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車輪の国、悠久の少年少女 夏咲シナリオ【1】

 車輪の国、悠久の少年少女 夏咲シナリオ―

 

 

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「もう、会えないのかと思っていた・・・。
もう、ケンちゃんと会うことはないと思っていた・・・。
もう、わたしは人を好きになることはできないと思っていた・・・。
そうしてあの日も、やっぱりわたしは向日葵畑でケンちゃんを待っていた。
義務を負い、どれだけ自分が堕ちても・・・。
ケンちゃんに会いたいという気持ちは変わらなかった」


・・・・・・。


・・・。

 

「田舎町での出来事。 たいへんな出来事。
あれから一年経って、また一緒に暮らせるようになった。
昔のケンちゃんみたいに、オドオドしていないのが惜しいなぁ・・・。
あの頃はけっこう可愛かったのに、ちょっともったいない気もする。
けど、今のカッコいいケンちゃんも好き。
これからも、ずっと一緒にいようね。
空白のできたこの七年間を、楽しい思い出で埋めていこうね。
ケンちゃんっ・・・」


・・・・・・。


・・・。

 

今日も夏咲を自宅に誘った。

毎日のように、こんなことをしているような気がする。


・・・。


「ケンちゃんっ・・・ケンちゃあん!」


かまってやれなかった七年分の空白を、これから埋めていくことにしよう。

夏咲は、おれが絶対に幸せにするんだ。


・・・。

 

おれたちは今日も、お互いを求め合った・・・。

 

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・・・・・・。


・・・。

 

「えへ、今日もいっぱいケンちゃんを感じたよぉ」
「おれもだよ、なっちゃん


夏咲はぽーっとした表情で、おれを見つめている。

倒れ込むように、夏咲に覆いかぶさった。


なっちゃん・・・」


すぐ目の前にある、火照ったからだを抱きしめる。

しばらく息を整え、だいぶ落ち着いてきた。


「ケンちゃぁん・・・」


夏咲はふり向き、そっと唇を重ねてきた。


「ん、ちゅっ・・・」


熱い吐息が、おれの意識を朦朧とさせる。


「熱いよぉ、ケンちゃん・・・」


とろんとした大きな瞳に、これ以上ないくらいに幸せそうな笑顔。

おれは微笑み返し、幸福感を抱きながら眠りに落ちた。


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

ケーンちゃんっ! あっさでーすよぉ~・・・」



・・・。

 

「ふふっ、寝顔が可愛いんだね・・・ずっと見ていたいなあ」

 

・・・・・・。



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ちゅっ。

 

柔らかい感触が、唇に優しく押し当てられた。

 

・・・。

 

 

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「おはよっ、ケンちゃん」


夏咲の顔が目の前にあった。

心臓、ドキドキ。


「お、おおう」
「まだ眠いの? ふふっ・・・ねぼすけさんだなあ」
「・・・おはよう・・・」
「おはようのキスしてあげるね」
「・・・うぉっ!」
「はむっ、ちゅっ」


ぷにぷにとしていて気持ちのいい、夏咲の唇の感触・・・。

最近はこれがないと、一日が始まらない。

 

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「毎朝、こんな感じだよね」


すでに恒例行事と化していた。


「まだ大丈夫だよね?」
「なにが?」
「・・・学園」
「散歩しながらでも間に合うよっ」


普通に歩くってことね。


「眠いとは思うけど・・・ここはこらえて起きて、ほらっ」


掛け布団をバサァッと剥ぎ取られる。

そして、さらされるおれの裸。


「・・・ぁ・・・」


昨日はあのまま眠ったんだから、当然の結果だ。

朝起きた夏咲も、気づいているはずなのに。


「な、なっちゃんっ」
「・・・ご、ごめんねっ」


こけそうになりながらも、慌てて寝室を飛び出していった。


「きゃあぁあっ!?」


コテッ、ドッシーンッ!


「あいたたた・・・」
なっちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよぉ・・・ぐすんっ」


何だか・・・おれが悪いことをした気分だ。


・・・・・・。


・・・。

 


今日は朝から熱かった。

学園に着くまでに、日焼けしてしまいそう。

 

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「日傘でも差して学園に行きたいよね・・・」
「いいね。 なっちゃんが日傘を差して歩く姿、見てみたい」
「そんなの見たいの? 変わってるなぁ」


首をかしげていた。


「次から持って行こ。 ケンちゃんとおそろいで」
「次からって言っても、今日で学園は終わりだよ?」
「あっ、そっか・・・明日から夏休みなんだよね。
日傘で登校っていうのも、やってみたかったんだけどなぁ・・・」
「なんか、セレブだね」

 

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「せれぶ? それって美味しいのかなっ?」
「・・・どうして食べ物に結びつくの?」
「んー。 ねえねえケンちゃん、『せれぶ』ってなあに?」
「・・・お金持ちのお嬢様のことだよ」

 

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「やだなあケンちゃん。 わたし、お金持ちじゃないよぉ」
「日傘を差して歩いている女性って、何となくそんな気がするんだ」

 

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「別にわたしはお金なんていらないよ、ケンちゃんだけでじゅうぶんっ」
「お、おう・・・」


恥ずかしいな。


「それより、夏休みはどこに行こっか?」
「そだね。 どこで遊ぼうか?」
「川で泳ぐとか、山に食べ物探しに行くとか、洞窟を探検するとか・・・色々あるよ」
「クーラーのある部屋で、のんびりと過ごしたい」
「そんなことさせないよ。 不健康すぎるもん」
「そうかなあ?」
「そうだよっ。
冷蔵庫の中に、ずっといるようなものじゃない?
あ、そんなことより、ねえねえ、ケンちゃん」
「なぁに?」
「冷蔵庫と冷凍庫の違いってなに?」
「本気? 本気で知りたいの?」
「本気だよ。 ケンちゃんの口から聞きたいの」


わからん子だな・・・。

 

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「はっきり言って。 心の準備はできてるよ」


なんか、別れ話でも切り出すかのよう・・・。


「冷蔵庫は、冷やしたいものを入れる場所。
冷凍庫は、凍らせたいものを入れる場所」


真面目に語ってみた。


「あ、見て見て、珍しいチョウチョだよー」
「ちょっと、無視しないで」
「んんーっ・・・?
じゃあついでに、賞味期限と消費期限の違いってなあに?
教えてっ、ケンちゃん」
「ええ? なんでそんなこと気になるの?」
「知りたいの。
ケンちゃんの口から聞きたいの。 心の準備はできてるの」
「・・・賞味期限は美味しく食べられる期間で、消費期限は、ギリギリ食べられる期間っていう意味だよ」

 

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「どっちにしろ急げオラってことだね」
「オラって・・・」
「賢くなった。 夏咲、また一つ賢くなったぞっ」


Vである。


そんなこんなで学園にたどり着く。


・・・・・・。


・・・。

 


「みんな、おっはよーっ」

 

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「はよーっす。 今日もラブだね、賢一っ」
「からかうなよ」
「なんか出てんだって、そういうオーラがむわ~んと」
「何か、やなオーラだな・・・」


「むわ~ん、か・・・なんとなく分かる気がするよ」
「おれには全然分からないけど」

 

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「僕には分かるな」


「私、わかんない」

 

なんか全員集合した。


「なんだか、二組に分かれたわね。 理性派の賢一と私」

「感覚派のわたしと、さっちゃんっ」

 

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「そして野生派の僕!」


そういう図式である。


・・・。

 

「みんな席に着きなさい。 HRを始めるわよ」

 

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「がおーっ!」
「うわっ!?」


「なにしてんだてめえ!」


首根っこをつかむ。


「ちょ、ちょっと、いいかげんになさいね」


いつものようにくだらない朝が始まった。


・・・・・・。


・・・。

 


午前中の授業が全て終わった。


「ところで、明日から凡人どもは夏休みみたいだけど・・・」
「凡人?」
「みんなは何をするのかな?」

 

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「絵を描く」

「料理の特訓」

「ケンちゃんと一緒にいる」

なっちゃんと一緒にいる」


・・・。


「何だかんだでみんな、平和な過ごし方しかしないんだねえ」
「平和でいいじゃねえかよ・・・」
「時間があるからこそ、もっと冒険をしないとダメだ」
「じゃあ聞くが、磯野は何をするんだよ」
「盆栽の手入れ」
「冒険をしろよな」
「僕の盆栽の腕前は、凡才だからね」


「磯野君、おもしろーい」


夏咲はきゃっきゃしてる。


「どうしてそんなにくだらないことを、平気で言えるのかしら?」


灯花も似たようなもんだが・・・。


「それで、明日から凡人は休みだけど、みんなはなにするの?」
「凡人って」


「だから、絵を描くって」

「だから、料理を作るって」

「ケンちゃんと一緒にいる」

「まあ・・・なっちゃんと一緒にいる」


「庭の草むしり」
「まったりしてんなお前」
「平和で何が悪い?」
「さっきは冒険するっつーたろうが」
「君もやってみるといいよ。 健康にいいからさ」


「でも、ぼーっとしてておもしろいかも」
「何もしないのに面白いんだ?」
「日向ぼっことかも健康にいいんだよ。 ぽかぽかしてて気持ちいいし」
「どっか出かけるのも悪くないでしょ?」
「そだね、どこいこっか?」


くふふ、と笑っている。


「ねえ、ケンちゃんどこ連れてってくれるの?」


ぐいっと腕をひっぱってくる。

 

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「うわ、なんかラブってる」

「・・・まったく、しょうがないなぁ」


しかし、みんな、おれたちを祝福してくれている。

 

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「あー、殺してぇ」


コイツ以外は。


・・・・・・。


・・・。

 


なんでもない一日が終わった。

太陽は西に傾き、真っ赤に燃えている。

 

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「ケンちゃんどうしたの? 窓の外をボーっと見て」
「太陽を見てたんだ。 なっちゃんもやってみる?」
「うん」


二人で太陽を眺めてみた。


「・・・・・・」

 

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「ぼーっ」


「・・・・・・」


「ぼおぉーっ・・・」
「楽しい?」
「楽しいよ。 ケンちゃんは?」
「ちょっと退屈かも・・・」
「・・・帰ろっか?」


結局何をするでもなく、おれたちは学園を後にすることにした。

明日からは夏休みだ。


・・・・・・。


・・・。

 

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なっちゃんてさ、毎日うちに来るよね」
「・・・来ちゃいけなかった?」
「そんなことないよ。
ただ、大変じゃないかなって思ってさ」


学園から帰り、夕食が食べ終わるまで家にいてくれる。

それから寮へ戻るわけだ。


「全然大変じゃないよ」
「いっそのこと、うちに来ちゃいなよ」
「毎日来てるけど?」
「寝泊まりすれば?」

 

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「同棲ってこと?」
「そうなるね」
「は、恥ずかしいね・・・」
「あ、そ、そうだね・・・」
「・・・うぅ」
「や、やっぱりやめておく?」
「い、いいの?」
なっちゃんが、いやじゃなきゃ」
「わたし、よく寝るし、寝たと思ったら起きるし、落ち着かない子だよ?」
「うん、知ってる」
「カレーは一晩寝かさないとぜったい食べないよ?」
「・・・そうなんだ」

 

「ぜったいなんだよ?」


そんなにカレー好きだったか?


「でも、いっしょにいたいな・・・」


上目づかいで見つめられる。


「じゃあ決まりだね。 今日から同棲よろしく」
「う、うん・・・同棲よろしくね」


なんだか、感涙。

同棲という響き。

おれクラスのへたれには、たまらない。


「ケンちゃん、嬉しそうだね」
なっちゃんだって・・・」
「明日から、ずーっとケンちゃんと一緒なんだ・・・。
なにして遊ぼっかなー」
「今日の発言だけ聞いてると、遊ぶことしか頭にないような気がするんだけど・・・」
「ダメなの?」
「うーん・・・まあいいや。
思いっきり遊ぼうか。 たまには、冒険もしてみたい」

 

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「冒険、冒険っ!」
「おもしろそうだね」
「人生は冒険の連続だからねっ」
「うわっ、なっちゃんが難しいこと言ってる」
「ケンちゃん・・・今の発言はどうかと思うよ?」
「いや、なっちゃんていつもぽーっとしてるから」
「確かにぽーっとしてるけど、色々考えてるんだよ」
「へえー・・・どんなこと考えてるの?」
「ケンちゃんのこととかぁ、ケンちゃんのこととか、ケンちゃんのこととかっ」
「・・・ちょっとだけ、なっちゃんの頭の中を見たくなってきた」


少しだけ夏咲に近づいた。

 

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「だめだよぉ・・・恥ずかしいよお」


ちょっと離れた。

少しだけ視線を下げ、頬を赤く染めていた。


「そうして照れてるなっちゃんも可愛いよ」
「うぅ~・・・」


指先をモジモジさせて、おれと目を合わせようとしてくれない。


「ケンちゃぁん・・・いまそれを言うのは卑怯だと思うよ?」
「あまりにも可愛かったから、つい・・・」
「・・・また言ってるぅ・・・」


リンゴのように真っ赤になってしまった。


「っと、ゆっくり歩いてたら日が暮れちゃうな・・・急ごうか」
「別にゆっくりでもいいんじゃないかな?
今日からは一緒の家に寝泊まりするわけだし・・・」
「早く、なっちゃんの作ったご飯が食べたいなあ」
「ケンちゃんは甘えん坊だよね。 今日はちょっとだけ豪勢にしちゃおっか」
「お腹が減ってるから、あまり時間はかけて欲しくないな・・・」
「今日は何を食べたい?」
なっちゃんが作るものだったら、何でもいい」
「そういう曖昧な返事は困るんだけど・・・」
「夏だから、あっさりしたものがいいかな」
「じゃあそうめんとか、うどんとかの麺類・・・あとデザートにスイカとかどうかな?」
「いいねえ。 でも、スイカってあったっけ?」
「ケンちゃんと一緒に食べようと思って、買ってきておいたんだ。
水につけてケンちゃんの家に置いてあるよ」
「用意がいいね」
「縁側に座って、一緒に食べたいよ」
「種飛ばしとかもいいよね。
畑にまけば、来年生えてくるかもしれない」
「育ちがいいものは、雲の上まで伸びちゃったりしてね」


おれの隣に並んだ。

そして軽い足取りで帰宅する。

他愛のない会話。

他愛のない毎日。


・・・明日からは、もっと楽しい日が続けばいいな。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「んっちゅっ・・・」


翌朝。


「ちゅっ、ちゅっ・・・」


夏咲の甘い口づけで目を覚ます。

 

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「えへへ、起きたー?」
「お、おはよう・・・」
「もっと、してあげようか?」
「い、いや・・・」


けっこう、だいたんな子なんだよな。


「くふふっ、ケンちゃんにくっついちゃえっ・・・」
「おわわっ・・・」
「はむっ、ちゅっ、ちゅぱっ・・・」


大変な朝だった。


・・・・・・。

 

ちゃぶ台に向かい合うように座り、夏咲と一緒に朝食を取る。

今日もヘルシーなおかずの数々だった。


「おかわりもあるよ」
「じゃあ、もう一杯」


ご飯はふっくらと炊けており、おかずなしでもご飯が進む。


「朝起きたらね、せみが大きな声で鳴いてて、すっごくうるさかったんだよ。
あんなに騒いで疲れないのかな?」
「毎日ああやって鍛えてるから大丈夫なんだよ、きっと」
「私だったらすぐに疲れちゃうもん。 せみって凄いね」
「夏の虫はたくましいよね。 蚊とか」
「刺されたら痛いよね」
なっちゃんは蚊に刺されたら痛いの?」
「うん。 チクッとしたら、その瞬間に気づくよ」
「ほう、すごいね。 普通気づかないと思うんだけど」
「みんな、生きるために必死なんだよね」
なっちゃんも蚊を叩いたことくらいはあるでしょ?」
「ううん。 私の血でよかったらどうぞ、って毎回見逃してるよ」
「虫に対してそこまで献身的にならなくても・・・あとでかゆくなったら、いやじゃない
?」
「かゆいのは嫌だけど、かわいそうなのはやなんだよ」
なっちゃんは優しいなぁ」
「そういうケンちゃんだって、すごく優しいよね」
「おれは下等生物には容赦しないよ?」
「ううん、ケンちゃんは優しいのっ。 優しいったら優しいのっ」
「・・・無理やり優しいキャラを押しつけてない?」
「わたしのケンちゃんは、優しいんだよっ」
「おれって、なっちゃんのものだったんだ」
「わたしも、ケンちゃんのものだよ?」


分かってる? と視線で尋ねてきた。

正直、照れる。


「あっ・・・ご飯粒ついてるよ」


おれの唇からご飯粒をつまみ、そのまま自分の口の中へ持っていった。


「・・・ありがと」
「赤くなってるよ?」
なっちゃん・・・もしかしておれでからかって遊んでる?」
「んー?」
「ぽけーっとしてもダメだよ?」
「男の子は小さいことにこだわってちゃダメだよ?」


まいったね・・・。


「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」


朝食を終え、お茶を飲んで一息つくことにした。


「ねえケンちゃん」
「ん?」
「今日は、お掃除をしない?」
「お掃除?」
「家の中が汚れてるなって思ってるんだけど?」
「そうかね?」
「気にならない?」


きょろきょろと辺りを見渡す。


「磯野め、掃除をして出ていけってんだ」
「そんなことないよ。

磯野くんが出て行った直後はきれいだったし」
「へえ・・・」
「この一年間掃除してなかったからだよ、きっと」
「うーむ・・・」
「今日から長い休みに入るけど、最初の一日くらいは掃除をして、清々しい気分で夏休みをスタートさせるのもいいかなあと思ったんだけど・・・」
「おっけー、わかったよ」


夏咲はおれの返事に満足したのか、元気に頷いた。


「お掃除、おそうじっ!」


ずいぶんと嬉しそうだった。


「あとでバケツとか雑巾とか持ってくるから、それまでゆっくりしててね」
「畳にごろ寝してていいの?」
「そのまま寝ちゃったら、膝枕してあげられるよね。
ケンちゃんの寝顔がまた見れるから、わたしは大歓迎だよ。
また、朝みたいに、してあげるねっ」
「朝みたいにって・・・」


また、恥ずかしい目に遭わせる気か。


「それじゃ、お片付けするから待っててね」
「おれも手伝う」
「いいよお。 ケンちゃんは休んでてよ」
「歯も磨かなくちゃいけないし、そのついでだよ」
「歯ブラシとコップも持ってきてあげるよ」
「うがいできない」
「流し台も持ってきてあげるよ」
「ムリだろ。
・・・何か、いまのおれって、とっても堕落していっているような気がするんだけど」
「そういうケンちゃんも、見ていて可愛いよ」
「やっぱり、おれってなっちゃんにからかわれてるのかな?」
「んー?」


小首をかしげる


「とにかく自分の茶碗は持っていく。 これだけは譲れない」


強制的に流し台の所へと持っていく。


・・・・・・。

 

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「わたしの仕事を取られちゃった・・・」


当たり前のことをしたはずなのに、良心が痛むのはなぜだろう?


「歯を磨いた後は、ちゃんと歯磨き帳に印をつけるんだよ」
「・・・う、うん」


特別高等人候補生・森田賢一は、すでに死んだのか?


・・・・・・。


・・・。

 

 

洗い物を全て片付けてから、夏咲が掃除用具を持ってきた。

バケツ、雑巾、ホウキ、ちり取り、はたき、掃除用の洗剤など・・・。

本格的だ。


「ケンちゃんの家には、掃除機は無いのかな?」
「金はあるけど買わない」
「むぅっ、けちぃっ」


頬をプーッと膨らませる。


「じゃあ、ハエたたきは?」
「・・・ハエたたき? なんでそんなもんいるの?
ていうか、なっちゃん蚊も殺さないんじゃ?」

 

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「あ、ヤバ・・・」
「あんっ!?」
「掃除の途中にいろんなムカデさんとか出てくるでしょ?
ゴキブリさんとか、そういうのにあっちいってってするんだよ」
「・・・ねえ、ヤバって言ったよね? なに? なんなの?」
「んーっ?」


なんかごまかされた。


「まあ、生理的にダメだよね。 ああいうのは」
「うん・・・ちょろちょろ動き回るし、キーキー鳴くし・・・」
「キーキー言うかね?
それともう一つ、新聞紙って必要なの?」
「窓を拭くんだよ。 意外にも汚れが取れちゃうんだから」
「へぇー、それは知らなかったな」
「主婦の知恵だよ。 えっへん」
「主婦って凄いんだ・・・」
「ケンちゃんの知らない知識だから、ちょっと優越感を感じちゃったぞっ。
夏咲、ちょっと優越感だぞっ!」


Vである。


「もうそろそろ始めちゃおうか」
「そだね」

 

・・・・・・。

 

二人だけの大掃除が始まった。

天気もいいので、布団は洗濯物もついでに干しておく。

始めに取り掛かったのは、新聞紙を使っての窓拭き。

あらかじめ水に浸した新聞紙を絞って使うのだが、これを使って窓をこするたびに、キュッキュキュッキュと軽やかなステップが聞こえてくる。


「おおっ! 本当に取れてる!」
「すごいでしょっ?」


新聞紙の新たな使い道に感心しつつ、おれと夏咲は作業を進めていった。


「楽しいよねっ、ケンちゃん。
新聞がたくさん残ってるけど、磯野くんが取ってたのかな?」
「どうだろ。 あいつ、新聞読まなそうだし」
「でもこの日付、一年とちょっと前のものだよ」


過去の田舎町の新聞に興味津々なおれは、ペラペラと紙をめくっていった。


「わたしも気になるなあ・・・」


二人で新聞を見ることになった。


「って、掃除しようよ」
「あ、そうだね。
でも、こういうのよくあるよね。
お掃除してて読まなくなった本とか出てくると、いつの間にか読みふけっちゃうの」
「あるある」
「そしてそのままぼーっと寝ちゃうの」
「だめだめ」
「ふふふっ、早く終わらせようねっ」


テキパキと手を動かしていく。


・・・・・・。


・・・。

 


「予期せぬアクシデントはあったが、無事終わったぞ」
「結構、きれいになったよね」


何とか窓拭きは終了。

窓にも透明感が戻っていた。


「次は、廊下の雑巾がけだよ~」
「なつかしいなあ。
みんなで横一列に並んで、誰が早く奥まで拭けるか競ったよね」
「それをやったのは男子だけだよ」
なっちゃんもやってたんじゃなかったっけ?」
「・・・女子はもっぱらホウキ組だよ」


ちょっと間があったな。


「ホウキ組の中でただ一人、なっちゃんだけは雑巾がけを率先してやってたような記憶があるんだけどな・・・」
「そっ、そんなことないよぉ・・・わたしもホウキ組だよっ」
「そっか・・・何かうろ覚えだな」
「・・・ほっ・・・」
「じゃあ、久しぶりにやるかっ」


雑巾を水に浸し、ぎゅっと力強く絞る。


「次、わたしっ」


おれと同じように雑巾を絞る夏咲。


「・・・きゅっ・・・とね」
「お・・・」
「さーて、ケンちゃん・・・って、なにぼーっとしてるの?
もしかして、立ちながら寝てるとか?」
「あ、いや今の仕草が、何となくかわいかった・・・」
「今のって・・・こう?」


再び雑巾を絞ってみせた。


きゅっ。


「おお・・・」
「またぼーっとしてるよ? 今度は貧血で立っていられるの? ケンちゃんって凄いね」
「・・・とりあえず雑巾がけだね。 競争してみる?」
「うん、いいよっ。
久しぶりだなあ、こうしてまた雑巾がけを競争するなんて・・・」
「また?」

 

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「あっあぁ~・・・なんでもないよ。 ほらっ、早く位置に着こっ」
「? うん・・・」


おれは廊下の端に着くことにした。


「ふう・・・女の子で雑巾がけの競争をしてただなんて知られたら、恥ずかしいもんね」


夏咲がブツブツと独り言をもらしていたけど、おれにはよく聞き取れなかった。


・・・・・・。


・・・。

 


雑巾がけも難なく終わったが、一つ問題が・・・。


「また勝っちゃったねっ」
「また?」
「いまさっき、何回も勝負したじゃない」
なっちゃん、今日は一回しか勝ってないのに、おれにまた勝ったっていうのは・・・」
「きっ、気分の問題だよ! また勝ったっていった方が、なんとなく得した気分になるかなーとか・・・あ、あはははっ」
「・・・・・・」


夏咲に雑巾がけで勝てなかったトラウマが、いままさに蘇ってきたような気がする。


「えっと・・・今思ったんだけど、書斎の方も掃除しなくていいのかな?」
「親父の?」


夏咲は黙って頷いた。


「しなくていいんじゃないかな・・・と言いたいところだけど、時間が余りそうだし、やってやるか」
「どんな所なんだろな・・・ちょっとワクワクしてきたよ」
「・・・散らかってて汚いだけだよ」


夏咲を親父の書斎へ案内することにした。


・・・・・・。

 


親父の書斎に入ったとたん、古臭いにおいが鼻をつく。

約八年ほどほったらかしにしていたせいか、物という物にほこりが高く積もっていた。

その辺にある本を試しに叩けば、小麦粉の袋をぶちまけたようにほこりが舞うことだろう。

書斎は昼間なのにもかかわらず薄暗かった。


「・・・ちょっと怖い雰囲気だね・・・」


夏咲のか細い声が室内に響き渡り、次第に聞こえなくなる。

同じ家なのに、別の場所としか思えない空間・・・忘れ去られた物置小屋を思わせる。


「幽霊が出たら、どうしよっかな・・・」


夏咲の華奢な指が、力強くおれの服を握っていた。


「んなもの出ないって」


このままでは暗くて作業ができないため、室内の電気をつける。


「わぁーっ・・・何だか図書館みたいだよ」


所狭しと並んでいる本の数々。

本棚に入りきらなかった書物は、畳の上に適当に投げ出されていた。

本気で掃除するとなると、ほこりを取り除く作業だけで半日は使ってしまいそうだ。


「親父の部屋って、ゴミ捨て場だったんだなー・・・」
「そんなこと言っちゃだめだよぉ」
なっちゃん、やっぱりやめよっか? やる気が出ないし」
「汚れてるからこそ、掃除のしがいがあると思うんだけどな・・・」
「だってこれ、今日中に終わらないよ、絶対」
「次の日も掃除すればいいんだよ」
「明日からは、なっちゃんと遊びたいんだけどな」
「たまにはいいんじゃないかな、こういうの」
「掃除が?」
「うん。 しかも二人きりっていうところがポイントだよ」


ぴとっと肌を寄せてくる。


「しょうがないなあ・・・」
「早く終わらせれば、早く遊べるよっ」


夏咲はノリノリのご様子だった。


・・・・・・。

 

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「こほっ・・・こほっ・・・すんごいほこりだよお~」


ほこりにまみれながらも、懸命に掃除をしている。


「掃除機があれば楽なのに・・・」


掃除機すらない自宅の設備が腹立たしい。


「これをこっちに運んで・・・これはこっち・・・」


テキパキと作業をこなしていく夏咲の顔は真剣だった。


「ケンちゃん、さっきからぼーっとしてるけど、どうしたの?」
「よく他人の家の掃除を頑張れるなあって感心してたんだ」
「ケンちゃんの家だもんね。
これからお世話になるところでもあるし、三郎さんの部屋でもあるし」
「親父がどうかしたの?」

 

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「ケンちゃんのお父さんだったからかな・・・。
親近感が沸いちゃって、世話の一つでもしてあげたいなあって思ったんだ」
「あ、何かいま、凄い嫉妬感が・・・」
「んー?」
「はは、冗談だよ」
「この本はこっちにやって・・・っと」


夏咲が高く積まれた本を数冊手に取り、別の場所へと移動させる。

そのとき、本の隙間から数枚の紙が落ちてきた。


「なんだろ」


紙を拾って、内容に目を通してみた。


「ケンちゃん、それなあに?」
なっちゃんが持ってる本の隙間から落ちてきたやつ。 手紙みたいだ」


一緒に封筒も落ちてきた。

宛名を見てみた。



『夏咲ちゃんへのラブレター』



「・・・・・・」
「ああ~っ。 破いちゃダメだよッ」
「クソ親父が・・・」
「ダメだよ、見せて見せてっ!」
「あっ・・・」
「なになに、『夏咲ちゃんへのラブレター』?」
「・・・・・・」
「・・・け、ケンちゃん・・・」
「うん?」
「い、いつ、書いたの?」
「おれじゃないおれじゃない」
「あ、違うんだ。 なんだ、恥ずかしいよっ」
「クソ親父め・・・」
「でも気になるなあ。 読んでみてもいい?」
「ダメだ! 絶対ロクなこと書いてないから」
「ケンちゃんはもう読んだの?」
「まだ読んでないけど、あの親父のことだったら大体のことは想像つくんだ」
「読んでみないと、どういう内容なのか分からないよ」
「だけど・・・」
「人の話は、最後まで聞かないと分からないでしょ」


また身を寄せてくる。


「ねえ、一緒に見よっ」
「むぅっ・・・。
・・・わかったよ。 気は進まないけど読んでみよう」
「やったっ」
「でも、途中で変な内容だったら捨てちゃうからね」


二人で隣り合うようにして手紙を読んだ。


「えっと・・・『おれの愛しの夏咲ちゃん、今日も可愛いね』
「誰がお前のだよ、エロ親父」


一行目で、怒りのメーターが吹っ切れそうだった。


「気持ちは嬉しいんだけど、わたしはケンちゃんのものだから・・・」
「・・・さり気なく恥ずかしいこと言わないでくれる?」
「えーっと・・・。

『そばにケンがいるのならば話は早いが、アイツは知っての通り奥手だ、臆病だ、チキンまみれだ。

まあ、それはおいといて。

夏咲ちゃんは、さっちゃんのことは知ってるな? 実は彼女に、ケンと一緒に宝探しをするように言っておいた。

夏咲ちゃんにも、同じことをしてケンと遊んで欲しい。 要するに、宝探しだ』」

「また、洞窟にでも行けって話じゃねえだろうな」


運動神経がそこそこいい夏咲でも、洞窟は危険すぎる。


「『まずは、宝のありかが描いてある地図をあげよう。

・・・と言いたいところだが、そう簡単にあげてちゃつまらないだろう。

そう思って、手紙の最後に簡単な暗号文を残して
置いた。

ケンのヤツなら解くこともできるだろうから、一緒に考えて暗号の示す場所に行ってみてくれ。 そこに、宝の地図があるはずだ』」
「暗号・・・これか」


紙面の下のほうを見てみる。


「いや、これ・・・暗号か?」
「『そいじゃ、宝探しの醍醐味というものを存分に味わってくれ。

鍵も渡しておこう。 

最後の方で必要になるだろう』」


どこでも見かけるような、普通の鍵が同封されていた。


「これはなっちゃんが持っていてくれるかな? おれが持ってたら失くしそうだし」
「うん。いいよ」


夏咲が鍵を持つことになった。


「もう一行なにか書いてある。

えーっと・・・。

『PS・・・プレイス○ーション』?」

「もういいよ、それ・・・」


・・・。



「宝探しかあ・・・なんだか、楽しそうだね」


・・・さちのときみたいに、危険なのはやだな。


「洞窟に行ったんだよね? さすがに同じところに置いてあるとは思えないけど・・・」
「たとえあったとしても行かない。
なっちゃんを危険な目に遭わせるわけにはいかないから」
「ケンちゃんって、やっぱり頼もしいよね」


にこにこと、安心しきった笑顔でこちらを見ている。


「もう夏休みのテーマはこれしかないよねっ?」
「えっ? テーマ?」
「これしかないよっ。 楽しそうじゃない?」
「おれたちがガキの頃に書かれたやつだから、子供でも解けるようなものなんじゃないかな?」
「それでもいんじゃない? ねっ、やろ? ケンちゃんっ」

 

・・・。


おれはしばらく目を閉じた。


「・・・まあ、ハードな内容ではなさそうだしな」
「うんうんっ。 意外な物が見つかるかもしれないよ」
「意外なものねえ・・・」


親父のステテコとかそういうオチじゃあるまいな。

それとも、親父の隠された遺産とか?


「暗号文がどうのこうのって言ってたよね、どんなものかな?」


暗号文が書かれている紙を見た。


『"書斎"と息切れするまで言ってみろ!』


ワケ分からん・・・。


「書斎! 書斎! 書斎! 書斎! 書斎!」
「言わなくていいって! どうせ意味ないから」
「はあっ・・・はあっ・・・疲れたよお・・・」
「ちなみに、何かわかった?」
「なにも・・・ケンちゃんは?」
「ごめん、わかんない」
「ふーっ、なんだか汗かいちゃった」


ぱたぱたと上着を揺さぶっている。


「とりあえず出ようか?」
「そだね。 明日から、がんばってこの暗号を解いてみようよっ」
「暗号でも何でもない、ただのお遊びだよ、これは・・・」


けれど、夏咲はやる気満々のようだった。

というわけで、夏休みのテーマは宝探しとなった。

まあ、退屈しのぎにはなるかね。


・・・・・・。


・・・。

 


翌日、おれたちは集結していた。

みんなでジュースを飲みつつ、親父の残した暗号文を解読する。

 

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「なんで僕らが呼ばれなくちゃいけないんだ?」
なっちゃんがやる気満々だし・・・」

 

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「またお宝!? 今度は、どデカイ宝石でもあんの?」
「知るか」


「要するに、この暗号文を説いたら帰っていいワケ?」
「灯花なんかに解けるわけないけどな」
「だったら呼ぶな!」


・・・。

 

『"書斎"と息切れするまで言ってみろ!』。

 

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「難しいよ、さすがに三郎さんだね」


「しかし・・・この文面はなんなんだ? 説明してくれ」

 

「賢一には分からないの? あなたのお父さんも賢一なら分かるって言ってるじゃない」
「ぜーんぜんわからんっ」
「賢一ってしょせん、その程度だったってことよね」
「どちらにしろ、灯花に解けないという事実は変わらないけどな」
「だったら呼ぶな!」


「あたしが解いてみせるよ。
えーっと・・・書斎と息切れするまで、か・・・」


立ち上がって、軽く息を吸った。


「書斎、書斎っ!」

 

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「あ、さっちゃん、わたしと同じことしてもダメだよ」
「わかんないよ、これ! あっはははははっ!」


「宝探しなんて嘘なんじゃねえか?」
「でも、一緒に遊んでくれって書いてあったし、本当なんだと思うよ」
「この暗号文じゃ、全く信憑性がない」


ただ、からかって遊んでるだけのように思える。


「三郎さんに関係することじゃないのか? 例えば、彼が残したメモリとか・・・」
「その可能性も、ないとは言い切れないな」
「というわけで、このパソコンを使って調べてみよう」
「準備よすぎだ」
「常に持ち歩いて、これで執筆をしているからね」
「え? お前、イメージ的に原稿用紙に書いてるかと思ったのに」
「イメージ的にってなんだ。 殺すぞ」


キレられた。

磯野が勝手にテーブルの上にパソコンを設置し、起動させた。


「ケン、メモリはあるか?」
「無い」
「そこは頷いてくれないと、話が先に進まないだろう」
「・・・ほらよ」


仕方なく、保管してあったメモリを磯野に手渡した。


「メモリの中の何を調べるつもりだ?」
「暗号に使えそうなもの、全部さ」


素早い手付きでパソコンをいじり、解読をしていく。


「・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・」


少しずつ、磯野の顔が切なくなってきた。


「どうした?」
「いや、意気揚々とメモリのなかをのぞいたが、なんの成果もあげられなかった!」


開始早々、脱落していた。



「賢一、飲み物ちょうだい」



灯花が空になったコップをよこしてきた。


「灯花も考えろ」
「わかんないからいいよ、賢一に任せる」
「おれたちが頼んだのに任せるだと? 何て頼りない助っ人だ」
「助けてくれって言うから何事かと思って来たのに、こんなくだらないことだとは思わなかったのよ。
ホントなら帰ってるところだけど、仕方なく手伝ってあげてるんだからねっ」
「と言いながら、ジュースを飲んでるだけじゃないか」
「当然の報酬を受け取ってるだけじゃない」
「報酬とは仕事をするからもらえるのだ、大音ぇっ」


ちょい、とっつぁん口調。


「は?」


似すぎてわからなかったようだ。


「じゃあ、何か思いついたことがあれば言えよ」
「なにも思いつかない」
「バカにしてんのか?」

 

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「まあ落ち着きなって。
要するに、この暗号文が田舎町のどこかを差してるんでしょ。 だったら簡単簡単!」
「分かるのか? 一体どこだよ」
「洞窟。 あたしの場合も、そうだったじゃん?」
「お前の場合がそうだからといって、今回も洞窟だとは限らんのだぞ、三ツ廣ぉっ!」


まだ、とっつぁん口調。


「は?」


似すぎてわからなかったようだ。


「まあ、おれたちが今探してるのは地図であって、仮に洞窟の中にあったとしても、ガキの頃のおれとなっちゃんが見つけられるわけないだろ」
「そこをなんとかするのが賢一だって」
「頼むから、ガキであることを前提に話をしようぜ」


「ガキの頃のケンは、確かに臆病だったからなあ」
「わかっていてもムカつく発言だな」
「つまり、勇敢な夏咲ちゃんが行ける場所で、びちぐそ野郎のケンには行きづらい場所ではないだろうか」


「あ、そうかもね」


「どこだろ?」
「トイレ」
「アホか。 いくらおれがクズでもトイレくらい一人でいけたっての!」


磯野はクスクスと笑っていた。


「やだなあ・・・トイレ借りるよってことだよ」


磯野は立ち上がり、居間から出て行った。


「そのまま帰ってくんな」



「地図かあ・・・三郎さんの部屋にあったりして」
「・・・そりゃ盲点だ」

 

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「部屋を探してたら、その暗号文が出てきたんでしょ? だったらその部屋にはないんじゃないの?」
「でも、全部探したってわけじゃないんだよね」


「じゃあ、探そう。 すぐ探そう」


目を輝かせながら、さちは立ち上がった。

あの目は・・・何かをやらかすときの目だ。


「荒らすなよ。 金目のものはないぞ」
「ち・・・。

じゃ、帰るわ。 そろそろ絵が乾いてるころだし」


「私も帰る。 あとは頑張って」
「お前は残業。

ジュースを飲みに来ただけで帰らすか」
「賢一が助けてっていったから来たの。
暗号の解読が終わったんなら、もう用はないでしょ」
「いや、親父の部屋な、汚いんだわ」
「汚いところに私を入れようっての!?」
「人手は多い方がいいし」
「本当は私も忙しいの。

料理の練習とかしなくちゃいけないんだからっ」


「ケンちゃん、強要しちゃダメだよ」


「まあ、どうしてもっていうんなら、しょうがないけどさ・・・」


「さちは?」
「あー、悪いけど、早めに重ね塗りしないとまずいのよね」
「そうか、忙しいときに呼び出してすまないな」
「いいっていいって。 んじゃねーっ」


さちは手を振りながら、出ていった。


「・・・ほら、さっさと探すよ?」
「ん? 手伝ってくれるのか?」

 

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「灯花ちゃん、ありがとうねっ・・・」


けっきょく、おれと夏咲と灯花の三人で、親父の部屋へ。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「あれ? みんなはどこに行ったのかな?
もう帰ったのかな・・・仕方がない。
ついでだから、少し休ませてもらうとしよう」

 

・・・・・・。


・・・。

 


宝の地図を探しに、再びほこりまみれの部屋へ・・・。


「うっわーっ、なにこれ! きたない!」
「言ったとおり、ゴミ捨て場だろ?」


「ケンちゃぁん・・・。

あまりそういうことは言っちゃダメだよぉ」


電気をつけて、作業開始。


「けほっ、けほっ・・・ほこりがたくさんだ・・・。
ジュースだけじゃ割に合わないわよ、この仕事は」
「帰るときにもう一本やるから働け」
「えらそーに・・・」
「アイスもつけるから・・・」
「くっ・・・」


買収成功。


「でも、どこを探せばいいのかな?」
「へそくりと同じ場所・・・本の隙間とか」


「だったら私、帰るわよ?」
「まあ待て、そんなことしなくても机の引き出しを調べれば一発だ」


ずぼらな親父のことだ、どうせ適当に投げ込んであるんだろう。

おれは、机にある一番上の引き出しを開けた。


ガラッ。


「うわぁっ!?」


机の中から勢いよく人形が飛び出してきた。


「あっはははははっ・・・賢一のまぬけ~っ!」


灯花はお腹を抱えて笑っている。


「ケンちゃんっ、どうしたの?」
「びっくり箱にしてやられた・・・」


不気味な表情をした人形をその辺に放り投げ、引き出しの中を探した。


「これが飛び出てきたんだ。 あはっ・・・かわいい~」


一つずつ引き出しを開けて捜してみたが、宝の地図らしきものは見当たらなかった。


「ちっ、こんなことなら、灯花に引き出しを開けさせりゃよかったな」
「はあっ!?」
「さて、次はどこを調べようか・・・」


「机の上はどうかな?」
「・・・んーっ・・・・・・ないっ!」


「机の下とかは?」
「ないっ!」
「きちんと調べなさいよ!」


机の下にある本もどけて、ガサゴソと探してみた。


「・・・ない・・・」


「どうしよう・・・めぼしいところは、これで全部探しちゃったし」
「机だけがめぼしいなんて、悲しいな・・・」


「本棚の上とかは?」
「よし灯花、肩車」
「えっ? なんで私が?」
なっちゃんに頼むのもあれだし」
「でも、その・・・。

お尻とか当たっちゃうし・・・。

恥ずかしいじゃない」
「その心配はない。 灯花が下になるんだからな」
「ぶっ殺すぞっ!」


「えと・・・じゃあ、わたしがしようか?」
「おれ一人で取るからいいよ、下がってて」


本棚によじ登っていき、頂上を目指す。


「うはぁー・・・ホンットほこりだらけだな」


文句を垂れながら、宝の地図らしきものを探す。

手を動かすたびに体がゆれ、同時に本棚もぎしぎしと音を立てる。


「ちょっと賢一、落ちないでよ?」


「ケンちゃん、大丈夫?」


心配してる二人のためにも、早く地図を探さねば。


ガサゴソガサゴソ・・・。


「おっ?」


地図のようなものが描いてある紙を見つけた。


「今から投げるからな、受け取れっ」


古くて黄ばんだ紙を、後方に向かって放り投げた。


「取ったよ、ケンちゃん」
「地図らしきものか確認して」



「えーっと・・・コレ、そうだよね?」
「うん、なんか赤色で丸印がついてるし」


「よしっ、降りるからどいてくれ」


おれは華麗にジャンプし、畳の上へ勢いよく着地した。


大量のほこりが舞い上がる。

 

「うぇっ・・・けほっ、けほっ・・・いったん出よ」


灯花が部屋から出て行った。


「居間に戻ろっ、ケンちゃん」
「うん・・・けほっ、けほっ・・・もう二度とやらねえぞ」


・・・・・・。


・・・。

 


 

「やあ、お帰り」
「まだ帰ってなかったのか」
「宝の地図とやらは見つかったのかな?」


「多分ね・・・みんなで見てみよ」

 

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ちゃぶ台の真ん中に紙を置き、みんなで囲むようにして眺めてみた。

ご丁寧に、『宝の地図(ケン・夏咲ちゃん専用)』と書いてあった。


「これっぽいな」
「どこにあったんだい?」
「本棚の上。 おれが登って取った」

 

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「・・・あれ、私たちが登ってたら、下着が見えちゃうところだったね」
「・・・恥ずかしいなぁ・・・」


二人のヒソヒソ話が聞こえてきた。

おい、くそオヤジ・・・。


これを狙ってあんな場所に地図を置いたんじゃないだろうな?


「それにしてもあの暗号文、全然意味がなかったんじゃないか?」
「自分の部屋にあるってことをアピールしたかったんだよ、きっと」
「真剣に考えたおれがバカみたいだ」


「宝の地図も見つかったことだし、私はもう帰るけど?」
「ああ、お疲れさん」
「・・・・・・」
「・・・何だ?」
「約束のジュースは?」
「冷蔵庫にあるから、好きなのを一本だけ持って帰れ」
「アイスは?」


「好きなのもってっていいよー」
「ありがと・・・って、夏咲ちゃん、健一の家に住んでるの?」

 

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「うんうんっ、一緒に暮らしてるんだよー」
「な、なんかこっちが恥ずかしくなるね。 それじゃあね。 ばいばい」


・・・。


「さて、三郎さんはどこに宝を置いたのかな?」


再び宝の地図に注目。


「・・・自宅?」
「みたいだね」


驚くことに、樋口家の自宅にあるらしかった。


「きっと、お宝は井戸の中にあるんだ!」
「井戸? なんで?」
「さあ」
「てきとうなことを言うな」


「はいっ、わかった!」
「え?」
「きっと、宝は床下にあるんだ!」
「床下? なんで?」
「さあ」
「てきとうなこと言わないで」


「もう一度書斎を調べてみたらどうだ?」
「またか?」


「地図にヒントとか書いてないのかな?」


再三、宝の地図を見てみる。


「数字が書いてあるな・・・どれどれ?」


磯野が数字を読み上げる。


「15945532853112」
「んー?」


「・・・・・・」


「三郎さんは、数字でものを語る人だったのか」
「・・・これは・・・」


「ケンちゃん分かるの?」
「単純な方法で解ける・・・」


「さすがケン!」
「はずなんだが・・・」

 

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「てきとうなこと言うな!」


「てきとうなこと言わないで!」


ホントにくだらない方法だった気がするのに、思い出せん。


「この家のどこかってことだよね」


「家をくまなく探すより、暗号を解いた方が早いと思うぞ」


「ケンちゃんが何かひらめきそうだから、気長に待ってみよっかなー」
なっちゃんも一緒に考えようよ・・・」


ヒントでもあればな。



ドタドタドタッ・・・。

 

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「ちょっと賢一! ジュースないじゃないのっ!」
「帰ったんじゃなかったのか?」
「約束を破ったのっ?」
「ジュースのことか? ちゃんと入れておいたぞ」
「蜂蜜ジュースのこと?」
「好きだって言ってたろ、ずいぶん前に」
「いまは甘ったるいものじゃなくて、すっきり爽やか系のものを飲みたいのっ」
「わがままなヤツ・・・」


「水で薄めちゃダメなのかな?」
「あっ・・・それでいいかも」


単純なヤツだった。


・・・。

 

「そもそも、お宝ってなんなんだろうね?」
「黄金・・・なわけないよな」


「ケンはお金持ちなんだから、黄金なんていらないだろう?」
「さちのときみたく、宝石かね?」


「まあ、楽しければなんでもいいねっ。
こういうのって想像してるときが一番楽しいのかもねっ」
「いずれにせよ僕の助力は必要ないみたいだね」
「いずれにせよ、の意味がわからん」
「もはや、貴様らに教えることなど何もないということだ」


ちゃぶ台に置いていたパソコンを閉じ、立ち上がった。


「帰るのか?」
「ああ、邪魔したね」

 

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「賢一、私も帰るねっ」
「おう。 大した用でもないのに呼んで悪かったな」
「ううん、夏咲ちゃんと仲良くねっ」


「ばいばーいっ」


・・・。

 

「ふうっ・・・一段落ついたな」
「もう一回考えてみる?」
「そうだな・・・」


それから夕方まで、暗号の解読を試みた。


・・・・・・。


・・・。

 


「ダメだ、思い出せねえ・・・」
「わたしも分からないよぉ~・・・」


二人してダウン。

「もう少しでわかりそうなのに、なかなか出てこない」
「さっきは忘れたとか言ってたけど、似たような問題を解いたことがあるの?」
「ガキの頃に一回だけね。 だからって忘れることはないんだけどな」


もどかしくなり、頭をくしゃくしゃとかいた。


「あの数字が文字に変わるんだよね?」


もう一度、数字を確認してみる。


『15945532853112』。

 

・・・・・・。

 

 

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「わたし、頭痛くなってきちゃった。 知恵熱かな?」
「じゃあ、今日はここまでっ」


畳にバタンッと仰向けに倒れた。


「もうそろそろお夕飯の時間だね。 何が食べたい?」
「んー・・・魚」


魚は脳にいいのだ。


「魚はないかな・・・買いに行かなきゃ」
「じゃあ一緒に行こうよ。 今日は一日中家の中にいて、体がなまってるし」
「手、つないで歩いてもいい?」


外に出かける準備をして居間を出る。


「明日には解けるといいね」
なっちゃんに期待するから、頑張ってね」
「えぇ~っ・・・ムリだよぉ・・・でも、がんばるよぉっ・・・」


二人仲良く、商店街へと向かう。

本格的な宝探しは、始まったばかりだ。


・・・・・・。


・・・。