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AIR【10】

 

~7月23日(日)の途中から~

 


・・・。

 

俺は商店街の霧島診療所の中に入った。

 

 

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「・・・涼しい」


エアコンの風が、そよそよと頬を撫でる。


(しかも楽ちんだ・・・)


どかっと、窓際のソファに体を沈める。


(人形劇用のステージまであるぞ・・・)


脇の、丸いテーブル。

人形を置いてみる。

まさに、最適の場所だった。

ここならうまくいくだろう。

だが、しかし・・・。

きょろきょろと、辺りを見回す。

とても静かな室内。

そう、ここは確か診療所のはずだ。

その中でも、一番人の集まる待合室のはずだ。

しかし、この人口密度の低さはどういうことだ。

10平方メートルの中に一人きり・・・


「カッコー・・・」


「・・・何をやっている」


人口密度が、ほんの少し上がった。


「閑古鳥の鳴き真似だ」
「・・・・・・」


ぴくぴくと、頬が痙攣しているのがわかる。


「国崎君。 うちの駐輪場の不法占拠のみならず・・・。
建物内まで侵略し、商売をしようと、そういうことか」
「遠からずとも大当たりだ」
「・・・ほう。
度胸は買うが、それは蛮勇と言うものだ」
「・・・・・・」


クーラーの利いた、涼しい室内。

一筋の汗が、頬を伝っていった。

 

 

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「一度だけ言うぞ。 出ていくんだ」
「・・・はい」


・・・。

 


「うっ・・・」

 

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室内から、一歩外に出る。

冷え冷えで爽快な気分は、あっという間に吹き飛んでいた。

むしろ涼んでいた分、余計に熱さを感じる。

ゆらゆらと、アスファルトから揺らめく陽炎。

全身にまとわりつく、熱を含んだ湿気。

診療所の軒先の、ほんの少しの日影。

そこから数十センチ先は・・・灼熱の世界だった。

ごくりと唾を呑み込んで、そこから足を踏み出してみる。

眩しさに、目がくらんだ。

熱線が、じりじりと肌を焼いた。

そして、どっと汗が噴き出した・・・。


「・・・・・・アヂィ」


・・・ひどく恋しい。

クーラーが、恋しかった。

そっと、後ろを振り向く。

ガラス戸から見える、診療所の中。

人影は・・・ない。


「・・・・・・」


・・・。

 

 

 

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「ふぅ・・・」


ここは天国だ・・・

一度かいた汗。

それに冷風が吹きつけられて、すごく涼しい。

ソファに横になると、風を全身に受ける。

 

・・・気持ちいい。

 

メチャクチャ快適だ。

もう、この場から一歩も動きたくなかった。

すばらしいな、エアコンというものは・・・。


「ビバ、文明の利器・・・」
「・・・何をしている」

 

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「・・・・・・」
「二度目はないと言ったはずだが」
「・・・すぐに出ていきます」

 

・・・・・・


・・・

 

 

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・・・

そろそろ観鈴の家を出たほうがいいかもしれない。

俺は邪魔をしてばかりで、なんの役にも立ってない。

そんな自分が情けないし、腹立たしくもある。

今まで自分の力で食ってきたし、それだけの知恵も行動力もあるはずだった。


(・・・潮時だな)


俺は神尾家を出ていくことにした。

今日中に新しいねぐらを決めてしまおう。

 

・・・・・・


・・・

 

さまよううちに、駅前まできてしまう。

聞こえてくるのは、けたたましいセミの声ばかりで、人影は微塵もない。


「なんだ、あいつらはいないのか・・・」


そこにあると思っていたものがないのは、少し寂しいものがある。

あると思った、二つの影。


「まあ、いいか・・・」


なにも、わざわざ会いに来たわけじゃない。

とりあえず、休憩のつもりでベンチに腰を下ろす。

そのまま、遠い囀りに耳を澄ませながら、辺りを見回してみる。


「・・・・・・しかし、静かだな」

 

辺りには、眩い緑を湛える木立がそびえるだけ。

いくら廃線になっているとはいえ、ここは町外れというわけでもない。

今は夏休みなのだから、虫取り網を持ったガキの姿がひとつやふたつあっても良いと思うのだが・・・。


「ま、騒がれるよりはマシか」


・・・。

 

 

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ベンチの上にゴロリと横になって、しばしの間、高い夏空を見つめてみる。

心地よい静寂。

点々と浮かぶ白い雲がときおり陽射しを被い、一瞬の冷気が頬を撫でた。

でも、また、陽射しがすぐに肌を射す。

光と影を交互に感じながら、俺は流れる雲に視線を送り続ける。

あの雲は、どこに行き着くのだろう。

とまることを知らない時間が、小さな雲を押し流してゆく。

不意に、旅のことが脳裏をかすめた。

この町に辿り着いてからの数日間。

いつの間にか、腰を落ち着かせてしまっているような気がする。


「やっぱ、このままじゃダメか・・・」


なんとなく、そう思う。

観鈴の家にいつまでも厄介になっているわけにはいかない。

かと言って、今すぐに町を出ていけるわけでもない。

 

・・・。


「なんか、方法を考えないとな・・・」


俺は、そのまま目を閉じて、思索に耽ることにした。


・・・・・・・・・。

 

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

・・・声が聞こえた。

幼い声だった。


「つんつん、つんつん」
「・・・・・・」
「・・・んにゅ・・・なかなか起きないな・・・」


声は、どうやら俺に対して放たれているようだった。

だが、まだ眠い。

もうしばらくは眠っていたい。

だから俺は、声を無視して、そのまま再び眠ることにした。


「んにゅ~。 よしっ、つぎはこれでいこー」


・・・むにゅ。


「・・・・・・」


鼻が、なにかしらの固い道具で摘まれているような気がする。


むにゅむにゅ。


少し痛い。

が、眠気の方が最優先である今、それは無視して睡眠を続行することにする。


「・・・ふごふご・・・」


寝息が、かっちょわるくなってしまっている。


「むぅ・・・起きない・・・」


声が苛立っている。


「んに、これでどうだっ」


こちょこちょこちょ。


「む・・・」


これまでで最強の攻撃が、俺の鼻をおそった。


「にゃはははは、おきろおきろ~」


こちょこちょこちょ。


「むむ・・・」


こちょこちょこちょ。


「むむむ・・・」


こちょこちょこちょ。


「むむむむ・・・」


こちょこちょこちょ。


「むむむむむ・・・」


こちょこちょこちょ。


「むむむむむむ・・・」


こちょ・・・


「むはっくちょーいっ!!」


くしゃみによるカウンター攻撃。


「にょわーーーっ、いきなりかーーーっ!
しかも山ほどツバとんだーーーっ」


コンボでヒット。


「ふぅ・・・」


攻撃が止み、俺は満足感の中で眠りに浸る。


「にょわわっ! ばっちいっ!」


対して、敵は大騒ぎであった。


「んにゅぅ~~~。
おにょれ~~~、国崎往人~~~」


声が怒りに震えている。


「もう、てかげんしてやらないんだからねっ!」


(・・・ん?)


・・・なにやら嫌な予感がする。


「にゅ、ふ、ふ、ふ」


(・・・・・・)


「くらえーーーーーーっ!!」
「おい、ちょっと待っ」


がぽっ。


「ん?」


なにかを、頭にかぶせられた。


「せーのっ・・・」


がんっ!


「ぐはっ」



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「やったーーーっ、おきたーーーっ」

 

かぶせられた金バケツをとると、みちるが、ぴょこぴょこと嬉しそうに飛び跳ねていた。

その手には、どこから持ってきたのか、錆びた鉄パイプが握られている。


「うぅ・・・」


耳が、きーんっ、と嫌な音をたてている。


「にゃはは。 いたそう、いたそう」


苦しむ俺の顔を見て、みちるはご満悦だ。


「く・・・」


キッと、みちるを睨みつける。


「んにゅ・・・な、なによぉ・・・」


さすがに怯んだのか、一歩後ろに後ずさりする。


「お、おまえなぁ・・・」


にじり寄る。


「んにゅにゅ・・・な、なにかな・・・」
「こ・・・」
「こ?」
「殺す気かっ」


わしっ!


みちるの両もみあげを掴み、ぐいぐい引っ張ってやる。


「んにゅーーーっ、なにすんのよーーーっ」
「やかましいっ!
お、ま、え、は、な、ん、て、こ、と、を、す、る、ん、だ」


リズミカルにもみあげを引っ張る。


「んにゅ、んにゅ、んにゅーーーっ」


じたばたと抵抗を試みる、みちる。

しかし、動くほどに余計痛むのだろう。

徐々に抵抗が弱くなってくる。


「ったく・・・。
やって良いことと悪いことの区別ぐらいつけろよな」


涙目になっているので、そろそろ解放してやる。


「うぅぅ・・・み、みちるはわるくないもんっ。
国崎往人がなかなか起きないのがわるいんだもんっ」
「馬鹿。 起こすなら、もう少し普通に起こせ」
「ばかっていうなーーーっ」
「やかましいっ」


ぽかっ。

 

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「にょをっ、にゅぅ~~~・・・・」
「ったく、余計な体力を使わせるなよ」
「うぅぅ・・・」
「おまえ、どこからこんなもん持ってきたんだ」


側面のへこんだ金バケツを、みちるの眼前に示す。


「んに? バケツ?」
「ああ。 ずいぶん年期が入ってるな、それ」
「うんっ。 それね、みちるが拾ってきたの」
「・・・・・・盗みは良くないぞ」
「ち、ちがうもんっ、おちてたんだもんっ。
いろんなものいっぱいおちてたから、もったいなかっただけだもんっ」
「いっぱい?」
「うんっ、そだよ。 みてみて」


待合室らしき空間の中を指さす。


「・・・どれどれ」


あまりに誇らしげなので、腰を上げて、指さす先を見てやる。


「にゃはは。 どうだ、すごいだろ」
「・・・・・・」


自転車の車輪、傘の柄、捨て看板の木枠だけ・・・。

ヤカン、様々な空き瓶、明らかに動いていない掛け時計・・・。

バケツに関して言えば、十数個ほど・・・。


「・・・・・・ああ・・・すごいな」


ゆっくりとベンチに腰を下ろす。


「んに? どしたの?」
「・・・いや、どうもしない」
「むぅ?」
「・・・・・・」


たしかに、すごかった。

まさか、あんな物が山積みになっているなんて・・・。


「むむむぅ?」
「で、なんか用か」
「・・・むぇ?」
「むぇ?じゃない。 何か用があるから、俺を起こしたんだろ」
「うんっ」
「よし。 じゃ、言ってみろ」
「りょーかーい。 えっとねー」


みちるが話しはじめるのを合図に、俺はベンチに腰を下ろす。

これで、視線はようやくみちると同じ高さだった。


「あのねー、国崎往人ー」
「うん?」
「いつまで、この町にいるつもりかな?」
「さあな。 予定は未定だ。 早く出ていきたいのは、山々なんだがな」
「んにゅ、そっか~」
「なんだ。 それが、どうかしたのか」
「んに? ききたい?」
「ああ。 ぜひ聞きたいな」
「んにゅ、わかった」


とことこと俺に近づき、額が触れ合うほどの距離まで顔を寄せてきた。


「?」
「えっとねー」
「ああ」
「はやく、でてけーーーーーーっ!!」
「・・・・・・」


ごんっ!

 

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「にょがっ」


ヘッドバットをくらわせてやった。


「ううぅぅぅ」
「悪いな。 急に大声をだすもんで、びっくりしたんだ」
「う、うそだっ、ぜったいにねらいすましてたんだっ」
「かもな」
「うぅ・・・いたいよぉ・・・」
「気にするな。 痛いのは、生きてる証拠だ」
「ん、んにゅ? いきてる?」
「ああ。 じゃなかったら、痛みなんて感じないだろ」
「んにゅぅ・・・そうなのかな」
「ま、死んだ経験はないから、わからないけどな」
「にゅぅ~、うそついたぁ」
「べつに、嘘はついてないだろ」
「ちがうもんっ! うそだもんっ!
死んじゃっても、いたいものはいたいもんっ!」


なぜか、力一杯否定される。


「はいはい、嘘ついて悪かった」


わざと馬鹿にした口調で、適当にあしらう。


「むぅ・・・?
よくわかんないけど、なんか、バカにされてるような気がするぅ」
「やったな。 正解だ」


ぽんっ、とみちるの肩に手をのせる。


がすっ!


「ぐはっ」


「ふんだ、もうあんたの相手なんかしてやんないっ」

 

 

 

俺を無視して、みちるは離れた場所でひとりシャボン玉遊びを始める。

 

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「ふぅ~~~」


ぱちんっ。


「わぷっ、んにゅぅ~」


ごしごし・・・

 

半べそをかきながら、服の袖で顔を擦る。

そして、すかさずシャボン玉を膨らましにかかる。


「ふぅ~~~・・・」


ぱちんっ。


「わぷぷっ」


またもや顔面水滴まみれ。


「んにゅぅ~」


ごしごし・・・


「・・・・・・不憫だ・・・」


懲りることのない少女の姿に、俺は憐憫の情を覚えずにはいられなかった。


ぱちんっ。


「わぷぷぷっ。
うっきーーーっ、この前はちゃんとできたのにぃーーーっ」


ぶんっ!


ついに癇癪を起こし、みちるは手にしていたストローを前方に投げた。

俺の足元にまで届く大遠投。


・・・ぽて。


俺の足下にストローが落ちた。


「あ・・・」
「・・・・・・」


ストローを視点に視線が交わる。


「なによぉ・・・いつまでそこにいるのよぉ」
「いちゃ悪いか、ガキ」
「むぅ・・・」
「・・・・・・」


視線の中心付近で、蒼い火花が散った。


「ふんだっ。
あんたなんか、さっさとどっか行っちゃえっ、ぷいっ」


そっぽを向いて、みちるは再びシャボン玉遊びを再開しようとする。


「あ・・・」


しかし、ストローは俺の足下にあった。

形勢有利。

主導権確保。


「んにゅぅ~~~・・・」


(ふ・・・)


俺は心の中でほくそ笑んだ。

勝利の味が胸一杯に拡がる。


「ぅぅぅ~~~・・・」


みちるが恨めしそうに俺の足下を見つめている。

さて、どうしてやろうか。

 

・・・。


ぐしゃ。


「にょわーーーっ! いきなりふみやがったーーーっ!」


ぐりぐりぐり。


「しかも、ぐりぐり攻撃がはいったーーーっ!」


「ふ・・・」

 

ストローを踏みにじりながら、勝ち誇ったように鼻で笑ってやる。


「くにゅぅ~~~、むかつく~~~」


どんっ、どんっ、どんっ。


みちるは、芋虫をかみつぶした顔で、地団駄を踏んだ。

まるで、餌をとられた猿のようだった。


「こらっ。 そんなに騒ぐな、猿々しいぞ」
「それを言うなら、騒々しいでしょっ」
「そうとも言うな」
「そうとしか言わないっ」
「む・・・物知りだな、おまえ」
「ふふ~ん。 あったりまえだよ」
「すごいな。 将来は、必ず猿社会のボスとして君臨できるぞ」


ぱたぱたぱたーーーっ。


みちるが、俺を目指し、駆けてきた。


どうやら、俺の励ましに感動したらしい。


(ふ・・・しょうがない奴だな)


俺は、優しく受け入れてやろうと、両手を大きくひろげた。


どごっ!


「ぐはっ! やっぱりかっ!」


「かってに猿山を支配させるなーーーっ!」
「ぐ・・・」

 

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「ふんだっ。 あんたなんか、そこで泣いてろっ。
んべーーーっだ! あんたなんかに、美凪はわたさないんだからねーーーっ」


ぱたぱたぱたーーー。

少女の後ろ姿が、黄昏の中へと消えていく。


「イツツ・・・」


俺は、痛みにうずくまり、それを追いかける気力さえ持つことができなかった。


「わたさない? なに言ってるんだ、あいつ・・・」


・・・・・・。


・・・。


みちるが消えていった方向を、じっと見つめる。

影法師たちは長く伸び、嵐の後の静寂が辺りを包んでいた。

赤い空の下で、風が凪いでいる。

風音の代役は、遠いヒグラシの声。

それは、夏が美しいものに感じられる時間だった。

俺は、暑気の残り香の中に身を置いて、みぞおちの痛みがとれるのを待った。

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

 

ぐぅ~~~。


「・・・・・・」


叙情感を一撃で破壊する音が鳴った。


「はぁ・・・」


思わず、ため息がもれた。


(そういや、新しいねぐら・・・まだ決めてなかったな・・・)


さて・・・どうするか。

ふと横を見ると、みちるが拾ってきた金バケツが、西日を反射して鈍色の光を放っていた。

それを拾い上げ、俺は待合室の引き戸を開ける。

からっと小さな音が鳴って、目の前にガラクタの山が現れる。


「・・・・・・」


屋根のある場所。 そして、水道つき。


灯台もと暗しだな・・・」


言って、バケツをその山の中に投げ入れる。

当たった場所から、がらがらと音をたてて山が崩れた。

ここで寝泊まりすれば、もう観鈴の家に厄介になることもない。

誰にも迷惑をかけることもなく、生活できる場所。

それの確保に、微かな光明がさした。

ただ・・・そのためには、まだ大きな難問があった。

そう、食事の問題だ。

それさえクリアできれば・・・。

待合室の中。

何気なくポケットに手を入れると、あたりを見回した。


「・・・ん?」


指先に、かさりとした感触があった

取り出してみる。

出てきたのは、入れっぱなしにしておいた白い封筒。

表面には、毛筆による『進呈』の二文字があった。


(そうか・・・これがあったんだ)


遠野からもらった、お米券。


これを使えば、とりあえず米は手に入れることが出来る。

でも、その場合・・・。

必要になってくるのは、それを炊く道具か・・・。

ラクタの山を、少し崩してみる。

流石にそれは、ありそうになかった。


(バケツで炊くわけにもいかないしな・・・)


あごに手を当て、思案する。

米を炊く道具・・・そう、アウトドアの友、飯盒がベストだろう。

なんとかして、それが手に入らないか。

ありそうなところといえば・・・


「・・・あそこか」

 

 


・・・・・・


・・・

 

 

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ごそごそ・・・


「ないな・・・」


裸電球のわびしい明かりが灯る納屋。

山積みになったガラクタの中を物色する。


ごそごそごそ・・・


「こっちにも、ない・・・」


ごそごそごそごそ・・・


「ん、これは・・・」


ごそごそごそごそごそ・・・


「テント一式。と、言うことは・・・」


ごそごそごそごそごそごそ・・・


「お・・・?」


ごそごそごそごそごそごそごそ・・・


「お? お?」


ごそごそごそごそごそごそごそごそ・・・


「おおっ・・・」


ごそごそごそごそごそごそごそごそごそ・・・


「・・・・・・あった・・・」


それは奇妙な形をしたキャンプ用具。

確かに、見覚えのある金物を見つける。

それは紛れもなく飯盒だった。

後光を放つそれを、拾い上げる。

俺は立ちあがると、きょろきょろとあたりをうかがった。


「さて・・・おさらばするか・・・」


ひらりとバイクにまたがる。


ライディングポーズを、びしっと決めた。


「レッツゴー」

 


ずばーーーーーーーーーん!

 

 

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「なにさらしとんねん!」

 


・・・痛い。

 


「・・・今日は早いな」
「今日は早いな、やあらへん。
取り敢えず、そっから降り」


多少マジな声。

俺は、素直にそれに従った。


「納屋で、なんや物音しとんなぁと思て来てみたら・・・なにさらしとんねん。
脇に抱えとるもんは、なんや」


晴子の視線が、小脇に抱えた飯盒に向けられる。


「知らないのか?
これはな、飯盒と言って、キャンプなどをするときに必要不可欠な・・・」
「んなもん、見たらわかるわいっ」
「わかってるなら訊くなよ。 二度手間じゃないか」
「誰が、飯盒について懇切丁寧に解説しろ、て言うた。
なんで、そんなもん抱えてうちのバイクにまたがっとったのかを訊いとるんや。
しかも、それここに置いてあった飯盒やろ。
見覚えあるで」


置いてあったというより、置き去りにされていた風だったが・・・。


「なんや、うちに黙ってちょろまかすつもりやったんか」
「・・・しまった」


一発正解されてしまった。


「そかそか。
あんたの正体は、旅人やのうて、コソ泥やったんやな。
警察呼ぼかー」


やけに楽しそうだ。


「・・・・・・悪かった」


本当に呼びかねないので、素直に謝っておく。


「わかったらええんや」
「そうだな。 いちおう、断っておくべきだった」
「そや。 それが、礼儀っちゅうもんやで。
断りさえ入れてくれたら、飯盒ぐらい譲ったるんや」
「マジか」
「大マジや。 そんなもん、いくらでも買い換えられるしな」
「そっか。 じゃあ、遠慮なくもらっていくぞ」


再び、ひらりとバイクにまたがる。


「じゃあな、世話になった」


振り返ることなく、右手だけを小さくあげる。


「アクセル、オンッ」

 


すぱーーーーーーーーーーん!

 


「なに、爽やかな別れを演出しとんのや!」
「・・・・・・風になりたいんだ」
「なるな!」
「・・・ダメなのか」


渋々とバイクから降りる。


「はぁ・・・なんや、あんた、出ていく気ぃかいな」
「なんで知ってるんだよ」
「なんでて、あんたさっき、世話になったって言うたやないか」
「そっか、なら・・・」


三度、バイクのステップに足をかける。


「うちの赤いモンスターは持っていかせへんで」
「ちっ・・・」


またがる前にやんわりと制され、かけていた足を地面に降ろす。

一度、限界を超えた世界を見てみたかったんだが・・・。


「ほんまに出ていく気か」
「ああ。 いつまでも世話になるわけにはいかないからな」
「そっか・・・そうやな」
「ああ」
「せやけど、水くさいんとちゃうの。

黙って出ていくやなんて、観鈴に、気ぃつこてるつもりなんか」
「・・・べつに、そういうわけじゃない」
「・・・素直やないんやな」
「あんたこそ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

 

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「ふ・・・まあ、ええわ」
「・・・・・・」
「で、どうするつもりや、うち出て。
町を出ていくつもりなんか?」
「いや、町にはまだいるつもりだ」
「そぉか、ほんなら安心や」
「安心?」
「あんたが、いきなり町から出ていく言うたら、観鈴が悲しむからなぁ」
「・・・・・・」
「町にいる間は、たまにでええから、観鈴と遊んだってや」
「わかった」
「よっしゃ。 約束やで」
「ああ」


こくりとうなずいて返す。


「はは・・・」


晴子が、小さく笑う。


「そや。 ご飯とかは、どうするつもりなん?」
「心配ない。 そのための飯盒だ」
「自炊するんか」
「ああ。 おかげさまで、米だけはなんとか手に入るようになったからな」
「そぉか。 ほなら、まあ死ぬことはないな。
どうしても耐えられんようになったら、うちにきてもええよ。
ご飯ぐらい、食わしたるから」
「そうなった時はな」
「よっしゃ、ほんなら、今日はもう遅いから、うちで寝ていき。
出ていくんは、明日の朝でも、遅ないんやろ?」
「そうだな。 そうしよう」
「中、入るか? 遠慮せんでええよ」
「ここでいい」


言いながら、ごろりと横になる。

そんな俺の様子を、晴子が立ったまま見下ろす。


「・・・ほんま、けったいなやっちゃで」


呟きながら背を向けて、傾いた扉が風に揺れる出入り口の方へと、歩いてゆく。


「ああ、せや」


くるりと振り返る。


「うん?」
「あんた、出ていく前に、今着てる服返しや」


ぱたん・・・


声を遮断するように、扉が音をたてて閉まった。

俺は、黄色く儚い裸電球の明かりの中に、ひとり取り残された。


「・・・・・・」


あごを引いて、自分が来ている服を見てみる。

そういえば、俺が今着ているのは晴子のタンスからちょろまかした黒いシャツだった。

しかし・・・。


「・・・見破るか、普通」


着ている本人さえ、見分けがつかないのに・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


7月24日(月)

 


「な、観鈴
そろそろ家を出ようと思うんだ」


俺は切り出した。

 

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「え・・・? 町、出るの?」
「いや、違う。 おまえの家を出るだけだ」
「わけわかんない・・・」
「誰にも迷惑かからない場所を見つけたんだ。
そこで寝泊まりする」
「うーん・・・そこって、ちゃんとご飯出るところかな」
「それは・・・」


自炊だ。

なんてことを言ったら、こいつは心配して、その場所までついてくるかもしれない。


「ああ、出る」


だから、そう嘘をついておいた。


「ちゃんと、お風呂入れるのかな」
「ああ、入れる」
「ちゃんと、洗濯とかしてくれるところなのかな」
「ああ、してくれる」
「ちゃんと、ちゃんと・・・」


意地でも、自分の家のほうが居心地のいい点を見つけたいようだった。


「えっと・・・」


だが、もう浮かばないようだった。


「飯も出るし、風呂も入れるし、洗濯もできる。 なんの心配もない」
「ちゃんと・・・」


それでも観鈴はまだ考え続けていた。


「ちゃんと・・・わたしのこと、学校まで送ってくれるのかな」
「え?」
「その家にいっちゃっても・・・」
「・・・・・・」


それは晴子と交わした約束だ。

神尾の家で寝泊まりする条件と引き替えに。

だから、これ以上務める必要はなかった。


「ああ。 ちゃんと送ってやる」


でも俺は、そう答えていた。

この町にきて、今日まで、ずっと世話になりっぱなしだったからだ。


恩は返す。


「ほんと?」
「ああ」
「は・・・よかった」


安堵のため息をつく。

 

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「次に泊まる家の場所、教えてね。
わたし、遊びにいく。 トランプとか、ぬいぐるみとか持って、遊びにいく。
その家のひと、わたしのことも気に入ってくれるといいな。 にはは」
「そうだな」

 

 


無人だけどな・・・。

 


・・・・・・

 

 

・・・

 

校門が見える場所まで二人で歩いて、そこで観鈴と別れた。

 

別れ際、やはり観鈴が寂しそうな顔をしたので、少し胸が痛んだ。


「は・・・」


小さく息を吐いて、風に身をさらす。

変わらない潮の香りが、輪郭も持たずに辺りを漂っていた。


「さてと・・・」


肩の荷物を背負いなおして、海に背を向ける。

 

俺は商店街へと向かった。

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

 

「はあ」

あぐらをかいたまま、ため息をついた。

日に焼かれた地面。

時折通る車が、アスファルトに熱風を巻き起こしていく。

暑い。

ものすごく暑い。

目の前には、ぴくりとも動かなくなった人形。

もうこれ以上、精神集中できそうにない。


「なあ・・・」


たった一人の客に尋ねる。

 

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「ぴこ?」
「俺の芸って、そんなに退屈か?」
「ぴこぴこ~」
「そう言ってくれるのは、おまえだけだ」
「ぴこっ!」
「おまえがちゃんと見物料を払ってくれればなあ」
「ぴこぴこ」


ことり。


どこからか骨を一本取り出し、俺の前に置く。


「はぁ・・・」


俺は、疲れているのだろうか。

犬と会話をしている自分が、とても自然なものに思える。

いっそこのまま、こいつ専属の大道芸人になってしまそうか。

しゃぶり慣れれば、骨も案外いけるのかもしれない。


・・・。


かぷ。

 

微かに冷たくざらついた舌触りの、カルシウム臭い硬めな食材だ。

犬はコレを噛み砕いて飲み込む。


ガジガジガジガジ。


歯が痛い。

犬は偉大だ。

人が食えない物を平気な顔で食う。


・・・もしかすると、しゃぶり続ければ骨のエキスか何かがしみ出てきて、栄養に変わるかも知れない。


ちゅぱちゅぱ・・・。

 

目の前を自転車に乗ったおばちゃんが通り過ぎる。


不自然なまでに前を向いていた。


まるでこちらを、見ないように見ないようにしているようだ。

全く失礼なおばちゃんだ。


ちゅぱちゅぱ・・・。
 

  ちゅぱちゅぱ・・・。

 

    ちゅぱちゅぱ・・・。

 

・・・・・・。

 


「だあああぁぁぁっ!!
こんなもん食ってられるかあぁっ!
だいたいこんなに暑いのが悪いっ。
こんな状況で大道芸なんて見る奴がいるもんかあああっ!!
くそおおっ、責任者出てこいっ!!」

 

 


ざっぱーーーーん!

 

 

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「うるさいぞっ、馬鹿者っ!」


バケツをさげた責任者が出てきた。


「・・・・・・」


俺は全身水浸しだった。


「少しは涼しくなっただろ?」
「ああ。 おかげさまでな」
「それでどうだ、首尾の方は?」
「何のだ」
「人形芸に決まってるだろ」


ぽんっ、と手を打つ。


「なるほど、じゃない。 どうなんだ」
「そんなものは決まってる。 最悪だ」
「まあ、この炎天下ではな・・・」


ぎらつく太陽を、二人でうんざりと見上げる。


「今日のところは諦めろ」
「そのつもりだ」
「うむ、どうだ。 上がって茶でも飲んでいくか」


診療所の扉を、親指でくいくいと示す。


「そうやって通りすがりの旅芸人を誘いこんでは、人体実験をするんだな」
「・・・・・・」
「・・・すみません。 ごちそうになります」

 

 

・・・・・・・。



 

「・・・で、なんでここなんだ」

 

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・・・


勧められるままに入った部屋。

真っ白い壁。

真っ白い床。

つんと鼻を刺激する、消毒液の匂い。

真っ白なシーツがかけられた、パイプベッド。

どう見ても、診察室だった。

医療器具の間に挟まれて、花柄の電気ポットがある。

聖が淹れる茶の湯気だけが、妙に浮いた動きをしていた。


「適当に座ってくれ」
「・・・・・・」
「なんだ。 なにか不都合でもあるのか?」
「いや、俺は別にいいんだが・・・」


仕方なく、ベッドに腰かける。

足下に視線を送る。

 

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「ぴこ?」

「・・・・・・」


診察室に、犬。


この診療所が儲からない理由がわかったような気がした。


「ほら、国崎君。 茶だ」


丸盆を俺の前に置く。

鮮やかな色をした緑茶と、正体不明の茶菓子。


「ああ、悪いな」


湯飲みを手に取る。


「冷え冷え麦茶の方がよかったか?」
「いや。 これでいい」
「そうか。
それはな、産地から直送でとりよせた超高級な茶葉だぞ。
かなり美味いから、味わって飲めよ」
「わかった」


ずずぅ~、と音をたててすする。

 

なるほど。

たしかに美味い。


ずずぅ~。


聖は満足そうだった。

さらに二つ湯飲みを取り出し、茶を注ぐ。

そのうちのひとつを、なんの躊躇もなく床に置いた。


「ほら、茶が入ったぞ」
「ぴこ」


尻尾を振り、ポテトは湯飲みにかぶりついた。


「・・・ぴこっ」
「ははは。 まだ熱いからあわてるな」
「ぴこ~・・・」


(・・・犬舌?)


っていうか、犬にまで高級茶を飲ませるなよ。

 

・・・。


「たっだいまぁ~」


玄関の方で、にぎやかな声がした。


「あれぇ。 知らない人の靴だぁ。
お姉ちゃ~ん、お客さん来てるのぉ~?」


診察室の扉が、がちゃりと開いた。

 

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「おかえり、佳乃」
「ただいまぁ」


制服姿の霧島佳乃だった。

きっと走ってきたのだろう。

乱れた髪から、汗のしずくがしたたる。

それだけで、薬臭い診察室が真夏の戸外になったようだった。


「あっ、往人くんだぁ」
「・・・・・・」


っていうか、診察室にいきなり入ってきていいのか?

いや、診察室で茶を飲むよりマシか。


「うわ~~~~~っ!」
「・・・どうした?」
「お茶飲んでるぅ!」


そこまで大騒ぎするほどのことでもないと思うが。


「自分たちばっかりずっる~い!」
「淹れてやろうか?」
「あたし、冷え冷え麦茶がいいなぁ」
「わかった、持ってきてやろう」


すぐに立ち上がり、診察室を出ていった。


「・・・んしょっと」


スカートの裾を気にしながら、俺の隣に腰を下ろす。

外で会った時に比べて、ずいぶんと小柄な印象だった。

観鈴より年下なのだろうか?

横目でそれとなく制服を確認する。

学年を示すらしい、しるしは何もない。


「あ~あ、ひろーこんぱいだよぉ」


黄色いバンダナ付きの手を上げ、座ったまま伸びをする。


「補習か。 ご苦労だな」

 

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「ふぇっ? だれが?」
「おまえが」
「ふふふ、ちがうんだよー。
あたしはねー、飼育委員さん1号なんだよぉ」


ない胸をびしっと張って言う。


「学校でたくさん飼ってるんだよぉ。
あたし、動物大好きさん1号も兼ねてるから」
「そうだろうな」


足下で茶をすすっている、綿毛状生物を眺めながら答える。


「今日はね、ピョンタが驚いて、モコモコを蹴っ飛ばしちゃったんだよぉ」
「ほぉ、そりゃ大変だったな」
「うん。 一同大パニックだったよぉ」
「愉快な動物大集合だな」
「うん。 ピョンタもモコモコも、かわいいんだよ~」
「そいつはご機嫌だな」


いいかげんな合いの手を入れつつ、穏やかに茶をすする。


「ピョンタはねー。
ときどき檻から抜け出して山犬を食べたりするけど、それ以外はいい子なんだよ~。
モコモコはねー。
夜になると首がぎゅい~んって伸びて油を舐めるけど、それ以外はおとなしい子なんだよ~。
今度連れてきてあげるね~」
「そいつは楽しみだな。
・・・・・・・・・おい、ちょっと待て」


こいつの学校では、ポテト級の妖怪生物を多数飼育しているというのか?


「・・・・・」


恐るべし田舎。


「もしかして、そのピョンタとモコモコってのは・・・」


ドキドキしながら訊ねる。


「ううん。 普通のウサギ~」
「・・・・・・」


何の工夫もないオチだった。


「ねえ、往人くん」
「なんだよ?」
「往人くんは、ウサギさん好きかなぁ?」
「食ったことないから、わからない」
「もぉ。 今話してるのは、お料理しないウサギさんのこと」
「食えないのか?」
「うん」
「じゃあ、キライだ」
「わかりやすいねぇ、往人くんは」
「そうか?」
「うん。 食卓魔人だねぇ」
「・・・意味がわからないぞ」
「食いしん坊さん、ってことだよぉ」
「・・・・・・」


扉が開いて、聖が戻ってきた。


「ほらっ」
「ありがとっ」


よく冷えた麦茶のコップを受け取る。


こくっこくっこくっ・・・


「・・・つめた~いっ」


一気に飲み干して、嬉しそうに笑う。


「もう正午を回っているからな。 ついでに昼食にしよう」


言いながら、俺の方を振り向く。


「ソーメンだが、食べてくか?」
「・・・その申し出は、客に対する無償のもてなしと考えていいのか?」


一応念を押す。


「そう取ってもらって結構だ」
「うむ。 食べていこう」


食卓魔人にふさわしい威厳で、重々しく頷く。


「では、器に持ってこよう・・・」

 

歩きかけた聖の手首を、佳乃がぐいっとつかんだ。


「流しソーメンっ」


幼児のような上目遣いで、姉にうるうると訴えかける。


「・・・わかった。 流しソーメンにしよう」


ほぼ即答。

 

もしかしたらこいつって、妹の言いなりなのでは?

そう思ったが、あえて指摘しないことにした。


「ではっ、そういうわけなのでー。
あたしがソーメンチャレンジカップ1号艇に決定っ!」


・・・艇?


「お姉ちゃんが2号艇でポテトが3号艇、それで往人くんが4号艇でーす。
ちなみに1号艇はいちばん上流からスタートです」
「・・・4号艇は?」
「いちばん下流~」
「・・・・・・」


致命的なハンデがつけられていた。


「さらに、4号艇にはすごいオマケがつく」


診察室の隅をごそごそあさりながら、聖が言った。


「ほらっ」


いきなり何かを渡された。

刃が錆びたノコギリだった。


「山までひとっ走りして、竹を切ってきてくれ」
「・・・・・・」
「返事は?」
「・・・アイアイアサー」

 

・・・・・・。


・・・。

 


「・・・では、位置について。 用意、スタート!」

 

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半分に割った竹の中を、ソーメンが流れてくる。

それを箸で素早くつまむ。

すかさず汁に浸し、口に運ぶ。


ちゅるちゅるっ。


「おいしい~」
「そうだろう。 茹で加減も冷え加減も、完璧だからな。
ほら、次を流すぞ」


ぱしゃん。


ちゅるちゅる。


「ふえぇ。 ホントにおいしいよぉ~」
「うむ。 ダシのとり方も絶妙、薬味も厳選素材を使っているからな」
「お姉ちゃん、もっとぉ」
「ふふ。 佳乃は食いしん坊さんだなあ」

 

「・・・・・・・・・おい」


ぱしゃっ。


ちゅるちゅる・・・


「・・・おいしすぎるよぉ。
やっぱり夏は流しソーメンで決定だよねぇ」
「どんどん流すぞ」
「どんどん来いっ」

 

「・・・あのー、ちょっと聞いてほしいんですけどー」


ぱしゃ。


ちゅるちゅるちゅる・・・


「ふあっ。 やっぱり最高にサワヤカでおいしいね~」
「そうだな。 最高に爽やかだな」

 

「『爽やかだな』じゃないだろっ! 少しは下流に気をつかえっ!」

「ぴこぴこぴこ~っ!」


下々の抗議は無視して、理不尽なソーメンバトルロイヤルは続く。

こうなることは充分に予想がついた。

だが、現実はそれを上回る過酷さだった。

俺もポテトも、まだ数本ほどしか食べていない。


給仕役の聖を見る。


妹にだけピンポイントでソーメンを流しながら、自分もちゃっかり食べている。

空っぽの腹の奥に、どす黒い衝動が沸いてくる。

今なら衝動的に殺人を犯しても、罪に問われない気さえする。


「ほら佳乃、ネギとショウガも食べなければ反則だぞ」
「うぬぬ。 バレたか・・・」


一人勝ちの佳乃が、薬味を追加するためにしばし箸を休める。

ザルの上にソーメンはまだ残っている。


「ほら。 君らにも流してやるぞ」


ごくり。

ついに巡ってきたチャンスに、喉が鳴る。

聖が竹にソーメンを投下する。


ばしゃっ。


まるでスローモーションのように流れてくる、純白の糸。

それに向かって伸びる、俺の箸先・・・


ちゅるちゅるちゅる。


「ぴこぴこっ」


・・・。

上流の犬っころが、顔ごと流れをせき止めて全部食っていた。

俺のところに流れてくるのは、白い毛ばかりだった。


「ぴこぴこー」
「そうか、美味いか」
「ぴっこり」
「・・・・・・」


その瞬間。

俺の中で、何かが音を立てて崩れた。


「っていうかお前ルール違反だぞ! ちゃんと箸を使え箸をっ!」


むぎゅう。


ポテトの耳を箸でつまみ、そのまま空中に持ちあげる。


「ぴこぴこぴこっ!」
「口答えするなっ。
ふざけた真似すると太平洋のど真ん中まで流すぞ、この腐れ毛玉っ!」
「ぴこぴこっ。 ぴこぴこぴこぴこ~っ!」


ぶんぶんと振りまわされながらも、果敢に抵抗するポテト。

両者とも、悲しいぐらい命がけだった。


「こらっ。 静かに食えないなら出走停止にするぞ」


・・・ぴたっ。


「すみません」
「ぴこ~」


素直に頭を下げる、一人と一匹。


「おネギもショウガも補給したから、モリモリ食べ放題だよぉ」
「そうだな。 モリモリ食べて胸を豊かにしないとな」
「むぅ。 お姉ちゃん、すぐそういうこと言うんだからぁ」


仲睦まじく語らう姉妹。


・・・ぐう。


虚しく鳴る、俺とポテトの腹。

そして俺たちは、勝ち目のない戦場に戻った。


・・・・・・・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


日が暮れようとしていた。

電柱の影が、道路を渡っている。

人通りのない商店街が、いやに淋しく見える。

 

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「ねえ、ホントにもう帰っちゃうの?」


診療所の前に、黄金色の日溜まりができている。

その中に、佳乃と二人で立っていた。

夕暮れ時は、好きじゃない。

暗くならないうちに、その日の寝床を確保しなければならない。

自分の居場所がどこにもないことを、思い知らなければならない。

そうやって、俺は旅を続けてきた。

それがこの町では、ほんの少し変わっている。


「晩ご飯も食べていけばいいのにぃ」


人懐っこい顔が訊いてくる。


「いや、今日はいろいろと世話になったからな」
「そんなことないよぉ。
ご飯は大勢で食べる方が美味しいもん。
ね、ポテト」


「ぴこ?」


「ポテトも往人くんと晩ご飯食べたいよね?」
「ぴこぴこぴこ」


「ほら、ポテトも往人くんと一緒がいいってぇ」
「ご飯って言葉に反応してるだけじゃないのか?」


「ちがうよぉ。 ねぇ、ポテト」
「ぴこ?」
「ありゃりゃ?」


「見ろ。 わかってないじゃないか」
「うぬぬ・・・おかしいなぁ」


困ったように、眉を寄せる。


「俺はもう行くぞ」


足を踏み出そうとした時。


「あっ、帰っちゃう・・・」


俺のことを、佳乃が追いかけようとした。

まるで、自分の居場所を一瞬だけ忘れてしまったように。


「おまえなあ・・・」


思わず、俺は苦笑いしてしまう。

 

帰る家がある。

待っている家族がいる。

こんなに幸せなことはない。

霧島診療所と書かれた、古ぼけた看板。

ペンキの剥げた壁を、指し示してやる。


「おまえの家は、そこだろ?」
「うん・・・」


ぽつりと、それだけをつぶやく。

トタン屋根の上、夕焼けに染まる空。

とても寂しそうな顔。


「・・・・・・」
「また、明日な」


振り返ることなく、それだけを言った。

長くのびた自分の影を、追いかけながら歩く。

中越しに気配があった。

髪の短い少女が、俺の後ろ姿をいつまでも見送っていた。


・・・・・・


・・・

 

 

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茜色に染まった空を眺めていた。

昼間の暑さはその影を潜め、緑の香りを孕んだ夜気がゆっくりと近付いてくる。

周りでは、虫たちも去りゆく暑さを喜び、歌を歌っている。

目をつぶると、俺はしばらく音色を楽しんだ。


ぐ~っ・・・


「・・・・・・」

 

 

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すぐ、目を開ける。

どこからか不快な音色が聞こえてきたからだ。


ぐ~っ・・・


間髪入れず、また鳴る。

・・・腹の虫だった。

体を起こすと、お腹を軽くさする。


ぐ~っ・・・


三度目。


「・・・腹、減ったな」


昼に食べた、流しソーメン。

あれはあれでうまかったが、夜まで体を稼働させるには至らない。

俺は、新たな食料を必要としていた。

いつもならここで、金がないことに絶望し、飢えを耐えしのぐだけだっただろう。


(・・・だが、今日は違う)


漏れてくる笑みを堪えながら、ポケットに手を入れる。

シャキーンと、そこから封筒を取り出した。

白地に『進呈』の二文字。

黄昏に染まりゆく世界にあって、そこからだけは光が発せられているかのようだった。

このお米券さえあれば、食事が手に入る。

飯盒で炊いたご飯が食べられるのだ。

もちろんご飯だけではない。

白米、銀シャリ、思いのままだ。

おもむろに立ち上がると、商店街へと足を向ける。

今日の満腹のために。 レッツゴーだ。


・・・・・・


・・・

 



 

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どさっ・・・。


やっとの思いで駅舎へと帰ってくると、力尽きるようにベンチへと倒れ込んだ。


「何故だ・・・」


弱々しい声は、夜の闇へと消えてなくなっていく。

連射でぐーぐーぐーと鳴る腹。

まぶたを閉じるまでもなく、目の前は絶望で真っ暗だった。


「そんな・・・もう、閉店時間だなんて・・・」

 

・・・・・・


・・・