*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

AIR【15】

―DREAM編 遠野美凪


 

 

~7月21日(金)の途中から~

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190712153025p:plain

 

赤から藍へと色を変え始めた空の下。

どこからともなく、小さなシャボン玉が漂ってきた。


「かわいい、にははっ」


観鈴はうれしそうに、漂ってきたシャボン玉に指先をのばす。


ふわ・・・。


「あれ?」


観鈴が伸ばした指先を擦り抜け、シャボン玉が漂っていく。

その行き先から、楽しげな声が・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190628171407p:plain



昼間に立ち寄った駅だ。

 

そう言えば晴子が『電車は無理や』とか言っていたような気がしないでもない。

 

あの時はカウボーイに酔っていたからな・・・。

 

よく憶えていないが、なにか無理な理由でもあるんだろうか。

 

別に普通の駅だ。

 

綺麗だし、特に寂れた様子もない。


・・・・・・。


(・・・なにが無理なんだ・・・?)


「あ・・・」


観鈴が何かに気づいて声を上げる。

 

俺もつられてそっちを見た。


「やったーっ、またせいこーっ」



f:id:Sleni-Rale:20190613184959p:plain

 

「・・・・・・」


・・・少女がいた。


「もういっこ飛ばすよーっ」
「・・・うん」


それは、とても幻想的な光景だった。

 

知らぬ間に、夢幻の森に迷い込んでしまったかのような・・・。

 

そんな錯覚を覚える光景だった。


「あ・・・遠野さんだ」


観鈴が、少女の名を呼ぶ。


「・・・なんだ。 知り合いか」
「うん。 遠野美凪さん。 わたしのクラスメイ・・・ト・・・わっ」


少女が俺たちの存在に気づく。


「・・・・・・」


物言わず、俺たちをじっと見つめる。


「わっ、わっ、わっ」


(なに慌ててんだ、こいつ)


観鈴は、口をぱくぱくさせて、クラスメイトに声をかけようとしている。


「・・・・・・」


そのクラスメイトは、俺たちを見つめたまま、表情さえ変えようとしない。


そして・・・。


ふと、少女を取り巻く空気が、現実の色を取り戻した。

いつの間にか、景色は夕暮れから夜へと移り変わっていた。


すたすたすた・・・


少女が、俺たちの前に歩み寄ってくる。


「こ、こんにちは、遠野さんっ」


観鈴は、慌ててクラスメイトに挨拶をした。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185015p:plain

 


「・・・・・・」


返事はなく、ただじっと見つめられるだけ。


「あの・・・」


どうやら、観鈴はクラスメイトの反応に困っているようだ。

ここは、助け舟を出してやるべきだろうか。


「・・・・・・奇遇ですね」


少女がようやく口を開く。


「は、はいっ、すっごい偶然っ。 びっくり」


大げさに驚いてみせる観鈴


「・・・・・・」


反応しない少女。


「あの・・・」


困った観鈴


「・・・・・・」


傍観する俺。


「・・・・・・・・・こんばんは」


ぽつりと呟く。


「えっ・・・」
「・・・・・・・・・違う?」
「えっ? えっ、えっ?」
「・・・じゃあ・・・えっと・・・」


唐突に物思いに耽る。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


少女を見つめながら、二人でなにかを待つ。

もちろん、なにを待てばいいのかは知らない。


「・・・・・・・・・あ」


これか?

俺たちが待ちわびた、少女の言葉は・・・。


「・・・おはこんばんちは」


・・・かなりの死語だった。


「お、おはこんばんちは・・・」


観鈴は、クラスメイトに度肝を抜かれながらも、何とか反応してみせる。


「・・・・・・・・・正解?」
「えっ」
「・・・はずれ?」
「えっ、えっと、正解かな。 どっちかといえば」
「そうですか・・・」


・・・一応、喜んでいるようだ。


「おい。 なんなんだ、こいつは・・・」


観鈴を引き寄せ、耳打ちをする。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185034p:plain

 

「クラスメイト」
「それは知ってる」
遠野美凪さん」
「それも、さっき聞いた」
「綺麗だよね」
「ああ。 そうかもしれないな」
「成績も学年でトップ」
「そらすごいな」
「だよね。 わたしとは、大違い。 にはは」
「おまえも、ちゃんと勉強しろよ」
「うーん・・・勉強むずかしい」
「ま、諦めずに頑張るこったな」
「がんばってるつもりなんだけどな・・・」
「もっとシャープに頑張ってみろ」
「うん、頑張ってみる」
「ああ、そうしろ。
って、話がずれてるっ」


しかも、シャープに頑張るってどういう意味だ。


「・・・放ったらかしですね・・・私」


「あ・・・」
「あ・・・」


「・・・・・・・・・なにか御用ですか? 神尾さん」
「え・・・えーっと、特に用ってわけじゃないですけど・・・」
「そう・・・?」
「うん・・・」
「・・・・・・」


・・・・・・。

再び沈黙・・・。

会話が続かないらしい。

観鈴は、いちおう笑顔を保ってはいるが、額に冷や汗をかいている。

どうやら、それほど親しい間柄ではないようだ。

とはいえ・・・。


「クラスメイト同士だったら、もっと楽しく会話したらどうだ」


とりあえず、この場は助けてやる。


「えっ、う、うん」


観鈴ちんファイトである。


「あの、遠野さん・・・」


観鈴の声には、妙に力が入っている。


「ほ、本日も実に良いお日柄で」
「・・・おい」


わけのわからない切り出しだった。


「・・・・・・・・・はい・・・良いお日柄ですね」


でも、会話成立。

昨今の女学生の会話は実に奥が深い。


「なにしてたんですか、こんなところで」


自信をつけた観鈴が、にこやかに会話を振る。


「・・・・・・・・・日光浴」
「えっ」
「・・・・・・・・・なんちゃって・・・今は夜」
「・・・・・・」


・・・・・・。

一瞬、時間が止まったような気がした。


「うぉーーーいっ、美凪ぃーーーっ」


・・・ん?


ぱたぱたぱた・・・


近づいてくる足音。


ぱたぱたぱた・・・


・・・ぱたぱたぱたぱた・・・


ぱたぱたぱたぱたぱたぱた

 


どがっ!

 


「ぐはっ」


「わっ、往人さんが木の葉のように」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185051p:plain

 

「なにしてんの、美凪。 シャボン玉は?」
「・・・うん」
「いまね、いまね、絶好調だよっ。 はやくつづきしよ」
「・・・うん・・・でも・・・」


ちらりと俺を見る。


「へへへー、はやくはやく」


少女は、甘えるように遠野美凪の腕にすがりつく。


「うぐぐぐぐ・・・」
「往人さん、いたそう・・・」


・・・痛いんだよ。


「その女の子、妹さんですかっ」


観鈴が、二人の空気に割って入る。


「んに? ちがうよ、みちるは美凪の親友だよ。
お姉ちゃんは、だれかな?」
「わたし? わたしは、遠野さんのクラスメイト」
「んに? クラスメイト?」
「うん」
「そっか。 んじゃあ、勤勉の友だね」
「き、きん・・・?」


いきなりの難解な日本語に、戸惑う観鈴


「にははっ」


笑ってごまかしている・・・。


「んに?」


少女が俺の存在に気づいた。


「むぅ?」
「・・・・・・なんだよ」
「むむぅ?」


悩んでいるようだ。


「むむむぅぅ?」


さらに悩んでいるようだ。


・・・・・・。

・・・。

 


そして、少女の結論。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185119p:plain

 

「にょわっ! またまたヘンタイゆうかいまだっ!」
「まだ言うかっ」


しかも、語頭に失敬な言葉がつけたされていた。


「ねえねえ美凪っ、ゆうかいまだよっ、ヘンタイだよっ!」
「言いふらすなっ」


「・・・・・・・・・ヘンタイ・・・」
「しみじみと言うなっ」


しかも、ため息混じりに・・・。


「・・・ここにきた目的は?」
「って、人の話を聞けっ」
「・・・・・・?」


・・・なぜ首を傾げる。


「えっと、それはですねー」
観鈴っ、おまえまでボケるのかっ」

 

「・・・・・・?」
「?」


仲良く首を傾げるクラスメイトたち。


「んにゅ~、そんなこと、きいたらダメだよふたりともぉ」
「・・・どうして?」
「だって、言えるはずないよねー」


「なにをだ」
「んに?

なにって、あたらしいえものをさがしてるんだよね、ゆうかいまは」
「・・・・・・」
「でも、ざんねんだったね。
ここには、みちるたち以外はいませんっ。 にゃはは」
「・・・・・・」


すたすたすた。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185153p:plain



ぽかっ。


「んにゅごっ」


「わっ、すごい音した」


「にゅぅぅ~~~・・・」
「あんまり好き勝手言ってると、終いには怒るぞ」
「うぅ・・・もう怒ってるよぉ・・・」


「・・・あの・・・」
「ん? なんだよ」
「・・・えっと・・・・・・仲良し?」
「なんでやねんっ!」


びしっ、と裏拳をかました。


「・・・あ・・・切れ味抜群」


感心された。


(・・・・・・なんでやねん)


ちょっと嬉しかったりもする。


「・・・ところで」
「うん?」
「・・・同じ質問です・・・どうして・・・ここを犯行現場に選ばれたのですか?」
「質問が変わってるじゃないかっ」
「・・・・・・・・・やっぱりそうでしたか」
「・・・はぁ・・・」


そろそろ帰りたくなってきた。


「そうですよ、遠野さん」


横から、観鈴が加勢にきてくれる。

ありがたい。

あの観鈴が頼もしく見えるじゃないか。


「往人さんは、ヘンタイじゃないです」


(しまった! そっちの弁明か!)


「・・・・・・・・・では誘拐魔?」


・・・違う。


「残念ながら、それも違います」


残念って言うな。


「・・・そうですよね・・・悪い人かどうかは・・・見たらわかります」
「うん。 悪い人には見えませんよね。
目つき、悪いけど。 にはは」


「・・・・・・」

 


「わっ、今、無視された」

 


してやった。

 


「・・・どなた?」


観鈴に話しかける。


「あっ、えーっとですね、このひとは国崎往人さんっていいます」


ぐいっ。

言いながら、観鈴は俺の腕を引っ張り、少女の前に据える。


「・・・国崎・・・往人さん?」
「ああ。 マイネーム・イズ・国崎往人だ」


少女の奇天烈ぶりに対抗するため、意味不明にインテリぶってみる。


「・・・・・・・・・外国の方?」
「いや、バリバリ日本人だぞ」

・・・・・・・・・。

「・・・なるほど」
「う・・・」


何かを納得されてしまった。


「・・・恋人同士?」
「えっ、わっ、ちがうちがう」


俺の後ろで、観鈴が手をぱたぱたと振る。


「断じて違う」


きっぱりと言い切る。


「往人さんは旅人さんで、今はうちに泊まってくれてるんです」
「・・・・・・・・・旅人さん」


「まあな」


「にょわ~」
「・・・なんだよ」
「ヘンタイゆうかいまで、宿無しなら、救いようがないねぇ」
「・・・・・・」
「ま、たのまれたって救わないけど。 にゃはは」
「・・・・・・」


すたすたすた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185133p:plain

 

ぽかっ。


「んにょへっ」


「わっ、またすごい音」


「おまえに救われたくないわっ」
「うぅぅ・・・」


「・・・・・・・・・名コンビ?」
「違う」
「そう・・・」
「・・・・・・はぁ・・・」


ぽりぽりと頭を掻く。

いい加減、頭がどうにかなりそうだった。


「・・・あ」
「なんだよ。 まだ、なにかあるのか?」
「・・・・・・・・・忘れてました」
「うん?」


ずいっ、と俺の方に半歩にじり寄る。


「・・・なんだよ」


思わずたじろいでしまう。


「・・・えっと・・・私は・・・み・・・。
・・・いえ・・・遠野と申します。
・・・以後お見知り置きを」


ぺこりと頭を垂れる。


(なんだ、自己紹介か・・・)


「遠野・・・美凪でいいのか?」
「・・・・・・・・・エスパー?」
「・・・違う。 さっき、こいつに聞いただけだ」


観鈴を指さす。


「・・・残念」


なぜに?


「・・・・・・・・・でも・・・なるべく遠野とお呼びください」
「名前で呼ばれるのは嫌いか?」


ぷるぷるぷる。

首を何度も横に振る。


「・・・・・・」
「?」


不意に、遠野が寂しげな表情を見せる。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185051p:plain

 

「みちるは、みちるっていうんだぞっ!
しかも美凪の親友だっ! えっへん!」


突然、横からガキがしゃしゃり出てくる。

と言うか・・・。


「・・・まだいたのか、おまえ」


がすっ!


「ぐはっ」


みぞおちに、鋭角な蹴りが食い込んだ。


「いたらわるいか、コンチクショーーーっ」
「ぐぐぐ・・・」


無様にうずくまる俺。


「・・・・・・」


そんな俺を見つめる遠野美凪


「・・・やっぱり仲良し?」
「ち・・・ちがう・・・」


「あったりまえだーーーっ」


ずびっ! ずびっ!


「おうっ、おうっ・・・」


うずくまる俺の後頭部に、みちるチョップが連続で決まる。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190712153819p:plain

 

「ナイスチョップ。 にはは」
「称えるなっ」


「・・・・・・」
「ん? どうかしたのか」


遠野美凪が、俺の顔をじっと見つめている。


「・・・・・・・・・」


ぷるぷると首を横に振る。


「?」


「むぅ・・・」


・・・ガキに睨まれている。


美凪ぃ、そろそろシャボン玉飛ばそうよぉ」


遠野のスカートを引っ張る。


「・・・うん」
「そうだっ。 かみかみも一緒にしようよっ」


「かみかみ・・・」


観鈴のことらしい。


「で、あんたは、さっさと帰れ」
「・・・言うと思ったぞ、このやろう」


このガキは、俺になんの恨みがあるのだろうか。


「・・・・・・・・・」
「ん?」


遠野が、俺の顔をじっと見つめている。


「どうした」
「・・・・・・・・・」


ぷるぷるぷる。


(なんなんだ、さっきから・・・)


「・・・・・・みちる」
「んに?」
「・・・今日はもう遅いから・・・また明日にしよう」
「え~~~、せっかくうまくシャボン玉飛ばせてたのにぃ」


(うまく? たしか、一個きりだったような気がするが・・・)


思ってはみたものの、口には出さないでおいた。


「・・・お弁当・・・つくってくるから」
「うぅ~~~、んじゃあ、『はんばぁぐ』つくってきてくれる?」
「・・・うん」


こくりとうなずく。


「ほんとっ!」
「・・・うん」
「やったーーー!」


みちるが、心底うれしそうに小躍りをする。


「・・・そういうわけで・・・神尾さん・・・私たち・・・そろそろ」

 


「あ、はい。
じゃあ、わたしたちもそろそろ・・・ね、往人さん」

「そうだな」


腹も減ってきたし・・・。


「・・・じゃあ・・・良い夏休みを」
「は、はい」


「・・・国崎さんも・・・お体に気をつけて」
「ああ」


・・・みちるに、なんか睨まれてるぞ、俺。


「ばいばい、かみやん。 気をつけて帰ってね」
「かみやん・・・」


観鈴のことらしい。

で、俺は・・・。


「あんたはどうでもいい。 ぷいっ」


(ち、ちくしょうっ)


「・・・さようなら」
「にゃはは、おやすみーーー」

 

・・・・・・。


・・・。


宵闇の中、二人の少女が影を重ねながら去っていく。

無意識のうちに、視線は少女たちの後ろ姿を追う。


「なあ」
「うん?」
「俺、あのガキになにかしたか?」
「うーん・・・わかんない」
「なんか、納得がいかない。
そういえば、おまえの地図に駅はなかったぞ?」
「うん、もうこの駅使われていないから、いらないかなーって思って」
「使われていない?」
「うん、少し前に電車が通らなくなったの」
「事故か何かか?」
「ううん、なんか経営がどうとか言ってた」
「・・・そうか、廃線なのか」


確かに、電車での移動は無理だな・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190613185256p:plain



俺は、観鈴と歩きながら、遠い目で暮れゆく夏の天空を眺めた。

知らぬ間に、山の稜線の上には無数の星粒が瞬いていた。

あれが、天の川というものだろうか。

広大な空。

星々はその生命の瞬きを謳歌していた。

満点の星のすべてを目にするように、ぐるりと空を見渡してみる。

綺麗だ。

都会のようにごみごみした空気じゃないので、星の一つ一つがしっかりと見える。

 

こういうものに出会えるのも、旅の一つの醍醐味という物だろうか・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

 

~7月22日(土)の途中から~

 


その日の午後。

堤防に腰を下ろし、遠くを眺めた。

眩しい照り返しの中、子供たちがはしゃいでいるのが見えた。


「・・・・・・」


しばらくの間、じっと眺めてみる。

いつまでも絶えることのない笑い声。


「くそ暑いのに、元気なこったな」


年寄りじみた呟きをもらしてしまう。


「・・・・・・はぁ・・・」


ため息がもれる。


後方から、潮風が背を押すように吹きつけてくる。

サラリと首筋に何かが触れた。


「・・・うん?」


振り返る。


「・・・?」


誰もいない。

気のせいか・・・?

首筋を触りながら首を傾げる。


ぽんぽん・・・。


肩を叩かれた。


「ん?」


背後からの来訪に再び振り向く。


「・・・・・・」


が、やはり誰もいない。

気配もない。

・・・俺は疲れてるのか?


ぽんぽん・・・。


「・・・・・・」


気のせいじゃない。

確かに何かが俺のすぐ近くにいる。


ばっ!


勢いをつけて素早い動きで振り返ってみる。


「くっ!」


だめだ・・・誰もいない。


ぽんぽんぽん・・・。


肩を叩く回数が増えた。


挑発されているようだ。


「・・・右!と見せかけて左っ!」


ばっ! ばっ!


フェイントを交えて振り返る。

 

f:id:Sleni-Rale:20190712153841p:plain

 

「あ・・・」


そこには、見覚えのある顔があった。


「・・・・・・」


潮風に、艷やかな黒髪がゆれている。

制服を着ているせいだろうか。

その姿は、夕べの印象よりかは、幾分幼い感じを受けた。


「・・・・・・・・・ちっす」


奇怪な間を開けた後、軽やかな挨拶をされる。


「・・・ちっす」


挨拶を返す。


「・・・・・・・・・良い挨拶」


満足そうだった。


「はぁ・・・」


そんな遠野を見つめながら、ぽりぽりと頭をかく。


「なんか用か」


深みにはまらないよう、努めて冷静に対処してみる。


「・・・・・・・・・用?」
「ああ」
「・・・・・・・・・・・・」


なにやら考えているようなので、答えがでるまで待ってみる。


「・・・・・・・・・・・・・・・偶然・・・」


ぽつりと呟く。


「・・・奇遇です」


どうやら、ここで出会ったのは、ただの偶然だと言いたいらしい。


「そうだな。 奇遇だな」


おまえは奇怪だ、とは口が裂けても言えない。


「・・・・・・・・・・待ち合わせ?」
「まあな」


適当に答える。


「・・・・・・・・・神尾さん?」
「まあな」


適当に答える。


「・・・・・・・・・やった・・・正解・・・。
・・・ハワイ旅行獲得・・・」


ぼそぼそと呟く。


頼むから、ハワイへは自費で行ってくれ。


「おまえは補習か」


喜びを滲ませる遠野を無視して、話題をすり替える。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190712153859p:plain

 

「・・・補習?」
「ああ。
じゃなかったら、夏休みに学校へ来る理由なんてないだろ」
「・・・・・・」


ぷるぷると、首を何度も横に振る。


「違うのか?」


こくりとうなずく。


「・・・・・・部活動というものがあるのです」
「なるほど。 そらご苦労だな」
「・・・・・・・・・天文部です」


・・・それは訊いてない。


「・・・星・・・好きだから」


・・・それも訊いてない。


「・・・えっと・・・」
「うん?」
「・・・・・・・・・」
「?」
「・・・じぃ~~~」
「・・・・・・」
「・・・じぃ~~~」
「・・・・・・」


見つめられている。


「・・・・・・・・・好き?」
「なにが」
「・・・・・・星・・・」
「星?」


こくり。


「・・・きらきらの星・・・好きですか?」
「・・・・・・」


どうやら、俺が星を好きかどうか知りたいらしい。


「・・・べつに嫌いじゃない」


とくに嫌いな理由もないので、そう答える。

 


「・・・・・・・・・本当?」
「ああ」
「・・・・・・・・・よかった」


ほっとしたように呟く。

 

f:id:Sleni-Rale:20190712153943p:plain

 

「・・・男の人も・・・きれいなものは好き」


彼女の中に、新たな知識が加わったようだ。


「・・・誰も好きだとは言ってないぞ」
「・・・・・・・・・あれ・・・そう?」
「ああ。 単に興味がないだけだ」


勘違いが真実になる前に、そう付け加える。


「・・・・・・・・・でも・・・嫌いじゃないです」
「そりゃ、まあな」


それ以前の問題なんだが・・・。


「・・・・・・」
「?」


遠野は、唐突に物思いにふける。

永い沈黙。

 

永い永い沈黙・・・。

 

・・・・・・。

 


「・・・オッケー」
「なにがだ」
「・・・天文部入部を許可します」
「はい?」
「・・・私・・・実は部長さん」


自分の顔を、誇らしげに指さす。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


・・・・・・。


「・・・悪いが、辞退する」
「・・・・・・・・・がっくり」


うなだれてしまった。


(やっぱり変な奴・・・)


遠野の後ろに、広大な宇宙が見えた。


「・・・えっと・・・」


ごそごそごそ・・・


「?」


唐突に、遠野が制服のポケットの中を探りはじめる。


「・・・・・・」


ごそごそごそ・・・


ごそごそごそ・・・


「・・・・・・・・・発見」


したらしい。


「・・・これ・・・残念賞です」


ポケットの中から取り出されたのは、白い封筒。


「なんだ、これは」


差し出された封筒の表面には、丁寧な毛筆で『進呈』と書かれている。


「・・・残念賞」
「残念賞? 残念なのはそっちじゃないのか」
「・・・そう・・・がっくり」
「なら、なんで俺が残念賞を受け取るんだよ」
「・・・・・・・・・そういえば・・・」
「だろ?」


こくり。


「・・・じゃあ・・・残念させたで賞です」
「いや、そういうことじゃなくてだな・・・」
「・・・?」
「?じゃなくて」
「・・・??」
「??でもなくて」
「・・・???」
「・・・・・・もういい」


諦めて、遠野から封筒を受け取る。


「・・・おめでとうございます・・・ぱちぱちぱち」


言葉だけで、実際には手をたたかない。


「はいはい、どうもな」


ため息混じりに封筒をポケットにしまうと、疲労感が全身を這い回った。

きっと、この少女のペースにだけは、一生涯を費やしてもついていけないだろう。

となれば、ここは逃げるにかぎる。


「じゃあな。 俺はもういくぞ」


くるりと遠野に背を向ける。


「・・・あ・・・」


中越しに、小さな声。


「・・・なんだよ、まだなにか用か」


思わず振り返ってしまう。

俺は、もしかしたらお人好しという奴なのだろうか。


「・・・・・・・・・えっと・・・」


また、なにかを考え始める。


「・・・・・・」


一度振り返ってしまった以上、おとなしくその答えが出るのを待つ。


「・・・・・・・・・・・・元気・・・」
「え・・・」
「・・・元気・・・出た?」
「え・・・」


言って、俺の顔をじっと見つめる。

深い瞳。

どこまでも広い、母なる海を思わせる瞳。

片言の言葉では言い表すことの出来ない思いが、その瞳の奥に見え隠れしている。


「・・・・・・」


(なるほど・・・そういうことか)


ズボンの上から、彼女にもらった封筒に触れてみる。


くしゃ・・・


ポケットの中で、封筒が小さな音をたてた。


「ああ。 元気でたぞ。 サンキュな」


証拠として、二の腕に力コブをつくってみせる。

まあ、服の上からだと見えないと思うが・・・。


「・・・・・・・・・良かった」


ほっとしたように呟く。

おそらく、彼女は彼女なりに、俺を元気づけようとしてくれたのだ。

どうやら俺は、それと見て取れるほど、憂いた顔をしていたらしい。


「・・・元気な方が・・・お米は美味い」


意味不明な呟きをもらす。

でも、不快感はない。

その表情の奥に彼女の思いやりが見えて、むしろ微笑ましいとさえ思える。


「・・・・・・・・・私・・・そろそろ部活動ですから」


視線を上げて、そう呟く。


「ああ、そっか。 がんばれよ」


せめてもの感謝の気持ちに、激励してやる。

こくりと小さくうなずく。


「・・・えっと・・・」
「どうした」


またなにかを考え始める。


「・・・・・・・・・・・・ガッツ」
「・・・・・・」


せめて、元気良く言ってもらいたいセリフだった。


「・・・では・・・さようなら」


ぺこり。


小さくお辞儀をして、遠野は俺に背を向ける。


とん・・・とん・・・とん・・・


たおやかに階段を下りてゆく後ろ姿を見つめる。

潮風にゆれる髪が、太陽の陽射しに輝いて、とても美しく見えた。


「・・・国崎さん」


堤防の下から、か細い声。


「うん?」


のぞき込むと、遠野が柔らかな表情で俺を見上げていた。

太陽を背にする俺の影が、彼女を一瞬見えにくくしていた。


「・・・・・・・・・星・・・」


俺の背後にひろがる夏空を見透かしながら、そう呟く。


「・・・気がむいたら・・・夜空を見て。
・・・ここ田舎だから・・・星空とてもきれいです」
「・・・・・・」


一瞬、呟く遠野の姿が、とても儚いものに見えた。

儚いものだけが持つ、限りある美しさが、遠野の瞳の奥に見えた。

それはまるで、燃え尽きる瞬間のロウソクの炎のように見えて・・・。


「そうだな。 気がむいたら眺めてみよう」


俺は、遠野が見つめる背後の夏空を振り返り、そう答えた。

心に芽生えた言いしれない不安から、目を逸らすかのように・・・。


「・・・はい」


遠野の、心なしか嬉しそうな声。

それは、彼女の中にようやく見えた、ありふれた少女の感情のように聞こえた。


・・・・・・。


・・・。

 

 

「ふむ・・・」


新たな気持ちで、俺はもう一度堤防の上に腰を下ろす。

いつの間にか、潮風が心地よい冷気に変わっていた。

そのまま、ポケットを探り、白い封筒の中身を確認してみる。


がさ・・・


中を覗くと、そこには封筒とほぼ同じ大きさの紙幣らしきものが入っていた。


「これはっ!?」


俺の胸は期待で高鳴った。


がさがさがさ・・・


大急ぎで中身を取り出す。

 

・・・。


「・・・・・・。

なんでお米券・・・」


・・・やはり、あの少女は謎だ。


・・・・・・。


・・・。

 

 

 


~7月23日(日)の途中から~

 

 

・・・・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190615155943p:plain



頂上の神社にたどり着くと、思わず伸びをした。

山の上なので、まだ幾分か涼しい。

道端とは違い、神社というある種の閉鎖空間。

子供に会えれば、確実に芸を見てくれると思ったが・・・。

・・・辺りを見回しても、誰もいなかった。

こんな寂れた神社に、淡い期待を抱いていた俺が悪いのだろう。

嘆息をつくと、社に目を向けた。


「神様に芸を見せても、何ももらえないからな・・・」


ぼやきながら、そこに近づいていく。

遠くからではわからなかったが、なかなか立派な神社だ。

きっと由緒でもあるのだろう。

階段を上がると、賽銭箱の前にまでやって来た。


(今日の商売の成功でも拝んでおくか)


別に神仏を信じるたちではないが、気休めにはなるだろう。

ここまで登ってきたことだし、一応やっておくか。

もちろん賽銭のことなど気にも止めず、いきなり鈴の緒を振る。

そうして、しっかり手と手を合わせた。


世界人類が平和でありますように


十数秒目を閉じて、俺は祈りを込めた。


「これでよし、と・・・」


踵を返すと、満足げな表情を浮かべて階段を降りていく・・・。


「・・・・・・」


・・・ぴたりと、足を止める。


「何か違うな・・・」


首を傾げると、階段を引き返していく。

そういえば、商売の成功を祈らなければならなかったような気がする。

再び皺(しわ)を合わせると、頭を垂れた。

なんてお祈りしようか。


(・・・今日こそはお金が稼げますように)


いや、それだと普段稼げてないことがわかってイヤだな。


(・・・今日はお金が稼げますように)


うーん、さっきと変わらないな。

よし、ここは思い切って見えを張って・・・。


「今日もがっぽがっぽお金が稼げますように」


高らかにそういうと、口の端に笑みを浮かべ、社に背を向けた。

ポケットに手を入れ、颯爽とその場を去っていく・・・。


「・・・・・・」


(虚しい・・・)


・・・・・・


・・・

 

f:id:Sleni-Rale:20190615155822p:plain



「ん・・・」


坂道を降りながら、ふと足を止める。

うっそうと茂る木々。

間からの木漏れ日。

幹の隙間から見られる町並みに、しばし見入る。


「まさに田舎町だな・・・」


商店街があの辺りか。

あれは、学校の運動場だな。

ということは、観鈴の家はあの辺りか・・・。

そんなふうに、知っている場所をひとしきり探すと、視線を横にずらしていく。

町並み。

その隣には・・・太陽を受けて輝く、海があった。

キラキラと、輝く水面。

眩しさに目を細めながら、じっとそれを見つめる。

波の動きと、反射される光。

俺は飽きることなく、しばらくじっと見つめていた。


・・・・・・。

 

(・・・そうだ、駅に行ってみるか・・・)


・・・・・・


・・・

 


商店街を抜け、俺は駅へと歩いていた。

・・・しかし確か、あの路線はいま使われていないんだよな。

あまり、人がいるところも見たことがないし・・・。

・・・早くも、不戦敗の予感がする。


(行ってから考えるか・・・)


自分を納得させると、当面の目的地へと急ぐ。


(そう、暇で暇で、誰かに構ってもらいたい子供がいるかもしれないじゃないか)


さらに急ぐ。


(きっと、待っているはずだ・・・)


さらに、さらに急ぐ。


どんっ!


「おわっ」


・・・急いでいたら、人とぶつかってしまった。


「・・・すまん」
「いえいえ・・・申し訳ありません」


ぶつかった相手は、人の良さそうな爺さんだった。


「怪我はないか?」
「はい。どうもすみません」


悪くもないのに深々と頭を下げると、去っていく。


「・・・・・・」


しばらく後ろ姿を見つめると・・・俺は再び、駅へと歩き出した。


・・・・・・


・・・

 

 


「う・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20190628170247p:plain



半ば覚悟していたことだったが、駅の周辺はやはり無人だった。


「・・・無駄足か」


まあ、廃線になった駅に、好きこのんでくる人間はいないか・・・。


(やれやれ・・・自販機と郵便ポストはあるんだけどな)


ぽりぽりと頭を掻きながら移動して、改札から奥を覗き込む。

外から見ただけではわからないが、中を覗くとその寂れ具合がよくわかった。

無人のホームと、石の散乱した線路。

どこか、もの悲しい光景だった。

昔は、これでも少しは人がいたんだろうな・・・。

すこし大きな町まで買い物に行く、地元の人々。

目的もなくぶらりとやって来た、旅行者。

そして、この季節の・・・夏休みの帰省者。

家族連れが、大きな荷物を抱え、この改札を通ったんだろう。

そして、それを迎えるのは・・・。


「・・・・・・」


そっと、後ろを振り返る。

ふと、先ほどぶつかった爺さんのことを思いだしたからだ。

あの爺さんみたいな人が、ここで孫を待っていたんだろう。

中を覗けば、確かに寂れている駅。

けれども外でこうしている限り、今にもそんな光景が見られそうだった。

数歩下がり、駅全体を視界に入れる。

そういう意味で・・・ここは、時間が止まっている空間のようだった。


(・・・まあ、想像の人間じゃ、稼げないからな)


「もっと、稼げそうな場所に行くか・・・」

 

・・・・・・


・・・

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190702020955p:plain



・・・結局やってきたのは、いつもの商店街だった。

日曜だというのに、人通りは相変わらず少ない。

霧島診療所の駐輪場に、俺は陣取った。

もちろん、ここにも人影はない。

看板に年中無休と書いてあるぐらいだから、診療所自体は営業しているはずなのだが。


「さあっ、楽しい楽しい人形芸のはじまりだぞ」


俺はにこやかに口上を良い、人形を取り出した・・・。

 


・・・・・・。


・・・。

 

「・・・今日はこのぐらいにしといてやる。
命拾いしたな、だが覚えておけ、次はないぞ。
この俺が本気を出したら最後・・・」
「道路と話すのはやめろ。 気味が悪いから」


振り向くと、診療所の主が玄関口に立っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190712154405p:plain



「今日はもう店終いか」
「ああ。 これ以上やっても無駄だろうからな」


人形をしまい、そそくさと立ち上がる。


「ほぉ・・・。 あきらめがいいんだな」
「あんたこそ、いつも暇そうにしてるが、それでいいのか?」
「大きなお世話だ。
医者というものはな、暇な方がいいんだよ。
暇であればあるほど、健康な人が多いという証拠だからな」
「・・・・・・声が震えてるぞ」
「やかましい。

・・・ん? あの子・・・」

「どうした」


聖の視線の先を見た。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190712154421p:plain

 

見覚えのある長身の少女が、陽炎の向こうからたおやかに歩いてくる。


「よお、遠野さんじゃないか」


親しげに、聖が声をかけた。


「・・・・・・・・・こんにちは」


ぺこりと会釈する。


「夕飯のお買い物か?」


ぷるぷるぷる。


「・・・ちょっと駅前まで」
「そうか。 ご苦労さん」


こくり。


「・・・国崎さん」
「ん?」
「・・・・・・」
「?」
「・・・こんにちは」
「あ、ああ・・・」


なんだよ、今の間は。


「なんだ。 知り合いなのか、二人とも」
「ん・・・まあな」


答えながら、遠野に目配せをする。


「・・・・・・・・・」


こくり。


「そうか。 それは、奇遇だな」
「なにがだ」
「実は、私も彼女とは知り合いなんだぞ」


なぜか得意げに言う。


「みたいだな」
「そうなんだ。 なっ」


遠野に同意を求める。


こくり。


「・・・知り合いです・・・えっへん」


微妙に胸を反らす。


「そら良かったな」


なんで威張るんだ・・・。


「そういや、最近、母上のお加減はどうだ。 遠野さん」
「・・・・・・・・・良好です」
「そうか。 それは、なによりだな」
「・・・はい・・・おかげさまで」


ぺこりと頭を垂れる。


「・・・おふくろさん、どこか具合悪いのか」
「・・・・・・・・・ちょっと」
「そっか。 それは大変だな」
「・・・・・・・・・そうでもないです・・・病気ではないから」
「うん? どういう意味だ」
「・・・・・・」


ぷるぷると首を横に振る。


「・・・そっか」


教えたくないらしい。


「こらこら、あまりひとの家の内情を詮索するな。 失礼だぞ」


やんわりと咎められる。


「それもそうだな。 悪い」


素直に謝る。


「・・・・・・」


ぷるぷると、いつも以上に髪をなびかせながら、大きく首を振る。


「・・・気になさらないでください・・・わたし・・・へっちゃらです」
「そ、そうか・・・」
「・・・はい・・・へっちゃらへーです」
「・・・・・・」


いちおう、俺を気遣ってくれているようだ。


「・・・あの・・・」


遠野が、聖に視線を送る。


「うん? どうした」
「・・・ひとを待たせているので・・・そろそろ」
「おお、そうか。

すまなかったな、引き止めて」
「・・・いえ・・・」
「遠野さんも、これから体にはじゅうぶん気をつけてな。
夏風邪なんかひいてはいかんぞ。 長びくからな、あれは」
「・・・かしこまりました」
「うむ」

 

「・・・国崎さんも・・・おきをつけて。
・・・おへそ・・・出したままで寝てはいけません」
「ああ」
「・・・冷たいものも、とりすぎ注意です」
「わかった」

 


「ほぉ・・・」
「なんだよ」
「なるほど、なるほど。
いや、君も隅におけないなぁ」
「どういう意味だ」


「・・・・・・・・・ぽ」


なぜ赤くなる?


「ふふ・・・」
「なにがおかしい」


「・・・ぽ」


だから、なぜ赤くなる・・・?

 

f:id:Sleni-Rale:20190712154442p:plain



「遠野さんは、こういうのがいいのか?」
「・・・ぽ」


「おい、なんの話をしてるんだ」
「君は、わからなくてよろしい。 な、遠野さん」


「・・・ぽ」

 

・・・・・・。


「ふふふ・・・」
「・・・あの・・・」
「ああ、すまん。 からかいすぎたな」
「・・・いえ・・・」
「ふふ・・・いいな、若者は」


なにやら、二人の間で話が進行している。


「・・・・・・・・・あの・・・国崎さん」
「なんだ」
「・・・えっと・・・・・・この町に滞在するご予定は?」
「ああ、まだしばらくはやっかいになるな」


予定というよりも、仕方なくといった方が正解だが・・・。


「そう・・・」


無表情なままの遠野の瞳が、複雑な色を見せる。


「・・・では・・・またお会いできますね」
「そうなのか?」
「・・・・・・・・あそこは・・・私とみちるの遊び場だから」
「遊び場?」
「・・・・・・」


こくり。


「・・・とても・・・とても大切な場所です」


遠野が、微かな笑みをもらす。


「・・・では・・・また明日」
「あ、ああ」


そして、遠野はまた歩き出す。

さらさらと揺らぐ長髪が、風景の向こうに消えていく。


「・・・・・・」


相変わらず、捕らえどころのない少女だった。

 

聖は妙な笑みを浮かべながら、俺の方を見ていた。


「その視線はなんだ?」
「たいした意味はないさ」
「・・・そうは見えないぞ」
「ふふ・・・そうか?
遠野さんは、女の私から見ても綺麗な子だからな。
さてと、私もそろそろ仕事にもどらないとな」


診療所の扉に手をかける。

と、思い出したように、聖が振り返った。


「国崎君」
「なんだよ?」
「遠野さんは、いい娘だぞ」
「は?」
「だが、あまり妹の前で仲良くするんじゃないぞ」


ガラス扉が開き、聖はその中に消えていった。

 

・・・・・・。


(しょうがない、場所を変えるか・・・)


さすがに、今日も稼ぎがないというのはマズイ。

ここの通り以外のところで、もう一度やってみるか・・・。


(どこに行こう・・・)

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190712154603p:plain


「すみませーん。 花火くださーい」
「お兄ちゃん。 早くやろ、早くやろ」
「バカ、暗くなってからだ」


ビニール袋を手に、子供二人が武田商店の中から現れる。

仲の良さそうな兄弟。

年の頃は小学校低学年と言ったところか。

 

・・・絶好の上客だった。


「あーあー、うぉっほん」


喉の調子を整え、声をかける機会をうかがう。


「よし、行くぞ」
「あ、待って」


駆け出す少年。

やがて、俺の目の前にまでやってくる。


(・・・今だ)


頃合いを見計らい、口を開く。


「ねえ、君たち」


ぴゅっ


「・・・・・・」

 


ふわりと、髪が舞う。

 

一陣の風が、突き抜けていった。


「お兄ちゃん、早いよー」
「うるさい、置いてくぞ」


そこに誰もいないかのように、俺を無視していった兄弟。

その後ろ姿は、どんどんと遠ざかっていた。


「・・・何故だ」


ここに座ってから、幾度となく見た光景。

それがまた繰り返されて、思わず呻く。


「場所が悪かったのか・・・」


恐るべし武田商店・・・。

 

どっと堤防にもたれかかり、空を見上げる。

さんさんと、光輝く太陽。

相変わらずの気温。

風があるのが、唯一の救いだった。

堤防のすぐ裏から、潮の香りをのせて、やや強く吹いていた。

耳を澄ますと、ちゃぷちゃぷと言う波の音が聞こえてくる。

 

・・・。


「はぁ・・・」


髪をかきあげると、しばらくそれらに体を任せた。


ひゅんっ


「・・・ん?」


耳に、また風を切る音が聞こえてきた。

さっきよりも、ずっと鋭い音。

堤防の上からだった。


(・・・なんだ?)


足元の人形をポケットに詰め、立ち上がると、俺は階段を上がっていった。


・・・・・・

 

f:id:Sleni-Rale:20190712154637p:plain



堤防の向こうには、どこまでも続く海。

その上には、折り畳み式の椅子があった。

そこに座っているのは、中年の男。

風を切ったのは、その前の長い竿だった。


釣り人か・・・。


納得しながら、鉄柵の上に腰を下ろす。


「釣れるのか?」


その背中に声をかけた。

男は無言で、脇のバケツを指さす。

その中には、茶色の魚が十数匹入っていた。


「大漁じゃないか」
「ハゼばっかりだ」
「ハゼ・・・うまいのか?」
「食えたもんじゃねえ」
「ん・・・そうか」
「カレイでも釣れるといいんだがな・・・」


そういったとき、竿の先が微妙に震えた。


「おっ・・・かかったな」
「カレイだと良いな」
「いや、こりゃハゼだ」


男のため息が聞こえてくる。

風の音と、波の音。

それに混じって、カリカリというリールの音が響いていた。


・・・・・・。

 

 

・・・・・・


・・・

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190628170247p:plain

 

彷徨ううちに、駅前まできてしまう。

聞こえてくるのは、けたたましいセミの声ばかりで、人影は微塵もない。


「なんだ、あいつらはいないのか・・・」


そこにあると思っていたものがないのは、少し寂しいものがある。

あると思った、二つの影。


「まあ、いいか・・・」


なにも、わざわざ会いに来たわけじゃない。

とりあえず、休憩のつもりでベンチに腰を下ろす。

そのまま、遠い囀りに耳を澄ませながら、辺りを見回してみる。


「・・・・・・しかし、静かだな」

辺りには、眩い緑を湛える木立がそびえるだけ。

いくら廃線になっているとはいえ、ここは町外れというわけでもない。

今は夏休みなのだから、虫取り網を持ったガキの姿がひとつやふたつあっても良いと思うのだが・・・。


「ま、騒がれるよりはマシか」


・・・。

 

ベンチの上にゴロリと横になって、しばしの間、高い夏空を見つめてみる。

心地よい静寂。

点々と浮かぶ白い雲がときおり陽射しを被い、一瞬の冷気が頬を撫でた。

でも、また、陽射しがすぐに肌を射す。

光と影を交互に感じながら、俺は流れる雲に視線を送り続ける。

あの雲は、どこに行き着くのだろう。

とまることを知らない時間が、小さな雲を押し流してゆく。

不意に、旅のことが脳裏をかすめた。

この町に辿り着いてからの数日間。

いつの間にか、腰を落ち着かせてしまっているような気がする。


「やっぱ、このままじゃダメか・・・」


なんとなく、そう思う。

観鈴の家にいつまでも厄介になっているわけにはいかない。

かと言って、今すぐに町を出ていけるわけでもない。


「なんか、方法を考えないとな・・・」


俺は、そのまま目を閉じて、思索に耽ることにした。


・・・・・・・・・。

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

・・・声が聞こえた。

幼い声だった。


「つんつん、つんつん」
「・・・・・・」
「・・・んに・・・なかなか起きないな・・・」


声は、どうやら俺に対して放たれているようだった。

だが、まだ眠い。

もうしばらくは眠っていたい。

だから俺は、声を無視して、そのまま再び眠ることにした。


「んにゅ~。 よしっ、つぎはこれでいこー」


・・・むにゅ。


「・・・・・・」


鼻が、なにかしらの固い道具で摘まれているような気がする。


むにゅむにゅ。


少し痛い。

が、眠気の方が最優先である今、それは無視して睡眠を続行することにする。


「・・・ふごふご・・・」


寝息が、かっちょわるくなってしまっている。


「むぅ・・・起きない・・・」


声が苛立っている。


「んに、これでどうだっ」


こちょこちょこちょ。


「む・・・」


これまでで最強の攻撃が、俺の鼻をおそった。


「にゃはははは、おきろおきろ~」


こちょこちょこちょ。


「むむ・・・」


こちょこちょこちょ。


「むむむ・・・」


こちょこちょこちょ。


「むむむむ・・・」


こちょこちょこちょ。


「むむむむむ・・・」


こちょこちょこちょ。


「むむむむむむ・・・」


こちょ・・・

 


「むはっくちょーいっ!!」

 


くしゃみによるカウンター攻撃。


「にょわーーーっ、いきなりかーーーっ!
しかも山ほどツバとんだーーーっ」


コンボでヒット。


「ふぅ・・・」


攻撃が止み、俺は満足感の中で眠りに浸る。


「にょわわっ! ばっちいっ!」


対して、敵は大騒ぎであった。


「んにゅぅ~~~。
おにょれ~~~、国崎往人~~~」


声が怒りに震えている。


「もう、てかげんしてやらないんだからねっ!」


(・・・ん?)


・・・なにやら嫌な予感がする。


「にゅ、ふ、ふ、ふ」


(・・・・・・)


「くらえーーーーーーっ!!」
「おい、ちょっと待っ」


がぽっ。


「ん?」


なにかを、頭にかぶせられた。


「せーのっ・・・」


がんっ!!


「ぐはっ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190626162446p:plain

 

「やったーーーっ、おきたーーーっ」

かぶせられた金バケツをとると、みちるが、ぴょこぴょこと嬉しそうに飛び跳ねていた。

その手には、どこから持ってきたのか、錆びた鉄パイプが握られている。


「うぅ・・・」


耳が、きーんっ、と嫌な音をたてている。


「にゃはは。 いたそう、いたそう」


苦しむ俺の顔を見て、みちるはご満悦だ。


「く・・・」


キッと、みちるを睨みつける。


「んにゅ・・・な、なによぉ・・・」


さすがに怯んだのか、一歩後ろに後ずさりする。


「お、おまえなぁ・・・」


にじり寄る。


「んにゅにゅ・・・な、なにかな・・・」
「こ・・・」
「こ?」

 

・・・。

 


「殺す気かっ」

 


わしっ!


みちるの両もみあげを掴み、ぐいぐい引っ張ってやる。


「んにゅーーーっ、なにすんのよーーーっ」
「やかましいっ!
お、ま、え、は、な、ん、て、こ、と、を、す、る、ん、だ」


リズミカルにもみあげを引っ張る。


「んにゅ、んにゅ、んにゅーーーっ」


じたばたと抵抗を試みるみちる。

しかし、動くほどに余計痛むのだろう。

徐々に抵抗が弱くなってくる。


「ったく・・・。
やって良いことと悪いことの区別ぐらいつけろよな」


涙目になっているので、そろそろ解放してやる。


「うぅぅ・・・み、みちるはわるくないもんっ。
国崎往人がなかなか起きないのがわるいんだもんっ」
「馬鹿。 起こすなら、もう少し普通に起こせ」

「ばかっていうなーーーっ」
「やかましいっ」


ぽかっ。



f:id:Sleni-Rale:20190626162643p:plain

 

「にょをっ、にゅぅ~~~・・・・」
「ったく、余計な体力を使わせるなよ」
「うぅぅ・・・」
「おまえ、どこからこんなもん持ってきたんだ」


側面のへこんだ金バケツを、みちるの眼前に示す。


「んに? バケツ?」
「ああ。 ずいぶん年期が入ってるな、それ」
「うんっ。 それね、みちるが拾ってきたの」
「・・・・・・盗みは良くないぞ」
「ち、ちがうもんっ、おちてたんだもんっ。
いろんなものいっぱいおちてたから、もったいなかっただけだもんっ」
「いっぱい?」
「うんっ、そだよ。 みてみて」


待合室らしき空間の中を指さす。


「・・・どれどれ」


あまりに誇らしげなので、腰を上げて、指さす先を見てやる。


「にゃはは。 どうだ、すごいだろ」
「・・・・・・」


自転車の車輪、傘の柄、捨て看板の木枠だけ・・・。

ヤカン、様々な空き瓶、明らかに動いていない掛け時計・・・。

バケツに関して言えば、十数個ほど・・・。


「・・・・・・ああ・・・すごいな」


ゆっくりとベンチに腰を下ろす。


「んに? どしたの?」
「・・・いや、どうもしない」
「むぅ?」
「・・・・・・」


たしかに、すごかった。

まさか、あんな物が山積みになっているなんて・・・。


「むむむぅ?」
「で、なんか用か」
「・・・むぇ?」
「むぇ?じゃない。 何か用があるから、俺を起こしたんだろ」
「うんっ」
「よし。 じゃ、言ってみろ」
「りょーかーい。 えっとねー」


みちるが話しはじめるのを合図に、俺はベンチに腰を下ろす。

これで、視線はようやくみちると同じ高さだった。


「あのねー、国崎往人ー」
「うん?」
「いつまで、この町にいるつもりかな?」
「さあな、予定は未定だ。

早く出ていきたいのは、山々なんだがな」
「んにゅ、そっか~」
「なんだ。 それが、どうかしたのか」
「んに? ききたい?」
「ああ。 ぜひ聞きたいな」
「んにゅ、わかった」


とことこと俺に近づき、額が触れ合うほどの距離まで顔を寄せてきた。


「?」
「えっとねー」
「ああ」
「はやく、でてけーーーーーーっ!!」
「・・・・・・」


ごんっ!


「にょがっ」


ヘッドバットをくらわせてやった。


「ううぅぅぅ」
「悪いな。 急に大声をだすもんで、びっくりしたんだ」
「う、うそだっ、ぜったいにねらいすましてたんだっ」
「かもな」
「うぅ・・・いたいよぉ・・・」
「気にするな。 痛いのは、生きてる証拠だ」
「ん、んにゅ? いきてる?」
「ああ。 じゃなかったら、痛みなんて感じないだろ」
「んにゅぅ・・・そうなのかな」
「ま、死んだ経験はないから、わからないけどな」
「にゅぅ~、うそついたぁ」
「べつに、嘘はついてないだろ」
「ちがうもんっ! うそだもんっ!
死んじゃっても、いたいものはいたいもんっ!」


なぜか、力一杯否定される。


「はいはい、嘘ついて悪かった」


わざと馬鹿にした口調で、適当にあしらう。


「むぅ・・・?
よくわかんないけど、なんか、バカにされてるような気がするぅ」
「やったな。 正解だ」


ぽんっ、とみちるの肩に手をのせる。


がすっ!


「ぐはっ」


「ふんだ、もうあんたの相手なんかしてやんないっ」

 

俺を無視して、みちるは離れた場所でひとりシャボン玉遊びを始める。

 

f:id:Sleni-Rale:20190626162945p:plain



「ふぅ~~~」


ぱちんっ。


「わぷっ、んにゅぅ~」


ごしごし・・・

半べそをかきながら、服の袖で顔を擦る。

そして、すかさずシャボン玉を膨らましにかかる。


「ふぅ~~~・・・」


ぱちんっ。


「わぷぷっ」


またもや顔面水滴まみれ。


「んにゅぅ~」


ごしごし・・・


「・・・・・・不憫だ・・・」


懲りることのない少女の姿に、俺は憐憫の情を覚えずにはいられなかった。


ぱちんっ。


「わぷぷぷっ。
うっきーーーっ、この前はちゃんとできたのにぃーーーっ」


ぶんっ!


ついに癇癪を起こし、みちるは手にしていたストローを前方に投げた。

俺の足元にまで届く大遠投。


・・・ぽて。


俺の足下にストローが落ちた。


「あ・・・」
「・・・・・・」


ストローを視点に、視線が交わる。


「なによぉ・・・いつまでそこにいるのよぉ」
「いちゃ悪いか、ガキ」
「むぅ・・・」
「・・・・・・」


視線の中心付近で、蒼い火花が散った。


「ふんだっ。
あんたなんか、さっさとどっか行っちゃえっ、ぷいっ」


そっぽを向いて、みちるは再びシャボン玉遊びを再開しようとする。


「あ・・・」


しかし、ストローは俺の足下にあった。

形勢有利。

主導権確保。


「んにゅぅ~~~・・・」


(ふ・・・)


俺は心の中でほくそ笑んだ。

勝利の味が胸一杯に拡がる。


「ぅぅぅ~~~・・・」


みちるが恨めしそうに俺の足下を見つめている。

さて、どうしてやろうか。


・・・・・・。


俺は足元のストローを広い上げた。


「ほら。 ちゃんと洗ってから使えよ」


土を払いながらストローをみちるに差し出す。


(いつまでもガキの相手はしていられないからな・・・)


「んに?」
「いらないのか」
「あっ、いるいるっ」


とことことこ


無防備に、みちるが近づいてくる。


「・・・・・・」


その姿を見て、俺の中でなにかが疼いた。


ぷすっ。


「ふごっ!」


俺は差し出していたストローの先を、みちるの鼻の穴に突き刺した。


「あ・・・」
「ぅぐぐぐ・・・。
な、なんてことすんだーーーっっっ!!」


もちろん涙目だった。


「悪い。 神の啓示を受けたんだ」


まるで、そうする以外、方法がなかったかのように・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190712155351p:plain



「うぅ~~~」


ものすごく激しい勢いでにらまれる。


「おかえしっ!」


がすっ!


「ぐはっ」


「ふんだっ、あんたなんか泣いちゃえっ」


ストローを奪い、踵を返す。


「くっ・・・待てよ、このくそガキ」


痛みに耐えながら、反射的にその腕をつかむ。


「わーーーっ、はなせーーーっ、ゆうかいまーーーっ」
「まだ言うかっ」
「んにゅぅーーーっ」


じたばたじたばた。


「イツツ・・・こら、暴れるな」
「ばかばかばかーーーっ」


じたばたじたばた。


・・・じたばたじたばた。


「この・・・いい加減に・・・」


ぽかっ。


「にゅぅ~~~・・・」
「大人しくしろ」
「うぅ・・・。
ぶったーーーっ、国崎往人がぶったーーーっ」
「うるさいっ、少しは黙れっ」


一喝してやる。


「な、なによーーーっ、もとはといえば国崎往人が悪いんでしょーーーっ」
「ん? そうだったか?」
「そうだよっ。
みちるの鼻を、ふごっ、てしたもん。 ふごって」
「そういえば、そうだな。 ふごっ、ってしたな・・・」
「でしょっ」
「ああ」
「だからね・・・」


すっと腰を落とした。


「?」


がすっ!


「ぐはっ」


再び、みぞおちに踏ん切りのきいた蹴りが入った。


「ふーーーんだっ! ざまみろっ!」


叫ぶと同時に、みちるは駆け出す。


「くそ・・・イツツ・・・」


つかまえようとしたが、二度にわたるみぞおちの痛みがそれを阻害する。

 

f:id:Sleni-Rale:20190712155409p:plain



「あっかんべろべろぶーーー」


走り出せない俺を嘲笑うように、みちるは遠くで振り向き、れろれろと舌を出した。


「あんたなんかに、美凪はわたさないんだからーーーっ」

 

ぱたぱたぱた・・・


少女の姿が、黄昏の中に消えてゆく。

 


「わたさない? なに言ってるんだ、あいつ・・・」


・・・・・・。


・・・。