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AIR【6】

 

7月23日(日)

 


――「おはよーっ」


大量の洗濯物が、寝ぼけ眼をこする俺に向けて、挨拶をした。

それはそのままぱたぱたと駆けていった。

・・・観鈴だった。


(そういえば、今日は日曜だったな・・・)


一週間、溜まりに溜まった洗濯物を朝のうちに片づけてしまうつもりなのだろ
う。

 

観鈴は手ぶらになって戻ってくる。

 

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「往人さんの服も洗う。 脱いでほしい」
「俺のはいい」
「くさくなってるよ」
「風呂入ってるんだ。 大丈夫だろ」
「いっしょに洗うから脱いでほしいな」
「じゃ、Tシャツだけな・・・」


俺は上半身裸になる。


「ほら」


脱ぎたてのTシャツを手渡す。


「往人さんって、けっこう筋肉あるね」
「そうか・・・?」
「こうやってみて、こう」


ボディビルダーの真似事をさせられる。


「かっこいい」
「マジか・・・」
「マジマジ。
あ、洗濯機、もう回してたんだ。 じゃ、洗ってくるね」


忙しく、出ていった。

ひとり残される俺。

もう一度、ボディビルダーのポーズをグッと決めてみる。


(イケてるのか・・・?)


「ふんっ」

 

 

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「おのれは変態かっ」


晴子にばっちり見つかる。


「あんたはひとりの時、そんなことして暇つぶしとるんか。 やっばい奴やで
・・・」


観鈴に填められた気がする。


「ま、軟弱な男よりはマシか・・・。
でも、男の名前の雑誌とか買うたりしとったら最悪やん・・・こわっ」


よくわからないが、酷い言われようをしているようだ。


「早いんだな、今朝は」


話を変えてやる。


「早い? なに言うとんねん。
うちは早いことあらへん。 あんたらが遅いだけやろ」


時計を見る。

 

もうすぐ昼だった。


日曜だから、観鈴もゆっくり寝ていたのだろう。

俺も起こされるまで、目覚めなかったようだった。


(そういえば・・・)


この家で休日を迎えるのは初めてだった。

神尾家の休日。

少し新鮮だった。


「じゃあ、今日の昼はあんたが作るのか」


あまり料理が上手そうに見えなかった。


「なんでうちがそんな暇あるねん。 今から仕事や」
「日曜も出勤なのか?」
「そういうん関係あらへん。
暇になったら、平日でも休みになるけど、今は忙しい時期なんや」
「そら大変なこったな」
「ただ飯、食ろてる奴とは違うねん。
ええな、あんたは。
自分の裸見てるだけでも飯食えるんやからなー」
「とっとと稼いで、出ていってやるよ」
「せやな。 はよ、そうしてくれるとありがたいわ。
と・・・あんま時間あらへんのやった。 支度せな」

 

・・・
出ていった。

確かに、と俺は思う。

女手ひとつで生活していて、食費が倍になんてなったら、たまらないだろう。


(そろそろ還元しないとな・・・)


庭では、洗い立ての洗濯物を観鈴が物干しに並べていた。


観鈴、俺のTシャツをくれ」
「え? まだ濡れてるよ」
「構わない。 外を歩いていればすぐに乾く」
「出かけるの?」
「ああ」
「でも、今すぐは着れないよ。 ちょっとむり。
私の貸そうか? 胸にね、ステゴザウルスがプリントされてるの。
かわいい」
「・・・・・・」
「ね、どうする?」


・・・敢えて、着てみるか。


「ステゴTシャツ・・・貸してくれ」
「うん。持ってくるねー」


・・・・・・。


「はい」


観鈴は俺にTシャツを渡すと、また庭に出てゆく。


さっそく着て、自分の姿を鏡に映しだしてみる。


「・・・・・・ステゴザウルス・・・がお、がお・・・」


なんと俺は、こういった可愛いものが似合わない顔をしているのだろう・・・


(首から上と下が、あまりに不釣り合いだぞ・・・)


ちょっと笑顔を作ってみる。


「にかっ・・・」


・・・ブルーになる。


・・・だが、敢えて今日一日は着てみよう。


(ま、濡れたTシャツよりはマシだよな・・・)


「往人さん、どうだった?」


洗濯物を干し終えた観鈴が戻ってくる。


「わ、意外と自然」
「ほんとかよ・・・」
「似合ってる。 往人さん、かわいい」
「脱ぐ」
「わ・・・ダメっ。 それで今日は過ごすの」
「・・・・・・わかったよ」
「・・・にはは。 かわいいなー」
「脱ぐ」
「かわいくない、かわいくないっ。カッコイイ」
「・・・・・・」
「・・・ステゴザウルス、がおがお」
「脱ぐ」
「がおがおしてないよっ。がおがおしてないっ」
「がおがおしてるじゃないか・・・思いっきり・・・。
はぁ・・・もうどうでもいい、出かけてくる」
「お昼食べてからにすればいいのに」
「今日の昼はな・・・」


俺は観鈴へ向き直る。


「俺のおごりだ」
「え・・・?」


ぽかん、と口を開く観鈴


「待ってろ。 なんか買って帰ってくるから」
「そんなことしなくていいのに・・・」
「いままでただ飯食ってきたんだからな、それぐらいさせてくれ。
じゃないと、俺がへこむ」
「うん、わかった・・・。 じゃ、いってらっしゃい」
「ああ。行ってくる。 ラーメンセットを目指して」

 


家を後にした。

 


(一時間のうちぐらいに昼飯代を稼がなければ、観鈴にも迷惑かけることにな
るな・・・)

 

 

 

 

・・・


・・・・・・


俺は堤防の上で、肩を落として座っていた。

未だポケットの中身はからっぽだった。


(結局、こうかよ・・・)


もしかしたら、俺の力が不思議すぎてついてこれないのかもしれない。

楽しいと思う前に、あまりにすごすぎるというか・・・。


(恐るべし、俺の力・・・)


取っつきがいいようにするにはどうすればいいだろうか。

何か、もっとありふれた原理で動いていることを指す張り紙をする、なんての
はどうだろうか。

ちょうど、目の前を手提げ鞄を掲げた子供が通りすぎていくところだった。


「おい、おまえ」
「ん?」


太陽に目を細めた顔がこっちに向く。


「お兄ちゃんに紙とペン、貸してくれないか」
「貸すだけ?」
「そう。借りるだけだ」
「うん、いいよ」


ごそごそと鞄の中を探り始める。

さて、なんて説明書きすれば、人形は自然に見られるだろうか・・・。


「宇宙からやってきた生き物です・・・と。
後はセロテープとかないかな。 くっつけるための・・・」
「のりならあるよ」
「オッケー。 素晴らしい」


借りたのりで紙を人形に貼り付ける。


「サンキュな」


のりと筆記用具を返すと、子供は急ぎ足でその場を立ち去った。


「友達と夏休みの宿題かな・・・」


その背を見送る。


「往人さんっ」

 

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目の前に観鈴がいた。

今度は遠くなく、すぐ近くに。


「ん、どうした」
「うまくいってるかなって」
「あ、そうか・・・」


待たせていたんだった。


「悪い。もう、先食っていていいぞ」
「うん? うまくいってない?」
「ああ。だから、おごるのは夕飯になりそうだ」
「じゃ、帰ってお昼ご飯食べよ」
「いや・・・俺は自分の手で稼いで食べる」
「じゃ、わたしも付き合おうかな」
「馬鹿。 俺を待ってたら、いつになるかわからないぞ」
「いいよ。 今日、暇だし」
「そういう問題じゃないだろ」


言うこともきかず、観鈴は堤防に上って、俺の隣に座る。


「子供、こないね」


別にここで待っているわけじゃなかったんだがな・・・。

だが、この場所に来ない、というわけでもないだろう。

しばらく、堤防の上で観客の訪れを待ってみた。


「夢を見るの」
「・・・ん・・・なんか言ったか」


風の音に紛れてよく聞こえなかった。


「夢を見るの」
「そら見るだろう。 俺も見る」
「不思議な夢」


興味のない話だった。

他人の夢の話ほど退屈なものはない。


「空の夢」


俺はその言葉に反応して、観鈴の顔を見る。

観鈴は空を見上げていた。


「・・・・・・」


俺も同じように見上げた。

 

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「自分は空にいるの。
そこは見たこともない世界。
だって、こうしていれば、ほら・・・自分の上に雲はある。
なのにそこでは、自分の足の下に雲が張り詰めてる。
雲の隙間からは、海の青が見える。
でも、そこまでがどれくらいあるのかもわからない。
どこも、無限に広がってる。
そしてその空では、雲は逆に流れてる。
消えた場所から雲は生まれて、生まれた場所に消えてゆく・・・。
その繰り返しをじっと見ながら、わたしは風を受けている。
そんな夢」


観鈴が俺を見た。

俺は手を伸ばそうとしていた。

観鈴が空に溶けていってしまう、そんな気がしたからだ。


「おまえは・・・」


俺はじっと、観鈴の顔を見つめる。


「おまえは・・・誰なんだ」
「わたし? わたし、神尾観鈴
「違う・・・その夢の中でだ」
「それはやっぱり・・・わたしだと思う。
もうひとりのわたし」


俺は再び、学校のほうを向く。


「そうだな。その通りだな・・・。
だから、おまえ、空に想いを馳せてるのか」
「うん・・・。
どうして、わたしはそんな場所にいるのかなって」


言って、観鈴は笑った。


「・・・・・・」
「お腹、大丈夫?」
「ん、どうして」
「さっきからぐーぐー言ってるよ」
「ああ、そうか・・・腹減ったな」
「でも、まだ稼げてないよね」
「そうだな・・・一銭もねぇ」


俺は堤防から飛び降りる。


「おまえ、やっぱ戻ってろ」
「ご飯は?」
「俺はどうにか自分で食う。 お前は先に食ってろ」
「わたしも付き合うよ」
「ひとりになりたいんだ。 そうさせてくれ」
「うーん・・・わかった」


そこまで言って、観鈴は頷いた。


「じゃあな」
「ばいばい」


堤防の上に観鈴をひとり残して、俺はその場を後にした。


・・・


・・・・・・


じりじりと焼かれる地面。

それとは無縁のように、頭上には青い空がある。

俺は目を細めて、見上げる。

何を考えなければならなかったか。

・・・そう、夢についてだ。

観鈴が見たという、空の夢。

今なら、彼女が受けた風までも肌に感じることができる。

それほど、観鈴の語った夢は現実味を帯びていた。

握っていた手を開く。

指の先まで汗で濡れていた。

彼女の見た夢は、俺の想像していた光景と同じだった。

それは、幼い日から俺が描いていた絵だった。

そこに少女がいると聞かされたときから生まれた情景。

その澄んだ空気の向こうに、描いた夢。

彼女はひとりきり、どこまでも続く雲の地面を見ていた。

それを思うと、ただ胸が痛くなって、俺はうつむいた。

俺も幼心にわかっていた。

 

 

彼女の悲しみを。

 

 


――神尾観鈴


海辺の町で、偶然に出会った少女。

なぜだかわからない。

その声やたたずまいを、なつかしいと感じている自分がいた。

 

 

 

ぐぅ~・・・


腹が鳴った。


「はぁ・・・こんな時でも生理現象は抑えられないんだな・・・」


俺は現実に目を向ける。

とにかく今は、金を稼がなければいけないようだった。

でないと、また行き倒れになる。

取りあえず場所を変えることにした。

俺は観鈴マップを取り出す。

 

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「・・・・・・」

 

いつの間にか変わっている・・・。

俺を驚かそうと、寝ている隙に、ポケットに突っ込んでいるのだろう。

でも、ようやく地図らしいものになってきていた。


(・・・遠近感は無茶苦茶だけどな)

 

・・・


・・・・・・

 

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結局・・・やってきたのは、いつもの商店街だった。

きょろきょろと、俺は周囲を見回す。

・・・ここぐらいでいいだろうか。

人通りもまばらにある。

俺は人形を取り出して、地面を歩かせ始めた。


・・・・・・。


俺の前に限って、早足で歩いてく奴もいる。


(ここでもダメか・・・)


場所が悪いというわけではないんだが・・・。


「あはは」


背後で笑い声。

振り返ると、数人の主婦が笑っていた。

子供はひとりも見あたらない。

俺は不思議に思う。

自分の芸が主婦に受けるとは思いもしなかったからだ。


「マダムキラー?」


(って、んなはずないよな・・・)


ぽりぽりと頬を掻く。

こうして注目を浴びていると、少し恥ずかしかった。

すると、今度はさらに背後でも笑い声。


「・・・え?」


振り返ると、数人の通行人がくすくすと笑っていた。

・・・嫌な予感がする。

俺は手を背中に伸ばし、探る。


「ん・・・」


何かに触れた。

それを、ぺりっとはがす。

紙切れだった。

俺はそこに書かれていた文字を読む。


「・・・宇宙からやってきた生き物です。
って、俺は何者なんだぁー! ぐあー!」


それは、午前中に人形に張り付けた紙切れだった。

おそらく人形をズボンのポケットに出し入れする際に、背中に張り付いてしま
ったのだろう。


「・・・・・・」


ブルーになる。


「はぁ・・・帰ろう」


俺は人形を拾い上げるために、地面に手を伸ばす。


「あれ、もう終わりかい」


声がした。


「ん?」

 

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見上げると、スーツ姿の男がいた。


「宇宙からやってきた生き物じゃないぞ、俺は」
「わかってるよ、そんなことは。
興味があったのは、そっちの人形のほうだ」


(客か・・・?)


「糸で吊っているようにも見えなかったけど、どうやっていたのかな」
「宇宙からやってきた生き物なんだ」
「はは・・・そんなわけないだろう。
ね、もう一度、動かしてみてくれないか」
「ああ」


とことこ・・・


男は人形の上に手をかざしたり、俺の周りをぐるぐると歩いたりした。


「ポケットの手は・・・出せないかい?」
「出せる」


出して、指を開いてみせる。


「それでも、人形は動き続けるか・・・すごいな。
ふんふん・・・」


男は感心しきりである。

もしかしたら、この男は未知のパワーを研究している学者なのかもしれない・
・・。

すると、捕まったが最後だ。

狭い施設に閉じ込められて、人体実験の日々・・・。


「ね、君」


ばっ!


俺は飛び退く。


「ん? どうした」
「いや・・・」
「君のしていることはすごいと思うよ」
「いや、大したことないぞ・・・」
「でもこれでは子供は見向きもしないだろう。
いくらすごいことをやっていたとしても、楽しくなかったらそれは興味の対象
じゃない」
「・・・・・・」
「こんな力を持ってるなら、職業を変えることをお薦めするよ」
「余計なお世話だよ」
「そっか・・・ま、好きでやっているのなら仕方がないな。
というわけで、君の発展を祈って」


箱を差し出される。

どう見ても、チップではない。


「何だよ、これ」
「お礼。 家に帰ってから開けてくれ」


そう言い残して、男は立ち去っていった。


(学者じゃなかったのか、あいつ・・・。 すると、これはなんだ・・・)


手には、包装された箱。

俺はその場で包みを解いてみる。


「わぁ、おいしそうだね」


近くにいた子供が一緒に覗いて、そう言っていた。


「だろ」


俺はそれを脇に抱えて、その場を立ち去る。

中身はショートケーキの詰め合わせだった。

 

 

 

・・・


・・・・・・


結局得られた収入は、このケーキだけだった。

俺の腹は喜びそうにもなかったが、あいつは喜びそうだった。

 

 


・・・

しかし居間には誰もいなかった。


観鈴


台所のほうに呼びかけても返事はない。

自分の部屋だろうか。

 

・・・

俺は廊下に出て、観鈴の部屋の前に立つ。

ここだという確信はなかったが、ドアノブに妙な生き物のカバーが被せてあっ
たから、予想がつく。

そこに小さなホワイトボードがかけてあった。


『宿題がんばってます』


そう書かれていた。


(勉強してんのか・・・)


観鈴が出てくるまで待つか。

勉強中というのなら仕方がない。

居間に戻ることにする。


「・・・・・・」


ちゃぶ台の上にはケーキ。


ぐぅ~・・・


「水でも飲んでこよ・・・」


立ち上がる。

麦茶を一杯あおる。

空腹の胃に、冷たさが染み渡る。


「先に食ってようか・・・」


戻る。


・・・


「もぐもぐ」


「・・・・・・」

 

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「おいしい」


観鈴がケーキを食べていた。


「・・・・・・はぁ・・・」
「往人さんのおみやげ、おいしい」
「そらよかったな・・・」


観鈴の正面に座る。


「紅茶いれよーっと」


クリームのついた指をなめてから、観鈴が台所に消える。


「おまえ、勉強中だったんじゃないのか」
「通りがかったら、おみやげ置いてあったから」
「どうやったら、勉強中にこんなところ通りがかるんだよ・・・」
「偶然~。 これには観鈴ちんもびっくり」
「そっか。 そらよかったな」
「おまえさ・・・目、赤くないか?」


紅茶をふたつ持って戻ってきた観鈴の顔を見て、そんなことを思う。


「寝不足かな。 それぐらい勉強がんばってる」
「寝てたんじゃないのか・・・?」
「そんなことないよ。そんなことないっ」


自信を持って言える、こいつは寝ていた。


「はぁー、紅茶もおいしい」
「補習受けてるわけがよくわかるよ」
「ん?」
「いや・・・」


ケーキを食べる。


・・・・・・。


「どこのケーキ屋さんかな。
すごくおいしい、どれだけでも入っちゃう」


ふたつめのケーキに取りかかる観鈴

俺はひとつ食べて、こめかみを押さえていた。

甘すぎて、頭が痛い。


「ごちそうさま。 とってもおいしかった。
さて・・・と。
日曜だし、お掃除しよーっと」


ふたつめのケーキを平らげると、ちゃぶ台の上を片づけはじめる。


「おまえ、宿題やったのか」
「まだまだ夏休みはあるしねー。
それに、埃の溜まった部屋で寝るの嫌だもんね」
「そら、そうだが・・・」


てきぱきと働き出す。

俺は居間で、することなく、ぼーっとしていた。

観鈴が戻ってくる。

手には、はたき。

ぱたぱたと俺の頭上を叩いてゆく。


「ごほんっ・・・」


埃にせき込む。


「どいてればいいのか、俺は」
「うん、ごめんね」

 


・・・・・・。


台所に、無意味に立つ男がひとり。


意味もなく、間を埋めることにする。


「・・・・・・さて、今週は国崎家特製の法術焼きそばのレシピだ。
奥様、メモのご用意を。
法術焼きそばは普通の焼きそばと違って、なんと麺を法術で焼くのだ。
ぼぼぼぼぉーーーっ!
・・・・・・できるかっ」


・・・・・・。


「居心地が悪すぎる・・・。
男がひとりで台所なんかに立つもんじゃないな・・・」

 

 

 

・・・
結局外まで出てきた。


(あいつは、家のことだけは器用にこなす奴だよな・・・。 まあ、あのずぼ
らなのが母だからな、無理もないか・・・)


掃除機もかけるのだろう。

しばらくは戻ってこないほうがいいようだ。

その場を後にする。

 

・・・


・・・・・・


歩き慣れてきた道。

もう観鈴の地図も、必要ないかもしれない。

しかし暑い・・・。

しばらく雨も降っていないんじゃないだろうか。

焼けた道に水を撒く主婦がいた。


(俺にぶっかけてくれ・・・)


びちゃ。


足に引っかけられていた。


「あ、ごめんなさいねぇ」


実際されると、ムカつく・・・。


「タオル、持ってきたほうがいいかしらねぇ・・・」
「構わない。 すぐ乾くだろ・・・」

 

・・・

 

暑い・・・。

かと言って、まだ家に戻るわけにもいかない。

俺は思い出す。

涼しくなるには心頭滅却

この前は試そうとして、誰かの登場によって中断されていた。

この人気のない場所だったら大丈夫だろう。

俺は人形を地面に置き、指先を当てる。


「・・・・・・」


その精神集中の途中で音が聞こえてくる。


「ん・・・?」


ぶろろろろろろろろぉーーっ!


さっ!


人形を掴んで、引いていた。

その前をバイクが通り過ぎる。


きぃぃぃーーっ!


少し先で停車した。

 

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「・・・あ、あんたかいなー」
「あんたは俺の人形をはねるために、こんなところで張っていたのか」
「なんや、それ」
「いや、べつに」
「ていうか、こいつ、ごっつファンシーな格好しとるっ。 こわっ」
「ほっとけ」
「んなファンシーファッションであんた、なにしとんねん」
「それはこっちのセリフだ。
今日はまた一段とバイクの似合わない場所を走ってたもんだな」


晴子が降りてきた山を見上げる。


「この先は・・・神社だったか」
「せやな。
うちかて、たまにはお参りしたなるねん。
あやうく賽銭箱に激突するところやったけどなー」


とんでもない参拝者だった。


「ほな、うち仕事に戻らなあかんさかいに、いくわー」
「ああ、とっとと行ってくれ」
「さいなら」


ぶろろろろろろーーーっ!


バイクが土埃を巻き上げながら、遠ざかってゆく。

それが消えて見えなくなると、辺りは再び田舎町の情景に戻る。


(神社か・・・。 暇だし、行ってみるか)


俺は晴子が来た方向へと歩き出す。

 

・・・・・・。

 

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なんとはなしに来てみたが・・・。


(何にもないぞ・・・)


動くものといえば雲の影だけ。

聞こえるのもセミの声だけだった。

車の走る音も、人の声も聞こえない。

ただ、セミセミセミ・・・。

セミセミセミセミセミセミセミセミセミセミセミ・・・。


「ちっとは、黙れっ!」


さらにうるさくなったような気がする・・・。


「戻るかな・・・」


踵を返す。

その先で、子供が数人、木の下に集まっていた。

皆、網やカゴを持っている。

虫を捕っているのだ。


「あ、あのひとに頼もうよ」

 

「体大きいよ、あのひと」


何か知らないが、こっちを見ている。


「えーっ、なんか目つきが恐いよぅ」


「・・・・・・」

 

「ねぇねぇ」


そのうちの一人が近づいてくる。


「なんだよ・・・」
「あの木、蹴ってくれない?」
「蹴る? なんのために」
「そうしたら、虫が落ちてくる」


俺はその木を見上げる。

本当だろうか・・・。


「わかった。 蹴ってやろう」


わーい、と子供たちが歓声をあげる。


「思いっきりね」
「思いきりか・・・どいてろよ、おまえら」


俺は木の前に立つ。


「せーのっ・・・」


どぐしっっ!!


木が、一瞬ぶれた。


ボタボタボタボタボタボタッ!!


色んなものが落ちてきた。


「じゃあな」
「わーっ、いっぱい虫つけて、去ってくよ、あのひと!」
「・・・・・・」


見下ろすと、体中、虫だらけだった。


「やりぃー!」


子供が俺に群がって、虫を捕っていく。


コガネムシはいらないや」
「全部、取ってくれ!」

 

 

 

・・・。


・・・・・・。


「・・・・・・」


子供たちが去ってゆく。

俺はそれを見送った。


「ばいばーい」


「え・・・?」

 

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隣に観鈴がいた。


「いたのか、おまえ・・・」
「今きたところ。 でも一足遅かった。
子供たち、いっちゃった。
往人さん、子供たちと遊んでた」
「違う」
「往人さん、ひとりで遊ぶのよくないよ」


こいつは、俺が子供たちと虫捕りをして遊んでいたと思っているのだ。


「わたしも誘ってほしい」
「掃除してたじゃないか」
「それでも、抜け駆けはよくないよ」
「べつに遊んでたわけじゃないんだけどな・・・。
おまえのほうこそ、こんなところまで何しにきたんだよ」
「下で見かけてから、追っかけてきた。
そうしたら、往人さん、子供たちと虫捕ってた」
「だから違うって言ってるだろ」
「証拠のコガネムシ


俺の背後から、虫をはぎ取っていた。

ぶぅん、とそれが観鈴の手から飛び立つ。


「往人さんっておもしろいよね」
「なにが」
「黙ってたらクールなのに、いつも子供っぽいことしたり、ヘンなことしてた
りする」


・・・かなりショックな事実だった。


「マジかよ・・・」
「うん、マジ。
今日は、ステゴザウルス、がおがおしてるし」
「好きで、がおがおしてるんじゃないぞ・・・」
「でも、そういうところ、往人さんの面白いところだから、好き」
「おまえに嫌われてもいいから、クールに生きよう、これからは」


ふらふらと坂を下り始める。


「どこ行くの?」
「風まかせだ」


クールに答えた。


「あばよ」
「わ、待って」


観鈴が走ってきて、俺の腕をつかむ。


「なんだよ」
「えっとね・・・。
ここまで来たんだから、もっと遊びたいなって思って。
隠れん坊しよ」
「はぁ?」
「かくれんぼっ」
「んなもの町の子供を集めてやってくれ」
「往人さんとしたい」
「何歳だよ、俺たちは」
「歳なんて関係ないよ」
「たった今、これからはクールに生きようと決めたところなんだぞ、俺は・・
・」


しかし、遊ぶといっても、隠れん坊をする気にはなれない。

うまく隠れられたら、陽が暮れるまで探し続けることになる。


「代わりにかけっこだ。 それぐらいならしてやろう」


それなら一瞬で終わる。


「うん、いいよ。どこまで?」
「そうだな・・・ここから、てっぺんまでだ」
「よし、じゃあ・・・よーい・・・どんっ」

 


俺たちは駆け出す。

すぐ、観鈴の姿は見えなくなった。

 

 

・・・。


・・・・・・。

 

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・・・

手を抜くにも抜きようがないほど、観鈴は遅かった。


(徒歩でも勝ってたんじゃないか・・・)


それぐらい鈍足。


(この暑い中、馬鹿らしい・・・)


俺は額から汗を滝のように流しながら、観鈴を待った。

 

 

 

・・・・・・。


・・・。


・・・遅すぎる。


嫌な予感がする。

この暑さで走ろうが、俺だから立っていられるのかもしれない。

あいつは普通の女の子だ。

俺は、再び駆けて坂を下っていた。


(だから、大人しく家に帰らせておけば良かったんだっ・・・)

 

 

 

・・・


観鈴っ」


観鈴は、坂の途中でしゃがみ込んでいた。


「大丈夫か、観鈴
「あ、往人さん」


立ち上がって振り返る観鈴


「見て。 オオクワガタ」
「・・・・・・」
「これね、すごく珍しい」
「・・・・・・」
「子供たちに見せたら、人気者になれる」
「・・・・・・」
「ん? 往人さん?」
「・・・・・・」
「なにか言ってほしいな」
「・・・・・・」
「顔にクワガタ~っ」


ザクザクザクッ!


「ぐあ・・・這わせるなっ! 痛いだろっっ!」


俺は顔面から馬鹿でかい昆虫をはぎ取り、観鈴に突きつける。


「にはは・・・ごめんなさい」
「おまえな・・・心配したんだぞ」
「ん?」
「そもそも、俺たちはなんの途中だった」
「虫捕り」
「・・・かけっこはどうした」
「あ、そうだった。 うん、それもする」
「あれもする、これもするじゃ・・・付き合ってるこっちがたまんないっての

俺は膝に手をついて、息を落ち着ける。

焦った分だけ、汗も大量に吹き出ていた。


「よーい、どん」
「・・・え?」


観鈴はひとりで坂を駆け上っていった。


「・・・・・・」


俺は唖然と見送る。


・・・・・・。


戻ってくる様子はなかった。


「もう一度上るんだな、俺は・・・」

 

 

 

・・・。


・・・・・・。


「はぁ・・・はぁ・・・」

 

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再び石段の頂上に辿り着くと、そこで観鈴はVサインをして立っていた。

「勝った。 わたし、速かった?」
「ああ。 速かった」
観鈴ちん、すごい」
「はぁ・・・。
何が悲しくて、こんな暑い中、坂道を往復しなきゃならないんだよ・・・」


地面に倒れ込んでしまいたかった。


「クワガタさんは、ここにお引っ越し~」


観鈴はさっき捕まえた巨大なクワガタを別の木にくっつけていた。

クワガタにすればいい迷惑だろう。


「しかし・・・」


俺は辺りを見回す。


「ここ神社だろ。 人気が全然ないな・・・」
「普段はそうだね。
でも、もうすぐ人がいっぱいになる」
「洪水でもきて、町の人間が一斉に避難でもしてくるのか。
嫌な予言をする奴だな・・・」
「そんなこと言ってないって。
わたしの描いた地図に書いてあるよ」
「なにが」
「ここが賑わう理由」


俺はポケットから地図を取り出す。

 

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「意味不明の巨大生物」
「その隣」
「・・・もうすぐ夏祭り」
「そう、お祭り。 夏祭りがあるの、ここで。
そのときは人でいっぱいになる。
町の子供がみんなくるから」
「それは嫌すぎるぞ・・・」


決してそんな中にいたくない。


「ん?」
「いや・・・なんでもない」
「だからね、今は静かなの」


辺りはセミの声しかしない。

それはまるで木々が、一年かけて祭りの後の空気を吸い続けているような・・
・。

そんな錯覚がした。

そしてすべてを吸い尽くしたとき、再び祭りの日はやってくる。

この場所だけは、その日を中心に回っているのだ。


「じゃあ、その日は夏休みのメインイベントなんだな」
「うん。そうだねー」
「楽しみだな」
「うん、楽しみ」
「そういや、おまえ、今でも信じてるのか」
「なにを?」
「ひよこが大きくなったら、恐竜になるって」
「もう知ってるよ。
ひよこは大きくなったら、ニワトリさんになる」
「よくできました」
「でも、どうして知ってるのかなぁ、そんな話」
「晴子から聞いたんだ」
「はぁ・・・そんな小さい頃の話持ち出して・・・」
「一日中泣いていたって聞いたぞ」
「うん・・・」
「欲しかったんだろ、ひよこ。
いや、違うか。 恐竜の子供か」
「ううん、欲しかったのはひよこでも、恐竜の子供でもなかった。
なんでもよかったの。 買ってもらえるんなら。
お母さんに」
「・・・・・・」
「帰ろうか」
「ああ」

 

・・・


・・・・・・


川のせせらぐ音が聞こえる。

体を乗り出して、観鈴がその下を覗き込んでいた。



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「お魚、すくいたいな」
「俺は泳ぎたいよ・・・」


そうすれば、どれだけ涼しいことだろう。


「うん、それもいい」
「おまえは、ほんと、なんだっていいんだな」
「夏休みだからね。 遊べるだけ、遊びたい」
「宿題もしないとな」
「ちゃんとがんばってるよ」
「ほんとかよ・・・」


ようやく風が吹いてきた。

しばらく、そこで汗を乾かす。

観鈴の姿が消えたかと思ったら、下のほうからきゃっきゃと嬉しそうな声が聞
こえてくる。

ひとりで遊び始めたようだった。

どこまでも、呑気な奴だった。

 

・・・


・・・・・・

 


夜になると、ふたりで散歩に出かけた。

まだ風は生暖かい。

ふたりで夜道を歩いてゆく。

どこの家からか風鈴の音が聞こえてきた。

観鈴はいちいちその音に反応して、いろんな家の庭先を覗いていた。

 

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「あ、花火してるよ」
「そっか。 入れてもらうか?」
「ううん、いい。 家族で楽しそうだし。 いこっ」


俺の手を引っ張って、人家から離れた。

 

 

 

・・・


・・・・・・

 

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「わたしは、往人さんと遊んでるだけで楽しいよ」
「そっか?」
「そうだよ。 往人さん、おもしろい人だし。
ううん、おもしろいオタマジャクシだし」
「わざわざ言い直すな」
「そのオタマジャクシさんと、今日はいろんなことした。
神社で競争したり、クワガタ捕まえたり、川で遊んだり」
「そうだな・・・」
「楽しかった」
「そっか。そらよかったな」
「うん、よかった。
実はね、今日、わたしの誕生日だった」
「え?」


その言葉に、俺は驚く。

こいつがそんなことを隠しているとは思わなかったからだ。


「こんな楽しい誕生日なかったから、すごくよかった」
「おまえな・・・そんな大事なこと、どうして隠してたんだよ」
「もし言ってたら、往人さん、どうしてくれた?」
「そらプレゼントのひとつでも・・・」


・・・そんな金、なかった。


「そら、一緒に遊ぶくらいのことは・・・できただろ」
「うん、してくれたよ、往人さん」
「そうか・・・そうだったな・・・。
いや、それでもな、特別な日だということを知っていれば、それなりに俺も盛り上げようと・・・」


(いや・・・それもないか・・・)


結局知っていても、観鈴の言うとおり同じだっただろう。


「じゃ、そろそろ戻ろうかー」


観鈴が踵を返して、進路を変える。


「な、観鈴
「うん?」


先を歩いていた観鈴が振り返る。


「夏休みはまだまだあるからさ・・・。
もっとたくさん、遊ぼうな」
「うんっ」


笑って頷く。

俺は、観鈴のそばにいることが好きになっていたのだろう。

そう思う。

 

 


・・・

 

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観鈴の後ろについて、夜空を見上げる。

 

欠け始めた月。


「あのね、わたしが見た空の夢・・・」


観鈴から、その話を口にしていた。

 

それはずっと聞こうと思って、聞けなかった話だった。


「その夢はね、ずっと続いてるの。
見たの、一回とか二回とかじゃなくて・・・毎晩続いてるの。
夏休みが始まった日から」
「そっか・・・」


興奮を抑えて、低い声で相づちを打つ。


「それでね、わたしその夢をさかのぼってる」
「え?」
「さかのぼってるの」
「どういう意味だよ・・・」
「ええと・・・うまく言えないけど、わかるの」
「空が変わるのか?」
「ううん、空は変わらない。 いつもと同じ。
風の匂いとか、肌触りでわかるの。
空気の流れ、季節の移り変わり・・・。
わたしは時間をさかのぼってるって」
「なんだよ、それって・・・。
そんな夢、聞いたことないぞ」
「そうだね、聞いたことないよね。
ね、往人さん。 わたしの夢はどこに向かっているのかな・・・」


・・・