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車輪の国、悠久の少年少女 灯花シナリオ【2】

 

・・・

 

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「ん・・・朝か」


「・・・すぅぅ~っ、すぅぅ~っ・・・」


灯花は幸せそうな寝顔をしていた。

その丸い頬を、軽くつついてみる。


「ふぅ、んん~~・・・」


ぷにゅんと跳ね返る、灯花の柔らかい頬肉。

もっとつついてみる。


「うぅぅ~~・・・」


顔をしかめ、低くうなる。

めちゃくちゃかわいい。


「おっと、灯花で遊んでる場合じゃなかった」


朝食の用意をさせないと。


「おい、起きろ」


頬を軽くペシペシと叩いて起こす。


「うぅ~ん・・・」
「おいっ、寝ぼすけ」
「むふ~。 けんいちぃ~・・・」


幸せそうな顔で、甘える子供のように身体をすり寄せてきた。


「灯花、起きろ」


体を揺らす。


「・・・ん、あと、もう少しだけぇ・・・」

「朝食を作れ。 もう九時だぞ」

「・・・・・・」


・・・・・・。


「すぴぃぃ~~・・・」

「寝てんじゃねえよ、コラァ!」


ユッサユッサユッサ・・・。


「んん~・・・なぁに?」
「朝食を作れ。 日課だろ」
「・・・今、何時?」
「まもなく九時だ」
「・・・えぇーーッ!?
どっ、どうしてもっと早く起こしてくれなかったの?」
「おれも今起きたんだ」
「もう少し早く起きなさいよっ」


ガバッと起きあがると同時に、灯花のしなやかな裸体が朝日に輝く。


「・・・え・・・」

「・・・あ・・・」


そうだ、昨日あのまま・・・。


「なっ・・・なっ・・・」


胸を両手で隠しながら・・・。


「み、見ないでよ! ドスケベッ!」


枕をぼふぼふと叩きつけてきた。


「見えちまうもんはしょうがねえだろっ」
「目閉じればいいでしょ!
ホントすけべ! なんなのぉっ!」
「なんなのって・・・」
「バカ! 変態! お前なんか真綿で首を絞められて死んじゃえ!」
「そ、そこまでいうか・・・」


・・・。


《灯花? 起きてるの?》


「あっ・・・お母さん」


《いつまでたっても起きてこないから、心配したのよ》


ドアノブがゆっくりと回る。


「げっ・・・」


しかし、ゴツッと鈍い金属音が響くだけでドアは開かない。


《あら? なんで鍵が・・・》


「え、えと・・・最近物騒だから、鍵閉めて寝ることにしたんだよっ」


《なるほど・・・ところで、森田君来てない?》


「えぇっ!? どどっ、どうしてッ?」


《今朝リビングに行ってもいなかったから、もしかしたら灯花の部屋に来てるんじゃないかと思って》


「知らない知らない! あんなヤツ知らない!」


《そう?》


「昨日の夜もぜんぜん来てないしっ・・・そう! きっと走りに出たのよっ」


《そう・・・》


「いっ今だって私の部屋に来てないし、絶対に外だって!」


《・・・・・・》


ドアの向こうで、ため息が聞こえたような気がした。


《じゃあいいわ。 灯花も起きなさいよ》


足音が遠ざかってく。


「はぁっ・・・なんとかごまかせた」
「ごまかせてないから」
「着替えて外に出てよ」
「へいへい」


ベッドから立ち上がり、服に着替える。


「あっ・・・」


灯花の視線が、生理現象によりいきり立ったムスコへと注がれ・・・。


「そんなものしまって! そして出てって!」
「わかったから急かすな!」


おれは瞬く間に着替え、部屋から飛び出した。


・・・・・・。

 

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「はあっ・・・はあっ・・・」
「お疲れ様」
「ど、どうも・・・」
「外に出てたのは嘘でしょ」
「お察しのとおりです」
「・・・・・・」
「それより、おれに何か用ですか?」
「いえ。 特にないわ。
どこに行ったのか、気になっただけだから」
「そうですか」


そのとき、リビングのドアを開けて灯花が入ってきた。

 

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「お、おはよー」
「おはよう」
「けっ、賢一も外から戻ってきたんだ、お疲れ様っ」


「・・・バカ」


・・・・・・。

・・・。

 


朝十時、外は快晴。

灯花は台所で、いつものように料理の特訓に励んでいる。


「新しい刺激ねえ・・・」


昨日の灯花の言葉を思い出す。

マンネリ感のあるこの日常に、料理に関するビッグイベントを開けばいいのだ。

そうすれば、学園の思い出を作ることもできる。

まさに一石二鳥。


「賢一ぃーっ!」


またもや灯花の叫び声。


「この展開にも慣れたな・・・」


おれは台所へ移動した。


・・・・・・。


「そこに座れ!」


またかよ・・・。


素直に正座。

 

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「犯人はあなたでしょ!?」
「いちいち正座させる意味が分からないな」
「説教するときの作法よ。 知らないの?」
「そんなことより、おれが何の犯人だって?」
「賢一が犯人だって分かりきってるんだから、とぼけても無駄よ」
「罪名は何だ?」
「私のミルクチョコレートを勝手に食べた罪」
「心当たりがあるといえばある」


昨日の料理中だ。


「ミルクの味がして美味しかったぞ」
「感想は聞いてないッ」
「お詫びの印に、これをやろう」
「これって・・・あのチョコじゃない」
「そう、あのチョコだ」


先日の休み時間、灯花が薦めてきたチョコ。

詳しい名前が分からないので、便宜上『あのチョコ』と勝手に命名しよう。

 

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「私のために、買って来てくれたの?」
「ああ、二個ほど残して全部買った」
「・・・・・・その余った二個って、もしかして・・・」
「灯花が最後に買った二つだろな」


・・・。


「なんて姑息な手を使うのッ」
「ほら、機嫌直せ」


もう一個『あのチョコ』を手渡す。


「そんなものもらっても、私の機嫌は直らないんだからねっ」


『あのチョコ』をしっかりと受け取り、言い放った。


「こ、こんなもの・・・・・・こんな・・・。
はぐっ、もぐもぐ・・・・・・こんなもので・・・」


うまそうに食っていた。


「そろそろ作業にもどれ。 昼飯に間に合わないぞ」
「賢一の分を除けば充分間に合うけど?」
「料理人候補生の意地を見せろ」
「・・・くっ・・・賢一なんか、チョコの食べすぎで甘党になって死んじゃえ!」


その言葉、そっくりそのままお返ししたい。


・・・・・・。

・・・。

 

今日の昼食はそうめんという、手抜きに近いものだった。

 

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「手抜きで悪かったわね」


口に出していたらしい。


「そうめんを作って、何か得られるものはあったか?」
「暑い日には、やっぱりそうめんが合うよねっ」
「そりゃそうだろうよ」
「でも、やっぱり充実感がないなぁ・・・」


微妙なスランプに陥った、ということだろう。

時間はあるが金が無い、学生さんの気分だ。


「他人に料理を教えるとか・・・京子さんはどう?」
「そんなことに時間を費やすのなら、自分のために時間を使いなさい・・・だって」
「学園に行ってから、みんなに聞いてみるというのも手だな」
「うーん・・・この際、しょうがないかな」


そのときだった。


「あっ、電話だ」


ソファーから立ち上がり、受話器を取りに行く。


「もしもし・・・はい・・・えっ、お父さん?」


ご両親からの電話だったか。


「うん・・・元気にしてるよ、お母さんも元気・・・・・・。
こっちは変わりないよ・・・うん、私も会いたいな・・・。

あとちょっとで夏休みだから、そのときにでも・・・。

・・・えっ? こっちに来てくれるの?

・・・・・・うん、うん・・・すぐだね。

楽しみにしてるよ。

あ、料理作って待ってるから・・・その、食べてほしいな・・・うん、頑張ってるよぉ・・・。
あ、今忙しいんだ・・・・・・うん、じゃあまたね」


灯花は、静かに受話器を置いた。

 

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「ご両親からか?」
「近いうちにこっちに来るって」
「良かったな。 京子さんにも、後で言っておけよ」


灯花は、はりきって頷いた。


「料理を作って待ってるって言っちゃったよ」
「これで踏ん切りはついたな」
「えっ? なにが・・・」
「おいしい料理を両親に食べさせてやるんだろ? だったら、今よりもっと腕を上げないと」

 

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「そうだね、頑張るよっ」


ぱあっと明るい笑顔を見せた。

ご両親に料理の腕前を披露するんだ、くらいの意気込みがなくては困る。


「さて、どうするかな・・・」


ソファーの背もたれにどかっと背を預けた。

両親と再開する件についてはこれでいい。

灯花の悩みはもう一つ・・・料理に関する何かのイベントだ。


「みんなで、わいわいがやがや騒ぐようなイベントがいいかな」
「イベント?」
「料理人になれるのかって自信なくしてたろ。 それを克服するイベントだ」
「試食会とか?」
「誰に」
「クラスメイトのみんな・・・とか」
「そういう話は、京子さんを通した方が話が早い」
「みんなから評価もらうだけって、なんかイマイチ」
「どうせなら、熱いバトルを繰り広げたくないか?」
「バトル? まな板とか鍋とか包丁を持って戦うの?」
「今は、料理の話だぞ」
「・・・わ、分かってるわよ」
「もしかしたら、隠れた人材が見つかるかもしれない。
「キャベツ百個を、一分でみじん切りにしちゃう人とか?」
「どうでもいいな、それ」
「ニンジンとかダイコンとか堅いものだったら、見物じゃない」
「硬い柔らかいの問題か? 今は」
「じゃあ、食べる?」
「料理と関係ねえだろ」
「おもしろそう。 退屈することもなさそうだしっ」
「だから、料理だっつってんだろが」
「楽しめればキャベツを食べようがニンジンを食べようが、何でもいいのよ」
「勝手に食うな。 料理を作れ」
「人が楽しいイベントを考えてるっていうのに、なんでそんなに否定的なの?」
「凝ったことを考えずに、普通にメシ作って味を見てもらえばいいんだよ」
「だからぁっ、新しい刺激が欲しいって言ってるじゃない」
「そういうときこそ、イベントにしちまおうって話だろ、今は」
「じゃあ、賢一はなにか案があるって言うの?」
「シンプルに、料理大会とか」
「って大規模すぎるわよ」
「クラス内だよ。 クラス内」
「ふーん・・・」
「お前は何を考えてたんだ」
「できた料理をどこかに送るのかなぁ、って」
「お前が作るのは選考作品じゃねえんだよ」
「クラス内でってことは、みんなを巻き添えにするの?」
「巻き添えって、お前・・・」
「どっちにしても、お母さんに聞いてみないと・・・」


それからおれたちは、あれよこれよと案を出し合っていた。

しばらく、暑い天気が続きそうだ。

昨日に比べて、セミの大合唱がうるさくなっているような気がする。


・・・・・・。

・・・。

 

 

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「さて・・・・・・」


夕食も済ませたことだし、京子さんに聞いてみるか。


「灯花も一緒に来い」


「分かってるわよ」


・・・。


リビングのソファーでくつろいでいる京子さんに、灯花と二人で近づく。

 

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「京子さん、ちょっといいですか?」
「ええ。 大丈夫よ」
「実はご相談がありまして・・・」
「森田君が? 珍しいわね」
「ズバリ言います。
クラス内で、料理大会を開きましょう」
「料理ときたら、もしかして灯花に関係することかしら?」


えぇと頷き、話を進める。


「今日、灯花と話し合ってできた案なので、詳しい内容は未定です。
クラスがらみのイベントについては、京子さんに話を通しておいた方がいいと思いまして」
「どうして、いきなりそんな話が出たの?」
「灯花の腕前は徐々に上がってきていますが、最近スランプ気味というか、ただ料理を作るだけじゃ飽きてきたって言ってんですよ。
じゃあ、ここらで一つ面白いことでもやろう、ということで出た案が、料理大会ってワケです」


「灯花は、それでいいの?」
「たぶん・・・・・・」


「たぶんってなんだよ」
「だって、まだみんなの意見聞いてないよ」
「明日聞きゃいいだろが」


「話はわかったわ。

明日みんなに聞いておいてちょうだい」
「わかりました」
「この件については、森田君にお任せでいいの?」
「任せろっす」
「頼もしいわね。 期待してるわよ」


安心しきった表情で、おれと灯花の顔を見た。


「でも、みんなこの話に乗ってくるかしら?」
「エサで釣りましょう。 景品とかで」


「景品って?」
「おれが適当に用意する」
「何を?」
「灯花の秘蔵のチョコでいいんじゃね」
「はあっ!?」
「うん、それいい。 名案だ」
「ぶっ殺す! それだけは絶対にぶっ殺すぞ!」


マジだった。


「灯花が優勝すれば問題ないじゃないか」
「賢一は出ないの?」
「さあね。
それともなにか? おれが優勝して灯花の命より大事なチョコを景品としてもらえとでも?」

 

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「うん・・・」


頬をかすかに赤く染めながら、コクンと頷いた。

しかし、おれは頷かない。

ため息を一つ吐き、灯花に向き直る。


「ここで『いや。 優勝するのは私よっ』とか言ったらカッコいいのに」
「わ・・・悪かったわね」


「私からは、頑張りなさいとしか言えないわね。
担任として了承はしたけれど、大会を成功させるのはあなたたちなんだからね」


・・・。


「よしっ、やる気が出てきた。 頑張るぞ、灯花」
「ん~・・・」


当の本人は、煮え切らない態度で居座っていた。


「おれの体が景品だったらいいのか?」
「そんなことじゃないのよっ」
「じゃあ、どういうことだ?」
「ホントに私が優勝できるのかってことよ」


・・・・・・。


「なに言ってんだ、お前」
「えっ? 何か私、変なこと言った?」
「料理人目指してんだろ? 灯花のご両親に美味しいご飯を食べてもらいたいんだろ?
だったら、勝ち宣言をして張り切ってみせろ」
「あぁ、うん・・・そうだよね」


そうだよね・・・って、自分のことだぞ。


「さしあたって、明日みんなに聞くとするか」


麦茶を取りに台所へ向かう。

背後から、灯花のため息が聞こえてきた。

悩み事なら聞いてやりたいところだが、そろそろ自分の力で乗り越えてほしいものだ。

今日は特に蒸し暑く、寝苦しい夜だった。


・・・・・・。

・・・。

 

 

 

翌日の昼休み。

おれは自分の席に座り、灯花と一緒に昼食を取っていた。

 

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「今日の弁当も美味しいよな」
「美味しいばっかり言ってないで、他にも言うことあるでしょ」
「例えば?」
「聞かなくても分かるでしょ。 味加減よ」
「う~ん・・・」


腕を組んで頭をひねる。

灯花は得意げな表情をしながら口を開いた。


「こんな話知ってる? 味覚はね、女性よりも男性の方が鋭いんだって」
「初耳だな」
「だから、賢一はちゃんとしたコメント出さなきゃダメなのよ」
「お前、そんなんで料理人になれると思ってるのか?」
「しれっと話を飛ばさないでよ」
「今のコメントは、おれがいないと何もできないという意思表示で受け取ってもいいのか?」
「う・・・それは」
「協力はしてやるが、頼りきりになるな」
「わかったわよ。 で、味の方はどうなの?」


言ったそばから・・・仕方がない。

真剣な面持ちで、灯花の目を見ながらおもむろに口を開いた。


「チョコケーキを作るときに、チョコ食べながら作るのはどうかと思うぞ?」

 

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「ぶっ!」


飲んでいたお茶を噴き出した。


「飛ばすな!」
「なんで知ってるの!?」
「見たからに決まってるだろ」
「今は私が味を聞いてるんだから、賢一はただ答えればいいのよっ」
「料理人が材料をつまみ食いするのはどうか、という点を指摘したかったわけだが?」
「ケーキ作るときはしょうがないのよ。 パティシエの人だって、色々とつまみ食いしてるはずよ。
賢一もチョコケーキを作ってみなさいよ。 この気持ちは分かるはずだから」
「どこかの誰かさんみたいに、チョコを全部食べてしまうということは断じてないがな」
「くっ・・・」
「チョコケーキを作ると言って普通のクリームケーキを出したときのお前の言い訳・・・覚えてるか?」
「さ、さあ・・・」


視線が不自然に宙を舞っている。


「『チョコがなかったから、機転を利かして普通のケーキを作ってみたの』」
「不慮の事故ってヤツよ! 交通事故と同じっ」
「事故じゃねえ。 お前のせいだよ!」


ギャーギャー騒いでいると、クラスメイトがこちらへやって来た。

 

 

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「・・・またやってるよ」


「ケンは委員長をいぢるのが生きがいなんだ。 そっとしておいてやろう」
「見世物じゃねえぞ。 ウザい前髪は去れ」

 

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「その話題に触れるなぁっ!
ついでに、汚らわしい手で触るなあっ!」
「触ってねえよッ!」
「はあっ、はあっ・・・おのれえぇ~っ」


仇を見るような眼差しで、おれを睨んだ。


「磯野くんってさ、病的に前髪を気にするよね」
「僕の、命だからだ!
・・・仕方がない。 ここは一つ日光でも浴びて、光合成をしてくるとするか」


ふらふらと、幽霊のように教室を出て行く磯野。


「なんで光合成なんだ。 髪にいいのかな?」


入れ替わりで、夏咲が教室へ入ってきた。

 

 

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「磯野くん、どうしちゃったの? 病気?」
「元気をチャージするために、光合成するんだって」
「なるほどっ。 賢いね」
なっちゃんも戻ってきたことだし、そろそろ説明させてもらおうかな」
「なにを?」


「料理大会。 クラスのみんなでやろうって話になったの」


「うへえ・・・また急な話だね」


「どうして料理大会なの?」


「ああ、それは・・・」


・・・。


「面白そうだ!」


いつの間にか、背後に磯野が立っていた。

 

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「つまり、それは委員長のためだよね、ケンッ」
「え~、なんでそうなんの?」
「ケンがからんで料理といったら、委員長しかいないじゃないか」


「だよね~・・・」
なっちゃん、今の説明でわかったの?」
「だってケンちゃん、その・・・付き合ってるんでしょ?」


・・・そういうことになってたな。



「詳しい話を聞かせてくれないか?」


ずずいっと寄ってくるあたり、磯野はやる気満々なようだ。


「じゃあ、説明してやる」


要点をまとめるため、一呼吸置いた。


「そいつぁ奇策だっ!」
「お前ジャマ。 うざい。 光合成してそのまま戻ってくんな」


先に進むため、強引に話を進めることにした。


「今大会を開く真の目的、それは・・・。
灯花VSクラス全員という料理対決を、おれが見てみたいからだ!」
「単なる自己満じゃない!」


「へえ・・・面白そうじゃん」


「なんか、すごいね・・・」


あれっ、意外にもウケた?


「違う違う! なにか面白いことしようってことで出ただけなんだって、料理大会の話はっ」
「・・・と本人は言っているが、料理の腕前をクラスメイトたちと比較しようという魂胆があるんだ」


「灯花、料理人になりたいっつってたもんね」


「だったら、いい機会だよ」


席を立ったおれは教壇へと向かい、クラスメイトに向かって大声で呼びかけた。


「みんなっ、聞いてくれ!」


途端に、シーンと静まり返る教室。


「近いうちに、みんなで料理大会を開こうという案が出ている。
ちなみにコンセプトは、『灯花に料理で挑戦』。
景品は灯花の命より大事なチョコレートを用意する」

 


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「チョコレート?」

 

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「ペロペロキャンディがいいよぉっ」



不満そうだった。


「じゃあ、金だ! 貴様ら庶民が一生かかってもつかめん額の大金をくれてやるわ!」


教室中から、オォーッと歓声の声が上がる。


「よーしっ。 決定だな」

 

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「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! 冗談だからね!」


慌てている灯花を尻目に、クラスメイトたちは定位置についた。


・・・・・・。

 

「なによ、あの強引な説明は!?」


教壇から戻ってくると同時に、灯花が突っ込んできた。


「やはり、金だな。 金というエサが一番だ」
「エサって・・・」
「お前のチョコレートもだが」
「冗談もほどほどにしてよね」
「そんなにいやなのか?」


自分が勝てばいいのに・・・自信のないヤツだなぁ。


「仕方がない。 別に用意するとしよう」
「景品って、なにを考えてるの?」



「あたしも気になる!」


さちは料理できないのに、やる気満々だった。


「景品を狙えるほど、料理できるのか?」
「秘策があるからねー」
八百長はなしだぞ」
「しないって」


「ケンちゃんが用意するの?」
「そうなるかな・・・」


「へえ、どんなものを用意してくれるんだい?」
「三位は冷蔵庫、二位はミシン」


「ビミョー・・・」
「それっぽくていいと思うけどな」


「一位はまたチョコレートとか言うんじゃないでしょうね」
「や、お前の魂より大事なマンガ全部」
「その口を景品のミシンで縫ってあげようか?」
「お前は優勝しか狙えないから、二位のミシンはもらえないぞ」
「・・・・・・」


「料理が上手な人っていいよねっ」
なっちゃんだって、結構いいセンいくと思うよ」
「・・・うんっ。 頑張ってみるよ」


軽く拳を握ってガッツポーズを見せてくれた夏咲は、軽快な足取りで自分の席へと戻っていった。


「あたしを、なめてちゃいけないよっ」

 

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「・・・・・・」
「・・・・・・ふふっ・・・クク・・・ついに我が真の力を見せつけるときがきたか・・・」


やっぱり、コイツは放っておこう。


「とうとう始まっちゃうのか・・・」
「乗り気じゃないな」
「どうせなら、みんなで楽しくやるのがいいに決まってるじゃない?
なんて言うのかな・・・みんなが主役をテーマにしたいのよね」
「委員長みたいなことを言ってるな」


てか、実際に委員長だ。


「私がみんなを利用しているようなものでしょ」
「灯花がみんなを率先して、料理を一生懸命に作らせるように仕向ければいいだろ」
「なんで?」
「何事も真面目に取り組めば達成感は後から付いてくるし、楽しい思い出になることだってある」
「そうかもしれないけど・・・」


これだけ説明しても、灯花は納得できないようだ。


「わかった! お前が本気になるように、協力してやろう」
「なにするの?」
「後で説明してやるから、今は聞くな」
「なによ、それ・・・」
「早速帰って特訓するぞ。 膳は急げだ」
「まだお昼でしょ」
「娘のためならと、京子さんのお許しが出てるんだ」
「絶対ウソ。 早く帰りたい理由でもあるの?」
「料理大会の企画書を作らないといけない」
「本格的に動き始めたわね・・・」
「みんなの許可はもらったしな」


クラス全員からの了承はもらった。

あとは、京子さんに報告するだけだ。


・・・・・・。

・・・。

 

その日の夜、大音家ファミリープラス居候は、灯花の作った夕食を食べていた。

今日は、カレーだ。

甘口であろうと、カレーだ。

 

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「灯花、カレーは辛いからカレーと言うんだ」
「なに刷り込もうとしてるのよ」
「これだけ甘いと、カレーではなくアメーという食べ物になってしまうぞ」
「そのダジャレ寒いから、やめた方がいいわよ。 南極にいる気分になっちゃう」
「今の例えも、どうかね。 南極って」
「じゃあ北極?」
「じゃあってなんだよ」
「とにかく! 賢一の方が寒いのよっ」
「まあ、そういうことにしておこう」


灯花を軽くあしらい、京子さんに向き直った。

 

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「京子さん。 またまたお話があります」


待ってましたと言わんばかりに、京子さんは微笑んでいた。


「料理大会を開く件について、みんなの了承を得ました」
「そう。 良かったわね、灯花」
「・・・・・・うん・・・」
「嬉しくないの?」


「緊張してるだけですよ。 みんなと張り合うことになるから」
「本番に弱いからね、この子は。 ちょっと心配だわ」
「任せて下さいよ。 おれが何とかしますから」


胸を張ってそう宣言した。


「大会概要を決めていきたいんで、京子さんも手伝ってもらえます?」
「いいわよ、喜んで」


「私も手伝うよ」
「灯花はいつものように、料理作るかゆっくりしてればいい」
「賢一が主催者を気取ってるような気がするんだけど・・・賢一は出ないの?」


またそれか・・・。


「出ない。 おれが出たら灯花の優勝はありえないからな」


ガッハッハッ、と大笑いしてやった。


「そんなこと言って大会に出たら、コテンパンにしてやるんだからねっ」
「ほう・・・」
「・・・でもこういうの初めてだから、どうしたらいいのか分からないよ」
「己を鍛え続けるのみ。 精進するんだぞ、灯花」


頭をポンポンと叩いてやった。

灯花は一瞬だけ嬉しそうな顔をしたが、すぐに真剣な顔つきになる。


「賢一も手伝ってくれるの?」
「今回はダメだな。 ひいきすることになる」
「そっか・・・当然だよね」
「おれが審査員になったら、お前を最下位にしてやろう。 ハッハッハ・・・」
「そんな横暴が通るわけないでしょ」


「森田君の蛮行は私が止めてあげるから、心配しなくていいわよ」


「真面目にやるんだから、まともな評価をしてよね」


おれは腕を組んだまま、うん、と頷いた。


「大会はいつ?」
「未定だ」
「場所は?」
「学園が妥当だろ。 京子さん、どうですか?」


「私の方から、学園側に言っておくわ」


「特別ゲストとかいるの?」
「なんだよ、ゲストって」
「こういうときは、決まってゲストがいるものじゃない?」
「こういうときって、どういうときだよ」
「テレビ」
「学園内のイベントを、全国放送でやるつもりか?」
「ゲストを呼んだ方が盛り上がるだろうし、みんな楽しくやれるんじゃないかなーって思って」
「試しに聞くが、誰をゲストとして呼ぶつもりだ?」
「誰か適当に・・・って、こういうのも賢一の仕事でしょ」
「ゲストを呼ぶなんて考えてねえよ」
「楽しいと思うんだけどなぁ・・・」
「お前に企画を任せたら、一本の料理番組が完成しそうな気がしてきた」
「番組内で、料理人になることをアピールしてみよっか?」
「カメラの前に立ってもアがらない自信があるか?」
「・・・・・・ゴメン」


・・・・・・。


・・・。

 

夕食が終わり、リビングでくつろいでいた。

灯花はただいま入浴中。

おれはと言うと、京子さんと談笑を交わしている最中だ。

 

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「じゃあ、明日にでもみんなの希望を聞いておきますよ」
「頼んだわよ」
「しかし、なんと言いますか・・・灯花もよくここまで成長しましたね」
「それは、親である私のセリフよ」
「義務を解消させた者として、これほど喜ばしいことはないですよ」
「森田君には、いつかお礼をしてあげないとね」
「京子さんを下さい」
「森田君も言うようになったわね」
「冗談ですけど」
「冗談でも嬉しいわ」


今の発言、まだまだ若いと思っている気持ちの表れなのだろうか。


「独り言は直しておいた方がいいと思うわよ」
「あ。 どうもすみません」
「ふふっ・・・でも、考えておくわね」


さりげなく、とんでもない口約束を残してくれた。


「それにしても灯花、お風呂が長いわね」
「前みたいに、寝てるんですかね?」
「・・・森田君。 ちょっと見てきてくれるかしら」
「はい」


おれはソファーから素早く立ち上がり、風呂場へと向かった。

ドアを開けようと、わずかに前傾姿勢で手を伸ばしたところへ・・・。



「賢一ぃ~っ、お風呂沸いたわ・・・って、額押さえこんでどうしたの?」


ドアが勢いよく開いた。


「森田君、大丈夫? 今、もの凄い音がしたけど・・・」
「鍛えてますから」


額をなでながら、事態をつかめていない灯花へ向き直った。


「ドアは静かに開けるものだって、親から教わらなかったか?」
「急いでるときくらい、いいじゃない」
「今のお前はそう見えないぞ」


いつも通りの態度を見るに、ゴキブリが出たから退治してとか、入浴シーンを磯野に覗かれたとか、そんな様子はみじんも感じられない。


「そんなことはどうでもいいから、賢一も早くお風呂に入りなさいよ。
お湯が冷めたら、また焚かなくちゃいけないじゃない」
「コラ。 一言謝れ」
「は? なんで?」
「今、ドアがおれに当たっただろ」
「避けなさいよ」
「ああも唐突に開けられたら、誰でも当たるに決まってるだろ」


「二人とも言い合っていないで、森田君は風呂にいくなり、灯花はこっち来てくつろぐなりしたら?」


「そうですね」


このまま口論を交わしていても、時間のムダだ。

灯花の脇を通り、風呂場へと向かうことにした。


・・・・・・。


背後から、二人の会話が聞こえてくる。


「お母さん。 今日も疲れたでしょ」
「少しだけね」
「いつもの、やってあげるよ」
「たまにでいいわよ」
「遠慮しないでよ。 ほらっ、気持ちいいでしょ?」
「・・・うん、気持ちいい・・・ありがとう、灯花」
「今日も一日、お疲れさま」
「灯花も、お疲れさま」


なにしてんだろ。

悪いとは思っているが、聞き耳を立ててしまう。


「灯花の手、気持ちいいわ」
「結構、肩こってるね・・・んっしょ、んっしょ・・・」


灯花自ら、肩揉みをしてあげているようだ。

微笑ましい光景が、自然と脳裏に浮かぶ。


「・・・うっ、あっ・・・ぅん・・・」


京子さんの気持ち良さそうな声が聞こえてくる。


「あぁん。 灯花・・・ソコ、気持ちいいわ」
「えっと、ココかな?」
「うっ、ん・・・そうよ・・・」


「・・・・・・」


な、何て艶めかしい・・・。


「もうっちょっと強く揉んだら、気持ちいいのかな?」
「あぁっ、んっ・・・はぁ、気持ちいいわ・・・」
「ここも、固くなってるね」
「ぁんっ、灯花・・・もっと優しくお願い」
「あ、うん・・・ゴメンね」
「うっ、うぅんっ・・・はぁ、ふぅ・・・」


・・・微笑ましいはずの光景が、いつの間にやらピンクな妄想に変わっていく。


「これ以上踏み込もうとするな、オレ」


耳をドアに押し付けようとしていたおれは、思いとどまってリビングから離れる。

早く風呂に入ってしまおう。

これからも、仲のいい親子でいてくれ。


「ココも固いなぁ・・・んっしょ、んっしょ・・・」
「あっ・・・はぁ、ん・・・」


ほどほどにしとけよ、灯花。


・・・・・・。

・・・。

 

 

・・・

放課後、クラス全員が集まって会議をしていた。

 

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「えーっと・・・今から、料理大会について色々と決めて行きたいと思います。
やる気を出して話し合いに参加して下さい」


当の本人が、やる気なさそうにしていた。


「自分の独壇場ともなると、ずいぶん偉そうだ」
「賢一は黙ってろ!」


壇上からチョークが飛んできた。


・・・が、首をひねってやり過ごす。


「ったく、何で私が司会なんかしなきゃいけないのよ」


ついでに、『企画を立てたのは賢一なのに』とグチをこぼしている。


「委員長だから。 それとチョーク投げるな」


こういうときの司会・進行は自然と委員長になるわけで、灯花はしぶしぶと壇上に上がり、黒板に料理大会の詳細事項を書き連ねていく。


「まずは大会の目的だけど、料理の腕を競い合うのはもちろん、いい思い出を作ろうというのが目的の一つだから、みんな楽しんでやらなきゃだめだよ」


投げやり的に言われても、全然説得力がないぞ。


「灯花、一つ提案」
「なに?」
「景品はなにがいいのか、後でみんなに聞いて回ろうぜ」
「別にいいけど、誰が用意するのよ」


「もちろん、賢一に決まってんじゃん! なんたって大金持ちだもんねー。 なんでも用意できるっしょ」


『ええーっ! マジかよ!?』

『何でもって、宇宙旅行でもいいのか?』

『違うって、普通は賞金狙いだろ!』


ざわざわざわ・・・。


貪欲の渦に埋もれた亡者どもめ・・・。


「景品らしくないものは即却下だぞ」
「景品は賢一が何でも用意する。 これでいいのね」
「『何でも』っていうのは余計だぞ」
「次にいきます」


シカトかよ・・・。


「委員長、ちょっといいかな?」
「どうぞ」
「この料理大会って、主催者は誰なんだい?



「賢一でいいじゃん」


「またかよ」


「確かに、言いだしっぺだしね」


「賢一なら何とかしてくれるっしょ」


「うんっ。 ケンちゃんはすごいからねっ」


「そうそう、ケンはすごいからねっ」


褒め殺しか?


「そこまで言うなら、仕方ない・・・やるか」


あとで京子さんにも主催者になってもらお。

一人じゃ何かと動きづらいし、クラスの担任だし。


「賢一、頼んだわよ」
「わかった。 頼まれてやる」
「じゃあ次。 大会を開く場所」
「屋上」
「狭くてできないでしょ」


「委員長、体育館はどうだい?」
「床が汚れちゃう」


「さちの部屋」
「あー、無理だわ。 散らかってるし」


「僕の家はだめだからな」
「磯野、お前の家なんか推薦するものか」


「ケンちゃん。 私の部屋は、ちょっと無理だと思うなあ」
「や・・・分かってるから」
「・・・狭くてごめんね」


そんな申し訳なさそうに謝れると、こっちが悪いことした気分になってしまいます・・・。


「・・・で、どこにするわけ?」


さすがは灯花、この状況に冷静に対応している。


「もう、委員長の家でいいんじゃないか」
「いや、けっこうせまいし。 灯花のオモチャとか散らかってるから」


灯花に聞こえないように、磯野と二人でブツブツ・・・。


「賢一、私語するなっ!」


灯花が黒板消しをオーバースローで投げてきた。

おれは難なくかわすが、背後でぼふっと音がし、チョークの粉が舞う。

後ろの生徒に当たったようだ。


「かわいそうじゃないか」
「け、賢一が避けるからいけないのよ!」
「お前これが、バトルロワイヤルだったら、一人死んでるぞ? 先生が殺しちゃルール違反だろう?」
「体が勝手に動いたのっ。 よくあることでしょ」


なんて苦しい言いワケなんだ・・・目も当てられない。


「賢一、もうその辺にしときなよ。 帰れないじゃん」
「絵を描きたいのか? だったら行ってもいいぞ」
「私一人だけ抜け出すなんて、できるワケないっしょ。 だから、パパパーッて決めちゃってよ」


「委員長。 校庭でやった方がいいんじゃないかな?」


おれとさちの会話を押しのけ、磯野が開催場所を提案した。


「天気がよければ、最高の舞台になりそうだし」

 

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「それもそうね。 クラス内の行事なんだし、やりやすいかも」


うんうんと頷き、納得していた。


「学園内の施設を借りるなら、先生にお願いしないといけないよね」


「そこで、賢一の出番だよ! 行けーっ!」


何が『行けーっ!』なんだよ。


「京子さんに確認を取ればいいんだろ」
「ま、この点については問題ないんだけどね・・・」


書記がいないため、自分で詳細事項を黒板に板書していく。


「次に、期日は夏休みにしようと思うんだけど、みんなはどう?」


そういや、もうすぐ夏休みだったな。


「とりあえず、賛成かな?」


「僕も賛成だよ。 夏休みに入ると、自宅の前にバナナが生えるからね」


お前の家はどこだ。


「異議なーし! あたしはそれでいいよ」


ほかの生徒たちも同じ意見のようだ。


「じゃあ夏休みに入ってから・・・十日後。 区切りがいいしね」
「僕は49日後がいいと思うな」
「先に進むね」


磯野を無視して司会を続ける灯花。


「参加者は、言うまでもなくクラス全員。
それと・・・特別ゲストはなしね」


当たり前だ。


妖精さんは、呼んじゃだめなのかい?}
「は? なに言ってんの」
「一緒に料理を作らないかって、誘おうと思ってたんだ」
「却下。 だいたい、妖精なんているわけないじゃない」


女の子らしくない、メルヘン否定派の発言だ。

いや、普通の人もあまり信じないか。


「ああ・・・そんな馬鹿な・・・」


この世の終わりみたいな顔をして、机に突っ伏した。


「そうだ。 料理に自信がない人は、グループ組んだりするのも手よね」
「おー、それいいね!」


「何人までならOKだと思う?」
「うーん・・・三、四人かな」
「どっちかにしろ。 三人か? 四人か?」
「それとも、五人がいいのかな?」
「なんで増やす」
「うーん・・・何人までがベストかな。
あまり多いのもあれだから・・・三人までね」
「また一人で決めちゃったよ」


テンポよく作業をこなしている。

この一年間で、灯花もずいぶん成長したな。


「やっぱり、料理大会だから、最後は味で評価よね」
「見た目は?」
「食べられるならいいんじゃない? でも見た目が悪いと食欲も失せちゃうから、気をつけてね」


灯花はその後、クラスメイトにアドバイスを聞かせていた。


「それと審査員についてだけど、これはクラス全員でやった方がいいと思うんだけど、みんなはどう?」
「いいんじゃないか?」


クラスのみんなも異議なしのようだ。


「ええっと・・・ほかに決めることはあるかな?」
「ねえねえ、料理って何を作ればいいわけ? 自由?」
「同じ料理なら評価しやすいんだけど・・・」


う~ん、としばらくうなっていたが、おもむろに口を開いた。


「みんなで楽しむことも目的の一つだから、課題なんか出してもどうかと思う。
だから、各自自由ってことでいいかな?」
「でも審査のためにみんなの料理を食べてると、おなか一杯になっちゃうよ」
「・・・うーん・・・」


「灯花、一品料理にしたらどうだ? 例えばカレーとかさ。
一度に大量に作ればそう時間もかからないし、みんなで小皿に分けて食うこともできるし」
「確かにそれはいいかもね。

じゃあみんな、それでいいかな?」
「一人で勝手に決めてるしよ」
「今のは、ほとんどアンタ一人の案でしょ!」


クラスメイトたちから、これまた異議なしの意見をもらった。


「他に、なにか決めていくこととかある?」
「大会の準備は誰がするんだ?」
「賢一に決まってるでしょ。 主催者なんだから」
「灯花も主催者ってことにしよう」
「料理に専念しろって言わなかったっけ?」
「ありゃ嘘だ」



「あのさあ、もういい? 早く帰って絵を描きたいんだけど」


再び口論になると思ったのか、さちが素早く会話に割り込んできた。


「僕も、ニワトリに水とえさをあげないといけないんだ」
「お前、ニワトリなんて飼ってたのか」
「彼女は凄いよ。 金の卵を産むんだからね」
「金の卵?」


SFネタか?


「調子が悪いときには銀の卵を・・・」
「どっちに転んでもすげえ話だな」


「二人とも! もう話し合いは終わってるのよっ」


教室に残っている生徒たちは、いつの間にか半数にまで減っている。


「それじゃ、また来週」


・・・。


「・・・賢一、帰ろ」
「ああ、京子さんに報告しないとな」

 

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「・・・くー・・・」


なっちゃん。 もうみんな帰ってるよ」
「ふぇ?」
「よだれたれてる・・・ほら、目覚まして」
「・・・んー・・・ケンちゃん?」
「おはよう」
「あっ、おはよう! 今日もいい天気だね」
「うん。 きれいな夕焼け」
「えっ? 朝なのに夕焼けが見えるの?」
「いや、もう夕方だから」
「? 何かあったの?」
「料理大会について話し合ってたじゃないか」
「あ・・・ごめんね」
「いいよいいよ。 確かに退屈な司会だったし」


「私のせいなの!?」
「おれですら、白目むいてたからな」
「キモ・・・」


「うーん。ホントにごめんね」
「気にしないで。 ほら、もう帰る時間だよ」
「うん。 じゃあ、ばいばい」


「ばいばーい」


おれたちは、笑顔で手を振って別れた。


「これからが大変だな」
「料理大会か・・・」


・・・・・・。

・・・。

 



夕食後、京子さんに話し合った内容を伝えていた。

 

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「じゃあ、そういうことで話を進めていこうかしら」
「主催者の件ですが・・・」
「ええ、私と森田君ということにしておきましょうか」
「あとは、これを元に準備していくだけですね」
「校庭に関しては私が何とかするから、それ以外のことについては主に森田君の仕事になるかしら」
「そうですね・・・」
「・・・灯花はどこ?」
「部屋に戻ってます」
「そう。 明日から灯花の面倒も見てやってちょうだいね」
「はい」


京子さんと話はついた・・・あとは、灯花の方だな。


・・・・・・。


「灯花ー、入るぞー」


ドアを開けながら一言断った。

 

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「ちょっと!」


いきなり怒鳴られた。


「何しにきたのよ」


灯花は机に座っていた。

何か考え事でもしていたのだろうか。


「悩み事があるなら聞いてやるぞ」
「うーん・・・今回の料理大会ね、みんなで楽しむものじゃない?」
「そりゃそうだ。 灯花一人で楽しんで何になる」
「みんなを利用してるみたいで、いやだなあって思っちゃって」


またそれか。

優しい灯花のことだし、そうとらえても仕方ないか・・・。


「灯花だけそうやって沈んでると、みんなも沈むぞ。
言わば、灯花中心の行事でもあるんだ、これは」
「それよ」
「は? 何が?」
「私が中心っていうのが、なんかしっくりこないの。
みんなで楽しい思い出を作ろうってするなら、みんなが主役じゃない?」
「うまいこと言うな・・・けど、みんなが主役というのはありえない。
想い出作りに参加している一人一人が、自分のことを主役だと思っていれば問題ないんじゃないか?
そのうちの一人になればいいんだよ、今のお前も」
「・・・・・・」


『みんなを利用している』ということが心の負担になってるのか。

それを吹っ切る何かがあれば、あとは問題ないと思うが・・・。

 

 

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「本番になったら頑張るからさ、心配しなくていいよ」


今の状況でよくそんなことが言えるな。


「料理人になりたいんだろ? だったら本気になって取り組めばいいだけの話だろ」
「わかった」


本当に分かってんのかね?


「手伝えることがあれば何でもしてやるぞ」
「ありがと」


返事が淡白になってきたな・・・。

今日はひとまず引き上げるか。


「邪魔したな」
「あっ・・・」
「ん? どした?」
「・・・いや、なにもない」
「おやすみ」


・・・・・・。


静かにドアを締めた。


「ふう・・・」


灯花には元気になってもらわないと、こっちにも影響が出る。


・・・。


《あーっ、宿題やるの忘れてた! お母さんに怒られるっ》


ドタバタドタバタ・・・。


「何だ。 元気じゃないか」


《そうだ! 賢一に頼めば何とかなるかもっ》


こちらへやってくる足音がする。


「・・・逃げてやる」


己の力のみで頑張るがいい。


おれはしばらくトイレに引きこもり、灯花をやり過ごしてから寝ることにした。


・・・・・・。




一つ、気づいた。


「おれも宿題やってねえ」

 

・・・・・・。


・・・。

 



明日から夏休みだ。

料理大会は、それから十日後。

各々が今頃は、料理の特訓に励んでいれば・・・目の前にいる磯野のように、何もしない奴だっている。

 

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「いやあ・・・今日もサウナですねえ」


高温多湿、ということだ。


「昼だからな」
「委員長は、料理中かな?」
「そうだ」
「ケンは、今何をしているんだい?」
「みんなが書いた景品の候補を見ている」
「どれどれ」


磯野が、テーブルの上に置いてある紙に目を通す。


「くだらないものばかりだな」


世界一周旅行、全国美味しいトコ巡り、宇宙遊泳、チョコレート一年分、ハムスター、ニワトリ百羽(金の玉子)、甲子園の土・・・他。


「・・・なんなんだ、これはよぉ?」


小規模の料理大会に、こんな豪華な景品がだせるわけないだろ。

用意できないことはないのだろうが、何かが違う気がする。


「チョコレート一年分か・・・」


誰だかすぐに分かってしまった。


「ていうか、お前は何をしてんだ?」
「ケン、わかってるくせに聞くってのは野暮だよ」
「いや、わかってないから聞いてるんだが・・・」
「委員長が目的に決まってるじゃないか。 見てみろ、委員長を」


促されるまま、視線を灯花に移す。


・・・・・・。

・・・。


「どうだ? わかるだろ?」
「調理中ということ以外、何も分からない」
「胸が、去年よりも少し大きくなっているんだ」
「帰れ! この変態!」
「何度も肌を重ね合っているあんたなら分かるだろうが、確かに大きくなっている」
「ケンカ売ってんのか? あ? 買うぞ、コラ」
「やはり将来は、京子さんみたいに美人になるのではなかろうか」
「テメエ・・・ぶっ殺すぞ」


灯花の心境が分かってしまった。


「ふふ・・・ケンも好きだねえ・・・」
「何がだ?」
「言わなくても分かっているだろうに」


磯野と話をしてると、こっちの頭がイカれちまう。

話題をそらすとしよう。


「ところでお前は、料理の特訓をしなくていいのか?」
「別にトップを狙うつもりじゃないし、景品もいらないし」
「少しは頑張れよ・・・」
「なあに、いざとなればパン一つで応戦しよう」
「バター塗ったり、焼いたりなどの簡単調理はだめだぞ」
「失敬な。 これでも僕は真剣に考えているんだ」
「パン一つの時点でアウトだっての・・・ああ、それと一つ言っておく。
灯花と組もうなんて考えはやめろ。 あいつは今回、一人でやるんだから」
「僕も彼女とは組もうと思っていない。 一人でやるよ」
「きちんと食べられるものを作れよ」
「愚問だねぇ・・・」


・・・。

 

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「あれ? 磯野じゃない。 何しに来たの?」


灯花がリビングへとやってきた。


「視察だよ」


嘘つけ。


「いやあ、今日も委員長は美しいなあ」


「ねえ賢一、これどうにかしてくれる? 邪魔だから」
「メンドイ。 灯花が説得しろ」
「なんで私がしなきゃいけないのよ・・・休憩中なのに」


「ならばお茶でも入れてしんぜよう」
「いつからこの家の給仕になったんだ、お前は」


灯花が、ソファーに座っているおれの隣に腰掛けた。


「ほう。 昼からそんなにラブラブイチャイチャする気なのかい?」


何言ってんだ、コイツ?


「別に僕はかまわないよ。 キスをしようが何をしようが・・・」
「冷やかしなら帰って。 あんたと話してると疲れるから」
「いやね、そっちにはなくても、こっちにはあるんですよ・・・」


もろに悪役のセリフだな・・・。


「委員長の作った料理、これをぜひ食べさせていただきたいのですよ」
「食べてどうするの?」


「その場で吐き捨てるんじゃねえの?」
「あんたには聞いてないっ。 磯野に聞いてるの」

 

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「吐き捨てるんだけど、ダメかな?」
「またそうやって私をいぢりに来たの?」


「どうしてそう思うんだ?」
「磯野はね、私をいぢるときいつも『委員長はおもしろいなあ』って言うのよ・・・。
これ発見した私って凄くない?」


ぜんぜん凄くない、ていうか、いまごろ気づいたか。


「まま、お茶でも飲んで落ち着きなさい」
「勝手に家のものを持ち出してくるなっ」
「ここは僕の家だからね」


「お前の家は洞窟じゃなかったのか?」
「今日引っ越してきたばかりなんだ。 よろしくお願いします。
そして、京子さんを僕にください。
委員長に料理で勝ったらください。
その代わり負けたら、譲って下さい」
「どっちも同じじゃない!」
「委員長、僕に負ける自信があるかい?」


「負ける自信てなんだよ・・・」


「あるわけないじゃない」
「いやあ、委員長の料理くらいなら誰にでも作れるかと思ったんだけど、違ったのかな?」
「・・・私の料理くらい誰にでも作れる!?」


・・・。



・・・琴線に触れたな、今のは。


 

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「ブッチーンッ!」



「ブッチーンて・・・」

 

「あったまきた。 そこまで言うなら見せてあげるわよ、私の本気を!」


あっ、灯花の背後に炎が見える・・・かっこいいなあ。


「あ、あれ? 冗談だったんだけどな・・・委員長ぉー?」
「つまり、私が優勝すれば問題ないわけでしょ!」
「・・・うん、そういうことになるのかな?」
「絶対に優勝してやるぅっ! あんたなんかに負けないんだからね!」


それだけ言うと、灯花は台所へと消えていった。


「・・・まさか、本気にしているとは思わなかったよ・・・」
「まあ、灯花だしな」
「京子さんが僕にほれているということを・・・」
「それ勘違い」


・・・・・・。

・・・。


 

その日の夕食は、とても豪華だった。

量で例えるなら、作りおきで数日分くらい。

質で例えるなら、どこぞの高級料理店並みだった。

 

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「これでどうよ!」


まだ昼間の件を根に持っているのか、ぷんすかと怒っていた。


「どうやってこれだけの量を食えと?」


「今日は何の日だったかしら?」


「大会当日は、こんなものじゃないからね」


その言葉が本当だとしたら凄いことになる。

ぶっちぎりで灯花の優勝が決まってしまいそうだ。


「とりあえず・・・いただきます」
「いただきます」


ぱくぱく・・・。

うーむ、相変わらず美味しい。


「どう? 半日でこれだけ作れるのよ。

磯野にも見せてやりたかったのに」


得意げに微笑む、猪突猛進な暴れん坊。



「まさかとは思うけど、冷蔵庫は空っぽ?」
「かもしれないですね」


・・・・・・。


台所に行き、冷蔵庫を開けてみた。


「・・・素晴らしい・・・」


きれいさっぱり、食材がなくなっていた。


「明日買い物に行くからね。 賢一も付き合ってよ」
「これだけ作りゃ充分だろ。 数日は軽くもつぞ」
「特訓は毎日しないと意味がないの。 明日もガンガン作るからねっ」
「お母さん、こんなこと言ってますよ。 止めて下さい」


「料理に関しては目をつぶると決めているから・・・ごめんね」
「このままでは、大音家の財力がそこをついてしまいます」
「森田君、協力してくれるかしら。 料理大会まででいいから」
「別におれは構いませんが・・・この量はヤバイっすよ。 腐ってしまいます」



「私は、ひたすら料理を作ってあげるからね」
「少しは抑えてくれよ・・・。
それと、もうそろそろ気を静めていい頃じゃないか?」
「これは料理人候補生としての意地とプライドなのよ」
「ただの暴走じゃねえか」
「この試練を乗り切れば、私は大きく成長することができるのよっ」


勝手に大きな目標を掲げてやがる。

義務を負っていた頃に抑えていた感情が、今ここに爆発したって感じだな。

料理大会までこの調子が続いても、おかしくないんじゃないか?


「そう? それなら、頑張ってね。 灯花」


火に油を注ぎ、火力を増すような発言をする京子さん。


「ぶっちぎりで優勝よ! 景品はチョコレート一年分。 必ずゲットしてみせるんだから!」
「やっぱり、あれはお前の仕業だったのか」

 

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「なんのこと?」
「景品の候補だよ。 チョコレート一年分って書いてある紙があったぞ」
「私なんかまだましよ。 さちは画材道具百年分とか書いてたはずよ、確か」
「豪快だな・・・」
「だから賢一は、景品の用意と大会の準備をしてくれればいいの」
「また前みたいに、一緒に料理を作ろうか?」
「い・や・よ!」
「お互い、一緒に包丁を握り合った仲じゃないか」


「へえ・・・」


「そこまでいってないでしょ。 触れた程度よ」
「嘘つけよ。 二人で包丁握りながら、お前『ケーキ入刀』とか言ってたじゃねえか」
「い、言ってない! そんな恥ずかしいこと言うはずがない!」
「言ってたって。 『ケーキ入刀』って」
「そんなことはなかった!」


なかったことにされてしまった。


「今は一人で料理を作りたい気分なの。 邪魔しないでくれる?」


真摯な眼差しを、おれに向けてきた。

ノーとは言えない。

おれは、無言で頷いた。


「それにしても、なかなか減らないわね」


地道に料理を食べ続ける京子さんが、ため息をついた。


「まだ半分も食べきれてないですよね・・・」
「残ったものは、冷蔵庫行きね」
「こういうときにしか、空の冷蔵庫は役に立たないな」


「私のおかげよ」
「お前が原因で、こういう事態に陥ってんだろうが」
「料理人になるための修行の一環よ」
「適量に作り上げることを心がけろっつーの」
「だから、自制を利かせてここまでしか作らなかったのよ」


自制を利かせて、この量かよ。


「料理大会まではこれで我慢してもらわなくちゃね」
「横暴だな・・・京子さん、どうにかして下さい」



「灯花のことお願いね、森田君」

「ええ、マジすか?」
「灯花はなにも悪くないわ」
「はあ・・・」
「親ばかでごめんね」
「自覚してるんならけっこうです」


この調子だと、灯花の勢いは料理大会まで続きそうだ。

結局、夕食の半分は冷蔵庫行きになってしまった。


・・・・・・。

・・・。

 


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夕食が終わってから数時間経った今も、おれはウンウンうなっていた。


「くそ。 食いすぎた・・・」


頑張ってはみたものの、やはりあの量はキツイ。

未だに腹が重く感じる。


「いつまでたっても世話の焼けるやつだな」


ため息をつき、ソファーに横になる。

耳をすませば、夏の虫が静かに鳴いていた。


「・・・・・・ふう」


やはり田舎はいいものだ・・・自然と心が落ち着いてくる。


・・・・・・ギッ。


「?」


ドアに視線を向ける。


「泥棒か?」


しばらく見ていたが、ドアが完全に開かれることはなかった。


「実は幽霊だったりして」


こんな辺鄙な田舎町であれば、泥棒よりも幽霊の方がいそう。


「そうと決まれば、おやすみー・・・」


勝手に幽霊の仕業にして、目を閉じた。


・・・・・・。


・・・。



しかし、なんだか眠れそうになかった。


・・・うーん。


・・・。

 

本当に泥棒だったら困るし、確認してみようか。

外へ。


・・・・・・。


「んっ、なんか話し声が・・・」


ドアの陰に隠れて、様子をうかがう。


・・・。


 

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「すみません、こんな時間に」
「びっくりさせないでよね」


磯野と、京子さんだ。

なにしてんだ・・・?


「まあ、あなたの神出鬼没っぷりは、今に始まったことじゃないけれどね」
「はは・・・」


苦笑い。


「それで、ですね・・・」


口ごもっている。

磯野っぽくない。


「なあに? また結婚してくれって言うの?」
「ええ・・・」
「ふふっ、ほんと、悪ふざけがすきね」
「・・・・・・っ」


そのときだった。


「ふざけてるつもりはありません」


磯野が、押し殺した声で言った。

背すじを伸ばし、しっかりと京子さんを見据えている。


「・・・磯野くん?」
「本気ですから」
「・・・・・・」


磯野が長いため息をついた。


「僕は、本音をさらすのが苦手です。
子供じみた冗談で、その場から逃げるのが得意です。
でも、いまは違うんです。 どうか、信じてください」


下唇を噛んだ。

 

 

「ほ、本気なのね」
「はい」
「・・・わ、私の、どこが?」
「出会ったときからです」
「ま、またそんな冗談を・・・」


けれど、磯野は遮って言った。


「出会ったとき、京子さんは、委員長と一緒に買い物をしていましたね」
「そうだったかしら?」
「そのとき、委員長がお菓子をあなたにねだっていたのを覚えていますか?
しかし、当時の委員長には義務が科せられていた。
あなたは、親として首を横に振った。
委員長はとても残念そうに、それこそ泣きそうなくらいな顔になっていました。
あなたは委員長を叱りつけた。
いつまでも子供じゃないんだから、と歯をむき出しにして叱りつけた」
「・・・思い出したわ。

あったわね、そんなことも」


気まずそうに腕を組んだ。


「でも、それがどうしたの? 私はとても醜かったでしょう?
取り乱してわめいていたじゃない?」
「だが、あなたの目はとても傷ついていた」
「え・・・?」
「とても、哀しそうだった」
「・・・・・・」
「それを見て僕は、胸が熱くなったのをはっきりと覚えています。
ああ、この人は・・・。

僕と・・・似ているんじゃないかって」
「似ている?」
「言ったでしょう? 本音を晒すのが怖いんです」
「それは、思い込みというものよ・・・」
「そうですかね?
本当のあなたは、とても傷ついていて、誰かの助けを待っていたんじゃないんですかね?
僕が、ケンを待っていたように」
「磯野くん、ありがとう。 あなたって、感受性の強い子ね」
「迷惑だったら、言ってくださいね」


京子さんは、ふっと、笑った。


「・・・そんなに、私がいいの?」
「ええ・・・」
「でも、ダメよ。 私には灯花がいるもの。
子供を持つ親として、一人の人間として自立しないと・・・」
「いつまでも、待ってますから」
「本気・・・?」
「・・・ええ」


沈黙が訪れた。

おれは、その場から逃げ出したかった。

無粋きわまる思いだった。


「それじゃ、僕は帰ります」
「・・・・・・」
「夜分にすみませんでした。

ケンや委員長には内緒にしておいてください」


京子さんは苦笑いを浮かべて、うなずいた。

 

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「磯野くん・・・」
「はい?」
「また、こういう夜があってもいいわよ」
「・・・・・・」


無言で去っていく。

長い前髪の奥で、最後に浮かんだ表情。

喜びを隠し切れない、子供のようなあどけない顔だった。

忘れよう、このことは。

その夜、おれは、磯野一朗太の素顔を覗いたような気がしていた。


・・・・・・。

・・・。