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AIR【27】

AIR編―

 



・・・。

 


目ざめは・・・まぶしい。


ひかりの中にいた。

 

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見上げれば・・・そら


真っ白にかがやくそら。


そこにはまだいけない・・・


じめん・・・


あつい・・・


やけるように・・・


どこにもまだいけない・・・


なら、もどらなければ・・・


だが、どこへ・・・?


あつい・・・


じめんがゆらぐ・・・


まだなれていないんだ・・・


なにもかもに。


ぱたぱたぱた・・・


音がする。


なにかが近づいてくる音だ。


逃げなければ。


だけど、逃げずにいた。


その音が、なつかしいような気がして。


「えいっ」


ぴと。


背中に、温かなものがさわった。


「触ったっ。
にははっ。 よしよし」


ごしごし。


背中をこすられる。


見上げても、まぶしくてよく見えない。


ただ、声だけが聞こえる。


「かわいいかわいい」


ごしごし。


気持ちがいい。


いつまでも、そうしていてほしい。


「あ・・・」


背中の温かいものが、はなれた。


「遅刻する・・・。
でも、この子、逃げないし・・・ずっと触っていたいな・・・どうしよ・・・。
ね、どこからきたの?」


なにか言ってる。


ドコカラキタノ?


・・・よくわからない。


「帰るところある?」


・・・これもよくわからない。


「お母さんは?」


オカアサン?


これなら知っている。


お母さん。


あたたかくて、いいにおいがするもの。


いろいろなことを教えてくれるもの。


いつでもそばにいてくれるもの。


あれ?


お母さんがいない。


なぜだろう?


よくわからない。


「うーん、どこかから落っこちたのかな。
まぶしい・・・」


・・・・・・。


いっしょに、空を見る。


まぶしい。


長いかざり羽根が、風にゆれてきらきらしている。


思い出した。


これは、女の子だ。


かざり羽根の長いのが女の子で、短いのが男の子。


男の子はいじめるから、近づいてはいけない。


女の子は・・・。


・・・・・・。


よくわからない。


「大丈夫?」


また、女の子の声。


「ひとりでも生きていける?」


・・・・・・。


「よし、ちょっと歩いて、振り向いてついてきてなかったら、ここでお別れ。
いい? じゃ、いくよ」


ぱたぱたぱた・・・


女の子がどこかに消えた。


「んっ」


女の子がふりかえる。

 

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「わ、ついてきてるっ」


その下に、ぼくはいた。


「うーん・・・。
ね、わたしと一緒にいく?」


・・・・・・。


「ついてきたってことは、そうするんだよね?」


・・・・・・。


「覚悟できてる?」


・・・・・・。


「じゃ、一緒にいこう」


ひょい。


もちあげられた。


じめんが遠くなって、体がかるくなった。

 

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女の子の肩にのせられる。


・・・ふしぎな感じがした。


この子のすぐ近く。


そこが、ぼくのいるべきところ・・・


しあわせなところなんだ。


・・・・・・。


・・・。

 


7月16日(日)

 

 

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「ただいまぁ。
って、誰もいないんだけどねー。
お母さんは、仕事、忙しいの。
帰ってくるのも遅いし。
がんばって、夜更かししてれば、会えるよ。
でも、カラスってどうやって飼うんだろ・・・。
ううん、飼うんじゃないもんね。
一緒にいるだけだもんね。
窓、開けておくから、好きにすればいいよ」


がらり。


音がして、光がさしこんできた。

四角く切られた空があった。


「着替えるから、ここにいてね」


肩からおろされる。

変な地面だ。

草のにおいがするのに、草がはえてない。

ここが彼女のねぐらだろうか。

お母さんもいないし、陽あたりもよくない。

 

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「そういえば、わたしの名前言ってなかったねー」


女の子が、自分の顔をつばさで指した。

変なつばさだ。

のっぺりしてて、先の方にしか羽がついてない。


観鈴。 み、す、ず」


もう一度、同じ声。

それが彼女のことなんだとわかった。


み、す、ず。


きれいな音。

ずっと昔にふいた風の音。

よくわからないけど、そんな感じがした。


「カラスさんのお名前は?」


僕のことを指す。

カラス?

聞いたことがあるような気がする。

みすずとからす。


・・・・・・。


なんだかいい感じだ。


「って、答えられるはずもないか。
なんか考えないとねー。
すごくかわいいの、考えておくね。
よしよし」


頭をなでられる。

気持ちがいい。

だから、ずっとそうしていた。


・・・・・・。


・・・。

 

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四角い空が赤くなるころ。

彼女はぼくを肩にのせた。


「よぅし、出かけようね」


・・・・・・。


・・・。

 

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「ここのね、お菓子おいしいの。
ごめんくださーい」


・・・・・・。


「食べられる? 無理? 無理だよねー。
カラスって何食べるのかな」


もぐもぐ・・・


「おいしい。
ひとりで食べてごめんね。 次は向こうにいくの」


ぱたぱた・・・


走りだす。


「でね、この販売機でジュース買うの」


四角くて大きい箱の前で、彼女は立ちどまった。


「今日はどれにしようかな。
やっぱこれかな、この販売機ね、最近見つけたの。
灯台もと暗し。
まさか、学校の近くに、こんなヘンな販売機があったとは・・・。
ぜんぶヘンなの。
中でも、この『どろり濃厚』シリーズがおいしいの」


かちゃん。


ぽちっ。


がこんっ。


四角くて大きい箱から、四角くて小さい箱が出てきた。

きっと子供なんだろう。


「全部紙パックってのもヘンだよね」


四角い箱の子どもを、つばさでつかんでひっぱりだす。

なんだか変なつばさだ。

もしかしたら、前足かもしれない。


ぱたぱたぱた・・・


また、走りだす。


「それで堤防の上でお菓子を食べて、ジュースを飲むの」


・・・・・・。


・・・。



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「ここでね」


彼女が、とまった。


ぷしっ。


ちゅーちゅー・・・


「おいしい・・・にははっ」


彼女が笑う。

ほかには、だれもいない。

空が赤い。

彼女の顔も赤く染まっている。

ふしぎな感じ。

彼女のそばにいるのに。

安心できるはずなのに。

どうして、ぼくは悲しいんだろう。


つんつん。


彼女の頬をつついてみた。


「ん? なになに? どうしたの?」


大きな目で、ぼくのことを見る。

思いを伝えられたら、なにかわかったかもしれない。

でも、どうやって伝えたらいいのか、わからなかった。


「暗くならないうちに、帰ろうか」


・・・・・・。


・・・。


 

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「今夜もお母さん、遅いね。
眠い・・・歯磨いて、寝よーっと」


立ちあがる。

そこで、ぐおおん、と低いうなり。


「あ、お母さんのバイク」


音はだんだん大きくなって、止まった。


「帰ってきたよ、お母さん」

 


「帰ったでぇ」


声がした。

この子の声とはちがう。

がらがらした、いやな声。

 

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「おかえりなさい」
「・・・・・・」


飾り羽根はうんと長いけれど、これは女の子とちがう。

変なにおいがぷんぷんする。

だから、お母さんともちがう。


・・・・・・。


これは敵だ。

羽根をたたんで、身がまえる。


観鈴・・・」
「ん?」
「肩にヘンなもん、ついてるで」
「あ、これ? この子ね、ついてきたの」
「なんやこれ?」


ぼくをにらみつける。


「よう、なついたな、こんな生き物が・・・。
あんたを取り殺したろぉ思とるんちゃうか」
「そんな悪い子じゃないよ」
「で、なんやのん」
「一緒に暮らすの」
「却下」
「わ、速攻・・・」
「あんたなぁ・・・ペットはもうちょい選び」
「ペットじゃないって。 友達」
「もうすぐ休みとれるから、そうしたら一緒にペットショップ見にいこな。
犬とか、猫とかがええやろな。
ちゃんと面倒みなあかんで」
「犬も猫もいらない。 この子がいい・・・」
「あかん言うとるやろ。 犬か猫にしときっ」
「が、がお・・・」


ぽかっ!


「イタイ・・・」
「そもそも不吉すぎるやろっ。
家に帰ってきて、こんなん待ってたら、気が滅入るわっ」
「そんなことない、かわいいよ。
ほら、お母さんにも挨拶」


ぼくを肩からおろして、つばさの先で持つ。

彼女はぼくをにぎったまま、敵に近づいていく。


とてとて。


「・・・・・・」


目の前いっぱいに、敵の顔がせまる。


怖い。


食べられてしまうかもしれない。

こうなったら、先につついた方の勝ちだ。

ぼくは敵の目めがけて、くちばしを突きだした。


ぶすっ!

 

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「ぎぃやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっっ!!」
「わ、お母さんっ!」
「失明させる気かーーーっっ!!」


首をつかまれた。


ぶんぶん!


ぐわんぐわんぐわんぐわん!


目の前がゆれる。

気持ちわるい。


「わ、許してあげてっ!」
「はぁ・・・はぁ・・・アホらし。
風呂入ってくるわ・・・」
「目、よく洗ってね」
「そのつもりや」


敵はさってゆく。

ぼくの勝ちだ。


「あんた、まだ学校あるんやろ。 はよ寝なあかんで」
「う、うん」


敵はいなくなった。


「はぁ・・・」


肩にのせられる。


「あんなことしたら二度としたらダメだよ。
わたしのお母さんなんだから」


彼女は、怒っているようだった。

敵をおいはらったというのに・・・。

悲しい・・・。


・・・・・・。

 

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「歯、ぴっかぴか。 虫歯になったことないんだよ」


彼女はぼくにイーッとしてみせる。

たいらなくちばし。

でも、ぴかぴかだった。


「準備ばんたん~。
寝よーっと。 ・・・君はどうする?」


彼女の顔と向かい合う。


「カラスは、猫みたいに一緒に布団で寝られないね。
そもそも鳥って寝るのかな。
電線の上で、うっかり寝ちゃったりしたら、地面に落ちたりするのかな。
あ、そっか。
そうやって落ちたんだねー。
うんうん、なるほど。
じゃ、寝不足にならないように、早く寝ないと、また落ちるよ。
とりあえず、布団の上ね」


地面に降ろされる。

柔らかくて、歩きにくかった。


「窓開けておくから、外に出るときは、ここからね」


がらり。


「後は、好きにしていいから。
でも、起きたら、いなくなってたってのはダメだよ。
帰るときは、わたしが起きてるときにしてね。
ではでは、おやすみー」


光がなくなり、真っ暗になった。


・・・・・・。


・・・。


 


7月17日(月)

 

 

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女の子を待っていた。

待っているあいだ、いろいろ考えていた。

ぼくはカラスだ。

カラスは、鳥だ。

女の子は、鳥じゃない気がする。

たしかヒトとかいうものの、なかまのような気がする。

ヒトにはつばさがないし、羽根もない。

ずっと前に、お母さんに教えてもらった気がする。

かざり羽根は『かみのけ』、つばさは『て』、風きり羽根は『ゆび』、くちばしは・・・。


・・・・・・。


とにかく、ヒトは空をとべない。

鳥は空をとべる。

でも、とぶって、なんだろう?


・・・・・・。


よくわからない。


ぱたぱた・・・


あの子のあしおとが聞こえてきた。

ずっと待っていたから、うれしい。

ぼくは寄っていく。


てこてこ・・・

 

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「あ・・・すごいね、顔覚えていてくれたんだ。
かわいいかわいい」


なでなで。


気持ちがいい。

なでられたあと、ひょいと肩にのせられる。

お気に入りのばしょだ。


「ん・・・?」


彼女の目が、遠くを見ていた。


「誰かな、あのひと。
わたしがいつも空を見てる場所に座ってる。
見かけないひとだよね」


寄っていく。


・・・・・・。


・・・。

 


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「大きなばっぐ持ってる。
この町のひとじゃないみたい」


おそるおそる、近づいていく。

からだがぼくと同じ色だ。

かざり羽根・・・じゃなくて、髪の毛が短い。

男だろうか、男の子だろうか?

よくわからない。


「こんにちは」


・・・・・・。


「寝てるんだね、このひと」


つんつん。


指の先でつつく。


「おはようございます。
・・・うーん、起きないね。
どうしようか、ここ、風が当たって涼しい場所なんだよ。
だから、隣で座って待ってても平気だよ」


となりに、ちょこんと座りこむ。


「うん、涼しい」


彼女の髪の毛を、風が持ちあげた。

それはほんとうにきれいで、羽根にそっくりだった。

彼女はずっと、風にふかれていた。

となりでまるくなっているだれかが起きるのを、ずっと待っていた。

どれだけ待っても、その人は起きなかった。


・・・・・・。


・・・。


 

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やがて。


日が暮れてゆく。

空の色がだんだんかわって・・・


「夕焼け、きれいだね」


だれだかわからないひとのとなりで、彼女はうれしそうだった。


「あ、子供が遊んでるよ」


彼女が顔を向けた、その先。


・・・。

 

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ずっと遠くまで見わたせる。

どこかにたどりつきそうで、どこにもたどりつけないような・・・

そのはじまりに、小さな影がふたつ。

男の子と、女の子だった。


「楽しそう・・・」


じっと見つめている。


「あんなふうに遊べたらいいのにね」


影のひとつが手を振っていた。


「ばいばい~」


彼女も手を振りかえす。

小さな影たちは、歩きはじめた。

どこまでも遠く、おわりのない道を歩きはじめた。

その先にあるものを怖がらずに、前に進んでいく。

それはきっと、ぼくが持っていないものだ。

つばさがふるえるのを感じた。

ふたつの影をいつまでも、彼女と見送っていた。


・・・・・・。


・・・。

 

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「はぁ・・・結局起きなかったね、あのひと。
帰る家あるのかなぁ、置いてきちゃったけど。
でも、何したって起きないんだもん。
寝かしておくしかないよね。
この季節だったら、風邪ひくこともないと思うし。
また、明日行ってみようね」

 

ぶおおぉん・・・


低いうなり・・・


ぼくは身がまえる。


ゆうべはこの音が聞こえたあとに、敵があらわれた。


「あ、お母さん、帰ってきた。 今日はちょっと早かったね」

 


「帰ったでぇ」


・・・やっぱりあらわれた。

 

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「おかえりなさい」
「・・・・・・」
「にははっ」
「まだおるんかいな・・・」
「ん? なにかな、なにかな」
「可愛くしらを切ってもあかんで。
その肩に乗ってる不吉な生き物やっ」
「不吉? この子といるようになってからいいことばっかりだよ。
寝坊しなかったりとか、学校遅刻しなかったりとか、先生に怒られなかったりとか」
「それは全部できて当然のことやろ」
「そ、そうかなー・・・」
「そやけど、ほんまに懐いとるんやな、あんたに・・・」
「普通、カラスなんて懐かんで」
「だって友達。 にははっ」
「・・・・・・。

それ、肩に乗せて外歩いとるんか?」
「うん。 いつも一緒に」
「そら世間体悪いやろ」
「そうかなー」
「とりあえず薄力粉でも振りかけて、ハトに見せかけよな」
「わ、そんなことしたらダメっ」
「なんでや。 白いほうが可愛いやろ?」
「黒いのがいいの。 それが自然な姿なの」
「そやいうても、やっぱカラス連れて歩いてるゆうのは問題あるで。
あんたかて、仏壇背負って歩いとる奴見たら、引くやろ?」
「それは引くけど・・・」
「うちも近所でヘンな噂立てられたない。
慎ましく生きてゆこうやないか、な、観鈴
よう考えて答えだしや」
「うーん・・・ヘンな噂されたら困るよね・・・」
「そやそや。 うち、困る」
「お母さん、がんばって働いてるのにね」
「うんうん。 うちごっつ頑張ってるで」
「でも、やっぱりこの子といたい・・・」

 

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「おんどりゃ、言うこときかんかいーーーっ!!」
「わ、怒った・・・」
「はぁ・・・はぁ・・・あほらし・・・。
次そのカラス見つけたら、ほんまにハトにしたるからな」


・・・。


やっとどこかに消えた。


「どうしよ、困った・・・」


敵がいなくなったのに、女の子はまだ泣きそうだ。

きっと、ものすごく強い敵なんだ。

どうしよう・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

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「この部屋だけで会う?
そんなの嫌だよね、隠れてこそこそ暮らすなんて。
やっぱり、認めてもらわねば。
観鈴ちん、ふぁいとっ! おーっ!」


手をあげる。

ひとりで敵に立ち向かうつもりらしい。


「でも、今日は眠い・・・。 明日にしよーっと」


もうあきらめたようだった。


「おやすみ」


彼女は横になって、すぐに動かなくなった。

寝てしまったようだった。


・・・・・・。

 

 

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ぼくはどうしよう?

四角い空があったところに、すきまがすこしだけ開いている。


ばさっ・・・


跳びあがって、そこから外に出てみた。


どさっ!


いきなり地面が低くなっていて、びっくりした。


起きあがり、また歩きはじめる。


てこてこ・・・


ばきっ。


何かにくちばしをぶつけたみたいだ。

気をつけよう。


てこてこ・・・


ばき。


道のりは長い。


・・・・・・。

 

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ここが彼女のねぐら。

そして、ぼくのねぐら。

とても居心地がいい。

でも、敵のこわい女も一緒。


・・・・・・。


なにかがまちがっているような気がする。

できれば、二度と見つかりたくない。

そろそろ戻ろう。

また、暗がりの中に入ってゆく。

頭の上に、さっき通ったすきまがある。


・・・・・・。


・・・届かない。


・・・・・・。

 

てこてこ・・・


仕方がないので、ねぐらの前まで戻ってきた。

別の入口はないだろうか。

きょろきょろ。

よく見えないけれど、がんばって探す。

もっと低いところに、もっとせまいすきまが開いているのを見つけた。


ばさっ!


そこから潜りこむ。


・・・。

 

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「ん? 居間のほうで、ばさっ!とかヘンな音したなぁ。
なんやろなんやろ」


いやな気配・・・

逃げよう。


てこてこ・・・


べちっ!


壁にぶつかる。

まわりじゅう、壁しかなかった。

 

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「こわっ、なんか、ヘンなんおるっ!」


敵の女だった。

きっと捕まれば、食べられてしまう。

とてもいやなことを思い浮かべてしまった。

女の口からはみ出す、自分の足だった。


『うまうま』


ぞーーーーっ!


羽根がおぞげ立つ。

なんとかしなくては・・・。


「と思ったら、なんや、こいつかいな・・・。
しかし夜に家の中でカラスに出会うなんて、黒猫に目の前横切られるより、不吉やで・・・。
さて・・・どうしたもんかいな・・・」


どうしよう・・・


戦うしかない。


「とりあえず、捕まえよーっと」


サッサッ・・・


伸びてきた手をよける。


「あかん、真っ黒ぅて、よう見えへんわ・・・。
しかも謎なぐらい機敏やで、こいつ・・・」


ちょいちょい。


羽根の先を動かす。


「なんや、こいつっ・・・。

いっちょまえに挑発しとるんかっ!?
いったろやんかーっ」


両腕が伸びてくる。

ぼくはそれをかいくぐって、女の顔めがけて地面をけった。


ぶすっ!


「ぎぃやあああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっっ!!」


勝った。

今のうちに逃げよう。


てこてこ・・・


「こら、またんかーーーーいっ!」


わしっ!


捕まった・・・。


「くちばし切り落として、人間の顔みたいにしたろかいっっ!」


ばっさばっさ!


・・・逃げられない。


辺りが明るくなった。

 

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「どうしたの、お母さん」


彼女だった。


「わ・・・」


敵に捕まっているぼくと目が合う。


「その子、いじめたらダメっ」
「また目を串刺しにされたんやでっ。
二度目や、二度目っ!
せやから、くちばしを切り落として、人の顔みたいにのっぺりさせることにした」
「そんなのダメ」
「そうか、あんたはうちが失明してもええいうんやな。
ひどい娘やで、ったく・・・」


いきなり空中で放された。


ばさっ。


どうにかころばずに、地面に降りた。


「おいでおいで」


彼女が手招きしている。

駈けよると、抱きあげられた。


「わかった」
「何がや」
「きっとね、お母さんが怒ってばかりだから、敵だって思ってるんだよ」
「敵や」
「だからね、お母さんも味方だって、示してほしいな」
「嫌や」
「示してほしいな」
「嫌やいうてるやろ」
「示してほしいな・・・」
「嫌やって何回言わせるんや、このアホちん」
「わたし、アホちん」
「そや。 アホちんや」
「が、がお・・・」


ぽかっ。


「イタイ・・・。
だって・・・家族が増えるんだよ」
「これ以上増やしたないわ」
「もぅ・・・頑固だ、お母さん・・・。
こうなったら、この子と一緒に家出る」
「あほなこと言いなや。

あんなに行き先なんてあるかい」
「そんなの関係ないの。
じゃあ、お母さん。 お世話になりました」
「ああ。 元気でやりや」
「うん。 ばいばい」


背中を向けて、その場を去る。


・・・・・・。


・・・。

 

そのまま外に出た。


「はぁ・・・どうしよ。
なんか勢いで、こうなっちゃったけど・・・。
うーん・・・すごく困った・・・」


・・・・・・。


・・・。

 

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とぼとぼ・・・


彼女がこまっている。

こうなっているのは、ぼくのせいだろうか。

だったら、すごく悲しい。

この子には、いつだって笑っていてほしい。

でも、どうすると笑ってくれるのかわからなくて・・・

だから、寄り添っていることしかできなかった。


「とりあえず、ジュース飲もっと・・・」


ごそごそ・・・


「あ・・・財布、家に置いてきちゃった・・・。
これじゃジュース飲めない・・・。
すごく悲しい・・・がお・・・」


かちゃり。


となりから、手が伸びていた。

 

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「来月分のお小遣いから引いとくで」
「わ・・・お母さん。 どうしたの?」
「百円入ったで。 ボタン押したらどうや」
「う、うん・・・」


ぴっ。


がこんっ。


「もう少しで捜索願出すところやったで」
「わ・・・」
「でもそうなったら、大恥や」
「うん、わたしもすごく恥ずかしい」
「それやったら、まだ許したるほうがええと思てな」
「え・・・いいの?」
「しゃあないやろ・・・。
ほんま、やっかいな子やで、あんたは。
一発殴っといてええか?」
「ダメっ。 がおって言ってないもん」
「なんか、さっき聞いた気がするけどなー」
「それ気のせい、たぶん」
「うーん、そやったかなぁ。
後、今度からは、そいつが悪さしたときも殴ってええようにしよな」
「う、うん・・・」
「で、名前はなんてゆうんや」
「うん?」
「この不吉な奴の名前や」
「そういえば・・・まだつけてない」
「ほな、うちがつけたろか」
「うん」
「ブラック黒田」
「うーん・・・いまいち」
「アンラッキー凶平」
「そういう感じじゃない」
「文句多いやっちゃな」
「お母さんのセンスが悪いと思う。
黒いからとか、不吉そうだからって、そんなとこから発想したらダメ。
もっといいイメージで見てあげてよ。
例えば・・・『そら』」
「空?」
「うん」
「あんた、こいつとは対極にあるワードやで、それは・・・。
どんな目で見れば、そんなきれいなイメージが出てくるんや」
「わたしの目の前に、空から舞い降りてきてくれたから」
「ぼとっと落ちてきたんやろ」
「そ、そうかも知れないけど・・・。
でも、わたしにはそう思えたの。
空からの贈り物だって、わたしの友達。 にはは」
「・・・・・・。

ほな、ええんちゃうか。 『そら』で」

「うん、この子は『そら』」


彼女がぼくを見て、言った。

でもそらは、ずっと上にあるのだけど。


・・・・・・。


・・・。


 

7月18日(火)

 

 

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「おはよう、そら。
よく眠れた? わたしが寝てるときって、ずっとここにいるのかな。
それともお出かけしてるのかな」


ひょい。


肩にのせられる。


「用意しよーっと」


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「あーあ、遅刻しちゃうー。
ウチのお母さんが、ネボスケさんだから、自分で朝の支度はしないといけないんだよね。
朝ごはん食べて、お弁当作って、色々大変。
明日からはもっと早く起きよーっと。 おーっ」


ぱたぱたぱた。


明るくなると、彼女は元気になる。

ぼくと同じだから、うれしい。


・・・・・・。


・・・。

 

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「は・・・、ひとけないね・・・。
たぶん、遅刻だよね。
授業中に入ってゆくと、気まずいしなぁ・・・。
どうしよ・・・。
とりあえず、ジュース飲んで休もうか。 暑いしね」


・・・・・・。

 

大きな箱を指でつついて、小さな箱を手に入れる。

そして高い地面へのぼった。

 

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ぼくはきょろきょろ見わたした。

細長い地面が、両方に続いている。

おわりのない道の、はじまりの場所だった。


「明日、終業式。
それで明後日から夏休み。
でも、わたしは補習があるから、学校こないとダメなんだけどね。
でね、今日は誘ってみる、クラスのひとたち。

夏休み、一緒に遊ぼーって。
みんな、たくさん遊ぶと思うし、わたしも、その中に入れてほしいなって思って。
やっぱり夏休み、わたしも遊びたいし・・・。
またひとりぼっちで過ごすの嫌だもんね。
でも・・・やっぱり恐いな。
みんな、約束してくれるかな。
うん、観鈴ちん、遊ぼうねーって。
・・・・・・そらで練習」


ひょいとつかまれた。


彼女の顔と向かい合わせになる。

 

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「えっとぉ・・・夏休み、わたしと遊んでほしいな。
あ、わたし補習あるから、午後からだけど・・・。
海で泳いだり、トランプしたり、虫捕りしたり、花火したり・・・。
あと、宿題一緒にするとか。
うん、いいアイデア
で、わたし写してばっかでラクチン。
・・・・・・うそっ。
わたしも、がんばるよ、にははっ。
・・・・・・ね、どうかな。
・・・わたし、ヘンじゃなかったかな。
普通の子だったかな。
・・・・・・うん、自信ついた。
がんばって、誘ってみよーっと。
そらは連れてけないね」


地面におろされる。


「じゃあ、またお昼ね」


ぱたぱたと走っていった。

ぼくだけになった。

じっと待ちつづける。


・・・・・・。


くろいから、あつい。


・・・・・・。


・・・。

 

やがて、沢山のひとたちが出てきた。

みんなぼくの前を通りすぎてゆく。


「ね、宿題、お泊りして、一緒にやろうね」
「うん、いいよー」


みんな、わいわいにぎやかだった。

これから楽しいことでもあるんだろうか。

そんな人の流れをじっと見ている。

やがて、へってゆき・・・

・・・だれもいなくなった。


とぼとぼ・・・


やっと彼女が出てきた。

ぼくは寄ってゆく。


てこてこ・・・

 

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「は・・・ぐ・・・泣いたらダメ。 メッ」


ぽかっ。


自分の頭をたたいてる。


「がまん、がまん・・・」


ぽたぽたと水がふってくる。

空はこんなにまぶしく輝いているのに。


「ね、そら・・・」


彼女の目がぼくをみていた。


「やっぱり、わたしこの夏休みもひとりだった。
友達と遊ぶ約束できなかった。
みんな知ってるから。
わたしが普通の子じゃないって・・・。
でも、いいよね。
わたし、ひとりきりですごく楽しいことする。
自由課題は、絵日記にしてね、その楽しかったこと全部書く。
読んだひとは、みんなびっくり。
観鈴ちんと一緒に遊んでればよかった~って後悔するの。
そうするから・・・そうするからね・・・だいじょうぶだよ」


目をぬぐった。

すごく悲しそうだった。


「いこ」


でも、すぐに笑った。

どうして、彼女はすぐに笑えるんだろう。


肩にのせられる。

歩きだす。

でも、すぐ立ちどまっていた。


「あ・・・」


横をむく。

彼女の目が遠いところをみつめていた。

そこには、うずくまっていたはずの人。

今は首をあげて、何かにいっしょうけんめいだった。


「昨日のひとだ・・・」


彼女は立ちどまったまま、それをみていた。


「・・・・・・ね、わたし・・・やっぱり、ひとりきりは嫌だよ・・・。
長い夏休み・・・ひとりきりで遊ぶのは嫌だよ・・・。
わたしだけ、ひとりぼっちなのは嫌だよ・・・。
だからね・・・だから、あのひとに話しかけてみる。
あのひと、この町のひとじゃないよ、きっと。
だから、わたしのことも知らないよ。
わたしのこと、普通の女の子って見てくれるよ、きっと。
だからわたし、話しかけてみる。
それで・・・もし・・・いいひとそうだったら、わたし、遊ぼうって誘ってみる。
それで、もう一度だけがんばってみる。
ほかの人と一緒にいられるようにがんばってみる。
いいよね。
そうしても、いいよね。
わたし、いってくるね。
もうひとりきりの長い休みは、嫌だから・・・。
ね、そら、いいよね。
もう一度だけ、友達作ろうとしてもいいよね。
夏休みが始まっちゃう前に・・・」


・・・・・・。


彼女が歩きだした。


とてとてとて。


すこしずつ近づいてゆく。


「自然を装ってと・・・」


高い地面にのぼる。


・・・・・・。

 

「風が気持ちいいねー、うんっ・・・」


両方の腕を大きくのばした。

風が向かいからふいてくる。

ぼくは肩にのっているから、すごく見はらしがいい。

下には一面の水。

すごく広くて、どこまでも行ける感じがした。


「こんにちはっ。 でかいおむすびですねっ」


彼女は話しかけた。


・・・目つきのわるい男に。

 

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「・・・・・・」
「飲み物なくて、大丈夫ですかっ」
「・・・・・・」
「買ってきますね」
「・・・・・・」


・・・・・・。


すぐに引きかえす。


「第一印象はどうだったかなー。
普通の女の子に見えたかなー。
前髪、ちょっと気になる」


髪の毛をひっぱる。


「これでいいかな」


ぱたぱた・・・


よくわからないけど、羽根で返事をした。


「でも、よかった。
いいひとそうだった。
あんな大きいおむすび食べてるの、おもしろい。
だから、悪いひとじゃないよね、きっと。
悪いひと、あんなおもしろいことしないよ」


・・・よくわからないけど、そうとはかぎらない気がする。


「よかった」


四角い箱の前までやってくる。


「さて、ここは、お勧めのジュースにしてあげないとっ」


ぽち・・・がこっ。


ふたつの箱を手に入れる。


あんなに子どもをとられて、大きな箱は怒らないだろうか?


ちょっと心配だ。


「急いで戻ろー」


ぱたぱた・・・


どてっ!


大きくゆれて、びっくりする。


すぐ目の前に地面があった。


「わ・・・こけちゃった・・・。 そら、だいじょうぶ?」


つんつん。


つつかれる。

だいじょうぶ?と、確かめているのだろうか・・・。

つんつんと、彼女の顔をつついて、だいじょうぶだと伝える。


「ごめんね、にははっ・・・。
ジュース転がっちゃった・・・」


立ち上がって、体をぱんぱんとたたく。

ころがっていた箱をひろう。

それからやっと、男のところへ戻ってきた。


「はい」
「苦労したな」
「が、がお・・・」
「怪我したんなら、帰れよ」
「だいじょうぶ・・・」


箱のひとつを男にわたす。


ぷすっ。


ちゅーー・・・


「ぶっ・・・!」


男が口から水を吹きだした。

変な色をした、どろどろの水だった。

 

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「なんだ、これは・・・」


ぼとぼと・・・


箱を握りつぶす。


とんでもないやつだ。


彼女があげたものなのに。


「わっ・・・どうして、そんなことするかなぁ・・・」
「からかってるだろ、俺のこと」
「そんなことないですよぅ、おいしいんですよ、これ。 いらないですか?」
「いらない」
「んー・・・じゃ、わたしがふたつ共、飲みますね・・・」
「ああ。 もともと、おまえのものだ」
「・・・・・・嬉しいんですからねっ」


男はまた、でかい玉を食べはじめた。


「喉に詰まったら、言ってくださいね」
「おまえもな」


・・・・・・。


男が食べおわった。

下の地面におりて、なにも言わずに歩きだす。


「わ・・・無視していっちゃう」


彼女はそれを追った。


・・・・・・。


・・・。



男が振りかえる。

 

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「・・・?」
「・・・ゴミ、ゴミ」


彼女がひからびた箱を投げすてる。


「じゃあな」
「待って」
「なんだよ」
「浜辺にいこっ」
「どうして」
「遊びたいから」
「はぁ・・・?」
「昨日、そこで遊んでたんですよ、子供たちが。
ずっと眺めてたんです。
楽しそうだなぁ、わたしも遊びたいなって。
ずっと、そう思ってたんですよ。 あなたが寝てる隣で」
「・・・・・」
「夕べ寝てましたよね、さっきの場所で。
暇なのかと思って、ずっとつついてたんですよ。
おなかとか背中を、つんつんって。
でもぜんぜん起きる様子がなかったので、諦めました。
よっぽど疲れてたんですね。
疲れはとれましたか?」
「・・・・・・」
「今日は暇ですか?」
「・・・・・・」


男がかたまっている。


「さ、いこっ」


彼女が、男の腕をひっぱる。


「いや・・・俺は忙しいんだ」
「だって、昨日も寝てたし、今もおむすび食べてた」
「それは休憩だ。 休憩も必要だろ」
「その間は暇・・・」
「・・・・・・探し物をしてるんだ。
いつだって、そのことで頭がいっぱいなんだ。
だから相手できない」
「じゃ、一緒に探しますねー。 この辺りですか?」

 

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「北極か南極かのどっちかだと思う」
「じゃ、いってきますねー」


ぱたぱたぱた・・・


走り出す。


・・・・・・。


・・・。

 

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「次のバス、何時かなぁ。
あ、ちょうどバスが来るところ。 ナイスタイミング~」


ぶろろろろ・・・


低いうなり。

くうきが黒くにごって、変なにおいがする。

とても大きなかいぶつだった。

でも彼女は逃げないから、ぼくも逃げない。


「お小遣い足りるかな。
その前に、どこまでいけばいいのかな。
北極か南極って言ってたよね、あのひと。
北極と南極ってどこにあるのかな。
ん?
北極って、地球の一番上だよね・・・。
地球儀で見たことある。
南極は・・・えっと、その逆で、地球の一番下だよね・・・。
わ・・・どっちもすごく遠い!」



「お嬢ちゃん、乗るのかい。 乗らないのかい」



かいぶつの中から、声が聞こえてくる。

きっと食べられてしまったんだろう。


「えっと、うんと・・・乗らないです。 ごめんなさいーっ」


ぱたぱたと走りだす。


忙しかった。


・・・・・・。


・・・。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

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男のところまで戻ってきていた。

泣きそうなくらい、彼女はへとへとだった。


「北極も南極もすごく遠い」
「そうだな。 かなり遠い」
「バスに乗るところで気づいたの。
もしかして・・・嘘かなって」
「嘘だ」
「どうしてそんな嘘つくかなぁ・・・」


彼女は悲しんでいるみたいだ。

きっとこの男のせいだ。

こいつは敵だ。


・・・ばっさばっさ。


でも、彼女はぜんぜん気づいてくれない。


「今、ここ探してました」
「ああ、そうだな」
「一緒に探しますねー」


あんなにつかれているのに、彼女はまた歩き出す。


「あ。 探し物ってなんなんですか?」
「北極ぐま」
「・・・・・・それって・・・嘘ですよね?」
「本当だって言ったら、北極までいくのか、おまえは」
「はぁ・・・。 どうしてそんなイジワル言うかなぁ・・・」
「・・・・・・暑いだろ。 帰れよ」
「平気ですよ。 慣れてるから」


ごそごそ・・・。


草をかきわける。


彼女はいっしょうけんめいだった。


「あ、みっけ。
探してるものって、きっとこれだよね」


ぎゅっとつかむ。

背のびして、男のほうを見る。

それに男が気づく。


「どうした」
「見つけました」
「なにを」


えものを男に見せる。


「かぶと虫」


おおきな虫ががしゃがしゃ動かしていた。


「そら良かったな」
「あれ? 探し物、ちがう?」
「そんなものをこんなに必死で探すか」
「友達かと思って」
「なるほど。
俺は虫が友達、そんな奴に見えるんだな」
「うん。 友達、はい」


近づいて、虫をさしだす。


「はい」


水でもかぶったような、彼女の顔。

光があたって、きらきら光っていた。


「・・・・・・人形だ」
「人形?」
「手で縫ってあって、中に綿が詰めてある。
大きさはこれぐらいだ」
「了解」


・・・・・・。


・・・・・・。

 

夕焼け色に染まりはじめる。


広くて、高い空。


彼女はさがしものをしている。

男もさがしものをしている。

だから、ぼくもさがしている。

なにを見つけたらいいかは、わからないけれど。

なぜだろう。

ぼくはすこしだけ、しあわせな気持ちだった。

 

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「見つからないな・・・」
「ですねぇ・・・」


ごそごそ・・・


「違うところかもな」
「かもしれないですね・・・」


ごそごそ・・・


「な、もういいよ。 疲れたろ」
「いいんですよ。
見つかるまで探しますよ、大切なものなんですよね」

「そりゃあな・・・」
「どこで落としたんですかねぇ・・・」


ごそごそ・・・


「いや、落としたんじゃない」
「え? どうしてなくしたんですか?」
「・・・・・・」
「ん? どうかしました?」
「落としたんだよ」
「ぽてっと?」
「いや、ぼむっと」
「ぼむ?」
「いや、すこーーーんっ! かな・・・」
「すこーーーーん・・・と」


彼女の目が草のなかを見つめた。


「あった!」
「え?」


男が振り返る。

ふたりはなにか見つけたみたいだった。


「とぅっ」


男が跳んで、どこかに消えた。

と思ったら、地面にいた。

彼女もとことこ地面に降りて、男に寄ってゆく。


「危なく食われるところだった・・・。
しかし、侮りがたし。 ガキのキック力・・・」
「良かったですね」
「ああ、良かった。 おまえのおかげだ」
「これで遊べますね」
「誰と、この人形とか。 寂しすぎるぞ・・・」
「違います。 わたしと」
「・・・・・・遊びってなにをするんだ」
「だから砂浜で遊ぶの。
かけっこしたり、水の掛けあいしたり。
そして最後に、また明日、ってお別れするんです」
「それって・・・友達じゃないか」
「そう、友達。 わたしたち、友達」
「違う、さっき会ったばかりだろ。
そうだ、さっき拾ったかぶと虫。
あれと遊んでくれ。
先の割れたツノがいなせな、ちょっとイカした奴だぞ」
「あの子はね、つがいだった。
メスのかぶと虫とどこか行っちゃった」
「そうか・・・そりゃ残念だな」
「うん、残念・・・。 だから遊ぼ」
「・・・・・・」
「遊びたいな」

 

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「あのな、次の用事ができたんだ。 今、思い出した」
「え? そうなんだ・・・」
「ああ。
だから、また今度な。
と言っても、この町に長くいるつもりはないから、二度と機会はないかもな」
「ちょっと残念。 にはは・・・」


彼女が笑う。

それなのに、とてもさびしそうだった。


「あ、もしね・・・もし、次の用事も手伝えるようだったら手伝う、わたし」
「もう遅いぞ。 帰れ」
「お母さん、夜すごく遅いし、怒られないし。 手伝いますよ」
「・・・・・・次の用事はな、金を稼ぐことなんだ。
だから、もうガキの手は邪魔なだけなんだ」
「どうしてお金、いるの? 欲しいものあるんですか?」
「ある。 切実に欲しているものがあるんだ」
「なんなんですか?」
「・・・・・・実はだな・・・」
「あ、カブト虫っ。 わーい」


いきなり彼女がしゃがみこむ。


「二匹もいる。 ツガイ、ツガイ~」


きゃっきゃっとさわぎだす。

とても楽しそうだ。


「・・・・・・帰れ、おまえ」
「仲良し、仲良し」
「聞いちゃいねぇ・・・」
「でも、仲良しだから、水入らず。 ばいばい」


ようやく立ち上がって、男の顔を見る。


「えっと・・・なにかの途中でしたっけ」
「おまえが俺に夕飯代をおごる途中だったんだ」
「あ、そっか・・・。
足りるかな・・・今月、お小遣いもう残り少ないし・・・観鈴ちん、ぴんち。
でも・・・どうしてそんな話になったんでしたっけ?」
「さぁ」
「あ・・・また嘘つきました?」
「ついた」
「どうしてそんな嘘つくかなぁ・・・。 本当のこと言ってください」
「おまえには関係ないだろ」
「そうかもしれないですけど・・・」
「じゃあな。 世話になった」
「あ・・・ご飯」
「・・・・・・」
「ご飯とか、どうするんですか?
良かったら、わたしの家で食べませんか」

 

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「マジか」


目がぎらぎら光っていて、こわい。


「うん、マジ。
食べたいものあったら、なんでも言ってください」
「ラーメンセット」
「にはは、うちラーメン屋じゃないよ」
「ラーメンとご飯」
「うん、それならできる」
「じゃあな」



「わ・・・注文までしたのに帰っちゃうの」



男は少し歩き出して、その場にうずくまった。


「どうしたんですか?」
「やっぱ、食っていっていいか」
「うんっ」


・・・・・・。


・・・。

 

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「ところで・・・」
「ん?」
「なんなんだ、それは」


男がはじめてぼくを見た。


「ん・・・?」


顔が近づいてくる。

わけもわからず、ぼくはおびえた気持ちになる。


「・・・・・・」
「そら」
「そら?」
「そ。
そらです。
黒いところとか、似てますね。 にははっ」
「不吉なことを言うな。
しかし・・・最近はそんなものを肩に乗っけるのが流行ってるのか」
「乗せてみますか?」
「だから不吉なことを言うな」
「みんなそう言うね。 かわいいのに」


なでなで。


「よくわからん」


男はそっぽを向いた。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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ぼくと彼女のねぐら。

それなのに、また増えてしまった。

黒い変な男がいる。

こいつはたぶん敵だと思う。

彼女と一緒にいるつもりなのだろうか。

暗くなるまで、男は彼女とふたりでいた。

ぼくも、ふたりのそばにいた。


・・・・・・。

 

男は横になって、動かなくなった。

眠ってしまったみたいだった。

ぼくと彼女の勝ちだ。

彼女はふしぎなことをはじめた。

ぱたぱたと、四角い札を地面にならべている。

木の葉ににているけれど、木のにおいがしない。

なんだろう?


「うーん・・・」


考えこんでいる。

まねして、ぼくも考えてみる。


・・・さっぱりわからなかった。


・・・・・・。


・・・。

 


ぶおおん・・・


また、低いうなりが聞こえてきた。

それはだんだんと大きくなって。


そして・・・

 

どーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!

 

ばっさばっさばっさ!


よくわからないけど、たいへんなことになっていた。


「わ、そら、落ち着いて! だいじょうぶっ。
お母さんが、納屋に突っ込んだだけだから」


彼女が羽根をなでてくれる。

やっとおちついた。

 

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「だけだから、なんて状況かっ。

それは交通事故というんじゃないのかっ」


今のさわぎで、敵の男が起きてしまった。


「いつものことだから」
「いつものことだったら、いいのかっ」


ぎぃ・・・

 

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「ただいまやぁ」


敵の女まで出てきた。

このねぐらはどうなっているのだろう?

ぼくはもう泣きそうだった。


「あ、お母さん。
あのね、このひと友達。 家にいてもいいよね」


・・・・・・。

 

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「あんたな・・・あんなに揉めて、カラス飼うこと許したったいうのに・・・。
なんでまた増えとんねん! 増えとんねん!
増えとんねーん!
三度も言うてしもたやないか!
それほど衝撃的やった言うことやで!
しかも動物やないっ、人やでっ!
こんなん連れてきたら、犯罪やでっ!
却下じゃ、このアンポン娘がっ!」
「あ・・・アンポン娘・・・」
「そうや。 あんた、アンポン娘や」
「が、がお・・・」


ぽかっ。


「イタイ・・・」


女が彼女をいじめている。

敵の男のせいらしい。

敵の男と敵の女は、敵どうしらしい。


・・・すごくむずかしい。


「だ、だって・・・。
このひと・・・寝るところないんだよ。
それに、いいひとだと思うんだよ。
セミとか・・・掴んで外に逃がしてくれたし・・・。
ごきごき出ても、そうしてくれるって・・・」
「・・・・・・あんた、観鈴とはどんな関係や」


・・・・・・。

 

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「クラスメイト」
「クラスメイト? にしては、歳食っとるんやないか?」
「惚れるなよ」
「惚れるかっ!」


どんどん仲が悪くなっていく。


「ま、肝は座っとるようやな。
そのへんは嫌いやないわ。
この期に及んで、言い訳したり、取り乱したりする奴なんかよりはな」
「そうそう、わたしもそう思う。 お母さん、惚れちゃうよね」
「惚れるかっ!」
「わ・・・ツバ飛んだ」
「こいつ、名前なんて言うんや」
「えっとね・・・、たぶちさん」


「ちがう・・・」


「田淵さん。
・・・わかった。泊めたる」
「やった」
「納屋にな」


「・・・・・・」


「わ、納屋・・・」


「ついでに戸が壊れてるから、直したってや、田淵さん」
「冗談じゃない。
俺は客だぞ、丁重にもてなせ、このやろう」


「わ・・・すごい口きいてる」


・・・・・・。


観鈴
「は、はい・・・」
「おもしろい友達やないの」
「うん、おもしろい。 にははっ」
「そやけど、常識しらんようやなぁ。
そういう奴はうち、嫌いや。 追い出そかー」
「わ、待って・・・」


・・・・・・。

 

「今日からあなたの息子になります」

 

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「なるかっ!」
「ならせるかっ!」


・・・・・・。


「はぁ・・・なんかうち、頭痛してきたわ・・・」
「わ、大丈夫?」
「とにかく納屋や。
それが嫌やったら、野宿でもしいや。
この季節、死ぬことはないわ」


男が背を向けて、ねぐらから出ていく。

女の勝ちらしかった。


「あ、いっちゃう・・・」


・・・・・・。


男のあとを追いかけて、彼女も出ていってしまった。

ねぐらに残ったのは、ぼくと敵の女だった。

ぼくらは勝ったんだ。

すごい。


・・・・・・。


こんなの、ぜったいまちがっている。


・・・・・・。


すぐに、彼女はもどってきてくれた。

ぼくを両手で持って、柔らかな地面にのせてくれた。

ここはねぐらの中の、彼女のねぐらだ。

とても気持ちがおちつく。

 

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「今日はいろんなことあったね。 楽しいこといっぱいだった」


ぼくのことをまっすぐに見て、彼女が話しかけてくれる。

肩に乗っているとあまり顔を見られないから、ぼくはうれしかった。


「やっぱり、わたし間違ってなかった。
往人さん、いいひと。
こんなわたしでも、仲良くしてくれる。
まだちょっと、距離あるけどね・・・にはは。
でもだいじょうぶ、夏休み長いからねー。
もっと往人さんと仲良くなって、思い出作る。
楽しい楽しい思い出。
学校は明日で終わって・・・明後日から、わたしの夏休みが始まる。
がんばって、遊ぶね。
もちろん、宿題も。
ん・・・? なんか騒いでるね。
お母さん、ひとりでも悪酔いすると大騒ぎするから・・・近所迷惑。
わたしは明日も早いし、寝よーっと」


やわらかな地面の上で、彼女はごろんと横になる。

ぼくはその顔のとなりに立つ。

そうしてあげなければいけないような気がした。


「おやすみ、そら。
明日も楽しいこといっぱいあるといいね。
往人さんおもしろいひとだし。
目つき悪いけどね。
やっぱり友達になれてよかった」


・・・・・・。

 

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「むにゃ・・・くー・・・」


おだやかな寝息。


暗闇の中、ぼくは空をあおぐ


ここからだと、何も見えなかった。


・・・・・・。


・・・。