を見られるのが、他のどなたに見られるよりも、恥ずかしいからで
す」
「・・・・・・」

今度は、私が追い詰められる番となった。

「それは・・・」

どういう意味かと聞き返そうとして、ためらった。

「いえ・・・なんでもありません」
「わがままなお願いをして、申し訳ありませんでした」
「なんにせよ、明日です」
「はい、短い間でしたがありがとうございました」

 

 


・・・

けっきょく、雑賀さんの要求は通さなかった。

少女はいま、静かな眠りについている。

私は読書を続けながら、ぼんやりとしていた。

活字が頭に入ってこない。

・・・まあいい、どうせ数日後には、私はこの町から離れているのだし。

 

 

 


・・・

「ただいま」
「遅かったな」
「怪しいヤツはいなかったぞ」
「見つからないなら仕方ないな。我々の試験には関係のないことだ」
「ちょっと冷たいけど、その通りだな」

三郎はいつものように、ジュラルミンケースからメモ帳を取り出して物書きを
始めた。

「明日、雑賀さんの義務を解消しようと思う」
「書類は?」
「いまから書く」
「てんてぇの許可がいるだろう?」
「朝一番で訪問しよう」
「けっきょくおれら、なんもしてなくね?」
「なにもする必要がなかっただけのことだ」
「そんなんでOKが出るとは思わないけどなあ」
かといって、更生十分の罪人の義務をいつまでも解消しないと、我々が逆に罪
に問われかねないぞ」
「まあわかった。明日で、こののんびりした毎日も終わりか」

だと、いいがな・・・。

ちらりと雑賀さんの寝顔を覗き見る。

名残惜しいような気分に、胸がうずいた。

 


・・・

 

 

 

 

・・・

・・・・・・


翌朝早く、私たちは法月を訪ねた。

「三人とも、おはよう」


「おはようございます。本日はよろしくお願いします」

挨拶をしたのは雑賀さんだけだった。

「囚人はいたか?」
「昨日探してたんですけどね、簡単には見つかりませんね」
「そうか・・・いずれ捕まるだろう。
いま、中央の警察から特別に治安維持担当課の局員を集めている」
「治安維持担当とは・・・ずいぶんと大がかりですね」
「知っていたか。
彼らは本来は、テロなどの集団犯罪に対応する部署だが、はっきりいって無能の集まりでな。暇を持て余しているんだ」

警察上層部とのつながりもあるのか・・・やはり法月はあなどれないな。

「試験が終わったら、彼らをお前に任せてもいいぞ。
エリート集団に仕立て上げてくれ」
「・・・光栄です」

与太話だ。

「試験が無事に終わればいいな」

雑賀さんを一瞥した。

「ところで、雑賀みぃな」
「はい」
「阿久津はどうだ?」
「素晴らしい人です」
「・・・クク」

低く笑った。

「仕事ぶりを訪ねたつもりだったのだが、な」

 

 

「なにか、問題でもありましたか?」

 

 

いつの間にか口を開いている私がいた。

「いや、問題はないぞ、どうした阿久津?」
「はい?」
「そんなに私をにらみつけなくてもいいだろう?」
「・・・そんなつもりは・・・」

遊ばれている気がしてならない。

「それでは、申請書を提出したいと考えています」

用意した書類を差し出す。

「雑賀みぃなは、十分に更生しているというのだな?」

法月はそれに見向きもしなかった。

 


「更生も何も、もともと悪い子じゃなかったっすよ」

「つまり、お前たちは、特に仕事をしたわけではないというのだな?」
「端的にいうと、そうなります」

 

 

「愚かな・・・」

ふいに笑みが消えた。

「いいか・・・貴様らは重大な勘違いをしている」

すっと指を向けた。

「この女は・・・」

雑賀さんの眉間に突きつけられる。


「罪人なのだ。
全ての国民から愛されなければならない人間が、くだらん異民音楽などに傾倒し、がさつな言葉を覚え、その詞を発表し、雑賀の家名を傷つけたのだ」


「・・・ひっ」


雑賀さんが恐怖に一歩あとずさった、そのとき・・・。

 

―――ッ!!

 

「あうっ!」

顔に、平手が飛んでいた。

 

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「なっ、なにをっ!?」
「女を殴るなど、人間のすることではないか?」
「・・・り、理由を・・・説明して、いただけますか?」

私は、明らかに気圧されていた。

「少女はいついかなるときでも愛想を見せねばならんのではないか?
たとえ、私のような悪人に無意味に殴られようとも、笑っていなければならんのではないか?
都会に戻れば、こんなものではすまんぞ?
どろどろとした旧家のしきたり、ヒステリックな夫人たちの妬みと中傷がお前を待ち受けているのだ」


―――ッ!!

 

「ひぅっ!」

「そらっ、笑え・・・」

「うっ・・・くっ・・・」

「笑えと言っている・・・」

「くっ、す、すみません・・・!」

わなわなと震える唇が、笑みを作るよう懸命に開いていく。

「どうした? 不快だぞ私は。 お前のように甘やかされて育った女を見ると、実に気分が悪い」


「・・・・・・」


「なあ、阿久津よ。お前が酒乱の養父を警戒して夜も眠れなかったとき、こいつは、暖かいベッドで熟睡していたのだ」
「え・・・?」

嫌な一言だった。

まるで、不快の種を心の底に植えつけられたよう。

「あ、うぅ・・・ふっ」

雑賀さんの口元は広がったが、目だけは笑えなかった。

「張り付いた笑顔だな。まるで病気のようだ。お似合いだぞ」

サディスティックに笑う。

「・・・もういいでしょう? まだ不快だとでも?」
「いいや、優越感に満ち溢れているぞ。
神職の家の者を殴った異民は私くらいだろうな」

・・・特別高等人は、被更生人に対して暴力を含めた制裁を加えることができる。

「罪人というのは、ごく一部の極悪人がマスコミを騒がすだけで、そのほとんどが普段は善良な人間なのだ。この少女のようにな。
だから、我々は騙されてはいけない。
お前たちがいい子だと認めている人間は、過去に犯罪を犯したのだ」

それは、ひとつの事実である。

「お前たちがなにも仕事をしなかったのであれば、雑賀みぃなはまた同じ罪を犯す」

理屈でいえばそうだ。

普段から親切で明るく上品な雑賀さんだ。

用便や風呂を男性に監視されたという以外に、彼女がどんな罰を受けたというのだろうか。

もう二度とこんな義務を背負いたくない・・・そういう気持ちを抱かせなければ、指導とはいえないのでは・・・?


「わかったか? わかったら真面目に仕事をしろ。
私を殺そうとするより先にな」

最後は三郎に向けて言った。

三郎はずっと法月の隙をうかがっていたらしい。

「フフ・・・やはり、阿久津のほうが賢いな」

私たちは、なすすべもなく、退室した。

 

 

 


・・・。

・・・・・・。

 


「・・・なんとかなったと、思わないか?」

部屋を出るなり、三郎が聞いてきた。

「なんとかなる?」
「てんてぇの悪逆非道を阻止できた、って」
「机の上に拳銃があっただろう?」
「え?」
「雑賀さんにあれだけ暴行しながらも、法月は常に拳銃の手の届く範囲を動かなかった。
つまり、私たちの逆襲を警戒していたのだ」
「でも、二人がかりなら・・・」

言いかけて頭を振った。

「いや、てんてぇは、拳銃の鬼だったな」

仲間が殺されたときのことを思い出したのだろう。

「胸に二発、脳天に一発ずつ・・・みんな、ちょっとのズレもなかったもんな」

大きくため息をついた。

「てんてぇと知り合ったのはさ、射撃訓練のときだったんだよ」
「指導教官だったのだな」
「そんときは、すんげえ話のわかる人でさ、完全に萌えキャラだと思っていたのに・・・」
「いずれにせよ、たとえあの場で法月アリィに刃向かったとしても、あとに待っているのは、我々の確実な死だろうな。
たしかに法月は女性だし背も低い。腕力なら勝てそうだ」

だからこそ、法月は拳銃の扱いを突き詰めて学んだのかもしれない。

「だが、法月は一人ではない。
法月の背後には、国家がついている。対して私たちはたったの二人だ」

三郎は面白くなさそうな顔をしていた。

「クールだねえ・・・まったく、おっしゃるとおりだわ」
「私だって、思うところがないわけではないが・・・」


・・・機を待つのだ。

 

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・・・

「あの・・・すみませんでした。わたしのせいで」
「みぃなちゃんは何も悪くねえよ、なあ将臣?」

「・・・・・・」

私はぼんやりと雑賀さんを見つめた。

すでに、何事もなかったかのように明るく振舞っている。

「おい、将臣?」
「ん・・・ああ、そうだな。悪いのは私ですよ、雑賀さん」
「いや別にお前のせいでもないんだが・・・。
あー、なんかシリアスだわ・・・おれ、帰るわ。任せるわ」

舌打ちして、去っていく。

・・・勝手なヤツだな。

「試験、長引いてしまいましたね」
「またしばらく家に厄介にならせていただきます」
「・・・っ」
「なんです?」
「いえ・・・すみません」
「なぜ、謝るのです?」
「まだしばらく阿久津さんと一緒にいられるのかと思って・・・」
「は・・・?」
「な、なんでもないです・・・」

複雑な表情から、少女の心情が推測できない。

「それより、今日は休みますか? 顔に痣ができていますし」
「いいえ、二日も休んでは、学園のみなさんに迷惑をかけてしまいますので」
「あまり無理して人に気を使うのは・・・」

はっとして唇を噛んだ。

「あ、いえ・・・なんでもありません」

彼女は人に気を使わねばならない義務を負っているのだ。

「阿久津さんが、わたしを気遣ってくださるのがわかって、とても恐縮です」
「いえ・・・」

私は、優しいお守り役ではない。

「学園の授業を受けるとしましょう」

在任を指導する特別高等人なのだ。

 

 


・・・