*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

AIR【4】



7月21日(金)





目覚めると、眼前に猿の顔があった。


「おわっ・・・・・・と、おまえか」


ナマケモノのぬいぐるみだった。

夕べの晴子とのやり取りを思い出して、朝っぱらからブルーが入る。


「俺はこいつを買い取るために、金を稼がねばならないのか・・・」

 

・・・

「金を稼ぐ手・・・」


俺は思案しながら、小鉢に箸を伸ばす。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613183949p:plain

 

「困ったね」
「これまで芸だけで日銭を稼いできたから、それを封じられるとな・・・」


ぽりぽり。


「真っ当な仕事か・・・」


この町で日雇いの仕事が見つかるだろうか。

探すだけで、何日か経ってしまいそうだった。


「でも、やるしかないよな・・・」
「意地だね」
「俺だってツライんだぞ。
何が悲しくて、あんなぬいぐるみを買い取るために、頑張らないといけないんだ・・・」
「かわいいから、がんばれる」
「馬鹿。 気色の悪いことを言うな」
「往人さん、あれ、いらないの?」
「いるわけないだろ」
「わたし欲しいな」
「そうだな・・・。 買い取ったら、おまえにやるよ」
「ほんと?」
「ああ」
「やった。 じゃ、わたしも手伝うね。 どうしたらいいかなー」


・・・。

・・・・・・。


台所から、ずっと、うーんうーんと、うなり声が聞こえてくる。

洗い物をしながらも、ずっと考えているようだった。


「ふぅ・・・」


余っていた麦茶を飲みながら考える。


(とりあえず、商店街まで出てみるか・・・)


空になったコップをちゃぶ台に置く。

振り返ると、観鈴はまだ洗い物をしている。

支度が済むまでには、まだしばらく時間がかかりそうだった。

テレビをつけてみる。

時代劇をやっていた。

風まかせで旅する素浪人の話だった。


『俺に惚れちゃいけねぇぜ』


(かっこいい・・・)


しばらく見ていた。


・・・・・・。

 

「わ、もう、こんな時間」

家事を終えた観鈴が、時計を見て驚く。


「急いで用意してこよーっと」


部屋を出ていく。

俺も、バッグを手に取る。

そして、隣に鎮座するナマケモノ・・・

置いていったら、また晴子に扱いがぞんざいだと言われるだろうか。

それもバッグの中に押し込む。

が、入りきらない。 長い足が、飛び出ている。


「往人さん、まだ?」


廊下から観鈴の声がする。

何度か入れ直してみるが、どうしても、手か足が飛び出る。


「もう、いくよー」


結局そのままでバッグを肩にかける。

廊下に出ると、鞄を抱えた観鈴が待っていた。

 

・・・

・・・・・・


「うーん・・・」


唸りながら、玄関を出る。

 

「おはよう、観鈴ちゃん」


正面の家から人が出てきた。

それは昨日頭を下げさせられた主婦だった。

確か、河原崎、と言った。というか、表札にそう書いてある。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184122p:plain


「おはようございます、おばさん」
「何か、難しい顔、してるわね」
「ええ。 ちょっとねー・・・にはは」
「困ったことあったら言ってね。 お向かいさんだしね」


牛乳の件で悪い印象はあったが(というか、俺が悪いのだろうが)、こうして話を横で聞いていると、気さくでいいひとのようだ。


「あ、では、お言葉に甘えさせていただきまして・・・」


観鈴は、そのおばさんと向き合う。


「何か、日雇いで人手を探しているところ、知らないですか?」
「日雇いでアルバイト?」
「ええ」
観鈴ちゃんが?」
「ちがいます。 このひと」


ぴっ、と後ろに立っていた俺を指さす。


「あぁ、そのひと・・・」


ちょっと引いた。

そして、人の面を吟味するような目線を寄こした。


「力仕事、いける?」
「いけるよね」


力自慢なところを見せよう。

俺は逆立ちをする。

そして、その状態で腕立て伏せを行った。


バッバッバッバッ!


「ふっ・・・」


俺は立ち上がり、額の汗を拭う。


「かなり変わったひとね・・・」


・・・主婦は引いていた。


「根は優しくて、いいひとなんですよー。 にはは・・・」
「でも、体が大きいから、力はありそうね・・・」
「うん、力持ち」
「ならいいわ。 紹介してあげる」
「ほんとですか? よかった、往人さん」


「内容は」


俺は歩み出て、訊く。


「私の妹夫婦がね、商店街でリサイクルショップをやってるの。
でもリサイクル商品を集めていた夫が、腰を痛めてね、今、動けないのよ。
だから、代わりにそれを集めてあげて」
「集めるって、どこから」
「それは一軒一軒、家を訪問して、訊いてまわるのよ。 不用品がないか、どうか。 そのへんは人当たりよくね。 お店のイメージにも関わるから」
「わかった・・・」
「車、運転できる?」
「いや、できない」
「だったら、なおさら力仕事ね。
テレビとか、冷蔵庫とか出てきたら、リヤカーで運んでね」
「リヤカーって・・・マジか・・・」
「男なら、それぐらい頑張れる」


「そ。 往人さん、がんばれる」
「他人事だと思ってこいつは・・・」


「詳しいことは、妹のお店で訊いて。 この件は電話で伝えておくから」


その店の場所を訊く。

よくわからなかったが、商店街まで行けばどうにかなるだろう。


「どうも、助かりました」
「頑張ってね」


おばさんの目がこっちに向く。


「ああ・・・」


家の中へと戻っていった。


「良かったね」
「案外、あのひと、俺をいじめてるんじゃないか・・・」
「そんなことないって。 河原崎さんいいひと」
「普通は免許がないと知った時点で、断られると思うがな・・・」
「それだけ往人さんが力持ちに見えたってこと」
「ところで、おまえ、時間いいのか?」
「え? 今、何時?」
「俺の顔は時計じゃない」
「えっと、腕時計っと・・・」


ポケットから取り出す。


「わ、走らないとっ! ダッシュっ」


駆け出す。


どすんっ!


観鈴が派手に転けた。


「が、がお・・・」


ぽかっ!


「イタイ・・・どうして、イタイ目にあってるのに、さらに叩かれるかな・・・」
「怪我はなかったか」
「頭イタイ」
「そりゃ俺が殴ったからだ。 他には」
「はぁ・・・ちょっと、ひざ、擦りむいた。
どうしよう・・・時間ないし、ひざから血出てるし・・・。
観鈴ちん、だぶるぴんち。 うーん・・・」


少し悩んだ後・・・


「ばんそーこー、貼ってくる」


家の中に戻っていった。


「遅刻決定」

 


・・・。


・・・・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184407p:plain

 

「うーん・・・気持ちいい」


観鈴はいつものように堤防で伸びをしている。

堤防の上は、いつでも風が強く、涼しい。


「また、必殺技か」
「うん、必殺技」


必殺技とは、例の『あたかも一時間目からいた顔をして、二時間目から授業を受ける』作戦である。

それには、休み時間になるまで待たなければならないらしい。


「だから、バレバレだっての」
「ん?」


聞こえていないようだった。

風はそれぐらい強い。


「往人さん、これから一軒一軒家を訪問して、不用品を集めるんだよね」


観鈴が近くまで寄ってきて訊いた。


「ああ、そうなるだろうな」
「だったら、地図に書き足してあげる。 貸して」
「書き足すって、なにを」
「攻略方法。 どこにいけば、集めやすいか、とか。
それを読みながら歩いたら、わたしが隣にいるのと一緒。
午前中はわたし、手伝えないから、書くね」


すでに地図があの状態だ。

こいつがまともなことを書き足すとは思えないが・・・。

まぁ、実際この町に長く住んでいる人間からの情報だ。

俺が独断で動くよりかは、マシかもしれない。

書いてもらうことにする。

地図を手渡すと、観鈴は堤防の端に座り込み、鞄からペンを取り出して、その作業にとりかかる。


結構丹念に書いているようだ。


しばらく時間がかかった。


・・・


「はい」
「サンキュ」


バージョンアップした地図を受け取る。

と同時に、チャイムが鳴った。

 

「じゃ、いってくるね」
「ああ」
「がんばってね。 ばいばいー」


堤防から飛び降りて、駆けていった。


「さて・・・」


俺もいこう。

 

 

・・・

・・・・・・



f:id:Sleni-Rale:20190613184430p:plain

 

・・・
店は商店街の奥まった場所で見つかった。

佐久間リサイクルショップ、と名を言う。

店内に入り呼びかけると、愛想のいい女性が出てきた。


「手伝ってもらえるって方ですよね?」
「ああ」
「ごめんなさいね、こんな暑い中」
「ざけんなよってカンジだな」
「でもほんと、若いのね。 頼りになりそう」
「ギャラはずめよな」
「うふふ、面白い子」


笑顔で、てきぱきと用意を始める。

 



・・・

「じゃ、頑張ってね」
「適当にな」


店先で別れる。

俺の背後にはリヤカーがある。

それをカラカラと引きながら、歩き始めた。


・・・


「アジィ・・・」


すぐにも汗が吹き出し始める。


「さて、と・・・」


俺はポケットに突っ込んであった地図を開く。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184448p:plain

 


「・・・・・・」


武田商店の辺りに何か書き足してある。


『富岡さんのいえ。 おっきな犬がいるの。 いっしょにあそびたいな』


隣には笑った観鈴(だと思われる)の顔と、同じく笑った犬(だと思われる)が落書きされていた。


・・・・・・。


首をねじる。 こきっと音がした。


俺は再び、地図に目を落とす。


・・・それだけしか書いてなかった。


(どーしろってんだよ、これで・・・)


まさしく、観鈴が隣にいるようである。


「まったく使えねぇ・・・。 いや、待てよ・・・」


俺は似顔絵の観鈴がVサインをしているのに気づいた。


(犬と仲良くなって、VICTORY・・・)


富岡婦人は愛好家であるから、その飼い犬と仲良くなって、婦人からの高感度を上げよ。

そうすれば、高価な電化製品を山ほど売りに出してくれるだろう。

・・・という意味なのかもしれない。

なるほど。


きっとそうに違いない。


「勝利をこの手に・・・」


俺は指示通りにその家を探して歩く。

 



・・・


・・・・・・

 

カラカラ・・・


しかし・・・


・・・カラカラ・・・

 

(なにをやってんだろうな、俺は・・・)


リヤカーを引いている音を聞いていると、ブルーになってくる。

 


・・・


・・・・・・

 

からから・・・


・・・からから・・・


陽射しに射抜かれながら、リヤカーを引き続ける。

車輪の音が、実にわびしい。

辺りを見渡すと、いつの間にか海辺とは呼べないような場所になっていた。


「まだ着かないのかよ・・・」


額から流れ落ちる汗を拭う。

どう考えても、爽やかな汗と呼べる代物じゃない。

ただ不快なだけだ。



ぐぅ〜



腹の虫が鳴る。


からから・・・


車輪の音が、ハーモニーを奏でる。


(最悪だ・・・)


肉体的なことよりも、俺の精神がこの状況にどこまで耐えられるのだろうか・・・。

 



・・・


・・・・・・

 

 


「ふぅ・・・」


いったんリヤカーを止めて、一息入れる。

そこは、閑静な駅前。

まるで時間が止まったように、その景色はそこにあった。

風が周囲に生えている木の枝を揺らし、涼しげな音を奏でている。

どこか落ち着いた佇まい。


「駅前のわりには人が全然いな―――・・・」


「・・・んにゅにゅ」



「・・・・・・なくはないか」

 

陽炎の向こうに目を凝らす。

すると、そこには・・・。


「ふぅ~~~・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184539p:plain


ぱちんっ。

 

「わぷっ。 ・・・んにゅぅ~」


破裂したシャボン玉の水滴を顔面に浴びて、半べそをかく少女が一人。


ごしごし・・・


少女は服の裾で顔を拭い、再びふくらましにかかる。


「ふぅ~~~・・・」


ぱちんっ。


「わぷぷっ」


またもや顔面水滴まみれ。


「んにゅぅ~」


ごしごし・・・


「ふぅ~~~・・・」


ぱちんっ。


「わぷぷぷっ。 んにゅぅ~」


ごしごし・・・


「ふぅ~~~・・・」


ぱちんっ。

 



「・・・・・・不憫だ・・・」


同じ失敗を繰り返すこと数回。

それは、見ているだけで胸がせつなくなる光景だった。


(あのガキ、擦りすぎて顔面がテカテカじゃないか)


やはり、ここは見て見ぬ振りをするのが正しい大人の選択だと思う。

俺は少女の健闘をたたえつつ、仕事に復帰することにした。



カラ・・・。


車輪が鳴る。

 

 

「んに?」


速攻で見つかる。


(・・・しまった)


「むぅ?」


顔面をテカらしたままの少女が、異星人でも見るかのような眼差しで、俺を睨みつけていた。


「・・・・・・」
「むぅぅ?」


セミの声が響く中。

俺と少女は、しばらくの間対峙したまま動かなかった。


・・・この間は辛い。


べつに、先に動いた方が殺られるというわけじゃないのだから、我慢する必要はなかった。


「よお、えらく熱心だな」


見つかってしまった以上、無視するのもなんなので、軽やかに声をかけてみる。


「なんだこいつ・・・。
うしろにヘンなものがついてるぞ・・・きもちわるい・・・」


(・・・・・・。 俺のことだろうか・・・)


ショックのあまり、思わず遠い目をしてしまう。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184638p:plain



「むぅぅ・・・」
「・・・・・・」


さらに睨まれている。


「にょわっ! そうかっ!」
「なんだよ」
「うぅ・・・どうしよう・・・ゆうかいまに、声かけられちゃった・・・」
「誰が誘拐魔だっ」
「にょわっ! や、やばい・・・こうふんしてる・・・。
乙女のぴーんち・・・」


らしい。


「はぁ・・・」


ぽりぽりと頭を掻く。


「あのなぁ・・・妙な勘違いをするなよ」


埒があきそうにないので、今度は穏やかに諭してみた。


「うぅ・・・どうしよぉ・・・さらわれちゃうよぉ・・・」
「聞いちゃいねぇ」
「きっと、あのヘンなのりものにのせられちゃうんだ・・・。
そんでもって、かわいい子牛たちといっしょに、市場までつれていかれちゃうんだ・・・。
うぅ・・・きっと、みんなかなしそうな瞳なんだ・・・」


少女の想像力が、どんどんふくらんでいっているのが手に取るようにわかる。


「んにゅ。 だめだ・・・気合いでまけたらつれていかれる。
ここはいっぱつ・・・。 うぅ~~~」


一念発起。


少女はさらに気合いを込めて俺を睨みはじめた。


「・・・・・・」
「ううぅぅ~~~」
「・・・・・・」
「うううぅぅぅ~~~」
「・・・・・・は・・・馬鹿らしい・・・」


俺はやれやれと首を振りながら、少女から視線をそらした。


「んにょっ! いまだっ!」
「えっ・・・」


がすっ!


「ぐはっ」


みぞおちに、嘘みたいな痛みが生じた。


口内に、酸っぱいものがこみあげてきた。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184658p:plain



「やったーーーっ! みちるのかちーーーっ!」


ぱたぱたぱたーーー。


少女が駆け出す。


陽炎のむこう。 陽射しに焼かれた夏の世界に向かって。


「イツツ・・・なにが起こったんだ、いったい・・・」


俺はみぞおちの上を押さえながら、突然の事態を把握できないでいた。


「・・・・・・えーっと・・・」


事態の把握に全力を注ぐ。


「・・・・・・俺は・・・俺は、いったいなにをしているのだろう・・・」


把握したところで、虚しくなるだけだった。


「は・・・」


ため息が出た。


「しょうがない・・・」


リヤカーを引く手に力を込める。


気を取り直して、再び観鈴マップを片手に、歩き始める。

 


・・・


・・・・・・

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184715p:plain



「ここか・・・」


表札に『富岡』とある。


(犬と仲良くなって、VICTORY、と・・・)


「いくか・・・」


俺は門をくぐり、飼い犬を探した。

それはすぐにも見つかる。

玄関の隣に鎮座していた。


・・・馬鹿でかい。


人間が丸くなっているようである。

俺は歩み寄って、手を伸ばしてみる。

犬の目がこっちへ向く。


がちんっ!


・・・手を引いてなければ、噛まれていた。


「うー・・・」


しばし、睨み合う。

先に動いたのは犬のほうだ。

口を開けて、俺の懐に飛び込んでくる。

俺はそれをかわし、相手の体を抱き込み、地面に倒れ込む。


「わんっ! わんわんわんわんわんっ!」
「こら、うるさい。 ふたりは仲良しなんだから、暴れるなっ」


大型犬だったから、力は強い。

お互い相手を組み敷こうとする。

俺たちはごろごろと転がり、そのたびに形勢は逆転する。

やがて体力の差が出て、犬は大人しくなる。


「ふぅ・・・勝った」


――「あなた、何してるのっ!?」


庭のほうからひとが覗いていた。

それはここの婦人のようだった。


「えっと・・・佐久間リサイクルショップの者だが・・・」
「そのあなたが、犬をどうしようと言うのっ」
「違うっ・・・これは、じゃれいるんだ」
「こっちにおいで、ジョニー」


俺が手を放すと、犬はよたよたとおぼつかない足取りで婦人の元に歩いてゆく。 が・・・


ぼてっ。


辿り着けなかった。


「ジョニーッ!」


「えっと・・・なにか不用品があれば、引き取りたいんだが」
「・・・・・・」


ギロリと婦人の目が俺に向く。


「今すぐ出てゆきなさい。 でないと、警察呼びますよ・・・」
「わ、わかった・・・落ち着け。 出てゆくからな」


俺は後ろ向きに歩き出す。

婦人の目はマジだった。


「佐久間リサイクルショップを今後ともごひいきに・・・」
「するわけないでしょっ!」


最後の言葉は余分だったようだ。

 

 


・・・


・・・・・・


「たく・・・散々な目に遭ったぞ・・・」


あれだけ頑張ったのに、戦利品のひとつもない。

いまだリヤカーの荷台は空っぽだった。


「いやっほう! こりゃラクチン!」


いや、ガキが乗っていた。


「こら、降りろっ」
「わーいっ」


飛び降りて、どこかに走り去っていった。


「えーと、次の家はと・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184734p:plain



路地の辺りに何か書き足してある。


――『にけんめは、川内さんのいえ。 なぜならいいことがあるから』

 

・・・


・・・・・・



f:id:Sleni-Rale:20190613184751p:plain

 

「よぅ、きたな。 お兄ちゃん。 ほら、お菓子あげよ」

 

――『ぜったいおカシをくれるんだよ~。 とってもおいしいの! 往人さん、やったね!』


ポリポリ・・・確かにおいしい。


「やったね! じゃねえよっ・・・。
な、婆さん、お菓子じゃなくて、不要物とかはないか。 電化製品とか・・・」
「ないのぅ。
それよか、もっとお菓子お食べ。 お兄ちゃん、体大きいで、よぅ入るやろ」
「あのな、婆さん。 体が大きいとな、逆にこういったものは入る場所がなくなるんだ」
「そうなんかいな」
「ああ。 用がなくなったんで、帰るな」
「また、いつでもくればええ」

・・・

 

 


・・・


・・・・・・

 

「もういいっ!」


俺は地図をバッグの中に詰め込む。

結局この落書きは、観鈴の遊びルートを示したものだったのだ。

あいつを信じた俺が馬鹿だった。

これだったら、自分が思うように行動していたほうが、まだマシだったかもしれない。

陽も真上に差し掛かろうとしている。

午前中の努力がすべて無駄だったというのが、精神的にも堪える。


「休もう・・・」


堤防の上で横になる。

今、家に戻れば観鈴が昼飯を作ってくれるだろう。

だが、こんな状態で帰れるわけがない。

あいつの協力を真に受けて、いまだ収穫0。

馬鹿らしくて、顔なんて合わせられない。

しかしお昼だ。 腹が減った・・・。

もらったお菓子があるが、空腹でも、食う気はしなかった。

白いご飯が食べたかった。


・・・やはり俺には大道芸が合っている。

ずっとこれで稼いできたんだ。

誇りがある。

俺はナマケモノのぬいぐるみを取り出してみる。

そして、それを地面に置き、念を込める。


のっし・・・!


立った。

歩かせてみる。


のっしのっしのっしのっしっ・・・!


「こえぇ・・・」


自分でもびびるほどだった。


・・・

「あ、ナマケモノさん」

 

遠くで声がした。

見ると、小さな女の子がこっちを見ていた。

そして走ってくる。

わしっ! と勢いよく、ナマケモノに抱きついた。


「すごくかわいい」


まるで小型版の観鈴である。

俺は辺りを見回す。

親と思わしき人物はいなかった。

いれば、チップをせしめられたというのに。


(案外、ナマケモノで芸をするというのはイケてるのかもな・・・)


「・・・・・・」
「かわいい」


女の子は目の前で、ナマケモノを抱きしめ続けていた。


(迷子なんじゃないか、こいつ・・・)


「なぁ、おまえ。 親はどうした」


俺は聞いてみる。


「かわいい」


聞いちゃいない。

とことん観鈴に似ている。

俺はナマケモノを動かして、女の子の頭を撫でてみる。

女の子はきゃっきゃと笑って、喜ぶ。

試しに足で撫でてみる。

きゃっきゃと喜ぶ。

同じことだった。


「さて、どうしたものか・・・」


若い男と、小さな女の子。

この光景はあまり世間体のいいものではない。

できればこれ以上、関わりたくないものだった。

俺はナマケモノを取り上げる。

ぷら~ん、と女の子がそれにぶら下がったままでいる。


「離せ。 これはお兄ちゃんのものなんだぞ」
「だいてたい。 かわいいから」
「不気味だろっ。 取って食われるぞ」


俺は人形を引っ張って、引き離しにかかる。


「うらーっ!」


ぎゅ~~っ!

だがナマケモノの体が伸びるだけだった。

しかも、伸びた部分は戻らない。

手足が、さらに長くなってしまった気がする・・・。


「くそ・・・」


あきらめる。

俺は仕方なく、女の子をその場に残して親を探すことにした。


「世話のかかる奴だ・・・ったく」

 

・・・後ろを振り返る。

ナマケモノを抱いて、じっとこっちを見ている。


・・・・・・。


彼女の後ろには堤防。

それを乗り越えようものなら、浜までは大人の背の高さほどの落差が待っている。

反対は車道だった。

 

・・・


・・・・・・


「本当、世話のかかる奴だ・・・」


結局、女の子を連れてゆくことにした。

残しておくにはあまりに幼すぎて、気が引けたのだ。


「かわいい」


女の子は俺の背にいる。

そこで、さらにナマケモノを抱いている。

親がいないと言うのに、呑気なもんだった。

 


・・・


・・・・・・


俺は道行くひとに聞いてまわった。

だが、手がかりは一向に見つからない。

警察に頼るしかないだろうか。

それは、できるなら避けたかった。

俺自身が、身元怪しい人間なのである。

やっかいなことになるのはごめんだった。

しかし、女の子が泣き出してしまうとその意志も揺らぐ。

 


・・・


・・・・・・


「馬鹿、泣くな。 男の子だろ。 って、女の子か・・・」


どうして泣いているかが、見当つかない。


「どうした。 人生に挫折したか。
そりゃまあ、いろいろとあるもんだ。
おまえ、まだ若いじゃないか」

 

・・・。


まったく見当違いの慰めかたをしている気がする。

女の子は一向に泣きやまない。


「ぐあーっ! どうしろってんだよっ」


俺は頭を抱える。

あいつなら・・・

もし、あいつがここにいたなら、どうするだろうか。

俺は観鈴の攻略マップを取り出す。

 

――『おっきな犬がいるの。 いっしょにあそびたいな』

 

あいつなら、そう言い出すだろう・・・。

なら、その通り、行ってやればいい。

 


・・・


・・・・・・


女の子は、あの馬鹿でかい犬と遊んだ。

犬のほうも、自分より弱い生き物だと気づくと、母性本能を発揮して女の子に優しく接した。

俺のときとは大違いだった。

女の子も、終始笑顔だった。

さすがに、俺の動かすナマケモノと違って、本物の生き物相手だと、いきいきしている。


「つかれた・・・」
「そっか、疲れたか。
よし、なら腹ごしらえにいくか」

 


・・・


・・・・・・


その後、川内のお婆さんの家で、お菓子をもらった。


「おいしい」

 

「あんたの子かえ」
「馬鹿。 俺がいくつに見える」
「わしゃ目、悪いけぇのぅ」
「そうか。 なら教えてやろう。 こいつは俺の子じゃない。 迷子なんだ。 親を知らないか」
「だから、目が悪いけぇのぅ。 よぅ顔も見えんわ」
「そうか。 じゃ、世話んなった。 またくる」


俺は女の子の手を引っ張る。


「もっとたべたい。 おいしいから」

 

「・・・・・・悪いが、包んでやってくれないか」
「ああ。 たぁんと、持って帰り」
「悪いな。 世話になった」
「いつでもきなさい。 今度は奥さんもつれてのぅ」


・・・。

 

 


・・・


・・・・・・


そして、堤防の上で風に当たりながら休む。

女の子はお菓子を食べながら、ナマケモノとじゃれている。


「かわいくて、おいしい」


子供というのはどうしてこう、直情的なのだろう。

言うことも簡潔極まりない。


「可愛いのか、おいしいのか、どっちかにしろ」


お菓子とナマケモノを見比べる。

今度は食べてから、ナマケモノを抱いた。


「おいしくて、かわいい」


逆になっただけだった。


「で、次はどうすればいいんだよ・・・」


俺は観鈴の地図を取り出す。

下手くそな絵に、さっと影が落ちた。


「もう、それ見なくていいよ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184821p:plain

 

顔を上げると、観鈴が目の前に立っていた。


「大変だったぞ・・・」


この時ばかりは、俺は、観鈴の登場をありがたく思った。


「かわいい」


そう言って、女の子をあやした。


「ずっと、この子と遊んでた?」
「馬鹿。 こっちはそいつのせいで、どれだけ苦労したか。
迷子なんだぞ、そいつは」
「迷子? 名前は?」
「さあな。 本人に聞いてくれ」


「うん。 お名前は?」
「6さい」


「すげぇ名前だな」


「往人さんは黙ってて」

 

怒られた。


「お名前は? お歳の前に言うものでしょ?」
「さいか、6さい」
「さいかちゃん?」
「うん、さいか」
「名字は? 上の名前はわからない?」
「しの」
「しのさいか。 合ってる?」
「うん」


「だって」


観鈴がこっちを振り向く。


「で、警察か?」
「地図、見て」
「地図?」


俺は汗でふにゃふにゃになったそれを取り出して、開く。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184837p:plain


橋の近くに書き足された文字を読む。


『志野さんのいえ。 小さな女の子がかわいいの。 いっしょにあそびたいな』


俺はぱたん、と閉じる。


「ああ、好きなだけ遊んでくれ」
「でも、お母さん心配してるし、帰らないとね。
いこ、さいかちゃん


俺は堤防の上であぐらをかいて、ふたりを見送る。


「往人さん、なにしてるの」
「なにって、見送り」
「一緒にいくの」
「どうして」
「往人さんは、なんの途中だったのかなー」
「ああ、そうか」


俺は正午から置き去りにしていたリヤカーの存在を思い出す。

海からの風に背を押されるようにして、コンクリートの地面に降り立った。

 


・・・


・・・・・・

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184852p:plain

 

「最初からおまえがいれば良かったんだな」


引くリヤカーの荷台にはタンスと食器棚。

古いものだが、傷ひとつなく、丁寧な扱いを受けてきたものだった。

後いくつか、こまごまとした物もダンボール二箱分ある。


「わたしはこの町の案内しただけ。 がんばったのは、往人さん」
「俺はうろたえてただけだぞ」
「じゃ、ふたりでがんばった」


がらがらがら・・・


重みが増して、車輪は軋みをあげている。

その音を聞きながら、女の子を家に帰してから、母親と長く立ち話をしていた観鈴の姿を思い出す。


「別れ際、何を話してたんだ、おまえ」
「お礼言われた」
「そらそうだろうけど・・・長かったな」
「うん。そうだね」
「一緒に遊ぶ計画でも立ててたんじゃないのか」
「あ、それしておけばよかったな」
「そら大丈夫だ。 いついっても、歓迎してくれる。 あの分じゃ」
「そうだね」

 

からからから・・・

 

・・・


・・・・・・

俺たちは、商店街に戻り、その日の報酬を受け取った。

 

その帰り道。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184909p:plain

 

「あ・・・」


隣を歩く観鈴が小さな声を上げた。


「どうした」
「シャボン玉」


呟く観鈴の視線の先を見た。

赤から藍へと色を変え始めた空の下。

どこからともなく、小さなシャボン玉が漂ってきた。


「かわいい、にははっ」


観鈴はうれしそうに、漂ってきたシャボン玉に指先をのばす。


ふわ・・・。


「あれ?」


観鈴が伸ばした指先を擦り抜け、シャボン玉が漂っていく。

その行き先から、楽しげな声が・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184932p:plain

 

昼間に立ち寄った駅だ。

そう言えば晴子が『電車は無理や』とか言っていたような気がしないでもない。

あの時はカウボーイに酔っていたからな・・・。

よく覚えていないが、なにか無理な理由でもあるんだろうか。

別に普通の駅だ。

綺麗だし、特に寂れた様子もない。


・・・・・・。


(・・・なにが無理なんだ・・・?)


「あ・・・」


観鈴が何かに気づいて声を上げる。

俺もつられてそっちを見た。

 

 


「やったーっ、またせいこーっ」


「・・・・・・」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190613184959p:plain



・・・少女がいた。


「もういっこ飛ばすよーっ」
「・・・うん」


それは、とても幻想的な光景だった。

知らぬ間に、夢幻の森に迷い込んでしまったかのような・・・。

そんな錯覚を覚える光景だった。


「あ・・・遠野さんだ」


観鈴が、少女の名を呼ぶ。


「・・・なんだ。 知り合いか」
「うん。 遠野美凪さん。 わたしのクラスメイ・・・ト・・・わっ」


少女が俺たちの存在に気づく。


「・・・・・・」


物言わず、俺たちをじっと見つめる。


「わっ、わっ、わっ」


(なに慌ててんだ、こいつ)


観鈴は、口をぱくぱくさせて、クラスメイトに声をかけようとしている。


「・・・・・・」


そのクラスメイトは、俺たちを見つめたまま、表情さえ変えようとしない。


そして・・・。


ふと、少女を取り巻く空気が、現実の色を取り戻した。

いつの間にか、景色は夕暮れから夜へと移り変わっていた。

 

すたすたすた・・・


少女が、俺たちの前に歩み寄ってくる。


「こ、こんにちは、遠野さんっ」


観鈴は、慌ててクラスメイトに挨拶をした。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185015p:plain

「・・・・・・」


返答はなく、ただじっと見つめられるだけ。


「あの・・・」


どうやら、観鈴はクラスメイトの反応に困っているようだ。

ここは、助け舟を出してやるべきだろうか。


「・・・・・・・・・奇遇ですね」

少女がようやく口を開く。


「は、はいっ、すっごい偶然っ。 びっくり」


大げさに驚いてみせる観鈴


「・・・・・・」


反応しない少女。


「あの・・・」


困った観鈴


「・・・・・・」


傍観する俺。


「・・・・・・・・・・・・こんばんは」


ぽつりと呟く。


「えっ・・・」
「・・・・・・」
「・・・違う?」
「えっ? えっ、えっ?」
「・・・じゃあ・・・えっと・・・」


唐突に物思いに耽る。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


少女を見つめながら、俺と観鈴はなにかを待つ。

もちろん、なにを待てばいいのかは知らない。


「・・・・・・・・・あ」


これか?

俺たちが待ちわびた、少女の言葉は・・・。


「・・・おはこんばんちは」


・・・かなりの死語だった。


「お、おはこんばんちは・・・」


観鈴は、クラスメイトに度肝を抜かれながらも、何とか反応してみせる。


「・・・・・・・・・正解?」
「えっ」
「・・・はずれ?」
「えっ、えっと、正解かな。 どっちかといえば」
「そうですか・・・・・・」

 

・・・一応、喜んでいるようだ。


「おい。なんなんだ、こいつは・・・」


観鈴を引き寄せ、耳打ちをする。


「クラスメイト」
「それは知ってる」
遠野美凪さん」
「それも、さっき聞いた」
「綺麗だよね」
「ああ。 そうかもしれないな」
「成績も、学年でトップ」
「そらすごいな」
「だよね。 わたしとは、大違い。 にはは」
「おまえも、ちゃんと勉強しろよ」
「うーん・・・勉強むずかしい」
「ま、諦めずに頑張るこったな」
「がんばってるつもりなんだけどな・・・」
「もっとシャープに頑張ってみろ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185034p:plain

 

「うん、がんばってみる」
「ああ。そうしろ。 って、話がずれてるっ」


しかも、シャープに頑張るってどういう意味だ。


「・・・放ったらかしですね・・・私・・・」


「あ・・・」
「あ・・・」

 

「・・・・・・・・・なにか御用ですか? 神尾さん」
「え・・・えーっと、特に用ってわけじゃないですけど・・・」
「そう・・・?」
「うん・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

再び沈黙・・・。


会話が続かないらしい。

観鈴は、いちおう笑顔を保ってはいるが、額に冷や汗をかいている。

どうやら、それほど親しい間柄ではないようだ。


とはいえ・・・。


「クラスメイト同士だったら、もっと楽しく会話したらどうだ」


とりあえず、この場は助けてやる。


「えっ、う、うん」


観鈴ちんファイトである。


「あの、遠野さん・・・」


観鈴の声には、妙に力が入っている。


「ほ、本日も実に良いお日柄で」

「・・・おい」


わけのわからない切り出しだった。


「・・・・・・・・・はい・・・良いお日柄ですね」


でも、会話成立。

昨今の女学生の会話は実に奥が深い。

 

「なにしてたんですか、こんなところで」


自信をつけた観鈴が、にこやかに会話を振る。


「・・・・・・・・・日光浴」
「えっ」
「・・・・・・・・・なんちゃって・・・今は夜」
「・・・・・・」


「・・・・・・」


一瞬、時間が止まったような気がした。

 

「うぉーーーいっ、美凪ぃーーーっ」


「・・・ん?」

 

ぱたぱたぱた・・・


近づいてくる足音。


ぱたぱたぱた・・・


・・・ぱたぱたぱたぱた・・・


ぱたぱたぱたぱたぱたぱた

 

どがっ!


「ぐはっ」


「わっ、往人さんが木の葉のように」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185051p:plain


「なにしてんの、美凪。 シャボン玉は?」
「・・・うん」
「いまね、いまね、絶好調だよっ。 はやくつづきしよ」
「・・・うん・・・でも」


ちらりと俺を見る。


「へへへー、はやくはやく」


少女は、甘えるように遠野美凪の腕にすがりつく。


「うぐぐぐぐ・・・」


「往人さん、いたそう・・・」


・・・痛いんだよ。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185105p:plain

 

「その女の子、妹さんですかっ」


観鈴が、二人の空気に割って入る。


「んに? ちがうよ、みちるは美凪の親友だよ。
お姉ちゃんは、だれかな?」
「わたし? わたしは、遠野さんのクラスメイト」
「んに? クラスメイト?」
「うん」
「そっか。 んじゃあ、勤勉の友だねっ」
「き、きん・・・?」


いきなりの難解な日本語に、戸惑う観鈴


「にははっ」


笑ってごまかしている・・・。


「んに?」


少女が俺の存在に気づいた。


「むぅ?」
「・・・・・・・・なんだよ」
「むむぅ?」


悩んでいるようだ。


「むむむぅぅ?」


さらに悩んでいるようだ。


・・・・・・・・・。


・・・・・・。


・・・。


そして、少女の結論。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185119p:plain

 

「にょわっ! またまたヘンタイゆうかいまだっ!」
「まだ言うかっ」


しかも、語頭に失敬な言葉がつけたされていた。


「ねえねえ美凪っ、ゆうかいまだよっ、ヘンタイだよっ!」
「言いふらすなっ」


「・・・・・・・・・ヘンタイ・・・」
「しみじみと言うなっ」


しかも、ため息混じりに・・・。


「・・・ここにきた目的は?」
「って、人の話を聞けっ」
「・・・?」


・・・なぜ、首を傾げる。


「えっと、それはですねー」
観鈴、おまえまでボケるのかっ」


「・・・?」
「?」


仲良く首を傾げるクラスメイトたち。


「んにゅ~、そんなこと、きいたらダメだよふたりともぉ」
「・・・どうして?」
「だって、言えるはずないよねー」


「なにをだ」


「んに? なにって、あたらしいえものをさがしてるんだよね、ゆうかいまは」
「・・・・・・」
「でも、ざんねんだったね。

ここには、みちるたち以外はいませんっ。にゃはは」
「・・・・・・」


すたすたすた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185133p:plain

 

ぽかっ。


「んにゅごっ」


「わっ、すごい音した」


「にゅぅぅ~~~・・・」
「あんまり好き勝手言ってると、終いには怒るぞ」
「うぅ・・・もう怒ってるよぉ・・・」



「・・・あの・・・」
「ん? なんだよ」
「・・・えっと・・・・・・仲良し?」
「なんでやねんっ!」



びしっ、と裏拳をかました。


「・・・あ・・・切れ味抜群」


感心された。


(・・・・・・・・・なんでやねん)


ちょっと嬉しかったりもする。


「・・・ところで」
「うん?」
「・・・同じ質問です。
・・・どうして・・・ここを犯行現場に選ばれたのですか?」
「質問が変わってるじゃないかっ」
「・・・・・・・・・やっぱりそうでしたか」
「・・・・・・はぁ・・・」


そろそろ帰りたくなってきた。


「そうですよ、遠野さん」


横から、観鈴が加勢にきてくれる。

ありがたい。

あの観鈴が頼もしく見えるじゃないか。


「往人さんは、ヘンタイじゃないです」


(しまった! そっちの弁明か!)


「・・・・・・・・・では誘拐魔?」


・・・違う。


「残念ながら、それも違います」


残念って言うな。


「・・・そうですよね・・・悪い人かどうかは・・・見たらわかります」
「うん。 悪い人には見えませんよね。 目つき、悪いけど。 にはは」


「・・・・・・」


「わっ、今、無視された」


してやった。


「・・・どなた?」


観鈴に話しかける。


「あっ、えーっとですね、このひとは国崎往人さんっていいます」


ぐいっ。


言いながら、観鈴は俺の腕を引っ張り、少女の前に据える。


「・・・国崎・・・往人さん?」
「ああ。 マイネーム・イズ・国崎往人だ」


少女の奇天烈ぶりに対抗するため、意味不明にインテリぶってみる。


「・・・・・・・・・外国の方?」
「いや、バリバリ日本人だぞ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・なるほど」
「う・・・」


何かを納得されてしまった。


「・・・恋人同士?」
「えっ、わっ、ちがうちがう」


俺の後ろで、観鈴が手をぱたぱたと振る。


「その通りだ」
「わっ・・・そうだったんだ・・・」
「冗談に決っているだろ」
「にははっ、そうだよね。
往人さんは旅人さんで、今はうちに泊まってくれてるんです」


「・・・・・・・・・ひも?」


「失礼なことを言うな。 旅人だと言っているだろう」


と言ったものの、してることはそう大差ないのかもしれない。


「・・・・・・・・・旅人さん」
「まあな」


「にょわ~」
「・・・なんだよ」
「ヘンタイゆうかいまで、宿無しなら、救いようがないねぇ」
「・・・・・・」
「ま、たのまれたって救わないけど。 にゃはは」
「・・・・・・」


すたすたすた。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185153p:plain

 

ぽかっ。


「んにょへっ」


「わっ、またすごい音」



「おまえに救われたくないわっ」
「うぅぅ・・・」



「・・・・・・・・・名コンビ?」
「違う」
「そう・・・」
「・・・・・・はぁ・・・」


ぽりぽりと頭を掻く。

いい加減、頭がどうにかなりそうだった。


「・・・あ」
「なんだよ。 まだ、なにかあるのか?」
「・・・・・・・・・忘れてました」
「うん?」


ずいっ、と俺の方に半歩にじり寄る。


「・・・なんだよ」


思わずたじろいでしまう。


「・・・えっと・・・私は・・・み・・・・・・いえ・・・遠野と申します。
・・・以後お見知り置きを」


ぺこりと頭を垂れる。


(なんだ、自己紹介か・・・)


「・・・・・・」
「遠野・・・美凪でいいのか?」
「・・・・・・・・・エスパー?」
「・・・違う。 さっき、こいつに聞いただけだ」


観鈴を指さす。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185207p:plain

 

「・・・残念」


なぜに?


「・・・・・・・・・でも・・・なるべく遠野と、お呼びください」
「名前で呼ばれるのは嫌いか?」


ぷるぷるぷる。

首を何度も横に振る。


「・・・・・・」
「?」


不意に、遠野が寂しげな表情を見せる。

 


「みちるは、みちるっていうんだぞ。
しかも、美凪の親友だっ! えっへん!」


突然、横からガキがしゃしゃり出てくる。

と言うか・・・。


「・・・まだいたのか、おまえ」


がすっ!


「ぐはっ」


みぞおちに、鋭角な蹴りが食い込んだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185239p:plain

 

「いたらわるいか、コンチクショーーーっ」
「ぐぐぐ・・・」


無様にうずくまる俺。


「・・・・・・」


そんな俺を見つめる遠野美凪



「・・・やっぱり仲良し?」
「ち・・・ちがう・・・」



「あったりまえだーーーっ」



ずびっ!ずびっ!


「おうっ、おうっ」


うずくまる俺の後頭部に、みちるチョップが連続で決まる。


「ナイスチョップ。 にはは」
「称えるなっ」


「・・・・・・」
「ん? どうかしたのか」


遠野美凪が、俺の顔をじっと見つめている。


「・・・・・・」


ぷるぷると首を横に振る。


「?」


「むぅ・・・」


・・・みちるに睨まれている。


美凪ぃ、そろそろシャボン玉飛ばそうよぉ」


遠野のスカートを引っ張る。


「・・・うん」


「そうだっ。 かみかみも一緒にしようよっ」
「かみかみ・・・」


観鈴のことらしい。


「で、あんたは、さっさと帰れ」
「・・・言うと思ったぞ、このやろう」


このガキは、俺になんの恨みがあるのだろうか。


「・・・・・・」
「ん?」


遠野が、俺の顔をじっと見つめている。


「どうした」
「・・・・・・」


ぷるぷるぷる。


(なんなんだ、さっきから)


「・・・みちる」
「んに?」
「・・・今日はもう遅いから・・・また明日にしよう」
「え~~~、せっかくうまくシャボン玉飛ばせてたのにぃ」


(うまく? たしか、一個きりだったような気がするが・・・)


思ってはみたものの、口には出さないでおいた。


「・・・お弁当・・・つくってくるから」
「うぅ~~~、んじゃあ、『はんばぁぐ』つくってきてくれる?」
「・・・うん」


こくりとうなずく。


「ほんとっ!」
「・・・うん」
「やったーーー!」


みちるが、心底うれしそうに小躍りをする。


「・・・そういうわけで・・・神尾さん。 ・・・私たち・・・そろそろ」
「あ、はい。
じゃあ、わたしたちもそろそろ・・・ね、往人さん」


「そうだな」


腹も減ってきたし・・・。


「・・・じゃあ・・・良い夏休みを」
「は、はい」


「・・・国崎さんも・・・お体に気をつけて」
「ああ」

 



「・・・・・・」


なんか、ガキに睨まれてるぞ、俺。


「ばいばい、かみやん。 気をつけて帰ってね」
「かみやん・・・」


観鈴のことらしい。

で、俺は・・・。


「あんたはどうでもいい。 ぷいっ」


(ち、ちくしょうっ)


「・・・さようなら」


「にゃはは、おやすみーーー」

 


・・・・・・・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

宵闇の中、二人の少女が影を重ねながら去っていく。

無意識のうちに、視線は少女たちの後ろ姿を追う。


「なあ・・・」
「うん?」
「俺、あのガキになにかしたか?」
「うーん・・・わかんない」
「なんか、納得がいかない。
そういえば、おまえの地図に駅はなかったぞ?」
「うん、もうこの駅使われていないから、いらないかなーって思って」
「使われていない?」
「うん、少し前に電車が通らなくなったの」
「事故か何かか?」
「ううん、なんか経営がどうとかって言ってた」
「・・・そうか、廃線なのか」


確かに、電車での移動は無理だな・・・。


「書き足しておこうか」
「あん? なにがだ?」
「駅。 書き足しておいた方がいいかな」
「・・・そうだな、動き回るのにいい目印になる」
「じゃ、書いておくねー」
「頼むぞ」
「うん。 じゃ、帰ろ」
「ああ」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185256p:plain



・・・・・・・・・。


・・・・・・。


・・・。


俺は、観鈴と歩きながら、遠い目で暮れゆく夏の天空を眺めた。

知らぬ間に、山の稜線の上には無数の星粒が瞬いていた。

あれが、天の川というものだろうか。

広大な空。

星々はその生命の瞬きを謳歌していた。

満点の星のすべてを目にするように、ぐるりと空を見渡してみる。

綺麗だ。

都会のようにごみごみした空気じゃないので、星の一つ一つがしっかりと見える。

こういうものに出会えるのも旅の一つの醍醐味という物だろうか・・・。

 




・・・・・・・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


俺は夕飯を食った後、テレビも見ずに居間の床に寝転がっていた。

目の前には、片手にかざした紙幣。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185310p:plain

 

「往人さん、そんなものじっと見てないで、トランプして遊ぼ」


これ持って、このまま逃げようか。

いや、俺は商売道具を取り返していない。

というか、これで新たな人形を買えばいいのではないか?

確かに、あれはボロだ。

が、あれには、いろんな思い出が詰まっている。

俺が大成する日には、その喜びを共に分かち合いたい存在だ。


「思い出いっぱい、夢いっぱい」
「意味不明なこと言ってるし」
「うーむ・・・」


ごろごろと転がる。


「ね、往人さん、ト・ラ・ン・プ。 トランプしたいな」
「あぁ・・・」


ごろごろ。


「往人さん、お金持ったら、おかしくなっちゃった・・・。
嫌だな、そういうの」
「はぁ・・・」



・・・。


・・・・・・。

 


体を起こすと、ひとりでトランプをしていた観鈴がいなかった。

風呂にでも入っているのだろうか。


(俺も汗を流しておかないとな・・・)


が、どうにもその気力が沸かない。

疲れているのだ。

歩きっぱなしには慣れていたから、疲労は精神的なものだ。


(ま、観鈴ぐらいにしか会わないし、いいよな・・・)


このまま眠ろうと俺は毛布を腹にかけ、再び床に転がる。

 


・・・・・・。


ぱたぱた・・・


「あー・・・往人さん、もう寝ちゃうの?。
お風呂入らないと、汗くさいよ」


つんつん。


「寝てる・・・」


くんくん。


「あ、そんなに汗くさくないね。 地図どこかな」


ごそごそ。


「あった」


かきかき。


「更新完了っと。 うーんと・・・わたしも、もう寝よっかな。
えっと・・・」


きょろきょろ。


ナマケモノさんのぬいぐるみ、どこかな。 一緒に寝たい。
あ、バッグから長い足、出てる」


するする・・・ずぼっ!


「でてきたでてきた。
なんか、また足が伸びてる気がする・・・。
ま、いっか。 かわいいから。 一晩、借りるね。
おやすみ~」


ぱたぱたぱた・・・

 


・・・。



「ん・・・」


観鈴の声が今までしていた気がするが・・・。


それは夢だかなんだかよくわからなかった。


もう一度眠る。

 

 



・・・・・・。


・・・。

 


次、目覚めると、観鈴がいた場所に晴子がいた。

口からイカの足を出して、グラスに酒を注いでいた。

まどろむ中で、その光景をじっと見ていた。

しばらくすると、再び瞼が重くなってくる。

 




・・・


とくとくとく・・・


どくどくどく・・・


「・・・ぐ・・・。
ごほっ・・・! げほげほっ!!」


窒息寸前で俺は意識を取り戻し、喉に詰まったものを吐く。

 

「殺す気かっ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185328p:plain

目の前には晴子。

手には一升瓶。

さらに俺の口に注ごうと、傾けていた。


「狸寝入りやろ。 目開いとるん、さっき見たで」
「にしても、横になっている人間の口に酒を注ぐことはないだろっ。
それに、疲れてるんだ。 このまま眠らせろ」
「うちら、そんな仲やったん。 いけずやわぁ」
「ああ、いけずなんだ」


俺は再び横になる。


「いけず、いけず~」


しばらく、呪いのようにそう繰り返していたが、唐突に含み笑いをもらし始める。


「ええのんか~、あんたが相手してくれんと、こっちの子が寝つけへん夜になるで~」


見ると、俺の人形を手の中でもてあそんでいる。


「なら、これで寝かせてやってくれ」


俺はポケットから札を取り出して、それを突きつける。


「・・・なんやそれ」


手に取って、仔細に眺める晴子。


「知らないのか、一万円札だ。
これで、あのナマケモノは買い取った」
「・・・・・・」
「寝るぞ、俺は」
「すごいな・・・あんた、やる時はやるんやなぁ・・・。
うーん・・・そかそか」


なかなか寝させてくれない。

ひとりでぶつぶつ喋っている。


「もう、寝たんかー。
しょうもないやっちゃな・・・。
もっかい飲ましてみよ」


一升瓶の口を鼻にねじ込まれる。


「どこから飲ませる気だっ」


俺は飛び起きる。


「あんたな・・・俺は勝負に勝ったんだ。 大人しく寝かせろ」
「勝負なんかしてへんもーん」
「なら、なおさらだろ。 静かに寝かせろ」
「うち、あんたで遊ぶねん。 おもろいから」



あんたと、ではなく、あんたで、というところが聞き捨てならない。



「納屋で寝る」


俺は立ち上がる。


「あんた、ほんまにいけずやなぁ。
ちょっとぐらい相手してくれてもええんちゃうの」
「朝は観鈴を見送って、夜まであんたの相手をしていたら、俺はいつ寝るんだ」
「寝んでええねん」


無視だ。無視。


俺が廊下へ出てゆこうとすると、晴子が独り言のように呟く。


「まだ、観鈴と朝、一緒に行ってくれとるんやな」
「ああ」
「そかそか」
「どうした」
「うち、自分の部屋で飲むから、ここで寝てもええよ」


酒とつまみを持って立ち上がる。


「ほな、おやすみ」


最後まで、口からイカの足をはみ出させたままだった。


ひとり残される俺。


辺りは一気に静まり返る。


「今夜は穏やかだったな・・・」


口に強引に酒を注がれたのと、鼻に一升瓶の口を突っ込まれただけで済んだ。


俺は毛布を腹にかけ、床に寝転がる。


そういえば、俺の人形・・・。


目を開けて、床の上を探す。


晴子が座っていた位置に落ちていた。


というか、ちゃんと座布団の上に鎮座させてあった。


手を伸ばしてそれを取る。


久々に手に戻った気がする。

 

が・・・少し違和感がある。


なぜか、一回り小さくなったような・・・。


しかも、片目が消えたりしている。


これは・・・。


「洗濯機にかけられている・・・」


洗いたての洗剤の匂いがぷんぷんする。


一日という時間は、短いようで、こいつにとっては苦難の道のりだったのだ。


「悪かった・・・」


ぴたっと手を合わせ、人形を拝んでおいた。



・・・・・・


・・・