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ゲームまるごと文字起こし

AIR【18】

 

7月29日(土)

 

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朝。

いつものように夏の陽射しと空腹に目を覚ます。

あいかわらずセミの声。

今が朝なのか昼なのか、判断がつかない。

そんな時間。

微睡む時間が横たわっている。


・・・・・・。


朝食の準備をする。

飯盒を火にかけて、しばらく放置。

暇だった。

火の加減を調節しながら、暇つぶしにみちるが集めてきたガラクタの山を漁ってみる。


がらがらがら・・・。

古い国語辞典を発見する。

おそらくは、昨日みちるが遠野にあげるつもりでキープした辞書だろう。

それにしてもボロい。

ところどころページが破け、辞書としての機能も満足に果たせそうにない。

それでも、何気なしにいちおうページをめくってみる。

おもむろに、マ行を開いてみる。

ま、み、む、め、も。

やはり、男なら『も』を開くべし。

よって、俺はマ行の『も』で辞書を引く。


ぱらぱらぱら・・・


「ここだっ」


俺はぴたりとページを止めて、紙面に目を通した。


「なになに・・・」


もみあげ:頭髪が耳にそって細くはえ下がった部分。


「・・・・・・」


くいっと自分のもみあげを引っ張ってみる。


「痛い・・・」


ぱたん。


辞書を閉じる。

そろそろ米が炊きあがる時間だった。


・・・・・・

・・・

 

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朝食を食べ終わると、金を稼ぐために商店街へと出向く。

ハッカの匂いがする夏空を眺めながら道を歩いていると、その高さに目がくらみそうになった。


・・・・・・。

・・・。


「・・・・・・」


とことことこ・・・


「・・・・・・」


・・・とことことこ・・・


「・・・・・・」


とことことこ・・・


「うわぁ、すごいねぇ、おねえちゃん」
「うん。 糸も使ってないのに、どうやってうごいてるんだろうねぇ」


「・・・・・・」


俺は、無言で人形を動かし続けていた。

観客は、姉妹らしき幼い少女たち。


「あれ? お人形さん、こけちゃった」
「あはは、立った、立った」


二人の少女は、食い入るように人形の一挙手一投足を見つめている。

良い感じだ。

ひさびさの好感触。

このぶんだと、今日こそチップをせしめることができそうだった。


「ねえねえ、おにいちゃん」


より幼い方の少女に話しかけられる。


「このお人形さん、どうやってうごかしてるの?」


良い質問だ。


「これか。 これはな・・・」


人形を動かしながら、得意満面に俺は説明をはじめる。

とは言っても、どうやって説明すればいいものか。


「このお人形さんはな、じつは遠い国からきた妖精さんなんだ」


どうせ相手は子供。

適当にメルヘンチックなことを言っておけば、それで納得してもらえるだろ
う。

説明しながら、俺は人形にかわいくお辞儀をさせてみる。


「うわぁ、かわいいぃ」
「あはは、あくしゅして、あくしゅ」


きゃっきゃっと喜ばれる。

実に純粋なる少女たちだった。

嬉しくなる。


(やっぱ、子供はこうでなくちゃな)


俺は、もう少し少女たちの笑顔を見ていたくなって、いつもの倍のテンションで人形を動かし続けた。

そして、芸もいよいよクライマックス。

この町に来てからあみだした大技。

人形による、後方宙返り五回転半ひねり、スーパームーンサルトだ。

俺は、自らにいっそうの気合いを込めて、集中力を高める。

かといって、ここで人形の動きを止めてはならない。

あくまでも、自然な動きとして、一連の動作に組み込むことが基本だ。


とことことこ・・・


・・・とことことこ・・・


(よしっ! いまだっ!)


人形が、一瞬、ぐっと腰をかがめた。


「あっ、みてみて、あそこ。 正平君がきたよ」
「あぁ~、ほんとだぁ~」


びしゅるるるるぅぅぅぅ


人形が、かっこよく宙を舞った。


「やだなぁ・・・またイジワルされるのかなぁ」
「ううん、大丈夫。 お姉ちゃんが守ってあげるからね」
「ほんと?」
「うん。 まかせといて」
「あはは、おねえちゃんだいすきぃ~」


・・・ぼと。


「もう、あいかわらず甘えんぼさんなんだからぁ」
「あはは、ごめんなさ~い」


ぴくぴくぴく・・・がく。


「・・・・・・」


無視された人形は、着地を失敗して、無様に地面へと叩きつけられた。

そして、ぴくぴくと手足を痙攣させて、その動きを止めた。


(こ、こいつら・・・)


ほんの一瞬でも、この町の子供に気を許した自分が馬鹿みたいだった。

腹立たしい。

俺はやる気をなくして、人形を後ろポケットに突っ込み、立ち上がった。


「あれ? もうおわっちゃうの?」


背を向けたところで、声をかけられる。


「ああ。 妖精さんが、もう疲れたって言ってるからな」


言いながら、ポケットの中の人形に、手を振らせる。


「あはは、そっか。 残念だねぇ、おねえちゃん」
「うん。 もうちょっと見たかったなぁ」


人形に手を振り返しながら、少女たちが名残惜しそうに笑う。

その笑顔は、俺の立腹をおさめるには、じゅうぶんな輝きを放っていた。


「また今度な」


交互に二人の頭を撫でてやる。


「うん」
「じゃあ、いこっか」


姉が、妹の手を握る。

応えるように、妹が姉の手を強く握り返す。


「じゃあね、おにいちゃん。 ばいばい」
「ああ」


ぱたぱたと駆けていく姉妹の後ろ姿を見送る。

夏陽炎の中を、手を握りあった幼い姉妹が駆けていく。

仲睦まじいというのは、ああいうことを言うのだろう。

見ていて、悪い気はしない。

むしろ、安らぐような気持ちにさえなる。

そして、俺はこの感情の正体を知っていた。

ここ数日の間、ずっと見てきた光景の中に、それはあったから・・・。


「・・・さてと。 俺も行くか」


踵を返し、歩きはじめる。

なんとなく、彼女たちに会いたくなった。


「はっ!? っていうか、ただ働きだっ」


気づくのが遅かった。


・・・・・・。

・・・。

 


駅前に帰り着くと、むせかえる陽炎のむこうに、見知った顔が見えた。

 

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「・・・・・・」


遠野だった。

遠野はベンチに腰掛け、読書をしていた。

集中しているのだろうか。

端から見ていると、人形なのではないかと思えるくらい、身動き一つせずに文字を目で追っていた。

時折、本に添えられた細い指先だけが、彼女が人であることを証明するかのように、微かな動きをみせた。

一方、その横では・・・。

 

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「ぱくぱくぱくっ」


ベンチの上に広げたランチボックスの中身を、幸せそうに貪っているガキが一匹。


「ぱくぱくぱくっ」


貪っているものは、おそらくサンドイッチという代物だろう。

はち切れんばかりにサンドイッチが詰め込まれたみちるの口もとからは、ぼろぼろとパン屑がこぼれている。


「ぱくぱくぱくっ」


ぼろぼろぼろ。


「ぱくぱくぱくっ」


ぼろぼろぼろ。


「ぱくぱくぱくっ」


ぼろぼろぼろ。


(さもしい奴・・・)


俺は遠野に視線をうつした。


「・・・・・・」


遠野は相変わらずの表情で本を読み続け、隣で炸裂している食事風景を咎める雰囲気は微塵も見せない。

むしろ、微笑ましさに内心ご満悦といった感じだ。


「・・・なにやってるんだ、おまえら」


声をかけた。


「・・・あ・・・国崎さん・・・おかえりなさい」


視線を上げて、座りながらぺこりと頭を垂れる。


「ふあーーー、ふぁふぃふぃふぃふぃふぁふぉふぉーーー」


みちるは口の中一杯にサンドイッチを詰め込みながら、通訳不可能な奇声を発する。


「うるさい。 喋るなら、飲み込んでからにしろ」
「ふ・・・ふぁふぁっふぁ・・・」


もぐもぐ・・・もぐもぐ・・・

もぐもぐ・・・もぐもぐ・・・


・・・ごっくん。


「あぐ・・・ごひひょうしゃまでひた」


食べ終えたみちるは、口周りを見事に汚しつつ、律儀に手を合わせる。


「・・・おそまつさまでした」


遠野はポケットから取り出した白いハンカチをみちるに手渡す。


「へへっ・・・美味しかったよ美凪
「・・・そう?
・・・じゃあ・・・次はもっと美味しいものを持ってくる」
「ほんとっ!?」
「・・・うん・・・なにか食べたいものある?」
「えっとね、えっとね、みちるはでーっかい『はんばーぐ』がいいな」


両手を大きく広げる。

あの手は、どうやら『はんばーぐ』の大きさを示しているらしい。

ちなみに、そんなにでかい『はんばーぐ』を俺は見たことがない。


「・・・はい・・・かしこまりました」


(かしこまるなよ・・・)


「あ・・・でも、『ぱえりあ』も捨てがたいかも・・・」


ぽつりと呟く。


「・・・『ぱえりあ』?」
「うんっ」
「・・・・・・・・・みちる」
「なに?」
「・・・『ぱえりあ』って・・・どんなお料理か知ってる?」
「え・・・」
「・・・『ぱえりあ』」
「あ・・・」
「・・・・・・」
「そういえば・・・みちる『ぱえりあ』知らないや。 にゃはは」
「・・・残念でした」


「なにが、残念でした、だっ。 このボケボケコンビっ」


「え・・・」
「あ~・・・なにぃ・・・あんた、まだいたのぉ・・・」


「いたら悪いのか」


「・・・いいえ・・・そんなこと・・・」


「わるい」


ぽかっ

 

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「にゅぅ~~~・・・」
「挨拶代わりだ」
「うぅ・・・そんな挨拶いらないよぉ・・・」


「・・・・・・・・・国崎さん」
「なんだ」
「・・・国崎さんは・・・なにが食べたいですか」
「はぁ?」
「・・・つくってきます・・・国崎さんの分も」


俺とみちるのやりとりなど、まったく意に介していないらしい。

遠野は、静かにランチボックスを片付けながら言う。


「おい」
「・・・はい?」
「誰が弁当の話をしてる」
「・・・え・・・違うんですか」
「違う」
「・・・そう・・・残念・・・・・・じゃあ・・・いらない?」
「・・・・・・いる」


当然だ。


「・・・わかりました」


・・・・・・。

・・・。

 


「わぷっ。 んにゅぅ~・・・」
「・・・やったな。 これで10連破達成だ」


本日二桁10回目の失敗を終えた少女を、俺は優しく祝福した。


「う、うっさいなぁ。 次はちゃんとできるんだからっ」


ごしごしと顔に飛び散った水滴を払う。


「ちなみに、それを聞くのも10回目」
「うぐぐ・・・」


・・・・・・。


「ふぅ~~~・・・」


ぱちんっ


「わぷぷっ」
「11回目」
「んにゅぅ~~~・・・」

 

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「・・・みちる」


見るに耐えかねたのか、遠野がみちるに声をかけた。


「んに?」
「・・・それ・・・貸して」
「え・・・それって、これ?」


みちるは、手にしているシャボン玉セットを、ひょいと上に掲げる。


「・・・うん」


「なんだ。 お前がやるのか」
「・・・はい」
「だそうだ。 おまえはもう用無しだな」


「うぅ・・・美凪ぃ・・・」
「・・・あ・・・べつにそういう意味じゃないです。
ただ・・・少しお手本を見せるだけ・・・私・・・得意だから」


「ほぉ・・・やけに自身満々だな」
「・・・えっへん」


ひかえめに胸をそらす。


「・・・みちる」
「んに・・・」


みちるは、遠野の隣で死んだ目をしてうなだれている。


「・・・見ててね。
こうすれば・・・うまくつくれるから・・・シャボン玉」

 

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「ふぅ~・・・」


遠野は口に含んだストローに向かって、ゆっくりと息を吹いた。

ストローの先でゆっくりと虹色の色彩を回転させながら、シャボン玉は徐々にその大きさを増していく。


くるくる・・・くるくる・・・


虹色の色彩は、止まることなく、無限の変化を繰り返す。


「おぉ~・・・」


シャボンの膨らみゆく様を凝視しながら、みちるは感嘆の声をもらした。

その感嘆に呼応するかのように、一つめのシャボン玉が、静かにストローの先をはなれる。


「おぉぉ~~・・・」


遠野はすかさず二つめのシャボンを膨らます。


「ふぅ~・・・」


一つめの後を追うように、二つめのシャボン玉が、ふわりと空へ解き放たれる。


「おおぉぉ~~~・・・」


・・・三つめ・・・四つめ・・・。


遠野は次々とシャボン玉を生み出す。

生まれたシャボン玉は、連なるように空で舞う、踊る。

虹色が空の青と重なり、漂い、漂い、弾けて、消える。


「おおおぉぉ~~~~」


みちるは、それらのシャボン玉を目で追いかけながら、感嘆の声をもらし続けた。


そして、幾個にも増えたシャボン玉のうち、目の前にはぐれ漂ってきた一つを軽く指でつついた。


「つんつん」


ぱちんっ


「わぷっ」


無論、割れた。


「んにゅぅ~~~・・・」


少女には、学習能力がなかった。


「・・・おまえ、毎日が楽しいだろ」
「うぅ・・・楽しくないぃ・・・」



「・・・はい・・・ハンカチ」



遠野はポケットから柄の入ったハンカチを取り出して、みちるに手渡す。


「んにゅ・・・ありがと」


ごしごし・・・ごしごし・・・


「ぷひぃ・・・。
それにしても、美凪は相変わらず上手だねぇ」


関心しきりな様子で、うんうんと頷きながら言う。


「・・・そう?」
「うんっ。 いっぱいいっぱい飛んでいったもんね。 ほわ~、って」


シャボン玉の形態模写でもしているつもりなのだろうか。

言いながら、みちる自身もゆらゆらと妖しくゆれる。


「・・・ほわ~って?」


みちるに習い、なぜか遠野もゆらゆらとゆれる。

実に異様な光景だった。


「そうっ。 ほわ~、ほわ~、って」


ゆらゆらゆら。


「・・・ほわ~、ほわ~、って?」


ゆらゆらゆら。


「ほわ~、ほわ~、だよ」


ゆらゆらゆらゆら。


「・・・ほわ~、ほわ~・・・」


ゆらゆらゆらゆら。


「ほわー、ほわー」


ゆらゆらゆらゆらゆら。


「・・・ほわー、ほわー・・・」


ゆらゆらゆらゆらゆらゆら。


ゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆら。


「・・・酔拳使いか、おまえらは」


「あぁーっ、あんた、なにひとり素の顔でみてんのよーっ」


妖しくゆれながら、みちるは傍観する俺に向けて人指し指を突きつけた。


「あんたもやるのっ、ほらっ」


ゆらゆらゆら。


「絶対に断る」
「にゅぅ~・・・つまんないやつぅ」
「悪かったな」


まったく・・・。

あまりにくだらなさすぎて、怒る気にもならない。


「ねえ、美凪ぃ。 ノリわるいよ、国崎往人は」
「・・・そう?」


ゆらゆらゆら。


「・・・おまえも、いつまでゆれてるんだ」
「・・・え・・・もうお終いですか?」
「ああ、お終いだ」
「・・・そうですか・・・少し残念」


よほど、この妖しい動きが気に入っていたのか。

遠野は、名残惜しそうに妖しい動きを止めた。


「はぁ・・・」


改めて思う。

やっぱり、こいつらはどこかおかしい。


・・・・・・。

・・・。


 

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「・・・それじゃあ、そろそろ・・・」


陽が西の山に沈みきったころ、遠野がゆっくりと腰を上げた。


「んにゅ? あ、そういえば、もうこんな時間だね」


もはやなにも入っていないランチボックスを、物足りなげに箸でグサグサつつきながら空を見上げる。

夜の帳は、静かに瞬きを見せていた。


「んにゅ?」
「どうした?」
「むこうの方で、なにか光ったよ?」
「光った・・・?」
「うん、あっち」


そう言って、東の方を指差す。

それとほぼ同時に、どーん・・・と音がした。

やけに遠いが響き渡るような音だ。

しかし、みちるの指差す方向にはなにもない。


「・・・??」


眉をひそめながら首をかしげる


「べつに何も・・・」


と言いかけた時・・・。

 

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「あ・・・」
「・・・?」


みちるがまた声を上げた。

すかさず、先程の方向に視線をやる。


「おおぉ・・・」


闇の帳の中、遠くだが光の花が弾けていた。

そして、やや遅れて音がする。

 

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「・・・花火」


遠野が同じ方を見つめながら、呟いた。


「・・・今日は・・・隣町で花火大会があるんです」
「花火か」


「おおぉぉ、花火ぃー」


みちるが興奮しはじめた。


美凪ー、花火だよー。 見にいこうよー」
「・・・今からだと・・・もう間に合わないから」


服の袖を引っ張りながらせがむみちるに、困った顔をする。


「・・・ここからでも少しは見えるから。
・・・今日はここで我慢しよ・・・ね?」
「うにゅ~・・・残念・・・」


みちるは少し肩を落としながら、それでもじっと花火の上がる空を見つめていた。


「花火か・・・そんな面白いものか?
一瞬で弾けて消えてって、見ていて虚しくなるだけだろ?」
「人が楽しんでる横で、むかつくことをいうなー!」


ずむっ!


「ぐはっ」


体重の乗ったつま先が、みぞおちにめり込む。

たまらず膝をついた。


「こ・・・このガキ・・・」


「綺麗だねー、美凪
「・・・うん」


「・・・・・・」


花火を見つめる二人にとって、すでに俺は部外者だった・・・。

仕方ないので、俺も黙って花火を見ることにする。


どーーん・・・。


ぱぱぱぱーん・・・。


どぱーん・・・。


「・・・・・・」


音がずれて聞こえてくるのに、多少違和感を覚えるが、じっくり見てみるとそう悪い物じゃない。

一瞬の美と、後に残る静寂・・・。

閑静に美を感じることが日本人の心と言うが・・・。


「・・・・・・あれ一発で、いくらの金を散らしているんだろう・・・」


どごっ!


「ぐはっ」



「ふんいきぶちこわすようなことを言うなー!」



二発目の蹴りが、再びみぞおちに深くめり込んだ。


・・・・・・。

・・・。



花火も終わり、空に静けさが戻る。


「あー、きれいだったー」


みちるご満悦。

 

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「・・・・・・」


遠野はうっとりしている・・・。


「んじゃ、みちるももう帰るね」
「そうだな、もうすっかり暗いしな」


美凪もはやく帰んなきゃね」
「・・・うん」


「なんだ。 なにかあるのか?」
「・・・はい・・・明日はちょっと用事がありますので」
「用事?」
「・・・はい」


申し訳なさそうにうつむく。


「そっか。 いろいろと大変だな」
「・・・大変?」
「ああ」
「・・・そう・・・・・・そうですね・・・大変です」


寂しげな瞳で呟くように言う。


「どうかしたのか」
「・・・いいえ・・・べつに」
「?」



「にゅひひひ~」
「なんだ気持ち悪いな・・・」
美凪はね、あした、でーとなんだよ」
「ほう・・・」
「でーとだよでーとぉ」
「しつこいぞ」
「むぅ・・・なによぉ」
「なんだよ」
「むぅぅ~・・・」
「・・・・・・」
「えいっ!」


しゅびっ!


さっ!


俺は、飛んできたちるちるキックをしなやかにかわした。


「そんな蹴りを何度も食らってたまるか」
「うぐぐ・・・」


「・・・あの・・・」
「なんだ」
「・・・・・・・・・気にしてくださらないのですか?」
「なにをだ」
「私・・・いちおうでーとなんですけど・・・」
「ん? ああ・・・」


なんとこたえるべきだろうか。


「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」


・・・・・・。


「・・・? ・・・どうしたんですか?」
「・・・別に・・・」
「・・・?」
「・・・・・・あした、でーとなんだろ・・・行けばいいじゃないか」


俺は遠野から視線を逸らしながら言い放つ。


「・・・・・・はい・・・」


遠野の声がひどく寂しい物に聞こえた。

その声に、胸がチリ・・・と痛んだ気がした。


「んにゅ~?」
「・・・・・・」
国崎往人~?」
「なんだよ・・・?」
「・・・・・・」
「・・・?」
「・・・・・・ひょっとして、しっとしてるの?」
「んなっ・・・! なにいいやがるこのガキっ!」


なんで、そんな言葉を知ってるんだ。


「え・・・」



「うわ~、国崎往人、顔まっかだー」

「なっ・・・んなわけねぇだろ!」


そう言いながら、顔を押さえる俺。

掌に感じる熱さが、更に俺を動揺させた。


「べ、別に遠野が・・・だ、誰とでーとしようが俺には・・・か・・・関係ない」
「んにゅ~、声がうわずってるよー」
「くっ・・・」


苦し紛れに拳を振るい上げる。


が・・・。


すか・・・。


「はっずれ~、べろべろべ~だ!」


俺の拳は、悲しく空を切るだけだった。


美凪ー、こんなやつほっといていこう」


みちるはそう言って、遠野の背中を押した。


「・・・あ・・・うん・・・」


俺は何とも言えず、空振った拳を見つめた。


「あの・・・国崎さん・・・」
「・・・ん?」

 

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「・・・・・・・・・ごきげんよう


遠野が微かにだが、頬を染めながら笑ったような気がした。


「ああ」


俺は軽く手を上げ、挨拶を返す。

そして二人の背中を見送った。


・・・・・・。

・・・。

 



7月30日(日)

 

 

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目覚めは悪くなかった。

曇っているわけじゃないが、陽射しが心なしか柔らかいような気がした。

風の匂いが、どこか懐かしかった。


・・・・・・。


火をたいて、朝食の準備をする。

いい加減、米だけの食事というにのも飽きてはいたが、致し方ない。

栄養の偏りも気にはなるが、今はまだ許容範囲。

いざとなれば、そこいらの食えそうな草や木の実をおかずにすればいい。


(気がつけば野生に返ってるかもな、俺・・・)


野山を駆け回る自分の姿を想像してみる。


(・・・・・・おぉ)


ワイルドな人形使いってのも悪くないかもしれない。


・・・・・・。


しばらくして米が炊ける。

飯盒で炊きはじめた当初は水加減に不満があったものの、回数を重ねるごとに手慣れてきている。

今朝は、見た感じ、これまでで最高の炊き加減だった。

嬉しい。

俺は、飯盒を手に取り、ベンチに腰掛ける。

金物である飯盒はまだ熱いので、手で持つ際にタオルで包む。


「さて。 いただくか」



「こらーーーっ! 国崎往人ーーーっ!」
「のわっ!」


がっしゃーんっ!


突然の大声に、俺は飯盒の中身を地面にぶちまけた。

 

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「あ・・・」
「・・・・・・」


しばし呆然。


「にゃ、にゃはは・・・ご、ごめん・・・」


申し訳なさそうに、みちるはぽりぽりと頭を掻く。


「・・・・・・」
「あ、まだ、ぜんぶこぼれたわけじゃないよ」
「・・・・・・」
「ちょ、ちょびっともったいないけど、アリさんとかがよろこんでくれるよ」
「・・・・・・」
「んにっ! 男の子がこれぐらいでくよくよしたらダメっ!」


ぽんぽんっ、と肩を叩かれる。


「・・・・・・」

 

ぽかっ。



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「にょめっ」

 

ぽかぽかぽかぽかぽか。


「にょめにょめにょめにょめにょめ」


無言のままに、俺はみちるの前頭部を拳で叩き続けた。


・・・・・・。


もう一度米を炊き直し、ベンチに腰掛けながら朝食をとる。


「んにゅぅ~~~」


隣には、涙目になりながら額をさするみちるがいる。


「くそっ、水加減を間違えた」


冷静さを失っていたのであろう。

米は、先ほどの会心の出来とは違い、余計な水分を含んでいた。


「にょわ~、お米べとべとになってるねぇ」
「誰のせいだ」
「んに・・・みちるのせい・・・」


いちおうは反省しているようである。


「ったく・・・」


ぽりぽりと頭を掻く。

隣でそんな顔をされては、せっかくの朝食が不味くなりそうだ。


「おまえも食うか」
「んに? なにを?」
「米に決まってるだろ。
ま、いらないなら、べつにいいけどな」


食べはじめる。


「あっ、みちるもたべるぅ~」
「そっか。 じゃあ、これを使え」


なぜか駅舎の中に保管してあった割り箸を手渡す。


「んに。 いただきま~す。 ぱくぱくぱく」


嬉しそうに、米をがっつきはじめる。


「こら。 そんなに慌てて食うなよ。 喉につっかえるぞ」
「はぁ~~~い。 ぱくぱくぱく・・・ぱくぱくぱく」


陽射しの中。

二人で飯盒をつつく。

おかずはない。

ガキと二人で米のみの会食。

端から見たら、俺たちは何者に見えるだろうか・・・。


・・・・・・。

・・・。

 

「・・・ねぇ、国崎往人・・・」


朝食を食べ終え、飯盒を水洗いしていると、後ろからみちるに話しかけられた。


「今日ね、美凪はこられないんだよ」
「・・・・・・知ってる」


ごしごしと飯盒を指で擦りながら、振り返ることなく応える。


「んに? そなの?」
「昨日、聞いたからな」
「にゃはは。 そういえば、そうだったねぇ」


水道を止め、飯盒を上下に振って、水を切る。

飛び散る水しぶきが陽射しを受けて、なかなか綺麗なものだった。


美凪はね、でーとなんだよ、でーと」
「そら美味しそうだな」
「んに? おいしいの?」
「さあな。 食べたことないから、俺は知らない」
「んに・・・そっか、残念。
って、ちがーーーうっ」


ずびっ!


「いてっ」


「でーとは食べ物じゃないよ」
「・・・知ってる」
「しってるなら言うなーーーっ」

 

ぽかっ。

 

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「にゅぅ~~~・・・」
「うるさいぞ。 少し静かにしろ」
「うぅ・・・。 でもでも、気にならないの、国崎往人は」
「なにがだ」
美凪のでーと」
「・・・・・・べつに」
「んに~、そんなてれちゃって~」
「てれてない」


飯盒を適当な場所において、みちるの隣に腰掛ける。


「んにゅぅ~~~。 国崎往人美凪にふられたんだから、もっとくやしがらないとダメだよ」
「ふられた?」
「うんっ」
「そりゃ初耳だな」
「にゃはは。 んじゃあ、きいたんだから落ち込め」
「はいはい。 がっくり」


適当に落ち込む振りをしておく。


「んにゅぅ~・・・。 なんかてきとうだぁ~」


もろバレだった。


「じゃあ、どうしろっていうんだよ」
「んに? そんなの決まってるよ。
美凪にふられたんだから、さっさとこの町をでていかないとね」


笑顔でとんでもないことを言う。


「そうしたいのは山々なんだがな。 先立つものがないんだ」
「さきだつ? なにそれ?」
「金」


右手の親指と人指し指でわっかをつくる。


「にゃはは、そっか。 国崎往人はびんぼーだった」


笑顔でとんでもないことを言う。


「おまえに言われたかねぇ」


『金』と『かねぇ』をかけてみた。


「んにゅぅ~、どういう意味よぉ~」
「さあな」
「んにゅんにゅぅ~~~、なんか、みちるのことバカにしてる~~~」
「いや、そんなことはないぞ」
「うそだっ。 ぜったい、みちるもびんぼーだとおもってるんだっ」
「おぉ、すごいじゃないか。 よくわかったな」
「ふっふーん、あたりまえだよ。
みちるは、こうみえてもひとの心がよめるんだからね」


得意げに胸を反らす。


「はいはい。 そらびっくりだな」
「んにゅ。 しんじてないな」
「正解」
「むぅぅ・・・。
ふんだっ。 そんなこというなら、お金のかせぎかた、おしえてやんない」
「っ!?」


きゅぴーん!と音が出るほどの目つきで、みちるを見る。


「・・・金の稼ぎ方?」
「あぁ~あ。 せぇーっかくおしえてあげようとおもってたのになー」
「・・・・・・」
「ぜったいにお金がてにはいる、いい方法なんだけどなー」
「・・・・・・」
「でもでも、しょーがないよねー。
本人がおしえてもらえなくてもいいっていってるんだからー」
「・・・・・・・・・おしえてください」


丁寧にお辞儀をした。


「んに?」
「・・・・・・」
「にゃはは。 そんなにおしえてほしい?」
「・・・ああ。 すごくな」
「んじゃあ、おしえてくださいみちるさまって言え」
「・・・・・・さてと。 出かけるか」


腰を上げる。


「にょわっ、うそうそ。 おしえてあげるよ」


腕を引っ張られる。


「・・・おまえな。 教えたいんなら、初めから言えよ」
「にゃはは。ごめん」
「ったく・・・」


頭を掻きながら、再びベンチに腰を下ろす。


「で?」
「うんっ。 あのねあのね・・・」


・・・・・・。

・・・。



「・・・・・・」


ごそごそごそ。


「・・・・・・」


ごそごそごそ。


「あったー?」
「・・・・・・いや」


ごそごそごそ。


「んにゅぅ~。 おかしーなー。 いつもはかんたんにみつかるんだけど」
「・・・・・・」


陽射しに熱されたアスファルトにはいつくばり、俺とみちるは自動販売機の下を漁っていた。

絶対に金が手に入る方法。

これが、それらしかった。


「・・・・・・」


ごそごそごそ。


・・・ごそごそごそ。


「みつかったー?」
「・・・いや」


ごそごそごそ。


・・・ごそごそごそ。


「こっちにはないよー」
「・・・・・・」


ごそごそごそ。


・・・ごそごそごそ。


「・・・・・・」


ごそ・・・


「って、やってられるかーーーっ!!!」


キレた。

 

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「にょわっ! すっかりたまげたっ!」
「なんで俺がこんな真似しなきゃならないんだーーーっ!」


がんっ! がんっ!


自動販売機に蹴りを入れる。


「にょわわっ、こ、こわれるっ。
というか、むしろこわれたというべきかっ」
「なんでやねんっ! なんでやねーーーんっ!!」


ばしっ! ばしっ!


今度は裏拳だ。

手が赤くなることも構わず、ばしばしとツッコミまくる。

我ながら、大した破壊力だ。

自動販売機の表面は、みるみるうちにボコボコになっていった。


「こらーーっ! なにやってるんだーーーっ!」


店の奥から、店主らしき人物が、血相を変えて飛び出してくる。


「にょわっ! やばいっ! にげろーーーっ!」


みちるが俺の腕を引っ張りながら駆け出す。


「待てーーーっ」


店主がものすごいスピードで追いかけてきた。


「にょわーーーっ」


負けじと、みちるは両足を高速回転させる。


「なんでやねーーーーーーんっ」


そして、走りながらも、俺の裏拳は空気を切り裂き続けた。


・・・・・・・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

 


俺たちは追ってを逃れ、町はずれの神社まで走り着いた。

四方を囲む木立からはセミの鳴き声。

でも、空に近いはずのこの場所は、町中よりもなぜか空気が冷たく感じられた。

 

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「・・・んにぃ・・・つかれたぁ・・・」


石畳の上にぺたりと座り込みながら、みちるは肩で息をしていた。


「・・・すまん。 思わず取り乱してしまった」


素直に詫びを入れる。


「にゃはは。 いいよ、おもしろかったから」


みちるは、笑って許してくれた。

おもしろければオッケーというあたりが、子供らしくて好感を覚える。


「それにしても、ここ、涼しくていい場所だねぇ」
「ん? ああ、そうだな」


境内を見渡す。

ひとけのない静けさが、辺りを包んでいた。

音はあった。

セミの鳴き声は、うるさいぐらいに響き渡っていた。

でも、静かだった。

空気は、どこまでも澄んで、穏やかだった。


「ねえねえ、国崎往人


みちるが俺の服を引っ張る。


「あれ、へんてこりんなおうちだねぇ」


指さしたのは、境内の奥に鎮座する古い社だった。


「はぁ? なに言ってるんだ、おまえ。 社ぐらい、知ってるだろ」
「んに? やしろ? なにそれ?」
「おまえ、社も知らないのか?」
「うんっ。 ぜんぜんしらない。 にゃはは」
「にゃはは、って、おまえなぁ・・・」


ため息がもれる。

昨今のガキは、そんなことも知らないのだろうか。


「いいか。 社ってのはな、神様が祀ってあるんだよ」
「んに? かみさま?」
「ああ。 言ってみれば、神様の家ってとこだな」
「かみさまって、お空にいるかみさまのこと?」
「ん・・・たぶんな」
「んにに? なんでお空にいるかみさまのおうちが、ここにあるの?」
「そんなことは知らない。
だいいち、神様が空にいるって決まりはないぞ」


そう。

そんな決まりはない。

空にいるのは・・・。

この青い空にいるのは、神様なんかじゃなくて・・・。


「でもでも、かみさまはお空にいるんだよ」
「そうなのか。 そらすごいな」


『空』と『そら』をかけてみた。


「うんっ。
かみさまはね、いつもお空にいて、みちるたちを見守ってくれてるんだよ」
「そら結構なことだな」


気づいてないようなので、もう一度言ってみる。


「うんっ。 けっこーなことだ。 にゃはは」
「わっはっは」


笑うしかなかった。


「んにっ!?」


みちるが何かを見つける。


「ねえねえ、あれみて、あれ」


袖を引っ張られる。


「こら、伸びるから引っ張るなって」
「ネコだよ、ほら。 親子ネコ」


社の横の日陰に、親子らしきネコが2匹。

母ネコは、俺たちを警戒しつつも、距離があるせいか、やめることなく子ネコに乳を飲ませ続けていた。


「別に、珍しかないだろ。 あんなもの」
「珍しいよ。
だって、みちる、初めてみるもん。 親子のネコなんて」
「・・・マジか」
「うんっ」
「ずいぶん安穏な人生を歩んできたんだな・・・おまえは」


いったい、どんな生活をしてきたのだろうか。


(まさか・・・箱入り? って、そんなわけないよな)


世の中は、個人の常識ですべてをはかることなどできないということの良い例かもしれない。


「・・・で、あのネコをどうするつもりだ」
「んに? どうするって、なにが?」
「悪いが、俺はネコネコ観察日記につきあえるほど暇じゃないぞ」
「にゃはは。 おもしろそうだけど、みちるはそんなのつけないよ」
「違うのか?」
「うん」
「そっか・・・」


ガキが夏休みに動物と触れ合うのは悪くないと思うのだが・・・。


「そんなことよりさ、あの子ネコ、気持ちよさそうだねえ」
「ああ。 そうだな」


満足したのだろうか。

乳を飲み終えた子ネコは、お腹を大きくふくらましたまま、母ネコの横で気持ちよさそうに眠っていた。

母ネコは、眠る子ネコの背中を愛おしげに舐め続けている。

 

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「やっぱりさぁ・・・」
「うん?」
「おかあさんって・・・あったかいのかな・・・」
「え・・・」
「んに・・・」
「・・・どうしたんだ、急に。
暖かいかどうかなんて、家に帰ってから確かめればいいだろ」
「んに・・・そだね」
「?」
「・・・・・・」


(ああ・・・そうか・・・)


みちるの様子に、俺はふと思い至る。


「おまえ・・・もしかして母親が・・・」
「んに? そんなことないよ。
おかあさんは、ちゃんといるよ。 みちるにだって」


笑顔をつくりながら言う。


「そうか」
「うん・・・ちゃんといるよ・・・」
「・・・・・・」


みちるの笑顔が、どこか空々しく見えて、俺はみちるに触れてやりたくなった。

ぽんっ、とみちるの頭に手を乗せる。


「にゃはは」


少しだけ、いつもの笑顔に戻る。


「んじゃあ、そろそろかえろっか。
もしかしたら、美凪がかえってきてるかもしれないよ」
「だと良いな」
「うんっ」


・・・・・・。

 

・・・・・・町への帰路を辿った。

途中、農道に架かった橋の上で立ち止まり、流れる川を二人で見つめた。

陽射しにきらきらと輝く水面が、瞬きをするたびにその姿を変えて、とても綺麗だった。


・・・・・・

・・・



ダラけはじめた午後の陽射しの中。

商店街には人影もなく、閑散としていた。

幾つかの店先では、暇を玩ぶかのように打ち水が繰り返されていた。

水をまかれたアスファルトは、一瞬だけその色を変えたかと思うと、すぐに乾いた色に戻っていった。

 

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「んにに?」


隣を歩いていたみちるが、何かを見つけて、不意に立ち止まった。


「ん? トイレか」


がすっ!


「ぐはっ」


脊髄に、ムエタイ式ちるちるキックをくらう。


「ちがうよ。 あそこ」


前方を指さす。

陽炎にゆらめく風景の深淵。

 

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遠野がいた。

隣には、日傘を差した年輩の女性。

後ろ姿から察するに、あれは遠野の母親だろう。

二人は眩しい照り返しの中、肩を並べながらゆっくりと歩いていた。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


なにやら親しげに会話をしている。

でも、距離が離れているため、何を話しているのかは聞こえなかった。


「・・・・・・」


どことなく違和感を覚える光景だった。

遠野が、みちる以外の女性と話をしている。

母性を秘めた眼差しでみちるを見つめる時とは違う、初めて見る眼差し。

それは、不思議な感覚だった。

寂しささえ覚える、言い知れない感覚だった。


「おまえ、隣にいるひと、誰か知ってるか」


俺は、興味本位でみちるに訊いてみた。


「んに・・・」
「ん?」


みちるは、俺の服をぎゅっと握りしめながら二人の姿を眺め、複雑な表情を見せていた。

そして、俺の後ろにさっと身を隠す。


「・・・どうした」


いつもとは違うその雰囲気に、俺は声をひそめながら訪ねた。


「・・・ううん・・・なんでもないよ。 にゃはは」


取り繕うように、小さな笑顔を見せる。


「・・・うん・・・なんでもない・・・」
「みちる・・・?」


何でもないはずはなかった。

あの二人を見つめるみちるの態度は、明らかにおかしい。

悲しげに、寂しげに。

そして、愛おしげに二人の姿を眺める遠い眼差し。

それは、どこかで見たことのある瞳。

身に覚えのある瞳だった。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


幾つかの時を経て、母親は遠野と別れ、商店街の出口へと向かって歩いていった。

遠野の後ろ姿が、その女性を見送る。


「・・・美凪・・・」


俺の後ろに隠れながら、みちるが呟く。


美凪・・・さみしそうだね・・・」
「え・・・」


みちるの呟きに、俺は遠野を見た。


「・・・・・・」


どうしてだかはわからない。

陽炎の向こうでゆれる遠野の姿が、とても哀しく見えた。

瞬きをひとつするだけで消えていなくなりそうな、そんな儚さが少女をみたしていた。

誰にも見えない。

そこには誰もいないかのような、夏の空気。


「・・・やっぱり・・・このままじゃ遠いよ・・・」
「遠い・・・」
「うん。
ねえ、国崎往人。 美凪をよんであげて。
ひとりは・・・きっとさびしいとおもうから・・・」
「・・・・・・」
「・・・そうだな。 そうしよう」


みちるの切実な声に、俺はそう答えた。


「うん・・・おねがい・・・」


・・・。


「遠野っ」


みちるの願いどおり、その名を呼ぶ。

でも、たとえみちるに頼まれなくても、俺は遠野を呼んでいたと思う。

彼女の様子に、今呼ばなければ、そのまま手の届かないどこかへ行ってしまいそうな、そんな気がしたから。


「・・・?」


ゆっくりと遠野がこちらを向く。

俺は、軽く右手をあげる。


「・・・こんにちは・・・国崎さん」


たおやかに歩み寄り、ぺこりを頭を垂れる。

いつもと変わることのない挨拶。

近くで見ると、先ほどまでの奇妙な印象は消え失せ、いつもどおりの遠野が目の前にいた。

 

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「・・・どうされたんですか・・・こんなところで」


小首を傾げながら、遠野が俺の目を見つめる。


「・・・いや、ちょっとな。
みちると一緒に散歩をしてたんだ。 な?」


同意を求めて、後ろを振り返る。


「・・・あれ?」


いつの間にか、そこからみちるの姿がなくなっていた。


「どこいったんだ、あいつ」


きょろきょろ辺りを見渡して、その姿を探す。


「・・・みちるですか?」
「ん? あ、ああ。
おかしいな・・・。 さっきまでここにいたんだけど・・・」
「そう・・・・・・ずっと一緒だったんですか?」
「ああ・・・一緒だったんだけどな。
でも、さっきおまえの姿を見かけたときから、様子がおかしかったんだ」
「・・・様子?」
「何て言ったらいいんだろうな・・・」


思い返してみる。

決して遠くはない過去。

ほんの数分前の出来事を思い返してみる。

でも、うまく説明できなくて、俺は口ごもってしまう。

何も言えなくなってしまう・・・。


「・・・あの・・・」


しばらくの沈黙が過ぎた後、遠野が呟くように口を開く。


「・・・みちる・・・何か言ってましたか」
「なにか?」
「・・・はい。
・・・あの・・・さっき一緒にいたひとのこと」


少し寂しそうに目を伏せる。


「いや、とくに何も言ってなかったが・・・」


それだけを答える。

答えながら、脳裏に二人の姿を見つめていたみちるの複雑な表情を思い浮かべた。


「・・・なにも?」
「ああ」
「・・・・・・・・・そうですか・・・・・・それならいいです」


いつもの感情を表に出さない表情にもどる。


「・・・では・・・私はそろそろお買い物をして家に帰らないといけませんので」
「ああ。 気をつけてな」
「・・・はい・・・また明日」


ぺこりと頭を垂れて、遠野は踵を返した。

その後を追うように、遠野の長い髪がふわりと空を舞った。

小さな風に乗り、どこか懐かしい芳香が鼻先をかすめた。


「・・・・・・」


何かが違うような気がした。

遠野にしても、みちるにしても、何かを隠しているように思えた。


「遠野」


後ろ姿を呼び止める。


「・・・はい?」


足を止め、小さく振り向く。


「・・・・・・」


無言で遠野を見つめたまま、言うべき言葉を探す。


「・・・どうしました?」
「・・・いや、えっとな」
「・・・はい」
「・・・・・・」


言葉に迷う。

当たり前だ。

二人が何かを隠していようと、他人である俺には関係ない。

無遠慮に、二人の心の中へ入っていく資格もない。


「でーと、楽しかったか」


だから俺は、代わりにそう訪ねた。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・はい・・・とても・・・楽しかったですよ」


微笑みながら言った。


「そっか。 よかったな」


胸がチリリと痛む・・・。


「・・・はい」
「じゃあ、俺はもう行くな」


くるりと背を向ける。

なんとなく、遠野の顔を見ていられなかった。

だから、そのまま足を踏み出す。


「・・・国崎さん」


中越しに、遠野の声が聞こえる。

でも、俺は振り返らずにいた。


「・・・嘘・・・ですから」
「え・・・」


その声に、俺は足を止める。


「・・・でーとなんて・・・してませんから」
「・・・・・・」


その言葉に、俺はゆっくりと振り返る。


「・・・・・・」


立ち上る陽炎の中で、遠野が微笑んでいた。

俺を見て、優しく微笑んでいた。


「・・・あれは・・・私の母なんです」


遠野が言う。

おそらく、さっき一緒にいた女性のことだろう。


「・・・今日は・・・母とお出かけでした」
「・・・・・・そっか。
じゃあ、母親とでーとしてたってわけだな」
「え・・・」
「違うのか?」
「・・・あ・・・そうですね・・・そうだと思います」
「・・・楽しかったか」
「・・・楽しい?」
「ああ。 母親とのでーとは楽しかったか」
「・・・あ・・・」


不意に悲しげな瞳をふせる。


「ん? どうかしたのか?」
「・・・いえ・・・なんでもありません。
・・・楽しかったですよ・・・とても」


遠野が微笑む。


「・・・・・・」


その微笑みが、なぜか遠く見えた。

遠くて、手を伸ばしても届くことの叶わない、そんな微笑み。


「・・・じゃあな、俺はもう帰る」


俺は、遠野から目を逸らすように踵を返した。


「・・・はい・・・また明日」


中越しに、遠野のいつもと同じ別れの挨拶が聞こえる。

でも、俺は振り返ることなく足を踏み出した。

何から目を逸らそうとしているのか、自分自身にさえ、わからないまま・・・。


・・・・・・・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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陽が落ちて、駅の外灯がその輝きを夜闇の中に滲ませていた。

すぐ近くから夜虫の鳴き声が聞こえてくるが、姿は見えなかった。


・・・・・・。


・・・。


夕食後。

俺はベンチの上にごろりと横になり、星空を眺めていた。

綺麗だった。

満点の星空にむけて、俺は右手を伸ばしてみた。

何度も握り拳をつくり、空を掴む真似事をしてみた。

そうしていると、いつかは空に手が届くような、そんな錯覚を覚えた。

そして、俺は思う。

みちるは、あの時、いったい何を見ていたのだろうか。

陽炎の向こうに。

現実の光景を、誰の目にも無限の色合いに変えてしまう、あのゆらめきの向こうに。

みちるは、いったい何を見ていたのだろうか。

そして、遠野は何をみちるに見せていたのだろうか・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

 

7月31日(月)

 


「・・・・・・」


・・・・・・。


「コ、コクワガタっ!?」


意味不明の奇声を発しながら、俺は跳ね起きた。


「ふぅ・・・」


寝汗を大量にかいていた。

覚えてはいないが、かなり危険な夢を見ていたような気がする。


・・・・・・。

・・・。

 

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朝食を食べ、顔を洗い終えると、俺はさっそく芸をするために町へと繰り出した。

風が気持ち良かった。

だからというわけじゃないが、今日こそは金が稼げるような気がした。


「気分はドキワク!」


・・・死語かもしれない。


・・・・・・。


・・・。


幾つかの時を、人形芸をして過ごした。


「・・・気分はガクガク」


案の定、俺は敗北感に肩を落とした。

すべては、錯覚だったようだ。


「気分が良いくらいで金が稼げるなら、苦労しねーっつーの」


それを知ることで、俺はひとつ大人になった。


・・・・・・。

・・・。

 

・・・声が聞こえた。

さわさわと流れる葉擦れの音とともに、聞き慣れた声が耳に届いた。

 

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「んにゅぅ~~~」


みちるはベンチの上で、一人物思いにふけっている様子だった。

よほど深い悩みなのだろう。

シャボン玉セットは使われた様子もなく、ベンチの上におきっぱなしになっていた。


「・・・なにやってるんだ、おまえ」


昨日のことが胸に引っかかっていた。

でも、なんとなく俺からは訊かない方が良いような気がする。


「・・・んに?
なんだ・・・国崎往人か・・・」


元気なく応える。


「どうかしたのか」
「・・・なにが?」
「なんとなく元気がない」
「そおかな・・・」
「ああ」
「そんなことないけど・・・」
「そんなことあるぞ」
「あるかな・・・」
「あるな」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ねえ・・・国崎往人・・・」
「なんだ」
「・・・んとね・・・んに・・・やっぱりいいや」
「よくない。 気になるから言え」
「・・・だって・・・あんたに言ってもしょうがないもん」
「しょうがないかどうかは、言ってみないとわからないぞ」
「そおかな・・・」
「いいから、言うだけ言ってみろ」
「・・・・・・うん・・・わかった。 言ってみる」
「それがいい」
「あのね・・・」
「ん・・・」
「今日の夜ね・・・」
「ああ」
「夜・・・雨がふっちゃうんだって」
「・・・ぁあ?」
「さっきね・・・しんぶんひろってみたらね・・・かさの絵がたくさんかいてあったの」
「・・・・・・」
「ねぇ、どうしよう? どうしたらいいと思う? お星様みられないよ?」
「・・・・・・」
「んに? どしたの?」
「・・・どうにもならない。 星も見なければいい」
「むぅ・・・なにその気のないいいかたぁ」
「うるさい。 返答が貰えるだけありがたいと思え」
「むぅぅ~・・・なによぉ、みちるがこんなになやんでるのにぃ」
「勝手に悩め」


まったく・・・。

ほんの僅かでも老婆心を見せた俺が馬鹿だった。


「むぅぅ~・・・。
ふんだっ。 やっぱり国崎往人なんかに、はなすんじゃなかった」
「聞くんじゃなかった」
「な、なによぉっ」
「なんだよ」
「むぅぅ~・・・」
「・・・・・・」
「えいっ!」


しゅびっ!


さっ!


ぽかっ。

 

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「にゅぅ~~~・・・」
「ふ・・・あまい」


俺はちるちるキックをかわして、カウンターを決めた。


「うぅ・・・」
「・・・・・・」


・・・しまった。

またしても俺はなにをやっているのだろうか・・・ガキ相手に・・・。


「・・・悪い。 やりすぎたな」
「・・・んに・・・みちるはへっちゃら」

 


「・・・なにしてるんですか・・・お二人さん」


「ん?」

 

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「あっ。 うわぁーいっ、美凪ぃ」


ぼふっ。


みちるは、満面の笑みで遠野に飛びつき、胸に顔を埋めてすりすりした。


「・・・こんにちは・・・みちるさん」
「こんにちはっ!」
「・・・はい・・・良い挨拶です」


なでなで・・・


「へへ・・・」


昨日から感じていた重苦しい空気が一変する。

僅かにしか覚えがないが、もしかしたら母子というのはこういう感じなのかもしれない。

そう思わせるほどの柔らかな温もりが、この二人の間にはあった。

なんとなく、疎外感さえ感じてしまうほどに・・・。


・・・・・・。

・・・。


「でねっ、でねっ、お星様がみられなくなっちゃうんだよっ」
「・・・そう・・・それは一大事」
「うぅ・・・どおしよぉ美凪ぃ・・・」
「・・・どうしようか」


みちるは遠野に、今夜雨が降ることを膝をつき合わせて半べそをかきながら報告していた。

泣いてみたところで、どうにかなるものじゃないと思うが、所詮はガキの戯言なので、俺は傍観を決めることにした。


「・・・国崎さん・・・どうしたらいいと思います?」
「って、いきなり俺に振るな」


傍観は決められなかった。


美凪ぃ・・・国崎往人にきいてもむだだよ」
「・・・そう?」
「うんっ。
こいつもしょせん、無力な小市民なんだから」
「・・・小市民・・・」



「おまえ・・・どこで覚えたんだ、そんなむかつく言葉」
「しんぶん」
「・・・なるほど」


字は読めるらしい。


「・・・新聞・・・」
「んにゅ? どしたの、美凪
「・・・・・・」
「?」
「・・・あのね・・・ちるちる」
「なんですか、なぎー」


外国人みたいだ。


「・・・その新聞・・・まだ持ってる?」
「うんっ。 もってるよ」
「・・・見せてもらってもいい?」
「はぁい、ちょっとまってねぇ」


がさごそがさ・・・


みちるはおもむろに服の裾をまくり、そこから新聞紙を取り出す。

ちなみに、へそ丸出しだった。


(どこに仕舞ってるんだ、こいつは)


「じゃじゃーーーんっ! しんぶんし~~~」


みちるはハスキーボイスを奏でながら、取り出した新聞紙を右手で高々と上に掲げた。

なにか意味があるのだろうか。


「はいっ、美凪
「・・・ありがとう」


遠野はみちるから新聞を受け取り、紙面に目を通す。


「・・・・・・・・・やっぱり」
「・・・?」
「・・・みちる」
「んに?」
「・・・天気予報も・・・この新聞で見たの?」
「うんっ、そだよ」
「・・・そう・・・」
「なになに? どしたの?」
「・・・あのね・・・」
「うん?」
「・・・すごく言いにくいんだけどね・・・」
「うんうん」
「・・・これ・・・三週間前の新聞」
「うえ・・・?」
「・・・残念なことに・・・三週間ずれてました・・・天気予報」
「え? え?」
「・・・・・・」
「んにゅ・・・さんしゅうかん・・・」
「・・・・・・・・・惜しかったね」


なでなで・・・


「う、うんっ、惜しかった。 にゃはは」



「全然惜しくない」
「う・・・やっぱり・・・?」
「まったく・・・。 あれほど騒ぎ立ててこのオチか」
「うぅ・・・めんぼくないのぉ・・・」



「・・・まあまあ、よいではないか・・・国崎さんや」


遠野が穏やかに俺を制した。

にしても、言葉遣いがおかしい。


「・・・とにかく・・・今夜は雨じゃないようなので・・・。
・・・おめでとうございます」


ぺこりと頭を垂れる。


「おめでとうっ!」


ぺっこりと頭を下げる。


「・・・・・・」


俺は頭を垂れない。


「・・・あれ・・・どうしました・・・国崎さん」
「ん? 別にどうもしないぞ」
「・・・そう?」
「ああ」
「・・・じゃあ・・・おめでとうございます」


再び、これ見よがしにぺこりと頭を垂れる。

俺にも同じことをしろと言っているのだろうか・・・。


「いや、わからないぞ。
もしかしたら今夜も雨が降るかもしれない」


誤魔化してみた。


「・・・あ・・・それは大丈夫です。
・・・今朝・・・天気予報で晴れだと言っていましたから・・・」
「・・・知ってたのか」
「・・・はい・・・知ってましたよ」
「・・・・・・」
「・・・?」
「・・・おめでとう」


もう、なにも言うまい。

俺は黙って頭を垂れた。


・・・・・・。

・・・。

 

「・・・と・・・いうわけで・・・お食事にしましょう」


どこからともなく、遠野はランチボックスを取り出し、ベンチの上においた


「どういうわけだっ」


いちおう、ツッコんでおく。


「・・・えっと・・・これはみちるの大好物だから・・・」
「・・・・・・」


案の定、遠野は弁当をひろげるのに夢中で、俺のツッコミには反応を示さなかった。


美凪ぃ・・・おなかすいたぁ」


みちるが、お腹をさすりながら、母親におねだりするような声色で言う。


「・・・はい・・・準備完了」


ベンチの上に、豪勢な料理が並べられた。

途端みちるの目が異様なまでの輝きを放ち始めた。


「はんばーぐ? ねえねえ美凪、はんばーぐ?」
「・・・うん」
「やったーーーっ!!」


満面に笑みを湛えながら、マンボ風に小躍りする。


「はんばぁぐ~はんばぁぐ~」


(・・・うるさい)


「・・・あの・・・国崎さんもどうぞ」
「おっ、いいのか?」
「・・・はい・・・ちゃんと国崎さんの分も用意してきましたから」
「そうか、悪いな」
「・・・いえ・・・たくさん食べて下さいね」


遠野は細長い巾着袋から箸を取り出し、それを俺の前に差し出す。


「じゃあ、遠慮なく」


箸を受け取り、さっそくハンバーグに向けて箸をのばす。


ぱしっ。


「・・・・・・」


みちるの箸が、すばやく俺の箸を叩いた。

 

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「ぱくぱくぱく」


当のみちるは、何事もなかったような笑顔でハンバーグを貪り続けている。


「・・・・・・」


なにも言わずに、俺は再び箸をのばした。


ずいっ。


ぱしっ。


「・・・・・・」

 

「ぱくぱくぱく」

 

もう一度。


ずいっ。


ぱしっ。


「・・・・・・」

 

「ぱくぱくぱく」


更にもう一度。

 

ずいっ。


ぱしっ。


「・・・・・・」

 

「ぱくぱくぱく」


「・・・・・・」


ずいっ。


ぱしっ。


「・・・・・・」

 

「ぱくぱくぱく」

 


(こいつ・・・)



こうなれば意地だ。


ずいっ。


ぱしっ。


ずいずいっ。


ぱしぱしっ。


ずいずいずいっ。


ぱしぱしぱしっ。


ずいずいずいずいっ。


ぱしぱしぱしぱしっ。


ずいずいずいずいずいっ。


ぱしぱしぱしぱしぱしっ。

 

ずいばしずいばしずいばしずいばしずいばしっ。


・・・・・・。


「・・・・・・」
「ぱくぱくぱく」

 

ぽかっ。


ぐさっ!


「にゅごぁっ!」


叩かれた反動で、みちるが手にしている箸の三分の二が、ハンバーグとともに、みちるの口内へと食い込んだ。


「うぐぐ・・・」


(・・・おしい)


「あ、あぶないじゃんかっ! いっしゅん、お花畑がみえたぞっ!」


涙目になって、みちるは叫んだ。


「うるさい。 この胃袋魔人」
「お、おかあちゃん?」


違う。

それはオフクロ。


「おまえ、俺をわざと怒らせようとしてるだろ」
「う・・・んにゅ? な、なんのことかな?」


目線が露骨に泳いでいる。


「強引にとぼけるなよ」
「にゃはは、まあ、気にしない気にしない、国崎往人君」


俺の肩を、ぽんぽんと部長叩きする。

でも、ちょびヒゲはない。


「開き直るな」
「むぅ・・・なによぉ」


挙げ句の果てに、怒り出す始末。


「なんだよ」
「むぅぅ~~~・・・」
「・・・・・・」
「むむむぅぅぅ~~~・・・」
「・・・・・・」
「むむむむむぅぅぅ~~~・・・」
「・・・・・・」


・・・そうして、互いに箸を持ったまま、ランチボックスを挟んで睨み合うこと数分。


「・・・ふんっ、もういいや」


先に視線を外したのはみちるの方だった。


「これいじょうあんたの顔をみてたら・・・へんっ、うまい酒もまずくなっちまわぁっ!」
「江戸っ子オヤジか、おまえは」
「んにゅ? みちる、オヤジじゃないよ?」
「知ってる」
「知ってるならいうなーーーっ」

 

ぽかっ。


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「にゅぅ~~~・・・」
「うるさいぞ。
せっかくの弁当が食えないじゃないか」
「うぅ・・・。
ふ、ふんだっ。 食べたかったら、かってに食べればいいよ。
美凪がせっかくあんたのぶんもつくってきたんだから・・・」


みちるは、不意にふてくされたような寂しい顔を見せた。


「?」


「・・・あの・・・」
「ん? どうした」
「・・・たくさんありますから・・・仲良く食べてください」
「それは、こいつに言ってくれ」


みちるを親指で指さす。


「・・・・・・」


箸を持ったまま、みちるはいまだにふてくされていた。


「・・・みちる」


そんなみちるに、遠野は優しく声をかける。


「・・・なに?」


あからさまに不機嫌な声。


「・・・仲良くしよう・・・ね?」

温かい微笑みを浮かべる。


「・・・・・・うん・・・わかった・・・」


こくりと素直に頷く。


「ん・・・いい子ね・・・」


なでなで・・・


微笑みを浮かべたまま、遠野はみちるの頬を優しく撫でる。


「へへ・・・」


途端、みちるは機嫌を直し、幸せそうな笑みを顔一杯に溢れさせた。

額を合わせながら、微笑み合う二人。

二人のやり取りは、どこか遠い過去を想わせる懐かしい光景のように見えた。


・・・・・・。

・・・。

 


「・・・では・・・改めまして・・・」


遠野は胸の前で手を合わせる。


「うんっ、あらためましてっ!」


遠野に習うように、みちるも急いで手を合わせる。


(今度はなにを始めるつもりだ、こいつら・・・)

 

「・・・・・・・・・あの・・・」


手を合わせたまま、遠野はじっと俺の目を見つめる。


「なんだよ」
「・・・ちゃんと手を合わせないと駄目です」
「は?」
「・・・いただきますをするときは・・・ちゃんと農家の方々に感謝しないと」
「・・・・・・」
「・・・はい・・・国崎さん」


こうやるんですよ、と言わんばかりに、遠野は大きくゆっくりとした動作で、もう一度手を合わせ直す。


「わかったよ・・・」


今更抵抗するのも面倒なので、俺は従うように自分の胸の前で手を合わせた。

それを見た遠野は、やけに満足そうな顔をした。


「・・・はい・・・それでは、いただきます」

「いっただっきまーーーすっ」



「・・・いただきます」


俺は、いったい何をやっているのだろうか・・・。


・・・・・・。


・・・。


食後。


「ぷひぃ・・・もぉおなかいっぱい」


みちるは、ベンチの下で大の字になりながら、膨らんだお腹をぽんぽんと叩いた。

小さなへそを丸出しにして、実に行儀の悪い格好だった。


「おまえなぁ、もう少しまともな行動はとれないのか」
「んに? まとも?」


へそを出したまま、みちるが俺を見上げる。


「例えばだな・・・」
「ふんふん」


「・・・かわいい」


「・・・・・・」


隣を見る。


「・・・・・・」


遠野さんが、きらめいていた。


「・・・いや、やっぱいい。 おまえには無理だ」
「んにゅ・・・よくわかんない」
「わかんなくてもいいぞ」
「そなの?」
「ああ。 おまえは、そのままの方がかわいいんだってよ」
「んにゅ? かわいい?」
「そうらしいぞ。 なあ、遠野」


「・・・はい・・・かわいい」
「にゃはは。 そっか。 みちるはかわいいのか」
「・・・うん」
「でもでも、美凪だってかわいいよ」
「・・・そう?」
「うんっ。 美凪はね、せかいで一番かわいい」
「・・・・・・・・・ぽ」


照れたらしい。


「だからね、みちるは二番でいいよ。 にゃはは」


ずうずうしいガキだった。


「んでね、国崎往人はねぇ・・・」
「俺は、百番ぐらいでいいぞ」


適当に話を合わせてやる。


「んにゅぅ~~~・・・」
「・・・・・・」
「んに・・・国崎往人にざんねんなおしらせがあります」
「二百番だったか?」
「・・・ううん・・・ランクの対象にさえなれなかった」
「・・・おい」
「にゃはは。 しょうがないね、ブサイクなんだから」
「・・・・・・」


すたすたすた。


ぷすっ。


「にょけっ」


丸出しのへそに、指を突っ込んでやった。


ぐりぐりぐり。


回転を加える。


「にょけけけけ」


奇怪な笑い声を発しながら、みちるは身をよじった。


ぐりぐりぐり。


「にょけけけけ」


ぐりぐりぐりぐりぐり。


「にょけけけけけけ」


ぐり・・・


がすっ!


「おうっ」


案の定、ちるちるチョップをくらった。

頸動脈に。


「みちるのおへそをたんけんするなーーーっ」


がすっ! がすっ! がすっ!


「おうっ、おうっ、おうっ」


今日は連打だ。

 

 

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「・・・かわいい」


・・・なにがだ。


・・・・・・。


・・・。

 


空が赤く染まりはじめていた。

遠いヒグラシの声を追いかけるように、足下から長い髪が伸びていた。

ベンチに腰掛けながら、俺たちは、穏やかな夏の黄昏を追いかけていた。

 

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「・・・そろそろ日が暮れますね」


少しだけ寂しそうに、遠野が呟く。


「一日なんて、あっという間だな」
「・・・そうですね・・・本当に」


名残を惜しむように、遠野の声が、小さくなった陽炎の中に落ちる。


「・・・みちる」


遠野が優しく呼びかける。

 

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「んに? なに?」


みちるは、ふくらましかけていたシャボン玉をストローの先で割りながら、遠野を振り向く。


「・・・そろそろ帰ろうか」
「えーーーっ、もう帰っちゃうのーーーっ」
「・・・うん」
「んにゅぅ~・・・今日はまだ、いっかいもせいこうしてないよぉ」


手の中のシャボン玉セットを見つめる。


「・・・だいじょうぶ・・・まだ明日があるからね」


なでなで・・・


「んに・・・そだね。 まだ、あしたがあるね」
「・・・うん」
「にゃはは。 んじゃあ、かえろっか」


みちるが遠野の腕に抱きつく。


美凪は、今日もぶかつどーかな?」
「・・・うん」
「んじゃあ、がっこーまでいっしょにいこ」
「・・・はい・・・学校まで一緒に」
「ではでは、れっつらごー」
「・・・あ・・・ちょっと待って、みちる」
「んに?」


「・・・国崎さん」


遠野が、ゆっくりと俺の方を向く。


「どうした。 いつもみたいに、また明日か?」


遠野の真似をして、ぺこりと頭を垂れる。


「・・・いいえ・・・そうじゃなくて」
「?」


心なしか、遠野はもじもじとした仕草を見せる。


「・・・えっと・・・今日・・・これからお暇ですか?」
「これから?」
「・・・はい」


こくりと頷く。


「かなり暇だぞ」
「・・・・・・・・・やっぱり」
「やっぱりって言うなよ」


とても失敬なことを言われたように感じるのは、気のせいだろうか。


「・・・では・・・ひとつ提案です」


「ていあーん」


遠野の腕に抱きつきながら、みちるが右手を挙げる。


「・・・これから一緒に学校へ行きませんか」
「学校?」
「・・・はい。
・・・一緒に天体観測をしたいと思いまして」
「はぁ?」
「・・・ダメですか?」
「いや、ダメってわけじゃないが・・・」
「・・・では御一緒しましょう」
「部外者が、勝手に部活動に参加してもいいのか」
「・・・・・・・・・オッケーです」


ぐっと親指を立てる。


「・・・私・・・部長さんです」
「・・・なるほど」


職権乱用というやつだろうか。


「・・・承諾していただけますか?」
「ん・・・そうだな。 行ってもいいぞ」


とくに断る理由もないので、そう答える。


「・・・・・・・・・やった」


喜ばれた。


「やってなーーーいっ!!」


みちるが大声をあげる。


国崎往人といっしょなんて、みちるがみとめなーいっ!」
「・・・どうして?」
「だってだって、こいつとふたりっきりなんてあぶなすぎるもんっ!」
「・・・あぶない?」
「うんっ! きけんがいっぱいっ」
「・・・どうして?」
「おとこはオオカミだからっ!」


・・・・・・。



「・・・・・・・・・そうなんですか?」
「なんで俺に訊くんだよ」
「・・・だって・・・国崎さんは男性ですから」
「確かにな」
「・・・だから・・・オオカミ」
「かもな」
「・・・・・・・・・・・・ぽ」


照れた。


「おまえ、なんか変な想像してないか」
「・・・したかも」
「するなよ」
「・・・はい」



「で、おまえも、変な考えを持つなよな」


やんわりとみちるを諭す。


「にょわ~、君はヘンテコリンな服きてるね~」


みちるは、カナブンさんとお話中だった。


「聞けよ・・・」


放っておくことにする。


「じゃあ、行くか」


みちるのことは無視して、遠野をさそう。


「・・・そうですね・・・行きましょう」


遠野もノリノリだ。


「いくなーーーっ!」


(ちっ。 バレた)


「ぜったいにいったらダメだからねっ!」


少女の意志は固かった。


「いったらっ、ずぇったいテゴメにされちゃうよっ!」
「・・・テゴメ?」
「うんっ! テゴメっ!」



「・・・・・・・・・されちゃいますか・・・私」
「するかっ!」


たまらず大声をあげる。


「ったく・・・」


ぽりぽりと頭を掻く。


「だいたい、おまえ、テゴメの意味がわかって言ってるのか」
「んに? もちろん、わかってないよ」
「そらまた、衝撃の事実だな」
「にゃはは、そっかな」
「ああ。 どきっとしてしまったぞ」
「にゃはは、てれますなぁ~」


・・・褒めてるわけじゃない。


「で、なに?」
「なにがだ」
「テゴメって、どういう意味?」
「うむ。 テゴメというのはな・・・」
「ふんふん」



「・・・教えちゃだめ」



「・・・だ、そうだ」
「むぅ・・・残念だ」


「じゃ、そういうわけで。 行くか」


遠野に目配せをする。


「・・・はい・・・行きましょう」


歩きはじめる。


「にょわっ! おかまいなしかっ!」



「・・・では・・・こうしましょう」


立ち止まり、みちるを見つめる。


「・・・みちるも一緒に行く?」
「んに?」
「・・・ちょっと帰りが遅くなっちゃうけど」
「んにゅぅ~~~・・・」


ちるちるが、悩みモードに入った。


「・・・んに・・・お星様見にいくの?」
「・・・うん」
「んにゅぅ~~~・・・」


少女の悩みは深い。


「そんなに悩むようなことか?」
「うん・・・なやむ」
「なんで」
「んに・・・なんでだろ・・・」


それすらも悩みの対象らしい。


「・・・ったく・・・しょうがないな」


これ以上、時間を無駄に費やすのが馬鹿らしくなってきた。


「ほらっ、行くぞ」


ぐいっ。


「にょわっ」


強引にみちるの腕を引っ張る。


「みちるはまだ、おなやみちゅうだよっ」
「歩きながら悩め」
「んに?」
「学校まで行って、嫌なら帰ればいいだろ」
「あっ、そっか」


納得してもらえたらしい。


「じゃあ、そういうわけで。 行こうぜ」
「・・・はい。
・・・それでは・・・天文部部活動に二名様ご案内です」
「ああ」
「・・・えっと・・・」


ごそごそとポケットの中を漁り始める。


・・・嫌な予感。


「・・・これが入場券の代わりとなります」


差し出されたのは、予想どおり、見覚えありまくりの白い封筒だった。


「・・・なんでやねん」


もはや、裏拳をかます気力さえ沸かなかった。


「やったーっ、おこめけんだーっ」


みちるは、嬉々として差し出されたお米券を受け取る。


「・・・やったー」


仕方なく、俺も遅々としてお米券を受け取る。


「・・・おめでとうございます・・・ぱちぱちぱち」
「・・・・・・」


六枚目獲得。

そろそろ喜んでやるべきだろうか・・・。

 

・・・・・・。


・・・。

 

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暮れ始めた空の下を歩いた。

昼間の熱気が、微かな名残を残し枯れてゆくアスファルトの上。

どこまでも遠くのびた三人分の影。

横一列になると、それぞれの背丈に合わせて先端がデコボコした、滑稽な影だった。


「ねえねえ美凪、カラスさんたちがとんでるよっ」


みちるが、楽しそうに空を指さす。

その先を、二羽のカラスが、子供たちの待つ山を目指して羽ばたいていた。


「・・・ほんとだ」


遠野の髪が、風にゆれる。

微かに潮の香りをふくんだ小さな風が身にしみて、俺はここが海辺の町であ
ることを思い出す。

耳を澄ますと、遠い波の音が聞こえてくる。

それは、海。

穏やかな海だった。

一陣の小さな風が吹き抜けた後、もう風は吹かなかった。

海辺の町に訪れた夕凪。


「・・・国崎さん」


空を見上げながら、遠野が俺の名を呼んだ。


「・・・初めてですね」
「なにがだ」
「・・・こうして・・・三人で歩くことが」
「ああ・・・そういや、そうだな」
「・・・・・・・・・楽しいですね」


遠野はひろい空を見上げながら、小さな微笑みを見せた。

夕陽の中に浮かんだその微笑みは、とても綺麗だった。


「・・・私・・・ずっとこうしたいと思っていました。
・・・みちると国崎さんと・・・そして私と・・・。
・・・三人でこうして歩いてみたいと思っていました」
「・・・・・・そうだな。 こういうのも悪くはないな」


俺は、遠野の微笑みにそう答えた。

本音だったのかもしれない。

長い旅をしてきた。

終わりがあることすら定かではない、悲しみを求める旅路だった。

悲しい少女の面影を探し求める旅。

そんな旅の中に、楽しいことなどあるはずがなかった。

いや、楽しさに気づくことなどあり得ないはずだった。

でも、この町に偶然辿り着いてからの数日間。

今、俺の隣を歩く少女たちとの出逢い。

一緒に過ごした日々。

それは、確かに楽しい日々だったのかもしれない。

安らいだ日々だったのかもしれない。

決して、望んだわけではない、偶然の出逢い。

だけど俺は、そこで垣間見ることができた。

それは、こうして三人で過ごした時間の中にあった。

一人でも、二人でもない。

三人で歩く夏の夕暮れが、優しく微笑んでいるように感じた。


・・・・・・。


・・・。

 


学校に着く。

陽は落ちて、空は、すでに夜の面影を抱いていた。


「どうするか決めたか」


俺は、校門の奥にそびえる校舎をぼんやりと眺めるみちるに声をかけた。

 

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「んに?」


振り返ったその顔は、俺が何を訪ねているのかすらわかっていない様子だった。


「一緒に部活動でもするか」


優しく言う。

 

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「・・・一緒に行こう」


優しく言う。


「・・・ね?」


手をさしのべながら。

あたたかな微笑みを浮かべながら。


「・・・・・・うんっ」


みちるが、遠野の伸ばした手を握りしめる。

迷うことなんてなかった。

つながった二つの影。

今はまだ、俺たちの一日が終わるには早すぎたから・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


鍵を開け、屋上の思い鉄扉を開けると、どこまでも広がる藍色の空が、俺たちを出迎えてくれた。

金網越しに、高い夜空と暗く穏やかな海が見えた。

目を移すと、人々の営み。

生まれたばかりの夜に戸惑うような、小さな町の景色が見えた。

 

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「・・・ようこそ天文部へ」


俺とみちるの前に立ち、遠野はぺこりと頭を垂れた。

足元には、部室から持ってきた天体望遠鏡や、様々な資料を詰めたバッグがおかれていた。

 

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「にゃはは。 おじゃましまーす」


楽しそうに、ぱたぱたと金網に向かって走ってゆく。


「他の部員はどうしたんだ」


みちるの後ろ姿を見つめながら、俺は遠野に訊ねた。

俺たち以外、誰の姿も見えなかった。


「・・・他の部員なんていませんよ。
・・・天文部は・・・私ひとりだけです」
「ひとり?」
「・・・はい。

・・・だから・・・私が部長さんです」


少し寂しそうな声で、遠野が言う。


「・・・そっか・・・ひとりか」
「・・・はい・・・少数精鋭ですね」


・・・言葉の使い方が違うような気がする。


「星を見たがるやつってのは、意外と少ないもんなんだな」
「・・・そうですね。
・・・好きなひとはたくさんいますけど・・・観測するとなると、また違うみたいです」
「もしかして、小難しいのか?」
「・・・いいえ・・・そんなことはありませんよ。
・・・好きなら・・・それだけで楽しめます。
・・・と言うより・・・好きであること以外に必要なものはありません。
・・・広大な宇宙の前では・・・ひとの知識など無意味です」
「なるほど」
「・・・国崎さんはどうですか?」
「俺?」
「・・・ご迷惑ではありませんでしたか・・・誘ったりして」
「いや、そんなことはないぞ」
「・・・本当に?」
「ああ。 この町は、田舎だけあって、星が綺麗に見えるからな。
駅のベンチで寝転がりながら見る星空なんて、結構お気に入りだぞ」
「・・・・・・・・・そうですか・・・よかった」


安心したように、静かな微笑みを浮かべる。

結構恥ずかしいセリフだったが、遠野が喜んでくれたので、俺は良しとした。


「にょわーっ、もうお星様みえてるーっ」


遠くの金網にへばりつきながら、みちるが騒いでいる。


「・・・行きましょうか・・・国崎さん」


観測用の様々な機材を手にとる。


「ああ」


俺は、遠野が持つ重い機材を黙って手にする。


「・・・ありがとうございます」


微かに頬を染めながら呟くと、遠野はみちるがいる場所へと歩きはじめた。

俺は、その背中を見つめた。

想像させられるのは、とても寂しい光景。

想いを共有できない寂しさを抱えながら、星空を見上げる一人の少女。

悲しいことなら、一人でも耐えられるかもしれない。

悲しいだけなら、一人で泣くこともできる。

でも、楽しいことは違う。

悲しいことよりも、楽しいことを分かち合えないことの方が、はるかに寂しいことだ。



――『・・・私・・・ずっとこうしたいと思っていました』



並んだ影と、遠野の声を思い出す。


(そうだよな・・・)


俺は、遠野たちと過ごした日々の中で忘れかけていた、翼を背負った少女のことを考えた。

 

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それは、はるかな声だった。



・・・この空の向こうには、翼を持った少女がいる。


・・・それは、ずっと昔から。


・・・そして、今、この時も。


・・・同じ大気の中で、翼を広げて風を受け続けている。

 

風が吹いた。

夜になり、夕凪の時間が終わろうとしていた。

幼い頃耳にした母親の声が、遠い風に乗り、聞こえてきたような気がした。

寂しい光景を滲ませる言葉。

その光景が、遠野の後ろ姿に重なって見えた。

振り払うことも叶わない、悲しい光景。

俺は、どこまでも広がる高い夜空に思いを馳せた。


「こらーーーっ、国崎往人ーーーっ、はやくこっちこーーーいっ」


みちるが俺を呼ぶ。

俺は、そらにいるわけじゃないから、少女たちのもとへと足を使って歩きはじめる。

だけど、想いは高みへ。

夏の空は幾つもの星粒を抱きながら、そこにあった。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「じゃーね。 みちるはここでおわかれでーーーす」


辺りは、すっかり夜闇の中だった。


「・・・うん・・・また明日ね」


等間隔に並ぶ外灯の明かりが、俺たちをそこに立ち止まらせた。


「一人で帰れるか」


一日の名残が、いつまでも俺たちを手放してはくれなかった。


「あたりまえだよ。 みちるは暗いのなんてへっちゃらだもん」
「そうか。 へっちゃらか」
「うんっ。 へっちゃらへー、だよ」

 

・・・。


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「・・・・・・・・・私もへっちゃらへー」


・・・なぜ?


俺の隣で、遠野がみちるに対抗している。


「ではでは・・・。 みちるダッシュー」


ぱたぱたと夜闇の中へ駆け出す。


「ばいばーーーーいっ」


遠くで手を振る。


「・・・ばいばい」


俺の隣で、それに応えるように、遠野が小さく手を振り返した。

声は小さかったけれど、きっとみちるには届いたと思う。

この二人は、そういう間柄なのだから。


「・・・では・・・私も家を目指しますね」


みちるの姿が見えなくなってから、遠野が呟くように言った。


「そうか。 なら、家まで送ってやるよ」
「・・・・・・・・・いいんですか?」
「ああ。 嫌なら、やめるけどな」
「・・・嫌じゃないです」


微かに頬を赤く染めながら、ぷるぷると首を横に振る。


「なら、さっさと帰ろうぜ」
「・・・はい」


・・・・・・。


・・・。

 

高く澄み渡った夜空の下で、俺たちは肩を並べる。

こうして歩きながら改めて見ると、遠野は女性としては背が高い。

みちるとは正反対で、二人は見た目にも名コンビだった。


「おまえ、身長いくつなんだ」


訊いてみた。

 

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「・・・169センチです」
「結構あるな」
「・・・そう?」
「ちょっとびっくりだ」
「・・・・・・・・・もしかして・・・背の高い女性は嫌ですか?」
「いや、そんなことはないぞ。
スタイルが良いってのは、やっぱり長所だろうからな」
「・・・・・・・・・ぽ」


照れた。


「・・・実は・・・私も少し自慢に思っちゃってます」
「思っちゃってるか」
「・・・ちゃってます」


こくりと頷く。


「・・・背が高いと・・・そのぶんだけ空に近いですから」
「空に?」
「・・・はい。
・・・人よりも星の近くにいられるから・・・ちょっと嬉しいです」


言って、遠野は夜空を仰いだ。


「・・・今日は星が綺麗です」


夜空に語りかけるような声。

その瞳が真っ直ぐ夜空へと向けられる。

そして見つめる。

まるで何かを願うように。

瞬く星々にどんな想いを馳せるのか・・・。

遠い瞬きは、時に儚く見えた。


・・・・・・。


・・・。

 

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「・・・お見送り・・・ありがとうございました」


家の前に着くと、遠野はそう言って、頭をぺこりと垂れた。


「・・・おかげさまで・・・無事家まで帰り着くことができました」
「大げさ」
「・・・そうですか?」
「ま、べつにいいけどな」
「・・・では・・・気をつけて帰ってくださいね」
「ああ、わかった。 また、あし・・・」


きぃ・・・


言いかけたところで、家の扉が小さな音と共に開いた。


「おかえりなさい」


扉の奥から、遠野の母親。

優しげな声。

でも、扉の中から隠れるように右目を覗かせるだけで、姿は見せない。


「・・・ただいま」


「・・・?」

 

寂しげな声。


「あら・・・そちらの方・・・」


俺のことらしい。


「・・・新入部員」
「誰がだ」
「・・・国崎さんが」

 

ガーーーン! 言い切られた・・・。


「あらあら、そうなの」

 

ガガーーーン!! 認められた・・・。


・・・どっちでもいい。


「いつぞやは、大変お世話になりました」


扉の向こうでお辞儀をしたのか、こんっ、と頭をぶつける音がした。


「・・・お世話?」


遠野が、不思議そうに俺を見つめる。


「ああ、前に話したこと、あっただろ。
おまえのおふくろさんとは、これが初対面じゃないんだよ」
「・・・・・・そういえば・・・」


思い出し、遠野は寂しい色を瞳に滲ませた。


「遠野・・・?」


顔を覗き込むように、遠野の感情に探りを入れてみる。


・・・・・・。


「そうだわ。 家に上がっていきませんか?」


扉の奥から、母親の声が聞こえる。


「晩ご飯、食べていってくださいな。
あなたとうちの娘が知り合いなんて、びっくり。
腕によりをかけて、つくっちゃいますよ」
「いや、遠慮する。 もう遅いからな」


顔を上げ、その声に応える。


「そうですか・・・」


残念そうに、母親が呟く。


そして・・・。


「すいませんねぇ・・・いつもみちるがお世話になってるのに」

 

「え・・・」


母親の言葉に、俺は一瞬、空白を覚えた。

空白と呼ぶには、あまりにも短い時間だった。


「・・・みちる?」


俺は、焦点の定まらない、間抜けな視線を遠野に送った。


「・・・・・・」


遠野は視線を合わせようとはしなかった。

ただ、母親の言葉を噛みしめるようにうつむき、微かに体を震わせていた。


「・・・どういう・・・ことだ」


無意識のうちに、俺は疑問を投げた。

その問いかけの真意さえ、俺自身が掴んでいなかった。


「ほら、みちる。 早くごはん食べないと、冷めちゃうわよ」
「・・・うん」


母親の声に、小さく頷く。


「遠野・・・おまえ・・・」
「・・・・・・・・・さようなら」


呟くようにそれだけを言って、扉に足先を向ける。


「おいっ」


後ろ姿に、手を伸ばした。


「・・・・・・」


遠野は振り返ることさえなく、伸ばした手を擦り抜けていった。


・・・ぱたん。


遠野の髪が、扉の奥に消える。


そして、もう届かない。


「遠野・・・」


俺は、しばらくの間、その扉を見つめ続けた。

もしかしたら、言うべきだったかもしれない。

何でもいいから、遠野を引き止めておくべきだったかもしれない。

伸ばした指先が、彼女を見失わないまでの間に。

俺は、後になって、そのことを後悔した。


・・・・・・。


駅舎に向かいながら、さっきの事を考える。

遠野の母親は、彼女の事を確かに『みちる』と呼んだ。

少なくとも、俺が知る『みちる』はあの場にいなかった。

あの母親が冗談を言っている様には見えなかった。

だからこそ、沸き立った疑念と戸惑いが消えない。


遠野美凪・・・。


彼女は一体何者なんだ・・・?

 

 

・・・・・・・。


・・・。