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車輪の国、悠久の少年少女 さちシナリオ【4】

 

・・・


新しく絵を描き始めての第一日目。

おれたちは朝早くからこの場所に来て、絵を描く準備をしていた。

まだ太陽は昇りきっておらず、涼しい風が吹いている。



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「気持ちいいねーっ」

草の香りがする空気を胸いっぱいに吸い込み、深呼吸した。

おれもさちにならい、深呼吸をする。

顔を洗うのと同じくらいに、思考をクリアにできた。

「快調快調。 今日は下書きが終わるかもね」
「丁寧にやらなくていいのか?」
「前回のでコツは掴んでるからね。 スムーズに行くこと間違いなし!」

よく考えれば、外国に来てまだ一枚も絵を完成させていないんだったな。

「まだ絵を完成させてないからなー。 それがちと不安だよ。
でも、今回の絵で絶対完成させてやるからね」

にひひっ、と得意げに笑っていた。

「よしっ、気合十分!」

気合十分、準備も万端。


「さーて、おれはどうしよっかな」
「自由にしてていいよ。 街に行くなりここで昼寝してるなり」
「いや、ここにいるよ」
「・・・ありがと」

声を弾ませ、さちは定位置についた。

「何かあったら言えよ」

さちが軽く手を振ったのを合図に、おれはさちのもとから離れた。

これからは、さちの世界だ。

邪魔する事は許されない。



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さちが絵を描き出すと、周りの空気が変わったような気がする。

ピリッ、張り詰めてはいるが、どこか落ち着けるような矛盾した空気。

今のうちに、さちの絵が完成してからどうするかを決めておこう。

絵が完成して、乾かしている間に宅配業者を手配して、それから画商にも話を通して・・・。

 

ブツブツブツ・・・。


「・・・賢一、ブツブツうるさい」

棒読みで注意された。

状況が状況なだけに、えらい迫力だった。

さちとの距離は三十メートル弱。


・・・静かにしておこう。

 

 


・・・・・・・。

 

・・・。

 


三・・・二・・・一・・・。


お昼の時間になった。

いつもなら、ちょうどこの辺でさちが来る。

「・・・・・・」


「・・・・・・」

待つことにしたが、さちがこちらに来る気配はない。

今までの経験から、昼食なしで作業することも珍しくはなかった。

よって、おれは自分ひとりだけで食べることにする。

許せ、さち・・・。

バスケットの中から自分の分だけを取り出し、パクパクと食べ始める。

視線の先にはさちの後姿がある。

改めて気づいたが、姿勢がピシッ、としていてかっこよかった。

おれも姿勢を正しながら食べてみる。

行儀よく座り、サンドイッチを口へ運ぶ。


「さち、頑張れ」


パクパクモグモグ・・・。


「おいし・・・」


自分の分のサンドイッチは消化したが、さちはそれでもこちらに戻ってこなかった。

マジで昼食を抜いて絵を描く気らしい。


「体力持つのかよ・・・」


四年前・・・。

あのときは、こうやってさぼっているおれの隣にまながいたっけ・・・。

このままさちを見守ることにした。

 


・・・・・・。


・・・。

 

 

気温がわずかに下がり、太陽が沈んでいく。

あと数時間もすれば、空は暗くなるだろう。

「いつもならばホテルに戻る時間・・・」

さちの様子を見てみる。

 

 

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「・・・・・・」

イーゼルの前に座り、ひたすら腕を動かしていた。

鉛筆を走らせ、夕陽に染まった向日葵を繊細に描いている。

かれこれ八時間は経過しているが、疲れている素振りは見せなかった。

まるで、今さっき描き始めたかのような勢いだった。

このままだと、夜になっても描き続けるのではないか?

おれは一向に構わないが、さちの体調が心配だ。

炎天下のなか、体力を消費した上での夜の作業は体に響く・・・。


「・・・夜も続けるのか?」


ぼそっと口にする。


「当たり前でしょっ、夜もするのっ」


棒読みで早口。


「夜だと風景が変わって描きづらくないか?」
「賢一には関係ないっ」


低くドスの聞いた声で早口。


「・・・・・・」


あまりの迫力に、声も出せない。

さちに任せることにしよう。

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

 

 

 


・・・。


・・・・・・。


とうとう夜になってしまった。

さちはそれでも描き続ける。

 

 

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月をバックに、さちは絵を描き続ける。

きれいな後姿だった。

ガキのころからいつも一緒にいた幼馴染が、見違えて見える。


「・・・すげえ・・・」


思わず言葉を発してしまった。

それを合図に、さちの腕がピタッと止まった。


「・・・・・・」


やべえ・・・またなんか言っちまったみたいだ。

さちは紙やイーゼル―――まなからもらったプレゼントを大切にしまい、こちらへやってくる。

もう終わりだろうか?


「・・・・・・」

「・・・・・・」

さちが何かを言うまで、おれは黙っていた。

さちは大きく息を吸い込んだ。

 

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「やっぱ夜は描きにくいわ!」

あっはっは、と豪快に笑い飛ばしていた。

てっきり怒られるものだと思っていたおれは、ちょっと拍子抜け。

「やっぱ、初日で描き上げるのはきつかったね」
「そりゃそうだ。 慎重にいけ」
「わーってるって。 賢一は心配しすぎ」
「それくらい気にかけてるんだ。 少しは察しろ」
「はいはい、分かりましたよー。
今日はこれでおしまい。ホテルに帰ろっ」

すでに、夜の九時を回っている。

今日はここまでだ。

 

 

・・・。


・・・・・・。

 


四日たった。

今日も朝早くから作業をしていた。

今の時刻は午前十時を過ぎたあたり。

これからまた暑くなりそうだ。

風は出ているが、生ぬるいので涼しさは当てにならない。

「・・・・・・」

さちはイーゼルと向かい合って、着実に絵を描き進めていた。

下書きは二日目に終わっており、今は着色作業に入っている。

あらかた下塗りは終わっているようで、今から重ね塗りに入るらしい。

「ちょっと疲れたから、小休憩!」

疲れたと言っても、元気が有り余っているように見える。

「区切りがいいからね。この辺で体力を温存しておくよ」
「飲み物いるか?」

もっちろん、とさちは頷く。

コップに冷たい飲み物を注ぎ、さちに手渡した。

「生き返るー・・・五臓六腑にしみわたるとはこのことかっ」
「親父か・・・」

特に、腰に手を当てて飲んでいる辺りとか。

「なんだか早弁したくなってきた・・・」
「ほらっ」

サンドイッチの入ったバスケットを置いた。

「あの甘いやつはー?」
「甘いやつ? クレープだったら、今日はないぞ」
「賢一はいつになったら作ってくれるのやら」
「サンドイッチで手いっぱいだ。 他を当たってくれ」

腰を上げ、この場から離れる。

「ん? どっか行くの?」
「座ってるのも退屈だから、向日葵と戯れてくる」
「戯れるって・・・どっかのクラスメイトさんが言ってたようなセリフね」
「あいつほど常識は逸脱しないから大丈夫だ」
「・・・風景を乱したら、どうなるか分かってるよね?」

わざと笑顔でこちらを見た。

「おれがそんなことするわけないだろが」

ちょっと怖かった。

 


さほど広くない向日葵畑の中を散歩している。

・・・自分よりも背の高い花たちに囲まれると、不思議な感じがする。

植物相手にそんなことを感じるのは、多分さちの影響だろう。

さちの眼前に咲いている向日葵たち。


「お前たちも、たくましく生きてるんだなあ」


サワサワサワ・・・。

風と葉っぱがぶつかり、静かな音を立てた。

次第に気分が落ち着いてきて心地よい。


「自然に囲まれるってすばらしい・・・」


感動しつつ歩いていくと、直径三メートル程度の小さな広場に出た。

大人が寝転がっても、不自由なく昼寝できるほどのスペースだ。

先ほど歩いていたときに見つけた広場と同じ。

なんてことのないスペースだが、なぜか興味を惹かれてしまう。

ふと、地面に視線を落とす。

そこには土の地面と草しか存在していなかった。


「・・・・・・」


よく目を凝らしてみると、草の根に大きめの石があった。

それを手に取り、眺めてみた。

つやのあるすべすべとした感触。

人為的に穴があけられ、糸が通してある。

手作りのアクセサリーだろうか。


「珍しい石だな・・・」


誰かの落し物かね?


何気なく拾って、ポケットに入れた。

さちにやろうかな・・・。

いや、あいつはいまそれどころじゃないか。

戻るとしよう。

 


・・・

「・・・さち?」

さちはすでに絵を描き始めていた。

早弁も素早く終えたご様子。

本当に、夢中になってるな。

昔のあいつは、尻をさんざん叩いても動かないくらいにぐうたらだったのに。

あいつは気づいてないだろうが、おれがさちにできることなんて、もうほとんどないんだよ。

すげえヤツだよ、まったく。

あいつを好きになってよかった・・・。

 

 


・・・・・・。


・・・。

 

 

八日目。

さちがなぜ、絵の完成を十日にしぼったのか、ようやくわかった。

秋が迫り、向日葵が少しずつ、くたびれてきているのだ。

さちは、季節の移り変わりをおれより敏感に察知していたようだ。

向日葵の絵で、展示会にエントリーするなら、いまがピークといったところか。

それまで向日葵たちは、さちの想いに応えることができるだろうか。

さちも、立派な向日葵たちを描いてくれるだろうか。


「・・・さちっ」

 


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

今日も夜まで作業している。

さちの顔からは余裕の笑みが消え、時間が経つごとに表情が険しくなっていった。

時間が迫ってきているという事実がプレッシャーとなり、さちの集中力を削っていくのだろう。

 

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「・・・くっ・・・」

描いていた腕を止め、さちがふるふると頭を振った。

辛そうに頭を押さえている。

おれは意を決し、さちに近づいた。


「どうした?」
「・・・色が、ぼやけて見える。
感覚は・・・掴んでいるってのにっ」

悔しそうに舌打ちしていた。

昼間の熱にやられたのか、顔が赤かった。

「先に言っとくけど・・・今回のは知恵熱じゃないからねっ」

顔が赤いのはおそらく日焼けのせいだろう。

しかし、額どころか体全体から汗をかいているようだった。


「ちょっと失礼」


さちの額に手を触れた。

・・・ちょっと、熱があるんじゃねえか?

冷えたタオルをさちの額に当てた。


「冷たくて気持ちいい・・・」
「無茶するからだ、今日はもう引き返して休むぞ」
「・・・・・・」
「何でよ、って目で睨むな。
体調を万全にした方が実力も出せるし、このまま描き続けてもちょっとした拍子で・・・」
「・・・ちょっとした拍子で?」
「・・・うっかり配色を間違えるかもしれないだろ」

失敗するかも・・・とは言わない。

「・・・あははっ・・・灯花じゃあるまいし・・・」

昔を懐かしむ顔になった。

そのおかげか、血色が少し良くなった。

「今回は時間があるんだ。 慌てなくていい」
「さあ、どうだろね。 明後日くらいにはダウンしてるかも」

視線の先には小さな向日葵畑。

夜の闇が、一本一本の向日葵の姿を、よりいっそう沈ませていた。


「今日はいい加減にしないと、もう九時を過ぎてるんだぞ」


今日は、いつもより二時間は遅い。

朝はいつも九時ごろには描き始めているため、十二時間ぶっ通しで作業をしていることになる。

「今日は絶対に帰って休んでもらうぞ」
「どうしても?」
「どうしてもだ」
「・・・じゃあ、休んであげるよ。 今日くらいは」
「助かる」
「絵・・・片付けないとね・・・」
「休んでいろ、おれが片付ける」

慣れた手つきで絵画道具一式を片付ける。

「さすがあたしの賢一だね。 しっかりしてるよ」
「さあ、帰るぞ。 歩けるか?」
「おんぶしてーっ! ・・・って言いたいけど、さすがに歩くくらいできるよ。
荷物頼んでいいかな?」
「当たり前だ」

それからビニールシートを片付け、ホテルの部屋へ戻った。

帰る途中、さちは足元をふらふらとさせていた。

おれたちは、お互いにいいパートナーでいられているのかな・・・。

 


・・・。


・・・・・・。

 

 


十日目――。


さちと向日葵畑は、どちらもやつれて見えた。

さちは半日ほど休み、それから絵を描きに出ている。

顔色も少しはいいようだが、きつそうだった。

向日葵は数週間前と比べて、明らかにくたびれていた。

「・・・・・・」
「おわっ!」

さちがいつの間にか目の前に来ていた。

マジモードのさちらしく、目が据わっていた。

 

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「・・・あたしにも、蜂蜜ジュースちょうだい。
喝が入るような刺激がほしい」
「・・・・・・」

おれは黙ってさちに蜂蜜ジュースを渡した。

それを豪快にラッパ飲みする。

「うはぁ・・・」

一気飲みするような飲み物じゃないんだよね。

逆境においては、女子の方が強いのね・・・。

「んー、このとろみが何とも言えない・・・。
これって薬じゃない? すぐに元気が出るよっ」
「そうか・・・・・・そりゃ良かった」
「絵だけど、完成は明日くらいになるかも。
配色とかは決まってるんだけど、思うように腕が動かないから慎重になってるんだよねっ」
「そうか、いよいよか・・・」
「よーしっ、ビビッと行こうっ!」

気合を入れて再び定位置につくさち。

おれはさちの成功を祈った。

その絵には、さちの未来とまなとの再会がかかっている。

 

 

頑張れっ・・・さち!

 

 

 

 

 

・・・

 

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・・・

 

「最後の最後! 一瞬たりとも気は抜かないよっ」

宣言したとおり、本日中に何とかなりそうだった。

今から、最後の仕上げ段階に入る。

全体像を上手く見せるための微調整。

描いた絵の風景全体に違和感がないか確認。

塗り残し、配色の間違いがないかチェック。

厳正なる審査が、さちの手で行われる。

「違う違うっ。ここの雰囲気はこうでしょうが!」

過去の自分が描いた絵に対し、叱りつけながら修正をする。

腕を組み、再び自分の絵と対峙する。

「危ない・・・塗り残しがあったっ」

手を加える。

全体像をチェック。

以上の動作を、数回にわたり繰り返す。

 

そして・・・。

 

「・・・できたっ!」


向日葵を描き、まなをテーマにした絵が、ここに完成した。


「やっと、できたっ・・・」

 

【おめでとう。 まなも称えてくれる、最高の一枚だ】

 

おれは心の中で、そう祝福した。

さちは、まだ筆を握っている。

まなからもらったプレゼントである絵筆を・・・。

作業は終わったはずなのに握っている。

離せないのかもしれない。

この筆が、さちに力を貸してくれたのだから。

 



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「やっと・・・やっと・・・。
できたーーーーーっ!!!」

 

全身でその喜びを表現していた。

外国に来て初めての絵が・・・初めての一枚が完成したのだ。

「やったよ、賢一! 世界もあたしも認める、最高の一枚が完成したよっ!」
「ははは・・・おめでとう!」

世界も認める、と来たか。

「描ききったな?」
「うんうんっ、自分で決めた期限を守ったよ!」

昔とは違った。

さちは、自分ひとりで、全部やりきった。

「よしっ! これでお前は世界一だ!」
「またまたー。賢一は気が早いって」
「そういうさちこそ、さっきは『世界も認める』っつーてたろうが!」
「ぷっ・・・あっははははははっ!」
「くくっ・・・あっはっはっはっはははははっ!」

 

疲れなんか本当に吹き飛んでいた。


「じゃあ、後は頼んだよっ」
「任せとけ!」


ここからはおれの仕事だ。

さちは、ゆっくり休んでいてくれ。

 

 


・・・

後日、画商に絵の配達を頼んだ。

無事、文化展示会へのエントリーが完了した。

あとは・・・休んで、結果を待つ。

それだけだ・・・。

とりあえず、さち・・・。

お疲れさん。

 

 

 

 

 


・・・。


・・・・・・。


さちが義務を解消してから、はや五年。

あっという間だった。

よく五年でここまで来れたと感心していた。

さちは、本当に良くやってくれた。

 

 

 


・・・・・・なのに・・・・・・。

おれたちは走っていた。

 

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「また遅刻しそうって、どういうことよ!?」
「しゃべってる暇があったら、足を動かせっ!」

揃いも揃って、文化展示会の会場へ遅れそうになっていた。

展示作品の作者は、指定された時間までに会場内へ集まらなければならない。

そこで様々な説明を受けるのだが・・・マジで遅れそうだ。


「暑いなあ・・・賢一っ、氷ちょうだい」
「持ってきてるわけないだろ!」


今の季節は夏。

走るたびに、体中から汗が飛び出て来そうになる。


「会場内にクーラーが利いてなかったらキレるぞ!」
「ジュースでごまかそうよ」
「おれの蜂蜜ジュ・・・」
「絶対にいらない!」

強く拒否された。

「・・・ったくもう、何で遅刻なんかしちゃうのよ!」
「お前の着替えが長引いたからだろがっ!」

さちの性格からして、服なんて気にしない、と言うと思っていた。

それこそが、大きな誤算だったようだ。

 

ボカッ!

 

「いってえ! 超いてえ!」

さちのバッグが、後頭部に直撃した。

「ブツブツ言ってると殴るわよ!」
「もう殴ってるだろ!」
「あたしだって服には気を遣うわよ!」
「で、結局いつもの服だもんな」

 

なんにせよ、さすがに今回は遅れるわけにはいかない。


更にダッシュ


「あーっ、もう! 絵画生活における、最大の汚点だよ!」


そのとき、この場では全く必要のない、画家の観察眼が発動した。


「あっ、またもや鍵のかかってない自転車発見!」
「またかよ!?」
「あたしの本能が、あの自転車に乗れと言っている気がする!」
「何なんだよ! お前の観察眼は!?」
「むっふっふ・・・こういうときに敏感に働くのよ」
「絵に関することだけに使え!」
「なによ、今回だって絵に関することじゃない!」


文化展示会に向けてダッシュしていることがか?


「絵を描くときにだけ使え!」
「・・・先を急ぐよ!」

 

 


・・・

しばらく走っていると、展示会会場が見えてきた。

「やあやあ、あれが会場か・・・結構でかいんだなあ」

学園がすっぽりと収まりそうだ。

「急げ急げーっ!」

更に加速し、ラストスパートをかける。

 

 


・・・・・・。


・・・。


会場の入り口に到着。

近くの駐車場を見てみると、高級車ばかりが並んでいた。

「へーっ。お偉いさんがたくさん来るんだね」
「感心する前に会場内に突入だっ」

 

ダダダダダッ・・・。

 

 

 

・・・


・・・・・・


何とか間に合ったようだ。


「はあっ・・・はあっ・・・ふうっ・・・良かったー」
「お前と付き合ってると、こんなハプニングばっかだ」
「賢一がしっかりしてくれれば、こんなことにならないで済んだのにっ」
「自分で気をつけよう、という気は起きてこないのかっ?」

周囲の視線がおれたちに集まった。

静かにしなければ・・・。

「うわあ・・・外人ばっかだよ」
「静かにしろっての」
「あっ・・・あたしたちと同じカンジの人。 仲間がいんじゃん!」
「こらっ、さち!」


ジロ・・・。


「すみません」
「・・・・・・」
「ほらっ、お前も謝れ」
「外国語、分かんない」


こいつめ・・・。

 


・・・・・・。


・・・。

 

審査の結果発表は翌日の午後十時から。

それが終わり次第、パーティーへと続く、ということだった。

また、参加者は正装でくること・・・常識だな。

当日は遅刻しないように注意しよう。

 

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というわけで、様々な展示品を見て回る時間がやってきた。

世界中の猛者が作り上げた芸術品の数々・・・。

今おれたちがいるフロアは『人形部門』。

機械に頼らず、自らの手で作り上げられた人形が数多く展示されていた。

その数は、千を超えているものと思われる。

「世界規模ともなると、すごい豪勢だよねえ」

さちは、目を丸くしながら作品に魅入っていた。

自分以外のことにはあまり興味がないさちだが、芸術作品が絡んでくるとそうでもないらしい。

「何これ、人形?」

さちが見ていたものは木で作られた人形で、頭と胴のみで構成されていた。

形状は、頭はボールのように丸く、胴にいたってはつつ形。

色は凝った様子もなく、簡単に塗られている。

「『こけし』だな。SF小説に出てくる日本という国の郷土人形だ。
日本マニアの誰かが真似て作ったんだろう」

一見、単純に見えるこの人形も、芸術品としてみる価値はありそうだった。

「んー・・・ビジュアル的に見て微妙な気がするよ」
「えっ? 結構面白いじゃん。おれ、こういうの好きだぞ」
「・・・変わった趣味だね」
「独断と偏見の目でおれを見るな」

美術的価値がなさそうな目で見てたな、今のさちは。

絵以外に、まったく興味ないのか?


「他のとこ行こうよ。この人形、さっきからこっち見てるし」
「そうか?」

こけしの方を見てみると、おれと目が合った。

「・・・・・・」

気色悪いので、その場から右へ移動。

こけしの目がおれを追う。

左へ移動。

こけしの目がおれを追う。

「・・・こわ」


おれとさちは『人形部門』を出た。


次におれたちが来たフロアは『彫刻部門』。

木や石、金属を使って、テーマを形として表現する。

テーマを形にする、という点においては絵画と同じ雰囲気を漂わせていた。

逆に違うものといえば、完成品が二次元か三次元か。

作品のサイズは、手の平サイズから、見上げなければならないものまでと多種多様だった。

「ここまで作るのに、結構根気がいるんだろうな・・・。
彫刻部門の作品を見てるとさ、なんかこう・・・圧倒されるものがあるよね。
パワー力っていうの? 力強さを感じるんだよね」

 

パワー力?

 

「さちの絵からも、同じくらいのパワーを感じるぞ」
「へへへ・・・無意識のうちに、あんな絵が描けちゃうんだよね」

そうして見ているうちに、奇妙なものを見つけた。

この街でもよく見かける、全裸の人物像。

それはいい、それはいいのだが・・・。

「嬉しそうに笑ってるよ、この人・・・」
「・・・・・・」

特にコメントなし。

この作品はちょっと意外だった。

足を開き腰に両手を当て、大きく口を開けて豪快に笑っている。

おれは、作品のタイトルを見てみた。


『芸術は爆笑だ』。


「いいんじゃない? こんな作品があっても。
おれは結構、気に入っているんだがな」

笑顔が不足している今のご時世だ。

「・・・またしても変わった趣味だね。
それでも、あたしは賢一が好きだよ」
「独断と偏見の目でおれを見るんじゃない。
それと、微妙に距離をおくな」
「次のフロアに移動しようと思ってね」

さちはささーっ、と絵画部門の方へ早歩きで去っていった。

 


「次は絵画部門か・・・」

さちの描いた絵が展示してあるエリア。

今からその場所へ移動し、実物を見ることになる。

何度もそういう経験をしてきたが、今回は違う。

世界という、国内とは次元の違う空間がそこにあるのだ・・・。

おれも自然と緊張していた。

きっと、さちはおれの何倍も緊張しているだろう。


「おっと、ぼさっとしてたら、さちに置いてかれる」


おれも早歩きでさちの後を追った。

そのとき、絵画部門のエリアから一人の女声が現れた。

少しだけ肌が黒い・・・異民だろうか。

パッと見、かなりの若さだ。

まだ少女という言葉が似合うくらい。

その女性がおれの脇を通り抜けていく。

間近で見ると、とても利発そうな顔をしていた。


「・・・・・・・・・」


何事も無かったかのように通り過ぎる。


「・・・・・・」


気にはなったがとりあえず、さちのもとへと急いだ。

 


・・・

「賢一、遅ーい!」

一人で勝手に騒いでいた。

「一緒にあたしの絵を見ようって言ってたでしょっ」

さっきは、おれから逃げるようにして離れていったくせに・・・。

「さちの描いた絵はどこだ?」
「今から探すの。 まあ、すぐに見つかるっしょ」

元気よく歩き出すさち。

おれもそれについて行く。

 

 

 

・・・・・・。


・・・。


三十分ほど見て回った。


「あっ、あった! あれだよ、あれ!」
「おおっ! あれか!」

おれも思わずはしゃいでいた。

早速二人で見に行くことにする。

 

しかし、問題が一つだけあった。


ぐぬぬぬ・・・見えないー!」
「人の頭ならよく見えるんだがな」

さちの絵の前に、人だかりができていた。

「遠くならよく見えるんだけど、できれば近くで見たいって!」

当の作者が客の立場に変わっていた。

「えーいっ、どけいっ!」

グイグイと客を押しのけ、強引に前へと進んでいる。

みっともないったらありゃしない。

「作者ならもっとシャキッ、としていてほしいんだが・・・」


「いたたっ・・・足踏まれたー!
あーもうっ、押さないでよ!」


威厳もクソもない。

相方としてずっと付き合ってはいるが、こればかりは恥ずかしい。


「はあっ、はあっ・・・やっと着いたよおー」

ここからでは見えないが、最前列に着いたようだ。

「うおーっ! 壮観だねえ、こりゃ!」

赤い髪のポニーテールが縦にゆさゆさと揺れる様子が、後ろか見ても分かる。

 

「おいっもしかして、三ツ廣さちじゃないか? テレビで見たことあるぞ」

 

ギャラリーの一人がさちを指差していた。

さちは相変わらず一人で騒いでいる。

 

「・・・いや、画家たる者、あそこまではしゃがないだろ、普通は」

 

・・・否定できないのが悔しい。

 

「当の本人は人一倍明るいそうだから、あれが本人じゃないかな?」

 

 

「こうやって額に飾られた絵を見てみると、より素晴らしく見えるね!」
「さち・・・もうその辺にしておけよ」

 

作者だってばれてるぞ。

これ以上みっともない真似はよしてくれよ・・・。

 

「また向日葵を描いてるよ。 よっぽど向日葵が好きなのかな?」


「いや、向日葵しか描けないんじゃないの?」


「この展示会に出せるくらいだから、そんなことはないでしょ」

 

やっとまともな評価が出てきた。

申し訳ないが、聞き耳を立てさせてもらおう。

 

「いやあ、いつ見ても迫力のある絵だね。 色の塗り方も独特だし、楽しい絵だよ」


「それは、本人の性格が影響してるのかもね。 色がたくさん混ざってるから、ぐちゃぐちゃしててよく分かんないな」


「でも、向日葵を描いてるってのは分かるでしょ?」


「確かに分かるけどさ・・・」

 


・・・・・・。

もう少し聞いてみようかと思ったそのとき、さちがこちらにやって来るのが見えた。

人ごみに押しつぶされながら必死に手を伸ばし、おれに助けを乞おうとしている。


「賢一、外に出して! ここ暑いわ!」

あんなにギャーギャー騒いでいたら、確かに暑いに決まってる。

「一人で勝手に騒いでたからだろ。 おれは涼しいぞ」
「いいから早く・・・暑いってっ!
・・・あーっ・・・熱気で目眩がしてきたよっ」

自らの暴走でオーバーヒートし、人ごみ程度の熱でバテていた。

とりあえず、さちの手をつかみ外へと連れて行く。

 


・・・

「ありがとーっ」
「ったく。おれはまだお前の絵を見てないぞ」
「絵が完成したときに、じいーっ、と見てたじゃんっ」

 

・・・自分だって似たようなもんだろが・・・。

 

 

 

・・・


・・・・・・

 

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お日様が高々と昇り、陽光が照りつける。

それを受けているだけで、一年前のことを思い出してしまう。

さちがここに来て、向日葵の絵を描いていた頃だ。


「ほらしっかりしろ、外に出たぞっ」

人ごみの中から引っ張り出したさちを、外に出してやった。

「ふうーっ・・・って暑! 外暑っ!」
「ホント、暑いよなー」

会場内の方がよっぽど涼しい。

「何で外に出てんの、あたしたち!?」
「さちが外に出たいと言っていたから」
「人ごみの外っていう意味! 普通分かるじゃん!
あついあついあついあついあついーっ」
「うるさい。 余計に暑くなる」
「さむいさむいさむいさむいさむいーっ」
「うるさい。寒くなる」
「んなワケないじゃん!」

・・・何がしたいんだろう、おれら。

「って、こんな炎天下で漫才やってる場合じゃないよ!」
「そういえば・・他の人の絵は見なくていいのか?」
「もう充分っしょ。 それに疲れたし」
「さっき、たくさん暴れてたもんな」
「さすがに興奮したよ」

ぱあっ、と顔が輝いた。

「あたしここまでよく頑張ったなあ・・・って」
「よくやったよ、お前は」
「あんがと。じゃあ帰ろっ」

時間はまだ正午。

まだ会場に入れるが、おれたちはホテルの部屋へ戻ることにした。

 

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


その日の夜。

おれとさちは作品の審査発表を前日に控え、部屋でくつろいでいた。

「寝るまでまだまだ時間があるね」
「そうだな」

おれはベッドに横になり、雑誌を読んでいた。

この国の月刊誌で、時事関連の特集をしている。

「退屈だから、なんかして遊ぼっ」
「そうだな」
「ちょっと聞いてる?」
「遊びたいんだろ? いいぜ、別に」
「こんなときにしりとりやろう、って言う人ってさ、もっとマシなものを考えろって感じだよね」
「そうだな」
「というわけで、しりとりをやろう!」
「もっとマシなものを考えろや!」
「賢一から最初の言葉を選んで」

あくまで自分のペースで進めるさち。

おれは仕方なく付き合ってやることにした。

「しりとりの『り』から」

 

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「せめて他の言葉を選びなよ。 マジつまんないし、それ」
「むっ・・・では、『雑誌』」

手に雑誌を持っていたからだ。

「『しりとり』」
「マジつまんねえぞ!」
「ほら、『り』だよ」
「結局、最初のでよかったんじゃねえか・・・」

ぶつぶつと文句を垂れながらも、おれはしりとりを続けた。

「『りす』」
「『スキー』」
「それってさ、『き』? それとも『い』?」
「普通は『き』の方じゃない?」
「む・・・そうか」


『東京』を『ひがしきょう』と読むやつに、言葉で馬鹿にされた気分だ・・・。


「どうしたの? 早く続きを言ってよ」
「・・・『きつつき』」
「『きつつき』」
「平気で返してんじゃねえよ!
普通は一回のしりとりに、一回しか使えんだろうが!」
「『きつつき』は『トマト』と同じくらい最強だもんね。
使い回しが利くし」
「使い回しはできません」
「『き』でしょ? うーん・・・あっ」


ん?

 

 

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「『今日もビリッと頑張るぞーっ!』」


「持ちネタかよ・・・」
「じゃあこのネタ、賢一にあげる」
「いらねえし・・・てか、しりとりに使えねえし」
「じゃあ、しりとりはこれにて終了」

勝手に始めておきながら勝手に終わった。

相変わらずマイペースなさちだった。


「とうとう明日だねっ」
「緊張してるか?」
「ビンビンしてるよ! 眠れないくらいにっ」
「どんな結果になったとしても、悔いだけは残すなよ」
「世界一になるからねー」
「絶対の自信があると?」
「もっちろん! そうでなきゃ今ここにいないし、あの絵を出してないよ」
「よく言ってくれた」

そう言ってくれないと、海外遠征の意味がなかった。

「弱気になってちゃ取れるものも取れないし、まなも戻ってこない。
夢とか大事なものは、強引に取るべきものだよ!」
「さちらしい、いい言葉だ。
しかし、他人に迷惑をかけないように・・・という言葉を付け足させてもらおうか」
「人がいいこと言ってるのに、そりゃ無いっしょ。
まるであたしが賢一に迷惑かけてるみたいじゃん」
「じゃあ試しに、迷惑をかけてない場面を想像してみ」
「ないや」
「はは・・・」
「賢一がしっかりサポートしてくれるから、あたしは思いきってやりたいことができるんだよね。 やりたい放題」
「今回の遠征もか?」
「もっちろん! 賢一なしじゃ何もできなかったよ。
チームワーク、だね」
「そういってもらえると、ちょっとうれしいぞ」
「その結果は、明日だね」
「明日・・・だな」
「明日に備えて、もう休もうかね」

あくびをして、眠そうにベッドに横たわる。

「おやすみ」
「おやすみいーっ」


明日が、一生忘れられない記念すべき一日になればいいな。

おれにとっても・・・さちにとっても・・・。

 

 

 

 

 

 

・・・


・・・・・・

 

ついに、この時がやってきた。

さちが長年夢見てきた舞台の終幕。

いや、人生の一区切りとも言うべきか・・・。

 

 

 

『あー・・・あー・・・マイクテスト、マイクテスト』

 

マイクの調子を確認し、コホンッ、咳払いを一つ。

 

『大変、長らくお待たせ致しました。
これより、第百六十八回ルネシーズ・ベネッチ国際文化展示会におけます、各部門の最高位名誉国民賞の受賞者を発表致します』

 

 

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「あはは・・・何言ってんのか分かんないよ」

外国語が理解出来ないさちは、思わず苦笑い。

要するに、各部門のトップを発表する、ということだ。

この展示会は世界規模の中でもトップクラス。

最高位名誉国民賞を受賞した者は、各部門にて世界一の称号を取ったものとみなしてもよいほどだ。

さちに関係するものはもちろん、絵画部門のみ。

 

「おれが通訳してやる」
「うん、お願いっ」

 

 

『始めに、本展示会の会長様より、講評を述べて頂きます』

 

会長らしき人物が壇上に上り、マイクを手にした。


「これまた長いんだろうな・・・」
「なになに? 何が始まんの?」
「本展示会の講評を述べるんだと」
「学園であった、朝礼みたいなもの?」
「そうそう、ながーい話」

 

 

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「たるー・・・」

 

露骨に嫌そうな顔をしている。

買い物を待たされる相方みたいだ。


「賢一、あとどのくらいで終わるの? あれ。 パンフに書いてないかなー」

パンフレットを手にし、行事予定表を眺め出した。

「・・・読めない・・・」
「貸せ」

さちからパンフを受け取った。

「このあと来賓の挨拶とこの展示会についての総評、次に各部門の大まかな評価、そしてこの展示会の歴史について・・・。
ざっと見だが作品の審査発表まで、軽く一時間はかかるんじゃないか?」
「・・・・・・賢一、しりとりしよ」

この場でしりとりかよ・・・。

 

「絶対ヤダ」

 

おれたちはおとなしく、来賓各位の演説を聞いていた。

 

 


・・・


『次に、各部門の受賞者を発表します』

 

「やっと受賞者を発表するらしいぞ」
「長すぎ・・・」

立つのも疲れてきた。


『呼ばれました受賞者は、壇上の方へお上がり下さい』

 

「受賞者は壇上へ移動」
「りょーかい」

 

『始めに、人形部門から発表致します』

 

「人形部門の発表」
「うん」

お互い緊張しているのか、無駄な会話をしなかった。

受賞者が呼ばれ、壇上へと上がっていく。

各部門で形の異なるトロフィーを受け取り、会長と握手。

どの受賞者も、満足のいく笑顔を見せていた。


「・・・・・・」


さちの視線は壇上を捉えていた。

自分もあの場所へたどり着くのだと・・・。

そう信じて待っている。

各部門の受賞者が次々と壇上へと上がっていく。

 

そして・・・。

 

『次に、絵画部門の受賞者を発表致します』


ザワザワザワ・・・。

 

「絵画部門だ」
「・・・・・・うん」

小さな声でしか聞き取れなかったさちの声。

その声を聞いただけで、こちらも不安に駆られる。

 

 

――今回は、あの人だろ。


――いいや、ライバルのあの人だ。


――新人のあの人が、結構いいセンをいっていると思うぞ。

 


聞いた事のある人物やそうでない人物の名前が聞こえてくる。

 

・・・その中には、さちの名前は含まれていなかった。


「・・・・・・」

自国のトップに立ったとはいえ、まだ無名に等しいさちの存在。

しかし、ここまで差があるとは思わなかった。

自然とおれの中で焦りが感じられ、動悸が激しくなる。

おれの隣りで、唾を飲み込む音がした。

 

『受賞者は・・・』

 

そして、一人の画家の名前が告げられる。

わざわざ翻訳しなくても分かるくらい、カタコトな口調で。

 

『三ツ廣さちさんです』

 

祝福の言葉と共に・・・。

 

『おめでとうございます』

 

世界がさちを認めた。

 

 

「さて・・・」

 

 

さちに『おめでとう』と言わないと・・・。

 

さちの方へとふり向き、翻訳した内容を伝えようとしたが・・・。

 

 

 

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「やったあああぁぁーーーーーーっ!!!」

 

ドンッ!!!

 

さちの方から押し倒す勢いで抱きついてきた。

おれは必死に、その圧力に耐える。

すごい力だ。


「嘘じゃないよね!? 聞き間違いじゃないよね!?」

周囲の目を気にせずに、声を張り上げて同意を求める。

「ああ! お前が世界一に選ばれたんだ!」
「やったやった! ついにやったよ!」
「こいつめ! 羨ましすぎるぞ!」

お互い、飛び上がって喜んでいた。

「さあ、自信を持って、トロフィーをもらってこい!」
「うん!」


さちが壇上に上がる。

トロフィーを受け取る。

会長と握手をする。

おれに笑顔を向ける。

その全ての動作を見逃さなかった。

さちは、立派に輝いていた。

太陽のように、向日葵のように。

 

 

 

 

・・・。


・・・・・・。

 

 

 

 

 

 


授賞式終了後・・・。


時は夕刻、場所はパーティー会場。

さちは受賞した絵をバックに、各国の高貴な人たちと謁見をしていた。

「何十人目だろうね・・・あーっ、疲れた」

軽い談笑と挨拶を終え、ため息をついた。

「一年前は国内トップに立ったばかりなのに、今では世界のトップか・・・」
「あたし、超ビッグになったんだよね・・・実感沸かないけど」
「何はともあれ、おめでとう」
「あんがと。とりあえずは一区切りだね」

 

一区切り。

 

そう、さちは世界一の画家になった。

そして次はまなだ。

きっと、さちが自分を迎えに来てくれると信じているのだろう。

もしかしたら、今テレビ越しに映っているさちを見ているのかもしれない。

「あっ、どもー」

次から次へとさちに会いに来る人がいた。

おれも翻訳という対応に回らなければ。

 

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「素晴らしい絵ですね」
「あんがと。今回の絵は傑作だよ」

あれ? 何気に会話が成立している。

「おおーっ! 賢一、あたしにも外国語が喋れたよ!」
「バカ。 こっちと同じ言葉で話してくれてるんだよ」
「あ、そっか・・・どーりで話しやすいと思ったよ」

 


「ふふっ・・・」

 

 

優しい笑みがこぼれる。

異国の女性は綺麗な顔立ちをしていた。

「・・・ん?」

よく見れば、先日、会場内で見かけたスーツの女性に似ていた。

「会話が通じるっていいよね」

考え込んでいるおれを気にする様子もなく、さちは目の前にいる女性と話を続けた。

「絵のこと以外にも、苦労されていたようですね」
「そうそう。賢一しか喋る相手がいないから、たまに退屈になっちゃって・・・」
「そうですか・・・」

おれとさちを交互に見比べ、また微笑んでいた。

「この向日葵は、どこで描かれたものですか?」
「この近くに咲いている所があったから、そこでね。
時間があったら今度、一緒に行ってみない? 結構お気に入りの場所だよ、あたしにとっては」
「それはいいですね・・・この国にはたくさんの向日葵が咲いていますから」
「あれ? よく知ってるね? この国の人?」
「いいえ。 たまにこの展示会に訪れていましたから、観光ついでに向日葵のある場所を見て回っていただけです」
「うわー・・・あなた、もしかしてヒマ人?」


「こらっ、失礼だぞ」


女性に頭を下げた。


「すみません。 こいつ、もとから口が悪くて・・・」
「人を悪者みたいに言うなーっ!」
「だったら、まずはそのタメ口をやめるんだな」

 


「ふふっ・・・私は気にしていませんから、その調子で話されて結構ですよ」

 


なんて心の広い人なんだろう・・・さちにも見習って欲しい。


「失礼ですが、どちら様でしょうか?」


女性は笑顔を保ったまま、答えた。


「とある南方の国で、王室首席秘書官をしている者です」
「はあ・・・それは遠路はるばるご苦労さまです」


南方の国の王室。

裏情報を以ってしても何一つ知ることのできない、閉鎖された空間だ。

おれの持ちうる金と人脈を駆使したとしても、調べ上げることは到底無理だろう。


「こうやって同じ言葉で話せるのも何かの縁だしさ、友達になろうよ!」
「ぷっ・・・くくっ・・・ええ、いいですよ」


女性はおかしそうに笑っている。


「ん? どしたの? あたし、何かおかしなこと言った?」

 


「・・・・・・」

 


「いえいえ・・・気にしないで下さい」


とは言いつつも、まだお腹を押さえて笑っていた。


「ま、いっか・・・」


さちは不思議がりながらも、紹介を始めた。


「あたしは三ツ廣さち。 んで、こっちがパートナーの森田賢一」


おれは会釈した。


「私は、アンテリアム・ド・ムァヌーと申します」
「アンテイ・・・ア? 何だっけ?」


はは・・・アンテリアム・ド・ムァヌーか。

なるほどね。

 

「ミドルネームがつくということは、どこか高貴なお家柄なのですか?」
「いいえ。後づけでいただいたんです。
もともと戸籍もなく、奴隷のような身分でしたので・・・」


色々と大変だったんだろうな。


「それはそれは・・・お若いのに大変だったんでしょうねえ」
「そんなことはありません。
この日を待ち望んでいたからこそ、苦労などというものを感じることはありませんでしたから」

 

「む・・・何だかあたしを無視してるね、二人とも・・・賢一の知り合い?」

 


さちを無視して話を進める。


「この日をずっと・・・ですか?」
「ええ、もちろんです。
逆に、この日が来なければ、あなたたちに会うつもりはありませんでしたよ」


笑顔でキツイことを言ってくれる。

相変わらず手厳しいな、こういうところは。

 

「二人で盛り上がってるところ、申し訳ないんだけど・・・」


軽く咳払いをして、女性に近寄った。


「もう一度名前、教えてくれない? 最初の方じゃ長いから、後の方の名前でテキトーにいい?」
「ええ、いいですよ」


女性は、おかしくてしょうがないという様子で笑っていた。

そして再び、本名を告げる。


「ムァヌーです」
「ムァヌー、じゃ変だから・・・『まな』ってこと・・・で?」


ここに来てようやく気がついたようだ。

さちは目を大きく見開き、目の前の女性を見据える。

幼くも賢そうな顔立ち。

少し焼けた肌。

自分よりも歳が低そうな、妹みたいな存在。

さちの捜し求めていた人物像と重なる。


「・・・ま、な?」


ゆっくりと、確かめるように名前を呼んだ。

間髪入れずに、返事が返ってくる。


「そうだよ、お姉ちゃん! 気づくの遅いよお!」

甘えるような、親しみの持ちやすい口調。

「だって・・・こんな急に目の前に、出てきても・・・ああ・・・でも、まなが・・・」

昔と変わっていない、懐かしいまな。

「まなが・・・目の前に、いるんだよね? まな、なんだよねっ?」
「そうだよ、まなだよっ。 お姉ちゃんの妹のまなだよっ」
「ああ・・・あ・・・」

目を潤ませながら、しっかりとまなの顔を見つめる。

この瞬間のために、さちは絵を描き続けてきたのだ。

「お姉ちゃん気がつくの遅いんだもんねー。
だから、だからっ・・・早くお姉ちゃんって・・・呼びたかったんだよお!」

向日葵のような笑顔が、涙でくしゃくしゃになっていた。

 

「ずっと・・・ずっと待ってたんだよお!」
「ま・・・」

 

さちが腕を伸ばし・・・。



 

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「まなあああぁぁーーーーっ!!!」
「お姉ちゃああぁんっ!!!」

 

 

まなを抱きしめた。

まなも、さちを抱き返す。

「ああっ・・・まな、会いたかったっ・・・会いたかったよぅ、寂しかったよぉっ!」
「おねえ、ちゃん・・・うっ、ああっ、ああぁぁーーんっ!」


お互い、涙でくしゃくしゃになっていた。

さちは頭を撫でてやり、まなは必死にしがみつく。

血は繋がっていなくとも、本当の姉妹だった。


「ごめんねっ・・・あたしのせいで・・・こんなに遅くなって・・・」
「まなは、待ってたよお・・・お姉ちゃんを信じて待ってたよお!」


もう離すまいと、姉に必死にしがみついていた。


「もう、どこにも行かせないっ・・・まなは、あたしの妹なんだから!」
「まなも、お姉ちゃんについて行くよ!」

 

さちはこの五年間、持ち前の元気を絶やさずに、まなのことを想い続けていた。

絵の題材として向日葵に固執したのも、絵の中の向日葵に、まなを見ることができたからだろう。

まなと一緒にいたい・・・。

まなと一緒に笑い合いたい・・・。

まなと一緒に向日葵に囲まれて一日を過ごしたい・・・。

向日葵畑で別れた姉妹は、姉の描いた向日葵の下で再会を果たした。


「まなも、大きくなったよね・・・。
こんなに立派に育っちゃってさ、お姉ちゃん嬉しいよ」
「まなも、お姉ちゃんの絵が見れて嬉しいよ。
もっともっと、お姉ちゃんの絵が見てみたいよ」
「これから、たくさん見せてあげるからねっ」
「うん。待ってるよお!」

 

おれはしばらく、二人をそっとしておいた。

 

 

・・・・・・。


・・・。