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AIR【5】

 

7月22日(土)

 


翌朝。

 

いつものように、俺と観鈴は肩を並べて学校を目指す。

だが、この日は他に寄るところがあった。

女の子の家の前で、俺と観鈴は待っていた。


「時間、大丈夫か」
「うん、もうちょっとだけ」


観鈴はずっと、ナマケモノのぬいぐるみを抱いていた。


「あ、出てきた」


母親と共に、あの小さな女の子が出てきた。

確か、さいか、と言った。 字は知らない。

彩るに香る、とでも書くのだろうか。

駆けてくる。

一直線に観鈴を目指した。

 

俺のほうには見向きもしない。

 

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「はい」


観鈴はその子にぬいぐるみを手渡す。


「待て」


俺は止めて、ぬいぐるみに手を当てた。


「ん?」
「いや、なんでも」
「はい」


改めて、観鈴が女の子にぬいぐるみを手渡した。

女の子はそれを抱いて、母の元まで戻った。


「ばいばい」


観鈴はぱたぱたと手を振る。

女の子も母親も、手を振って、別れを告げた。


「あの子ね、病院から抜け出してきたんだって」
「そうなのか」


そのことを昨日の帰り際、話していたのか。


「でも、あのぬいぐるみと一緒だったら、大丈夫だって」
「どうして」
「友達になれたからって」
「そっか」
「だから、ナマケモノさんとふたりで、病院に戻るって」
「そっか。 そら良かったな」
「・・・往人さん、笑わせられるよ。 子供たち」
「それはどうかな」
「純粋に心から笑わせること、できるよ。

だって・・・今、あのぬいぐるみに触れたのだって、あの子を喜ばせるためだもんね」
「それは違う」


去ってゆく親子。

女の子の背から、ナマケモノが手を振っていた。 こっちに向けて。


「にはは・・・」


観鈴はもう一度、ぱたぱたと手を振り直す。


「いこう。 また遅刻するぞ」
「うん」

 

 

・・・


・・・・・・


誰かの撒いた水が染みる地面。

また陽が高くなれば、それは跡も残さず消えてゆくのだろう。

まだ夏は繰り返しの中にある。

 

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空に時間はあるのだろうか。

今も仰げば、同じ空がある。

変わらずそこに。

延々と、それは続くと思っていた。

 

・・・この空の向こうには、翼を持った少女がいる。


・・・それは、ずっと昔から。


・・・そして、今、この時も。


・・・同じ大気の中で、翼を広げて風を受け続けている。

 

心の中にその姿が広がる。

美しい光景。

なのに、どうしてか、それは悲しみに満ちていた。

 


・・・

視線を地上に戻した。

俺の旅の目的。

この空に今もいるという、少女を探しだすこと。

探しだして、そしてどうするかなんて決めていなかった。

ただ、幼い日に母から聞かされて俺の中に生まれたイメージ・・・。

それを追い求めてるだけだった。

それなのに、空にいる少女はいつも悲しそうな顔をしていた。

悲しい色に染まった夢。

空の蒼はいつの日も悲しみの色だった。

 

   もうひとりのわたしが、そこにいる


   そんな気がして・・・

 

もし、その少女がこの地上に降りていたら・・・。

それは、こんな姿なのだろうか。

 

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観鈴
「ん?」
「お前に翼はあるか」
「翼?」
「ああ」
「あるわけないよ。 あったらいいなとは思うけど」
「だろうな」
「往人さん、ヘンなの」


その通りだった。

空にいる少女が観鈴のはずはない。

それほどに、観鈴の笑顔は近くにあった。

なぜそんなことを考えたのだろう?

自分でも、よくわからなかった。

 

「あ、ちょうどいい時間」
「そっか」
「じゃ、行ってくるねー」


俺が知りうる中で、初めて彼女が遅刻せずに登校できた時間だ。

 

・・・


・・・・・・

 

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「ぶいっ」


校門の前で振り返り、誇らしげにピースサインをして見せた。


(あたりまえだっての・・・)


遅刻しなかったことを威張れるのも、こいつぐらいなもんだ。


「帰ったら、いっしょに遊びたいな」
「ひとりで遊んでくれ」
「うーん、じゃあ、補習がんばれない」
「勝手なこと言うな。 俺は忙しいんだよ」
「なんか終わった後に楽しみ欲しいな・・・」
「ああ、わかったよ」


仕方なく、折れることにする。

そうしないと、いつまでもこいつは登校しようとしないだろう。


「ほんと?」
「ああ」
「じゃ、補習がんばれる」
「頑張ってこい」
「うん。 えっと・・・なにしよっか」
「早くいけっ」
「え? なんて?」


聞こえていない。 風が強すぎる。


「遅刻するぞ、馬鹿」


もうあいつの頭の中は、午後から遊ぶことで一杯なのだ。


「急げって!」


怒鳴る。

風はますます強くなり、声をかき消す。

観鈴はめくれるスカートを押さえるのに必死だった。

俺は諦めて風がやむのを待つことにした。

 


そして、風がやんだ時、聞こえたのはチャイムの鳴り終えた余韻だった。

 

「・・・なんて?」
「もういい、ゆっくり行け」
「うん。 じゃあ、待っててね」


駆けていった。

当事者だけは、チャイムが鳴り終えた後だと気づいていないらしい。

足取り軽く、門をくぐり抜けていった。

 

 


・・・

・・・・・・

 


――『往人さん、笑わせられるよ。 子供たち』


今朝、観鈴はそう言っていた。

何か、変わっただろうか。

自分の手を見つめてみる。

人形を歩かせてみる。


なにひとつ変わらない。

観鈴はどうして、あんなことを言ったのだろうか。

あいつのことだから、深い考えはないか・・・。

まだ日は高い。

稼ぎに行く前に、すこし町をぶらぶらしようと思った。

そう、言うなれば散策だ。

まずは、どこに行こうか・・・。

俺は観鈴マップを取り出す。

 

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「・・・・・・」


・・・とってつけたような駅。

しかも、落書きもそのまま。

また書き直してもらったほうがよさそうだ・・・。

 

よし・・・一度、神尾家に戻るか。

 

 

 

・・・

・・・・・・

 

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堤防から来た道を戻って神尾家に着いた。

散策というよりは、小休止したいだけという気もしてくるが・・・。

まあ、あまり気にしないことにしよう。

 

・・・

しかしこの家、玄関に鍵はかけていないのか・・・。


「不用心だな・・・」


そんなことを思いながら、足で扇風機のスイッチを押す。

まあ、取られるようなものはないし、この通りの田舎だし・・・。

この町では、それが普通なのかも知れない。

 

しばらく扇風機に当たった後、窓も開け放した。

窓から窓へ。

家の中を、風がスムーズに通り抜けていく。

田舎の家ならではの、涼しさだった。

畳の上にごろ寝すると、座布団を枕にする。

リモコンを手に取るとテレビの電源を入れた。

ブラウン管に現れるのは・・・。


・・・見たこともない芸人が司会を務める、ローカル番組。

同じくローカルニュースの、大きなカボチャ情報。

うまいのかヘタなのか微妙な、素人の歌声。

クラシックの演奏。


そして・・・。


「おっ・・・」


スピーカーから流れる懐かしい声に、身を乗り出す。

どこか古臭い色合い。

画面には、一昔前のアニメが流れていた。


「懐かしいな・・・」


どうやら、昔のアニメの再放送をやっているようだった。

 


・・・

観鈴を送り終わって、暇な時間。

俺は腰を据えると、じっとテレビに見入っていた。

 

 


・・・

・・・・・・


「さて・・・」


この番組の協賛までを確認して、俺は神尾家を出た。

 

(確か、まだ行ってない場所があったはずだな・・・)


俺は地図を広げる。

 

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気が抜けた。

ぷるぷると顔を振って、再度やる気を呼び起こす。


「この橋の向こうだ」


橋までは行ったことがあるが、その先には足を踏み入れたことがなかった。

地図上では山が描かれている。

もしかしたら、それを超えれば簡単に隣町に出られる・・・という可能性もなくはない。


(どこでもこの町よりは、マシだろうからな・・・)


行ってみることにする。

 


・・・


・・・・・・

 

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橋の途中で立ち止まる。

二日前に、少女と出会ったことを思い出す。


(ここに立ってたよな・・・あいつは)


下には、夏の日差しを受けて輝く水面。

子供たちの、格好の遊び場に映る。


「と・・・先にいかないとな」


再び、歩き始める。

 

 

・・・

・・・・・・


道が登り坂になる。

山に差しかかったようだった。

見上げると、道はゆるやかにカーブして、頂上へと続いていた。

登っていく。

 

 

・・・

・・・・・・

 

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海が見えた。

方角からして遠くの町は、隣町じゃない。

俺が今までいた場所だ。

 

気が滅入る・・・。


(閉鎖された異次元かよ、ここはよ・・・)


これ以上登っても、意味がなさそうだった。

しかし頂上はすぐそこだ。

ここまで来たんだから、登り切ってみることにした。

もしかしたら、茶屋のひとつでも建っていて、人々の憩いの場となっているかもしれない。

そうすれば、雰囲気といい、俺の芸で和むにぴったりの状況だ。


「よし、いくぞ・・・」


やがて現れた石段を上る。

 

これがまた長かった。


「暑い・・・暑いぞ・・・」


見なくても、だらだらと汗が胸を伝っているのがわかる。


「ノドがかわいた・・・、まずは、茶屋で一杯、水をもらうとしよう・・・。
その後は団子だ。 代金はその場で、稼ぐ、と。
ああ、なんて素晴らしい計画なんだ」


最後の石段を踏みしめ、頂上へと。


「よしっ」

 

 

・・・

「おばば、とりあえず、水をくれっ。 その後、団子だっ」

 

 

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「・・・・・・」

 

 

・・・・・・。


・・・。


古びた神社が一軒。

それ以外、なにもなかった。

一気に数を増したセミの声が腹立たしい。

 


「帰ろう・・・」

 


俺はすぐさま踵を返す。

一体ここまで何をしにきたのか・・・。

無駄に体力と時間を浪費してしまった。

 


・・・

やっぱり・・・地道に人通りの多い場所で稼ごう。

そう決意を固め、坂を下った。

 

 


・・・


・・・・・・

 

残り少ない気力を使い果たし、商店街までやってくる。

相変わらず、人通りは少ないが、他の場所よりもマシだろう・・・。

なるべく往来の激しいポイントを探す。

近くの建物の、駐輪場辺りがよさそうだ。

人形を取り出すと、影になっているあたりに腰を下ろした。


「よし、始めるか」


今日こそはと気合いを入れ、人形を地面にセットする。

やはり、ターゲットを絞った方が良いだろう。

お爺ちゃんと孫。 これしかない。

孫はここぞとばかりに甘え、お爺ちゃんはここぞとばかりに可愛がる最高のコンビ。


「・・・勝ったな」

 

 

・・・・・・・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

・・・そんなコンビ、通りゃしねえ。

 

すわ、作戦失敗かっ!?

いや、俺にはわかる。

気配がする。

興味津々、津々浦々に俺に向かってくる気配がっ。


「右だっ!」


きゅぴーん!と、音がでるほどの目つきでそちらを見る。

 

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「ぴこっ」
「・・・・・・」


・・・帰ってくれ。


「ぴこぴこ~」


人形の前で、懇願するような瞳を向ける。

とりあえず、無視することにした。


「ぴこぴこ」


まあ、この地球外生命体をみて子供が集まってくるかも・・・。


「ぴこぴこぴこっ」


いや、逆に逃げていくような気がしないでもない。


「ぴこ~ぴこ~」


現に、道行く人が、一様に目を伏せているような気が・・・。


「ぴっこぴこぴこ~」
「踊るなっ!」


やばい、客足がどんどん遠のいていく。

とりあえず、このモザイクものの物体を何とかしないと。

しかし、安易に芸を見せてしまうのも癪だ。

よし、ここはやはり・・・。


「ピッチャー振りかぶった!」


むんずと人形をつかんで、大きく腕を振る。


「ぴこっ!」
「第一球投げた、ストラーイクッ!」
「ぴこ~!」


ぴこぴこぴこぴこっ!


妙な足音で、腕を振った方向に駆けていく。

もちろん大切な商売道具を投げたりはしない。

ただ、真似をしただけだ。

それでも、ポテトを騙すには十分効果があったようだ。


「しょせんは犬畜生か・・・」


首を左右に振ると、再び人形を元の位置に戻す。

邪魔者がいなくなったところで、再開するか。


「さあ、人形劇の始まりだ!」


道行く親子連れに声をかける。

 


ぴこぴこぴこ~

 

 

・・・背後から聞こえる声は、気にしない。


「あ、きみ。 こんにちわ」

 


ぴこぴこぴこ~

 


・・・あくまで、気にしない。

 


「ほら、ここに人形があるだろ」

 

ぴこぴこぴこ~


「ぴこぴこぴこ~」


「なんとこれが・・・」


ポテトとは別の声が聞こえてきたような気がする。


「こ、これが・・・だな」

 

ぴこぴこぴこ~


「ぴこぴこぴこ~」

 


「・・・これ、が・・・」

 

ぴこぴこぴこ~


「ぴこぴこぴこ~」

 


あの異星人の生物兵器が二体?

 

いや、ポテトが分裂したものかも・・・。


い、嫌すぎる・・・。


「・・・今日は店終いだ」


人形をつかむと、恐る恐る後ろを振り返る。

霧島診療所の、白い壁。

その入り口に続く階段、そこに・・・。

 

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「ぴこぴこぴこ~」


・・・もう一つの、人外魔境があった。


「ぴ、ぴこっ・・・!」

セッションをしていたポテトが、俺を見て慌てている。


「ぴこぴこ」
「ぴ・・・ぴこぴこ」


こいつも会話ができるのか・・・?

恐るべし田舎リアン・・・。


「・・・楽しいか?」


深いため息をついて、聞いてみる。


「ぴこっぴこっ」


どうやら楽しいらしい。


「で、お前は・・・」


ポテトを見てみる。


「ぴこっ、ぴこぴこぴこっ」


違うんだと言いたげに、毛玉のような首を左右に振っていた。


「ぴこぴこ~」


人形のことなど忘れて、みちるとジャムっていたことの弁明か。

必死なポテトを、俺は冷たい目で一瞥してやった。


「もう、遠慮せずやってくれ・・・」


「ぴこぴこぴこ~」
「ぴこ・・・ぴこぴこ」


「ほらほら、二匹とも頑張れ」


軽く手拍子してやる。


「ぴこぴこぴこぴこぴこ~」
「ぴこぴこ・・・ぴこぴこぴこ・・・って、ばかにすんなーーーっ!」

 


「おお、日本語を喋ったぞ」
「むぅぅ・・・」
「こんなところで、何やってるんだ」
「んに?」
「晩飯の調達にでもきたのか?」


そういって、足元の毛玉を見てみる。


「たべないよ。 ぴこはお友達だもん」
「違うな。 この犬はぴこじゃない」
「んに? 違うの」
「ポテトと言うんだ。 美味しそうだろう」
「ポテト・・・?」
「ああ。 ほら、持ち帰りたくなった」
「ん、んに・・・」
「ほら、ポテトの近くで座れ」


無理矢理、みちるをその場に座らせる。


「ぴこぴこぴ~こ~ぴ~こ~」
「ぴこぴこぴ~こ~ぴ~こ~・・・バカにすんなぁ!」

 


「おお、日本語を喋ったぞ」
「むぅぅ」
「・・・?」


すっ、とみちるの姿が、視界から消える。


「えいっ!」


がすっ!


「ぐはっ」

 

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「覚えてろーーーーーーーっ!」


ぱたぱたと足音だけを残して、みちるは走り去っていった。


「く・・・」


痛みに痺れる鳩尾を押さえる。


「あんのガキぃ~・・・」


みちるの走りさっていった方向に恨めしげな視線を向ける。

と、目の前にヒラヒラと何かが降ってきた。


「・・・あん?」


鳩尾をさすりながら、それをキャッチする。

白い封筒だ。

表面には毛筆で『進呈』と書かれている。

中には、なにやら紙幣っぽい物が入っているようだ。

みちるの落とし物か・・・?


「・・・・・・」


周囲に気を配る。

目撃者はいない。


「ぴこっ」
「むんっ!」


しゅぱーん!!

 

足元に閃光がはしり、次の瞬間ポテトが空高く舞う。


「イタリアサッカーリーグもびっくりだぜ」


太陽に向かって、さわやかに笑ってみる。

白い封筒に向き直ると、マジマジとそれを眺めた。


「・・・おもしろおかしい物が入ってる予感だぜ・・・」

 

取得物の一割は、広い主に対しての正当な報酬だ。

期待に胸を踊らせ、封筒の封を切る。


ビリビリビリ・・・。


「・・・・・・お米券・・・?」


いまいち面識のない商品券だった。

とりあえず、封筒にしまい込む。

そしてそれを尻ポケットに。

まあ、何かの役に立つかも知れない・・・。

痛みのひいた鳩尾を何となくさすりながら、俺は足を進めた。

 

 

 

・・・


・・・・・・

 

そろそろ正午だった。

堤防の上に腰をかける。

日差しも強かったけど、それ以上に風が心地よい。

校門からは、ちらちらと下校する学生の姿が見受けられた。

待っていれば、そのうち出てくるだろう。

額の汗を乾かそうと、風上のほうを向く。

その先に観鈴がいた。

堤防沿いの店の自販機の前で立ち尽くしている。

俺は堤防を降りて、後ろから近づいてゆく。

 

 

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「うーん・・・これはけっこう無難な味だったし・・・」


どのジュースを買おうか悩んでいる様子だった。


「これかなぁ・・・、いや・・・こっち」

 

・・・

「さっさと押せ」
「わっ」


俺が唐突に声をかけたためか、観鈴は驚いて販売機に手をついた。


「あ、往人さん・・・。
ちゃんと正面から声かけてほしいな・・・」
「悪い悪い。 お前の優柔不断さを前に黙っていられなくてな・・・。
で、おまえ、なんか押してるぞ」
「え・・・? あ・・・ほんと、なんか押してる・・・」


観鈴は自販機のボタンを押してしまっていた。


がこん。


商品が受け取り口に落ちる。


「・・・・・・」


観鈴はそれを取ろうともせずに、固まっていた。


「どうした」
「ゲルルンジュース・・・」
「は?」
「今、押したの、ゲルルンジュースのボタン」
「そうなのか?」
「うん。 一度だけ飲んだことあるの」
「まずかったのか?」
「ストローから、吸い上げられなかったの・・・」


ゲルルン・・・ゲル状・・・。

 

俺の頭の中で、とんでもない内容物のジュースが想像される。


「げ・・・」
「たぶん、今、往人さんが想像してるの合ってる」
「そうなのか・・・そら恐ろしい飲み物だ。
残念だな・・・でも頑張って飲まないとな」
「が、がお・・・」


涙ぐむ観鈴


「捨てるのか? もったいないだろ」


観鈴は別のボタンをかちゃかちゃと押している。

だが別の商品が出てくるわけがない。


「もう商品は、取り出し口に落ちてんだよ。 後は取り出すだけだ」
「うー・・・」
「俺が取り出してやるな」


取り出し口に手を突っ込み、紙パックを掴み取る。


・・・。

 

・・・ずしりと重い。

パッケージには、『ゲルルンジュース』のラベルと、『水で薄めず、このままお飲みください』の注意書き。

観鈴の顔を見る。


「・・・・・・」


不憫に思えてきた。


「どうする。 頑張るか」
「う、うん・・・がんばるっ」

 

俺の手からゲル状ジュース(ゲル状ならばすでにジュースではないと思うのだが)を受け取る。

つぷっ、とストローを埋め込み、それに小さな口をつける。

そして顔を真っ赤にして吸い出そうとする。

 

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「んっ・・・んんんっ・・・」


しばらく頑張ってみるも、無駄だった。

一向にその口に内容物が移動する気配はない。


「おまえ、肺活量ないんじゃないのか」
「はぁ・・・はぁ・・・そんなことないよ。 ジュースが、かたいだけ」


世の中には、いろんなジュースがあるものである。


「往人さんも一緒に飲もっ」


びっ、と販売機のほうを指さす。


「なにを・・・」
「ゲルルンジュース」
「馬鹿。 んなもん人に薦めるなっ」
「だって往人さんのせいでこれになったんだし、往人さんだけ見てるのずるい」
「おまえが優柔不断なのが悪い。 さっと決めて買ってれば良かったんだ」
「それわたしの楽しみ。
うんうん唸って、残り少ないお小遣いでどれ買うか決めるの」
「飲むのはおまけなのか?」
「ううん。 それでおいしかったら、すごく幸せ」


悪いことをしたのだろうか・・・。


「飲めたら、美味しいかもしれないぞ。 頑張れっ」
「うん、がんばるっ・・・」


再びストローに口をつける。


「んっ・・・んんんんーっ・・・あっ・・・ちょっと口に入った!」
「味はどうだ」
「おいしいかも・・・」
「マジか」
「うん、マジ。
あのね、ぎゅってパックを握ると出てくるの。
これ盲点だった。 普通のパックは、角を持って飲むようにしないとダメだもんね。
往人さんも、やってみる?」


ゲルルンジュースを差し出してくる。


「いや、いい・・・おまえの味覚は俺には到底理解できない」
「残念。 本当、おいしいのに」


観鈴はぎゅっぎゅっと、握ってジュースを飲み続ける。

知らない人が見れば、謎な光景だった。


「歩きながらでいいだろ。 家に帰ろう」


俺は催促する。


「腹減った」

 

 

 

・・・。


・・・・・・。

 

 

もぐもぐ・・・

 

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「食事中~」
「ああ、食事中だ。 んなこといちいち言うな」
「にはは」

 

 

・・・。

・・・・・・。


「というわけで、食後はトランプっ」
「どういうわけだよ」
「すぐ動くと、お腹痛くなるよ」
「そりゃそうだろうが、動かなくちゃ、いつまでも俺はタダ飯食らいだ」
「トランプしたいな・・・」
「だから・・・」


考えてみれば、俺たちは一緒にいながら遊びらしい遊びはしていなかった。

遊んでいるようなやり取りや、掛けあいはしていたが、それは遊びじゃなかった。


「トランプしたいな」


観鈴はトランプのケースを胸に抱えて、その言葉を繰り返していた。


「・・・わかった。 やってやる」
「ほんと?」
「ああ、ほんとだ。
その代わり・・・これ終わったら手伝えよ」
「うん。手伝う」


言って、観鈴はトランプのケースを開けて、カードをくり始める。


「といっても、難しいルールのはやめてくれよ。 理解できない」
「うん。 簡単なのにするね。 神経衰弱」
「カードの数字を合わせて、とっていく奴か。 それだったらわかる」
「そうそう。 それ」


カードを畳の上に並べてゆく。

いくつか並べたところで、観鈴の手が止まる。


「どうした」
「ううん、なんでもないよ」


少しだけ顔をしかめて、残りのカードを並べてゆく。

その手の中から、カードが落ちた。

 

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観鈴・・・?」
「にはは・・・しっぱい」
「おまえ、泣いてるじゃないか」
「泣いてないよ」


ごしごしと涙を拭う。


「もういっかい」


床でばらけていたカードを拾い集める。


「遊べる・・・がんばらないと・・・」


ぶつぶつと独り言を言っている。


「やらないと・・・わたし、がんばらないと・・・」
「どうしたんだ、おまえ。 具合悪いんだったら、休めよ」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 

・・・

 

だが、彼女が耐えられたのはそこまでだった。

何に耐えていたのかはわからない。

ただ、彼女は苦しんでいたのだ。

もう一度カードを手からこぼすと、そのまま俯せてしまった。

そして、大きな声で泣き出した。


「ああ・・・うぁ・・・ああ・・・っく・・・」


・・・

それは癇癪を起こした子供のようで、俺さえも近づけなかった。

 

 

 

 

 

・・・


・・・・・・

 

 

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俺は堤防に座って、人気のなくなった校門をぼうっと眺めていた。

こういう時、タバコが吸えるといいんだろうな、と思う。

手持ちぶさただった。

人形を動かす気も起こらない。

結局、観鈴は泣き止まなかった。

俺が手を触れようとすると、必死で振り解こうとした。

理由を訊こうとしても、ただ泣きじゃくるばかりだった。

俺は途方に暮れたまま、外に出ることになり・・・。

そして、気がつくとこの場所にいた。


「なんなんだよ、あいつは・・・」


ひとをトランプに誘っておいて、いきなり泣き出すなんて・・・。


「ま、あいつも色々あるんだろうけどさ・・・」


もうすぐ陽が暮れる。

空の色が変わっていくのを見ているだけでも気が紛れるかもしれない

それをじっと待っていた。

変化のないはずだった校門前。

そこにひとが立っていた。

 

少女だ。

その少女はじっとこっちを見ている。

俺はどうしていいものか、わからなかった。

数十メートルの距離を置いて、俺たちは向かい合っていた。

西日がきつくなってきた。

それに焼かれている首筋が痛い。

少女も正面から、赤く染め抜かれていた。

暑いだろうに、じっと立っていた。

やがて少女が左を向いて、とぼとぼと歩き出した。

我慢くらべでもしていたのだろうか。

 

帰ってゆく。

 

俺はずっとそれを目で追う。

自販機の前を通りかかると、足を止め、じっとその方向を見た後、寄っていった。

財布から硬貨を取り出すと、自販機にそれを投入する。

しばらく悩んだ後、腕を伸ばしてボタンを押す。

取り出し口から四角い紙パック(よく見えないが、きっとそうなのだろう)を取り出し、そして・・・。

そのまま帰ってゆく。


「おいっ」


俺は堤防から飛び降りる。


(なに考えてんだ、あいつは・・・)

 

・・・


駆け足で追いつくと、その名を呼ぶ。


観鈴っ」

 

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「え・・・?」


観鈴が振り返る。


「え? じゃないだろ、おまえ。
なに無視して、ひとり帰ろうとしてるんだよ」
「えと・・・」


困ったように笑う。


「どうしたらよかったのかな」
「いつもの通り言ってくれればいいだろ?」
「なんて言ってたっけ」
「おまえ、そんなことも忘れたのか?
おまえの口癖じゃないか。 なんでも一緒にって。
だから今は、一緒に帰ろう、だろ」
「そうだったね・・・。
でも、今そう言ったら・・・いっしょに帰ってくれるのかな」
「今って・・・いまさらだな、おまえ」
「今、言ったら、いっしょに帰ってくれるのかな」


観鈴は繰り返す。


「ああ。そうする。俺も帰るところだったからな」
「じゃあ・・・。 いっしょに帰ろ」
「ああ」
「ほんとう?」
「ああ。腹減ったしな・・・」
「往人さん、いつもお腹減ってる」
「そうだな。 食べた直後以外は」
「にははっ」


笑う。


「じゃ、ジュースも一緒に飲も。 買いに戻ろ」


観鈴が踵を返す。


「こら、調子に乗るな。
どれだけ時間が経っても、あれだけは飲まないぞ」
「残念・・・」
「もっとまともなジュースなら飲む」
「ほんとう?」
「ああ。 別に俺だってジュースが嫌いなわけじゃない」
「じゃ、まともなジュース、選んでくるねー」
「あの販売機に、まともなものなんてないっ」


駆けてゆこうとする観鈴の首根っこをひっつかむ。


「頼むから、おまえの嗜好と一緒にしないでくれ」
「にはは・・・ごめん」


観鈴は俺を追い抜いて、少し先で振り返る。


「ね、往人さんは友達」
「違う」
「わ・・・」
「でも、そうなる可能性はあるかもな」
「うん、よかった。 それで十分。
ね、往人さん」
「ん?」
「わたしも、一緒に探したい」
「なにを」
「往人さんがずっと探してる子。 この空にいる子」
「・・・・・・」
「知り合いにいないかな・・・」
「あのな、おまえ・・・いるわけないだろ」
「あ、だよね。 そんなひといたら、びっくり。
その羽、触らせてーっ、て言っちゃうよね、思わず」
「ああ、言っちゃうな」


もうどうでもいい。


「あー、夕日がきれいだなー。 すっげ、かもめだ。 かっちょいー」
「あれ? 話、逸らしてる?」


これはさすがに観鈴でもわかったらしい。


「ね、往人さん。
明日からはその子、いっしょに探そうよ」
「おまえ、家を出る気か?」
「そんな遠いの?」


ほんと、こいつにこの話をした俺が馬鹿だった。


「おまえ、ジュース飲めよ」
「これ、夜、テレビ見ながら飲む」


観鈴はまだまだ話を続ける気、満々だった。


「いっしょに探したいな」
「足手まといだ」
「だって、往人さんの人形、見つけた」
「人形とはわけがちがうんだ」
「探したいな・・・」


こうなると、子供のように融通が利かなくなる。

別のもので興味を引くしかない。

俺は通りすがり、潰れかけのような薬局の前に立っていたカエルの人形に手を触れる。


「ね、いっしょに探したいなー」

 


もそっ・・・

 

通り過ぎた、その背後で物音。


「ん?」


観鈴が振り返る。

さっき触れたカエルがのそのそとこっちに向いて、歩きはじめていた。


「お、なんだ、あいつは」


わざとらしく、俺は興味を示してみせる。


「わ、すごい・・・」
「挨拶かな。 寄っていったら、どうだ」
「うん、いってくるねー」


ぱたぱたと走っていって、不気味に動くカエルの人形と挨拶を交わしていた。

俺は適当にそれを動かしておく。

観鈴はそれを抱き上げたりして、遊んでいた。

はたから見れば、かなり奇異な情景だった。

でも、俺はそれを何気なく見つめていた。

観鈴が、笑って喜んでいる姿。

それを見守っている日常。

それはこの短い夏の間だけの、情景だった。


・・・

「あ、動かなくなった・・・。 どうしたのかな・・・」
「疲れたんだ」


(俺がな・・・)


あの大きさの物を動かすのは、さすがに堪える。


「休んでるんだ。 放っておけ」
「いいのかな・・・」
「知り合いなんだ。 大丈夫だ」
「往人さん、顔広い。
かぶと虫とか、カエルさんとかと友達」
「そうだな」
「そっか、往人さんはオタマジャクシなんだもんね。
あのカエルはお父さんかな」


好きに言わせておく。

 

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「ばいばい」


直立不動のカエルに手を振って別れを告げる。


「また明日」

 

 

 

・・・


・・・・・・


俺たちは、家に帰り、夕食を共にした。

 

俺はいつものように居間に寝転がって、暇を持て余していた。

 

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「宿題してこよーっと」


それまで一緒にテレビを見ていた観鈴が立ち上がる。

部屋に行きかけ、振り返った。


「麦茶持っていこっ」


一度台所に消え、麦茶をなみなみ注いだコップを手に再び現れる。


「こぼすなよ」
「うん、慎重にいくね」


上半身を揺らさないように、居間を横切っていく。


・・・無事に出ていった。


ブラウン管に目を戻す。


「わっ・・・! 観鈴ちん、ぴんちっ」


廊下から声が聞こえたような気がするが、気にしないでおこう・・・。

テレビは、ニュース番組になっていた。


(つまらない・・・)


消す。

 

すると唐突に虫の音が勢いを増した。

窓の外に目を移す。

田舎町の夜、外は虫たちだけの世界になるのだろうか。

そんなことを思わせた。

 

・・・散歩にでも行ってみるか。

 

 

 

・・・


・・・・・・

 

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潮の香りを含んだ夜風が流れていた。

人気のない道を、一人歩いた。

日中、溶けそうなくらい熱くなっていたアスファルトも、今は冷たい。

どこを目指すわけでもない。

おぼろげな記憶に任せて、俺はただ歩いていた。

 

 

 


・・・


・・・・・・

 

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気がつけば、小さな橋のたもとに来ていた。

周囲の草むらから、虫の音がうるさいぐらいに響く。

橋を渡った、その向こう。

いくつかの常夜灯が、ぼおっと道を示している。

さらにその先は、闇の中へと続く。

空には、少し雲が出てきたようだった。

不意に流れた風に、わずかに湿った匂いを感じた。

 


・・・

そろそろ戻っておくか。

これ以上歩いたところで、疲れが増すだけだ。

俺は闇に背を向けると、来た道を戻った。

 

 

 


・・・


・・・・・・


俺は浅い眠りの中にいた。

ときたま、目を覚ます。

何時かはわからない。

けど、向かいに酒を飲みながらテレビを見る晴子の姿があったから、すでに深夜なのだ。

 

一度起きることにする。

晴子に聞きたいことがあったのだ。

 

「そういえばな・・・。

観鈴が突然、取り乱したんだ。よくあることなのか、あれは」

 

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晴子がグラスに口をつけたまま、止まっていた。

それはまるで、時間を計っているようだった。


「それで、あんたどうしたん」


ようやく口をグラスから離した。


「なにもしてない。 ひとりにしてやっただけだ」
「そうかー。
あんた、ようわかったなー。
あの子の癇癪止めるには、それしかあらへん」
「・・・・・・」
「ちょっと引いたやろ?」
「引くって・・・どういう意味で?」
「考えてみぃ。 あの子いくつや。
あんな大きい子が、癇癪起こして泣き出したら、あんた、そら引くで。
小さい頃から、ずっとや。
誰かと友達になれそうになったら、ああなるねん・・・。
病院とかで診てもらっても、治らへん。
精神的なもんやろうし、大きなったら、みんな治る思てたんや。
なんで治らへんのやろな。
でも、あんた鈍感みたいやから良かったわ」


グラスの中身を一気に煽ると、さらに酒を注ぐ。

観鈴の様子を思い出した。

・・・目の前にいる俺を、全身で拒絶しようとしていた。

そうしてしまう自分を恐れながら、戸惑いながら。

観鈴に友達がいない理由が納得できた。

だから俺は、この家に呼ばれたというわけか。


(・・・待てよ?)


心の奥底に違和感があった。

こうなってしまうことを、俺は知っていたような気がする。


――『彼女はいつでもひとりきりで・・・』


閃きかけた言葉が、するりと消えていった。


「ほんま、いつまでもあの子の友達でいたってや」


自嘲するような晴子の声。


「・・・・・・あんたは・・・」


俺は口を開く。


「あんたは、無責任だな」
「・・・なんでやの」
「それは俺の役目か? あんた、母親の役目じゃないのか」
「居候、あんたはなんも知らんから、そないなことが言えるんや。
なんも知らんで、えらそうな口利くな、あほっ」
「・・・・・・」
「すまん・・・言い過ぎたわ」
「いや」
「あんた、ぶっきらぼうやけど、ほんまは根のいいやつやと思うわ」
「あんたも酒さえ飲まなければ、いいひとだと思うぞ」
「む・・・。
あんた結構、テク使うやっちゃなぁ・・・うち、今のセリフできゅうんときてしもた」
「納屋で寝る」


晴子のモードが切り替わろうとしている。

去りどきだ。


「なんや、また、いけずやなぁ」
「ああ、いけずなんだ」
「ほな、ひとりで静かに飲んどくから、ここで寝てええよ」
「寝てる口に、酒を流し込むなよ・・・」
「そんなことするかいな」
「しただろ、夕べ」
「あれは酔ってたんや」


もう突っ込む気にもなれない。

俺は壁のほうを向いて体を横にした。

 

 

静かな夜。

 

ときたま、酒を注ぐ音だけが聞こえてくる。

 

・・・・・・


・・・