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車輪の国、悠久の少年少女 灯花シナリオ【3】

 

・・・

 

午前中のうちに灯花と買い物へ行き、昨晩の残り物で昼食を済ませた。

そして昼過ぎ、灯花は料理の特訓に明け暮れていた。

 

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「包丁を二つ使えば、作業効率は二倍っ。
そしてこの秘伝の構え。
防御力は40%アップ。 攻撃力は75%アップ」


両手に包丁を握り締め、真剣に呟いていた。

真面目なのかふざけているのかは知らないが、傍目から見れば間違いなく後者だ。


「こんな熱い中、よく頑張れるよな」


家の外では、セミがやかましく鳴いていた。

時はすでに夏休み。

料理大会まで今日を含め、あと十日だ。


・・・・・・。



「こんちゃーっ。 灯花いるー?」
「いない」
「おっ、賢一じゃん。 久しぶりー」
「いつ見ても元気だな、さち」

 

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「なになに・・・もしかして誘ってる?
別にあたしは構わないから、今からでも付き合ってあげるよっ?」
「おれにはもう、灯花しか見えないんだ」
「あたしと灯花でハーレム組んじゃおうよ」
「・・・・・・」
「あっははははっ・・・」


ケラケラケラケラ。


こいつは年中無休、元気を振りまいてるな。


「それより、灯花いるー?」
「いない」
「台所いんじゃん! おーいっ、灯花ーっ!」


家の中なのに大声を張り上げるさち。


「こらっ、そんなに大声出すな。 包丁が飛んでくるぞっ!」

 

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「そんな乱暴するか!」


代わりに灯花の平手が飛んできたが、それを軽くいなす。


「頑張ってるね!」
「さち、どうしたの?」
「灯花をスカウトしに来たんだよ。 一緒に組もっ」


「スカウトじゃなくて、灯花を頼りに来ただけだろ・・・」


「ごめん。私一人でやることにしたから」
「友達いないもんな」
「バカにしないでよね。 クラスに何百人っているんだからっ」
「そんなにいねえよ・・・」


「他の人にも断られてるんだよね。
このままじゃ、あたし一人で作らなきゃいけないじゃん」
「お前、超自己中だからじゃねえの?」
「そんなことないよ。
ちょっと、買い物行ってもらって、食器洗ってもらって、ついでに部屋の掃除もしてもらおうとしてるだけ」


「超、わがままだよ!」
「わははっ!」


「なんにせよ、お前、料理できないだろ。 どうするんだ?」
「う~ん・・・まっ。なんとかなるっしょ」


開き直りではなく、ほぼ諦めだった。


「賢一が教えてあげたらいいじゃない」
「大会の準備で忙しいんだよ」


「賢一は、今なにしてるの?」
「暇を持て余している」


「今、忙しいって言ったばかりじゃない!」
「どうやって暇を持て余そうかと考えているから忙しい」


「灯花の面倒見なくていいの?」
「近づいたら食材にするぞって言われた」


「言ってない! 邪魔したら包丁で刺しちゃうかもって言ったことはあるけど、刺し殺すなんて言ってない!」
「どちらも、初耳だぞ」


「賢一、特訓中は近づかない方がいいんじゃない?」
「近くにいないと寂しいって泣くんだよ。 だから仕方なく近くにいる」


「嘘よ! 寂しくなんてないんだから!」
「ついでに『包丁で刺しちゃうかも』って言葉も嘘だと言ってほしいなあ・・・」

 

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「賢一も大変だね。 ま、頑張んなさいよ」


激励の言葉を投げかけ、さちはリビングから姿を消した。


「・・・で、灯花は今なにをやってるんだ?」
「料理の練習に決まってるじゃない」
「台所を離れても大丈夫なのか?」
「食べ物を寝かせているだけだから、今は何もしないでいいの」
「順調か?」
「大丈夫よっ」
「・・・あまり無理するなよ」


・・・・・・。


・・・。

 



料理大会まであと九日。

灯花は飽きることなく修行を続けている。


「必殺技・・・みたいなのを編み出してみようかな」


きちんと料理の修行をしているのかは微妙ではあるが・・・。


・・・。

 

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「なんでまたお前がここにいる?」
「僕の家だからさ」


磯野が冷やかしに来ていた。


「委員長、何であんなに頑張ってるんだろうねえ」
「灯花の料理をけなしたからに決まってるだろう」
「流し目で言ったのがいけなかったのだろうか?」
「さりげないエロスを入れるな。
なんにせよ、今の灯花に近づくな。 刺身にされるぞ」
「ほう・・・委員長は刺身を作っているのか?」


そこへ、灯花がやってきた。


「またくだらない話をしてる・・・って、磯野!?
ちょっと、二人して私の邪魔をする気なの?」
「こいつだけだ」
「賢一は私のサポートをするためにここにいるんでしょ」
「居候として厄介になってるから、ここにいる」

 

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「そして僕は、君の心のオアシスだから、ここにいる」
「帰ってくれる? ハエ並みに邪魔だから」
「わかったよ。 ちぇ、せっかくチームを組もうと思ったのに」


磯野は帰って行った。

 

・・・。

 


「厄介なやつは帰った。 思う存分暴れろ」
「料理でどう暴れろって言うのよ」
「必殺技うんぬんとか言ってただろ」
「なにそれ? 知らない」
「包丁を二本持って、『これで作業効率二倍っ!』とか何とか言ってただろう」
「包丁二本も持つなんて危ないじゃないの」
「お前がやってたことじゃねえか」
「料理人が包丁を二本持って料理すると思う?」
「じゃあ、三本?」
「うるさいなぁ、邪魔ばっかりして・・・」
「怒るなよ」
「むぅ・・・」


ご機嫌ななめ。


「・・・手、貸して」
「え? 急にどした?」

「頭撫でて・・・」
「え、あ、ああ・・・」


なでなで・・・。


「えへへっ・・・」
「・・・・・・」
「落ち着くよぉ・・・」


二人っきりになって、急に甘えたくなったようだ。

 

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「けんいちのために、がんばるよぉ・・・」


とろんとした声。


「いや、おれのためじゃなくて、自分のためにな」
「おいしい料理ができたらぁ、いっぱい褒めてねぇ・・・」
「お、おう・・・」
「けんいちぃ、だぁいすきぃっ・・・。 キスしてぇ・・・」


言われるがままに、唇を寄せる。


「はむっ、ちゅっ・・・ちゅぷっ・・・」


・・・。


「ありがとう・・・これでまたがんばれるよぉっ・・・」


そんなこんなで、日が暮れていく。


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

次の日。

 

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「刺身包丁、三刀流」
「無理だって」


天然なのかホントのおバカさんなのか・・・おれには理解できん。

 

ピンポーンッ。

 

「んっ? 誰か来たな・・・」


・・・。

 

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「やっほー、ケンちゃんっ」
なっちゃん!」


思わぬ来訪者だった。


「様子を見にきたんだ」
「灯花の?」
「それと、ケンちゃんもね。 最近暑いし」
「確かに暑いよね、毎日毎日」
「だから、梅干しを持ってきたんだよ!」
「・・・・・・え。 梅干?」
「うんっ! 夏バテにいいんだって」
「夏バテといったらウナギだと思ってたんだけどなあ」
「あの、田んぼにいるウナギのことかな?」
「・・・あれはね、どじょうって言うんだよ」

 

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「違うよお、あれはウナギだよっ。
ケンちゃんって頭いいけど、抜けてるところもあるんだねっ」
「そうだね・・・」


そうか?


・・・。

 

 

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「お邪魔しまーす」
「その辺に適当に座ってて、麦茶でも持ってくるから」


灯花のいる台所へと向かった。


「・・・火力が足りないのかな? 中華って難しいなあ・・・」


「なにしてんだ?」
「こう、火が出ないかなーって思って・・・」
「フツーにやれ、フツーに」


・・・。

 

 

「ったく、なにやってんだか・・・」
「どうしたの?」
「灯花が本格的な中華料理を作ろうとしてたから、ちょっとね・・・」
「中華? SF小説の?」
「たまに再現してるんだよ」
「へえぇーっ、凄いんだね」
なっちゃんの方は順調?」
「当日になにを作ろうかなって悩んでるだけだから、なんとも言えないなぁ」
なっちゃんのことだから、きっと美味しいんだろうね」
「あまり期待されると、失敗するかも・・・」
「失敗しても、おれはなっちゃんの手料理を食べるよ」
「だめだよ。 焦げた食べ物とか出ちゃうんだからね?」
「それでも食べるよ」
「生焼けの肉とか出ちゃうかもしれないよ?」
「それでも食べるよ」


初々しさあふれる失敗だなぁ・・・なっちゃんらしいや。

 

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「玉子焼きの中に殻が入ったり・・・」
「ありえるねー、そういうの」
「味噌汁の中にハエが入っちゃったり」
「・・・え?」
「ハンバーグ焼いてるときにゴキちゃんが混入したり」
「・・・それは、さすがにやだなぁ」
「あはは・・・やっぱり?」
「当日にそんなイベントは勘弁してね」


屋外だったら、ありえないこともないな。


「当日暑かったら、どうしようかな・・・」
「鉄板を置いておけば、熱くなってバーベキューができるかもしれないよ」


夏咲らしい解答に、思わず頬が緩んでしまう。


「鍋を置いていれば、お湯が沸騰するかもしれないよ」
「それはさすがにありえないよ」
「あら?」
「ケンちゃんって、けっこう奇抜な考え方するんだね。 おもしろーいっ」
「・・・あはは」


そうか?


「帽子とか用意した方がいいかもねっ」
なっちゃんなら、麦わら帽子とか似合いそうなものだけど」
「えっ、ホント?」


夏咲の表情が、ぱあっと明るくなった。


「じゃあじゃあ、麦わら帽子用意してくるねっ」
「うん、期待してるよ」


リボンを褒めたときと、同じ顔をしていた。

久しぶりにあの笑顔を見ることができて、心が和んだような気がする。


・・・・・・。


・・・。

 


夏咲が家を出てから数分後・・・。


「ん~、これはちょっと・・・」


消え入りそうな声が、キッチンから響いてきた。

キッチンへと足を踏み入れ、灯花に近寄った。


「どうした?」
「あっ・・・賢一、えと・・・」
「ん?」


鍋の中を覗いてみた。


「真っ黒じゃねえか!」
「焦がしたかも・・・」
「見事に焦がしたんだよ!」
「・・・・・・」
「やり過ぎだ。 何をしたかったんだ、お前は」
「鍋から火を出すトコとか・・・」


こげた臭いがひどかったので、リビングに移動する。

 

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「お前さ、火事になったらどうするんだよ」
「ご、ごめん」
「まったく、京子さんにばれる前に、片付けるぞ」


再び台所に入ろうとしたときだった。

 

「待ってよぉ」


ぐいっと、袖を引っ張られた。


「けんいちぃ・・・」
「な、なんだよ・・・?」
「夏咲ちゃんとなにお話してたのぉ?」
「・・・いや、普通の日常会話だけど・・・」
「楽しそうだったよぉ?」


・・・やきもち?

 

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「まさか、それで手元が狂って焦がしたのか?」
「ご、ごめんね。 私、子供だから・・・。
ホントにごめんね・・・夏咲ちゃんもけんいちも、何も悪くないよぉ・・・。
やきもち焼いてごめんねっ。
けんいちが灯花だけを見てくれるのは知ってるからぁ・・・。
だから、ごめんねぇ。 今度は、がんばるよぉっ」


そんなこんなで日が暮れていく。


・・・・・・。


・・・。

 


 

「そろそろ、真面目にやった方がいいんじゃないか?」
「うん・・・」


前日の反省を活かし、真面目に料理の特訓に励むことにした。


「とりあえず、今日は何をするんだ?」
「・・・・・・」
「・・・灯花っ?」

 

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「え、あっ・・・ああ、なに?」
「今日はどうするのかと聞いたんだが・・・ちょっと顔色悪くないか?」
「昨日のこともあるし、ちょっと疲れてるんだよ。きっと・・・。
大したことはないから、このまま特訓を続けるよ」


灯花はおぼつかない足取りで台所へと向かう。


そのとき、リビングの電話が鳴った。


・・・。

 


ガチャッ。

 


「はい、大音です。
はい? 私は居候のものですが・・・もしかして、灯花のご両親ですか?」


「どいてっ!」


横から体当たり。


「おわっ!?」


受話器をひったくりながら突き飛ばされてしまった。

 

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「もしもしっ・・・お父さん? 久しぶりっ」


先ほどまで沈んでいた顔が、太陽のように明るく輝いた。

灯花にとってご両親からの電話は、心の栄養剤の役割を果たしているのだろう。


「えっ? さっき電話に出たのは誰かって?
えーっと、居候! ・・・うんっ、ただの居候!
ちっ、違うよお・・・もう、からかわないでよ。
そうそう。
なんていうの? 奴隷? ペットみたいな感じだから」


・・・そこまで言うか。


「うん。 料理の方も毎日作ってるし、楽しいよ。
あっ、それと一週間後にね、料理大会があるんだぁ。
・・・ううん、クラス内での想い出作りみたいなもの、学園の行事じゃないの。
あはは・・・やだなあ、恥ずかしいよぉ」


・・・長くなりそうだな、しばらく一人にしといてやろう。

おれは一時、灯花の部屋で待機することにした。


・・・・・・。

 


時折、笑い声が聞こえてくる。

それを聞いているだけで、灯花の楽しそうな顔が目に浮かぶようだ。


・・・・・・。

・・・。

 


頃合いを見計らって、リビングへと戻ってきた。

灯花はすでに料理を作り始めている。

ご両親との会話が効いたのか、落ち着いて作業をこなしていた。


「あっ・・・どこ行ってたの?」
「灯花の部屋」
「なんで?」
「あまりにも電話で楽しそうにしゃべるもんだから、居心地が悪くなって逃げたまでだ」


ぶっきらぼうに言ってやった。

それだけで灯花はおれの意図に気づき、優しく微笑んだ。


「別にそばにいてもいいのに・・・でも、心づかいはうれしいな。 ありがと、賢一っ」


その姿がどこか愛しかったので、おれは灯花に近づきキスをした。


「ふぅっ・・・んっ・・・」


しばらくそのままの体勢でじっとし、互いが互いを感じていた。


そして、名残惜しそうに灯花の方から唇を離す。

 

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「・・・がんばろっ」


頬を赤く染め、日課に戻る灯花。

俺も正直名残惜しいが、自分の仕事に戻ることにした。

料理大会を、灯花にとって最高の舞台にするために・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


 

午前中のうちに、おれと灯花は買い物に来ていた。

料理に使う食材が無くなってしまったからである。

買い物が終わった後は、料理の特訓が待っている。

 

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「賢一は荷物持ちだからね」
「少しは持ってくれよ」
「弱音をはかないの」


灯花の買い物メモをチェックした。

『野菜、肉、玉子、魚、調味料、飲み物、思い出したもの』


「最後だけ、えらいアバウトだな」
「買い物するのは私なんだから問題ないでしょ」
「これぐらいなら、メモる必要もない」
「メモっていうのは、あった方が心強いじゃない」
「お守りみたいなものか?」
「なんのお守りよ」
「健忘症予防のお守り。 それと、財布は忘れてないか?」
「さすがに忘れないでしょ」
「・・・はあっ・・・」
「なっ、なによそのため息は!?
言いたいことがあるんだったらはっきり言いなさいよ!」
「言わなくても分かってるくせに」
「前にも財布を忘れたことがあるって言うの? この私がっ」
「もの凄く偉そうだな、今の灯花」
「賢一には負けるけどねッ」


なに張り合ってんだか。


「灯花さ、材料を選ぶときいつも真剣だよな」
「当たり前よ。
牛乳は奥から取るし、肉もグラム換算して安い方を買うし、タイムサービスのチェックを
怠ったことはたったの一度もないし、食品売場のおばちゃんたちの言葉に簡単には乗らな
いし」
「・・・主婦色に染まりすぎだ」
「主婦って、賢一の・・・とかありえるわけ?」
「おれの、何がありえるんだ?」


顔を近づけてみた。


「あっ・・・」


一歩下がった。


「言ってくれないと分からないな」
「そっ、そうやってとぼけるのは、良くないんだからね!」


顔を真っ赤にさせながら、灯花は一人で行ってしまった。


「ちゃんとついて来なさいよ! この荷物持ち!」


人使いの荒い主婦だった。


「って、財布の中にお金入ってないじゃない!」


うっかり病の主婦だった。


・・・・・・。

 

スーパーに入り、野菜コーナーへと移動中。


「なんで入ってすぐに野菜コーナーがないのよ」
「細かいところでキレるな」
「野菜、肉の順で買い物したかったのにぃ」
「ま、ゆっくり買い物でも楽しもうじゃないか」
「だって、料理の特訓が・・・っ」
「こういうときくらいゆっくりしろよ。 疲れるぞ」


気張っている灯花の頭にそっと手を置き、優しく諭す。

 

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「ぅ・・・そ、そうねっ。
確かに、このときくらいゆっくりしないと・・・っ」
「そうそう」
「賢一のお陰で無理しなくてすむよ、ありがと」
「・・・や、やめろって、そういうの」
「えへへっ・・・」


そっと腕を絡ませてきた。


「おいっ・・・歩きにくいだろ」
「だったら、ゆっくり歩けばいいじゃない?」
「お、お前、人が見てるぞ? いいのか?
かつてのお前ではありえない行動じゃないか?」
「・・・わ、わたしも、もうちょっと恋人らしくなりたいんだよ」
「そ、そうか・・・」


自然と歩調がゆるくなる。

おれと灯花はそのまま、店内を見て回った。


・・・・・・。


「・・・・・・」
「なあ、とう・・・」
「や、やっぱり無理! 死ねっ!」
「ぐあっ!」


絡んだままの腕が、後方に勢いよく引っ張られる。


「こ、こらっ・・・」
「もうっ、賢一のバカッ! 余計なこと言わないでよ」
「おれが何をしたッ!?」
「もうちょっと恋人らしくって、ガキみたいなこと言ったでしょ!」
「お前、それお前!」


過ぎた野菜コーナーへと戻り、お目当ての材料をパパパッと選んでいく灯花。


「ところで、さっき何か言いかけてたでしょ。 なんなの?」
「野菜コーナーを過ぎてる、と言いたかったんだ」
「気づいてるわよ、そんなのっ」


そうかい。


・・・・・・。


次はお肉のコーナー。

すでに買い物かご二つ分、野菜で埋め尽くされている。


「これ以上、何を買うつもりだ?」
「今日の昼ご飯と、夕ご飯。
あっ、お米も切らしてたから、ついでに買ってこ」
「おいおい」
「賢一なら、十キロくらい軽いよね」
「自宅まで持って帰らせる気か?」


この炎天下で、そんなことできるわけない。


「荷物持ちで同行してるんだから、無理だなんて言わないでよ」
「ムリなものはムリなんだよ」
「じゃあ、五キロでどう?」
「ええっ・・・」
「三キロ」
「もうちょい」
「二キロを二つ」
「さりげなく増やしてんじゃねえよ!」
「じゃあ、二キロを一つで」
「まあいいけど・・・前にけっこう大量に買ったと思うんだけどなあ・・・」
「野菜と肉もあるから、そのつもりでいてね」
「あとどれくらい買うつもりだ?」
「わーっと買う」
「わー、て」
「主に肉を大量に、わーっと」
「主に肉? わーっと?」
「そう、わーっと」
「今日は何を作るつもりだ」
「野菜炒め」
「主に野菜を買えよ、わーっと」
「肉いらないってこと?」
「野菜炒めだろ?」
「わーっとした野菜炒めには肉もいるのよ」


・・・わけがわからん。


「さあさあ・・・しっかりついてきてよ」


早足で次の場所へと向かう灯花。

しかしその途中、財布をぽとりと落とした。

もちろん、本人は気づいていない。


「・・・・・・」


財布を拾い、灯花の後を追った。


・・・。



「あああっ! もしかして、財布を落とした!?」
「ほらっ」


財布を手渡す。


「危なかったあ・・・」
「よかったな。 感謝しろよ」
「くっ・・・なかなかやるじゃないっ」

 

・・・・・・。


・・・。

 

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「らんらん♪ ふっふふーん♪」


台所からは灯花の鼻歌が聞こえてくる。


「んー、いい味付けになってきたぞー」


楽しそうだった。


「・・・けんいちぃ、元気ぃっ?」
「お、おう・・・」


くるっと振り向いて笑顔を向ける灯花。


「えへへっ、私のエプロン姿、どうかな?」
「いいんじゃねえかな」


そうして再び背を向ける。

灯花の後姿。

鼻歌のリズムに乗って、ゆらゆらとお尻が揺れている。


「・・・・・・」
「ラララー♪」


・・・い、いかん、邪な衝動が・・・。


「灯花・・・おれ、出てくるわ」
「なんでぇ?」
「いや、頭がぼーっとしてきたというかなんというか」
「んんっ? 熱でもあるの?」
「い、いや・・・」
「大事にしてねっ・・・けんいちがいないと、灯花はぜんぜんダメなんだよぉっ」


また、笑った。


「・・・・・・」


時には厳しく、時には優しく体調を気遣うことをモットーにしているおれだが・・・。

灯花の健気な姿勢に、理性が打ち砕かれることだってある。


「わ、こ、こらっ!
は、放せっ・・・わ、わわわっ!」

 

・・・。



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抵抗するが、力はない。

 

むしろ、だんだん弱々しくなっていく。

 

俺たちはお互いを求め合った・・・。

 

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 


「けんいち・・・ずっと、ず~っと一緒だよ?」
「もちろんだ」


おれの返答に即答し、灯花は太陽に負けない明るさで微笑んだ。

絶対に、灯花の夢を叶えさせてやる。

そう誓って、灯花を抱きしめた。

灯花らしい、優しく響く鼓動が聞こえ、暖かい体温が伝わってきた。


・・・・・・。

・・・。

 

 

午前中は騒々しかったが、午後は静かなものだ。

セミの鳴き声や、台所のまな板を叩く音しか聞こえてこない。

 

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「灯花、毎日あんな調子だけど、体は大丈夫かしら」
「今朝、腕立て伏せを十回やってましたよ?」
「少ないわね」
「片手で、です」
「・・・・・・」
「もちろん、冗談ですけど」
「もし本当だったら、どうしようかと思っていたところよ。
森田くんがうちの娘をたぶらかして女子プロにでも入れるつもりなのかと思ったわ」
「す、すみません。
それで、お話っていうのは?」
「え? 私は何も言ってないけれど?」
「・・・言ってみただけです」
「でも、話があるのは本当よ」
「あら、そうですか」
「ふふっ・・・料理大会についてよ。
校庭を借りることができたから、その報告ね」
「おお。これで色々と準備に取りかかれますよ」
「あの子にとって最高の夏休みになるよう、いい思い出を作ってあげてね」
「善処します」
「何だが、森田君にほとんど仕事を押し付けているようで申し訳ないわね」
「別にどうってことないですから。 それに楽しいっすよ」
「何が楽しいのかしら?」
「灯花がです。 見ているだけで癒やされます」
「・・・今、ちょっと怪しい発言じゃなかったかしら?」
「違います。 おれにはそんな怪しいコトを言えるだけの、勇気と度胸とスキルは持ち合
わせていませんから」
「磯野くんと同じくらいの肝っ玉は、持っていると思ったのだけれど・・・」
「あれはただ、何も考えていないだけです」


そんなとき灯花が顔を見せた。

 

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「あと五日で料理大会だが、自信の程はどうだ」
「今のところ、絶好調っ」
「その自身をいつまでもなくすんじゃないぞ」
「当たり前よ。 失くすわけないって」
「絶対にだぞ」
「・・・なんか今日はやけに突っかかってくるわね」
「お前はちょっと抜けてるから、念を押したまでだ」
「抜けてるのは余計だけど・・・そんなに私のことが心配?」
「当たり前だ。 油断大敵とも言うしな」


灯花はこの五日間、ずっと修行に修行を重ねてきた。

その成果が現れてきたのか、技術面・味に関しても上達してきていると思う。


「灯花の場合、うっかりと慢心とかが原因で失敗しそうな気がするんだよな」
「言ったと思うけど、私はまだ料理人候補生なの。
自慢はしちゃいけないってことくらい、分かってるわよ」
「だといいんだが・・・」


「そうならないように、森田君がサポートしてあげてね」


「しっかりしなさいよ」
「それが人にものを頼む態度か? コラ」
「つまり、我を忘れて暴走しないようにって言いたいんでしょ」
「そうそう。 中華鍋事件みたいに」
「過去のネタを持ち上げてくるな!」
「いい例だ。 失敗はあとに生かすものだろうが」

 

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「二度とあんなことはしないように。 料理ができなくなったら、嫌でしょ」
「うん、ごめんなさい・・・」


「はいはい。 暗い話はこの辺にしときましょう」


手をパチンと合わせ、場の空気を和ませる。


「灯花、今日の夕飯の支度はできたのか?」
「肉じゃがだよっ」


「肉じゃがね・・・夕飯が待ち遠しいわ」


京子さんは、灯花の作る料理を毎日楽しみにしているのだ。

食べるたびに美味しい美味しいと言って、オマケでついてくるパセリすら残さない勢いだ。

 

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「大会当日も楽しみにしててね。

今までの中で最高の料理を作ってあげるから」
「できれば、お代わりの分も作ってくれると嬉しいわ」
「うん!」


「・・・・・・」


料理大会まであと五日、今日で折り返し地点。

灯花がどう乗り切ってくれるのか見所だ。

頑張れ、灯花。


・・・・・・。

・・・。

 

 

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正午を過ぎ、外気の温度はピークに達していた。

大地を焦がすような熱線が、今日も田舎町に降り注いでいる。

そんな中、今日も灯花は特訓を続けているのだった。


「今日を含めて、あと五日で料理大会か・・・」


他のクラスメイトたちも特訓に精を出したり、いつも通りの夏休みを過ごしたりしている
のだろう。


「灯花の様子はと言えば・・・」


・・・。


《このタイミングで砂糖を入れる。 次は・・・》



「・・・大会も近いし、緊迫した雰囲気だな」


声をかけることすらためらってしまうほど、灯花は料理にのめり込んでいる。

今回の料理大会は、自分の腕前を試すチャンスだと思ってるはずだ。

それゆえに、気は抜けないのだろう。

 

「ふうっ・・・」


灯花が台所からやってきた。


「お疲れさん、もう終わったのか?」
「うん、とりあえずはね。
賢一の方は、大会の準備をしなくていいの?」
「実を言うとだな、ほとんど終わっているんだ」
「早くない? あと五日はあるのに」
「あとでゆっくりできるからな、早めに設置することにしたんだ」


大会に必要な器具の設置もほぼ終わっているし、あとは当日に用意するものが残っているだけ。


「人が頑張っているときにのんびりと・・・いいご身分よね」
「これからが、ちょっとだけ忙しくなるがな」
「まだ何か準備でもあるっていうの?」
「おれも料理の特訓をしないと、灯花に勝てないだろ」

 


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「・・・・・・・・・。 はあっ!?」


思ったとおりの反応だな。


「だから、おれも料理大会に出るんだって」
「賢一は出ないんじゃなかったの?」
「いや、最初から出る気満々だったぞ」
「で、でもっ、大会主催者は出場しないって話でしょ」
「そう言うと思ったから、大会の概要を持ってきてるぞ」


目の前で、一枚の紙をちらつかせた。

灯花はそれをひったくるように奪い取り、各項目を凝視した。


『主催者:大音京子(&ちょっとだけ森田賢一)』 。


「・・・・・・」


口をぽかんと開け、呆れていた。


「どうだ?」
「なにこの括弧!」
「おれだってクラスメイトだぞ」
「みんなに言いもしないで、こんな勝手なことしてさっ」
「クラスメイトたちに渡したプリントも、これと同じように括弧がついてる」
「出るつもりなら、最初からそう言えばいいじゃない」
「別に問題ないだろ?」
「・・・賢一ってさあ、料理上手なの?」
「どうしてそう思う?」
「賢一って何でもできるから、料理も上手なのかなって思って・・・」
「もしかして、おれの方が灯花よりも上手とか思っちゃいないか?」
「その・・・少し、ね」
「おれの料理の腕前は知ってるだろ?
夏休みに入る前から作ってきたじゃないか」
「ま、まあね・・・」
「力量の差は歴然としている。
おれの腕前は、灯花の方がよく分かっていると思うが?」
「でも・・・賢一って、なにか秘策を持ってたりするんだよね」


つまり、このおれに切り札があると?


「それはおれにも分からないし、灯花にも分からない」
「・・・磯野といい賢一といい、遠回しに私に勝負を挑んできてたんだ」


深呼吸してから、灯花は宣言した。


「わかったわよ」


おれと戦うと。


「そこまで言うなら、磯野と賢一なんか軽ーく倒してやるんだから!」
「磯野と一緒にされるのは気に食わんが、まあいいだろう。 受けて立とうじゃないか」


自分の腕前を以てしておれたちに勝つと、灯花は言った。

他人の力に頼らず、自分の力で相手を打ち負かすと宣言した。

がんばれ、灯花・・・。

料理人候補生の灯花にとっては、負けられない大会になってきた。


・・・・・・。

・・・。

 



大会まであと、三日。

昼時にクラスメイトを招き、簡単な試食会を開いた。

 

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審査員は、夏咲、さち、磯野の三人。

おれと灯花も含め、みんなでテーブルを囲んで座っていた。


「前にも言ったけど、おれと灯花が作った料理の評価をしてほしいんだ」


「任せてよっ。 二人とも純粋に評価するから」
なっちゃんの評価には期待してるよ」


「灯花の料理なんて久しぶりだなー。
賢一の作った料理も食べられるし、いいことずくめだね、今日は」
「味の方の評価も忘れんじゃねーぞ」


「今日は執筆を中断してきたんだ。
変なものを出したら承知しないからな」
「お前にはあまり評価の方は期待してないから」
「ヒドッ・・・!」


・・・。


「じゃあ早速、私の料理から食べてみてっ」


自信たっぷりに席を立ち、台所から大きな鍋を運んでくる。

灯花の作った料理は・・・肉じゃがだった。

三日前に買った食材が余っていたからだ。

 

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「美味しそうな匂いがするよ」


「やっぱ、灯花の料理は匂いからして違うね」


「さすがは委員長だ」


三人のコメントを聞かなくても、充分に美味しそうだと判断することはできた。

無駄のない調味料の配合により作られた肉じゃがの香りが、空の胃袋を刺激してくる。

例えではなく、匂いをおかずにご飯が食べれるに違いない。

 

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「よーく味わってね」


灯花が肉じゃがを人数分に取り分け、一人一人に配っていく。

湯気が立ち昇っている肉じゃがを見てみた。

見た目だけで全ての味を物語るほどの出来栄えに、思わず唾を飲み込んだ。

 

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「いただきます」


灯花の号令で食べ始める。


「あつっ・・・うまっ・・・あっつぅっ・・・うまいっ・・・」
「どっちだよ。 ってか、落ち着いて食え」
「だって・・・ほふっ、ほふっ・・・美味しいからさ・・・んぐ、箸がじゃんじゃん進むんだよ」


さちに具体的な評価は聞けないが、とにかく美味しいらしかった。

さちに対し、夏咲は少しずつ肉じゃがに手をつけていく。


「夏咲ちゃん、どう?」
「んんーっ、美味しいの一言だよっ」


その感想に、周囲が笑みを漏らした。


「さすがは委員長。 僕が作ったものよりも数段は上だよ」
「もっと具体的な意見を言わないと、参考にならねえだろ」
「ううーん。 僕の側近の料理好きな妖精さんよりも上手だねえ・・・」
「よけい、わかんねえから。
灯花も自分で作った料理を食べてみてどうだ?」


「香り良し、味付け良し、問題ないね。 自信作だよっ」


満面の笑みだった。


「次はおれの作った料理を味わってみろ」


「ケンちゃんはなにを作ったのかな?」
「肉じゃが」


「ええぇーっ! またーっ!?」
「同じ料理の方が判定しやすいからな。 無理やりにでも食べてもらう」


「ふっ・・・いいだろう。 持ってくるがいいさ、君の自慢の一品を」


空気が何かささやいているが、気のせいだろう。


・・・・・・。

 

台所から肉じゃがの入った鍋を持ってきて、テーブルの中央に置いた。

同時に、みんなの視線が鍋の中に注目する。

外見だけなら、灯花の作ったものに勝るとも劣らない出来栄えだ。


「ケンちゃんって、なんでもできるんだね」


「あーあ。 いい主夫を逃しちゃったなー」


「ふっ・・・なかなかのものだな」

 

灯花は不安そうな面持ちで、鍋の中を覗き込んでいた。


「灯花、皿に分けるからそこをどいてくれ」
「あっ・・・うん・・・」


四人分の肉じゃがを皿に分けて、一人一人に手渡していく。


「・・・あれっ? 僕の分は・・・」



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「いただきます」


各々が手を合わせ、おれの作った肉じゃがを食べ出した。


「別にいいよ、自分で取るからさ」

 

「おおーっ! 賢一もなかなかやるじゃん!」


「ケンちゃん凄いねっ」
「あはは、そんなことないって」


「・・・・・・」
「灯花はどうだ? 美味しいか?」
「正直、美味しいと思う。
ただ・・・どちらが美味しいかと言うと・・・」


一瞬の緊迫。


この場にいる全員の視線が灯花に集中する。

灯花とおれのどちらが美味しかったのか、料理人候補生の口から直接判決が下される。


「私は、自分の方が美味しかったと思う」


その言葉に、灯花を除く全員の表情がわずかに変化した。


「んー・・・そうか。
おれはどっちが美味しいか判断しかねるから、二人の意見を聞かせてくれないか?」

 

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夏咲とさちを見た。

 

「・・・あれっ? 僕は?」

 

「私はどっちかって言うと・・・ケンちゃんの方だと思うなあ」
「あたしもっ。 賢一の方が好みだったかな?」

 

「僕も、ケンの方が美味しかったと思うよ」

 

「・・・・・・そう」


「でも、私たちだけで判断したのが全てじゃないから」
「そそ。 あたしの場合はたまたま賢一の作った方が好みだったってだけ」


「もっと訓練を積めば、委員長の方が絶対に美味しいと僕は考察するね」


磯野は無視するとして、どうやら本気でおれの肉じゃがのほうがうまかったらしい。

 

「とりあえず全部食べちゃおうよ。 もったいないし」
「そうだな」


全員でおれと灯花の作った料理を平らげた。

その間、灯花はずっと無口だった。


・・・・・・。


・・・。

 


灯花はあれから、夏咲とさちにアドバイスをもらっていた。

けっこう時間がかかってしまったらしく、帰る頃にはもう日が暮れかけていた。

 

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「あんな評価でよかったのかな・・・」

「ちょっと可哀想な気がするけど・・・」

「委員長なら、きっとすぐに立ち直ってくれるさ。
ケンがしっかりサポートできればの話だけどね」


「二人とも今日はありがとう。 気をつけて帰ってくれ」


「ばいばい。 またね~!」

「またね、ケンちゃんっ」


「さようなら」


「ばいばい、なっちゃん、さち」

 

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「ぐおおぉぉっ、璃々子さん!
僕は孤独に七時間も耐えられそうにないですーっ!」


・・・そういや、お姉ちゃん元気かな。

まあ、都会でしっかりやってるんだろうな。


・・・・・・。


夏咲たちを見送り、リビングへと戻ってきた。

灯花はソファーに力なく座り、しょんぼりとしていた。

 

 

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「はぁっ・・・」


今日、何度目かのため息をついていた。


「落ち込むなっての。
今からでも頑張れば、充分追い越せるレベルだろ?」
「でも、ショックなんだ・・・。
賢一の方が料理の腕、上だったってこと。
自分でも、賢一より上なんだって思ってたところがあって、それが慢心とかいうやつだっ
たのかな。
だから、今回の結果でショックが大きかったし・・・」
「たかが一回、しかも少数意見の評価で全てを決めるのは、あまりにも早計だな。
料理人になるんだろ?
だったら、こんなところでつまずいている暇は無いぞ」
「わかってるよ。 わかってるけど・・・」


うつむいて、言葉に詰まってしまった。

そっと頭に手を置いてやる。


「・・・あ」


すぐにうっとりとした声になるかと、思っていた。


「いい・・・」


俺は、愚かだった。


「悪い・・・。
おれの作った料理が美味しかったから、落ち込んでるんだろ。
だが正直なところ、おれは灯花の方が美味しいと思った。 断言できる」
「・・・嘘ばっかり」
「おれは本音しか言わない男だってことくらい、この一年間で学んできたはずだが?」
「ふざけてるときもあったじゃない」
「遊び心があるときだけだ」
「・・・・・・」
「技術や味の面では間違いなく灯花の方が上。
これは揺るぎない事実だ。
そうと決まればあと一つだけ、お前に足らないものがあるんじゃないかとおれは考えている」
「あと一つだけ?」
「そう、たった一つだ。
それがあれば、お前は間違いなく料理大会で優勝することができる」
「今の状態で大会に出たら?」
「プレッシャーに押しつぶされて、いい結果を残せずに優勝を逃してしまうだろうな」
「私が本番に弱いところかな?」
「残念ながら、違うな。
そんな灯花の弱点すらも克服できるような、強力な武器があるんだ」
「教えて・・・って言っても教えてくれないだろうから、自分で探すことにするよ。
ううん、誰かに頼るのもなんだかいやになってきたから、自分で探すことに決めた」
「おっ、珍しいな。
あのときみたいに、おれを頼ってくるかと思っていたが・・・」


京子さんが親権者適正研修に連れて行かれそうになったあのとき、灯花はおれに頼ってきたのだ。


助けて・・・と。


自分の力が及ばなかっただけに、仕方なくおれの力を求めてきたのだ。


「あのときは仕方がなかったのよ。 なにもできない子供だったんだから」


しかし、今の灯花は違う。

大人に近づいて、自分の力で物事を成し遂げようとしていた。

 

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「私は・・・自分に足りないものを探す!
そしてそれを見つけてから、料理大会で優勝してやる!」


おれの目の前に立ちはだかるように、勢いよくソファーから立ち上がった。


・・・が。


ガツッ!


「あうっ!」


灯花が、ひざをテーブルの角にぶつけていた。


「何をやってるんだ、お前は」

 

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「立ち上がろうとしたら、このテーブルが邪魔だったのよっ」


涙目でひざをさすりながら、テーブルの角を睨みつけていた。


「ぷぷっ・・・灯花らしいうよな、そういうとこ」
「わっ、笑うなあ~っ!」


灯花がジタバタを騒ぎ出したので、とりあえず落ち着かせることにした。


「まあまあ、今日も含めてあと三日で料理大会だ。
それまで、自分に足りない何かを探せば問題ないだろ」
「今日はもう遅いから、あと二日しかないじゃないの」
「二日もあれば気づくだろ」
「あえてヒントを出すなら、料理の問題ではなく灯花自身の問題だな」
「私自身に問題が?」
「そういうこった。 ま、他人に聞いてみればそのうち見つかるんじゃね?」
「なんか投げやりな言い方だけど・・・参考にしてみる」
「頑張れ」


一言、激励の言葉を灯花に投げかけ、リビングを後にした。


・・・・・・。

 

あとは、灯花に勝手に考えてもらうとしよう。

まあ、たいしたことじゃないが、あいつはなんだかんだでおれを頼る癖が抜けきってない
しな。

本当に、たいしたことじゃないんだけどな・・・。


・・・・・・。


・・・。


 

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灯花は昼食の準備をしているが、おれはリビングでくつろいでいる。

昨日の一件から自動的に、昼食は灯花が作り、夕食はおれが作るというスケジュールにな
ったのだ。

料理大会も二日後と迫り、互いに追い込みの時期でもあった。


「あと二日で灯花は自分に足らないものを見つけることができるんだろうか?」


昨日はああ言ったが、実に心配だ。

台所からは、まな板を叩く音や調理器具同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。

リビングにまで美味しそうな匂いが漂ってきており、灯花の腕前のよさがうかがえる。

あれだけの力を持っていながら、もう一つ何かが足りないというのは致命的だ。


「・・・しかし退屈だな・・・」


・・・・・・。


・・・。



「灯花ーっ。 おれ、今から外に出かけてくる」
「うん。 いってらっしゃい」


意外にも返事が返ってきた。

そのことに安堵感を覚え、リラックスした状態で出かけることができた。

今日の天気は快晴、日傘でも持って歩きたいものだ。


・・・・・・。

・・・。

 


商店街をぶらりと歩く。

夏の太陽はじわりじわりと、地にいる者の体力を削っていく。

ただ散歩するだけではつまらないため、人々と触れ合うことにした。


「暑い日が続いてますねー」
「そうですねー」

 

・・・。

 

 

「ん? 何か聞こえたか?」

 

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「まーたシカトですかッ!? 昨日の続きですか!?」
「・・・暇だから、付き合ってやろうじゃないか」
「それは僕のセリフだね。
昨日相手にされなかった分、たっぷりといぢらせてもらうよ」
「それより、昨日止まっていた原稿を書き上げなくていいのか?」
「昨日は気まぐれ妖精さん、シャーンペーンさんが勝手に書き上げててくれたよ」
「お前の妖精って、いつも安易なネーミングだよな」
「今から、彼が書いた文章を読んであげよう」


磯野はシャツの中からボロボロになった紙を取り出し、読み上げた。


「終わり」
「題名が『終わり』なんだろ?」
「おおー、なかなかクールじゃないか。 その通りだよ」
「いいかげんお前のあしらい方はわかってきたんだよ」
「それで、続きは?」
「それ以上は教えられんな」
「お前って、ほんとに童話作家なのか?」
「ほんとだって。 今度読ませてやるから」


今度がいつになることやら。


「ところで、委員長は昨日からどんな調子なんだい?」
「別に。 今、いつものように料理を作っている」
「君も大会に出るんだろ? 練習はしないのか」
「おれは天才だから、練習とかやらない」
「ケンの方が上だと、委員長は思っているはずだ。
そんなとき君が大会に参加すると知ったら、ショックはかなり大きなものになるんじゃないか?」
「腕前は灯花の方が上だと、おれの口から直接言ってやった。
あとは灯花自身に足りない何かを、自分の手で見つけさせようと思ってる。 大会までにな」
「二日間で足りるのかい?」
「それはわからない。 あいつ次第だ」
「ヒントくらい出してあげないのか? 君は・・・」
「出したさ。 料理の技術や味に関係なく、灯花本人に関する問題だと」
「彼女に足りないものとは?」
「お前・・・絶対に言うなよ」
「言ってしまえば簡単だが、それでは委員長のためにならないんだろ?
だったら、その秘密とやら・・・墓の中まで持ち帰ってあげようじゃないか」
「大げさな・・・なら、教えてやる」


・・・・・・。


「へえ・・・なるほどね」


磯野は全てを悟ったように頷いた。


「他言無用だぞ」
「僕たち二人だけの秘密ってワケだね・・・ふふっ」
「笑うな。 気色悪い」
「ヒントを出すこともダメなのか?」
「・・・できればな・・・」
「・・・わかったよ。
君の意見を尊重しよう。 じゃあな」


哀愁漂う雰囲気をまといながら、磯野はこの場を去った。


「相変わらず寂しそうなヤツ・・・」


おれもそろそろ、大音家に帰宅することにした。

灯花の作った料理が待っている。


・・・・・・。


・・・。

 


ちょうどお昼時だった。


「ただいまー」

 

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「おかえりなさい」
「・・・・・・」
「なに黙ってるのよ。 熱で頭がイカれたの?」
「夫婦のやり取りみたいで微笑ましいなあと思って」
「お帰りなさい賢一。 ご飯にする、お風呂にする?」
「・・・・・・」

 

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「それとも・・・」
「・・・・・・」
「それとも、なんだっけ?」
「知らねえのかよ」
「・・・あまり恥ずかしいこと言わせないでよねっ」


台所へダンダン、と足音を立てながら去っていく灯花。

お盆におかずを載せ、リビングへ戻ってきた。

今日はミートソーススパゲティーだ。


「いただきます」
「・・・いただきます」


二人でぱくつき始めた。


「・・・やっぱ、美味しいな」
「そう?」
「おれよりも上手だ」
「ふーん・・・」
「・・・昨日も言ったとおり、お前の方が料理の腕は上だからな」
「わかってるわよ」
「・・・・・・」

 

会話が続かない・・・。

ちゅるちゅると麺をすする音だけが聞こえてくる。


「灯花は昼からなにをするんだ?」
「なんだっていいでしょ」
「一緒に料理でも作るか?」
「いい」
「素っ気無いぞ」
「わかってるわよ」
「相変わらず胸小さいよな」
「ぶっ殺すぞっ!」


これでちょっとは元気になったかな?


「・・・・・・」


悩んでいるだけだな、こりゃ。


「夕食は期待して待ってな。 参考になるものを作ってやるから」
「なんの参考なの?」
「今、灯花が悩んでいること」
「料理に関することじゃないって言ったくせに」
「そうだ。 そこに注意して今日の夕食を食べてくれ」
「賢一の作ったものを食べることで、何が分かるっていうのよ・・・」
「いいから作るぞ」
「勝手にすれば?」


会話があまり成立することなく、この日の昼食を終えた。


・・・・・・。


・・・。


 

夕食の時間がやってきた。

テーブルの上には、おれの作った料理が並べられている。

おかずは昼と同じでミートソーススパゲティー

 

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「えっと・・・ストーカー?」
「真似したって言えよ・・・」
「これが参考になるわけ?」
「同じ料理の方が分かりやすいと思って」
「味を強調してるみたいで、余計わけが分からないわよ」


「とりあえず、いただきましょうか?」


三人一緒に手を合わせ、食べ始めた。


「料理を作れると前から聞いていたけど、それなりに美味しいじゃない」
「ありがとうございます。 もっと褒めて下さい」


「調子に乗らないでよね」


「おれは褒められて伸びる子なんです」
「あれ? 昔は叩かれて伸びる子とか言っていたような・・・」
「まさかぁ、ほら、アレですよね。
ラブホテルには、交換日記みたいなのが置いてあるんですよね」
「ああ、童貞丸出しの発言ね」


思い出したらしい。


「っていうか、私が作ったスパゲティーの方が美味しいと思うんだけど?」
「あら、そうなの? 食べられなくて残念だわ」
「じゃあ次からは、少し余分に作っておくね」


さて、そろそろ聞いてみるか。


「さあ灯花。 何か気づいたか?」
「賢一よりも私の方が美味しい・・・手を抜いたの?」
「まあ、手を抜いたかもな・・・」


言うと、灯花はちょっとむっとしたようだった。


「これからなにを学べって言うの?」
「おれは手を抜いたといえば、手を抜いたんだ。
いや、手というよりは、念かな。 念・・・」
「そんなあいまいな表現で言われても、ピンとこないわよ」
「念だよ。
念ていうか、気持ちっていうか・・・ふっ、と沸いて出る感覚だ」
「ふっと湧いて出る? よだれ?」
「てきとーなこというな」



「二人とも、いつもと様子が違うような気がするけど」
「そ、そう?」
「ええ、ちょっと、距離を感じるかしら」


「一種の訓練です」
「そう、森田君が鍛えてくれてるのね」


「・・・・・・」
「頷いとけ」


灯花はこくんっ、と頷いた。


「でも、森田君も料理大会に出るんでしょ? ならどうして?」
「何でも、おれに勝つためらしいですよ。
灯花は本番に弱いじゃないですか。
だから今のうちにおれの料理にビビらないように耐性をつけてるんです」


「誰があんたなんかの料理にビビるのよ!」
「おっ? 自信たっぷりに言いやがったな」
「当たり前よ。 賢一なんかに負けるもんか!」


「料理大会で森田君と対決、か・・・面白そうね」


「絶対にひざまずかせてやるぅ!」
「お前、ちょっと目つき怖いぞ。
そういう気持ちじゃおれには勝てんぞーっと・・・」


明日で残り一日。

まあ、ただたんに、料理は愛情こめて作るもんだって言いたかったんだけどな。

勝つとか負けるとか考えてメシを作るもんじゃねーっての。

最近の灯花は、料理人になるってことに、ちょっと焦りみたいなのを感じてるみたいだし・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


最後の一日が始まっていた。

すでに半日が経過しており、灯花も焦っている。

昼食の後片付けをした後も、リビングをうろうろしていた。

 

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「あーっ、もう! 何がなんだか分からないっ」


頭を両手で、わしゃわしゃとかき乱していた。


「外に出て頭冷やして来い」
「こんな熱い中外に出たら、ゆでダコができあがっちゃうじゃない!
あーっ! うーっ! あーっ!」


狂ったか?


「けんいちっ、ぎゅってしてっ!」
「お、おう」


・・・。


「って、放せバカ! ノロケてる場合か!」
「あ、ああ・・・」
「んー、やっぱり頭なでなでしてぇっ!」
「・・・・・・」
「ち、違う! 騙されるな私!」


忙しいやっちゃな。


・・・・・・。

 

そして、なんの解決策も得られぬまま日が暮れていった・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


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「はあっ・・・このままじゃ、明日は最悪なイベントになっちゃうなあ・・・」


賢一に言われたとおり、食材の買い出し以外あまり外に出ていなかったし、いい気晴らしだと思う。


「たまには、買い物をしてみるのもいいかもね」


近くのスーパーへ立ち寄り、雑貨や日用品を見て回った。


「・・・目ぼしいものはない、かな? 田舎町じゃしょうがないことよね。
私も都会に行ってみたいなあ・・・」


・・・。

 

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「おや? 委員長じゃないか」
「げっ!? 磯野?」
「『げっ!?』とはね・・・。
女の子らしい振る舞いを心がけないとケンに嫌われるよ?」
「うっ、うるさいわね! 磯野には関係ないでしょっ」
「今は委員長、一人? 一緒に茶漬け食べない?」
「それを言うなら、お茶しない、でしょ?」
「おおー、委員長も成長したなあ」
「はあっ!?」
「昔の委員長なら、私、くだらない冗談なんて嫌いなんだからねって、怒ってたところだよ」
「・・・大人になったのよ」
「へえ、大人、ね」
「な、なによ・・・」
「ふふっ、ケンから聞いたんだよ。
なんだか悩んでるみたいだから、良かったら力になってやってくれって」
「賢一が?」


ちょっとお節介すぎるけど・・・心づかいは嬉しいな。

私のことを気にかけてくれてるってことだし。


「それで、何か力になってやりたいと思って参上した次第ではありますが・・・。
さあ、僕の胸の中に飛び込んでくるがいい!」
「話が全然違うじゃないの! 帰るわよっ」
「委員長は面白いなあ・・・」


またいぢられたの? もうムッカつく~ッ。


「悩んでいるのは、料理のことについてだね?」


いきなり本題持ってきたし・・・。


「味とか技術とかは賢一よりも上なんだけど、何かが足りないせいで、明日優勝できないかもって言うのよね」
「うん。 確かに言えてるなあ・・・」
「アンタたち三人が来たときに、私は自信を持って自分の作った料理が美味しいと思ったのよね」
「うん、当たり。 確かに委員長の方が美味しかったよ」
「でも残りの二人は賢一の方が美味しいって言ってたじゃない?」
「二人とも、ケンのことが好きだからねえ」
「真面目に答えてよっ」


こっちは真剣なのに・・・ッ。


「それじゃあまた明日。 お互い、いいイベントにしようじゃないか」


磯野は言いたいことだけ言って、去っていった。


・・・なんなのよ、まったく。


・・・なにが、私の力になりたいよ・・・磯野のヤツ。


あー、なんかホント、いらいらしてきたよ・・・。


こんなんで、料理人になれるのかなぁ・・・。


――『二人とも、ケンのことが好きだからねえ』


くうっ・・・!


――『私はケンちゃんの方が美味しいと思うけどなあ』

――『あたしも賢一の方が好みかな?』


なによ・・・。


夏咲ちゃんも、さちも、賢一のことが好きだからってさあ・・・。


「・・・・・・」


って・・・。


私、いまなんかすっごい、子供だったような気がする。


ダメだよ・・・。


そういう人と争うような気持ちが、お母さんをひどい目に合わせるところだったんだから・・・。


あのとき賢一が助けてくれなかったら、私、一生後悔してた・・・。


ごめんね、さち、夏咲ちゃん・・・。

 



「そろそろ帰って、賢一にご飯食べさせてあげなきゃ・・・。
賢一にご飯・・・。
あ、でも、もしかして・・・。
みんな賢一のことが好きだもんね・・・。
好き、か・・・。
私も、賢一が、好き・・・。
これって、ひょっとして・・・そういう気持ちなんじゃ?
誰かに食べてもらいたいっていう・・・そういう気持ちが、足りないんじゃ・・・?」


・・・・・・。


「そうかも、きっとそうかも・・・。
賢一め、紛らわしいことしてくれちゃって・・・」

 

私は賢一の真意に気づいたことで、嬉しくてしょうがなかった。


思わず走って帰りそうになったところを、早足で帰ろうと我慢する。


だって、嬉しそうにしている顔を賢一に見られたら恥ずかしいし、からかわれるだろうし・・・。


「軽くぶらつくつもりだったんだけど、意外と遅くなっちゃったな・・・。
ま、いっか」


やっぱり、走って帰ることにした。


だって、賢一が私のことを心配しているかもしれないしねっ。


タッタッタッ、と夕日をバックに自宅に向かって走っていく。

 

・・・・・・。


・・・。

 


「・・・・・・ちょっと遅くないか?」


灯花の帰りを待っていたおれ。

料理はすでに作り終えており、後は温めるのみだ。


「軽くぶらつく程度だと思っていたが、やはり心配だ」


『灯花を探しに行ってくる』


そう書いたメモをテーブルの上に置き、外へ出た。


・・・・・・。


すでに日は西に傾き、夕日がきれいに見えていた。

セミも、そんなに強く鳴いて疲れないのかと言いたいくらいにやかましかった。

そんな中、背後からこちらへ走ってくる足音が聞こえてくる。

タッタッタッ、と軽快なテンポ。

 

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「はあっ、はあっ・・・あれ? 賢一、なにやってんの?」
「・・・そりゃおれのセリフだ」


汗をかき、はあはあと息を切らしながらおれの元へと駆け寄ってきた。


「何が悲しくて走り込みを・・・まさか、ダイエットにお目覚め?」
「ダイエットに目覚めるってどういう意味よ!」
「だから、太ったとか・・・」
「か、確認してみるかぁっ!?」


口論は激しいが、よく見れば顔は嬉しそうにしていた。


「顔がにやけてるぞ」
「そ、そんなことないっ! 何で賢一の前でにやける必要があるのよ!」
「おれのことが好きだから、じゃねえかな?」
「うるさいうるさい! 暑いから家の中に入らせてよね!」


灯花はおれを押しのけ、玄関の方へと歩いていった。

その後姿は、何となく生き生きとしているようにも見える。


「もしかして、悩みが晴れたのかな?」


玄関にたどり着いた灯花が、くるりとおれの方に向き直った。

おれは何事かと身構えた。

 

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「明日、絶対に賢一に勝ってやる!」

 


そして勢いよく、家の中へ入っていく。


ガンッ!

 

 

 

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「いづぅっ!?」


・・・と思ったが、玄関のドアに頭をぶつけていた。


「おーい、大丈夫か?」


頭を痛そうに押さえている灯花の元へ近づく。


「大丈夫よ!」


涙目になっていた。


「その元気があれば、明日も大丈夫だな」
「くっ・・・」


なぜかおれを睨んでいた。

しかし、灯花の頬が赤いのはきっと夕日のせいだろう。


「ばか・・・」
「ん?」
「いちいち周りくどいことさせて、何が楽しいんだか・・・」


ブツブツ言いながら家の中へ。


「・・・どうやら、本当に解決しちまったらしい」


とりあえず安心はしたが、最後まで気は抜かない。


ふっふっふ、あいつに試練を与えてやろうではないかぁ。


明日は、全力で行くぞー。


・・・・・・。


・・・。