*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

車輪の国、悠久の少年少女 灯花シナリオ【4】(終)

 

・・・。


・・・・・・。


「起きろーっ!」


「ぐふっ!?」

 

みぞおちに鈍痛が走り、息ができなくなる。


「ぐっ・・・ほっ・・・」
「もう一発っ?」


声が弾んでいた。


「アホか!?」


おれは慌てて飛び起きた。


「はあっ・・・はあっ・・・」
「そろそろ朝ご飯よ」
「だからと言ってこんなっ・・・くぅ」


腹を押さえてうずくまるオレ。


「鼻から息をすればいいでしょ?」
「息をする場所の問題じゃねえんだよ・・・」
「起きたら顔洗う、はい」
「起きたら顔洗う」


何、復唱してんだろーな。

おれはよろよろと立ち上がり、洗面台へと向かう。


・・・・・・。


「しっかりしなさい!」


バシィッ!


「・・・っつぅ・・・」


今日は体罰が多い日だな。

それに、灯花も元気すぎる。


・・・。

 

リビングに戻ってくると、灯花がいつものように朝食の準備をしていた。


「いつもと変わらないな」
「これで私の一日が始まるようなものだからねっ」
「体調の方は万全か?」
「・・・少し寝不足かも」


だろうな・・・目をシパシパさせてるし。


「何時に起きたんだ?」
「三時」
「早すぎだ!」
「問題ないわよ」
「なら、全力で灯花を倒してもいいんだな?」
「言ってなさいよ。
実力では私の方が上なんだって思い知らせてやるんだから」


やる気充分だった。

これなら灯花も、思い切って料理を作ることができるだろう。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907135341p:plain



「おはよう二人とも」


「おはようございます」


「おはよう。 もう朝食ができてるけど、食べる?」
「ええ、もちろんよ」


京子さんが席に着くのを待ってから、三人で手を合わせた。


「いよいよね」
「狙うは優勝だよ」


ニコニコしながら、京子さんに優勝宣言をした。


「ちょっと待て、優勝候補はもう一人いるぞ」


おもむろに間をおき、口を開いた。


「森田賢一という、完全無欠の敵がな」


「灯花。 油断はしないで常に全力を尽くすのよ」
「わかってるって。
ライオンはウサギを倒すときも、全力を尽くすからね」


灯花もノリノリだった。


「灯花は今日、何を作ってくれるのかしら?」
「内緒っ。 最初に食べさせてあげるから待っててよ」
「できれば多めに作ってもらえるとありがたいわ」
「オッケー。 任せといて」


・・・ここの食卓、おれにとっては肩身が狭い。


「でねっ、でねっ・・・」
「へえ・・・」


おれは一人疎外感を覚えつつ、親子の会話に耳を傾けるのであった。

内容は今日の料理大会のことばかりであったが、それでも会話は弾んでいた。

平凡でまったりとした雰囲気が、新たなおかずとして大音家の食卓に並んでいた。

親と子の、和気あいあいとした笑顔と共に・・・。


・・・・・・。

・・・。

 

 

おれと灯花は一緒に登校し、待機場所である教室へと入った。

すでに半数以上の生徒が来ており、みんなワイワイガヤガヤと騒いでリラックスしている。

服装は動きやすいものが好ましいということで、私服姿の生徒がほとんどだ。

中に、エプロン姿に身を包んでお互い見せ合っている者もいた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907135411p:plain



「二人とも、おっはよーっ!」
「おう」


「おはよう。 みんなも準備できてるみたいだね」
「ちょっと緊張してるけど、楽しみだよ」


「僕の隠された才能を、みんなに見せてやるときが来たようだね」


みんなもこの日を楽しみにしていたのか、顔がほころんでいた。


「ところで、おれらって全員一人で作るわけだよな」
「あたしは一人だよ」
「食材は最終的に、きちんとした料理として出すようにな。
見てくれが悪くてもいいから、とにかく食べられるように心がけるんだ。
さちならできる!」
「応援されてるんだけど、気分が萎える言い方よね・・・」


ジト目で睨まれた。


「わたしも一人だよ」
なっちゃんなら一人で充分だろうけど・・・」
「ちょっと寂しいけどね」
「負けないよっ」
「私だって!」


「実は・・・僕も一人なんだ」
「当然の結果だな」
「あ・・・そうですか・・・」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907135428p:plain



「みんな席に着きなさい」


京子さんが教室へとやってきた。

それまで騒がしかった教室も、京子さんが入ってきたと同時に静まりかえり、椅子を引く音が次々と聞こえてきた。

京子さんは教室を見渡すと満足そうな顔を浮かべ、微笑んだ。


「・・・みんな、準備は整っているようね。
今日は待ちに待った料理大会。
実力を競い合うも良し、グループの中で楽しみながら作るも良し。
とにかく各自、今日一日を充実した日で過ごせるように、精一杯頑張ってちょうだいね。
中には優勝を狙って、毎日頑張ってきた人もいるかもしれない」


京子さんが灯花の方を見た。


「そんな人は悔いの残らないよう、全力を出してこの大会に望んでちょうだい。
質問がある人?」


「優勝すれば、京子さんをいただけるのでしょうか?」


「なければ、とりあえずこの場は解散ということにしましょう」


「・・・・・・京子さん?」


「校庭の方に出たら各自、料理を作り初めていいわよ」


 

f:id:Sleni-Rale:20190907135445p:plain



「行こ。 ケンちゃんっ」


「実は、あたしが優勝しちゃったりしてね!」


「全力で行くわよっ」


「手は抜かん。 ぶっちぎりで優勝してやる」


おれたちは教室を後にした。


・・・・・・。


みんなで談笑を交わしつつ、校庭へ向かっている。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907135459p:plain



「委員長は大丈夫なのか?」
「あ?」
「前に落ち込んでいたと聞くが・・・」
「ああ・・・何だか昨日、自己解決したっぽいぞ」
「そうか、それは良かった」
「お前、まさか・・・」
「仕方なくヒントだけは出してやったよ」
「お前の仕業だったわけだな」
「仕業・・・とは、語呂が悪いな」
「まあいいさ。 本気モードの灯花が見れるからな」


・・・・・・。


廊下から階段を降りて一階へ、そこから玄関へと進む。


「さて・・・これからが本番だ」


校庭に出た途端、周囲が太陽の熱気に包まれた。

灯花の実力を試す、料理大会の幕開けだ。


・・・・・・。

・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907135519p:plain



校庭には、十数個の調理スペースが設置されている。

クラスのみんなは各自与えられた持ち場へと散り、作業に取り掛かっていた。

灯花は自宅から持ってきた食材を流し台に並べ、手際よく調理を始めている。


「よしっ、やるか」


おれが作るものはカレーだ。

他の人は何を作っているのだろう・・・。


「♪~♪~」


目の前にいる夏咲は、鼻歌を歌いながら調理をしていた。

・・・と、おれの視線に気づき、後ろに振り返った。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907135541p:plain



「えへっ、ケンちゃんの近くだよぉっ」
なっちゃん見ながら頑張ろっと」
「恥ずかしいよ~・・・」
なっちゃんは、何を作るの?」
「えっ? 秘密だよっ、教えてあーげないっ」
「ケチだなあ・・・まあいいよ、楽しみにしてるから」
「ケンちゃんの料理も、楽しみにしてるからね」


それだけ言うと、夏咲は料理に戻った。

おれも料理に戻ろうとした、そのときだった・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907135602p:plain



「ああぁー、難しいぃーっ!」


おれの右前のスペースにいるさちが、頭を抱え唸り声を上げていた。

まな板の上を見てみると、皮が中途半端に剥けているジャガイモが置かれていた。

しかも包丁で皮を剥こうとしていることから、クラス一のチャレンジャーだと判断できてしまった。


「何やってんだか・・・」
「賢一ぃ~っ・・・乙女のピンチだよお~っ」
「皮むきを使え、目の前に置いてあるだろう」
「皮むき・・・これ?」
「そりゃ包丁だ」


しかも今まで使っていたやつ。


「これかっ?」
「それは栓抜き」
「なら・・・これかあっ?」
「それは缶切り」
「じゃあ、これか!?」
「それは鉛筆。
・・・って、何でこんな所に持ってきてるんだ!?」
「あたしの大切なものだから、肌身離さず持ってるんだよ」


自信満々に言ったのち、絵筆をポケットに隠すさち。


「あ、色つければ、見てくれだけはごまかせるんじゃない!?」
「こらこら」
「料理って難しいねえ・・・」


玉子焼きくらいは作れるだろうに。


「玉子焼きでも作って、それを出そうかな」
「問答無用で最下位だ」
「別にいいもーん。
あたしのことなんか気にしないでさ、早く作りなよ。
賢一が作った料理、久しぶりに食べてみたいからさ」


さちは再び包丁を使い、ジャガイモの皮むきに挑戦する。


「この芽が出てるヤツ、キモイなあー・・・。 そのまま入れちゃえっ」


・・・あとでさちの料理は処分せねば。

 

おれも料理に専念しようと、視線を自分の調理場へ戻す。

だが、おれの左前・・・磯野のスペースの異様な空気に気づき、そちらの方に目を向けてしまった。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907135621p:plain



「うん・・・うん・・・そうそう・・・おー、アイ、スィー、ダスビダーニャ・・・・・・」


磯野は目を閉じ、腕を組んでいる。

そして、ブツブツと独り言。


「・・・何か怪しいことしてるぞ」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907135635p:plain



「磯野君、何をしているのかしら?」


さすがに不気味だと思った京子さんが、磯野に近寄る。


「ふふっ・・・」


笑って答える磯野。


「早く作業に取りかからないと、終わらないわよ」
「あと十分、時間を下さい」
「・・・昼前までには終わらせるのよ」


「京子さんの役割は、監督だったな」


ざっと周りの様子はこんな感じだ。

おれの前に夏咲、さち、磯野がいて、後ろに灯花がいる。

だから振り向かないと灯花の様子だけは見れない。


「他人の様子を見ている場合じゃないな」


早めに作り終えて、灯花の様子でも見ておきたいところだ。


なっちゃんも、まさに目の前で頑張ってるしね」


・・・・・・。


同時刻の夏咲はというと・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907135654p:plain



「とりあえず野菜は全部切って・・・と」


わたしは炒飯。


「ニンジン、タマネギ、ピーマン、ジャガイモも入れてみよっかな・・・」


一個づつ丁寧に野菜を切っていく。


「みんなに食べてもらうんだから、きれいに切るのは当然だもんね」


トントントントントン・・・。


・・・・・・。


・・・。


「・・・・・・んっと・・・」


最後に残ったのはタマネギ。

宿敵、タマネギさん。


「・・・大丈夫。
切れやすい包丁を使うから、そんなに目にしみないはずっ」


活を入れて、玉ねぎについている表皮を剥がしていく。


ペリペリペリ・・・・・・。

ペリペリペリペリペリペリ・・・・・・。


「ううっ、もう染みてきたよお~・・・。
皮を剥くだけで、こんなにしみたっけ?
んん~っ・・・今日のタマネギさんは、とてもイジワルだよ・・・」


目をこすっても閉じても同じこと。

ヒリヒリが止まらない・・・。

刺激が強すぎるし、とにかく痛い。


「んん~っ・・・」


どうしたらこの痛みが治るのかな、と一人悩んでみた。


「痛みと快感は似たようなもの、って聞いたことがある」


――(どこからそんな知識を!)


「だからここは、目薬をさしたときみたいに快感を感じてると思えばいいんだよっ」


わたしは、さっそく試してみた。


「気持ちいいなあー」


ジンジン。


「それに、なんだかスースーしてきたよ」


ジンジンジンジン・・・。


「ごめんなさい、タマネギさん。 やっぱり痛い・・・。
うう・・・ケンちゃん、助けてよぅ・・・」


結局、目をこすりながらの作業になった。

これもみんなに食べてもらうための試練みたいなもの・・・。

あと少し頑張ればいいだけ。


「それにしても、さっちゃんは大丈夫なのかな?
さっきから全然進んでないし・・・」


・・・・・・。

 

その頃のさちは・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907135911p:plain

 

「ぬぬぬぬぬ~・・・」


さっきから、ジャガイモの皮むきだけに苦戦しているような気がする。

野菜炒め・・・野菜を切って炒めるだけというシンプルなもの。

簡単だと思ってたのに、最初の時点でつまずいちゃってる。


「キャベツは洗うだけでいいし、ニンジンは何とか皮は剥いたし・・・。
あと他に何を切ればいいんだっけ?」


あたしは、ビニール袋に入っている材料を見てみた。

レタス、白菜、ダイコン、タマネギ、なにかの肉、キュウリ、ナス、ニラ、ジャガイモ、
トマト、カボチャ、他にもいろいろ・・・。


「・・・って、こんなに入れてよかったっけ? 鍋からあふれちゃうんだけど。
・・・あれ? 野菜炒めって普通、フライパンを使うんだよね、これでいいの?
野菜炒めなのに、肉入れていいわけ?」


疑問は尽きることなく、あたしに襲い掛かってくる。

ネットで作り方を検索すればよかったかな・・・。


「ヤバ。 あたしって、大ピンチじゃん・・・」


でも、秘策は立ててある。


「持ち前の能力を駆使して戦うってカッコいいし、なによりアガるよね!
わっはっは! あたしに敵なし!」


ちょいと、夏咲の様子を見てみた。


「な、泣いてる?」


目を必死にごしごしとこすりながら料理をしていた。


「け、けっこうシリアスってことね・・・油断ならないじゃないの・・・」


――(勘違い)


「い、磯野くんは・・・。
腕を組んで目をつむって・・・うわっ、わ、笑ってる!
余裕の笑みってこと・・・くっ・・・」


・・・・・・。


その頃の磯野は・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907135953p:plain



「ふふふっ・・・そうか、なるほどね」


僕は大気中の未知なるエネルギーと、交信を交わしている最中だ。


「夏咲ちゃんは炒飯、さちさんは野菜炒め、委員長はシチュー、ケンはカレー・・・ときたか。
みんな、なかなかにメジャーなものを作るじゃないか。
僕は何を作ればいいのかな・・・」


材料は適当に見繕ってきたから、何でもいいんだがねぇ・・・。


「みんなは料理を作ってるからここは意表を突いて、お菓子でも作ってみようか」


僕は材料の中を透視してみた。

運のいいことに玉子や強力粉や塩、パンを膨らませるために使うイースト、さらにはオーブンまで入っている。

正体不明のビンも入ってるし、これは使ってみる価値があるね。


「これで決まりだね」


こうなることを予測して、妖精さんが入れてくれたのかもしれない。

ああ、何て僕は果報者なんだろう。

小麦粉を取り出して、パンの生地を取り出すことから始めよう。

ボウルの中の塩、砂糖を入れて水に溶かし、それが終わったら強力粉を入れて少しの間混ぜる。

それからイーストを加えて更に混ぜ、生地がまとまったら力を入れてこね出す。


「ああ、こうやってパンをこねているとメルヘンな世界にタイムスリップしたみたいだ。
妖精の国の神秘さを感じるよ」


きっとパンを作る人たちはみんな、こんな気分なんだろうね・・・。

 

・・・・・・・。


・・・。

 



「ふう・・・」


カレーに使う材料はあらかた切り終わった。

次に鍋を使って肉、野菜と炒めていき、最後に水を入れて煮込んでルーを入れて完成。


「しかし、おれはそれで満足しようとは思わない。
なぜなら、普通に作っていては灯花に勝てないからだ」


更に香辛料を混ぜ、味を引き立てるのだ。

普通のカレーとは違うんだぞ、という点をアピールすることが重要だ。


「おれも全力を尽くさせてもらうぞ、灯花。
・・・どこまで進んでるのかな?」


背後を振り返り、灯花の様子を見てみた。

意外にも、まだ野菜を切っている最中のようだ。


「・・・ペースが遅いな?」


・・・・・・。

 

その頃の灯花は・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140011p:plain



「今のうちに野菜を切っておかないと・・・」


ホワイトシチューのルーを作っていて、作業が少し遅れてしまった。

材料であるジャガイモ、ニンジン、タマネギ、鶏肉・・・ちょっとだけ凝ってマッシュルームやブロッコリーも使ってみることにした。

それぞれ食べやすいように一口サイズに切り分け、ボウルに入れておく。


「ルーはできたかな?」


小皿にルーを取り、味見をしてみる。

自分の理想の味だということを確認して、火を止めた。


「次は鶏肉を炒めないと・・・」


大きな鍋に油を引き、鶏肉を炒め始めた。

ジュージューと美味しそうな音を立てて、鶏肉に焼き色がついていく。

次に、切っておいた野菜を鍋の中に入れていく。


「そして・・・これをっ」


朝早くから仕込んでおいた鶏がらスープを入れ、野菜と肉をグツグツと煮込んだ。


「野菜が煮えたら、あとはルーを入れるだけっ」


「おーいっ、できてるか?」


「あっ、賢一・・・」


・・・・・・。

 


背後を振り返り、灯花の様子を見てみた。

意外にも、まだ野菜を切っている最中のようだ。


「・・・ペースが遅いな?」


とりあえず、自分の料理ができるまで灯花に構わないことにしよう。

牛肉にこんがりと焼き色がついたことを確認し、次に野菜を入れてしばらく炒める。

ジュージューと音を立てて、野菜に火が通っていく。


「ジャガイモに箸を通して・・・と」


野菜が全部煮えたことを確認し、鍋に水を入れて再び煮込む。

しばらくそのままでいると、灰汁が出てきた。


「おっと、コイツは取らないと痛い目を見ることになるな」


おたまを使って、それらを取っていく。

そして頃合を見計らってカレーのルーを入れる。


「ここまでは普通のカレーだが、ここからが違う」


おれは隠し味に使用する香辛料を取り出した。

まずはコショウやショウガ・・・これを使ってピリリッとした辛さを実現。

さらにハーブやその種子・・・これで香辛料独特の匂いをつけ足す。


「やはり、完全超人はやることが違うな」


自分の凝った料理法に満足しつつ、スパイスを加えていく。


・・・・・・。


・・・。


「あとは煮込むだけだな」


いい具合に完成されたカレーを見て、ほっと一息。


「さて、気になる灯花の様子を見に行くか」

 

・・・・・・。

 

「おーいっ、できてるか?」


灯花の調理スペースへと移動した。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140033p:plain



「あっ、健一・・・」


シチューを作っているようだった。

今灯花が手に持っている鍋に、ルーらしきものが入っている。


「意外と凝ってるな。 市販のものを使わず手作りのルーを使うとは・・・」
「市販のものじゃ、決まった味のものしか作れないでしょ。
今回は、私がいいと思ったルーを使って料理をするの。
本気なんだから、一から手作りは当たり前よ」


自作のルーを鍋の中に、ゆっくりと入れていく。


「おれは市販のカレー粉プラス、香辛料だな」
「なんだかそれ、アンバランスな組み合わせのような気がしてきた」
「自分なりに最後を少しだけアレンジしてみただけだ」
「ふーん・・・」
「そんなおれは自信たっぷりだが、灯花の方はどうだ?」

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140058p:plain



「私も、自信はあるわよ」
「うっ・・・そうか」
「だって、賢一に食べてもらうんだもの・・・」


ぼそりと言った。


「え?」
「な、なんでもないっ!」


予想外な笑みに一瞬、驚いてしまう。

よほどの自信があるものとみた。


「期待していいんだな?」
「いいけど、賢一の料理も期待していいのよね」
「もちろんだとも」


灯花の不敵な笑みを見て、少しだけ自信を喪失した。


・・・。



「ケンちゃんっ、できたの?」
「あと煮込むだけ」
「カレーかぁ・・・美味しそうだね」
「灯花のと、どっちが美味しそうに見える?」
「えぇーっ、分からないよぉ・・・どっちも美味しそうに見えるし」



「ということは、どちらも優勝候補っていうことでいいのかな?」

「ちょっと待て灯花、なっちゃんを忘れているぞ」



「わたしは今回、ちょっとムリかな・・・」



あははっ・・・と苦笑いをしていた。


「二人みたいに凝ったものじゃないし、いつも自宅で作っているのとなんにも変わらないような気もするし・・・」
「そんなことないよ、ずいぶん美味しそうじゃないか」


夏咲の調理スペースから炒飯の美味しそうな匂いが、風に乗ってこちらへと漂ってくる。

凝ってないとは言っても、最後の味付けにこだわっているような気がした。


・・・。


「やっと終わったよ・・・」


さちがへとへとの状態でこちらへやってきた。


「お疲れさん。 さちは何を作ったんだ?」
「ヒミツ」
「見れば分かるんだがな」
「おーっと、食べるまでのお楽しみだよ」


さちが料理のときに使ったと見られる鍋は、ふたが閉まっていて見れなかった。


「一応、楽しみにしておこう」
「そーそー、楽しみにしておきなよ」


目を輝かせている時点で、少し怖かった。


・・・。


「やあやあ。 皆さんおそろいで」
「ちゃんと食べられるものを作ったんだろうな」
「自分の舌で、実際に確かめてみるといいよ」
「それが嫌だから、こうして直接聞いているんだろが」
「きちんと食べられるぞ」


「磯野くんは何を作ったの?」
「パンだ」


「料理じゃねえよ!」


「おやつ・・・だよね」


いまいちおやつでもない。


「いいんじゃない? 食べれるなら」
「その言葉。 そっくりそのまま、お前に返していいか?」
「ギロッ」
「すまん。 侮辱はダメだな」
「誰だって初めての挑戦には、失敗がつきものなんだからね」


さちの失敗宣言、出ちゃった。


「さて、灯花はもう完成か?」


しばらくシチューを煮込んでいるが、大丈夫なのだろうか?


「もう終わるわよ。 それより賢一の方は今、なにもしてないの?」
「おれはカレーに火をかけたままだ」
「あまり長い間火にかけてると、焦がすわよ」
「大丈夫大丈夫」


そう言いながら自分の調理スペースを見てみた。

鍋から煙が立ちこめ、ちょっとヤバ気な雰囲気をかもし出していた。


「うおぉっ!? おれのカレーっ!」


おれは慌てて近寄り、火を止めた。


「・・・大丈夫だろうな?」
「さあ? 味見してみれば」


おれはカレーを一口すくって舐めてみた。


「問題ないみたいだ」
「良かったねケンちゃん」


ホントに良かったよ。

灯花に勝つつもりで作ったんだからな。


・・・。


「これで全員終わったみたいね」


おれたち以外のクラスメイトもすでに作り終えて、調理道具の片付けをしていた。


「おれたちも片付けるか」


片付けた後には、クラス全体での審査が待っている。


「いよいよだねっ」

「作った後でも緊張しちゃうよ~」


「僕の自慢の料理、じっくりと堪能してくれ」
「だから、お前のは料理じゃねえっての」


「全力を出したから、悔いはないわよっ」


・・・・・・。


・・・。

 

片付けがあらかた終わり、審査――味見の時間になった。

おれたちは校庭の脇に陣取り、みんなが作った料理の評価をしていた。

メチャクチャ腹が減っていたので、たくさん食べたいところだ。

まずは夏咲の料理から。


「いただきます」

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140138p:plain



「どっ、どうぞっ・・・ドキドキ」


夏咲が見守る中、おれは炒飯を口に運んだ。


「・・・・・・」


予想通り、とても美味しかった。


「どおかな?」
「文句なしに美味しいよ、なっちゃん


審査用紙に特典を記入していく。

これを一つの料理に対して記入していき、最後に合計を出していく。

言うまでもなく、一番得点の高かった料理を作った人が優勝だ。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140156p:plain



「何杯でもいけちゃうよっ」
「少しは抑えとけよ」


「真っ白のご飯より、数倍美味しいよ」
「そりゃ美味しいだろうよ・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140206p:plain



「夏咲ちゃんも、けっこうやるんだぁ・・・」


灯花は感心していた。

これも新たな刺激になるだろう。

夏咲の料理を食べ終え、次は・・・。

 

「あたしのだね!」
「と言いたい所だが、何でお前の料理がここにないんだ?」


鍋のふたを開ける前に、見てほしいものがあると言っていた。


「へへーんっ・・・実は、これだよ!」
「おおっ、弁当箱の中にあるその料理は・・・」


紙があった。


「そっ、から揚げだよ。 いわゆる、から揚げ弁当ね」
「スッゲー美味しそうだよな、食わせろ」


絵だった。


「あ、あれ? このから揚げ・・・取れねえよ」
「ほらっ、頑張れ!」


「ケンちゃん、頑張ってっ」


「・・・・・・」


「ほらほら、どうした?」


・・・。


「はあっ、く、くっそ~ッ・・・!
って、食えるわけねーだろがあぁっ!」


「やっぱダメ? けっこう自信作なんだけどな・・・」
「絵は凄い上手だ、それは認める。
しかし、料理大会では料理を作れ! 絵を描くな!」

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140319p:plain



「ご、ごめんね、あんまり料理うまくないもんだから、つい魔が差して・・・ごめん。
こんな不正をするつもりじゃなかったんだよ」
「いつ描いたんだ?」
「三日前からずっと」
「仕込み万端じゃねえか」
「あははははっ、ダメだったかー!」
「で、さちの作った本当の料理を食べるとするか・・・気は進まないが」
「そこ余計なこと言わない」


みんなでさちの作った料理を食べてみることにした。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140339p:plain



「・・・・・・」


・・・。


「ストレートな意見でいいよっ。 あたし何とも思ってないし」
「素材そのものの味しかしない・・・」


「なかなか真似できないよ・・・」


「ゴホッゴホッ・・・素材の味をそのまま生かすというのは、とっても大切なことだ・・・」


「まあ・・・初めてなら、これでいいんじゃない?」


・・・。


「みーんな気ぃつかいすぎっ。 本音言ってよ、ホンネ」
「マズイッ!」
「あははっ、賢一ってば正直すぎ。 まあ、そこは笑って許してっ」


そんな快活に開き直られると、文句を言う気力が失せてしまう・・・。


「さっちゃん。 料理教えてあげようか?」
「いいっていいって。 必要ないし」


「玉子焼きを普通に作った方が、得点高かったと思うんだけど」


「それは言えてるね」
「お前のパンも同様だと思うぞ」


ここは冷静に突っ込んでおくことにしよう。


・・・。


「次行こ・・・次」

 

f:id:Sleni-Rale:20190907135953p:plain



「僕のパンだね!?」


一応料理大会だし、怪しいものはつくっていないはずだ。


「磯野くん、赤色のビンに入ってる何かを、生地に入れてたよね」


「テメエ! 何入れやがったんだ!?」
「材料袋の中に入っていたから、とりあえず入れてみた。
原材料は一切不明だ」
「とりあえずって何だよ!? って言うか、どんな劇物だよ!」
「びみょーに、だいじょうぶな調味料だから」
「そんなアバウトなこと言われたら、余計食う気なくすだろ・・・」
「まあまあ、遠慮せずに食べてみなよ。 星が見えるからさ」
「食わねっ! 絶対食わねっ!」


首をブンブンと横に振り、絶対の拒否を示す。


「しょうがない。 夏咲ちゃん、一個どうだい?」


「食わすなっ!」


「えっと、わたしはいいよ・・・」
「そうかい・・・じゃあ、さちさん」


「いらない。 キモイし、ヤバそうだもん」


さすがはさち。

発言に遠慮というものがない。


「委員長」
「いらないっ」


ふんっ、と鼻息を鳴らした。


「コレでは評価されずのままだ・・・他の人に渡してこよう」


切なそうに自分のパンを持って、ふらふらとどこかへ歩いていった。


「止めなければっ・・・」


「いいんじゃない?」
「よくねえよ!」
「前に同じものを食べさせられたんだけど、なんともなかったよ」


「ただ、ちょっと磯野くんがすごい気になる時期があったよ」


「運動をしてないのに、体が熱くなったり・・・とか?」


伝説の惚れ薬?


「・・・とりあえず、続けて食おう」


磯野は放っておいて。


「次はおれの料理だな」



「ちょっと待って、私が先よ」
「なんでそこで灯花が先なんだよ」
「満腹になってくると、美味しいものも美味しく食べられなくなるじゃない」
「せこい! お前せこいぞ!」
「こんなことでせこいと思ってる、賢一の方がせこいのよ!」


「なあさちっ、どっちがせこいと思う!?」
「急に話題を振らないでよっ」


なっちゃんはどう思う?」
「とりあえず、一緒にたべたらいいんじゃないかな?」
「採用! それでいこうっ」


四人分のカレーを注ぎに行くため、校庭へ向かってダッシュ


「抜け駆け、せこい!」


灯花も立ち上がり、おれのあとを追ってきた。


・・・。



「なんだかんだで、あの二人仲がいいよね」


「うん・・・そうだね。 お似合いさんだよね」

 

・・・・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140428p:plain



「賢一はカレーで、灯花はシチューか」

「正反対の組み合わせみたいで、面白いよね」


「このカレーの売りは、香りと辛さが違うってことだ。
自分で調味料を加えたりしたところがポイントだ」


「このシチューは、自作のルーと鶏がらスープを使って味を調整しながら作ったんだよ。
料理を作る人の腕の見せ所よね」


互いに自分の料理をアピールしまくる。


「うーん・・・どっちから食べたらいいんだろ?」

「自分の好きな方でいいんじゃない? 結局どっちも食べるんだし」


そう言ってさちはカレーの方に手を伸ばした。


「そうだね」


夏咲はカレーを選んだ。


「おれは灯花のを先に食べてみようかな」


「賢一のが気になる・・・」


おれ以外はカレーを手に取り、それぞれ食べ始めた。


「・・・・・・」


緊張の一瞬だ。


「・・・あれ? なんかイケちゃうかも」

「香りはいいんだけど、ちょっと辛いかな? でも美味しいと思う」

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140443p:plain



「・・・・・・」
「どうした? 灯花」
「からいぃ~~・・・味なんて感じないし、これじゃ評価できないよぉ~」


カレーを一口食べただけで、水をゴクゴクと飲んでいた。


「灯花は甘党だったもんな」
「そういう問題じゃないぃ~・・・」


半分涙目になっていた。


「でもコレ美味しいじゃん。
ピリッとした辛さに、ふわっとした香りが効いててさ。
なんつーのかな、このアンバランスさがいいのよね」
「おおっ! この味付けの良さを、さちは分かってくれるのか!」
「オッケーもオッケー。 花丸だよっ!」


なっちゃんは?」
「ちょっと辛いと思うけど、美味しいよ!」


手応えのある評価だった。


「私は味なんてしないわよ、ただ辛いだけ・・・」


まだうめいていた。


・・・。

 

「さて・・・」


灯花の料理に向き直る。


「これが灯花の作ったシチューか」


思わず唾を飲み込んでしまった。

緊張のせいか、唾液がたまったからかは分からない。

とろりとしたスープが印象的で、食したその瞬間に口の中に溶け込みそうなほどだった。


「この辛さがいいよねー!」

「わたしは、香りがいいかな」

「からいぃ~・・・」


・・・みんなが騒いでいる間に、おれは灯花の作ったシチューをこっそり口にした。


「・・・っ!」


シチューのまろやかな味わいが、口の中で広がった。

続いて自然に胃の中へ、とろりとしたスープが押し流されていく。


「美味しい・・・」


自然とそんな言葉が口から出てきた。

シチューの味のとりこになっていたおれは、自然と手が動いていた。

スープだけではなく、味の染みこんだ野菜や肉も口にしてみる。


・・・。

 

「賢一が無言でシチュー食べてるよ」

「しかも、ものすごい勢いだね・・・」


「・・・美味しいのかな?」
「そうなんじゃない? 美味しいときは、自然に箸が進むもんでしょ」


そんなこんなで、あっという間に食べ終えてしまった。


「どうだった? 賢一?」
「正直に・・・美味しかった」


「へえー・・・良かったじゃん、灯花」

「私も食べてみよっかな」


先ほどとは逆に、灯花の料理を平らげていく三人。


「確かに美味いじゃんっ。 いいよ、これ!」

「そうだね・・・ケンちゃんのカレーと、どっちが美味しいんだろ?」

「できる限りの下準備はしてきたからね。 美味しくて当たり前だよっ」


その間、おれは自分の作ったカレーを食べてみた。


「うん・・・やっぱり自分で作ったものは美味しいなあ・・・」


灯花のシチューと張り合えるほどの出来栄えだった。

さちの言ったとおり、ピリッとした辛さに、ふわっとした香りがカレーの質を高めている。


「どっちも優勝でいいんじゃない?」
「よくない」


まあ、勝敗なんて本当はどうでもいいんだが、ここまでお膳立てしたんだし。

どちらがトップになっても、悔いの残らない勝負だったとおれは信じているし、灯花もそう思っているはず・・・。


結果が楽しみだ。


・・・・・・。


・・・。

 

 

全ての審査が終わり、結果発表の時間がやってきた。


クラスメイトは全員校庭に集まり、わいわいと騒いでいる。



「いよいよだな」
「・・・うん・・・」


灯花の表情は強張っていた。


「悔いはないよな」
「当たり前よ・・・負けたら悔しいけど」
「負けた気になるな、常に強気でいけ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140601p:plain



「今日は暑い中ご苦労様」


簡単な言葉ではあるが、丁寧にねぎらってくれた。


「ここで長話をしてもしょうがないだろうから、みんなが気にしている結果を発表しましょうか」


得点の集計された紙を開いていった。


「三位から一位まで順番に発表するわね。
それ以外の順位については、あとで私のところまで聞きに来てちょうだい」


京子さんが紙に視線を落とす。


「三位は・・・磯野君」
「当然の結果だね」


「いや、おかしいから!」


たかがパン一つで三位だなんて・・・。


「理由を、理由を聞かせてください京子さん!」

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140623p:plain



「り、理由なんてないわ・・・とにかく、磯野くんが作ったものなんだから・・・」


なぜか熱っぽい視線で磯野を見つめている。


「お前、変な薬を使ったんだろうがっ」
「ククク・・・なんのことかねぇ・・・」


外道め。


「何はともあれ、君と委員長の名前が出てこなかったのはありがたかったね」
「・・・まあな・・・」


出るとしたら、一位と二位のどちらかだ。


「次にいくけど、いいかしら?」


騒いでいた生徒が静まった。


「二位は・・・」


一呼吸おいて、その人に視線を向けた。

 

「日向さん」


「えっ?」


呼ばれた本人はビックリしていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140639p:plain



「えっ? 私が!?」
なっちゃんが二位なんだよ」
「えっと・・・とりあえず嬉しいよっ」


自分の料理で、ここまで高い評価を得られるとは思っていなかったのだろう。

予想外の結果に、夏咲は明るい笑顔を輝かせていた。


「さて、次はお待ちかねの一位よ」


更に静まり返る校庭。


緊張感が、この場の雰囲気が支配していた。


クラスメイト全員が息を呑んだ次の瞬間に、京子さんが口を開いた。

 

「一位は・・・」


京子さんは視線を全員に浴びせ、二人の顔を捉えた。


「・・・・・・」


おれと灯花の顔を何度も往復させていた。


そしておれと目線が合い、微笑んだ。


「ん?」

「あっ・・・」


灯花が寂しそうに声を上げた。


そして京子さんは教師としてではなく、一人の親として・・・。


「灯花。 おめでとう」


灯花の顔を見ながら、娘の名前を呼んだ。

 

「・・・えっ? 私・・・?」


その瞬間、この場にいる全員が、この大会の優勝者に温かい拍手を送っていた。


「灯花、おめでとう!」


灯花に拍手を送りながら、誠意を込めて褒め称えた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140713p:plain



「おめでとーっ!」

「おめでとう!」

「さすが委員長だね、よくやったよ」


祝福されている灯花本人は、まだ戸惑っていた。


「私が優勝したんだよね? そうなんだよねっ?」


一瞬の間を溜め・・・。



f:id:Sleni-Rale:20190907140729p:plain

 

「やったーっ! やったよ、賢一っ!」


飛び上がって喜んだ。


「やった、やった、やったあぁ~っ!」
「おれに勝ちやがったな、このやろう!」
「最初から勝つつもりでいたんだから、当たり前でしょ!」


晴れた笑顔ではしゃぎながら、おれの体をバシバシと叩いてくる。

こちらを見ている京子さんも、満足した様子で頷いていた。


「何だかやる気が出てきたよ。 ありがとっ、賢一!」


大したことはしていないのだが、まあいいだろう。

もう一度、心の中で祝福の言葉を送った。


・・・・・・。


・・・。

 


その日の夜、大音家では・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140747p:plain



「かんぱーいっ!」


パーティーが開かれていた。


「いきなりで申し訳ないが・・・」
「うんうんっ」
「なんでおれが四位なんだ!?」


というか、磯野に負けたのが悔しい。


「最下位じゃなかっただけ、ありがたく思わなきゃ」


「森田くんの料理は、高級料理店に出てくるカレーを真似てみたものかしら?」
「いやあ、庶民どもにはブルジョワ感覚が良く分からなかったみたいですね」


難しく作りすぎた・・・それが敗因らしい。


「最下位といや、さちだな」
「というか、審査対象外ね」
「絵の評価は満点だったのに・・・」


みんなでさちの絵を採点した結果だ。

本人はどうでもよかったらしいが・・・。


「料理大会なのに、何で絵の方が評価されなきゃならないの?」
「さちだけは特例なんだ。 料理はできなくても絵は描けるってね」


結果さちは、俗に言う『頑張ったで賞』を受賞していた。


「それにしても、朝早く起きてたのは仕込みのためだったのか」
「自分にできることを全部やっておかないと、全力って言えないもんね」


なかなかやるじゃねえか、完敗だ・・・。


「ところで京子さん」
「なにかしら?」
「結果発表のときにおれの顔を見て笑ってたみたいですけど、なぜです?」
「灯花をここまで引っ張ってくれてありがとう・・・って意味よ」
「紛らわしいですよ、それ・・・」


「賢一ったら、期待してたんだぁ・・・残念だったね」
「お前も、この世の終わりみたいな顔をして突っ立っていたくせに」
「そこまで大げさじゃなかったわよ!」
「そんなにチョコがおしかったか?」
「おしいよ! 私の半分は甘いものでできてるんだからねっ」
「残り半分は?」


笑いながら聞いて、直後に面食らった。


「賢一っ」
「えっ?」
「・・・ホントだよ」
「ま、マジでっ・・・」


たじたじだった。


「賢一がいるから、賢一のためにって思うから、おいしい料理ができたんだと思うよ・・・」
「・・・・・・」
「ありがとう、賢一」


「ふふっ、さすがの森田くんも今回ばかりは灯花に一本取られたわね・・・」
「まいったね・・・」

 


とまあこんな感じで、大音一家三人だけのパーティーは続いていった。


・・・・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140806p:plain



「私は明日の朝が早いから、もうこの辺で寝るわね」
「えぇっ!? まだ十時だよ?」
「残していた仕事があるから、明日でその分を片付けないといけないの」


京子さんは仕事を残してまで大会の準備に時間を費やしたり、今日も色々と進行係として働いてくれたのだ。

明日からは数日間は忙しくなるらしい・・・。

おれは京子さんの大会実現への協力に、心から感謝した。


「おやすみなさい。 それと灯花」
「ん? なぁに?」
「今日は、本当におめでとう」
「うんっ、ありがとう!」


灯花の笑顔を確認してから、京子さんは自分の部屋へと戻っていった。


「ふう・・・ちょっと、外に出ない?」
「酔ったから外の空気を吸いたい・・・ということか」
「まあね・・・そんなところ。
今日は星が綺麗だからさ、一緒に見に行かないかなって・・・」


いつもの灯花から、メルヘン灯花になっていた。


「しゃーない。 付き合ってやろう」


テーブルに並んだ食材を冷蔵庫へ入れてから、家を出ることにした。


・・・・・・。


・・・。

 


そして、やって来たのは川辺。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140825p:plain



「ここが、一番きれいに星が見える場所だからねっ」


得意げにおれに言い聞かせていた。


「ふうっ・・・」


目を閉じて、夜空を仰いだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140842p:plain



無数の星が空に浮かんでおり、天然のプラネタリウムのようだ。


「騒ぐといっても二人じゃあな・・・」
「星を見にきたんだから、騒ぐ必要ないでしょ。
今日のこのときぐらいは・・・静かにしてよね」


灯花は真剣な様子だった。

だったら、邪魔しないでそっとしておいてやろう。


・・・・・・。


・・・。

 

灯花はずっと星を見ている。

首は疲れないのだろうか?


「星ってきれいだよねぇ・・・」
「お前には及ばないさ・・・」
「えっ?」
「って言ったら、喜ぶか?」
「だましたの!?」
「くっさい言葉だなあ・・・とか思ってくれよ」
「賢一に言われたら、信じるに決まってるじゃないっ」


頭から湯気が出そうなほど怒っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140924p:plain



「っとにもう。 乙女心が分からないのかしら・・・」
「まあまあ落ち着け。
灯花は『きれい』ではなく『可愛い』の部類に入るぞ」
「そうやってご機嫌とろうとしてもダメだからね」
「信じろよ」
「うるさいうるさい! 信じて損するのは私なんだからっ!」


静寂が支配する夜に、灯花のやかましい叫び声が響き渡る。


「しょうのないヤツだな」
「ふんっ、だいっきらい・・・」
「へえ・・・」


灯花に一歩近づいた。


「な、なによっ・・・」


灯花も一歩下がる。


「言葉で信じてもらえないなら、行動で示すとするか・・・」
「行動って、なにするつも・・・んんっ!?」


抱き寄せてから、灯花の口を自分の口で塞いだ。

灯花は目を見開き、おれを見つめていた。


「んんっ・・・んっ・・・ふぅんっ・・・」


次第に目をとろんとさせ、うっとりとした表情になった。

そっと、口を離した。

 

「・・・・・・」
「・・・帰る?」


見つめ合っていたが、恥ずかしくなってきた。



・・・。


「待って・・・」


後ろを振り向いて歩き始めたとき、灯花に止められた。


「・・・今日さ、私が賢一に勝ったよね」
「ああ、確かに勝った」
「だったら、ご褒美の一つくらいもらってもいいじゃない?」
「ご褒美って・・・子供かよお前は」
「違う! さちみたいな、頑張ったで賞みたいなやつでいいから・・・。
・・・そう、副賞みたいなものよっ」


灯花はどうしても、ご褒美が欲しいらしい。


「おれにできる範囲で、一つくらいならくれてやってもいいぞ」
「言ったわね? 前言撤回とか言わないでよ」
「オーケーオーケー」
「じゃあ、今から一つ欲しい物を言うからね」
「一つでいいんだな?」
「いいの・・・いまは、それさえあれば、いいの・・・」
「なんだよ、言ってみろよ」


・・・。


「・・・けっ、賢一が欲しいなぁ・・・なんて。
今までもそうだったけど、これからもずっと私と一緒にいてほしいな・・・」


おれの方へ近づいてくる。

そして有無を言わさず、そのままキスをされる。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907140949p:plain



「ダメ・・・かな?」


おれの目の前に、灯花の顔がある。

手を伸ばせば、すぐに自分のものになる愛しい女の子。

おれは笑顔で返してやった。


「初めてお前を選んだときから、そのつもりだ」
「・・・ホントに?」
「本当だ」


灯花を引き寄せ、唇を重ねた。


「ふぁん・・・うれしい・・・」


おれは灯花をぎゅっと抱きしめた。

灯花もおれに体をすりよせ、密着してきた。

灯花の甘い匂いがする。


「・・・んんっ・・・」


胸に触れるやわらかい感触から、体温と鼓動が伝わってくる。


「あっ・・・はあっ・・・けんいちっ・・・」


切なそうにおれの名前を呼んできた。

灯花の熱い吐息が、おれの唇を刺激する。


「なんか・・・変な気分だよぉ・・・」


雰囲気で、灯花の気持ちが分かってしまった。


「か、帰ろうか・・・」
「なんでぇ・・・」
「い、いや・・・ここじゃできねえだろ」
「で、でもぉ・・・あぁっ・・・はあっ、はあっ・・・」
「お、おいおい。 人が来るぜ?」
「あぁ・・・ご、ごめん、けんいちぃ、私、が、我慢できなくてぇ・・・」


・・・なんてこった。


「ま、まあ、ばれないように・・・やってみるか」
「はあっ、はあっ・・・けんいちのせいだよぉっ、けんいちが、灯花にキスしてくれたか
ら・・・あぁ・・・」
「わ、わかったわかった、こっちにこいや」


迷っている灯花の手をやさしく引っ張り、草むらへと連れ込んだ。

腰くらいの高さの草が生い茂っており、バレることはないだろう。

しかし、灯花が草負けしたりしないだろうか・・・。

 

・・・。

 

 


おれたちはお互いを求め合った・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141018p:plain




・・・・・・。


・・・。

 


「けんいち・・・ずっと、いっしょだよ・・・」


一生のお願いとでも言いたそうに、おれの目を見ながら懇願していた。


「当たり前だ。 ずっと一緒だからな」


おれの返答に満足した灯花は、幸せそうな顔をしていた。


「そうだよ・・・けんいちは、私のものなんだから」
「それはおれのセリフだ。 灯花はおれのものだ」
「・・・あははっ・・・」


灯花の笑顔が、夜空に瞬く星のように輝いていた。


守り続けよう。


この優しい微笑みを、ずっと・・・。

 

・・・・・・。


・・・。

 



おれたちは川辺に集まって、みんなでバーベキューをすることになっていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141042p:plain



「バーベキューしたいひーと、こーのゆーびとーまれぇっ!」


「おいさち、そこにある網をこの上に置いてくれ」
「あいよーっ」


「無視しないでよ!」
「ガキめ。 一生そうしてろ」


「ケン、火打石を持ってきたぞ。 これで火をおこすんだ」


磯野は火打石をおれに手渡した。


「・・・・・・」


川に向かって勢いよく投げた。


「ああっ! 僕のコレクションがあぁ~っ」
「いや、ライターとかマッチとかあるし」
「何てことをするんだ!

バーベキューをするから、火が必要だと思って持ってきたのにっ・・・」
「そっちの準備は問題ないから、道具の設置を手伝え」
「血も涙もないとは、こういうことを言うのか・・・」


川の方を向いて、何かぶつぶつと言っていた。


「ねえケンちゃん。 材料はこれだけで足りると思う?」
「・・・灯花が五人分くらいがっつくかもしれないから、厳しいと思う」


「賢一が十人分食べるから・・・の間違いでしょ?」
「食えるわけないだろ」
「私だって無理に決まってるわよ!」
「今日のテーマは、『大食いで行こう!』だろ?」
「『みんなで楽しくバーベキューをしよう』でしょっ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141055p:plain



「まーた始まったよ。
磯野くん、あの二人を止めてくれない? もう準備ができたからさ」
「おーい君たち。 そろそろ最後の晩餐を始めようじゃないか」
「バーベキューだから!」


「だってよ、灯花。 じゃんじゃん食うぞ」


「賢一には野菜しかあげないもんね」

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141113p:plain



「火をつけるね」


夏咲がマッチを使って火をおこし始めた。


「っと、食材を焼かなくちゃ」

「バンバン食うぞーっ!」

「さあて、楽しむとするかな」


こうしてみんなで集まって食事をするのは久しぶりだ。

今日は大いに楽しむとしよう。


・・・・・・。


食べ物に火が通っていき、ジュージューと美味しそうな匂いが周りにたちこめる。

灯花が食材を配置し、夏咲はその手伝い。

さちはタイミングよく焼けた食材を口にしていき、磯野にいたっては食べ物を口にするたびに黙祷をしていた。


「ああ・・・儚き植物たちよ。
貪欲に生きる醜い人間たちの糧と成り果てるがいい・・・」


「ほら灯花。 おこげだ」


灯花の小皿に焦げた肉をパスした。


「んなものいるか!」
「よしっ、次はあの肉だ!」


ひょいっ。


「ああっ! 私が狙ってたやつ!」
「早い物勝ちさ、こういうのは」
「そういうことだったら・・・これだっ!」
「お、お前奉行に徹しろよ」
「うえぇっ・・・焼けてないじゃない」


生煮えの肉を網に戻す。


「きたねっ、戻すんじゃねえよっ」
「自分で食べるから問題ないでしょ!」


「ケンだったら、委員長の唾液がついている肉は食べるだろ?」
「それは変態のやることだ!」


「賢一の変態!」
「指差すな。 そんなことを言い出した磯野の方が変態だ」


「あっははははっ、別にどーってことないじゃん!
二人とも付き合ってんだしさっ」


「節操がないよ、ケンちゃん・・・」
「ちっ、違うんだ、なっちゃん・・・。
おれがそんなことするわけないじゃないか・・・」


「賢一ったら、うろたえちゃってるよ・・・」
「何がおかしい!? 灯花だって似たようなものだろが!」
「私は賢一みたいに、やましいことなんてしないわよっ」
「間接キスが目的で、おれの使ったあとの湯のみ茶碗を虎視眈々と狙ってるんだろ?」
「そんな馬鹿、私の知り合いの中にはいない!」
「灯花自身のことを言ってるんだ」
「だからそんなことしてないって言ってるでしょッ」


「口移し・・・かな?」
「磯野てめーっ! さっきから会話かき乱してんじゃねえよ!」


「そうよっ、さっきからあんたのせいでこんな話になってるんじゃない!」
「怒るタイミングも一緒・・・似たもの同士なんだね、君たち二人は」



「仲良しさんか・・・いいなあ」


夏咲がうらやましげに、おれと灯花を見ていた。


「おれと灯花、注目の的みたいだぞ」
「いわゆる、バカップルってやつね」
「・・・は? なんでそうなる?」
「ええっ!? バカップルって注目の的じゃないの?」
「変な意味で注目の的なんだよ」
「なんで賢一とそんな目で見られなくちゃいけないわけ?」
「だから、おれたちはバカップルじゃねえっつーてんだろが」


「おっ、この隙にいただきぃっ」


ひょいっ、ひょいっ。


「ぐあっ! おれの狙っていた肉があ!」
「早いもの勝ちでしょ」
「そこまで言うんだったら、これだーっ!」


素早く肉をゲットし、口の中へ運ぶ。


「うげっ、生煮えじゃねえかよ!」


網に戻す。


「きたないっ、戻すな」
「自分で食うからいいだろ。
いいか、お前ら。 絶対に手を出すなよっ」
「言われなくても、誰が手を出すもんかっ!」


「委員長だったら、迷うことなくケンの唾液のついたその肉を食べるんだろ」
「テメエはさっきから余計なこと言い過ぎなんだよ!」
「そんなときは無視すればいいんだよ。

いつぞやのようにね」


コイツ、空気扱いされたことを、まだ根に持っているのか?


「この隙にまたいただきっ!」


「こらっ、さち! さっきから一人で食いすぎじゃねえか?」
「おこげが出ないようにしてんじゃん」


さちは好き勝手に食材を食い荒らしていく。


「さち一人に食わせてたまるか!」


さちに負けじと、おれも食材に食らいついた。


「わわっ。 食べ物が凄い速さで無くなってくよお~」

「私たちの分まで食べる気なのっ?」


「僕の分はあげるよ。 みんなで楽しんでくれ」
「磯野くんは食べないの?」
「こうしてみんなが騒いでいる姿を見てるのが楽しくてね」
「あはは・・・そうなんだ。 実を言うと、今の私もそんな感じかな」


夏咲は食材を次々に網の中へ投入していく。


「まだたくさんあるから、おなか一杯食べてねっ」
「日向さんも、少しは食べないと損だよ」
「私は残り物を食べるからいいよ。
ケンちゃんとさっちゃんが頑張って食べても、多分余っちゃうし」
「確かに・・・この量じゃねぇ・・・」


十人分はあると思う。

各自、用意する量が多すぎた。


「今日は朝から何も食べてないからねっ。 まだまだ入るよーっ!」


およそ二人分の量をぺろりと平らげ、さちの箸は食材の並んでいる金網と口の間を何度も往復する。


「なんて不健康なやつだ・・・。
昼くらい少しでも食った方が、腹に入るに決まってるのに」


おれも二人分平らげた。


「無理して食べてると、後がつらいぞ」


磯野はスローペースで一人分平らげた。


「んー・・・凄い勢いで無くなってくよ」


「余ったら家に持ち帰って、お母さんに食べさせる予定だったのに・・・」


夏咲と灯花も普通に自分たちの分を平らげ、残り三人分にまで減った。


・・・・・・。


・・・。

 



「・・・これ以上は無理・・・」


破竹の勢いで食べ続ける予定だったが、体は正直だ。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141139p:plain



「うむむ・・・こりゃきつい・・・」


さちも同じようだった。


「ゆっくりと味わって食べれば、結構いけるものなんだよ」


磯野がもう一人分平らげた。


残り二人分。

 

・・・。



f:id:Sleni-Rale:20190907141224p:plain



「わたしはこれ以上、入らないかなぁ・・・」

「私も無理・・・賢一と磯野も、無理しなくていいわよ」


「見ての通りだ・・・おれは無理していない」


「僕も無理はしていない」


・・・と言いつつ、磯野はもう一人分平らげた。


残り一人分。

 

「ちょ、ちょっと磯野。
あんた大丈夫? もう三人分食べてるじゃない」
「痩せの大食いってやつさ・・・」


「コイツめ・・・それを自分で言うか」
「僕の胃袋は、底なしなんだよね」
「分かりやすい例えだな」
「実は、もう限界なんだけどね」
「ただのやせ我慢じゃねえか」
「ふふっ・・・僕の辞書を検索しても、不可能という文字列は存在しない」
「冷や汗出てるぞ」
「問題ない」
「残りの分も全部平らげてみせると?」
「・・・もちろんさ。
残った食べ物は捨てられる運命なんだから、無理してでも・・・食べないと・・・おぉぉ・・・」


腹を押さえていた。


「まだいけるっ! まだいけるはずだ!」
「物理的に限界に達してるだろ。 おなかパンパンじゃねえか」
「諦めたら・・・そこでバーベキューは終了なんだ!」
「終わりたくないなら、終わらせないぞ・・・。
だから無理すんなって、腹が膨れすぎて妊娠してるみたいだぞ」
「ケン・・・責任を取ってくれ・・・」
「微妙なニュアンスの責任だな、おい」
「頼む・・・おなかが痛いんだ・・・はひっ、はひっ・・・」
「自業自得だ」


「しばらく休んだら?
それ以上食べてると、おなかが裂けちゃうよ」
「お心遣いありがとう・・・そして、さようなら」


バタッ。


「無責任に倒れやがったな・・・」
「残った食材は捨てずに持って帰るって言ったでしょ」


「もう食べ物の話はだめぇ~~・・・」


さちもおなかを押さえ、うんうん唸っていた。


「・・・えっと、もうお開き?」

「かもね・・・」

「あっという間に平らげちゃ、お話もできないじゃない」


みんなで楽しく会話をしながら、ということでもあったので灯花は少し不満そうだった。


「少し休んでから片付けをしようか。 今動けないし」


「じゃあ、わたしが少しずつ後片付けをしておくよ」
「あっ、私もする」


灯花と夏咲が片付けに入った。

おれも手伝おうかと思ったが、体を動かせなかった。


「賢一は休んでなって。
ったく、調子こいてあんなにたくさん食べるからこうなるんじゃない」
「すまん。 はしゃぎすぎたな」
「でも・・・こうやって羽目を外すのも、たまにはいいかも」


「またやりたいね、みんなでこうして集まってお食事会とかさ」


「そうだね」


「う~~ん・・・妖精さんたちよ・・・この醜い私めを救ってくれたもう・・・」
「妖精が醜いやつを助けるとは、とても思えんが・・・」


「磯野は放っておいて、もう帰ろっ」
「一応友人だろ。 見捨てるな」


「わたしが見てるから、先に帰ってていいよ」


「あたしも見てるよ。 なんか楽しいしっ」


さちはいじめるときの、いやらしい顔をしていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141303p:plain



「じゃあ、またな」


「ばいばいっ」

「ばいばーいっ」

「また、学園でねっ」


「ケンめ~・・・裏切ったなあ~っ」


三人を残して、一足先に帰宅するおれと灯花。


・・・・・・。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141320p:plain



「あと少ししたら、また学園か・・・」


名残惜しそうに呟いていた。

夏休みも残りあとわずか。

楽しい想い出作りも、これで最後となるだろう・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


「あー、腹いっぱいだわ」


おれと灯花はリビングでくつろぎ、京子さんだけが夕食を取っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141405p:plain



「森田君も食べる? お肉なんだけど」
「それは、嫌がらせとして受け取ってもいいのでしょうか?」


先ほどのバーベキューで、胃袋が何も受け付けない状態に陥っていた。


「ほら賢一。 食後のお茶」


ありがたく受け取ることにする。


そのとき、電話が鳴った。


「私が出るね」


誰からの電話なのか、分かっているようだった。

おれも京子さんも止めず、灯花に任せることにした。


「もしもしっ」


張り切った声で対応をしている。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141419p:plain



「うんっ、久しぶり・・・」


やはり、ご両親からだった。


「・・・うん・・・えっ? ホント?
わかった、待ってるね・・・もちろんだよお、楽しみにしててね。
あっ、私も会えるのを楽しみにしてるけど。
うん、またね」


ガチャンッ。


「お父さんとお母さんが近いうちにくるって!
でねっ、来るのは・・・」


灯花が、ご両親が来る日付をおれたち伝えた。

数日後だ。


「前に言ってた通り、私の作った料理でおもてなしすることにしたから」
「そっか、いよいよだな」


「その日だったら、私も時間を作っておかないとね」


ご両親との再会に備え、灯花はこれから数日間、さらに料理に打ち込むことになる。


・・・・・・。


・・・。

 

 


そして、運命のときがやってきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141431p:plain



「ほ、本日はお日柄もよく・・・えーと・・・その・・・お二方にお会いできて・・・こ、光栄・・・です。
ささいなおもてなしではありますが・・・その、私の作った料理を・・・ぜひ、お召し上がりくだ、ください!」
「・・・何でそんな堅っ苦しい挨拶になるんだ? もっと普通に喋れ」
「普通って・・・これで普通じゃないの?」
「赤の他人がするような挨拶じゃないか、それ。
親子だったら、もっと自然に振る舞えばいいんだ」
「例えば、どんな風に?」
「自分で考えろ」
「考えてこれなのよ」
「しょうがない。 こうするんだ」


おれは灯花の声を真似て言ってやった。


「お父さんっ、お母さんっ、会いたかったよぉ~~っ!」


ガシッ!


「って、なんでそこで私に抱きつくわけ!?」
「練習だ」


離れる。


「ところで、料理の方は大丈夫なんだろうな?」
「あとは温めるだけだから、問題ないよ。
でも問題なのは、はじめの挨拶だよぉっ・・・どうしよう、どうしようっ、まとまんないよぉ~」

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141445p:plain



オロオロオロオロ・・・。


「落ち着けといっても落ち着かんだろうな、こりゃ」
「まずは服装・・・問題ない!
歯は磨いた、髪もすいた、あとは挨拶っ、挨拶うぅ・・・」


余計にパニくっていた。

強制手段を取らせてもらうか。


「灯花」
「今は話しかけないで!
もうちょっとで何かが浮かびそうなんだから!
って、ああ! 賢一が話しかけたから、忘れちゃったじゃないの!」


おれは灯花の肩に手を置いた。


「なっ、なにするのよ! この大事なときにっ・・・」
「おれの目を見ろ」
「目ぇ・・・?」


じーっと灯花の瞳を見つめた。


「やっ、やめてよ・・・恥ずかしいじゃない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


おれの方から顔を近づけた。

それにつられ、灯花の方も唇を近づけてきた。


「・・・んっ・・・」


重なる唇。

軽く息を交わしてから、灯花から離れる。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141500p:plain



「はあっ・・・ドキドキしてるよ・・・」


頬を赤く染めていた。


「少しは落ち着いたか?」
「こんなことで落ち着くわけないじゃない!
・・・でも、もう一回したら大丈夫かも」
「欲張りだな」
「お願い」


やれやれ・・・。


おれは再び灯花へ近づき、キスを・・・。

 

「こほんっ!」

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141520p:plain



「うっ、うわわわっ! し、死んじゃえ!」


ぶんっ!


「うおっ、危ねえじゃねえか!
あざができたら、ご両親との再会のときにこの傷をどう説明するんだ?」
「じ、自分で階段から転げ落ちたってことにしておけばいいでしょ!」
「うちに階段ねえだろ」


「二人とも静かにしなさい。 もうそろそろ来る時間でしょ」


おれたちは時計を見た。

もう約束の時間だ。


「はあっ・・・」
「こうなったら、ぶっつけ本番で行け」
「ぶっつけ本番って・・・難しいわよ」
「自分の気持ちが伝わればいいんだ。 会いたかったんだろ?」
「・・・うんっ」


そのとき、玄関の呼び鈴が鳴った。


「来た!」


玄関へダッシュで向かう灯花。

おれもそのあとを追い玄関へ・・・。


・・・。

 

「こ、ここっ、こんにちは!」


深々と頭を下げる灯花。


京子さんとおれも一緒に頭を下げた。


そして顔を上げる。



 

f:id:Sleni-Rale:20190907141535p:plain



「こんにちは。

今日は一家総出でお出迎え、誠に・・・」

「しねええぇっ!」

「ありがとうございますうぅ!?」


磯野が壁に叩きつけられた。


「はあっ・・・はあっ・・・今日の体調も万全のようだね、委員長」
「早く帰れっ! 今すぐにっ」
「もしかして、委員長のご両親が来るからかな?」
「どうして知ってんのよ?」
「田舎町の入り口から、ずっとここまで案内してたからね」


玄関の扉がすべて開かれ、そこには・・・。


そこには、優しい雰囲気をまとった灯花の両親が立っていた。

暖かなまなざしで、成長した灯花を見つめている。


「・・・あっ・・・」


灯花も、じっと両親を見つめ返していた。

京子さんが一歩前に進み出た。


「いらっしゃい、幸喜・・・待ってたわよ」


幸喜と呼ばれた男性は、笑顔を携えたまま軽く頭を下げた。

それにつられるように、灯花の母親・・・佐知代さんも頭を下げた。


「とりあえず上がって、お食事でも一緒にしませんか?」


客人を促し、リビングへと案内した。

灯花はまだぎこちない態度だったので、京子さんが二人の対応をしていた。


「おちつけっ・・・おちつけっ・・・」


手のひらに『人』という漢字を三回書いて飲み込んでいた。



玄関に、おれと磯野だけが残った。


「さて・・・」
「どうするんだ?」
「親友の大切な時間を奪うような人間じゃないんだ、僕は」


すぐに家の外へと移動する磯野。


「しっかり委員長をエスコートするんだぞ、ケン」


そう言うと、静かに玄関のドアを閉じた。


「・・・サンキュ」


磯野の心遣いに感謝し、おれもリビングへと戻る。


・・・・・・。

 

灯花が、温めた料理をテーブルの上に並べていく。


幸喜さんと佐知代さんはそれらを見て、感嘆の息を漏らした。


「これは・・・灯花が一人で作ったのか?」
「うんっ、そうだよ」


「上手にできたわね・・・」


準備が終わった灯花が席につき、おれもその隣に座った。

灯花は深呼吸して気分を落ち着け、両親に告げた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141550p:plain



「さあっ、召し上がれ!」


食卓を囲んで、ご両親の歓迎会が始まった。


「では、いただこうか」

「ええ」


丁寧な手つきで箸を取り、灯花の作った料理を口に運ぶ。


「・・・・・・」


灯花は二人の反応を待っていた。

緊張のあまり、自分の服をぎゅっとつかんでいた。


「・・・美味しいよ、灯花」
「ほっ・・・ホントに?
よかったぁ・・・一生懸命作ったけど、もし失敗したらどうしようって思ってたから・・・」


「そんな心配することなかったのに」
「緊張してたから、なにか間違いでもあったらどうしようかと思ってたんだよぉ・・・」
「本番に弱いところを直せば、料理に関しては言うことないんだがな、灯花は」


「灯花、そちらの男性は?」


幸喜さんが不思議に思ったのか、おれのことを灯花に尋ねた。


「ええっと・・・」


おれの方に視線を向けてきた。


「灯花に任せよう」


今度は京子さんに視線を向けた。


「あなたの思っている通り、言ってみなさい」
「うぅっ・・・」


灯花は頬を赤く染め、照れながら両親に伝えた。


「わ、私が・・・その、好きで・・・で、付き合ってる人?」
「なんで疑問形になってるんだ?」
「だ、だってぇ・・・」


「ほう・・・恋人か・・・」

「あらやだ。
会いに来たばかりなのに、もう彼氏を紹介されてしまったわ」

「仲良くやっているか?」


「たまにちょっかいを出してきたりするけど、優しいところもあるから、それなりに・・・」
「仲良くさせてもらってます。 森田賢一です」


こういうことは、きちんと言っておいた方がいい。

じっと、父親を見つめた。


「・・・なにかな?」
「・・・・・・」


この人は、灯花を傷つけた過去がある。

けれど、瞳には弱々しいながらも誠実そうな光が宿っていた。


「賢一?」


灯花が不安そうにおれを見ていた。

おれの探るような態度を察したのか、幸喜さんが言った。


「いくらでも、私を責め立ててください」
「・・・・・・」
「私は一生をかけて、償うつもりです」


おれは、笑った。


「おれも、灯花のためにやれることをやらせてもらいますよ」


軽く頭を下げた。

いずれ、義理の父親になる人に。


「優しそうな人じゃないか・・・灯花も嬉しいだろう?」
「あっ、うん・・・嬉しいよ」


「どこで知り合ったのかしら?」
「一年前にね・・・こっちの学園に転入してきたんだ。
それで色々とあって、今に至るってとこかなあ」


「いやあ、灯花の押しの強さに負けてしまいましたよ」
「ちっ、違う!
賢一が私とどうしてもいたいって言うから、仕方なく付き合ってあげてるのっ」
「ムキになるな。 顔が赤いぞ」
「それは・・・この部屋が熱いからよっ、絶対そうに決まってるんだからっ。
もうっ、賢一のばかぁっ・・・」


ぽこぽことおれの頭を叩いてきた。

おれたちのやり取りを見ていた灯花のご両親は、全てを納得したかのように頷いた。


「前に言っていた料理大会・・・あれはどうなったんだい?」
「あ、あれね・・・もちろん私が優勝したよっ」


「凄いじゃない。
これだけの料理を作れるんだから、当然の結果だったのかしら?」
「もちろんだよっ」


「あなたたち二人にも食べさせてあげたかったわね、あのときの料理」

「よりスキルアップした料理が目の前にあるから、これでいいんじゃないですかね」


料理大会が終わってからというもの、灯花の腕前はさらに上がった。

当初の狙いに、新たな刺激を受ける、というものがあった。

そのおかげか、前に比べてより楽しく料理をしている姿をよく見かける。


「灯花は、料理人になりたいって言ってたね」
「うんっ。 今も頑張ってるよ」
「その気があれば、知り合いの職人さんを紹介するよ」
「えっ?」
「・・・ああ、いや、この町から離れるわけにはいかないんだったね」
「ふふっ」


灯花は、笑って誘いを受け流した・・・。


けれど。


「・・・学園を卒業したら、都会に出てもいいわよ」
「ええっ?」


京子さんが、灯花が都会に行くことを認めていた。

以前は渋ってあいまいな返事ばかりをしてきたが、今日ははっきり、都会に行ってもいいと迷うことなく伝えている。


「灯花の好きにしていいわよ。

自分の夢を掴むのであれば、それくらいはしなきゃね」
「でも・・・」
「私のことは心配いらないわ」


灯花を心配させまいと、やさしく微笑んだ。


「京子さんもこう言って下さってるし、私たちも無理強いはしないわ。
最後に決めるのは灯花よ」


「今すぐ答えを出せってわけじゃないから、この件についてはゆっくり考えようぜ」


灯花はうつむきながら自分の料理を箸でいじっていたが、しばらくたって顔を上げた。


「考えてみるよ。
自分で、考えて、自分の将来を決めてみせるよ」


自分の言葉で、はっきり宣言していた。

この場にいる灯花以外の人物は一瞬驚いた表情を見せたが、それもすぐに笑顔に変わる。


「決心がついたのなら、あとは目標に向かって頑張るのみね」


心から灯花のことを応援している。


「しっかり頑張れよ」


全員で灯花の夢を激励してやった。


「でもっ・・・!」


しかし、おれたちの声をさえぎるように灯花が叫んでいた。


「でもっ・・・たとえ、都会に行っても、料理人になったら、必ずこの家に戻ってくるよ!」
「・・・灯花・・・」
「こっちのお母さんにも、私の料理を食べてもらいたいから・・・私は、この家にまた戻ってくる!」


断言した。

向日葵が迎えてくれる、この故郷に戻ってくると・・・。


「戻ってきて、それからどうするんだ?」
「えーっと・・・んーっと・・・別に何でもいいでしょ!」
「うわっ! 怒んなよっ!」
「とにかく、私は料理人になるっていったらなるの!」


「今からでもやれることはたくさんあるだろうから、その時間を無駄に過ごさないようにしないとね」


「灯花のためならば、私はいくらでも協力するよ」


みんなが暖かく灯花の夢を応援してくれた。


「私が料理人になるまでは、もちろん賢一もサポートしてくれるのよね?」


甘ったれるなよ・・・と言ってやりたかったが、この雰囲気でとぼけることはおれにはできない。


「料理人になるまでじゃない。 ずっとサポートしてやる」


ご両親の前で、はっきりそう言ってしまった。

灯花は赤面し、ご両親はそんな灯花とおれに満面の笑みを送っていたし、京子さんも笑っていた。

この日を堺に灯花の夢は、少しずつ実現へと近づいていく。


・・・・・・。


・・・。

 

 



 

・・・。

あれから数年の歳月が流れた。

灯花は学園を卒業したあと、すぐに都会へ進出。

ご両親の元で修行に励み、ついには料理人となって田舎町へ戻ってきた。

修行中は、自宅でやっていたことろは違い、間違えればすぐに檄が飛んでくる。

それでも灯花は耐え、料理の腕前をメキメキと上達させていった。

まだまだ半人前なのだろうが、これからますます腕を磨いていくのだろう。

そして今日は・・・灯花の腕を見込まれての仕事が入っていた。


・・・



「今日も頑張るわよっ。

賢一、手が足りないところをお願いね」
「おう」


調理実習室の扉を開け、中へ進んでいく。

広い教室は、親子連れの実習生であふれかえっていた。


「先生、今日もよろしくお願いしますっ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190907141624p:plain



「うんっ。 こちらこそよろしくね!」


愛想のよい笑顔を振りまきながら、灯花が壇上へと上がる。

そして、人に物を教える立場になった瞬間、料理人としてのスイッチが入る。


「本日は、私を料理の講師としてお招きいただき、ありがとうございますっ」


ぺこっ、と丁寧なお辞儀をした。

威厳あふれる態度で、実習生たちと向き合っていた。

学生時代、義務を負っていた頃とは正反対の性格をしていた。

何をするにしてもテキパキと作業をこなし・・・やっぱたまにドジるときもある。

でもそんなのはご愛嬌、灯花もその対応には慣れっ子になっていた。


「今日のメニューは・・・シチューですね」


灯花は声のトーンを落とし、しばし沈黙した。


「どうしたんですか?」
「ちょっと想い出深いメニューなの、気にしないで」
「気になりますよぉ・・・教えてくださーいっ」
「じゃあ、みんなが作った料理で、先生に美味しいって言わせたら教えてあげる」
「よーしっ、じゃあ頑張るぞ!」


・・・そんなこと言っても、灯花は結局、美味しいと言ってしまう性格をしてるわけだ。


「賢一、聞こえてるわよ」


たまーにトゲトゲしくなる一面もある。

今この場にいる人たちの中で、おれしか知らないことだ。


「まったく・・・おれよりも偉そうな身分してやがるな」
「あんたも頑張んなさいよ。
その気になれば、私の次くらいに料理人として大成するかもよ?」


さりげなく攻撃的だった。


「ヤダ、メンドくさい」
「・・・じゃあ、指くわえて私の働き振りをしっかりチェックしときなさい。 後学のためにね」
「だから、料理人にはならねーって」
「じゃあ今日当たり、役場に提出してきてくれる?」
「・・・なにを?」
「離婚届」
「自分が一番反対するくせに・・・」
「賢一が反対するんでしょっ」
「お前だって!」
「賢一よ!」


「せんせーいっ! また仲良くふうふげんかですかあー?」


「仲のいい夫婦喧嘩があるか!」
「こらっ、子供相手に叫ぶなっ」


「びええぇーんっ! あの兄ちゃん、鬼より怖いよおぉ~~・・・」
「あー・・・よしよし、泣かないで、ねっ?」


灯花が泣いている子供に近づき、頭をなでてやった。


「あんなやつ、先生があとでぎゃふんって言わせてやるんだからっ」
「・・・うん・・・ありがと、せんせえ」


その子供は灯花に見えないように、おれに向かって舌をべえっと出した。


「このっ・・・」


怒りに震えるこぶしを何とか押さえつける。


「では、始めましょうかっ。
食卓に並べる温かい料理の秘訣を、皆さんにお教えしますねっ」


丁寧な指導の下、実習生たちは料理に励んでいた。

灯花は人望が高く、特に子供からの支持が高い。


「うんうん。
そこはそうすれば、より美味しくできる。
きちんと覚えてたんだね、偉い子だよ君はっ」


頭をなでなで・・・。


なでられた子供は、嬉しそうに頬を緩めていた。


「僕もね、りょーりにんになるんだ!」
「へえ・・・そうなんだ」
「先生みたいに、かっこいい料理人になりたい!」
「いい夢を持ってるね、僕。
だけど美味しい料理を作ろうって思うことが大切だから、それだけは忘れないでね」
「うん! ぜったいに忘れないよ!」


灯花は実習室内をうろうろして回り、的確なアドバイスをしている。


そして、教壇に戻ってきたところで話しかけた。


「料理人候補生がまた一人・・・昔のお前みたいだな」
「あれだけ若いうちから料理人を目指す、っていうところは違うんだけどね」


苦笑いしながら、椅子に座る。


「はあ、最近疲れるなあ・・・」
「肩でも揉んでやろうか?」
「まあ、肩も凝ってるんだけど・・・体全体がってこと」
疲労か? 最近働きすぎたとか」
「大きな声じゃ言えないんだけどね・・・いわゆるオメデタ?」
「なにっ、ホントか!?」
「・・・って言うのは冗談。 ただの疲れ」
「はあっ、何だ・・・びっくりさせるな」
「・・・でも、覚悟だけはしておいた方がいいかもよ」
「ん? 何か言ったか?」
「なーにもっ」


いたずらに微笑んでいるところを見ると、何か仕掛けてるんじゃなかろうかと勘ぐってしまう。


「まだまだ半人前だけど、料理人になれたことだし、賢一には感謝してるよ」
「灯花が頑張っただけだ。 おれは何もしていない」
「縁の下の力持ちって言葉あるでしょ。 それよ、賢一は」
「・・・お前のためになったのなら、それはそれでいいんだが・・・」
「一応プロになったんだけど、私は手を抜かないつもりだからねっ」
「当たり前のことを、いちいち言われてもなあ・・・」
「言わないよりましでしょ。
自分の考えが持ててるっていう、何よりの証拠なんだから」
「そうだな」
「賢一っ・・・」
「ん?」
「今までありがとっ・・・愛してるよ」
「くっ・・・よくもそんな恥ずかしいことを」
「ふふっ・・・」


眩しいと言わんばかりの笑顔をよこしてきた。


・・・・・・。

 

・・・。



f:id:Sleni-Rale:20190907141641p:plain



料理人としての仕事をする傍ら、主婦としての仕事も欠かさない灯花は、傍目から見れば立派な母親に見えないこともない。

昔は決断力に乏しく、自分の行動すらも自信が持てないほど弱かった灯花。

だが、今はその正反対だった。

自ら決めたことを精一杯やり遂げ、自信のある行動を取れるようになってきた。

子供から大人になる過程・・・それは厳しい道のりだった。

しかし、灯花は頑張った。

自分の夢を実現させるために。


「賢一。 これからは、温かい家庭を築いていこうねっ」
「ああっ」


自分の望んだ、温かい食卓を実現させるために・・・。

灯花は、今日も、おれとともに人生を歩んでいく。

向日葵の少女は、いつも明るい笑顔でおれを導いてくれていた――。


・・・・・・。


・・・。

 

END