ゲームを読む。

ノベルゲームをタイピングして小説っぽく。

車輪の国、悠久の少年少女 法月編【7】(終)

 

・・・。


・・・・・・。

 

 

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・・・

 

州境を目指し、私たちはひたすらに歩いた。

法月は後ろを振り返ることなく、私たちの前を進んでいる。

久しぶりの外の景色。

晩夏の夜は少し肌寒い。

けれど、耳元から熱く荒々しい吐息が吹きかけられる。

「はあっ、うっ、はあっ・・・」

ぐったりと私の背中に身を預けている。

「みぃなさん、みぃなさんっ・・・」

何度も、呼びかける。

「もうすぐですよ、もうすぐっ」

何度でも、話しかける。

「お腹が空いたでしょう? 私もです。早く、あなたの作ったキノコ料理でも食べたいものです」

くだらない話題を選び、一方的に声をかける。

「き、キノコは、や、ですよ・・・」
「しゃべらなくていいです」
「・・・平気です・・・平気、ですよ・・・」
「いいから」
「ま、将臣さんと、お話したいんです・・・い、いまのうちに・・・」
「・・・いまのうちに?」

唇がわなないた。

「夜、ですよね?」
「え? あ、ああ・・・はい」

まさか、目が・・・?

「虫の音が、綺麗ですね・・・秋が、近いですね・・・」

私には、わからない。

「お月様は、まん丸ですかね・・・風が吹いて、向日葵を優しく撫でているんですかね・・・」

そんな情緒は、感じられない。

だが、私は思わず言った。

「素晴らしい夏の夜ですよ。虫の音は野山に澄み渡り、月はまるで・・・。
その・・・まるで、あなたのように美しいです・・・」

陳腐だった。

情けないほどに陳腐だった。

とりつくろうように言った。

「申し訳ない。今度じっくり、あなたの情感を学びたいものです」
「・・・いえ、うれし、うれしい、ですよ・・・」
「本当ですか?」

少女は、ふふっ、と出会ったときと同じような笑みを漏らした。

向日葵畑をかなり進んだ。

ちょうど、私たちが初めて出会った辺りかもしれない。

「け、健ちゃんは・・・?」
「だいじょうぶです。三郎がしっかり抱いてますよ」
「だ、だいじょうぶかな・・・泣いてませんか?」
「ぐっすりと眠っていますよ。いや、なかなかに大物だ。こんな状況で眠れるなんて」
「た、大切に、大切に、育ててあげてくださいね・・・」

不意に、声がかすれ始めた。

「なにを言っているんです? あなたの子ですよ?」
「・・・ええ」
「あなたが育てるんです。私と一緒に」
「・・・・・・」
「へ、返事をしてください、みぃなさん」

私は、慌てて立ち止まった。

「あなたの詞で、健を笑わせるんです。私はそのそばで、詞の内容が理解できずに困惑するんです」

情けなかった。

「ど、どうしました? 楽しみではありませんか?
一緒に暮らしましょう? 安アパートでもかまわない。
あなたはお嬢様育ちだから、つらいかもしれませんがね、はは・・・」

うまい冗談の一つも言えない、自分が情けなかった。

恋人を笑わせることもできない私は、ただ、おろおろと背中の少女に声をかける。

祈るように、救いを求めるように。

「ま、さおみさん・・・」
「な、なんですっ、なんでしょうっ!?」
「わ、わたし・・・よかったです、ま、将臣さんに、将臣さんに告白できて・・・おつきあいいただけて・・・」
「な、え・・・?」

動転して、喉が詰まった。

「将臣さんは、とても優しいです・・・ちょっと冷たそうに見えることもありますが、本当は、とても優しい・・・」

意味がわからず、私は黙るしかなかった。

「ゆ、許してくださいました・・・私の、嘘を、隠れて詞を書いていた、裏切りを・・・」

私は、黙っている。

「誰からも好かれようとして空回っているだけのわたしを、す、好きだとおっしゃってくれました・・・」

黙っている。

「お、おかげで、最後に、最後に、思いのままに詞をかけて、自分というものをしっかりと感じられたような気がします・・・」

黙る。

「あ、ありがとう・・・ございました・・・み、短い、間でしたけど・・・」

――黙っては、いられなかった。

「これからでしょうっ!!!」

喉奥から激情が声となって飛び出す。

「私が、あなたになにをしたというのです!? なにをしてあげられたというのです!?」

責めるような激しい声は止まらない――激しく、激しく、肺が破れるほどに。

「私はあなたを疑った!
好きだと告白しておきながら、あなたの弱さを軽蔑した!
愚かにもっ、愚かにもあなたを信じてあげられなかった!」

罵って欲しい。

罪を償わせて欲しい。

できることなら代わってあげたい。

少女が助かるのであれば、神にでも悪魔にでもこの身を捧げよう。

「教えて、くださいっ、私が、いったい、なにをしてあげられたと・・・?」

返事はない。

わめきたてるのは私ばかり。

「みぃな、さん・・・」

思えば私は、少女を導いたわけではない。

放っておいたのだ。

更生を助けたわけではなく、牢獄では見捨て、いま死をあたえようとしている。

私の力など必要なかった。

少女は、生まれついて強かったのだ。

「・・・っ・・・」

吐息がかかった。

血の匂いがする。

消え入りそうな声。

みぃなさんが何かを訴えようとしている。

私は、震え、怯え、少女の唇の動きを読み取ろうと必死になった。

 


――お元気で。

 


違う。

 


――ありがとう。

 


これも、違う。

 


――好きです。

 


わけが、わからない。

 


「い・・・」

 


――てください。

 


「変えて・・・」

 


不意に脳裏に飛来した記憶があった。

それは、真夏の夜。

私が少女に自分の過去を語った夜。

 

 

 

――――


『ただ・・・私は、いささか人の道を踏み外しすぎました』

親の死も悲しまず、人を殺しても悩まない。

『ですから、これから先、私のような境遇の人間がチャンスをつかみやすいように・・・』

この決意は、いままで誰にも打ち明けたことはない。

『人々がもう少し居心地よく生活できるように・・・』

あまりに抽象的で安っぽい理想だからだ。

 

 


――――

 

 

「ルールを変えて、ください・・・」

息が詰まった。


「将臣さんなら、必ず、できます・・・。必ず・・・。かなら、ず・・・」


言い切ると途端に力が抜けていく。

熱が引くように、猛然と少女の体から生気が薄れていく。

「う、あ・・・」

受け入れがたい現実が、目前に迫っている。

拳を握り締め、狂ったように足を動かす。

前へ、逃げるように、前へ、進む。

誰かが私を呼んでいる。

だが、急がなくては。

将臣、将臣と、いつまでもうるさい。

 

「え・・・?」


「止まれ!」

三郎が、肩をつかんで揺さぶっていた。

 

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「もうすぐ州境だ」

法月がこちらを振り返った。

「・・・よく歩いたな。雑賀も、まだ死んではいないようだ」

狼狽する私とは対照的に、やけに落ち着き払っている。

「だ、だからなんだ!? さっさと歩け!」

法月は黙って首を振るだけだった。

「よく見ろ」

すっと、指を差す。

闇の向こう、地平線の果てに、うっすらと光が見える。

「あの光は?」
「軍だ。上層部の命令で、一個連隊が州境を固めている」


「なに?」

「お前はこう思っている。そんなもの、法月アリィの権限で道をあけさせろと」


たしかに・・・そのための人質だ。

 

「しかし、そう甘くことは運ばない。
知っての通り、私は異民の女。法月の家名を用いて成り上がり、腐った男どもを利用し、いまの地位を築いた。
法曹界での立場はとても危ういものになっている」

 

 

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「・・・だからなんだよ?」

「お偉方は、私を信用していないということだ」

法月は目を閉じた。

「過去、私もお前たちと同じように試験を受け、反逆を志した。
だが企ては失敗し、捕らえられ、屈服した経歴がある。
だから上の連中はこう思っている。
私が国家を裏切り、阿久津たちと結託して反旗を翻すのではないかと」

信じられなかった。

「もちろん、そんなつもりはないがな」

「おいおいてんてぇ、この期に及んではったりはよせよ」

「私はすぐばれる嘘はつかない主義だ。はったりかどうかは、このまま道を進んでいけばわかる」

法月の瞳はいままでになく暗く沈んでいた。

「私が最終試験の教官として、お前たちの更生に失敗したとなれば、ヤツらは簡単に銃口を向けてくるだろう」

・・・つまり、法月は人質として機能しないということだ。

それは、つまり、この町からの脱出口が閉ざされたことを意味する。

それは、つまり、みぃなさんの確実な死を意味する。


「阿久津よ・・・」


絶望的な状況のなか、法月が問いかけてくる。


「どうする?」

 

「・・・どうする、だと?」

「もはや強制はしない。お前は私の想像を超えて強い男だった」

私は眉をひそめた。

あの法月が、いつも余裕そうに薄笑いを浮かべている法月が、穏やかなまなざしで私を見据えている。


「お前が望めば軍属の医者に雑賀みぃなを預けることができる」
「・・・っ!」


悪魔の誘い。


「その変わり、お前は特別高等人、法月将臣として我々に従うのだ。
お前の更生が完了したとみなされなければ、軍は動かん」

 

法月、将臣・・・。

 

首を後ろに動かし、背に負ぶったみぃなさんを見る。

意識が混濁しているのだろう、浅い呼吸を繰り返している。


「な、なにを馬鹿な・・・」


法月将臣などと名乗ったら、少女は私に失望するだろう。


間違いない。


両親を大事にと、詞まで用意してくれたのだ。


それに、法月の伴侶となるなどと・・・みぃなさんにどの面下げて弁解すればいいのだ?


ヤツは、みぃなさんに鬼のような暴力を振るったのだ。


そもそも、みぃなさんが死に掛けているのはヤツのせいではないか!


「お、お断りだ・・・私はみぃなさんに軽蔑されたくない」

「では、雑賀みぃなは死ぬだけだな」

「くっ・・・!」

 


どうする・・・!?

 


なにが、最善の選択なのか。

 


頭を抱えたくなったとき、三郎が意気揚々と言った。

 

「あきらめるなよ、将臣」


それは、三郎らしい大胆な発想だった。


「山越えだ」


「ほう・・・その手もあるな。素晴らしい、よく気づいた」

 

あの法月ですら、感心している様子だった。

 

「おれたちがこの町に来たときみたいに、州境の検問所を通らずに、山を越えていくんだよ」

私は、息を呑む。

「本気か・・・?」

三千メートル級の山々。

切り立った崖に、すぐ悪化する天候、腹をすかせた凶暴な動物が待ち構えている。

訓練を受けた特別高等人候補生ですら、ばたばたと死んでいった。

「だいじょうぶだって。一度踏破したじゃねえか?」

しかし、状況が違う。

「おれのチームは一人も死ななかったぜ?」

重症の女性と赤子を連れて?

一ヶ月以上も牢獄に閉じ込められ、満身創痍の私たちが?

「・・・現実的ではない」

「しかし、その選択肢を選んだお前たちが助かる確率はゼロではないな」

ゼロではないが、限りなくゼロに近い数値だろう。

みぃなさんは、もう、死にかけているのだ。

考えれば考えるほど、三郎の提案は正気とは思えなかった。

「なあ将臣、頼むっ」

「・・・・・・」

「ここで、あきらめるのか? こんなやつらに屈服して、それでいいのか?」

何も言えない。

「思い出せって。みぃなちゃんを傷つけたのは誰だ?」

わかっている。

「おれは許せないんだって。おれのダチを虫みてえに殺したこいつらがっ!」

わかっている!

「健が見てるぞ!? 背中見せないでいいのかよ!
くそったれに屈服する、情けない親父になっていいのかよ!」

「わかっている!!!」

焦燥感が喉を突いて口を出ていった。

「なあ、将臣っ・・・」

よろよろと迫ってくる。

私の心の内を察したのか、目に涙を浮かべている。


「しかし、頭のいい阿久津ならわかるはずだな・・・」

 

「うるさい黙ってろ!」


三郎は、死ぬほどくやしいのだろう。


「頼む、頼むよ、あきらめないでくれよ・・・」


殺意すら感じた。


私は・・・。


私は、どうすればいいのだ?

 

「・・・っ・・・ぁ」

 

みぃなさんが死ぬ。

死んでしまう!

ぐずぐずと決断を先延ばしにしている暇はない。

 

 

 

 

目をつむった。

 

脳裏に浮かぶ様々な光景。

 

風呂場で恥らうみぃなさん。

 

風を受けて胸を張る。

 

暴力を受けても屈さない。

 

両親を大事に、と。

 

あなたをお慕いすることを許してください、と。

 

ルールを、変えてください、と。

 

 

「ぐ・・・ぅ・・・」


唇を噛み締めた。

口内に血の味が広がる。

 

「将臣っ!」

 

早く。

 

「どうするのだ?」

 

早く決めろ。

 

「惑わされるなっ!」

 

「どうする?」

 

「頼むっ!」

 

「どうする?」

 

「あきらめなければっ、必ず道は開けるっ!!!」

 

「どうするのだ、阿久津!!!」

 

 

 

 

 

最後に輝く光。

暗闇のなか、ぼんやりと浮かび上がる。

 



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少女の笑顔。


甘く、あどけなく、思い浮かべるだけで心が落ち着くよう。


私は、それを闇に封印した。


全身全霊をかけて、心を閉ざすことにした。

 

 


――永遠に。

 

 

 

 

 


「当然、健の世話もしていただけるのでしょうね?」

 

私はみぃなさんをその場に下ろし、法月を見据えた。

 

「な、に・・・?」

 

三郎の顔が驚愕に歪む。

 

「従いましょう。以後は法月将臣として、社会に貢献いたします」

私の口が、自分でも驚くほどに流暢に動く。

法月が、私の真意を探るような瞳で何度もうなずいていた。

 

「賢明だ・・・。実に、賢明だぞ・・・法月、将臣よ」

 

その瞬間、目の前で凄まじい風が巻き起こった。

 

「っざけるなあぁぁぁッ―――!!!」

 

憤怒の形相で、私の胸倉を捕まえている。



 

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「なんだっ、なんだ、それは! てめぇっ、てめえっ!!!」

 

激昂する三郎とは対照的に、私の心はひどく沈んでいく。

 

「ふざけているのはお前だ三郎。山越えなどと、正気の沙汰とは思えん」
「な、なんだとぉっ!?」
「愚かすぎる。あきらめなければ必ず道は開ける、だと?
現実を見ろ。おとぎばなしはよそでやってくれ」

心を凍りつかせる。

「そもそも、貴様には私の気持ちはわからん。恋人が死にかけているのだぞ?」
「お、お前にだって、ダチを殺されたおれの気持ちはわからんだろうが!」
「そうだな。わからんな。それで?」
「そ、それで・・・?」

わなわなと震える三郎。

やがて私を解放し、その場に立ち尽くす。

「弱いよ、お前・・・ぜ、ぜんぶ、無駄になっちまったじゃねえか」
「そうだな。私は実にかっこうが悪い。憎き敵に豚のように服従し、助けを求めようとしている。
だが、なにが悪い? いや、なにが正しい?
お前は前に進むことを最良とし、私は後ろに下がることを最良の選択と考えている。それだけのことだ」
「本気かよ・・・ほ、本気で、そう思っているのか?」

泣いていた。

私に裏切られた気分で胸がいっぱいなのだろう。

 


「樋口の今後の処遇についてだが・・・」

 

すぐさま私は頭を回転させた。

 

「私にお任せください。
こいつは確かに危険な男ですが、発想の大胆さや電子機械技術の能力など、殺すには惜しい」
「ふむ・・・」
「あの牢獄を貸してください。一年でも二年でも使って、私が、必ず更生させてみせます」

法月は思案するように目を閉じた。

「たしかに、お前だけでなく樋口が加われば、より派閥の層が厚くなる・・・。
ある程度の時間を投資する価値はあるな・・・」
「私がみっちり付き添って、説得いたしますので」
「そして、樋口をここで殺せば、お前の忠誠心は揺らぐ、か・・・」
「お願いします」

 

かつての敵に頭を下げる豚がいる。

無論、私である。

 

「将臣・・・」

 

三郎は震えながら、うつむいた。

 

「お前・・・それは・・・。そうやって頭を下げるのは、おれのためか?」
「・・・・・・」
「そうなんだろう? そうしないと、おれは殺されちまうもんな?」
「・・・・・・」
「なんて、なんて、不器用なヤツなんだよ・・・」
「・・・・・・」
「で、でもよう・・・おれは、おれは、納得できねえよ・・・。
そんなの、おれには納得できねえよ・・・」

泣き声をかみ殺しながら、三郎はその場に崩れ落ちた。

健を抱きしめながら、くぐもった声を上げている。

 

その赤子と目が合った。

 

「・・・・・・」

 

真っ直ぐに私を見つめていた。

挑むように、じっと、見つめている。

 

「では、お前がやってみろ・・・」

 

つぶやきは、赤子に向けられた。

 

「愚かな父を、打ち負かしてみるがいい」

 

健は何も言わない。

 

泣きもせず、わめきもせず、じっと私を見つめていた。

 

「では、救援を呼ぶとしよう・・・」

 

州境に向かって歩き出す法月。

 

私は、その場から動けなかった。

 

 

 

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天を仰いだ。

月の光が、目に痛い。

もはや、みぃなさんを見ることすらかなわない。

闇に堕ちた私の心には、まぶしすぎる。

どんな理由があろうとも、私は、あきらめたのだ。

みぃなさん・・・。

もう、あなたに合わす顔がありません・・・。

あなたに意識があれば、きっと山越えを声高に叫んだことでしょう。

あなたを暴行した人間に従う私を、叱咤したことでしょう。

ですが、私は間違っているのでしょうか!?

あなたの生存を願うのが、それほど責められる愚考なのでしょうか!?

・・・目を覚ましたら、あなたは私を恨むでしょう。

ですが、ですが・・・。

私は、あなたに生きていて欲しいのです・・・。

おかしなことなのでしょうか?

最愛の人に生きていて欲しいと願うのが、それほどおかしなことなのでしょうか・・・!?

いいえ、こんなことは、言い訳に過ぎない。

私には予想がつく。

目を覚ましたあなたは戸惑う。

私がいないことに絶望する。

また異民音楽の詞を書くのかもしれない。

そして、最悪、強制収容所へ・・・。

たとえこの場で命を取り留めたとしても、あなたはけっきょく・・・。

死よりもつらい強制収容所に、あなたを追いやるのは、けっきょく私なのでしょう。

あなたを助けたいと、守ると言いながら、なにもできなかった。

私は、弱い。

ただ、弱かったのです。

目の前で死んでいくあなたを見届けるなど、私には耐えられない。

耐えられない・・・それだけなのです!


「ぐ、うぅ・・」


苦痛が口を割って出てきた。

獣のような音は、とどまるところを知らずに溢れてくる。

胸を内側から突き上げ、頭のなかで暴れまわる。

 

言葉にも泣き声にもならず、慟哭は空を――少女と出会った田舎町の空を衝き、尾を引いて消えていった。

 

 


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

 

――――

 

――――――――

 

あれから、長い年月が流れた。


三郎の説得には五年かかった。


その間、何度も心が揺れそうになった。


三郎と再び立ち上がるべきではないか。


法月アリィの目を盗み、逃亡するべきではないか。


しかし私は、根気よく三郎を説得し続けた。


牢獄のなかで寝食をともにし、ときには罵られ、


ときには殴り合いながらも、恭順を勧めた。


従わなければ、三郎の命はなかったからだ。


頑なに服従を拒む三郎が、


牢獄を出たのは子供のためだった。


――健の顔が見たい。


ヤツはそう言った。


決して、我々に屈服したわけではなかった。


その一言で、私はある予感を覚えた。


そう遠くない将来、私はこいつを殺すことになるだろうと。


そして、その予感は現実となった。


死に際、三郎は私に謝った。


私の打ち込んだ弾丸を胸に、


血を吐きながらひたすら謝った。


・・・おれは、間違っていた、


でも、お前も、間違っている。


――でも、それでも、すまない・・・。


三郎の最後の言葉を、


わかったような顔でうなずきながら、とどめを刺した。


謝られる筋合いはなかった。


だが、理屈ではなく、


私は健を・・・森田賢一として育て上げた。


健は、救いようのないほどに弱々しい男だった。


こんな子供に未来を託して死んでいった三郎が、


哀れに思えた。


しかし、最終的に足元をすくわれたのは私だった。


頭の悪い男だった。


絶望的な状況で、無駄だとわかりながら、進んできた。


真っ直ぐに、向かってきた。

 

 

 

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私は立ち止まり、

 



 

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健は進んできた。

 

 

 

 

 

それだけのことだった。

 

 

 

・・・


・・・・・・

 

 

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窓の外は相変わらずの黒い雨が支配していた。

佐久間を一蹴した法月は、役所の外に出て、専用の車に乗り込んだ。


強制収容所へ」


運転手に告げる。

黒塗りの高級車は、うだるようなエンジン音を上げて、深夜の街を疾走していった。

 


・・・

およそ一時間ほどで、郊外にある強制収容所へ到着する。

法月はその間、己の胸中を問いただしてやまなかった。

これから己が行おうとしている行動に理性の光を照らし続けた。

 

――処理される。

 

強制収容所の撤去にともない、所内の罪人たちは処理される。

生かされているだけの罪人にガスを撒くのだという。

すでに、州知事の執行許可は下りていた。

副知事として中止を訴えようにも、知事は国外の首脳会議に出席中で連絡が取れなかった。

最終試験での失態は彼の立場を追いやり、多くの後ろ盾を失わせた。

弁護士、官僚、大法廷長官、大企業の重役・・・手塩をかけて育て上げた治安維持警察ですら、法月との関係を打ち切った。

もともと法月は独りだった。

利害関係の一致によって協力体制をとることはあっても、友人として心を開けるような相手はいなかった。


執行は翌朝早朝。

あと数時間もない。

逡巡に溺れている暇はなかった。

罪人リストのなかに、ある女性の名前が挙がっている以上は――。

 

おもむろに携帯電話を取り出す。

ボタンを押す。

耳に添えて通話を待った。

相手の声をさえぎって言った。

 

「森田か」


相手が息を詰めるのがわかった。


「とっ、あ、いえ・・・法月先生・・・!?」


相変わらず、落ち着きのない口調だった。


「なんすか・・・急に・・・」


警戒し、動揺していた。

法月は言った。


「どうだ?」


「え?」


「どうだ、と訊いている」


森田は慌てた。


え、あ、いや、などと意味を成さない声を発しながら、ようやく答えた。


「げ、元気ですよ・・・まだ、田舎町に住んでます。
先生のおかげで、国家権力の目を盗みながら暮らしています。
陽気にね。楽しくね」


へへ、と笑っている。

無駄口が多いのが、森田の欠点だ。


「樋口璃々子は、どうだ?」


「お姉ちゃん? お姉ちゃんはぜんぜん生きてますよ。毎日うるさくて仕方ないですね」


「そうか」


法月は続けて問う。


「大音や三ツ廣は?」


「灯花は相変わらず怒りっぽくて、何考えてるのかわからないっす。
本格的に料理人になりたいみたいですがね。
さちは、ほら、まなの件があって絵の練習をしてますよ」


「そうか」


一息置いた。

その名を口にするとき、ふっと胸がうずいた。


日向夏咲は?」


あの少女は、どことなく似ていた。

牢獄にあって、邪悪なる暴力の化身に少しも怯まなかった。

あの人に・・・。


なっちゃんは・・・ああ、なんていうか、おれと・・・」


「お前と?」


「ま、まあ、結婚かなと・・・いやあ恥ずかしいっすね」


幸せそうだった。

希望に満ち溢れた未来を信じて疑わない。

愚か者と受け取れるほどに、幸せそうだった。


「そうか」


目もくらむような幸福を前に、法月は、ただ、うなずいた。


「なにか、ご用でしょうか?」


森田の口調が変わった。


「どうしました? 先生が私に電話をかけてくるなんて、ただごととは思えませんが?」


声は切迫していた。

疑問を押し殺すような響きがあった。

森田の仲間を暴行し、罠に落としいれた自分を気づかっている。


「まさかとは思いますが・・・」


そういう、男だった。


「お困り、なのですか?」


優しい、男だった。


電話を持つ指が、かすかに震えた。

唇を噛み締めて言った。


「母親に、会いたくはないか」


森田――樋口健は三郎に引き取られるまで、法月アリィが手配した施設で育ち、物心ついたころにはあの田舎町で暮らしていた。

あの人を、覚えているはずがない。


「母親、ですか」


森田が言う。


「会いたいか?」


「ええ、もちろん」


「そうか」


窓の外を見やった。

朝を予感させない漆黒の夜空に、過去の出来事を重ねる。


田舎町の州境付近で別れて以来、あの人には会えなかった。

会えないが、知りたかった。

牢獄を出て特別高等人になってから、消息を知った。


一命を取り留めた少女は一度義務を解消されたが、すぐに再犯し、同じ義務を科せられた。

法月は少女に合わす顔がなかった。

担当の高等人になれる地位にあって、少女と向き合わなかった。


とても弱かった。

弱い心に鍵をかけ、出世に夢中になった。

月日は流れたが、いつになっても少女の義務は解消されない。

忘れようとしても、忘れられない。

少女を裏切った罪は、悠久に法月を苦悩させた。

 

 

 

しかし、さすがの雑賀の家も、かばいきれなくなったのだろう。

少女が強制収容所に入れられたことを知ったのは、森田賢一の最終試験が始まる直前だった。


「法月先生?」


森田が呼んでいる。

彼を破り、離れていった男が。


法月は喉を開いた。

細心の注意を払って声を出す。

父親の息子に対するそれを響かせぬよう、暗く、冷厳に・・・。


「母に、合わせてやろう。必ず、な」

 


通話をきった。

電源を落とした。

胸元に電話をしまったとき、指先が鉄の塊に触れた。

それは、法月の心のように冷たく、火を噴く機会を待っていた。


もうすぐだ。

もうすぐ、すべてが終わる。

 

 

 

 

・・・

「お待ちください!」

「どけ」

「いかに法月先生とはいえ、時間外の接見は許されません!」

「接見ではない」

 


―――ッ!!!

 

 

銃声が響いた。

強制収容所の正面通用口。

警備員が血を流して倒れていく。

雨が打ち付けるアスファルトに崩れて動かなくなった。


接見ではない。

侵入であり、突破である。

 

所内の地図は頭のなかに叩き込んである。

罪人を収監する正面の建物に向かって、法月は駆け出した。


警報は鳴らない。


ひた走った。

豪雨をものともせず、一気に加速する。

木陰に飛び込み、サーチライトの照準をやり過ごした。

すべては計算づくだった。

 

巡回する警備員が背を向けて去って行く。

異変に気づいた様子はない。

 

建物の入り口が目前に迫った。

監視小屋がそばにあった。

 

 

――――ツ!!!

 

 

二人の警備員がガラス窓の向こうで驚愕の表情を浮かべ、そのまま命を失った。

銃声は雨に紛れた。

 


呼吸を整える。

また地面を蹴った。

 

もうすぐだ。

昔と比べて、明らかに体力の落ちた己を叱咤する。

若かりし日が、つい昨日のことのように思える。

あの人の顔が脳裏に浮かぶ。

あのとき、あのままの姿で、微笑んでいる。

 


――赦してくれるだろうか。

 

走る。

 

――会いたい。

 

ただ、走る。

 

――会って償いたい!

 

心の底から敬愛する少女のもとに向かって、
阿久津正臣は疾走した。

 

 

 

けれど、時の車輪を駆け戻すような足取りは、不意に打ち切られた。

 

まぶしい光に目を焼かれ、立ち止まる。

ありえない方向からの光。

鳴り響く警報。

どこに潜んでいたのか。

甲高い足音が法月を取り囲んでいく。

ようやく視力を取り戻したとき、軍服の群れが一斉に拳銃をかまえていた。

 

「目を覚ませ、阿久津・・・」

 

正面に女がいる。

軍服の間を割って、一歩進んできた。

忘れられぬ凍てついた声。

政情が変わり、異民の立場が奴隷同然になっても権力を失わなかった。

老いたりといえど、アリィ・ルルリアント・法月の冷酷な微笑は健在だった。

 

「やはり、現れたか」

 

 

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・・・


戸籍上は夫婦だった。

現在は南方の国で、現地異民を管理する総督の任に就いているはずだった。


「馬鹿な真似はやめるのだ、阿久津・・・」


法月アリィは、法月将臣を阿久津と呼ぶ。

将臣の罪を思い出させるように、阿久津の名をいつまでも辱めるように。

 

「どうしてここに?」


「この収容所が撤去すると知って、慌てて帰国した。
お前の顔を見たかったが、お前は私のことが大嫌いだろう?
だから待ち伏せすることにしたのだよ」


「それは、間一髪でしたね」


言いつつ、首を捻り、さりげなく周囲を見渡してみる。

法月アリィの私兵に、一縷のすきも見出せなかった。

 

「なあ阿久津よ・・・先の特別高等人の試験で失敗したからといって、ヤケを起こすことはあるまい?」


笑いながら、目で威圧してきた。

法月アリィはずっとそうだった。

 

「考え直せ」

 

ずっと、変わらない。

 

「お前には積み上げてきたものがある。切り開いてきた道がある。
それは間違った道だったのかもしれんが、いまさら後戻りなどできまい?」

 

それは、違う。

いまの法月には、はっきりとわかる。

戻るのではない、進むのだと。

次の世代への道を切り開くのだと、親友が語り、その息子が身を持って証明した。

 

「人の道は、けっきょく輪のようにつながっているのです」

 

法月アリィは首を傾げる。

魔女にはわからない。

子供を産めないというのは嘘ではなかった。

憐憫にも似た感情が胸のうちに広がって、阿久津将臣は押し黙った。

 

 

・・・。


・・・・・・。

 


「お前らしくないぞ、阿久津。
お前はもっと冷静で頭の切れる男ではなかったのか?
考えても見ろ。雑賀みぃなはすでにお前と同じ中年だぞ。
強制収容所に入れられた以上、腕の一本や腎臓の一つはないに決まっている。
おぞましいじゃないか?
そんな女のために、すべてを投げ打って強制収容所に不法侵入するなんて、まったくもって賢くない。
その結果がいまの状況だ。
豪雨のなか、武器を持った男たちに取り囲まれ、女を救うどころか、一歩も前に進むことができない。
いや、お前のことだ。せめて、にっくき私ぐらいは殺してみせるかもしれない。
しかし、私を道連れにしたとしても、待っているのは確実な死だ。
お前と雑賀みぃなの。
阿久津よ、考え直せ。時期を待つのだ。
豚は肥やしてから食うのではなかったのか?
犬死に何の意味がある?
頭のいいお前ならわかるはずだろう?」

 

「なるほど・・・。
聞けば聞くほど、あなたのおっしゃるとおりだ。
強制収容所に入れられた中年の女を救うため、すべてを投げ打つなどおぞましい。
豪雨のなか、大勢の武器を持った男たちに囲まれ、女を救うどころか、一歩も進むことができない。
せめてにっくきあなたを殺せたとしても、その先に待っているのは、確実な死だ。
時期を待つべきだ。犬死に意味はない。
頭のいい私なら、わかるはず――――――――だと?」

 


そこをどけ、豚ども・・・。


わたしはこれから・・・。

 

最愛の人に・・・。

 

会いに行かねば、ならんのだ・・・。

 

 

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