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車輪の国、悠久の少年少女 法月編【4】

 

・・・

教室に入ると、いつものようにクラスメイトたちが雑賀さんを取り囲んだ。

口々に病欠の心配をしている。

「・・・くわっぷ、くわっぷ、などと、意味不明な寄声をあげてしまって・・・とても恥ずかしかったです」

はにかみながら言うと、ささやかな笑いが広がる。

・・・この町の住人は優しい。

本来なら、義務を負った罪人など、軽蔑の対象でしかないのに。

雑賀さんの日常には、なんら罰が与えられていない。

では、私の仕事とはなんなのだろうな・・・?


・・・

 

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「阿久津さんは、数学が得意なのですね?」
「いちおうは・・・」
「昔からですか?」
「そうですね・・・数学は外国語や歴史に比べて、教科書に頼らなくても解ける問題が多かったものですから」
「わたしは、まったく逆ですね。自分で考える問題が多い数学よりも、暗記するだけでなんとかなる外国語や歴史のほうが得意です」
「まあ、お金に余裕がある人間ほど、学問は有利ですからね」
「えっ・・・?」
「ああ、失礼・・・まるで私があなたに嫉妬しているような発言だったな」

苦笑してしまう。

「嫉妬、ですか?」
「お気になさらずに、あなたと私とでは、嫉妬というより、関心すらありません」
「わたしに、関心もないと?」
「ええ・・・比較の対象にすらならないという意味ですよ」
「ああ・・・」

目を瞬かせた。

「阿久津さんが、わたしにまったく関心がないのは、さみしいなと思ったんです」
「・・・・・・」

不意に、昨日の風呂場での出来事を思い出させられた。

「次の授業が始まりますよ」

 

 


・・・

・・・・・・


日が落ち始め、特に変わったこともなく帰宅した。

「夕飯にはまだ、早いですね」

三郎はいまだに遊びふけっているのだろうな。

「なにか、お話しませんか?」

・・・どうすれば、この少女の監督が終わるのだろうな。

「では、お聞きしますね・・・」
「はい、どんなことでもお答えします」

やたら活発な声。

「あなたは、義務を負っている現在の生活に、不満はありますか?」

すると、戸惑ったように目をあちらこちらに動かした。

「愚痴を言っても、だいじょうぶですよ。これは、生活のための指導です」
「・・・そうですね・・・やはり、入浴のときとお手洗いのときが・・・不自由といえば不自由です」

やはり、か。

「それだけですか?」
「ええと・・・」
「率直に言ってしまえば、もう二度とこんな義務を背負いたくないとあなたが思うようにならなければ、あなたは再犯するかもしれないのです」
「もちろん、わたしが義務を負っているせいで、わたしの家や阿久津さんに迷惑をかけているのは、たまらなくつらいことです」
「ありがとうございます」
「わたしは、どうすれば、よいのでしょうか?」
「・・・ふむ」

・・・雑賀さんは趣味も持てず、仲の良い友人もいない。

四六時中、私のような男と一緒にいなければならない。

これだけでも、年頃の少女には耐え難い苦痛のはずなのだが・・・。

「私に監督される毎日は、落ち着かないのではありませんか?」

けれど、少女は微笑みながら首を振る。

「いいえ、とても安心できます」

ため息をつかざるを得なかった。

・・・やはり、私が甘すぎるのだろうか。

罪人を罪人らしく扱うべきなのだろうか。

答えの出ぬまま、日が暮れていった。

 

 

 

 


・・・。

・・・・・・。


夕飯を食べ終わったあと、三郎が帰ってきた。

腕に、ただならぬものを抱えている。

 

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「ただいまっす!」
「おかえりなさいませー」


「おい・・・!」
「おう将臣、お役目ご苦労。いつもいつも任しちゃって悪いねえ」

なぜ遊んでばかりのこいつは、法月アリィに殺されなかったのだろうな。

・・・それはともかく、


「おい、なんだそれは」
「ん・・・?」
「なにを抱えている?」

タオルにくるまった何かを指差す。

「こいつか・・・」

不敵に笑いながら見せつけてきた。

 

 

 


・・・

 

 

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「赤ちゃんですか・・・!?」

 

「・・・どういうことだ? まさか・・・」
「拾ってきました!」


「拾ってきたんですか・・・!?」
「育てるぞいっ!」
「ぞいって・・・!?」

軽い頭痛がした。

「経緯を説明しろ」
「人さらいです」
「逮捕する」
「嘘です。雪の降る夜、教会に捨てられていましたので」
「夏だ」


「町に教会はないですよ?」
「川の近くに捨てられていたんだよ」


「親を捜せ」
「もらってあげてくださいとの書き置きがあったんだよ」
「だからといって、お前が親になるのか?」
「はい」
「はいじゃなくて・・・いまは、特別高等人の試験中なのだぞ?」
「困ってる人を見過ごすわけにはいかねえ。
ましてや赤ん坊ならなおさらのことだ」
「・・・急にそれっぽいことを言い出すな」
「とにかくこの子はおれたちの子供だ!」
「おれたち?」
「おれとお前」
「子供が成長したとき、説明に困る」
「どっちのおとーさんから生まれたの、とか聞かれたら最高に幸せだと思う」
「ぎすぎすすると思う」
「母親役は、みぃなちゃんにやってもらうから」


「わたしですか!? どうしていいかわかりませんが?」
「とりあえず、母乳を与えてくれればいいと思う」
「で、出ませんけど・・・!?」


「落ち着いて考えろ。我々のような半人前が親になれるわけがないだろう?」

ただでさえ、雑賀さんを監督しなければならないというのに。

「あのまま川に放っておいたら死んじまってたぞ?」
「では、この子を育ててくれそうな町民を捜そう」
「昨日、おとといとその前と、ずっと捜してたんだがな」
「え・・・?」

・・・女遊びをしていたのではなかったのか。

「なんかよー、この子の親がアレでよー、だからこの子もアレがアレだから育てたくないってよー」

アレの意味がわからないが、三郎は哀しみと怒りに堪えるように顔を歪ませていた。

 


「・・・やむをえんか」

気持ちを切り替えるか。

「では、責任を持って育てるとしよう」
「わかってくれたか。心の友よ」
「私は子育てに協力はするが、自信はない。
よっと、基本的にはお前の子供ということにするぞ?」
「まあいいでしょ。みぃなちゃんもいいねっ?」
「がんばりますよっ、かわいいですしねっ」

・・・またトラブルの種が増えたな。

 

 


・・・

・・・・・・


夜も更けてきて、雑賀の家は、にぎやかな空気に包まれていた。

雑賀さんは、赤ん坊に温めたミルクを与えている。

「あの、みなさん」
「はい、なんでしょう?」

私も読書を中断する。

「重大なことを忘れていませんか?」
「奇遇だね。おれも同じことを考えていたのだよ」


「・・・・・・」


「この子、名前はなんというのでしょうか?」
「そう・・・そうなんだよ。書き置きには、名前はなかったんだよ」
「つまり、我々以外に名前をつけるにふさわしい人間はいない、ということだな」
「その周りくどい言い回し・・・お前、名前をつけてみたいんだろ?」
「・・・別に」

くだらんな・・・。

「でも、阿久津さんの名前、将臣ってすごいですよね」
「将軍に大臣だからな。いかついにもほどがある。
それに引き換えおれなんかよー、てきとーにつけられたとしか思えないんだよねー」


「で? 名前はどうするんだ?」
「お? 興味ないような振りしてたのに」
「名前を決めねば、いつまでたっても、その子とか、赤ん坊とか呼ぶことになるぞ?」

赤ん坊は、雑賀さんの腕の中で退屈そうにあくびをしている。

「じゃあ、おれが決めるかなー」
「・・・待て」
「なんだよ?」
「ふざけた名前をつけるとこの子の一生に関わるぞ」
「ばれたか・・・」


「阿久津さん、なにかありませんか?」
「ふむ・・・」

 

私は何気なく考えるふりをして目を閉じた。

名前の候補は、小説を読んでいる少し前に決めていたのだが、すぐに発表するのも面白みがないというもの。

もったいつけるように言った。

「やはり、強さと威厳と美麗さを兼ね備えるような名前がいいだろうな」

「ほほう・・・そうきましたか」

「わくわく・・・」


私は二人を軽く一瞥してから言った。


「ヒミコ・・・というのはどうだ?」

 

 

 

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「・・・・・・」
「・・・・・・」


「知っての通り、あの女王から名前を取っている。
この男性社会において、女でも権力を握ってやるのだという意志をこめようではないか?」
「いや、男だから」
「え?」
「男」


「男の子です」
「・・・・・・」


くだらんな・・・。

「どうして、女の子だと思われたんですか?」
「初めての子供は女の子って決めてたんだよ。そっとしておいてやれよ・・・」


「・・・・・・」


馬鹿にされたようだが、反論の余地がなかった。


「じゃあ、一人一文字ずつつけていこうじゃないか」
「あ、なんかいいですね。ちょうど三文字になるわけですか?」


「ふん・・・」


「おれからでいいか?」
「・・・別に」
「あ」
「あ?」

オーソドックスな名前になりそうだな。

「・・・私の番か?」
「でしゃばんなよ、みぃなちゃんの番だ」


「そうですね、あ、ですから・・・うーん・・・迷いますね」

「・・・では私が代わりに」
「でしゃばんなっての」


「す、すみません。やっぱり最後にしてください」


「けっきょく私の番ではないか?」
「威張るな」
「あ、に続くには・・・」

頭をひねる。

「き・・・だろうな。 あき、だ」

「では最後は、お、です。あきおくんです」
「あ、なんかいいじゃないの? 秋男っていう漢字な感じ?」
「いや、ひまひとつだな」


「はい?」
「なんでだよ」


「真夏に生まれたのに、秋というのはどうにも外しているように思えるのだ」
「じゃあ、夏男でいいんか?」
「安直すぎるぞ?」


「まあ、樋口さん。もう一度やってみませんか?」
「む・・・そうだな。いろいろ候補を出してみよう」


仕切り直しとなった。


「じゃあ、いくぞ・・・つ!」
「つ、か・・・では・・・ば・・・だな・・・」


「ええと・・・では、さ、です。つばさくんです」
「あ、いいかもしれないね。大空に羽ばたいてくロマンを感じるよ」


「いや、やはりもう少しだな」


「えっ?」
「またかよ、なんでだ!?」


「明確な理由はない」


「わがままか!」

「あの、阿久津さん・・・意見させていただいてもよろしいでしょうか?」

「おう、言ってやれ」

「三人で決めている以上、完全に自分の思い通りにはならないと思うのです」
「まるで私が悪いような言い方ですね?」


「おめえが悪いんだっての!」


「ち・・・」


くだらんな・・・。


「じゃあ、最後な・・・け!」
「・・・・・・」
「おい、まちゃおみの番だぞ」
「私はもういい」
「飽きんなよ!」
「子供の一生に関わると思ったからこそ、完璧な名前を目指したいのだ。
だが、雑賀さんの言うとおり、三人で決めているのだから、けっきょく完璧にはならない」
「すねんなよ!」


「しかしですね・・・名前そのものよりも、三人で決めたということに意味があるのではないでしょうか? 三人の子供という意志が伝わってくるのではありませんか?」


「おっしゃるとおりだ」


・・・まあ、どうでもいいか・・・茶番にしては楽しめた。

「とにかく、私はもういい。お前の子なのだから、お前が決めろ」
「ったく、スネちゃまめ・・・」


「ええと、け、に続けそうなのは・・・」


雑賀さんは終始、我々の和を乱さぬよう気を使っていた。

「ん、です」
「じゃあ、けん、だな」
「けんくんです」
「じゃあ、さっそく漢字を当てていこう・・・」
「わくわく・・・!」

 

「・・・・・・」


ふん・・・ケン、か。

 


・・・

・・・・・・


しばらく皆で談笑していると、雑賀さんが気恥ずかしそうに言った。

「阿久津さん・・・そろそろ」
「ああ、そろそろ風呂の時間ですね」
「あの・・・」

唇を噛んだ。

「昨日言いましたように、樋口さんにかわっていただくわけには・・・?」
「え? おれ?」

三郎は健をあやしていた。

「なんだよ、お前らケンカでもしたのか?」
「とんでもないです」


「ケンカなどできるわけがなかろう」


「ん・・・ああ、そうだな。義務だもんな。ケンカしたりして相手を怒らせちゃまずいよな」


「・・・・・・」

「おい、健! 子供なら子供らしく、泣いたり笑ったりせんか!」

「・・・・・・」

けれど、健はずっとぶすっとしている。

「・・・かわいくねえガキだなぁ! そんなんじゃ、おれの子はつとまらんぞ!」

「・・・・・・」

確かに、妙に静かな子供だな。

「雑賀さん、ひとまずあなたの要望は却下させていただきます」
「は、はい」

寂しそうにうなずいた。

「理由は、今朝、法月先生にご指導いただいたとおりです」

私は仕事をしなくてはならないのだ。

「最近私たちは、あまりに普通の生活をしているのです」
「普通、ですか」
「まるで私とあなたは友人のようです」
「友人、ですか」

驚いたように口を開けた。

「いえ、特別高等人と被更生人が友人になってはいけないという法はありませんが・・・」

思わず、目を逸らしてしまった。

「すみません、なんだか・・・お気をわずらわせてしまっているみたいで・・・」
「あ、いえ・・・」

煮え切らない。

「端的に言わせていただきましょう」

少女を傷つけるつもりで言った。

「罪人は罪人らしく、もっと苦しむべきなのです」

そのとき、ふと、健と目が合った。

「おい・・・」

三郎が私をにらみつけていた。

「ぬるま湯のような関係を続けてはいけないのです。
良薬口に苦しと本にあった。
少しくらい厳しい毎日を過ごして、さっさと義務を解消しましょう」

雑賀さんは、目を微動だにさせなかった。

「お手洗いも、でしょうか?」

「おいおい、それくらい、かまわねえじゃねえか」

 

私は大きく息をついた。

「三郎に同調するわけではありませんし、本来なら用便にも同行させていただきたいところですが・・・」

迷いを断ち切るように首を振った。

「一度、私が許可を出したのです。容認しましょう」


「おー、さすが武士」


「・・・・・・」


健はじっと私を見つめていた。

「しかし、なにか問題があれば、取り消しますからね」

割れながら、捨て台詞のようだった。

 

 

・・・

・・・・・・


雑賀さんはいつものように私より先に眠りについた。

「・・・・・・」

健も、微動だにせず眠っていた。

まるで死んでいるよう。

「なあ、将臣」
「む・・・」

闇のなか、三郎が私の顔を見つめていた。

「いつ、試験が終わるのかね?」
「さあな」
「おいおい、シカトかよ」
「なるようにしかならんだろうさ」
「というと?」
「私たちが、どれだけ堅実に雑賀さんを監視したとしても、法月アリィが駄目だと言えばそれまでだからな」
「でも、なんかできることないかねえ」
「急に仕事をする気になったのだな?」
「いやよお、女が待ってるんだよね。とっとと高等人にならねえと困るんだわ」
「ほう・・・」

また、人それぞれ、いろいろあるのだろうな。

「その女さ、運のない子でさ。失火で人の家を燃やしちまってさ」
「なるほど。その女性の面倒をみたいが故に、高等人を目指しているのだな?」

よくある動機だ。

「しかし、特別高等人になれたとして、その女性の担当になれるとは限らないのだぞ?」
「いいや、必ずなる」

力強い一言。

「そう、約束したんだ」
「・・・・・・」
「あれ? なんかおれ、寒くね? 力んじゃってね?」
「・・・まあ、わかった」
「すまんね」
「意外と一途なところがあるのだな」
「とんでもねえよ、おれに惚れてるのはその子だけじゃねえんだぜ?」
「深くは聞かないでおこう」

三郎はひょうひょうとしているが、いつの間にか他人の懐に忍び寄っているような不思議な魅力があるからな。


「例の、町に潜伏している囚人だが・・・」
「うん、おれも嫌な予感がするな」
「十中八九、あれは、法月の罠だろう」
「罠だとしてなんだっていうんだ?」
「わからん・・・法月にとって、ただの余興だったのかもしれん」
「最近、なにか変わったことあるか?」
「変わったことか・・・」

ふと、雑賀さんの寝顔に目がいく。

「雑賀さんの私に対する態度が、やけに・・・」
「やけに・・・?」

いやらしく笑った。

「む・・・」

言葉を選ぶ。

「その・・・なれなれしいような気がするのだ」

言いつつ、首を傾げる。

「おめえに心を開いてくれてるってことじゃねえか?」
「・・・わからんが、どうにも調子が狂う」

すっきりとしない気分だ。

「なめられているのかもしれんな」

そんなことはありえないと確信しつつも、口が滑る。

「ふふふ・・・」
「なにがおかしい?」
「いや、早く試験が終わるといいなあって・・・」

舌なめずりをしながら床に寝転がった。

どうやら、もう話をする気がないらしい。

「とにかく雑賀さんには、今後厳しくあたらせてもらうぞ」

三郎の返事はなかった。

もとより、私は自分に言い聞かせたかったようだ。

 

 

 

 

・・・。

・・・・・・。

 


翌日早朝、私は雑賀さんの用便に付き合っていた。

「雑賀さん・・・まだでしょうか?」
「あ、す、すみません・・・もう少し」

薄い戸を隔てて、か細い声が返ってくる。

「急かすつもりはありませんが、あまり長いと学園に遅刻しますよ?」


「急かしてんじゃねえかよ・・・」
「うるさい」
「おお、こわ。なあ、健一」

「・・・・・・」

 

けっきょくまた二十分以上待たされることになった。

 


・・・

「んじゃあ、いってらっしゃい」
「健ちゃんはお願いしますね」
「おしめとかいろいろ買い込んでおくわ」
「お金ありますか?」
「ないっす」
「ちょっと、待っててくださいね」

引き出しから財布を取った。

ちらりと見ると、長札にぎっしりと紙幣がつまっていた。

「ありがと。必ず返すわ」
「いえいえ、私の子供でもあるんですよね?」
「ははっ、たしかにそうだね」


「おい、特別高等人が被更生人と金銭をやりとりするのは、あまり褒められた行為ではないぞ?」
「忠告ありがとう」
「わかっている。私も金はない」

雑賀さんに出してもらうしかないのだ。

「それでは行きましょうか、阿久津さん」
「ええ・・・」



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「健ちゃん、行ってきますねー。いい子にしてるんですよー」」

「・・・・・・」

雑賀さんは微笑みかけるが、健は笑わなかった。

 


・・・

「今日も、暑いですねー」
「ええ・・・」
「雨、降りませんねー」
「ですね・・・」

のろのろと並んで歩く。

「今日の晩御飯、なんになさいます?」
「お好きなように・・・」
「あ、見てください。珍しいチョウチョですよ?」
「ほう・・・」

雑賀さんは、普段はいつもこんな調子だな。

当たり障りのない話題ばかり選ぶ。

沈黙が続くと、相手に気を使って話しかけてくる。

その繰り返しだ。

「あの、阿久津さん・・・」
「なにか?」
「いえ・・・のどかですね」
「ですね」
「こんな毎日がずっと続いたらいいですね」

・・・冗談ではない。

「ずっと被更生人のままでいいと?」
「いえ、決してそんなことはないです」

・・・私もずっと特別高等人候補生のままでいろというのか。

「すみません、失言でした」
「いえ、あなたも平和な毎日が続くのを願っただけで他意はないのでしょう」

私は、焦っているのかもしれないな。

 

 

 

・・・

・・・・・・

「おはようございます」

いつものように挨拶をする。

普段と何も変わらぬ、朝の教室。

生徒たちは危険人物が潜伏していることを知らない。

・・・さりげなく聞いて回るとしよう。

 


・・・

「不審人物、ですか?」

そばには常に雑賀さんがいるので、当然、彼女の耳にも情報は入る。

「お気になさらずに」
「気にするなと言われましても」
「幽霊みたいなものです」
「よけいに気になります」
「だいじょうぶです、あなたは私が守る」
「えっ・・・?」

驚いたように目を見開いた。

「何か?」
「あ、いえ・・・ときどき、映画の俳優さんのようなことをおっしゃいますね」
「は・・・?」
「ドキリとしました」

赤くなっている。

「特別高等人が被更生人を保護するのは義務ですから」
「ええ、わかっています。けれど、とてもうれしいです」

なんだか、私まで気恥ずかしくなる。

「私はそれほど恥ずかしいセリフをはいたのでしょうか?」

雑賀さんは、やんわりと笑うだけだった。

「映画は見たことがありませんので、よくわかりません」

映画鑑賞など、金持ちの道楽だ。

「では、今度、いっしょに見に行きませんか?」
「馬鹿なことを・・・」

私はようやく目が覚めた思いだった。

「そのためには、早く義務を解消することですね」

けれど、雑賀さんも食い下がってきた。

「義務が解消されたら・・・ですね。がんばります」
「・・・・・・」

まあ、飴を与えたと思えばいい。

 

 


・・・

授業の合間の休み時間。

私は雑賀さんの用便に同行していた。

女性だからか、雑賀さんのトイレの使用時間は長い。

 

 

「ちょっといいですか?」

声をかけてきたのは、雑賀さんの友人だった。

「私がトイレまで雑賀さんにつきまとっていることへの抗議なら受け付けませんが?」
「わかってます、前にもこういうことがありましたから」

前というと・・・前任の特別高等人のことか。

「ではなにか?」
「みぃなさん、最近どうです?」
「質問の意図が見えませんが?」

少女は、心配しているような顔をしている。

「ごめんなさい。でも最近、なんだかとっても楽しそうだから」
「雑賀さんが?」

目を輝かせてうなずいた。

「あなたが来てからですよ」
「来る前は違ったと?」
「うん・・・よく笑うし、気が利く子なんだけど、自分は楽しめてないみたいな感じだったから」
「ほう・・・」

返答のしようがなかった。

「とにかく、みんなみぃなさんが好きだから。
でも親友にはなれないのよ。みぃなさんがやんわりとみんなを遠ざけるから」
「知っているでしょうが、義務を負っているので仕方がないのです。
つきあいが深まれば、弱さも見えてくるでしょうし、対立も生まれますから」

少女は寂しそうに笑った。

「ほら、あの子ってぜんぜん悪くないでしょ?
だから早く自由になれたらいいなって」
「あなたがたの気持ちはよくわかりました」
「あなたが一番そばにいるんだから、ホント、お願いしますね」
「尽力しましょう」

いいたいことを言い切った様子で、女生徒は足早に去っていった。


・・・私が一番そばにいる、か。

 


「どうされました?」
「また長かったですね」

気持ちを切り替えて、雑賀さんを見据える。

「すみません・・・」

本気で申し訳なさそうに頭を下げた。

「生理的なこととはいえ、あまり長いのは感心できませんね」

それだけ、一人になれる時間が増えるのだから。

「・・・すみません」

いたたまれなくなった。

「・・・とはいえ、どうにもならなそうですね」

どうにもならないことは、どうにもならん。

 

 

・・・

・・・・・・


授業の間、適当に講師の声を耳に流しながら、思索にふけっていた。

・・・どうすれば、義務が解消されるのか。

・・・どうすれば、法月アリィの許しが出るのか。

 


閃きが訪れたときには、下校時刻となっていた。

 

 

 

・・・



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「今日も一日、お疲れ様でした」
「雑賀さん、お話があります」

夕陽に赤く染まる顔に告げた。

「私は悪漢を演じます」
「はい・・・?」
「あなたは実に善良な人間だ。
だが人間が善良に徹しきれるのは、周囲の人間も同じように善良だからです。
これからの私の陰湿な攻撃を受けて、あなたが黙っていられるか、それを見てみたいのです」

雑賀さんは戸惑ったように肩を小さくした。

「・・・わたしを、攻撃、ですか?」
「いまから私は、陰険で、わからずやで、身勝手なひねくれ者になります」
「わたしは、殴られるのですか?」
「暴力は振るいません」

それは、私の主義ではない。

「悪漢となった私と生活して、それでもなお不快を露にせず、平然と過ごせたら、そのときこそ、あなたの義務を解消しましょう」
「き、期間は、どれくらいでしょうか?」

不安で仕方がないらしい。

「だらだらと続けても仕方がありません」

これは、ほとんど最終手段だ。

失敗すれば、無駄に少女を傷つけてしまう。

「あさっての夜までとしましょう。
上手くいけば、その翌日には、あなたは自由の身です」
「わ、わかりました。わたしは、阿久津さんを信じるしかありませんから」
「では、始めますよ・・・」

これからの行動を綿密に記録して提出すれば、法月も納得せざるを得まい。

昨日の法月を演じるのだから。

女性を理不尽に殴りつけて笑っているような人間を。

あのとき雑賀さんが怯えずに、余裕を持った態度を見せていれば、きっと法月は雑賀さんを認めたのではないか。

法月は、こう言っていた。

都会に戻ればこんなものでは済まないと。

確かにその通りだ。

高家のしきたりや、女官達の嫉妬や羨望、父兄や政府高官からの圧力に耐えねばならんのだ。

田舎町の善良なクラスメイトたちとは勝手が違う。

 

「帰るぞ、もたもたするな」

ぶっきらぼうに言った。

雑賀さんは意を決したのか、毅然とした表情を見せた。

「はいっ」

私の考えは、正しいはずだ。

 

 

 

・・・

・・・・・・

「おい」

後ろを振り返る。

「はあっ、はあっ・・・はい、なんでしょう?」

少女の額には汗が滲んでいた。

「とっとと歩けと何度言ったらわかるんだ?」

私は、雑賀さんを無視して足早に歩みを進めていた。

「す、すみません・・・」
「その、すみません、というのもいい加減聞き飽きたぞ」
「うぅ・・・」
「まったく、運動音痴だかなんだか知らんが、甘えるなよ」
「くっ・・・すみません」
「うるさい、謝るな」

眉を吊り上げ、不快の表情を作る。

もともと人を威圧するのは不得意ではなかった。

「ああ、そうだ・・・」

ふと足を止める。

「学園に忘れ物をしたな」
「えっ?」
「取りに戻るぞ」
「・・・っ」
「なんだ? 不満なのか?」
「い、いえ・・・戻りましょう」

もともと体力がないのか、すでに肩で息をしていた。

神職の仕事に就けば、式典などでずっと立ちっぱなしなのだぞ?」
「わ、わかっています。がんばります」
「わかってるならとっとと足を動かせ」

あごで、少女を歩かせた。

 

 

 

・・・

・・・・・・

もともと忘れ物などなかったので、教室に入ってすぐに引き返した。

「・・・はあっ・・・はあっ・・・」

 

 

 

・・・

・・・・・・

 

帰宅したが、三郎の姿はなかった。

「もう、夜か。お前の足がうすのろだから、時間を無駄にしたぞ」

説教がましく言う。

「すぐに夕飯の支度をしますね」

部屋で気が落ち着いたのか、少女の顔に笑みが戻った。

「今夜は何を作るんだ?」
「はい・・・牛肉と夏野菜の炒め物にしようかと」
「豪勢だな」
「ふふっ」

私のいやみを勘違いして受け取ってしまったらしい。

「私は戦争で、何人もの腹を空かせた子供を見てきた。
がりがりに痩せた体の周りを不潔な蝿が飛び回っているのだ。
私の生まれ育った貧民街もそうだった。
みんな、食べるために盗み、食べるために殺す」

声を低くして、雑賀さんをにらみつけた。

「そういった貧しい気持ちは、お前のようなお嬢様にわからないだろうな」
「・・・わ、わかりません」
「セブンストリートに足を運んだことがあるのに?」
「そ、それは・・・」
「どうせ、高級車でお供を連れてやってきたんだろう?」
「・・・はい・・・そうです・・・生活していたわけではありません」

頬を強張らせ、肩を震わせていた。

「あ、あの・・・阿久津さん」
「おどおどするな、見苦しい・・・」
「すみません、阿久津さん・・・あ、あのですね」
「なんだ・・・!?」
「え、演技なんですよね?」

・・・興ざめするようなことを言う。

「どうかな」

再び少女を見据えた。

「あるいは、これこそが、私の本来の姿なのかもしれないですよ、雑賀さん」
「そんな・・・」
「忘れてもらっては困る。私は、特別高等人を目指しているのだ。
過酷な試練を乗り越え、いままで何度か死ぬ思いもしてきた。
基礎課程を学んでいるような子供たちと一緒にしないでもらいたい」
「・・・うぅ」
「そら、とっとと飯を作れ」

雑賀さんは返事をする気力も失った様子で、台所に入っていった。

 

 

 

・・・

夕食中に、三郎が健を背中におぶって帰ってきた。

「いやー、健はホントむっつりくんだわー・・・」

我々の剣幕を見て、にこやかな顔が怪訝そうに曇った。

「・・・あれ? まさかのケンカ?」


「おい、さっきからぜんぜん箸を動かしていないぞ?」
「しょ、食欲が・・・あまり」

 


「あ、なんか顔色悪いね」

 


「自分が食べられないものを、私に勧めたのか?」
「違います・・・ただ、さきほどのお話が身に染みる思いでして・・・」

 


「さっきの話って・・・?」

 


直後、テーブルを叩いた。


・・・ッ!


食器が音を立てて跳ね、雑賀さんの顔が引きつった。


「だからこそ、残さず食べねばならんのではないか?」
「そ、それはよくわかっています。わかっているのですが・・・」
「おどおどするな。背筋を伸ばせ」
「はいっ、はいっ」

泣きべそをかきながら、小刻みに頭を下げる。

「いいか。世界中でどれだけ餓死者が出ても、お前は死なない」
「はいっ・・・」
「生まれついて幸福なのだから、それを盾に堂々としていればよいではないか?」

 

 

 

「ていうか、おれシカトされてない?」

 

 


・・・・・・。

・・・。

 

 

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入浴の時間となった。

私はいつもより雑賀さんに近づき、悪態をついていた。

「無駄にでかい胸だな」
「・・・っ!?」

慌てて身を縮めた。

「子供のくせに、実にいやらしい体つきをしているな?」
「ひどい・・・です」
「ひどいと言われても、みんなそう思うだろうさ」
「み、みんな?」
「お前は、これから大勢の人の前に立つのだろう?
テレビに映ることもある。立派な有名人だ。
そしてお前は容姿がいい。
覚えておいた方がいいが、お前は確実に世間の男の好奇のまなざしに晒される」

たんたんと言いながら、少女の表情が、次第に絶望と恐怖に染まっていくのを確認した。

「面白半分にお前の風評を貶め、品位を汚すような連中を相手にしなくてはならんのだ」

そのとき、ふと、雑賀さんが義務を解消されたあとのことを気にかけている自分に気がついた。

・・・いちいち気にしていたら、一度に多くの罪人を見ることなど不可能だろうに。

「うぅ・・・もう・・・」
「なんだ、もうあきらめるのか?」
「だ、だって・・・」

 

しゃくりあげるような声を聞いて、私はげんなりした気分だった。

 

・・・やはり、法月の言うとおりだったのかもしれない。

 

あのまま義務を解消されていたら、この少女は世間の悪意に押し潰されていただろう。

 

「うぅっ・・・ひっく・・・怖いよ・・・」

 

上品で凛とした態度は、いまは見る影もなかった。

 

 

 

 

 

 

・・・

浴室から上がると、早い時間にもかかわらず、雑賀さんはすぐに就寝した。

「おいおい、まちゃおみくん。みぃなちゃんはどうしちまったんだよ?」

「・・・・・・」

また、健と目が合う。

気のせいか、健も怒っているようだ。

「わかった。事情を説明する・・・」

 

 

 

 

・・・・・・。

・・・。

 


「なるほどねえ・・・思い切った手に出たな?」

なにやら釈然としない様子だった。

「すでに、失敗しそうだがな」
「そうなの?」
「雑賀さんがあそこまで気の弱い女性だとは思わなかった」

三郎は仰天したように手をたたいた。

「え!? 知らなかったの!?」
「・・・なんだ? お前は気づいていたのか?」
「いやだって、おれも調書ちょっと読んだけどさ・・・。
要するに、実家がイヤになって家出したわけだろ?」
「うむ・・・」
「おれの家もさ、とーちゃんとかーちゃんが厳しい人でよくしぼられたけど、だからって逃げ出したりしなかったぜ」
「私もだ」

ため息が出る。

「だが、彼女の家は、一般の家庭ではない。
我々と比較するのはどうかと思うがな」
「それだけじゃないぜ」

三郎は手を振って言った。

「みぃなちゃん、友達いねえじゃん。いそうでいねえじゃん」
「義務のおかげでな」
「だから、あんま深く踏み込まれたことないんだって」
「傷つけられたことがないということか?」
「そそ。おれ友達超多いからわかる」
「そうか・・・」

どうやら私より、三郎のほうが雑賀さんを知っていたようだ。

その事実に、どういうわけか、焦りにも似た不快感を覚えた。

「でも、ま、みぃなちゃんにとっては、いい経験になるんじゃねえか?」

フォローされているようだった。

「一日や二日で乗り越えられるようなものでもないだろうけど、ワルに立ち向かうための心の持ち方ぐらいは覚えてくれるかもな」
「しかし、そんな中途半端なことでいいのだろうか?」
「義務が解消されたあとのことまで気にしてんのか?」
「まあな」
「へえ・・・」

感嘆の吐息が漏れた。

「だったら、お前が支えてやれよ」
「私が?」
「どんだけつええヤツでも、たまには誰かの助けがいるもんだよ」
「それは、正しい」
「例えば、いま、ここで、おれはお前の相談に乗ってやってる」
「ふん・・・」

思わず、笑みがこぼれ落ちた。

「じゃあ、みぃなちゃんはお前に任せるとするわ。
おれは、健の世話と、例の逃げた囚人を探すことにする」
「囚人は放っておいてもいいのではないか?
私たちの試験に直接影響があるとは思えないが?」
「いいや。学園の友達とか、町の雑貨屋のおばちゃんとか、そういう人たちが危険にさらされるっつーのは、どうにも気分が悪い」

・・・まるで、試験のことなど二の次のようだった。

「お前はいずれ、誰かのために、大きな失敗をしそうだな」
「なんだよ、それ?」
「いや、皮肉を言ってみたかっただけだ」

三郎は低く笑って、



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「じゃあ、もし、おれが失敗したら・・・」
「うん?」
「お前が尻拭いをしてくれよな」

よかろう、と鼻で笑った。

笑い話で済めばいいと、心の底から願った。

珍しく、三郎の目が笑っていなかったからだ。

 

その後は、三郎と交代しながら睡眠を取った。

明日からまた、雑賀さんを不当に虐めるのかと思うと、気分は晴れなかった。

 

 

 


・・・


・・・・・・

 

 

翌朝早く、三郎は健を連れて出て行った。

部屋では私と雑賀さんが、沈黙を続けている。

「おい」
「は、はい?」

顔色は悪い。

「退屈だ。何か話せ」
「・・・わかりました」

目を合わせようともしない。

「今日は、また一段といいお天気ですね・・・」
「はあ?」
「・・・っ」
「いつも天気の話だな?」
「・・・ええと・・・」

おずおずと両手を握り締めて、話題を探している。

「・・・えっと・・・っ・・・そういえば・・・今日の授業は・・・あ、いえ・・・最近向日葵畑に・・・っ・・・」
「はっきりしろ」
「・・・あ、阿久津さんは、好きなお花とかありますか?」
「私は花なんぞに興味がない」
「・・・っ!」
「そもそも話をしろといったのに、なぜ質問をする?」
「すみません・・・なにをお話すれば阿久津さんに楽しんでいただけるのかわからなかったので・・・」
「お前はいつも受身だな。だが、都会に戻れば、立場のある人間として、積極的に人と関わっていかねばならんのだぞ?」
「で、でも・・・わたし、趣味の一つもありませんし・・・人を楽しませるような話題なんて・・・」
「無趣味な人間は人を楽しませられないなどと、決めつけるのか?」
「そ、そういう意味では・・・あぁ・・・」
「まったく話にならん。学園に向かうぞ」

手を引いてやろうと腕を伸ばしたが、彼女は怯えたまなざしを向けてくるだけだった。

 

 

 

 

 

 

・・・

・・・・・・

 

「よう、おはよう」
「む・・・」

 

校門に背を預けながらこちらに向かって手を振っている。

 

「おはようございます・・・」



 

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「なかなか勤勉に仕事をしているようだな?」

雑賀さんの暗い表情から何かを嗅ぎ取ったらしい。

「私の真似か、阿久津?」
「そうです。暴力を振るうつもりはありませんが」
「そうだな。暴力はいかんな。暴力は振るわれて育った子供は、力で全てを支配できると思うようになる」

お前のようにな、と目で語っている。

「いつまで続けるつもりだ?」
「明日の夜中までのつもりです」
「なるほど。ではその翌日にでも一度チェックするとしよう」
「あなたのチェックを免れれば、雑賀さんの義務が解消されるのですね」
「約束しよう」

 

「よかったですね、雑賀さん」
「あ、はいっ・・・うれしいです」

笑顔が戻った。

「む・・・」

私は、つい、演技をやめて雑賀さんに微笑みかけていたようだ。

「クク・・・楽しみだな。本当に」

私たちのやりとりを見て、失笑を禁じえない様子だった。

「では、あさってだな」
「よろしくお願いします」
「もし、なんの進歩も見られなかった場合は・・・わかるな?」
「・・・・・・」

 


「わかる、な?」

 

死、か。

 

「え? ど、どういう意味でしょうか・・・?」

私に訊いてくるが、答えなかった。

 

「尽力します。それでは、失礼します」

 

 

 

 


・・・

・・・・・・

「・・・雑賀さん」
「な、なんでしょう?」

警戒しているようだった。

「いまは、かまえなくてけっこうです」
「あ、わかりました」

大きく息をついた。

「・・・つらいですか?」
「弱音を吐いてはいけないと、頭ではわかっているのですが・・・」
「もっと、自分を強く持ちましょう」
「え?」
「周りに合わせてばかりでは、自分を保てませんよ?」

私は、愚かしいことを言っている。

「いや・・・」

そもそも雑賀さんは、周りに合わせて生きていかなければならない義務を背負っているのだ。

他人の顔色をうかがうような毎日を強制されているというのに・・・。

「阿久津さん・・・?」

いかんな・・・。

私が戸惑っていては、雑賀さんも不安だろう。

「とにかく、人の悪意に耐えるには、あなたの芯がしっかりしていなければなりませんよ」
「・・・ん」

うつむいてため息をついた。

「阿久津さんのように、なれればいいんですけど・・・」
「私?」
「はい。とても、しっかりしていらっしゃいます」

この少女が、私の何を知っているというのだろうか。

「さきほども法月先生に釘を刺されていたようですが・・・?」

もし、あさってまでに雑賀さんに進歩が見られなかったら・・・私は終わりだったな。

 

 

 

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「どうして、なのですか? 阿久津さんは、どうしてそんなにどっしりとしていらっしゃるんでしょうか?」
「どうしました? 声を荒げて」
「知りたいんです。阿久津さんのこと」

少女の姿が、ひどく小さく見えた。

「・・・ひとまず、授業を受けましょう」
「はい・・・」
「もっと明るい顔をしてください。クラスメイトたちが不安になりますよ」
「そうですね・・・みなさんが待ってます・・・がんばらなきゃ・・・」
「・・・・・・」

また、人の顔色をうかがう日常が始まるわけだ。

 

 

 


・・・

雑賀さんはいつものように生徒たちと談笑している。

「夏だし、ダイエットしなきゃねー」
「ですねー」
「みぃなさんは、必要ないでしょ? 生まれつき美人って感じだよ?」

生まれつき美人か・・・確かにそういう印象しかないな。

「わたし、昔は太っていたんですよ」
「えぇっ!? 冗談でしょ?」

少女たちは、他愛のないことに驚いている。

「神君たちから、おまんじゅうって呼ばれていましたから」

神君、とは神職の家の兄弟の意味だったな。

会話のなかに、さりげなく庶民と溝を作るような単語を入れるのは、おそらく彼女が人を遠ざけるための配慮だろう。

「がんばって、ダイエットしたんですよっ」

屈託なく笑う。

嘘に決っているのだ。

ダイエットなどしていない。

やせたのではなく、やつれたのだろう。

「あっ、教室のお花にお水やってきますねっ。暑いから枯れちゃいますよ」

教室の誰もが気にも留めないような花瓶を気にかける。

いつもそうなのだろうな。

そうやって様々なことに気を使いすぎて、体重を減らしていったんだろう。

 

「・・・そういえば」

水を汲みに、廊下に出ようとした雑賀さんを引き止めた。

「制服のリボン、少し汚れていないか?」
「えっ?」

少女はとっさにリボンをつかんだ。

「あ・・・朝に、ご飯を食べたときに・・・」
「そんなことでいいのか?」
「はい・・・?」
神職の家では、手袋の丈が少し短かっただけでも、厳しい非難と中傷の的になると聞く」
「は、はい・・・わたしも、よく注意されていました」

嫌な過去を思い返したようだ。

神職の家の周辺の夫人たちに、無作法だと笑いものにされたか?」

古傷をえぐるように言った。

「すみません・・・以後気をつけますので、お許しください」
「許すとか、許さないとかではない」

少女の顔に困惑が沈む。

「身分を極めた夫人たちには話題がないのだ。
お前が謝っても関係ない。お前が失態を犯したという事実こそが、かっこうの話の種になり、噂は聞こえよがしに高家を飛び交う」
「・・・っ・・・」

思い当たるふしがあるようだった。

「家の、品位を傷つけられたと・・・ご夫人方が激怒していらっしゃったことがありました・・・」

激怒したのではなく、無責任な笑みを浮かべていたのだろうな。

「泣きごとを言うひまがあるなら、失敗しないようにするんだな」
「はい・・・」

とぼとぼと背を曲げて教室を出て行った。

 

 

 

 

・・・

・・・・・・

 

退屈な授業が終わった。

平和すぎて、最近はずいぶんと体がなまってきたような気がする。

「お待たせしました」

雑賀さんがトイレから出てきた。

「遅いぞ。何度言ったらわかる」
「すみません・・・」
「まったく・・・一人になれる時間が、そんなに貴重か?」

彼女は答えなかった。

「どうだ? 義務の罰を思い知ったか? プライベートのない生活はこたえるだろう?」

逡巡に溺れていた少女の唇が動いた。



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「・・・はい・・・つらいです」
「それでいい。ようやく罪人らしくなってきたな」
「家にいたときのことを思い出します」
「・・・なんだと?」
「家にいたときも、一人になれる時間なんてほとんどありませんでしたから」
「愚痴を吐くな」

言いつつ、私は思い知った。

雑賀さんは、たとえ義務を解消されても、義務を負ったような人生を送るのだ。

だが、だからこそ・・・。

「だからこそ、自分が変わらねばならんのだぞ?」
「・・・・・・」
「田舎町でも都会でも、どんな場所に住んでいても、雑賀さん自身が強くならなければ、毎日が暗いものになる」
「強く、なる?」
「そうだ」
「・・・無理ですよ・・・わたしなんか・・・」


初めて見る顔だった。

 

「阿久津さんのおっしゃるとおり、わたしは毎日人の顔色ばかりうかがっていて、自分なんてないんです」

人前では決して見せない、雑賀みぃなの素顔。

「すみません、わたし、阿久津さんに謝らなければならないんです」
「え?」
「わたし、本当は、本当はずっと・・・」

言いよどんだ。

「ずっと、義務を負ったまま、この町にいたいんです」

 


「聞き捨てなりませんね・・・」

 

 

焦るしかなかった。

「だって、家に比べれば、ここは天国なんです。
自然がたくさんあって、住民の皆さんはとても優しくて、すごく仲のよいお友達はいないけれど、それだけでもいいんです」

樋口から借りている本の中にも同じような罪人が登場する。

貧困の貧しい国から渡ってきた罪人は、日本の刑務所が天国だといい、何度も再犯を繰り返すのだという。

「わたしのせいで、阿久津さんが試験に合格できないのは、本当に心苦しいのですが・・・。
すみません、無理なんですよ・・・」

わたしなんかには、と念仏を唱えるように続けた。

少女はあまりに、自分の価値を低く見ていた。

「な、なんとか、なりませんかね?
なんとか、阿久津さんが試験に合格できませんかね・・・。
わたし、阿久津さんのためなら、なんでもしたいんです。
あ、いえ・・・なんでもしたいんですけど、わたしの義務だけはこのままにしてもらえませんか・・・」

私は、ぼんやりと首を横にふるだけだった。

「帰りましょう」

目の前にいるのは、気品ある高家の姫君ではない。

 

ただの、わがままな小娘だった。

 

 

 

 

 

・・・

・・・・・・

 

 

「おう、お帰りー」

帰宅すると、三郎が健をあやしていた。

「いまよー、健を風呂に入れてたんだ。 でもダメだな。こいつにはガッツがねえよ」
「その様子だと、囚人は見つからないようだな」
「目撃情報はあったんだけどな」
「ほう・・・どんな?」
「町の八百屋から、野菜が盗まれたらしい。
ボロボロの服を着た長身の野郎が、走って逃げるのを見たってさ」
「罪を重ねるとは・・・愚かな」
「あとは、てんてぇの部下らしい警官にも会ったな。十数人のグループで町に入ってるらしい」
「そうか・・・慌しくなってきたな」

三郎は、雑賀さんに向けて手を振った。

「みぃなちゃん、元気ぃ?」
「あ、どうもです・・・」
「苦笑いはやめてよー。罪になっちゃうぜ?」
「す、すみません・・・笑います・・・」

病的な笑顔だった。

神職の家では、この顔を多用して毎日を乗り切っていたのだろう。

 


「・・・うーん、まずそうだな?」

小声で私に訊いてくる。

「あさって、法月アリィに一度見てもらうことになっている」
「いや、無理だろ・・・」
「進展がなければ、私も終わりだ」
「喪主はおれに任せろ」
「この最終試験において、私の終わりはお前の終わりでもあると、簡単に予想できるが?」
「・・・やっぱり?」

 

・・・

「あの・・・ご飯になさいますか?」
「そうだね。うまいメシを頼むよ」
「いえ・・・お口に合えばいいんですけど・・・」
「合ってるって。最高だって」
「でも、わたし、簡単なものしか作れなくて、毎日飽きてしまいませんか?」
「そんなことないって! そういえば毎日焼き魚ばっかりだけど、飽きてないって!」


「説得力がまるでないぞ」


「・・・すみません・・・わたしって、得意なことが一つもないものですから・・・」
「いいじゃん、美人なんだから! 美人はなにしても許されるんだって!」
「つらいときにつらいと言えませんし、笑いたくないときにも笑うしかありませんし・・・」


「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

私と三郎が顔を見合わせていると、健が声を上げて泣きだした。

 

 


・・・・・・。

・・・。

 

 

 

 



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私はすでに、悪漢を演じる気力を失っていた。

私は少女を自由にするつもりで、少女の心の闇をつついてしまったのだ。

「すみません・・・無言で・・・」

いったい何度、すみません、と聞いたことか。

「わたしのような人間の監督についてしまって、本当にやりづらいことでしょう?」
「・・・・・・」

義務の解消を望まない被更生人か。

最終試験で当てられるには、ふさわしい難易度だ。

「よく、空気のような存在になれたらって思うんです。
誰もわたしに注目しないんです。 発言にいちいち傾聴されることもなければ、噂話をされることもないんです」
「ありえないですよ。あなたのような目立った身分では」
「・・・目立ちたく、ないです」
「目立ちたくない・・・?」

ふと、思い立った。

「しかし、あなたは異民音楽の詞を発表していたのではありませんか?」
「・・・え?」

驚いたようだ。

作詞の話をしてはいけないと命じたのは私だからだろう。

「表現をする人間には、少なからず、目立ちたいという感情があるのではないでしょうか?
自己表現をして、人に認められたいという欲望がないとは言い切れないのでは?」

表現などしない私には、そのように思えてならない。

「それは・・・」

少女は戸惑いならがも口を結んだ。

私のとっさのあてずっぽうに、耳を傾けるべきものがあったようだ。

少女が立ち上がるための光明が見えればいいと思った。

けれど、返ってきたのはため息だった。

「前に一度、お母様の記者会見がありまして、私が式場を取り仕切るお手伝いをしていたんです」
「ええ・・・」

神職の家には、専門の記者クラブがあったな。

神職の家も、昔とは違って自由な気質を求められています。
だから、記者の皆さんにもリラックスをしていただけるようお菓子を並べたり、タバコの灰皿をすすめたりしていたんです」
「なにかの記事で読みましたね。

アットホームな会見だったと、記者はあなたたちを絶賛していましたよ」
「でも、わたしは、あとでお母様にこう言われたんです。
記者がタバコをくわえたら、火をつけるなんて・・・まるで、キャバレーのホステスじゃないですかと」

・・・なんともむごい。

「わたしは、和やかな雰囲気を演出して、お母様に認めてもらいたかったんです。
でも、失敗でした。定められたとおりの堅苦しい記者会見にすればよかったのです。
あの家は、全て規則です。自分を表現することが許されないんです。
民音楽の作詞なんて、もってのほかでした。
阿久津さんのおっしゃるとおり、わたしには、人に認められたいという気持ちがあるのだと思います。
けれどわたしは、実際には、人の顔色をうかがってばかりなのです」

自嘲の笑みをこぼした。

「発表した詞も、とても幼稚なもので、大勢の方に笑いものにされました。
だから、もう、いいんです。
一人にして、欲しいんです・・・」

沈みきった声に、私はつい、少女を一人にして浴室から退室してしまうところだった。

「職務ですから、一人にはできませんよ。すみません・・・」

すみません、の一言は私にも波及した。

私は明らかに、雑賀さんに同情しつつあった。

 

 

 

 

 

 

・・・

・・・・・・

 

深夜。

三郎は健を抱きながら眠っている。

私は、考えをまとめながら、雑賀さんの寝顔を見つめていた。

雑賀さんの義務を解消しなければ、私は特別高等人にはなれない。

かといって義務を解消すれば、雑賀さんには八方ふさがりの毎日が待っている。

 

 

私は、甘いのか・・・。

 


「阿久津さん・・・」

もぞりと布団が動いた。



 

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「起きたのですか?」
「ちょっと寝つけなくて」
「どうしました?」
「いえ・・・なんだか申し訳なくて」
「なにがですか?」
「わたしの情けない態度を見て、不快になられているのではないかと」

たしかに、ずっと明るい笑顔を振りまいていた雑賀さんが、ここ数日は一転して暗い表情ばかりを見せる。

「あなたの義務にふさわしくない態度ですが、私はとくに不快ではありません。
学園の生徒たちの前では、いつもどおりの態度も崩していないことですし、まだ罪に問われることもありませんよ」

まだ、な。

こんな毎日が続けば、さすがに違反行為となり、彼女はいつしか強制収容所に入れられることだろう。

「よかったです」

ぼそりと、つぶやいた。

「うん・・・?」
「阿久津さんは、わたしのようにはっきりしない人間はお嫌いだと伺っていましたから」
「まあ・・・本来なら、苦手ですね・・・」

私は腕を組んで、目を伏せた。

「あなたはとくに・・・その、出会ったときから、妙にこちらの調子が狂うところがあった」
「わたしもお会いしたときから、阿久津さんは、なにか違うな、と思っていました」
「・・・そうですか」
「・・・ええ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

気恥ずかしいような居心地のよくない空気が流れる。

目が合う。

恐ろしいくらいに澄んだ瞳だった。

生まれついての高貴な血筋が少女のまなざしを輝かせるのか。

 

 


・・・

「昔の話ですが・・・」

いつの間にか、話を切り出していた。

「昔?」
「私のことを知りたいと、日中、言いませんでしたか?」
「え、ええっ・・・知りたいです、とても」

期待に満ち溢れた顔に言った。

「私の家は、スラムのなかにあって、飲み屋を営んでいたのです。
父親は、貧民街によくいる負け犬です。
かつては、都心でビジネスの一つも志したようですが、失敗したようです。
知人に裏切られたとよく愚痴をこぼしていました。
評判の悪い男でした。
ちっぽけで、乱暴者で、酒に酔って夜中に怒鳴り散らすものですから、近所からも疎まれていました。
母親は、私が小さいころに家を出て行きました。
美しい人でした。
幸運なことに、スラムにやって来た良家の富豪に拾われたようです」

セブンストリートには、雑賀さんのように、異民音楽の発祥地として訪れる物好きな観光客もいる。

「幸運なこと、ですか?」

黙っていた雑賀さんが口を開いた。

「幸運なことです。 あんな父親と一緒になっているよりは」
「でも、阿久津さんは・・・阿久津さんはお母さんとはなればなれになってしまって、寂しくありませんでしたか?」
「そんなことよりもまず、考えなければなりませんでした」
「考える・・・?」
「どうやって生きていけばいいのかと。
明日の飯はどうするか? どこで眠れば酒乱の父親に見つからないのか?
働くべきか、それとも強盗団に加わるべきなのか?
・・・とにかく考えました。
くよくよと悩んでいる時間などありませんでした。
もちろん、寂しい夜もありました。
けれど、母親に恨みごとを言い続けるには、人生は長すぎるという考えに至りました」

まるで酒に酔っているかのように、口が滑り、言葉が弾む。

「そのうちに、当然のように父親が亡くなりました。
恐喝の容疑で逮捕に現れた特別高等人に刃向かったためです。
人でなしと罵られるかもしれませんが、父親に対してはなんの感慨もありませんでした。
むしろ、子供の私にとって最大の驚異であった父親をあっさりと射殺してくれた特別高等人に畏敬の念を抱いたほどです。
この人は、なぜ、人を虫のように殺しても許されるのかと胸を踊らせました」
「・・・その事件が、阿久津さんが特別高等人を目指すきっかけになったのでしょうか?」
「そうかもしれませんね。鮮明に覚えています」

鋭い眼光。

胸に金色に輝く権力の象徴。

この国で最も畏怖されるエリートたち。

「それから私は、また多く考えるようになりました。
寺院で施しを受ける毎日で、いつも不思議に思っていたことがありました。
私より年齢の高い人々が、当然のようにパンとスープをもらっているのです。
なぜ、彼らは考えないのか。
いつまで、そのような毎日を続けるのか。
私は、彼らとは違うのだと、子供じみた野心に火がつきました」

彼らの境遇を知りもしないくせに・・・まってくもって高慢だったな。

「チャンスが訪れたのは第一次南方戦役が始まってからです。
私のような最下層の身分の人間が一代で富を築くには、国家が滅亡、あるいは復興するときしかないのだという考えがありました。
いち早く軍に志願し、戦地に赴きました。
母も父もおらず、もとより失うもののない人生です。
どんな危険な任務にも喜んで参加しました。
周りの人間は家族や友人のために戦っていましたが、私は自分のために戦いました。
仲間たちは命令されたから人を殺しているのだと言いますが、私は自ら進んで人を殺していました。
そういう自覚があったからなのか、私は、自分でも恐ろしいくらいに傷を負いませんでした。
やがて敗戦となり、ある程度の給付金を受け取って私は国に帰還しました。
軍事力がものをいわなくなれば、金力の時代が来るのだろうと考えました。
金を集めるには権力が必要です。
軍隊生活のなかで取り入って作った人脈を活かし、特別高等人を多く排出する大学に裏から入学しました」

まともに試験を受けようとすれば、出身を差別されて合格できないからだ。

「約二年そこで学び、特別高等人の試験に臨みました。
試験は思ったほど厳しいものではありませんでした。
生意気なことを言わせていただければ、要点をつかめば楽に突破できる内容だったのです。
要点とは、つまり、教官が意図していることをいち早く察知して、ルールに従うことです。
あるテストがありました。
記憶力に関する検査という名目で行われたのですが、薄暗い小部屋で私と指導教官の二人が向き合って座らされるのです。
私は別室にいる他の候補性に、いくつかの問題を出すのです。
私の手元にはボタンがありました。
他の候補性が問題を間違えた場合にそのボタンを押すと、罰として電流が流れる仕組みになっているのです。
電流は15Vからスタートし、一問間違えるごとに15Vずつ上がっていきます。
別室からは、相手のうめき声が聞こえてくるのですが、私はボタンを押さなくてはなりません。
やがてうめき声は絶叫に変わります。
壁を叩いて試験の中止を訴えてきます。
私がボタンを押すことを躊躇すると、指導教官は私を説得しようとします。
試験はお前を必要としているのだと。
お前がやることに意味があるのだと。
選択の余地はないのだと。
他の候補性の地獄のような苦悶の声を聞きながら、私は気づきました。
これは、私がどれだけ権力に従うのかという検査なのだと。
指導教官が、実験の結果に責任を持つ必要はないといい続けるからです。
ボタンを押しているのは自分ではなく、指導教官たちなのだという気分になっていくのでしょう。
試験が終わり、別室にいた人間は役者だったと判明します。
かたくなにボタンを押すことを拒否した候補生は不合格となり、私は自分の推察が正しかったと確信しました。
私は、過去最高の500Vまで電圧を上げた結果、高評価でその試験を通過することができました」

・・・くだらん茶番だったな。

雑賀さんは、神妙な面持ちで話を聞いていた。

「私が短い人生で思ったのは、世間はルールに満ち溢れていて、一見どうにもならないことばかりだということです」

一呼吸置いて、言った。

「だからこそ、捻じ曲げてやるのです。いいや、捻じ曲げてきた。
スラムの飲んだくれの息子が、特別高等人の最終試験まで辿り着けるわけがないのです」

興奮を抑えようと、ため息をついた。

「・・・すみません、どうにもつまらない話をしてしまった」
「いえ・・・」
「まあ、とにかく、そういう人生でした。
とくに幸せでも不幸でもありませんでしたよ」

直後、雑賀さんが口の端を結んでうつむいた。

「ルールを捻じ曲げて・・・」

声が震えていた。

「それから、阿久津さんはどうするんですか?
出世なさって、お金や権力を持って、それでご満足なんですか?」
「わかりません。
わたしは、自分の居場所を居心地よくしようと環境に働きかけているだけです」
「・・・そうですか・・・」

哀しそうに目を閉じる姿に、思わず言った。

「ただ・・・私は、いささか人の道を踏み外しすぎました」

親の死も悲しまず、人を殺しても悩まない。

「ですから、これから先、私のような境遇の人間がチャンスをつかみやすいように・・・」

この決意は、いままで誰にも打ち明けたことはない。

「人々がもう少し居心地よく生活できるように・・・」

あまりに抽象的で安っぽい理想だからだ。

「ルールを変えていければと、考えています」

聞く者が聞けば、逮捕されかねない発言である。

沈黙が流れる。

生暖かい夏夜の風を肌に感じながら、私たちは見つめあった。

「最後のお言葉から、阿久津さんの強い意志が伝わってきました」
「・・・いちおう、本気です」
「わたしのような小娘に、大切なお話をありがとうございます」

私は首を振る。

「あなたは失ってはならないものを多く持ちすぎているのです。
生まれついての地位、周囲の期待・・・私とは正反対だ」

・・・だから私は、この少女を相手にすると調子が狂うのかもしれない。

「たしかに正反対ですね。
阿久津さんは環境を変えてきたのに、わたしは環境に呑まれるだけですから」

また寂しそうに笑った。

「でも、本当にありがとうございました」
「いえ・・・」
「少しだけ、勇気が湧いてきたような気がします」

・・・本当だろうか?

「とにかく、自信を持つことです。
私はいつでも自分を信頼してきた。自分の読みと考えにすべてを賭けて来たのです」

不安になって、早口でまくしたてた。

「雑賀さんには、なにか賭けられるようなものはありませんか?
あるでしょう? これまで八方ふさがりの高家のなかで、精神病にもかからずにやってこれたのですから」
「賭けられるもの・・・ですか?」
「なにか夢中になれることです。周りの中傷なと気にならないほど必死になれることです」
「・・・それは・・・ええと・・あっ」

思いついたように、息を呑んだ。

「詞を書くことです。
下手ですけど、ぜんぜんダメなんですけど・・・それでも好きですから・・・」
「それは・・・」
「発表した時はみなさんに認められませんでしたけど、それでも、また書きたいという気持ちは消えないんですよね」
「・・・・・・」
「書いているときは夢中なんです。唯一、誰の目も意識せずにすむ時間で・・・なんというか、わたしがわたしらしくいられるんです」

ふと、雑賀さんに出会ったときのことを思い出す。

 

――わたしはすでに、私ではありません。

 

「しかし、それはいけませんよ」

せっかく盛り上がった雰囲気を濁してしまう。

「はい・・・わたしは、詞を書いたことで、義務を負ってしまったのです」

物分りのいい、いつもの雑賀さんに戻ってしまった。

少女が自分らしくあるための表現は、法律で認められないのだ。

「わかっているなら、よろしいです」
「・・・すみません。
作詞の話をしてはいけないと、ご指導をいただいていたのに」
「いえ・・・私にも、あなたの気持ちをむやみに煽るようなことを言ってしまった責任がある」

煮え切らない気持ちを振り切るように言った。

「とにかく、作詞だけはいけませんよ」
「・・・はい」
「約束ですよ。私はあなたを強制収容所に送りたくない」
「わかりました・・・」

また暗い顔でうなずいた。

「なに、そう焦ることはありませんよ・・・」
「え?」
「そのうち私が法を改正してみせましょう。それまでの辛抱です」

軽口を叩いたつもりだった。

法改正などと、そこまでの権力を持つに至るのに、何年かかるかわからない。

けれど、私の冗談は冗談として受け取ってもらえないほどにつまらない。



 

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「信じます」

真っ直ぐに見据えてきた。

「阿久津さんを信じてます・・・。
いつも、いつまでも、ずっと・・・」

そのとき、どういうわけか、息苦しくなるほどに胸がうずいた。

「・・・もう休みましょう。ずいぶんと長話をしてしまった」

私はそそくさと、床に寝転がった。

 

 

「あの、阿久津さん・・・」

頭上からためらいがちな声が聞こえる。

「阿久津さんにひとつ、お伝えしておきたいことがあるんです」

糸を引くような声から、緊張が伝わってくる。

「被更生人の身分で不謹慎なのはわかっているのですが・・・。
どうか・・・・・・っ・・・。 どうか―――」

 

私は何も言えなかった。

 

「・・・い、いえ・・・その」

 

私には自分の気持ちがわからない。

 

気になる女性ではある。

 

それ以上の感情を、私は、なんというのか知らない。

 

「なんでもないです。おやすみなさい」

 

「あと一日です。がんばりましょう」

 

その夜は、東の空が明るくなるまで、雑賀さんの寝息をずっと聞いていた。

 

 


・・・・・・

・・・