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AIR【17】

 


7月26日(木)

 

 

 

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駅での生活二日目の朝を迎えた。

目覚めと同時に耳の奥に響く蝉の鳴き声。

これはこれでなかなか辛い物がある。

憎々しいまでに青い空を見上げながら伸びをした。

歯を磨き、顔を洗って出かける準備を整える。


「さてと・・・」


まず向かうのは神尾家。

飯を食わせてもらった分だけの恩は返しておかなければならない。

 

・・・・・・。

・・・。

 

 

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「・・・遅いな」


昨日とそう変わらない時間に来ているはずなのに、観鈴はまだ姿を現さない。

ひょっとしてまだ寝ているのか?

腕を組みながら壁にもたれる。

時折、中を覗き込むように首を伸ばす。


「・・・・・・」


玄関に人が現れそうな気配は微塵もない。

仕方ないので、直接玄関まで向かう。

戸を開けようと、手を伸ばした。


ガラ・・・。

 

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「わ、往人さん」


俺が戸を開けるより一寸早く、観鈴が現れた。


「ひょっとして迎えに来てくれたのかな」
「そういう約束だろ。 時間大丈夫なのか」
「うん、二時間目には間に合うよ」


つまりは遅刻らしい。


「とりあえず向かうか」
「うん」


・・・・・・


・・・

 

360度、全ての角度から響き渡る蝉の鳴き声。

加えて陽炎の立つこの陽射し。

一体今日は何度まで気温が上がるんだろう。

夏の厳しさにげんなりしていると、観鈴が話しかけてきた。

 

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「でも、驚いた」
「あん? なにがだ?」
「往人さん。 まさか今日も迎えに来てくれるなんて思わなかった」
「恩は返すと言っただろ」
「うん、恩返し恩返し」


観鈴は楽しそうに、恩返しを繰り返した。


「でもね・・・」
「ん?」
「お見送りはもういいよ」
「もういい?」
「うん。
往人さんしなきゃいけないことあるし、迷惑かけたくないから。
だから、お見送りはいいよ」


観鈴はニコリと笑って俺に言った。


・・・・・・

・・・

 

 

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「到着。
往人さん、送ってくれてありがとうね」
「1時間目は遅刻だけどな」
「うん、明日は寝坊しないようにがんばる」
「ああ」
「ひとりでもちゃんと起きられるから、だいじょうぶ」
「ああ」
「だから安心していいよ」
「そうだな」


観鈴の独り立ちか・・・。

俺はポンと観鈴の頭に手を乗せて、軽く撫でてやる。

観鈴はうれしそうに目を細める。


「じゃあ、行ってくるね」


観鈴は元気に手を振ると、そのまま校舎へ消えていった。

学校の前にひとり立つ。

もうここには用はない。


「・・・行くか」


俺も校門から離れた。


・・・・・・

・・・


「ふぁ~~~あ・・・」

いったい何度目のあくびになるのだろうか。

診療所の看板の前。

もはや定位置。


「暇だな・・・」
「ぴこ」

 

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いつの間にか、ポテトが俺の膝の上に乗っかっていた。


「おまえに話しかけたわけじゃないぞ」
「ぴこぴこぴこ」
「はぁ・・・」
「ぴこ?」


大あくびの次はため息。

夏の空に目を向ける。

額から、汗が流れ落ちるのを感じた。

この町に降り立った時から、幾つの時が過ぎ去ったのだろう。

指折り数えてみる。


「・・・もう、八日目か」


気が重くなる。

このまま、俺はこの町で一生を終えてしまうのではないだろうか。


・・・・・・。


(もう一踏ん張りするか・・・)


「よし」


自らに気合いを込め、立ち上がる。

 

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「おっ、諦めて帰るところか」


出鼻をくじくように、ヒマヒマドクターKが声を掛けてきた。


「誰がヒマヒマドクターKだっ」


声に出してしまったらしい。


「昼間っからサボってるなんて、ヒマヒマ以外の何者でもないと思うが」
「激務を終え、束の間の休息をとっていると言って欲しいな」
「診療所に入っていく人間は、一切見かけなかったぞ」
「この暑さだ。 見えるはずのないものが見えることもあれば、その逆もあるだろう」


余裕の表情で言う。

自分で言っていて、虚しくならないのだろうか。


「・・・・・・」


虚しくなったようだった。


「ともかく、俺はまだ商売を続けるんだ。
からかいに来たのなら帰ってくれ」
「別にからかいに来たわけではないが・・・」


あごに手を当てながら、じっとこちらを見る。


「なんだ?」
「いや、もう昼時だと思ってな」
「ああ、そう言えば・・・」


上空で、輝く太陽。

真上に差しかかろうとしていた。


「・・・・・・」


ぐぅ、と腹が鳴った。

そうか、もう昼か・・・。


「腹減った・・・」
「ふふ・・・そうか、腹が減ったか」


口の端を歪ませ、どこか恐ろしい笑みを浮かべる。


「・・・何か企んでいるな」
「いやなに、少し頼みたいことがあってな」
「断る」


瞬時に返答する。

何をさせられるか、わかったものではない。


「報酬は昼御飯と聞いて、はたして君は断れるかな?」
「少し前の俺なら飛びついただろうが・・・あいにく、飯は食えるあてがあるんでな」


頭には、米と飯盒が思い浮かんでいた。


「食えるあてというと・・・誰かに厄介になるのか?」
「いいや」
「人生まれにみる幸運でゲットしたか?」
「いいや。 自力だ」
「自力・・・?」


それを聞いて、目を丸くする。


「ああ、そうだが・・・」
「・・・・・・」


なんだ、その哀れむような目は・・・。


「・・・この暑さだからな」


だから何だ、その言葉の意味は・・・。


「そう言うわけで、俺は一度飯を食ってくる。
頼みとやらは引き受けられないな」
「・・・ふむ、残念だな」
「あいにくだったな」
「ぜひ頼みたかったが、しょうがないか」
「ああ、他にあたってくれ」


そう言って、俺は身を返した。


「仕方ない、そうするか・・・」


俺が歩き出しても、聖は一人呟いていた。


「ポテトもいるしな・・・」
「・・・・・・」


いったい、何を頼むつもりだったんだ・・・。


・・・・・・


・・・

 

 

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「ぢーざす・・・」

 

俺はベンチに寝転がり、空を仰いだ。

眩しい・・・。

目の裏側まで焼けてしまいそうな強い陽射しだ。

ベンチの下に飯盒。

その中には水に浸った米がある。


ぐー・・・。


腹が鳴る。


火が無いことを忘れていた・・・。

こんな事なら素直に、聖の使いっ走りをしていれば良かった・・・。


ぐー・・・。


また腹が鳴る。


太陽の眩しさから逃げるように目を閉じた。

目尻に涙が滲む。

眠ろう。

それが唯一、空腹を忘れることのできる行動だ。


・・・・・・・・・。

・・・・・・。

・・・。

 

・・・温もりを感じた。

柔らかな温もりが、撫でるように額に触れる。

気持ち良い・・・。

心地良い・・・。

遠い昔に聞いた、子守歌のようで・・・。

幼心に聴いた、丘を流れる風音のようで・・・。


・・・・・・・・・。

・・・・・・。

・・・。

 

 

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・・・目覚めると、ベンチの上。

時はすでに夕暮れ近い。

じりじりと肌を刺す西日が痛い。


「・・・っと・・・俺はなんでこんなところで寝てるんだ」


眠気に空腹が重なって、思考が停滞気味だった。


「・・・ああ・・・そうか」


ようやく思い出して、ぼりぼりと頭を掻く。


「たしか、人形を直してもらうつもりで、遠野を待ってたんだったな・・・」


確認するように、俺は一人呟いた。


「・・・そうなんですか?」

「うわっ!」

 

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「・・・どうかしましたか?」


俺のリアクションを見ながら、遠野は小首を傾げている。


(び、びっくりした・・・)


せめて、気配ぐらいは漂わせてほしい。


「なんだ、いたのか・・・」
「・・・・・・・・・おはようございます」


ぺこりと頭を垂れる。


「・・・おはよう」


つられて、俺も頭を垂れる。

夏の午後に、駅前のベンチに座った若い男女が、無表情のまま朝の挨拶。


なにかがおかしい・・・。


「・・・安らかに眠られてましたね」
「みたいだな」
「・・・お疲れですか?」
「かもしれない」
「そうですか・・・」
「そうなんだ」
「・・・えっと・・・」


視線を落として何かを考え始めた。

当然のことながら、次の行動は予測は不可能だ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」


なにかが閃いたらしい。


「・・・どうぞ」


自分の太ももをぱんぱんと叩く。


「・・・・・・なんの真似だ」
「・・・膝枕」
「膝枕?」
「・・・はい。
・・・膝枕・・・気持ち良いです」


ぱんぱん。


「・・・どうぞ」
「・・・・・・」


遠野の目が、『カマ~ン』と俺を誘っている。


「・・・遠慮しておく」


気遣ってくれているつもりだろうか。

まあ、悪い気はしないが・・・。


「・・・・・・・・・膝枕・・・嫌い?」
「そういうわけじゃない」


そういう問題じゃない。


「・・・・・・・・・じゃあ・・・好きということで」


ぱんぱん。


「・・・どうぞ」
「なんでそうなるんだ」
「・・・さあ・・・なんででしょう?」


首を傾げる。


「・・・国崎さん・・・わかりますか?」
「俺に訊いてどうする」
「・・・ですよね」
「・・・・・・はぁ」


脳味噌が膿んでしまいそうだ。

話題を変えることにする。


「とにかく、膝枕はいい」
「・・・そうですか・・・残念」


なにが残念なのだろうか。


「・・・またの機会ということですね」


またの機会などあろうはずがない。


「そんなことより、実は頼みたいことがあるんだ」

 

気を取りなおして、本日の目的を発表する。

唐突に。


「・・・頼みたいこと?」
「ああ」
「・・・なんでしょうか・・・はてさて」


もぞもぞと態勢を整える。

なぜか服装も整える。


(・・・ふざけてるわけじゃないよな、たぶん)


「・・・準備オッケーか?」
「・・・はい」
「では・・・」


神妙に、こほんっ、と一つ咳払いをする。


「実は、昨日、直してもらった人形のことなんだが・・・」
「・・・なるほど。 喋りましたか」
「・・・・・・・・・。

いや、残念ながら喋らなかった」

 

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「・・・そうですか・・・残念」
「って、そういうことじゃなくてだな」
「・・・?」
「せっかく直してもらったのに悪いんだが、あの服をどうにかしてほしいんだ」
「・・・服?」
「ああ。 あのピンク色をした、乙女の純情ぶりぶりな服だ」
「・・・・・・・・・ピンク嫌い?」
「色は関係ない」
「・・・?」
「実はな・・・あの人形は男の子なんだ」


思いつきで直してもらいたい理由を述べてみた。


「・・・男の子?」
「ああ。

男の子が、あんな服を着ているのはおかしいだろ?」
「・・・・・・・・・好きで着ている人もいますよ・・・大人でも」


・・・確かに。


「いや、彼はいちおうノーマルなもんでな」
「・・・・・・・・・そうですか・・・わかりました」
「わかってくれたか」
「・・・はい・・・わかっちゃいました」
「そら良かった」


これで一安心だ。


「・・・水玉模様に変えましょう」
「色だけ変えても同じだっ」
「・・・?」
「はぁ・・・」


ぼりぼりと頭を掻く。

なんだか、目頭が熱くなってきた。


「どうせ服を着せてくれるなら、普通の男の子が着るような服にしてくれ」


知らず、言葉尻に溜息がまじった。


「・・・・・・・・・オーバーオールとか」
「なんだそれは」
「・・・えっと・・・たしかこういう・・・」


手で、空中にオーバーオールとやらの形をつくる。


「・・・・・・なるほど」


わかった振りをしておく。


「なんでもいいから、とにかく男物の服を頼む」
「・・・・・・・・・わかりました」


こくりと頷く。


「そうか。 わかってくれたか」
「・・・くれました」


もう一度、こくりと頷く。

今度こそ本当にわかってもらえたようだ。


「・・・でも・・・少し時間がかかります」
「それは、いっこうにかまわないぞ」
「・・・本当に?」
「ああ。 人形が、まともな姿にもどるならな」
「・・・・・・・・・一晩かかります」
「一晩? 裁縫上手な遠野さんにしては、えらく時間がかかるんだな」
「・・・・・・・・・男の子の服は・・・慣れてないから」
「そうか」


まあ、一晩ぐらいなら問題ないだろう。

むしろ、たった一晩で、あれがもとに戻るなら御の字と言える。


「じゃ、頼まれてくれるか」


バッグの中に隠し持っていた人形を差し出す。


「・・・はい」


遠野がそれを受け取る。


「・・・えっと・・・・・・じゃあ明日・・・ここで待っていてもらえますか」
「わかった。
今日と同じぐらいの時間でいいのか?」
「・・・はい・・・午前中は用事がありますので・・・昼過ぎに」
「わかった」
「・・・それと・・・明日は国崎さんが寝てしまう前にきちゃいます」
「なんで」
「・・・膝枕・・・してさしあげますから」
「・・・・・・」


まだ諦めてなかったのか・・・。

意外としつこい性格なのかもしれない。


「・・・眠たくなったらな」


むげに断るのも気が引けるので、それだけを答えた。


「・・・はい・・・お楽しみです」


なにやら、遠野の表情がとても嬉しそうに見えた。

そんなに膝枕をしたいのだろうか。

やはり、こいつは謎だ。


「・・・では・・・本日はこれにて失礼いたします」


手にしていた人形をしまいながら言う。


「もう帰るのか?」
「・・・はい・・・・・・帰ってさっそく服をこしらえますので」
「そうか。 悪いな」
「・・・かまいません。
・・・私・・・お裁縫好きですから。
・・・それより・・・私からも一つお願いしていいですか」
「ああ。 何でも言ってくれ」
「・・・・・・・・・・・・なんでも?」


(はっ! しまった!)


「俺にできることならきいてやろう」

 

・・・・・・。



「・・・・・・・・・残念」


・・・・・・危ないところだった。

いったい、俺になにをやらせるつもりだったのだろう・・・。


「で、お願いってなんだ」
「・・・はい・・・えっと。
・・・あとでみちるが来ると思いますので・・・伝えていただけますか。
・・・私が・・・もう帰ったことを」
「ああ、そんなことか。 お安いご用だ」
「・・・お願いいたします」


ぺこりと頭を垂れる。


「・・・それと国崎さんにも、ひとつお伝えしたいことが」
「ん? なんだ」
「・・・実は・・・たいへん言いづらいことなんですが・・・」
「・・・なんだよ、かしこまって」


遠野の神妙な声に、俺は幾分背筋を伸ばした。


「・・・国崎さん」
「え・・・」


遠野が、不意に俺の胸元に鼻を寄せてくる。

長く艶やかな遠野の髪から漂う香りが、俺の鼻先をからかうようによぎった。


「・・・・・・・・・やっぱり」


ゆっくりと胸元を離れながら呟く。


「・・・国崎さん・・・お風呂に入っていませんね」
「ん? ああ、まあな」
「・・・・・・・・・汗くさいですよ」


がーーーん!


「マジか・・・」
「・・・残念ながら」


自分の匂いをかいでみる。


「・・・・・・」


確かに、におう。


考えてみれば、何日か風呂に入ってない・・・。

かといって、入れるあてがあるわけでもない。

体を洗わなければ、匂いはどんどん蓄積されていくばかり・・・。


「むむむ・・・」


悩む。

 

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「・・・・・・・・・あの・・・」
「ん?」
「・・・シャワーでよろしければ・・・この中のを使えますよ」


駅舎を指さす。


「・・・実は私・・・こういうものを持ってます」


じゃらっ、とポケットの中から鍵の束を取り出す。


「・・・これ・・・この駅舎の鍵なんです。
・・・ちなみに・・・駅舎の中には駅員専用のシャワー室があったりします」
「・・・・・・」


・・・・・・。


「・・・えっと・・・・・・すごい?」
「なんで、そんなもん持ってんだよ・・・」
「・・・・・・・・・びっくり?」
「ああ。 まあな」
「そう・・・」


なぜだかわからないが、遠野は満足そうだった。


「・・・実は・・・父が以前、この駅の駅長をしていたことがあるんです。
・・・だから鍵を持ってるんですよ・・・私」
「それ、理由になってないぞ」
「・・・あれ・・・そう?」
「そう」
「そう・・・」
「・・・・・・」


・・・・・・。


「ま、風呂に入れるなら、なんでもいいけどな」


ヤバイ方向に話がいきそうなので、深く考えるのはやめにする。


「・・・ですね。
・・・では・・・この鍵は国崎さんにお預けします」
「いいのか?」
「・・・はい・・・駅にはひとがいた方が良いですから」
「よくわからない理屈だな」
「・・・そう?
・・・でも・・・本当のことですよ・・・それは・・・。

ここは・・・私にとって大切な思い出の場
所ですから・・・そこが寂れてゆくのは・・・やっぱり辛いです」
「・・・・・・そっか。
そういうことなら、遠慮なく使わせてもらうぞ」
「・・・はい・・・中にボイラー点火用のライターがあると思いますので・・・使ってください

「わかった」
「・・・火の取り扱いには注意してくださいね」
「ああ」
「・・・では・・・みちるのこと・・・よろしくおねがいします」


ぺこりと頭を垂れる。


「そっちこそ、俺の人形をよろしくな」
「・・・はい・・・がんばっちゃいます」
「ああ。 がんばっちゃってくれ」
「・・・では・・・がんばっちゃう印に・・・これを進呈」
「・・・ん?」


差し出されたのは、見覚えのある包装紙で綺麗に包装されている小箱。


「なんだこれは」
「・・・星の砂」
「ああ、この間のあれか」


確か、必要以上にファンシーな趣をしていた憶えがある。


「・・・国崎さんにも差し上げようと思って・・・持ってきたんです」
「俺に?」
「・・・はい・・・国崎さんに」
「いいのか?」
「・・・・・・」


こくりと頷く。


「あの・・・」
「ん?」
「・・・私も同じものを持ってますから・・・これで三人お揃いです」


微かに頬を朱色に染める。


「まあ、そういうことになるな」
「・・・はい・・・合体攻撃ができますよ・・・がっきーん、と・・・」
「なにに対してだ」
「さぁ・・・」
「・・・・・・」


・・・・・・。


「あの・・・」


遠野は小箱を差し出したまま困惑している。


「あ、ああ・・・すまない」


多少慌てた風に、俺は遠野から小箱を受け取る。

別段、欲しいわけでもないのだが・・・まあ邪魔になるものでもないので良しとする。

ちなみに、合体攻撃なるものをするつもりもない。

あれは危険だからだ。


「悪いな」
「・・・いえ・・・そんな」

 

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視線を逸らした遠野の表情は、心なしか嬉しそうだった。


「では・・・私はこれで」
「ああ。 気をつけてな」


ぺこりと頭を垂れて、遠野は帰っていった。

俺は、その後ろ姿が見えなくなってから、鍵を使い、駅舎の中へと入った。


・・・・・・。

・・・。

 

 

シャワーを浴び終えると、俺はさっそく夕食の準備にとりかかった。

と言っても、さほど難しいことはなく、準備は簡単に終わった。

米を洗い、飯盒を火にかける。

後は、米が炊きあがるのをウキウキしながら待つのみである。

俺は、焦る気持ちを抑え、ひたすら待った。


・・・・・・。

・・・。

 

「ん?」


背後から、誰かの視線を感じた。

俺を見つめている。

いや、睨んでいるかもしれない。

俺は、その視線を辿るように振り返った。

そこには・・・。

 

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「・・・・・・」


オレンジ色の黄昏に、ぽつんと立ちつくすみちるの姿。


「み・・・・・・えっ・・・」


声をかけようとした刹那、少女の姿が霞んで見えた。

湖上に浮かぶ蜃気楼のように・・・。

幻に咽ぶ、透明な涙のように・・・。

でも、それは一瞬のことで・・・。


「・・・・・・」
「みちる・・・?」


西日が、彼方の尾根をオレンジ色に染めていた。

長く伸びゆく影が、今日の終わり、明日の居所を探していた。


「・・・どうした、こんな時間に」


穏やかに、声をかける。


「・・・・・・うん・・・あのね」


夢から覚めたばかりの、寂しい幼子のように・・・。


「・・・美凪・・・もうかえっちゃったよね・・・」
「ああ。 少し前にな」
「んに・・・そっか・・・」


悲しげに、肩を落とす。


「・・・・・・悪い・・・俺が用事を頼んだんだ」
「ううん。 いいよ、明日になったら、また会えるから」


そう言って、みちるは笑う。


「それよりね、国崎往人
「なんだ」
「うん・・・あのね・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・ありがとね・・・」
「え・・・」
美凪、すごく楽しそうだった」


彼方の稜線が、空の色を霞んでゆく・・・。


「・・・・・・見てたのか?」


夜が、足音を忍ばせながら、海辺の町に近づいてきている。


「・・・うん・・・みちるは・・・いつも美凪のそばにいるから・・・」


人々の姿が霞む黄昏。

誰?と訪ねたら、そこから誰の声が聞こえてくるだろうか・・・。



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そして、この空の彼方には・・・。


「・・・ずっとね・・・かんがえてたの・・・。
・・・いっぱいいっぱい、かんがえてたの・・・」


茜色の空に、言葉が解き放たれてゆく。


「・・・すこしかなしいけど・・・でも、やっぱりこれでいいんだって・・・そう思ったの・・・」


遠い海風にあおられて、行き場をなくした鳥が一羽。


「・・・・・・なんのことだ」
「・・・・・・」


みちるは答えない。

ただ、寂しげに微笑むばかりで・・・。


「もうすぐ、一番星が見えるよ」
「え・・・」
「だから、みちるはもうかえるね」


そして・・・。

 

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気がつけば、少女の姿は、夕空に黒く浮き上がった木立の隙間に消え入り・・・。


「みちる・・・?」


辺りを見回し、姿を探してみる。

でも、もうそこには誰もいない。

たったひとつ、そこにあったのは・・・。


「・・・・・・」


ベンチの横に置かれた、ストローがささったままの紙コップ。

俺は、石鹸水が入ったままの紙コップを手に取り、それをじっと見つめた。


「あいつ・・・」


ストローを取り、ゆっくりとその口を吹いてみる。

吹く息に合わせて、シャボン玉がストローの先でゆっくりとふくらむ。

シャボン玉が、夕暮れに向かって漂ってゆく。

ふわりふわりと、風に戸惑いながら漂ってゆく・・・。

俺は手の中に視線をもどした。

紙コップを足元に置いて、ベンチの上に寝転がる。

視界一面に、藍を抱き始めた空がひろがる。

視線をずらせば、飯盒の下で燃える炎が目についた。

炎は、夕暮れと同じ色をしていた。

その上では、生まれたばかりの一番星の輝きがひとつ・・・。


・・・・・・。

・・・。

 

 


7月27日(木)

 


・・・・・・。

 

「ん・・・」


夢を見ていたような気がする。

なにか大切なものがすこにあるはずなのに・・・。

精一杯手を伸ばしても、指先にすら触れるものはなくて・・・。

諦める決心すら持つことができなくて・・・。

そして、目覚めると・・・。

 

 

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いつの間にか朝だった。

いや、太陽の位置からすると、すでに昼か。


(いったい何時間寝たんだ、俺は)


頭が痛い、重い。

とりあえず、のっそりと身を起こしてみる。


ズキッ。


「イツツ・・・」


脈拍と連動するように、こめかみに痛みが走る。

側頭部を二三度軽くたたいてみたが、なんの慰めにもならなかった。


・・・・・・。

・・・。

 

朝食を食べた後、水道の蛇口をひねる。


じゃあーーー。


流れ落ちる水が、陽射しにきらきらと輝いている。

その真ん中に頭を差し込み、頭に水を浴びる。


気持ち良い。


鬱陶しいセミの鳴き声も遠のき、夏の暑さも忘れる。

しばらく水を浴びた後、水流から頭を離し、そのままの勢いで後方に水を切った。


びしゅっ!


「にょわっ!
「・・・あ」


同時に声。


「ん?」


がすっ!


「ぐはっ!?」


腰骨に、突然の衝撃が走った。

 

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「こらーーーっ! なんてことすんだーーーっ!」
「く・・・」


痛みに耐えながら振り返ると、そこには、上半身を水で濡らした遠野とみちるが立っ
ていた。

どうやら、俺が後方にすっ飛ばした水が見事に命中したらしい。


「うぅぅ~~~」


みちるの怒りは、早くも最高ゲージだ。


「・・・・・・・・・えっと・・・・・・はい・・・ハンカチ」


遠野は真っ白いハンカチを取り出し、なだめるようにみちるにそれを手渡す。


「んに。 ありがと~」


途端に笑顔。


「・・・こんにちは・・・国崎さん」


遠野は何事もなかったような表情で、ぺこりと頭を垂れる。


「ああ。 こんにちは」


つられるように、俺も頭を垂れる。


「悪い。 水、かけちまったな」
「・・・・・・・・・かまいません・・・お水くらい」


言いながら、小さくぷるぷると頭を振る。

長い髪にまとわりついた水滴が、空中に飛んで輝く。


「・・・夏ですから・・・こうしていればすぐに乾きます」


ぷるぷるぷる。


「なら、いいが・・・」
「・・・はい」


ぷるぷるぷる。


・・・ぷるぷるぷる。


・・・・・・ぷるぷるぷる。


ぴたっ。


「・・・国崎さんもどうぞ・・・頭・・・濡れてます」


誘われてしまった。


「・・・そうだな。 濡れてるな」
「・・・では御一緒に」
「ああ」


思わず返事をしてしまう。

心の中で、もう一人の俺が『止めろっ!』と叫んでいる。


「んにゅっ、みちるもーーーっ」
「・・・では・・・三人で」
「うんっ」

 

「・・・ああ」


ぷるぷるぷるぷるぷる・・・


三人仲良く頭を振る。

なにか、間違ったことをしているような気がしてならない・・・。


・・・・・・。


しばらくして髪が乾くと、ようやく本日の本題に入ることができた。

ちなみに、みちるは地面にはいつくばって、アリさんたちとお喋り中だった。


「・・・すいませんでした・・・少し遅くなってしまいまして。
・・・お待ちになられましたか?」
「いや、起きたてホカホカ北海道だぞ」
「・・・はい?」


(・・・しまった。 このギャグはハイセンスすぎたかもしれない)


「・・・もしかして・・・寝てらしたんですか?」
「ああ。 まあな」
「・・・またまた残念」


がっくりと肩を落とす。

 

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「なにがだ」
「・・・膝枕・・・できませんでした」
「そら残念だったな」


適当に相づちをうった。


「・・・はい・・・がっくりです」


落ち込んでしまった。

しかも、恐ろしいことに、おそらくマジだ。


「どうしたの、美凪ぃ」


近づいてきたみちるが、心配そうに遠野の顔を覗き込む。

 

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「また国崎往人にへんなことされたの?」
「人聞きの悪いことを言うな。
それに、また、ってどういう意味だ」
「んにゅ~、国崎往人~」
「なんだよ」
美凪にへんなことしたら、みちるが許さないからねっ」
「なにもしてないだろうがっ」
「うぅぅ~~~」


みちるが俺をにらむ。


(くそっ、一回本気で殴ってやろうか)


「・・・あの・・・」


落ち込んでいたはずの遠野が、俺とみちるの間に割ってはいる。


「なんだよ」
「・・・えっと・・・・・・お二人は・・・ラブラブ?」
「はぁ?」
「・・・すごく見つめ合ってます」
「・・・・・・」
「・・・ラブラブ」
「・・・はぁ」
「・・・どうかなさいましたか?」
「いや・・・それより、そろそろ人形を見せてもらえるか」
「・・・あ・・・はい・・・ちょっと待ってください」


ごそごそとカバンの中を探る。


「こらーーーっ、みちるをほっとくなーーーっ」

 

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ぽかっ。


「にょん。 にゅぅ~~~・・・」

 

「あったか?」


話を進める。


「・・・はい・・・どうぞ国崎さん」


人形が差し出される。


「サンキュ」


人形を受け取る。


「・・・あれ・・・どうしたの、みちる」
「うぅ・・・」


「人生に悩みでもあるんだろ」


「・・・そう?」
「うぅ・・・そうかもしんない・・・」


幼いパンチドランカーは、もはや正常な判断ができなくなっていた。


「ふむ・・・」


そんな状況を無視して、俺は一晩ぶりに帰ってきた人形をじっと見つめる。


「・・・・・・」
「・・・なにか不都合でも?」
「え・・・いや、そんなことはないぞ」
「・・・そう?」
「ああ」
「・・・?」


・・・よかった。

 

まともな服だ。

これが、オーバーオールというやつだろうか。

なるほど。

たしかにテレビなどで男が来ているのを見たことがある。

ちょっぴり太めなズボンが、これまたキュートだ。

やればできるじゃないか、遠野美凪


「あっぱれっ!」
「・・・なにがですか?」
「・・・あっ、いや」


・・・しまった。

嬉しすぎて、思わず声が出てしまった。


「すまん。 あまりに服の出来がよかったもんでな。
少し、有頂天になってしまった」
「・・・そう?」
「ああ。 この出来は自慢していいぞ」
「・・・・・・・・・えっへん」


精一杯の自慢らしい。

少しだけ胸が反っていた。

これも、奥ゆかしいというべきなのだろうか。


「えっへん」

 

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ぽかっ。


「にょそっ。 にゅぅ~~~・・・」
「おまえが威張るなっ」
「うぅ・・・ちょっとマネしてみたかっただけなのに・・・」
「しなくていい」
「・・・んに・・・もうしない」


やけに素直だった。


「・・・ときに国崎さん」
「なんだ」
「・・・国崎さんは・・・おままごと好き?」
「はあ?」


また、わけのわからないことを言い出した。


「・・・おままごと」
「そんなもんが好きなように見えるか?」
「・・・いちおう・・・そうは見えませんけど」
「いちおう、ってなんだよ」
「・・・夕べ・・・お裁縫しながら考えました・・・国崎さんがお人形を持ち歩いてる理由」
「・・・・・・なにか。
おまえは、俺がこの人形を使って、おままごと行脚をしているとでも言いたいのか」
「・・・・・・・・・正解?」
「そんなわけあるかっ」
「・・・?」
「俺はな、この人形を使って大道芸をしているだけだ」
「・・・ゲイ?」
「発音が違う。 芸だ」


俺は、野郎に興味はない。


「・・・芸?」
「ああ、そうだ」
「・・・お金をもらって・・・おままごとをするんですか?」
「するかっ!」
「・・・?」
「まったく・・・いいか、俺の芸はな」


人形を地面におき、手のひらをその頭にかざす。


「・・・?」
「なになに、なにする気なの、国崎往人


みちるも加わり、二人の視線が手のひらと人形に集まる。


「よく見てろよ」


気を手のひらに集中させる。

心の中で人形に命じる。


動け。


ぴ・・・


「・・・あ」
「にょわっ、立った」

 

とことことこ・・・

歩き始める。


「・・・・・・」
「おぉーーー、歩いたーーー」


とことことこ・・・


「・・・・・・」
「おおおおおぉぉぉーーーーーーっ!!」


遠野とみちるは、糸もなしに動く人形に見入っている。

彼女達のそんな姿に、俺は、しばらくの間人形を動かし続けた。


とことことこ・・・


・・・とことことこ・・・


・・・とことことこ・・・


・・・・・・。

・・・。

 

数分後。

 

「・・・ぱちぱちぱち」


遠野の声だけ拍手を聞きながら、人形はその動き止めた。


「・・・ありがとうございました・・・すごく楽しかったです」


言われるのは嬉しいが、どうしても遠野が楽しんだように見えなかった。


「んにゅぅ~~~」


一方みちるは、人形に仕掛けがないことを確かめながら複雑な表情をしている。


(ふ・・・勝った)


そこはかとない勝利の味が、俺の口にひろがる。


「・・・それにしても」
「うん?」
「・・・素晴らしい特技をお持ちなんですね・・・国崎さんは」
「いやなに、大した芸じゃない」
「・・・まったく仕掛けがわかりませんでした・・・もしかして・・・何か変わった術をお持ちなんですか?」
「・・・・・・なんでわかるんだよ」


おそろしい少女だった。


「・・・え・・・本当にお持ちなんですか?」
「まあな。
変わっていると言えるかどうかはわからないが、法術ってのを少し使えるんだ」
「・・・法術?」
「ああ。 知ってるか?」
「・・・いえ・・・残念ながら」
「だろうな」
「・・・はい・・・世の中は不思議で一杯です」


・・・怪奇現象扱いされてしまった。


「・・・でも・・・とてもすばらしい術だということはわかりました」
「そ、そうか」


今のは褒めてもらえたのだと思う。


「・・・はい拍手・・・ぱちぱちぱち」
「・・・・・・」


きっと褒めてもらえたのだと・・・今は自分に言い聞かせておく。


「・・・では楽しませてもらったお礼を・・・」


ポケットの中をごそごそと探る。


「・・・お礼はいらない」


速攻でお断りを入れる。


「え・・・」


遠野の手の動きが止まる。

案の定、ポケットの中からは白い封筒がのぞいていた。


「・・・・・・・・・国崎さん・・・やっぱり外国の人?」
「そんな風に見えるか?」
「・・・・・・」


ぷるぷると首を振る。


「正解」
「・・・・・・・・・でしたらこれ・・・」


ごそごそごそ・・・


ポケットから白い封筒を取り出す。


「・・・・・・」


封筒を差し出したまま、じっと俺を見つめる。


(そんな目で見るなよ・・・)


俺は、素直にお米券を受け取っておくことにした。


五枚目獲得。


・・・・・・。


こんなにもらっても、無意味なような気がする・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


「で、なんだっけ」


知らぬ間に話し込んでしまっていた。

騒ぎ疲れたのか。

みちるは遠野の膝の上で寝息をたてていた。

 

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「・・・国崎さんが旅をしている目的です」


人形芸で路銀をかせいできた話。

この町に流れ着いた理由。

この町を離れたい理由。

そんな話を、俺は遠野と話していた。


「ああ・・・そうだったな」


そして、この旅の先にあるもの・・・。

 

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見上げる夏の空は、いつの間にか赤。

鮮やかに拡がる赤の果てには、深い藍。

時は流れていく。

時は変わっていく。

流れなければ変われない。

変われなければ流れていけない。

でも、俺が求めるものは、流れることも、変わることもなく・・・。


「・・・なあ」
「・・・はい?」
「おまえは、この世に翼を持った人間がいると言ったら、信じるか?」


夕焼けがあまりに綺麗だったから、というのは理由になるだろうか。

話してみようと思った。

隣にいる少女に、俺は少しだけ自分の心を見せてみたいと思った。


「・・・翼・・・ですか?」
「ああ。
自由に空を駆ける、ヒトとは異なる存在。
一般的には、神と呼ばれる者に近いと思うがな」
「・・・神様?」
「そうだ」
「・・・・・・・・・子供の頃・・・うちにそのような絵がありましたけど・・・」
「絵・・・?」
「・・・はい・・・その絵の中には・・・背中に真っ白な翼を持つ女の子がいて・・・。
・・・私は・・・幼心にいつかその女の子と一緒に空を飛びたいと願っていましたよ」
「・・・・・・なら、俺がその翼を持つ者を探して旅をしている、と言ったらどうする? 笑うか?」
「え・・・」
「・・・・・・」


いっそ笑われてしまった方が・・・。

いつまで、くだらない夢を追っているのかと責められた方が・・・。


「・・・・・・」


でも、なんとなくわかっていたことだ。

きっと、この少女は笑わなくて・・・。

きっと、同じように空を夢見ることができて・・・。


「・・・おかしいことではないです・・・旅をする目的がそれであったとしても」


少女は、微笑みながらそう言う。


「・・・きっと・・・・・・どんな人にも辿り着きたい場所があるはずですから」


広い空。

広い世界。

見上げる遠野の瞳が、黄昏に染まっていた。


「・・・もうすぐ・・・日が暮れますね・・・」


遠野の美しい髪が、潮の香りをふくんだ夕暮れの風に優しくなびいていた。

言葉以上の何かを、俺に語りかけてくるかのように。


「・・・・・・・・・国崎さん」
「ん」
「・・・今日も星がたくさん見られそうです」


指さす先。

夜に染まりはじめた山の稜線。

あれほど鮮やかに染まっていた夏の空は、いつの間にか熱気だけを残し、眠りにつこ
うとしていた。

そんな空を、ただ見つめていた。

永い時間・・・。

いつかは終わる・・・永い時間・・・。


・・・・・・。

・・・。

 


宵闇が景色を包みはじめていた。

誰かが、そうなることを願ったように。

それは、とてもゆるやかで優しい夜の訪れだった。

 

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「・・・そういえば国崎さん」


穏やかな声で、遠野は俺を振り向く。


「・・・昨日・・・この子はここにきましたか?」


膝の上で眠るみちるの頭を優しく撫でる。


「にゅふふ・・・」


夢の中でも遠野に撫でられているのだろうか。

眠りながら、みちるは嬉しそうに笑った。


「・・・・・・」


そんなみちるの寝顔を見て、俺は昨日の約束を思い出す。

光景を思い出す。

夕空に漂うシャボン玉が、脳裏に浮かんでは消える。


「くるにはきたが、さっさと帰ったぞ」


あの寂しげな顔を遠野に伝えるのは、なぜか気が引けた。

だから、嘘をついた。


「・・・そう?」
「ああ。 お前がいないのを残念がってたけどな」
「そう・・・」


不意に、遠野の瞳が哀しげに色を見せた。


「ん? どうかしたのか?」
「・・・・・・・・・」
「?」
「・・・・・・・・・」


遠野は、俺の問いかけにはこたえず、静かにみちるの頭を撫でた。


「にゅふふ・・・」
「・・・・・・」


みちるの笑顔を見て、遠野の口元が優しくゆるむ。


「・・・かわいい寝顔ですね」
「あ、ああ・・・そうだな」
「・・・私・・・この子を見ていると・・・とても幸せな気分になれるんです」


優しい瞳。

記憶の片隅に消えることなく残っている母親の笑顔に似た遠野の瞳が、目の前にあ
った。


「・・・国崎さん」
「ん?」
「・・・私とみちるは・・・ここでこうして一緒の時を過ごしてきたんです」


それは、過ぎ去った過去を懐かしむかのような声だった。


「・・・それは・・・私にとって、とても幸せな時間でした。
・・・そして・・・今も幸せなんですよ」
「・・・そうか」
「・・・はい・・・幸せなんです」
「・・・・・・」
「・・・国崎さんは?」
「・・・俺?」
「・・・国崎はんはずっと一人で旅をされてるんですよね?」
「ああ」
「・・・では・・・こういう時を過ごされたことはありますか?」
「え・・・」
「・・・誰かと幸せな時を過ごされたときはありますか?」
「幸せな・・・時?」
「・・・はい・・・自分以外の誰かとともにいる幸せ。
・・・誰かのために生きられる喜び」
「・・・・・・なんで・・・そんなことを訊くんだ?」
「・・・・・・国崎さん・・・ときどきとても寂しい目をされますから」
「寂しい目?」
「・・・はい・・・寂しくて・・・とても遠い色をしています」
「・・・・・・」
「・・・だから・・・」
「幸せな時を過ごしたことがないんじゃないか、ってことか」
「・・・・・・」


こくりと頷く。


「・・・ありますか?
・・・国崎さんの中に幸せな時が・・・誰かの姿が」
「・・・・・・」


遠野の瞳が、優しく俺を捉えた。

目の前を、小さな夜風が通り過ぎる。

首筋に残った暑気が、名残を惜しみながら風にさらわれていく。

さらわれていくから、軌跡を追いかけた。

 

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「ある・・・と思う。
いや、あったはずなんだ・・・俺にも・・・」


風は、やがて無限の星粒を抱いた夜空に帰ってゆく。

永遠にひろがる空に、帰ってゆく。

目指すべき場所は、確かにあって・・・。

でも、それはいつも遠くて・・・見えなくて・・・。


「・・・遠い昔・・・俺にも確かに幸せなときがあった。
本当に・・・遠い昔だけどな・・・」


遠野の瞳に見つめられると、それがとても自然な声のように思えた。

まるで、温かい母親の瞳に見つめられているような気がした。


「・・・遠い昔・・・ですか?」
「・・・ああ」
「そう・・・・・・それは・・・とても寂しいことですよね」
「かもな」


確かに、それは寂しいことなのかもしれない。

過去にのみそれがあるというのは、哀しむべきことなのかもしれない。


「・・・それでも・・・旅を続けるおつもりなんですね・・・国崎さんは」
「もちろんだ。
俺には、見つけたいものがあるからな」
「・・・見つけたいもの?」
「ああ」
「・・・それが・・・翼を持つ者ですか?」
「ん・・・そうだな・・・そうかもしれないな・・・」


・・・俺は、あえて言葉をにごした。

俺がこの旅のむこうに求めるものはなんなのか。

それを、俺自身がはっきりとはわかっていなかった。

もしかしたら、俺はただ、過去の延長線上に立っているだけなのかもしれない。

母親と二人で旅をしていた、幼い頃からの延長線上。

温かくて、幸せだった、過去の延長線上。

翼を持った人間がこの世にはいる。

それは確かにこの旅の理由ではある。

でも、本当は・・・。

俺はただ、母親が目指していた世界。

母親の背中越しに夢見た世界を目指しているだけなのかもしれない・・・。

 

・・・・・・。

・・・。

 


その日の夜風は、やけに冷たかった。

夜闇の中。

少女たちが帰った跡。

昼の暑気が嘘だったかのような空気が辺りをみたしていた。

四方から響くは、虫達の声。

静寂の声。

俺は、夜闇に包まれながら、旅の目的を考えていた。

この町にいる目的を考えていた。

遠野の言葉が、耳について離れなかった。


『・・・どんな人にも・・・辿り着きたい場所があるはずですから・・・』


彼女は、そう言った。

確かに言った。


「辿り着きたい場所、か・・・」


一人きりの呟きを虚空に投げる。

この呟きは、いったいどこに辿り着くのだろう。

どこに辿り着くことを許されているのだろう。

そんなことを思わせる夕べ。


「はぁ・・・」


俺は、ごろりと仰向けにひっくり返った。

視界一面に、夏の夜空がひろがった。


「遠野の言うとおりだな・・・。
やっぱ、田舎だけあって、星が綺麗だ・・・」


素直にそう思えた。

まぶたが、ゆっくりと、自然に下りてくる。

意識が徐々に遠のいてゆく。

改めて考えてみると、こうして満点の星空の下で眠るというのは、それほど悪いも
んじゃないような気がした。


・・・・・・。

・・・。

 


7月28日(金)

 


翌朝。

空腹に苛まれながら、ベンチの上で目を覚ました。

しばらくの間、体を起こすことなく流れる雲を見つめ続けていた。

全身が、妙にけだるい。

ようやく頭が冴えたのは、朝飯を食べてしばらくしてからだった。


・・・・・・。

・・・。

 

 

 

武田商店前。

人通りは、ただのひとつも存在しない。

聞こえてくるのは、セミの鳴き声。

夏の音。

近くの軒先から、風鈴の小さな音が聞こえてくる。

実に風流な情景。


「・・・んにゅぅ~~~」


・・・。


嫌な声が、聞こえてしまった。

聞こえてきた方向に視線を投げる。

 

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「う~ん・・・なんにもないなぁ・・・」


がさごぞがさ。


  がさごそがさ。


「・・・・・・なにをやってるんだ、あいつは」


後ろから、収集場所に集められた粗大ゴミを漁るみちるの姿を観察する。


「んにゅぅ~~~」


がさごそがさ。


  がさごそがさ。


「・・・・・・」


みちるの動きに合わせて、ゴミが散乱している。

はっきり言って、大迷惑。

人里に現れた野生生物は、保健所に連絡して、ちゃんと保護してもらうべきだろうか。

公衆電話を探してみる。

だが、あいにく手近なところに公衆電話は設置されていない。

もとより、俺には公衆電話を利用する金さえなかった。


(・・・辛いぞ)


「んにょっ!? めっけたっ!」


ゴミを漁るみちるの手に、何かが握られた。


「へへ~」


どうやら、見つけたお宝は、古い辞書のようなものだった。

みちるは嬉しそうに鼻歌を歌いながら、その場に腰を下ろし、ぱらぱらとページをめくりはじめた。


「んに? なんだこれ? 難しくてよくわかんないや」


辞書を閉じる。


「でもでも、あとで美凪にあげよーっと」


みちるキープが入った。


(遠野もいい迷惑だろうな・・・)


これ以上ここにいたら、気づかれてしまうかもしれない。

あんなアブナイ奴とは、関わり合いにならないのが得策だ。

俺は、みちるに背を向けて、この場を去ることにした。


・・・・・・。

・・・。

 



商店街にたどり着く。

閑散とした風景。

相も変わらず、荒涼とした風が吹き抜けるだけの光景。


「少しは、出歩けよ」


この町の人々を相手に商売をする商店の経営者たちに、少し同情を覚えた。


「・・・ぁ・・・」
「・・・ん?」


どこからか、声が聞こえたような気が・・・。


「・・・・・・」


・・・嫌な予感がする。

まさか、武田商店前に続いて、ここでもみちるはガラクタを漁っているのだろうか。


きょろきょろ・・・


俺は、嬉々とした表情のみちるを探して、辺りを見回した。


・・・・・・


から・・・


・・・からから・・・


からからから・・・

 

「・・・ふぅ・・・重たいわねぇ」


遠くから、ひとりの女性が買い物カートを引きながら歩いてくるのが見えた。

その足下はふらついて、なんとも頼りない。


「はぁ・・・」


ため息が出る。


「なんだよ。 また、まとめ買いしてるのか・・・」


俺は、ゆっくりとふらつきながら歩く女性のもとへと歩み寄った。


「・・・ぁ・・・あぶないっ」


道の窪みに車輪を取られ、カートが傾く。


がしっ。


危機一髪のところで、俺は倒れ掛けたカートを支えた。


「え・・・」
「まったく・・・、だから配達を頼めって言ったんだよ」
「あ、あら、あなたは・・・」


・・・・・・。


・・・。

 

 

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からから・・・


・・・からから・・・


「申し訳ありません・・・なんどもお手間をとらせてしまって」


俺は、米袋を満載した買い物カートを商店街の入り口に止めてある車まで押してやることにした。

あまりに危うい足取りに、そうせざるを得なかった。


「まったくだ。
これに懲りたら、今度こそ配達を頼めよ」
「はぁ・・・」


理解しているのか、していないのか。

遠野の母親は、曖昧に返事をしながら、カートの上の米袋を見つめた。


「やはり、たくさん買いすぎでしょうか」
「当たり前だろ。
どこから見ても、一般家庭が消費できる量じゃないぞ」


カートに乗った米袋は4袋。

以前会ったときよりかはひとつ減ってはいるものの、尋常じゃないのは確かだ。


「この間買ったやつは、どうしたんだよ。
まさか、もう全部食っちまったのか」
「そ、そんなわけないじゃないですかぁ」


顔の前で手をぱたぱたと動かす。


「まだまだ、たくさん家にありますよ」


にっこりと、子供っぽい笑みを浮かべる。


「だったら、なんでまた買うんだよ」


まさか、遠野がお米券の処理に困っているとか?


「なんでって・・・」


指を口にあてて、うーん、と唸る。


「お米は、新鮮な方が美味しいですよね」
「・・・・・・」


・・・斬新な理由だった。

 

・・・・・・。

・・・。

 


「っと、これで全部だな」


車のトランクに、米袋をすべて乗せ終える。


「どうも、ありがとうございました」


深々とお辞儀をされる。


「まあ、気にするな。 知らない仲じゃないからな」


米袋の重さに痺れた手を叩きながら答える。


「じゃあな。 俺はもう行くぞ」


くるりと遠野の母親に背を向ける。


「娘さんによろしくな」
「え・・・」
「・・・・・・」
「あっ、ちょ、ちょっと・・・」


中越しに、なにかを訪ねたそうな声が聞こえるが、あえて無視をしてその場を離れた。

まさか、遠野と家族ぐるみのつき合いになるわけにはいなかい。

そんなものは、面倒なだけだ。


(って、俺に家族はないけどな・・・)

 

・・・・・・。

・・・。


 

青空の下。

俺は、再び町を散策することにした。

 

・・・・・・。


・・・。


一時間後・・・。



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校門前。

学校の中からは、夏休みには似つかわしくないほど多くの声が聞こえてくる。


キーーーンコーーンカーーーン・・・


チャイムが、大きな音で鳴り響いた。

そして、しばらくして、校舎の中から、多くの学生たちが校門に向かって歩いてくるのが見えた。

俺は、その中からこちらへ向かってゆっくりと歩いてくる少女の姿を見つけた。


「よお」


右手を小さくあげながら、声をかけた。

 

 

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「・・・こんにちは」


いつものように、遠野はぺこりと頭を垂れた。


「・・・どうされたんですか・・・こんなところで」


小首を傾げながら、俺を見つめる。


「いや、べつにどうもしないぞ。
ただ、なんとなくぶらぶらしてただけだ」
「・・・・・・・・・お散歩?」
「まあ、そんなところだ」
「・・・お暇?」
「かなりな」
「・・・そう・・・」
「おまえは、忙しそうだな」
「・・・そんなことないですよ。
・・・私も・・・お散歩を御一緒させてほしいくらいです」
「御一緒って、今から家に帰るんじゃないのか?」
「え・・・」
「きっと、母親がお米を炊いて待ってるぞ」


しかも、大量に・・・。


「・・・・・・・・・まだ・・・帰りませんよ」
「・・・ん? どうかしたのか」
「・・・あ・・・えっと・・・」


心なしか、遠野が慌てたような仕草を見せる。


「・・・私・・・これからみちるに会いに行こうと思ってたんですけど・・・」


取り繕うように言う。


「あいつなら、さっき武田商店で見かけたぞ」
「・・・武田商店?」
「一人お宝発見ツアーを開催中でな、声はかけなかった」
「・・・お宝?」
「ああ」
「・・・・・・・・・あ・・・なるほど」


ぽんっ、と手を打つ。


「・・・なにかおもしろそうなもの・・・拾っていましたか」
「どうだろうな。 ま、あんまり期待しない方がいいぞ」


どう考えても、辞書が面白いものだとは思えない。


――【ひゃっほーーーっ! 次はラ行でいってみよーーーっ!】


・・・そんな楽しみ方、嫌すぎる。

 


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「・・・・・・・・・今日は・・・何を見せてもらえるんでしょうね・・・」
「・・・・・・」


夢見る少女が、目の前にいた。


・・・・・・。

・・・。

 

駅前を目指して、陽射しの中を歩く。

結局、二人で散歩をする形になってしまった。


「・・・しかし、なんだってあいつはガラクタなんかを集めてるんだ」


俺は隣を歩く遠野に訊ねた。


「・・・あれは・・・みちるの趣味なんですよ」
「そりゃまた難儀な趣味だな」
「・・・そうですか?
・・・とても環境に優しい・・・良い趣味だと思いますよ」
「・・・確かに」


ものは言いようである。


・・・・・・。

 

「・・・もう来ているころだと思うんですけど・・・」


みちるの姿を探す。

沸き立つ陽炎の中。

セミの声が夏の空気に響き渡っていた。


「・・・あ・・・いました」


みちるの姿を見つける。

ベンチの上。

かき集めてきたガラクタの山に埋もれながら、満足そうな顔でみちるは小さな寝息を
たてていた。

ちなみに、寝相は最悪。

ベンチに上から落ちないのが奇跡とも思えるような格好で、へそをもろ出しにしながら、涎を垂らしていた。

 

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「・・・・・・かわいい」


恍惚の表情で、遠野が呟く。


「マジか・・・」
「・・・はい。
・・・できることなら・・・ずっと眺めていたいです」
「それはご自由にしてもらって結構だが・・・」
「・・・でも残念・・・がっくり」


肩を落とす。


「どうして、がっくりなんだ」
「・・・私・・・これから部活動があるんです」
「はぁ? 部活動って、たったいま学校から帰ってきたところじゃないか」
「・・・夏期講習でした・・・さっきまでは。
・・・天文部の活動は夜がメインなので・・・これからなんですよ」
「ふぅ~ん・・・」
「・・・本当は・・・空いた時間に少しでもみちると遊びたかったんですけど。
・・・でも・・・起こすのはかわいそうなので行きますね」
「そっか。 大忙しなんだな、天文部は」
「・・・はい・・・てんやわんやです」
「そらご苦労さん」
「・・・どういたしまして」


ぺこりと頭を垂れる。


「・・・では・・・私はもう行きますね」
「ああ。 がんばれよ」
「・・・はい・・・がんばっちゃいます・・・えっと・・・」


眠るみちるの髪を優しく撫でる。


「にゅふふ」



「・・・・・・・・・いってきます」


眠るみちるの頬に、口づけをする。


「んにゅ・・・」

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

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夜が訪れるまで、それほどの時間は要さなかった。

まばらに設置された外灯に、点々と明かりが灯されはじめる時間。

空を見上げれば、無数の星々の瞬き。

目に見えて、決して手の届かない輝き。

広い空で、誰もが孤独で・・・。


「・・・・・・」


不意に母親の言葉を思い出す。


・・・彼女の体はそこにあって、彼女はもうそこにはいない。

・・・ずっと、繰り返される悲劇の中にいる。

・・・それは悲しいこと。

・・・悲しいことだから。


・・・・・・。


流れる風を目で追いかけてみる。

流れ着くその先で、なにかが変わるかもしれないと、淡い期待を抱きながら。

でも、その先にはなにもなくて、なにも変わらない。

時間は流れてゆく。

だけど、変わることのできない時間。

いっそ止まることができたなら・・・。

流れることを忘れて、止まることができたなら・・・。

変われないことへの哀しみも、少しは安らぎを覚えることができるだろうか。

傷つき傷んだ心も、少しは癒やされるだろうか・・・。

俺はポケットの中をさぐり、遠野からもらった星の砂を取り出してみる。

小瓶の中でさらさらと流れる砂を天にかざし、西の空に僅かに残る赤い光を透かしてみる。

斜めに、真横に。

様々な角度に傾け、砂が流れる様を眺める。


「幸せ、か・・・」


・・・なにも答えは出ない。

出るはずがなかった。


「んにゅぅ~~~・・・」


俺の隣で寝息をたて続けていたみちるが、ようやく目を覚ます。

 

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「んににぃ・・・? なにしてんの、国崎往人


目を擦りながら、訊ねられる。


「うん? いや、少し星をな、観察してたんだ」
「んに? お星様?」
「ああ」
「ふ~ん・・・すごいねぇ・・・」
「なにがだ」
「んにゅ。 わかんなぁぁぁぁぁぅぃ」


言いながら、大きなあくびをする。


「んにっ?
あっ! 星の砂だっ!」


俺の手に握られた小瓶を見つけて、指さす。


「やらないぞ。 おまえも持ってるだろ」
「んにゅぅ~~~、ほしいなんていってないもん」
「・・・じゃあ、食うつもりなのか。
良い子だから、やめとけ。
あんまり美味くないと思うぞ」
「たべるかーーーっ!」


ずびっ!


「いてっ」


額に、寝起き一発ちるちるチョップをくらう。


「食わないのか・・・」
「みちるを妖怪たらふく小僧みたいにいうなっ」


・・・そんな妖怪、俺は知らない。


「みちるは、ひとのものをほしがるほど、ごうつくオヤジじゃないよ」
「そらそうだな」


こいつがオヤジだったら、かなりびっくりだ。


「でもねでもね、星の砂だったら、たくさんほしいかも」
「一個持ってりゃ、じゅうぶんだろ」
「んに? そっかな。
でも、いっぱいもってれば、いっぱいしあわせになれるよ」


嬉しそうに微笑む。

実に短絡的な考えだ。


「幸せってのは、いっぱいじゃないから良いんじゃないか」
「んにゅ? どういう意味?」
「さあな。
貴重なものほど、手にしたときに感動できるってことじゃないのか」
「んにゅぅ~、よくわかんない」
「だろうな。 俺にもよくわからん」
「にゃはは、国崎往人はあたまわるいねぇ」
「・・・・・・そうだな。 俺は馬鹿だ」
「んに?」
「・・・・・・」

 

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空を見上げる。

いくつもの星が、競うように夜の闇の中を輝いている。


「うんしょっと・・・」


俺の隣に、みちるが座る。


「にょわ~、今日もお星様がいっぱいだねぇ」
「そうだな」
「にゃははは、美凪がきっとよろこぶねえぇ」
「ああ」
美凪、どこいったの?」
「部活動とか言ってたぞ」
「んにゅ、そっか、ざんねん。

シャボン玉、いっしょにとばそうとおもってたのに」
「おまえはろくに飛ばせないだろ」
「んにゅぅ~、うるさいなぁ。
れんしゅうすれば、たくさんとばせるようになるよぉ」
「・・・そうだな。 がんばればな」
「うんっ」


大きく頷く。


「・・・・・・あのさぁ・・・国崎往人
「うん?」
「・・・えっとね・・・えっとぉ~・・・」


もじもじと胸の前で指を絡ませる。


「なんだよ。 なんでも言ってかまわないぞ」
「う、うん・・・。
えっとね、いまもってる星の砂、あるでしょ?」
「ああ」
「それ・・・ずっと大切にしてもらえるかなぁ」
「・・・どういう意味だ」
「んに? べつにすごい意味があるわけじゃないんだけど・・・。
美凪国崎往人にあげたプレゼントだから、大切にしてほしいんだよ」
「・・・・・・」
「にゃはは、そうすればね、きっと美凪もよろこぶとおもうんだぁ」
「・・・そうだな」
「うん。 美凪がよろこぶと、みちるもうれしい。 にゃはは」
「・・・・・・わかった。 大切にするな」


ぽむっ、とみちるの頭に手を乗せる。


「ほんとっ!?」
「ああ。
なにしろ、持っているだけで幸せになれる夢のようなアイテムだからな。
それをわざわざ手放す手はないだろ」
「にゃはは、そっかー。 そうだねー」
「・・・幸せに、なれるといいんだけどな」
「うん・・・・・・美凪は・・・美凪には・・・しあわせになってほしいよ・・・」
「え・・・」
「にゃはは。
んじゃあ、みちるは良い子だから、もうかえるね」


いそいそとベンチから立ち上がり、ぱたぱたと駆け出す。


「お、おい、待てよ」


手を伸ばす。

黄昏の向こう。


「ばいばーーーい」


振り返り、大きく手を振る少女の姿が遠かった。

夜のとばりに風が色をつけて、そこに夏の夜が生まれていた。


・・・なぜだろう。


俺は、消え去った少女の後ろ姿に、郷愁に似た感情を覚えた。


――『・・・美凪には・・・しあわせになってほしいよ・・・』


少女の言葉が耳を撫でる。


「・・・だから・・・どういう意味なんだよ」


呟いてはみたが、その声は誰の手にも触れることができなかった・・・。


・・・・・・。

・・・。