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AIR【12】

 

7月27日(木)

 


・・・・・・。


ばたっ。


人形が路上に倒れた。


「・・・・・・」


ばたっ。

俺も路上に倒れてみる。

頬が熱い。

首筋も熱い。

空っぽの腹も熱い。

このままでは行き倒れてしまいそうだった。

 

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「・・・あ~っ、行き倒れだぁ。
診療所まであとちょっとだったのに、かわいそうだねぇ。
まだ生きてるかなぁ・・・つんつん」


「・・・・・・」


ぐばっ。


「おおっ、生き返った~」
「お前は行き倒れを見つけたら、いちいちつつかないと気が済まないのか?」
「うんっ」
「・・・そら結構。
で、お前はまた飼育当番か?」
「そうだよぉ」
「いちいちその暑苦しい制服を着てくのか?」
「学校に行くんだから、これじゃなくちゃダメなんだよぉ」
「そりゃご苦労さん」
「往人くんは何してたのぉ?」
「通りすがりの一般大衆にイカした人形芸を披露していたんだ」
「だって、誰も通りすがってないよ~」
「そうだな」


クールに同意する。


「誰もいないと、一円ももうからないねぇ。
このままだと干からびちゃうねぇ。
お姉ちゃんに掃き掃除されて、燃えるゴミに出されちゃうね~」


血も涙もないことをにこにこと言い放つ。


「そうだっ。 いいこと考えたよぉ。
ちょっとの手間でねずみ算式に収入が増えて一生遊んで暮らせるよ~」
「・・・・・・」


ものすごい胡散臭さだった。

だが、今の俺はホイホイすがるぞ。


「・・・どうすればいいんだ?」
「すっごい場所があるんだよぉ」


ここよりも人が多い場所があるというのだろうか?

何かイベントでもしているのだろうか?

ありそうもない話だが、ここで干からびるよりはマシな気がした。


「わかった。案内してくれるか?」
「うん。 かしこまったよぉ」


きらきらとした瞳で答える。


「でっぱーつ!」


高らかに宣言し、佳乃は歩きだした。


・・・・・・


・・・

 

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「とうつき~」


人気がなくて気持ちが落ち着く場所だった。


「・・・・・・」


嘘だと言ってほしかった。


「へへ~。 ウソだよぉ」
「・・・・・・」


言われたら言われたで、やっぱり腹立たしかった。


「ホントはこっちだよ~」


俺の手を取り、ぐいっと引っ張る。

手のひらから伝わってくる、ほんわりとした感触。

俺はそれに身を任せることにした。

二人で橋を渡る。

道が登り坂になる。

そして山道になる。


「・・・・・・」


深みにはまっている気がする。


・・・・・・


・・・

 

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木々の隙間から、夏の陽射しが透ける。

佳乃がぱっと駆け出した。


「ほらほらっ、往人くん早く~」


はしゃぎながら手招きをする。

観念して、その後をついていった。

ふと横を見る。

視界に広がる青い海。

眩しかった。


・・・

 

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「今度こそホントにとうつき~」


鳥居をくぐった佳乃が言った。

風が凪いでいた。

高く澄み渡った空の下で、ここの空気だけが澱んでいる。


「うわぁ・・・ここはヒンヤリだねぇ」


四方を囲む木立を見回しながら、佳乃が言った。

半袖の制服が、どこか寒々と感じられた。

セミの鳴き声も、ここではどこか遠い。


「誰もいなくて気持ちいいよねぇ・・・」
「・・・・・・」


ぐう・・・。


腹が鳴った。

悲しい響きだった。


「こんなところまで連れてきて、どうするつもりなんだ」
「いいことだよぉ」
「いいこと?」
「うんっ。 それじゃあ、頑張ってくるねぇ」


言うなり、神殿に向かって駆けだす。

木の階段をぱたぱたと登る。

目の前に垂れ下がった鈴の緒を握る。


「ふぅ・・・」


がらがらがらがら~~~。


鈴の緒を四方にゆすり、けたたましく鈴を鳴らす。


ぱんぱんっ。


柏手を打ちならす。


「往人くんのお人形芸が大繁盛しますようにっ!」


「・・・・・・」


ただの神頼みだった。

社の前から、佳乃が帰ってきた。


「頑張ってきたよぉ」


とても満足げな表情だった。


「あれれ? どうしたの、往人くん」
「何がだ」
「なんか、疲れた顔してるねぇ」
「そうか?」
「うん。 大丈夫大丈夫っ。
神さまにお願いしたから万事解決っ!
あとは寝て待てば、万事オッケーっ!」


・・・そんな都合のいい話があるか。


「だいたい、この神社は何の御利益があるんだ?」


安産祈願とかだったら、洒落にならないぞ。


「ふぇっ? ごりやくってなに?」
「神社によって色々あるだろ。 商売繁盛とか、家内安全とか」
「あれれれれっ?
神社って、願い事なんでも叶えてくれるんじゃないのぉ?」


とても素朴な信仰だった。


「さあな。
それよりも、お前の魔法で何とかしてくれ」


腹立ちまぎれに、無茶なことを言う。


「ふぇっ、あたしの?」


佳乃が目を丸くして、俺を見返した。


「大人になったら使えるんだろ、魔法」
「うぬぬ・・・」


瞳を伏せ、かなり本気で困っている。

冗談とはいえ、何となく罪悪感を覚えた。


「いやいい。 自分で何とかする・・・」


言いかけた時。

佳乃の瞳が俺を真っ直ぐに見た。


「えっとね、一応訊くけど・・・往人くんのいちばんの願い事って、なに?
お人形芸でガッポリ大儲けでいいのぉ?」
「違う」
「流しソーメンもっと上流で食べたい、とか?」
「それも違う」
「それじゃ、なに?」
「・・・・・・」


俺のいちばんの願い。

それは雲のように、とりとめない形で俺の中に浮かんでいる。

言葉が口をついた。

子供の頃、母親から繰り返し聞かされた言葉・・・。


「この空の向こうには、翼を持った少女がいる。
それは、ずっと昔から。
そして、今、この時も。
同じ大気の中で、翼を広げて風を受け続けている。
・・・・・・」


口に出してみると、本気でわけがわからなかった。


「・・・うわわっ、往人くんが奇怪なウワゴト言ったよぉ」


熱を計るように、俺の額に右手をあてる。


「うぬぬ。 暑気あたりかなぁ・・・」


手首に巻かれたバンダナが、俺の鼻先をくすぐる。


「ったく・・・」


頭をぶんぶんと振り、佳乃の手をどかす。


「とにかく、翼を持った少女が空にいるんだ。
たぶん俺は、そいつに会いたいんだと思う」
「翼の、女の子?」


きょとんとした瞳で、俺を覗き込もうとする。


「そうだ」


面倒くさくなって、俺は横を向いた。

他人に話すのは、かなり恥ずかしい。

なぜこんな話をしてしまったのだろう。


「・・・行くぞ」


振り向き、大股で歩き出す。


「う、うん」


ぱたぱたと靴を鳴らし、佳乃が後についてくる。

俺たちは神社を後にした。


・・・・・・


・・・

 

 

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「ただいまー・・・」
「遅かったじゃないか。 ・・・元気がないな」


妹の様子を見るなり、聖が言った。

 

「えーっ、そんなことないよぉ」


どう見ても空元気だった。


「まさか・・・」


鋭い視線が俺を刺す。


「違うぞ」


メスを出されるより早く、俺は首を振った。


「ただ、腹が減っただけだ」
「何だ、また一銭も稼げなかったのか」


・・・あんたの妹のせいでな。


「この場所はゲンが悪い。 明日から他で稼ぐことにする」
「やめておけ、どこでも一緒だろ」
「俺にだって大道芸人としての意地がある、じゃあな」

 


「あっ、往人くんっ・・・」

 


悲しそうな声で呼び止めようとする。

耳を貸さず、俺はそのまま診療所を出ていく・・・。

 

「スイカがあるぞ」


・・・ぴたっ。

俺の意志に関係なく、足が止まった。


「・・・今、スイカと言ったか?」


念のため訊ねてみる。


「さっき八百屋に届けてもらったばかりだ。
とても大きくて、よく冷えているぞ。
中身はきっと甘くてサクサクだぞ。
炎天下の中を散歩してきたのなら、さぞかし美味だろうな。
もちろん無料でご馳走するぞ。
それなのに君は、わざわざ干からびに行こうというのだな?」
「・・・・・・いただきます」
大道芸人としての意地は?」
「本日は売り切れました」


今日から俺はこう呼ばれるだろう。

イカに魂を売った男、と。


「では、切ってこよう・・・」


去りかけた白衣の裾を、佳乃がぐいっと掴んだ。


「切っちゃダメっ、叩いて割らなくちゃダメっ」

 

「・・・・・・」

 

「シートを敷かないとな」

 

・・・室内でやるのか?


「君は棍棒と手ぬぐいを用意してくれ」
「わかった」


もう破れかぶれで、俺は頷いた。

 


・・・・・・。


・・・。

 

 

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夜・・・。


腹をさすりながら駅舎のベンチに腰掛け、夜空を見上げていた。

身体の中は、スイカで一杯だ。

すっかり霧島宅で長居してしまった。

遠野とあのチビは、やはり今日もここに来ていたんだろうか・・・。

もし、弁当を持ってきてくれていたりなんかしたら、悪いことをしたな。

ゴロリと身体を横にする。

辺りの草むらから聞こえる虫の音が、耳に心地よい。

夜風が木々を揺さぶり、柔らかな葉音を奏でる。

そして星の瞬き。

自然の子守歌に包まれて、俺は静かに目を閉じた。

あとは意識がゆっくりと闇に沈んでいく。

 

 


・・・・・・。


・・・。

 

 

 


7月28日(金)

 



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目が醒めると、世界は眩しかった。

静かな虫の囀りは蝉の叫びにかわり、心地よい夜風は地面から照り返る熱波に。

星の瞬きは、太陽の厳しい視線に・・・。

夏の現実は苛烈に身体を蝕んでくれる。

身体を起こし、ベンチに座ったまましばらくボーっとしている。

おもむろにポケットから人形をとりだし、地面におく。

そして念を送る。

ムクリと立ち上がる人形。

ヨタヨタとおぼつかない足取りで前に進み、ポテリと倒れる。

そしてビクビクと二、三度痙攣して動かなくなる。


「・・・新芸・行き倒れ」


・・・。


まるで自分を見ているようだった。

 

・・・。

 

 

 

 

 

・・・・・・


・・・

 

 


ごしごしごし・・・。


「・・・・・・」


ごしごしごし・・・。


「・・・・・・」


ごしごしごし・・・。


「そっちが終わったら、こっちを拭いてくれ」
「・・・わかった」


ごしごしごし・・・。


「ある程度拭いたらモップを洗えと言ってるだろ」
「・・・・・・」


じゃばじゃば・・・。


「・・・・・・」

 

ごしごしごし・・・。


「・・・なあ」

 

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「手を止めるな」
「なんで俺がこんなことをしてるんだ」
医療機関は清潔第一なんだ」
「それは前に聞いた」
「では何が不満だ?」
「俺は、昨日もここのモップ掛けをしたような気がするぞ」
「仕方がないだろ、あんなに汁が飛ぶとは思わなかったんだ」
「待合室でスイカ割りなんかするからだ」
「まあいいじゃないか。 佳乃は楽しそうだったしな」
「妹が楽しそうだったら何でもいいのか、あんたは」
「もちろんだ」


堂々と答える。


「それにな、今日は特に念入りに磨いておきたい事情がある」
「何だ?」
「今朝、嫌な客が来た。
細胞の一片でも痕跡を残しておきたくない」
「増殖する宇宙生物か?」
「隣町に新しくできた、総合病院の成金院長だ」
「総合病院?」
「ああ。 おかげで、うちの客もそっちに流れてしまった。
しかもヤツめ、うちの客を盗っただけじゃ飽きたらず、私に向かってこう言い
やがったんだ。
『どうだい、君もこんな汚い診療所なんか畳んで、うちで働かないか。
なんなら、ワシの息子を紹介してやってもいい。
医者なんかやめて、家庭に入ってのんびり過ごしたまえよ。ウッシッシ』」

「いや、べつにモノマネまでしなくても・・・」
「ほら、手を止めるなと何度言ったらわかるんだ」
「はいはい」


ごしごしごし・・・。


「『はい』は一回だ」


まだ怒りがさめやらないらしい。

俺が拭いたばかりの床をずかずかと歩き、窓際に寄る。

指で窓枠をついと撫でる。


「・・・埃があるな」
「小姑か、あんたは」
「いや・・・この建物も随分古くなったと思ってな」


どこか感慨深げに言う。


「これでも私が生まれた頃は、新築だったんだぞ」
「築50年か、確かに古いな」

 

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「・・・・・・」
「築18年ぐらいだな」
「うむ。 そんなものだ」


どうにか機嫌を直したようだった。

聖の瞳が、見慣れたはずの診療室をゆっくりと見渡す。

天井や床の其処此処に、落としようがないぐらいの年月が染み込んでいた。


「うちはずっと昔から、この土地で医者をしている。
私の前は父が経営していた。
父は腕のいい医者だった。
この町の人達からも、篤い信頼をうけていた。
父が亡くなった後、私はすぐにこの診療所を受け継いだ」
「その歳でか」
「この若さでだ」


速攻で訂正された。


「ここは私と佳乃にとって、大切な思い出そのものなんだよ。
どんなことがあっても、ここを手放すわけにはいかない。
私にはまだ父ほどの腕も信頼もないが、いつかは追いつく。
・・・いや、追いつかなければならないんだ。
佳乃のために」
「・・・・・・」


佳乃のために。


言葉そのものから立ち登るような、柔らかなやさしさ。

そこから覗く、ほんの少しの影・・・。


「とにかくだ。
あんな新参者の病院にでかい顔をされてたまるか」
「・・・結局は縄張り争いか」
「・・・・・・」
「私が悪うございました」
「うむ。 そろそろモップ掛けも飽きたな。 休憩にしよう」


言い残し、とっとと診察室に向かう。


「・・・あんたもしかして、腹いせに俺を扱き使ってなかったか?」
「やっとわかったか」
「・・・・・・」

 

・・・。

 

 


お茶も出がらしになった頃。


・・・ばったーんっ。


いつものにぎやかな音。


「たっだいまぁ~」


そして、にぎやかな声。


「あっ。 往人くんの靴だぁ」


元気な足音が、診察室の扉に駆け寄ってくる。


がちゃり。

 

 

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「おかえり、佳乃」
「ただいまぁ。 あ~~~~~っ!」


「・・・その通りだ。 お茶を飲んでいるぞ」


叫ばれる前に言ってやる。


「冷え冷え麦茶を持ってこようか?」
「ううん。 今日はあたしもアツアツのお茶にするぅ」
「今、茶葉を替えるから、ちょっと待つように」
「うんっ」


こくんと頷く。


「・・・んしょ」


俺の隣、診察台にすとんと腰掛ける。

短い髪が揺れた拍子に、汗の玉が光った。


「お前って、いつも汗だくだな」
「えっえっ・・・?
もしかして、汗くさい?」
「そんなことはないけどな」


むしろ、どこか懐かしいような匂いを感じる。

最初に会った時より、すこし日焼けしたように見える。


「ねえねえ、お姉ちゃんっ」


俺の視線に気づかず、にぎやかに聖を呼ぶ。


「まだ蒸らし足りないから、もう少し・・・」
「そうじゃなくて、あのこと往人くんに話してくれたぁ?」
「あのこと?」
「うんっ。 昨日言ってたあれだよぉ」
「あれ?
・・・ああ、そうか」


湯飲みに茶を注ぎながら、面倒くさそうに答える。


「もうっ。
往人くんの将来に関わることなんだから、真面目にやらなきゃダメだよぉ」


・・・俺の将来?


「うむ。わかった」


こほん。


ひとつ咳払いをして、俺に向き直る。


「私はややこしい話が嫌いだから、手短に言うぞ」


俺の顔をびしっと指さす。


そして高らかに言った。

 

 

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「働けっ!」
「働いとるだろうがあっ!」


「お姉ちゃん、手短すぎだよぉ」


「そうか? なら、少し伸ばそう。 うちで働けっ!」
「さっきモップ掛けしただろうが、あんたのとこの床をっ!」
「ものわかりが悪い男だな、君は」
「あんたの言いようがメチャメチャなんだ」
「・・・よし、わかった。
耳の穴かっぽじってよ~く聞けぃ」


なぜかべらんめい口調だった。

俺の耳に唇を寄せる。

大きく息を吸う。


「どうせ君の大道芸では稼げないんだから、この診療所で住み込みアルバイト
をしろおおおっ!」

 

きーーーーーん。

 

「わかったか?」
「・・・大変よくわかりました」


「お姉ちゃん、すごーい。 迫力の大音響だったよぉ」
「そうだろう。 私が本気を出せばざっとこんなものだ」


自慢げな姉と、誇らしげな妹。


「では、次に待遇面だ」


普通の音量に落として続ける。


「就業時間はこの診療所が開いている限り、つまり朝から晩までだな。
その替わり、三度の食事と寝場所は保証しよう。
・・・どうだ?」
「・・・・・・」


確かに、悪い話ではない。

寝場所はともかく、三度の食事がつくというのはあまりにも魅力的だ。

終日アルバイトというのは痛いが、この町を出さえすれば、人形芸はいつでも
できる。

 

だが、しかし。

この提案には、重大な落とし穴がある。

それは・・・。


「・・・俺に給金を払えるほど、儲かってないんじゃないのか、ここは」
「失礼なことを言うな。
確かに今は患者も少ないが、君一人雇えるぐらいの金はある」
「とても信じられないぞ」

 


「大丈夫だよぉ、往人くんっ」

 


元気いっぱいに佳乃が割り込んできた。

だが、こいつの『大丈夫』に根拠がないことはもう学習済みだ。


「・・・あー、信じてないなぁ」
「当然だろ」
「えっと、あのねぇ・・・補助金っていうのがあるんだよ」
補助金? 何だそれは?」
「えっとねー・・・えっと・・・お姉ちゃん、何だそれわあ?」

 


医療機関というのは、儲けが多い少ないに関わらず、国から一定の金をもら
える仕組みになっている。 それが補助金だ」

 


「それが補助金だあっ」
「そりゃ便利だな」
「便利だあっ」


「しかも、けっこうな額だぞ」
「額だあっ」
「だから、君一人雇うぐらいはへのカッパだっ!」
「へのカッパだあっ!」


並んでふんぞり返る霧島姉妹。


「しかし、俺を雇っても、医者なんてできないぞ」
「むろん、君に医療行為をさせたりはしない。
さしあたってやってもらうのは、雑用全般だな。
見ての通りの二人暮らしだからな、男手があれば色々と助かる。
要は、住み込みのお手伝いさん1号ということだな」


「1号だあっ!」


「・・・・・・」
「・・・気が乗らないようだな」


「じゃあ2号だあっ!」


「いやまあ、1号でも2号でもそれはいいんだが・・・俺なんかでいいのか?


我ながら謙虚だが、心の底からそう思う。


「お手伝いがほしいんなら、ちゃんと求人した方がいいぞ」
「ふふ・・・実はな。
腹いせに見えたさっきのモップ掛けが、君の忍耐力を試すテストだったんだ。
その結果、君は試練に打ち勝った。
どうか胸を張ってうちで働いてくれたまえ」
「なるほど、そうだったのかぁ!」
「うむ。その通りだ」
「・・・今考えただろ?」
「もちろんだ。
本当は、君なら安月給で扱き使えると思ったからに他ならない」
「・・・・・・」


身も蓋もない正直者だった。

 

 

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「で、どうだこの提案は?」
「どうだどうだぁ?」


なぜか、強要されている気分だった。

 

「少し、考えさせてくれ」


とりあえずそう答える。
 
特に断る理由もない。

 

たぶんこの二人は、俺に気を回してくれているのだろう。

期待と不安を込めた瞳で、佳乃が俺を見ている。

どうしたものだろうか・・・。

 

・・・。

 


「・・・わかった。 世話になろう」


俺は決断した。


「うわわっ、ホントに来る気だぁ」
「・・・・・・」
「あっ。うそうそ、うそだよぉ。 うそついちゃいましたぁ」

 


「こらこら、そういう嘘は減点1だぞ。
せめてもう少しタイミングを考えること」
「うぬぬ。ごめんなさい・・・」
「給料を払う段になってから、『ウソだよぉ』と言った方がより劇的だったの
に」
「あっ、そうかぁ」

 

「・・・・・・」

 

全てを忘れ、診察室を出ていこうとする俺。


「まあ待て、ほんの冗談だ」
「・・・どこまでがどう冗談なのか、俺にわかるように説明しろ」
「よし、わかった」


生真面目に頷く。


「住み込みで働いてほしいというのは本当だ。
安月給だが、給料が出るというのも本当だ。
佳乃がとても喜んでいるというのも本当だ。
そうだろ、佳乃」
「うんっ! すっごく嬉しいよぉ」


元気すぎるほど元気な返事。

そのままとろけてしまいそうな、顔いっぱいの笑み。

それだけでも、承諾した甲斐があったと思った。


「鼻の下が伸びているぞ、国崎君」
「・・・・・・」


顎と鼻に手を当てて、ぎゅっと縮めておく。


「ところで、どうする?」
「ん?」
「うちに来てくれるなら、荷物を取ってくるか?」
「もちろんだ。 大した荷物はないがな。
それに、一応世話になった奴に挨拶もしないと」
「そうだな。 義理は重んじるべきだ」
「わかってる。
とりあえず、明日からということでいいか?」
「私はかまわないぞ」


「あたしもおかまいなしだよぉ」


「わかった」


・・・。

 

 


そんなわけで。


俺は霧島診療所で働くことになった。

 


・・・・・・


・・・

 


佳乃と二人で、診療所から外に出た。

玄関まで見送ると言って聞かなかったからだ。

外は夕暮れになっていた。

風は凪いでいて、アスファルトの熱気はまだ地上に留まっている。

振り返ってみた。

ガラス扉の中央、診療時間を書いた上が西日に染まっていた。

はじめて聖に声をかけられたのが、ずいぶん昔に思えた。


「まさか、ここで働くことになるとはな・・・」


頭を掻くと、佳乃が小さく笑った。

 

 

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「そうだねぇ。 あたしも思わなかったよ」
「聖の気が変わらなきゃ、いいけどな」
「それは絶対にないよぉ。 お姉ちゃんも、嬉しいんだよ。
家族が増えるなんて、思ったことなかったから」
「・・・俺は家族ってわけじゃないぞ」
「家族だよ。 一緒に暮らすのが、家族だもん」


真剣な顔で言うので、俺は言葉に困ってしまう。


「・・・それじゃ、明日からよろしくな」
「うんっ。 よろしくね~」


ひらひらと手を振る佳乃に見送られて、俺は歩き出した。

歩道をだいぶ歩いてから、振り返ってみた。

やっぱり、まだ見送っていた。

 

 


・・・・・・


・・・

 


駅舎に戻ると、見覚えのある人影が二つ。

うち、小さい方がこちらに向かって駆けてくる。


国崎往人ーーー!」


がすっ!


「ぐはっ!」


みぞおちに鋭利な蹴りが突き刺さった。

思わず大地に膝をつく。

 

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「う~~~」
「て・・・てめぇ・・・なに・・・しやが・・・る・・・」


痛みに言葉がとぎれとぎれになる。


「きのうなんでこなかったのっ!」
「き、昨日?」
「んにゅ~、まってたのにぃ~」
「・・・・・・」


いつもは『どっかいけー!』とか『町からでていけー』と言ってるクセに・・
・。


美凪がさみしそうだったんだよっ!」
「・・・?」


遠野の方を見る。

 

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「・・・・・・・・・大丈夫ですよ」
「ほらー! あんなにつよがってみせてるぞー」


・・・強がっているのか。


「悪かったな、きのうはちょっと人の家に厄介になっていたんだ」
「・・・厄介・・・・・・・・・ぽっ」


なぜ赤くなる・・・。


「・・・間男・・・」
「意味がわかって言っているのか・・・?」

 


美凪、『まおとこ』ってなにー?」
「・・・間男というのは・・・・・・」

 


ぐい・・・っと遠野を押しのけ言葉をさえぎる。

 


「お子さまは知らなくていい」
国崎往人! じゃまするなー!」
「お前のためを思っての事だ」
「ふーん、あんたのいうことなんか信じないもーん」


かわいくねぇガキだ。


「・・・間男というのは・・・」
「・・・それはもういい」


ペシっとオデコにツッコミを入れる。


がすっ!


「~~~~!!」


刹那、みぞおちから背中に突き抜ける衝撃。


美凪になにすんだーーー!」


テメェこそ何しやがる・・・。

文句を言いたかったが、それどころじゃなかった。


「・・・・・・楽しそう・・・」


遠野にはこれが楽しそうに見えるらしい・・・。


国崎往人なんかどっかいっちゃえー!
もうここにくるなー!」
「ああ、そうする」
「え・・・?」


意外な言葉だったんだろう、みちるが目を丸くして止まる。

 


「・・・この町を出るんですか・・・?」
「いや・・・」

 


俺はみぞおちをさすりながら、言葉を続けた。


「良い働き口が見つかってな。 そこで住み込みで仕事をすることになった。
だから、この駅舎ともおさらばだ」
「・・・・・・そうですか・・・」
「ああ、短い間だが世話になったな」

 


「・・・・・・」
「どうした? 寂しいのか?」
「そ、そんなことあるわけないでしょー!
国崎往人がいなくなって、せーせーするよ!」
「俺もお前にあわないですむと思うと、胸が晴れ渡るようだ」



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「むぅ~~~・・・やっぱり国崎往人なんかだいっきらいだー!!」


力一杯あっかんべーをすると、そのまま走り去ってしまった。


「ったく、今更大っ嫌いもないだろう」
「・・・そんな事はないですよ・・・・・・」
「・・・?」
「・・・あの子は・・・国崎さんのこと、とても気に入っていました・・・」
「・・・そうか?」
「・・・・・・・・・はい」


なんだ・・・今の間は・・・。


「あ・・・」
「ん?」
「・・・ご就職おめでとうございます・・・パチパチパチ」
「・・・そんな大層なものじゃない」
「・・・・・・就職祝いを進呈・・・」


そう言ってポケットをごそごそとあさり始める。

白い封筒の角が姿を見せる。


「いや、それはもういい、三食昼寝付きの条件なんだ」

 

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「・・・・・・・・・残念・・・」

 

本当に残念そうだ。


「あ・・・」


何かを思い出した様に、声を上げる。


「・・・・・・」
「・・・?」
「・・・・・・・・・みちるを追いかけないと・・・」


のんびりと言う。


「ああ、そうだな・・・」
「・・・それでは・・・」
「ああ」


美凪はペコリと頭を下げると、みちるの後を追った。

その背中をため息混じりに見送る。


不思議な二人だ。


しみじみ思った。


・・・。


そして俺はここで最後の夜を迎える。

 

 

・・・・・・。

 

 

 

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星空の帳を眺めながら、虫の歌声に耳を傾けていた。

風は無い。

まるで穏やかな水面のような時間。

息を吸えば冷えた空気が胸を満たしてくれた。

緑の香りが残る、瑞々しい空気。

ここでしか味わうことの出来ない夜。

この時間を失ってしまうことが、少し勿体ないと感じてしまう。

星が流れた。

そして俺は目を閉じる。

明日から、新しい生活だ・・・。

 

 

 

・・・・・・。


・・・。

 

 


7月29日(土)

 


「・・・では、頼む」
「わかった」
「私は診察室にいる。 終わったら報告に来たまえ」
「オーケー、ボス」


ばたり。


診察室の扉が閉まった。


「行くぜ、相棒」


愛用のモップを手に、待合室のど真ん中に立つ。

バケツにモップを浸し、すかさず床を拭く。


ごしごしごし・・・。


本日付けで、霧島診療所の住み込みアルバイトになった俺。

だが、やっていることは以前と変わらない。

今日も朝からモップ掛け。

これが飯の種になり、これが路銀になる。

そう思えば腹も立たない。

むしろ踊り出したくなる気分だ。

モップを床につける。

端から端まで、一気に駆け抜ける。

それから意味もなく放射状に拭く。

爪先でくるりと回転してみる。


「ひゃっほうっ!」

 

 

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「・・・・・・」


思いっきり見られていた。


「・・・みゅーじかる?」
ブロードウェーでロングラン上映中だ」
「ふぇ~、そうなんだぁ」
「今年の夏は日本でも大ブレイクだから、覚えておいた方がいいぞ」
「・・・ホント? どうやるのぉ?」
「まずこのようにモップを持ってだな・・・」
「ふむふむ」
「床の汚れを全部拭き取ったらその場でくるりと一回転、フィニッシュに『ひ
ゃっほうっ!』と一言だ。 わかったらやってみろ」


モップを突き出す。



・・・がすっ。



後頭部にチョップの直撃を受けた。


「ちゃんと仕事をしろ」


振り返ると、ボスが立っていた。

 

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「あっ、お姉ちゃんさんおはよーさんだよぉ」
「おはようさん」


「今日は学校か?」
「うんっ。 餌やり当番さんだよぉ」


にこにこと答える。

佳乃の餌やり当番にも謎が多い。

定期的に行っているわけではないらしい。

友達の分も肩代わりしているのだろうか?


「モップ掛けが終わったら、玄関先に打ち水をしておいてくれ。
それから朝食だ」
「わかった」


「それじゃ、ぶろーどうぇい目指して頑張ってねぇ」
「・・・仕事だっての」

 

・・・。


霧島姉妹がいなくなってから。

俺は溜息をつき、もう一度モップを握った。

これで給料をもらうのだ。

ふざけて体力を消耗するのも馬鹿馬鹿しい。

覚悟を決め、モップ掛けに没頭する。


ごしごしごし・・・。


・・・ごしごしごし・・・。


ごしごしごし・・・。


「・・・・・・」


とことん地味な作業だった。

 


・・・・・・。


 

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「言ってきまーすっ!」
「昼食までには帰ってくるんだぞ」
「はーいっ。 往人くんも頑張ってね~」


元気よく手を振りながら、佳乃が歩道を走っていく。

背中を押すように、電信柱でセミが鳴き始めた。

真っ白な朝の光が、商店街を満たしている。

今日もよく晴れるだろう。


「さてと・・・」


太陽に向かって伸びをしながら、聖が言った。


「我々もやるべきことをやろう」


・・・。

 

 


・・・ずずずずっ。

 

 

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「・・・で、これがやるべきことか」
「茶をすすりながら文句を言うな。
それでな、あのスケベオヤジときたら事もあろうに私のこの豊満な胸部を舐めるように眺め回してだな・・・」
「・・・・・・」
「こら、人の話は真面目に聞け」
「はいはい」
「『はい』は1回だと言ってるだろうが」
「・・・はい」

 

・・・。


掃除を終えた俺を待っていたのは、新たなる拷問だった。

茶で腹を膨らましながら、隣町の大病院について聖の超個人的見解を聞く。

早い話が、愚痴の相手だ。

この調子で、朝から2時間が経過している。


「・・・なあ、何かやることはないのか?」
「どんな?」
「薬の整理とか、カルテを書く手伝いとか」
「素人にそんなことさせられるか」
「急患が毎分100人ぐらい運ばれてきて大騒ぎとか」
「そんな非常事態がそうそうあってたまるか」
「雇われて仕事がないのも不安なものだぞ」
「そうか、気の毒にな・・・」


・・・ずずずっ。


聞いちゃいねぇ。


「もう一杯飲むか?」


他にすることがないので、頷く。

聖が立ち上がり、俺の湯呑を取った。

急須のふたを開け、電気ポットの湯を注ぐ。

立ち上る緑茶の香りが、消毒液の匂いと絶妙に入り交じる。

虚しさばかりがつのる。


「なあ」
「何だ?」
「本当に俺なんか雇っていいのか?」
「そのことは気にするなと言ってるだろ。
食い扶持が2人でも3人でも、家計上は対して変わらない」
「お情けで俺を置いておくつもりなら・・・」
「そういう意味じゃない、君にやってほしいことは、他にある・・・」


と、突然聖が立ち上がった。


「佳乃の帰りが遅い」


つぶやくように言って、扉に向かおうとする。


「は?」
「昼食までには帰ると言ったんだ。 正午を回るはずがない」


親指で壁時計を指す。

12時を5分回ったところだった。


「よほどのことがなければ、あの子は遅れたりしない」


呆れた俺の視線に気づき、きっぱりと言う。

単に妹を心配しているのではない。

むしろ、何かを恐れているようにさえ見えた。


「悪いが国崎君、ひとっ走り・・・」


・・・ばたんっ。


玄関先で、いつもの音がした。


「ただいま~」


続いて、靴を乱暴に脱ぎ散らす音。

診察室の扉が開き、佳乃が現れた。


・・・。

 

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「・・・ポテト帰ってる~?」
「いや」


聖の代わりに答えた。


「うぬぬ。 そうなんだ・・・」


困ったように目を伏せる。


「そう言えば、ここ何日かあいつを見かけてないな」
「もともと野良犬なんだろ。 ほっとけよ」


「往人くん、つめたいよぉ」
「野良犬ってのはな。 どんなになついてるように見えても、ふらりと出てい
くことがあるんだ」


旅の途中、何度か野良犬にまとわりつかれたことがある。

餌をやって手なずけようとしても、いつも数日でいなくなってしまった。


「きっと、ここより居心地のいい所を見つけたんだろ」
「そっ、そんなことないもんっ」


ムキになって首を振る。

また走ってきたのだろう、汗の玉が髪から飛び散った。


「2、3日帰らないことなら、今までもあっただろ?」
「だって、学校にいる間じゅう、ずっと声がしたんだよぉ」
「声?」
「すっごくちっちゃな声で、『ぴこぴこ~』って泣いてた・・・」


「というか、声なのかあれは?」


思わず聖と顔を見合わせる。


「いや、私は尻尾を振る音だと思っていたが」
「それは無理があるだろ」
「だが、鳴き声というのもおかしいだろ?」
「足音だとしても変だしな・・・」
「とすると・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」


・・・。

 

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「・・・そんなことどーでもいいのっ」
「うむ。 そうだな」


・・・そうか?


疑問に思ったが、深く追求するのはやめた。


「とにかくだ。
ぴこぴこ音がしたんなら、ポテトがいたってことだろ」


他にあんな怪音を立てる生物がいるとは思いたくない。


「ううん。ぜったいちがうよぉ。 学校じゅう探したけど、どこにもいなかったもん」


学校じゅう探してたのか、こいつは。


「それに、いつものポテトならぴこぴこ~って走ってきて、ぴこって抱きついて 、
ぴこぴこ大騒ぎのはずだよ~」


・・・とても的確な描写だった。


「もしかして、虫の息なのかも。
だから虫の知らせなのかもかも。
わっわっ、親友ポテトが未曾有の大危機に接近遭遇でさあ大変だよ~」
「・・・・・・」


どうもこの少女は、言葉づかいに妙な偏りがある気がする。


「まあ落ち着くように。
でないと的確な危機管理は不可能だぞ」


それは多分、この姉を見習ってきたせいなのだろう。


「うぬぬ・・・了解だよぉ」


しぶしぶ頷く佳乃。

目を伏せて、そのまま考えこむ。


「・・・あたし、探してみるっ」
「待てこら、もっとよく考えろっ」


駆け出していこうとしたのを、どうにか捕まえる。


俺も考えてみた。

どうも佳乃のひとりよがりな気がする。

あの牧歌的な毛玉生物が、危機的状態に陥るとは考えにくい。

その一方で、あいつならテレパシーぐらい使えてもおかしくない気もする。


「仕方ないな」


俺は立ち上がりざま、佳乃に声をかけた。


「行くぞ」
「ふぇっ。 一緒に来てくれるの?」
「ああ。 一人で探すよりも効率的だろう」
「でも、お仕事中じゃないの?」
「お前一人、この炎天下の中を彷徨わせるわけにもいかないだろう」


言ってチラリと聖を見る。

俺の雇い主は当然とばかりに胸を張って頷いている。


「本当にいいのぉ・・・?」
「ボスからは了承済みだ」

 


「そういうことだ」
「うんっ」

 


聖の方を見て、嬉しそうに頷く。

それから待ちきれないのだろう、玄関に駆けていった。


後を追おうとした俺に、聖が耳打ちしてきた。


「体調に気をつけてやってくれ。
異状があったら、すぐに戻ってくるように」


さらりと言ったつもりだろうが、瞳は真剣そのものだった。


「わかった」


俺も小声で答えた。

それは姉として、当たり前の心遣いだと思っていた。


・・・・・・。

 

 

 

一歩外に出ただけで、汗がしたたった。

炎天下だった。


アスファルトが溶けだして、靴がめり込んでもおかしくない。

セミの声も、ますます盛況だ。

こうなったら、早いとこ見つけるしかない。



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「国際愛犬救助隊、しゅ・・・」
「待て」


何の考えもなく出発しようとした隊長を、取りあえず引き留めた。


「まず、どこから探すか決めろ」
「えっと・・・」


口元に手を当てて、うんうんと考え込む。

普段は使わない頭をフル回転させているのがわかる。


「声が聞こえたのは学校にいた時だったけど、学校はもう探したからぁ・・・ 。
きっと、学校の近くだと思う」


この少女にしては妥当な判断だ。


「それならまず、海沿いだな」
「それなら、まず、海沿いに出動だあっ!」


佳乃に続いて、俺は歩き出した。


・・・・・・。


・・・。

 

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「・・・この辺かなかなぁ」


学校前の広場。

海沿いの階段を登る。

赤錆の浮いた手すりが、じゅうじゅうと焼けているように見えた。

堤防の上に立った。

風がないせいで、潮の匂いもむっと不快に感じられる。


「ポテト~っ!」


いきなり、佳乃が叫んだ。


「ポテト~っ! ぴこぴこ~っ! ポテト~っ! ぴこぴこぴこ~っ!」
「・・・ポテト語を混ぜるのはやめろ。 まぎらわしい」
「ぴこ~」


悲しそうに頷く。


「やっぱり、いないのかなあ・・・」
「まだ探しはじめたばかりだろ。
通学路に沿って探してみよう。 行くぞ」
「ぴこっ」
「だからそれはやめろっての」

 


・・・・・・。


・・・。

 


堤防の上を、しばらく二人で歩いた。

左側の山が遠ざかっていき、少しばかりの平地が続く。

熱されたコンクリートの上では、空気が歪んでいるのがわかる。

犬はおろか、通行人さえ滅多に見かけない。


「いそうもないな」
「うぬぬ・・・」
「大丈夫か? 顔が赤いぞ」
「往人くんだって真っ赤だよぉ」


言いながら、佳乃は額の汗を拭った。

そのまま頭に手をやって、短い髪をわしゃわしゃと梳く。

よほど暑いらしい。

制服の背中が汗ばんでいて、目のやり場に困る。


「とにかく、道に降りるぞ」
「うん。 その方がいいかも・・・」


いくつめかの階段で、堤防から降りた。

 


・・・・・・。


・・・。

 


堤防も道も、暑さは全く同じだった。

二人して日陰にしゃがみ込む。

もたれると、汗ばんだシャツから湯気が立つような気がした。

目の前に、あの武田商店があった。

俺にとっては、苦い思い出ばかりの場所だ。

 

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「往人くんっ、アイス買おっ!」
「言っておくが、俺には金がないぞ」


一応人形は持っているが、ここでは一銭にもならないことは実証済みだ。


「あたしお金もってるから、オゴりだよぉ」


ぱんと胸を叩き、景気よく言う。

きゅぴーん!と、音がでるほどの目つきで佳乃を見る。


「マジか!?」
「うんっ!」
「いくら持ってるんだ?」
「60円っ!」
「・・・子供か、おまえは」
「大丈夫だよぉ。
パカッって割れて二人で食べられるラムネアイス買うから」


ものすごく自慢げに言う。

断る理由もなかった。


「ならご馳走になろう」
「じゃあ買ってくるねぇ」


立ち上がり、通りの向こうに渡った。

アイスクリームケースを開け、あれこれ物色する。

お目当ての一本を見つけると、店の中に入っていった。


「ふう・・・」


なんとはなしに、溜息をついた。

こうしていても、汗がだらだらと流れ落ちてくる。

30円分とはいえ、この状態でアイスを食ったらさぞや爽快だろう。

その時、佳乃が店から出てきた。

木戸をがたぴしと閉め、こちらを振り返る。


「おまたふぇ~」
「・・・・・・」


もう頬張っていた。

と言うか、パカッと割れるラムネアイスではなかった。


「スイカチョコバーだよぉ。
赤いところがスイカ味で、種はチョコチップなんだよぉ」
「・・・・・・」
「だってねだってね、これって当たるともう一本なんだよ~。
だから大丈夫っ! 気合いで当てるから大丈夫っ!」


賭けてもいいが、絶対に当たらないと思う。


「・・・せめて落とすなよ、頼むから」


アイスをぶんぶん振り回す佳乃を見かねて、それだけを伝えた。


「・・・んしょっ」


俺の隣に座り、早速食べはじめる。


さくさくっ。

ぺろぺろぺろ。

むしゃむしゃ。


「む~~っ。 つべたくておいしひよぉ・・・」
「・・・・・・」


・・・いいもん。

俺は大人だもん。

空を見上げる。

太陽はまだまだ高い。

綿毛のように真っ白な雲が、ぷかぷかと浮かんでいる。


「ったく、あの毛玉犬め・・・」
「ふぇっ?」
「なあ。 あいつの好きな場所ってないのか?」
「好きな場所?」


アイスを食べる手を休め、しばし考える。


「川とか、神社かなぁ・・・」
「そう言えば、以前あいつに川まで連れていかれたことがあったな」


それどころか、神社まで連れていかれたこともある。

そして俺は、佳乃がうわごとを言い、倒れるところに出くわしたのだ。


「・・・・・・」


何か妙な予感がする。

一応探してみるべきだろう。


「あ~~~~っ!」
「なんだっ、どうしたっ?」
「ごめん、ハズレだったよぉ」
「・・・・・・」


・・・・・・


・・・

 

 

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「橋だよー」
「言われなくてもわかってる」


小川にかかった小さな橋。

変化のない田舎町の中でも、さらに代わり映えのしない風景。

当然、ポテトはいない。

町中より涼しいのがせめてもの救いだ。


「あ~~~~っ、往人くんあそこっ!」


欄干から身を乗り出すようにして、佳乃が叫んだ。


「カメさんだぁ~」
「・・・・・・」
「おっきいカメさんだねぇ」
「それどころじゃないだろ。
体長5メートルくらいあるぞ、あのカメ」
「それだと川幅よりおっきいねぇ」
「だからじたばたしてるだろ、苦しくて」
「あっ、火噴いたよ~」
「川の両岸が火の海になったな」
「手足縮めたよ~」
「首も縮めたな、ぐるぐると回転しはじめたぞ」
「あっ、浮き上がった」
「すごい勢いで空に昇っていくぞ」
「あーあ、行っちゃったぁ・・・」
「そうだな、行っちゃったな」
「すっごいカメさんだったねー」
「ああ。そうだな」
「・・・・・・」
「・・・・・・バカなこと言ってないて、行くぞ」
「だって、言い出したの往人くんだよぉ」


不満げな佳乃を尻目に、俺は歩き出した。


・・・・・・


・・・



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「鳥居だよー」


言葉通り、やっと鳥居が見えた。

俺は立ち止まり、呼吸を整えた。


「・・・ぐわあっ」


意味もなく叫ぶ。

この炎天下で、さすがに山道は辛い。

佳乃はと見ると、もう階段にかかっていた。


「よく平気だな、お前」
「うん、よくお散歩するから」


事も無げに言う。


「置いてっちゃうよー」
「はいはい・・・」


明るい声に引っ張られて、俺も歩き出す。

階段をゆっくりと登り、鳥居をくぐる。


・・・・・・


・・・


いつも通り、誰もいなかった。

ただ蝉の声と葉擦れの音だけが溢れていた。

この空間だけが、人々の記憶から抜け落ちているかのように思えた。

顔をあげると、日射しがやけに強い。

目の前が真っ白になり、自分がどこにいるのかわからなくなる。

 

 

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「ポテト~ぉ」


佳乃がゆっくりと辺りを見回す。

そうして神殿に歩み寄った。


「ポテト~っ、いないかなぁ・・・」


スカートの裾を揺らしながら、神殿の裏側に回る。

俺は10分ほど、ひとりで待っていた。

参道に落ちた木漏れ日が、波のようにさざめくのを見ていた。


やがて。


佳乃が現れた。


収穫がなかったことは、歩き方を見ればわかった。


「ここにもいないのか・・・」
「ここにもいないのかぁ・・・」


俺の言葉を繰り返す。

俺の勘も大したことはないらしかった。


「うぬぬ。 どうしよう.
ホントに声、聞こえたんだけどなぁ・・・」


そのまま、黙ってしまう。

セミの声が耳に戻ってきた。

吸い込まれるほどに、空が青い。

佳乃が俺のことを見た。

透明な迷路にとらわれているような、途方に暮れた瞳。

俺は何かを思い出しかけていた。

それは消えてしまったポテトの行方なのか。

それとも・・・。


「なあ。 佳乃」
「ふぇっ?」
「答えたくなかったら、答えなくてもいいからな。
お前のその、魔法だけどな・・・。
例えば、誰かの居場所がわかるってことはないのか?」


聞いたとたん、佳乃は黙り込んだ。

俺が母親から伝えられた、手を触れずに人形を操る力。

あるはずのない力を、俺は持っている。

そして母親は、もともと『力』はこれだけではなかったと言っていたような気
がする。

だとすれば。

俺とは別の力を持つ者がいても、おかしくないのではないか?

例えば、いるはずのない者の声を聞く能力。

例えば、目の前にいるこの少女が・・・。

佳乃は随分長く考え込んでいた。

そして、きっぱりと答えた。

 

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「そういうのとはちがうと思う」
「そうか・・・」


それなら、この話はもうするべきではない。


「よし。 もう少し探そう」


俺が歩き出そうとした、その時。

佳乃の指が、俺のシャツの裾を掴んでいた。


「えっとね。 えっと・・・」
「何だよ?」
「えっとね・・・」


何かを決心したように、佳乃が俺のことを見た。

バンダナのなびく右手を、そっと胸に当てる。


「往人くんならきっと、笑わないと思うから・・・」


そう前置きして、佳乃は語りはじめた。


「このバンダナって、もらいものなんだよ。
ホントにちっちゃな頃から、ずっと大切にしてるの」


たぶんそれは、佳乃が物心ついた時から、という意味なのだろう。

黄色いバンダナには汚れもほころびもほとんどない。

佳乃の手首の上で、時は封じられている。


「これをもらった時に言われたの。
大人になるまで、ずっとつけてなさいって。
それまで、絶対に外しちゃいけないって。
そうすれば、魔法が使えるようになるって」


魔法。


不意に、熱気が退いた。


なぜだかわからない。


心の奥底にある何かを、指先で撫でられたように感じた。


「誰に、もらったんだ?」


バンダナを指さしたまま、俺はそう訊ねていた。


「ちっちゃかったから、よく覚えてないけど・・・」


そのまま言葉を濁す。


「そうか」
「うん・・・。
それからずっと、これを巻いてたんだよぉ」
「『ずっと』って・・・本当にずっとか?」
「うんっ」


当たり前の笑顔で、頷く。

俺は、佳乃を見くびっていたことに気づいた。

子供の頃から今まで、バンダナを手首に巻きつけておく。

それが本当なら、並大抵のことではなかったはずだ。


「水泳とか身体測定とか、大ピンチなこともあったよぉ。
イジメられたことも、ちょっぴりあったり・・・」


瞳を伏せて、付け加える。

どんな時にもバンダナを外さない少女は、周りから奇異に見られたはずだ。


「でもね、いつもお姉ちゃんが助けてくれたんだよぉ。
あたしの代わりに、いつも一生懸命に頼んでくれたんだよ。
いじめっ子はみんな、コテンパンにやっつけてくれたよ。
おっきな男の子だって、容赦なくボコボコにしちゃうんだよぉ」
「・・・・・・」


取りあえず、辺りに聖がいないか確認しておく。


「だからあたし、ここまで来れたんだぁ」


佳乃が笑う。

やさしく頼もしい姉と、自分自身への誇りを込めて。


「う~んっ」


両手を組み合わせて、大きく伸びをする。

黄色い布がひらひらと揺れ、真夏の太陽を透かす。

と、佳乃の顔がなぜか曇った。


「ホントはね・・・」


両腕を下げ、バンダナを眺める。


「あたし、これを外すのが怖いんだと思う。
これを外しても、魔法なんて使えなかったら・・・。
ずっとそう思ってたけど。
このごろ、ちょっと違うかも」

 
小首をかしげる

それから、俺のことを見た。


「往人くん、お人形さん動かしてくれたよね?」
「ああ」
「あの時ね、あたし、ホントにドキドキしたんだよぉ。
ほんものの魔法を見るのって、はじめてだったから」
「ほんものの魔法、か・・・」


思わず、俺はそうつぶやいた。


「もしも魔法が使えちゃったら・・・。
そっちの方が怖いかもしれないねぇ」


無邪気な笑顔。

そうして、俺の視線に気づく。


「あっ、ゴメンなさい」
「いや・・・」


俺の尻ポケットには、今も人形が入っている。

十年来のつきあいの、俺の相棒。

なぜ俺には、こんな力があるのだろう?

はじめて人形を動かした日から、今まで一度も考えたことがなかった。


「往人くん、行こっ!」


佳乃がぱっと駆け出した。

俺も後を追う。

走りながら空を見る。

佳乃の言葉が、消えずに漂っている。


――『もしも魔法が使えちゃったら・・・』


日射しはまだ焦げるほどに強い。

それなのに、夕闇の気配を感じていた。



・・・・・・。


・・・。

 


診療所に帰り着いた時は、もう日が暮れていた。

 

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「見つからなかったね・・・」


ガラス扉の前で、佳乃がもう一度振り返った。


「ポテト、どこかに行っちゃったのかなぁ・・・」
「どこだろうな」
「あたしといるの、つまらなくなっちゃったのかなぁ・・・」
「そんなことはないだろ。
どんなに幸せでも、そこに止まってられない奴もいるのさ」


何かを手に入れれば、守らなければならない。

最初から何も持っていなければ、失わずに済む。

たぶん、そういうことなのだろう。


「・・・・・・」


きゅっと唇を閉じて、佳乃が俺のことを見ていた。

何か言いたそうな頬を、金色の光が染めあげていた。


「明日もまた探せばいいだろ」


佳乃の頭に、ぽんと手を乗せる。

一日太陽にさらされていた髪は、まだほんわりと温かかった。


「お前が会いたいと思ってるなら、いつか見つかるさ」
「そうだねぇ・・・」


つぶやいて、こくりと頷く。


「また明日、探してみる」
「その意気だ」


ご褒美に、髪をかき混ぜてやる。

片目をつぶって、佳乃がはにかむように笑う。


「・・・あっ、そうだぁ。
明日はお弁当持って、一日じゅう探そうよ」
「って、俺も行くわけか?」
「大丈夫だよぉ。
お姉ちゃんに二人分作ってもらうからぁ」
「いや、弁当の問題じゃなくてだな・・・。
・・・・・・弁当?」


その言葉に、引っかかるものがあった。

ゆっくりと思いを巡らす。

ポテトを探す間じゅう、ずっと覚えていた違和感。


弁当・・・


届ける・・・


ぴこぴこ・・・


・・・ぴっこり。



・・・そうだ!


俺は知っていたのだ。


ポテト失踪事件の真犯人を。


・・・。



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「往人くん、どこ行くのぉ?」
「ポテトの居場所がわかった」
「・・・えっえっえっ?」
「行くぞ・・・」



・・・・・・


・・・

 



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「・・・ここ、学校だよ?」
「そうだ、学校だ」
「でもでも、学校はあたし、探したよぉ?」
「たぶん、全部は探していないはずだ」
「うぬぬ・・・」


不思議顔の佳乃を連れ、校門から中に入る。

すぐに問題の植え込みがあった。


「そこは探したか?」


直視するのが怖いので、指さすだけで伝える。


「ふぇっ? どこ?」
「その植え込みの影だ」
「探してない、けど・・・。
でも、あんなとこにいるわけないよぉ」


ところが、いるんだ。

佳乃に弁当を届けに来た日のことだ。

あの時、確かにポテトは俺についてきた。

見つかったらパニックになると思った俺は、ポテトをつまみ上げ、植え込みの
影にそっと隠した。

 

――『俺がいいと言うまで、ここを動くな』

――『ぴっこり』

 

完璧に忘れていた。

あれから3日が経過。

気温は連日30度オーバー。


「・・・・・・」


願わくば、干からびたり死臭を発したりしていませんように。


がさがさ。


佳乃の手が植え込みを掻き分ける。


そして・・・。



「・・・あ~~~~っ!」

 

 

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「ポテトぉ、やっと見つけたよ~」


佳乃が両腕で、なつかしい毛玉を抱き上げた。


「ぴこ・・・」


ずっと待っていたのだろう。

西日の当たった毛皮はどこかくたびれていた。


「あんまり心配かけたらダメだよぉ」
「ぴこ~・・・」


あまりにも、か細い鳴き声だった。

この植え込みの中で、ずっと鳴き続けていたのだろう。


「こんなに痩せちゃって・・・」


だが、別に痩せてはいなかった。

薄汚れた分、大きくなった気さえする。


「・・・でも往人くん、なぜここだってわかったのぉ?」
「企業秘密だ」
「うぬぬ。 ケチ~」


ケチだろうが卑怯だろうが、こればかりは誰にも教えられない。


「もしかして、魔法?」
「そういうことにしておこう」
「ふぇ~」


感心しきりの佳乃を尻目に、俺はポテトに向き直った。


人として、ぜひとも言っておかねばならないことがあった。


「ポテト・・・」
「ぴこ・・・」
「バラしたら、す巻きにして海に叩き込むからな」
「ぴこぴこ~・・・」


素直な返事に満足し、俺は学校に背を向けた。


「それじゃ、帰ろう」
「うんっ!」


ポテトを抱いたまま、佳乃がにっこりと笑った。


・・・。


そうして俺たちは、家路を辿った。



・・・・・・


・・・



「ただいま~っ」

「ぴこぴこ~」

「戻ったぞ」



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「おおポテト、戻ったか」
「ぴこぴこっ」
「佳乃に心配かけたらダメだろ?」
「ぴこ~・・・」
「うむ、反省しているならいい。
それで、今までどこに行ってたんだ?」


「それがね、びっくりだったんだよ~・・・」


佳乃が話し出そうとするのを、俺はあわててさえぎった。


「まず飯にしないか?」


昼飯も食べずに、午後いっぱい走り回っていたのだ。

このぐらいは当然の要求だと思う。


「もう出来てるから、持ってきてやる。
ちなみに今晩は、私の手作りカレーとカボチャサラダだ」
「わ~い。 カレーだカレーだぁ!」


無邪気にはしゃぎ回る妹。

温かく見守る姉。

何の疑問も感じていないらしい。


「ちょっと待て」
「メニューの変更なら受け付けないぞ」
「違う。 ここで食べるのか?」
「なんだ、不満そうだな。
二人の乙女の生活空間を踏み荒らしたいという、君の気持ちはよくわかるが・
・・」
「そうじゃなくてだな・・・。 衛生上問題があるだろ?」
「君がきちんとモップ掛けすれば、何の問題もない」
「・・・・・・」


・・・・・・。


・・・。


カレーがたっぷりと盛られ、テーブルに置かれた。


3人と1匹で手を合わせる。



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「いただきましょう」

「いただきま~すっ」

「いただきます」

「ぴこぴこ~」


・・・・・・。


嫌味をいう間もなく、全てたいらげた。

おかわりまでした。

美味かった。


「板チョコとヨーグルトを隠し味に入れるのがコツだ」
「ふぇ~っ。 お菓子みたいだねぇ」
「カボチャサラダの方は、生クリームとちょっぴりのカラシがコツだ」
「うわわわっ。 なんだか異質なミスマッチ感覚が炸裂だよぉ」


物知り顔の姉と、感心顔の妹。

この家ではずっと、こんな風に役割が決まっていたの。

正直言って、俺には照れ臭い。

だが、悪い気分ではなかった。

食後は当然、聖の淹れた緑茶だった。

当然、これも美味い。

何杯目かを飲んでいる時だった。

 


・・・ひゅ~ぱぱん!

 

・・・ぱぱぱぱぱっ。

 


派手な破裂音が、天井を通していくつも聞こえてきた。


「・・・花火っ!」
「隣町の花火大会だな。 今日はすごい人出のはずだ」


佳乃がソファーから立ち上がった。

ブラインドの間に指を突っ込み、空を見ようとする。


「・・・うぬぬ。 見えない~」
「ここからでは無理だな」
「見に行きたいよ~」
「今からではいい場所は取れない」
「うぬぬ。 残念・・・」



「そんなに面白いのか、花火って」
「君は花火を見たことがないのか?」
「そりゃ、見たことぐらいはあるけどな。
あんなの、ただきれいなだけだろ」


腹の足しにもならないようなものを、わざわざ見に行く奴の気が知れない。

・・・というか、俺の人形芸も同じか。

 

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「・・・君はよほど貧しい情操教育を受けたんだなあ」
「ほっとけ」


つぶやいて、湯飲みを置く。


「仕方ないな・・・」


聖が白衣のポケットに手を入れた。


「ほらっ」


何かを投げ渡された。

100円玉だった。


「それで好きな花火を買ってきていいぞ。
煙幕、ヘビ玉、ネズミ花火あたりがお勧めだ」


・・・聞くからに陰湿で面白くなさそうなのは、俺の気のせいか?


まあいい。

せっかくもらった100円なので、ありがたくポケットに入れようとする。


・・・くいくいっ。


シャツの裾を引っ張られた。

上目遣いの佳乃が、何かを強烈に主張したがっていた。


「ネズミ花火なんてダメぇ。 空飛ばないとダメぇ」
「・・・・・・」


「わかった」


重々しい声で、聖が言った。

白衣のポケットから何かを取り出し、俺に投げてよこす。

今度は財布そのものだった。


「君は今すぐコンビニ及び玩具屋を巡り、ロケット花火とトンボ花火を残らず
買い占めて来てくれ。 私は火種を用意しよう」
「マジで買い占めるのか?」
「大マジだ」
「・・・了解」


それ以上何も聞かず、俺は玄関で靴を履いた。


・・・・・・。


・・・。