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AIR【9】

―DREAM編 霧島佳乃



 

~7月20日(木)の途中から~

 

―――


ばっしゃ~~~~~~~~~~っ!

 


・・・・・・。

 

俺は辺りを見回した。

頭上には真っ青な空。

左右にはなだらかな緑の土手。

頭をさすると、大きなこぶがある。

そして、全身水浸しだった。


「何してるのぉ?」

 

 

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・・・


見知らぬ少女が、橋の欄干からこちらを見下ろしていた。

観鈴と同じ制服。

青空を背景にした、どこか子供っぽい笑い顔。


「何をしているように見える?」
「えっと・・・。
なんかすごい生き物がいたから、思わず飛び込んじゃった、とか・・・」
「・・・どんな生き物だよ、そりゃ」
「体長5メートルぐらいのカメさんとか」


川幅におさまってないぞ。


「謎の地球外生命体が、俺の大事な人形を持ち逃げしたんだ」


言ってる本人が、何がなんだかわからない状況だった。


「お人形?」


『お』をつけられると、ものすごく嫌な感じになる。


「・・・って、あれのことかなぁ」


少女の視線を辿る。

川面に近い土手の草に、俺の人形が引っかかっていた。

ざぶざぶと歩き、人形を取り戻す。

もう少しで川に流されるところだった。


「それで謎の地球外生物は・・・これのことかなぁ」


少女が自分の足元に視線をやった。

さっきの珍妙生物が、嬉しそうにまとわりついているのが見えた。


「こらっ、素手でさわらない方がいいぞ」


「えっ、だいじょうぶだよぉ。 ねっ、ポテト」
「ぴこぴこぴこっ」
「ふむふむ」
「ぴこぴこっぴこぴこぴこ~」
「あっ、そうだったんだぁ」
「ぴっこり」
「それはまたご迷惑をおかけしましたぁ」


俺に向かって、ぺこりと頭を下げる。


「・・・なぜ謝る?」
「だって、ポテトが人形をここまで持ってきちゃったって」
「・・・・・・」


見事にコミュニケーションがなされている。


「・・・言葉がわかるのか、そいつの?」
「うんっ」


何の迷いもなく、即答した少女。


「・・・知ってるのか、その毛玉のこと」
「うんっ。 親友だよぉ」
「親友?」


「うんっ、そうだよぉ。 ね~、ポテト」
「ぴこぴこ」


親友の呼びかけに、ポテトと呼ばれた地球外生命体も嬉しげに答える。


「そうか。親友か」


この地球外毛玉と?


「あれれ? どうしたの?」
「・・・いや、なんでもない」


思わず、遠い目をしてしまった。

世の中には、俺がまだ知らない次元があるらしい。

少女はただ、にこにこと笑っている。

手首に巻かれた黄色いバンダナが、やけに目立つ。

ただのアクセサリーにしては、邪魔なような気がする。


・・・バンダナのことを訊いてみるか。


「・・・それはそうと、それは何だ?」
「ほへっ?」
「そのバンダナだ」
「これっ?」


自分の手首を、左指でさし示す。


「怪我でもしてるのか?」
「えっとー・・・」


大きな瞳を開いたまま、なにやら考える。


「教えてほしいっ?」
「教えてほしいぞ」
「むむ、やっぱり秘密っ。
だって、言ってもぜったい信じてくれないから」
「・・・・・・」


・・・なら教えてほしいとか言うなよ。


「それじゃあ、あたしたち先に帰るねぇ」
「ああ」


「行こっ、ポテト」
「ぴこっ」


くるり、と俺に背を向ける。

走り出そうとして、なぜかもう一度こちらを覗き込んだ。


「えっとね」
「・・・なんだよ?」
「魔法が使えたらって、思ったことないかなぁ?」


何を言われたのか、とっさにわからなかった。


「びっくりしてる~」


口元に手を当てたまま、賑やかに笑う。


「それじゃね。 お人形さんにもよろしくね~」


日射しと一緒に降ってくる、満面の笑顔。


「じゃあね~」


少女とその親友は、田舎道をぱたぱたと駆けていった。

 

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・・・。


俺は土手を登り、橋のたもとまで戻った。


「・・・・・・魔法?」


・・・・・・・・・。


・・・・・・。


・・・。


―――

 

 


~7月22日(土)の途中から~

 

 


―――

 

・・・・・・・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

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・・・。

 

堤防の上で、風に吹かれていた。

地面を焼く夏の陽射し。

玉のような汗が額をつたう。


「アジィ・・・」


思わず声に出る。

背後から聞こえてくる波の音。

あまりの暑さに、このまま海にむかって駆け出したい衝動に駆られる。

そこで俺は想像してみた。

走りながらシャツを脱ぎ、上半身裸でバシャバシャと海に入っていく自分の姿を。


「・・・・・・」


あまりにも不釣り合いだった。

・・・馬鹿なこと考えてないで、行くか。

腰を上げる。


「どーーーんっ!」


「ぐはっ」


背後から突き飛ばされた。

視界が空に変わった。

首の関節が、グキッ、とイヤな音をたてた。


「ぐぉぉ・・・」


あまりの激痛に、堤防の上をのたうち回る俺。


「うわわっ。
ご、ごめんなさいっ。 勢いつけすぎ・・・」


少女の焦った声。


「ぴこぴこ・・・」


その声に混じって、奇怪な音も聞こえる。


「く・・・。 お、おまえらなぁ・・・。 どういうつもりだ・・・」

 

 

 

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「あ、あのね、あのね、スポーツバンザイの時間だったからね」


しどろもどろに奇怪な言い訳をする、制服姿の少女。


「・・・なんだそれは」


「ぴこぴこぴこ」


「お、お相撲・・・そう、お相撲さんなのっ! どすこいっ!」


どんっ、と再び俺の胸を両手で突いた。


「どすこいっ! どすこーいっ!!」


どんっ、どんっ、どんっ。


「・・・・・・」


誤魔化しているつもりなのだろうか。

必死で俺を土俵の外に押し出そうとしている。

もちろん土俵などどこにもない。

 

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「ぴこぴこぴこ~」

 


その足下では、毛玉が尻尾を振りながら横綱を応援。

唐突に開始された大相撲夏場所

なんともシュールな状況だった。



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「どすこいっ! どすこいっ!」
「・・・・・・」


どんっ、どんっと小気味よいリズムで胸を突いてくる。

しかし所詮は女の子の力。

この程度で、よろけたりはしない。

それに彼女は彼女なりに、なにやら必死のようだ。

しばらく胸を貸してやるのも、一つの優しさという物だろう。


「どすこいっ! どすこいっ!」


どんっ、どんっ。


「どすこーいっ! どすこーいっ!」


どんっ、どんっ、どんっ。


「・・・・・・」


「どすこーいっ! どすこいっ!」


どんっ! どんっ!


胸を突かれる度に、その振動が胸から背中へと抜ける。

痛いわけじゃない。

苦しいわけでもない。

ただ・・・。


「どすこいっ! どすこいっ!」


どんっ、どんっ。


(・・・ムカついてきた・・・)


そもそも、なぜ俺がこんな攻撃を甘んじなければならないんだ。

いきなり背後から突き飛ばされたり、首を負傷させられたり・・・。

誰がどう見ても、こちらが被害者のはず。


「どすこーいっ! どすこーいっ!」


どんっ、どんっ、どんっ。


「・・・・・・」


ムカムカ・・・。


「どすこいっ! どすこーいっ!」


どんっ、どんっ。


ムカムカムカ・・・。


「どすこーい!」


ぱしっ。


俺は、少女の双手突きを、巧みに払い落とした。

 

「うわわっ」


敵のバランスが崩れる。


「・・・・・・」


無言のまま、回転の速い突っ張りを一気に繰り出す。


「うわわわっ」


そのあまりの早さに、少女は逃げ腰になった。

他愛もない・・・。

そう思ったのも一瞬だった。

少女は再び腰を落として、俺の突っ張りを迎え撃った。


「うぬぬ・・・ま、負けないっ」


こうなれば、後は気力の勝負だった。


「・・・・・・」


しゅんしゅんしゅーーーんっっ!!


「どすこーーーいっっ!!」


どんどんどーーーんっっ!!

 

「ぴこぴこぴこーーーっっ」

 

ぴこぴこぴこーーーんっっ!!


・・・わけがわからない。


夏の陽射しに焼かれた堤防の上で、二人と一匹が名勝負を繰り広げている。


「ちっ・・・!」


突っ張りの回転速度を上げた。

一気に勝負に出たのだ。


「うわわわっ」


少女はじりじりと後ろに後退していく。


「うわっ、わっ、わっ」


少女の足は、すでに徳俵の上だ。

とどめのひと突きを少女の胸元に放った。


・・・ふにょん。


「・・・ふにょん?」


掌に、なにやら柔らかいものがあたった。


「なんだこりゃ?」


確かめてみる。


ふにょん、ふにょん、ふにょん。


「おぉ・・・これは・・・」

 

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「うわわわわーーーっっ!!
む、胸にさわっったーーーっっ!!」
「みたいだな」
「エッチーーーーーっっ!!」


どーーーーーーんっ!!!


「ぐはーーーっっ」


次の瞬間、俺は渾身の双手突きに宙を舞っていた。


「・・・ま、負けた」


ばたっ。


「・・・・・・」



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夏の空は、どこまでも青かった。


・・・・・・。


・・・。

 

「楽しかったねぇ」


風の中、少女が笑っていた。


「ぴこぴこぴこ」


変な犬も笑っていた。


「そら結構・・・」


コンクリートの地面にしこたまぶつけた腰をさすりながら答えた。

我に返ると、自分はいったいなにをしていたのだろうかと虚しくなる。

そこで、話題を変えることにした。


「こんなところでなにしてるんだ?」
「大相撲」
「・・・そうだったな」


変わらなかった。

でも諦めない。


「ちがうだろ。
どうしてここにいるんだ、という問いかけだ」
横綱になるため」
「・・・まだまだ道は険しいぞ」
「がんばるよぉ~」
「・・・・・・」


横綱になってもらっても仕方がないので、こちらから話題を振ることにした。


「学校か?」


遠くに見える校舎に目配せをしながら訊ねる。

少女には悪いが、あまり頭がいいようには見えない。

きっと観鈴と同様、補習なのだろう。


「うんっ、そうだよぉ」


思った通り、少女は答えた。


「破天荒だな。 犬を連れて登校とは」

「ぴこ?」

「ちがうよぉ。 ポテトはね、あたしを迎えにきてくれたんだよぉ。
ね、ポテト」

「ぴこ」

「そっか。 そらご苦労だな」

「ぴこぴこぴこ」

「キミは?」
「えっ?」
「キミは、ここでなにしてたのぉ?」


クリクリした瞳で、俺を正面から覗きこむ。


「・・・・・・大相撲」
「大熱戦だったねぇ」
「そうだな」


そう言えば、俺はいったいなにをしているのだろうか。


「俺は・・・暇を持て余している」


本当は、人を待っていると言うべきなんだろう。

 

だが、この少女の前で観鈴のことを話すのは、なぜか気が引けた。


「ねぇっ、ホントっ!
実は、あたしもヒマヒマ星人なんだよぉ」


・・・星人ってなんだよ、星人って。


「そういうわけなのでー。
キミをヒマヒマ星人2号に任命するっ!
ちなみにポテトは3号さんだよぉ」

「ぴこ~」


俺以外のヒマヒマ星人たちは、とても嬉しそうだった。


「・・・ヒマヒマ星人は何をすればいいんだ?」
「別に何もしないよぉ。 ただヒマなだけ。
それがヒマヒマ星人の宿命なのでありましたぁ」

「ぴっこり」

「ヒマだねー。ポテト」
「ぴこー」
「あーヒマヒマ・・・」
「ぴこぴこ・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

「・・・・・・」


地球外のノリだった。

・・・っていうか、おまえら友達いないだろ?

異星人の会合につき合っていてもしょうがない。

俺は軽く伸びをして、階段の方に歩きかけた。


「お・・・」
「大相撲はもう終わりだ」
「そうじゃなくて、お人形」
「えっ?」


尻ポケットを探る。

 

人形がない。


「ぴこぴこ~」


犬がくわえていた。


「こんの毛玉犬っ・・・」


だが、ポテトは逃げ去ろうとはしなかった。

 

俺の前にふにふにと歩み寄り、人形をぽてっと置く。

 

そして後ろ足で立ち上がる。

 

そしてあの、戦慄のダンス。

 


「・・・ぴっこぴこぴこ~」

 


なんとなく触りたくない質感の毛玉が、嫌な感じで前後に揺れる。

 


「・・・うわわわわ~」

 


恥ずかしそうに口元を押さえるものの、視線はポテトに釘づけだ。

 


「放送禁止ギリギリだろ?」
「一生夢に見そうだよ~」

 


それでも踊りをやめないポテト。

 

こいつが伝えんとするところはよーくわかる。

 

だが、俺だってプロの端くれだ。

 

一銭にもならない相手に、無駄に芸は見せない。

 


「ぴこぴこっ・・・」
「言っておくが、見物料に骨は受け付けないぞ」
「ぴこ~・・・」

 


隠し持っていた骨を残念そうにしまう。

 

俺もそそくさと人形をしまおうとした。

 


「お人形~」

 


不満げな瞳で俺のことを見る。

 


「『お』をつけるな」
「うぬぬ・・・」
「だいたい、これはそんな可愛らしいもんじゃない」
「どうして? ポテトと同じぐらいかわいいのに~」
「・・・・・・」

 


・・・褒め言葉だと思っているのか、それが?

 


「それじゃあ、どうしてお人形なんか持ち歩いてるの~?」
「俺の商売道具だ」
「それじゃキミ、お人形売りさんなんだぁ。
ひとつくださ~い」
「非売品です」
「うぬぬ。 ニセお人形売りだ~」

 


不審そうな目で俺を見る。

 

最初に会った時から、こいつにはどうも見くびられている気がする。

 

ここらで一発、大道芸人としての意地を見せておくのもいいかもしれない。

 


「・・・見せてやるか。 どうせヒマだからな」

 


ヒルに言い放ってから、人形を地面に置く。

 


「見てろ・・・」

 


徐々に念を込めていく。

 

人形が立ち上がる。

 

そして、ゆっくりと歩きだす。

 

熱されたコンクリートの上を、ぐるぐると渦を巻くように行進させる。

 

ひさしぶりにいい調子だ。

 

一人と一匹の視線が熱い。

 

そしてフィニッシュ。

 

人形を大きくジャンプさせる。

 

そして、少女の前にぽこっと着地させた。

 

最高の演技だった。

 

客の方を見る。

 

感極まったのか、ポテトの舞いはますます危険度を増している。

 

電波に乗せれば、子供たちが大量失神するのは必至だ。

 

そして、少女の方を見る。

 


「・・・・・・」

 


メチャメチャ真顔だった。

 

・・・ひょいひょいひょい。

 

見えない糸を切るように、人形の上でチョップを往復させる少女。

 


「糸で吊ってるわけじゃないぞ」
「ぴーがーざざざざざ・・・」
「妨害電波を出しても無駄だ」
「そっかぁ! ここは日向だから・・・」
「ソーラーパワーでもない」
「うぬぬ・・・」

 


真剣に考え込む。

 


「それじゃ、どうやって動いてるのぉ?」
「法術だ」
「ほーじゅつ?」

 


真顔で問い返されて、思わず言葉に詰まる。

 

手を触れることなく、人形を動かす力。

 

俺にとっては当たり前の力。

 

この少女に分かる言葉で、それを説明するなら・・・。

 


「・・・一種の魔法だ」
「魔法?」

 


少女の瞳が、俺のことを見据える。

 


「なーんだ。 魔法なんだ」

 


つまらなさそうに溜息をつく。

 


「なーんだ、とはご挨拶だな」
「だって・・・。
あたしも使えるもん、魔法」

 


にっこりと微笑む。

 

そのまま、少女は空を見上げた。

 

青く、高い空。

 

こまでも飛んでゆけそうな夏空。

 


「・・・う~んっ」

 


両手を頭の上で組んで、大きく伸びをする。

 

黄色いバンダナが、風をはらんで翻る

遠くの方、校舎のガラスに陽光が反射している。

 

潮風に乗って、チャイムの音が聞こえてきた。

 


「あーっ! もうこんな時間だぁ」
「用事があるのか」
「うんっ。 学校行かないと」
「・・・さっき、学校の帰りって言ってなかったか?」
「まだ用事が住んでないんだもん」
「・・・ヒマヒマ星人じゃなかったのか?」
「そんなの信じてたのー? こっどもぉ」
「・・・・・・」

 


俺の殺気を感じるより早く、少女はぱっと駆け出した。

 


「行くよぉ、ポテト!」
「ぴこぴこっ!」
「それじゃ、またねぇ~」

 


俺に向かって、大げさに手を振る。

 

堤防の上に、また一人になった。

 

波音と潮の匂いが、ゆっくりと戻ってくる。

 

地面に放り出したままの人形を拾おうとした。

 

なぜだか、ぎくりとためらう。

 


「・・・魔法?」

 


自分で言ったはずの言葉が、妙に引っかかっている。

 

ちがう。

 

引っかかっているのは、少女が言った言葉だ。

 

 


――『あたしも使えるもん、魔法』

 

 


「あいつ・・・」

 


・・・。

 

 

まだ名前を聞いていないことに気づいた。

 


「・・・まあ、いいか」

 


つぶやいて、俺はその場に寝転がった。

 

焼けたコンクリートを、汗ばんだシャツごしに感じる。

 

まだ日は高い。

 

稼ぎに行く前に、すこし町をぶらぶらしようと思った。

 

そう、言うなれば散策だ。

 

まずは、どこに行こうか・・・。

 

俺は観鈴マップを取り出す。

 

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「・・・・・・」


とってつけたような駅。

 

また書き直してもらったほうがよさそうだ・・・。

 

よし、まずは近場から攻めるか・・・。

 


・・・

 

 

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・・・。

 

堤防から飛び降りると、俺は学校の近くへ歩み寄った。

 

海沿い、街道沿いの学校。

 

潮風はかるく堤防を越え、校門の前まで届いていた。

 

先ほど会った少女も、たぶん中にいるのだろう。

 

静かで、一見誰もいないように見える学校。

 

それでも、複数の人影がちらちらと確認できた。

 


(補習は、まだ終わらないか)

 


しかし・・・いまは何時だろう。

 

ふと、観鈴が出てくるまでに、どのくらい時間があるのかと思う。

 

校舎のどこかに時計がついているはずだから、それで確認するか。

 

そう思うと、塀に沿って歩きはじめた。

 


・・・・・・


・・・

 


塀はやがて、フェンスに変わる。

 

金網の向こうには木々と、運動場の土。

 

校舎の壁に、文字盤の白が見えた。

 

補習が終わるには、まだまだ時間があるようだった。

 


「ん・・・」

 


砂煙が立ちこめる、運動場。

 

私服姿の数名が、草サッカーに興じていた。

 

同じ午前中でも、せっせと勉学に励んでいる観鈴はえらい違いだ。

 

もちろんこの場合、駄目なのは観鈴なのだが。

 


(しかし、ジーパンでサッカーはきつくないのだろうか・・・。
おいおい・・・しかも上半身裸のやつまでいるぞ)

 


ボールが飛んできたとき、どうするつもりなのだろうか。

 

興味深く見ていると、そのうち裸の少年の所に浮き球がいく。

 


バチンッ!

 


ここまで聞こえる音をたてて、剥き出しの胸にボールが納まった。

 

あれは痛いぞ・・・

 


「・・・・・・」

 


(でも・・・どのくらい痛いんだろう)

 


きょろきょろと辺りを見回し、誰もいないことを確認する。

 

そして、そっとTシャツの中に手を入れてみた。

 

指先を開いて・・・

 

バチンッ!

 


「・・・う」

 


・・・。

 

 

(・・・何やってるんだろう)

 


ため息をつき、踵を返す。

 

と、背中に校舎からチャイムの音が届いた。

 

十分の一ぐらいしか機能を成していない学校に響く、チャイム。

 

俺は一度振り返ってから、また歩みを進めていった。

 

 

・・・・・・


・・・

 


「さて・・・」


風を感じながら、空を見上げる。

 

次は、どこに行ってみようか・・・。

 


(確か、まだ行ってない場所があったはずだな・・・)

 


俺は地図を広げる。



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気が抜けた。

 


ぷるぷると顔を振って、再度やる気を呼び起こす。

 


「この橋の向こうだ」

 


橋までは行ったことがあるが、その先には足を踏み入れたことがなかった。

 

地図上では山が描かれている。

 

もしかしたら、それを超えれば簡単に隣町に出られる・・・という可能性もなくはない。

 


(どこでもこの町よりは、マシだろうからな・・・)

 


行ってみることにする。

 


・・・・・・


・・・

 

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・・・


橋の途中で立ち止まる。

 

二日目、そして先ほど出会った少女を思い出す。

 


(あのとき、ここに立ってたよな・・・あいつは)

 


下には、夏の日差しを受けて輝く水面。

 

子供たちの、格好の遊び場に映る。

 


「と・・・先にいかないとな」

 


再び、歩き始める。

 

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

しばらく歩くと海が見えた。

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

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頂上へと続く石段を登り切ったが、そこには古びた神社が一軒。

 

それ以外、なにもなかった。

 


・・・。

 


俺はすぐさま踵を返した。

 


・・・・・・


・・・


残り少ない気力を使い果たし、商店街までやってくる。

 

 

霧島診療所の近くで人形劇を始めた。

 

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ポテトこと、異星人の生物兵器がまたしても現れ、邪魔をしていった。


・・・。


その後、めげずに劇を続けたが、もう一つの人外魔境が・・・。

 

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・・・

 

俺はみちるをからかった挙げ句、みぞおちを攻撃され、悶え苦しんだ。

 

・・・。

 

みちるは、ぱたぱたと足音だけを残し、走り去っていった。

 


・・・

俺は堤防に移動することにした。

 

 

・・・・・・


・・・


その日の午後。

 

堤防に腰を下ろし、遠くを眺めた。

 

眩しい照り返しの中、子供たちがはしゃいでいるのが見えた。

 


「・・・・・・」

 


しばらくの間、じっと眺めてみる。

 

いつまでも絶えることのない笑い声。

 


「くそ暑いのに、元気なこったな」

 


年寄りじみた呟きをもらしてしまう。

 


・・・・・・はぁ・・・」

 


ため息がもれる。


後方から、潮風が背を押すように吹きつけてくる。

 

サラリと首筋に何かが触れた。

 


「・・・うん?」

 


振り返る。


「・・・?」


誰もいない。

 

気のせいか・・・?

 

首筋を触りながら首を傾げる。


ぽんぽん・・・。


肩を叩かれた。

 


「ん?」

 


背後からの来訪に再び振り向く。

 


「・・・・・・」

 


が、やはり誰もいない。

 

気配もない。

 

・・・俺は疲れてるのか?

 


ぽんぽん・・・。

 


「・・・・・・」


気のせいじゃない。

 

確かに何かが俺のすぐ近くにいる。


ばっ!


勢いをつけて、素早い動きで振り返ってみる。


「くっ!」


だめだ・・・誰もいない。

 


ぽんぽんぽん・・・。

 


肩を叩く回数が増えた。


挑発されているようだ。


「・・・右!と見せかけて左っ!」


ばっ! ばっ!


フェイントを交えて振り返る。



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「あ・・・」


そこには、見覚えのある顔があった。


「・・・・・・」


潮風に、艷やかな黒髪がゆれている。

制服を着ているせいだろうか。

その姿は、夕べの印象よりかは、幾分幼い感じを受けた。


「・・・・・・・・・ちっす」


奇怪な間を開けた後、軽やかな挨拶をされる。


「・・・・・・ちっす」


挨拶を返す。


「・・・・・・・・・良い挨拶」


満足そうだった。


「はぁ・・・」


そんな遠野を見つめながら、ぽりぽりと頭をかく。


「なんか用か」


深みにはまらないよう、努めて冷静に対処してみる。


「・・・・・・・・・用?」
「ああ」
「・・・・・・・・・・・・」


なにやら考えているようなので、答えがでるまで待ってみる。


「・・・・・・・・・・・・・・・偶然・・・」


ぽつりと呟く。


「・・・奇遇です」


どうやら、ここで出会ったのは、ただの偶然だと言いたいらしい。


「そうだな。 奇遇だな」


おまえは奇怪だ、とは口が裂けても言えない。


「・・・・・・・・・・待ち合わせ?」
「まあな」


適当に答える。


「・・・・・・・・・神尾さん?」
「まあな」


適当に答える。


「・・・・・・・・・やった・・・正解・・・。
・・・ハワイ旅行獲得・・・」


ぼそぼそと呟く。


頼むから、ハワイへは自費で行ってくれ。


「おまえは補習か」


喜びを滲ませる遠野を無視して、話題をすり替える。

 

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「・・・補習?」
「ああ。
じゃなかったら、夏休みに学校へ来る理由なんてないだろ」
「・・・・・・」


ぷるぷると、首を何度も横に振る。


「違うのか?」


こくりとうなずく。


「・・・部活動というものがあるのです」
「なるほど。 そらご苦労だな」
「・・・・・・・・・天文部です」


・・・それは訊いてない。


「・・・星・・・好きだから」


・・・それも訊いてない。


「・・・えっと・・・」
「うん?」
「・・・・・・・・・」
「?」
「・・・じぃ~~~」
「・・・・・・」
「・・・じぃ~~~」
「・・・・・・」


見つめられている。


「・・・・・・・・・好き?」
「なにが」
「・・・星・・・」
「星?」


こくり。


「・・・きらきらの星・・・好きですか?」
「・・・・・・」


どうやら、俺が星を好きかどうか知りたいらしい。

 

どう答えるべきだろうか。

 


「・・・悪いが、俺は星なんぞに興味はないんだ」

 


つっけんどんな態度で、俺はそう答えた。

 

 

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「・・・そう・・・残念」


寂しげに、瞳をふせる。


(何も、そんな顔をしなくてもいいと思うんだが・・・)


良心の呵責というものだろうか。

 

遠野の残念顔を見ていると、なんとなく胸がちくちくと痛んだ。


「・・・えっと・・・」


ごそごそごそ・・・


「?」


唐突に、遠野が制服のポケットの中を探りはじめる。


「・・・・・・」


ごそごそごそ・・・


・・・ごそごそごそ・・・


「・・・・・・・・・発見」


したらしい。


「・・・これ・・・残念賞です」


ポケットの中から取り出されたのは、白い封筒。


「なんだ、これは」


差し出された封筒の表面には、丁寧な毛筆で『進呈』と書かれている。


「・・・残念賞」
「残念賞? 残念なのはそっちじゃないのか」
「・・・そう・・・がっくり」
「なら、なんで俺が残念賞を受け取るんだよ」
「・・・・・・・・・そういえば・・・」
「だろ?」


こくり。


「・・・じゃあ・・・残念させたで賞です」
「いや、そういうことじゃなくてだな・・・」
「・・・?」
「?じゃなくて」
「・・・??」
「??でもなくて」
「・・・???」
「・・・・・・・・・もういい」


諦めて、遠野から封筒を受け取る。


「・・・おめでとうございます・・・ぱちぱちぱち」


言葉だけで、実際には手をたたかない。


「はいはい、どうもな」


ため息混じりに封筒をポケットにしまうと、疲労感が全身を這い回った。

 

きっと、この少女のペースにだけは、一生涯を費やしてもついていけないだろう。

 

となれば、ここは逃げるにかぎる。


「じゃあな。 俺はもういくぞ」


くるりと遠野に背を向ける。


「・・・あ・・・」


中越しに、小さな声。


「・・・なんだよ、まだなにか用か」


思わず振り返ってしまう。

 

俺は、もしかしたらお人好しという奴なのだろうか。

 


「・・・・・・・・・えっと・・・」

 


また、なにかを考え始める。


「・・・・・・」


一度振り返ってしまった以上、おとなしくその答えが出るのを待つ。


「・・・・・・・・・・・・元気・・・」
「え・・・」
「・・・元気・・・出た?」
「え・・・」


言って、俺の顔をじっと見つめる。

 

深い瞳。

 

どこまでも広い、母なる海を思わせる瞳。

 

片言の言葉では言い表すことの出来ない思いが、その瞳の奥に見え隠れしている。


「・・・・・・」


(なるほど・・・そういうことか)


ズボンの上から、彼女にもらった封筒に触れてみる。


くしゃ・・・


ポケットの中で、封筒が小さな音をたてた。


「ああ。 元気でたぞ。 サンキュな」


証拠として、二の腕に力コブをつくってみせる。

 

まあ、服の上からだと見えないと思うが・・・。


「・・・・・・・・・良かった」


ほっとしたように呟く。


おそらく、彼女は彼女なりに、俺を元気づけようとしてくれたのだ。

 

どうやら俺は、それと見て取れるほど、憂いた顔をしていたらしい。


「・・・元気な方が・・・お米は美味い」


意味不明な呟きをもらす。

 

でも、不快感はない。

 

その評定の奥に彼女の思いやりが見えて、むしろ微笑ましいとさえ思える。


「・・・・・・・・・私・・・そろそろ部活動ですから」


視線を上げて、そう呟く。


「ああ、そっか。 がんばれよ」


せめてもの感謝の気持ちに、激励してやる。

 

こくりと小さくうなずく。


「・・・・・・えっと・・・」
「どうした」


またなにかを考え始める。


「・・・・・・・・・・・・ガッツ」
「・・・・・・」


せめて、元気良く言ってもらいたいセリフだった。


「・・・では・・・さようなら」


ぺこり。


小さくお辞儀をして、遠野は俺に背を向ける。


とん・・・とん・・・とん・・・・


たおやかに階段を下りてゆく後ろ姿を見つめる。


潮風にゆれる髪が、太陽の陽射しに輝いて、とても美しく見えた。


「・・・国崎さん」


堤防の下から、か細い声。


「うん?」


のぞき込むと、遠野が柔らかな表情で、俺を見上げていた。

 

太陽を背にする俺の影が、彼女を一瞬見えにくくしていた。


「・・・・・・・・・星・・・」


俺の背後にひろがる夏空を見透かしながら、そう呟く。


「・・・気がむいたら・・・夜空を見て。
・・・ここ田舎だから・・・星空とてもきれいです」
「・・・・・・」


一瞬、呟く遠野の姿が、とても儚いものに見えた。

 

儚いものだけが持つ、限りある美しさが、遠野の瞳の奥に見えた。

 

それはまるで、燃え尽きる瞬間のロウソクの炎のように見えて・・・。


「そうだな。 気がむいたら眺めてみよう」


俺は、遠野が見つめる背後の夏空を振り返り、そう答えた。

 

心に芽生えた言いしれない不安から、目を逸らすかのように・・・。


「・・・はい」


遠野の、心なしか嬉しそうな声。

 

それは、彼女の中にようやく見えた、ありふれた少女の感情のように聞こえた。


・・・・・・・・・。


・・・・・・。


・・・。


「ふむ・・・」


新たな気持ちで、俺はもう一度堤防の上に腰を下ろす。

 

いつの間にか、潮風が心地よい冷気に変わっていた。

 

そのまま、ポケットを探り、白い封筒の中身を確認してみる。


がさ・・・


中を覗くと、そこには封筒とほぼ同じ大きさの紙幣らしきものが入っていた。


「これはっ!?」


俺の胸は期待で高鳴った。


がさがさがさ・・・


大急ぎで中身を取り出す。


「・・・・・・。

・・・なんでお米券・・・」


やはり、あの少女は謎だ。


・・・・・・。


・・・。

 

日が暮れ始めていた。


ぐぅ~・・・


(そろそろ帰るか・・・)

 


・・・・・・


・・・

 

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「お、河原崎さん家、今晩はカレーか」


いろんな家の夕飯の匂いが入り交じっている。

 

その中を通って、帰宅する。

 

・・・。

 

夕食の後、俺はいつものように居間に寝転がって、暇を持て余していた。


「宿題してこよーっと」


それまで一緒にテレビを見ていた観鈴が立ち上がる。

 

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「麦茶もっていこっ」


一度台所に消え、麦茶をなみなみ注いだコップを手に再び現れる。


「こぼすなよ」
「うん、慎重にいくね」


上半身を揺らさないように出ていった。

ブラウン管に目を戻す。


「わっ・・・! 観鈴ちん、ぴんちっ」


廊下から声が聞こえたような気がするが、気にしないでおこう・・・。

 

テレビは、ニュース番組になっていた。


(つまらない・・・)


消す。


すると唐突に虫の音が勢いを増した。

 

窓の外に目を移す。

 

田舎町の夜、外は虫たちだけの世界になるのだろうか。

 

そんなことを思わせた。

 

散歩に出かけるか・・・。

 

 

 

・・・・・・


・・・

 

潮の香りを含んだ夜風が流れていた。

 

人気のない道を、一人歩いた。

 

日中、溶けそうなくらい熱くなっていたアスファルトも、今は冷たい。

 

どこを目指すわけでもない。

 

おぼろげな記憶に任せて、俺はただ歩いていた。

 

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気がつけば、小さな橋のたもとに来ていた。

 

周囲の草むらから、虫の音がうるさいぐらいに響く。

 

橋を渡った、その向こう。

 

いくつかの、常夜灯が、ぼおっと道を示している。

 

さらにその先は、闇の中へと続く。

 

空には、少し雲が出てきたようだった。

 

不意に流れた風に、わずかに湿った匂いを感じた。

 

先に進んでみることにした。

 

俺は橋を渡り、その向こうに足を踏み出した。

 


・・・・・・


・・・


道はすぐに、急な登りになった。

 

左右には梢が覆いかぶさり、ほとんど前が見えない。

 

目の前に、闇のかたまりがある。

 

木々の葉から染み出す夜気が、幾重にも重なり合っている。

 

俺は後悔しはじめていた。

 

夜道を通るのが怖いわけではない。

 

旅の途中、俺はいくらでも山中で野宿したことがある。

 

そんな時、気配を感じることがあった。

 

本来会えるはずのない存在が、ごく近くを通る気配。

 

錯覚だと言ってしまえばそれまでの、ごくわずかな違和感。


「・・・・・・」


いや、錯覚ではない。

 

何か、音がする。

 

この世のものならざる音。

 

足音でもなければ、声でもない。

 

奇怪としか言いようがない音が、背後の闇から響いてくる。


「・・・・・・」


様子を見ることにした。

 

俺は立ち止まった。

 

獲物を捕らえたかのように、暗闇が俺を包み込む。

 

背後を振り返る。

 

じっと目を凝らす。

 

自分の額を汗が伝わったのを感じた。

 

何かが、ある。

 

白い球状のものが、闇の中央にぼおっと浮かびあがっている。

 

ただ魅入られるように、その正体を定めようとする。

 

俺は、あれに会ったことがある。

 


あれは・・・。

 


その時だった。

 

白い物体が一気に迫ってきた。

 

逃げ出す隙さえなかった。

 

次の瞬間、俺は右足をがっちり捕えられていた。

 

奇怪な音が、暗闇にけたたましく響いた。

 

 


「ぴこぴこ~っ!」

 

 

 


「・・・・・・はぁ・・・なにやってるんだ、おまえ」

 

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「ぴこぴこぴこ」


白い妖怪が、俺の足にかぶりついたまま尻尾を振っていた。


「夜遊びしてないで、とっとと寝床に帰れよ」


足をぶんぶん動かして、毛玉を引きはがす。


「ぴこっ!」


くいくい。


「こら、ズボンを引っ張るな」


くいくいくいくい。


「悪いが、俺はおまえにかまってられるほど暇な人間じゃない」


くいくいくいくい。


「いや、だから・・・」


くいくいくいくいくいくいくいくいくい。


「・・・わかったから、早く用件を言え」
「ぴこっ!」


いきなり走り出す。


「おい、ちょっと待てっ」


仕方なく、俺は後を追った。

 

 


・・・・・・


・・・

 

 

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・・・。

 

山道を登りきったらしい。

 

行く手の木々の間に、町灯かりが見えた。

 

湿り気を増した風が、まともに横から吹きつける。

 

道の先が石段になっていた。

 

その上に、鳥居らしきものが浮かびあがっていた。

 


「まだ登るのかよ・・・」
「ぴこぴこ~」

 


ここまで来たら、もう後には退けない。

 

俺はポテトに続き、石段を駆け登った。

 

 

・・・・・・


・・・

 

 

 

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・・・。


鳥居をくぐったとたん、空気が変わった。

 

静寂にみたされた境内。

 

参道の石畳を、夜風が撫でていく。

 

背後の森が、ざわざわと震える。

 

夜空を見上げる。

 

ちぎれた雲を透かすように、星が輝いている。

 

その上には、もう何もない。


「ぴこ」


くい。


「・・・なんだよ。 まだなにかあるのか?」


夜闇の中にたたずむ社に視線を投げた。


「・・・・・・・・・ん?」


目を凝らして見る。


参道の脇に、小さな人影が見えた。

 

それは昼間、堤防で会ったあの少女だった。

 

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袖のない、真っ白な上衣。

 

むき出しの肩に、月光が照り映えている。

 

少女は首を傾げるようにして、闇の中にたたずんでいる。

 

星を見ているのかと思った。

 

だが、どこか様子がおかしい。

 

ゆっくりと近づいてみる。

 

声をかけようとした時。

 

少女の唇が動いた。


「・・・たとえば・・・ほしのかず。
やまではきのかず・・・かやの・・・」


かすかに漏れてきた言葉は、呪文にも、歌の一節にも聞こえた。

 

どちらにせよ、俺には全く意味がわからない。


「・・・おばな・・・かる・・・や・・・。
・・・はぎ・・・き・・・」


口調がよどみ、やがて途切れた。


どさっ・・・。


「・・・っ!?」


糸が切れた人形のように、少女がその場に倒れた。


「お、おいっ」


駆け寄っていた。


倒れた少女を抱き起こす。

 

手首に巻かれたバンダナが、俺の腕をふわりと撫でた。


「大丈夫か」


ぱしっ。


少女を胸の中におさめながら、軽くその頬を叩いた。


「ぅ・・・」


ぱしぱしっ。


「うぅ・・・ん・・・」
「しっかりしろっ」


ぱしぱしっ。


「んん・・・痛いよぉ・・・お姉ちゃん・・・」


目を閉じたまま、苦しそうにうめく。


「・・・お姉ちゃん?」
「・・ぅん・・・」
「・・・・・・俺はお兄ちゃんだ」
「・・・ん・・・お兄ちゃん・・・?」
「なんだ、妹」
「んん~・・・あたしに・・・お兄ちゃんいないぃ・・・」
「おまえの知らない生き別れの兄だ」
「えっ・・・うそぉ・・・」
「大ウソだ」
「あ~・・・やっぱりぃ・・・」
「とにかく早く起きろ」
「ぅんん・・・起きるぅ・・・」


そして、ゆっくりと少女の目が開いた。

 

 

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「・・・・・・」
「・・・・・・」


見つめ合ったまま、奇妙な間が空く。


「え・・・」
「やっと気づいたな」
「あれ? あれ?
ここ・・・どこ? キミは?」


わけがわからない様子で、きょろきょろと辺りを見回す。


「とりあえず、大丈夫みたいだな」
「ふぇ?」
「驚いたぞ。 急に倒れるから」
「・・・倒れた? だれが?」
「・・・・・・」


人指し指で、びしっと少女を示してやる。


「え・・・あたし?」
「ああ」
「・・・倒れたの?」
「そうだ」
「だれが?」
「・・・・・・」


どうも会話が噛み合わない。


「覚えてないのか?」
「う、うん・・・」


困ったように頷く。


「ごめん、なさい・・・」
「いや、べつに謝る必要はないけどな」


前後不覚になるほど、体調不良なのだろうか?

 

それとも、夢遊病の気でもあるのか?


・・・まあいい。


今はこいつを介抱するのが先だ。


「立てるか? 具合悪いんだろ」
「んっと・・・うんしょっ」


立ち上がろうとする少女を、両腕で支える。

 

少女は俺の肩に手をおき、ゆっくりと身を起こそうとした・・・。


「ありゃ? くらくら~」
「おいっ」


ふらついた肩を、あわててつかむ。


「ご、ごめんなさい・・・」
「本当に大丈夫か?」
「だいじょうぶ、ただの立ちくらみだよぉ」


肩にそせた俺の手に触れながら、微笑みを返してくる。

 

だが、月明かりのせいだろうか。

 

少女の顔色が、少し蒼いように思えた。


「?」


そのまま、少女を見つめる。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


「ぴこぴこ」


「あれっ。 ポテト?」
「ぴこ」
「どうしたの、こんなところで」
「ぴこぴこぴこ」
「え、なになに? あっ、そうなんだぁ」
「ぴっこり」

 


「・・・一応聞くが、そいつはなんと言ってる?」
「お腹減ったって」
「・・・・・・」


・・・奇遇だな、俺もだ。


「帰ろっ、ポテ・・・」


いつも通りに呼びかけようとして。


少女は最も重要なことに気づいた。


「あれっ?
あたし、なんでここにいるの?」
「こっちが聞きたいぞ」


町外れの丘にある、無人の神社。

 

時間はもう夜遅い。

 

どう考えても、少女が一人で来るような場所ではない。


「・・・・・・どうしよう・・・記憶喪失になっちゃった、あたし・・・」


少女の中では、かなり深刻な事態になっているようだった。


「うぬぬ。 これは一大事。
帰って、さっそくお姉ちゃんに治してもらわないと」
「すごい姉ちゃんだな。 記憶喪失が治せるのか」
「うんっ。 あのね・・・」


とっておきの打ち明け話をする顔で言う。


「あたしのお姉ちゃん、お医者さんなんだよぉ」
「医者?」
「そう、すっぐく腕のいいお医者さんなんだぁ。
車からトラクターまで、何でも治せるんだよぉ」
「それは、ある意味ものすごいな」
「そうっ! ものすごいんだよっ!
だからね、記憶喪失なんてへのカッパっ!」
「なるほど」
「複雑骨折も内臓破裂もへのカッパっ!」
「そうか」
「目から光線も膝からミサイルもロケットパンチもへのカッパっ!」
「・・・・・・」


少女の姉だという天才医師の姿を、俺は想像してみた。

 

当然、白衣はボロボロだろう。

 

片目に黒い眼帯をしているだろう。

 

悪の組織で人体改造を担当しているだろう。


「・・・・・・」

 

――「おっ。 やはりここにいたのか」

 

突然の声に、少女が振り返る。


「え・・・あっ、お姉ちゃん」
「ん・・・?」

 

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振り向くと、そこに立っていたのは・・・。

 

たしか、霧島聖とかいったか。


「心配したじゃないか。 なかなか帰ってこないから」
「ごめーん。 ちょっと、とりこんでましたぁ。 ねっ、ポテト」


「ぴこ」


「まあ、無事で何よりだ」


互いにほんわり微笑みあう。

 

しんとした夜気の中に、明かりが灯ったような光景。

 

しかし。

 

そんなことは問題ではなかった。

 

俺はただ、女医の胸元を見つめていた。

 

昼間会った時は気づかなかった、かなりふくよかな膨らみ。

 

その上に書かれた、通・・・


「ん?
おっ、人形使い君じゃないか。 なんで君がここに?」
「・・・・・・」
「どうした? やけに不景気な顔をして」
「・・・・・・」


・・・ツッコむべきなのか、あえて触れない方がいいのか。


「あれれ? お姉ちゃん、この人とお知り合いなの?」
「まあな」
「へえー、お姉ちゃんが男の人とお知り合いなんて、珍しいねぇ」
「そうか?」
「うんっ」
「そうか・・・言われてみれば、そうだな」
「彼氏?」
「大ハズレだ」
「なんだぁ。 ちがうのかぁ」
「なぜそんな残念そうな顔をする?」
「だって、彼氏だったら、お姉ちゃん見る目あるって思ったのに・・・」
「見る目って?」
「あのねあのね、この人ね、すっごくいい人なんだよぉ。
あたし、この人にすっごくお世話になったんだぁ」


ぐいっと俺の腕を引っ張り、姉の前に据える。


「・・・お世話?」


瞳の中に、何か冷たい光を感じた。


「いや、だから、俺は何もしてないって」
「そんなことないよぉ」


俺の言うことも聞かず、楽しそうな笑顔を振りまく。

 

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「さっきね。 あたしここでバッタリ倒れたんだって。
気がついたら、この人にだっこしてもらってたの。
その前のことサッパリ覚えてないけど、すっごくやさしかったんだよぉ」
「・・・・・・」
「それからねー、昼間は一緒にお相撲ごっこもしたよ。
組んずほぐれつの大熱戦だったんだよぉ。
それからねー、すっごいものを見せてくれたんだよぉ。
あんなの見たの、生まれてはじめてだったよぉ。
ねーポテトっ」


「ぴこぴこー」


「・・・・・・」

 

少女が伝えた話には、ひとつの誤りもない。

 

それなのに、自分が人間の屑になったような気がしてくるのはなぜだ?

・・・。

 

「いいか、よく聞け」


少し胸を張って口火を切る。


「確かに、だっこをした。
その前に何があったのかを覚えていないと言うのには、俺も困っている。
まあ、優しくした事を憶えているのは良いことだ。
こちらも優しくした甲斐が有ったというもの」
「・・・・・・」
「お相撲ごっこはなかなか白熱したぞ。
ぶつかり合う身体、乱れる髪、飛び散る汗、年甲斐もなく熱くなってしまった。
ああやって体を動かしてかく汗も悪くない」
「・・・・・・」
「すっごいもののことだが、まあ俺のは特別すごいからな。
どれだけすごいかと言うと、まず普通の人は持ち合わせていないくらい、すごいものだ。
機会があれば、またあんたにも見せてやろう」
「・・・・・・」
「どうだ、むしろ、本来なら感謝されるべき事を沢山したんだぞ。
感謝の言葉と誠意の気持ちを形にして俺に差し出せ」
「・・・・・・」
「・・・おい?」
「・・・・・・」


姉の背中から発せられる危険なオーラはその濃さを増していた。

 

どうやら説明失敗らしい。

 

事態は悪化してしまった。

 

・・・。

 

こうなってしまったら、取る手段は一つだ。


「じゃっ、そういうことで」


陽気な兄キを装い、しゅたっと右手をあげる。

 

そのままにこやかに、この場を立ち去ろうとする・・・。

 


「待てい」

 


やはり、そうはいかなかった。


「私の妹にいかがわしい薬をかがせて、ふらちな行為に及んだな。
組み手の稽古だと偽って、嫌がる妹にあんなことやこんなことを強要したんだな。
そうして、やおらズボンから自慢の・・・」
「ちょ、ちょっと待てッ!」


あわてて姉の口を塞ぐ。

 

が、渾身の力ですぐに振り解かれる。


「・・・殺す」
「はいっ?」
「くそっ!

食い詰め者の旅芸人だと、情けをかけた私がバカだった。
貴様だけは私がたたき斬ってやるっ!」
「な、なにを言ってるんだ、あんた」
「黙れっ!
私の大切な妹を傷物にして、無事で済むと思うなっ。
観念しやがれいっ!」

 


「お、お姉ちゃん、言葉遣いがべらんめぇになってるよぉ」


そんな問題じゃない。


「おまえのせいで完璧に勘違いしてるぞ。
ちゃんと説明しろっ」

 


「ええいっ! 男のくせにごちゃごちゃと言い訳をするなっ!」

 

 

しゃきーんっ!

 


女医の指先で、何かが光った。

 

手術用らしい、鋭利なメスだった。


「マジか・・・」
「死ねーーーっ」


しゅっ!


「こらっ、避けるんじゃないっ!」


無茶なことを言う。


「おい妹なんとかしろ!」
「えっ、あ、あたし?」
「そうだっ、助け・・・」


しゅぱっ!


髪が数本、宙を舞う。


「チッ、また避けやがったかっ」


あのメスが俺の血を吸うのは時間の問題かも知れない。

 

救いを求める視線を少女に向ける。


「う、うん、わかった。 助けるね。

えっと、えっと、ちょっと待ってね、えーっと」


しゅぱしゅぱっ!


「うぉっ・・・!!」


「じっとしてろっ!」


まだ命は惜しいので、できるわけがない。


「うわわっ、なんかスゴイことになってる。
ど、どうしよ・・・あっ! そうだっ、ポテト」
「ぴこ?」
「お願いっ」


むんず、と足下にいたポテトをつまみ上げる。


「お姉ちゃんを止めてきてーーーっ」


ぶんっ!


「ぴこーーーーーーーーーっっっ!!」


投げた。


ごいーんっ!


「ぐはっ」


命中。

 

しかも後頭部に。

 

暴走女医こと霧島聖は、目を回してその場に倒れこんだ。


・・・。

 

 


「・・・助かった・・・」


俺はようやく安堵の息をもらした。

 

生きてるって、素晴らしい・・・。

 

心から、そう思った。

 


・・・・・・。


・・・。

 

 

 


「まさか、あそこでポテトを投げてくるとは思わなかったぞ」
「ご、ごめん・・・とっさのことだったから・・・」
「いや、なかなか見事な攻撃だった。 感服したぞ」


にこやかに語らう姉と妹。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


心中穏やかではない俺とポテト。


「それにしても・・・」


聖がゆっくりと俺の方に振り向く。

 

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・・・。

 

「すまなかったな、国崎君。
まさか、そんな事情があたっとは思わなかったんでな。
年甲斐もなく、少し取り乱してしまった」


・・・あれを少しと言うのか、この大年増は。


「何か言ったか?」
「空耳だろ」

 

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「あっ、あたしからも謝るよぉ。
ごめんねぇ、えっと・・・国崎くん、だっけ?」
「そう。 国崎くんだ」
「下の名前は?」
「往人」
「往人くんかぁ、いい名前だねぇ。
そこはかとなく甘美な響きを醸し出してるよぉ」
「・・・そら、どうも」
「えっと・・・こほんっ。
じゃあ、あらためて。

ごめんなさいでした、往人くん」


ぺこりと頭を下げる。


「ほら、お姉ちゃんも、もう一回ちゃんと謝って」
「ん? ああ、すまなかったな」


・・・誠意が感じられない。


「何か言っただろ?」
「空耳だ」

 

「じゃあ、そろそろ帰ろっか、お姉ちゃん」
「そうだな」


二人そろって立ち上がる。

 

俺も腰を上げた。


「往人君は? 一緒に帰ろうよぉ」
「ん・・・。
いや、俺はもう少しここにいる」
「そう・・・?」
「ああ」
「残念っ。 四人で帰れると思ったのに。 ねー? ポテト」


「ぴこ~・・・」


四人ではなく、三人と一匹だと思うが。


「悪いな、期待を裏切って」
「ううん。 そんなことないよぉ」


にっこりと笑う。

 

その瞳が、なぜだか俺を覗きこんできた。


「あれれ? でも、往人くんって、どこに住んでるのぉ?
なんか、この町の人じゃない感じがするけど」
「正解だ。
俺は旅の地中で、この町にはちょっと寄っただけだからな」
「へぇー、すごいねぇ、旅人さんなんだぁ」
「そのとおり」
「それじゃあさぁ、寝る場所とかは? どうしてるの?」
「ん・・・まあ、一人奇特な奴がいてな。
そいつの家に、今は厄介になってる」
「そうなんだぁ。 じゃあ、安心だねぇ」
「まあな」

 


「おいっ、帰るぞ」
「あっ、うん。 わかったよぉ。
それじゃあ、あたしたちは先に帰るから、往人くんも気をつけて帰ってね」
「ああ」

 


「行こっ、ポテト」

「ぴこ」


くるり、と俺に背を向ける。


「あっ、そうだ」


振り返る。


「あたし、佳乃だよ」
「なにが?」
「名前。 霧島佳乃

よろしくね、往人くん」


少女・・・佳乃は元気に手を振りながら、俺の前から姿を消した。

 

ひとり境内に残る。

 

風が吹き、辺りの木々がカサカサと音を立てた。

 

空を見上げれば、幾分星が近く見える。

 

澄んだ空気を大きく吸い込み、伸びをする。

 

・・・。


「・・・俺も帰るか」


肺にたまった空気を、全て抜くように息を吐くと、足を前に進めた。

 

・・・・・・


・・・