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車輪の国、悠久の少年少女 さちシナリオ【2】


・・・


・・・・・・

朝の日差しが、憎たらしくおれの目を焦がしていた。

眩しさに負けて、ごろんっと寝返りを打つ。

そのとき、耳元に息を吹きかけられた。

「・・・っ!」

心臓までくすぐられそうな刺激を受け、おれは飛び上がった。

 

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「おっはよーう! 今日もビリッと頑張るよーっ!」

今まさに、おれの心臓もビリッと頑張っていた。

「・・・普通に起こしてくれないか?」
「こっちの方が楽しいって、絶対」
「お前だけだろうが」
「気持ち良かったっしょ?」
「・・・・・・。 とりあえず、おはよう」
「はよーっ。 今日もいい天気だね」
「相変わらず起きるの早いな」
「時間に対して敏感になってるんだよねー、あたしの体」

この四年間、さちは毎朝七時ごろには起きている。

「そのテンションを三十パーセントくらい分けてくれ」
「やだ」

即答。

「甘えたこと言ってたらサポーター失格だよ。 あたしガンガン飛ばすって言ったっしょ」
「紙飛行機並み?」
「超特急並み」

いかんな、起きたばっかで上手く頭が働かん。

「早く起きないと、朝食サービスの時間が終わっちゃうよ」
「あと何分しかないんだ?」
「十分と六秒」

時間に律儀になったなぁ・・・。

「早く着替えなよ。賢一の方が時間を無駄遣いしてんじゃん」

おれはもそもそと布団から起き、着替えを始めた。

「うわーっ・・・賢一、朝から元気だねえ」
「ん?」

さちの丸い目が、おれの下半身へと向いていた。

「恥ずかしくないのか? ちなみに、おれは恥ずかしい」
「今まで何回Hしてきたと思ってんの? それに慣れてない賢一の方がおかしいんだって!」

ケタケタとさちは大笑いしていた。

何度も肌を重ね合ってきたことは事実だ、認めよう」

しかし、男性には慣れない部分もあるのだ。

「あーっ! 一分と二十二秒も損した! 賢一、急ごっ」

さちがおれの手を引き、部屋の外へと駆け出した。

「着替えが終わってねえよっ」
「いーじゃん、そのままで。あたしは面白いよ」

結局、廊下を歩きながら着替えていくハメになった。

 

 

・・・

朝食後、おれたちは手早く絵を描く準備を済ませた。

そしてバスに乗り、目的地へと向かう。

バスの窓ガラスは大きく、街の様子を簡単に見渡すことができた。

「今日からは、毎日このバスを使うんだ」
「とりあえずはな」
「街の様子でも見とこうよ」

そう言うと、さちは横に流れていく街の風景を眺め始めた。

おれも街の風景を眺めることにする。

「この街並みを描いてみる気はないのか?」
「今回はそんな暇ないっしょ」
「今描いてる絵は、いつ頃に終わる?」
「んー・・・今日中に下書きを終わらせて、数週間くらいで完成させようかなあ。
最初からこの辺りを描いて回るって計画を立ててたからね」
「なんだかハードスケジュールの予感・・・」
「外国に来てる時点でハードスケジュールだけどねっ」

とりあえず、今を頑張るしかない。

 


・・・

昨日よりも早めに到着した。

さちは早速、絵を描く準備に取りかかった。

イーゼルと向かい合ったさちに、おれは背後から呼びかけた。

 

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「なあ、さち」
「ん? なあに?」
「おれ、昼まで隣町に出かけてくるから」
「何か用でもあるの?」
「昼食の調達といつものヤツ」
「あまり多く食べないから、少なめに買ってきて」
「おれは沢山食うから多めに買いたいんだけど?」
「・・・お好きなように・・・」

それを言ったきり、さちはおれの方を向くことはなかった。

ただ黙々と鉛筆を走らせるだけだ。

荷物の入ったバッグをさちの近くに置き、この場から離れた。

 


・・・

・・・・・・

 

 

 

 

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さちの相方を続ける傍ら、もう一つやることがあった。


「まな・・・今どこにいるんだ?」

まなの捜索。

国内外関係なく様々な人脈を駆使し捜索を行ったが、耳寄りな情報は何一つなく、ただ時間だけが過ぎていった。

「さちが世界一の画家になれば、まなを呼び戻すことが出来るかもしれない。
つまり・・・今住んでるあの街で一番になれってことだ」

あのときの約束を、さちもおれも覚えている。

超ビッグな画家になって彼女をこっちに呼び戻すという、四年前の約束を・・・。

さちと別れてからこの四年間、まなは何をしてきたのだろうか。

本当に国王の世話係として働いているのだろうか?

あるいは、何か別の仕事をしているのだろうか?

それとも、別の場所へ連れて行かれたのだろうか?

「・・・ダメだな・・・。ちゃんと探さなきゃ。
さちに合わせる顔がないしな」

さちは、ビッグな画家になればまなを呼び戻せる、という希望を持って絵を描き続けている。

「さて・・・気合入れて情報を集めるか」

おれは、わらをもつかむ思いで、聞き込みを開始した。

 

 

 

・・・

「やっぱり、無理があったかな」

手がかりすらつかめない。

「・・・警察や大使館に行ってみるかな・・・」

もうすぐ昼食の時間になりそうだった。

適当に食べ物を調達し、さちのもとへ戻ることにする。

 


・・・


・・・・・・

 


さちは、まだ絵を描いていた。

おれは近くにビニールシートを敷き、昼食の準備を始めた。

「・・・戻ってきたんだ」
「ああ・・・」

「・・・・・・」
「・・・・・・」

「・・・」
「・・・」

「ふうー・・・そろそろ休憩しよっかな」

よっ、とさちは立ち上がり、ビニールシートに腰を下した。

「今日は何を買ってきたのかな?」
「草原に来たとなれば、こんなもんだろ」

おれは買ってきたものをビニールシートに並べた。

色とりどりのサンドイッチ。

もちろんおれの手作りではなく、街で買ってきたものだ。

「まさかとは思うけど、毎日これにする気?」
「気分によっては中身が変わるかも」
「見た目も変えてほしいなー」
「善処しよう」

おれとさちは食事を始めた。

「このサンドイッチも、なかなかイケてるね」
「調子のほどはどうだ?」
「昨日よりか順調だよっ。 楽しいし、筆を二十本持って絵を描けるよ!」
「それだけテンションが高いってことだな」

昨日は十本だったから、明日は三十本か?

「この静かな環境がいいのかな、やっぱ」
「静かだから、集中しやすいのかもな」
「それもあるけど、さっき賢一が街に行ってあたし一人になったとき思ったんだよね。
今この世界には、あたし一人しかいないんだ、ってしみじみ思っちゃったんだよね」
「寂しい考え方すんな、らしくないぞ」
「上手くこの世界と一体感を持てたって言ってるの」
「それができたら神技だよな。
世界一を目指していれば、神技くらい必要だよな」
「世界一か・・・頑張らないとね。
・・・待ってなよ、まなっ」

 

 


・・・

昼食後、さちはすぐに絵を描き始めた。

食後のデザートも買ってきたのだが、時間が惜しいということで断られた。

今はイーゼルに向かい、真剣に絵を描き始めていた。

その後姿を見ていると、四年前のあのときを思い出す。

 

 

 

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「・・・」

絵に立ち向かうさちの姿を見ていると、今の方が数段成長しているようにも思える。

妙なオーラが、自然とにじみ出ていた。

四年前は、おれの隣にまながいて、一緒にさちのことを見守っていた。

今のさちの姿を見て、まなは何を思うだろう。

すごいね、かっこいいね、まだまだだね、もっとがんばろうよ。

厳しくも優しいまなのことだから、全部ありえる気がする。

 


食後のデザートをとりつつ、おれは考えていた。

将来さちが世界一の画家になってまなを取り戻し、心の憂いが無くなったとき、さちはどうするのだろうかと。

このことをさちに聞いたところ、当たり前のように絵を描き続ける、と答えた、

だが、何のために絵を描くのかという問いにはノーコメント。

明確な理由を考えろと言ったが、さちはただ、うんうんと悩み続けるだけだった。

しかし、さちの絵からは、何かが伝わってくるとおれは感じている。

自分の絵から何を感じ取れるかと聞いたところ、自分でも分からないと言っていた。

ただ・・・。

『パワーッ! ・・・かな?』

・・・とは言っていた。

絵を描く腕前、絵を描く目的、絵を描くための準備・・・。

絵を再び描き始めてからというもの、次から次へと問題が浮上してくる。

考えれば考えるほど、さちが前へ進めば進むほど、課題が芋づる式に後から付いてくるような気がした。

 

 

 

・・・。


・・・・・・。


「・・・んっ・・・」

横になってうとうとしていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。

太陽は西に傾き、この日の終わりを告げようとしていた。

おれは起き上がり、さちに声をかけた。

「さち、そろそろ戻ろう」
「うん・・・」

おれはさちの絵を見てみた。

見た限りでは、ほぼ下書きが終わっているようだ。

 

 

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「明日からは着色ね」
「順調そうだな」
「かなり順調。それより、賢一寝てた?」
「ああ、すまん」
「別に怒ってるつもりはないんだけど、静かだなあって思ったから」

寝息はうるさくなかったらしい。

「片付けるから、待っててくれる?」
「バスの時間もあるから、できるだけ早くな」
「おーっと、その必要はないよ」
「バスに乗らないってか?」
「買い物しながら帰ろーよっ、色々見てみたいものとかあるし」
「外国産の製品に、さちのアンテナが反応でもしたのか?」
「そそ、そんな感じ」
「さちと一緒に買い物か・・・」

遅くなるかもしれないが、たまにはいいだろう。

「よし。帰り道がてら、いろんな店に行ってみよう」
「服とか見てみたいなあ・・・」
「ドレスとか?」
「おおーっ! ウエディングドレスなんてどう? よさそーじゃんっ」
「見るだけならいいんだが・・・」
「買っちゃおーよ。んで、勢いに乗ってそのままハッピーエンド」
「勝手にエンディングにするなよ」

そんな会話を交わしながら、街でショッピングを楽しむことにした。

 


・・・


・・・・・・


買い物を終えて、ホテルへの帰り道・・・。

「さち、今のブティックで何を買ったんだ?」
「ん? 教えてほしいの?」
「ぜひ」
「やだ」

また即答。

「今知っちゃったら、後でのお楽しみがなくなるじゃんっ」
「ということは、おれにも関係するものなのか?」
「まあね~っ」

嬉しそうに声を弾ませていた。

一体、何を買ったんだろう?

 

 

・・・

その日の夜、さちの突然の行動には驚いた。

おれが風呂から上がり、飲み物が欲しいと思っていたとき・・・。

「ほいっ、賢一」

背後からペットボトルを差し出された。

「サンキュ。やけに気が利くな」

背後を振り向いた。

「まあね」
「ってお前何だ、その格好は!?」

さちの着ている服を指差した。

「さっきのブティックで買ったやつだよ。
最近こんなの流行ってんだって、メイド服」
「またそんなマニアックな物を買ってきやがって・・・」
「前はバニーガールだったっけ? でもそんとき、賢一嬉しそうだったじゃん。
今回は前と比べて露出低めなんだし、いーんじゃない?」
「そういう問題かよ・・・」
「まま、今日は色んなことしてあげるからさ、楽しんでよ」
「しかしだなぁ」
「ご主人様」

スカートの裾をちょんっと軽く持ち上げ、挨拶をする。

「なんちってっ」

仕方ない、付き合ってやるか・・・。

 

 

おれたちはお互いを求め合った・・・。


 

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・・・・・・。


・・・。

 

 

 

 


―――

あれから、数週間が経った。

さちは街中でも有名になり、出かけるたびに声をかけられることもあった。

そして・・・。

今日も見物客が、さちの絵を見に来ていた。
ギャラリーがさちの元を訪れるようになってから、あまりまなを探している時間がなくなった。

おれは見物客の相手をしなきゃならない。

特に雑音のボリューム。

見物客はただ見ているだけではなく、あれよこれよと、いろんな会話をしている。

内容はアドバイスであったり、世間話であったりもする。

アドバイスなどはおれが聞き入れ、一日の最後にさちに伝えている。

世間話でも、何か気になることがあれば耳を傾けていた。

「はい、近づかないで下さーい。 餌を与えないで下さーい」
「あたしは動物か!?」

本人が来てしまった。

「くだらないこと言ってないで、きちんと対応しなよっ」
「ユーモアは必要なんだよ」
「さあ賢一。この人たちに、あたしが静かにしてほしいと言っています、って言って」

さちの言うとおり、通訳して話をした。

「あの怖ーい睨みを利かせてくれれば、効果バツグンなんだけどな。
あとオマケで、背後に龍を出すとか」
「してもいいが、見物客が二度とこの場に戻ってくることはないかもしれんぞ」
「いうこと聞かない人は、ぶっ飛ばしちゃえ」

さちはだるそうに手を振りながら、元のポジションに戻っていった。

「愛想よく振る舞ってはいるが、内心プレッシャーかかってるんだろうな」

おれは見物客に注意しながら、さちのことを見守っていた。

 


・・・

正午になった。

さちがこちらへやってくる。

「お疲れさん。準備はできてるぞ」

ビニールシートを敷き、昼食の準備を終えていた。

 

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「差し入れもいくつかあるぞ」
「毎回思うけど、なんだってそこまでしてくれるんだろうね?」

見物客の中には、たまに差し入れを持ってきてくれる気さくな人もいた。

差し入れを下さった人曰く、自分たちの住んでいる街では普通のことらしい。

近所づきあいがいいんだろうな。

「まーた何かぶつぶつ言ってるし・・・」
「この街の人々に感心していたところだ」

さちは、軽く頷いた。

「自然が多くて静かな所だし、いい場所だよね」
「ここに住んでみるか?」
「悪くはないけど・・・故郷に戻ってまなを迎えてあげないといけないじゃん。
でも、一年は住みたいかな。
んで、季節にあった絵を描いてくの。楽しそうじゃん? そういうの」

さちは一人で浮かれていた。

一年間の季節を描く・・・か。

「やってみたらどうだ。ここで一年間」
「・・・へ?」
「さちが自由にやってみればいいさ」
「賢一っ! ありがとーっ!」

抱きついてきた。

「ひっつくな! ええいっ、離れろ!」
「今日から一年間頑張るよーっ!」
「わかったっ、一年間好きなようにやらせてやるから、とにかく今は離れろ!」

やっぱ、こいつ胸がでかいんだよな・・・。

「んー? なになに? どうして離れてほしいのかなー?」
「てめーっ、気づいてるくせに知らんフリするな! 時間がもったいないだろうがッ」

さちは、時間という言葉に弱い。

「たまには無駄な時間というものを過ごしてみようよ」


・・・

そんなこんなで、十分ほどじゃれあっていた。

 

「さて、元気になった所でご飯を食べよーっ!」
「・・・おう・・・」

あと半日、頑張ろう。

 

 

・・・

さちの絵は、あと少しで完成を迎えようとしている。

完成したら、ちょっと豪華なメシでも食わせて、お祝いしてやろうかな。

さちはいつもと同じように、真剣な眼差しで絵を描いていた。

鬼気迫るものを感じるほどだ。

声をかけるのもためらわれる。

「・・・」

午前中と同じように、テンポよく筆を進めていく。

さちが腕を振るたびに、鮮やかな色が形を整えていく。

絵を描いているときのさちは、本当に格好がいい。

「・・・」

しばらくして、ギャラリーの何人かが戻ってきた。

おれの背後で、ヒソヒソとしゃべっている。

『早く完成品を見てみたい』

『今日中に見れるだろうか』

『どんな絵を描くのだろうか』

さちにも、この声は届いているのだろうか。

 


・・・・・・。


・・・。

 

シュボッ。

ライターが鳴ったと思った直後、紫煙が立ち上ってきた。

前にもたばこを吸っている人はいた。

さちのほうに煙がいかないように、注意してくれているようだ。

しかし、さちがこちらにやってきた。


「・・・・・・」


なにやら、怒っている。


「どうした? さち」
「この人たちに帰ってもらって」
「・・・は?」
「マナーを守れない人たちに帰ってもらってって言ってるの」
「ちゃんと守ってるぞ、この人たちは」

タバコは持ち帰る、灰は捨てない、以上二点。

さちが決めた喫煙マナーだ。

「賢一なら分かると思うけど、たばこの煙って結構臭うんだよね」
「ああ・・・部屋だとしつこく残るな」
「残る残らないの問題じゃなくて、そういう臭いには敏感に反応しちゃうってこと。
風下にいるわたしのところにまで臭いが届いちゃって、集中できないの」
「いや、そのへんはちゃんと考えて吸ってもらってるぞ」
「絵描いてるときってね、神経が研ぎ澄まされるんだよね。
だから、たばこの臭いとか分かっちゃうの」

どうやら、ちょっとしたヒステリーを起こしたみたいだ。

「わかった。タバコを吸わないようにしてもらうから。・・・ただ、帰れはないだろう」

 

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「イヤッ!」

有無を言わさず否定の声を上げた。

「完成間近だっていうのに、不快感を与えた人たちと同じ場所にいるなんて耐えられない!」
「さち、少し言い過ぎじゃないか?」
「賢一は分かってない! どれだけ周りの雰囲気が大事なのかが!
あたしは風景を主に描いてるから、特に周囲には気を遣って絵を描いてるんだからね!」

さちは敵意の眼差しを、観客に向けた。

当の本人たちは事情がわからず、困惑している様子だった。

「一応喫煙の許可はしたけど、ここまでするとは思っていなかったわ!
あまりきついことは言いたくないから我慢しようと思ったけど、もう限界よ!
だいたい、賢一も賢一よ!
サポーターならもうちょっとあたしの気持ちとか考えてくれないわけ!?
あたしが絵を描いている間、ボーっとあたしだけを眺めてるだけなんじゃないの!?」
「おい、さち・・・」
「・・・っ!」
「・・・・・・」

おれは見物客に、今日のところはひとまずお引取り下さい、と伝えた。

ギャラリーは、申し訳なさそうこの場を立ち去っていく。

その後姿を、おれとさちは眺めていた。

しばらくたって、さちがぽつりと言う。

「・・・また・・・やっちゃったよ。
普段はそんなこと思ってないのに。
あの人たちは、なにも悪くないのに・・・。
賢一だって・・・賢一だって、あたしのために毎日必死に頑張ってくれてるって言うのに・・・」
「さち、だいじょうぶだから・・・」
「なんで・・・なんであたしは応援してくれる人を責めちゃうわけ?
四年前はまな。
今回は、優しくしてくれてるあの人たち・・・」
「今日はもうこの辺で帰ろう。
それと、しばらく休んだらどうだ?」

 

 

 


・・・

さちの絵は、あと少しで完成しそうだった。

もう、こんなことが起きないように気を遣う必要がある。

今日は、いつもより早くホテルへ帰った。

完成するはずだった、未完成の絵を脇に抱えて・・・。

 

 

 

 

 

 


・・・


・・・・・・


さちと一緒に、いつもの場所にやってきた。

昨日のこともあって、さちはまだへこんでいると思っていた。

 

 

 

けれど・・・。

 


・・・今朝の出来事だった・・・。

 

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「こらっ、賢一! いつまで寝てるのっ?」
「おわっ!?」

掛け布団を引き剥がされた。

「早く起きないと、朝食に遅れるでしょーがっ!
賢一は、あたしに腹ペコのままで絵を描かせる気ッ!?」

何事もなかったかのように、やたら元気だった。

「ちょっと待て、今日も絵を描きに行くのか?」
「当ったり前じゃん。 寝ぼけてんの?
あ・・・今起きたんだし、寝ぼけてるか。あははははっ」

やたら元気だ。

いや、気味が悪いくらいにハイテンション。

「やけに元気だな」
「ん? あたしはいつだって元気だよっ!」
「昨日あんなことがあったから、今日は元気がないと思ってたんだが・・・」

 

あっ、やべ・・・・。

別に昨日のことをぶり返さなくてもいいじゃねえか。


「は? 昨日? ・・・何のこと?」
「・・・」
「あーっ、あれね。すっかり忘れてたよ。そんなこともあったね」
「あったねって・・・」
「賢一もいい加減大人になりなよ。
昨日は昨日、他人は他人、自分は自分でしょうが」
「じゃあさちは、今日もいつものように絵を描きに行くと、こうおっしゃるわけですか?」
「・・・賢一、大丈夫? 当たり前のことを当たり前のように言われても、場がしらけるだけだよ」

さちは大丈夫らしい。

「あーっ、朝食に遅れるっ! 賢一、早く着替えなさいよ」
「わかったから、一時間くらい待ってくれっ」
「あほかっ」

おれは急いで私服に着替え始めた。

「よしっ、行こう」
「ま着替え中だ!」
「廊下で着替えりゃいいじゃん。
・・・あっ、下は隠さないとダメかもね」

さちはおれの手を取り駆け出した。

 

「ちょっと待て、鍵持ってきてねえ!」
「オートロックだから問題ないって!」
「鍵を部屋ん中に置いてきてるんだよ!」

 

いまさら引き返しても、もう遅いだろうが・・・。

 

「フロントで借りればいいって。ほらっ、走れ走れっ!」

 

 

 


・・・


・・・・・・

 

そんなこんなで、今に至る。

さちは一日で元気を取り戻し、いつもと変わらぬ様子で絵を描いていた。

だた、今日まで描いていた絵を完成させるのかと思いきや、また一からやり直していた。

しかも今回は、異様なまでに手が速い。

一時も休まず、最低限の動きでひたすら手を動かしている。

凄まじいまでの集中力とスピードだ。

近づくべきではないと、おれのなかのスゴイ人が言っている。

君子危うきに近寄らず。

うむ、懸命な判断だ、さすがおれ。


「賢一、ぶつぶつうるさい」
「すみません」


おれは黙ったまま、さちの様子を眺めることしかできなかった。

見物客は、今日は誰もいなかった・・・。

昼食の時間になっても、さちは絵を描いていた。

このままおれだけ昼食を取るというのも申し訳ないような気がしてきたので、おれはじっと我慢することにした。

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

 

 

 

・・・。


・・・・・・・。

 

サポーターはいつでも体調を万全にしていなければならないものだ。

よって、おれは昼食を食う。

誰が何を言おうと、バリバリ、ムシャムシャ、モグモグと昼食を食べてやるのだっ。


「食べてもいいけど、静かにしてね」
「はい」


おれはもそもそと、一人で昼食を取った。

 

 

・・・

さちは昼食を取ることなく、作業を続けていた。

今は一番薄い色を使って着色をしている。

色が乾いたら、また少しずつ色を足していく。

しばらくさちの絵を眺めていると、突然こちらへやってきた。


「・・・どうした?」
「きゅうけーいっ!」


そう言ってビニールシートにバタッと仰向けに倒れた。

「あー・・・お腹減った」
「食べるか?」
「もうお昼過ぎちゃったからね、少しでいいよ」

おれは買っていたパンと蜂蜜ジュースを渡した。

「あんがと」

起き上がって受け取る。

「なかなか調子がいいよー」

パンをほおばりながら、現在の進捗状況を語る。

さちは切り替えが早いから、昨日のことなんかすっかり忘れた気分でいるんだろうな。

「今日はお客さん、来てないね・・・」
「見られているほうがアガるのか?」
「いや、昨日のこと・・・謝ろうと思って」
「・・・」
「昨日のことだったら、賢一は気にしないでいいよ。
まあ、あたしは気にしないといけないんだけど・・・」
「その調子じゃ、絵を描いてるときにアガるものもアガらんだろ。
ここは一つ、おれが何かアガることをしてやろう」
「いや、描き中はアガらなくていいし・・・っていうか、静かにしてくれたら、それでいいよ」
「はあ、そうですか・・・」
「さーて、作業に戻りますか・・・っと、賢一ちょっといい?」
「おうっ、なんだ?」

身構えた。

「まな・・・探しに行かないの?」
「おれのいない間に、見物客と会話できるか?」

昨日の見物客が来るとは思えないが、別グループが来ることもあるだろう。

「あたしは絵を描いてるんだから、そんなの必要ないでしょ」
「いや、やむを得ず、話しかけられたときとかだ」
「やむを得ずって・・・どんなときよ?」
「サインください! ・・・とか」
「あたし、相手の言葉分かんないし」
「じゃあ、夕方まで待ってくださいって言うか?」
「それが確実かも・・・」

おれは翻訳してさちに教えてやった。

「あーっ、メンドイ。紙に書いてくれる? あたし、絵を描きだしたら忘れちゃうかもしれないし」
「それもそうだな。 あと喫煙マナーの説明も書いておくからな」
「ありがと」
「話の流れからすると、まなを探しに行けってことかな?」
「当ったり前じゃんっ。頼んだよ」
「夕方には必ず戻ってくるからな。 知らないおじさんについて行ったらダメだぞ」
「はいはい・・・」

さちはイーゼルの前に座り、絵を描き始めた。

望みは薄いとはいえ、まなを探しに行くとしようか。

 

 

 


・・・

・・・・・・

 

見知らぬ街で、写真を片手に聞き込みをする。

気の遠くなるような作業だ。

だが、おれとさちは、ひょっこりまなが顔を見せるのではないかという希望にすがっている。

そうすることで、寂しさをごまかしているのかもしれない。

 

 

 

 

・・・


・・・・・・


草原に戻ってくるとさちは外国人と向かい合っていた。

 

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「だから! 賢一が戻ってくるまで待ってって言ってるのに!」


「さち、どうしたっ?」
「あっ・・・賢一、よかったよ」

さちは安心して胸を撫で下ろした。

・・・が、また険しい表情に戻る。

「一体どうしたんだ?」
「この人たちが話しかけてくるもんだから、あたしは夕方まで待ってって言ったのよ。
けど、それからずっとあたしに話しかけてくるもんだから、頭にきちゃって・・・。
そんな状況だから絵を描こうと思っても描けないの」

どうやら、見物客が無理やり自分たちの話を聞いてもらおうとしていたのだろう。

「さちはちょっと待っていてくれ。この人たちの話を聞いてみる」
「うん・・・わかった」

ギャラリー連中に、話を聞いてみる。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・」


・・・なるほどな。

今日のところはとりあえずお引取り願おう。

ギャラリーどもをこの場から立ち去らせた。


「・・・ねえ、賢一。 一体なんだったの?」

二人きりになった途端、さちが訪ねてきた。

言葉を選んで、さちに告げる。


「さちの絵についてのコメントをもらった」
「ど、どんな?」
「ここが悪いだの、ここを直せだのと言っていた」
「それってどんな内容だったの? 教えて!
・・・批判コメント?」

おれは黙って頷いた。

「相手の雰囲気からしてそうだとは思ったんだけどね・・・。
また、誰かが描いた絵に似てるって?」
「いや。それはなかった」
「説明してくれる? 直せるところは直していきたいから」

おれは包み隠さず、全てを話すことにした。

「全部で三つある。 一つ目は、色を塗るスピードが速い」
「速く塗ると、完成品は雑に仕上がるって?」

さちは、眉をしかめた。

自分でも作業スピードが速いと自覚しているのだ。

「色の選び方が、いい加減だと」
「完成品を見てから言って欲しいよね。なんかそれ、普通の感想じゃん」

確かにさちの絵は未完成で、まだ重ね塗りに入り始めたばかりだった。

「二つ目は、真似できるほどに拙い塗りをしているとか・・・」
「ん~・・・もうちょっと具体的に」
「さちの塗り方は、その辺の画家にも真似できるってことだろ」
「だったら、私がその人たちの上を行けばいいだけの話じゃない。
要するに、世界一を目指せば問題ないってことでしょ?」
「まあ、そうだな」
「それで、最後の一つは何?」
「さちの絵じゃあの街で一番にはなれないって」

その言葉を聞いて、さちの表情は一変した。

「それ、どういうこと?」
「さちは前に教えてくれたよな。自分の絵の描き方が独特だって」
「んー・・・言ったことあるような、ないような・・・」
「塗り方が独特だと言っていた記憶があるが?」
「それが、あの街で一番になれないのとどう関係があるの?」
「普通の水彩画とは描き方が違っているらしいから、その分チェックが厳しいらしい」
「そんな理由で一番になれないなんて、まだ分かんないじゃん!」
「おれもそう思う。
以前、さちと同じようなスタイルで絵を描いていた画家がいたらしい。
しかもその人物は、おれたちと同じ国の出身だ」
「あたしと同じスタイルで同じ国の出身? それって・・・」
「もしかして、さちが子供のころ、さちと似てるって言われた絵を描いた人かもな」
「それでっ? その人はどうなったの?」
「んー、ぜんぜんまともな評価をもらえなかったらしいぞ」

おそらく差別もあったんだろうけど。

うちの国は世界大戦が終わる前までは、文化的にはほとんど蛮族と見なされていたしな。

「つまり、違った描き方をして周囲の目を惹くなってことだ」
「そんなっ・・・あたし、そんなつもりは・・・」
「本人にはそのつもりがなくても、周りの人間はそう思うものさ」
「あたしは出来の悪い絵なんか描く気はないよっ。それは賢一も分かってるでしょ」
「先人のお偉いさんたちも、同じ境遇を味わったろうさ」

さちは、落ち込んだのか、自分が描いていた絵を見つめながらつぶやいた。

「はは・・・世界一への道は厳しいね・・・」

・・・プレッシャーを与えてしまったな。

「・・・まあ、何とかなるって。 あたし、まだ全然本気出してないからさ。
なんてーの? ほら、発展途上国みたいな感じ? これからどんどん成長していくしさっ」

なんか、強がってるっぽい。

「前は賢一が何とかしてくれるって言ってたけど、今回はあたしが何とかしてみせるよ、任せてっ」
「・・・さち」
「ん?」
「しばらく絵は休んだらどうだ?」
「は? どうして? あたしに死刑宣告!?」
「ちょっと疲れてないか?」
「そんなことないって! いつだってあたしは元気だよっ」
「一日くらい休めって」
「・・・もしかして賢一ってさ、あたしの描き方がダメだって言いたいワケ?」
「そういうのはわからんが、なんとなくお前がテンパってるように見えるんだよ」
「あたし絵を描いてないと死んじゃうんだけど・・・」
「おれもお前が心配で心配で、死んじゃう」
「あはは・・・わかった、賢一に従うよ。確かにここ最近、疲れてる気がするから」
「すまんな。じゃあ、帰るか?」

さちの片づけを手伝い、今日は早めに引き上げた。

明日さちは絵を描かない。

明日は、ちょっと、街の歴史でも調べてみようかね。


・・・

 

 

 

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

 

いつも通り、朝はやってくる。

しかし、さちは・・・。

 

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「よーしっ、ビリッと自分探しの旅に行くぞーっ!」

いつもどおり元気だった。

「朝から元気だな、さちは」
「まあね。今なら牛乳一リットル、ラッパ飲みできるよ」
「豪快すぎ・・・」
「昔そんなことやってたからかな、こーんなに発育が良くって」

手を腰に当て、胸を張ってえっへんと威張ってみせた。

確かに背も高い、まあ・・・出るとこも出てて発育もよろしいようで・・・。

「パソコンパソコン~」
「メールの確認か?」
「ひたすらネット検索をするという、非生産的な行為を・・・」
「・・・」
「なーんて、一度言ってみたかったんだよね。ホントはメールの確認」

パソコンを立ち上げ、メールの確認をし始めたさち。

「うわっ。しばらく見てなかったから、たくさん届いてるよ」
「何通だ?」
「9875通」
「ためすぎだ!」
「あたしって人気者だね」
                                    
もう少しで五桁に届くという事実に、驚きを隠せない。

「こういう管理も、普通は賢一がやるんじゃないの?」
「さち本人に来たメールを、他人であるおれが読んじゃダメだろ」
「いっそのことホームページとか作っちゃってさ、そういうのまとめちゃわない?」
「そうだな・・・」
「サイト名は『三ツ廣さちのアトリエ』でお願い」
「ノーマルだな」
「凝ったものを考えるなんて、ヒマ人以外の何者でもないよ。
それとも、何かいいサイト名でも考えついた?」
「超唯我独尊画家 三ツ廣さちと秘密の部屋」
「ヒマ人発見・・・てか、秘密の部屋って何さ? アダルトな匂いがするじゃないの」
「何となくだ。ここはもう普通でいいだろ」
「サイト名は『三ツ廣さちとその秘書のアトリエ』でお願い」
「おい、名前変わってるぞ。 しかも秘書ってなんだ?」
「なんか面白そうじゃんっ。変わったサイトだなあって見に来る人が増えるかもしんないよ」

結果、迷惑メールは増え、普通のメールは減るだろう。

「今あたし使ってるメールって管理がずさんだよねー」
「何がだ?」
「迷惑メールの欄に普通のメールが来てたり、その逆が起きたりとかするんだよ。
マジでウザイって。
迷惑メールだからって全部消したら普通のメールまで消しちゃうしさ、もう最悪だよ」

・・・さちの悩みの種は尽きないようだった。

 

 

 

 


・・・


・・・・・・

 

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ホテルを出て数分ほど歩いていた。

今日もこの街は元気に活動している。

「今日は街について深く調べてみようかな」

もしかすると、さちが絵を描く上でプラスになる情報が見つかるかもしれない。

おれは図書館や博物館、美術館など、数多くの施設を訪れることにした。

まずは街の歴史を知るために、図書館を訪れた。

一冊の本を手に取り、内容を反芻する。

この街は古くから芸術が盛んで、文化発祥の地とも言える場所。

そのせいか、後に有名になるアーティストたちを輩出していき、その話題が後押しとなったのか、様々な人がやって来ては芸術の奥行きを説いていく。

今後、数多くの芸術が発達していき、また芸術を見る人々の目も肥えていくことになるだろう、と書かれていた。

「ふーん、他国の歴史も面白いな」

街の住人が芸術に熱を入れていることは、痛いほどよくわかった。

次は、美術館に行ってみた。


美術館に行き、様々なジャンルの絵を鑑賞してきた。

館長に会って話を聞こうとも思ったが、出張中とのことだ。

自分一人で何十、何百という絵を鑑賞しても、得られるものは何一つ無かった。

仕方なくその場にいた客や画家らしき人たちに、どの絵がどういいのか訪ねて回った。

どの答えも色の塗り方が上手いだの、構図のとり方が上手いだの、技術の高さのみを述べており、さちの今後の手本となるような意見はもらえなかった。

同じように、今後どんな絵を望むかと聞いた。

すると、だいたいの人が『いまのままでいい』と言う。

うーん、ずいぶんと、消極的だな。あまり、得られるものもなかったが、ホテルに戻ろう。

 

 

 

 

・・・


・・・・・・

 

夜になる前にホテルへ帰ることができた。

さちはまだパソコンの前に座っていた。

「一日中パソコンの前にいたのか? 不健康なヤツだな」
「・・・・・・」

さちは無言でパソコンを操作していた。

カチカチッ、とマウスをクリックする音が断続的に部屋に響いていた。

「・・・んーっ・・・やったーっ!」

なんかうれしそうだった。

「どうしたさちっ、何がやったんだ?」
「ようやくアトランティスの秘宝を全クリしたぞ!」
「・・・・・・・・・はい?」
「いやあ、大変だったよこのゲーム。100面あるんだもの」
「時間を無駄に使ってんじゃねえよッ!」
「なに怒ってんの? むしろ褒めるべき所でしょ、ここは?」
「お前、今日は自分探しの旅に出るんじゃなかったのか?」
「いやいや、それだけじゃなくて、メールの処理もしてたから」
「まったく・・・」
「ねえ、賢一。一つ聞いてもいい?」
「どした?」
「あたしが昨日まで描いてたトコにさ、向日葵って咲いてないの?」
「向日葵?」

懐かしい響きだった。

「向日葵を描きたいのか?」
「うんっ! なんか唐突にね、描きたくなっちゃった」
「でも、向日葵は外国にも咲いてるのかよく分からないから、もしかしたら描けないかもしれないけど・・・」
「外国にも向日葵は咲いているといえば咲いている」
「ホントッ!?」
「次の機会に探しておこう」
「今から探しに行こうよ。今からっ」
「もう夜遅いぞ。明日に備えて今日は寝ておけ」
「ということは、もう絵を描いていいワケだ」
「向日葵を描きたいんだろ?」
「おーしっ。そうと決まれば準備準備ーッ」

画材道具の整理を始めた。

「ところで、絵の描き方っていうか、塗り方?
いまのままで行くんだよな? 調べたんだけど、この国はけっこうシビアみたいだぜ、そういうの」
「・・・あのままでいくしかないよ。
変えたら、それこそ出来が悪いものしかできないよ」
「まあ、そうだよな・・・」
「だから、あたしはあたしなりの描き方で成功してみせるんだから・・・絶対にッ」

マジな目だった。

「もう一つ聞きたいんだけどさ。
またギャラリーが来たら、そんときはどうする? 見物させていいか?」
「もちろんじゃん、そういったところでサービス精神を解放しなきゃねっ。
よく言うじゃんっ、笑顔とサービスは0円だって。
あたし何かにつけてみんなのせいにしてたからさ、その人たちに対するお詫びと自分の成長を兼ねて、今まで通りの対応で頼むわっ」

しかし・・・さっきから気になっていることをもう一つ・・・。

「それにしても、よくあれだけのメールを処理できたな」
「一つ一つ見てったから、ほら見てよ、こんなに目が充血してるでしょっ?」

言って、目を大きく見開いた。

・・・てか、メール消すだけなのに気合入れすぎ。

「ん?」
「・・・賢一どうかした? あたしの顔に何かついてる?」
「いや・・・」
「少し目がうるんでないか?」
「へ? そ~お?」
「・・・メールを読んでるときに、何かあったのか?」
「何が?」

・・・どうやら、触れられたくない話題らしい。

「・・・今日ってお互いに、あんまり大したことしてないんじゃない?」
「・・・そうかもしんまい・・・」
「・・・パクんないでよ・・・」

・・・。

「むっ、さっきから・・・というかホテルに帰りついたときから背中がムズムズするんだが・・・」

背中を軽くゆする。

「はい、孫の手」
「おう、サンキュ」

何で孫の手なんかあるんだ?

ま、いっか・・・と。

ガサゴソガサゴソ・・・。

「なんかさ、かゆい部分が移動してるんだよ。不思議じゃね?」
「不思議っていうか、不気味ね・・・病気か、それとも虫でも入ってるんじゃない?」

病気は後が怖いのでマジ勘弁なのだが、虫ならば苦手ではないので大歓迎だ。

「なあ、さち。服脱いで背中見せるから、病気か虫か判断してくれ」
「いいけど・・・虫だったら遠慮なく賢一の背中ごと叩き潰すからね」
「ははは・・・さちの平手でおれがダウンするわけないだろ」

上着を首のあたりまで脱いで背中を見せる。

「うーん・・・虫もいないし、病気かどうかも分からないし・・・」
「そうか? なんだったんだろな」

再び服を着る。

「って・・・うわわわわっ、キモッ!」
「ん? どうした?」

さちは孫の手をおれから奪うと、剣道の構えでこちらへゆっくりと近づいてきた。

「そのままじっとしてなよ・・・すぐ、そのいたいけな珍獣を倒してあげるから・・・」

いたいけな珍獣?

「何が可愛いのか知らんが、そのまま手で取ってどこかに捨ててくれよ」
「嫌よっ! ムカデなんて触りたくもないし、見たくもないわよ!」
「なんだ、ただのムカデか。たかが虫一匹、何を恐れる必要があるか」
「あんた男だからいいんだろうけど、あたしはこれでもか弱い女の子なんだからねっ」
「それにしても、外国で出くわすとは珍しい。
確かにムカデは奇妙な形をしているが、慣れればどうってことはないぞ」
「慣れる以前の問題でしょ! ・・・てか、何で落ち着いてんのっ、信じらんないっ!
あんたには人間の神経が通ってなくて、ケーブルみたいなチューブみたいな・・・そんなのしか通ってないのよ!
って、そんなことより、さっさと倒してやるう・・・」

さちは狙いをすまして、いつでもムカデを撃墜できる体制に入っていた。

いくらおれでも、竹や木から作られている棒でフルスイングされれば痛いぞ。

「ちょ、ちょっと待てって」
「胴ーっ!」
「あぎゃー!」

バシーンッ!

「ぐおおぉっ!」

さちの強烈な一撃が、おれの背中を打った。

「やった? やったよね!?」
「・・・おれに・・・聞くな・・・ゴホッ」

 

息ができん。

 

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「・・・だっ、大丈夫?」
「さち、明日から頑張ろうな」
「・・・ホントに大丈夫?」

痛がるおれと心配するさち。

うーん、おれがさちを心配してやらにゃならんのに・・・。

でも、虫が苦手だなんて、元気系のくせに元気系らしからぬモノも持ってるんだな・・・。

そんなこんなで一日が終わる。

 

 

 


・・・


・・・・・・

 

 

 

いつもの場所へ到着し、おれとさちは向日葵が咲いている場所を探していた。

隣を歩くさちに目をやる。

さちは真剣な面持ちで、画材道具を握り締めていた。

もしかすると、田舎町の向日葵を思い浮かべているのかもしれない。

 

「よっし! この辺でお昼にしようっ」
「早いな・・・」
「今日のおかずは何?」
「ある伯爵が発明した食べ物、さて何だろう?」
「質問に質問で返しちゃダメだと思うんだけど?」
「ふつーにサンドイッチ」
「またあ?」
「イヤか?」
「まあ・・・美味しいからいいけど」

しょうがないといったカンジで、さちはサンドイッチを食べ始めた。

「昨日の強敵、ムカデ君一号をすり潰してはさんでみたぞ」
「ぶっ!」

さちの口から散弾銃が発射された。

それを全て華麗にかわしきった。

「ったく、毎回ろくでもないことばっか言って・・・飲み物ちょうだい」

おれはコップに飲み物を注ぎ、さちに手渡した。

「・・・蜂蜜ジュース?」
「普通の飲み物だって」
「ふーん・・・」

おれたちはお日様のもと、静かに昼食を取った。

 

・・・

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「飯が美味しくない。 さち、何か喋ってくれ」
「ごちそーさま」
「マジか!?」

さちはすでに食べ終わっていた。

「早く食べちゃいなよ。 次に行くから」

おれは残りのサンドイッチを口一杯にほおばり、ビニールシートを片付けた。

「今日中に、描くポイントを決めたいんだけどな・・・」
「スピーディーに行くぞっ」
「うんっ。 賢一、おんぶ!」

いきなり背中に抱きついてきた。

「よし! 森田馬、ダッシュ!」
「なんでそうなる! 重いだろが、降りろっ」
「ほらほら。 走った走った」
「ふざけてないで降りろ」
「さっきは自分がふざけてたくせに」

ぶつぶつと文句を言いながら、渋々と降りた。

「さあ、行くぞ」
「どんな向日葵が待っていてくれるんだろうな」
「さちはどんな向日葵を描きたいんだ?」
「故郷と同じように、元気な向日葵」
「元気な向日葵ねえ・・・」

と言っても、おれにはよく分からんのだが・・・。

「花や植物を見てるときに、癒やされる~、ってことない?」
「うーむ、おれはいまひとつかな」
「向日葵を見てるときに、元気を分けてもらってる~、って感覚が来れば来るほど、それは元気な向日葵ってこと!
見てるだけでこっちもやる気が出てくるからさ、向日葵を描くときはいつもハイテンションなんだよね、あたしって」
「ほう・・・」

さちは向日葵を好んで描くのは、そういう理由か。

「世界一になるための挑戦だからね。 だったら向日葵で決定っしょ!」
「よーし、ビリッといくか!」
「うん! ビリッと行こう!」

 

 

 

 

・・・


・・・・・・

 


日が暮れようとしていた頃、ついにたどり着いた。

辺り一面に咲く、黄色い花の群れ・・・。

その一本一本が背筋をピシッと伸ばし、太陽に向かって力強く咲いている。

「ホントにあったんだね、向日葵・・・」
「ああ・・・」

おれも、咲いているとは思わなかった。

「ここの向日葵たちは、どんな顔をしてるのかなー?」

軽い足取りで、向日葵の群れの中へ飛び込んでいく。

あたりいったいを全てを見回る頃には夜になっているだろうが、それでもかまわない。

 

 

満足のいくまで向日葵と向き合おう。

 

 

 


・・・・・・。


・・・。

 

 


予想通り、夜となった。

さちはまだ見回りを続けている。

おれも黙ってさちの後ろに続き、向日葵を眺めていた。

月明かりに反射して向日葵が綺麗に輝いており、夜に咲く幻想的な花を思わせた。

 

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「・・・まな・・・」

突然、さちが喋った。

まさかと思いおれは周囲を見渡したが、まなの姿は見えなかった。

あの頃を懐かしんで、ふと、まなのことが頭をよぎったのだろう。

「・・・・・・」

さちは足を止めた。

「ここに決めたッ。あたし、ここで向日葵を描くよ!」

さちの瞳が輝く。

「ここが一番元気を分けてもらえそうか?」
「それもあるけど、ここに来たときだけまなの気配を感じたんだよね。
何かがビビビッてきて、あたしはここでやるべきなんだって気がしてきた」
「明日から、ここで向日葵の絵を描くんだな?」
「もちろん狙うは世界一だから、そこんとこヨロシク!」

おれはもう一度、周りを見渡した。

田舎町に咲いているほどの数ではないが、それでも向日葵は咲いていた。

あの田舎町に帰ってきたような錯覚を覚える。

「細かいポイントもこの場で決めてしまうか?」
「明日にしよ。さすがに昼と夜とじゃ雰囲気が違うからさ。
意気込んで今やったとしてもあまり意味がないしね。
だから、今日はもうこれで終わり」
「ああ・・・」

おれたちは明日に備え、いったんホテルへと引き返すことにする。

その帰り道の途中で、おれは思い出したことをさちに尋ねた。

「この近くで世界規模の文化展示会が開かれるんだが、知ってるか?」

街中を歩き回っていたときに聞き出した情報だ。

その文化賞の中に、絵画部門も含まれていた。

「知ってるよ。今の時期だと・・・半年以内にエントリーしないといけないんでしょ?」
「さちはもちろん・・・」
「出す。あったり前じゃん」

乗り気だった。

「向日葵を描きたいって言い出したのは、展示会のことを知ったからか?」
「そそ。年に一回のビッグチャンスだからね。これを利用しない手はないっしょ!」
「完成した絵を提出すればエントリー完了だったはずだ」
「つまり、あとはあたしが向日葵の絵を描いて出せばいいだけだねっ」
「向日葵で世界一を目指すんだな?」
「もっちろん! 向日葵ブームを全世界に広めるよっ」

自然と出たセリフだが、さちならばできそうな気がした。

眩しく輝いている月明かりが、おれたちの進む道を明るく照らしていた。

 

 

 

 

 

・・・


・・・・・・

 

日付が変わろうとする時間帯を前にして、部屋へたどり着いた。

「お疲れさん」
「ただいまーっ。水ーっ」

荷物を適当に放置し、水飲み場へと向かった。

浄水器って水が少ししか出ないから不便ー」
「健康には変えられん、我慢しろ」

はーい、とたるそうな返事が返ってきた。

さちの体調はいつも通り万全のようだ。

浄水器を持ってきて良かったと、とりあえず安心した。

「さち、体調の方は大丈夫か?」
「大丈夫だけど眠いかなあ・・・ふ、あああぁ~~・・・}

結構疲れてるのか、豪快なあくびをしていた。

 

 

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「風呂入って寝ろ。荷物の整理はおれがする」
「賢一も一緒に入ろうよ」
「狭くて入れんだろうが」
「賢一が小さくなれば問題ないじゃん。昔みたいにさ」
「ガキのころに戻るつもりはない」
「小さい頃の賢一かあ・・・今思い返してみれば、昔の賢一って結構なドジッ子だったよねー」
「どうせおれはハナタレクソガキだよ」
「そのハナタレクソガキが、今じゃあたしのサポーターやってんだもんね。
もしかしてあたしたちって、こうなる運命だったんじゃない?
昔ブームになってた赤い糸ってヤツ? 恋愛ブームと手を組んで愛情一本これで大丈夫! みたいな」

こいつのわけのわからんベシャリにも、もう慣れたな。

「一つ聞きたいが、今は何がブームなんだ?」
「ちょっと待って、いまアンテナ伸ばしてるから・・・」

アンテナ?

「奇跡がブームなんだって」

奇跡て・・・。

「誰が言ってたんだ? そんなこと」
「さあ、電波で届いたから分からないーっと。
さーてっ、早く寝て明日のために体力回復しよっと」」
「おい待て、その前に風呂に入れ」
「疲れてるから湯船で寝そうでちょっと不安。 だから賢一、一緒に入ろっ」
「狭くて二人じゃ入れないだろうが」
「賢一が小人みたいに小さくなれば大丈夫だって」
「・・・とにかく一人で入れ」
「ちぇっ・・・つまんないのー」

 

 

 

それにしても、奇跡か。

これから描くさちの絵が、まなの目に留まればいいな。

そんぐらいの奇跡は起きてもいいだろ・・・。

 

 

 

・・・


・・・・・・

 

 

いつもとは違う朝。

そんな気がしてならない。

さちが向日葵を描く。

さちの十八番、向日葵。

 

「今日から張り切って頑張るぞーッ!」

 

威勢よくさち発進。

つられてやる気が出てくる。

「おれも、今日からさちの1,1倍頑張るぞーっ」
「誰よりも頑張るのはあたしの役割なの。 賢一は草むしりでもしてれば?」
「草むしりて」
「賢一は主夫に徹しなよ」
「いや、男は常に女の先に立ち、導くという宿命を背負っているんだ」
「いやいや、いつまでも男の背中を眺める時代じゃないんだって。
考えが古いよ、考えが」
「いやいやいや、さちに任せたら自滅しそうで怖い。
一番賢いと書くこの賢一様が、覇道というものを伝授してやろう」
「いやいやいやいや、絵に関してはあたしの独壇場なんだから、賢一に覇道なんて教わらなくてもやっていけるって」
「いやいやいやいやいや・・・」

朝っぱらから、みみっちい争いをするおれたちだった。

 

・・・


・・・・・・


部屋で準備を整え、さちが向日葵を描くと決めたポイントへ移動した。

「絵画ポイントを変えることはあるか?」
「ないっしょ。 あたしの中では今から行く場所でほぼ確定」
「昨日は何かがビビビッときたから・・・とか何とか言っていたが、ビビビッの正体はなんだ?」
「賢一もその辺の知識は疎いんだね。
何か分からないから、ビビビッ・・・なんだよっ。いわゆる、フィーリングってヤツ?
ここで描かなくちゃ、って思ったの」
「動物並みの直感ってヤツか?」
「そそ、それだよ」


本気モードのさちの能力は、野生じみているようだ。

 

「こっちの向日葵はどんな風に見えるんだろうな」
「故郷のものと一緒に見えてほしいか?」
「別々がいい。オリジナル」
「絵は、いつ完成させるんだ?」
「うーん・・・一ヶ月以内、かな・・・。
それ以上経つと風景が変わっちゃうから、何としても一ヶ月以内に終わらせないと」
「・・・・・・」

さちはこちらに来てから、絵を一枚も完成させていない。

完成してないが故に、絵に対するまともな評価を受けていない。

この国で、さちの絵がどんな評価を受けるのか、気になるところだ。

「暗いよ」
「むっ・・・」
「こっちまで気が滅入っちゃうからさ、今後はそういうのナシでお願いね」
「ああ、すまん・・・」

特別高等人になるのをあきらめてから、感情が顔に出るのは、ずっと直らんな。

 

 

 

 

・・・

街から歩いて数時間後、ようやくたどり着いた。

 

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「まだ描かないよー」
「描きたいポイントを決めるんだろ」
「そっそ。カメラアングルってヤツ」


さちは、自分の決めたポイントに移動する。

「うんうん。ここでよかったよっ。
賢一には分かるかな? 向日葵たちが太陽に向かって、元気に伸びているのが!」
「わかる!   ・・・と思う」
「だよねーだよねー。 あたしにしか分かんないよねーっ。
ポイント決めるだけだからって、気は抜けないよー」

舌なめずりしながら向日葵たちを観賞していた。


・・・・・・。


・・・。


一時間ほど見て回って、さちはついに決断を下した。


「ここに決めたっ!」

そこは他の場所と比べて向日葵の密度が高く、大小様々な背丈が揃っていた。

一目見ただけで強烈な印象を受ける。

「パワフルだな」
「超パワフル・・・うんうん、言えてるっ」

何度も確かめるように頷く。

「お昼にしよっ、賢一」
「おおっ、もうそんな時間か」
「腹が減っては絵が描けないからねっ」
「力が出るように、サンドイッチを作ってきたぞ!」
「・・・はあぁ~・・・」

 


・・・


さちは今、構図決めに入っている。

食事中も向日葵の方をじっと見つめていた。

よほど集中していたのか、おれがこっそり渡した蜂蜜ジュースも平気でゴクゴクと飲んでいた。

恐妻家の気分を、少しだけ味わっている気分。

「・・・あーてもない・・・こーでもない・・・」

独り言をもらしながら、絵画ポイントの前をウロウロと歩いていた。

会話をするかのごとく向日葵に顔を近づけたり、離れた所から指で枠を作って眺めたりと、試行錯誤しているようだ。

普段のさちではありえないほどの慎重さだった。

絵を描く準備はできているが、なかなかその作業に入れないでいる。

 

 


「・・・よしっ」

 

決心がついたのか、イーゼルの前に座り絵を描き出す。

 

さちの新たな挑戦がまた始まった。

 


「頑張れ、さちっ!」

 

 

 

・・・。

 

・・・・・・・。