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AIR【28】

 

7月19日(木)

 

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「おはよう、そら」


彼女は笑顔だった。

うれしそうだったので、ぼくもうれしい。

『おはよう』の意味はわからないけど、きっと言うだけでうれしいんだろう。


「今日も元気に過ごそうねー」


肩に乗せてもらう。


「今日は終業式だったね。 明日から夏休みなんだねー」


・・・・・・。

 

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「でも、今年はだいじょうぶだよ。 このひと、いるし」


しゃがみこむ。

すぐ下にあの男が寝ころがっていた。

目を閉じていても、目つきが悪かった。


「だから、わくわくする。
できるだけ、長くいてくれたらいいな。
朝ご飯作ろーっと」


立ち上がる。

やっぱり彼女はうれしそうだ。


・・・・・・。


「今朝はなににしようかなー。
ご飯余ってないし・・・パンにしよーっと。
それと、目玉焼きかな・・・」


がちゃり。


「ベーコン、ある。
ベーコンエッグにしよっと。 解凍、解凍・・・」


ぶぅ~ん・・・ちん!


「卵を片手で割りますよ~」


かちゃん!


「わ、失敗。
成功確率4割なの。
でも、4割バッターっていえばすごい選手だし、観鈴ちんもすごい。
さて、神尾選手バッターボックスに入ります。
ふたつめの卵はどうでしょう」


かちゃん!


「わ、また失敗・・・、4割切った・・・。
でも、まだまだすごいよね。 最近不調なだけ」

 

ジューーーッ!


「換気扇回さないと・・・」


ミ、ミミ!


「ん?」


ミッ! ミミミミッ・・・


「わーっ!」


ものすごい速さで、なにかが飛び回っている。


セミだった。


あの、食べるとにがいやつだ。


「わわわわっ」


彼女の肩が揺れる。


・・・ばっさばっさ。


ぼくは台の上に飛び降りる。

 

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「うるさいぞ」


そこへ男が現れた。


「だって、またセミが換気扇からっ」


ミミミミッ!


「お願いっ」
「・・・・・・」


男はなんだか調子が悪そうだった。


ミミミミッ!


「くそ・・・」


男が手を伸ばす。


・・・むにゅ。


彼女の鼻をつかんだ。


ずるずる・・・


そして、そのまま引きずっていった。


・・・誰もいなくなった。


ミッ! ミミミミッ・・・


セミだけが、うるさく鳴き続けていた。


・・・・・・。


しばらく待っていると、彼女がひとりで戻ってきた。

 

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「がんばるっ」


そして、手にした丸い板を振り回しはじめる。


ガチャン!


「わーっ! 醤油差しが、倒れた!」


ガタン!


「わーっ! サラダ油が、こぼれたー!」


ミミミミッ!


彼女の持つ板の中に突っ込んでいくセミ


ずぼ!


「え? ずぼ?
わわーっ! 往人さんのベーコンエッグが・・・とんでもないことに!」


板の中を覗き込み、つんつんとつつく。


「すごい・・・黄身に刺さってる・・・。
観鈴ちん、ぴんちっ。 ていうよりも、セミのほうがぴんちっ。
助けてあげないとっ」


じーじーとあばれるセミを、指で捕まえる。

外に向けて、手をはなす。


ミィーーーーーン・・・


鳴き声が遠ざかっていった。

どうにか、さわぎは片づいたようだった。


・・・・・・。


・・・。

 

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「はい、食べよ」
「・・・・・・」
「ん? 往人さん、どうしたのかな」
「おまえ、これ・・・なにかあっただろ」
「なんにもないよ、なんにもない。
おいしい、もぐもぐ」
「・・・・・・」


もぐもぐ・・・


「・・・・・・」
「なんだよ、その、うわ、本当に食べちゃってるっ、ていう目はよ・・・」
「そんな目してないよ。 してない」
「そっかよ・・・」


ぱくぱく・・・


「おいしい?」
「おいしいよ・・・」
セミっぽくない?」
「どういう意味だよ、それはっ」
「なんでもない、なんでもないよー」
「・・・・・・」


ふたり、もぐもぐと食べ続ける。

ぼくも彼女の手から、食べ物をもらって食べた。


・・・・・・。


・・・。

 

まぶしい太陽の光。

その中を、歩いてゆくみすず。

ぼくはいつものようにその肩にいた。

そして、となりにはあの男も。

 

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「あ、なにか見っけ」


男が飛び退く。


「あれ? どうしたの? なにかな、顔あった」
「目の錯覚だ」
小人さんかな」
「んなわけないだろ」
「おもちゃ?」
「違う」
「ヒント」
「クイズじゃない」
「秘密?」
「そう、秘密だ」
「うーん・・・ペットかな。 ポケットで飼ってるの」
「考えるな」
「うーん、じゃあねぇ・・・」
「そんなものより、おまえの肩に乗っているもののほうが俺は気になるぞ」
「うん? この子?」
「ああ、そのカラスだ」
「紹介したよね。 そらって言うの」
「そんなものがよく懐いたな」
「うん、友達。 三人は仲良し」
「勝手に仲間に加えるな」


男はぶっきらぼうに見える。

ときたま彼女を涙ぐます。

でも彼女は、男の前でとても幸せそうに笑う。

男は彼女の敵ではないような気がする。

それでは、何なのだろう?

よくわからなかった。


・・・・・・。


・・・。

 

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「ばいばい。 また後でね」
「ああ」


ふたりはここで別れるみたいだった。

ここからは、ぼくと彼女だけだ。


「そらはここで待っててね」


と思ったら、地面に降ろされそうになった。

たしか、この前も連れていってもらえなかった。

男はひまそうだ。

今日は男をみはっておくのもいいかもしれない。


・・・・・・。


そのまま彼女の肩に乗っておく。


「あ、ここからは、そらダメだよ。
学校っていってね、勉強するところ。
動物連れて入ったらね、怒られる。
わたし、先生にぽかって叩かれる。
そうなったら、また、がおってなっちゃう。
だからね、ここでまた待っててね」


やっぱり肩から降ろされる。

でも、ついてゆこうとする。

 

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「メッ。 ここからこっちには入ったらダメだよ」


怒られてしまった。


「じゃあね、ばいばい」


彼女が手を振って去ってゆく。

ちょっと悲しかった。


・・・・・・。


・・・。


することがない。

彼女は出てこない。


てこてこ・・・


中に入ってみた。


・・・・・・。


・・・。


「いたぞーっ」

「こっちだー」


追われていた。

彼女をさがそうと思っただけなのに。

たくさんの人に追いかけられている。

なぜだろう?

よくわからない。


ばさばさっ。


段差に飛び乗り、ひらけたところをかけぬける。


・・・。


まぶしい光を感じた。

ねぐらから見えるのと同じ、切り取られた空。

ぼくはそこへ出ていった。

 

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そこは、何もなかった。

なにもさえぎるもののない、広い場所。

逃げてることさえ忘れそうなくらい、空がせまってくる感じがした。

風の音だけが、あたりをつつんでいた。

迫ってくる敵の声も、もう聞こえない。


「あ、カラスさんだーっ」


てこてこてこーっ。


あわててものかげに隠れる。


「そんなに怯えなくていいよぉ」


なんとなく、彼女に似ている。

ぼくは少しだけ顔を出す。

 

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かざり羽根が短い。

男の子かと思ったけど、みすずとおなじ格好だ。

いい匂いがした。

きっと、かざり羽根の短い女の子だ。

 

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「あっ出てきたっ。 ほらほらっ、こっちおいで~」


ぼくに向かって手を振っている。

少しずつ近づいてみた。


「逃げなくてもいいんだよっ。 ほら」


頭を撫でられる。

みすずと同じくらい気持ちよかった。


「そうそう。 いじめたりしないからねぇ」


女の子はしばらくぼくの羽根をなでてくれた。


気持ちがいい。


だんだんと眠くなってくる。


「で、キミはどこから来たの?
カラスさんなんだから、やっぱり空からだよねぇ。
ちょっとおいで~」


むんずとつかまれた。

女の子が、地面のはしまですすむ。

ぼくを持った手を頭の上へともっていく。

下を見る。

地面があんなに遠くにある。

危険だ。

とてもとても危険だ。


「いい? ぱーって投げるから、びゅーって飛ぶんだよ?
じゃ、いってみよーっ」


・・・ばっさばっさばっさばっさばっさ。


ちからのかぎり、いやがってみた。


「キミ、なんか羽ばたきがヘンだよ?」


ばっさばっさばっさ。


「・・・もしかして、飛べないの?」


ばっさばっさ。


ひっしにもがく。

すると彼女は、ぼくを地面に降ろしてくれた。

 

「うぬぬ・・・こんなところまで、飛ばずにどうやって来たのぉ?
ひょっとして、キミも魔法使いなのかなぁ?」


くすくすと笑いながら、ぼくの頭をつつく。


「でも、魔法使いなら飛んでくるはずだよねぇ」


手になにか巻きつけている。

ぼくは、それをついばんでみた。


「あっ、ダメだよぉ。
これはまだ、外しちゃダメなんだから」


怒られてしまった。


「あたしもまだ、空は飛べないけど・・・。
でも、一生懸命頑張れば、そのうち飛べるんだよぉ。
だから、キミもがんばって飛べるようにならなきゃダメだよぉ」


ひょいっ。


体を持ち上げられる。


「さっそくチャレンジ再開だー」


・・・ばっさばっさばっさばっさ。


「・・・今すぐはやっぱり無理だよねぇ。
今日は出血大サービスで下まで送迎大歓迎だよぉ」


ぼくは彼女に抱きかかえられる。

そのまま、暗いすきまを降りていった。


・・・・・・。


・・・。

 

彼女と別れた場所まで戻ってきた。

女の子はぼくをゆっくりと、地面においてくれた。

 

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「ここまでくれば、もう安心だねぇ。
でも、道路は車とか走ってるから気をつけるんだよぉ。
それじゃあね~」


・・・行ってしまった。

また寂しくなる。

どうしよう・・・。


・・・。

 

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「こんなところにいた」


困っていると、みすずがやってきた。

ぼくはほっとする。


「さっきはここにいなかったのにな。
なにしてたのかな。 ちょっと心配しちゃった」


そう言ってぼくの羽根を撫でる。

そしてやさしく抱き上げて肩に乗せた。

彼女の顔が近づく。

幸せな気持ちになった。


「あ・・・」


彼女が空を見た。

ぼくもつられて見上げる。

 

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空の中を、影が横切っていった。

ぼくと同じ形をしていた。


「カラスだよ。 そらの知り合い?
それとも、おかあさんかな」


やがてひるがえり、見えなくなった。


「そらもいつか、ああなるんだよ。
この空を飛ぶ日がくるんだよ。
そのときは、わたしを置いていっていいからね」


遠い空。

ぼくと同じ形をした仲間。

羽根を動かして、空にひっぱられるみたいに。

いつか、ぼくもあんな風になるのだろうか。

それは幸せなことなんだろうか。


そうじゃない。


彼女とずっと一緒なら、ぼくは幸せなんだ。

・・・ぼんやりと見える何かが、ぼくにそうささやいていた。


・・・・・・。


・・・。

 

「今から掃除するからね。 往人さんと遊んでてね」


肩から降ろされる。

仕方がないから、その辺の止り木に飛び乗った。

そして彼女はぼくを残して、姿を消してしまった。

入れ替わり、低いうなりが聞こえはじめる。

敵の女が出てくる音ではなく、もっと静かなものだった。

あぶない感じはないと思う。

 

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「お菓子・・・お菓子と・・・」


そこへ、男が現れる。


がそごそ・・・


何かを探しているようだった。

きっと、食べ物をあさっているんだろう。


「おっ。 栗まんじゅうか・・・悪くない」

 

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「悪くない」
「うお・・・っと」


彼女が笑顔で立っていた。


「うんうん、悪くない」
「なにが」
「栗まんじゅう。 ひとりで食べるの、おいしくないよ」
「隠れて食うのが、好きなんだよ」
「待ってて。 お茶淹れるから」
「おまえ、掃除はどうしたんだよ」
「終わったよ」
「・・・・・・」


・・・・・・。


ず、ずずぅ・・・


ふたり、湯気があがるものをすすっている。


「お茶もおいしいし、栗まんじゅうもおいしいね」
「そうだな。 うーん・・・」
「どうしたの?」
「むーん・・・」
「ずっとうなって、どうしたのかな、往人さん。
栗まんじゅう、おいしいのに・・・もぐもぐ」


・・・・・・。


・・・。

 

陽が落ちる。

すると、世界は真っ暗になる。

それでも、この場所・・・彼女のねぐらだけは、暖かい光が残っていた。

ねぐらの中には、小さくて四角い光がある。

それはにぎやかに色を変え、彼女の頬を照らしていた。


「にはは、今のすごくおもしろいね」

 

ずがーーーーんっ!

 

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「だーーっ」


大きくねぐらが揺れた。

もうぼくは慌てなかった。

これは、あの女が現れる前触れだった。


「わ、また、お母さん、納屋に突っ込んでる・・・」
「よく毎日無事だな・・・」
「迎えにいってくるねー」
「ああ」


・・・・・・。


「ただいまやぁ~。 居候はまだ寝てないやろなーっ」
「往人さん? 起きてるけど・・・」


どんどんどん・・・


ばんっ!

 

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「飲めっ」
「・・・・・・」
「なんやてぇ?」
「・・・・・・」


男は黙ったままだった。


観鈴っ」
「は、はいっ」
「あんたも飲むんや」
「わたし・・・未成年」
観鈴、重大な秘密を教えたろ。
実はな、あんたの出生届、十年も出すの忘れられてたんや。
だから、オッケーや」
「わ、わたし・・・おばさん」
「そ、おばさんや」
「が、がお・・・」


ぽかぽかっ!


「イタイ・・・どうしてふたりに殴られるかなぁ・・・」
「ほら、観鈴。 何かツマミ持ってくるんや」
「う、うん・・・」


たとたと・・・


何かが始まろうとしているようだった。


・・・。


また女が現れた。

身体の色が黒から白に変わると、もっと危ない感じだ。

 

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「さて今夜、最初のコーナーは・・・隠し芸大会。
いぇーーーーい。 ほな、始めてや」
「大会ならみんなに向けて言ってくれ。 俺だけを見て言うな」
「うちらは観客や。 な、観鈴


「うん、観客」


彼女が男の前に座り治す。


「あのね、お母さん。
往人さん、すごいんだよ、すごいことできるんだよ。
えっと、なんだっけ・・・」
「おまえの前では二度とやらないと言っただろ」
「どうしてそんなこと言うかなぁ・・・。
わたし、あれ大好きなのにな」
「・・・・・・やらないといったら、やらない」


「そこまで煽っといて見せへん言うんか」
「煽ったのは、あんたの娘だろ・・・」
「ええ根性しとる。 そんなあんたは、裏庭送りや」


「わっ・・・それってひどすぎ・・・」


「なんだ、それは」
「話、聞きたいか」


ごくり、と男がのどを鳴らす。


「聞く」


「わたし、いやっ」


彼女が頭を隠してしまう。


「うちの裏庭は、ほれ、台所の窓から見たらわかる。
・・・鬱蒼とした茂みになっとるんや」


つらつらと女が話をはじめる。


・・・・・・。


「脅してる暇があったら、保健所を呼ぶなりしてとっとと対処しろ」
「ええやん。 なんか箔が付くやん」
「そんな箔つけるな」
「どうする、居候」
「わかった・・・」


「やった」


「よっしゃ。 あんた男前や」
「けど、これが最後だからな」



「楽しみ」



男が人形を取りだし、床に置く。


とことことこ・・・


それが歩き始める。

 

「どうだ」


「・・・・・・観鈴、これ、オチないんか」
「うん、ないみたい・・・」
「あかん。 こいつ、センスないわ」

 

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「・・・・・・」


「わ・・・往人さん、落ち込んだ・・・。
でも、すごいよね。
タネも仕掛けもないんだよ」
「そんなん関係あるかい。
糸で吊ってんが見え見えでも、おもろいほうがええわ」


「納屋で寝る・・・」


「わ・・・自ら納屋に行こうとしてるし・・・」


「わはは、別にそんな才能なんてなくてもええやん、居候。 飲んで忘れよ」
「死活問題だぞ、俺にとっては・・・」


さらに騒ぎは続く・・・。


「ほら、観鈴、ここきぃ」


ぽんぽん。


「膝貸したるから」
「いいよ・・・子供じゃあるまいし。
外で涼んでこよーっと」


ぼくを肩に乗せたまま、その場を後にする。


・・・・・・。




「すずしいねー」


・・・。


「ね、そら」


持ち上げられて、彼女の顔と向き合う。

 

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「わたし、明るい子でいられてるかな。
ひとりのときより、ずっと明るくいられているかな・・・。
いつも笑って、いつも元気。
だからクラスの人気者。
学校でのわたしが、どんなだかなんて、往人さん知らないから・・・。
だから、元気で明るい子だって・・・そう思ってくれてるかな。
だったら、いいな。 わたし、うれしい」


がらり・・・


音がしたほうを見た。

 

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目つきの悪い男が姿を現していた。


「あ、往人さんも、涼みにきた。 ちがう?」
「違う。 寝にきたんだ」
「わ・・・納屋・・・」
「ああ」
「お母さんにヘンなこと言った?」
「べつに。 ただ、俺より遙かに年上だ、って言っただけだ」
「それはダメだって。
お母さん、まだまだ若いって思ってるんだから」


彼女は笑いながら、話をする。

この男の前では、とても嬉しそうにする。

彼女にとって、目の前の男は特別なのかもしれない。

そう思った。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「おやすみ、そら」


暗くなる。


彼女は寝てしまったようだ。


四角く囲われた空を見上げる。


小さな光がたくさん浮いていた。


きれいだった。


見ていると、何かを思い出せるような気がする。


外に出れば、もっとよく見えるだろう。


小さな光に吸い込まれるようにして、ぼくは歩いてゆく。


てこてこ・・・


どさっ!


びっくりした・・・。


また落ちてしまった。


てこてこ・・・


・・・・・・。

 

ねぐらの正面まで歩いてくる。

そして、空を見上げる。

 

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光が浮かぶ。

その向こうに、もっとたくさんの闇。


・・・・・・。


・・・悲しい。


ふと、そう感じた。

どうしてだか、わからなかった。

明るいうちには見えない、たくさんの光たち。

まるでそれは、飛んでいって、帰れなくなったものの集まりのように見えた。

そのひとつひとつが、この場所に帰ってきたいと、願っている。

でも願うだけで、かなわない。

それは悲しいことだ。

だからだろうか・・・

こんな気持ちになるのは。

そんなことを考えながら、しばらく眺めている。


・・・・・・。


・・・彼女の元に帰ろう。

ぼくの居場所に。

そういえば・・・。

彼女の寝床に戻る入り口は、高くて届かない。

別の入口からでないと、ねぐらに帰れない。

すると、またあの女と戦うことになるだろう・・・。

でも、ここまできたらやるしかなかった。

ぼくは戦う決意を固める。

ここから走り込んで、その勢いのまま敵を倒してやろう。

くちばしに力を込めて、開かれたすきまに突っ込む。


てこてこてこーっ!


ぶすっ!


やった!


「いでぇっ・・・!」


あれ?


声がちがう・・・。

 

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「今、ケツをぶっ刺したのは誰だっ!」


目つきの悪い男だった!


・・・・・・。


てこてこてこーっ!


いちもくさんに逃げ出す。


・・・・・・。

 

入り口を間違えたようだった・・・。


ばさっ!


今度こそと、別のすきまから中に入る。


・・・・・・。

 

「ん?また、ばさっ!とか聞こえたな・・・」


声がする。


やっぱり戦うしかない。

 

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「とりあえず、捕まえよーっと」


サッサッ・・・


伸びてきた手をよける。


「あかん、やっぱ、謎なぐらい機敏や・・・」


ちょいちょい。


羽根の先を動かす。


「なんや、こいつっ・・・また挑発しよってからにっ!
いったろやんかーっ」


両腕が伸びてくる。

ぼくはそれをかいくぐって、彼女の顔めがけて地面をけった。


ぱしッ!


くちばしを手で押さえこまれた・・・。


「あほぅ、そんなんに何度も引っかかるかいな。 仕返しや~」


何かを口に押し込められる。


どくどくどくどく・・・


変な水がのどに流れ込んでくる。

冷たいのに、のどがかっと熱い。

ふらふらする。

このままでは、死んでしまいそうだった・・・。


とくっ・・・


・・・息がつまる寸前で、止められた。


「よしゃ、ええ飲みっぷりや~。
うちが勝ったんやからな、今日は朝まで付き合ってもらうで。
覚悟しぃや~」


目が回ってきた・・・。


今飲んだ、熱い水のせいだろうか・・・。


くらくらくら・・・


くらくら・・・


くら・・・


頭を揺らされている感じだった。


・・・・・・。

 

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「・・・そしたら、その男、最後にこう言うたんや。
結局惚れていたのは、僕のほうなのかもしれない・・・って。
な、どうや? どう思う!?
これってうちの勝ちやろ!?」


女はひとりで話し続けている。

ぼくに話しているのだろうか・・・。

けど、ぼくはそれどころじゃなかった。


くらくらくら・・・


まだ頭が揺れている。


「だから、うち、言い返したったわ。
逃した魚は・・・人魚やで。
どないやーっ! これ効いたやろーっっ!
うちが、人魚さんいうことやーっ!
・・・・・・な、うち、人魚さんなんやで。
どないやのん。
なんか、リアクションしぃや、あんた」


じっと見つめられている。

何を求められているのだろうか・・・。

ぼくは女と目を合わせるだけで、せいいっぱいだった。

のどに熱いものがこみあげてくる・・・


「あんた鳥やもんな・・・。

はぁ・・・おもろな」


目の前が暗くなってゆく・・・。


「もう、おねんねかいな。
子供みたいやなー、って、カラスで言えば、まだ子供なんか。
しゃあないな、あの子のところ、連れてったる。
あんたおらんなってたら、あの子、また、がおっとか言いそうやもんな」


温かいもので、身体がふわりと包まれたのを感じた・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

 


7月20日(木)

 

 

目覚めた。


何かを思いだしかけたような気がする。

頭が重い。

なぜだろう。

隣を見る。

彼女はまだ眠っていた。

口でその頬をつついてみる。


つんつん・・・


「かわいい・・・にはは。 くー・・・」


起きなかった。

彼女が起きるまでどうしよう・・・


じっと起きるのを待つ。

それはぜんぜん退屈なことではなかった。


・・・・・・。


「ん・・・」


彼女がようやく目覚める。

 

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「おはよーそら。
ん? なんだか、外が騒がしいね。 いってみよーっと」


彼女が出ていく。


「っと、パジャマのままだった。 制服に着替えておこーっと」


ぬぎぬぎ・・・

 

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「おなか、ぷよぷよしてる。
でも、出てないよ。 ひとりでできた」


いつもの姿になった。


「って、いつもひとりでできるけどね。 いってこよーっと」


また、出ていく。


「っと、そらも一緒に連れてくんだった」


戻ってきて、ぼくを肩に乗せた。


「れっつご~!」


・・・・・・。


・・・。

 

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そとには人だかりができていた。


「近所のひとたち、集まってるねー。
なにかな。 あの、なにがあったんですかー」


ぴょこぴょこと飛び上がる。


「あら、神尾さんち観鈴ちゃん、おはよう」
「おはようございます。 なにかあったんですか?」
「河原崎さんの家、泥棒入ったのよ」
「え」
「犯人は若くて長身のとっぽい男で、凶悪な顔で河原崎さんを脅して、走り去ったらしいの」
「うわー」
「でも、被害が牛乳瓶、一本だった、というのが不幸中の幸いね」
「ふんふん・・・」
「まだこの近くにいるかも。 観鈴ちゃんも、気をつけてね」
「はーい」


人混みから抜け出す。


「あのね、河原崎さんの家、牛乳盗まれたんだって」


彼女がぼくに話しかけながら、ねぐらに戻る。


「ぶっそうな話だよね」


よくないことが起きたようだった。


・・・・・・。

 

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「あ、往人さん、おはよー」
「寝坊か?」
「ううん、河原崎さんの家でなんか、泥棒だって。
牛乳盗まれたって」
「・・・・・・」


男は後ろを向く。


「若くて長身のとっぽい兄ちゃんだって。
往人さん、こっち向いて欲しいな」
「どうして」
「納屋でちゃんと寝られたかなって。 目の下にくまできてないか見る」
「快眠だったぞ、灯油缶がいい抱き枕になるんだ。
寝返り打つと、ベコボコいうけどな」
「いいからこっち向くの」
「ああ・・・」


・・・。


彼女が男の顔に指で触れる。


「これ、牛乳」
「いや、白い髭だ」
「牛乳」
「白い髭だ」
「牛乳」
「白い髭だ」
「牛乳、だって牛乳の味したもの」
「乳製の髭なんだ」
「それって、牛乳って言ってるのと同じ」
「・・・・・・」
「謝りにいこっ」
「今更、のこのこ出ていって謝れるかっ」
「お向かいさんなんだから、謝って仲直りしておかないとダメっ」


ずるずると引きずってゆく。


・・・・・・。


・・・。


 

「ふぅ・・・。 とんでもなく疲れたな」
「たぶん、自業自得」
「珍しく健やかな朝が迎えられたと思ったのにな・・・。
とにかく、朝飯食おうぜ。 腹が減って、ぶっ倒れそうだ」
「今朝は、朝食抜き」
「・・・・・・冗談はよせ、神尾さんち観鈴ちゃん」
「だって、もう時間ない」
「今日から夏休みだろ?」
「うん、夏休み。 だけど、補習あるの」
「補習・・・?」
「遅刻多いし、成績もよくないしね」
「そら納得のゆく理由だが・・・。
しかし、今更だろう。 朝食くって、呑気にいこうぜ」
「補習まで遅刻できない。
行きがけのお店開いてると思うし、そこで何か食べ物買お」
「もう一歩も歩けないほどに空腹なんだかな・・・」
「がまん、がまん」


・・・・・・。


・・・。

 

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「腹へった・・・」
「はいはい、歩いて歩いて」
「うぉぉ・・・」


・・・・・・。



「ついたっ」
「この店か・・・」
「うん、武田商店。
パンや駄菓子、なわとびまで売ってる。 なにが欲しい?」
「パン」
「だよね。 パンぐらいがいいよね、買ってくるねー」


・・・・・・。


ぱたぱたぱた・・・


「すみませーん、これ、くださーい」
「あいよ、100円だねぇ」
「どうもー」


・・・・・・。


「往人さん、買ってきたよー。 おいしいパン」


男の元まで戻ってくる。

 

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「・・・・・・」
「あれ? 往人さん、返事ない・・・どうしちゃったのかな。
往人さんっ、往人さんってば」
「おっと・・・あまりの空腹に一瞬、気を失っていた」
「おおげさ」
「・・・・・・」
「えっと、イチゴメロンパンで良かったかな」
「ああ、なんでもいい」


男は彼女から食べ物を受け取って、それを食べた。


「うっ・・・」
「わ、詰まった? はい、飲み物っ」


食べ物と同じような色をした箱。


「余計、詰まるだろっ!」
「イチゴにイチゴを合わせてみましたー」
「合わせるなっ! ひくっ!」


男がその場にしゃがみ込む。


「飲んだほうがラクになるよー」
「の、ま、な、い・・・」
「わ、大丈夫かな」


とんとんとん・・・


「んぐっ・・・、ふぅ・・・」


男が立ち上がる。


「よかった」
「よくない。 どうして、朝食を終えるのに、こんなにも苦労すんだよ・・・」
「往人さんの好き嫌いのせい。 にはは」


・・・・・・。


・・・。

 

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「は・・・」
「馬鹿」
「うーん・・・残念」
「たぶん、自業自得だ。 どうするんだ」
「一時間、ここで潰す。
それで休み時間に入っていって、あたかも一時間目からいました~って顔して座ってるの。
それ、わたしの必殺技」
「バレバレだろ」
「わたし、存在感ないから、みんな気にも留めないの」


また段差を登り、彼女は風を体に受ける。

ぼくの体も風を受ける。

そのしぐさが、ぼくも大好きになっている。

彼女とふたりきり飛んでいる・・・そう思えたから。


・・・どこまでもどこまでも高みへ。


この空を目指して・・・


それはいつかどこかで見た、誰かの夢だと思った。

 

・・・・・・。


・・・。

 

その後、ふたりは別れる。


そしてぼくは、いつもの場所でじっと待つことになる。

暑いから、壁の影に入っておく。


・・・・・・。



キーーーンコーーーンカーーーンコーーン・・・



大きな音が鳴った。


前は、この音の後に彼女が出てきたから、うれしい。


ざわざわざわ・・・


たくさんのひとが、中から出てきた。


ぼくは、彼女の姿をさがす。


・・・・・・。


・・・。


こない。


ぼくの前を通りすぎるひとたちも、もう少なくなった。

どうしたのだろう。

影から出て、中を覗いてみる。


「・・・・・・あれ・・・・・・?」


目の前に、知らないひとが立っていた。

 


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「・・・・・・」


女の子は、じっとぼくを見下ろしている。


「・・・・・・・・・おひとり?」


話しかけられる。


「・・・・・・・・・あ」


何かを思い出したみたいだ。


「・・・これは大変失礼いたしました」


女の子は、突然地面に膝をついて、目線をぼくの高さに合わせてきた。


・・・ばっさばっさ。


身の危険を感じる。


「・・・・・・・・・こんにちは・・・本日も大変良いお日柄で」


両手を膝の前について、深々と頭を下げた。

その後ろを通りすぎるひとたちが、女の子を見てくすくすと笑っている。


・・・どうしてだろう、少し腹が立った。


つんつん・・・


目の前にある女の子の頭を、くちばしで軽くつつく。


「・・・?」


女の子が頭を上げる。


「・・・どうかしましたか」


・・・ばっさばっさ。


羽を動かして、彼女に答える。


「・・・・・・・・・そうですか」


立ち上がり、砂で汚れた膝をぱんぱんと叩く。


「・・・おいで」


女の子が手をのばしてくる。

そして、抱き上げられた。


「・・・逃げないんですね・・・賢い」


羽根を撫でられる。


「・・・・・・・・・なるほど・・・。
あなたは・・・まだ飛べないのですね」



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空が高かった。

女の子は、なぜか寂しそうに空を見上げていた。


「・・・・・・・・・がんばってくださいね」


女の子が言う。


「・・・あなたは・・・がんばってくださいね」


呟きながら・・・。


そして、しばらくそのままでいた。


・・・・・・。


・・・。

 



ぱたぱたぱた・・・


女の子とわかれた後、彼女が走ってきた。

 

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「ごめんね、そら。
おそくなっちゃった。 さっ、かえろ」


ぼくは、彼女の肩に乗る。

そして、その場を後にした。


・・・・・・。


・・・。

 


ねぐらに戻ってくると、彼女はぼくを地面におろした。

 

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「宿題しよーっと。
わたし今から、集中するから、かまってあげられないの。
ごめんね、そら。 だから、お外で遊んでて」


外への入り口を彼女が開けた。

そこで、じっとしている。

しばらく、出ていたほうがいいのだろうか。


てこてこ・・・


「いってらっしゃーい」


・・・・・・。

 

あの男がねぐらの前に立っていた。

 

「アジィ・・・」


男が人型を地面に置く。


「・・・・・・」


ぶろろろろろろろろぉーーっ!


そこへ、あのうなりが近づいてくる。


「ん・・・?」


ぽむっ!


人型がどこかに飛んでいった。


「・・・・・・そうだ。 ラーメンセットを食いにいこう」


男は歩き出す。


・・・。



「・・・・・・ちがうっ・・・こら、誰だ!」


 

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「ん・・・? なんか、はねてもたなぁ。
ごっつ軽かったし。 別に気にせんでええかな~」


あの女だった。


「・・・・・・」
「あ、あんた、おったんかいな」
「・・・・・・」
「ごっつブルーな形相やで。 どないしたん?」
「今あんたがはねたのは俺の商売道具だ」
「商売道具? ああ、あの薄汚れた人形かいな。
そかそか。 よう飛んだなぁ・・・」
「探してきてくれ」



ぶろろろろろろろ・・・



「ほい、落ちてたで」
「それだけか。
あんたは俺の商売道具をバイクではねたんだぞ。
なら、どうすればいい」
「ん? なんかせなあかんかな~。
よし、ほな帰りに、新しい人形買うてきたる。
それであんたご機嫌や」
「そんなもの、いるかっ。
この人形とは長い付き合いなんだよ。
もう十年だ。 ずっとこれで稼いできたんだよ」
「あまのじゃくな子やなぁ。
ほんまは、嬉しいくせに~。
もう、そんな愛嬌のない人形、捨てや。
パパッと新調したら、めっさ儲かるようになるで、んもう、ウッハウハやで」
「ウッハウハ・・・」
「って・・・時間ごっつやばいわ・・・。
うち、急いどるから。 ほな、また」


ぶろろろろろろろ・・・!!


女がやかましい音と共に去っていった。

戦いは、男の負けのようだった。


・・・。



「・・・俺の十年ってなんだ」


ぱんぱんぱん!


男が自分の顔を叩きながら、歩いていった。

ひとりきりになる・・・。

ここにいても、おもしろそうなことは起きそうもなかった。

ねぐらの中に帰ることにする。


てこてこ・・・てこ。


すきまの前で、一度立ち止まる。

横を見ると、せまい道が奥に続いていた。

知らない道だ。

体の向きを変え、せまい道に入る。


てこてこ・・・


行く手に茂みがある。

行き止まりかと思ったけど、まだまだ進めるようだった。


・・・・・・。


てこてこ・・・


いきなり暗くなる。

さっきまで、太陽は出ていたはずなのに・・・ここからはもう見えない。

不気味な場所だった。


がさ・・・


物音に、ぼくの足はぴたりと止まった。

振り返ってみる。

でも、真っ暗で見えない。

がさ・・・がさ・・・

見えないから、ここにはなにもいない。

聞こえるとしても気のせい。


がさ・・・がさささ・・・


気のせい。


がさっ!


気のせい・・・じゃなかった。

真っ暗な奥に、何かがいる。

でも・・・真っ暗なので見えない。

でもやっぱり何かがいる。

ぼくを食べようと、狙っているのだ。

もうためらってる暇はない。

戦うか、逃げるか。

・・・。


ぼくはくちばしに、ありったけの力をためた。

ふんっ、ふんっ。

くちばしは届かなかった。


しゅっ・・・


何かが走った。

それがぼくの頬に当たる。

生あたたかく、濡れていた。

ぼくはとびのく。


・・・ぞーっ。


あまりの気持ち悪さに、羽根がおぞけ立つ。

敵の姿は見えない。

こうなれば・・・

迂回しよう。


てこてこーっ。


がさっ。


茂みの中に入る。

敵の背中に回れたようだ。


てこてこーっ!


ぼくは相手のいる場所に向けて、駆ける。

そして、地面を思いきりけった。


ぷすっ!


手応えありっ。


びよん。


だが、生あたたかくやわらかい何かにはね飛ばされてしまった。

くるりと向きを変え、かまえる。

そのとき、光が差した。


一瞬だけ、その姿が浮びあがった。

 

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・・・未知の生き物だ。


「ぴこ?」


こんな相手と戦っていたのか、ぼくは・・・。


ぞくぞくと悪寒が走る。


・・・・・・。

 

てこてこてこーっ!


逃げだしていた。


強い光が、ぼくの目をさした。


生きて帰ってこれたのだ。


ぼくは一度だけ、振り返る。


今も暗やみにひそむ、未知の生物。


世の中には、カラスは近づくべきでない場所があるのだ。


帰ろう、彼女の元に・・・。


・・・・・・。


・・・。



 

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「宿題たくさんできた。 ばっちり~」


・・・。


「暇になった。 往人さんと遊ぼーっと」


・・・・・・。


「往人さーん」


きょろきょろする。


「ん? まだ帰ってきてないのかな。
往人さんと遊びたいな」


てこてこてこ・・・


ぼくは彼女の足もとまで寄っていく。


「いないねー。 まだ帰ってないんだね。
どうしよっかな。 そら、一緒に遊ぶ?」


・・・ばっさばっさ。


「そうしようか」


肩に乗せられる。


「なにだったら、一緒にできるかな。
トランプなんてできないよね。 外で遊ぶ?」


・・・ばっさばっさ。


「やっぱり外だよね、そらは動物なんだもんね。
わたしも動物だけど。
というわけで、お外にれっつごーっ」


・・・・・・。


・・・。

 


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「暑いねー。
そらも暑いよね、だって真っ黒。
往人さんも真っ黒だったから、暑いよね。
ふたり、そっくり。
さてさて、なにして遊ぼうか。
あ、あそこにそらの友達たくさん、いるよ。 行ってみよっか」

 

ぱたぱたぱた・・・


ばさばさばさーーっ!


「わ・・・」


空を仰ぐ。


黒い翼がいくつも重なり合いながら、小さくなってゆくところだった。


「飛んでいっちゃった・・・。
冷たいよね。 そら、ここにいるのに」


ふたりきりになる。


「そらは、いつまでもわたしの近くにいてくれるのかな。
でも、それってよくないよね。
大きくなったら、空に飛び立たないと。
鳥は空を飛ぶものだからね。
一緒にいるのは今だけにしようね。 そうだ・・・」


彼女がぼくを抱いて、顔の前に持ってくる。


「飛ぶ練習しようか、その日のためにね」


・・・・・・。


・・・。

 



「いい? 手、放すからね。
そうしたら、羽、ぱたぱたーってするんだよ。
・・・はいっ」


ぱっ・・・ぽてっ。


地面に打ちつけられた。

投げ捨てられた。

すごくさびしい。

彼女を見上げる。

 

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「捨てたんじゃないよ、そんな寂しそうな目しないでほしい。
ほら、だいじょうぶ」


なでなで。


「飛ぶ練習だからね。
落ちそうになったらこの羽、広げるの。
そしてぱたぱたと動かすの。
そうしたら、きっと、そら飛べるから。 ね」


持ち上げられる。


「いくよ、準備はいいかなー。 ・・・はいっ」


ぱっ・・・ぽてっ。


地面に打ちつけられた。

また投げ捨てられた。

すごくすごくさびしい。

彼女を見上げる。


「だから捨てたんじゃないから、寂しい目しないの」


なでなで。


「うーん、どうしようかな。
そうだ、わたしがぱたぱたしながら走るから、真似するんだよ。
いくよ? せーの・・・はいっ」


彼女が走ってゆく。

両手をぱたぱたと上下に動かしながら。

なんだかわからないけど、大変そうだ。

ぼくはじっと見ていた。


「はぁ・・・はぁっ」


一周して、戻ってきた。


「ね、そら。
わたし、馬鹿な子みたい」


・・・・・・。


「一緒に走るの。
後ろ、ついてくるの。
じゃないと、わたし、ひとりでぱたぱたしてるヘンな子。 いい?」


ぱたぱた・・・


また走っていった。


「はぁ・・・」


戻ってきた。


「またわたし、ひとりでぱたぱたしてるヘンな子だった。
が、がお・・・」


彼女が涙目になる。

敵が来たのだろうか?

きょろきょろ。

誰もいない。

彼女をそうさせているのは、ぼくらしい。

困った・・・


「ね、後ろついてくるの。 ここ」


ぽんぽん、とお尻を叩く。

そのお尻に触れたらいいのだろうか。

でも、そこまでは高い。

口を伸ばしてみても、まだまだある。

だから、跳ねてみた。

落ちるとき、自然に羽根が開いた。


ばっ・・・


「そうっ!」


彼女が喜んでくれた。

だから、ぼくもそれを繰り返す。


ばさっ・・・ばさっ・・・


すると、彼女が走り出した。

追いかけなければ。

跳ねながら走る。


ぱたぱた・・・


空気の動きを感じる。

彼女の匂いが混じった風が、ぼくの体を吹き抜けてゆく。

気持ちよかった。


「もう少し、もう少し!
もっと、羽をぱたぱたするの!
そうしたら、飛べるよ!」


彼女が大きく手をぱたぱたさせた。

ぼくもそれを真似た。

羽根が風をとらえる。

体が軽くなる。


「そら、がんばれ!」


彼女の体が不意に消えた。

その先には開かれた空。

そこを目指しているのだろうか、ぼくは・・・。

そう。

ずっと昔から・・・ぼくはその場所を目指していた。

それを思い出す。

あれはいつの日だったか・・・

いろんな・・・みたこともない光景が浮かんでは消えてゆく。

そして、一面の空。

ぼくは地面を離れていた。


「やったー!」


だけど、その瞬間。

世界が傾くのを感じた。


べちっ!


「わ・・・そらっ!」


・・・・・・。


・・・。

 


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「ごめんね、そら。
痛かったよね。 でも、こうしたら痛いの飛んでくからね」


なでなで。


「イタイ、イタイ。
ほら、痛いの、わたしのおでこに飛んできた。
だから、そら、もう痛くない。
もう、だいじょうぶ。
だから・・・また、練習しようね。
そらは、きっと飛べるから。
あきらめずにね。
そろそろ帰ろうか。
わたしたくさん走ったから、汗びっしょり。
帰ってお風呂はいろーっと」


肩に乗せられる。

ぼくが一番安心できる場所。

もういい。

何も思い出さなくていい。

静かにこの場所にいられれば、それでいいと思った。


・・・・・・。


・・・。

 

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とんとんとん・・・


温かくて、いい匂いがする。


「往人さん遅いねー、どうしたのかなー。
下準備できたら、迎えにいこうね」


とんとんとん・・・


その音を聞きながら、ぼくはずっと考えていた。

さっき、地面に落ちた時の感じ。

それは忘れようにも、忘れられない。

もうひとりの自分が・・・どこかにいるような感覚。

叩きつけられた痛みと共に、それだけが残っていた。

その自分を、飛ぶ瞬間、思い出そうとしていたのに・・・

けど、今はもう・・・思い出せない。

空を見上げた。

でも、そこには空はなかった。

四角くて小さな空のかけらが、壁に並んでいるだけだ。

ぼくはそれを見ていた。

違う色をした自分の姿が、光の中に消えた。

じっと見ていたけれど、それはもう帰ってはこなかった。


・・・・・・。


・・・。

 



日が落ちて・・・。


ぶろぉーーーん・・・


低いうなり・・・。


ぼくは足でしっかり地面を掴んで、揺れてもはね飛ばされないようにする。


どがーーーーーーーーーんっっ!

 

「あ、帰ってきたねー」
「そうだな」


・・・。



「帰ったで~」


あの女が現れる。

 

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「ほら、居候。 おみやげや」
「食い物か。 どれどれ」
「あほ。
今朝約束したやろ。 中身、見てみたらわかるわ」
「はぁ?」


男が首をかたむける。

それから、手足の長い生き物を取りだした。

なんだか気味が悪い。


「なんだ、こりゃ」
「わ・・・いいな、ナマケモノさん・・・」
ナマケモノ・・・? 渡す相手、間違えてないか?」


「あんたでおうとる。
欲しかったんやろ? あの薄汚れた人形の代わり」
「・・・・・・観鈴、やろう」


ばふっ!


彼女がその生き物を受け取る。


「わ、やった」


すぐ女がそれを奪い取った。


「こらこら。
うちは居候、あんたのために買うてきたんやっ。
ひとの親切、踏みにじらんとってくれるか」
「俺がいつ、こんなものを欲しいと言ったっ」
「今朝や」
「だとしても、ナマケモノはないだろ、ナマケモノは」
「可愛らしいやん。 な、観鈴


「うん、かわいらしい。 だから欲しい」


「あんな汚い人形持って歩いてるよりも、これ持って歩いてたほうが愛嬌あってええやろ?」
「俺の人形は飾りかっ」
「なんや、違(ちご)たんか」
「違うだろっ、見せてやったじゃないか。 大道芸の小道具だっ」
「そうか・・・そうやったな。
インパクト弱すぎて、記憶になかったわ」
「・・・俺の法術ってなんだ」
「でもええやん。 これからは、こいつ相方にし。
あの人形より、よっぽどオーバーアクションに動くで。
これでたんまり儲けて、ウッハウハや」
「ウッハウハ・・・、おっと・・・」


ぱんぱん、と頬を両手で叩く。


「とにかく、いらないと言ったらいらない」


男がそっぽを向いた。


「なんでそんなつれんこと言うねん・・・」


その男に女がすり寄っていく。


「居候ちゃんの、いけずぅ~」
「酒臭いだろ、離れろ」


男が女を突き飛ばした。


「しっし」


女の手に、あの人型があった。


「・・・・・・」
「これで、あんたはうちのプレゼントで芸するしかあらへん。 そうやろ?」
「こんなもんで、するかっ」
「どうしても、うちのプレゼント受け取らんて言うんか?」
「ああ」
「ほな、ぬいぐるみをあんたが買い取り。
そうしたら、うちも損したことにならへん。
後は、捨てるなり観鈴にやるなり、好きにしてええ」
「ああ・・・わかった」
「それまで、これ預かっとくわ」
「なんだそれは。 どういう理屈だ」
「あんたがそれの代金踏み倒して、逃げる、いうこともあるさかいにな。
もちろん、今、この場で代金が支払える言うんやったら、すぐ返したる」
「いくらだ・・・」


女は指一本立てる。


「一万。 どない」


「そんな・・・往人さんが払えるわけないよ」

 

「・・・・・・」
「ほなまぁ、頑張って稼ぎや」


ぽんぽん。


「それとな、あんたが買い取るまでは、ぬいぐるみはうちからの真心のこもったプレゼントや。
むげに扱(あつこ)うたら、こっちの人形も手荒く扱うで」
「・・・・・・」
「シャワー浴びてこーっ。 ぎょうさん汗かいたからな~」


・・・・・・。


女は去っていった。

男はぼうぜんと立ち尽くしていた。


「少しでもわたしが足せたらいいんだけど・・・おこづかい残り少ないの。
観鈴ちんも、ぴんち」
「・・・・・・」
「あ、うんとね。 ・・・ちょっと、貯金箱見てくるね」
「いい」
「え・・・?」
「それぐらい、なんとかなるだろ」


・・・・・・。


彼女が小さな箱を振っていた。


かちょんかちょんっ・・・かちょんかちょんっ・・・


丸くてたいらなものがいくつも落ちた。

彼女の大好きな四角い札とは違う。

もっと小さくてすこし光っている。

 

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「うーん・・・やっぱりちょっとしかない、悲しい。
ジュースもあんまり買えないなーって、思ってたぐらいだし。
一万円は高すぎるよね・・・。
往人さん、素直にもらっておけばあんなことにならなかったのに。
・・・・・・でも、お母さん、どうして往人さんにプレゼントなんてする気になったのかな。
往人さんのこと、そんなに気に入ったのかなー。
どうしてかなー。
うーん、うーん・・・。
でも・・・やっぱり、あのナマケモノのぬいぐるみ欲しいな。
明日、往人さんに頼もーっと。
ん・・・もう、こんな時間・・・。
歯磨いて寝よーっと」


・・・・・・。



彼女が出ていった。

ぼくは地面に散らばった丸いものを見ていた。

よく見ると、色や大きさが違う。

なんだか気になる。

口でつついてみる。


がちっ。


すごく硬い。


がちっ、がちっ、がちっ、がちっ・・・。


口がつかれてきた。


・・・こてっ。


丸いものの上に、寝転がってみた。


ごろんごろん。


なんだかものすごく偉くなった気分だ。


ごろんごろんごろん・・・。


・・・・・・。

 

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「見て見て。いーっ」


また口の中を見せられる。

やっぱりぴかぴかだった。


「おやすみー」


・・・・・・。

 

 

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暗くなる。

彼女はもう横になって目を閉じている。

ぼくはひとりになる。

小さく囲われた空・・・

たくさんの光がまたたいている。

・・・また不思議な感覚を思い出す。

なんなんだろうか、その正体は。

確かめなければ、ずっとこの気持ち悪さが残るのだろう。

でも、それは確かめていいことなのか、わるいことなのか・・・それさえもわからない。

どうすればいいのだろうか・・・ぼくは。

・・・。

確かめにいこう。

ぼくは外に出る。

 

どすんっ!


てこてこ・・・

 

 

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何も考えず、ここまできてしまったけど・・・

何をすればいいのだろうか。

また飛べばいいのだろうか。

そして、また・・・地面に打ちつけられて・・・痛みだけが残る・・・

・・・それは嫌だった。


「あ、黒いんおる」


声がした。


すぐ横にあの女が立っていた。

 

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「どないしたん、あんた。
あの子から、締め出されたん?
違うわなー、あの子、そんなことせぇへんもんな。
あの子寝たから、退屈して出てきたんやろ?
うちと遊ぶか?
うちも、酔い覚ましに涼んでるだけやったから、暇してたんや。 どない?」


女がじっとぼくのことを見ている。

その目は、少しだけ寂しげに見えた。

だから、ぼくはじっとしていた。


「逃げへんのやなー。
なんであんた、人になつくん?
カラスいうたら、賢くて警戒心強いんやろ?
なんでやろなー、つついてみよ」


つんつん。


頭をつつかれる。


「ほんまに逃げへん。
今はうちが、そんな気分やないってわかってるんかいな。
もしかして人の心、読めるんか?
せやから、あの子のそばにいてくれてるんか。
ずっと、寂しい思いしてるあの子のそばに・・・。
でも、あの子にも友達できたみたいや。
あの目つきの悪い男や。
あの男なら、安心やろ・・・。
せやからな、良かったわ」

 

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女が空を見上げる。

だから、ぼくも同じようにした。

女のあごの下から見える空・・・

ずっと、目指していた場所・・・

また・・・ぼくは思い出していた。

この感覚を。

もう忘れないようにしよう・・・

ぼくは・・・ずっと昔にこの空を目指していた。

それを忘れなければ、いつか確かめられる気がする。

この心の引っかかりがとれる気がする。


・・・・・・。


「そや・・・。 うちと遊ぶ言うてたんやな」


あごが動いた。


「よし、遊ぼか。 何する?」


女の顔がぼくに向く。


「よし、酒やな」


わしっと、ぼくをつかむと、ねぐらの中に戻ってゆく。

なぜだか嫌な予感がする・・・。


・・・・・・。


・・・。