*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

AIR【31】(終)

 

8月7日(月)

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190817110929p:plain



「おはよーさん、観鈴。 変わりないか」
「お母さん」


だきっ。


「大丈夫や、ずっとそばにいてるで。
朝食作ってくるからな、少し離してや。
・・・な、お腹空いたやろ。
ちゃんと食わなあかんで。
今日は外、でかけよな。
暑いから、帽子かぶってな。
どっかに麦わら帽子あったと思うで、探しとくわ。
な、観鈴


・・・・・・。


・・・。




「よし、麦わら帽子も持ったし、準備ばんたんや~」
「ほら、肩につかまり
「うん・・・」
「よいせっと・・・」


ふたりが立ち上がる。


「いくで~って、どこ行くか決めてへんかったなぁ。
いきたいところ、あるか?」
「えっとねー」
「うちはなぁ・・・海」
「海」


ふたりの声が重なった。


「奇遇やなぁ。 うちも行きたかったんや」
「うん、すごくいい、海。 ずっと行きたかったの」
「そっか、よし、いこ。 ゆっくりでええからな」
「うん・・・」


ふたりが歩いてゆく。

だが、その足取りはひどく遅い。


・・・・・・。


「・・・・・・」
「はぁ・・・」


結局ふたりは陽の光を浴びることさえ叶わなかった。


「大きなったわ、あんた・・・。
昔やったら、片腕でかついで、運んだってんけどな-。
それともうちの体力がなくなったんかいな、歳かいなー。
って、まだ若いちゅーねん」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817110948p:plain



「・・・・・・」
「な、観鈴
「・・・・・・ごめんね、わたし、足手まといで・・・」
「・・・あほ、そんなこと言いな。
もっとおいしいもの食べて、体力つけて、出かけたらええだけやないの」
「うん、そうだねー・・・」
「明日、またいこ。
その代わり、今日はゆっくり休み。
夏休みは長いで、まだまだ時間はあるよってに。 な」
「・・・・・・ごめん・・・ね・・・」


ぽかっ。


「イタイ・・・どうして殴られるのかなぁ・・・」
「謝んな言うとるやろ・・・あほ」
「・・・・・・うん、明日またがんばる」
「そうや。 観鈴ちん、ふぁいとや」
「・・・・・・」
「言ってみ。 観鈴ちん、ふぁいとって」
「うん・・・観鈴ちん、ふぁいと」
「そうや。 その意気や」


・・・・・・。


・・・。

 

 

「はぁっ・・・」


彼女が苦しげに荒い息を吐いていた。


観鈴っ・・・観鈴っ!」


女が必死で呼びかけていた。


「苦しいんか、どっか痛いんか、観鈴っ!」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111017p:plain



「あ・・・」


彼女が目覚める。


「お母さん・・・」
「そや、お母さんや。 観鈴のお母さんやで。

うちの前で癇癪起こしたことなんて、今までなかったやんか。
あんたほんまに、どうなっとるんや?」
「これ、癇癪じゃないよ・・・」


力のない手を、女に伸ばす。


「・・・すごく痛いの」
「どこが痛いんや? 足か、胸か? 背中か?
うちがさすったる。 一晩中でも・・・」
「無理だよ」
「無理なわけあらへんっ」
「そうじゃないの。
これはたぶん、あるはずのない痛みだから。
わたしも触れないから。
たぶん、痛いのは翼だから・・・」
「あほっ。 こんな時に冗談言うやつおるかっ」
「にははっ・・・ごめんなさい・・・」


女が首を寄せると、その後ろに腕を回して抱きついた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111033p:plain



「大丈夫や、観鈴。 うちがついとる」
「あのね、あのね」
「なんや、どないしたんや・・・」
「あのね、お母さん・・・」
「うん?」
「よく聞いて」
「なにがや・・・?」
「もしね・・・。
朝起きて、もしもわたしが変わってしまっても・・・。
わたしは覚えてるから」
「なにがや」
「お母さんの顔、お母さんの笑顔、覚えてるから。
わたしの中では、ずっとお母さんの笑顔。
それ覚えてるから、だいじょうぶだよ」
「何言うてるか、わからへん。
うちの笑顔なんて、なんぼでも見せたる。
上品なのも下品なのも、よりどりみどりや。
せやから、元気になってや・・・観鈴・・・。
もっと母親らしい、うち、見てや・・・。
もっと、あんたのそばで笑ってるうち、見てほしいんや・・・」


女はそのまま彼女を抱きしめた。


「な、観鈴・・・。
観鈴・・・眠ってしもたんか」


彼女の身体をうつぶせに寝かせる。

女はそれから一晩中、彼女の背中をさすり続けた。


・・・・・・。


・・・。

 


8月8日(火)

 


観鈴・・・起きたんか」
「・・・・・・」
「どうや、調子は」
「・・・・・・」
「どないしたんや、ぼーっとして、まだ眠いんか?
すぐ朝ご飯の支度するからな」
「・・・・・・」


女の声にも答えず、彼女は窓のほうを向く。


観鈴・・・?
どないしたんや。 こっち向いてみ」


彼女の目がこちらに向く。

だが、それも一瞬だった。

きょろきょろと何かを探し始めた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111100p:plain



「なんや、どないしたんや」
「トランプ・・・」
「トランプは机の上にちゃんとあるで。
ご飯食べてから、しよな」
「今、するの・・・トランプ・・・」
「行儀悪いやろ? じっとしとくんや」
「・・・自分でとるもん」


彼女が起きあがろうとする。


「あれ・・・立てない・・・」
「立てないって・・・。
なんでいまさらそないなこと言うねん・・・。
あんたの足・・・動かへんねん」
「・・・・・・が、がお・・・」
「でもな、それでもな、あんたは頑張ってたんや。
ずっと、これからも頑張ろうとしてたんや。
せやろ。 せやったやろ?」
「・・・・・・」
「どしたんや、観鈴・・・」
「・・・・・・」
「まさか・・・忘れてしもたんか?

な、観鈴。 答ええや。

お母さんと一緒に頑張ろうって決めたやろ?」
「ママ・・・?」
「そや、うちや、ママやろ。
匂い、嗅いでみ。 お母さんの匂いやろ」
「・・・・・・」
「あんた・・・そないなことまで、忘れてしもたんかいな・・・。
せやったら、今、あんたのお母さんて・・・一体誰や」
「ママは・・・・・・とおくにいっちゃった」
「そうか・・・。
そないなこと思い出さんでええ。
うちが代わりのお母さんやで」
「・・・・・・ちがう」
「違わへん。
思い出しや、この家でずっとふたりで暮らしてきたやろ。
な、観鈴・・・」
「・・・・・・」
「な、観鈴っ・・・観鈴っ!
「うぁ・・・うぁーーーーーーーーーんっ!」


彼女が泣きだす。


「うわ、しもた・・・」


僕は彼女の元に近づく。


「ん・・・?」


その手に触れる。


「なに?」
「カ、カラスさんや」
「カラス? わ、カラス」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111145p:plain



「かわいい、かわいい」


なでなで。


撫でられる。


それで彼女は泣きやんだ。


・・・・・・。

 


ぱたぱた・・・

 

「はぁ・・・」

 

ぱたぱた・・・

 

「・・・・・・」

 

ぱたぱた・・・

 

女のため息と、彼女が札を並べる音だけが聞こえ続けていた。


「どないしたらええねん・・・。
うちはどうあがいても、赤の他人や・・・。
あんたが、思い出さなあかんねん・・・。
な、観鈴ちゃん・・・」


彼女はずっと、ひとりで遊んでいた。

遊んでいるといっても、以前のように考えながらではなく、ばらしたり、片付けたりしているだけ
だ。

それは、まるで遊び方を忘れてしまっているように見える。

それでも、札を触り続けている。

さわってさえいれば、落ち着く、といったように。

僕はそんな光景を彼女の肩に乗って、見ていた。


「はぁ・・・」


女がまた、ため息をついた。


「もう・・・あかんのやろか・・・。
・・・・・・お母さん、か・・・。
呼んでくれたら、いつでも駆けつけたる。
でも、呼ばれんかったら、どないしたらええねん・・・。
・・・・・・うちが、こんな弱気やったら、あかんな・・・」


・・・。


「よし・・・観鈴、いれてや。 一緒に遊ぼな」


女は座り直すと、彼女の手から札を奪い取る。


「わ・・・なにするの・・・」
「ひとりやとおもろないやろ、うちと遊ぼ。
それにうちとやったら、対戦できる。
ばらしたり整頓したりするだけやのうて、ゲームできるで。 なにする?」
「・・・・・・」


つい、とそっぽを向く彼女。

そしてまた僕を撫でた。


「・・・ひとりやった頃の、観鈴に戻ってしもとるんやな。
母親がおらんようになって、ひとりで遊ぶことにした観鈴に・・・。
動物だけが友達なんか・・・。
観鈴、うちは味方やで、観鈴の家族や。 な」


ぽむ、と頭を抱く。


「トランプ返して・・・」
「返したる。 だから、一緒にしよな」
「トランプ・・・」


札を探して、手をばたつかせた。


「あるある。 ここに、あるで」


その手に、再び札を握らせた。


「せやなぁ・・・神経衰弱がええな。
頭の運動にもなるしな。 な、神経衰弱でええやろ?」
「そうだ。 占いしよっと」


また、ひとりで遊び出す。


ぱたぱた・・・


「やり方わからない・・・」


でもすぐ、泣き出しそうになる。


「あんた、そんなことまで忘れてしもたんかいな・・・。
うちも、わからへん・・・」


女がきょろきょろと辺りを見回す。


「あ・・・トランプの本や。 これ見たらわかるんか?」


台の上に載っていたものを手に取り、それをめくり出す。


「えっとな・・・。 次、ここ置くんや」
「ここ・・・?」
「そうや、ほな、こうしよ。
一緒に遊ばんでええ。
うちは本見ながら教えるだけや。
横で見てて、やり方教えたる。
それやったら、観鈴、占いもできる。
それでええやろ?」
「・・・・・・」
「な、お母さんが教えたる。
それやったら、横にいてもええやろ」
「ママ、いない・・・」
「はぁ・・・。
ほな、おばさんや。
晴子おばさんが、そばにいて、教えたる。 な」
「おばさん・・・」
「せや、お母さんやない。 おばさんや」
「うん・・・」
「ほな、次ここや」


ぱた。


「次はこっちや」


ぱた。


「またスペードか。 スペードばっかしやなぁ」


ぱたぱた、と軽やかに札が並べられてゆく。

彼女から女に話しかけることはなかったが、女はそれで満足したようだった。


「あなたはそうしてきたんやな・・・。
ずっと、そうやってひとりで遊んできたんやな。
そんなあんたに母親とか言うて、いきなり保護者面するのもおこがましい話やったんやな・・・。
ほなら、ええ、今日から取り戻したるわ。
あんたがうちを母親と認めてくれる日まで、うちは頑張る。
それまで、おばさんでええ」


・・・・・・。


・・・。


がちゃり、と大きな音がした。

振り向くと、女がいた。

その手で何かを押していた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111202p:plain



観鈴、こんなもん借りてきたで。
車椅子や。 これで、外いけるで」


女が彼女の手を握る。


「トランプ・・・」
「トランプはまた後でええやろ。 午前中なら涼しいやん、外にでよ」
「歩けない・・・」
「大丈夫や、車椅子あるからな。 おばさんが押したるから」
「おばさん・・・」
「おばさんと一緒はいやか」
「ひとりでいく。 この子もいるし」


なでなで。


「ええやん、一緒にいかせてや。
ふたりのほうが楽しいで、話もできるし。 な」
「・・・・・・トランプしてよっと・・・」


ぱたぱた。


札を並べ始める。


「な、うちは観鈴ちゃんとお散歩したいんや」
「どうして・・・?」
「楽しいからや」
「うー・・・ひとりでトランプしてたほうが楽しい・・・」
「そんなことあらへんよ。
外でお日様に当たったら気持ちええし、他にも楽しいこと一杯や」
「・・・・・・」


ぱたぱた。


聞いているのかいないのか、また札並べをやり始める。


「な、観鈴ちゃん。 ふたりで遊ぼ」
「・・・・・・ジュース・・・」
「うん?」
「ジュース、買ってくれる・・・?」
「あ・・・。
ああ、買うたる。 もちろんやっ」
「だったら・・・いく」
「よっしゃ、いこっ」


・・・。


「ここや、ここ。 ここに座り」
「よいしょっと・・・」
「大丈夫か? ええな? ほな、いくで~」


きっこきっこ。


景色が動いてゆく。


ずっとここのところは同じだった風景。


「飛ばすで~。
段になっとるところはよう揺れるで。 堪忍な」


がこん!


「イタイ・・・」
「ははは、今のは痛かったな。 堪忍や~」


部屋を出る。


・・・・・・。


・・・。

 


「病人みたいやけど、許してや。 観鈴元気やもんなー」
「・・・・・・」
「玄関に降りるんだけはやっかいやな・・・。
ほら、ここ掴まっとき。 傾くで」
「ここ・・・?」
「そう、しっかり掴んどき。 いくで~」


がたごとっ!


「が、がお・・・」
「ごっつ揺れてもたな、堪忍やぁ。
でも、ほら・・・外やで」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190816141436p:plain



「お外・・・。 風、吹いてる」
「吹いてるな」
「日差し・・・じりじり言ってる」
「せやな。 じりじり言うてるな」
セミ・・・みんみん鳴いてる」
「うっさいぐらいにな」
「気持ちいい・・・」
「そか、良かった。 ごっつ良かった」


ぽんぽん。


「この暑さや。 あんまり、うろつかれへんけど、どこいこ」
「ジュース・・・」
「はは、それは最後や。
その前にいろんなところ、いこ。
適当にうろつくで~」


きっこきっこ。


・・・・・・。


・・・。


 

f:id:Sleni-Rale:20190817111259p:plain



「犬や・・・観鈴ちゃん、犬さんが寄ってきたで」
「犬・・・」
「ほら、手、伸ばし」


ぺろぺろ・・・


「にはは、かわいいー」


なでなで。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111315p:plain



「あはは、そうしてるあんたのほうが可愛いわ。
・・・・・・。

うちのやっとったことなんて、家族ごっこやったんや。
うちのうぬぼれやったんやなー・・・」


犬はどこかへ去っていった。


「おばさん・・・」
「ん? なんや」
「ジュース・・・」
「せやな。 そろそろジュース買って、帰ろか」
「うん」


・・・。


「晴子・・・」


新しい声がした。


「晴子か」


いつからか、女の後ろに男がいたのだ。


「あ・・・」


その顔を確かめて、女の顔が変わる、怖い方に。


「やばっ・・・」


きこきこきこきこーっ!


「待て、晴子っ、その車椅子の子は・・・」


男が女の前に回り込む。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111331p:plain



観鈴・・・、どういうことだい、これは・・・」
「・・・・・・」


ばつが悪そうに黙り込む。


「答えてくれ、晴子」
「・・・詳しいことはうちもようわからん。
ただ、この子は戦ってる。
うちは、そばにいて、支え続けてるだけや」
「この期に及んで、そんな説明はないだろ・・・ちゃんと説明してくれ」
「説明したって、あんたには理解でけへん。
理解でけへんかったら、あんたはこの子をすぐさま病院に閉じこめてしまうやろ。
それだけは絶対あかんのや」
「どういう理由で」
観鈴との約束やからや」
「・・・・・・今の状態を教えてくれ」
「嫌や・・・。

それ言うたら、あんたはその子を・・・」
「とにかく言うんだっ!」
「・・・・・・。

・・・足が動かん・・・」
「・・・・・・他には」
「記憶も・・・なんかなくしてしもたみたいや・・・」
「・・・・・・それであなたは・・・ここで何をしてるんだ」
「・・・散歩や」
「は・・・一体何があったんだ・・・」


男が彼女の前に座り込み、彼女の目をのぞき込む。


観鈴・・・」


そして彼女の手をとる。


「・・・?」
「お父さんだよ」
「・・・・・・知らないひと・・・」
「お父さんだ。 観鈴・・・」
「・・・・・・」



「あんたの元パパや」
「晴子・・・冗談でも、それは怒るぞ」
「もう昔とはあんた、顔違うからな。 わからへんのや」
「誰がそうさせたんだい」
「うちや言うんかいな」
「そもそも、あなたの元に観鈴を預けていたのは、どんな理由からか覚えているか」
「あんたの愛が足らへんかったからやろ?」
「・・・・・・」
「代わりにうちは、この子と一緒になるねん」
「呆れたひとだな・・・、こうなるのも無理はない。
あなたも知っているように、この子は、大勢の人の中にいることができない。
僕の住む街は、人が多すぎて、そんな病気を持つこの子には合わなかった。
なかなか友達もできないでいた。
この静かな田舎町なら、外で遊び回れるし、友達もたくさんできてこの子のためになるんじゃない
かと考えた。
この町なら、健やかに育ってくれると思っていたんだ。
だから、あなたに預けた。
それで結果がこれだ・・・失敗だった。
確かにあなたを責めるのも、見当違いだな。

僕のせいか・・・」
「そうかいな・・・。

うちは、どこにも失敗なんてあらへんと思うけどな・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111356p:plain



「ああ、もういいんだよ。
あなたが責任を感じることもない。
観鈴は連れて帰る。
いい病院も知っている、今ならきっとまだ間に合う。
きっと、また良くなる。
晴子、観鈴が長いこと世話になった。
観鈴も礼を言うんだよ、晴子さんに。
長い間、ありがとうございましたって」
「・・・・・・」
「どうした? ありがとう、は」
「ありがとー」
「よし、言えたな」



「・・・・・・嫌や・・・」
「晴子、あなたの気持ちもわかる。
これだけ長い間一緒にいれば、情も移る。
だが、これで二度と会えなくなる、というわけじゃない。
会いにきてくれたらいい。
あなたに出す茶ぐらいは、こっちは用意できる。
な、晴子。 それでいいだろ」

 


f:id:Sleni-Rale:20190817111429p:plain



「・・・・・・み・・・観鈴を・・・。
観鈴を取っていかんといてやっ!」


声が響き渡った。


観鈴とやっと、ふたりだけの時間を過ごせるようになったんや!
観鈴はずっとひとりやったんや!
誰のせいや!? うちらのせいやないかっ!
この子、ひとりにし続けたん、うちらのせいやないかっ!
だから、うちはずっと一緒にいといたることにしたんや!
こんな状態になって、やっとひとりやなくなったのに・・・。
それでもあんた、ウチらのもめ事でこの子を振り回すんか!」
「・・・それは自分勝手な考えじゃないか? 晴子」
「そうや。
うちは頭悪いから、世間体のいい言い回しも思いつかん。
うちがこの子といたい。

それだけやっ、悪いかっ」


・・・。



「僕の立場はどうなる」
「知るかっ。
ただ、ひとつ言えるんは、あんたより、あんたらなんかより何倍も、うちのほうがこの子と一緒に
いたいっ! これは絶対やっ」
「・・・・・・」
「もう話すことなんかあらへん。 消えてくれんか」
「その子を渡してくれたら。
これ以上あなたのそばで、病んでゆくのを放っておくわけにはいかない」
「うちが悪いんかっ!
うちと一緒にいることで、悪なっていく言うんか!」
「そうは言ってない。
ただ、これ以上、この場所にいても観鈴のためにならない、ということだよ」

 


「・・・・・・おばさん、恐い・・・」



「あ・・・すまんな、観鈴

怒鳴ったりして・・・堪忍や」
「おばさん、か・・・」
「じょ、冗談や。 今の、観鈴の冗談や・・・。
ずっとお母さんて呼んでくれてたんやで。
ほんまや・・・。
うち、この子のお母さんやねん・・・」
「あなたが思っている以上に、その子はあなたの元にいて安心していなかったように見える」
「ちゃうねん・・・ほんまに、ちゃうねん・・・。
この子とうちは親子やった。
それだけは本当のことや・・・。
一緒に風呂入ったり、一緒に寝たりしてたんや・・・。
ちゅーとかも、してたんや」
「・・・僕もここまで放任していた。
あなたを責めるつもりも今更ない。
だけど、この子が苦しいと思うようなことだけは強いたくない」
「・・・・・・」
「訊いてみるか、この子に。
これ以上、あなたのそばにいたいか」
「・・・・・・」


・・・。

 

観鈴・・・まだ晴子おばさんと、一緒にいたいか?」
「おばさん・・・」
「そう、おばさんとだ」
「うーん・・・えっとね・・・」


「・・・待ってや」


ふたりの間に、女が割って入る。


「あのな・・・なにがあっても、ふたりは一緒にいるって・・・。
そう約束したんや。

だからな・・・うちらは一緒に居続けるんや・・・」



「それを今、訊こうとしてるんじゃないか。
どうなんだい、観鈴
「えっと、わたしはね・・・」



「待ってやっ!」



口を開いた彼女の言葉を大声で遮った。


「三日や・・・三日、待ってや!
その時、もう一回訊いてやっ・・・。
その時、この子がもう、うちとなんかいたないって・・・。
そう言うんやったら、ええからっ・・・。
もう、観鈴連れていっても、かまへんから・・・。
せやから・・・三日だけ待ってや・・・。
待ってぇや・・・」
「・・・・・・」
「頼むわ、敬介・・・」


・・・・・・。



風がふけばいいのに。

そうすれば、女の頬に張りつく髪の毛も、乾くだろうに。

そう思った。


「・・・・・・わかった、三日だけ待つ。
その間に、こちらでできる用意はしておく。 いいね」

「ああ・・・感謝するわ・・・」



「・・・・・・あのね、わたしは・・・」
観鈴、ジュース飲もっ!」
「ん?」
「ジュースや、ジュース。
冷たいジュース買って飲も。 ノド乾いたやろ?」
「うん、ノドかわいた。 ジュース飲む」
「ほな、いこっ。
観鈴ちゃんは、どんなジュースが飲みたいんや。
好きなん言うてええで~」


きっこきっこ・・・


女が車椅子を押しだす。


「三日後、また来る」


その背に男の声。

もう遠くてよく聞こえなかった。


・・・・・・。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111449p:plain



「今日はいろんなことありすぎたわ・・・。
うちも、疲れた・・・」
「・・・・・・」


彼女はひとりでせっせと札で遊んでいる。


「あの後、うちが黙って答えを待っとったら・・・。
あんた、なんて答えてたんやろな・・・」


ぱたぱた・・・


「聞くんが恐いわ・・・。
三日後か・・・、それで、親子の時間取り戻すなんてことができるんかいな・・・。
・・・・・・せやな、できることはせなな・・・。
占いしとんのんか、観鈴ちゃん。
また、教えたるわ。 ここや」


ぱた・・・


「次はこっちや」


ぱた・・・


「並べ終わった」
「終わったな。 どれ・・・明日はっと・・・。 ふつうの日やなぁ」
「うーん・・・」
「良かったな、可もなく不可もなく。
穏やかなのが一番や、そう思うやろ?」
「・・・たのしい日がいい」
「ははは、あんたはそうかもしれへんなぁ。
でも、うちからしてみれば、なんも起きんかったら、それで満足な日や・・・。
ほな、明日は頑張って海までいこか。
おばさんと一緒で良かったらな」
「うん」
「占いがはずれるぐらい楽しい日になるとええな」
「うん」
「ほな、今日は寝よな」
「うん・・・」
「おやすみのちゅーしたろか」
「ううん」
「そっか・・・」
「おやすみ、おばさん」
「ああ、おやすみ。 観鈴ちゃん」


・・・・・・。


・・・。

 


8月9日(水)

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111505p:plain



「おはようや、観鈴ちゃん。 今日は海までおでかけや~」
「うん。 海までおでかけ」
「お弁当持っていこな。
うちが愛情たっぷりなんを作ったるからな。
卵焼きは甘いほうがええか?」
「うん、すごく甘いの」
「ようし、ええで。
砂糖たっぷりの卵焼き作ったるわな~。
浜辺でふたりで、食べよな」
「うん」


・・・・・・。


・・・。

 



「あつい・・・」
「せやな・・・でもちょっとの我慢や」


きっこきっこ・・・

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111259p:plain



「わたし、家にかえる・・・。 家でトランプしてあそぶ・・・。」
「そんなこと言いなや・・・。
ゆうべから一緒に出かけるって決めとったのに・・・。
せっかく作ったお弁当も無駄になるやんか・・・。 いこ・・・」
「帰る・・・」
「海が見えてきたら、暑いなんて思わんようになるから・・・。
せやから、そこまでいこ」
「うーん・・・」
「頼むわ、観鈴ちゃん・・・。
甘い卵焼きもあるんやで、観鈴ちゃんのリクエストで作ったんや。
楽しい一日にしよ・・・なっ」
「・・・いや」
「・・・・・・な、ほんまに帰るんか」
「うん」
「ほなら、うちが作った弁当どうなんねん」
「しらない」


・・・。



「そうか・・・ほなら、もう好きにしいやっ。
ひとりで遊びたいんやったら、勝手に帰りやっ、あほっ!」


彼女を残して、女はひとり、来た方向へと歩いていった。


「・・・・・・」


じりじりと陽が容赦なく地面を焼く。


「うーん・・・あつい・・・くらくらする。
帰ろうっと・・・」


きこ・・・


「すごくあつい・・・」


きこきこ・・・


「手、つかれる・・・」


きこきこ・・・


がきっ!

 

「わぁ・・・。
何かにはさまっちゃった・・・。
うごけない・・・。
イスから降りよっと・・・。
わ・・・じめん、すごくあつい・・・」

 


f:id:Sleni-Rale:20190813160403p:plain



「うーん・・・すごく暑い。
ノドかわいた・・・。
ジュースほしいな・・・・・・。
ジュースほしい・・・・・・。
が、がお・・・」


地面に倒れ込んでから、彼女は一歩も動けなかった。


「おばさん・・・。
おばさん、どこ・・・。
あつい・・・。
もーダメ・・・。
はぁ・・・うぐっ・・・」


また彼女が泣き出そうとしたとき・・・


ぴと。


「わ、つめたい」


その頬に、四角い容器が当てられていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111556p:plain



「帰ろか・・・」
「おばさん・・・」


再び、台に座らせる。


「よかった・・・。
いなくなっちゃったのかとおもった・・・」
「ジュース、飲み」
「うん・・・」


ぷすっ。


ちゅーちゅー・・・


「おいしい・・・」
「そか。 よかったな・・・」


きっこきっこ・・・


ただ、黙って家へと帰った。


・・・・・・。


・・・。

 



f:id:Sleni-Rale:20190817111625p:plain



「・・・・・・」


ぱたぱた・・・


「おばさん、今日はいないの?」


あの女に話しかけているのだろう。


けど、女の姿はここにはなかった。


「どしたんだろ・・・」

 

ぱたぱた・・・

 

僕はあの女を探すことにする。

 

てこてこ・・・

 

てこてこ・・・

 

立ち止まる。


すると、奥から小さな声が聞こえてきた。


そこに女がいた。


地面に座り込んでいた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111718p:plain

 

「なに、投げだしとんのや、うち・・・。
お弁当、無駄になったぐらいで・・・。
うちのほうが子供みたいやないか・・・。
・・・・・・。
うちのしとったことなんて、ままごとみたいなもんやったんかな・・・。
母親ごっこしとっただけなんかな・・・。
ようは、うちなんかに母親は向いてへん・・・
そういうこっちゃ・・・。
それがようわかったわ・・・。
母親ゆうんは、もっとすごいもんなんや。
自分の腹痛めて、ごっつ痛い目して・・・。
歩けもせんうちから、言葉も喋れんうちから、ずっと面倒見ていくんや・・・。
こんなことで投げ出すような短気なうちに、真似できるわけあらへん・・・。
はぁ・・・。
あかんわ、うち・・・。
観鈴・・・うち、約束守られへん。
こんな困難が待っとるなんてしらんかった・・・。
投げ出してしまいそうや・・・。
そもそも約束なんて、もうどうでもええような気もしてきたわ・・・。
だって、あん時のあんたとはもう違うやん。
うちを頼りにしてくれとった、あん時のあんたとはもう違うやん・・・」


・・・。


遠くで悲鳴が聞こえた。


「なんや、観鈴かいな・・・どないしたんや」


立って、彼女の部屋まで赴く。



・・・。

 


「どないしたん、観鈴・・・」
セミ・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111844p:plain



「なんや・・・」
「とって、セミ・・・」
「ああ。 どこに逃げたんや?」
「わかんない・・・」
「うちも、どこにおるかわからへん・・・。
出てくるまで、ここにおってもええか?」
「うん、いて」
「了解や。
うち、セミ捕りのおばさんや」
セミとりのおばさん」
「そうや。 あんたのような恐がりには必要やろ」
「うん、安心」
「そら良かったな・・・」


・・・・・・。


しばらく無言でいる。


みぃーーーーーーーーーーん!


いきなり耳をつんざく音。


「わっ・・・」
「任しときっ」


女が立ち上がる。

そして、手に持っていたものでやかましいそれを叩いた。


ぱんっ!


「よし、おとなしゅうなったで。 このまま、外に逃がそ」


開いたすきまから、外へぽいっと投げ捨てた。



みぃぃ・・・



鳴き声が遠ざかっていった。


「終わったで。 これで安心して遊べるな」
「うん」


ぱたぱた・・・


札を並べ始める。


「・・・・・・」


それをじっと見つめ続ける女。


「おばさん、もう用ナシになってしもた・・・。
セミ捕とりのおばさんは、セミ捕ったら、もうここでは用ナシや。
出ていかな、あかんかな・・・」


ぱたぱた・・・


「な、観鈴ちゃん。
セミ捕りのおばさんは、どないしたらええと思う?」


ぱたぱた・・・


「あんたにひどいことしたもんな、おばさん・・・。
あんた見捨てようとしたもんな・・・。
セミ捕りのおばさんは、恐いおばさんや・・・。
せやけどな、まだ若いんやで。
セミ捕りお姉さんぐらいにしといてや」


ぱたぱた・・・


「ほな、いくわ、うち。
またセミ入ってきたら、呼んでや」


女が立ち上がる。


「・・・おしえて」
「ん? なにをや」
「やり方」


札を手に一枚持っていた。


「えっと、ここや」


ぱた・・・


「これは?」
「ここや」


ぱた・・・


「つぎは?」
「待ってや。 座り直すわ」
「うん」
「ここや」


ぱたぱた・・・


「もう、うち贅沢言わへん。
明日最後の一日や、一日中、ふたりで一緒にいよ。
うちの望みはそれだけや。 な、観鈴


・・・・・・。


・・・。

 



8月10日(木)

 


その日は一日中穏やかだった。

女は、彼女のそばにいて、静かに話しかけ続けた。

彼女はそれに頷いては、札を並べるだけだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111914p:plain



「ほら、出来たての卵焼きや。
昨日のはもったいないことしたからなー。 食べるか?」
「ううん、いらない」
「甘いんやで。 激甘や。 いらんのんか?」
「うん・・・」


ぱたぱた・・・


「そうかー。 しゃあないな。 ひとりで食べるわ」


もぐもぐ。


「あー、おいしい。
めっちゃうまいわ、我ながら。
こう見えても、うち、料理うまかったんやなぁ。
年の功、いうやつやろか・
って、若いっちゅーねんっ」


ぽかっ!


自分の頭を叩いてた。

そうして女がひとりにぎやかに食べていると、いつしか彼女の顔がそちらを向いていた。


「・・・おいしい?」
「ああ、おいしいで。 中はまだとろとろで半熟やねん」
「すこし食べたいな・・・」
「そうかー。 ほな、一切れやるわ」


棒でつかんで、それを彼女の口に入れる。


「あつ・・・」
「ん、やけどせぇへんかったか?」
「うん、おいしい・・・」
「そーかぁ。 そら良かったな」
「もっとほしいな」
「いらん言うたくせに。 残りはうちのやー」
「が、がお・・・」
「あはは、うそや。
ええで、残りは全部観鈴のや。
観鈴のために作ってきたんやからなー。
ほら、あーんし」
「あーん」


ぱく。


「あまくて、おいしい」
観鈴専用やもん。 うちら、甘すぎてよう食べへんわ」


久しぶりに、仲のいいふたりを見た気がする。

その光景がずっと続けばいいのに。

僕はそう願った。



・・・・・・。



「ん? また、占いか。
おばさん、手伝わんでええか?」
「手伝って」
「よし、任せとき。 ここに置き」


ぱた・・・


「次ここや」


ぱた・・・


「最後はここや」


ぱた・・・


「終わった」
「終わったな、えっと、明日は・・・。
え・・・」
「うん?」
「・・・・・・。

あ、間違うてた、うち、間違うてたわっ。
置く順番間違うとったな。
これ、こっちやったわ」
「うん・・・」
「お、いい日や。 明日はごっついい日や」
「やった」


にこっと微笑む。


「そうかー、堪忍な。
なんで置く場所、間違えたんやろうなー。
ボケが始まったんかいな」
「・・・・・・」
「そんな歳食ってへんて・・・ははは」
「そろそろねる・・・」
「せやな、そうし。
明日も早起きして、トランプしたらええ。
ずっと、そうしてたらええ。 うちが手伝ったる」
「うん」


・・・・・・。


・・・。



 

8月11日(金)

 


観鈴、起きてるか・・・

まだ寝てるんか・・・

相変わらずお寝坊さんやなぁ・・・

今日は敬介との約束の日や・・・

あのアホはあんたにもう一度訊ねよるわ・・・

そうしたら、あんた・・・

うちとはもういたくない・・・そう答えるやろ・・・

ひとりで勝手に母親づらしてた、恐いおばさんとは一緒にいたくないて・・・

せやからな・・・

夏休みはまだまだ続いてゆくけど・・・

ふたりの夏休みは今日で終いや・・・

うちな、今日は精一杯笑ってるわ・・・

それで一番の思い出にするわ・・・

あんたと過ごす、最後の一日や・・・

悲しい顔とかしとったら、辛気くさて嫌やもんな・・・

な、それでええやろ・・・?

あんたは、そうしたいやろ・・・?

あんたは、それを選ぶやろ・・・?

な・・・


・・・観鈴


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

「おはよーさん。
おっきしぃや、お寝坊ちゃん」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817111940p:plain

 

「おはよー」
「お、ええ挨拶やな、うちも負けへんで~。
おはよーーーーーーーさんっ!」
「おはよーーーーーっ!」
「調子ええみたいやな」
「うん。 にはは」
「その笑い方も久々に聞いた気ぃするわ。
朝ご飯、食べるか? それとも、トランプしよか」
「朝ごはん」
「そうかー。
ほな、腕によりをかけて作ったる。
今までで一番おいしいご飯、作ったるからなー」


・・・・・・。


「はぁーうち、料理の才能あるんちゃうかー。
今の仕事辞めて、定食屋始めてもええなー。
あんたが、看板娘や。
でも、あんたそそっかしいから、運んでる途中に転けたりしそうやなー。
どんくさいからなー。
なにしとんねん!って怒鳴りにいかなあかんなー。
客の前で、べそかいて、がおって言い出しそうやなー。
それって、なんかどっかで見た気ぃするな・・・。
いつやったかなー。
あ、思い出した、授業参観や。
うちの記憶の中では、あんたずっとドジやったわ。
ドジでもええもんな、かわいいもんな。
な、観鈴ちゃん」
「うん、おいしい」
「そかそか。 よかったわ」


・・・・・・。


「今日は何して遊ぶんや?」
「トランプ」
「そか、ええで。
あんたが楽しいんやったら、なんでもええ。
うちは、なんでも付き合うで。 一日中してよな」


ご飯を食べた後もずっとふたりでいた。

話をして笑って、ずっとふたりでいた。

女も、悩んだり、苦しんだりしていたようだけど、それももうなかった。

ずっと笑顔でいた。

どんなしがらみからも、解き放たれたかのようだった。

そして、彼女も安心しきっていた。

すべてがいい方向に向かいだした。

そう僕は感じていた。

だから、僕も安心して彼女の肩で丸くなる。


「ん? ほっぺたにくっついてきた。 かわいいー」

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

「そろそろ時間や。
出かけよか、観鈴ちゃん。
もう、なんも心配せんでええ。
夕べの占いにもいい日やて出てたやろ・・・?
せやから、悪いことなんか起こらへん。
大丈夫やから。 な、出かけよ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112000p:plain

「うん」
「よっしゃ、素直でええ子や。 椅子に乗り」
「よいしょっと」
「ほな、いくで」
「うん」


きっこきっこ・・・


「どこいくの?」
「ええところや」
「たのしいところ?」
「どやろな・・・。
でも、観鈴が安心できるところや」
「たのしみ・・・にはは」


きっこきっこ・・・

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112019p:plain

観鈴・・・」
「すー・・・」
「寝てしもとる・・・。
呑気なもんやなぁ・・・、可愛い寝顔しよってからに・・・」


ぷに。


「やわらかいほっぺや。
内緒でちゅーさせてや、おばさんに」


ちゅ・・・


「ははは・・・ほんま、可愛らしい子や。
さ、いこかー」

 

きっこきっこ・・・


・・・・・・。

 


f:id:Sleni-Rale:20190817112037p:plain



「・・・晴子」
「お久しぶりやなぁ。 って三日しか経ってへんか」
「どうだい、観鈴の容態は」
「容態は・・・悪なってへんと思う」
「そうか・・・」
「病院とか・・・もう手配したんか」
「ああ」
「そか・・・」
「じゃあ、あの時の質問をもう一度この子にするよ。
あなたとこれからも一緒に暮らしていきたいかを・・・」


・・・。


観鈴
「くー・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112112p:plain



「よう寝とる・・・。
な、敬介、この子、このまま寝かせたってくれへんか。
穏やかな寝顔やし、久しぶりにええ夢見とるんかもしれん。頼むわ」
「しかし、この子の意志を聞かないと、話が進まないだろ」
「・・・ええやん。
もう、どうでもええやん、そないなこと」
「いいのかい」
「ああ、もうええよ」
「そうか・・・あなたがそう言うなら」


女は、彼女の髪を撫で続ける。


「な、敬介」
「ん・・・なんだい」
「最後に、この子と行きたい場所あるねん。 時間ええか」
「どこへだい」
「すぐ近くや」


女は、風の吹く方向を見やる。


「海や」


・・・・・・。

 

きっこきっこ・・・


きっ・・・


「ここからは車椅子では無理やなぁ。
車輪が砂噛んでもうて、進まへんわ。
しゃあない、担いでいったる。
・・・・・・よいっ・・・せっ・・・」


さくっ・・・さくっ・・・


・・・さくっ・・・さくっ・・・


・・・・・・。

 

「もっと早うにしとけばよかったわ・・・。
子供の頃の時間取り戻すんは、大変や。
こんな大きなって・・・重すぎるで・・・。
でも、これで取り戻せたやろか・・・」


さくっ・・・さくっ・・・


「はぁっ・・・はっ・・・」


・・・さくっ・・・さくっ・・・


「・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

さくっ・・・

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112131p:plain



観鈴、海や・・・海やで・・・。
・・・きれいやな・・・」
「くー・・・」
「やっとここまで来れたな・・・。
観鈴とふたり、やっとここまで来れたな・・・。
遠かったわ・・・。
ここまで来るんに一体、何年かかったんや、うちら・・・。
いくらでも機会なんてあったはずやのに・・・。
いくらでも、こんなきれいな光景見れたはずやのに・・・。
いくらでも、砂浜で遊べたはずやのに・・・。
一体、何しとったんやろな・・・。
うちら・・・家族やったはずやのにな・・・。
もっと、ふたりでいればよかったな・・・。
ここにも、もっとしょっちゅう来れば良かったなぁ・・・。
毎日の日課や。
夕方になったら、ふたりで散歩して、ここまでやってくる。
夏も冬も、春も秋もや。
そうして、波の音聞きながら、浜辺で遊ぶ。
それって楽しいやんか。
な、観鈴・・・。
でもな、もう、うち・・・ここには二度とこうへんやろな・・・。
ひとりで来ても、楽しないやろ・・・。
な・・・長すぎた家族ごっこは今日で終わりや・・・。
いろんなことあったけど、あんたの中ではもう全部なかったことや。
一緒に暮らすようになって、十年・・・。
こんなに大きなって、辿り着いたところは、結局十年前と同じ場所やった。
うちだけが、怒って、笑って、泣いてたんやな・・・。
でも、それでもうちにとってはかけがえのない思い出や。
あんたは、もううちのこと忘れてしまうかもしれんけど・・・。
うちだけは、覚えとるよ。
結局うちら、家族にはなられへんかったけど・・・。
ずっと覚えとるよ、うちにはひとりの・・・大切な娘がいたこと・・・」


・・・・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112146p:plain



「もういいか、晴子」
「・・・せやな。
この子が寝てるうちに、あんたに預けるわ・・・。
この子が起き出して悲しそうな顔したら・・・うち泣きそうやもん」
「そうか・・・。
なら、ここで別れよう。 ここから僕が連れていく」
「ああ、重いで。
あんたが抱いとった頃から、ずいぶん時間経ったからな」


女が、彼女の体を男に引き渡す。


「すぐそこまでだ。 車が停めてある」


男はそれを両腕で抱えた。


「・・・・・・。

僕がそばにいた頃は、もっと小さくて・・・もっと軽かった。
これだけ大きくなれたのも、あなたのおかげだ。
晴子、ありがとう」
「うちは、なんもしてへん。
その子がひとりで大きなったんや。
うちは、なんもでけへんかったんや」
「・・・・・・もう、いいか?」
「待ってや。これ持たせたって」


緑色の生き物を取り出して、男に差し出す。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112202p:plain



観鈴、あんたの大好きな恐竜さんやで」
「くー・・・」


「ぬいぐるみかい」
「このぬいぐるみ、大好きやねん。
これ抱いてたら、落ち着いてると思うわ。
それと、これな」


四角い容器も手渡す。


「それでもこの子が駄々こねたら、これ飲ませたってや。
大好物のジュースや、これに目あらへんから、飛びついて飲みだしよるわ。
向こういっても、このジュース、探して買ったってや」
「わかった。 じゃあな」
「ああ・・・」


男が振り返り、歩いてゆく。

彼女を抱いて。


「あんたはいかんでええんか。
あんたが仕えてるお姫様、行ってしまうで。
うちらのお姫様、行ってしまうで・・・。
あほで、ドジで、いつも家を明るくしてくれとったお姫様や」


男の背中は、もう遠くにあった。

ただ、女とふたりで、それを見送っていた。


・・・・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190816032042p:plain




その背中から飛び出た彼女の足・・・

それが動いた。

男が戸惑う。

目覚めたのだろう。

彼女は激しく動いて、そして、それに耐えかねた男が彼女の体を地面に落とした。


「あほ・・・なにやっとんのや・・・」


彼女が這って、男の手から逃れる。

そこは波打ち際で、彼女は体で水を被った。

緑の生き物が手から離れ、波にさらわれる。

彼女はそれを追うこともしなかった。

ただ、立ち上がろうとする。


「・・・・・・」


しかし立ち上がるたび、足が動かず、倒れる。


「あんた、ひとりでは歩かれへんのや・・・。
せやから・・・パパに任せ」


男が手を貸そうとしても、それを振り払う。


「ジュースだぞ、観鈴っ。 観鈴の大好きな、ジュースだ」


四角い容器を握らせる。

それは、彼女の大好きな飲み物だったはずだ。

けど、それもかなぐり捨てた。

そして、また立ち上がろうとする。


「な・・・あの子、なに頑張っとんのや・・・。
大好きなぬいぐるみや、ジュース、放り出してまで・・・。
そこまでして、なんのために頑張っとんのや・・・」


また倒れた。

その髪までが水に浸かる。


「あんなずぶ濡れになって、なに頑張っとんのや・・・」


何度も立ち上がろうとしては、倒れ、そのたび波をかぶり、濡れてゆく。


「な・・・あの子は・・・。
足も動かんはずやのに・・・。

歩かれへんはずやのに・・・」


一生懸命に、歩こうとする。


「なにを頑張っとんのや・・・」


その足が前に踏み出す。

もう倒れなかった。

次の足が前に出た。

ゆっくりと歩いてくる。

この場所に向けて。


 

f:id:Sleni-Rale:20190817112237p:plain



「マ・・・ママ・・・ママ、どこ・・・」
「・・・・・・」
「ママ、どこぉ・・・」


彼女の選びたい道がわかる。

それは、これからもずっと歩いていきたい道。


「・・・・・・み・・・観鈴っ・・・」


女が足を踏み出した。

一歩踏み出してしまえば、もう彼女の足は止まらなかった。

駆ける姿として、先にあった。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112254p:plain



観鈴っ・・・。
うちは、あほや・・・。
やっぱりあほやった・・・。
あんたに聞けばよかったんや・・・。
うちと一緒にいたいかって・・・。
答えを聞けばよかったんやっ・・・。
うち、ちゃんと、あんたのお母さんになれてたんや・・・。
うち、どれだけあんたに迷惑かけたら気が済むんやろな・・・。
あんたがこないに頑張っとるのに・・・。
うちといたいって、こんなに頑張って見せてくれとんのに・・・。
せやのに、何ぼぅっと突っ立っとんねん・・・。
あほや・・・うち、あほや・・・。
許してや、観鈴・・・。
堪忍してや、観鈴・・・」
「ママ・・・」
「そうや・・・うちがあんたのお母さんや・・・。
もう誰にも渡したりせぇへん。
二度と、あんたを手放したりせぇへん・・・。
せやから、うちと一緒に家に帰ろ。
神尾の家に帰ろなっ。
あんたはいつまでも神尾観鈴や。
いつまでも、うちの子や。
うちの子やっ・・・」
「ママぁ・・・」

 

・・・・・・。

 

「晴子・・・」
「・・・うち、自信あるわ」
「・・・なにが」
「どれだけ苦しくても、この子はうちと一緒にいたい・・・。
そう思ってくれてるゆうことや・・・」
「・・・・・・。
それで、この子を不幸にするとしてもか」
「この子は不幸になんかならへん・・・。
苦しくても、うちが逆転させて、幸せにしたる。
うちが死んだってな、この子だけは幸せにしたる」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112312p:plain



「そうか・・・。
あなたは強いよ、僕とは違って・・・」
「・・・・・・そんなことない・・・。
うちも同じや、うち、今やったら、わかるんや・・・。
この子置いて、どこぞへ逃げてしまったあんたの気持ち。
あんた、愛してるひと失ったんやもんな・・・。
大好きなひとや。
たくさんの思い出と一緒に、ふたりで生きてきたひとや。
それを失ったあんたのあの時の気持ちわかるねん。
うちは、それを失わんように、必死でいる最中やからや。
うちかて、今、この子失(うしの)うたら、どうなるかわからへん。
あの時のあんたと同じように・・・」
「この観鈴とここまでこれたあなただ、僕とは違うよ。
もう、あなたは母親だから・・・」
「まだや、まだまだこれからや。
まだ仰山、取り戻さなあかん時間があるんや。
まだ弱いねん。 まだまだ弱いねん」
「そうか・・・」
「そうやねん・・・」
「・・・・・・ただ、ひとつだけ・・・。
信用できる医者を連れてくるから、診せてやってくれないか」
「・・・・・・」
「大丈夫だ。
旧知の人間だから、無理にこの家から連れ出すこともない。 頼む」
「ああ・・・わかった。 あんたを信用するわ」
「今から戻って連絡をとる。
連れてこれるのは、いつになるかわからないけど・・・。
きっと、あなたの力になる」
「ああ、待ってる」
「よし。
じゃあ、僕は戻るよ。
あなたは早く帰って、観鈴を着替えさせてやってくれないか」
「ああ。
わざわざ出てきてもろうて、茶も出さんで悪かったな・・・」
「いいよ。
こっちに頻繁に来ることになりそうだし。 機会は山ほどある」
「そか」
観鈴のこと・・・頼んだ」
「任せてや」


男が去ってゆく。

ひとりきりで。

それをじっと、見送っていた。

やがて女が風に背を向ける。


「ほな、帰ろか、観鈴
「くー・・・」
「はは・・・また、寝てしもたわ、この子・・・。
案外、濡れてる服が涼しいんかもしれへん。
ええ夢見とるとええけどな・・・。
起きたら、とりあえずちゅーの嵐やで。
ええ夢からええ夢への連続や。
もう四六時中、いちゃいちゃしたるさかいな・・・。
そうして遊んでたら、すぐやってくるわ・・・」


・・・・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190816032042p:plain



「夏祭りが。
観鈴・・・あんたが待ちわびてた、夏祭りやで」


・・・・・・。


・・・。

 



8月12日(土)

 


観鈴の願い・・・。
夏祭りは明日やで・・・、それまで頑張りや。
お母さん、ずっと一緒やからな・・・」


ふたりの結びつき・・・

それは親子の絆だと思った。

ずっと彼女のそばにいたこの女は、彼女の母親だったのだ。

振り返ると、ふたりにはいろんなことがあった。

どうしても、親子だとは思えない時もあった。

けど、親子だった。

だからこそ、親子だったというべきか。

今、こうしてそばにいてわかる。

ふたりが乗り越えてきた困難がわかる。

そして、今もこうしてふたりでいること。

それが親子だという証だった。


「今考えてみると、ぜんぶ試練やった気がするわ・・・。
足が動かんようになるんも、うちのこと忘れてしもたんも・・・。
ぜんぶうちが、あんたの本当の母親になるための・・・。
あの日からやり直すための・・・試練やった思うわ・・・。
最初から、出会ったときからそうしておけば良かったことばかりやった。
そうしてたら、あんたもこないに苦しまずに済んだはずや・・・。
うちがふがいない母親やったせいやな・・・。
でも、それを越えたうちらや。
なんだって、越えてゆけるわ。
あんたの病気もようなっていく。
すべてがいいほうに向いていくわ。
な、観鈴

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112353p:plain



「ママ・・・」
観鈴、明日は夏祭りやで。 あんたが楽しみにしとった」
「お祭り? 屋台とかでる?」
「仰山でるで」
「わーい」
「それ出て、ふたりで遊ぼな。 一番楽しい日や」
「たのしみ~。
わたし、恐竜の赤ちゃん、ほしいな。今年も出てるかな」
「ひよこやろ。 きっと出るで」
「じゃあ、恐竜さん、飼ってもいい?」
「ああ、ええで」
「やった」
「せやから、辛くても頑張ろな」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112407p:plain



「うん、がんばる。 ぶいっ」
「ぶいっ」


・・・・・・。


・・・。

 



「は・・・あぅ・・・」


彼女が苦しみ始めた。


ずっと、なかったのに・・・


とうとう、始まってしまった。


観鈴ちゅわん、ご飯やで~。
あまあまの卵焼きや~」


・・・・・・・。



ガチャン。



母親が手に持っていたものが、床に落ちて割れた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112434p:plain



「どないしたんや、観鈴っ・・・!」


苦しむ彼女の元に駆けつける。


「イタイ・・・」
「どこがや? お母さんがさすったるで。
痛いのて・・・ここか・・・?」
「ううん・・・」
「違うんか・・・ほなここか?」
「ちがう・・・」
「足か? 手か・・・」


途方に暮れた顔で、彼女の身体に触れる。


「ちがう・・・でもイタイ・・・。
どこかわからないけど、イタイ・・・」
「わからんとこが痛いわけないやろ。
なんでや・・・どないしたんや・・・」
「はっ・・・イタイ・・・」


そして、母親は気づいた。


「前にもこんなこと、あったな」


思い出そうとする。

そして、言葉に気づく。


観鈴・・・まさか、あんたが痛いとこって・・・」
「つばさ・・・。
・・・つばさがあったら・・・そらと・・・おそろいだね・・・。
にはは・・・イタイ」


苦しみに耐えられず、笑い顔が歪む。

母親は立ち尽くす。


「そんなん・・・酷(むご)すぎるやん。
さすったることさえできへんなんて、そんなん酷すぎるやん。
あんたが苦しむとこ、そばで見とるだけなんか?
うちにはそれしか許されへんのか? 観鈴・・・」


必死で彼女の背中をさする。

痛みはおさまらない。

その時、母の顔色が変わった。

もっと大切なことに、母親は気づいてしまった。


「・・・そういえば、前に居候が言うとったな。
あるはずのない痛みがどうとか。
観鈴が忘れるとかどうとか・・・」


必死で考える。


「・・・せや、たしかに言うとった。
わけわからん痛みで、観鈴が苦しみ出すって。
そんで、観鈴がうちのこと忘れてまうって。
あの次の朝、この子、ほんまにうちのこと忘れてしもうた・・・」


・・・・・・。


ただ、呆然とする。


「なんでや、居候の言うたとおりや・・・。
忘れてしもたら、その後はどうなるんや・・・」


さらに考える。

はじめからそこにあった結末を、たぐりよせるように。


「・・・うそやろ?
明日の朝起きたら、この子・・・。
この子、死んでまうんか? うそやろ・・・?」


母は彼女を抱きしめた。


「なんでや・・・。
ずっと、元気やったやんか・・・。
観鈴、ずっと元気やったやんか・・・。
観鈴、うちとおったら幸せなはずや・・・。
幸せやったら、良うなってゆくんとちゃうんか・・・。
そんなん関係ないんか・・・。
結局観鈴は悪なってゆくだけなんか・・・。
結局・・・この子のなにもかも、奪ってゆくんか・・・。
寝たらあかん、観鈴・・・。
観鈴、あかんで・・・。
今寝たら、あんた死んでしまうかもしれん。
あんたおらんようになったら、うちどうしたらええんや。
寝たらあかん・・・。
夏祭りいくんやろ・・・。
お母さんと一緒に夏祭りいくんやろ・・・」


必死に母親が抱きしめ続ける。


ラクになった・・・」


しばらくして、彼女がぽつりと言った。


「そか・・・」


母親が彼女を放す。


「もう・・・大丈夫なんか・・・?」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112454p:plain



「ううん・・・まだ少しイタイ・・・」
「・・・・・・」
「だから、横になってる」
「寝たら、あかんっ」
「どーして?」
「ふたりで夏祭りいく約束やったやろ?」
「うん」
「いきたいやろ?」
「うん」
「ほな、寝たらあかん・・・」
「どうして?」
「・・・・・・。

よくないことが起こる気がするんや・・・。
・・・ごっつ嫌な予感や」
「どうなるの?」
観鈴とうちが・・・離ればなれになるんや・・・。
もう二度と会われへん・・・そんな予感や」
「わかった、じゃ、寝ないね。
ママと会えなくなるの、やだもん。
わっ・・・」


再び、母が彼女に抱きついていた。


「うち・・・あんたのこと大好きや・・・」
「うん。
わたしもママ大好き、にははっ。
じゃ、ねむくならないよに、トランプしよーっと」


ぱたぱた・・・。


カードを並べ始める。


・・・・・・。


・・・。




そして、いつしか母はいなくなっていた。


・・・・・・。

 


「・・・・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112511p:plain



母はまた、この場所でうなだれていた。


「結局・・・。
結局、観鈴は助からんのかいな・・・。
ほなら、なんや・・・。
うちら、なんのために頑張ってきたんや・・・。
そんなん嫌や・・・。
うちは、あの子さえ助かったらええねん・・・。
後は、なんもいらんねん・・・」

 


その場に崩れ落ちる。


「・・・・・・。

そや・・・。
あの子の願いだけは叶えてやらんと・・・。
ふたりで、祭りにでるんや・・・。
そうすれば、きっと助かる・・・。
あの子、幸せにしたるんや・・・。
うちなんかどうなってもええ・・・。
あの子だけは、幸せにしたらんと・・・」


再び立ち上がった。


・・・・・・。


・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190816032159p:plain



ぱたぱた・・・


ずっと暗くなってからも、その音だけが聞こえ続けた。

普段なら、彼女は眠っているはずだった。

けど、ずっと起きていた。


ぱた・・・。


・・・・・・。


観鈴・・・」


その音が止まると、母親が呼びかける。


「起きてるよ、ママ」
「そか・・・」


ぱたぱた・・・


また音が聞こえ始める。


それは永遠に続くかと思われた。


・・・・・・。


・・・。

 



8月13日(日)

 


どれだけ経ったのだろうか・・・。


「朝や、観鈴・・・。
お祭りの朝やで・・・。
・・・・・・あれ・・・。

・・・なんでや・・・。
観鈴・・・ちょっと待ったってや・・・」


母は立ち上がり、部屋を後にする。

僕もその後に続いた。

外へと続く戸を開けた。


・・・・・・。



f:id:Sleni-Rale:20190817112540p:plain

 

「・・・・・・。
なんやこれ・・・。 冗談やろ・・・?」


水が、降りしきる。

世界はもの悲しく、灰色に染まっていた。


「こないに雨降ってたら・・・祭り中止になるやんか・・・。
そないな話あるかいな・・・」


見上げると、母親の顔から水がしたたり落ちていた。

ずぶ濡れになって、立ち尽くしていた。


・・・・・・。


 

f:id:Sleni-Rale:20190817112619p:plain

 


「・・・・・・。
そうや・・・天気予報やっ・・・。
177、と・・・。
・・・・・・」


その顔が青ざめてゆく。


「台風て・・・なんやそれ・・・。
そないな話聞いてるかっ、ぼけっ!」


がちゃん!


「・・・・・・午後から暴風圏て・・・。
無理やんか・・・。
ぜったい中止やんか・・・。
あかん・・・冷静にならんとあかん・・・。
なんか手があるはずや・・・。
祭りは延期されへんし・・・。
延期されたところで、明日の夕方まで観鈴が起きとるなんて無理や・・・。
祭りの主催者んところ行って、拝み倒すか・・・?
そんなん、通るんかいな・・・。
あかんわ・・・。
うち、あほやから、ええ案、思いつかへん・・・。
それでも・・・あほでも思いつく限りのことせなな・・・」


その場で延々と見えない相手と話しつづけた。


・・・・・・。


・・・。



「あかん・・・。
こんだけ、手当たりしだい電話して、なんも打つ手なしやった・・・。
なあ・・・どうしたらええと思う・・・」


・・・・・・。


「台風が逸れる・・・そんなん奇跡とおんなじや・・・。
頼むわ、天気予報、はずれてぇな・・・。
午後からは、晴れてぇな・・・。
小雨でもええわ・・・。
祭りできる天気にしたってや・・・。 頼むわ・・・」


・・・・・・。

 


ぱたぱた・・・



「・・・・・・」


部屋に戻ると、彼女がひとりで遊んでいた。


「ごめんやで、観鈴・・・。 続きしよ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112639p:plain



彼女の目が外のほうを向く。


「・・・・・・」
「あのなっ、観鈴っ。
今、曇ってて、湿気多いけどな。
午後になったら晴れるて。
天気予報そう言ってたよ。
最近の天気予報は当たるからな。
安心やなー。
それまでトランプしてよな」
「うん・・・たのしみ」


ぱたぱた・・・


・・・・・・。

 

母親の姿が消えたと思ったら、また水に濡れて、立ち尽くしていた。

風が横から強く吹きつけていた。

飛ばされそうになる。


「・・・・・・。
なんでやろ・・・。
うち、そんなに悪いことしてきたんやろか・・・。
昨日までは、ずっと晴れてたやん・・・。
なんで今日に限って、こうなるんや・・・。
あの子、ごっつ頑張ってるやん・・・。
うちが、幸運吸い取ってしもとるんかいな・・・。
な、どう思う・・・」


ぴた、と背を触られる。

母の感情がよくわかる。

すべてこの天から降る水が悪いのだろう。

こんな悲しい母をみるのは、とにかく嫌だった。

僕に元気づけるすべもなく、同じように沈むしかなかった。


・・・・・・。



またしばらく時間が過ぎた。



・・・・・・。



観鈴・・・寝たらあかんで」
「うん・・・」


彼女の反応は、ほとんど無くなっていた。

弱々しく、今にも寝入ってしまいそうだった。


「ほら、トランプ持っとき」


ぱたぱたと、カードを膝の上で並べ始める。


「そや、もう少しの辛抱やからな。
・・・もうすぐ祭り始まるからな。
外、曇ってるけど、雨は降ってへん。
ちょっと降ってたみたいやけどな、もうやんだ。
やっぱ天気予報はよぅ当たる。
たぶん、夜にはお星様見えるで。
一緒に星も見よな。
あそこ小高いから、プラネタリウムみたいに、どこもかしこも星空や。
でも観鈴は、食い意地張っとるからなー。
花より団子、言うやつやろ?
ええで、なんでも好きなもん食べたらええ。
もちろん、屋台でも遊ぶで。
いろんな景品もらえたら、ええな。
それで・・・最後にな、うちがなんでも好きなもん、買うたる。
せやから、な・・・。
それ持って、帰ってこよな。 思い出と一緒にな」


ぱさっ・・・


彼女の手からカードが落ちていた。


 

f:id:Sleni-Rale:20190817112702p:plain



観鈴っ・・・」
「ねむたい。 もう眠りたいな・・・」
「あほ・・・なんでそんなこと言うんや・・・。
お祭り、いくんやろ・・・?」
「うん・・・いく」
「ほな、もう少し頑張ろ。
トランプしてよ・・・ほら、カード持ちや」
「うん・・・」


札を持とうとするが、もう彼女にはその力も残っていないようだった。

彼女の体が力なく、崩れる。


観鈴っ・・・」


それを母が抱き留める。


「あかんよ、観鈴・・・。 寝たらあかんよ・・・」
「・・・うん・・・」


ずっと、強く抱きしめ続けた。

出かける時がくるまで。


「神様・・・もし、いてるんやったら・・・お願いや・・・。
どうか・・・この子を夏祭りにいかせたってや・・・。
奇跡を起こしたってや・・・。
そうしたら、うち・・・もうなんもいらんから・・・。
これからずっとうち、不幸やってもええから・・・。
この子さえ、夏祭りにいけたら・・・。
頼むわ・・・」


・・・・・・。


・・・。

 


「時間や・・・。
出かけるで、観鈴・・・。
お祭りが始まるで・・・。
大丈夫や・・・きっと晴れてる・・・。
きっと晴れてる・・・」

 

・・・・・・。


・・・。


 

f:id:Sleni-Rale:20190817112716p:plain



「・・・・・・。
神様なんて・・・どこにもおらへん。
奇跡なんて、起きへんのやな・・・。
・・・・・・」
「夏祭り・・・」


ふたりは水に濡れながら、ここまでやってきた。

そして、立ち尽くしていた。

母親がその場に崩れ落ちる。


「あほや・・・。
うち、あほや・・・。
やってるわけあらへんのに・・・。
それでも・・・頑張ってみたら・・・。
何かがあるかもしれん思て・・・。
ここまで頑張ってきたのに・・・。
それやのに、やっぱり・・・なんもあらへんかった・・・。
結局、報われへんのやな・・・。
この子、こないに頑張ってるいうのに・・・。
な・・・。
この子が、なに悪いことしたいうねん・・・。
いい子にして待ってたやないか・・・。
ごっついい子にして・・・。
やっぱりうちのせいか・・・。
うちがこの子、不幸にしてるんか・・・。
うちがおらへんかったら、今日も晴れてて・・・。
ここも、夏祭りで賑わってたんやろか・・・。
この子も、屋台でいろんなもの買って、食べて・・・。
それで笑ってられたんとちゃうか・・・。
にははーっ・・・て」


・・・・・・。



「お祭りは・・・?」
観鈴・・・。
祭りはな・・・中止や・・・。
中止なんや・・・見ての通りや・・・。
雨、降ってんねん・・・。
ざーざー降ってんねん・・・」
「恐竜の赤ちゃんは・・・?」
「・・・・・・売ってへん。
そんなもん・・・どこにもおらへん・・・。
ここにはなんもないんや・・・観鈴・・・。
飼いたくても、無理なんや・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・あのときと・・・一緒や・・・。
うちはなんもできへん・・・。
突っ立てるだけで・・・なんもできへん・・・。
結局うちは、あんたに何もあげられへんのやな・・・」
「がお・・・」


彼女はうつむいて、同じ言葉を繰り返し口にしていた。

まるでそこに、地面に生き物がいるかのように。


「ずっとうちらは時間をさかのぼって・・・。
やっと十年前のあの日に辿り着いたいうのに・・・。
結局、同じやった・・・。 許してや、観鈴・・・」
「うん・・・」


母に身を委ねていた彼女が、目を閉じる。


「つかれた・・・」


それを母は抱き留めた。

ふたりは水に打たれ続ける。

もう母も、目を閉じてしまった。

まるで世界の終わりのように・・・静かな時。

終わってしまうのだろうか、このまま。

ここで終わってしまうのだろうか。


・・・・・・。

 

僕も目を閉じる。

もう水が降る音しか聞こえなかった。


・・・・・・。


・・・。

 

 

「あ・・・」


小さく声が聞こえた。


目を開ける。


母が、彼女を抱いたまま、ずっと先を見ていた。

僕もその方向を見る。


「なんでや・・・。
なんで、あんなところにあるんや・・・」


僕たちの視線の先・・・。


階段の上に、『それ』があった。


「捨てたのに・・・。
あの日、捨てたのに・・・」


それは、たくさんの人の思いを吸い込んで、そこで待っていた。

この世界の思いを・・・いつか叶えるために。


「ずっと待っててくれたんやな・・・。
よかった・・・感謝や・・・観鈴・・・。
観鈴っ、起きるんやっ」
「ん・・・」


彼女が目を開く。


「なに、ママ・・・」
「恐竜さん、いてるで、あそこに」
「え・・・?」
「いこ、取りにいこ。 ふたりで取りにいこ」
「うん・・・」
「目閉じたら、あかんっ。
まだ寝たらあかんでっ。
まだ観鈴、なんも買うてへんやろ?
これからやないか・・・。
な、一番楽しいのはこれからやないか・・・。
だから、頑張ろっ。
思い出や、ふたりで、ええ思い出つくろ。
お母さんとの思い出や。 嫌か?」
「ううん・・・おもいで作りたい・・・」
「せやろ。 な、頑張ろ」
「う、うん・・・がんばる。
みすずちん、ふぁいと・・・」
「せや。 観鈴ちんは強い子や」
「うん、つよい子・・・」
「よし、いこ」


ふたりで歩いてゆく。

階段に置かれた生き物を目指して。


「はっ・・・はっ・・・」
「頑張ろ・・・。
ええか・・・恐竜の赤ちゃん、目の前にいてるからな」
「うん・・・」
「手、伸ばしたら、取れる。
ほら、がんばって手、伸ばし・・・」


母は娘の腕を持ちあげる。


「そうや。 そのままや」


母が手を離すと、彼女の手もぱた、と膝の上に落ちた。


「お母さんも一緒に捕まえたる。
手、持っとったるから、ふたりで捕まえよな。
せやから、それはふたりの思い出や。
幸せな思い出や。
大事に育てよ。 ふたりで、育てていこ」


再びその手を拾い上げる。

手を繋ぐようにして、ふたりはなにもない目の前に手を伸ばし始める。


そのとき、びゅうと強い風が吹いた。


母が持っていた、水を防ぐものが一瞬で手から消えた。

ふたりの額から、水が、滝のように流れ落ちる。

それでも、彼女たちは必死に・・・手を伸ばし続けた。


「ほら、もっと伸ばし・・・。
そうしたら、届くから・・・。
すぐそこにいてるから・・・。
うまく、捕まえや・・・」


水がふたりを打ち続ける。


「もう・・・つかれた・・・」


再び、手が落ちる。


「あかん、観鈴・・・」
「ねむい・・・」
「お母さんと一緒に頑張ろ」
「おかあさんと・・・」


彼女の手を取る。


「な・・・お母さんと頑張ろ」
「うん、おかあさんとがんばる・・・」
「よっしゃ、ええ子や・・・。
頑張ろ・・・。 あんたの友達も、肩にいてるで」
「うん、カラスさんも一緒」
「そうや、みんな一緒や。 みんなで幸せになろ」
「うん」


再び、手を伸ばす。


「ほら、もうちょいや・・・。
もうちょい・・・。
届くで・・・うちらの幸せに・・・。
ほら、つかまえた・・・」
「やった・・・」


・・・・・・。

 


f:id:Sleni-Rale:20190817112746p:plain



「うちからのプレゼントや・・・。
観鈴へのプレゼントや・・・。
ずっとあげられへんかったけど・・・。
出会った日から、ずっとあげられへんかったけど・・・。
受け取ってくれるか・・・」
「うん、うれしい」
「そか・・・よかったな・・・。
・・・よかったな、観鈴
「かわいい・・・にははっ」
「がおーって」
「がおーっ」
「ゆっくり育てていこな・・・。
これ、うちらの幸せやから・・・。
ずっと、これからも育てていこな・・・。
大きなるから・・・。
もっともっと、うちらの幸せ、大きなるから・・・。
一緒に歩いていこな・・・。
今日からスタートや。
やっと始められた・・・うちら家族や。
観鈴と・・・うちと・・・そらと・・・この恐竜と・・・。
あの居候も帰ってきたら、いれたらなあかんなー。
な、観鈴
うちら家族や。
ごっこやないで・・・。
ほんまもんの家族の暮らし・・・。
その始まりや」
「うん・・・がおーっ」
「がおーっ。
はは・・・よかった。
ほんまに、よかった・・・。
ごっつよかった・・・。
よかったわ・・・。
思い出持って、帰ろな・・・。
神尾の家に・・・」

 

・・・・・・。


・・・。



ふたりは寄り添って、じっとしている。

彼女は母と一緒に捕まえた生き物を抱いて。

母は、その彼女の肩に顔を埋めて。


「・・・・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112806p:plain



「おかあさん・・・?」
「・・・・・・」


よほど疲れているのだろう。

母は彼女の呼びかけにも答えなかった。


「ずっと寝てないんだよね、わたしのために・・・。
おかあさん、すごくよくしてくれた・・・。
もう、休ませてあげないとね」


母の体がびくっと動いた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112825p:plain



「は・・・。 いかんっ・・・」


飛び起きる。


「今、寝てたな、うち。
堪忍や・・・。 ぱんぱんしよっ」


ぱんぱんっ。


顔をはたく。


「おかあさん、ねむたいんだよね」
観鈴が気にすることあらへんよ。
うち、ずっと観鈴を見ていたいだけなんや。
せやから、起きてる。 な」
「ううん、寝よ。 いっしょに寝たいな」
「あかん・・・あんた、寝たらあかんのや・・・」
「どうして?」
「痛いんやろ・・・」
「ううん・・・もういたくないよ」
「ほんまか・・・?」
「うん、ずっといたくないよ。 どうしてかな」
「ほんまにほんまか・・・? 全然痛くないんか?」
「うん、だから寝たい。
いっぱい寝て、もっと元気になる」
「そか・・・よかったわ・・・。
観鈴、頑張ったもんな・・・。
報われてたんやな・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817112841p:plain



「だから、いっしょに寝よ」
「ええよ。 観鈴が寝たら、うちも寝るから。 観鈴、先に寝や」
「うーん・・・じゃ、そうするね」
「ああ、そうし。
うち、観鈴の寝顔見て、安心したら、寝るからな」
「うん、おやすみ」


彼女が目を閉じる。


「・・・・・・」


安らかな表情だった。

母はしばらく待つ。


・・・・・・。


観鈴・・・。 大丈夫なんか?」


・・・・・・。


「ええ寝顔や・・・。
ほんまにもう・・・大丈夫なんやな・・・」


・・・・・・。


「はぁ・・・よかったわ・・・。
ほんまによかった・・・。
もう、ええんやな・・・。
うち、安心して、ええんやな・・・。
な、観鈴・・・・・・」


・・・。



母親の顔が下がる。


観鈴・・・ずっと一緒やで・・・」


彼女の顔のすぐ隣に自分の顔を埋めた。


・・・・・・。


静かになる。


・・・・・・。


・・・。



そして、彼女がゆっくりと目を開いた。


「よかった・・・寝てくれた。
ごめんね、おかあさん・・・うそついて。
そうしないと、休んでくれそうになかったから・・・」


彼女が身体をねじ曲げる。

そして、苦しげに息を吐いた。


「ねたら、ダメなんだよね・・・わたしは・・・。
・・・・・・ねむい・・・イタイ・・・。
せなかじゃないんだけどな、どうしてかな・・・。
ねようかな・・・ダメかな・・・。
うーん・・・ダメだよね・・・。
今晩だけ・・・一日だけ・・・がんばるね・・・。
おかあさんが起きるまで、がんばるね・・・。
ゴールは、ふたりで・・・むかえたいもんね。
青空の下で・・・むかえたいもんね・・・。
そうだ・・・絵日記かこうっと」


かきかき・・・


「この夏休みは・・・たくさん楽しいことあった」


かきかき・・・


「恐竜の赤ちゃんも買ってもらった、にはは。 よかった」


かきかき・・・


いつまでも、その音だけが、聞こえ続けた。


・・・・・・。


・・・。

 



8月14日(月)

 


そしてまた陽が、ふたりを照らし出す。

そのまばゆい光の中で、最初に母親が目を覚ました。

 


観鈴・・・」


呼びかける。

彼女の目が開いた。

不思議そうに、辺りを見回す。

 

「わたし、ねてた」
「あんた、ほんまに寝とったんやな。
身体、痛ないか?
うちのこと、覚えてるか?」
「・・・・・・おかあさん、おはよー」
「ああ、よかった・・・。
観鈴、元気で笑てくれとる・・・。
こんな朝を、うちはずっと待ってたんや・・・」
「にはは」
「な・・・。
うち、ごっつ嫌な夢見てたんや・・・」
「どんな?」
「あんたが一晩中寝んと、トランプしとる夢や・・・。
まだひとりで頑張ってる夢や・・・。
そんな悪夢や・・・。
観鈴はちゃんとぐっすり寝とったもんな」
「うん。
わたしも夢、見たよ。
おかあさん、聞いてくれる?」
「はは。 あんた、夢は秘密やったんちゃうの?」
「ううん、もういいの。
今日の夢はね、羽根のある恐竜さん。
気持ちよさそうに、がおーって飛んでた。
そのもっと上を、わたしが飛んでるの。
わたし、肩からうしろを見てみた。
つばさがあったの。
真っ白なつばさで、わたし、空を飛んでた・・・」
「そか、ええ夢見たな」
「ううん、かなしい夢だった。
世界でいちばんかなしい夢。
でもね、わたしだいじょうぶだよ。
わたしの夢は、今日でおわりだから。
これからは、ずっとおかあさんといるの」
「そか・・・。
あんた、前に言うとったな。
最後まで夢を見れば、きっと助かるって。
あんたはきっと、最後までやりとげたんやな」
「うん」
「そかそか・・・よかった・・・。
うち、不安やったんや・・・。
ずっと不安やった・・・。
それから解放されたんやな・・・。
観鈴が朝起きても・・・笑ってくれてる・・・。
そんな朝がやっときてくれた・・・。
それが当たり前のように、毎日続いてゆく・・・。
そんな幸せ・・・どこにもあらへん。
・・・・・・。

まるで長い悪夢見とったような日々やった。
やっと終わったんや・・・。
これからはずっと、観鈴の笑顔見ながら生きていける・・・。
うち、ごっつ幸せや・・・。
幸せすぎて、うち涙出てきそうや・・・。
はは・・・観鈴にもう言えへんなぁ、うちも泣き虫さんや・・・」
「泣いたらあかんよー」
「せやな。 悲しいこと、なんもないのに泣いたらあかんな。
笑ってな、あかんな」
「にはは」
「はは・・・」


母親はまぶしい日差しに目を細める。


「外はよう晴れてるで・・・。
昨日の雨が・・・って、昨日も晴れてたんやったな、はは・・・」
「・・・外に出たいな」
「そか。 そやな」
「太陽の下にでたいな」
「ええで、そうしよ。
せやけど、その前にうちの愛情ご飯やで。
ちゃんと食べて、元気になるでー」
「うんっ」
「よっしゃ」


ちゅ、と彼女の額に母が口をつける。


「作ってくるわ」


立ち上がった。


・・・・・・。


・・・。

 


そして、ふたりは陽の光を体中に浴びる。



「気持ちええ。
ごっつ気持ちええなー」
「うん、ごっつ気持ちいいねー」
「夏の匂いがするわ・・・」
「うん、する」
「そうかー。 どんな匂いがする?」
「潮のにおい」
「せやな。 するな」
「陽のにおい」
「せやな。それもするな」
「おかあさんのにおい」
「せやな、それもするな。
って、自分の匂い、ぷんぷんしてたら嫌やんっ!」
「いっぱいするよ、おかあさんのにおい」
「ほんまかいな・・・。
そらまぁ・・・自分の匂いなんてわからんのやろうけど・・・」
「うん。
この夏は・・・お母さんのにおいがたくさんした。
大好きなおかあさんのにおい」
「そか・・・。
くさかったら、たまらんなー」
「たまらんねー。
でも、いいにおいだった」
「そか。 よかったわ」
「うん、よかった」


きっこきっこ・・・


・・・・・・。


・・・。

 



f:id:Sleni-Rale:20190817111259p:plain



「暑いねー」
「せやなー、暑いなー。
な、観鈴、あんたの考えてること当てたろか」
「うん」
「ジュース飲みたいなー」
「当たり。 すごいね」
「誰かて当てられるわ。
しゃあないなあ、うちのおごりや」


かちゃり。


「またこれかー? どろりなんとか言う・・・」
「うん」


ぴっ・・・がちゃんっ。


「うちはなんにしよーっと」
「えっとねー」
「あんたと同じはもう嫌やで」
「ゲルルンジュースってのがお薦め。 すごくおいしい」
「ほんまかいな・・・。
ま、どろりしてへんかったらなんでもええわ」


ぴっ・・・がちゃんっ。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113059p:plain



「なんやこれっ! ごっつ重(おも)っ!」
「がんばれば、おいしい」
「なんやそれっ・・・ジュース飲むのに頑張るてどんな意味やっ!
頑張れへんかったら不味いんかっ!?
わけわからへんっ、謎すぎるでっ」
「おかあさん、ふぁいとっ」
「応援されてるっ・・・なんやわからんけど、飲んでみよっ」


ぷすっ・・・ちゅーーー・・・


ちゅーーーーー・・・



ちゅーーーーーーーーーーーーーーー・・・!!

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113113p:plain



「ぜー・・・はーーー・・・。
こんなジュース、いるかーいっ!」
「わ、捨てたらダメ。
これはね、ぎゅっぎゅってして飲むの」
「ぎゅっぎゅっ?」
「ぎゅっぎゅっ」
「ぎゅっぎゅっ・・・ゲルっぽいん出てきたっ!」
「うん、びっくり」
「ジュースでびっくりしたないわっ」
「しかも、おいしい」
「まぁ、まずかあらへんけど・・・。
うち、のど乾いてたんやけどなぁ」
「わたしの飲む?」
「それ粘土の上にコンクリート流しこむようなもんやろ・・・。
はぁ・・・、ほんま・・・夏は閉鎖しとかんとあかんのちゃうの、あの自販機。
間違えて買うた子、かわいそうやで・・・」
「新発見。 うれしい」
「そら、あんただけや・・・。 でも、楽しいからええか・・・」
「うん。楽しい」


ふたりは、風の吹く方向を見る。


・・・・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190813160403p:plain



「夏休み・・・だね」
「せやな、夏休みや。
みんなどこ行ってるんやろなー。
山とか海とか行ってるんかいなー。
まるで町ごと休みに入ったみたいや。
セミの声しかせぇへん。
こんなに静かなもんやったんやなぁ・・・夏休みの町ってのは」
「うん・・・」


しばらく風を受け続ける。

いつのまにか彼女の瞳が閉じていた。

安らかな顔だった。

それはすべてをやり終えた後のような。


「ふたりきりの夏休みやな・・・。
でも、ええもんな、ふたりで遊ぶもんな。
まだ夏休みのまっただ中や、うちらも遊ぼな」


子守歌のように、母親の声だけが心地よく聞こえてくる。

うとうとと、たゆたう。

その中で僕は感じていた。

僕たちは家族であるということ。

この中にいれば、ずっと安心できるのだということ。


「・・・・・・」


再び彼女の瞳が開かれていた。


「ね、おかあさん・・・」
「うん? どしたん?」
「ちょっと先に行っててほしい」
「ん? なんでや。 なんかあるんか?」
「うん」
「そか。 あんたがそういうんやったらそうする」
「そらも、連れていって」
「この不吉なんもかいな・・・。
しゃあないな、ほら、うちの肩に乗りや」


てこっ。


「黒っ! ごっつ黒いでこいつっ」
「カラスはいつもごっつ黒いの」
「せやな・・・もういちいち驚くんもアホらしくなってきた・・・。
ほな、いってくるで。
あんまり長い時間、不吉なお姉さんにしておかんといてや」
「うん」

 

とことこ・・・

 

「ここぐらいでええのん~?」
「どれぐらいある?」
「せやなぁ。 十メートルぐらいや」
「うん、そこで待ってて」
「なんや? なにが始まるんやぁ?
上からタライでも降ってくんのかいな。
そんなオチ嫌やで~」
「ううん、えとね・・・。 わたしががんばるの」
「はい~?」
「よい・・・しょっ」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113150p:plain



彼女が二本足で立った。


「わ・・・無理すんなやっ。 今うちが行ったるっ」
「ううん、ひとりでがんばるの。
がんばって、そこまで歩いてみる」
「そか・・・」
「だから、おかあさんは見てて。
何があっても、来たらダメだよ」
「何があってもって・・・あんたが転けたりしたら、うち助けにいくで? ええやろ?」
「ダメ。
おかあさんは、そこに立ってるの。 ゴールだから」
「そか。 うち、ゴールか・・・」
「うん。 そらと一緒にゴール」
「はぁ・・・しゃあないな。
わかった待ったる。 うちが、ゴールや」
「うん」

 

とて・・・

 

「ゆっくりでええで。 なんぼでも待ったる」
「うん・・・」

 

とて・・・とて・・・

 

「歩けてるな」
「うん、歩いてる」
「大丈夫か?」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113207p:plain



「うん、だいじょうぶ。 ぶいっ」
「ぶいっ」

 

とてとて・・・

 

「ここやっ・・・観鈴、うち、ここや」


ぱんぱん。


「手のなるほうまで・・・」
「そや。 手の鳴るほうまで」


ぱんぱん。

 


とて・・・

 

とてとて・・・

 

「ええ調子や・・・」

 

とて・・・とて・・・

 

「そうや。
ゆっくりでええ・・・。
後はあんたさえ元気になればええだけや。
きっと元気になれる。
こうして頑張っていけば、絶対元気になれる。
一緒に頑張っていこ。
観鈴っ、こっちや、ここまでや」


ぱんぱん。

 

とてとて・・・


「そうや、その調子や・・・」

 

・・・とて。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113207p:plain

 

「・・・・・・にはは、ぶいっ」
「ぶいっ。
って、んなことしとらんで、はよ、こっちきぃ」
「・・・・・・」
「どないしたん、観鈴
もうちょっとや、後、三歩でこれる、目の前やで。
お母さんは、あんたのすぐ目の前や」


ぱんぱん。


「ほら、ここやで」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113207p:plain



「ぶいっ」
「ぶいっ。
ってせやから、もうアホなポーズとっとらんで、はよきぃや。
後、少しや」
「もう、いいよね」
「ん? なにがや?」
「わたし、がんばったよね」
「なに、言うてるんや?
ここまでまだあるで。
手、抜いたらあかんで。
観鈴やったら、できる。
もっと頑張れる。 ここまでこれる」


ぱんぱん。


「・・・もうゴール、していいよね。
後、三歩。
そこまで辿り着いたら、もうゴールしていいよね」
「そか、もう疲れたか。
よし、ゴールしたら、家に帰ってトランプでもして遊ぼか」
「ううん・・・わたしのゴール。
ずっと目指してきたゴール」
「・・・は?
わからへん、観鈴がなんのこと言うてるか、うち、わからへん」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113247p:plain



「わたし、がんばったから、もういいよね。
休んでも・・・いいよね。
には・・・は・・・」


彼女の笑みが消えてゆく。


「え・・・。
あんた・・・まさか・・・。
痛いんか? ほんまは・・・痛かったんか・・・?」
「・・・・・・」
「嘘や・・・嘘や、言うてや。
これからはあんた・・・元気になっていくんやろ?
悪い夢は終わったはずやろ・・・?
せやろ・・・?
な、観鈴・・・嘘や言うてや、観鈴・・・」
「ごめんね、おかあさん・・・。
でもわたしは、ぜんぶやり終えることができたから・・・。
だから、ゴールするね」
「あかん・・・。
まだ・・・頑張るんや、観鈴は。
これから、まだまだ頑張るんや・・・。
ゴール、まだまだ先や・・・。
ずっと先にあって、こんなところにはあらへん・・・。
あらへんはずや・・・」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113300p:plain



「ゴール・・・するね」
「あかん・・・。
観鈴、きたらあかん・・・。
ゴールしたらあかん・・・。
始まったばかりやんか・・・。
昨日、やっとスタートきれたんやないか・・・。
ずっときれへんかったスタートやっ・・・。
これから取り戻してゆくんや・・・。
十年前、始まってたはずの幸せな暮らし・・・。
これから、観鈴と取り戻してゆくんや・・・。
遊んで、笑って、取り戻してゆくんや・・・。
せやのに・・・、せやのに、なんでもうゴールなんや・・・。
まだまだある・・・。
まだこれからやんか・・・。
なにもかも始まったばかりやんか・・・。
うちらの幸せは始まったばかりやんか・・・」
「ううん・・・ぜんぶ、した。
なにもかも、やりとげた。
もうじゅうぶんなぐらい・・・。
この夏に一生ぶんの楽しさがつまってた。
すごく楽しかった」
「あかん、ちがう・・・。
まだまだや・・・これからや・・・。
うちら、なんもしてへん。
家族になって、なにひとつしてへん・・・。
うち、たくさんしたいことあるんや・・・。
大好きな観鈴と、たくさんしたいことあるんや・・・。
全部これからなんや・・・」
「おかあさんと、たくさん思い出つくった。
いっしょにお風呂はいったり、ちゅーしたりした」
「そんなん・・・これからも、いっぱいしたる」
「夏まつりもいっしょに出た。
この恐竜さんも、つかまえた。 宝物できた」
「まだ来年もあるし、再来年もある」
「もう一度だけがんばろうって決めた、この夏やすみ・・・。
往人さんを見つけたあの日からはじまった、夏やすみ・・・。
いろいろなことあったけど・・・。
わたし・・・がんばって、よかった。
つらかったり、苦しかったりしたけど・・・。
でも・・・がんばって、よかった。
ゴールは・・・幸せといっしょだったから。
わたしのゴールは幸せといっしょだったから。
ひとりきりじゃなかったから・・・」
「そうや、観鈴はもうひとりきりやない。
ずっと、うちと一緒や。 せやから・・・観鈴・・・」
「だから・・・だからね・・・。 もうゴールするね・・・」
「あかんっ・・・これからやっ・・・。
これからや言うてるやろっ・・・」

 

とて・・・

 


観鈴・・・きたらあかんっ!
これからや言うてるやろっ!」

 

・・・とて・・・

 

・・・とて。

 

ゴール・・・。

 


f:id:Sleni-Rale:20190817113320p:plain



「やった・・・やっと・・・たどりついた。
ずっと探してたばしょ・・・。
幸せなばしょ・・・。
ずっと、幸せなばしょ・・・」
「・・・・・・そんなん嫌や・・・。
観鈴・・・うち、そんなん嫌や」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113338p:plain



「そんなん嫌やーーっ!」

 

・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113351p:plain




「置いていかんでやっ・・・。
うちをひとりにせんでやっ・・・。
あんたに何もかも教えてもらったんやないかっ。
ひとりきりやない、生き方・・・。
あほで甲斐性なしやったうちに教えてくれたやんか・・・。
酒飲むことだけが幸せやったうちに教えてくれたやないかっ・・・。
家族と一緒に生きるいうことや・・・。
その中でうちは守るものができて、強くなれて・・・。
それで、幸せをつかんだんや・・・。
あんたを幸せにすることが、うちの幸せやったんや・・・。
あんたと一緒にいられたら、幸せなんやっ。
な、ずっとふたりで幸せに生きてこ・・・。
これから先ずっと・・・。
うちらふたりで・・・。
ほかにはなんもいらんから・・・。
友達もいらん・・・。
新しい服もいらんし、贅沢もできんでええ・・・。
ただ、あんたといられたらそれでええんや・・・。
ずっとふたりで暮らしてこ・・・。
また海を見にいこ・・・。
あんたが好きなヘンなジュース飲んで歩こうや・・・。
飽きるぐらい遊ぼ。
ずっと、神尾の家で、ふたりで仲良ぉ暮らそ・・・。
な・・・だから、いかんといてやっ・・・。
うち、おいていかんといてやっ・・・。
ひとりにせんといてやっ・・・。
うちをひとりにせんといてやっ・・・。
な、観鈴・・・」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113405p:plain



観鈴っ・・・」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113420p:plain




・・・・・・。

 

 

観鈴・・・観鈴っ・・・」



・・・。




観鈴・・・観鈴ーっ・・・!」

 


・・・・・・・。


・・・。

 

 



 

――出会いの夏祭り。


「これ、ほしいな」

「うん? なんや?」

「きょうりゅうの赤ちゃん」

「はは・・・違うんやけどなぁ、これヒヨコやねん」

「飼いたいな・・・」

「ええよ。 買うたる」

「わーい」


そして、時間がたって・・・


何年もすぎて・・・


また夏がきて・・・


ふたり笑ってる


大きく育った・・・


幸せといっしょに。

 


f:id:Sleni-Rale:20190817113451p:plain



 

・・・・・・。


・・・。

 

 

 

 

 

時間は流れてゆく。


日は昇り、暮れてゆく。


同じような日が過ぎゆく。


・・・・・・。


・・・。

 

 


「うち、あの日から、泣いて、泣きまくって過ごした・・・。
もう流す涙も尽きたわ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113535p:plain



「僕の胸で泣いてくれるのかと思いきや・・・。

一度としてお呼びがかからない」
「あほぅ、死んでも、あんたなんかの胸で泣くかいや」
「あなたらしいね」
「逆やったらええで。
あんたが泣きたくなったら、うちに来(き)ぃ。
いつでも胸、貸したるからなー」
「遠慮しとくよ。
もう、昔のような子供じゃないんだから」
「そか。
強(つよ)なったんやな、あんた。 うちなんか、追い越して」
「はは・・・郁子が笑ってるよ。
まさか、あの妹の口からそんな言葉がでるのか、って。
僕は永遠に晴子には勝てないって言っていたからね。
いや、僕らは、か」
「どういう意味やねん」
「いや・・・深い意味はないよ」
「ふぅん。
せやけど、母親ってのは、すごいなぁ。
母親だけやない、家族や。
うち短い間やったけど、ごっつ凝縮した時間を過ごしたんや。
せやから、ようわかる。
すごかったんやなぁ、家族て。
このうえない幸せと、このうえない辛さ・・・。
すべてがそこにある。
それはまさしく人が生きる、いうことや。
せやから、うちは生きとった。
この二十八年間で一番、生きとった。
がむしゃらで、ボロボロで、強くて弱かった・・・。
なに言うてるか、わからんようになってきたな、うち・・・はは」
「いや、わかるよ。 痛いぐらいに」
「そか、そやな。
あんたやったらわかるわな。 うちら、大人やもんな」
「そうだね」
「せやから・・・せやからな・・・。
うち自信あるねん、今はもう自信あるねん。
うちはあの子の母親なんやって。
立派と違うかもしれへんけど、あの子の母親なんや。
せやから・・・うちの子も、いつまでも観鈴ひとりだけなんや。
あの子だけなんや。
ずっと神尾晴子の娘は、神尾観鈴だけなんや」
「それじゃ、今のあなたは・・・生きていないことになるよ」
「大丈夫や。 生きとるで」
「そうだろうけど・・・。 晴子、うちに来ないか」
「せやから、ヘンな気ぃ使うな言うてんねん。
うちは、大丈夫や。
近所の保育所に通いはじめたんや」
「え?」
「子供が仰山おる。 片っ端から叱ってる最中や」
「仕事はどうした」
「あんな仕事続けてても、意味あらへん。
うち、子供と接して生きていきたい思うてるねん。
うちの家族はあの子ひとりやけども・・・。
いろんな家族に囲まれて生きていきたい。
いろんなこと教えてやりたいんや。
うちが、短い間で培ったことや。
それは全部、大切なことやから。
やりがいある。
今は、そんなふうにして生きてるねん」
「そうか・・・」
「それにな、その保育所に、あほな子がおるねん。
男の子と女の子の二人組でな、しばらく面倒みたらんとあれは落ちこぼれるわ。
別に落ちこぼれてもええけどなー、かわいいから。 あははっ」
「安心したよ」
「心配かけたな、 おーきにや」
「いや、なんてことないよ」
「そのうち、そっちにも遊びにいくわ。
来てもろてばっかりで悪いからな」
「そうだね、待ってるよ。
・・・・・・長い休み、僕の休暇も終わりだ。
じゃ、そろそろ戻るよ、僕は」
「うん、遠いところからおーきに」

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113554p:plain



「元気で」


・・・・・・。


母親は、前を向いて生き始めた。


あの日から。


・・・。

 


そして、僕は・・・


今も彼女を探し続けていた。


あの日消えてしまった、ひとりの少女を。


・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190816032905p:plain



ずっと、この地を歩き続けた。


彼女と一緒に歩いた風景を。


どこにも見つからなかった。


「ん、黒いんおる」


・・・・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113626p:plain



「あんた、そらか?
いつも、うちらといてくれてた、そらか?
こんなに大きかったかな・・・。
もうちょい小さかった気するな・・・。
でも、しばらく時間経ってるし・・・」

 

・・・。



f:id:Sleni-Rale:20190817113644p:plain



「はは・・・ようわからん。
でも、そらやないほうがええわ。
そらやったら、うち、叱らなあかん。
あんたは、今もこんなところいてるんか。
もうあの子はいてないんやで・・・って。
あの子が名前つけてくれたんやろ、そらって。
立派な名前やん。
空は、ずっと届かん場所や・・・。
うちら、翼のない人にとってはな。
あんたには、翼があるやないの。
いかなあかんで・・・。
うちも長い時間かかってしもたけど・・・。
ようやく、踏み出すことできたんやで。
いろんなこと変わってしもたけど・・・。
それでも、踏み出せば、どんどん道は続いてる。

生きていくんや、うちは。
夏は終わったけど、空は果てなく続いてる。
うちは歩いていくから・・・。
ずっと、雲追いかけて・・・。
せやから、あんたは飛ぶんや。
翼のない、うちらの代わりに・・・。
ひとの夢とか願い・・・ぜんぶ、この空に返してや。
頼むで、そうすれば、うちらはきっと・・・ずっと穏やかに生きていける。
そんな気がするんや・・・。
・・・・・・。

そろそろ時間や。
うち、いくわ。
またいつの日か・・・会えたらええな」

 

・・・・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113723p:plain



「ほな、元気でやりや~!」

 

・・・・・・。






f:id:Sleni-Rale:20190817113743p:plain

 

そして、いつしか僕は空を見ていた。


いつだって悲しみの色をたたえていた空。


彼女はもう地上にはいない。


この空の彼方にいるのだ。


悲しみの正体は、それだった。


ずっと空に向かって、彼女は生きていたのだ。


限りなくどこまでも続く蒼・・・


何も終わりを知ることなく、続いてゆく世界。


その無限へと還ってしまった少女。


今もひとりきりでいる少女。


だから僕は彼女を探し続ける旅に出る。


そして、いつの日か僕は彼女を連れて帰る。


新しい始まりを迎えるために。


・・・・・・。


・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190813160403p:plain



果てのない旅路に思えた。


どこまでも空は高く、限りがない。


ずっと恐れていた空。


飛べるだろうか。


彼女と一緒に飛ぼうとした空。


今も恐かったけど・・・


でも飛べる。


そう信じる。


飛ぼう。


僕は駆け始めた。


あの日の彼女の背中を追って。


・・・・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113833p:plain



翼を広げて、地を蹴る。


初めて、両の翼が風をつかんだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113848p:plain




体が浮く。


腕に力をこめる。


しっかりと風を受け止めて、羽ばたく。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113903p:plain



 

どこまでも、どこまでも高みへ・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817113917p:plain



帰ろう、この星の大地に。


・・・・・・。

 

・・・。






 

f:id:Sleni-Rale:20190817113936p:plain



我が子よ・・・


よくお聞きなさい。


これからあなたに話すことは・・・とても大切なこと。


わたしたちが、ここから始める・・・


親から子へと、絶え間なく伝えてゆく・・・


長い長い・・・旅のお話なのですよ。

 

この星はまだ、歩きはじめたばかり。


だから、わたしたちはここに生まれた。


わたしたちは無限に記憶を継いでゆく。


この星で起こるすべての事象を見聞き、母から子へと受け渡していく。


つまり、それはこの星の記憶。


わたしたちは、星の記憶を司るものなのです。


星の記憶は、永遠に幸せでなければなりません。


憎しみや争いで空が覆い尽くされた時。


この星は嘆き悲しみ、あらゆるものを生み出した己を忌むことでしょう。


全ては混沌に戻り、そして無に帰すでしょう。


だから、わたしたちは幸せであり続けましょう。


大地や空や海に暮らす者たちすべてに、無限の恵みをもたらすよう・・・


それこそが、わたしたちという種の役目。


忘れることを許されない、わたしたちの誇り。


多くの困難が、行く手には待っているでしょう。


辛いことや悲しいこともあるでしょう。


時の流れに立ち向かえるほど、わたしたちは強くもありません。


わたしたちもいつの日か、滅びる時を迎えるでしょう。


それは、避けようのない結末。


けれど、最後は・・・


星の記憶を担う最後の子には・・・


どうか、幸せな記憶を。


その時こそ・・・


わたしたちは役目を終え、眠りにつけるのでしょうから。

 


別れの時が来ました。


わたしは空に届けます。


この星の最初の記憶を。


あなたと暮らした、幸せな日々の記憶を。


悲しむことはありません。


わたしはいつまでも、あなたと共にあるのです。


雨粒が大河となり、そして海に集まるように・・・

 

だから・・・

 

あなたには、あなたの幸せを。


その翼に、宿しますように。



 

f:id:Sleni-Rale:20190817114009p:plain



f:id:Sleni-Rale:20190817114032p:plain



 

・・・・・・。


・・・。

 



f:id:Sleni-Rale:20190816032042p:plain



波の音・・・。


潮の匂い・・。


いつから僕はここに立っていたのか・・・。


「どうしたの?」


声がして振り向く。


そこに立っていたのは、ひとりの少女。


名前も顔も知っている。


僕たちは幼なじみだった。


「見て、できた」


彼女が嬉しそうに見せるのは、砂でできたお城。


「うまくできたね」
「うん、うまくできた」


十分、満足したようだった。


「もうすぐ日が暮れるね・・・」


海を見て、眩しそうに目を細める。


「そうだね・・・」
「じゃあ、その前に確かめにいこうか」
「ん? なにを?」
「君がずっと確かめたかったこと。
この海岸線の先に、なにがあるのか」
「わたし、そんなこと言ったっけ・・・」
「言っていないかもしれない。 でも、そう思ったんだ」
「そうだね・・・確かめてみたい」


今なら、その先に待つものがわかる。


僕らは。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817114106p:plain



振り返ると、堤防の上にひとがいるのが見えた。


男と女。


男は眠っているのか、顔を伏せて座っていた。


その横で女のひとが、起きるのを待っている。


そんなふうに見えた。


女の人が僕らに気づき、手を振っていた。


僕は手を振り返す。


彼らには、過酷な日々を。


そして僕らには始まりを。


下ろした手を固く握る。


「じゃ、いこうか」


彼女が先に立って、待っていた。


「うん」
「この先に待つもの・・・。 無限の終わりを目指して」


ただ、一度、僕は振り返り呟いた。


その言葉は潮風にさらわれ、消えゆく。

 

f:id:Sleni-Rale:20190817114120p:plain



「さようなら」

 

・・・

 

END